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映画化で再注目された面もあるが、個人的には原作も映画も(特にそこに込められた毒が)好き。

チョコレート工場の秘密 yanase.jpg チョコレート工場の秘密 tamura1.jpg チョコレート工場の秘密 tamura 2.jpg  チャーリーとチョコレート工場 dvd.jpg Roald Dahl.png
チョコレート工場の秘密 (ロアルド・ダールコレクション 2)』柳瀬 尚紀:訳 クェンティン・ブレイク(イラスト)/田村 隆一:訳 J.シンデルマン(イラスト)(1972/09 評論社)/『チョコレート工場の秘密 (児童図書館・文学の部屋)』 田村 隆一:訳 J.シンデルマン(イラスト)(評論社・改訂版)/「チャーリーとチョコレート工場 [DVD]

Charlie and the Chocolate Factory1.jpgCharlie and the Chocolate Factory2.jpgCharlie and the Chocolate Factory.jpg 外界から隔離された巨大なチョコレート工場がある大きな町の片隅で、貧乏な暮らしを余儀なくされている少年チャーリーとその一家。ある日、チョコレート工場の工場主ウィリー・ワンカ氏が、自社のチョコレートの中に5枚のゴールデンチケットを隠し、チケットを引き当てた5人の子供を工場見学に招待すると発表する―。

Roald Dahl(著), Quentin Blake(イラスト)

 1964年にロアルド・ダール(Roald Dahl、1916-1990/享年74)が発表した児童小説(原題:Charlie and the Chocolate Factory)で、個人的には、子どもの頃に心と響き合う読書案内.jpg何となく見聞きした覚えがある気もしますが、最近ではまずティム・バートン監督、ジョニー・デップ主演の映画化作品「チャーリーとチョコレート工場」('05年/米)を観て、作者名と併せて再認識したのは小川洋子氏の『心と響き合う読書案内』('09年/PHP新書)で紹介されていたことによるものでした(周囲にも大人になって原作を読んだ人が多くいるような気がするが、映画の影響か)。

 子どもの頃のチョコレートが目一杯食べられたらいいなあという願望を投影した作品とも言えますが、小川氏の場合は、社会科の工場見学にわくわくした記憶が甦ったようで、その気持ちも分かる気がします。一方で、この作品の中にはちょっと怖い場面もありますが、これも童話につき物の「毒」のようなものとみることができるのではないでしょうか(この「毒」がいいのだが)。

 チャーリー以外の4人の悪ガキのうち、デブの男の子がチョコレートの川に落ちて吸い上げられたパイプに詰まったり、女の子が巨大なブルーベリーに変身させられたりするため、発表時はこんなものは子どもに読み聞かせ出来ないとの批判もあったそうですが、作者は毎晩自分の子どもたちに読み聞かせしているとして批判をかわしたそうな。但し、最初の草稿では、面白がって悪ガキを15人も登場させたら、さすがに試しに読んでもらった甥に「このお話は不愉快で嫌だ」と言われて書き直したそうです(「チョコレート工場の秘密の秘密」―『まるごと一冊ロアルド・ダール』より)。

 また、この作品の邦訳は、柳瀬尚紀氏の訳の前に田村隆一氏の訳がありますが(柳瀬尚紀氏の訳は映画化に合わせたものか)、田村隆一氏の訳では主人公の名前がチャーリー・バケットとなっているのに対し、柳瀬尚紀氏の訳ではチャーリー・バケツとなっているなど、登場人物名に作者が込めた意味が分かるようになっています(例えば、肥満の子どもだったら「ブクブトリー」とか)。この訳し方にも賛否両論があるようですが(小川洋子氏は、柳瀬訳は「手がこんでいる」としている)、既にオーソドックスな翻訳(田村訳)があることを前提にすれば、こうした訳もあっていいのではないかという気もします。個人的にはどちらも好きですが。

まるごと一冊ロアルド・ダール.jpgクェンティン・ブレイク.jpg 但し、挿絵は、柳瀬訳のクウェンティン・ブレイク(Quentin Blake、1932年生まれ)のものが良く、大型本である『まるごと一冊ロアルド・ダール』('00年/評論社)によるとロアルド・ダールは何人かの画家と組んで仕事をしているようですが、クウェンティン・ブレイクとのコンビでの仕事が最も多く、また、クウェンティン・ブレイクの絵は、ちょっとシュールな話の内容よくマッチしたタッチであるように思います。
まるごと一冊 ロアルド・ダール (児童図書館・文学の部屋)
         
チャーリーとチョコレート工場o.jpg このお話は、メル・スチュアート監督(「夢のチョコレート工場」('71年/米)ジーン・ワイルダー主演)と、先に述べたティム・バートン監督(「チャーリーとチョコレート工場」('05年/米))によってそれぞれ映画化されていますが、ジョニー・デップがチョコレート工場の工場主ワンカ氏に扮した後者「チャーリーとチョコレート工場」は比較的記憶に新しいところで、ジョニー・デップの演技力というより、演CHARLIE & CHOCOLATE FACTORYI.jpg出に「バットマン」シリーズのティム・バートン色を感じましたが、ストーリー的には原作を忠実になぞっています。男の子がパイプに詰まったり、女の子が巨大なブルーベリーに変身してしまったりするのもCGを使って再現していますが(映画館で近くに座った男の子が「CGだ、CGだ」といちいち口にしていた)、庭園のモニュメントや芝生はパティシェによって作られた本物の菓子だったそうです。

チャーリーとチョコレート工場 set.jpgティム・バートン「チャーリーとチョコレート工場」('05年/米)

チャーリーとチョコレート工場1.jpg 但し、ジョニー・デップ扮するワンカ氏が、幼少時代に歯科医である厳格な父親に半ば虐待に近い躾を受けたことがトラウマになっている"アダルトチルドレン"として描かれているのは映画のオリジナルで、これに原作の続編である『ガラスのCHARLIE & CHOCOLATE FACTORYR.jpg大エレベーター』('05年/評論社)の話をミックスさせて、ラストはワンカ氏がチャーリーとその家族を通して新たな「家族」に回帰的に出会う(トラウマを克服する)というオチになっており、やや予定調和的である気もしますが、プロセスにおいて悪ガキが散々な目に遭い、一方のワンカ氏はケロッとしている(或いはふりをしている)という結構サディスティックな「毒」を孕んでいるため、こうしたオチにすることでバランスを保ったのではないでしょうか(映画はそこそこヒットし、映画館はロード終盤でも週末はほぼ満席。結構口コミで観に行った人が多かったのか)。結局は「家族愛」に搦め捕られてしまったワンカ氏といった感じで、個人的には、折角の「毒」を弱めてしまった印象が無くもありません。

チャーリーとチョコレート工場 uppa.jpg 「2001年宇宙の旅」「サタデー・ナイト・フィーバー」「鳥」「サイコ」「ベン・ハー」「水着の女王」「アフリカの女王」「アダムス・ファミリー」「スター・ウォーズ」といった映画作品へのオマージュも込められていて、後でまた観直してみるのも良し。音楽面でもクイーンやビートルズ、キッスへのオマージュが込められています。こうした味付けもさることながら、ビジュアル面で原作の(クウェンティン・ブレイクの絵の)イメージと一番違ったのは、チョコレート工場で働くウンパ・ルンパ人(柳瀬訳は「ウンパッパ・ルンパッパ人」)でしょうか。ワンカ氏がアフリカの何処かと思しきジャングルの地から連れてきた小人たちですが、色黒のオッサンになっていたなあ。演じたのはディープ・ロイというケニア生まれのインド人俳優で、インドで26代続くマハラジャの家系だそうですが、この映画で165人のウンパルンパ役をこなしたとのことです。個人的には原作も映画も(特にそこに込められた毒が)好きですが、映画は子どもも楽しんでいたのでは。

Roald Dahl2.jpg単独飛行2.jpg ロアルド・ダールは学校を卒業して、まず石油会社に入社して最初の勤務地が東アフリカで、第二次世界大戦では空軍パイロットとして活躍したとのことですが、乗Roald Dahl going solo.jpgった飛行機が燃料切れを起こして墜落、九死に一生を得たとのこと。その後、文筆家として活動するようになり、まずアフリカで聞いた話やパイロット時代の経験を生かして短編小説を書き始め、やがて児童文学の方へ進んだとのことです。初期の作品は、自伝的短編集『単独飛行』('00年/早川書房)に収められているほか、『まるごと一冊ロアルド・ダール』('00年シンバ.JPG/評論社)でもその一部を読むことが出来ますが、最初に原稿料を貰ったのが、アフリカでライオンに咥えられ連れ去れたけれども無事だった女性を実際に目撃した話の記事だったというからスゴイね(「シンバ」―『単独飛行』より)。

『まるごと一冊ロアルド・ダール』('00年/評論社)

