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「白夜」「ラルジャン」と同じ研ぎ澄まされた現代劇。少し入り込みにくかったか。

「たぶん悪魔が」d.jpg 「たぶん悪魔が」1.jpg 「たぶん悪魔が」2.png
たぶん悪魔が [DVD]
「たぶん悪魔が」 1.jpg 裕福な家柄に生まれた美貌の青年シャルル(アントワーヌ・モニエ)は、自殺願望にとり憑かれている。左翼の政治集会や宗教論争に精神分析、そして環境問題を論じる大学サークルやヒッピーたちの集いに参加しても、そこに自分の居場所を見いだすことができず、違和感を抱くだけで何も変わらない。環「たぶん悪魔が」f1.jpg境破壊を危惧する生態学者の友人ミシェル(アンリ・ド・モーブラン)や、シャルルに寄り添う二人の女性アルベルト(ティナ・イリサリ)とエドヴィージュ(レティシア・カルカノ)と一緒に過ごしても、死への誘惑を断ち切ることはできない。やがて冤罪で警察に連行されたシャルルは、さらなる虚無にさいなまれていく―。

「たぶん悪魔が」 2.jpg ロベール・ブレッソン監督が1977年に手掛けた作品で、第27回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員特別賞)を受賞していますが、日本では今年['22年]3月に初の劇場公開が実現した作品です。「たぶん悪魔が」というタイトルは、『カラマーゾフの兄弟』の中にあるイワンの「悪魔が裏で手を引いている」という表現から引いているとのことです(これ、イワンが父フョードルに神はいないと説き、では神を"でっち上げた" のは誰かと訊かれ、「悪魔でしょ、たぶん」と答えるも、さらにイワンは悪魔もいないと言う)。ブレッソン作品の中でも実験的な作品と言え、76歳にしてここまでラジカルな映画を撮るブレッソンには敬服しますが、それゆえに日本での公開が遅れたように思えなくもないです(ビデオグラム化としては、'08年に紀伊國屋書店よりリリースされた「ロベール・ブレッソン DVD-BOX」(3枚組)に収められた)。

「 たぶん悪魔が」 3.jpg 主人公のシャルルは裕福な家柄に生まれた美貌の青年で、頭脳も優れていて、二人の女性の恋愛の対象にもなっているわけですが(それでいて行きずりのの女性と寝たりもする)、それでも死への誘惑にとり憑かれたらアウトなのだろなあ。一昨年['20年]に芸能人の自殺が相次いだのを思い出しました。シャルルの死を希求する気持ちの特徴は、彼の死への道筋に絡むように挿入される撲殺されるアザラシ、切り倒される木々、水俣病患者、核実験といった映像の数々から窺えるように、人類の未来への不安と同調している点です。

 冒頭に「ペール・ラシェーズ墓地で青年が自殺、いや他殺か?」という新聞記事を示しておいて、では実際に主人公がどのような自死の方法を選んだのかと思ったら、ラスト、薬物中毒の友人に自分を背後から射殺させた!(これって予想外だった)。 ベルリン国際映画祭の審査員だったでライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督が絶賛し、フランソワ・トリュフォーが「すばらしく官能的」と評した作品ですが、ちょっとついて行きにくい面もありました。

「たぶん悪魔が」 21.jpg その作品限りの素人ばかりを採用し(出演者を「モデル」と呼んだ)、音楽はほとんど使用せず、感情表現をも抑えた作風を貫くその作風(自らの作品を「シネマトグラフ」と称している)はこの作品においても徹底していて、友人や恋人がが自殺しそうな雰囲気だと周囲の人間はもっと焦って大騒ぎになりそうな気がしなくもないですが、この映画(「シネマトグラフ」と言うべきか)では、本人も周囲も意外と飄々としています。でも、その方が何となくリアリティがありそうな気もしました。

 現代の若者を描いているという点で、この作品の前と後のブレッソンの作品であるドストエフスキー原作の「白夜」('71年)、トルストイ原作の「ラルジャン」('83年)と同系譜のように思えましたが、それら二作と同様に映像的に研ぎ澄まされているものの、個人的には正直それらより少し入り込みにくかったかなという印象です。

 このブレッソン監督の晩年現代劇3作(あと、今回「たぶん悪魔が」と同時公開された「湖のランスロ」('74年)があるが、時代設定は中世アーサー王伝説の時代になる)では、個人的評価は「白夜」がいちばんで、「ラルジャン」がそれに次いで、この「たぶん悪魔が」はその次でしょうか。ほとんど感覚的な好みであり、理屈で説明すると後付けになりそうです。

白夜」('71年)(ドストエフスキー原作)/「ラルジャン」('83年)(トルストイ原作)
「白夜」(ブレッソン版).bmp 「ラルジャン」 (83年/仏・スイス).jpg「ラルジャン」ブレッソン.jpg

「たぶん悪魔が」 [.jpg「たぶん悪魔が」●原題:LE DIABLE ROBABLEMENT(THE DEVIL PROBABLY)●制作年:1977年●制作国:フランス●監督・脚本:ロベール・ブレッソン●製作:ステファン・チャルガジエフ●撮影:パスカリーノ・デ・サンティス●音楽:フィリップ・サルド●時間:97分●出演:アントワーヌ・モニエ/ティナ・イリサリ/アンリ・ド・モーブラン/レティシア・カルカノ●日本公開:2022/03●配給:マーメイドフィルム/コピアポア・フィルム●最初に観た場所:新宿シネマカリテ(22-04-19)(評価:★★★★)●併映(同日上映):「湖のランスロ」(ロベール・ブレッソン)

