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初めて読んだ時は驚いたが、「限られた生」という意味では自分たちも登場人物らと同じか。

わたしを離さないで 文庫 2008.jpgわたしを離さないで 2006.jpg わたしを離さないで 映画dvd__.jpg わたしを離さないで dorama d_.jpg
わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)』/単行本/「わたしを離さないで [DVD]」/「わたしを離さないで DVD-BOX


 キャシー・Hは31歳、優秀な介護人として11年間、提供者と呼ばれる人たちを世話している。生まれ育ったヘールシャムでの親友、ルースとトミーもキャシーが介護してきた。キャシーはヘールシャムで過ごした日々を懐かしく回想していく。毎週の健康診断や、図画工作に力をいれた授業など、保護官の監視のもと「外」とは違う奇妙な、しかし懐かしい日々。「教わっているけど教わっていない」ヘールシャムでの日常を回想しながら、運命に翻弄された人々の真実が徐々に明らかになっていく―。

Never Let Me Go .jpg 2017年のノーベル文学賞受賞者となったカズオ・イシグロの2005年発表の長編第6作であり(原題:Never Let Me Go)、その前の第5作『わたしたちが孤児だったころ』(2000年)が歴史探偵小説風、この後の第7作が『忘れられた巨人』(2015年)がファンタジー小説風であるのに対し、この作品はSF小説風ということで、一作毎にいろいろな小説スタイルを採り入れているのが興味深いです。SF作家でノーベル文学賞を受賞した人はいませんが、"代表作"の中にSF小説がある作家というと、カズオ・イシグロは当て嵌まるかもしれません(ノーベル文学賞受賞の際に、受賞理由である「世界と繋がっているという我々の幻想に隠された深淵を偉大な感情力で明るみにした一連の小説」を体現する代表作として本作を紹介する解説者が多くいた)。

"Never Let Me Go"ペーパーバック(2011)

 この作品は、個人的には、まだカズオ・イシグロが日本でそれほど話題になっていない頃に予備知識無しで読んだため、途中で登場人物たちの負っている運命が明かされた時は本当に驚いてしまい、よくこんな話を考えたものだと思いました。作者は、未読の人にネタバラシしても構わないと言っているようですが、そのことはとりもなおさず"読み物"の形を借りた"文学"であることを意味しているのでしょう。とは言え、個人的には、読んでいて途中でそうした事実が明かされた時の衝撃の大きさが本の一番の印象になっているため、もうかなり知られているとは思いますが、ここでストレートにすべてを明かしてしまうのはやや気が引けます(読んでいるうちに分かってしまうが)。

ドリー・パートン.jpgクローン羊ドリー.jpg 作者は、1996年に英国で世界初のクローン羊"ドリー"(米国のシンガーソングライター兼女優ドリー・パートンの巨乳に因んで名づけられた)が誕生したニュースから、この作品のモチーフを着想したそうです。この作品の発表の翌年2006年に、山中伸弥教授が率いる京都大学の研究グループがiPS細胞を開発し、その時点でノーベル受賞が確実視されるほど話題になりましたから(2012年ノーベル生理学・医学賞を受賞)、そのニュースの後だったら違った作品になっていたかもしれないという気もします(iPS細胞の開発はこの作品の前提を変えてしまうから)。

「ブレードランナー」より
『ブレードランナー』4.jpg この作品の登場人物たちは、自分たちの運命に抵抗もしますが、それを宿命として受け入れている部分がかなり大きいように思います。P・K・ディックの小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』の映画化作品リドリー・スコット監督の「ブレードランナー」('82年/米)における"レプリカント" (クローン技術の細胞複製(レプリケーション)からとった造語)は彼らよりもっと自らの運命に抗ったし、さらに遡ると、カレル・チャペックの1920年刊行の戯曲『ロボット』では、創造主である人間に抵抗し滅ぼそうとする"ロボット"たちが登場し、最後、人間は一人だけが生き残り、ロボット同士の結婚を認めるというスゴイ話になっています。

 それらに比べると、この作品は冒頭から何となくシュール感が漂うものの、リアリズム基調を維持していて、"異常"でありながらも"劇的"な事態は生じず、「記憶の物語」が静かに進行していくという感じです。そのため、どうして彼らは逃げ出さないのかという疑問は誰もが抱くのではないかと思いますが、作者は、この英国の片田舎の"平行世界"を舞台とした小説を、2015年までの自身の作品のうちでもっとも「日本的」な小説だと考えているとしており、それは所謂"日本的諦念"というのが反映されているということでしょう。別のところで作者は、登場人物たちの死生観を、難病の子供たちのそれに擬え、彼らは決して絶望しているわけではないともしていました。

日の名残り%E3%80%80文庫.jpg また、同じ作者の代表作『日の名残り』について、作者自身が「われわれは皆"執事"のようなものである」ということが言いたかったと述べているのは、この作品にも当て嵌まるように思います。つまり、相対比較で見れば、この小説の登場人物のような境遇でなくて良かったということになるのかもしれませんが、絶対的に限られた時間を生きているという意味では自分たちも彼らとまったく同じであり、ただ、"限られた生をどう生きるか"そこまで突き詰めて考えていないで日常を過ごしているだけなのかもしれないと思いました。この小説に引き込まれるのは、登場人物の思念を通して、そうした生の有限性や生きることの意味を考えさせられるためではないかと思います。

わたしを離さないで 01.jpg この作品は、2010年にマーク・ロマネク監督、キャリー・マリガン、キーラ・ナイトレイ、アンドリュー・ガーフィールド主演により、イギリスにおいて映画化されています。キャリー・マリガン、キーラ・ナイトレイ共に1985年生まれで、キーラ・ナイトレイは「プライドと偏見」('05年/英)でアカデミー主演女優賞にノミネートされ、ハリウッド映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズでジョニー・デップの相手役でブレイク、一方のキャリー・マリガンは、そのキーラ・ナイトレイが主演した「プライドと偏見」がデビュー作ということで、当初はキャリアに相当差がありましたが、その後「17歳の肖像」('09年/英)で英国アカデミー賞主演女優賞を受賞、この「わたしを離さないで」では、キャリー・マリガンが主人公キャシーを演じ、ルースを演じたキーラ・ナイトレイ、トミーを演じたアンドリュー・ガーフィールドと共に2010年・第13回英国インディペンデント映画賞の主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞にそれぞれノミネートされ、キャリー・マリガンだけが受賞しています。

キャリー・マリガン/キーラ・ナイトレイ/アンドリュー・ガーフィールド
わたしを離さないで05.jpg 役者達の演技は悪くなく、特にキャリー・マリガンはいいです。子役たちも、意図して選んだのだと思いますが、3人の役者にそれぞれ似ていました。ただ、小説におけるヘールシャムからは英国のパブリック・スクールに代表される「イギリス的学校」の雰囲気が感じられ、ここにも作者の"英国的"なものへの批判が込められていると思わたしを離さないで シャーロット・ランプリング.jpgいましたが、映画ではもろにパブリック・スクールそのものになってしまっていて、ストレートすぎて逆にイマジネーションが阻害された感じ。それと、シャーロット・ランプリング演じるヘールシャムの校長が、かなり早い段階で生徒たちに事実を告げてしまうので、これもどうかなと思いました。原作を読んでいて、読みながら何かこの学校にはあるぞという思いを巡らせる、そうした時間に相当する部分が短かすぎたため、原作を"追体験"した気分にならなかったです(そう考えると、原作は"引っ張る"ことの効果まで計算されていたということか)。

わたしを離さないで 舞台.jpg 日本では2014年に蜷川幸雄演出、多部未華子主演により舞台化され、2016年には森下佳子(「おんな城主 直虎」('17年/NHK))脚本、綾瀬はるか主演でテレビドラマ化されました。多部未華子の舞台は観ていまわたしを離さないで  ドラマ.jpgせんが(PVは観た)、綾瀬はるかのドラマの方は、全10話の内最初の3話が登場人物の幼年期で、子役の演技をずっと見せられるのはややしんどかったです(NHKの大河ドラマで言えば、4月まで子役が児童劇を演じているようなもの)。しかも、この間に生徒(児童)たちに事実が告げられ、告知が映画より更に早わたしを離さないで  ドラマs.jpgまっています(これ、何歳でそうした事実を知らされるかで、話がやや違ってくるように思われ、児童劇のような序盤と併せ、原作と最もイメージが違った点だった)。更に、ラストの方は、ドラマのオリジナルの話になっています。映画化も舞台化もされているため、オリジナリティを出そうとしたのかもしれませんが、ドラマ化は初なので、原作通りで真っ向勝負して欲しかった気もします(歴史さえ改変してしまう「直虎」の脚本家だから、何でもありか)。


わたしを離さないで 02.jpgわたしを離さないで03.jpg「わたしを離さないで」●原題:NEVER LET ME GO●制作年:2010年●制作国:イギリス●監督:マーク・ロマネク●製作:アンドリュー・マクドナルド/アロン・ライヒ●脚本:アレックス・ガーランド●撮影:アダム・キンメル●音楽:レイチェル・ポートマン●原作:カズオ・イシグロ●時間:105分●出演:キャリー・マリガン/アンドリュー・ガーフィールド/キーラ・ナイトレイ/イソベル・メイクル=スモール/エラ・パーネル/チャーリー・ロウ/エミリシャーロット・ランプリング/サリー・ホーキンス/ナタリー・リシャール/アンドレア・ライズボロー/ドムナル・グリーソン●日本公開:2011/03●配給:フォックス・サーチライト・ピクチャーズ(評価:★★★)

キーラ・ナイトレイ in「プライドと偏見」('05年/英)/「はじまりのうた」('13年/米)
キーラ・ナイトレイ プライドと偏見.jpg はじまりのうた98.jpg
アンドリュー・ガーフィールド in「ソーシャル・ネットワーク」('10年/米)/「沈黙-サイレンス-」('16年/米)
アンドリュー・ガーフィールド.jpg 沈黙%E3%80%80サイレンス.jpg
シャーロット・ランプリング in「まぼろし」('00年/仏)/「スパイ・ゲーム」('01年/米)/「デクスター 警察官は殺人鬼(シーズン8)」('08年/米)
シャーロット・ランプリング まぼろし .jpg Charlotte Rampling-spy-game-(2001) -.jpg シャーロット・ランプリング デクスター.jpg

わたしを離さないで  ドラマ s.jpgわたしを離さないで tv.jpg「わたしを離さないで」●演出:吉田健/山本剛義/平川雄一朗●プロデューサー:渡瀬暁彦/飯田和孝●脚本:森下佳子●原作:カズオ・イシグロ●出演:綾瀬はるか/三浦春馬/水川あさみ/真飛聖/伊藤歩/甲本雅裕/麻生祐未●放映:2016/01~03(全10回)●放送局:TBS

【2008年文庫化[ハヤカワepi文庫]】

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すべてを分かり易く撮っているヴィスコンティ。"注釈"的な場面さえある。

べ二スに死す ps.jpgヴェ二スに死す 文庫新潮.jpg ヴェ二スに死す 文庫岩波.jpg ヴェ二スに死す 文庫集英社.jpg トーマス・マン.jpg
ベニスに死す [DVD]」/『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す (新潮文庫)』['67年]/『ヴェニスに死す (岩波文庫)』['00年]/『ベニスに死す (集英社文庫)』['11年]/トーマス・マン(1875-1955)

ベニスに死す  .jpgベニスに死す 07.jpg 1911年、ドイツ有数の作曲家・指揮者であるグスタフ・アシェンバッハ(ダーク・ボガード)は静養のため訪れたベニスで、母親(シルヴァーナ・マンガーノ)と三人の娘と家庭教師と共に同地を訪れていたポーランド人少年タジオ(ビヨルン・アンデルセン)に理想の美を見出す。以来、彼は浜に続く回廊をタジオを求めて彷徨うようになる。ある日、ベニスの街中で消毒が始まり、疫病が流行しているのだという。白粉と口紅、白髪染めを施して若作りをし、タジオの姿を求めてベニスの町を徘徊ベニスに死す86cf.jpgベニスに死す last.jpgしていたあるとき、彼は力尽きて倒れ、自らも感染したことを知る。それでも彼はベニスを去らない。疲れきった体を海辺のデッキチェアに横たえ、波光がきらめく中、彼方を指さすタジオの姿を見つめながら死んでゆく―。
ルキノ・ヴィスコンティ監督/ビヨルン・アンデルセン
ベニスに死す ヴィスコンティ.jpg 1971年公開のルキノ・ヴィスコンティ監督作で、アメリカ資本のイタリア・フランス合作映画で第24回カンヌ国際映画祭25周年記念賞受賞作。同監督の「地獄に堕ちた勇者ども」「ルートヴィヒ」と並ぶ「ドイツ三部作」の第2作とされていますが、これだけ舞台はドイツではなくイタリアです。原作はドイツの作家トーマス・マン(1875-1955)が1912年に発表した中編小説で、原作では主人公グスタフ・アッシェンバッハは"著名な作家"となっていますが、映画では"作曲家・指揮者"になっています。ただし、主人公のファースト・ネームから窺えるように、トーマス・マンは主人公のモデルに。このDeath in Venice_243fa75d0e.jpg小説執筆の直前に死去した作曲家のグスタフ・マーラー(1860-1911)をイメージし、主人公の名前もそこから借りたとされており、主人公を作曲家にしたのはルキノ・ヴィスコンティ監督の恣意によるものとは必ずしも言い切れないようです。

Vintage cover of a German edition of Death in Venice

ベニスに死すges.jpg トーマス・マンは1911年に実際にヴェネツィアを旅行しており、そこで出会った上流ポーランド人の美少年に夢中になり、帰国後すぐにこの小説を書いたとのことで、作品の主人公は老人になっていまうが、トーマス・マンはこの時まだ30代だったことになります(トーマス・マンの死後、美少年のモデルになったポーランド貴族ヴワディスワフ・モエス男爵が名乗り出て、彼がヴェネツィアでトーマス・マンと遭遇したのは11歳の時で、当時ヴワージオ、アージオなどの愛称で呼ばれていたことが確認されている)。

 文学作品を映画化すると、ストーリーを追おうとするばかり、本質的なところが抜け落ちてしまうことがままありますが、この作品は、アルベール・カミュの原作を同監督が映画化した「異邦人」('67年/伊・仏・アルジェリア)よりはその"抜け落ち"の程度が抑えられているように思います。

ベニスに死す6b.jpg 成功の要因としては、監督がヨーロッパ中を探して見つけたという美少年ビョルン・アンドレセンの美しさ(映画における美少年ランキングの人気投票でほとんどいつもトップにくる)もさるこベニスに死す-07.jpgとながら、舞台となる20世紀初頭のホテルなど、ルキノ・ヴィスコンティ監督の背景への徹底したこだわりがあるかと思います。これは、オフシーズンの名門ホテルを借り切って19世風に改装したそうですが、ホテルのホールやレストラン、客室の調度、人々の衣裳などの華やかさは、ヴィスコンティ監督の十八番という感じでしょうか。

シルヴァーナ・マンガーノ/ビョルン・アンドレセン/ダーク・ボガード
べ二スに死すa.jpg さらにこの映画の特徴としては、すべてを分かり易く撮っているということが言えるかと思います。アシェンバッハが旅立とうしたら荷物の行先が間違えられて、彼は結局ホテルに戻らざるを得なくなりますが、それによってまたタジオと会うことができるようになる、その喜びをダーク・ボガードは堪えても堪えきれないといった満面の笑みで表現しています。アシェンバッハは、少年とその家族にペストの流行を伝え、この地を去るよう注意を促す自分を想像しますが、映画ではこの実現しなかった場面を実際に映像化して少年の髪の毛に手を触れるところまで描いています。さらに、終盤アシェンバッハが化粧して若作りする場面も、リアリティを欠くぐらい濃いメイクをダーク・ボガードに施してします。また、これは、主人公が原作の冒ベニスに死す kesyou.jpg頭で出会った、「若作りをしているが実はぎょっとするぐらい年寄りだったと分かった男」と対応していて、主人公自身がその男になってしまったといういわば"オチ"であるわけですが、その冒頭の"若作り男"もしっかり描かれています。アシェンバッハは疫病のためか体調不良で(心臓の具合が悪いようも見える)、さらに精神的にも疲弊しますが(少年への想いが激しくて自分自身が空洞化しているように見える)、そのことを強調するためか、ホテル内で行われた演奏会での彼の指揮が散々な出来だったという、原作には無い場面を入れています(原作は作家だから元々演奏会の指揮などしないわけだがベニスに死す67.png)。極めつけは、アシェンバッハの回想シーンに彼が娼館に女を買いに行く場面があることで、原作には無い場面のように思います。このシーンがあることによって、アシェンバッハが少年に恋い焦がれているのは事実ですが、彼を直接的に性愛の対象として見ているのではなく、あくまでも絶対的な美の対象としてみていることが示唆されており、ある種"注釈"的な印象を受けました。
    
トーニオ・クレーガー 他一篇 (河出文庫)
トーニオ・クレーガー.jpg そもそも原作のテーマは何なのか。ドイツ文学者の高橋義孝(1913-1995)は、この作品を、同じく作者の代表作の中編小説で1903年発表の「トーニオ・クレーゲル」と対比させています。「トーニオ・クレーゲル」は自分が文学者としてどうあるべきか真摯に思い悩んでいたトーマス・マン自身の告白的な作品で、主人公のトニオはギムナジウムの時代にハンスという美少年とインゲという美少女の両方に憧れを抱き、芸術家(詩人)を目指しながらも彼の思いはその両者の間を彷徨いますが(それを自身は自らの市民気質(かたぎ)によるものと捉え、年上の女性からもあなたは"俗人"だと言われる)、年齢を経て旅行などでの経験を通して、最後は自分はあくまで市民気質を保ちながらより良い作品を書いていく決心をするに至るというものです。高橋義孝は、トーマス・マンにおいて芸術家、特に文士、作家とは、「生」と「精神」、「市民気質」と「芸術家気質」、感情と思想(「ヴェニスに死す」の中の表現)、感性と理性、美と倫理、陶酔と良心、享受と認識という相反する2つのものの板挟みになっている存在であり、「トーニオ・クレーゲル」では、主人公はこれら対立概念の後者にすがってかろうじて自己の文士としての生活を支えるが、「ヴェニスに死す」では、これら対立概念の前者のために敗北し、死んでいくとしており、この解説は分かり易かったです。

 つまり、トーニオ・クレーゲルは踏みとどまったというかバランスを保ち得たわけで(この作品は三島由紀夫や北杜夫などの作家に大きな影響を与えたと言われている)、一方のアシェンバッハは向こう側にイッて(行って/逝って)しまったという感じでしょうか。小説としては、"イッて(行って/逝って)しまった"話の方が面白いような気がするし、また怖いような気もしますが、ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画は、その面白さ、怖さをわれわれにその通り伝えてくれているような気がします。この作品は第45回(1971年度)キネマ旬報の外国映画ベスト・テン第1位となりましたが、ルキノ・ヴィスコンティ監督は「家族の肖像」('74年/伊・仏)でも第52回(1978年度)キネマ旬報の外国映画ベスト・テン第1位となっており、"滅びの美学"は感性的に日本人に受け容れられやすいのかもしれません。

ベニスに死すs.jpg「ベニスに死す」●原題:DEATH IN VENICE●制作年:1971年●制作国:イタリア・フランス●監督・製作:ルキノ・ヴィスコンティ●脚本:ルキノ・ヴィスコンティ/ニコラ・バダルッコ●撮影:パスクワーレ・デ・サンティス●音楽:グスタフ・マーラー●原作:トーマス・マン●時間:131分●出演:ダーク・ボガード/ビョルン・アンドレセン/シルヴァーナ・マンガーノ/ロモロ・ヴァリ/マーク・バーンズ/マリサ・ベレンソン/ノラ・リッチ/キャロル・アンドレ/レスリー・フレンチ/フランコ・ファブリッツィ/セルジオ・ガラファノーロ/ドミニク・ダレル/マーシャ・ブレディット/エヴァ・アクセン/マルコ・トゥーリ●日本公開:1971/10●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:大塚名画座(79-02-07)(評価:★★★★)●併映:「地獄に堕ちた勇者ども」(ルキノ・ヴィスコンティ)

【1939年文庫化・1960年改版・2000年改版[岩波文庫『ヴェニスに死す』(実吉捷郎:訳)]/1967年再文庫化[新潮文庫『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』(高橋義孝:訳)]/2011年再文庫化[角川文庫『ベニスに死す』(浅井真男:訳)]/2007年再文庫化[光文社古典新訳文庫『ヴェネツィアに死す』(岸美光:訳)]/2011年再文庫化[集英社文庫『ベニスに死す』(圓子修平 :訳)]】

《読書MEMO》
●ヴェニス(ヴェネツィア)を舞台にした映画
ジョゼフ・ロージー監督「エヴァの匂い」('62年/仏)/ルキノ・ヴィスコンティ監督「ベニスに死す」('71年/伊・仏)/ニーノ・マンフレディ監督「ヌードの女」('81年/伊・仏)
イタリア・ベネチア●エヴァの匂いes.jpgイタリア ベニスに死す .jpgイタリア。ヴェネチア●ヌードの女.jpg

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アン・リー監督2度目の金獅子賞。原作短編を「長編に展開」し、女性映画として秀逸な「ラスト、コーション」。
ラスト、コーション チラシ.jpgラスト、コーション .jpg ラスト、コーション 集英社文庫.jpg ブロークバック・マウンテン dvd.jpg
ラスト、コーション [DVD]」『ラスト、コーション 色・戒 (集英社文庫)』「ブロークバック・マウンテン [DVD]
ラスト、コーション 03.jpg 1938年、日中戦争の激化によって混乱する中国本土から香港に逃れていた女子大学生・王佳芝(ワン・チアチー)(タン・ウェイ)は、学ラスト、コーション04.jpg友・鄺祐民(クァン・ユイミン)(ワン・リーホン)の勧誘で抗日運動を掲げる学生劇団に入団し、やがて劇団は実践を伴う抗日活動へと傾斜していく。翌1939年、佳芝も抗ラスト、コーション09.jpg日地下工作員(スパイ)として活動することを決意し、特務機関の易(イー)(トニー・レオン)暗殺の機を窺うため麦(マイ)夫人として易夫人(ジョアン・チェン)に麻雀・買い物友達として接近、易を誘惑したが、学生工作員の未熟さと厳しい警戒でラスト、コーション37.jpg暗殺は未遂に終わる。3年後、日中戦争開戦から6年目の1942年、特務機関の中心人物に昇進していた易暗殺計画の工作員として上海の国民党抗日組織から再度抜擢された佳芝は、特訓を受けて易に接触したが、度々激しい性愛を交わすうち、特務機関員という職務から孤独の苦悩を抱える易にいつしか魅かれていく。工作員としての使命を持ちながら、暗殺対象の易に心を寄せてしまった佳芝は―。

ラスト、コーション99.jpg 「ブロークバック・マウンテン」('05年/米)で2005年・第62回ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞や2005年度アカデミー監督賞を受賞したアン・リー(李安)監督の2007年公開作で、1942年日本軍占領下の中国・上海を舞台に、日本の傀儡政権である汪兆銘政権の下で、抗日組織の弾圧を任務とする特務機関員の暗殺計画を巡って、抗日運動の女性工作員ワン(タン・ウェイ)と、彼女が命を狙う日本軍傀儡政府の顔役イー(トニー・レオン)による死と隣り合わせの危険な逢瀬とその愛の顛末を描いたもので、2007年・第64回ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞と撮影賞をW受賞し、アン・リー監督はルイ・マルや張藝謀(チャン・イーモウ)と並んで、金獅子賞を2度獲った歴代4人目の監督となりました。

世界文学全集 第3集.jpgZhang_Ailing_1954.jpg 原作は、ドミニク・チャン南カリフォルニア大学教授によれば、「国民党と共産党の政治的分裂がなければノーベル賞を受賞していたはずだ」という作家・張愛玲(ちょう あいれい、アイリーン・チャン、1920-1995)による小説『惘然記』(1983)に収められた短編小説「色、戒」で、1939年に実際にあった暗殺事件にヒントを得て書かれたものです。1955年に作者は米国に移り住むことになりますが、その頃から既に構想されていたもののようです(1977年初出)。映画公開に併せて『ラスト、コーション 色・戒』('07年/集英社文庫)など訳書が刊行され、『短編コレクションⅠ(池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 Ⅲ‐05)』('10年/河出書房新社)にも収められていますが、池澤夏樹氏は、「『色、戒』はぼくには圧縮された長編小説と読める」としています。
短篇コレクションI (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

ラスト、コーション 0.jpg 原作は女性工作員・王佳芝(ワン・チアチー)の数日を描いていますが(それは劇的な結末で終わる)、映画も、その形をきっちり踏襲した上で、回想の部分に肉付けして2時間38分の作品にしています。そして、その肉付けの仕方が、ぎゅっと詰まった高密度の原作を分かりやすく展開して"長編小説"に戻したような形になっています。ジェーン・オースティン原作の「いつか晴れた日に」('95年/米・英)のように英国小説が原作の映画を撮れば英国の監督が撮ったように撮り、「ブロークバック・マウンテン」のように米国小説が原作の映画を撮れば米国の監督が撮ったように撮るアン・リー監督ですが、やはりこの中国を舞台とした小説の映画化で一番力を発揮したように個人的には思います。

ラスト、コーション 99.jpg ヒロインの王佳芝を演じた湯唯(タン・ウェイ)は、オーディションで約1万人の中から主演に選ばれたそうですが、当時28歳ながら学生を演じれば学生らしく見え、男を誘惑する女スパイを演じればそれなりに魅力的な女性に見えました(タン・ウェイは第44回台湾金馬奨最優秀新人賞受賞)。原作とイメージが若干違うのは、原作では「ねずみ顔の中年の小男」とされている特務機関の易(イー)をトニー・レオンが演じているため、"いい男"過ぎる点でしょうか(笑)(トニー・レオンはアジア・フィルム・アワード主演男優賞、台湾金馬奨最優秀主演男優賞受賞)。

鄭蘋茹(Zheng Pingru)/丁黙邨(てい もくそん)
Zheng_Pingru_02.jpg丁黙邨.jpg 因みに、「色、戒」の王佳芝のモデルは、父親が中国人、母親が日本人の女スパイ・鄭蘋茹(テン・ピンルー、1918 -1940/享年22)で、易のモデルは、汪兆銘政権傘下の特工総部(ジェスフィールド76号)の指導者・丁黙邨(ていもくそん、1903-1947)です。鄭は丁に近づき、1939年12月、丁の暗殺計画を実行するも失敗、特工総部に出頭して捕らえられ、1940年2月に銃殺されますが、後に中華民国より殉職烈士に認定されています。一方の丁は、戦後も蒋介石の国民政府に再任用されるなどしましたが、結局は漢奸として逮捕され、1947年に死刑判決を受け、南京で処刑されています(享年45)。

ラストコーション8735_l.jpg この映画は所謂「漢奸問題」を引き起こしました。佳芝を演じたタン・ウェイは、トニー・レオンが演じる戦時中日本の協力者と見なされた漢奸を愛するようになる役柄であることから、漢奸を美化し「愛国烈士」を侮辱する象徴として中国国内のネット上では批判された時期があったようです。張愛玲の原作では愛欲描写は殆ど無いものの、佳芝が易を逃がすのは原作も同じです。原作者の張愛玲は人生半ばで渡米して今は故人、そうなるとこの作品を選んだアン・リー監督に矛先が行きそうですが、当のアン・リーは台湾出身で米国国籍も有し普段は中国にはいないので、トニー・レオンと大胆なラブシーンを演じたタン・ウェイに批判の矛先が向けられたのかもしれません(タン・ウェイは2008年に香港の市民権を得て、その後は主に香港映画に出演、ハリウッドにも進出した)。

ラスト、コーション92.jpg 原作では、佳芝が易にどのような理由で愛情を抱くようになったかは明確に描かれていません。また、佳芝が易を逃がしたことが、同時に彼女が仲間を裏切ったことになり、そのため彼女だけでなく仲間が皆捕まって処刑されたということも、原作ではさらっと触れているだけで、この佳芝の言わば"裏切り"行為は、原作よりも映画の方がより前面に押し出されていると言えます。敢えてそうした上で(つまり批判を見越した上で)、それでもヒロインとして観る者を惹きつける佳芝の描きっぷりに、アン・リー監督による"原作超え"を感じました。3年も経ってからやっと佳芝に口づけをしたかつての学友に、「3年前にしてくれていれば...」と佳芝が言う場面で、「ああ、これは"女性映画"なのだなあと」とも思いました(アン・リー監督は女性映画の名手として定評がある)。

51eLWoDzrkL._SL250_.jpgアニー・プルー.jpg この作品の2年前に金獅子賞を獲った「ブロークバック・マウンテン」は、ワイオミング州ブロークバック・マウンテンの雄大な風景をバックに、2人のカウボーイの1963年から1983年までの20年間にわたる秘められた禁断の愛を綴った物語で、原作は『シッピング・ニュース』でピューリッツァー賞を受賞した女流作家E・アニー・プルーの同名中編で、1997年に雑誌「ニューヨーカー」に掲載され、1998年の全米雑誌賞とO・ヘンリー賞を受賞した作品です(これも佳作だった。彼女は「ブロークバック・マウンテン」がアカデミー作品賞にノミネートされるも受賞を逃したことで、代わりにアカデミー作品賞を受賞した「クラッシュ」を酷評した)。

"Brokeback Mountain"ペーパーバック

ブロークバック・マウンテンa5.jpg 1963年、ワイオミング。ブロークバック・マウンテンの農牧場に季節労働者として雇われ、運命の出逢いを果たした2人の青年、イニス・デル・マー(ヒース・レジャー)とジャック・ツイスト(ジェイク・ギレンホール)。彼らは山でキャンプをしながら羊の放牧の管理を任される。寡黙なイニスと天衣無縫なジャック。対照的な2人は大自然の中で一緒の時間を過ごすうちに深い友情を築いていく。そしていつしか2人の感情は、彼ら自身気づかぬうちに、友情を超えたものへと変わっていくのだったが―。

 2005年のアカデミー賞で8部門にノミネートされましたが、監督賞、脚色賞、作曲賞の3部門の受賞にとどまりました(保守的な傾向があるアカデミー賞では作品賞は難しいのではないかという事前予想はあった)。ただし、ゴールデングローブ賞作品賞、英国アカデミー賞作品賞、インディペンデント・スピリット賞作品賞ほか、ニューヨーク、ロサンゼルスブロークバック・マウンテン_c1.jpgブロークバック・マウンテン_c2.jpg、ロンドンなどの各映画批評家協会賞作品賞を受賞し、ゲイ・ムービーにはスティーヴン・フリアーズ監督の「マイ・ビューティフル・ランドレット」('85年)やウォン・カーウァイ監督の「ブエノスアイレス」('97年)など先行する作品が結構ありましたが、多くの賞を受賞したという点では画期的な作品でした。2000年代中盤以降LGBT映画がますますその数を増していく契機にもなり、最近では、バリー・ジェンキンス監督の「ムーンライト」('16年)がアカデミー作品賞を受賞し、ルカ・グァダニーノ監督の「君の名前で僕を呼んで」('17年)がアカデミー脚色賞を受賞するなどしています(「君の名前で僕を呼んで」の脚本は「モーリス」('87年)のジェームズ・アイヴォリー監督)。

ブロークバック・マウンテンes.jpg この映画の場合、主人公の2人の男性は共に家庭も持っていて、しかも時代設定が60年代から80年代にかけてということで、ゲイに対する偏見が今よりもずっと強かった時代の話であり、それだけ"禁断の愛"的な色合いが強く出ブロークバック・マウンテン4.jpgているように思います。一方で、その"禁断の愛"をブロークバック・マウンテンの美しい自然を背景に描いており、山の焚火%E3%80%80チラシ.jpgドロドロした印象はさほどなく、自然の美しさが浄化作用のように効いているという点で、アルプスの自然を背景に姉弟の近親相姦を描いたフレディ・M・ムーラー監督のロカルノ国際映画祭「金豹賞」受賞作「山の焚火」('85年/スイス)を想起したりしました。

ブロークバック・マウンテン ヒース.jpg イニスとジャックを演じた、故ヒース・レジャー(1979-2008/享年28)とジェイク・ギレンホールの演技も良かったです。この作品のイニス役でニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞などをヒース・レジャー.jpg受賞し、アカデミー主演男優賞にもノミネートされたヒース・レジャーは、映画の中でイニスと結婚したアルマを演じたミシェル・ウィリアムズと実生活において婚約しましたが、両者の間に女の子が産まれたものの婚約を解消、その後ヒース・レジャーは2008年1月に薬物摂取による急性中毒でニューヨークの自宅で亡くなっています。

ブロークバック・マウンテン 85.JPG イニスがジャックの事故死を彼のジャックの妻ラリーン(アン・ハサウェイ)から聞かされた時に、リンチを受けるジャックの姿をイメージしたのは、単にイニスのトラウマからくる思い込みというより、実際にリンチ死だったということだったのでしょう。原作では、イニスは最初、ジャックはリンチ死だったのか本当に事故死だったのか分からないでいますが、後になってリンチ死と確信するようになります。

ブロークバック・マウンテン (集英社文庫(海外))

 「ブロークバック・マウンテン」「ラスト、コーション」とも傑作映画です。原作に比較的忠実に作られている「ブロークバック・マウンテン」もいいですが、個人的には、原作からの"展開度"という点で(しかも"正しく"肉付けされている)「ラスト、コーション」の方がやや上でしょうか。

ジョアン・チェン(易夫人)/ワン・リーホン(鄺祐民(クァン・ユイミン))
ラスト、コーション ジョアン・チェン.jpgラスト、コーション ワン・リーホン.jpg「ラスト、コーション」●原題:色,戒/LUST, CAUTION●制作年:2007年●制作国:アメリカ・中国・台湾・香港●監督:アン・リー(李安)●製作:アン・リー/ビル・コン/ジェームズ・シェイマス●脚本:ワン・ホイリン/ジェームズ・シェイマス●撮影:ロドリゴ・プリエト●音楽:アレクサンドル・デスプラ●原作:張愛玲(ちょう あいれい、アイリーン・チャン)「色、戒」●時間:158分●出演:トニー・レラスト、コーション36.jpgオン(梁朝偉)/タン・ウェイ(湯唯)/ジョアン・チェン(陳冲)/ワン・リーホン(王力宏)/トゥオ・ツォンファ/チュウ・チーイン/ガァオ・インシュアン/クー・ユールン/ジョンソン・イェン/チェン・ガーロウ/スー・イエン/ホー・ツァイフェイ/ファン・グワンヤオ/アヌパム・カー●日本公開:2008/02●配給:ワイズポリシー)(評価:★★★★☆)
トニー・レオン(梁朝偉)/タン・ウェイ(湯唯)/アン・リー(李安)/ワン・リーホン(王力宏)/ジョアン・チェン(陳冲)〔2007年・第64回ヴェネツィア国際映画祭〕

