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母と娘の葛藤と相克。ある意味、作者自身に近い作品でもあるのかも。

『イグアナの娘』1994.jpg『イグアナの娘」3.jpg 「イグアナの娘」ドラマ.png
イグアナの娘 (小学館文庫 はA 21)』['00年] TVドラマ「イグアナの娘」(菅野美穂)
イグアナの娘 (PFコミックス)』['94年]

 青島ゆりこは、長女・リカの出産直後からリカの姿が醜いイグアナに見えてしまい、どうしても愛することができずにいた。一方で、次女・マミは普通の可愛い人間の姿に見えるため、ゆりこはマミを溺愛し、リカにはますます冷たく接する。そしてリカ自身も、鏡に映る自分の姿がイグアナに見えるようになり、そのため母親にも愛されず、恋愛もできない、幸せになれないと思い込むようになってしまう。大学に進学したリカは恋愛し、卒業と同時に結婚し親元を離れ、幸せを実感する。やがて出産したが、自分の子供がイグアナではなく人間の姿に見えることで子供を愛することができないでいた。そのとき、突然の母の訃報を受け実家に戻ったリカは、母の死に顔が自分そっくりのイグアナであることに驚き、ようやく母を許すことができた―。

 「イグアナの娘」は月刊少女漫画雑誌「プチフラワー」(小学館)の'92(平成4)年5月号に掲載された50ページの短編作品で、本作品を表題作とするこの作品集は、他に「カタルシス」「午後の日射し」「学校に行くクスリ」「友人K」を所収。どれも悪くなく、どこか心理小説っぽくどこかファンタジックですが、やはり、「イグアナの娘」のインパクトが飛び抜けているでしょうか。

 母に愛されない娘と娘を愛せない母親の葛藤と相克の物語ですが、そう言えば最近では、湊かなえ原作、廣木隆一 監督の映画「母性」('22年/ワーナー・ブラザース映画)などは似たモチーフだったし、アカデミー賞を席巻した「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」 ('22年/米)なども詰まるところ母親と娘の相克がベースとなっていたわけで、これっていつの時代にもあるテーマなのだなあと。

 ただし、ある意味、作者自身に近い作品でもあるのかも。実際、作者は「私小説にいちばん近いのは『イグアナの娘』」と長嶋有との対談で語っています。

 作者の場合、2歳で絵を描き、4歳で漫画や本を読み始めたそうですが、母親が「漫画は頭の悪い子が読むもの」と叱るので、漫画を読むのも描くのも親に隠れて行っていて、母親にいつも「勉強しろ」と追いたてられ、成績の悪い子とは付き合うなとか、教科書以外の本は読んではいけないとか、姉や妹と比較されては四六時中怒られていて、成績の良くなかった作者は家にいるのが辛く、漫画家になり上京して独立住まいをするようになってからも、母親に対する反発は心の中に無意識にくすぶり続けたとのことです。

 「最初は自分では気づかなかったのだけど、デビューして2年目ぐらいに『あなたの作品って、いつもお母さんがいなかったり、死んだりするのね』って言われて、『あれそうなのかな?』って。それで、母親を登場させたくない自分の内面心理について振り返り始めたりしました」と本人も語っていて、親との関係を見つめるため心理学を勉強し始め、内なる親から解き放たれるために、'80年に親殺しをテーマにした『メッシュ』の連載を開始し、その流れを引き継ぎ、厳格だった母親との対立を基にして'92年に描いたのが本作品であるとのことです(Wikipediaより)。

 描くことでトラウマから自分を解放したという感じでしょうか。したがって、心理小説っぽい作品集の中でも、心理学的なメタファーが特に効いている作品かと思います(それにしても少女漫画でイグアナとは!)。

「イグアナの娘」ドラマ2.jpg 本作は'96(平成8)年4月15日から 6月24日、テレビ朝日系「月曜ドラマ・イン」枠で「イグアナの娘」として菅野美穂主演で放送されました(全11話)。初回視聴率7.9%と低調だったのが、最終回には番組最高視聴率となった19.4%を記録しており、初回と最終回の視聴率の差が2.45倍と2倍以上を記録した20世紀最後のテレビドラマになったとのことです(一部で話題になっているから取り敢えず観てみたら、意外と面白かったということか)。

「イグアナの娘」ドラマ4.jpg ドラマでは、青島ゆりこ(川島なお美)は実はイグアナ姫で、人間に恋して魔法使いに人間の姿にしてもらったというのは原作と同じですが、なぜ人間に恋したかというと、夫の正則(草刈正雄)がガラパゴス諸島に訪れた際に命を救ったウミイグアナが彼女だったという説明がされていました。原作にはその部分の説明が無く、イグアナ姫がいきなり魔法使いを訪ねて、「人間の王子様」に恋してしまったので人間の女の子にしてほしいとお願いするところから始まります。何故だろう。謎解き的要素を持たせたのか? それにしては、正則がガラパゴスに行ったり、ウミイグアナを救ったりする場面は原作マンがでは最後まで無かったなあ。

「イグアナの娘」●演出:今井和久/新城毅彦●脚本:岡田惠和●音楽:寺嶋民哉●原作:萩尾望都●出演:菅野美穂/岡田義徳/小嶺麗奈/佐藤仁美/山口耕史/小松みゆき/井澤健/榎本加奈子/川島なお美/草刈正雄●放映:1996/04~06(全11回)●放送局:テレビ朝日

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意外な結末ばかりの短編集。もう少しで完全犯罪が成立しそうだったのが...。

『危険な斜面』単行本.jpg 『危険な斜面』カッパ01.gif『危険な斜面』カッパ02.jpg 『危険な斜面』文春文庫.jpg 『危険な斜面』文庫2.jpg
危険な斜面 (1959年) 』『危険な斜面 (カッパ・ノベルス)』['62年]『危険な斜面 (1980年) (文春文庫)』『新装版 危険な斜面 (文春文庫)
『危険な斜面 (カッパ・ノベルス)』
『危険な斜面』カッパ01.jpg『危険な斜面』カッパ05.jpg『危険な斜面』カッパ3.jpg 松本清張の、1959年2月刊行の短編集『危険な斜面』収録作6編を所収。もう少しで完全犯罪が成立しそうだったり、事件が迷宮入りになったままで終わりそうだったりしたのが、偶然の事実やある人物の洞察によって、その壁が崩れ、事実が見えてきたといった展開のものをはじめ(「急な斜面」「投影」)、6編とも「意外な結末」という意味では共通していて、さすがに上手いなあと思いました。

『危険な斜面 (カッパ・ノベルス)』カット:金子千恵子
『危険な斜面』カッパ4危険.jpg「急な斜面」(1959.2 オール読物)
 歌舞伎座で会社の得意先の接待に参加していた秋場文作は、ロビーで自社の会長・西島卓平の愛人を目にするが、呼び止められて、10年前の自分が何度か交渉を持った女・野関利江であると気づく。野関利江は秋場文作に電話番号を教え、交渉が復活。秋場文作は、出世したい男で、重役、部長、課長、平社員といった序列を、人生の階段として絶えず意識していた。今の野関利江は西島会長の妾だから利用価値があるのだ、と秋場文作は考えた。しかし、野関利江は秋場文作を恋人と考えた。自分が老いて西島会長から捨てられる前に、秋場文作を繋いでおきたいのだった。感情を沸騰させはじめた女を前に、秋場文作は黒い計画を巡らす―。

「急な斜面」」2000.jpg 「男というものは、絶えず急な斜面に立っている。爪を立てて、上にのぼっていくか、下に転落するかである」という一文が響く。秋場文作が用いたのは、超有名作「点と線」('57年発表)みたいなアリバイトリックだが、使った飛行機に有名人が乗っていたのが運が悪かった。まあ、秋場文作のために野関利江に振られた沼田仁一という男の執念もあるけれど。謎を解いた人間が犯人に金銭要求する「脅迫者」になるパターンはよくあるが、途中までそうかと思ったら、結局「金」よりも「復讐」だった。
松本清張特別企画・危険な斜面」('00年/TBS)田中美佐子/風間杜夫

『危険な斜面』カッパ5二階.jpg「二階」(1958.1婦人朝日)
 竹沢幸子の夫・英二は2年近く療養所にいたが、治癒の見込みはなかった。夫の懇願に負け、幸子は夫を自宅療養に切り替え、付添いの看護婦を頼む。看護婦・坪川裕子は経験も長く、世話は行き届いていた。印刷屋の仕事に忙しい幸子は、あまり夫の寝ている二階に上っていく暇がない。それは頼みにできる付添い看護婦をつけた安心もあるからだと幸子は信じていた。しかし幸子の心には、階段に足をかける度に、素直に上れない躊躇が起きた。幸子には、看護婦というよりも、一人の女が、二階で夫とひっそりと向かい合っているという意識が起こっていた。理由のない不安であった。実際、坪川裕子は常に忠実で慎み深かった。にもかかわらず、夫と看護婦のいる二階の圧迫に、幸子の心は追いつめられていく―。

「松本清張傑作選 4 二階」.jpg「二階」77年.jpg 「婦人朝日」1958年1月号に掲載。坪川裕子という女性がこの家にやってきたのは偶然で、英二とどうだったかとうのも最後に明かされるが、二階で起きていることは何となく見当がつく。最後は妻のプライド、凄まじきかな、という感じ。'77年のTBS「東芝日曜劇場」のドラマ版は、若い妻が十朱幸代(1942年生まれ)なのに対して看護婦が10歳年上の渡辺美佐子(1932年生まれ)が演じて、その年齢差が逆にリアリティを醸していた。登場人物がほぼ3人きりの約45分のスタジオ収録ドラマだが、緊迫感があったように思う(視聴率21.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区))。
松本清張傑作選 4 二階」('77年/TBS「東芝日曜劇場」)十朱幸代/竹沢英二/山口崇/渡辺美佐子

「巻頭句の女」(1958.7小説新潮)
 俳句雑誌「蒲の穂」の編集会議の場で、巻頭を飾ったこともあるさち女が、この3か月一句も投稿していないことが話題になった。さち女の才能を高く評価する麦人は、さち女を見舞うことにする。困窮しているさち女が入院していたのは施療院だったが、麦人が訪ねると3か月前に退院したという。麦人の本業は医師なので、院長は親切に当時の状況を語る。さち女の本名は志村さち子、病名は末期の胃癌、文通していた岩本英太郎という男性が、結婚して彼女の最期を看取るために引き取るというので退院を許可したという。東京に戻った麦人は、同人の青沙を女の新居に行かせたが、さち女は亡くなっていた。近所の人の話では、月の内10日ほどしか岩本は帰宅しておらず、さち女が亡くなった夜は何度か自動車が岩本の家の前で止まったのこと。麦人は、さち女の死についてさらに詳しく調べさせる―。

 保険金殺人&死体すり替え殺人だったわけか。死体すり替えの部分は、後の東野圭吾『容疑者Xの献身』('05年/文藝春秋)がこれに似ているように思った(どちらも、余った死体をどうするかという課題が残るが)。さち女の薄幸が痛ましい。


『危険な斜面』カッパ6失敗.jpg「失敗」(1958 新春号・別冊週刊サンケイ)
 東京で強盗殺人が発生し、2人組の犯人の1人は九州出身の浦瀬三吉、もう1人は東北出身の大岩玄太郎で、主犯は浦瀬で共犯が大岩。2人は浦瀬の故郷・九州に逃亡したと思われたが、警視庁から大岩の妻子がいる東北の中都市D市の警察に、大岩が妻子の許に立ち寄る可能性もあるので、捜査協力してほしいとの連絡があった。所轄署の山村刑事部長は、ベテランの島田刑事と若手の津坂刑事を張込み任務につかせる。大岩の妻くみ子に了承をもらい、自宅で張込みを開始するが―。

 これも超有名作「張込み」('55年)を思わせる設定。張込みを開始して1週間、大岩は妻くみ子の許に現れなかったという、途中まではほとんど「張込み」と同じような流れでいくが...。犯罪者の妻に対する若い刑事の同情が愛情に変わったのか。でも、「張込み」のドラマ化作品も、結構この路線を匂わせているものが多いのではないか。


「拐帯行」(1958.2日本)
 会社の金を持ち出した森村隆志は、西池久美子と博多行きの特急「さちかぜ」に乗り、一路九州へと向かった。死に場所を求めての旅だった。これまで惨めな境遇で生きてきた隆志と久美子は、生きていても仕方がない、死ぬよりほかに途が無いように思えた。が、せめて、死ぬ直前に一度贅沢をしてみたかったのだ。熱海から、斜め向こうの席に中年の紳士と妻らしい人が座った。夫は落ち着いてパイプをくわえ、妻は穏やかな上品さを湛え、夫婦は生活も十分安定して幸福そうに見えた。しばらく眼を惹かれていた隆志は、一瞬、久美子との間に、妙な距離を感じた。なぜかわからないが、その夫婦に影響されたような気がした。闇の中にいるような隆志の気持ちが、少しずつ変わり始める―。

 「日本」1958年2月号に掲載。土壇場で光と影が逆転する展開。山田洋次の初監督作品「二階の他人」('61年/松竹、原作:多岐川恭)の中の1ストーリーを思い出した。小坂一也・葵京子夫婦が間貸しした二階の部屋にやって来た評論家とその妻という品のよさそうな夫婦が、実は...というもの。


『危険な斜面』カッパ投影2.jpg「投影」(1957.7読売倶楽部)
 トラブルから東京の大手新聞社を辞職した太市は、水商売の女と瀬戸内の見知らぬ地方都市まで流れ、キャバレー勤めする女のヒモにまで堕ちる出口の見えない日々を過ごす。やがて、なんとか零細新聞社に職を得た彼は、市政の腐敗摘発に動く羽目になる―。

 不審な死亡事故における、光の投影によって帰宅の方向を誤らせるトリックはやや現実味が薄い気がするが、主人公が再就職した地方新聞社での人との出会いや経験を通して人間的に成長する姿が活き活きと描かれていて、ラストはグッと来る、松本清張作品には珍しい感動作に仕上がっていると言える。


「危険な斜面」2012.jpg この短篇集に収録されている作品はすべてテレビドラマ化されていますが、その中でも表題作の「危険な斜面」が8回と多く(「投影」もいい作品だと思うが、ドラマ化回数がそう多くないのは、トリックの再現が難しいからではないか)、個人的は、2012年フジテレビの「松本清張没後20年特別企画・危険な斜面」(出演・渡部篤郎・長谷川京子・溝端淳平)を観ました。

「危険な斜面」4.jpg 原作では最後に刑事が出てきますが、ドラマでは赤井英和演じる刑事が最初は溝端淳平演じる沼田仁一に嫌疑をかけたことから、頭にきた沼田仁一から示唆されて渡部篤郎演じる秋場文作に接近するようになり、一方で沼田仁一も秋場文作を心理的に追い込み最後の結末に至るという、警察と沼田仁一が実は"共闘戦線"を張っていたというのは原作通りですが、刑事役に赤井英和を配して主要人物の1人としたことでその伏線が描かれている点が、原作との大きな違いだったでしょうか。それ以外は、「点と線」のトリックも、報道写真にたまたま写り込んでいたことによるアリバイ崩壊も活かされていて、オーソドックスな作りになっていたように思います(禿げ頭のはずの会長は、中村敦夫演じるダンディな男性に改変されていたが、長谷川京子演じる会長秘書・野関利江の手引きで渡部篤郎演じる秋場文作がどんどん出世していくのは原作とほぼ同じ)。
「松本清張没後20年特別企画・危険な斜面」('12年/フジテレビ)長谷川京子/中村敦夫/渡部篤郎
「危険な斜面」3.jpg
    
     
    
「二階」11.jpg「二階」●監督:柳井満●プロデューサー:石井ふく子●脚本:服部佳●原作:松本清張「二階」●出演:十朱幸代/山口崇/渡辺美佐子/松下達夫/岡本茉利●放映:1977/02/06(全1回)●放送局:TBS(評価:★★★★)
  
      
       
長谷川京子/渡部篤郎
「危険な斜面」12.jpg「松本清張没後20年特別企画・危険な斜面」●監督:赤羽博●プロデュー:岩崎文(ユニオン映画)●脚本:当摩寿史●サウンドデザイン:石井和之●原作:松本清張「危険な斜面」●出演:渡部篤郎/長谷川京子/溝端淳平/萩尾みどり/大路恵美/品川徹/梨本謙次郎/伊藤栞穂/長谷川朝晴/五辻真吾/木下政治/松川荘八/加藤満/旭屋光太郎/高品剛/有山尚宏/赤井英和/中村敦夫●放映:2012/09/30(全1回)●放送局:フジテレビ

【1962年新書化[カッパ・ノベルズ]/1980年文庫化・2007年新装版[文春文庫]】

《読書MEMO》
●「急な斜面」のテレビドラマ化
•1959年「急な斜面(フジテレビ・全2回)」梶川武利・千典子
•1961年「急な斜面(TBS・全2回)」須賀不二夫・浅茅しのぶ・丹阿弥谷津子
•1962年「急な斜面(NHK・全2回)」前田昌明・中川弘子・渡辺文雄
•1966年「松本清張シリーズ・急な斜面(フジテレビ)」川崎敬三・富永美沙子・内田朝雄
•1982年「松本清張の危険な斜面(テレビ朝日)」:水沢アキ・田島令子・山本圭・西村晃
•1990年「松本清張スペシャル・危険な斜面(日本テレビ)」古谷一行・池上季実子・松本留美・薬丸裕英
「危険な斜面」ドラマ.jpg•2000年「松本清張特別企画・危険な斜面(TBS)」田中美佐子・風間杜夫・袴田吉彦
•2012年「松本清張没後20年特別企画・危険な斜面(フジテレビ)」渡部篤郎・長谷川京子・溝端淳平・赤井英和
  
●「二階」のテレビドラマ化
•1965年「二階(フジテレビ)」三國連太郎・佐々木すみ江・楠侑子
「二階」77年.jpg•1977年二階(TBS)」十朱幸代・山口崇・渡辺美佐子
  
●「巻頭句の女」のテレビドラマ化
•1962年「巻頭句の女(NHK・全2回)」加藤嘉・前沢迪雄・高橋正夫
  
●「失敗」のテレビドラマ化
•1959年「失敗(フジテレビ)」津島恵子・清水将夫・土屋嘉男
  
●「拐帯行」のテレビドラマ化
•1959年「拐帯行(日本テレビ)」高橋昌也・悠木圭子・幸田宗丸
•1988年「松本清張サスペンス 拐帯行(フジテレビ)」石橋保・渡辺典子・高松英郎・南田洋子
「ドラマSP 黒革の手帖~拐帯行~」.jpg•2021年「黒革の手帖~拐帯行~(テレビ朝日)」武井咲・渡部篤郎・毎熊克哉・安達祐実
  
●「投影」のテレビドラマ化
•1959年「投影(日本テレビ)」三橋達也・岩崎加根子・河野秋武
•1960年「投影(NHK・全2回)」佐竹明夫・吉行和子・早野寿郎・大町文夫

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「罪と罰」―人は神に代わって人を裁けるか―。映画版よりずっと重かった。

「オリエント急行の殺人」2010 dvd.jpg「オリエント急行の殺人」2010 dvd1.jpg 名探偵ポワロDVDコレクション 49号.jpg 「オリエント急行の殺人」2010 2.jpg
名探偵ポワロ 47 [レンタル落ち]」「名探偵ポワロDVDコレクション 49号 (オリエント急行の殺人) [分冊百科] (DVD付)
名探偵ポワロ ニュー・シーズン DVD-BOX 4
「オリエント急行の殺人」2010 1.jpg 中東での仕事を終えたポアロが連絡船で移動し、イスタンブール発カレー行きのオリエント急行へ。新しい事件のために急遽帰途に就くことになったのだが、一等寝台「オリエント急行の殺人」2010 3ressya.jpg車は満室で、列車は混み合っていた。やがて、車内でアメリカ人の大富豪ラチェットが計12回刺されて殺害される。事件の容疑者は、1人の車掌と12人の一等客室の乗客たち。ユーゴスラビアで積雪により立ち往生する列車内で、ポアロは謎解きに乗り出す―。

「オリエント急行の殺人」2010 かお.jpg「オリエント急行の殺人」2010 4.jpg デビッド・スーシェがポアロを演じる英ITV制作の「名探偵ポワロ」(1989~2013)の第64話(第12シリーズ第3話)で103分の長尺版。原作は、アガサ・クリスティが1934年に発表した、あまりに有名な作品です。原作出版から75年を記念して制作にとりかかり、本国放映は2010年12月25日、本邦初放映は2012年2月9日(NHK-BSプレミアム)です。


オリエント急行殺人事件 映画 アルバート・フィニー.jpg 1974年のシドニー・ルメット監督による「オリエント急行殺人事件」('74年/米)は、アルバ「オリエント急行殺人事件」ふ.jpgート・フィニー(1936-2019)がポワロを演じ、チャード・ウィドマーク、アンソニー・パーキンス、ジョン・ギールグッド、ショーン・コネリー、ヴァネッサ・レッドグレーヴ、ウェンディ・ヒラー、ローレン・バコール、イングリッド・バーグマン、マイケル・ヨーク、ジャクリーン・ビセット、ジャン=ピエー「オリエント急行殺人事件」33.jpgオリエント急行殺人事件 snow.jpgル・カッセルら豪華俳優陣を配したものでしたが、ラストで皆が乾杯するシーンがあるなど(目出度し目出度しといったところか)、原作より明るい雰囲気でした。シドニー・ルメット監督自身が「スフレのような陽気な映画」を目指したと述べています(評価:★★★☆)。