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主人公を苛めまくるブレッソン監督。リアルな映像が観る側の心を突き刺さる。

「田舎司祭の日記」 (50年/仏).jpg田舎司祭の日記2.jpg 田舎司祭の日記3.jpg 田舎司祭の日記4.jpg
田舎司祭の日記 [DVD]

20080116230325.jpg フランスの北端アンブリコート(パ・ド・カレー)に赴任した若い司祭(クロード・レデュ)は、胃の不調を感じながらも、初田舎司祭の日記 2.pngめての司祭としての仕事に純粋な覇気を奮起させ、日記を綴り始める。頑迷で不信心な村民の言動に戸惑いながら、領主である伯爵(ジャン・リヴェール)の協力を取り付け、トルシーの先輩司祭(アンドレ・ギベール)の助言を受けながら奮闘する若い司祭は、次第に村に蔓延している"神の存在への疑問"に対峙することになる。エネルギッシュだが世俗の不道徳に塗れた伯爵、現実の興味に比べて神など遠い存在の利発な若い娘セラシャンタル.pngフィタ(マルティーヌ・ルメール)、父親と家庭教師の女性ルイーズ(ニコル・モーリー)の不倫を知って悪意に心を占められている伯爵令嬢シャンタル(ニコール・ラドミラル)、夫の不倫と愛息の死によって神を呪うようになった伯爵夫人(マリ=モニーク・アルケル)。真摯に神を信仰する司祭をからかうことで不遇な日々の鬱憤晴らしをする村人たち。そうした村人たちとの会話や葛藤においても揺らぎない神への信仰を堅持する司祭だったが、真面目過ぎる信仰活動が村人から疎まれ、彼の健康も悪化の一途を辿っていく―。

 ロベール・ブレッソン監督の1950年の作品で、フランス映画批評家協会賞などを受賞。新宿のシネマカリテで観ましたが、製作から70年を経ての公開だそうです。ただ、本邦でも'06年にDVDが発売されていたりして(レンタルショップに置かれていた)、それ以前にも自主上映で上映されたことがあったのではないかという気がします。と言うことで、付加価値をつけるためか、いきなり4Kデジタル・リマスター版(笑)です。

バルタザールどこへ行く 1966.jpgMouchette(1967).jpg 原作はのちに「少女ムシェット」('67年)でも取り上げるカトリック作家ジョルジュ・ベルナノスによる同名小説。主人公である孤独な司祭役に抜擢されたクロード・レデュは、監督が起用したいわゆる素人俳優であり、以後、「バルタザールどこへ行く」('66年)にしても「少女ムシェット」にしても「白夜」('71年)にしてもそうですが、ブレッソン監督は素人を主役に据え続けるわけです。その奔りとなるのがこの作品であり、スタイリッシュな映像、音楽やカメラの動きなども含めた"演出"を削ぎ落としていく、監督自身が呼ぶところの〝シネマトグラフ〟の手法を確立した作品であると言われています。

タクシードライバー パンフレット.jpg沈黙 遠藤周作 新潮文庫.jpg アンドレイ・タルコフスキー監督は自身が選ぶベスト映画10の第1位にこの作品を挙げており、マーティン・スコセッシ監督の「タクシードライバー」('76年/米)やポール・シュレイダーの「魂のゆくえ」('17年/米)、コーエン兄弟やダルデンヌ兄弟の作品群などに影響与えたとされ、さらには、遠藤周作の『沈黙』にも影響を与えたそうです(テーマ的に重なるかも)。そう言えば、「タクシードライバー」の脚本はポール・シュレイダーでしたが、そのストーリーは、アラバマ州知事ジョージ・ウォレスの暗殺を図ったアーサーブレマーという男が書いた日記を出版した「暗殺者の日記」がヒントになったそうです。遠藤周作の『沈黙』も、物語の前半は、ポルトガル司祭ロドリゴが本国に宛てた書簡形式であり、こちらも純粋な主観で描かれていました(さらに、この『沈黙』をマーティン・スコセッシ監督が映画化している(「沈黙 -サイレンス-」('16年/米)))。

冬の光 dvd9.jpg 「田舎司祭の日記」という映画そのものは、「ひたすら淡々と穏やかに進行し、辛いことの連続で、そのまま寂しく終わる」映画だと誰かが言ってましたが、まさにその通りです(多くの映画監督に支持されるというのは、映画監督という仕事はそうした状況に直面しやすく、司祭の気持ちが分かるということか)。"神を信じたいのだけれど、不条理で過酷な現実を見ると、存在を疑わざるを得ない"―という―現代のキリスト教徒が抱えている側面も体現していて、その辺りはアンドレイ・タルコフスキー監督が自身が選ぶベスト映画10の第2位に挙げている、イングマール・ベルイマン監督の「冬の光」('63年/スウェーデン)を想起させられますが、「冬の光」の牧師がすっかり神への信仰を失ってしまっていたのに対し、この作品の素人俳優クロード・レデュが演じる若い司祭は、揺らぎながらも信仰は失っておらず、むしろ、彼の苦行と犠牲の人生そのものが、キリストの生涯のメタファーに見えなくもないです。

