Recently in 外国映画 〜1920年代 Category

「●ジャン=リュック・ゴダール監督作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒「●フェデリコ・フェリーニ監督作品」【1084】 フェデリコ・フェリーニ 「
「●ミシェル・ルグラン音楽作品」の インデックッスへ 「●た‐な行の外国映画の監督」の インデックッスへ 「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

一人の娼婦の儚い人生の中にも「詩と真実」があった。ミシェル・ルグランの音楽もいい。

「女と男のいる舗道」.jpg女と男のいる舗道.jpg女と男のいる舗道 ブルーレイ.jpg
女と男のいる舗道2.jpg
女と男のいる舗道 ブルーレイ [Blu-ray]
女と男のいる舗道 [DVD]」アンナ・カリーナ

女と男のいる舗道2.jpg 1960年代初頭のパリのとあるビストロで、ナナ・クランフランケンハイム(アンナ・カリーナ)は、別れた夫ポール(アンドレ・S・ラバルト)と近況の報告をし合い女と男のいる舗道1.jpg別れる。ナナは、女優を夢見て夫と別れ、パリに出てきたが、夢も希望もないままレコード店の店員を続けている。ある日、舗道で男(ジル・ケアン)に誘われるままに抱かれ、その代償を得た。ナナは昔からの友人のイヴェット(ギレーヌ・シュランベルジェ)と会う。イヴェットは売春の仲介をしてピンハネして生きている。ナナにはいつしか娼婦となり、ラウール(サディ・ルボット)というヒモがつく。ナナは無表情な女になっていた。バーでナナがダンスをしていると、視界に入っ女と男のいる舗道09.jpg女と男のいる舗道103.jpgてきた若い男(ペテ・カソヴィッツ)にナナの心は動き、彼を愛し始める。ナナの変化に気付いたラウールは、ナナを売春業者に売り渡そうとする。ナナが業者に引き渡される時、業者がラウールに渡した金が不足していた。ラウールはナナを連れて帰ろうとするが、相手は拳銃を放つ。銃弾はナナに直撃した。ラウールは逃走、撃ったギャングも逃走する。ナナは舗道に倒れ、「生きたい!」と叫んで絶命する―。
Vivre Sa Vie Dance Scene anna karina
女と男のいる舗道94.jpg 1962年製作・公開のジャン=リュック・ゴダール監督の社会風俗ドラマで、ゴダールの長篇劇映画第4作。「女は女である」('61年)についでアンナ・カリーナが出演したゴダール作品の第3作、アンナ・カリーナとの結婚後の第2作です。マルセル・サコット判事のドキュメント「売春婦のいる場所」からゴダール自身が脚色したもので、原題は「自分の人生を生きる、12のタブ女と男のいる舗道 12.jpgローに描かれた映画」の意(「タブロー」はフランス語で持ち運びの可能な絵画(=キャンパス画、板絵)のことで「章」とほぼ同じとみていいのでは)。時期的には「勝手にしやがれ」('59年)と「気狂いピエロ」('65年)の間に位置する作品で、ラストなどは「勝手にしやがれ」の女性版を思わせる部分もあり、また、主人公の名前から、エミール・ゾラの小説『ナナ』が娼婦から女優に成り上がった女性を描いた、その逆を描いているともとれます。原作(原案)がドキュメントであるためか、「勝手にしやがれ」や「気狂いピエロ」より分かりやすい展開で、個人的には好きなゴダール作品です。

女と男のいる舗道 哲学者.jpg 第1章でナナが近況を交換する別れた夫ポールを演じるのは、ゴダールの批評家時代からの盟友でドキュメンタリー映画監督のアンドレ・S・ラバルトであり、終盤、ナナと哲学を論じあう碩学として登場するのは、アルベール・カミュやアンドレ・ブルトンと親交のあった哲学者ブリス・パランで、ゴダールの哲学の恩師であるそうです。最初観た時は、その「衝撃的」ラストに、むしろあっけないという印象を抱きましたが、ゴダールが説明的表現を排したドキュメンタリー・タッチで撮っているということもあったかもしれません。ゴダールがアンナ・カリーナの了解を取らずに隠し撮りのように撮ったシーンもあり(そのことをアンナ・カリーナはすごく怒ったらしい)、ナナと哲学者との対話における哲学者の受け答えも即興だそうです。

裁かるるジャンヌ 女と男のいる舗道2.jpg アンナ・カリーナ演じるナナは、生活のために娼婦に転じるわけですが、別に不真面目に生きているわけではなく、むしろ「自分の人生を生きる」という哲学を持っています。彼女は、「裁かるるジャンヌ」を観て涙したり(このシーンのアンナ・カリーナの表情がいい)、偶然に出会った哲学者と真理について語ったりします(第12章のタイトルは「シャトレ広場- 見知らぬ男 - ナナは知識をもたずに女と男のいる舗道 哲学者2.jpg哲学する」)。哲学者との会話のシーンなどは、最初に観た時は、言葉が映画の背景になっているような感じがしたのが、今回改めて観直してみると、結構深いことを言っているなあと(「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」なんて言葉を思い出した)。儚(はかな)くも散った一娼婦の人生においても、その中に確実に「詩と真実」はあったのだ―という見方は、あまりにロマンチックすぎるでしょうか。ミシェル・ルグランの音楽もいいです(この音楽がそんな気分にさせる)。

裁かるゝジャンヌ dvd.jpg 因みに、「女と男のいる舗道」でアンナ・カリーナ演じるナナが観て涙したカール・テオドア・ドライヤー監督映画「裁かるるジャンヌ」('28年/仏)は、火刑に処せられる直前のジャンヌ・ダルクの心情の揺らぎを描いたものですが、オリジナルネガフィルムが1928年にドイツ・ウーファ社の火災によって焼失したため、完全なフィルムは存在しないと言われてきました。更に、ドライヤーがオリジナルに使用しなかったフィルムで再編集した第2版のネガも焼失し、製作元も倒産。その後に観ることが出来た作品は、世の中に出回っていたポジフィルムをかき集めてかろうじて作品の体裁を成したもの、乃至はその海賊版のようですが、製作直後にデンマークでの公開のために送られていた完全オリジナルフィルムが1984年に偶然発見され、日本では1994年に初めて公開されました(2005年にDVD化。それ以前のハピネット版DVDは不完全版)。

裁かるゝジャンヌ クリティカル・エディション [DVD]

 自分が個人的にこの映画を観たのは、埋もれていたフィルムが再発見される3年前(「女と男のいる舗道」と併映だった)。小津安二郎の「大学は出たけれど」('29年)のように70分の内11分しか現存していなくても充分に堪能出来る作品もありますが、この不完全版「裁かるるジャンヌ」に関してはダメでした。ストーリー部分が後退して、画面もカットされているため、ルネ・ファルコネッティ演じるジャンヌの表情の大写しが前面に出すぎてモンタージュ効果が逆に生きていない印象を持ちました(完全版を観ていないので、きちんとした評価は不能か。但し、映画史的にも一般にも評価の高い作品[IMDbポイント8.3])。ナナが観たのは完全版なんだろうか?

アンナ・カリーナ in 「女と男のいる舗道」    音楽:ミシェル・ルグラン
アンナ・カリーナ 「女と男のいる舗道」.jpg「女と男のいる舗道」●原題:VIVRE SA VIE:FILM EN DOUZE TABLEAUX●制作年:1962年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール●製作:ピエール・ブロンベルジェ●撮影:ラウール・クタール●音楽:ミシェル・ルグラン●原作(原案):マルセル・サコット「売春婦のいる場所」(ドキュメ女と男のいる舗道27.jpgント)●時間:84分●出演:アンナ・カリーナ/サディ・ルボット /アンドレ・S・ラバル/ギレanna karina.jpgーヌ・シュランベルジェ/ジェラール・ホフマン/ペテ・カソヴィッツト/モニク・メシーヌ/ポール・パヴェル/ディミトリ・ディネフ/エリック・シュランベルジェ/ブリス・パラン/アンリ・アタル/ジル・ケアン●日本公開:1963/11●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会〔四谷公会堂〕 (81-09-12)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ (16-09-06)(評価★★★★☆)●併映(1回目):「裁かるるジャンヌ」(カール・テオドア・ドライヤー)  anna karina

Sabakaruru Jannu (1928).jpg裁かるるジャンヌ 女と男のいる舗道1.jpg「裁かるるジャンヌ (裁かるゝジャンヌ)」●原題:LA PASSION DE JANNE D'ARC●制作年:1927年(1928年4月デンマーク公開、同年10月フランス公開)●制作国:フランス●監督・脚本:カール・テオドア・ドライヤー●撮影:ルドルフ・マテ●時間:96分(短縮版80分)●出演:ルネ・ファルコネッティ/ウジェーヌ・シルヴァン/モーリス・シュッツ/アントナン・アルトー●日本公開:1929年10月25日●配給:ヤマニ洋行●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会〔四谷公会堂〕 (81-09-12) (評価★★★?)●併映:「女と男のいる舗道」(ジャン=リュック・ゴダール)
Sabakaruru Jannu (1928)

「●さ行の外国映画の監督①」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2393】ポール・シュレイダー「MISHIMA
「○外国映画 【制作年順】」のインデックッスへ

1925年に作られた映画とは思えないくらい今風なスぺクタルシーンを見せてくれる。

オペラ座の怪人 1925 dvd1.jpg オペラ座の怪人 1925 dvd2.jpg オペラ座の怪人 1925 vhs.jpg オペラ座の怪人 1925 02.jpg
IVC BEST SELECTION オペラ座の怪人 [DVD]」['13年]/「オペラ座の怪人 【サイレント】 [DVD] FRT-302」['08年]/「オペラ座の怪人【字幕版】(淀川長治 名作映画ベスト&ベスト) [VHS]」['98年] Lon Chaney

オペラ座の怪人 1925 0.jpg 1880年、パリ・オペラ座には恐ろしい幽霊が現われるという評判が立ち、舞姫や道具方らは恐怖に見舞われる。折しも道具方の一人が縊死し、これも幽霊の仕業だと益々人々は恐れる。オペラ座の支配人引退興行の夜、プリマドンナのカルロッタ(ヴァージニア・ペアソン)が突然の病気のため、無名の歌手クリスティーヌ・ダーエ(メアリー・フィルビン)が「ファウスト」のマルグリットを演じて大成功を博す。子爵ラウル(ノーマオペラ座の怪人 1925 181.jpgン・ケリー)は彼女に思いを寄せ、彼女の仕度部屋を訪れると部屋の中には何者とも知れぬ男の声がし、クリスティーヌの哀訴の声が聞えたため、ラウルは嫉妬する。新しい支配人は幽霊などいないと冷笑し、怪人の警告を無視してカルロッタを舞台に立たせると、天井に吊したシャンデリアが墜ちて多くの人々が死傷する。クリスティーヌは愛するラウルに、怪人というのはオペラ座の地下の湖に棲むエリック(ロン・チェイニー)であることを告げる。ある晩の開演中、エリックはクリスティーヌを連れ去る。ペルシャ人レドー(アーサー・エドモンド・カリュー)を案内としてラウルは愛人を助けに地下湖へ向かう―。

オペラ座の怪人 1925 01.jpg フランスの作家ガストン・ルルーによって1909年に発表された『オペラ座の怪人』の、2004年までに9回映画化されたうちの2回目の映画化作品で、「ノートルダムのせむし男」('23年)などでも知られ「千の顔を持つ男(MAN OF A THOUSAND FACES)」と称されたロン・チェイニー(1888-1930)が"怪人"を演じています。"怪人"エリックが音楽と奇術に明るい、脱獄した猟奇犯罪者に設定が変更されていますが(ビデオジャケット(旧版)には、解雇された元オペラ座の楽団員とある)、全体としては原作に比較的忠実な映画化作品とされています。

オペラ座の怪人 1925 178.jpg 原作がアンドリュー・ロイド・ウェバーによってミュージカル化(1986年10月のロンドンが初演)された際に、ホラー調のストーリーがラブ・ロマンス風に改変されていますが、原作でも一応クリスティーヌは最後は怪人に対して真心で接します。しかし、この映画化作品では、クリスティーヌが一瞬は怪人に寄り添うかのように見えた場面もあったものの、結局彼女にとって怪人はあくまでも「怪人」であり、その分、怪人の方はストーカー的存在に終始しています。

オペラ座の怪人1925    .jpg 原作のペルシャ人の元秘密警察ダロガは、該当する人物(レドー)は登場しますが、過去にエリックとの間であった経緯は描かれておらず、そもそも出て来るなり何だか怪しげです。しかし、ラウルがエリックに連れ去られたクリスティーヌを奪回しようとするに際しては、積極的にラウルをエリックの隠れ家である地下湖に導き、その結果、ラウルと共に散々危険な目に遭います。一方、2004年版の映画や劇団四季版などでダロガの役割まで併せて担わせている元バレイ教師、現案内係りのマダム・ジリは登場しません。

オペラ座の怪人 ブロードウェイ .jpgオペラ座の怪人 1925 03.jpg オペラ座のセットが大掛かりで、仮面舞踏会のシーンなどは圧巻、しかも、この部分はカラーです。登場する怪人はドクロの仮面を被っていますが、これはブロードウェイ・ミュージオペラ座の怪人 1925 04.jpgカル(上右)でも同じです。シャンデリアがオペラ座の怪人G.jpg墜ちるシーンも、ジョエル・シュマッカー監督の2004年版みたいにスローモーションではなく、ドスンと墜ちる分、リアリティがありました。警告を無視してカルロッタを舞台に立たせたことへの怪人の〈報復〉としてシャンデリアが墜ちるという、後に引き継がれていく解釈は、この映画が最初のようです。更に、地下湖のセットもこれまた大掛かりで、怪人エリックとラウル、レドーの攻防を、熱責めあり、水責めありで、これでもかこれでもかというぐらいアクション映画風に描いていて、かなり愉しめます。

iオペラ座の怪人1925K7.jpg 怪人エリックは奇術師の才能も持ち合わせている訳ですが、奇術師というより地下に秘密基地を築いたマッド・サイエンティストといった感じでしょうか。クリスティーヌとの婚礼を迫り、小箱の中にあるバッタとサソリの細工を見せてクリスティーヌに選択を求めるのも原作と同じ。バッタを回せばノー、サソリを回せばイエスのサインであると説明をしますが、バッタを選ぶとオペラ座の地下の火薬庫を爆発させるいうことです。クリスティーヌがやむなくサソリを選ぶと、地下に閉じ込められたラウル、レドーが水没の危機に晒されるという展開で、先にも述べた通り、1925年に作られた映画とは思えないくらい今風なスぺクタルシーンを見せてくれます。
     
オペラ座の怪人009.jpgロン・チェニー.jpg とにかく、ロン・チェイニーの怪人のメイクの異様さが際立っていて、原作もミュージカルも、ジョエル・シュマッカー版をはじめとする近年の映画化作品も、顔の一部のみをマスクで覆っているのに対し、ここではほぼフルフェイスのマスクを被っており、それを外オペラ座の怪人1925 2.jpgすと顔全体が凄いことになっています(さっきまで一部覗いていたかのように見えた目までメイクが変化している)。

 原作のホラーなテイストを継承しているとも言えるし、ある意味、ロン・チェイニーという怪優を介して、おぞましさをより強調している印象も受けました。ただ、強調され過ぎて、やや漫画的になっている印象も受けなくはありませんでしたが、その分、逆に同情を誘う効果も狙ったのでしょうか。群衆に集団リンチされ、川に投げ込まれるというこの映画オリジナルのラストと考え合わせると、これはこれで、エリックを"悲劇的人物"として描いた作品であるようにも思えました。

The-Phantom-of-the-Opera-6400_5.jpg この作品、VHSはパートカラーだったのに、最初に出たDVDは廉価版だったせいか全編モノクロになっています(その後出たDVDはパートカラーに)。とりわけパートカラーの部分は出来るだけ綺麗な映像で観たいところですが、アメリカではBlu-ray Discが発売されているものの、日本ではまだのようです。

「オペラ座の怪人」●原題:THE PHANTOM OF THE OPERA●制作iオペラ座の怪人1925X.jpg年:1925年●制作国:アメリカ●監督:ルパート・ジュリアン●製作:カール・レムリ●脚本:エリオット・J・クローソン/レイモンド・L・シュロック●原作:ガストン・ルルー●時間:(最長版)107分・(短縮版)75分●出演:ロン・チェイニー(エリック)/メアリー・フィルビン(クリスティーヌ)/ノーマン・ケリー(ラウル)/ヴァージニア・ペアソン(カルロッタ)/アーサー・エドモンド・カリュー(レドー)●日本公開:1925/09●配給:ユニバーサル・ピクチャーズ(評価:★★★★)

「●さ行の外国映画の監督①」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1060】 シュトロハイム 「グリード
「●チャールズ・チャップリン監督・出演作品」の インデックッスへ 「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ「○存続中の映画館」の インデックッスへ(日暮里サニーホール)

「愚なる妻」、凄い映画だなあ。同じ年(1914年)デビューのシュトロハイムとチャップリン。

シュトロハイム「愚かなる妻・グリード」.jpg愚かなる妻 映画dvd.jpg    Cruel, Cruel Love (1914).jpg One A.M. (1916 film).jpg
愚なる妻《IVC BEST SELECTION》 [DVD]」「Cruel, Cruel Love」「One A.M.」
シュトロハイム狂気のツインパック [DVD]」(「愚なる妻」「グリード」)

愚かなる妻 映画 02.jpg 様々な種類の人間が集まる国際都市モナコに、ロシア貴族カラムジン伯爵と称する軍人風の男が、従妹2人と滞在していたが、実は彼らは詐欺師で、上流階級に取り入り金銭を騙し取ったり、贋Erich Von Stroheim foolish wives 0.jpg金を作ったりしていた。モナコへの米公使来訪の報を目にした彼らは、公使夫人をカラムジンの手管で篭絡し、金を巻き上げようと企む―。

 完璧主義者だったことで知られるエーリッヒ・フォン・シュトロハイム(Erich Von Stroheim、1885‐1957)監督の1922年に公開された長編サレント映画で(原題:Foolish Wives、日本公開は1923(大正12)年2月)、冒頭に少しだけ映画のメイキングシーンが流れますが、膨大な製作費でMonte Carlo @ Universal Studios. Built to scale.jpgカジノやホテル等、モンテカルロの街並みごと再現し(無声映画なのにホテルのどの部屋のベルもちゃんと鳴ったという)、豪華な食事を俳優たちに食べさせて、雰囲気から徹底的に作り込んだそうです。そのうえで、人間の性に対する露わな欲望を、カラムジンなる怪物的人物を通して描いたリアリズム作品であり(監督・主演のほかに脚本・衣装もシュトロハイムが担当)、シュトロハイムは、ハリウッドに初めてリアリズム演出を持ち込んだ天才監督と評されています。
Monte Carlo @ Universal Studios.

澤登翠氏.jpg マツダ映画社の「無声映画鑑賞会」(日暮里サニーホール・コンサートサロン)で澤登翠氏の活弁で鑑賞しましたが、108分の長尺の活弁はお疲れ様でしたという感じ。但し、オリジナルは上映時間が8時間あったのが長すぎるということで、それが最終的に1時間50分ほどに短縮させられたものが今日あるものであるとのことです(同監督の「グリード」('24年)も9時間超のオリジナルを100分に縮めたものしか残っていない)。

愚なる妻 2.jpg 「グリード」と比べると、シュトロハイム本人が主演しているという点でその多才ぶりがより強く印象づけられます(この前に「悪魔の合鍵」('19年)という監督・出演・原案・美術を担当した長編もあるがフィルムが現存していない)。いやあ、凄い話だなあ。シュトロハイム演じるカラムジンは貴婦人だけでなくメイドまで誑かすし(結局彼女は自殺に追い込まれる)、最後は高跳びする前に贋金作りのやや頭の弱い娘まで襲おうとErich Von Stroheim foolish wives 1.jpgしてその父親に惨殺され下水に捨てられるのですが(殺される場面はフィルムが紛失しているが活弁で補足説明されていた)、自分がその役をやる映画で普通こんな脚本を書くかねえ。しかも、この部分もフィルムが現存していませんが、オリジナルでは死体がネズミの餌になっている場面があったそうな(これぞリアリズム)。

愚かなる妻 映画 03.jpg 作品全体のテーマは、タイトルに表象されるように、上流階級の欺瞞や空疎、浅薄さを揶揄したものでしょうが、カラムジン伯爵の人物造型があまり強烈であり、プロセスにおいてはある種ピカレスクロマンになっています。カラムジンがニセモノの涙を流すところなどはやや演出過剰な感もありましたが、当時の基準からすれば、こうしたシーンもリアリズムの範囲内ということになるのか。 カラムジン中心にみれば人間の飽くなき「性欲」を描いているとも言え、人間の「金銭欲」を描いた「グリード」との対比で、そうした捉え方の方がすっきりするかもしれません。

 「無声映画鑑賞会」での併映は、チャールズ・チャップリン(Charles Chaplin、1889 - 1977)主演の短編「チャップリンの恋のしごき」('14年)と「チャップリンの大酔(たいすい)」('16年)で、それぞれ澤登翠氏のお弟子さんである山内菜々子氏と山城秀之氏が活弁を担当。先にこの2作を観て、場内を「お煎にキャラメル」を売って歩く「中入り」の後に大作「愚なる妻」が始まるという、大体この映画鑑賞会では定着している上映パターンでした。

CRUEL CRUEL LOVE Chaplin 1.jpg 「チャップリンの恋のしごき」は1914年3月公開作。チャップリンがデビューした年の作品で(原題:Cruel, Cruel Love、「痛ましの恋」の邦題で公開されたこともある)、但しチャップリンはこの年だけで40本近くの短編に出ていて、この作品はデビュー作「成功争い」から数えて第8作です。因CRUEL CRUEL LOVE Chaplin 2.jpgみに、エーリッヒ・フォン・シュトロハイムの映画デビューも100年前のチャップリンのデビューと同じ年の1914年です(D・W・グリフィスの「國民の創生」('14年)で監督助手兼エキストラ出演)。
 恋の行き違いを描いたような話で、ドタバタの部分もありますが、ストーリー自体はさほどヒネリがないように思いました(まあ、最後は誤解が解けてハッピーエンドだろうなあと)。むしろ、チャップリンのちょび髭にタキシードという定番スタイルが未だ出来上がる前の作品である点で興味深いかもしれまん。髪型などもちょっと違っているなあ。

ONE A.M.  Chaplin 01.jpg 「チャップリンの大酔(たいすい)」は1916年8月公開作。酔っぱらったチャップリンがタクシーから降りて我が家に入り寝室に行き着こうとするまでを描いた(結局最後はバスタブに行き着いてしまうのだが)純粋なドタバタコメディで(原題:One A.M.、そのまま「午前一時」の邦題で公開されたこともある)、しかも冒頭のタクシー運転手を除いては実質チャップリンONE A.M.  Chaplin 02.jpgの完全な一人芝居です。ここにきて、ようやくと言うか、既にすっかりチャップリンのコメディスタイルが出来上がっているなあという感じで、それをずっと一人芝居でじっくり観ることが出来るという意味では貴重な作品とも言えるかもしれせん。

 ストーリー性のある「チャップリンの恋のしごき」よりも、ストーリー性のない「チャップリンの大酔」の方がむしろ完成度としては高くなっているわけですが、両作品を見比べることで、チャップリンのあのスタイルが出来上がった時期やプロセスが大まかに推し量れる―その辺りが主催者側が両作品を揃えた狙いではないでしょうか。
Foolish Wives(1922)
Foolish Wives(1922).jpg
foolish wives.jpg「愚なる妻」●原題:FOOLISH WIVES●制作年:1921年(公開1922年)●制作国:アメリカ●監督・原作・脚本:エーリ無声映画鑑賞会6.JPGッヒ・フォン・シュトロハイム●製作:カール・レムリ●撮影:ベン・レイノルズ/ウィリアム・ダニエルズ●時間:108分●出演:エリッヒ・フォン・シュトロハイム/ルドルフ・クリスチャンズ/ミス・デュポン/モード・ジョージ/メエ・ブッシュ/デイル・フラー/セザール・グラヴィーナ/マルヴィン・ポーロ●日本公開:1923/02/01●最初に観た場所:日暮里サニーホール・コンサートサロン (14-09-30) (評価★★★★)●併映:「チャップリンの恋のしごき」(ジョージ・ニコルズ)/「チャップリンの大酔」(チャールズ・チャップリン)
日暮里サニーホール.jpg日暮里サニーホール 2.jpg日暮里サニーホール 1989年3月、日暮里駅東口ホテルラングウッド開業と併せてオープン(ホテルラングウッド/コンサートサロン)