オリエント急行殺人事件 2017 00.jpg「オリエント急行殺人事件」ぷらな3.jpg その43年後に作られた、2017年のケネス・ブラナー監督・主演のリメイク作品「オリエント急行殺人事件」('17年/米)は、1974年版に何一つ新しいものを付け足せていないとの評価もありましたが、それでも前作に対抗したのか、ポワロが事件にどう片を付けるか悩む部分が強調されていて、ラストの謎解きもダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を模した構図の中でケネス・ブラナーの演劇的な芝居が続く、" やや重"を目指したような印象を受けました(ただ、一方で、列車が雪中を行くシーンなどにCGを使った分、旧作にはあった重厚感が削がれた)(評価:★★★)(ケネス・ブラナーはその後「ナイル殺人事件」('22年/米)も撮るが、ここでも長広舌を奮っている(笑))。

「オリエント急行殺人事件」野村1.jpg「オリエント急行殺人事件」野村2.jpg その前に、2015年に三谷幸喜脚本で「オリエント急行殺人事件」('15年/フジテレビ)としてドラマ化されていて、野村萬斎がポアロに相当する名探偵・勝呂武尊を演じましたが、他の俳優陣が普通に演技している中で一人だけ狂言チックな演技をしています。ただ、これは彼の主演映画「のぼうの城」('12年/東宝)などで既に体験していて、個人的にはそう抵抗はなかったです。かなりコメディタッチになっていて、ラストで、「これは勝呂武尊が解決できなかった初めての事件。しかし、これほど誇らしいことはない」とこれまた、シドニー・ルメット版よりさらに明るいです(第2弾「黒井戸殺し」('18年)、第3弾「死との約束」('21年)も同じような感じか)。全2夜放送の第1夜は原作に則して描き、第2夜は犯人の視点から犯行の流れを描いたオリジナル構成としているのも旨く、2015年「東京ドラマアウォード」の単発ドラマ部門でグランプリを受賞しています(当ブログでは90年代以降のドラマは星による評価をしていないが、仮に評価するとすれば★★★★)。

「オリエント急行の殺人」2010 5.jpg そしてこの2010年のデヴィッド・スーシェ主演の「名探偵ポワロ」の1話としてのドラマ化作品ですが、「罪と罰」―人は神に代わって人を裁けるかというテーマを前面に出していて、これが一番(ケネス・ブラナーの映画版などを超えて)重かったように思いました。

 プロローグとして原作にはない2つのエピソードがあります。1つは、ポワロがある事件で、犯人の目の前で威圧的な早口で事件の真相をまくしたてると、追い詰められた犯人がピストル自殺してしまうという出来事があり、後に、犯人が人格面では立派な人物だったことを知っていた人物から、一度の過ちで支払った代償が大きすぎる批判され、それに対してポワロが反論するというもの。もう一つは、ポアロがイスタンブールで、姦淫の罪を犯した女性が民衆に引き摺られて、石打ちの刑を受ける刑場に連れていかれる場面に遭遇し、後にオリエント急行の乗客として再会する女性もその場に居合わせ、なんとか止めてと言われるが、どうにもならない、というもの。この2つに共通するのは、罪を犯したら罰を受けなければならないということであり、それがポワロの信念であるということでしょう。 

「オリエント急行の殺人」2010 last.jpg こうした前振りがあると、物語の結末を知った上で観ていて、最後どうなるのだろうと思いましたが、案の定、ポワロは自分の考えを曲げず、今回の事件を起こしたことについては、事に至った思いを訴える人たちに対し、「そんな権利はどこにもない」「何様のつもりか」といった具合です。そして、警察が現場に到着し、いよいよポワロが事件の説明をする場面がやってきます。もちろん、物語の結末は変わりません。ポワロは結局、「外部犯行」であったと説明します。その時のポワロの苦渋に満ちた表情―。「これほど誇らしいことはない」と言った三谷幸喜・野村萬斎版のドラマと真逆と言えます。日本版ドラマの明るさもいいですが、この本国版ドラマの暗さの方が本筋でしょう。本エピソードが「名探偵ポワロ」全70話の中でベストエピソードに選ばれることが多いというのも分かる気がします(評価:★★★★☆)。

 従って、時系列で並べると以下のような評価一覧となります。
  シドニー・ルメット/アルバート・フィニー版「オリエント急行殺人事件」 (1974年/英・米)★★★☆(○)
  デビッド・スーシェ版 「名探偵ポワロ/オリエント急行の殺人」 (2010年/英ITV)★★★★☆(◎)
  三谷幸喜・野村萬斎版「オリエント急行殺人事件」(2015年/フジテレビ)★★★★(○)
  ケネス・ブラナー版 「オリエント急行殺人事件」 (2017年/米) ★★★(△)


■AXNミステリー「あなたが選ぶ!名探偵ポワロ(長編全34話)ベストエピソード」(2016年)
1位  シーズン12 第3話 「オリエント急行の殺人」(第64話)
2位  シーズン4 第1話 「ABC殺人事件」(第31話)
3位  シーズン13 第5話 「カーテン~ポワロ最後の事件」(第70話)

4位  シーズン9 第4話 「ナイルに死す」(第52話)
5位  シーズン6 第1話 「ポワロのクリスマス」 (第42話)
6位  シーズン9 第2話 「五匹の子豚」(第50話)
7位  シーズン6 第4話 「もの言えぬ証人」(第45話)
8位  シーズン3 第1話 「スタイルズ荘の怪事件」(第20話)
9位  シーズン8 第1話 「白昼の悪魔」(第48話)
10位  シーズン7 第1話 「アクロイド殺人事件」(第46話)
10位  シーズン8 第2話 「メソポタミア殺人事件」(第49話)

12位  シーズン9 第2話 「杉の柩」(第51話)
13位  シーズン10 第3話 「葬儀を終えて」(第56話)
13位  シーズン2 第1話 「エンドハウスの怪事件」(第11話)
15位  シーズン6 第3話 「ゴルフ場殺人事件」(第44話)
16位  シーズン6 第2話 「ヒッコリー・ロードの殺人」(第43話)
17位  シーズン4 第2話 「雲をつかむ死」(第32話)
18位  シーズン11 第4話 「死との約束」 (第61話)
19位  シーズン12 第2話 「ハロウィーン・パーティー」(第63話)
20位  シーズン11 第2話 「鳩のなかの猫」(第59話)
20位  シーズン4 第3話 「愛国殺人」(第33話)

22位  シーズン13 第2話 「ビッグ・フォー」(第67話) 
23位  シーズン10 第2話 「ひらいたトランプ」 (第55話)
23位  シーズン7 第2話 「エッジウェア卿の死」(第47話)
25位  シーズン13 第4話 「ヘラクレスの難業」(第69話)
26位  シーズン10 第1話 「青列車の秘密」(第54話)
26位  シーズン11 第3話 「第三の女」(第60話)
28位  シーズン9 第4話 「ホロー荘の殺人」 (第53話)
29位  シーズン13 第1話 「象は忘れない」 (第66話)
30位  シーズン12 第1話 「三幕の殺人」 (第62話)

31位  シーズン11 第1話 「マギンティ夫人は死んだ」(第58話)
31位  シーズン12 第4話 「複数の時計」(第65話)
33位  シーズン10 第4話 「満潮に乗って」 (第57話)
34位  シーズン13 第3話 「死者のあやまち」(第68話)

「オリエント急行の殺人」2010 dore.jpg「オリエント急行の殺人」2010 syuugou.jpg「名探偵ポワロ(第64話)/オリエント急行の殺人」●原題:AGATHA CHRISTIE'S POIROTⅫ:MURDER ON THE ORIENT EXPRESS●制作国:イギリス●本国放映:2010/12/25●演出:フィリップ・マーティン●脚本:スチュワート・ハーコート●時間:103分●出演:デビッド・スーシェ(ポアロ)/トビー・ジョーンズ(サミュエル・ラチェット)/バーバラ・ハーシー(ハバード夫人)/ブライアン・J・スミス(ヘクター・マックイーン)/ジェシカ・チャステイン(メアリー・デベナム)/セルジュ・アザナヴィシウス(ザビエル・ブーク)/アイリーン・アトキンス(ナターリア・ドラゴミノフ)/ヒュー・ボネヴィル/デヴィッド・モリッシー/ズザンネ・ロータ/マリ=ジョゼ・クローズ/スタンレイ・ウェーバー/エレナ・サチン/ジョゼフ・マウル/ドゥニ・メノーシェ/サミュエル・ウェスト●日本放映:2012/02/09●放映局:NHK-BSプレミアム(評価:★★★★☆)


オリエント急行殺人事件 スペシャル・コレクターズ・エディション[AmazonDVDコレクション]
オリエント急行殺人事件  1974 dvd.jpgオリエント急行殺人事件02.jpg「オリエント急行殺人事件」●原題:MURDER ON THE ORIENT EXPRESS●制作年:1974年●制作国:イギリス・アメリカ●監督:シドニー・ルメット●製作:ジョン・ブラボーン/リチャード・グッドウィン●脚本:ポール・デーン●撮影:ジェフリー・アンスワース●音楽:リチャード・ロドニー・ベネット●原作:アガサ・クオリエント急行殺人事件03.jpgリスティ「オリエント急行の殺人」●時間:128分●出演:アルバート・フィニー/リチャード・ウィドマーク/アンソニー・パーキンス/ジョン・ギールグッド/ショーン・コネリオリエント急行殺人事件 ショーン・コネリー.jpgオリエント急行殺人事件 バコール.jpg/ヴァネッサ・レッドグレーヴ/ウェンディ・ヒラー/ローレン・バコール/イングリッド・バーグマン/マイケル・ヨーク/ジャクリーン・ビセット/ジャン=ピエール・カッセル●日本公開:1975/05●配給:パラマウント=CIC(評価:★★★☆)

オリエント急行殺人事件 [DVD]」Kenneth Branagh
オリエント急行殺人事件 2017 dvd.jpgオリエント急行殺人事件 20172.jpg「オリエント急行殺人事件」●原題:MURDER ON THE ORIENT EXPRESS●制作年:2017年●制作国:アメリカ●監督:ケネス・ブラナー●製作:リドリー・スコット/マーク・ゴードン/サイモン・キンバーグ/ケネス・ブラナー/ジュディ・ホフランド/マイケル・シェイファー●脚本:マイケル・グリーン●撮影:ハリス・ザンバーラウコス●音楽:リパトリック・ドイル●原作:アガサ・クリスティ「オリエント急行の殺人」●時間:114分●出演:ケネス・ブラナー/ペネロペ・クルス/ウィレム・デフォー/ジュディ・デンチ/ジョニー・デッ/ジョシュ・ギャッド/デレク・ジャコビ/レスリー・オドム・Jrオリエント急行殺人事件 2017michelle-pfeiffer.jpgミシェル・ファイファー/デイジー・リドリー/トム・ベイトマン/オリヴィア・コールマン/ルーシー・ボイントン/マーワン・ケンザリ/マオリエント急行殺人事件 2017 deppu.jpgヌエル・ガルシア=ルルフォ/セルゲイ・ポルーニン/ミランダ・レーゾン●日本公開:2017/12●配給:20世紀フォックス(評価:★★★)

Johnny Depp

Michelle Pfeiffer 

「オリエント急行殺人事件」野村3.jpg「オリエント急行殺人事件」●脚本:三谷幸喜●監督:河野圭太●音楽:住友紀人●原作:アガサ・クリスティ●時間:333分●出演:野村萬斎/松嶋菜々子/二宮和也/杏/玉木宏/沢村一樹/吉瀬美智子/石丸幹二/池松壮亮/黒木華/八木亜希子/青木さやか/藤本隆宏/小林隆/高橋克実/笹野高史/富司純子/草笛光子/西田敏行/佐藤浩市●放映:2015/01(全2回)●放送局:フジテレビ
「オリエント急行殺人事件」2015 しゅ.jpg野村萬斎(名探偵・勝呂武尊(すぐろ たける))

佐藤浩市(実業家・藤堂修/笠原健三)/富司純子(羽鳥夫人)
「オリエント急行殺人事件」2015佐藤k.jpg 「オリエント急行殺人事件」2015 富司.jpg

「オリエント急行殺人事件」野村4.jpg

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裏切られた中年女性の怨念と復讐。結構ホラーだった(笑)。

『影の車』1.jpg『影の車』2.jpg 「鉢植を買う女」1.gif 「鉢植を買う女」余泉.gif.jpg
影の車 (1961年)』『影の車: 松本清張プレミアム・ミステリー (光文社文庫プレミアム)
「松本清張特別企画・鉢植を買う女」['11年/テレビ東京]余貴美子・泉ピン子

 上浜楢江は精密機械会社に勤めているが、女性社員としては最年長となっていた。不器量の彼女は、美しい同僚2人が若い社員からもてるのをよそに、恋愛の対象から除外されていた。楢江は美人の同僚に言い寄る男たちの言葉に次第に耳をふさぐようになり、懸命に仕事に精を出した。結婚に諦めを持つようになった彼女には、金さえあれば、いかなる不幸も、ある程度は防げるように思われた。やがて楢江はかなりの金を貯め、金銭的に苦しむ社員に対して、金貸しを始める。会計課の杉浦淳一も楢江から金を借りる常連となった。返済が溜り、利子も払えなくなった杉浦は、それを棒引きさせるため、楢江を陥れることを思い立つ―。

 先に取り上げた「潜在光景」同様、松本清張の「婦人公論」1961(昭和36)年1月号から8月号まで連載され、同年8月、中央公論社より単行本が刊行された連作短編『影の車』の内の1つ(「婦人公論」1961年7月号発表)。

 杉浦は会社から800万円を横領し、彼が計略的に自分の愛人とし上浜楢江のところに転がり込みますが、自分を利用するだけ利用してポイ捨てしようとしている男に、この独身中年女性は復讐する―。結構ホラーだったなあ(笑)。松本清張の作品には、こうした裏切られた女性の怨念を描いたものが多いですが、これはその典型です。蓄財してアパート経営するのが夢が唯一の夢になってしまった女性の姿が哀しいですが、でも、彼女は結果的には"完全犯罪"を成し遂げてしまっている!(彼女にとってはハッピーエンド?)。

 この作品はこれまでに以下3回ドラマ化されています。

 ・1962年「黒の組曲・鉢植を買う女」(NHK) 中北千枝子・近藤洋介
 ・1966年「松本清張シリーズ・鉢植を買う女」(関西テレビ・フジテレビ) 根岸明美・寺島達夫
 ・1993年「松本清張スペシャル・鉢植を買う女」(テレビ朝日)池上季実子・布施博
 ・2011年「松本清張特別企画・鉢植を買う女」(テレビ東京)余貴美子・泉ピン子・田中哲司

「鉢植を買う女」余.gif.jpg「鉢植を買う女」2.jpg この内、2011年にテレビ東京系列の「水曜ミステリー9」枠で放映された余貴美子版を観ました。中堅精密機械メーカーに30年勤める独身OLの上浜楢江を余貴美子が演じていますが、口うるさい性格で社内で疎まれているものの、原作のように社内で完全に孤立しているのではなく、泉ピン子が演じ社員食堂の従業員・岸田茂子とは比較的何でも話す間柄です。

「鉢植を買う女」5.jpg「鉢植を買う女」3.jpg 実は、(原作には無い)この岸田茂子は、以前は社内で個人的に金を貸し、その利子で密かに金を稼いでいたのが、今は楢江がそれをやっている(つまり、茂子から客を奪った)ということで、この二人の微妙な関係の変化が、事件解決の鍵を握ることになり、ドラマ版では(ありがちだが)完全犯罪は成立せず、最後は茂子が楢江に、男性に恋心を抱いたのがその失敗の原因だったというような諭し方をするところで終わっていたのではないかと思います。

「鉢植を買う女」佐藤.jpg 原作では、茂子がどうやって犯行後に死体を隠したのか推察させるつくりになっていて、最後の、彼女がアパートを建てる花壇の土には「動物性の脂が十分に滲みこんでいた」というのが不気味ですが、ドラマでは、土一杯のガス風呂の木桶が出てくるので何だかリアル。佐藤二朗演じる刑事が家宅捜索して、木桶の蓋を開けるところでヒヤッとさせますが、その時にはすでに死体は別所に移し終えていて...(木桶の内側が綺麗すぎるのが不自然だが)。

 彼女が会社に留まっているのは、男性社員と定年年齢が同じだからで、それは今なら当たり前のことのようですが、実は彼女が入社した終戦直前は世間一般に男女で定年年齢の差が無かったのが、その後、例えばこの作品の会社で言えば昭和25,6年から男性と女性で定年格差を設けたとなっており、この後、世間一般にも男性と女性で定年格差のある時代が長く続くわけです。そうなる前に18歳で入社し、昭和25年には23歳になっていた主人公には、改定後のルールが適用されないということだったのです(結果として主人公は、全社で3人しかいない中年女性社員の一人となる)。

 それから、彼女は自宅の風呂が使えなくって(なぜ使えなくなったのがこの作品のヤマなのだが)「会社の風呂」を使うようになったとありますが、かつてはメーカーなどであれば会社や工場の敷地内に風呂があるのが当たり前だったということです。風呂どころか、診療所や娯楽施設、集会場、公園などもあったりするというのがごく普通に見られたのではないでようか。こうした手厚い福利厚生は今では考えれないなあと、ふと思ったりしました。

「鉢植を買う女」松村.jpg「鉢植を買う女」t.jpg「松本清張特別企画・鉢植を買う女」●制作年:2011年●監督:大岡進●脚本:西岡琢也●選曲:御園雅也●原作:松本清張●出演:余貴美子/泉ピン子 /田中哲司/筒井真理子/佐藤二朗/佐々木すみ江/マギー/山口翔悟 /渡辺いっけい/津村鷹志/池田道枝/松村邦洋/加藤虎ノ介●放映:2011/11/09(全1回)●放送局:テレビ東京
松村邦洋(花屋の店主)

【1973年文庫化[中公文庫]/1983年再文庫化[角川文庫]/2018年再文庫化[光文社文庫(松本清張プレミアム・ミステリー)]】

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再会した女性に溺れると同時に、彼女の幼い息子の不信な目に怯える主人公の心理。

『影の車』1.jpg『潜在光景』.png 『潜在光景』2.jpg 『影の車』2.jpg 「影の車」ドラマ.jpg
影の車 (1961年)』『潜在光景―恐怖短編集 (角川ホラー文庫)』『潜在光景 (角川文庫) 』『影の車: 松本清張プレミアム・ミステリー (光文社文庫プレミアム) 』「影の車」['01年/TBS]風間杜夫・原田美枝子

 都心から80分ばかりかかる住宅地に住む浜島幸雄は、会社帰りのバスの中で、小磯泰子から声をかけられ、学生時代以来の再会をする。1週間後、再びバスの中で遭遇した泰子は、家に立ち寄るよう勧めた。思い切ってバスを降りた浜島は、泰子が夫を失い、保険の集金の仕事をしながら、6歳の健一という名前の息子と二人で暮らしているのを知る。泰子の態度に、妻には見られないやさしさを感じる浜島。他方、浜島の妻は、それほど温かい気持ちの女ではなく、家の中は索漠としていた。浜島と泰子の間は急速に進み、二人は結ばれる。少ない収入にもかかわらず、浜島に心から仕える泰子。しかし、息子の健一はひどく人見知りし、一向に浜島に馴れない。泰子と話をしていても、健一の存在が煙たく、気持ちにひっかかってくる浜島。浜島はふと、自分の小さいときの記憶を途切れ途切れに思い出すようになったが、その記憶に潜在する光景が、現在の浜島に思わぬ影をもたらす―。

 松本清張の「婦人公論」1961(昭和36)年1月号から8月号まで連載され、同年8月、中央公論社より単行本が刊行された連作短編『影の車』の内の1つ(「婦人公論」1961年4月号発表)。

 20年ぶりに再会した泰子に溺れていくと同時に、彼女の幼い息子の不信な目に怯える主人公の心理がよく描かれていて、最後の幼い頃に自らの犯した行動への罪の意識ともうまく重なっているように思いました。因果は巡る、って感じでしょうか。少年の殺意というモチーフは「天城越え」などにもありました。

『影の車』.jpg この作品は、野村芳太郎監督、橋本忍脚本、加藤剛(浜島幸雄)・岩下志麻(小磯泰子)・小川真由美(浜島啓子)主演で「影の車」('70 年/松竹)として映画化されているほか、これまでに以下3回ドラマ化されています。

野村 芳太郎 「影の車」(1970/06 松竹)★★★★

 ・1971年「影の車」(フジテレビ)日色ともゑ・園井啓介・岡本久人・橋爪功
 ・1988年「松本清張サスペンス・潜在光景」(関テレ・フジテレビ) 水谷豊・大谷直子
 ・2001年「松本清張特別企画・影の車」(TBS)風間杜夫・原田美枝子・浅田美代子   
      
