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どういったアイコンがあるか情報を集めてから探してみるのも一つの楽しみ方。

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旅の絵本 (安野光雅の絵本)』['77年]

旅の絵本1 25.jpg 安野光雅(1926-2020/94歳没)による1977年刊行の「旅の絵本」シリーズ第1作、中部ヨーロッパ編であり、これに続くⅡ('78年)がイタリア編、Ⅲ('81年)がイギリス編、Ⅳ('83年)がアメリカ編、15年ほど間が空いて、Ⅴ('03年)がスペイン編、Ⅵ('04年)がデンマーク編、Ⅶ('09年)が中国編、Ⅷ('13年)が日本編、Ⅸ('18年)がスイス編となります。第1作刊行の時点で作者は50歳を過ぎていたものの、最後のスイス編は90歳を過ぎて描かれたと思えば、まさにライフワークであったと言っていいのではないでしょうか。

 シリーズの特徴として、絵だけで文字はないもののの、見開きの絵がページをめくるたびに何となくつながっていて、見ながら旅をするような感覚であり(だからこそ"画集"ではなく「旅の"絵本"」なのだろうなあ)、行った先々での人々の暮らしぶりや風景・名物などが描かれるほか、歴史・地誌や物語・芸術にまつわるトピックも取り上げられています(したがって時に時間と空間の壁や現実とフィクションの壁が超越される)。そして、それら物語・芸術にまつわるアイコンがどこに隠れているかを探すのが楽しいシリーズです(「ウォーリーをさがせ」の作者マーティン・ハンドフォードは、この安野光雅の「旅の絵本」シリーズのアイデアに触発されたそうだ)。

 このシリーズ第1作は、中部ヨーロッパを舞台に、船で岸にたどり着いた旅人は、馬を買い、丘を越えて村から町へと向かいます。農村や街を抜けて進んでい行く先々で、ぶどうの収穫、引越し、学校、競走、水浴び...etc.そこで暮らす人々の生活や行事と出会うという、まさにこのシリーズのスタイルが確立されたものであり、地域の街並みや自然が克明繊細な筆致で描かれ、中部ヨーロッパの暮らし浮き彫りにされてます。さらに、すみずみまで細かく描きこまれた中には、おとぎ話の主人公や、有名な絵画へのオマージュもあり、こうした数々の仕込みがあるという点でも、シリーズのスタイルが確立されていると言えます。

 登場するモチーフは、中部ヨーロッパ編であれば、「赤ずきん」、「ねむり姫」、「長靴をはいた猫」、「ブレーメンの音楽隊」などで(ペロー童話集やグリム童話が主か)、これがⅡのイタリア編であれば、イエス・キリスト、「ピノキオ」、「シンデレラ」、「家なき子」、絵画・芸術関係ではレオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」、ミケランジェロの「ピエタ」とルネッサンス芸術で畳みかけ、Ⅲのイギリス編であれば、「ピーター・パン」、「不思議の国のアリス」、ビートルズ、ネッシー、それにシェイクスピアの生家が出てきて、畳みかけるかのように「ハムレット」「リア王」「ヴェニスの商人」の各1シーンがあります。

 Ⅳのアメリカ編であれば、「大草原の小さな家」のローラ、トム・ソーヤー、「エルマーとりゅう」、「オズの魔法使い」、Ⅴのスペイン編であれば、「ドン・キホーテ」、「カルメン」、コロンブス、ダリ、ガウディ、Ⅵのデンマーク編でれば、「みにくいアヒルの子」、「裸の王様」、「雪の女王」、「人魚姫」(この国はやっぱりアンデルセンで畳みかけるか)と続きます。これらアイコンは簡単には見つからないようになっているので、予め調べるなりして、どういったアイコンがあるか情報を集めてから探してみるのも、一つの楽しみ方だと思います。

旅の絵本1 20.jpg旅の絵本1 10.jpg赤ずきんちゃんのワンシーン.jpgミレーの『落ち穂拾い』.jpg 因みに、このシリーズ第1作の中部ヨーロッパ編では、先に挙げたほかに、トルストイの童話「おおきなかぶ」などの絵もありました(これ、オリジナルもロシアの民話じゃないかな。まあ、ロシアも西側はヨーロッパロシアだが)。

 また、絵画では、クールベの「石工」があり、別のページにはスーラの「グランド・ジャット島の日曜日の午後」があり、その近くで水浴びをしている図は、同じくスーラの「アニエールの水浴」か。

 また、最後の方の赤ずきんとおおかみが左上隅にいるページには、右ページの橋の上に肉を食わえた犬がいて、これがまさにイソップ寓話の「犬と肉」。その上にミレーの「落穂ひろい」の図があり、その奥には同じくミレーの「羊飼いの少女」が。そして最後のページには「晩鐘」がきています。ここはミレーで畳みかけるね(笑)。

 おそらく、まだまだいっぱい隠れているのだろなあ。「絵本ナビ」には「読んであげるなら5・6才から、自分で読むなら小学低学年から」とありますが、何だか大人の教養を試されているみたい(笑)。でも、絵だけぼーっと見ていても楽しめます(ぼーっと見ていると何か見つかることもある)。シリーズの中でも、この第1作をはじめ50代に描かれた前期のものの方が、タッチの精緻さという点では至高の極みであるように思われます。

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絵が美しく、随所に見られる仕掛けを探すのが楽しい。大人も愉しめる。

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かぞえてみよう (講談社の創作絵本)

 1975年11月刊行の本書は、昨年['20年]亡くなった安野光雅(1926-2020/94歳没)の、その名を広く知らしめた作品です。「はじめて数に出会う子供のための絵本」で、言わば、数え唄の絵本版のような感じですが、美しい絵と、そこに込められたアイデアで、大人も愉しめます(第7回「講談社出版文化賞」受賞作)。

かぞえてみよう05.jpg 見開きの「0」ページに川が流れる白のみの何もない、誰もいない雪景色が描かれてて、それが「1」ページにいくと、同じ場所に家が1件建ち、川には橋が1つ架かって、雪だるまが1つあって、スキーをしている人が1人、それが「2」ページにいくと、同じ土地に(雪が少し溶けて枯草が見えている)教会が建っていて、これで建物が2件に。道路では2台のトラックが向き合っていて2人の男性が立ち、山には木が2本、駆けっこしている子供が2人、ウサギが2羽...となっていき、この辺りでこの絵本の仕掛けが何となくわかります。

かぞえてみよう07.jpg ページごとに、家が1軒づつ建ち、人が増え、木が植えられ、季節が変化していきます。建物は洋風ですが、季節変化は日本の四季に近く(ただし「5」ページから「7」ページにかけてからっとした感じの緑が続くので地中海性気候か)、春、夏、秋、そしてまた冬へと廻っていき、最後の「12」ページでは最初の「0」ページと同じ雪景色ですが、何も無かった最初と違い、建物も12件になって、村がしっかり作られています。

 「11」ぺージには、11人の大人と11人の子供が描かれていましたが、この「12」ページの教会の前のクリスマス₌=ツリーの周りにいる大人は11人(あれっ、12人に1人足りない!)。一方、橋を渡って教会に向かう一行は数えてみると13人(あれっ、今度は1人多い!)。でも、この中の1人は大人であとは子供なので、結局トータルでは大人12人、子供12人ということで合っていました。山に生えている木が「11」ぺージの時と同じく11本のままですが、あとがきの「注」に、「教会のクリスマス=ツリーも「かず」の中にはいります」とあります。なるほど。誰かが「間違っているのではないか」と問い合わせたのかな?
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 「あれ、違っているんじゃないか」と思わせて、よく見ると合っているという、こうした随所に見られる仕掛けを探すのが楽しく、作者の絵本作品は、美しい絵を味わいながら、こうした仕掛けをも愉しむものがいくつもありますが、この作品はその最たるものと言えるでしょう。

 ニューヨーク・タイムズ紙の書評が、「これほどうまく数えるということの根本をうまくとらえ、しかも芸術性の高い本はない。幼児にとって、なにものにもかえがたい味わいのある本であり、親もいっしょに楽しめよう」と絶賛しているほか、多くの海外メディアが称賛し、作者が多くの海外の絵本賞を受賞する契機となった作品でもあります。

 もしかしたら、同じようなアイデアをひらめいた人がほかにもいたかもしれませんが、なかなか実際に作品にしてみるというところまではいかないのでしょうね。数にこだわりを持ち、数学者との対談などもあった作者だからこそ、やり通せたのかもしれないと思いました。数字の0~12以外に文字のない絵本ですが、だからこそ、海外の人でも楽しめるものになっているように思います。

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「セロ弾きのゴーシュ」の絵本化作品。至高の正統派・茂田井武と独特のタッチの木版画・佐藤国男。
1956年05月セロひきのゴーシュ.jpg IMセロひきのゴーシュ.jpg 版画絵本 宮沢賢治 セロ弾きのゴーシュ.jpg
『セロひきのゴーシュ(「こどものとも」2号)』['56年]/『版画絵本 宮沢賢治 セロ弾きのゴーシュ (版画絵本宮沢賢治)』['16年]
茂田井武 ゴーシェ.jpg 町の活動写真館でセロを弾く係のゴーシュは、練習してもセロをうまく弾けません。突然現れた動物たちの助けをかりて、ゴーシュはセロの練習び没頭します。たった10日間の毎日の練習によって、格段に腕をあげたゴーシュの成長はすさまじいものです―。

茂田井武.jpeg 福音館書店の1956(昭和31)年創刊の月刊誌「こどものとも」の同年5月号(第2号)として刊行された『セロひきのゴーシュ』は、宮澤賢治の原作に「賢治を描いては最高」と言われた茂田井武(1908-1956/48歳没)が絵をつけた、今日も版を重ねている絵本です。

セロひきのゴーシュ 茂田井.jpg 茂田井武の絵を見た赤羽末吉(1910-1990/80歳没)は、すでに50歳になっていたものの、絵本画家として生きる決意をし、福音館書店の松居直編集長を訪ねて絵本を描きたいと語り、瀬田貞二再話による『かさじぞう』(「こどものとも」58号)で挿絵を描き絵本画家としてデビューしたそうです。

 一方、その茂田井武の方は、当時、持病の気管支喘息が悪化して肺結核を患い、1952年から闘病生活をしており、その病床で描き上げたのがこの『セロひきのゴーシュ』で、この本が出版された年の11月に48歳で亡くなっています。

 賢治の作品の雰囲気に絵がよくマッチしていて、正統派で(ただし、ゴーシュを原作の中年男よりぐっと若い男として描いていて)、こうした至高の作品が早期に発表されると、後の作品はなかなかこれを超えにくいのではないでしょうか。実際、数多くの絵本化作品がありますが、この作品を超えていないように思います(悪くはなくとも、どれも似てしまうというのもある。ゴーシュが常に青年として描かれるのもその例)。
 
版画絵本 宮沢賢治 セロ弾きのゴーシュ2.jpg佐藤 国男(さとうくにお).jpg そんななか、函館の版画家・佐藤国男(1952年生まれ)の『版画絵本 宮沢賢治 セロ弾きのゴーシュ』('16年/子どもの未来社)は、木版画という独自性があり、独特のタッチでありながらも原作の雰囲気も損なっておらず、個人的にはかなりいいのではないかと思います。

版画絵本 宮沢賢治 セロ弾きのゴーシュ11.jpg 佐藤国男氏のプロフィールをみると、北海道の高校を卒業後、上京し、昼間は工場で製本や家具作りの仕事に携わり、夜間は東洋大学の仏教学科で学んで、その後、2年間東京や関東各地で大工仕事に従事。昭和55年に函館へ戻り大き「セロ弾きのゴーシュ」8.jpg工を生業にしながら、宮沢賢治を題材とした版画を作り続けてたとのことです。

 本人によれば、「絵描きか考古学者になりたかった私は、いろいろな職を転々とした後、大工になりました。建築現場のあまった木材をピューと鉋がけし、宮沢賢治の童話の世界を、墨で下絵を描き、彫刻し、版画にする楽しみを発見してから25年以上たちます。 大工の経験が絵描きの夢を進化させ、いまは本職になったというわけです」とのことです。

 1984年、絵本『銀河鉄道の夜』(北海道新聞社)を出版し、賢治作品の版画絵本を世に送りながら、今はやりの"兼業・副業"ではないですが、表札や木彫り時計の注文も受けているようで、ちょっと面白いなあと思いました。

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作者のロングセラー絵本に挙げられる1冊。二通りの画風が楽しめるところがいい。

かげぼうし 安野 光雅1.jpgかげぼうし 安野 光雅2.jpg 安野 光雅.jpg
かげぼうし』['76年/'02年新版]安野光雅(1926-2020)
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 まちに冬がきた。 野山にも冬がきた。 山のむこうのずーっと、ずーっとむこうにある秘密の国、「かげぼうしの国」にも冬がきた。 マッチ売りの少女と「かげぼうしの国」のみはり番がくりひろげる、ふしぎな、ふしぎなお話―。

 昨年['20年]12月に亡くなった安野光雅(1926-2020/94歳没)の絵本作品です。この人、何となくいつまでも生きているイメージがありましたが、もう94歳になっていたのかという感じ。

 本書は1976年7月の刊行ですが、既に60年代から数多くの絵本を世に出しており、この辺りにくると作風も完成されている印象を受けます。因みに、1975年に芸術選奨新人賞を受賞し、1976年に第7回「講談社出版文化賞」を『かぞえてみよう』('75年/講談社)で受賞しており、以降は、国際的な絵本賞の受賞が続きます。

IMG_20210627_かげぼうし 安野 光雅.jpg この絵本では、見開きの左面でマッチ売りの少女が出てくるヨーロッパのとある古い街の話が展開し、右面で見張り番がどこか行ってしまって混乱する「かげぼうしの国」の話(こちらは切り絵風でほぼモノクロ)が展開して、別々の話かと思ったら最後で1つの話になるという、面白い作りでした。

IMG_20210627_2かげぼうし 安野 光雅.jpg ただ、それ以上に、1冊で作者の二通りの画風が楽しめるところが、個人的には良かったでしょうか。表紙もいいです(どうして裏表紙は切り絵になってないのか?)