CRUEL CRUEL LOVE Chaplin 2-2.jpg「チャップリンの恋のしごき(痛ましの恋)」●原題:CRUEL, CRUEL LOVE●制作年:1914年●制作国:アメリカ●監督:ジョージ・ニコルズ●製作:マック・セネット●脚本:クレイグ・ハッチンソン●撮影:フランク・D・ウィリアムズ●時間:現存9分(オリジナル18分)●出演:チャールズ・チャップリン/エドガー・ケネディ/ミンタ・ダーフィ/アリス・ダヴェンポート/グレン・カーヴェンダー●最初に観た場所:日暮里サニーホール・コンサートサロン (14-09-30) (評価★★★)●併映:「チャップリンの大酔」(チャールズ・チャップリン)/「愚なる妻」(エーリッヒ・フォン・シュトロハイム)」

チャップリン・アーリー・コレクション1.jpgONE A.M.  Chaplin 03.jpg「チャップリンの大酔(たいすい)(午前一時)」●原題:ONE A.M.●制作年:1916年●制作国:アメリカ●監督・製作・脚本:チャールズ・チャップリン●撮影:ローランド・トザロー●時間:12分(オリジナル32分)●出演:チャールズ・チャップリン/アルバート・オースチン●最初に観た場所:日暮里サニーホール・コンサートサロン (14-09-30) (評価★★★☆)●併映:「チャップリンの恋のしごき」(ジョージ・ニコルズ)/「愚なる妻」(エーリッヒ・フォン・シュトロハイム)」
「チャップリン・アーリー・コレクション」(第1巻/全10巻)「チャップリンの消防夫」「午前一時」「三つ巴事件」「チャップリンの移民」 「チャップリン アーリー・コレクション 【限定セット】(DVD10枚組み) [Box set]

「●た‐な行の外国映画の監督」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2165】サム・テイラー「ロイドの人気者
「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

ロイド主演作の中でベスト。中盤、後半と、"引き込まれ度"がステップアップしていく。

ロイドの要心無用 チラシ.jpgロイドの要心無用 dvd.jpg HAROLD LLOYD COLLECTION [DVD].jpg ハロルド・ロイド COMEDY SELECTION DVD-BOX.jpg
ロイドの要心無用 [DVD]」['14年6月]/「HAROLD LLOYD COLLECTION [DVD]」['08年]/「ハロルド・ロイド COMEDY SELECTION DVD-BOX」['12年]
'76年リバイバル時チラシ(ニュー東宝シネマ2)

ロイドの要心無用 00.jpg 周囲の期待を一身に集め、田舎から都会に出て来た青年がいた。残してきた恋人には主任を任され......なんて手紙を出すが、実のところ、ただのデパートの売り子。それも度重なるドジで、首さえも危ない状態だった。そこへ彼女がやってきて、なんとか取り繕おうとしてますますドツボにはまり、ついに解雇通告を受け取ってしまう。だが、壁登りが得意な友人をビルに登らせる販促キャンペーンに借り出すことで、何とか汚名返上を果たそうと画策。しかし宿敵の警官に友人は追われ、ついに彼自身がビルに挑むことに―(「allcinema ONLINE」より)

ロイドの要心無用 01.jpg ハロルド・ロイド(1893-1971)主演の1923年作品で、本邦公開は1923(大正12)年12月。淀川長治はこの作品をロイド主演作の中でベストとしていますが、大方の見方も同じでしょう。先に「ロイドの人気者」('25年)の方をとり上げましたが、ロイドと言えばやっぱりこの作品。デパートのビルの大時計からぶら下がるシーンは、この作品を観ていない人でも知っているくらい有名です。

 原題「SAFETY LAST」は、「SAFETY FIRST」、建設現場などにある標語の「安全第一」をもじったもので、直訳すれば「安全最後」、つまり「安全後回し」ということなのです。邦題の「要心無用」の「要心」は現在の「用心」と同義であり、それが「無用」であるというのは、直訳に近い邦題であるとも言えます。

ロイドの要心無用 02.jpg 前半の細かいギャグの連続がロイド作品の中でもテンポがいいというのもありますが、やはり後半の、ロイドが1階ずつビルの壁をよじ登っていく場面が見せます。どうやってこうした危険そうに見えるシーンを撮ることが出来たのか、タネを知ればナルホドで終わってしまうのですが、それにしてもカメラワークが巧みです。創意工夫によって、映像上のスリルと、撮影上の安全性の両方を成り立たせている点は、CG全盛の今日において、大いに参考にすべき映画の原点的な技と言えるのではないでしょうか。

ロイドの要心無用 05.jpg デパートに新入社員として入社し、洋服の生地売り場でのお客対応でこき使われているロイドからは宮仕えのツラサもたっぷり感じられますが、解雇通告を受けてもめげず、何百人も客をデパートに呼び寄せれば報奨金1000ドルを出すという支配人の発言を聞きつけ発奮するロイドからは、チャンスを生かせば誰もが恵まれた人生を手にすることが出来るという、アメリカ的な考え方、成功への上昇志向が窺えます(因みに、ハロルド・ロイドが作品中で「ハロルド・○○○」として登場した作品は多いが、ちゃんと「ハロルド・ロイド」として登場した作品はこの「ロイドの要心無用」のみ。但し、オープニングクレジットでは単に「The Boy」となっている)。

ロイドの要心無用 step by step.jpgロイドの要心無用 last.jpg 主人公は、最初は取り敢えず1階分だけ登って後は壁登りの得意な友人と交代する手筈だったわけで、それが結果として...。この1つ1つ目の前の"課題"に取り組むことで、意図せずして当初不可能と思われたことを独力で成し遂げていたという話の流れも上手いと思います。ビルの下に集まってくる群衆なども、非常に多くのエキストラを使っているように思われますが、それらが、実際にロイドがスタント無しでビル登りしているのを固唾を飲んで見守っているかのように撮られているのが絶妙です(実際にはビル登りするロイドは最初の下の方の階を除いては別撮りであり、スタントは使っていないが、先述の通り一定の安全は確保されていた)。

ロイドの要心無用 04.jpg 後半の壁登りに次ぐ見所は、その前の、恋人を安心させるために自分が会社で要職に就いていると偽っていたところ、その恋人が会社を訪ねて来てしまい、社内で新入社員のくせにあたかも支配人であるかのように振る舞ってみせる場面でしょうか。これもなかなか楽しめ、このことにより、中盤、後半と、"引き込まれ度"がステップアップしていく作品になっているように思います。

大学は出たけれど0.jpg このシチュエーションで思い出されるのが、小津安二郎監督の「大学は出たけれど」('29年)での、大学を卒業したものの就職が決まらないでいる主人公(高田稔)が、郷里の母親と許嫁(田中絹代)には一流企業に勤めているように偽っていたところ、母親と許嫁が上京して来てしまうという設定です。小津版は主人公がそもそも会社に勤めていないため、許嫁が上京してからの展開は全くのオリジナルとなりますが、アメリカ喜劇映画の熱心なファンだった小津安二郎が(「大学は出たけれど」には、主人公の部屋に「ロイドのスピーディー」('28年)のポスターがある)、ロイドのこの作品に着想を得た可能性は高いように思えます。

Safety Last! (1923).jpgロイドの要心無用~Safety Last~ [VHS].jpg「ロイドの要心無用」●原題:SAFETY LAST!●制作年:1923年●制作国:アメリカ●監督:サム・テイラー/フレッド・ニューメイヤー●製作:ハル・ローチ●原作:サム・テイラー/ハル・ローチ/ティム・フェーラン●脚本:ハロルド・ロイド/ジャン・ハヴェズ●撮影:ウォルター・ランディン●時間:66分●出演:ハロルド・ロイド/ミルドレッド・デイヴィス/ビル・ストローザ―/ノア・ヤング/W・B・クラーク●日本公開:1923/12●配給:日活(評価:★★★★)ロイドの要心無用~Safety Last~ [VHS]
Safety Last! (1923)

HAROLD LLOYD COLLECTION [DVD].jpgHAROLD LLOYD COLLECTION [DVD]
【収録作品】
Disk.1 ・『ロイドのブロードウェイ』 ・『都会育ちの西部者』 ・『ロイドの大勝利』
Disk.2 ・『危険大歓迎』 ・『好機逸すべからず』 ・『俺がやる』
Disk.3 ・『豪勇ロイド』 ・『ドクター・ジャック』 ・『ロイドの要心無用』
Disk.4 ・『巨人征服』 ・猛進ロイド ・客に混って
Disk.5 ・『ロイドの初恋』 ・『ロイドの人気者』 ・『落胆無用』
Disk.6 ・『ロイドの福の神』 ・『田吾作ロイド一番槍』 ・『ロイドの父に聞いて』
Disk.7 ・『ロイドの化物屋敷』 ・『ロイドのスピーディ』 ・『ロイドの水平』 ・『其の日ぐらし』
Disk.8 ・『ロイドの活動狂』 ・『ロイドの神出鬼没』 ・『ロイドの何番々々』・『眼が廻る』・『ハート張り』
Disk.9 ・『ロイドの牛乳屋』 ・『足が第一』

ハロルド・ロイド COMEDY SELECTION DVD-BOX.jpgハロルド・ロイド COMEDY SELECTION DVD-BOX
【収録作品】
1.『豪勇ロイド』 Grandma's boy 1922年 48min
2.『ロイドの要心無用』Safty Last! 1923年 66min
3.『猛進ロイド』Girl Shy 1924年 63min
4.『ロイドの人気者』The Freshman 68min
5.『ロイドの活動狂』Movie Crazy 85min
6.『ロイドの牛乳屋』The Milky Way 88min

「●た‐な行の外国映画の監督」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1085】デ・シーカ 「ひまわり
「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

安心して観ていられ、最後はほんわかした気分に。ヒネリが無い分、ややもの足りないか。

ロイドの人気者 yunyu.jpgロイドの人気者 dvd2.jpg  ロイドの人気者 dvd.jpg  ロイドの人気者 dvd  red.jpg
The Freshman (1925) 輸入版DVD/「ロイドの人気者 [DVD]」['99年]「ロイドの人気者 [DVD]」['04年]「ロイドの人気者 [DVD]」['14年6月]

ロイドの人気者 pa-teli.jpg 田舎から出てきて憧れの大学生となったハロルド(ハロルド・ロイド)は、学内の人気者になりたくて皆にアイスクリームを御馳走したりパーティを開いたりする。車中で知り合って意気投合した下宿屋の娘ペギー(ジョウビナ・ラルストン)の気を引こうとしたのだった。恋敵に触発されて今度はフットボール部に入り花形選手を目指すが、監督ロイドの人気者 01.jpgは彼を補欠として在籍させるものの、練習の時は選手のタックルの練習台として、試合の時はウォーターボーイ(水汲み)としてしか扱わない。そんな中、大事な試合でケガ人が続出し、やがてハロルドにも出場の機会が訪れる―。

 1925年公開のハロルド・ロイド(1893~1971)主演作で(原題:The Freshman)、ロイドはチャールズ・チャップリン、バスター・キートン共に"三大喜劇王"と言われる一方で、「The Third Genius(第三の天才)」と呼ばれ、その両者に次ぐ3番目の位置づけとされていますが、3人の中で一番興行的に稼いだのはロイドであるとされるくらい人気があったようです。

ロイドの人気者 04.jpg パントマイム系であるにも関わらず表情豊かでおとぼけぶりも際立つチャップリン、アクロバット系であるにも関わらずピンチでも無表情を崩さないシュールなキートン―個性が強烈で存在そのものがエキセントリックなこの両者に比べると、ロイドはその特徴的な眼鏡を除いてはごく普通の若者といった感じで、逆に眼鏡によって都会的な印象を醸しており、その辺りが当時の観客に親近感を与えたのではないでしょうか。

ロイドの人気者 06.jpg 「ロイドの要心無用」('23年)、「猛進ロイド」('24年)と並ぶ彼の代表作とされるこの作品で、その年の最大のヒット作だったそうですが、自分が人気者になったつもりでいた青二才が、実は皆からおもちゃにされていたことを知って落ち込むものの、恋人に「あるがままの自分になって、本当の人気者になって」と言われ、スポーツで奮起して最後は恋人の真の愛を得るというストーリーは、やや定番といった感じです。安心して観ていられるし、最後はほんわかした気分にさせられるものの、「要心無用」などと比べるとややもの足りないか。

ロイドの人気者 tokaihu.jpg この作品は「キートンのカレッジ・ライフ(大学生)」('27年)などにも影響を与えたとされ、その結果、「カレッジ・ライフ」の方がこの作品のパクリであると見なされてキートンの作品の中でも相対的にやや評価が低くなる傾向があるようですが、この作品でロイドが活躍するスポーツはフットボール、「カレッジ・ライフ」でキートンが活躍するのはボート競技であり(キートンがフットボールで活躍するのは「ロイドの人気者」の前々年公開の「キートンの恋愛三代記」('23年)だった)、キートンの「カレッジ・ライフ」の方が、ラストで苦手だったはずのあらゆるスポーツ競技の技を使って恋人の救出にいくなどヒネリが効いていて、"パクリ"と呼ばれる筋合いのものでもないように思います(個人的好みからのキートン擁護的な見方?)。

ロイドの人気者 05.jpg 但し、この作品も、終盤のフットボールシーンのロイドのアクションは愉しめるし、どちらかと言うとギャグ系のロイドが、ここでは体を張って頑張っています。随所にエスプリも効いていて、恋人の泣かせる励ましの言葉もあり、人によっては「要心無用」よりこちらが好みだという人がいてもおかしくないかもしれません(個人的にはやはり「要心無用」の方が上にきてしまうのだが)。

大学は出たけれど 5.jpg 因みに、ハロルド・ロイドが作品中で「ハロルド・ロイド」として登場した作品は「要心無用」のみで、この作品では「ハロルド・ラム(Harold Lamb)」、通称「スピーディー(Speedy)」となっています。このスピーディーという愛称はその後の作品に引き継がれ、「ロイドのスピーディー」('28年)などは、小津安二郎監督の「大学は出たけれど」('29年)の1シーンにそのポスターが出てくることでも知られています。
「大学は出たけれど」('29年)田中絹代/高田 稔

 チャップリンが下層階級を主に演じ、キートンが主に上流階級を演じたとすれば、ロイドはその中間あたりでしょうか。この作品でも、ちょっと周囲に大盤振る舞いしたばかりに、後のやり繰りが苦しくなってしまう主人公ハロルドであり、まあ、大学に行くということ自体が当時としては恵まれていた方なのかもしれないけれど、特別お金持ちというわけでもなさそう。学生同士のダンスパーティなどは都会的雰囲気に満ちていて、当時の大学生の風ロイドの人気者 siai.jpg俗を描いているという点では、映像的には貴重かも。同じく小津安二郎の「学生ロマンス 若き日」('29年)などと比べてみるもの面白いかもしれません(片やエール大学、片や早稲田大学がモデルか)。

The Freshman (1925).jpg「ロイドの人気者」●原題:THE FRESHMAN(THE FUNNY SIDE OF LIFE)●制作年:1925年●制作国:アメリカ●監督:サム・テイラー/フレッド・ニューメイヤー●製作:ハロルド・ロイド●脚本:ジョン・グレイ/サム・テイラー/フレッド・ニューメイヤー●撮影:ウォルター・ランディン●音楽:ウォルター・シャーフ●時間:100分●出演:ハロルド・ロイド/ジョビナ・ラルストン/ブルックス・ベネディクト/ジェームズ・アンダーソン/パット・ハーモン●日本公開:1963/11●配給:コロムビア映画(評価:★★★)
The Freshman (1925)

「●バースター・キートン監督・出演作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒【2154】「キートンの恋愛三代記
「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

20年代がキートンに"神"が宿った時期だった(その前半部分がこれら短編)と思わせる2作。

キートンの警官騒動 警官たち.jpgキートンの強盗騒動 az.png キートンの強盗騒動 逃亡犯.jpg  キートンの警官騒動 poster.jpg
「キートンの強盗騒動 (悪太郎/The Goat)」輸入版ポスター/「キートンの警官騒動 (Cops)」 輸入版チラシ

キートンの強盗騒動 馬の粘土像.jpg 配給のパンにありつけず、とぼとぼと歩いていたキートン。道端に落ちてた蹄鉄を投げると警官を直撃し、警官に追いかけられるハメに。何とか逃げ切ったとき、ふと警察署の中を鉄格子越しに覗くと、凶悪犯が顔写真の撮影をしようとしているところだった。そこでキートンは、凶悪犯に一杯食わされ、キートンの写真が凶悪犯として撮影されてしまう。その後、凶悪犯は脱走し、キートンの写真が脱走中の凶悪犯として公開される―。(「キートンの強盗騒動」)

 「キートンの強盗騒動」は1921年5月の本国公開作品で、日本では、'77年4月に「キートンの大列車強盗(将軍)」がリバイバル上映された際に併映作品として公開されていますが、「悪太郎」の別邦題から窺えるように、大正末期から昭和にかけての米国の短編映画が大量に輸入された時期に既に日本に入ってきていたのではないでしょうか(原題"The Goat"から「身代りの山羊」という邦題もある)。

キートンの強盗騒動 テーラー.jpgThe Goat 1921.jpg 冒頭、パンの配給の列に割り込もうとしたキートンが、注意され列の一番後ろに回ったところ、テーラーのマネキンの後ろに並んでしまうというコミカルな設定から始まって、以降、ギャグがテンポ良く展開され、小刻みなギャグやアクションが間断なく続いて、終盤のキートンを追いかける警官とのエレベータでの追いかけっこまで、一気に見せます。

キートンの強盗騒動 警官.jpg しかも、キートンが恋心を抱き家に招かれた女性の父親が実はその警官だったという、こうしたシチューションは、後の「荒武者キートン」('23年)や「キートンの蒸気船」('28年)にも通じるものがあります。また、列車を使ったチェイスなど、「キートンの大列車強盗(将軍)」('26年)を想起させられる場面もあります。

 無実の罪で追われる者という設定は、キートンの盟友ロスコー・アーバックルが無実の罪で逮捕されたことへのキートンの批判の気持ちを表しているとも言われますが、アーバックルが強姦殺人容疑で逮捕されたのはこの作品の公開の4か月後であり、むしろ、予言的な作品になってしまったという意味で皮肉ではあります。但し、ナンセンス・ギャグとシュールなアクションだけ観ていていも楽しめる作品です。


キートンの警官騒動 逃げる.jpg 金持ち令嬢を好きになったキートンは、彼女に"立派な事業家になったら結婚してあげる"と言われ追い返される。フラフラと町に出た彼は、タクシーを拾おうとする紳士の落とした財布を拾って彼に返そうとするが、渡し損ねて中身だけ貰ってしまう。その大金に目をつけた詐欺師が、引っ越しで今から運ばれようという家具を、持ち主のいない隙に彼に泣きついて無理矢理買わせる。キートンは近くの洋服露地商の値札を、その前に停めてあった馬車の値段と勘違いして僅か5ドルで手に入れ、家具を満載して出発。やがて、馬車は警官の大パレードに突入。折悪しく、その荷台の上で過激派の爆弾が炸裂したため、キートンは何百という警官に追われるハメになる―(「キートンの警官騒動」)。

キートンの警官騒動 シーソー.jpg 「キートンの警官騒動」は1922年3月の本国公開作品で、日本では、'73年6月に「キートンのセブン・チャンス(栃面棒)」がリバイバル上映された際に併映作品として公開されていますが、これももっと早い時期に日本で公開されているかもしれません(但し、何年ごろの公開なのか記録が見当たらないが)。

 冒頭、タイトルに続き、稀代の奇術師フーディーニの"愛は錠前屋をあざける"という言葉が出ますが、キートンによれば、「バスター」という芸名はフーディーニから授かったものだとのことです(キートンの両親はフーディーニの一座のショーに参加していた時期があった)。

キートンの警官騒動 ラスト.jpg 無実の男が警官に追われるという設定は「強盗騒動」と重なりますが、こちらは、アーバックルの事件後の作品であり、ラストが、キートンが逃げるのを諦め、自ら無実の罪で捕まるというコメディらしからぬ終わり方になっていて、エンディングには墓石のようなものが映っていることからも(そこに"THE END"と刻まれ、キートン帽が置かれている)、事件への批判が込められているとみてよいかと思います。

COPS1922.jpg 前半から中盤にかけては馬車に乗って手信号に噛みつく犬をボクシング・グローブで撃退したり、横着してマジック・ハンドで合図していたら、交通整理の巡査を殴り倒していたりという細かいギャグの連続。それが馬車が警官の大パレードに突入してからは、これでもかこれでもかというくらいの数の警官がキートンただ一人を追いかけ、これはこれで、後の「キートンのセブン・チャンス(栃面棒)」('25年)の、キートンが女性の大群に街中を追い掛け回される設定を想起させます。


キートンの強盗騒動 機関車 4.jpg キートンは1920年から23年にかけて自らのプロダクションで20本近い短編を撮っていますが、その中でこの2本は「キートンの文化生活一週間(マイホーム)」('20年)と並んで好きな作品です。キートンがMGMに移ってからの30年代の長編トーキー作品などと比べると、何倍もテンポが良く、ギャグもキレがあって、アクションはシュールということで、しかも、キートンは追われる身でありながら、どこかスマートでカッコ良く(「強盗騒動」で迫りくる機関車の先頭に座りながら、機関車がピタッと止まっても微動だにしないキートンはカッコいい)、こういうのを観てしまうと、逆に後期作品におけるキートンは観ていて痛々しく感じられさえします。

 先にも述べたように、モチーフやアクションにおいて中期作品の原型が見られるのも興味深いですが、これは後から観直してみて気づいたことであり、そうしたものをそれぞれの作品の流れに合った形で作中に取り込んでいるため、"被(かぶ)っている"という印象が殆ど無い(この2作にしても共に警官に追いかけられる展開なのだが)―これも、後期のトーキー作品がギャグの部分だけ"懐かしのギャグ"といった感じで浮いたようになっているのとの大違い―というのはスゴイことだなあと。

 20年代というのがキートンに"創造性の神"が宿った時期であり、その前半部分がこれら短編作品だったと思わせる2作品です(この間の作品が全て傑作とは言い切れないが、「文化生活一週間」とこの2作がそれぞれ1920年、21年、22年に作られているということだけでもスゴイ)。

キートンの強盗騒動 機関車.jpg「キートンの強盗騒動(悪太郎)」●原題:THE GOAT●制作年:1921年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/マル・セント・クレア●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:23分●出演:バスター・キートン/ジョー・ロバーツ/ヴァージニア・フォックス/エドワード・F・クライン/マル・セント・クレア●日本公開:1977/04(リバイバル)●配給:フランス映画社●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-15)(評価:★★★★)●併映:「キートンの文化生活一週間(マイホーム)」「キートンの船出(漂流)」「キートンの警官騒動」「キートンの鍛冶屋」「キートンの空中結婚」

The Goat (1921).jpgキートンの警官騒動 爆弾.jpg「キートンの警官騒動」●原題:COPS●制作年:1922年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:エルジン・レスリー●時間:20分●出演:バスター・キートン/ジョー・ロバーツ/ヴァージニア・フォックス/エドワード・F・クライン●日本公開:1973/06(リバイバル)●配給:フランス映画社●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-15)(評価:★★★★)●併映:「キートンの文化生活一週間(マイホーム)」「キートンの強盗騒動(悪太郎)」「キートンの船出(漂流)」「キートンの鍛冶屋」「キートンの空中結婚」
The Goat (1921)

「●バースター・キートン監督・出演作品」のインデックッスへ Prev|NEXT⇒【2159】「キートンの恋愛指南番
「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

キートンのトーキー2作目。セジウィック監督作に共通するテンポの悪さ。

キートンの決死隊【字幕版】 [VHS].jpgキートンの決死隊  dvd.jpg キートンの決死隊 2.jpg  
キートンの決死隊【字幕版】 [VHS]」「キートンの決死隊 [DVD]