サン=テグジュペリ2.png宮崎駿2.jpg 自らの飛行機が墜落して生還するまでのドキュメントも記していますが、『夜間飛行』のサン=テグジュペリ(1900-1944)と、同じ飛行機乗りであって遭難も経験している点で似ており(サン=テグジュペリは第二次世界大戦中に撃墜されて結局不帰の人となったが)、あの宮崎駿監督は、サン=テグジュペリ同様にロアルド・ダールをも敬愛していて、自らの作品においてオマージュをささげたり、共に文庫本の作品の解説を書いたりしています(サン=テグジュペリ『人間の土地』(新潮文庫)とロアルド・ダール『単独飛行』(ハヤカワ・ミステリ文庫))。

007は二度死ぬ チラシ.jpgチキ・チキ・バン・バン 01.jpg 因みに、ロアルド・ダールは「007シリーズ」のイアン・フレミング(1908-1964)と親交があり、映画007は二度死ぬ」('67年/英)と「チキ・チキ・バン・バン」('68年/英)の脚本も手掛けています(イアン・フレミングが「チキ・チキ・バン・バン」の原作者と知った時は今一つぴんとこなかったが、間に児童文学作家ロアルド・ダールが噛んでいたのか)。

チャーリーとチョコレート工場 dvd2.jpg「チャーリーとチョコレート工場」●原題:CHARLIE & CHOCOLATE FACTORY●制作年:2005年●制作国:アメリカ●監督:ティム・バートン●製作:ブラッド・グレイ/リチャード・D・ザナック●脚本:ジョン・オーガスト●撮アナソフィア・ロブ.jpg影:フィリップ・ルースロ●音楽:ダニー・エルフマン●原作:ロアルド・ダール●時間:115分●出演:ジョニー・デップ/フレディ・ハイモア/デヴィッド・ケリー/ヘレナ・ボナム=カーター/ノア・テイラ/ミッシー・パイル/ジェームズ・フォックス/アナソフィア・ロブ/アダム・ゴドリー/アダム・ゴドリー/ディープ・ロイ/クリストファー・リー/ジュリア・ウィンター/ジョーダン・フライ/フィリップ・ウィーグラッツ/リズ・スミス●日本公開:2005/09●配給:ワーナー・ブラザーズ●最初に観た場所:丸の内TOEI2(05-10-23)(評価:★★★☆)アナソフィア・ロブ(AnnaSophia Robb) in 「ソウル・サーファー」('11年)/「チャーリーとチョコレート工場」('05年)
丸の内東映.jpg丸の内toei.jpg丸の内TOEI2(銀座3丁目・東映会館) 1960年丸の内東映、丸の内東映パラスオープン(1992年~丸の内シャンゼリゼ)→2004年10月~丸の内TOEI1・2

【1972年単行本[評論社(児童図書館・文学の部屋)/田村隆一:訳(『チョコレート工場の秘密』)]/2005年単行本[評論社(ロアルド・ダールコレクション)/柳瀬尚紀:訳(『チョコレート工場の秘密』)]】

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コラージュ(写真)系「かくれんぼ絵本」。子どもとやってみたらいい勝負だったりして...。

I SPY:A BOOK OF PICTURE RIDDLES.jpg  ミッケ 1992.jpg  Jean Marzollo.png Jean Marzollo
I Spy: A Book of Picture Riddles』Reprinted版 (1992/01) 『ミッケ!―いつまでもあそべるかくれんぼ絵本 I SPY 1
ミッケ 絵本 2.gif 「かくれんぼ絵本」とか「探し物系絵本」というのは「ウォーリーをさがせシリーズ」から「ポケモンをさがせ!」とか「アンパンマンをさがせ!」といったものまでいろいろあるようですが、ジーン・マルゾーロ(Jean Marzollo)の文章(文章と言っても何を探すかという簡単な問いのことだが)、ウォールター・ウィック(Walter Wick)の写真によるこれは、「かくれんぼ絵本」の中でも"コラージュ系"とでもいうべきものです。

 いや、正確には「写真絵本」というべきでしょうか。積み木やボタンやビーズなどのミニサイズの小物をセンス良く並べたりしていますが、切り貼りしているわけではなく、実際並べたものをそのまま写真に撮っているわけであって、よくこれだけ集めたなあと感心させられます。

ミッケ 絵本 シリーズ.jpg 原著"I Spy: A Book of Picture Riddles"の刊行は1991年で、個人的にはこうした類では最初に触れた本であり、また、同作者らのシリーズの中で最初に刊行されたのも本書です。それまで普通の絵本作家(文章専門)だったマルゾーロは、その後は通常の絵本原作者としての仕事をしながら、毎年のようにこのシリーズを出しています。

Walter Wick.png 「かくれんぼ絵本」系統のものはこのマルゾーロ&ウィックのコンビ以外の作者によるものも多く出されているようですが、"コラージュ系"乃至"写真系"はこのマルゾーロらのシリーズ以外はあまり見ないように思います。

Walter Wick

ミッケ 絵本.jpg 「かくれんぼ絵本」の類の中ではかなりセンスがいい方ではないでしょうか。オブジェの1つ1つが、なにか普遍的な郷愁を醸すものとなっています。一見雑然とオブジェをばらまいた感じで、実は巧妙に計算され尽くしていたりもして、これ、実際にやってみると結構大人でも難しいです。

 では、子どもにとって難し過ぎるかというと、子どもの年齢にもよりますが、この手の「探す能力」というのはかなり早くから伸長し、子どもがある程度の年齢になるとあまり大人と変わらなくなるようです。子どもと実際やってみたらいい勝負だったりして...。こっちの老化現象とはあまり思いたくないけれど、集中力の持続という点では、子どもの方が勝っていたりする面もあるのかもしれません。

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象牙の塔を巡る権力争いと、それに纏わる復讐劇。犯人がやや唐突に姿を現した印象も。

モース警部シリーズ Vol.9「最後の敵」v1.jpgモース第9話/最後の敵 dvd.jpg モース第9話/最後の敵 dvd2.jpg
モース警部シリーズ Vol.9「最後の敵」【字幕版】[VHS]」"Inspector Morse: Last Enemy [DVD] [Import]"(2002)"Inspector Morse: Last Enemy Set [DVD] [Import]"(2005) 右下:ルイス部長刑事(Kevin Whately)/モース主任警部(John Thaw)/ラッセル検視医(Amanda Hillwood)
Inspector Morse Last Enemy.jpgAmandy Hillwood 2.jpg 運河で首と両手脚が切断された死体が見つかる。時を同じくして、オックスフォード大学時代の同級生で同大学の学寮長を務める旧友アレックス・リース(バリー・フォスター)から、ケリッジ博士(テニエル・エヴァンス)が失踪していると相談を受けたモース。死体の状況から殺害されたのは博士だと思われたが...。一方、博士課程を修了したばかりのデボラ・バーンズ(ビーティ・エドニー)は、自分が特別研究員になれなかったのはケリッジ博士が反対票を投じたからだと思い込み博士に直接尋ねると、ケリッジは反対したのは自分ではなく、学寮長のリースだと言う。リースは彼女の博士論文の指導担当で、共著で本を出し、更には2人の間に肉体関係まであったのだが―。

"Inspector Morse: Last Enemy [VHS] [Import]"

モース第9話/最後の敵 dvd 2011.jpg 英国ITVの「主任警部モース」シリーズの第9話で(TV用のオリジナルでコリン・デクスターは"原案"提供。但し、ベースとなっているデクスターによる原作あり(『謎まで三マイル(The Riddle of the Third Mile)』(1983)) 、1989年に本国で放映され、1999年に日本語字幕付きVHSが発売されています。

 1つ前の「ハンベリー・ハウスの殺人」が一見、学寮長候補同士の争いに起因する事件と思わせて実は夫婦の愛憎劇だったのに対し、こちらはストレートに象牙の塔を巡る権力争いと、それに纏わる復讐劇でした(「シェルドン講師」とはそれほど名誉ある地位なのか)。

"Inspector Morse Set Three: The Last Enemy [DVD] [Import]"(2011)
(Last Bus to Woodstock /Ghost in the Machine /The Last Enemy) 

 殺されたと思ったら実は生きていたケリッジ教授も結局は殺され、モースが疑いを抱いていた学寮長のリースまで殺されてしまう―そうなると残るはなかなか姿を見せないあの人物が犯人かなと、大方の予想はつきましたが、モースが街中を歩いていて見つかるぐらいなのに、それまで見つからなかったのがやや不自然なように思いました(ケリッジ博士だって、モースらが死んでいるのではないかと調べている間にニセ番組の出演交渉とかしているし。そのニセ番組を仕組んだのも犯人だったわけか)。

