【097】 ◎ 黒井 千次 『働くということ―実社会との出会い』 (1982/01 講談社現代新書) ★★★★☆

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入社前よりも、社会人3年目以降何年かごとに読み返すような内容。

働くということ 旧版.jpg 〔'82年〕 働くということ 黒井.jpg  『働くということ (講談社現代新書 (648))―実社会との出会い』

働くということ 実社会との出会い1.jpg働くということ 実社会との出会い2.jpg 著者は作家であり、東大経済学部を卒業後富士重工業に入社し15年勤務しましたが、在職中に芥川賞候補になった人で、企業とその中で働く個人の人間性や生きることの意味を問う作品を書いていました。

 ただし、'70年に富士重工を退職して専業作家になってからは、当初は社会一般の問題に素材を拡げたりもしたものの、その後はどちらかというと都市における普通の人間の営みなどを描いた小説が多いような気がします(たまたま、自分の読んだのがその傾向の作品だったのかも知れないが)。

 本書では、自らの問題意識の原点に帰るようなかたちで、働くことの意味を、著者自身の会社勤めの経験を振り返りつつ考察しています。
 特に入社時の戸惑いや仕事に対する疑問が率直に綴られていますが、書かれたのが15年の会社勤めと専業作家としての12年を経た後であることを思うと、入社時の記憶というものはやはり強烈なのでしょうか。

 本書での著者の「労働」に対する疎外感の考察には、個人的には、F・パッペンハイムの近代的疎外論を想起させるような深みが感じられましたが、語られている言葉自体は平易かつ具体的で、結論的には「職業意識」という観点から、働くということが自己実現につながることを肯定的に捉えています。

 本書はよく「新社会人に贈る本」のように見られていて、それはそれでいいのですが、むしろ社会人3年目ぐらい以降、何年かごとに読み返すのにふさわしい内容ではないかと思います。

 かけがえのない読書体験に絞ったという引用の中に『イワン・デニーソヴィチの一日』の一節があり、極限状況においてさえ人を駆り立てる、著者の言う「労働の麻薬」というものには普遍性を感じます(実は自分も『イワン・デニーソヴィチの一日』の中でこの部分が一番印象に残ったのです)。

 ただし若者の中には、この「麻薬」にたどり着く前に、会社が"強制収容所"だと少しでも思えた段階で、転職または独立してしまう人も多いのではないかと思います(企業が脆弱化し、長期雇用が揺らぐ今日においては特に)。

 「仕事というのは単にお金を稼ぐために働くのではない」「働くことを通じて自己実現を図っていくことこそ働くということの重要さ」というのが著者の伝えたいメッセージですが、それ以外の考え方を必ずしも完全に否定していないところまども良いと感じました。

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