 『かぞえてみよう』に負けずとも劣らない傑作であり、2002年に同じ版元から新版が出されていることからも、作者の作品群の中でもロングセラー絵本に挙げられる1冊であると言えるかと思います。

 【2002年新版】

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数奇な人の一生を見るよう。本当に船好きだった作者だからこその作品。

ばいかる丸 (ポニー・ブックス).jpg ばいかる丸 (ポニー・ブックス)3.jpg ばいかる丸  1965.jpg
ばいかる丸 (ポニー・ブックス)』['17年/復刻版]  『ばいかる丸 (ポニー・ブックス)』['65年]

「ポニー・ブックス(復刻版)」.jpg イラストレーター、デザイナーで、アンクルトリスの生みの親で、船の画家でもある柳原良平(1931-2015/享年84)が、「ばいかる丸」という実在の船の半生を絵本形式で描いたもの。1965年に岩崎書店より「ポニーブックス」(60年代に漫画家、イラストレーターが絵とストーリーの両方を手がけたことで話題になった絵本シリーズ)として刊行され、半世紀以上の月日を経て、2017年に復刻版として刊行されました。

ばいかる丸 (ポニー・ブックス)1.jpg 1921年(大正10年)に大阪商船の客船として生まれた「ばいかる丸」は、大連航路の人気戦でしたが、やがて大阪商船にも新しい船が多く出来たため、東亜海運という別会社に売られ、商人を満州に運ぶ船になります。ところが1937(昭和12)年に日中戦争ばいかる丸 (ポニー・ブックス)2.jpgが始まって黒塗りの病院船となり、1941(昭和16)年の太平洋戦争開戦で白塗りの国際赤十字の病院船になります。戦局が悪化すると病院船であるのに兵士を運ぼうとしましたが、1945(昭和20)年5月、大分県姫島沖で機雷に触れて船体に大穴が開き、そのまま戦争が終わってしまいます。応急処理後は瀬戸内海の笠戸島沖に係留されていましたが、やがて大阪湾で船員学校の学生の寄宿舎替わりとなり、さらに1949(昭和24)年、極洋捕鯨に買い取られ、捕鯨船に改造されます。しかし、やがて捕鯨船ももっと大型のものが多く造られたため、肉を運ぶ冷凍船に改造され、名前も「極星丸」に改名されて「今」に至っているとのことです。

ばいかる丸 (ポニー・ブックス3.jpeg こうした1隻の船の歩みを、船を主人公にして「ワタシ」という1人称で淡々と語っていますが(淡々と語られているわりには、かつて栄華を誇った「ばいかる号」が、より大きな船が現れて役割の上で隅へ追いやられるのは何となく哀しかったりする)、絵の訴求力はやはりさすがだなあと思うとともに、まるで数奇な人の一生を見るようだなあとも思いました。

 本書の初版の刊行が1965年で、作者34歳頃の作品と思われますが、1959年にサントリーを退社した後は、船や港をテーマにした作品や文章を数多く発表しており、また、漫画家として1962年3月から1966年6月まで、4コマ漫画『今日も一日』を読売新聞夕刊に連載。1968年、至誠堂より『柳原良平 船の本』を刊行しており、その少し前の作品と言うことになります。

 初版の刊行は、大阪商船と三井船舶が合併して新会社の大阪商船三井船舶株式会社(後の商船三井)になった頃ですが、復刻版の刊行を機に、版元の岩崎書店のスタッフが商船三井を訪ね、「ばいかる丸」のその後を訊いています(岩崎書店のブログ「「ばいかる丸」のその後を想う~柳原良平さんを偲んで」)。しかし、今いる社員もその辺りは手がかりが無いためよく分からなくて、廃船となり鉄屑として再利用されたのではないか、でも、他の船の一部になっている形を変えてどこかを航海していると思います!とのことです。

 そもそも船会社の方から作者にこの船をモデルに絵本を描いてほしいと依頼したこともなかったようで、本当に船好きだった作者だからこそ、自ら「ばいかる丸」という船が連航路、病院船、寄宿舎、捕鯨母船、冷凍船と改造されていく過程をここまで調べ上げて、精緻な絵とともに完成させたものと思われます。商船三井の方々も、船の所有が大阪商船から東亜海運に変わったとき、(当然、旗印は違っているが)船のデザインが変わっているところまで描き分けている点に感心されていたようです。

大阪商船に所属していた「ばいかる丸」         所属が東亜海運に変わった後。煙突の印が異なっている。
ばいかる丸 (ポニー・ブックス)68.jpg ばいかる丸 (ポニー・ブックス)681.jpg

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悲恋物語でありながらも前向きなものが感じられる「愛と死」は、作者の真骨頂か。

愛と死 (新潮文庫)2.jpg愛と死 (新潮文庫).jpg  愛と死 (1980年) (ポプラ社文庫).jpg  若き日の思い出 (新潮文庫).jpg
愛と死 (1952年) (新潮文庫〈第423〉)』『愛と死 (新潮文庫)』『愛と死 (1980年) (ポプラ社文庫)』『若き日の思い出 (新潮文庫)

友情・愛と死・若き日の思い出.JPG 小説家の端くれである村岡は、尊敬する小説家であり、友人となった野々村の元へ訪問するようになる。そこで野々村の妹である夏子と知り合う。ある時、野々村の誕生日会の余興の席で夏子に窮地を救われてから、二人の関係が始まる。文芸会の出し物や手紙のやり取りで距離を縮めていき、最終的に村岡の巴里への洋行後に結婚をするまでの仲になる。半年間の洋行の間でも互いに手紙を書き、帰国後の夫婦としての生活に希望を抱いていたが、帰国する船の中で、電報によって夏子の急死が知らされる。帰国後、深い悲しみを負いながら野々村との墓参り、帰国の歓迎会で村岡は「死んだものは生きている者に対して、大いなる力を持つが、生きているものは死んでいる者に対して無力である」という無常を悟る。21年の時を経てもその考えは彼にとっての慰めとなっている―。

 「愛と死」は、武者小路実篤(1885-1976)が1939(昭和14)年7月に「日本評論」に発表した長編小説であり(ただし、文庫で100ページほどだが)、「友情」「若き日の思い出」と併せて、武者小路文学の青春三部作と言われていますが、1919(大正8)年発表の「友情」から20年を経て書かれており、「友情」執筆当時34歳だった作者は、54歳にななっていたということになります。ただし、主人公の村岡が、21年前の出来事を回顧する形になっているので、「友情」とある種"連作"関係にあると見做されるのではないでしょうか。

「愛と死」('71年/松竹)監督:中村登/脚本:山田太一/出演:栗原小巻・新克利・横内正・芦田伸介
愛と死 映画 栗原.jpg「愛と死」('71年/松竹)b.jpg「愛と死」('71年/松竹)cf.jpg これも「友情」と並んで人気の高い作品で、1959年に八千草薫主演でドラマ化され、1971年には栗原小巻主演で映画化されています。ドラマも映画も未見ですが、栗原小巻主演の映画版は、時代を現代に置き換え、「愛と死」と「友情」の両方を原作としているようです(原作における夏子の死因は流行性感冒(スペイン風邪と思われる)だったが、映画で栗原小巻演じる夏子は爆発事故で亡くなる)。

 まさに、原作の「死んだものは生きている者に対して、大いなる力を持つが、生きているものは死んでいる者に対して無力である」との主人公の想いに無常を感じますが、さらに、この無常を乗り越えるためによりよく生きようという主人公の意思が、個人的には感じられました。このあたりは「友情」と同じく、悲恋物語でありながらも前向きなものが感じられ、やはりこの辺が白樺派・武者小路実篤の真骨頂ではないかと思います。

 作者・武者小路実篤は、さらに61歳の時に「陸輸新報」という鉄道関係の業界新聞に、1945(昭和20)年5月から10月まで『母の面影』という題で、戦中戦後を通して全103回にわたり連載、それらを集め改稿したものが翌1946(昭和21)年4月に座右宝刊行会より単行本『若き日の思い出』として刊行されました。

 「若き日の思い出」のストーリーは、長年母の庇護の下にあった主人公「私」(野島厚行)が、療養のためにK海岸へ一人旅に出かけ、そこで同級生の宮津とその妹正子に出会い、さらに、それをきっかけに様々な人物との交流を通して「私」は成長し、また、正子との恋をも成就させるというものです。

 「友情」と少し似ているところもありますが、「友情」と違って、主要登場人物のほとんどが、主人公の恋愛の媒介者として、その恋愛が成就する方向に作用します。また、元々が「母の面影」というタイトルであったことからも窺えるように、作者の「母思う記」的要素も含んでいます。因みに、谷崎潤一郎から井上靖、山口瞳まで多くの作家の作品の中に、この種の作品があります(近年ではリリー・フランキーかな)。

 作品が象徴性の高い文体で描かれており、典型的な予定調和型の物語展開であるため、研究者によっては「大人の童話」として位置付けられることもある作品ですが、「友情」「愛と死」「若き日の思い出」の中でこの作品が最も好きな読者も結構いるようです。

 個人的には、気持ちよく読める作品ですが、「友情」「愛と死」と劇的な内容であるだけに、ちょっと地味な印象も(映画にはしにくい(笑))。ただし、「青春三部作」という捉え方をするのならば、最後を締めるには相応しい作品と言うことになるのかもしれません。

 「友情」「愛と死」「若き日の思い出」の「青春三部作」のうち、「友情」は作者が30代の時の作品で、後の2作は、それぞれ50代と60代の時に書かれて作品であることを意識して読んでみるのもいいのではないでしょうか。


愛と死 武者小路sim.jpg「愛と死」新潮文庫.jpg「愛と死」...【1952年文庫化・1967年改版[新潮文庫(『愛と死』)]/1955年再文庫化[角川文庫(『愛と死』)/1965年再文庫化[旺文社文庫(『友情・愛と死―他一編』)]/1966年再文庫化[角川文庫(『友情・愛と死』)/1972年再文庫化[講談社文庫(『愛と死』)/1980年再文庫化[ポプラ社文庫(『愛と死』)]】

角川文庫『友情・愛と死』.jpg「若き日の思い出」...【1955年文庫化[角川文庫(『若き日の思ひ出』)/1957年再文庫化・1968年改版[新潮文庫(『友情』)/1966年再文庫化[旺文社文庫]】

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作りすぎていないのがいい。復刊版で登場人物の四半世紀後の「今」が書き下ろされた。

お引越し ひこ・田中 復刊.jpgお引越し ひこ・田中 旧.jpg お引越し ひこ・田中 文庫.jpg お引越し ひこ・田中 文庫新.jpg  心が叫びたがってるんだ。DVD_.jpg
お引越し (Best choice)』『お引越し (講談社文庫)』『《新装版》お引越し (講談社文庫)』「心が叫びたがってるんだ。 [DVD]
お引越し (福音館創作童話シリーズ)』(2013)(装画:奈良美智)

 1991(平成3)年・第1回「椋鳩十児童文学賞」受賞作。

 今日とうさんが引越しをした。かあさん泣いた。とうさんもお引越しの日泣いてた。大人が泣いたら、子どもは泣けない。3人だった家がこれから、かあさんと私、2人になる。2人が別れるには私のせいやないって、とうさんもかあさんも言うたけど、私のせいやないのに私に関係ある。あんまりや。両親の離婚を突然知った11歳のレンコ(漆場漣子)。彼女の悩みは深まっていく―。

お引越し-111.JPG 1990年刊行の第1回「椋鳩十児童文学賞」受賞作ですが、むしろ相米慎二(1948‐2001/享年53)監督の映画「お引越し」('93年)の原作として知られているかもしれません。「椋鳩十児童文学賞」は鹿児島市が市制100周年を記念して設けた児童文学の新人賞で、第2回が森絵都氏のデビュー作『リズム』に授与されたりしていますが、第24回の2014年をもって終了しています。

映画「お引越し」('93年)

お引越し dvd.jpg 映画「お引越し」と比べると、原作は映画のようにレンコが理科室でボヤを起こしたり、自分でチケットやホテルを予約して家族の琵琶湖行きを実行したりするといった事件や展開などはなく、ごく普通の小学生のごく普通の生活が、両親が離婚状態になって変わっていく、そうした日常の中で、11歳の少女の心模様がどう揺れ、母親や父親との関係性がどう変化し、少女自身がどう成長していったかを、少女の主観を通して生き生きと描いています(文章にリズムがある)。従って、映画も良かったですが、原作は作りすぎていない分、これはまた読者に訴えかけるものがあり、(「映画の力」に対する)「文学の力」というものを感じました。

お引越し (HDリマスター版) [DVD]

 1990年の刊行後、1995年に文庫化され、2013年の復刊に際し、2013年現在の「登場人物たちの今」を描いた挿話が書き下ろされ、巻末に付されています。その前に、1990年の「あと話」というのがあって、中学生になったレンコのボーイフレンドのミノル(大木実)、友達のサリー(橘理佐)の"今"が2人の言葉で語られていましたが、「忘れたころのあと話」と題された今回の書き下ろし部分では、おおよそ四半世紀後の36歳になった大木実の今、橘理佐の今、更にはレンコこと漆場漣子の今が、それぞれ自らの言葉で語られています。時間の流れを経て主人公たちが大人になっている現在の様が語られるというのはなかなか興味深く(月日の経つのは早いなあ)、作者のこの作品に対する愛着のようなものも感じました。

干刈 あがた 『ウホッホ探険隊』.jpg かつて、離婚に踏み切ろうとしている主人公の女性と、そのことを自分たちなりに受け止めようとしている小学生の長男・次男とのやりとりを通して、当時としては新しいタイプと言える家族の形を模索した、干刈あがた(1943‐1992/享年49)の『ウホッホ探険隊』('84年/福武書店)とい猛スピードで母は 単行本.jpgう芥川賞候補にもなった作品がありましたが、作品のモチーフとして両親が離婚している、或いは離婚状態にあるといった設定を持ってくることは、今や児童文学に限らず文学の世界においても珍しいことではなくなっているようです(長嶋有の芥川賞受賞作『猛スピードで母は』('02年/文藝春秋)もそうだった。やはり、子どもは父親ではなく母親と一緒に暮らすことになるのが多いようだが)。