モース第9話/最後の敵 0.jpg リースまで殺されてしまったのは、実力の無い彼が"漁夫の利"を得たことに対する犯人の恨みでしょうか。女子大生の研究成果を自分のものとし、肉体関係まで持っておいて研究員には推さないというのは、まあ、殺されても仕方無いという感じでしたが。

 モース自身も、犯人の犯行に、単なる復讐ではなく、正義を正すという強い信念を見出しているようで、その犯人の「最後の敵」は病いだったわけかと。それにしても恩師が犯人とは...(モースが学生時代に優秀で、オックスフォードをトップで卒業できる頭脳を持っていながら学者の道を選ばなかったことが明かされる)。犯人は既に逮捕するまでもない状態だったけれど、こうした終わり方は『カインの娘たち』のドラマ版('96年)の方にもありました。

第9話/最後の敵 5.jpg第9話)/最後の敵 10.jpg それにしてもモースは、捜査中にビールを飲む回数がどんどん多くなるなあ。しかも、独身の気安さからか、リースの秘書キャロルに声掛けして彼女の行きつけのジャマイカ料理のレストランで歓談しています。

Morse & Carol Sharp

 その一方で、「お嬢さん」「ドクター」の呼び名で一悶着あった検視医のラッセル女医まで呑みに誘っている...。捜査の一環ということもあるでしょうが、モース自身、女性主任警部モース(第9話)/最後の敵 カメオ.jpgと呑みたがっているように見えました(上司のストレンジ警視正に罵倒され、歯医者にも苛められ、その上事件の解決が困難を極めれば、自宅でオペラを聴くだけではストレスは解消されないか)。

 恒例の原作者のカメオ出演、冒頭のシーンで運河の縁で釣り糸を垂れているオジさんがコリン・デクスターではないかなと思ったけれど、その川縁を散歩していてボートから降りてきた男と鉢合わせになる人がそうだったようです(途中のシーンでは釣り人の後ろを歩いているようですが、そんなシーンあった?)。

「主任警部モース(第9話)/最後の敵」●原題:INSPECTOR MORSE:THE LAST ENEMY●制作年:1988年●制作国:イギリス●本国放映:1989/01/11●監督:ジェームス・スコット●脚本:ピーター・バックマン●原案:コリン・デクスター●時間:104分●出演:ジョン・ソウ/ケヴィン・ウェイトリー/アマンダ・ヒルウッド/バリー・フォスター/テニエル・エヴァンス/ビーティ・エドニー/シーアン・トーマス/マイケル・アルドリッジ●VHS発売:1999/07●発売元:日本クラウン(評価:★★★☆)

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アメリカの絵本だが、フランスの絵本よりフランス的。作者の若き日の欧州への憧憬が滲む。

Madeline.jpg げんきなマドレーヌ.jpg マドレーヌといぬ.jpg Ludwig Bemelmans.bmp L. Bemelmans(1898- 1962)
Madeline』『げんきなマドレーヌ』『マドレーヌといぬ

 先生と12人の女の子が暮らすパリの寄宿舎で、一番チビッ子ながらも物怖じしない子がマドレーヌ。ある晩マドレーヌは盲腸炎になり、痛くて大声で泣く。救急車で病院に運ばれ手術し、入院してしまうが、先生のミス・クラベルと11人の女の子達がマドレーヌのお見舞いに行くと、病室はお見舞いの品が一杯で、お腹の手術の傷をみんなに見せるマドレーヌは何だか誇らしげ―。

ベーメルマンス.gif 作者のルドウィッヒ・ベーメルマンス(Ludwig Bemelmans, 1898-1962)はオーストリア・チロルの生まれで、子供時代は問題児で様々な寄宿学校等で育ち14歳で学校を中退、ホテルで働き始めるも気性の激しさから騒動を起こして16歳で渡米、ニューヨークののリッツ・カールトンホテルで働き始め、1917年第一次世界大戦にアメリカ兵として入隊、戦争後はベルリンで本格的に絵の勉強をしようと渡欧計画を立てるも、夢果たせずにホテルの仕事を続け、やがて27歳でニューヨークのレストラン・オーナーとなり、自分のレストランの壁やアパートの日除けに絵を描いていたのが友人の編集者の目にとまって、その友人に絵本を描くことを勧められたとのが絵本作家となった契機であるとのこと。後の作品「マドレーヌ」も、最初はこのレストランのメニューの裏のいたずら書きだったそうです。

 結局、彼の処女作が世に出たのは1934年36歳の頃で、彼の名を広く世に知らしめることになった「マドレーヌ」シリーズの第1作である「Madeline」(「げんきなマドレーヌ」)は、1939年にニューヨークの出版社Viking Pressから刊行され、中身はイラスト漫画のようなシンプルな筆致のページと綺麗に彩色されたページから成っています。

『Madeline』(げんきなマドレーヌ)より
マドレーヌ2.JPG その後、「マドレーヌといぬ」「マドレーヌといたずらっ子」「マドレーヌとジプシー」「ロンドンのマドレーヌ」「アメリカのマドレーヌ」といった、同じくマドレーヌを主人公とした作品を発表しています(遺作「アメリカのマドレーヌ」以降は没後の刊行)。

マドレーヌ1.JPG とりわけこの「Madeline」は、盲腸炎に罹ったマドレーヌの入院騒動を扱ったシリーズの中でも最もシンプルなストーリーのものですが、シンプルでありながらも愉快なオチがあり、それがまた子供心をよく衝いている佳作で、そうしたお話の背景に、エッフェル塔、コンコルド広場、オペラ座、バンドーム広場、ノートルダム寺院などパリの有名な建物や場所が描かれているのが美しく、作者の若き日のヨーロッパへの強い憧憬が反映されているように思いました。

 マドレーヌのお見舞いを終えた残りの寄宿生が寄宿舎で食事をする場面で、マドレーヌは入院していて残りは11人のはずなのに、なぜか12人が食卓に座っているのは作者のミスであり、読者の指摘を受けて気付いたものの、敢えて改訂版でも訂正しなかったということです。

マドレーヌ3.JPG 1951年発表のシリーズ第2作『マドレーヌといぬ』(原題:「Madeline's Rescue」)は、米国の児童文学賞「コールデコット賞」を受賞した作品ですが、これも比較的シンプルで楽しい話で、寄宿舎の皆での散歩の途中、誤って川に落ちたマドレーヌを救った賢い犬を、皆で寄宿舎内で飼うことにするが―。
 この話にも愉快でほのぼのとしたオチがあり、犬に「ジュヌビエーブ」という名をつけたということは、なるほどメスだったのかと...。
『マドレーヌといぬ』より

 手元にある『Madeline』は、Viking Pressの1967年1月1日刊行版で、勿論、発表当初から英語で書かれているわけですが、英語では、「マデライン」という発音になるそうです(中国人の名前を日本語読みするのと同じか)。

 ある意味、フランスの絵本よりフランス的な作品で、やっぱり、これ「マドレーヌ」と読まないと雰囲気が出ないような気がします。

マドレーヌといたずらっこ.jpg マドレーヌとジプシー.jpg ロンドンのマドレーヌ.jpg アメリカのマドレーヌ.jpg
マドレーヌといたずらっこ (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)』『マドレーヌとジプシー (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)』『ロンドンのマドレーヌ』『アメリカのマドレーヌ

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「児童文学」と言うよりは「大人の絵本」という感じか。しみじみとした味わい。

黒猫ネロの帰郷.jpg 『黒猫ネロの帰郷』['97年]Elke Heidenreich trifft Tomi Ungerer.jpg エルケ・ハイデンライヒ&トミー・ウンゲラー

Nero Corleone.jpg イタリアの農家で生まれた黒猫ネロは生まれた時から悪ガキで野心家。ドイツ人夫婦に気に入られて、貧しい農家からの脱出に成功、ドイツでもやりたい放題、妹ローザと共に贅沢な暮らしを満喫する。だが、年をとってローザに死なれ、寂しくなったネロは、15年ぶりに懐かしい生まれ故郷に帰ってくる―。

 1995年にドイツの作家エルケ・ハイデンライヒ(Elke Heidenreich)が発表した作品で、彼女はドイツでは、文芸作家としてのほか、テレビ・ラジオ向けのドラマ作家や司会者としても活躍してきた人であるとのこと、本書はドイツでは発表後すぐに大ベストセラーになったそうです。
 今やドイツでは、トミー・ウンゲラーと並ぶ児童文学の大御所とみていいのでは。

"Nero Corleone. Die ' Ich denk an Dich' Box"

 タイトル通りの内容ですが、異郷の地で暮らした後の15年ぶりの帰郷ということは、人間で言えば、若い頃にウチを飛び出して、年老いてから郷里に戻ってきたということになり、まさに「放蕩息子の帰還」の物語です。