キートンの決死隊 新兵訓練.jpg 金持ちのエルマー(バスター・キートン)はメリー(サリー・アイラース)という娘を恋して言い寄るが、いつも拒まれていた。米国が欧州戦線に参加し、国民の多くが参戦熱に駆られる中、運転手が義勇兵募集に応じてしまい、エルマーは職安へ求人に訪れる。ところがそこがいつの間にか入隊申込所と変わっていて、彼は新兵訓練所に回されて種々珍事を起し、頑固一徹のプロフィー軍曹と衝突するが、メリーが軍隊に働いているの知って喜び、彼女もまた彼の一兵卒となった心意気に感じ入る。ある夜、秘かにキャンプを抜け出してメリーに会いに行くが、同じ思いのプロフィー軍曹と顔を合わせ、メリキートンの決死隊 3.jpgーはエルマーのためを思いこんな男と会ったこともないと突っぱね、軍曹も追い返す。メリーとエルマーは同じ輸送船で出征することになり、彼女はエルマーに心情を打ち明けようとしたが機会が無く、戦線で彼が見張りに出た時に再会、彼は彼女の本心を聞かされ喜びの余りユクレレを奏して同僚の安眠を妨げて窓から突き落とされ、キートンの決死隊 4.jpg農家の娘の寝室に迷い込んだため、メリーの信用を失ってしまう。沈んでいる彼を見た同僚が兵士慰安会に出演させるが、敵方戦闘機により開場は被弾、恋を失ったエルマーは戦死の覚悟で敵陣に乗り込む。敵の塹壕内に転げ込んだ時に彼の以前の使用人と再会、彼らが食料を断たれて困っているのを聞き、食料を届ける約束をして味方の陣地に引き上げるが、その際に何気なく机上にあった地図を持ち帰ったのが手柄となり、功によって休暇を貰う。彼が戦線からキャンプに戻る途中またも敵機が飛来し、逃げ惑う中でメリーを見つけ、敵陣地へまた飛びこむ。そこへ喚声が上がり2人は驚くが、終戦条約締結の知らせのとためと知れた。戦争を終えて帰国したエルマーは会社の社長として復帰、メリーは妻として彼を助けていた―。

キートンの決死隊 日本公開.jpg バスター・キートン主演の1930年8月本国公開作品で、キートンがMGMに移籍してからの第4作目、トーキーとしては「キートンのエキストラ」('30年3月公開)に続く2本目で、「エキストラ」と比べ製作費は半分強、しかし、利益は10倍以上だったとのことです(日本公開は'31年4月)。ただ、個人的には「エキストラ」同様にイマイチでした。

キートンの決死隊 敵陣内.jpg ストーリーにやや無理があるように思われ、何故キートンが入隊申込所に送り込まれてしまったのかよく解らなかったし(執事のミス?)、敵陣に行って、そこにかつての使用人がいたからといって食料を届ける約束をしてくるというのもどうか。終戦がなければ、キートンが携えてきた作戦地図を基に相手方に総攻撃をかけていたわけで...。ラストで、会社の社長として軍隊でいじめられた上官たちを従業員として使用して得意にしているキートンというのもちょっとなあ...と。

キートンの決死隊 踊り.jpg これだけストーリーを捏ね繰り回しながら、キートンらしさを発揮する場面が少ないせいか、「キートンの結婚狂」('29年)、「エキストラ」に続いて、ここでも劇中劇を"兵士慰安会"という形で入れ、女装で踊るなどしていますが、何だかわざとらしい印象を受けました(キートンは第一次大戦に従軍した際に実際こうした余興をやっていたとの説もあるが)。

キートンの決死隊 ウクレレ.jpg キートンの同僚役のクリフ・エドワーズは、「ウクレレ・アイク」の愛称で知られた歌手兼コメディアンで、キートンとのコンビネーションは悪くはないですが、キートンをじっくり見たい自分としてはやや邪魔っ気な印象も。キートンの唄とウクレレ演奏が聴けるのは貴重ですが...(クリフ・エドワーズより上手かったといわれるウクレレを奏でつつ唄っている時のキートンは甘くてカッコ良すぎ)。

キートンの決死隊 1.jpg 戦争もののコメディって難しいと思うなあ。失恋したエルマー(キートン)が敵地へ乗り込んでいくところなどは悲壮感の方が勝ってしまう...。加えて、エドワード・セジウィック監督作に共通して言えることですが、全体にテンポがイマイチであり、終盤でキートンがメリーと避難したところへ不発弾が落ちてきてキートンが慌てふためく場面は、最後にキートンらしさが出たという感じでしたが、それでもそこまでの流れの悪さを挽回するには至らなかったように思います。

 キートンが悪いのではない。キートンをスポイルしているセジウィックが悪いのだ―という感じでしょうか。

「キートンの決死隊」●原題:DOUGHBOYS●制作年:1930年●制作国:アメリカ●監督:エドワード・セジウィック●脚本:リチャード・シェイヤー●撮影:レナード・スミス●音楽:エドワード・セジウィック/ハワード・ジョンソン/ジョセフ・メイヤー●原作:アル・ボースバーグ/シドニー・ラザラス●時間:79分●出演:バスター・キートン/クリフ・エドワーズ/サリー・アイラース/エドワード・ブロフィ/ヴィクター・ポテル●日本公開:1931/04●配給:MGM日本支社(評価:★★☆)

「●バースター・キートン監督・出演作品」の インデックッスへ Prev|NEXT⇒ 【2158】 「キートンの決死隊
「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

キートンの初トーキー。彼は頑張っているが、その使われ方や脚本の方に問題あり。

キートンのエキストラ dvdd2.jpg キートンのエキストラ dvd.png キートンのエキストラ 舞台3.jpg  
キートン「キートンのエキストラ」 [DVD]」「キートンのエキストラ [DVD]

 カンザス州の田舎町に住むブランケット夫人(トリクシー・フリガンザ)は、娘のエルヴィラ(アニタ・ペイジ)が町内の美人コンテストに優勝したのを契機に、彼女を映画スターに仕立てようとマネージャーのエルマー(バスター・キートン)を連れ立ってハリウッドに乗りこむ。エルマーの不注意で、彼らはハリウッドの人気二枚目俳優のラリー(ロバート・モンゴメリー)の座席に座ってしまう。エルヴィラの美しさに心を奪われたラリーは彼女を援助することを約束するのだが、彼女に無体を働いたとキートンのエキストラ 舞台1.jpgころをエルマーが連れてきたブランケット夫人に見咎められ、母と娘の信頼を失ってしまう。エルマーは当初ラリーを良く思っていなかったが、ラリーが自分と同郷であることを知って互いに親しくなる。エルヴィラを売り込むために撮影現場に潜り込み、エキストラとして何度も失敗を繰り返していたエルマーだったが、ひょんなことからキートンのエキストラ 02.jpgコメディアンとしての成功の糸口を掴むことになり、コメディ・ミュージカルでエキストラに抜擢されたブランケット夫人と共演することになる。一方、将来を悲観するエルヴィラに、エルマーは自らの彼女を愛する想いを伝えようと「貴女と結婚したがっている人がいる」と示唆するが、運命の悪戯によりエルヴィラはそれがエルマーだと思い込み、二人は結ばれエルマーは失恋する―。

 バスター・キートン主演の1930年の作品で、MGM移籍後に撮ったキートンの初トーキー作品(監督はエドワード・セジウィック)。キートンはトーキーの時代についていけなくてダメになったとよく言われますが、彼自身は早くからトーキーに参入したがっていて(本当は前作「キートンの結婚狂」('29年)からトーキーで撮りたがっていたとのこと)、この作品「キートンのエキストラ」では彼の声が初めて聴けるだけでなく、演技面でも頑張っている感じです。

 但し、前作「キートンの結婚狂」の前半と"エキストラ"ネタが被りつつ、キートンの使われ方が前作よりも出演者の一人に過ぎないようになっており、ずーっとキートンが常に真ん中に在るそれまでのキートン作品を見続けてきたファンにはかなり物足りなかったのではないでしょうか。ギャグもどこかやらされている感じがあって、キートン独特の切れ味に乏しかったりします。

キートンのエキストラ 門.jpg また、ストーリーが、"トーキーに乗り込んだ"彼を"ハリウッドに乗り込んだ"エルマーに重ねているのはいいのだけれど、ラストで映画では成功するが、恋愛の方は失恋してしまうという結末はいかがなものかと...。これまでカラッと乾いた笑いと(とりわけ恋愛において)ハッピーエンドのコメディが定番だっただけに、あまりウェットなのはこの人には似合わない気がします。
キートンのエキストラ 舞台2.jpg
 キートンは頑張っているだけなく、声も良くて台詞もメリハリがあり、トーキーの世界でも十分にイケル感じなのですが、その使われ方や脚本の方にキートンの魅力を引き出そうにも引き出せない問題があって、こうしたことがますますキートンを追い込んでいったのだろうなあと思わせるものがあり、トーキー時代に入ってからのキートンの退潮はMGMの責任だという印象を改めて抱かされました。

 そう思って観ると、終盤の「劇中劇」的なコメディ・ミュージカルの中でのキートンの「やらされてる感のある」ギャグ・シーンや吊るされているだけのアクションなども、映画作りの日進月歩のシステム化に翻弄されるキートン自身を象徴している感じがし、また、その中での役柄としての道化師がキートンの置かれている状況と重なる部分もあって、観ていて辛い感じもします。

キートンのエキストラ 03.jpg ミュージカル・シーンは「劇中劇」であることを利用して顔の"白塗り"を復活させたりしていますが、ギャグがキートンのギャグではなく、演出家による振付けの一部になっているという感じで、"白塗り"も「ストーン・フェイス」ではなく予め悲哀を表す眉線が入っていたりして、わざわざ白塗りにしたのに却ってキートンらしくなくなっている感じです。「道化の悲哀」というのも、キートンのそれまでの、最後振り返ってみれば実にスマートだったというスタイルとは異質であり、個人的にはイマイチの作品でした(いや、イマニかイマサンくらいか)。 
 MGM映画「ベン・ハー」('26年)のフレッド・ニブロ監督が、エルマーの演技にダメ出しをする「ニブロ監督」役で出演しています。

Buster Keaton and Anita Page in "Free and Easy" (1930) 
キートンのエキストラ 01.jpgキートンのエキストラ オールドポスター.jpg「キートンのエキストラ」●原題:FREE AND EASY●制作年:1930年●制作国:アメリカ●監督:エドワード・セジウィック●脚本:ポール・ディッキー●撮影:レナード・スミス●原作:リチャード・スカイヤー●時間:92分●出演:バスター・キートン/アニタ・ペイジ/トリクシー・フリガンザ/ロバート・モンゴメリー/フレッド・ニブロ/エドガー・ダーリング/グウェン・リー/ジョン・ミルジャン/ライオネル・バリモア/ウィリアム・ヘインズ/ウィリアム・コリアー・シニア●日本公開:1930/12●配給:MGM日本支社(評価:★★)

「●バースター・キートン監督・出演作品」の インデックッスへ Prev|NEXT⇒【2157】「キートンのエキストラ
「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

キートンのMGM移籍第2作にして最後のサイレント作品。キートンらしさが次第に後退。

キートンの結婚狂 1929年 vhs.jpg Spite Marriage (1929) 輸入盤.jpg キートンの結婚狂 結婚を迫られる.png
キートンの結婚狂 [VHS]」/「Spite Marriage [VHS] [Import]」 Dorothy Sebastian and Buster Keaton

キートンの結婚狂 舞台2.jpg クリーニング店の店主エルマー(バスター・キートン)は舞台女優のトリルビー(ドロシー・セバスチャン)の大ファンで、顧客から預かっているタキシードを着込んで金持ちの風采で彼女の舞台に通い詰め、仕舞には、劇団員の一人に話をつけて代役で彼女の芝居の舞台に立ち、大事な芝居をぶち壊してしまう。そんな折、トリルビーの恋人で同じ劇団のキートンの結婚狂 新婚.jpg花形男優(エドワード・アール)が別の金髪美人(レイラ・ハイアムズ)と婚約したことに憤慨した彼女は、面当てにエルマーと結婚する。しかし、エルマーが実は金持ちでないと判り、彼は離婚を言い渡される。エルマーは船でその地を去ろうとするが、彼が乗ったのは密輸船だった。脅迫されて海に飛び込んだエルマーは航行中の客船に救キートンの結婚狂 船.jpgわれ、そこで水夫として働くことになる。この船は多数の賓客が舟遊び客として乗っていたが、その中にトリルビーと前の恋人男優もいた。突然船は出火して賓客も船員も船を捨てて逃げたが、エルマーとトリルビーは取り残される。エルマーは単身で火を消し止め、トリルビーと助けを待つが、そこへ現れたのは例の密輸船だった―。

キートンの結婚狂 1929年.jpg バスター・キートン主演の1929年4月本国公開作品で、キートンがMGMに移籍してからの第2作目、最後のサイレント作品となります(日本公開は同年12月)。

キートンの結婚狂 舞台.jpg 前半部分はコント風で、キートンがエキストラとして上がった舞台で繰り広げるドタバタが一つのヤマでしょうか(舞台に上がる前のメーキャップを自分でやる場面のギャグがキートンらしくて可笑しい)。キートンはこの作品をトーキーでやりたかったそうですが、MGMがサイレントでの公開を決め、次回作「キートンのエキストラ」('30年)が初のトーキー作品となります。"エキストラ"ネタで次回作と被りますが、以前ほどのキレは無いにしても、こちらの"エキストラ役"の方が「エキストラ」における"エキストラ役"の彼よりもキートンらしいギャグが効いています。

キートンの結婚狂 船で二人きり.jpg 後半部分、海に乗り出してからは、主人公の2人が船にSpite Marriage (1929)1.jpg取り残されるという設定は「海底王キートン」('24年)を彷彿させ、密輸船に再び遭遇してからは、キートン持ち前のアクロバティックなアクションで大立ち回りを見せてくれますが、一方で、明らかにスタントを使ってる場面もあり、ドル箱俳優のキートンにケガでもされたら困るというMGMの思惑が見て取れます。

Spite Marriage (1929)2.jpg 「キートンのカメラマン」の「IMDb」での評価スコアが「8.3」で、この「キートンの結婚狂」が「7.2」、トーキー第1作の「キートンのエキストラ」が「5.6」となっているのは、「カメラマン」がやや高過ぎる評価との印象を受けるものの、まあまあ妥当な線でしょうか。自分の個人的評価(五つ星評価)は「カメラマン」「結婚狂」「エキストラ」の順にそれぞれ★★★☆、★★★、★★ですが、何れにせよMGM移籍後の第1作から第3作にかけて段階的に評価が下がっていく点で同じであり、そのことはまさにかつてのキートンらしさ、キートン映画らしさが徐々に後退していくことによるものと思われます。

キートンの結婚狂 プログラム.jpgキートンの結婚狂 気絶.jpg トリルビー役のドロシー・セバスチャンは当時のキートンの愛人だったそうで、そう思って観ると何となくそんな気もしないでもなく、艶めかしく感じられる場面もあれば、ハードなアクションを容赦なく強いている場面も...。作品全体としては往年の切れ味は相当落ちていますが、恋愛の上でのハッピーエンドは定番ストーリーを維持しており、「キートンのエキストラ」などと見比べれば、キートンはやはりサイレントが似合うと思わせる最後の作品となっています。
Original film program for Spite Marriage, with Dorothy Sebastian and Buster Keaton on the cover, 1929

「キートンの結婚狂」●原題:SPITE MARRIAGE●制作年:1929年●制作国:アメリカ●監督:エドワード・セジウィック●脚本:アーネスト・パガノ/リチャード・スカイヤー●撮影:レギー・ラニング●原作:ルー・リプトン●時間:80分●出演:バスター・キートン/ドロシー・セバスチャン/エドワード・アール/レイラ・ハイアムズ●日本公開:1929/12●配給:MGM映画(評価:★★★)

「●バースター・キートン監督・出演作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2147】 「海底王キートン
「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

"夢オチ"を上手く活かす。映像の"魔術"的工夫、アクションの凄さで飽きさせない。

キートンの探偵学入門 リバイバル.jpgキートンの探偵学入門vhs.jpg キートンの探偵学入門 dvd.jpg Sherlock, Jr.jpg
1973(昭和48)年ルバイバル時チラシ/「キートンの探偵学入門【字幕版】(淀川長治 名作映画ベスト&ベスト) [VHS]」「キートンの探偵学入門 [DVD]」「Sherlock Jr & Our Hospitality [VHS] [Import]

Sherlock,Jr.07.jpg 映写技師のキートンは、探偵に憧れていて、映写時間外は館内や入り口のキートンの探偵学入門 2.jpg掃除もやっている一方、仕事中も「探偵学」の本を読んだりしている。ある日、プレゼントを届けに行った愛する女性(キャサリン・マクガイア)の家で恋敵と張り合うことになるが、そこに女性の父親(ジョー・キートン)の懐中時計の盗難事件が発生、「探偵学」のマニュアルに沿って意気揚々と犯人捜査に乗り出すも、時計を質屋に預けた質札が自分のポケットの中から見つかり、女性の父親に家から追い出されてしまう。恋敵が怪しいと睨んだキートンは、彼を尾行するが、逆に貨物列車に閉じ込められ、何とか抜け出して貨車の屋根を走り、給水塔のノズルに掴まって降りようとするが、大量の水が放出され線路に叩きつけられる。女性は質屋に聞き込みに行き、犯人はキートンの恋敵の男で、キートンは濡れキートンの探偵学入門 夢.png衣を着せられたことを突き止める。一方の仕事場の映画館に戻ったキートンは、映画上映中に居眠りを始め、その分身が憧れの銀幕の中に入っていく。映画の中の男女はキートンの恋する女性と恋敵sherlock jr. (1924)3.pngに変わっており、恋敵に殴られた彼は客席に飛び出し再び入り込むと、場面は変わっていて...。やがて、愛する女性の家で高級ネックレス盗難事件が発生する。彼は映画の中で"シャーロック2世"となって犯人探しを続け、窃盗団と決死の追走劇を演じる...。目醒めた彼には愛する女性にプロポーズをする勇気がなく、上映中の映画のシーンを真似て求婚すると上手くいきかけるが―。

sherlock jr. (1924)poster.jpgキートンの探偵学入門 映画館.jpg この「キートンの探偵学入門」は1924年4月に本国公開され、それは丁度前キートンの探偵学入門 松竹.jpg作「荒武者キートン」('23年)の半年後、次作「海底王キートン」('24年)の半年前になります。日本では同じく'24(大正15)年12月に「忍術キートン」のタイトルで公開されており(「荒武者キートン」の本邦初公開と同時期か)、このタイトルは配給元の松竹が「キネマ旬報」などに「探偵第二世」という直訳に近いタイトルで予告広告を出して邦題を一般公募したものだったようです。'73年に「キートンの探偵学入門」のタイトルでリバイバル上映されています。
Keaton no Tantei gaku Nyûmon (1924)
Keaton no Tantei gaku Nyûmon (1924).jpg "夢オチ"ですが、主人公のキートンが夢に入っていく箇所は二重露出を使って分かり易くなっています。観客キートンの探偵学入門 映画館3.jpg席を映したままキートンが客席と映画の中を行き来するシーンは秀逸。スクリーンの場面は次々と変わり、階段を一歩踏み出した途端に足場が消えて転んだり、いきなりライオンのいるジャングルにいたり、断崖や砂漠だったり、海上の岩礁や雪の野原だったりと、シーンが変わるごとにスクリーンの中で翻弄されるキートンのアクションと映像とのマッチングが巧みです。主人公が映画の中に入っていくアイデアは、ウディ・アレンの「カイロの紫のバラ」('85年/米)でのミア・ファローが映画の中に入っていく設定にヒントを与えたと言われていますが、キートンのこの作品の場合、前半分は現実の話であり、ヒロインが真相に気づいた所でキートンへの疑いは晴れていることになり、それを知らないキートンが夢の中で犯人捜しをするということになります。

 夢の中では懐中時計ではなくネックレス盗難事件が起きますが、話が凶悪窃盗団の犯行のように膨らんでいき、恋敵の共犯者となったヒロインの家の執事が、ビリヤードの13番の玉に爆薬を仕込んだり、椅子に座ると斧が降ってくる仕掛けをしたり、ワインに毒を盛ったりしてキートンを亡き者にしようとします。キートンがビリヤードを13番に当てることなく完璧にプレーを続け、最後1個だけ残った13番を外すというシーンがこれまた巧みです。

キートンの探偵学入門 かべ.jpgキートンの探偵学入門 クルマ.png この後も、キートンが敵陣に乗り込む前に窓に女性用の衣装ケースをぶら下げておいて、窓を飛び抜けると服装が女性の衣装に変わる早技や、キートンが路地に追い詰められて壁際に立った仲間が持つ鞄の中に飛び込むというシュールな脱出技など、どうやって撮ったのかと思わせるようなシーンが続きます。更に、キートンがハンドルに飛び乗った警官のバイクが警官を落として暴走、キートンは運転者がいなくなっていることに気づかずにずっとバイクのハンドルに乗っかって爆走していくという、いつもにも増して過激なアクションシーンが続きます。

キートンの探偵学入門 給水塔.jpgキートンの探偵学入門 たんく.jpgキートンの探偵学入門 鉄水塔.jpg
 このように、映像テクニックの工夫もさることながら、生身のアクションも密度が濃くて飽きさせません。給水塔の場面でキートンは水の勢いを誤算し、線路に叩き落とされた際に後頭部を強打して、撮影が数日間中断されたとのこと。実際にはこの時にキートンは首の骨を折っていたにもかかわらず本人は気がつかず、一年半後に偶然に骨折の痕が見つかった時には既に完治していたという逸話があります(数カ月間の間「頭痛が続く」としか本人は自覚がなかったという)。

キートンの探偵学入門 ラスト.jpg ラストで、映画のシーンを真似て女性に指輪を渡し軽くキスするところまでは上手くいきますが、映画の方がエピローグで夫婦に双子が生まれ、女性が編み物をし男性が赤ん坊をあやしている場面になると、それ以上先に進むのを逡巡してしまうというのは、キートンの独身主義の表れと言うより(キートンはこの時既に「荒武者キートン」でも共演したナタリー・タルマッジと結婚している)、安定し切ってしまうことへの不安を表象しているのではないでしょうか。

sherlock jr. (1924)びりやーど.jpg キートン作品のベストテンなどで1位にくることもある作品で、「荒武者キートン」('23年/67分)、「海底王キートン」('24年/59分)より若干短く、ストーリーをシンプルにして、身近な設定ながら"夢オチ"にすることでギャグやアクションに幅を持たせているといった感じです。

 "夢オチ"ってがっかりさせられることが結構あったりしますが、この作品は、そうした"お約束事"を観客と共有した上に作られているので納得です。その意味ではこの場合100%の"夢オチ"とキートンの探偵学入門 スマート.jpgは言えないかも。でも観ているうちに夢の中の出来事であるというのを忘れそうになります(と言うより、どこから夢だったか忘れそうになる)。

 「ビリヤードの13番の玉」のシーンもそうですが、夢の中でのキートンは実にスマートであり、ある意味、これがキートンの身上なのだと改めて思わされます。最初に観た時の評価は中編ということもあって星4つでしたが、その時はコメディとして愉しむ一方で、映像の「魔術的」工夫や、首の骨を折るまでしたアクションの凄さにまで思いが至ってなかったかもしれなかったです。観直してみると改めてそのレベルの高さが実感され、中編としての相対評価を加味して星半分追加しました。
 わずか50分。一度は観ておきたい作品です。

「キートンの探偵学入門(忍術キートン)」●原題:SHERLOCK JR.S●制作キートンの探偵学入門 0.jpg年:1924キートンの探偵学入門 クルマ2.jpg年●制作国:アメリカ●監督:バスター・キートン●製作:バスター・キートン/ジョセフ・M・シェンク●脚本:クライド・ブラックマン/ジョン・ハヴェズ/ジョゼフ・ミッチェル●撮影:エルジン・レスレー●時間:50 分●出演:バスター・キートン/キャサリン・マクガイア/ジョー・キートン/ウォード・クレイン●日本公開:1924/12●配給:松竹(評価:★★★★☆)
Sherlock,Jr. ネタ.jpgTop 10 Buster Keaton Films: Feature-Length(海外サイト)
1. Sherlock, Jr.(キートンの探偵学入門)(1924)
2. The General(キートンの大列車強盗)(1926)
3. Steamboat Bill, Jr.(キートンの蒸気船)(1928)
4. Seven Chances(キートンのセブン・チャンス)(1925)
5. The Cameraman(キートンのカメラマン )(1928)
6. Go West(キートンの西部成金)(1925)
7. Three Ages(キートンの恋愛三代記 )(1923)
8. The Navigator(海底王キートン)(1924)
9. Our Hospitality(荒武者キートン)(1923)
10. College(キートンのカレッジ・ライフ )(1927)