伯爵夫人(マリ=モニーク・アルケル)
伯爵夫人.png しかしながら、キリストではなく一青年にすぎないこの若い司祭の苦悩と苦闘には一体どういう意味があったのか、本当に無意味だったのか、後に何か残ったのか、考えずにはおれない作品でした。ただ一つの救いは、夫の不倫と息子の死によって神を呪うようになった伯爵夫人(夫人役はサラ・ベルナールの愛弟子であった名女優マリ=モニーク・アルケル。因みにこの伯爵夫人や先輩司祭は本物の俳優が演じている)の告解を聴き、その魂を解き放ったかに見えたこととでしたが、その夫人も自殺してしまって無に帰し、それどころか、夫人が亡くなったのは司祭のせいであるというふうに村人からは見られてしまうという、しかも、自分が胃癌に冒されていることが発覚するし、この監督、「バルタザールどこへ行く」や「少女ムシェット」もそうでしたが、主人公をどこまで苛めれば気が済むのかと思ってしまいます。でも、この徹底ぶりがブレッソン監督であり、「聖」と「俗」のせめぎ合いともいえる重いテーマですが、それを"淡々と穏やか"に描いているところがスゴイと言えばスゴイと思います。

 こうしたリアルな映像こそが観る側の心に突き刺さるのだろうなあ。その意味では経年劣化しない普遍性を有している映画と言えます(この司祭、宗教色を除けば、学級崩壊したクラスの担任になってしまった新任教師のようにも見える)。けっして面白い映画だと言って他人に薦められる作品ではないけれど、観ると、観て良かった、避けては通れない作品だったということになる人も多いのではないでしょうか。

シネマカリテ 2021年6月29日
シネマカリテ(「田舎司祭の日記」).jpg

田舎司祭の日記1.jpg「田舎司祭の日記」●原題:JOURNAL D'UN CURÉ DE CAMPAGNE●制作年:1951年●制作国:フランス●監督・脚本:ロベール・ブレッソン●撮影:オンス=アンリ・ビュレル●原作:ジョルジュ・ベルナノス●時間:115分●出演:クロード・レデュ/アンドレ・ギベール/ジャン・リヴィエール/マリ=モニーク・アルケル/ニコール・ラドミラル/ニコール・モーリー/アントワーヌ・バルペトレ/マルティーヌ・ルメール●日本公開:2021/06●配給:コピアポア・フィルム●最初に観た場所:新宿・シネマカリテ(21-06-29)(評価:★★★★)

 
《読書MEMO》
スアンドレイ・タルコフスキーが選ぶベスト映画10(from 10 Great Filmmakers' Top 10 Favorite Movies)
『田舎司祭の日記』"Diary of a Country Priest"(1950/仏)監督:ロベール・ブレッソン
②『冬の光』"Winter Light"(1962/瑞)監督:イングマール・ベルイマン
③『ナサリン』"Nazarin"(1958/墨)監督:ルイス・ブニュエル
『少女ムシェット』"Mouchette"(1967/仏)監督:ロベール・ブレッソン
⑤『砂の女』"Woman in the Dunes"(1964/米)監督:勅使河原宏
⑥『ペルソナ』"Persona"(1966/瑞)監督:イングマール・ベルイマン
⑦『七人の侍』"Seven Samurai"(1954/日)監督:黒澤明
⑧『雨月物語』"Ugetsu monogatari"(1953/日)監督:溝口健二
⑨『街の灯』"City Lights"(1931/米)監督:チャーリー・チャップリン
⑩『野いちご』"Smultronstället"(1957/瑞)監督:イングマール・ベルイマン

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バルタザールは何の象徴なのか。バルタザールにとって死は幸福だったと示唆しているのか。

バルタザールどこへ行く 1966.jpgバルタザールどこへ行くA.jpg バルタザールどこヘ行くtド.jpg
バルタザールどこへ行く HDマスター ロベール・ブレッソン [DVD]」チラシ
アンヌ・ヴィアゼムスキー

バルタザールどこヘ行くド.jpg ピレネーのある農場の息子ジャックと教師(フィリップ・アスラン)の娘マリーは、ある日一匹の生れたばかりのロバを拾って来て、バルタザールと名付けた。10年後、バルタザールは鍛冶屋の苦役に使われていたが、苦しさに耐えかねて逃げ出し、マリーのもとへ。久しぶりの再会に喜んだマリー(アンヌ・ヴィアゼムスキー)は、その日からバルタザールに夢中になる。これに嫉妬したパン屋の息子ジェラール(フランソワ・ラファルジュ)を長とする不良グループは、ことあるごとに、バルタザールに残酷な仕打ちを加える。その頃、マリーの父親と農場主との間に訴訟問題がもち上り、十年ぶりにジャック(ヴァルター・グリーン)が戻って来た。しかし、マリーの心は、ジャックから離れていた。訴訟はこじれ、バルタザールはジェラールの家へ譲渡された。バルタザールの身を案じて訪れて来たマリーは、ジェラールに誘惑される。その現場をバルタザールはじっとみつめていた。その日から、マリーは彼等の仲間に入り、バルタザールから遠のく。訴訟にマリーの父親は敗れるが、ジャックは問題の善処を約束、マリーに求婚した。心動かされたマリーは、すぐにジェラールたちに話をつけに行くが、仲間四人に暴行されてしまう―。