アン・ハサウェイ(ジャックの妻ラリーン)/ミシェル・ウィリアムズ(イニスの妻アルマ)
ブロークバック・マウンテン アン・ハサウェイ.jpgブロークバック・マウンテン ミシェル・ウィリアムズ.jpg「ブロークバック・マウンテン」●原題:BROKEBACK MOUNTAIN●制作年:2005年●制作国:アメリカ●監督:アン・リー(李安)●製作:ブロークバック・マウンテンe2.jpgダイアナ・オサナ/ジェームズ・シェイマス●脚本:ワダイアナ・オサナ/ジェームズ・シェイマス●撮影:ロドリゴ・プリエト●音楽:グスターボ・サンタオラヤ●原作:E・アニー・プルー「ブロークバック・マウンテン」●時間:134分●出演:ヒース・レジャー/ジェイク・ギレンホール/アン・ハサウェイミシェル・ウィリアムズ/ランディ・クエイド/リンダ・カーデリーニ/アンナ・ファリス/ケイト・マーラ●日本公開:2006/03●配給:ワイズポリシー(評価:★★★★)

「ラスト、コーション」...【2007年文庫化[集英社文庫(『ラスト、コーション 色・戒』)]】
「ブロークバック・マウンテン」...【2006年文庫化[集英社文庫(『ブロークバック・マウンテン』)]】

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日の名残り 文庫.jpg映画は叶わなかった恋の物語。小説は映画とは「異なる芸術作品」。

日の名残り.jpg 日の名残り (映画) .jpg 日の名残り (中公文庫) _.jpg
日の名残り [DVD]」アンソニー・ホプキンス/エマ・トンプソン 『日の名残り (中公文庫)』『日の名残り (ハヤカワepi文庫)
日の名残り  tile.jpg 1958年。オックスフォードのダーリントン・ホールは、前の持ち主のダーリントン卿(ジェームズ・フォックス)が亡くなり、アメリカ人の富豪ルイス(クリストファー・リーヴ)の手に渡っていた。かつては政府要人や外交使節で賑わった屋敷は使用人も殆ど去り、老執事スティーヴンス(アンソニー・ホプキンス)の手に余った。そんな折、以前屋敷で働いていたベン夫人(エマ・トンプソン)から手紙をもらったスティーヴンスは彼女の元を訪ねることにする。離婚日の名残り 01.jpgをほのめかす手紙に、有能なスタッフを迎えることができるかもと期待し、それ以上にある思いを募らせる彼は、過去を回想する。1920年代、スティーヴンスは勝気なミス・ケントン(後のベン夫人)をホールの女中頭として、彼の父親でベテランのウィリ日の名残り 父.jpgアム(ピーター・ヴォーン)を執事として雇う。スティーヴンスは彼女に父には学ぶべき点が多いと言うが、老齢のウィリアムはミスを重ねる。ダーリントン卿は、第二次大戦後日の名残り tairitu .jpgのドイツ復興の援助に注力し、非公式の国際会議をホールで行う準備をする。会議で卿がドイツ支持のスピーチを続けている中、病に倒れたウィリアムは死ぬ。'36年、卿は反ユダヤ主義に傾き、ユダヤ人の女中2名を解雇する。当惑しながらも主人への忠誠心から従うスティーヴンスに対し、ケントンは卿に激しく抗議した。2年後、ユダヤ人を解雇したことを後悔した卿は、彼女たちを捜すようスティーヴンスに頼み、彼は喜び勇んでこのことをケントンに告げる。彼女は彼が心を傷めていたことを初めて日の名残り es.jpg知り、彼に親しみを感じる。ケントンはスティーヴンスへの思いを密かに募らせるが、彼は気づく素振りさえ見せず、あくまで執事として接していた。そんな折、屋敷で働くベン(ティム・ピゴット・スミス)からプロポーズされた彼女は心を乱す。最後の期待をかけ、スティーヴンスに結婚を決めたことを明かすが、彼は儀礼的に祝福を述べるだけだった。それから20年ぶりに再会した2人。孫が生まれるため仕事は手伝えないと言うベン夫人の手を固く握りしめたスティーヴンスは、彼女を見送ると、再びホールへ戻る―。

日の名残り 10.jpg 「眺めのいい部屋」('86年/英)、「モーリス」('87年/米)、「ハワーズ・エンド」('92年/英・日)のジェームズ・アイヴォリー監督による1993年のイギリス映画で、原作は1989年に刊行されブッカー賞を受賞したカズオ・イシグロの同名の小説『日の名残り(The Remains of the Day)』ですが、'91年に「羊たちの沈黙」('91年/米)でアカデミー賞 主演男優賞を受賞したアンソニー・ホプキンスと、'92年に「ハワーズ・エンド」でアカデミー賞主演女優賞を受賞したエマ・トンプソン(アン・リー監督の「いつか晴れた日に」('95年/米・英)での演技も良かった)という当時"旬な"俳優の組み合わせで、カズオ・イシグロの小説世界を映像化することで世に知らしめ、2017年の彼のノーベル文学賞受賞にも寄与したのではないかと思います(アカデミー賞では、主演男優賞、主演女優賞、美術賞、衣装デザイン賞、監督賞、作曲賞、作品賞、脚本賞の8部門にノミネートされた。アンソニー・ホプキンスは1993年・ロサンゼルス映画批評家協会賞主演男優賞受賞)。
ジェームズ・フォックス(ダーリントン卿)
日の名残り kaigi.jpgストーリー的にはほぼ原作通りに作られていますが(脚本には、ノンクレジットだが、2005年にノーベル文学賞を受賞した劇作家ハロルド・ピンター(「フランス軍中尉の女」('81年/英)など)が噛んでいる)、ダーリントンホールで秘密の国際会合が開かれたのが、原作の1923年ではなく1935年になっていて、第一次大戦後のドイツの経済的混乱を解決するのがダーリントン卿の狙いでしたが、1935年といえばもうドイツはナチス政権になっていて、この時点でも対独宥和論を唱えるジェームズ・フォックス演じるダーリントン卿にはやや違和感を覚えます(その結果としてか、1958年の"今"スティーヴンス日の名残り リーブ.jpgが旅する中で、旅先の田舎の人でもダーリントン卿=ナチのシンパという印象を抱いていたりする描き方になっているが、原作ではスティーヴンスの予想に反してダーリントン卿の名は田舎では殆ど知られてはいなかったということになっている)。そして、この会議で宥和論に傾く会議の流れに一人異議を唱える内容のスピーチをするアメリカの下院議員スミス氏(原作ではルイース氏)が、映画ではクリストファー・リーヴ(1952-2004)演じる、現在のダーリントン・ホールの所有者、つまりスティーヴンスの今の主人と同一人物あるということになっています(原作ではファラディ氏という、同じアメリカ人ではあるがルイース氏とは別人物)。

日の名残り 05.jpg 小説が全編、主人公の執事スティーヴンスの語り(旅行中の回想日記)で展開していくのに対し、映画では彼の内面の声はなく、アンソニー・ホプキンスがすべてそれを演技で表しています。そのためか、エマ・トンプソン演じるミス・ケントンと視線が絡み合ったりする場面が多く、スティーヴンスが延々と「品格」とは何かを語っている原作に比べると、映画は、二人の間での感情のぶつかり合いがより前面に出たものになっています。

日の名残り 09.jpg そして終盤、今はベン夫人となっているミス・ケントンが、(当初はその気があったかもしれないが)事情が変わって再びダーリントン・ホールに戻ってスティーヴンスと仕事をすることはできないとなったとき、スティーヴンスは呆然とし、彼女と共に新たな人生の夕暮れを迎えるという望みが絶たれたことによって、取り返しのつかない、過ぎ去りし人生の悔いを実感します。原作では、肝心のミス・ケントンと再会した日(旅行5日目)の日記は無く(ショックで日記が書けなかった?)、6日目、スティーヴンスは帰路ウェイマス(Weymouth)に寄り道して、波止場で出会った見知らぬ老人から「夕日が一日で一番いい時間だ」と聞かされ、スティーヴンスは涙日の名残りGoogle The Remains of the Day - Stevens' Journey.gifを流しますが、映画ではミス・ケントンがリトル・コンプトン(Little Compton)のバス停でスティーヴンスにこの言葉を言って、人々が夕方を楽しみに待つとして、あなたは何を楽しみに待つのかと聞き、スティーヴンスは「お屋敷に戻り、人手不足の解消策を感がることかな」と答えます。ラストで屋敷の中に迷い込んだ鳥をスティーヴンスが追い立て、鳥が窓から外に逃れた時、それを屋敷の窓の内側から見上げる(屋敷から出ることのない)スティーヴンス―という対比的構図も、鳥の闖入自体が映画のオリジナルです。

小説における主人公の旅程(オックスフォード ⇔ コーンウォール(Cornwall)州リトル・コンプトン(Little Compton))

ジェフ・ベゾス 果てなき野望.jpg日の名残り dvd.jpg 原作本は、あのAmazonのCEO ジェフ・ペゾス氏が推薦しています(『ジェフ・ベゾス 果てなき野望―アマゾンを創った無敵の奇才経営者(The Everything Store: Jeff Bezos and the Age of Amazon)』の付録にあるベゾス氏の12冊の愛読書の中の唯一の小説が本書)。ジェフ・ペゾス氏は、この本から「人生を後悔しないことを意識して毎日を生きていこう」ということを学んだようです。実業家らしい読み方だと思いますが、個人的には、それは本よりも映画を観た感想ではないかなという気もします。

日の名残り 文庫s.jpgカズオ・イシグロs.jpg 自分自身も、非常に抑えたトーンの(それだけに切なさが増す)叶わなかった恋の物語であると感じられたのと同時に、「時間は巻き戻せない」「後悔先に立たず」といった箴言を想起させられましたが、原作者のカズオ・イシグロ氏は、この映画を結構気に入っているとしながらも、原作と映画は「異なる芸術作品」だとしています。原作では、帰路ウェイマスに寄って桟橋で一時の感傷に浸ったスティーヴンスでしたが、最後は、むやみに冗談を言うことが好きなアメリカ人の雇い主ファラディ氏のために、冗談の練習をして「立派なジョークでびっくりさせて差し上げる」ことを思い立つところで終わっています。つまり、スティーヴンスは引き続き"執事道"を突き進むわけで、彼にはそれしか生きる道は無く、また彼自身はそれで満足しているわけです。イシグロ氏の作品に特徴的な「信頼できない語り手(unreliable narrator)」の典型である主人公スティーヴンスは(もちろん本人は確信を持って古風な"執事道"を述べ尽くしている)、最後までその姿勢を崩さなかったとも言えます。そして、イシグロ氏に言わせれば、原作のテーマは「人は皆、執事のようなものである」ということのようであり、ある意味、これはすごく恐ろしい教唆でもあるように思います。論者の中にはこれを、16世紀のフランスの裁判官、人文主義者エティエンヌ・ド・ラ・ボエシの「自発的隷従論」(『自発的隷従論 (ちくま学芸文庫)』)に絡めて読み解く人もいるようです。この発想が出てくるのは、ラスト近くで主人公が窓から外に逃れた鳥を感傷的に見遣る映画の方ではなく、アメリカ人のご主人を喜ばすため立派なジョークが喋れるよう練習に励もうと決意して終わる原作の方でしょう。映画と原作と比べてみるのも面白いのではないかと思います。

日の名残りs.jpgTHE REMAINS OF THE DAY.jpg「日の名残り」●原題:THE REMAINS OF THE DAY●制作年:1993年●制作国:イギリス●監督:ジェームズ・アイヴォリー●製作:リンゼイ・ドーラン●脚本:ルース・プラワー・ジャブバーラ/ハロルド・ピンター(ノンクレジット)●撮影:トニー・ピアース=ロバーツ●音楽:リチャード・ロビンス●原作:カズオ・イシグロ●時間:134分●出演:アンソニー・ホプキンス/エマ・トンプソン/ジェームズ・フォックス/クリストファー・リーヴ/ピーター・ヴォーン/ヒュー・グラント/パトリック・ゴッドフリー/マイケル・ロンズデール●日本公開:1994/03●配給:コロンビア・ピクチャーズ(評価:★★★★)

【1994年文庫化[中公文庫]/2001年再文庫化[ハヤカワepi文庫]】

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カズオ・イシグロの「探偵小説」風「母子もの」とでも言えるか。ラストは切ない。

わたしたちが孤児だったころm.jpg わたしたちが孤児だったころim.jpg
わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワ・ノヴェルズ)』『わたしたちが孤児だったころ (ハヤカワepi文庫)
"When We Were Orphans"
When We Were Orphansド.jpgわたしたちが孤児だったころges.jpg 1923年夏、大学を卒業したクリストファー・バンクス(わたし)は、探偵になるという子供の頃からの夢を胸にロンドンに住んでいた。あるパーティで魅力的な女性サラ・ヘミングスに出逢うが、彼女は有名な男を追いかける性癖があり、探偵として売り出し中の彼に彼女の方から接近してくる。ある日彼女は大きな晩餐会に出入りできるよう彼を利用しようとするが、彼が拒否したため強引に中に入り、将来の夫となるサー・セシルに取り入ることに成功する。彼女は、つまらない男と添って人生を無駄にしたくないと言う。そして自分は孤児であると。クリストファーも子供の頃過ごした上海で両親が行方不明になった孤児だった。上海時代の親友はアキラという日本人の少年で、彼と毎日のように遊んだ。クリストファーの母は美しく、高い理想の持ち主で、夫の勤める会社がアヘンを輸入していることに心を痛め、反対運動に尽力し、父は母の期待に応えられないことに苦悩していた。反対派の一人フィリップおじさんはよく家に来てクリストファーと遊んでくれ、クリストファーも彼が好きだった。ある日突然その父が失踪する。後に、ある事件の調査中、クリストファーは軍閥の重要人物ワン・クーの写真を手に入れるが、それは父の失踪後まもなく家に来て母に罵られた男だった。この出来事の後、クリストファーがフィリップおじさんに連れられ買物に出ている間に、母までもが失踪したのだ。彼は英国の叔母の元に預けられ、以来アキラとは会っていない。後にクリストファーは両親を亡くした気丈な少女ジェニファーを養女にする。1937年、世界は戦争に向けて転がりだし、彼はそんな世界を自分が救わなくてはと感じ、上海で自らの使命が解決されると信じる。同じ頃、セシルと妻のサラも上海へと移る。クリストファーは、両親はアヘン事件に関わって誘拐され、いまだに拘束されていると信じ、助け出せば世界も救えると思っている。ジェニファーは彼の妄想を見抜いていた。上海でイエロースネークと呼ばれる情報提供者に会えるよう打診するが、役人からは色よい返事はない。日本軍の砲撃は既に始まっていた。セシルは影響力を失って賭けごとに溺れ、クリストファーはかつて両親の失踪事件を担当していたクン警部を探し出す。警部はひどく落ちぶれていたが、手掛かりを思い出したら連絡すると約束してくれた。そんな折、サラからセシルと別れるから一緒に駆け落ちしてほしいと頼まれ、彼は同意する。その直後にクン警部から両親が幽閉されているであろう場所について連絡が入り、彼はサラを残してその場所に向かう。そこは日本軍との戦闘地帯になっていて、中国軍将校の助けを得て瓦礫の街を進むが、将校は途中で帰り、彼は一人戦場を彷徨う。迷路のような地形の中、重傷を負って倒れている日本兵を見つけ、きっとあれはアキラだ、一緒に両親を助け出すために来てくれたのだと思う。アキラに似た男の道案内で目的の建物に辿り着くが、そこは半ば破壊され、二人は日本軍に捕まり、アキラらしい男は情報を流した罪で逮捕され、クリストファーは領事館に送り返される。ここで彼はフィリップおじさんと再会し、おじさんから、両親失踪事件の真相を知らされる―。
"When We Were Orphans"
When We Were Orphans.jpgわたしたちが孤児だったころ』.jpg 2017年のノーベル文学賞受賞者となったカズオ・イシグロの2000年に刊行された作品で(原題:When We Were Orphans)、長編第5作にあたり、作者は発表時45歳です(作者はその後、63歳でのノーベル賞受賞までに、長編は『わたしを離さないで(Never Let Me Go)』と『忘れられた巨人(The Buried Giant)』の2作しか発表していない)。本作は出版と同時にベストセラーとなったほか、英米で評論家などからも高く評価され、ブッカー賞とウィットブレッド賞にノミネートされています。但し、作者のこれまでの作品『日の名残り(The Remains of the Day)』や『わたしを離さないで(Never Let Me Go)』のように映画化される予定は今のところないようなので、ややストーリーを詳しく書きました(「上海の伯爵夫人(The White Countess)」('05年/米)という作者のオリジナル脚本を映画化した作品があり、1930年代の上海が舞台で、しかも日中戦争前後を描いているが、本作とは全く別の話である)。

 面白く読め、こんなに面白くていいのかなという印象も(ラストは重けれども)。体裁はあたかも、子どもから大人へと成長した主人公が過去の両親失踪事件の謎を解決する「探偵小説」のようにも見えますが、作者は「週刊文春」2001年11月8日号の対談「阿川佐和子のこの人に会いたい」で、「最初はアガサ・クリスティ的な英国の典型的な探偵ものを書こうと目論んでいたのがなかなかその通りにいかなくて(中略)探偵ものにこだわるのはやめた」と述べており、終盤にフィリップおじさんによる「謎解き」のようなものはあるものの、物語を構成する上で「探偵小説の形を借りた」と言った方が適切かと思われます。探偵小説として読んでしまうと、メインストーリーはともかく、「わたしたちが孤児だったころ」の「たち」という言い方の元になっている、主人公と同じ孤児であるサラやジェニファーについての記述は謎解きの伏線になってはおらず、結局サラの行く末は事後譚で語られ、ジェニファーもこの先どうなるのかよく分からないままで終わっています。

 更に、終盤の主人公が上海の日本軍との戦闘地帯を彷徨う様は夢現(ゆめうつつ)状態のような感じで、両親がその近くに拘束されているという主人公の確信も、両親の失踪が10数年前だったことからすれば全く根拠はなく、また、主人公は日本兵を見つけ、それをアキラだと思い込むなど、表現上は殆ど幻想文学の世界に入っている感じがしました。(因みに、作者の『充たされざる者(The Unconsoled)』は全編、カフカ的な幻想小説と言えるのではないか)。

 それでいてやはり「探偵小説の形を借りて」いるわけであって、探偵である主人公が何か自力で謎解きをしたわけではないですが、ラストでフィリップおじさんから、ちょうど「探偵小説」のラストのように、衝撃の事実が明かされます。その事実は切なかったです。そして、ラストの再会―こうした場面は、個人的にはどこか既視感がありました。これ、カズオ・イシグロの母子ものと言うか、そう言えば、谷崎潤一郎にも「母を恋うる記」というのがあり、山口瞳が自分の母親について書いた『血族』などもそうした系譜の作品でしたが、男はみんなマザコンなのか(?)。その意味でこの作品は一部「日本的」な感じもしますが、一方で、「英国的」な探偵小説の要素を織り込むことで、ラストも切ないことは切ないですが、日本的なウェットな感じではなく、意外と乾いた読後感の作品に仕上がっているように思いました。

 『日の名残り』『わたしを離さないで』同様、語り手が自らの記憶を辿っていきながら、過去を見つめ直す話でもあります。もしかしたら、われわれは皆、過ぎ去った過去の人生において精神的に取り戻したい何かを抱えているのかもしれません。『日の名残り』も『わたしを離さないで』もそうですが、読み手の日常生活とかけ離れたシチュエーションを描きながら、読者をそうした普遍的な思いに駆りたてる作品でもあり、それがラストの切なさにつながっていると思います。

【2006年文庫化[ハヤカワepi文庫]】

《》
●カズオ・イシグロのこれまで発表した長編小説 (出版年 邦題 原題)
1982年 遠い山なみの光 A Pale View of Hills
1986年 浮世の画家 An Artist of the Floating World
1989年 日の名残り The Remains of the Day
1995年 充たされざる者 The Unconsoled
2000年 わたしたちが孤児だったころ When We Were Orphans
2005年 わたしを離さないで Never Let Me Go
2015年 忘れられた巨人 The Buried Giant

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主人公が "彼女の秘密"に気づく場面はミステリの謎が明かされるようで白眉。

愛を読むひとdvd 2008.jpg 愛を読むひと .jpg 朗読者 新潮文庫.jpg
愛を読むひと<完全無修正版> [DVD]」ケイト・ウィンスレット ベルンハルト・シュリンク『朗読者 (新潮文庫)

愛を読むひと 01.jpg 第二次世界大戦後のドイツ。15歳のマイケル(ダフィット・クロス)は、体調が優れず気分が悪かった自分を偶然助けてくれた21歳も年上の女性ハンナ(ケイト・ウィンスレット)と知り合う。猩紅熱にかかったマイケルは、回復後に毎日のように彼女のアパートに通い、いつしか彼女と男女の関係になる。ハンナはマイケ愛を読むひと 03 2.jpgルが本を沢山読む子だと知り、本の朗読を頼むようになる。彼はハンナのために『オデュッセイア』や『犬を連れた奥さん』などを朗読する。ある日、ハンナは働いていた市鉄での働きぶりを評価され、事務職への昇進を言い渡されると、マイケルの前から姿を消愛を読むひと80.jpgしてしまう。理由がわからずにハンナに捨てられて8年が経ったある日、ハイデルベルク大学法学部生となったマイケルは、ロール教授(ブルーノ・ガンツ)のゼミ研究のためにナチスの戦犯を裁くアウシュビッツ裁判を傍聴し、被告席の一つにハンナの姿を見つける。彼女は第二次世界大戦中に強制収容所で看守をしていたのである。裁判はハンナに不利に進み、彼女は無期懲役の判決を受ける―。
 
Der Vorleser(ドイツ語paperback)/Bernhard Schlink
Der Vorleser.jpgベルンハルト・シュリンク.jpg 2008年のアメリカ・ドイツ合作映画で、監督は英国人のスティーブン・ダルドリー、原作は1995年に出版されたベルンハルト・シュリンク(Bernhard Schlink)の長編小説『朗読者』('00年/新潮社、原題:Der Vorleser/The Reader)です。映画は(終盤に主人公がニューヨークへ行く場面を除き)ドイツで撮影されていますが、英語による製作であるため、主人公の名前も、原作のミヒャエルからマイケルになっています。但し、少年時代のマイケルを演じたダフィット・クロスはドイツの俳優、母親を演じたズザンネ・ロータもドイツ人女優、法学部のロール教授はスイス出身のブルーノ・ガンツが演じていてます。ハンナ役のケイト・ウィンスレットは英国人女優、成人してからのマイケルを演じたレイフ・ファインズも英国人俳優、アウシュヴィッツの生存者母子ローゼ・マーターとイラーナ・マーターの二役を演じたレナ・オリンはスウェーデン出身、若き日のイラーナを演じたアレクサンドラ・マリア・ララはルーマニア人、成人したマイケルの娘を演じたハンナー・ヘルツシュプルングは、これまたドイツ人女優です(アメリカ人、いないね)。

愛を読むひとes.jpg 先に原作を読みましたが、かつて齋藤美奈子氏が「包茎小説」と呼んでいたのを思い出しました。15歳のミヒャエルと21歳年上のハンナが出会い、男女の関係を持って別れるまでを描いた第1章だけならば、確かに"筆おろし"小説と言えなくもなく、元判事で法学部教授である作者がこういうの書くのが興味深いと思いました。しかし、第2章の裁判の場面はまさにキャリアに裏打ちされたもので、作品に深みを与えることにも繋がっているように思いました。小説はこれに、裁判以降の主人公とハンナの話を描いた第3章を加えた3つの章から成ります。

レイフ・ファインズ(現在のマイケル)/ダフィット・クロス(少年時代のマイケル)
愛を読むひとralph_fiennes_in_the_reader.jpg愛を読むひと kurosu.jpg 一方の映画の方は、1995年の主人公マイケルの「現在」を軸に、1958年の15歳の時にハンナと出会った少年期、1966年のハンナの裁判を偶然傍聴することになった法学部生愛をよむ人 s.jpg時代、1976年のマイケルが本を朗読しテープに録音して、それを獄中のハンナに送ることを思いついた時期、1980年のハンナから届いた短い文章の礼状にマイケルが感動した出来事、1988年の20年の刑に減刑されたハンナが釈放されることが決まった時などとの愛を読むひと ブルーノ・ガンツ.jpg間を行き来する形をとっていますが、概ね原作に忠実であるといっていいでしょう(マイケルが離婚して娘となかなか会えないでいるといった現況は映画のオリジナル。あとは、ブルーノ・ガンツ演じる教授のウェイトが原作より大きくなって、主人公に精神的に導き支えるという点で、原作における主人公の父親である哲学教授の役割を一部代替していたりする)。

ブルーノ・ガンツ(後ろ)

愛を読む人aioyomu.jpg 原作でも言えるのは、ハンナが幾つか謎を抱えている女性であるという点であり、①なぜマイケルと交わるようになったのか?(単なる気まぐれ?)、②なぜ裁判で不利になることを承知で自らの"秘密"を明かさなかったのか?(主人公がその"秘密"に気づく場面は、ミステリの謎が明かされるようで、原作でも映画でも白眉)、③そして最後に彼女がとった行動の理由は?―等々。映画を観て、①の理由は、マイケルが彼女にとっての癒しとなる"朗読者"であり、自らを成長させるパートナーであったことが窺えましたが心と響き合う読書案内2.jpg、②については、映画を観てもまだ解らない部分が残りました。小川洋子氏は、「彼女は疲れ切っていたに違いない。彼女は裁判で闘っていただけではなかった。彼女は常に闘っていたのだ。何ができるかを見せるためではなく、何ができないかを隠すために」としています(『心に響き合う読書案内』('09年/PHP新書)。この原作は、関川夏央氏の『新潮文庫20世紀の100冊』('09年/新潮新書)にも取り上げられている)。

愛を読む人 ウィンスレット.jpg こうした"秘密"を持つ女性を演じるのは難しいだろうなあと思いますが、それだけ魅力的でもあり、ケイト・ウィンスレット(1975年生まれ)はそこに上手く嵌ったように思います(ニコール・キッドマンが妊娠で降板し、当初の候補だったケイト・ウィンスレットが結局演じることになった)。ケイト・ウィンスレットは、この作品で「タイタニック」('97年)以来4度目のアカデミー賞主演女優賞ノミネート(「助演賞」ノミネートを含むと6度目)にして、初の受賞を果たしています。「タイタニック」で共演したレオナルド・ディカプリオ(1974年生まれ)も、「レヴェナント:蘇えりし者」('15年)で4度目のアカデミー賞主演男優賞ノミネート(「助演賞」ノミネートを含むと5度目)にして初受賞していますが、若い頃から演技の天才などと呼ばれたレオナルド・デカプリオよりもケイト・ウィンスレットの方が受賞は7年早かったことになります。

ケイト・ウィンスレット in「タイタニック」('97年)/ブルーノ・ガンツ in「ヒトラー~最期の12日間~」('04年)
ケイト・ウィンスレット タイタニック.jpg ブルーノ・がンツ ヒトラー ~最期の12日間~.jpg

愛を読むひig.jpg「愛を読むひと」●原題:THE READER●制作年:2008年●制作国:アメリカ・ドイツ●監督:スティーブン・ダルドリー●製作:アンソニー・ミンゲラ/シドニー・ポラック/ドナ・ジグリオッティ/レッドモンド・モリス●脚本:デヴィッド・ヘアー●撮影:クリス・メンゲス●音楽:ニコ・マーリー●原作:ベルンハルト・シュリンク「朗読者」●時間:124分●出演:ケイト・ウィンスレット/レイフ・ファインズ/ダフィット・クロス/ブルーノ・ガンツ/レナ・オリン/アレクサンドラ・マリア・ララ/ハンナー・ヘルツシュプルング/ズザンネ・ロータ●日本公開:2009/06●配給:ショウゲート●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(17-09-19)(評価★★★★)

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神は自分を褒めたたえてくれる人だけを天国に集める? 最後の一文をどう訳すか。

幸福な王子 新潮文庫.jpg 幸福の王子 バジリコ.jpg 幸せな王子 金原1.jpg 幸福の王子 原.jpg  Oscar Wilde.jpg
幸福な王子―ワイルド童話全集 (新潮文庫)』(西村孝次:訳/表紙絵:南桂子)/『幸福の王子』['06年/曽野綾子:訳(建石修志:画)]/『幸せな王子』['06年/清川 あさみ(絵) (金原瑞人:訳)]/『幸福の王子』['10年/原マスミ(抄訳・絵)]/Oscar Wilde
The Happy Princeby AnyaStone.jpg 1888年、当時33歳の詩人だったオスカー・ワイルド(1854-1900)の最初の童話集『幸福な王子ほか』は、「幸福な王子」「ナイチンゲールとばらの花」「わがままな大男」「忠実な友達」「すばらしいロケット」の5編から成り、1891年刊行の第2童話集『ざくろの家』は、「若い王」「王女尾の誕生日」「漁師とその魂」「星の子」の4編から成るもので("ざくろ"は各編の共通モチーフとして出てくる)、西村孝次訳の新潮文庫版はこれら9編を網羅して所収いるため、ワイルドの童話集といえば「定番」ということになるかと思います。
The Happy Prince by AnyaStone

 訳者は当初から童話集という言い方をしていて、新潮文庫の改版版もカバータイトルは『幸福な王子』ですが、扉をめくると括弧して「ワイルド童話全集」とあります。童話集という呼び方に異を唱えるわけではないですが、イコール児童文学というイメージが付き纏いがちで、そうなるとどうかなあと。作者のワイルド自身、幅広い年齢層に向けて書いたものであることを後に公言しており、一篇一篇に込められた寓意からみても、「大人の童話」という色合いが濃いように思います。

 読み手によってそれぞれ好みの違いはあるかと思われ、「ナイチンゲールとばらの花」なども知られている方の話だと思ひますが、やはり一番有名なのは表題作の「幸福な王子」であり、その出来栄えにおいても他から抜きんでているように思います。これ読むと、ワイルドはいろいろあった人生でしたが、純粋なキリスト者であったような気がします(テクニックだけでこうした作品はそう書けないのでは。因みに、第2童話集『ざくろの家』発表年は『ドリアン・グレイの肖像』と同年)。

 この作品のラストで、神さまから「町じゅうでいちばん貴いものをふたつ持ってきなさい」と言われた天使が、王子像の鉛の心臓と死んだツバメを神のもとへ届けると、「おまえの選択は正しかった」と神さまは言って、更に神の、「天国のわたしの庭で、この小鳥が永遠に歌いつづけるようにし、わたしの黄金の町で幸福な王子がわたしを賞めたたえるようにするつもりだから」(西村孝次訳)という言葉で物語は終わっていますが、「幸福な王子がわたしを賞めたたえるようにする」というのが何となく違和感がありました。しかしながら原文(下記)はそうなっている...。

 "You have rightly chosen," said God, "for in my garden of Paradise
 this little bird shall sing for evermore, and in my city of gold
 the Happy Prince shall praise me."

 これは、1993年に偕成社から刊行された、今村葦子訳、南塚直子絵の、児童向けにルビが振られている『幸せの王子』でも、「幸せの王子は、黄金の都で、我が名をたたえることになるだろう」となっています。

「幸福の王子」 曽野綾子訳 バジリコ.jpg 2006年バジリコから曽野綾子訳、建石修志挿画のものが刊行され、比較的オーソドックな訳調で、挿画についてもそれは言えるなあ(ヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリン 天使の詩」という映画を思い出させる)と思って読んでいたら、最後の最後で、「私の天国の庭では、このつばめは永遠に歌い続けるだろうし、私の黄金の町で『幸福の王子』は、ずっと私と共にいるだろう」となっていました。

 この部分について曽野氏はあとがきで、天国において神を賛美するということは、必ず神とともに永遠に生きることが前提となっており、「そこをはっきりさせないと、神は自分を褒めたたえてくれる人だけを天国に集めるのか、と思われてしまう。それゆえ、そこだけ本来の意味に重きをおくことにした」とのことです。

 なるほどね、童話1つにしても、いろいろな訳者のものを読んでみるものだなあと。

幸せな王子 2.jpg 因みに、同じ2006年にリトルモアより刊行された、気鋭の翻訳家の金原瑞人氏がコラージュ造形作家の清川あさみ氏と組んで作った絵本版の『幸せな王子』では、「つばめはこの天国の楽園にいてもらおう。ここで、いつまでもさえずってほしい。そして幸せな王子はこの黄金の街にいてもらおう。ここで、いつまでもわたしをたたえてほしい」となっており、曽野氏ほど"意訳"の領域には踏み込んでいないものの、「幸せな王子はこの黄金の街にいて」という部分で王子が神と共にいることを補足しており、しかも翻訳に原文と同じリズム感があって、この辺りはさすが金原氏という感じです(因みに、曽野綾子訳は2006年12月刊行で、金原瑞人訳はその少し前の2006年3月刊行)。

原マスミ.png幸福の王子 原1.jpg また、絵本化された抄訳版では、イラストレーターでミュージシャンでもある原マスミ氏が絵を描き自身で抄訳もしている2010年刊行の『幸福の王子』(ブロンズ新社)があります。原氏としては絵本も抄訳も初挑戦だったとのことですが、王子が泣き落としでツバメにいろいろお願いし、ツバメが"べらんめえ口調"それに返答幸福の王子 絵本 原.jpgするなど、親しみやすいものとなっています(原氏はそれまでの学級委員長的な王子像からの脱却を図った?)。また、原作では神様の命により天使(の一人)がそのもとに届けたのは炉に入れても溶けなかった王子の鉛の心臓であるのに対し、こちらは、バラバラになった王子の体全体を天使(たち)が神様のもとへ届け、神様は王子とツバメに新たな命を授け、「この永遠の楽園で、いつまでも、なかよくくらすがよい」と言ったとするなど、若干改変されています(但し、原作の趣旨を損なわない範囲内でのオリジナリティの発露―といったところか)。

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本当の英雄というのは、自分が英雄であることに気づいない。

夜間飛行 文庫 新.jpg  夜間飛行 文庫 旧.jpg   サン=テグジュペリ1.png couv15318698.jpgFOLIO版(2007)
夜間飛行 (新潮文庫)』新カバー版イラスト:宮崎駿/旧カバー版 Antoine de Saint-Exupéry,1900-1944 
Saint-Exupéry Vol de nuit 1963.jpgVol de nuit Saint-Exupéry 3.jpgSaint-Exupéry Vol de nuit.jpgSaint-Exupéry Vol de nuit 2.jpg 表題作「夜間飛行」(Vol de nuit)は、郵便輸送のためのパイロットとして欧州南米間の飛行航路開拓などにも携わったアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリが、「南方郵便機」(1929)でデビューした2年後の1931年に発表したものです(因みに本名はアントワーヌ・マリー・ジャン=バティスト・ロジェ・ド・サン=テグジュペリ)。
Livre de Poche(1963・1966) /FOLIO(1971)/FOLIO(1931・1990)/FUTUROPOLIS(2012)

Livre de Poche(1952).jpg アルゼンチンで郵便の速配のために夜間に飛行機を飛ばす人たちの物語であり、そのため、勇敢で孤独な飛行パイロットが主人公の作品だと思われているフシもありますが、天候の悪化によって生じた緊迫した各路線機の危機的状況を巡る群像劇的な構成となっています。そうした中、最強の暴風雨に遭遇するパタゴニア機の勇敢なパイロット、ファビアンも重要な位置を占めますが、圧倒的に物語の中心的な位置を占めているのは、パイロットではなく地上における支配人リヴィエールです。ファビアンも含め配下の操縦士や整備士、現場の管理者に指示を出す彼は、明らかにこの作品の主人公です。
Livre de Poche(1952).