「●バースター・キートン監督・出演作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2148】「荒武者キートン
「●た‐な行の外国映画の監督」の インデックッスへ 「●あ行外国映画の監督」の インデックッスへ 「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

キートンが監督した初長編作。3つの時代の恋愛奮闘劇。47分の中にギャグ満載で飽きさせない。

キートンの恋愛三代記 シネマ2 - コピー.jpgkeaton the three ages.jpgキートンの恋愛三代記 dvd.jpg The Three Ages (1923) yunyubann video.jpg
キートンの恋愛三代記 [DVD]」「Three Ages [VHS] [Import]
Theatrical poster for Three Ages (1923)

キートンの恋愛三代記 0.jpg 石器時代、ローマ時代、現代の3つの時代で繰り広げられる、美しい娘を手に入れるまでの男の恋愛騒動&奮闘劇で、キートンが監督した初長編作品(1923年9月公開、47分)ということになっていますが、長編への進出に不安のあったキートンが、従来に短編を組み合わせる形で制作し、上手くいかなかった場合はそれぞれ個別の作品として公開しようと考えていたという説もあるようです。日本公開は1925(大正14)年3月で、公開時邦題は「滑稽恋愛三代記」。'74年7月に「キートンの恋愛三代記」のタイトルで「ニュー東宝シネマ2」でリバイバル上映されました(併映短編「スケアクロウ」「マイホーム」)。

Three Ages (1923).jpg 各時代それぞれシチュエーションごとに区切って、47分の間に石器時代、ローマ時代、現代の3つの時代が繰り返し出てくる展開は、キートンならではのギャグ満載で観る者を飽きさせず、しかも前半の恋占いシーンや、中盤の女性をめぐる男達の決闘シーンなど、時代ごとのモチーフを揃えているところなどから、やはり最初からから長編としての公開を意識したものと思われます(キートンの相手役のヒロインも一貫してマーガレット・リーイー(Margaret Leahy)が演じているし)。

 その決闘シーンが、石器時代は単なる格闘だったのが、ローマ時代になると「ベン・ハー」さながらのチャリオット(馬車戦車)レース対決に(但し、キートンは前日の降雪を見越して犬ぞりで参戦)、現代になるとフットボール対決といった具合に進化していきます。このチャリオットレースのシーンは、当時最大の映画会社パラマウント社で大作主義に明け暮れるキートンの恋愛三代記 ローマ.jpgセシル・B・デビル監督を皮肉ったものとも言われていますが、このキートンの「恋愛三代記」の中でもセットなどに最もお金をかけている場面のように思われました。D・W・グリフィス監督の「イントレランス」('16年)のパロディとも言われていますが、確かにセットは「イントレランス」と似ています(大掛かりなだけに、大観衆の迎える中でキートンがしょぼい犬ぞりで登場するギャップが非常に効果的なのだが)。

The Three Ages (1923)4.jpg キートンは実際に映画「ベン・ハー」を参考したのでしょうか? ウィリアム・ワイラー監督、チャールトン・ヘストン主演の「ベン・ハー」('59年/米)はアカデミー賞11部門を獲得した大作として知られていますが、その前にフレッド・ニブロ監督が撮ったラモン・ノヴァロ主演のMGM映画「ベン・ハー」('25年/米)があり、ウィリアム・ワイラーはこの作品で助監督を務めています。この作品は、「民衆」役でジョン・バリモア、ジョーン・クロフォード、マリオン・デイヴィス、ダグラス・フェアバンクス、リリアン・ギッシュ、ハロルド・ロイド、メアリー・ピックフォードなど多くのスターが出演していることでも知られています。但し、これはこの「恋愛恋愛三代記」の2年後の公開作品であり、キートンが真似ようにもそれは不可能です。

フレッド・ニブロ.jpg しかしながら、フレッド・ニブロはその18年前に作られたシドニー・オルコット監督のサイレント映画「ベン・ハー」(07年/米)を参考にしたと言われており、この作品は15分の短編ながら終盤が殆どチャリオット・レースのシーンになっていることから、キートンもこの作品を参照した可能性はかなり高いように思います。後にキートンがMGMに再移籍して最初に出演した作品「キートンのエキストラ」('30年)で、フレッド・ニブロはキートンの演技に再三ダメ出しする「ニブロ監督」役で登場しています。
Fred Niblo(1874-1948)
キートンの恋愛三代記 アフリカゾウ.jpg ローマ時代だけでなく、石キートンの恋愛三代記 アメフト.jpg器時代も現代も手抜きしておらず、石器時代ではマンモスの代わりに本物のアフリカゾウを使い(ローマ時代のキートンが爪を磨いてあげることで喰われずに済んだライオンは明らかに着ぐるみだが)、現代ではフットボールの試合をスポーツ大好き人間のキートンらしくかなり本格的に撮影しています。石1923-3Ages[animated].gif器時代の岩から岩へ飛び移ってのアクションが、現代のビルからビルへ飛び移るアクションと重なるのも上手いし(それにしてもスゴいアクション)、ラストはどの時代のキートンも目出度くヒロインと結ばれ、石器時代では凄い数の子どもに恵まれ、ローマ時代もそこそこ、それが現代では夫婦の間にペットの犬が一匹というのが見る側の予想を覆して可笑しいです(少子化時代を予測した?)。

キートンの恋愛三代記 ゴルフ.jpg 派手なアクションもありますが、細かいギャグや小道具も効いていたように思います。石器時代で言えば、キートンがしている"腕時計型の日時計"とか"ゴルフセット"とか。現代においては、ジョー・ロバーツ演じる恋敵(こちらも3時代を通しての)の見せる身分証(社員証)にFirst National Bank(国立一流銀行)であるのに対し、キートンのがLast National Bank(国立三流銀行)であるというのも可笑しいです。現代版キートンの恋愛三代記 現代 クルマ.jpgにおけるキートン帽にネクタイ、ワイシャツ、チョッキ、ダブダブのズボン、ドタ靴という組み合わせは、所謂「アーバックル時代」と言われるロスコー・アーバックルとの共演時代(1917-1920)の最後の名残りかと思われますが、キートン帽など以降の作品にも暫く引き継がれていくものもあります。

キートンの恋愛三代記 大女.jpg 石器時代にキートンがアプローチする女性の一人で岩の上に寝そべっている女性―立ち上がると実は大女だった―は、ブランシ・ペイソンという人で、ニューヨーク最初の婦人警官だったそうです。

キートンの恋愛三代記 ラスト.jpg「キートンの恋愛三代記(滑稽恋愛三代記)」●原題:THE THREE AGES●制作年:1923年●制作国:アメリカ●監督:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●製作:バスター・キートン/ジョセフ・M・シェンク●脚本:バスター・キートン/クライド・ブラックマン/ジョゼフ・ミッチェル/ジャン・C・ハヴェズ●撮影:エルジン・レスレー/ウィリアム・C・マクガン●時間:47分●出演:バスター・キートン/ウォーレス・ビアリー/マーガレット・リーイー/ジョー・ロバーツ/ホラス・モーガン/リリアン・ローレンス●日本公開:1925/03●配給:イリス映画(評価:★★★★)

BEN-HUR A TALE OF THE CHRIST poster.pngBEN-HUR A TALE OF THE CHRIST 2.png「ベン・ハー」●原題:BEN-HUR:A TALE OF THE CHRIST●制作年:1926年●制作国:アメリカ●監督:フレド・ニブロ●脚本:ジューン・メイシス/ケイリー・ウィルソン/ベス・メレディス●撮影:クライド・デ・ヴィナ/ ルネ・ガイサート/ パーシー・ヒルバーン/カール・ストラッス●音楽:ウィリアム・アクスト●原作:ルー・ウォーレス●時間:141分●出演:ラモン・ノヴァロ/フランシス・X・ブッシュマン/メイ・マカヴォイ/ベティ・ブロンソン/クレア・マクドウェル/ベン・ハー 二ブロ dvd.jpgキャスリーン・キー/カーメル・マイヤーズ/ナイジェル・ド・ブルリエ/ミッチェル・ルイス/レオ・ホワイト/フランク・カリアー/チャールズ・ベルチャー/ベティ・ブロンソン/デイル・フラー/ウィンター・ホール/(以下、エキストラ出演)レジナルド・バーカー/ジョン・バリモア/ライオネル・バリモア/クラレンス・ブラウン/ジョーン・クロフォード/マリオン・デイヴィス/ダグラス・フェアバンクス/ジョージ・フィッツモーリス/シドニー・フランクリン/ジョン・ギルバート/ドロシー・ギッシュ/リリアン・ギッシュ/サミュエル・ゴールド/ウィンシド・グローマン/ルパート・ジュリアン/ヘンリー・キング/ハロルド・ロイド/コリーン・ムーア/メアリー・ピックフォード●日本公開:1928/09●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:杉本保男氏邸(80-12-02)(評価:★★★☆)ベン・ハー【淀川長治解説映像付き】 《IVC BEST SELECTION》 [DVD]

Ben Hur [VHS] [Import] (1907).jpgBEN-HUR1907.jpgBEN-HUR 1907.jpg「ベン・ハー」●原題:BEN-HUR●制作年:1907年●制作国:アメリカ●監督:シドニー・オルコット●脚本:ジーン・ゴルチエ●原作:ルー・ウォーレス●時間:15分●出演:ハーマン・レトガー/ウィリアム・S・ハート●米国公開:1907/12●最初に観た場所:杉本保男氏邸(81-09-27)(評価:★★★?)Ben Hur [VHS] [Import]

「●バースター・キートン監督・出演作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2160】 「キートンの強盗騒動
「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

キートンの短編の中では一番よく出来ている。仕掛けもアクションもギャグもいい。

キートンのマイホーム 文化生活一週間 vhs.jpg キートンの文化生活一週間 dvd.jpg keaton one week.jpg
マイ・ホーム [VHS]」「バスター・キートン傑作集(1) [DVD]

キートンの文化生活一週間1新婚.jpg (9日月曜日)...結婚式を終えた新郎(バスター・キートン)と新婦(シビル・シーリー)は、叔父から貰った新居に車で向かうが、運転していたのは新婦にフラれた男ハンキートンの文化生活一週間2部品.jpgクで、彼は2人の新生活を邪魔したりする。新居の場所に着くとそこには土地しかなく、届けられた木材と工具で自分で組み立てなければならなかったのだ。(10日火曜日)...早速翌日から2人は新居の組み立て作業に入るが、ハンクの妨害により間違った手順で新居が出来上がってしまう。(11日水曜日)...平行四辺形のような奇妙なキートンの文化生活一週間4完成.jpg形の新居に引っ越し業者(ジョー・ロバーツ)が運んできたピアノを入れようとするが、これがまた大騒動になる。(12日木曜日)...新郎は煙突を取り付けようとして、入浴キートンの文化生活一週間5嵐の後.jpg中の新婦がいる2階の風呂の浴槽に落ち、恥ずかしがる新婦に風呂から追い出され、出口かと思ったドアを開けて外に転落する。(13日金曜日)...2人は新居完成披露パーティに友人らを呼ぶが、雨漏りがして新郎は室内で傘をさしている。やがて雨は暴雨風となり、新居は風に煽られ土台ごと猛烈な勢いで回転しはじめる。客は帰り、2人は外で一夜を過ごす。(14日土曜日)...嵐キートンの文化生活一週間6線路上.jpgが去った翌朝、新居はボロボロになっていたが、そもそも家を建てる場所が間違っていたことに気づいた2人は車で新居を移動させる。その途中で線路に引っ掛かって立ち往生してしまうが、そこへ猛烈なスピードで蒸気機関車がやってくる―。

 キートン1920年発表の約20分の短編で、日本公開はいつだか明確ではありませんが、一部資料に1925年とありました(後に「キートンのマイホーム」の邦題で公開されたこともあり、VHSのタイトルはそうなっている)。この頃の2本組で製作していたキートンの短編作品の中では一番よく出来ているのではないかと思われ、仕掛けが大掛かりであるばかりでなく、当時25歳のキートンのアクションも冴え、また、ギャグの密度も極めて濃く、愉しんでいる内にあっという間に終わってしまう感じです。

 誤った組立手順で出来上がった新居の奇抜さが秀逸で、面白いと思われたアイデアを実際に形にしてしまうところがスゴイなあと。これが映画ではどんどん変形していくわけで、結局これ、また別に最初から作り直しているのかなあ。時を経れば経るほど手作りの良さが引き立ってきて、この"我が家"は作品のまさに「主役」と言っていいのでは。

キートンの文化生活一週間入浴.jpg 新郎が入浴中のシーンでカメラに手が覆いかぶさったりするのが遊び心を感じさせ、そこへキートンが落ちてくるという繋がりもまた良く、更に、ドアを開けたら外に転落してしてしまったキートンが、新居披露パーティに来たハンクに追いかけ回されて、そキートンの文化生活一週間7後のギャグ.jpgの経験を活かして彼を自ら外へ追いやってしまう場面は痛快(山崎バニラ氏はその活弁の中で敵役の彼をストーカーと呼んでいるが、まさにピッタリ)。その他にも、後のキートンの長編に見られるアクションの原点が幾つもここにあるという印象でした。

キートンの文化生活一週間ラスト.jpg ラストで新居が機関車で粉砕されてしまうのは本来ならば悲しい結末ですが、「売家」の札と「組立説明書」を置いて2人でその場を去っていくシーンはカラっと乾いていて、いかにもキートンらしいです。この2人が手をつないで新たな道に向かって歩いていくエンディングは、チャップリンの「モダン・タイムス」('36年)のエンディングとダブらないこともないですが、そこで観客を感動させるような余韻を持たせるチャップリンに対し、1秒間くらいでとっとと終わらせてしまうキートンに、両者の作風の違いを感じます。
   
キートンの文化生活一週間 新婦.jpgキートンの文化生活.jpg 新婦役のシビル・シーリー(Sybil Seely)は「キートンの船出(漂流)」(1921)でも奥さん役でした(コレ、パニック映画だったなあ)。この人は1902年生まれでこの作品の当時18歳でしたが、20歳で映画界を引退し、1984年に82歳で亡くなっています。
 
One Week (1920).jpg「キートンの文化生活一週間(マイホーム)」●原題:ONE WEEK●制作年:1920年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●撮影:エルジン・レスリー●原作:バスター・キートン/エドワード・F・クライン●時間:19分●出演:バスター・キートン/シビル・シーリー/ジョー・ロバーツ●日本公開:1925年●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-15)●2回目:アートシアター新宿(84-05-27)(評価:★★★★)●併映:(1回目)「キートンの強キートンの船出 0.jpg盗騒動(悪太郎)」「キートンの船出(漂流)」「キートンの警官騒動」「キートンの鍛冶屋」「キートンの空中結婚」/併映:(2回目)「キートンのコニー・アイランド(デブ君の浜遊び)」「デブの自動車屋」「キートン・ライズ・アゲイン」 One Week (1920)

「キートンの船出(漂流/The Boat)」(1921)
         
バスター・キートン THE GREAT STONE FACE.jpgバスター・キートン THE GREAT STONE FACE DVD-BOX 【初回生産限定】
収録作品:(全33タイトル)
「文化生活一週間」「ゴルフ狂」「案山子」「隣同志」「化物屋敷」「ハード・ラック」「ザ・ハイ・サイン」「悪太郎」「即席百人芸」「漂流」「酋長」「警官騒動」「キートン半殺し」「鍛冶屋」「北極無宿」「電気屋敷」「成功成功」「空中結婚」「捨小舟」「コニー・アイランド」「自動車屋」「馬鹿息子」「海底王キートン」「キートンのカメラマン」「拳闘屋キートン」「キートンの大学生」「キートンの結婚狂」「キートンのエキストラ」「キートンの恋愛三代記【淀川長治解説映像付き」「キートンの探偵学入門【淀川長治解説映像付き】」「キートンのセブン・チャンス【淀川長治解説映像付き】」「荒武者キートン」「キートンの蒸気船」
          
Top 10 Buster Keaton Films: Shorts(海外サイト)
1. The Haunted House(キートンの化物屋敷)(1921)
2. One Week(キートンの文化生活一週間) (1920)
3. Cops(キートンの警官騒動)(1922)
4. The Scarecrow(キートンのスケアクロウ)(1920)
5. The Play House(キートンの即席百人芸)(1921)
6. The Boat(キートンの船出)(1921)
7. Neighbors(キートンの隣同士)(1920)
8. The Goat(キートンの強盗騒動)(1921)
9. The 'High Sign'(キートンのハイ・サイン)(1921)
10. Convict 13(キートンの囚人13号)(1920)

「●バースター・キートン監督・出演作品」の インデックッスへ Prev|NEXT⇒ 【2156】 「キートンの結婚狂
「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

アクションは後退、ギャグ&ラブストーリーとしてはまあまあ。MGMに抵抗するキートン。

キートンのカメラマン ポスター.jpgキートンのカメラマン vhs2.jpg キートンのカメラマン サル.jpg
復刻版ポスター(伊)/「キートンのカメラマン [VHS]

キートンのカメラマン1.jpg 旧式カメラを持って町の一角に立つ旧時代の遺物のようなカメラマンのルーク(バスター・キートン)は、ある日街で美しい娘を見初め、後をつけて行くと彼女はMGMのニュース映画部門に勤めているサリー(マーセリン・デイ)という娘だった。サリーからキートンのカメラマン 5.jpg成功するにはもっと良いカメラを買わねば駄目だと言われ、早速彼はカメラを買い求め、以来毎日彼女の事務所に詰め、彼女の好意により重大事件が発生する毎に密かに情報を教えられては現場へ飛んで行き撮影した。中国人街キートンのカメラマン 中華街.jpgでマフィアの抗争があった際の撮影では、ちょっとした事件から買い取ったサルの悪戯のためにフィルムを抜き取られ失敗したが、それでも彼は屈せず、モーターボート競争を撮影中に転覆事故で溺れそうになったサリーを泳いで救う。彼が薬を求めている隙に、サリーと共に海中に投げ出された彼女の彼氏が、自分キートンのカメラマン ラスト.jpgが彼女を救ったように装い彼女を連れ去る。落胆したルークはカメラマンになることを断念、自分が撮ったフィルムを投げ出して事務所を飛び出す。会社で彼のフィルムを試写したところ、中華街の抗争が映っているうえに、ボート転覆事故のサリー救出の殊勲者がバスターであることが判明、彼を呼び戻せとの上司の指示の下、サリーは命の恩人であるルークの行方を探し出す。大西洋横断飛行成功のリンドバーグ歓迎で湧く市中、ルークとサリーを祝福するが如く紙吹雪が舞う―。

キートンのカメラマン 輸入盤dvd.jpg バスター・キートン主演の1928 年9月本国公開作品で、彼がユナイトから古巣のMGMに戻って最初に撮った作品で監督はエドワード・セジウィック(因みに、作中で歓迎パレードの実写フィルムが用いられていると思われるリンドバーグの大西洋横断無着陸飛行の成功は1年以上前の1927年5月)。日本では翌年(昭和4年)9月に公開されました。

キートンのカメラマン サルが撮っていた!.jpg この頃には既にキートンも顔は白塗りではなくなっているし、ストーリーも相棒のサルがカメラを回してボート転覆事故の始終をフィルムに撮っていたというシュールな設定を除いては(どうやってサルに演技をつけた?)意外とリアルで、ドタバタ喜劇からラブストーリーの方へ比重を移している印象がありますが、そうしたことも含め、次第と初期のキートンらしさが失われていく過渡期的作品と言えるかもしれません。但し、この作品については「MGM移籍後で唯一の佳作」などと評されることもあり、MGM移籍当初で、まだそれだけキートンが比較的自由に撮らせてもらっている部分があり、ギャグとラブストーリーとの兼ね合いが程よく楽しめるといった感じ。

キートンのカメラマン ヒロイン.jpg キートンの相手役のヒロインを演じるのはマーセリン・デイ(Marceline Day)で、比較的今風の美人であり、これが個人的には作The Cameraman keaton pool.jpg品への好感度にも繋がり、恋敵役は「キートンのカレッジ・ライフ」でもライバル役だったハロルド・グッドウィン(Harold Goodwin)で、これも相変わらず憎たらしいだけに、最後の逆転劇が効いています。マーセリン・デイは水着美人として売り出しただけに、キートンとデートで市民プールに行くシーンでは水着姿でスタイルの良さ披露キートンのカメラマン(スチール).jpgしています。ただ、マーセリン・デイの水着姿もさることながら、当時のニューヨーク市営プールの意外と現代のスポーツクラブ風な様子が窺えて興味深かったです(右写真はスチールで、作中ではルークがこれほど女性にモテる場面は無い)。

キBuster Keaton, Sidney Bracy, Marceline Day-- The Cameraman.jpg この物語では、ルークことキートンが街頭写真屋から報道カメラマンへの転身を図るわけですが、テレビが無い時代、今のTVニュース報道に当たるものを映画会社のニュース映画部門が担っていたわけです。しかしルークにとって動画を撮るのは初めての経験であり、二重写しをやらかした結果、戦艦がニューヨークの街を進むといったとんでもない映像が出来上がってしまったりし、挙句の果てに、中国人街でのマフィア抗争の撮影でフィルムを入れ忘れたらしく(実はサルがフィルムを抜き取っていた)、これらの失敗でルークはMGMを去ろうとするが、最後はサルが撮っていたフィルムによりボート転覆事故の事の真相が明らかになり、MGMは彼を歓迎する―。

キートンのカメラマン 撮影風景.jpg 表向きはキートンのMGM入社を祝うような結末ですが、そのMGMはキートンをクリエイターというよりは一人の役者としてしか見ていなかったため、彼の作品に及ぼす影響は大幅に制限されるようになり、キートンはこれに対し、無人のヤンキー・スタジアムでの「一人野球」とか、プールの狭い更衣室の中での太った男と揉み合いへし合いなっての「窮屈な着替え」とか、彼自身のアドリブを入れて、彼らしさを出そうと抵抗しています(この辺りがまだ"比較的自由に撮らせてもらっている部分"か)。

「窮屈な着替え」撮影風景

キートンのカメラマン ダッシュ.jpg まだ20年代の作品なので、宙を飛ぶようなキートンの韋駄天ぶりは健在。それでも全体としてはアクションはかなり後退していますが、先にも書いキートンのカメラマン 2.jpgた通りギャグとしてもラブストーリーとしてはまあまあといったところでしょうか。むしろ、キートンの過渡期的作品であるという意味で、初期作品と見比べてみる価値はあるかもしれません。
「キートンのカメラマン」●原題:THE CAMERAMAN●制作年:1928年●制作国:アメリカ●監督:エドワード・セジウィック●製作:ルイス・B・メイヤー●脚本:リチャード・シェイヤー●撮影:エルジン・レスリー●原作:クライド・ブラックマン/リュウ・リプトン●時間:67 分●出演:バスター・キートン/マーセリン・デイ/ハロルド・グッドウィン/シドニー・ブレイシー/ハリー・グリボン●日本公開:1929/09●配給:MGM日本支社(評価:★★★☆)

「●バースター・キートン監督・出演作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2150】 「キートンの蒸気船
「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

ロイドをパクったというより、対抗意識から作ったのでは。終盤の畳み掛けるアクションがいい。

キートンの大学生 vhs.jpg College(1927) dvd.jpg キートンのカレッジライフ ボート.jpg 
キートンの大学生 [VHS]」「College [DVD] [Import]

キートンのカレッジライフ arubaito.jpg カリフォルニアのある高校の卒業式、学業優秀で表彰を受けたロナルド(キートン)は、「スポーツの大害」と題した講演をするが、得意になってスポーツマンを罵倒した彼の話に、同級生メアリー(アン・コーンウォール)は、憤慨する。美人のメアリーにロナルドは、そして、スポーツマンのジェフ(ハロルド・グッドウィン)も密かに恋していた。メアリーとジェフは共に大学へ進学することになっている。ロナルドの家は貧しかったが、恋敵に遅れをとってはならないと、自分College 1927 ハードル.jpgで学費を稼ぐ事を条件に母を説得し、ロナルドも同じ大学に進学した。かくして、ロナルドは給仕のアルバイトをして学費を稼ぎつつ、メアリーのハートを射るため大の苦手なスポーツに挑戦する。野球、砲丸投げ、短距離走と、何をやってもまるでダメ。例えば短距離障害走であkeaton callage.jpgればハードルを全部なぎたおしてしまうといった具合。ところが教授の計らいで、ボート大会にコックスとして出場することになってしまう。他の選手はロナルドが試合に出ては勝ち目が無いと、妨害を試みるが見事に失敗。自信なく出場したロナルドは溺れながらも機転を利かせて、チームに勝利をもたらすのだった。その時、ジェフがメアリーを一室に閉じ込め、結婚を迫っていた。メCollege 1927.jpgアリーから電話で連絡を受けたロナルドは、あらゆるスポーツの方法を駆使して、メアリーの救出に向かうのだった―。