「影の車」ドラマ2.jpg このうち、2001年の風間杜夫版を観ました(脚本は橋本忍の娘・橋本綾)。原田美枝子が演じる小磯泰子は、保険の集金人から臨時雇いの看護師に変更されていて、風間杜夫が演じる主人公の浜島幸雄の方が、大手保険会社の管理職になっているほか、浅田美代子が演じる浜島の妻・啓子は、毎週土曜日に自宅で近所の主婦を集めてフラワーアレンジメントの教室を開いているという設定になっています(したがって、もともと土曜日は主人公は自宅から締め出される習慣があり、これが泰子との逢瀬には好都合になるいう設定は巧い)。

「影の車」ドラマ3.jpg 風間杜夫(1949年生まれ・当時51歳)はこうした役が似合っている俳優に思えましたが、それ以上に小磯泰子を演じた原田美枝子(1958年生まれ・当時42歳)が母として女としての情感を滲み出させていて流石です(原田美枝子はこの演技で第38回TBS「ギャラクシー賞奨励賞(テレビ部門)」受賞)。次女の石橋静河がちょうど6歳ころの出演作になるなあ。浅田美代子(1956年生まれ・当時44歳)の演技もまずまず。この人は大成しないかと思いましたが、結構息の長い女優になりました。
  
『影の車』d.jpg「松本清張特別企画・影の車」●制作年:2001年●監督:堀川とんこう●脚本:橋本綾●音楽:川崎真弘●原作:松本清張●出演:風間杜夫/原田美枝子/片岡鶴太郎/浅田美代子/村田雄浩/石野真子/友里千賀子/螢雪次朗/川俣しのぶ/大塚良重●放映:2001/02/19(全1回)●放送局:TBS

【1973年文庫化[中公文庫]/1983年再文庫化[角川文庫]/2018年再文庫化[光文社文庫(松本清張プレミアム・ミステリー)]】

《読書MEMO》
●『影の車』連載時ラインアップ
『確証』(婦人公論・1961年1月号)
『万葉翡翠』(婦人公論・1961年2月号)
『薄化粧の男』(婦人公論・1961年3月号)
『潜在光景』(婦人公論・1961年4月号)
『典雅な姉弟』(婦人公論・1961年5月号)
『田舎医師』(婦人公論・1961年6月号)
鉢植を買う女』(婦人公論・1961年7月号)
『突風』(婦人公論・1961年8月号)...... 単行本化時に除外された作品。

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獄中にて事件の謎を解く黒田官兵衛。上手いなあと思った点がいくつもあった。

黒牢城3.jpg黒牢城.jpg
黒牢城2.jpg 
 
黒牢城

『黒牢城9冠.jpg 2021(令和3)年下半期・第166回「直木賞」、2021(令和3)年度・第12回「山田風太郎賞」受賞作。① 2021(令和3)年度「週刊文春ミステリー ベスト10(週刊文春2021年12月9日号)」(国内部門)第1位、② 2022(令和4)年「このミステリーがすごい!(宝島社)」(国内編)第1位、③「2022本格ミステリ・ベスト10(原書房)」国内ランキング第1位、④ 2022年「ミステリが読みたい!(ハヤカワミステリマガジン2022年1月号)」(国内編)第1位の、国内小説では初の「年末ミステリランキング4冠」達成。2022年・第19回「本屋大賞」第9位。そして先月['22年5月]、2022年・第22回「本格ミステリ大賞」も受賞(もろもろ併せて「9冠」になるとのこと(下記《読書MEMO》参照))。

 本能寺の変より四年前、天正六年の冬。摂津池田家の家臣から上り詰め、摂津一国を任され織田家の重臣となっていた荒木村重は、突如として織田信長に叛旗を翻し、有岡城に立て籠もる。織田方の軍師・小寺官兵衛(黒田官兵衛)は謀叛を思いとどまるよう説得するための使者として単身有岡城に来城するが、村重は聞く耳を持たず、官兵衛を殺すこともせずに土牢に幽閉する。荒木村重は、城内で起きる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の智将・黒田官兵衛に謎を解くよう求める―。

 荒木村重による摂津・有岡城での約1年間の籠城期間を冬・春・夏・秋の4章(+終章)に分けた構成。まず冬に「人質殺害事件」が起き、春に「手柄争い騒動」が、さらに夏には「高僧殺害事件」、そして秋には、前の事件の犯人の死をめぐる「鉄炮放の謎」が浮上してくるという―有岡城はミステリに事欠かない(笑)。

 上手いなあと思ったのは、4つの事件すべての"探偵役"が黒田官兵衛になっていることで、獄中に居ながら事件の謎を解いてみせるという"安楽椅子探偵"みたいなポジショニングにしてみせているところです(「獄中」と「安楽椅子」で言葉上は真逆だが)。

 それと、4つの事件が単に並列なのではなく、最後の事件がそれまでの3つを包括的に謎解きしている点も上手いと思ったし、黒田官兵衛が荒木村重を助けてあげたくて謎解きをしたのではなく、そこには深謀があったというのも上手いなあと思いました。

gunsi kanbei.jpg軍司官兵 araki.jpg 作者のこれまでの警察物や海外ものとはがらっと変わった時代物で、しかも荒木村重という戦国武将の中では数奇な生涯を送った人物を取り上げたのも良かったと思います(NHKの大河ドラマでは、'14年の岡田准一主演の「軍師官兵衛」で、田中哲司の演じた荒木村重が印象深い)。
NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」['14年]岡田准一(黒田官兵衛)/田中哲司(荒木村重)
桐谷美玲(荒木だし)
軍師官兵衛 だし 桐谷.jpg軍師官兵衛 だし 桐谷2.jpg 因みに、主要登場人物の一人、荒木村重の妻・千代保(荒木だし。村重の妻だが、正室か側室かは不明だそうだ)は「絶世の美女」と称されたそうですが(大河ドラマでは村重に隠れて囚われた官兵衛の世話をしていた)、有岡城落城後に捕えられるも城主の妻として潔くすべてを受け入れ、京の六条河原で一族の者とともに処刑されています。一方、荒木村重の方は、だし等一族が処刑されたことを知ると「信長に殺されず生き続けることで信長に勝つ」ことを誓って尼崎城から姿を消したとのこと。そうした村重の信長の逆を行くという思いは、この作品でも示唆されているように思われます。

 年末ミステリランキングで、前作『満願』『王とサーカス』に続いて「3冠」を達成し、加えて「4冠」全制覇した作品は国内では初で(下記参照)、海外も含めると、アンソニー・ホロヴィッツ の『カササギ殺人事件』『メインテーマは殺人』『その裁きは死』の3年連続「4冠」に次ぐ快挙でした。直木賞の選考会でも、選考委員9人による1回目の投票の時点で「抜けていた」という評価を受けています。

●年末ミステリランキング3冠達成作品(『黒牢城』は4冠達成)
容疑者χの献身.jpg 東野 圭吾『容疑者Xの献身(2005年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」1位、「ミステリが読みたい」賞自体が未創設

満願1.jpg 米澤 穂信『満願(2014年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」2位、「ミステリが読みたい」1位

王とサーカス.jpg 米澤 穂信『王とサーカス(2015年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」3位、「ミステリが読みたい」1位

屍人荘の殺人.jpg 今村 昌弘『屍人荘の殺人(2017年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」1位、「ミステリが読みたい」2位

たかが殺人じゃないか.jpg 辻 真先『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説(2020年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」4位、「ミステリが読みたい」1位

黒牢城.jpg 米澤 穂信『黒牢城』(2021年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」1位、「ミステリが読みたい」1位

大河ドラマ 軍師官兵衛 完全版3竹中直人(豊臣秀吉)
軍師官兵衛 2014.jpg軍師官兵衛 竹中.jpg「軍師官兵衛」●脚本:前川洋一●演出:田中健二ほか●プロデューサー:中村高志●時代考証:小和田哲男●音楽:菅野祐悟子●出演:岡田准一/(以下五十音順)東幹久/生田斗真/伊吹吾郎/伊武雅刀/宇梶剛士/内田有紀/江口洋介/大谷直子/大橋吾郎/忍成修吾/片岡鶴太郎/勝野洋/金子ノブアキ/上條恒彦/桐谷美玲/黒木瞳/近藤芳正/塩見三省/柴田恭兵/春風亭小朝/陣内孝則/高岡早紀/高橋一生/高畑充希/竹中直人/田中圭/田中哲司/谷原章介/塚本高史/鶴見辰吾/寺尾聰/永井大/中谷美紀/二階堂ふみ/濱田岳/速水もこみち/吹越満/別所哲也/堀内正美/眞島秀和/益岡徹/松坂桃李/的場浩司/村田雄浩/山路和弘/横内正/竜雷太(ナレーター)藤村志保 → 広瀬修子●放映:2014/01~12(全50回)●放送局:NHK

《読書MEMO》
●『黒牢城』(9冠)
 ★「第166回直木三十五賞」受賞
 ★「第12回山田風太郎賞」受賞
 ★「週刊文春ミステリーベスト10」(週刊文春2021年12 月9 日号)国内部門 第1位
 ★『このミステリーがすごい! 2022年版』(宝島社)国内編 第1位
 ★「ミステリが読みたい! 2022年版」(ハヤカワミステリマガジン2022年1月号)国内篇 第1位
 ★『2022本格ミステリ・ベスト10』(原書房)国内ランキング 第1位
 ★「第22回本格ミステリ大賞」受賞
 ★「2021年SRの会ミステリーベスト10」国内部門 第1位
 ★「週刊朝日 歴史・時代小説ベスト3」(週刊朝日 2022年1月7・14日号) 第1位
 ・「2022年本屋大賞」第9位
 ・『この時代小説がすごい! 2022年版』(宝島社)単行本 第3位

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「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「松本清張没後25年特別企画 誤差」)

シンプルで上手い。ドラマ版は話を膨らませているが原作の良さが効いている。

 駅路1.jpg『誤差』ノベルズ.jpg  「誤差」2017.jpg
誤差―松本清張短編全集〈9〉 (カッパ・ノベルス)』(装飾評伝・氷雨・誤差・紙の牙・発作・真贋の森・千利休)「松本清張 没後25年特別企画「誤差」」['17年/テレビ東京]村上弘明/剛力彩芽/陣内孝則

駅路』(1961/11 文藝春秋新社)(駅路・誤差・部分・偶数・小さな旅館・失踪)

『誤差』001.jpg『誤差』000.jpg 夏の終わりが近いある日、東海道から山に入った鄙びた温泉宿「川田屋」に、都会風の美貌の女性が現われた。安西澄子と名乗ったその女性は、あまり話をしたがらない様子を見せていたが、三日目に安西忠夫と名乗る長身の紳士が現われ、澄子と合流した。しかしその三日後、書店から夕方17時前に温泉宿に戻った紳士は、仕事で一時宿を離れる、家内はよく睡っているから誰も入らずにそのままにしてほしい、と言い残して17時半過ぎに宿を発った。その二時間後、澄子の死体が部屋から発見された。当初、現場に到着した警察の嘱託医が述べた死後推定時間からは、死亡時刻が15時から16時の間との見解が得られた。続いて死体が解剖されたが、担当の病院長が述べた死後推定時間からは、死亡時刻が17時過ぎとの見解を得た。二人の医師の見解には差があったが、病院長は嘱託医の見解を、誤差と指摘した。警察としても、死亡時刻を17時過ぎとする病院長の見解のほうが、忠夫が澄子を殺したのち逃走という推定に合致し、満足すべきものであった。捜査が進み、川田屋に泊まった紳士の本名は竹田宗一と判明、山岡刑事は東京に出張するが、まもなく竹田の首吊り死体が遺書と共に発見され、事件は容疑者の自殺で幕を閉じたかに思われた―。

 松本清張の短編小説で、「サンデー毎日(特別号)」'60(昭和35)年10月号に掲載、翌年10月に短編集『駅路』収録の1編として、文藝春秋新社より刊行され、その後、『誤差―松本清張短編全集〈9〉』(' 64年/カッパ・ノベルス)に表題作として収められています。

 法医学における死亡推定時刻の"誤差"に、人間心理の思い込みによる"錯誤"を重ねて、かつ男女の微妙な愛の心理も絡めていて、それでいてシンプルで上手いと思います。カッパ・ノベルス版の作者本人のあとがきによれば、ある法医学者の話からヒントを得たとにことで、科学がどれだけ発達しても、まだ人間の判断に拠らざるを得ない部分がどうしても残ること(扱う人によって差も出ること)を如実に表わしているように思いました。

「誤差」20171.jpg 1962年にNHKでドラマ化されて以来ずっとドラマ化されていませんでしたが、2017年に村上弘明×剛力彩芽×陣内孝則の共演で55年ぶりに「松本清張没後25年特別企画 『誤差』」のタイトルでテレビ東京でドラマ化されました(メインキャスト3人は、2015年の「開局50周年特別企画 黒い画集―草―」、2016年の「松本清張特別企画 喪失の儀礼」に続いての共演)。

「誤差」2017t .jpg 2017年の村上弘明版は、最初に安西澄子の絞殺体が見つかるところから始まって、関係者の証言を集めながら、事件4日前に澄子が来泊したところから振り返ってみるという作りになっていて、捜査は難航しますが(原作より複雑になっている)、原作のようにいったん事件が解決したかに見えた後で刑事の山岡が事の真相に気づくというものではなく、山岡は部下の女性刑事を従え、紆余曲折ありながら最後一気に犯人に辿り着きます。以下、あらすじは―
  
「誤差」201710.jpg 山梨県にある温泉宿「川田屋」で、ある夜、安西澄子(田中美奈子)の絞殺体が宿泊していた離れで発見される。山梨県警の山岡慶一郎(村上弘明)は、部下の伊崎美里(剛力彩芽)と共に現場へ急行する。身元がわかるものは一切残されていなかったが、金品は手つかずのまま。女将の川田沙織(水沢アキ)によると、澄子は4日前から夫の忠夫と一週間滞在する予定だったが、忠夫は仕事が入り昨日合流したばかり。今日は忠夫のみ一旦外出。戻ったあと「家内はよく眠ってるから、そっとしておいてほしい」と連絡を入れて再び外出してしまったという。なぜか担当仲居の鵜飼理沙子(齋藤めぐみ)の姿も見当たらない。一方、澄子を解剖した法医学教授・立花亮介(陣内孝則)は吉川線と呼ばれる傷を発見するが、その傷に気になる点を見つける。山岡と美里が湯治客全員を聴取すると、ファーコートを着た怪しい女性を目撃したとの情報が。また宿帳に書かれた〈安西夫妻〉の住所と氏名はデタラメだと判明。安西夫婦は、またファーコートの女性は、誰なのか? そして一連のニュースを東京の街角のモニターで見つめる謎の女(松下由樹)の正体は? そんな中、鵜飼理沙子の遺体が発見され事件はさらに混迷していく―。

「誤差」20173.jpg 以上のように、犯行現場を目撃したと思われる仲居も殺害されるため、原作より被害者が1人多いです。さらに、〈安西夫妻〉の片割れの竹田宗一と併せて、澄子に貢いでいた信金金庫の融資係の男性も疑われるなど、容疑者も増えています。また、竹田の本当の妻が澄子が殺害される前に、澄子を「川田屋」に訪ねて宗一と別れるよう直談判するという場面もあり、〈男女の微妙な愛の心理〉の部分もかなり拡大しています。さらに、病院医師と山岡が、最初はぶつかるが、最後は真実を求めて共闘するという、その部分のドラマ的要素もあります。
 
「誤差」20172.jpg 随分盛りだくさんですが、それらはそれらでまずまず面白く、観ていてシラける感じはありませんでした。それもこれも、原作のプロットが効いているからでしょう。意図せずに生まれた時間差トリックと言うか、だからこそ"誤差"であるわけですが、そこが良く出来ているから、そこから話を膨らますこともできるし、膨らましてもそのプロットさえ活かせば駄作にはならず、まずまずの作品に仕上がるということではないかと思います。

「誤差」2017100.jpg
「松本清張没後25年特別企画 誤差」●監督:倉貫健二郎●脚本:深沢正樹●原作:松本清張●出演:村上弘明/剛力彩芽/陣内孝則/松下由樹/小市慢太郎/田中美奈子/酒井美紀(友情出演)/宮川一朗太/橋爪遼/宍戸美和公/齋藤めぐみ/久保田磨希/矢柴俊博/三田村賢二/矢野浩二/細川ふみえ/螢雪次朗/水沢アキ/左とん平(友情出演)●放送日:2017/05/10●放送局:テレビ東京

【1964年ノベルズ化・2003年改版[カッパ・ノベルズ]/2009年再文庫化[光文社文庫(『誤差―松本清張短編全集(09)』)]】

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聞き込み捜査の"常道"の裏をかいて上手い。ドラマ版は芳子をファム・ファタールにしていた。

『顔』ロマン・ブックス.jpg「市長死す」0.jpg
「松本清張没後20年特別企画・市長死す」['12年/フジテレビ]石黒賢/反町隆史/倍賞美津子/京本政樹/木村多江
(ロマン・ブックス)
顔 (1956年) (ロマン・ブックス)』(顔/殺意/なぜ「製図」が開いていたか/反射/市長死す/張込み)
顔 (1956年) (ロマン・ブックス).jpg 九州のある小さな市の市長・田山与太郎は、市会議員と秘書を連れ、陳情で上京したが、明日は地元に帰るという前の晩、議員たちを新国劇へと招待した。ところが、二幕目が開き寄席へ戻った市長は、しきりと考える風をみせ、ホテルへ戻るやいなや、急な用件で志摩川温泉へ行くと言い出し、議員と秘書を地元に帰してしまう。それから3、4日過ぎても市長は帰ってこなかった。地元紙が騒ぎかけた時、田山市長の転落死体が志摩川温泉で発見された。醬油屋を営む若き市会議員・笠木は、市長の奇妙な行動の裏に疑問を抱き、調査を始める―。

 松本清張の短編小説で、「別冊小説新潮」'56(昭和31)年10月号に掲載、同年10月に短編集『顔』収録の1編として、講談社ロマン・ブックスより刊行されています。

 短篇ながら上手いなあと思います。主人公の若き市会議員・笠木は市長の死に疑念を抱いて聞き込み調査をするわけですが、推理小説の場合、制服(警官がその代表格だが)やユニフォーム(店員や工場・施設などの従業員)を着た人に聞いた話をもとに事件の真相に迫っていくことが多く、またそれが常道であると思いますが、この作品は見事にその裏をかいているように思いました。

「市長死す」t.jpg 1959年にテレビドラマ化されて以来ずっとドラマ化されていなかったのが、2012年に53年ぶりに反町隆史の主演でテレビドラマ化され、それを観ました。

「市長死す」[.jpg 市議会議員の笠木公蔵(反町隆史)のもとに、伯父である市長の田山与太郎(イッセー尾形)が死んだとの連絡が母親から入る。真面目一辺倒の市長が公務中に突然姿を消し、数日後にある温泉で遺体となって発見されたのだった。市長はすでに無断で6日も議会を欠席しており、横川市庁舎にて行われていた定例市議会では市長に対する野次が飛び交い、市長の秘書・矢崎(春海四方)が責め立てられていた。矢崎は市長が視察をかねたクラシックコンサートの途中で、突然「急に用事を思い出したから、明日の議会は欠席にしてほしい」と言って姿を消したことを不思議に思っていた。さらには、向かった先の志摩川(シマカワ)温泉のことを"シマガワ"温泉と言ったことで、初めて行く町だったのではないかと不信感を募らせていた。堅物で通っていた伯父が私用で仕事を抜け出したことを不審に思った笠木は、市長のところに通っていた家政婦の手塚スミ子(倍賞美津子)の協力のもと、市長の部屋で遺品整理をする。そこで発見した伯父の日記によって、芳子(木村多江)という女に惚れ込んでいたという伯父の意外な一面を知る。この日記の内容は、伯父の失踪と関係があるのだろうか? 笠木はスミ子と共に、市長が遺体で発見された志摩川温泉に再び足を運ぶが...。笠木は市長の死の裏にある衝撃的な真実にたどり着く―。

反町隆史/イッセー尾形
「市長死す」 イッセー尾形.jpg 時代が現代(2010年代)になっており、反町隆史演じる市議会議員の笠木はイッセー尾形演じる田山市長の甥という血縁関係になっていて、議員職の傍ら営むのは醤油店ではなく花屋経営になっていたりします。田山市長が死ぬ前に行ったのが観劇ではなく視察を兼ねたクラシックコンサートだったり、田山市長が市長になる前の過去に部下の不祥事の責任を負わされた事件が、戦時中の朝鮮での軍資金8万円横領事件から、彼の商社マン時代の機密費5億円横領事件になっていたり、彼が思慕することになる木村多江演じる芳子とは、戦地ではなく海外赴任先で知り合ったことになっています。さらに、倍賞美津子演じる田山市長に出入りしていた家政婦が積極的に協力したりと、幾つか改変がされていますが、短編を2時間超のドラマにしているだけに丁寧な作りで、プロット的にも本筋の部分は活かしています。

