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事実をアムンゼン・スコット隊の物語のようにドラマチックに改変した原作と映画。

八甲田山  1.jpg八甲田山 1977.jpg八甲田山  2.jpg 八甲田山 dvd.jpg
Hakkodasan (1977)   「八甲田山 完全版 [DVD]

八甲田山1s.jpg 日露戦争開戦目前の1901(明治34)年10月、軍部はロシア軍と戦うためには雪と寒さに慣れておく必要があると判断、弘前の第4旅団司令部で行われた「日露戦争に備えての雪中行軍作戦会議」に、弘前第8師団より第4旅団長・友田少将(島田正吾)、参謀長・中林大佐(大滝秀治)、「弘前第31連隊」より連隊長・児島大佐(丹波哲郎)、第1大隊長・門間少佐(藤岡琢也)、徳島大尉(高倉健)、「青森第5連隊」よ八甲田山2a96e.jpg八甲田山 高倉2.jpgり津村中佐(小林桂樹)、木宮少佐(神山繁)、神田大尉(北大路欣也)、第2大隊長・山田少佐(三國連太郎)らがそれぞれ出席して、耐寒訓練として冬の八甲田山を軍行する計画を立て、神田大尉率いる「青森第5連隊」と徳島大尉率いる「弘前第31連隊」の参加が決まる。双方は青森と弘前から出発、八甲田山ですれ違うという進行が大筋だった。翌年1月20日、徳島率いる弘前八甲田山80.jpg第31連隊は、雪に馴れている27名の編成部隊で弘前を出発し、一方の神田大尉も小数精鋭部隊の編成を申し出たが、大隊長・山田少佐に拒否され210名という大部隊で青森を出発した。神田の青森第5連隊の実権は大隊長・山田少佐に移っており、神田の用意した案内人を山田が断ってしまう。神田の部隊は低気圧に襲われ、磁石が用をなさなくなり、ホワイトアウトの中に方向を失い、次第に隊列は乱れ、狂死する者八甲田山12.jpgさえ出始める。一方徳島の部隊は、案内人(秋吉久美子)を先頭に風のリズムに合わせ、八甲田山に向って快調に進む。出発してから1週間後、徳島隊は八甲田に入って神田大尉の従卒の遺体を発見、神田の青森第5連隊の遭難は疑う余地はなかった。そして徳島は、吹雪の中で永遠の眠りにつく神田と再会。青森第5連隊の生存者は山田少佐以下12名。徳島の弘前第31連隊は全員生還。山田少佐はその後に拳銃自殺する―。

八甲田山 高倉.jpg 1977年公開の森谷司郎監督、橋本忍脚本、高倉健・北大路欣也主演作品で、原作は新田次郎の小説『八甲田山死の彷徨』('71年/新潮社)。原作は、1902(明治35)年)1月、陸軍第8師団の「青森歩兵第5連隊」が青森市街から八甲田山の田代新湯に向かう雪中行軍訓練で参加者210名中199名が死亡した事件に材を得ていますが、「弘前歩兵第31連隊」の雪中行軍訓練と時期は重なるものの、お互いに相手の計画を知らなかったということで、これを徳島・神田両大尉が同時に行軍指揮の命令を受け、事前に両隊が八甲田山で出会うことを示し合わてスタートしたように描き、更に、強行スケジュールを立てて先を急いだ神田・青森隊と、自然の驚異への畏怖からそれに逆らわず慎重に行動した徳島・弘前隊を対比的に描くことで、ちょうど南極点一番乗りを目指して片や偉業達成、片や全滅したアムンゼン隊とスコット隊の物語のようにドラマチックにしたのは、新田次郎の作家としての力量の為せる技でしょう。

八甲田山 1977  三國s.jpg 従って、事実としては、映画のように高倉健が演じた徳島大尉(モデルは福島泰蔵大尉)と北大路欣也が演じた神田大尉(モデルは神成文吉大尉)が出発前に出会って語らったこともなく、また、映画では三國連太郎演じる山田少佐(モデルは山口鋠少佐)の我田引水の判断や行動が遭難事故の誘因となったように描かれていますが、実際には山口少佐の遭難事故に与えた影響は判明していないそうです(部下の犠牲で生き残ったことへの自責の念から病院で拳銃自殺するというのも新田次郎の創作)。

八甲田山es.jpg 一方の、徳島大尉は理想のリーダーのように描かれていますが、実際には福島隊も地元の案内人との関係は良くなかったらしく、高倉健の徳島大尉が秋吉久美子演じる(軽々と雪山を登って行く部分はスタント?)案内人に感謝の意を表して部下らに捧げ銃を命じるのは完全に映画のオリジナルで、新田次郎原作においてすら、小銭を渡して冷たくあしらったことになっています(映画では、三國連太郎演じる山田少佐が「金目当てか?」と案内人を追い返したのと対照的な行動として描かれている。感動的な場面ではある)。

八甲田山i.jpg しかしながら、事実がどうだったかはともかく、映画は映画としてみれば面白く、少なくとも長尺の割には、途中飽きることはありませんでした。原作の方は企業研修や大学において、リスクマネジメントやリーダー論などの経営学のケーススタディに用いられることがあるようですが、当然事前に読ませておくということでしょう。映画も(その後の討論を含め1日がかりの研修ならともかく)勤務時間中に見せるのは約2時間40分の長さはきついかもしれません。

八甲田山 北大路欣也.jpg そもそも、原作にしても映画にしても、明治陸軍という特殊な組織の中での話であって、これを現代のビジネス社会に当て嵌めて考えたり応用したりするには無理があるという見方もあるようですが、確かにそうした面もあるかもしれないし(「北大路欣也演じる神田大尉が上官の無茶な命令に逆らえないのはフォロワーシップの欠如だ」と言うのは簡単だが、当時の陸軍においては上官命令には絶対服従だっただろう)、一方、高倉健演じる徳島大尉はあまりに理想的に描かれ過ぎている感じもします。しかしながら、個々のリーダーシップと言うより組織論的な観点から見ると、命令系統の混乱が青森隊を混迷状況に陥れたわけで、マネジメントにおける「命令統一の原則」が守られなかった場合どうなるかということと呼応しており、参考になる部分はあるかもしれません。

八甲田山 1977   8.jpg 今日まで続く"山岳映画"の流れの嚆矢にもなったとされる作品ですが(一応これ以前にも「銀嶺の果て」('47年)や「黒い画集 ある遭難」('61年)といった作品はあるが)、この作品のロケは大変だったろうなあと思います。撮影隊が本当に遭難しそうになったという逸話があるというのは頷けますが、今だったらかなりの部分をCGでカバーしてしまうだろうから、そう考えると全てフィルムで撮っているというのは映像的に貴重かも。但し、カメラマンの木村大作は吹雪の中で照明が殆ど使えなかったことが不満だったとのことで、確かに白い雪の中で登場人物の顔が黒く潰れてしまっているというのは多く見られました。おそらくこれはデジタルリマスター版になってもそう改善されないものなのでしょう。

八甲田山03.jpg「八甲田山」●制作年:1977年●監督:森谷司郎●製作:橋本忍/野村芳太郎/田中友幸●脚本:橋本忍●撮影:木村大作●音楽:芥川也寸志●時間:169分●出演:高倉健/北大路欣也/島田正吾/三國連太郎/丹波哲郎/藤岡琢也/加山雄三/小林桂樹/神山繁/森田健作/下絛アトム/大滝秀治/前田吟/東野英心/緒方拳/加賀まり子/秋吉久美子/山谷初男/丹古母鬼馬二/菅井きん/加藤嘉/田崎潤/栗原小巻/金尾哲夫/玉川伊佐男/江角英明/樋浦勉/浜田晃/加藤健一/江幡連/高山浩平/安永憲司/佐久間宏則/大竹まこと/新克利/山西道宏/船橋三郎●公開:1977/06●配給:東宝(評価:★★★☆)

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「メメント・モリ」映画の"傑作"と言うか、むしろ"快作"と言った方が合っている?

Okuribito (2008).jpgおくりびと 2008 .jpgおくりびと1.jpg
おくりびと [DVD]」 山崎努・本木雅弘
Okuribito (2008)

おくりびと2.jpg チェロ奏者の小林大悟(本木雅弘)は、所属していた楽団の突然の解散を機にチェロで食べていく道を諦め、妻・美香(広末涼子)を伴い、故郷の山形へ帰ることに。さっそく職探しを始めた大悟は、"旅のお手伝い"という求人広告を見て面接へと向かう。しかし旅行代理店だと思ったその会社の仕事は、"旅立ち"をお手伝いする"納棺師"というものだった。社長の佐々木生栄(山崎努)に半ば強引に採用されてしまった大悟。世間の目も気になり、妻にも言い出せないまま、納棺師の見習いとして働き始める大悟だったが―。

おくりびと アカデミー賞.jpg 2008年公開の滝田洋二郎監督作で、脚本は映画脚本初挑戦だった放送作家の小山薫堂。第32回日本アカデミー賞において作品賞・監督賞・脚本賞・主演男優賞(本木雅弘)・助演男優賞(山崎努)・助演女優賞(余貴美子)・撮影賞・照明賞・録音賞・編集賞の10部門をを独占するなど多くの賞を受賞しましたが、その前に第32回モントリオール国際映画祭でグランプリを受賞しており、更に日本アカデミー賞の発表後に第81回米アカデミー賞の外国語映画賞の受賞が決まり、ロードショーが一旦終わっていたのが、アカデミー賞受賞で再ロードにかかったのを観に行きました。

滝田洋二郎監督、本木雅弘、余貴美子、広末涼子(第81回アカデミー賞授賞式/2009年2月23日(日本時間))

おくりびと3.jpg 主演の本木雅弘のこの映画にかけた執念はよく知られていますが(菊池寛賞が"本木雅弘と「おくりびと」制作スタッフ"に贈られている)、"原作者"に直接掛け合ったものの、原作者から自分の宗教観が反映されていないとして「やるなら、全く別の作品としてやってほしい」と言われたようです。もともとは、本木雅弘が20歳代後半に藤原新也の『メメント・モリ―死を想え』('83年/情報センター出版局)を読み、インドを旅して、いつか死をテーマにしたいと考えていたとのことで、まさに「メメント・モリ」映画と言うか、いい作品に仕上がったように思います(結局、原作者も一定の評価をしているという)。

おくりびと4.jpg 特に、前半部分で主人公が"納棺師"の仕事の求人広告を旅行代理店の求人と勘違いして面接に行くなどコメディタッチになっているのが、重いテーマでありながら却って良かったです(逆に後半はややベタか)。技術的な面や宗教性の部分で原作者に限らず他の同業者からも批判があったようですが、それら全部に応えていたら映画にならないのではないかと思います。こうした仕事に注目したことだけでも意義があるのではないかと思いますが(ジャンル的には"お仕事映画"とも言える)、米アカデミー賞の選考などでは、同時にそれが作品としてのニッチ効果にも繋がったのではないでしょうか(アカデミーの外国映画賞が、前3年ほど政治的なテーマや背景の映画の受賞が続いていたことなどラッキーな要素もあったかも)。

おくりびと5.jpg Wikipediaに「地上波での初放送は2009年9月21日で21.7%の高視聴率を記録したが、2012年1月4日の2回目の放送は3.4%の低視聴率」とありましたが、2回目の放送は日時が良くなかったのかなあ。こうした映画って、ブームの時は皆こぞって観に行くけれど、時間が経つとあまり観られなくなるというか、《無意識的に忌避される》ことがあるような気がしなくもありません。そうした傾向に反発するわけではないですが、個人的には、最初観た時は星4つ評価(○評価)であったものを、最近観直して星4つ半評価(◎評価)に修正しました(ブームの最中には◎つけにくいというのが何となくある?)。「メメント・モリ」映画の"傑作"と言うか、むしろ"快作"と言った方が合っているかもしれません。

 これもWikipediaに、「本作では、一連の死後の処置(エンゼルメイク)を納棺師が行っているが、現在では、臨終全体の8割が病院死であり、実際には、看護師が病院で行うことが多い」(小林光恵著『死化粧の時―エンゼルメイクを知っていますか』('09年/洋泉社))とありましたが、病院側がやるエンゼルメイクとは別に葬儀会社に「湯灌」などを頼めば、有料の付加サービスとしてやってくれるでしょう。納棺師と湯灌師の違いの厳密な規定はないそうですが、そうした人たちもある意味"おくりびと"であるし(最近若い女性の湯灌師が増えているという)、エンゼルメイクする看護師もその仕事をしている時は、広い意味での"おくりびと"であると言えるのではないでしょうか。
   
丸の内ルーブル.jpg丸の内ピカデリー3.jpg「おくりびと」●制作年:2009年●監督:滝田洋二郎●製作:中沢敏明/渡井敏久●脚本:小山薫堂●撮影:浜田毅●音楽:久石譲●時間:130分●出演:本木雅弘/広末涼子/山崎努/杉本哲太/峰岸徹/余貴美子/吉行和子/笹野高史/山田辰夫/橘ユキコ/飯森範親/橘ゆかり/石田太郎/岸博之/大谷亮介/諏訪太郎/星野光代/小柳友貴美/飯塚百花/宮田早苗/白井小百合●公開:2008/09●配給:松竹●最初に観た場所:丸の内ブラゼール4.jpg丸の内ブラゼールes.jpg丸の内ピカデリー3(09-03-12)(評価:★★★★☆)
丸の内松竹(丸の内ピカデリー3) 1987年10月3日「有楽町マリオン」新館5階に7階「丸の内ルーブル」とともにオープン、1996年6月12日~「丸の内ブラゼール」、2008年12月1日~「丸の内ピカデリー3」) (「丸の内ルーブル」は2014年8月3日閉館)

「サロンパス ルーブル丸の内/丸の内ブラゼール」(2008)

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松本清張の初期作品を当時の時代背景で再現するのは今後ますます難しくなっていく?

ゼロの焦点0.jpg ゼロの焦点 2009.jpg  『ゼロの焦点』(1961)kyu.jpg
ゼロの焦点(2枚組) [DVD]」木村多江・広末涼子・中谷美紀「ゼロの焦点 [DVD]

ゼロの焦点 2009 01.jpgゼロの焦点 2009  6.jpg 結婚式から7日後。仕事の引継ぎのため、以前の勤務地である金沢に戻った鵜原憲一(西島秀俊)が姿を消す。憲一の妻・禎子(広末涼子)は、見合い結婚のため夫の過去をほとんど知らず、失踪の理由もさっぱり見当がつかない。夫の足跡を辿って金沢へと旅立った禎子は、憲一のかつての得意先企業、室田耐火煉瓦会社で社長夫人の室田佐知子(中谷美紀)、受付嬢の田沼久子(木村多江)という2人の女性と出会う。日本初の女性市長選出に向けてゼロの焦点 2009 03.jpg支援活動に精を出す佐知子。教養がなく貧しい出身だが、社長のコネで入社した久子。交わるはずのなかった3人の女性の運命だったが、憲一の失踪事件がきっかけとなり、複雑に絡み合っていく。一方、憲一の失踪と時を同じくして起こった連続殺人事件に関して、ある事実が判明する。事件の被害者は、いずれも憲一に関わりのある人間だったのだ。夫の失踪の理由とは?連続殺人の犯人の正体とその目的は?全ての謎が明らかになるとき、衝撃の真相が禎子を待ち受ける―。

ゼロの焦点 新潮文庫2.jpg 2009年公開の犬童一心監督作で、2009年が原作者・松本清張の生誕100年にあたった記念の作品であるとのこと。松本清張の原作は、1961年に野村芳太郎監督で映画化されて以来何度かテレビドラマとして映像化されたものの、映画化作品としてはこれが初リメイクです。公開当時は、主演の女優たちが化粧品会社の広告のような出で立ちでポスターに収まり、更にそれに近い格好で映画祭などに出ているのを見て観なくてもいいかなと思ったりもしましたが、犬童一心監督の「のぼうの城」('12年/東宝)(樋口真嗣と共同監督)がまずまずだったので、観てみることにしました。しかしながら、結果は、やはりイマイチだったという印象です。時代設定を原作通り1957年から1958年頃にしているのは良いとして、一般には野村芳太郎版より原作に忠実とされているようですが、原作には無い室田佐和子の弟が出てきたり、佐和子の夫・室田儀作(鹿賀丈史)が最後自殺したりと、結構改変していました。

『ゼロの焦点』(1961).jpg 野村芳太郎版では、脚本の橋本忍が混み入った原作の背景を1時間半の中に収めようと腐心し、ラストの崖っぷちで犯人が長台詞の告白をするという設定になっていましたが、それが後の数多くの推理ドラマで使われる原型的パターンとなったとされるもののゼロの焦点 2009   09.jpg、今観ると逆に映画ではなくテレビドラマのように見えてしまうという印象を個人的に持ちましたが、こちらは2時間超なので、そのあたりはどう描くのかと思ったら、広末涼子演じる主人公が、汽車に揺られたりしながら自分の頭の中で想像で謎解きをしてしまう形になっていて、旧作よりも更に謎解きの部分が軽く扱われている印象を受けました(独白ナレーションでの謎解きには興醒めさせられる)。

ゼロの焦点es.jpg 犬童一心監督はロケ地探しに苦心したとのことで、韓国でロケしたりして、更にはVⅩ技術を駆使したりして昭和30年代の金沢を再現しており、安易に現代に置き換えず、当時のままを再現しようとしたその意欲と努力は買いますが、市長選に肩入れする佐和子を遠して婦人参政運動を描くことの方にウェイトがかかり過ぎた感じもして、昭和30年代の金沢を知る自分としては、もっと金沢の街並みとかを描いて欲しかった気もします(東京の場面も含め、いきなり室内シーンから入るパターンが多い)。

ゼロの焦点 2009 06s.jpgゼロの焦点 2009  09.jpg 広末涼子(禎子)、中谷美紀(佐和子)、木村多江(久子)の演技陣の中では、中谷美紀が目立ってしまった分、主人公である広末涼子が埋没してしまった印象で、事件を通して禎子が人間的に成長することが原作のモチーフの1つゼロの焦点 2009 ki .jpgであるのにそれがイマイチ伝わってきませんが、これは広末涼子のせいなのか演出のせいなのか(おそらく両方のせい?)。逆に木村多江だけがまともな演技をしているようにも見えますが、何れにせよ、背景映像の作り込みがしっかりしているのに、3人とも何となくスタジオで昨今のテレビドラマ風の演技をしているようで背景とマッチしてこず、よって、背負っている過去の重たさも伝わってこないのは、女優たちが化粧品会社の広告のようなポスターの収まり方をしているように感じた個人的先入観のせいだけではないでしょう。

ゼロの焦点 2009 05.jpg 推理ドラマとしてより人間ドラマとして描こうとして、その部分でも弱さを感じたのか佐知子の夫・儀作(おそらく登場人物の中で原作から最もキャラクター改変されている)をラスト近くで自殺させてしまったのだと思いますが(無理やりドラマチックにしようとしてよく使われる手法)、原作における夫婦が見えない絆で結ばれていたということが映画では殆ど描かれていないため、その自死は単に唐突な印象しか与えていないように思います。

ゼロの焦点 2009pure.jpg この作品で広末涼子は第33回日本アカデミー賞の主演女優賞、中谷美紀、木村多江は助演女優賞を受賞していますが、これは"ノミネート"みたいなもので"最優秀"賞は獲っていません(木村多江は同年の「ぐるりのこと」('08年)で最優秀主演女優賞受賞)。まあ、この作品が作品賞ほか計11部門で優秀賞を受賞しながら、トップの賞は1つも受賞していないというのは分かる気がするし、キネ旬のベストテンに入っていないのもむべなるかな。松本清張の初期作品を当時の時代背景のもとで再現するのは今後ますます難しくなっていくのかもしれません(繰り返しになるが、化粧品の広告のようなポスターは自ら墓穴を掘っている)。

「ゼロの焦点」●制作年:2009年●監督:犬童一心●製作:服部洋/白石統一郎 ほか●脚本:中園健司/犬童一心●撮影:蔦井孝洋●音楽:上野耕路●時間:132分●出演:広末涼子/中谷美紀/木村多江/西島秀俊/杉本哲太/長野里美/崎本大海/野間口徹/モロ師岡/江藤漢斉/小木茂光/本田大輔/黒田福美/左時枝/小泉博/本田博太郎/市毛良枝/鹿賀丈史/小木茂光/長野里美/本田大輔/江藤漢斉/畠山明子/佐藤貢三/大月秀幸/潟山セイキ●公開:2009/11●配給:東宝(評価:★★★)

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本来は星4つクラスだと思うが、状態の悪い不完全版でしか残っていないのが残念。

エノケンの法界坊 vhs.jpgエノケンの法界坊 .jpg
「エノケンの法界坊」VHS
下:「大鐵ニュース会館」(昭和13年)
エノケンの法界坊63.jpg 永楽屋の女将おらく(英百合子)は大の骨董好きで、お宝掛け軸"鯉魚の一軸"を手に入れるために、手代の要助(小笠原章二郎)に捜させていた。偶々それを持っていることが判った大坂屋・源右衛門(中村是好)が親子ほエノケンの法界坊1.jpgどに年齢の違う自分の娘のおくみ(宏川光子)に惚れていることを知って、その気を引くために源右衛門に娘を嫁がせる素振りをみせるが、おくみは実は要助と相思相愛の仲だった。源兵衛がおくみとの結エノケンの法界坊2.jpg婚を迫る一方、永楽屋の番頭の長九郎(如月寛多)もおくみに気があり、機会を画策する。更には、鐘楼寄進を名目に布施を集めては懐に入れていた破戒坊主の法界坊(榎本健一)までがおくみにぞっこんとなり、この恋愛合戦は四つ巴の様相を呈す。法界坊は長エノケンの法界坊4.jpg九郎にそそのかされて掛け軸を盗み出すが、源右衛門から掛け軸奪回の依頼を受けた長九郎が源右衛門を裏切って殺し、要助と共に法界坊の住処に行って今度は法界坊を刺し殺し、掛け軸を奪い返した要助も川に突き落とす。要助が死んでいまったと思ったおくみは、泣く泣く長九郎と祝言を挙げることになるが、そこへ幽霊となった法界坊が現われ、長九郎の悪事を暴き、そんな所に九死に一生を得た要助も戻って来る。幽霊の法界坊は、おくみと要助の婚礼を執り行なう事、自分の供養のために寺に鐘を寄贈する事をおくみたちに頼むと姿を消す―。

エノケンの法界坊0.jpg 1938(昭和13)年公開の斎藤寅次郎(1905-82)監督の東宝移籍第一回監督作品で、オリジナルが74分、現存するフィルムが53分です。一部ミュージカル風で、前半、要介がおくみに恋歌を唄っていたと思ったら、いつの間にかおくみが行方不明になって、実はエノケンの法界坊の住処に身を寄せていたなど、話が繋がらない部分がありますが、全体としてはそれほど欠落の影響は無かったでしょうか。

 元の話は歌舞伎の「隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ)」、所謂「法界坊」から取っていますが、歌舞伎では法界坊は最後までワルで、ライバルを殺しておくみを手籠めにしようとしてその母親に殺され、幽霊になって出てきた後もおくみと要助を苛むことになっている一方、こちらのエノケンの法界坊は、生前は破戒坊主だったのが、幽霊になってからころっといい人になっています。

エノケンの法界坊5.jpg エノケンは、幽霊になってからの方がナンセンスギャグの連発で面白かったです。幽霊になってから自分の行いを反省しているのは、自身が言うように、三途の川で追い返されたからでしょうか。その割には、プロローグで、完成した鐘の完成式でおくみ、要助らが見守る中、僧侶が鐘を鳴らすと鐘の中から法界坊が落ちて来て尻餅をつき、慌ててまた元の鐘の中へ...(まだしつこく成仏してなかった?)。脇を固める源右衛門役の中村是好はいつもながら、この作品では源右衛門を上回るワルの長九郎を演じた如月寛多も良く、ワルかった分だけ幽霊の法界坊にビビりまくる様がお可笑しいです。

 前半で要介がおくみに唄っていた歌のフシは、「モダン・タイムズ」('36年)でチャップリンがキャバレーでインチキ外国語で歌っていた「ティティーナ」(1920年代ぐらいにフランスで作られた元歌をチャップリンが編曲したもの)に日本語歌詞をつけたもので(歌詞にある、エノケンも使った「柘榴のようなその唇」という表現は今日ではぴんと来ないが、当時は巷でよく使われていたのなのか?)、「モダン・タイムズ」の日本公開が1938年2月、この映画の公開が同年の6月ですから、良く言えば新しいものに敏感、別な見方をすれば素早いパクリぶりと言えるかも。ラストの方のおくみと要助の婚礼場面でも、エノケンがワーグナーの「(ローエングリンの)結婚行進曲」に「高砂や~」の歌詞をつけて歌っているのがモダンです(但しこの曲は、この作品の2年前の伊丹万作監督の「赤西蠣太」('36年/日活)のラストで、志賀直哉の原作をアレンジした主人公の赤西蠣太と小波(さざなみ)が向かい合う場面でも流れていた)。

エノケンの法界坊001.jpg エノケンの映画は戦前のものの方が出来がいいと言われますが、この映画などもその代表格なのかも。この映画について天野祐吉(1933年生まれ)、筒井康隆(1934年生まれ)、筈見有弘(1937年生まれ)の各氏らが書いているものを読んだことがありますが何れもべた褒めで、但し、最初の方のエノケンの「ナムアミダーブツ」という歌がもっと長かったのではないかとか。この人たちは、小学生の頃にリバイバルで観ているようですが、その頃は完全版だったのだろなあ。

 個人的には、欠落部分があることもさることながら、フィルムの保存状態が良くないことが気になりました。「喜劇の神様」とまで言われた斎藤寅次郎監督ですが、山本嘉次郎監督などに比べるとアクションシーンがあまり得意でないのか、格闘シーンなどが何をやっているのか一層分かり辛いし、小林信彦氏の『日本の喜劇人』('82年/新潮文庫)によると、エノケン本人もこの作品を失敗作と言っていたそうです(アクションが少ないことに不満があったのでは)。

エノケンの法界坊  s.jpg 故・筈見有弘は、「この映画がかなり状態の悪い不完全版でしか残っていないらしいのは残念だ」(『洋・邦名画ベスト150〈中・上級篇〉』('92年/文春文庫ビジュアル版))と書いており、「らしい」というのは、自分が観た時はそうではなかったということなのでしょう。完全版を観たことがある人には、やはり欠損部分があるのが気になるのかもしれません。一応、星3つの評価としましたが、完全版で画質が良ければ、おそらく星4つ以上の評価だったと思います。

エノケンの法界坊[短縮版].jpg「エノケンの法界坊」●制作年:1938年●監督:斎藤寅次郎●脚本:和田五雄/小川正記/小国英雄●撮影:鈴木博●音楽:栗原重一●時間:74分(現存53分)●出演:榎本健一/宏川光子/小笠原章二郎/柳田貞一/中村是好/如月寛多/英百合子●公開:1938/06●配給:東宝東京(評価:★★★)

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講談調で娯楽性が高く、伝説的虚構性を重視。「忠臣蔵」の初心者が大枠を掴むのに良い。

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忠臣蔵 [DVD]」(2004) 主演:長谷川一夫

忠臣蔵 [DVD]」(2013)

忠臣蔵(1958)市川.jpg 元禄14年3月、江戸城勅使接待役に当った播州赤穂城主・浅野内匠頭(市川雷蔵)は、日頃から武士道を時世遅れと軽蔑する指南役・吉良上野介(滝沢修)から事毎に意地悪い仕打ちを受けるが、近臣・堀部安兵衛(林成年)の機転で重大な過失を免れ、妻あぐり(山本富士子)の言葉や国家老・大石内蔵助(長谷川一夫)の手紙により慰められ、怒りを抑え役目大切に日を過す。しかし、最終日に許し難い侮辱を受けた内匠頭は、城中松の廊下で上野介に斬りつけ、無念にも討ち損じる。幕府は直ちに事件の処置を計るが、上野介忠臣蔵  昭和33年.jpg贔屓の老中筆頭・柳沢出羽守(清水将夫)は、目付役・多門伝八郎(黒川弥太郎)、老中・土屋相模守(根上淳)らの正論を押し切り、上野介は咎めなし、内匠頭は即日切腹との処分を下す。内匠頭は多門伝八郎の情けで家臣・片岡源右衛門(香川良介)に国許へ遺言を残し、従容と死につく。赤穂で悲報に接した内蔵助は、混乱する家中の意見を籠城論から殉死論へと導き、志の固い士を判別した後、初めて仇討ちの意図を洩らし血盟の士を得る。その中には前髪の大石主税(川口浩)と矢頭右衛門七(梅若正二)、浪々中を馳せ参じた不破数右衛門(杉山昌三九)も加えられた。内蔵助は赤穂城受取りの脇坂淡路守(菅原謙二)を介して浅野家再興Chûshingura(1958).jpgの嘆願書を幕府に提出、内蔵助の人物に惚れた淡路守はこれを幕府に計るが、柳沢出羽守は一蹴する。上野介の実子で越後米沢藩主・上杉綱憲(船越英二)は、家老・千坂兵部(小沢栄太郎)に命じて上野介の身辺を警戒させ、兵部は各方面に間者を放つ。内蔵助は赤穂退去後、京都山科に落着くが、更に浅野家再興嘆願を兼ねて江戸へ下がり、内匠頭後室・あぐり改め瑤泉院を訪れる。瑤泉院は、仇討ちの志が見えぬ内蔵助を責める侍女・戸田局(三益愛子)とは別に彼を信頼している。内蔵助はその帰途に吉良方の刺客に襲われ、多門伝八郎の助勢で事なきを得るが、その邸内で町人姿の岡野金右衛門(鶴田浩二)に引き合わされる。伝八郎は刃傷事件以来、陰に陽に赤穂浪士を庇護していたのだ。一方、大石襲撃に失敗した千坂兵部は清水一角(田崎潤)の報告によって並々ならぬ人物と知り、腹心の女るい(京マチ子)を内蔵助の身辺に間者として送る。江戸へ集った急進派の堀部安兵衛らは、出来れば少人数でもと仇討ちを急ぐが、内蔵助は大義の仇討ちをするには浅野家再興の成否を待ってからだと説く。半年後、祇園一力茶屋で多くの遊女と連日狂態を示す内蔵助の身辺に、内蔵助を犬侍と罵る浪人・関根弥次郎(高松英郎)、内蔵助を庇う浮橋(木暮実千代)ら太夫、仲居姿のるいなどがいた。内蔵助は浅野再興の望みが絶えたと知ると、浮橋を身請けして、妻のりく(淡島千景)に離別を申渡す。長子・主税のみを残しりくや幼い3人の子らと山科を去る母たか(東山千栄子)は、仏壇に内蔵助の新しい位牌を見出し、初めて知った彼の本心にりくと共に泣く。るいは千坂の間者・忠臣蔵  昭和33年tyu.jpg小林平八郎(原聖四郎)から内蔵助を斬る指令を受けるがどうしても斬れず、平八郎は刺客を集め内蔵助を襲い主税らの剣に倒れる。機は熟し、内蔵助ら在京同志は続々江戸へ出発、道中、近衛家用人・垣見五郎兵衛(二代目中村鴈治郎)は、自分の名を騙る偽者と対峙したが、それを内蔵助と知ると自ら偽者と名乗忠臣蔵e.jpgって、本物の手形まで彼に譲る。江戸の同志たちも商人などに姿を変えて仇の動静を探っていたが、吉良方も必死の警戒を続け、しばしば赤穂浪士も危機に陥る。千坂兵部は上野介が越後へ行くとの噂を立て、この行列を襲う赤穂浪士を一挙葬る策を立てるが、これを看破した内蔵助は偽の行列を見送る。やがて、赤穂血盟の士47人は全員江戸に到着し、決行の日は後十日に迫るが、肝心の吉良邸の新しい絵図面だけがまだ無い。岡野金右衛門は同志たちから、彼を恋する大工・政五郎(見明凡太朗)の娘お鈴(若尾文子)を利用してその絵図を手に入れるよう責められていて、決意してお鈴に当る。お鈴は小間物屋の番頭と思っていた岡野金右衛門を初めて赤穂浪士と覚ったが、方便のためだけか、恋してくれているのかと彼に迫り、男の真情を知ると嬉し泣きしてその望みに応じ、政五郎も岡野金右衛門の名も聞かずに来世で娘と添ってくれと頼む。江戸へ帰ったるいは、再び兵部の命で内蔵助を偵察に行くが、内蔵助たちの美しい心と姿に打たれる彼女は逆に吉良家茶会の日を14日と教える。その帰途、内蔵助を斬りに来た清水一角と同志・大高源吾(品川隆二)の斬合いに巻き込まれ、危って一角の刀に倒れたるいは、いまわの際にも一角に内蔵助の所在を偽る。るいの好意とその最期を聞いた内蔵助は、12月14日討入決行の檄を飛ばす。その14日、内蔵助はそれとなく今生の暇乞いに瑤泉院を訪れるが、間者の耳目を警戒して復讐の志を洩らさChûshingura (1958) .jpgず、失望する瑤泉院や戸田局を後に邸を辞す。同じ頃、同志の赤垣源蔵(勝新太郎)も実兄・塩山伊左衛門(竜崎一郎)の留守宅を訪い、下女お杉(若松和子)を相手に冗談口をたたきながらも、兄の衣類を前に人知れず別れを告げて飄々と去る。勝田新左衛門(川崎敬三)もまた、実家に預けた妻と幼児に別れを告げに来たが、舅・大竹重兵衛(志村喬)は新左衛門が他家へ仕官すると聞き激怒し罵る。夜も更けて瑤泉院は、侍女・紅梅(小野道子)が盗み出そうとした内蔵助の歌日記こそ同志の連判状であることを発見、内蔵助の苦衷に打たれる。その頃、そば屋の二階で勢揃いした赤穂浪士47人は、表門裏門の二手に分れ内蔵助の采忠臣蔵 1958_1.jpg配下、本所吉良邸へ乱入。乱闘数刻、夜明け前頃、間十次郎(北原義郎)と武林唯七(石井竜一)が上野介を炭小屋に発見、内蔵助は内匠頭切腹の短刀で止めを刺す。赤穂義士の快挙は江戸中の評判となり、大竹重兵衛は瓦版に婿の名を見つけ狂喜し、塩山伊左衛門は下女お杉を引揚げの行列の中へ弟を探しにやらせお杉は源蔵を発見、大工の娘お鈴もまた恋人・岡野金右衛門の姿を行列の中に発見し、岡野から渡された名札を握りしめて凝然と立ちつくす。一行が両国橋に差しかかった時、大目付・多門伝八郎は、内蔵The Loyal 47 Ronin (1958).jpg忠臣蔵 _V1_.jpg助に引揚げの道筋を教え、役目を離れ心からの喜びを伝える。その内蔵助が白雪の路上で発見したものは、白衣に身を包んだ瑤泉院が涙に濡れて合掌する姿だった―。[公開当時のプレスシートより抜粋]
若尾文子(お鈴)・鶴田浩二(岡野金右衛門)

 1958(昭和33)年に大映が会社創立18年を記念して製作したオールスター作品で、監督は渡辺邦男(1899-1981)。大石内蔵助に大映の大看板スター長谷川一夫、浅野内匠頭に若手の二枚目スター市川雷蔵のほか鶴田浩二、勝新太郎という豪華絢爛たる顔ぶれに加え女優陣にも京マチ子、山本富士子、木暮実千代、淡島千景、若尾文子といった当時のトップスターを起用しています。当時、赤穂事件を題材とした映画は毎年のように撮られていますが、この作品は、その3年後に作られた同じく大作である松田定次監督、片岡千恵蔵主演の「赤穂浪士」('61年/東映)とよく比較されます。「赤穂浪士」の方は大佛次郎の小説『赤穂浪士』をベースとしています。

 "忠臣蔵通"と言われる人たちの間では'61年の東映版「赤穂浪士」の方がどちらかと言えば評価が高く、一方、この'58年の大映版「忠臣蔵」は、「戦後映画化作品の中で最も浪花節的かつ講談調で娯楽性が高く、リアリティよりも虚構の伝説性を重んじる当時の風潮が反映されている作品であり、『忠臣蔵』の初心者が大枠を掴むのに適していると言われている」(Wikipedia)そうです。概ね同感ですが、東映版「赤穂浪士」にしても、史実には無い大佛次郎が作りだしたキャラクターが登場したりするわけで、しかも細部においては必ずしも原作通りではないことを考えると、この大映版「忠臣蔵」は、これはこれで「伝説的虚構性を重視」しているという点である意味オーソドックスでいいのではないかと思いました。

 「赤穂浪士」の片岡千恵蔵の大石内蔵助と、3年先行するこの「忠臣蔵」の長谷川一夫の大石内蔵助はいい勝負でしょうか。「赤穂浪士」が浅野内匠頭に大川橋蔵を持ってきたのに対し、この「忠臣蔵」の浅野内匠頭は市川雷蔵で、「赤穂浪士」が吉良上野介に月形龍之介を持ってきたのに対し、この「忠臣蔵」の吉良上野介は滝沢修です。この「忠臣蔵」の長谷川一夫忠臣蔵 1958 中村.jpgと滝沢修は、6年後のNHKの第2回大河ドラマ「赤穂浪士」('64年)でもそれぞれ大石内蔵助と吉良上野介を演じています(こちらは大佛次郎の『赤穂浪士』が原作)。また、「赤穂浪士」が「大石東下り」の段で知られる立花左近に大河内傳次郎を配したのに対し、こちら「忠臣蔵」は立花左近に該当する垣見五郎兵衛に二代目中村鴈治郎を配しており、長谷川一夫が初代中村鴈治郎の門下であったことを考えると、兄弟弟子同士の共演とも言えて興味深いです。但し、この場面の演出は片岡千恵蔵・大河内傳次郎コンビの方がやや上だったでしょうか。
二代目中村鴈治郎(垣見五郎兵衛)

勝新太郎(赤垣源蔵)
忠臣蔵_V1_.jpg この作品は、講談などで知られるエピソードをよく拾っているように思われ、内蔵助が武士の情けに助けられる「大石東下り」や、同じく内蔵助がそれとなく瑤泉院を今生の暇乞いに訪れる「南部坂雪の別れ」などに加え、赤垣源蔵が兄にこれもそれとなく別れを告げに行き、会えずに兄の衣服を前に杯を上げる「赤垣源蔵 徳利の別れ」などもしっかり織り込まれています。赤垣源蔵役は勝新太郎ですが、この話はこれだけで「赤垣源蔵(忠臣蔵赤垣源蔵 討入り前夜)」('38年/日活)という1本の映画になっていて、阪東妻三郎が赤垣源蔵を演じています。また、浪々中を馳せ参じた不破数右衛門(杉山昌三九)もちらっと出てきますが、この話も「韋駄天数右衛門」忠臣蔵 1958 simura.jpg('33年/宝塚キネマ)という1本の映画になっていて、羅門光三郎が不破数右衛門を演じています。こちらの話ももう少し詳しく描いて欲しかった気もしますが、勝田新左衛門の舅・大竹重兵衛(志村喬)のエピソードなどは楽しめました(志村喬は戦前の喜劇俳優時代の持ち味を出していた)。

志村喬(大竹重兵衛)

