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「香港ノワール」の記念碑的作品。何よりも全体を通してテンポがいい"娯楽作"。

男たちの挽歌 dvd.jpg男たちの挽歌 1986 人物.jpg
ティ・ロン(狄龍)/レスリー・チャン(張國榮)/チョウ・ユンファ(周潤發)/レイ・チーホン(李子雄)
男たちの挽歌 <日本語吹替収録版> [DVD]
男たちの挽歌 1.jpg 香港・三合会の幹部ホー(ティ・ロン)は闘病中の父と学生の弟キット(レスリー・チャン)の面倒を見ていたが、弟が警官になる希望を持っていることで病床の父から足を洗うよう頼まれる。了解したホーは、次回の台湾への贋札の取り引きを最後に、闇社会から足を洗おうと決意する。しかし、取り引きは密告によって警察に知られており、同行した後輩シン(レイ・チーホン)を逃し、ホーは自首することに。その間、香港では父が陰謀によって殺され、そのことでキットは尊敬する兄が三合会の組員と知る。一男たちの挽歌4.jpg方、ホーの親友マーク(チョウ・ユンファ)は報復のために乗り込んだレストランで裏切者を皆殺しにしたものの、足を撃たれ負傷する。数年後、ホーは出所するが、今では警察官になり結婚もしているキットから、父親の死の責任とマフィアの兄を持つことから出世の出来ない不満をぶつけられた上に追い出され、親友マークは負傷で自由の利かない体になったことから雑用以下の扱いを受けるほど落ちぶれていた。そして元は後男たちの挽歌3.jpg輩だったシンが三合会で権力を握るようになっていた。ホーは弟と和解するためにも堅気となり、穏やかに暮らそうとするが、周りはそんな彼を放ってはおかなかった。男として失った誇りを取り戻したいマークは旧友に協力を求め、シンも自分に力を貸すよう強要する。しかしシンは自分の敵となる人物たちの粛清を始め、手始めに組長のユー(シー・イェンズ)が殺された。現状を知ったホーは弟との絆、親友との友情のためにマークと共に銃を手に取る―。

男たちの挽歌039.jpg ジョン・ウー監督の1986年作品で、「香港ノワール」とも呼ばれる新しい流れを作った記念碑的な作品です(因みに、この作品をはじめ、ジョン・ウーなどが監督・製作した香港製犯罪映画は、アクションではハリウッド製アクション映画との親和性があるが、ギャング映画としての基本的傾向は「フレンチ・フィルム・ノワール」に近いとされている)。第6回「香港電影金像奨」の最優秀作品賞・最優秀主演男優賞(チョウ・ユンファ)受賞作で、第23回「金馬奨」の最優秀監督賞・最優秀主演男優賞受賞(ティ・ロン)も受賞しています。興行的にも成功し、「男たちの挽歌Ⅱ」('87年)、「アゲイン/明日への誓い」('89年)とシリーズは計3作製作されています(チョウ・ユンファは第2作「男たちの挽歌Ⅱ」ではマークの双子の弟のケンの役で出ているが、「アゲイン/明日への誓い」(タイトルに3と付けられていることがあるが、時間的には第1作目よりも前にあたる作品)では再びマーク役で出ている)。

 この映画の製作のきかっけは、香港映画界で独自の路線を貫き通したことでジョン・ウーとティ・ロンが台湾に追われることになり不遇の生活を送っていたところ、友人であるツイ・ハークが「もう一度、香港で映画を作ろう」と台湾に出向いて香港映画界に復活させたことにあるとのことです。

「マトリックス」図1.jpgチョウユンファ 男たちの挽歌.jpg スローモーションを多用した銃撃戦は、サム・ペキンパーの「ワイルドバンチ」('69年/米)の影響を強く受けたと言われており(さらにセルジオ・レオーネや深作欣二からも多大な影響を受けているとのこと)、また、逆にこの作品が後世の映像作家に与えた影響も大きく、「マトリックス」シリーズのウォシャウスキー兄弟もジョン・ウーのファンであることを公言しています。そう言えば、チョウ・ユンファがロングコートとサングラスのスタイルで、二丁拳銃を構えて敵陣に斬りこむ姿は、「マトリックス」('99年/米)でのキアヌ・リーブス演じる主人公の姿と重なります。

「マトリックス」('99年/米)

 何よりも全体を通してテンポがいいです。友情や兄弟愛がモチーフとなっていますが、「情」を描くシーンを長々と引き延ばさず、さっと次のシーンに移ります。それでいて、その「情」の部分が描けていないかというとそんなことはなく、アクションシーンと拮抗する重みをもって描けています。この監督、ハリウッドから声が掛かったのも分かる気がします。
      チョウ・ユンファ(周潤發)       レスリー・チャン(張國榮)
英雄本色 周潤發.jpg英雄本色 張國榮.jpg この作品は、チョウ・ユンファ(周潤發)の出世作とされていますが、レスリー・チャン(張國榮)もよく知られるようになったのはこのあたりからで、その後二人とも、有名監督の作品に次々と出演するようになります。さらに、演技力とアクションにより武侠映画のトップスターとして活躍するも、一時低迷していたティ・ロン(狄龍)が復活を遂げた作品でもあります。

男たちの挽歌 1986 8.jpg英雄本色 狄龍.jpg 「香港電影金像奨」の最優秀主演男優賞を受賞したチョウ・ユンファと、「金馬奨」の最優秀主演男優賞受賞を受賞したティ・ロンと、どちらが良かったかというと微妙ですが、個人的にはティ・ロンに軍配を上げたいと思います。すっかり卓越した演技派俳優になったように思いますが、弟役のレスリー・チャンとカンフーでじゃれ合うシーンに、かつて武侠映画で見せたアクションの片鱗を窺わせます。
ティ・ロン(狄龍)

ツイ・ハーク(徐克)/レスリー・チャン(張國榮)
英雄本色 徐克.jpg ジョン・ウー監督が台湾警察の警部役で出ているほか、製作総指揮のツイ・ハーク(「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」シリーズなどの監督でもある)が、キットの恋人が実技試験を受ける音楽学院の審査員役で出ていて(まあ、ツイ・ハークはもともと俳優としてのカメオ出演も多い監督だが)、オーバーアクション気味の演技をしているのに遊び心を感じました。凄絶なマフィア社会を描いた作品ですが、基本的にはエンタテインメント作であると思います。


チョウ・ユンファ(周潤發)in メイベル・チャン監督「誰かがあなたを愛してる」('87年)/アン・リー監督「グリーン・デスティニー」('00年)  
秋天的童話1.jpg グリーン・デスティニー 02.jpg
レスリー・チャン(張國榮)in ウォン・カーウァイ監督「欲望の翼」('90年)/チェン・カイコー監督「さらば、わが愛/覇王別姫」('93年)
欲望の翼01.jpg 覇王別姫 張國榮.jpg


男たちの挽歌 pos.jpg英雄本色 2.jpg「男たちの挽歌」●原題:英雄本色(英:A BETTER TOMORROW)●制作年:1986年●制作国:香港●監督・脚本:ジョン・ウー(呉宇森)●製作総指揮:ツイ・ハーク●製作:ウォン・カーマン●撮影:ウォン・ウィンハン●音楽:ジョセフ・クー●時間:97分●出演:チョウ・ユンファ(周潤發)/ティ・ロン(狄龍)/レスリーエミリー・チュウ.jpg・チャン(張國榮)/レイ・チーホン(李子雄)/ケネス・ツァン(曾江)/エミリー・チュウ/ティエン・ファン/シー・イェンズ/カム・ヒン・イン/シン・フイオン/レウ・ミン/ジョン・ウー(呉宇森) /ツイ・ハーク(徐克)「●日本公開:1987/04●配給:日本ヘラルド映画(評価:★★★★)


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ジャン・ギャバンとアラン・ドロンの初共演作。やはりラストがこの映画の白眉か。

地下室のメロディー dvd.jpg地下室のメロディー Blu-ray.jpg地下室のメロディー 0.jpg
ジャン・ギャバン/アラン・ドロン
<初回限定生産>地下室のメロディー Blu-ray
地下室のメロディ [DVD]

地下室のメロディー 1.jpg 強盗罪で5年間服役していた老ギャングのシャルル(ジャン・ギャバン)は、刑期を終えて出所した。妻のジャネット(ヴィヴィアーヌ・ロマンス)は夫にはギャング稼業から足を洗って欲しいと願うが、シャルルは、昔の仲間マリオ(アンリ・ヴァルロジュー)の元を訪ね、人生最後の大仕事としてカンヌのパルム・ビーチにあるカジノの地下金庫から10億フランという大金をごっそり奪い取る作戦を立てる。人手の欲しいシャルルは、かつて刑務所で目をつけていた若いチンピラのフランシス・ヴ地下室のメロディー 2.jpgェルロット(アラン・ドロン)とその義兄ロイス・ノーダン(モーリス・ビロー)を仲間に引き入れる。彼らはまず下調べのためカジノに行き、極秘裏に地下金庫へ運び込まれる大金の搬入ルートを確認する。シャルルの助言でフランシスは金持ちの御曹司に成りすまし、運転手役のロイスと共にカジノのあるホテルに向かい、カジノのダンサーのブリジット(カルラ・マルリエ)を口説いて親しくなり、一般客が立ち入れないカジノの舞台裏へ出入りする口実を掴む。作戦決行日はカジノのオーナーが売上金を運び出す頃合いを見計らって決定した。地下室のメロディー 3.jpg当日、フランシスはブリジットのステージを観た後カジノの舞台裏に侵入、換気ダクトを伝ってエレベーターの屋根に身を潜め、オーナーと会計係が売上金の勘定をしている様子を見る。覆面にマシンガンのフランシスがオーナーらの前に現れ、会計係に鍵を開けさせてシャルルを引き入れると、まんまと大金10億フランを奪ってバッグに詰め込み、ロイスの運転するロールスロイスで逃走する。金は事前に押さえていた更衣室に隠し、シャルルとフランシスはそれぞれ別のホテルに泊まって警察の目をやり過ごす。作戦は大成功と思われたが、翌朝、シャルルが朝食を取りながら新聞を見ると、一面にカジノにいたフランシスの写真が大きく写し出されていた。慌てたシャルルはロイスを逃がし、何とか警察の手を逃れようとフランシスと共に観光客を装って脱出の隙を窺う。しかし、犯行に使ったバッグの外観をカジノのオーナーらは覚えており、フランシスは慌ててバッグをホテルのプールに沈める―。

 1963年製作のアンリ・ヴェルヌイユ監督作で、原作はジョン・トリニアンの『地下室のメロディー』('63年/ハヤカワ・ミステリ)。ジャン・ギャバンとアラン・ドロンが初共演したこの作品は、1963年ゴールデングローブ賞外国映画賞を受賞するなどし、クライムサスペンスの名作とされています(二人はその後「シシリアン」('69年)、「暗黒街のふたり」('73年)で共演)。また、メインテーマは、ホンダの3代目プレリュード('87年)やサントリーのコーヒーBOSS無糖ブラック('07年)のCMで使われたりもしたので、日本でも多くの人に馴染みがあるのではないかと思います。

 まず、ジャン・ギャバン演じるシャルルが出てくる冒頭で、道路の名前が変わったことを彼が初めて知るところから、彼が刑務所を出たばかりであることを窺わせるところなどは上手いと思われ、その後家に帰ってきてからの妻とのやり取りにも無駄がありません。そして、すぐさま、「人生で一番でかいこと」に取り組まんとする彼に惹きけられていきます(それにしても、出所したてでまた強盗計画とは、諦めるということはないのだ、この主人公は)。

地下室のメロディー doron.jpg シャルルはアラン・ドロン演じるフランシスを相棒にし、その義兄まで仲間に引き入れますが(その際に義兄が信用のおける人物か、刑事を装ってテストしている)、フランシスに対し、カジノで上客としてふるまう方法を伝授すると、最初はチンピラにしか見えなかった彼が、どこかの貴公子に見えてくるから面白い。話が出来すぎているようにも思えますが、アラン・ドロンの美貌であれば、カジノのダンサーを手懐けるのも朝飯前かなとも思ってしまいます。

 でも、調子に乗ったフランシスが時間にルーズなのに対し、「やる気が失せた、幽霊とは組めない。1分が命取りなんだぞ」と雷を落とすところなどは、ベテラン・ギャバンの貫禄。決行の1週間前の同じ曜日・時間にリハーサルをさせるなど、シャルルの方がフランシスよりずっと慎重です。でも、ここまで入念に準備しても、本番では何が起こるかわからない―。

 実際、当日、カジノの舞台裏に侵入したフランシスでしたが、舞台裏がダンサーたちの打ち上げ会場みたいになってしまったため、なかなか次の行動に移れません(たまたまショーの千秋楽みたいな日だったのか)。ようやっとダクトに入り込んで、エレベーターまで辿り着きますが、かなりのタイムロスで、観ている方もハラハラさせられます(ダクトを使っての移動というのは、その後、多くの映画で使われたが、これが元祖?)。

last地下室のメロディー.jpg それでも、フランシスはシャルルと何とか地下金庫前で落ち合い(金庫までの道のりに苦労したフランシスに対し、シャルルがあっさり金庫に辿り着いているのが可笑しいが)、地下金庫からの大金の奪取に成功。二人にとってメデタシ、メデタシと思いきや―ということで、あの有名なラストシーンに向かいますが、この映画、プロセスの描写もいいですが、やはり決め手はあのラストシーンでしょう。

 ラストシーンがこの映画のクライマックスであり(アンチクライマックスとも言える)、そのクライマックスシーンにおいて主役の二人がじっと動かないでいる―いや、動こうにもまったく動けないでいる、それでいて、今起きていることをまざまざと見せつけられる、そのほろ苦さ(本人たちからすれば"残酷さ"と言った方がいいか)がこの映画の白眉というか、最大の持ち味でしょう。

地下室のメロディー カラー版.jpg 2016年にHDリマスター版とカラーライズ版の2枚組のDVDがリリースされましたが、やっぱりカラーより白黒の方がいいです。HDリマスター版を観ると、プールサイドのシーンなど、意図的に光量を上げて、光と闇のコントラストを浮き立たせているようにも思えました。

 この映画の結末は、スタンリー・キューブリック監督の「現金(ゲンナマ)に体を張れ」('56年)を彷彿とさせるものでもあります。また、この映画の18日前にフランスで公開されたジャック・ドゥミ監督、ジャンヌ・モロー主演の「天使の入江」('63年)にも、ニースのカジノが出てきます(ロケ隊同士が対面しなかっただろうか)。共に観比べてみるのもいいかもしれません。

地下室のメロディー ps.jpg「地下室のメロディー」●原題:MELODIE EN SOUS-SOL(米:ANY NUMBER CAN WIN/英:THE BIG SNATCH)●制作年:1963年●制作国:フランス●監督:アンリ・ヴェルヌイユ●脚本:ミッシェル・オーディアール/アルベール・シモナン/アンリ・ヴェルヌイユ●撮影:ルイ・パージュ●音楽:ミシェル・マーニュ●時間:118分●出演:ジャン・ギャバン/アラン・ドロン/ヴィヴィアーヌ・ロマンス/モーリス・ビロー/ジャン・カルメ/カルラ・マルリエ/クロード・セバール●日本公開:1963/08●配給:ヘラルド●最初に観た場所:三鷹オスカー(79-04-15)(評価:★★★★)●併映:「ル・ジタン」(ジョゼ・ジョヴァンニ)/「ブーメランのように」(ジョゼ・ジョヴァンニ)

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ラストの踊りのシーンは圧巻だが、細かいプロットもよく出来ている。

フレンチ・カンカン 1954 dvd.jpg フレンチ・カンカン 1954 1.jpg フレンチ・カンカン160.jpg フレンチ・カンカン61.jpg
フレンチ・カンカン HDマスター [DVD]」ジャン・ギャバン/フランソワーズ・アルヌール
maria-felix-french-cancan-1954.jpgフレンチ・カンカン74.jpg 1888年のパリ。上流向けクラブ「パラヴァン・シノワ(シナの屏風)」のオーナー・ダングラール(ジャン・ギャバン)は、モデルをしていたところを自身が発掘したローラ(マリア・フェリックス)をベリーダンサーとしてクラブのスターに据え、同時に彼女を自身の愛人にしていた。ローラもダFRENCH CANCAN 1954ages.jpgングラールを愛していたが、彼の事業の出資者であるヴァルテル男爵(ジャン=ロジェ・コシモン)が彼女につきまとっていた。ある晩モンマルトルに行ったダングラールは、「白い女王」というキャバレーで恋人のパン職人のポーロ(フランコ・パストリーノ)とカンカン踊りに興じる洗濯女の娘ニニ(フランソワーズ・アルヌーFRENCH CANCAN 1954 3.jpgル)の新鮮さに驚嘆し、カンカン踊りを新しいショーとして興行することを決心、「パラヴァン・シノワ」フレンチ・カンカン 1954 1.jpgを売却して「白い女王」を買い取り、カンカン踊りに「フレンチ・カンカン」という名称を与え、「白い女王」を取り壊してニニを中心に大勢の踊り子がカンカンを踊るショーを上演するキャバレー「ムーラン・ルージュ」を立ち上げることにする。棟上式の日、ニニに嫉妬したローラが喧嘩を仕掛けて乱闘となり、さらにダングラールに嫉妬したポーロが工事中の穴にダングラールを突き落とし、彼は大ケガを負う。彼が退院した日、ローラに唆されてヴフレンチ・カンカン  2.jpgァルテル男爵が出資を取りやめたことを知ったダングラールは絶望するが、その晩ニニと初めて結ばれる。かねてからニニに思いを寄せていた某国のアレクサンドル王子(ジャンニ・エスポジート)が新たな支援者となり、フレンチ・カンカン3852.jpgムーラン・ルージュの工事は進むが、嫉妬に燃えるローラは、王子を連れ「ムーラン・ルージュに押しかけ、皆の面前でニニにダングラールの情婦であることを告白させる。王子はピストル自殺をするが未遂に終わり、ダングラール名義に書き換えたムーラン・ルージュの権利書を残して去る。後悔したローラも協力を約し、ムーラン・ルージュはなんとか開店にこぎつける。しかし ショーの本番直前、新人歌手のエステル(アンナ・アメンドーラ)に囁きかけるダングラールを見かけたニニは楽屋に籠ってしまい、観客たちは騒ぎ出す―。

フレンチ・カンカン 1954 2.jpg ジャン・ルノワール監督の1954年制作、1955年フランス公開作で、1880年代のパリを舞台に、フレンチ・カンカンとムーラン・ルージュの誕生を虚実取り混ぜて描いたものです。キャバレー"ムーラン・ルージュ"を舞台にした映画は数多く、アメフレンチ・カンカン133a.jpgリカでは、ムーラン・ルージュに通い詰めた画家ロートレックの生涯を描いたジョン・ヒューストン監督の「赤い風車」('52年)や、共にミュージカル映画で、シャーリー・マクレーン主演「カンカン」('60年)、ニコール・キッドマン主演「ムーランルージュ」('01年)などがあります。この作品のヒロイン・ニニを演じた当時23歳のフランソワーズ・アルヌールは一気にスターとなりり、その後、アンリ・ヴェルヌイユ監督の「ヘッドライト」('56年)で再びジャン・ギャバンと共演することになります。

 この作品は、厳密にはミュージカル映画ではないものの、エディット・ピアフをはじめとして多くの歌手も出演しているため、雰囲気的にはミュージカル映画っぽい印象を受けます(たまたま隣家で洗濯物を干しながら鼻歌を歌っていた主婦がピアフ級だったというのがスゴイ設定だが)。基本的に俳優陣は台詞を普通に喋りますが、時に歌い出すことのあり、主演のジャン・ギャバンも1曲だけ歌っています。ジャン・ギャバンというとギャング映画のイメージが強いですが、実はジャン・ギャバンの父はミュージック・ホールの役者で、母は歌手であり、ジャン・ギャバン自身も〈俳優〉兼〈歌手〉であったことを改めて想起しました。

FRENCH CANCAN 1954 5.jpg ラストの、ムーラン・ルージュの客席のあちこちからフレンチ・カンカンのダンサーが沸いて出てきて、クライマックスのフレンチ・カンカンの大演舞に繋がっていくシーンは、美しいカラー映像と相俟って圧巻です。さすが画家ルノワールの次男! 「ピクニック」('36年)ではモノクロで印象派の世界を再現してみせましたが、カラーで豊かな色彩表現を見せています(ただし、映画の中ではロートレックの絵が多用されている)。

 細かいプロットもよく出来ていました。去っていった王子はいい人だったなあ。王子には気の毒だったけれども、最後は、残された人はみんな幸せになれそうな雰囲気で、ラストシーンはみんなカップルになっていました。ただ笑わせるだけの役回りだと思っていたダングラールの部下の長身の芸人ガジミール(フィリップ・クレイ)の隣にも彼女と思しき女性がいるし、恋人ニニをダングラールに持っていかれ嫉妬心の抑制がきかなかったポーロ(フランコ・パストリーノ)の傍らにも、ニニのかつての同僚で、「ムーラン・ルージュ」の踊子の採用試験に落ちて今も洗濯女をしているテレーズ(アニック・モーリス)が傍にいました。なんだか、気配りの行き届いた映画のように思えました。

フレンチ・カンカン ジャン・ギャバン.jpg 裏を返せば、王子が去った後に結ばれないのはダングラールとニニだけであり、ダングラールは楽屋に籠ってしまったニニに、「オレは籠の鳥にはなれない」と言っていましたが(説得するつもりが開き直りになっていた(笑))、これが一般的な家庭というものを持ち得ないダングラールの性(さが)であると同時に、興行に人生を賭けた人間の厳しさということなのかもしれません(この厳しさは、踊りにすべてを賭けることにしたニニにも当てはまる)。

フレンチ・カンカン156.jpg この映画は、公開時には興行的に成功しましたが、やがて1950年代末にフランスで始まったにヌーヴェルバーグが隆盛となり、後の批評家たちによって退屈な映画だとして無視されてしまったようです。それがまた最近になって、「ベル・エポック」と呼ばれる時代に、大衆芸能の世界にも新しい現実感覚を示すような創造性豊かな表現方法の革新があったことを、興行の世界だけでなく町の様子や人々の風俗と併せて色彩豊かに描いた作品として再注目されています。

 個人的にも、昔はこんな映画は観に行かなかったでしょうが、だんだんこうした映画が快く、また何となく懐かしく感じられるようになった昨今です(やはり年齢のせいか?)。そう言えばジャン・ギャバンって「レ・ミゼラブル」('57年)のような文芸大作にも出演していて、今まで数多く映画化されたその作品でも「歴代最高」との評価を得ています。

ジャン・ギャバンフランソワーズ・アルヌール in「ヘッドライト」('56年)/ジャン・ギャバン in「レ・ミゼラブル」('57年)
「ヘッドライト」('56年)ジャン・ギャバン.jpg les_miserables01jw.jpg 

フランソワーズ・アルヌール1958.jpgフレンチ・カンカン0.jpg「フレンチ・カンカン」●原題:FRENCH CANCAN●制作年:1954年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン・ルノワール●製作:ミシェル・ケルベ●撮影:ルッツ・ライテマイヤー●音楽:ジョルジュ・ヴァン・パリス●時間:102分●出演:ジャン・ギャバン/フランソワーズ・アルヌール/マリア・フェリックス/アンナ・アメンドーラ/ヴァルテジャン=ロジェ・コシモン/ジャンニ・エスポジート/フランコ・パストリーノ/アニック・モーリス/ミシェル・ピッコリ/エディット・ピアフ●日本公開:1955/08●配給:東和●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(20-12-16)(評価:★★★★)

フランソワーズ・アルヌール

Francoise Arnoul (1958)

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実写と見紛うCG。「大人の寓話」的要素の強い原作であることを再認識した。

Disney's クリスマス・キャロル  2009.jpg Disney's クリスマス・キャロル01.jpg  クリスマス・カロル 新潮文庫.bmp クリスマス・キャロル (角川文庫).jpg
Disney's クリスマス・キャロル [DVD]」『クリスマス・カロル (新潮文庫)』(村岡花子:訳)『クリスマス・キャロル (角川文庫)』['20年/越前敏弥:訳]
Disney's クリスマス・キャロル1.jpgDisney's クリスマス・キャロル 56.jpg スクルージ&マーレイ商会を営んでいた初老の男スクルージは冷酷で無慈悲な人間で、彼を知る者の多くはエゴイストのスクルージを忌み嫌い、仕事仲間であったマーレイの葬儀の際にも布施を出し渋るばかりか、亡骸の瞼に置かれた冥銭を持ち去るほど金に取り憑かれた男であった。葬儀から7年後のクリスマスイブの夜、亡霊となったマーレイが彼を訪ねてきた。生前、会計事務所に籠って人生を無駄にした自分の愚かさを嘆き、犯した罪の分だけ重Disney's クリスマス・キャロル45.jpgく長くなった鎖に囚われた自らの姿を指して、このままでは「お前も同じ運命を辿る」と忠告をしにきたのだ。そして「お前のもとに3人の精霊が現れる」と言い残して去っていく。程なくして最初の精霊がスクルージの前に姿を現した。彼はスクルージの過去のクリスマスの精霊だと自らを名乗った―。

"A Christmas Carol (Bantam Classic)"
A Christmas Carol (Bantam Classic).jpg 2009年のアメリカ映画で、原作は勿論あの有名なチャールズ・ディケンズが1843年に発表した小説『クリスマス・キャロル』。何しろ、英国では一時家族でクリスマスを祝う風習が廃れていたのが、この小説のお陰で一気に復活し、今に続いている言われているほどの作品です。

Disney's クリスマス・キャロル2.jpg 監督は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」('85年)、「ロジャー・ラビット」('88年)、「フォレスト・ガンプ/一期一会」('94年)のロバート・ゼメキスであり、「ポーラー・エクスプレス」('04年)、「ベオウルフ/呪われし勇者」('07年)で駆使した3D:CGアニメーション技術を更に発展させたCG技術が使われています。具体的には、通常のモーション・キャプチャーなら数台から10数台程度A CHRISTMAS CAROL 2009 performance capture2.jpgA CHRISTMAS CAROL 2009 performance capture.jpgのカメラで身体の主要な部分に取り付けた数十のガラス球(マーカー)を観測するところを,この映画では200台ものカメラを用意し、マーカーは,ボディ部に約60個に対し、顔面と頭皮には153個も着けてデータを計測しています。表情から指先までしっかりと観測し、俳優の微妙な演技をCGキャラに伝えることができるので、これを「パフォーマンス・キャプチャー」と呼ぶそうです。奥行きの表現が豊かになり、実写と見紛うほどで、かつての、登場人物が皆のっぺりしていて、プラスチック粘土か何かに見えるCG映画からは、格段の進歩を遂げたと言えるでしょう。

ゲイリー・オールドマン、コリン・ファース.jpg ジム・キャリー、ゲイリー・オールドマン、コリン・ファース、ケイリー・エルウィズといった芸達者が声を担当し、しかもジム・キャリーはスクルージの子供時代から今の大人までの4役に加え3人の亡霊役の全7役、ゲイリー・オールドマンはマーレイとティムの2役、ボブ・ホスキンスも2役、ケイリー・エルウィズは脇役4役とそれぞれ複数役をこなしています。ジム・キャリーが声を担当したスクルージもそうですが、ゲイリー・オールドマンのクラチット(スクルージの事務所で働く事務員)やコリン・ファースのフレッド(スクルージの甥)のアニメは本人とよく似ています。モーション・キャプチャーと原理は同じだから、声だけでなく実際に演技したということでしょうが、「顔芸」も反映されているようです(ジム・キャリーの場合は、スクルージはスクルージ、亡霊は亡霊で別々に撮ったのだろなあ。でも、何れも動きがジム・キャリーっぽい)。

ゲイリー・オールドマン/コリン・ファース(2009)
  
Disney's クリスマス・キャロル7.jpg テクニカルな面はともかく、セリフが原作をかなり忠実に追っているのがいいです。アクションや表情はCGで大袈裟になっていますが、原作を捻じ曲げなかったのは良かったと思います(ディズニー映画は往々にして原作の"毒"の部分を消してしまうことがある)。ただ、結果的に、精巧なCGによる見た目のリアルさと相俟って、大人は楽しめるけれども、極々小さい子どもには怖く感じられる部分もあったように思います。

Disney's クリスマス・キャロル 3.jpg この話は一面で、主人公の金持ちのスクルージが、(ユダヤ人には金持ちが多い)、禁欲的(スクルージやマーレイは贅沢はしていない)で貯金を良しとするユダヤ人の価値観を捨てて、キリスト教徒的価値観を受け入れる話とも読めます。一方で、イエスの誕生や復活を祝うという色合いはさほど強くなく、ディケンズはクリスマスをプディングと七面鳥の日にしてしまったという批判があるくらいです。

IMG_20201223_160122.jpg そもそもこの映画(原作)のテーマは何か。個人的には、過去を振り返って今の自分を見つめ直した時、今の自分はかつてなりたかった自分と一致しているだろうかを振り返ってみよ!ということではないかと思っています。

A CHRISTMAS CAROL 2009es.jpg 長い鎖を引き摺って死後7年間彷徨っているスクルージのかつての同僚マーレイの幽霊は、ある意味、資本主義社会における人間疎外の象徴であり、その幽霊が去っていくとき、スクルージが窓の外から眺めた夜空には、同じように鎖を引き摺る多くの幽霊で満たされていたというのは、アニメで見ると却って怖いかもしれません。寓話的ですが、「大人の寓話」的要素の強い原作であることを、アニメを観て改めて認識させられました。

A CHRISTMAS CAROL 2009  t.jpgDisney's クリスマス・キャロル4.jpg「Disney's クリスマス・キャロル」●原題:A CHRISTMAS CAROL●制作年:2009年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ロバート・ゼメキス●製作:ロバート・ゼメキス/スティーヴ・スターキー/ジャック・ラプケ●撮影:ロバート・プレスリー●音楽:アラン・シルヴェストリ●原作:チャールズ・ディケンズ「クリスマス・キャロル」●時間:97分●出演:ジム・キャリー/ゲイリー・オールドマン/コリン・ファース/ボブ・ホスキンス/ロビン・ライト・ペン/ケイリー・エルウィズ/ダリル・サバラ/フェイ・マスターソン/レスリー・マンヴィル/モリー・C・クイン●日本公開:2009/11●配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・モーション・ピクチャーズ・ジャパン(評価:★★★☆)

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バルタザールは何の象徴なのか。バルタザールにとって死は幸福だったと示唆しているのか。

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バルタザールどこへ行く HDマスター ロベール・ブレッソン [DVD]」チラシ

バルタザールどこヘ行くド.jpg ピレネーのある農場の息子ジャックと教師(フィリップ・アスラン)の娘マリーは、ある日一匹の生れたばかりのロバを拾って来て、バルタザールと名付けた。10年後、バルタザールは鍛冶屋の苦役に使われていたが、苦しさに耐えかねて逃げ出し、マリーのもとへ。久しぶりの再会に喜んだマリー(アンヌ・ヴィアゼムスキー)は、その日からバルタザールに夢中になる。これに嫉妬したパン屋の息子ジェラール(フランソワ・ラファルジュ)を長とする不良グループは、ことあるごとに、バルタザールに残酷な仕打ちを加える。その頃、マリーの父親と農場主との間に訴訟問題がもち上り、十年ぶりにジャック(ヴァルター・グリーン)が戻って来た。しかし、マリーの心は、ジャックから離れていた。訴訟はこじれ、バルタザールはジェラールの家へ譲渡された。バルタザールの身を案じて訪れて来たマリーは、ジェラールに誘惑される。その現場をバルタザールはじっとみつめていた。その日から、マリーは彼等の仲間に入り、バルタザールから遠のく。訴訟にマリーの父親は敗れるが、ジャックは問題の善処を約束、マリーに求婚した。心動かされたマリーは、すぐにジェラールたちに話をつけに行くが、仲間四人に暴行されてしまう―。

バルタザールどこヘ行くロード.jpg ロベール・ブレッソン監督の1966年作品で、第27回ベネチア国際映画祭審査員特別表彰(サン・ジョルジョ賞)をはじめ、フランス映画批評家協会賞(ジョルジュ・メリエス賞)などを多くの賞を受賞した作品です(日本公開前に「バルタザールが行きあたりばったり」という訳題で紹介された)。ブレッソンが長年映画化を望んだ本作は、聖なるロバ"バルタザール"をめぐる現代の寓話であり、ドストエフスキーの長編小説「白痴」の挿話から着想し(ドストエフスキーの長編は、しばしば本筋を"脱線"して長大な挿話が入ることが多いが、これもその1つか)、一匹のロバ"バルタザール"と少女マリーの数奇な運命を繊細に描いています。

 マリーの両親は誇り高さゆえに没落し、マリーは不良少年ジェラールに拐かされ悪徳の道に墜ちていき、そして、不良少年らに暴行されたマリーが村から消えて、彼女の父親は落胆のあまり死に、バルタザールは、ジェラールの密輸の手仕いをさせられた挙句、ピレネー山中で税関との銃撃戦に巻き込まれ斃れる―というように、人間の欲望と愚かさが横溢し、誰も幸せにならない(バルタザールを含め)、と言うより、不幸になることを運命づけられているような話でした。

バルタザールどこヘ行く3.jpg 最初は、ロバのバルタザールを巡ってのマリーの話かと思ましたが、最後はマリーもいなくなり、振り返ってみれば、バルタザールが主人公のような映画でした(演技をしない主人公であることが特殊だが)。では、マリーの母(ナタリー・ジョワイヨー)が「聖なるロバ」と呼ぶ(そう呼ぶのは彼女だけだが)バルタザールは何の象徴なのか。キリストの象徴というのは、比較的すんなり受け入れる人とそうでない人がいるかと思います(個人的にはその中間くらいなのだが)。

 ブレッソン監督の作品は、イングマール・ベルイマン、ジャン・リュック・ゴダール、アンドレイ・タルコフスキーといった錚々たる映画監督たちを魅了してきたことでも知られていますが、例えば、ベルイマンとゴダールの評価を見てみると、この作品の後に続く「少女ムシェット」('67年/仏)に対しては両監督とも高い評価であるのに対し、この「バルタザールどこへ行く」は、ゴダールは高く評価したのに対し、ベルイマンは「さっぱりわからん」と言ったとか。やはり、それくらいのクラスでも、バルタザールの象徴性のところで、合う合わないが出てくるのではないでしょうか(ブレッソンは、「説明をしない」ことで知られている監督と言ってもいい)。

バルタザールどこへ行く hi.jpg ラストの、羊たちに囲まれてバルタザールが息を引き取ろうとするシーンに、イエス・キリストの磔刑の場面を想起する人もいるようです。一方、悲惨な生涯が終わりを告げるのは、バルタザールにとって幸福だったと示唆しているような気もします。というのは、次作「少女ムシェット」がまさに、悲惨な人生を送る少女が、死によって自らの安寧を得ようとするような作品であるからです。ただ、そう捉えると、バルタザール=キリストというのは、ちょっと違ってくるようにも思います。

バルタザールどこヘ行くes.jpg ストーリー的には、バルタザールがパン屋や不良グループ、サーカス、老人など様々な人の手に渡る中で、その目を通して人間の欲望やエゴや浮彫りになるのが興味深いですが、バルタザールの飼い主の中では、不良のジェラールの仲間であるアルノルド(ジーン・クラウド・ギルバート)というのが一番エキセントリックでした。普段は大人しくバルタザールの面倒を見ていたのが、酒が入ると人が変わったかのように狂暴になり、堪らず逃げ出したバルタザールがサーカスに拾われたのを再度迎えに訪れ、また飼うことに。やがて遺産を相続して貧困から脱するも、不良グループにたかられた挙句、酔ったままバルタザールの背に乗り、転落死するという、ちょっとエミール・ゾラの小説に出てくる「破滅が運命づけられている」人物みたいでした。そう言えば、この俳優、「少女ムシェット」にも、密猟者の役で出ていました。

アンヌ・ヴィアゼムスキー&ゴダール.jpgアンヌ・ヴィアゼムスキー 中国女.jpg また、少女マリーを演じたアンヌ・ヴィアゼムスキー(1947-2017)は、この作品で女優としてデビューし、翌1967年、ジャン=リュック・ゴダールの「中国女」に主演、同年ゴダールと結婚するも、1979年に離婚しています。彼女には小説家や脚本家としての作品があり、フランスでは著書を原作にしばしば映画化される人気作家で、テレビ映画の監督もしています。でも、この映画の頃は18歳になったばかりで、"素"な美しさがロベール・ブレッソン監督のドキュメンタリー調の演出の中で映えているように思いました(ゴダールが惚れたのも無理ない?)

グッバイ・ゴダール!1.jpgグッバイ・ゴダール!.jpg 近年では、ヴィアゼムスキーの自伝的小説『彼女のひたむきな12カ月』の1年後が描かれた『それからの彼女』がミシェル・アザナヴィシウス監督により「グッバイ・ゴダール!」として映画化されていて、1960年代後半のパリを舞台に、映画監督ジャン=リュック・ゴダールとその当時の妻アンヌ・ヴィアゼムスキーの日々が描かれるコメディ映画とのこと。第70回カンヌ国際映画祭にて主要部門パルム・ドールに出品されたのち、フランスで2017年9月13日に公開されていますが、ヴィアゼムスキーは同年10月5日に満70歳で亡くなっています。

「グッバイ・ゴダール!」('17年/仏)ルイ・ガレル/ステイシー・マーティン

アンヌ・ヴィアゼムスキー in「バルタザールどこへ行く」('66年)/「中国女」('67年)
バルタザールどこヘ行くages.jpgアンヌ・ヴィアゼムスキー 中国女2.jpg「バルタザールどこへ行く」●原題:AU HASARD BALTHAZAR●制作年:1966年●制作国:フランス・スウェーデン ●監督・脚本:ロベール・ブレッソン●製作:マグ・ボダール●撮影:ギスラン・クロケ)●音楽:フランツ・シューベルト/ジャン・ヴィーネ●時間:96分●出演アンヌ・ヴィアゼムスキー/フランソワ・ラファルジュ/フィリップ・アスラン/ナタリー・ジョワイヨー/ヴァルター・グリ1シネマカリテブレッソン.jpgーン/ジャン=クロード・ギルベール/ピエール・クロソフスキー●日本公開:1970/05●配給:ATG●最初に観た場所:新宿シネマカリテ(20-11-05)(評価:★★★★)

新宿シネマカリテ(20.11.05)

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テンポが良くて明るいのがベルモントらしい。「ルパン3世」や「コブラ」のルーツ的作品。

「警部」(ジョルジュ・ロートネル)1.jpg 「警部」(ジョルジュ・ロートネル)3.jpg 「警部」(ジョルジュ・ロートネル)2.jpg
ジャン=ポール・ベルモンドの警部 [DVD]
「警部」es.jpg 南仏マルセイユでは、警察官が暗黒街から賄賂を貰い、麻薬、恐喝、売春などの犯罪を黙認してたが、ある日モーテルで地元警察の警部が娼婦と一緒のところを殺された。背後に暗黒街の影がちらつく中、パリから一人の男がやって来る。彼の名は、スタニスラス・ボロウィッツ(ジャン=ポール・ベルモンド)、またの名をアントMarie Laforêt Flic ou Voyou.jpgニオ・セルッティ。その行状から一見悪党にも見え、警察に逮捕されたりもするが、実は別名"洗濯屋"と呼ばれる、自らの身分を隠して他の警察官を監督する警部だった。彼は早速、身分を隠して地下組織に潜り調査を開始、殺された警部の未亡人(マリー・ラフォレ)に接近し、彼女を通して事件の真相に迫るが、一方、警察内では暗黒街の組織と通じて彼を葬り去ろうとする計画が進んでいた―。

ジャン・ポール・ベルモンド傑作選.jpg '79年フランス公開作で、ミシェル・グリリアの原作を基に「さらば友よ」('68年)、「パリ警視J」('84年)のジャン・エルマンが脚色し、撮影は「死刑台のエレベーター」('58年)、「太陽がいっぱい」('60年)、「サムライ」('67年)のアンリ・ドカエ、音楽は「最後の晩餐」('72年)、「暗黒街のふたり」('73年)、「テス」('80年)のフィリップ・サルド、監督はベルモンドとはこの作品以降、「プロフェッショナル」('81年)、「ソフィー・マルソー/恋にくちづけ」('84年)など4本の作品でコンビを組む、アクション活劇を得意とするジョルジュ・ロートネル(1926-2013)です。

 このように、ある程度"面子"が揃っている割には、1980年11月にフランス映画際の1本として上映されただけで、その後も名画座で数回上映されたのみという不遇の作品で、その後'88年に「ジャン・ポール・ベルモンドの警視コマンドー」のタイトルでビデオ化されましたが(アーノルド・シュワルツェネッガー主演の「コマンドー」('85年/米)を意識した?)、やがて廃盤になり、'07年にやっと「ジャン=ポール・ベルモンドの警部」のタイトルでDVD化され、ただし、どういう訳かブルーレイ化されないまま今['20年]に至っています。それが今回、新宿武蔵野館での特集「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選」でHDリマスター版による40年ぶりの劇場公開となりました。
     
「警部」ges.jpg 観ていてテンポがいいと思いました。ベルモント演じる男は、革ジャン・革ブーツで白いクラシックのスポーツカーをぶっ飛ばして登場するや、マリー・ラフォレ演じる警部の未亡人の家に乗り付け、車ごと窓をぶち破って侵入、自らセルッティと名乗り、カナダの刑務所から出所してきたばかりであり、殺されたのは妹だと自己紹介して金を請求する―どこの無法者かと思いきや実は刑事ということで、ただしこれは邦題がネタバレ気味でしょうか(原題は FLIC OU VOYOU(COP OR HOOD)、つまり「刑事か無法者か」)。
 
「警部」Flic-ou-voyou-de-Georges-Lautner-1979.jpg ただ、もう一つ大きなJulie-Jezequel-dans-Flic-ou-Voyou.jpgヤマがあって、ボロウィッツは二つの組織を対立させて自滅に追い込む黒澤明の「用心棒」みたな戦略をとるのですが、警察内部にも暗黒組織に通じた側にはボロウィッツを陥れようとする罠があって、ボロウィッツがどこまでそれに気が付いているかが分からず、観ていてはらはらさせられることです。一方で、ボロウィッツには娘(ジュリー・ジェゼケル)がいて、ホームドラマ的な親子問題も微妙に(時にユーモラスに)絡んで、さらに極力スタントマンを使わず体を張ってやっているアクションの部分にもユーモラスな場面があり、全体としてコメディ・アクション映画と言えるものになっています。

i「警部」ages.jpg この明るさが、アラン・ドロンのギャング映画などとは大きく異なる点で、フランスではアラン・ドロンより人気があるということですが、日本でも、ボロウィッツの人物造型はモンキー・パンチの「ルパン3世」や寺沢武一の「コブラ」に影響を与えたと言われてます。その割にはあまり注目されてこなかったようにも思いますが、相まみえてみると、意外と楽しめた作品でした。
     
IMG_20201112_183719.jpgIMG_20201112_183526.jpg「警部(ジャン=ポール・ベルモンドの警部)」●原題:FLIC OU VOYOU(COP OR HOOD)●制作年:1978年●制作国:フランス●監督:ジョルジュ・ロートネル●製作:アラン・ポワレ●脚本:ジャン・エルマン/ミシェル・オーディアール●撮影:アンリ・ドカ●音楽:フィリップ・サルド●原案:ミシェル・グリリア●時間:108分●出演:ジャン=ポール・ベルモンド/マリー・ラフォレ/ジョルジュ・ジェレ/ジャン=フランソワ・バルメ/クロード・ブロッセ/トニー・ケンドール/ミシェル・ボーヌ/カトリーヌ・ラシェン/ジュリー・ジェゼケル●日本公開:1980/11●配給:エデン●最初に観た場所:新宿武蔵野館(20-11-12)(評価:★★★☆)

新宿武蔵野館(2020.11.12)

 VHS 警視コマンドー.jpg

 

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CGを使わない分、昔のアクション映画の方がスリルがあったことの証左のような映画。

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【ビデオ】 恐怖に襲われた街 (VHS)

 パリの高級マンションに住むノラ・エルメール(レア・マッサリ)が17階の自分の部屋の窓から飛び降りて死んだ。死の直前に、何者かに脅迫されていると警察に訴え出た直後だった。パリ警察きっての腕利き警部ルテリエ(ジャン=ポール・ベルモンド)が捜恐怖に襲われた街 kangosi.jpg査にあたることになったが、ミノスと名乗る謎の男から彼に電話がかかってくる。事件の犯人だと話すミノスは、連続殺人を予告してくるのだった。そして、次には、多くの男との情事を重ねていた女性が犠牲となる。パリの街が恐怖に包まれる中、ルテリエは次の標的である看護師のエレーヌ(カトリーヌ・モラン)の警護にあたるが、エレーヌもミノスの罠にはまり殺されてしまう。彼女の死によって意外な犯人の正体が明らかになるのだが、ルテリエは次の犠牲者がポルノ女優のパメラ・スイートであることを突きとめると、彼女の自宅であるマンションへと向かう。だが、すでに到着していたミノスは、パメラを人質に取った上に部屋に爆弾を仕掛けていた―。

IMG_20201203_164015.jpg 「地下室のメロディー」('63年)「シシリアン」('69年)のアンリ・ヴェルヌイユ監督の1975年公開作で、「ジャン=ポール・ベルモンドの恐怖に襲われた街」との邦題が使われることもあるポリス・アクション映画。アンリ・ヴェルヌイユとベルモンドのタッグで、音楽もエンニオ・モリコーネという作品ですが、ストーリーがやや凡庸なせいか、公開当時あまり話題にならなかったようです。一応、ビデオ化されましたが、その後ソフト化されることもなく、それが今回、新宿武蔵野館での特集「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選」でHDリマスター版による45年ぶりの劇場公開となりました。

新宿武蔵野館(2020.12.3)
    
恐怖に襲われた街2.jpg 見所はストーリーではなくアクションでした。ジャン=ポール・ベルモンドはノー・スタントでスレート屋根を跳び、列車の屋根を走ってトンネルでは身を伏せ、最後はヘリにワイヤーでぶら下がってビルの25階の窓を破って突入します。この映画が、後のジャッキー・チェンやスティーブ・マックイーン、チャック・ノリスなど、多くのアクションスターに影響を与えたというのも頷けます。

 スティーヴ・マックイーンも「ハンター」('80年/米)でシカゴの地下鉄の屋根に上っています。デパートの中へ逃げ込んだ犯人を追うシーンは、ジャッキー・チェンの「ポリス・ストーリー/香港国際警察」('85年/香港)にもありました。高層ビルにロープ一本で突っ込むシーンは「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」('11年/米)にもあったので、それをスタントを使わずにやったトム・クルーズも、この映画でアクションに体を張るベルモンドの影響を受けているのかもしれません。

「恋愛日記」トリュフォー.jpg恐怖に襲われた街 aibo.jpg ルテリエの相棒のモアサック刑事に扮するシャルル・デネは、ルイ・マル監督の「死刑台のエレベーター」('57年)では、リノ・ヴァ死刑台のエレベーター9.jpgンチュラ演じる警部の相方の警部補で、リノ・ヴァンチュラと交互にモーリス・ロネを尋問していました。主演作「恋愛日記」('77年/仏)など、フランソワ・トリュフォー監督の作品にもよく出ていた性格俳優です。この作品では"筋肉"で事件を解決することをモットーとするルテリエに比べれば特に見せ場は無いものの、抑制の効いた味のある演技を見せています。

恐怖に襲われた街 lea.jpgL_avventura_(1959)_Antonioni.jpg また、冒頭でネグリジェ姿で登場し最初に死んでしまう女性ノラ・エルメール役のレア・マッサリは、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「情事」('60年/伊)で、物語の序盤で行け不明になる娘アンナ役を演じていました。この作品の15年前ですが、そう言えば、当時からちょっとキツイ感じだったかも。 

恐怖に襲われた街 ja.jpg恐怖に襲われた街  han.jpg こうした役者陣も含め、個々の見所はありますが、犯人が結構しょぼい割には、ルテリエが警護しててもカトリーヌ・モラン演じる看護師のエレーヌを守れなかったりするので、やはりストーリー面で弱いでしょうか(まあ、「007シリーズ」だって、ジェームズ・ボンドはいっぱい女性を死なせてしまっているが)。結局、この作品の一番の見所はジャン=ポール・Henri Verneuil explique à Jean-Paul Belmondo.jpgean-Paul Belmondo se tient prêt pour une cascade.jpgベルモンドのアクション―ということに行き着きます。「CGなどを使わない分、昔のアクション映画の方がスリルがあった」ということの証左のような映画でした。
     

Henri Verneuil explique à Jean-Paul Belmondo


0070恐怖に襲われた街.jpg「恐怖に襲われた街(ジャン=ポール・ベルモンドの恐怖に襲われた街)」●原題:PEUR SUR LA VILLE(英:FEAR OVER THE CITY)●制作年:1975年●制作国:フランス・イタリア●監督・脚本:アンリ・ヴェルヌイユ●製作:ャン=ポール・ベルモンド/アンリ・ヴェルヌイユ●撮影:シャルル=アンリ・モンテル●音楽:フエンニオ・モリコーネ●時間:126分●出演:ジャン=ポール・ベルモンド/シャルル・デネ/レア・マッセリ/アダルベルト・マリア・メルリ/ジョヴァンニ・チャンフリーリア/ジャン・マルタン/カトリーヌ・モラン●日本公開:1975/07●配給:コロムビア●最初に観た場所:新宿武蔵野館(20-12-03)(評価:★★★☆)

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3つの謎+最後の謎。いろいろ考えていくと際限がない。映画化作品では...。

黒猫・モルグ街の殺人事件 (岩波文庫.jpg黒猫/モルグ街の殺人 (光文社古典新訳文庫).jpg 黒猫 (集英社文庫).jpg  黒猫の怨霊.jpg
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 語り手(主人公)は幼い頃から動物好きで、妻も動物好きであったため、様々な動物をペットにしていた。その中でもプルートーという黒猫は特に美しく、また語り手によくなついていた。しかし、語り手は次第に酒乱に陥るようになり、不機嫌に駆られて飼っている動物を虐待するように。それでもプルートーにだけは手を挙げないでいたが、ある日、プルートーに避けられているように感じ、捕まえて衝動的にその片目を抉り取ってしまう。当初は語り手も自分の行いを悔いていたが、その後も募る苛立ちと天邪鬼の心に駆られ、ある朝とうとうプルートーを木に吊るし殺してしまう。その晩、語り手の屋敷は原因不明の火事で焼け落ち、彼は財産の大半を失う。そして奇妙なことに、唯一焼け残った壁には首にロープを巻きつけた猫の姿が浮き出ていた。その後、良心の呵責を感じた語り手はプルートーによく似た猫を酒場で見つけて家に持ち帰り、始めは妻とともに喜び合っていたが、しかしその猫がプルートーと同じように片目であることに気付くと、次第にこの猫に嫌悪を感じるようになる。その上、その猫の胸の白い斑点が次第に大きくなって絞首台の形になり、黒猫の存在に耐え難くなった語り手は、ある日発作的に猫を手にかけようとするが、妻が割り込み止めようとしたために逆上し、妻を殺害してしまう。語り手は死体の隠し場所として、地下室の煉瓦の壁に塗りこめて警察の目を誤魔化す。捜査が地下室にまで及び、それでも露見する気配がないと見た語り手は、調子に乗って妻が塗り込められている壁を叩く。すると、その壁からすすり泣きか悲鳴のような奇妙な声が聞こえてきた。異変に気付いた警察の一団が壁を取り壊しにかかると、直立した妻の死体と、その頭上に座り、目をらんらんと輝かせたあの猫が現れる。語り手は妻とともに猫を壁のなかに閉じ込めてしまっていたのであり、その猫によって絞首刑にかけられる運命を負わされたのだった―。

 1843年8月に「U・S・サタデーポスト」に発表されたエドガー・アラン・ポー(1809 - 1849)の短編小説。この話には主に3つの謎があるとされていて、
  1.焼け跡の壁に黒猫の姿が残っていたこと、
  2.新たに来た黒猫の胸の白斑が絞首台の形になったこと
  3.ラストシーンで黒猫の叫びが聞こえたこと
の3つがそれですが、エドガー・アラン・ポーという人は超自然現象とかを信じていなかったそうで、作品もそれを反映しているそうです。

 第1の焼け跡の壁に黒猫の姿が残っていたことは、語り手自身がおそらくこういうことだろうと冷静に分析しています。つまり、絞殺された猫の死体を誰かが部屋に投げ入れ、それが、塗ったばかりの壁に押し付けられて、石灰質、火災および死骸のアンモニアの作用があって、そうした形象が作られたと。一方、第2の、新たに来た猫の胸の白斑が絞首台の形になったことの謎は、(物理主義から一気に心理主義の解釈になるが)主人公の罪の意識の反映か、乃至はそれにアルコール中毒による譫妄が重なった可能性が考えられると思います。それらに対し、3つ目の、ラストシーンで黒猫の叫びが聞こえたことは、ちょっと説明がつきにくく、こうして次第に普通には説明しきれなくなっていくように事態が進行していくところが、この作品の上手さだと思います(どこかの読者が、壁から聞こえた奇妙な声は、死体の体内から漏れたガスの音だと推理していた)。

 でも、3つの謎もさることながら、別にもう1つ「最後の謎」として、そもそも、ラストの崩された壁から現れた妻の腐乱死体の頭のところに蹲っていた黒猫とは、死体を埋める時にうっかり猫もいっしょに埋めてしまった(無意識にそこまでやるだろうか)その猫の死体なのか、それとも、壁の作業の際またはその後にどこからかそこに紛れ込んで今も生きている猫なのか、いろいろ考えていくと際限がありません。ポーの作品では何ら超自然的な現象は起きていないという、その前提で臨むからこそ、こうした様々な不思議に思いを馳せることになり、そこもまた上手さだと思います。

 この作品は何度か映画化されていますが、リチャード・マシスン(「激突!」('73年))が脚色し、「低予算映画の王者」「B級映画の帝王」と呼ばれるロジャー・コーマンが監督、ピーター・ローレTales of Terror 1962 1.jpg(「マルタの鷹」('41年))が主演した「黒猫の怨霊」('62年)を観ました。原題は"Tales of Terror"。3部作のオムニバス映画で、第1話「怪異ミイラの恐怖」、第2話「黒猫の怨霊」、第3話「人妻を眠らす妖術」。原作はそれぞれポーの作品である「モレラ」、「黒猫」、「ヴァルデマー氏の症例」。映像版の全てのエピソードにヴィンセント・プライスが出演しています。第2話「黒猫の怨霊」のあらすじは以下の通り。
        
Tales of Terror 1962 -.jpg 酒好きのモントレソー(ピーター・ローレ)は妻のアナベル(ジョイス・ジェイムソン)と二人暮らしの気易さから、毎夜酒場で大酒を呑んでいた。ある夜、酒代を妻に押さえられた彼は利き酒の会場にまぎれ込み、その名人フォルチュナト(ヴィンセント・プライス)に挑戦して酔い潰れてしまう。一方、淋しさのあまり黒猫を溺愛していたアナベルは、夫を送って来てくれたフォルチュナトと深い仲になってしまった。それを夫モントレソーに見つかり、二人は殺害された上、地下室の壁に塗り込まれてしまう―。

Tales of Terror 1962 2.jpg ということで、ヴィンセント・プライスはここでは、原作に全く登場しない、主人公の妻と一緒に殺害される間男という風にされています(笑)。しかしながら、これでも、20世紀に作られた数ある「黒猫」を原作とする映画の中で、最も原作に忠実に作られている作品だそうです(Sova, Dawn B. (2001). Edgar Allan Poe, A to Z)。ピーター・ローレの終始酔っぱらっている演技はなんだかゆったりしていて、殺害されるヴィンセント・プライスの方もどこかユーモラスと言うか悲喜劇風で、3部作の中でもコミカルに仕上がっています。

Tales of Terror 1962 3.jpg ラストも全く気色悪さは無く(壁に塗り込められるというより、煉瓦壁で覆い隠しているだけであるため、壁の向こう側に隙間があって、猫はしっかり生きている。何らかの機会に壁の向こう側にいったと推察可能か)、ホラーが苦手な人にもお薦めです。ピーター・ローレ、ヴィンセント・プライスの演技が愉しめる作品で、残り2つの短編の主人公はヴィンセント・プライスで、内容的には結構おどろおどろしいのですが、この第2話「黒猫の怨霊」は完全にピーター・ローレが主人公と言え、しかTALES OF TERROR._V1_.jpg黒猫の怨霊ges.jpgも、ユーモラスなブラック・コメディ仕様で、出来栄え的には三作の中で頭一つ抜きん出ています。因みに、殺される妻を演じたジョイス・ジェイムソンは、「アパートの鍵貸します」('60年)の金髪女性役など多数の作品に出演、私生活では結婚しながらもロバート・ヴォーンの長年のガールフレンドでしたが、うつ病に苦しんでいた1987年、54歳で薬物の過剰服用により自殺しています。
Joyce Jameson
Joyce Jameson 3.jpgJoyce Jameson1.jpgTales of Terror 1962.jpg「黒猫の怨霊」●原題:TALES OF TERROR●制作年:1962年●制作国:アメリカ●監督・製作:ロジャー・コーマン●脚本:リチャード・マシスン●撮影:フロイド・クロスビー●音楽:レス・バクスター●原作:エドガー・アラン・ポー「モレラ」、「黒猫」、「ヴァルデマー氏の症例」●時間:88分●出演:ヴィンセント・プライス/マギー・ピアース/ピーター・ローレ/ベイジル・ラスボーン/ジョイス・ジェイムソン/デブラ・パジェット●日本公開:1964/05●配給:大蔵(評価:★★★☆)