「市長死す」 反町.jpg 原作の最後の解題の部分が笠木の市会議長に宛てた手紙の形式になっているのに対し、ドラマではそれを映像的に丁寧に再現しているというのはありますが、短篇を2時間ドラマにしても十分見応えがあるというところに、松本清張の原作短編の密度の濃さを感じます。ただ、それに合わせて、主人公の笠木の正しいかどうか分からない推理も映像化しているため、その点は観る者をミスリードするかも(実際には無かったことを映像化したことをアンフェアと見る人もいるのでは)。

「市長死す」last.jpg 原作とのいちばん大きな違いはラストでしょう。田山市長の長年の想い人は、歩き方に特徴があり、それは過去に男性の問題で料理店の同僚に脚を出刃包丁で刺されたためで、その事件を機に海外店に勤務することになって商社マン時代の田山市長と出会ったという設定ですが、最後に犯人が逮捕された後、笠木に市長のことを好きだったかと訊かれて「気持ち悪い」と呟き、田山市長殺害の再現シーンでは現場にいたことになっていて、しかも笑っています(怖っ)。さらにさらに、ラストシーンではすたすたと歩いていて、今まで足を引きずるようにしていたのは"幸薄い女"と見せる演技だったのかと(随分手が込んでいる)。

 原作ではそのキャラが描かれていない芳子を、ドラマではファム・ファタール(悪女)にしちゃってるなあ。これはこれで面白いけれど、この部分は完全にドラマのオリジナルです。

「市長死す」2012.jpg「市長死す」中文.jpg「松本清張没後20年特別企画・市長死す」●演出:西浦正記●脚本:樫田正剛●プロデューサー:樋口徹/竹田浩子●原作:松本清張●出演:反町隆史/木村多江/イッセー尾形/倍賞美津子/石黒賢/白石美帆/春海四方/きたろう/京本政樹(友情出演)●放送日:2012/04/03●放送局:フジテレビ

【1976年文庫化[講談社文庫(『遠くからの声』)]/1964年ノベルズ版・2002年改版[カッパ・ノベルズ(『青春の彷徨―松本清張短編全集6〉』)]/2009年再文庫化[光文社文庫(『青春の彷徨―松本清張短編全集(06)』)]】

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『わるいやつら』に勝るとも劣らない面白さ。リアルタイムであるのがスゴイ。

けものみち (新潮文庫).jpgけものみち(上) (新潮文庫).jpg けものみち(下) (新潮文庫).jpg けものみち 米倉涼子.jpg
けものみち (新潮文庫) 』['68年]/『けものみち(上) (新潮文庫)』『けものみち(下) (新潮文庫)』['05年]「松本清張 けものみち DVD-BOX」米倉涼子

IMG_20220413_170911.jpg 成沢民子は、脊髄損傷のために動けなくなった夫・成沢寛次を養うため、割烹旅館・芳仙閣で住み込みの女中をしていた。しかし、寛次はそんな民子をいたわるどころか、日々、猜疑心を募らせ、民子が家に戻るたびに、執拗にいたぶるのだった。ある日、芳仙閣にニュー・ローヤル・ホテルの支配人・小滝章二郎が訪れる。小滝は民子に、今の生活から抜け出し、もっと安楽な生活に導く手助けをするようなことをほのめかす。民子は小滝の誘いに乗ることを決意し、失火に見せかけて夫を焼き殺す。そして、民子は弁護士・秦野重武によって、政財界の黒幕・鬼頭洪太の邸宅に連れて行かれる。小滝の誘いとは、鬼頭の愛人になることだったのである。民子は鬼頭の相手を務める一方、小滝とも関係を持ち、鬼頭の後ろ盾を得て、奔放な生活を送るようになる。そのころ、寛次の焼死事件は、小滝が民子のアリバイを証言したこともあり、警察と消防によって失火と断定された。しかし、事件を担当した刑事・久恒義夫は、事件に不審を抱いて独自に捜査を進め、民子が夫を焼き殺したという結論に達する。民子の美貌に魅せられた久恒は、自分が集めた証拠を民子にちらつかせ、民子にたびたび関係を迫る。しかし、逆に久恒はささいな理由で警察官を免職される。自分を免職にした上司の背後に鬼頭の姿を見た久恒は、自分が調べ上げた鬼頭の闇の部分を手紙にしたため、新聞社に持ち込むが、鬼頭の力を恐れる新聞社は久恒のネタをどこも採用しなかった。改めて鬼頭の実力を知った久恒は、失踪した鬼頭家の女中頭・米子の殺害事件の証拠を集めて鬼頭を追い詰めようとする―。(Wikipediaより)

 松本清張が「週刊新潮」の'62(昭和37)年1月8日号から'63(昭和38)年12月30日号にかけて連載したもので、'64(昭和39)年5月、新潮社から単行本として刊行されています。時代設定は執筆当時、つまり東京オリンピック開催の2年前になっていて、当時においてのリアルタイムということになります。本作は以前に同じく「週刊新潮」('60年1月11日号~'61年6月5日号)に連載された『わるいやつら』以上の評判を呼び、本作連載時の「週刊新潮」は120万部を発行し、増刷となったとのことです。実際、『わるいやつら』に勝るとも劣らない面白さだと思います。

実録日本の黒幕右翼の巨魁児玉誉士夫 (バンブー・コミックス)
-Hotel-New-Japan_(1993).jpg児玉誉士夫.jpg 小説中の政財界の黒幕・鬼頭洪太のモデルは諸説ありますが概ね児玉誉士夫をモデルに造形された人物だろうとされ、その児玉誉士夫の名は、'76(昭和51)年に明るみに出たロッキード事件により世に知られるようになります。また、赤坂の高台に3年前に新築されたという「ニュー・ローヤル・ホテル」は、1960(昭和35)年開業のホテルニュージャパンがモデルと推察されますが、このホテルは'82年(昭和57)年に33人の死者を出した「ホテルニュージャパン火災事件」で有名になります。
 
 ホテルニュージャパンがモデルならば、ニュー・ローヤル・ホテルの支配人・小滝章二郎のモデルは、当時ホテルニュージャパンのオーナー兼社長だった横井英樹(1913-1998)でしょうか。モデルがそのあたりの事情を多少とも知っている人が読めばすぐに思いつきそうな設定で、しかもリアルタイムの時代設定で書いているのがスゴイし、ゆえにベストセラーとなるのでしょう。文芸評論家の細谷正充は、「政財界を裏から操る黒幕」という設定は、大藪春彦や森村誠一の小説、のちにはコミックなどのエンターテイメント作品に広く流布されているが、本作は、政財界の設定を使い勝手の良いガジェットとして扱うのではなく、政財界の闇そのものを真正面から取り上げ、徹底的にリアルな掘り下げをした点で、意外なほど少ない、例外的な作品となっていると評しています。

「けものみち」池内.jpg この作品は1965に須川栄三監督、池内淳子(民子)、池部良(小滝)主演で東宝で映画化されているほか(久恒刑事役は小林佳樹)、過去3度テレビドラマ化されています。
 •1982年「松本清張シリーズ・けものみち」[全3回]名取裕子・山崎努(NHK)
 •1991年「松本清張作家活動40年記念・けものみち」[全3回]十朱幸代・草刈正雄(NHK)
 •2006年「松本清張 けものみち」[全9回]米倉涼子・佐藤浩市(テレビ朝日)

「けものみち」米倉.jpg「けものみち」米倉4.jpg やはり、ドラマは複数回にわたりじっくり描いたものが人気のようで、今世紀に入ってからの米倉涼子版は、米倉涼子にとって「松本清張 黒革の手帖」('04年)、「黒革の手帖スペシャル〜白い闇」('05年)に続く松本清張原作ドラマ出演で、翌年には「松本清張・最終章 わるいやつら」('07年)に出演するなど(いずれもテレビ朝日)、この辺りの松本清張原作ドラマは、女優・米倉涼子のキャリア上の大きな転換点となった作品群と言えます。

 では、その前の「清張女優」は誰だったかと言うと、松本清張作品に映画・テレビドラマ合わせて17本出演した名取裕子が筆頭に思い浮かび、その名取裕子が初めて出演した清張原作ドラマが「けものみち」でした。名取裕子版を観ると、米倉涼子はドライと言うか、名取裕子にあるウエットな感じが彼女には無いなあという気がします(名取裕子版は次のエントリーで取り上げたい)。

「けものみち」池内2.jpg 池内淳子の映画版は、ラストで民子が辿る運命は原作と同じで、ちょっと残酷ですが、これも夫殺しの原罪の報いということでしょうか。まあ、原作も民子ではなく小滝が主人公のピカレスク小説と解せないこともないですし。

 それに対して直近の米倉涼子版は、途中、民子が企業経営に乗り出したり、二度の殺人がともに小滝の仕事部屋で行われるなど、かなり話が飛躍していたり非現実的であったりし、ラストも民子は原作と同様の状況に陥るも、そこから奇跡的に(どうやって?)脱出して生き延びます。今風と言えば今風かもしれませんが、翌年放送の「松本清張スペシャル・地方紙を買う女」('07年/日本テレビ)で、内田有紀が演じる主人公が原作のように自殺しないで生き延びたのを思い出しました(「強い女性」が当時のトレンドだったのか)。

「けものみち」平 米倉.jpg「けものみち」米倉[.jpg「松本清張 けものみち」●演出:松田秀知/藤田明二/福本義人●プロデューサー:内山聖子(テレビ朝日)/伊賀宣子(共同テレビ)●脚本:寺田敏雄●音楽:(エンディング)中島みゆき「帰れない者たちへ」●原作:松本清張●出演:米倉涼子/佐藤浩市/仲村トオル/若村麻由美/平幹二朗●放映:2006/01/12~03/09(全9回)●放送局:テレビ朝日

「けものみち」1982.01 .jpg「けものみち」19822.jpgkemonomichi.jpg NHK土曜ドラマ「松本清張シリーズ・けものみち」 (1982/01 NHK) ★★★★(演出:和田勉/脚本:ジェームス三木/出演:名取裕子・山崎努)
    
【1968年文庫化[新潮文庫(全1冊)]/2005年再文庫化[新潮文庫(上・下)]】

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船越英一郎(当時22歳)の「2時間ドラマ」デビュー作。原作の改変ぶりはまずまず。

「歯止め」101.jpg船越英一郎.jpg 黒の様式 カッパ・ノベルズ.png 黒の様式 新潮文庫.jpg
「松本清張の歯止め」['83年/日テレ・火曜サスペンス劇場]船越英一郎『黒の様式 (カッパ・ノベルス) 』『黒の様式 (新潮文庫)』(「歯止め」「犯罪広告」「微笑の儀式」)
船越英一郎/范文雀
「歯止め」11.png 郊外の住宅地で暮らしている津留江利子(長山藍子)は、夫・良夫(井川比佐志)はサラリーマンで、一人息子の19歳の恭太(船越英一郎)は、東大を目指している一浪の受験生だが、その恭太が、最近何「歯止め」21.jpgかにつけ反抗的な態度をとるのがいたたまれなかった。ただ、江利「歯止め」はn1.jpg子には反抗的な恭太も、大学のエリート助教授・旗島信雄(山本學)に嫁いだ江利子の妹・素芽子(范文雀)に対しては素直になり、何でも相談しているようであり、そんな二人に江利子は嫉妬さえ覚える。その素芽子は時々家に来るが、夫の旗島信雄もその義母・織江(月丘夢路)も特に心配してないようだ。恭太が素芽子の「歯止め」31.jpg水着写真を隠し持っていたのを見つけ江利子は心配するが、夫・良夫に相談すると、夫はその世代の男にはよくあることと一笑に付す。そん「歯止め」41.jpgなある日、素芽子が突然自殺する。恭太は素芽子は旗島家に殺されたのだと、通夜の場で荒れ狂う。苛立ちが募って、挙句の果てには、予備校仲間のガールフレンド・亜子(小森みちこ)を襲う恭太。恭太の行動を止めさせるため、江利子は素芽子の死が自殺であることの証「歯止め」5.jpg拠を織江に求めるが、逆に、その年頃の子は想像もできないことをする「歯止め」6.jpgので、その"歯止め"になってあげるのが母親の役割だと言われる。さらに、素芽子が通っていたという精神科の医師で、旗島信雄のことも知る竹田助手(橋爪功)を訪ねると、竹田は、旗島信雄にも恭太と同じような時期があって、それを乗り越えたのは母親の力があったからだと言うが、それ以上具体的なことは話さない。江利子は次第に信雄と織江の関係を訝しく思うようになる―。

 原作は、松本清張の短編小説で、「週刊朝日」1967(昭和42)年1月6日号から2月24日号に、「黒の様式」第1話として連載され、同年8月に短編集『黒の様式』」収録の一作として、光文社(カッパ・ノベルス)から刊行されています(後に新潮文庫『黒の様式』として刊行。「歯止め」は文庫本で100ページ前後のボリューム)。親子間の近親相姦がモチーフになっている作品です。

 1976年に、日本テレビ系列の「愛のサスペンス劇場」枠(13:30-13:55)で全20回の連続ドラマとして放映され、これが2回目のドラマ化。1981年から始まった日本テレビ系列の「火曜サスペンス劇場」で、1983(昭和58)年4月に放映されました。因みに、スタートからこの月まで、「火曜サスペンス劇場」のテーマは岩崎宏美が唄う「聖母(マドンナ)たちのララバイ」でした。

「歯止め」71.jpg そして何よりも、在京民放5局の2時間ドラマすべてに主演作品がある唯一の俳優と言われる「2時間ドラマの帝王」船越英一郎(1960年生まれ、当時22歳、芸名は'97年まで「船越栄一郎」だった)の「2時間ドラマ」デビュー作がこのドラマになります。まさに「火曜サスペンス劇場」などの成功などにより「2時間ドラマ」というものが隆盛に向かう、その最中(さなか)に登場した船越英一郎、といった感じでしょうか。

「歯止め」小森1.jpg 主演は長山藍子で、船越英一郎は、范文雀、山本學、井川比佐志らとともに共演という位置づけになりますが、それでも重要な役割を担っていて、最初に信雄と義母の近親相姦的関係を訝しんで、素芽子の死に纏わる"疑惑"を糾弾するのが船越英一郎が演じる恭太。一方で、自らも性の衝動に悶々とし、素芽子の水着写真をベッドに持ち込んで...("青姦"とは言えるのかどうか知らないが、河原でもズボン下ろしてやっていたなあ)。しかし、ラストは小森みちこ演じるガールフレンドとの関係も回復して、でも、ハナからもう1浪するするつもりでいるのか?

「歯止め」長山藍子1.jpg「歯止め」長山.jpg 長山藍子(1941年生まれ)は、TBSの「クイズダービー」の2枠レギュラー(1979年10月~1981年9月)としても"お茶の間の顔"でしたが、このドラマではかなり"重い"役でした。彼女が演じる母・江利子は、最初は素芽子は自殺であることを恭太に納得させようとしますが、次第に彼女自身も恭太と同じ疑惑を抱くようになり、さらに、息子の性向を矯(た)めるために、母親が身をもってする"歯止め"が有効適切なのか悩むという、ストーリー的には二重構造的な近親相姦の心理劇となっています。

 その心理劇の方がかなり重くて、この家は一体どうなるのかと思ったら、家庭崩壊直前で最後、井川比佐志が演じる父親が初めて「理想的な父性」を一気に発揮して(笑)一件落着、一方の素芽子の死は自殺なのか他殺なのかというミステリの方は、彼女は精神的に追い詰められてはいたのは確かだろうけれど、自殺とも他殺とも解釈できる終わり方になっていて、やや未消化感が残りました。

 原作では、姉妹が逆になっていて、「現在」が昭和40年で、「姉・素芽子」は23年前の昭和17年に、結婚2年後の21歳で亡くなっており、その時江利子は17歳、姉・素芽子の死は青酸カリ自殺とされたという、いわば過去の眠っていた出来事を掘り起こす設定。恭太は17歳の高校2年生で、ドラマ同様に悶々としていますが、実際に素芽子の死の真相に挑むのは母・江利子であり、最後は夫・良夫が20年前の事件の謎を解くという流れで、(推察レベルではあるが)ドラマよりはミステリの結末が明確です。

 ただ、原作の方も、主人公・江利子の心理的窮迫に焦点が当てられており、その部分を拡大したドラマの改変はまずまずだったように思います(ラストの母子無理心中はやや唐突か。これは原作にはない)。船越英一郎の「2時間ドラマ」デビュー作ということも少しだけ勘案して、星3つ半の評価としました。

「アテンションぷりーず」1.jpg范文雀.jpg 最後に范文雀(1948-2002/54歳没)について(このドラマに出た頃は34歳くらいか)。22歳の時に「サインはV」(1969年--1970年/TBS)で ジュン・サンダース役(途中から登場)で人気を博し、後番組の「アテンションプリーズ」(1970年--1971年/TBS)でも準主役級で起用されていました。その後、寺尾聡と結婚して一時芸能界を引退したような時期がありましたが離婚後に復帰、舞台などを経て演技の幅を広げていきました。感受性が鋭く聡明な人格であり、人に媚びずに、気に入らなければ大物男優との共演も辞退する男勝りな一面もあったそうですが、自分自身を曲げることなく、常に上を目指すストイックでプロフェショナルな姿勢に、演劇関係者やファンを初めとした多くの人々が魅了されていたとのこと。亡くなった際は、その早すぎる死が惜しまれたものです。 
      

「サインはV」r.jpg「「サインはV」1.jpg「サインはV」●監督:竹林進/金谷稔/日高武治●制作:黒田正司●脚本:上條逸雄/鎌田敏夫/加瀬高之●音楽:三沢郷●原作:神保史郎/望月あきら●出演:岡田可愛/中山仁/中山麻理/范文雀/岸ユキ/青木洋子/小山いく子/和田良子/泉洋子/西尾三枝子/三宅邦子/十朱久雄/星十郎/木田三千雄/近松麗江/村上冬樹/林マキ/逗子とんぼ/塚本信夫、/有沢正子/土屋靖雄/5代目柳家小さん/ミキ中町/平井道子/立原博/田崎潤/ナレーション:納谷悟朗●放映:1969/10~1970/08(全45回)●放送局:TBS

   

EASE アテンションプリーズ 范文雀.jpeg「アテンショNぷりーず」.jpgアテンションプリーズ2.jpg「ATTENTION PLEASE アテンションプリーズ」●演出:金谷稔/竹林進●制作:黒田正司●脚本: 竹林進/上條逸雄●音楽:三沢郷(作詞:岩谷時子)●出演: 紀比呂子/佐原健二/皆川妙子/范文雀/高橋厚子/関口昭子/黒沢のり子/麻衣ルリ子/山内賢/竜雷太/ナレーション:納谷悟朗●放映:1970/08~1971/03(全32回)●放送局:TBS


「歯止め」脚本.jpg「歯止め」1983.jpg「松本清張の歯止め」●演出:出目昌伸●脚本:重森孝子●音楽:佐藤允彦●プロデューサー:小杉義夫/高倉三郎●原作:松本清張●出演:長山藍子/井川比佐志/船越英一郎/范文雀/山本學/月丘夢路/小森みちこ/橋爪功/立石涼子●放送日:1983/04/05●放送局:日本テレビ(評価:★★★komori michiko.jpg☆) 
  
  
  
小森みちこ/魅惑のセレモニー(1983)

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トラベルミステリーと歴史・民俗学ミステリーを融合させた展開は愉しめた。

『Dの複合』カッパ.jpg 『Dの複合』d1.jpg 『Dの複合』d2.jpg 「Dの複合」D1.jpg
Dの複合 (カッパ・ノベルス)』『Dの複合 (新潮文庫)』1993年フジテレビ「松本清張スペシャル Dの複合」野村宏伸/津川雅彦/いしだあゆみ
『Dの複合.jpg あまり売れない小説家・伊瀬忠隆は、天地社の雑誌「月刊 草枕」の依頼を受け、「僻地に伝説をさぐる旅」の連載を始めた。浦島太郎伝説の取材で、編集者の浜中と丹後半島の網野町を訪れるが、宿泊した木津温泉にて、警察が近くの山林を捜索しているところに遭遇する。人間の死体を埋めたという投書があったというが、のちに同じ場所からは「第二海竜丸」と記された木片が発見された。旅は網野神社から明石へと続くものの、以降、取材先の各地で、不可解な謎や奇怪な事件が立て続けに発生した。やがて浮上する奇妙な暗合。伊瀬を動かすプランの正体とは―。

 松本清張の長編推理小説で、光文社の月刊総合雑誌「宝石」に連載され(1965年10月号-1968年3月号、連載時の挿絵は山藤章二)、加筆訂正の上、1968年7月に光文社(カッパ・ノベルス)から刊行された作品です。

 木津温泉、網野町、柿本神社、淡路島、友ヶ島、淡嶋神社、三保の松原、折戸駅、松尾大社、大仁町、九重駅、館山駅、熱海市、新勝寺、三条大橋、三朝温泉、塩竈市、戸田村、網走刑務所...いずれもこの作品の関係地点です! 浦島太郎、羽衣伝説といった民俗説話を追っての旅情と、謎解きから殺人事件へと、トラベルミステリーと歴史・民俗学ミステリーを融合させた展開は飽きさせず、愉しめました(ややマニアック過ぎる部分もあってか、カッパ・ノベルス所収の際には、本筋と直接関係のない部分を中心に一部割愛したとのこと)。