キートンの大学生 牛込館.jpg バスター・キートンの1927 年本国公開作品(キートン・プロの長編9作目)で、日本でも同年(昭和2年)9月に「キートンの大学生」のタイトルで当時の「新宿武蔵野館」「牛込館」他で封切上映されています。前作「キートンの大列車強盗」('26年)が興行的に芳しくなかったため、それまで多くのキートン作品を製作してきたジョゼフ・M・スケンクによって、監督にジェームズ・ホーン、脚本にカール・ハルボウが送り込まれてきたが、キートンの自伝によれば、この二人は監督・脚本家としては全く役に立たなかったとのことです(カール・ハルボウはボートのコーチ役で出演している)。

 個人的には、最初に観た時「セブン・チャンス」('25年)と並んでたいへん面白く感じられた作品です。allcinema onlineのあらすじ紹介では、ボート大会の後に「表彰となって功労者キートンの胴上げとなるが、彼が高く舞い上がると見たくもないのに、女子寮の舎監の入浴シーンを目撃。これをのぞきと間違えた彼女に水をかけられて、傘で防戦したキートン。その傘はパラシュートにもなって...」と続きますが、このシーンは中盤の、キートンが皆にバカにされ続けている状況の中で、仲間からのからかいを受けてのシーンとして出てくるのであって、「功労者としての胴上げ」というのは順番として誤りです。

キートンのカレッジライフ 円盤.jpg この作品に先行するハロルド・ロイドの「ロイドの人気者」('25年)とほぼ同じモチーフであり、実際に巷には"ロイド映画のパクリ"との評価もあるようですが、ロイドに対する対抗意識から敢えて同じモチーフの作品を撮ったのではないかという気がしないでもありません(「ロイドの人気者」の主人公の名は勿論「ハロルド」、一方キートンのこちらは「ロナルド」)。

キートンの大学生 野球.jpg 作中のロナルドことキートンは、自ら学費を稼ぐために、黒人給仕の募集に顔を黒塗りにして応募して仕事に就きますが、その割にはあまり苦学生というイメージはなく、結構長閑なコントのような場面が続きます。一方で様々なスポーツに挑戦してこれがどれもこれもダメで、とりわけ野球のシーンが丹念に描かれていますが、実際のキートンは野球大好き・大得意人間で、このシーンでは他の出演者のプレーを指導したという、ストーリーとは真逆の裏話があるのが面白いです。

キートンのカレッジライフ ボート.jpg ロナルドは、結局は野球でも陸上でも芽が出ず、それがボート大会でコックスとなってやっと花開きますが、ここまでは前半のコント集のようなシーンの比重が大きくて、安心して観られるけれどそれ以上のものではない、単なるギャグ映画という印象だったでしょうか。それが、好きな彼女から、彼の恋敵の不良学生ジェフに監禁されているとの知らせを受け、現場へ駆けつけて恋敵をやっつけて彼女を救出する―そこまでの間に、猛烈なスピードで町を駆け抜け、生け垣をハードルのように飛び越え、不良学生が投げつけてきたものを野球のバッティングのように打ち返すという、これまで全くダメだったスポーツ種目が見違えるようなパフォーマンスとして織り込まれているのが上手かったと思います。

キートンのカレッジライフ 2階飛び移り.jpg 終盤の畳み掛けるアクションの連続は、これぞキートンの真骨頂といったところですが、棒高跳びの応用で彼女が監禁されている建物の2階に飛び移るシーンだけは初めて本格的にスタントを使ったそうで、そのスタントを演じたのは1924年のパリ五輪の棒高跳びの金メダリストだそうです(その他にも、前半の陸上競技シーンなど当時の一流どころのアスリートが出演しているのではないか)。

 ラストで老後のロナルドとメアリーや2人の墓標が並んでいるシーンが出てきて「偕老同穴」を示しているのは、キートンの作品にしては珍しい終わり方のようにも思われますが、ロナルドがメアリーを連れて教会に駆け込んだのが単なる思いつきでなかったことを念押ししたのでしょうか。
College (1927)
College (1927).jpg
キートンのカレッジライフ.jpg「キートンのカレッジ・ライフ(大学生)」●原題:COLLEGE●制作年:1927年●制作国:アメリカ●監督:ジェームズ・W・ホーン●製作:ジョセフ・M・スケンク●脚本:カール・ハルボウ/ブライアン・フォイ●撮影:デブロー・ジェニングス/バート・ヘインズ●時間:66 分●出演:バスター・キートン/フローレンス・ターナー/アン・コーンウォール/フローラ・ブラムリー/ハロルド・グッドウィンキートンの大学生 スチール.jpg/グラント・ウィザース/スニッツ・エドワーズkeaton callage import.jpg/サム・クローフォード/カール・ハルボウ●日本公開:1927/09/15●配給:ユナイテッド・アーチスツ●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-21)(評価:★★★★)●併映:「キートンの大列車強盗 (将軍)」(バスター・キートン)/「キートンの線路工夫」(ジェラルド・ポタートン)

「●バースター・キートン監督・出演作品」の インデックッスへ Prev|NEXT⇒【2152】「キートンのカメラマン
「●た‐な行の外国映画の監督」の インデックッスへ 「●外国のアニメーション映画」の インデックッスへ 「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

終盤のスぺクタルシーンからラストかけての畳み掛け感とがエンディングがいい「キートンの蒸気船」。

Steamboat Bill, Jr.(1928).jpgキートンの蒸気船 新訳版 2007.jpg キートンの蒸気船 dvd.jpg  キートンの蒸気船 木.jpg
キートンの蒸気船 新訳版 [DVD]」「キートンの蒸気船 [DVD]

キートンの蒸気船 02.jpg ミシシッピー川で操業する蒸気船ストーンウォール・ジャクソン号のオーナー、ウィリアム・キンフィールド(アーネスト・トーレンス)は"スチームボート(蒸気船)ビル"と呼ばれる町の人気者。一人息子のスチームボート・ビル・ジュニア(バスター・キートン)は故郷を離れてボストンに遊学中だった。副船長のトム・カーター(トム・ルイス)と長閑な日々を送るビルだったが、強力なライバルが現われる。金持ちのジョン・ジェイムズ・キング(トム・マクガイアー)が新造船キング号で事業に乗りだしたのだ。そんな時、ボストンから息子が帰ってくる。都会風に妙に洗練された息子を見て、父は落胆。おまけに息子と、商売仇の娘メアリー(マリオン・バイロン)が恋仲になり、ますます面白くない。更ににジャクソン号が老朽化のため使用停止勧告を出されてしまう。警察にはむキートンの蒸気船 チラシ.jpgかったためビルは拘置所に入れられる。ジュニアは父親を助けようとするが、そこへ巨大な暴風雨がやってきて猛威を奮う。ミシシッピーの河川地帯は大パニックとなり、吹きすさぶ風の中、ジュニアは父親と恋人メアリー、そして命を落としかけたキングも救い出す―。

 1928年に本国で公開されたキートンの長編第10作目で、キートンが自身の撮影所で撮った最後の作品。監督にはチャールズ・F・ライスナーがクレジットされていますが、キートンの共同監督がライスナーであったとみていいのでは。
 日本公開は'28(昭和3)年8月。'73年から'74年にかけてのキートン作品のリバイバル上映で、「キートンのセブン・チャンス」('73年6月/併映短編「警官騒動」)、「海底王キートン」('73年7月/併映短編「白人酋長」)に次ぐ第3弾として'73年8月に上映(併映短編「鍛冶屋」)されています(以降、「キートンの探偵学入門」('73年12月/併映短編「船出」「化物屋敷」)、「キートンの恋愛三代記」('74年7月/併映短編「スケアクロウ」「マイホーム」)と続く)。

キートンの蒸気船 01 帽子.jpg 前半部分はマッチョ志向の父親が、赤ん坊の時以来久しぶりに会った息子の思いもよらなかった脆弱ぶりに幻滅しつつも、何とか一人前の蒸気船乗りに仕立て上げようと躍起になるも、なかなかそうはいかず、そのうSteamboat Bill Jr. ヒロイン.jpgち息子はライバルの蒸気船会社のオーナーの娘と恋仲になるは、自身は拘置所に入れられてしまうはの踏んだり蹴ったりというドラマ的な展開が主となりますが、父親役のアーネスト・トーレンスの演技がなかなかいいです(帽子を使ったギャグは、「荒武者キートン」「海底王キートン」にもあったことを思い出させる)。
 それと、キートンのことを慕って何かと面倒を見るヒロインの娘もなかなかきびきびしていて良かったですが、演じているマリオン・バイロン(1911-1985)は当時16歳であったとのこと。可愛らしいながらにも(キートン作品のヒロインの中では今風にカワイイ)、役柄のせいで随分しっかりして見えます。

キートンの蒸気船11.jpgキートンの蒸気船 15.jpg 物語が終盤に入って、残り15分のところで町は暴雨風に見舞われ、一気に映画はスぺクタルの様相を呈します。暴雨風の中、斜めになったまあ動けなかったり木に掴まって風に靡いたりするキートンの姿や、家屋が倒れてきて偶然にも窓枠の位置にいて奇跡的に助かるといったキートンの躰を張ったアクション・シークエンスは、キートン作品の中でもよく知られている場面です。

Steamboat Bill Jr. ラスト.jpg そして、ラスト5分、キートンが演じるビル・ジュニアは、これまでと打って変わって獅子奮迅の働きを見せることになりますが、このラスト15分に「起承転結」のうちの暴風雨による「転」とジュニアの活躍という「結」を集約させた作りが、前半から中盤にかけてその脆弱ぶりが繰り返し描かれていただけに効いています。暴風雨で危険な状態に晒された娘を救い、拘置所ごと漂流していた父親を救い、そして父親のライバルである彼女の父親キングをも救う―これらの神業を表情も変えず黙々とこなしていくのが小気味良く、ラストも両家の父親の和解という"感動的"な場面でありながら当人は感傷に浸ることなく、今度は漂流していた牧師を引っぱってきて、そこで"ジ・エンド"となる終わり方がいです。
 このラストは、同じく恋人の親同士が対立しているという「ロミオとジュリエット」風の状況設定であった「荒武者キートン」('23年)の、最後の主人公と彼を敵(かたき)にしてきた家族との和解シーンで、相手の家族が和解の印にそれぞれ拳銃を差し出したら、キートンが表情を一斎変えず、それまで服の下に隠していた何丁もの拳銃を差し出したところで終わるラストと並んで好みです。

キートンの蒸気船12.jpg この作品の「暴雨風」というモチーフは当初「大洪水」というモチーフだったそうで、「大洪水」で亡くなる人が多くいるのでコメディに相応しくないとの意見で「暴雨風」に変更されたそうですが、後で統計を調べてみたら「暴雨風」で亡くなる人の方が「大洪水」で亡くなる人より何倍も多いことが判ったとのことです。

 家屋の下隅に嵐に襲われた人が避難する場所としての地下室の入り口がありましたが、これは南部という土地柄からしておそらく「竜巻」避難用ではないでしょうか。「暴風雨」には使えるけれど、「大洪水」だと却って危ないかも。
                       
蒸気船ウィリー4-2.jpg この作品にヒントを得て作られたと言われているのが、同じ年に公開された世界初のトーキー・アニメ「蒸気船ウィリー(Steamboat Willie)」('28年)で、正しくは世界初の「サウンドトラック方式」のトーキー・アニメ。それまでのBGMとして音楽が流れるだけの方式ではなく、登場人物(ミッキー)が台詞を喋ります(初代のミッキーの声の担当はウォルト・ディズニー自身)。ミッキー・マウス作品としては3作目ですが、ミッキーの初主演作であるため、1928(昭和3)年ニューヨークのコロニーシアターで初公開された、その11月18日という日蒸気船ウィリーと愉快な仲間たち.jpg蒸気船ウィリー.jpgが「ミッキー・マウスの誕生日」とされています。但し、ディズニーがこの日をミッキーの誕生日として公式に定めたのは、生誕50周年を記念して大々的な回顧展が行われるのを機にしてのことでした(日本公開は1929年で、どの会社がいつ輸入し、どの映画館で最初に上映したのか明確ではないが、9月に新宿にあった武蔵野館でミッキー・マウス映画が公開された記録があり、この時が本邦初公開だったのではないか。因みに本国では大手配給会社に配給を断られ、セレブリティ・プロダクションという制作会社が配給した)。
蒸気船ウィリーと愉快な仲間たち [DVD]
 東京ディズニーリゾートの「ミート・ザ・ミッキー」で順番待ちの間にこの作品が流れていますが、基本的にはウォルト・ディズニーのオリジナルという感じでした。但し、原題などは確かにバロディっぽく、ミッキー・マウスの実質デビュー作がキートン作品から何らかの影響を受けているというのが興味深いです。

キートンの蒸気船 vhs vip.jpg「キートンの蒸気船(船長)」●原題:STEAMBOAT BILL JR.●制作年:1928年●制作国:アメリカ●監督:バスター・キートン/チャールズ・F・ライスナー●製作:バスター・キートン●脚本:カール・ハルボー●撮影:デヴ・ジェニングズ/バート・ヘインズ●時間:59分●出演:バスター・キートン/アーネスト・トレンス/マリオン・バイロン/トム・ルイス/トム・マクガイア●日本公開:1928/08●配給:ユナイテッド・アーチスツ●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-16)(評価:★★★★)●併映:「キートンのセブンチャンス(栃面棒)」(バスター・キートン)


蒸気船ウィリー dvd1.jpgSteamboat Willie .jpg「蒸気船ウィリー」●原題:STEAMBOAT WILLIE●制作年:1928年●制作国:アメリカ●監督・製作:ウォルト・ディズニー●作画:アブ・アイワークス/レス・クラーク/ジョニー・キャノン/ウィルフレッド・ジャクソン●(声の)出演:ウォルト・ディズニー●時間:7分●日本公開:1929/09●配給:ユナイテッド・アーチスツ(評価:★★★☆)
Disney ミッキーマウス/ブラック&ホワイト特別保存版 [DVD]」['98年]

「●バースター・キートン監督・出演作品」のインデックッスへ Prev|NEXT⇒【1059】「大列車強盗(将軍)
「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

やや無理のあるストーリー展開か。「ロッカー・ルーム戦」は気合入っていた。

拳闘屋キートン vhs2.jpg Battling Butler(1926).jpg 拳闘屋キートン 01.jpg
拳闘屋キートン [VHS]」「Battling Butler [DVD] [Import]」 

拳闘屋キートン テント.jpg アルフレッド・バトラー(バスター・キートン)は何不自由なく暮らす大富豪の御曹司だが、父親から大自然の中でキャンプしてもっと逞しくなれと言われ、執事のマーティン(スニッツ・エドワーズ)を連れ田舎のキャンプ場へと出向くも、そこでも執事に何もかもやってもらう生活を続けていた。そんな中、地元の美人の娘(サリー・オニール)と知り合い、早速結婚を申し込むが、こんなひ弱な男に娘はやれないと彼女の父と兄に反対をされてしまう。そこで、新聞でアルフレッド・バトリング・バトラーなる同名の人物が近々ボクシングの世界戦拳闘屋キートン 02.jpgをするという記事を見つけたマーティンが、アルフレッドのことをこの人物こそバトラーなのだと美人の父と兄に告げ、一気に婚約成立となる。本物のバトラーは、試合に負ければ後は何とかなるというマーティンの読みに反して世界戦に勝利してしまい、本物に間違えられたアルフレッドは地元で大変な歓迎を受け、事実を告白する勇気がないまま彼女と結婚してしまうが、バトラーは次は「アラバマの人殺し」というボクサーと試合をすることになっていた。アルフレッドは仕方なくバトラーのキャンプ地へ行くが、そこには本物のバトラーが妻君同伴でいて、さらに娘が追いかけてきたために話はややこしくなり、遂にアルフレッドがリングに立つことになる―。

 バスター・キートンの1926年9月本国公開作品。ヤマニ洋行の配給で1927(昭和2)年12月31日に日本で公開されたときの邦題は「拳闘屋キートン」で、日本での70年代のリバイバル・シリーズの際の邦題は「ラスト・ラウンド」となっていますが(シリーズの途中打切りのため上映されず)、その後、アテネ・フランセなどで自主上映された際は「拳闘屋キートン」に戻っています(VHSタイトルも「拳闘屋キートン」)。

拳闘屋キートン3.jpg キャンプ生活に入っても御曹司風の生活スタイルを続けるキートンが可笑しく、これでは何のためにキャンプに来たのか分からない...そのキート拳闘屋キートン スパ.jpgンにまめまめしく仕えるスニッツ・エドワーズ演じる執事がいい味出していますが(彼は翌年の「キートンのカレッジ・ライフ」('27年)ではカレッジの校長を演じている。但し、この作品の方がよりキーパーソン的役回り)、彼が主(あるじ)のために良かれと思ってついた嘘が、どんどん状況を悪くしていき、とうとうアルフレッドは世界戦のリングに上がる羽目になり、トレーナーの指導を受けることになるといった展開です。

 「キートンのセブン・チャンス」('25年)と「キートンの大列車強盗」('26年)の間の作品だと思うと、それらに比べてやや落ちるでしょうか。やはりちょっと展開に無理があるかなあという感じ(この"無理さ加減"には一応オチがあるのだが)。オリジナルの脚本も、結局アルフレッドは世界戦に臨まなくて済んだというもので、そこでお終いだったのが、それだと映画的には面白くないので、最後のアルフレッドvs.バトラーの「ロッカー・ルーム戦」を入れたようです。

拳闘屋キートン ロッカー.jpg 喜怒哀楽を見せないはずのキートンが、バトラーに打ちのめされて怒り心頭に発して拳闘屋キートン ロッカー2.jpg反攻に出るという、「怒」の部分が顕著に出ているのが、やや一連のキートン作品と異なるように思いましたが、そうでもしないと、アルフレッドの反攻の説明がつきにくかったというのもあったのではないでしょうか。マ-ティン・スコセッシはこのシーンを何度も見直して、「レイジング・ブル」('80年)の参考にしたとかで、それくらい、両者のボクシング・シーンは気合が入っています。

拳闘屋キートン ラスト.jpg このキートンの本気度は、チャップリンが「ノック・アウト」('14年、27分)、「拳闘」('15年、30分)と2本のボクシング映画を撮っているので、それに対する意識もあったのではないかなと個人的には思ったりもしました(ロイドもボクシング映画を撮っている。当時、ボクシングは極めて人気の高いスポーツだったということもあるのか)。脆弱な優男が困難な状況を経て逞しく変身し、最後に女性の心からの愛を得るというという流れは、一応、キートン作品の定番を踏襲しています。

Battling Butler (1926).jpg「拳闘屋キートン(キートンのラスト・ラウンド)」●原題:BATTLING BUTLER●制作年:1926年●制作国:アメリカ●監督:バスター・キートン●製作:バスター・キートン●脚本:アル・ボースバーグ/レックス・ニール/チャールズ・H・スミス/ポール・ジェラルド・スミス●撮影:デブロー・ジェニングス/バート・ヘインズ●原作戯曲:スタンリー・ブライトマン/オーステイン・メルフオード●時間:68分●出演:バスター・キートン/サリー・オニール/スニッツ・エドワーズ/フランシス・マクドナルド/トム・ウィルソン●日本公開:1927/12●配給:ヤマニ洋行(評価:★★★)
Battling Butler (1926)

「●バースター・キートン監督・出演作品」のインデックッスへ Prev|NEXT⇒【2155】「キートンの探偵学入門
「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

キートン初の60分超作品だが傑作。プロットの巧みさに加え、ラスト15分のアクションは神業。

荒武者キートン dvdd2.jpg 荒武者キートン dvd1.jpg 荒武者キートン dvd4.jpg OUR HOSPITALITY 1923 6.jpg
クラシックコメディシリーズ「荒武者キートン」 [DVD]」「荒武者キートン [DVD]」「荒武者キートン «IVC BEST SELECTION》 [DVD]
荒武者キートン ポスター.jpg 1810年、隣同士のキャンフィールドとマッケイ家の相克は、遂に当主同士の相撃ちで倒れるという悲劇を生んだ。争いのむなしさを儚んだマッケイ夫人は幼い息子ウィリーを連れNYの伯母を頼った。が、キャンフィールドの弟は子々孫々までの復讐を誓うのだった。それから10数年が経ち、既に母を亡くした成長したウィリー(バスター・キートン)の許に父の遺産相続の報せ。彼は田舎の豪華な邸宅を思い浮かべ、即座に故郷への旅を決意。伯母から、くれぐれもキャンフィールドに気をつけろ、と言い聞かされて、長距離特急の旅客となる―(allcinema ONLINE)。
Aramusha Keaton (1923)
Aramusha Keaton (1923).jpg
 1923年11月に本国で公開されたキートンがキートン・プロで作った初めての60分を超える作品で、「IMDb」による日本での一般公開は1925(大正14)年12月、「映画 MOVIE-FAN」も同年12月となっていますが、丁度1年前の'24(大正13)年12月にすでに上映されていた記録もあり(『昭和外国映画史』毎日新聞社)、そうなるとキートンが監督した中で最初の長編作品「キートンの恋愛三代記」('23年、日本公開'25年3月)より数か月早い日本公開だったことになります。DVDの販売元のIVCの口上にも「キートンの長編第1作は「キートンの恋愛三代記」(1923)だが、日本公開はこちらが先になり、キネマ旬報の娯楽的優秀映画のベストテンの8位に選ばれた」とあり、実際第2回(1925年度)キネマ旬報ベストテンにランクインしているので1924年公開というのが正しいことになるようです(キネ旬ベストテンは第1回と第2回だけ外国映画のみが対象で、芸術的映画と娯楽的映画に分けてベストテンを発表していた)。過去に「キートンの激流危機一髪!」の邦題で公開されたこともありますが、1979年12月にリバイバル上映された際は「荒武者キートン」の方を使っています。

OUR HOSPITALITY 1923 自転車.jpg荒武者キートン 0.jpg 導入部分の、1810年にマッケイ家の父親とキャンフィールド家の若者が撃ち合いで共に死んでしまい、マッケイ家の母親が息子ウィリーを連れて南部からNYに引っ越すまでは、コメディと言うより普通のドラマという感じであり、それが約20年後に話が飛んで、キートンが変てこな自転車に乗って登場するところからコメディ映画らしくなりますが、キャンフィールド家とマッケイ家の確執を描いた冒頭のシリアスなムードが、後半のロミオとジュリエット的な話の展開に効果を及ぼしているように思います。

OUR HOSPITALITY 1923 キシャ83.jpg ウィリー(キートン)は家を継ぐための南部への里帰りの途中、美しい娘と列車に乗り合わせる―「列車」といっても、"特急"というのは名ばかりの、遊園地にあるような機関車に、馬車2台を繋いで客車としたような極めて初期のもので、矢鱈あちこちにうねりや歪みのある線路our_hospitality_train.jpgをのんびり走行し、ウィリーの飼い犬が結局目的地までついてきてしまうような超スロースピードのシロモノです。しかも、途中のレールポイントで客車は機関車とはぐれたうえに、線路から外れて地面の上を走っている始末。前半部分は、この「列車」が主役と言ってもよく、3年後に作られる「大列車強盗(将軍)」('26年)の萌芽が見られます。

荒武者キートン 9.jpg この珍奇な鉄道の旅を通してウィリーと娘は親しくなり、自分の実家が想像していた豪邸とは違ってオンボロの掘立て小屋だったという彼でしたが(空想の中で豪邸が本当にぶっ飛ぶのが可笑しい)、その娘からは自邸に晩餐会に招かれる―しかし、この娘が何と、伯母から「くれ荒武者キートン 1.jpgぐれもキャンフィールドに気をつけろ」と言われていたそのキャンフィールド家の娘であり、ウィリーがマッケイ家の跡取り息子であることに気づいたキャンフィールド家の父親と息子2人は、彼に対して親切を装いながらもその荒武者キートン 2.jpg命を付け狙いますが、「敵(かたき)であっても、自分の家に訪問している間は撃ってはならない」という先祖代々の家訓があって、客OUR HOSPITALITY 1923 8.jpgとしてウィリーが邸内に居る間は、すぐ手の届く所に仇敵がいながらも撃てないでいる―やがて、ウィリーも背景状況と事態の重大さを知ることになり、晩餐会後に彼を外に出そうとするキャンフィールド家の誘いに乗らず、取り敢えず家に居ついて娘の傍に寄り添いながら脱出の機会を窺う、その辺りの両者の駆け引きを飽きさせずに見せます。