 最近はアニメの世界でも、長井龍雪監督の「心が叫びたがってるんだ。」('15年)という作品がありました(この度「実写」映画化され、本日[2017年7月22日]公開)。主人公の少女が小学生の頃、憧れていた山の上のお城(ラブホテル)から、父親と見知らぬ女性(浮気相手)が車で出てくるところを目撃、「お城から出てくる王子様とお姫様」だと思い込み、それを母親に話したことにより両親の離婚を招いてしまい、家を去る父親から「全部お前のせいじゃないか」と言われ、ショックを受けた少女は口をきけなくなり、高校2年生になった今も、「話すと腹痛が起きる」という、トラウマを抱えているという設定でした。

心が叫びたがってるんだ。 .jpg 小学生の時のトラウマを高校生になっても引き摺っているわけですが(PTSDと言えるか。但し、離婚は主人公のせいとは言えず、父親が間違っているのは明白ではないか)、それにしても主人公がいろんな局面でそれを引っ張りすぎている印象もあり、これだと周りの方が疲れてしまうのではないかなあ。時にはちょっと突き放した方が、お互いにとって良かったりもするのではないでしょうか。ジュニア向けの作品ですが、個人的にはあまりいいとは思いませんでした(『お引越し』の11歳の小学生レンコの方がずっと逞しいと言えるか)。

お引越し  0s.jpgお引越し  5.png「お引越し」●制作年:1993年●監督:相米慎二●脚本:奥寺佐渡子/小此木聡●撮影:栗田豊通●音楽:三枝成彰●原作:ひこ・田中「お引越し」●時間:124分●出演:中井貴一/田畑智子/桜田淳子/須藤真里子/田中太郎/茂山逸平/森秀人/千原しのぶ/笑福亭鶴瓶/青木秋美(現:遠野なぎこ)●公開:1993/03●配給:ヘラルド・エース=日本ヘラルド映画=アルゴプロジェクト●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(17-07-19)(評価:★★★★)
【2563】 相米 慎二 「お引越し」(1993/03 ヘラルド・エース=日本ヘラルド映画=アルゴプロジェクト) ★★★★

心が叫びたがってるんだ。00.jpg心が叫びたがってるんだ。DVDS160_.jpg「心が叫びたがってるんだ。」●制作年:2015年●監督:長井龍雪●製作:斎藤俊輔●脚本:岡田麿里●撮影:森山博幸●音楽:ミト/横山克(主題歌:乃木坂46「今、話したい誰かがいる」)●原作:超平和バスターズ(長井龍雪・岡田麿里・田中将賀)●時間:119分●声の出演:水瀬いのり/内山昂輝/雨宮天/細谷佳正/藤原啓治/吉田羊●公開:2015/09●配給:アニプレックス●最初に観た場所:シネマサンシャイン池袋(15-09-21)(評価★★★)

【1990年単行本[福武書店]/1995年文庫化・2008年新装版[講談社文庫]/2013年単行本新装復刊版]】

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現在もこれからも続く問題を扱っている。アイヌ差別表現問題については文脈の中で検証すべき。

宿題ひきうけ株式会社 古田足日 旧版.jpg宿題ひきうけ株式会社 古田足日 新版.jpg 宿題ひきうけ株式会社 理論社名作の愛蔵版 旧版.jpg 宿題ひきうけ株式会社 理論社名作の愛蔵版 古田.jpg
『宿題ひきうけ株式会社』[旧版]/『新版 宿題ひきうけ株式会社』/『宿題ひきうけ株式会社』[フォア文庫旧版]/『新版 宿題ひきうけ株式会社 (フォア文庫)』[フォア文庫新版]

 サクラがおか団地の村山タケシ宅に集まった5年生のヨシヒロ、アキコ、ミツエ、サブローは、宿題を効率的に肩代わりして金を稼ぐ「宿題ひきうけ株式会社」を設立して数百円の収入を得るが、クラス内で起きた「地球儀事件」によって会社の存在を担任教師に知られ解散する―(第1章「宿題ひきうけ株式会社」)。6年生になったタケシたちは、新担任の三宮先生が語った「花忍者」という物語を契機に、宿題や入学試験の持つ「やばん」さ=「人間を大切にしない」ありように気づき、未来の試験と宿題がどうあるべきか考え始める―(第2章「むかしと今と未来」)。新聞部員として活動するタケシらは、「ひとりの成績がよくなればひとりの成績が悪くなる」構造を持ち子どもたちを競争させる学校教育のあり方が、人間を選抜し振り古田足日.jpg落としていくピラミッド型の会社組織につながっていることに気づく。子どもたちは日本国憲法の勉強会を始め、「試験・宿題なくそう組合」を立ち上げて活動し始める―(第3章「進め ぼくらの海賊旗」)。

 今年['14年]6月に亡くなった古田足日(ふるた・たるひ、1927-2014/享年86)の作品で、初出は雑誌「教育研究」。挿絵は連載時から久米宏一が担当し、連載終了後、理論社の小宮山量平に促され、一部手を加えて1966(昭和41)年2月単行本化され、'67(昭和42)年・第7回日本児童文学者協会賞を受賞し、作者の代表作となりました。

古田足日(ふるた・たるひ、1927-2014/享年86)

 この作品が愛蔵版や文庫版も出されて広く長く読まれた理由は、子どもたちが宿題代行会社を自分たちで作るという発想がユニークで面白く、また、そうした子供たちが活き活きと描かれているとともに、ストーリー展開が一定のリアリティを保っていることがあったのではないでしょうか。個人的には自分も、課題図書の中から本書を選んで読書感想文を書いた一人です。

 今読み直すと、高度動経済成長下で過熱化する受験競争の問題のみならず、同時代に起こった電電公社の人員削減問題を取り上げるなど、構造不況・リストラなど当時の社会・経済問題を色濃く反映していることが窺えます。子どもを中心とする事件とともに、アキコの兄が勤めるヤマト電機が行った強制的な人員の配置転換と、それに抵抗する労働組合の活動などが並行して描かれています(考えてみれば子どもたちも、第1章では「株式会社」を作ったのに、第3章では「労働組合」を作るという構図になっている)。第2章にある「やばん」さ=「人間を大切にしない」というテーマを通して、宿題・試験の持つ問題が、資本主義の競争社会といった社会構造が引き起こす問題とパラレルな関係にあることを伝えているように思います。子ども時代に読んだ時は、そこまでは意識しなかったように思いますが、時代を反映しながらも、ある意味、現在もこれからも続いていくのであろう問題を扱っているとも言えます。

 この物語は'96年には後半を大幅に改稿した新版が刊行されていて、これは旧版に引用された宇野浩二「春をつげる鳥」(1926年発表)と関連して、アイヌ民族差別に該当する記述があったことが原因となっていますが、その経緯は新版のあとがきに詳しく書かれています(旧版にあとがきは無く、一方で新版のあとがきは殆どこの問題のことで費やされている)。それによると、第2章で引用された宇野浩二の「春をつげる鳥」自体にアイヌ民族差別にあたる記述があったということで、新版では物語を差し替えるとともに、「やばん」ということについてもっと掘り下げて書いています。

 結果的に新版の方はややクドくなった印象もありますが、旧版に民族差別にあたる表現があったのだから仕方がないのかも(直接的に差別していると言うより、差別的イメージを助長する恐れがあるといった印象なのだが)。そもそも、30年以上も経ってどうしてその問題が指摘されたのかというのはありますが、作者が「春をつげる鳥」がアイヌ民族を差別した作品であることを全面的に認め、更に、自身の引用の仕方や独自の表現にまで率直に、且つ徹底的に自己批判しているので、やはり新版を「決定版」とすべきなのでしょう(北海道にいないはずのイノシシを持ち出したのは差別というより勉強不足だったという気もするが、こうしたこともアイヌ民族の自然観に対する自らの無知として総括している)。

 「春をつげる鳥」がアイヌ側からみて差別的作品であることへの気づきが遅れた原因としては、その指摘は作者自身が'95年に北海道ウタリ協会の人から電話を受けたことに端を発するのですが、その時点で作者が調べてみても、(作者自身が予想した通り)そうした観点での指摘はどの文学事典や解説にも無かったということによるかと思います。作者は、こうした見方は、宇野浩二研究を深めるためにも必要な観点であるとしていましたが、版元は、旧版の回収を書店や図書館に求めたそうです。但し、図書館などでは旧版・新版ともに置いているところが多いようです。旧版が無いと、どこが「差別」なのか分からないよね。そこだけ捉えるのではなく、文脈の中で検証することが大事なのではないでしょうか。

【1966年単行本[理論社(絵:久米宏一)]/1977年文庫化[講談社文庫]/1979年再文庫化[フォア文庫(画:久米宏一)]/1996年9月新版[理論社『新版 宿題ひきうけ株式会社』(絵:久米宏一)]/1996年11月文庫化[フォア文庫『新版 宿題ひきうけ株式会社』(画:久米宏一)]/2001年[理論社(新・名作の愛蔵版)『新版 宿題ひきうけ株式会社』(イラスト:長野ヒデ子)]/2004年再文庫化[フォア文庫愛蔵版『新版 宿題ひきうけ株式会社』(画:久米宏一)]】

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「懐かしい未来図」。実際にはまだ未来図のままだが、少しずつ実現出来ている部分も。

空中都市008青い鳥文庫.jpg空中都市008 アオゾラ市のものがたり 1.jpg空中都市008 アオゾラ市のものがたり 2.jpg  完全読本 さよなら小松左京.jpg 
『空中都市008―アオゾラ市のものがたり』(1969/02 講談社)[装丁・挿絵:和田 誠
空中都市008 アオゾラ市のものがたり (講談社青い鳥文庫)』『完全読本 さよなら小松左京
空中都市008―アオゾラ市のものがたり 和田誠.jpg 空中都市008に引っ越してきた、ホシオくんとツキコちゃん。ここはいままで住んでいた街とはいろんなことがちがうみたい。アンドロイドのメイドさんがいたり、ふしぎなものがいっぱい......じつはこのお話、1968年に作者が想像した未来社会、21世紀の物語なのです。さあ、今と同じようで少しちがう、もうひとつの21世紀へ出かけてみましょう!(「青い鳥文庫」より)。

 1968(昭和43)年に「月刊PTA」(産経新聞発行)に「あおぞら市のものがたり」というタイトルで連載され、1969年に単行本刊行された際に「空中都市008」がタイトルとなった小松左京(1931-2011)のSF児童文学で、2003年版「青い鳥文庫」の作者まえがきで、2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏が小学田中 耕一 記者会見2.jpg空中都市008―アオゾラ市のものがたり.jpg生の頃この作品の愛読者だったことを知って感激したとあります(オリジナルは入手困難だが、「青い鳥文庫」版も和田誠氏の挿画を完全収録しているのがありがたい)。

 作品の中で主人公たちが月に行く場面がありますが、この作品が書かれた当時は米ソが宇宙進出競争をしていて、この作品の発表の翌年1969(昭和44)年にアメリカがアポロ11号で人類を月に送り込んでいます。この作品では月には既に都市があって、月で生まれ育った「月っ子」たちがいることになっています。

スケッチブック.jpg このように、この作品に出てくる様々な未来像は、21世紀になっている現在からみてもまだ先の「未来像」のままであるものが多くありますが、方向性として全然違っているというものは少ないように思われ、そこはさすが科学情報に精通していた作者ならではと思われます。子どもの頃に思い描いていたという意味で、「懐かしい未来図」という言葉を思い出してしまいますが、あの時の"未来図"が本当ならば今頃スゴイことになっている? (人々はエア・カーや動く歩道で移動しているとか...)。実際にはそれほど変っていないかなあ。但し、少しずつ実現出来ている部分も一部あるなあと思いました。

スケッチブック

「ぼくら」1969年7月号付録.jpg 例えば、ホシオたちの家族が移り住んだ空中都市は、「50かいだてアパートの36かい」ということになっていますが、今ならそういうところに住んでいる人はいるなあと(但し、ホシオたちの場合は「可動キャビン」方式で家ごと引っ越してきたのだが)。

 「ファクシミリ・ニュース」というのは今で言えばインターネットによるニュース配信であり、1000人乗れるという「ジャンボ・ジェット」もそれに近いところまでいっているし、「エアクッション・カー」という車輪を使わない鉄道は、今で言うリニアモーター・カーでしょうか。

「ぼくら」1969年7月号付録

 道路の「標識システム」は今で言うカーナビゲーションに近いかも。「電子脳」(今で言う「コンピュータ」)が故障して、都市の交通システムが麻痺してしまうという話は、例えばシステムの不具合で金融機関のATMが仕えなくなったといった近年の出来事を思い出させ、クルマが使えないので人々が皆、久しぶりに自転車に乗ってみたらこれが意外と良かったというのも、エコ・ブームや健康ブームを想起させます。

 この物語はNHKで連続人形劇としてテレビドラマ化され、月曜から金曜の18:05-18:20の放送時間帯で1年間にわたり空中都市008 グラフNHK.jpg放映されました(「空中都市008」1969年4月-1970年4月、全230回)。ひ番組の絵葉書.jpgと続きの話は原則として1週間単位で終わったため、原作のエピソード以外に多数の書き下ろしがあります。「チロリン村とくるみの木」(1956年-1964年、全812回)「ひょっこりひょうたん島」(1964年-1969年、全1,224回)に続くNHKの平日夕方の人形劇シリーズ第3弾でしたが、技術的にはよく出来ていたように思います。ただ、人形やセットに費用がかかり過ぎたのと、指向としては「サンダーバード」(1965年-1966年)などを目指したため人形がリアルになり過ぎて「ひょっこりひょうたん島」のキャラのような可愛さが足りず、視聴率が伸び悩んだということもあって1年足らず(全230回)で放送終了となりました(次番組「ネコジャラ市の11人」(1970年-1973年、全668回)と比べても放送回数はかなり少なかったことになる)。
番組の絵葉書

