【094】 ◎ 橘木 俊詔 『企業福祉の終焉―格差の時代にどう対応すべきか』 (2005/04 中公新書) ★★★★★

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漠然とした福祉国家論が多い中では注目すべき「思考の補助線」ではないかと。

企業福祉の終焉―格差の時代にどう対応すべきか.jpg企業福祉の終焉 - 格差の時代にどう対応すべきか』 〔'05年〕 橘木 俊詔.jpg 橘木俊詔 氏(略歴下記)

 冒頭で企業は福祉から撤退すべしとしながらも、すぐには提言内容に入らず、本書前半分は、企業福祉の発展した理由と経緯、現状と意義についての記述になっていて、この部分は、企業福祉を歴史的・国際的視点からの概説したテキストとして纏まっていると思います(勉強になった!)。

 法定福利費の一定割合の企業負担の始まりなど、普段あまり考えなかったことについて知り得、同じ福祉国家でも、スウェーデンなどは財源を主に社会保険料に依存し、デンマークは税負担の福祉国家であるなどの違いがわかります。

 中盤以降は、企業福祉の現状に対する評価と、著者の持論展開に入っていきますが、考えのベースにあるのは、格差社会に対する危惧、福祉の普遍主義かと思います。

 社宅や保養所などの法定外福利については、バブル崩壊後どの企業も縮小しているのは明らかですが、企業スポーツなどを含め、そうしたものが既に役割を終えていることを論証し、また退職金制度は企業間格差が大きいゆえに労働移動を阻害しているとしています。
 法定福利費についても、社保未加入(または滞納)という形での企業の"撤退"が拡がっているのは指摘通りで、企業規模や雇用身分による受益格差は無視できないものでしょう。

 著者は、企業自体にもベネフィット感の薄い法定福利費の企業負担は止め(負担軽減分の行き先は企業の裁量になるが)、非法定福利は極力"賃金化"し、医療や健康保持、資格取得支援など、従業員のニーズに沿ったものに絞り込むべきとしていますが、国の社会保障制度としての財源はどうするかというと、「累進消費税」というものを提案しています。

 著者が殆ど触れていない徴収の問題(国民年金の保険料徴収不足を自動徴収の厚生年金が補っている現状)、高齢化社会の問題(国保・老人医療の赤字を健康保険が補っている現状)や制度移行時の問題など、疑問符は数多く付き、これでは給付の安定が保てないなど多くの反論があるかもしれませんが、著者自身も、こうした考え方をどこか頭に置いておくのもいいのではないかというスタンスのようです(そうすると"学者の空論"という批判がまたあるわけですが)。

 企業側にも受け入れられる要素が多く含まれている提言で、漠然とした福祉国家論が多い中では、むしろ「思考の補助線」になる得るものとして注目すべきではないかと思いました。

《読書MEMO》
●企業には、年金制度や健康保険制度に参加していない既婚女性を好んで採用したり(中略)する傾向がある。これらの制度が特定の労働者の優先的採用を促すのは避けられるべきである→制度は企業の採用活動に対し中立的であるべき(101p)
●「帰属家賃」→持家の人や社宅に住んでいる人は、(中略)家賃分に相当する付加的な所得を受けているとみなせる→大企業とそこで働く人が有利(104p)
●退職金制度 → 労働移動に中立的でない(企業間のポータビリティが未整備)(107p)
●法定福利費の企業負担の経緯
・労災・医療保険→企業が負担しやすい自然ななりゆき
・老齢年金→公的年金制度が労災・医療保険制度に遅れて整備されたことに理由(128-129p)
●「累進消費税」...高額商品には高税率、一般商品には低税率といったように、商品の種類によって税率に差を設ける(172p)
●ベネッセは福祉における創業者利益を得たが、(中略)次の企業が同じ施策を導入しても、同様に優秀な人材を集められる確立は低下する(186p)

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1943年、兵庫県西宮市生まれ。アメリカのジョンズ・ホプキンス大学大学院博士課程終了。著書「日本の経済格差」(岩波新書)はエコノミスト賞受賞。他に「家計から見る日本経済」、近刊「消費税15%による年金改革」(東洋経済新報社)は学生との共著。

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This page contains a single entry by wada published on 2006年8月14日 08:47.

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