 訳本は90ページ余りですが、黒猫ネロの生涯を通して、人間の一生を照射したような内容で、クヴィント・ブーフホルツの柔らかいタッチの絵も相俟って、「児童文学」と言うよりは「大人の絵本」という感じではないでしょうか。

 舞台の始まりがイタリアの農家で、終わりもそこで終わっていることから、作者のイタリアへの思い入れが感じられますが、それがドイツ人のイタリアへの憧憬とも重なったのかも知れません。

 ネロの渾名は「ドン・コルレオーネ」というマフィアのボスの名前からとったものであり、ハイデンライヒとブーフホルツのコンビによる第2作『ペンギンの音楽会』では、三大テノールの一人、ホセ・カレーラスが登場しますが、渾名としてではなく、"本人"として登場するという―ホントにイタリア好きだなあと。

 黒猫ネロは、ある意味ヒロイックであるけれども、決してスーパーヒローではなく、そして、年老いた今は、彼のことを多くの者は昔話としてしか知らない―ありがちだなあ、こんな人生(しみじみ...)。

 子供に読ませようと思って、結局、自分が読んで終わってしまったのですが、多分ドイツでも、子供より大人に読まれたのではないでしょうか

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絵本作家であり、シニカルな風刺画家であり、エログロ・アートも手掛ける作者の絵本。

すてきな三にんぐみ.jpg  The Three Robbers.jpg  フォーニコン.jpg Jean-Thomas (Tomi) Ungerer.jpg Jean-Thomas (Tomi) Ungerer
すてきな三にんぐみ』['69年/偕成社]/"The Three Robbers" /『フォーニコン』['99年/水声社]

Tomi Ungerer.jpg 黒いマントに黒い帽子の泥棒三人組は、次々と馬車を襲い、奪った財宝をかくれがにため込んでいたが、ある夜、三人組が襲った馬車に乗っていたのは、意地悪な親戚に引き取られるところだった孤児のティファニー。親戚に引き取られるぐらいならこの三人組の方がおもしろそう!と泥棒の隠れ家に行き、宝の山を見て「これ、どうするの?」―。

ゼラルダ.JPG 1961年に絵本作家トミー・アンゲラー(ウンゲラー)(Tomi Ungerer)が30歳で発表した絵本で(原題:Die Drei Räuber、英題:The Three Robbers)、三人組の泥棒がひょんなことから全国の孤児を集めて城をプレゼントするというハッピーエンドですが、ここまで色んなものを削ぎ落として話を単純化してしまっていいのかなあというぐらいシンプルなストーリーで(「富の再配分」がテーマであるとも言える)、それでも日本では人気の高い作品です(手元にある偕成社の'06年版は166刷になっている)。アンゲラーの作品の中では同系統の作品とも言える『ゼラルダと人喰い鬼』(英題:Zeralda's Ogre)なども、日本でも結構読まれているのではないでしょうか。

ゼラルダと人喰い鬼 (評論社の児童図書館・絵本の部屋)

 トミー・アンゲラーは1931年フランス生まれで高校を中退して北欧やアフリカを放浪した末、1957年、25歳でニューヨークに渡り、職探しに苦労しながらも広告美術の世界に仕事を得、絵本創作の傍らイラストレーター、ポスター作家、グラフィックデザイナーとして現在も多彩な活躍している人で、この作品も、黒や藍をベースとした鮮明な色調に、グラフィックデザインのような特色が窺えます。

"Une Soiree Mondaine (THE PARTY)"より
Une Soiree Mondaine (THE PARTY)2.jpgUne Soiree Mondaine (THE PARTY).jpgアンゲラー1.jpg 自分の娘に捧げたこの絵本にはほのぼのとした味わいがありますが、彼のイラスト作品などの多くは毒気を含んだ風刺精神に満ちたもので(絵本の動物戯画などにもそれが現れている)、その戦争や差別に対する批判には、人間や社会に対する彼自身のシニカルな視線が感じられ(社交界の紳士淑女を痛烈に諷刺した『THE PARTY』は有名)、これは彼が移民というマイノリティであったことに関係しているのかも知れませんが、この作品の泥棒達も隠れ家に潜む"義賊"であり、「富の再配分」を実践することで、金持ちをストレートに批判しているともとれます。

TOMI UNGERER:FORNION.jpg"Fornicon"より
Fornicon2.gifFornicon1.gif アンゲラーには「機械仕掛けの欲望装置」というコンセプトに基づく"SM×ナンセンス"がオンパレードの『フォーニコン(Fornicon)』というイラスト作品集(作中の絵を模したフィギアも作っている)もあります(いやらしいというより、どことなくお洒落なセンスが漂うけれど、やはりドイツっぽいなあ)。
   
TOMI UNGERER: "FORNICON"  1971年 DIOGENES(ドイツ語版)

アンゲラー2.jpg Tomi Ungerer4.gif そうかと思えば、社会的活動としてはフランスとドイツの文化交流の橋渡しにも尽力していたりし、人間の多面性というものを如実に示しているアーティストだと思います。

 左のイラストなどはその両方の要素("エロ・グロ"と"仏独友好")が入っているとも言えますが...、大丈夫なのかなあ、こんなの描いて。

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大人が読んでもギョッとさせられるが、いじめ問題からグローバルな視点への展開が特徴的。

leif kristiansson not my fault.jpgわたしのせいじゃない.jpg  たんじょうび.jpg
Not My Fault』1st English Ed版['03年] 『わたしのせいじゃない―せきにんについて (あなたへ)』['96年] 『たんじょうび―ゆたかな国とまずしい国 (あなたへ)

不是我的錯.jpg スウェーデンの作家レイフ・クリスチャンソン(Leif Kristiansson)による「あなたへ」と題したシリーズの6冊目で(原題:Det var inte mitt fel /Not My Fault)、1973年の原著刊行か(奥付では1976年。途中で版元が変わっている?邦訳の刊行は1996年)。

中国語版

 1人の男の子がいじめられて泣いていて、それについての15人の子供たちの「始まりは知らない」「みんながやったんだもの」といった言い訳が続く。
そして最後に「わたしのせいじゃない?」という問いかけがあって、世界で繰り広げられている戦争や飢餓、環境汚染などを象徴的に示した写真が続く―。

 シンプルな絵本の後にいきなり核実験の写真などが出てくるため、大人が読んでもギョッとさせられますが、日常の「小さな無責任」が、時として恐ろしい現実に繋がること、世界中で起きている悲惨な出来事が「見て見ぬふり」によって支えられていることを表しているかと思います。

わたしのいもうと.jpg 同じく「いじめ」をテーマとして扱った松谷みよ子氏のわたしのいもうと』('87年/偕成社)がいじめを受けた本人とその家族の苦しみに焦点を当てているのに対し、こちらはいじめる側の責任逃れを追及していますが、一気に世界規模の問題に関連づけるというグローバルな視点が特徴的と言えば特徴的。

 作者は学校の社会科の教師だったそうですが、スウェーデンでは学校の授業もこんな具合にやっているのかなあ(やってそうな気がするが)。
 外国の新聞は国際記事が1面に来ることが多いのに対し、日本の場合、中央紙でも政局の動向とか内政記事がトップに来るのが殆どで、殺人事件などあればそれをトップに持って来て読者の関心を引き付ける新聞社もある―そういうことを思うと、国外に眼を向けるといった習慣を身につける機会が日本の教育現場では不足していて、そうしたことが、大人が読むところの新聞における紙面構成にも反映されているのかもと思ったりもしました(国際問題より殺人事件に関する情報の需要度の方が高い?)。

 『わたしのいもうと』に「読み解きマニュアル」のようなものがあるということに関してはやや違和感を覚えましたが、子供がショックだけを受けても...ということがあるのかも。
 一方、日本で本書を授業教材として用いる場合は、別な意味で、それこそ教師による十分な補足説明が必要だろうなあと思います(感想文を書かせたら「犯人は○番目の子だと思う」といった類のものがあったという話を聞いたことがある。本文と写真がリンクしていない)。

 「あなたへ」はシリーズ15冊全て訳出されていて、その多くがほんわりした読後感で終わるものであり、この『わたしのせいじゃない』の終わり方はやや特異(但し、本書の次の第7冊『たんじょうび』なども最後に報道写真が来るパターン)。
子供に与えるならば、シリーズを何冊か纏めて読ませ、この作者の"読み手に自分で考えさせる"という趣旨と言うか作風を掴ませたうえでの方がいいかも。文字面を追って読むだけだったら、あまりにあっさり読めてしまう文字数だけに。

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子供の想像力を刺激するような楽しい内容。ファンタージーのツボを押さえている。

Where the Wild Things Are.jpgかいじゅうたちのいるところ.jpg Maurice Sendak.jpg Maurice Sendak(1928-2012
"Where the Wild Things Are (Caldecott Collection)"/『かいじゅうたちのいるところ』['75年/冨山房] 