銀河少年隊 title.jpg銀河少年隊01.jpg 因みに、「空中都市008」は人形美術及び操作を糸あやつり人形の竹田人形座が担当しましたが、同じ竹田人形座による人形美術及び操作の担当でこれに先行するものにとして、NHKの日曜の17:45-18:00の15分の時間帯(後に木曜の18:00-18:25の25分の時間帯に変更)で、「銀河少年隊」(1963年4月-1965年4月、全92回)がありました(さらにその前に「宇宙船シリカ」(1960年9月-1962年3月、全227回)というのもあった)。「銀河少年隊」は人形芝居と銀河少年隊 sono.jpg手塚治虫2.jpgアニメーションを合成したもので、原作は手塚治虫(因みに「宇宙船シリカ」の原作は星新一)。太陽のエネルギーが急速に衰え、地球を含めた太陽系の惑星は極寒に襲われ、数年後には太陽系の全生物が死滅してしまうという危機を救うために、花島六平少年率いる銀河少年隊が活躍するというもの。アニメ部分は虫プロの作品を多く手がけてきた若林一郎が脚色をして、スケールの大きい物語となって④冨田 勲.jpgおり、金星人の美少女アーリアも登場、宇宙服や宇宙船の操縦席など小道具もよくできていたように思いますが、竹田喜之助(1923-1979)って相当な"凝り性"だった? 音楽は「銀河少年隊」「空中都市008」とも富田勲(1932-2016)が担当しています(「宇宙船シリカ」も富田勲)。

地球になった男 (新潮文庫 こ 8-1)
『地球になった男.jpg小松 左京(0.jpg 「空中都市008」原作者の小松左京は「空中都市008」放送終了時の頃は、日本万国博覧会のサブ・テーマ委員、テーマ館サブ・プロデューサー(チーフ・プロデューサーは岡本太郎)として1970年の日本万博開催の準備に追われており、放送終了を残念がる暇も無かったのではないかな。『地球になった男』('71年/新潮文庫)などの短編集の刊行もあり、'73年には『日本沈没』(カッパ・ノベルズ)で日本推理作家協会賞を受賞するなどした一方で、テレビなどにもよく出ていましたが、この人、この頃が一番太っていて、すごくパワフルな印象がありました。
  
中山千夏(1970)/初音ミク(2010)        iPad 版「空中都市008」音楽(唄:初音ミクvs中山千夏)
空中都市008 アプリ版 .jpg中山千夏(1970).jpg初音ミク.jpg この作品は2010年にiPad専用のオーディオビジュアルノベルとしてApp Storeで配信され、作中の登場人物の台詞が声優によって読み上げられるほか、物語の進行に合わせたBGMが再生され、かつてのNHKの放送で番組主題歌を歌った中山千夏が初音ミクとコラボして誕生したテーマソングや、小松氏のボイスコメントなども収録されているそうですが、「まさ小松左京マガジン 第46巻_.jpg小松左京マガジン47.pngか本がこんなことになっちまうとは、私自身がSF作家のくせに思いもよりませんでした」とのコメントを寄せた小松左京氏は、その翌年2011年の7月に肺炎のため80歳で亡くなっています(健康時にはタバコを1日3箱吸うヘビースモーカーだった)。

 「小松左京マガジン」が没後もしばらく刊行され続けていたことなどからみても、小松左京やその作品には当時も今も根強いファンがいるものと思われます。

小松左京マガジン 第46巻」(2012.09)/「小松左京マガジン〈第47巻〉」(2012.12)

宇宙人ピピ.jpg 因みに、小松左京原作で「空中都市008」より以前にテレビ番組になったものには「宇宙人ピピ」(1965年4月-1966年3月、全52回)があります。宇宙人"ピピ"と彼を取り巻く地球人との騒動を描いたコメディドラマで、ピピ宇宙人ピピ シングル .jpgはアニメーション、円盤は写真で描かれていて、日本で最初の実写とアニメの画面合成によるテレビドラマシリーズです(小松左京が大阪から原稿を送り週1回の放送を1人でこなすのは困難だったことから、脚本は平井和正との合作となっている)。"ピピ"の声は中村メイコで、主題歌の作曲は「銀河少年隊」('63年)、「空中都市008」('69年)と同じく冨田勲(1932-2016)でした。NHKのアーカイブで観たら、形式はコメディなのですが、中身は子どもの塾の問題とか扱っていて、結構シリアスだった?

空中都市008(中山千夏).jpg「空中都市008」●脚本:高垣葵●音楽:冨田勲(主題歌:中山千夏)●人形美術及び操作:竹田人形座●原作:小松左京●出演(声):里見京子/若空中都市008 [DVD].jpg山弦蔵/太田淑子/平井道子/山崎唯/藤村有弘/松島トモ子/熊倉一雄/古今亭志ん朝/松島みのり/大山のぶ代●放映:1969/04~1970/04(全230回)●放送局:NHK NHK人形劇クロニクルシリーズVol.3 竹田人形座の世界~空中都市008~ [DVD]

 空中都市0083.jpg


銀河少年隊 02.jpg「銀河少年隊」●脚本:若林一郎●音楽:冨田勲●人形製作:竹田喜之助(竹田人形座)●アニメーション:虫プロダクション●原作:手塚治虫●出演(声):安藤哲(ロップ[第1部])/白坂道子(ロップ[第2部以降])/若山弦蔵(花島博士[第1部])/天地総子(ポイポイ[第1部])/永井一郎(ダー[第1部]、テックス刑事[第2部])/安田まり子/相模武/太田淑子/高見理沙/木下喜久子/滝口順平/牟田悌三(語り[第1部])●放映:1963/04~1965/01(全92回)●放送局:NHK

宇宙人ピピ   .jpg宇宙人ピピ 00.jpg「宇宙人ピピ」●脚本:小松左京/平井和正●音楽:冨田勲(主題歌:中村メイコ)●人形製作:竹田人形座●原作:小松左京●出演(声):中村メイコ/安中滋/北条文栄/福山きよ子/梶哲也/安田洋子/小林淳一/大山尚雄/黒木憲三/酒井久美子/峰恵研/蔭山昌夫/加藤順一/乾進/中島浩二/若柳東穂/大山のぶ代/小泉博●放映:1965/04~1966/03(全52回)●放送局:NHK
宇宙人ピピ38話

【1969年単行本[講談社]/1981年文庫化[角川文庫]/2003年再文庫化[講談社・青い鳥文庫]】
  

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神は自分を褒めたたえてくれる人だけを天国に集める? 最後の一文をどう訳すか。

幸福な王子―ワイルド童話全集 (新潮文庫).jpg 幸福の王子 バジリコ.jpg 幸せな王子 金原1.jpg 幸福の王子 原.jpg  Oscar Wilde.jpg
幸福な王子―ワイルド童話全集 (新潮文庫)』(西村孝次:訳/表紙絵:南桂子)/『幸福の王子』['06年/曽野綾子:訳(建石修志:画)]/『幸せな王子』['06年/清川 あさみ(絵) (金原瑞人:訳)]/『幸福の王子』['10年/原マスミ(抄訳・絵)]/Oscar Wilde
『幸福な王子』.JPGThe Happy Princeby AnyaStone.jpg 1888年、当時33歳の詩人だったオスカー・ワイルド(1854-1900)の最初の童話集『幸福な王子ほか』は、「幸福な王子」「ナイチンゲールとばらの花」「わがままな大男」「忠実な友達」「すばらしいロケット」の5編から成り、1891年刊行の第2童話集『ざくろの家』は、「若い王」「王女尾の誕生日」「漁師とその魂」「星の子」の4編から成るもので("ざくろ"は各編の共通モチーフとして出てくる)、西村孝次訳の新潮文庫版はこれら9編を網羅して所収いるため、ワイルドの童話集といえば「定番」ということになるかと思います。
The Happy Prince by AnyaStone

 訳者は当初から童話集という言い方をしていて、新潮文庫の改版版もカバータイトルは『幸福な王子』ですが、扉をめくると括弧して「ワイルド童話全集」とあります。童話集という呼び方に異を唱えるわけではないですが、イコール児童文学というイメージが付き纏いがちで、そうなるとどうかなあと。作者のワイルド自身、幅広い年齢層に向けて書いたものであることを後に公言しており、一篇一篇に込められた寓意からみても、「大人の童話」という色合いが濃いように思います。

 読み手によってそれぞれ好みの違いはあるかと思われ、「ナイチンゲールとばらの花」なども知られている方の話だと思ひますが、やはり一番有名なのは表題作の「幸福な王子」であり、その出来栄えにおいても他から抜きんでているように思います。これ読むと、ワイルドはいろいろあった人生でしたが、純粋なキリスト者であったような気がします(テクニックだけでこうした作品はそう書けないのでは。因みに、第2童話集『ざくろの家』発表年は『ドリアン・グレイの肖像』と同年)。

 この作品のラストで、神さまから「町じゅうでいちばん貴いものをふたつ持ってきなさい」と言われた天使が、王子像の鉛の心臓と死んだツバメを神のもとへ届けると、「おまえの選択は正しかった」と神さまは言って、更に神の、「天国のわたしの庭で、この小鳥が永遠に歌いつづけるようにし、わたしの黄金の町で幸福な王子がわたしを賞めたたえるようにするつもりだから」(西村孝次訳)という言葉で物語は終わっていますが、「幸福な王子がわたしを賞めたたえるようにする」というのが何となく違和感がありました。しかしながら原文(下記)はそうなっている...。

 "You have rightly chosen," said God, "for in my garden of Paradise
 this little bird shall sing for evermore, and in my city of gold
 the Happy Prince shall praise me."

 これは、1993年に偕成社から刊行された、今村葦子訳、南塚直子絵の、児童向けにルビが振られている『幸せの王子』でも、「幸せの王子は、黄金の都で、我が名をたたえることになるだろう」となっています。

「幸福の王子」 曽野綾子訳 バジリコ.jpg 2006年バジリコから曽野綾子訳、建石修志挿画のものが刊行され、比較的オーソドックな訳調で、挿画についてもそれは言えるなあ(ヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリン 天使の詩」という映画を思い出させる)と思って読んでいたら、最後の最後で、「私の天国の庭では、このつばめは永遠に歌い続けるだろうし、私の黄金の町で『幸福の王子』は、ずっと私と共にいるだろう」となっていました。

 この部分について曽野氏はあとがきで、天国において神を賛美するということは、必ず神とともに永遠に生きることが前提となっており、「そこをはっきりさせないと、神は自分を褒めたたえてくれる人だけを天国に集めるのか、と思われてしまう。それゆえ、そこだけ本来の意味に重きをおくことにした」とのことです。

 なるほどね、童話1つにしても、いろいろな訳者のものを読んでみるものだなあと。

幸せな王子 2.jpg 因みに、同じ2006年にリトルモアより刊行された、気鋭の翻訳家の金原瑞人氏がコラージュ造形作家の清川あさみ氏と組んで作った絵本版の『幸せな王子』では、「つばめはこの天国の楽園にいてもらおう。ここで、いつまでもさえずってほしい。そして幸せな王子はこの黄金の街にいてもらおう。ここで、いつまでもわたしをたたえてほしい」となっており、曽野氏ほど"意訳"の領域には踏み込んでいないものの、「幸せな王子はこの黄金の街にいて」という部分で王子が神と共にいることを補足しており、しかも翻訳に原文と同じリズム感があって、この辺りはさすが金原氏という感じです(因みに、曽野綾子訳は2006年12月刊行で、金原瑞人訳はその少し前の2006年3月刊行)。

原マスミ.png幸福の王子 原1.jpg また、絵本化された抄訳版では、イラストレーターでミュージシャンでもある原マスミ氏が絵を描き自身で抄訳もしている2010年刊行の『幸福の王子』(ブロンズ新社)があります。原氏としては絵本も抄訳も初挑戦だったとのことですが、王子が泣き落としでツバメにいろいろお願いし、ツバメが"べらんめえ口調"それに返答幸福の王子 絵本 原.jpgするなど、親しみやすいものとなっています(原氏はそれまでの学級委員長的な王子像からの脱却を図った?)。また、原作では神様の命により天使(の一人)がそのもとに届けたのは炉に入れても溶けなかった王子の鉛の心臓であるのに対し、こちらは、バラバラになった王子の体全体を天使(たち)が神様のもとへ届け、神様は王子とツバメに新たな命を授け、「この永遠の楽園で、いつまでも、なかよくくらすがよい」と言ったとするなど、若干改変されています(但し、原作の趣旨を損なわない範囲内でのオリジナリティの発露―といったところか)。

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子供に対する「気づき」と「行動」。シンプルなわりには、意外と大人向けかも。

おこだでませんように.jpg 『おこだでませんように』(2008/06 小学館)

 妹を泣かせて怒られて、女の子を驚かせて怒られて、友達に先に手を出して怒られて、お母さんや先生にいつも怒られてばかりいる「ぼく」は、学校の七夕祭りで短冊にある言葉を書く―。

 まず、単純にハッピーエンドであって、いいなあと思わせる話。男の子の立場や目線で書いてあるのが良く、また、話がたいへんシンプルなのがいいです。
 2008(平成20)年6月刊行であり、そう古くはない作品ですが、こういうシンプルなのが後々にまで残るのだろうなあ。でも、奥は深いかも。

 ポイントは男の書いた短冊を見た担任の先生の反応で、この先生の「気づき」とその後の「行動」が無ければ、この"いい話"は成り立たず、こういうのって個人の持つ"気づく力"と"実行力"に拠るなあと(この話の中の担任の先生が涙したように、ベースとなるのは"センシビリティ"だと思うが)。

 それらが無ければ、この男の子は単なる「問題児」として見られ、また、その後も様々な場でそのように扱われ続けていくのだろうなあ。

 問題を起こしがちな子を「母子家庭だから」とか後付けの理由を前にもってきて、この子は「問題児」であるとアプリオリに規定してしまうことの怖さも感じます(家族写真に父親が写っていないのは、やや"説明的"か)。

 子供に読み聞かせてもいいけれど、意外と読み聞かせする側(大人)向けかも。シンプルなわりには。

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バオバブの樹になったダチョウの話。ある意味、大人の方がストレートに感動させれてしまう?

