「●文学」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【849】 佐藤 正午 『小説の読み書き』
「食」で読み解く30の名作。推理ものを読んでいるように楽しく味わえた。
『角川学芸ブックス 名作の食卓 文学に見る食文化』 〔'05年〕
グルメ広報誌の連載をまとめたもので、「食」を通して名作を読み解くユニークな文学鑑賞入門の書―というのが出版社のキャッチです。
作家の嗜好、「食」の移入史、同時代の食習慣等も紹介されていますが、グルメ本ではなく、あくまでも名作鑑賞案内とみてよいのではないでしょうか(著者自身、自分はグルメではないと〈あとがき〉で書いている)。
『にごりえ』(樋口一葉)、『芋粥』(芥川龍之介)から、『キッチン』(吉本ばなな)、『村上龍料理小説集』まで、日本の近現代文学から30篇を選んでいますが、『鬼平犯科帳』(池波正太郎)のような大衆文学もあれば、「上司小剣」や「上林暁」など、最近あまり読まれなくなったものも取り上げられていて、取り上げること自体が「読書案内」となっているようにも思えます(上司小剣の『鱧(はも)の皮』は、今は「青空文庫」などで読むしかないけれど)。
「坊ちゃんはなぜ「天麩羅蕎麦」を食べたのか」(夏目漱石『坊ちゃん』)とかは、グッと引き込まれるし、『風の歌を聴け』(村上春樹)は、やはり"「プール1杯分」のビール"という表現に注目でしょうね。
『夫婦善哉』(織田作之助)のように、食べ物がそのまま小説のタイトルにきている場合は、同時にそれが作品の重要モチーフになっているわけで、三浦哲郎の『とんかつ』などはいい話だけど、読み解き自体はそれほど複雑な方ではないでしょう。
それに対し、林芙美子の『うなぎ』や向田邦子の『りんごの皮』における著者の、「うなぎ」や「りんごの皮」が何の象徴であるかという読み解きは、興味深い示唆でした。
『濹東綺譚』(永井荷風)の"水白玉"を恋と人生のはかなさの二重表象とした読み解きなどには、やや強引さも感じられなくはないけれど、そういう味わい方もあるのかなとも思ったりして。
自分としては、推理ものを読んでいるように楽しく味わえた本でした。
《読書MEMO》
●目次
第1章 穀物・豆の文学レシピ
こちそうとしてのライスカレー―村井弦斎『食道楽』
坊っちゃんはなぜ「天麩羅蕎麦」を食べたのか―夏目漱石『坊っちゃん』
ほか
第2章 魚・肉の文学レシピ
酸っぱい・夫婦という絆の味―上司小剣『鱧の皮』
青魚のみそ煮の仕掛け―森鴎外『雁』
ほか
第3章 果物・野菜の文学レシピ
「真桑瓜」の重み―正宗白鳥『牛部屋の臭ひ』
先生の愛のゆくえ―有島武郎『一房の葡萄』
ほか
第4章 おやつの文学レシピ
『にごりえ』と"かすていら"―樋口一葉『にごりえ』
食べられることを拒絶したチョコレート―稲垣足穂『チョコレット』
ほか
第5章 広義の「食」の文学レシピ
食べることと生きること―正岡子規『仰臥漫録』
芸術としての美食―谷崎潤一郎『美食倶楽部』
ほか