バルタザールどこヘ行くロード.jpg ロベール・ブレッソン監督の1966年作品で、第27回ベネチア国際映画祭審査員特別表彰(サン・ジョルジョ賞)をはじめ、フランス映画批評家協会賞(ジョルジュ・メリエス賞)などを多くの賞を受賞した作品です(日本公開前に「バルタザールが行きあたりばったり」という訳題で紹介された)。ブレッソンが長年映画化を望んだ本作は、聖なるロバ"バルタザール"をめぐる現代の寓話であり、ドストエフスキーの長編小説「白痴」の挿話から着想し(ドストエフスキーの長編は、しばしば本筋を"脱線"して長大な挿話が入ることが多いが、これもその1つか)、一匹のロバ"バルタザール"と少女マリーの数奇な運命を繊細に描いています。

 マリーの両親は誇り高さゆえに没落し、マリーは不良少年ジェラールに拐かされ悪徳の道に墜ちていき、そして、不良少年らに暴行されたマリーが村から消えて、彼女の父親は落胆のあまり死に、バルタザールは、ジェラールの密輸の手仕いをさせられた挙句、ピレネー山中で税関との銃撃戦に巻き込まれ斃れる―というように、人間の欲望と愚かさが横溢し、誰も幸せにならない(バルタザールを含め)、と言うより、不幸になることを運命づけられているような話でした。

バルタザールどこヘ行く3.jpg 最初は、ロバのバルタザールを巡ってのマリーの話かと思ましたが、最後はマリーもいなくなり、振り返ってみれば、バルタザールが主人公のような映画でした(演技をしない主人公であることが特殊だが)。では、マリーの母(ナタリー・ジョワイヨー)が「聖なるロバ」と呼ぶ(そう呼ぶのは彼女だけだが)バルタザールは何の象徴なのか。キリストの象徴というのは、比較的すんなり受け入れる人とそうでない人がいるかと思います(個人的にはその中間くらいなのだが)。

 ブレッソン監督の作品は、イングマール・ベルイマン、ジャン・リュック・ゴダール、アンドレイ・タルコフスキーといった錚々たる映画監督たちを魅了してきたことでも知られていますが、例えば、ベルイマンとゴダールの評価を見てみると、この作品の後に続く「少女ムシェット」('67年/仏)に対しては両監督とも高い評価であるのに対し、この「バルタザールどこへ行く」は、ゴダールは高く評価したのに対し、ベルイマンは「さっぱりわからん」と言ったとか。やはり、それくらいのクラスでも、バルタザールの象徴性のところで、合う合わないが出てくるのではないでしょうか(ブレッソンは、「説明をしない」ことで知られている監督と言ってもいい)。

バルタザールどこへ行く hi.jpg ラストの、羊たちに囲まれてバルタザールが息を引き取ろうとするシーンに、イエス・キリストの磔刑の場面を想起する人もいるようです。一方、悲惨な生涯が終わりを告げるのは、バルタザールにとって幸福だったと示唆しているような気もします。というのは、次作「少女ムシェット」がまさに、悲惨な人生を送る少女が、死によって自らの安寧を得ようとするような作品であるからです。ただ、そう捉えると、バルタザール=キリストというのは、ちょっと違ってくるようにも思います。

バルタザールどこヘ行くes.jpg ストーリー的には、バルタザールがパン屋や不良グループ、サーカス、老人など様々な人の手に渡る中で、その目を通して人間の欲望やエゴや浮彫りになるのが興味深いですが、バルタザールの飼い主の中では、不良のジェラールの仲間であるアルノルド(ジーン・クラウド・ギルバート)というのが一番エキセントリックでした。普段は大人しくバルタザールの面倒を見ていたのが、酒が入ると人が変わったかのように狂暴になり、堪らず逃げ出したバルタザールがサーカスに拾われたのを再度迎えに訪れ、また飼うことに。やがて遺産を相続して貧困から脱するも、不良グループにたかられた挙句、酔ったままバルタザールの背に乗り、転落死するという、ちょっとエミール・ゾラの小説に出てくる「破滅が運命づけられている」人物みたいでした。そう言えば、この俳優、「少女ムシェット」にも、密猟者の役で出ていました。

アンヌ・ヴィアゼムスキー&ゴダール.jpgアンヌ・ヴィアゼムスキー 中国女.jpg また、少女マリーを演じたアンヌ・ヴィアゼムスキー(1947-2017)は、この作品で女優としてデビューし、翌1967年、ジャン=リュック・ゴダールの「中国女」に主演、同年ゴダールと結婚するも、1979年に離婚しています。彼女には小説家や脚本家としての作品があり、フランスでは著書を原作にしばしば映画化される人気作家で、テレビ映画の監督もしています。でも、この映画の頃は18歳になったばかりで、"素"な美しさがロベール・ブレッソン監督のドキュメンタリー調の演出の中で映えているように思いました(ゴダールが惚れたのも無理ない?)