 映画会社の性格かと思いますが、東映版「赤穂浪士」が比較的男優中心で女優の方は脇っぽかったのに対し、こちらは、山本富士子が瑤泉院、京マチ子が間者るい、木暮実千代が浮橋太夫、淡島千景が内蔵助の妻りく、若尾文子が岡野金右衛門(鶴田浩二)の恋人お鈴、中村玉緒が浅野家腰元みどりと豪華布陣です。それだけ、盛り込まれているエピソードも多く、全体としてテンポ良く、楽しむところは楽しませながら話が進みます。山本富士子はさすがの美貌というか貫禄ですが、京マチ子忠臣蔵 鶴田浩二 若尾文子.jpgの女間者るいはボンドガールみたいな役どころでその最期は忠臣蔵 1958 yamamoto.jpg忠臣蔵 1958 kyou.jpg忠臣蔵 1958 turuta.jpg切なく、若尾文子のお鈴は、父親も絡んだ吉良邸の絵図面を巡る話そのものが定番ながらもいいです。

山本富士子(瑤泉院)/京マチ子(女間者るい)/鶴田浩二(岡野金右衛門)  若尾文子(お鈴)・鶴田浩二

忠臣蔵(1958)6.jpg 渡辺邦男監督が「天皇」と呼ばれるまでになったのはとにかく、この人は早撮りで有名で、この作品も35日間で撮ったそうです(初めて一緒に仕事した市川雷蔵をすごく気に入ったらしい)。でも、画面を観ている限りそれほどお手軽な感じは無く、監督の技量を感じました。ストーリーもオーソドックスであり、確かに、自分のような初心者が大枠を掴むのには良い作品かもしれません。松田定次監督、片岡千恵蔵主演の「赤穂浪士」('61年)と同様、役者を楽しむ映画であるとも言え、豪華さだけで比較するのも何ですが、役者陣、特に女優陣の充実度などでこちらが勝っているのではないかと思いました。
 
滝沢修(吉良上野介)・市川雷蔵(浅野内匠頭)・渡辺邦男監督

Chûshingura (1958)
Chûshingura (1958).jpg忠臣蔵 1958 08.jpg「忠臣蔵」●制作年:1958年●監督:渡辺邦男●製作:永田雅一●脚本:渡辺邦男/八尋不二/民門敏雄/松村正温●撮影:渡辺孝●音楽:斎藤一郎●時間:166分●出演:長谷川一夫/市川雷蔵/鶴田浩二/勝新太郎/川口浩/林成年/荒木忍/香川良介/梅若正二/川崎敬三/北原義郎/石井竜一/伊沢一郎/四代目淺尾奥山/杉山昌三九/葛木香一/舟木洋一/清水元/和泉千忠臣蔵 1958 10.jpg太郎/藤間大輔/高倉一郎/五代千太郎/伊達三郎/玉置一恵/品川隆二/横山文彦/京マチ子/若尾文子/山本富士子/淡島千景/木暮実千代/三益愛子/小野道子/中村玉緒/阿井美千子/藤田佳子/三田登喜子/浦路洋子/滝花久子/朝雲照代/若松和子/東山千栄子/黒川弥太郎/根上淳/高松英郎/花布辰男/松本克平/二代目澤村宗之助/船越英二/清水将夫/南條新太郎/菅原謙二/南部彰三/春本富士夫/寺島雄作/志摩靖彦/竜崎一郎/坊屋三郎/見明凡太朗/上田寛/小沢栄太郎/田崎潤/原聖四郎/志村喬/二代目中村鴈治郎/滝沢修●公開:1958/04●配給:大映(評価:★★★★)

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ユーモア・サスペンスとして楽しめる「疾風ロンド」。FⅩで見せた「海賊と呼ばれた男」。

疾風ロンド 2016 .jpg 疾風ロンド 原作.jpg  海賊と呼ばれた男  2016.jpg 海賊と呼ばれた男 2016 チラシ.jpg 海賊と呼ばれた男 原作.jpg
「疾風ロンド」チラシ/『疾風ロンド (実業之日本社文庫)』/「海賊と呼ばれた男」ポスター・チラシ/『海賊とよばれた男(上) (講談社文庫)

疾風ロンドes.jpg 泰鵬大学医科学研究所では、研究員・葛原(戸次重幸)が危険な細菌を利用した生物兵器「K-55」という炭疽菌が開発してしまったことで、葛原を解雇する。葛原はその腹いせに「K-55」を研究所から持ち出し、ある場所に埋め目印として近くに木にテディベアを張り付ける。その後、所長の東郷(柄本明)宛てに3億円を要求した脅迫の内容のメールが届き、メールにはテディベアの写った写真が添付されていた。テディベア疾風ロンドges.jpgには発信機がつけられており、その受信機は葛原が持っている。研究主任の栗林(阿部寛)は警察に届けることを主張するが、所長は生物兵器を秘密裏に探すよう栗林に命じる。栗林は何の手がかりも無い中で捜索を始めるが、そこへ警察から葛原が事故で亡くなったという電話があり、葛原の遺体確認の際に荷物の中にデジカメと受信機を発見、そのデジカメのデータの中から「ある場所」がスキー場だと考える。スノーボードが好きな息子(濱田龍臣)の力を借り、そこは野沢温泉スキー場だと分かるが、野沢温泉スキー場は日本最大級の広さを持つスキー場だった―。

疾風ロンド 08.jpg 「疾風ロンド」の原作は東野圭吾の長編サスペンスで、 '13年11月実業之日本社から文庫書き下ろしで発刊され、作者の書き下ろしの文庫本での発売は17年ぶりだったそうですが、発売10日で100万部を突破したとのこと。同じく実業之日本社から'10年10月に実業之日本社文庫の創刊第1弾として、雑誌連載後これもいきなり文庫で刊行された『白銀ジャック』も発売から1か月余りで100万部を突破していますが、それを上回るスピードでの100万部達成ということになります('16年12月には雪山シリーズの3作目『雪煙チェイス』がこれもいきなり文庫で刊行された)。

疾風ロンド    s.jpg 原作はユーモア・サスペンス小説で、軽いとの批判もあったようですが、二転三転するストーリー展開の面白さを支持する声も結構あったみたいです。映画も、実写でありながらも割り切ってユーモア・サスペンス風に仕上げており(ムロツヨシとか変に可笑しい)、そのことが二転三転する展開と相俟って"軽く"楽しめるものになっていたように思います。仮に、大真面目な演出にしていたら、「炭疽菌」と言われても普通はイメージが湧かないだけに映画自体が持たなかったでしょう。因みに、原作を端折っている部分もありますが、ラストは明らかに原作を「改変」しています。


海賊と呼ばれた男 road.jpg 主要燃料が石炭だった当時から、石油の将来性を予感していた若き日の国岡鐵造(岡田准一)は、北九州・門司で石油業に乗り出すが、その前には国内の販売業者、欧米の石油会社(石油メジャー)など様々な壁が立ち塞がり、行く手を阻ぶ。しかし、鐵造は諦めず、それまでの常識を覆す奇想天外な発想と型破りな行動力、自らの店員(部下)を大切にするその愛情で、新たな道を切り拓いてく。その鐵造の姿は、敗戦後の日本において逆風にさらされても変わることはなかった。そしてついに、敗戦の悲嘆にくれる日本人の大きな衝撃を与える"事件"が発生する。石油メジャーから敵視され圧倒的な包囲網によりすべての石油輸入ルートを封鎖された国岡鐵造が、唯一保有する石油タンカー「日承海賊と呼ばれた男  .jpg丸」を、秘密裏にイランに派遣するという"狂気"の行動に打って出たのだ。イランの石油を直接輸入することは、イランを牛耳るイギリスを完全に敵に回すこと。しかし、イギリスの圧力により貧困にあえぐイランの現状と自らを重ね合わせた鐵造は、店員の反対を押し切り、石油メジャーとの最大の戦いに挑む―。

出光佐三.jpg海賊と呼ばれた男 1es.jpg 「海賊と呼ばれた男」の原作は百田尚樹による第10回本屋大賞受賞作品であり、こちらも'16年12月現在、上下巻累計で420万部というベストセラーです。出光興産創業者の出光佐三(いでみつ さぞう、1885-1981)をモデルにした歴史経済小説ですが、原作の段階から、出光佐三→国岡鐵造、出光興産→国岡商会、日章丸→日承丸、などと改変されています。映画では、60歳の鐵造を起点にそれまでの彼の歩みをカットバック風に振り返りながら、次第に60歳以降の出来事が多く描かれるようになり、その生涯を終えるまでを追っています。

海賊と呼ばれた男 07.jpg このように時系列が多少前後しますが、伝記映画としてはオーソドックスな作りになっているように思いました。ただ、一企業の草創期からの歴史を描いた作品でもあるため、その分、「プロジェクⅩ」などにおける再現映像の"拡大版"を観ているような印象も。出演者の演技が何となくワンパターンであるし、主演の岡田准一の演技も力入りすぎという感じでした(老け役になってから良くなった。助演の吉岡秀隆も、同じ山崎貴監督の「ALWAYS 三丁目の夕日」('05年/東宝)での演技の方が自然だった)。途中、やや中だるみ感がありましたが、終盤に「日章丸事件」というとっておきのエピソードが控えていたため、最後盛り返したという感じでしょうか海賊と呼ばれた男 日承丸 s.jpg。しかも、日承丸が英国艦隊とぶつかりそうになる場面とか、VFXがふんだんに使われていて、思った以上に見応えがありました(VFXは、「ALWAYS 三丁目の夕日」や、庵野秀明監督の海賊と呼ばれた男 堤.jpgシン・ゴジラ」('16年/東映)と同じく、山崎貴監督自身が所属する「白組」が担当した)。日承丸の船長を演じた堤真一(この人も「ALWAYS 三丁目の夕日」の俳優陣の1人)は、岡田准一よりも印象に残ったと言うと言い過ぎになるかもしれないですが、おいしい役どころだったかも。


疾風ロンドa.jpg「疾風ロンド」●制作年:2016年●監督:吉田照幸●脚本:ハセベバクシンオー/吉田照幸●撮影:佐光朗●音楽:三澤康広(主題歌:B'z)●原作:東野圭吾●時間:109分●出演:阿部寛/大倉忠義/大島優子/ムロツヨシ/堀内敬子/戸次重幸/濱田龍臣/志尊淳/野間口徹/麻生祐未/生瀬勝久/望月歩/前田旺志郎/久保田紗友/鼓太郎/堀部圭亮/中村靖日/田中要次/菅原大吉/でんでん/柄本明●公開:2016/11●配給:東映●最初に観た場所:TOHOシネマズ日本橋(16-12-22)(評価:★★★☆)

海賊と呼ばれた男 2016.jpg「海賊と呼ばれた男」●制作年:2016年●監督:山崎貴●脚本:山崎貴●撮影:柴崎幸三●音楽:佐藤直紀●VFX:山崎貴●原作:百田尚樹●時間:109分●出演:岡田准一/吉岡秀隆/染谷将太/鈴木亮平/野間口徹/ピエール瀧/綾瀬はるか/小林薫/光石研/堤真一/近藤正臣/國村海賊と呼ばれた男 上下.jpg隼/黒木華/須田邦裕/小林隆●公開:2016/12●配給:東宝●最初に観た場所:TOHOシネマズ日本橋(16-12-22)(評価:★★★☆)

TOHOシネマズ日本橋.jpgTOHOシネマズ日本橋
スクリーン 座席数(車椅子用) スクリーンサイズ
SCREEN 1 128+(2) 10.1×4.2m
SCREEN 2 110+(2) 9.1×3.8m
SCREEN 3 119+(2) 9.6×4.0m
SCREEN 4 119+(2) 9.6×4.0m
SCREEN 5 226+(2) 13.9×5.8m
SCREEN 6 213+(2) 13.6×5.7m
SCREEN 7 404+(2) 18.7×7.9m TCX
SCREEN 8 290+(2) 16.0×6.7m TCX
SCREEN 9 143+(2) 10.1×4.2m
9スクリーン 1,752+(18)

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概ね原点回帰か。人情ドラマ抜きの事実っぽい脚本が功を奏す。"変態"は不要だった? 解釈としては...。

シン・ゴジラ  2016.jpgシン・ゴジラ 41.jpg シン・ゴジラ 07.jpg
「シン・ゴジラ」チラシ

シン・ゴジラ9.jpg ゴジラシリーズの第29作で、『ゴジラ FINAL WARS』('04年/東宝)以来約12年ぶりの日本製作のゴジラシリーズ作。公開前は、コアな映画ファン、ゴジラファンの間ではともかく、一般にはそれほど話題にもなっていなかったのが、7月29日の公開後にネットや口コミでどんどん客足を伸ばし、前作で目標としていたものの果たせなかった'54年からスタートしたシリーズの累計観客動員数1億人突破を公開4日で果たし、公開1か月で累計動員360万人、累計興行収入53億円を突破、11月16日までの公開111日間で、観客動員551万人、興行収入が80億167万円を記録するなど、興行面で成功を収めています(2017年「芸術選奨」受賞作)。 

シン・ゴジラ 45.jpg 映画がヒットした要因としてまず挙げられることは、完璧とまでは言えないもののゴジラ映画の原点に回帰した点であり、観る前は全編CGでどうなのかなと思いましたが、観てみたら、ゴジラならではの重々しさや生々しさ、無敵の暴れん坊ぶりはなかなかのものでした。ゴジラのテーマや自衛隊のテーマなどお馴染みの伊福部BGMも使われていて、シリーズのオールドファンには懐かしいのではないでしょうか。個人的には、「宇宙大戦争」('59年/東宝)のテーマが使われていたのが(リアルタイムで観た作品ではないけれど)何だか嬉しかったです。

シン・ゴジラ 42.jpg 庵野秀明監督は、脚本の執筆段階から防衛省・自衛隊に協力を依頼し、「実際にゴジラが現れた場合、自衛隊はどのように対処するのか」「ゴジラに対して武器の使用が認められるのか」などミーティングを繰り返し行い、事実に即した脚本に仕上げていったとのことで、それが怪獣映画にしては比較的豪勢な役者陣の演技と相俟って、緊迫感とテンポの良さを生み出しています(時にコミカルな風刺も効かせていて、これもまたいい)。この映画から、自衛隊の強みと弱みが窺えるという人もいるくらいで、「機能的」脚本とでも言うか、こうした映画に挿入されがちな、恋人がどうしたとか妻子がどうしたといった人情ドラマは殆ど混ざり込む余地のない作りになっているのがいいです(石原さとみの"バイリンガルの米国大統領特使"だけが浮いていた)。

シン・ゴジラ 44.jpg ここまで殆ど褒めっ放しで、では欠点は無いのかと言うと、概ねゴジラ映画の原点に回帰したとは言え、ゴジラ自体が核開発の犠牲者であるという悲劇的要素がやや抜け落ちた印象も受けました(従って、ゴジラの雄叫びにオリジナルのような悲壮感があまり感じられない)。加えて、ゴジラが1個体で4段階ものシン・ゴジラ第2形態.jpg変態を繰り返すというのは、本当に必要なアレンジだったのかやや疑問に思いました(CGで出来るからやったという印象も)。特に第2変態の段階で、最初に上陸してその顔が正面から捉えられたと思ったら、東南アジアかどこかの「獅子舞の獅子」系の顔か、或いは「ウーパールーパー」みたいな顔に見えたのが拍子抜けしたと言うか、オリジナル特有の悲壮感から更に遠くなり残念に思いました(深海サメの一種「ラブカ」をモチーフにしたらしいが、ラブカはあんなピンポン玉みたいな目ではない。殆どぬいぐるみの世界)。

シン・ゴジラ49.jpg ゴジラを倒すための血液凝固剤って結局何だったのか、単なる液体窒素だったのか、それならば、牧悟郎(岡本喜八が写真のみの出演)博士の「ゴジラの元素変換機能を阻害する極限環境微生物の分子式」を解読する作業なんてあまり意味が無さそうにも思えるし、そもそも博士がなぜ資料をわざわざ暗号化したのかも、分かった人には分かったのかもしれないけれど、自分にはイマイチぴんときませんでした。この辺りについては、「シン・ゴジラを読み解くこと」がある種ブームのようになっていて、一般的な映画ファンだけでなく、例えば朝日新聞などは論説委員が新聞に読み解きを書いており、興味がある人はそうした記事も読んだ覚えがあるかも(政治の無能に対して行政の有能、日本型組織の強みがある種「美談」として描かれている一方、初代ゴジラに見られたような、ゴジラを生み出した文明のありように対する疑念や苦悩は殆ど描かれていないという指摘は的を射ていると思った)。

シン・ゴジラs.jpg ゴジラを倒しておいて、取り敢えず首都は大阪に移して、ゴジラは凍らせたまま東京駅傍に放置しておくなんてあり得るのかなあという気がしますが、おそらく、ゴジラは「原発」のメタファーであり、ゴジラ(原発)を管理し続けるという宿命を負った日本の未来を表しているのでしょう。ならば、博士の「好きにしろ」という「遺言」の意味は何なのか?-とか、ラストのゴジラの尾に蠢く人影は何を意味するのか?-とか、確かにいろいろ読み解きを促す作りにはなっています。

シン・ゴジラ 09.jpg 今度ゴジラが動き出したら、熱核攻撃のカウントダウンが再開するということで、次回作は東京駅から始まるのでしょうか。都心を汚染したゴジラの放射性物質は半減期が短く、2、3年で影響がなくなるとの設定なので、やがて避難先から360万人の住民が帰還することになったとして、スカイツリーじゃないのだから、立ち尽くすゴジラを見ながら半恒久的に生活を送るというのはちょっと考えにくく、やはり次回作を想定した終わり方なのでしょう(これで、次回作でゴジラがまたいきなり海の中から出てきたら、あの東京駅傍のゴジラはどうなったと突っ込みたくもなるだろう)。

シン・ゴジラ84.jpg「シン・ゴジラ」●制作年:2016年●総監督・脚本:庵野秀明●監督・特技監督:樋口真嗣●撮影:山田康介●音楽:鷺巣詩郎/伊福部昭●時間:119分●出演:長谷川博己/竹野内豊/石シン・ゴジラ cast.jpg原さとみ/高良健吾/大杉漣/柄本明/余貴美子/國村隼/市川実日子/ピエール瀧/斎藤工/小出恵介/古田新太/前田敦子/犬童一心/緒方明/片桐はいり/神尾佑/KREVA/黒田大輔/小出恵介/小林隆/嶋田久作/諏訪太朗/高橋一生/塚本晋也/津田寛治/鶴見辰吾/手塚とおる/中村育二/野間口徹/橋本じゅん/浜田晃/原一男/平泉成/藤木孝/松尾諭/松尾スズキ/三浦貴大/光石研/森廉/モロ師岡/矢島健一/渡辺哲●公開:2016/07●配給:東宝●最初に観た場所:TOHOシネマズ新宿(16-08-29)(評価:★★★☆)
TOHOシネマズ新宿
TOHOシネマズ新宿.jpgスクリーン 座席数(車椅子用) スクリーンサイズ
TOHOシネマズ 新宿3.jpgSCREEN 1 86+(2) 3.2×7.6m
SCREEN 2 108+(2) 5.3×12.6m MX4D®
SCREEN 3 128+(2) 4.5×10.8m
SCREEN 4 200+(2) 5.2×12.6m
SCREEN 5 184+(2) 4.0×9.6m
SCREEN 6 117+(2) 4.6×11.0m
SCREEN 7 407+(2) 7.3×17.7m
SCREEN 8 88+(2) 3.2×7.6m
SCREEN 9 499+(2) 8.0×19.2m TCX
SCREEN 10 311+(2) IMAX®デジタルシアター
SCREEN 11 122+(2) 3.9×9.5m
SCREEN 12 73+(2) 2.8×6.6m
12スクリーン 2,323+(24)

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逞しき青年武将としての正宗を描くも、全てにおいて中途半端な印象。

独眼竜政宗 1959 5.jpg 独眼竜政宗 1959 dvd.jpg 独眼竜政宗 1959 dvd2.jpg
独眼竜政宗 [DVD]」 中村錦之助・佐久間良子・月形龍之介

独眼竜政宗28.jpg 戦国の世の、陸奥の伊達政宗(中村錦之助)は、知勇勝れた若き武将として知られていた。豊臣秀吉(佐々木孝丸)は彼を恐れて、石田三成(徳大寺伸)の縁続きにある和田斉之を政宗の隣国に派遣した。政宗はこうした秀吉の意図を察して、鷹狩りで捕らえた鶴を聚楽第の竣工祝いとして秀吉に贈って親睦を計る。そんな時秀吉と対立関係にある北条家とつながりをもつ、奥羽路の名家田村家から、息女愛姫(大川恵子)を政宗に娶せたいとの申し出があった。政宗は愛姫と対面し、その清楚な美しさにうたれたが、政略の臭い濃いこの縁組みを断わる。その頃、秀吉の命をうけて隣国の和田斉之が政独眼竜政宗 1959 01.jpg宗に対して挑発行為に出る。だが彼は逆に斉之を術中に陥れて難を避ける。ますます脅威を感じた秀吉は暗殺団を送って政宗殺害を計るが、政宗は一味の矢を右眼にうけて重傷を負いながらも危機を逃れる。彼は、以前に狩の途中で樵(きこり)の勘助(大河内傳次郎)から聞いた"白蛇の湯独眼竜政宗 1959 8.jpg"という温泉郷に身を休めた。彼の身分を知らぬ勘助とその娘千代(佐久間良子)の素朴な愛情につつまれて、正宗には、両眼が見えていた時には知らなかった新しい世界が開ける。政宗の消息を案じた愛姫が"白蛇の湯"に訪ねる。折しも、秀吉の軍勢が北条家討伐のため小田原に向って進撃をはじめたとの報が入る―。

 1959(昭和34)年公開の河野寿一(こうの としかず)監督、中村錦之助主演による東映娯楽時代劇で、伊達政宗を主人公とする作品はこれ以前に主なもので、稲垣浩監督、片岡千恵蔵主演の「独眼龍政宗」('42年/大映)があり、また、以降では、1987年に渡辺謙が正宗を演じたNHKの大河ドラマ「独眼竜政宗」があります。この中村錦之助版では、伊達政宗は逞しき青年武将として描かれており、佐久間良子、月形竜之介、大河内傳次郎といった豪華キャストを配しています。

独眼竜政宗32.jpg ただ、伊達正宗が失明したのは眼病のためであり、それを、秀吉が政宗暗殺を謀って石田光成に命じて陸奥に刺客を送り、その刺客の忍者らとの戦いで政宗が右目を失ったという設定になっているため、右目を失った苦悩や秀吉への敵愾心も全て虚構の上に成り立っていることになり、このあたりはどうなのだろうか。Amazonのレヴューにも、「史実から完全に浮き上がった動画紙芝居を見せられているようだ」というものがありました。

 但し、政宗の父・輝宗(月形龍之介)が北条派の畠山義継(山形勲)に攫われ、それを政宗が畠山もろとも父を射殺したというのは、まず、輝宗に面会に訪れた義継が、面会が終わり出立する義継を見送ろうとした輝宗を、義継の家臣と共にに刀を突きつけ捕えたというのは事実らしく、輝宗が「自分を気にして家の恥をさらすな。わしもろともこ奴を撃て」と叫び、それが合図となって伊達勢は一斉射撃、この銃撃で輝宗と義継を始めとする二本松勢は全員が死亡したという記録が、伊達家の公式記録である『伊達治家記録』にあるそうです。更に、『奥羽永慶軍記』では、政宗自身によって義継と輝宗は撃ち殺されたとされており、この辺りは全くの作り話ではないようです(むしろ、本作で唯一、史実に忠実なシーンだったりして)。

 映画にもあるように、秀吉から上洛して恭順の意を示すよう促す書状が幾度か伊達家に届けられており、政宗はずっとこれを黙殺していましたが、最終的には秀吉の膨大な兵力を考慮した結果、秀吉に服属することとし、北条討伐の秀吉軍のいる小田原に参陣、秀吉は会津領を没収したものの、伊達家の本領72万石を安堵しています。

 正宗が当初秀吉への恭順を渋っていたのは、北条方につくか豊臣方につくか迷っていたためであり、最終的に正宗が豊臣方につくことで北条家は孤立して豊臣家に滅ぼされ、それによって秀吉の天下統一が成ったわけで、正宗の下した判断が歴史に与えた影響は大きかったわけですが、本当に秀吉に心底"恭順の意"を抱いていたのかというと疑わしく(秀吉亡き後の関ヶ原の戦いでは徳川家康の東軍独眼竜政宗 1959 9.jpgについている)、その辺りの形式的には秀吉に服従するけれど、気持ち的には従っていないということを、「自分の右眼を奪った秀吉」という位置づけで強調している作品なのかも。但し、それは歴史的背景を探りつつかなり好意的に解釈した場合であって、普通に観ていると、何が言いたいのかよく分からない作品ということになってしまうかもしれません。正宗は最後、「両目のままでは、こうして太閤にお目にかかることもなかったでありましょう。はっはっは」って呵々大笑するも、これも何だか強がりにしか聞こえなかったなあ。

独眼竜政宗38.jpg独眼竜政宗 1959 09.jpg 樵の勘助と正宗との交流は、勘助役の大河内傳次郎がなかなかいい味出していて楽しく、その娘・千代を演じた佐久間良子も美しいのですが、親子にとって正宗が「実は殿さまだった」と分かったところで終わっていて、こちらも中途半端。時間も87分と、これだけ役者を揃えた割には短く、とにかく全てにおいて中途半端な印象でした。

大河内傳次郎・中村錦之助
独眼竜政宗 1959s.jpg独眼竜政宗 1959 03.jpg「独眼竜政宗」●制作年:1959年●監督:河野寿一●脚本:高岩肇●撮影:坪井誠●音楽:鈴木静一●時間:87分●出演:中村錦之助(萬屋錦之介)/月形龍之介/岡田英次/宇佐美淳也/片岡栄二郎/浪花千栄子/矢奈木邦二郎/大川恵子/大河内傳次郎/佐久間良子/佐々木孝丸/徳大寺伸/加賀邦男/山形勲/中村時之介/長島隆一/水野浩/尾形伸之介/近江雄二郎●公開:1959/05●配給:東映(評価:★★)

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前半は「忠臣蔵」的、後半は「逃亡劇」的であり、長編ながら最後まで飽きさせない。

桜田門外ノ変.jpg 桜田門外の変 文庫003.jpg 桜田門外ノ変 文庫S.jpg  桜田門外ノ変【DVD】.jpg
桜田門外ノ変』『桜田門外ノ変〈上〉 (新潮文庫)』『桜田門外ノ変〈下〉 (新潮文庫)』「桜田門外ノ変【DVD】

 安政7(1860)年3月3日、雪に煙る江戸城桜田門外に轟いた一発の銃声と激しい斬り合いが、幕末の日本に大きな転機をもたらした。安政の大獄、無勅許の開国等で独断専行する井伊大老を暗殺したこの事件を機に、水戸藩におこって幕政改革をめざした尊王攘夷思想は、倒幕運動へと変わっていく―。

 吉村昭(1927-2006)の歴史小説で、「秋田魁新報」(1988年10月11日から1989年8月15日)など地方紙各誌に連載された後、加筆改稿を経て1990年に新潮社から単行本刊行、江戸幕府大老・井伊直弼が暗殺された桜田門外の変とその前後の顛末を、襲撃を指揮した水戸藩士・関鉄之介の視点から描いています。また、作者はあとがきで、この井伊直弼暗殺事件を「二・二六事件」に極めて類似しているとしています。

 物語は安政4年(1857年)正月、水戸藩の門閥派の要人結城朝道の手足となって改革派と争っていた谷田部籐七郎が弟とともに捕縛され、水戸領内を護送されるところから始まり、遡って斉昭の藩主就任と藩政改革が描かれるとともに、大老井伊直弼による水戸藩への弾圧、それに対し水戸藩士が井伊暗殺を企て、暗殺を成就するまで、その暗殺の次第が克明に描かれています。

 井伊直弼の暗殺までが前半分強で、後は暗殺後の彦根藩と幕閣、水戸藩の対応、井伊暗殺に呼応して薩摩藩が兵を挙げて京都へ上る計画が成らず、暗殺を企てた水戸藩士たちが失意のうちに捕縛、自刃、潜伏逃亡する様が描かれ、物語は文久2(1862)年5月11日の関鉄之介の小伝馬町での斬首で終わり、その後のことが簡潔に記されて締めくくられています。

 前半部分は「暗殺計画」に向けた「忠臣蔵」のような展開で、また、そうした面白味があります。但し、大石内蔵助のような強力な1人のリーダーがいるわけではなく、水戸藩士を中心とした尊王攘夷派の若手志士らによる集団的リーダーシップが展開されているといった印象でしょうか。

 後半部分は、主人公の関鉄之介らの逃避行であり、『長英逃亡(上・下)』('84年/毎日新聞社)などの"逃亡もの"は、"脱獄もの""漂流もの"と並んでこの作家の十八番であり、抑制された筆致で事実を積み上げていきながらも、それが自ずとスリリングな展開になっているところはさすがです。

 単行本で500ページ強、文庫で750ページ強の長編でありながら飽きさせずに読めるのは、前半が「忠臣蔵」的、後半が「長英逃亡」的という具合に色合いが異なっていることも、その理由の1つなのかも。「忠臣蔵」的面白さ、というのは事が成就するまでのプロセスの面白さであり、最初は赤穂浪士みたいに彦根藩邸に"討ち入り"する計画だったのが、警護が堅いのと手勢が限られている関係で、井伊直弼が藩邸から桜田門まで登城する経路を襲ったようです。桜田門外で井伊直弼を襲ったのは水戸藩脱藩士17名、薩摩藩士1名の計18名で、その内、討死1名、自刃4、深傷による死亡3名、死罪7名の計15名がこの世を去り、3名が逃亡して明治まで生き延びています。主人公の関鉄之介も最終的には斬首されたわけですが、いったん逃亡したメンバーの中で一番最後に捕まっており、そこに至るまでに幾度も危機を乗り越えながらも、仲間が捕らえられ包囲網が次第に狭まっていく様は、「逃亡劇」的なスリルがありました。

桜田門外の変9.jpeg この作品は佐藤純彌監督、大沢たかお主演で「桜田門外ノ変」('10年/東映)として映画化されており、映画では、井伊直弼暗殺事件のあった1860年を起点に、事件以前の背景と事件後の出来事がカットバック風に描かれていて、井伊直弼暗殺事件は映画が始まって30分ほどで起き、以降、次第に事件後の関鉄之介(大沢たかお)の逃亡劇が中心になっていきます。

桜田門外の変 映画36.jpeg 井伊直弼暗殺の場面はリアルに描かれていたように思います。藩邸を直接襲うのではなく、登城の行列への襲撃に切り替えたにしても、それでも彦根藩の行列は総勢60名ばかりいて、凄惨な斬り合いになったことは、こうして映像で見せられるとよく桜田門外の変 映画s.jpg理解出来ます。水戸脱藩士側は、深手の傷を負った場合は自刃する約束事になっており、その自刃の様が壮絶。一方、彦根藩側で当日斬り死しなかった者も、後日警護不行届きの咎で切腹を命じられているため、彦根藩の方は井伊直弼の他にかなりの人数が亡くなっていることになります。

桜田門外ノ変 ド.jpg この言わばクライマックスとも言える場面を映画開始後30分に持ってきたということで、後は「逃亡劇」的面白さを出そうとしたのかもしれませんが、結果的に地味な感じの映画になったという印象です。映画の方が面白いと言う人もいるし、確かに原作のテイストを損なわず、逃亡劇にウェイトを置いた後半もよく纏まっていると思いましたが、逃亡劇だけで200ページ費やしている原作に比べると、ややあっけない印象も残りました。原作には無い鉄之介と鳥取藩剣術指南との対決シーンなど入れたりしていますが、「逃亡劇」はもっと丹念に描けた気もするし、一方で、これが映画としての限界かなと言う気もします。

桜田門外の変 映画2.jpeg桜田門外ノ変es.jpg 映画では、鉄之助に中村ゆり演じる「愛人」がいて(坂本竜馬など革命家が潜伏先に愛人を設けるパターンか)、鉄之助の逃亡中に彼女が捕らえられて、石抱(いしだき)の拷問など受けた末に亡くなったことになっていますが、実際に捕らえられて石抱の拷問など受け亡くなったのは、映画で長谷川京子が演じた鉄之助の「妻」です。原作の中で数行しか触れられていませんが、作中で最も悲惨なエピソードであったように思われました(あまりに悲惨な話であるため、また、妻を犠牲にしたという負のイメージが伴うため、妻から愛人に改変した?)。

桜田門外ノ変 生瀬勝久.jpg桜田門外ノ変 柄本明.jpg また、井伊直弼襲撃の現場の指揮をしたのは鉄之助ですが、暗殺計画全体の主導者は生瀬勝久が演じた水戸藩奥右筆頭取・高橋多一郎と柄本明が演じた水戸藩南郡奉行・金子孫二郎です。高橋多一郎は幕吏に追い詰められて事件翌月の1960(万延元)年4月に息子と共に自刃(享年47)、金子孫二郎はその翌年に捕られて斬首されていますが(享年58)、共に明治維新後に正四位を贈位されていて、関鉄之助も維新後同様に従四位を贈位されています。事件の8年後(1968年)には時代は明治となっており、生きてればこれらの人々も"明治の元勲"となっていたのかも―。

桜田門外ノ変 映画.jpg「桜田門外ノ変」●制作年:1940年●監督:佐藤純彌●脚本:江良至/佐藤純彌●撮影:川上皓市●音楽:長岡成貢(主題歌:alan「悲しみは雪に眠る」)●原作:吉村昭●時間:137分●出演:大沢たかお/長谷川京子/柄本明/生瀬勝久/渡辺裕之/加藤清史郎/中村ゆり/渡部豪太/須賀健太/本田博太/温水洋一/ユキリョウイチ/北村有起哉/田中要次/坂東巳之助/永澤俊/池内博之/榎木孝明/西村雅彦/伊武雅刀/北大路欣也●公開:2010/10●配給:東映(評価★★★☆)

【1995年文庫化[新潮文庫(上・下)]】

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片岡千恵蔵の真田昌幸、萬屋錦之介の徳川家康、高峰三枝子の淀君。超豪華「B級」時代劇。

真田幸村の謀略ps.jpg 真田幸村の謀略ns.jpg 真田幸村の謀略 1979.jpg 真田幸村の謀略 松方.jpg
「真田幸村の謀略」チラシ・ポスター・パンフレット/「真田幸村の謀略 [DVD]」松方弘樹(1942-2017/享年74

真田幸村の謀略O.jpg 慶長15年、天下統一を図る家康(萬屋錦之介)は、大坂城の豊臣秀頼(小倉一郎)一党を討つための準備を進めている。一方、真田昌幸(片岡千恵蔵)・幸村(松方弘樹)父子も九度山で戦いの決意を固めていたが、昌幸は家康の間者に殺害され、幸村の妻・綾(萩尾みどり)は自刃を遂げる。幸村は穴山小助(火野正平)のみ残して他の家臣を上田城へ帰し、家康側についた兄・信幸(梅宮辰夫)と決別、亡父の遺志を継ぎ、家康の首をとる決心をする。家康の送った服部半蔵(曽根晴美)に殺された戸沢白雲斎(浜村純)の残した人名帖から、猿飛佐助(あおい輝彦)、霧隠才蔵(寺田農)、海野真田幸村の謀略 00.jpg六郎(ガッツ石松)、望月六郎(野口貴史)、筧十蔵(森田健作)、由利鎌之助(岩尾正隆)、根津甚八(岡本富士太)、三好伊三入道(真田広之)、三好清海入道(秋野暢子)などの草の者を集める。フランキー砲試射を見に来る家康を暗殺するために幸村と十勇士は出発するが、計画を見抜いた家康配下の半蔵の忍者部隊に幸村は片目を射抜かれる。家康は幸村達を豊臣が雇っ真田幸村の謀略 02.jpgた牢人と決めつけ、豊臣氏に叛逆の意図ありと口実を作り、徳川連合軍40万を大坂へ向けて進撃、1614年10月大坂冬の陣が始まる。報償金目当ての者、ひと旗上げようとする者が大坂に集まり、幸村と十勇士も大坂へ向かう。大坂城では徳川を迎え打つ軍議が開かれ真田幸村の謀略 38.jpg、籠城を主張する豊臣譜代衆と、野戦を主張する幸村達牢人衆が対立するが、淀君(高峰三枝子)の一言で籠城と決定、幸村は鉄壁の出城「真田丸」を作る。幸村は、小助に天竺渡来の麻薬を持たせ遊女たちと共に前田軍に送り込んで前田軍を骨抜きにし、翌日の合戦で真田軍が圧勝する。家康は和議の交渉を進め、フランキー砲の偶発に驚愕した淀君も和議に応じてしまうが、和議が済むと家康は大坂城の堀を埋めつくし、裸同然の無防備な城に一変させてしまう。そして、1615年4月大坂夏の陣が始まる―。

真田幸村の謀略 01.jpg 1979(昭和54)年公開の中島貞夫監督による東映"何でもあり"時代劇。冒頭、いきなり夜空から巨大隕石が落下してくる場面があり(「妖星ゴラス」('62年/東宝)かと思った真田幸村の謀略71.jpgけれど、映画会社が違ったか)。この星に乗ってやってきたのがどうやら猿飛佐助だったらしく、最後は独りまた宇宙へ帰っていきます。超能力が使えるならばそれをもっと使えばいいのに、刀や徒手空拳で東映時代劇の殺陣の流儀に沿って闘っているというのもおかしいし、と思ったら、「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」と思い出したように九字を切る(とても宇宙から来たとは思えない)―という具合に、突っ込みどころは多く、穿った見方をすれば、そうした突っ込みどころを愉しむ映画なのかもしれません。

真田幸村の謀略 608.jpg真田幸村の謀略19.jpeg その外にも、真田昌幸(片岡千恵蔵)が、家康の間者が放った猫にひっかかれて死んでしまったり(猫の爪に毒が塗ってあった)、三好清海入道が朝鮮から連れてこられた姫君で切支丹のジュリアおたあ(秋野暢子)の変名だったり(しかも真田幸村の謀略 0259.jpg加藤清正(丹波哲郎nXnh.jpgテレパシスト能力を有し、人の心を読み取ることが出来るという設定)、幸村が敵に片目を射抜かれて途中から"独眼竜政宗"みたいに眼帯をしていたり、加藤真田幸村の謀略ド.jpg清正(丹波哲郎)が大阪城内の座敷牢みたいなところでトラを飼っていたり...。幸村が十勇士だけ引き連れて徳川の大軍と戦っているのも非現実的ですが、極めつけはラストで、幸村が家康との一騎打ちの末その首を刎ね、家康の首が空高くぶっ飛びます(公開当時は「家康の首が50メートル飛ぶ!」という宣伝がなされていた)。

真田幸村の謀略 pannhu.jpg こうした荒唐無稽な内容でありながらも、ベースはNHK大河ドラマ「真田丸」などでもお馴染みの展開であり(ある意味、ラストの家康の死を除いては、後の「将軍家光の乱心 激突」('89年/東映)などよりは"史実逸脱度"は低いかも)、その「真田丸」もしっかり作られ、合戦シーンはかなり大掛かりなものとなっています。そして何よりも、片岡千恵蔵の昌幸、萬屋錦之介の家康、高峰三枝子の淀君と、配役が超豪華です(思えば、片岡千恵蔵が「赤穂浪士」('61年/東映)で大石内蔵助を演じた時に松方弘樹はその息子の大石主悦役で出ており、当時18歳で映画デビュー2作目だった)。また、十勇士が初登場する際にストップ・モーションとなってイラスト化されますが、そのイラストを描いているのは横尾忠則です。