【1951年文庫化[新潮文庫(『黒猫・黄金虫』(佐々木直次郎:訳))/1966年再文庫化[旺文社文庫(『黒猫・黄金虫』(刈田元司:訳))/1966年再文庫化[角川文庫(『黒猫・黄金虫』(大橋吉之輔:訳))]/1971年再文庫化[講談社文庫(『黄金虫・黒猫・アッシャー家の崩壊』(八木敏雄:訳))]/1974年再文庫化[創元推理文庫(『ポオ小説全集1』(阿部知二:訳))]/1985年再文庫化[偕成社文庫(『ポー怪奇・探偵小説集(1)』(谷崎精二:訳))]/1992年再文庫化[集英社文庫(『黒猫』(富士川義之:訳))]/2006年再文庫化[光文社古典新訳文庫(『黒猫/モルグ街の殺人』(小川高義:訳)))]/2009年再文庫化[新潮文庫(『黒猫・アッシャー家の崩壊 ポー短編集I ゴシック編』(巽孝之:訳))]/2010年再文庫化[中公文庫(『ポー名作集』(丸谷才一:訳))]】

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サウジ初の女性監督による、すべて国内で撮影し、すべてサウジ俳優が演じた初の映画。

少女は自転車に乗って.jpg 少女は自転車に乗って01.jpg ハイファ・アル=マンスール.jpg 
少女は自転車にのって [DVD]
少女は自転車に乗って02.jpg 10歳のおてんば少女ワジダ(ワアド・ムハンマド)は男友達のアブダラ(アブドゥルラフマン・アル=ゴハニ)と自転車競争をしたいのだが、厳格なイスラームの戒律と習慣を重んじる周囲の少女は自転車にのって1.jpg大人たちはワジダが自転車に乗ることにもアブダラと遊ぶことにも否定的だった。ある日、雑貨店できれいな自転車を見つ少女は自転車にのってes.jpgけたワジダは一目でその自転車を気に入ってしまう。なんとしてもその自転車を手に入れようとワジダはミサンガを売ったり秘密のアルバイトをしたりするが自転車代の800リヤルには届きそうもない。そんな時、学校でコーランの暗唱コンテストが行われることになり、優勝賞金が1000リヤルであることを知ったワジダはコンテストに参加することにする。外で遊ぶことが好きだったワジダはコーランが大の苦手だったが、優勝を目指して猛特訓する―。

Haifaa Al-Mansour
ハイファ・アル=マンスール2.jpg サウジアラビア出身の女性映画監督ハイファ・アル=マンスールの長編デビュー作で、2012年8月にヴェネツィア国際映画祭で初公開され、国際アートシアター連盟賞を受賞しました。サウジアラビア初の女性監督作品で、また、すべての撮影を国内で行い、すべての役柄をサウジの俳優が演じた初の長編映画と言われています。ハイファ・アル=マンスール監督自身は、アメリカ人外交官と共にオーストラリアに移り、シドニー大学で映画学を学んだそうです。

少女は自転車にのってages.jpg 女性差別というものを描いている作品でありながら、その描き方は、主人公のおてんばの女の子ワジダと、彼女のことを想う(故にちょっかいを出したりする)年下の男の子アブダラとのやり取りを軸にした「幼い恋の物語」的に展開させているところが、規制をかいくぐる策ということもあるかと思いますが、上手いと思いました。ラストも良かったと思います(結局、この作品はサウジアラビアでは公開されなかった、と言うより、サウジではかつてはあった映画館そのものがその後禁止されてしまった)。

 ワジダが自転車購入費に充てるためにミサンガ作り以外に励んだ秘密のバイトに、FMアンテナで海外の音楽番組を録音してそれを売ったり、ラブレターの秘密の受け渡しを請け負ったりすることがありますが、こういうのも実際見つかるとサウジではまずいのでしょう。特に後者は、そもそも女性が男性に愛を告白するということがこの国では認められていません。自分の娘が結婚前によその男と話をしたことに怒ってその娘を殺害した父親が、"名誉殺人"として罪に問われなかったことがあったりした国ですからねえ。

WADJDA.jpg 別に彼女らは原始的な生活を送っているわけではなく、アパヤと呼ばれる黒衣の下にワジダが履いていたのはリーバイスのジーンズとコンバースのバスケットシューズだし、彼女はコーランを覚えるのに(自転車を買うためというのが皮肉が効いている)プレステのコーラン暗記アプリを使ったりしています。他の女の子も黒い服の下はファッショナブルであったりしますが、それを男に見られてはいけないということで(歌を歌っているのを聴かれてもいけない)、この男女間のことだけが不自然に厳しい国なのです。

 女性に選挙権は無く、女学校の教師や看護師以外の仕事は期待されておらず、結婚して花嫁となることが与えられた使命で、幼いうちに結婚相手を親などによって決められ、家庭の事情によっては生まれた子が女の子だったらすぐに他家に預けられてしまうといった、世界で最も女性が抑圧されている国の一つです。同じイスラム教国でも、マレーシアなどのように女性の社会進出率が40%と高い国もあり、こうした女性抑圧がイスラム教の教義は無関係なもので、為政者や男性社会が自らの優位性を保つためのものとしか考えられません。

サウジで女性がサッカー観戦.jpgサウジで約35年ぶりに映画館オープン.jpg こうした国の姿勢に対する国際的な女性人権団体からの批判などもあってか、2018年に入り、1月に、女性が男子プロサッカーの試合を観戦することが認められ、4月には、サウジで約35年ぶりに映画館オープンして男女が同席可能になり、6月には、これまで禁止してきた女性が自動車を運転することが認められるようになっています(この映画もこうした動きに寄与したらしい)。

ジャマル・カショギ殺害1.jpgジャマル・カショギ殺害2.jpg これで、サウジアラビアもどんどん変わっていくのかなと個人的には思った矢先、その年の10月にサウジアラビア人記者のジャマル・カショギ氏が在トルコ・サウジアラビア総領事館にて殺害される事件が起き(しかもかなり残忍な手口で)、この国の権力を握る者らの闇の部分を改めて見せつけられた思いがしました。結局、女性への抑圧を緩和したりするのも、さまざまな外からの批判をかわすためにやっているのではないかと思わざるをえません。皇太子が独裁を敷くというのも普通は考えにくいことですが、この映画でもそれを思わせる場面がいくつかあるように、男性主義でかつ長兄主義なのですね、この国は。

 女性が男性に何か命じることの出来ない国なので、この映画の撮影中もハイファ・アル=マンスール監督はクルマの中から指示を出し、かなりの部分は隠し撮りのような状況で撮影されたそうで、サウジの俳優が演じてはいるものの、資金もスタッフもドイツ、ドイツ人が主で、マンスール監督も海外に住み、本格的に映画を学んだのも海外の大学です(但し、映画館はないものの、家庭でのソフトの視聴は可能で、幼少期に子守り代わりとしてレンタル作品をたくさん見せられ、映画製作を志すようになったという)。

 中東アラブでは近年、女性の映画監督の進出が目立っているようですが、サウジアラビアはそもそも映画監督というものが国内にいません。この映画でずっと自転車に反対してたワジダの母親がラストで見せた"態度変容"のようにすっとはいかず、サウジアラビアが変わるにはまだまだ時間がかかるということでしょうか。

少女は自転車にのって 8.jpg「少女は自転車にのって」●原題:WADJDA●制作年:2008年●制作国:サウジアラビア・ドイツ●監督・脚本:ハイファ・アル=マンスール●製作:ゲルハルト・マイクスナー/ローマン・ポールド●撮影:ルッツ・ライテマイヤー●音楽:マックス・リヒター●時間:98分●出演:ワアド・ムハンマド/リーム・アブドゥラ/スルタン・アル=アッサーフ/アブドゥルラフマン・アル=ゴハニ/アフド・カメル●日本公開:2009/09●配給:アルバトロス・フィルム●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-08-07)(評価:★★★★)
アフド・カメル(女優・映画監督)/ワアド・ムハンマド

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ゲイ・バーの様子などにシズル感と鬱屈感。中華系監督の撮るゲイ・ムービーの系譜。

スプリング・フィーバー_01.jpg スプリング・フィーバー 03.jpg スプリング・フィーバー 02.jpg
スプリング・フィーバー [DVD]
プリング・フィーバー1.jpg 南京の女教師・林雪(リン・シュエ)(江佳奇(ジャン・ジャーチー))は、夫・王平(ワン・ピン)(呉偉(ウー・ウェイ))の浮気を疑い、羅海濤(ルオ・ハイタオ)(陳思成(チェン・スーチェン))に探偵を依頼、羅が王を尾けると、相手は江城(ジャン・チョン)(秦昊(チン・ハオ))という青年で、2人の仲睦まじい証拠写真を見せられ林雪は絶句する。王は妻・林雪に江を"友達"として紹介するが、江は自分を見る林雪の目に不安を覚える。妻の携帯に件の証拠写真を見つけた王は「尾行したのか」と怒鳴り、林雪も「変態!」と叫んで修羅場に。更に林雪は江が勤める旅行代理店に乗り込み、社員らの前で騒ぐ。江は会社を飛び出し馴染みのゲイバーのステージで女装して歌うが、尾行しているうちに江に惹かれた羅がそれを見ていた。羅は客とトラブルになった江を助けて逃げ、ホテルで一夜を過ごす。羅には李静(リー・ジン)(譚卓(タン・チュオ))というコピー商品の洋服の縫製工場に勤める恋人がいたが、工場に警察の立ち入り調査が入り、彼女は不倫関係にあった工場長(張頌文(チャン・ソンウェン))から裏金を持って逃げるよう指示される。李静は羅に電話し、羅は江のアパスプリング・フィーバー669.jpgートに李静と2人で泊めて貰う。李静が帰った後、江と羅は喧嘩しては仲直りを繰り返す。工場長は不正がばれて逮捕され、李静は取引先の男にキスをして「警察に働きかけて彼を助けて」と懇願する。一方、王は江に連絡を取るが拒絶され、妻・林雪とは別居状態で、絶望し自殺する。王の死を知った羅が江を探すと、江はゲイ・バーのトイレで女装姿のまま泣いていた。会社を辞めた江は、羅と一緒に車で小旅行に出かけることに。李静は保釈される工場長を迎えに行くが、既に心は離れていて、工場スプリング・フィーバー5.jpg長を残して立ち去り、羅に「会いたい」と電話する。江と出発するところだった羅は、彼女も旅行に誘い、3人は車を走らせ、ホテルの一室に泊まる。買い物から戻った李静は江と羅がキスしているのを見るが、見なかったふりする。夜中に李静がカラオケルームで独り涙を流しながら歌っていると、江がやって来る。江が李静の手を握ると、彼女は「彼ともこうして手を?」と聞く。そこへ羅も来て、同じ歌を歌う。翌日3人はプールではしゃぐが、雨が降り出スプリング・フィーバー 9.jpgし、いつしか3人とも黙り込む。帰宅途中で店に寄った男2人が車に戻ると、李静は姿を消していた。羅が「君について来るんじゃなかった。李静は尚更...」と言うと、「じゃあ、行けばいい」と江は突き放し、羅は泣きながら去る。南京へ帰った江は、道で林雪に襲われる。林は妊娠していた。江は彼女に剃刀で首を切られて血まみれで倒れるが、道行く人は無関心に通り去る。病院に搬送され治療を受けた江は、退院後首の傷の上にタトゥーを入れる。アパートに帰ると若い男が待っていた。彼と抱き合う江の脳裏に、自殺した王がかつて朗読した郁達夫「春風沈酔の夜」の一節が浮かんでいた―。

スプリング・フィーバー ロウ・イエ.jpg 婁燁(ロウ・イエ)監督による2010年の中国映画で、「天安門、恋人たち」('06年)で中国当局から5年間の映画製作禁止処分を受けた監督が、その通告を無視して家庭用ハンディカメラでゲリラ的に撮り上げ、カンヌ映画祭で脚本賞を受賞した作品です。原題の「春風沉醉的晚上」は、中国で高校の国語の教材にもなっている中国の小説家・詩人の郁達夫(いく・たっぷ、1896-1945)の代表作で、郁達夫は蘇州出身、日本に留学後、上海・北京・広東など中国各地や香港、シンガポール、スマトラなどに移り住んでいたといいいます。この「春風沉醉的晚上」の一部が映画の中で繰り返し引用されており、映画のモチーフにもなっています。

スプリング・フィーバー春风沉醉的夜晚.jpg 婁燁監督はインタビューで、「パーソナルなもの、日常の中にあるものを描いた。何かを強く求めようとすれば失うものも大きい」と語っていますが、郁達夫は中国最初の私小説作家と言われており、その辺りも繋がりがあるのかも。そう言えば、同監督の「天安門、恋人たち」も、邦題が示すように天安門事件を背景にしながら、基本的に4人緒の男女の青春と恋愛を描いたものでした。ただし、天安門事件が彼らの運命に色濃く影を落としているのは間違いなく(最も端的なのはニンフォマニアのように男性遍歴を重ねる女性主人公)、すると、5人の男女の人間模様を描いたこの「スプリング・フィーバー」についても、「天安門、恋人たち」ほどポリティカルには見えないものの、彼らの極私的状況における閉塞感は、中国の国家としての圧力が影を落としているのかもしれません。ゲイ・バーの様子などにシズル感はこの監督ならではのものであると共に、中国の若者の鬱屈感のようなものが反映されているように思いました(最も端的なのは他人を傷つけてしまってばかりいて最後は自分も傷つける女装嗜好の男性主人公の江(ジャン)か)。

 もう一つの特徴は、5人の軸となる主人公をゲイとして描いていることで、この男がなぜか魅力があるようで、他の男を惹きつけ、結局、二組の男女の関係を破局させてしまうことになっている点かと思います。二つ目の、江・羅・李静(ジャン、ルオ、リー・ジン)の三角関係は、何だかフランソワ・トリュフォーの「突然炎のごとく」('62年)を想起しなくもなかったですが(「天安門、恋人たち」にも同じような関係が出てくる)、「スプリング・フィーバー」の場合はゲイの要素を含んでいることで、むしろ、アン・リー(李安)監督の「ブロークバック・マウンテン」('05年)に近いかも。そう思うと、中華系監督の撮る映画にも、陳凱歌(チェン・カイコー)監督の「さらば、わが愛/覇王別姫」('93年)から始まって、ウォン・カーウァイ(王家衛)監督の「ブエノスアイレス」('97年)など経てその後も続々と連なるゲイ・ムービーの系譜があることが思い浮かばれ、この作品もその1つと言えるでのしょう。

秦昊(チン・ハオ)[江(ジャン)]/陳思成(チェン・スーチェン)[羅(ルオ)]
チン・ハオさんとチェン・スーチョン.jpg 個人的には、江(ジャン)が〈ゲイ仲間のスター〉と言われるほどに魅力的にも見えないもかかわらず、探偵役だったはずの羅(ルオ)が、あっさり彼に魅入られてしまうのが、ややついて行けなかったでしょうか。江はラストでも〈男〉には困っていないんだなあ。待っていた男が女装したけれど、江にも女装嗜好があってややこしい(江は"男役"kか)。まあ、そんなことはともかく、そんなにモテるならそれなりにイケメン俳優でああって欲しかった気がします(映画って、そんなところで引っ掛かったりする)。まあ、これは好みの問題で、見る人が見れば江も羅もイケメンなのかもしれませんが。

ジャンを演じたチン・ハオ.jpgルオ役のチェン・スーチョン.jpg「スプリング・フィーバー」●原題:春風沉醉的晚上(英:Spring Fever)●制作年:2009年●制作国:香港・中国・フランス●監督:婁燁(ロウ・イエ)●製作:耐安(ナイ・アン)/シルヴァン・ブリュシュテイン●脚本:梅峰(メイ・フォン))●撮影:曹剣(ツアン・チアン)●音楽:ペイマン・ヤズダニアン●時間:115分●出演:秦昊(チン・ハオ)/陳思成(チェン・スーチェン)/譚卓(タン・チュオ)/呉偉(ウー・ウェイ)/江佳奇(ジャン・ジャーチー)/張頌文(チャン・ソンウェン)●日本公開:2010/11●配給:アップリンク●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(20-03-11)(評価:★★★☆)

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(理想の)"愛"というものは存在せず、結婚も安定であっても"愛"ではないということか。

天安門、恋人たち dvd.jpg 天安門、恋人たち dvd2.jpg 天安門、恋人たち_1.jpg 天安門、恋人たち_003.jpg
天安門、恋人たち [DVD]」 郝蕾(ハオ・レイ)/郭暁冬(グオ・シャオドン)

 1987年、中国と北朝鮮国境の図們(トゥーメン)で父と暮らす余紅(ユー・ホン)(郝蕾(ハオ・レイ))は大学の合格通知を手にする。故郷を離れ、北京「北清大学」に進学する彼女は、恋人の暁軍(シャオ・ジュン)(崔林(ツイ・リン))との最後の夜に彼と初めて結ばれる。大学で寮生活を始めた余紅に、李緹(リー・ティ)(胡伶(フー・リン))という女友達ができ、彼女の年上の恋人・若古(ロー・グー)(張献民(チャン・シャンミン))から周偉(チョウ・ウェイ)(郭暁冬(グオ・シャオドン))という男子学生を紹介される。余紅は周偉と出会った瞬間、彼こそが探し求めていた理想の恋人だと感じ、二人は恋に落ちる。折しも学生たちの間に自由と民主化を求める嵐が吹き荒れる中で、二人は狂おしく愛し合うが、余紅は周偉にあまりに強く魅かれるあまり天安門、恋人たち2.jpg、いつか離れる日が来るのを恐れ、自ら別れを口にする。周偉は彼女の気持ちを理解できず、互いに求め合いながらも二人の心はすれ違う。学生たちの激しい抵抗活動の続くある夜、彼女を心配して北京にやって来た故郷の恋人・暁軍と共に余紅は大学から姿を消す。 一方、天安門事件後、軍事訓練に参加させられた周偉は、自由を求めて李緹、若古と一緒にベルリンへと移り住む。10年の月日が流れ、余紅は図們から深圳、武漢、重慶へと各地を転々としながら仕事や恋人を変えて生活している。既婚の男性と不倫をしたり、年下の恋人に求婚されても、胸の奥底では周偉を忘れられない。周偉もまた、外国暮らしの孤独の中、余紅のことを思い続ける。帰国した周偉は偶然に大学時代の友人に遭遇して余紅の居所を知り、北戴河に彼女に会いに行く―。

頤和園.jpgSummer Palace.jpg 婁燁(ロウ・イエ)監督による2006年の中国映画で、同年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作。原題の「頤和園(いわえん)」(英題 "Summer Palace"、仏題は "Une jeunesse chinoise"(中国の若者))は、清朝末に西太后の命で造られた人造湖のある庭園で、1998年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されていますが、北京大学や清華大学が近くにあり、学生のデートスポットでもあるよ天安門、恋人たちes.jpgうです。この映画でも、余紅(ユー・ホン)と周偉(チョウ・ウェイ)がこの公園でデートしますが、映画は次第にそうしたほんわかムードを通り越して、中国映画史上初と言われる全裸セックスシーンが何度も出てくるようになり、この映画が中国で上映禁止になっているのは、中国映画で初めて天安門事件を扱ったこともさることながら、その過剰とも言えるセックスシーンのせいもあるようです(政府当局から「技術的に問題がある」という理由で中国国内での上映禁止と監督の5年間の表現活動禁止という処分が言い渡されたが、「技術的に問題」と言っているとことがそれっぽい)。

郝蕾(ハオ・レイ)
郝蕾(ハオ・レイ).jpg天安門、恋人たち ハオレイ.jpg 主人公の余紅が恋人との性愛に溺れ(映画初主演の郝蕾(ハオ・レイ)はまさに体当たり演技だった)、さらにその後もニンフォマニアのように男性遍歴を重ねるのは、天安門事件(1987年)後の中国の閉塞的状況と無関係ではなく、むしろ深く関係していると思われます。但し、この映画では、政治的な部分はあくまでも背景として描かれているように思いました。李緹(リー・ティ)や若古(ロー・グー)といった主要登場人物も、政治より恋愛の方に熱心なタイプにとして描かれているし、周偉(チョウ・ウェイ)も、当局に追われているわけでもないのに、国を見放すかのように彼らにくっついてベルリンに行ったわけだし、「ベルリンの壁の崩壊」もたまたま「天安門事件」が同じ年の出来事だったので、映画の中で関連づけられているといった印象を持ちました。

「天安門、恋人たち」01.jpg 大学にいた頃からベルリン行きにかけて、この3人の関係が所謂"三角関係"化して複雑になりますが、自由恋愛主義の先駆的実践者と思われ「愛など共有すればいいじゃないの」と言っていた李緹(リー・ティ)がある日、ビルの屋上パーティの最中に何ら前兆無く投身自殺を遂げます。この自殺を単なる"謎"のままにしておくか、彼女の中で何かがバランスを欠いた結末と見るかは人それぞれだと思いますが、もしかしたら、彼女は(若古も周偉も手元に置いているわけだから)自分にとって一番いい時に自死したのかなあとも思いました。

「天安門、恋人たち」02.jpg この作品のテーマは、その李緹が独白で示唆しているように、愛の対象は、愛しているという自覚をもつその対象ではなく、その対象から受ける自らの心の傷の方であるということであり、それはある意味"自己愛"に過ぎず、したがって本来(理想の)"愛"というものは存在せず、その帰結として、「結婚」も「安定」であっても「愛」ではないということになるのかもしれません。実際、周偉が北戴河に会いに行った余紅は既に2年前に結婚していましたが、それが愛の無い結婚であることも示唆されています。と言って、二人が再会して愛が再燃するかというとそうはならないわけであり(ちょっと昔の日活の青春映画っぽいラストでもあった)、でも二人は互いに相手のことを10年間思い続けてきたわけで、そうなると、"理想の恋人"って一体何なのだろうと思ってしまいます。

149094_01.jpg天安門、恋人たち 女子寮.jpg 1989年の天安門事件が実写映像なども交え描かれていますが、むしろ個人的には、前半の「北清大学」(中国語版のQ&Aサイトに「北清大学在哪儿?」(北清大学はどこにある?)という問いがあって「在北京大学和清华大学之间」(北京大学と清華大学の間にある)という答えがあった(笑)。台湾版の字幕では「北京大學」になっている)の女子寮の様子などの、1987年当時の彼らの学生生活の描かれ方がシズル感があって良かったです(余紅の視点でみるとダンス、キス、寮内での秘密裏のセックス等々これも彼女の性遍歴の一環となっているのだが)。同監督の「ふたりの人魚」('00年)同様、ハンディカメラを駆使していると思われますが、「ふたりの人魚」の冒頭の上海市街の描写などとともに、この監督の才気を最も感じるパートでした。
       
天安門、恋人たち_002.jpg「天安門、恋人たち」●原題:頤和園((英)Summer PalaceUne、(仏)Une jeunesse chinoise)●制作年:2006年●制作国:中国・フランス●監督:婁燁(ロウ・イエ)●製作:耐安(ナイ・アン)/方励(ファン・リー)/シルヴァン・ブリュシュテイン●脚本:婁燁(ロウ・イエ)/梅峰(メイ・フグオ・シャオドンとハオ・レイ.jpgェン)/英力(イン・リー)●撮影:花清(ホァ・チン)●音楽:ペイマン・ヤズダニアン●時間:140分●出演:郝蕾(ハオ・レイ)/郭暁冬(グオ・シャオドン)/胡伶(フー・リン)/張献民(チャン・シャンミン)/崔林(ツゥイ・リン)/曾美慧孜(ツアン・メイホイツ)/白雪云(パイ・シューヨン)●日本公開:2008/07●配給:タゲレオ出版●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(20-03-03)(評価:★★★★)
郭暁冬(グオ・シャオドン)と郝蕾(ハオ・レイ)/2008年8月、中国本土上映禁止映画「天安門、恋人たち」を台湾でノーカット上映 (Record China)

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シズル感溢れる映像とミステリアスな展開。「物語になるに人間」と「物語を待つ人間」の違い。

ふたりの人魚 dvd.jpg ふたりの人魚01.jpg ふたりの人魚02.jpg
ふたりの人魚 [DVD]」['04年]賈宏声(ジア・ホンション)/周迅(ジョウ・シュン)[二役]
ふたりの人魚 [DVD]」['01年]
ふたりの人魚 2000.jpgふたりの人魚1.jpg 「俺」は、ビデオ出張撮を請け負うカメラマン。ある日、ナイトクラブに設けられた水槽の中を泳ぐ人魚を撮影する仕事が舞い込む。「俺」は人魚を演じる美美(メイメイ)(周迅(ジョウ・シュン))に一目惚れし、二人は付き合いはじめる。(話は過去に遡って―)馬達(マー・ダー)(賈宏声(ジア・ホンション))はバイクで何でも運ぶ運び屋。ある日、少女・牡丹(ムーダン)(周迅(ジョウ・シュン)二役)を運ぶ仕事が舞い込む。牡丹の父親は密輸酒で金を儲け、愛人がいる。牡丹の父親が愛人と密会する日、牡丹は馬達のバイクの後ろに跨り、叔母の家に届けられる。馬達に何度も送られて、牡丹は馬達を次第に好きになっていく。馬達のボス・老B(ラオB)(姚安濂(ヤオ・アンリェン))と馬達のかつての恋人の蕭紅(シャオホン)(耐安(ナイ・アン))は、馬達に、牡丹を誘拐して父親に身代金を払わせる計画に加担させようとする。当初は渋っていた馬達だが、遂には嫌々ながら牡丹を誘拐する。老Bと蕭紅が身代金を受け取った際に、老Bは蕭紅を殺害する。馬達は牡丹を家に送ろうとするが、牡丹はバイクを倒して駈け出し、馬達は後を追う。橋に辿り着いた牡丹は、蘇州河に飛び込み、馬達も河に飛び込むが牡丹は見つからない。馬達は逮捕され、刑務所送りになる。何年かして出所した馬達は、再び運び屋となり、牡丹を探す。ある日、馬達は美美に出会う。美美と牡丹はそっくりであり、馬達は美美が牡丹だと信じ込む―。

ふたりの人魚 vhs.jpg 2000年公開の婁燁(ロウ・イエ)監督の長編第3作(原題は「蘇州河))。婁燁監督は、賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督などと並ぶ第6世代監督の一人で、自身の出身地・上海を舞台にしたこの作品では、脚本も書いています(因みに、劇中で殺害される蕭紅(シャオホン)を演じた耐安(ナイ・アン)は製作者の一人)。この作品は、2000年・第29回「ロッテルダム国際映画祭」タイガー・アワード(最優秀作品賞)受賞作であり、2000年・第1回「東京フィルメック」の最優秀作品賞受賞作でもあります。

苏州河(ふたりの人魚).jpg 上海の裏町がシズル感溢れる映像で活写される中、ミステリアスな物語の展開で惹きつけ、独特の才気を感じました。物語はある種"入れ子"構造になっていて、「俺」が語る「馬達(マー・ダー)の物語」となっていますが、「俺」は"撮影者"として在り、自らの姿を見せず、それは、「俺」が馬達と出会ってからも(結局、最後まで)続きますが、この辺りも上手いと思いました。

 ラストシーンを観て、個人的には、「物語になる人間」(=馬達(マー・ダー)&牡丹(ムーダン))と「物語を待つ人間」、つまり自身が「物語になることはない人間」(=「俺」)との違いを描いた映画かなあと思いました。大方の人が「物語」になどなれないわけであって、だからこそ、馬達と牡丹が輝いて見えるのかもしれません。

ふたりの人魚2.jpgふたりの人魚 1.jpg 美美(メイメイ)・牡丹(ムーダン)の二役を演じた周迅(ジョウ・シュン)は、この作品で2000年・「パリ国際映画祭」最優秀主演女優賞を受賞し、その後も周迅(ジョウ・シュン).png戴思杰(ダイ・シージエ)監督の「小さな中国のお針子」('01年)などに出演、演技力が高く評価され、徐静中国の小さなお針子 dvd2.jpg小さな中国のお針子」 (02年/仏・中国).jpg周迅2.jpg蕾(シュー・ジンレイ)、趙薇(ヴィッキー・チャオ)、章子怡(チャン・ツィイー)と並ぶ四大名旦(中国四大女優)の一人として人気を博し、2014年に米国の中国系俳優アーチー・カオと結婚しています。
周迅(ジョウ・シュン)
                           賈宏声(ジア・ホンション)
Jia Hongsheng.jpg賈宏声(ジア・ホンシャン).jpg 一方の馬達(マー・ダー)を演じた賈宏声(ジア・ホンション)は、この作品に出演後、周迅と意気投合し、恋愛関係を持ったことも知られていますが(1年以上の交際を続けた後に二人は別れた)、2010年にビル14階から転落して43歳で死亡し、自殺とみられています(彼はこの作品に出る前も、90年代にアイドル俳優として活躍していたが、麻薬に手を染め芸能界を一時追放されたという過去がある)。

第20回「東京フィルメックス」ふたりの人魚.jpg 昨年['19年]11月の第20回「東京フィルメックス」で、歴代の最優秀作品賞受賞作の人気投票で上位に選ばれ、この作品が上映されることになったのに合わせ婁燁(ロウ・イエ)監督が来日し、公開インタビューに答えていますが、観客から「ロウ・イエ監督の作品は被写体にカメラが近く、主観性が強いと感じる」と意見が飛ぶと、ロウ・イエは「カメラは撮影のツールではなく"目"です。近い距離で撮ることによってエモーションが生み出せます」と述べ、「映画は人を騙せません。カメラマンの思い、俳優たちの思いを撮影によって表現することにより、真実の映画を撮ることができると思います」「ほかの撮影方法で撮ろうと思ったこともありますが、僕が好きなのはドキュメンタリータッチで撮るということなんです」と語っています。

 また、馬達(マー・ダー)を演じたジア・ホンションとの思い出を聞かれ、「彼はこの作品に出演する前、しばらく役者業から遠ざかっていました。精神状態が悪く病院にいたんです」と回想し、「しかし撮影に入ると以前の雰囲気が戻ってきました。僕が表現したいことを十分に表現してくれたんです。彼の目はとても素晴らしい」と絶賛、「すでに亡くなった彼をこのようにスクリーンで観られることは、ファンにとって慰めになると思います」と述べています。惜しい俳優を亡くしたものだと思います。

ふたりの人魚ges.jpgふたりの人魚ド.jpg「ふたりの人魚」●原題:蘇州河(英:Suzhou River)●制作年:2000年●制作国:中国・ドイツ・日本●監督・脚本:婁燁(ロウ・イエ)●製作:フィリップ・ボバー/耐安(ナイ・アン)●撮影:王昱(ワン・ユー)●時間:83分●出演:周迅(ジョウ・シュン)/賈宏声(ジア・ホンション)/姚安濂(ヤオ・アンリェン)/耐安(ナイ・アン)●日本公開:2001/04●配給:アップリンク●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(20-02-14)(評価:★★★★)

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中国版「青春散歌 置けない日々」。監督の演出力はなかなかのものか。

青の稲妻 2002 poster.jpg 青の稲妻01.jpg 青の稲妻02.jpg
青の稲妻 [レンタル落ち]」趙濤(チャオ・タオ)/趙維威(チャオ・ウェイウェイ)
青の稲妻 dvd.jpg 2001年の山西省大同市。19歳の斌斌(ビンビン)(趙維威(チャオ・ウェイウェイ))は失業する。彼は恋人の圓圓(ユェンユェン)(周慶峰(チョウ・チンフォン))とデートを重ねていたが、圓圓が北京市の大学を受験することになる。斌斌は北京市へ行くために兵役検査を受けるが、肝炎を患っていることが判明して不合格となる。斌斌は小武(シャオウー)(王宏偉(ワン・ホンウェイ))から金を借りて、圓圓に携帯電話を買い与える。斌斌の親友である小済(シャオジイ)(呉〔王京〕(ウー・チョン))は、アルコール飲料「蒙古王酒」のキャンペーン・青の稲妻l04.jpgガールを務める巧巧(チャオチャオ)(趙濤(チャオ・タオ))と出会う。巧巧は喬三(チャオサン)(李竹斌(リー・チュウビン))というヤクザと交際しているが、小済は巧巧に惹かれていく。喬三と彼の部下から暴力を受けながらも、小済と巧巧は結ばれる。喬三は交通事故で命を落とすが、巧巧は小済のもとを去る。斌斌と小済は銀行強盗を計画する―。

青の稲妻 [DVD]
青の稲妻 [DVD].jpg 賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督・脚本による2002年の中国・日本・韓国・フランス合作映画で、WTO加盟やオリンピック開催決定など、それまでにないほど社会情勢が急変した2001年の中国の地方都市が舞台です。賈樟柯監督としては「一瞬の夢」('97年)、「プラットフォーム」('00年)に続く長編第3作で、第1作・第2作は賈樟柯監督の故郷の山西省汾陽(フェンヤン)が舞台でしたが、この作品では同じ山西省の雲崗石窟で知られる大同(ダートン)が舞台となっています。第2作「プラットフォーム」は、第57回ヴェネツィア国際映画祭で最優秀アジア映画賞を受賞していますが、この「青の稲妻」も第55回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門出品作です。

青の稲妻es.jpg かつて橋浦方人監督の劇映画第一作で「青春散歌 置けない日々」('75年)という日本映画がありましたが、そうしたタイトルが当て嵌まりそうな中国映画だと思いました。2001年頃の中国地方都市の、中国共産党によって監視され、若者たちにとっては「出口なし」の状況を、党の目が行き届かないアンダーグラウンドな世界も含めよく描いているなあと思ったら、前作「プラットフォーム」同様、この作品も中国政府の検閲を通すことなく撮られた映画のようです。

青の稲妻-5.jpg 「プラットフォーム」の時より技術面で進歩している一方で、唐突な終わり方は、この監督の初期作品に共通の特徴のよう趙濤.jpgに思います。「蒙古王酒」のキャンペーン・ガール巧巧(チャオチャオ)を演じた趙濤(チャオ・タオ)は、「プラットフォーム」での晩生(おくて)の女子劇団員役からかなり任逍遥 賈樟柯.jpgの変貌ぶりで、やがて賈樟柯監督の妻となり、セレブ女優となっていくに際しての一歩を踏み出したという感じでしょうか(まだどこかアカ抜けないが)。金貸しの小武(シャオウー)を演じた王宏偉(ワン・ホンウェイ)は、前作では冴えない劇団員を主演で演じており、どんな役でもこなす俳優という感じ。一方、小済(シャオジイ)を演じた呉〔王京〕(ウー・チョン)は、監督にスカウトされた新人だそうですが、映画初出演とは思えないクールな存在感を醸しており、この監督の演出力はなかなかのものかもしれません。

 その監督自身が出演して、オペラ「椿姫」の「ラ・トラヴィアータ」を調子っぱずれで歌っています。一方、主人公がラストで歌うのは、元々は台湾の歌曲ながら、台湾よりも中国でヒットしたリッチー・レンの「任逍遙」で、この曲のタイトルが映画の原題となっています。

青の稲妻-p.jpg ストーリー的にちょっと弱いかなと思ったのは、主人公の斌斌(ビンビン)が銀行強盗をする動機で、巧巧に去られて自暴自棄になっているようにも見える小済の方はともかく、斌斌は新たな仕事に就いたばかりで、銀行強盗の罪が重罪とされる中で、そこまでやるかなあという気もしました。蓮實重彦氏がぴあが発行するカルチャー誌「Invitation」2003年3月号(創刊号)でこの作品を「ポストモダン中国のハードボイルド」として絶賛していましたが、個人的には、そこまでの完成度は感じられませんでした。ただ、90年代後半に登場した第六世代に属する監督の代表的存在として、陳凱歌(チェン・カイコー)や張藝謀(チャン・イーモウ)といった他の中国の監督の作品にはない独特の雰囲気が、この監督の初期作品にはあるように思います。

青の稲妻6.jpg「青の稲妻」●原題:任逍遥●制作年:2002年●制作国:中国・日本・韓国・フランス●監督・脚本:賈樟柯(ジャ・ジャンクー)●製作:市山尚三/リー・キットミン●撮影:余力為(ユー・リクウァイ)●時間:112分●出演:趙濤(チャオ・タオ)/趙維威(チャオ・ウェイウェイ)/呉〔王京〕(ウー・チョン)/李竹斌(リー・チュウビン)/周慶峰(チョウ・チンフォン)/王宏偉(ワン・ホンウェイ)●日本公開:2003/02●配給:ビターズ・エンド/オフィス北野●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-11-14)(評価:★★★☆)

青の稲妻-2.jpg 青の稲妻-3.jpg 青の稲妻-9.jpg 青の稲妻-8.jpg 青の稲妻-10.jpg

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男2人女1人の関係を描き、無駄のない作りでスピード感がある。主人公はかなり"怖い"女性とも言える。
突然炎のごとく dvd.jpg 突然炎のごとく 01.jpg 突然炎のごとく 02.jpg
突然炎のごとく [DVD]」オスカー・ウェルナー/ジャンヌ・モロー
突然炎のごとく t.jpg オーストリアの青年ジュール(オスカー・ウェルナー)はモンパルナスでフランス青年のジム(アンリ・セラー)と知り合い、文学という共通の趣味を持つ二人はすぐに打ち解け、無二の親友となる。二人はある時、幻燈会に行き、アドリア海の島の写真に映った女の顔の彫像に魅了される。その後、二人はカトリーヌ(ジャンヌ・モロー)という女性と知り合い、同時に恋に落ちる。彼女は島の彫像の女と瓜ふたつだったからだ。カトリーヌは自由奔放そのものの女性で、男装して街に繰り出したり、ジュールとジムが街角で文学談義を始めると、突然セーヌ川に飛び込んで二人を慌てさせる。積極的だったのはジュールのほうで、彼はカトリーヌに求婚しパリのアパートで同棲を始め、ジムは出版社と契約ができて作家生活の第一歩を踏み出す。やがて第一次世界大戦が始まり、ジュールとジムはそれぞれの祖国の軍人として戦線へ行ったが、共に生きて祖国へ帰る。カトリーヌと結婚したジュールが住むライン河上流の山小屋に、ジムは招待された。その頃、ジュールとカトリーヌの間には六つになる娘もいたが、二人の間は冷えきっていた。ジュールはジムに彼女と結婚してくれと頼む。そうすれば彼女を繋ぎ留められると思ったからだ。しかも、自分も側に置いてもらうという条件で...。そうして、3人の奇妙な共同生活が始まる。危ういバランスを保った三角関係は、しかし、カトリーヌに愛人が別にいたことで崩れる。ジムは瞬間しか人を愛せない彼女に絶望し、パリへ帰る。数ヶ月後、映画館で3人は再会した。映画がはねた後、カトリーヌはふいにジムを車で連れ出した。怪訝な面持ちのジムとは対照的に、カトリーヌは穏やかな顔でハンドルを握るが―。

冒険者たち    LES AVENTURIERS.jpg明日に向って撃て   1シーン.jpg 1962年公開のフランソワ・トリュフォー監督の長編第3作(原題はJules et Jim(ジュールとジム))。男2人女1人の関係がベースになっていて、このパターンは後の多くの映画に影響を与えたとされています。代表的なものでは、ロベール・アンリコ監督の「冒険者たち」('67年/仏)やジョージ・ロイ・ヒル監督の「明日に向かって撃て!」('69年/米)などがあるとされていますが、それらが必ずしもハッピーエンドとは言えないながらもプロセスにおいて"明るい"のに対し、この「突然炎のごとく」はプロセスにおいてもむしろ"暗い"と言え、さらに、「冒険者たち」のジョンア・シムカスや「明日に向かって撃て!」のキャサリン・ロスが演じたヒロインが、その明るさと純真さが魅力の女性像であったのに対し、この作品でジャンヌ・モローが演じた男性を破滅に追い込むような女性像は、魅力的かどうかはともかく、かなり"怖い"とも言えます。

Jules et Jim (突然炎のごとく).jpeg ただし、映画の公開が、今に比べてまだ女性が抑圧されていて、ちょうど女性解放運動が盛り上がってきた時期と重なったということもあって、英米においてフランス映画としては異例のヒット作となり、監督のトリュフォーの元にも、「カトリーヌは私です」という女性からの手紙が世界中から届いたとのことです。しかしながら、トリュフォー自身はこの映画が「女性映画」と呼ばれることを嫌い、また、主人公を自己と同一視するような女性たちの映画の見方にも否定的だったようです(カトリーヌにポリティカルなメッセージを込めようとしたわけでなく、また、カトリーヌは誰かの代弁者であるわけでもなく、「ただ、ある女性を描いたにすぎない」というスタンスだったようだ)。

突然炎のごとく1.jpg 後半で、ジュールがジムをカトリーヌや娘と居る山小屋に呼び寄せるのは、自分がカトリーヌとベッドを共にできなくなったからでしょう。そのくせ、カトリーヌの気まぐれで時にカトリーヌとジュールでベッドでじゃれ合ったりするから、今度はジムの方が嫉妬に苦しむことになるのだなあ。ラストも含め、ジムには本当に「お気の毒」と思わざるをえません。傍から見ればどうしてこんな悪女に惹かれてしまうのかと思ってしまいますが、当事者の立場になれば、魅せられている時は冷静な判断ができなくなるのでしょう。男性たちにとってカトリーヌは偶像であり、ゆえにファム・ファタール(運命の女)となるのでしょう。

突然炎のごとく_早稲田松竹.jpg 原作は、アンリ=ピエール・ロシェ(1879-1959)で、日本で発表されている小説は『突然炎のごとく』と『恋のエチュード』のみで、いずれもトリュフォーが映画化していることになります(トリュフォーは21歳の時に古本屋で偶然彼の作品に触れており、ある意味トリュフォーが発掘した作家と言えるかも)。自身の恋愛体験をもとにこの作品を書いており、登場人物的には「ジム」に当たりますが、本人は80歳近くまで生きており、また、カトリーヌのモデルとされた女性も、後に「私は死んでない」と言ったそうです。ジュールにもモデルがいるそうですが、映画においてオスカー・ウェルナーが演じる、文学オタクで女性にはあまりモテそうでないジュール像には、トリュフォー自身が反映されているようです(冒頭でジュールがマリー・デュボア演じる娘にさらっとフラれるエピソードがある)。どちらかと言うとずっとジルの視線で描かれているため、ラストはジュールが亡くなる側に回ってもよさそうな気がしましたが、カトリーヌとジムの死によって、ジュールは誰にも邪魔されずカトリーヌを永遠に自分のものとすることができた―という結末なのでしょう。

 個人的には、谷崎潤一郎の『痴人の愛』を想起したりもしました。日本映画で言えば、増村保造の(この監督、「痴人の愛」('67年)も撮っているが)浅丘ルリ子がインフォマニアを演じた「女体」('69年)でしょうか。ただし、増村保造×浅丘ルリ子とフランソワ・トリュフォー×ジャンヌ・モローでは、やはり後者に軍配が上がってしまいます。とにかくこの映画にはスピード感があるというか、無駄が無い気がします。
      
早稲田松竹(19-12-12)

 この映画に関するトリビアを3つ。

「突然炎のごとく」b6.jpg➀ カトリーヌがセーヌ川に飛び込むシーンは、スタントの女性がやりたがらなかったので、ジャンヌ・モロー自身が飛び込んだ。その結果、川の水の汚れがひどかったため、ジャンヌ・モローは喉を傷めた。

② ジムとカトリーヌがキスするシーンで、窓に張り付いていた虫がカトリーヌの口の中の入るが、これは撮影中の偶然で、トリュフォーは敢えてそのシーンをカットしなかった(トリュフォー自身がオタク気質の非モテ系であるため、このシーンの二人に嫉妬心を抱いた?との説も)。

女は女である  モロー.jpg③ ジャン=リュック・ゴダール監督の「女は女である」('61年/仏・伊)のなかに、ジャン=ポール・ベルモンドがバーで出会ったカメオ出演のジャンヌ=モローに、「ジュールとジムはどうしてる?」と訊くシーンがある。「突然炎のごとく」撮影期間中のことである。

「女は女である」('61年/仏・伊)

   
      
突然炎のごとく00.jpg突然炎のごとくド.jpg「突然炎のごとく」●原題:JULES ET JIM●制作年:1962年●制作国:フランス●監督:フランソワ・トリュフォー●製作:ルキノ・ヴィスコンティ●脚本:フランソワ・トリュフォー/ジャン・グリュオー●撮影:ラウール・クタール●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●原作:アンリ=ピエール・ロシェ●時間:107分●出演:ジャンヌ・モロー/オスカー・ウェルナー/アンリ・セール/マリー・デュボア/サビーヌ・オードパン/ヴァンナ・ウルビーノ/ボリス・バシアク/アニー・ネルセン●日本公開:1964/02●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所(再見):早稲田松竹(19-12-12)(評価:★★★★☆)●併映:「柔らかい肌」(フランソワ・トリュフォー)

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第18話、第19話比べると、個人的には第18話の方がかなり良かった。
名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX.jpg 18話「同居人に文句あり」.jpg 19話)/スター誕生1.jpg
名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX」/第18話「同居人に文句あり」"Mr. Monk and the Very, Very Old Man"/第19話「スター誕生」"Mr. Monk Goes to the Theater"

第18話「同居人に文句あり」
18話)/同居人に文句あり3.jpg 老人ホームで暮らしていた男性長寿世界一のホリング(パトリック・クランショー)が、115歳の誕生日直前に死ぬ。以前、彼を取材したことがあるーランド警部の妻でドキュメンタリー映画監督のカレン(グレン・ヘドリー)は、彼のクセを熟知し18話)/同居人に文句あり2.jpgていて、ベッドで亡くなったのは、誰かに殺されたからだと言う。捜査を頼み込むカレンに警部は、モンクが殺人だと言えば捜査をすると言い、渋々モンクを現場に派遣するが、警部の意に反してモンクは他殺説を支持する。そこで遺体を掘り起こして検死解剖すると、死因は窒息死だった。この件で妻と喧嘩になった警部は、モンクの家に転がり込むことに―。

18話)/同居人に文句あり1.jpg 115歳の老人の殺人事件の犯人は誰かという話ですが、ストットルマイヤー警部が奥さんと夫婦喧嘩してモンクの家に転がり込んできたサブストーリーの方がメインになっている印象が強く、邦題もそれに沿ったものとなっています。しかし、夜中にいきなり掃除を始めるとはモンクらしいけれど、同居人にすればさすがに文句も言いたくなる? 結局、これに我慢しきれなくなった警部は、最後は自ら奥さんのところに戻ることになり、モンクにお前は最高に結婚生活カウンセラーだと言い放つのが可笑しいです。

Mr Monk and the Very Very Old Man.jpg また、警部は、奥さんが老人の死が他殺であると主張するのに対し、自分はそれが見抜けなかったことで自信喪失になっていましたが、最後は奥さんのドキュメンタリーのビデオを見てモンクに先んじて犯人を推察するという、この辺りの自信回復に至る作りも上手いです。更には、すべてが整然としてしているモンクの家で、リビングのテーブルだけが椅子と平行になっていない(むしろ警部の方がそのことが気がかりになっている)、その謎が最後に明かされるのも良かったです(評価★★★★)。


第19話「スター誕生」
 シャローナはモンクを連れて、妹19話)/スター誕生2.jpgで女優のゲイル(エイミー・セダリス)の舞台を観に来ていた。だが、劇中でゲイルが相手俳優ハルをナイフで刺す場面で、倒れたままのハルは目撃者300人の観客の前で死亡が確認される。最近、交際していたハルに振られたゲイルは、殺人容疑者として拘束されてしまう。娘の芝居を観ようとフロリダからやって来たシャローナ姉妹の母親シェリル(ベティ・バックリー)から捜査の依頼を受けたモンクは、ゲイルの代役として準備万端の様子で張り切るジェナ(メリッサ・ジョージ)に違和感を覚える―。

19話)/スター誕生3.jpg モンクが殺害された俳優のピンチヒッターで舞台に立つことになるなど、変わった趣向で面白かったです。ライバル女優を殺害するのではなく、その元恋人を殺害してその女優に容疑を被せるというのが凝っていて、どうやって犯行に及んだのかと思ったら、共犯者がいたというのも意外でした。でも、300人の観客の前であのような犯行が実際可能なのかと、ふと思ってしまいました(評価★★★)。

 IMDbの評価を見ると、第18話、第19話ともに8.1ポイントとまずまずの評価で拮抗していますが、個人的には第18話の方がかなり良かったでしょうか。
     
MR. MONK AND THE VERY, VERY OLD MAN2.jpg18話)/同居人に文句あり4.jpg「名探偵モンク(第18話)/同居人に文句あり」(Season 2 | Episode 5)●原題:MR. MONK AND THE VERY, VERY OLD MAN●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/07/25●監督:ローレンス・スリリング●脚本:ダニエル・ドラッチ●時間:44分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)グレン・ヘドリー/パトリック・クランショー●日本放映:2004/08/10●放送:NHK-BS2(評価:★★★★)

Mr. Monk Goes to the Theater 3.jpg19話)/スター誕生0.jpg「名探偵モンク(第19話)/スター誕生」(Season 2 | Episode 6)●原題:MR. MONK GOES TO THE THEATER●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/08/01●監督:ロン・アンダーウッド●脚本:ウェンディー・マス/スチュー・リーヴァイン/トム・シャープリング●時間:44分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)エイミー・セダリス/ベティ・バックリー/メリッサ・ジョージ●日本放映:2004/08/17●放送:NHK-BS2(評価:★★★)

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犯人が誰なのか、わからない話(第16話)、犯人がどうやったのか、わからない話(第17話)。

名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX.jpg 名探偵モンク(第16話)/ホームランボールの謎.jpg 名探偵モンク(第17話)/宙を舞う殺人者.jpg
名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX」/第16話「ホームランボールの謎」"Mr. Monk Goes to the Ballgame"/第17話「宙を舞う殺人者」"Mr. Monk Goes to the Circus"

第16話「ホームランボールの謎」
MR. MONK GOES TO THE BALLGAME 01.jpg GPSカーナビの入力先とは違う、見知らぬ工場団地駐車場に誘導された大富豪ローレンスと妻エリン。そこでエリンは銃弾4発を撃ち込まれ、ローレンスも撃たれ、「具はチリ・エビ15枚のピザ」という謎の言葉を残して息絶える。遺体発見時、車にカーナビは無かった。警察はローレンスを狙った犯行だと主張するが、モンクは妻が標的だと断言。彼女がプロ野球のスターMR. MONK GOES TO THE BALLGAME04.jpg選手スコット(クリストファー・ウィール)と不倫関係にあったことを突き止め、彼に会いに行くが―。

MR. MONK GOES TO THE BALLGAME05.jpg 野球選手と心を通わすモンクというのが珍しいですが、愛する者を喪った者同士ということで(野球選手の方は不倫相手なのだが)、もの悲しくもあります。ホームランボールの話が出てくるのはモンクが犯人が誰だか気づく最終盤であり、日本語タイトルはイマイチかも。犯人の殺人の動機としてもやや牽強付会と言うか、確実性は必ずしも高くないかもしれません(評価★★★☆)。


第17話「宙を舞う殺人者」
第17話「宙を舞う殺人者」ド.jpg レストランのオープンテラスで食事をしていたセルゲイが、建物の避難ハシゴから飛び降りてきた人物に撃たれて死亡。犯人はテーブルに飛び乗り、派手な宙返りをして逃げ去る。被害者がサーカス団員だったことから、モンクらは町へ来ているサーカスへ事情聴取に向かう。セルゲイが殺害された際同席していた女性は、犯人は彼の嫉妬深い元妻で軽業師のナターシャだと告げる。モンクはナターシャが犯人だとにらむが、2週間前に骨折した彼女に犯行は不可能だった―。
  
第17話「宙を舞う殺人者」1.jpg 面白かったです。凝っていると思いました(ロマって現代医療を拒否しているのか。そういえばナターシャはテントでジプシーカード占いみたいなことしてたなあ)。ただ、このシリーズにしては珍しくエグい殺人のシチュエーションがあり、実際にそのシーンは映してませんが、その前のゾウのスイカ割りのシーンでモンタージュ効果十分。あれではシャローナはますますゾウ恐怖症になってしまうのではないかなあ(自分を撥ねようとしたクルマの前に立ちふさがってくれただけでは治らない?)。それと、賢い犯人が犯行に使った小道具を"現場"にそのままにしておくとは考えにくく(普通は即回収するでしょう)、サーカスに関係するシーンが本格的だっただけに、そこが惜しかったでしょうか(評価★★★☆)。
  
 第16話「ホームランボールの謎」は犯人が誰なのか、なかなかわからない話(フーダニット)、第17話「宙を舞う殺人者」は犯人がどうやって殺人を犯したのか、なかななかわからない話(ハウダニット)。切り口が違って面白いです。なかなかわからないもので、どちらの話も、モンクがセラピーの最中にクローガー先生(スタンリー・カメル)に事件が壁にぶつかっていることを相談をしてたなあ。

MR. MONK GOES TO THE BALLGAME06.jpg「名探偵モンク(第16話)/ホームランボールの謎」(Season 2 | Episode3)●原題:MR. MONK GOES TO THE BALLGAME●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/07/11●監督:マイケル・スピラー●脚本:ハイ・コンラッド●時間:43分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)クリストファー・ウィール/レイン・ウィルソン●日本放映:2004/07/06●放送:NHK-BS2(評価:★★★☆)
   
第17話「宙を舞う殺人者」2.jpg「名探偵モンク(第17話)/宙を舞う殺人者」(Season 2 | Episode4)●原題:MR. MONK GOES TO THE CIRCUS●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/07/18●監督:ランドール・ジスク●脚本:James Krieg●時間:43分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)ロリータ・ダヴィドヴィッチ●日本放映:2004/07/13●放送:NHK-BS2(評価:★★★☆)

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モンクのキャラも確立し、安定感ある第2シーズンのスタート。第14話、第15話とも愉しめた。

名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX.jpg MONK14-0.jpg monk15-0.jpg
名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX」/第14話「時計台の殺人」"Mr. Monk Goes Back to School"/第15話「空からの水死体」"Mr. Monk Goes to Mexico"
 主人公のエイドリアン・モンクは、サンフランシスコ警察の元刑事で、妻トゥルーディが何者かに殺害され、その事件が迷宮入りとなって以来、妄想や強迫観念に囚われるようになり、過度の恐怖症に陥って休職を余儀なくされています。高い所や暗い場所がダメで、目に見えない細菌が気になり、除菌ティッシュが手放せない潔癖症。加えてちょっとした物のズレが気になって仕方ない神経質な所があり、社会への適応能力はゼロに等しいモンクですが、いざ事件の現場に立つと、比類なき洞察・推理力で難事件を解決していきます。

 2002年7月スタートのシーズン1(全13話)(日本ではNHK-BS2で2004年3月からレギュラー放送を開始したが、シーズン1については2003年6月から「モンク」のタイトルでビデオレンタルとしてVol.1〜6(全13話)が出されていた)では、モンクが警察官への復職を強く望み、元同僚や上司に疎まれながらも難事件・怪事件を解決していくというパターンが主でしたが、次第に彼の特質に対する周囲の理解が浸透し、シーズン後半では、警察からの信頼が増し、関係性の改善が図られています。それに伴い、コンサルタントmonk tv series  season2.jpgとしてのモンクのポジションが安定し、違和感なく事件に関わるようになってきます(モンクの哀愁は妻の事件が絡む時に集約されるようになったが、細部へのこだわりの方はむしろ強くなった?)。2003年6月スタートの第2シーズンでは、モンクの才能全開という感じでしょうか。因みに、モンク役のトニー・シャルーブは2003年にゴールデングローブ賞コメディシリーズ部門、エミー賞コメディ部門で共に主演男優賞を受賞しています(エミー賞コメディ部門主演男優賞は2005年・2006年度も受賞)。

第14話「時計台の殺人」
MONK14-1.jpg モンクはリーランド・ストットルマイヤー警部(テッド・レヴィン)の依頼で、亡き妻トゥルーディの母校で転落死した教師ベスの調査に当たる。ベスは化学教師フィルmonk14 6.jpgビー(アンドリュー・マッカーシー)と不倫関係にあり、モンクはフィルビーが殺害したと確信するが、彼にはその時間には授業をしていたという完璧なアリバイがあった。モンクが代理教師として学校へ入り込み捜査を続ける中、第二の不審死が発生。モンクは二件ともフィルビーの犯行だと考えるが―。

 第2シーズンのスタートとして、まずはオーソドックスにいこうとしたのか、第一の殺人の目撃者の口封じのために第二の殺人を犯MONK14-2.jpgすというのはある種パターンであるし、時計台の時計の針を使ったトリックというのもありそうだし、証拠物件をわざと放置して、それをエサに犯人をおびき寄せるというのも「刑事コロンボ」などでもありましたが、それらを自然に組み合わせているのが上手いと思います。市長から捜査の協力依頼がくるということから、モンクの評価は定着していることを窺えます。モンクのキャラクターも確立し、モンクを馬鹿にした生徒に詰め寄るシャローナ(ビティ・シュラム)などのキャラも相変わらずいいです。安定感のある第2シーズンのスタートといった感じでしょうか(評価★★★★)。

第15話「空からの水死体」
monk15-2.jpg 休暇中に訪れたメキシコでスカイダイビングを無料体験した米国人学生チップが、地面に激突。しかし、検死結果は溺死だった。チップの父親が友人のサンフランシスコ市長に相談したことから、モンクが現地に派遣される。事件の鍵を握る人物を探しに来たホテルで、手掛かりを得るモンクとシャローナ。だが、酒豪のモンク15-.jpgシャローナは学生たちと羽目を外してしまい、モンクは単独で捜査を続行。翌日、二日酔いのシャローナのもとに思わぬ訃報が舞い込む―。