グッバイ・ゴダール!1.jpgグッバイ・ゴダール!.jpg 近年では、ヴィアゼムスキーの自伝的小説『彼女のひたむきな12カ月』の1年後が描かれた『それからの彼女』がミシェル・アザナヴィシウス監督により「グッバイ・ゴダール!」として映画化されていて、1960年代後半のパリを舞台に、映画監督ジャン=リュック・ゴダールとその当時の妻アンヌ・ヴィアゼムスキーの日々が描かれるコメディ映画とのこと。第70回カンヌ国際映画祭にて主要部門パルム・ドールに出品されたのち、フランスで2017年9月13日に公開されていますが、ヴィアゼムスキーは同年10月5日に満70歳で亡くなっています。

「グッバイ・ゴダール!」('17年/仏)ルイ・ガレル/ステイシー・マーティン

アンヌ・ヴィアゼムスキー in「バルタザールどこへ行く」('66年)/「中国女」('67年)
バルタザールどこヘ行くages.jpgアンヌ・ヴィアゼムスキー 中国女2.jpg「バルタザールどこへ行く」●原題:AU HASARD BALTHAZAR●制作年:1966年●制作国:フランス・スウェーデン ●監督・脚本:ロベール・ブレッソン●製作:マグ・ボダール●撮影:ギスラン・クロケ●音楽:フランツ・シューベルト/ジャン・ヴィーネ●時間:96分●出演アンヌ・ヴィアゼムスキー/フランソワ・ラファルジュ/フィリップ・アスラン/ナタリー・ジョワイヨー/ヴァルター・グリ1シネマカリテブレッソン.jpgーン/ジャン=クロード・ギルベール/ピエール・クロソフスキー●日本公開:1970/05●配給:ATG●最初に観た場所:新宿シネマカリテ(20-11-05)(評価:★★★★)●併映(同日上映):「少女ムシェット」(ロベール・ブレッソン)

新宿シネマカリテ(20.11.05)

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説明を排した映画作りによって、14歳の少女の自死の意味を切実に問う。

Mouchette(1967).jpg少女ムシェット [DVD]2.jpg少女ムシェット.jpg 少女ムシェット ポスター.jpg 少女ムシェット・映画.jpg 少女ムシェット・パンフ裏.jpg
少女ムシェット」DVD /ポスター/映画チラシ Mouchette(1967)
少女ムシェット [DVD]」['10年]

 原作は、1926年に発表されたフランスのカトリック作家ジョルジュ・ベルナノス(1888‐1948) 少女ムーシェット 単行本 2.jpgの『悪魔の陽の下に』の第1部にあたる「少女ムーシェット」を元に、ベルナノス自身が単独の物語として翻案したもの。病気の母、乱暴な父のいる貧しい家庭で、同年代の少年や少女たちからも侮蔑され、身勝手な大人たちには弄ばれ、生の暗闇の中で喘ぐ孤独な少女を描いたものです。すべてに絶望した少女は最後に自殺しますが、カトリックは自殺を容認しないはずで、カトリック作家がこうした作品を書いていること自体がある意味驚きと言えるかもしれません。この作品は1967年フランス映画批評家協会賞(ジョルジュ・メリエス賞)を受賞しているほか(ロベール・ブレッソンはその前年も「バルタザールどこへ行く」('66年)で同賞を受賞している)、第20回カンヌ映画祭で「国際カトリック映画事務局賞」も受賞しています。

少女ムシェット2.jpg これを映画化したロベール・ブレッソン(1901‐1999)監督は、主演のムシェット役のナディーヌ・ノルティエをはじめ殆ど素人の俳優だけを使って、貧困と孤独、更に大人たちの偽善と無慈悲に晒され、「絶望」が日常と化している14歳の少女の境遇と、彼女が自死に至るまでを、モノクロームの映像で淡々と描いています。

MOUCHETTE 1967 1.jpg ラストで少女が池のそばの草の上を何度か転がるシーンがあり、一体何をしているのかと思ったら、その後で水音が聞こえて波打つ水面が映り、そしてそのまま暗転しエンドマークという流れで終わり、「えっ、そうなの」という感じで、初めて観た時はショックを受けました。

MOUCHETTE 1967 2.jpg 彼女が死というものをどこまで認識し、またそれなりの覚悟があってのことなのか(彼女が纏った美しい布は、彼女の死への憧憬の象徴ともとれる)。
MOUCHETTE 1967 3.jpg 但し、ベルナノスの原作のコンテクストからすれば、自らの命を絶つことに彼女なりの1つの、唯一の救いがあり、それを神も受容するであろうということになるのでしょう。この映画は、それだけの説得力を持った作品です。

 ムシェットが遊園地のバンピング・カーで遊ぶ場面では、少女らしい歓びが奔出しているように見えましたが、それだけにラストとの対比で、そのシーンも切なく甦ってきます。

MOUCHETTE 1967 4.jpg この映画の中で、少女は多くを語りはしないし、そもそも、語る相手もいません(殆ど無言の演技が延々と続くシーンが多い)。とにかくブレッソンは、こうした、いわゆる物語的説明を徹底的にそぎ落とした映画の作り方をよくする監督で、そのお陰でこの映画も通俗的な"薄幸少女物語"に堕することなく、原作の本題である、「死」は14歳の少女にとって唯一の救いであったと言えるのでないかという問いを、観る者に切実に突きつけてきます。 