真田幸村の謀略   .jpg 難点の1つは、その十勇士達の個性がそれほど活かされておらず、真田の郷にいる時でも訓練行動の時から同じようなユニフォームで動き回っていて、何だかレインジャー部隊にしか見えない点でしょうか。正直、後でスチール写真で誰が誰だったか確認した次第(「将軍家光の乱心 激突」のように千葉真一こそ出ていないが、JACの面々は出ているみたい)。ただ動き回っているだけで、あまり演技させてもらっていない俳優達が可哀そうです。強いて言えば、三好清海入道を女性にしたことで、秋野暢子にドラマ部分を担わせた印象もありますが、これもちょっと弱かったか。別に難点は1つではなく、他に難点はと言われれば幾つでもありますが、むしろ突っ込みどころがあり過ぎてコメントし辛いという、超豪華「B級」時代劇、といった感じの作品でした。

真田幸村の謀略 title.jpg「真田幸村の謀略」●制作年:1989年●監督:中島貞夫●特撮監督:矢島信男●脚本:笠原和夫/松本功/田中陽造/中島貞夫●撮影:赤塚滋●音楽:佐藤勝●時間:148分●出演:松方弘樹/寺田農/あおい輝彦/ガッツ石松/野口貴史/森田健作/火野正平/岩尾正隆/岡本富士太/真田広之/秋野暢子/片岡千恵蔵/梅宮辰夫/萩尾みどり/北村英三/村居京之輔/和田昌也/橘麻紀/谷川みゆき/浜村純/丹阿弥谷津子/小泉美由記/木村英/岡麻美/田中みき/市川好朗/志茂山高也/勝野賢三/タンクロウ/萬屋錦之介/小坂和之/進藤盛裕/茂山千五郎/金子信雄/香川良介/小林昭二/林彰太郎/江波杏子/川浪公次郎/壬生新太郎/曽根晴美/笹本清三/春田純一/福本清三/大矢敬典/木谷邦臣/平河正雄/奔田陵/志賀勝/丸平峰子/小峰隆司/池田謙治/司裕介/畑中伶一/山田良樹/藤沢徹夫/平沢彰/唐沢民賢/波多野博/阿波地大輔/宮城幸生/大城泰/秋山勝俊/高並功/泉好太郎/五十嵐義弘/小倉一郎/高峰三枝子/上月左知子/桜町弘子/松村康世/富永佳代子/星野美恵子/森愛/戸浦六加藤清正(丹波哲郎mN.jpg真田幸村の謀略 梅宮.jpg宏/梅津栄/野口元夫/白井滋郎/疋田泰盛/土橋勇/成田三樹夫/遠藤征慈/宮内洋/丘路千/中村錦司/丹波哲郎●公開:1979/09●配給:東映(評価:★★☆) 


丹波哲郎(トラに餌をやる加藤清正)/梅宮辰夫(徳川家康陣中の真田信幸)

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"躰を張ったアクション"と"手作りの特撮"。但し、アクションだけでいい映画は作れない。

将軍家光の乱心 激突 1989.jpg将軍家光の乱心 激突  .jpg将軍家光の乱心 激突 dvd.jpg 将軍家光の乱心 激突 ogata chiba.jpg
将軍家光の乱心 激突 [DVD]」 緒形拳・千葉真一

京本政樹・二宮さよ子・加納みゆき・茂山逸平

将軍家光の乱心 激突13_m.jpg将軍家光の乱心 激突2m.jpg将軍家光の乱心 激突 4_m.jpg将軍家光の乱心 激突m.jpg 三代将軍・徳川家光(京本政樹)の後継である竹千代(茂山逸平)は、乳母の矢島局(加納みゆき)と共に渓谷の湯屋で保養中、老中阿部重次(松方弘樹)の命を受けた伊庭庄左衛門(千葉真一)が指揮する根来忍者集団に襲撃されるが、堀田正盛(丹波哲郎)が雇った石河刑部(緒形拳)とその配下である多賀谷将軍家光の乱心 激突16.png六兵衛(長門裕之)・砥部左平次(織田裕二)・祖父江伊織(浅利俊博)・郡伝右衛門(荒井紀人)・土門源三郎(成瀬正孝)・猪子甚五右衛門(胡堅強(フー・チェンチアン))らに助けられ、堀田家に保護される。竹千代が狙われたのは、精神に異常をきたしていた家光の「竹千代は自分に似ていないから」という一存だけのためだった。竹千代は父・家光と対決することを決し、石河刑部たちは家光への怒りとそれに立ち向かう竹千代に意気を感じ、彼を護衛して江戸城へ向かう。その行く手を阻もうと伊庭庄左衛門が指揮する大軍が立ちはだかる―。

将軍家光1.jpg 1989(平成元)年1月14日公開の中島貞夫と松田寛夫の脚本を降旗康男が監督した作品ですが、アクション監督を務めた千葉真一色の濃い作品です。徳川家光の後継を巡って阿部重次(松方弘樹)と堀田正盛(丹波哲郎)が対立、竹千代を護らんと堀田正盛が雇った石河刑部(緒形拳)ら7人の浪人たちが、阿部重次の命を受けた伊庭庄左衛門(千葉真一)の追撃をかわして竹千代を無事江戸に送り届けられるかという単純な構図で、ストーリーよりもアクションを楽しむ映画でしょうか(史実では、阿部重次、堀田正盛とも徳川家光のもとで老中を務め、家光が死去した際に両名とも殉死しており、映画の序盤で堀田正盛が斬死してしまうという展開そのものが最初から史実無視か)。

将軍家光の乱心 激突 oda.jpg 全編を通じて千葉真一率いるJAC(ジャパンアクションクラブ)の"顔見世興行" ならぬ"アクション見世興行"みたいな感じで、敵味方とも無駄なアクションも多く、ブレイクする前の織田裕二(浪人の中で一番最初に死んでしまう)なども頑張ってはいましたが、ここまでや将軍家光112.jpgられると飽きてきてしまい、やはりアクションだけでいい映画は作れないなあと。皆、躰を張って演っているのはよく分かるのですが、ロープシーンはブルーシートを使って撮影しているのが丸わかりだったし、終盤の長門裕之演じる六兵衛が人馬もろとも火だるまになりながら敵陣に突っ込む場面も、最初はスタントだったのが、途中から人も馬も人形になっている(車輪付き)のが分かってしまうといった具合でした。

将軍家光の乱心 激突29.jpg クライマックスの緒形拳と千葉真一の1対1の対決シーンも、いつの間にか家の屋根の上に登ったりぴょんぴょん飛び跳ねてばかりで、これが将軍家光 8.jpgJAC流の殺陣なのでしょうか。緒形拳の方は殆ど足元や背中しか映らないので、スタントであることがすぐに判ってしまいます。松方弘樹が黒幕の役で自身は全然殺陣をやらなかったけれど、どちらかと言うと、松方弘樹 vs. 千葉真一の殺陣を見たかった気がします(でも、それだと完全に正統本格派とJACとの"他流試合"になってしまうのでマズイんだろうなあ)。

 単純なストーリーながら、サイドストーリーとして、阿部重次と石河刑部はかつて幼馴染の親友同士で、阿部は妹お万(二宮さよ子)を刑部へ嫁がせたのが、そのお万が家光に好かれ側室になるチャンスに目が眩んだ阿部が、無理矢理刑部を離縁させて家光の側室とし、老中の地位を手に入れたというややこしい話もありました。ただ、こっちの方の話は説明不足で、逆に分かり辛かったです(竹千代は実は刑部の子ってことか)。

将軍家光役京本政樹.jpg 徳川家光(京本政樹)はホントにひどいご乱心ぶりで(他の時代劇映画ではマキノ正博監督の「家光と彦左」('41年/東宝)など以前から徳川家光は名君として扱われているケースの方が多いと思うが、江戸学の祖・三田村鳶魚は家光の奇行を書き記し、「私の見るところ、家光は馬鹿で、頓狂者で、タワイもない人であったように思われる」と酷評し、歴史学者の山本博文氏は不安神経症だったのではないかと言っている)、最後は自ら竹千代を殺さんとして乳母・矢島局(加納みゆき)らまで巻き込んでぐちゃぐちゃに。この刃傷沙汰は一体何なのだ、もう何でもありといった感じです(家光が亡くなって阿部重次、堀田正盛が殉死したという「史実」は、実は「公式記録」としてそう扱われただけのものだという解釈らしい)。

 「第39回ベルリン国際映画祭招待作品」であったということにちょっと驚きを感じます。先日、NHK-BSプレミアムでも放映していました。おそらく、現在的な価値としては、今だったらCGで処理してしまうところを"躰を張ったアクション"と"手作りの特撮"でやっているという点なのでしょう。そう思うと「×」をつけるのも忍びなく、星半個オマケして「△」にしました。

将軍家光の乱心 激突s.jpg「将軍家光の乱心 激突」●制作年:1989年●監督:降旗康男●アクション監督:千葉真一●原作脚本:中島貞夫/松田寛夫●撮影:北坂清●音楽:佐藤勝(主題歌:THE ALFEE 「FAITH OF LOVE」)●時間:117分●出演:緒形拳/加納みゆき/二宮さよ子/真矢武(JAC)/織田裕二/浅利俊博(JAC)/荒井紀人/成瀬正孝 /丹波哲郎/長門裕之/胡堅強(フーチェンチアン)/茂山逸平/京本政樹/松方弘樹/千葉真一/福本清三/林彰太郎/有川正治/川浪公次郎/宮城幸生/笹木俊志/木谷邦臣/志茂山高也/小峰隆司/平河正雄/司裕介/小船秋夫/石井洋充/入江武俊/丘祐子/森松豊文/久米朗子/桃山舞子/陳国安/王松平●公開:1989/01●配給:東映(評価:★★☆)

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講談に施した"肉付け"がナチュラルで上手さを感じた。しっかり泣ける。

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忠臣蔵 赤垣源蔵 討ち入り前夜4.jpg
香川良介・中野かほる・阪東妻三郎
忠臣蔵赤垣源蔵 討入り前夜 [VHS]

忠臣蔵 赤垣源蔵 討ち入り前夜75.JPG 脇坂淡路守の重臣・坂谷城左衛門(志村喬)が、赤穂浪士は皆腰ぬけではないかと噂し、城忠臣蔵 赤垣源蔵 討ち入り前夜84.JPG左衛門の隣人で赤穂浪人・赤垣源蔵(阪東妻三郎)の実兄・塩山伊左衛門(香川良介)も返答に窮す。実は弟の源蔵は主家の浅野家が取り潰されてから、伊左衛門の所に居候して飲んだくれてばかりいるのだった。伊左衛門の妻おまき(中野かほる)やその息子、そして下男下女たちも源蔵を蔑んでいるが、隣家の坂谷城左衛門の忠臣蔵 赤垣源蔵 討ち入り前夜83.JPG娘・千鶴江(花柳小菊)だけは源蔵に惚れている。しかし、そんな千鶴江に対しても源蔵はその思いを弄ぶかのようにつれない。伊左衛門は源蔵に主君の仇討忠臣蔵 赤垣源蔵 討ち入り前夜89.JPGをする気があるのかと確認、一向にその素振りを見せない源蔵に苛立ち追い出してしまう。長屋住まいとなった源蔵の所へ、源蔵に仇討をする気がないことを聞きつけた千鶴江が訪ね説得するが、源蔵は弁解するばかり。千鶴江が「近いうちに婚礼申し上げます」と言うと、「それはおめでとう」と答える忠臣蔵 赤垣源蔵 討ち入り前夜95.JPGのみの源蔵。討入りの日、雪の中を饅頭笠に赤合羽姿で一升徳利をぶら下げ伊左衛門へ別れの挨拶に行く源蔵。兄は不在で、兄嫁は飲んだくれの相手をするのが嫌で仮病を使い、床に入って会わない。源蔵は仕方なく対応に出忠臣蔵 赤垣源蔵 討ち入り前夜97.JPGてきた女中のおすぎ(大倉千代子)に、衣紋掛けに掛かっていた兄の羽織をそのままにしておくよう言って、その羽織に向かって盃を上げ暇乞いをする。兄・伊左衛門は帰宅後、おすぎから源蔵の様子を聞いて源蔵を気の毒がり、会わなかった妻を戒め諭す。その夜、吉良邸で目覚ましい奮戦をする源蔵。夜が明けて討入りの噂は広まり、伊左衛門は老僕の常平(磯川勝彦)にその中に弟いたときは、近所に聞こえるように弟・源蔵が居たと大声で帰って来いと言いつける。常平が行って確認すると、そこに源蔵の姿が―。
  
赤垣源蔵 講談.jpg 1938(昭和13年)11月公開の池田富保(1892-1968/享年76)監督作で脚本原作は滝川紅葉。原題は「赤垣源蔵」で、後に「討入り前夜」と改題(因みに、マキノ正博監督にも「赤垣源蔵徳利の別れ」('36年、主演:沢村国太郎)という作品がある)。講談などでお馴染みの「赤垣源蔵 徳利の別れ」を映画にしたものですが、講談のままだと源蔵が兄・塩山伊左衛門に別れを告げに行くところから始まってしまうため、この映画では、それまでの源蔵の酒浸りの暮らしぶりや周囲の源蔵に対する苛立ちなどを描いています。とは言え、殆どの人が「徳利の別れ」の結末(それまで全く仇討する素振りを見せなかった源蔵が、実は四十七士に名を連ねることになるという)を知った上で観る作品なのでしょう。
赤垣源蔵徳利の別れ」(講談:若林鶴雲)

 講談に"肉付け"している幾つかの要素の1つとして、源蔵が大石内蔵助の密書を持つ2人連れを敵から救う場面があり、ここで阪妻・源蔵は剣戟を見せ、その腕が全くナマっていないことを示唆しています。その他に、兄・伊左衛門が弟・源蔵との囲碁の勝負を通じて弟に仇討の意志がないを悟って苛立ち、それまで居候していた源蔵を追い出してしまうといったエピソードも加わっていますが、最も大きな改変は、源蔵のことを想う娘・千鶴忠臣蔵 赤垣源蔵 討ち入り前夜99.JPG江(花柳小菊)というキャラクターの創造で、源蔵も彼女を可愛く思っているのは思っているが仇討を決意しているため、敢えてつれなくするという展開。それでも、千鶴江が他家に嫁に行ったと聞いた時はちょっと寂しそうな顔を見せる源蔵。しかし、そうした源蔵の気持ちを千鶴花柳小菊 .jpg江は知る由もない。これが、ラストシーンで、千鶴江が、本懐を遂げ泉岳寺に向かう四十七士の隊列の中にもしやと思ったその源蔵を見つけるという場面で効いてきます。源蔵の姿をを追いかける千鶴江は、雪で思うように歩けないため下駄を脱ぎ捨てて裸足で追う―暫く千鶴江の足元だけ映して彼女の心の昂ぶりを表しているのは上手いと思いました。
花柳小菊

忠臣蔵 赤垣源蔵 討ち入り前夜90.JPG もう1つの見所は、源蔵が伊左衛門へ別れの挨拶に行った際に、兄は不在で姐嫁は会おうとせず、代わりに対応したおすぎ(大倉千代子)との遣り取りでしょうか。その軽妙さとその背後にある源蔵の思いとが対照を成していて、阪妻のこうしたシチュエーションでの演技は最高ですが、相手している女中おすぎ役の大倉千代子の純朴さも良かったです(池田富保監督「忠臣蔵 地の巻」(1938/03 日活京都、主演:坂東妻三郎)では、吉良方のスパイの腰元役だった)。このおすぎは講談でも"竹"という名で登場大倉千代子.jpgし、源蔵が彼女に「西国のさる大名に召し抱えられた」と言伝(ことづて)するのも講談と同じです(この言葉は大石内蔵助が浅野内匠頭の妻・瑤泉院に対して「味方を欺く」ために使ったものと重なることから、源蔵自身が"内蔵助"の再現となっている)。また、源蔵が次に兄と会えるのはお盆の頃かとおすぎに言うのは、これはつまり自身が亡くなった後の"新盆"を意味しており、これは映画では定番のようです(「忠臣蔵」('58年/大映)では勝新太郎が赤垣源蔵を演じており、比べてみるのもいい)。
大倉千代子

 映像化される際に、作っている側は良かれと思って改変したりオリジナル要素を加味したりするのが、観る側にとっては"夾雑物"にのように感じられ、却って感興を削ぐことになるケースが多かったりもしますが、この作品は阪妻の名演もあってそうした不自然さが無く、講談に施した"肉付け"がナチュラルで、先に述べたラストシーンも(洋画からヒントを得ているようだが)上手さを感じました。これだと、しっかり泣けます。

 「赤垣源蔵」は歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」での名で、実在の志士の名は赤埴(あかばね)源蔵。普段は下戸で、仇討ちの3日前、妹婿である田村縫右衛門の屋敷を暇乞いのために訪問し、妹とその舅に対面。舅が赤穂浪士の不甲斐なさを嘆いて意見するも、仇討ちには一言も触れずに飲めない酒を飲んで辞去し、数日後に吉良邸討入りを聞いたその舅は大いに悔やんだという逸話がこの物語(講談)の元となっているとのことです(やはりちゃんと元の話があるのだなあ)。

忠臣蔵 赤垣源蔵 討ち入り前夜T.jpg忠臣蔵 赤垣源蔵 討ち入り前夜10.JPG「赤垣源蔵(忠臣蔵赤垣源蔵 討入り前夜)」●制作年:1938年●監督:池田富保●原作脚本:滝川紅葉●撮影:吉見滋男●音楽:白木義信●時間:75分●出演: 阪東妻三郎/花柳小菊/大倉千代子/香川良介/原健作/志村喬/市川百々之助/中野かほる/市川小文治/磯川勝彦/田村邦男/尾上桃華/長田仁宏●公開:1938/11●配給:日活京都(評価:★★★★)

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大佛次郎の原作小説をベースに考えればオーソドックス(?)なオールスター映画。

赤穂浪士 1961 .jpg赤穂浪士 1961 87.jpg 赤穂浪士 kataoka .jpg
赤穂浪士 [DVD]」 片岡千恵蔵(大石内蔵助)

赤穂浪士 1961dL.jpg 五代将軍綱吉治下、江戸市内に立てられた高札の「賄賂は厳禁のこと」の項が墨黒々と消され、犯人とおぼしき浪人・堀田隼人(大友柳太朗)が目明し金助(田中春男)に追われるが、堀部安兵衛(東千代之介)に救われる。赤穂五万石の当主・浅野内匠頭(大川橋蔵)は、勅使饗応役を命ぜらるが、作法指南役の吉良上野介(月形龍之介)は、内匠頭が賄賂赤穂浪士 1961  ookawa1.jpgを贈らないため事毎に意地の悪い仕打ちをする。勅使登城当日、度重なる屈辱に耐えかね、松の廊下で上野介に刃傷に及ぶ。内匠頭は命により即日切腹、浅野家は改易に。赤穂城代・大石内蔵助(片岡千恵蔵)のかつての親友で、上野介の長子・綱憲(里見浩太朗)を当主とする上杉家の家老・千坂兵部(市川右太衛門)は、上野介お構いなしとの片手落ちの幕府の処断に心痛する。兵部は清水一角(近衛十四郎)に命じ、腕ききの浪人者を集め、上野介の身辺を守らせ、隼人も附人の一人となる。兵部は妹の仙(丘さとみ)に内蔵助らの動静をさぐることを命じ、隼人も赤穂に赴く。内蔵助は、同志に仇討ちの意志を赤穂浪士さくら千恵蔵.jpg伝えて城を明け渡すと、京都山科に居を構えて祇園一力で遊蕩の日々を送り、妻子とも離別する。世の誹りの中、兵部だけは内蔵助の心中を知る。内蔵助は立花左近を名乗って東下りするが、三島の宿で本物の立花左近(大河内傳次郎)と鉢合わせになり、左近の情ある計らいで事無きを得る。内蔵助は討入り前に瑶泉院(大川恵子)を訪れ、言外に今生の別れを告げると、元禄14年12月14日雪の中、本所松坂町の吉良邸に討入る―。

赤穂浪士 1961 ookawa .jpg 松田定次監督による1961年の東映創立10周年記念作品。同監督による東映創立5周年記念作品「赤穗浪士 天の巻・地の巻」('56年/東映)と同じく、大佛次郎(1897-1973/享年75)の、昭和初期に「東京日日新聞」に連載、1928年改造社より刊行の小説『赤穗浪士』(新潮文庫など)を原作としています(5周年記念の後にまた10周年記念作を作ったのは、その間に大映が長谷川一夫主演のオールスター映画「忠臣蔵」('58年/大映)を作っていることへの対抗意識もあったのではないかと推察する)。5周年記念「赤穗浪士 天の巻・地の巻」の時の脚本が新藤兼人であっ赤穂浪士 東.jpgたのに対し、こちらは小国英雄の脚本。「赤穗浪士 天の巻・地の巻」の時は大石内蔵助を市川右太衛門が、浅野内匠頭を東千代之介が、立花左近を片岡千恵蔵、堀部安兵衛を堀雄二が演じていたのに対し、こちらは大石内蔵助を片岡千恵蔵(片岡千恵蔵は「忠臣蔵 天の巻・地の巻」('38年/日活)では浅野内匠頭と立花左近の1人2役を演じている。この時の大石内蔵助役は坂東妻三郎)が、浅野内匠頭を大川橋蔵が、立花左近を大河内傳次郎が、堀部安兵衛を東千代之介が演じています。また、この作品では、内蔵助の心情を知る上杉家の家老・千坂兵部の存在が大きく取り上げられていて、それを市川右太衛門が演じているほか、原作小説の主人公的存在で、千坂兵部の命により赤穂浪士の動向を探る浪人・堀田隼人という架空大友柳太朗赤穂浪士38.jpgの人物を、「赤穗浪士 天の巻・地の巻」の時に続いて赤穂浪士 月形.jpg赤穂浪士 1961 es.jpg演じています(この役は過去に大河内傳次郎や片岡千恵蔵も演じている)。因みに吉良上野介も、「赤穗浪士 天の巻・地の巻」の時に続いて月形龍之介が演じています。
大河内傳次郎(立花左近)・片岡千恵蔵(大石内蔵助)...「大石東下り」の場面

赤穂浪士0.gif 豪華俳優陣がそれぞれに相応しい役を演じているという印象を受け、オーソドックスに作られたものの中では完成度はまずまず高いのではないでしょうか。まあ、大友柳太朗が演じる堀田隼人は完全に架空の人物であるし、千坂兵部(実在)も赤穂事件の2年前(1700年)に既に没していたことが後に判明しているため、"オーソドックス"というのはあくまでも大佛次郎の小説『赤穗浪士』をベースとして考えた場合ということになりますが...(マキノ正博/池田富保監督の「忠臣蔵 天の巻・地の巻」('38年/日活京都)などの"古典"と比べればいじりまくっているということになる)。因みに、立花左近は「実録忠臣蔵」('21年)でマキノ省三監督がこしらえた架空キャラクターで、モデルは垣見五郎兵衛(実在)という人ですが、大石内蔵助とは鉢合わせするどころか、実際には会ってもおらず、大佛次郎の原作にも登場しません。マキノ省三監督が「勧進帳」の要素を「忠臣蔵」に取り込み、それを受け継いだのでしょう(つまり、監督による"いじり"はそれまでも絶えず行われていたということか)。今や「大石東下り」として定番的な名場面となっています。

 まあ、あまり史実にこだわり出すと、そもそも吉良上野介は本当に浅野内匠頭に意地悪したのかも怪しくなり、浅野内匠頭に対する取り調べの記録なども確かな史料は無いため、結局は多くが推測の域を出ないことになってしまうというのもあるかと思います。だからこそフィクションが成り立つとも言え、フィクションはフィクションとして楽しむべきなのかもしれません。

赤穂浪士 大友.jpg この大佛次郎原作・松田定次監督版の場合、やはり何と言っても大友柳太朗が演じる堀田隼人の存在が特徴的で、「賄賂は厳禁のこと」と書かれた立札に落書きし(この話は原作には無い)、賄賂を受け取っている吉良上野介を揶揄することで、浅野内匠頭の吉良上野介への怒りを単なる"私憤"の域に止めず"公憤"の域にまで引き上げ、観客が浅野内匠頭に同情しやすい状況を作り出す役割を果たしているように思います。でも、結局隼人自身は、浪士たちに共感を覚えながらも自らを浪士たちに同化しきれないことを悟って、スパイ同士の関係から恋仲になった仙の下へ戻って行きます。映画からは隼人が自らが抱える虚無を克服できなかったことが窺えますが、原作では後日譚として隼人と仙は心中したとなっています(原作では仙は兵部の妹でも何でもない非血縁者)。

赤穂浪士 中村.jpg あとは目立ったのは、浅野内匠頭のことを心配していた中村錦之助(萬屋錦之介)演じる脇坂淡路守。吉良上野介ごときで命を落とすのは惜しいと内匠頭に辛抱を説き、浅野家臣には上野介への付け届をもう少し配慮しろとの実践的アドバイスをしています(この人の言うことを聞いていれば赤穂事件は起きなかった?但しこの話も原作には無い)。しかし、遂に刃傷事件が起きてしまって悔しがり、松の廊下を搬送される吉良にわざと(?)ぶつかって「我が家の紋所を不浄の血でけがすとはなにごとぞ!無礼者!」と言って吉良上野介を扇子でしたたか打ち据えます(この話も原作には無い)。でもこれはまあ立花左近の"勧進帳"(大石東下り)と併せて定番と言えば赤穂浪士 市川.jpg定番です。むしろ、市川右太衛門演じる上杉家の家老・千坂兵部赤穂浪士 里見.jpg後半の目立ちぶりが顕著だったかも。千坂兵部は内蔵助と旧知の関係になっていて(原作には無い設定)、なぜか内蔵助が立花左近と鉢合わせになった三島の宿にまで出没し、内蔵助と目と目だけの"会話"。最後は、父親の危機に馳せ参じようとする上野介の長子・綱憲(里見浩太朗)を上杉家のためだと言って(世間は皆、赤穂浪士側を支持していますとの殆ど観客向けのような説明の仕方がスゴイけれど)命を張って押しとどめます(原作では赤穂浪士討ち入りの時点で千坂兵部は国元に戻されているため、この場面も無い)。

赤穂浪士 松方.jpg 松方弘樹(1942年生まれ、デビュー2作目で当時18歳)が大石内蔵助の息子・大石主税役で出ていて、討ち入り前に元服しますが(実在の大石主税は当時15歳ぐらいか)、討ち入った先に近衛十四郎(松方弘樹の実父)が演じる二刀流の剣豪・清水一角がいるという取り合わせが興味深いです(清水一角は歌舞伎で使われた名前で、本名は清水一学(実在))。"親子出演"で、親子を敵味方にしてしまったのだなあ。近衛十四郎の剣戟がちらっと見られるのはいいです(松方弘樹の方はまだ、ただ出ているだけ程度の存在か)。

 江戸っ子の畳職人・伝吉を演じた中村賀津雄(中村嘉葎雄)(こちらは中村錦之助と"兄弟出演")とその棟梁を演じた吉田義夫(いつもは悪役が多い)、内匠頭の一の側近・片岡源吾右衛門(史料では無言であることを条件に内匠頭の切腹への立ち合いを許されたとある)を演じた山形勲(この人も普段は悪役が多く、後に吉良上野介も演じるがここでは忠義の家臣)も良かったです。オールスター映画ですが、ストーリーは概ね定番です(但し、改めて振り返ると、大佛次郎の原作と比べても細部においては「無い無い尽くし」であるため、「(原作をベースに考えれば)オーソドックス」の"オーソドックス"には?マークがつくが)。そうした意味では、個々の役者を楽しむ映画かもしれません。

赤穂浪士1961 _0.jpg「赤穂浪士」●制作年:1961年●監督:松田定次●製作:大川博●脚本:小国英雄●撮影:川崎新太郎●音楽:富永三郎●原作:大佛次郎「赤穂浪士」●時間:150分●出演:片岡千恵蔵/中村錦之助(萬屋錦之介)/東千代之介/大川橋蔵/丘さとみ/桜町弘子/三原有美子/藤田佳子/花園ひろみ/大川恵子/中村賀津雄(中村嘉葎雄)/松方弘樹/里見浩太郎/柳永二郎/宇佐美淳也/堺駿二/田中春男/多々良純/尾上鯉之助/徳大寺伸/香川良介/小柴幹治/片岡奈良東映赤穂浪士超満員昭和36年.jpg栄二郎/堀正夫/高松錦之助/有馬宏治/楠本健二/月形哲之介/瀬川路三郎/団徳麿/小田部通麿/潮路章/有川正治/南方英二(後のチャンバラトリオ)/遠山金次郎/尾上華丈/大前均/中村錦司/赤木春恵/上代悠司/国一太郎/水野浩/中村時之介/北龍二/明石潮/清川荘司/吉田義夫/星十郎/沢村宗之助/戸上城太郎/阿部九洲男/加賀邦男/長谷川裕見子/花柳小菊/青山京子/千原しのぶ/木暮実千代/大河内傳次郎/近衛十四郎/山形勲/薄田研二/進藤英太郎/大友柳太朗/月形龍之介/市川右太衛門●公開:1961/03●配給:東映(評価:★★★☆)

「赤穂浪士」封切時(奈良東映・昭和36年)写真:谷井氏

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名場面にフォーカスしてじっくり撮るやり方は、重厚感を損なわずに成功している。

忠臣蔵 天の巻・地の巻 vhs.jpg 忠臣蔵 天の巻 地の巻3 - コピー.jpg 忠臣蔵 天の巻・地の巻 1938.jpg 忠臣蔵 天の巻 地の巻  .jpg
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山本嘉一(吉良上野介)/嵐寛寿郎(脇坂淡路守)/片岡千恵蔵(浅野内匠頭)/阪東妻三郎(大石内蔵助)
忠臣蔵 天の巻・地の巻 01yamamoto .jpg忠臣蔵 天の巻 地の巻 arasi .jpg忠臣蔵 天の巻・地の巻 02kataoka.jpg忠臣蔵 天の巻・地の巻 bandou.jpg 元禄14年、勅使饗応役に任命された赤穂藩主・浅野内匠頭(片岡千恵蔵)は、指南役の吉良上野介(山本嘉一)の度重なる嫌がらせに堪忍袋の緒が切れ、江戸城中の松の廊下で吉良に斬りつけるという刃傷沙汰に及ぶ忠臣蔵・天の巻・地の巻52.jpg。内匠頭は切腹、浅野家は断絶を命じられ、大石内蔵助(阪東妻三郎)はじめ家臣たちは城を明け渡す。浪士となった彼らは、敵や世間の目を欺きながら、仇討ちの機会を窺う。遂に翌15年12月14日、吉良邸への討ち入りを決行す―。

忠臣蔵 天の巻 地の巻3.jpg 1938年公開作。日本映画の父と謳われたマキノ省三(1878-1929/享年50)が1928年に畢生の大作として制作した「忠魂義烈 実録忠臣蔵」('28年)がフィルム焼失により未完成となり、翌年この世を去ったその省三の10周忌で制作された阪東妻三郎・片岡千恵蔵・嵐寛寿郎ら時代劇スター出演による大作。監督が「天の巻」がマキノ正博、「地の巻」が池田富保となっているほか、脚本、音楽、撮影も「天の巻」と「地の巻」でダブルスタッフになっているのは、マキノ省三ゆかりの映画人のチームワークによる作品であることの表れであるようです。 

忠臣蔵1938 スチル.jpg ストーリーがオーソッドクスで、それゆえに「決定版」とか「ベストオブ忠臣蔵映画」などとも言われる作品です。特徴的なのは、ストーリーを追いながらも、名場面はあたかも歌舞伎のようにじっくり撮っている点で、配役も、主役の阪東妻三郎は大石内蔵助のみを演じていますが、同じく主役級の片岡千恵蔵が浅野内匠頭と立花左近、嵐寛寿郎が脇坂淡路守と清水一角、月形龍之介が原惣右衛門と小林平八郎というようにあとの主要な10人は一人二役であり、これも歌舞伎の手法を模しているのかもしれません。嵐寛寿郎は血で家紋を汚した吉良上野介を打ち据えた浅野家シンパの播磨龍野藩主(脇坂淡路守)と二刀流の剣豪で討ち入りで亡くなった吉良家家臣(用心棒?)の一人(清水一角)の両方を演じ、月形龍之介に至っては討ち入った四十七士の一人(原惣右衛門)と討ち入られて奮戦しながらも亡くなった吉良家家臣の一人(小林平八郎)の両方を演じていることになります。

忠臣蔵1938sutiru .jpg 現在残っているプリントは、昭和31年12月12日再公開時のもので、初公開時19巻だったものが12巻となっているため、本作を「総集編」とも呼びますが、大河ドラマの年末「総集編」ほどの端折り様ではないですが、明らかにあってもよさそうな場面が無いのがやや残念。そんな中、印象に残るのは、後半「地の巻」の立花左近のエピソードでしょうか。

片岡千恵蔵(立花左近、二役)/阪東妻三郎(大石内蔵助)
忠臣蔵・天の巻・地の巻 kataoka たいばな  .jpg忠臣蔵・天の巻・地の巻 bandou .jpg 討ち入り決行を決意した内蔵助がいよいよ江戸へ下るとき、武器を輸送する際に関所で咎められないよう、立花左近の名を語って虎の尾を踏む思いで道中行くも、本物の立花左近がやはり品物を輸送中で、二組は東海道・鳴海宿で偶々同宿になってしまい、しかし立花左近は内蔵助たちを主君の仇討ちをせんとする赤穂浪士と察して、自分の方が偽物だと言って本物の身分証(道中手形)を偽物だからそちらで破棄してくれと言って渡すという、所謂「大石東下り」の段です。

忠臣蔵1938 suti-ru.jpg忠臣蔵 天の巻 地の巻9.jpg これを阪東妻三郎の大石内蔵助と片岡千恵蔵の立花左近が差しの演技で演じていて(内蔵助の家臣らは部屋の外に密かに待機し思わぬ展開に涙を流す)、互いに貫禄充分です(片岡千恵蔵は前半の浅野内匠頭よりも後半のこの立花左近の方が似合っている)。手形を見せろと言われて阪妻・内蔵助が差し出したものは実は白紙で、これを黙認する千恵蔵・立花左近という図は、歌舞伎の「勧進帳」における武蔵坊弁慶と富樫左衛門の図と同じで、この時BGMで流れるのも「勧進帳」です。 

 立花左近は「実録忠臣蔵」('21年)でマキノ省三監督がこしらえた架空キャラクターで、モデルは垣見五郎兵衛という人物であり、他の「忠臣蔵映画」では垣見五郎兵衛の名で出てくることも多いですが、但し、実在した垣見五郎兵衛は大石内蔵助とは鉢合わせするどころか、実際には会ってもいません。「勧進帳」の要素を「忠臣蔵」に取り込んだのでしょう。

忠臣蔵1938 .jpg もう1つの見せ場は、ほぼそれに続く、浅野長矩の妻・瑤泉院(星玲子)と阪妻・内蔵助の遣り取りで(所謂「南部坂雪の別れ」の段)、京都で放蕩生活をしてきた内蔵助を瑤泉院は吉良方を欺くための所為であろうと問うたのに対し、内蔵助はこれを頑なに否定し、討ち入りは諦めたと言ったため、瑤泉院が怒ってしまうというもの。内蔵助は戸田の局(沢村貞子)にある巻物を託して辞去しますが、吉良の間者である腰元(大倉千代子)がこれを盗み出し、それが見つかって取り押さえられて、取り返した巻物は戸田の局が瑤泉院に届けるが、内蔵助への怒りが収まらない瑤泉院はそれを投げつける―すると、巻物の紐がほどけて現れたのは内蔵助をはじめとする浪士たちの血判状だったというもの。叩きつけられた巻物がほどけて転がっていき、それが血判状であることが明らかになるという見せ方が旨いと思いました(このパターン、後の「忠臣蔵」映画やテレビドラマで何度も踏襲された)。

 ストーリーは大体周知の如くであるためテンポよく進め、名場面にフォーカスしてそこはじっくり撮るというやり方ですが、そうしたやり方は、この作品においては重厚感を損なうことなく成功しているように思います。後の忠臣蔵映画に見られる傾向のように、定番以外のエピソードを盛り込み過ぎていないのもいいです。ただ、最後の討ち入りに至るまでにもう少し定番エピソードがあったはずで、やはり「総集編」になってしまっていることが惜しまれます。

 因みに、1956年公開の東映創立5周年記念作品、松田定次監督の「赤穗浪士 天の巻・地の巻」(東映)は大佛次郎の原作小説『赤穗浪士』を新藤兼人が脚色したもので、市川右太衛門の大石内蔵助、片岡千恵蔵の立花左近のほか、大友柳太朗が赤穂浪士の動向を探る架空の堀田隼人という浪人を演じていて、これは大佛次郎の原作オリジナルキャラクター。同じく松田定次監督による1961年の東映創立10周年記念作品「赤穂浪士」(東映)も大佛次郎の原作をもとにしており、脚本は小国英雄、片岡千恵蔵が大石内蔵助、大河内傳次郎が立花左近、市川右太衛門が干坂兵部、そしてここでも大友柳太朗が堀田隼人を演じています。

大倉千代子.jpg また、この映画で吉良の間者の腰元を演じた大倉千代子は、同年の池田富保監督「赤垣源蔵(忠臣蔵赤垣源蔵討入り前夜)」(1938/11 日活京都)では、赤垣源蔵の兄の家の女中おすぎ役で登場し、赤垣源蔵役の坂東妻三郎とのあどけなくも絶妙の遣り取りを見せてています。

大倉千代子
 
 
 
「忠臣蔵 天の巻・地の巻」封切時の新京極「帝国館」前の盛況(NFC Digital Gallery)
新京極 帝国館(1938年).jpg「忠臣蔵 天の巻・地の巻(総集編)」●制作年:1938年●監督:マキノ正博(天の巻)/池田富保(地の巻)●製作:根岸寛一/藤田平二●脚本:山上伊太郎(天の巻)/滝川紅葉(地の巻)●撮影:石本秀雄(天の巻)/谷本精史(地の巻)●音楽:西梧郎(天の巻)/白木義信(地の巻)●時間:102分(現存)●出演:阪東妻三郎/片岡千恵蔵/嵐寛寿郎/小林平八郎/尾上菊太郎/澤村國太郎/沢田清/河部五郎/市川百々之助/原健作/香川良介/志村喬/市川小文治/団徳麿/磯川勝彦/市川正二郎/瀬川路三郎/田村邦男/葉山富之輔/尾上桃華/尾上華丈/楠栄三郎/島田照夫/仁礼功太郎/石川秀道/藤川三之祐/久米譲/林誠之助/阪東国太郎/大崎史郎/若松文男/志茂山剛/近松龍太郎/市川猿昇/小池柳星/沢村寿三郎/轟夕起子/原駒子/大倉千代子/中野かほる/衣笠淳子/比良多恵子/香住佐代子/小松みどり/滝沢静子/小杉勇/江川宇礼雄/山本嘉一/杉狂児/滝口新太郎/高木永二/北龍二/広瀬恒美/見明凡太朗/山本礼三郎/吉谷久雄/星ひかる/吉井莞象/花柳小菊/忠臣蔵 天の巻・地の巻 sawamura .jpg忠臣蔵 天の巻・地の巻 志村.jpg忠臣蔵・天の巻・地の巻 hoshi.jpg黒田記代/村田知栄子/星玲子/沢村貞子/近松里子/悦ちゃん/宗春太郎/市川小太夫●公開:1938/03/31●配給:日活京都(評価:★★★☆)
澤村國太郎(片岡源五右衛門 )/志村喬(安井彦右衛門)/星玲子(瑤泉院)