 市長からのご指名ということで、モンクの評価は確立済みということでしょうか。メキシコの刑事が最初はモンクなど捜査に役立たないと思っていたのが、最後は、その仕事ぶりに接して光栄だったと彼モンク15-1.jpgにすがりつくのが可笑しいですが、それ以上に可笑しかったのが、ストットルマイヤー警部が、モンクがメキシコで死んだという連絡を受けて警察葬をすると言い、ディッシャー警部補(ジェイソン・グレイ=スタンフォード)が警官でないから出来ないと言うと、それが出来ないなら自分は辞めるとまで言った矢先、実はそれは誤報でモンクは生きていると分かり、その途端に「アイツなんか大嫌いだ」と言い放つのが可笑しかったです。シャローナが、殺害されたのはモンクではなかったことに気づくところもいいです。モンクにとって、メキシコに着いた矢先に衣類から何から荷物を全部盗まれたという災難が、逆に命拾いすることに繋がったという作りも上手いし、「ライオンに噛まれて亡くなった男」の事件の挟み込み方も上手。フーダニット色が強く、これも愉しめました(評価★★★★)。


monk 14-5.jpg「名探偵モンク(第14話)/時計台の殺人」(Season 2 | Episode 1)●原題:MR. MONK GOES BACK TO SCHOOL●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/06/20●監督:ランドール・ジスク●脚本:デイビット・ブレックマン/Rick Kronberg●時間:44分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)アンドリュー・マッカーシー/デヴィッド・ラッシュ●日本放映:2004/06/22●放送:NHK-BS2(評価:★★★★)

MR. MONK GOES TO MEXICO.jpg「名探偵モンク(第15話)/空からの水死体」(Season 2 | Episode 2)●原題:MR. MONK GOES TO MEXICO●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/06/27●監督:ロン・アンダーウッド●脚本:リー・ゴールドバーグ/ウィリアム・ラブキン●時間:43分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)マイケル・B・シルヴァー●日本放映:2004/06/27●放送:NHK-BS2(評価:★★★★)


monk tv series  season1.jpgモンク タイトル.jpg「名探偵モンク」 Monk (USA Network 2002 ~2009/12) (2004/03~2010/07 NHK BS2/ミステリチャンネル)

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面白かった。ミステリと言うよりサスペンス、サスペンスと言うよりホラー。
ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 上.jpg ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ下.jpg  ヒッチコック「裏窓」1954.jpg 裏窓o2.jpg
ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 上』『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 下』 アルフレッド・ヒッチコック「裏窓」

ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ.jpg 神分析医のアナ・フォックスは、夫と娘と生活を別にして、ニューヨークの高級住宅街の屋敷に10カ月も一人こもって暮らしていた。広場恐怖症のせいで、そこから一歩たりとも出られないのだ。彼女の慰めは古い映画とアルコール、そして隣近所を覗き見ること。ある時、アナは新しく越してきた隣家で女が刺される現場を目撃する。だが彼女の言葉を信じるものはいない。事件は本当に起こったのか―。

 家の扉を閉ざし、社会から疎外された人間として生き、その慰めはワインとニコンD5500を使った覗き行為。不動産譲渡証書をネットで漁り、近所に越してきた新しい住人たちの出自をネットで調べる、言わば遠隔ストーカーである主人公。こんな主人公に感情移入できるかなと最初は思いましたが、巧みな筆致であるため、しっかりハマりました。

 解説によれば、作者自身もアナのように広場恐怖症とうつ病に長い間苦しめられ、2015年にはうつ病が再発し、家から出ることさえも出来なかったそうで、そんな辛い時期に思いついたのが本書のアイデアであったとのこと。編集者としての仕事を続けながら書き上げ、2018年1月に発表されたこの作者のデビュー長編は、ニューヨーク・タイムズ・ベストセラーリスト初登場1位の快挙を成し遂げ、その後も29週にわたりランクインしたそうです。やはり、切迫感のある描写は、それだけの苦労の賜物なのかもしれません。

ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ eiga.jpg 最後の畳み掛けるような、且つ意外な展開も良く、素直に「面白かった」と言える作品でした。ミステリと言うよりサスペンス、サスペンスと言うよりホラーでした。

 2019年に映画化され(2020年公開予定)、主人公アナを演じたのは「ザ・ファイター」('10年)や「アメリカン・ハッスル」('13年)の女優エイミー・アダムス。ゲイリー・オールドマンやジュリアン・ムーアなども出演しているようです。

Amy Adams in "The Woman in the Window"
  
ヒッチコック「裏窓」ド.jpg 主人公が古い映画を観るのが趣味で、多くの映画作品が作中に登場するのが、また楽しいです。とりわけアルフレッド・ヒッチコック作品が多く、この作品そのものがヒッチコック作品へのオマージュともとれますが、やっぱりストレートに「あれ、これってあの映画と同じかも」と言えるのが、ヒッチコック「裏窓」('54年/米)ではないかと思います。
Uramado (1954)
裏窓01.jpg 「裏窓」も、実際に殺人事件はあったのだろうかということがプロセスにおいて大きな謎になっていて、映画の中で実際には殺人が起こっていないのではないか、という仮説をもとにして論証を試みた、加藤幹郎著『ヒッチコック「裏窓」ミステリの映画学』('05年/みすず書房)という本もあったりします(加藤幹郎氏の主眼は「裏窓」そのものの読解ではなく、そこから見えてくるヒッチコック映画の計算された刷新性を見抜くことにあるかと思われるが、「裏窓」における事件が無かったとすることについては無理があるように思う)。

映画術 フランソワ トリュフォー.jpg ヒッチコックは、『映画術―ヒッチコック・トリュフォー』('81年/晶文社)でのインタビューの中で、「わたしにとっては、ミステリーはサスペンスであることはめったにない。たとえば、謎解きにはサスペンスなどはまったくない。一種の知的なパズル・ゲームにすぎない。謎解きはある種の好奇心を強く誘発するが、そこにはエモーションが欠けている」と述べており(p60)、「観客はつねに、危険にされされた人物の方に同化しておそれをいだくものなんだよ。もちろん、その人物が好ましく魅力的な人物ならば、観客のエモーションはいっそう大きくなる。「裏窓」のグレース・ケーリーがその例だ」と述べています。

ヒッチコック「裏窓」4.jpg 「裏窓」は公開当時、ジェームズ・ステュアート演じる主人公の〈のぞき〉の悪趣味ぶりを攻撃されましたが、「これこそが映画じゃないか。のぞきがいかに悪趣味だって言われようと、そんな道徳観念よりもわたしの映画への愛のほうがずっと強いんだよ」(同書P20)と答えています。ある批評家が、「『裏窓』はおぞましい映画だ、のぞき専門の男の話だ」と「吐き捨てるように書いた」のに対しても、「そんなにおぞましいものかね。たしかに、『裏窓』の主人公はのぞき屋(スヌーパー)だ。しかし、人間である以上、わたしたちはみんなのぞき屋ではないだろうか」と述べています(同署p218-219)。

 この『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』で言えば、先に書いたように(さらにヒッチコック流に言えば)、単なるサスペンスではなく、エモーショナルな部分が加わって(ホラー小説としても)成功しているように思いました。この成功のベースには、読者が主人公のアナにどれだけ感情移入できるかということにあるかと思いますが、元々作者にそうした闘病経験があったうえに、(ヒッチコックの示唆に則れば)主人公をのぞき屋(スヌーパー)にしたことで、すでに半分は成功が約束されていたのかもしれないと思った次第です。

「裏窓」DVD/Blu-ray
裏窓 dvd.jpg裏窓 br.jpg「裏窓」●原題:REAR WINDOW●制作年:1954年●制作国:アメリカ●監督・製作:アルフレッド・ヒッチコック●脚本:ジョン・マイケル・ヘイズ●撮影:ロバート・バークス●音楽:フランツ・ワックスマン●原作:ウィリアム・アイリッシュ「裏窓」●時間:112分●出演:ジェームズ・スチュアート/グレース・ケリー/レイモンド・バー/セルマ・リッター/ウェンデル・コーリイ●日本公開:1955/01●配給:パラマウント映画●最初に観た場所:新宿文化シネマ2(84-02-19)(評価:★★★★)

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「ああ、これはここで撮影したのか」と。写真で見るのもいいが、やはりは行ってみたいもの。

海外名作映画と巡る世界の絶景 00.jpg海外名作映画と巡る世界の絶景0_.jpg  サウンド・オブ・ミュージック 製作50周年記念版 DVD.jpg
海外名作映画と巡る世界の絶景』「サウンド・オブ・ミュージック 製作50周年記念版 DVD(2枚組)」['15年]

海外名作映画と巡る世界の絶景 01.jpg 海外名作映画の中に登場する美しい絶景の数々を、映画のストーリーや実際に撮影されたシーンと共にご紹介したもので、スマホで掲載されているバーコードを読み込むことで、バーチャル旅行を楽しんだりすることもできる点が今風と言えば今風でしょうか。

海外名作映画と巡る世界の絶景 02.jpg 15作の映画を取り上げ、それぞれ数カ所の場面シーンの実際にモデルになった場所の写真を載せ、併せて映画のシーンなども引用するとともに、撮影にまつわるコラム風の解説を付しています。その15作とは、「ハリー・ポッター」「スター・ウォーズ」「インディ・ジョーンズ」「ダ・ヴィンチ・コード」「ミッション:インポッシブル」「ロード・オブ・ザ・リング」「ライフ!」「マンマ・ミーア!」「プラダを着た悪魔」「フォレスト・ガンプ」「ローマの休日」「アメリ」「サウンド・オブ・ミュージック」「パディントン」「ピーターラビット」になります。

海外名作映画と巡る世界の絶景.jpg 「ああ、これはここで撮影したのか」みたいな発見もあって楽しめたことは楽しめましたが、どのような基準で15作選んだのかよく分からなかったのと、Amazonnのレビューで誰かが書いてましたが、「もうちょっとおとなしめの写真でもよかったかな」と自分も思いました(写真に彩色してあるように思われた。敢えて絵画的に見せているのか)。そサウンド・オブ・ミュージック .jpgれでも、「サウンド・オブ・ミュージック」('65年/米)とか、音楽もさることながら、改めて見どころが多かったなあと思いました。

 「サウンド・オブ・ミュージック」は、1938年のオーストリアを舞台に、後に家族合唱団となるフォン・トラップ一家をモデルに「ウエストサイド物語」のロバート・ワイズが監督した作品で、史実との違いがいろいろ言われていますが、1つの作品に使われた曲で、これだけ多くの曲が誰ものお馴染みになっているという点では稀有な作品であるように思います。

サウンド・オブ・ミュージック ヘルブルン宮殿.jpgサウンド・オブ・ミュージック ヘルブルン宮殿2.jpg その主要な映画の舞台であるザルツブルグは、モーツァルトの出身地としても知られていますが、行ったことはありません。ただ、家族が合唱遠征で行って、本書にも写真がある、映画の中で若い二人が密会して「もうすぐ17才」を歌うヘルブルン宮殿のガラスのパビリオン(映画に使われたものと同じものを後に観光用に再現したものらしいが)や、ザザルツブルグのソルト.JPGザルツブルグ栓抜き.JPGルツブルクの祝祭劇場で行われたコンクール(ここでは「ドレミの歌」「エーデルワイス」「さようなら、ごきげんよう」が歌われる)のロケ地となったメンヒスブルグの丘なども訪ね、合唱を披露し憲章都市 (Statutarstadt)章.pngたようです。お土産は"モーツァルト・チョコ"と""モーツァルト栓抜き"(笑)。それと"ザルツブルグ"という都市名の由来になったよく言われているソルト(塩)でした("ザルツブルグ"という都市名は、実際には市章にもなっている城の固有名詞が由来だそうだが)。

 また、この作品は、個人的には、小学校の時の転校先で同学年の生徒たちが前年に課外授業で鑑賞しており、途中から転入した自分だけ観てなかったりしたもので、ちょっとコンプレックスがあった作品でもあります。大人になったらなったで、家族が現地に行ったことがあって自分は行ったことがないという、ある意味、"負い目"が付きまとう作品かも(笑)。写真で見るのもいいですが、やっぱり実際に行ってみたいものです。

サウンド・オブ・ミュージック 製作45周年記念HDニューマスター版 [AmazonDVDコレクション]」['18年]
サウンド・オブ・ミュージック45周年記念HDニュー.jpg「サウンド・オブ・ミュージック」●原題:THE SOUND OF MUSIC●制作年:1965年●制作国:アメリカ●監督:ロバート・ワイズ●製作:ロバート・ワイズ/ソウル・チャップリン●脚本:アーネスト・レーマン●撮影:テッド・マッコード●音楽:リチャード・ロジャース/オスカー・ハマースタイン二世/アーウィン・コスタル●原作:ワード・リンゼイ/ラッセル・クローズ●時間:174分●出演:ジュリー・アンドリュース/クリストファー・プラマー/エリノア・パーカー/リチャード・ヘイドン/ペギー・ウッド/チャーミアン・カー/ヘザー・メンジース/ニコラス・ハモンド/デュエイン・チェイサ/アンジェラ・カートライト/デビー・ターナー/キム・カラス/アンナ・リー/ポーティア・ネルソン/マーニ・ニクソン/イベドネ・ベイカー/ベン・ライト/ダニエル・トゥルーヒット●日本公開:1965/06●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:池袋文芸坐(81-01-28)●2回目:三軒茶屋映劇(87-03-21)(評価:★★★★)●併映:(1回目)「奇跡の人」(ポール・アーロン)/(2回目)「王様と私」(ウォルター・ラング)

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絶望シネマの「映画の定石」の破り方の多様性を感じた。ビジュアルもいい。

観ずに死ねるか!傑作絶望シネマ88201.jpg IMG_7877.JPG
観ずに死ねるか!傑作絶望シネマ88』カバー写真「炎628」('85年/ソ連)

 鉄人社「観ずに死ねるか !」シリーズの「韓国映画 この容赦なき人生」('11年)、「観ずに死ねるか ! 傑作ドキュメンタリー88」('13年)、「観ずに死ねるか ! 傑作青春シネマ邦画編」('14年)、に続くシリーズの第4弾で、畳み掛ける不幸や理不尽な狂気、負の連鎖や死にまっしぐらの生き様など、救われない中身と結末の、いわば"絶望"を描いた映画を、文筆家ら70人がそれぞれの個人的視点で語り尽くした1冊です(カバーには、第二次世界大戦下でのナチスの掃討部隊アインザッツグルッペンによるウクライナでの大量虐殺行為を描いた「炎628」('85年/ソ連)がきている)。

「地下水道」 dvd.jpg『禁じられた遊び』(1952)2.jpgジョニーは戦場に行った  pos.jpg 第1章「悲劇」では、「禁じられた遊び」(立川志らく)、「誰も知らない」(川本三郎)、「地下水道」(荒井晴彦)、「ジョニーは戦場に行った」(森達也)など13本が取り上げられています。アンジェイ・ワイダ監督の「地下水道」('56年/ポーーランド)は『下水道映画を探検する』('16年/星海社新書)でも取り上げられていて「下水道映画」(下水道が出てくる映画)では個人的にはナンバー1ですが、絶望度で言うと「ジョニーは戦場にdalton trumbo 2.jpg行った」('71年/米)も相当なもの。カンヌ国際映画祭 審査員特別グランプリ受賞作でありながら、殆どホラー映画に近い戦慄を覚えましたが、選者の森達也氏が、映画を通して主人公の苦痛を一度は体験すべきだと述べているのには賛同します。監督は「ローマの休日」('53年/米)の脚本家ドルトン・トランボで(原作もドルトン・トランボで発表は1938年)、第二次世界大戦後に「赤狩り」の標的とされ投獄された経験もあり(そう言えば「パピヨン」('73年/米)の脚本家でもある)、朝鮮戦争とベトナム戦争も経験しています(選者は、目も鼻もない兵士は大量に生産されているとも言っている)。

未来世紀ブラジ_7878.JPG 第2章「戦慄」では、「未来世紀ブラジル」(高橋ヨシキ)、「ミスト」(松﨑健夫)、最後の晩餐/2.jpg復讐するは我にあり」(二階堂ふみ)、「めまい(ヒッチコック)」(松崎まこと)、「炎628」(橋口亮輔、スチールが表紙に使われている)、「最後の晩餐復讐するは我にあり_7880.JPG」(伊藤彰彦)など20本が取り上げられています。テリー・ギリアム監督の「未来世紀ブラジル」('85年/英)は、「1984」のような"ディストピアSF"に見えますが(ロバート・デ・ニーロが謎の電気修理人役でいきなり登場したのは可笑しかったが)、特権階級の不気味な非人間性を描いていると選者の高橋ヨシキ氏は述べていて、ナルホドと。今村昌平監督の「復讐するは我にあり」('79年/松竹)のラストの三國連太郎と倍賞美津子の散骨シーンを、選者の女優・二階堂ふみが、「緒形さんが、まるで、俺はまだ生きていると叫んでいるような」骨のストップシーンと表現しているのにも共感しました、

 第3章「破壊」では、「黒い画集 あるサラリーマンの証言」(みうらじゅん)、「黒い画集 第二話 寒流」(西IMG_7881.JPG村賢さらば愛しき大地 poster.jpg太)、「ポーラX」(安藤尋)、「気狂いピエロ」(末井昭)、「さらば愛しき大地」(佐々木俊尚)など16本が取り上げられています。松本清張原作の「黒い画集」シリーズから2本入っているのが興味深いですが、「黒い画集 第二話 寒流」の選者の芥川賞作家・西村賢太氏が、「清張の原作に付け加えられたカタルシスなき結末」に着眼しており、原作と読み比べてみるのもいいと思います(原作はスッキリさせられる逆転劇、映画は...)。

 第4章「哀切」では、「ミリオンダラー・ベイビー」(渚ようこ)、「真夜中のカーボーイ」(大槻ケンヂ)、「ミッドナイトクロス」(松崎まIMG_7884.JPGこと)、「東京暮色」(真魚八重子)など16本が取り上げられていて、第5章「狂気」では、「少女ムシェット」(坪内祐三)、「ゴーン・ガール」(大根仁)、「時計しかけのオレンジ」(水道橋博士)、「追悼のざわめき」(森下くるみ)など11本が取り上げられています。スタンリー・キューブリック監督の「時計しかけのオレンジ」は、最後に主人公が洗脳IMG_7885.JPG手術されてしまう「未来世紀ブラジル」と少し似ている部分もあったように思います。

 70人の選者が1人1作思いを込めて作品を論じていて、いろいろ気付きを与えてくれます。70人の中には、作家、映画監督や映画評論家などに混じって男優、女優、歌手なども何人かいて、例えば女優では、先に取り上げた二階堂ふみや、成海璃子、武田梨奈など結構若手もおり、彼女らなりに映画をしっかり捉えているのが興味深かったです。

 ハッピーエンドと正反対の(バッドエンドの)映画、本書で言う「絶望シネマ」というのはまだ沢山あると思いますが、いずれも言わば「映画の定石」なるものをを破っているわけであって、その破り方が極めて多様であることが窺え(こうしてみると、ハッピーエンドの映画はどれも同じように見えてきてしまう)、本書を通して改めて「幸福の形はいつも同じだが、不幸の形はそれぞれ違う」ことが浮き彫りになったように思います。ビジュアル面でも、映画の見どころシーンが多く織り込まれていて、まだ観たことのない作品も観てみたくなるほどに楽しめる1冊です。

ジョニーは戦場へ行った [DVD]
ジョニーは戦場へ行った [DVD].jpgジョニーは戦場に行ったード.jpg「ジョニーは戦場に行った」●原題:JOHNNY GOT HIS GUN●制作年:1971年●制作国:アメリカ●監督:ダルトン・トランボ●製作ブルース・キャンベル●脚本:ダルトン・トランボ●撮影: ジュールス・ブレンナー●音楽:ジェリー・フィールデジョニーは戦場に行った サザーランド2.jpgィング●原作:ダルトン・トランボ●時間:112分●出演:ティモシー・ボトムズ/キャシー・フィールズ/ドナルド・サザーランド/ジェイソン・ロバーズ/マーシャ・ハント/ チャールズ・マッグロー/ダイアン・ヴァーシ/エドワード・フランツ/ ケリー・マクレーン●日本公開:1973/04●配給:ヘラルド映画●最初に観た場所:新宿アートビレッジ(79-02-24)(評価:★★★★)

未来世紀ブラジル [DVD]
未来世紀ブラジル [DVD].jpg未来世紀ブラジル 111.jpg「未来世紀ブラジル」●原題:BRAZIL●制作年:1985年●制作国:イギリス●監督:テリー・ギリアム●製作:アーノン・ミルチャン●脚本:テリー・ギリアム/チャールズ・マッケオン/トム・ストッパード●撮影:ロジャー・プラット●音楽:マイケル・ケイメン●時間:142分●出演:ジョナサン・プライス/ロバート・デ・ニーロ/キ未来世紀ブラジル ロバートデニーロ.jpgム・グライスト/マイケル・ペイリン/キャサリン・ヘルモンド/ボブ・ホスキンス/デリック・オコナー/イアン・ホルム/イアン・リチャードソン/ピーター・ヴォーン/ジム・ブロードベント●日本公開:1986/10●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:大井武蔵野舘(87-07-19)(評価:★★★★)●併映:「ザ・フライ」(デビッド・クローネンバーグ)

復讐するは我にあり_7889.JPG「復讐するは我にあり」●制作年:1979年●監督:今村昌平●製作:井上和男●脚本:馬場当/池端俊策●撮影:姫田真佐久●音楽:池辺晋一郎●原作:佐木隆三●時間:140分●出演:緒形拳/三國連太郎/ミヤコ復讐するは我にあり 骨.jpg蝶々/倍賞美津子/小川真由美/清川虹子/殿山泰司/垂水悟郎/絵沢萠子/白川和子/フランキー堺/北村和夫/火野正平/根岸とし江(根岸李江)/河原崎長一郎/菅井きん/石堂淑郎/加藤嘉/佐木隆三●公開:1979/04●配給:松竹●最初に観た場所(再見):新宿ピカデリー(緒形拳追悼特集)(08-11-23)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(10-01-17)(評価:★★★★☆)

IMG_7883.JPG「最後の晩餐」●原題:LA GRANDE BOUFFE●制作年:1973年●制作国:イタリア・フランス●監督・脚本:マルコ・フェレーリ●製作:ヴァンサン・マル/ジャ「最後の晩餐」2.jpgン=ピエール・ラッサム●撮影:マリオ・ヴルピアーニ●音楽:フィリップ・サルド●時間:130分●出演:マルチェロ・マストロヤンニ/ウーゴ・トニャッツィ/フィリップ・ノワレ/ミシェル・ピッコリ/アンドレア・フェレオル●日本公開:1974/11●最初に観た場所:大塚名画座 (78-11-07) (評価★★★★☆)●併映:「糧なき土地」(ルイス・ブニュエル)/「自由の幻想」(ルイス・ブニュエル)

さらば愛しき大地 7892.JPG「さらば愛しき大地」●制作年:1982年●監督:柳町光男●製作:柳町光男/池田哲也/池田道彦●脚本:柳町光男/中上健次●撮影:田村正毅●音楽:横田年昭●時間:120分●出演:根津甚八/秋吉久美子/矢吹二朗/山口美也子/蟹江敬三/松山政路/奥村公延/草薙幸二郎/小林稔侍/中島葵/白川和子/佐々木すみ江/岡本麗/志方亜紀子/日高澄子●公開:1982/04●配給:プロダクション群狼●最初に観た場所:シネマスクウエアとうきゅう(82-07-10)●2回目:自由が丘・自由劇場(85-06-08)(評価:★★★★☆)●併映(2回目):「(ゴッド・スピード・ユー! ブラック・エンペラー」(柳町光男)

時計じかけのオレンジ [WB COLLECTION][AmazonDVDコレクション] [DVD]
IMG_7882.JPG時計じかけのオレンジ dvd.jpg「時計じかけのオレンジ」●原題:A CLOCKWORK ORANGE●制作年:1971年●制作国:イギリス・アメリカ●監督・製作・脚本:スタンリー・キューブリック●撮影:ジョン・オルコット●音楽:ウォルター・カーロス●原作:アンソニー・バージェス●時間:137分●出演:マルコム・マクダウェル/ウォーレン・クラーク/ジェームズ・マーカス/ポール・ファレル/リチャード・コンノート/パトリック・マギー/エイドリアン・コリ/ミリアム・カーリン/オーブリー・モリス/スティーヴン・バーコフ/イケル・ベイツ/ゴッドフリー・クイグリー/マッジ・ライアン/フィリップ・ストーン/アンソニー・シャープ/ポーリーン・テイラー●日本公開:1972/04●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:三鷹オスカー(80-02-09)●2回目:吉祥寺セントラル(83-12-04)(評価:★★★★)●併映(1回目):「非情の罠」(スタンリー・キューブリック)

《読書MEMO》
●「観ずに死ねるか!傑作絶望シネマ88」 (鉄人社)出版記念上映会 @テアトル新宿(2015年)
観ずに死ねるか!出版記念上映会.jpg

観ずに死ねるか! 出版記念上映会2.jpg

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実質的な1位は自分が"隠れ"ファンを自認していた作品だった(笑)。

週刊文春「シネマチャート」全記録.jpg イノセント1シーン.jpg 家族の肖像 デジタル修復完全版.jpg ミリオンダラー・ベイビード.jpg
週刊文春「シネマチャート」全記録 (文春新書)』「イノセント」「家族の肖像 」「ミリオンダラー・ベイビー」

 「週刊文春」の映画評「シネマチャート」が、1977(昭和42)年6月に連載を開始してから丸40年を迎えたのを記念して企画された本。40年間で4千本を超える映画に29名の評者が☆をつけてきたそうですが、その☆を今回初めて集計し、洋画ベスト200、邦画ベスト50選出しています。

地獄の黙示録01ヘリ .jpg 洋画のベスト1(評者の中で評価した人が全員満点をつけたもの)は10本あって(ただし、2003年までの満点が☆☆☆であるのに対し、2004年以降は☆☆☆☆☆で満点)、その中で評価(星取り)をしなかった(パスした)評者がおらず、全員が満点をつけたものが1977年から2003年までの間で5本、2004年以降が2本となっています。さらに、2003年までは評者の人数にもばらつきがあり、最も多くの評者が満点をつけたのがルキノ・ヴィスコンティ監督の「イノセント」('76年/伊・仏)(☆☆☆8人)、次がフランシス・フォード・コッポラ監督の「地獄の黙示録」('79年/米)(☆☆☆7人、無1人)となっています。

 選ばれた作品を見て、あれが選ばれていない、これが入っていないという思いは誰しもあるかと思いますが、巻頭に選定の総括として、中野翠、芝山幹朗両氏、司会・植草信和・元「キネマ旬報」編集長の座談会があり(中野翠、芝山幹朗両氏は現役の評者)、彼ら自身が選定に偏りがあるといった感想を述べていて、特定の作品が高く評価されたりそれほど評価されなかったりした理由を、その時の時代の雰囲気などとの関連で論じているのが興味深かったです。

 それにしても、全般に芸術映画の評価は高く、娯楽映画の評価はそうでもない傾向があるようですが、洋画ベスト200の実質的なトップにルキノ・ヴィスコンティ監督の「イノセント」がきたのは、この作品の"隠れ"ファンを自認していた自分としては意外でした(全然"隠れ"じゃないね)。しかも、この時の評者が、池波正太郎、田中小実昌、小森和子、品田雄吉、白井佳夫、渡辺淳など錚々たるメンバーだからスゴイ。彼らが「イノセント」を高く評価したというのも時代風潮かもしれませんが、だとすれば、「家族の肖像」('74年)、「ルードウィヒ/神々の黄昏」('80年)が共に62位と相対的に低いのはなぜでしょうか(ただし、個人的評価は、「イノセント」★★★★☆、「ルードウィヒ/神々の黄昏」★★★★、「家族の肖像」★★★★で、今回の順位に符号している)。

家族の肖像 78.jpg家族の肖像00.jpg(●「家族の肖像」は2020年に劇場でデジタルリマスター版で再見した。日本ではヴィスコンティの死後、1978年に公開されて大ヒットを記録し、日本でヴィスコンティ・ブームが起きる契機となった作品だが、上記の通り個人的評価は星5つに届いていない。今回、読書会のメンバーから、「家族」とその崩壊がテーマになっているという点で小津安二郎の「東京物語」に通じるものがあるという見解を聞き、そのあたりを意識して観たが、バート・ランカスター演じる大学教授は平穏な生活を求める自分が闖入者によって振り回された挙句、最後家族の肖像01.jpgには「家族ができたと思えばよかった」と今までの自分の態度を悔やんでいることが窺えた。ただし、「家族の肖像」の場合、主人公の教授がすでに独り身になっているところからスタートしているので、日本的大家族の崩壊を描いた「東京物語」と比べると状況は異なり、「家族」というモチーフだけで両作品を敷衍的に捉えるまでには至らなかった。一方、主人公の教授がヘルムート・バーガー演じる若者に抱くアンビバレントな感情には同性愛的なものを含むとの見解もあるようで、それはどうかなと思ったが、再見して、シルヴァーナ・マンガーノ演じるその若者を自分の愛人とする女性が、教授に対して「あなたも彼の魅力にやられたの」と言ってそのことを示唆していたのに改めて気づいた。)

 ☆☆☆☆☆で満点となった2004年以降で満点を獲得したのは、ゲイリー・ロス監督の「シービスケット」('03年/米)と クリント・イーストウッド監督の「ミリオンダラー・ベイビー」('04年/米)ですが、クリント・イーストウッド監督は洋画ベスト200に9作品がランクインしており、2位のルキノ・ヴィスコンティ監督の6作品を引き離してダントツ1位。この辺りにも、この「シネマチャート」における評価の1つの傾向が見て取れるかもしれません。クリント・イーストウッド監督の9作品のうち、個人的に一番良かったのは「ミリオンダラー・ベイビー」なので、自分の好みってまあフツーなのかもしれません。

ミリオンダラー・ベイビー01.jpg 「ミリオンダラー・ベイビー」は重い映画でした。女性主人公マギーを演じたヒラリー・スワンクは、イーストウッドに伍する演技でアカデミー主演女優賞受賞。作品自体も、アカデミー作品賞、全米映画批評家協会賞作品賞を受賞しましたが、公開時に、マギーが四肢麻痺患者となった後で死にたいと漏らしフミリオンダラー・ベイビー04.jpgランキーがその願いを実現させたことに対して、障がい者の生きる機会を軽視したとの批判があったようです。批判の起きる一因として、主人公=イーストウッドとして観てしまうというのもあるのではないでしょうか。「J・エドガー」('11年)などもそうですが、イーストウッドのこの種の映画は問題提起が主眼で、後は観た人に考えさせる作りになっているのではないかと思います。

 因みに、邦画ベスト50では1位の「愛のコリーダ2000」('00年)だけが評者全員(5人)が満点(☆☆☆)でした。この作品は、「愛のコリーダ」('76年)における修正を減らしたノーカット版により近いものであり、実質的なリバイバル上映だったと言えます(これ、現時点['19年]でDVD化されていない)。

Inosento(1976)
イノセント .jpgInosento(1976).jpg「イノセント」●原題:L'INNOCENTE●制作年:1976年●制作国:イタリア・フランス●監督:ルキノ・ヴィスコンティ●製作:ジョヴァンニ・ベルトルッチ●脚本:スーゾ・チェッキ・ダミーコ/エンリコ・メディオーリ/ルキノ・ヴィスコンティ●撮影:パスクァリーノ・デ・サンティス●音楽:フランコ・マンニーノ●原作:ガブリエレ・ダヌンツィオ「罪なき者」●時間:129分●出演:ジャンカルロ・ジャンニーニ/ラウラ・アントネッリ/ジェニファー・オニール/マッシモ・ジロッティ/ディディエ・オードパン/マルク・ポレル/リーナ・モレッリ/マリー・デュボア/ディディエ・オードバン●日本公開:1979/03●最初に観た場所:池袋文芸坐 (79-07-13)●2回目:新宿・テアトルタイムズスクエア (06-10-13) (評価★★★★☆)●併映(1回目):「仮面」(ジャック・ルーフィオ)

Jigoku no mokushiroku (1979)
Jigoku no mokushiroku (1979).jpg「地獄の黙示録」●原題:APOCALYPSE NOW●制作年:1979年●制作国:アメリカ●監督・製作:フランシス・フォード・コッポラ●脚本:ジョン・ミリアス/フランシス・フォード・コッポラ/マイケル・ハー(ナレーション)●撮影:ヴィットリオ・ストラーロ●音楽:カーマイン・コッポラ/フランシス・フォード・コッポラ●原作:ジョゼフ・コンラッド「地獄の黙示録 デニス・ホッパー_11.jpg闇の奥」●時間:153分(劇場公開版)/202分(特別完全版)●出演:マーロン・ブランド/ロバート・デュヴァル/マーティン・シーン/フレデリック・フォレスト/サム・ボトムズ/ローレンス・フィッシュバーン/アルバート・ホール/ハリソン・フォード/G・D・スプラドリン/デニス・ホッパー/クリスチャン・マルカン/オーロール・クレマン/ジェリー・ジーズマー/トム・メイソン/シンシア・ウッド/コリーン・キャンプ/ジェリー・ロス/ハーブ・ライス/ロン・マックイーン/スコット・グレン/ラリー・フィッシュバーン(=ローレンス・フィッシュバーン)●日本公開:1980/02●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:銀座・テアトル東京(80-05-07)●2回目:高田馬場・早稲田松竹(17-05-07)(評価★★★★)●併映(2回目):「イージー・ライダー」(デニス・ホッパー)

家族の肖像 デジタル・リマスター 無修正完全版 [DVD]
家族の肖像.jpg家族の肖像 dvd.jpg「家族の肖像」●原題:GRUPPO DI FAMIGLIA IN UN INTERNO(英:CONVERSATION PIECE)●制作年:1974年●制作国:イタリア・フランス●監督:ルキノ・ヴィスコンティ●製作:ジョヴァンニ・ベルトルッチ●脚本:ルキノ・ヴィスコンティ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ/エンリコ・メディオーリ●撮影:パスクァリーノ・デ・サンティス●音楽:フランコ・マンニーノ●時間:121分●出演: バート・ランカスター/ヘルムート・バーガー/シルヴァーナ・マンガーノ/クラウディア・マルサーニ/ステファノ・パトリッツィ/ロモロ・ヴァリ/クラウディア・カルディナーレ(教授の妻:クレジットなし)/ ドミニク・サンダ(教授の母親:クレジットなし)●日本公開:1978/11●配給:東宝東和●最初に観た場所:池袋・文芸座(79-09-24)●2回目(デジタルリマスター版):北千住・シネマブルースタジオ(20-11-17)(評価:★★★★)●併映(1回目):「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(ルキノ・ヴィスコンティ)

ルートヴィヒ 04.jpgルードウィヒ 神々の黄昏 ポスター.jpg「ルートヴィヒ (ルードウィヒ/神々の黄昏)」●原題:LUDWIG●制作年:1972年(ドイツ公開1972年/イタリア・フランス公開1973年)●制作国:イタリア・フランス・西ドイツ●監督:ルキノ・ヴィスコンティ●製作:ウーゴ・サンタルチーア●脚本:ルキノ・ヴィスコンティ/エンリコ・メディオーリ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ●撮影:アルマンド・ナンヌッツィ●音楽:ロベルト・シューマン/リヒャルト・ワーグナー/ジャック・オッフェンバック●時間:(短縮版)184分/(完全版)237分●出演:ヘルムート・バーガー/ロミー・シュナイダー/トレヴァー・ハワード/シルヴァーナ・マンガーノ/ゲルト・フレーベ/ヘルムート・グリーム/ジョン・モルダー・ブラウン/マルク・ポレル/ソーニャ・ペドローヴァ/ウンベルト・オルシーニ/ハインツ・モーグ/マーク・バーンズ1962年の3人.jpgロミー・シュナイダー.jpg●日本公開:1980/11(短縮版)●配給:東宝東和●最初に観た場所:(短縮版)高田馬場・早稲田松竹(82-06-06) (完全版)北千住・シネマブルースタジオ(14-07-30)(評価:★★★★)
ロミー・シュナイダー(Romy Schneider,1938-1982)
ロミー・シュナイダー(手前)、アラン・ドロン、ソフィア・ローレン(1962年)

ナオミ・ワッツ(Naomi Watts1968- )(2012年)
大統領たちが恐れた男 j.エドガー dvd2.jpgナオミ・ワッツ.jpg「J・エドガー」●原題:J. EDG「J・エドガー」01.jpgAR●制作年:2011年●制作国:アメリカ●監督:クリント・イーストウッド●製作:クリント・イーストウッド/ ブライアン・グレイザー/ロバート・ロレンツ●脚本:ダスティン・ランス・ブラック●撮影:トム・スターン●音楽:クリント・イーストウッド●時間:137分●出演:レオナルド・ディカプリオ/ ナオミ・ワッツ/アーミー・ハマー/ジョシュ・ルーカス/ジュディ・デンチ/エド・ウェストウィック●日本公開:2012/01●配給/ワーナー・ブラザーズ(評価★★★☆)

ミリオンダラー・ベイビー [DVD]」 モーガン・フリーマン(アカデミー助演男優賞)
ミリオンダラー・ベイビー.jpgミリオンダラー・ベイビー02.jpg「ミリオンダラー・ベイビー」●原題:MILLION DOLLAR BABY●制作年:2004年●制作国:アメリカ●監督:クリント・イーストウッド●製作:ポール・ハギス/トム・ローゼンバーグ/アルバート・S・ラディ●脚本:ポール・ハギス●撮影:トム・スターン●音楽:クリント・イーストウッド●原案:F・X・トゥール●時間:133分●出演:クリント・イーストウッド/ヒラリー・スワンク/モーガン・フリーマン/ジェイ・バルチェル/マイク・コルター/ルシア・ライカ/ブライアン・オバーン/アンンソニー・マッキー/マーゴ・マーティンデイル/リキ・リンドホーム/ベニート・マルティネス/ブルース・マックヴィッテ●日本公開:2005/05●配給:ムービーアイ=松竹●評価:★★★★

《読書MEMO》
●『観ずに死ねるか!傑作絶望シネマ88』 (2015/06 鉄人社)
ミリオンダラー・ベイビー_7893.JPG

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ものすごくマニアックというほどでもなく、気軽に愉しめる1冊。

カルト映画館 SF.jpgカルト映画館 ホラー.jpg  ローラーボール [DVD].jpg ローラーボール 映画0.jpg
カルト映画館 SF (現代教養文庫)』『カルト映画館 ホラー (現代教養文庫)』(共に表紙イラスト:永野寿彦(シネマ・イラストライター))「ローラーボール [DVD]」ジェームズ・カーン

 『カルト映画館 ホラー』('95年/教養文庫)の4名の執筆者に永野寿彦氏を新たに加えた執筆陣が、SF映画100作品を、「名作SF館」「シリーズSF館」「日本SF館」の3篇に分けて紹介したものです。「名作SF館」は、さらに、➀1900~1950年代、②1960年代、③1970年~1990年代に分かれ、「日本SF館」はさらに➀1950年代、②1960年から1996年に分かれています。

キング・コング 02.jpgキング・コング 1933 dvd.jpg 「名作SF館」の➀1900~1950年代では、やはり「キング・コング」('33年)は外せないところでしょう。本書によれば、コングは、上半身だけの巨大なメカニカル操作の物と、ウィリス・H・オブライエンの人形アニメによって創造されているとのこと。人形アニメのキャラが主役で登場した最初で最後の映画であるとのことで、そう言われてもちょっとぴんとこない面もありますが、要するにあのコマ撮りが「人形アニメ」ということになるのだろうなあと。

宇宙水爆戦1.jpg宇宙水爆戦 dvd.jpg 「宇宙水爆戦」('55年)は、ストーリーにあまり関係ないところで登場するミュータントがいなければ、さほど印象には残らなかったであろうとしていますが、確かに。これに対し、「禁断の惑星」('56年)は、「全編が見どころ。50年代に製作されたSF映画の最高傑作であり、今もって映画史に残る至宝として知られる」としています。「裸の銃を持つ男」シリーズで知られるレスリー・ニールセンが正当な二枚目俳優として出演していること、シェイクスピアの「テンペスト」をSFに翻案したものであることなどに触れているのが嬉しいです。

2001 space odyssey22.jpg2001年宇宙の旅2.jpg ②1960年代には、60年代がSF映画の黄金時代であったことを物語るかのように、「博士の異常な愛情」('64年)や「2001年宇宙の旅」('68年)などの名作があり、それが、③1970年~1990年代で、まず70年代の前半、世界の破滅を描いた映画が出回り、70年後半にはスペースオペラが復権、80年代のSFX映画時代の到来、90年代のSF映画不毛の時代を経て今('96年)に至っているとのことです。

惑星ソラリスSOLARIS 1972.jpg惑星ソラリス dvd.jpg そう言えば、ハリウッド映画に限らず、アンドレ・タルコフスキー監督の「惑星ソラリス」('73年)や「ストーカー」('80年)なども、どこかディストピア的な雰囲気があったかも。ただし、「惑星ソラリス」については、従来のSF作品では取り上げられなかった哲学の世界にまで昇華し、「2001年宇宙の旅」と並び称される傑作としています。

「ローラーボール」('76年)映画.jpg アメリカ映画では、B級映画と言えばB級映画ですが、ノーマン・ジュイソン監督作でジェームズ・カーン主演の「ローラーボール」('76年)を取り上げているのが懐かしいです。これもある意味ディストピア映画で、優れたSF・ファンタジー・ホラー映画に与えられる「サターン賞」の、創設間もない'75年度第3回のサターンSF映画賞、サターン主演男優賞を受賞しています。想定されている年代は2018年です。ジェームズ・カーンの役どころは、古代ローマの見世物としての闘技会のグラディエーターの未来版といったところでしょうか。デスマッチ式のローラーボール・ゲームを戦うのは、ニューヨーク・チームvs.東京チームで、そう言えば70年代に「ローラーゲーム」というスポーツがあり、「東京ボンバーズ」というチームがあったなあ(この作品は2002年、「ダイ・ハード」のジョン・マクティアナン監督によりリメイクされたが、リメイク版は製作費7,000万ドルに対し興行収入2,585万ドルと振るわず、2009年にハリウッド・レポーター誌が発表した過去10年間に全米公開され、大コケした失敗作の8位にランクインした)。

カプリコン1.jpgCapricorn 1.jpg エリオット・グールド主演の「カプリコン・1」('77年)は、アメリカ政府が人類初の有人火星着陸の試みが失敗したのを隠蔽し、"成功"を偽装するという内容で、現実性はともかく、著者が言うように、権力に追い詰められる者の恐怖はよく描けていたかも。何事にも疑いの目を向けよという批判精神が評価された作品ではないかと思います。

Close Encounters of the Third Kind (1977).jpg未知との遭遇-特別編.jpg 本書によれば、「カプリコン・1」と同年公開の「未知との遭遇」('77年)にも、「実はアメリカ政府が人類支配をもくろむエイリアンと既に契約を取り交わしていて、その事実を隠蔽するために宇宙人は平和の使者であるというイメージを大衆に与えようと本作が作られた...」という説があったとのことです。主人公がいかにも"純粋無垢"そうな宇宙人たちに宇宙船内に招き入れられる〈特別編〉まで作られ公開されていることから、そのような説が出てきたりするのではないでしょうか。

ブレードランナー.jpg『ブレードランナー』4.jpgブレードランナー パンフ.jpg 「ブレードランナー」('82年)は一時代を画したといってもいい傑作。「ルトガー・ハウガーがレプリカントを圧倒的な存在感で演じ切っている」とする著者に同感ですが、著者によれば、ルトガー・ハウガーはその後どルトガー・ハウアー.jpgんな映画にも出過ぎて、映画ファンには"どうも仕事を選ばないおじさん"という印象があるそうな。いずれにせよ、この「ブレードランナー」という作品は、公開前及び公開直後はそれほど話題にもなっておらず、時を経て評価が高まった作品で、同年の第7回「サターンSF映画賞」も、候補にはなったものの「E.T.」('82年)に持っていかれています。(件のルトガー・ハウガーは、この文章をアップした18日後の 2019年7月19日に出身地のオランダにて75歳で亡くなった。)

WarGames.jpgウォー・ゲーム.jpg 「ウォー・ゲーム」('83年)は、パソコン好きの高校生が遊び心から侵入したコンピュータで戦争ゲームをやっていたのが、実はそれは軍の核戦略プログラムで、現実に第三次世界大戦勃発の危機を招いてしまうというもの。"人間が作り出した機械によって起こりうる危機"を上手く描き出していました。こうしたモチーフは「ダイハード4.0(フォー)」('07年)などに継承されていることを考えると、結構先駆的な作品だったかも。

トータル・リコール 1.jpgトータル・リコール dvd.jpg 「トータル・リコール」('90年)も「ブレードランナー」と同じくフィリップ・K・ディック原作(短編SF小説「記憶売ります」)とのことで、まずまず面白かったのでは。原作にはない火星のシーンを映像化できたのも、その頃急速に進化していたCG技術のお陰でしょうか。
   
 以上が「名作SF館」で、「シリーズSF館」では、「物体X」シリーズから「ロボコップ」シリーズまで13のSFシリーズが取り上げられ、「日本SF館」では、「ゴジラ」('54年)から始まって18作品が紹介されています。その中では、永野寿彦氏が「モスラ」('61年)を高く評価しているのが印象に残りました。

 こちらも、『カルト映画館 ホラー』同様、ものすごくマニアックというほどでもなく、馴染みのある作品が多くて、気軽に愉しめる1冊でした。

ローラーボール (特別編) [DVD]
ローラーボール (特別編).jpgローラーボール 映画1.jpg「ローラーボール」●原題:ROLLERBALL●制作年:1975年●制作国:アメリカ●監督・製作:ノーマン・ジュイソン●脚本:ウィリアム・ハリソン●撮影:ダグラス・スローカム●音楽:アンドレ・プレヴィン●原作:ウィリアム・ハリソン●時間:125分●出演:ジェームズ・カーン/ジョン・ハウスマン/モード・アダムス/ジョン・ベック/モーゼス・ガン/パメラ・ヘンズリー/シェーン・リマー/バート・クウォーク/ロバート・イトー/ラルフ・リチャードソン●日本公開:1975/07●配給:ユナイテッド・アーテ池袋テアトルダイア s.jpg池袋テアトルダイア  .jpgテアトルダイア5.jpgィスツ●最初に観た場所:池袋・テアトルダイヤ(78-01-21)(評価:★★★☆)●併映:「新・猿の惑星」(ドン・テイラー)/「ジェット・ローラーコースター」(ジェームズ・ゴールドストーン)/「世界が燃えつきる日」(ジャック・スマイト)(オールナイト)
池袋テアトルダイア  1956(昭和31)年12月26日池袋東口60階通り「池袋ビル」地下にオープン(地上は「テアトル池袋」)、1981(昭和56)年2月29日閉館、1982(昭和57)年12月テアトル池袋跡地「池袋テアトルホテル」地下に再オープン、2009年8月~2スクリーン。2011(平成23)年5月29日閉館。

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比較的オーソドックスなラインアップ。いろいろ思い出させてくれた。

カルト映画館 ホラー0.jpgカルト映画館 ホラー.jpg  ザ・チャイルド 30周年特別版.jpg ザ・チャイルド3.jpg
カルト映画館 ホラー (現代教養文庫)』(表紙イラスト:永野寿彦(シネマ・イラストライター))「ザ・チャイルド 30周年特別版 [DVD]

 4名の執筆者が、ホラー映画100作品を、「名作ホラーの館」「ホラーカルトの館」「ホラー監督の館」「日本怪奇館」の4篇に分けて紹介したものです。

 「名作ホラーの館」は、共著者全員で作品を分担して紹介しているためか、それほどマニアックでもなく、比較的オーソドックスなラインアップだったように思います。

BRIDE OF FRANKENSTEIN2.jpgフランケンシュタインの花嫁 dvd.jpg 「フランケンシュタインの花嫁」('35年)が、本編「フランケンシュタイン」('31年)と比べ、「どこをとっても第1作目をしのいでいる」というのがよく理解できる解説になっていました。個人的にも、80年代に渋谷の旧ユーロ・スペースで予備知識なしに2本続けて観て、「花嫁」の方が上だと感じました。

サイコ1.jpgPsycho.jpg 「サイコ」('60年)は、あの和田誠氏が『お楽しみはこれからだ Part3』('80年/文藝春秋)で是非見てみたいと言っていた劇場予告編のことが書いてあります(ヒッチコックが登場して映画に登場するモーテルで現場検証よろしく、事件を説明するというもの)。今はネットで見ることができます。

「世にも怪奇な物語」2.jpg世にも怪奇な物語 dvd.jpg 「世にも怪奇な物語」('67年)は、エドガー・アラン・ポーの怪奇小説3作をロジェ・ヴァディム、ルイ・マル、フェデリコ・フェリーニの3監督が共作したオムニバス映画で、これも和田誠氏が『お楽しみはこれからだ』('75年/文藝春秋)の中で、ロジェ・ヴァディムのパートは「耽美主義的映像が逆に小細工のようでいけなかった」とし、「通俗的にはルイ・マルが面白く、怖さや不思議さではフェリーニが圧巻」としています。ただし、本書は映画の批評と言うより紹介が主であるため、「三人の名匠が個性派俳優たちを使って絶妙な味付けを施した」と同等に評価しています。

ローズマリーの赤ちゃん』(1968).jpgローズマリーの赤ちゃん.jpg 「ローズマリーの赤ちゃん」('68年)は、"悪魔"の存在がローズマリーの被害妄想かと思ったら実は本当に悪魔が存在していたというのが怖いとしていますが、著者が「"オカルト映画"にふさわしい秀逸な悪夢にイメージとして特筆される」としている、ローズマリーがすべてを受け入れ、至福の表情でわが子を抱いて子守歌を口ずさむラストの方が、ある意味それ以上に怖かったかも。

The Shining.bmp「シャイニング」 (1980) 英.jpg 「シャイニング」('80年)は、スタンリー・キューブリックが作品に織り込んだ"狂気"を見事に表現したのがジャック・ニコルソンで、それによって、スティーヴン・キング原作の映画化の中でも、一,二を争う出来になっているというのは同感です(ただし、当のスティーヴン・キングはこの映画化作品を気に入ってなかった)。

ハンガー パンフ.jpg 「ハンガー」('83年)は、デヴィッド・ボウイが吸血鬼役に挑んだ映画でしたが、著者が言うように、あくまでも主役は女吸血鬼を演じたカトリーヌ・ドヌーブでした。仏映画調のようなフィルム・ノワール調で描かれ、「これがMGM映画なの?」と思わずにはいられないとしていますが、カトリーヌ・ドヌーブが"仕切った"いうことも関係しているのではないでしょうか。

フランケンシュタイン (1994年) dvd.jpg 「フランケンシュタイン」('94年)は、ケネス・プラマー監督がロバート・デ・ニーロと組んだ作品ですが、「フランケンシュタインの"花嫁"となったジェームズ・アイヴォリー作品の乙女、ヘレナ・ボナム・カーターの怪奇女優ぶり」を思い出させてくれました。「眺めのいい部屋」('86年)のお嬢様役からの180度イメチェンは、「ハリー・ポッター」シリーズの魔女役よりずっと前から始まっていたわけか。

 「ホラーカルトの館」は、「鷲巣義明プレゼンツ」とあるように、個人のセレクションであるため、その分マニアック度が上がっているように思いました。

 「ロサンゼルス」('81年)のマイケル・ウィナーが監督した、教会と悪魔を対等に描いたためタブー映画とされている「センチネル」('77年)や(個人的には未見)、ナルシソ・イバネ・セッラドール監督の子供たちが大人たちを襲うというスペインのホラー映画「ザ・チャイルド」('76年)などは、本書にあるように当時はビデオ化されませんでした。「センチネル」にはフリークス(言わば身体障碍者)を悪魔視する描かれ方があり、「日本でのビデオ化はまず不可能」としています。また、「ザ・チャイルド」には、子供が胎児を操って胎内から母親を攻撃、ショック死させる場面があったりします。ところが「ザ・チャイルド」はその後ビデオ化されて2001年にはDVDにもなり、「センチネル」も2009年にDVD化されました。

映画 ザ・チャイルド.jpg とりわけ、「ザ・チャイルド」は、著者が「劇場公開時に観て、本作の素晴らしさに舌を巻いた」と言うように、初めてこの作品を観たホラー映画ファンの間である種ブームとなり、2008年には、「30周年特別版DVD」が発売されたほどです。個人的には、初めて観たときは「大人を襲っている子供たちもやがて大人になるのになあ」とか「子供と大人の中間にいる人はどうすればいいの?」とか引っ掛かりがありましたが、観たのが学生の時だったというのもあるし、或いは、"怖さ"に飲み込まれないよう、わざと白けたことを考えるようにしていたのかもしれんません(基本的に怖がりなので)。

ザ・チャイルド (1976年の映画).jpg「ザ・チャイルド」●原題:WHO CAN KILL A CHILD?//ISLAND OF THE DAMNED●制作年:1976年●制作国:スペイン●監督:ナルシソ・イバニェス・セラドール●製作:マヌエル・ペレス●脚本:ルイス・ペニャフィエル●撮影:ホセ・ルイス・アルカイネ●音楽:ワルド・デ・ロス・リオス●原作:ファン・ホセ・プランス●時間:107分●出演:ルイス・フィアンダー/プルネラ・ランサム/アントニオ・イランソ/ルイス・シヘス●日本公開:1977/05●配給:ジョイパックフィルム●最初に観た場所:中野武蔵野館(77-12-12)(評価:★★★☆)●併映:「小さな悪の華」(ジョエル・セリア)

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「ベテラン社員は少し背中を押せばイキイキ動き出すようになる」。啓発的だった。

「ベテラン社員」がイキイキ動き出すマネジメント.jpg     マイ・インターン dcd.jpg マイ・インターン01.jpg
なんとかしたい! 「ベテラン社員」がイキイキ動き出すマネジメント』['16年]「マイ・インターン [DVD]」['15年]ロバート・デ・ニーロ/アン・ハサウェイ
「月刊 人事マネジメント」2018年6月号
「月刊 人事マネジメント」2018年6月号.JPG「ベテラン社員」がイキイキ動き出すマネジメント .jpg 人事マネジメント系の雑誌でも、「シニア社員 [戦力化] ノート」といった特集が組まれたりする昨今ですが、本書によれば、多くの企業で50歳代の非管理職層が年々増加していくなか、そうしたベテラン社員についての「モチベーションが低く職場の問題児になっている」「新たなスキル開発が進んでおらず、やれる仕事が限られている」「年下上司の言うことを聞かずに困っている」といった(これまでもあった)定番的な問題が、これまでは成果を出すのは難しいとして放置されてきてきたのが、もはや放置しておけない状況になってきているとのことです。本書はそうしたベテラン社員(40代後半から65歳で、部下と責任部署を持つ管理職でない人を想定)をどう活性化していくか、或いはまた、50歳目前から、60歳以降も働き続ける人が元気に職場で活躍する状態を、どうやって作りだしていくかをテーマとしたものです。

 まず序章において、そうした問題の背景や原因を分析し、ベテラン社員がイキイキと働くために必要なものとして以下の3つを挙げています。
  ①やりがいのある仕事
 ②信頼できる上司
 ③職場の人間関係

 そしてこれらを実現するための、ベテラン社を活性化させる5つのマネジメント・ステップとして次の5つのステップを掲げ、以 下第1章から第5章で、5つのステップのポイントを解説しています。
 [ステップ1]土台をつくる...向き合い、気づき、知り合う 
  [ステップ2]目標を設定する...「与える」から、「考えさせる」へ
 [ステップ3]心に火をつける...プライドをシフトする
 [ステップ4]達成に向け支援する...仲間として支援する
  [ステップ5]フィードバックする...感謝と期待を伝える

 第1章(ステップ1:土台をつくる)では、ベテラン社員一人ひとりが個性的な人生を歩んできたのであり、そうした相手を知るために「仕事年表」を作成してもらい、それを共有することで、相手の思いや真実を引き出すことを勧めています。

 第2章(ステップ2:目標を設定する)では、いきなり課題を与えるとベテラン社員は逃げていくとし、目標設定の前に会議を通して組織の未来を考えてもらい、その上で目標を個別に考えてもらうことを推奨しています。また、自身のマネジメントについてベテラン社員がどう思っているか、自身がフィードバックを受けることができれば、まさに本物であるとしています。

 第3章(ステップ3:心に火をつける)では、ベテラン社員の持つ自分へのプライドを、自分の仕事を守るためのネガティブなプライドから、志を達成するためのものへとシフトさせることが肝要であり、自問自答を通してそのための気づきを促す「自己探求シート」というものを用いた面談を提唱しています。

 第4章(ステップ4:達成に向け支援する)では、メンバーの能力を120%引き出すためには、メンバーに敬意を持ち、メンバーを「部下」という上下の関係ではなく、お互いの成長を支援できる「仲間」に進化させていくことで一体感をつくることが大切であるとしています。

 第5章(ステップ5:フィードバックする)では、ベテラン社員は褒められたいと思っているのではなく、期待されたりと感謝されたりすることがその行動を変えるとして、対象者への感謝や期待を本人にフィードバックするための「フィードバックシート」というものを例示しています。

 また、巻末には、ベテラン社員の活性化に取り組み、成果を出している企業例として、トヨタファイナンス、NTTコミュニケーションズ、テルモ、サトーホールディングスの4社について、その取り組みが紹介されています。

 マネジャーや人事担当者とベテラン社員との間に仕事や働き方に対する共通の理解を育むことで、ベテラン社員は少し背中を押すだけでイキイキ動き出すようになるというのは、たいへん啓発的であるように思いました。もやっとした話になりがちなところを、「仕事年表」「自己探求シート」などのツールが紹介されていて、やるべきことが「見える化」されているのは良かったように思います。ただし、あくまでもそれらはツールであって、マネジャーや人事担当者が本書に書かれていることを実践するに際しては、個々人に相応のヒューマンスキルが必要になってくるようにも思いました。「ベテラン社員」問題が先送りされているような企業の人事担当者は、読んでおくのもいいのではにでしょうか。
        
マイ・インターン s.jpg ナンシー・マイヤーズが監督・脚本・製作を担当し、ロバート・デ・ニーロとアン・ハサウェイが主演を務めた「マイ・インターン」('15年/米)という映画がありました。ニューヨークでファッション通販サイトを運営している女社長のジュールズ(アン・ハサウェイ)が、短期間で会社を拡大させることに成功し、そんな彼女の会社に、社会貢献の一環としてのマイ・インターン2.jpgシニア・インターン制度で採用された70歳の老人ベン(ロバート・デ・ニーロ)がやってきて、ジュールズは最初から本気でベンに仕事を任せる気はなく、ベンも最初は若者ばかりの職場で浮いた存在だったが、いつしか彼はその誠実で穏やかな人柄によって社内の人気者になっていき、さらには公私にわたって困難の壁に直面したジュールを支える大きな柱になっていくという話でした。