少女ムシェット621.jpg 多分10年以上の上映権切れの期間があったはずで、まさかそんな状況から復活してDVDになるとは思ってもみませんでしたが(ブレッソン監督の前作「バルタザールどこへ行く」('66年/仏・スウェーデン)も'70年に劇場初公開された後、四半世紀ほど空いて、'95年にフランス映画社配給少女ムシェット 12.jpgで再公開された)、「子供の自死」というのは、ある意味で今日的テーマでもあるかも知れません。

MOUCHETTE」(仏語版)

FR8『少女ムシェット』.jpg(●2020年にシネマカリテで再見。デジタルリマスター版で画面の静謐さが増したような気がする。最初に見た頃は知らなかったが、この作品はイングマール・ベルイマン、ジャン・リュック・ゴダール、アンドレイ・タルコフスキー、ジム・ジャームッシュといった映画監督たちを魅了したとのこと。「バルタザールどこへ行く」ではベルイマンとゴダールで評価が割れ、ベルイマンは批判的だったが、この「少女少女ムシェット」は両者とも絶賛したようだ。分かる気がする。) 

シネマカリテ「ロベール・ブレッソン監督『バルタザールどこへ行く』『少女ムシェット』デジタルリマスター版特集」
1シネマカリテブレッソン.jpg

ロベール・ブレッソン(Robert Bresson)
MOUCHETTE 1967 4.jpgロベール・ブレッソン(Robert Bresson).jpgMOUCHETTE 1967.jpg「少女ムシェット」●原題:MOUCHETTE●制作年:1967年●制作国:フランス●監督:ロベール・ブレッソン●撮影:ギスラン・クロケ●音楽:クラウディオ・モンテヴェルディ/ジャン・ウィエネル●原作:ジョルジュ・ベルナノス 「少女ムーシェット」●時間:80分●出演:ナディーヌ・ノルティエ/ポール・エベール/マリア・カルディナール/ジャン=クロード・ギルベール/ジャン・ヴィムネ●日本公開:1974/09●配給:エキプ・ド・シネマ●最初に観た場文芸坐.jpg文芸坐休館.jpg所:池袋文芸坐 (78-06-22) ●2回目:池袋文芸坐 (78-06-23)●3回目:新宿シネマカリテ(20-11-05)(評価★★★★★)●併映(1・2回目):「白夜」(ロベール・ブレッソン)●併映(3回目)(同日上映):「バルタザールどこへ行く」(ロベール・ブレッソン)
池袋文芸坐 1956(昭和31)年3月20日オープン、1997(平成9)年3月6日閉館/2000(平成12)年12月12日〜「新文芸坐」 

観ずに死ねるか!傑作絶望シネマ88』 (2015/06 鉄人社)
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《読書MEMO》
スアンドレイ・タルコフスキーが選ぶベスト映画10(from 10 Great Filmmakers' Top 10 Favorite Movies)
『田舎司祭の日記』"Diary of a Country Priest"(1950/仏)監督:ロベール・ブレッソン
②『冬の光』"Winter Light"(1962/瑞)監督:イングマール・ベルイマン
③『ナサリン』"Nazarin"(1958/墨)監督:ルイス・ブニュエル
『少女ムシェット』"Mouchette"(1967/仏)監督:ロベール・ブレッソン
⑤『砂の女』"Woman in the Dunes"(1964/米)監督:勅使河原宏
⑥『ペルソナ』"Persona"(1966/瑞)監督:イングマール・ベルイマン
⑦『七人の侍』"Seven Samurai"(1954/日)監督:黒澤明
⑧『雨月物語』"Ugetsu monogatari"(1953/日)監督:溝口健二
⑨『街の灯』"City Lights"(1931/米)監督:チャーリー・チャップリン
⑩『野いちご』"Smultronstället"(1957/瑞)監督:イングマール・ベルイマン

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映画の通念をはるかに超えた"断絶"的ラスト。

「ラルジャン」 (83年/仏・スイス).jpgL'argent(1983).jpg ラルジャン1.jpg robert bresson.JPG
L'argent(1983)ラルジャン [DVD]」 Robert Bresson (1901‐1999/享年98)

ラルジャン2.jpg 1枚の500フラン札を偽札と知らずに使ったイヴォン(クリスチャン・パティ)は、逮捕され有罪となる。出所後に更に強盗の手伝いをして逮捕・投獄され、妻(カロリーヌ・ラング)に離婚され家族とも別れ、自殺をも考える。しかし彼は脱獄し、今度は自分を匿ってくれた一家との間にも事件を引き起こす―。

L'ARGENT 1983 01.jpgラルジャン.jpg ロベール・ブレッソン監督作で、原作はトルストイの短編小説ですが、主人公や周辺の人物が些細なことから犯罪に染まっていく過程はドストエフスキー的で(原作の複数の人物が映画では主人公1人に集約的に投影されている)、但し、後半で主人公の改心の過程が描かれるので、ヴィクトル・ユーゴーっぽい感じもします。ところがこの映画化作品では、トルストイの原作小説の後半の主人公が信仰に目覚め改心する話を完全にカットしているため、主人公が凶行に及んだところで映画はいきなり終わってしまいます。映画館で上映が終わった後、観客が少しどよめいていたような記憶があり、1983年のカンヌ映画祭で監督賞を受賞していますが、その時にも上映終了時にはブーイングも巻き起こったとのことです。