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長谷川一夫(二役)を観るための映画のような印象。古川緑波の彦左衛門も悪くないが...。

家光と彦左38.jpg家光と彦左37.jpg 家光と彦左7-s.JPG
「家光と彦左」VHS  長谷川一夫(徳川家光)・古川緑波

古川緑波(大久保彦左衛門)/黒川弥太郎(松平伊豆守)
家光と彦左01.JPG家光と彦左02.JPG 大久保彦左衛門(古川緑波)は大阪冬の陣で、主君・徳川家康(鳥羽陽之助)を背負って戦地の中ひた走りその命を守った忠君。冬の陣も終わって徳川の世となり、二代将軍秀忠(佐伯秀男)は、家臣・松平伊豆守(黒川弥太郎)の進言を受け、世継ぎに次男国松(小高たかし)を選ぼうとしていた。そこへその彦左衛門が現われ、家康の遺言に奉じ死を賭けて竹千代(林成年)を護り抜くとした。その一途さに秀忠は決定を覆し、長男竹千代を世継ぎにすることに。時は過ぎ、竹千代家光と彦左03.JPGは三代将軍家光(長谷川一夫)となり、明敏果断な名君として尊敬を集めている。一方、彦左衛門は、隠居同前の生活の毎日が寂しく、かつての威光も失われたかに見えた。心配した家光が天海和尚(汐見洋)に相談すると、「時々、愚かな君主になれ」と諭される。家光はそれから時々、わざと愚行をするようになり、彦左衛門は元のように御意見番として元気に現場復帰を果たす。ある日城中で彦左衛門は、家光が彦左衛門のためにわざと芝居をしているとの話を立ち聞きしてしまい、家光家光と彦左04.JPGに密かに感謝し、その芝居に付き合うことにする。家光は、完成したばかりの日光東照宮への訪家光と彦左05.JPG問の先導役を、彦左の最後のはなむけの仕事にする。彦左衛門は道中の宿で、お供の笹尾喜内(渡辺篤)に「命に変えても、わこ(家光)をお守し、最後の御奉公にしたい」と決意を話しているのを、家光はたまたま立ち聞きし感動する。しかし、次の日の宿である宇都宮城で待ち受ける本多上野介正純(清川荘司)は、元々秀忠の世継ぎに次男国松を推していた派であり、城代家老の河村靱負(長谷川一夫、二役)に命じて、城に吊り天井を仕掛けて家光を圧殺する計画を用意していた―。

家光と彦左b1-s.JPG 1941年3月公開のマキノ正博監督、長谷川一夫主演作。長谷川一夫演じる三代将軍家光の古川緑波演じる大久保彦左衛門に対する温かい情愛がコメディタッチで描かれ、終盤は長谷川一夫は将軍家光の暗殺を謀る本多正純(清川荘司)側の家臣・河村靱負との二役になります。しかも、家光役の時には、彦左衛門の前で愚君を装うため白拍子の踊りの輪に飛び入りで加わって踊り(白拍子の"センター"の桜町公子よりも長谷川一夫の殿様の方が踊り慣れている?)、河村靱負役の時には家光歓待を装って歌舞伎役者顔負けに歌舞いてみせるという、剣戟こそ無いものの、半分以上は長谷川一夫を観るための映画のような印象でした。

 古川緑波の彦左衛門も悪くなく、ストーリー的にはそれなりに面白いのですが、宇都宮城で家光が本多正純の策に嵌って"お命頂戴つかまつる"と言われている、そうした危機的な場面でさえ、それを家光が彦左衛門のために組んだ芝居だと思っているというのはあまりにノー天気で、さすがに無理があったように思いました。

本多正純_正信.jpg 歴史的には、本多正純(父・本多正信は徳川家康の側近)が、宇都宮城に吊り天井を仕掛けて、それを落下させることで(家光ではなく)第二代将軍徳川秀忠の暗殺を図ったという「宇都宮城釣天井事件」というのがありますが、実のところは計画そのものがガセネタだったようです。しかしながら、本多正純はその嫌疑によって失脚しており、こうしたガセネタの背後にポリティクスの力が働いていたのは間違いない事なのでしょう。

本多正純(伊東孝明)・本多正信(近藤正臣)父子(「真田丸」(2016))
         
家光と彦左11.jpg 家康の七回忌に日光東照宮を参拝した後、宇都宮城に1泊する予定だった秀忠は、「宇都宮城の普請に不備がある」という密訴を受け、それで予定を変更して宇都宮城を通過して壬生城に宿泊したそうです(宇都宮城の普請に携わった後、秘密を守るために殺害された多くの大工の中の一人・与五郎という男が、亡霊となって恋人であるお稲という女性の枕元に立ち、経緯を知って悲しんだお稲は自殺するが、自殺する前にそのことを書き遺した手紙をお稲の死後に父親が見つけて、日光から宇都宮に向かう将軍の行列に直訴したという伝説がある)。従って、この宇都宮城の釣天井が落下するといった事件は史実では起きていませんが、映画ではやっています。お堂1つをブッ飛ばしていますが、おそらく特殊撮影なのでしょう。そのシーンはよく出来ていたように思いますが、「特殊技術撮影」というクレジットがないので誰がやったのか分かりません(まさかホントにお堂を1つブッ飛ばしてしまったわけではないとは思うが)。

 マキノ正博は人形浄瑠璃を学び、女優に対する演技指導では自ら演技をしてみせたそうで、1940年頃には、当時まだ10代だった藤間紫(1923-2009/享年85)が踊る日本舞踊に感銘を受け、以後はもっぱら日本舞踊を研究し、その所作を女優の演技指導に活用したそうです。その10代の藤間紫(当時17歳)が、終盤の"家光歓待"の場面で「義経」の静御前を踊っています。

「家光と彦左」●制作年:1941年●監督:マキノ正博●製作:滝村和男●脚本:小国英雄●撮影:伊藤武夫●音楽:鈴木静一(琴奏:宮城道雄)●時間:104分●出演:長谷川一夫/古川緑波/黒川弥太郎/鳥羽陽之助/汐見洋/佐伯秀男/清川荘司/渡辺篤/林成年/横山運平/深見泰三/小高たかし/光一/浜田格/下田猛/冬木京三/星十郎/沢村昌之助/江藤勇/小森敏/中村幹次郎/大杉晋/武井大八郎/高松文磨/長島武夫/中村福松/河合英二郎/成田光枝/桜町公子/千葉早智子/藤間紫●公開:1941/03●配給:東宝東京(評価:★★★)

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ハメット原作映画の翻案。コメディ的要素と謎解き的要素の両方を楽しめる。

昨日消えた男 vhs.jpg 昨日消えた男00.jpg 昨日消えた男―小國英雄シナリオ集_.jpg ハメット 影なき男.jpg
「昨日消えた男」VHS        長谷川一夫・山田五十鈴  『昨日消えた男―小國英雄シナリオ集〈2〉』/ハメット「影なき男 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ (109))
昨日消えた男 vhs3.jpg昨日消えた男01.jpg 裏長屋の大家・勘兵衛(杉寛)が何者かに殺された。勘兵衛は鬼勘と言われるほど無情な男で間借人の間では嫌われ者だった。まず日頃から勘兵衛を殺してカンカン踊りを踊らせてやるといっていた文吉(長谷川一夫)と、勘兵衛に借金の返済を迫られていた浪人の篠崎源衛門(徳川夢声)が疑われる。更に長屋には、文吉に惚れている芸者小富(山田五十鈴)、小富に想いを昨日消えた男02.jpg寄せる錠前屋の太三郎(清川荘司)、篠崎源衛門の娘お京(高峰秀子)、その恋人の横山求馬(坂東橘之助)、人形師の椿山(鳥羽陽之助)と女房おこん(清川虹子)、居合抜の松下源蔵(鬼頭善一郎)と女房おかね(藤間房子)などが住んでいた。目明しの八五郎(川田義雄)が探索するも犯人は不明、そこで与力の原六之進(江川宇礼雄)は一同を呼んで取り調べをすることにしたが、それでも埒が明かない。やがて第二の殺人事件が起き、南町奉行・遠山左衛門射が事件解決に乗り出す―。

昨日消えた男03.jpg昨日消えた男b.jpg 1941年1月公開作で、マキノ正博(1908- 1993/享年85)監督が日活を離れてフリーとなって撮っていた「家光と彦左」が古川緑波の病気で撮影中断したため、その代わりに急遽撮った作品であり、原案は、ダシール ハメット原作、ウィリアム・パウエルとマーナ・ロイ主演の「影なき男」('34年)で、脚本の小国英雄(1904-1996/享年91)はこれを江戸時代の長屋に設定、ウィリアム・パウエルが演じる探偵は遠山の金さんに置き換え、それを長谷川一夫が演じました。この映画、僅か9日間で撮られたとかで、徳川夢声はマキノ正博監督の早撮りに驚いたと言います(マキノ正博はこのストーリーを、1956年にも中村扇雀=尾上さくらのコンビで「遠山の金さん捕物控・影に居た男」として、同じ脚本でリメイクしている。この他、森一生監督、小国英雄脚本で市川雷蔵が同心(実は徳川吉宗の仮の姿)を演じた「昨日消えた男」('64年/大映)がある)。

 言われてみれば確かに洋物推理小説っぽい凝った展開だったかも。犯人以外の人物がある動機から死体を動かしたというのは、クリスティの『書斎の死体』('42年)のようでもあるし、実は登場人物の多くが何らかの形で事件に関わっていたというのは、ヒッチコックの「ハリーの災難」('55年)のようでもありますが、それらよりも早くハメット原作映画に目を付け、尚且つ、それを遠山の金さんに置き換えた小国英雄と、このややこしい話を9日間で撮り上げたマキノ正博の両者の才覚はともに驚くべきものなのかもしれません。但し、最後に謎解きされてみれば、伏線となるようなものは殆ど無かったような気もしなくもなかったです(観直してみればまた違った印象を受けるかもしれないが)。

 当時16歳の高峰秀子の可憐さよりも、長谷川一夫(当時33歳)と山田五十鈴(当時25歳)の息の合った掛け合いの方が楽しかったでしょうか(山田五十鈴の"舌出し"は、後に小津 安二郎監督の「宗方姉妹」('59年/新東宝)で高峰秀子(当時25歳)が見せる"舌出し"よりも自然であるように思えた)。長谷川一夫の剣戟ならぬ棒術アクションもあります(体がよく動いている)。ベースはコメディ調ですが、渡辺篤、サトウロクローの「なるほどね」「いやまったく」のギャグの繰り返しはややくどかったような...。それでも、昭和16年に作られた映画であるにしては国策映画的な雰囲気は殆ど無く(大塩平八郎の一味が幕府転覆を目論む'悪役'になっていることぐらいか)、コメディ的要素と謎解き的要素の両方を楽しめます。

 謎解きの方は結局"千里眼"的と言っていい遠山金四郎の登場を待たなければ何が何だか分かりませんでしたが、それでも皆がそれぞれ何となく怪しげな行動をとっていることが緊迫感を醸して最後まで興味を引き、この辺りは演出の巧みさもあるように思いました。

「昨日消えた男」●制作年:1941年●監督:マキノ正博●製作:滝村和男●脚本: 小国英雄●撮影:伊藤武夫●音楽:鈴木静一●原案:ダシール・ハメット●時間:89分●出演:長谷川一夫/山田五十鈴/徳川夢声/高峰秀子/鳥羽陽之助/清川虹子/鬼頭善一郎/藤間房子/坂東橘之助/杉寛/沢井三郎/江川宇礼雄/川田義雄/進藤英太郎/渡辺篤/サトウ・ロクロー/清川荘司●公開:1941/01●配給:東宝東京(評価:★★★☆)

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唯一の阪妻版「丹下左膳」。単独で観ればそれなりに面白いが、他と比べると...。

丹下左膳 1952 dvd.jpg丹下左膳 [DVD]」 丹下左膳 (1952年、日本).jpg 淡島千景・阪東妻三郎

丹下左膳 (1952年)_1.jpg 徳川八代将軍吉宗(夏川大二郎)は、日光東照宮の改修工事を柳生藩に下命した。小藩の柳生家ではその費用に困窮したが、藩の生き字引の百余歳の一風宗匠が、柳生家では非常時のために莫大な埋蔵金があり、その在り処の地図は「こけ猿の茶壷」に納めてあると言う。その壷は、柳生家の息子・源三郎(高田浩吉)が、江戸に道場を持つ司馬一刀斎の娘・萩乃(喜多川千鶴)の許への婿入りの引出物に持って行っており、源三郎を道場に入れまいとする師範代・峰丹波(大友柳太朗)と一刀斎の後妻お蓮(村田知栄子)は、こそ泥・鼓の与吉(三井弘次)に源三郎から壷丹下左膳 (1952年、2).jpgを盗ませる。壺を盗んだ与吉は柳生の侍らに追われて、トコロテン売りの小僧ちょび安(かつら五郎)にそれを渡す。ちょび安は丹下左膳(阪東妻三郎)と櫛卷お藤(淡島千景)の夫婦に可愛がられ養子になる。その時ちょび安の持っていた壷は、長屋に住む浪人・蒲生泰軒に盗まれるが、左膳は泰軒を斬ってそれを取り戻す。更に幕府の隠密の総師・愚樂(菅井一郎)により再び盗み去られるが、盗まれた壷は偽物で、本物の壷は与吉によってお蓮の許へ運ばれていた。司馬道場へ婿入りした源三郎だが、お蓮に川船に誘い出され無理に口説かれる。源三郎が靡かないと見ると、船の底に穴をあけ船を沈められる。泳ぎが不得手の源三郎を助けるため左膳が川に跳び込むが、源三郎も左膳もこけ猿の壷もろとも水門へと流される。長屋の住人らは二人の葬式を挙げるが、実は二人は何とか生きていて壷も無事だった。そこで丹波はちょび安を誘拐し、左膳をおびき出して騙し討ちにしようとする―。

丹下左膳 百万両の壺 101.jpg 1952年公開の松田定次監督、阪東妻三郎主演作。戦前の山中貞雄監督、大河内傳次郎主演の「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」('35年/日活)と同じく、林不忘(1900-1935/享年35)の『丹下左膳・こけ猿の巻』が原作であり、おそらくこちらの方が原作に近いのでしょう。"こけ猿の壷"を巡って、柳生家、峰丹波一味、幕府隠密、鼓の与吉とお連などが四ツ巴の争奪戦を繰り広げ、しかも最後にちょび安の意外な出自が明かされるという、いわば何でもありの(林不忘らしい?)ストーリーです。

大河内傳次郎「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」('35年/日活)

 と言うことで、この作品単独で観れば相当に面白いのですが、どうしても山中貞雄・大河内傳次郎版「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」と比べてしまい、そうなると、出身地の豊前訛りで「シェイハタンゲ、ナハシャゼン」と名乗る大河内傳次郎の左膳のアクの強さに比べると、「姓は丹下、名は左膳」と正しい滑舌で名乗る阪東妻三郎の左膳はややキャラ的に弱かったかも。「無法松の一生」「王将」的な庶民肌のところは充分に出ていますが、昭和初期、「サイレント映画では、虚無的な浪人者をやらせては妻三郎の右に出るものなし」と謳われた、そのニヒルさは影を潜めてしまっているように思います。

 阪東妻三郎の殺陣の腕前は、同じく剣戟スターだった市川右太衛門、月形竜之介などよりも一段上だったようで、松竹が阪東妻三郎で丹下左膳を撮ることになった時、大河内傳次郎側が「丹下左膳は自分の作品だから、やめてほしい」と松竹に抗議したそうですが、大河内傳次郎もバンツマのカリスマ性に脅威を感じていたのでしょうか。

魔像 dvd 1952.jpg ところが、この作品での阪東妻三郎の殺陣はイマイチで、最後の刀を持たずに出向いた峰丹波(大友柳太朗)一派の所での決闘でも、追って刀を届けたお藤(淡島千景)から刀をなかなか受け取れずやきもきさせますが、これってわざとコメディ調に作っているのでしょうか。50歳を過ぎて年齢的にキツイ殺陣は出来なくなっていたの説もありますが、同年の大曾根辰夫監督の「魔像」('52年/松竹/原作:林不忘)では、かなり鋭い剣戟を見せています。

丹下左膳 大友.jpg 残念ながら、阪東妻三郎は本作の翌年(1953年)51歳で脳内出血により急死し、阪東妻三郎の丹下左膳はこの1作のみです。逆に大河内傳次郎がマキノ雅弘監督の「丹下左膳」('53年/大映)にて55歳で左膳役に復帰し、「続・丹下左膳」('53年/大映)、「丹下左膳 こけ猿の壺」('53年/大映)まで3作を撮っているほか、この作品で悪役の峰丹波を演じた大友柳太朗が、松田定次監督「丹下左膳」('58年/東映)に主演、「丹下左膳 乾雲坤竜の巻」('62年/東映)まで5作で左膳役を演じています。

大友柳太朗「丹下左膳」('53年/大映)(左は松島トモ子)

 山中貞雄監督、大河内傳次郎主演の「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」('35年/日活)は、それまでの怪異的存在であった丹下左膳像をモダンな明るい作風にパロディ化してしまったため、原作者の林不忘が、これは左膳ではないと怒ってしまったことからタイトルに「餘話」とあるそうですが、林不忘がその年に35歳で早逝したため、そうしたことを言う人がいなくなって(山中貞雄監督の「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」以降の作品の左膳は全て好人物になってしまったらしい)、そのためどこまでが本物でどこまでがパロディなのか分からなくなったような気もします

 そうした意味では、「丹下左膳」('58年/東映)で豪放磊落な丹下左膳を演じた大友柳太朗の戦略は賭けの要素はあったものの結果的に「当たり」で、それに比べるとこの阪東妻三郎版「丹下左膳」('52年/松竹)は、同じ松田定次監督作でありながら、(あくまでも他と比べてだが)ちょっと中途半端だったかもしれません(繰り返すが、この作品そのものはそれなりに面白い)。

丹下左膳 (1952 松竹)s.jpg丹下左膳 (1952年)5.jpg丹下左膳 (1952年) .jpg「丹下左膳」●制作年:1952年●監督:松田定次●製作:小倉浩一郎●脚本:菊島隆三/成澤昌茂●撮影:川崎新太郎●音楽:深井史郎●原作:林不忘●時間:91分(現存90分)●出演:阪東妻三郎/淡島千景/つら五郎/三井弘次/高田浩吉/加賀邦男/富本民平/藤間林太郎/海江田譲二/戸上城太郎/喜多川千鶴/村田知栄子/大友柳太朗/夏川大二郎/菅井一郎●公開:1952/08●配給:松竹(評価:★★★☆)

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タイムスリップ物。パロディは、しっかり作るところはしっかり作った方が面白くなるという見本。

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「続清水港」daf.jpg
清水港代参夢道中 [VHS]」片岡千恵蔵・志村喬・轟夕起子・澤村アキヲ(子役・長門裕之)・広沢虎造

清水港代参夢道中(続清水港)vhs - .jpg清水港代参夢道中 かたおか.jpg 芝居の演出家・石田勝彦(片岡千恵蔵)は、自らが演出する森の石松の芝居稽古中、役者が自分の思うような演技をしない事に癇癪を起こし、それを宥める秘書の黒田文子(轟夕起子)にまで当たり散らす。劇場の専務(志村喬)から「主役の石松を殺さないような新解釈ものにしてはどうか」と助言を受けるが事実は変えられないとし、脚本を手伝うと言う文子に対しても生意気だと衝突、怒った文子が帰ってしまった後一人ふて寝し、そのまま寝入ってしまう。やがて、見知らぬ部屋で石松続清水港  .jpg役者(沢村国太郎)そっくりの男に起こされて、自分が「石松兄ぃ」と呼ばれているのに気づく。窓を開けるとそこは江戸時代の清水港で、富士山が見える。現代から江戸時代へタイムスリップし、鏡を見れば自分が隻眼の石松にされていて、ここは清水一家の居所で、目の前にいる男は"慌ての六助"(沢村国太郎、二役)だった。違和感を抱きながらも、次郎長(小川隆)から金比羅参りに代参して行ってくれと頼まれ、金比羅代参の帰りに石松が殺されることを知る石田は慄く。文子そっくりの石松の許婚であるお文(轟夕起清水港代参夢道中(続清水港)e.jpg子、二役)に相談するが、自分が旅に付き添えば雲行きが変わるかもしれないと言われ、お文と連れ立って旅に出ることに。道中で出くわした敵方の一人・嘉助(香川良介)に息子・芳太郎(澤村アキヲ=長門裕之)の世話を頼まれ、女子供を連れた3人旅に。更に三十石船中では、劇続清水港・広沢.jpg場照明部員の広田(広沢虎造)そっくり旅の浪花節語り・虎造(広沢虎造、二役)と意気投合し4人旅となる。宿では、劇場専務そっくりの小松村七五郎(志村喬、二役)の訪問を受け、近くまできたのに自分の所に草鞋を脱がないのは水臭いと言われ、七五郎の家に行くと、相当に零落しているようだが、七五郎は着物を売ってまで一行を歓待しようとする。やがて「史実どおり」、石松を付け狙う黒駒一家が七五郎の所に石田・石松が居ることを知って動き出す―。

続清水港 片岡・轟.jpg 1940年公開のマキノ正博監督作で、公開時のタイトルは「続清水港」('57年に改題されて「清水港代参夢道中」)。「森の石松」の舞台の監督をしている男・石田勝彦(片岡千恵蔵)が夢の世界でタイムスリップして自身が「石松」になってしまうというパロディです。日本人の判官贔屓と言うか、戦死したり暗殺や刑死などで非業の死を遂げた歴史上の人物は、歴史の表街道を行った源義経や坂本龍馬にしても、或いは裏街道を行った石川五右衛門や国定忠治にしても人気がありますが、清水次郎長は畳の上で死んでおり、その分、非業の死を遂げた森の石松の人気が高いのかも。但し、清水次郎長を主人公にするならともかく、森の石松を主人公をしてしまうと、劇場専務役の志村喬が言うように、主人公が亡くなるところで終わってしまうという難点があり、この「清水港代参夢道中」は、ある意味、コメディ化するに際してのそうした難点をクリアしようとしているとも言えます。
 
続清水港 片岡.jpg この映画での例の「三十石船」の場面では"次郎長もの"などの浪曲で知られる浪曲エノケンの森の石松 vhs3.jpg師の広沢虎造(2代目)自身が、浪花節語りの船客役(現実の世界では舞台の照明部員役)で出演しており、「三十石船」中で片岡千恵蔵と掛け合いをしています。同じパロディものである中川信夫監督の「エノケンの森の石松」('39年/東宝東京)における榎本健一と柳家金語楼の掛け合いと比べてみると面白いかと思います。

片岡千恵蔵 リンク「石松三十石船道中

 タイトルから"夢落ち話だと分かってしまい、タイムスリップした当事者が歴史の真実を知っているというのもタイムスリップものの定番ですが、それでも惹き込まれるのは、森の石松という素材の面白さのためか、或いは小国英雄(1904-1196)の脚本の上手さのためでしょうか(片岡千恵蔵の喜劇的才能は「赤西蠣太」('36年/日活)などで既に立証済み)。

 石松と黒駒一家の死闘は、冒頭の(冒頭いきなりこれで始まる)石松役者・沢村国太郎の演じる芝居もそんなに悪くないのですが(舞台という設定でありながらわざと映画的にリアルに撮っている)、それにダメを出すのが演出家・石田(片岡千恵蔵)であって、最後に、その石田が石松となって黒駒一家と闘います。その場面だけ観るとまさに片岡千恵蔵による剣戟であり、(先の沢村国太郎と対比させる狙いもあってか)パロディ映画とは思えない本格的な雰囲気ですが、パロディって、しっかり作るところはしっかり作った方がより面白くなるという1つの見本のような作品と言えるかもしれません。

 でも、石田・石松、結構強かったけれども結局斬られてしまったなあ(ある意味、"千恵蔵"石松でも斬られるところが石松に対するリスペクトともとれる)。定番ものの素材に対して、パロディとしてどんな落とし所に持って行くのかという興味が大いに持てますが、歴史は変えてはいけないというか変えられないと言うか、意外とトラディショナルと言うかコンサバティブな落とし所だったように思います(この点が個人的にはやや呆気なかった)。

清水港代参夢道中(続清水港)76.jpg 劇場専務役の志村喬が出て来た時から下手な関西弁を早口でまくしたていて、下手な関西弁は"地"なのかどうか知りませんが、この映画では完全な喜劇俳優としての志村喬(元々喜劇俳優だったわけだが)になっています。そうした細部においても楽しめる作品です(「細部」と言うより、小松村の七五郎と二役だったため志村喬の出番は結構多く、コミカルな志村喬が堪能できる)。

 この作品は、後に、沢島正継監督、萬屋錦之介主演で「森の石松鬼より恐い」('60年/東映)としてリメイクされています。

清水港 代参夢道中17shimizu.jpg「清水港代参夢道中(続清水港)」●制作年:1940年●監督:マキノ正博●脚本:小国英雄●撮影:石本秀雄●音楽:大久保徳二郎(主題歌:美ち奴「続清水港」)●原作:小国英雄●時間:96分(現存90分)●出演:片岡千恵蔵/広沢虎造/沢村国太郎/澤村アキヲ(=長門裕之、映画初出演)/瀬川路三郎/香川良介/志村喬/上田吉二郎/団徳麿/小川隆/若松文男/前田静男/瀬戸一司/岬弦太/大角恵摩/石川秀道/常盤操子/轟夕起子/美ち奴●公開:1940/07●配給:日活(評価:★★★☆)

沢村国太郎 in「丹下左膳 百万両の壺」('35年/日活)with 大河内傳次郎
丹下左膳 百万両の壺 04.jpg

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片岡千恵蔵がいい。メインストーリーもサイドストーリーもしっかりした作品。

血槍富士 1955 poster.jpg血槍富士 dvd .jpg 血槍富士 片岡1.jpg
血槍富士 [DVD]」  片岡千恵蔵(槍持ちの権八)

血槍富士20.jpg 槍持ちの権八が(片岡千恵蔵)は、若様酒匂小十郎(島田照夫)に付き従い、仲間の源太(加東大介)と東海道を江戸へ向かっている。同じ道を旅するのは、小間物商人の伝次(加賀邦男)、身売りに行く娘おたね(田代百合子)と老爺の与茂作(横山運平)、按摩の藪の市(小川虎之助)、旅の巡礼(進藤英太郎)、旅芸人のおすみ母子(喜多川千鶴・植木千恵)、挙動血槍富士37.jpg不審の旅人・藤三郎(月形龍之介)、権八の槍に見とれた浮浪児の次郎(植木基晴)等である。折しも街道には大泥棒「風の六右衛門」詮議の触れ書が廻っているが、権八はそれどころではない。気立てが優しいが、酒乱癖のある若様を守って旅を終るのが主命であり、供の源太が酒好きなので気が気ではない。一行が袋井に投宿した際に、藤三郎血槍富士44.jpgが大金を持っているのに目をつけた伝次(実は岡っ引)は、さては大泥棒とつけ廻すが、隣室で藪>の市に肩を揉ませている巡礼こそ大泥棒の六右衛門だった。その夜、権八が外出すると、その隙に小十郎は源太を連れて酒を飲み始めて乱れるが、駈けつけた権八が制して事無血槍富士59.jpgきを得る。また旅が始まったが、大井川付近で馬鹿殿ら(渡辺篤・坊屋三郎・杉狂児)が野立てを始めたため通行止めに。隙を狙って六右衛門は馬鹿血槍富士64.jpg殿の路銀を盗むが、その時に顔を見られた次郎に宿で再び出くわし、騒ぎになって抵抗するも、来合わせた権八の槍を前にお縄となる。与茂作が女衒久兵衛(吉田義夫)におたねを渡して帰ろうとすると藤三郎に引留められる。5年前預けた娘を引取るため金山で刻苦精励し貯めた金を持って来たのだが、娘は既に亡くなっていて、その金をおたねを引き取るために使ってくれと言う。小十郎は、素朴な人々を見て武士の世界に嫌気がさし、再び源太と居酒屋に入る。しかし、酔いどれの武士らと口論から斬り合いになり、権八の駈けつけた時には小十郎と源太は惨殺されていた。権八の怒りが爆発する―。

血槍富士81.jpg 1955(昭和30)年2月公開の内田吐夢監督の戦後第一作で、井上金太郎が原作・脚本・監督作を務め「道中悲記」('27年/マキノプロダクション)の再映画化作品であるとのこと(旧作では槍持ちの権八を月形龍之介、仲間の源太を杉狂児が演じている)。内田吐夢監督中国から復員したのが昭和31年というからかなり遅いです。でも、監督業に復帰してすぐにこれだけの作品を撮るというのはやはりスゴイと思います。

 演出がしっかりしていて、主人公の権八役の片岡千恵蔵はもちろん、若様を演じた島田照夫もお供の源太を演じた加東大介も良く、更には大泥棒や旅芸人、娘を売った男などが繰り広げるサイドストーリーも良く(子役2人は共に植木姓であることから窺えるように片岡千恵蔵の長男と長女)、ロードムービーであるとともに、次第に「グランドホテル」風の群像劇の様相を呈してきます。そして最後にほろりとさせられる話があります。売られていく娘を善意の人(ここでは月形龍之介!)が買い戻すという設定は、清水宏監督の「有りがたうさん」('36年/松竹)(原作:川端康成)でもありました。グランドホテル風のロードムービーである点も似ています。

 但し、これで終わりではなく、最後に小十郎と源太が侍数人に殺害される凄惨な場面と、権八がその侍数人を相手に槍で敵討ちをするという「主人の仇討ち」の物語が控えています。タイトルから何となく何か血生臭いことがありそうだと予測はできますが...。

血槍富士82.jpg ラストの片岡千恵蔵の槍の立ち回りは良かったです。槍持ちは所謂「中間(仲間)」の範疇であって、戦闘員である足軽(一応、士分)と家事労働をする下男の中間の身分であり、士分ではなく単なる従者であるとみていいと思います。それでも、槍持ちの権八が主人の死に対して命を賭けて闘うというのが、それまでのストーリーのディテール(例えば、権八が足にまめができて歩けなくなり、心配した主人が高価な膏薬を渡して遅れて来ればよいと言う場面など)から、主人が情け深い人間であることが窺えるため、それに恩義を感じている権八の忠義心の発露として自然に繋がっていきます。しかも、普段は"非戦闘員"であることからくる、テクニックも何も無く、ただ憤りのみで槍を振り回しては突く、泥にまみれた素人っぽい槍遣いの立ち回りを敢えて見せていて、これが所謂"剣戟スター"と言われる人の典型的かつ華麗な殺陣とはまた違っていて、リアルな迫力がありました(それを"剣戟スター"である片岡千恵蔵がやっているのがいい)。

Chiyari Fuji (1955)Jûsan-nin no shikaku (1963)
Chiyari Fuji (1955).jpgJûsan-nin no shikaku (1963).jpg 権八が槍持ちに憧れる少年に、最後は、「お前、槍持ちなんかになるんじゃないぞ」と言って聞かせるのも、同じ内田吐夢監督の「酒と女と槍」('60年/東映)で、主人公の富田蔵人高定(大友柳太朗)が武家社会の虚しさを感じながらも自ら戦場に飛び込んで散っていくのよりも、メッセージ性として一本筋が通っているように思いました。片岡千恵蔵主演作では工藤栄一監督の「十三人の刺客」('63年/東映)をベストワンに推す人が多いですが、群像劇でありながら片岡千恵蔵の活き活きとした演技が印象に残るという点で、こちらの方が上ではないでしょうか。メインストーリーもサイドストーリーもしっかりした作品と言えると思います。

血槍富士 加東5.jpg血槍富士 0.jpg「酒と女と槍」●制作年:1955年●監督:内田吐夢●製作:大川博●脚本:三村伸太郎●撮影:吉田貞次●音楽:小杉太一郎●●時間:94分●出演:片岡千恵蔵/島田照夫/加東大介/喜多川千鶴/植木千恵/加賀邦男/小川虎之助/横山運平/田代百合子/月形龍之介/進藤英太郎/渡辺篤/坊屋三郎/杉狂児/吉田義夫/高松錦之助●公開:1955/02●配給:東映●最初に観た場所(再見):シネマヴェーラ渋谷(16-05-26)(評価:★★★★☆)●併映:「十一人の侍」(工藤栄一)

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説明不足にはケチをつけたくなるが、大友柳太朗を楽しめる分、DVD化する価値はある?

酒と女と槍002.jpg酒と女と槍 vhs.jpg 酒と女と槍 title.jpg
酒と女と槍【ワイド版】 [VHS]

 秀吉(東野英治郎)の怒りにふれた関白秀次(黒川弥太郎)は高野で切腹、半月後には秀次の妻妾38人が三条河原で斬られ、伏見城大手門の前にこんな建札が立つ。「われらこと、故関白殿下諫争の臣として数年酒と女と槍 20花園ひろみ (2).jpgまかりあり候ところ、此の度不慮の儀これあり候ところ、われら職分怠たりの為と申訳なく存じ候。さるによって来る二十八日未の刻を期して切腹仕可」。建札の主は"槍の蔵人"の異名をもつ富田蔵人高定(大友柳太朗)。高定は死ぬまでの数日を心おきなく過すため、豪商・堺屋宗四郎(十朱久雄)の別荘に身を寄せ、贔屓の女歌舞伎太夫・左近(淡島千景)と妥女(花園ひろみ)を呼ぶ。建札を見て高定の心を知った妥女は一人残るが、一夜明けた朝「殿様は女というものの心がお分酒と女と槍 10大友柳太郎 (3).jpgりではございません」という言葉を残して迎えに来た左近と去る。千本松原には多くの見物人が集まったが、高定は乱酔のた酒と女と槍 40大友柳太郎 (4).jpgめ切腹の定刻を過ごし、介錯人(南方英二)に合図したところで秀吉の使者に切腹を止められる。高定は西山の村里に妥女と住むことになる。慶長3年(1598)、秀吉が亡くなる。兄の知信(原健策)は高定に再び切腹を迫るが、高定は兄を追い返し、仕官を勧めて訪れる前田利長(片岡千恵蔵)の家臣・内藤茂十郎(徳大寺伸)の言にも取り合わない。秀吉の死により家康(小沢栄太郎)の野望は高まり、関ケ原で豊臣徳川両家が興亡を賭け対峙する。今度は酒と女と槍 50大友柳太郎 (2).jpg高定の庵に利長本人が訪れて再度仕官を促す。高定に忘れ去ったはずの酒と女と槍 60花園ひろみ.jpg侍魂を呼び起したのは槍だった。子供が生れるとすがりつく妥女を残して、高定は利長の後を追うが、これは同時に左近との約束も破ることであった。関ケ原の本陣で、家康の本営に呼ばれた高定の酒と女と槍 70大友柳太郎 (5).jpg前に突き出されたのは、三成(山形勲)に内通したという兄・知信の首だった。利長のとりなしで陣営に帰った高定に、左近が迫る。女の一念酒と女と槍 90大友柳太郎 (7).jpgをこれで計れと高定を斬りつけ、返す刃でわが胸に懐剣を突き立てる。知信、左近の土饅頭を前に夜を明かした高定。家康の本陣から三成の陣へ。高定の目にはもう敵も味方も生も死もなかった―。

 「飢餓海峡」('65年/東映)で知られる内田吐夢監督の1960年公開作で、原作は海音寺潮五郎の「酒と女と槍と」(『かぶき大名―歴史小説傑作集〈2〉』('03年/文春文庫)などに所収)であり、文庫でおおよそ35ページの短編です。文庫解説の磯貝勝太郎(1935-2016)によれば、海音寺潮五郎は『野史』(嘉永4年、1851)に略述された高定に関する記述に拠ってこの短編を書いており、高定が秀次切腹事件の後、殉死しようと京都の千本松原を死に場所に定めるも、死装束で大勢の群衆や友人等と別れの杯を重ねていくうちに泥酔して切腹を果たせぬまま昏倒、それを秀吉に咎められ、濫りに殉死を試みた者は三族を誅すとの命令が出されため、自ら京都西山に幽居したというのは史実のようです。その後、前田利長がその将才を惜しんで1万石で召し抱え、関ヶ原の戦いでは、侍大将として東軍の前田勢の先陣を務めて加賀国に侵攻、西軍の山口宗永・弘定親子が籠城する大聖寺城を攻めて戦死していますが、その闘いぶりが功を奏して敵城は陥落しています。

 海音寺潮五郎はこれに妥女との逸話の潤色を加えた以外はほぼ史実通りに書いており、最後は前田利長が高定の見事な先陣ぶりと武士らしい最期を称え、自分の眼に狂いは無く、「臆病者に一万石くれるなぞ阿呆の骨頂」と言っていた者は「高定の死体にわびを言えい!」と涙声で怒鳴るところで終わっています。先の磯貝勝太郎によれば、前田家の連中は高定を手助けせず、わざと見殺しにしたようですが、それでも高定は前田利長に忠誠を尽くしたことになります。

 ところが映画では、ラストで大友柳太朗が演じる高定は、まず家康の本陣を襲って家康の心胆を寒からしめ、今度は馬首を翻して三成の陣に馳け登ってこれをこれを突き崩すという動きをみせています。主の前田利長は東軍・家康側についていますから、本来は家康を襲うというのはおかしいのですが、この辺りは、兄を家康に殺された憤りを表しているのでしょうか。

 これまでも高定は、切腹しようとしたら「もし切腹すれば親類・縁者を処罰する」との突然の上意があり、つい先刻まで切腹を迫っていた富田一族が一転して逆に「富田の家のためだ」とこれを制止するという事態のあまりの馬鹿馬鹿しさに高笑いする他はなかったのですが、秀吉が死んだら今度はまた一族が切腹を迫ってきて、もう武家社会の名誉だとか面子だとかにほとほと愛想が尽きたのかも。そうした武家社会に対する抵抗ならば、臆病者の汚名を晴らせないままでも、愛妻と庵暮らしをするのも抵抗の一形態だったようにも思いますが、やはり、戦場で能力を発揮する者は戦場に出たがるのでしょうか(利長が「男を捨てた者が槍を持っているのは妙だ」と指摘し、高定が鉈で槍を斬ろうとするが果たせないというのは原作と同じ)。でも一旦戦場に出たら、あくまで利長の臣下であって、そこを単なる自己顕示したり私憤を晴らしたりする場にしてしまってはマズイのでは。

酒と女と槍 30淡島千景.jpg 秀次の愛妾の中に家康の密偵として送り込まれた左近(淡島千景)の実の妹がいて、誰が密偵か分からない秀吉側は、秀次切腹後、冷酷な三成の進言により(山形勲かあ)妻妾38人全員を処刑しますが、同じく冷酷な家康の方も(小沢栄太郎かあ)そのことを特に何とも思わない―そうしたことに対する左近の怒りと悲しみというのも説明不足でしょうか。妥女と高定を張り合って、自ら降りて後見人的立場に引き下がっただけみたいな描かれ方をしています。

酒と女と槍 80大友柳太郎 (6).jpg このようにいろいろケチはつけたくなりますが、豪放磊落な高定を演じる大友柳太朗を楽しめ、ラストの(滅茶苦茶な)戦場シーンも、馬上で槍を振り回すその豪快さは見所と言えるでしょう。しかも、馬を急旋回させながらそれをやっているからすごいです。これだけでもDVD化する価値はあると思うけれど、現在['16年]のところまだされていません。