 リヴィエールは部下に厳格で、情状を挟んだ判断はしません。整備不良のかどでロブレという老整備工を解雇する際も、解雇通知を破り捨ててしまえばロブレはどんなに喜ぶだろうかということを思いつつ、荷役係への配置転換を拒否した彼を毅然とした態度で解雇します。リヴィエールは、自らは何も行動せず、部下に自らの能力を最大限に発揮することを求めますが、これぞまさに「管理職の極致」と言えるのでは。悪天候の中で飛行機の運航を確保しようとする、一見すると資本主義、経営合理主義の急先鋒たる非情な管理職のように見えますが、実はそれ以前に、それ以上に、部下とその家族を深く愛していることが、「部下の者を愛したまえ、ただ彼らにそれと知らさずに愛したまえ」という配下の管理者に向けた言葉などからも窺えます。

 リヴィエールは、大事な部下、しかも、その中で最も勇敢で優秀なパイロットを失った状況においても、これを「どちらかといえば、最も勝利に近い敗北」と捉え、危険な路線を廃止することなどは全く考えません。実際に、郵便飛行業の草創期には勇敢なパイロットと併せて、彼らから勇気を引き出すこうした人物がいて、事業の死活を賭けて奮闘していたのでしょう。しかし、作者のリヴィエールの描き方は、事業の成功に全力を傾けた人という面もありますが、むしろ神に導かれるかのようにより高次のものを目指す偉大な超越者のように描かれている印象を受けます。この物語の結語は「勝利者リヴィエール。」となっています。

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ 1.jpg リヴィエールは、危険な飛行に赴く部下の恐怖心の取り除く術を熟知していますが、ファビアンはそうした魔法を駆使する必要のない勇敢なパイロットであり、遭難したと思われるこのファビアンについても、「神に導かれるかのようにより高次のものを目指す偉大な超越者」というのは当て嵌るかと思います。本当の英雄というのは、自分が英雄であることに気づいておらず、そして、気づかないままに「英雄的な死」を遂げるのでしょうか。パイロットに適した年齢を過ぎてもパイロットであり続けたことにより、結果的に、撃墜死を遂げた作者は、ファビアンのような死にある種の憧憬を抱いていたのかもしれません(2008年にサン=テグジュペリ機を撃墜したいう旧ドイツ軍パイロットの証言が明らかになったが、彼もサン=テグジュペリの愛読者だった。勿論その時は、サン=テグジュペリが操縦しているとは知らなかった) 。

 「夜間飛行」は作者の「星の王子さま」(1943)と並んで有名な作品であり、この新潮文庫版は不思議とどこの本屋でも見かけるし、文庫で約100ページと併録の「南方郵便機」より更に短いこともあって、ただ有名というだけでなく今日でも実際よく読まれているのではないでしょうか(中高生の場合は『星の王子さま』から『夜間飛行』へという流れか)。中学生の読書感想文の対象になりそうな作品ですが、大人目線で見て意外と奥が深いかもしれません。リヴィエールにとって大事なものは手紙を届けることであり、さらに大事なものは部下であるパイロットであり、そのパイロットより大事なことは、彼らが「実現すべき人間」であるということである―つまり、勇気や責任感や自己犠牲といった美質の体現者たることの方が(時には命よりも)大事であるというのは、かなりスゴイことかと。ドラッカーは、「上司は部下のキャリアに対して責任を持つ」と言いましたが、これを、リヴィエール(またはサン=テグジュペリ)風に言うと、「上司は部下の人間としての価値に対して責任を持つ」ということになりそうな...。

夜間飛行 (サン=テグジュペリ・コレクション).jpg 「南方郵便機」は、フランスからアフリカに郵便機で飛ぶパイロット、ベルニスの話ですが、主人公の過去の恋愛が追憶で語られるという、ロマン主義的なトーンの作品で、堀口大學は「夜間飛行」と同じくらいこの作品を評価しています。「夜間飛行」にも格調高く詩的な側面がありますが、「南方郵便機」と比べると、映画化されそうなくらいずっと冒険サスペンス風であるとも言えます(実際、1933年にクラレンス・ブラウン監督によりアメリカで映画化されている)。文庫解説の山崎庸一郎氏が、「夜間飛行」と「星の王子さま」は作者の二面性をそれぞれ象徴する作品であるとし、「星の王子さま」は「南方郵便機」を継承しているとしているのには納得させられました。

夜間飛行 (サン=テグジュペリ・コレクション)』山崎 庸一郎:訳

人間の土地 (新潮文庫) 0_.jpg宮崎駿.jpg 新潮文庫版『夜間飛行』は1993年の新装カバーから宮崎駿監督によるカバ夜間飛行 昭和9.jpgーイラストとなっています(同じく『人間の土地』は1998年の新装カバーから宮崎駿監督によるカバーイラストになっているほか、解説も同監督によるものとなっている)。

【1956年文庫化・1993年改版〔新潮文庫(堀口大學:訳)〕/2010年再文庫化[光文社古典新訳文庫(二木麻里:訳)]】

『夜間飛行』 サン・テグジュペリ 堀口大學:訳 第一書房 1934(昭和9)年 (装丁:亀倉雄策)

サン=テグジュペリ3.pngアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ (カナダ・モントリオールにて[1942年5月])

《読書MEMO》
・「夜間飛行」(1931)...★★★★☆
・「南方郵便機」(1929)...★★★★


「サンテクジュペリ機を撃墜」元独軍パイロットが証言(2008年3月16日1時30分配信 読売新聞)
【パリ=林路郎】仏誌フィガロ(週刊)などは15日、第2次大戦中、連合軍の偵察任務でP38戦闘機を操縦中に消息を絶った童話「星の王子さま」の著者アントワーヌ・ド・サンテグジュペリ(1900年~44年)について、同機を「撃墜した」とする元ドイツ軍戦闘機パイロットの証言を伝えた。
 元パイロットは、ホルスト・リッペルトさん(88)。44年7月31日、メッサーシュミット機で南仏ミルを飛び立ち、トゥーロン上空でマルセイユ方向へ向かって飛んでいる敵軍機を約3キロ下方に発見。「敵機が立ち去らないなら撃つしかない」と攻撃を決意。「弾は命中し、傷ついた敵機は海へ真っ逆さまに落ちていった。操縦士は見えなかった」と回想している。
 敵機の操縦士がサンテグジュペリだったとはその時はわからず、数日後に知った。リッペルトさんは、「あの操縦士が彼でなかったらとずっと願い続けてきた。彼の作品は小さいころ誰もが読んで、みんな大好きだった」と語っている。
 サンテグジュペリの操縦機は2000年に残骸がマルセイユ沖で見つかったが、消息を絶ったときの状況は不明だった。仏紙プロバンスによると、その後テレビのジャーナリストとして活動したリッペルトさんは友人に、「もう彼のことは探さなくてもいい。撃ったのは私だ」と告白したという。

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「ロボット」という言葉を生み出しただけでなく、SFの一定のモチーフを確立させた作品。

カレル・チャペック 『ロボット』岩波.jpgカレル・チャペック 『ロボット』2.jpg チャペック戯曲全集.jpg カレル・チャペック戯曲集.jpg 2001年宇宙の旅 特別版.jpg
ロボット (岩波文庫)』['89年('03年版)]/『R.U.R.ロボット (カレル・チャペック戯曲集 (1))』['92年](表紙絵:ヨゼフ・チャペック)/『チャペック戯曲全集』['06年]/『カル・チャペック戯曲集〈1〉ロボット/虫の生活より』['12年](装丁・挿絵:和田誠) 「2001年宇宙の旅 特別版【ワイド版】 [DVD]

カレル・チャペック 『ロボット』 2.jpg 舞台はヨーロッパ旧世界を遠く離れた海の孤島、そこに建てられたロボット=人造人間の製造・販売会社、R.U.R.(エル・ウー・エル、ロッスムのユニバーサル・ロボット)社のオフィス。執務するドミン社長を、「人権連盟」会長の娘、ヘレナが訪問する。ロボット製造の起源、ロボットの性質、そしてロボットによる人類社会変革の理想を語るドミンと、おのおのの担当部門の観点からそれを説明・擁護する役員達を相手に、ヘレナは労働者として酷使されているロボット達が人道的扱いを受けられるよう申し入れるが―。
1920年版表紙
rur 1920.jpgカレル・チャペック 『ロボット』 原著.jpg 『山椒魚戦争』(1936)などでも知られているカレル・チャペック(1890-1938)は、大戦間のチェコスロバキアで最も人気のあった作家で、1920年刊行の戯曲『ロボット (R.U.R.)』は「ロボット」という言葉を生んだことでも知られています(本邦初訳は1923年『人造人間』(宇賀伊津緒:訳))。作者によれば、「ロボット」という言葉そのものは、カレル・チャペックの兄で画家・漫画家のヨゼフ・チャペックの発案から生まれたものだそうで、チェコ語のrobota(もともとは古代教会スラブ語での「隷属」の意)に由来しているとのこと。ストーリーは労働用に作られたロボットが人間に対して反乱を起こすというものです。

カレル・チャペック 『ロボット』 3.jpgフランケンシュタイン dvd.jpg 人間が自ら作ったものに襲われるというのは、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』(1818)以来ずっとあるテーマと言えるでしょう(映画「フランケンシュタイン」('31年/米)では怪物の呼び名はFrankenstein 博士による"creator"(創造物)となっている)。
 アイザック・アシモフ(1920-1992)がいわゆる「ロボット工学3原則」を提唱したのは、短編集『ロボットの時代』(1964)で自ら語っているところによれば、『フランケンシュタイン』や『R.U.R.』から延々と繰り返されてきた「ロボットが創造主を破滅させる」というプロットと一線を画すためであったようですが、アシモフの作品にも、創造主である人間に抵抗し滅ぼそうとするロボットが登場します。
 このチャペックの『ロボット』では、人間は最後アルクピストという建築士だけが生き残り、ロボット同士の結婚を認めるという(生殖機能を有している?)、ロボットにとってのハッピーエンドとなっています。
アルクピスト建築士 in 『ロボット (R.U.R.)』

人間ども集まれ!.jpg あの「鉄腕アトム」の生みの親である手塚治虫も、『人間ども集まれ!』(1967)で、奴隷や兵士として消耗されていたロボットが一斉に立ち上がって人間に抵抗する話を描いていますが、丁度その頃読んだチャペックの『山椒魚戦争』に触発されたのではなかったかと後に述懐しています。
人間ども集まれ!
 『山椒魚戦争』に出てくるサンショウウオと人間の中間みたいな奇妙な生物たちも、労働力として人間に使役されるうちに反乱を起こすわけですが、この『R.U.R.』のロボットは、脳・内臓・骨といった各器官は攪拌槽で原料を混合して造られる人工の原形質の培養で、神経や血管は紡績機で作られ、それらを部品として組み上げたもので、プログラムで動く点は機械であると言えますが、外観は人間と同じになっています。これは、本作が戯曲であることも関係しているかと思います。

『ブレードランナー』3.jpg もともと感情を持たず、20年くらいで消耗し破壊されるが、「死」を怖れるといったこともない―そうしたものだったはずのロボットが、開発者グループの博士の一人が密かに高次元のプログラムを組み入れたために自ら思考するようになり人間に近くなってしまったという設定で、こ『ブレードランナー』4.jpgれは所謂「自律型ロボット」と呼ばれるものであり、彼らの哀しみからは、個人的には、フィリップ・K・ディック(1928-1982)の『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(1968)の映画化作品「ブレードランナー」('82/米)年の「レプリカント」を想起させられました(「レプリカント」はクローン技術の細胞複製(レプリケーション)からとった造語)。                       「ブレードランナー」('82/米)

 当時のチェコは労働者と富裕層との階級対立が深刻化していて、貴族階級の没落や社会主義革命への脅威といった世相がこの作品には反映されているとされていますが、政治的背景を除いて純粋にSFとしてみると、「ブレードランナー」とちょっとモチーフやテーマが重なるのではないでしょうか。「ブレードランナー」に限らず、この「人間 vs. 人間の創造物」というモチーフは様々な作品で2001年宇宙の旅1.jpg2001年宇宙の旅 haru.png青豆とうふ.jpg繰り返されているように思われ、イラストレーターで今年('14年)亡くなった安西水丸氏と同じくイラストレーターの和田誠氏のリレーエッセイ『青豆とうふ』('03年/講談社)を読んでると、和田誠氏がこの作品に触れて、「ロボット」と「コンピュータ」の区別が曖昧になっている気がするとし、拡げて解釈すれば、「ハル」と呼ばれるコンピュータが反乱を起こすスタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」('68年/米)などもこの範疇、系譜に入るような捉え方をしていました(和田氏は『カル・チャペック戯曲集』の装丁・挿絵を手掛けている。安西氏はプラハでチャペックのこの小説に出てくるロボットの置物を土産に買ったとか)。

2001 space odyssey2.jpg 「2001年宇宙の旅」は、雑誌「ぴあ」の読者が選ぶ「もう一度観たい映画No.1」の座を長年に渡って占めていた作品で、最初2001年宇宙の旅 2.jpg観た時は、哲学的な示唆が感じられる内容にやや驚き、他の人は皆が解ったのかなとも思ったりしましたが、脚本を書いたキューブリックとアーサー・C・クラークは「この映画は観客がどう解釈してもよい」と言い残2001年宇宙の旅 1968年.jpg2001年宇宙の旅 1978年リバイバル.jpgしています(キューブリックとアーサー・C・クラークがアイデアを出し合い、先ずアーサー・C・クラークが小説としてアイデアを纏め、その後キューブリックが脚本を執筆し、映画の公開の後に「小説」は発表されているが、その「小説」にはアーサー・C・クラーク独自の解釈がかなり取り入れられていることから、厳密に言えば、映画の原作であるともノベライゼーションであるとも言えないものとなっている。因みにコンピュータ「HAL9000」のHALは、IBMをアルファベット順で一文字ずつずらしたネーミング)。

1968年/1978年(リバイバル)各チラシ

2001年宇宙の旅 last.jpg 完璧な映像構成からキューブリック2001 space odyssey.jpgがカメラマン出身であることを強く感じさせる作品でしたが、ジョン・レノンも讃えたというラストのSFXは今日観るとそれほどでもないかも(もともと、このラスト及び映画自体は毀誉褒貶があり、小松左京、筒井康隆氏といった人たちはあまり買っていなかった記憶がある)。むしろ、ツァラトゥストラはかく語りき」や「美しく青きドナウ」などの曲が映像とマッチさせて上手く使われているのを感じました(宇宙飛行士が宇宙船外に放り出される場面は怖かった)。

 チャペックの『R.U.R.』は、単に「ロボット」という言葉を生み出したというだけでなく、それまであった一定のモチーフをSFとして確立させたという点でも、後に及ぼした影響力は大きいのではないでしょうか。「ブレードランナー」や「2001年宇宙の旅」に限らず、多くの映画や小説がこのモチーフを引き継いでいることを思うと、19世紀初頭の『フランケンシュタイン』と並んで、20世紀におけるエポック・メイキングな作品であると言えるかと思います。

珈琲屋チャペック2.jpg 因みに、北陸の金沢に行った時、金沢城の城跡付近にチャペック」というコヒー・ショップがありましたが、この作品の作者の名前からとったようです。ネットで確認すると、確かに兄ヨゼフ・チャペックの絵を使っている...。行った時には前を通っただけでしたが、店内にはチャペック関連の趣向も施されているようで、あの時店の中に入ればよかったと後でやや後悔しました。


ブレードランナー チラシ.jpgブレードランナー.jpg「ブレードランナー」●原題:BLADE RUNNER●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督:リドリー・スコット●製作:マイケル・ディーリー ●脚本:ハンプトン・フィンチャー/デイヴィッド・ピープルズ●撮影:ジョーダブレードランナー4.jpgン・クローネンウェス●音楽: ヴァンゲリス●時間:117分●出演:ハリソン・フォード/ルトガー・ハウアー/ショーン・ヤング/ダリル・ハンナ/ブライオン・ジェイムズ/エドワード・ジェイムズ・オルモス/M・エメット・ウォルシュ/ウィリアム・ サンダーソン/ジョセフ・ターケル/ジョアンナ・キャシディ/ジェームズ・ホン●日本公開:1982/07●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:二子東急(83-06-05)●2回目:三軒茶屋東映(84-07-22)●3回目:三軒茶屋東映(84-12-22)(評価:★★★★☆)二子東急.jpg二子東急.gif●併映(2回目):「エイリアン」(リドリー・スコット)/「遊星からの物体x」(ジョン・カーペンター)●併映(3回目):「遊星からの物体x」(ジョン・カーペンター)
 


2001 nen: Uchuu no Tabi(1968)
2001 nen Uchuu no Tabi(1968).jpg「2001年宇宙の旅」●原題:2001:A SPACE ODYSSEY●制作年:1968年●制作国:アメリカ●監督・製作:スタンリー・キューブリック●脚本:スタンリー・キューブリック/アーサー・C・クラーク●撮影:ジェフリー・アンスワース/ジョン・オルコット●音楽:リヒャルト・シュトラウス《ツァラトゥストラはかく語りき》/ヨハン・シュトラウス2世《美しく青きドナウ》/他●時間:152分●出演:キア・デュリア/ゲイリー・ロックウッド/ウィリアム・シルベスター/ダニエル・リクター有楽座(旧)1.bmp/ダグラス・レイン(HAL 9000(声))●日本公開:1968/04●配給:MGM●最初に観た場所:日比谷・有楽座(78-12-10)(評価:★★★★)  右写真:有楽座[1984(昭和59)年9月]「ぼくの近代建築コレクション」より
旧有楽座内.jpg有楽座.jpg
旧・有楽座 1935(昭和10)年6月に演劇劇場として開館。1949(昭和24)年8月~ロードショー館(席数1,572)。1984年10月31日閉館。 

 
「RUR」hukamati.jpg【1924年単行本[金星堂(『ロボット』鈴木善太郎:訳)]/1968年単行本[平凡社『現代人の思想22 機械と人間との共生』収録(『ロボット製造会社R.U.R.』鎮目泰夫:訳)]/1977年文庫化『華麗なる幻想-海外SF傑作選』収録[講談社文庫(『R.U.R.』深町眞理子:訳)]/1989年再文庫化[岩波文庫(『ロボット (R.U.R.)』千野栄一:訳)]/1992年単行本[十月社(『R.U.R.ロボット』栗栖継:訳)]/2006年単行本[八月舎『チャペック戯曲全集』収録(『RUR』田才益夫:訳)]/2012年[単行本(『カル・チャペック戯曲集〈1〉ロボット/虫の生活より』栗栖継:訳)]】

RUR...ロッサム万能ロボット会社」電子版(深町眞理子:訳)

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ポーランド現代文学の中では珍しく「徹底的に非政治的で官能的な小説」という見方に共感。

尼僧ヨアンナ―他 (東欧の文学)2.jpg尼僧ヨアンナ (岩波文庫).jpg        尼僧ヨアンナ [DVD].jpg 尼僧ヨアンナ ps デザイナー大島弘義.jpg
尼僧ヨアンナ (岩波文庫)』 「尼僧ヨアンナ [DVD]」/「尼僧ヨアンナ」ポスター(デザイン:大島弘義)
尼僧ヨアンナ 格子03.jpg尼僧ヨアンナ―他 (東欧の文学)』福岡 星児:訳(1967/07 恒文社)

 中世末期、ポーランドの辺境の町ルーディンで、修道院の若き尼僧長ヨアンナに悪魔がつき、悪魔祓いに派遣された若き神父スーリンはあれこれ手を尽くすが万策尽きる―。

イヴァシュキェヴィッチ.jpg ウクライナ出身のポーランド人作家ヤロスワフ・イヴァシュキェヴィッチ(1894-1980)が、1943年、作者49歳の時に執筆した作品で(1946年に中短編集の中で発表された)、フランスの小都市ルーダンで実際に行われた悪魔裁判を素材とした作品ですが、それを、中世末期のポーランドの辺境の町「ルーディン」に舞台を置き換えています。その他は、驚愕の結末を除いてはほぼ史実に忠実だそうです。
Jarosław Iwaszkiewicz(1894-1980)

ルーダンの悪魔.jpg 実際に起きた事件は、1632年からフランスの小都市ルーダンで、ウルスラ会の修道女たちが悪魔憑きの症状を示し、神を冒涜する言葉、痙攣と硬直、淫らでショッキングな振舞い等が人々に衝撃を与えたため、悪魔祓いと原因究明の審査が行われ、ルーダンの教会の司祭であり、教養と魅力的な物腰で街の女を次々にものにし(その結果、多くの敵も作っていた)ウルバン・グランディエが、悪魔と契約を結んだとの罪状で生きながら火刑に処されれたいうもので、この事件を素材とした小説には、この作品のほかにイヴァシュキェヴィッチと同年生まれの英国の作家オルダス・ハックスリー(1894-1963)の『ルーダンの悪魔』(The Devils of Loudun 、1952)などがあります。

ルーダンの悪魔
尼僧ヨアンナ パティオ.jpg
 この作品の原題は『尼僧長"天使たちの"ヨアンナ』(Matka Joanna od Aniołów)ですが、1961年にポーランドの映画監督イェジー・カヴァレロヴィッチ(1922-2007)によって「尼僧ヨアンナ」(英文タイトル:Mother Joanna of the Angels)として映画化され、カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞するなどして世界的に有名になったことから、岩波文庫版('96年)関口時正氏の訳でもこれをタイトルにしています。本邦初訳は『「東欧文学全集」第8巻‐イヴァシュキェヴィッチ集』(恒文社)の福岡星児訳('67年)でこれも映画化の後の刊行であり、映画が本邦公開された時点('62年)では原作の邦訳は無かったことになります。

イェジー・カヴァレロヴィチ.jpg 個人的にもイェジー・カヴァレロヴィッチの映画の方を先に観て(1962年に発足した日本アート・シアター・ギルド(ATG)の配給第1作でもある)、やや内容を忘れかけた頃に原作を読みましたが、そのことにより改めて映画のシーンが甦ってきました。映画を観た際は、ストーリー面で、ラストでスリン神父(ミエチスワフ・ウォイト)がヨアンナ(ルチーナ・ヴィニエツカ)を悪魔から守ることと引き換えに自らが悪魔を引きうけ殺戮を行うというのは、やや映画的な作り方をしているのではないかとも思いましたが、読んでみたら原作もその通りでした。
Jerzy Kawalerowicz(1922-2007)

ツイン・ピークス1.jpgツイン・ピークス3.jpg まるで、デイヴィッド・リンチが監督して90年代初頭に人気を博したTVドラマ「ツイン・ピークス」の、主人公のFBI捜査官が少女を守るために悪魔に魂を売り渡してしまうラストみたいです。デイヴィッド・リンチによると、あのラストはあくまでも第2シーズンの最終話に過ぎないとのことですが、その続きは作られていません。

尼僧ヨアンナ 08.jpg 個人的には「原作が映画と同じ展開だった」のがやや意外であり、岩波文庫版の翻訳者・関口時正氏の解説でも、スーリンに重罪を犯させる結末ではなく、"小説的筋書きとしての効果の成否"についてはともかく、自殺させることでも足りたのではないか尼僧ヨアンナ 05.jpg(自殺も罪ではあるが)と書いているのは、文学作品を読んだつもりが結構"ホラー"だったかもしれないという自分の読後感をある部分代弁してくれているようにも思えました(ヨアンナが突然表情を変え、悪魔の語り口で話し始めるのはまるで映画「エクソシスト」みたい)。

 但し、"ホラー"と言っても作者の筆致は冷静であり、むしろ、憑依現象を冷静に解析した情動力学的な"心理劇"ともとれるように思います。読んでいて、修道院で起きていることは、戒律による性的抑圧に起因する集団ヒステリーに類するものであることの察しがつくようになっています。また、ヨアンナの体の中に複数の悪魔がいて、それらが交互に姿を現すというのは、ダニエル・キイスの『24人のビリー・ミリガン』を想起させます(「複数の悪魔」は複数人格を呈す解離性障害として説明可能ではないか)。

尼僧ヨアンナ 07.jpg 因みに、小説は前任者の司祭が火刑に処せられ、若き神父スーリンが悪魔祓いのため派遣されるところから始まりますが、ヨアンナにはジャンヌという実在のモデルがいる一方、このスーリンにもスュランという実在のモデルがいて、1634年、34歳の時に悪魔祓いのため修道院に派遣されて、ジャンヌの悪魔をわが身に引き受けた結果としてボロボロになり、殺人を犯したり自殺したりするまでには至らなかったけれど(自殺未遂はあった)、20年近く闘病・治療生活を送って、60歳を過ぎてやっとジャンヌと過ごした濃密な時間を書き記したものを完成させたようです(内容は、宗教的な矩を超えない範囲で、神秘主義的色合いの濃いものらしい)。

ルチーナ・ヴィニエツカ (カヴァレロヴィッチ監督夫人)

尼僧ヨアンナ パティオ02.jpg 1961年に作られた映画「尼僧ヨアンナ」は、スターリン主義の抑圧を受けていた当時のポーランド情勢を、戒律下に置かれた修道尼らの性的抑圧として表したと解されることが多いようですが、イエジー・カヴァレロヴィッチ監督には、社会派サスペンス映画「影」('56年)など、ポーランドの政治情勢を反映させながらも娯楽性を含んだ作品も撮っており(この作品と「夜行列車」('59年)、「尼僧ヨアンナ」の3本が最高傑作とされている)、また、「尼僧ヨアンナ」において修道尼たちが一斉に地面に倒れ込むのを俯瞰で撮るなど、カメラワークにも非常に洗練されたものがあって、芸術的完成度は高いように思います(その分、"政治"が後退する? 少なくとも個人的にはあまりプロパガンダ性を感じなかった)。

尼僧ヨアンナ 04.jpg また、イヴァシュキェヴィッチの原作の方も、1943年という、ポーランドのユダヤ人や知識層が厳しい弾圧を受けていた時期に書かれたものですが(イヴァシュキェヴィッチは既にポーランドを代表する文人であったとともにレジスタンス運動を指揮していた)、岩波文庫版解説で関口時正氏は、「尼僧ヨアンナ」にしてもその他の作品にしても、彼の作品はポーランド現代文学の中では珍しく「徹底的に非政治的で、官能的な小説」であるとしています。

尼僧ヨアンナ_2.jpg この関口時正氏の本作に対する見方には痛く共感しました。イヴァシュキェヴィッチという人は政治と文学を分けて考えていたのではないか。そうして考えると、映画「尼僧ヨアンナ」も、いろいろと背景はあるのかもしれませんが、先ずは、観たままの通り感じればよい作品なのかもしれません。 
 
尼僧ヨアンナ0.jpg「尼僧ヨアンナ」●原題:MATKA JOANNA OD ANIOLOW(MOTHER JOAN OF THE ANGELS)●制作年:1960年●制作国:アメリカ●監督:イェジー・カヴァレロヴィッチ●脚本:タデウシュ・コンビッキ/イェジー・カヴァレロヴィッチ●撮影:イェジー・ウォイチック●音楽:アダム・ワラチニュスキー●原作:ヤロスワフ・イヴァシュキェヴィッチ●時間:110分●出演:ルチーナ・ウィンニッカ/ミエチスワフ・ウォイト/ミエチスワフ・ウォイト/アンナ・チェピェレフスカ/マリア・フヴァリブク/スタニスラフ・ヤシュキェヴィッチ●日本公開:1962/04●配給:東和/ATG(共同配給)●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会(79-04-18)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(10-07-03)(評価:★★★★)●併映:「パサジェルカ」(アンジェイ・ムンク)

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戦争の悲劇を描いたマルグリット・デュラス原作(脚本)の映画化作。DVD化されていない名作。

かくも長き不在 ポスター.jpgかくも長き不在 vhs.jpg かくも長き不在 01.jpg かくも長き不在 ちくま.jpg
輸入版ポスター/「かくも長き不在」VHS/『かくも長き不在 (ちくま文庫)

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE.jpg パリ郊外でカフェを営むテレーズ(アリダ・ヴァリ)はある日、店の前を通る浮浪者に目を止める。その男(ジョルジュ・ウィルソン)は16年前に行方不明になった彼女の夫アルベールにそっくりであった。テレーズはその男とコンタクトをとるが、その男は記憶喪失だった―。

 アンリ・コルピ(1921-2006/享年84)監督の1961年公開の作品で、この人は映画監督の他に雑誌編集者、脚本家、音楽家、編集技師として幅広く活動した人ですが、逆に単独監督した作品として有名なのはこの一作くらいではないでしょうか。但し、この作品でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞しています。

 この作品もある種"企画"的側面があり、原作者のマルグリット・デュラス(1914-1996/享年81)は1960年にこの物語を、同じくデュラスマルグリット・デュラス.jpgの小説『モデラートカンタービレ』(原題:Moderato Cantabile, 1958年)を原作としジャンヌ・モロー、ジャン=ポール・ベルモンドが主演した「雨のしのび逢い」('60年/仏・伊)の脚本家ジェラール・ジャルロと共同でいきなり脚本から書き起こしていて、それは「ちくま文庫」に所収されています。
Marguerite Duras(1914 - 1996)
かくも長き不在 02.jpg
 戦争の悲劇を描いた感動作ですが、マルグリット・デュラスの作品の中でも分かり易く、また、件(くだん)の浮浪者は果たしてテレーズの夫であるのかどうかという関心から引き込まれます。そして、事実は結末で意外な形で示唆されますが(テレーズの呼んだ夫の名を街の人が次々と伝えていき、それに反応する形で浮浪者が降参するかのように両手を上げるのが悲しい)、その前のテレーズと浮浪者のダンスシーンなども、ぎこちなく二人が抱き合うところなどは逆にリアルで感動させられ、定番的な作り物にしてしまわない脚本と演出の上手さが感じられました。

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE aridabari.jpg アリダ・ヴァリはキャロル・リード監督の「第三の男」('49年/英)が有名ですが、この作品を観ると、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「さすらい」('57年/伊)で夫と別れて暮らすことになった妻を演じていたのを思い出します。「さすらい」において、夫は疲弊して妻の元に戻りますが、アリダ・ヴァリ演じる妻は既に新たな生活を築いており、夫は妻の目の前で自死を遂げます。

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE 1.jpg この「かくも長き不在」においても、アリダ・ヴァリ演じるテレーズには日常においては暗さは無く、16年前にゲシュタポに捕えられたまま消息を絶った夫の帰りを待ちながらも店を営んで逞しく生活しており、若い恋人までいるような様子であって、そこへ抜け殻のようになって現れた"夫かもしれない男"との対比が、逆に男の心的外傷によるトラウマの闇の深さを際立たせています。テレーズが男とぎこちないダンスをした際に、男の頭部の傷に気づく場面はぞっとさせられますが、一方で、そのことにより"夫かもしれない男"に憐れみと慈しみを覚えるテレーズの表情は、まさにアリダ・ヴァリにしか出来ないような演技であり、この作品の白眉と言えます。

 因みに、この映画を観て、いくら心的外傷を負ったとは言え、自分の夫と他人の区別がつかないものだろうかという慰問を抱く人がいますが、心的外傷だけでなく記憶中枢である海馬を損傷するなど脳に器質的障害を負った場合、その人の顔つきまでも全く変わってしまうことが見受けられるようで、個人的にもそうしたケースに接したことがあります。

「二十四時間の情事」1.jpg マルグリット・デュラスは多くの作品を残しながら自身も監督業を手掛けていますが、どちらかと言うと原作や脚本を書いたものを別の映画監督が映画化したものの方が知られており、有名なものでは原作・脚本を書き、アラン・レネが監督してカンヌ国際映画祭FIPRESCI(国際映画批評家連盟)賞を受賞した「二十四時間の情事」('59年/仏・日)がありますが、こちらもモチーフとしてナチの収容所体験を持つ女性が出てきます。ヌーヴェル・ヴァーグの色合いを感じる作品で、観念的な原作の文脈でそのまま映像化するとこんな感じかなという作品ですが、これもオリジナルよりは分かり易くなっています。同じアラン・レネ監督の、後にノーベル文学賞を受去年マリエンバートで 01.jpg賞する作家アラン・ロブ=グリエ(1922-2008/享年85)原作の「去年マリエンバートで」('61年/仏)ほどには前衛的ではなく、デュラスの小説の映画化作品は、小説より分かり易くなる傾向にあるように思います(それでもまだ難解な面もあるが、「去年マリエンバートで」のように観ていて眠くなる(?)ことはない)。デュラスの小説『ジブラルタルから来た水夫』を原作とするトニー・リチャードソン監督の「ジブラルタルの追想」('67年/英)なども、えーっ、原作ってこんなラブロマンスなの、というようなハーレクイン風の仕上がりで、ここまで噛み砕いてしまうとどうかなというのはありますが、さすがにこの作品は自身で脚本までは書いていないようです。