かたあしだちょうのエルフ1.jpgかたあしだちょうのエルフ (ポプラ社のよみきかせ大型絵本)』(1970/10 ポプラ社)

 アフリカの草原に住む雄のダチョウのエルフは動物の子供達に人気があり、エルフも動物の子供を背中に乗せて走るのを楽しみにしていた。ある日、子供達がライオンに襲われ、エルフはライオンと戦って子供達を守り抜くが、ライオンに片方の脚を食いちぎられる。仲間の動物達は、片脚を失い走れなくなったエルフを気遣って餌を運んでいたが、時が経つにつれその姿もまばらになり、エルフは次第に痩せ衰えていく。そんなある日、子供達が黒豹に襲われ、エルフは逃げ遅れた子供を背負い、最後の気力を振り絞って黒豹と戦う。戦いの後、エルフは片脚で草原に立ったまま、一本の木に姿を変えていた。以来、いつまでも子供たちを見守り、動物達はその姿を見るたびにエルフのことを思い出すのだった―。

夏木マリ 朗読.jpg影絵かたあしだちょうのエルフ.jpg 小野木学(おのぎ まなぶ/おのき がく、1924-1976/享年52)の1970(昭和45)年発表の作品で、ロングセラーとしてアニメにもなっているようですが、NHK教育テレビで観た「影絵版」が、原作絵本の版画のイメージに近くて良かったです(語りは声優の朴璐美(ぱくろみ)のものと女優の夏木マリのものがあるようだが、自分が観たのは夏木マリの方)。
ETV「こどもにんぎょう劇場・かたあしだちょうのエルフ」

かたあしだちょうのエルフ2.jpg 再読ですが、ストレートに感動させられました。作者が解説的なことを作品の中に織り込んでいないため、いろいろな捉え方ができる作品でもあり、そこがまたいい点なのかも。

 例えば、若い頃から会社で骨身を削って仕事し、また会社に対して大きな貢献もしたのに、今はその会社によって窓際に追いやられ、誰からも敬われている気配はない―そんなお父さんが読むと、しんみりしてしまうかも。

 逆に、この作品を読んだ子供の中には、エルフのヒロイックな活躍に憧れる一方で、獰猛さを剥き出しにしたライオンや豹の絵や、「木になってしまう」というエルフの"死に方"に、やや引いてしまう子もいるようです。

 個人的には、五木寛之氏が『人間の覚悟』('08年/新潮新書)の中で「善意は伝わらないと覚悟する」「人生は不合理だと覚悟する」と書いていたのを思い出しました(五木氏は同書で、「ボランティアは石もて追われよ」とも書いている」)。

 但し、物語の中のエルフが涙したのは、誰からも振り返られなくなったからと言うより、自分がコミュニティに対して貢献できなくなったこと自体が悲しかったのでしょう。
バオバブ.jpg それ(コミュニティに対する貢献)が、エルフ自身にとっての自己実現であったわけで、そうした意味では、悲しい結末ではあるものの、最後にエルフは再度、自己実現を果たしたとも言えるのではないかと思います。

 本職は洋版画家である作者は、地理書でアフリカの草原に屹立するバオバブの樹の写真を見ている時に、突然、頭の中で映写機が逆回りするかのように、この物語を着想したとのこと、それから「逆回転フィルムを正常に巻き戻すのに8ヵ月かかって」、ようやくこの物語を完成させたとのことです。

 確かに、バオバブの樹の中には、ダチョウっぽく見えるものがあり、また実際、この樹はアフリカでは、「人々の暮らししを守る樹」とされているようです。

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ゲームのノベライゼーションみたいで面白かった。巻末の「白蛇伝」の変遷史が参考になる。

渡辺 仙州/石原 依門 『白蛇伝』.jpg白蛇伝 渡辺2.jpg 白蛇伝 渡辺.jpg
白蛇伝』(2005/03 偕成社)

 白娘(パイニャン)こと白素貞は、千年前に白蛇であったころ親切にされた若い薬売りに恩返ししたいとの一心で、かつて白娘と戦って完敗し、以降は白娘に尽くすようなった小青(シャオチン)を引き連れ、仙界から人間界に舞い戻る。そして、恩人の子孫で薬売りの許仙(きょせん)に巡り会うが、白娘の周りを、妖魔打倒を使命とする僧・法海(ほうかい)や、仙界及び人間界に対し反乱を企む妖魔・胡媚娘(フーメイニャン)一派らがつけ狙う。そうした中、白娘と許仙の恋の行方は―。

白蛇伝 movie.jpg 2005(平成17)年3月の偕成社刊。「小学上級から一般向け」とのことです辺 仙州/石原 依門 『白蛇伝』_4.jpgが、これがなかなか面白かったです。映画「白蛇伝」('58年/東映)と比べると、登場人物の数が圧倒的に多く、映画ではそのほとんどが割愛されていたことになります。
「白蛇伝」('58年/東映)

 巻末に「人物事典」が付されていますが、主要登場人物だけで50人ぐらいいて(その半分近くは妖魔なのだが)、ゲーム絵師の石原依門氏がデザインしたそれぞれのキャラクターのイラストがページごとに挿入されています。話そのものが、まるでRPGのようで(戦闘場面はバトルゲームのよう)、あたかもゲームのノベライゼーションを読んでいるようであり、そうしたこともあってか、ストーリーとそれらのイラストもよくマッチしているように思えました。

 「白蛇伝」は中国古代の四大民間伝説の一つとされ、またその中で「牛郎織女」(七夕伝説)と並んで最もよく知られているものですが、巻末の解説で、「白蛇伝」という話の成り立ちが詳しく解説されており、参考になりました。

 「白蛇伝」の書物としての起源は、唐代の伝奇小説「李黄」(現存する最古のものは『太平広記』(北宋)の中にある)、『清平山堂話本』(明代)にある「西湖三塔記」、明末に馮夢竜(ふうぼうりゅう)が編纂した『警世通言』の中にある「白娘子永鎮雷峰塔」などだそうです。

 この3つはどれも、白蛇の精が主人公の青年に害をなす妖魔として描かれており、「李黄」では、青年は白蛇の妖魔に誘惑された末に殺されてしまうとのこと、「西湖三塔記」では道士が白蛇を捕えて塔に閉じ込めたために青年は死なずにすみ、「白娘子永鎮雷峰塔」では僧・法海が白娘を雷峰塔に封印して終わるとのことです。

 これらをもとに民間で口承されていく中で、白娘が青年に恩返しするという話に変遷していったとのこと。僧・法海は、「白娘子永鎮雷峰塔」では、許宣(許仙)の命を救った正義の味方だったのが、民間で伝承されるうちに、「白娘と許仙の恋を邪魔するおせっかい坊主」にされてしまったとのことです。

 「正義の白蛇」となった民間伝承の「白蛇伝」は、劇の台本としては清代の黄図珌(こうとひつ)による『雷峰塔伝奇』(1738年)、方成培(ほうせいばい)による『雷峰塔伝奇』(1771年)、小説としては、陳遇乾(ちんぐうけん)の『義妖伝』(1809年)があり、これらが現在、児童文学も含め、中国で売られている「白蛇伝」の元になっているということです。

 ですから、中国人の持つ「白蛇伝」のイメージには「李黄」や「西湖三塔記」は含まれず、「白娘、小青、許仙、法海の4人が出てくる物語」としてあるとのこと、白蛇が薬売りに助けられ、恩返しをしに人の姿となって人間界に舞い戻るが、法海によって雷峰塔に閉じ込められるという基本パターンは共通しているものの、その中でさらに無数のパターンがあるようです。

 これまで何千年も生きてきた白蛇の精が、永遠の生命とすべての魔力を放棄し、愛する人と共に生きる数十年の生を選択するという本書のエンディングは、やはりいいなあと思わせるものがあります(白娘って、そうした一途に愛を貫く"ひたむきさ"の一方で、意外と"天然ボケ"なところも併せ持っていて面白い。まあ、"天然ボケ"は、お嬢様キャラとしての編者の脚色だとは思うが)。

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安寿の死を「刑死」から「入水自殺」に置き換えたのは、あまりの忍びなさのため?

山椒大夫・高瀬舟.jpg山椒大夫・高瀬舟 他四編 (岩波文庫)』  安寿と厨子王.jpg安寿と厨子王 (京の絵本)

 森鷗外が、1915(大正4)年1月、52歳の時に雑誌「中央公論」に発表した作品で、安寿と厨子王の姉弟が山椒大夫の奸計により母と離れ離れになり、安寿の犠牲の後、厨子王が母と再会するというストーリーは、童話「安寿と厨子王」としてもよく知られていますが、鷗外の作品の中では、「阿部一族」などと比べても読み易い方ではないでしょうか。

 母子モノであるとも言え、谷崎潤一郎などにも中世に材を得た母子モノがありますが、谷崎ほどねちっこく無くて淡々とした感じで、谷崎のはややマザコンがかっているためかもしれませんが、この作品では親子愛と同じく姉弟愛が扱われているということもあるかと思います。

 淡々と描かれてはいるものの、史実をベースにした「阿部一族」のような堅さは無く、また、元となった中世説話「さんせう太夫」では、姉の安寿は刑死する(弟を脱走させたため拷問を受けて惨殺される)のに対し、鷗外作では入水自殺したことになっており、更には、山椒大夫が後に出世した厨子王に処刑される場面も無いなど、オリジナルの説話の方は苛烈な復讐譚でもあったものが、鷗外の手で意図的にソフィストケートされている感じがします。

山椒大夫3.bmp この鷗外の「山椒大夫」を原作とした溝口健二監督の映画化作品「山椒大夫」('54年/大映)はよく知られていますが、同じく鷗外の作を原作として、溝口作品の7年後に「安寿と厨子王丸」('61年/東映)としてアニメ化されていて、溝口作品では「姉弟」が「兄妹」になっていたり、アニメでは厨子王が山椒大夫親子を処刑せずに「許す」風になっていたりと(鷗外の原作にもそこまでしたとは書いていない)、いろいろ改変している部分があります。但し、安寿は何れの作品共に、鷗外の原作に沿って「入水自殺」で亡くなることになっています。
「山椒大夫」('54年/大映)

 鷗外の原作を離れたところでは、1994(平成6)年刊行の堀泰明の絵、森忠明の文による絵本「安寿と厨子王」('94年/同朋社出版)があり、「京の絵本」シリーズということで、中世の雰囲気をよく醸した美しいものです。

 文章は淡々と起きた出来事を述べるように書かれていて(まるで鷗外のよう)、英訳付きであることからみても大人向きではないでしょうか。

 監修が梅原猛、上田正昭というだけあって、説話「さんせう太夫」に沿って、安寿は拷問を受けて殺され、後に丹後の国主となった厨子王は、山椒大夫を捕えて死罪に処し(絵本でありながら、そうした場面がそれぞれにある)、溝口作品やアニメでは「明かなかった」ラストの母子再会で母の眼は「明く」ことになっています。まあ、このあたりが、ほぼ"正統"なのでしょう(子供に読ませるとなると抵抗を覚えるかも)。

 安寿の死を「刑死」から「入水自殺」に置き換えたのは、鷗外が最初なのでしょうか。拷問死というのがあまりに忍びなかったのかなあ。
 
【1938年文庫化[岩波文庫(山椒大夫・高瀬舟 他四篇』)]】

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数学関係者の働きかけにより復刊された児童文学の名著。物語としても面白い。

算法少女 文庫.jpg算法少女 (ちくま学芸文庫)』['06年] 算法少女 1973.jpg算法少女 (1973年)』  
算法少女 元.jpg
 1973(昭和48)年10月刊行、1974(昭和49)年度・第21回「産経児童出版文化賞」受賞作。

 父・千葉桃三から算法の手ほどきを受けていた町娘のあきは、寺に算額を奉納しようとしていた旗本子弟・水野三之助一団に出遭うが、掲額された算額の誤りに気づいてついそれを指摘してしまい、関流宗統・藤田貞資の直弟子であることを日頃から鼻にかけていた三之助の怒りを買う。その場は穏便に引き下がろうとしたあきだったが、執拗な三之助の追及に対し逆に三之助を論破してしまい、そのことが評判となって算法家としても知られる久留米藩主・有馬頼徸から姫君の教育係として召抱えたいとの申し入れがあり、それを阻止しようとする藤田貞資の画策により、関流を学ぶもう1人の"算法少女"と算術対決をさせられることになる―。

 児童文学者である著者は、子供の頃に父親から江戸時代に女性が書いた和算書があるという話を聞いて、国会図書館でその『算法少女』(1775年刊行)という古書と出会ってこの物語の想を得たということですが、単に和算に優れた少女の話というだけでなく、史実を織り交ぜながらも、藩政に絡む色々な謎めいた人物が登場して、物語としても面白かったです(小学校高学年以上向けと思われるが、大人でも充分楽しめる)。

 あきと彼女に和算を教わる子供達を通して、江戸時代の庶民の生活の中での算術の需要というのもよく伝わってきたし、あきの父で学者肌の貧乏医者・千葉桃三と、世事に長けた俳人であきの才能を世に知らしめようと尽力する谷素外の取り合わせも面白く、最後に谷素外の意外な正体(?)も明かされる...。
 もともと、古書『算法少女』の著者「壺中隠者」と「平氏(章子の印)」とは誰なのか長らく不明だったようですが(あとがきは谷素外)、研究者により、「壺中隠者」とは医師・千葉桃三だということが判明したとのこと(その娘が章子)。

算法少女.jpg 「ちくま学芸文庫版あとがき」によれば、本書の出版から十数年を経て増刷が打ち切られた時、「本も商品ですから」と著者は増刷を諦めてかけていたのが「復刊ドットコム」に登録され、その後も多くの数学関係者の働きかけがあって30年ぶりの復刊に至ったとのこと。
 本書の中には代数問題だけでなく幾何問題も出てきて、「学芸文庫」に入っているのは、「児童文学」と言うより「数学(科学)」という分類になっているためのようですが、箕田源二郎の数多い挿画までも余さず復刻されていて、実際にどういう道具を使ってそうした問題を解くのかなどが分かるのが良かったです。

 【2006年文庫化[ちくま学芸文庫]】

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稲田和子の洗練されたリズミカルな文章と太田大八のダイナミックな画調が冴える。

天人女房.jpg天人女房』 あおい玉 あかい玉 しろい玉.jpgあおい玉 あかい玉 しろい玉

 天女の水浴びを見かけた牛飼いが一目惚れをしてその羽衣を隠してしまったため、困った天女はそのまま牛飼いの妻となり、夫婦は子にも恵まれが、ある日偶然に羽衣のありかを知った天女は、子達を連れて天へ―。

