【198】 ○ 国分 康孝 『〈自己発見〉の心理学 (1991/03 講談社現代新書) ★★★★

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第一人者による「論理療法」の考え方の実生活での応用。

『〈自己発見〉の心理学』.JPG〈自己発見〉の心理学.jpg  〈自己発見〉の心理学2.jpg 『「自己発見」の心理学』 講談社現代新書 〔'91年〕

 人は「ねばらなぬ」の思い込み(ビリーフ)に縛られており、その非合理性に気づき、そこから自己を開放することの大切さを、「論理療法」の第一人者である著者が、自らの人生観や経験を交えわかりやすく述べています。

 社会、学習、家庭、職業の4つの生活局面から、「人を拒否すべきではない」「暗記式の勉強はすべきでない」「配偶者はやさしくなければならない」「いばるべきではない」といった普段何となく正しいと信じられている考え方(ビリーフ)を4つずつ16個挙げ、それらに反駁していく過程は、こなれた文章により理解しやすく、そのまま「論理療法」の考え方(技法)の応用を示すものにもなっています。

 「家庭は憩いの港たるべきである」と考えるのではなく「...にこしたことはない」とか、「第二の職場である」と考える方が事実に即している―。
 ナルホドと、以下、自分なりに考えてみました。

 会社で仕事でしんどい思いをして、やっと終わってホッとして、これで家に帰ってくつろげると思ったら、家に帰ってもやること(やらされること?)がいっぱいあってイライラする...。つまりこれは、家に帰ってみたらそこでもやるべきことがあったという事実A(Activatin event)に対して、イライラするという結果C(Consequence)が生じているのですが、この結果を招いているのは 「家庭は憩いの港たるべきである」という思い込みB(Beliefe)であると。
 この思い込みがそもそも誤りではないかという反駁D(Dispute)を自分自身に対して行い、最初から「家にも仕事がある」と思っていれば、会社での仕事が終わっても、「ああ、これで今日の仕事の8割が終わった。家に帰って、あと2割、"家の仕事"をやらなくちゃ」という前向きな考えになる効果E(Effect)が得られるということか。
 
《読書MEMO》
●目標達成志向の人生観とプロセス主義の人生観(今ここを大事にする)(62p)
●家庭は憩いの港である→にこしたことはないが第二の職場であると考える(119p)
●職場で女性がお茶汲み→男性が女性に母親を期待することを許容する文化(144p)
●おとなになってからも自力で大人の小学校教育を自分に施す(163p)
●「認められたいと願うのは自分の利益優先ゆえ、生き方として高級ではないと思う人がいる。地の塩としての生き方の方が高級だというわけである。
 このような考え方には検討の余地がある。
 この人生は自分のために用意されたものではない。したがって世人は私に奉仕するために存在しているのではない。それゆえ、自分のことは自分でするというのが、この人生を生きるための常識である。
 人は私を認めるために生きているのではない。人に認めてほしければ、自分で人に認めてもらうよう何かをすることである。自力で自分を幸福にする。そのことにひけめや恥かしさや自責の念を持つ必要はない。自分がまず幸福にならないと、人を幸福にするのはむつかしいからである」(188‐189p)
●会社は私を認めるべきだ、認められない人間はダメだ→人を不満に陥れる(192p)

  



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