センダック2.jpg 1963年に米国の絵本作家モーリス・センダック(Maurice Sendak)が30代半ばで発表した絵本で(原題:Where the Wild Things are)、彼の出世作であり(コールデコット賞受賞)、代表作でもある作品。

センダックの世界〈新装版〉

 狼のぬいぐるみを着ていたずら遊びをしていたマックスは、おかあさんに叱られ食事抜きで寝室に閉じ込められるが、寝室の床からにょきにょき木が生えてきて、そこからマックスの怪獣たちのいる島への不思議な旅が始まる―。

 子供の想像力を刺激するような楽しい内容ですが、現実とファンタージーの繋ぎの部分が滑らかで、細密画のような独特のタッチも、怪獣たちや森の木々を描くのにぴったり合っているように思えます。布地のような質感や、カラフルだけれどもどぎつさの無い色使いは、怪獣たちのユーモラスな表情とともに、見る者の心に温かく沁み渡ってきます。

 当初は内容が教育的ではないという批判もあったそうですが、教育的かどうかということを超えて画風が芸術的であるだけでなく、マックスの航海の旅を通じてのファンタージーにおける時間の概念の超越や、怪獣たちの王となったマックスが怪獣たちの食事を抜いて彼らをおとなしくさせるというストーリーの対照・反復性は、ファンタージーのツボを押さえているように思え、しかも最後は何だかほっとさせられます。

センダック1.jpg センダックの両親はポーランドからのユダヤ系移民で、彼自身はブルックリンのユダヤ人街で生まれ育ちましたが、英国の古典的イラストレーションの影響を受けていて、それでいて子供の時からディズニー・アニメのファンだったそうで(ミッキーマウスと同じ1928年生まれ)、ヨーロッパ的であると同時にアメリカ的でもあるというか、結果的に普遍性とオリジナリティを兼ね備えた作風になっているように思えました。

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大人の郷愁を掻き立てる要素も。ミュージカルになっている理由がわかるような。

ふたりはともだち.gif    Frog and Toad Are Friends (Hardcover).jpg     Arnold Lobel.jpg Arnold Lobel (1933‐1987/享年54)
ふたりはともだち (ミセスこどもの本)』文化出版局 (1972) /『Frog and Toad Are Friends (I Can Read Book 2)』HarperCollins; Library.版 (1970)

『ふたりはともだち』.JPG 1970年にアメリカの絵本作家アーノルド・ローベル Arnold Lobel (1933‐1987/享年54)が発表した「かえる君とがま君」シリーズの第1作で(原題:Frog and Toad Are Friends)、「はるがきた」「おはなし」「なくしたボタン」「すいえい」「おてがみ」の5話を収録、タイトルを聞いただけで懐かしくなる人もいるのでは?("がま"とはヒキガエルのことだが、欧米ではヒキガエル(toad)とカエルは(frog)は別概念みたい)。

 このシリーズ、『ふたりはいっしょ(Frog and Toad Together)』('71年)、『ふたりはいつも(Frog and Toad All Year)』('76年)、『ふたりはきょうも(Days with Frog and Toad)』('79年)と続き(各冊とも5話ずつ収録)、それぞれ国際的な賞を受賞しているほか、日本でも芥川賞作家・三木卓氏の翻訳により知られていて、『ふたりはともだち』の第5話「おてがみ」は、教科書でも採り上げられています。
Frog and Toad Are Friends.jpg
 「おてがみ」は、手紙をもらったことが無い「がま君」のために、かえる君が手紙を書いてあげるのですが、その手紙を届けることを頼んだ相手がカタツムリであるという―。2人で手紙を待ちくたびれて、かえる君はがま君に「君のことを好きだ」と書いたのだよと、とうとう手紙の内容を話してまうが、それでも手紙がやっと届いたとき、がま君はもう一度歓びを新たにする―。

 どちらかと言うと、がま君の方がちょっと"もっさり"した感じだけれど、実は寂しがり屋の繊細な性格で、それをかえる君が元気づけようとして、逆に思惑と異なることになりそうになる―そのかえる君のがま君への思い遣りと、両者の引き起こすちょっとしたトラブルが微笑ましく、また、時にしんみりさせられるといった感じ。
 こういう友達づきあいって昔はあったなあと、大人に郷愁を掻き立てさせる点では、大人向けの要素がかなりあるようにも思います。

石丸謙二郎、川平慈英.jpgFrog and Toad2.jpgFROG AND TOAD2.jpg 米国ではミュージカル化されていて、原作にある幾つかの話を組み合わせて脚本化しているようですが、そのため、子供向け劇場で上演するものやブロードウェイで上演するものなど、幾つものパターンがあるようです(両親がブロードウェイ・ミュージカルに出かける時、子供は家で留守番というスタイルは、今でもあまり変わっていないみたい)。

 ブロードウェイ版は、着ぐるみなしのスーツ姿で演じるヴォードヴィル・ショーのようなもので、日本でも同様のスタイルで「フロッグとトード〜がま君とかえる君の春夏秋冬」として上演されています(出演:石丸謙二郎、川平慈英)。

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学校で子どもは何を学び、教師は何を教えるのかということを、改めて考えさせられる作品。

飛ぶ教室 実業之日本社.gif KÄSTNER ERICH Das fliegende Klassenzimmer.jpg  飛ぶ教室 岩波全集版.gif  新訳『飛ぶ教室』.jpg Kästner, 1970.jpg
実業之日本社['50年]/原著(Das fliegende Klassenzimmer)/『飛ぶ教室 (ケストナー少年文学全集 (4))』岩波書店['62年]/『飛ぶ教室 (光文社古典新訳文庫)』 Kästner,1970年 (80歳)

『飛ぶ教室』yousyo.jpg 1933年発表のドイツのエーリッヒ・ケストナー(1889‐1974)の代表的児童文学で、舞台はクリスマス間近のライプチヒの寄宿学校ですが(クリスマスに上演する芝居のタイトルが 「飛ぶ教室」というもの)、寄宿学校の級友5人と舎監の「正義先生」、先生のかつての親友で、今は世捨て人のような暮らしを送る「禁煙先生」らを巡ってのお話は、ケストナー作品の中でも、と言うより児童文学全体でも有名。

"Das Fliegende Klassenzimmer"

 実業之日本社版('50年)は、岩波の全集版('62年)と同じく高橋健二訳で、版型や紙質は異なりますが、表紙のトーンや挿絵にワルター・トリヤーの絵を用いている点は同じです。但し、岩波版の方が行間を広くとってルビがふられていて、読みやすいかも(行間が広い分だけ本の形が真四角に近いが、原著の版型を忠実に再現したのか?)。

わんぱく戦争2.jpgわんぱく戦争2.jpgわんぱく戦争.jpg飛ぶ教室 映画.jpg 映画化もされていますが('03年/独)未見であり(原作とかなり違ったストーリーになっているらしい)、原作の寄宿学校の生徒が地元の実業学校生と対立関係にあって拉致された仲間を取り戻すために果し合いをやるところなどは、隣り合う2つの村の少年グループが互いの服のボタンを奪い合って争うイヴ・ロベール監督の「わんぱく戦争」('61年/仏)を想起しました。

 「わんぱく戦争」の原題は「ボタン戦争」で、2つの村の子供たちは真剣に戦争をしていて、敵の捕虜になると着ている服のボタンが剥ぎ取られ、時には服もズボンも奪われて、泣く泣く仲間たちの所へ戻らなければならない―でも、陰湿な感じが全く無く、観ていて何となく微笑ましい気分になり、子供独自の世界がほのぼのと描かれていたように思いました。

「わんぱく戦争」1981年「テアトル銀座」公開時チラシ

テアトル銀座 .jpg地下にあったテアトル銀座.jpgテアトル銀座 1946.jpg「わんぱく戦争」●原題:LA GUERRE DES BOUTONS●制作年:1961年●制作国:フランス●監督:イヴ・ロベール●脚本:フランソワ・ボワイエ●撮影:アンドレ・バック●音楽:ジョセ・ベルグマン●原作:ルイ・ペルゴー●時間:95分●出演:アンドレ・トレトン/ジャン・リシャール/ミッシェル・イセラ/アントワーヌ・ラルチーグ●日本公開:1963/03●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:テアトル銀座 (81-05-04)(評価:★★★☆)●併映:「リトル・プレイボーイ/チャーリー&スーピー ラブ・タッチ作戦」(マヌエル・サマーズ)
テアトル銀座 (1946年オープン、「テアトル東京」オープン後、その地階に) 1981年8月31日閉館

 フランスもドイツも同じだなあと。日本でもかつては、どこにでもこうした子ども同士の"戦争"があり、"秘密基地での作戦会議"などは誰もが経験したことだったと思うけれど、最近はどうなのでしょうか(よその子の服やズボンを奪ったりしたら訴訟問題になりかねない?)。