マイ・インターン ド.jpg 何と言ってもコメディ映画であるし、ロバート・デ・ニーロ演じるベンは70歳ながら「背中を押す」どころか何も指示されなくても社内を変えていく"スーパー老人"的存在ですが、最初からシニアは使えないと思い込まないこと、また、当のシニア自身も人が与えてくれるのを待つのではなく自分から努力しなければならないということを示唆しているという意味では教訓的だったかもしれません(身だしなみに気を使っていたなあ)。

 基本的には予定調和のストーリーは予測の範囲内なので、ロバート・デ・ニーロとアン・ハサウェイという世代の異なる二人の演技派俳優の演技を楽しむ映画として観ましたが、ロバート・デ・ニーロは、同じコメディ映画であるデヴィッド・O・ラッセル監督の「世界にひとつのプレイブック」('12年/米)でジェニファー・ローレンスと共演し(ジェニファー・ローレンスはこの作品でアカデミー主演女優賞を受賞、ロバート・デ・ニーロも助演男優賞にノミネートされた)、この「マイ・インターン」では、ジェニファー・ローレンスと同時に「レ・ミゼラブル」('12年/英)でアカデミー女演女優賞を受賞したアン・ハサウェイと共演と、積極的に演技派女優と共演しているのがスゴイなあと思います。相手もロバート・デ・ニーロとの共演を名誉なこととして望むのでしょう。アン・ハサウェイはロバート・デ・ニーロとの対談で「あなたは伝説です」と述べているし、また、撮影所でもロバート・デ・ニーロは謙虚で、全然偉ぶってなかったと言っています。ロバート・デ・ニーロ自身がまさに理想のシニアといったところでしょうか(レネ・ルッソが、個人的には「アウトブレイク」('95年)以来20年ぶりで懐かしかった)。

マイ・インターン(字幕版)
マイ・インターン 3.jpgマイ・インターン dcd.jpg「マイ・インターン」●原題:THE INTERN●制作年:2015年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ナンシー・マイヤーズ●製作:ナンシー・ママイ・インターン  s.jpgイヤーズ/スザンヌ・ファーウェル●撮影:スティーヴン・ゴールドブラット●音楽:セオドア・シャピロ●時間:121分●出演:ロバート・デ・ニーロ/アン・ハマイ・インターン .jpgサウェイ/レネ・ルッソ/アンダーズ・ホーム/ジョジョ・クシュナー/アンドリュー・ラネルズ/アダム・ディヴァイン/ザック・パールマン/ジェイソン・オーリー/クリスティーナ・シェラー●日本公開:2015/10●配給:ワーナー・ブラザース(評価:★★★☆)

「アウトブレイク.jpgアウトブレイク」レネ・ルッソ.bmp会社専属マッサージ師フィオナ=レネ・ルッソ(「アウトブレイク」('95年))/ロバート・デ・ニーロ

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「女たちの肖像」特集からの2作は、女優の演技を堪能できる映画。

あの日、欲望の大地で dvd.jpg あの日、欲望の大地で セロン.jpg ギジェルモ・アリアガ.jpg まぼろし dvd.jpg フランソワ・オゾン.jpg
あの日、欲望の大地で [DVD]」シャーリーズ・セロン/ギジェルモ・アリアガ監督 「まぼろし<初回限定パッケージ仕様> [DVD]」シャーロット・ランプリング/フランソワ・オゾン監督
キム・ベイシンガー/ジェニファー・ローレンス(当時17歳)
あの日、欲望の大地でes.jpg シルヴィア(シャーリーズ・セロン)は、ポートランドの海辺に建つ高級レストランのマネージャーとして働いている。だが、ひとたび職場を離れると、行きずりの男と安易に関係を持ち、自傷行為に走る。そんな彼女の前に、カルロス(ホセ・マリア・ヤスピク)と名乗るメキシコ人男性が現れ、彼が連れてきた12歳の少女マリア(テッサ・イア)の姿にシルヴィアは動揺し、思わず逃げ出す。その胸に、砂漠の中で真っ赤に燃え上がるトレーラーハウスの幻影が浮かび上がる...。シルヴィアがマリアーナと呼ばれていた10代の頃、彼女の一家はニあの日、欲望の大地で mix.jpegューメキシコ州の国境の町で暮らしていた。病気を克服したばかりの母親ジーナ(キム・ベイシンガー)に代わって、父親ロバート(ブレット・カレン)と3人の幼い兄弟の面倒を見るのはマリアーナ(ジェニファー・ローレンス)の役目だった。そんな中、ジーナは隣町に住むメキシコ人のニック(ヨアキム・デ・アルメイダ)と情事を重ねていた。お互いに家庭を持つ二人は、中間地点のトレーラーハウスを忍び逢いの場所に選び、貪るように愛を交わすが、その情事は唐突に終わりを告げる。二人が密会中にトレーラーハウスが炎上、二人は帰らぬ人となった。母の事故死は、多感なマリアーナの心に大きな傷跡を残したが、それはニックの息子・サンティアゴ(J・D・パルド)にあの日、欲望の大地で   セロン.jpgとっても同様だった。やがて、両親を真似るように密会を重ねるようになった二人は、本気で恋に落ちていく―。それから12年、シルヴィアは、マリアーナの名前と共に置き去りにした過去と向き合うべき時が来たことを悟る―。


Charlize Theron/Kim Basinger/Jennifer Lawrence
あの日、欲望の大地で 8.jpg 「あの日、欲望の大地で」('08年/米、原題:The Burning Plain)は、メキシコ出身の脚本家・作家で「21グラム」('03年)、「バベル」('06年)などの脚本映画があるギジェルモ・アリアガが、2人のオスカー女優、シャーリーズ・セロン(1975年生まれ)とキム・ベイシンガー(1953年生まれ)を主演に迎えて撮り上げた2008年の監督デビュー作。「時代と場所を越えて3世代にわたる女性たちが織りなす愛と葛藤と再生の物語を、時制を錯綜させた巧みな語り口で描き出していく」という謳い文句ですが、まさにその通りの佳作でした。

 まず冒頭に、草原の中にあるトレーラーハウスが爆発炎上するシーンがあって、その後、アメリカ北東部メイン州の海辺の街ポートランドで高級レストランの女マネージャーとして働きながら、複数の男性といきずりの関係を繰り返す、シャーリーズ・セロン演じるシルヴィアの話と、アメリカ南部ニューメキシコ州の国境沿いの町でメキシコ人男性とトレーラーハウスで不倫を重ねる、キム・ベイシンガー演じる主婦ジーナの話が交互に展開され、まさに「場所を越えた」話になっています。さらに、ニューメキシコでの話には、シルヴィアの娘マリアーナが重要な位置を占めるようになり、3人の女性の物語かと思ったら実は...。

あの日、欲望の大地で7.jpg "脚本家"監督のまさに脚本の上手さを感じさせますが、驚くべきは、重要な役どころであるシルヴィアの娘マリアーナを演じたジェニファー・ローレンス(1990年生まれ)の演技力で、当時17歳にして、2人のオスカー女優の体当たり演技(これはこれで流石と言うべき好演)に拮抗する演技となっています。ギジェルモ・アリアガ監督には「メリル・ストリープの再来かと思った」と言わしめ、2008年・第65回ヴェネツィアジェニファー・ローレンス マルチェロ・マストロヤンニ賞.jpg国際映画祭ではマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞しました。その4年後、コメディ映画「世界にひとつのプレイブック」('12年/米)でアカデミー賞主演女優賞を受賞、彼女自身もオスカー女優となっていますが、この「あの日、欲望の大地で」での演技の方が「世界にひとつのプレイブック」より上のように思います(シリアスドラマとコメディを比較するのは難しいが)。

ジェニファー・ローレンス(18歳)2008年・第65回ヴェネツィア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)受賞

 この作品は、シネマブルースタジオで「女たちの肖像」特集の1本として観ましたが、この特集でその前に上映されたのが、最近「2重螺旋の恋人」('17年/仏・ベルギー)が日本公開されたばかりの、フランソワ・オゾン監督の「まぼろし」('00年/仏)でした。この監督も、ほぼ全作自分で(共同脚本もあるが)脚本を書いています。

ブリュノ・クレメール(ジャン)/シャーロット・ランプリング(マリー)
まぼろし ブリュノ・クレメール(左、ジャン).jpg 大学で英文学を教えるマリー(シャーロット・ランプリング)は、夫ジャン(ブリュノ・クレメール)とは結婚して25年になる50代の夫婦。子どもはいないが幸せな生活を送っている。毎年夏になると、フランス南西部・ランド地方の別荘で過ごし、今夏も同様にヴァカンスを楽しみに来た。昼間、マリーが浜辺でうたた寝する間、ジャンは海に泳ぎに行く。目を覚ましたマリーは、ジャンがまだ海から戻っていないことに気づく。気を揉みながらも平静を装うマリーだが、不安は現実のものとなる。ヘリコプターまで出動した大がかりな捜索にもかかわらずジャンの行方は不明のまま。数日後、マリーはひとりパリへと戻るが―。

まぼろし シャーロット・ランプリング(マリー).jpg シャーロット・ランプリング(1946年生まれ)が演じる、夫の死を受け入れられないマリーが、"壊れている"感がある分、どこかいじらしさもありました。彼女がパリに戻って最初の方のシーンで夫が出てくるため、その部分はカットバックかと思ったら、どうやらそうではなかったみたい。すでに「まぼろし」は始まっていた?(原題: Sous le sableは「砂の下」の意)。そう言えば、すでに女友達のアマンダ(アレクサンドラ・スチュワルト)に精神科に診てもらうよう勧められていました。

ジャック・ノロ(ヴァンサン)/アレクサンドラ・スチュワルト(アマンダ)
まぼろし ジャック・ノロ(左、ヴァンサン).jpgまぼろし アレクサンドラ・スチュワルト(アマンダ).jpg 彼女にとって夫は生きているわけで、女友達のアマンダはヴァンサン(ジャック・ノロ)を再婚相手として紹介したつもりなのだろうけれども(一見カットバック・シーンと思われた食事会は、二人をくっつけるためのものだったわけか)、彼女自身は不倫のスリルと快感を味わっているようなまぼろし シャーロット・ランプリング まぼろし.jpg感じでした(やや滑稽にも見える)。夫の薬棚からうつ病の薬を見つけて夫が自殺することを心配し、医者に行ってヴァカンス以降は薬を受け取りに来ていないことを知っても、あくまでも自殺を心配しています。仕舞には、ラスト近くで夫と思しき水死体が揚がって自ら検死に行くも、腕時計が違うという理由だけで(それが正確かどうかも怪しいが)夫とは認めようとしない―精神分析でいう"合理化"なのでしょうが、やっぱり"壊れている"!

 ストーリー的にはそれだけで、「あの日、欲望の大地で」に比べるとずっとシンプルでした。ラストに救いがあり、それが主人公の"ブレークスルー"にもなっている「あの日、欲望の大地で」とは異なり、主人公が夫の死を受け入れられないまま(壊れたまま)終わるところが個人的にはややあっけなく、これってヨーロッパ映画的なのかなと思いましたが、この作品は本国フランスのみならずアメリカでも好評を得たというのが興味深いです(日本でも、キネマ旬報ベストテンで外国映画の5位にランクインした)。

シャーロット・ランプリング まぼろし .jpg アメリカでも好評を得た理由の1つは、シャーロット・ランプリングがアメリカ映画にもよく出ていることもあるのでは。まさにシャーロット・ランプリングの演技を観る映画になっているような感じですが、彼女はその負託に応えている感じで、この作品の演技が、「さざなみ」('15年/英)などでの高い評価を得た近年の演技の下地として連なっているのではないかと思います。かつて「愛の嵐」('74年/伊)の頃は、こんなに息の長い女優になるとは思われていなかったように思います。

シャーロット・ランプリング in「まぼろし」('00年)

「女たちの肖像」特集からの2作は、ストーリー的には「あの日、欲望の大地で」が良かったですが、2作とも、女優の演技を堪能することができる映画でした。

シャーロット・ランプリング in「スパイ・ゲーム」('01年/米)/「デクスター 警察官は殺人鬼(シーズン8)」('08年/米)/「わたしを離さないで」(10年/英)(原作:カズオ・イシグロ)
Charlotte Rampling-spy-game-(2001) -.jpg シャーロット・ランプリング デクスター.jpg シャーロット・ランプリング わたしを離さないで.jpg

あの日、欲望の大地でs.jpg「あの日、欲望の大地で」●原題:THE BURNING PLAIN●制作年:2008年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ギジェルモ・アリアガ●製作:ウォルター・パークス/ローリー・マクドナルド●撮影:ロバート・エルスウィット●音楽:ハンス・ジマー/オマール・ロドリゲス=ロペス●時間:106分●出演:シャーリーズ・セロン/キム・ベイシンガー/ジェニファー・ローレンス/ホセ・マリア・ヤスピク/ジョン・コーベット/ダニー・ピノ/テッサ・イア/ジョアキム・デ・アルメイダ/J・D・パルド/ブレット・カレン●日本公開:2009/09●配給:東北新社●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-09-07)(評価:★★★★)

まぼろしSOUS LE SABLE.jpg「まぼろし」●原題:SOUS LE SABLE●制作年:2000年●制作国:フランス●監督:フランソワ・オゾン●製作:オリヴィエ・デルボス/マルク・ミソニエ●脚本:フランソワ・オゾン/エマニュエル・ベルンエイム/マリナ・ドゥ・ヴァン/マルシア・ロマーノ●撮影:アントワーヌ・エベルレ/ジャンヌ・ラポワリー●音楽:フィリップ・ロンビ●時間:95分●出演:シャーロット・ランプリング/ブリュノ・クレメール/ジャック・ノロ/アレクサンドラ・スチュワルト/ピエール・ヴェルニエ/アンドレ・タンジー●日本公開:2002/09●配給:ユーロスペース●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-09-03)(評価:★★★☆)

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初めて読んだ時は驚いたが、「限られた生」という意味では自分たちも登場人物らと同じか。

わたしを離さないで 文庫 2008.jpgわたしを離さないで 2006.jpg わたしを離さないで 映画dvd__.jpg わたしを離さないで dorama d_.jpg
わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)』/単行本/「わたしを離さないで [DVD]」/「わたしを離さないで DVD-BOX


 キャシー・Hは31歳、優秀な介護人として11年間、提供者と呼ばれる人たちを世話している。生まれ育ったヘールシャムでの親友、ルースとトミーもキャシーが介護してきた。キャシーはヘールシャムで過ごした日々を懐かしく回想していく。毎週の健康診断や、図画工作に力をいれた授業など、保護官の監視のもと「外」とは違う奇妙な、しかし懐かしい日々。「教わっているけど教わっていない」ヘールシャムでの日常を回想しながら、運命に翻弄された人々の真実が徐々に明らかになっていく―。

Never Let Me Go .jpg 2017年のノーベル文学賞受賞者となったカズオ・イシグロの2005年発表の長編第6作であり(原題:Never Let Me Go)、その前の第5作『わたしたちが孤児だったころ』(2000年)が歴史探偵小説風、この後の第7作が『忘れられた巨人』(2015年)がファンタジー小説風であるのに対し、この作品はSF小説風ということで、一作毎にいろいろな小説スタイルを採り入れているのが興味深いです。SF作家でノーベル文学賞を受賞した人はいませんが、"代表作"の中にSF小説がある作家というと、カズオ・イシグロは当て嵌まるかもしれません(ノーベル文学賞受賞の際に、受賞理由である「世界と繋がっているという我々の幻想に隠された深淵を偉大な感情力で明るみにした一連の小説」を体現する代表作として本作を紹介する解説者が多くいた)。

"Never Let Me Go"ペーパーバック(2011)

 この作品は、個人的には、まだカズオ・イシグロが日本でそれほど話題になっていない頃に予備知識無しで読んだため、途中で登場人物たちの負っている運命が明かされた時は本当に驚いてしまい、よくこんな話を考えたものだと思いました。作者は、未読の人にネタバラシしても構わないと言っているようですが、そのことはとりもなおさず"読み物"の形を借りた"文学"であることを意味しているのでしょう。とは言え、個人的には、読んでいて途中でそうした事実が明かされた時の衝撃の大きさが本の一番の印象になっているため、もうかなり知られているとは思いますが、ここでストレートにすべてを明かしてしまうのはやや気が引けます(読んでいるうちに分かってしまうが)。

ドリー・パートン.jpgクローン羊ドリー.jpg 作者は、1996年に英国で世界初のクローン羊"ドリー"(米国のシンガーソングライター兼女優ドリー・パートンの巨乳に因んで名づけられた)が誕生したニュースから、この作品のモチーフを着想したそうです。この作品の発表の翌年2006年に、山中伸弥教授が率いる京都大学の研究グループがiPS細胞を開発し、その時点でノーベル受賞が確実視されるほど話題になりましたから(2012年ノーベル生理学・医学賞を受賞)、そのニュースの後だったら違った作品になっていたかもしれないという気もします(iPS細胞の開発はこの作品の前提を変えてしまうから)。

「ブレードランナー」より
『ブレードランナー』4.jpg この作品の登場人物たちは、自分たちの運命に抵抗もしますが、それを宿命として受け入れている部分がかなり大きいように思います。P・K・ディックの小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』の映画化作品リドリー・スコット監督の「ブレードランナー」('82年/米)における"レプリカント" (クローン技術の細胞複製(レプリケーション)からとった造語)は彼らよりもっと自らの運命に抗ったし、さらに遡ると、カレル・チャペックの1920年刊行の戯曲『ロボット』では、創造主である人間に抵抗し滅ぼそうとする"ロボット"たちが登場し、最後、人間は一人だけが生き残り、ロボット同士の結婚を認めるというスゴイ話になっています。

 それらに比べると、この作品は冒頭から何となくシュール感が漂うものの、リアリズム基調を維持していて、"異常"でありながらも"劇的"な事態は生じず、「記憶の物語」が静かに進行していくという感じです。そのため、どうして彼らは逃げ出さないのかという疑問は誰もが抱くのではないかと思いますが、作者は、この英国の片田舎の"平行世界"を舞台とした小説を、2015年までの自身の作品のうちでもっとも「日本的」な小説だと考えているとしており、それは所謂"日本的諦念"というのが反映されているということでしょう。別のところで作者は、登場人物たちの死生観を、難病の子供たちのそれに擬え、彼らは決して絶望しているわけではないともしていました。

日の名残り%E3%80%80文庫.jpg また、同じ作者の代表作『日の名残り』について、作者自身が「われわれは皆"執事"のようなものである」ということが言いたかったと述べているのは、この作品にも当て嵌まるように思います。つまり、相対比較で見れば、この小説の登場人物のような境遇でなくて良かったということになるのかもしれませんが、絶対的に限られた時間を生きているという意味では自分たちも彼らとまったく同じであり、ただ、"限られた生をどう生きるか"そこまで突き詰めて考えていないで日常を過ごしているだけなのかもしれないと思いました。この小説に引き込まれるのは、登場人物の思念を通して、そうした生の有限性や生きることの意味を考えさせられるためではないかと思います。

わたしを離さないで 01.jpg この作品は、2010年にマーク・ロマネク監督、キャリー・マリガン、キーラ・ナイトレイ、アンドリュー・ガーフィールド主演により、イギリスにおいて映画化されています。キャリー・マリガン、キーラ・ナイトレイ共に1985年生まれで、キーラ・ナイトレイは「プライドと偏見」('05年/英)でアカデミー主演女優賞にノミネートされ、ハリウッド映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズでジョニー・デップの相手役でブレイク、一方のキャリー・マリガンは、そのキーラ・ナイトレイが主演した「プライドと偏見」がデビュー作ということで、当初はキャリアに相当差がありましたが、その後「17歳の肖像」('09年/英)で英国アカデミー賞主演女優賞を受賞、この「わたしを離さないで」では、キャリー・マリガンが主人公キャシーを演じ、ルースを演じたキーラ・ナイトレイ、トミーを演じたアンドリュー・ガーフィールドと共に2010年・第13回英国インディペンデント映画賞の主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞にそれぞれノミネートされ、キャリー・マリガンだけが受賞しています。

キャリー・マリガン/キーラ・ナイトレイ/アンドリュー・ガーフィールド
わたしを離さないで05.jpg 役者達の演技は悪くなく、特にキャリー・マリガンはいいです。子役たちも、意図して選んだのだと思いますが、3人の役者にそれぞれ似ていました。ただ、小説におけるヘールシャムからは英国のパブリック・スクールに代表される「イギリス的学校」の雰囲気が感じられ、ここにも作者の"英国的"なものへの批判が込められていると思わたしを離さないで シャーロット・ランプリング.jpgいましたが、映画ではもろにパブリック・スクールそのものになってしまっていて、ストレートすぎて逆にイマジネーションが阻害された感じ。それと、シャーロット・ランプリング演じるヘールシャムの校長が、かなり早い段階で生徒たちに事実を告げてしまうので、これもどうかなと思いました。原作を読んでいて、読みながら何かこの学校にはあるぞという思いを巡らせる、そうした時間に相当する部分が短かすぎたため、原作を"追体験"した気分にならなかったです(そう考えると、原作は"引っ張る"ことの効果まで計算されていたということか)。

わたしを離さないで 舞台.jpg 日本では2014年に蜷川幸雄演出、多部未華子主演により舞台化され、2016年には森下佳子(「おんな城主 直虎」('17年/NHK))脚本、綾瀬はるか主演でテレビドラマ化されました。多部未華子の舞台は観ていまわたしを離さないで  ドラマ.jpgせんが(PVは観た)、綾瀬はるかのドラマの方は、全10話の内最初の3話が登場人物の幼年期で、子役の演技をずっと見せられるのはややしんどかったです(NHKの大河ドラマで言えば、4月まで子役が児童劇を演じているようなもの)。しかも、この間に生徒(児童)たちに事実が告げられ、告知が映画より更に早わたしを離さないで  ドラマs.jpgまっています(これ、何歳でそうした事実を知らされるかで、話がやや違ってくるように思われ、児童劇のような序盤と併せ、原作と最もイメージが違った点だった)。更に、ラストの方は、ドラマのオリジナルの話になっています。映画化も舞台化もされているため、オリジナリティを出そうとしたのかもしれませんが、ドラマ化は初なので、原作通りで真っ向勝負して欲しかった気もします(歴史さえ改変してしまう「直虎」の脚本家だから、何でもありか)。


わたしを離さないで 02.jpgわたしを離さないで03.jpg「わたしを離さないで」●原題:NEVER LET ME GO●制作年:2010年●制作国:イギリス●監督:マーク・ロマネク●製作:アンドリュー・マクドナルド/アロン・ライヒ●脚本:アレックス・ガーランド●撮影:アダム・キンメル●音楽:レイチェル・ポートマン●原作:カズオ・イシグロ●時間:105分●出演:キャリー・マリガン/アンドリュー・ガーフィールド/キーラ・ナイトレイ/イソベル・メイクル=スモール/エラ・パーネル/チャーリー・ロウ/エミリシャーロット・ランプリング/サリー・ホーキンス/ナタリー・リシャール/アンドレア・ライズボロー/ドムナル・グリーソン●日本公開:2011/03●配給:フォックス・サーチライト・ピクチャーズ(評価:★★★)

キーラ・ナイトレイ in「プライドと偏見」('05年/英)/「はじまりのうた」('13年/米)
キーラ・ナイトレイ プライドと偏見.jpg はじまりのうた98.jpg
アンドリュー・ガーフィールド in「ソーシャル・ネットワーク」('10年/米)/「沈黙-サイレンス-」('16年/米)
アンドリュー・ガーフィールド.jpg 沈黙%E3%80%80サイレンス.jpg
シャーロット・ランプリング in「まぼろし」('00年/仏)/「スパイ・ゲーム」('01年/米)/「デクスター 警察官は殺人鬼(シーズン8)」('08年/米)
シャーロット・ランプリング まぼろし .jpg Charlotte Rampling-spy-game-(2001) -.jpg シャーロット・ランプリング デクスター.jpg

わたしを離さないで  ドラマ s.jpgわたしを離さないで tv.jpg「わたしを離さないで」●演出:吉田健/山本剛義/平川雄一朗●プロデューサー:渡瀬暁彦/飯田和孝●脚本:森下佳子●原作:カズオ・イシグロ●出演:綾瀬はるか/三浦春馬/水川あさみ/真飛聖/伊藤歩/甲本雅裕/麻生祐未●放映:2016/01~03(全10回)●放送局:TBS

●朝日新聞・識者120人が選んだ「平成の30冊」(2019.3)
1位「1Q84」(村上春樹、2009)
2位「わたしを離さないで」(カズオ・イシグロ、2006)
3位「告白」(町田康、2005)
4位「火車」(宮部みゆき、1992)
4位「OUT」(桐野夏生、1997)
4位「観光客の哲学」(東浩紀、2017)
7位「銃・病原菌・鉄」(ジャレド・ダイアモンド、2000)
8位「博士の愛した数式」(小川洋子、2003)
9位「〈民主〉と〈愛国〉」(小熊英二、2002)
10位「ねじまき鳥クロニクル」(村上春樹、1994)
11位「磁力と重力の発見」(山本義隆、2003)
11位「コンビニ人間」(村田沙耶香、2016)
13位「昭和の劇」(笠原和夫ほか、2002)
13位「生物と無生物のあいだ」(福岡伸一、2007)
15位「新しい中世」(田中明彦、1996)
15位「大・水滸伝シリーズ」(北方謙三、2000)
15位「トランスクリティーク」(柄谷行人、2001)
15位「献灯使」(多和田葉子、2014)
15位「中央銀行」(白川方明2018)
20位「マークスの山」(高村薫1993)
20位「キメラ」(山室信一、1993)
20位「もの食う人びと」(辺見庸、1994)
20位「西行花伝」(辻邦生、1995)
20位「蒼穹の昴」(浅田次郎、1996)
20位「日本の経済格差」(橘木俊詔、1998)
20位「チェルノブイリの祈り」(スベトラーナ・アレクシエービッチ、1998)
20位「逝きし世の面影」(渡辺京二、1998)
20位「昭和史 1926-1945」(半藤一利、2004)
20位「反貧困」(湯浅誠、2008)
20位「東京プリズン」(赤坂真理、2012)

【2008年文庫化[ハヤカワepi文庫]】

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すべてを分かり易く撮っているヴィスコンティ。"注釈"的な場面さえある。

べ二スに死す ps.jpgヴェ二スに死す 文庫新潮.jpg ヴェ二スに死す 文庫岩波.jpg ヴェ二スに死す 文庫集英社.jpg トーマス・マン.jpg
ベニスに死す [DVD]」/『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す (新潮文庫)』['67年]/『ヴェニスに死す (岩波文庫)』['00年]/『ベニスに死す (集英社文庫)』['11年]/トーマス・マン(1875-1955)

ベニスに死す  .jpgベニスに死す 07.jpg 1911年、ドイツ有数の作曲家・指揮者であるグスタフ・アシェンバッハ(ダーク・ボガード)は静養のため訪れたベニスで、母親(シルヴァーナ・マンガーノ)と三人の娘と家庭教師と共に同地を訪れていたポーランド人少年タジオ(ビヨルン・アンデルセン)に理想の美を見出す。以来、彼は浜に続く回廊をタジオを求めて彷徨うようになる。ある日、ベニスの街中で消毒が始まり、疫病が流行しているのだという。白粉と口紅、白髪染めを施して若作りをし、タジオの姿を求めてベニスの町を徘徊ベニスに死す86cf.jpgベニスに死す last.jpgしていたあるとき、彼は力尽きて倒れ、自らも感染したことを知る。それでも彼はベニスを去らない。疲れきった体を海辺のデッキチェアに横たえ、波光がきらめく中、彼方を指さすタジオの姿を見つめながら死んでゆく―。
ルキノ・ヴィスコンティ監督/ビヨルン・アンデルセン
ベニスに死す ヴィスコンティ.jpg 1971年公開のルキノ・ヴィスコンティ監督作で、アメリカ資本のイタリア・フランス合作映画で第24回カンヌ国際映画祭25周年記念賞受賞作。同監督の「地獄に堕ちた勇者ども」「ルートヴィヒ」と並ぶ「ドイツ三部作」の第2作とされていますが、これだけ舞台はドイツではなくイタリアです。原作はドイツの作家トーマス・マン(1875-1955)が1912年に発表した中編小説で、原作では主人公グスタフ・アッシェンバッハは"著名な作家"となっていますが、映画では"作曲家・指揮者"になっています。ただし、主人公のファースト・ネームから窺えるように、トーマス・マンは主人公のモデルに。このDeath in Venice_243fa75d0e.jpg小説執筆の直前に死去した作曲家のグスタフ・マーラー(1860-1911)をイメージし、主人公の名前もそこから借りたとされており、主人公を作曲家にしたのはルキノ・ヴィスコンティ監督の恣意によるものとは必ずしも言い切れないようです。

Vintage cover of a German edition of Death in Venice

ベニスに死すges.jpg トーマス・マンは1911年に実際にヴェネツィアを旅行しており、そこで出会った上流ポーランド人の美少年に夢中になり、帰国後すぐにこの小説を書いたとのことで、作品の主人公は老人になっていまうが、トーマス・マンはこの時まだ30代だったことになります(トーマス・マンの死後、美少年のモデルになったポーランド貴族ヴワディスワフ・モエス男爵が名乗り出て、彼がヴェネツィアでトーマス・マンと遭遇したのは11歳の時で、当時ヴワージオ、アージオなどの愛称で呼ばれていたことが確認されている)。

 文学作品を映画化すると、ストーリーを追おうとするばかり、本質的なところが抜け落ちてしまうことがままありますが、この作品は、アルベール・カミュの原作を同監督が映画化した「異邦人」('67年/伊・仏・アルジェリア)よりはその"抜け落ち"の程度が抑えられているように思います。

ベニスに死す6b.jpg 成功の要因としては、監督がヨーロッパ中を探して見つけたという美少年ビョルン・アンドレセンの美しさ(映画における美少年ランキングの人気投票でほとんどいつもトップにくる)もさるこベニスに死す-07.jpgとながら、舞台となる20世紀初頭のホテルなど、ルキノ・ヴィスコンティ監督の背景への徹底したこだわりがあるかと思います。これは、オフシーズンの名門ホテルを借り切って19世風に改装したそうですが、ホテルのホールやレストラン、客室の調度、人々の衣裳などの華やかさは、ヴィスコンティ監督の十八番という感じでしょうか。

シルヴァーナ・マンガーノ/ビョルン・アンドレセン/ダーク・ボガード
べ二スに死すa.jpg さらにこの映画の特徴としては、すべてを分かり易く撮っているということが言えるかと思います。アシェンバッハが旅立とうしたら荷物の行先が間違えられて、彼は結局ホテルに戻らざるを得なくなりますが、それによってまたタジオと会うことができるようになる、その喜びをダーク・ボガードは堪えても堪えきれないといった満面の笑みで表現しています。アシェンバッハは、少年とその家族にペストの流行を伝え、この地を去るよう注意を促す自分を想像しますが、映画ではこの実現しなかった場面を実際に映像化して少年の髪の毛に手を触れるところまで描いています。さらに、終盤アシェンバッハが化粧して若作りする場面も、リアリティを欠くぐらい濃いメイクをダーク・ボガードに施してします。また、これは、主人公が原作の冒ベニスに死す kesyou.jpg頭で出会った、「若作りをしているが実はぎょっとするぐらい年寄りだったと分かった男」と対応していて、主人公自身がその男になってしまったといういわば"オチ"であるわけですが、その冒頭の"若作り男"もしっかり描かれています。アシェンバッハは疫病のためか体調不良で(心臓の具合が悪いようも見える)、さらに精神的にも疲弊しますが(少年への想いが激しくて自分自身が空洞化しているように見える)、そのことを強調するためか、ホテル内で行われた演奏会での彼の指揮が散々な出来だったという、原作には無い場面を入れています(原作は作家だから元々演奏会の指揮などしないわけだがベニスに死す67.png)。極めつけは、アシェンバッハの回想シーンに彼が娼館に女を買いに行く場面があることで、原作には無い場面のように思います。このシーンがあることによって、アシェンバッハが少年に恋い焦がれているのは事実ですが、彼を直接的に性愛の対象として見ているのではなく、あくまでも絶対的な美の対象としてみていることが示唆されており、ある種"注釈"的な印象を受けました。
    
トーニオ・クレーガー 他一篇 (河出文庫)
トーニオ・クレーガー.jpg そもそも原作のテーマは何なのか。ドイツ文学者の高橋義孝(1913-1995)は、この作品を、同じく作者の代表作の中編小説で1903年発表の「トーニオ・クレーゲル」と対比させています。「トーニオ・クレーゲル」は自分が文学者としてどうあるべきか真摯に思い悩んでいたトーマス・マン自身の告白的な作品で、主人公のトニオはギムナジウムの時代にハンスという美少年とインゲという美少女の両方に憧れを抱き、芸術家(詩人)を目指しながらも彼の思いはその両者の間を彷徨いますが(それを自身は自らの市民気質(かたぎ)によるものと捉え、年上の女性からもあなたは"俗人"だと言われる)、年齢を経て旅行などでの経験を通して、最後は自分はあくまで市民気質を保ちながらより良い作品を書いていく決心をするに至るというものです。高橋義孝は、トーマス・マンにおいて芸術家、特に文士、作家とは、「生」と「精神」、「市民気質」と「芸術家気質」、感情と思想(「ヴェニスに死す」の中の表現)、感性と理性、美と倫理、陶酔と良心、享受と認識という相反する2つのものの板挟みになっている存在であり、「トーニオ・クレーゲル」では、主人公はこれら対立概念の後者にすがってかろうじて自己の文士としての生活を支えるが、「ヴェニスに死す」では、これら対立概念の前者のために敗北し、死んでいくとしており、この解説は分かり易かったです。

 つまり、トーニオ・クレーゲルは踏みとどまったというかバランスを保ち得たわけで(この作品は三島由紀夫や北杜夫などの作家に大きな影響を与えたと言われている)、一方のアシェンバッハは向こう側にイッて(行って/逝って)しまったという感じでしょうか。小説としては、"イッて(行って/逝って)しまった"話の方が面白いような気がするし、また怖いような気もしますが、ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画は、その面白さ、怖さをわれわれにその通り伝えてくれているような気がします。この作品は第45回(1971年度)キネマ旬報の外国映画ベスト・テン第1位となりましたが、ルキノ・ヴィスコンティ監督は「家族の肖像」('74年/伊・仏)でも第52回(1978年度)キネマ旬報の外国映画ベスト・テン第1位となっており、"滅びの美学"は感性的に日本人に受け容れられやすいのかもしれません。

ベニスに死すs.jpg「ベニスに死す」●原題:DEATH IN VENICE●制作年:1971年●制作国:イタリア・フランス●監督・製作:ルキノ・ヴィスコンティ●脚本:ルキノ・ヴィスコンティ/ニコラ・バダルッコ●撮影:パスクワーレ・デ・サンティス●音楽:グスタフ・マーラー●原作:トーマス・マン●時間:131分●出演:ダーク・ボガード/ビョルン・アンドレセン/シルヴァーナ・マンガーノ/ロモロ・ヴァリ/マーク・バーンズ/マリサ・ベレンソン/ノラ・リッチ/キャロル・アンドレ/レスリー・フレンチ/フランコ・ファブリッツィ/セルジオ・ガラファノーロ/ドミニク・ダレル/マーシャ『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』.JPG・ブレディット/エヴァ・アクセン/マルコ・トゥーリ●日本公開:1971/10●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:大塚名画座(79-02-07)(評価:★★★★)●併映:「地獄に堕ちた勇者ども」(ルキノ・ヴィスコンティ)

【1939年文庫化・1960年改版・2000年改版[岩波文庫『ヴェニスに死す』(実吉捷郎:訳)]/1967年再文庫化[新潮文庫『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』(高橋義孝:訳)]/2011年再文庫化[角川文庫『ベニスに死す』(浅井真男:訳)]/2007年再文庫化[光文社古典新訳文庫『ヴェネツィアに死す』(岸美光:訳)]/2011年再文庫化[集英社文庫『ベニスに死す』(圓子修平 :訳)]】
 
《読書MEMO》
●ヴェニス(ヴェネツィア)を舞台にした映画
ジョゼフ・ロージー監督「エヴァの匂い」('62年/仏)/ルキノ・ヴィスコンティ監督「ベニスに死す」('71年/伊・仏)/ニーノ・マンフレディ監督「ヌードの女」('81年/伊・仏)/テレンス・ヤング監督「007 ロシアより愛をこめて」('63年/英)
イタリア・ベネチア●エヴァの匂いes.jpgイタリア ベニスに死す .jpgイタリア。ヴェネチア●ヌードの女.jpg 007 ロシアより愛をこめて  ヴェネチア (2).jpg

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ヒューマンドラマ感動作。カマキリの暗喩と"What's Eating Gilbert Grape"というタイトル。

ギルバート・グレイプ vhs_.jpgギルバート・グレイプ dvd.jpg ギルバート・グレイプ h.jpg
ギルバート・グレイプ(字幕スーパー版) [VHS]」「ギルバート・グレイプ [DVD]」ジョニー・デップ/レオナルド・ディカプリオ/ジュリエット・ルイス『ギルバート・グレイプ』二見書房

ギルバート・グレイプ  9.jpg アイオワ州の田舎町。24歳のギルバート・グレイプ(ジョニー・デップ)は、大型スーパーの進出ではやらなくなった食料品店に勤め、日々の生活は退屈だが、彼には町を離れられない理由がある。知的障害を持つ弟アーニー(レオナルド・ディカプリオ)は彼が身の回りの世話を焼き、常に監視していないと給水塔に登るなどの大騒ぎを起こす。母親ボニーギルバート・グレイプages.jpg(ダーレーン・ケイツ)は夫が17年前に突然首吊り自殺を遂げて以来、外出もせず一日中食べ続け、鯨のように太っている。ギルバートはそんな彼らの面倒を、姉のエイミー(ローラ・ハリントン)、妹のエレン(メリー・ケイト・シェルバート)と共に見なければなれなかった。彼は店のお客で、2人の子持ちの人妻のベティ(メアリー・スティーンバージェン)と不倫を重ねていたが、彼ギルバート・グレイプges.jpg女の夫(ケヴィン・タイ)が気づいているかどうかは不明。ある日、ギルバートは、旅の途中でトレーラーが故障したため母親と沿道にキャンプを張っている女性ベッキー(ジュリエット・ルイスギルバート・グレイプes.jpg)と知り合い、2人の仲は急速に深まるも、彼は家族を捨てて彼女と町を出ていくことは出来ない。そんな折、ベティの夫が急死し、人妻は町を出る。一方、アーニーの18歳の誕生パーティの前日、ギルバートは弟を風呂へ入れようとして、苛立ちが爆発し暴力を振るってしまう。居たたまれなくなり家を飛び出した彼の足は、自然にベッキーの元へと向かう。その夜、彼は美しい水辺でベッキーに優しく抱きしめられて眠る。翌日、トレーラーの故障が直ったベッキーは出発する―。

What's Eating Gilbert Grape paperback 0.jpgWhat's Eating Gilbert Grape paperback200_.jpg 「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」('85年/スウェーデン)のラッセ・ハルストレム監督の1993年公開作。原作は。劇作家ピーター・ヘッジス初の小説『ギルバート・グレイプ』で、脚本も担当しています。ヒューマンドラマとして感動作に仕上がっているのは、原作の良さに拠ギルバート・グレイプs.jpgる部分も大きいかと思いますが、この監督は家族物を撮るのが上手いと思います。加えて、役者たちも好演しており、公開当時はレオナルド・ディカプリオの演技が話題になりましたが(彼はこの演技で19歳にしてアカデミー助演男優賞にノミネートされた)、主人公ギルバート・グレイプ役のジョニー・デップも、彼と不倫する人妻役のメアギルバート・グレイプ  .jpgギルバート・グレイプ ges.jpgリー・スティーンバージェンも、ベッキー役のジュリエット・ルイスも母親役のダーレン・ケイツ(1947-2017)もみんな良く、更には、この映画が映画初出演だったり、それこそワン・アンド・オンリーの出演者もいるようで、それでいて不自然さを感じさせないのは、監督の演出力の賜物かもしれません。

ベティ(メアリー・スティーンバージェン)/ベッキー(ジュリエット・ルイス)

ギルバート・グレイプ kuruma.jpg ネタバレになりますが、母親ボニーはアーニーが再度給水塔に登り警察に身柄を拘束されたのに怒って、家を出てギルバートの運転するクルマで警察へ出向き息子を奪還するも、その太った姿を人々から奇異の目で見られ、再び引き籠り状態となり、アーニーの誕生パーティが終わった後、自ら歩いて階段を登り、2階のベッドで眠るように息を引き取ります。そして、母親の巨体と葬儀のことを思ったギルバートは(クレーンでも使わないと遺体を2階から運び出せない状況だが、そうすれば多くの野次馬が見に来ることが予想される)、母親を「笑い者にはさせない」と決心し、家に火を放ちます。一年後、姉や妹も自分の人生を歩き出していて、ギルバートはアーニーと、町を訪れたベッキーのトレーラーに乗り込み、アーニーが「僕らはどこへ?」と尋ねると、彼は「どこへでも、どこへでも」と答えます。

 ギルバートがそれまで田舎町から出られなかったのは、知的障害を持つ弟ばかりでなく、母親の面倒も見なければならなかったためであり、その意味では、母親の死はギルバートにとって哀しみでしたが、それによって彼は呪縛から解放されたと言えます。さらに、その前に、人妻ベティとの関係もありました。結局、ギルバートは「人のために」生きるのに精一杯で、自分が本当はどうしたいのか考えるところまで行っていなかったという感じでしょうか。

ギルバート・グレイプ 102.jpg 彼に「自分のこと」を考えるように促したのが、母親とトレーラーで旅する生活を送っているベッキーで、彼に何がしたいのか、どういう人になりたいのかを訊き、ギルバートは「いい人に」なりたいと答えますが、これはそれまでのギルバートの犠牲的な生き方を象徴しているとともに、彼が自分というものを見つめ直し、人妻との関係にピリオドを打つ契機にもなったように思います。

ギルバート・グレイプ ages.jpg 一方で、このベッキーという女性は面白くて、自分を訪ねて来たギルバートに、洗濯物なんか干しながらさらっと、「(カマキリが)どう交尾するか知ってる? オスがメスに忍び寄ると、メスはオスの頭を噛みちぎるの。オスの体は交尾を続けるんだけど、交尾が終わるとメスは残りの体も食べちゃうのよ」というようなことを言います。

 この映画の原題は"What's Eating Gilbert Grape"で、この場合の"eat"は「不安や苛立ちを引き起こす」という意味であり。一見すると障害のためトラブルばかり起こすアニーがギルバートを一番苛立たせているように見えますが、ベッキーのカマキリの話をギルバート・グレイプード.jpgギルバートが置かれている状況のメタファーだと解釈すると、"eat"はそのまま「食い尽くす」という意味にもなり、更に、メス=女性とすれば、ギルバートを喰いつす"メスカマキリ"は人妻のベティであると言えます。ベッキーはギルバートが"メスカマキリに喰われるオスカマキリ"のようだと示唆しているわけですが、ベッキーがギルバートから人妻ベティを引き剥すだけのためにこうした暗喩を用いたというのはやや狭い見方のように思われ、ベッキーはギルバートが自分自身の人生を生きるために、自分が置かれている状況を安易に受容したり、あるいは意識的に見ないようにするのではなく、まず危機感を持って自らを見つめ直すよう促したように思います。

ギルバート・グレイプ indou.jpg ただし、この考えで行くと、ギルバートが愛した彼の母親にもメスカマキリの話が当て嵌まるように思われ(自殺した夫は"オスカマキリ"か?)、その辺りがなかなかこの映画の微妙なところです。でも実際、知的障害を持つ弟アーニーは18歳になったからといって何か特別に改善が見られるわけではなく、大人になって今後ますます大変そうな感じがするにも関わらず、人妻が去った代わりにベッキーという恋人が出来、さらにギルバートにとって大きな負担となっていた母親は亡くなったことで、つまり"メス"の呪縛から解放されたことで、ギルバートは自分の人生に対してもアニーに対しても、これまでよりずっと前向きになれたのではないかと思われます(ベッキーはギルバートの母親のことを偉いと思っているが、彼女がギルバートに母親との面会を求めたことは、結果として彼女が母親にある種"最後通牒"を突きつけたのと同じことになったようにも思える)。

 この映画については他にも幾つかのメタフファーが取り沙汰されていて興味深いのですが(例えばアニーがいつも飼っていいる数匹のバッタの意味とか...)、先のベッキーのカマキリの話は一番分かりやすい暗喩ではないかと思います。母親の死についても自殺なのか事故死なのかと人によって見方が分かれ(この映画を観た専門家の話によれば、あの状態でベッドに寝れば気管が脂肪の重みで潰れ、無呼吸症で死に至ってもおかしくないそうだが、それが自分の意思だったかどうかということ)、ベティの夫は妻の不倫を知っていたのか知らなかったのか(その死は心臓発作によるものと思われるが、彼も言わば"オスカマキリ"か?)といった細かいことまで含め、感動した後で同じ映画を観た人と議論もできるという、なかなかスグレモノの映画です。

「ギルバート・グレイプ」●原題:WHAT'S EATING GILBERT GRAPE●制作年:1993年●制作国:アメリカ●監督:ラッセ・ハルストレム●製作:メイア・テペル/バーティル・オールソン/デヴィッド・マタロン●脚本:ピーター・ヘッジス●撮影:スヴェン・ニクヴィスト●音楽:アラン・パーカー/ビギルバート・グレイプ ダーレン・ケイツ.jpgョルン・イスファルト●原作:ピーター・ヘッジス●時間:118分●出演:シネマブルースタジオ ギルバート・グレイプ.jpgジョニー・デップ/レオナルド・ディカプリオ/ジュリエット・ルイス/ダーレン・ケイツ/ローラ・ハリントン/メアリー・ケイト・シェルハート/ジョン・C・ライリー/クリスピン・グローヴァー/メアリー・スティーンバージェン/ケヴィン・タイ/ ペネロープ・ブランニング●日本公開:1994/08●配給:シネセゾン●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-07-23)(評価:★★★★☆)
ダーレン・ケイツ(1947-2017)/レオナルド・ディカプリオ

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「●「ヴェネツィア国際映画祭 金獅子賞」受賞作」の インデックッスへ(「ラスト、コーション」「ブロークバック・マウンテン」) 「●トニー・レオン(梁朝偉) 出演作品」の インデックッスへ(「ラスト、コーション」)「●「インディペンデント・スピリット賞 作品賞」受賞作」の インデックッスへ(「ブロークバック・マウンテン」)「●「ニューヨーク映画批評家協会賞 作品賞」受賞作」の インデックッスへ(「ブロークバック・マウンテン」)「●「ロサンゼルス映画批評家協会賞 作品賞」受賞作」の インデックッスへ(「ブロークバック・マウンテン」)「●「ロンドン映画批評家協会賞 作品賞」受賞作」の インデックッスへ(「ブロークバック・マウンテン」)「●「放送映画映画批評家協会賞 作品賞」受賞作」の インデックッスへ(「ブロークバック・マウンテン」)「●た‐な行の外国映画の監督」の インデックッスへ 「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ「●海外文学・随筆など」の インデックッスへ「○海外文学・随筆など 【発表・刊行順】」の インデックッスへ

アン・リー監督2度目の金獅子賞。原作短編を「長編に展開」し、女性映画として秀逸な「ラスト、コーション」。
ラスト、コーション チラシ.jpgラスト、コーション .jpg ラスト、コーション 集英社文庫.jpg ブロークバック・マウンテン dvd.jpg
ラスト、コーション [DVD]」(トニー・レオン(梁朝偉)/タン・ウェイ(湯唯))『ラスト、コーション 色・戒 (集英社文庫)』「ブロークバック・マウンテン [DVD]」(ヒース・レジャー/ジェイク・ギレンホール)
ラスト、コーション 03.jpg 1938年、日中戦争の激化によって混乱する中国本土から香港に逃れていた女子大学生・王佳芝(ワン・チアチー)(タン・ウェイ)は、学ラスト、コーション04.jpg友・鄺祐民(クァン・ユイミン)(ワン・リーホン)の勧誘で抗日運動を掲げる学生劇団に入団し、やがて劇団は実践を伴う抗日活動へと傾斜していく。翌1939年、佳芝も抗ラスト、コーション09.jpg日地下工作員(スパイ)として活動することを決意し、特務機関の易(イー)(トニー・レオン)暗殺の機を窺うため麦(マイ)夫人として易夫人(ジョアン・チェン)に麻雀・買い物友達として接近、易を誘惑したが、学生工作員の未熟さと厳しい警戒でラスト、コーション37.jpg暗殺は未遂に終わる。3年後、日中戦争開戦から6年目の1942年、特務機関の中心人物に昇進していた易暗殺計画の工作員として上海の国民党抗日組織から再度抜擢された佳芝は、特訓を受けて易に接触したが、度々激しい性愛を交わすうち、特務機関員という職務から孤独の苦悩を抱える易にいつしか魅かれていく。工作員としての使命を持ちながら、暗殺対象の易に心を寄せてしまった佳芝は―。

ラスト、コーション99.jpg 「ブロークバック・マウンテン」('05年/米)で2005年・第62回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞や2005年度アカデミー監督賞を受賞したアン・リー(李安)監督の2007年公開作で、1942年日本軍占領下の中国・上海を舞台に、日本の傀儡政権である汪兆銘政権の下で、抗日組織の弾圧を任務とする特務機関員の暗殺計画を巡って、抗日運動の女性工作員ワン(タン・ウェイ)と、彼女が命を狙う日本軍傀儡政府の顔役イー(トニー・レオン)による死と隣り合わせの危険な逢瀬とその愛の顛末を描いたもので、2007年・第64回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞と撮影賞をW受賞し、アン・リー監督はルイ・マルや張藝謀(チャン・イーモウ)と並んで、金獅子賞を2度獲った歴代4人目の監督となりました。

世界文学全集 第3集.jpgZhang_Ailing_1954.jpg 原作は、ドミニク・チャン南カリフォルニア大学教授によれば、「国民党と共産党の政治的分裂がなければノーベル賞を受賞していたはずだ」という作家・張愛玲(ちょう あいれい、アイリーン・チャン、1920-1995)による小説『惘然記』(1983)に収められた短編小説「色、戒」で、1939年に実際にあった暗殺事件にヒントを得て書かれたものです。1955年に作者は米国に移り住むことになりますが、その頃から既に構想されていたもののようです(1977年初出)。映画公開に併せて『ラスト、コーション 色・戒』('07年/集英社文庫)など訳書が刊行され、『短編コレクションⅠ(池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 Ⅲ‐05)』('10年/河出書房新社)にも収められていますが、池澤夏樹氏は、「『色、戒』はぼくには圧縮された長編小説と読める」としています。
短篇コレクションI (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

ラスト、コーション 0.jpg 原作は女性工作員・王佳芝(ワン・チアチー)の数日を描いていますが(それは劇的な結末で終わる)、映画も、その形をきっちり踏襲した上で、回想の部分に肉付けして2時間38分の作品にしています。そして、その肉付けの仕方が、ぎゅっと詰まった高密度の原作を分かりやすく展開して"長編小説"に戻したような形になっています。ジェーン・オースティン原作の「いつか晴れた日に」('95年/米・英)のように英国小説が原作の映画を撮れば英国の監督が撮ったように撮り、「ブロークバック・マウンテン」のように米国小説が原作の映画を撮れば米国の監督が撮ったように撮るアン・リー監督ですが、やはりこの中国を舞台とした小説の映画化で一番力を発揮したように個人的には思います。

ラスト、コーション 99.jpg ヒロインの王佳芝を演じた湯唯(タン・ウェイ)は、オーディションで約1万人の中から主演に選ばれたそうですが、当時28歳ながら学生を演じれば学生らしく見え、男を誘惑する女スパイを演じればそれなりに魅力的な女性に見えました(タン・ウェイは第44回台湾金馬奨最優秀新人賞受賞)。原作とイメージが若干違うのは、原作では「ねずみ顔の中年の小男」とされている特務機関の易(イー)をトニー・レオンが演じているため、"いい男"過ぎる点でしょうか(笑)(トニー・レオンはアジア・フィルム・アワード主演男優賞、台湾金馬奨最優秀主演男優賞受賞)。

鄭蘋茹(Zheng Pingru)/丁黙邨(てい もくそん)
Zheng_Pingru_02.jpg丁黙邨.jpg 因みに、「色、戒」の王佳芝のモデルは、父親が中国人、母親が日本人の女スパイ・鄭蘋茹(テン・ピンルー、1918 -1940/享年22)で、易のモデルは、汪兆銘政権傘下の特工総部(ジェスフィールド76号)の指導者・丁黙邨(ていもくそん、1903-1947)です。鄭は丁に近づき、1939年12月、丁の暗殺計画を実行するも失敗、特工総部に出頭して捕らえられ、1940年2月に銃殺されますが、後に中華民国より殉職烈士に認定されています。一方の丁は、戦後も蒋介石の国民政府に再任用されるなどしましたが、結局は漢奸として逮捕され、1947年に死刑判決を受け、南京で処刑されています(享年45)。

ラストコーション8735_l.jpg この映画は所謂「漢奸問題」を引き起こしました。佳芝を演じたタン・ウェイは、トニー・レオンが演じる戦時中日本の協力者と見なされた漢奸を愛するようになる役柄であることから、漢奸を美化し「愛国烈士」を侮辱する象徴として中国国内のネット上では批判された時期があったようです。張愛玲の原作では愛欲描写は殆ど無いものの、佳芝が易を逃がすのは原作も同じです。原作者の張愛玲は人生半ばで渡米して今は故人、そうなるとこの作品を選んだアン・リー監督に矛先が行きそうですが、当のアン・リーは台湾出身で米国国籍も有し普段は中国にはいないので、トニー・レオンと大胆なラブシーンを演じたタン・ウェイに批判の矛先が向けられたのかもしれません(タン・ウェイは2008年に香港の市民権を得て、その後は主に香港映画に出演、ハリウッドにも進出した)。

ラスト、コーション92.jpg 原作では、佳芝が易にどのような理由で愛情を抱くようになったかは明確に描かれていません。また、佳芝が易を逃がしたことが、同時に彼女が仲間を裏切ったことになり、そのため彼女だけでなく仲間が皆捕まって処刑されたということも、原作ではさらっと触れているだけで、この佳芝の言わば"裏切り"行為は、原作よりも映画の方がより前面に押し出されていると言えます。敢えてそうした上で(つまり批判を見越した上で)、それでもヒロインとして観る者を惹きつける佳芝の描きっぷりに、アン・リー監督による"原作超え"を感じました。3年も経ってからやっと佳芝に口づけをしたかつての学友に、「3年前にしてくれていれば...」と佳芝が言う場面で、「ああ、これは"女性映画"なのだなあと」とも思いました(アン・リー監督は女性映画の名手として定評がある)。

51eLWoDzrkL._SL250_.jpgアニー・プルー.jpg この作品の2年前にヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を獲った「ブロークバック・マウンテン」は、ワイオミング州ブロークバック・マウンテンの雄大な風景をバックに、2人のカウボーイの1963年から1983年までの20年間にわたる秘められた禁断の愛を綴った物語で、原作は『シッピング・ニュース』でピューリッツァー賞を受賞した女流作家E・アニー・プルーの同名中編で、1997年に雑誌「ニューヨーカー」に掲載され、1998年の全米雑誌賞とO・ヘンリー賞を受賞した作品です(これも佳作だった。彼女は「ブロークバック・マウンテン」がアカデミー作品賞にノミネートされるも受賞を逃したことで、代わりにアカデミー作品賞を受賞した「クラッシュ」を酷評した)。

"Brokeback Mountain"ペーパーバック

ブロークバック・マウンテンa5.jpg 1963年、ワイオミング。ブロークバック・マウンテンの農牧場に季節労働者として雇われ、運命の出逢いを果たした2人の青年、イニス・デル・マー(ヒース・レジャー)とジャック・ツイスト(ジェイク・ギレンホール)。彼らは山でキャンプをしながら羊の放牧の管理を任される。寡黙なイニスと天衣無縫なジャック。対照的な2人は大自然の中で一緒の時間を過ごすうちに深い友情を築いていく。そしていつしか2人の感情は、彼ら自身気づかぬうちに、友情を超えたものへと変わっていくのだったが―。

 2005年のアカデミー賞で8部門にノミネートされましたが、監督賞、脚色賞、作曲賞の3部門の受賞にとどまりました(保守的な傾向があるアカデミー賞では作品賞は難しいのではないかという事前予想はあった)。ただし、ゴールデングローブ賞作品賞、英国アカデミー賞作品賞、インディペンデント・スピリット賞作品賞ほか、ニューヨーク、ロサンゼルスブロークバック・マウンテン_c1.jpgブロークバック・マウンテン_c2.jpg、ロンドンなどの各映画批評家協会賞作品賞を受賞し、ゲイ・ムービーにはスティーヴン・フリアーズ監督の「マイ・ビューティフル・ランドレット」('85年)やウォン・カーウァイ監督の「ブエノスアイレス」('97年)など先行する作品が結構ありましたが、多くの賞を受賞したという点では画期的な作品でした。2000年代中盤以降LGBT映画がますますその数を増していく契機にもなり、最近では、バリー・ジェンキンス監督の「ムーンライト」('16年)がアカデミー作品賞を受賞し、ルカ・グァダニーノ監督の「君の名前で僕を呼んで」('17年)がアカデミー脚色賞を受賞するなどしています(「君の名前で僕を呼んで」の脚本は「モーリス」('87年)のジェームズ・アイヴォリー監督)。