 因みに、事の発端となった関白秀次の切腹については、秀次に関する千人斬りなどの暴君論(所謂「殺生関白説」)や秀吉に対する「謀反説」は後から作られたものであり、秀次は秀吉の政治的戦略に翻弄された犠牲者であり、死後も秀吉の引き立て役として歴史上否定され続けてきたが、実は城下繁栄や学問・芸術振興における功績があり、思慮・分別と文化的素養を備えた人物だったという説が近年有力のようです(小和田哲男氏など)。今年['16年]の大河ドラマ「真田丸」では、2013年に国学院真田丸 秀次 .jpg真田丸 秀次 切腹.jpg関白秀次の切腹0_.jpg大の矢部健太郎准教授(当時)が発表した「秀吉は秀次を高野山へ追放しただけだったが、意図に反し秀次が自ら腹を切った」という新説を採用していました(新しいもの好きの三谷幸喜氏?)。
「真田丸」新納慎也(豊臣秀次)/第28話「受難」より/矢部健太郎『関白秀次の切腹』(2016)

酒と女と槍_0.jpg「酒と女と槍」●制作年:1960年●監督:内田吐夢●製作:大川博●脚本:井出雅人●撮影:鷲尾元也●音楽:小杉太一郎●原作:海音寺潮五郎「酒と女と槍と」●時間:99分●出演:大友柳太朗/淡島千景/花園ひろみ/黒川弥酒と女と槍003.jpg太郎/山形勲/東野英治郎/原健策/須賀不二夫/織田政雄/徳大寺伸/小沢栄太郎/片岡栄二郎/高松錦之助/松浦築枝/赤木春恵/水野浩/有馬宏治/十朱久雄/香川良介/楠本健二/浅野光男/舟橋圭子/近江雄二郎/大崎史郎/尾上華丈/石南方英二.jpg丸勝也/村居京之輔/南方英二(後のチャンバラトリオ)/泉春子/片岡千恵蔵恵●公開:1960/05●配給:東映(評価:★★★☆)

大友柳太朗(1912-1985/享年73、自死)

 
真田丸 title.jpg真田丸  dvd.jpg「真田丸」●演出:木村隆文/吉川邦夫/田中正/小林大児/土井祥平/渡辺哲也●制作:屋敷陽太郎/吉川邦夫●脚本:三谷幸喜●音楽:服部隆之●出演:堺雅人/大泉洋/草刈正雄/長澤まさみ/木村佳乃/平岳大/中原丈雄/藤井隆/迫田孝也/高木渉/高嶋政伸/遠藤憲一/榎木孝明/温水洋一/吉田鋼太郎/草笛光子/高畑淳子/内野聖陽/黒木華/藤本隆宏/斉藤由貴/寺島進/西村雅彦/段田安則/藤岡弘、/近藤正臣/小日向文世/鈴木京香/竹内結子/新納慎也/哀川翔●放映:2016/01~12(全50回)●放送局:NHK

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阪妻の明暗対照的な二役のキャラの使い分けが見所。

魔像 dvd 1952.jpg 魔像  1952jh.jpg 魔像  1952.jpg
魔像 [DVD]」山田五十鈴(お紘)・阪東妻三郎(茨右近・神尾喬之助(二役))/津島恵子(園絵)

魔像 1956 08.jpg 千代田城御蔵番詰所では、新参の旗本・神尾喬之助(阪東妻三郎)が、上司の戸部近江之介(永田光男)から新春早々陰湿なイジメを受けている。神尾が江戸小町といわれる園絵(津島恵子)を妻にしたことを、園絵に横恋慕していた戸部が妬みに思っていることに加え、神尾が御蔵番一味の不正に日頃からあれこれと意見してきたことを快く思っておらず、戸部にへつらって17 人の御蔵番同僚たちも神尾をいたぶっているのだった。我慢の限界に達した神尾は思い余って戸部を斬って出奔する。神尾は浪人となり、自分を罵倒した面々への復習を図るが、そこで神尾そっくりの喧嘩助っ人・茨右近(阪東妻三郎(二役))と妻のお紘(山田魔像  195211.jpg五十鈴)に出会う。曲がったことが大嫌いな右近は神尾から事情をきき、彼が残る不正の御蔵番一味17人に天誅を加えることに大賛成、神尾の自宅から園絵を密かに連れて来てやる。神尾は次々と不正役人を倒していく。今や戦々恐々の彼等は、剣豪神保造酒(戸上城太郎)に神尾を討つことを依頼し、神保は園絵と引き換えにそれを承知する。騙されておびき出された園絵だったが、魚心堂(三島雅夫)と名乗る大岡越前守(柳永二郎)の親友に救われる。越前守は、悪役人が大かた退治され、主謀の脇坂山城守(小堀誠)も御役御免になった頃合いを見計らって、世を騒がせた神尾を召取らせ、捕らえたのは神尾ではなく右近の人違いだと断じて、江戸追放だけを申渡す―。

続大岡政談/魔像解決篇.JPG 「鞍馬天狗 角兵衛獅子」('51年/松竹)の大曾根辰夫監督による1952(昭和27年)公開作品で、原作は「丹下左膳」の林不忘による「大岡政談」もの。無声映画時代から幾たびか映画化されていて、伊藤大輔監督、大河内傳次郎主演の「続大岡政談 魔像篇第一」('30年/松竹)、「続大岡政談 魔像解決篇」('30年/松竹)などがあり、阪東妻三郎自身が主演したが「魔像」('36年/版妻プロ)もあります。また、この作品の僅か4年後にも、深田金之助監督、大友柳太朗主演「魔像」('56年/東映)が作られています。

「続大岡政談/魔像解決篇」('31年/日活)

魔像_5.jpg魔像_14.jpg この'52年の阪東妻三郎版では一人二役の阪妻による、ちょっと歌舞伎調で堅め、しかもやや暗めで悪人たちの前にぬっと現れる神尾喬之助と、明るくて悪人と対峙している時でさえ笑いながら剣を振るう茨右近の、同じ浪人でありながら、片や武家的、片や庶民的な対照的なキャラの使い分けが見所でしょうか。それを、映像合成で1つの画面で会話させ、喧嘩屋右近.jpg剣戟をさせ、仕舞いには握手させるなどしていて、サービス満点です(因みに'56年の大友柳太朗版はもっぱらスタンドインで撮っている)。この茨右近は後に「喧嘩屋右近」としてTV時代劇のキャラクターにもなりました。
   
魔像  195209.jpg 神尾と園絵(津島恵子)、右近とお紘(山田五十鈴)という取り合わせも、片や美しく貞淑な女性、片やちゃきちゃきの女性という感じで、神尾と右近のキャラの違いをより浮き立たせていて良かったです。津島恵子は同じ年に小津安二郎監督の「お茶漬の味」('52年/松竹)で現代っ子キャラを演じてみせますが、この「魔像」では大曾根辰夫監督はそうしたキャラは封印し、津島恵子を美しく撮ることに専心したような感じで、ユーモラスで庶民的な婀娜(あだ)っぽさ部分は全部山田五十鈴の方が"担当"したという印象でしょうか。

山田五十鈴(お紘)・阪東妻三郎(茨右近)
   
魔像  1952ド.jpg 魚心堂の三島雅夫(「晩春」('49年/松竹))や大岡越前守の柳永二郎(「本日休診」('52年/松竹))などの脇役も良かったです。'30年、'31年の大河内傳次郎版では、神尾喬之助、茨右近に加えて大岡越前守まで魔像・十七の首10.jpg大河内傳次郎が演じたようですが、まあそこまでやる必要もなかったでしょう(大友柳太朗版でも大友柳太朗は神尾と右近の二役で、大岡越前守は月形龍之介。TVドラマでは、阪東妻三郎の長男・田村高廣が茨右近を、三男・田村正和が神尾喬之助を演じた「魔像・十七の首」('69年/ABC・TBS系[全9回])がある)。
柳永二郎(大岡越前守)・三島雅夫(魚心堂)

魔像 1956u3.JPG魔像  1952s.jpg このお話でちょっと気になったのが、大岡裁き魔像mages.jpgはいいとして、この裁きでは結局、神尾を「右近」にしてしまったら神尾は捕まっていないことになり、それでいいのかなあと。それは大岡越前守の責任外の問題ということでしょうか。

山田五十鈴(お紘)・津島恵子(園絵)

 全体としては、やはり阪妻の二役は、茨右近の方が「王将」('48年/大映)などの系譜が感じられて"らしい"印象を受けました。但し、神尾喬之助のあの「一番首...」「二番首...」と呪文のように唱える暗さもこの映画には不可欠だったのでしょう。

魔像 19562.JPG魔像 dvd 19521.jpg「魔像」●制作年:1952年●監督:大曾根辰夫●脚本:鈴木兵吾●撮影:石本秀雄●音楽:鈴木静一●原作:林不忘●時間:98分●出演:阪東妻三郎/津島恵子/山田五十鈴/柳永二郎/三島雅夫/香川良介/小林重四郎/小堀誠/永田光男/海江田譲二/田中謙三/戸上城太郎●公開:1952/05●配給:松竹(評価:★★★☆)

三島雅夫 in「晩春」('49年/松竹)/柳永二郎 in「本日休診」('52年/松竹)
三島雅夫 晩春.jpg 本日休診 01柳永二郎.jpg

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映画は「本日休診」+「遥拝隊長」(+「多甚古村」?)。
本日休診 DVD.jpg 本日休診_3.jpg  本日休診 文庫 .jpg
<あの頃映画>本日休診 [DVD]」 岸惠子・柳永二郎 『遙拝隊長・本日休診(新潮文庫)

本日休診 01柳永二郎.jpg 三雲医院の三雲八春(柳永二郎)は戦争で一人息子を失い、甥の伍助(増田順二)を院長に迎えて戦後再出発してから1年になる。その1周年記念日、伍助院長は看護婦の本日休診 04岸惠子.jpg瀧さん(岸惠子)らと温泉へ行き、三雲医院は「本日休診」の札を掲げる。八春先生がゆっくり昼寝でもと思った矢先、婆やのお京(長岡輝子)の息子勇作(三國連太郎)が例の発作を起こしたという。勇作は軍隊生活の悪夢に憑かれており、時折いきなり部隊長となって皆に号令、遥拝を命じるため、八春先生は彼の部下になったふりをして本日休診 三國.jpg気を鎮めてやらなければならなかった。勇作が落着いたら、今度は警察の松木ポリス(十朱久雄)が大阪から知り合いを頼って上京したばかりで深夜暴漢に襲われ本日休診 03角梨枝子.jpgたあげく持物を奪われた悠子(角梨枝子)という娘を連れて来る。折から18年前帝王切開で母子共八春先生に助けられた湯川三千代(田村秋子)が来て、悠子に同情してその家へ連れて帰る。が、八春先生はそれでも暇にならず、砂礫船の船頭の女房のお産あり、町のヤクザ加吉(鶴田浩二)が指をつめるのに麻酔を打ってくれとやって来たのを懇々と説教もし本日休診 06鶴田浩二.jpgてやらねばならず、悠子を襲った暴漢の連本日休診 02佐田啓二.jpgれの女が留置場で仮病を起こし、兵隊服の男(多々良純)が盲腸患者をかつぎ込んで来て手術をしろという。かと思うとまたお産があるという風で、「休診日」は八春先生には大変多忙な一日となる。悠子は三千代の息子・湯川春三(佐田啓二)の世話で会社に勤め、加吉はやくざから足を本日休診 05淡島千景.jpg洗って恋人のお町(淡島千景)という飲み屋の女と世帯を持とうと考える。しかしお町が金のため成金の蓑島の自由になったときいて、その蓑島を脅本日休診 10.jpg迫に行き、お町はお町で蓑島の子を流産して八春先生の所へ担ぎ込まれる。兵隊服の男は、治療費が払えず窓から逃げ出すし、加吉は再び賭博で挙げられる。お町は一時危うかったがどうやら持ち直す。そんな中、また勇作の集合命令がかかり、その号令で夜空を横切って行く雁に向かって敬礼する八春先生だった―。

本日休診』d.jpg本日休診●井伏鱒二●文芸春秋社●昭和25年4刷.jpg 1952(昭和29)年公開の渋谷実(1907-1980/享年73)監督作で、原作は第1回読売文学賞小説賞を受賞した井伏鱒二(1898-1993/享年95)の小説「本日休診」であり、この小説は1949(昭和24)年8月「別冊文芸春秋」に第1回発表があり、超えて翌年3回の発表があって完結した中篇です。

本日休診 (1950年)』(1950/06 文藝春秋新社) 収載作品:遥拝隊長 本日休診 鳥の巣 満身瘡痍 貧乏徳利 丑寅爺さん

 町医者の日常を綴った「本日休診」は、井伏鱒二が戦前に発表した田舎村の駐在員の日常を綴った「多甚古村」と対を成すようにも思われますが、「多甚古村」は作者の所へ送られてきた実際の田舎町の巡査の日記をベースに書かれており、より小説的な作為を施したと思われる続編「多甚古村補遺」が後に書かれていますが(共に新潮文庫『多甚古村』に所収)、作家がより作為を施した「多甚古村補遺」よりも、むしろオリジナルの日記に近いと思われる「多甚古村」の方が味があるという皮肉な結果になっているようも思いました。その点、この「本日休診」は、作家としての"作為"の為せる技にしつこさがなく、文章に無駄が無い分キレを感じました。

 医師である主人公を通して、中篇ながらも多くの登場人物の人生の問題を淡々と綴っており、戦後間もなくの貧しく暗い世相を背景にしながらもユーモアとペーソス溢れる人間模様が繰り広げられています。こうしたものが映画化されると、今度はいきなりべとべとしたものになりがちですが、その辺りを軽妙に捌いてみせるのは渋谷実ならではないかと思います。

本日休診 12.jpg 主人公の「医は仁術なり」を体現しているかのような八春先生を演じた柳永二郎は、黒澤明監督の「醉いどれ天使」('48年/東宝)で飲んだくれ医者を演じた志村喬にも匹敵する名演でした。また、「醉いどれ天使」も戦後の復興途上の街を描いてシズル感がありましたが、この「本日休診」では、そこからまた4年を経ているため、戦後間もない雰囲気が上手く出るよう、セットとロケ地(蒲田付近か)とでカバーしているように思本日休診5-02.jpgいました。セット撮影部分は多分に演劇的ですが(そのことを見越してか、タイトルバックとスチール写真の背景は敢えて書割りにしている)、「醉いどれ天使」も後半はセット撮影でした(「醉いどれ天使」の場合、主演俳優が撮影中に雑踏恐怖症になって野外ロケが不能になり後半は全てセット撮影となったという事情がある)。

本日休診 title.jpg本日休診 title2 .jpg クレジットでは、鶴田浩二(「お茶漬の味」('52年/松竹、小津安二郎監督))、淡島千景(「麦秋」('51年/松竹、小津安二郎監督)、「お茶漬の味」)、角梨枝子(「とんかつ大将」('52年/松竹、川島雄三監督))ときて柳永二郎(「魔像」('52年/東映))となっていますが、この映画の主役はやはり八春先生の柳永二郎ということになるでしょう。その他にも、佐田啓二、三國連太郎、岸恵子など将来の主役級から、増田順二、田村秋子、中村伸郎、十朱久雄、長岡輝子、多々良純、望月優子といった名脇役まで多士済々の顔ぶれです。

本日休診 07三国連太郎.jpg この作品を観た人の中には、三國連太郎が演じた「遥拝隊長」こと勇作がやけに印象に残ったという人が多いですが、このキャラクターは遙拝隊長youhaitaichou.jpg原作「本日休診」にはありません。1950(昭和25)年発表の「遥拝隊長」(新潮文庫『遥拝隊長・本日休診』に所収)の主人公・岡崎悠一を持ってきたものです。彼はある種の戦争後遺症的な精神の病いであるわけですが、原作にはその経緯が書かれているので読んでみるのもいいでしょう。また、映画の終盤で、警察による賭場のガサ入れシーンがありますが、これは「多甚古村」にある"大捕物"を反映させたのではないかと思います。

淡島千景鶴田浩二角梨枝子『本日休診』スチル.jpg 脚本は、「風の中の子供」('37年/松竹、坪田譲治原作、清水宏監督)、「風の中の牝鶏」('48年/松竹、小津安二郎監督)の斎藤良輔(1910-2007/享年96)。原作「本日休診」で過去の話やずっと後の後日譚として描かれている事件も、全て休診日とその翌日、及びそれに直接続く後日譚としてコンパクトに纏めていて、それ以外に他の作品のモチーフも入れ、尚且つ破綻することなく、テンポ良く無理のない人情喜劇劇に仕上げているのは秀逸と言えます(原作もユーモラスだが、原作より更にコメディタッチか。原作ではお町は死んでしまうのだが、映画では回復を示唆して終わっている)。

鶴田浩二/淡島千景/角梨枝子

本日休診 スチル.jpg この映画のスチール写真で、お町(淡島千景)らが揃って"遥拝"しているものがあり、ラストシーンかと思いましたが、ラストで勇作(三國連太郎)が集合をかけた時、お町は床に臥せており、これはスチールのためのものでしょう(背景も書割りになっている)。こうした実際には無いシーンでスチールを作るのは好きになれないけれど、作品自体は佳作です。その時代でないと作れない作品というのもあるかも。過去5回テレビドラマ化されていて、実際に観たわけではないですが、時が経てば経つほど元の映画を超えるのはなかなか難しくなってくるような気がします(今世紀になってからは一度も映像化されていない)。
     
本日休診 vhs5.jpg本日休診 1952.jpg「本日休診」●制作年:1939年●監督:渋谷実●脚本:斎藤良輔●撮影:長岡博之●音楽 吉沢博/奥村一●原作:井伏鱒二●時間:97分●出演:柳永二郎/淡島千景/鶴田浩二/角梨枝子/長岡輝子/三國連太郎/田村秋子/佐田啓二/岸恵子/市川紅梅本日休診 08中村伸郎.jpg(市川翠扇)/中村伸郎/十朱久雄/増田順司/望月優子/諸角啓二郎/紅沢葉子/山路義人/水上令子/稲川忠完/多々良純●公開:1952/02●配給:松竹(評価:★★★★)
中村伸郎(お町の兄・竹さん)

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エノケンと柳家金語楼の「江戸っ子だってねぇ」「神田の生まれよ」の掛け合いが見所か。

エノケンの森の石松 vhs1.jpg エノケンの森の石松 yanagiya .jpg
「エノケンの森の石松」VHS        柳家金語楼/榎本健一 リンク「石松三十石船道中

エノケンの森の石松 vhs2.jpg 清水次郎長(鳥羽陽之助)の子分・森の石松(榎本健一)は、次郎長親分に呼ばれ、親分の代参で讃岐の金比羅宮に刀と奉納金50両を納めに行くことを命じられる。小遣いに30両を別に持たせるというが、但し道中いっさい酒を飲んではならないと言われ、酒好きの石松は断りかける。しかし、誰も見ている者はいないという仲間の入れ知恵で、次郎長親分には言いつけを守ると言って引き受ける。恋人の茶店のお夢(宏川光子)にしばしの別れを告げ、お夢から貰った肌守りを懐に旅に出る石松。金比羅宮で無事に代参を済ませた帰路、草津の追分に身受山の謙太郎(北村武夫)を訪ねて一宿の仁義を切り、親分への百両の香典を親分へと託される。その翌日、幼い頃から兄貴分だった小松村の七五郎(柳田貞一)を訪ねる道すがら都鳥の吉兵衛(小杉嘉男)に偶然出逢い、吉兵衛の家に草履を脱ぐことに。しかし、吉兵衛の狙いは石松の持つ百両であり、石松は吉兵衛兄弟の騙し討ちに遭って重傷を負う。何とか危地を脱し、一旦は七五郎とその女お民(竹久千恵子)の住家に匿われた石松だったが―。

エノケンの森の石松zj.jpeg 「エノケンの森の石松」('39年/東宝東京)は中川信夫(1905-1984)監督による1939(昭和14)年5月公開作。原作は「エノケンの法界坊」('38年)の脚本も手掛けた和田五雄ですが、冒頭、2代目広沢虎造(1899-1964)の浪曲で始まり、途中でも何度か虎造の口演が入ることからも窺えるように、浪曲「清水次郎長伝」の中の「石松金比羅代参」などをオーソドックスになぞっています。

「エノケンの森の石松」公開時(1939.8.15)チラシより

 個人的には、吉兵衛兄弟との結構本格的な剣戟シーンがあるのが意外だったでしょうか。まあ、エノケンの運動神経ならば剣戟くらいは充分にこなしたのかもしれませんが、「石松金比羅代参」などを知って観ている人は、これが石松の最期に繋がるものであることを知っているため、エノケン喜劇には珍しくやや悲壮感も感じられるかもしれません。石松が都鳥の吉兵衛に殺害されたのは1860年7月と言われ、清水次郎長こと山本長五郎(1820-1893)は翌1861年1月に駿河国江尻追分で都鳥の吉兵衛こと都田吉兵衛を仇討ちにしています。

エノケンの森の石松  21.jpg 喜劇的要素の面での見所は、浪曲「清水次郎長伝」の中の「石松三十石船道中」から引いた例の「飲みねぇ、飲みねぇ、鮨を食いねぇ、江戸っ子だってねぇ」「神田の生まれよ」で知られる石松と江戸ッ子留吉(柳家金語楼)との掛け合いです。船客同士で街道一の親分は誰かと言う話題になって、「身受山の謙太郎」の名前が挙がったところへ留吉がケチをつけ、「清水の次郎長」と言おうとしますが思い出せず、「国定村の...」とか言ってしまいます(史実では国定忠治は1851年に刑死している)。やっと次石松三十石船道中」 広沢虎造ド.jpg郎長の名を思い出したところへ、今度は同じ船に乗っていた次郎長の子分の中で一番強いのは誰だか知ってっか」と問うて自分の名を導き出そうとするがなかなか石松の名が出てこない―。定番であるだけに喜劇俳優同士"両雄"競演の様相も呈していますが、金語楼って味があって上手いなあと思わせます。この場面などは、この作品で前振りの口上を述べている2代目広沢虎造の浪曲がネットで聴けたりするので、比較してみると面白いかもしれません。エノケンは遣り取りの最後に得意のアクションも加えています。

「清水港」1939.jpg 因みに、マキノ正博監督の「清水港代参夢道中(続清水港)」('40年/日活)は、現実の世界で「森の石松」の舞台の監続清水港 kataoka .jpg督をしている男・石田勝彦(片岡千恵蔵)が夢の世界でタイムスリップして自身が「石松」になってしまうというパロデイです。この映画での例の「三十石船」の場面では広沢虎造自身が浪花節語りの船客役(現実の世界では舞台の照明係役)で出演しており、片岡千恵蔵と掛け合いをしています。タイトルから"夢落ち話だと分かってしまい、タイムスリップした当事者が歴史の真実を知っているというのもタイムスリップものの定番ですが、それでも惹き込まれるのは「続清水港」daf.jpg続清水港 片岡.jpg、マキノ正博の演出の上手さのためか、小国英雄(1904-1196)の脚本の上手さのためか、或いは森の石松という素材の面白さのためでしょうか(小松村の七五郎を志村喬が演じていて、これも現実世界での劇場専務役との1人2役)。


「清水港代参夢道中(続清水港)」('40年/日活)
片岡千恵蔵・志村喬・轟夕起子・澤村アキヲ(子役・長門裕之)・広沢虎造

 この「エノケンの森の石松」では、浪曲の「石松と見受山鎌太郎」に該当するシーンがすっぽり抜けていて、これは当初あった巻が一部逸失したのでしょう。57分となっていますが、元は74分あったらしいです。石松が身受山の謙太郎を訪ねたのは「三十石船道中」でその名を知ったためで、鎌太郎が7年前に次郎長の妻・お蝶が亡くなった時の香典をまだやっていないとのことで百両の香典を石松に託すというもの。この金が石松の命取りになるわけですが、見受山の鎌太郎のシーンが抜けているため、50両を代参奉納した石松がなぜ100両持っているのかが分かりにくい気がしました。この辺りのエノケン作品は、年3本から5本くらいと量産している割には、スタイル的には出来上がっていて一定のレベル以上にあるものが多く、むしろフィルムがどれくらい完全な形で残っているかが評価の分かれ目になってしまう印象も受けます。そうした意味では、この作品などは逸失部分があるために繋がりがスムーズでないことが残念です。

「続次郎長富士」('60年/大映)勝新太郎
続次郎長富士(1960) suti-ru.jpg 但し、その後、森繁久彌、中村錦之助、勝新太郎など多くの役者が森の石松を演じるようになる中で(美空ひばりまで演じた)、喜劇俳優である榎本健一によって比較的早い時期に演じられたものであるということで、観る機会があれば観ておくのもいいのでは。ウィキペディアに拠れば、この「エノケンの森の石松」以降で森の石松が映画の中で題材となった作品は40作近くあるのに、「エノケンの森の石松」以前で森の石松が映画の題材となったのは前年の大河内傳次郎が石松をやった「清水次郎長」('38年/東宝)しかないことになっていますが、実際には無声映画時代から直前の羅門光三郎の「金毘羅代参 森の石松」('38年/新興キネマ)までエノケン以前にも石松を演じた役者はもっといます。
 
大村千吉(石松)・大河内傳次郎(次郎長)・横山運平・千葉早智子(お蝶)
清水次郎長1.jpg清水次郎長(1938年)oomura .jpg その萩原遼監督、大河内傳次郎主演の「清水次郎長」('38年/東宝)は、次郎長と森の石松の出会いの頃を描いたもので、大河内傳次郎が演じる次郎長はまだ駆け出し時代(というよりヤクザから足を洗って堅気暮らしをしている)、大村千吉が演じる石松に至ってはまだ全くの少年であり、子分にして欲しいとすがる石松少年に対し、次郎長の方は石松を清水次郎長vhsvhs_ura.jpg何とか堅気にしよう商家に丁稚奉公させたりするなど骨を折るというものです。身寄りのない石松を不憫に思い、次郎長とともに何かと面倒をみるのがお蝶(千葉早智子)で、彼女がやがて次郎長の妻になるわけですが、そこまでは描かれていません。だた、結局石松が堅気にならないのは観る側も分かっているだけに、この話ちょっと引っ張り過ぎた印象も。石松が使い込みをやってしまって、次郎長は自らを頼ってきた駆け落ち男女に逃亡資金を施したばかりで手元に金が無かったため、以前助太刀をしてやったやくざの保下田久六(鳥羽陽之助)の所へ、その時は受け取らなかった礼金を貸してはくれまいかと頼みに行くが拒否され、やがて久六によって自分が助けた者を殺害された次郎長は久六を仇討ちにする―という「桜堤の仇討ち」をモチーフとしてものとなっています。実際にはこの間にお蝶は病いを得て(次郎長が久六に金を借りに行ったのは家が貧しく金の無かったお蝶を医者にみせるため)亡くなっており(次郎長が森の石松を讃岐の金毘羅様へお礼参りの代参に出すのはその7年後)、金を貸すのを断った久六は、亡くなる前に次郎長の妻になっていたお蝶の葬式にも顔を見せなかったいう伏線があるのですが、映画では、久六討ちを果たした後、次郎長・石松・お蝶(生きている)で一緒に清水に帰るような終わり方になっています。半ば過ぎまではやや悠長な展開だったのが、終盤は若干ペースアップしたという感じでしょうか。最後は活劇調で、大河内傳次郎ならではの剣戟となりますが、大河内傳次郎が剣戟をやると、清水次郎長と言うより丹下左膳に見えてしまうのは先入観のためでしょうか。

続次郎長富士(1960) .jpg 最近観直してまあまあ楽しめたのが、森一生監督の「続次郎長富士」('60年/東映)で、これは前年に公開された「次郎長富士」の続編です。本作では富士川の決戦の直後から石松の弔い合戦までが描かれいて、出演者には長谷川一夫、市川雷蔵、勝新太郎など前作と同じメンバーが顔を揃えていますが、役どころは一部変更されています。
続次郎長富士 [DVD]

ZOKUJIROTYOFUJI1960.jpg 黒駒の勝蔵を倒して清水へ引上げてきた次郎長(長谷川一夫)に、新たな押しかけ子分の小松村の七五郎(本郷功次郎)が待っていた。石松(勝新太郎)と七五郎は、桝川の仙右衛門(中村豊)の仇討を買って出、八角一家を斬りまくり、次郎長の命で旅に出る。七五郎は旧友のお役者の政(月田昌也)に会い、政の女出入りの傍杖を喰った。反次郎長派の親分平親王の勇蔵(石黒達也)は、政のまちがいを利用し、次郎長陣営の仲間割れを図る。勇蔵の背後には、黒駒の弟分黒竜屋の亀吉(香川良介)や坂東の新助(見明凡太朗)らが糸を引いていた。石松の報告で彼らの奸計を知った次郎長は、二十八人衆を連れて勇蔵の家へ乗り込む。大喧嘩が予想されたが、青年代官の山上藤一郎(市川雷蔵)の裁きで治まった。次郎長と別れた石松は、三河の為五郎(荒木忍)から次郎長へ二百両の金を預って帰途につく。が、その二百両を道で会った都鳥の吉兵衛(杉山昌三九)に貸してしまう。折から都鳥にワラジを脱いだ新助たちが、吉兵衛をそそのかし石松をだまし討ちにかけた。石松は手傷を負い、一度七五郎の家に逃げこんだが、また躍り出して殺される。勇蔵が都鳥兄弟を匿い、吉兵衛を追って来た小政(鶴見丈二)も生捕りにされるハメになる。勇蔵は小政を生きながら棺桶へ入れて清水へ送り、石松の死骸を引取りたいなら次郎長一人で来いと言う―。

「続次郎長富士」('60年/大映)中村玉緒・勝新太郎
続次郎長富士 勝新太郎.jpg 旅の途中の石松(勝新太郎)に絡んでくるのがお亀(中村玉緒)で、この2人はこの共演の2年後に結婚します。中村玉緒は当時20歳で、父は「」('59年/大映東京)、「小早川家の秋」('61年/東宝)の2代目中村鴈治郎。中村玉緒も10代半ばで映画界入りしており、この時点で8歳年上の勝新太郎よりも映画への出演本数は圧倒的に多かったようです(この「続次郎長富士」と同年の出演作「大菩薩峠」('60年/大映)でブルーリボン助演女優賞を受賞している)。勝新太郎の方はまだ売り出し途上で、この作品でも長谷川一夫はもとより、市川雷蔵よりもずっと格下で、本郷功次郎とどっこいどっこいの扱いであるのが分かって興味深いです。序盤はむしろ小松村の七五郎を演じた本郷功次郎の方が目立っていたでしょうか(小松村七五郎が石松の「弟分」として描かれている)。それを、石松の最期のところで勝新太郎が盛り返したといった感じでしょうか。でも、結局最後は、次郎長の1対何百人(?)かの大殺陣で長谷川一夫がおいしいところを全部持っていってしまうのですが。市川雷蔵と根上淳の対決なんていうのもあったりして、まあ飽きさせない展開ではありました。
 
エノケンの森の石松 vhs3.jpg「エノケンの森の石松」●制作年:1939年●監督:中川信夫●脚本:小林正●撮影:唐沢弘光●音楽:栗原重一●口演:広沢虎造●原作:和田五雄●時間:72分(現存57分)●出演:榎本健一/竹久千恵子1937sep.jpg竹久千惠子エノケンの森の石松1935aug.jpg鳥羽陽之助/浮田左武郎/松ノボル/木下国利/柳田貞一/北村武夫/小杉義男/斎藤勤/近藤登/梅村次郎/宏川光子/竹久千恵子/柳家金語楼●公開:1939/08●配給:東宝(評価:★★★)
竹久千恵子(1937年:雑誌「映画之友」九月號/1935年:雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」)
 
続清水港  .jpg「清水港代参夢道中(続清水港)」●制作年:1940年●監督:マキノ正博●脚本:小国英雄●撮影:石本秀雄●音楽:大久保徳二郎●原作:小国英雄●時間:96分(現存90分)●出演:片岡千恵蔵/広沢虎造/沢村国太郎/澤村アキヲ/瀬川路三郎/香川良介/清水港 代参夢道中17shimizu.jpg清水港代参夢道中(続清水港)e.jpg志村喬/上田吉二郎/団徳麿/小川隆/若松文男/前田静男/瀬戸一司/岬弦太/大角恵摩/石川秀道/常盤操子/轟夕起子/美ち奴●公開:1940/07●配給:日活(評価:★★★☆)

大河内傳次郎(清水次郎長)
清水次郎長3.jpg清水次郎長vhs_vhs.jpg清水次郎長2.jpg「清水次郎長」●制作年:1938年●監督:萩原遼●製作:青柳信雄●脚本:八住利雄●撮影:安本淳●音楽:太田忠●原作:小島政二郎●時間:87分●出演:大河内傳次郎/大村千吉/鳥羽陽之助/横山運平/清川荘司/小杉義男/鬼頭善一郎/山口佐喜雄/永井柳太郎/河村弘二/千葉早智子/一の宮敦子/音羽千葉早智子s4.jpg久米子/山岸美代子●公開:1938/09●配給:東宝映画(評価:★★★)

千葉早智子(お蝶)


  
続次郎長富士 NL.jpg「続次郎長富士」●制作年:1960年●監督:森一生●製作:三浦信夫●脚本:八尋不二●撮影:牧田行正●音楽:小川寛興●時間:108分●出演:長谷川一夫/市川雷蔵/勝新太郎/本郷功次郎/月田昌也/根上淳/北原義郎/鶴見続次郎長富士(1960)03.jpg丈二/林成年/舟木洋一/中村豊/小林勝彦/近藤美恵子/阿井美千子/中村玉緒/毛利郁子/浜田雄史/石黒達也/香川良介/見明凡太朗/伊達三郎/越川一/光岡龍三郎/志摩靖彦/原聖四郎/東良之助続次郎長富士s.jpg/寺島雄作/小町瑠美子/美川純子/杉山昌三九/千葉敏郎/水原浩一/清水元津/南部彰三/佐々十郎/楠トシエ/寺島貢/羅門光三郎/尾上栄五郎/荒木忍/浜世津子/伊沢一郎/南条新太郎●公開:1960/06●配給:大映(評価:★★★☆)
勝新太郎(森の石松)[左]
    
 

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元のストーリーを活かしつつ、エノケンらしさはギャグの方で発揮。本家超えの大立ち回りも。

エノケンの鞍馬天狗  .jpgエノケンの鞍馬天狗 vhs.jpg エノケンの鞍馬天狗』.jpg
「エノケンの鞍馬天狗」VHS  悦ちゃん/榎本健一

エノケンの鞍馬天狗 vhs2.jpg 鞍馬天狗(榎本健一)は、池田屋で新撰組に追い詰められた桂小五郎(北村武夫)を白馬で長駆し救った上に、芹沢鴨(如月寛多)らをさんざんコケエノケンの鞍馬天狗0.jpgにして去る。その頃、新撰組の近藤勇(鳥羽陽之助)らの下に勤王の志士の行動を密報する「天狗廻状」という怪文書が廻る。一方、角兵衛獅子の杉作(悦っちゃん)と新吉(ギャング坊や)は、その日の稼ぎの入った財布を落としてしまい、自分たちの元締めの岡っ引きの隼の辰吉(永井柳太郎)の所へ戻れば折檻されるのが明らかなため松エノケンの鞍馬天狗20.jpg月院の寺門の前で泣き暮れていると、寺から出てきた倉田某を名乗る鞍馬天狗に出会い助けられる。杉作らからその顛末を聞いた辰吉は、倉田某は天狗であると確信し、天狗のことを血眼で追っている新撰組にその情報を売って賞金を得ようする。その天狗は、宗像右近(柳田貞一)の一人娘、お園(霧立のぼる)に恋をしており、彼女の元に忍び込むと、彼女が折った折り鶴を密かに持ち帰って自分の宝にする。宗像右近が近藤勇から勤王の志士の名を列ねた浪人人別帳を取り寄せようとしているのを知った天狗は、密使に化けて近藤邸へ潜入するが、先に情報を得ていた近藤勇らに見抜かれ、捕えられてしまう―。

エノケンの鞍馬天狗77.png 近藤勝彦監督による1939(昭和14)年5月公開作。大佛次郎の原作のうち、「角兵衛獅子」(1928年)を軸に「天狗廻状」(1931年)を織り込んだものとなっており、冒頭「池田屋事件」のパロディから始まって一体どういうストーリーになるのかと思ったら、意外とそれぞれの元のストーリーを(嵐寛寿郎版との比較だが)大筋ではきちんとなぞっており、ディテールなどもそれなりに押さえていて、エノケンらしさはギャグの方で発揮されているという感じでした(因みにエノケンは、「エノケンの近藤勇」(1935)では近藤勇と坂本龍馬の一人二役を演じている)。

エノケンの鞍馬天狗30.jpg 折しも嵐寛寿郎の「鞍馬天狗」シリーズが人気を博していた時期で(この頃は日活が製作していた)、「角兵衛獅子」などはこの作品の前年に「鞍馬天狗」('38年/日活、後に「鞍馬天狗 角兵衛獅子の巻」)として2度目の映画化がされたばかりで(しかも向こうは日活京都でこっちは東宝京都と同じ京都同士)、アラカン版の向こうを張ってのパロディということになりますが、ストーリーや細部のモチーフを活かした上でパロディ化している点に、作る側がオリジナルの面白さをよく理解していたことが窺えます。

エノケンの鞍馬天狗44.jpgエノケンの鞍馬天狗88.jpg エノケンの鞍馬天狗は白頭巾で登場しますが、夜中に宗像右近の所へ忍び込むときは黒頭巾になったりもし、敵を相手に馬上からチャンバラ攻撃もすれば、追い詰められればピストルも使って相手を怯ませたりもし、逃げる時は地蔵に化けたりといろいろ見せてくれて楽しいです。更にラストの梯子や荷車を使った立ち回りはまさに"大立ち回り"で、天狗一人で相手にしている敵方の人数では本家を大きく上回っているのではないでしょうか。

エノケンの鞍馬天狗41.jpgエノケンの鞍馬天狗霧立のぼる2.jpg 天狗が思いを寄せるお園を演じた霧立のぼる(1917-1972/享年55)は「人情紙風船」('37年/東宝)の時20歳でしたが、この作品の時は22歳で更に大人の美しさが増している印象です(今風の美人でもある)。天狗を仇と付け狙う女性(この作品では"お登世")を演じる花島喜代子(1910- 没年不詳)も天狗を縛り上げておいて天狗の煽てに乗ってしまうところが可笑く、なかなかでした(でも最後まで天狗への誤解は解かれなかったなあ)。
霧立のぼる

エノケンの鞍馬天狗93.jpg 杉作を演じた'悦っちゃん'というのは女の子で、獅子文六原作の「悦ちゃん」('36年/日活多摩川)という作品でデビューし、当時「和製テンプルちゃん」と呼ばれていた子役です。杉作の役は、後に美空ひばり(1937-89/享年52)がアラカン版鞍馬天狗における「角兵衛獅子」の3回目の映画化作品「鞍馬天狗 角兵衛獅子」('51年/松竹)以降「鞍馬天狗 鞍馬の火祭」('51年/松竹)、「鞍馬天狗 天狗廻状」('52年/松竹)において、また、松島トモ子(1945- )が「鞍馬天狗 御用盗異変」('56年/東宝)、「疾風!鞍馬天狗」('56年/東宝)でそれぞれ演じますが、このエノケン版鞍馬天狗の前年の本家アラカン版も男の子(香川良介の息子・宗春太郎)が杉作を演じており、杉作を女の子に演じさせたのはこちらの方が先ではないでしょうか。