 ミステリ的には、読者に対して「隠された人間関係」というものがあり、そのため最後ぎりぎりまで犯人の見当はつきません(怪しそうな雰囲気はあるが、動機がさっぱりわからない)。謎解きに興味のある読者にとっては、ややアンフェアな印象を与えるかもしれませんが、個人的にはあまり気になりませんでした(クリスティにしても誰にしても、こうしたパターンは広くある)。

 一番気になったのは、結局、壮大な復讐劇だったわけですが、ここまで手の込んだやり方をするかな(ある意味"趣味的")という印象を抱かされた点です。復讐相手をじわじわと苦しめるたいという気持ちは分からなくもないですが。

「Dの複合」D2.jpg これだけ複雑な展開の作品をドラマ化するとなるとたいへんなような気がしますが、これまで1度だけ、1993年にフジテレビ系列の「金曜エンタテイメント」枠で「松本清張スペシャル Dの複合」としてドラマ化されています。

 作家・伊瀬を津川雅彦、編集者・浜中を野村宏伸、天地社の社長・奈良林を平幹二朗が演じ、しだあゆみが演じる伊瀬の妻・「Dの複合」D3.jpg和代がかなり前面に出てきて伊瀬と一緒に謎解きをします。さすがに2時間ドラマにまとめるには登場人物が多すぎると思たのか、二宮健一と照千代が登場しないなど、原作と比べて人間関係は簡略化されています(脚本は金子成人)。

「Dの複合」D4.jpg 浜中役の野村宏伸は、津川雅彦と平幹二朗というベテラン大物俳優の間に挟まって、まずまず奮闘していたでしょうか。ただ、ラストはどうなるかと思ったら、楢林社長の最期は自殺に改変されていて、浜中は最後まで伊瀬のそばにいて、伊瀬に楢林社長を追い詰めたことをなじられるという終わり方になっています。

 先にも述べたように、壮大な復讐劇であるとともに、ここまで面倒なことやるかなというのもあって、テレビ版は復讐者に直接手は下させないように改変したために(所謂"テレビ向け改変"?)、そのマニアックな部分が逆に浮き彫りになったように思います。

「Dの複合」だい.jpg 二宮健一と照千代が登場しないというのは、原作のラストでのこの二人が緊迫感があった(装画入り!)だけに、物足りない印象があります。心中というのはテレビ向けではないということで割愛したわけではなく、あくまでもは登場人物が多すぎるために"リストラ"されてしまったのだとは思いますが。

「松本清張スペシャル Dの複合」●監督:長尾啓司●脚本:金子成人●音楽:高島正明●原作:松本清張●出演:野村宏伸/津川雅彦/いしだあゆみ/平幹二朗/森口瑤子/石丸謙二郎/沼田爆/芦川誠/大杉漣/緒口幸信●放映:1993/09/10(全1回)●放送局:フジテレビ

【1973年文庫化[新潮文庫]】

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着想は面白いが、マニアックな鉄道ダイア・ミステリーになってしまった感も。

死の発送 カドカワノベルズ.jpg死の発送 角川文庫.jpg 「死の発送」d1.jpg
死の発送 (1982年) (カドカワノベルズ)』『死の発送 新装版 (角川文庫)』/2014年フジテレビ「松本清張ドラマスペシャル・死の発送」寺尾聰/向井理/比嘉愛未

 25歳にして公金5億円を横領したかどで社会を騒がせ、服役していた元N省の官吏・岡瀬正平が、7年の刑を終えて出所した。警視庁では、岡瀬正平の費消した先を調べたが、その使いぶりが乱脈過ぎたか、約1億円が使途不明のままとされていた。夕刊紙Rの編集長・山崎治郎は、部下である記者の底井武八に、岡瀬の隠し金の行方を追跡するよう命じた。山崎の意図に疑問を感じつつも、岡瀬の行動を日々張込み、尾行を続ける底井。しかし、2カ月近く経った時点で、岡瀬は福島県内の山林で死体となって発見された。犯人逮捕の報道が出ない中で、密かに単独行動を始めた様子の山崎に、底井は不審を抱く。やがて山崎は、6月15日の朝に自宅を出て以来、消息不明となり、東北本線の五百川駅近くで、ジュラルミントランクのトランク詰めの死体となって発見された。ところが、トランクの発送元の田端駅に現れた男は、トランクに詰められた被害者の山崎自身であったという。山崎は横領金を追う中で、4人の人物と会っていた。底井は、福島競馬を巡る彼らの動きに目を付け、事件の真相に迫っていく―。

 松本清張の長編推理小説で、当初は『渇いた配色』のタイトルで「週刊コウロン」に連載され(1961年4月10日号-8月21日号)、同誌休刊後、「小説中央公論」に掲載(1962年5月・10月・12月号)、加筆・訂正の上、1982年11月にカドカワ・ノベルズより刊行された作品。

 トランクを駅で発送した者が、トランクの中から死体で発見されるという着想が面白いと思いました。おそらく作者は、先にこの着想を得て、それがどうすれば起こり得るかというところからプロットを組み立てていったのではないでしょうか。ただ、その結果として、列車が3本も4本も出てくる鉄道ダイア・ミステリーになってしまい、こういうのが好きな人にはいいけれど、個人的にはややマニアックな印象を受けました(実現可能性という点でも結構際どい線か)。

 この複雑さもあってか、過去に1度しかドラマ化されておらず、その2014年5月30日にフジテレビ開局55周年特別番組として放送された「松本清張ドラマスペシャル・死の発送」(「金曜プレステージ」枠)を観ました。

 結構丁寧に作られていたように思います。使途不明金は1億円から3億円に引き上げられ、地方競馬の開催地は福島から盛岡に改変(列車の速度が上がっているためだろう)、競走馬そのものは昭和30年代には主流だった鉄道による輸送ではなく専用トレーラーでの輸送に改変されています。

「死の発送」d2.jpg 向井理が演じる記者の底井が務める出版社は「週刊ドドンゴ」となっていて(「週刊コウロン」を意識?)、一人ではなく比嘉愛未が演じる同僚記者と一緒に動いたりします。底井の上司で編集長の山崎治郎を演じる寺尾聰は、原作で犯人グループから金を強請り取ろうとする男にしては脂ぎったものが欠けているなあと思ったら、そうした欲得絡みではなく、最後までスクープ狙いの純粋な記者魂に燃えた人物像に改変されていました。従って、底井にとっての犯人追求は、記者としての自分を育ててくれた上司のための復讐の様相を呈しています。

「死の発送」d3.jpg その上司だった山崎がいつか語った「証拠」を守るために飲み込んだという武勇伝から、底井がボイスレコーダーのチップを見つけ出して事件の確証を得るというのは、完全にドラマのオリジナルです。でも、今回は山崎はすでに火葬されているので(わざわざそのシーンを入れている)、普通だった諦めるところを、馬草に潜ませたのではと着想し、それが当たったというのはやや出来過ぎの印象もあります(馬糞の中を探すシーンは割愛されている(笑))。

「死の発送」d大杉.jpg でも、全体としてはまずまずよく出来ていたドラマ化作品でした。向井理はセリフが多くてたいへんだったと後に述べていますが、確かに。でも、向いている役だったのでは。寺尾聰、大杉漣(立山代議士)、寺島進(西田調教師)といった安定した俳優陣に支えられていたのも大きいと思います。

大杉漣(1951-2018/66歳没)

「死の発送」d6.jpg「死の発送」dt.jpg「松本清張ドラマスペシャル・死の発送」●演出:国本雅広●脚本:扇澤延男●テーマ音楽:佐藤和郎●原作:松本清張●出演:向井理/比嘉愛未/寺尾聰/大杉漣/寺島進/伊藤裕子/矢柴俊博/山中崇/朝加真由美/松尾諭 /玉置孝匡/中村靖日/山崎画大/ベンガル/阪田マサノブ●放映:2014/05/30(全1回)●放送局:フジテレビ

【1984年文庫化・2014年新装版[角川文庫]】

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何とも言えないやるせなさの残る結末。ドラマの改変は、これはこれで良かったのでは。

中央流沙 (中公文庫).jpg中央流沙(光文社文庫).jpg 「中央流沙.jpg中央流沙 (中公文庫)』['98年]『中央流沙: 松本清張プレミアム・ミステリー (光文社文庫)』['19年]「松本清張生誕100年スペシャル 中央流沙」['09年/TBS]和央ようか/石黒賢/かたせ梨乃/髙嶋政宏/小林綾子
『中央流沙』(1968)
中央流沙 河出書房.jpg 総務課事務官・山田喜一郎は、農林省食糧管理局長・岡村福夫のお供で視察先の札幌に来ていたが、同省の倉橋課長補佐が汚職の重要参考人になったことを受けて、岡村局長と共に東京に呼び戻された。当の倉橋は、警察からの聴取を終えた後、北海道に出張を命じられるが、札幌で不安に怯える倉橋に、農水省の幹部に顔の利く弁護士・西秀太郎から、仙台市の作並温泉のある宿に身を寄せるよう指示される。その宿へ西は愛人を連れてやって来るが、倉橋と二人きりになると、西は倉橋に自殺するよう示唆する。倉橋が反抗すると西はそれ以上言わなかったが、その夜に倉橋は、旅館近くの崖下に倒れているのを西に発見され、西の指示で旅館に運び込まれた後、医師が死亡を確認する。余計なことを聞いてはならぬのが保身の術という哲学の山田は、事態の成り行きを傍観者として眺めているが、その山田が、岡村局長の指示を受け、遺体引取りを命じられる。山田には、倉橋の死に政治的な匂いが感じられた―。

IMG_20211211_042739.jpg 松本清張が「社会新報」の1965(昭和40)年10月号から翌 1966年11月号に連載した作品。1968年9月河出書房新社から単行本が刊行され、中公文庫で文庫化されましたが、2019年に、光文社文庫の「松本清張プレミアム・ミステリー」の第5弾の第8冊として加わりました(通算29作目)。このシリーズ、新潮文庫などとはまた違ったラインアップが楽しめます。

 「わたしに自殺しろという暗示のようにきこえますが」という倉橋課長補佐の言葉が胸に突き刺さります。ずっと傍観者だった山田事務官が立ち上がるかと思いきや、最後はなんと政治家と警察の間で「価値の交換」が行われ、彼の死は何ら報われないものとなってしてしまいました(奥さんは夫の死と引き換えに経済的庇護を得るが、倉橋にすれば、これは"報われた"とは言えないだろう)。

NHK土曜ドラマ「松本清張シリーズ・中央流沙」(1975年)/松本清張(遺体搬送係)
「中央流沙」11.jpg「中央流沙」1matu.jpg これまで3度ドラマ化されれいて、1度目は1975年にNHKの「土曜ドラマ」枠(70分)で「松本清張シリーズ・中央流沙」として放送。山田事務官が川崎敬三、倉橋課長補佐が内藤武敏、岡村局長が佐藤慶、新聞記者が角野卓造という配役で、原作の松本清張が遺体搬送係の役でカメオ出演していますが、個人的には未見です。

日本テレビ火曜サスペンス劇場「松本清張スペシャル・中央流沙」(1998年)
「中央流沙」2.jpg 2度目は、1998年に日本テレビの「火曜サスペンス劇場」枠で「松本清張スペシャル・中央流沙」として放送。山田事務官が緒形拳、倉橋課長補佐が鶴田忍、その妻が藤真利子、岡村局長が石橋凌、西秀太郎が石橋蓮司という配役で、またもトカゲのシッポ切り―中央官庁の腐敗に下級官僚男が怒りの反乱」という口上があり、倉橋の死に疑念を持った緒形拳の山田が、自ら倉橋の遺体を引き取りに行くようです。山田が岡村に呼出され、特捜部に取調べを受ける際の予行演習をやらされるところまで原作を再現していて、結局 検察は岡村に手を出せず、岡村に島根県に転勤と言われた山田が辞表を出すところで終わるようですが、こちらも未見のため詳しくは分かりません(「怒りの反乱」はどうなった?)。

TBS月曜ゴールデン「松本清張生誕100年スペシャル 中央流沙」(2009年)
「中央流沙」3.jpg 3度目は、2009年にTBSの「月曜ゴールデン」枠で「松本清張生誕100年スペシャル 中央流沙」として放映されたもので、倉橋の妻・節子を主人公として、元宝塚歌劇団宙組トップスター・和央ようかがそれを演じ(ドラマ初出演)、倉橋が石黒賢、岡村局長が西岡徳馬、川辺記者が髙嶋政宏、西秀太郎が六平直政、山田喜一郎が平田満という配役です。これは観ました!

松本清張生誕100年スペシャル・中央流沙p.jpg 原作と異なり、和央ようか演じる倉橋の妻が事件の真相を探る"探偵"役的位置づけで、原作では弁護士である西が建設会社の社長になっていて、原作で単に西の愛人としてしか登場しない堀田よし子(29)が、高級クラブのオーナー・堀田真紀子に改変されていて、岡村の元愛人で、二人の間には政治家秘書を務める賢一という息子がいることになっています。

松本清張生誕100年スペシャル・中央流沙.jpg この堀田真紀子をかたせ梨乃が演じ、原作では西が倉橋に自殺を唆すところ、ドラマではその役回りを堀田真紀子がやります。したがって、かたせ梨乃が石黒賢に自殺を唆すという構図ですが、コレ、もしかしたら六平直政がやるより怖かったかも(笑)。

 3度目のドラマ化なので、これくらいの改変があってもいいのかもしれません。倉橋が妻に、自分に何かあった時のために楽譜に(二人の共通の趣味はピアノ)堀田真紀子の高級クラブの名前を暗号化して忍ばせるなど、やや凝り過ぎ感もありますが、かたせ梨乃tyuouryyusa.jpgが演じる堀田真紀子にも息子の自死という哀しい結末が用意されていました。ただ、事件そのものは解決されるので、原作よりカタルシスはあるかと思われ、ドラマはこれでもいいかなと。ただし、一応、原作の方は、巨悪は追及を免れてしまう、何とも言えないやるせなさの残る結末であることを知っておいた方がいいかとは思います。

 因みに、石黒賢は自殺を唆されそれを拒否すると殺害されてしまうという可哀そうな官吏の役でしたが、同じくTBS「月曜ゴールデン」枠の2013年の「松本清張没後20年スペシャル・寒流」では、椎名桔平演じる銀行員から芦名星演じる愛人を奪い取る上司の役でした。

「松本清張生誕100年スペシャル・中央流沙」(TV)●監督:山本実●制作:TBS・毎日放送●脚本:洞澤美恵子●原作:松本清張●出演:和央ようか/石黒賢/かたせ梨乃/西岡徳馬/髙嶋政宏/平田満/六平直政/小林綾子/でんでん/香山美子/天田俊明/ベンガル●放映:2009/12(全1回)●放送局:TBS

光文社文庫(松本清張プレミアム・ミステリー)『中央流沙』['19年]/『高台の家』['19年]
中央流砂・高台の家.jpg
【1998年文庫化[中公文庫]/2019年再文庫化[光文社文庫(松本清張プレミアム・ミステリー)]】

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秀でた脚本家がどうやって原作を脚色するのか、原作と読み比べてみると興味深い。
駅路/最後の自画像1.jpg駅路/最後の自画像2.jpg 駅路1.jpg 
駅路 最後の自画像』/『駅路 (1961年) 』(駅路・誤差・部分・偶数・小さな旅館・失踪)
駅路2.jpg駅路―傑作短編集(六)―(新潮文庫)』(白い闇・捜査圏外の条件・ある小官僚の抹殺・巻頭句の女・駅路・誤差・薄化粧の男・偶数・陸行水行)
[2009年テレビドラマ(出演:役所広司/深津絵里)タイアップ帯]

 銀行の営業部長を定年で退職した小塚貞一は、その年の秋の末、簡単な旅行用具を持って家を出たまま、行方不明となった。家出人捜索願を受けて、呼野刑事と北尾刑事は捜査を始める。家庭は平和と見えたし、子供も成長し、一人は結婚もした。人生の行路を大方歩いて、やれやれという境涯に身を置いていたように思える。自殺する原因もない。自分から失踪したとすれば、何のためにそのような行動を取ったのか―。

 松本清張(1909-1992/82歳没)の短編小説で、「サンデー毎日」1960(昭和35)年8月7日号に掲載され、1961年11月に短編集『駅路』収録の表題作として、文藝春秋新社から刊行されています。

 高卒ながら実直に精励恪勤し、銀行の支店長まで上り詰め、家の外に女など作りそうもないと周囲の誰もが思った真面目な勤め人・小塚貞一だったが、実は...。ちゃんと妻に残すものは残して出奔するところが、銀行員らしい? と言うより、それが主人公の気質なのでしょう。

 でも、男って、この主人公と同じことを考えていたとしても、その殆どがそれを実行に移せないないだろうから、その意味では主人公は大胆と言うか、行動力があると言えるかもしれません。なかなか、そう思わせる女性に出会うということもないというのもあるかもしれませんが、主人公はまさに、そうした女性に巡り逢ったということなのでしょう。

 過去4回テレビドラマ化されていて、それらは以下の通り。
・1962年 松本清張シリーズ・黒の組曲「旅路」(NHK)」 藤原釜足・内田稔・内藤武敏
・1977年「松本清張シリーズ・最後の自画像」(NHK)いしだあゆみ・小加藤治子
・1982年「松本清張の駅路」(テレビ朝日)田村高廣・古手川祐子・河内桃子
・2009年「松本清張生誕100年記念作品・駅路」(フジテレビ)役所広司・深津絵里・木村多江
 この内、1977(昭和42)年版の「最後の自画像」が、本書に併録されている向田邦子(1929-1981/51歳没)の脚本による作品で、2009年版「駅路」がそのリメイクになります。

「松本清張生誕100年記念作品・駅路」(2009年・フジテレビ)役所広司・深津絵里・木村多江
駅路/9.jpg 本書解説の編集者・烏兎沼佳代氏によれば、向田邦子はもともと原作がある作品の脚色を嫌った脚本家で、実際に脚色した作品も少なく、原作となるこの「駅路」を手にした時は、すでに「だいこんの花」「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」で人気脚本家になっていて、それがなぜ敢えてこの作品を脚色したのか、推論できる理由はあるとのことです。

 烏兎沼氏によれば、その一つは、この仕事が巡ってきたタイミングが、向田邦子が2年目に乳がん、1年前に肝炎を患った時期だったこと(つまり彼女い自身が人生に"駅路"に立たされたということ)、二つ目は、登場人物の中に向田邦子に近しい人を連想させる人物像があり、その典型が小塚貞一で、これが高学歴ではないのに出世した彼女の父親と重なるたのではないかということ(小塚貞一は向田の叶わぬ恋の相手を想起させるとも)、三つめは、「男の物語」に女を加えることで、放送時間70分のドラマとして効果を倍加できるのではないかと考えたからではないかとのことです。

 実際、「最後の自画像」では、小塚貞一の相手の女性・福村慶子が生きているという設定になっていて、小塚貞一よりもむしろ福村慶子の方が主人公になっているような印象を受けました。その他、原作には無い刑事と部下や聞き込み相手とのコミカルな会話もあり、秀でた脚本家がどうやって原作を脚色するのか、こうして原作と読み比べてみると、よく分かって興味深いです。

 福村慶子をいしだあゆみが演じたNHK版は観ていませんが、それを更に脚色した役所広司・深津絵里版は観ました。向田邦子の脚本をほぼ忠実に活かしていますが(ゴーギャンの絵のモチーフが前面に出ているのも向田脚本と同じ)、時代設定が、昭和の終わり昭和63年の暮れになっていて、昭和天皇崩御の1月7日に事件が解決するという風になっています(小塚貞一の生き様、或いはより広く"仕事人間"の時代というものを「昭和」に重ねたか)。

旅路101.jpg駅路/十朱.jpg 小塚夫妻役は石坂浩二と十朱幸代で、この辺りは改変がありませんが、役所広司演じる刑事が、彼も写真が趣味(所謂SLの"撮り鉄")という風になっていて、役所広司は向田邦子が脚本に仕掛けたコミカルな件(くだり)も卒なく演じており、上手いなあと。

駅路/深津.jpg駅路/役所 深津.jpg ただ、やはり圧巻は女優で、福村慶子を演じた深津絵里は、さすがに情感たっぷりで上駅路/木村.jpg手かったです。加えて、福村よし子を演じているのが木村多江で、彼女が演じることで同じ福村慶子の従姉であっても、福村よし子の位置づけが、観る者にシンパシーを引き起こすよう改変されているように思いました。

「最後の自画像」('77年)松本清張/「駅路」('09年)唐十郎
最後の自画像 清張.jpg駅路 唐.jpg 1977年のNHK版では、刑事の聞き込み先である福村慶子の下宿先の「小松便利堂」の主人で、隠居した恍惚老人の役で原作者・松本清張自身が出演しているのですが(この老人、ボケているけれども福村慶子に"男"(=貞一)がいたことだけは見抜いている)、この2009年のフジテレビ版では、松本清張が演じたこの役を唐十郎が演じており、今思うと、2009年版も結構豪勢な配役だったと言えるかもしれません。

