【412】 ○ 五木 寛之 『運命の足音 (2002/08 幻冬舎) ★★★★

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「大河の一滴」3部作の中で、最も「自分に近いところ」で書かれている。

運命の足音.jpg 『運命の足音』 (2002/08 幻冬舎)

 著者は、軽妙な雑感集のようなものから文明論・人生論的なものまでいくつかのタイプのエッセイを書き分けているようですが、'94年に『蓮如』(岩波新書)を発表して以来、さらに宗教的な思索を深め、'90年代の終わり頃からそれを平易に表現することに努めているように思えます。

 本書は、『大河の一滴』('98年/幻冬舎)、『人生の目的』('99年/幻冬舎)に続く人生論的エッセイで(著者は本書刊行年の'02年に第50回「菊池寛」賞を受賞)、この3部作の間にも『他力』('98年/講談社)などを発表していますが、これらの作品の中では、本書が最も著者にとって「自分に近いところ」で書かれている気がしました。

 と言うのは、著者が戦後57年間"封印"してきた、朝鮮半島からの引き揚げ時に母親が亡くなったときの話が、本書で初めて書かれているからです。
 ソ連兵が自宅に押し入り、12歳の五木少年の目の前で家族を蹂躙する様は、あまりに悲惨で、読んでいて胸が痛くなります。

 この3部作では『大河の一滴』が先ずどっと売れましたが、何となく説法臭い気がしてしばらく手をつけませんでした。
 本書には前2作に比べ、著者の"無常感"と言うか"諦念"を思わせる雰囲気さえあり、またこの作家が、この時点で尚も強烈な原体験のトラウマと苦闘しているという印象を抱きました。
 そのことは、ソ連兵に自宅を接収された後、母親が亡くなるまでの1ヶ月間のことについては簡単な描写しかなく、「こんな暗い話は、二度と書きたくないと思う」と言っていることにも表れているのでは思います。

 【2003年文庫化[幻冬舎文庫]】

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