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE 7.jpg 「かくも長き不在」のちくま文庫版の原作脚本を読むと、自身で監督したものに有名な作品は無いけれど、(脚本家の協力・示唆はあったにせよ)小説的効果と映画的効果の違いはわかっていた人ではないかという気がします。特に、この映画のラストの男を呼ぶ声が伝言のように街中を伝わっていく場面は、映画的シチュエーションの極致と言ってよいかと思います。

 しかし、この「かくも長き不在」、以前はビデオとLD(レーザーディスク)で発売されていたけれど、2014年現在DVD化はされていないようです。どうして?(2015年完成の4Kスキャン→2K修復画質により2018年に初めてDVD&Blu-ray化された)

かくも長き不在 シアターアプル.jpgUNE AUSSI LONGUE ABSENCE 3.jpg「かくも長き不在」●原題:UNE AUSSI LONGUE ABSENCE●制作年:1960年●制作国:フランス●監督:アンリ・コルピ●脚本:マルグリット・デュラス/ジェラール・ジャルロ●撮影:マルセル・ウェイス●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●時間:98分●出演:アリダ・ヴァリ/ジョルジュ・ウィルソン/シャルル・ブラヴェット/ジャック・アルダン/アナ・レペグリエ●日本公開:1964/08●配給:東和●最初に観た場所:新宿シアターアプル(85-04-21)(評価:★★★★)
ポスター(イラスト:和田 誠

二十四時間の情事 02.jpg「二十四時間の情事」●原題:HIROSHIMA 二十四時間の情事_.jpgMON AMOUR●制作年:1959年●制作国:フランス・日本●監督:アラン・レネ●脚本:マルグリット・デュラス●撮影:サッシャ・ヴィエルニ/高橋通夫●音楽:ジョヴァンニ・フスコ(イタリア語版)/ジョルジュ・ドルリュー●時間:90分●出演:エマニュエル・リヴァ/岡田英次/ステラ・ダサス/ピエール・バルボー/ベルナール・フレッソン●日本公開:1959/06●配給:大映●最初に観た場所:京橋・フィルムセンター(80-07-15)(評価:★★★★)
二十四時間の情事 [DVD]

去年マリエンバートで  チラシ.jpg去年マリエンバートでes.jpg「去年マリエンバートで」●原題:L'ANNEE DERNIERE A MARIENBAT●制作年:1961年●制作国:フランス・イタリア●監督:アラン・レネ●製作:ピエール・クーロー/レイモン・フロマン●脚本:アラン・ロブ=グリエ●撮影:サッシャ・ヴィエルニ●音楽:フランシス・セイリグ●時間:94分●出演:デルフィー去年マリエンバートで ce.jpgヌ・セイリグ/ ジョルジュ・アルベルタッツィ(ジョルジョ・アルベルタッツィ)/ サッシャ・ピトエフ/(淑女たち)フランソワーズ・ベルタン/ルーチェ・ガルシア=ヴィレ/エレナ・コルネル/フランソワーズ・スピラ/カリン・トゥーシュ=ミトラー/(紳士たち)ピエール・バルボー/ヴィルヘルム・フォン・デーク/ジャン・ラニエ/ジェラール・ロラン/ダビデ・モンテムーリ/ジル・ケアン/ガブリエル・ヴェルナー/アルフレッド・ヒッチコック●日本公開:1964/05●配給:東和●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会(81-05-23)(評価★★★?)●併映:「アンダルシアの犬」(ルイス・ブニュエル)

THE SAILOR FROM GIBRALTAR PERFORMER.jpg「ジブラルタルの追想」●原題:THE SAILOR FROM GIBRALTAR PERFORMER●制作年:1967年●制作国:イギリス●監督:トニー・リチャードソン●製作:オスカー・リュウェンスティン●脚本:クリストファー・イシャーウッド/ドン・マグナー/ジブラルタルの水夫.jpgトニー・リチャードソン●撮影:ラウール・クタール●音楽:アントワーヌ・デュアメル●原作:マルグリット・デュラス「ジブラルタルから来た水夫(ジブラルタルの水夫)」●時間:90分●出演:ジャンヌ・モロー/イアン・バネン/オーソン・ウェルズ/ヴァネッサ・レッドグレーヴ●日本公開:1967/11●配給:ユナイテッド・アーチスツ●最初に観た場所:大塚名画座(78-12-12)(評価:★★☆)●併映:「悪魔のような恋人」(トニー・リチャードソン)(原作:ウラジミール・ナボコフ)
ジブラルタルの水夫

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育てようとした対象を自ら押し潰してしまう―感性で捉える不条理劇「授業」。

イヨネスコ 授業・犀.jpg ウジェーヌ・イヨネスコ.jpg ウジェーヌ・イヨネスコ授業1.jpg 中村伸郎「授業」死の教室 中古vhs.jpg
授業・犀 (ベスト・オブ・イヨネスコ)』['93年/白水社]     アンジェイ・ワイダ「死の教室」VHS(絶版)

授業・犀 (ベスト・オブ・イヨネスコ).jpg ある教授の自宅に、女生徒が個別講義を受けに来るが、教授は女中に止められるのもかまわず講義を始める。数学そして比較言語学と講義を進めていくにつれ、最初は穏やかだった教授は夢中になり、しだいに凶暴になっていく。凶暴化した教授は我を忘れて、講義に集中できなくなった女生徒をナイフで刺殺する―。

 ルーマニア生まれのフランスの劇作家ウジェーヌ・イヨネスコ(1909-94/享年84)が1951年に発表した戯曲で、サミュエル・ベケット(1906-89)などと共に20世紀のヌーヴォー・テアトルの代表格にあたる人ですが、文学界にデビューしたのは40歳を過ぎてからであり、結構遅咲きだった人です(デビュー時に、新世代の劇作家の台頭を歓迎する出版社の意向で、年齢を3歳若くサバ読み公表させられた)。

 イヨネスコの作風は「平凡な日常を滑稽に描きつつ、人間の孤独性や存在の無意味さを鮮やかに描き出した」(ウィキペディア)ものということになるらしいですが、昔から言われている言葉で一言で言えば、「不条理劇」であり、実際、カミュやサルトルの不条理の文学に通じるとされています(但し、個人的には、戯曲という表現を通して理論よりも観客の感性に働きかけている分、哲学っぽくないという点で、カフカなどに近いように感じる)。

山手教会地下「ジァン・ジァン」.jpg渋谷ジァン・ジァン 高橋竹山.bmp渋谷ジァン・ジァン 中村伸郎.bmp 演劇としての「授業」は、俳優の中村伸郎(1908-1991/享年82)が、'72年より11年間にわたって、毎週金曜日に渋谷・公園通りの山手教会地下「ジァン・ジ渋谷ジャンジャンr-1s.jpgァン」で演じていたことで知られていますが(「ジャンジャン」は1969年7月オープン。ここへは「高橋竹山の津軽三味線」や「おすぎのシネマトーク」も聞きに行った。「イッセー尾形の一人芝居」もこのジァン・ジァンで始められた。「美輪明宏の世界」とか「松岡計井子渋谷ジャンジャン75年8月.jpgビートルズをうたう」などといったものもあり、荒井由実(後の松任谷由実)、中島みゆき、吉田拓郎、井上陽水など、ここでライブをやった著名アーティストは数知れない。'00年4月25日閉館)、自分自身のメモを見ると、'79年の5月4日の金曜日に「ジァン・ジァン」に「授業」を観に行っていました(ゴールデンウィーク中渋谷ジャンジャン 授業.jpg中村伸郎 授業.pngもやっていた)。小劇場であるため、役者と観客の距離が近くて緊迫感があり、結構インパクトを受けました(その時の女性徒役は、演出も兼ねていた大間知靖子。歴代の女性徒役の中でも名演とされている)。

 女性徒の覚えの悪さ(「ナイフ」という言葉を何度やっても正確に発音できない)に教授はキレてしまい、発作的にナイフによる凶行に及んだともとれるのですが、実はこの教授は今までも同じ殺人を何度も繰り返していることが暗示されています。

 育てようとした対象を自ら押し潰してしまう―家庭教師をやっていたりした時のことを思い出しそうな設定ですが、もし今観れば、会社における部下指導の在り方などを考えてしまうかも(余りにストレートに教訓的な解釈?)。

 中村伸郎の後を受けて、中山仁、勝部演之、仲谷昇といった俳優がこの教授役を演じ、また最近では「劇団東京乾電池」の綾田俊樹やベンガルが演じていますが、今年('11年)7月には、柄本明が「東京乾電池」の公演として自身の演出のもとで演じています。それらを実際に観てはいないけれども、中村伸郎.jpgいかにもひと癖ありそうな柄本明よりも、教授然とした中村伸郎の方が、この作品の中村伸郎2.jpg場合"意外性"の効果はあるのではないかなあ。中村伸郎は「宇宙大怪獣ドゴラ」('64年/東宝)や「サンダ対ガイラ」('66年/東宝)、或いはTV版「白い巨塔[左]('67年)でも博士や教授の役でした。この人、「天国と地獄」('63年/東宝)など黒澤明監督作品にも出ているほか、映画会社ではなく劇団(文学座)所属だったので、「彼岸花」('58年/松竹)、「秋日和」('60年/松竹)、「秋刀魚の味[右](62年/松竹)など小津安二郎監督の後期作品にも常連のように出ています。

 "感性に訴える"作品ではありますが、政治的意図(反ナチズム)もあるようで(家庭教師や会社の上司に置き換えるだけでは"読み"が浅い?)、更に、教室という1場面のみで話が進行するため、アンジェイ・ワイダが監督した「劇団クリコット2」による「死の教室」('76年/ポーランド)を観た際に、この芝居を想起したりもしました。

死の教室の一場面.jpg 「死の教室」は、廃墟(倉庫?)のような教室に、自らの子供の頃の分身である人形を持ってやって来た老人(死者)たちが、脈絡のない不可思議な行動をとりながら、ユダヤの歴史に由来する言葉や、意味不明な単語を発演するという、これもまた「不条理劇」で、舞台劇(演出はタデウシュ・カントール)をそのまま撮った記録映画です。オーケストラ・リハーサル dvd2.jpg"統制の喪失"という意味では、個人的にはフェデリコ・フェリーニの「オーケストラ・リハーサル」(′79年/伊)と少し似ているように思えたました。「オーケストラ・リハーサル」は、「フェリーニの道化師」などと同じくTV用映画として撮られたもので、あるオーケストラのリハーサル風景をTV局が取材するという形で物語が進み、「道化師」と同じくドキュメンタリーかと思って観ていると、実はフィクションだった...。「オーケストラ・リハーサル [DVD]

死の教室 [THE DEAD CLASS] ポスター.jpg アンジェ蜷川幸雄.jpgイ・ワイダはこの「死の教室」という作品を、やはりTV用作品として撮影しましたが、ポーランド国内ではTV放映も劇場公開もされていないとのこと、かつて「劇団クリコット2」が再来日して('82年に一度来日して公演、蜷川幸雄(1936-2016)氏ら日本の演劇人に衝撃を与えたとのこと)、この芝居を舞台公演するという話がありましたが、「クリコット2」のメンバーが全員高齢であるため、長旅に耐えられないという理由で中止になったという顛末がありました。出演者らは"老け役"ではなく、ホントに老人だったのだ...。

「死の教室」●原題:THE DEAD CLASS●制作年:1976年●制作国:ポーランド●監督:アンジェイ・ワイダ●製作:バルバラ・ペツ・シレシツカ●脚本・演出・作曲:タデウシュ・カントール●時間:90分●出演:劇団クリコット2(マリア・グレツカ/パルコ劇場.jpgparco劇場 .jpgボフダン・グリボヴィッチ/ミーラ・リフリツカ/ズビグニエフ・ベトナルチック/ロマン・シヴラック)●日本公開:1988/01●配給:パルコ●最初に観た場所:渋谷・PARCO劇場(88-01-16)(評価:★★★☆)
PARCO劇場 1973年5月23日「西武劇場」として渋谷PARCO PART1の9Fにオープン、主に演劇公演に利用される。1985年~「PARCO劇場」。2016(平成28)年8月7日閉館。2019年に再オープン予定。

「オーケストラ・リハーサル」チラシ/「オーケストラ・リハーサル [DVD]
オーケストラ・リハーサル  チラシ.jpgオーケストラ・リハーサル dvd.jpgオーケストラ・リハーサル 3.jpg「オーケストラ・リハーサル」●原題:PROVA D'ORCHESTRA(ORCHESTRA REHEARSAL)●制作年:1979年●制作国:イタリア・西ドイツ●監督:フェデリコ・フェリーニ●製作:ファビオ・ストレッリ●脚本:フェデリコ・フェリーニ/ブルネッロ・ロンディ●撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ●音楽:ニーノ・ロータ●時間:72分●出演:ボールドウィン・バース/クララ・ユロシーモ/チェーザレ・マルティニョニ/ハインツ・クロイガー/クラウディオ・チョッカ/エリザベス・ラビ ●日本公開:1980/08●配給:フランス映画社●最初に観た場所:三鷹オスカー(81-10-10)(評価:★★★☆)●併映:「フェリーニのアマルコルド」「フェリーニのローマ」

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「ドスト氏の文学を理解するためには、どうしても通過しなければならない関門の一つ」(小沼文彦)

二重人格 ロシア語.jpg二重人格 ドストエフスキー 岩波文庫.jpg二重人格 (岩波文庫)』改版版 二重人格 旧版.jpg『二重人格』岩波文庫

Двойник(1846/2010 Азбука-классика 版)

二重人格 (岩波文庫)00_.jpg 主人公ゴリャートキン氏は、小心で引っ込み思案の孤独を愛する男で、典型的小役人であるが、家柄も才能もないのに栄達を望む野心だけは強く、そのことを自覚しながらも、自分には人並みかそれ以上の才能があるという自負心もあって、そうした内心の相克が昂じて精神的に病んでしまった結果、もう一人の自分という幻覚を作り出してしまう―。

 ドストエフスキーが1846年、25歳の時に、処女作『貧しき人々』の次に発表した作品で、作者は自信満々で世に送り出したようですが当時の評判はイマイチで、その時の低評価がその後も続いたきらいのある作品のようです。しかしながら、訳者の小沼文彦(こぬま ふみひこ、1916-1998)は文庫解説で、「現在ではよほどの愛好家でないかぎり、その存在すらも知らない人が多いが、ドストエフスキーの文学を理解するためには、やはりどうしても通過しなければならない関門の一つであることは、いまさら言うまでもない」('81年4月)としています。

 全体を通して、ゴリャートキン氏の混乱した視点から見た描写や独白が延々繰り返され、そのため冗長感は否めず、それが発表時のマイナス評価の一要因としてもあったようですが、「饒舌過剰」はドストエフスキー作品の特質だと考えれば、むしろ、「役所に行ったら自分そっくりで姓名まで自分と同じ人間が仕事していた」というシュールな設定の方に当時の批評家の一部はついていけなかったのではないでしょうか。

 個人的には、プロット自体はまるで筒井康隆氏の初期作品みたいで面白く、作者が意識して読者サービスしているようにも思えました(安部公房の『壁-S・カルマ氏の犯罪』にも、会社に行ってみたら自分の代わりに自分の"名刺"が仕事をしていたという超シュールなシチュエーションがあったなあ)。

 主人公の前に突如現れたもう一人の自分"新ゴリャートキン氏"は如才ない人間で、人当たりがよくてゴマ摺りも出来るため上司の受けもよく、"我らが旧ゴリャートキン氏"は、役所での自分の仕事や地位を次々と奪っていく新ゴリャートキン氏のことを卑劣漢と見做して苦々しく思っているわけですが、実は"新ゴリャートキン氏"は、そうありたいという自分の願望の(本当はそうしたいがそんな卑怯なことは出来ないという思いも含めた)投影であることが窺えます(旧ゴリャートキン氏は、"新ゴリャートキン氏"との直接対決に何度か臨むが、直接対面するごとに相手に対して馬鹿丁寧になり、異常にへりくだってしまうのが興味深く、この辺りは後の『永遠の夫』に繋がるものを感じる)。

 振り返ってみれば、最初の方に出てくる、ゴリャートキン氏が医者にかかっている場面の、その際の医者との遣り取りから、彼が既に"壊れている"ことが窺えるように思われますが、この作品に影響を与えたとされるニコライ・ゴーゴリの「外套」や「鼻」などと比べると、それらの作品の主人公の精神錯乱からくる幻想的な場面は、主人公の妄想であることがすぐ分かるように書かれているのに対し、この作品は一貫してゴリャートキン氏の視点から書かれているため、何が真実であり何が嘘であるのか、読者は主人公と一緒に迷宮を彷徨することになり、その辺りがミステリアスで、楽しませてくれます(当時の著名な批評家ベリンスキーは、まさにこの"幻想的色調"が強すぎる点において、この作品に対し否定的評価だったのだが)。

 よく読むと結構プロットが練られているように思え、旧ゴリャートキン氏が"新ゴリャートキン氏"を自宅に招いて苦労話を聞いてやる場面などは、虚実皮膜譚というか、どこまでが事実でどこからが幻想なのか読者には明かされておらず、更には、前半部分において、ゴリャートキン氏が恩人の娘の誕生パーティに招待されたつもりで行ってみると実は招かれざる客であり、思い余って失礼な振舞いをして追い返されてしまうというエピソードがありますが、後半部分には、"新ゴリャートキン氏"の「陰謀家」的性格に気付いたその娘からゴリャートキン氏宛てに会いたいとの手紙が来ると言う"出来事"があり、この後半のエピソードを全て"妄想"として捉えるならば、ゴリャートキン氏の精神的病いはかなり重篤であるということに加え、ある種"創作"作用を伴うものであると言えることになるのではないでしょうか。

 この作品の原題(Двойник)は(英題は単に"The Double"となっているが)ドイツ語の「ドッペルゲンガー」に相当する言葉だそうで、日本語には該当する言葉が無いために、かつては「分身」と訳されていたのですが(Двойникには双子の相方を指す意味もあるようだ)、訳者は"相似関係"よりも"心理学的要素"に重点を置いて「二重人格」としたとのこと。この場合の「二重人格」とは、スティーヴンソンの『ジキル博士とハイド氏』のようなものを指すのではなく、「おれは自分で自分を殺してしまったんだ!」という主人公の叫びにも象徴されるように、「自分自身」からの"疎外"状況を表しているように思います。

永遠のドストエフスキー.jpg 現代心理学及び精神医学に置き換えるならば、劣等コンプレックスから強迫神経症、更には統合失調症に至って乖離性障害を引き起こしているという感じでしょうか。ドストエフスキー自身に若い頃から被害妄想があり、ロシア文学者の中村健之介氏などは、それを「統合失調症」による誇大妄想からくるものであると推察していて(『永遠のドストエフスキー-病いという才能』('04年/中公新書)、更にドスト氏には「離人症」の傾向もあったそうです。

 こうした中村氏の分析に対しては病跡学的な色彩が強すぎるとの批判もありますが、ドストエフスキーが異常なまでの執着心を持って、まるで虐め抜くかのようにこの作品の主人公であるゴリャートキン氏のことを描いているようにも思えることからすると、小沼氏の言う「ドストエフスキーの文学を理解するためには、やはりどうしても通過しなければならない関門の一つ」という言い方とリンクしてくる面があるようにも思います。

【1954年文庫化・1981年改版[岩波文庫]】

嗤う分身 dvd.jpg嗤う分身1.jpg2012年映画化「嗤う分身」('13年/英)
監督:リチャード・アイオアディ
原作:フョードル・ドストエフスキー『二重人格』
出演:ジェシー・アイゼンバーグ(サイモン・ジェームズ/ジェームズ・サイモン)/ミア・ワシコウスカ/ウォーレス・ショーン/ノア・テイラー
嗤う分身 [DVD]
 

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人間へのアイロニカルな批評眼と併せて、暖かい視線や鷹揚な姿勢も感じた。

雨傘 モーパッサン.jpg 雨傘.JPG『雨傘―他七編』['38年/岩波文庫(絶版)] モーパッサン.jpg ギ・ド・モーパッサン(1950-1993)
雨傘 モーパッサン22.jpg ギ・ド・モーパッサン(1950-1993)が1884年、33歳の時に発表した「雨傘」のほか、「モンジレ爺さん」(1885年)、「あな」(1886年)、「ロムどんのいきもの」(1885年)、「トワヌ」(1885年)、「うしろだて」(1884年)、「勲章が貰へた」(1883年)、「論より証拠」(1887年)の7篇を所収。

 モーパッサンは300を超える作品を残していますが、近代日本文学史上における翻訳文学の影響を研究している榊原貴教氏によれば、その内、主に約240の作品が3,400ほどの翻訳によって伝えられてきたといい、その多くは短編であるとのこと、表題作の「雨傘」は'08(平成16)年までに29回訳されていて、『女の一生』の88回、『脂肪の塊』の50回には及ばないものの、短篇では多い方となっています。

 「雨傘」は、傘の修理を巡っていちゃもんをつける奥さん(クレーマーというのはいつの時代にもいたのだ)を通して「人間のエゴイズム」を描いた作品とされていますが、この奥さんは単にケチなのでは無く、クレームをつけることで利益を享受することが、ちょっとした生き甲斐にもなっているのかなあと。

 殴打傷害致死罪で訴えられた男が、独特の陳述を展開する「あな」、耳の中に何か生き物がいると言って周囲を巻き込んで大騒ぎする男の話「ロムどんのいきもの」、脳溢血で寝たきりになった男が、寝床で鶏の卵を孵すことに歓びを見出すようになる「トワヌ」などは、"ほのぼの系"のユーモア、「うしろだて」、「勲章が貰へた」は、共に"見栄"にとり憑かれた男の滑稽譚といったところでしょうか。

 1880年、30歳で『脂肪の塊』を発表して文壇に躍り出たモーパッサンですが、その3年くらい前から、先天的梅毒による神経系の異常を自覚しており、1888年、38歳頃から不眠による変人ぶりが目立つようになり、1889年には麻酔中毒になり1891年に発狂、1892年には自殺未遂を起こして精神病院に入院、1893年に43歳でその精神病院で亡くなっています。

 こう書くと、何かペシミスティックな人生を送った人のようにも思われますが、この短篇集(意図して滑稽譚を拾っているわけだが)の何れの作品の登場人物もどこか憎めないところがあって、作者の当時の小市民に対するに対する鋭くアイロニカルな観察眼と併せて、"人間肯定的"な暖かい視座や鷹揚な姿勢も感じました(その辺りは、作者が創作上の充実期にあったことと関係するのだろう)。

 岩波文庫にはこの他に、『酒樽 他6篇』(水野亮:訳)、『あだ花 他2篇』(杉捷夫:訳)といった中短篇集がありましたが何れも絶版となっており、確かに今読むとやや古風な訳調かも。

 新潮文庫から'71年に3分冊の短篇集(青柳瑞穂:訳)が出ている一方、岩波文庫からも『モーパッサン短篇選』(高山鉄男:訳)として、15篇を収めた新訳版が'02年に刊行されています。

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社会的偏見と人間のエゴイズムをシンプルに凝縮。岩波文庫版(特に旧版)は挿絵が豊富。

脂肪の塊.JPG脂肪の塊 (1957年) (岩波文庫)』水野 亮:訳 脂肪のかたまり.jpg脂肪のかたまり (岩波文庫)』高山鉄男:訳

boule de suif poche (仏・2000年).jpg プロシア占領下の北仏ルーアンからの脱出行を図る馬車に乗り合わせたのは、互いに見知らぬブルジョア階級の夫婦3組、修道女2人、民主主義者の男1人、そして「脂肪の塊」と綽名される娼婦が1人―。大雪で移動に時間を要し、腹が減った彼らは、娼婦が自分の弁当を一同に快く分け与えたおかげで飢えを凌ぐことが出来、一旦は、普段は軽蔑している彼女に親和的態度を見せる。しかし途中の町宿で、占領者であるプロシアの士官が娼婦との関係が持てるまでは彼らの出発を許可しないと言っていると知ると、愛国心ゆえ嫌がる娼婦を無理矢理説き伏せ,士官の相手をさせようとする。そして再び出発の時、皆のために泣く泣く士官の相手をした娼婦を迎えた彼らの態度は、汚れた女を見るように冷たく、娼婦は憤慨し悲嘆にくれる―。

 1880年にギ・ド・モーパッサン(1850-1893)が30歳で発表した彼の出世作であり、馬車に乗り合わせた少数の人々が繰り広げるシンプルな出来事の中に、社会的偏見と人間のエゴイズムを凝縮させた、風刺文学の傑作と言えます(皮肉屋モーパッサンの面目躍如といった感じか)。

"Boule de Suif" (仏・2000年)

 それにしてもひどいね、このブルジョア達は。自分達が無事にフランス軍の所に行くことこそ愛国主義に適うことであるとして娼婦を説得したのに、娼婦の犠牲によって足止めが解かれた途端にその行為を「非愛国的」として非難しているわけで、これぐらい分かりやすい"身勝手"ぶりは無く、娼婦の立場を考えれば"残酷"と言っていいくらい(「民主主義者」(注:水野亮訳)のコルニュデのみ沈鬱な様子を見せているのが救いか)。

五木寛之00jpg.jpg 普仏戦争(1870‐71)の戦時下という状況設定ですが、そう言えば五木寛之氏のエッセイにも、五木氏自らが子供の頃に朝鮮で体験した、(占領側に女性を人身御供として差し出すという)同じようなエピソードがありました。但し、この作品のブルジョワ達が、ある種、閉ざされたグループ内での"ノリ"で行動しているように見える点は、わざわざ戦争や階級差別を持ちださなくとも、現代の学校のいじめ問題などにも通じるところがあって、怖いように思えました。

「絵のある」岩波文庫への招待.jpg 作品中、娼婦の呼び名は「ブール・ド・シュイフ(Boule de Suif)」で通されていますが、「脂肪の塊」というのは直訳であり、実際は「おデブちゃん」といったところでしょうか。以前、講談社文庫(新庄嘉章:訳『脂肪の塊・テリエ観』)で読んで、今回、岩波文庫の旧版(水野亮:訳・昭和32年改版版)で再読しましたが、岩波文庫は挿絵入りで、それを見ると、実際丸々太って描かれています。その他にも90ページそこそこの中に挿絵(1930年代のもの)が15点ぐらいあり、状況がイメージしやすくなっています(ブール・ド・シュイフが持っていた弁当がどのようなものであったかとかまで分かってしまう)。

 岩波文庫(の特に旧版)は挿絵が多くて楽しめるものが海外文学、日本文学ともに何点かあり、これもその1冊と言えるでしょう(新版にすべて移植されているとは限らないみたい。岩波文庫の新版『脂肪のかたまり』については未確認)。岩波文庫の挿絵に注目した坂崎重盛氏の『「絵のある」岩波文庫への招待』('11年/芸術新聞社)の表紙にも、この「ブール・ド・シュイフ」が中央やや右下に描かれています(文庫の挿絵と比べ反転しているが)。

「絵のある」岩波文庫への招待

マリアのお雪ef.jpg この作品は、旧ソ連(Pyshka (1934))とフランス(Boule de suif (1945))でそれぞれ映画化されていますが(ソ連版はミハイル・ロンム監督、ガリーナ・セルゲーエワ主演、フランス版はクリスチャン=ジャック監督、ミシュリーヌ・プレール主演)、何れも日本ではなかなか観られないようです(フランス版は輸入版DVD有り)。また、この作品をモチーフに舞台を日本に置き換えた溝口健二監督の「マリアのお雪 (1935)」(出演:山田五十鈴(当時18歳))という作品もあります。

【1938年文庫化・1957年改版[岩波文庫(『脂肪の塊』(水野亮:訳)]/1951年再文庫化[新潮文庫(『脂肪の塊・テリエ館』(青柳瑞穂:訳))]/1954年再文庫化[角川文庫(『脂肪の塊―他二編』(丸山熊雄:訳))]/1955年再文庫化[河出文庫(『脂肪の塊』( 田辺貞之助:訳))]/1971年再文庫化[講談社文庫(『脂肪の塊・テリエ館』(新庄嘉章:訳))]/2004年再文庫化[岩波文庫(『脂肪のかたまり』(高山 鉄男:訳)]】

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よくまあ18歳でこんなの書いたなあという感じはする。新訳は朝吹訳のトーンを継承?

悲しみよこんにちは 新潮文庫.jpg 悲しみよこんにちは 新潮文庫 河野.jpg悲しみよこんにちは 映画0.bmp フランソワーズ・サガン 1.jpg
悲しみよこんにちは (新潮文庫)』(朝吹登水子:訳)『悲しみよこんにちは (新潮文庫)』(河野万里子:訳)/映画「悲しみよこんにちは」(1957)/Françoise Sagan (photographed above by Sabine Weiss, 1954)

悲しみよこんにちはbonjour-tristesse.jpg 主人公のセシルは、寡(やもめ)の父レーモンとコート・ダジュールの別荘で17歳の夏を過ごしていたが、その別荘に亡き母の友人のアンヌがやって来る。セシルも最初は聡明で美しいアンヌを慕うが、アンヌが父と結婚する気配を見せ始め、母親然としてセシルに勉強のことやボーイフレンドとのことを厳しく言い始めると、父との気楽な生活が続かなくなり、父をアンヌに取られるのではないかという懸念から、彼女はアンヌに反感を抱くようになる。やがて彼女は父とアンヌの再婚を阻止する計画を思いつく―。

 フランソワーズ・サガン(1935-2004)が1954年、18歳で発表したデビュー作で、父親と聡明で魅力的な女性との再婚を、父の愛人と自分の恋人を使って妨害し、最後はその相手の女性を死に追いやってしまうという、何だか陰湿な話であるようにも思えますが、ドロドロした恋愛小説と言うより、しゃれた青春小説のように読めた印象があります。

 新潮文庫の朝吹登水子(1917‐2005)の名訳で知られますが、2009年に河野万里子氏(1959- )の新訳が新潮文庫に加わり、これを読むと確かに現代的で読み易く、やはり朝吹訳はやや古風な感じがすることは否めないものの、それでも45年もの時間差はあまり感じられず、それだけ朝吹訳が当時としては"今風"にこなれていたということでしょうか(河野訳自体が朝吹訳のトーンを意識して継承しているようにも思えた)。

 今回読み直してみて、よくまあ18歳でこんなの書けるなあと改めて感心しました。大人の世界の出来事が子供から大人になりかけている少女に与える影響を描いているわけですが、大人たちの心理の内面には直接踏み込んでいないのが成功している理由かも。それにしても、18歳にして17歳の少女をここまで対象化して描いているのはやはり並の資質ではなかった...。

悲しみよこんにちは 映画 1957.jpg悲しみよこんにちは ちらし.jpg サスペンスフルであるとも言えるストーリーは、オットー・プレミンジャー監督の「天使の顔」(' 52年/仏)と似ているという話がありますが、そのオットー・プレミンジャー監督によって1957年にアメリカ映画化されています。
 映画は、現在の部分がモノクロで回想部分がカラーという作りなっていますが、南仏ニースの風景がたいん美しい(まるで観光映画)。監督が見出した新人ジーン・セバーグが主演、映画もヒットし、"セシルカット"と呼ばれるボーイッシュな髪形が流行したりもしました(その後ゴダール作品などで活躍したJ・セバーグだったが、1979年に自殺とみられる死を遂げている)。

「悲しみよこんにちは」1976年リバイバル公開時チラシ
Bonjour Tristesse [VHS] [Import]

ミレーヌ・ドモンジョ.jpg 映画では、恋多き父親をデイヴィッド・ニーヴン(戦争映画などとは違ったいい味出している。1983年に筋萎縮性側索硬化症で亡くなった)、前の愛人をミレーヌ・ドモンジョ(右写真:アメリカ映画にはこれが初出演)、新しい恋人をデボラ・カー(物語の結末上、個人的には、1982年にコート・ダジュールで自動車事故死したグレイス・ケリーと何となくダブる)が演じていますが、う~ん、役者は皆いいのですが、何となく原作悲しみよこんにちは r.jpgの雰囲気と違うような...(フランソワ・トリュフォーは、「映画がサガンを裏切っているかどうかなんて問題じゃない。プレミンジャーやセバーグにサガンが値するかどうかが問題なのだ」として、一方的に映画の方の肩を持っているが)。
デビッド・ニーブン/ミレーヌ・ドモンジョ/ジーン・セバーグ/デボラ・カー

フランソワーズ・サガン 2.jpg サガン自身はその後も佳作を産み出すものの、セレブとのパーティ三昧、生死を彷徨うスポーツカー事故、ドラッグ所持での有罪判決、ミッテラン元大統領との親密な交際、晩年の貧困の原因となったギャンブル等々、むしろゴシップ・メーカーとして目立った存在でした。

 そのサガンの人生を描いた「サガン―悲しみよこんにちは」('08年/仏)がディアーヌ・キュリス監督によって撮られ、個人的には観ていませんが、主演のシルヴィー・テステューは、サガンに雰囲気が似ていると評判のようです。

映画「悲しみよこんにちは」(1957)より
悲しみよこんにちは 映画10.bmp悲しみよこんにちは 映画3.jpg悲しみよこんにちは 映画4.jpg悲しみよこんにちは 映画5.jpg悲しみよこんにちは 映画6.jpg悲しみよこんにちは 映画7.jpg悲しみよこんにちは 映画8.jpg悲しみよこんにちは 映画2.jpg悲しみよこんにちは 映画1.jpg

悲しみよこんにちは 海外版ポスター.jpg悲しみよこんにちは 映画 1957 dvd.jpg「悲しみよこんにちは」●原題:BONJOUR TRISTESSE●制作年:1957年●制作国:アメリカ●監督・製作:オットー・プレミンジャー●脚本:アーサー・ローレンツ●撮影:ジョルジュ・ペリナール●音楽:ジョルジュ・オーリック●原作:フランソワーズ・サガン●時間:90分●出演:デボラ・カー/デイヴィッド・ニーヴン/ジーン・セバーグ/ミレーヌ・ドモンジョ/ジェフリー・ホーン/ジュリエット・グレコ/ワルター・キアーリ/ジーン・ケント●日本公開:1958/04●配給:コロムビア●最初に観た場所:有楽町・スバル座(80-06-06)(評価:★★★)●併映:「シベールの日曜日」(セルジュ・ブールギニョン)悲しみよこんにちは [DVD]

サガン 悲しみよこんにちは.jpg 「サガン―悲しみよこんにちは」(2008)