駅路/タイトル横.jpg「松本清張生誕100年記念作品・駅路」●演出・脚色:杉田成道●脚本:向田邦子●脚色:矢島正雄●プロデュース:喜多麗子●音楽:佐藤準●原作:松本清張●出演:役所広司/深津絵里/木村多江/高岡蒼甫/北川弘美/大口兼悟/石坂浩二/十朱幸代/佐戸井けん太/根岸季衣/田山涼成/大林丈史/ふせえり/佐々木勝彦/石井愃一/中島ひろ子/唐十郎/田根楽子●放映:2009/04/11(全1回)●放送局:フジテレビ

【1965年文庫化[新潮文庫(『駅路―傑作短編集6』)]】

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ピカレスクロマン転じて「家政婦は見た」ならぬ...。

強き蟻 松本清張 文春文庫 旧.jpg強き蟻 松本清張 文春文庫 新.jpg  ドラマ強き蟻3.jpg
強き蟻 (文春文庫)』/『新装版 強き蟻 (文春文庫)』「松本清張 強き蟻」['14年/テレビ東京]橋爪功/米倉涼子
強き蟻 (1971年)
強き蟻.jpg 東銀座の「みの笠」で水商売をしていた伊佐子は、現在はS光学取締役の肩書きを持つ沢田信弘に嫁ぎ、渋谷の松濤で生活している。夫は30前後も年齢が離れているが、伊佐子の今後の人生計画からすれば、夫にあと3年くらいで死んでもらうのが理想的であった。身体の若さを保ちたい伊佐子は、20代の男たちと遊びの交際をしていたが、ある時、伊佐子の遊び相手の石井寛二が殺人容疑で捕まる。石井の仲間から弁護料を負担するよう求められた伊佐子は、食品会社副社長の塩月芳彦に援助を交渉する。塩月とは「みの笠」の時から続く関係だが、威光の利く保守党の実力者を叔父に持っていた。石井の件の始末をはかろうとする矢先、信弘が心筋梗塞を発症する。財産の確保のためには、最適な時期に最適な条件で夫に死んでもらうことが必要であり、伊佐子は状況を有利にするため奔走を続けるが......。

 松本清張が「文藝春秋」の1970(昭和45)年1月号から 1971(昭和46)年3月号にかけて連載し、1971年4月に文藝春秋から刊行されたものです。「夫の遺産を根こそぎ確保しようと企む女性の、周到な殺害計画を描くピカレスク長編」とのことで。タイトルは西東三鬼の句「墓の前強き蟻ゐて奔走す」に由来するそうです。

 面白かったですが、ピカレスクロマンにしては、最後、悪(ワル)が勝つという風にはなっていなかったなあ。全体のストーリーがそう複雑ではないので、最後だけ少し捻ったのかもしれないし、この頃はもう作者は、ストレートに悪が勝つようなスタイルはあまり用いなくなっていたのでしょうか。この結末からすると、タイトルの「強き蟻」とは必ずしも伊佐子のことだけを指すのではなく、沢田信弘も「強き蟻」なのかもしれません。

 最後は、「家政婦は見た」ならぬ「速記者は見た」といったところでしょうか。これはこれで意外性がありましたが、よくある、謎解きとして供述書を持ってくることで済ませてしまうパターンともとれなくもないです(このパターンを安易と思う読者もいるかも。Amazonのレビューは星5つが最も多いが、中にはこの結末を指して「締め切りに追われたせいかと邪推したくなる」というものもあった)。

 今まで3度ドラマ化されていて、それらは以下の通り。
 •1981年「松本清張の強き蟻」(日本テレビ)浜木綿子・加藤嘉・川津祐介
 •2006年「松本清張特別企画・強き蟻」(テレビ東京)若村麻由美・沢田信弘・津川雅彦
 •2014年「松本清張 強き蟻」(テレビ東京)米倉涼子・橋爪功・高嶋政伸・比嘉愛未

ドラマ強き蟻1.jpg この内、「テレビ東京開局50周年特別企画」として制作された2014年の米倉涼子版を観まドラマ強き蟻2.jpgした(「水曜ミステリー9」の時間帯での放送だが、本作は「水曜ミステリー9」枠外で放送された)。米倉涼子が演じるヒロイン・伊佐子が「4人の男性を翻弄する」とのことで、そっか、4人とは沢田信弘(橋爪功)、弁護士・佐伯義雄(高嶋政伸)、食品会社副社長・塩月芳彦(宅麻伸)、伊佐子の不倫相手(石井寛二)のことかと改めて確認した次第です。

ドラマ 強き蟻.jpg 米倉涼子といえば、松本清張原作のドラマ3部作「黒革の手帖」「松本清張 けものみち」「松本清張 わるいやつら」(いずれもテレビ朝日系)で悪女役を演じ、女優として大きな飛躍を遂げたわけで、原作にある「ぽっちゃりとした小肥りで、色が白い」という伊佐子の描写とは少し異なりますが、悪女役はスンナリは嵌っているように思いました。沢田信弘を橋爪功が演じることで、観る側は何かありそうな気がするのではないでしょうか。

ドラマ強き蟻4.jpg ただ、ドラマの途中で橋爪功演じる沢田信弘が、比嘉愛未演じる速記者・宮原素子に、妻が自分を殺そうとしていると言ってしまっている場面があるため、原作のラストの〈どんでん返し〉効果が薄れてしまいました。沢田信弘が宮原素子に遺書を預けたのは原作通りですが、伊佐子が素子に半分あげるから書き直された遺言書はもとから無かった事にして欲しいと頼むのはドラマのオリジナル。原作では、「伊佐子は一言も発しないでぶるぶる震えていた」とあります。ただ、これが、素子の供述書の中で語られているところが、(これはこれでダメとは言わないが)原作のやや弱いところかもしれません。かたせ梨乃演じる沢田家の家政婦の信弘に対する激情もドラマのオリジナル。元のお話が比較的単純なので、脚本家はいろいろやりたくなるのかなあ。

強き蟻 d.jpgドラマ強き蟻5.jpg「松本清張 強き蟻」●演出:松田秀知●脚本:森下直●チーフプロデューサー:岡部紳二(テレビ東京)●音楽:佐藤準●原作:松本清張●出演:米倉涼子(沢田伊佐子〈36〉美貌の女性で沢田信弘の後妻)/高嶋政伸(佐伯義雄〈37〉佐伯法律事務所の弁護士)/比嘉愛未(宮原素子〈25〉速記者)/笛木優子(沢田妙子〈29〉信弘の前妻との娘)/かたせ梨乃(椿サキ〈58〉沢田家の家政婦)/矢島健一(川瀬卓郎〈51〉大日本工学の新社長)/要潤(石井寛二〈30〉Jリーグ選手)/宅麻伸(塩月芳彦〈57〉帝国食品の副社長)/橋爪功(沢田信弘〈67〉伊佐子の夫で大日本光学の役員)●放映:2014/07/02(全1回)●放送局:テレビ東京

【1974年文庫化・2013年新装版[文春文庫]】

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3時間43分の大作だが討ち入りシーン抜き。前半は忠義とは何かを問う論争劇、終盤は女性映画。

元禄忠臣蔵 前後編[VHS].jpg元禄忠臣蔵1941・42.jpg
あの頃映画 松竹DVDコレクション 元禄忠臣藏(前篇・後篇)<2枚組>」河原崎長十郎(大石内蔵助)/高峰三枝子
元禄忠臣蔵 前後編(全2巻セット)[VHS]
元禄忠臣蔵 松の廊下.jpg 浅野内匠頭(五代目嵐芳三郎)は江戸城・松の廊下で吉良上野介(三桝萬豐)に斬りつけたかどにより切腹を命じられる。さらに浅野が藩主を務める赤穂藩はお家取り潰しとなってしまう。赤穂藩では国を守るために戦うか、あるいは主君に殉じて切腹をするか、意見が真っ二つに分かれた。家老の大石内蔵助(四代目河原崎長十郎)は、幕府に城を明け渡すことにする。上野介を討つため、内蔵助は主君の妻である瑶泉院に別れを告げる。その他の赤穂浪士も家族と別れ、続々と大石のもとに集まった。討ち入りを終え吉良の首を討ち取った大石は、泉岳寺にある浅野の墓を訪れる。その後、大石ら浪士たちに切腹の命が下る―。

元禄忠臣蔵 前編・後編 0.jpg 1941年12月に前編が公開され、翌年2月に後篇が公開された溝口健二監督による3時間43分の大型時代劇。劇作家の真山青果(1878-1948)による新歌舞伎派の演目「元禄忠臣蔵」を、原健一郎と依田義賢が共同で脚色し、厳密な時代考証、実物大の松の廊下をはじめとする美術、ワンシーンワンカットの実験的手法を用いた流麗なカメラワークなどによって、それまでの「忠臣蔵もの」とは全く異なる作品に仕上げています。映画はいきなり江戸城内松の廊下で浅野内匠頭(嵐芳三郎)が吉良上野介(三桝萬豐)に斬かかる場面から始まります(まるで御所のようなセットのスケールの大きさ!)。事件後、上野介が沙汰無しで、内匠頭が切腹との御下知を伝える使者に対し、多門伝八郎(小杉勇)が、内匠頭が斬りつけようとした時に、吉良が損得のために脇差に手をかけなかったことを、侍として風上にも置けない人物だと批判しています(これは明らかに創作だろうなあ)。
 
元禄忠臣蔵 前編・後編6.jpg また、内蔵助(河原崎長十郎)を幼馴染みの井関徳兵衛(板東春之助)が訪ね、一緒に籠城に加えてくれと申し出る話があります。内蔵助は思うところがあってその申し出を拒絶し、家臣たちに対し開城を宣言します。その夜、内蔵助は帰宅途中で息子と共に自害した徳兵衛を見つけ、徳兵衛の死に際に、内蔵助はその本心を打ち明けます。

 さらに、上野介の首を取ろうとしない内蔵助に業を煮やし、富森助右衛門(中村翫右衛門)が上野介が徳川家の「御浜御殿」を訪れた際に討とうとするエピソードがあります。助右衛門が能装束(「義経記」の義経の姿)の男を上野介だと思って襲うものの、実はそれは後に六代将軍・家宣となる綱豊(市川右太衛門)で、綱豊は内蔵助の心中を察するよう助右衛門を諭します。そして、また、能舞台へと戻り、義経記の続きを舞います(カッコ良すぎ(笑)。上野介はその能を観る客の側だった。でも、がっちりした綱豊と爺さんの上野介を見間違えるかなあ)。実は、この作品は討ち入りの場面がないので、このシーンが本作の最大の立ち回りシーンになります(歌舞伎「元禄忠臣蔵」でも、この「御浜御殿綱豊卿」の場面は一番の見せ場のようだ)。

元禄忠臣蔵 前編・後編4.jpg 内蔵助は浅野家再興が正式に潰えると、時機到来とばかりに吉良邸に乗り込む準備をして、浅野内匠頭の未亡人・瑶泉院(三浦光子)に別れの挨拶に行きますが、外部に情報が漏れるのを怖れ、瑶泉院に本心を打ち明けられず、彼女の怒りを買ってしまう。密偵に悟られないよう、自分の詠んだ歌と称し、服差包みを瑶泉院に仕えるお喜代(山路ふみ子)に渡して去る。昼間の内蔵助の態度が気に掛かり眠れずにいた瑶泉院が服差包みを開けると中に連判状が―と、この「南部坂雪の別れ」は通常の「忠臣蔵もの」と同じですが、すぐそこに吉良への討ち入り成功の知らせが届き、画面は、討ち入りを果たして、泉岳寺の亡き主君の墓へ報告に向かう内蔵助ら義士一行に切り替わるといった流れです。

「元禄繚乱」('99年/NHK)主演:中村勘九郎
「元禄繚乱」1.jpg「元禄繚乱  99.jpg 討ち入り後、まだ45分くらい映画は続き、内蔵助が義士らが潔く切腹したのを見届けるところまでいきますが('99年のNHKの大河「元禄繚乱」(原作:船橋聖一/脚本:中島丈博)も中村勘九郎(五代目)演じる内蔵助が義士らの切腹を見届けるまでをやっていたなあ)、その間に最も時間を割いているエピソードが、磯貝十郎左衛門(五代目河原崎國太郎)とその許嫁おみの(高峰三枝子)の悲恋物語です。十郎左衛門への想いから吉良邸の情報を十郎左衛門に提供したおみのは、討ち入り後に蟄居を命じられている十郎左衛門に、その気持ち元禄忠臣蔵 前編・後編01.jpgが本心なのか吉良邸の情報が欲しかっただけなのかを確かめるため会おうと、身の回りを世話をする小姓に擬して接近しますが、内蔵助に女だと見抜かれます(高峰三枝子は誰が見ても女性(笑))。それでも、十郎左衛門の懐におみのの琴の爪が忍ばせてあることを知った彼女は喜び、これから切腹の場に向かおうとする十郎左衛門と最期の面会を果たします(こんなことが可能とは思えないが、ここはお話)。

元禄忠臣蔵 前編・後編10.jpg 討ち入りの場面がなく、セリフも堅苦しくてあまり人気のある作品ではないですが、前半は忠とは何か?義とは何か? 武士とは何か? をとことん問う価値観の「論争劇」的な展開であり、内蔵助が、浅野大学頭を立ててのお家再興願いが叶えば、仇討ちの大義がなくなることに苦悩する場面があったりします。一方、討ち入りシーンが無いまま迎えた終盤は、高峰三枝子演じるおみのにフォーカスした、溝口健二お得意の「女性映画」であったように思いました。

 この「論争劇」の側面と「女性映画」の部分が撮りたくて、溝口はこの映画を撮ったとの話もありますが(そう言えば「山椒大夫」('54年)も終盤は森鷗外の原作にはまったく無い政治劇になっていた)、そうだとすれば、討ち入りシーンは単なるアクションシーンということになるから、割愛してもいいという道理なのでしょうか。そこのところは個人的にはよく分かりませんが、溝口ファンなら一度は観ておきたい作品かと思います。

「忠臣蔵の恋~四十八人目の忠臣」('16年~'17年/NHK)主演:武井咲
忠臣蔵の恋2.jpg忠臣蔵の恋1.jpg また、この磯貝十郎左衛門と女性の悲恋物語は、諸田玲子が『四十八人目の忠臣』('11年/毎日新聞社)として小説に描いており、NHKの「土曜時代劇」枠で「忠臣蔵の恋~四十八人目の忠臣」('16年~'17年・全四十八人目の忠臣.jpg20回)としてドラマ化されています。「おみの」に該当する女性「きよ」は武井咲が演じましたが、「きよ」はこの映画で市川右太衛門が演じた後の6代将軍・徳川家宣の側室になり、7代将軍・徳川家継の生母・月光院となるという話になっています。すごく飛躍した設定だなあと思いますが、月光院の家宣の側室時代の名は「喜世(きよ)」であったとのことで、ただし、浅野家に関わった事実はないようです。『四十八人目の忠臣』では、浅野家と想い人であった礒貝十郎左衛門の仇討として徳川家将軍の生母となったという、ある種の復讐物語にしたのではないでしょうか。さらに、家宣の寵愛を得たきよは、男児(後の徳川家継)を産んだ褒美として、赤穂浅野家の再興と島流しとなっていた遺児たちの恩赦を願うという話で、つまり"48人目の忠臣"とは「きよ」こそがその人だということになります。小説は2012年(平成24)年度・第1回「歴史時代作家クラブ賞」の「作品賞」を受賞しています。

四十八人目の忠臣 (集英社文庫)
 
「元禄繚乱」991.jpg「元禄繚乱」●脚本:中島丈博●演出:大原誠 ほか●音楽:(オープニング)池辺晋一郎●原作:舟橋聖一『新・忠臣蔵』●出演:中村勘九郎/(以下五十音順)安達祐実/阿部寛/井川比佐志/石坂浩二/柄本明/大竹しのぶ/菅原文太/鈴木保奈美/京マチ子/滝沢秀明/滝田栄/宅麻伸/堤真一/中村梅之助/夏木マリ/萩原健一/東山紀之/松平健/宮沢りえ/村上弘明/吉田栄作(ナレーター)国井雅比古●放映:1999/01~12(全49回)●放送局:NHK

5代目中村勘九郎(大石内蔵助)/東山紀之(浅野内匠頭)/山口崇(大野九郎兵衛)/柄本明(進藤源四郎)・寺田農(奥野将監)
「元禄繚乱」東山ほか.jpg 「元禄繚乱」菅原.jpg菅原文太(肥後国熊本藩藩主・細川越中守綱利(内蔵介らがお預けとなった細川家の当主))
「元禄繚乱」00.jpg

宮崎あおい(矢頭さよ).jpg 宮崎あおい[左](赤穂浪士・矢頭右衛門七の妹・さよ)[当時14歳]

忠臣蔵の恋0.jpg忠臣蔵の恋4.jpg「忠臣蔵の恋~四十八人目の忠臣」●脚本:吉田紀子/塩田千種●演出:伊勢田雅也/清水一彦/黛りんたろう●音楽:吉俣良●原作:諸田玲子『四十八人目の忠臣』●出演:武井咲/福士誠治/中尾明慶/今井翼/田中麗奈/佐藤隆太/石丸幹二/大東駿介/皆川猿時/新納慎也/陽月華/辻萬長/笹野高史/平田満/伊武雅刀/三田佳子(ナレーター)石澤典夫●放映:2016/09~217/02(全20回)●放送局:NHK      
   
市川莚司(加東大介)/市川右太衛門/中村翫右衛門(右)/高峰三枝子
元禄忠臣蔵 前編・後編 12.jpg「元禄忠臣蔵 前編・後編」●英題:The 47 Ronin●制作年:1941・42年●監督:溝口健二●製作総指揮・総監督:白井信太郎●脚本:原健一郎/依田義賢●撮影:杉山公平●音楽:深井史郎●原作:真山青果●時間:(前編)111分/(後編)112分●出演:(前進座)四代目河原崎長十郎/三代目中村翫右衛門/四代目中村鶴蔵/五代目河原崎國太郎/坂東調右衛門/助高屋助蔵/六代目瀬川菊之丞/市川笑太郎/橘小三郎/市川莚司(加東大介)/市川菊之助/中村進五郎/山崎進蔵/市川扇升/市川章次/市川岩五郎/坂東銀次郎/生島喜五郎/山本貞子/(松竹京都)海江田譲二/坪井哲/風間宗六/和田宗右衛門/竹内容一/征木欣之助/梅田菊蔵/大川六郎/村時三郎/大河内龍/松永博/大原英子/岡田和子/(第一協団)河津清三郎/浅田健三/(フリー)三桝萬豐/島田敬一/(新興キネマ)市川右太衛門/加藤精一/荒木忍/梅村蓉子/山路ふみ子/(松竹大船「元禄忠臣蔵 前編・後編」ph03.jpg)高峰三枝子/三浦光子/(その他)五代目嵐芳三郎/山岸しづ江/四代目中村梅之助/三井康子/市川進三郎/坂東春之助/中村公三郎/坂東みのる/六代目嵐德三郎/筒井德二郎/川浪良太郎/大内弘/羅門光三郎/京町みち代/小杉勇/清水将夫/山路義人/玉島愛造/南光明/井上晴夫/大友富右衛門/賀川清/粂譲/澤村千代太郎/嵐敏夫/市川勝一郎/滝見すが子●公開:(前編)1941/12/(後編)1942/02●配給:松竹(評価:★★★★)

  
河原崎長十郎(大石内蔵助)
 

   
人情紙風船」('37年) 河原崎長十郎/中村翫右衛門/市川莚司(加東大介)
「人情紙風船」河原崎 中村.jpg「人情紙風船>」加東 .jpg

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「点と線」の海洋版。パターンが分かっていても面白い。ドラマ化2作品は...。

火と汐  文春文庫 新装.jpg火と汐  ポケット文春 1968.jpg  「火と汐」ドラマ1.jpg 「火と汐」ドラマ2.jpg
火と汐 (文春文庫)』['19年/新装版]/『火と汐 (1968年) (ポケット文春)』/「松本清張スペシャル・火と汐」['96年/フジテレビ]神田正輝・南果歩・内藤剛志/「松本清張生誕100年記念スペシャルドラマ・火と汐」['09年/TBS]寺尾聰・山本耕史・渡部篤郎
火と汐 (文春文庫)
『火と汐』9.jpg火と汐  文春文庫 旧.jpg 目黒在住の33歳の劇作家・曽根晋吉は、芝村美弥子と秘密で京都に宿泊していた。金属会社に勤める美弥子の夫は、神奈川県の油壺と三宅島を往復するヨットレースに参戦中であり、8月17日の夫の油壺への到着までに、美弥子は京都から油壺に戻る算段になっていた。8月16日の夜、晋吉は美弥子とホテルの屋上から大文字焼を見物していたが、その最中、晋吉の気づかぬ間に、人混みの中で美弥子が消失する。彼女のスーツケースは部屋に残されたままだった。秘密の旅行ゆえ事情を告げるわけにもいかず、困惑したまま晋吉は東京へ戻る。8月18日の新聞記事に晋吉は驚く。美弥子の夫・芝村の乗るヨットが、油壺に帰着する途中、三浦半島沖合でワイルドジャイブを起こし、同乗者の上田伍郎が死亡したという。美弥子のことを言えぬまま、入院した芝村に見舞いの電話をかける晋吉。ところが、美弥子の死体が晋吉の自宅近くで発見され、芝村と顔見知りだった晋吉は、警察に参考人として呼ばれてしまう―。