ブロークバック・マウンテンes.jpg この映画の場合、主人公の2人の男性は共に家庭も持っていて、しかも時代設定が60年代から80年代にかけてということで、ゲイに対する偏見が今よりもずっと強かった時代の話であり、それだけ"禁断の愛"的な色合いが強く出ブロークバック・マウンテン4.jpgているように思います。一方で、その"禁断の愛"をブロークバック・マウンテンの美しい自然を背景に描いており、山の焚火%E3%80%80チラシ.jpgドロドロした印象はさほどなく、自然の美しさが浄化作用のように効いているという点で、アルプスの自然を背景に姉弟の近親相姦を描いたフレディ・M・ムーラー監督のロカルノ国際映画祭「金豹賞」受賞作「山の焚火」('85年/スイス)を想起したりしました。

ブロークバック・マウンテン ヒース.jpg イニスとジャックを演じた、故ヒース・レジャー(1979-2008/享年28)とジェイク・ギレンホールの演技も良かったです。この作ヒース・レジャー.jpg品のイニス役でニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞などを受賞し、アカデミー主演男優賞にもノミネートされたヒース・レジャーは、映画の中でイニスと結婚したアルマを演じたミシェル・ウィリアムズと実生活において婚約しましたが、両者の間に女の子が産まれたものの婚約を解消しています。

ダークナイト.jpg その後ヒース・レジャーは、クリストファー・ノーラン監督のバットマン映画「ダークナイト」('08年/米・英)にバットマンの宿敵ジョーカ役で出演、バットマン役のクリスチャン・ベールを喰ってしまうほどの演技でジャック・ニコルソンのとはまた違ったジョーカー像を創造することに成功し、アカデミー助演男優賞、ゴールデングローブ賞助演男優賞、英国アカデミー賞助演男優賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞助演男優賞など主要映画賞を総なめにしたものの、2008年1月に薬物摂取による急性中毒でニューヨークの自宅で亡くなっています。アカデミー助演男優賞の受賞は亡くなった後の決定であり、故人の受賞は「ネットワーク」('76年/米)のピーター・フィンチ以来32年ぶり2例目でした(因みに、共演のクリスチャン・ベールも2年後の「ザ・ファイター」('10年/米)でアカデミー助演男優賞を受賞している)。

ブロークバック・マウンテン 85.JPG 「ブロークバック・マウンテン」においてイニスがジャックの事故死を彼のジャックの妻ラリーン(アン・ハサウェイ)から聞かされた時に、リンチを受けるジャックの姿をイメージしたのは、単にイニスのトラウマからくる思い込みというより、実際にリンチ死だったということだったのでしょう。原作では、イニスは最初はジャックがリンチ死だったのか本当に事故死だったのか分からないでいますが、後になってジャックはリンチ死したと確信するようになります。

ブロークバック・マウンテン (集英社文庫(海外))

 「ブロークバック・マウンテン」「ラスト、コーション」とも傑作映画です。原作に比較的忠実に作られている「ブロークバック・マウンテン」もいいですが、個人的には、原作からの"展開度"という点で(しかも"正しく"肉付けされている)「ラスト、コーション」の方がやや上でしょうか。

ジョアン・チェン(易夫人)/ワン・リーホン(鄺祐民(クァン・ユイミン))
ラスト、コーション ジョアン・チェン.jpgラスト、コーション ワン・リーホン.jpg「ラスト、コーション」●原題:色,戒/LUST, CAUTION●制作年:2007年●制作国:アメリカ・中国・台湾・香港●監督:アン・リー(李安)●製作:アン・リー/ビル・コン/ジェームズ・シェイマス●脚本:ワン・ホイリン/ジェームズ・シェイマス●撮影:ロドリゴ・プリエト●音楽:アレクサンドル・デスプラ●原作:張愛玲(ちょう あいれい、アイリーン・チャン)「色、戒」●時間:158分●出演:トニー・レラスト、コーション36.jpgオン(梁朝偉)/タン・ウェイ(湯唯)/ジョアン・チェン(陳冲)/ワン・リーホン(王力宏)/トゥオ・ツォンファ/チュウ・チーイン/ガァオ・インシュアン/クー・ユールン/ジョンソン・イェン/チェン・ガーロウ/スー・イエン/ホー・ツァイフェイ/ファン・グワンヤオ/アヌパム・カー●日本公開:2008/02●配給:ワイズポリシー)(評価:★★★★☆)
トニー・レオン(梁朝偉)/タン・ウェイ(湯唯)/アン・リー(李安)/ワン・リーホン(王力宏)/ジョアン・チェン(陳冲)〔2007年・第64回ヴェネツィア国際映画祭〕

アン・ハサウェイ(ジャックの妻ラリーン)/ミシェル・ウィリアムズ(イニスの妻アルマ)
ブロークバック・マウンテン アン・ハサウェイ.jpgブロークバック・マウンテン ミシェル・ウィリアムズ.jpg「ブロークバック・マウンテン」●原題:BROKEBACK MOUNTAIN●制作年:2005年●制作国:アメリカ●監督:アン・リー(李安)●製作:ブロークバック・マウンテンe2.jpgダイアナ・オサナ/ジェームズ・シェイマス●脚本:ワダイアナ・オサナ/ジェームズ・シェイマス●撮影:ロドリゴ・プリエト●音楽:グスターボ・サンタオラヤ●原作:E・アニー・プルー「ブロークバック・マウンテン」●時間:134分●出演:ヒース・レジャー/ジェイク・ギレンホール/アン・ハサウェイミシェル・ウィリアムズ/ランディ・クエイド/リンダ・カーデリーニ/アンナ・ファリス/ケイト・マーラ●日本公開:2006/03●配給:ワイズポリシー(評価:★★★★)

ダークナイト dvd.jpgダークナイト2.jpg「ダークナイト」●原題:THE DARK KNIGHT●制作年:2008年●制作国:アメリカ・イギリス●監督:クリストファー・ノーラン●製作:クリストファー・ノーラン/チャールズ・ローヴェン/エマ・トーマス●脚本:クリストファー・ノーラン/ジダークナイト ヒースレジャー.jpgョナサン・ノーラン●撮影:ウォーリー・フィスター●音楽:ハンス・ジマー/ジェームズ・ニュートン・ハワード●原作:ボブ・ケイン/ビル・フィンガー「バットマン」●時間:152分●出演:クリスチャン・ベールヒース・レジャー/アーロン・エッカート/マギー・ジレンホール/マイケル・ケイン/ゲイリー・オールドマン/モーガン・フリーマン/メリンダ・マックグロウ/ネイサン・ギャンブル/ネスター・カーボネル●日本公開:2008/08●配給:ワーナー・ブラザース(評価:★★★☆)

「ラスト、コーション」...【2007年文庫化[集英社文庫(『ラスト、コーション 色・戒』)]】
「ブロークバック・マウンテン」...【2006年文庫化[集英社文庫(『ブロークバック・マウンテン』)]】

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ジャック・ロジエの初期作は、瑞々(みずみず)しさ、演技の自然さが光る。

アデュー・フィリピーヌ dvd.jpg アデュー・フィリピーヌ 01.jpg オルエットの方へ .jpg メーヌ・オセアン dvd.jpg メーヌ・オセアン 01.jpg
アデュー・フィリピーヌ [DVD]」/「オルエットの方へ」(海外版DVD)/「メーヌ・オセアン」(海外版DVD)

アデュー・フィリピーヌ 02.jpg 1960年、兵役を数カ月後に控えたミッシェル(ジャン=クロード・エミニ)は、勤め先のテレビ局でリリアーヌ(イヴリーヌ・セリ)とジュリエット(ステファニア・サバティーニ)という女の子と知り合う。2人の娘はミシェルに恋心を抱く。ミシェルは生中継中にヘマをして放送局を辞め、コルシカ島で早めのヴァカンスを楽しんでいた。そんな彼のところに、リリアーヌとジュリエットがやって来る。双子のように仲良しだった2人の仲は、嫉妬が原因でぎくしゃくし始めて―。

アデュー・フィリピーヌ 03.jpg 「アデュー・フィリピーヌ」('62年/伊・仏)は、ヌーヴェルヴァーグの代表監督の一人ジャック・ロジエの長編モノクロ処女作。日本では70年代に東京日仏学院で自主上映されていて、2004年と2006年には紀伊国屋書店がDVDを発売されていますが、入手困難で1万円位のプレミア価格になっていました。2010年1月のユーロスペースでの特集上映「ジャック・ロジエのヴァカンス」での上映が日本初の劇場公開で、2016年にはシアター・イメージフォーラムの同特集で再上映されながらも、DVDは2018年現在再リリースされておらず、価格は依然高値のようです。

アデュー・フィリピーヌ 05.jpg 「さよならフィリピン娘」という意味のタイトルは、劇中に出てくるフランス式の遊びからとったもので、アーモンドの双子の実を見つけた者同士が次に顔を合わせた時に、先に「さよならフィリピン娘」と言った方に幸運が訪れる、という他愛ないものですが、それがこの映画の内容を象徴しているとも言えるし、また、リリアーヌとジュリエットがただふざけて口にする、大した意味が無い言葉ともとれます。

アデュー・フィリピーヌs.jpg 前半の舞台はパリ、主人公ミッシェルはマスコミで働く(といってもカメラのケーブルマン)青年で、録画装置の無かった生放送時代のテレビ局の舞台裏や、華やかな業界に群がる浮薄な連中などを絡めながら、ナンパした2人の娘を手玉に取る様子がテンポ良く描かれます。

 後半は舞台をヴァカンスのコルシカ島に移し、場面の切り替えと共に次々に流れる軽快な音楽のリズムに乗って、ますます調子の良い色恋沙汰が進展するかと思いきや、そこまでは行かず、主人公の心のどこかに常にあった徴兵までのモラトリアムという影が、一見浮かれた青春物語に陰影を与えていきます。

アデュー・フィリピーヌ  ホーキー.jpg ヌーヴェルヴァーグ繋がりとして、ゴダールがプロデューサーにジャック・ロジエ監督を推薦して、この長編デビューの契機を与えたということがあるようです。随所にイタリア的な要素が表出していますが、ジャック・ロジエ監督のイタリアン・ネオリアリスモへの傾倒ぶりを端的に示しているのが、主演に素人を起用している点でしょう。俳優たちにとっても、この作品はほとんどワン・アンド・オンリーなものになったようで、刹那的な魅力を強調しているように思えます。箒のCM(ホーキー?)や冷蔵庫のCM(エスキモーに氷を売る)の制作風景が戯画的に描かれているのは、商業主義への風刺でしょうか? ただし、全体としては、メッセージ性を極力排除しているように思えました。

オルエットの方へ 01.jpgオルエットの方へ ド.jpg ジャック・ロジエ監督の長編第2作は「オルエットの方へ」('69年/仏)で、これも、2010年1月のユーロスペースでの「ジャック・ロジエのヴァカンス」で日本初上映、'16年10月にシアター・イメージフォーラムで再上映された作品。今度はカラー作品ですが、ヴァカンス、男女の三角関係(今度は五角関係?)、ドキュメンタリー風乃至プライベートフィルムタッチなところ、主役に素人の俳優を使っている点など、「アデュー・フィリピーヌ」の要素を多く引き継いでいます。あらすじは―、

オルエットの方へ 3.jpg キャロリーヌ(キャロリーヌ・カルチエ)は、ヴァンデ県の海岸沿いにある家族の別荘に友だちのカリーヌ(フランソワーズ・ゲガン)、ジョエル(ダニエル・クロワジ)と共にヴァカンスを過ごしに来る。最初のうち3人は女だけの気ままな時間を楽しんでいたが、そこへ、ジョエルの上司で密かに彼女にオルエットの方へ 06.jpg思いを寄せるジルベール(ベルナール・メネズ)が現れる。ジルベールは別荘の庭にテントを張らせてもらうことになるが、3人から軽く扱われるばかり。そんな中、3人は海からの帰りにパトリック(パトリック・ヴェルデ)というヨットマンの青年と出会い、ジルベールはパトリックと親しくなっていく―。

オルエットの方へ_11.jpg と、書きましたが、これまたそれほどストーリー性は前面に出されておらず、9月1日から20日までの3人のヴァカンスの過ごし方が映像日記のよう描かれ、3人が都会生活を離れた開放感から日常の何でもないことに可笑しみを見い出しては燥(はしゃ)ぐ姿が自然に生き生きと語られています。彼女たちが別荘の近くの農場やカジノのあるオルエットという村へ行こうとして、その地名を口にするだけで意味なく笑いこけ、これが作品のタイトルの一部になっている点で、タイトルの付け方も「アデュー・フィリピーヌ」と少し似ています。

オルエットの方へ   .jpg 3人に体よく馬鹿にされ続けた上司ジルベールがパリに帰ってしまい、次にはパトリックの粗雑な一面に腹を立てたカリーヌがパリに帰ってしまって、残った2人も興覚めして騒々しいパリに戻ってくる―という結末ですが、ストーリーよりも、うなぎを床にぶちまけるシーン、ヨットで海面を走行するシーン、海岸を馬で駆けるシーンなど、個々の断片的なシーンの方が印象に残ります(特にヨットに乗るシーンは、昔、夏にティンギーヨットに乗ったことがあったので、個人的に懐かしさを覚えた)。
 
 両作品とも、ストーリーよりも、"瑞々しさ"の光る感性が味わえる作品と言っていいかと思います。特に、出演者たちが演技しているのか地なのか分からないくらい自然に振る舞っている印象であり、観ていて自然と彼らの世界に入り込んでしまいます(唯一の職業俳優と言っていい「オルエットの方へ」のジルベール役のベルナール・メネズだけが、"演技している"っぽかったか)。こうした自然な効果を、作品の初めから終わりまで通して保持し続けているというのは、考えていればスゴイことであり、当然のことながら、その背後に計算された技巧があるのだろうなあと思いました。

メーヌ・オセアン poster.jpg 寡作で知られるジャック・ロジエ監督が長編第3作「トルチュ島の遭難者」('74年/仏)に続いて撮った長編第4作は「メーヌ・オセアン」('86年/仏)で、前第3作に続くコメディですが、ジャック・ロジエ監督はこの作品で、本来は新人若手監督に贈られるジャン・ヴィゴ賞を当時60歳で受賞しています。この作品も、2010年1月のユーロスペースでの特集「ジャック・ロジエのヴァカンス」での上映が日本発上映でした。

メーヌ・オセアン 011.jpg フランス西部ナント行きの列車メーヌ・オセアン号で、ブラジル人ダンサーのデジャニラ(ロザ=マリア・ゴメス)は検札係のル・ガレック(ベルナール・メネズ)とリュシアン(ルイス・レゴ)との間でトラブルになるが、女弁護士ミミ(リディア・フェルド)に救われる。漁師プチガ(イヴ・アフォンソ)の弁護のためアンジェで降りる予定のミミは、意気投合したデジャニラと海に行く計画を立て、2人一緒にアンジェで下車する。プチガの裁判はプチガの態度の悪さとミミの意味不明の抗弁のため、あっさりメーヌ・オセアン 05.jpgと敗訴する。ミミとデジャニラは列車内で再会したリュシアンの勧めで、プチガの住むユー島に3人で行くことに。リュシアンはユー島への旅に上司のル・ガレックも誘う。ユー島でリュシアンとル・ガレックは、ミミとデジャニラと合流、そこにプチガが居合わせ、ミミとデジャニラからメーヌ・オセアン号でのル・ガレックの態度について悪口を聞かされていたプチガはル・ガレックに喧嘩をふっかけ、止めに入ったリュシアンがケガを負う。冷静になったプチガは反省し、酔った勢いもあり、逆にル・ガレックを気に入ってしまう。そこにニューヨークからデジャニラの雇い主である興行主ペドロ・マコーラ(ペドロ・アルメンダリス・Jr)が現れ、ふとしたことから市民会館でどんちゃん騒ぎをすることになる―。

メーヌ・オセアン 02.jpg ダンサーと弁護士という全く異質な職業の2人の女性の偶然の出会いを介して、漁師、列車の検札係、興行主という、これまた全く異質の職業の男たちが一堂に会してどんちゃん騒ぎをする―という、コメディだけに初期2作よりはストリー性があり、観ていて楽しい映画です。「ヴァカンス」というモチーフは前3作に通じ、「海辺」や「島」といった背景についても同じことが言えます。

メーヌ・オセアン 03.jpg ただし、映画の終盤は、興行主に「現代のモーリス・シュヴァリエ」とおだて上げられたものの実は単にからかわれていただけだったことに気付いた検札係の上司が(演じるベルナール・メネズは17年前の「オルエットの方へ」でも、ヴァカンス先で部下の女性らに軽んじられ、途中で帰る上司という役柄だった)、ナントに戻るため漁師に頼み込んで船で送ってもらい、何度か船を乗り継ぎ、ようやく海岸に辿り着くまでを延々と描いており、ストーリーもさることながら、ベルナール・メネズがズボンの裾を濡らしながら浅瀬を道路が走っている側に向かって行くシーンなどが印象に残ります。

アデュー・フィリピーヌード.jpg ストーリー性を前面に出さず(或いはストーリーがあってもさほど意味はなく)、個々の出来事を単に個々の事象として背景の中に塗り込んでしまうとでもいうか、そのため、背景が前景にも増して印象に残るのがジャック・ロジエ作品の特徴かもしれません。その意味では、比較的ストーリー性が感じられる「メーヌ・オセアン」よりも、「アデュー・フィリピーヌ」「オルエットの方へ」の2作の方が、よりジャック・ロジエらしいユニークさがあったように思います。特に「アデュー・フィリピーヌ」が実際に撮影されたのは公開の2年前、アルジェリア戦争最中の1960年(昭和35)年の物語と同時期の夏ですが、主人公の兵役の話が出てきてやっと時代に気づくくらいのモダンなセンスには驚かされます。

Adieu Philippine (1962)
Adieu Philippine (1962).jpg
アデュー・フィリピーヌド.jpg「アデュー・フィリピーヌ」●原題:ADIEU PHILIPPINE●制作年:1960年(撮影)・1962年(公開)●制作国:フランス・イタリア●監督:ジャック・ロジエ●脚アデュー・フィリピーヌ es.jpg本:ジャック・ロジエ/ミシェル・オグロール●時間:106分●出演:ジャン=クロード・エミニ/ダニエル・デカン/ステファニア・サバティニ/イヴリーヌ・セリ/ヴィットーリオ・カプリオリ/ダヴィド・トネリ/アンヌ・マルカン/アンドレ・タルー/クリスチャン・ロンゲ/ミシェル・ソワイエ/アルレット・ジルベール/モーリス・ガレル//ジャンヌ・ペレス/シャルル・ラヴィアル●日本公開:2010/01●配給:アウラ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-06-12)(評価:★★★★)

Du côté d'Orouët (1971)
Du côté d'Orouët (1971).jpg
オルエットの方へ dvd .jpg「オルエットの方へ」●原題:DU COTE D'OROUET●制オルエットの方へ 02.jpg作年:1971年(撮影)・1973年(公開)●制作国:フランス●監督:ジャック・ロジエ●脚本:ジャック・ロジエ/アラン・レゴ●撮影:コラン・ムニエ●時間:106分●出演:フランソワーズ・ゲガン/ダニエル・クロワジ/ キャロリーヌ・カルチエ/ベルナール・メネズル●日本公開:2010/01●配給:アウラ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-06-26)(評価:★★★★)
ジャック・ロジエ DVD-BOX」(「オルエットの方へ」「メーヌ・オセアン」「短篇集」(「ブルー・ジーンズ」「パパラッツィ」「バルドー・ゴダール」)を収録)

Maine Ocean (1986)
Maine Ocean (1986).jpg
Maine océan.jpgメーヌ・オセアン 9s.jpg「メーヌ・オセアン」●原題:MAINE-OCEAN●制作年:1986年●制作国:フランス●監督:ジャック・ロジエ●製作:パウロ・ブランコ●脚本:ジャック・ロジエ/リディア・フェルド●撮影:アカシオ・デ・アルメイダ●音楽:シコ・ブアルキ/フランシス・ハイミ/ユベール・ドジェクス/アンヌ・フレメーヌ・オセアン_04.jpgデリック●時間:130分●出演:ベルナール・メネズ:/ルイス・レゴ/イヴ・アフォンソ/リディア・フェルド/ロザ=マリア・ゴメス/ペドロ・アルメンダリス・Jr●日本公開:2010/01●配給:アウラ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-07-04)(評価:★★★☆)

ジャック・ロジエ シネマブルー.jpg

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賛否が分かれる結末。初めて母国語のドイツ語で演じたダイアン・クルーガーは好演。

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「女は二度決断する」ダイアン・クルーガー(右)[カンヌ国際映画祭女優賞]

 ドイツ、ハンブルク。生粋のドイツ人のカティヤ(ダイアン・クルーガー)はトルコからの移民であるヌーリ(ヌーマン・エイカー)と結婚、女は二度決断する s.jpgヌーリは麻薬の売買をしていたが今は足を洗い、真面目に働き、息子も生まれ、幸せな家庭を築いていた。 ある日、ヌーリの事務所の前で白昼に爆弾が爆発し、ヌー女は二度決断する 320.jpgリと愛息ロッコが犠牲になる。トルコ人同女は二度決断する ages.jpg士のもめごとが原因ではないかと警察は疑うが、移民街を狙ったドイツ人による人種差別テロであることが判明する。実行犯としてネオナチの若いメラー夫婦(ウルリッヒ・ブラントホフ、ハンナ・ヒルスドルフ)が起訴され、カティヤは弁護士ダニーロ(デニス・モシット)と共に裁判に臨むが、証拠不十分、アリバイあり、目撃証言無効、といった身をえぐられるような裁判に、カティヤの心の傷は深まってゆく。そんな中、生きる気力を失いそうになりなりながら、カティヤはある決断をする―。

ダイアン・クルーガー/ファティ・アキン監督
女は二度決断する 6.jpg女は二度決断する   .jpg トルコ系移民の子でハンブルグ生まれのファティ・アキン監督(カンヌ・ヴェネツィア・ベルリンの3大映画祭の全てで賞を獲っている監督でもある)の2017年ドイツ映画で、第70回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上映されてパルム・ドールを争い、ダイアン・クルーガーが女優賞を獲得、米国では、第75回ゴールデングローブ賞で外国語映画賞を獲得しています。

女は二度.jpg女は二度決断する   mages.jpg 前半部分は、カティヤの幸せな結婚生活と不幸な惨劇の後に法廷劇が続きます。犯人らはすぐに捕まりますが、テロリスト側のアリバイ工作を見抜けない裁判所が犯人たちを裁ききれない状況となり、カティヤの苛立ちは募るばかり。そして犯人らが無罪となった後半は、カティヤが単独で彼らが犯人に間違いないことを突き止め、復讐を図るサスペンス調となっていました。

女は二度決断する 8.jpg やはり、ラストのカティヤの「決断」は、賛否分かれるだろうと思います。エンタテインメントとしての復讐劇ならば、復讐相手を斃して観客にカタルシスを与えて終わりですが、本作は実話をベースにした比較的リアルな背景の物語であり、その流れで見ると、復讐殺人も殺人であることには違いなく、落とし所としての主人公が選んだ結末は、復讐の連鎖を繰り返さないための潔いものであり、ある意味納得がいくとも言えます。また、これくらい覚悟が無いと、復讐なんてそう易々やるものでもないとも言えるし、主人公の絶望がそれだけ深いものであることを表しているともとれます。

 しかし、一方で、犯人たちのあまりの幼さを見ると、こうした人間をこの世から抹殺することにどれだけの意義があるのか、背後にある大きな問題の方が重要ではないのかとも思ってしまうし、彼女を支えてきた女友達のブリジットをはじめとする周囲の人々(髯の弁護士ダニーロもいい人だった)の善意は何だったのだろうかという虚しさも感じます。

女は二度決断するヨハネス・クリシュ.jpg いろいろ考えさせられるのは、事実を元にした脚本であるのもさることながら、主演のダイアン・クルーガーをはじめ、犯人の弁護士ハーバーベックを演じたハネス・クリシュら演技達者の醸すリアリズムによるところが大きいと思われます。カンヌ映画の賞レースの傾向として、移民や社会の底辺の人々を描いたものが比較的強い気がしますが(第71回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを獲った是枝裕和監督の「万引き家族」('18年/ギャガ)もその例か)、この映画がパルム・ドールを争ったというのは、移民やそれに対する排他主義、人種差別を描いたということだけが理由ではなく、役者陣の演技力も要因としてあった思います。

IMG_2474.JPG女は二度決断する クルーガー.jpg とりわけ、ダイアン・クルーガーは好演しており、自身もこの役柄について「人生変えるほどの衝撃」があったと述べています。彼女のそれまでの代表作に「戦場のアリア」('05年/仏・独・伊)がありますが未見。個人的にはその前年の「ナショナル・トレジャー」('04年/米)でニコラス・ケイジナショナル・トレジャー111.jpgと共演したのを観ましたが、"フツーに"娯楽映画の添え物的美女といった感じだったでしょうか。ファン・アナキン監督には、「あなたの映画に出たい」と5年間直訴していたそうで、15歳で母国を離れて25年、ずっとハリウッドで活動し、今回初めて母国語で演じる機会を得(「戦場のアリア」の時はフランス語で演じている)、カンヌ国際映画祭の女優賞を獲得したとのことです。
2018年4月6日・朝日新聞(夕刊)

女は二度 決断する.jpg ダイアン・クルーガーは、半年をかけてテロや殺人事件の遺族らに話を聞いたりするなど、入念な役作りをしたとのことですが、この映画のラストについては、彼女自身脚本を読んで、「これはどう演じたらいいのか⁈」と迷ったそうです。結局、こうすべきだと説く映画ではなく、観る人に自分ならどうするかを考えて欲しいと彼女はインタビューで言っていますが、確かに、そういう作りになっているなあと思いました(個人的には自分の中でもいまだに賛否が分かれている?)。
    
「女は二度決断する」●原題:AUS DEM NICHTS●制作年:2017年●制作国:ドイツ●監督・脚本:ファティ・アキン●製作:ファティ・アキン/ヘルマン・ヴァイゲル●撮影:ライナー・クラウスマン●音楽:ジョシュ・オム●時間:106分●出演:ダイアン・クルーガー/デニス・モシット/ヨハネス・クリシュ/ヌーマン・エイカー(ヌーマン・アチャル)/サミア・ムリエル・シャンクラン/ウルリッヒ・トゥクール/ラファエル・サンタナ/ハンナ・ヒルスドルフ/ヘニング・ペカー/ウルリッヒ・ブラントホフ/ハルトムート・ロート/ヤニヒューマントラストシネマ有楽町.jpgヒューマントラストシネマ有楽町 sinema2.jpgス・エコノミデス</カリン・ノイハウザー/ウーヴェ・ローデ/アシム・デミレル/アイセル・イシジャン●日本公開:2018/04●配給:ビターズ・エンド●最初に観た場所:ヒューマントラストシネマ有楽町(シアター2)(18-05-18)(評価:★★★☆)
ヒューマントラストシネマ有楽町(2007年10月13日「シネカノン有楽町2丁目」が有楽町マリオン裏・イトシアプラザ4Fにオープン。経営がシネカノンから東京テアトルに変わり、2009年12月4日現在の館名に改称)[シアター1(162席)・シアター2(63席)] 
女は二度決断する .jpg左から、ウルリッヒ・ブラントホフ(アンドレ・メラー役)/ヌーマン・エイカー(ヌーマン・アチャル)(カティヤの夫役)/ファティ・アキン監督/ダイアン・クルーガー(主人公カティヤ役)/サミア・ムリエル・シャンクラン(カティヤの女友達ブリジット役)/ヨハネス・クリシュ(犯人側の弁護士ハーバーベック役)/デニス・モシット(カティヤ側の弁護士ダニーロ役) in The 70th Cannes Film Festival

ダイアン・クルーガー.jpgダイアン・クルーガー

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精神的"終活映画"「ラッキー」。ハリー・ディーン・スタントンへのオマージュ。

ラッキー 映画 2017.jpgラッキー 映画s.jpg パリ、テキサス dvd.jpg エイリアン DVD.jpg
「ラッキー」ハリー・ディーン・スタントン(撮影時90歳)/「パリ、テキサス デジタルニューマスター版 [DVD]」「エイリアン [AmazonDVDコレクション]

ラッキー 映画.jpg 90歳の通称"ラッキー"(ハリー・ディーン・スタントン)は、今日も一人で住むアパートで目を覚まし、コーヒーを飲みタバコをふかす。ヨガをこなしたあと、テンガロンハットを被って行きつけのダイナーに行き、店主のジョー(バリー・シャバカ・ヘンリー)と無駄話をかわし、ウェイトレスのロレッタ(イヴォンヌ・ハフ・リー)が注いだミルクと砂糖多めのコーヒーを飲みながら新聞のクロスワード・パズルを解く。夜はバーでブラッディ・マリーを飲み、馴染み客たちと過ごす。そんな毎日の中で、ある朝突然気を失ったラッキーは、人生の終わりが近いことを思い知らされ、「死」について考え始める。子供の頃怖かった暗闇、逃げた100歳の亀、"生餌"として売られるコオロギ―小さな町の、風変わりな人々との会話の中で、ラッキーは「それ」を悟っていく―。

ジョン・キャロル・リンチ監督.jpgファウンダーe s.jpg 昨年[2017年]9月に91歳で亡くなったハリー・ディーン・スタントン主演のジョン・キャロル・リンチ監督作品で、ハリー・ディーン・スタントンの遺作となりました。ジョン・キャロル・リンチは本来は俳優で(最近では「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」('16年/米)で「マクドナルドラッキー 映画02.jpg」の創始者マクドナルド兄弟の兄モーリスを演じていた)、この「ラッキー」が初監督作品になります。一方、2017年のTV版「ツイン・ピークス」でハリー・ディーン・スタントンを使ったデヴィッド・リンチ監督が、主人公ラッキーの友人で、逃げてしまったペットの100歳の陸ガメ"ルーズベルト"に遺産相続させようとしとする変な男ハワード役で出演しています(役者として目いっぱい演技している)。

デヴィッド・リンチ(ペットの陸ガメ"ルーズベルト"の失踪を嘆く白い帽子の男)/ハリー・ディーン・スタントン(ブラッディ・マリーを手にする男)

 主人公のラッキーは、ハリー・ディーン・スタントン自身を擬えたと思われますが(存命中だったが、彼へのオマージュになっている? スタラッキー 映画01.jpgントンは太平洋戦争時に、映画の中でダイナーの客が語る沖縄戦に実際に従軍している)、映画では少々偏屈で気難しいところのあるキャラクターとして描かれています。自分の言いたいことを言い、そのため周囲の人々と小さな衝突をすることもありますが、でも、ラッキーは周囲の人々から気に掛けられ、愛されていて、彼を受け容れる友人・知人・コミニュティもあるといったラッキー 映画03.jpg具合で、むしろこれって"ラッキー"な老人の話なのかもと思いました。但し、彼自身はウェット感はなく、どうやら無神論者らしいですが、そう遠くないであろう自らの死に、自らの信念である"リアリズム"(ニヒリズムとも言える)を保ちつつ向き合おうしています。ある意味、精神的"終活映画"と言えるでしょうか。その姿が、ハリー・ディーン・スタントン自身と重なるのですが、孤独でドライな生き方や考え方と、それでも他者と関わりを持ち続ける態度の、その両者のバランスがなかなか微妙と言うか絶妙かと思いました。

ラッキー .jpg ハリー・ディーン・スタントンはこの映画撮影時は90歳で、「八月の鯨」('87年/米)で主演したリリアン・ギッシュ(1893-1993)が撮影当時93歳であったのには及びませんが、「サウンド・オブ・ミュージック」('65年/米)のクリストファー・プラマーが「手紙は憶えている」('15年/カナダ・ドイツ)で主演した際の年齢85歳を5歳上回っています(クリストファー・プラマーはその後「ゲティ家の身代金」('17年/米)で第90回アカデミー賞助演男優賞に88歳でノミネートされ、アカデミー賞の演技部門でのノミネート最高齢記録を更新した)。

ラッキー 映画p.jpg ハリー・ディーン・スタントンがこれまでの出演した作品と言えば、SF映画の傑作「エイリアン」や、準主役の「レポマン」、主役を演じた「パリ、テキサス」など多数ありますが、第37回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した、ヴィム・ヴェンダース監督の「パリ、テキサス」が特に印象深いでしょうか。この「ラッキー」のエンディング・ロールで流れる彼に捧げる歌の歌詞に「レポマン」「パリ、テキサス」と出てきます。また、米国中西部らしい舞台背景は「パリ、テキサス」を想起させます(ジョン・キャロル・リンチ監督はジョン・フォードの作品なども参考にしたと言っているが、確かにそう思えるシーンもある)。

パリ,テキサス コレクターズ・エディション_.jpgパリ、テキサス01.jpgパリ、テキサス03.jpgパリ、テキサス02.jpg 「パリ、テキサス」('84年/独・仏)は、失踪した妻を探し求めテキサス州の町パリをめざす男(スタントン)が、4年間置き去りにしていた幼い息子と再会して親子の情を取り戻し、やがて巡り会った妻(ナスターシャ・キンスキー)に愛するがゆえの苦悩を打ち明ける―というロード・ムービーであり、当時まだアイドルっぽいイメージの残っていたナスターシャ・キンワン・フロム・ザ・ハート キンスキー.jpgスキーに、「のぞき部屋」で働いている生活疲れした人妻を演じさせ新境地を開拓させたヴィム・ヴェンダース監督もさることながら、ハリー・ディーン・スタントンの静かな存在感も作品を根底で支えていたように思います。ヴィム・ヴェンダース監督は、ロマン・ポランスキー監督が文豪トマス・ハーディの文芸大作を忠実に映画化した作品「テス」('79年/英)でナスターシャ・キンスキーの演技力を引き出したのに匹敵する演出力で、フランシス・フォード・コッポラがオール・セットで撮影した「ワン・フロム・ザ・ハート」('82年/米)で彼女を"お人形さん"のように撮って失敗した(少なくとも個人的には成功作に思えない)のと対照的でした(まあ、ナスターシャ・キンスキーが主役の映画ではなく、彼女は準主役なのだが。因みに、この「ワン・フロム・ザ・ハート」には、ハリー・ディーン・スタントンも準主役で出演している)。

エイリアン スタントン.jpg ハリー・ディーン・スタントンは、主役だった「パリ、テキサス」に比べると、リドリー・スコット監督の「エイリアン」('79年/米)では、"怪物"に「繭」にされてしまい、最後は味方に火炎放射器で焼かれてエイリアン ジョンハート.jpgしまう役だったからなあ(それもディレクターズ・カット版の話で、劇場公開版ではその部分さえカットされている)。ただ、あの映画は、英国の名優ジョン・ハートでさえも、エイリアンの幼生(チェスト・バスター)に胸を食い破られるというエグい役でした。最初に観た時はストレートに怖かったですが、最後に生き残るのはシガニー・ウィーバー演じるリプリーのみという、振り返ればある意味「女性映画」だったかも。シリーズ第1作では男性に置き換えられていますが、チェスト・バスターが躰を食い破って出て来るというのは、哲学者・内田樹氏の「街場の映画論」等での指摘もありましたが、女性の出産に対する不安(恐怖、拒絶感)を表象しているのでしょうか。

エイリアン2s.jpgエイリアン2ド.jpg この恐れは、シガニー・ウィーバー演じるリプリーが完全に主人公となったシリーズ第2作以降、リプリー自身の見る「悪夢」として継承されていきます。「エイリアン2」('86年/米)の監督は、「ターミネーター」のジェームズ・キャメロン。ラストでエイリアンと戦うリプリーが突如「機動戦士ガンダム」風に変身する場面に象徴されるように、SF映画というよりは戦争アクション映エイリアン3ド.jpg画風で、「1」に比べ大味になったように思います(海兵隊のバスケスという男まさりの女兵士は良かった)。デヴィッド・フィンチャー監督の「エイリアン3」('92年/米)になると、リドリー・スコット監督がシンプルな怖さを前面に押し出した第1作に比べてそう恐ろしくもないし(馴れた?)、ジェームズ・キャメロン監督がエイリアンを次々と繰り出した第2作に較べても出てくるエイリアンは1匹で物足りないし、ラストの宗教的結末も、このシリーズに似合わない感じがしました(「エイリアン」「エイリアン2」は共に優れたSF映画に与えられる「サターンSF映画賞」を受賞している)。

ジョン・ハート(31歳当時)/in 「エレファント・マン」('80年/英・仏)
ジョンハート.jpgエレファントマン ジョンハート.jpg チェスト・バスターの出現がシリーズを象徴する場面として印象に残るという意味では、「エイリアン」でのジョン・ハートの役は、エグいけれどもオイシイ役だったかも。この人、「エレファント・マン」('80年/英・仏)で"エレファント・マン"ことジョゼフ・メリック役もやってるしなあ。あれも、普通の二枚目出身俳優なら受けない役だったかも。

ジョン・ハート .jpgハリーディーンスタントン.jpg そのジョン・ハートも「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」('17年/英)のチェンバレン役を降板したと思ったら、昨年['17年]1月に膵臓ガンで77歳で亡くなっています。「ウィンストン・チャーチル」ではゲイリー・オールドマンがアカデミー賞の主演男優層を受賞していますが、そのゲイリー・オールドマンと、第22回「サテライト・アワード」(エンターテインメント記者が所属する国際プレス・アカデミが選ぶ映画賞)の主演男優賞を分け合ったのがハリー・ディーン・スタントンです。但し、スタントンは"死後受賞"でした。遅ればせながらこれを機に、ジョン・ハートとハリー・ディーン・スタントンに追悼の意を捧げます(「冥福を祈る」と言うと、"ラッキー"から「冥土なんて存在しない」と言われそう)。

20170918211045e91s.jpg そう言えば、ハリー・ディーン・スタントンは生前、"The Harry Dean Stanton Band"というバンドで歌とギターも担当していて、2016年に第1回「ハリー・ディーン・スタントン・アウォード」というイベントが開催され、ホストが今回の作品にも出ているデヴィッド・リンチで、ゲストが「沈黙の断崖」('97年)でハリー・ディーン・スタントンと共演したクリス・クリストファーソンや、「ラスベガスをやっつけろ」('98年)などで共演経験のあるジョニー・デップでしたが(ジョニー・デップの登場はハリー・ディーン・スタントンにとってはサプラズ演出だったようだ)、この「ハリー・ディーン・スタントン賞」って誰か"受賞者"いたのかなあ。
 
Harry Dean Stanton performs 'Everybody's Talkin' with Johnny Depp & Kris Kristofferson.('Everybody's Talkin'は映画「真夜中のカーボーイ」の主題歌」)

Lucky (2017)
Lucky (2017).jpg
「ラッキー」●原題:LUCKY●制作年:2017年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・キャロル・リンチ●製作:ダニエル・レンフルー・ベアレンズ/アイラ・スティーブン・ベール/リチャード・カーハン/ローガン・スパークス●脚本:ローガン・スパークス/ドラゴ・スモンジャ●撮影:ティム・サーステッド●音楽:エルビス・キーン●時間:88分●出演:ハリー・ディーン・スタントン/デヴィッド・リンチ/ロン・リヴィングストン/エド・ベグリー・Jr/トム・スケリット/ジェームズ・ダーレン/バリー・シャバカ・ヘンリー/ベス・グラント/イヴォンヌ・ハフ・リー/ヒューゴ・アームストロングス●日本ヒューマントラストシネマ有楽町.jpgヒューマントラストシネマ有楽町 sinema2.jpg公開:2018/03●配給:アップリンク●最初に観た場所:ヒューマントラストシネマ有楽町(シアター2)(18-04-13)(評価:★★★★)
ヒューマントラストシネマ有楽町(2007年10月13日「シネカノン有楽町2丁目」が有楽町マリオン裏・イトシアプラザ4Fにオープン。経営がシネカノンから東京テアトルに変わり、2009年12月4日現在の館名に改称)[シアター1(162席)・シアター2(63席)]

Pari, Tekisasu (1984)
Pari, Tekisasu (1984).jpg
「パリ、テキサス」●原題:PARIS,TEXAS●制作年:1984年●制作国:西ドイツ・フランス●監督:ヴィム・ヴェンダース●製作: クリス・ジーヴァニッヒ/ドン・ゲスト●脚本:L・M・キット・カーソン/サム・シェパード●撮影:ロビー・ミューラー●音楽:ライ・クーダー●時間:147分●出演:ハリー・ディーン・スタントン/サム・ベリー/ベルンハルト・ヴィッキ/ディーン・ストックウェル/オーロール・クレマン/クラッシー・モビリー /ハンター・カーソン/ヴィヴァ/ソコロ・ヴァンデス/エドワード・フェイトン/ジャスティン・ホッグ/ナスターシャ・キンスキー/トム・ファレル/ジョン・ルーリー/ジェニ・ヴィシ●日本公開:1985/09●配給:フランス映画社●最初に観た場所:テアトル新宿(86-03-30)(評価:★★★★)●併映:「田舎の日曜日」(ベルトラン・タヴェルニエ)

ワン・フロム・ザ・ハート 【2003年レストア・バージョン】 [DVD]
ワン・フロム・ザ・ハート dvd.jpgワン・フロム・ザ・ハート ちらし.jpg「ワン・フロム・ザ・ハート」●原題:ONE FROM THE Heart●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督:フランシス・フォード・コッポラ●製作:グレイ・フレデリクソン/フレッド・ルース●脚本:アーミアン・バーンスタイン/フランシス・フォード・コッポラ●撮影:ロナルド・V・ガーシア/ヴィットリオ・ストラーロ●音楽:トム・ウェイツ●時間:107分●出演:フレデリック・フォレスト/テリー・ガー/ラウル・ジュリア/ナスターシャ・キンスキー/レイニー・カザン/ハリー・ディーン・スタントン /アレン・ガーフィールド/カーマイン・コッポラ/イタリア・コッポラ/レベッカ・デモーネイ●日本公開:1982/08●配給:東宝東和●最初に観た場所:目黒シネマ(83-05-01)(評価:★★★)●併映:「ひまわり」(ビットリオ・デ・シーカ)

エイリアン 1979.jpgエイリアン スタントン.jpg「エイリアン」●原題:ALIEN●制作年:1979年●制作国:アメリカ●監督:リドリー・スコット●製作:ゴードン・キャロル/デヴィッド・ガイラー/ウォルター・ヒル●脚本:ダン・オバノン●撮影:デレク・ヴァンリント●音楽:ジェリー・ゴールドスミス●時間:117分●出演:トム・スケリット/シガニー・ウィーバー/ヴェロニカ・カートライト/ハリー・ディーン・スタントン/ジョン・ハート/イアン・ホルム/ヤフェット・コットー●日本公開:1979/07●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:三軒茶屋東映(84-07-22)(評価:★★★★)●併映:「遊星からの物体X」(ジョン・カーペンター)

エイリアン2.jpgエイリアン2 .jpgエイリアン2 DVD.jpg「エイリアン2」●原題:ALIENS●制作年:1986年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ジェームズ・キャメロン●製作:ゲイル・アン・ハード●撮影:エイドリアン・ビドル●音楽:ジェームズ・ホーナー●時間: 137分(劇場公開版)/154分(完全版)●出演:シガニー・ウィーバー/マイケル・ビーン/ポール・ライザー/ランス・ヘンリクセン/シンシア・デイル・スコット/ビル・パクストン/ウィリアム・ホープ/リッコ・ロス/キャリー・ヘン/ジャネット・ゴールドスタイン●日本公開:1986/08●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:日本劇場(86-10-05)(評価:★★★)
エイリアン2 (完全版) [AmazonDVDコレクション]

エイリアン3.jpgエイリアン3 DVD.jpg「エイリアン3」●原題:ALIENS³●制作年:1992年●制作国:アメリカ●監督:デヴィッド・フィンチャー●製作:ゴードン・キャロル/デヴィッド・ガイラー/ウォルター・ヒル●脚本:デヴィッド・ガイラー/ウォルター・ヒル/ラリー・ファーガソン●撮影:アレックス・トムソン●音楽:エリオット・ゴールデンサール●時間:114分(劇場公開版)/145分(完全版)●出演:シガニー・ウィーバー/チャールズ・S・ダットン/チャールズ・ダンス/ポール・マッギャン/ブライアン・グローバー/ラルフ・ブラウン/ダニー・ウェブ/クリストファー・ジョン・フィールズ/ホルト・マッキャラニー/ランス・ヘンリクセン/ピート・ポスルスウェイト●日本公開:1992/08●配給:20世紀フォックス(評価:★★)
エイリアン3 [DVD]

エレファント・マン3.jpg「エレファント・マン」●原題:THE ELEPHANT MAN●制作年:1980年●制作国:イギリス●監督:デヴィッド・リンチ●製作:ジョナサン・サンガー●脚色:クリストファー・デヴォア/エリック・バーグレン/デヴィッド・リンチ●撮影:フレディ・フランシス●音楽:ジョン・モリス●時間:124分●出演:ジョン・ハート/アンソニー・ホプキンス/ジョン・ギールグッド/アン・バンクロフト●日本公開:1981/05●配給:東宝東和●最初に観た場所:不明 (82-10-04)(評価:★★★☆)

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映像は綺麗だが、娯楽映画的なアップテンポの展開を期待した人にはやや退屈か。

黒衣の刺客aj.jpg黒衣の刺客bb3.jpg 黒衣の刺客 asa.jpg
黒衣の刺客 [DVD]」 舒淇(スー・チー)as 聶隠娘(ニエ・インニャン)
張震(チャン・チェン)as 田季安(ティエン・ジィアン)
黒衣の刺客  0.jpg 唐代8世紀後半、聶隠娘(ニエ・インニャン)(舒淇(スー・チー))が、13年ぶりに両親の元へ帰ってくる。道士・嘉信(ジャーシン)(許芳宜(シュー・ファンイー))に育てられ、暗殺者としての修行を積んだ彼女には、魏博(ウェイボー)の節度使・田季安(ティエン・ジィアン)(張震(チャン・チェン))暗殺命令が下されている。ある夜、季安の館に何者黒衣の刺客 s.jpgかが忍び入り、季安は、室内に残された玉玦の片割れを見て、幼馴染みだった隠娘が自分の命を狙っているのを知る。かつて、先帝の妹で、妾腹の季安の養母だった嘉誠(ジャーチャン)公主(許芳宜(シュー・ファンイー)二役)の計らいで婚約した隠娘と季安は、その証に玉玦を半分ずつ託されたが、田家と元家が同盟を結んだため結婚は破談、隠娘に身の危険が迫ったため、嘉誠は双子の姉・嘉信に彼女を預けたのだ。隠娘の伯父・田興(ティエン・シン)(雷鎮語(レイ・チェンユイ))は、朝廷寄りの献言をしたことで季安の怒りを買い、国境へ左遷されることになる。義弟である黒衣の刺客_02.jpg隠娘の父・聶鋒(ニエ・フォン)(倪大紅(ニー・ダーホン))が護送するが、道中で元家の刺客たちに襲われる。田興は生き埋めにされかけ、聶鋒らも縛られるが、通黒衣の刺客ges.jpgりがかりの鏡磨きの青年(妻夫木聡)が助けに現れる。その青年も追い詰められたところに隠娘が駆けつけ、刺客たちを撃退するが、そんな娘に聶鋒は、道士に預けたのは誤りではなかったかと後悔する。別れも告げず去った隠娘は、仮面の女刺客・精精兒(ジンジンアー)(周韻(チョウ・ユン))に襲われ手傷を負い、後を追ってき黒衣の刺客 tumabuki.jpgた鏡磨きの青年の治療を受ける。青年はかつて日本から遣唐使としてやってきたのだが、今は鏡磨きをしながら旅していた。季安の側室・瑚姫(フージィ)(謝欣穎(シェ・シンイン))が不意に廊下で倒れ込む。季黒衣の刺客 09.jpg安の館に忍び入っていた隠娘は、呪術に苦しむ瑚姫を救い、駆けつけた季安に瑚姫の妊娠を告げて去る。季安は、正妻の田元氏(ティエン・ユエンシ)(周韻(チョウ・ユン)二役)が呪術師を雇い、瑚姫を苦しめたのだと知る。呪術師は射殺され、季安は元氏を斬り捨てようとするが、母を庇う息子を前に思い止まる。嘉信を訪れた隠娘は、季安暗殺を遂行できなかったと告げる。嘉信は隠娘を、暗殺者としての技術は完成しながらも情を捨てられなかったのだと詰る。隠娘と嘉信は一戦を交えるが、隠娘の剣術の腕前は、師匠の嘉信に引けを取らないものとなっていた。隠娘は剣を収めて立ち去り、嘉信はそれを呆然と見つめる。隠娘は、新羅へ向かう鏡磨きの青年らと共に、霧深い草原の彼方へと姿を消す―。

舒淇(スー・チー)as 聶隠娘(ニエ・インニャン)[アジア・フィルム・アワード主演女優賞
黒衣の刺客mages.jpg 2015年公開の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督による台湾・中国・香港合作映画で、同監督初の武侠映画です。中華圏の監督は、芸術映画を撮って"巨匠"と言われるようになっても武侠映画を撮ることにこだわりがあるようです。代表的なものでは、同じ台湾出身のアン・リー(李安)監督の「グリーン・デスティニー」('00年/中国・香港・台湾・米)、中国の張藝謀(チャン・イーモウ)監督の「HERO」('02年/香港・中国)、香港のウォン・カーウァイ(王家衛)監督の「グランド・マスター」('13年/香港・中国)などがあり、「グリーン・デスティニー」はトロント国際映画祭の最高賞「観客賞黒衣の刺客 kannnu_m.jpg」を受賞、「HERO」はベルリン国際映画祭の「銀熊賞(アルフレード・バウアー賞)」を受賞、「グランド・マスター」は香港国際映画祭「アジア・フィルム・アワード」受賞と、"巨匠"たちは武侠映画においても賞レースでの強さを発揮しています。そして、この「黒衣の刺客」も、第68回カンヌ国際映画祭で「監督賞」を受賞し、「アジア・フィルム・アワード」も、最高賞である「作品賞」ほか主演女優賞(舒淇(スー・チー))、助演女優賞(周韻(チョウ・ユン))などを受賞しています。

左から、妻夫木聡、周韻(チョウ・ユン)、侯孝賢監督、許芳宜(シュウ・ファンイー)、謝欣穎(ニッキー・シエ)、張震(チャン・チェン)、舒淇(スー・チー)

黒衣の刺客 人物相関.jpg ただ、この作品は先に挙げた3作品に比べ武闘シーンは多くなく、カンフー映画とまでは呼べない内容であり、侯孝賢監督自身も、インタビューで「カンフーアクションやワイヤーアクションには関心がなく、黒澤明監督のサムライ映画の動き、背景に大自然が映るような部分に興味があった」という趣旨の発言をしています。話が前半緩やかに進むのは、複雑黒衣の刺客in9.jpgな人間関係図を観る者に分からせるためかとも思いましたが(それでも説明不足で分かりにくのだが)、後半になってもゆったりしたペースはそれほど変わらず、黒澤作品の前期のダイナミズムよりも、後期の様式美の影響が強く感じられます。時々、水墨画のような荘厳な背景が現われて、その美しさにはっとさせられますが、娯楽映画的なアップテンポの展開を期待した人にはやや退屈に感じられたかも。後半の映黒衣の刺客  fukei.jpg像美は、小栗康平監督の「FOUJITA」('15年/日・仏)の後半を想起させ、森などの自然を撮ったシーンは、ウォン・カーウァイ監督の「欲望の翼」('90年/香港)やアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の「ブンミおじさんの森」('10年/タイ・英・仏・独・スペイン)を想起しました。欧州の映画祭に打って出るアジアの映画監督は、「森」を撮ってアピールするのが常道なのでしょうか(中国映画の場合、「竹林」というのもよく出てくる)。

黒衣の刺客mg_5_m.jpg 妻夫木聡演じる窮地に追い込まれたヒロインを助ける日本人青年(彼が元遣唐使であるという説明は映画の中では無い)の日本に居る妻役を務めた忽那汐里のシーンは、侯孝賢監督が来日した際のインタビューによると、編集の女性スタッフから「青年に奥さんが居るなんて、主人公の女刺客が可哀そう」という声が上がって国際版でカットされ、それが、日本公開版で監督の希望で戻されたとのこと。青年を日本で待つ人が居ることで、隠娘の孤独が一層深まるようにしたと明かしていますが、原作(原作者の裴鉶(はいけい)は晩唐の官僚&伝奇作家)では隠娘はこの青年と一緒になるようです。映画でもそう解釈できなくもない?(でも何故最後に向かう先が新羅なのか。やっぱり青年が朝鮮半島経由で日本に帰るため?)。

 その他に、隠娘の子供時代なども撮ったそうですが、最終的に全然残さなかったそうで、結局、いろいろな面で説明不足になったように思います。妻夫木聡が中国語を話すシーンもあったのが、これも「そんなに説明しなくてもわかると判断しました。セリフにしすぎると想像できなくなるからです」としてカットしたそうです(だから彼が何者なのかよく分からない)。但し、妻夫木聡が中国語を話すシーンをカットし黒衣の刺客ロード.jpg刺客聶隱娘 .jpgたのは、小栗康平監督の「FOUJITA」('15年/日・仏)で藤田嗣治を演じたオダギリジョーがフランス語で会話して失敗した(評論家の浅田彰氏がボロクソに貶していた)、その轍を踏まなかったとも言え、見方によってはまだ良かったのかもしれません。でも全体としてはやはり、映像は綺麗ですが、説明不足は否めないように感じました。

周韻(チョウ・ユン)as 田元氏(ティエン・ユエンシ)[アジア・フィルム・アワード助演女優賞

張震(チャン・チェン)ブエノスアイレス」(1997)/「グランド・マスター」(2013)/「黒衣の刺客」(2015)
ブエノスアイレス チャン・チェン(張震).jpg グランドマスター チャン・チェン(張震).jpg 黒衣の刺客ード.jpg

黒衣の刺客-600x400.jpg「黒衣の刺客」●原題:刺客聶隱娘/THE ASSASSIN●制作年:2015年●制作国:台湾・中国・香港●監督:侯孝賢(ホウ・シャオシェン)●製作:廖慶松●脚本:侯孝賢/朱天文(チュー・ティエンウェン)●音楽:林強(リン・チャン).●撮影:李屏賓(リー・ピンビン)●原作:裴鉶(はいけい)「聶隱娘」●時間:106分(インターナショナル版)/108分(日本オリジナル・ディレクターズカット版)●出演:舒淇(スー・チー)/黒衣の刺客739.jpg張震(チャン・チェン)/許芳宜(シュー・ファンイー)/周韻(チョウ・ユン)/倪大紅(ニー・ダーホン)/咏梅(ヨン・メイ)/雷鎮語(レイ・チェンユイ)/謝欣穎(シェ・シンイン)/阮經天(イーサン・ルアン)/妻夫木聡/忽那汐里●日本公開:2015/09●配給:松竹メディア事業部(評価:★★★)
左から、李屏賓(リー・ピンビン)、謝欣穎(ニッキー・シエ)、許芳宜(シュウ・ファンイー)、侯孝賢監督、舒淇(スー・チー)、張震(チャン・チェン)、周韻(チョウ・ユン)、妻夫木聡

舒淇(スー・チー)in Cannes International Film Festival  謝欣穎(ニッキー・シエ)
黒衣の刺客_舒淇(スー・チー).jpg 舒淇_m.jpg  謝欣穎m.jpg

《読書MEMO》
"巨匠"監督の「武侠映画」個人的評価と受賞した主要映画賞
グリーン・デスティニー(00年/中・香・台・米).jpgアン・リー(李安)グリーン・デスティニー」('00年/中国・香港・台湾・米)★★★☆
 トロント国際映画祭「観客賞」アカデミー賞「外国語映画賞」ゴールデングローブ賞「外国語映画賞」インディペンデント・スピリット賞「作品賞」ロサンゼルス映画批評家協会賞「作品賞」香港電影金像奨「最優秀作品賞」金馬奨「最優秀作品賞」
HERO~英雄~2002.jpg張藝謀(チャン・イーモウ)HERO」('02年/香港・中国)★★★☆
 ベルリン国際映画祭「銀熊賞(アルフレード・バウアー賞)」
グランド・マスター 2013.jpgウォン・カーウァイグランド・マスター」('13年/香港・中国)★★★
 アジア・フィルム・アワード香港電影金像奨「最優秀作品賞」金馬奨「最優秀主演女優賞」
黒衣の刺客 2015 .jpg侯孝賢(ホウ・シャオシェン)黒衣の刺客」 ('15年/台湾・中国・香港)★★★
 カンヌ国際映画祭「監督賞」アジア・フィルム・アワード
金馬奨「最優秀作品賞」「最優秀監督賞」

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"結婚狂騒曲"の背景に、ロマの人々の生活や文化、考え方がしっかり描かれていた。

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黒猫・白猫01.jpg ユーゴスラヴィア・ドナウ川沿いのロマの住む田舎町。自称天才詐欺師のマトゥコ(バイラム・セヴェルジャン)は、ロシアの密輸船から石油を買うが、騙されて大金を失う。起死回生を狙って、ブルガリアからの石油運搬車両の強盗を計画、息子ザーレ(フロリアン・アイディーニ)を伴って "ゴッドファーザー"グルガ(サブリ・スレジマニ)のもとへ行き、計画への出資を依頼する。かつてグルガを助けた自分の父ザーリェ(ザビット・メフメトフスキー)が亡くなったことにして、グルガから香典としての資黒猫・白猫2.jpg金援助を得るが、計画は新興ヤクザのダダン(スルジャン・トドロヴィッチ)の奸計により失敗し、ダダンに全財産を奪われる。困り果てたマトゥコは、嫁に行きそびれていたダダンの妹アフロディタ(サリア・イブライモヴァ)と自分の17歳の息子ザーレを結婚させる話を呑んでしま黒猫・白猫03.jpgう。ザーレは、川沿いでレストランを営むスイカ(リュビシャ・アジョヴィッチ)の孫娘で、年上の恋人イダ(ブランカ・カティッチ)からその話を聞かされるが何も出来ない。ザーリエは、息子マトゥコは見限っているが、孫のザーレには幸せになって欲しい。結婚黒猫・白猫04.jpg式当日、元アコーディオン奏者だったザーリェは一計を案じ、アコーディオンにヘソクリを隠して、自ら心臓を止める。祖父が死んだと思ったマトゥコは、ダダンに式の中止を訴えるが黒猫・白猫05.jpg、マトゥコは式を強行、ザーレは、アフロディタに式から脱出するよう促す。花嫁が消えて式は大混乱となり、ダダンをはじめ参列者総出の捜索が始まる。逃げるアフロディタは道中でノッポの男に助けられ、運命黒猫・白猫 映画.jpgを感じた二人はその場で結婚を約束。ダダンたちが追いついたところへやって来たノッポ男の祖父が、"ゴッドファーザー"グルガで、彼らはザーリェの"墓参り"に向かうところだった。ダダンはかつて彼の見習だったので、何も口出しできない。"死んだ"はずのザーリェも生き返り、グルガとザーリェは旧交を温め、晴れて二組のカップルが誕生。ザーリェは孫のザーレにヘソクリを託して二人の門出を祝う―。