 『飛ぶ教室』は、物語としては、仲間を取り戻すために果し合い(表紙に描かれている)が前半のクライマックスだとすれば、お金が無くて帰省できないでいる主人公のマルチンに「正義先生」が手をさしのべるのが後半のクライマックスと言えるかと思いますが、その間にも、弱虫ウリーが勇気を見せようと体操梯子から落下傘降下した事件や(この件に関する「禁煙先生」のコメントがいい)、子どもたちの「正義先生」を「禁煙先生」に引き合わせるための奔走ぶりなど、じぃーんと来る山場が多い作品。

 先生も生徒も出来すぎ?(「正義先生」というネーミングからしてストレート)との感じもしますが、貧しかった作者自身経験からの、自分の寄宿生時代にこんな先生がいてくれたらという想いや、この作品の執筆時点での台頭するナチズムの中での自由についての想いが込められていると考えれば、理想主義的な作りになるのはわかるし、かえって素直に感動できます。

 登場する少年たちは、芝居の発表会とクリスマス休暇へ向けての慌しい中、1つ1つの出来事を通して日々大人になっていく感じがし、日本の小学校高学年にあたる年齢ですが、最近の日本の小学生は中学受験の方でで忙しかったりするわけで、学校で子どもは何を学び、教師は何を教えるのかということを、こうした時代だからこそ改めて考えさせられる作品でもあります。

 【1950年単行本[実業之日本社]/1962年単行本[岩波書店「ケストナー少年文学全集 (4)」]・2006年文庫化[岩波少年文庫]/1968年単行本[ポプラ社]・1986年再文庫化[ポプラ社文庫]/1978年単行本[偕成社]/1983年再文庫化・2006年改版[講談社文庫]/1987年単行本[講談社]・1992年再文庫化[講談社「青い鳥」文庫]/1990年・2003年単行本[国土社]/2005年再文庫化[偕成社文庫]/2006年再文庫化[光文社古典新訳文庫]】

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ただ「みんな協力して頑張ろう!」というだけの話ではなく...。

swimmy.JPG スイミー.jpg  Leo Lionni.gif Leo Lionni (1910-1999/享年89)
英語版['67年]/『スイミー―ちいさなかしこいさかなのはなし』〔'69年〕

 1963年の原著出版のオランダ生まれの絵本作家 Leo Lionni (レオ・レオニ、1910-1999)の作品。 

 スイミー(Swimmy)は、赤い小さな魚の群れの中で1人(1匹?)だけ皆と異なる黒い色をした魚ですが、泳ぐ速さは仲間一番で、群れがマグロに襲われたときに1人助かる。そして、クラゲやイセエビに遭遇する試練に違いながらも仲間たちと再会し、そのときに、どうすれば大きな魚に対抗できるかを考えつく―。 

スイミー2.jpg 松岡正剛氏に言わせると、この物語の下敷きにはゲシュタルト・オーガニズムという考え方(形をもったものたちが集まって、それらが別な形や大きな形になったとき、そこに新たに有機的な意味が働く)があって、さらに、この「スイミー」の世界観には、動物生態学で言えば、群生の野生動物が個々の意識の中に常に群れと体感的に共振しているような感覚につながるものがあるのではと...。
 やや難しい解釈ですが、スイミーが「黒い目」の役割を担う点などは、確かに、ただ「みんな協力して頑張ろう!」というだけの話ではなく、認知論的な視点が織り込まれている?(言われてみてナルホドという感じでですが)。

 作者のレオ・レオニは、アムステルダム生まれでイタリアに住んでいましたが、ムッソリーニ体制下でユダヤ系とみなされて米国に亡命し、グラフィックデザイナー、アートディレクターとして長く活躍、絵本作家としてのスタートは49歳とむしろ遅く、最初の作品『あおくんときいにじいろの ゼリーのような くらげ.jpgすいちゅうブルドーザーみたいな いせえび.jpgろちゃん』(Little Blue and Little Yellow '59年発表)は、孫をあやすために描いたそうですが、デザイナーらしい色使いです。

 コラージュっぽい作品も多くありますが、印象派絵画風の水彩のものもあり、. 特にこの『スイミー』は水彩の絵が美しく、また、日本人に好まれそうな気がします(印象派と言うより水墨画のカラー版みたいな感じ)。

「にじいろの ゼリーのような くらげ」「すいちゅうブルドーザーみたいな いせえび」

 『はらぺこあおむし』の絵本作家エリック・カールに、最初にグラフィックデザイナーとしての仕事を紹介したのもレオ・レオニだそうで、所謂"デザイナーつながり"です。日本の広告業界などにも、いつか絵本を出したいというデザイナーは多くいると思いますが、1人でも多くの人のそうした夢が叶えばよいと思います。 

 本作の日本での初版は'69年で、手元にある2003年版は第79刷。寿命の長さは、中途半端な文学賞受賞作品の比ではないように思います。

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〈生と時間〉、〈死と生命のつながり〉。奥が深く、不思議な読後感。

The Little River:Ann Rand/Feodor Rojankovsky.jpg1151520.gif 『川はながれる』 岩波書店 〔'78年〕 
"The Little River" Ann Rand Published by Harcourt, Brace & Company, 1959

The Little River1.jpgThe Little River2.jpg 1959年原著出版(原題は"The little river")の アメリカの絵本作家Ann Rand (アン・ランド)の作品で、'78年に邦訳出版後、いったん絶版になりましたが、「岩波の子どもの本」50周年記念で復刊した本です。

Rand, Ann; (illustrator) Rojankovsky, Feodor, Littlehampton Book Services Ltd; New版

 アン・ランドの夫は世界的なデザイナーのポール・ランドで、夫婦の共著も多くありますが、この本は、絵の方は、彼女と同じロシア生まれの画家 Feodor Rojankovsky (フョードル(もしくはフェードル、フィオドル)・ロジャンコフスキー)が画いています。

 川はどのように流れ何処へ行くのかを、そのことを知りたいと思っている子どもたちに語るというかたちで、森の中で生まれた「小さい川」を主人公に、海へ辿り着くまでの自然とのふれあいを、ロジャンコフスキーの生き生きとした絵で描いています(この人の動物画は天下一品)。

 「小さい川」は何処へ流れて行けばいいのかわからず、いろんな動物たちに行き先を尋ね、湖へ出たり町を抜けたりし、野原では水鳥たちに挨拶したり牛に水をやりながら進むうちに、やがて3日後にきらきら輝く海が見えてくる―。

 その時「小さい川」は、このまま海に出ると自分はどうなるのか不安になりますが、海辺のカモメが「しんまいの川」に教えます。川は太陽や空気みたいなもので、同じときに、何処にでもいることができるのさ、と。
 「小さな川」は、これまで旅してきた何処にでも「自分」がいて、自分は森と海を行き来できるのだと悟ると明るい気持ちになる―。

 「川の一生」になぞらえて「人間の一生」を語っているともとれ、〈生と時間〉、〈死と生命のつながり〉といった哲学的テーマに触れているようにも思えます。

 4、5歳以上向けだそうですが、この話では、「小さい川」が河口まで辿り着いても「小さい川」のままであり、そこで短い一生を終えることになっているため、見方によっては「子どもの死」というものを想起することもできるのではないでしょうか。
 
 奥が深そうで、ちょっと不思議な読後感のある絵本です。

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コーチングによって成長していく少年。「勇気」と利他的行動の関係。

ラチとらいおん.jpg 『ラチとらいおん』 〔'65年〕  marek_veronika_photo1.jpg Marek Veronika (略歴下記)

 1956年発表のハンガリーの絵本作家 Marek Veronika (マレーク・ベロニカ)の作品。
 
ラチとらいおん2.jpg  「せかいじゅうで いちばん よわむし」の男の子ラチは、将来は飛行士になりたいくせに、犬は怖いし、暗い部屋も怖い、友だちさえも怖いといった有様で、そんな臆病者のラチのもとに、ある日小さくて赤い「らいおん」が現れる―。

 ラチ少年が「らいおん」の力を借りて成長していく話ですが、絵もストーリーもすごくシンプルなのが良く、それでいて「らいおん」とは何だったのかがちゃんと思い当たるようになっています。

勇気」を持って欲しいとは親であれば誰でも思うことですが、この絵本では、ラチは「らいおん」の指導(コーチング)のもと"体力づくり"的なこともして「自信」をつけながらも、実際に彼が「勇気」を身につけるのは、社会との関わり、利他的行動における達成感を通じてです。

 子供がコーチングを通じてセルフ・エフィカシー(自己効力感)を高めていくプロセスがシンプルに描かれているとともに、「強くなる」ということが社会性をベースにしていなければ、その自己効力感は本当の意味での「勇気」には繋がっていかないということいがスンナリ理解できます。
 たとえ自らのプライドを守るために「強くなりたい」というふうに動機づけられたものであったとしても、社会性をベースにした行動であれば、他者から見ればそれは「勇気」ある行動として評価され、より高い水準の自己効力感にも繋がっていくものだということを、改めて思わせます。