 冒頭の「池田屋事件」(1864年7月)のシーンで桂小五郎(後の木戸孝允)が新撰組に追い詰められますが、テレビの大河ドラマなどで桂小五郎が池田屋事件に巻き込まれるシーンの記憶が無いため調べてみたら、桂小五郎は会合への到着が早すぎて、一旦池田屋を出て対馬藩邸へ出向いていたため、難を逃れたとのこと(明治維新後に書かれた小五郎の回想録『桂小五郎京都変動ノ際動静』より)。本人の回想とは別に、京都留守居役であった長州藩士・乃美織江がその手記に「桂小五郎議は池田屋より屋根を伝い逃れ、対馬屋敷へ帰り候由...」と書き残していますが、実のところは、「桂小五郎が殺された」と時期尚早に長州藩に誤報して藩内を過剰に激昂させてしまう失態を犯し、桂の生存を対馬藩邸から秘かに伝えられると今度は「桂小五郎は屋根伝いに逃げた」ということにしたようです。そう藩に報告し、桂を非常に苦しい立場に追いやってしまった乃美織江は、「禁門の変」(1864年8月)勃発時に長州藩邸に火を放って西本願寺に逃走し、西本願寺では会津藩兵士に取り囲まれて自害しようとしましたが僧侶に制止されたため、更に大阪方面に逃走して帰藩したとのこと。結局この人は、1906(明治39年)年、満84歳で亡くなっています(結構長生きした)。

霧立のぼる1935.jpgエノケンの鞍馬天狗66.jpgエノケンの鞍馬天狗霧立のぼる.jpg「鞍馬天狗」●制作年:1939年●監督:近藤勝彦●脚本:小林正●撮影:山崎一雄●音楽:栗原重一●原作:大仏次郎●時間:72分●出演:榎本健一/如月寛多/鳥羽陽之助/北村武夫/柳田貞一/沢井三郎/永井柳太郎/南光一/金井俊夫/浮田左武郎/霧立のぼる/花島喜代/〆香/悦ちゃん/ギャング坊や/山田霧立のぼる2.jpg長正●公開:1939/05●配給:東宝京都(評価:★★★☆)

    霧立のぼる in「人情紙風船」('37年/東宝)

霧立のぼる(1935(昭和10)年:雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」)

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嵐寛寿郎版「鞍馬天狗」として、個人的には原点的作品。

鞍馬天狗 角兵衛獅子2.png鞍馬天狗 角兵衛獅子 [VHS].jpg 鞍馬天狗 角兵衛獅子の巻.jpg 嵐 寛寿郎
鞍馬天狗 角兵衛獅子 [VHS]」1938(昭和13)年日活版「鞍馬天狗」 

鞍馬天狗 角兵衛獅子3.png 節分祭で賑わう壬生寺の境内の人波の中、子供角兵衛獅子の杉作(宗春太郎)と新吉(旗桃太郎)は財布を落としてしまう。角兵衛獅子の元締めで御用聞き(岡っ引き)隼の長七(瀬川路三郎)の所へ戻れば厳しい折檻を受けるのは明らかで、松月院の寺門の前で途方に暮れていると、通りがかった覆面の侍が二人に一両を恵んでくれた。子供達のその金を見た長七は子供達を問い詰め、その松月院の和尚(藤川三之祐)の所に居る倉田典膳を名乗る侍こそ、かねがね新撰組の近藤勇(河部五郎)、土方歳三(尾上華丈)らから居所を探るよう言われていた鞍馬天狗(嵐寛寿郎)だと確信する。長七はこれを近藤らに告げ、一味は松月院を襲撃する。敵をかわし、炎に包まれた松月院から脱出した天狗は、杉作と新吉を西郷吉之助(志村喬)の居る薩摩屋敷へ預ける。しかし子供達は長七らに捕らえられ、大坂城代屋敷の牢に入れられる。折しも大坂の浪士の手入れが迫っており、天狗は子供達を救うべく、また、浪士の人別帳を奪うべく、罠と知りながら大坂城代屋敷へ乗り込む―。

 松田定次監督の日活入社第1作で(マキノ正博と共同監督)、嵐寛寿郎の日活入社第1作でもあります。1938(昭和13)年に「鞍馬天狗」のタイトルで公開され、戦後「鞍馬天狗 角兵衛獅子の巻」と改題されています。

鞍馬天狗〈1〉角兵衛獅子L.jpg 大佛次郎(1897-1973)原作の「鞍馬天狗」の映画版は、1924(大正13)年の實川延笑主演の「女人地獄」(フィルム現存せず)に始まり、1965(昭和40)年の市川雷蔵主演の「新 鞍馬天狗 五条坂の決闘」まで延べ60本近く製作されています。その間、最も多く鞍馬天狗を演じたのが嵐寛寿郎(1902-1980)であり、嵐寛寿郎本人によると46本の鞍馬天狗映画に出演したとのこと。手元の資料で見ると、その内分かっているのは40作で、この作品は嵐寛寿郎のシリーズを全40作とした場合の第18作になります(同じ俳優が主演のシリーズの本数としては、「男はつらいよ」(1969~95年/松竹)の全48作に抜かれるまで日本映画の最多記録だった)。

鞍馬天狗〈1〉角兵衛獅子 (小学館文庫―時代・歴史傑作シリーズ)

 大佛次郎の原作シリーズ中最も人気が高かったのが、少年向けの作品として「少年倶楽部」に連載された「角兵衛獅子」(1926~27年)であり、角兵衛獅子は越後獅子とも言い、小さな獅子頭(ししがしら)を被って曲芸を行なう大道芸の少年のことです。嵐寛寿郎の映画デビュー作も「角兵衛獅子」を原作とした山口哲平監督によるマキノ版「鞍馬天狗異聞 角兵衛獅子」('27年)であり(現存せず)、アラカン(この時の芸名は嵐長三郎)は撮る前からこの作品のヒットを確信していたと後に語っています。そのデビュー作とこの「鞍馬天狗 角兵衛獅子の巻('38年/日活)の後にも、1951年に松竹版「鞍馬天狗 角兵衛獅子」が大曾根辰夫監督、嵐寛寿郎主演で作られています。

 この1951年松竹版「鞍馬天狗 角兵衛獅子」は、当時14歳の美空ひばり(1937-89)が杉作少年を演じて人気を博し、美空ひばりは続く大曾根辰夫監督、嵐寛寿郎主演の「鞍馬天狗 鞍馬の火祭り」('51年/松竹)、「鞍馬天狗 天狗廻状」('52年/松竹)にも杉作役で出演しています(角兵衛獅子は美空ひばりのお蔭で一気に知名度が増したという)。個人的には、美空ひばりも悪くないですが、やや男の子には見え難いというのはあります。その点、この1938年日活版は男の子の演技もまずまずで、全体的にも自然な印象を受けます。

原駒子.jpg また、鞍馬天狗のことを仇だと誤解して新撰組の手先になって天狗を付け狙うものの、天狗に命を救われたことで最後は天狗に惹かれていく女性(この作品では"暗闇のお兼")を原駒子(1910-68)が演じていて(当時28歳)、これも雰囲気があって悪くなかったです。鞍馬天狗異聞 角兵衛獅子 .jpg1951年松竹版ではこの女性に相当する役("礫のお喜代")を山田五十鈴(1917-2012)が演じていますが、14歳の美空ひばり演じる杉作が34歳の山田五十鈴に天狗との関係において嫉妬心を覚える場面があります(あくまでも少年としての嫉妬心として描かれているが、もともと美空ひばり自体が若干"おませさん"に見えるため、そうした原作にはないニュアンスを盛り込んだのではないか)。

1951年松竹版「鞍馬天狗 角兵衛獅子」(大曾根辰夫監督)
山田五十鈴/嵐寛寿郎/美空ひばり

1928年嵐寛寿郎プロダクション版「鞍馬天狗」(山口哲平監督)
『鞍馬天狗』   1928年作品.jpg 嵐寛寿郎の鞍馬天狗は、この1938年日活版の時に既にスタイルは完成されているように見えますが(刀を突きつけるだけで相手を後ずさりさせる迫力はピカイチ)、その後のシリーズの経過とともに、嵐寛寿郎の天狗も少しずつ変わってきているのも確かです。では、最初はどうだったのか。現在観ることの出来る最も古い「鞍馬天狗」は1928年の嵐寛寿郎プロダクションの第1作「鞍馬天狗」ですが(この頃はまだ無声映画)、天狗や杉作などはどのように描かれているのでしょうか。DVD化されていますが未見であり、個人的には今の時点ではこの1938年日活版が嵐寛寿郎版「鞍馬天狗」の原点的作品です。

 薩長など勤皇は善で、それに対する新撰組などの佐幕は悪という単純な割り切り方で、逸失部分が7分間ありちょっと話が飛んだかと思われる部分もあったりしますが混乱することはありません。志村喬演じる西郷吉之助(隆盛)などもトリビアな見所かもしれません(出てきた時は一瞬"悪役"かと思った)。

鞍馬天狗 角兵衛獅子の巻1938.jpg「鞍馬天狗 角兵衛獅子の巻」●制作年:1938年●監督:マキノ正博/松田定次●脚本:比佐芳武●撮影:宮川一夫/松井鴻●音楽:高橋半●原作:大仏次郎●時間:66分(現存53分)●出演:嵐寛寿郎/原健作/瀬川路三郎/香川良介/藤川三之祐/尾上華丈/志村喬/団徳麿/阪東国太郎/宗春太郎(香川良介の息子)/旗桃太郎/深水藤子/原駒子/沢村国太郎/河部五郎●公開:1938/03/15●配給:日活京都(評価:★★★☆) 嵐寛寿郎・原駒子 in「鞍馬天狗 角兵衛獅子の巻」('38年)
『韋駄天数右衛門』.jpg

原駒子 in「韋駄天数右衛門」('33年) with 羅門光三郎

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「戦意高揚」よりも「海戦スぺクタル」としてのインパクトが大きかったのではないか。

かくて神風は吹くvhs.jpg かくて神風は吹く dvd.jpg かくて神風は吹く1944.jpg 阪東 妻三郎
かくて神風は吹く [VHS]」「大映特撮DVDコレクション 38号 (かくて神風は吹く 1944年) [分冊百科] (DVD付)

かくて神風は吹く004.jpgかくて神風は吹く19.JPG 世界史上最大の帝国・元は支那・満州・朝鮮を攻略、元主・忽必烈(クビライ)はついに日本征服を企てた。文永11年秋、壱岐・對馬に上陸した元軍は九州博多に来襲するが、「神州男児」の勇戦によって撃退される。しかし、元の野望はなおも衰えず、再度大軍を送り込み、日本に降伏を迫ろうとしていた。これに対し、時の執権・北条時宗(片岡千恵蔵)は、元の使者を一人残らず斬首してしまう。弘安4年春、ついに元軍は再来した。瀬戸内海を治める武将・河野通有(阪東妻三郎)と忽那重義(嵐寛寿郎)はかねてより犬猿の仲であったが、この国難に際して共に力を合わせて元軍と闘うこととなる。元軍は壱岐・對馬を攻略するが、その勢いで攻め入った博多湾で奇跡の神風が吹き荒れ、艦隊ごと全滅する―。

かくて神風は吹く title.jpg 1944(昭和19)年11月公開の丸根賛太郎(1914-1994/享年80)監督作。情報局国民映画で、陸軍省、海軍省などが後援していることからも窺えるように、"元寇"を素材とした完全な戦意高揚映画です(原作は菊池寛)。但し、戦意高揚と言っても、1944年と言えば日本の敗戦がほぼ決定的になった年であり、当時の国民はこの映画でどれくらい"戦意高揚"させられたのでしょうか。この映画が封切られた11月23日の翌日には、アメリカ軍のB29による東京爆撃が始まっています(12月には東京爆撃本格化のため、映画館は日没後閉鎖されることになった)。

 こうした日本軍が劣勢な状況下であるため、せめて神風を銀幕上で吹かせて国民の士気を鼓舞しようという意図で企画されたものと思われますが、皮肉なことに、もう神風が吹く事くらいにしか望みを託せないところに、逆に日本にとっての絶望的な戦況が見てとれます。この作品は当初、抒情的な作風や日常的なリアリズムで知られる五所平之助(1902-1981/享年79)監督によって撮られることになっていましたが、こうした作品を五所平之助に撮らせること自体に無理があり、五所平之助がシナリオ段階で、対立する河野家と忽那家のそれぞれの若者(原健作)と娘(四元百々生)の"ロメオとジュリエット"風の悲恋物語に比重を置き過ぎたため、このままでは戦意高揚映画にならないということで、軍からのクレームで丸根賛太郎監督に代えられたようです(その丸根賛太郎だって、どちらかと言うとこの作品の翌年に撮った「狐の呉れた赤ん坊」('45年/大映京都)のような人情物でより力を発揮する監督であるようにも思うのだが)。

かくて神風は吹く18.JPG 阪東妻三郎(河野通有)、嵐寛寿郎(忽那重義)、片岡千恵蔵(北条時宗)、市川右太衛門(日蓮上人)の四大スターが顔を揃えていますが、山根貞夫氏によると、1942年に日活と新興キネマが戦時統合されて、日活から阪東妻三郎、嵐寛寿郎、片岡千恵蔵、新興キネマから市川右太衛門がそのまま大映に移って来たことが、四大スター共演の背景としてあるとのこと。但し、物語のメインとなるのは、河野通有役の阪東妻三郎と忽那重義役の嵐寛寿郎です。2人が向かい合って会話するシーンは、大時代的な口調ではありますが(大物スター同士ということもあって)なかなかのものでした。それに比べると、北条時宗役の片岡千恵蔵は、執権という役柄上より一層に大時代的になってしまい、日蓮上人役の市川右太衛門に至っては少ない出番が説教シーンばかりと、ややステレオタイプの演技を強いられてしまった印象もあります。

かくて神風が吹く65.jpgかくて神風が吹く80.jpg 特殊撮影は東宝特撮部(円谷英二)が担当しており(撮影は宮川一夫)、迫力ある仕上がりになっていて、ラストの大暴雨風シーンなどはなかなかの出来だと思います(「ゴジラ」('54年/東宝)ではないが、モノクロ映画であるために逆に迫力が増すということもあるかと思う)。その部分においては今観ても結構楽しめるし、当時としても興行的にはヒットしたようですが、「戦意高揚」よりも「海戦スぺクタル劇」としての方のインパクトが大きかったのではないでしょうか。

かくて神風は吹くe.jpgかくて神風は吹く0.jpg「かくて神風は吹く」●制作年:1944年●監督:丸根賛太郎●製作:大日本映画製作株式会社●企画:情報局●後援:陸軍省/海軍省●脚本:松田伊之助/館岡謙之助●撮影:宮川一夫/松井鴻●音楽:宮原偵次/深井史郎●特撮 東宝特撮部・円谷英二●原作:菊池寛●時間:94分●出演:嵐寛寿郎/阪東妻三郎/片岡千恵蔵/市川右太衛門/月形龍之介/羅門光三郎/光岡龍三郎/原健作/嵐徳三郎/四元百々生/荒木忍/常盤操子/香川良介/津島慶一郎/山口勇/多岐征二/葛木香一/井原史郎/原聖四/高山徳右衛門/嵐徳三郎/大井正夫●公開:1944/11●配給:大映京都(評価:★★★)

日蓮と蒙古大襲来.jpg日蓮と蒙古大襲来8.jpg「日蓮と蒙古大襲来」('58年/大映)監督:渡辺邦男、主演:長谷川一夫

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ストーリー的には今ひとつだが、しっとりとした情感を滲ませる映像は良かった。

名人長次彫05 (2).JPG名人長次彫0507.JPG「名人長次彫」VHS 名人長次彫26.jpeg
長谷川一夫/山田五十鈴(当時26歳)
名人長次彫08.JPG
 彫刻師の長次(長谷川一夫)は江戸でその名を謳われた名人だが、自らの名人気質の余り、気が向かないと仕事をせず、長屋の仲間と飲んでばかりいる。ある日、彼を慕う踊りの師匠・おうた(山田五十鈴)から自慢の一品を貶されたことに落胆し、皆の前から姿を消す。1年が経って再びおうたの前に現れた長次は、以前とはうって変わって、酒も断ち自らの芸に真摯に打ち込む男になっていた。勤王の志士・日下部伊佐次(丸山定夫)に感化され、悪い名人気質をすっかり洗い落していたのだ。長次は一心を込めて、護国鎮守の大日如来像の制作に没頭するが、そこへ今や幕府に追われる身となった恩師・日下部が現われ、深川の小雪(花井蘭子)という女に書状を届けてくれと頼まれる。一方のおうたは長次と小雪の仲を疑うようになる。そんな中、目明かしの親分・蟇徳(志村喬)によって長次が日下部の逃亡を幇助した疑いで捕えられる―。

「名人長治彫」  山田 五十鈴1.jpg 1943(昭和18)年7月公開の萩原遼(1910-1976)監督による東宝動画の時代劇作品。脚本は三村伸太郎や撮影の安本淳も含め、山中貞雄門下の創作集団・鳴滝組のメンバーだった人です。長谷川一夫、山田五十鈴(当時26歳)の組み合わせに花井蘭子(同じく当時26歳)、丸山定夫、志村喬(松竹から借り受け)らが絡んで、加えて横山エンタツ、花菱アチャコも出ていたりします(役名は権三と助十だが、駕籠かきではないのか? 昼は酒を飲み、夜は夜回りをしている)。

「名人長治彫」山田 五十鈴(1917-2012)

名人長次彫9zj.jpeg 時代設定は安政の大獄の頃で、幕府に追われる勤王の志士・日下部が、大日如来像の制作に没頭する長次に対し「この国難の時に彫り物などしていていいのかと叱責するのは、1943年というこの映画の製作年から、国策映画的にならざるを得なかったのか。ただ、日下部が長次が制作中の大日如来像を一刀両断にしてしまうのはやり過ぎではないか。長次も最初は「日下部様とて許しませんぞ」とは言っていたものの、「国策思想が分からずしてどうして菩薩像が彫れる!」との日下部の弁に屈してしまうところは、やはり国策映画的だなあと思わざるを得ませんでした(因みに日下部伊三治(くさかべ いそうじ、1814-1859)は実在の水戸藩及び薩摩版出身の勤王の志士で、安政の大獄で獄死している)。

名人長次彫6.jpg 長谷川一夫(1908-1984/享年76)は、同じく萩原遼監督「おもかげの街」('42年)では関西弁を流暢にこなしていましたが、やはり江戸弁の方が似合うでしょうか。何れにせよ、30代半ばの非常に脂が乗り切っていた時期の作品です。

 山田五十鈴(1917-2012/享年95)と花井蘭子(1918-1961/享年42)は共に山田五十鈴1939.jpg花井 蘭子1935aug.jpg当時26歳です(花井蘭子が1928年、山田五十鈴が1930年にそれぞれ子役としてデビューしている)。山田五十鈴がやや姉御っぽい印象なのに対し、「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」('35年/日活)などで10代の頃から時代劇の娘役が多かった花井蘭子はまだお嬢さんっぽい印象です。

山田五十鈴(1939(昭和14)年)雑誌「映画ファン」(五月特別號)(22歳)
花井 蘭子(1935(昭和10)年)雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」(17歳)

 志村喬(1905-1982/享年76)は、ねちねちと山田五十鈴が演じるおうたを問い詰め、長次の釈放と引き換えに日下部の情報を引き出す目明かしの親分「蟇徳」を演じていますが、これって、黒澤明監督の「わが青春に悔なし」('46年/東宝)で原節子が演じる幸枝を取調室でねちねち苛める「毒いちご」と呼ばれる特高警察と同じだなあと思いました(この人、昔は意外とこの手の役が多かった?)。

 ストーリー的にはラストも含めある種の定番ではあるし、山田五十鈴が演じるおうたの気持ちが嫉妬心も絡んで揺れ動き、それが事態を複雑化してしまっているようで(最後は愛する男に女房と呼ばれて良かったのかもしれないが)、個人的にはイマイチだったでしょうか(演技そのものは上手いため、女心の機微を描いたと好意的にとれなくもないが、単純に嫉妬心に駆られ過ぎ)。

名人長次彫 長谷川一夫・エンタツ 17.jpg ただ、映像的には、長屋の雰囲気などもよく出ていたし、山根貞男氏が指摘しているように、不忍池の水面に菩薩像が映って見えるシーンや(実は長次が池に映ったおうたの姿を見紛ったものだった)、深川の堀端で長次の全身に堀の水面の揺らめきが反射するシーンなど、夜の屋外の水辺のシーンが美しく撮られていて、しっとりとした情感を滲ませるなどの効果を醸しており、安本淳のカメラはなかなかではなかったかと思いました。画質が良かったら尚のこと良かったのにと思われます。

花菱アチャコ/横山エンタツ/長谷川一夫

名人長次彫7.JPG「名人長次彫」●制作年:1943年●監督:萩原遼●脚本:三村伸太郎●撮影:安本淳●時間:84分●出演:長谷川一夫/山田五十鈴/花井蘭子/横山エンタツ/花菱アチャコ/丸山定夫/清川荘司/汐見洋/横山運平/鬼頭善一郎/松尾文人/永井柳筰/三谷幸子/花岡菊子/田中筆子/志村喬●公開:1943/07●配給:東宝映画(評価:★★★)

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林長二郎(長谷川一夫)の一人二役が楽しめる。三枚目の方を主として演じている珍品。

刺青判官31.jpg刺青判官 ほりものはんがん 3.jpg VHS 刺青判官 vs1933.jpg
DVD「銀幕を知る男『毒蝮三太夫』が選ぶ発掘!昭和の大スター映画 「刺青判官 総集編」
長谷川一夫(1人2役)
刺青判官63.jpg
 百姓百之助(林長二郎)は、村相撲で大関を張ったこともある力自慢だが、頭の血の巡りは人よりやや劣る。蝦夷松前から江戸まで、五万二千石松前の殿様に騙されて死んだ叔母と父の仇を討ちに行く途中、女相撲の旅芸人一行と知り合い、座長のお千代(飯塚敏子)は遠山の金さん(林長二郎、二役)に助太刀を頼んでくれる。百之助が初めて会った金さんは町の兄貴分だったが、二度目に会った際はは旗本遠山金四郎だったので、武士が嫌いな百之助は、二本棒への仇討ちに二本棒の助太刀は要らないと失望する。過去の不祥事を隠蔽しようとする松前藩は金四郎の買収が難しいとみて、百之助を亡き者にすることにし、与力や目明し、果ては賞金稼ぎの殺し屋まで差し向ける。一方の百之助も、それらから逃れながら、単独で松前の殿様への仇討ちを果たさんとする―。

刺青判官 ほりものはんがん1.jpg 1933(昭和8)年6月に前篇公開の冬島泰三(19010-1981)監督による松竹京都(下賀茂撮影所)作品で、原作は「一本刀土俵入」の原作者でもある長谷川伸(1884-1963)が1933年の2月から8月にかけて東京・大朝日新聞(夕刊)に連載した小説。「刺青判官」とは、桜吹雪の刺青でお馴染みの「遠山の金さん」こと遠山金四郎景元(1793-1855)のことであり、「長谷川一夫」(本名)を名乗る前の林長二郎が、美男の遠山の金さん(左スチール・右)と、ずんぐりむっくりでやや呆け顔の百之助(同・左)の二役を演じていますが、後者の方は美男「長谷川一夫」の定番イメージからほど遠く、しかも、百之助としての出番の方が兄貴分"遠山の金さん"や旗本"遠山金四郎"より長いため、長谷川一夫作品の中ではかなり遊び心に満ちたものになっています(百之助と遠山金四郎の会話シーンなど、二人が同時に出てくるシーンも多い)。

松田春翠.png刺青判官 ほりものはんがん2.jpg この作品は活弁トーキー版としてビデオ化されており、弁士は小津安二郎の初期の無声映画作品の活弁などで知られる松田春翠(1925‐1987)。元の作品が前篇・中篇・後編の全3篇のところを、前後編の86分に纏めていますが、そのためかテンポいい作品でありながらも筋やト書きが飛ぶところがあって、それを巧みな活弁で上手く補っています。その後2014年に中日映画社より「『毒蝮三太夫』が選ぶ昭和の大スター映画DVDシリーズ第2弾・義理と人情 股旅時代劇編」として大河内傳次郎主演「沓掛時次郎」('29年)、片岡千恵蔵主演「番場の忠太郎 瞼の母」('31年)と共にDVD化されています(弁士は澤登翠(さわとみどり)氏)。

刺青判官 林長二郎と飯島敏子.jpg この作品は、遠山金四郎のお裁きのシーンがないのがややもの足りないでしょうか。結局、長谷川一夫は、"遠山の金さん"の時も旗本"遠山金四郎"の時も諸肌を脱いだりはしないので、ややタイトルと齟齬があるような...。但し、長谷川一夫が諸肌を脱いだポスターや上半身裸のスチールがあって、そこでは刺青もあるようなので、そうしたシーンはオリジナルを編集した時にカットされたのかもしれません(DVD版の本編の長さは93分と若干長くなっているが何が加わったのか?)。

 松竹作品の中では現在ほとんどが散逸して残っているものが少ないという京都・下賀茂撮影所で作られた作品であるという点では貴重な作品。加えて、長谷川一夫が三枚目の方を主として演じているという意味でも貴重なのかもしれませんが、むしろ"珍品"という印象の方が強いでしょうか。同じくコメディタッチのもので、片岡千恵蔵が一人二役を演じた「赤西蠣太」('36年/日活)なども想起されますが、役者の一般的なイメージと演じている役やメイクとのギャップの大きさという意味では、もしかしたらそれより上かもしれません。

刺青判官01.jpg姿三四郎 池.jpg 百之助が池に落ちたシーン、黒澤明の「姿三四郎」('43年/東宝)で姿三四郎(藤田進)が池に飛び込んだシーンを思い出してしまったのは、共に浸かった池が「蓮池」だったからか。
 


飯塚敏子/林長二郎(長谷川一夫) in「刺青判官」(1933)(スチール写真)
飯塚敏子4.jpg刺青判官 スチール.jpg「刺青判官(ほりものはんがん)」●制作年:1933年●監督:冬島泰三●脚本:木村富士夫●撮影:片岡清●原作:長谷川伸「刺青判官(ほりものはんがん)」●時間:86分(VHS)・93分(DVD)●出演:林長二郎(長谷川一夫)/飯塚敏子/井上久栄/新妻四郎/小泉嘉輔/山路義人/広田昻/中村吉松/高松錦之助/永井柳太郎/坪井哲/中村政太郎/関操/沢井三郎/小笠原章二郎/絹川京子/遠山修子/二条照子/尾上栄五郎●公開:1933/06●配給:松竹シネマ京都(評価:★★★)

飯塚敏子/阪東妻三郎 in「国定忠治」(1946)(スチール写真)
国定忠治_.jpg

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シンプルなストーリーだが、人々の心に強烈に残る阪妻の演技によって傑作に。

王将(1948) .jpg王将(1948) dvd.jpg 王将(1948)00.jpg
王将 [DVD]」 阪東妻三郎/奈加テルコ
王将 [レンタル落ち]
王将(1948)01.JPG 大阪で草履を作るのが生業の坂田三吉(阪東妻三郎)は、三度の飯より将棋が大好きで、趣味のせいで本業はおろそか。将棋大会の会費が必要と、家財道具を持ち出し売り飛ばしてしまう始末である。妻・小春(水戸光子)による娘(奈加テルコ)との無理心中自殺騒ぎにまで発展するが、小春は夫に理解を示し、どうせやるなら日本一になってほしいと告げる。東京の関根名人(滝沢修)が大阪を訪れ、三吉と勝負を行うことになる。熱戦の末、三吉はハッタリの一手「二五銀」で勝利するが、幼いころから父の将棋を見てきた娘の玉江(三條美紀)にハッタリを見抜かれ詰られてしまう―。

王将(1948)02.jpg 1948(昭和23)年公開の伊藤大輔(1898 -1981)監督作品。原作は、実在した将棋界の奇才・阪田三吉(坂田三吉、1870 - 1946)を主人公モデルとした北条秀司の戯曲で、山根貞夫氏によれば、この映画化作品の前年に新国劇が辰巳柳太郎主演で上演して大好評を博しその年に映画化が企画されるも、当時の大映社長に将棋なんか映画になるものかと一蹴されたとのこと。当時は大映の社長が菊池寛から永田雅一に替わった頃であり、どちらの発言か分からないようですが、おそらくそう言ったのは制作に口を挟むことが多かった永田雅一の方ではないでしょうか。
医師・菊岡(小杉勇)/大阪朝日新聞学芸部長・大倉(斎藤達雄)/坂田三吉(阪東妻三郎)

「王将」1948年.jpg升田幸三2.jpg 伊藤大輔監督はそれでも映画化を諦めず、シナリオを9回も全面的に書き直してやっと企画は通りますが、一方で、伊藤監督自身は将棋に全く無知で駒の並べ方すら知らなかったため、勉強のため白浜の旅館で開かれていた名人戦を観戦し、そこで観戦に来ていた升田幸三(1918-1991)と知り合い、升田幸三は撮影所に来て伊藤監督に駒の並べ方から将棋の指導をし、また、映画に出てくる将棋の場面を監修しています。

王将(1948)03.jpg 貧乏長屋で草履を作るのを生業としていた坂田三吉が、将棋に没頭するあまり妻子に散々苦労をかけながらも、やがて名人にも打ち勝つ棋士となり、また人間的にも成長していく様を描いたシンプルなストーリーですが、坂田三吉を演じた阪東妻三郎(1901-1953)の活き活きとした名演技によって、骨太の感動物語となっています。阪東妻三郎の時にややオーバーアクション気味の大熱演は、「無法松の一生」('43年/大映)を思起させますが、コミカルな演技にしても感動的な演技にしても、そうした熱演が空回りすることなく作品にフィットし、人間臭くまた迫力ある人物像を描き出して見せる点はさすがだと思います。

 阪東妻三郎は、元はと言えば端正な顔立ちと高い演技力を兼ね備えた二枚目俳優であり、サイレント映画時代に「剣戟王」と呼ばれたりもしましたが(マキノ雅弘は「最後の時まで育てた役者の中で、一等大殺陣のうまかったのは?」と訊かれ、「専門としてみて」と前置きして、市川右太衛門、月形竜之介の前に「妻さん、だろうね」と阪妻の名を挙げている)、文春文庫ビジュアル版の『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年)に監督・男優・女優の各ベスト10のコーナーがあって、372人が選んだ「個人編男優ベストテン」の男優ベスト10は、1位・坂東妻三郎、2位・高倉健、3位・笠智衆、4位・三船敏郎、5位・三國連太郎、6位・森雅之、7位・志村喬、8位・石原裕次郎、9位・市川雷蔵、10位・緒形拳となっています。こうしたアンケートでトップに来るというのは、二枚目俳優で剣戟スターというのもあるかもしれませんが、やはり「無法松の一生」、そしてこの「王将」といった人々の心に強烈に残る作品があるからでしょう。

王将ousho.jpg ラストで永年の宿敵・関根八段(滝沢修が阪妻とは対照的な気品のある演技を見せる)の第十三世名人襲位披露祝賀会に三吉が重病の妻・小春を大阪に残して上京し、関根名人に手作りの草履を送ったその時、玉江から小春危篤の電話があり、電話越しで涙ながらに妻に語りかける場面は、やはり心に沁みるものがあります。

坂田三吉(阪東妻三郎)/関根名人(滝沢修)

 関根八段が「十三世名人」を襲位したのは、1919(大正8)年で、実在の阪田三吉の妻・阪田コユウが48歳で亡くなったのは1927年であるため、この辺りは北条秀司の戯曲における創作ですが、劇中で三吉の妻が生活苦から鉄道自殺未遂事件を起こすのは実際あったことであり(1913(大正2)年頃と推定されている)、また、長年の苦労や夫の眼病の看護などで自身が病に倒れたコユウは、臨終の床で「お父ちゃん、あんたは将棋が命や。どんなことがあっても、アホな将棋は指しなはんなや」と阪田に言い、阪田はコユウの亡骸をいつまでも抱くようにしていたといいます。

王将(1948)04.jpg 映画にもあるように、阪田三吉は、1891(明治24)年頃、後に名人となる関根金次郎と堺の料亭で初対決し惨敗、このことでプロの道を決意したとされ、1906(明治39)年の関根との対局で(関根の香落ち)、終盤三吉が千日手のルールを知らずに惜王将(1948)06.jpg敗したのも事実であり(但し、映画ではこの2つの出来事が1つに纏められている)、以降、打倒関根を目標として貧困などの危機を乗り越えていき、1913(大正2)年に関根に平手の対局で初勝利するというのも映画と同じ。ただ、映画によって「無法者」のイメージが定着していますが、晩年の阪田は極めて礼儀正しい人物だったとのことです。また、一番弟子の藤内金吾が面倒見のいい人物で弟子を多く育て、阪田三吉の孫弟子には内藤國雄らが、曾孫弟子には谷川浩司らがいます。

王将04.jpg この作品が好評だったため、その後も伊藤大輔の監督で、辰巳柳太郎主演の「王将一代」('55年/新東宝)、三國連太郎主演の「王将」('62年/東映、関根名人:平幹二朗/小春:淡島千景/玉枝:三田佳子)が作られ、また堀川弘通監督、勝新太郎主演でも「王将」('62年/東映、関根八段:仲代達矢/小春:中村玉緒/玉枝:音無美紀子)が作られていますが、この「阪妻」版を超えるものではないというのが衆目の一致するところで、水戸光子、三條美紀らの演技も良かったと思います。

王将s.jpg「王将」●制作年:1948年●監督・脚本:伊藤大輔●製作:永田雅一●撮影:石本秀雄●音楽:西梧郎●原作:北条秀司●時間:94分●出演:阪東妻三郎/水戸光子/三條美紀/奈加テルコ/小杉勇/斎藤達雄/大友柳太郎/滝沢修/三島雅夫/香川良介/葛木香一/寺島貢/近衛敏明/上田寛/葉山富之輔/石原須磨男/島田照夫/市川左正/玉置一恵/羽白修/三浦志郎/初山たかし/宮田二郎/常盤操子/香住佐代子/小林叶江/国枝勢津子/仲上小夜子/滝のぼる/赤木春生/上野陽子●公開:1948/10●配給:大映(評価:★★★★)

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市川右太衛門の豪快で大らかキャラクターが存分に発揮され、後藤又兵衛像を演じるにぴったり。

乞食大将 1952 vhs.jpg乞食大将 1952 dvd.jpg 乞食大将(1945年)2.jpg
VHS/「乞食大将 [DVD]」羅門光三郎(宇都宮鎮房)/市川右太衛門(後藤又兵衛)

乞食大将 1952 dvd2.jpg 豊前中津の城主・黒田長政(月形龍之介)は、領下の豪族・宇都宮鎮房(羅門光三郎)と戦い大敗するが、その臣・後藤又兵衛(市川右太衛門)の夜討ちが効を奏して形成逆転、宇都宮勢を破って鎮房の妹・鶴姫(中村芳子)と鎮房の子・花若(澤村マサヒコ)を人質とする。更に和議を結んだ相手である鎮房を騙し討ちにしようとし、長政はその役目を又兵衛に託そうとするが、又兵衛は日頃から鎮房と一騎打ちの勝負をしたいと願っていて、騙し討ちは御免だと断る。しかし、長政の謀に嵌って追い詰められた鎮房と廊下で鉢合せになり、結局、他の者に討たせるよりはと一対一で刀と槍を交え鎮房を討ち取ることとなる。又兵衛は、その功により鶴姫と花若の命乞いをした上で、長政の下を去る。時は流れ、又兵衛は自分に従う家来たちを引き連れ、時に乞食のような生活をしながらも諸国を流れ歩いていた。鶴姫は剃髪をして尼になり、花若は立派な若武者なっていた。慶長19(1614)年、徳川家康(藤野秀夫)と豊臣秀頼が大坂城で最後の一戦を交えようとしたとき、徳川家臣・本多正信(嵐徳三郎)から頼まれてやってきた又兵衛旧知の京都相国寺の僧・堤西堂(見明凡太朗)は、又兵衛が徳川方につけば播磨国を賜るとの家康からの話をもちかけるが、又兵衛はそうした徳川の招きをふり切って敗色濃い秀頼方につくと言う。又兵衛が堤西堂を通して花若の徳川方大名への士官に尽力したことを知った鶴姫は、別れを言いに来た又兵衛に鎮房遺愛の兜を手向ける。又兵衛は、「父の仇」と気色ばむ花若に、この兜を目印に自分の首を取って手柄とするよう言い残してその場を去る―。

大佛次郎『乞食大将』角川文庫 昭和30年.jpg 朝日新聞に連載された大佛次郎の歴史小説を松田定次監督により映画化したもので、終戦間際の1945年秋に完成しましたが、黒澤明監督の「虎の尾を踏む男達」(1945/09 完成/1952/02 公開)などと同様、GHQの検問で上映禁止となり、その後、民間情報局教育局による禁止映画再審査によって第1回に解除された劇映画8本のうちの1本であるとのことです。因みに、GHQによって、映画会社各社の倉庫にあった過去の作品のフィルムのうち227作品が、"反民主主義的"であるとして焼却されています。「虎の尾を踏む男達」同様、この映画のどこが"反民主主義的"とされたのか不明ですが、おそらく武士道精神のようなものがモチーフになっているのは当時"アウト"だったでしょう(フィルムが焼却処分されなかっただけでも良しとするべきか)。
乞食大将 (1952年) (角川文庫〈第482〉)

北大路欣也2.jpg乞食大将 1952 02.jpg 主演は市川右太衛門(1907-1999/享年92)で、市川右太衛門の次男は俳優の北大路欣也です。戦前・戦後期の時代劇スターとして活躍し、同時代の時代劇スターである阪東妻三郎、大河内伝次郎、嵐寛寿郎、片岡千恵蔵、長谷川一夫とともに「時代劇六大スタア」と呼ばれました。サイレント時代から昭和中期まで続いた「旗本退屈男シリーズ」(1930-1963)で、独立プロから松竹、東映と映画会社を変えながらも30作品で主役の早乙女主水之介(さおとめ もんどのすけ)を演じ、松田定次監督もシリーズ後期'50年から'60年にかけて作品のうち8作を監督しています。松田定次監督との相性はこの頃から良かったのか、この作品も、市川右太衛門の豪快かつ大らかキャラクターが存分に発揮されていると思いました。

 ちょうどNHKの今年['16年]の大河ドラマ「真田丸」の本日(10月16日)放映分(第41回「入城」)で、後に真田信繁(真田幸村)と共に「大坂牢人五人衆」と呼ばれる後藤基次(後藤又兵衛)、毛利勝永、長宗我部盛親、明石全登が続々と大坂城に集結し、最後に幸村が九度山を抜け出してこれに合流するところまでをやっていましたが、後藤又兵衛役も、多くの役者がやりたがる役だろなあと思います。