 「天人女房」というは昔話には、羽衣を取り戻した天女が去ってお終いという「離別型」と、天女が去った後、男が竹などを植えて、それを伝い天上に行って天女の両親である父母神に会い、父神の出す難題を妻である天女の助けを得て解決するが、最後に瓜を割ると洪水になり、天女と男は離別するという「天上訪問型」、その離別した男と天女は七月七日だけは会うことが出来るという、中国の七夕伝説と結合した「七夕型」の3パターンあるそうで、奄美大島に伝わる伝承をベースにしているという本書は前2パターンを包含した最後の「七夕型」です。

 2007(平成19)年刊行された本書の作者である稲田和子(1932‐)氏は半世紀以上にもわたり昔話の採集・研究にあたってきた専門家で、この絵本の最後のページの氏の解説によれば、「たなばた」は『古事記』や『日本書紀』では「たなばたつめ(棚機津女)」と呼ばれる神聖な機織の乙女で、祭祀に先立って水上にせり出した棚で来臨する神々の衣を織るのが役割だったとのこと(要するに"天人"ではなく"人間"だった)。それが、中国から彦星と織姫星の話が伝わって、『万葉集』の頃には既にそれらが融合した今あるような形のロマンスになっていたらしいです(中国から暦が伝わってきた際に一緒に「節句」というのも伝わってきたわけで、そう考えれば「七月七日」を祝うというのは本来は"中国"風)。

 稲田氏は学究者ですが、絵本におけるその文章は非常に洗練されていてリズミカル、また、同じく半世紀以上にもわたり絵本画を手掛けてきた太田大八(1918‐2016氏の絵も、スケールの大きな話に相応しいダイナミックなものです。

 この両者の組み合わせでは、前年の2006(平成18)年刊行された『あおい玉 あかい玉 しろい玉』('06年/童話館出版)も良かったですが、これも異界との接触がモチーフになっている伝承と言え、山姥とお和尚が術比べをし「小さいもんになれるか」と和尚が山姥を挑発する話と言えば、ああ、あれかと思い当たる人も多いのでは。

 この絵本でも、稲田氏の詩韻のような文調は絶妙で、太田氏の画も生き生きしていて、時に重厚、また時に軽妙(途中、山姥に捕えられた小僧を救う「便所の神様」というのが、何だか若いサラリーマンみたいな感じなのには笑ったが)、裏表紙に描いてある和尚と小僧がニコニコしながら餅を食べている画が、話全体のオチになっているというのも楽しいです。

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事実だったのかと思うとかなり重い。本人だけでなく家族をも苦しめる"いじめ"。

わたしのいもうと.jpg 『わたしのいもうと (新編・絵本平和のために)』 (1987/12 偕成社)

『わたしのいもうと』.jpg 1987(昭和62)年に刊行された絵本で、児童文学者である作者のもとへ届いたある手紙がもとになっており、その手紙には、小学4年の妹が転校した学校でいじめに遭い、その後に心を病んで亡くなったということが姉の立場から綴られていたとのことで、事実だったのかと思うとかなり重いです。

 妹には体中につねられたあとがあり、学校へ行けなくなって食べ物も食べられなくなり、母親は必死で、唇にスープを流し込み、抱きしめて一緒に眠り、その時は何とか妹は命をとりとめる―。

 「いじめた子たちは中学生になって、セーラーふくでかよいます。ふざけっこしながら、かばんをふりまわしながら。
 でも、いもうとはずうっとへやにとじこもって、本もよみません。おんがくもききません。だまって、どこかを見ているのです。ふりむいてもくれないのです。
 そしてまた、としつきがたち、いもうとをいじめた子たちは高校生。まどのそとをとおっていきます。わらいながら、おしゃべりしながら...。
 このごろいもうとは、おりがみをおるようになりました。あかいつる、あおいつる、しろいつる、つるにうずまって。でも、やっぱりふりむいてはくれないのです。口をきいてくれないのです。」

 いじめられた妹が鶴を折るのは、彼女が生きるために選んだ方法であったとも言え、それに対して母親も泣きながら隣の部屋で鶴を折るしか彼女の気持ちを共有する術が無いというのがやるせないですが、結局、妹は最後に"生きるのをやめる"ことを選択する―。
 「わたしをいじめたひとたちは もう わたしを わすれてしまったでしょうね」という言葉を残して。

 子の苦しみを共に分かち合い切れなかった母親の哀しみや、それらを見続けた姉の苦悩が伝わってくる一方で、かつての級友らが妹をいじめて何の良心の呵責も感じることなく生を謳歌していることに対する理不尽さを、姉が強く感じていることも窺えます。

 小学校中学年以上向きとのことですが、大人が読んでも考えさせられることの多い絵本であり、むしろ、これだけストレートな内容だと、子供に対するこの絵本の与え方は難しいと言えるかも。
 教育現場などでは、道徳の時間に副読本として使用することもあるようですが、"読み方マニュアル"みたいなものが出来てしまうことに対しても、個人的にはやや違和感があります。

 しかし現実には、こうしたいじめは、今もかつてより高い頻度で発生しているわけで、学校の授業で読み解きを行うのは必要なことかも(図書室に置きっ放しになっているよりはいい)。
 家庭内だと、親が読んでいつか子供に聞かせようと思っていても、なかなかそうした状況にならないのではないかなあ、内容が重すぎて。

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死、悲しみ、再生といったものが子供にわかりやすく伝わるとともに、「時間」というもう1つのテーマが。

くまとやまねこ.jpg 『くまとやまねこ』(2008/04 河出書房新社)湯本香樹実.jpg 湯本 香樹実 氏

くまとやまねこ2.jpg 仲良しの小鳥に死なれた熊は、悲しみにうちしおれ、小鳥の遺骸を木箱に入れて持ち歩くが、周囲からの慰めにもかかわらずその心は癒されること無く、やがて家に閉じこもるようになる。しかし、何日もそうしていた後のある日、外の風景を見るといつもと違って見え、ふと出かけた先で楽器を携えた山猫に出会って―。

 2008(平成20)年に刊行されたこの絵本の作者・湯本香樹実(ゆもと・かずみ)氏は、脚本家であり小説家でもある人で、小説『夏の庭 --The Friends--』('01年/徳間書店)で第26回日本児童文学者協会新人賞、ボストン・グローブ=ホーン・ブック賞を受賞し、翌年には『西日の町』('02年/文藝春秋)が芥川賞候補になっていて、一方の酒井駒子(さかい・こまこ)氏も絵本『金曜日の砂糖ちゃん』('03年/偕成社)でブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)金牌を受賞しており、内外で注目されている2人の初取り合わせということになります(本書もまた、2009(平成21)年・第40回「講談社出版文化賞」(絵本賞)を受賞した)。

 この作品で湯本氏は、親しい人が亡くなった時の、自分の一部が欠けたような喪失感と、葬送と悲しみを経てのそこからの再生を、短いストーリーの中に見事に凝縮してみせています。

 そして、酒井駒子氏のモノトーン主体で時折赤の彩色を部分的に使っただけの絵。小川未明原作の『赤い蝋燭と人魚』の絵本化('02年)で個人的には注目したのですが、「死」や「悲しみ」といったものが子供にわかりやすく伝わる画風のような気がします。

 同時にこの絵本には、熊が小鳥が亡くなる前日に小鳥と交わした「時間」についての会話があり、「時間」というものがもう1つのテーマとしてあることがわかります。
 毎朝が"きょうの朝"である、しかし《きのうの"きょうの朝"》はもう二度と来ない―親しい人が亡くなった時ほど、時間の遡及不可能性を強く感じることはないのだなあと、改めて思わせられるものがありました。

 そして、親しい人を失ったばかりの人には、この絵本の熊のように、そこで一旦時間の停止状態が生じる、しかし、それはその人にとって必要な"葬送"の時なのでしょう。その後には、熊が山猫と出会ったように、他者との新たな出会いが待っているのかも知れません。

 これ、結構、大人向きでもあるかも。

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絵だけで言えば大人向けと言えるかも。鬼が島から宝物の代わりに姫を連れて帰った桃太郎。

ももたろう.jpg 桃太郎 海の神兵 vhsカバー.jpg あの頃映画松竹DVDコレクション 桃太郎 海の神兵.jpg
ももたろう (日本傑作絵本シリーズ)』「桃太郎・海の神兵 [VHS]あの頃映画松竹DVDコレクション 桃太郎 海の神兵 / くもとちゅうりっぷ デジタル修復版」['16年]

ももたろう 赤羽末吉.jpgももたろう 赤羽.jpg 1965(昭和40)年2月に刊行された子供向け絵本(読み聞かせなら5歳から、自分で読むなら小学校中級向き)ですが、赤羽末吉(1910-1990)の絵に水墨画のような味わいがあります。これと比べると、"100円ショップ"などで売っている絵本はもとより、他の「桃太郎絵本」が霞んでしまうかも。むしろ、絵だけで言えば、大人向けと言えるかも知れません。

 ところで、もともとの桃太郎伝説の桃太郎は桃から生まれたのではなく、桃を食べた老夫婦が若返って子宝に恵まれたという話だったようですが、これでは"回春"話になってしまうため、子どもに読み聞かせるのにふさわしいよう明治以降に改変されたとのことです。桃太郎伝説に出てくる鬼が島というのは、室町か江戸の時代に日本近海の島に外国人が漂着したのが起源だと思っていましたが、桃太郎自体は古代の大和政権が吉備国に攻め込んだ時に活躍した人物をモデルにしたものであるとの説が有力らしく、ルーツを辿ると結構ヤマトタケル並みに古い話のようです。

桃太郎 海の神兵    .jpg桃太郎 海の神兵.jpg 太平洋戦争中は、軍神的キャラクターとして「桃太郎 海の神兵(しんぺい)」('45年公開、74分)などの国策アニメ映画の主人公になっていますが、「桃太郎 海の神兵」はその内容はともかく、長さで1時間を超える日本初の長編アニメーション映画にしてそのアニメ技術はなかなかのもので、今手塚治虫2.jpg見ると北朝鮮のアニメみたいですが、手塚治虫が公開初日にこの映画を見て、そのレベルの高さに感動し、アニメーションの楽しさに目覚めたのだそうです。
  
桃太郎の海鷲.jpg桃太郎の海鷲2.jpg 30分以上1時間未満を"中編"ではなく"長編"とするならば、「桃太郎 海の神兵」に先立つものとして、同じ瀬尾光世監督による「桃太郎の海鷲」('43年公開、37分)があり、これが日本初の長編アニメーション映画ということになるのかも。こちらも技術水準はなかなかのものですが、100人以上のスタッフが関わった「海の神兵」に対し、「海鷲」の方は僅か4名のスタッフだったというから驚きです。内容的には、日本海軍による真珠湾攻撃をモデルにしており、桃太郎を隊長とする機動部隊が鬼が島へ「鬼退治(空襲)」を敢行し、多大な戦果を挙げるというものです(真珠湾攻撃のメタファーになっている)。アメリカ漫画が締め出された頃であったにも関わらず、たまmomotaro_bluto.jpgたま敵兵の中に大男ブルートにそっくりの顔が出てくるため、宣伝ビラで間違ってミッキーマウスやポパイなどが出てきて桃太郎と戦うというのがあったらしく、それを期待して観に行った人もいて「なんだ、ちっとも出てこないじゃないか」とがっかりしたという話もあったそうです(「マンガ映画メイドイン・ジャパン」―『フィルムは生きている―手塚治虫選集5』1959)。この時から既に桃太郎は「軍神」扱いだったのだなあと思わされますが、これらの作品は日本ではなくアメリカでDVD化され市販されています。

 しかし、桃太郎を「軍神」扱いするというのは、明治時代にすでに福沢諭吉などが、桃太郎が鬼が島から宝を獲って帰ったのは「略奪行為」にほかならないと言っていたことを思うと、当時としてもやはりアナクロではないでしょうか(戦争は時代を逆行させるのだろなあ)。

 桃太郎伝説については各地に様々なバリエーションがあるようで、実は桃太郎は家の事を手伝わない怠け者だったのが、家が鬼に襲われて鬼退治に目覚めたとか。芥川龍之介によるパロディなどは、ちょうどこの怠け者説と福沢諭吉の考えをミックスしたようなものになっています。

松居直.jpg 本書の松居直(まつい・ただし、1926- )氏の文による桃太郎は、最後に鬼が島から宝物を持ち帰らない代わりに鬼たちに囚われていたお姫様を連れて帰って、桃太郎は姫と結婚する!(「一寸法師」みたいだなあ)

 松居氏は児童文学者であるとともに、福音館書店の社長も長く務め、多くの絵本作家や挿画家を発掘した人ですが(無名だったいわさきちひろ・初山滋・田島征三・安野光雅・堀内誠一・長新太などを発掘)、最後の部分は松居氏のオリジナルなのでしょうか、それとも実際、そうしたバリエーションも伝承としてあるのでしょうか。

 版元による内容紹介には、「桃太郎の原型、あるべき姿を追求して作りあげた"桃太郎絵本の決定版"」とありますが、鬼が島から宝物を持ち帰る話を「嫁取り話」に仕立てたのは、やはり作者のオリジナルなのでしょう。伝承に忠実というより、軍神のイメージを払拭するという意味での「桃太郎の原型、あるべき姿」であったように思います(福沢諭吉らの「宝の持ち帰りは略奪行為」説にも符合する)。

 因みに、「桃太郎 海の神兵」を撮った瀬尾光世監督の方は、「桃太郎 海の神兵」で「燃え尽きた」と言われ、1949年の「王様のしっぽ」を最後にアニメ界を去り、それ以後は「瀬尾光男」や「せお・たろう」のペンネームで絵本作家へ転向しています。

桃太郎・海の神兵.gif「桃太郎 海の神兵」●制作年:1945年●監督・脚本・撮影:瀬尾光世●製作:松竹動画研究所●後援:海軍省●動画:桑田良太郎/高木一郎/小幡俊治/木村一郎●影絵:政岡憲三●音楽:古関裕而●作詞:サトウハチロー●時間:74分●公開:1945/04●配給:松竹映画(評価:★★★)

桃太郎の海鷲桃.jpg「桃太郎の海鷲」●制作年:1942年●監督・撮影:瀬尾光世●製作:芸術映画社、大村英之助●脚本:栗原有茂●後援:海軍省●技術・構成:持永只仁/田辺利彦/橋本珠子/塚本静世●音楽:伊藤昇●時間:37分●公開:1943/03●配給:映画配給社(評価:★★★)

