【245】 ◎ 鈴木 孝夫 『ことばと文化 (1973/01 岩波新書) ★★★★☆

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父親が自分のことを「パパ」というのは日本だけ。

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ことばと文化』岩波新書〔'73年〕 『英文版 ことばと文化 - Words in Context --A Japanese Perspective on Language and Culture』英訳新装版   鈴木 孝夫 氏(慶応義塾大学名誉教授/略歴下記)

 言語学の入門書として知られる本ですが、一般読者が気軽に読めるよう平易に、かつ面白く書かれています。

 前半部分で、言葉が「もの」に貼られるレッテルのようなものではなく、逆に言葉が「もの」をあらしめているという考え方を示していますが、そのことを、英語と日本語で「同じ意味」とされている言葉がいかに不対応であるかを引例するなどして説明しています(英語のlipは、赤いところだけでなく、口の周囲のかなりの部分をも指す言葉だというような話を聞いたことがあれば、そのネタ元は本書だったかも知れません)。

ことばと文化 岩波新書.jpg 言葉の意義や定義が、文化的背景によっていかに違ってくるかという観点から、中盤は「動物虐待」にたいする日英の違いなど比較文化論的な、ややエッセイ風の話になっていますが、本書の持ち味は、終盤の、対人関係・家族関係における「人称代名詞」の日本語独特の用法の指摘と、そこからの文化心理学的考察にあるかと思います。

 例えば、家族の最年少者を規準点にとり、この最年少者から見て何であるかを表す傾向(父親が自分のことを「パパ」という)というのは、指摘されればナルホドという感じで、こうした日本語の「役割確認」機能の背後にあるものを考察しています。

 前半部分に書かれていることは、ウンチクとして楽しいものも多く、英語学習者などは折々に思い出すこともあるかと思いますが、終盤の方の指摘は、普段は日常に埋没していて意識することがないだけに、時間が経つと書かれていたことを忘れていましたが、久しぶりに読み直してみて、むしろ後半に鋭いものがあったなあと再認識しました。
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鈴木 孝夫 (スズキ タカオ)
大正15年生まれ。慶應義塾大学名誉教授。
慶大医学部より文学部英文科を経て、言語文化研究所教授。その間マギル大学イスラーム研究所員、イリノイ大・イェール大客員教授、ケンブリッジ大エマヌエル・ダウニング両校客員フェローなど歴任。国内では約20大学の訪問教授を務めた。
専門は文化人類学、生物学的観点からの言語社会学。近年は自然保護、環境問題に関する著作が多い。

《読書MEMO》
●英語には日本語の「湯」に当ることばがない(waterを状況次第で「水」のことにも「湯」のことにも使う)(36p)
●米俗語「元気を出す、へこたれない」keep one's chin up → 日本語では「アゴを出せば、弱ったことの意味になってしまう(57p)
●現代日本語では(中略)一人称、二人称の代名詞は、実際には余り用いられず、むしろできるだけこれを避けて、何か別のことばで会話を進めていこうとする傾向が明瞭である(133p)
●印欧系言語 → 一人称代名詞にことばとしての同一性あり/日本語 → 有史来、一人称、二人称の代名詞がめまぐるしく交代(場所や方向を指す指示代名詞の転用など、暗示的・迂回的用法)(139-141p)
●(日本語は)他人を親族名称で呼ぶ習慣が特に発達している(158p)→ 他人である幼児に対し、「おじいさん」「おばあさん」/子供向け番組の「歌のおばさん」「体操のおにいさん」
●(日本人は)年下の他人に親族名称を虚構的に使う(159p)→「さあ泣かないで。おねえちゃんの名前なあに」
●外国人には奇異に映る使用法 → 母親が自分の子を「おにいちゃん」と言ったり、父親が、自分の父のことを「おじいさん」と呼ぶ(161p)→ 子供と心理的に同調し、子供の立場に自分の立場を同一化(168p)
●父親が自分のことを「パパ」というのは「役割確認」→ 日本人が、日常の会話の中でいかに上下の役割を重視しているかが理解できる(187p)
●日本人の日本語による自己規定は、相対的で対象依存的(197p)→ 赤の他人と気安くことばを交わすことを好まない
●日本の文化、日本人の心情の、自己を対象に没入させ、自他の区別の超克をはかる傾向 → 日本語の構造の中に、これを裏付けする要素があるといえる

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鈴木孝夫(すずき・たかお)
2021年2月10日、老衰のため死去。94歳。
言語社会学者・慶応大名誉教授
言語文化論のロングセラー「ことばと文化」(岩波新書)や「武器としてのことば」(新潮選書)を著した。

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