 一方で娘はウィリーがマッケイ家の息子だと分かっても彼のことを恋慕しているという、こうしたロミオとジュリエット的なシチュエーションは、「キートンの蒸気船(キートンの船長)」('28年)でも繰り返されます。但しここまでは、プロットはしっかりしているものの、アクション部分でややもの足りないかなとつい思ってしまうのですが、この作品はこのままでは終わりません。ウィリーが女装して邸を脱出してからそれをキャンフィールド家の面々が追走するラスト15分に、崖から急流、そして滝へと驚嘆すべきアクションシーンが詰まっています。

荒武者キートン 川.jpg荒武者キートン 滝.jpg 断崖でのロープアクションは実によく練られているように思いましたが、川に落ちたキートンが激流に呑まれるシーンは、実際にロープが切れて生じたアクシデントだったそうです。但し、激流に流されるシーンだけでも命懸けであると思われるのに、そこからがまた凄く、同じく激流に落ちた娘が滝から落ちるのを、キートンが空中ブランコの曲芸師さながらに受け止めるシーンは、一体どうやって撮ったのか、殆ど奇跡に近いような神業的アクションだったように思います。

バスター・キートン/ナタリー・タルマッジ.jpg キートンの初長編作品でありながら、本作をキートンの最高傑作に推す人も少なからずいるというのも頷けます。ヒロインの娘を演じるのはキートンの当時の妻のナタリー・タルマッジで、冒頭のウィリーの赤ん坊時代はキートン・ジュニア(ナタリーとの間に生まれた赤ん坊)、更に、客車を置き去りにしてしまう間抜けな機関士に扮しているのは、キートンの父親で寄席芸人だったジョー(ジョセフ)・キートンと、キートン・ファミリー総出演の作品であり、この辺りのチームワークの良さも作品のテンポの良さに関係していたのかもしれません。個人的にも、「海底王」「セブンチャンス」「大列車強盗」に先立つ作品でありながら、それらに比肩し得る作品であるように思います。
Buster Keaton and Natalie Talmadge with Junior and Bob

「荒武者キートン(キートンの激流危荒武者キートン dvd3.jpg荒武者キートン 家.jpg機一髪!)」●原題:OUR HOSPITALITY●制作年:1923年●制作国:アメリカ●監督:バスター・キートン/ジョン・G・ブリストーン●製作:ジョセフ・M・スケンク/バスター・キートン・プロダクションズ●脚本:クライド・ブラックマン/ジャン・ハベッツ/ジョセフ・ミッチェル●撮影:ユージン・レスリー/ゴードン・ジェニングス●時間:67分●出演:バスター・キートン/ナタリー・タルマッジ/ジョー・ロバーツ/ジョセフ・キートン/ラルフ・ブッシュマン/クレイグ・ワード/モンテ・コリンズ/キティ・ブラッドバリー/バスター・キートン・Jr./アーウィン・コネリー/エドワード・コクソン/ジェームズ・ダフィー●日本公開:1924/12●配給:国際映画社(評価:★★★★)
荒武者キートン [DVD]

バスター・キートン THE GREAT STONE FACE.jpgバスター・キートン THE GREAT STONE FACE DVD-BOX 【初回生産限定】
収録作品:(全33タイトル)
「文化生活一週間」「ゴルフ狂」「案山子」「隣同志」「化物屋敷」「ハード・ラック」「ザ・ハイ・サイン」「悪太郎」「即席百人芸」「漂流」「酋長」「警官騒動」「キートン半殺し」「鍛冶屋」「北極無宿」「電気屋敷」「成功成功」「空中結婚」「捨小舟」「コニー・アイランド」「自動車屋」「馬鹿息子」「海底王キートン」「キートンのカメラマン」「拳闘屋キートン」「キートンの大学生」「キートンの結婚狂」「キートンのエキストラ」「キートンの恋愛三代記【淀川長治解説映像付き」「キートンの探偵学入門【淀川長治解説映像付き】」「キートンのセブン・チャンス【淀川長治解説映像付き】」「荒武者キートン」「キートンの蒸気船」


「●バースター・キートン監督・出演作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1058】「セブン・チャンス
「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

「海底」シーンが秀逸。決して「アクション度の低い作品」では無かった。

海底王キートン シネマ2 チラシ.jpg海底王キートン vhs.jpg 海底王キートン dvd.jpg Navigator [DVD] [Import].jpg 
1973(昭和48)年リバイバル時チラシ/「海底王キートン【字幕版】 [VHS]」「キートン「海底王キートン」/「キートンのカメラマン」 [DVD]」「Navigator [DVD] [Import]
海底王キートン(1924) 0.pngTHE NAVIGATOR 02.jpg 親の遺産で暮らす金持ちお坊ちゃまのロッロ(バスター・キートン)は、欲しい物は何でも簡単に手に入ると思っていた。近所のお嬢さまベッツィ(キャサリン・マクガイア)に不用意に求婚するが、愛はそう簡単ではなく、先に予約していた船でハネムーンに行く予定が、失恋の船旅となる。しかし、彼が乗った船は某国のスパイの謀略に巻き込まれて漂流し、彼は船に一人残されてしまったかにみえたが、その船には偶然にもベッツィも乗っていた―。

海底王キートン(1924) 4.jpg 前作「キートンの探偵学入門」(1924年4月米国公開)に続くキートン・プロでの長編第4作(同年10月公開)で、共同監督としてドナルド・クリスプを起用。彼は後にジョン・フォード監督の「わが谷は緑なりき」('41年)の家長役など役者としても知られるようになりますが、この「海底王THE NAVIGATOR(1924) 料理.jpg」では、キートンをぎょっとさせる「写真の男」として登場しています。キャサリン・マクガイアは前作「探偵学入門」に続いての相手役で、キートンと気の合う演技を見せますが、ドナルド・クリスプの方は、キートンの考えにあまりに口出しするため、撮影期間の途中でキートンが共同監督を解任してしまったそうです。
THE NAVIGATOR(1924)  キス.jpg 前半部分は、豪華客船に取り残された2人が最初は互いに行き違ってばかりでなかなか遭遇し得ないなど、細かいコント風の遣り取りを見せますが、従来の一般的なドタバタ喜劇の定番のパイ投げのような場面は無く、あくまで長編であることを意識した作りになっています。
 一旦はベッツィにフラれたロッロではあったものの、2人が意図せずして船内で新婚生活のような暮らしを始めることになるという微笑ましい設定がよく生きているように思います(2人が言い争っている際の影絵がキスしているように見えるスチールが巧み)。

THE NAVIGATOR(1924).jpg 原題になっているこのハワイ行き客船「ナビゲーター号」は、「バフォード号」という大型客船が廃棄処分になるという情報を得たキートンが2万5千ドルで買い上げたそうで、船の備品がギャグに上手く使われており、おそらくキートンは"居抜き"でこの客船を買ったのではないでしょうか。

 やがて船は人食い人種のいる島へ漂着し、ベッツィは原住民にさらわれる―この辺りからぐーんとスケールアップしてきて、何となく「小品」とのイメージがあったのですが、今観直してみると、やはりお金もかかってっているし、キートンのアクションの魅力も十分に発揮されていました。

 「海底王キートン」とのタイトルの通り、キートンが船の修理海底王キートン(1924) キートン.jpgのために潜水服を着て海に潜る「海中シーン」があり、これがよく出来ています。THE NAVIGATOR 海中.jpg実際の撮影はシエラネヴァダ山中にあるタホ湖(かつては世界第3位の透明度を誇った)で行われましたが、水温が低すぎて30分と潜っていられず、水中シーンだけで4週間も要したそうです。加えて、当時の潜水技術からするとかなり危険な撮影でもあったように思われます(「アクション度の低い作品」との見方は間違っていたかも)。しかしながら、大ダコはどうやって撮ったのか?(ある部分では"特撮映画"とも言える作品か)

Buster Keaton and Kathryn McGuire
Buster Keaton and Kathryn McGuire.jpg海底王キートン(1924) 3.jpg 「人食い人種」の描かれ方が今の時代海底王キートン(1924) クルマ.jpgからするとどうかというのはありますが、和暦でいえば大正13年の作品になるわけで、これは仕方ないか。冒頭で向いの家に行くにも運転手付の車を使っていた「お坊ちゃまロッロ」が、最後は一人の頼りがいある男として女性の愛を獲得するという成長物語にもなっていて、観ていて心地よい作品です。加えて"映画史上初の海中シーン"などもあったためか、実際、当時としても大ヒットし、この作THE NAVIGATOR(1924) ボート.jpg品によってキートンはドル箱スターの仲間入りを果たします(因みに、「Wikipedia」によれば、キートン作品の中で興行収入において最も成功した作品であるとのこと)。
 勿論、肩肘張って観るような作品ではないです。「人食い人種」が畏怖した潜水服姿のキートンがむしろ何とも言えず愛らしく、ベッツィがそのキートンを筏代わりにして危機を脱する場面などは、よく考え付いたアイデアだなあと感心させられました。
The Navigator (1924)
The Navigator (1924).jpg
keaton The Navigator.jpg海底王キートン 10.jpg「海底王キートン」●原題:THE NAVIGATOR●制作年:1924年●制作国:アメリカ●監督:バスター・キートン/ドナルド・クリスプ●製作:ジョセフ・M・シェンク●脚本: ジーン・ハヴェッツ/クライド・ブラックマン/ジョセフ・ミッチェル●撮影:エルジン・レスリー/バイロン・フーク●時間:59分●出演:バスター・キートン/キャスリン・マクガイア/フレデリック・ブルーム/ノーブル・ジョンソン/H・M・クラグスト/クラレンス・パートン●米国公開:1924年10月(評価:★★★★)


爆笑コメディ劇場2 DVD10枚組.jpg爆笑コメディ劇場 2 チャールズ・チャップリン バスター・キートン マルクス兄弟 ローレル&ハーディ BCP-062 [DVD]
keaton The Navigator2.jpg《読書MEMO》
●「爆笑コメディ劇場2」収録作品
1. 海底王キートン ( 59分 / モノクロ・サイレント / 1924年 )
相手もいないのに結婚したくなったので、家の向かいの海運王の娘にプロポーズするもすげなく断られた大富豪の御曹司ロロ。新婚旅行用に予約していた客船に一人さびしく乗るはずが、間違えて娘の父親の船に乗ったのが運の尽き...。
2. マルクス一番乗り ( 109分 / モノクロ / 1937年 )
競馬場近くの診療所は経営難に陥っていた。オーナーのジュディは、富豪夫人の強い希望で名医ハッケンブッシュ博士を招くことになったが、彼は馬専門の獣医だったのだ。診療所の運命やいかに!マルクス兄弟の強烈なギャグが冴えわたる傑作。
3. キートンの鍛冶屋 ( 同時収録「キートンの空中結婚」 : 42分 / モノクロ・サイレント / 1922-3年 )
鍛冶屋で助手として働くキートンはドジの連続。親方のいないある日、蹄鉄を馬に打とうとして失敗したり、車を修理しようとしてポンコツにしてしまったりと、やることなすことヘマばかり...。爆笑必至の「キートン空中結婚」を同時収録。
4. チャップリン醜女の深情 ( 同時収録「チャップリンの夜遊び」 : 106分 / モノクロ・サイレント / 1914-5年 )
詐欺師はある娘を誘惑して家から大金を持ち出させることに成功するが、彼女を捨てた後で、娘が億万長者になったことを知り・・・。酔っ払ったチャップリンが行く先々でトラブルを起こす「チャップリンの夜遊び」を同時収録。
5. マルクス兄弟 珍サーカス ( 87分 / モノクロ / 1939年 )
ジェフが経営するサーカス団は借金まみれ。彼は友人と弁護士に相談し、ジェフの裕福な叔母が主催するパーティーで興行し、負債を返済しようとするが...。ゴリラも登場するクライマックスの空中ブランコの曲芸シーンは圧巻。
6. 天国二人道中 ( 68分 / モノクロ / 1939年 )
ヨーロッパ旅行中、パリで踊り子に恋をしたハーディ。結婚を決意していたハーディだったが、彼女にはすでに夫がいた。心の傷を癒すためローレルとともに外人部隊に入隊したのはいいが、ハチャメチャな大騒動を巻き起こしてしまう。
7. チャップリンのお掃除 ( 同時収録「チャップリンの寄席見物」 : 48分 / モノクロ・サイレント / 1915年 )
とある銀行の掃除係チャップリンは、エドナが自分を愛していると早とちり。しかし、本当に彼女が好きだったのは...。寄席にやってきたチャップリンが舞台裏でハチャメチャな騒動を起こす「チャップリンの寄席見物」を同時収録。
8. キートンの歌劇王 ( 81分 / モノクロ・サイレント / 1932年 )
真面目だが変わり者の大学教授は、遺産相続で大金持ちになったと思い込まされ旅に出る。道中、どさ回りの貧乏劇団と知り合う。気が大きくなった教授は、彼らのスポンサーとなり、ブロードウェイで興行をすることになるが...。
9. チャップリンの海水浴 ( 同時収録「彼の更正」「メーベルの身替り運転」 : 43分 / モノクロ・サイレント / 1914-5年 )
海水浴にやってきたチャップリンが二組の夫婦を巻き込んで繰り広げる、ナンパあり、喧嘩ありのドタバタコメディ。脇役として出演している「彼の更生」、レーサーに嫉妬する男を演じる「メーベルの身替り運転」を同時収録。
10. ユートピア ( 82分 / モノクロ / 1951年 )
遺産を相続したローレル。その中には太平洋の島もあり、さっそくハーディとともに船でその島に向かう。幾多の冒険の末、島に着くが、待っていたのはサバイバル生活だった。そして人が訪れるようになると彼らは島を独立国とするが...。

「●写真集」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【875】 『アンリ・カルティエ=ブレッソン写真集成
「●か行外国映画の監督」の インデックッスへ 「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

"ヴォーグ"のトップ・モデルで、映画「詩人の血」にも主演した、才色兼備の写真家。

リー・ミラー写真集.jpg  Lee Miller.bmp Lee Miller (1907-1977)photo by Man Ray/Self-Portrait(下右)
(27.4 x 22.8 x 2.4 cm)『リー・ミラー写真集 -いのちのポートレイト-』 ['03年]
Lee Miller2.jpg
 モデルや女優から写真家になった人は多く、かのレニ・リーフェンシュタール(1902-2003)も元は女優であり、キャンディス・バーゲンも一時は写真家の方が本業だったし、日本でも元ミス・ユニバース日本代表の織作峰子や元モデルの桐島ローランド、男性まで含めると加納典明(俳優と兼業だった)もいて、最近では福山雅治、松田美由紀まで"参入"しているけれど、この辺りになると実力のほどはよく分からない...。

Man Ray and Lee Miller.jpg そうした中(と言っても、この中で比べて差し支えないにはレニぐらいだろうが)、このリー・ミラー(Lee Miller)は、モデルとしても写真家としても一流だったと言えるでしょう。

Man Ray and Lee Miller

 雑誌"ヴォーグ"のトップ・モデルだった22歳の時に写真家に転身、マン・レイに師事するとともに、マン・レイの以前の恋人だった"モンパルナスのキキ"から彼を奪って彼の愛人になってしまうのですが、初期の頃はファッション写真やポートレートを撮っていたのが、第二次世界大戦の戦場に赴いて戦場ジャーナリストになりました。

Lee Miller3.jpgLee Miller 1.jpg 戦場に向かう女性将校や戦場に斃れた兵士などを撮り、自決したナチの将校や頭髪を剃られたナチ協力者の女性、殴られて顔が変形したナチ収容所の元警備兵などの生々しい写真もありますが、ファッション写真を撮っていた頃に既にシューレアリストから強い影響を受けており(彼女はジャン・コクトー監督の「詩人の血」('30年/仏)に"生きた彫像"役で出ている。面白いけれど評価不能に近いシュールな映画だった)、そうした勇壮な、或いは悲惨な写真においても、その光と影の使い方にシュールな感覚が見られ、その覚めた意匠が、却って報道写真としての説得効果を増しているように思います。

Lee Miller in Hitler's bath.jpgLee Miller.jpg 戦後はポートレートに復帰し、長年親交のあった画家ピカソの日常の"素"の姿を写し撮っていて、そのくつろいだ様が興味深いですが、その他にも多くの芸術家や映画俳優の写真を残しています。
 しかし、一番美しく撮れているのが彼女自身のポートレートであり、この写真集の中でそれに匹敵する美人と言えば、彼女が撮ったマレーネ・デートリッヒぐらいでしょうか。
 この写真集を見ていると、ついミラー自身のセルフポートレートや撮影の合間に自分がモデルになって撮られた写真に目が行っていまいます。

Lee Miller in Hitler's bath (ヒトラーの浴室のミラー 1945.5.1)

 まさに才色兼備、生き方も奔放だったようで、彼女について書かれた伝記もあり彼女自身も文筆家でしたが、'60年代以降の活動がやや地味だったこともあり(自分の仕事をやり尽くしてしまった感じがした?)、20世紀の「伝説の写真家」と言っていい女性です。

詩人の血.jpg「詩人の血」(1930年).jpg詩人の血1.jpg 「詩人の血」●原題:LE SANG D'UN POETE●制作年:1930年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン・コクトー●製作:ド・ノアイユ伯爵●撮影:ジョルジュ・ペリナール●音楽:ジョルジュ・オーリック●時間:50分●出演:リー・ミラー/ポリーヌ・カルトン/オデット・タラザック/エンリケ・リベロ/ジャン・デボルド●パリ公開:1930/01(プレミア上映)●最初に観た場所:新宿アートビレッジ (79-03-02)(評価:★★★?)●併映:「忘れられた人々」(ルイス・ブニュエル)/「アンダルシアの犬」(ルイス・ブニュエル/サルバトーレ・ダリ)

「●さ行の外国映画の監督①」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2421】 ジャン=ピエール・ジュネ「アメリ
「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

人間の強欲を皮肉をこめて描く完璧主義者シュトロハイムらしい作品(オリジナルは9時間半)。

グリード ポスター.jpgエーリッヒ・フォン・シュトロハイム 「グリード」.jpgグリード.jpg greed 1.jpg Erich von Stroheim.bmp
「グリード」クラシック・ポスター/「グリード《IVC BEST SELECTION》 [DVD]」 「グリード [DVD]」Erich von Stroheim

GREED 1924 poster2.png.jpgグリード 01.jpg サンフランシスコでヤミ歯科医をしている主人公マクティーグは、友人マーカスの恋人トリーナに横恋慕し、マーカスから彼女を譲って貰って妻にしたのだが、そのトリーナがある日5千ドルの宝くじを当てたため、マーカスはこれを妬んでマクティーグが無許可医であることを告発、一方、トリーナは5千ドルを守ろうと極端に倹約に走り、失職したマクティーグは妻のそうした態度に我慢できずに彼女を殺して金を奪い死の谷へ逃走。それを追うマーカスと灼熱の谷で5千ドルを奪い合う―。

GREED 1924 4.jpg 人間の強欲さ(greed)を描いた作品で、何だか、「三つの願い」を叶えて貰えることになった欲の張った夫婦が欲にかまけてそのチャンスを全て無駄にしてしまうという昔話を思い出しましたが、フランク・ノリスの原作小説『マクティーグ』は実話に基づいているとのこと。

greed 2.jpg 最後の男2人の死の谷での死闘は、モノクロ画面のお陰で却って灼熱感があり壮絶で、その後の「莫大な金はあっても一杯の水が無い」という "落ち"は確かに皮肉が効いていますが、映画全体としてはむしろ、大金を手にした妻トリーナが、それを無駄遣いしてはならない思いから、いつの間にか常軌を逸した吝嗇家になっていく様の方が印象的で、こっちの方が人間心理の怖さを表しているかも知れないと感じました(この監督は女性をシニカルに描く傾向にある?)。

 完璧主義者エーリッヒ・フォン・シュトロハイム(Erich Von Stroheim、1885‐1957)監督の長編サレント映画作品はどれも途方もない長編で、現存しているのはすべて極端に短縮されているものばかりであり、この作品も、完成時は9時間半あったそうですが、知人宅で8mmフィルムで観たものは約100分の短縮版で、どうしても話が飛び飛びになってしまうきらいはありました(一般向けにビデオ化、DVD化されているものも、同じく短縮版)。

 シュトロハイムはスタジオセットを用いずオール・ロケでこの映画を撮っていますが、死の谷の場面の撮影では、暑さに耐えかねて体調を悪くするスタッフが続出し、死人も出たというから、そこまでやるかという感じ。

GREED 1924.jpg その他にも、無声映画なのに出演者に台詞を全部暗記させたとか、この映画のために自宅や自家用車を抵当に入れたとか、完璧主義者らしい逸話に事欠かない作品ですが、如何せん長すぎて、映画会社上層部の意向でどんどん短縮編集されていったのは彼にとって気の毒なことでした(但し9時間半全部を観たいかというと、個人的にもさすがにそんな気は起きないのだが)。
 こうした仕打ちに本人も嫌気がさしたのかどうかは知りませんが、むしろ映画会社の方で彼に映画を撮らせると金がかかり過ぎるということで彼を敬遠するようになった結果、1920年代後半には監督としてのキャリアに終止符を打ち、以降は俳優として活躍することに(それまでも自身の監督作「愚なる妻」('22年)に主演するなどしてはいたが、以降は俳優一本に)。ジャン・ルノワールの「大いなる幻影」('37年)の貴族出身のドイツ将校役、ビリー・ワイルダーのサンセット大通り」('50年)の執事役の名優ぶりはよく知られているところです。人間の「性欲」を描いた「愚なる妻」と「金銭欲」を描いた「グリード」、映画監督としての力量からすると、俳優だけさせておくのは惜しかった...。

Greed(1924).jpgGREED 1924 3.jpgGREED 1924 poster1.jpg「グリード」●原題:GREED●制作年:1924年●制作国:アメリカ●監督:エーリッヒ・フォン・シュトロハイム●製作:MGMスタジオ●製作総指揮:ルイス・B・メイヤー●脚本:エーリッヒ・フォン・シュトロハイム/ジューン・メイシス●撮影:ベン・レイノルズ/ウィリアム・ダニエルズ/アーネスト・シュードサック●原作:フランク・ノリス「マクティーグ」●時間:100分●出演:ギブソン・ゴウランド/ザス・ピッツ/ジーン・ハーショルト/チェスター・コンクリン●日本公開:1926年11月5日●配給:ヤマニ洋行●最初に観た場所:杉本保男氏邸 (80-12-27) (評価★★★☆) Greed(1924)

「●バースター・キートン監督・出演作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2151】 「カレッジ・ライフ
「●は行の外国映画の監督①」の インデックッスへ 「●さ行の外国映画の監督②」の インデックッスへ 「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

「キートン・ライズ・アゲイン」でレール・テクニックが体に染み付いたものだったことを知る。

キートンの大列車追跡.jpg世界名作映画全集 99 キートンの大列車追跡.jpg 『キートンの大列車追跡』(1926) 21.jpg Buster Keaton.jpg
世界名作映画全集99 キートンの大列車追跡 [DVD]
「キートンの大列車追跡」1977年リバイバル公開時チラシ

THE GENERAL  Buster Keaton.jpg アメリカ南北戦争を舞台にした機関車追跡劇。キートンが機関士を務める蒸気機関車の名が「将軍(General)」。愛する機関車を北軍に奪われ、彼は別の機関車で追走するが、その奪われた機関車には彼の恋人も乗っていた―。


キートン将軍 vhs.jpg キートン黄金期の代表作で、日本初公開時のタイトルは「キートン将軍」で、後に「キートンの大列車強盗」となり、70年代のリバイバル上映時に「キートンの大列車追跡」という邦題になっていますが、その方が内容に沿ったタイトルと言『キートンの大列車追跡』(1926) .jpgえるかも(80年代の渋谷ユーロスペースでの自主上映では「キートンの大列車強盗」のタイトルを使用し、最近のフィルムセンターでの上映は「キートン将軍」、シネマヴェーラ渋谷での上映では「キートンの大列車強盗」を使用している)。