 作者のマレーク・ベロニカは、1937年・ブダペスト生まれの女性絵本作家で、18歳で絵本作家としてデビューしており、『ラチとライオン』は彼女が19歳の時の作品。
 その後も作家活動を続け、『くさのなかのキップコップ』('05年/風濤社)など近作も日本で出版されており、来日もしています。

 本書は子供に読んであげるなら4才ぐらいからで、子供が自分で読むなら小学低学年からのレベルだそうですが、ラストの「らいおん」の置き手紙には、大人の方が先に感動してしまったりして...。 
 逆に幼い子どもは、この話を読んで聞かせると、純粋に"悲しい結末"というふうにとることもあるようで、それはそれで、今の段階ではいいんだと思います。
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Marek Veronika.jpgマクーレ・ベロニカ (Marek Veronika)
1937年ハンガリーの首都ブタベストに生まれる。幼少時より文章・絵画に関心を抱き、1956年、19歳の若さで出世作となる絵本『ラチとらいおん』を発表。弱虫な少年ラチが小さなライオンと出会い、強い子供にと成長して行く様を描いたこの作品は母国ハンガリーを始め、世界中で評価され、現在に至るまで重版が続く歴史的な名作となっている。絵本作家として活躍する傍ら、文学の教師や脚本家としても才能を発揮するなどしている。

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「折り返しはこうして使え」というお手本みたいな絵本。「青」系の色使いがいい。

パパ、お月さまとって 英語.gif パパ、お月さまとって.jpg        ゆめのゆき 英語.bmp ゆめのゆき 日本語.jpg 
Papa, Please Get the Moon for Me』『パパ、お月さまとって!』/『Dream Snow』『ゆめのゆき

パパ、お月さまとって!.jpgEric Carle.bmp 1986年にアメリカの絵本作家 Eric Carle (エリック・カール)が発表した絵本で、原題は"Papa, Please Get the Moon for Me"

 鮮やかな彩色に独特のコラージュというお馴染みの方法をとりながらも、青い夜空にコラージュされた銀白色の月は、他の多原色使用のカラフルな作品とはまた異なる味わいです。

 月と遊びたいというモニカの願いに応えようと、パパがとても長いはしごを登って月をとりにいく話ですが、パパの奮闘に沿って、これでもか、これでもか、という感じで折り返し絵本が拡大していくのが楽しく、「折り返しはこうして使え」というお手本みたいです。

 月の満ち欠けがモチーフで科学絵本の要素もありますが、この折り返しの仕掛けで2歳ぐらいから楽しめるのではないでしょうか。

 父親が読み聞かせてもしっくりくる内容ですが、1929年にアメリカのドイツ系移民の家庭に生まれた作者は、6歳で家族とドイツに移った後、父親が第二次世界大戦で召集され終戦後シベリア抑留となり、10歳から18歳までの間は父親と会えなかったそうです。

はらぺこあおむし/だんまりこうろぎ.JPGThe Very Hungry Caterpillar.jpgだんまりこおろぎ.jpg 初期作品の『はらぺこあおむし』(The Very Hungry Caterpillar '69年発表)が有名ですが、『だんまりこおろぎ』(The Very Quiet Cricket '90年発表)もそれに並ぶ人気で、英語版は共に子供の"洋書デビュー"にもよく選ばれているようです。

The Very Hungry Caterpillar』/『The Very Quiet Cricket
 
 『だんまりこおろぎ』の方も、「音の出る仕掛けはこうして使え」というお手本みたいな作品で、それでいて多分マネできる作家はいないだろうなあと言う感じ。

 また、エリック・カールというと、イタリアっぽいカラフルな色合いをイメージしがちですが、この『パパ、お月さまとって!』は「青」が基調で、この「青」がなかなかいいです。

 2000年に発表した『ゆめのゆき』(Dream Snow)では、この「青」が更に深みを増して「群青」に近くなっていて、これもいい感じ。

ゆめのゆき.JPG 小さな農場で5匹の動物を飼い、毎日一生懸命世話をしていたおじいさんが、ある晩に夢を見て、夢の中ではキラキラ光る雪が降り、おじいさんや動物たちを雪の白い毛布でやさしく覆う。「あっ そうだ!もうすこしでわすれるところだった」とおじいさんは身支度をして箱を持ち、袋を背負って外へ出て、木箱から動物たちへのプレゼントを取り出し、木に飾り付けを終わると、大きなきな声でみんなに「メリークリスマス!」という―。

 クリスマス絵本であるわけですが、動物達が雪の白い毛布で覆われるところでそれぞれのページの前に白で雪を描いた透明のビニールページが挟んでり、それでそれぞれの動物が雪で覆われているように見え、雪のページをめくると馬、牛、羊、豚、鶏の動物達が現われる、という仕掛けが楽しいです(この動物たちの背景の色調は従来のカラフルなトーン)。

 これも、『だんまりこおろぎ』同様、最後のページにスイッチがあり、これを押すと、鈴の音が流れる仕掛けになっています(我が家では、クリスマスシーズンには最後の見開きページを開いて、ツリーの傍の書棚の上に置いている)。

 『パパ、お月さまとって!』の日本語版初版も原著と同年('86年)の刊行ですが、手元にある日本語版(2003年版)で第82刷なので、もすぐう100刷を超えるのでは...。

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悲惨な少年の最後は有名だが、他にも読む者の胸に迫る挿話の数々。

あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 3100).jpgあのころはフリードリヒがいた.jpgあのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 (520))』  Damals war es Friedrich.jpg H.P.Richter:Damals war es Friedrich

あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 3100)』['77年]

 1961年に発表されたこの作品は、ドイツ人作家ハンス・ペーター・リヒター(Hans Peter Richter 1925-1993)が36歳のときの作品で、1925年生まれの「ぼく」(作者と同じ年の生まれ)とユダヤ人一家シュナイダー家の男の子フリードリヒの家族ぐるみの交流と、大戦下でフリードリヒが辿る運命を描いています。

 社会心理学者であり、すでに児童文学者でもあったハンス・ペーター・リヒターは、それまでは『メリーゴーランドと風船』などの"可愛いらしい系"の作品を書いていたのですが、この作品以降、ヒットラー時代のユダヤ人が置かれた悲惨な状況に接したり、ヒットラー・ユーゲントに入団したりした当時のドイツ人少年が、友達・大人・社会を通じて時代の風をどう感じたかを描いています。
 
 この物語の結末、「ぼく」の友達フリードリヒがユダヤ人であるがために防空壕に入れてもらえず、爆撃が終わって「ぼく」が防空壕にから外に出てみると、フリードリヒが物陰で蹲っている―、という場面はあまりに有名ですが、その他にも「普通の人々」が「迫害する側」にまわる過程が、ナチスによる迫害の年代史に沿って淡々と描かれています。

 極端な不況下の中、ナチ党員になれば仕事にありつけ家族を守ることができるという状況で人はどのような選択をするか。何気なくユダヤ人の友達を連れて参加した少年団の集まりが、ある日突然ユダヤ排斥集会と化していたとき、自分は何が出来るか。教室にユダヤ人の子を置いておけなくなったとき、去っていく少年に対して教師として何が言えるのか。

 読む者の胸にひとつひとつ迫る挿話であり、著者が実体験から20年近くの歳月を経なければ物語化できなかっただけの重みがあります(著者はかつて熱心なヒトラーユーゲントだったという)。家族同士の楽しい付き合いやフリードリヒの淡い初恋(それを自ら諦める少年の思いは!)がよく描けているだけに、17歳の少年のやるせない死に胸がつまります。同じ時代に不条理の世界に置かれた多くの人々のことを思わざるを得ない傑作です。

 【1977年文庫化・2000年新版[岩波少年文庫]】

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知的な面白さ、タイム・ファンタジーとしての完成度の高さを感じた。

Tom-Midnight-Garden.jpgトムは真夜中の庭で.jpg  Philippa_Pearce.jpg 
トムは真夜中の庭で』 〔'67年/'80年岩波の愛蔵版〕  アン・フィリパ・ピアス(1920-2006/享年86)

Tom's Midnight Garden2.jpg 1958年にイギリスの女流童話作家アン・フィリパ・ピアス(Ann Philippa Pearce 1910-2006)が発表したタイム・ファンタジーの傑作と言われる作品(原題は"Tom's Midnight Garden")。

Tom's Midnight Garden1.jpg 弟がはしかに罹ったために親戚の家に預けられたトムは、真夜中に古時計が"13時"を打つのを聞き、そっと階下に降りて裏口の扉を開けると、そこには昼間なかったはずの庭園があり、そこで彼は19世紀・ヴィクトリア時代の少女ハティと仲良くなる―。
              