真田丸 哀川翔.jpg哀川翔.jpg 今回の大河ドラマ「真田丸」の後藤又兵衛役は哀川翔です。大坂の陣で後藤又兵衛に近侍した長沢九郎兵衛が、大坂の陣の様子を書いた『長沢聞書』を遺していて、風呂で又兵乞食大将 1962.jpg衛の背中を流した際に、又兵衛の躰の刀傷を数えると53箇所あったとのこと。こうした傷だらけの猛将のイメージが"Ⅴシネマの帝王・哀川翔"とダブるとみた配役なのでしょうか。'14年の大河ドラマ「軍師官兵衛」で後藤又兵衛を演じた塚本高史よりは骨っぽい感じがしますが、この「乞食大将」の市川右太衛門をみてしまうと、哀川翔でさえも線が細く見えてしまいます(又兵衛の身長は六尺(180cm)を超え、肥満で巨漢だったと言う)。尚、この作品は'64年に勝新太郎主演でリメイクされており、脇ならばともかく後藤又兵衛を主人公として演じるとなると、やはりそれ相応のクラスの役者でなければならないということなのでしょう(ドラマの方は、主人公の真田幸村を演じる堺雅人とのバランスも考慮した?)。

 因みに、後藤又兵衛に関するエピソードには虚実様々ありますが、黒田家を去った又兵衛が他大名に士官するのを黒田長政がことごとく邪魔したというのは、多くの歴史家が事実と見做しているところです。一方で、又兵衛の方は、出奔して細川家にいた頃、細川忠興をはじめ細川家の諸人から、「黒田長政に多くの不満があって黒田家を立ち退いたというのに、古主を悪く言うように見えて、実は古主の武威を語っていた。忠義の厚い、見事な侍である」と称賛されたとのこと。武勇だけでなく、人間的にも立派な人だったのか。この作品の市川右太衛門は、そうした又兵衛像を演じてみせるにぴったりでした(三谷幸喜脚本の「真田丸」の後藤又兵衛はやや子供っぽい?)。
       
乞食大将 1952  001.jpg「乞食大将」●制作年:1945年●監督:松田定次●製作:浅野辰雄●脚本:八尋不二●撮影:川崎新太郎●音楽:白木義信●原作:大佛次郎「乞食大将」●時間:62分●出演:市川右太衛門/藤野秀夫/中村芳子/月形龍之介/羅門光三郎/嵐徳三郎/荒木忍/香川良介/葛木香一/小川隆/南部彰三/澤村マサヒコ(津川雅彦)/原聖四郎/水野浩/津島慶一郎●公開:1952/04●配給:大映(評価:★★★☆)
       
真田丸 title.jpg真田丸  dvd.jpg「真田丸」●演出:木村隆文/吉川邦夫/田中正/小林大児/土井祥平/渡辺哲也●制作:屋敷陽太郎/吉川邦夫●脚本:三谷幸喜●音楽:服部隆之●出演:堺雅人/大泉洋/草刈正雄/長澤まさみ/木村佳乃/平岳大/中原丈雄/藤井隆/迫田孝也/高木渉/高嶋政伸/遠藤憲一/榎木孝明/温水洋一/吉田鋼太郎/草笛光子/高畑淳子/内野聖陽/黒木華/藤本隆宏/斉藤由貴/寺島進/西村雅彦/段田安則/藤岡弘、/近藤正臣/小日向文世/鈴木京香/竹内結子/新納慎也/哀川翔●放映:2016/01~12(全50回)●放送局:NHK

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「●嵐 寛寿郎 出演作品」の インデックッスへ 「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ

水中シーンもある、戦時中の異色の"水泳時代劇"であり、嵐寛寿郎の大映時代の代表作でもある。

河童大将 v.jpg  河童大将(1944年)2.jpg 羅門光三郎/嵐寛寿郎
「河童大将」スチール集
河童大将 スチル.jpg 海と川に囲まれた尼子氏の小城は、毛利軍に囲まれいつ攻め込まれ落城してもおかしくない状態にある。尼子氏の荒浪碇(いかり)之助(嵐寛寿郎)と早川鮎之助(羅門光三郎)は良きライバル関係にあり、敵の様子を探るため敵城への潜入を命じられるが、2人共敵に正体を見破られ、鮎之助は逃れるも、碇之助は捕らわれる。拷問のうえ緊縛されたまま水に投げ込まれた碇之助は、得意の泳法で何とか生還し、敵方の陣形を城主に伝える手柄を立て、足軽頭に出世する。新たに与えられた50人の配下と共に日夜泳法の訓練をする彼に、周囲は嘲笑するが、直属の家老だけは、周囲を水に囲まれているのだから、泳法に長けているのは重要と理解を示す。碇之助と鮎之助の幼馴染で家老の娘・小百合(橘公子)は、婚期を控え2人のライバルの狭間で気持ちが揺らいでいる。鮎之助は、敵城潜入の際に碇之助を置いて逃げたことでの周囲への負い目から、水練大会の競泳で扇り足(平泳ぎ)の日本式泳法の碇之助に対し、早抜き手(クロール)で碇之助に勝利して名誉挽回するも、鮎之助は、本当に必要な泳ぎはいかに体力を温存して水中の中にい続けることができるかだとして気に留めていない。しかし、そんな碇之助に煮え切らない思いの小百合の父は、娘の気持ちを無視して小百合の鮎之助への嫁入りを決めてしまう。やがて、敵陣からの攻勢がかかり、これに対処するには奇襲戦法しかないと、日頃鍛えた河童隊を二隊に分け、湖水を泳いで毛利軍を奇襲することに。碇之助の隊は平泳ぎ、鮎之助の隊はクロール似の早抜き手で進む。鮎之助の隊は、泳ぎは早いが水飛沫(しぶき)で敵に発見され攻撃を被る。一方、碇之助の隊は、泳ぎは遅いが静かに進むため発見されず、奇襲攻撃は成功して味方を勝利に導くとともに、手負いの鮎之助を救出する―。

 戦国時代を舞台に、水泳により水を渡り敵に奇襲をかける足軽頭の活躍を描く、水中シーンなども見られる戦時中の異色の"水泳時代劇"。1944年8月公開ということもあって、クロール隊が役に立たず、平泳ぎ(日本式泳法)隊が勝利に貢献するという設定は、日本が米英より優れていることを強調している映画とも考えられます。それにしても、毛利に攻め込まれ孤立状態となった尼子氏の城が舞台になっていることや、碇之助の、「勝とうと思えばいつでも勝てる」「負けて勝っているのだ」というセリフが、逆に当時日本軍の戦況の厳しさを物語っているようでもあり、"国策映画"としてはどうかなとも。

 山中貞夫氏によれば、"国民皆泳運動"というのが当時あって、その宣伝にも一役買っていたのではないかとのことですが(そうか、それが"水泳時代劇"が生まれるきっかけだったのか)、山中氏も、負けつつある国が奇襲戦法で勝つというストーリーは、日本人の願望を映し出しているようでもあるとしています。

 主人公・荒浪碇之助を演じた嵐寛寿郎(1902-1980)は、当時41歳。裸になるとがりがりで、まずまずのガタイの羅門光三郎(1901-没年不詳)に比べ見劣りしますが、水の中に入るとすいすいと素晴らしい泳ぎをみせます。また、剣戟においてもすごい眼光と俊敏な身のこなしでその往年のスターぶりを見せ、この作品は「海峡の風雲児」('43年/大映)と並んで彼の大映時代の代表作です。準主役の早川鮎之助を演じた羅門光三郎は戦後すぐに脇役に回りますが、嵐寛寿郎も大映から移籍した新東宝の倒産(1961年)後はどこにも所属しなかったため、晩年は殆ど脇役でした(その中でも、「網走番外地」('65年/東映)や「神々の深き欲望」('68年/日活)などでの演技が印象深い)。

山中鹿之介f.jpg 原健作演じる山中鹿之助(山中幸盛、1545?-1578)や荒木忍演じる横道兵庫助(横道秀綱、生年不詳-1570)をはじめ、吉川将監、尼子勝久あたりまでは歴史上実在した人物であり、山中鹿之助は「尼子十勇士」の筆頭であり、尼子家再興のために「願わくば我に七難八苦(艱難辛苦)を与えたまえ」と三日月に祈った逸話で知られ、横道兵庫助も「尼子十勇士」の1人とされていますが、この「尼子十勇士」の中に「荒浪碇介」「早川鮎介」などがいます。但し、このあたりになると「真田十勇士」のようなもので、架空の人物の公算が高いようです。「落ちそうで落ちない城」を舞台にしたものでは、忍城(おしじょう)を舞台にした和田竜原作「のぼう城」('12年/東宝)があり、モチーフ的には通じるものがあるように思いました。

 見た目、それほど"国策映画"っぽくないのは、娯楽映画であることに加え、主人公・荒浪碇之助の「友情」と「恋愛」の板挟みが描かれているせいでもあるかと思います。「友情」はともかく、「恋愛」の方は戦時下で基本的には"御法度"だったと思われますが、「時代劇」という背景と「水練」という国策運動に繋がるネタのもと、上手くお話の中に織り込んでしまったところに、制作陣のしたたかさが感じられました。

「河童大将」●制作年:1944年●監督:松田定次●製作:山口哲平●脚本:八尋不二●撮影:川崎新太郎●音楽:佐野顕雄●時間:64分●出演:嵐寛寿郎/羅門光三郎/橘公子/藤原鶏太/原健作/山口勇/荒木忍/嵐徳三郎/環歌子●公開:1944/08●配給:大映(京都)(評価:★★★☆)

嵐 寛寿郎 in「網走番外地」('65年/東映)/「神々の深き欲望」('68年/日活)網走番外地 嵐寛寿郎.jpg 神々の深き欲望.jpg

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股旅ものがぴったり片岡千恵蔵の戦後初の時代劇。予定調和だがプロセスが楽しめる。

おしどり笠おしどり笠 片岡千恵蔵3.jpg おしどり笠 やまね.JPG「おしどり笠」
片岡千恵蔵(つばくろ藤太郎)
おしどり笠 片岡千恵蔵 1948 v2.jpg 夜の江戸藏前、戸倉屋の表にがやがやと人だかり。松平伯耆守のお部屋様に戸倉屋の娘おたか(山根寿子)が腐れ縁に打ち込む新規の楔の祝儀があるのだ。やがて松平家より迎駕が着くが、おたかの祖父彦右衛門(小杉勇)には不本意な婚儀らしい。その時おたかの姿が突然消える。東海道を下って行くおすみ(おたか)、おかつ、おしんの3人連れの鳥追姿、目指すは追速堂島美濃屋。しかしすぐ追手が差し向けられる。一方、つばくろ藤太郎(片岡千恵蔵)は戸倉屋の息子彦作のために身を崩した妹お雪を探しての道中を続けるが、飛脚の口から戸倉屋の事件を聞く。藤太郎は立場茶屋で草間の金助(杉狂児)、おたか一行と知り合う。金助はお雪の行方を知っているが、自らが加担しているだけに藤太郎の男振りについ言い出せない。金助、おたか一行は藤太郎の後へ続くが、藤太郎は一人旅の方が好きらしい。金助の一味だった小平と彌吉がおすみの素性がおたかと知って、おすみに懸った賞金を得るために邪魔な藤太郎を闇討ちするが、おたかの機転により果たせない。やがて悔い改めた金助が涙で白状し、藤太郎は妹お雪(折原啓子)の所在を知るが、もはや臨終の床。居合わせたおたかが藤太郎に事情を打明けて兄の罪を詫びる。おたかを追う一行が小平、彌吉を先頭にやってくる。藤太郎の情けによって兄の彦作は改心し、妹おたかを思って松平家の家来達に破談を申し入れるが、家来達は聞く耳持たず、おたかを連れ去る。金助の急報で事態を知った藤太郎はおたか救出に向かう―。

 1948(昭和23)年1月公開作。片岡千恵蔵(1903-1983/享年80)にとっては、森の石松を演じた戦中末期の「東海水滸伝」('45年)(清水次郎長役は阪東妻三郎)以来3年ぶりの股旅もの時代劇で、敗戦直後にGHQによってチャンバラ映画が廃止され、時代劇スターがもっぱら明治ものや現代ものに出演していた状況がまだ続いていた時期にしては、早めに復活した時代劇作品と言えるかも。戦前の時代劇と言えば股旅ものが人気で、山根貞男氏によれば、やくざが妹を探して流浪すること、その旅の過程が歌まじりに描かれること、再会した妹が落ちぶれて病に臥せっていることなど、これら皆、戦前から続く股旅ものの定石だそうです。

 股旅ものがぴったり片岡千恵蔵、ラストの大立ち回りでのアクションはなかなか見応えがあり、剣を使うなとの彦右衛門(小杉勇)の忠告に沿って棒で相手を次々なぎ倒しますが、これもチャンバラ映画の禁制がまだ解かれていないためか(十数人いる相手方は皆刀を抜いているのだが...)。

 片岡千恵蔵はこの作品の2年前に多羅尾伴内シリーズの第1作、松田定次監督の「七つの顔」('46年)に出演し、翌年第2作「十三の眼」('47年)に出演、この後も第3作「二十一の指紋」('48年)、第4作「三十三の足跡」('48年)と大映で撮り、現代劇でも大活躍で、まさに大映のドル箱スターでしたが、大映社長・永田雅一の「多羅尾伴内ものなど幕間のつなぎであって、わが社は今後、もっと芸術性の高いものを製作してゆく所存である」との発言に、「わしは何も好き好んで、こんな荒唐無稽の映画に出ているのではない。幸い興行的に当たっているので、大映の経営上のプラスになると思ってやっているのに社長の地位にあるものが幕間のつなぎの映画とは何事だ」と怒って、この映画の脚本家である比佐芳武らとともに、1949(昭和24)年に東横映画(東映の前身)へ移籍しています。

弥次喜多道中記_2.jpg この映画で小悪党だが根はいい男の草間の金助を軽妙に演じて見せた杉狂児(1903-1975/享年72)は、戦前は日活所属で、資料によると1947(昭和22)7月に東横映画に入社とあるから、この映画の時点で片岡千恵蔵より先に移籍していたのでしょうか。戦前はマキノ正博(後のマキノ雅弘)監督の「弥次喜多道中記」('38年/日活)で片岡千恵蔵と共演しているし、戦中は稲垣浩監督の「無法松の一生」('43年/大映)に出演しているし(稲垣浩監督は杉狂児を非常に高く評価している)、戦後は先に挙げた多羅尾伴内シリーズ第4作「三十三の足跡」などにも出ています。

片岡千恵蔵&杉狂児 in「弥次喜多道中記」('38年/日活)

折原啓子.jpg ヒロインのおたか役の山根寿子(1921-1990/享年69)も悪くは無かったと思いますが、その色香も含めやや古風すぎるか。この作品以降、目立った主演作というものが無く、むしろ、藤太郎の妹お雪を演じた当時デビュー間もない折原啓子(1926-1985/享年59)の方が、後に映画やテレビで活躍するようになります。この映画での出番は臨終の場面しか無く、布団に伏して首から上しか映っていませんが、病人にしてはキャメラが随分と艶やかに撮っていたような...。

折原啓子

 映画全体としては予定調和であり、片岡千恵蔵が演じる藤太郎が絶対的に強いのが分かっていて、見所は、山根寿子演じるおたかと反目しながら、最後は惹かれ合っていくプロセスでしょうか。「おしどり笠」というタイトルは結末以降であって、映画の間中、二人が並んで旅するようなことは無いのですが、タイトルそのものが先に結末を言ってしまっているわけで、そのことからしても予定調和であり、(テーマ曲の中にも「口でけなして心で惚れて」とあるが)プロセスを楽しむ映画でしょう。

 因みに、この片岡千恵蔵が演じた'つばくろ藤太郎'は、マキノ監督「鴛鴦道中」('38年/日活)で既に片岡千恵蔵自身が演じており、また、このキャラクターは、後の松田定次監督「血煙り笠」('62年/東映)で大川橋蔵にも引き継がれています。

おしどり笠(昭和23年)
 作詩 高橋掬太郎 作曲 大村能章
 1 かえる燕か また来る雁か
   男なりゃこそ 一本刀
   追うてくれるな 気まぐれ旅を
   浮名散らしの 風が吹く
おしどり笠テーマ.jpg 2 一夜(ひとよ)二夜と 袖すり合えば
   いつかからむよ 思いの糸も
   口でけなして 心で惚れて
   道中合羽の 裏表
 3 京に出ようか 浪花へ行こか
   人も振り向く おしどり笠よ
   明日の塒(ねぐら)を 草鞋に問えば
   あいと答える 眼が可愛い 

「おしどり笠」●制作年:1948年●監督:森一生●脚本:比佐芳武●撮影:比佐芳武●音楽:西梧郎●時間:82分●出演:片岡千恵蔵/杉狂児/小杉勇/香川良介/市川小文治/山根寿子/豆千代/月宮乙女/折原啓子●公開:1948/01●配給:大映・京都(評価:★★★☆)

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戦中に作られた作品だが、まるで60年代の任侠やくざ映画を観ているよう。

三代の盃1.jpg三代の盃2.jpg日本侠客伝 1964 dvd.jpg
日本侠客伝 [DVD]
片岡千恵蔵主演「三代の盃」映画館チラシ(四谷武蔵野館)   片岡千恵蔵/琴糸路

三代の盃 花嫁一本刀9.jpg 江戸築地明石町の伊三郎(高山徳右衛門)一家は、真の任侠道に生きることを信条としていた。一方、任侠道の裏を行く新興の但馬屋の仁右衛門(荒木忍)は、悪徳商人の丸谷惣平(大国一広)と組んで明石町の長屋を立ち退かせ、そこに歓楽街を作って、伊三郎一家を蹴落そうとしていた。伊三郎一家の三ン下の政吉(片岡千恵蔵)は、長屋で母おかね(二葉かほる)と二人暮しで、隣家の浪人小磯文之進(長浜藤夫)の娘お雪(琴糸路)とは相思の仲だった。政吉の兄貴分の弥吉(原聖三郎)が但馬屋一家の企みを知り、密かに但馬屋一家へ掛け合いに行くが、やがて水死体となって大川に浮かぶ。憤怒した政吉は単身但馬屋に乗り込むが、子供扱いされ追い返される。悔しさを伊三郎に訴える政吉を、親分は「何も恥じるこたねえ。おめいにはまだ貫禄が足りねいのだ」と諭し、「修行して立派な男になって帰って来い」と励まし旅に出す。そして3年、世は明治となり、但馬屋一家は官権溜池の御前(大井正夫)を黒幕に勢力を広げていた。御前は芸妓雪松に懸想し、仁右衛門が口説き役に廻ったが雪松はうんと言わない。雪松こそ病に伏す父のため芸妓になったお雪だった。そんな折政吉が旅から帰って来て、強引に立ち退き工作を進める但馬屋一家の横暴を知った政吉は但馬屋一家に乗り込むが、そこに大親分鮫洲の卯之助(小川隆)の仲裁が入り、事は納ったかにみえた。しかし、但馬屋一家は卯之助を謀って仲裁を無効にし、大挙して伊三郎一家を襲撃、親分にもケガを負わせる。今まさにお雪と祝儀を挙げたばかりの政吉は、これを知って単身但馬屋一家へ乗り込み、遂に仁右衛門を叩き斬る。そんな政吉に旅に出ることを勧める親分に対し、政吉は新時代に生きる人間になりたいと言い自首しに行く―。

三代の盃18.jpg三代の盃 勝新版.jpg 太平洋戦争が始まってちょうど丸1年経った頃の1942(昭和17)年12月11日公開の八尋不二のオリジナル脚本、森一生監督作で、1962(昭和37)年に同じく八尋不二のオリジナル脚本、森一生監督により勝新太郎、小山明子主演でリメイクされています。

勝新太郎版「三代の盃」(1962)

 ラストでこれまで我慢を重ねてきた片岡千恵蔵の政吉が、女性と別れ、相手方に殴り込みをかけるいうこの構図は(殴り込みをかける際に、雨が降って来て番傘をさしていくシーンなども含め)、1960年代にスタートした高倉健主演の「日本侠客伝シリーズ(1964-1971、全9作)、「昭和残侠伝」シリーズ(1965-1972、全11作)をはじめとするやくざ映画と少しも違わないことに驚かされます(そのため既視感があるが、こちらの方が20年以上前、しかも戦時中なのだなあと)。

日本侠客伝02.jpg日本侠客伝01.jpg 例えば、上記シリーズの中で最も早く作られたマキノ雅弘監督の「日本侠客伝」('64年/東映)も、深川木場の材木を運び出す運送業者の木場政組と親興の沖山運送の対立が背景にあって、新興やくざの非道に対して、昔気質の一家がじっと忍耐した末に斬り込みに行くというストーリーはよく似ているし、旅に出ていた片岡千恵蔵・政吉が戻って来て一家の危機を救うという構図は、出征先から戻って来た高倉健・長吉が一家を救うのと同じです(この映画でも高倉健は最後着物をはだけて上半身裸になるが、長吉は軍人上がりで躰に入れ墨はない)。

 「三代の盃」で単身但馬屋一家へ乗り込もうとする片岡千恵蔵・政吉を、二葉かほる演じる母親が敢えて制止することなく送り出し(雨が降っているのに気づいて、息子に番傘を渡す)、更に、たった今祝言を挙げたばかりの新妻の琴糸路のお雪が父の命により、貧しい生活の中でも武士の命として質屋に出さず大事に手元に置いておいた刀を政吉に渡すべく雨の中政吉を追いかける(この映画は後に「花嫁一本刀」と改題されて再公開された)―これは武家的な気質と言え、武士道精神が明治初期のやくざに引き継がれ任侠道となったという説に符合するようにも思いました。

日本侠客伝 中村s.jpgマキノ雅弘、『日本侠客伝』(1964年)es.jpg 一方、「日本侠客伝」における狭い意味での"侠客"は、中村錦之助演じる一家の"客人"清治でしょう(当初は中村錦之助が主演予定だったが、中村錦之助のスケジュールがつかず、高倉健を主演にした脚本に変更された)。清治は、世話になった親分への義理のために覚悟して死地へ向かいますが、その女・三日本侠客伝 富司純子.jpg田佳子演じるお咲には彼が何を考えているか分かっていて、こちらもそれを制止することなく最後の杯を交わして男を送り出します。一方の高倉健・長吉は、清治の遺体を見て意を決し、まさかそんなことになるとは思ってもいない恋仲の富司純子・お文には黙って何も告げず、敵方へ斬り込みに向かいます。ここでの富司純子は、「緋牡丹博徒」(シリーズ1968-1972、全8作)が始まる前の"お穣さん"的な役柄ですから、「三代の盃」で琴糸路・お雪に対応する役は(お雪も武家の娘でお嬢さんではあるが)、その精神性においては富司純子のお文よりむしろ三田佳子のお咲であるとも言えます。

三代の盃 スチール.jpg 「三代の盃」の片岡千恵蔵は、三ン下の頃は江戸時代で髷であるのが、旅から戻って来た時は明治で散切りですが、三ン下の頃からすでに貫禄が隠し切れず、やや窮屈そうな演技でしょうか(「赤西蠣太」('36年/日活)で見せたように軽めの演技も出来る人ではあるのだが)。それが、旅から戻ってきたらもう待っていましたとばかりの"凄み全開"で、時代劇がかっている分、高倉健などとはまた異なる、或いはそれ以上の迫力でした。

 たった3年の旅でこんなにも貫禄がつくのかとも思ってしまいますが、この片岡千恵蔵版では旅の過程で何があったのかは描かれておらず、その点を補完する意味合いもあってか、勝新太郎のリメイク版では、旅先で土地の親分同士の争いに巻き込まれ、土地の百姓の困惑をみた政吉が命懸けで仲裁に立ってその大役を果たし、その侠名が江戸にも伝わるということになっています。

片岡千恵蔵 in「三代の盃」(スチール写真)

久保幸江.jpg 尚、片岡千恵蔵版で政吉が旅に出てからの年月の経過を表すために、旅芸人一座が街道を行くシーンとその一座の久保幸江(1924-2010/享年86)の歌が流れますが、久保幸江のデビューは1948年であり、これは戦後に久保幸江を特別出演させてフィルムを改修したものだそうです。やはり、そうしたシーンで入れて時間的経過を表す間を持たせないと、場面が切り替わって髷から散切りになっただけでいきなりすぐに迫力が増すというのは、当時としても観ていてやや唐突な印象があったのではないかという気がします。

久保幸江 
    
三代の盃(花嫁一本刀)v.jpg三代の盃_200.jpg「三代の盃(花嫁一本刀)」●制作年:1942年●監督:森一生●脚本:八尋不二●撮影:松村禎三●音楽:西梧郎●時間:67分●出演:片岡千恵蔵/琴糸路/高山徳右衛門/林寛/荒木忍/近松里子/長浜藤夫/原聖四郎/小川隆/大井正夫/香琴糸路_1942.png住佐代子/二葉かほる/梅村蓉子/ 仁札功太郎/岬弦太郎/川崎猛夫/石川秀道/大国一公/水野浩/横山文彦 /久保幸江●公開:1942/12●配給:大映(京都撮影所)(評価:★★★☆)
琴糸路(「維新の曲」('42年/大映)出演時、満30歳)

「日本侠客伝」田村高廣/長門裕之/松方弘樹/大木実/中村(萬屋)錦之介
日本侠客伝59.jpg日本侠客伝200x133.jpg「日本侠客伝」●制作年:1964年●監督:マキノ雅弘●脚本:笠原和夫/野上龍雄/村尾昭●撮影:三木滋人●音楽:斎藤一郎●時間:98分●出演:中村錦之助(萬屋錦之介)/高倉健/大木実/松方弘樹/田村高廣/日本侠客伝-002.jpg長門裕之/藤間紫/富司純子/南田洋子/三田佳子/伊井友三郎/ミヤコ蝶々/津川雅彦/島田景一郎/五十嵐義弘/南都雄二/徳大寺伸/加藤浩/佐々木松之丞/島田秀雄/堀広太郎/那須伸太朗/大城泰/安部徹/天津敏/品川隆二/国一太郎/佐藤晟也/大井潤/月形哲之介/大前均/楠本健二/有馬宏治/内田朝雄●公開:1964/08●配給:東映(評価:★★★☆)

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定番だが、ミス・ワカナを知る上でも、吉本の漫才の一ルーツを知る上でも貴重な作品か。

お伊勢詣り(旅籠屋騒動)v.jpg  お伊勢詣り(旅籠屋騒動)23bb.jpg お伊勢詣り森光子10.jpg
「お伊勢詣り (旅籠屋騒動)」            ミス・ワカナ/玉松一郎     森光子(19歳)

お伊勢参り(旅籠屋騒動10.jpg 伊勢詣りの人々でごった返す旅籠街。狭い道で、それぞれの宿の客引きが懸命に行われている。旅籠伊勢屋では、伊勢屋の主人(伴淳三郎)にもう何度目かという臨終が迫っていたため客引きは躊躇していたが、主人の命により客を引き入れ、結局今日も団体客で大賑わい。父危篤の知らせで駆けつけた娘・お光(森光子)の許婚・新太郎(南條新太郎)、新米女中のワカナ(ミス・ワカナ)に惚れる息子・一郎(玉松一郎)、お光の美しさに惹かれ伊勢屋に泊まる旗本のぼんぼん(浅田家日佐丸)。つい酔っぱらったワカナに対し、旗本は自らが被った無礼に腹を立て、千両払わねばワカナを斬ると言う。番頭が一夜待ってくれと言うも態度を軟化させず、次第に夜も更け、皆が旗本の前で漫才をやってその態度を和らげることを試みることに―。

 1939(昭和14)年5月公開作。吉本興行(戦後は吉本興業)の演芸が急激に大衆に受け入れられたことに伴い、松竹の子会社である新興キネマに設立された演芸部が1939年4月、その吉本から当時人気絶頂のワカナ・一郎、ラッキーセブンなどの漫才コンビを引き抜き(仕掛けたのは永田雅一で、その命を受けて奔走したのが、この映画で怪演を見せる伴淳三郎だと言われている)、その結果、彼らがこの「お伊勢詣り」に出演することになりましたが、吉本は黙っておらず、裁判沙汰になったとのことです。

 同じ頃、東宝の前身P・C・Lで吉本の花形エンタツ・アチャコの映画がヒットを飛ばしており、この作品はワカナ・一郎で、それに対抗しようとしたものですが、そうした渦中で作られ、新興・吉本の闘いの影響でやくざが映画館を襲撃するといった噂が流れたりもし、京都では、予定日に封切ることが出来ず、休館のところも出たとのこと。休館したところでは、数日後、もう大丈夫だろうと2日間のみ封切ったところ超満員になり、翌月改めて再上映したとのことです。

吉本/ミス・ワカナが吉本に入社.gifお伊勢詣り(旅籠屋騒動) 1.jpg 物語は、とある旅籠屋に住み込んだミス・ワカナ扮する底抜けに明るい女中の奮戦記であり、後に「旅籠屋騒動」と改題されています。ミス・ワカナが夫・玉川一郎と漫才コンビを組んだのが1928年で、少しずつ勢いをつけ、1937年に吉本に所属すると一気にブームになり、更にこの映画で"全国区"となります。

「吉本百年史」より

 実際、作品の中でのワカナの演技は際立っており、旗本の前でやってみせる漫才でも、ラッキーセブン(香島ラッキー・御園セブン)の時事漫談などはあまり面白くないのに(戦時下の検閲を意識したものになっているせいもある)、ワカナ・一郎になるとぐっと面白味が増します(ストーリー上、ラッキーセブンの方がワカナ・一郎より面白くてはマズイのだが)。ラッキーセブンなどはおそらく映画初出演でカメラ馴れもしていなかったのではないかと思いますが、それはワカナ・一郎とて同じことで、その辺のワカナのセンスと度胸の良さというのはさすがです。

舞台「おもろい女」ポスター(森光子・段田安則版/藤山直美・渡辺いっけい版)
おもろい女 1.jpgおもろい女 2.jpg この作品に伊勢屋の主人の娘役で19歳で出演し、ミス・ワカナにも可愛がられた森光子が、1965年フジテレビドラマ「おもろい女」でミス・ワカナを演じていて(未見だが、森光子演じるミス・ワカナが、デビューしたての森光子に声をかけるシーンがあるそうだ)、更に1978年から 2006年にかけてはこれを舞台で演じています(因みに、玉松一郎役は、テレビドラマは藤山寛美、舞台は芦屋雁之助、段田安則などが演じている)。また、森光子亡き後は、藤山直美が舞台「おもろい女」でミス・ワカナを演じ演じています(玉松一郎役は渡辺いっけい)。

おもろい女 .jpg 天才と言われたミス・ワカナですが、この作品出演の7年後の1946年、阪急西宮球場での野外演芸会の帰りに阪急西宮北口駅のホームで心臓発作を起こしで倒れ、36歳の若さで急逝します。ヒロポンの中毒と過労が原因だったと俗説されていますが、本当のところはよく分からないようです(エノケンこと榎本健一もヒロポン中毒だった)。亡くなった当日の公演の阪急西宮球場への行きは森光子が同行していたとのことですが、森光子の証言によれば、当日持たされた小箱の中に薬があったとのことです。森光子によると、晩年はヒロポンではなくナルコポンを打っていたということで(太宰治の最初の中毒がナルコポン中毒だったと言われている)、森光子の舞台では、ワカナが薬を打つ場面がありました。

 映画自体は、吉本の定番舞台をそのまま映画化したような生硬さのようなものもあり、ものすごく面白いというわけでもありません。ただ、この映画のヒットを受け、続編「金比羅船」(1939)、「黄金道中」(1940)なども作られていますが、ミス・ワカナ主演映画でちゃんと残っているのはこの作品だけのようです。その意味では、ミス・ワカナを知る上でも、吉本の漫才の一ルーツを知る上でも貴重な作品ということになるかもしれません。

お伊勢参りミス・ワカナ.jpg「お伊勢詣り(旅籠屋騒動)」●制作年:1939年●監督:森一生●脚本:依田義賢●撮影:廣田晴巳●音楽:武政英策●時間:55分●出演:ミス・ワカナ/玉松一郎/香島ラッキー/御園セブン/平和ラッパ/森光子/伴淳三郎/浅田家日佐丸/松葉家奴/南條新太郎/平和ラッパ/伊庭駿三郎/三浦志郎/吉野喜蝶/橘光造/小酒井健●公開:1939/05●配給:新興キネマ京都(評価:★★★)

ミス・ワカナ/玉松一郎 in 「お伊勢詣り(旅籠屋騒動)」
 

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'特別出演'の17歳の原節子はすでに目立っていた。結末はやや拍子抜けか。

将軍を狙う女 東海美女博より3.jpg将軍を狙う女 東海美女伝ps.jpg
将軍を狙う女 東海美女伝.jpg「將軍を狙う女」原節子(当時17歳)/黒川弥太郎
原節子(17歳)/花井蘭子(19歳)/黒川弥太郎
将軍を狙う女 東海美女伝37oct.jpg 小西行長の遺臣・磧田(せきた)与四郎(黒川弥太郎)は、徳川家康(鳥羽陽之助)の乗った駕籠を襲うが討ち損じ、逃げ延びた山小屋には、石田三成の客分だった老人・遠山白雲斎(横山運平)がお鶴(花井蘭子)という娘と暮らしていた。お鶴は家康の前妻・築山御前(つきやまごぜん)の娘で、父である家康とその腹心の野中三五郎(進藤英太郎)を母の仇として狙っていた。家康は駿府城に人質でいる小西行長の娘・お由利(原節子)を寵愛し、お由利は切支丹信者だった。築山御前の命日、お鶴は将軍を狙う女 東海美女伝3.jpg与四郎の手を借りて本懐を遂げんと野中の屋敷に乗り込むが、奮戦空しく与四郎は捕らわれてしまう。与四郎はお由利の手引きで脱獄するが、お由利は家康に見つかり島送りにされることに。一方、野中の追手から逃げたお鶴は、バテレンに助けられて隠れ切支丹たちの潜む洞窟に行き、そこで与四郎と再会する。ある日、与四郎とお鶴は伊豆の岬で、金山奉行の金春大蔵(こんぱる・おおくら)(永井柳太郎)と出会う。金春はかつて与四郎から爆破術を伝授され、その腕を家康に認められ、金山奉行として引き立てられていた。お由利が流島になることを知った与四郎たちは、お由利を救い出して金山将軍を狙う女 東海美女伝4.jpgに匿う。与四郎とお由利の間に愛情が芽生えるが、与四郎は大望を言い聞かせて自制を求める。野中を嫌う金春は洞窟に野中を誘い出して自爆死し、与四郎は野中を鉄砲で斃す。与四郎は、運命を共にすると言うお由利を説得し、お由利が差し出した駿府城の地図を手にお鶴と城内に忍び込む。家康を前にお鶴は刀を抜くが、築山御前への詫びを口にしてお鶴に刺せと言う家康に憐れみを感じ、親子の情を抑え難く手を下すのを止め、与四郎も今までの無礼を詫びる。家康は与四郎とお鶴を海外で安寧に暮らすように諭し、その計らいをする。船出の日、切支丹宗門に生きるお由利らに見送られて、与四郎とお鶴を乗せた船が出帆する―。

 1937(昭和12)年10月公開の石田民三(いしだ・たみぞう、1901-1972)監督作で、公開時のタイトルは「東海美女傳」で、後に「将軍を狙う女」と改題。この年2月公開の日独合作「新しき土」に主演した原節子が'特別出演'し、当時の広告の謳い文句は"原節子帰朝歓迎映画"でした。小西行長の娘・お由利を演じた原節子(1920-2015/享年95)は当時17歳。美少女であるとともに、堂々した女優ぶりです。徳川家康の前妻の娘・お鶴を演じる当時19歳の花井蘭子(1918-1961/享年42)と比べるとぱっちり目で、切支丹信者が似合うバタ臭い目鼻立ちとも言えます。

 家康の前妻・築山御前が家康の命令により殺害されたのは史実のようですが、その娘は架空の人物。関ヶ原の戦いで敗れ、切支丹であるがゆえに切腹が出来ず斬首された小西行長にも3人娘がいましたが(ジュリアと呼ばれた朝鮮人養女を含めると4人)、この映画のお由利のモデルと特定できる人物はおらず、まあ、時代劇に多い"伝奇もの"と言えるでしょうか。豊臣の残党、金山、切支丹、復讐物語と、背景がてんこ盛りで、黒川弥太郎演じる磧田与四郎が連発短銃をぶっ放す"活劇時代劇"でもあり、展開は比較的スピーディです。

 鳥羽陽之助演じる徳川家康が、そんな悪い奴ではなかったというか、徳川家康を演じた鳥羽陽之助は、この作品の直前まで日活で"あのねのおっさん"こと高勢実乗と"極楽コンビ"を組んで山中貞雄監督の「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」('35年/日活))などでとぼけた笑いを提供していた俳優です。出て来るなり、"将軍"と言うよりどこかの"商人(あきんど)"にしか見えず、何となく憎めない感じ。お由利を幽閉中、別にお由利に手出ししたわけでもなさそうだし、嫉妬深い正室・阿茶の局(鈴村京子)の手前、与四郎の脱獄の手引きをしたお由利を島流しにせざるを得なくなるものの、最後に彼女が逃れて無事と訊いて安心したりしています。

 まあ、最大のドンデン返し(と言えるかどうか?)は、それまで進んできたお鶴の仇討ちの話が、最後、仇である家康との父娘の人情物語に転化されてしまうところで、これでは一緒に討ち入った与四郎の立場が無いと思いきや、与四郎もあっさり家康にこれまでの非礼を詫び、逆にお鶴のことをよろしく頼むと家康に言われて、二人が一緒になることが暗示されてはいるものの、いくら血は水よりも濃いとは言っても、この結末にはやや拍子抜けしました。

将軍を狙う女 東海美女伝2.jpg 与四郎・お鶴の話がメインストーリーですが、黒川弥太郎の演じる与四郎よりも鳥羽陽之助演じる徳川家康の方がキャラ立ちしているし、花井蘭子演じる切れ長の目の和風美人よりも、客演であるはずの原節子のつぶらな瞳(時代劇らしくない?)、くっきりし過ぎる顔の造作(それでいてその役どころは古風でバタ臭い容貌との間にギャップがある)の少女役の方が目立つ映画でした。

花井蘭子(お鶴)(当時19歳)

 そんな中、永井柳太郎が演じた金山奉行の金春大蔵(大久保長安がモデルか)のキャラが良かったです(ずっとユーモラスできて、最期は潔かったと言うか)。しかし、(お由利の手引きがあったにせよ)忍者でもない男女が押し入って家康の寝室まで行けてしまうという駿府城の警備は一体どうなっているのか―突っ込み所も多い作品です。

原節子1939dec.jpg花井 蘭子1935aug.jpg「将軍を狙う女(東海美女傳)」●制作年:1997年●監督:石田民三●製作:小山一夫●脚本:白浜四郎/加戸野恩児●撮影:上田勇●音楽:伊藤宣二●原作:村松梢風●時間:67分●出演:黒川弥太郎/鳥羽陽之助/永井柳太郎/深見泰三/山田好良/進藤英太郎/大家宏康/長島武夫/横山運平/大崎時一郎/花井蘭子/原節子/鈴村京子/五月潤子●公開:1937/10●配給:東宝映画(評価:★★★)

花井 蘭子(1935(昭和10)年)雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」(17歳)

原 節子(1939(昭和14)年12月)雑誌「サンデー毎日・新春の映画號」(大阪毎日新聞社)(19歳)

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この映画を観た外国人は、谷崎ってこんなに面白いのかと思ったのかもしれないけれど...。

Kagi (1959).jpg市川崑 鍵 .jpg市川崑 鍵 dvd 2015.jpg  鍵 谷崎 中公文庫.jpg
鍵 [DVD]」(2015)『鍵 (中公文庫 (た30-6))
Kagi (1959) 仲代達矢/京マチ子(35歳)