 最後の方で本物の機関車を鉄橋ごと川に落下させるシーンがあり、この場面だけで映画製作予算42万ドルの大半を使っているとのことです。そうしたスケールの大きさもさることながら、とにかく、機関車の線路の切り替えのテクニックを使ったアクション描写が巧みな映画でした。今でこそキートン映画の上映会の定番作品ですが、公開当時の評価は「かつての労作より遥かに劣る」(NYタイムズ)など惨憺たるもので、興行収入も「拳闘屋キートン」('26年)の77万ドルに対して47万ドルに止まったということです。

 キートンは、MGM解雇、離婚やアルコール中毒などによる没落期を経て、50代半ば頃から映画界に復帰しましたが(「サンセット大通り」('50年)に"かつての大物俳優"役で出演している)、70歳近くなった晩年にも「線路工夫(The Railrodder)」('65年/カナダ、ジェラルド・ポタートン監督)という25分ほどの小品を撮っています。

The Railrodder dvd.jpg これは、カナダ観光局がキートンを招聘して作った作品で、ロンドンにいたキートンがふとした思いつきでカナダに渡り(泳いで!)、偶々休息をとったトロッコ(カナディアン・ナショナル鉄道の「CN」のロゴ入り)が動き出して、結局それに乗って風光明媚なカナダの各地を旅するという、いわば「レイルロード・ムービー」。背景的に登場する人はいるものの、出演者は実質、終始The Railrodder 1.jpgトロッコに乗りカナダ各地を駆け抜ける(その間トロッコに乗ったまま、料理したり洗濯したり鳥撃ちしたり編み物したりする)キートンのみで、カラー作品ではあるもののセリフ無しという無声映画のスタイルを踏襲しています。「大列車強盗」と同趣の、つまり"レール・テクニック"を前面に押し出したものとなっており、高齢となったキートンが自らアクションっぽいこともやっていれば、随所でしっかり笑いもとっています。人生に浮き沈みのあったキートンが、晩年にこうした原点回帰的な作品を撮っているというのは嬉しいことであり、それがドラマなどでなく、純粋にテクニカルな要素を前面に出した、スピード感溢れる乾いたコメディになっている点が尚のこと良いです。爆笑コメディと言うより、キートンが次々と繰り出す懐かしいギャグやクスッと笑える妙技を(サイレント時代と同じく笑わないが、"無表情"ではなく表情豊かになっている点に注目)、カナダの美しい風景と共に楽しめる作品で、キートンを招聘したカナダ観光局にも一票を投じたく思います。
                     "Buster Keaton Rides Again / The Railrodder "(輸入版)
BUSTER KEATON RIDES AGAIN1.jpgRailrodder & Buster Keaton Rides Again.jpg その「線路工夫」もさることながら、「線路工夫」のメイキング・ムービーである「キートン・ライズ・アゲイン」('65年/カナダ)というのがこれまた興味深く、70歳に間近いキートンが、自ら線路の切り替えテクニックの指導をし、しばしばとり憑かれたように自分で機械の調整や操作をしています。この記録映画の中で老優の日常の生活ぶりも紹介されていますが、個人的には、「線路工夫」の撮影の様子が、失った何かを取り戻そうとしている老人に見えて、切ないような印象も受けました。でも、「線路工夫」の見事な出来映えからするに、70歳間際であれだけのものを作ろうとするならば、やはり、とてつもない集中力(気力・体力)が必要なのだろなあとも思いました。

 共にキートンが亡くなる1年前の映像ですが、とりわけ「キートン・ライズ・アゲイン」により、老優の映画と機関車への執着を感じさせるとともに、「大列車強盗」におけるレール・テクニックが彼の体の真底に染み付いたものであったことを、改めて思い知りました。

キートンの大列車強盗 vhs.jpgBUSTER KEATON THE GENERAL.jpg「キートンの大列車強盗 (将軍)」●原題:THE GENERAL●制作年:1926年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/クライド・ブラックマン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:デヴラクス・ジェニングス/バート・ヘインズ●音楽:コンラッド・エルファース●時間:106分●出演:バスター・キートン/マリオン・マック/グレン・キャベンダー/チャールズ・スミス●日本公開:1926/12●配給:東和●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-21)●2回目:池袋文芸座ル・ピリエ(86-02-01)(評価:★★★★☆)●併映(1回目):「キートンのカレッジ・ライフ(大学生)」(バスター・キートン)/「キートンの線路工夫」(ジェラルド・ポタートン)●併映(2回目):「我輩はカモである」(マルクス兄弟)

BUSTER KEATON The Railrodder.jpgBUSTER KEATON The Railrodder0.jpg「キートンの線路工夫」●原題:THE RAILRODDER●制作年:1965年●制作国:カナダ●監督・脚本:ジェラルド・パッタートン●製作:ジュリアン・ビッグス/ナショナル・フィルム・ボード・オブ・カナダ作品●撮影:ロバート・ハンブル●音楽:エルドン・ラスバーン●時間:25分●出演:バスター・キートン●日本公開:1980/02●配給:有楽シネマ●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-21)(評価:★★★☆)●併映:「キートンの大列車強盗 (将軍)」(バスター・キートン)/「キBUSTER KEATON RIDES AGAIN 2.jpgートンのカレッジ・ライフ(大学生)」(バスター・キートン)

BUSTER KEATON RIDES AGAIN2.jpg「キートン・ライズ・アゲイン」●原題:BUSTER KEATON RIDES AGAIN●制作年:1965年●制作国:カナダ●監督・撮影:ジョン・スポットン●製作:ジュリアン・ビッグス/ナショナル・フィルム・ボード・オブ・カナダ作品●時間:61分●出演:バスター・キートン/エレノア・キートン/ジェラルド・ポタートン●日本公開:1980/02●配給:有楽シネマ●最初に観た場所:アートシアター新宿 (84-05-27)(評価:★★★☆)●併映:「キートンの文化生活一週間」(バースター・キートン)/「デブ君の浜遊び」(バースター・キートン)/「デブ君の自動車屋」(ロスコー・アーバックル)

爆笑コメディ劇場1.png爆笑コメディ劇場 DVD10枚組 キートン将軍 我輩はカモである マルクス兄弟オペラは踊る キートンの蒸気船 猛進ロイド キートンの大学生 ロイドの牛乳屋 チャップリンの拳闘 チャップリンの舞台裏 チャップリンの駈落 BCP-047

バスター・キートン Talking KEATON DVD-BOX.jpgバスター・キートン Talking KEATON DVD-BOX
【収録作品】
1「キートンのエキストラ」FREE AND EASY 1930年 90分
監督:エドワード・セジウィック 出演:アニタ・ペイジ/ロバート・モンゴメリー
2 「キートンの決死隊」 DOUGHBOYS 1930年 79分
監督:エドワード・セジウィック 出演:クリフ・エドワーズ/サリー・アイラース
3「キートンの恋愛指南番」PARLOR, BEDROOM AND BATH 1931年 72分
監督:エドワード・セジウィック 出演:シャーロット・グリーンウッド/レジナルド・デニー
4 「紐育(ニューヨーク)の歩道」SIDEWALKS OF NEW YORK 1931年 73分
監督:ジュールス・ホワイト/ジオン・マイヤーズ 出演アニタ・ペイジ/クリフ・エドワーズ
5 「キートンの決闘狂」 THE PASSIONATE PLUMBER 1932年 74分
監督:エドワード・セジウィック 出演:オーギュスト・トレール/アイリン・パーセル
6「キートンの歌劇王」SPEAK EASILY 1932年 82分
監督:エドワード・セジウィック 出演:ルース・セルウィン/セルマ・トッド
7「キートンの麦酒王」 WHAT NO BEER? 1933年 66分
監督:エドワード・セジウィック 出演:フェリス・バリー/ジミー・デュランテ
【特典ディスク】「キートンの大列車追跡」 THE GENERAL 1926年 106分
監督:バスター・キートン/クライド・ブラックマン 出演:マリアン・マック/グレン・キャベンダー

「●バースター・キートン監督・出演作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2149】 「拳闘屋キートン
「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ 「○都内の主な閉館映画館」の インデックッスへ(旧ユーロスペース・シアターN渋谷)

キートン映画では、面白さ、スリル、スピードともこの作品が一番だと思う。

 キートンのセブン・チャンス チラシ.jpg '73年リバイバル公開時チラシ

キートンのセブン・チャンス01.jpg キートン演じる破産寸前の青年実業家のもとにある日見知らぬ弁SEVEN CHANCES  Buster Keaton.jpg護士が訪れ、27歳の誕生日の午後7時までに結婚すれば700万ドルの遺産が彼に与えられるという親戚の遺言書を示すが、その誕生日というのは何と今日だった! 彼の"想い娘"は金目当ての結婚は嫌だと言い、仕方なく新聞にその旨の「花嫁募集」広告を出したところ、7000人もの花嫁候補に追われる羽目になる―。

「キートンのセブンチャンス (栃面棒)」.jpg ということで、"7並び"から「セブン・チャンス」というタイトルになるわけですが、日本公開時のタイトルは「キートンの栃面棒」で、"栃面棒"というのは"栃の実"で作る栃麺という蕎麦の類をこねる棒のことで、転じて「面食らう」ことらしいですが、当時の日本では一般的に使われていたのかなあ、こんな言葉が。

セブン・チャンス.jpg キートンがウェディング・ドレスを着た大勢の花嫁候補に追いかけられるシーンは、彼のスラップスティック・コメディの真骨頂ですが、それ以上にスゴイのが、丘陵地に差し掛かったところで、花嫁が岩に転じたのかどうかよくわからないけれども、ゴロゴロ転がり落ちてくる無数の巨大岩石(全部で1500個)を彼がよけるシーンで、コメディとしてもそうですが、それ以上にアクション映画としてスゴイ! 転がってくる無数の岩を次々とかわす場面などはシュールでもあり、一度見ておいて損は無いです。

 実はこの大小合わせて1500個もの石がキートンを追いかけてくるシーン、全くの偶然から生まれたとのことです(以下、『バスター・キートン自伝』より)。
 ―― 花嫁募集の広告で集まってきた女性の大群から逃げるという短い場面があってね。私は彼女たちを野外に連れ出して、追い掛けっこの撮影を始めた。丘の斜面を駆け下りている時だった。丘には石がいくつもあって、私はその一つに偶然にぶつかってしまったんだ。それが転がり出して、別の二つの石にぶつかった。後ろを振り返ると、さっきの三つの石が転がり落ちてくる。ボーリングのボールぐらいのが三つ、私の方に向かってくるんだ。必死に走って逃げるしかなかった―。

キートンのセブン・チャンス02.jpg 「海底王キートン」('24年)がヒットしたにしても依然としてチャップリン、ロイドに比べるとややマイナーだったキートンが、人気面で彼らと肩を並べる契機となった作品であり、キートン映画の中で「大列車強盗(将軍)」とこの作品のどちらを最高傑作とするか迷うところですが、個人的には面白さ、スリル、スピードともこの作品が一番だと思います。チャップリンのように"感動することを迫られる"ようなウェット感も無く、ただただ驚き笑えるという点では、この岩石落しのシーンも含め、スラップスティック・コメディの傑作と言えるでしょう。


キートンのセブン・チャンス/キートンの蒸気船(1973).jpgキートンのセブン・チャンス.jpgキートンのセブン・チャンス [DVD]
「キートンのセブン・チャンス/キートンの蒸気船」 (1973年公開時チラシ)

「キートンのセブン・チャンス(栃面棒)」●原題:SEVEN CHANCES●制作年:1925年●制作国:アメリカ●監督:バスター・キートン●製作:ジョセフ・M・シェンク●脚本: ジーン・ハヴェッツ/クライド・ブラックマン/ジョセフ・ミッチェル●撮影:エルジン・レ渋谷ユーロスペース03.jpgスリSeven Chances (1925).jpgSEVEN CHANCES.jpg ー●音楽:ロバート・イズラエル●原作:ロイ・クーパー・メグルー●時間:57分●出演:バスター・キートン/ロイ・バーンズ/ルース・ドワイヤー/フランキー・レイモンド/スニッツ・エドワーズ/ジーン・アーサー●日本公開:1926年7月15日●配給:ヤマニ洋行●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-16)(評価:★★★★☆)●併映:「キートンの蒸気船(船長)」(バスター・キートン)
Seven Chances (1925)
旧・渋谷ユーロスペースシアターN渋谷 1982(昭和57)年渋谷駅南口桜丘町にオープン、2005(平成17)年11月移転のため閉館。2006(平成18)年1月から渋谷円山町「Q-AXビル」に再オープン。旧ユーロスペース跡地に、2005年12月3日「シアターN渋谷」がオープン(2012年12月2日閉館)

「●映画」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2323】 和田 誠/山田 宏一 『たかが映画じゃないか
「●は行の外国映画の監督①」の インデックッスへ 「●ま行の外国映画の監督」の インデックッスへ 「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

スチールが豊富でレイアウトがダイナミック。

昭和外国映画史0.JPG昭和外国映画史.jpg 昭和外国映画史2.jpg
昭和外国映画史―「月世界探検」から「スター・ウォーズ」まで (1978年)

 「1億人の昭和史」という毎日新聞社の雑誌の別冊シリーズ(今で言う"ムック")として刊行されたものです。

「月世界探検」(1902)
月世界探検.jpg 一応「昭和」とタイトルにありますが、1908(明治41)年公開の「月世界探検(月世界旅行)」('02年/仏)から取り上げていて(これ、8mmフィルムで観たことがあるが、"大掛かりな学芸会"みたいな作品だった)、日本で公開された外国映画をスチールで紹介する「全史」となっています。10年単位で均等に作品を取り上げているため、20世紀初期の多くの無声映画が紹介されているなど、類書に比べ相対的に古典的作品が詳しく紹介されていることになっています。

IMG_2849.JPG 本書自体が'78(昭和53)年の刊行なので、昭和を10年残したところで終わっていますが、掲載されているスチールの総数は千枚近いのではないかと思われます。大胆でダイナミックなレイアウトにより、外国映画の持つスケールと迫力、豊かな情感が伝わってきて、まだ観ていない映画も見たくなってきます。

 1枚のスチール写真で1ページ、更には見開きページを使っている作品もあり、因みに見開き掲載となっているのは、「未完成交響曲」(昭和10年公開)、「駅馬車」(昭和15年公開)、「風とともに去りぬ」(昭和27年公開)、「スター誕生」、「旅情」(共に昭和30年公開)、「荒野の七人」(昭和36年公開)、「ゴッドファーザー」(昭和47年公開)等々。

IMG_2848.JPG あくまでも日本での公開順に昭和を10年単位で区切り(「戦艦ポチョムキン」('25年/ソ連)などは昭和40年代のグループにある)、併せて時代風潮と映画業界の動向を総括していますが、例えば、昭和30年代の冒頭には、日本初の"シネラマ劇場"「テアトル東京」の写真があり、当時1日1万人近い観客が押しかけたのこと(現在の京橋駅近くの「ル・テアトル銀座」の場所にあった)。

 自分も'81年の閉館直前の頃ですが、ここで「地獄の黙示録」「天国の門」などを観た思い出があり、その頃にはもうガラガラに空いていましたが(ロードの終わりの頃だったのかなあ)、初体験の2チャンネル・サウンドや湾曲したスクリーンの記憶は消えません。

「風と共に去りぬ」」パンフレット(1975年リバイバル公開版)
風と共に去りぬ パンフ00.JPG オールド・ムービーについて知る手引きとして楽しませてもらい、今も手元に置いていますが、「1枚のスチールは10の解説よりも雄弁」という思いを強く抱かされます。

 「風とともに去りぬ」('39年/米)が本書のちょうど真ん中にくるぐらいでしょうか(前の方には、自分の知らない古典的作品がいっぱいある)。
  1930年代に「風と共に去りぬ」のようなスケールの大きな映画がアメリカで作られ、それを日本人が1950年代になって初めて観て驚き、こんな映画を作った国と戦争しても勝てるはずがなかったのだと改めて思ったわけだなあ(小津安二郎や徳川夢声は戦時中に日本軍の被占領地(シンガポール)でこの映画を観ている)。

風と共に去りぬ パンフ01.JPG アカデミー賞の作品賞・監督賞・主演女優賞・助演女優賞・脚色賞・撮影賞・室内装置賞・編集賞・制作賞・特別賞受賞。アメリカ国内での興行収入は、チケット価格のインフレ調整計算すると歴代1位になり、日本でも高度成長期を中心に10回以上リバイバル上映され、今日も世界中のどこかの映画館で必ず上映されていると言われるスゴイ映画です。因みに、世界で初めてテレビ放映されたのも日本においてです(1975年/日本テレビ系列)。

風と共に去りぬ パンフ02.JPG 「風と共に去りぬ」 ●原題:GONE WITH THE WIND●制作年:1939年●制作国:アメリカ●監督:ビクター・フレミング●製作:デヴィッド・O・セルズニック●脚本:シドニー・ハワード●撮影:アーネスト・ホーラー/レイ・レナハン●音楽:マックス・スタイナー●原作:マーガレット・ミッチェル●時間:231分●出演:ヴィヴィアン・リー/クラーク・ゲーブル/レスリー・ハワード/オリヴィア・デ・ハヴィランド/トーマス・ミッチェル/バーバラ・オニール/ハティ・マクダニエル/イヴリン・キース/アン・ラザフォード/ハリー・ダベンボート/ローラ・ホープ・クルーズ/キャロル・ナイ/オナ・マンスン/カミー・キング●日本公開:1952/09●配給:MGM日本支社●最初に観た場所:池袋文芸坐(78-06-03)(評価:★★★★)

月世界旅行 dvd.jpg月世界旅行1.jpg月世界旅行2.jpg 「月世界旅行」(げつせかいりょこう)●原題:THE TRIP TO THE MOON(Le Voyage dans la Lune)●制作年:1902年●制作国:フランス●監督・製作・脚本:ジョルジュ・メリエス●原作:ジュール・ヴェルヌ/H・G・ウェルズ●時間:14分●出演:ジョルジュ・メリエス/ブリュエット・ベルノン/ ジュアンヌ・ダルシー/ヴィクター・アンドレ/アンリ・デラヌー●日本公開:1905/08●配給:MGM日本支社●最初に観た場所:杉本保男氏邸(81-01-31)(評価:★★★?)
月世界旅行&メリエスの素晴らしき映画魔術 Blu-ray」['12年] 2010年彩色版

「●か行の現代日本の作家」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1067】 川上 未映子 『乳と卵
「●「芥川賞」受賞作」の インデックッスへ
「●は行の外国映画の監督①」の インデックッスへ 「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

初めは「アンダルシアの犬」と同じ狙いかと...。後半がっかり。

蛇にピアス.jpg  『蛇にピアス』 (2004/01 集英社)  アンダルシアの犬.jpg 「アンダルシアの犬 [DVD]

 2003(平成15)年・第27回「すばる文学賞」、2003(平成15)年下半期・第130回「芥川賞」受賞作。

 主人公の19歳のルイは、刺青やピアス、更には少しずつ舌を裂いていくスプリットタンなどの身体改造に興味を示し、自分の舌にもピアスを入れる―。

 著者はお酒を飲みながらこの小説を書いたそうですが、それは、この小説の全編に漂う現実からの浮遊感みたいなものと関係しているでしょうか。ただし文章はうまいのではないかと思いました。
 かなり刺激的な場面を抑制の効いた、というか他人事のような冷静な筆致で綴ることで、逆に舌にピアスの穴を空ける痛みとかがよく伝わってきます。

Buñuel.jpgアンダルシアの犬3.jpg 読んでいて初めのうちは、目玉を剃刀で切るシーンで有名なルイス・ブニュエルの実験映画「アンダルシアの犬」と同じ狙いかと思いました。

The opening scene, just before Buñuel slits the woman's eye with a razor.

アンダルシアの犬(1928 仏).jpg 「アンダルシアの犬」 ['90年/大陸書房](絶版)

アンダルシアの犬4.jpg 「アンダルシアの犬」は、ルイス・ブニュエルとサルバドール・ダリの共同脚本からなるシュールレアリズムの世界を端的に描いた実験映画ですが、女性が目を切られるシーンの他にも掌を蟻が食い破るシーンや子供が人間の手首を転がしているシーンなどショッキングな場面が続き(目を切るシーンはブニュエルの見た夢が、掌を食い破る蟻のシーンはダリの夢がもとになっているらしい)、ストーリーや表現自体に意味があるかと言えば、意味があるとも思えず(シュールレアリズムってそんなものかも)、むしろ、たかがスクリーンに映し出されているに過ぎないものに、人間の心理がどこまで感応するかを試しているような作品に思えました(因みに目玉が切られ水晶体が流れ出すシーンは、死んだ牛の目玉を使ったとのこと。これが女性のシーンと繋がって観る者を驚かせるというのは、まさにモンタージュ技法の典型効果と言える)。

 『蛇にピアス』の場合、映像ではなく活字でどこまで感覚を伝えることが可能かという実験のようにも思えたのですが、そうであるならば、途中までは成功しているのではないかと。

 ただ、「アンダルシアの犬」が、モンタージュなどの技法により最後まで実験的姿勢を保持しているのに対し、この小説は、後半は何だかショボくれた恋愛ドラマみたいになってしまい、少しがっかりしました。
 作者は以前、父親に「もっと恥ずかしいものを書け」と言われたそうですが、父親に言われている間はこのあたりが限界ではないかと思います。

アンダルシアの犬2.png「アンダルシアの犬」●原題:UN CHIEN ANDALOU●制作年:1928年●制作国:フランス●監督・製作:ルイス・ブニュエル●脚本:ルイス・ブニュエル/サルバドール・ダリ●時間:17分●出演:ピエール・バチェフ/シモーヌ・マルイヌ/ルイス・ブニュエル/サルバドール・ダリ●公開(パリ):1929/06●最初に観た場所:アートビレッジ新宿 (79-03-02)●2回目:カトル・ド・シネマ上映会 (81-09-05) (評価:★★★?)●併映:(1回目)「詩人の血」(ジャン・コクトー)/「忘れられた人々」(ルイス・ブニュエル)/(2回目):「ワン・プラス・ワン」(ジャン=リュック・ゴダール)

 【2006年文庫化[集英社文庫]】

「●映画」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1842】 有馬 哲夫 『ディズニーの魔法
「●ふ 双葉 十三郎」の インデックッスへ 「●文春新書」の インデックッスへ 「●「菊池寛賞」受賞者作」の インデックッスへ 「●チャールズ・チャップリン監督・出演作品」の インデックッスへ 「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

通し読みすると著者の映画観や評価スタンスがわかり、巻末の「ぼくの映画史」も味わい深い。

外国映画ぼくの500本.jpg ぼくの採点表 2 1960年代.jpg 黄金狂時代 1925.jpg黄金狂時代 コレクターズ・エディション [DVD]
外国映画ぼくの500本』 文春新書〔'03年〕 『ぼくの採点表 2 1960年代―西洋シネマ大系 (2)』 (全5巻)
映画雑誌『スクリーン』1957年1月号
映画雑誌『スクリーン』1957年1月号.jpg双葉十三郎.jpg 映画雑誌「スクリーン」に長年にわたって映画評論を書き続けてきた著者による、20世紀に公開された外国映画500選の評論です。何しろ1910年生まれの著者は、見た洋画が1万数千本、邦画も含めると約2万本、1920年代中盤以降公開の作品はほとんどリアルタイムで見ているというからスゴイ!