《読書MEMO》
森卓也.jpg森卓也(映画評論家)の日本アニメ映画ベストテン(『オールタイム・ベスト 映画遺産 アニメーション篇』(2010年/キネ旬ムック)
○難船ス物語 第一篇・猿ヶ島(1931)
○くもとちゅうりっぷ(1943)
○上の空博士(1944)
桃太郎 海の神兵(1945)
○長靴をはいた猫(1969)
○道成寺(1976)
○ルパン三世 カリオストロの城(1979)
○うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー(1984)
○となりのトトロ(1988)
○東京ゴッドファーザーズ(2003)

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あの福田和也氏も推奨する、日本で2冊しかない単巻での発行部数累計が400万部を超えた名作。

ぐりとぐら.jpg 『ぐりとぐら [ぐりとぐらの絵本] (こどものとも傑作集)

たまご.jpg 1967(昭和42)年刊行の「ぐりとぐら」シリーズの第1作で、双子の野ねずみ"ぐり"と"ぐら"が森で見つけた巨大な卵で巨大なカステラを作り、友達とわけ合うという話は、絵本界の名作としてよく知られています(この絵本の原型として「たまご」('63年発表)という読み聞かせ物語[右]がある)。

 辛口(?)の文芸評論家・福田和也氏が、『悪の読書術』('03年/講談社現代新書)の中で、「福音館書店が出版する絵本は、他社のそれとは格が違う」と書いていて、優れた絵本として、この「ぐりとぐら」シリーズと林明子氏のものを挙げていました。

 また、朝日新聞夕刊連載の「ニッポン人・脈・記」で、'08年夏に「絵本きらめく」というシリーズがあり、その中で、この『ぐりとぐら』が、松谷みよ子氏の『いないいないばあ』('67年/童心社)と並んで、日本で、単巻での発行部数累計が400万部を超えるたった2冊しかない絵本の内の1冊であること、中川李枝子氏と山脇百合子氏が実の姉妹であること、「ぐりとぐら」の創作にあたっては、石井桃子(1907‐2008/享年101)の指導を仰いだことなどを知り、大変興味深かったです。

ぐりとぐらのかいすいよく.jpg これだけの大ヒット商品なのに、『ぐりとぐらのおおそうじ』('02年)まで基本シリーズは35年間で7冊の刊行しかなく、この辺り、商業主義に走らず、絵本作りの質を落さないようにしていることが窺えます。
 個人的には、'70年代に唯一刊行された第3作『ぐりとぐらのかいすいよく』('77年)や同じく'80年代唯一の刊行である第4作『ぐりとぐらのえんそく』('83年)などもいいなあと(特に、『ぐりとぐらのかいすいよく』のユルい感じがいい)。

 これら基本シリーズの他に、『ぐりとぐらの1ねんかん』('97年)、『ぐりとぐらのうたうた12つき』('03年)などの大判本があり、これらもお奨めです。
ぐりとぐらとぐふ.jpg
 最近、ネットで『ぐりとぐらとぐふ』というパロディ画像が出回っていますが(ガンダム・ヴァージョン?)、パロディにされるぐらい有名であるということ?

《読書MEMO》
菊池寛賞贈呈式.jpg第61回菊池寛賞(日本文学振興会主催)
山脇百合子氏(左)/中川李枝子氏(右) 
The Sankei Shimbun & Sankei Digital 2013.12.16 07:39

『ぐりとぐら』50周年.jpg

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ワイド・シークエンスで伝わってくるモンゴルの平原の広大な景観。

スーホの白い馬2.jpg 『スーホの白い馬―モンゴル民話 (日本傑作絵本シリーズ)

馬頭琴.jpg 1967(昭和42)年刊行で、元になっているのはモンゴル民話。
 貧しいけれどもよく働く羊飼いの少年スーホは、ある日、地面に倒れもがいていた白い子馬を拾って家に連れて帰ってくる。スーホの世話したかいがあって、やがて子馬は立派に成長し、スーホは、殿様が開く競馬大会にこの白い馬と参加して見事優勝するが―。

 モンゴルの楽器・馬頭琴の由来になっている話であるとのことですが、この絵本のお陰で、ご当地のモンゴルよりも日本での方がよく知られている物語になりました。
子供の頃に読んでやけに悲しかった思い出がありますが、国語の教科書に出ていたらしいです(もう、その辺りの記憶はないが)。

 赤羽末吉(1910-1990)の絵がいい。この人、'80年に日本人で初めて「国際アンデルセン賞」の「画家賞」('66年開設)を受賞していて、その後に日本人でこの「画家賞」を受賞したのは、今のところ安野光雅氏('84年受賞)しかいません('08年現在)。

 絵本のサイズが24cm×32cmで、絵が全部見開きなので、幅60cm以上のワイドなシークエンスになり、これがモンゴルの平原の広大な景観などをよく伝えていますが、演劇の舞台絵の画家でもあったことを考えると、確かに、奥行きや照明効果的なものもうまく採り入れているなあと改めて感心させられます。

 ストーリーはシンプルですが、名作童話というのは意外とそういうものかも。
 作家の椎名誠氏がどこかで推薦していましたが、この作品をモチーフに「白い馬-NARAN-」('95年)という映画も撮っているぐらいですから、その思い入れは相当のものなのでしょう。でも、わかる気がするなあ。椎名氏なら嬉々として現地ロケやりそう。

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童話と言うよりもある種"幻想文学"。それにマッチした画調。いわさきちひろの影響も?

赤い蝋燭と人魚2.jpg赤い蝋燭と人魚.jpg   小川未明童話集.jpg 小川未明童話集 (岩波文庫)200_.jpg
赤い蝋燭と人魚』『小川未明童話集 (新潮文庫)』『小川未明童話集 (岩波文庫)
赤い蝋燭と人魚』天佑社1921(大正10)年刊の複製
赤い蝋燭と人魚 天佑社1921(大正10)年刊の複製.jpg 2002(平成14)年刊行で、1921(大正10)年発表の小川未明(1882‐1961)の代表作『赤い蝋燭と人魚』に、絵本作家の酒井駒子氏が絵を画いたもの。原作の「赤い蝋燭と人魚」は、新潮文庫『小川未明童話集』、岩波文庫『小川未明童話集』などに収められています。

 この作品は、個人的には童話と言うよりもある種"幻想文学"に近い作品だと思うのですが、最初は「東京朝日新聞」に連載され、挿画は朝日の漫画記者だった岡本一平(岡本太郎の父)が担当したとのこと、どんな挿絵だったのか知り得ませんが、当初から文も絵も「大人のための童話」として描かれたということでしょうか。

 物語は、ある町に老夫婦がいて、そこに異世界からの訪問者(この場合は人魚の赤子)が来る、その結果その町に起きた出来事とは―という、未明童話の典型とも言えるストーリー。
 老夫婦は人魚の子を神からの授かりと考え自分たちの娘のように育てるが、娘が描いた絵のついた蝋燭が非常に売れたため、とうとう金に目が眩み、人魚を珍獣のような扱いで香具師に売り飛ばしてしまう。
 娘を人間界に託したつもりだった母親の人魚は、人間に裏切られた思いでその蝋燭を買い取り、そして町に対し――という復讐譚ともとれるものです。

「赤い蝋燭と人魚」.jpg これまでに多くの画家や絵本作家がこの作品を絵本化しており、いわさきちひろ(1918‐1974)によるもの('75年/童心社)はモノクロで、絵というより挿画かデッサンに近いですが、がんに冒されていた彼女の未完の遺作となった作品でもあり、また最近では、たかしたかこ(高志孝子)氏によるもの('99年/偕成社)などの人気が高いようです。

いわさき ちひろ 『赤い蝋燭と人魚』 (1975年)

 画風の違いはそれぞれありますが、酒井駒子氏も含めたこの3人に共通するのは、母子の愛情の繋がりを描いた作品群があることで、子を想う母親の気持ちの強さがモチーフの1つとなっているこの作品を絵にするうえでピッタリかも。
 ただ、この作品に漂う寂寥感や不気味さの部分を表すうえでは、ミステリーの表紙画などを手掛けている酒井氏の画風が(最近の『三番目の魔女』や『魂食らい』のカバー絵などを見てもそうですが)、一番合っているのではないかと。                   
 酒井駒子氏のこうした翳りのあるバージョンの絵は(特に人魚の娘の表情などは)いわさきちひろの影響を受けているようにも思え(絶筆となったこの物語の絵本化を、酒井氏が引き継いだようにも思える)、やはりいわさきちひろの影響というのは絵本の世界ではかなり大きいのではないかと思いました。

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切ないがファンタジックでもあるストーリーの雰囲気をよく醸している絵。

ごんぎつね.jpg 『ごんぎつね (日本の童話名作選)』 新美南吉.jpg 新美南吉(1913-1943/享年29)

 1986(昭和61)年の刊行で、1932(昭和7)年1月号の「赤い鳥」に新美南吉(1913‐1943)が発表した彼の代表作「ごん狐」に、イラストレーターの黒井健氏が絵を画いたものですが、刊行来50万部以上売れているロングセラーであり、DVD化もされています(DVDの語りは大滝秀治)。

 近年の派手な色使いが多い絵本の中では珍しく柔らかなタッチであり、また、人物や"ごん"を遠景として描く手法は、哀しく切ないけれどもファンタジックな要素もあるこのお話の雰囲気をよく醸し出しています。
 黒井氏は「ごんぎつね」の他に南吉のもう1つの代表作「てぶくろをかいに」も絵本化を手掛けていますが、こちらも原作の世界を違和感なく表しており、南吉の作品は多くの絵本作家にとって手掛けてみたいものであると思われますが、なかなか黒井氏のものに拮抗する絵本は出にくいのではないかとさえ思わせます。

「ごんぎつね」の直筆原稿.jpg 原作「権狐」は、南吉18歳の時の投稿作品で、「赤い鳥」創刊者の鈴木三重吉の目にとまり、同誌に掲載されましたが(因みに三重吉は、同誌に投稿された宮沢賢治の作品は全く認めず、全てボツにした)、この三重吉という人、他人の原稿を雑誌掲載前にどんどん勝手に手直しすることで有名だったようです。

 「ごんぎつね」直筆原稿

 この作品は、三重吉によって先ず、タイトルの表記を「ごん狐」と改められ、例えば、冒頭の
 「これは、私が小さいときに、村の茂平といふおぢいさんからきいたお話です」(絵本では新かな使い)とあるのは、元々は―、
 「茂助と云ふお爺さんが、私達の小さかつた時、村にゐました。「茂助爺」と私達は呼んでゐました。茂助爺は、年とつてゐて、仕事が出来ないから子守ばかりしてゐました。若衆倉の前の日溜で、私達はよく茂助爺と遊びました。私はもう茂助爺の顔を覚えてゐません。唯、茂助爺が、夏みかんの皮をむく時の手の大きかつた事だけ覚えてゐます。茂助爺は、若い時、猟師だつたさうです。私が、次にお話するのは、私が小さかつた時、若衆倉の前で、茂助爺からきいた話なんです」
 という長いものだったのを、彼が手直したそうです(随分スッキリさせたものだ)。

「ごんぎつね」の殿様 中山家と新美南吉.jpg 東京外国語学校英文科に学び、その後女学校の教師などをしていた南吉は29歳で夭逝しますが、生涯に3度の恋をしたことが知られており、最後の恋の相手が、先ほどの冒頭文に続く「むかしは、私たちの村のちかくの、中山といふところに小さなお城があつて、中山さまといふおとのさまが、をられたさうです」とある「中山家」の六女ちゑだったとのこと。
 中山家とは家族ぐるみの付き合いがあり、彼の童話の多くは中山家の長老が語る民話がベースになっているとの説もありますが、結局、ちゑとは結婚に至らなかったのは、自分の余命を悟って創作に専念したかったのではないかと、自分は勝手に想像しています。

新美南吉記念館(愛知県半田市)特別展ポスター(2006年7月-9月)
 
 
 

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「●あ 芥川 龍之介」の インデックッスへ 「○近代日本文学 【発表・刊行順】」の インデックッスへ

寓意は定型的だが、芥川の本領が発揮されている作品。大正モダンの香りが漂う絵。

魔術 (日本の童話名作選シリーズ)200_.jpg 影燈籠_.jpg 芥川龍之介w.jpg 芥川 龍之介
魔術(日本の童話名作選シリーズ)』(偕成社)『影燈籠 (1977年)(芥川龍之介文学館 名著複刻)』(日本近代文学館)

宮本 順子(絵) 『魔術―日本の童話名作選シリーズ』.jpg 2005(平成17)年3月の偕成社刊。原作は1920(大正9)年1月に芥川龍之介(1892-1927)が雑芥川 龍之介 「魔術」.jpg誌「赤い鳥」に発表、『影燈籠』('20年/春陽堂)に収められた、芥川の所謂「年少文学」というべき作品の1つで、同じ系譜に「蜘蛛の糸」や「杜子春」などがありますが、本書の絵を画いている挿画家の宮本順子氏は、この偕成社の「日本の童話名作選」シリーズでは他に同じく芥川作品である「トロッコ」の絵も手掛けています。

中等新国語1.jpg 因みにこの偕成社のシリーズ、表紙カバーの折り返しにある既刊案内では、シリーズ名の頭に「大人の絵本」と付されていて、カッコして小さく「小学中級以上のお子様にも」とあります。この「魔術」という魔術2.jpg作品は、昭和40年代頃には、光村図書出版の『中等新国語』、つまり中学の「国語」の教科書(中学1年生用)に使用されていました。

 インド人に魔術を教えてもらう青年を通して、人間の欲深さと弱さを描いた作品で、童話のミッションである定型的な寓意を含んでいるものですが、宮本順子氏は、「この『魔術』という話は、誰しもが潜在意識の中に持ちうるデジャブ、すなわち、既視感そのもののように思えます。遠いどこかの私が、主人公といつの間にか重なってゆくのです」と述べています。

 改めて読んでみて、そのあたりの夢と現(うつつ)の継ぎ目などに、短篇小説の名手と言われた芥川の本領がよく発揮されている作品だなあと思いました。主人公の私にせがまれ条件付きで魔法を教えてあげることにしたインド人ミスラ君のセリフが、「お婆サン。お婆サン。今夜ハお客様ガお泊リニナルカラ...」と、突然その一文だけカタカナ表記になるところです。