黒猫・白猫ド.jpg ユーゴスラビアのサラエヴォ(現在はボスニア・ヘルツェゴビナの首都)出身のエミール・クリトリッツァ監督の1998年作。愛人に漏らしたちょっとした国家批判が政府側の人物に漏れてしまったために父親が当局に捕まってしまう「パパは、出張中!」('85年/ユーゴスラビア)でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞し、更に、ユーゴスラビアの50年に渡る紛争の歴史を寓話的に描いた「アンダーグラウンド」('95年/仏・独・ハンガリー・ユーゴスラビア・ ブルガリア)で2度目となるカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞しながらも、その後政治的なしがらみに巻き込まれ、一度は引退を決意した同監督は、メッセージ性を徹底的に排除した、それまでと全く趣の異なるスタイルのコメディ映画であるこの作品で、1998年第55回ヴェネチア国際映画祭「銀獅子賞」を受賞し、復活を果たしています(1993年「アリゾナ・ドリーム」でベルリン国際映画祭「銀熊賞」を受賞しているため、三大映画祭の全てで受賞したことになる)。

黒猫・白猫98.png 前半はややゆったりしていますが、これは複雑な登場人物の相関を分かりやすくするためだったのかも。ある程度、主要登場人物のバックグラウンドが明らかになると、それまでのラテン的な明るさに加えて話のテンポ自体も良くなり、終盤に向けては加速的にノンストップ・コメディの様相を呈してきます。エンディングで「ハッピーエンド」という字幕が出て来るのは、エミール・クストリッツァ監督初めてのハッピーエンド映画だったためではないでしょうか。

黒猫・白猫cc.jpg黒猫・白猫emirkoshkakot.jpg ハチャメチャなヤクザ・ダダンを演じたスルジャン・トドロヴィッチは喜劇役者かと思ってしまいますが、そうではなく、政治色の濃い前作「アンダーグラウンド」にも出演しているようだし(クロを演じたラザル・リストフスキーに似ている気がするのだが)、スルジャン・スパソイェヴィッチ監督の「セルビアン・フィルム」('10年/セルビア)のようなハードゴア・サスペンスに主演したりもしているようなので、相当に演技の幅が広いのではないでしょうか(でもこの作品では歌って踊って超ノリノリの演技をしていてハマリ役?)。このダダン役のスルジャン・トドロヴィッチとザーレの父マトゥコ役のバイラム・セヴェルジャン、恋人イダ役の女優ブランカ・カティチの3人以外は全てロマの人々だそうで、ザーレを演じたキアヌ・リーブス似のフロリアン・アイディーニもこの映画しか出ていないようです。

黒猫・白猫ki.jpg 予定調和型の"結婚狂騒曲"風ドタバタ喜劇ですが、ロマの人々の生活や文化、ものの考え方がしっかりバックグラウンドに描かれていて、これまで触れたことのないようなものに触れた気がし、同時に、どこの世界も同じなのだなと思わせるものもありました。飛ぶ鳥を落とす勢いのダダンにとって、妹がいまだに結婚できないのが頭痛の種で、"ゴッドファーザー"グルガにとっても息子がなかなか結婚しないのが悩みの種だというのは、ある種"体面"を重んじる閉鎖的な社会を映しているのかも。"ゴッドファーザー"をユーモラスに描いていますが、その実態は一帯の支配者であって、現実はこうはいかないだろうなあと(ダダンのようなヤクザはいそう)。最後に結婚したザーレが旅に出ると決心した時に「ここには太陽がない」と言い残すところに、監督の真意があるのかも。その上で、この作品は敢えてコメディとして完結させたというのが、エンディングの「ハッピーエンド」という字幕に込められた意味ではないか思ったりもしました。

黒猫・白猫【字幕ワイド版】 [VHS]
黒猫・白猫【字幕ワイド版】 [VHS].jpg黒猫・白猫00.jpg「黒猫・白猫」●原題:CHAT NOIR, CHAT BLANC/CRNA MACKA, BELI MACOR●制作年:1998年●制作国:フランス・ドイツ・ユーゴスラビア●監督:エミール・クストリッツァ●製作:マクサ・チャトヴィッチ/カール・バウムガルトナー●脚本:ゴルダン・ミヒッチ●撮影:ティエリー・アルボガスト●音楽:ネレ・カライリチ/ヴォイスラフ・アラリカ/デーシャン・スパラヴァロ●時間:130分●出演:バイラム・セヴェルジャン/フロリアン・アイディーニ/スルジャン・トドロヴィッチ/ブランカ・カティッチ/サリア・イブライモヴァ/ザビット・メフメトフスキー/サブリ・スレジマニ/リュビシャ・アジョヴィッチ/ジャセール・デスタニ/アドナン・ベキールストジャン・ソティロフ/ゼダ・ハルテカコヴァ/プレドラグ・ペピ・ラコビッチ/プレグラグ・ミキ・マノジョロビッチ●日本公開:1999/08●配給:フランス映画社(評価:★★★★)

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"神経症"&"分裂症"的な暗さと、ラストの急展開にややついていけなかった。

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ポーラX [DVD]」カテリーナ・ゴルベワ(2011年没)/ギョーム・ドパルデュー(2008年没)
ポーラX 01.jpg 変名で新人小説家として作品を発表したばかりの青年ピエール(ギヨーム・ドパルデュー)は、外交官だった父の亡き後、美しい母マリー(カトリーヌ・ドヌーヴ)と城館で何不自由なく暮らしていた。そんな彼の前に突然、異母姉と名乗る難民女性イザベルポーラx45.jpg(カテリーナ・ベルゴワ)が現れる。彼女の出現で、前から渇望していた"この世を越える"きっかけを得たと感じたピエールは、母マリーも婚約者リュシー(ポーラX003.jpgデルフィーヌ・シェイヨー)も捨ててイザベルとパリヘ出る。パリで従兄のティボー(ローラン・リュカ)を訪ねるが、すげなく追い立てられ、やがて二人は音楽活動と武装訓練に余念がないアングラ集団が巣くう廃墟のロフトに棲み家を定める。二人はほどなくそこで結ばれ、創作活動に打ち込み始めたピエールだが、やがて母のバイク事故死とリュシーが病気であるとの報が入る。そのリュシーは、彼女を看病をしてくれたティボーの制止を振り切り、婚約者であることは秘されたまま、ピエールとイザベルの元に身を寄せるが―。

ポーラX2.jpg レオス・カラックス監督の1999年の作品で、第52回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品作。「ボーイ・ミーツ・ガール」('83年)、「汚れた血」('86年)に続く連作の終止符として「ポンヌフの恋人」('91年)を撮ってから、レオス・カラックス監督の長編としては8年を経ての作品です。ハーマン・メルヴィルの『ピエール』(邦訳・『メルヴィル全集 第9巻』所収、国書刊行会)をベースに、舞台をフランスのノルマンディにしています。タイトルは原作の題名の仏語訳"Pierre ou les ambiguites"の頭文字に字"Pola"に解かれぬ謎を示すXを加えたものですが、映画に使われた10番目の草稿を示すローマ数字「Ⅹ」であるとも(従って、映画でポーラという人物が出てくるわけではない)。

ポーラX   .jpg 主要な登場人物である男女が皆"神経症"乃至"分裂症"気味で、観ていて疲れました。主人公のピエールは、一緒に城館で暮らす母マリー(カトリーヌ・ドヌーヴが貫禄十分の演技)と「姉、弟」と呼び合う関係であるところから既に親子共々"危ない"印象を受けるし、自分の前に突然現れた異母姉イザベルとあっさり性愛関係になってしまうし(性愛を超えた魂の伴侶ということなのだろうが、男女の関係になるのもメルヴィルの原作通りなのか?)、後半のピエール、イザベル、リュシーの3人での生活はどうみても上手くいくはずもなく(ピエールは母親の遺産相続を拒否した挙句に金に困っているわけで、彼の諸々の行動には脈絡がない)、ラストは自殺未遂あり殺人ありのカタストロフィ的状況に。でも、これも"劇的"と言うより"劇画的"とでも言うか、ちょっと安易な終わり方のような気がしました(この結末もメルヴィルの原作通りなの?)。

 レオス・カラックスの作品は、主人公にレオス・カラックス自身が反映されていると言われていますが(「ポンヌフの恋人」までの3作は、主人公の名前に因んで「アレックス三部作」と呼ばれてレオス・カラックス&ジュリエット・ビノシュ.jpgいて、"アレックス"と"カラックス"は語感が似ている)、この「ポーラX」はどうなのレオス・カラックス.jpgでしょうか。「汚れた血」と「ポンヌフの恋人」でヒロインを演じたジュリエット・ビノシュとは実生活でも恋人同士であったのが、困難が多発し多額の費用と膨大な時間を要した「ポンヌフの恋人」の撮影中に破局し、「ポーラX」まで8年間レオス・カラックスの沈黙が続いたのは、彼女との破局が大きく影響していると言われています。でも、この作品を観ると、まだ何か引き摺っているよような...。結局、次の長編「ホーリー・モーターズ」('12年)を撮るまで更にまた10数年、長編は撮っていません(ハーモニー・コリン監督の「ミスター・ロンリー」('07年)に俳優として出ていた)。
「汚れた血」撮影時のレオス・カラックス(25歳)とジュリエット・ビノシュ(21歳)

ポーラとx8.jpg 主人公のピエールを演じたギヨーム・ドパルデューは、名優ジェラール・ドパルデューの息子で、この「ポーラX」の日本公開の時にレオス・カラックス監督らとともに来日していますが、2008年に急性肺炎のため37歳で急死しています。また、イザベルを演じたカテリーナ・ベルゴワはロシアのサンクトペテルブルク出身の女優ですが(レオス・カラックスにとって彼女との出会いが8年ぶりに映画を撮るきっかけになったとも言われる)、彼女も2011年にパリにて44歳で亡くなっており、「死因不明」とされています(自殺説あり)。

ジュリエット・ビノシュ トスカーナ.jpgジュリエット・ビノシュ カンヌ.jpg 一方、レオス・カラックスと別れたジュリエット・ビノシュはその後、「トリコロール/青の愛」('93年)でヴェネツィア国際映画祭女優賞とセザール賞主演女優賞を受賞、「イングリッシュ・ペイシェント」('96年)でベルリン国際映画祭銀熊賞女優賞とアカデミー助演女優賞を受賞、「トスカーナの贋作」('10年)で第63回カンヌ国際映画祭女優賞を受賞と、世界三大映画祭の女優賞を受賞しており(三大映画祭の女優賞制覇は彼女が初で、ジュリアン・ムーアがこれに続いた)、やはりジュリエット・ビノシュを失ったのはレオス・カラックスにとっては大きかったのではないかと思わざるをえません。
 
ポーラⅩ3.jpgポーラXes.jpg 高く評価する人もいる作品ですが(その気持ちも分からなくもない)、個人的にはやはり、この"神経症"&"分裂症"的な暗さと、ラストの急展開にややついていけなかったでしょうか。カトリーヌ・ドヌーヴ演じるマリーの自殺とも思えるバイク事故死は、ピエール喪失感によるものなのか。ピエールを巡る"四角関係"の話だったのか。その辺りもよく分からなかったです。

Catherine Deneuve

ポーラX5.jpg「ポーラX」●原題:POLA X●制作年:1999年●制作国:フランス・ドイツ・日本・スイス●監督:レオス・カラックス●製作:ブリュノ・ペズリー●脚本:レオス・カラックス/ジャン・ポール・ファルゴー/ローラン・セドフスキー●撮影:エリック・ゴーティエ●音楽:スコット・ウォーカー●原作:ハーマン・メルヴィル「ピエール」●時間:134分●出演:ギョーム・ドパルデュー/カテリーナ・ゴルベワ/カトリーヌ・ドヌーヴ/デルフィーヌ・シェイヨー/ローラン・リュカ/パタシュー/ペトルータ・カターナ/ミハエラ・シラギ●日本公開:1999/10●配給:ユーロスペース●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-03-30)(評価:★★★)

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静かに訪れる世界の終り。タルコフスキーの「サクリファイス」より骨太で重かった。

ニーチェの馬 dvd.jpgニーチェの馬es.jpg  サクリファイス タルコフスキー dvd.jpg
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ニーチェの馬_04.jpg 1日目・・・農夫(デルジ・ヤーノシュ)は馬車に乗り、風の中人里離れた家に戻る。娘(ボーク・エリカ)は彼を出迎え、農夫は馬と車を小屋に戻す。娘は農夫の服を着替えさせ、2人で茹でたジャガイモ1個の食事を貪る。寝る段になって、農夫は58年鳴き続けた木食い虫が鳴いていないことに気付く。外は暴風が吹き荒れている。2日目・・・娘は井戸に水を汲みに行く。パーリンカ(焼酎)を飲んだ後、農夫はいつもの通り、馬車に乗って外へ出ようとするが、馬は動こうとしない。諦めた農夫は家に戻って薪を割り、娘は洗濯をする。ジャガイモを貪ったところへ男(ミハーイ・コルモス)が現れ、パーリンカを分けてくれるように頼む。町は風で駄目になったという男は、世界についてのニヒリズム的持論を延々述べるが、農夫はくだらないと一蹴、男はパーリンカを受け取って出て行く。3日目・・・娘は井戸で水を汲む。パーリンカを飲み、農夫と娘は馬小屋の掃除をする。新たな飼い葉を与えても馬は食べない。ジャガイモニーチェの馬 nagare.jpgを食べていた時外を見ると、馬車に乗った数人の流れ者が現れ、勝手に井戸を使い出す。2人は外へ飛び出して流れ者を追い払い、流れ者は2人を罵って去る。食器を片付けた後、娘は流れ者の一人が水の礼として渡した本を読むと、教会における悪徳について書かれていた。未だ風は激しく吹き続けている。4日目・・・娘が水を汲みに行くと、井戸が干上がっていた。馬は相変わらず飼い葉を食べず、水ニーチェの馬ド.jpgも飲まない。農夫はここにはもう住めないと、家を引き払う決心をする。荷物を纏めて馬を連れ、今度は自分らで車を引いて農夫と娘は家を出るが、丘を越えたところで戻ってくる。娘は窓から外を何も言わず見続ける。5日目・・・娘は農夫を着替えさせ、農夫は小屋に行き馬の縄を外してやる。2人はジャガイモを貪るも力なく、農夫は殆どを残してしまう。夜になったが、ランプに火が付かなくなり、火種も尽きる。嵐は去っていた。6日目・・・農夫と娘が食卓についている。農夫はジャガイモを生のまま口にするが、すぐ諦める。2人を沈黙が支配する―。

ニーチェの馬 uma2.jpg ハンガリーのタル・ベーラ監督(1955年生まれ)の2011年の作品で、第61回ベルリン国際映画祭銀熊賞61st Berlin Film Festival - 'A Torinoi Lo' Premiere.jpg(審査員グランプリ)、国際批評家連盟賞(コンペティション部門)を受賞した作品ですが、タル・ベーラ監督はこの作品を監督としての最後の作品と表明しています。それぞれ農夫と娘を演じたデルジ・ヤーノシュ、ボーク・エリカ,ミハーイ・コルモス共、前作「倫敦から来た男」('07年/ハンガリー)に続いての出演で、音楽、撮影、編集も同じスタッフです。
Actor Mihaly Kormos, actress Erika Bok, actor Janos Derzsi and director Bela Tarr in 61st Berlin Film Festival

ニーチェの馬 uma.jpg 強烈な印象を残す馬は、本当に働かなくてその日に売り手がつかなかったらソーセージになるところだった馬を、タル・ベーラ監督がこれだと思って"スカウト"したそうです。冒頭に「1889年1月3日。哲学者ニーチェはトリノの広場で鞭打たれる馬に出会うと、駆け寄り、その首をかき抱いて涙した。そのまま精神は崩壊し、彼は最期の10年間を看取られて穏やかに過ごしたという。 馬のその後は誰も知らない」とナレーションが流れます。この馬は、そのニーチェの馬を象徴的に指しているのでしょうか(原題は「トリノの馬」)。

ニーチェの馬 te.jpg 農夫と娘が強風の中家に閉じ込められ、2日目にはその馬は動かなくなり、4日目には水を失い、5日目には火を失うといった具合に生きていく上で欠かせないものを順番に失っていくわけで、旧約聖書における神が6日間で世界を作った「天地創造」とは逆に、6日で世界が静かに崩壊していく様が、農夫と娘の生活の変化を通して間接的に描かれているとも言えます(タル・ベーラ監督はこの作品について、「本当の終末というのはもっと静かな物であると思う。死に近い沈黙、孤独をもって終わっていくことを伝えたかった」と語っている)。

サクリファイス タルコフスキーga.bmpサクリファイス4.jpg 長回しという点で、アンドレイ・タルコフスキー監督やテオ・アンゲロプロス監督の作品と似ているように思われ、また、世界の終わりを間接的に描いたのであるならば、タルコフスキー監督が第39回カンヌ国際映画祭で、カンヌ映画祭史上初の4賞(審査員特別グランプリ、国際映画批評家賞、エキュメニック賞、芸術特別貢献賞)を受賞した「サクリファイス」('86年/スウェーデン・英・仏)を思い出させます。「サクリファイス」はタルコフスキー監督の遺作で、この監督は晩年になればなるほど作品の哲学的な色合いが濃くなっていったように思いますが、但し「サクリファイス」では、世界の終りの危機が核戦争勃発によってもたらされたことが、登場人物がテレビでそのニュースを聴く場面があることから具体的に示されているのに対し、この「ニーチェの馬」では、2日にパーリンカを分けて欲しいと立ち寄った男が、「町は風で駄目になった」と言うだけです。

ニーチェの馬 po.jpg ほぼ全編に渡って吹きすさぶ風(人工の風だそうだが)―この風によって世界が滅ぶという抽象性がある意味この映画の"重み"になっているように思います。加えて、農夫を演じたデルジ・ヤーノシュの哲学者のような顔つき。殆どセリフがないのも"重さ"に繋がっているし、モノクロ映画であることも効果を増しているように感じられ、個人的には「サクリファイス」より骨太感があるように思いました。長回しが多く、観るのにある程度覚悟のいる作品ですが、他にあまり類を見ない作品であると思います(ジャガイモがこれほど印象に残る映画も無い)。

 因みにハンガリー語圏では名前を「姓・名」の順で表記するため、タル・ベーラ監督は「タル」が姓で「ベーラ」が名前です(女優ボーク・エリカは「エリカ」が名前と言えば分かりやすいか)。印欧語族風にベーラ・タルと表記することもあり(テニスプレーヤーのモニカ・セレシュなども「名・姓」の順)、同じハンガリーの映画監督で、「密告の砦」('65年/密告の砦 0.jpg密告の砦 01.jpgハンガリー)の監督ヤンチョー・ミクローシュ(1921-2014)なども「ミクローシュ・ヤンチョー」と「名・姓」の順で長年通ってしまっているのでややこしいです。1869年、オーストリアとハンガリーの二重帝国治下に入って3年目のハンガリーの、農民と義賊の群れが狩りこまれた荒野の砦を舞台にした「密告の砦」は、ハンガリー人将校たちが仕組んだ"密告"の罠にはまり、次々と倒れていく義賊集団のゲリラたちが悲惨でした。農民が義賊ゲリラ狩りに駆り出されるというのは皮肉ですが、コレ、すべて史実とのことです(1966年度ハンガリー批評家選出最優秀映画賞、1967年度英国批評家協会優秀外国映画賞受賞作品)。「密告の砦」と「ニーチェの馬」の2本だけで、ハンガリー映画って"重い"なあという印象になってしまいがちですが、とりあえず「ヤンチョー」と「タル」が姓であることを憶えておきましょう。

ニーチェの馬 ges.jpg「ニーチェの馬」●原題:A TORINOI LO/THE TURIN HORSE●制作年:2011年●制作国:ハンガリー・フランス・スイス・ドイツ●監督:タル・ベーラ(苗字・名前順、以下同じ)●製作:テーニ・ガーボル●脚本:タル・ベーラ/クラスナホルカイ・ラースロー●撮影:フレッド・ケレメン●音楽:ヴィーグ・ミハーイ●時間:154分●出演:デルジ・ヤーノシュ/ボーク・エリカ/コルモス・ミハリー●日本公開:2012/02●配給:ビターズ・エンド●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-03-25)(評価:★★★★)

サクリファイス タルコフスキー 00.jpgサクリファイス 000.jpg「サクリファイス」●原題:OFFRET●制作年:1986年●制作国:スウェーデン・イギリス・フランス●監督・脚本:アンドレイ・タルコフスキー●製作:カティンカ・ファラゴ●撮影:スヴェン・ニクヴィスト●音楽:ヨハン・ゼバスティアン・バッハ●時間:149分●出演:エルランド・ヨセフソン/スーザン・フリートウッド/オットーアラン・エドヴァル/グドルン・ギスラドッティル/スヴェン・ヴォルテル/ヴァレリー・メレッス/フィリッパ・フランセーン/トミー・チェルクヴィスト●日本公開:1987/04●配給:フランス映画社●最初に観た場所:テアトル新宿(87-10-17)(評価:★★★☆)

密告の砦 00.jpg密告の砦 02.jpg「密告の砦」●原題:SZEGENYLEGENYEK●制作年:1965年●制作国:ハンガリー●監督:ミクローシュ・ヤンチョー(名前・苗字順、以下同じ)●脚本:ジュラ・ヘルナーディ●撮影:タマーシュ・ショムロー●時間:149分●出演:ヤーノシュ・ゲルベ/ティボル・モルナール/アンドラーシュ・コザーク/ガーボル・アガールディ/ゾルタン・ラティノヴィッチ●日本公開:1977/06●配給:フランス映画社●最初に観た場所:千石・三百人劇場(80-01-23)(評価:★★★★)●併映:「オーソン・ウェルズのフェイク」(オーソン・ウェルズ)

「●ウォン・カーウァイ(王家衛)監督作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2624】 ウォン・カーウァイ 「恋する惑星
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ウォン・カーウァイ監督がそのスタイルを確立した作品。且つ、主要出演者が全員トップスターになった作品。

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欲望の翼【字幕版】 [VHS]」「欲望の翼 [DVD]

欲望の翼00.jpg 欲望の翼 title.jpg サッカー競技場の売り子スー・リーチェン(マギー・チャン(張曼玉))は、ある日突然遊び人風の客ヨディ(レスリー・チャン(張國榮))に交際を迫られ断るが、1分間だけ時計を見ているように言われる。1960年4月16日午後3時。やがてスーはヨデ欲望の翼01.jpgィを愛し始める。ヨディはナイトクラブを経営する養母(レベッカ・パン(藩迪華))と暮らしていたが、彼女が部屋に連れ込んだ男を叩き出し、男から取り返した養母のイヤリングの片方を、居合わせたクラブ欲望の翼03.jpgのダンサー、ミミ(カリーナ・ラウ(劉嘉玲))にやる。翌朝、ヨディと一夜を過ごしたミミが部屋を出ると、昨夜彼女と部屋で出会い、一目惚れしたヨディ欲望の翼 (aka A FEI JING JUEN), Carina Lau.jpgの親友サブ(ジャッキー・チュン(張学友))が階段で待っていた。一方、ミミの存在を知って放心状態で夜の町を彷徨うスーを、巡回中欲望の翼es.jpgの若い警官タイド(アンディ・ラウ(劉徳華))が見つけ、心配し彼女を慰める。彼はスーに恋心を抱き、巡回路の公衆電話に電話するように言うが、彼女からの電話は無かった。養母から恋人とのアメリカ移住を告げられたヨディは、実の欲望の翼mages.jpg母親の住むフィリピンへと旅立つ。残されて悲しむミミのために、ヨディのヨディに貰った車を売り、彼の後を追うようにとその金を渡す。ヨディが初めて訪ねた母親はフィリピン貴族の娘で、不義の息子である彼とは会おうとしなかった。自暴自棄になった欲望の翼  tony.jpgヨディは酔いつぶれ、船乗りに介抱されるが、その船乗りはかつてスーを慰めた警官だった。ヨディは偽造パスポートで渡米しようとしてギャングを殺してしまい、2人は南へと向かう列車に逃げ込むが、車中でヨディがギャングの報復で撃たれ、息を引き取る。その頃ミミはマニラに降り立ち、香港では誰もいない公衆電話のベルが夜に街角に響いていた。そして九龍のアパートの一室では、ギャンブラー(トニー・レオン(梁朝偉))が身支度を整えていた―。

欲望の翼384.jpg ウォン・カーウァイ(王家衛)監督の監督デビュー作「いますぐ抱きしめたい」('88年)に続く監督第2作の1990年香港映画で、第10回香港電影金像奨で最優秀作品賞・最優秀監督賞・最優秀主演男優賞(レスリー・チャン)、第28回金馬奨で最優秀監督賞を受賞した作品。同監督の浮遊感と疾走感の入り混じる語り口と映像美独特のスタイルが確立された原点と言われている作品ですが、2005年以降日本での上映権が消失していて、その間DVDが再リリーズされたりはしていますが、スクリーンでの上映は今回が13年ぶりでした。

レスリー・チャン/カリーナ・ラウ

欲望の翼Maggie Chueng and Leslie Chueng in Days Of Being Wild (1990).jpg 最後にいきなりトニー・レオンが出て来るのは、続編を想定していたためということですが、当時"アイドルスター"だった主要出演者6人が全員"トップスター"になってしまったため予算的に再結集不可能ということで、続編を作ることができなかったとのこと。後に作られた「花様年華」('00年)、「2046」('04年)に役名や設定が一部受け継がれており、この両作品が実質的な続編とされていますが、話そのものは繋がっていません。個人的には、この作品の雰囲気を色濃く継承しているのは、ゲイ・ムービーですが、「ブエノスアイレス」('97年)であるように思います。
マギー・チャン/レスリー・チャン

欲望の翼ages.jpg 脚本もウォン・カーウァイで、フィリピンでヨディとタイドが偶然出会い、「1960年4月16日午後3時」というキーワードで同じ女性(スー)を介した経験があることに互いに気づくところなどは面白かったです。ヨディを巡るスー(マギー・チャン)とミミ(カリーナ・ラウ)のバトルの激しさもなかなかのものでした。こうして男性同士が偶然出会ったり、女性同士が最悪の状況で鉢合わせするのに、男女は行き違ってばかりいる感じだったなあ。

マギー・チャン/カリーナ・ラウ
カリーナ・ラウ/トニー・レオン夫妻
カリーナ・ラウ.jpg欲望の翼 days-of-being-wild.jpg ウォン・カーウァイの作風を愉しむと共に、後のスター俳優たちの若き日の演技が楽しめる作品でもあると思います(レスリー・チャンは2003年に自殺。一方、カリーナ・ラウは2008年にトニー・レオンと結婚した)。レスリー・チャンは、同じ破滅型の人間を演じた後の「ブエノスアイレス」に匹敵するか、その上を行く演技で、彼が演じるヨディは、警官から船乗りに転じたタイドが言うように"カス人間"なのでが、それでも女性たちが惚れる―彼の演技はそのことに説得力を持たせているように思いました(演技力と言うより演技センスがいいという感じ)。

トニー・レオン(梁朝偉)・アンディ・ラウ(劉徳華)2005年来日(「インファナルアフェア3 終極無間」のプロモーション)/ジャッキー・チュン(張學友)2008年来日(コンサート)
劉徳華(アンディ・ラウ)梁朝偉(トニー・レオン).jpg ジャッキー・チュン(張學友).jpg

Los Indios Trabajaras "Always in my heart"
「欲望の翼」●原題:阿飛正傳/DAYSS OF BEING WILD●制作年:1990年●制作国:香欲望の翼371c.jpg港●監督・脚本:ウォン・カーウァイ(王家衛)●撮影:クリストファー・ドイル●音楽:ロス・インディオス・タバハラスザビア・クガート●時間:97分●出演:レスリー・チャン(張國榮)/マギー・チャン(張曼玉)/カリーナ欲望の翼ド.jpg・ラウ(劉嘉玲)/アンディ・ラウ(劉徳華)/ジャッキー・チュン(張学友)/レベッカ・パン(藩迪華)/トニー・レオン(梁朝偉)●日本公開:1992/03●配給:プレノン・アッシュ●最初に観た場所:渋谷・Bunkamura ル・シネマ2(18-03-15)(評価:★★★★)

Xavier Cugat "Perfidia"

「欲望の翼」[VHS]
欲望の翼【字幕ワイド版】.jpg

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1980年代中国地方都市に生きる4人の若者像。もう少し説明的であってもいいのでは。

プラットホーム 2000.jpgプラットホーム 2000 00.jpg プラットホーム 賈01.jpg
プラットホーム [DVD]」趙濤(チャオ・タオ)・王宏偉(ワン・ホンウェイ)/楊天乙(ヤン・ティェンイー)

プラットホーム13.jpgプラットホーム 賈   .jpg 1979年、中国山西省の地方都市・汾陽(フェンヤン)。明亮(ミン・リャン)(王宏偉(ワン・ホンウェイ))ら幼馴染みの4人は文化劇団で活動し、いつも一緒の時間を過ごしていた。張軍(チャン・ジュン)(梁景東(リャン・チントン))と鐘萍(チョンピン)(楊天乙(ヤン・ティェンイー))の二プラットホーム 2000 01.jpg人は親公認の仲だが、明亮と瑞娟(ルイジュエン)(趙濤(チャオ・タオ))は恋人とはいえない曖昧な仲。張軍は親戚のいる広州へ旅立ち、やがてサングラスをかけラジカセを持って町へ戻ってくる。明亮は瑞娟との仲をはっきりさせようとするが、ふられてしまう。一方、張軍の子供を身籠ってしまった鐘萍は中絶。80年代半ば、自由化の波が押し寄せ、劇団への補助金が打ち切られると4人の関係も不安定になり、瑞娟以外は旅回りに加わる。80年代後半、明亮と張軍らはロック・バンドを結成して活動。しかし89年の天安門事件の頃になると、彼らの音楽は流行から遅れはじめ、彼らはバンドを解散して田舎へ戻る―。

賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督.jpgプラットホーム 20001ef.jpg 賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督の2作目となる2000年の香港・日本・フランス合作映画で、1980年代の中国で生きる4人の若者の姿を描いていて、第1作「一瞬の夢」('97年/中国・香港)と同じく賈樟柯監督の出身地である山西省の地方都市・汾陽(フェンヤン)(煉瓦で出来た田舎町という印象)を舞台としています。北京電影学院の卒業制作だった「一瞬の夢」は、1998年・第48回ベルリン国際映画祭の新人監督賞であるヴォルフガング・シュタウテ賞と最優秀アジア映画賞(NETPAC AWARD)を受賞し、釜山国際映画祭、ナント三大陸映画祭でグランプリを受賞していますが、この第2作「プラットフォーム」も、第57回ヴェネツィア国際映画祭で最優秀アジア映画賞(NETPAC AWARD)を受賞し、ナント三大陸映画祭、ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭のグランプリも受賞しています。

プラットホーム 19.jpg 前半部分では、主人公らの属する劇団は毛沢東主席を賛美する劇を上演したりしていますが、そうした地方にも「改革開放」の波が押し寄せたことを、若者たちがラッパズボンやパーマといった都市部の流行りの文化に影響されていくことで表現しています。と言っても、その都市文化のマネをする若者たちもどこかまだ垢抜けずにいて、地方と都市の文化格差を表しているように思いました。さらにそれを強く感じさせるのが、そうした文化を嫌う大人たちと若者たちの世代間ギャップで、この辺りは、新たな文化の波が押し寄せたからと言って地方が一気に変わったのではないことが分かります。
  
旅芸人の記録(映画パンフ.jpg旅芸人の記録5.jpg 中盤以降は、劇団への補助金が打ち切られると、劇団員の一人が自ら劇団の運営を請け負い(マネジメント・バイアウトみたいなものか)、劇団員たちはあちこちへ公演の旅に出向くことになり、その状況の中で主人公らのドラマが展開され、まるでテオ・アンゲロプロス監督の「旅芸人の記録」('75年/ギリシャ)のようなロードムービーとなっていきます。

「旅芸人の記録」

プラットホーム 2000 05.jpg 彼らが行く先々の雄大な自然が美しく撮られていますが、彼らにとってはバスやトラックに揺られて無舗装の道や荒野を行き、鰻の寝床さながらの寝所で寝る結構キツそうな日々の連続。でも、元々が県の劇団であるためか、主人公の明亮などはちょくちょく母親の元へ里帰りしているし(父親は家を出て別の所で別の女性と商売を始めたようだ。明亮はそこへも行ったが、父には会わなかった)、若い彼らにとっては、旅のキツさよりもむしろ、恋愛や家族のことの方が気プラットフォーム_r.jpgになる問題といった感じでしょうか。但し、公民館みたいな施設で公演をさせてもらうために鐘萍と瑞娟が居合わせた人たちの前で言われるがままに試しに踊ってみせたら、踊るだけ踊らせておいて施設の関係者ではなかったりして、これにはさすがに2人もキレてストライキを起こしそうになるし、道路わきにトラックを停めて荷台の上で2人が踊っている前をクルマがぶんぶん通り過ぎていくのも侘しかったです。
   
プラットホーム 20007ff.jpg 時代がさらに80年代半ばになると、明亮と張軍らはロック・バンドを組んでいたりするわけで、演劇に人民思想を込めていた何年か前とはすっかり様変わりし、但し、エレキギターを奏でても明亮が相変わらずパッとしないのは前と同じで、かなりイモっぽいです。やがて彼らの演奏も飽きられ、最後どうなってしまうのかと思いましたが、これってハッピーエンドなのでしょうか。かつて尖がっていた明亮、フツーの長閑そうなオッサンになっていました。
  
プラットホームge.jpg カメラを定位置に据え、その前を役者が行ったり来たりするのを長回しで撮るなど、ちょうどテオ・アンゲロプロス監督の作品と同じように長回しが多く、一方で説明的な描写は省いているため、やや観るのに根気がいるかもしれません。瑞娟は劇団を離れて何やってたのでしょうか(郵便局員? 税務署員?)。当時の政治的文化的状況を直接的に描くのは(国家当局の検閲上)困難であるとして、劇団の若者たちを通して間接的に観る側に伝えようとするならば、もう少し説明的であっても良かったのではないかと思いました。
 
プラットフォーム .jpg王宏偉(ワン・ホンウェイ).jpg 明亮を演じた王宏偉(ワン・ホンウェイ)は、「一瞬の夢」('97年/中国・香港)に続いての主演で、賈樟柯監督の第63回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞作「長江哀歌(エレジー)」('06年/中国)にも出ています(戴思杰(ダイ・シージエ)監督の「小さな中国のお針子」('02年/仏・中国)にも「メガネ」という綽名の男の役で出ていた)。それよりもブレイクしたのが、同じ劇団の女性同士でも、派手で発展家の鐘萍に比べ地味でやや晩生(おくて)の瑞娟の方を演じた趙濤(チャオ・タオ)で、賈樟柯監督の第55回カンヌ国際映画祭出品作「青の稲妻」('02年/中国・日・韓・仏)、第61回賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督 2.jpg賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督 3.jpgヴェネツィア国際映画祭出品作「世界」('04年/日・中国・仏)、そして第63回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞受賞作「長江哀歌」でそれぞれ主役を務め、更には同監督の「四川のうた」('08年/中国・日)、「罪の手ざわり」('13年/中国)でそれぞれ重要な役を演じ、最近では第68回カンヌ映画祭パルム・ドールノミネート作「山河ノスタルジア」('15年/中国・日・仏)でも主役を務めています(その前、2012年に賈樟柯監督と結婚していて、そっかーというのもあるが、映画監督と女優との間でよくありそうなことか)。

プラットホーム 2000  07.jpgプラットホーム 2000 0.jpg「プラットホーム」●原題:站台/PLATFOME●制作年:2000年●制作国:香港・日本・フランス●監督・脚本:賈樟柯(ジャ・ジャンクー)●撮影:余力為(ユー・リクウァイ)●音楽:半野喜弘●時間:154分●出演:王プラットホーム 2000ed.png宏偉(ワン・ホンウェイ)/梁景東(リャン・チントン)/楊天乙(ヤン・ティェンイー)/趙濤(チャオ・タオ)/韓三明(ハン・サンミン)●日本公開:2001/12●配給:ビターズ・エンド●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-03-04)(評価:★★★☆)

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歴史に翻弄される家族の愛と哀しみ。〈二・二八事件〉を世に知らしめた一大叙事詩。。

悲情城市 1989-2.jpg 悲情城市  1989-1.jpg 悲情城市76.jpg
悲情城市 [DVD]」「悲情城市 [DVD]」 辛樹芬(シン・シューフェン)/梁朝偉(トニー・レオン)

悲情城市 陳松勇2.jpg 1945年8月15日、日本統治からの台湾解放の日、港町基隆で酒家を営む林家では、長男・文雄(ウンヨン)(陳松勇(チェン・ソンヨン))の妾宅で男児が生まれる。の林家の主は75歳の林阿祿(リン・アルー)(李天祿(リー・ティエンルー))で、次男は軍医として南洋に、三男は通訳として上海に日本人として徴用され戻らない。耳が聞こえず話せない四男の文清(ウンセイ)(梁朝偉(トニー・レオン))は、郊外で写真館を営んでいた。文清は、写真館に同居している教師の呉寛榮(ヒロエ)(呉義芳(ウー・イーファン))の妹で、看護婦として病院に働きに来悲情城市024.jpgた寛美(ヒロミ)(辛樹芬(シン・シューフェン))を迎えに出る。寛榮は、小川校長(長谷川太郎)の娘で、台湾生まれの静子(中村育代)と秘かに愛しあっていたが、日本人であるため故国に帰らねばならなくなった静子は、寛美に寛榮への思いを託して台湾を去る。ある日、精神錯乱状態で生還してきた三男悲情城市 陳松勇.jpgの文良(アリヨン)(高捷(カオ・ジエ))のもとに、文雄の妾妻の兄・阿嘉(アカ)(張嘉年(ケニー・チャン))が、上海ボス(雷鳴レイ・ミン))を連れて来て阿片の密輸を唆すが、それが文雄にばれ、彼の幼なじみの阿城(林照雄(リン・ジャオション))との間の争いに発展、事件は一応決着するが、何者かの密告によって漢奸の疑いで文良が逮捕され、文雄は阿嘉を連れて上海ボスと対面、文良の釈放を頼むが、文良は大量の血を吐いて帰宅する。

悲情城市44.jpg 1947年2月27日、台北でヤミ煙草取締りの騒動を発端に本省人と外省人が争う〈二・二八事件〉が勃発、寛榮と文清は臨時戒厳令下の台北へ向うが、文清が無事帰宅した悲情城市77.jpg数日後、寛榮が足を折って戻る。台湾省行政長官として赴任した国民党の陳儀将軍は弾圧を命じ、やがて文清が逮捕される。口がきけずに釈放された文清は、次悲情城市65.jpg々処刑された仲間の遺品を遺族に届ける旅に出、山奥でゲリラとなって身悲情城市029.jpgを潜める寛榮と再会する。その頃文雄は、賭場で阿嘉の喧嘩に巻き込まれ、上海ボスの拳銃に命を落とす。数日後、文清と寛美の結婚式が行われ、やがて二人の間に男の子が生まれる。そんなある日、山からの使者が、軍隊が山に踏み込み寛榮たちが銃殺されたことを伝え、文清にも逃げるように言うが、彼らに行く場所は無かった―。

悲情城市88.jpg 侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の1989年公開作で、第46回ヴェネツィア国際映画祭「金獅子賞」受賞作品。終戦直後の台湾北部の基隆・九份を舞台に〈二・二八事件〉を取り扱っていますが、そもそも当時は〈二・二八事件〉そのものをタブー視する雰囲気も強く、公開自体が危ぶまれたのこと。幸いにしてノーカットで公開されるや台湾でも大ヒットしています。〈二・二八事件〉を直接的に描いた初めての劇映画であり、この映画がヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞したこことで初めて、〈二・二八事件〉が世界的に知られる事となった(日本も含め)とのです。

 外省人が内省人を政治弾圧したわけで、とりわけ国民党は知識分子や左翼分子を徹底的に弾圧したため(白色テロ)、80年代終わりくらいまで、この事件に触れることはタブーとされていたようです(今世紀に入って、事件の最大の責任者は蒋介石だとする研究結果が発表されている)。1947年に敷かれた戒厳令が解除されたのが1987年であったことを思うと、当時まだそうした雰囲気が根強く残っていたのかもしれません。

 そうしたことは個人的には、1980年頃に始めて台湾に観光で行った時はよく分からなかったのですが(あちこちに麻薬撲滅の標語があったのと、写真を撮ることが禁じられてる場所が多くあったのが印象に残っている)、当時から現地の人々は日本人旅行者に親切で、当時は40代以上の人は皆日本語が話せたということもありますが、今思うと、日本人に親切なのもある意味、日本統治が終了した後の悲惨な歴史の反動と取れなくもない気がします。この映画が公開された後90年代にも台湾に行きましたが、その時点でもまだこの映画を観ていなかったことが悔やまれます(今だったらネットですぐに「台湾旅行に行く人が観ている」的な情報が入ったかも)。

悲情城市33.jpg悲情城市es.jpg トニー・レオンが若いです(役柄上、ややもっさい感じ)。台湾語が話せなかったため聴覚障害者の役(文清)になったと言われていますが、物語は主に、自らは筆談によってしか言葉を発することができないこの文清の視点で進行していきます。周囲の人が議論したり激昂したりしているのを、耳が聞こえないにしろその傍にいることで、間接的に"語り部"の役割を果たしていることになり、複雑な政治背景等がある程度分り易くなっているように思いました(因みに、この作品の日本語字幕を手掛けた台湾生まれの田村志津枝氏の著書『悲情城市の人びと―台湾と日本のうた』('92年/晶文社)によれば、映画では俳優達が日本語を知らないため台湾語が多用されているが、知識人達が当時使っていたのは日本語であったとのこと)。

悲情城市86.jpg それにしても重かったです。この映画の四兄弟も、軍医として南洋に行った次男は結局行方知れずのままであるし(おそらく戦死したということだろう)、三男は精神を病んで帰還、一人頑張っていた長男も(家長である父を継いでゴッドファーザー的な役割を担っていた)、入りびたっていた賭場で喧嘩に巻き込まれて撃たれて亡くなり(現地の闇社会を描いていて日本のヤクザ映画みたいな場面が何度かあった)、文清と一緒に思想犯として捉われた人たちは処刑され、文清の親友で寛美の兄である寛榮も、山に籠って妻帯し新たな生活を始めるも軍隊に踏み込まれて銃殺されます。兄弟でただ一人残った文清が寛美と結婚し、子供が生まれ新たな家庭を築いたことが唯一の救いかと思ったら、その文清も―。「歴史に翻弄される家族の愛と哀しみを描いた年代記」「侯孝賢畢生の一大叙事詩」という謳い文句に偽りは無い作品でした。

悲情城市99.jpg「悲情城市」●原題:悲情城市/A CITY OF SADNESS●制作年:1989年●制作国:台湾●監督:侯孝賢(ホウ・シャオシェン)●製作:邱復生●脚本:呉念真/朱天文(チュー・ティエンウェン)●音楽:立川直樹/張弘毅/S.E.N.S.●撮影:陳懐恩●時間:159分●出演:李天禄(リー・ティエンルー)/陳松勇(チェン・ソンヨン)/高捷(カオ・ジエ)/梁朝偉(トニー・レオン)/辛樹芬(シン・シューフェン)/呉義芳(ウー・イーファン)/陳淑芳(チェン・シューファン)/黄倩如(ホアン・チンルー)/柯素雲(クー・スーユン)/林麗卿(リン・リー悲情城市 77.jpgチン)/何璦雲(フー・アイユン)/張嘉年(ケニー・チャン)/林揚(リン・ヤン)/詹宏志(ヂャン・ホンジー)/呉念眞(ウー・ニエンジェン)/謝材俊(シエ・ツァイジュン)/張大春(ジャン・ダーチュン)/中村育代/長谷川太郎/頼徳南(ライ・ドゥーナン)/雷鳴(レイ・ミン)/文帥(ウェン・シュアイ)/比利(ビリー)/矮仔塗(アイ・ツートゥ)/陳郁蓉(チェン・ユーロン)/林照雄(リン・ジャオション)/林鉅(リン・ジュイ)/阿匹婆(ア・ピポ)/鷺青(ルー・チン)/梅芳(メイ・ファン)●日本公開:1990/04●配給:フランス映画社=ぴあ(評価:★★★★☆)

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「風物を撮っているだけでも映画が成り立ってしまうのが日本映画」ということの証明?

珈琲時光-movie-posters-cinema.jpg珈琲時光 2004 .jpg珈琲時光01.jpg
珈琲時光 [DVD]」浅野忠信/一青窈

珈琲時光02.jpg 2003年夏、東京。フリーライターの陽子(一青窈)は、古本屋を営む鉄道マニアの肇(浅野忠信)の力を借りて、30~40年代に活躍した台湾出身の音楽家・江文也について調べている。お盆の帰省で実家のある高崎へ戻った際、父(小林稔侍)と継母(余貴美子)に妊娠していることを告げる。相手は台湾に住む恋人だが、結婚する気は無い。東京へ戻った彼女は、肇と一緒に文也の足跡を辿る取材に出かけるが、その途中、気分を悪くする。彼女の妊娠を知り心配した肇は、何かと世話を焼こうとするも、その胸の内に秘めた彼女に対する想いを伝えることは出来なかった。ある日、知人の葬儀に出席する為、両親が上京して来た。あくまでも、シングルマザーの道を選ぼうとする陽子のことを心配する二人。だが、彼らもまたその想いを上手く口に出せない。翌日、陽子は電車の中で眠ってしまう。そんな彼女の側には、いつの間にか肇がいた―。

珈琲時光coffee.jpg 侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の2004年公開作で、台湾の映画監督による作品であるため一応ここでは分類上"外国映画"としましたが、小津安二郎監督の生誕100周年、逝去40周年を記念して日本映画として撮られたものです。従って、「東京物語」など小津作品へのオマージュがいっぱい込められているのかなあと思いましたが、確かに東京を描くも(そのほかに高崎なども出てきて、北海道・夕張でもロケしているが)その撮影時点での"今"を切り取っているため、当然のことながら「東京物語」などと違った作りになっています。

侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督、一青窈、浅野忠信(2003年7月29日「珈琲時光」製作発表会見(帝国ホテル))

珈琲時光es.jpg 例えば、旧来の日本的な大家族が崩壊して、家族の関係性が変遷していく過渡期的状況を描いた「東京物語」などに比して、この「珈琲時光」の主人公の家族は既に核家族を通り越して親子が離れて住み、娘である一青窈演じる主人公・陽子は親が知らない間に妊娠しているという状況。しかも彼女は、シングルマザーの道を選ぶことを既に独りで決めていて、そうした重大な決意をしつつも淡々としており、「紀子三部作」と呼ばれる「晩春」('49年)、「麦秋」('51年)、「東京物語」('53年)の原節子演じる紀子が、いずれの作品でも最後の方で結婚に関する大きな決断をする度に号泣していたのとは対照的です。

珈琲時光b892.jpg 一方で、大きな事件が無いまま映画が進行していく点は小津作品と似ていると思いました。時代は異なりますが、背景に日本人的な日常の生活風景や風俗を多く織り込んでいる点でも似ているかもしれません。主人公の下宿アパートから始まり、神田の古書店街や鬼子母神周辺、御茶ノ水駅、都電荒川線やJR中央線・山手線の電車等々。この映画に関しては、「監督は結局何を何を撮りたかったの?」「電車じゃないか」という遣り取りのジョークがあるくらいです。

 外国人が撮った映画なのだと思いながら観るから一層意識されるのだろうと思いますが、双葉十三郎(1910-2009)の日本映画「風物病」論を思い出しました。双葉十三郎は、小津安二郎の「晩春」や清水宏の「小原庄助さん」をそれなりに優れた作品であるとしながらも、日本映画につきものの風物ショットが多く、映画そのものは内容に乏しいとしています。裏を返せば、仮に90分なら90分の映画の殆どを、主に風物(風景・風俗)を撮っているだけでも映画として成り立ってしまうのが日本映画であるということではないでしょうか珈琲時光03.jpg。そして、侯孝賢監督はこの作品で、小津作品へのオマージュが先にあったのは勿論だと思いますが、結果としてそのことを逆説的に証明しているような気がします。個人的にはそのことが日本映画の弱点珈琲時光04.jpgだとは思いませんが、たとえば外国人が小林稔侍が演じる陽子の父親や浅野忠信が演じる肇を観た場合、どうして喋るべき時にセリフが無く、ただただ山手線ホームに入ってくる電車や卓袱台を囲む家族などといった絵ばかりを撮っているのだろうかと思うかも。

珈琲時光 ド.jpg 侯孝賢監督は一青窈のコンサートを観て、彼女の起用しようと考えたそうで、ストーリーはそれから考えたのかなという気もします。一青窈はこの作品が映画デビュー作ですが、2年前の2002年に「もらい泣き」で歌手デビュー、2003年には紅白疑戦に出場し、2004年には「ハナミズキ」が大ヒットと、かなり忙しい時期だったのではないでしょうか。でも、浅野忠信ほかベテランで脇を固めていたというのもあったかと思いますが、ごく自然に演技できているように思いました(ウォン・カーウァイ(王家衛)監督の「恋する惑星」('94年/香港)に出た香港の歌手フェイ・ウォン(王菲)を想起した。そう言えば、あの映画に出ていた金城武も一青窈と同じ日台ハーフだった)。

 喫茶店のマスターとか、どこまでがプロの役者でどこまでが素人なのかよく分からない部分がありました(蓮實重彦が古本屋の客の役で出演したシーンは早々にカットされたらしいがクレジットだけは残っている)。一部に完全にドキュメンタリーっぽい撮り方をしているシーンもあって(江文也の妻本人に陽子が取材するところなど)、これらの点はむしろ小津映画に無い特徴であったと思います。

「珈琲時光」●原題:珈琲時光●制作年:2004年●制作国:日本●監督:侯孝賢(ホウ・シャオシェン)●脚本:侯孝賢/朱天文(チュー・ティエンウェン)●製作:宮島秀司/廖慶松(リャオ・チンソン)/山本一郎/小坂史子●主題歌:「一思案」(作詞:一青窈 作曲:井上陽水)●撮影:李屏賓(リー・ピンビン)●衣装デザイン:星野和美/山田洋次●時間:103分●出演:一青窈/浅野忠信/萩原聖人/余貴美子/小林稔侍/江乃ぶ●日本公開:2004/09●配給:松竹(評価:★★★☆)

「●た‐な行の外国映画の監督」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2621】 ダルデンヌ兄弟 「ある子供
「●「カンヌ国際映画祭 パルム・ドール/女優賞」受賞作」の インデックッスへ「●「カンヌ国際映画祭 女優賞」受賞作」の インデックッスへ(エミリー・デュケンヌ)「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

ブレッソンの「少女ムシェット」「ラルジャン」を想起させられた。エミリー・デュケンヌは好演。

ロゼッタ 1999.jpgロゼッタ dvd.jpg  ロゼッタ カンヌ.jpg
ロゼッタ [DVD]」ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督とエミリー・デュケンヌ in 第52回カンヌ国際映画祭(1999)
ロゼッタ es.jpg 16歳の少女ロゼッタ(エミリー・デュケンヌ)は、働いていた工場から突然解雇され、暴れながら警備員につまみ出される。彼女はバスに乗り、住まいであるトレーラーハウスがあるキャンプ場に、いつもの秘密の入り口から入る。トレーラーハウスにはアル中でセックス依存症の母親(アンヌ・イェルノー)がいて、ロゼッタに隠れて酒を飲んでは男を連れ込むため、ロゼッタとはいつも喧嘩に。ロゼッタも持病の腹痛に悩まされている。管理人に隠れてキャンプ場の中の池で釣りをするロゼッタ。町で母親が繕い直した古着を売るが大した金にはならず、役所に届け出た休ロゼッタ09.jpg職届も受け取ってもらえない。いつも立ち寄るワッフル・スタンドで、新顔の店員リケ(ファブリツィオ・ロンギオーヌ)と知り合う。リケのお蔭でワッフル製造の仕事を得たロゼッタだが、社長(オリヴィエ・グルメ)はすぐに自分の息子に仕事を渡してしまい、彼女はまたも失職。リケは彼女に自分が密ロゼッタ 映画ages.jpgかに作っているワッフルを売ることを勧めるが、仕事が欲しいロゼッタはそのことを社長に密告、クビになったリケの替わりに職を得る。問いつめるリケにロゼッタは仕事のためと素っ気なく答える。だが、家に戻り泥酔して眠り込む母親を見た彼女は、社長に電話し仕事を辞めることを伝える。そのことを知らないリケはキャンプ場にやってきて彼女を追い回す。何もかもうまくいかず、倒れ込み泣き出すロゼッタ。リケはロゼッタを黙って抱き起こす―。

ロゼッタ 5zj.jpeg 1999年公開のジャン=ピエール&ダルリュック・ダルデンヌの兄弟の監督によるベルギー・フランス映画で、第52回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞しており(審査委員長はデヴィッド・クローネンバーグ監督)、更に主演のエミリー・ドゥケンヌが女優賞を獲得しています。ダルデンヌ兄弟はその後「ある子供」('05年/ベルギー・仏)で2度目のパルム・ドールを受賞することになりますが、個人的には「ある子供」の方を先に観ました。「ある子供」が終始ドキュメンタリー・タッチであったこともあって、おそらくこの映画もいきなり終わったりするのだろうなあと思っていましたが、確かに「ある子供」以上に"いきなり"終わりました。ドキュメンタリーでも、最後は何かまとめ的な終わり方をするのが通常であり、ドキュメンタリー出身のダルデンヌの兄弟の場合、むしろ"いきなり"終わるところが映画的なのかもしれません。

 ロベール・ブレッソンの影響を強く感じました。ラストは、ロゼッタが窓の隙間に詰め物をしたり、プロパンガスのボンベのガスが無いので管理人の所へ行って新しいボンベを買ったりしているので何をしているのかなと思いましたが、これも、恵まれない境遇にある少女が最期に自殺を遂げるブレッソンの「少女ムシェット」('67年/仏)が想起され、ああ、これから自殺しようとしているのだと気づきました。

ロゼッタages.jpg その(自死に向けて)重たいプロパンボンベをトレーラーハウスまでよろけながら運ぶロゼッタのところへ、ロゼッタに裏切られて自らの職を奪われたリケがやってきて、すでにロゼッタがリケから奪った仕事も辞めていることを知らずに、彼女の周りをバイクでぐるぐり回ります。彼はロゼッタの現在の行動の意味がわからず、ただ彼女がなぜ自分を裏切ったのか知りたかっただけだと思いますが、ロゼッタがよろけた際に彼が手を差し伸べたところで映画は終わります。その際に、ロゼッタが初めて見せる誰かに救いを求めるような表情―これが、これまで自らの境遇とたった独り闘い続け、外に対して心を閉ざしきたロゼッタの"救い"の兆しなのかもしれません(「ある子供」では男性に対して女性の存在が救いとなっていて、男女の位相がちようど逆になっている感じか)。

ロゼッタ 映画es.jpg そこに至るまでにも、リケと知り合うもトレーラーに住んでいることをリケに知られたくなかったロゼッタが、仕事の空きを知らせに来たリケに殴りかかるといったこともありました。一方で、トレーラーハウスに帰るのが嫌なロゼッタを、ロゼッタに仕事をみつけてくれたリケが自分の家に泊めた際に、寝る前にロゼッタが彼女自身に「ロゼッタ、仕事も見つけた」「ロゼッタ、友達もできた」「まっとうに生きる」と話しかけるシーンもありました(これが唯一ロゼッタの心象を描いたシーン)。それでいてロゼッタの新たな仕事が社長の息子に奪われてしまうと、リケがこっそり自分用にワッフルを作っていることを社長に密告してその仕事を奪ってしまうわけであって、フツーに考えれば彼女は人としてやってはいけないことをやっていることになりますが、それくらのことをするまでのロゼッタの仕事への執念とも取れるし、それだけ彼女の心の闇が深いことを物語っているとも言えます。

ロゼッタ 映画ges.jpg ロゼッタがその後どうなるかは殆ど示唆されておらず、この映画を観る側に委ねられていうようにも思われ、個人的にはロベール・ブレッソン監督の「ラルジャン」('83年/年/仏・スイス)とダルデンヌの兄弟自身の「ある子供」の中間的な終わり方になっているようにも思いました。カンヌ映画祭ではパルム・ドール受賞に関して賛があったようですが("上から目線"的だという批判もあった?)、先にも述べた通り兄弟は「ある子供」で2度目のパルム・ドールを受賞することになり、また、映画初出演で女優賞を獲得したエミリー・デュケンヌ(当時17歳だが好演。むしろこちらの受賞の方がすんなり受け入れられたのではないか)も、2009年にはアンドレ・テシネ監督映画の「La fille du RER」でカトリーヌ・ドヌーヴと共に主演を務めるなど女優として活躍しています。