【2008年再文庫化(新潮文庫)】

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「外套・鼻」ともに先駆的。「外套」はロシアでは映画やアニメに。「鼻」もアニメやオペラに。

外套・鼻 岩波文庫.gif外套 岩波文庫 2.jpg 外套 ポスター.png 外套 バターロフ 1シーン.jpg アレクセイエフ 鼻.jpg 
外套・鼻 (岩波文庫)』/ソ連映画アレクセイ・バターロフ「外套」チラシ・1シーン/アレクサンドル・アレクセイエフ「鼻」

 下級官吏アカーキイ・アカーキエヴィッチ・バシマチキンは、出世栄達に無関係の世界で、周囲から蔑まれながらも役所仕事(文書の清書)に精を出す男で、傍から見れば冴えないその服装や外見も自身は気にとめていない。そんな彼がある日、着古した外套を新調せざるを得なくなり、最初は面倒に思った彼だったが、一念発起して新しい外套を手に入れた時からその人生観は変わり、それまで関心のなかった役所以外のニコラーイ・ヴァシーリヴィチ・ゴーゴリ(Nikolai Gogol).jpg世界も、外套と同様にきらきら輝いたものに見えてきたのだった。ところがその矢先―。

 「外套」はニコライ・ゴーゴリ(1809- 1852)の中編小説で、1840年に書かれ1842年に発表された作品。ある種"怪奇譚"でもあるこの作品の結末を知る人は多いと思います。

ニコラーイ・ヴァシーリヴィチ・ゴーゴリ(Nikolai Gogol)

 うだつの上がらない九等書記官を主人公に、疎外された人間の哀しみをペーソスたっぷりに、時にユーモアと怪奇を交えて描いていますが、やはり、それまで貴族社会を舞台にした小説が多かったロシアで、既存の小説の主人公のイメージとは程遠い、平々凡々たる下級官吏を主人公に据えたところが画期的だと思います。

 ドストエフスキーがこの作品に大きな影響を受けたとされており、処女作「貧しき人々」の発表は1846年、主人公のマカールは同じく九等書記官の小役人ですが、「外套」発表時、ドストエフスキーは既に「貧しき人々」に着手しており、「貧しき人々」の直後に発表した「二重人格」(「分身」)の方が、より強くゴーゴリの「外套」の影響を受けているように思えます(「二重人格」の主人公は九等文官、人間疎外から狂気に陥る)。

 また、トルストイも影響を受けているように思います。黒澤明監督が映画「生きる」の着想を得たとされている「イワン・イリッチの死」の主人公は、比較的裕福な出自のロシアの裁判官で、順調に出世していた中で突然の病に臥すという、設定はやや異なりますが、アカーキイと同じく公務員であることには違いありません。

 この「イワン・イリッチ」という名前は、「イワン・イリイチ」と呼ぶのが原語の発音に近いらしく(光文社古典新訳文庫の望月哲男氏の訳はそうなっている)、韻を踏んでいるのは役人のルーティン・ワークを象徴しているとされていますが、ならば、同じようなことを先にやったのは、この作品の主人公に「アカーキイ・アカーキエヴィッチ」と名付けたゴーゴリではなかったかと思われます。

 併録の「鼻」(1836年発表)のシュール且つナンセンスな感覚も面白く、今で言えば安部公房や筒井康隆がやっていたようなことを、150年も前にやってしまっているというのは、考えてみればスゴイことかも。

外套 輸入盤dvd.jpg外套 02.png 「外套」の方は、本国で何度か映画化されていて、「小犬を連れた貴婦人」('59年/ソ連)に俳優として出演していたアレクセイ・バターロフ(1928年生まれ)監督の作品('60年/ソ連)を観ましたが、原作に沿ってきっちり作られていて、作品全体としては悪くない出来だと思いました。但し、一方で、バシマチキン(アカーキイ)の人物造型はやや"戯画的"に描かれ過ぎていてるようにも思いました(一番劇画チックなのは、彼が幽霊になってからだが)。

「外套」輸入盤DVD

外套01.jpg まあ、原作がそもそも"戯画的"な性格を持っているというのはあるのですが、ペーソスより滑稽と怪奇の方が勝ち過ぎている気もしました。主演のロラン・ブイコフの演技の評価は高「外套」(実写版).jpgいですが、「名演技」であることには違いないですが、個人的印象としては「怪演」であるとも言えるように思います。ベタなウェット感を拭い去ることによって、最終的には逆にペーソスを引き出そうというのが狙いだったのかもしれませんが。

「外套」(実写版)●原題:Шинель(SHINELI)●制作年:1959年(公開:1960年)●制作国:ソ連●監督:アレクセイ・バターロフ●脚本:L・ソロヴィヨフ●撮影:ゲンリフ・マランジャン●音楽:ニコライ・シレリニコフ●原作:ニコライ・ゴーゴリ「外套」●時間:75分●出演:ロラン・ブイコフ/ユーリー・トルベーエフ/A・エジキナ●日本公開:1974/03●配給:日本海映画●最初に観た場所:池袋・文芸坐 (79-11-14)(評価:★★★☆)●併映:「開かれた処女地」(アレクサンドル・イワノフ)

外套(制作中)2.jpg外套(制作中)1.jpg外套 ノルシュテイン 作業風景.jpg この作品はまた、「霧の中のハリネズミ」「話の話」などで知られ、アレクセイ・バターロフとも親交のあるアニメーション作家ユーリー・ノルシュテイン(Yuriy Norshteyn、1941年生まれ)によってアニメ化もされています。
外套 ノルシュテイン 原画展ポスター 2009年10月 .jpg ユーリー・ノルシュテインは「老人と海」のアニメーションでアカデミー賞を受賞したアレクサンドル・ペトロフ(Alexander Petrov 、1957年生まれ)とは師弟関係にあり、気が遠くなるような手作業で原画を描くことで両者は共通しています(「外套」は30年かけて未だ制作中!)。

 ユーリー・ノルシュテインのアニメ「外套 (YouTube)」もアレクサンドル・ペトロフのアニメ「老人の海 (YouTube)」も共にウェブで視聴可能です。ノルシュテインの「外套」は出来上がっているところまでですが、日本語字幕がついています。アカーキイが文書を清書するところを、書いている文字まで丹念に描いており、これを手作りでやっていれば確かに時間がかかるのも無理ないと思います(他の作品の制作の合間をぬっての作業のようであるし)。

ユーリー・ノルシュテイン「外套」原画展ポスター(2009年10月)

アレクサンドル・アレクセイエフ「鼻」(ゴーリキー原作).jpg 「鼻」の方は、「禿山の一夜」「展覧会の絵」で知られるアニメーション界の巨人アレクサンドル・アレクセイエフ(Alexandre Alexeieff、1901-1982)が短編アニメ映画化していて(「鼻」(1963))、この人の作品はピンスクリーンという手法で知られています(これまた、ボードに立てた「25万本の針」を出したり引っ込めたりして光を当てながら1コマ1コマ撮っていくという、気の遠くなるような時間のかかかる技法)。このアレクセイエフの「鼻」もウェブで視聴可能、音楽のみでセリフは無く、最後はややブラックなオチになっています。

 アレクサンドル・アレクセイエフは17歳でロシアを離れ、二度と戻ることがなかったロシアに対する憧憬や情念を抱えながらアメリカやフランスで制作活動を続けた人で、実際、制作した作品のうち3作品がムソルグスキーの音楽を題材にしたものであり、1作品がゴーゴリの小説を題材にしたこの作品となっています。
 この作品はまず、メトロノームの速度に合わせて映像を制作し、次に、映像に合うように音楽を制作したそうで、冒頭の太陽の光の変化により時間の流れを表現したり、空間や場面が変化していく様子など、ピンスクリーンでなければ描けない、独特のシュールな映像世界を作り上げています。

アレクサンドル・アレクセイエフ「鼻」(ゴーリキー原作)2.jpgアレクサンドル・アレクセイエフ作品集.jpg鼻 アニメ アレクセイエフ.jpg「鼻」(アニメ版)●原題:Le Nez (The Nose)●制作年:1963年●制作国:フランス●監督:アレクサンドル・アレクセイエフ●共同監督:クレア・パーカー●原作:ニコライ・ゴーゴリ「鼻」●時間:11分●DVD発売:2006/03●発売元:ジェネオン エンタテインメント(評価:★★★★)
ニュー・アニメーション・アニメーションシリーズ アレクサンドル・アレクセイエフ作品集 [DVD]
(33年制作「禿山の一夜」、63年制作「鼻」、72年制作「展覧会の絵」ほか全5編)

 実写版でも映画化されているのかなあ。教会で"鼻"が何食わぬ様子でお祈りしていたり、その鼻に向かって持主が自分の顔に戻るよう説得するというぶっ飛んだ場面などは(アレクセイエフのアニメは、その時ですら主人公が鼻の無い顔を隠しているのが可笑しい)、少なくとも実写では無理だと思うけれど...と思っていたら、ショスタコーヴィチが作曲家自身及びエヴゲーニイ・ザミャーチン、ゲオルギー・イヨーニン、アレクサンドル・プレイスの台本でオペラにしていることを知りました(タイトルはそのものずばり「鼻」)。
ショスタコーヴィチのオペラ「鼻」.jpg これまでにロシアやヨーロッパのオペラハウスでは何度も上演されているようです(初演は1930年1月18日、レニングラード、マールイ劇場) 。

オペラ「鼻」(チューリッヒ歌劇場の公式サイトより)


【1933年文庫化[岩波文庫(『外套―他二篇』)]/1938年再文庫化・1965年・2006年改版[岩波文庫(平井肇:訳)]/1999年再文庫化[講談社文芸文庫(吉川宏人:訳)]/2006年再文庫化[光文社古典新訳文庫(『鼻/外套/検察官』浦雅春:訳)]】

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もともとはアナーキズムの作品で、その表現手法がシュルレアリズムだったということか。

ユビュ王1.jpg       アルフレッド・ジャリ 戯曲ユビュ王.jpg  ユビュ王.jpg  アルフレッド・ジャリ.jpg Alfred Jarry
ユビュ王―Comic』('98年/青土社)/『ユビュ王―戯曲 (1965年)』/『ユビュ王 (1970年)

ubu.gif ユビュ親父はユビュおっ母に唆され、ボルデュール大尉と結託し王を暗殺、王冠を手に入れたユビュ親父は、貴族たちを次々と処刑して、桁外れな税金を徴収し、ボルデュール大尉を投獄するが、ボルデュールは脱獄、亡き王の従兄ロシア皇帝と共に、ブーグルラス王子(王家の生き残り)即位のために挙兵する。すぐさまユビュ親父も兵を挙げ戦場へ向かった思いきや、一人そそくさと戦場から逃げ出し、洞窟へ逃れる。ユビュおっ母も後を追って洞窟へ。そこへ兵を連れたブーグルラスが襲いかかり、ユビュ親父は、また逃げていく―。
King Ubu by Alfred Jarry, Marionetteatern 1964 Direction: Michael Meschke(Germany)

 1896年12月にパリ「制作座」で初演された、アルフレッド・ジャリ(Alfred Jarry、1873-1907/享年34)の戯曲で(原題:Ubu-Roi)、もともとは政治劇などによく見られる人形劇だったとのことですが、「制作座」では人間(ちゃんとした役者)が演じて、観客の間にも批評家の間にも混乱と賛否両論の渦を引き起こしたとのことです(その後も今に至るまで、役者が着ぐるみを着て演技するパターンが続いている)。

悪魔の涎・追い求める男.jpgユビュ王2.jpg 個人的には、最近読んで面白かったアルゼンチンの作家フリオ・コルタサル(1914-1984)が、最も影響を受けた作家がジャリであるとのことで、久しぶりの再読(但し、今回はコミック版)。 
 最初に読んだのは学生時代で、竹内健訳の現代思潮社版('65年初版、'70年新装版、2013年改版)、'70年版の装丁は赤瀬川原平氏。ジャリ自身の描いたイラストもありましたが、本書は、フランツィシュカ・テマソン(1907-1988)という、生涯にわたってこの作品に関わり続けた英国の女流画家によるコミック版です。ちょっとピカソ風の画風で(ピカソ自身もこの戯曲をモチーフとしたイラストを残している)、この戯曲のシュールな雰囲気をよく伝えています。

 この作品のラストシーンは、船の甲板の上で、そこには、次の目的地へ向かうユビュ夫妻とその一味の姿があり、「もしもポーランドがなければポーランド人があるまい!」というユビュ親父の言葉に象徴されるように、アナーキズムが作品の根底にあるわけですが、20世紀になってアンドレ・ブルトン(1896-1966)らによって再評価されたように、シュルレアリズムの先駆と看做されている面の方が強いのではないでしょうか。

 コミック版の訳者・宮川明子氏による解説は、こうした経緯並びにジャリの生涯について詳しく書かれていて、ジャリ自身が自らをユビュ親父と(裏返し的に)同一視していたことが(又は、そう振舞っていたことが)わかり、興味深いものでした。

ジャリ.jpg ジャリは、自然と自転車とフェンシングを愛した野生児であったものの、貧困とアルコール中毒のため34歳で亡くなっていますが、宮川氏の解説では、後段はジャリ自身のことを「ユビュ親父」と呼んでいます。

 この作品そのものは、ストーリーは複雑と言えば複雑、単純と言えば単純、ユビュ親父やユビュおっ母の奇怪な行動と、合間に挿入される強烈にギャク的な台詞などから、ドタバタ劇という印象を受けなくもありません。

 最近の上演に関しては、役者が観客席に入り込み、効果音のための小道具を配ったり、ユビュ王が貴族を放逐する場面では、観客を場外へ追い出したりして(そこで休憩になる)、「ロッキー・ホラー・ショー」的な、観客参加型の演劇として上演されているようです。

 もともとはアナーキズムの作品で、その表現手法が(後世に言うところの)シュルレアリズムだったということなのでしょうが、う~ん、シュルレアリズムって解らない、解らないからシュルレアリズムなのか。 

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裕福な家庭の人々の「罪」を暴いた「警部」は、「超自然の存在」という解釈が妥当では。

夜の来訪者 1952.jpg夜の訪問者 三笠書房.jpg夜の来訪者.jpg    夜の訪問者 映画.jpg
夜の来訪者 (岩波文庫)』['07年]「夜の来訪者」(An Inspector Calls、'54年製作・'55年公開/ガイ・ハミルトン監督)
夜の来訪者 (1952年)
夜の来訪者 (1955年) (三笠新書)
夜の来訪者 (1955年) (三笠新書)_.jpg 裕福な実業家の家庭で、娘の婚約を祝う晩餐会の夜に警部を名乗る男が訪れて、ある貧しく若い女性が自殺したことを告げ、その家の人々(主人夫妻、娘、息子、娘の婚約者)全員が自殺した女性との接点を持っており、彼女に少なからず打撃を与えたことを暴いていく―。

 1946年10月初演の、英国のジャーナリスト・小説家・劇作家・批評家ジョン・ボイントン・プリーストリー(John Boynton Priestley "J. B." Priestley、1894-1984)の戯曲で(原題は"An Inspector Calls")、文庫で160ページほどであるうえに、安藤貞雄氏の新訳であり、たいへん読みやすかったです。初訳は1952年の内村直也訳の三笠書房版で、1951年10月の俳優座による三越劇場での日本初演(警部役は東野英治郎(1907‐94)に合わせて訳出されました(古本市場で入手可能)。

 娘の死に自分たちは関与していないという実業家の家族たちの言い分を、「警部」が1人1人論破していく様は実に手際よく、娘や息子が自らの「罪」が招いた悲劇であることを認めたのに対し、それでも抗う主人夫婦などに、上流(中産)階級のエゴイズムや傲慢、他罰的な姿勢が窺えるのが興味深いです(最初は自罰的な態度をとっていた娘が、親に対して今度は他罰的な態度をとり始めるのも、やや皮肉っぽくもとれ、作者は家族ひっくるめて、風刺の俎上に上げているのでは)。

 作品の時代背景は1912年ということですが、人間心理を突いた文学的作品であると同時に、1946年の英国にまだ残る旧社会的な考え方を照射した、社会批評的な要素もあるのではないかと思います。プリーストリーは当時、「左翼的ジャーナリスト」と見做されていたようだし、キリスト教精神の影響もみられるようです。

夜の来訪者 .JPG 但し、このお話、それだけで終わるのではなく、終盤、大いなる「謎」が家族の間に生じる―つまり、家族の団欒を台無しにして帰っていったあの訪問者は、本当に警部だったのかという...。

 その疑念に自分らなりの解釈を加えて、また一喜一憂する実業家夫婦。そして、何も無かったことにしようといった雰囲気になる中、ラストにシュールな「どんでん返し」―と、結末までの持って行き方が鮮やかで、「推理劇」ではありませんが(どこかで「推理小説」のジャンルに入っていたのを見た記憶があるが)確かにスリラー的な楽しみがあり、最後には読者(観客)に対しても、大いなる「謎(ミステリ)」を残しています(作品自体は、"サスペンス"とでも言うべきものか)。

夜の来訪者 演劇.jpg その「謎」、つまり「警部」とは何者だったのかについては、2度の映画化作品での描かれ方においても、「超自然の存在」という解釈と、"予知夢"などで「先に事件を知った別の人間」という解釈とに分かれているそうですが、やはり男の存在自体を「超自然の存在」とみるのが妥当だろうなあ。

 ガイ・ハミルトン版('57年)はそのような解釈らしいけれど、段田さんはどう扱ったのかなあ(解釈抜きでも演劇としては成立するが...)。

シス・カンパニー公演「夜の来訪者」 2009年2月14日~3月15日 新宿 紀伊國屋ホール
出演・演出:段田安則/出演:高橋克実、渡辺えり、八嶋智人、岡本健一、坂井真紀、梅沢昌代

 【1952年文庫化[三笠文庫]/1955年新書化[三笠新書]/2007年再文庫化[岩波文庫]】

《読書MEMO》
劇団かに座第105回公演「夜の来訪者」 2012年11月16日 関内ホール・小ホール

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原作の絵解き? 27歳にして大女優の風格のジョーン・クロフォード。

雨 マイルストン.jpg雨 1932.jpg Lewis Milestone rain.jpg 雨.jpg
雨 [DVD]」『雨―他一篇 (1958年) (角川文庫)

雨 マイルストンの1シーン.jpg 南洋・サモアの島を舞台に、魔窟を流れ歩く娼婦サディ・トンプソンと、彼女を宗教的救いの世界に導こうとする宣教師デヴィッドソンの確執を描いた英国の作家ウィリアム・サマセット・モーム(William Somerset Maugham 1874‐1965)の中篇を、米国のルイス・マイルストン(Lewis Milestone 1895‐1980)が監督した作品(原題:Rain)。

雨 1932   .jpg 原作は1921年刊行(モーム47歳)の短編集『木の葉の戦(そよ)ぎ』(The Trembling of a Leaf)に収められていた中篇小説ですが、『人間の絆』(41歳)、『月と六ペンス』(45歳)と、彼が最も脂が乗っていていた頃の作品で、しかも、短編小説では世界最高峰級と言われたモームの中短編小説の中でも代表作と言われているものです(個人的には、長編小説(『人間の絆』など)も"世界最高峰級"だと思うが)。

 娼婦の改心に成功したかに見えた宣教師は、最後は海辺で喉を掻き切られた遺体で(剃刀を握ったまま)発見され、娼婦は一夜にして元の淫蕩な生活に戻ってしまい、男は皆、薄汚い豚だ!と罵詈雑言を吐いているところで話は終わるのですが、この小説には作者が説明をしていない謎があるとされていて、1つは、宣教師は何故死んだのか(自殺か他殺か)ということであり、もう1つは、彼が自らの邪念に負けて娼婦に手を出したのか、娼婦が積極的に彼を誘ったのかという点のようです。しかし、小説の流れからすれば答えは明らかであるような気もし、映画は、その答えを更に判り易いかたちで見せているように思います(事件当夜の宣教師の演技シーンは、やや過剰演出?)。

Joan Crawford
ジョーン・クロフォード.jpg 宣教師役のウォルター・ヒューストンの常にチン・アップして喋る演技は、確かに原作テーマに沿ってアイロニーが効いているように思えましたが(宣教師と言うよりナチの将校にも見える)、 そのワンパターン的演技よりも、娼婦役のジョーン・クロフォードの、めまぐるしく変容する主人公の心理を表す多彩な演技が素晴しく(一度は心底改心したように見え、それだけにラストの衝撃が大きい)、27歳にして大女優の風格を漂わせています。

 人生に倦んだ娼婦役ということもあってか、この映画ではパッと見てそんな美人に見えないんですが(1938年の映画なりに昔風の美人?)、その演技を見ているうち、非常に魅力的で且つ現代的な女性の見えてくるというのが不思議で、最後の原作には無い"Let's Go!"という台詞も、その生きる逞しさの発露と看做せば、原作のテーマからも外れていないかも。

淀川長治究極の映画ベスト100_1.jpg 『淀川長治究極の映画ベスト100』('03年/河出文庫)によれば、ジョーン・クロフォードは「グランド・ホテル」('32年/米)で共演したグレタ・ガグランド・ホテル dvd ivc.jpgルボに馬鹿にされて怒ってしまい、ハリウッドの第一級プロデューサーのサミュエル・ゴールドウィンに泣きついて、生涯最高の作品に出演させて欲しいと頼み込み、そこでゴールドウィンはこの映画の娼婦の役を与えたとのこと。淀川氏もこの作品を彼女の代表作であるとともに名作であると太鼓判を押しています。

淀川長治 究極の映画ベスト100 (河出文庫)

 映画シーンの随所において鬱陶しく降り続ける雨や、娼婦の部屋から流れるジャズ音楽などが、南洋の島の特異な雰囲気を醸すうえで効果的に使われていて、"過剰演出"が無ければより良かったと思うのですが、ルイス・マイルストンはモームの原作の"絵解き"を目指したのかなあ。

 '53年に「雨に濡れた欲情」(原題:Miss Sadie Thompson)としてリタ・ヘイワース主演でリメイクされています(日本公開は'54年)。DVD版の「雨の欲情」というタイトルは、リバイバル上映された際に、リメイク版の邦題に影響を受けてつけたタイトルなのだろうか。因みに、この原作は、無声映画時代に、グロリア・スワンソン主演で「港の女」(原題:Sadie Thompson)として最初に映画化されていますが、個人的には未見です。

雨の欲情.jpg「雨」(「雨の欲情」)●原題:RAIN●制作年:1932年●制作国:アメリカ●監督・製作:ルイス・マイルストン●脚本:ウィリアム・サマセット・モーム/ジョン・コルトン/クレメンス・ランドルフ/マクスウェル・アンダーソン●撮影:オリヴァー・T・マーシュ●音楽:アルフレッド・ニューマン●原作:ウィリアム・サマセット・モーム「雨」●時間:94分●出演:ジョーン・クロフォード/ウォルター・ヒューストン/ウィリアム・ガーガン/ガイ・キビー/ウォルター・キャトレット/ボーラ・ボンディ●日本公開:1933/09●配給:ユナイテッド・アーティスツ(評価:★★★☆)

【1940年文庫化[岩波文庫(中野好夫訳『雨』)]/1951年再文庫化[三笠文庫(中野好夫訳『雨』)]/1958年再文庫化[角川文庫(西村孝次訳『雨』)]/1959年再文庫化[新潮文庫(中野好夫訳『雨・赤毛―モーム短篇集』)]/1978年再文庫化[講談社文庫(北川悌二訳『雨・赤毛』)]/1987年再文庫化[岩波文庫(朱牟田夏雄訳『雨・赤毛―他1篇』)]】

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○ノーベル文学賞受賞者(ソール・ベロー) 「○海外文学・随筆など 【発表・刊行順】」の インデックッスへ

主人公よりも詐欺師の"タムキン博士"と父親の"アドラー博士"が印象に残った。

Seize the Day2.jpgSeizeTheDay.jpg この日をつかめ.jpg Saul Bellow.jpg Saul Bellow (1915-2005/享年89)
First edition cover (1956) /『この日をつかめ (新潮文庫)』['71年]

Seize the Day Saul Bellow1.jpgSeize the Day Saul Bellow3.jpgSeize the Day Saul Bellow2.jpgSeize the Day Saul Bellow4.jpg  44歳になるトミー・ウィルヘルムは、かつて役者志望の道を絶たれ、今は職も無く妻子とも別れ、名士の父親と同じホテルで生活しているが、部屋代の支払いにも窮し、投資につぎ込んだなけなしの金もどうなるかわからない―。

 1956年に米国の作家ソール・ベロー(Saul Bellow、1976年にノーベル文学賞受賞)が発表した小説で、主人公の危機的な一日を追いながら、人間存在の意味を問うた作品(原題は"Seize the Day")。1986年にロビン・ウィリアムズ主演で映画化されていますが("SEIZE THE DAY")、「ミッドナイト・ニューヨーカー」という邦題がありながらも本邦未公開です。

 やることなすこと全て裏目に出て踏んだり蹴ったりの主人公ですが、やっぱり中年で自活出来ないというのは、経済生活面だけでなく、精神面でキツイなあと思いつつも、あまり主人公に同情心が沸かないのは何故?

 社会(俗世間)からの疎外を感じる主人公が、最後には、「この日をつかめ」という言葉をキーワードに、過去に捉われることなく、また、未来に不安を抱くことなく、"今を生きる"ことの大切さを悟るのですが、ついつい、明日は大丈夫なの?と思ってしまうのは、自分が俗っぽいからでしょうか。

 主人公のラード等への投資を仲介する"タムキン博士"という人物が大変印象に残り、「この日をつかめ」も彼の言葉なのですが、彼は実は詐欺師であり(読者にはかなり早い段階でそれがわかると思うが、主人公は疑念を抱きながらも彼に振り回される)、いかにも資本主義社会に徘徊していそうなクセモノ。彼の言う「この日をつかめ」は"投機"上の意味合いなのですが、主人公は詐欺師の言葉から哲学を引き出し(確かにこの詐欺師は哲学者っぽい弁を垂れる)、一方で、現実面では結局のところ、この詐欺師になけなしの金を持っていかれたということか。

河合隼雄s.jpg 主人公の父親の"アドラー博士"というのも、息子を世の中の敗北者と決めつけ、全く構ってやらないという、ちょっと日本にはいないタイプの父親で、志賀直哉の父親との間での葛藤などとも違って、こちらは「和解」の余地すら無い。河合隼雄氏が、父性原理は「よい子だけがわが子」という規範で、母性原理は「わが子はすべてよい子」という規範であり、欧米は父原理の社会であり、日本は母性原理の社会であると言っていたのを思い出しました。

 この物語の父親はまさに欧米型の父性原理の具現化像であり、また同時に俗世間の代表格であるけども、アーサー・ミラー『セールスマンの死』に出てくる、アメリカンドリームを子供に託す期待過剰の父親とも全然違って、その個人主義は凄まじく、息子さえも早めに見切った後には(見込んでいた頃の描写は出てこないが)他人レベルと変わらない「一個人」に過ぎなくなってしまっているいう感じでしょうか(ユダヤ系ということも関係しているのか?)。

 小説として今一つ感動は出来なかったですが、"タムキン博士"と"アドラー博士"は印象に残りました(主人公よりも)。

 【1971年文庫化・1993年改版[新潮文庫]/1978年再文庫化[集英社文庫(『その日をつかめ』)]】

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原作は、マリリン・モンローと自分自身を念頭に置いて描いているように思える。

ティファニーで朝食を.jpg ティファニーで朝食を 文庫.jpg  ティファニーで朝食を パンフレット.jpg
ティファニーで朝食を』['08年]/『ティファニーで朝食を (新潮文庫)』['08年]/Breakfast at Tiffany's(1961) - Moon River
First edition cover (1958)
Breakfast at Tiffany's 1958.jpgティファニーで朝食を(カポーティ).jpg 1958年春に出版された米国の作家トルーマン・カポーティ(Truman Capote, 1924-1984/享年59)の34歳の時の作品(原題は"Breakfast at Tiffany's")ですが、村上春樹氏の翻訳は新潮文庫旧版('68年)の龍口直太郎訳と比べるとかなり読みやすいのではないかと思いました。

 カポーティが小説家として一番ピークにあった頃の作品であるというのがよくわかり、駆け出し作家である「僕」が、捉えどころの無い奔放さを持ったホリー・ゴライトリーという女性に引き摺られていく感じが絶妙のタッチで描かれていて、いよいよホリーが去っていくといったやや気の滅入る場面でも、「彼女の出発する土曜日には、街はスコール顔負けの激しい雨にみまわれた。鮫が空中を泳げそうなぐらいだったが、飛行機が同じことをするのは無理だろう」なんて面白い表現があったりして、都会的というか、才気煥発というか、この辺りも村上氏と波長が合う部分なのだろうなあという気がします。

「ティファニーで朝食を」1.jpg  '61年にブレイク・エドワーズ監督により、オードリー・ヘプバーン主演で映画化されたため、お洒落な都会劇というイメージが強いように思いますが(「麗しのサブリナ」ではまだ控えめだったジバンシーとの衣装提携が、この作品ではまさに"全開"という感じだったし)、そうしたファッション面でのお洒落というのと、この原作のセンスはちょっと違うような...。

Marilyn Monroe and Truman Capote
Marilyn Monroe and Truman Capote.jpg 映画化に際してトルーマン・カポーティは、主人公のホリーをマリリン・モンローが演じるのが理想と考え、またモンローを想定して脚本を書くように脚本家にも依頼したものの、モンローの起用は彼女の演技顧問だったポーラ・ストラスバーグに反対されて見送られ、結局、ヘプバーンがホリーを演じることになったというのはよく知られている話です。
 個人的印象としては、この小説を書き始めた段階からカポーティはモンローと自分自身を念頭に置いて書いているように思え、モンローの気質を想定して読むと、スッキリとホリーのキャラクターに嵌るような気がします。

「ティファニーで朝食を」 3.jpg「ティファニーで朝食を」2.jpg 実際、ヘップバーンがティファニーの前でパンを食べるという映画の冒頭シーンで(タイトルのままだなあ)、観ていたカポーティが思わず椅子からずり落ちてしまったという逸話があるぐらいですから、相当イメージ違ったのだろうなあ。
 トルーマン・カポーティは、ノーマン・メイラーと並んで、モンローに袖にされた"片思い組"で、彼は背が低くて、モンローの好みの対象外だったし、しかもバイ・セクシュアル、本質的にはホモ・セクシュアルだったとも言われています。

 この作品でトルーマン・カポーティは、世間の常識に囚われない天真爛漫な女性(若干、双極性障害(躁うつ気質)乃至境界性人格障害気味?)を生き生きと描く一方、その相手をする作家である男(要するに自分自身)を、彼女に振り回されるばかりの情けない存在として、やや自嘲的、乃至は被虐的と思えるまでに描いていますが、この点も、村上春樹氏が指摘するように、映画でジョージ・ペパードが演じた作家が、しっかりとホリーを受け止めているのとは異なり、映画化において改変された点と言えます。

BREAKFAST AT TIFFANY'S.jpgティファニーで朝食を dvd.jpg 結局、小説のホリーは最後ブラジルかどこかへ行ってしまうのですが、この結末はむしろモンローに相応しく、映画では、名無しの飼い猫を一旦放してまた引き戻す点はほぼ同じですが、海外への高飛びは無く、それまで自我むき出しで尖がっていたホリーが、最後は人間の優しさを感じるちょっと普通の女性になったかなあという、オードリー・ヘプバーンに相応しい結末に改変されていたように思います。

映画『ティファニーで朝食を(POSTER)《PPC009》』ポスター/ヘップバーン主演(輸入版)/「ティファニーで朝食を [DVD]

 「ムーン・リバー」はヘンリー・マンシーニの最大のヒット曲と言ってよく、映画としてはいい作品だと思いますが(ミッキー・ルーニー演じるユニオシなる奇妙な日本人大家はいただけないが)、もしかして、カポーティはモンローが、この映画のヘプバーンのように自分の懐へ飛び込んでくることを夢想していたのではないかとも思ったりして。

 村上氏も「映画は映画として面白かった」としながらも、新訳の刊行にあたって、表紙に映画のスチールだけは使わないで欲しいと要望したそうですが(新潮文庫旧版ではモロ、映画スチールを使っている)、映画と切り離して読んで欲しいというのはよくわかるし賛成ですが、だからといって"ティファニーブルー"のカバーにするというのもどうなのでしょうか(出版社側の意向だと思うが)。この、言わば"高級コールガール"を主人公にした小説及び映画が、"高級宝石店"ティファニーの知名度アップに大いに寄与したことは間違いないと思うのですが、それはもう過去の事。今回の場合は出版社側がタイアップ効果を狙っているということなのか。

ティファニーで朝食を 01.jpgティファニーで朝食を 00.jpg「ティファニーで朝食を」●原題:BREAKFAST AT TIFFANY'S●制作年:1961年●制作国:アメリカ●監督:ブレイク・エドワーズ●製作:マーティン・ジュロー/リチャード・シェパード●脚本:ジョージ・アクセルロッド●撮影:フランツ・プラナー●音楽:ヘンリー・マンシーニ●原作:トルーマン・カポーティ●時間:114分●出演:オードリー・ヘプバーン/ジョージ・ペパード/パトリシア・ニール/バディ・イブセン/マーティン・バルサム/ホゼ・ルイス・デ・ビラロニア/ミッキー・ルーニー●日本公開:1961/11●配給:パラマウント映画●最初に観た場所:高田馬場・ACTミニシアター(85-11-03) (評価:★★★☆)●併映:「めぐり逢い」(レオ・マッケリー)

fred.jpg cat.jpg

HIM: Holly (Jenovia), I'm in love with you.
ME: So what?
HIM: So WHAT? SO PLENTY! I love you. You belong to me.
ME: No. People don't belong to people.
HIM: Of course they do.
ME: Nobody is going to put me in a cage..
HIM: I want to love you.
ME: IT'S THE SAME THING.
HIM: No, it's not Holly! (Jenovia)
ME: I'm not Holly, I'm not Lulamae either. I don't know who I am.
I'm like cat here. A no name slob. We belong to nobody and nobody belongs to us. We don't even belong to each other.
Stop the cab.
What do you think?
This ought to be the right place.
For a tough guy like you--Garbage cans, rats galore.
(MEOW)
SCRAM!
I SAID TAKE OFF! BEAT IT!
Lets go.
(Thunder)
HIM: Driver, pull over here.
You know whats wrong with you, Miss Whoever-You-Are?
You're CHICKEN. YOU GOT NO GUTS. You're afraid to say "O.K. life's a fact."
People DO fall in love. PEOPLE DO BELONG TO EACH OTHER, BECAUSE THATS THE ONLY CHANCE ANYBODY'S GOT FOR REAL HAPPINESS.
IMG_4917.JPGYou call yourself a free spirit, a wild thing.
You're terrified someone is going to stick you in a cage.
Well Baby, you're already in that cage.
You built it yourself.
And it's not bounded by Tulip, Texas or Somaliland.
It's wherever you go.
Because no matter where you run, you just end up running into yourself.
END SCENE.