文学シネマ 芥川 魔術.jpg 先に原作を読んでいると、絵本になった時に、どれだけ絵が良くても自分の作品イメージとの食い違いが大きくて気に入らないことがありますが、この宮本順子氏の絵は比較的しっくりきました。

 若い主人公が葉巻を嗜んでいたり、銀座の倶楽部(クラブ)で骨牌(カルタ)をしたりする様などに大正モダンの香りが漂い(絵自体も日本画素材と洋画手法の和洋折衷)、物語が終わった後に、降りしきる雨に打たれる竹林の向こうに西洋館の見える絵などがあるのも、結末の余韻を含んで効果的だと思われました。

TBS 2010年2月16日放映 「BUNGO-日本文学シネマ」 芥川龍之介「魔術」(主演:塚本高史)

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女性教師と子どもたちの交流。傑作だからこそ批判の対象になる。

兎の眼1.jpg 『兎の眼』(灰谷健次郎).jpg 兎の眼2.jpg  灰谷健次郎.jpg 灰谷健次郎(1934‐2006/享年72)
兎の眼 (理論社の大長編シリーズ)』〔'74年(イラスト・長谷川知子)〕『兎の眼 (新潮文庫)』〔'84年〕『兎の眼 (フォア文庫愛蔵版)』〔'04年(イラスト・長新太)〕

 1974(昭和49)年1月刊行、1975(昭和50)年度・第8回「日本児童文学者協会新人賞」受賞作。

 '06年11月に72歳で亡くなった児童文学作家・灰谷健次郎(はいたに・けんじろう)は、大阪の教育大学を卒業後17年間勤めた小学校教諭を退職してアジア各地を放浪したのちに、'74年にこの作品で児童文壇にデビューしました。

 この作品は、新任女性教師の小谷先生と、その学校の生徒である塵芥処理所の子どもたちとの交流を描いたもので、'74(昭和49)年に理論社から刊行されましたが、この本ぐらい児童文学界で批評や議論の対象となった本は、他には数少ないのではないかと思われます。

 この小説に対し、描かれている人物像が善悪パターン化されているのではないかとの批判もありますが、小谷先生自身が、夫との関係に問題を抱えるなど、旧来の物語にある天使のように完璧な教師としては描かれていないことからみても、必ずしもその批判は当たらないのではと思います。
 そうすると今度は、児童文学にそうした夫との別れ話のようなことを持ち出すのはどうかという批判もあって、大人も子ども読む本というものの難しさを感じます。

 自閉症でハエの飼育に固執する鉄三に対し、小谷先生やその生徒が理解を示すことで彼が自分を取り戻すプロセスには感動しました。
 自閉症児は特定の事象に固執する傾向がありますが、その固執するものに対し誰かが共感を示すことが自閉症児に欠けているとされる〈社会性〉の習得・強化に良い影響を与えるというのは、ごく近年の自閉症研究の成果のはずで、30年以上前に書かれたこの物語では、そのことがすでにしっかり織り込まれているのは驚きと言えます。
 ただ、鉄三が感謝状が貰えるような話にまでもっていく必要も無かったのでは...。ちょっとやりすぎ。

 賞賛も批判もありますが、児童文学の領域を拡げた1冊であることに間違いないと思います。

 【1974年単行本・1978年(理論社の大長編シリーズ )・1987年・1996年改版・2004年文庫愛蔵版〔理論社〕/1984年文庫化[新潮文庫]/1998年再文庫化[角川文庫]】 

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戦時を生き抜いた少年の成長物語。"導師"的存在の〈佐脇老人〉が味がある。

ぼんぼん.jpg          ぼんぼん1.jpg 『ぼんぼん第1部』 今江祥智.jpg 今江祥智 氏(略歴下記)
ぼんぼん (理論社の大長編シリーズ―ぼんぼん)

 1973(昭和48)年1月刊行、1974(昭和49)年度・第14回「日本児童文学者協会賞」受賞作で、太平洋戦争とその後の時代を生き抜いた少年とその家族を描いた著者の自伝的作品の第1部であり、本書では戦争直前から終戦までを辿っています。

 主人公の小学校4年生の洋は、タイトル通り、関西の比較的裕福な家庭の子ですが、戦争直前に父親を病気で失うなどの辛い体験もします。
 戦時下における家族や学校生活の日常が柔らかい関西弁の会話で描かれていて、小学生の目で見た〈戦争〉というものが、オヤツなどの生活面の変化や、兄や学校の先生など大人たちの態度の変化を通して、子どもならではの感性に沿ってよく描かれています。

 父のいない母子を助けるのが、家族に恩義があるという佐脇さんという元ヤクザの老人で、この人が洋の良き導き手になりますが、気骨ある反戦老人でありながら、思春期の入り口にある洋に様々な手ほどきをしたりして、なかなか味があります。
 全体を通して洋の成長物語として読める本書の中では、この〈佐脇老人〉の"導師"的存在が大きな比重を占めているように思えます(この物語は第4部まで続編があり、第4部では洋は成人して教師になっています)。

わが街角 早乙女.jpg 以前に読んだ同じ戦争児童文学というべきものに、早乙女勝元氏の『わが街角』('73年/新潮社(全5巻)、'86年/新潮文庫(上・中・下)、'05年/草の根出版会〔『小説東京大空襲(第1巻・第2巻-わが街角(上・下)』)があり、こちらは東京の下町を舞台にした早乙女氏の自伝的大河小説で(ボリューム的には中高生~大人向けか)、作者が1945年3月に12歳で経験した「東京大空襲」が物語のクライマックスになっていますが、『ぼんぼん』の方は、その3日後の「大阪空襲」が物語の頂点になっています。
わが街角〈下〉 (新潮文庫)

 因みに、早乙女勝元氏も今江祥智氏も、同じ1932(昭和7)年生まれです。

【1973年単行本・1982年改版〔『ぼんぼん第1部』―理論社の大長編シリ-ズ〕・1995年単行本〔理論社〕/1987年文庫化[新潮文庫]/2010年再文庫化[岩波少年文庫]】

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今江 祥智(いまえ・よしとも):
1932年大阪市に生まれる。同志社大学文学部卒業。童話や小説をはじめ、翻訳や評論の仕事も多い。'91年までの作品は「今江祥智の本」全37巻と「今江祥智童話館」全17巻(理論社)にまとめられているほか、「マイ・ディア・シンサク」(新潮社)「そらまめうでてさてそこで」(文渓堂)「日なたぼっこねこ」(理論社)「まんじゅうざむらい」(解放出版社)「帽子の運命」(原生林)翻訳「パプーリとフェデリコ三部作」(バンサン、ブックローン)四部作をまとめた「ぽんぽん全1冊」(理論社)評論集「幸福の擁護」(みすず書房)などがある。野間児童文学賞、路傍の石文学賞、小学館児童出版文化賞などを受賞。

「●み 宮沢 賢治」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3052】宮澤 賢治 「セロ弾きのゴーシュ
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宮沢賢治の集大成であり、読めば読むほど謎に満ちた作品。

銀河鉄道の夜  s16 新潮社.jpg銀河鉄道の夜 童話集 他十四編.jpg  新編 銀河鉄道の夜.jpg 新編銀河鉄道の夜 (新潮文庫).jpg オーディオブック(CD) 宮沢賢治「銀河鉄道の夜」.png
童話集 銀河鉄道の夜 他十四篇』岩波文庫/『新編銀河鉄道の夜』新潮文庫 [旧版/2009年限定カバー版] アイオーディオブック(CD) 「銀河鉄道の夜」
『銀河鉄道の夜』1941(昭和16)年新潮社
新潮文庫2018年プレミアムカバー宮沢賢治全集〈7〉銀河鉄道の夜・風の又三郎・セロ弾きのゴーシュほか (ちくま文庫)』(「ちくま文庫」1985/12/1 創刊ラインアップ)カバー画:安野光雅
新潮文庫 プレミアムカバー 2018 銀河鉄道の夜.jpg宮沢賢治全集〈7〉銀河鉄道の夜・風の又三郎.jpg 1924(大正13)年頃に初稿が成ったとされる宮沢賢治(1896‐1933)の「銀河鉄道の夜」は、37歳で亡くなった彼の晩年まで改稿が重ねられ、完成までに10年位かかっていることになります("生前未発表"のため、これで完成しているのかどうかもよくわからないという)。因みに、ちくま文庫版『宮沢賢治全集〈7〉―銀河鉄道の夜・風の又三郎・セロ弾きのゴーシュほか』には、「銀河鉄道の夜」の初期第一次稿から初期第三次稿までが(逸失部分があって全部ではないが)収録されていますが、途中、随分と変わっていることが分かります。

 最後(第4稿)の頃には既に病臥と一時回復を繰り返す生活だったわけですが、研ぎ澄まされた感性、みずみずしい叙情、達観した宗教観が窺える一方、現実と幻想の巧妙なバランスと融合ぶり(完全な幻想物語だった初稿に比べ、最終稿は「授業」「活版所」など"現実"部分の比重が大きくなった)や、幅広い自然科学の事象の表象的用い方などに理知的なものが感じられ、賢治の集大成と呼ぶにふさわしい作品だと思います。

 カムパネルラとジョバンニのシンクロニティ(共時性)がモチーフになっていますが、再読してみると、タイタニック号(の乗客であったこと)を思わせる乗客の話から、列車がどういう人を乗せているのかがその時点で察せられ、また、人々の宗教の違いを表している部分があるなど、いろいろと再認識することもありました(因みにタイタニック号が沈没したのは、1912(明治45)年4月15日。作者15歳の時)。

 一方ラストの、息子を今亡くしたばかりのカムパネルラの父が、ジョバンニにかけた言葉の内容など、テーマに深く関わると思われる謎から、ジョバンニの父親の本当の仕事は何かとか、カムパネルラが自らを犠牲にして助けたザネリという子は男の子なのか女の子なのかといったトリビアルな謎まで、新たな謎も浮かんできます。

銀河鉄道の夜 藤城.jpg         銀河鉄道の夜 (大型本).jpg               銀河鉄道の夜 田原.jpg 
藤城清治/影絵と文       東逸子/絵                   田原田鶴子/絵
銀河鉄道の夜 藤城清治.jpg  銀河鉄道の夜 東逸子.jpg  銀河鉄道の夜 田原田鶴子.jpg

 絵本化したものでは、影絵作家の藤城清治氏のもの('82年/講談社)が、文章を小さな子にも読み聞かせできるようにうまくまとめていて、絵の方もさすがという感じ、ただし、完全に"藤城ワールド"という印象も(評価 ★★★☆)。

 原文を生かしたまま絵を入れたものでは、東逸子氏の挿画のもの('93年/くもん出版)がいいかなあという感じで、人物はやや少女マンガみたいだけれど、透明感のある背景は素晴らしい(評価 ★★★★)。

 田原田鶴子氏の油彩画によるもの('00年/偕成社)も美しいし、何と言っても挿入画の点数が多いのが嬉しいですが、一方で、ここまでリアルに描かれると、やはり自分の当初のイメージとはいろいろな点でズレがあるような感じも受けなくもなかったです(評価 ★★★☆)。

銀河鉄道の夜・風の又三郎・ポラーノの広場 (講談社文庫 み 13-1)
銀河鉄道の夜・風の又三郎・ポラーノの広場.jpg 【1951年文庫化・1966年文庫改訂[岩波文庫(『童話集 銀河鉄道の夜 他十四篇』)]/1971年再文庫化[講談社文庫(『銀河鉄道の夜、風の又三郎,ポラーノの広場 ほか3編』)]/1981年再文庫化[旺文社文庫]/1982年再文庫化[ポプラ社文庫]/1985年再文庫化[偕成社文庫]/1985年再文庫化[ちくま文庫(『宮沢賢治全集〈7〉』)]/1989年再文庫化[新潮文庫(『新編銀河鉄道の夜』)]/1990年再文庫化[集英社文庫]/1996年再文庫化[角川文庫]/1996年再文庫化[扶桑社文庫]/2000年再文庫化[岩波児童文庫]/2009年再文庫化[PHP文庫(『銀河鉄道の夜・風の又三郎・セロ弾きのゴーシュ』)]/2011年再文庫化[280円文庫]】


童話集 銀河鉄道の夜 他十四篇2.jpg童話集 銀河鉄道の夜 他十四篇』岩波文庫
■収録作品(十五篇)
北守将軍と三人兄弟の医者 むかしラユーという首都に,兄弟三人の医者がいた.いちばん上の......
オッペルと象 オッペルときたらたいしたもんだ.稲こき器械の六台も据えつけて......
どんぐりと山猫 おかしなはがきが,ある土曜日の夕がた,一郎のうちにきました.......
蜘蛛となめくじと狸 赤い手の長い蜘蛛と,銀色のなめくじと,顔を洗ったことのない狸が......
ツェねずみ ある古い家の,まっくらな天井裏に,「ツェ」という名前のねずみが......
クねずみ クという名前のねずみがありました.たいへん高慢でそれにそねみ深......
鳥箱先生とフウねずみ あるうちに一つの鳥かごがありました. 鳥かごというよりは鳥箱という方......
注文の多い料理店 二人の若い紳士が,すっかりイギリスの兵隊のかたちをして,ぴかぴか......
からすの北斗七星 つめたいいじの悪い雲が,地べたにすれすれにたれましたので, 野はら......
雁の童子 流沙の南の楊で囲まれた小さな泉で,私は炒った麦粉を水にといて......
二十六夜 旧暦の六月二十四日の晩でした. 北上川の水は黒の寒天よりも......
竜と詩人 竜のチャーナタは洞のなかへさして来る上げ潮からからだをうねり出し......
飢餓陣営 砲弾にて破損せる古き穀倉の内部,からくも全滅を免かれしバナナン軍団......
ビジテリアン大祭 私は昨年九月四日,ニュウファウンドランド島の小さな山村,ヒルティで...
銀河鉄道の夜「ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたり......

《読書MEMO》
●「銀河鉄道の夜」...1922(大正11)年頃〜1932(昭和7)年頃執筆

●新潮文庫2018年プレミアムカバー
新潮文庫 プレミアムカバー 2018.png

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