ロゼッタ 映画ド.jpg「ロゼッタ」●原題:ROSETTA●制作年:1999年●制作国:ベルギー・フランス●監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ●製作:ジャン=ピエール&リュック・ダルデン/ローラン・ペタン/マイケル・パティン●撮影:アラン・マルクーン●時間:93分●出演:エミリー・ドゥケンヌ/ファブリッツィオ・ロンギーヌ/アンヌ・イェルノー/オリヴィエ・グルメイ●日本公開:2000/04●配給:ビターズ・エンド●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-02-25)(評価:★★★★)

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地球の裏側が舞台だけに、一人でいることの孤独感がひしひしと伝わってくる。

ブエノスアイレス 1997 .jpgブエノスアイレス 00.jpgブエノスアイレス_d15.jpg
 ウィン(レスリー・チャン)とファイ(トニー・レオン)
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ブエノスアイレス_d5.jpg 香港から地球の裏側に当たるアルゼンチンをブエノスアイレス_d11.jpg旅するウィン(レスリー・チャン)とファイ(トニー・レオン)のゲイのカップルは、それが「やり直す」ための旅行にもかかわらず、イグアスの滝へ行く途中で道に迷って荒野のハイウェイで喧嘩別れしてしまう。一人になったファイは旅費不足を補うためブエノスアイレスのタンゴバーでドアマンとしてブエノスアイレス_d12.jpg働くが、そこへ白ブエノスアイレス 02.jpg人男性とともにウィンが客として現れる。以降ウィンは何度もファイに復縁を迫りその度ファイは突き放すが、嫉妬した男性愛人にケガを負わされたウィンがアパートに転がり込んで来たため、やむなく介護する。ウィンブエノスアイレス 09.jpgとの生活にファイは安らかな幸せを感じるが、ケガの癒えたウィンはファイの留守に出歩くようになり、ファイは独占欲からウィンのパスポートを隠す。一方、ファイは転職した中華料理店の同僚で台湾からの旅行者のチャン(チャン・チェン)と親しくなり、そんなファイのもとからウィンは去っていく。旅行資金が貯まったチャンは南米最南端の岬へ旅立ち、チャンの出発後、ファイは稼ぎのいい食肉工場に転職、旅費が貯まりイグアスの滝へと旅立つ。香港への帰途、ファイは台北のチャンの実家が営む屋台を訪れる―。

ウォン・カーウァイ「ブエノスアイレス」.jpgブエノスアイレス 11.jpg ウォン・カーウァイ(王家衛)監督の1997年の香港映画で、同年の第50回カンヌ国際映画祭監督賞受賞作品。主演のトニー・レオンは、1998年・第17回香港電影金像奨で最優秀主演男優賞を受賞しています。中華圏の監督による同性愛をモチーフとした映画は、陳凱歌(チェン・カイコー)監督の「さらば、わが愛/覇王別姫」('93年/香港)やアン・リー監督の「ウェディング・バンケット」(93年/台湾・米)が既にありましたが、「さらば、わが愛/覇王別姫」は1920年代の中国の京劇団が舞台で、「ウェディング・バンケット」はアメリカが舞台、一方、この「ブエノスアイレス」はタイトル通りアルゼンチンが舞台で、最後の方に台湾が出てきます(香港は出てこなかった)。

 ゲイ・ムービーですが、男同士の恋人感情の揺れやぶつかり合いが丁寧かつ生々しく描かれていて、恋愛映画としてもよく出来ているように思いました。監督の狙いも、異性間の恋愛感情と何ら変わることがない普遍性を示すことにあったのではないでしょうか。ただ、やはりゲイ・ムービーということもあって、公開時は男性には敬遠され、そのかわり女性客が押しかけたようです(「シネマライズ」で約10万人を動員し、これは同館の歴代上映作品の観客動員数の第5位にあたる)。

ブエノスアイレス_d17.jpg 撮影は難航したようで、トニー・レオン(梁朝偉)は「同性愛者役はできない」と一旦出演を辞退したものの、「亡父の恋人をアルゼンチンに探しに行く息子の物語」に書き改めた新企画を示されて了承、ところが現地に着いてみるとストーリーは大きく変更されていました(監督に騙された?)。男同士でのラブシーンにはかなり抵抗があり、撮影後に呆然としてしていたそうです。

ブエノスアイレス_de.jpg また、相方役のレスリー・チャン(張國榮)は、映画俳優と人気歌手の掛け持ちで、撮影当時コンサートツアーの予定があり、遅延を重ねた撮影の途中でやむを得ず香港へ帰国してしまい、収拾のつかなくなったストーリーを完結させるために、兵役直前で休業に入る予定だった台湾出身のチャン・チェン(張震)と、香港出身の歌手シャーリー・クワン(關淑怡)が招集されましたが、チャン・チェンが中華料理店でのファイの後輩にあたるチャンの役でかなり重要な役どころで出ているのに対し、シャーリー・クワンの出演シーンは本編ブエノスアイレス_d16.jpgでは1カットも使われていません。チャン・チェンはカンフー俳優でもあり、兵役からの復帰後、アン・リー監督の「グリーン・デスティニー」('00年/中国・香港・台湾レスリー・チャン3.gif・米)などに出演し、近年ではウォン・カーウァイ監督、トニー・レオン主演の武術映画「グランド・マスター」('13年/香港・中国)にも出演しています。レスリー・チャンは「さらば、わが愛/覇王別姫」で既に同性愛者を演じていましたが、2003年に香港の高級ホテル「マンダリン・オリエンタル」から投身自殺を図り、46年の生涯を終えています。

ブエノスアイレス sessi .jpg 元から撮影現場で脚本決めをしたりするところがあるウォン・カーウァイ監督なので、レスリー・チャンが現地に留まっていればストーリー的には違った展開になっていたと思われます。この作品のメイキング映画「ブエノスアイレス 摂氏零度」('99年/香港)によれば、シャーリー・クワンはファイの妻役で登場し、チャンとも絡みがある一方、ウィンとウィンのケガを診察した女医とファイとの間で三角関係になるようなシナリオが用意されていたようです。

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 結局、ファイはウィンと別れた後、チャンへとその想いを転じましたが、それはあくまでプラトニック・ラブということなのでしょうか(因みにプラトン自身は同性愛者で且つ実践派だった)。この終わり方に美学を感じる人もいれば、ウィンがフラれた形で可哀そうと思う人もいるかもしれません。でも、ファイは常に仕事をしていたのに、ウィンは仕事もしないで、ヒモみたいな暮らしぶりだったからなあ。ヒモだってウチを守るくらいのことはするだろうけれど、勝手に出歩いてファイの気を揉ませていたし、その癖、ファイへの猜疑心や嫉妬心は強かった...。

ブエノスアイレス_d24.jpg こうしたことも含め、全編を貫いているのは、人間は孤独であり、その辛さに耐えられるかという問いかけではないでしょうかか。舞台が地球の裏側だけに、そのことが一層ひしひしと感じられます。そうした中で、一人では生きることが出来ないのがウィンブエノスアイレス ges.jpgで、次第に破滅に向かって行くタイプかも(ラストの方では、男性の愛人を仮想ファイに見立てていた)。一方で意外と逞しいのが中華料理店の後輩のチャンで、先輩の代わりに南米最南端の岬へ行って悩みを捨ててきてあげるからとファイにテープレコーダーブエノスアイレスes.jpgを渡しますが、ファイはテープレコーダーを握りしめるも言葉はなく、涙を流すしかありませんでした。それまで何となく距離を置いてこの映画を観ていたつもりが、このシーンではこちらもブエノスアイレス_d27.jpg泣けました。ファイが仕事に打ち込んできたのは、ウィンとの別離の痛みを忘れるためというのもあったのではないでしょうか(でも忘れられないでいる)。というわけで、チャンは約束通りしっかり南米最南端のエクレルール灯台まで行き('97年1月)、そのファイが"自らの悩みを吹き込んだ"カセットを聴くも、そこにはファイの言葉は無く、泣き声のようなものしか聴こえませんでした。

ブエノスアイレス_d25.jpg 一方のファイも最後には、貯めた金で中古車を買って旅の目的地だったイグアスの滝へ行っており、そこでウィンの不在を再認識しながらも彼との過去を封印したような感じで、更に帰国時には台北に寄って('97年2月。テレビでは鄧小平死去のニュースが伝えられている。この辺りは物語が撮影とリアルタイムになっているようだ)、チャンの実家が営む屋台を訪れ、チャンの写真を一枚盗むことで、「もし会おうと思えば、どこでだって会うことができる」と確信します。こうした行為は何れも自らの過去を整理するための(同時に未来へ向けての再生のための)儀式のように思えました。

花様年華75.jpg そう言えば、「花様年華」('00年/香港)のラストも、トニー・レオン演じる主人公がわざわざアンコールワット(こちらもイグアス同様に観光名所)まで行って、ある人妻女性との過去を封印したように見えました。マギー・チャン演じる当の相手女性はいちいちそんなことをしません。ひとり親として頑張って息子を育てていくのみ。よく女性は失恋旅行をすると言われますが、「ブエノスアイレス」と「花様年華」の2作を観ると、この種の儀式的行為をするのはむしろ男ではないかと思ってしまいます。ファイが、香港で父親の会社の金を盗み勘当されたと思われる、その父親に手紙を書くシーンがありました。人は一人では生きられない、では現実の孤独とどう向き合うか、ということと併せ、自らの過去とどう向き合うかというのも、この作品のテーマかもしれません。
「花様年華」より
チャン・チェン(張震)
ブエノスアイレス チャン・チェン(張震).jpg「ブエノスアイレス」●原題:春光乍洩/HAPPY TOGETHER●制作年:1997年●制作国:香港●監督・製作・脚本:ウォン・カーウァイ(王家衛)●撮影:クリストファー・ドイル(杜可風)●音楽:ダニー・チョンほか●時間:96分●出演:レスリー・チャン(張國榮)/トニー・レオン(梁朝偉)/チャン・チェン(張震)/グレゴリー・デイトン/スー・ピンラン(蕭炳林)●日本公開:1997/09●配給:プレノンアッシュ●最初に観た場所:渋谷・Bunkamura ル・シネマ(18-02-17)(評価:★★★★☆)

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第1話もシズル感があったが、第2話のファンタジー乃至寓話的な作りにハマった。

恋する惑星dvd.jpg 恋する惑星02.jpg 恋する惑星00.jpg
恋する惑星 [DVD]」トニー・レオン(梁朝偉)/フェイ・ウォン(王菲)

恋する惑星04.jpg 重慶マンションの無国籍地帯の雑踏で、刑事223号・モウ(金城武)は金髪サングラスの女性(ブリジット・リン)とすれ違う。その金髪女性恋する惑星 01.jpgはドラッグ・ディーラーで、密入国インド人に麻薬を運ばせる仕事をしていた。空港へ向かった女はそこにインド人の姿が無く、裏切られたことを知る。命を狙われた女は、偶然入ったバーでモウと出会い、ホテルへ。恋人にふられていたモウは次に出会った女性に恋をすると決めていたのだが、女は疲れ果てホテルに着くや爆睡してしまう。翌朝はモウの誕生日で、ポケベルに既に姿を消した女からのバースディコールがあった。女は裏切ったインド人を射殺し、金髪とサングラスを脱ぎ捨て去っていく。モウはファーストフード店〈ミッドナイト・エクスプレス〉で新入りの娘フェイ(フェイ・ウォン)とす恋する惑星 es.jpgれ違う。その店の常連客の警官663号(店主は633と呼ぶが、認識番号は663)(トニー・レオン)はCA(スチュワーデス)の恋人(チャウ・カーリン)と別れたばかりだった。元彼女のCAは店の主人に663号への手紙を封筒で託すが、主人はこっそり開封して手紙を読んでしまう。フェイも手紙を読むと、封筒には部屋鍵が入っていた。店に来た663号が封筒を受け取らないため、フェイは、その鍵恋する惑星ages.jpgで663号の部屋に密かに入り込み、毎日少しずつ模様替えをしていく。663号はある日そのフェイと部屋の入口で鉢合わせする。次にファーストフード店で会った時にデートに誘う633号だったが、彼女は待ち合わせ場所に来なかった。店の主人が渡しに来たフェイからの手紙を663号は一旦屑籠に捨てるが、拾って読み返すと手書きの航空券で日付は1年後の今日だった。1年後、フェイはCAとなってかつての店の前に現れる。シャッターを押し上げると、中にいたのは、改装開店を控えたその店の新たな店主になっていた663号だった―。

恋する惑星  08.jpg ウォン・カーウァイ(王家衛)監督の1994年の香港映画で、第14回香港電影金像奨で最優秀作品賞・最優秀監督賞・最優秀主演男優賞(トニー・レオン)を受賞、日本でもミニシアターでの上映から始まってヒットした作品です。原題は「重慶森林」で、香港の九龍、尖沙咀にある「世界最大の雑居ビル」とも言われる重慶大厦(重慶マンション)を舞台に、すれ違う男女の物語をスタイリッシュ且つポップに描いた青春恋愛映画となっています。

 元々は3話のオムニバスを想定していたのが、第1話の金城武主演の刑事223号・モウの話と、第2話のトニー・レオン主演の警官663号の話の2話構成になっていて、第1話が約40分であるのに対し、第2話は約60分あり、当初想定していた第3話は、同監督の「天使の涙」('95年/香港)として独立した作品になったとのことです。

恋する惑星338.jpg 最初、金城武演じる刑事223号・モウが金髪サングラスの女性(ブリジット・リン)とすれ違った際に、「その時彼女との距離は0.5ミリ。57時間後、僕は彼女に恋をした」というセリフが流れ、次に、ファーストフード店の娘フェイ(フェイ・ウォン)とすれ違う場面を介して警官663号(トニー・レオン)の話に移る際に、今度は「その時彼女との距離は0.1ミリ。6時間後、彼女は別の男に恋をした」と流れます。なかなかお洒落だなあと。おそらく、想定されていた第3話も刑事または警官の話で、そこにに切り替わる時も、そうした手法が用意されていたのでしょう。

恋する惑星 kim.jpg 第1話と第2話でどちらが好きか人によって好みは分かれると思います。第1話で、広東語、北京語、英語、日本語を巧みに使い分けていた台湾出身の金城武(日本人の父と台湾人の母との間に生まれ、沖縄県出身の祖父を持つ)は、香港に仕事で訪れた際、ホテルのロビーで偶然居合わせたウォン・カーウァイ監督に見初められ、この映画への出演が決まったとのことですが、映画が日本でもヒットしたため、日本でも人気が出ました。外国映画に出て外国語を話しているわけですが(独白は北京語か。台湾の若者は福建語より北京語を好んで使うようだ)日本人っぽくて、その辺りの"等身大"的感覚がいいのかも。このエピソードは、許可無しのゲリラ的手法で尖沙咀の街中を撮っていて、香港の都会の裏側に潜入したようなシズル感があって良かったです(第1話のカメラ担当は自身が映画監督でもあるアンドリュー・ラウ(劉偉強))。第1話は、男女がすれ違ってもうおそらく会うことはないだろうという(会ったら会ったで殺し屋と刑事なのだからかなりまずいことになるのだが)けっして明るい話ではないですが、最後に、金髪女からバースディコールがあったのが、主人公の救いになっているように思いました。

恋する惑星 tony.jpg ただ、個人的には、トニー・レオン(梁朝偉)(こちらもまだ当時日本ではそれほど有名ではなく、この作品によって知名度と人気が出た)が主演の第2話の方が、40分の予定が60分に延びた分(?)ストーリー的には作恋する惑星 09.jpgり込まれていたように思います。中国出身の香港の歌手フェイ・ウォン(王菲)演じるファーストフード店の娘も良くて、やっていることは押しかけ女房風で、今の基準で言えばストーカー行為なのですが、むしろ一途さが健気で可愛らしく思われる不思議な魅力があります。彼女はこの作品の演技でストックホルム国際映画祭・最優秀主演女優賞を受賞しています。個人的にはフランス映画の「アメリ」('01年)が似た雰囲気だと思いました。第2話のカメラ担当は「ブエノスアイレス」('97年/香港)、「花様年華」('00年/香港)のクリストファー・ドイルです(オーストラリア人だが、杜可風という中国名を持つ)。

恋する惑星 ages.jpg トニー・レオン演じる663号が、自分の部屋が少しずつ様変わりしているのを、恋人と別れたショックによる幻覚のせいだと恋する惑星74.jpg勝手に思い込んで(?)変に納得してしまったりしているなど、男の鈍感さがユーモラスに描かれていました(元々石鹸や濡れタオルに感情移入して話しかける癖がある変わった男なのだが)。ラストで、フェイが663号の元恋人の職業であったCAになっていて、663号がかつてフェイが働いていた店の店主になっているといった作りなど、ある種ファンタジー乃至寓話的な作りになっているように思いましたが、個人的にはそこに嵌りました(「恋する惑星」という邦題も悪くない)。フェイの好みの曲ママス&パパスの「夢のカリフォルニア」など、音楽の使われ方が映画にしっくりマッチしたものになっていて、フェイ・ウォン自身が歌うエンディング曲「夢中人」も良かったです(フェイ・ウォンは、「広東語のアルバム累計売り上げ」世界一としてギネスブックで認定されている)。
 
王菲(フェイ・ウォン)「夢中人」/Mamas & Papas「California Dreaming」

Koi suru Wakusei (1994)  ブリジット・リン        チャウ・カーリン/トニー・レオン  
Koi suru Wakusei (1994).jpg恋する惑星ブリジット・リン.jpg恋する惑星チャウ・カーリン.jpg「恋する惑星」●原題:重慶森林/CHUNGKING EXPRESS●制作年:1994年●制作国:香港●監督・脚本:ウォン・カーウァイ(王家衛)●製作:ジェフ・ラウ(劉鎭偉)●撮影:(第1話)アンドリュー・ラウ(劉偉強)/(第2話)クリストファー・ドイル/●音楽:フランキー・チェン(陳動奇)/ロエル・A・ガルシア/マイケル・ガラッソ●時間:110分●出演:トニー・レオン(梁朝偉)/フェイ・ウォン(王菲)/金城武/ブリジット・リン(林青霞)/チャウ・カーリン(周嘉玲)/バレリー・チョウ●日本公開:1995/07●配給:アスミック・エース(評価:★★★★☆)

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「お迎え」のイメージは意外と日本的か。一方で、「説明してよ~」という所も多々あったが...。

ブンミおじさんの森@._V1_.jpgブンミおじさんの森@._V2_.jpgブンミおじさんの森 dvd.jpg アピチャッポン・ウィーラセタクン.jpg
ブンミおじさんの森 スペシャル・エディション [DVD]」アピチャッポン・ウィーラセタクン

 腎臓の病により死を間近にしたブンミ(タナパット・サイサイマー)は、後先長くないことを悟り、タイ東北部の自らの農園に、亡き妻の妹・ジェン(ジェーンジラー・ポンパット)と都会で暮らす甥のトン(サックダー・ケァウブアディー)をブンミおじさんの森01.jpg呼び寄せる。ある日の3人での夕食の席に突然、19年前に亡くなったブンミの妻・フエイ(ナッタカーン・アパイウォン)の幽霊が現れる。彼女はブンミの病気が心配でやってきたという。彼らはブンミおじさんの森02.jpg最初こそ驚くものの、懐かしさから語り合う。暫くすると、今度は長年行方不明になっていたブンミの息子・ブンソンが姿を変えて現れる。息子は、森で猿の精霊に出会い、猿の精霊たちの仲間になっていた。愛する者たちを取り戻したブンミは、いよいよ最期の時が来たと悟り、皆で森の中に入っていく。彼は、洞窟の闇の中で、自分の前世を思い出す―。

ブンミおじさんの森00.jpg アピチャッポン・ウィーラセタクン(アピチャッポンが「名」で、ウィーラセタクンが「姓」、アピチャートポン・ウィーラセータクンの表記も。Apichatpong Weerasethakul、1970- )の2010年監督作で、2010年・第63回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞しました(2011年・第35回香港国際アピチャッポン・ウィーラセタク.jpg映画祭「アジア・フィルム・アワード(第5回)」最優秀作品賞も受賞)。原題は「前世を思い出せるブンミおじさん(Uncle Boonmee Who Can Recall His Past Lives)」で、監督が着想を得たのも、タイの僧侶による著書「前世を思い出せる男」という本です。カンヌの審査員長のティム・バートンは「我々は映画にサプライズを求めている。この映画はそのサプライズを多くの人々にもたらした」と語っています。タイ映画史上初めてとなるパルム・ドール受賞でしたが、この監督は2002年に「ブリスフリー・ユアーズ」が第55回カンヌ国際映画祭のある視点部門のグランプリを受賞し、2004年に「トロピカル・マラディ」が第57回カンヌ国際映画祭の審査員を受賞しているので、受賞はフロックとは言えないでしょう。日本では受賞を逃した北野武監督の「アウトレイジ」ばかりに話題が集中しましたが、フランスをはじめとする欧米の映画界ではアピチャートポン監督の受賞は至極当然であり、むしろ遅きに失した感があるといった評価だったようです。

ブンミおじさんの森ges.jpg ファンタジー映画と言うか、他の作品に無い独特の雰囲気を醸しており、例えば―ある王女の手が若い兵士に触れ、王女が顔を水面に映すと、たちまち美しく若返って、王女と兵士は抱き合いうが、滝の近くの水中に大ナマズがいて、王女はナマズと共に泳ぎ(ナマズと交接したように見える)、やがてナマズに変身し、二匹のナマズは戯れるように泳ぐ―という不思議な挿話があります。この王女はブンミの前世の姿なのでしょうか。一方、ブンミの来世を表していると思われる場面では、、独裁者の支配する世界になっていて、そこにまたしても猿の精霊が現われ(出て来るたびに着ぐるみっぽくなってくる)、これはブンミが猿の妖精になっているということなのでしょうか。

ブンミおじさんの森V3_.jpg ブンミが亡くなった後行われた葬式も、不思議な雰囲気でしたが、タイの地元の人が見れば、自分たちの土地の風俗を描いたに過ぎないのかもしれません。ただ、その後も不思議な話は続き、ラストで、僧になったトンが寺を抜け出してジェンとその娘の泊まるホテルにやってきますが、2人が食事に出掛ける際に、依然として娘と一緒にテレビを見続けているもう一組のジェンとトンがいて、2人はちょっと驚きますが、そのまま外出してしまいます。映画は、この"幽体分離"の場面(状況)のままで終わります。

ブンミおじさんの森s.jpg 全体として、輪廻転生というのがモチーフになっていて、それがまた、死を迎えようといるブンミの達観した態度にも繋がっていうように思いました(このブンミを演じている人、"演技"をしてる感じが全然しない)。亡くなる時に死者が「お迎え」に来て、そのことにより人は安らかに逝くことができるというのは、日本だけの話ではなかったのだなあと。こうしたモチーフが日本人には思ったよりしっくりくる一方で、「説明してよ~」という感じの所も多々あったりしましたが(村上春樹の小説みたい)、説明的になってしまうと削がれる要素というのも多いのかもしれません。

ブンミおじさんの森es.jpg ウィーラセタクン監督のインタビューなどを見ると、「理屈は捨てて、イメージや音が自分の中に流れ込むのを、自然体で受け入れてください」とのことで、やはり自ら解題したりしてはいないようです(これも村上春樹みたいで賢明かも)。技巧的には、監督が幼い頃から観てきたタイの映画のいろんな要素を盛り込んだとのことで、ファンタジー映画、怪奇映画、アドベンチャー映画などの思い出をブンミの体験や前世の記憶を描くときの参考にしたのが、この映画であるとのことです(「スター・ウォーズ」のチューバッカ風の猿の精霊は、意図的にキッチュなものにしたらしい)。

ブンミおじさんの森V1_.jpg 監督はこの映画について、「先入観を持たずに、まるで外国を旅しているかのような気持ちで観てほしいですね。車窓から景色を眺めるように、鑑賞ではなく映画を"体験"していただきたいと思っています」とも述べていて、そう言えば、劇場に、おそらくタイ語も分からなければ日本語字幕も読めないであろう(チケットを買うのに苦労していた)西洋人男性3人組が観に来ていて、多分彼らは(少なくともその内1人は)この映画の鑑賞方法を事前に理解していたのだろうなあと思いました。
     
Loong Boonmee raleuk chat (2010)
Loong Boonmee raleuk chat (2010).jpg
ブンミおじさんの森V0_.jpg「ブンミおじさんの森」●原題:UNCLE BOONMEE WHO CAN RECALL HIS PAST LIVES●制作年:2010年●制作国:タイ・イギリス・フランス・ドイツ・スペイン●監督・脚本:アピチャッポン・ウィーラセタクン(アピチャッポン・ウィーラセータクン)●製作:アピチャッポン・ウィーラセタクン/サイモン・フィールド/キース・グリフィス/シャルル・ド・モー●撮影:サヨムプー・ムックディプローム●音楽:清水宏一●時間:114分●出演:タナパット・サイサイマー/ジェーンジラー・ポンパット/サックダー・ケァウブアディー/ナッタカーン・アパイウォン●日本公開:2011/03●配給:ムヴィオラ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-02-12)(評価:★★★★)

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子どもたちの活き活きとした演技。"感動作"と言うより"考えさせられる映画"。

パリ20区、僕たちのクラス 2008.jpg パリ20区、僕たちのクラス 00.jpg ローラン・カンテ.jpg
フランソワ・ベゴドー原作・脚本・主演   ローラン・カンテ監督
パリ20区、僕たちのクラス [DVD]

 パリ20区にある中学校の教室。始業のベルが鳴っても、24人の生徒たちはなかなか席に着こうとせず、授業では、教師の言い間違いは嬉々として指摘する。そんな生徒たちに囲まれた国語教師のフランソワ(フランソワ・ベゴドー)は、4年目になるパリ20区、僕たちのクラスs.jpg新学年を迎えた。移民も多いこのクラスの生徒たちは、出身国、生い立ち、将来の夢もみんな異なる。フランソワは語尾変化もを書けない生徒たちに正しく美しいフランス語を教えようとするが、スラングにパリ20区、僕たちのクラス 03.jpg慣れた生徒たちは接続法半過去など文語で金持ちの言葉だと反発する。しかし、フランソワは国語を、生きるための言葉を学ぶこと、他人とのコミュニケーションを学び、社会で生き抜く手段を身につけることだと考えている。そこで「アンネの日記」を読ませた後に、生徒たちに自己紹介文を書かせる。最初は高圧的だったフランソワも、彼らとの何気ない対話の一つ一つが授業であり、真剣勝負ということが分かり、24人の生徒に真正面から対峙し、悩んだり葛藤する―。

パリ20区、僕たちのクラス32.jpgローラン・カンテ .jpg 2008年のローラン・カンテ監督作で、2008年・第61回カンヌ国際映画祭で、純粋なフランスの映画としては「悪魔の陽の下に」('87年/仏)以来21年ぶりとなるパルム・ドール受賞作となりました。審査委員長のショーン・ペンは「作品は完璧に一体化されている。演技、脚本、挑発、寛大さすべてが魔法だ」と評しています。原作は、フランソワ・ベゴドーが実体験に基づいて2006年に発表した小説『教室へ』(早川書房)であり、そのフランソワ・ベゴドー自身が脚本及び主演を務めています(フランソワ・ベゴドーの本職はあくまで作家であり、映画出演はこの作品のみ)。

 24人の生徒は、ローラン・カンテ監督が現役の生徒を対象にオーディション選考を行って選んだ、全員が演技経験の無い本物の中学生で、それでいて、彼らの活き活きとして演技には驚かされますが、監督は生徒たちと週1回、7ヶ月にわたるワークショップを行って信頼関係を築いて撮影に臨んだそうです(ドキュメンタリーではなく、皆が演技しているということになる)。個人的には、学年はやや下になあの子をさがして09.jpgりますが、張芸謀(チャン・イーモウ)監督の「あの子を探して」('99年/中国)を想起しました。小学校で1年から4年まで28人の生徒たちを中学生相当の女の子が代用教員として教える話で、こちらも生徒たちは全員演技経験は無しでしたが(主人子の代用教員役の女の子も)、ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞しています。張芸謀監督の演出力はスゴイと思いましたが、ローラン・カンテ監督も負けていないし、生徒たちと本気で遣り合っているようなフランソワ・ベゴドーの演技も効いていると思います。
「あの子を探して」('99年/中国)

 この映画を観ていてもう1つ想起したのが、2005年・第58回カンヌ国際映画祭でパルム・ドールある子供01.jpgを受賞したジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督の「ある子供」('05年/ベルギー・仏)で、社会の下層にいる若者をドキュメンタリータッチで描いた作品ですが、社会の下層にいる若者が描かれていることに加えて、ドキュメンタリータッチであること、必ずしも予定調和では終わっていないことなどこの作品と通じるところがあり、こういう作品が国際的な映画祭に出品されるところがフランスらしいのかもしれません(日本の場合、社会の底辺を描いた映画は減っているし、それを海外の映画祭に出品するということは殆ど無いのではないか)。
「ある子供」('05年/ベルギー・仏)

パリ20区、僕たちのクラス .jpg 勿論、この作品は、日本における中学校等の"学級崩壊"問題と対比させて観ることも可能で、そこから色々な示唆も得られるかもしれません。しかし、一方で、フランス特有の移民社会の問題とそこから派生する生活や教育の格差の問題を分かりやすく反映させたものでもあります(しかしながらその解決は大変難しい)。一説には、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した背後には、「排除」の問題がフランスで重要な問題になっていたという事情があったと言われています。映画の中でスレイマンという少年が行きがかりから先生に暴言を吐いたことにより、退学処分になるという結果を招きますが、彼が退学になることで学校側は規律を保つことになり、退学になった彼は新たな転校先で受け入れられる―或いはフランソワ先生が危惧するように彼の父親(映画には姿を見せない)によってアフリカの故国に送り還される―ということでいいのだろうか、という問題提起がなされているように思いました。ラストもいわばアンチクライマックスで、"感動作"と言うより"考えさせられる映画"です。

Paris 20-ku, Boku tachi no Class (2008).jpg こうした多国籍社会特有の問題は2008年当時に限らず、移民問題がヨーロッパ圏の大きな問題となっている今日、引き続いてフランスに存する(或いはヨーロッパの各国にもある)のだと思います。その後、フランスでは、ジュリー・ベルトゥチェリ監督が、同じく中学校を舞台に、多文化学級に通う20の国籍、24人の生徒たちの出会いと友情を描いたドキュメンタリー「バベルの学校」('13年/仏)を撮っていて、こちらも機会があれば観てみたいと思います。

Paris 20-ku, Boku tachi no Class (2008)

「パリ20区、僕たちのクラス」●原題:ENTRE LES MURS●制作年:2008年●制作国:フランス●監督:ローラン・カンテ●製作:キャロル・スコッタ/カロリーヌ・ベンジョー/バルバラ・レテリエ/シモン・アルナル●脚本:ローラン・カンテ/フランソワ・ベゴドー/ロバン・カンピヨ●撮影:バリー・マーコウィッツ●音楽:ピエール・ミロン●原作:フランソワ・ベゴドー「教室へ」●時間:128分●出演:フランソワ・ベゴドー●日本公開:2010/06●配給:東京テアトル(評価:★★★★)

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ブレッソンっぽい。ドメンタリーの手法を上手く生かし、最後まで貫き通すことで成功している。

ある子供 2005 dvd.jpg ある子供01.jpg ダルデンヌ兄弟 58回カンヌ国際映画祭パルム・ドール.jpg
ある子供 [DVD]」デボラ・フランソワ/ジェレミー・レニエ  ダルデンヌ兄弟 in 第58回カンヌ国際映画祭(2005)(プレゼンター:モーガン・フリーマン/ヒラリー・スワンク)
ある子供00.jpg 20歳のブリュノ(ジェレミー・レニエ)と18歳のソニア(デボラ・フランソワ)のカップルは、生活保護給付金と、ブリュノある子供02.jpgが14歳の少年スティーヴ(ジェレミー・スガール)らと盗みを働きながら得た金で食いつなぐ、その日暮らしの生活を送っていた。二人に赤ん坊が出来たとき、ソニアはブリュノに真面目に働くようにと紹介ある子供04.jpgされた仕事を教えるも、相変わらずブリュノに定職に就く気はなく、職業斡旋所に並ぶ列から離れた彼は、赤ん坊と二人っきりになった隙に、闇取引業者に赤ん坊を養子として売ってしまい、それを聞いたソニアは卒倒し病院に運ばれる。ブリュノは闇取引業者から赤ん坊を取り返したものの、意識を戻したソニアは警察に事の次第を話していた。怒りの収まらないソニアに家を追い出されたブリュノは、再び手下の少年スティーヴを使って、スクーターによるひったくり強盗を働くが、私服刑事に追われることに―。

ダルデンヌ兄弟Dardenne-brothers.jpg 2005年公開のジャン=ピエール&ダルリュック・ダルデンヌの兄弟の監督によるベルギー・フランス映画で、第58回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞作。ダルデンヌ兄弟は1999年に「ロゼッタ」('99年/ベルギー・仏)で第52回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞しており、この作品で、パルム・ドールを2度受賞した5組目の監督となりました(日本人では今村昌平監督が2度受賞している)。

Dardenne-brothers

ラルジャン.jpg 元々ドキュメンタリー映画出身の兄弟監督ですが、この作品はそのドメンタリーの手法を上手く生かしているよう思いました。音楽は一切なく、1つのシーンにおける時間の流れも出来るだけ切らないようにして撮っているのが感じられました。すでに言われているように、ロベール・ブレッソンの映画を強く受けていることが窺え、ブリュノの犯行の犯行の手口を克明に追う様などは「スリ」('59年/仏)を、ブリュノが転落して行く様や、ラストでソニアがブリュノに面会に来る場面などは、「ラルジャン」('83年/仏・スイス)を想起させられました。

ある子供03.jpg 子どもがが生まれたことによって、母性に目覚め、いち早く今までの生活から抜け出そうと考えるようになったソニアと、何とその子どもを他人に売ってしまい、一時的に大金を得て喜んでいるブリュノ―という2人が対比的に描かれていて、「その子供」とは、2人の間に生まれた赤ん坊("子ども")を指すというよりも、むしろ、貧困と無知ゆえに、常人ならば備えているはずの倫理道徳観を持たないブリュノ("子供")を指していることが窺えます。どうしてソニアがもっと早くにブリュノに見切りをつけないのかなと思ってしまいますが、"子ども"が生まれるまではソニア自身も"子供"であったということなのでしょう。

ある子供06.jpg 最後にブリュノは、共に私服刑事に追われ、冷たい川に逃れたために低体温症となった末警察に捕まったスティーヴを救うために、自分が首謀者だと警察に自首するという初めてまともな行動をし、更に、刑務所を訪れて再びブリュノの気持ちに寄り添うソニアと共に涙を流します。それが、この作品の救いとなっていますが、この2人が本当にこれから一緒にやっていけるのか、また一緒にやっていくことがソニアにとっていいことなのか、それは誰にも分からない―といった終わり方になっているところが、ヨーロッパ映画らしいと言うか、この監督らしいと言えます(少なくともハリウッド映画的ではない)。

L'enfant (2005).jpg もしこれが、ソニアの愛情によってブリュノが《心底改悛し、将来立直ることが誰の目にも明らかに分かる》終わり方だったら、これまでずっと緊迫したドメンタリー・タッチできたものが、最後の部分だけとって付けたように"お話"になってしまうため、そうならないようにしたのではないかと思います。

Deborah_François_César_2016.jpg 但し、観る人によっては、ストレートに感動作ととる人、一歩引いて"お涙頂戴"ではないかとる人もいれば、ラストがはっきりしない(二人がこの先どうなるか分からない)のを不満に思う人もいるかもしれません。この加減が難しいところですが、個人的には、先に述べた通り、ドメンタリー・タッチを最後まで貫き通しているように思われ、そのことによって成功している作品だと思います。

L'enfant (2005) デボラ・フランソワ Deborah_François__2016(ベルギー出身)

ある子供 ges.jpg「ある子供」●原題:L'ENFANT●制作年:2005年●制作国:ベルギー・フランス●監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ●製作:ジャン=ピエール&リュック・ダルデン/デニス・フレイド●撮影:アラン・マルコァンツ●時間:95分●出演:ジェレミー・レニエ/デボラ・フランソワ/ジェレミー・スガール/ファブリツィオ・ロンジョーネ/オリヴィエ・グルメ/ステファーヌ・ビソ/ミレーユ・バイ●日本公開:2005/12●配給:ビターズ・エンド(評価:★★★★)

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日の名残り 文庫.jpg映画は叶わなかった恋の物語。小説は映画とは「異なる芸術作品」。

日の名残り.jpg 日の名残り (映画) .jpg 日の名残り (中公文庫) _.jpg
日の名残り [DVD]」アンソニー・ホプキンス/エマ・トンプソン 『日の名残り (中公文庫)』『日の名残り (ハヤカワepi文庫)
日の名残り  tile.jpg 1958年。オックスフォードのダーリントン・ホールは、前の持ち主のダーリントン卿(ジェームズ・フォックス)が亡くなり、アメリカ人の富豪ルイス(クリストファー・リーヴ)の手に渡っていた。かつては政府要人や外交使節で賑わった屋敷は使用人も殆ど去り、老執事スティーヴンス(アンソニー・ホプキンス)の手に余った。そんな折、以前屋敷で働いていたベン夫人(エマ・トンプソン)から手紙をもらったスティーヴンスは彼女の元を訪ねることにする。離婚日の名残り 01.jpgをほのめかす手紙に、有能なスタッフを迎えることができるかもと期待し、それ以上にある思いを募らせる彼は、過去を回想する。1920年代、スティーヴンスは勝気なミス・ケントン(後のベン夫人)をホールの女中頭として、彼の父親でベテランのウィリ日の名残り 父.jpgアム(ピーター・ヴォーン)を執事として雇う。スティーヴンスは彼女に父には学ぶべき点が多いと言うが、老齢のウィリアムはミスを重ねる。ダーリントン卿は、第二次大戦後日の名残り tairitu .jpgのドイツ復興の援助に注力し、非公式の国際会議をホールで行う準備をする。会議で卿がドイツ支持のスピーチを続けている中、病に倒れたウィリアムは死ぬ。'36年、卿は反ユダヤ主義に傾き、ユダヤ人の女中2名を解雇する。当惑しながらも主人への忠誠心から従うスティーヴンスに対し、ケントンは卿に激しく抗議した。2年後、ユダヤ人を解雇したことを後悔した卿は、彼女たちを捜すようスティーヴンスに頼み、彼は喜び勇んでこのことをケントンに告げる。彼女は彼が心を傷めていたことを初めて日の名残り es.jpg知り、彼に親しみを感じる。ケントンはスティーヴンスへの思いを密かに募らせるが、彼は気づく素振りさえ見せず、あくまで執事として接していた。そんな折、屋敷で働くベン(ティム・ピゴット・スミス)からプロポーズされた彼女は心を乱す。最後の期待をかけ、スティーヴンスに結婚を決めたことを明かすが、彼は儀礼的に祝福を述べるだけだった。それから20年ぶりに再会した2人。孫が生まれるため仕事は手伝えないと言うベン夫人の手を固く握りしめたスティーヴンスは、彼女を見送ると、再びホールへ戻る―。

日の名残り 10.jpg 「眺めのいい部屋」('86年/英)、「モーリス」('87年/米)、「ハワーズ・エンド」('92年/英・日)のジェームズ・アイヴォリー監督による1993年のイギリス映画で、原作は1989年に刊行されブッカー賞を受賞したカズオ・イシグロの同名の小説『日の名残り(The Remains of the Day)』ですが、'91年に「羊たちの沈黙」('91年/米)でアカデミー賞 主演男優賞を受賞したアンソニー・ホプキンスと、'92年に「ハワーズ・エンド」でアカデミー賞主演女優賞を受賞したエマ・トンプソン(アン・リー監督の「いつか晴れた日に」('95年/米・英)での演技も良かった)という当時"旬な"俳優の組み合わせで、カズオ・イシグロの小説世界を映像化することで世に知らしめ、2017年の彼のノーベル文学賞受賞にも寄与したのではないかと思います(アカデミー賞では、主演男優賞、主演女優賞、美術賞、衣装デザイン賞、監督賞、作曲賞、作品賞、脚本賞の8部門にノミネートされた。アンソニー・ホプキンスは1993年・ロサンゼルス映画批評家協会賞主演男優賞受賞)。
ジェームズ・フォックス(ダーリントン卿)
日の名残り kaigi.jpgストーリー的にはほぼ原作通りに作られていますが(脚本には、ノンクレジットだが、2005年にノーベル文学賞を受賞した劇作家ハロルド・ピンター(「フランス軍中尉の女」('81年/英)など)が噛んでいる)、ダーリントンホールで秘密の国際会合が開かれたのが、原作の1923年ではなく1935年になっていて、第一次大戦後のドイツの経済的混乱を解決するのがダーリントン卿の狙いでしたが、1935年といえばもうドイツはナチス政権になっていて、この時点でも対独宥和論を唱えるジェームズ・フォックス演じるダーリントン卿にはやや違和感を覚えます(その結果としてか、1958年の"今"スティーヴンス日の名残り リーブ.jpgが旅する中で、旅先の田舎の人でもダーリントン卿=ナチのシンパという印象を抱いていたりする描き方になっているが、原作ではスティーヴンスの予想に反してダーリントン卿の名は田舎では殆ど知られてはいなかったということになっている)。そして、この会議で宥和論に傾く会議の流れに一人異議を唱える内容のスピーチをするアメリカの下院議員スミス氏(原作ではルイース氏)が、映画ではクリストファー・リーヴ(1952-2004)演じる、現在のダーリントン・ホールの所有者、つまりスティーヴンスの今の主人と同一人物あるということになっています(原作ではファラディ氏という、同じアメリカ人ではあるがルイース氏とは別人物)。

日の名残り 05.jpg 小説が全編、主人公の執事スティーヴンスの語り(旅行中の回想日記)で展開していくのに対し、映画では彼の内面の声はなく、アンソニー・ホプキンスがすべてそれを演技で表しています。そのためか、エマ・トンプソン演じるミス・ケントンと視線が絡み合ったりする場面が多く、スティーヴンスが延々と「品格」とは何かを語っている原作に比べると、映画は、二人の間での感情のぶつかり合いがより前面に出たものになっています。

日の名残り 09.jpg そして終盤、今はベン夫人となっているミス・ケントンが、(当初はその気があったかもしれないが)事情が変わって再びダーリントン・ホールに戻ってスティーヴンスと仕事をすることはできないとなったとき、スティーヴンスは呆然とし、彼女と共に新たな人生の夕暮れを迎えるという望みが絶たれたことによって、取り返しのつかない、過ぎ去りし人生の悔いを実感します。原作では、肝心のミス・ケントンと再会した日(旅行5日目)の日記は無く(ショックで日記が書けなかった?)、6日目、スティーヴンスは帰路ウェイマス(Weymouth)に寄り道して、波止場で出会った見知らぬ老人から「夕日が一日で一番いい時間だ」と聞かされ、スティーヴンスは涙日の名残りGoogle The Remains of the Day - Stevens' Journey.gifを流しますが、映画ではミス・ケントンがリトル・コンプトン(Little Compton)のバス停でスティーヴンスにこの言葉を言って、人々が夕方を楽しみに待つとして、あなたは何を楽しみに待つのかと聞き、スティーヴンスは「お屋敷に戻り、人手不足の解消策を感がることかな」と答えます。ラストで屋敷の中に迷い込んだ鳥をスティーヴンスが追い立て、鳥が窓から外に逃れた時、それを屋敷の窓の内側から見上げる(屋敷から出ることのない)スティーヴンス―という対比的構図も、鳥の闖入自体が映画のオリジナルです。

小説における主人公の旅程(オックスフォード ⇔ コーンウォール(Cornwall)州リトル・コンプトン(Little Compton))

ジェフ・ベゾス 果てなき野望.jpg日の名残り dvd.jpg 原作本は、あのAmazonのCEO ジェフ・ペゾス氏が推薦しています(『ジェフ・ベゾス 果てなき野望―アマゾンを創った無敵の奇才経営者(The Everything Store: Jeff Bezos and the Age of Amazon)』の付録にあるベゾス氏の12冊の愛読書の中の唯一の小説が本書)。ジェフ・ペゾス氏は、この本から「人生を後悔しないことを意識して毎日を生きていこう」ということを学んだようです。実業家らしい読み方だと思いますが、個人的には、それは本よりも映画を観た感想ではないかなという気もします。

日の名残り 文庫s.jpgカズオ・イシグロs.jpg 自分自身も、非常に抑えたトーンの(それだけに切なさが増す)叶わなかった恋の物語であると感じられたのと同時に、「時間は巻き戻せない」「後悔先に立たず」といった箴言を想起させられましたが、原作者のカズオ・イシグロ氏は、この映画を結構気に入っているとしながらも、原作と映画は「異なる芸術作品」だとしています。原作では、帰路ウェイマスに寄って桟橋で一時の感傷に浸ったスティーヴンスでしたが、最後は、むやみに冗談を言うことが好きなアメリカ人の雇い主ファラディ氏のために、冗談の練習をして「立派なジョークでびっくりさせて差し上げる」ことを思い立つところで終わっています。つまり、スティーヴンスは引き続き"執事道"を突き進むわけで、彼にはそれしか生きる道は無く、また彼自身はそれで満足しているわけです。イシグロ氏の作品に特徴的な「信頼できない語り手(unreliable narrator)」の典型である主人公スティーヴンスは(もちろん本人は確信を持って古風な"執事道"を述べ尽くしている)、最後までその姿勢を崩さなかったとも言えます。そして、イシグロ氏に言わせれば、原作のテーマは「人は皆、執事のようなものである」ということのようであり、ある意味、これはすごく恐ろしい教唆でもあるように思います。論者の中にはこれを、16世紀のフランスの裁判官、人文主義者エティエンヌ・ド・ラ・ボエシの「自発的隷従論」(『自発的隷従論 (ちくま学芸文庫)』)に絡めて読み解く人もいるようです。この発想が出てくるのは、ラスト近くで主人公が窓から外に逃れた鳥を感傷的に見遣る映画の方ではなく、アメリカ人のご主人を喜ばすため立派なジョークが喋れるよう練習に励もうと決意して終わる原作の方でしょう。映画と原作と比べてみるのも面白いのではないかと思います。

日の名残りs.jpgTHE REMAINS OF THE DAY.jpg「日の名残り」●原題:THE REMAINS OF THE DAY●制作年:1993年●制作国:イギリス●監督:ジェームズ・アイヴォリー●製作:リンゼイ・ドーラン●脚本:ルース・プラワー・ジャブバーラ/ハロルド・ピンター(ノンクレジット)●撮影:トニー・ピアース=ロバーツ●音楽:リチャード・ロビンス●原作:カズオ・イシグロ●時間:134分●出演:アンソニー・ホプキンス/エマ・トンプソン/ジェームズ・フォックス/クリストファー・リーヴ/ピーター・ヴォーン/ヒュー・グラント/パトリック・ゴッドフリー/マイケル・ロンズデール●日本公開:1994/03●配給:コロンビア・ピクチャーズ(評価:★★★★)

【1994年文庫化[中公文庫]/2001年再文庫化[ハヤカワepi文庫]】

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ハーレクイン・ロマンスみたいでも、演じる役者が上手ならば、王道を行く恋愛劇作品に。
いつか晴れた日に dvdL.jpg いつか晴れた日に dvdド.jpg いつか晴れた日に 00.jpg アン・リー.jpg
いつか晴れた日に[DVD]」「いつか晴れた日に[DVD]」ケイト・ウィンスレット/エマ・トンプソン アン・リー監督  

いつか晴れた日に_1.jpg 貴族のダッシュウッド氏(トム・ウィルキンソン)が亡くなった後、ダッシュウッド夫人と3人の娘、エリノア(エマ・トンプソン)、マリアンヌ(ケイト・ウィンスレット)、マーガレットは、年500ポンドの遺産しか残されなかったことに愕然とする。ダッシュウッド氏は妻と娘たちの身を案じ、死ぬ間際に彼女たちを頼むと先妻との間の息子ジョン(ジェームズ・フリート)に頼んでいたにもかかわらず、ジョンの妻ファニー(ハリエット・ウォルター)がそれを阻止してしまったのだった。ジョンとファニーは母娘が住んでいたノーランド・パーク邸に乗り込み、彼女たちを邪険に扱うようになる。エリノアは、屋敷を訪れたファニーの弟エドワード(ヒュー・グラント)と互いに好感を抱く。ダッシュウッド母娘はミドルトン卿(ロバート・ハーディ)の厚意でバートン・コテージへ移り住む。マリアンヌは年の離れたブランドン大佐(アラン・リックマン)から愛情を寄せられるが、彼女は青年貴族ウィロビー(グレッグ・ワイズ)と恋仲になってしまう。しかし、ウィロビーは理由も告げずにロンドンへ去り、マリアンヌは悲しみに沈む。一方、エリノアはエドワードの秘密の婚約者ルーシー(イモジェン・スタッブス)の存在に大きな衝撃を受ける。ジェニングス夫人(エリザベス・スプリッグス)の招待で、失意のエリノアとマリアンヌ姉妹、そしてルーシーはロンドンを訪れるが、そこでは思いがけない事態が待っていた―。

Alan Rickman with Ang Lee's Goldener Bär.jpg 1995年製作のアン・リー(李安)監督による米・英合作映画で、アン・リー監督にとっては、本格的にハリウッド進出を果たした第1作。ジェーン・オースティンの『分別と多感』が原作であり、原題は原作と同じです(Sense and Sensibility)。1996年・第46回ベルリン国際映画祭で、アン・リー監督としては「ウェディング・バンケット」('93年/台湾・米)に次ぐ2度目の「金熊賞」を獲得したほか(複数回の金熊賞受賞は2017年現在アン・リー監督のみ)、主演のエマ・トンプソンが脚本を担当しており、第68回アカデミー賞にて脚色賞を受賞しています。

Alan Rickman with Ang Lee's Goldener Bär (Berlinale, 1996)
 
いつか晴れた日に  03.jpg ジェーン・オースティン作品では『高慢と偏見』が2005年にジョー・ライト監督によるイギリス映画としてキーラ・ナイトレイ主演で映画化されていますが(「プライドと偏見」)、文学全集などによく収められているのは『高慢と偏見』の方だけれども(或いは『エマ』か)、この「いつか晴れた日に」の原作『分別と多感』もなかなか面白いのではないでしょうか(個人的には未読だが、2009年に英国ガーディアン紙が発表した「英ガーディアン紙が選ぶ必読小説1000冊」に『高慢と偏見』と共に入っている)。『高慢と偏見』の最初の映画化作品は、ローレンス・オリヴィエ主演の「高慢と偏見」('40年/米)で、当時ハリウッドで流行したスクリューボール・コメディの影響を受けた作りになっているそうですが、ジェーン・オースティンの小説に登場する姉妹(『高慢と偏見』の場合は5人姉妹)は、いい男が現われる度にどんどん恋にいつか晴れた日に1.jpg陥っていくので、何となく分かる気がします。

 この「いつか晴れた日に」も、原作はハーレクイン・ロマンスかと思ってしまうくらい、エリノア、マリアンヌ姉妹の前にエドワード、ブランドン大佐、ウィロビーいい男が次々と3人現れ、そこから紆余曲折の恋愛模様が展開されていきます。たとえハーレクイン・ロマンスみたいでも、演じる役者がしっかりしていて上手に演じていれば、王道を行く恋愛劇作品となり、さすがオースティン原作ということになる―ということではないでしょうか。
 
いつか晴れた日に エマ・トンプソン.jpg 長女エリノア役のエマ・トンプソンはイングランド出身で、ジェームズ・アイヴォリー監督の「ハワーズ・エンド」('92年/英・日)でアカデミー主演女優賞を受賞済み、同じくエマ・トンプソン グレッグ・ワイズ2.jpgジェームズ・アイヴォリー監督の「日の名残り」('93年/英)の演技でもアカデミー主演女優賞ノミネートされています(この「いつか晴れた日に」では英国アカデミー賞主演女優賞を受賞)。因みに、エマ・トンプソンは私生活では、1995年にケネス・ブラナーと離婚した後、同年この「いつか晴れた日に」で共演した、次女マリアンヌの想い人ウィロビー役のグレッグ・ワイズと交際を始め、2003年に再婚しています。

いつか晴れた日に    09.jpgいつか晴れた日に ケイト・ウィンスレット.jpg 次女マリアンヌ役のケイト・ウィンスレットもイングランド出身で、この作品の後、ジェームズ・キャメロン監督の「タイタニック」('97年/米)でレオナルド・ディカプリオと共演し、スティーブン・ダルドリー監督の「愛を読むひと」('08年/米・独)でアカデミー主演女優賞を受賞することになります。レオナルド・デカプリオより1歳年下ですが、若い頃から演技の天才などと呼ばれたレオナルド・デカプリオよりも、彼女の方が受賞は7年早かったことになります。(この「いつか晴れた日に」では英国アカデミー賞主演女優賞を受賞)。

いつか晴れた日に ヒュー・グラントSense-and-Sensibility-emma-thompson-.jpgいつか晴れた日に ヒュー・グラント.jpg エドワード役のヒュー・グラントは、こうした英国風映画には欠かせないイングランド出身の俳優で(個人的には ジェームズ・アイヴォリー監督の「モーリス」('87年/米)の演技が印象的だった)、英国アカデミー賞主演男優賞を受賞した「フォー・ウェディング」('94年/英)の時もそうでしたが、この映画でもちょっと優柔不断なところがある"いい人"が似合っています。
    
いつか晴れた日に アラン・リックマン.jpg ブランドン大佐役のアラン・リックマンは、この人もイングランド出身で、映画初出演だった「ダイ・ハード」('88アラン・リックマン .jpgダイハード 1988 アラン・リックマン2.jpg年/米)の冷酷無比なテロリスト集団のリーダー・ハンス役で一気に有名になりましたが、元々は英ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー出身の舞台俳優であり、この映画を観ているとそのことが感じられます。「ハリー・ポッター」シリーズのセブルス・スネイプ役も印象的でしたが、2016年に膵臓癌により69歳で死去したのが惜しまれます。

ヒュー・グラント/エマ・トンプソン    ケイト・ウィンスレット/アラン・リックマン
いつか晴れた日に l1.jpgいつか晴れた日に l2.jpg 脇役もいいですが、やはりこの4人の演技力が映画の完成度に寄与している部分が大きいです。ハリウッド映画ですが、グレッグ・ワイズまで含めて主要な配役の5人ともイングランド出身で、彼らの演技力を引き出したのが、台湾出身のアン・リー監督であるというのが興味深いです。
Sense and Sensibility (1995)
いつか晴れた日に_0.jpgSense and Sensibility (1995).jpg
「いつか晴れた日に」●原題:SENSE AND SENSIBILITY●制作年:1995年●制作国:アメリカ・イギリス●監督:アン・リー(李安)●製作:リンゼイ・ドーラン●製作総指揮:シドニー・ポラック●脚本:エマ・トンプソン●撮影:マイケル・コールター●音楽:パトリック・ドイル●原作:ジェーン・オースティン「分別と多感」●時間:136分●出演:エマ・トンプソン/ケイト・ウィンスレット/ヒュー・グラント/アラン・リックマン/グレッグ・ワイズ/ジェマ・ジョーンズ/エミリー・フランソワ/ジェームズ・フリート/ハリエット・ウォルター/トム・ウィルキンソン/ロバート・ハーディ/エリザベス・スプリッグス/イモジェン・スタッブス/イメルダ・スタウントン/ヒュー・ローリー/リチャード・ラムズデン●日本公開:1996/06●配給:コロンビア・ピクチャーズ(評価:★★★★)

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全員演技の素人。それでヴェネツィア国際映画祭グランプリだから、スゴイ演出力。
あの子をさがして dvd1.jpg あの子をさがして dvd0.jpg   「あの子を探して」ができるまで.jpg
あの子を探して [DVD]」「あの子を探して [DVD]」メイキング「「あの子を探して」ができるまで [DVD]

あの子をさがして00.jpg 河北省赤城県のチェンニあの子をさがして0.jpgンパオ村にある水泉(シュイチアン)小学校で1年から4年まで28人の生徒たちを教えているカオ先生(高恩満(カオ・エンマン))が、母親の看病のため、1ヵ月間小学校を離れることになった。放っておけば、多くあの子をさがして01.jpgの生徒が家庭の事情で学校をやめてしまう。代理としてチャン村長(田正達(チャン・ジェンダ))に連れてこられたのは、13歳の少女、ウェイ・ミンジ(魏敏芝(ウェイ・ミンジ))。中学校も出ていないミンジに、面接したカオ先生は心許なさを感じるが、子供たちに黒板を書き写させるだけの簡単なことならできるだろうと代理を任せる。報酬は50元。子供を一人も脱落させなければさらに10元。ミンジは、生徒に自習させて教室の外で座っているだけの「授業」を始めるが、うまくいくはずもなく、次々と騒ぎが起こる。特に生徒のホエクー(張慧科(チャン・ホエクー))は、隙を見て抜け出そうとしたり、女の子の日あの子をさがして07.jpg記を盗んで騒いだりといつもミンジを困らせていた。そんなある日、そのホエクーが突然学校に来なくなった。病気になった親の代わりに、町に出稼ぎに行ったという。脱落者を出すと報酬が減ってしまうと考えたミンジは、何とか連れ戻そうと策を巡らせるが、町を出るバス代がない。皆で話し合い、レンガを運んで金を稼ぐことになり、生徒たちも一生懸命働いてようやくミンジを送り出す。大きな町へ着くとホエクーは行方知れずだと聞く。彼女はなけなしの金をはたいて紙と筆と墨汁を買い、尋ね人のチラシを貼り出すが、ある男から「そんなものは無駄だ」と指摘される―。

 1999年製作の張芸謀(チャン・イーモウ)監督作で、原作は施祥生(シー・シアンション)の「空に太陽がある」。後に日本で「幸せ三部作」と呼ばれるようになる3作の第1弾で(この後に第2弾「初恋のきた道」('99年)、第3弾「至福のとき」('00年)と続く)、1999年・第56回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞(グランプリ)を受賞し、同監督作では鞏俐(コン・リー)主演の「秋菊の物語」('92年)に次いで2度目の受賞でした。

