【295】 ◎ 作田 啓一 『個人主義の運命―近代小説と社会学』 (1981/10 岩波新書) ★★★★★○ ルネ・ジラール(鈴木 晶 :訳) 『ドストエフスキー―二重性から単一性へ(叢書・ウニベルシタス)』 (1983/01 法政大学出版局) ★★★★)

「●社会学・社会批評」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【908】 能登路 雅子『ディズニーランドという聖地
「●文学」の インデックッスへ 「●ドストエフスキー」の インデックッスへ 「●岩波新書」の インデックッスへ

個人主義(自尊心)についての読み応えのある「文芸社会学」的考察。

個人主義の運命  .jpg                 ドストエフスキー―二重性から単一性へ.jpg
個人主義の運命―近代小説と社会学』 岩波新書 〔'81年〕 ルネ・ジラール 『ドストエフスキー―二重性から単一性へ (叢書・ウニベルシタス)』 ['83年/法政大学出版局]

 「文芸社会学」の試みとも言える内容で、3章から成り、第1章でルネ・ジラールの文芸批評における、主体(S)が客体(O)に向かう際の「媒介」(M)という三項図式の概念を用いて、主にドストエフスキーの一連の作品を、三角関係を含む三者関係という観点から読み解き、第2章では個人主義思想の変遷を、共同態(家族・農村・ギルド・教会など)の衰退と資本主義、国家(ナショナリズム)等との関係において理性→個性→欲望という流れで捉え、第3章でまた第1章の手法を受けて、夏目漱石の『こころ』、三島由紀夫の『仮面の告白』、武田泰淳の『「愛」のかたち』、太宰治の『人間失格』における三者関係を解読しています。

永遠の夫.jpg 第1章では、ドストエフスキー小説における「媒介者」を、主人公(S)が恋人(O)の愛を得ようとする際のライバル (M)や、世間(O)からの尊敬を得るために模倣すべき「師」(M)に見出していますが、主人公がライバルの勝利を助けようとするマゾヒスティックにも見える行動をしたり、「師」を手本とする余り、神格化することが目的化してしまったりしているのはなぜなのか、その典型的キャラクターが描かれているのが「永遠の夫」であるとして、その際に主人公(トルソーツキイ)の自尊心(この場合、個人主義は「自尊心」という言葉に置き換えていいと思う)はどういった形で担保されているのか、その関係を考察しています。

 第2章で興味深かったのは、ナショナリズムと個人主義の関係について触れている箇所で、国家は中間集団(既成の共同体)の成員としての個人の自律と自由の獲得を外部から支援することで、中間集団の個人に対する影響力を弱めたとする考察で、中間集団が無力化し個人主義の力を借りる必要が無くなった国家は、今度は個人主義と敵対するようになると。著者はナショナリズムと宗教との類似、ナショナリズムと個人主義の双子関係を指摘していますが、個の中で全体化するという点では「会社人間」などもその類ではないかと思われ、本書内でのG・ジンメル「多集団への分属により個人は自由になる」という言葉には納得。ただし、それによって複数集団(会社と家庭、会社と組合など)の諸要求に応えきれず自己分裂する可能性もあるわけで、ある意味「会社人間」でいることは楽なことなのかも知れないと思いました。

 第3章では、漱石の『こころ』の「先生」と「私」の師弟関係の読み解きが、土居健郎の『「甘え」の構造』を引きながらも、それとはまた違った観点での(つまり「先生」とKとの関係を読者に理解させるために書かれたという)解題で、なかなか面白かったです。

ルネ・ジラール 『ドストエフスキー―二重性から単一性へ
(叢書・ウニベルシタス)
』 ['83年/法政大学出版局]帯
ドストエフスキー―二重性から単一性へ - コピー.jpg 第1・第3章と第2章の繋がりが若干スムーズでないものの(「文芸」と「社会学」が切り離されている感じがする)、各章ごとに読み応えのある1冊でした。著者・作田啓一氏が参照しているルネ・ジラールの『ドストエフスキー―二重性から単一性へ』('83年/叢書・ウニベルシタス)と併せて読むとわかりよいと思います。ルネ・ジラールの『ドストエフスキー』は版元からみても学術書ではありますが(しかもこの叢書は翻訳本限定)、この本に限って言えば200ページ足らずで、箇所によっては作田氏よりもわかりやすく書いてあったりします(ルネ・ジラールは「永遠の夫」の主人公トルソーツキイを「マゾヒスト」であると断定している)。

1 Comment

作田啓一(さくた・けいいち)京都大名誉教授・社会学者 2016年3月15日午前3時31分、肺炎のため、京都市中京区の病院で死去。94歳。

About this Entry

This page contains a single entry by wada published on 2006年8月26日 21:20.

【294】 ◎ 大塚 久雄 『社会科学における人間』 (1977/06 岩波新書) ★★★★☆ was the previous entry in this blog.

【296】 △ 宮台 真司 『透明な存在の不透明な悪意』 (1997/11 春秋社) ★★★ is the next entry in this blog.

Find recent content on the main index or look in the archives to find all content.

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1