 松本清張の中編推理小説。「オール讀物」1967(昭和42)年11月号に掲載され、1968年7月に中短編集『火と汐』収録の表題作として、文藝春秋(ポケット文春)から刊行されています(その後、文春文庫で文庫化)。

 「点と線」の海洋版とでも言えるでしょうか。ミエミエのパターンだと思っていても面白く、引き込まれました。鉄道とかならともかく、ヨットと松本清張とはイメージ的に結びつかない気もしますが、ヨットのことをしっかり調べたのか、ディテールがしっかりしていて読ませます。

「松本清張スペシャル・火と汐」01.jpg これまで2回テレビドラマ化されていて、1つは1996年9月13日、フジテレビ系列の「金曜エンタテイメント」枠にて放映された「松本清張スペシャル・火と汐」。

 キャストは、芝村健介が神田正輝、芝村美弥子が南果歩、曽根晋吉が内藤剛志で、刑事役は竜雷太と勝野洋といういう、いかにも刑事(デカ)という感じの2人。今思えば結構豪華な配役で、しかも比較的原作に忠実に作られていて良かったように思います。

「松本清張スペシャル・火と汐」02.jpg 事件解明のプロセスとして、刑事たちが曽根からヒントをもら「松本清張スペシャル・火と汐」kanda.jpgったりしているのは原作にはないことですが、最も違うのはラストであり、完全犯罪を成し遂げたと思って余裕の犯人に、刑事が密かに迫るという、映画「太陽がいっぱい」のようなラストになっていた点です。神田正輝はふてぶてしさがあってまずまずでしたが、このラストのお陰でアラン・ドロンと比べてしまったりしたら、ちょっと弱いでしょうか。
  
「松本清張生誕100年記念スペシャルドラマ・火と汐」01.png 2度目のドラマ化は、TBS系列にて2009年12月21日(松本清張の生誕日)に放映された「松本清張生誕100年記念スペシャルドラマ・火と汐」。キャストは、芝村健介が渡部篤郎、芝村美弥子が西田尚美、曽根晋吉が遠藤憲一 (職業がでデザイナーになっている)、刑事役は寺尾聰と山本耕史です。

「松本清張生誕100年記念スペシャルドラマ・火と汐」03.jpg 原作と異なり、前半から刑事側の視点を中心としたストーリー構成になっていて、ベテランと若手刑事が、警察の上層部から日限を設定されながらも、犯人のアリバイを根気よく崩し「松本清張生誕100年記念スペシャルドラマ・火と汐」02.jpgていくというもの。最後は、犯人の前でかなり長々と謎解きをやることになり、ケータイが犯行の決め手だったり、事件に関係する重要人物(美弥子の友人)がいたりと、多少原作をアレンジしていますが、これはこれで面白かったです。ただ、犯人役の渡部篤郎には旧作の神田正輝ほどのふてぶてしさはなく、「証拠がない」と繰り返し言っているのが、自分が犯人だと認めているようにも見えてしまいます。

 原作や旧作ドラマのようなヨットレースという舞台ではなく、単なるクルージングになっている点がややしょぼいか。また、原作や先のドラマでは、犯人が陸とヨットの間を泳いでいるのに(意外と泥臭い犯罪かも)、このドラマでは、ヨットが着岸してしまうので、何となく犯人が楽しているように見えてしまいます。

 アリバイ崩しの部分は丁寧に描かれていたでしょうか。結局、寺尾聰演じるベテラン刑事が主役のドラマであり、それにプラスして、山本耕史演じる若手刑事の成長物語や、渡部篤郎演じる芝村と遠藤憲一演じる曽根と確執などがサイドストーリーとしてあるといった感じでした。

 端的に言えば、最初の方のドラマはまずまずの豪華キャスト版、後の方のドラマは寺尾聰の独演会といった印象です。

「火と汐」0 1.jpg「松本清張スペシャル・火と汐」(金曜エンタテイメント)●監督:松尾昭典●プロデューサー:名島徹/小坂一雄/林悦子●脚本:金子成「火と汐」ドラマ21.jpg人●音楽:岩間南平●原作:松本清張●出演:神田正輝/南果歩/内藤剛志/竜雷太/勝野洋/布川敏和/大方斐紗子/浜田光夫/片岡五郎/剛たつひと/でんでん/水島涼太/菊地則江/沖恂一郎/浅沼晋平/山口嘉三/北山雅康●放映:1996/09/13(全1回)●放送局:フジテレビ

0松本清張生誕100年記念スペシャルドラマ・火と汐.jpg「松本清張生誕100年記念スペシャルドラマ・火と汐」●演出:竹之下寛次●プロデューサー:浅野敦也●脚本:金「火と汐」図2.jpg子成人●音楽:田中晶子●原作:松本清張●出演:寺尾聰/山本耕史/遠藤憲一/西田尚美/佐藤仁美/東根作寿英/小木茂光/浅見れいな/石川小百合/丸岡奨詞/野間口徹/井上高志/浜田学/萬田久子(特別出演)/清水美沙/渡部篤郎●放映:2009/12/21(全1回)●放送局:TBS

  
【1976年文庫化・2019年新装版[文春文庫]】

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自分が弁護して助けてやった人物に脅迫され、その元被告に殺意をも抱く―。展開に意外性があって面白かった。
火と汐  ポケット文春 1968.jpg 火と汐  文春文庫 旧.jpg  黒の奔流t1.png 黒い奔流 船越2.jpg 
火と汐 (1968年) (ポケット文春)』『火と汐 (文春文庫)』「松本清張生誕100年特別企画・黒の奔流」(水曜ミステリー9)['09年]船越英一郎/星野真里/賀来千香子
松本清張ほか著/日本推理作家協会編『種族同盟―現代ミステリー傑作選1〈策謀・黒いユーモア編〉』(カッパ・ノベルス 1969.01)
種族同盟 松本清張3.jpg「種族同盟」図1.jpg 弁護士の私は、同僚の楠田弁護士に頼まれ、ある事件の国選弁護を引き継ぐ。それは、新宿のバーのホステス・杉山千鶴子(23歳)が東京の西の外れの渓谷で殺害され、被害者のペンダントを所持していたことが決め手となり、死体発見現場から2キロほど離れた旅館「春秋荘」の番頭・阿仁連平(32歳)が逮捕・起訴されたという案件だった。事務所の助手・岡橋由基子から阿仁は無罪かもしれないと言われ、俄然やる気の出た私は、由基子とともに、阿仁の無罪証明に挑戦する。そして、努力の甲斐あり、晴れて阿仁被告は無罪となる。無罪となった阿仁は、これといった行き場もないため、私の弁護士事務所で働かせることにした。しかし、やがて私と由基子は、阿仁の人間性が芳しくないのに気づき、私は阿仁に対し素行を窘めた。すると阿仁は開き直って、とんでもない事実を口にする―。

 松本清張の中編推理小説。「オール讀物」1967(昭和42)年3月号に掲載され、1968年7月に中短編集『火と汐』収録作として、文藝春秋(ポケット文春)から刊行されています(その後、文春文庫で文庫化)。また、カッパ・ノベルス『現代ミステリー傑作選1〈策謀・黒いユーモア編〉』('69年)に表題作として収録されています。

 展開に意外性があって面白かったです。国選弁護人の話は、'82(昭和57)年発表の「疑惑」もそうでした。「疑惑」は、無名だが優秀な国選弁護人が、自分が弁護士する被告の無実に迫ったことで、そうなると都合の悪い人物に命を狙われるというものでしたが、この「種族同盟」は、自分が弁護して助けてやった人物に脅迫され、その元被告に殺意をも抱くという、これもまた弁護士が厄難に遭う話です('59(昭和34)年発表の「霧の旗」も弁護士がある女性の弁護を断ったがゆえに厄難に遭う話だった)。

『黒の奔流』.jpg黒の奔流 01 - コピー.jpg 「疑惑」は、野村芳太郎監督、岩下志麻主演でその年に「疑惑」('82年/松竹)として映画化されましたが、この「種族同盟」も渡邊祐介監督、岡田茉莉子・山崎努主演で、「疑惑」の10年前に「黒の奔流」('72年/松竹)として映画化されています。

渡辺 祐介 「黒の奔流」 (1972/09 松竹) ★★★☆

 因みに、「疑惑」は、映画化の際に主人公の弁護士を男性から女性に変えて、それを岩下志麻が演じたわけですが、この「種族同盟」の映画化作品「黒の奔流」では、岡田茉莉子演じる貝塚藤江という旅館の女中が、宿泊していたコンツェルンの御曹司を崖から突き落とした容疑で逮捕されることになっていて、こちらでは被害者と加害者の性別が原作と入れ替わっていることになります。

 野村芳太郎監督の映画化作品「黒の奔流」のほかに、これまで以下3度テレビドラマ化されています。

 •1979年「松本清張の種族同盟・湖上の偽装殺人事件」(テレビ朝日)小川眞由美・高橋幸治・金沢碧
 •2002年「松本清張没後10年記念企画・黒の奔流」(テレビ朝日)渡瀬恒彦・さとう珠緒・純名里沙
 •2009年「松本清張生誕100年特別企画・黒の奔流」(テレビ東京)船越英一郎・星野真里・黒谷友香・賀来千香子

 最初の2作は、テレビ朝日の「土曜ワイド劇場」枠で、あとの1作はテレビ東京の「水曜ミステリー9」枠。今世紀のものはタイトルが映画と同じ「黒の奔流」になっているほか、被告人役がそれぞれ小川眞由美、さとう珠緒、星野真里と、3作とも女性を設定しています。また、全体のストーリー展開からしても、「原作のドラマ化」と言うより、「映画のリメイクドラマ化」と言えるものとなっています。

黒の奔流t1.png黒の奔流 f.jpg黒の奔流 99.jpg このうちに、最も最近の船越英一郎版を観ましたがイマイチでした。弁護士役の船越英一郎は相変わらず暑苦しい演技で、星野真里の悪女ぶりがまあまあだったでしょうか(リ黒い奔流 船越1.jpgアリティはないが)。犯人の時間トリックは、犯行後に川を渡って近道したということに改変されていますが(「奔流」というタイトルに懸けた?)、その日だけ川の水量が普段の半分だったというのも苦しい設定です。そしてラスト、追いつめられた犯人が弁護士を刺すという、その追いつめられて刺すというのが、映画での「刺す」こと意味合いとは逆の方向ではないかなあ(その結果、犯人が現行犯で捕まるという意味では、テレビ的結末にしたと言える)。

「松本清張生誕100年特別企画・黒の奔流」('09年/テレビ東京)船越英一郎・星野真里・黒谷友香・賀来千香子


松本清張の種族同盟0.jpg松本清張の種族同盟1.jpg '79年版の「種族同盟」(小川真由美版)を観たい思っていたところ、今月['21年8月]日本映画専門チャンネルで放映され、やはりよく出来ていました。これについてはまた別の機会に取り上げたいと思います。

「松本清張の種族同盟・湖上の偽装殺人事件」(1979/05 テレビ朝日) ★★★★☆
  
黒の奔流 kurotani.jpg「松本清張生誕100年特別企画・黒の奔流90.jpg「松本清張生誕100年特別企画・黒の奔流」(水曜ミステリー9)●監督:村田忍●脚本:瀧川治水●原作:松本清張●出演:船越英一郎/星野真里/黒谷友香/賀来千香子/西村雅彦/阿部力/風間トオル/金山一彦/吉満涼太/鹿賀丈史/浅見小四郎/栗田よう子/ホリベン●放映:2009/03/04(全1回)●放送局:テレビ東京/BSジャパン

黒谷友香(由基子)

【1976年文庫化・2019年新装版[文春文庫]】

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復讐の相手を最後まで許さないところが作者の真骨頂。市川海老蔵のドラマは甘かった。

霧の旗 (1969).jpg霧の旗 新潮文庫.jpg 霧の旗 新潮文庫2.jpg 霧の旗 角川文庫.jpg 
『霧の旗』['61年]/『霧の旗 (新潮文庫)』『霧の旗 (1964年) (角川文庫)

「松本清張ドラマスペシャル『霧の旗』」('10年/日本テレビ)
相武紗季/市川海老蔵
霧の旗 海老蔵.jpg 昭和30年代半ば、九州の片田舎で金貸しの老女の強盗殺人事件が起き、柳田桐子の兄で教師の正夫が容疑者として逮捕されて裁判にかけられる。正夫が第一発見者で、正夫は被害者から生前金を借りており、しかも殺害現場から借用証書を窃取する等、状況は正夫にとって圧倒的に不利だったが、それでも殺人に関しては無罪を主張する。思いあまった桐子は上京し、同郷出身の高名な弁護士の大塚に弁護の依頼を申し出る。だが、高額な弁護費用を工面できないのと、大塚自身の多忙を理由に断られ、失意の内に帰郷する。その後、一審で出た判決は死刑。そして、控訴中に正夫は無実を訴えながら獄中で非業の死を遂げた。桐子はその旨を大塚に葉書に書いて送る。殺人犯の妹の汚名を着せられた桐子は地元にいられなくなり、上京してホステスになる。一方、葉書を読んだ大塚は後味の悪さを感じ、独自に事件資料を集めて丹念に読み込んでいくうちに、真犯人は桐子の兄以外にいることを突きとめる。その頃、大塚の愛人・河野径子に、ふとしたことから殺人容疑がかかる。だが、たまたま殺人現場の近くに桐子が居合わせており、逃走する犯人の姿を見ていておまけに犯人のものと思われるライターまで拾っていた。径子の無実を証明できるのは桐子ただ一人。径子は桐子に現場近くで見たことをありのままに証言してくれるよう懇願するが―。 

 雑誌「婦人公論」の1959(昭和34)年7月号から 1960(昭和35)年3月号に連載され、1961(昭和36)年3月に中央公論社より刊行された松本清張作品。作者得意の、女性の怨念がじわっと滲み出てくる復讐劇です。社会学者の作田啓一は、本作において大塚弁護士の側に罪があるとすればそれは「無関心の罪」であり、現代人の多くが密かに心当たりのある感覚であると分析しています。また、評論家の川本三郎は、本作が発表された時期には地方と東京の大きな格差が生まれていて、桐子の大塚弁護士に対する恨みの背景には、地方出身者の東京に対する恨み(と強い憧れ)があると指摘しています。

 この物語で特徴的であると思う点は、桐子の大塚弁護士に対する復讐が、愛人の河野径子に不利な証言をすることで彼女を殺人犯に仕立て上げることにとどまらず、大塚弁護士本人にも及ぶ点であり、しかも、純潔を投げ打って大塚弁護士を篭絡するという凄まじいものである点で、ここまでくると彼女のキャラクターは、ややエキセントリックにも思えてきます。でも、ある意味、これが、作者の真骨頂なのでしょう。作者の描く小説に出てくる怨念に満ちた女性には、作者自身の怨念が込められているとも言われていますから。ただし、この作品の主人公の女性は年齢がかなり若いことが1つ特徴でしょうか。

霧の旗 DVDブック.jpg霧の旗 1965.jpg霧の旗 1977.jpg この小説の映画化作品には、1965年の山田洋次監督・倍賞千恵子主演版と、1977年の西河克己監督・山口百恵主演版の2作がありますが、その外に、以下の通り数多くのテレビドラマ化作品があります。

山田 洋次 (原作:松本清張) 「霧の旗」(1965/05 松竹)

あの頃映画 「霧の旗」 [DVD]」(山田洋次監督・倍賞千恵子)
霧の旗 [Blu-ray]」(西河克己監督・山口百恵主演)
松本清張傑作映画ベスト10 5 霧の旗 (DVD BOOK 松本清張傑作映画ベスト10)

•1967年 ナショナルゴールデン劇場「霧の旗」[全4回]広瀬みさ・芦田伸介・草笛光子(NET(現・テレビ朝日))
•1969年 おんなの劇場「霧の旗」[全6回]栗原小巻・三國連太郎・八千草薫(フジテレビ)
•1972年 銀河ドラマ「霧の旗」[全5回]植木まり子・森雅之・岡田茉莉子(NHK)
•1983年 火曜サスペンス劇場「松本清張の『霧の旗』」[全5回]大竹しのぶ・小林薫・小川真由美(日本テレビ)
•1991年 土曜ワイド劇場「松本清張作家活動40年記念『霧の旗』」安田成美・田村高廣・阿木燿子(テレビ朝日)
•1997年 金曜エンタテイメント「松本清張スペシャル『霧の旗』」若村麻由美・仲代達矢・萬田久子(フジテレビ)
•2003年「松本清張サスペンス特別企画『霧の旗』」星野真里・古谷一行・多岐川裕美(TBS)
•2010年「生誕100年記念 松本清張ドラマスペシャル『霧の旗』」相武紗季・市川海老蔵・戸田菜穂(日本テレビ)
•2014年 松本清張二夜連続ドラマスペシャル(第二夜)「松本清張 霧の旗」堀北真希・椎名桔平・木村佳乃(テレビ朝日)

霧の旗 海老蔵0.jpg このうち、日本テレビの相武紗季・市川海老蔵版を観ました。大塚弁護士は「新進気鋭の若手弁護士」ということになっていて、この市川海老蔵演じる大塚弁護士が最後は、雨の中、水溜りに額をつけて相武紗季演じる桐子に謝り倒すのですが、彼女は許さない...どころか、大塚弁護士を誘惑して、彼に犯されたとの告発状を検事局宛に送る―と、ここまでは一応はほぼ原作通りですが、最後の最後で、河野径子(戸田菜穂)の無実を証明する鍵となるライターを検事局の大塚の元上司(中井貴一)に送ってきて、結局、径子の無実は証明され、最後は妻と離婚した大塚と径子が二人仲睦まじくいるという終わり方になっていました(桐子側からすれば、自らの偽証も表明したことになるのだが、これでいいのか?)。

霧の旗 海老蔵 土下座.jpg 原作では、桐子の偽の告発状に大塚は抗弁することもなく、弁護士界のあらゆる役員を辞職したばかりでなく、弁護士という職業も辞しているので、それに比べるとドラマは甘いと言うか、テレビ的改変とでも言うべきものでしょう。霧の旗 相武.jpgそれにしても随分と大塚と径子に寄り添った作りになっているように思いました。市川海老蔵の演技は好悪が割れるところ。相武紗季が可愛すぎて、幼いころに両親を亡くし悲劇的環境を生きてきた女性には見えず、戸田菜穂が演技力でそれをフォローしているという印象だったでしょうか。西河克己監督の映画で三浦友和が演じた新聞記者役の東貴博(ドラマではフリーライター)や、海老蔵の部下役(事務所の大番頭?)の津川雅彦、大塚のキッチンドランカー気味の妻役の中澤裕子はまずまずといったところでした。
「霧の旗」s2.jpg

霧の旗 海老蔵 dvd.jpg「生誕100年記念 松本清張ドラマスペシャル 霧の旗」●監督:重光亨彦●製作:(チーフプロデューサー)前田伸一郎(日本テレビ)/(プロデューサー)金澤宏次/小越浩造(ユニオン映画)●脚本:中園健司●音楽:糸川玲子●原作:松本清張●出演:市川海老蔵/相武紗季/東貴博/戸田菜穂/津川雅彦/中澤裕子/カンニング竹山/井坂俊哉 /柳原可奈子/山西惇/青田典子/原知佐子/中井貴一/六平直政/本田博太郎/山下真司/温水洋一/森下哲夫/山上賢治/阿部祐二/井上公造/中村有志/山寺宏一(※声のみの出演)●放映:2010/03/16(全1回)●放送局:日本テレビ

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【1962年文庫化[中公文庫]/1964年再文庫化[角川文庫]/1972年再文庫化[新潮文庫]/1975年・1994年[中公文庫]】

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「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「松本清張スペシャル・留守宅の事件」)

「留守宅の事件」ほか"社会派"の面目躍如といった作品群。どれも面白かった。

証明 ポケット文春1970.jpg「証明」文春文庫.jpg 「証明」文春文庫新装版.jpg 「留守宅の事件」ドラマ.jpg
『証明』(ポケット文春)/『証明 (文春文庫)』/『新装版 証明 (文春文庫)』/火曜サスペンス劇場「松本清張スペシャル・留守宅の事件」('96年/日本テレビ)古谷一行/内藤剛志

『証明』 (1970 ポケット文春)1.jpg 「証明」(オール読物、1969年)、「新開地の事件」(オール読物、1969年)、「蜜宗律仙教」(オール読物、1970年)、「留守宅の事件」(小説現代、1971年)の4編を所収。この中で、「密宗律仙教」は、印刷屋の渡り職人をしていた男が高野山で修行して新興宗教を起こす話で、宗教団体がどう生まれ、どう成長するか、そのプロセスが丁寧に描いていて面白かったです。最後の方に注射による犯罪行為が出てきますが、それは付け足しのようなもので、むしろノンフィクションタッチで描かれる教団および教祖誕生のプロセスが読み処であったように思います。他の3編は―。