 アリソン・アトリー『時の旅人』と同じく、時を越え過去の世界へ行く少年の物語ですが(『時の旅人』は少女が主人公)、史実が絡む『時の旅人』と比べると、話としてはよりシンプルなボーイ・ミーツ・ガールものと言えます。この物語が日本で人気が高いのは、しっとりとした英国風庭園の描写などが確かに日本人好みかもしれないし、また「庭で遊ぶ」ということが一定年齢以上の日本人の世代的な郷愁を呼び覚ますことによるのかも知れませんが、それだけではないでしょう。

Tom's Midnight Garden3.jpg 河合隼雄氏の指摘を待つまでもなく、この物語の〈裏口の扉〉は"アリスの兎穴"と同じく日常と非日常の境界であり、また〈庭〉は、少年が秘密を持つことで大人になっていく、或いは大人になることの要件としての秘密そのものであることが、主人公の成長を通してわかります。

 さらに何よりも、話として読んで面白く、タイム・ファンタジーとしての完成度の高さを感じました。もともとイギリスは児童文学においてもミステリーにおいてもこの分野に強いようですが、この作品は訳者も指摘するように、知的で間然とするところなく、細部まで計算され尽した建築物のように見事に出来ていて、それでいて(むしろそのことにより)全体の情感を損なわないでいます。

Tom's Midnight Garden.jpg「トムは真夜中の庭で」.jpg 〈裏口の扉〉と並ぶ重要なキイとして〈大時計〉があり、ハティに「あんたは幽霊よ!」と言われたトムは、徐々に大時計の謎を解こうという気持ちになっていきますが、それは〈時間〉というものに対する考察につながり、この部分は大人の読者をも充分に引き込むものがあります。

 読み返してみて、トムは〈庭〉で少女ハティと出逢う前に物語の前の方の現在の世界で彼女を一度見ていることに気づき、トムがその庭園管理人の老婆の中に少女ハティを見出すラストも感動的ですが、伏線もしっかりしている作品だと改めて思いました。
 
 【1975年文庫化・2000年新版[岩波少年文庫]】

Tom's Midnight Garden [DVD] [Import]」 (1999)
Tom's Midnight Garden (1999).jpgTom's Midnight Garden (1999)1.jpg

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自閉症児の視点で、その認知の世界を解き明かすヒューマン物語。

夜中に犬に起こった奇妙な事件.jpg 『夜中に犬に起こった奇妙な事件』〔'03年〕  夜中に犬に起こった奇妙な事件2.jpg 〔'07年新装版〕

Mark Haddon.jpg 2003年にイギリスで刊行されるや話題を呼び(原題は"The Curious Incident of the Dog in the Night-Time")、世界中で1千万部ぐらい売れたそうですが、日本ではじわじわとブームが来た感じの本。

Mark Haddon

 物語の主人公・15歳の少年クリストファーは、自閉症(アスペルガー症候群)の障害を生まれながら持っていて、数学や物理では天才的な能力を発揮するものの、人の表情を読み取ったりコミュニケーションすることが苦手で、養護学校に通っています。
 この物語は、彼が、夜中に起きた「近所の飼い犬の刺殺事件」の謎を解くために書き始めたミステリという形で進行していきます。                                             

 そのミステリに引き込まれて読んでいるうちに、自閉症児のモノの認知の仕方や考え方、ヒトとのコミュニケーションのとり方などが少しずつわかってくるようになっていて、作者のうまさに感心しました(相当の才能と体験が無ければ書けない)。
 クリストファーは落ち着かない気持ちになると、頭の中で高等数学の問題などを考えて気持ちを落ち着かせたりするため、数学や宇宙物理学の話がときおり出てきますが、読者にとっても気分転換になるくらいの配置で、それらもまた楽しめます。

 彼は必ずしも恵まれた環境にいるのではなく、むしろ崩壊した家庭にいて、大人たちのエゴに板ばさみになっているのですが、彼が自分なりに成長して様は、読後にヒューマンな印象を与え、クリストファーとは、「キリストを運ぶ者」という意であるという文中の言葉が思い出されます。クリストファー自身は、自分は自分以外の何者でもないという理由で、この意味づけを認めていませんが...。

The Curious Incident of the Dog in the Night-Time.jpg イギリスでは当初、児童書として出版され、なかなか好評だったため、それを大人向けに改版したものが本書らしいでです。
 翻訳者は『アルジャーノンに花束を』('78年/早川書房)の小尾芙佐さんですが、語り手の視点の置き方や語り口という点ではすごく似ている作品です。「アルジャーノン」はネズミの名前ですが、この本にもトビーというネズミが出てきます。

 ただし本書には、自閉症(アスペルガー症候群)という「障害」とその「可能性」を知るためのテキストとして読めるという大きな利点があるかと思います。
 彼らのすべてが、同じようにこうした障害や能力を持つと思い込むのは、それはそれで、また危険だとは思いますが。

【2007年単行本新装版〔 早川書房〕】

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タイムファンタジーの先駆け。16世紀のイギリスの農場の生活ぶりがよく描かれている。

Alison Uttley.jpgA Traveller in Time.jpg時の旅人1.jpg  時の旅人2.jpg
時の旅人』 評論社(小野章訳)〔'81年〕 『時の旅人 (岩波少年文庫)』 松野正子訳〔'00年新版〕 
"A Traveller in Time"

 1939年に発表されたイギリスの児童文学作家アリソン・アトリー(Alison Uttley 、1884‐1976/享年91)のタイム・ファンタージー小説(原題"A Traveller in Time")。

 病気療養のために、親戚のおばさんの住む農場の古い屋敷で生活することになった少女ペネロピー・タバナーが、ある日、おばさんの部屋に行くつもりで開けた扉の向こうには、16世紀エリザベス女王時代の衣裳を身に纏った貴婦人達がいた。当時のサッカーズ農場の領主アンソニー・バビントンはエリザベス女王に幽閉されているスコットランド女王メアリー・スチュアートを救うべく奔走していて、屋敷の台所ではおばさんの先祖が働いており(タバナーの先祖たちははバビントン一族に仕えていたということ)、ペネロピーもチェルシーからやってきた親戚の娘としてバビントン邸で働くことになって、彼女の未来と過去を行き来する生活が始まる―。

 メアリーとエリザベス女王の確執は1587年のメアリーの処刑で幕を閉じ、バビントン一族は悲劇的な最後を迎えますが、ペネロピーはその史実を知っていて、アンソニーやその弟でペネロピーと親しくなるフランシスらのメアリーを匿おうとする計画が実を結ばないことを知っているというのが辛いです。        

「タイムトンネル」3.jpg「タイムトンネル」.bmp「タイムトンネル」1.jpg '60年代に作られた「タイムトンネル」というアメリカのTV番組があり、主人公たち(2人の若き科学者トニーとダグ)がタイタニック号の甲板上へのタイムスリップ転送から始まって、陥落寸前のアラモの砦に転送されたり、カスター将軍やマルコポーロ、ビリー・ザ・キッドやリンカーンら歴史上の人物と出会ったりし、更にトロイ戦争や第七騎兵隊全滅を目撃し、ハレー彗星、クラカタウラ火山の噴火に遭遇しするなThe Time Tunnel.jpgど、いつも歴史的な事件の現場ばかりにタイムスリップするのが子供心にも何かおかしい気がしましたが(いきなり恐竜時代にも行ったりした)、それに比べればこの話は、サッカーズ農場という場所は固定されているのでより筋は通っているかも。

「タイムトンネル」The Time Tunnel (ABC 1966~67) ○日本での放映チャネル:NHK(1967)/フジテレビ

A Traveller in Time.jpg 歴史的背景や当時の農場の生活ぶりなどは精査されて描かれているように思われ(400年前も今と建物や庭園の様子がほとんど変っていないというのがイギリスの田舎らしくてスゴイなあと思いますが)、フランシスがペネロピーの緑のドレスに懸けて歌う「グリーンスリーブス」などは、そのまま時を超えた人間の思念の連なりようなものを感じさせます。

 ペネロピーが過去の世界でいろいろな経験をする時間は、"現在"では一瞬の間しか経過しておらず、それを作者は「夢」のパノラマ視現象のようなもので説明しているのが興味深かったです(作者の大学での専攻は物理学!)。

 作者アリソン・アトリーは結婚後夫に死なれ、生活のために創作活動を始めたそうですが、夫が急死しなければ、このタイムファンタジーの先駆けとも言える作品は誕生しなかったかも知れません。


 【1980年単行本〔評言社(アリスン・アトリー著・小野章訳)〕/1998年文庫化・2000年改版[岩波少年文庫(松野正子訳)]】

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