【1968年文庫化[新潮文庫(龍口直太郎訳)]/2008年再文庫化[新潮文庫(村上春樹訳)]】

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グレート・ギャツビーの"グレート"は反語である前にその通りの意味もあったのではないかと。
グレート・ギャツビー.jpg グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー) 和田誠.jpg グレート・ギャツビー 野崎訳.jpgグレート・ギャツビー 新潮文庫2.jpg 翻訳夜話.jpg
愛蔵版グレート・ギャツビー』 『グレート・ギャツビー(村上春樹翻訳ライブラリー)』『グレート・ギャツビー(村上春樹翻訳ライブラリー)』(装幀・カバーイラスト:和田 誠)/『グレート・ギャツビー (新潮文庫)』(野崎孝:訳)/村上 春樹・柴田 元幸『翻訳夜話 (文春新書)

First edition cover (1925)
The Great Gatsby.jpg 1920年代初頭、米国中西部出身のニック・キャラウェイは、戦争に従軍したのち故郷へ帰るも孤独感に苛まれ、証券会社でフランシス・スコット・フィッツジェラルド.jpg働くためにニューヨーク郊外ロング・アイランドにある高級住宅地ウェスト・エッグへと引っ越してくるが、隣の大邸宅では日々豪華なパーティが開かれていて、その庭園には華麗な装いの男女が夜毎に集まっており、彼は否応無くその屋敷の主ジェイ・ギャツビーという人物に興味を抱くが、ある日、そのギャツビー氏にパーティに招かれる―。

 1925年に出版された米国の作家フランシス・スコット・フィッツジェラルド(Francis Scott Fitzgerald、1896‐1940/享年44)の超有名作品ですが、ニックがパーティに出てみると、参加者の殆どがギャツビーについて正確なことを知らず、ニックには主催者のギャツビーがパーティの場のどこにいるかさえわからない、しかし、たまたま自分の隣にいた青年が実は...なんてところから、ニックとギャツビーの交遊が始まるという初めの方の展開が単純に面白かったです。

 しかし、この小説、中間部分は今一つ波に乗れなかったというか、自分が最初に読んだのは野崎孝(1917‐1995)訳『偉大なるギャツビー』でしたが、今回、翻訳のリズムがいいと評判の村上春樹氏の訳を読んでも、若干の中だるみ感は拭えませんでした(金持ち同士の恋の鞘当てみたいな話が続き、その俗っぽさがこの作品の持つ1つの批判的テーマであると言えるのだが...)。但し、ギャツビーという人物の来歴と、彼の自らの心の空洞を埋めようとするための壮大な計画が明かされていく過程は、やはり面白いなあと―。そしてラスト、畳み掛けるようなカタストロフィに―と、小説としての体裁もきっちりしていることはきっちりしています。

 ギャツビーにはモデルがいるそうですが、ニックとギャツビーのそれぞれがフィッツジェラルドの分身であり(ついでに言えば、妻に浮気されるトム・ブキャナンも)、そしてフィッツジェラルド自身が美人妻ゼルダ(後に発狂する)と高級住宅地に住まいを借りてパーティ漬けの派手な暮らしをしながら、やがて才能を枯渇させてしまうという、華々しさとその後の凋落ぶりも含めギャツビーと重なるのが興味深いですが、これはむしろ小説の外の話で、ニックの眼から見た"ギャツビー"の描写は、こうした実生活での作者自身との相似に反して極めて冷静な筆致で描かれていると言ってよいでしょう。

『グレート・ギャツビー』 (2006).JPG村上春樹 09.jpg 新訳というのは大体読みやすいものですが、村上訳は、ギャツビーがニックを呼ぶ際の「親友」という言葉を「オールド・スポート」とそのまま訳したりしていて(訳していることにならない?)、日本語でしっくりくる言葉がなければ、無理して訳さないということみたいです(柴田元幸氏との対談『翻訳夜話』('00年/文春新書)でもそうした"ポリシー"が語られていた)。但し、個人的には、「オールド・スポート」を敢えて「親友」と訳さなかったことは、うまく作用しているように思いました。

 そうした意味では、タイトルを『グレート・ギャツビー』としたこともまた村上氏らしく、この"グレート"というのは反語なのだなあと。

『グレート・ギャツビー(村上春樹翻訳ライブラリー)』(2006)

 但し、野崎訳も'89年の「新潮文庫」改訂時に『グレート・ギャツビー』に改題していて、故・野崎氏に言わせれば、フィッツジェラルドは、親から受け継いだ資産の上に安住している金持ち階級を嫌悪し(作中のブキャナン夫妻がその典型)、自らの才覚と努力によって財を成した金持ち(ギャツビーがこれに該当)には好意と尊敬の念を抱いていたとのこと('74年版「新潮文庫」解説)。だから、"グレート"というのは反語である前に、敬意も込められていると見るべきなのでしょう。

日はまた昇る.jpg 村上氏はこの作品を"生涯の1冊"に挙げており、同じ"ロスト・ジェネレーション"の作家ヘミングウェイ『日はまた昇る』(この作品とシチュエーションが似てい翻訳夜話2.jpgる面がある)より上に置いていますが、傑作であるには違いないものの、個人的にはそれほどダントツにスゴイ作品なのかなあという気もしてしまいます。 

 因みに、先に挙げた『翻訳夜話』は、柴田氏と村上氏が、東京大学の柴田教室と翻訳学校の生徒、さらに6人の中堅翻訳家という、それぞれ異なる聴衆に向けて行った3回のフォーラム対談の記録で、村上氏は翻訳に際して「大事なのは偏見のある愛情」であると言い、柴田氏は「召使のようにひたすら主人の声に耳を澄ます」と言っています。

 レイモンド・カーバーとポール・オースターの短編小説を二人がそれぞれ「競訳」したものが掲載されていて、カーバーの方は村上氏の方が訳文が長めになり、オースターの方は柴田氏の方が長めになっているのが、両者のそれぞれの作家に対する思い入れの度合いを反映しているようで興味深かったです。

グレート・ギャツビー (愛蔵版).jpgグレート・ギャツビー 村上春樹翻訳ライブラリー2.jpg【1957年文庫化[角川文庫(大貫三郎訳『華麗なるギャツビー』)]/1974年再文庫化[早川文庫(橋本福夫訳『華麗なるギャツビー』)]/1974年再文庫化[新潮文庫(野崎孝訳『偉大なるギャツビー』)・1989年改版(野崎孝訳『グレート・ギャツビー』)]/1978年再文庫化[旺文社文庫(橋本福夫訳『華麗なるギャツビー』)]/1978年再文庫化[集英社文庫(野崎孝訳『偉大なギャツビー』]/2006年新書化[中央公論新社・村上春樹翻訳ライブラリー(『グレート・ギャツビー』]/2009年再文庫化[光文社古典新訳文庫(小川高義訳『グレート・ギャツビー』)】[左]『愛蔵版グレート・ギャツビー』(2006/11 中央公論新社)/[右]『グレート・ギャツビー(村上春樹翻訳ライブラリー)』(2006/11 中央公論新社)(共に装幀・カバーイラスト:和田 誠


グレート・ギャツビー 新潮文庫im.jpg華麗なるギャツビー 1974  .jpg「華麗なるギャツビー」(1976年/米) 監督:ジャック・クレイトン、出演:ロバート・レッドフォード/ミア・ファロー /ブルース・ダーン/ サム・ウォーターストン/スコット・ウィルソン/ カレン・ブラック/ロイス・チャイルズ/パッツィ・ケンジット/ハワード・ダ・シルバ/ロバーツ・ブロッサム/キャスリン・リー・スコット

新潮文庫(野崎孝訳)映画タイアップ・カバー(レッドフォード版・ディカプリオ版)

グレート・ギャツビー 新潮文庫2.jpgグレート・ギャツビー 映画.jpg「華麗なるギャツビー」(2013年/米) 監督:バズ・ラーマン、出演:レオナルド・ディカプリオ/トビー・マグワイア/キャリー・マリガン/ジョエル・エドガートン/アイラ・フィッシャー/エリザベス・デビッキ

華麗なるギャツビー 2013 _1.jpg
  

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文豪が大衆や子供たちに向けて贈ったクリスマス・ストーリー(寓話)。意外とコミカル。

A Christmas Carol (Bantam Classic).jpgクリスマス・カロル 新潮文庫.jpgクリスマス・カロル 新潮文庫.bmp A Christmas Carol.jpg
クリスマス・カロル (新潮文庫)』 "A Christmas Carol " (洋書ハードカバー)
"A Christmas Carol (Bantam Classic)"

チャールズ・ディケンズ.jpg 1843年12月17日に出版された英国の文豪チャールズ・ディケンズ(1812‐1970/享年58)の中編小説。ロンドンの下町近くに事務所を構える商人で、偏屈で人間嫌い、金の亡者であるスクルージは、クリスマス・イブの夜もクリスマスなど自分には関係ないとして、甥のパーティへの誘いも断り事務所にいたが、そこへかつての共同経営者であり7年前故人となっていたマーレイの亡霊が現れ、更に3晩続けて3人の幽霊が現れると告げる―。

 物語は吝嗇家のスクルージが3人の幽霊に導かれて自らの過去・現在・未来を見せられるという超自然的な体験を軸に展開し、その描写が、ディケンズらしい社会派リアリズムと、この寓話の特性としてのシュールさが相俟って面白かったです(もともと、マーレイの亡霊が現れるところからシュールであるとともに、時にリアルなホラーになっていて不気味だったりするのだが)。
Scrooge & Scrooge
scrooge2.jpgSCROOGE.jpg また、スクルージと幽霊のやりとりはかなりコミカルであり、頑固で神経質なスクルージのキャラクターは、個人的には、ディズニーのドナルドダックの伯父さんであるスクルージのキャラクターとよく符合したように思います。

 超常体験を通してスクルージは改悛し、自らの価値観が誤っていたことを悟って貧者への思いやりに目覚めるというのも予定調和ですが、この結末から窺えるように、もともとスクルージは悪人ではないわけで、こうしたスクルージという人物の本質を突いたディズニーのキャラクター造型というのもなかなかのものだと思ったりもします(この作品に対しては、スクルージの描き方が漫画的であるという批判もあるようだが、もともと文学というより寓話に近いのでは)。

 文豪が大衆や子供たちに向けて贈ったクリスマス・ストーリーということになるのでしょうが(新潮文庫版の翻訳は『赤毛のアン』シリーズの翻訳で知られる村岡花子(1893-1968))、クリスマス・ストーリーの中では最も有名なもので、何度か映画化やミュージカル化もされていています。

Scrooged (1988)
SCROOGED2.bmp3人のゴースト.jpg 自分が観たのは、話を現代に置き換えたリチャード・ドナー監督、ビル・マーレイ主演の「3人のゴースト」(Scrooged、'88年/米)で(ビル・マーレイは「ゴーストバスタゴーストバスターズ ビル・マーレイ.jpgーズ」('84 年/米)にも主演していて、幽霊繋がり?)、映画では主人公は"金の亡者"ならぬ"視聴率の亡者"であるテレビ局の若社長になっていて、登場する"ゴースト"がタクシー運転手だったり女妖精だったりとバラエティ豊かですが、一応、原作のストーリーは押さえている感じでした。

 但し、こうした古典的寓話を複雑な現代社会に置き換えても、なかなかヒューマンな部分は伝わりにくいという感じもし(主人公が最後に自分の局の番組の中で慈善演説をぶつのも、ややわざとらしい)、マイルス・ディヴィスなど有名人が顔見せ的に画面に登場するなどしていて、映画を作る側も感動させるというより、ひたすら楽しんで(やや開き直って?)作っている感じがしました。

3人のゴースト SCROOGED 1988.jpg「3人のゴースト」●原題:SCROOGED●制作年:1988年●制作国:アメリカ●監督:リチャード・ドナー●製作:アート・リンソン/リチャード・ドナー●製作総指揮:ステファン・J・ロス/●脚本:ミッチ・グレイザー/マイケル・オドノヒュー●撮影:マイケル・チャップマン●音楽:ダニー・エルフマン●原作3人のゴースト SCROOGED 1988 00.jpg:チャールス・ディッケンス「クリスマス・カクリスマス・キャロル 新装版.jpgロル」●時間:101分●出演:ビル・マーレイ/カレン・アレン/ジョン・フォーサイス/ボブキャット・ゴールスウェイト/デビッド・ヨハンセン/キャロル・ケイン/ロバート・ミッチャム/マイケル・J・ポラード/アルフレ・ウッダード/ジョン・グローバー●日本公開:1988/12●配給:パラマウント映画●最初に観た場所:名古屋毎日ホール(88-12-30)(評価:★★☆)●併映:「星の王子ニューヨークへ行く」(ジョン・ランディス)

 【1950年文庫化[岩波文庫〕/1950年再文庫化[角川文庫〕/1952年再文庫化・2011年新装版[新潮文庫〕/1969年再文庫化[旺文社文庫〕/1984年再文庫化[講談社青い鳥文庫(『クリスマス・キャロル』)〕/1991年再文庫化[集英社文庫(『クリスマス・キャロル』)〕/2001年再文庫化[岩波少年文庫(『クリスマス・キャロル』)〕/2006年再文庫化[光文社古典新訳文庫(『クリスマス・キャロル』)〕】
クリスマス・キャロル (新潮文庫)』(新装版)

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"quick read but strong "。スタインベックに「文学の神様」が宿った時期の作品。

『ハツカネズミと人間』.JPGハツカネズミと人間.jpg 二十日鼠と人間 新潮文庫.jpg  二十日鼠と人間.jpg ジョン・スタインベック.jpg
ハツカネズミと人間 (新潮文庫)』['94年/'53年]/映画「二十日鼠と人間 [DVD]」ジョン・スタインベック(1902-1968)

Of Mice and Men.jpg 小さな家と農場を持ち、そこでウサギを飼い、土地のくれる一番いいものを食べて暮らすこと夢見るジョージとレニーは、共に農場を渡り歩く期間労働者で、ジョージは小柄ながら知恵者、一方のレニーは巨漢だがちょっと頭が鈍いという具合に対照的ながらも、いつも助け合って生きてきた―この2人がある日また新たな農場にたどり着くが、そこには思わぬ悲劇が待ち受けていた―。

 1937年に出版された米国人作家ジョン・スタインベック(John Steinbeck、1902‐1968/享年66)の中編小説で、以前読んだ大門一男訳に対し、入れ替わりで新潮文庫に入った大浦暁生訳は題名の「二十日鼠」の表記がカタカナになっているなどの違いはありますが、文庫で約150ページと再読するにも手頃で、それでいて、初読の際の時の衝撃が甦ってくるものでした(洋書の書評に"quick read but strong "とあったが、まさにその通り)。

 1930年代の大恐慌時代のカリフォルニア州が舞台なのですが、スタインベック自身の季節労働者としての経験がベースになっており、寓話的でありながらも細部にリアリティがあるし、ラマ使いの名人で農場労働者のリーダー格のスリムや厩に住む黒人クルックスなど、短い物語の中に、極めて印象に残る人物が見事に配置されているように思いました(特にスリム、このキャラクターは渋い!)。

 ラストのジョージの苦渋の行動は、知恵遅れのレニーがいつも問題を起こすための2人で農場を転々としてきた過去の経緯があり、その上で、今度こそはもう手の打ちようがないという判断の末でのことでしょう。
 キャンディという老人が、自らが可愛がっていた老犬の処分を他人に委ね、後で「あの犬は自分で撃てばよかった」と悔いるエピソードが、伏線として効いています。

『怒りの葡萄』(1940).jpg怒りの葡萄 ポスター.jpg怒りの葡萄.gif スタインベックはこの作品でその名を知られるようなり、2年後に発表した、旱魃と耕作機械によって土地を奪われた農民たちのカリフォルニアへの旅を描いた『怒りの葡萄』('39年)でピューリツァー賞を受賞しますが、共に映画化されており、「二十日鼠と人間」は'39年と'92年に映画化されていますが、ゲイリー・シニーズが監督・主演した「二十日鼠と人間」('92年)をビデオで観ました。ジョン・フォード監督の「怒りの葡萄」('40年/米)は吉祥寺の「ジャヴ50」で深夜に観ましたが、電車の座席みたいな長椅子の客席に集った客の半分が外国人でした(同劇場でその少し前に「わが谷は緑なりき」('41年/米)を観た時もそうだった)。

 刑務所帰りの貧農の息子をヘンリー・フォンダが好演しており(彼はこの作品で"もの静かに不正に向かって闘う男"というイメージを確立)、母親とまた別れなければならないという結末のやるせなさが「Red River Valley」のテーマと共に心に残りましたが、アメリカ人は、こうした作品に日本人以上に郷愁を感じるのでしょう(個人的には、小津安二郎や山田洋次の家族モノに通じるものを感じたりもしたのだが)。

EAST OF EDEN 1955 dvd.bmpエデンの東ポスター.jpgEast of Eden.jpg ジェームズ・ディーンがその演技への評価を確立したとされるエリア・カザン監督の「エデンの東」('55年)も、スタインベックの『エデンの東』('50年)がベースになっているのですが、原作が南北戦争から第1次世界大戦までの60年間の2つの家族の3代にわたる歴史を綴った4巻56章から成る膨大な物語であるのに対し、映画の中で描かれているのは最後のほんの一時期のみで1家族2世代の話に圧縮されており、実質的には、父に好かれたいがそれが叶わないケイレブ(キャル)・トラスク (ジェームズ・ディーン)の苦悩の物語となっています。「エデンの東」の原作は読んでいませんが、スタインベックは後期作品ほど大味の嫌いがあるらしく(エリア・カザンの翻案は当然の選択だったのだろう)、そうした意味では『二十日鼠と人間』は、スタインベックに「文学の神様」が宿った時期の作品であると言えるかと思います。

二十日鼠と人間(1992)es.jpg「二十日鼠と人間」●原題:OF MICE AND MEN●制作年:1992年●制作国:アメリカ●監督:ゲイリー・シニーズ●製作:ゲイリー・シニーズ /ラス・スミス●脚本:ホートン・フート●撮影:ケネス・マクミラン●音楽:マーク・アイシャム●原作:ジョン・スタインベック●時間:115分●出演:ゲイリー・シニーズ/ジョン・マルコヴィッチ/レイ・ウォルストン/シェリリン・フェン/ジョー・モートン/アレクシス・アークエット/ジョン・テリー/モイラ・ハリス●日本公開:1992/12●配給:MGM映画=UIP(評価:★★★★)
【2608】 ○ ゲイリー・シニーズ 「二十日鼠と人間」 (92年/米) (1992/12 MGM映画=UIP) ★★★★

「怒りの葡萄」ポスター(和田 誠
THE GRAPES OF WRATH 1940.jpg怒りの葡萄 和田誠ポスター.jpg「怒りの葡萄」●原題:THE GRAPES OF WRATH●制作年:1940年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・フォード●製作:ダリル・F・ザナック●脚本:ナナリー・ジョンソン●撮影:グレッグ・トーランド●音楽:アルフレッド・ニューマン●原作:ジョン・スタインベック●時間:128分●出演:ヘンリー・フォンダ/ジェーン・ダーウェル/ジョン・キャラダイン/チャーリー・グレイプウィン/ドリス・ボードン/ラッセル・シンプソン/メエ・マーシュ/ウォード・ボンド●日本公開:1963/01●配給:昭映フィルム●最初に観た場所:吉祥寺ジャヴ50(84-07-14)(評価:★★★★)  
「エデンの東」 公開時ポスター/1977年公開時チラシ
east of eden  1955.jpg「エデンの東」ps.jpgエデンの東 1977年公開時チラシ.bmp「エデンの東」●原題:EAST OF EDEN●制作年:1955年●制作国:アメリカ●監督・製作:エリア・カザン●脚本:ポール・オスボーン●撮影:テッド・マッコード●音楽:レナード・ローゼンマン●原作:ジョン・スタインベック●時間:115分●出演:ジェームズ・ディーン/ジュリー・ハリス/レイモンド・マッセイ/バール・アイヴス/リチャード・ダヴァロス/ジュー・ヴェン・フリート/エデンの東<サントラ盤>.jpgEAST OF EDEN3.jpgアルバート・デッカー/ロイス・スミス/バール・アイヴス●日本公開:1955/10●配給:ワーナジュリー・ハリス_3.jpgー・ブラザース●最初に観た場所:池袋文芸坐(79-02-18)●2回目:テアトル吉祥寺(82-09-23)(評価:★★★★)●併映(1回目):「理由なき反抗」(ニコラス・レイ)●併映(2回目):「ウェストサイド物語」(ロバート・ワイズ)

Julie Harris(1925-2013)
           
"Of Mice and Men" from Iron Age Theatre(舞台劇「二十日鼠と人間」)
Of Mice and Men 1.jpgOf Mice and Men 3.jpg【1952年文庫化[三笠文庫(大門一男:訳)]/1953年文庫化[新潮文庫(大門一男:訳)]/1955年文庫化[河出文庫(石川信夫:訳)]/1960年文庫化[角川文庫(杉木喬:訳)]/1970年文庫化[旺文社文庫(繁尾久:訳)]/1994年再文庫化[新潮文庫(『ハツカネズミと人間』(大浦暁生;訳)]】

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従来の文学作品の類型の何れにも属さず、かつ小説的濃密さを持つムルソーの人物造型。

異邦人 単行本(1951).jpg  異邦人 1984.jpg 異邦人 1999.jpg 異邦人1.jpg   異邦人ポスター.jpg
単行本 ['51年/新潮社] 『異邦人 (新潮文庫)』 ['84年]   ['99年] 映画「異邦人」(1967)ポスター
Albert Camus
Albert Camus.jpg 1942年6月に刊行されたアルベール・カミュ(Albert Camus、1913‐1960/享年46)の人間社会の不条理を描いたとされる作品で、「きょう、ママンが死んだ」で始まる窪田啓作訳(新潮文庫版)は読み易く、経年疲労しない名訳と言えるかも(新潮社が仏・ガリマール社の版権を独占しているため、他社から新訳が出ないという状況はあるが)。

 養老院に預けていた母の葬式に参加した主人公の「私」は、涙を流すことも特に感情を露わにすることもしなかった―そのことが、彼が後に起こす、殆ど出会い頭の事故のような殺人事件の裁判での彼の立場を悪くし、加えて、葬式の次の日の休みに、遊びに出た先で出会った旧知の女性と情事にふけるなどしたことが判事の心証を悪くして、彼は断頭台による死刑を宣告される―。

L'Etranger.png 仏・ガリマール社からの刊行時カミュは29歳でしたが、この小説が実際に執筆されたのは26歳から27歳にかけてであり(若い!)、アルジェリアで育ちパリ中央文壇から遠い所にいたために認知されるまでに若干タイムラグがあったということでしょうか。但し、この作品がフランスで刊行されるや大きな反響を呼び、確かに、自分の生死が懸かった裁判を他人事のように感じ、最後には、「私の処刑の日に大勢の見物人が集まり、憎悪の叫びをあげて、私を迎えることだけ」を望むようになるムルソーという人物の造型は、それまでの文学作品の登場人物の類型の何れにも属さないものだと言えるのでは。

Gallimard版(1982)

 カフカ的不条理とも異なり、第一ムルソーは自らの欲望に逆らわず行動する男であり(ムルソーにはモデルがいるそうだが、この小説の執筆期間中、カミュ自身が2人の女性と共同生活を送っていたというのは、小説と似たシチュエーション)、また、公判中に自分がインテリであると思われていることに彼自身は違和感を覚えており(カミュ自身、自らが実存主義者と見られることを拒んだ)、最後の自らの死に向けての"積極"姿勢などは、むしろカフカの"不安感"などとは真逆とも言えます。

 サルトルは「不条理の光に照らしてみても、その光の及ばない固有の曖昧さをムルソーは保っている」とし、これがムルソーの人物造型において小説的濃密さを高めているとしていますが、自分にはこのことは、『嘔吐』でマロニエの樹を見て気分が悪くなるロカンタンという主人公の、"小説的濃密さ"の欠如を認めているようにも思えなくもないのです。

異邦人QP.jpg異邦人  .jpg ルキノ・ヴィスコンティ(Luchino Visconti、1906‐1976/享年69)監督がマルチェロ・マストロヤンニ(Marcello Mastroianni、1924‐1996/享年72)を使ってこの『異邦人』を映画にしていますが('67年)、テーマがテーマである上に、小説の殆どはムルソーの内的独白(それも、だらだらしたものでなく、ハードボイルドチックな)とでも言うべきもので占められていて、情景描写などはかなり削ぎ落とされており(アルジェリアの養老院ってどんなのだろうか、殆ど情景描写がない)、映画にす異邦人パンフレット.jpgるには土台無理がある作品である気がしなくもありません(それでもルキノ・ヴィスコンティ監督は、"頑張って"とでも言うか"意欲的に"とでも言うか、果敢に映像化を試みてはいると思う)。

映画プレミアパンフレット 「異邦人(A4/紺背景版)」 監督 ルキノ・ビスコンティ 出演 マルチェロ・マストロヤンニ/アンナ・カリーナ/ベルナール・ブリエ/ジョルジュ・ウィルソン/ブルノ・クレメール/ピエール・バルタン/ジャック・エラン/マルク・ローラン/ジョルジュ・ジレー

ルキノ・ヴィスコンティ監督の『異邦人』.jpg 松岡正剛氏はこの映画を観て、ヴィスコンティはムルソーを「ゲームに参加しない男」として描ききったなという感想を持ったそうで、これは言い得ているのではないかという気がします。自分としては、ラストのムルソーの司祭とのやりとりを通して感じられる彼の「抵抗」とその根拠みたいなものは伝わってきにくかったように思われ、映像化することで抜け落ちてしまう部分はどうしてもあるような気がしましたが、ルキノ・ヴィスコンティ監督の挑戦は一定の評価を得てもいいのではないかとも思いました。

映画異邦人2.jpg この世の全てのものを虚しく感じるムルソーは、自らが処刑されることにそうした虚しさからの自己の解放を見出したともとれますが、映画で断頭台が地べたに置いてあるのが何だか生々しく、ああ、やっぱり死刑はイヤだなあとか単純に思ったりして...(小説の中でもよく読むと、ムルソーが断頭台が「台」になっていない事をやや意外に思う記述があったのだが、小説は獄中での主人公の決意にも似た思いで終わっていて、彼が断頭台に連れて行かれる場面は無い)。
映画「異邦人(Lo straniero)」より

 ただ、ムルソー(この主人公の名前も小説の最後になって初めてちょこっと出てくるだけなのだが)が母親の葬儀の翌日に女友達と海へ水遊びに行ったのは、彼が養老院の遺体安置所の「死」の雰囲気から抜け出し、自らの心身に「生」の息吹を獲り込もうとした所為であるという見方があり、映画ではそれを裏付けるような作りにはなっているように思われました(そういう見方があることを知った上で映画を観ている自分の個人的な先入観からかも知れないが)。

lo_straniero1.jpg ママンの出棺を見るムルソー(マルチェロ・マストロヤンニ)
lo_straniero2.jpg 葬儀の翌日、海辺で女友達(アンナ・カリーナ)に声をかける
lo_straniero3.jpg アラブ人達と共同房にて(死刑確定後は独房に移される)

映画 異邦人.jpg異邦人 .jpg「異邦人」●原題:THE STRANGER (LO STRANIERO/L'ÉTRANGER)●制作年:1967年●制作国:イタリア・フランス・アルジェリア●監督:ルキノ・ヴィスコンティ●製作:ディノ・デ・ラウレンティス●脚本:スーゾ・チェッキ・ダミーコ/エマニュエル・ロブレー/ジョルジュ・コンション●撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ●音楽:ピエロ・ピッチオーニ●原作:アルベール・カミュ「異邦人」●時間:104分●出演:マルチェロ・マストロヤンニ/アンナ・カリーナ/ベルナール・ブリエ/ジョルジュ・ウィルソン/ブルノ・クレメール/映画チラシ 「異邦人」 岩波シネサロン 8.jpg映画チラシ 「異邦人」 岩波シネサロン 1.jpgピエール・バルタン/ジャック・エラン/マルク・ローラン/ジョルジュ・ジレー/アルフレード・アダン/アンジェラ・ルーチェ/ミンモ・パルマラ/ヴィットリオ・ドォーゼ●日本公開:1968/09●配給:パラマウント●最初に観た場所:岩波シネサロン(80-07-13)●2回目:池袋文芸座ル・ピリエ(81-06-06)(評価:★★★☆)●併映(2回目):「処女の泉」(イングマル・ベルイマン)
岩波ホールビル.jpg岩波シネサロン(岩波ホール9F)

   
    

 
 【1954年文庫化[新潮文庫〕】

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男性原理、或いは"ハリウッド映画"に受け継がれるようなヒロイズム。

世界の文学 44 ヘミングウェイ.jpg老人と海/ヘミングウェイ 福田恆存・訳 新潮文庫.jpg   老人と海.jpg
世界の文学〈第44〉ヘミングウェイ (1964年)武器よさらば・老人と海・その他六編』['64年]/『老人と海 (1966年) (新潮文庫)』旧版/『老人と海 (新潮文庫)』 改版版

The Old Man And the Sea.jpg ヘミングウェイの代表作、且つ、生前に発表された最後の作品。最初に読んだのは中学生の時で、多少気負って読み始めたら、最初の老人と少年との会話の部分でいきなり野球の話などが出てきて、文学全集に収まるような作品にプロ野球(正確にはメジャーリーグだが)の話があるのがちょっと意外な印象を受け、結局今でもそのことが一番印象に残っていたりもします(川上弘美氏だったかな?小学5年生の時に読んだという作家は)。

ヘミングウェイ .jpg ヘミングウェイは1952年にこの作品を書き上げ、1954年にノーベル文学賞を受賞しており、ノーベル文学賞は個別の作品ではなく作家の功績および作品全体に与えられるものですが、一方で、この「老人と海」が受賞に寄与したとされていて、これを"受賞対象作"とすれば、書かれてから受賞まで僅か2年しかないことになります(まあ、それまでの実績が評価されたのだろうけれど)。ヘミングウェイはこの作品でピュ-リッツア-賞も受賞しています。

 新潮文庫版は、シェイクスピア作品の翻訳で知られる福田恒存の訳で(福田恒存・野崎孝以外で誰が訳している?)、作中人物の個性にも歴史が反映される(空間が時間に支配されている)ヨーロッパ文学に比べ、ただそこに空間があるだけのアメリカ文学は「食い足りない」とする福田恒存にとって、大海原での老人と魚の格闘というシチュエーションに的を絞ったこの作品は、そうしたアメリカ文学の弱点を逆手にとることで成功しているということになるようです。

アーネスト・ヘミングウェイ (Ernest Miller Hemingway).jpgGrace Hall Hemingway dressed Ernest like a girl for the first two years of his life.bmp 「ハードボイルド・リアリズム」と呼ぶに相応しい福田訳(経年疲労しない名訳)から、センチメンタリズムを排した男性原理、ギリシャ悲劇的なヒロイズム(或いはハリウッド映画に受け継がれるようなヒロイズム)が浮き彫りにされているように思えます(実際、このサンチャゴ老人のストイシズムはカッコいい)。ヘミングウェイは母グレイスに女の子のように育てられたとのこと、幼少の頃の女装させられた写真は有名で(後のハンティングなどに興じる数ある"逞しい"写真と対比すると興味深い)、彼のマッチョ願望をそうした幼児体験の反動であると見る心理学者もいます。
Grace Hemingway dressed Ernest like a girl for the first two years of his life. 女の子姿のヘミングウェイ(右上)
The Old Man and the Sea(老人と海)by Alexandre Petrov(アレクサンドル・ペトロフ) '99年/アニメーション(右下)
老人と海(99年公開).jpgアニメーション「The Old Man and the Sea(老人と海)」 by Alexandre Petrov(アレクサンドル・ペトロフ) 1999.jpg 「OK牧場の決斗」のジョン・スタージェスが監督しスペンサー・トレーシーが主演した映画('58年)もありますが、変わったところでは、ロシアのアレクサンドル・ペドロフ監督が約2万9千枚ものガラスの板に油絵具を使って指で描いて制作しアカデミー賞に輝いたアニメーション作品('99年)があります。

 日本では東京アイマックスシアターなどで上映されましたが、この手法(「手作り」で完結しているのではなく、最終的には膨大なコンピュータ制御により動画構成されている。これは最近のアニメ芸術に共通して見られる傾向)だと、海が本当に綺麗に描かれて、実際、この人の作品は水をモチーフにしたものが多いようですが、これはまさに「動く巨大絵本」だなあと感心させられました。ただ、時間が23分と短いため(この23分に4年もかけたそうだが)、アイマックスで観た時はスゴイと思ったけれど、後で振り返ると文学的なエッセンスはかなり抜け落ちた感じも拭えませんでした(星3つ半はやや辛目の評価か)。

Oceanic White‐tip Shark.jpg 余談ですが、サンチャゴ老人はまず、獲物であるカジキマグロと闘い、次にその獲物を狙う鮫たちと戦うわけで、最初に襲って来るのが「アオザメ」で、その次に、サンチャゴが「ガラノー」と呼ぶところの"シャベル鼻の鮫"が襲って来て、結局この鮫が獲物を食い尽くしてしまうのですが、この「ガラノー」というのは「シュモクザメ」(Hammerhead)のことだと思っていましたが、メジロザメ科の「ヨゴレ」(Oceanic White‐tip Shark)のことのようです(シャベルの"柄"と"先"を取り違えていたかも)。

東京アイマックスシアター2.jpgタイムズスクエア 東京アイマックスシアター.gif 「老人と海」●原題:THE OLD MAN AND THE SEA●制作年:1999年●制作国:ロシア/カナダ/日本●監督・脚本:アレクサンドル・ペドロフ/和田敏克●製作:ベルナード・ラジョア/島村達夫●撮影:セルゲイ・レシェトニコフ●音楽:ノーマンド・ロジャー●原作:アーネスト・ヘミングウェイ●時間:23分●日本公開:1999/06●配給:IMAGICA●最初に観た場所:東京アイマックス・シアター (99‐06‐16) (評価★★★☆)●併映:「ヘミングウェイ・ポートレイト」(アレクサンドル・ペトロフ)●アニメーション
東京アイマックスシアター (タカシマヤタイムズスクエア) 2002(平成14)年2月1日閉館