あの子をさがして04.jpg 最初のうちは、ミンジには真剣に授業に取り組む気持ちも無く、彼女が町にホエクーを探しにいくのも、子供を一人でも脱落させれば、報酬にプラスして貰えるはずのあの子をさがして05.jpg10元がフイになってしまうことが動機になっているわけですが、町に行くために幾らのカネが必要で、レンガを幾つ運べばどれだけのカネが集まるかを生徒に計算させているうちに、だんだん先生っぽくなっていき、レンガ運びで生徒たちとの間にも一体感が生まれてくるのが面白かったです。この辺りは、コメディ的手法が成功していると言っていいのではないでしょうか。

あの子を探して 11.jpgあの子を探して 12.jpg しかし、町に着いてからもミンジのホエクー探しは難航し、彼女はホエクーと最後に別れたという少女にカネを払ってまでして情報を得ようとしていて、観ていて、ああ、もう自分の報酬のためとかでなくなっているなあというのが伝わってきます。本人は別にそう思って意識が変わったわけではなく、いつの間にかそうした意識になっているわけであって、この辺りも上手いと思いました。そして、ラスト近くのテレビを通しての涙ながらの訴え―これは泣けます。

あの子をさがして06.jpg メイキング(張芸謀監修・出演「『あの子を探して』ができるまで」(2002年))によると、出演者は全員、演技の素人であるとのこと。ミンジを演じた13歳の少女ウェイ・ミンジは、全国で2千人以上もの候補者の中から選ばれた河北省の中学校の生徒。ホエクーを演じた10歳のチャン・ホエクーも河北省の小学生で、村長もカオ先生もテレビ番組のキャスターも、実際に同じ職業の人々だそうです。監督は出演者全員にその状況に彼らが置かれたらどうするかを問い、彼らが答えたようにカメラの前で演じさせたとのことです。

あの子をさがして08.jpg 監督のインタビュー等によると、ミンジが、スタジオでキャスターからいろいろ問いかけられて何も答えられないでいた場面も、監督が予めミンジに「色々質問されるけれど、必ず答えなければいけない」と言って緊張させておいて、答えられない状況を作り出したということで、監督自身「テレビ局のある一面を風刺している場面になったと思います」と述べています。そのミンジが泣くシーンも、「どうしてもあそこで『ホエクー』って言って泣いてもらわなければならない。で、何をしたかと言いますと、耳元でこっそり囁きました。お父さんやお母さん、お姉さん、妹のことですね。彼女の家は非常に貧しいのです。ですから、そういうお家の状況を思い出して泣いてもらったのです」とのこと。スゴイ演出だなあ。

あの子をさがして09.jpg ややストレート過ぎてベタな印象もありますが、ラストの美談も含め、都市と農村の貧富の差が大きく、それが教育格差にもなっているという社会批判になっているようにも思います。中国語タイトルは「一个都不能少」、英語タイトルは"Not One Less"。ミンジは、残っている生徒をうっちゃっておいてホエクーを探しに行っているわけで、カンヌの審査員たちは当然のことながら、聖書の「迷える子羊」の話を想起したのではないでしょうか(改めて、上手く作られていると思う)。

あの子を探して03s.jpg「あの子を探して」●原題:一个都不能少/NOT ONE LESS●制作年:1999年●制作国:中国●監督:張芸謀(チャン・イーモウ)●製作:趙愚(ツァオ・ユー)●脚本:施祥生(シー・シアンション)●撮影:侯咏(ホウ・ヨン)●音楽:三宝(サンパオ)●原作:施祥生(シー・シアンション)「空に太陽がある」●時間:106分●出演:魏敏芝(ウェイ・ミンジ)/高恩満(カオ・エンマン)/張慧科(チャン・ホエクー)/田正達(チャン・ジェンダ)●日本公開:2000/07●配給:ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント●最初に観た場所:渋谷・Bunkamura ル・シネマ(00-10-10)(評価:★★★★☆)

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「羅生門」「切腹」との類似(オマージュ?)。映像美的には飽きさせないが、演出は大味に。

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英雄 ~HERO~ スペシャルエディション [DVD]」章子怡(チャン・ツィイー)/梁朝偉(トニー・レオン)/李連杰(ジェット・リー)/陳道明(チェン・タオミン)/張曼玉(マギー・チャン)/甄子丹(ドニー・イェン)

hero_018.jpg 中国の戦国時代末期、後に始皇帝となる秦王(陳道明(チェン・タオミン))は刺客に狙われており、忠実な家臣を除いては常に百歩以内の距離には誰も近づけさせることはなかった。過去のとある一件以来、宮殿の中も刺客が人の中に紛れ込むことの無い様、宮殿の外を多くの衛兵が守りを固めているのとは対照的に、敢えてがらんどうにしていた。そんなある日、一本の槍と二本の剣を携えた無名(ウーミン)(李連杰(ジェット・リー))と呼ばれる名無しの男が刺客を倒したと告げ、宮殿にやってくる。槍と剣には、中国最強と言われる3人の刺客の名前が記されていた。そして彼は秦王の前で、槍の使い手・長空(チャンコン)(甄子丹(ドニー・イェン))、剣の使い手・残剣(ツァンジェン)(梁朝偉(HERO~英雄~ges.jpgHERO~英雄~s.jpgトニー・レオン)、残剣の恋人で同じく剣の使い手・飛雪(フェイシエ)(張曼玉(マギー・チャン))の3人の刺客を倒した経緯を語り始める。秦王は刺客を倒した褒美として無名に自分の側に近づくことを許すが、彼の話を聞いていくうちに不自然な何かに気付く―。

無名(ジェット・リー)/飛雪(マギー・チャン)・残剣(トニー・レオン)
如月(チャン・ツィイー)
HERO~英雄~05 チャン.jpg 2003年の張芸謀(チャン・イーモウ)監督による自身初の武術映画。台湾出身のアン・リー(李安)監督が、章子怡(チャン・ツィイー)らを起用して撮った「グリーン・デスティニー」('00年/中国・香港・台湾・米)で、トロント国際映画祭の最高賞「観客賞」や米アカデミー外国語映画賞を受賞したのに対抗したのでしょうか。こちらも、第53回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(アルフレード・バウアー賞)を受賞するなどしています(チャン・ツィイーはこの映画にも、密かに残剣に恋する鴛鴦鉞の使い手・如月(ルーユエ)の役で出ていて、本作は結局、ジェット・リー、ドニー・イェン、トニー・レオン、マギー・チャン、チャン・ツィイーによる「5剣士」の物語となっている)。

HERO~英雄~ 09.jpg ジェット・リー演じる無明が語る話に虚構があり、そのことに気付いた秦王に促されて、同一人物に関する話が何度か異なった話として彼の口から語られ、それらが何れも映像となっています。従って、ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞作した、黒澤明監督の「羅生門」('50年/大映)の実質的な原作は芥川龍之介の「藪の中」ですが、それと似た感じの、あたかも「羅生門」に対するオマージュのような構成になっていることは、多くの人が指摘しています。

無名(ジェット・リー)・飛雪(マギー・チャン)

HERO~英雄~  .jpg 但し、個人的には、まず最初に似ているなあと思ったのは小林正樹監督の「切腹」('62年/松竹)で、秦王の前で無名が3人の師客を倒した経緯を語るというのは、仲代達矢演じる津雲半四郎が、井伊家上屋敷に井伊家の3人の剣客の髷を持ってきて、家老・斎藤勘解由(かげゆ)(三國連太郎)に、無理矢理切腹させられた娘婿の仇である3人を斃した経緯を語るのとそっくりで、ラストもやや似ています(「秦王」と「家老」の物語における価値ポジションは、最終的に真逆のものとなるが)。「切腹」もカンヌ国際映画祭審査員特別グランプリを受賞しているので、張芸謀監督も知っている作品であると思います(「切腹」へのオマージュも込められている(?))。

HERO~英雄~04.jpg 映像美的は飽きさせませんでした。「ストーリーを色彩で語る」をコンセプトに、赤は無名の語る創作の世界、青は秦王の語る想像の世界、緑は実際にあった過去の世界、白は真実の現在と分けられ、それぞれの色でエピソードが語られ、最HERO~英雄~012.jpg後にやっと真相が明らかになるという構成は凝っていた思います。雨の中で闘うシーンや、池や砂漠での戦闘シーンなどもたいへん美しかったです(カメラHERO~英雄~03.jpgは「花様年華」('00年/香港)のクリストファー・ドイル、衣装は、「乱」('85年/東宝)のワダ・エミ)。

HERO~英雄~9s.jpg 刺客達のワイヤーアクションやCGなどによる超絶的な技に関李陵・山月記22.jpgしては、物理的法則に反しているとか言わないことがもう"お約束"なのでしょう。中島敦の短編に「名人伝」というのがあって(『李陵・山月記 (新潮文庫)』所収)、名人同士が矢を放ってひじりがぶつかり合うといった場面があり、こうした極端な表現も中国では伝統的なのかもしれません。

HERO~英雄~06.jpg 但し、武術映画で且つCGを駆使して大掛かりに見せた分、個々の役者の演技が背景に埋没してしまって大味になった印象を受けました。それまでの作品で素晴らしい演出力を見せてきた監督が、折角トニー・レオン、マギー・チャンといった繊細な演技が出来る俳優を揃えながら、ちょっと勿体ない気がします(この2人はウォン・カーウァイ(王家衛)監督の「花様年華」('00年/香港)のコンビでもある。そのウォン・カーウァイも、トニー・レオン、チャン・ツィイー主演の武術映画「グランド・マスター」('13年/香港・中国)を撮っている)。

 CGの魅力(技術力・低コスト性)に抗しきれないというのは、「ジュラシック・パーク」('93年/米)で、恐竜の全体像をマイケル・クライトンの原作よりうんと早く観客に見せてしまったスティーヴン・スピルバーグが辿った道と同じでしょうか。張芸謀監督は2006年に、2年後に開催される北京オリンピックの開会式および閉会式のチーフディレクターに就任、2年間映画製作をせず、2008年の北京オリンピック開会式および閉会式の演出を行いましたが、後に開会式の演出において打ち上げられた花火の多くが事前に用意されたCG映像だったことが明らかとなっています。

「HERO」(「HERO~英雄~」)●原題:英雄/HERO●制作年:2002年●制作国:香港・中国●監督:張芸謀(チャン・イーモウ)●製作:ビル・コン/張芸謀●脚本:李馮/張芸謀/王斌●撮影:クリストファー・ドイルHERO~英雄~ro02.jpg●音楽:譚盾(タン・ドゥン)●衣装デザイン:ワダ・エミ●時間:99分●出演:李連杰(ジェット・リー)/甄子丹(ドニー・イェン)/梁朝偉(トニー・レオン)/張曼玉(マギー・チャン)/章子怡(チャン・ツィイー)/陳道明(チェン・タオミン)●日本公開:2003/06●配給:ワーナー・ブラザース(評価:★★★☆)
トニー・レオン/マギー・チャン/チャン・イーモウ/ジェット・リー/チャン・ツィイー/ドニー・イェン

グランド・マスター032.jpgグランド・マスター56.jpgトニー・レオンチャン・ツィイー
in「グランド・マスター」['13年/香港・中国]ウォン・カーウァイ(王家衛)監督
    
     
     
    
《読書MEMO》
"巨匠"監督の「武侠映画」個人的評価と受賞した主要映画賞
グリーン・デスティニー(00年/中・香・台・米).jpgアン・リー(李安)グリーン・デスティニー」('00年/中国・香港・台湾・米)★★★☆
 トロント国際映画祭「観客賞」アカデミー賞「外国語映画賞」ゴールデングローブ賞「外国語映画賞」インディペンデント・スピリット賞「作品賞」ロサンゼルス映画批評家協会賞「作品賞」香港電影金像奨「最優秀作品賞」
HERO~英雄~2002.jpg張藝謀(チャン・イーモウ)HERO」('02年/香港・中国)★★★☆
 ベルリン国際映画祭「銀熊賞(アルフレード・バウアー賞)」
グランド・マスター 2013.jpgウォン・カーウァイグランド・マスター」('13年/香港・中国)★★★
 アジア・フィルム・アワード香港電影金像奨「最優秀作品賞」
黒衣の刺客 2015 .jpg侯孝賢(ホウ・シャオシェン)黒衣の刺客」 ('15年/台湾・中国・香港)★★★
 カンヌ国際映画祭「監督賞」アジア・フィルム・アワード

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"他者としてしか生きられない" インパーソネーターの哀しみ。
ミスター・ロンリー dvd.jpg    
ミスター・ロンリー [DVD]」 「ミスター・ロンリー」ザ・レターメン版

ミスター・ロンリー 00.jpg 大道芸人のマイケル(ディエゴ・ルナ)はマミスター・ロンリー 01.jpgイケル・ジャクソンのインパーソネーターとしてパリの路上で生計を立てるも、一向に生活が苦しくなるばかり。ある時、マリリン・モンローのような彼女(サマンサ・モートン)に出会う。彼女もマイケルと同じインパーソネーターであり、不器用で有名人になりきる事でしか生きられないのだった。そんな彼女に惹かれたマイケルはある日、彼女からスコットランドの古城に誘われる。そこには自分たちと同じようになりきる事でしか生きられない、様々なインパーソネーターたちによるコミュニティがあった。チャップリン、マドンナ、リンカーン大統領、ローマ法王、エリザベス女王、サミー・デイヴィスJr.、ジェームズ・ディーン、シャーリー・テンプルなどがいる夢のような理想郷だったが―。

サマンサ・モートン/ディエゴ・ルナ

ミスター・ロンリー  .jpg 「KIDS/キッズ」('95年)の脚本で世界中にセンセーショナルを巻き起こし、その後「ガンモ」('97年)や「ジュリアン」('99年)などで映画監督として活躍してきた(共に脚本も担当)ハーモニー・コリンによる2007年の監督作で、第60回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」出品作品です。英・仏・米の合作映画で、マイケルが路上でインパーソネーターをしているのがパリで、インパーソネーターたちによるコミュニティがあるのがスコットランド、彼らが模している人物が殆ど米国の有名人と、まさに3国入り交じっている感じです。

ミスター・ロンリー07.jpg 更には、マイケルを演じたディエゴ・ルナはメキシコ出身の俳優、マリリンを演じたサマンサ・モートンは英国出身(「マイノリティ・リポート」('02年))、チャップリンを演じたドニ・ラヴァンはフランス人俳優、神父を演じたヴェルナー・ヘルツォークはドイツの映画監督で(「フィツカラルド」('82年))、レナード役のレオス・カラックスはフランスの映画監督(「ポンヌフの恋人」('91年)、「ポーラX」('99年))、ローマ法王を演じたジェームズ・フォックスは英国の俳優(「日の名残り」('93年))、エリザベス女王を演じたアニタ・パレンバーグ(「バーバレラ」('68年/伊・仏))はイタリアの女優と多様です(サブストーリーとしてあるヴェルナー・ヘルツォークが演じる神父がいる修道院はどこの国かよく分からないし、ほぼ、無国籍映画と言っていいのでは)。

ミスター・ロンリー  .jpg 北千住のシネマブルースタジオで「自分の人生を生きる 特集」のラストを締め括る1本として上映されたのを観ましたが、この作品が最も特集のタイトルに沿っていました。主人公はマイケル・ジャクソンに憧れ、焦がれ、いつしか「マイケル」としてしか生きられなくなってしまってアイデンティティを見失い、日々ストリート・パフォーマーとして物真似をしながら生きている孤独な若者であり、そんな彼がマリリン・モンローのインパーソネーターと出会って、彼女の導きでコミュニティを訪れます。

ミスター・ロンリー08.jpgミスター・ロンリー05.jpg 当初は理想郷のようにも思えたコミュニ>ティでしたが、次第にそうでもないらしことが窺えるようになります。そこにいる"他者としてしか生きられない"インパーソネーターたちは常に神経症的であり、コミュニティがある種ヘイブン(避難所)乃至サナトリウミスター・ロンリー6.jpgム(療養所)のような機能を果たしているようにも見えます。彼らは、メンバー総出演の「史上最大のショー」を企画しますが、実施されたショーは、楽しいものというより、インパーソネーターがひたむきさに演じれば演じるほど、彼らの哀しみが滲み出てくるようなものでした(チャップリンが演じたのは「大酔(たいすい)(午前一時)」 ('16年/米)か。結構マニアック)。もとより観客もまばらで、興行的にも大失敗、そして遂にある悲劇が起き、それを機に、マイケルはパリに戻り、コミューンで出会った人々のことを回想しつつも新たな決断をします。

myAMERICA.jpgマイ・アメリカ.jpg かつて写真家・立木義浩氏の『マイ・アメリカ』('80年/集英社)という本を読んで、アメリカにはタレントのそっくりさんだけを集めたプロダクションがあり、チャップリン、ウッディ・アレン、チャールズ・ブロンソン、ロバート・レッドフォードなど多くの"有名人なりきり人間"(当時まだインパーソネーターという言葉は日本に入って来ていない)がいるということを知りました。著者は、ロスにあるモンローのそっくりさんの住まいを訪ね、それが侘びしいアパートであることにちょっとしんみりさせられます。それでもカメラを向けると彼女自身はモンローになり切ってしまうので、おかしいというより哀しい気分になったというのを、この映画を観て思い出しました。
マイ・アメリカ―立木義浩ノンフィクション (1980年)

ミスター・ロンリー 0.jpg タイトル通りの「ミスター・ロンリー」の曲がオープニングシーンからよくマッチしています。予告編のキャッチは「かりものの人生の、ほんものの幸せ」。月並みですが、人は皆、いつか自らの孤独と向き合わなければならない時が来るといったところでしょうか。たとえ、コミュニティで"永遠の子供"のように暮らしていたとしても。但し、ハーモニー・コリン監督は、コミュニティに残るの者や死んでいった者ミスター・ロンリーes.jpgにも、暖かい視線を注いでいるように思えました。いい映画でしたが、ところどころで挿入されるノン・パラシュートでスカイダイビングする修道院のシスターたちの"奇跡"と"悲劇"のエピソードは、やや寓話的すぎて理解しにくかったでしょうか。

三ばか大将1.jpg三ばか大将.jpg三ばか大将図2.jpg インパーソネーターたちの中に「三ばか大将」のそっくりさんもいて、ちょっと懐かしかったです。マイケル・ジャクソンが幼少時に「三ばか大将」の大ファンだったのは有名で、特にデブのカーリーのものまねをしていたと明言しています(このカーリーを演じた喜劇役者は、1952年に48歳の若さで死去し、日本で放送されたころには既に亡くなっていたことを最近知った)。

「三ばか大将」The Three Stooges(ABC 1949~52(第1期))○日本での放映チャネル:日本テレビ(1963.06~64.11)

ミスター・ロンリーc2.jpg「ミスター・ロンリー」●原題:MISTER LONELY●制作年:2007年●制作国:イギリス・フランス・アメリカ●監督:ハーモニー・コリン●製作:ナージャ・ロメイン●脚本:ハーモニー・コリン/アヴィ・コーリン●撮影:マルセル・ザイスキンド●音楽:ジェイソン・スペースマン/サン・シティ・ガールズ(イメージソング:「ミスター・ロンリー」(1964年発売)ボビー・ヴィントン)●時間:111分●出演:ディエゴ・ルナ/サマンサ・モートン/ドニ・ラヴァンサマンサ・モートン Samantha Morton.jpgミスター・ロンリー06.jpg/ヴェルナー・ヘルツォーク/レオス・カラックス/ジェームズ・フォックス/ジョセフ・モーガン/アニタ・パレンバーグ ●日本公開:2008/02●配給:ギャガ・コミュニケーションズ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-01-16)(評価:★★★☆)
Samantha Morton

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レナード&ポール・シュレイダー兄弟の東映ヤクザ映画への思い入れが感じられる作品。

ザ・ヤクザ 1974.jpgザ・ヤクザ dvd.jpg.jpg  ザ・ヤクザ1a8.jpg
ザ・ヤクザ [DVD]
                高倉健/ロバート・ミッチャム
ザ・ヤクザ 01.jpg ロスで私立探偵をしているハリー・キルマー(ロバート・ミッチャム)は旧友のジョージ・タナー(ブライアン・キース)から、日本の暴力団・東野組に誘拐された娘を救出してほしいと依頼される。タナーは海運会社を営むマフィアで、武器密輸の契約トラブルで東野組と揉めていたのだ。東野が殺し屋・加藤次郎(待田京介)をロスに送り、4日以内にタナー自身が日本に来なければ娘の命はないと通達、タナーは、かつて進駐軍憲兵として日本に勤務していた旧友のハリーに相談したのだ。ハリーは日本語が堪能な上、田中ザ・ヤクザ es.jpg健(高倉健)という暴力団の幹部と面識があった。健はハリーに義理があり、東野との交渉もうまく行くだろうというのがタナーの目算だった。ハリーは20年ぶりに東京へ向い、ボディガードで監視役のダスティ(リチャード・ジョーダン)がこれに同行する。ハリーとタナーの共通の友人で、日本文化に惹かれ、大学で米国史を教えるオリヴァー・ウィート(ハーブ・エデルマン)の邸に滞在することになる。ハリーはバー「キルマーハウス」を訪れる。戦後の混乱時に田中英子(岸惠子)と知り合い、子連れの英ザ・ヤクザ .jpg子が娼婦にならずに済んだのもハリーの愛情のお蔭だった。実は英子の夫・健が奇跡的に復員し、健は妻と娘が受けた恩義を尊び、二人から遠去かったのだが、ハリーには健と英子は兄妹だと話していた。軍命で日本を去る際にハリーはタナーから金を用意してもらい、バーを英子に与えたのだった。娘・花子(クリスティーナ・コクボ)も今は美しく成長し、ハリーを歓迎する。ハリーは健に会いに京都に向かう。健はヤクザの世界から足を洗い、剣道を教えていたザ・ヤクザ05.jpgが、義理を返すために頼みを引き受ける。タナーの娘が監禁されている鎌倉の古寺に忍び入って娘を救出、今度は健の命が東野組に狙われる。ハリーはタナーが東野と手を握り、自分たちを裏切ったことを知る。東野組がウィート邸に殴り込みをかけ、目の前で花子とダスティが殺される。タナーを射殺したハリーは健と共に、賭場を開いている東野邸に殴り込む―。
  
The_Yakuza_1974_.jpg 1974年のシドニー・ポラック監督作で、脚本は、2年後に「タクシードライバー」('76年)の脚本を手掛け、後に「MISHIMA:A LIFE IN FOUR CHAPTERS」('85年)を監督するポール・シュレイダー、原作は、その兄で、1969年~1973年の5年間、同志社大学と京都大学で英文学を教え、義侠の世界に興味を持ち、実在の暴力団にも出入りしたレナード・シュレイダーです。レナード・シュレイダーは帰国後、当時の東映ヤクザ映画を元にこの映画の原作を書いています。

 一方、弟のポール・シュレイダーは本当は脚本だけでなく監督もやりたかったのが、この作品で脚本家デビューしたばかりの無名であったためにそれはならず、但し、この脚本を気に入ったワーナー・ブラザーズは彼に監督の選択権を委ねていたそうで、シドニー・ポラックに決まる前に、フランシス・フォード・コッポラやニコラス・ローグにも依頼していたそうです。結局、大御所シドニー・ポラックが監督することになりましたが、その前に、ロバート・アルドリッチに監督のオファーが行ったものの、リー・マーヴィンを起用したいと考えたロバート・アルドリッチと会社側と折り合いがつかず、ロバート・ミッチャムに声が掛かかり、更に、創作上の違いから結局ロバート・アルドリッチが監督を降りたという経緯があります。ロバート・アルドリッチは代わりに、同じ男性アクション映画でも、極々アメリカ的な作品「ロンゲスト・ヤード」('74年)を撮ることになった)。

ザ・ヤクザ2s.jpg レナード&ポール・シュレイダー兄弟の東映ヤクザ映画への思い入れが感じられる作品です。とりわけレナード・シュレイダーはやくざ世界と任侠道についてきちんとリサーチをした上で原作を書いていていて、シドニー・ポラック監督もシュレイダー兄弟の意向をできるだけ汲んで映画化した模様です。従って、日本を舞台にしたハリウッド映画にありがちな、実態と乖離したへんてこりんなジャポニズムは殆ど見られなかったように思います。日本で米国史を教え、日本の歴史研究にも関心があるというオリヴァー・ウィート(ハーブ・エデルマン)のモデルは、原作者のレナード・シュレイダー自身でしょうか。

ザ・ヤクザ3s.jpg シドニー・ポラック監督自身も日本のヤクザ映画を研究したらしく、日本のヤクザ映画でよくみかけるショットなども結構あったように思います(東映のスタッフが制作に関わっている)。菅原文太の「仁義なき戦い」シリーズが1973年にスタートしていますが、むしろ参考にしたのは、ヤクザの美学や様式美の色合いがまだ濃く残る、高倉健主演のザ・ヤクザ1s.jpg日本侠客伝」や「昭和残侠伝」シリーズではないでしょうか(レナード・シュレイダーは帰国後に東映ヤクザ映画を60本ぐらい米国の映画館で観たらしい)。ロバート・ミッチャム演じるハザ・ヤクザ kisi .jpgリーが、自分を裏切ったタナーを射殺した後、東野邸に単独で殴り込みをかけようとする田中健に同行するのは、「昭和残侠伝」シリーズにおける池部良の役どころと重なります。日本のヤクザ映画の"道行"のパターンを踏襲しているわけですが、日本人俳優と外国人俳優の組み合わせであってもその形がさほど崩れておらず、目だった違和感がないのは、ロバート・ミッチャムの演技力に負うところも大きいように思いました(岸恵子もほどよくバタ臭いところがあるし...)。

岡田英次(Toshiro Tono)/高倉健
ザ・ヤクザ the-yakuza.jpgザ・ヤクザ7.jpg でも、全体としては、やはり高倉健の映画という感じです(高倉健はロバート・ミッチャムの次にクレジットされている)。殴り込みも、"主戦場"で闘っているのは高倉健で、岡田英次演じる敵方のボスを殺った後も、一人で何人ザ・ヤクザ1-1.jpgもの相手をしていて、ロバート・ミッチャムは拳銃とライフルで周辺でそれをアシストするのみです。最後は負傷でへたり込んで、ラストの待田京介演じる殺し屋との勝負にも手は出しません。最後に主人公が怒りをザ・ヤクザm.jpg爆発させて暴れまくり、それが観る側にカタルシス効果を生むのはヤクザ映画のお決まりですが、アメリカ人が観たら少しフラストレーションを感じるかも。実際、興行的にはアメリカでは失敗作だったようですが、後にクエンティン・タランティーノなどによって再評価されて自身の作品でオマージュが込めれたり(「キル・ビル」('03年))、ミンク監督、スティーヴン・セガール主演でリメイク作品が作られたりしています(「イントゥ・ザ・サン」('05年))。

ザ・ヤクザ 海外版.jpgザ・ヤクザ 01.jpg-the-yakuza-1.jpg「ザ・ヤクザ」●原題:THE YAKUZA●制作年:1974年●制作国:アメリカ●監督・製作:シドニー・ポラック●脚本:ポール・シュレイダー/ロバート・タウン●撮影:岡崎宏三/デューク・キャラハン●音楽:デイヴ・グルーシン(挿入歌:「ONLY THE WIND」作詞:阿久悠)●原作:レナード・シュレイダー●時間:122分●出演:ロバート・ミッチャム/高倉健/ブライアン・キース/ハーブ・エデルマン/リチャード・ジョーダン/岸惠子/岡田英次/ ジェームス繁田/待田京介/クリスティーナ・コクボ/汐路章/郷鍈治/植村謙二郎 /ヒデ夕樹●日本公開:1975/03●配給:ワーナー・ブラザース(評価:★★★☆)

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渋くてカッコいい、そしてどこか物悲しいアラン・ドロン像を確立した作品。

サムライ 00.jpgサムライ ドロン _.jpg サムライ ドロンdvd1.jpg サムライ ドロン dvd2_.jpg サムライ ドロン_.jpg
サムライ(字幕版)」「サムライ [DVD]」「サムライ [DVD]」「映画パンフレット 「サムライ」 監督/脚色 ジャン・ピエール・メルビル 出演 アラン・ドロン/ナタリー・ドロン/カティ・ロジエ/フランソワ・ペリエ/ジャック・ルロワ

サムライ1.jpg 殺し屋のジェフ・コステロ(アラン・ドロン)は、コールガールの恋人ジャーヌ(ナタリー・ドロン)にアリバイを頼むと、仕事場のクラブへ向った。ジェフの仕事はクラブの経営者を殺すことであり、仕事はいつものように寸分の狂いもなく完了するが、廊下で黒人歌手バレリー(カティ・ロジエ)に顔を見られてしまう。警察は動き出し、クラブの客や目撃者の証言で、ジェフも署に連行され、面通しが行なわれた。目撃者の大半は、ジェフが犯人だと断定するが、バレリーサムライ2.jpgだけはなぜかそれを否定し、アリバイのあるジェフは釈放される。だが、主任警部(フランソワ・ペリエ)は依然ジェフが怪しいと睨み、尾行を付ける。ジェフは巧みに尾行を巻くと、仕事の残金を受けとるために、殺しの依頼を取りついだ金髪のサムライ3.jpg男(ジャック・ルロワ)と会うが、男はいきなり巻銃を抜いて、ジェフは左手を傷つけられる。残金を貰えぬどころか殺されそうにさえなったジェフは、殺しの依頼主を突きとめるべく、偽証をして彼を庇ってくれたバレリーを訪れっサムライages.jpgるが、バレリーの口は堅かった。やむなく帰ったジェフの部屋に金髪の男がいて、男はうって変た態度で殺しの残金を渡すと、新しい仕事を依頼する。ジェフは、隙をみて男に飛びかかり、巻銃を突きつけ依頼主の名を聞き出す。大掛かりな尾行網をぬけジェフは、男から聞き出したオリエビ(ジャン=ピエール・ポジェ)なる依頼主を訪ね、射殺する。オリビエの部屋はバレリーのすぐ隣であり、オリビエはバレリーを通じて自分の正体がばれるのを恐れて、バレリー殺しをジェフに依頼したのだった。クラブでピアノを弾くバレリーの前にジェフが現われ、ジェフが拳銃を握った瞬間―。

サムライ4.jpg 1967年公開のジャン=ピエール・メルヴィル監督のフレンチ・フィルム・ノワールで、アラン・ドロンが侍を思わせる暗殺者を演じ、ウォルター・ヒル監督の「ザ・ドライバー」('78年/米)から北野武監督の「ソナチネ」('93年/松竹)まで後世の多くの作品に影響を与えたとされる作品であり、ナタリー・ドロンの映画デビュー作品でもあります。但し、何と言ってもアラン・ドロンの映画であり、ジャン=ピエール・メルヴィル監督はこの作品の後もアラン・ドロンと組んで、「仁義」('70年/仏)、「リスボン特急」('72年/仏・伊)を撮っていますが、この「サムライ」と「仁義」が佳作ではないかと思います。

サムライes.jpg 例えば、冒頭のアラン・ドロン演じるジェフが、車を盗む際に持ち合わせたキーの束にを選ぶシーンなどは、派手さは無いですが緊張感があり、ジェフがメトロを乗り継いで女性警察官の尾行を巻くシーンなどもそうです。そう言えば、1つ1つのシーンをじっくり撮っていて、ジェフが警察で容疑者として"面通し"を受けるシーンや、金髪サムライges.jpgの男に撃たれた左手の傷を自力で治療するシーン、或いは、刑事たちがジェフの部屋に盗聴器を仕掛けるシーンなども、"普通の映画"的に短縮したり割愛したりせず、リアルタイムで撮っています。それが"冗長感"とならず"緊張感"に繋がっているところに、この監督の持ち味があるように思いました。

サムライ ドロンs.jpg三島由紀夫.jpg ジェフの描き方もいいです。彼自身は無口ではあるが、飼っている小鳥を心の友としているようでもあり("侵入者センサー"としても飼っていた?)、三島由紀夫がこの作品を絶賛しつつ指摘したように、主人公はニヒリストではないということでしょう。むしろ、ナタリー・ドロン演じる恋人ジャーヌへの優しい想いを抱き、また、カティ・ロジ演じる自分を庇ってくれたバレリーにも恋愛感情に似た想いを抱いたのではないでしょうか。

Le Samouraï 1967 Alain Delon and Cathy Rosier.jpg 彼は、自分を裏切った雇い主に対してきっちり落とし前をつける一方で、バレリーに対しては、ラサムライ 1967mw7.jpgストで「借り」を帳消しにしたとも言えます。また、「武士道とは死ぬことと見つけたり」言いますが、ラストで、バレリーがいるクラブに入っていく際に、クロークの女性(カトリーヌ・ジュールダン)から預かり札を受け取っていないことから、死に場所を求めていた風にもとれます。
Samurai (1967)
サムライ@._V1_.jpgSamurai (1967).jpg 原題も"Le Samouraï"。映画の始めに「サムライの孤独ほど深いものはない。ジャングルに生きるトラ以上にはるかに孤独だ」という『武士道』からという文句が出てきますが、実はメルヴィルが創作した言葉のようです。アラン・ドロンは脚本が気に入ってすぐに出演のオファーを受諾したそうですが、このジェフ役を演じることで、渋くてカッコいい、そしてどこか物悲しいアラン・ドロン像を確立したように思います。アラン・ドロンが後に、自らが化粧品ブランドを立ち上げた際に、香水に「サムライ」の名前を付けていることから、アラン・ドロン自身この作品をかなり気に入っていたのではないかと思われます。

サムライs.jpg「サムライ」●原題:LE SAMOURAI●制作年:1967年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン=ピエール・メルヴィル●製作:ジョルジュ・カサティ●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:サムライ カティ ・ロジェ.jpgフランソワ・ド・ルーベ●原作:アゴアン・マクレオ●時間:105分●出演:アラン・ドロン/フランソワ・ペリエ/ナタリー・ドロンカティ・ロジェ/ジャック・ルロワ/ミシェル・ボワロン/アンドレ・サルグ(ガレ)/ロベール・ファヴァール/ジャン=ピエール・ポジェ/カトリーヌ・ジュールダン/ロジェ・フラデ/カルロ・ネル/ロベール・ロンド/アンドレ・トラン /ジャック・デシャン/ピエール・ヴォディエ●日本公開:1968/03●配給:日本ヘラルド映画(評価:★★★★)
カティ・ロジェ in「サムライ」 
カティ・ロジェ.jpgナタリー・ドロン
ナタリー・ドロン.jpg

《読書MEMO》
●三島由紀夫の「サムライ」評
「『サムライ』は、沈黙と直感と行為とを扱った、非フランス的な作品で、言葉は何ら重要ではなく、情感は久々の濡れたようなパリの街の描写をアラン・ドロンの哀愁に充ちた目で尽くしている。この映画が殺し屋の沈黙の中に充填したエネルギーは、たしかに密度が高い。それは何らニヒリズムではない。情熱でもない。キリッとした、手ごたえのある、折目節目の正しい行動の充実感である」(三島由紀夫『映画論集成』より(原典「若きサムライのための精神講話」―「PoketパンチOh!」(昭和43年~昭和44年))

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久しぶりに観直してみて改めて原作のスゴイ技巧(幾つものリフレイン)に気づいた。

二十日鼠と人間(1992).jpg二十日鼠と人間.jpg 二十日鼠と人間(1992)es.jpg 
二十日鼠と人間 [DVD]」ジョン・マルコヴィッチ/ゲイリー・シニーズ

二十日鼠と人間(1992)011.jpg 1930年の大恐慌時代のカルフォルニア。小柄で頭の切れるジョージ(ゲイリー・シニーズ)と、巨漢だが知恵遅れのレニー(ジョン・マルコヴィッチ)の2人は、農場から農場へ渡り歩きながら労働に明け暮れる日々を送っていた。レニーは気持ちの優しい男だが、他愛のない失敗でよく面倒に巻き込まれるのが日常茶飯事だった。そんなレニーを聡明なジョージは何かと庇い、レニーは行動の全てをジョージに指示してもらい頼りきっていた。いつかは牧場主になるという夢を楽しそうに語る2人。そして彼らは、次の働き場所タイラー牧場へと向かうが―。

ハツカネズミと人間.jpg二十日鼠と人間(1992)02.jpg 1992年公開作で、原作は1937年に出版されたジョン・スタインベック(John Steinbeck、1902‐1968/享年66)の小説で、文庫本で150ページ弱です。このシンプルで中身の濃い作品を、当時気鋭のゲイリー・シニーズが監督し、製作・主演も兼ねています。ゲイリー・シニーズは元々演出家として評価され、この「二十日鼠と人間」も自らが舞台演出した後の映画化作品です。

二十日鼠と人間(1992)01.jpg  昔ビデオで観たのを、今回DVDで観直しました。ジョン・マルコヴィッチは映画に出たての「プレイス・イン・ザ・ハート」('84年/米)の頃から上手いと思っていましたが、やはり上手い。一方、ゲイリー・シニーズの方は、監督が主演も兼ねると気負い過ぎてダメになるケースもあるのでどうだったかなと思いましたが、観直してみたら、ジョン・マルコヴィッチと甲乙つけ難いほどの名演技でした。大男と小男の話なので、身長183センチのジョン・マルコヴィッチと身長175センチのゲイリー・シニーズでは、原作のイメージほどの"高低差"ではないなあと思いましたが、観ているうちにそんなことはどうでもよくなったほどでした。

 久しぶりに映画を観て、改めて原作の技巧に気づきました。キャンディ老人(レイ・ウォルストン)が、自分が飼っていた老犬の最期を他人であるカールソンに任せたことを、後で「自分がやるべきだった」と悔いたところが、ジョージとレニーとの最後のシーン(ジョージは、レニーの人間としての矜持を、自分にできる最善の方法で保たせてやりたかった二十日鼠と人間(1992)06.jpgということなのだろう)と重なる伏線となるわけで、これははっきり覚えていましたが、その他にも、レニーが〈二十日鼠〉の死体を持ち歩いていたこと(自分の手で圧死させてしまったのかもしれない)と、結果として短期間しか飼えなかった〈子犬〉の死、そして終盤の〈カーリーの妻〉(シェリリン・フェン)の死と、3度にわたって事故死が繰り返されていたのだなあと。更には、2人が今の農場に流れてくる原因になった、レニーが前の農場で女性の着ている服の〈光沢〉のある生地に魅せられた結果生じたトラブルと、レニーが今度はカーリーの妻の髪の毛の〈光沢〉に魅せられて、彼女からの誘惑もあって、結局それが悲劇に繋がるという、ここでもリフレインが効いています。つまり3通りものリフレインがあるわけですが、何れも後の方がより重大な結果を招いており、リフレインとリフレインが"相似形"的な関係になっています(何という技巧か!)。

二十日鼠と人間(1992)04.jpg ジョージはラストで、レニーと共にいることが自分の生きがいになっていたことに改めて(初めて?)気づいたのではないでしょうか。原作は、ラストの悲劇の後、全てを見通したスリムがジョージに気遣いする一方で、共に立ち去る2人を見てカーリーとカールソンは首を傾げるといった終わり方になっていて、スリム、ジョージの2人とカーリー、カールソンの2人が、全く別のタイプの人間として明確に線引されることを効果的に印象づけているように思いました。同時に、ジョージがもう農場をあちこち移動することなく、スリムと同じ道を辿り、更にはスリムの後継となることを暗示しているように思いました。

 一方、映画では、ジョージが逃走したレニーを探す際にカーボーイハットを藪の中へ捨てる(落とす(?))場面があり、カウボーイハットは農夫・牧童の象徴であることから、ジョージは農夫を続けることもしないとの見方もあるようです。この場合は、農夫を辞めて何かをするというよりは、農夫として働くのは将来の夢を実現させるためで、その夢はレニーと共にあった夢だったので、レニーを失った今、これから何をしていいのか真っ暗闇状態にあるということなのでしょう(実際、映画ではラスト、ジョージは暗闇の中で貨物列車に乗る)。

二十日鼠と人間(1992)05.jpg 概ね原作に忠実に作られていましたが、黒人であるがために厩に住まわされているクルックス(ジョー・モートン)をカーリーの妻がなじるシーンが無かったなあ。ゲイリー・シニーズは舞台から映画に入ったわけですが、この作品の原作そのものが小説でありながら演劇的でもあり、このクルックスも出番は短いながら重要な役割を担っていたように思います。但し、ジョー・モートンの演技そのものは良く、老犬を飼うキャンディ老人役のレイ・ウォルストンもそうですが、脇役まで演技達者で固めているという点でも、演劇的な映画でした。

二十日鼠と人間 the farm.jpg 二十日鼠と人間55f2.jpg 二十日鼠と人間f9c71de.jpg

二十日鼠と人間 000.jpg「二十日鼠と人間」●原題:OF MICE AND MEN●制作年:1992年●制作国:アメリカ●監督:ゲイリー・シニーズ●製作:ゲイリー・シニーズ /ラス・スミス●脚本:ホートン・フート●撮影:ケネス・マクミラン●音楽:マーク・アイシャム●原作:ジョン・スタインベック●時間:115分●出演:ゲイリー・シニーズ/ジョン・マルコヴィッチ/レイ・ウォルストン/シェリリン・フェン/ジョー・モートン/アレクシス・アークエット/ジョン・テリー/モイラ・ハリス●日本公開:1992/12●配給:MGM映画=UIP(評価:★★★★)

"Of Mice and Men" from Iron Age Theatre(舞台劇「二十日鼠と人間」)
Of Mice and Men 1.jpg Of Mice and Men 3.jpg

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「花様年華」の監督らしいカンフー映画(伝記映画)になったが、詰め込み過ぎで焦点がぼけた。

グランド・マスター poster .jpgグランド・マスター dvd.jpg グランド・マスター .jpg
グランド・マスター [DVD]」チャン・ツィイー(中国)/トニー・レオン(香港)

 1930年代中国。中国南部広東佛山の武術家・葉問(イップ・マン)(トニー・レオン(梁朝偉))が四十歳の頃、佛山に北部東北の八卦掌の宗師(グランドマスター)・宮宝森(ゴン・パオセン)(ワン・チンシアン(王慶祥)がやって来る。引退を考えている宝森は「自分は北の技を南に伝えたので、今度は南の技を北に伝えて欲しい」と言い、自分に勝った南部の武術家を南の代表とすると告げる。南の武術家の中から選ばれた葉問はこれに応えて宝森の試しに合格し代表となるグランド・マスター 06.jpgも、宝森ととも佛山を訪れていた宝森の娘の宮若梅(ゴン・ルオメイ)(チャン・ツィイー(章子怡))がグランド・マスターs.jpg異を唱え、葉問に試合を申し込む。葉問は若梅と試合い、試合いを通じて二人は心を通わせて、若梅は葉問を認める。若梅は父と共に東北に帰り、葉問と若梅は手紙を交し合うようになる。やがて準備の整った葉問は東北を訪れようとした時、日中戦争が勃発する―。

チャン・ツィイー、ウォン・カーウァイ(第8回アジアン・フィルム・アワード授賞式)
映画「グランド・マスター」が7部門で受賞.jpgグランド・マスター59.jpg 2013年のウォン・カーウァイ(王家衛)監督映画で、2014年・第38回香港国際映画祭「アジア・フィルム・アワード(第8回)」において、最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀女優賞(チャン・ツィイー)、最優秀音楽賞(梅林茂)など14部門中7部門で最優秀賞を受賞、2014年・第33回「香港電影金像奨」でも最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀主演女優賞、最優秀助演男優賞(マックス・チャン)を受賞した作品です。

葉問 ブルース・リー.jpg 原題は「一代宗師」。香港の武術家でブルース・リーの師匠でもあった葉問(よう もん、イップ・マン、1893-1972)がモデルで、この葉問をモデルにした映画には、ウィルソン・イップ監督、ドニー・イェン主演のイップ・マイップマン葉問.jpgン・シリーズ3作(「イップ・マン 序章」('08年/香港)、「イップ・マン 葉問」(10年/香港)、「イップ・マン 継承」('15年/香港))やハーマン・ヤオ監督、デニス・トー主演の「イップ・マン 誕生」('08年/香港)、同じくハーマン・ヤオ監督でアンソニー・ウォン主演の「イップ・マン 最終章」('13年/香港)などもあります(「イップ・マン 葉問」のエピローグで少年・李小龍(後のブルース・リー)が葉問を訪ねる場面がある)。
「イップ・マン 葉問」(10年/香港)

グランド・マスター03.jpg 「恋する惑星」('94年/香港)、「花様年華」('00年/香港)のウォン・カーウァイ監督が、同じくトニー・レオン主演でカンフー映画を撮ったらどうなるのだろうか、しかも今回の相手役は「初恋のきた道」('99年/中国)のチャン・ツィイーということで期待されましたが、いかにも「花様年華」の監督らしいカンフー映画(武術映画)になったかなという感じです。

グランド・マスター 09.jpg カンフー・アクションもありますが、しっとりとした美しい映像が続き、米雑誌「TIME」が発表した「2013年の映画ベスト10」では5位と高評価されたように、ウォン・カーウァイらしい映像美学が前面に出ています(1936年当時の娼館"金楼"のセットなどは凝っていた)。但し、欲を言えば、ストーリーの方をもう少し上手く作って欲しかったように思います。

グランド・マスター20a00.jpg 主要な役どころでは、ルオメイの父の敵役の馬三(マーサン)を演じたマックス・チャン(張晋)はカンフー俳優で(ウィルソン・イップ監督の「イップ・マン 継承グランド・マスター チャン・チェン.jpg」('15年/香港)にも出演している)、一線天(カミソリ)を演じたチャン・チェン(張震)は、台湾出身ですが(ウォン・カーウァイ監督の「ブエノスアイレス」('97年/香港)にも出演している)、中国武術・八極拳の全国大会で優勝経験もあり、トニー・レオンも、イップ・マンの最後の直弟子ダンカン・リョンから4年間にも及ぶ直接指導を受けたとのことです。それでもこの監督ですから、アクションを純粋に突き詰めただけの作品にならないことはほぼ予想通りでした。

チャン・チェン(張震)(一線天(カミソリ))

グランド・マスター チャン・チェン5.jpg しかし、結局は作品としてのテーマが、ルオメイの復讐劇だったのか、彼女の技の継承の問題だったのか、彼女のイップ・マンに対する恋心だったのか、あまりに沢山盛り込み過ぎて、やや焦点がぼけてしまった感じです。説明不足な所は説明不足で、チャン・チェン演じる一線天(カミソリ)などは、本筋の話とどう絡むのかが分かりにくかったです(日本に協力し満洲国奉天の協和会長となった敵役のマーサンに対して、中国国民党の特務機関所属の暗殺者として最前線にいたカミソリという対比か。最後は理髪店の店主になったようだが、床屋業の傍ら技を後世に伝えた?)。

グランド・マスター 07.jpg トニー・レオン演じるイップ・マンは、カンフーの技比べの場面でもいつも余裕の表情で、チャン・ツィイー演じるルオメイの十数年ぶりのグランド・マスター56.jpg告白を聴く時も穏やかな表情で、いくら抑制の効いた演技といっても、ちょっと現実ありえない?(好きな俳優なのでまあいいか)。チャン・ツィイーは、アン・リー(李安)監督 の「グリーン・デスティニー」('00年/中国・香港)の時からすれば、カンフーはかなり様になっている印象を受けました(「グリーン・デスティニー」の時は、いかにもワイヤーに吊られているという感じがしたが、あれから13年かあ)。

グランド・マスターed.jpg 男女が運命的に出会いその思いが行き違うのは、「花様年華」に似ているように思いますが、戦争に最も翻弄されたのは、韓国の人気女優・ソン・ヘギョ(宋慧敎)が演じた、先に東北に行って結局あとから来るはずだったイップ・マンと離れ離れになった妻の張永成(チャン・ヨンチェン)のようにも思えます。

 実際には葉問(イップ・マン)が1949年に香港に亡命した後、最初の2年間は大陸と香港の往来は自由であり、家族はしばしば葉問のもとを訪れていますが、1951年元日から大陸と香港の国境が突如封鎖され、家族に会えなくなった葉問は、その後1人の女性と暮らし始め、女性との間に息子を設けています。一方、1960年に妻の張永成が亡くなったのは映画にもある通りですが(彼女は佛山で亡くなっている)、1962年に長男と次男がともに香港へ密航し、父・葉問と再会を果たしています。葉問は1972年12月1日に、九龍・旺角通菜街の自宅で79歳で死去、その波瀾万丈の生涯を終えています。

 一応「伝記映画」ということになっているらしいです。ウィルソン・イップ監督、ドニー・イェン主演のイップ・マン・シリーズ3作の方が、カンフー映画としては面白いのかもしれないですが、こちらも「実話」を基にしたと謳いながら、どんどん史実から外れてきているので(イップ・マン・シリーズでは葉問の妻・張永成は夫と離別死しないなど)、共に葉問を主人公としながらも、片や「カンフー映画」、片や「伝記映画」ということで、バッティングはしないとの考えから作られた作品ではないでしょうか(ウォン・カーウァイ監督としては、自分は武侠映画でもここまで撮れるという自負の発露でもあったとは思うが)。

マギー・チャン/トニー・レオン花様年華」(2000)チャン・ツィイートニー・レオンHERO」(2002)
花様年華002.jpg トニー・レオン/チャン・ツィイー「HERO」(2002).jpg
チャン・ツィイー初恋のきた道」(1999)ミシェル・ヨー/チャン・ツィイーグリーン・デスティニー」(2000)
初恋のきた道 チャン011.jpg CROUCHING TIGER, HIDDEN DRAGON22.jpg

チャン・チェン(張震) in「ブエノスアイレス」(1997)/「グランド・マスター」(2013)
ブエノスアイレス チャン・チェン(張震).jpg グランドマスター チャン・チェン(張震).jpg

グランド・マスター  .jpgグランド・マスター3.jpg「グランド・マスター」●原題:一代宗師/THE GRANDMASTER●制作年:2013年●制作国:香港・中国●監督:ウォン・カーウァイ(王家衛)●製作:ウォン・カーウァイ/ジャッキー・パン・イーワン●脚本:ゾウ・ジンジ/シュー・ハオフォン/ウォン・カーウァイ●撮影:フィリップ・ル・スール●音楽:梅林茂/ナタニエル・グランド・マスター チャン・チェン2.jpgメカリー●時間:123分●出演:トニー・レオン(梁朝偉)/チャン・ツィイー(章子怡)/チャン・チェン(張震)/マックス・チャン(張晋)/ワン・チンシアン(王ソン・ヘギョとチャン・ツィイーt.jpg慶祥)/ソン・ヘギョ(宋慧敎)/チャオ・ベンシャン(趙本山)/ユエン・ウーピン(袁和平)(アクション指導も)●日本公開:2013/05●配給:ギャガ(評価:★★★)

ソン・ヘギョ(韓国)とチャン・ツィイー(中国)
2014年4月16日中国・北京の北京ホテルで開かれた2人が再共演した映画「太平輪〜THE CROSSING〜」(ジョン・ウー監督)の製作発表会で[韓流エンターテインメント]

 
 

《読書MEMO》
"巨匠"監督の「武侠映画」個人的評価と受賞した主要映画賞
グリーン・デスティニー(00年/中・香・台・米).jpgアン・リー(李安)グリーン・デスティニー」('00年/中国・香港・台湾・米)★★★☆
 トロント国際映画祭「観客賞」アカデミー賞「外国語映画賞」ゴールデングローブ賞「外国語映画賞」インディペンデント・スピリット賞「作品賞」ロサンゼルス映画批評家協会賞「作品賞」香港電影金像奨「最優秀作品賞」
HERO~英雄~2002.jpg張藝謀(チャン・イーモウ)HERO」('02年/香港・中国)★★★☆
 ベルリン国際映画祭「銀熊賞(アルフレード・バウアー賞)」
グランド・マスター 2013.jpgウォン・カーウァイグランド・マスター」('13年/香港・中国)★★★
 アジア・フィルム・アワード香港電影金像奨「最優秀作品賞」
黒衣の刺客 2015 .jpg侯孝賢(ホウ・シャオシェン)黒衣の刺客」 ('15年/台湾・中国・香港)★★★
 カンヌ国際映画祭「監督賞」アジア・フィルム・アワード

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「触れるはずのない2人」が出会って。異価値許容性と言うか、ある意味今日的なテーマを扱った作品。

最強のふたり DVD1 .jpg最強のふたり DVD2.jpg 最強のふたり DVD3.jpg
最強のふたり スペシャル・プライス [DVD]
最強のふたりコレクターズ・エディション(2枚組)(初回限定仕様) [DVD]

最強のふたり04.jpg パリに住む富豪のフィリップ(フランソワ・クリュゼ)は、頸髄損傷で首から下の感覚が無く、体を動かすこともできない。フィリップと秘書のマガリー(オドレイ・フルーロ)は、住み込みの新しい介護人を雇うため、候補者の面接をパリの邸宅でおこなっていた。ドリス(オマール・シー)は、職探しの面接を最強のふたりes.jpg紹介され、フィリップの邸宅へやって来る。ドリスは職に就く気はなく、給付期間が終了間際となった失業保険を引き続き貰えるようにするため、紹介された面接を受け、不合格最強のふたりmages.jpgになったことを証明する書類にサインが欲しいだけだった。気難しいところのあるフィリップは、他の候補者を気最強のふたりges.jpgに入らず、介護や看護の資格も経験もないドリスを、周囲の反対を押し切って雇うことにする。フィリップは、自分のことを障害者としてではなく、一人の人間として扱ってくれるドリスと次第に心を通じ合っていく―。

エリック・トレダノ/オリヴィエ・ナカシュ監督 in「東京国際映画祭」(2011)
エリック・トレダノ/オリヴィエ・ナカシュ .jpg 2011年11月本国公開のエリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ監督作で、第37回セザール賞で作品・監督・主演男優・助演女優・撮影・脚本・編集・音響賞にノミネートされ、オマール・シーが主演男優賞を受賞、フランスでの歴代観客動員数で3位(フランス映画のみの歴代観客動員数では2位)となる大ヒットとなりました。日本では、2011年10月に第24回東京国際映画祭のコンペティション部門にて上映され、最高賞のサクラグランプリ受賞と最優秀男優賞W受賞(ランソワ・クリュゼ、オマール・シー)という、史上初のトリプル受賞を達成し、翌年9月の一般公開後も、興行収入が日本で公開されたフランス語映画の中で歴代1位のヒット作となり、2013年第36回日本アカデミー賞の最優秀外国作品賞も受賞しています。

最強のふたり 映画 モデル.jpg 実在の富豪フィリップ・ポゾ・ディ・ボルゴとその介護人アブデル・ヤスミン・セローの実話を基にした作品であるということですが、映画では介護人ドリスはアフリカ系の黒人になっていますが、実際のアブデルはアルジェリア出身のアラブ系で、フィリップと1年程度で別れたのではなく、10年程度介護したとのこと。他にも事実と異なる点は多くあり、映画は映画として観た方がよいかもしれません。

 ドリスは黒人ゲットーに暮らし、家族が問題を抱える中、自身も職にありつけず最初から失業保険を目当てに面接を受けているような有様で、大金持ちだが身体的障害を持つフィリプに対して、ドリスの方は、身体は健康だが社会的にハンディキャップを負っているとも言えます。映画の原題は"Intouchables"であり、「toucher=触れる、コンタクトする(英語のtouch)」という動詞が元になっていて、「本来は触れるはずのない(出会うはずのない)2人」といった意味のようです。この異質の2人が、互いを受け容れ、強い絆を築いていくというのがテーマだと思います。

最強のふたりロード.jpg その点において、フィリップが多くの候補者の中からなぜドリスを自らの介護人として採用したのかということがひとつこの作品のカギとなりますが、他の候補者が障害を持つフィリップに同情を示す中、そうした他人の同情にウンザリしていたフィリップにとって、対等な人間として自分と接するドリスには偽善的なものが感じられず、"偽善者"に囲まれて暮らしてきたようなフィリップにとっては、彼がが唯一心を許せそうな相手であったということでしょう。

最強のふたりsaikyo-03-e1449553808662.jpg 2人が生活環境や趣味趣向の違い―クラシックとソウル、高級スーツとスウェット、文学的な会話と下ネタ―を超えて心を通い合うようになる様がコメディタッチで描かれていますが、異文化交流とでも言うか、異価値許容性とでも言うか、ある意味今日的なテーマを扱った作品とも言えます。また、その根底には、両者の間で通じ合う何かがあったということが言えるかと思います。フィリップは友人から「注意したまえ。ああいう輩は容赦ない」と言われ、「そこがいい...容赦ないところがね」と答えています。

最強のふたりages.jpg 一方で、白人の富豪と黒人の介護人という組み合わせになったことで、アメリカ映画「ドライビング Miss デイジー」('89年)の時にもあったような"白人にとって都合のいい黒人が描かれている映画"との批判(●批判1)も受ける可能性はあるかもしれません。でも個人的にはいい映画だと思います。

 この映画では介護のリアルな様子が描かれておらず、介護の現場にいる人から見ればキレイに作られ過ぎている印象を受ける(●批判2)かもしれませんが、これは、そうした様子を映像化してしまうと、観客が面接に来たその他多くの介護人候補者と同じく、フィリップを同情の目で見てしまうことを避けるため、意図的に描かないようにしたのではないかと思います。

最強のふたりsaikyo-01.jpg また、介護事業者や介護に携わる家族などからすれば、介護問題のかなりの部分は経済的な問題であって、この映画の主人公のように大富豪であればそうした問題の殆どは解決可能であり、あとは介護人と被介護者の相性の問題だけになるので、現場にとってさほど参考になるものはない(●批判3)との見方もあるかもしれません。でも、本来がこの作品は、そうした介護の大変さを伝えることを趣旨としたものではなく、元々異質な他人同士だった2人が、お互い対等な立場で相手を認め合い、相手を思い遣る関係となった―"Intouchables"という原題からして―それがこの映画のテーマではなかったかと思います。