L'ARGENT 19832.jpg それはそうでしょう。逃亡者となった主人公と偶然出会い、彼を匿った心優しい老婆に対して、自然に溢れた環境で老婆からの慈しみを受け改心に向かうかと思われた主人公が、老婆に突然に見舞った返礼は、斧で彼女を惨殺することだったのですから。

ラルジャン _.jpg それまで物語の流れに身を委ねる「観客」として観ていたのが、このような終わり方によって、起きてしまった出来事の中に実際にとり残されたような落ち着かない気持ちになりました。観客が無意識的に期待する"予定調和"の裏をかくというレベルを超えて、映画芸術そのものに対するアンチテーゼを示しているように思えます。

 80歳を超えてこの作品を作ったブレッソン監督は、映画の通念をはるかに超えたところにいたのだともとれるし、映画のラストシーンの、人々が誰もいなくなったレストランを眺めている場面について、「彼らは空虚を見つめているのだ。そこにはもはや何も無い。善は去ってしまったのだ」とカンヌの記者会見で述べたブレッソンの言葉からは、キリスト者としての彼の深い絶望も窺えます。
L'argent (1983)

waveオープン 1983-11-18.gifシネヴィヴァン六本木.jpgシネヴィヴァン六本木2.jpg「ラルジャン」●原題:L'ARGENT●制作年:1983年●制作国:フランス・スイス●監督:ロベール・ブレッソン●原作:レフ・トルストイ 「にせ利札」●時間:85分●出演:クリスチャン・パティ/カロリーヌ・ラング/ヴァンサン・リステルッチ/マリアンヌ・キュオー●日本公開:1986/11●配給:フランス映画社●最初に観た場所:シネヴィヴァン六本木(86-12-01) (評価★★★★)
シネヴィヴァン六本木 1983(平成5)年11月19日オープン(「WAVEビル」オープン11月18日告知[朝日新聞])/1999(平成11)年12月25日閉館

《読書MEMO》
是枝裕和監督の選んだオールタイムベスト10["Sight & Sound"誌・映画監督による選出トップ10 (Director's Top 10 Films)(2012年版)]
 ●ラルジャン(ロベール・ブレッソン)
 ●恋恋風塵(ホウ・シャオシェン)
 ●浮雲(成瀬巳喜男)
 ●フランケンシュタイン(ジェームズ・ホエール)
 ●ケス(ケン・ローチ)
 ●旅芸人の記録(テオ・アンゲロプロス)
 ●カビリアの夜(フェデリコ・フェリーニ)
 ●シークレット・サンシャイン(イ・チャンドン)
 ●シェルブールの雨傘(ジャック・ドゥミ)
 ●こわれゆく女(ジョン・カサヴェテス)

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ロマンチックで滑稽で切ない「白夜」。ヴィスコンティよりもブレッソンの映画が良かった。

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白夜 (角川文庫クラシックス)』/ルキノ・ヴィスコンティ監督「白夜 [DVD]」/ロベール・ブレッソン監督「白夜」チラシ・パンフレット/「ロベール・ブレッソン監督『白夜』Blu-ray」(2016)

「白夜」挿画 (1922年).jpg 1848年、ドストエフスキーが20代後半に発表した初期短篇集で、後の作品群のような重々しいムードは無く、むしろ処女作『貧しき人びと』の系譜を引くヒューマンタッチの作品が主で、内容的にも読みやすいものばかりです。

 表題作の「白夜」も恋愛がテーマで、主人公は美しい恋愛を夢想するインテリ青年で、理想の女性を求め白夜の街を徘徊していたある日、橋の上で泣いている美しい女性に出会い、恋人に捨てられたらしい彼女の話を聞くうちに自分が恋に陥る―というものですが、ロマンチックだけれどもどこかコミカルでもあり、切ないと言うか、但し、ちょっと残酷でもあるお話です。

「白夜」挿画 (1922年)

 人生で絶対的なものなど希求した覚えがないという人でも、若かりし頃は"絶対の恋人"というものを夢見たことがあるのではないか、夢と現実の違いを知ることが大人になるということなのか、などと多少しみじみした気分に...。

 また、この主人公がとる、フィアンセがきっと帰ってくると彼女を勇気づける利他的とも思える行動は、『貧しき人びと』や、後の『永遠の夫』などにも通じるモチーフのように思えます。

 主人公は、愛する人の聞き役、相談役であることに充足していて、いつまでもその状態が続くことを欲しながらも、ライバルから彼女を奪い取ろうとはせず、結果的には彼女を失うための努力をしているような感じになっている...。

白夜4.jpg この作品は、ルキノ・ヴィスコンティ監督がマルチェロ・マストロヤンニ、マリア・シェル主演で映画化('57年/モノクロ)しているほか、「少女ムシェット」のロベール・ブレッソン監督がまったくの素人俳優を使って映画化('71年/カラー)していますが、個人的には後者の方が良かったです。  

白夜 ヴィスコンティ版1シーン.jpg ルキノ・ヴィスコンティ版「白夜」は、ペテルブルクからイタリアの港町に話の舞台を移し、但し、オールセットでこの作品を撮っていて(モノクロ)、主人公の孤独な青年にマルチェロ・マストロヤンニ、恋人に去られた女性に「居酒屋」のマリア・シェル、その恋人にジャン・マレーという錚々たる役者布陣であり、キャスト、スタッフ共に国際的です。