【1953年老人と海、チャールズ・イー・タトル商会版.jpg単行本[チャールズ・E・タトル商会(福田恒存:訳)]/1956年全集[三笠書房(福田恒存:訳)]/1964年「世界の文学44」[中央公論社(福田恒存:訳)]/1966年文庫化・1980年改版[新潮文庫(福田恒存:訳)]/1970年「新潮世界文学44」[新潮社(福田恒存:訳)]/2014年再文庫化[光文社古典新訳文庫(小川高義:訳)]】
老人と海 (1955年)』チャールズ・E・タトル商会

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何時か確実に訪れる自らの「死」を想起させる。黒澤明に「生きる」を着想させた作品。

イワン・イリッチの死4.jpgイワン・イリッチの死_iwan.jpg イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ.jpg  Ikiru(1952).jpg Ikiru(1952)   
イワン・イリッチの死 (岩波文庫)』 米川正夫:訳 ['34年/'73年改版] 『イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)』 望月哲男:訳 ['06年] 

The Death of Ivan Ilyich.jpgレフ・ニコライビッチ・トルストイ.jpg レフ・ニコライビッチ・トルストイ(1828‐1910/享年82)の中篇小説。45歳の裁判官が不治の病に罹り、肉体的にも精神的にも耐え難い苦痛を味わいながら着実に「死」に向かっていく、その3カ月間の心理的葛藤を、今まで世俗的な価値に固執し一定の栄達を得た自らの人生に対する、それがいかに無意味なものであったかという価値観の転倒からくる混乱と絶望、周囲から哀れみの眼差しを浴びながらも、あたかも自分の死が「予定調和」乃至は「ちょっとした不意の出来事」のように受け取られていることへの苛立ち、そして死の直前の苦悶と周囲への思いやりにも似た「回心」に至るまでを、まさに描き難いものを描き切ったと言える作品です。
                         
生きる 映画.jpg「生きる」1952.jpg生きる 志村喬 伊藤雄之助.jpg 1886年3月、文豪57歳の時に完成した作品ですが、1881年に実在のある裁判官の死に接して想を得たもので、主人公の葬儀とその世俗的な生涯の振り返りから始まるこの作品は、黒澤明監督の「生きる」と導入生きるA.jpg部分や主人公が役人である点が似ており、黒澤はこの作品から「生きる」を着想したとされています。映画関連のデータベースでは、「生きる」の原作としてこの小説が記されているものがありましたが、実際のクレジットはどうだったでしょうか。
                               
『生きる』.jpg 映画は映画で独立した傑作であり、トルストイのイワン・イリッチの死』が「原作」であるというより、この作品を「翻案」したという感じに近いかもしれません(或いは、単にそこから着想を得たというだけとも言える。伊藤雄之助が演じた無頼派作家に該当しそうな人物なども『イワン・イリッチの死』には登場しないし)。

 作品テーマから捉えても、「生きる」が残された時間をどう生きるかがテーマであったのに比べ、この作品は、自らの死をどう受け入れるかが大きなテーマになっているように思います。

「生きる」(1952・東宝/出演:志村喬/伊藤雄之助)
   
iイワン・イリイチの死7.jpgThe Death of Ivan Ilyich6.jpg 『イワン・イリッチの死』の主人公イワン・イリッチは、「カイウスは人間である、人間は死すべきものである、従ってカイウスは死すべきものである」という命題の正しさを信じながらも、「自分はカイウスではない」とし、死を受け入れられないでいます。

 彼を最も苦しめるのは、「ただ病気しているだけで、死にかかっているわけではなく、落ち着いて養生していれば治る」という「(彼をとりまく家族など)一同に承認せられた嘘」であり、それは皮肉にも彼自身が生涯奉仕してきた「礼儀」というものからくるものですが、その「嘘」に自分も加担させられていることに彼は苛立つわけです。

 この作品は読む者に、日常の雑事により隠蔽されている、但し何時か確実に訪れる自らの「死」を想い起こさせるものであり、ある意味、怖いと言うか、向き合うのが苦痛に感じる面もありますが、一方で、文庫で僅か100ページ、「メメント・モリ」をテーマとしたものとしては、比較的手に取り易い、ある種"テキスト"的作品であるようにも思います。

 周囲との断絶に苦しむ主人公は、死の直前、自分の今の存在こそが周囲を苦しめており、そこから周囲を解き放つことによって自分も楽になると感じる。その時、そこには「死は無かった」―。
 死は生の側にあり、死自体は無であるということを如実に示す実存的作品であり、訳者の米川正夫(1891‐1965)はドストエフスキー作品の翻訳でも知られた人、最近刊行された光文社古典新訳文庫でも、ドストエフスキーが"専門"である望月哲男氏が翻訳にあたっています。

 尚、望月氏もそうですが、『新潮世界文学20-トルストイ5』('71年)の中で本作品を訳している工藤精一郎氏も主人公の名前を「イワン・イリイチ」としており、韻を踏むことで主人公の規則的な「役人」人生を表象しているらしく、その点からすれば、「イリッチ」より「イリイチ」の方が相応しいのかも。

生きる2.jpg「生きる」●制作年:1952年●製作:本木莊二郎 ●監督:黒澤明●脚本:黒澤明/橋本忍小国英雄●撮影:中井朝一●音楽:早生きる パンフ.bmp坂文雄●原作:生きる 加東.jpgレフ・トルストイ「イワン・イリッチの死」●時間:143分●出演:志村喬/小田切みき/金子信雄/関京子/浦辺粂子/菅井きん「生きる」中村伸郎.jpg「生きる」阿部九洲男.jpg/丹阿弥谷津子/田中春男/千秋実/左ト全/藤原釜足/中村伸郎/渡辺篤/木村功/伊藤雄之助/清水将夫/南美江/加東大介/山田巳之助/阿部九洲男/宮口精二/河崎堅男/勝本圭一郎/鈴木治夫/今井和雄/加藤茂雄/安芸津広/長濱藤夫/川越一平/津田光男/榊田敬二/熊谷二良/片桐常雄/田中春男/日守新一●公開:1952/10●配給:東宝●最初に観た場所:大井武蔵野館 (85-02-24)(評価★★★★)●併映「隠し砦の三悪人」(黒澤明) 中村伸郎(市役所助役)/阿部九州男(市会議員)
黒澤 生きる 小田切みき.jpg生きる 菅井きん.jpg

小田切みき(1930-2006/享年76)(小田切とよ)

菅井きん(1926-2018/享年92)(陳情の主婦)                                                                                                                                       
大井武蔵野館 閉館日2.jpg大井武蔵野館 閉館日.jpg大井武蔵野館.jpg「大井武蔵野館」ぼうすの小部屋 - おでかけ写真展より(左写真)

大井武蔵野館 1999(平成11)年1月31日閉館(右写真・最終日の大井武蔵野館) 

大井武蔵野館2.jpg 【1934年文庫化・1973年改定[岩波文庫(米川正夫訳)〕/2006年再文庫化[光文社古典新訳文庫(望月哲男訳『イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ』)〕】

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金原瑞人の翻訳も悪くはないが、個人的には旧訳(大久保康雄)の方が好み。

武器よさらば 6.JPG武器よさらば (新潮文庫).jpg 武器よさらば(上).gif 武器よさらば(下).gif 『武器よさらば(上) (光文社古典新訳文庫)』『武器よさらば(下) (光文社古典新訳文庫)
武器よさらば (1955年) (新潮文庫)』(カバー画:向井潤吉)

 1929年に発表されたヘミングウェイの小説で、米国人イタリア兵フレデリック・ヘンリーと英国人看護婦キャサリン・バークレイとの恋を描いた小説(恋人をボートに乗せて湖を渡りスイスに逃れるなんて、かなりロマンチック)であるとともに、第一次世界大戦を背景にした戦争文学(閉塞状況のイタリア戦線が描かれている)として、同年に発表されたレマルクの『西部戦線異状なし』と並ぶものとされています。

武器よさらば 映画パンフ (1960年リバイバル公開時).jpg また、ロック・ハドソン、ジェニファー・ジョーンズ主演の映画化作品('57年/米)も、へミングウェイ原作のものでは、ゲーリー・クーパーとイングリッド・バーグマンの「誰が為に鐘は鳴る」('43年/米)ほどではないですがよく知られています(ゲーリー・クーパーは'32年の同原作「戦場よさらば」(DVDタイトル「武器よさらば」)にも主演)。  ロック・ハドソン版「武器よさらば」映画パンフ (1960年リバイバル公開時)

 以前に読んだのは大久保康雄(1905‐1987/享年81)訳の新潮文庫のもの(向井潤吉のカバー画が何となく「風と共に去りぬ」みたいな感じなのだが...)で、ここのところ高見浩氏の新訳でヘミングウェイ作品を何冊か読んだので、この作品も高見訳で新潮文庫にあるものの、今度は、この20年間余りで300作以上もの翻訳をこなしてきているという金原瑞人氏の訳で読んでみました。
 そうしたら、金原訳、読みやすいことには読みやすいけれど、う〜ん、『武器よさらば』って、こんな文字がスカスカな感じだったかなあ。でも、今の若い読者には、この方が受け入れるのかもしれないけれど。

「翻訳文学のいま」金原瑞人氏・角田光代氏.jpg 作家の角田光代氏が金原氏との対談(21世紀活字文化プロジェクト・新!読書生活「翻訳文学のいま」)で、「大久保訳、高見訳とも主人公の一人称が〈ぼく〉であるのに、金原訳では〈おれ〉だったので、すごく印象的だった」と述べていましたが、金原氏は、俗で荒っぽい軍隊の中にいる主人公が〈ぼく〉では違和感があったため〈おれ〉にしたとのこと。
 続けて言うには、「ところが困ったことがあって、第1次世界大戦当時はある意味田舎だったアメリカ人の主人公が、世界に冠たる大英帝国の女性に恋をする。〈おれ〉とは言わないだろうなと。結局、この女性に対する時だけは主語はすべて削ってしまった」と。

 なるほど、全体にハードボイルドな雰囲気で、一方、恋人同士の会話部分は、主語(〈おれ〉)及び「〜と言った」などという記述部分が略されていて、映画の字幕を読んでいるような感じも。

 角田氏に異議を唱えるわけではないですが、大久保訳は、記述部分における一人称は〈私〉、会話部分では、軍隊仲間の間では〈おれ〉、初めて会う人には〈私〉、女性に対しては〈ぼく〉と使い分けていて、こうした使い分けは普通に行われるものであることからすれば、こっちの方がむしろ自然ではないだろうかという気も。
 軍隊言葉にちょっと古風な訳があったり、主人公の恋人の名前が「キャザリン」と濁っていたりしますが、個人的には大久保訳の方が好きです。

 翻訳の話になってしまいましたが、大久保訳の新潮文庫解説では、主人公の軍隊からの離脱を、戦争一般とそこに生きる人々を支える抽象的大義を捨てた「単独講和」であるという捉え方をしていて、主人公は状況一般の中に生きる目的を発見する代わりに、血肉をそなえたただ一人の現実の人間を選んだのだとあります。

 金原訳も悪くないですが、やはり、大久保訳の方が、こうした解釈に相応しい格調を備えているし、情感の描出でも優れているような気がします。あくまでも好みの問題ですが。

 【1955年文庫化[新潮文庫(大久保康雄:訳)]/1957年再文庫化[岩波文庫(上・下)]/1957年再文庫化[角川文庫]/1978年再文庫化[旺文社文庫]/2006再文庫化[新潮文庫(高見浩:訳)]/2007年再文庫化[光文社古典新訳文庫(上・下)(金原瑞人:訳)]】

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作品としては傑作。ゴシップ的に読むとヘミングウェイは嫌なヤツ(?)。

日はまた昇る.jpg  日はまた昇る (新潮文庫).bmp  日はまた昇る 講談社英語文庫.jpg 日はまた昇る (集英社文庫).jpg 集英社文庫旧版カバー
日はまた昇る』 〔'00年〕/『日はまた昇る (新潮文庫)』〔'03年〕/『日はまた昇る - The Sun also Rises【講談社英語文庫】』 ['07年]/『日はまた昇る (集英社文庫)』〔'78年/'09年改版〕

大久保康雄 日はまた昇る (新潮文庫).jpg  1926年に発表された長編『日はまた昇る』"The Sun Also Rises"は、パリ時代のへミングウェイの最高傑作と謳われているだけでなく、"ロスト・ジェネレーション"文学の代表作ともされていますが、大久保康雄(1905-1987)訳('55年/新潮社文庫)と比べて高見浩氏の新訳は大変読みやすく(大久保康雄訳も今読んでもそれほど古さは感じられないのだが)、結局、大久保訳と入れ替わりで本書は新潮文庫に加わりました(それ以外に文庫となっているものでは谷口睦男(1918-1988)訳('58年/岩波文庫)、佐伯彰一訳('78年/集英社文庫)などがある)。

新潮文庫(大久保康雄:訳) ['55年]

 それでも、戦場で性機能を失った主人公のジェイクと周辺の若手作家や女友達との絡みが描かれている前半部分がややごちゃごちゃしているように感じられるのは、この作品がもともと最初短編として構想されたものに加筆して長編に改編したものであるからでしょうか。
  
 とは言え、多くの芸術家の卵が集った当時のパリの雰囲気をよく伝えているし(ヘンリー・ミラーの『南回帰線』(1934年)を思い出した)、後半、こうした仲間らとスペインへ行き、パンプローナの闘牛やフェイスタ(サン・フェルミン祭)に興じる中、恋の鞘当てを繰り広げる様は、読んでいても面白い!

 祭の闘牛の描写は、作家自身が何かに憑かれたように書いている印象を受け(ヘミングウェイは1922年から5年連続この祭りに通った)、こうした表現トーンの変調はまだ他にもあるものの、やはり傑作でしょう、この作品は。

Ernest Hemingway (far left) in the 1920s.jpg パンプローナのフェイスタの最中、へミングウェイの分身と思しき主人公のジェイクは、ある奔放な女性を巡って若手作家のブレット・アシュリーと争いますが、高見氏の解説によると、これはヘミングウェイが1925年に自分の妻のハドリーや作家仲間ら男女7人でパンプローナのフェイスタに行った時に、ダフ・トゥイズデンというヘミングウェイが魅了された女性を巡って起きた事件が、そのままベースになっているらしいです。

 恋の鞘当ての相手ブレットのモデルは、ダフと関係があったとされる若手作家のハロルド・ローブで、ダフには、パット・ガスリーというフィアンセもいたというから、三角関係ならぬ四角関係とでも言うかややこしい(こうした人たちが一緒になって旅行したわけで、これでは最初から一触即発状態ではないかと思うのだが)。

[写真]フェイスタでの、左から、へミングウェイ、彼の恋のライバルのハロルド・ローブ(後方)、恋の相手ダフ・トゥイズデン、ヘミングウェイの妻ハドリー(中央)、1人おいてダフのフィアンセのパット・ガスリー(右端の呆け顔)[本書より]

 現実は、ヘミングウェイがハロルド・ローブ喰ってかかったのが先だったようですが(ヘミングウェイは後でローブに詫びを入れている)、小説ではブレットが大人気なく激昂したようになっていて、この小説はアメリカで文学の新潮流として高く評価される一方で、作品舞台のご当地ヨーロッパでは、ゴシップ小説的な読まれ方もしたらしいです。

 へミングウェイ自身は小説同様にダフを得ることが出来ないまま、妻ハドリーとも離婚することになり、更にこの小説により、これらの友人を永遠に失うことになりますが、後のインタビューで、「友人を失ったことについてさして痛みを感じない」、「物語を作ることとは、現実をよりあらまほしき形に再構成すること」であり、「物語のモデルとは、セザンヌが風景の一部に人の姿を描くようなものだ」と言っています。

 「登場人物の造形に実在の人物の姿を借りても、そこに息を吹き込んだのは自分自身の創造だ」(友人宛の手紙より)という作家の強い自負を感じる一方で、現象面だけを捉えると、何だか男らしくないというか、後に築かれた「アメリカ人の多くが敬愛する作家」というイメージとは食い違っている気がして、この人、結構、嫉妬深いというか、嫌なヤツと言うか―その点でまたへミングウェイという作家に新たな興味が湧きました。

 【1955年文庫化[新潮文庫 (大久保康雄:訳)]//1958年再文庫化[岩浪文庫 (谷口睦男:訳)]/1978年再文庫化・2009年改装版[集英社文庫 (佐伯彰一:訳)]/2003年再文庫化[新潮文庫 (高見 浩:訳)]】

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ナイーブな感性から男性原理へ。ハードボイルドのルーツは新聞記者の文章?

われらの時代・男だけの世界7.JPGわれらの時代・男だけの世界.bmp われらの時代に hukutake.jpg われらの時代に/ヘミングウェー短編集1.jpg 女のいない男たち.jpg 
われらの時代・男だけの世界 (新潮文庫―ヘミングウェイ全短編)』['95年]/『われらの時代に (福武文庫―海外文学シリーズ)』['88年]『われらの時代に ヘミングウェー短編集1』『女のいない男たち ヘミングウェー短編集2』['13年/グーテンベルク21]Kindle版

in our time.jpgMen Without Women.jpg ヘミングウェイ Ernest Hemingway (1899-1961)の短編のうち、文豪誕生の黎明期とも言える初期のパリ在住時代のものが収められています。1924年刊行の『われらの時代』"In Our Time"と、1927年刊行の『男だけの世界』"Men Without Women"の2つの短編集の「合本」であるとも言えるものですが、高見浩氏による翻訳は新潮文庫のための訳し下ろしであり、現代の感覚から見ても簡潔・自然な訳調は、「新訳」と言っていいと思います。

"In Our Time"(1924)/"Men Without Women"(1927)

 『われらの時代』も『男だけの世界』も、含まれる短編の多くにニック・アダムスという少年期から青年期のヘミングウェイを思Men Without Women .jpgわせる若者が登場しますが、『われらの時代』にはどちらかと言うと、若者のナイーブな感性がとらえた世間というものが反映されているのに対し、『男だけの世界』の方は、男性原理が前面に出た(短編集の表題通り女性が殆ど登場しない)、男臭いというかハードボイルド風のものが殆どとなっています。
 時間的には、この両短編集の間に、当初は短編として構想され、書き進むうちに長編になった『日はまた昇る』"The Sun Also Rises"(1926年)が書かれているわけですが、その時期は、ヘミングウェイが妻と愛人の間で板ばさみになり、心理的に袋小路に追い詰められていた時期でもあり、その両方を失って彼は女嫌いとなったのか、女性的なものを作品に持ち込むことを意図的に避けるようになったようです。
"Men Without Women" Scribner(1997)

A river runs through it.jpg 『われらの時代』は、青春時代が第一次世界大戦後の虚脱状態の世相に重なった"ロスト・ジェネレーション"に意味的に重なるものであり、この中では「二つの心臓の大きな川」という作品が秀逸。心に傷を負った主人公のニックがミシガン湖で友人と釣りをするだけの話ですが、フライフィッシングの描写が素晴らしく(ロバート・レッドフォード監督の「リバー・ランズ・スルー・イット」を思い出した)、また、釣れた鱒を捌く描写の簡潔で的確な筆致は(『老人と海』(1952年)にも魚を捌く場面があるが、それに近い)、同時に主人公の生への意欲の回復を表している感じがしました。
"A river runs through it" (1992) DVD
マクリーンの川 (集英社文庫)
マクリーンの川 (集英社文庫).jpgA river runs through it 2.jpg 「リバー・ランズ・スルー・イット」(原作はノーマン・マクリーンの「マクリーンの川」)では、主人公(クレイグ・シェイファー)が、牧師だった父(トム・スケリット)と才能がありながらも破天荒な生き方の末に亡くなった弟(ブラッド・ピット)を偲んで、故郷の地で、かつて父から教わり、父や弟と親しんだフライフィッシングをする場面が美しく、また、こうした「供養」と言える行動を通して主人公が癒されていくスタイルが独特だなあと思ったのですが、ヘミングウェイの「二つの心臓の大きな川」においても、フライフィッシングが主人公の戦争体験のトラウマを癒す役割を果たしているように思えます。
 そう言えば、'60年代のビート・ジェネレーションの作家リチャード・ブローティガンにも『アメリカの鱒釣り』('75年/晶文社、'05年/新潮文庫)という作者にとっての処女小説(短編集)があり、釣りとアメリカ人の精神性はどこかで繋がるところがあるのかなと思ったりしました。

「リバー・ランズ・スルー・イット」パンフレット裏.jpg「リバー・ランズ・スルー・イット」.jpg「リバー・ランズ・スルー・イット」●原題:A RIVER RUNS THROUGH IT●制作年:1992年●制作国:アメリカ●監督・製作総指揮:ロバート・レッドフォード●脚本:リチャード・フリーデンバーグ●撮影:フィリップ・ルースロ ト●音楽:マーク・アイシャム●原作:ノーマン・マクリーン 「マクリーンの川」●時間:124分●出演:ブラッド・ピット/クレイグ・シェイファー/トム・スケリット/ブレンダ・ブレシン/エミリー・ロイド/スティーヴン・シェレン/ニコール・バーデット/ジョセフ・ゴードン=レヴィット/ロバート・レッドフォード(ナレーション)●日本公開:1993/09●配給:東宝東和 (評価:★★★★)

「リバー・ランズ・スルー・イット」映画パンフ裏面予告

 『男だけの世界』にも、老闘牛士をモチーフにした「敗れざる者」などの秀作もありますが、やはり、感情表現を排した簡潔な筆致で、ハードボイルドの1つの原型であるともされる「殺し屋」が印象に残ります。
 思えばヘミングウェイは、パリには新聞社の特派員として滞在していたわけで(第一次大戦中は通信兵として電文を打っていたこともあった)、そうすると、ハードボイルドのルーツは新聞記者の文章ということでしょうか(少し後に『大いなる眠り』(1939年)で長編デビューするレイモンド・チャンドラーも、新聞記者をしていた時期がある)。

【1988年文庫化[福武文庫(『われらの時代に』)]/1995年文庫化[新潮文庫]】

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下層社会に暮らす少年の鬱屈と抵抗を、自体験に近いところで描くリアリティ。

『長距離走者の孤独』.JPG長距離走者の孤独.jpg  長距離ランナーの孤独.jpg Alan Sillitoe.jpg Alan Sillitoe
長距離走者の孤独 (新潮文庫)』/映画「長距ランナーの孤独」('62年)

「長距離走者の孤独」.jpg 新潮文庫版は、1958年に発表された「長距離走者の孤独」(The Loneliness of the Long Distance Runner)をはじめ、アラン・シリトー(Alan Sillitoe、1928‐2010の8編の中短編を収めていますが、貧しい家庭で育ち、盗みを働いて感化院に送られた少年の独白体で綴られた表題作が、内容的にも表現的にも群を抜いています。

 アラン・シリトーにはこの他にも、『土曜の夜と日曜の朝』といった代表作がありますが、それらと比べても印象に残LonelinessLongRunner.jpg長距離ランナーの孤独1.jpgっているし、トニー・リチャードソン(Tony Richardson、1928-1991)監督の映画化作品「長距離ランナーの孤独」('62年/英)も有名です。主人公を演じたのはトム・コートネイで、舞台出身ですが、映画はこの作品が実質初出演で初主演でした(後に、「魚が出てきた日」('67年)、「イワン・デニーソヴィチの一日」('74年)などで主演することになる)。

"Loneliness of Long Distance Runner" (1962/UK)/日本版VHS(絶版)

 もともと原作が手記形式なので、映画で主人公が長距離走において遅れてゴールした後ニヤリと笑うなど、映像での表現上やや説明的にならざるを得ないのはいたし方ないか(原作では、他人からは泣きそうになっているように見えるだろうが、実はこれ、"勝利の嬉し泣き"をこらえていたのだ、ということになっている。映画脚本はシリトー自身)。

ホテル・ニューハンプシャー 1.jpgホテル・ニューハンプシャー 0.jpg トニー・リチャードソンは、文芸作品の映画化の名手で、ジョン・アーヴィング原作の映画化作品「ホテル・ニューハンプシャー」('84年/米・英・カナダ) もこの監督によるものであり、これはホテルを経営する家族の物語ですが、ジョディーフォスター、ロブ・ロウ、ナスターシャ・キンスキーという取り合わせが今思ホテル・ニューハンプシャー 01.jpgえば豪華。少なくとも1人(J・フォスター演じるフラニー)乃至2人(N・キンスキー演じる"熊のスージー")の女性登場人物がレイプされて心の傷を負っており、また家族が次々と死んでいく話なのに、観終わった印象は暗くないという、不思議な映画でした(「ガープの世界」もそうだが、ジョン・アーヴィング作品の登場人物は、何かにつけてモーレツと言うか極端な人が多い)。

ジブラルタルの追想2.png トニー・リチャードソンは、シーラ・ディレーニーの『蜜の味』などの文芸作品も映画していますが、この人の旧い映画ではマルグリット・デュラス原作の「ジブラルタルの追想」('67年/英)、ウラジミール・ナボコフが原作の「悪魔のような恋人」('69年/英)を名画座で二本立てで観ました。

映画プレスシート/ジャンヌ・モロー「ジブラルタルの追想」

「ジブラルタルの追想」.jpgジャンヌ・モロー2.png マルグリット・デュラス(「二十四時間の情事」('59年/日・仏)、「かくも長き不在」('61年/仏)のTHE SAILOR FROM GIBRALTAR PERFORMER.jpg原作者でもある)原作の「ジブラルタルの追想」は、イタリア旅行中の青年がジブラルタルででアンナ(ジャンヌ・モロー)という女性と出会い、アランの方は彼女を真剣に愛し始めるが、アンナは楽しさだけでアランに身を任せている印象で、そんなジブラルタルの追想0_.jpg折、アンナの行方知らずとなっていた恋人が現われたというニュースが飛び込んでくる-というストーリー。一部ミュージカル仕立てで、唄っているジャンヌ・モローが綺麗ですが映画自体は凡庸で(あくまでも個人的印象であって、女性映画の傑作とする人もいる)、やはり文学作品を映画化してその本質を損なわないようにするのは往々にして難しいのかと思いました(因みにジブラルタルはヨーロッパ大陸で唯一今も残る英国植民地で、ここからアフリカ大陸が見渡せるが、自分が旅行した頃は軍事基地があるという理由で近づけなかった。但し、今は観光地化して旅行者に比較的オープンになっている。アフリカ大陸はジブラルタルの手前からでも見渡せた)。
映画プレスシート ジャンヌ・モロー「ジブラルタルの追想」」 ('67年/英)

映画プレスシート/アンナ・カリーナ「悪魔のような恋人」
悪魔のような恋人3.jpg悪魔のような恋人9.jpg「悪魔のような恋人」 vhs.png 一方、ナボコフ原作の「悪魔のような恋人」は、金持ちの画商が小悪のような少「悪魔のような恋人」 カリーナ.jpg 女に破滅させられていく話なのですが、アンナ・カリーナの蠱惑的魅力を十分に引き出して佳作に仕上げており(この作品のアンナ・カリーナが演じる女性はかなり残忍でもある)、「ホテル・ニューハンプシャー」の成功に繋がる"文芸監督"の素地がこの頃からあったと―。

 アラン・シリトー原作の『長距離走者の孤独』のストーリー自体はシンプルで、書けば"ネタばれ"になってしまうのですが(もう一部書いてしまったが、と言っても、広く知られているラストだが)、ラスト以外でのこの作品の優れた点は、主人公の少年コリンが友人と共にパン屋に強盗に入ったために捕まる場面で、刑事が自宅に捜索に来た時の主人公の心理などは、作者の体験談ではないかと思われるぐらい目いっぱいの臨場感があります。

 アラン・シリトーは、50年代に登場し偽善的な体制や権力者を糾弾した《怒れる若者たち》と呼ばれる作家グループの1人ですが、このグループに属するとされる『怒りをこめてふりかえれ』のジョン・オズボーンや『急いで駆け降りよ』のジョン・ウェインなどは、概ね一流大学出身で大学に教職を得た知識人であるのに対し、シリトーは、工場労働者の家庭の出身で、自らも熟練工員でした。

 結局、《怒れる若者たち》の作家達の作品群で、今世紀になっても最も読み継がれている作品を1つ挙げるとすれば『長距離走者の孤独』になるわけで、その理由として、シンプルだが象徴的な結末と併せて、下層社会に暮らす少年の鬱屈と抵抗を、自らの体験に近いところで描いていることからくるリアリティが挙げられるのではないかと思います。

長距離ランナーの孤独  .jpg「長距離ランナーの孤独」.jpg「長距離ランナーの孤独」●原題:THE LONELINESS OF THE LONG DISTANCE RUNNER●制作年:1962年●制作国:イギリス●監督・製作:トニー・リチャードソン●脚本:スタンリー・ワイザー/アラン・シリトー●撮影:ウォルター・ラサリー●音楽:ジョン・アディソン●原作:アラン・シリトー●時間:104分●出演:トム・コートネイ/マイケル・レッドグレイヴ/ピーター・マッデン/ウィリアム・フォックス/トプシー・ジェーン/ジュリア・フォスター/フランク・フィンレイ●日本公開:1964/06●配給:昭映(評価:★★★)

イワン・デニーソヴィチの一日0.jpgイワン・デニーソヴィチの一日 チラシ.jpg「イワン・デニーソヴィチの一日」●原題:ONE DAY IN THE LIFE OF IWAN DENISOVICH●制作年:1971年●制作国:イギリス●製作・監督:キャスパー・リード●音楽:アーン・ノーディム●原作:アレクサンドル・ソルジェニーツィン●時間:100分●出演:トム・コートネイ/アルフレッド・バーク/ジェームズ・マックスウェル/エリック・トンプソン/エスペン・スクジョンバーグ●日本公開:1974/06●配給:NCC●最初に観た場所:池袋文芸坐(79-11-16) (評価★★★)●併映「エゴール・ブルイチョフ」(セルゲイ・ソロビヨフ)

「魚が出てきた日」●原題:THE DAY THE FISH COME OUT●制作年:1967年●制作国:アメリカ●監督・製作・脚本:マイケル・カコヤニス●撮影:ウォルター・ラサリー●音楽:ミキス・テオドラキス●時魚が出てきた日ps3.jpgTHE DAY THE FISH COME OUT 1967 .jpgキャンディス・バーゲンM23.jpg間:110分●出演:トム・コートネイキャンディス・バーゲン/サム・ワナメーカー/コリン・ブレークリー/アイヴァン・オグルヴィ/ディミトリス・ニコライデス/ニコラス・アレクション●日本公開:1968/06●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:中野武蔵野館(78-02-24)(評価:★★★☆)●併映:「地球に落ちてきた男」(ニコラス・ローグ)

ホテル・ニューハンプシャー dvd.jpgホテル・ニューハンプシャー02.jpg「ホテル・ニューハンプシャー」●原題:THE HOTEL NEW HAMPSHIRE●制作年:1984年●制作国:アメリカ・イギリス・カナダ●監督:トニー・リチャードソン●製作:ニール・ハートレイ/ピーター・クルーネンバーグ/デヴィッド・J・パターソン●脚本:トニー・リチャードソン●撮影:デイヴィッド・ワトキン●音楽:レイモンド・レッパード●原作:ジョン・アーヴィング「ホテル・ニューハンプシャー」●時間:109分●出演:ジョディーフォスタ/ロブ・ロウ/ボー・ブリッジス/ナスターシャ・キンスキー/フィルフォード・ブリムリー/ポール・マクレーン/マシュー・モディン●日本公開:1986/07●配給:松竹富士●最初に観た場所:三軒茶屋東映(87-01-25)(評価:★★★★)●併映:「プレンティ」(フレッド・スケピシ)ホテル・ニューハンプシャー [DVD]

ジブラルタルの追想ド.jpgジブラルタルの追想-orson-welles-ジブラルタルの追想.jpg「ジブラルタルの追想」●原題:THE SAILOR FROM GIBRALTAR PERFORMER●制作年:1967年●制作国:イギリス●監督:トニー・リチャードソン●製作:オスカー・リュウェンスティン●脚本:クリストファー・イシャーウッド/ドン・マグナー/トニー・リチャードソン●撮影:ラウール・クタール●音ジブラルタルの水夫.jpg楽:アントワーヌ・デュアメル●原作:マルグリット・デュラス「ジブラルタルから来た水夫(ジブラルタルの水夫)」●時間:90分●出演:ジャンヌ・モロー/イアン・バネン/オーソン・ウェルズ/ヴァネッサ・レッドグレーヴ●日本公開:1967/11●配給:ユナイテッド・アーチスツ●最初に観た場所:大塚名画座(78-12-12)(評価:★★☆)●併映:「悪魔のような恋人」(トニー・リチャードソン)

ジブラルタルの水夫

「悪魔のような恋人」●原題:LAUGHTER IN THE DARK●制作年:1969年●制作国:イギリス●監督:トニー・リチャードソン●製作:ニール・ハートリー/エリオット・カストナー●脚本:エドワード・ボンド●撮影:ディック・ブッシュ●音楽:レイモンド・レパード●原作:ウラジミール・ナボコフ「欲望」●時間:104分●出演:ニコル・ウィリアムソ悪魔のような恋人8.jpgLaughter in the Dark2.jpgン/アンナ・カリーナジャン=クロード・ドルオ/ピーター・ボウルズ/シアン・フィリップス/セバスチャン・ブレイク/ケイト・オトゥール/エドワード・ガードナー/シーラ・バーレル/ウィロビー・ゴダード/バジル・ディグナム/フィリッパ・ウルクハート(●日本公開:1969/05●配給:ユナイテッド・アーチスツ●最初に観た場所:大塚名画座(78-12-12)(評価:★★★★)●併映:「ジブラルタルの追想」(トニー・リチャードソ大塚駅付近.jpg大塚名画座 予定表.jpg大塚名画座4.jpg大塚名画座.jpgン)
大塚名画座(鈴本キネマ)(大塚名画座のあった上階は現在は居酒屋「さくら水産」) 1987(昭和62)年6月閉館


【1973年文庫化[新潮文庫]/1978年再文庫化[集英社文庫]】

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死刑制度の非道・不合理を訴えた「序」の方が、ストレートに響いた気もする。