鍵 1959  0.jpg 古美術の鑑定家・剣持(中村鴈治郎)は、主治医・相馬(浜村純)の目を盗んで京都T大の内科に通い、娘・敏子(叶順子)の婚約者でインターンの木村(仲代達矢)に精力回復のホルモン剤注射を妻に内緒で打たせている。ある日その内科を剣持の妻・郁子(京マチ子)が訪ね、夫の通院を知るが夫には黙っている。彼女は夫を嫌っていたが、でも夜は...。木村が家に来て、皆でブランデーを飲んだ際、郁子は酔って風呂鍵 1959 1.jpg場で眠ってしまう。剣持は木村に手伝わせ、裸身の妻を寝室へ運ぶ。木村と郁子を煽り、嫉妬によって自らの気持を若返らせるという剣持の策略だ。その夜も剣持は盛んに妻に鍵 1959 47.jpg酒を勧め、郁子は酔って風呂場へ消える。翌日木村は呼ばれ、フィルムの現像を頼まれる。敏子はそうした現場を目撃してしまう。木村は敏子と既に関係を持っていた。敏子は家を出て間借りする。その彼女の下宿で、郁子は酔ってまた風呂場で倒れる。敏子が剣持に知らせに行く間、木村と郁子は二人きりだった。その夜、剣持が高血圧からの眩暈で倒れるという出来事があった。郁子が何処かへ出掛け、敏子が来て父娘は久しぶりに夕食を共鍵 1959 s.jpgにする。木村と郁子は度々会っている。彼女の貞操が不潔な方法で...言いかけた敏子に剣持は怒り、彼女を追い帰す。彼は妻には黙って木村と敏子を呼び寄せ、急に君たちの結婚の日取りを決めようと言う。敏子は、「母は父が具合が悪いのを前から知っていて、父を興奮させて殺すために貴方を利用していたのかも知れません」と木村に言う。郁子は婚約が整って晴々としている。剣持は映画に3人で行けと小遣いをくれるが、郁鍵 s.jpg子も木村も用事があると言い、敏子が一人残される。夜、郁子が帰って来て、木村と全て結着をつけてきた、木村との間には何も無かったと言う。深夜、郁子の顔の上へ剣持の頭がグラリと崩れ落ち、郁子はテキパキと処置する。木村も来て、郁子は彼に「今夜、十一時にね」と言って裏口の鍵を渡す。夜、女中部屋で2人は抱き合う。郁子は彼に敏子と結婚して、ここに一緒鍵 09.jpgに住み、開業すればと言い、木村はそれに従うつもりだ。ある晩、剣持は郁子に衣服を脱ぐことを命じ、その美しい肉体に歓喜しながら死ぬ。葬式が終わり、骨董品は古美術商が持って行き、家も抵当に入っているらしい。金の切れ目が縁の切れ目と、木村はこの一鍵 _R.jpg家から足を抜きたいと思い始める。敏子は台所の農薬を郁子の紅茶に入れるが、彼女は平然としている。婆やのはな(北林谷栄)が色盲で、ミガキ粉の罐と間違うといけないと中身を入れ替えていたのだ。そのはなが3人のサラダに農薬をふりかける。薬が効き、敏子が倒れ、郁子が眼を閉じ、木村も死ぬ。はなは自分が3人を殺害したと自白するが、警察はボケ老人だと思って相手にせず、妻が夫の後を追い、娘とその婚約者がそれに同情死したと解する―。

 市川崑(1915-2008)監督の1959年公開作品。1960年5月に開催された第13回カンヌ国際映画祭のコンペティションに出品され、審査員賞をミケランジェロ・アントニオーニ監督の「情事」('60年/伊)と同時受賞し、第17回ゴールデングローブ賞(英語版)では、外国語映画賞を受賞しています。

 原作は言わずと知れた谷崎潤一郎の「」で、この作品以降、国内では3回映画化されていますが、それぞれ、1974年版が神代辰巳監督のロマンポルノで(主演:荒砂ゆき、観世栄夫)、1983年版がピンク映画の木俣堯喬の監督作(主演:松尾嘉代、岡田眞澄)、1997年版は池田敏春監督作で(主演:川島なお美、柄本明)、これも川島なお美の裸が売りだったような。この外に1984年のイタリア映画「鍵」(ティント・ブラス監督)があり鍵 川島.jpgます。海外版は未見ですが、日本版で原作の芸術性を重視して撮られているのはこの市川昆監督作だけのような気もします。但し、原作がそもそも「ワイセツか文学か」という議論のネタになりそうな要素を孕んでいるだけに、この市川監督作さえ微妙と言えるかも(評論家か誰かが「ポルノ映画の秀作」と呼んでいた)。

「鍵」1997年版(監督:池田敏春/出演:川島なお美(1960-2015)

 日本版は4作とも原作を改変しており、この市川監督作も、まず、日記という形式を設定していないという大きな枠組み改変があります。従って、日記をしまう箱の「鍵」なども出て来ず、鍵が出てくるのは、郁子(京マチ子)が木村(仲代達矢)に逢引き用に渡す裏口の「鍵」のところです。その外に、夫(中村鴈治郎)の職業が大学教授から美術品鑑定家になっていたりするなど細かい改変があります。

鍵 195971.jpg ストーリー的には、前半はほぼ原作通りに進みますが、半身麻痺の夫が、自分の目の前で妻に裸になることを要求し、その肉体美に歓喜しながら死んでいくというのは映画のオリジナルであり、さらに最後、夫の死後、娘・敏子(叶順子)が母の毒殺を試みるが失敗し、続いて婆や(北林谷栄)が郁子・敏子・木村を毒殺するというのは、"大胆"と言うより"驚愕"の改変と言っていいのではないでしょうか。

鍵 1959 48.png 原作では、また違った意味でのドンデン返しのようなものがあるのですが、それは日記の表現に関わるものであり、映像化が難しい言わば"文学的"なドンデン返しです。一方、映画の方は、最初から日記という枠組みを外してしまっているので、和田夏十(本名:市川由美子、1920-1983)らの脚本は、こうしたオリジナルの結末を用意したのでしょう。この映画を観た外国人は、谷崎ってこんなに面白いのかと思ったのかもしれないけれど、少なくともラストは谷崎じゃないと言いたくもなるような気もします。

鍵 1959 冒頭.jpg でも確かに、仲代達矢演じる木村が冒頭で「人間は誰もが老衰から免れることは出来ません」「この映画は老衰と闘った悲愴で非常に興味のある物語です」とシニカルにコメントし、冷静な語り部的な立場なのかなと思ったら、最後は自身が毒殺の憂き目に遭い、なぜ自分が殺されなければならないのか分からないといったまま苦悶に眼を見張るのが、意外性という意味では効いていたように思います。

鍵 1959 京.jpg 京マチ子(1924- )は、「羅生門」('50年)、「源氏物語」('51年)、「地獄門('52年)、「千姫」('53年)といった時代物の印象が強いですが、こうした現代ものでもしっかり存在感と言うかリアリティを醸していて、やはり女優としては希有な存在と言えるのでしょう。当時35歳で、原作の妻・郁子は46歳ですから、原作の設定よりかなり若いということになりますが、映画にすると(観客のこともあって)大体こんな感じになるのかでしょうか。

鍵-11.jpg鍵 1959 中村鴈治郎.jpg 一方、歌舞伎役者で「映画スターの中村鴈治郎」と言われた2代目・中村鴈治郎(1902-1983)は、当時57歳。2年後に小津安二郎監督の「小早川家の秋」('61年/東宝)でも"好色老人"(愛人宅で亡くなるご隠居)を演じていますが、同じ好色ぶりでも、この「鍵」の方が淫靡な感じがして小早川家の秋 S.jpg(谷崎にマッチしていて?)いいです。大体、主人公の年齢(56歳)と同じ年齢で演じていることになりますが、妻役の京マチ子との間には実年齢で22歳もの開きがあります。

中村鴈治郎 in「小早川家の秋」('61年/東宝)

 因みに、京マチ子はこの作品の10年前に同じく谷崎潤一郎原作で木村恵吾監督の「痴人の愛」('49年/大映)で主人公のナオミを演じていましたが、剣持の娘・敏子を演じた叶順子(1936- )はこの痴人の愛 京マチ子.jpg痴人の愛 叶順子.jpg作品の翌年、同じ木村恵吾監督によってリメイクされた「痴人の愛」('60年/大映)で主人公のナオミを演じています(1963年の人気ピーク時に引退)。
「痴人の愛」('49年)京マチ子、宇野重吉主演/「痴人の愛」('60年)叶順子主演

鍵(1959)1.jpg鍵 1959 01.jpg「鍵」●制作鍵 1957es.jpg年:1957年●監督:市川昆●製作:永田雅一●脚本:長谷部慶治/和田夏十/市川崑●撮影:宮川一夫●音楽:芥川鍵 1957 市川ド.jpg也寸志●原作:谷崎潤一郎●時間:107分●出演:京マチ子/叶順子/仲代達矢/中村鴈治郎/北林谷栄/菅井一郎/倉田マユミ/潮万太郎/星ひかる/浜村純/山茶花究/伊東光一/花布辰男/大山健二/河原侃二/高村栄一/南部彰三/伊達三郎/中條静夫●公開:1959/06●配給:大映(評価:★★★☆)

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鉄板の人情話、王道のストーリー。30代前半でこうした作品を撮る川島雄三という人はスゴイ。

とんかつ大将 1952年dvd .jpg とんかつ大将 1952年13.jpg とんかつ大将 1952年12.jpg
とんかつ大将 SYK119S [DVD]」津島恵子/佐野周二/角梨枝子

とんかつ大将 1952年1.jpg 長屋に住む青年医師・荒木勇作(佐野周二)は「とんかつ大将」と呼ばれみんなに親しまれていた。艶歌師・吟月(三井弘次)と兄弟のようにして同居していたが、吟月は、浅草裏の飲み屋「一直」の女主人・菊江(角梨枝子)に惚れて、一夜勇作を誘って飲みに行った。折も折、菊江の弟・周二(高橋貞二)が喧嘩でゲガして帰って来たので、勇作はその手当をし、近くの病院へかつぎ込む。ところがその病院の女医が、昼間、勇作が自動車にぶつけられた老人・太平(坂本武)に代わって、さんざん油を絞ってやった自動車の主・真弓(津島恵子)だった。てきばきと手術をする勇作の姿に、菊江も真弓も惹きつけられる。やがて傷の直った周二も勇作に諭され、不良から足を洗うべく自主する。勇作には学徒出陣の時未来を約束した多美(幾野道子)という恋人があったが、終戦で復員して帰ると、その多美は彼の親友・丹羽(徳大寺伸)と結婚して利春(設楽幸嗣)という息子もいた。しかも生活の苦しさから、つい多美が百貨店で万引きをして捕らえられたのを勇作が救ってやったことを、丹羽は逆に怨みの眼で見る。一方真弓の病院では、悪徳弁護士・大岩(北竜二)の勧めで、勇作たちの住む長屋を取り壊す計画を進めていたが、勇作は長屋の人々を想って反対運動を起こす。大岩方でも、丹羽たちを使って勇作が元大臣の父の選挙運動のために長屋の連中を利用しているのだと中傷したため、長屋の人々の心は勇作から離れて行く。がある日、急病の利春を勇作が長屋の火事をよそに、手術の手を尽くし救ってやったことから、丹羽の心が解け、やがて長屋の跡にキャバレーを建てようとする大岩の悪計も真弓父娘に知られた。長屋には再び長閑な春が訪れたが、父の急病の報に、勇作は馴染み深い長屋を去って行かなければならなかった―。

とんかつ大将-10.jpg 川島雄三(1918-1963/享年45)が富田常雄の原作を脚色・監督した1952年2月公開作。"鉄板の人情話"或いは"王道のストーリー"と言っていい作品ですが、30代前半でこうした作品を撮ってしまう川島雄という人の才覚は、何か不思議なものさえ感じます。因みに、「とんかつ大将」というのは、主人公の好物がとんかつであることに由来する主人公の愛称です(主人公は「とんかつ屋」ではなく医師である)。
   
 青年医師・勇作を演じる佐野周二は、長屋の住人から好かれる庶民派の正義漢で、また、3人の女性から想いを寄せられる二枚目でもあるこの役が嵌っていました。いつも前向きな主人公ですが、それでも悪徳弁護士らの陰謀で長屋の人たちの心が自分から離れかけた時にはさずがに気持ちが参ってしまい、吟月とウサ晴らしに飲みに行ったけれど、その後、酒を飲もうと火事の中だろうと手術をこなしてしまう様はやっぱりスーパー・ヒーローでした。最後、盲目の少女(小園蓉子)の眼まで見とんかつ大将 00s.jpgえるように治してしまい、ちょっと出来過ぎの印象もなくもなく、実は大物政治家の息子だったということで、では何のために長屋に住んでいたのか、そもそも勤務医なのか開業医なのかもよく分からんと、突っ込みどころは少なからずありますが、そうしたことは後から考えれば思うことであって、観ている間はそう不自然に感じないのは、やはり佐野周二という俳優が本質的に二枚目であるということなのでしょうか(まあ、元々"映画を観て泣きたい人を泣かせる映画"であって、"粗探し"的に観ていては楽しめないタイプの映画ではあるのだが)。

角梨枝子
とんかつ大将 1952年14.jpg角梨枝子 とんかつ大将.jpgとんかつ大将 角梨枝子.2.jpeg 勇作を取り巻く菊江(角梨枝子)、真弓(津島恵子)、多美(幾野道子)の3人の女性がそれぞれ、行きつけの飲み屋の女主人であると同時に親友・吟月の想い人幾野道子 とんかつ大将.jpgでもある女性(菊江)、最近ある事件で見知ることになったプライドの高い同業の医師である女性(真弓)、かつての許婚で今は旧友の妻となっているが貧困と夫の家庭内暴力に苦しんでいる女性(多美)、と三者三様であり、勇作は最後、彼女たちとどうするのかと気を持たせるところが、脚本の妙と言うべきでしょうか。津島恵子が主役級と言えますが、演技面では角梨枝子、リアルな状況設定という面では幾野道子の方が印象に残ったかもしれません。

三井弘次
とんかつ大将o.jpg 男優では、清水宏監督の「大学の若旦那」('33年)や「東京の英雄」('35年)、小津安二郎監督の「非常線の女」('33年)に出ていた三井弘次が(その頃は不良になる不肖の弟といった、この映画で高橋貞二が演じている菊江の弟・周二のような役ばかりだったが)、艶歌師・吟月を演じていい味を出しており、同じく清水宏監督の「按摩と女」('38年)でお客に淡い恋をする按摩の徳市を演じた徳大寺伸が、主人公のかつての許婚を妻にしている飲んだくれのDV夫を、後に「彼岸花」('58年)、「秋日和」('60年)など小津安二郎映画で笠智衆や佐分利信の同級生仲間を演じることが多くなる北竜二が、長屋を取り壊して病院ならぬキャバレーにしようと画策する悪徳弁護士を演じているなど、各々それまでやその後の定番的な役柄と真逆の役柄を演じているのが興味深く、その外、「出来ごころ」('34年)、「浮草物語」('34年)、「東京の宿」('35年)など小津映画の数々の初期作品に主演した坂本武や、「彼岸花」('58年)で佐田啓二の後輩を演じた高橋貞二(1959年に33歳で自らの飲酒運転で事故死)、子役ですが同じく小津映画「お早よう」('59年)にも出ることになる設楽幸嗣(後に、音大を卒業して俳優業から音楽の道に転身)なども目にとまりました。

とんかつ大将 vhs.jpgとんかつ大将  003.jpg 長屋の人々が活き活きとして感じで描けていました。その点は、山中貞雄監督の「人情紙風船」('37年)と双璧ではないでしょうか。

「とんかつ大将」●制作年:1952年●監督・脚本:川島雄三●製作:山口松三郎●撮影:西川亨●音楽:木下忠司●原作:富田常雄●時間:95分●出演:佐野周二/美山悦子/長尾敏之助/津島恵子/角梨枝子/高橋貞二/三井弘次/徳大寺伸/幾野道子/設楽幸嗣/坂本武/小園蓉/北龍二(北竜二)●公開:1952/02●配給:松竹(評価:★★★★)

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上手い作りだと思うが、後半がやや通俗に流れたか。

うなぎ dvd 完全版_.jpgうなぎ dvd.jpg   うなぎ 05.jpg
うなぎ 完全版 [DVD]」「うなぎ [DVD]」  役所広司/清水美砂
役所広司/常田富士男/佐藤允(1934-2012)
うなぎ 03.jpg 山下拓郎(役所広司)の元に拓郎が夜釣りに行っている間、妻恵美子(寺田千穂)が浮気しているという手紙が届く。ある夜釣りを早めに切り上げて家に帰って、妻の浮気現場を目撃する。拓郎は怒りを抑えきれず妻を刺殺し、そのまま自首、そして8年後に仮出所する、労役で外に出た時に捕まえたうなぎと共に外のうなぎ 04.jpg世界に出た拓郎は、服役中に資格をとった理髪店をひっそりと開き、身元引受人のである寺の住職(常田富士男)とその妻(倍賞美津子)に見守られ、隣家の船大工・高田重吉(佐藤允)をはじめ次第に町の人との交流も増えていく。ある日、うなぎの餌を探しに川へ行くと、川原の茂みで倒れている女を発見。女は殺した妻に瓜二つで、戸惑いながらも警察に通報し、女は睡眠薬を飲んでいたが、一命を取り留める。後日、その女・服部桂子(清水美砂)が礼に訪れ、拓郎の理髪店で働きたいと言い出す。拓郎は渋々女を受け入れ、町の住民はそれを歓迎する。しかし、桂子には何か秘密があるらしい―。
Unagi (1997)
Unagi (1997).jpg
うなぎ 第50回カンヌ映画祭 パルムドール賞.gif 1997年の今村昌平(1926-2006)監督作で、第50回カンヌ国際映画祭において作品賞(最高賞)に相当するパルム・ドールを受賞した作品であり、今村昌平監督にとっては「楢山節考」('83年/東映)に次いで2度目の受賞でした。「楢山節考」の受賞の時は、今村監督自身は、どうせ外国人には理解できないだろうと思ってカンヌへは行かず、この「うなぎ」の時は、カンヌに行ったけれども、受賞は無いと思って発表日の前に帰国しています。

第50回カンヌ映画祭「パルムドール賞」/役所広司とプロデューサの飯野久

 事前の日本での評価は、今村作品としては水準に達していないというもので、一般にも、カンヌでの受賞は意外であるという反応だったようです。個人的にも、そう悪い作品ではないけれど、吉村昭による原作短編「闇にひらめく」(『海馬(トド)』('89年/新潮社) 所収)と比べると、ちょっと違うなあという印象も受けました(オリジナルが短編の場合、映画化作品の方に色々な話が付け加わることはごく普通にありがちだが)。

うなぎ9.jpg 拓郎が出所する際に、身元引受人の寺の住職(常田富士夫)が「どうしてうなぎなんだ?」と訊く場面があり、「話を聞いてくれるんです」「それに余計なことをしゃべりませんから」と答え、その時の役所広司の演技が自然であり、また、主人公の外界との接触を避けようとする心理状況をよく表しているように思いました。但し、原作では、うなぎを飼う話などは無く、主人公(名前は原作では"昌平")の開業する店が床屋ではなくて鰻屋ということになっています(そのためにうなぎ採りの名手に師事するが、そのうなぎ採りの場面だけ、モチーフとして活かされている)。

うなぎ 清水.jpg 全体の構成としては、原作は、主人公が女(名前は原作でも"桂子")に自分の過去の前科を告白すると(原作では妻を刺したが、妻は死んではいない)、女が実は知っていたというところで終わりますが、映画では、そのあと、桂子を巡るいろいろなトラブル話があって、それに拓郎は巻き込まれ、最後は桂子のために積極的にトラブルに関与していきます。

うなぎ1.jpg 映画では、町の住民の中に、原作には無い、宇宙人との交流を夢見る"UFO青年"(小林健)がいて、その青年に対して拓郎が「ホントは、人と付き合うのが恐いんじゃないのか」と言っており、この時点で拓郎には、今のところうなぎを"話し相手"にしているという自分が抱えている問題が十分に把握できているように思われました。押しかけ気味に登場した桂子のお蔭で、いずれ拓郎はその問題を乗り越えることが出来るだろうということは観ていて想像に難くなく、ラストでうなぎを川に放すシーンに自然に繋がっていきます。

うなぎ65.jpg そうした意味では上手い作りだと思うし、原作のテーマを発展的に活かしているとも言えます(モチーフは、「うなぎを採る」ことから「うなぎを飼う」ことに変わっているが)。役所広司も清水美砂も好演、脇を固める俳優陣もまずまずですが、前半はともかく、後半がやや通俗に流れたかなあという印象もありました。ラストシーンなどもいいシーンですが、パターンと言えばパターン。短編を膨らませるって、意外と難しいことなのかも。

うなぎ vhs.jpg 製作発表の直前まで「闇にひらめく」というタイトルでいく予定だったのが、発表の場で、今村監督の意向で「うなぎ」というタイトルになったとのこと。原作以外に、同じく吉村昭の作品である『仮釈放』などからも多くのモチーフを引いてきているため(妻の不倫が何者かの手紙で発覚することや、主人公が出所後に生き物(「仮釈放」ではメダカ)を飼うこと、同じ刑務所の受刑者仲間だった男(柄本明)が主人公に接触することなどは、『仮釈放』からとられている)、「闇にひらめく」のままでいくよりは「うなぎ」というタイトルにして"正解"だったように思います(映画における"うなぎ"のポジショニングが、「闇にひらめく」のうなぎよりも「仮釈放」におけるメダカに近い)。

田口トモロヲ うなぎ.jpg「うなぎ」●制作年:1997年●監督:今村昌平●製作総指揮:奥山和由●プロデューサ:飯野久●脚本:今村昌平/天願大介/冨川元文●撮影:小松原茂●音楽:池辺晋一郎●原作:吉村昭「闇にひらめく」「仮釈放」●時間:117分(劇場公開版)/134分(完全版)●出演:役所広司/清水美砂/常田富士男/倍賞美津子/佐藤允/哀川翔/小林健/寺田千穂/柄本明/平泉成/中丸新将/上田耕一/光石研/深水三章/小西博之/小沢昭一/田口トモロヲ/市原悦子●公開:1997/05●配給:松竹(評価:★★★☆)

田口トモロヲ in「うなぎ」堂島英次(服部桂子の愛人)役(「毎日映画コンクール」男優助演賞)

役所広司 in 周防正行監督「Shall We ダンス?」('96年)/今村昌平監督「うなぎ」('97年)
Shall We ダンスes.jpg うなぎ  .jpg

清水美砂 in 周防正行監督「シコふんじゃった。」('92年)/今村昌平監督「うなぎ」('97年)
シコふんじゃった9.jpg うなぎ ド.jpg

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昆虫のような生命力に満ちた一女性の半生。左幸子の畢生の作品。

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NIKKATSU COLLECTION にっぽん昆虫記 [DVD]」左幸子

にっぽん昆虫記s.jpg 松木とめ(左幸子)は、大正7年冬、東北の寒村で父・忠次(北村和夫)と母・えん(佐々木すみ江)の間に生まれた。少々頭の弱い父は、わが子の誕生を喜び周囲に自慢したが、忠次がえんと結婚した時えんは既に妊娠8ヶ月だった。えんは誰とでも寝る女で、とめの本当の父は、えんの情夫・小野川(桑山正一)と思われるが、えんにも分からない。大正13年春、少女とめはえんが小野川と戯れているのを偶然見て、自らの出生に疑問を持つとともに父の忠次を好きになり、戸籍上は父娘だが血縁上は他人の2人の間に、近親相姦的愛情が芽生える。昭和17年春、23歳のとめは製糸工場で女工として働いていた。ある日、実家から電報で父・忠次が危篤であると知らされ急いで帰郷する。しかし、それは母・えんの陰謀で、村の地主であるにっぽん昆虫記06.jpg本田家に足入れ婚をさせるための口実だった。これを知った忠次は怒り狂ってえんを叩きのめし、家族を震え上がらせるが、とめは絶対に相手の男とは寝ないと約束し父を説得、自身も家のためと諦め本田家へ足入れ婚をする。本田家で出征する三男の俊三(露口茂)に無理矢理抱かれるが、彼は女中に手を出していて子供もいた。妊娠したとめは実家に戻り、昭和18年正月に娘の信子を出産、本田家に戻ることはもうなかった。昭和20年夏、とめは再び製糸工場へ戻り女工として働いていた。ラジオで玉音放送が流れた日、とめは女子寮で係長の松波(長門裕之)に無理矢理抱かれるが、終戦で工場は閉鎖。再開した工場で松波の影響から組合活動を行うが、あまりに熱心に活動に入れ込んだ上に、課長代理に昇進した松波にも邪険にされ、工場をクビになる。実家に戻るも、そこは既に弟(小池朝雄)夫婦に占拠され自分の居場所はなかった。昭和24年、とめは7歳にっぽん昆虫記 15.jpgにっぽん昆虫記 ium.jpgになった娘の信子を父・忠次に預け単身上京。基地にある外人専用のカフェでメイドをし、外人兵のオンリー(春川ますみ)の家政婦となるが、彼らの間の混血の娘を不注意から死なせてしまう。失意の中で浸にっぽん昆虫記  1.jpgり始めた新興宗教で知り合った売春宿の女将(北林谷栄)に雇われ、女中として働くようになり、客の一人である問屋主人の唐沢(河津清三郎)と知り合う。彼の妾となりパトロンを得たとめは、女将を警察に売って自らが売春宿を経営するまで上り詰めるが、次第に前の女将のように業突張(ごうつくば)りになっていく。故郷から父・忠次と娘・信子(吉村実子)を呼び寄せたが、上京した忠次が亡くなり、仲間の密告から売春罪で逮捕され、とめは刑務所へ。出所した彼女を迎えるのは、今は唐沢の情婦になっている娘だった-。

にっぽん昆虫記 16.jpg 1963年11月公開の今村昌平(1926-2006)監督作で、東北の農村に生まれ、家族から地主に足入れ婚を強要され、やがて東京へ出て、製紙工場の女工から始まって売春組織の元締めにまでなる一人の女性と、その母娘三代にわたる女たちの、昆虫のような生命力に満ちた半生記をエネルギッシュに描いた今村監督の代表作。今村昌平監督は、以前に売春斡旋業をしていた南千住の旅館女将からその生い立ちを詳しく聴き出して脚色し、また綿密な実地調査をして映画化したとのことで、まるでドキュメンタリーのようにリアリティ溢れる作品となっており、「調査魔」と呼ばれた今村昌平の面目躍如といったところでしょうか。

にっぽん昆虫記 01.jpgにっぽん昆虫記 17.jpg 左幸子演じる主人公のとめは、働きに出た東京で製紙工場の女工、組合活動家、新興宗教の信者、売春宿の女中から売春婦、そして売春組織の元締めへと最後は「成り上がって」いきますが、終盤に行けばいくほど、女同士の間で騙したたり騙されたりする頻度は増します(もちろん男も騙す)。そして、そうやって多くの他人を踏み台にして、それらを蹴落として這い上がってきた彼女も、いつか今度は自分の娘に裏切られ、その立場を取って代わられるというのが哀しいです(この性と言うか血筋は、エレクトラ・コンプレックスの系譜ともとれる)。

にっぽん昆虫記 ps1.jpgにっぽん昆虫記  .jpg ラストシーンでとめはうだるような暑さの中、下駄履きで山道をフラフラと歩いていますが、このシーンが映画の冒頭にあった焼けつく砂の上をノロノロと這う昆虫の姿とダブり、映画全体がある女性の半生を(倫理とか道徳とかはすっ飛ばして)ひたすら〈虫瞰図〉的に追ったものであったことに気付かされます。

 それを観ている観客の視点は、「ファーブル昆虫記」におけるファーブルのようだとも言えますが、主人公のとめの或るライフステージの一幕が終わる時、画面がストップ・モーションとなり、とめ作のユーモラスな川柳が彼女自身の東北弁で詠まれ、そこには何か彼女自身の達観したような心境も一面見られるように思いました。

Nippon konchûki (1963)

マーティン・スコセッシ.jpg 1963年のキネマ旬報ベストテン第1位作品で、第2位の黒澤明の「天国と地獄」('63年/東宝)より上に来ているというのもスゴイですが、興行的にも「天国と地獄」とほぼ互角の配給収入だったようです。今観てもリアリティある作品だと思いますが、1963年当時のこの映画の観客の中は、自分の人生と重ねるようにしてこの映画を観たりした人もいたのではないでしょうか。また、「タクシー・ドライーバー」('76年/米)のマーティン・スコセッシ監督は今村昌平を敬愛していることで知られていますが、ニューヨーク大学の映画学部に在籍中にこの「にっぽん昆虫記」を観たことがそのきっかけとなったとのことです。

左幸子001.jpg左幸子2.jpg 左幸子(1930-2001)はこの作品で、'64年のベルリン国際映画祭において日本人初の主演女優賞(銀熊賞の一部門)受賞者となりました(その後['16年迄で]田中絹代('75年)、寺島しのぶ('10年)、黒木華('14年)が同賞を受賞している)。彼女は、2年後の内田吐夢監督の「飢餓海峡」('65年/東映)でも存在感のある演技を見せますが、この「にっぽん昆虫記」は主役であるだけに、彼女に関して言えばこちらの方が印象が強いです。その他にも、父親役を演じた北村和夫の怪演などもなかなかのものであり、長門裕之、春川ますみ、小沢昭一、殿山泰司といった名脇役の演技も光っていましたが、やはり一番輝いているのは左幸子であり、それに尽きる映画(彼女「畢生の作品」)と言っていいと思います。

左幸子「死亡記事」(2001(平成13)年11月7日逝去)

左幸子 in「幕末太陽傳」('57年/日活)/「にっぽん昆虫記」('63年/日活)/「飢餓海峡」('65年/東映)
左幸子 幕末太陽傳.jpg 左幸子 にっぽん昆虫記.jpg 左幸子 飢餓海峡.jpg

The-Insect-Woman-31804_5.jpgにっぽん昆虫記 02.jpg「にっぽん昆虫記」●制作年:1963年●監督:今村昌平●製作:大塚和/友田二郎●脚本:今村昌平/長谷部慶次●撮影:姫田真佐久●音楽:黛敏郎●時間:123分●出演:左幸子/岸輝子/佐々木すみ江/北村和夫/小池朝雄/相沢ケイ子/吉村実子/北林谷栄/桑山正一/露口茂/東恵美子/平田大三郎/長門裕之/春川ますみ/殿山泰司/榎木兵衛/高緒弘志/渡辺節子/川口道江/澄川透/阪井幸一朗/河津清三郎/柴田新三/青木富夫/高品格/久米明●公開:1963/11●配給:日活●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(16-06-14)(評価:★★★★☆)

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'痛快コメディ'だが、深い余韻も。奇跡のような出来映え。天才・川島雄三の最高傑作。

幕末太陽傳 ps.jpg幕末太陽傳 dvd.jpg幕末太陽傳 00.jpg幕末太陽傳 デジタル修復版 DVD プレミアム・エディション」南田洋子・フランキー堺・左幸子

幕末太陽傳 _4.jpg 文久2年(1862年)の江戸に隣接する品川宿。お大尽を装って遊郭旅籠の相模屋で豪遊した佐平次(フランキー堺)は、金が無いのを若衆の喜助(岡田真澄)に打ち明けると居残りと称して相模屋に長居を決め込み、宿の主人(金子信雄)と女将(山岡久乃)は働いて宿代を返すとの佐平次の申し出を渋々承諾する。遊幕末太陽傳 05 喧嘩.jpg郭の売れっ子、こはる(南田洋子)、おその(左幸子)は互いに相手を罵り合っていたが、ある日遂に大喧嘩になって廓中を暴れまくり、中庭まで転げ落ちて凄まじいSun in the Last Days of the Shogunate (幕末太陽傳) 1957.jpg女の戦いを繰り広げる。そ幕末太陽傳 b5.jpgうした中、佐平次は下働きから女郎衆や遊郭に出入りする人々のトラブル解決に至るまで八面六臂の活躍をし、果てはこの旅籠に逗留する高杉晋作(石原裕次郎)ら攘夷派の志士たちとも渡り合う。様々な出来事の末に佐平次は体調を悪くするが、それでもなお「首が飛んでも動いてみせまさぁ」と豪語する―。
"Sun in the Last Days of the Shogunate″ (幕末太陽傳) 1957

 1957(昭和32)年公開の川島雄三(1918-1963/享年45)監督作で(川島雄三はこれが最後の日活映画となった)、脚本はチーフ助監督も務めた今村昌平と田中啓一が川島雄三と共同で執筆したもの。ストーリーはオリジナルですが、材として、古典落語「居残り佐平次」から主人公を拝借し、「品川心中」「三枚起請」「お見立て」「「明烏」などの数多くの落語の要素を物語の随所に織り込んでいます。

幕末太陽傳23.jpg 品川宿にある遊郭で佐平次が居残りを決め込むというメインストーリーは「居残り佐平次」をそのまま踏襲していますが、佐平次以前に石原裕次郎演じる高杉晋作や、まだ売出し中の小林旭や二谷英明が演じる攘夷派の侍が相模屋に'居残り'でいるという設定になっているため、話がやや複雑になっています(当時、石原裕次郎→太陽族→反社会的というイメージがあった中で、石原裕次郎に攘夷派を演じさせることに日活の上層部はいい顔しなかったようだが)。

幕末太陽傳 tu_2.jpg 貸本屋の金造(小沢昭一)が「品川心中」の後半のサゲの部分(心中に誘いながら自分を置いて逃げた女郎へのニセ幽霊による仕返し話)まで演じています。遊郭の遊女が、雇用期間が満了すれば客と結婚することを約束する起請文(きしょうもん)を乱発幕末太陽傳 フランキー&裕次郎.jpgする話は、吉原遊郭を舞台にした「三枚起請」から取っており、この落語のサゲは、高杉晋作が品川遊郭の「土蔵相模」で作ったとされる都々逸「三千世界の鴉(からす)を殺しぬしと朝寝がしてみたい」をもじったものになっていますが、それも作品の中で生かされています。他にもまだまだ落語からネタを取っていると言うか、モチーフを得ている要素が多くあるようですが、全部まではちょっと分からないです。

幕末太陽傳 a04.jpg 落語のモチーフを映画に取り込んだ作品としては「唯一成功している」とも言われる作品ですが、唯一かどうかは分からないにしても、大いに成功しているには違いないと思います。これだけ多くの落語から引用して、滑らかに流れるようなストーリー体系を成しているというのは奇跡に近いというか、今村昌平と田中啓一の協力を得た脚本であるにしても、川島雄三という人の才気が尋常ならざるものだというのが、この映画について言えることかと思います。

幕末太陽傳9-s.jpg フランキー堺の活き活きした演技もいいです。川島雄三は役者にあまり細かい指示は出さない監督だったそうですが、この映画におけるフランキー堺の演技には何度もダメ出しをしたそうです。一方、当時人気絶頂の石原裕次郎が高杉晋作役ですが、完全にフランキー堺の脇に回っていて、これも日活の上層部は不満だったようです。そうしたこともあって川島雄三はフランキー堺の演技に発破をかけたのかもしれませんが、結果この作品はフランキー堺の最高傑作となり、一方では石原裕次郎の大根役者ぶりが浮き彫りになったような印象です(見方によっては、カッコいい'大根'なのだが)。これは、たまたま結果的にそうなったのではなく、そこまで川島雄三は織り込み済みだったとの説もあるようで、そうだとしたら、もうスゴイとしか言いようがないです。

 そのフランキー堺演じる主人公の佐平次は、時折結核を思わせる咳をしており(歴史上で結核で亡くなるのは高杉晋作の方なのだが、こちらは至って健康そう?)、そのことを人に指摘された時だけ、いつも明るい佐平次がちょっと暗い表情になります。こうした設定は明らかに、筋萎縮症を患っていた川島雄三自身の自己投影であると思われます。

幕末太陽傳 ラスト.jpg ラスト、すっかり相模屋の中で必要欠くべからざる人材となった佐平次ですが、夜明け前にこっそり荷物を纏めて旅に立ちます。彼の将来の夢が自然と口から洩れますが、それは自らの病を自覚している佐平次には残された時間が少ないということともに、米国渡航に賭けてまでも生きることへの希望を捨てないという決意が感じられるものでもありました。

幕末太陽傳 ed.jpg 川島雄三自身は、映画の冒頭シーンにあった'現代'の品川(と言っても、この映画が撮られた頃の「さがみホテル」付近はまだ赤線街だった)を佐平次が駆け抜けるラストを構想していたようですが、現場のスタッフ、キャストからも幕末太陽傳 1.jpgあまりに斬新すぎると反対の声が出て、結局現場の声に従わざるを得なかったとのことです。川島雄三が折れて撮った墓場シーンのラストは陰鬱な風景であり、佐平次がそこから逃避するという点では、川島雄三の「サヨナラだけが人生だ」という言葉に見られる人生観を反映したものになっているとも言われています(このラストシーンの解釈は諸説ある)。

昭和30年代の「さがみホテル」付近

 何れにせよ、黒澤明の「七人の侍」('54年/東宝)に見られるような武士のヒーロー像とは真逆の、町人乃至専門職としてのヒーロー像がフランキー堺演じる佐平次によって体現され、その生きざまに、病気のため45歳で没することになる、常に死を意識していた川島雄三自身が投影され、また色々なものが託されているには違いなく、そのことが、'痛快コメディ'であるこの作品に、 単にそれだけで終わらない深い余韻を与えているように思います。奇跡のような出来映え。天才・川島雄三のたった1本の傑作と言っていいかと思います。

小沢昭一(貸本屋金造)/フランキー堺(佐平次)/南田洋子(女郎こはる)/山岡久乃(伝兵衛女房お辰)/岡田眞澄(若衆喜助)/石原裕次郎(高杉晋作)
幕末太陽傳4.jpg幕末太陽傳a.jpg幕末太陽傳51.jpg
殿山泰司(仏壇屋倉造)/菅井きん(やり手婆おくま)/左幸子(女郎おそめ)/芦川いずみ(女中おひさ)/小林旭(久坂玄瑞)/二谷英明(志道聞多)

幕末太陽傳/1957年封切2.jpg幕末太陽傳 e.jpg「幕末太陽傳」●制作年:1957年●監督:川島雄三●製作:山本武●脚本:今村昌平/田中啓一/川島雄三●撮影:高村倉太郎●音楽:黛敏郎●時間:110分●出演:フランキー堺/左幸子/南田洋子/石原裕次郎/芦川いづみ/市村俊幸/金子信雄/山岡久乃/梅野泰靖/織田政雄/岡田真澄/高原駿雄/青木富夫/峰三平/菅幕末太陽傳 左幸子.jpg井きん/小沢昭一/植村謙二郎/河野秋武/西村晃/熊倉一雄/三島謙/殿山泰司/加藤博司/二谷英明/小林旭/関弘美/武藤章生/徳高渓介/秋津礼二/宮部昭夫/河上信夫/山田禅二/井上昭文/榎木兵衛/井東柳晴幕末太陽傳 岡田真澄.jpg幕末太陽傳 小林旭.jpeg/小泉郁之助/福田トヨ/新井麗子/竹内洋子/芝あをみ/清水千代子/高山千草/ナレーター:加藤武(クレジットなし)●公開:1957/07●配給:日活●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(16-05-17)(評価:★★★★★
南田洋子/左幸子/岡田真澄/小林旭

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