白夜 ルチェロ・マストロヤンニ/マリア・シェル.jpg 「ヴェネツィア高裁映画祭・銀獅子賞」を受賞するなど、国際的にも高い評価を得た作品で、タイトルに象徴される幻想的な雰囲気を伝えてはいるものの、細部において小説から抱いたイメージと食い違い、個人的にはやや入り込めなかったという感じです。

 撮影に膨大な時間をかける傾向にあるヴィスコンティは、短時間、低予算でも映画を作ることができることを証明しようとしてこの作品を撮ったらしいですが、他のヴィスコンティ作品に比べると粗さが目立つ気もしました(ヴィスコンティはヴィスコンティらしく、金と時間をふんだんに使って映画を撮るべきということか。但し、これは個人的な見解であって、この作品に対する一般の評価は高い)。
      
ブレッソン 白夜 2.jpg白夜3.jpg 一方のロベール・ブレッソン版「白夜」は、舞台をパリに移し、青年はポン・ヌフの橋からセーヌ河に身投げしようとしている女性と出会うという地理的設定にしています。(1978年2月に「岩波ホール」で公開されて以来、34年ぶりとなる2012年10月に「渋谷ユーロスペース」にてリバイバル上映され、2016年5月に本邦初ソフト(Blu-ray)が販売された。この映画に惚れ込んだ人物が個人で会社を設立して、配給・ソフト発売にこぎつけたとのこと)。

映画:白夜.jpg 神経質そうでややストーカーっぽいとも思える青年(ギョーム・デ・フォレ)の、それでいて少白夜1シーン.bmpし滑稽で哀しい感じが原作を身近なものにしていて、恋人の名前をテープに吹き込んだりしている点などはオタク的であり、こんな青年は実際いるかもしれないなあと白夜1.jpg―。そうしたギョーム・デ・フォレの鬱屈した中にも飄々としたユーモアを漂わせた青年に加えて、イザベル・ヴェンガルテンの内に秘めた翳のある女性も良かったように思います(ギヨーム・デ・フォレ、イザベル・ヴェンガルテン共にこの作品に出演するまで演技経験が無かったというから、ブレッソンの演出力には舌を巻く)。

白夜 フランス版ポスター.jpgQUATRE NUITS D'UN REVEUR1.bmp 夜のセーヌ河をイルミネーションに飾られた水上観光バス(バトー・ムーシュ)がボサノヴァ調の曲を奏でながらクルージングする様を、橋上から情感たっぷりに撮った映像はため息がでるほど美しく、原作のロマンチシズムを極致の映像美にしたものでした。

 「白夜」という原作タイトルは邦訳の際のもので、ドストエフスキーがこの短編につけたタイトルは「「夢想者の4夜」です(右はブレッソン版ポスター)。

 どちらかと言えば、ヴィスコンティの作品の方を評価する人が多いのかも知れませんが、孤独な青年の繊細さ、情熱、詩情を中心に据えた物語だとすると、ジャン・マレー(元の恋人役)の存在はちょっと重すぎる感じもしました。最後に「元カレ」が現れる場面は共に原作通りですが、そもそも原作には、ヴィスコンティの作品のような離れ離れになる前の男女の遣り取りはなく、もっとシンプルです。いろいろな点で、個人的にはブレッソンの作品の方が勝っていると考えます。

ヴィスコンティ 白夜 .jpg「白夜」(ヴィスコンティ版).jpg「白夜」(ヴィスコンティ版)●原題:QUATER NUITS D'UN REVEUR●制作年:1957年●制作国:イタリア・フランス●監督・脚本:ルキノ・ヴィスコンティ●撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ●音楽:ニーノ・ロータ●原作:ドストエフスキー●時間:107分●出演:マルチェロ・マストロヤンニ/マリア・シェル/ジャン・マレー/クララ・カラマイ/マリア・ザノーリ/エレナ・ファンチェーラ●日本公開:1958/04●配給:イタリフィルム●最初に観た場所:高田馬場東映パラス(86-11-30)(評価★★★)●併映:「世にも怪奇な物語」(ロジェ・バディム/ルイ・マル/フェデリコ・フェリーニ)

QUATRE NUITS D'UN REVEUR 1971.bmp「白夜」(ブレッソン版)●原題:QUATRE NUITS D'UN REVEUR(英:FOUR NIGHTS OF A DREAMER)●制作年:1971年●制作国:フランス●監督・脚本:ロベール・ブレッソン●撮影:ピエール・ロム●音楽:ミシェル・マーニュ●原作:ドストエフスキー●時間:83分●出演:イザベル・ヴェンガルテン/ギョーム・デ・フォレ●日ルイ・マル ブレッソン『白夜 鬼火』半券.jpg本公開:1978/02●配給:フランス映画社●最初に観た場所:池袋文芸坐(78-06-22)●2回目:池袋文芸坐(78-06-23)●3回目:有楽シネマ(80-05-25) (評価★★★★★)●併映(1回目・2回目):「少女ムシェット」(ロベール・ブレッソン)●併映(3回目):「鬼火」(ルイ・マル)

 【1958年文庫化・1979年改訂[角川文庫(小沼文彦:訳)]】

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