【407】 ○ 池波 正太郎 『乳房 (1984/11 文藝春秋) ★★★★

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作者の女性観・仕事観・人生観が滲み出た、最後の「鬼平物」。

乳房1.jpg乳房』('84年/文藝春秋) 乳房.jpg  『乳房 (文春文庫 (い4-86))』 ['08年新装版] (表紙イラスト:池波正太郎)

 問屋女中で19歳のお松は、自分を捨てた男・助蔵の、自分に対する「不作の生大根」という蔑み言葉がトラウマになっていますが、ある日偶然見かけた助蔵の後を追い、部屋に女の気配を見て思わず彼を殺してしまう―。

 本書は「鬼平犯科帳」シリーズ全19巻の「番外篇」としての長編で、作者最後の「鬼平物」ですが(単行本も文庫本も本人による装丁)、中身は逆に、まだ平蔵が盗賊改方になる6年前からの話で、本書前半では平蔵は30代半ばという設定、しかも本作の主人公は明らかに「お松」であると言えます。

 事件は平蔵が盗賊改方になった後に展開していきますが、平行してお松の行く末が気になります―罪の意識によって我欲を捨てることができた女とそうでなかった女、それぞれの結末は...。
 タイトルの「乳房」についての直接的な記述は終盤の1箇所、それとラストの平蔵の言動の内にしかありませんが、何の象徴であるかは、読者それぞれの判断に委ねてよいのではないでしょうか。

 お松が助けられた長次郎の「阿呆鴉」という女衒仕事が単なる女衒ではなく、女性を美人に仕上げる職人であるというのが面白かったですが、作者の願望を反映している気もしました。
 お松が長次郎と再会するところは新国劇みたいで、結果、長次郎の職業的美意識というか、育てた女とは会わないというスタイルの方は崩れるのですが...。

 お松が預けられた倉ヶ谷の旦那というのも粋人で、別の顔をも持ち後半の事件に関わりますが、生き方の美意識のようなものでは貫かれています。
 「狗」(密偵)として生きる岩五郎(おなじみ)も登場し、「いつまで、こうやって生きて行けばいいのだろう...」と呟きながら、後半の事件では肝をすえて危険な任務にあたります。

 長編なので全体にゆったりとした流れで書かれていて、その中に作者の女性観や仕事観、人生観のようなものが、かなり滲み出ている作品という気がしました。

 【1987年文庫化・2008年新装版[文春文庫]】

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This page contains a single entry by wada published on 2006年9月 3日 00:17.

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