 本書のベースとなっているのは「スクリーン」の連載をまとめた『西洋シネマ体系 ぼくの採点表』という全5巻シリーズで、この中にある約8,900本の洋画の中からさらに500本を厳選し、1本当たりの文字数を揃えて五十音順に並べたのが本書であるとのことです(著者は『西洋シネマ体系 ぼくの採点表』全5巻完結の年に第49回「菊池寛賞」を受賞している)。

 名作と呼ばれる映画の多くを網羅していて、強いて言えば心温まる映画が比較的好みであるようですが、古い映画の中にはDVDなどが廃盤になっているものも多いのが残念です。

 映画評論の大家でありながら、B級映画、娯楽映画にも暖かい視線を注いでいて、一般観客の目線に近いところで見ているという感じがし、自分たちが青春時代に見た映画も著者自身は老境に入って見ているはずなのに、感想には若者のようなみずみずしさがあって、ああこの人は万年青年なのだなあと。

 1本ごとの見どころを短文の中にうまく盛り込んでいて、リファレンスとしても使え"外れ"も少ないと思いますが、一通り読んでみることをお薦めしたいです。著者の映画観や映画を評価するということについてのスタンスがわかります。すべての作品に白い星20点、黒い星5点での採点がされていますが、「映画とは点数が高ければいいというものではない」という著者の言葉には含蓄があります。

 因みに、90点以上は「黄金狂時代(チャールズ・チャップリン)」「西部戦線異状なし(リュウイス・マイルストン)」「大いなる幻影(ジャン・ルノワール)」「駅馬車(ジョン・フォード)」「疑惑の影(アルフレッド・ヒッチコック)」「天井桟敷の人々(マルセル・カルネ)」「サンセット大通り(ビリー・ワイルダー)」「河(ジャン・ルノワール)」「恐怖の報酬(アンリ・ジョルジュ・クルーゾー)」「禁じられた遊び(ルネ・クレマン)」「水鳥の生態(ドキュメンタリー)」「野いちご(イングマール・ベルイマン)」「突然炎のごとく(フランソワ・トリュフォー)」「スティング(ジョージ・ロイ・ヒル)」「ザッツ・エンタテイメント(ジャック・ヘイリー・ジュニア)」の15本となっています。

 先の「点数が高ければいいというものではない」という著者の言葉もあってこれを著者のベスト15ととっていいのかどうかは分かりませんが、故・淀川長治2.jpg淀川長治(1909-1998)が「キネマ旬報」1980年12月下旬号に寄せた自らのベスト5が「黄金狂時代(チャールズ・チャップリン)」「戦艦ポチョムキン(セルゲイ・エイゼンシュテイン)」「グリード(エリッヒ・フォン・シュトロハイム)」「大いなる幻影(ジャン・ルノワール)」「ベニスに死す(ルキノ・ヴィスコンティ)」となっており、「黄金狂時代」と「大いなる幻影」が重なっています。年齢が近かったこともありますが(双葉氏が1歳年下)、意外と重なるなあという印象でしょうか。巻末の「ぼくの映画史」も、著者の人生と映画の変遷が重なり、その中で著者が、映画の過去・現在・将来にどういった思いを抱いているかが窺える味わい深いものでした。

 「野いちご」('57年/スウェーデン)などベルイマンの作品を高く評価しているのが印象に残ったのと、チャップリン作品で淀川長治と同じく「黄金狂時代」('25年/米)をベ黄金狂時代 01.jpgストに挙げているのが興味を引きました(淀川長治は別のところでは、"生涯の一本"に「黄金狂時代」を挙げている)。「黄金狂時代」はチャップリン初の長編劇映画であり、ゴールドラッシュに沸くアラスカで一攫千金を夢見る男たちを描いたもので黄金狂時代 03.jpgすが、チャップリンの長編の中では最もスラップスティック感覚に溢れていて楽しめ(金鉱探しのチャーリーたちの寒さと飢えがピークに達して靴を食べるシーンも秀逸だが、その前の腹が減った仲間の目からはチャーリーがニワトリに見えてしまうシーンも可笑しかった)、個人的にもチャップリン作品のベストだと思います(後期の作品に見られるべとべとした感じが無い)。

黄金狂時代es.jpg黄金狂時代_15.jpg黄金狂時代14.jpg「チャップリンの黄金狂時代(黄金狂時代)」●原題:THE GOLD RUSH●制作年:1936年●制作国:アメリカ●監督・製作・脚本:チャールズ・チャップリン●撮影:ローランド・トザロー●時間:82~96分(サウンド版73分)●出演:チャールズ・チャップリン/ビッグ・ジム・マッケイ/マック・スウェイン/トム・マレイ/ヘンリー・バーグマン/マルコム・ウエイト/スタンリー・J・サンフォード/アルバート・オースチン/アラン・ガルシア/トム・ウッド/チャールズ・コンクリン/ジョン・ランドなど●日本公開:1925/12●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:高田馬場パール座 (79-03-06)(評価:★★★★☆)●併映:「モダン・タイムス」(チャールズ・チャップリン)

《読書MEMO》
●「双葉十三郎 ぼくの採点表」
☆☆☆☆★★(90点)
1925 黄金狂時代/チャールズ・チャップリン
1930 西部戦線異状なし/リュウイス・マイルストン
1937 大いなる幻影/ジャン・ルノワール
1939 駅馬車/ジョン・フォード
1942 疑惑の影/アルフレッド・ヒッチコック
1945 天井桟敷の人々/マルセル・カルネ
1950 サンセット大通り/ビリー・ワイルダー
1951 河/ジャン・ルノワール
1952 恐怖の報酬/アンリ・ジョルジュ・クルーゾー
1952 禁じられた遊び/ルネ・クレマン
1953 水鳥の生態/ドキュメンタリー
1957 野いちご/イングマール・ベルイマン
1961 突然炎のごとく/フランソワ・トリュフォー
1973 スティング/ジョージ・ロイ・ヒル
1974 ザッツ・エンタテイメント/ジャック・ヘイリー・ジュニア

☆☆☆☆★(85点)
■1920年代以前
 月世界旅行/ジョルジュ・メリエス
 イントレランス/D・W・グリフィス
 カリガリ博士/ロベルト・ウィーネ
■1920年代
 キッド/チャールズ・チャップリン
 ドクトル・マブゼ/フリッツ・ラング
 幌馬車/ジョン・フォード
 アイアン・ホース/ジョン・フォード
 結婚哲学/エルンスト・ルビッチ
 ジークフリート/フリッツ・ラング
 戦艦ポチョムキン/エイゼンシュテイン
 ビッグ・パレード/キング・ビダー
 巴里の屋根の下/ルネ・クレール
■1930年代
 会議は踊る/エリック・シャレル
 自由を我等に/ルネ・クレール
 暗黒街の顔役/ハワード・ホークス
 街の灯/チャールズ・チャップリン
 仮面の米国/マーヴィン・ルロイ
 グランド・ホテル/エドマンド・グールディング
 巴里祭/ルネ・クレール
 四十二番街/ロイド・ベーコン
 或る夜の出来事/フランク・キャプラ
 商船テナシチー/ジュリアン・デュヴィヴィエ
 たそがれの維納/ヴィリ・フォルスト
 オペラ・ハット/フランク・キャプラ
 孔雀夫人/ウィリアム・ワイラー
 望郷/ジュリアン・デュヴィヴィエ
 我等の仲間/デュヴィヴィエ
 舞踏会の手帖/デュヴィヴィエ
 風と共に去りぬ/ヴィクター・フレミング
 スミス都へ行く/フランク・キャプラ
■1940年代
 わが谷は緑なりき/ジョン・フォード
 ヘンリイ五世/ローレンス・オリヴィエ
 逢びき/デヴィッド・リーン
 ダイー・ケイの天国と地獄/ブルース・ハンバーストン
 荒野の決闘/ジョン・フォード
 黄金/ジョン・ヒューストン
 悪魔の美しさ/ルネ・クレール
 踊る大紐育/スタンリー・ドーネン
 黄色いリボン/ジョン・フォード
 情婦マノン/アンリ・ジョルジュ・クルーゾー
 第三の男/キャロル・リード
■1950年代
 アニーよ銃をとれ/ジョージ・シドニー
 イヴの総て/ジョゼフ・マンキウイッツ
 戦慄の七日間/ジョン・ブールティング
 巴里のアメリカ人/スタンリー・ドーネン
 グレンミラー物語/アンソニー・マン
 シェーン/ジョージ・スティーヴンス
 バンド・ワゴン/ヴィンセント・ミネリ
 ローマの休日/ウィリアム・ワイラー
 悪魔のような女/アンリ・ジョルジュ・クルーゾー
 波止場/エリア・カザン
 エデンの東/エリア・カザン
 赤い風船/アルベール・ラモリス
 第七の封印/イングマール・ベルイマン
 情婦/ビリー・ワイルダー
 魔術師/イングマール・ベルイマン
■1960年代
 甘い生活/フェデリコ・フェリーニ
 処女の泉/イングマール・ベルイマン
 太陽がいっぱい/ルネ・クレマン
 ウエストサイド物語/ロバート・ワイズ
 アラビアのロレンス/デヴィッド・リーン
 8 1/2/フェデリコ・フェリーニ
 シェルブールの雨傘/ジャック・ドゥミ
 戦争は終った/アラン・レネ
 アルジェの戦い/ジッロ・ポンテコルヴォ
 バージニア・ウルフなんかこわくない/マイク・ニコルズ
 ロシュフォールの恋人たち/ジャック・ドゥミ
 冒険者たち/ロベール・アンリコ
 素晴らしき戦争/リチャード・アッテンボロー
■1970年代
 ジョニーは戦場へ行った/ドルトン・トランボ
 叫びとささやき/イングマール・ベルイマン
 フェリーニのアマルコルド/フェデリコ・フェリーニ
 タワーリング・インフェルノ/ジョン・ギラーミン
■1980年代
 ファニーとアレクサンデル/イングマール・ベルイマン
 アマデウス/ミロス・フォアマン
■1990年代以降
 霧の中の風景/テオ・アンゲロプロス
 恋におちたシェークスピア/ジョン・マッデン

映画雑誌『スクリーン』1957年1月号 目次
映画雑誌『スクリーン』1957年1月号 目次.jpg

「●映画」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2343】 淀川 長治 『私の映画の部屋
「●講談社現代新書」の インデックッスへ 「●た‐な行の外国映画の監督」の インデックッスへ 
「●あ行の外国映画の監督」の インデックッスへ 「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ 
「○都内の主な閉館映画館」の インデックッスへ(旧・京橋フィルムセンター)

平易な言葉で"モンタージュ"技法などの「感動」させる仕組みを解き明かしている。

映画芸術への招待2.jpg映画芸術への招待 (1975年)』講談社現代新書  自転車泥棒.jpg自転車泥棒 [DVD]

『自転車泥棒』(1948) 2.jpg ビットリオ・デ・シーカ監督に「自転車泥棒」('48年/伊)という名画があり、世界中の人を感動させたわけですが、実際自分がフィルムセンター(焼失前の)でこの作品を観たときも、上映が終わって映画館から出てくる客がみんな泣いていました。

zitensha.jpg この映画の主人公を演じたランベルト・マジョラーニは、演技においては全くのズブの素人だったとのことで、ではなぜ、そんな素人が演じた映画が名画たりえたかと言うと、それは"モンタージュ"によるものであるとして、著者は、その"モンタージュ"という「魔法」を、この本でわかり易く解説しています(素人の演技が何故世界中の人々を泣かせるのかという導入自体がすでに"モンタージュ"の威力を示しており、効果的なイントロだと言える)。

東京物語.jpg つまり映画とは"断片"から構成されるもので、例えば小津安二郎の映画は、1分間に平均10カットあり、役者は6秒間だけ演技を持続すればよい―、となると、役者の演技力の持続性は求められないわけです。そして、「現実」を映すだけの映画が「芸術」になりうるのは、まさにこのモンタージュにはじまる技法によるもので、本書ではそうした技法の秘密を、具体的に良く知られている内外の作品に触れながら解説しています。

 モンタージュ技法を最初に完成させたと言われるのが「戦艦ポチョムキン」('25年/ソ連)のセルゲイ・エイゼンシュテインですが、日本公開は昭和42年だったものの、作られた年代(大正14年)を考えるとスゴイ作品です。

 「戦艦ポチョムキン」.jpg 「戦艦ポチョムキン [DVD]

『戦艦ポチョムキン』(1925)2.jpg『戦艦ポチョムキン』(1925)1.jpg

イワン雷帝(DVD).jpgイワン2.jpgイワン1.jpg エイゼンシュテインは更に歌舞伎の影響を強く受け、結局「イワン雷帝」(第1部'44年/第2部'46年/ソ連)などはその影響を受け過ぎて歌舞伎っぽくなってしまったとのことですが、確かに、あまりに大時代的で自分の肌に合わなかった...(この映画、ずーっと白黒で、第2部の途中からいきなり極彩色カラーになるのでビックリした。「民衆の支持を得た独裁者」というパラドクサルな主題のため、時の独裁者スターリンによって公開禁止になった作品。第3部は未完)。そのエイゼンシュテインに影響を与えた歌舞伎は、実は人形浄瑠璃の影響を受けているというのが興味深く、まさに「自然は芸術を模倣する」(人が人形の動きを真似する)という言葉の表れかと思います。

 日本映画「白い巨塔」で、田宮二郎演じる主人公が執刀する手術の場面と教授選の場面が交互に出てくるシーンや、「砂の器」で、最後のピアノ演奏会と刑事の逮捕状請求場面と海辺をさすらう主人公の幼年時代がトリプル・ラッシュするのも、モンタージュ技法であると。三四郎.jpg八月の光.jpg更に、詩人である著者は、詩や小説にも同様の技法が用いられていることを示唆していて、フォークナーの『八月の光』と漱石の『三四郎』において、同じようなモンタージュ的表現が使われていることを指摘しています。

 難解になりがちな映像美学に関するテーマを扱いながら、終始平易な言葉で「感動」の仕組みを解き明かしていて、映画鑑賞に新たな視点を提供してくれる本だと思います。

Jitensha dorobô (1948)
Jitensha dorobô (1948).jpg
『自転車泥棒』(1948).jpg自転車泥棒2.jpg「自転車泥棒」●原題:LADRI DI BICICLETTE●制作年:1948年●制作国:イタリア●監督・製作:ビットリオ・デ・シーカ●脚本:チェーザレ・ザヴァッティーニ/オレステ・ビアンコーリ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ/アドルフォ・フランチ/ジェラルド・グェリエリ●撮影:カルロ・モンテュオリ●音楽:アレッサンドロ・チコニーニ●原作:ルイジフィルムセンター旧新 .jpg・ バルトリーニ●時間:93分●出演:ランベルト・マジョラーニ/エンツォ・スタヨーラ/ジーノ・サルタメレンダ/リアネッラ・カレル/ヴィットリオ・アントヌッチ/エレナ・アルティエリ●日本京橋フィルムセンター.jpg公開:1950/08●配給:イタリフィルム●最初に観た場所:京橋フィルムセンター(78-11-30) (評価:★★★★)
旧・京橋フィルムセンター(東京国立近代美術館フィルムセンター) 1970年5月オープン、1984(昭和59)年9月3日火災により焼失、1995(平成7)年5月12日リニューアル・オープン。

戦艦ポチョムキン.jpg 「戦艦ポチョムキン」●原題:IVAN THE TERRIBLE IVAN GROZNYI●制作年:1925年)●制作国:ソ連●監督:セルゲイ・M・エイゼンシュテイン●脚本:セルゲイ・M・エイゼンシュテイン/ニーナ・アガジャノヴァ・シュトコ●撮影:エドゥアルド・ティッセ●音楽:ニコライ・クリューコフ●時間:66分●出演:アレクサンドル・アントノーフ/グリゴーリ・アレクサンドロフ/ウラジミール・バルスキー/セルゲイ・M・エイゼンシュテイン●日本公開:1967/10●配給:東和=ATG●最初に観た場所:武蔵野推理(78-12-18)●2回目:池袋文芸坐 (79-04-11) (評価:★★★★)●併映(1回目):「兵士トーマス」(スチュアート・クーパー)●併映(2回目):「イワン雷帝」(セルゲイ・エイゼンシュタイン) 「戦艦ポチョムキン [DVD]

イワン4.jpgイワン3.jpg 「イワン雷帝」●原題:IVAN THE TERRIBLE IVAN GROZNYI●制作年:1946年(第1部・1944年)●制作国:ソ連●監督・脚本:セルゲイ・M・エイゼンシュテイン●撮影:アンドレイ・モスクヴィン/エドゥアルド・ティッセ ●音楽:セルゲイ・プロコフィエフ●時間:209分●出演:ニコライ・チェルカーソフ/リュドミラ・ツェリコフスカヤ/セラフィマ・ビルマン/パーヴェル・カドチニコフ/ミハイル・ジャーロフ●日本公開:1948/11●配給:東和●最初に観た場所:池袋文芸坐 (79-04-11) (評価:★★★)●併映:「戦艦ポチョムキン」(セルゲイ・エイゼンシュタイン)

杉山平一2.jpg 杉山 平一(すぎやま へいいち、1914年11月2日 - 2012年5月19日)詩人、 映画評論家。2012年5月19日、肺炎のため死去。97歳。

「●映画」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1844】 円谷 一 『円谷英二 日本映画界に残した遺産
「●ジャン=リュック・ゴダール監督作品」の インデックッスへ 「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ 「○都内の主な閉館映画館」の インデックッスへ(三百人劇場) インデックッスへ(有楽シネマ)

シナリオだが(一部、書き起こしあり)読んでそのままに面白く、またヴィヴィッドな印象。

ゴダール全集.jpg「スタジオ・ボイス」1994年2月号特集.jpg勝手にしやがれ.jpg 勝手にしやがれ10.jpg 
ゴダール全集〈3〉ゴダール全シナリオ集 (1970年)』/「Studio Voice」1994.02 ゴダール特集/「勝手にしやがれ」(1959)

ゴダール全集1 .jpg ゴダールの'60年代までの作品の全シナリオを収録したもので、映画が難解なイメージがあるわりには、本として読んでそのままにa bout de souffle.jpg面白いものが多く、またヴィヴィッドな印象を受けるのが意外かも知れません。よく知られているところでは、ジーン・セバーグ、ジャン=ポール・ベルモンド主演の「勝手にしやがれ」('59年)、アンナ・カリーナ、ベルモント主演の「気狂いピエロ」('65年)などの初期作品でしょうか。スチール写真が適度に配置され、読むと再度見たくなり、未見作品にも見てみたくなるものがありました。
ゴダール全集〈1〉ゴダール全シナリオ集 (1971年)
「勝手にしやがれ」('59年)/ 1978年公開時チラシ/DVD
『勝手にしやがれ』(1959).jpg勝手にしやがれ 1978年公開時チラシ.jpg勝手にしやがれ2.jpg 「勝手にしやがれ」の一応のあらすじは―、自動車泥棒のミシェル(ジャン=ポール・ベルモント)が、警官を殺してパリに逃げ、アメリカ人のパトリシア(ジー『勝手にしやがれ』(1959)2.jpgン・セバーグ)と互いに束縛しない関係を楽しんでいたところ、そのパトリシアはミシェルとの愛を確認するため、ミシェルの居所をわざと警察に密告する―というもので、この不条理に満ちた話のオリジナル作者はフランソワ・トリュフォーですが、最終シナリオはゴーダルの頭の中にあったまま脚本化されずに撮影を開始したとのこと。台本無しの撮影にジャン=ポール・ベルモントは驚き、「どうせこの映画は公開されないだろうから、だったら好きなことを思い切りやってやろう」と思ったという逸話があります。

「気狂いピエロ」 ('65年)1983年公開時チラシ/DVD
気狂いピエロ(ポスター).jpg気狂いピエロ (1965/仏).jpg『気狂いピエロ』(1965) 2.jpg『気狂いピエロ』(1965).jpg「気狂いピエロ」 (65年/仏).jpg『気狂いピエロ』(1965) 3.jpg「気狂いピエロ」は―、フェルディナン(ジャン=ポール・ベルモント)という男が、イタリア人の妻とパーティに行くが、パーティに退屈し戻ってきた家で、昔の恋人マリアンヌ(アンナ・カリーナ)と再会し、成り行きで彼女のアパートに泊まった翌朝、殺人事件に巻き込まれて、2人は逃避行を繰り返す羽目に。フェルディナンは孤島での生活を夢見るが、お互いにズレを感じたマリアンヌが彼を裏切って情夫の元へ行ったため、フェルディナンは彼女と情夫を射殺し、彼も自殺するというもの。

 脚本を先に読み、なかなかがいいと思いましたが、映像はほぼそれを裏切らなかったと思います(「勝手にしやがれ」よりギャング映画的な娯楽性を感じるが、前衛性はやや後退する)。これ、日本語タイトルはテレビコードにひっかかるのか、'89年テレビ放映時のタイトルは、原題のフランス語をカタカナ読みにした「ピエロ・ル・フ」になっていました。

「女と男のいる舗道」 ('62年)
「女と男のいる舗道」.jpg女と男のいる舗道2.jpg女と男のいる舗道.jpg "シナリオ"集といっても、この2つの作品やアンナ・カリーナ主演の「女と男のいる舗道」('62年)などは、蓮實重彦氏など本書の翻訳陣が映画を採録し、シナリオのスタイルに「再構成」したものです(「女と男のいる舗道」にはアドリブで撮られている箇所が幾つかある)。

ジャン=リュック・ゴダール 「女と男のいる舗道」 (62年/仏) ★★★★☆

 団地妻の売春という"予想外"の素材を扱った「彼女について私が知っている二、三の事柄」('66年)というのもありましたが、所収の作品で最後に見たのが政治的メッセージの強い「ヴェトナムから遠く離れて」('67年)あたり、本書所収以外ではローリング・ストーンズの名曲「悪魔を憐れむ歌」のレコーディング風景の記録映画「ワン・プラス・ワン」('68年)あたりまでで、更に政治的実験映画とも言える「ヒア&ゼアこことよそ」('76年)なども観ましたが(これは良かった)、その後はもう短編しか撮らないのかと思ったら、長篇劇映画「勝手に逃げろ/人生」('79年)で商業映画に復帰、80年代に入ってからも、「パッション」('82年)、「カルメンという名の女」('83年)と次々に発表し、「カルメンという名の女」ではヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を獲っています。

「勝手にしやがれ」●原題:A BOUT DE SOUFFLE●制作年:1959年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール●製作:ジョルジュ・ド・ボールガール●原作・原案・脚本:フランソワ・トリュフォー●撮三百人劇場2.jpg三百人劇場.jpg影:ラウール・クタール●音楽:マルチアル・ソラール●時間:95分●出演:ジャン=ポール・ベルモント/ジーン・セバーグ●日本公開:1960/03●配給:新外映●最初に観た場所:三百人劇場 (78-07-25) (評価★★★★)●併映:「ヒア&ゼア・こことよそ」(ジャン=リュック・ゴダール) 三百人劇場(文京区・千石駅付近)2006(平成18)年12月31日閉館
Kichigai Piero (1965)
Kichigai Piero (1965).jpg
気狂いピエロ Pierrot Le Fou.jpg「気狂いピエロ」●原題:PIERROT LE FOU●制作年:1965年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール●製作:ジョルジュ・ド・ボールガール●撮影:ラウール・クタール●音楽:アントワース・デュアメル●原作:ライオネル・ホワイト「十一時の悪魔」●時間:109分●出演:ジャン=ポール・ベルモンド/アンナ・カリーナ/サミュエル・フラー /レイモン・ドボス/グラツィエッラ・ガルヴァーニ/ダーク・サンダース/ジミー・カルービ/彼女について私が知っている二、三の事柄.jpgジャン=ピエール・レオ/アイシャ・アバディ/ラズロ・サボ●日本公開:1967/07●配給:セントラ彼女について私が知っている二、三の事柄01.jpgル●最初に観た場所:有楽シネマ (83-05-28) (評価★★★★)●併映:「彼女について私が知っている二、三の事柄」(ジャン=リュック・ゴダール)
    
有楽シネマ 1991頃.jpg銀座シネ・ラ・セット  .jpg銀座シネ・ラ・セット.jpg有楽シネマa.jpg有楽シネマ  (1955年11月14日オープン、1995年~シネマ有楽町、1996年~銀座シネ・ラ・セット) 2004(平成16)年1月31日閉館 

ゴダール全シナリオ集2.jpg有楽シネマ(シネ・ラ・セット)解体工事〔2004〕
有楽シネマ解体9.jpg《読書MEMO》
●ゴダール全シナリオ集・収録作品
Ⅰ 水の話・シャルロットと彼女のジュール・勝手にしやがれ・小さな兵隊・女は女である・立派な詐欺師・カラビニエ
Ⅱ 怠惰の罪・女と男のいる舗道・軽蔑・恋人のいる時間・未来展望・気狂いピエロ
Ⅲ アルファヴィル・男性女性・メイドインUSA・彼女について私が知っている二三の事柄・ヴェトナムから遠く離れて・中国女・ウィークエンド
 『ゴダール全集〈2〉ゴダール全シナリオ集 (1971年)

About this Archive

This page is an archive of recent entries in the 外国映画 〜1920年代 category.

TV-M(その他) is the previous category.

外国映画 30年代 is the next category.

Find recent content on the main index or look in the archives to find all content.

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1