死刑囚最後の日』.jpg死刑囚最後の日.gif 「死刑囚最後の日」.jpg Victor Hugo.jpg Victor Hugo(1802-1885)
死刑囚最後の日 (岩波文庫 赤 531-8)』['82年改版]/ 電子書籍版 (グーテンベルク21/斎藤正直:訳)

LE DERNIER JOUR D'UN CONDAMNE.jpg 1829年2月に"著者名無し"で刊行されたヴィクトル・ユーゴー(1802-1885)の小説で、ある男が死刑判決を受け、それが執行されるまでの心境を、男の告白という形式でドキュメンタリー風に綴ったもの。文庫で170ページほどの薄い本ですが、内容はテーマ通りに重いものです。
 裁判の時は、男は弁護士が求めた終身刑になるぐらいなら死刑の方がマシだと考えていたのが、死刑執行が迫るにつれ終身刑でもいいからと赦免を望むようになり、ギロチン刑による処刑の直前には、僅か5分間の執行猶予さえ求めるようになる―。

 当時の監獄や徒刑囚、死刑執行の様子などがよくわかりますが、留置されている場所からパリ市中を通ってグレーブの刑場へ行き、そこで公開処刑されるというのは、日本の江戸時代の市中引き回しと似ていると思いました。

"Le dernier jour d'un condamné"

The Last Day of a Condemned Man.jpg 監獄で鎖に繋がれながらもインキと紙とペンを与えられ、それにより自らの精神的苦悶を記したという設定ですが、表題通り、処刑当日の朝から午後4時の執行までの男の心境が作品の大部を占め、この部分は「手記」としてではなく、小説としての「独白」でしか成立し得ないわけで、この点がちょっと引っ掛かりました。

 娘や家族との最後の別れに絶望したりしながらも、全体のトーンとしては、意外と男が冷静に周囲を観察し、また周囲の人と話しているような気がして、こんなに冷静でいられるものかなあとも(自分が、今日の夕方にはこの世からいなくなるということが実感できないでいる様子ともとれるが)。

 但し、この作品以前には、こうした死刑囚の心理に深く触れた文学というのは無かったわけで、ドストエフスキーなどもこの作品を自らの創作の参考にしたらしいです(尤も、ドストエフスキー自身が死刑宣告を受け、執行の直前までいった経験の持ち主だったわけだが)。
The Last Day of a Condemned Man

 ヴィクトル・ユーゴーはこの作品の執筆当時26歳で、この時既にロマン派の詩人・作家としての名声を得ていましたが、この作品には死刑廃止論(死刑慎重論)という彼の政治的・社会的思想が込められており、但し、その考え方が世論に受け入れられるかどうかを見るために、「文学」という形式をとり、且つ匿名で発表したとのこと。

 世評の支持を得たとして、本編刊行の3年後に、実名を公表して添えた長めの序文(本編の後に付されている)の方は、死刑執行の残虐さ・非道を事例でリアルに伝える一方で、「社会共同体からの排除」「社会的復讐」「見せしめ・訓育」などの死刑制度擁護論の論拠を理路整然と論破し、死刑制度の不合理を「切実」且つ「現実論的」に訴える政治・社会評論になっていて、こちらの方がむしろ個人的にはストレートに胸と頭に響きました。

宣告1.jpg "現実論的"部分で興味深かったのは、「まず確信犯の死刑から廃止せよ」と段階的廃止を主張している点などです。現在の日本でも「連続企業爆破事件」「連合赤軍事件」「オウム真理教事件」の死刑囚は'08年現在、誰も死刑が執行されていないという実態はありますが...(日本政府はユーゴーの考え方に沿っているのか?)。

 凶悪犯罪が目立つ昨今、死刑容認論が大勢を占めるようですが、このユーゴーの「序」と加賀乙彦『宣告』を読むと、かなりの人が死刑廃止論に傾くような気がするけれども、どうでしょうか。

加賀乙彦 『宣告 (上・中・下) (新潮文庫)』 

 【1950年文庫化・1982年改版[岩波文庫]】

《読書MEMO》
●「序」より
「死刑を廃止せよというのではなく、慎重に論議すべきである。すくなとも裁判官が陪審らに『被告は情熱によって行動したかまたは私欲によって行動したか』という問いかけをすることにし、『被告は情熱によって行動した』と陪審員らが答える場合には、死刑に処することのないようにしたい」

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ドストエフスキー夫妻の愛情の深さとドストエフスキーという人間が抱える闇の深さの対比。

バーデン・バーデンの夏.jpgバーデン・バーデンの夏』〔'08年〕Leonid Tsypkin.jpg Leonid Tsypkin (1926-1982/享年56)

Summer in Baden-Baden.gif 1982年に米国の雑誌にその冒頭部分が発表され、その後長く埋もれていた小説を、米国の女性作家(活動家としても知られる)スーザン・ソンタグ(1933‐2004)がロンドンの古書店で見つけて再発掘したもので、このドストエフスキーへのオマージュに満ちたこの小説の作者のレオニード・ツィプキン(1926-1982)は、ドストエフスキーが唾棄したところのユダヤ人であり、作家ではなく優れた病理学者でしたが、旧ソ連末期、息子夫婦が米国へ亡命したために要職を外され、自らは出国も認めらないという不遇の中でこの小説を書き、米国で発表された1週間後に亡くなっています。

バーデン・バーデンの夏ド.jpgleonid tsypkin summer in baden baden.jpg 物語は、ドストエフスキーの妻アンナの日記を携えた語り手の「私」が、冬のモスクワからレニングラードに汽車で旅する最中、アンナの日記にある、新婚のドストエフスキー夫妻のドレスデンからバーデン・バーデンへの旅を追慕するように再現する形で始まっており(国内と外国、冬と夏という対比になっている)、以後、主に「アンナ・グリゴーリエヴナ」の視点から、彼の地で借金を抱えた夫「フェージャ」が賭博熱に憑かれ、屈辱、怒り、後悔、懇願を繰り返す様が描かれていますが、どう仕様もないような夫に従順につき従うアンナの姿には、ドストエフスキー作品の登場人物を思わせるような慈愛が感じられました。

 章や段落(改行)が無く句点も極端に少ない文体で、しばしば作者の意識とアンナの意識が交錯し、時にドストエフスキーの意識に深く入り込むという凝った形式をとっていて、2人の愛情の深さとドストエフスキーという人間が抱える闇の深さ(彼が抱える矛盾の典型とも言えるが)を対比的に浮かび上がらせるとともに、ドストエフスキーへの作者の抗い難い想いと、全人類に愛を手向けた彼が、ユダヤ人だけは、まるでそれらの埒外にあるように無視し嫌ったということに対する作者の悩ましい感情が、相克的に奔出されています(ここにも、もう1つの"矛盾"がある)。

 小林秀雄『ドストエフスキーの生活』(角川文庫)の巻末のドストエフスキーの年譜によると、1867年夏、『罪と罰』を前年に完成させた46歳のドストエフスキーは、21歳の新妻アンナとバーデンに滞在しており、この旅はこの小説にあるように、2人の新婚旅行であるとともに借金からの逃避行でもあり、一発巻き返しを狙うドストエフスキーは、滞在先で賭博ルーレットに嵌まり込んだようです。

 小林秀雄は、バーデン・バーデンについては、この地でドストエフスキーがツルゲーネフと対立したこと以外はさほど注目していないようで、それは、この新婚旅行が結局4年間も続くドストエフスキーの海外生活の始まりであり、その後、ドイツ各地の滞在先で、同じような"愚行"を彼が繰り返しているからだと思われます。
 その間に『白痴』を書き上げ、『カラマーゾフの兄弟』の構想も得ているわけですが、この小説では、まだ書かれていない小説の登場人物を用いた描写が多くあるのが興味深かったです。

 ドストエフスキーはこの長期海外滞在を終えた後も何度かドイツに出かけていますが、ドイツで公開賭博が禁止になったため、やりようがなかったらしく(賭博業者は皆、賭博の独占市場となったモンテ・カルロへ移った)、彼の晩年の家庭生活の平安は、モナコの王様のお陰だと、小林秀雄は『ドストエフスキーの生活』の中でジョーク気味に書いています。

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敢えて曇天の下でロケをした、ポランスキーの映画化作品を思い出した。

マクベス.jpg 安西徹雄.jpg マクベス (新潮文庫).jpg    「マクベス」チラシ.jpg マクベス ポランスキー2.jpg
マクベス (光文社古典新訳文庫)』〔'08年〕安西徹雄(1933‐2008) 『マクベス (新潮文庫)』 映画「マクベス」チラシ/「マクベス[ビデオ]」 (下左)ロマン・ポランスキー監督「マクベス」ポスター
マクベス ポランスキー.jpgマクベス ポスター.jpg 1606年に成ったとされるシェイクスピア4大悲劇の1つであり、以前に、ロマン・ポランスキー監督の映画化作品('71年/米)を名画座で観ましたが、ローレンス・オリビエ監督の「ハムレット」('48年/英)とフランコ・ゼッフィレッリ監督の「ロミオとジュリエット」('68年/米)との3本立てでの上映で、この3本の中では一番時代劇風でありながらも、一番エキセントリックでした。

MACBETH 1971 3.jpg ホラー映画のような雰囲気もあり、ポランスキーだからと納得したいところですが、心理サスペンスが身上の彼にしては、マクベスの首から血がびゅうびゅう飛び出るようなシーンもあるスプラッター調。「マクベス」の映画化は、オーソン・ウェルズ他に続いて3度目でしたが、ポランスキー監督は、妻シャロン・テートを惨殺された事件の後の最初の作品で、血なまぐさいのはそのためなのか?(まさか)

リア王.jpg 安西徹雄の新訳も、『リア王』('06年/光文社古典新訳文庫)などよりはちょっと"重い"感じで、元来『マクベス』というのはそうしたトーンの作品だということでしょうか。『リア王』みたいに道化も出てこないし...。

MACBETH 1971 4.jpg ポランスキーの映画は屋内シーンがやけに暗く、セットの貧しさを隠すためにそうしたのだと言われていますが、野外シーンも同じように暗かったため、これは、敢えてどんよりとした曇天の下でロケをすることで、そうした中世スコットランドの政情不安からくる陰鬱なムードを象徴させていたということかも知れないと改めて思いました。

マクベス改版 角川文庫クラシックス.jpg マクベスが自らが殺したスコットランド王の幻影を見るシーンはちょっと滑稽さも感じるに対し、マクベス夫人が自分の手が血に塗られている幻覚を見る場面はストレートに怖いです(映画よりも原作の方が怖いかも)。
 「バーナムの森が動かない限り」はマクベスの王座は安泰で、「女から生まれた者には敗れることはない」という魔女の予言が、どういった形でそれぞれ破られるのかというのも、読者の興味を引くところです。

 因みに、訳者の安西徹雄氏は、本書翻訳後、訳稿の校正段階で病のため入院し、'08年5月に逝去しています。光文社古典新訳文庫でのこれからの新訳が楽しみだっただけに残念です。

マクベス―シェイクスピアコレクション (角川文庫クラシックス)』(カバーイラスト:金子國義)

MACBETH 1971 1.jpgMACBETH 1971 2.jpg「マクベス」●原題:MACBETH●制作年:1971年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ロマン・ポランスキー●音楽:ザ・サード・イアー・バンド●原作:ウィリアム・シェイクスピア●時間:146分●出演:ジョン・フィンチ/フランセスカ・アニス/マーティン・ショウ/ニコラス・ セルビー/ジョン・ストライド/ステファン・チェイス/ポール・シェリー/テレンス・ ベイラー/アンドリュー・ローレンス/フランク・ワイリー●日本公開:1973/07●配給:コロムビア映画●最初に観た場所:三鷹オスカー(81-03-15) (評価★★★)●併映:「ハムレット」(ローレンス・オリビエ)/「ロミオとジュリエット」(フランコ・ゼッフィレッリ)

 【1958年・1997年文庫化[岩波文庫]/1968年・1996年再文庫化[角川文庫]/1969年再文庫化[新潮文庫]/1980年再文庫化[旺文社文庫]】

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リア王は自己愛性パーソナリティ障害の典型。ハッピー・エンドに改変され150年間演じられた。

リア王.jpg 『リア王 (光文社古典新訳文庫)』 (安西徹雄:訳)['06年] リア王2.bmp 『リア王 (1967年) (新潮文庫)』 (福田恒存:訳)['67年]

 1605年に成ったとされるシェイクスピア4大悲劇の1つ。
 ブリテン王・リア王は、突然引退を表明し、誰が王国継承にふさわしいか、娘たちの愛情をテストするが、気性の荒さと老いによる耄碌から、長女ゴネリルと次女リーガンの黒い腹の底を見抜けず、最愛の三女コーディリアには裏切られたとものと思い込む―。

 演劇集団「円」(これ、立ち上げたのは福田恒存だった)の演出者でもあった安西徹雄(1933‐2008)の新訳は、今日の役者のせりふとして観客がそれを聞いて自然に楽しめるような語調になっています。
 結果的に、福田恒存などによる従来訳に比べ大時代的な(日本流に言えば歌舞伎演劇的な)色合いが弱まり、その分、エンターテインメント性が前面に出ている感じですが、実際、シェイクスピアの時代の観客は、芸術鑑賞というより娯楽としてこの芝居を楽しんだのではないかと思われ、そうした当時の観客の意識に近づけたような気がします。

自己愛性パーソナリティ障害のことがよくわかる本.jpg 以前読んだ『自己愛性パーソナリティ障害のことがよくわかる本』('07年/講談社)で、「自己愛性パーソナリティ障害」の典型例としてこの「リア王」が挙げられていましたが、「自己愛性パーソナリティ障害」とは健全な人間関係を築けないという障害であり、根本にあるのは「愛しているのは自分だけ」という思いで、極端に自己中心的で、他者から賞賛を求めるが他者への配慮はなく、傲慢・不遜な態度が目立つとのこと。当て嵌まっているなあ、確かに。

 リア王の臣下でグロスター伯というのが出てきますが、この人物が「ミニ・リア王」みたいな人で、息子2人のどちらが自分を愛しているかが見抜けないのですが、こうした重層構造のプロットにし、さらにリアの悪い娘とグロスターの悪い息子が結託して―といった具合に話を"面白く"していて飽きさせません。

リア王 新潮文庫.jpg こうしたジグソーパズルの組み合わせみたいなストーリー構成はツボを押さえているという感じで、『ロミオとジュリエット』などもそうですが、最後の何枚かのピースを裏返すと、そのままハッピー・エンドにもなるかも。

 実際、解説によると、ネイハム・テイトという17世紀の人がこれをハッピー・エンドに改作し、19世紀中ごろまで150年以上にわたって舞台で演じ続けられたのは、このテイト版だったとのことです。

リア王 (新潮文庫)』 (福田恒存:訳)[改版版]

 【1967年文庫化[新潮文庫]/1973年再文庫化[旺文社文庫]/1974年・2000年再文庫化[岩波文庫]】

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かなり怖い心理小説であると同時に、何だか予言的な作品。

コレクター(収集狂).jpg コレクター 上.jpg コレクター下.jpg   ウィリアム・ワイラー 「コレクター」.jpg 「コレクター」(1956)
新しい世界の文学〈第40〉コレクター (1966年)』白水社 『コレクター (上)(下)』 白水Uブックス

「フランス軍中尉の女」.bmpフランス軍中尉の女.jpgThe Collector John Fowles.jpg 1963年発表のイギリスの小説家ジョン・ファウルズ(1916‐2005)『コレクター』 (The Collector)は、映画化作品('65年、テレンス・スタンプ主演)でも有名ですが、イギリス人女性とフランス人男性の不倫を描いたカレル・ライス監督の「フランス軍中尉の女」('81年、メリル・ストリープ主演、メリル・ストリープはこの作品でゴールデングローブ賞、ロサンゼルス映画批評家協会賞の各「主演女優賞」を受賞)の原作者もジョン・ファウルズであることを知り、サイコスリラーからメロドラマまで芸域が広い?という印象を持ちました。但し、映画「フランス軍中尉の女」は一昨年[2005年]ノーベルハロルド・ピンター1.jpg文学賞を受賞した脚本家ハロルド・ピンターの脚色であり、映画では、現代の役者が19世紀を舞台とした『フランス軍中尉の女』の映画化作品を撮影する間、映画と同じような事態が役者達の間で進行するという入れ子構造になっていることからも、映画は殆どハロルド・ピンターのオリジナル作品になっているとも言えるため、映画は映画として見るべきでしょうか。
ハロルド・ピンター(1930-2008

the collector 1965.jpg 『コレクター』の方のストーリーは、蝶の採集が趣味の孤独な若い男が、賭博で大金を得たのを機に仕事をやめて田舎に一軒家を買い、自分が崇拝的な思慕を寄せていた美術大学に通う女性を誘拐し、地下室にに監禁する―、というもの。
"The Collector " ('65/UK)
The Collector.jpg 日本でも女児を9年も監禁していたという「新潟少女監禁事件」とかもあったりして、何だか今日の日本にとって予言的な作品ですが、原作は、独白と日記から成る心理小説と言ってよく、人とうまくコミュニケーション出来ない(当然女性を口説くなどという行為には至らない)社会的不適応の男が、自分の思念の中で自己の行為を正当化し、さらに一緒にいれば監禁女性は自分のことを好きになると思い込んでいるところがかなり怖い。

the collector 1965 2.jpg しかし、性的略奪が彼の目的でないことを知った女性が彼に抱いたのは「哀れみ」の感情で、彼女の日記からそのことを知った男はかえって混乱する―。
サマンサ・エッガー
サマンサ・エッガー_2.jpg 文芸・社会評論家の長山靖生氏は、この作品の主人公について「宮崎勤事件」との類似性を指摘し、共に「女性の正しいつかまえ方」を知らず、実犯行に及んだことで、正しくは"コレクター"とは言えないと書いてましたが、確かにビデオや蝶の「収集」はともかく、この主人公に関して言えば女性はまだ1人しか"集めて"いないわけです。しかし、作品のラストを読めば...。

 映画化作品の方も、男が監禁女性を標本のように愛でるのは同じですが、彼女に対する感情がより恋愛感情に近いものとして描かれていて、結婚が目的となっているような感じがして、ちょっと原作と違うのではと...。

 テレンス・スタンプの代表作として知られているものの(カンヌ国際映画祭男優賞受賞)、ヒロインを演じたサマンサ・エッガーの演技も悪くなかったです(カンヌ国際映画祭女優賞受賞。ゴールデングローブ賞主演女優賞(ドラマ部門)も受賞している)。結構SMっぽい場面もあったりして、「ローマの休日」を撮ったウィリアム・ワイラーの監督作品だと思うと少し意外かもしれません。
    
萌える男.jpg 「萌え」評論家?の本田透氏は、「恋愛」を追い求めるという点で(レイプ犯とは異なり)主人公はストーカー的であると言ってましたが(『萌える男』('05年/ちくま新書))、これは映画を見ての感想のようですが、確かに「娼婦ならロンドンに行けばいくらでも買える」だけの大金を主人公が持っていたことは、本作品を読み解くうえで留意しておいた方がいいかも。但し、映画での主人公が異常性愛っぽいのに対し、原作での主人公はセックス・レスに近いとも言えるかと思います。

the collector 1965 3.jpg「コレクター」●原題:THE COLLECTOR●制作年:1965年●制作国:イギリス・アメリカ●監督:ウィリアム・ワイラー●製作:ジョン・コーン/ジャド・キンバーグ●脚本:スタンリー・マン/ジョン・コーン/テリー・サザーン●撮影:ロバート・サーティース/ロバート・クラスカー●音楽:モーリス・ジャール●原作:ジョン・ファウルズ●時間:119分●出演:テレンス・スタンプ/サマンサ・エッガー/モナ・ウォッシュボーン/モーリス・ダリモア●日本公開:1965/08●配給:コロムビア映画(評価:★★★☆)

フランス軍中尉の女04.jpg「フランス軍中尉の女」●原題:THE FRENCH LIEUTENANT'S WOMAN●制作年:1981年●制作国:イギリス●監督:カレル・ライス●製作:レオン・クロア ●脚本:ハロルド・ピンター●撮影:フレディ・フランシス●音楽:カール・デイヴィス●原作:ジョン・ファウルズ●時間:123分●出演:メリル・ストリープ/ジェレミー・アイアンズ/レオ・マッカーン/リンジー・バクスター/ヒルトン・マクレー●日本公開:1982/02●配給:ユナイテッド・アーチスツ●最初に観た場所:六本木・俳優座シネマテン(82-05-06)●2回目:三鷹文化(82-11-06)(評価:★★☆)●併映(2回目):「情事」(ミケランジェロ・アントニオーニ)
 
 【1984年新書化[白水Uブックス(上・下)]】

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カオス・シチリア物語2.jpg 村の掟を破った息子を銃殺する父。凄まじきかな、父性原理。

『エトルリヤの壷 他五編』.jpgエトルリヤの壷.jpg Prosper Mérimée.jpg Prosper Mérimée(1803-1870)
エトルリヤの壷―他五編 (1971年)』 岩波文庫改版版 
パオロ&ビットリオ・タヴィアーニ 「カオス・シチリア物語 [DVD]

エトルリヤの壷2.JPG 1829年発表のフランスの作家プロスペル・メリメ(1803‐1870/享年66)の作品。メリメは『カルメン』の作者として知られる作家で、考古学者・美術史家・言語学者でもあり、元老院議員にまで出世する一方、社交界で浮名を流すなどした人で、フランス人でありながら、スペインやイタリアを舞台にした小説が多いのは、実際にそうした方面に旅行したことと、多言語を解する語学力によるところが大きいようです。

 本書『エトルリヤの壷』(岩波文庫の改版前の初版刊行は昭和3年と旧い)は、そのメリメの短篇6篇を集めたもので、うわさ話に振り回されて自分で自分を滅ぼしてしまう男を描いた表題作など、人間の心理的葛藤や人生の皮肉を端的に描いたものが多いです。

コルシカ紀行.jpg その中でも「マテオ・ファルコーネ」は、やや異彩を放つもので、19世紀のコルシカ島の村での話ですが、この話に衝撃を受けた作家の大岡昇平は、そのルーツを探るためにコルシカ島を訪れ、『コルシカ紀行』('72年/中公新書)を著しています(但し、コルシカ島の県庁所在地バスティア市の博物館で、探していた「コルシカの悲劇的歴史」に纏わる文献が、金庫が錆びていて開かなかっため閲覧できず、館長から後で贈るという約束を取り付けるも、結局は送ってこなかったなど、結構"空振り"の多い旅行になっている)。

大岡 昇平『コルシカ紀行 (中公新書 307)』['72年/中公新書]

マテオ・ファルコーネ05.jpgMateo Falcone (1829).bmp 若い頃から射撃に優れ、村人の人望もあった羊飼いマテオ・ファルコーネは、妻と3人の娘、そして最後に生まれた男の子とともに自活的な農牧生活を送っていた―。そんなある日、マテオ一家が留守中に、憲兵に追われ村に逃れてきたお尋ね者が家にやって来て、1人留守を預かっていた10歳の息子は、一旦は彼を隠すのですが(伝統的にその村には、官憲などに追われている人をかくまう「掟」があった)、憲兵の「居場所を教えれば時計をやる」という言葉に負けて、お尋ね者を隠した場所を教えてしまい、彼は捕えられます。そのとき家に戻ってきたマテオに向かって男は「ここは裏切り者の家だ!」と叫び、すべてを察したマテオは、自分の息子を窪地へ連れて行き、大きな石のそばに立たせ、お祈りするよう命じ、終わるや否や、泣いて命乞いする本人や妻の制止を振り切って息子を銃殺するという話。

 簡潔な写実と会話を連ねた飾り気のない文章ゆえにかえって凄惨な印象を受け、この話を西洋的な父性原理の象徴と見るむきもあれば(それにしても凄まじい!)、運命的悲劇との捉え方もあり、また小説とは言えないという見方もあるようですが、確かに一種の「説話」のような感じがしました(小説的良し悪しを言うのが難しい)。文庫で20ページしかない短篇のほとんどのあらすじを紹介してしまったので、ラストの父親の"決めゼリフ"だけは書かないでおきます。

カオス・シチリア物語1.jpg 尚、この短編集の表題作「エトルリアの壺」は、パオロ&ビットリオ・タヴィアーニ監督のシチリアの説話を基にしたオムニバス映画「カオス・シチリア物語」('84年/伊)の中の一話「かめ(甕)」として映画化されています(翻案:ルイジ・ピランデッロ)。

カオス・シチリア物語 甕.jpg 欲しい物は全て手に入れたはずなのに、さらに多くを欲する大地主ドン・ロロがが購入した巨大なオリーブ油を入れる瓶-それは彼の権力の象徴であったが、そんな瓶が壊れてしまい、それをどうしても直したい彼は、瓶を修理することが出来る奇跡の技を持つ老職人を雇うが、職人は修理完了後に瓶の中から出られなくなる。ロロは瓶を壊すことを拒むが、職人は稼いだ金を使って村人達を集め、瓶を囲んでの宴会を繰り広げる。皆が職人を好いているように見えるのが気に入らないロロだったが、嫉妬が頂点に達した時、彼は遂に瓶を壊してしまう-。

「カオス・シチリア物語」.JPG ロロという人物にも、マテオ・ファルコーネに通じる男性原理が感じられる一方、人は所詮は全てを独占することなど出来ず、独占するのではなく共有することがいうことに価値があることを喩えとしてを教えているようにも思える作品であり(ここでは、男性原理のある種"限界性"が描かれているとも言える)、タヴィアーニ兄弟は、このメリメ原作の物語をはじめ、シチリアの"混沌"という意のカオス村(兄弟の生まれ故郷でもあるらしい)を舞台にした素朴な人間たちのドラマを、7つの挿話にわけて美しい映像のもと描いています。

ドン・ローロのつぼ02.jpgドン・ローロのつぼ01.jpg 因みに、この映画に触発されて、絵本作家の飯野和好氏が、この「壺」の寓話を、『ドン・ローロのつぼ』('99年/福音館書店(年少版 こどものとも)という絵本にしています。

              
                          

カオスシチリア物語.jpgカオス・シチリア物語KAOS 1984.jpg 「カオス・シチリア物語」●原題:KAOS●制作年:1984年●制作国:イタリア●監督・脚本:パオロ&ビットリオ・タヴィアーニ●製作:ジュリアーニ・G・デ・ネグリ●撮影:ジュゼッペ・ランチ●音楽:ニコラ・ピオヴァーニ●原作:ルイジ・ピランデッロ●時間:187分●出演:マルガリータ・ロサーノ/オメロ・アントヌッティ/ミコル・グイデッリ/ノルマ・マルテッリ/クラウディオ・ビガリ/ミリアム・グイデッリ/レナータ・ザメンゴ/マッシモ・ボネッティ●日本公開:1985/08●配給:フランス映画社●最初に観た場所:高田馬場東映パラス(87-10-03)(評価:★★★★)

高田馬場a.jpg高田馬場・稲門ビル.jpg高田馬場東映パラス 入り口.jpg高田馬場東映パラス 高田馬場・稲門ビル4階(現・居酒屋「土風炉」)1999年頃閉館

①②高田馬場東映/高田馬場東映パラス/③高田馬場パール座/④早稲田松竹


 【1928年文庫化・1971年改版[岩波文庫]/1960年再文庫化[角川文庫(『マテオ・ファルコーネ-他五編』)]】

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精神の自由と人生の快楽を求めた生き方の天才の自伝的処女長編。

北回帰線 新潮社 1953.jpg北回帰線.jpg 『北回帰線 (新潮文庫)』 ヘンリー・ミラー『愛と笑いの夜』.gif愛と笑いの夜 (1968年)』 河出書房 (吉行淳之介:訳/池田満寿夫:装幀)

Henry Miller.jpg 1934年パリにおいて発表された米国の作家ヘンリー・ミラー(1891‐1980)の自伝的処女長編『北回帰線』(Tropic of Cancer)は、30歳過ぎで渡仏しパリで送ったボヘミアンな生活が詩的に、ただし汚辱と猥雑さに満ち満ちて綴られていています。
Henry Miller (1891‐1980/享年88)

 主人公の30歳に近い「わたし」は、ニューヨークの電報会社で猛烈に働くサラリーマンだが(まったくミラー自身の経歴と同じ)、現代社会がもたらす人間疎外を痛感、芸術家になるために「自己の内面に突き進む」決心をする。女性との交わりもその試金石の1つだったが、彼がその中に聖性を見い出したかのように思った女性は、実は単なる見栄っ張りな俗物に過ぎなかった―。

ペーパーバック『北回帰線』.jpg パリでの生活は、言わばミラー版「巴里のアメリカ人」と言ったところで、ただし映画「巴里のアメリカ人」とは違って、淑女より娼婦の方がいっぱい出てきて、その他にも、明るいユダヤ系ロシア系とか、おかしなインド人とか様々な人物が登場し、ちょっとタガが外れたインターナショナルな雰囲気で、その中に自分がアメリカ人であることを意識しているミラーがいるような気がしました。
 
 社会のアウトローになることを恐れず(ただし彼は、友人を作るという処世術に長けていた)、自らの信念に沿って精神の自由と人生の快楽を求め、それを心から享受できる彼は、まさにオリジナルな生き方の天才!('60年代に"ヒッピー"の教祖みたいになったこともあった)。そして、アナイス・ニンなどのスポンサードでその希代の文学的才能を開花させ、アメリカ文学に今まで無かった地平を切り開いたのがこの作品です。
ペーパーバック『北回帰線』

Henry MILLER.jpg かつて新潮文庫では『北回帰線』『南回帰線』『セクサス』『ネクサス』までカバーしていて順番に読んだ記憶がありますが、今あるのは『北回帰線』と『南回帰線』だけで、この2作がやはり代表作であることは確か。
 完成度から言えば『南回帰線』の方が高いのかも知れませんが、『北回帰線』には荒削りでダダイスティックな魅力があり、"自動記述"などいろいろな文学的実験が自由奔放になされています(大久保康雄訳には、その辺りを訳出する苦心の跡が窺える)。
Henry MILLER, at home, photo by Henri Cartier-Bresson, 1946

愛と笑いの夜.jpg愛と笑いの夜 福武文庫.jpg パリで発表された当時、『北回帰線』は米英では発禁処分になっていたので、『北回帰線』出版後も、パリから渡英する際にミラーが係官に自分の身分を証明するのに苦労して、「自分にはTropic of Cancer(北回帰線)という著書がある」と言ったところ癌(Cancer)に関する医学書と間違われたという話が、『愛と笑いの夜』(吉行淳之介訳・'68年/河出書房、'76年/角川文庫、'86年/福武文庫)所収の「ディエップ=ニューヘイヴン経由」という短編の中にありました。

 1955年発表のこの短篇集(原題:Nights of Love and Laughter)は、「ディエップ=ニューヘイヴン経由」のほかに、「マドモアゼル・クロード」「頭蓋骨が洗濯板のアル中の退役軍人」「占星料理の盛り合せ」「初恋」を所収していますが、ミラーの長編とは異なるオーソドックスな表現方式と、意外と純な性格面が窺えて(特に、自分の体験をモチーフにしたと思われる「初恋」)興味深いです。

『愛と笑いの夜』 角川文庫(吉行淳之介:訳)〔'76年〕/福武文庫(吉行淳之介:訳) 〔'86年〕


『北回帰線』...【1969年文庫化〔新潮文庫〕/2004年単行本〔水声社〕】
『愛と笑いの夜』...【1976年文庫化[角川文庫]/1986年再文庫化[福武文庫]】
 

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自殺することが救いとなり得るかという究極の問いかけ。ブレッソンの映画化作品がいい。

少女ムーシェット 単行本.jpg少女ムーシェット.jpg 『少女ムーシェット』晶文社 悪魔の陽のもとに.jpg悪魔の陽のもとに』春秋社〔'99年新装版〕

 1926年に発表されたフランスのカトリック作家ジョルジュ・ベルナノス(1888‐1948)の『悪魔の陽の下に』の第1部にあたる「少女ムーシェット」を元に、作者自身が単独の物語として翻案したもので、病気の母、乱暴な父のいる貧しい家庭で、同年代からも侮蔑され、身勝手な大人たちからは弄ばれ、生の暗闇の中で喘ぐ孤独な少女を描いたものです。

 すべてに絶望した少女は最後に自殺しますが、カトリックは自殺を容認しないはずで、カトリック作家がこうした作品を書いていること自体がある意味驚きと言えるかもしれません。
 しかし、その少女が死に至るまでの状況は、仮に自分がキリスト者であれば、果たして神はいるのかと問いたくなるような絶望的なもので、一方で彼女の自死の部分の描写には不思議な清澄感があり、救いとは何かという宗教的な問いかけを、キリスト者であるなしに関わらず読者に投げかけてくる作品です。

少女ムシェット2.jpg 本書を読んだきっかけは、ロベール・ブレッソン(1901‐1999)監督の映画化作品少女ムシェット」('67年)を観たためで、この映画化作品は、原作の本題である、「死」は14歳の少女にとって唯一の救いであったと言えるのでないかという問いを、観る者に切実に突きつけてきます。

ロベール・ブレッソン (原作:ジョルジュ・ベルナノス) 「少女ムシェット」 (67年/仏) (1974/09 エキプ・ド・シネマ) ★★★★★

 『少女ムーシェット』のベースになってる『悪魔の陽の下に』におけるムーシェットの人物像は、本書におけるそれよりも蠱惑的で、男をたぶらかしては逆に捨てられ、悪に手を染める16歳の少女として描かれていますが、最後は罪の意識に目覚めて自殺するといったもので、3部構成の第2部はまるでベルイマン映画のような神父と悪魔の闘いが、第3部ではまるでカール・テオドア・ドライヤーの映画のような奇跡が描かれています。
 因みにこの「悪魔の陽の下に」も映画化されていて('87年)、カンヌ映画祭のパルム・ドールを獲っています。

 ロベール・ブレッソンも凄い監督ですが、ジョルジュ・ベルナノスというのも凄い。但し、個人的には、先に映画を観てロベール・ブレッソンのに凄さに圧倒されてしまった面があります。

 【『少女ムーシェット』...1971年単行本〔昌文社〕/『悪魔の陽の下に』...1954年単行本〔新潮社〕(『現代フランス文学叢書』)・1981年単行本〔国書刊行会(『世界幻想文学大系11』)〕・1989年単行本・1999年新装版〔春秋社(『悪魔の陽のもとに』)〕/「新ムーシェット物語」...1977年全集〔春秋社(『ジョルジュ・ベルナノス著作集2』)〕】

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