「証明」
 高山久美子の夫・信夫は5年前に会社勤めを辞め、文芸雑誌への小説の持ち込みを続けていた。信夫の作品は同人雑誌に時々掲載されたが、一流の文芸雑誌からは原稿を突き返される日々が続いた。美久子は婦人雑誌の下調べの仕事をしていたが、無収入の状態が続く信夫は、久美子が帰宅すると当て付けるように荒れ狂ったり、妨害したりするのだった。妻に養われているという卑屈感が原因とはわかっていたが、いまさら文学を止めて下さいと久美子は言えなかった。不規則な久美子の仕事時間に疑念を持つようになった信夫は、久美子にその日の行動の明確な報告を要求し、辻褄の合わないと怒るようになった。ある日、久美子は取材のため、洋画家の守山嘉一と赤坂のレストランで会った。帰宅途中、守山が名うてのプレイボーイの評判があることに気づく。信夫には隠さなければならない...。久美子は守山に再び会い、口止めを懇願する―。

 主人公が夫の疑いを避けるために自分の行動記録の改竄したことよって、逆に自分自身を追い込んでしまう話かと思いましたが、途中までそうした様相を呈していたものの、終盤に話は思わぬ急展開をしました。肉食系っぽい守山とは何も無かったのに、一見乾いた感じの仏文学者の平井と...。結局、夫の嫉妬には耐えることができたけれど、自分の方のそれは抑えられなかったということになるでしょうか。今まで夫の下で我慢していた分、抑圧された情動が一気に発散されて、「本気」になってしまったということなのかもしれません。平井への嫉妬が恨みに転じて...。それにしても、その瞬間によく犯行を思いついたものだなあ。犯罪は犯罪に違いないけれど、ある種の無理心中と言えるかも。

月曜ドラマスペシャル 証明.jpg この「証明」はこれまでに2度、1977年にTBS「東芝日曜劇場」で大原麗子・山本學主演で、1994年の同じくTBSの「月曜ドラマスペシャル」で風間杜夫・原田美枝子主演でドラマ化されていますが、いずれも個人的には未見です。


「新開地の事件」
新開地の事件.jpg 東京西部の北多摩郡、農地が開発されベッドタウン化しつつある地域で、長野直治は妻のヒサ・娘の富子と3人で暮らしていたが、ある時、九州から下田忠夫というゴツゴツした風貌の男が来て、間借人として直治の家に入ることになった。忠夫は菓子職人の見習いとして中央線沿線の有名菓子屋に通った。やがて職人となった忠夫は、富子と結婚することになり、長野家の養子に入る。やがて忠夫は直治の援助もあり、新宿の近くに洋菓子店を開業、店は繁盛した。1年後、直治は卒中で倒れ体が不自由になり、その2年目、直治は庭先で転倒し頭を打ったことが原因で死んだ。ヒサの身の振り方が問題となったが、土地を売って忠夫の店に同居するよう提案されるも、ヒサは頑なに拒否する。そうした中、ヒサの絞殺死体が発見される。忠夫の不審な行動に着目した警察は、行方不明となった忠夫を全国に指名手配、2週間後に逮捕された忠夫は、警察の推定した通りに犯行を自供する。しかし、その供述に検事は疑問を抱く―。

松本清張ほか著、日本推理作家協会編『新開地の事件―最新ミステリー選集3〈策謀編〉』(カッパノベルス 1971.09)

 土地を売る売らないの件でなぜ揉めるのかなあと思いましたが、最後に思わぬ真相が明かされてビックリ。ちょっとこの「動機」は思いつかないなあ。推理しようがなかったです。母と娘と娘婿の性の確執かあ。「どろどろ度」は4編の中で一番でした。

知られざる動機.jpg この「新開地の事件」は、1983年に日本テレビの「火曜サスペンス劇場」枠で藤真利子主演で「松本清張スペシャル・松本清張の知られざる動機」というタイトルで(まさにタイトル通りだが)ドラマ化されています。地主の一人娘・長野富子を藤真利子が、富子の結婚相手・下田忠夫を高岡建治が演じ、富子の母・長野ヒサは吉行和子、父・直治は内田朝雄が演じていますが、こちらも未見です。


「留守宅の事件」
 足立区・西新井の栗山敏夫宅の物置で、栗山の妻・宗子の死体が発見された。萩野光治は栗山の友人であったが、宗子に好意を持っていた。栗山の留守中に宗子のもとを訪れていたことが露見し、萩野は殺人の容疑者として逮捕される。他方、捜査主任の石子警部補は、萩野が宗子を犯さなかった点、栗山の素行に問題があった点から、真犯人は栗山だと考える。しかし、自動車セールスマンの栗山は仕事で東北各地を廻っており、その合間を縫って東京の宗子を殺すことは、まったく不可能であるように思われた―。

 "ミニ「点と線」"みたいな感じで面白かったです(この作品は1972年・第3回「小説現代読者賞」に選ばれている)。文庫解説の阿刀田高氏も、表題作よりも先にこちらの方を取り上げているくらい。犯人の見当はすぐつきますが、どうやってアリバイを崩すかが焦点になっています。個人的には、終盤ばたばたっと急展開する「証明」よりもこちらの方がオーソドックスと言うか、やや上に思えました。

松本清張スペシャル 「留守宅の事件」.jpg留守宅の事件」ドラマt3.jpg この「留守宅の事件」は、1996年に日本テレビの「火曜サスペンス劇場」枠で古谷一行・内藤剛志主演で、2013年にテレビ東京の「水曜ミステリー9」枠で寺尾聰主演(刑事役)でそれぞれドラマ化されていますが、「火曜サスペンス劇場」版の古谷一行・内藤剛志主演の「松本清張スペシャル・留守宅の事件」を観ました。

古谷一行(萩野光治:会社員)/内藤剛志(栗山敏夫:萩野の後輩、セールスマン)/洞口依子(栗山宗子:栗山の妻、萩野の従妹、絞殺被害者)/余貴美子(萩野芳子:萩野の妻)/平泉成(石子静雄:警視庁警部補、捜査主任)/芳本美代子(高瀬昌子:栗山宗子の妹)
「留守宅の事件」0.jpg 容疑者にされてしまう萩野光治(古谷一行)は、原作と異なり、被害者の栗山宗子(洞口依子)と従兄妹関係にあり、かつて一度だけ肉体関係を持ったことがあるという設定となっていました。さらに、萩野は警察に逮捕されそうになる直前に逃れ、潜伏しながら妻(余貴美子)の助けを借りて、栗山(内藤剛志)が真犯人であるとの確証を得るに至り、自らその鉄壁のアリバイ崩しに挑むというもの(犯人の濡れ衣を着せられた男が逃亡しながら真犯人を突きとめるという「逃亡者」のリチャード・キンブルのスタイル)。最後は事件を解き明かすも、妻は自分の下を去って行くというほろ苦い結末でした(脚本は大野靖子(1928-2011/82歳没))。

「留守宅の事件」ドラマ2.jpg 金田一耕助役のイメージが強い古谷一行が、被疑者とされながらも自ら事件の真相を探る"探偵"の役割を演じているのはともかく、最近は刑事役が多い内藤剛志が犯人役を演じているのが興味深いですが、思い起こせばこの当時は結構犯人役や被害者役もやっていた記憶があります(1994年のTBS「月曜ドラマスペシャル」版の松本清張原作「証明」では、主人公に殺害される仏文学者の平井の役で出ている)。

内藤剛志/古谷一行

「松本清張スペシャル・留守宅の事件」3.jpg「松本清張スペシャル・留守宅の事件」●監督:嶋村正敏●プロデューサー:佐光千尋(日本テレビ)/田中浩三(松竹)/林悦子(『霧』企画)●脚本:大野靖子●音楽:大谷和夫●原作:松本清張「留守宅の事件」●出演:古谷一行/内藤剛志/余貴美子/洞口依子/芳本美代子/平泉成/加地凌馬/内田大介/岡崎公彦/小畑二郎/米沢牛/佐竹努/西塔亜利夫/白鳥英一/阿倍正明/大橋ミツ/但木秋寿/木村理沙●放映:1996/01/09(全1回)●放送局:日本テレビ

 こうしてみると、「密宗律仙教」以外の他の3編にしても、文庫解説の阿刀田高氏も指摘しているように、「推理」そのものよりも、「社会」や「人間」にウェイトを置いた作品であったように思われ、"社会派"と呼ばれた作者の面目躍如と言える作品群でした。

【1976年文庫化・2013年新装版[文春文庫]】

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内容が飛び飛びでサスペンス部分が分かりにくかったが、アクションは期待以上。

太陽は動かない  2021.jpg 太陽は動かない 2.jpg  太陽は動かない 吉田修一.jpg
「太陽は動かない」(2020)藤原竜也/竹内涼真  吉田修一『太陽は動かない
太陽は動かない 0.jpg 産業スパイ組織・AN通信の諜報員・鷹野(藤原竜也)と、相棒の田岡竹内涼真)。彼らには、24時間ごとにAN通信へ定期連絡しなければ爆死する爆弾を埋め込まれている。彼らは今ある太陽光エネルギーの開発技術に関する国際的な争奪戦の最中にいた。他国のスパイや各国の権力者たちと対峙する中、鷹野の商売敵のデイビッド・キム(ピョン・ヨハン)や謎の女AYAKO(ハン・ヒョジュ)らが暗躍する―。

 羽住英一郎監督の2020年作で、同年5月に公開される予定だったのが、新型コロナ禍により今年['21年]に持ち越されたもの。原作は、吉田修一のサスペンス・アクション小説『太陽は動かない』('12年/幻冬舎)で、コレ、たいへん面白かったです。そこで、映画にも期待して、公開の翌日の土曜日に子どもと観に行きました。

太陽は動かない 40.jpg 原作はスパイ合戦がかなり複雑に入り組んでいて、読んだのは8年くらい前なので、映画を観ながらストーリーの細部を思い出せるかなあと思ったけれども、結果的には、映画を観てもよく分からなかった部分が多かったという感じです。

 一方、アクションの方は、原作を読んだときは、実写は難しく、アニメにでもしないと再現できないのではないかと思っていたところ、これが意外と期待以上に良かったです。ブルガリアなどでの海外撮影をふんだんに取り入れ、かなり大規模かつハードなアクションシーンがありました(やはり、これからはアクションは海外撮影がいい?)。

太陽は動かない 菊池詩織.jpg ただ、映画というものはアクションだけでは成り立たず、ドラマ部分がしっかりしていてこそ印象に残るものとなるはずですが、ドラマ部分がやや弱かったでしょうか。と言うより、見始めてから、何か違うなあと思ったら、鷹野の生い立ちを巡るシリーズ第2作『森は知っている』も取り入れて2作を1本にまとめ、今起きていることと鷹野の過去の、高校時代や子ども時代のこととが交互に出てくる構成でした。

太陽は動かない 菊池詩織2.jpg この構成自体が悪いとは思わないですが、本2冊分を1作に詰め込んだことで犠牲になったのが、プロット部分の描写だったように思います。説明的になり過ぎて全体のテンポが悪くなるのを避けるために敢えてそうしたのかもしれませんが、内容が飛び飛びになってサスペンス的な要素が抜けてしまったように思います。原作を読まずに観た人は、おそらく話の展開についけなかったのではないでしょうか。その分、鷹野の子ども時代や学校時代の描写がしっかりしていればまだいいのですが、どの演技シーンも何となく"作った"感があってイマイチでした(鷹野の学校時代の想い人・菊池詩織を演じた南沙良は、目下「演技修行中」といったところか)。

太陽は動かない ges.jpg でも、大人の俳優陣が頑張った迫真のアクションシーンが思ったより良かったので、評価は「○」にしておきます。原作を読んだとき、鷹野やAYAKOの役を演じきれる役者はあまりいないように思いましたが、藤原竜也は意外と健闘したのではないかと思います("動"だけでなく"静"の演技もできるのが大きい)。この人は、以前にNHKのドラマ「海底の君へ」('16年)で演じた、中学の時に受けたいじめの後遺症に苦しみ、15年後に開かれた同窓会で爆弾を手に元いじめっ子へ復讐しようとする青年役のような、トラウマかな何かを負って、心に暗~い陰を持つ人間の役が似合うように思います。泳ぎが苦手な所謂"金槌"だったらしいけれど、あのドラマの時も今回も〈水〉と格闘していました(泳げるようになった?)。

太陽は動かない ges.jpg太陽は動かない es.jpg 一方、AYAKOの役は、原作が出たころ巷では「ルパン三世」の峰不二子が相応しいとの声を聞きましたが(いきなりアニメに行っちゃうのか)、誰が演じるのかと思ったら、日本人女優ではなく、映画「王になった男」('12年/韓国)でイ・ビョンホンと共演したハン・ヒョジュでした(日本人で見つからなかったのか、デイビッド・キムを演じたピョン・ヨハンとセット売りだったのか。それにしても、映画そものものに対してもそうだが、俳優の発掘・育成においても、今や韓国の方が日本より圧倒的にお金をかけている)。でも、ハン・ヒョジュの役名は原作通りAYAKOのままだったので、韓国語訛りの日本語が気になりました。

 エンディングロールで流れた映像は、最初ボツシーンかと思いましたが、WOWOWでやったドラマの場面集でした(子どもに教えて貰った)。主演は映画と同じ藤原竜也ですが、ネットを観ると「ドラマの方がおそらく原作に忠実なのだろう」とかいう感想がありました。でもウィキペディアによると、ドラマは「原作者である吉田修一監修によるオリジナルストーリーとして放送された」とあるので、やはり映画の方が原作に則っているのでしょう。こうした感想が出る背景にも、映画において内容が飛び飛びになって、サスペンス部分が分かりにくかったことがあるかと思います。


海底の君へ1.jpg海底の君へ2.jpg「海底の君へ」●演出:石塚嘉●作:櫻井剛●制作統括:中村高志●音楽:大友良英●出演:藤原竜也/成海璃子/水崎綾女/市瀬悠也/忍成修吾/淵上泰史/落合モトキ/近藤芳正/神戸浩/モロ師岡/麿赤兒●放映:2016/2/20(全1回)●放送局:NHK

太陽は動かない337.jpg「太陽は動かない」●制作年:2020年●監督:羽住英一郎●製作:武田吉孝/大瀧亮/森井輝/小出真佐樹/古屋厚●脚本:林民夫●撮影:江崎朋生●音楽:菅野祐悟(主題歌:King Gnu「泡」)●原作:吉田修一『太陽は動かない』『森は知っている』●時間:110分●出演:藤原竜也/竹内涼真/ハン・ヒョジュ/ピョン・ヨハン/市原隼人/南沙良/日向亘/加藤清史郎/横田栄司/翁華栄/八木アリサ/勝野洋/宮崎美子/鶴見辰吾/佐藤浩市●公開:20211/03●配給:ワーナー・ブラザース映画●最初に観た場所:TOHOシネマズ上野(スクリーン3)(21-03-06)(評価:★★★☆)
TOHOシネマズ上野.jpgTOHOシネマズ上野2.jpgTOHOシネマズ上野3.jpgTOHOシネマズ上野
総座席数1,424席(車椅子席16席)。
スクリーン 座席数 スクリーンサイズ
1 97席 7.7×3.2m
2 250席 12.0×5.0m
3 333席 14.4×6.0m
4 95席 8.0×3.3m
5 112席 9.7×4.0m
6 103席 10.0×4.2m
7 235席 13.9×5.8m
8 199席 12.0×5.0m

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「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「松本清張スペシャル・疑惑」)

実際の事件に着想を得ながらもトリックは独自で、社会批判も込められた「疑惑」。

松本清張 疑惑 単行本.jpg松本清張 疑惑 文庫 kyuu.jpg松本清張 疑惑 文庫.jpg 疑惑いしだ.jpg 
疑惑 (1982年)』/『疑惑』['83年/文春文庫]『新装版 疑惑 (文春文庫)』['13年]/金曜ドラマシアター「松本清張スペシャル・疑惑」('92年/フジテレビ)

 富山新港湾の岸壁で、白河福太郎と当時その妻・白河(鬼塚)球磨子の乗った車が、時速40キロのスピードで海へ突っ込み、夫・福太郎が死亡する事件があった。球磨子は車から脱出し助かっていたが、保険金殺人と疑われ警察に逮捕される。新聞記者の秋谷茂一は、球磨子の過去の新宿でのホステス時代、暴力団員とつるんで詐欺・恐喝・傷害事件を起こし、北陸の資産家である福太郎と結婚後はすぐ、夫に巨額の生命保険をかけたことなどを詳細に報じた上で、球磨子を「北陸一の毒婦」と糾弾する記事を書いた。秋谷の記事を契機に他のマスコミも追随、日本中が球磨子の犯行を疑わない雰囲気になる。球磨子の弁護人も辞退が続出する中、国選弁護人の佐原卓吉が弁護人となる。球磨子の犯行を確信する秋谷は、佐原に状況を覆す力はないと高をくくっていた―。(「疑惑」)
疑惑 [DVD]
疑惑 [DVD].jpg疑惑  2.jpg 「疑惑」は「昇る足音」の題で「オール讀物」1982年2月号に掲載され、改題の上、同年3月に文藝春秋から中篇「不運な名前」を併録して発刊されたもの。野村芳太郎監督、桃井かおり・岩下志麻主演で「疑惑」('82年/松竹)として映画化されたほか、2020年までに5回テレビドラマ化されており、知る人も多いと思います。
野村 芳太郎 「疑惑
」(1982/09 松竹=富士映画)★★★★

 国選弁護人の佐原が出てくるところくらいから俄然面白くなってきますが(ブレーキのトリックに行き着くプロットは上手い)、ラストはちょっと怖かったなあ(鉄パイプではなくスパナを持たせればブラックユーモアだったかもしれないが、それでは人は殺せないか)。これ、新聞記者の方にも問題があるけれど、当時でもそんな報道は許されなかったのではないかという気もします。

 ただ、1970年代後半からテレビにおいて定位置を占めるようになった「ワイドショー」における報道などは、そのキライがあったかもしれません。ワイドショーはもともと芸能ネタを扱う番組でしたが、じき社会ネタも扱うようになり、社会ネタを芸能ネタのノリで扱うことで、視聴者に親近感を持たせていたように思います。

 因みに、この小説のモデルとなったのは、1974年11月17日発生の「別府三億円保険金殺人事件」であり、これは、大分県別府市のフェリー岸壁から親子4人の乗った乗用車が海に転落した事故で、唯一生き残った父親の荒木虎美(当時47歳)が、保険金目当てで母娘3人を殺害した保険金殺人事件として、逮捕・起訴されたものです。一・二審で死刑判決後(1980年・1984年)、上告中に被告人死亡により公訴棄却となっており、この松本清張の小説は、一審判決と二審判決の間の時期に書かれたことになります。事件の翌年の1975年に、私選弁護人(当時71歳)が辞任し、国選弁護人が選任されたことなども、創作のヒントになったのでしょう。

荒木虎美.jpg この事件も、当時ワイドショーなどで取り上げられ、逮捕前の本人インタビューなどが流れました。さらに、それにとどまらず、事件の翌月12月4日には、すでにすっかり"有名人"となっていた荒木虎美を、フジテレビがワイドショー「3時のあなた」のスタジオに招いて出演させたりもし、事件の"劇場化"のハシリだったかもしれません。当時ワイドショーに出ていた推理作家の戸川昌子(1931-2016)が、キャスターに感想を訊かれて「心証はクロ」と言っていたから、テレビではそれくらいのことは言っていい時代で、その辺りは割合ユルかったのかも(その後も「三浦和義事件(ロス疑惑)」(1981-82年)、「埼玉愛犬家連続殺人事件」(1993年)、和歌山毒物カレー事件」(1998年)などで似たような取り上げられ方が繰り返された)。

 結論づけると、この小説は、モチーフは「別府三億円保険金殺人事件」を参考にしていると思ますが、トリック部分はオリジナルであり、テーマは、報道の在り方というのがひとつあるのではないでしょうか。清張作品の中でプロットがものすごく優れているという類のものではないですが、実際の事件を素材としてその時代の風潮を作品に取り込んでいる点が作者ならではという気がします。荒木虎美は、映画の製作発表直後に作者に手紙を送り、「自分の事件でも運転していたのは妻で、まさに『疑惑』の内容そのものである」などと訴えて作者の意見を求めましたが、作者は、「あくまで着想を得ただけで作品はオリジナルのフィクションであり、係争中の事件でもあるので意見は控えたい」と返答しています(社会批判を込めたつもりが、モデルがそれに便乗してきたということか)。

「疑惑」1.jpg 野村芳太郎監督、桃井かおり・岩下志麻主演の映画「疑惑」のほか、2019年までに4度ドラマ化されていて、1992年にフジテレビ系の「金曜ドラマシアター」で放送された「松本清張スペシャル・疑惑」(フジテレビ)を観ました。時代は現代(平成4年)になっていて、白河(鬼塚)球磨子がいしだあゆみ、弁護士・佐原卓吉が小林稔侍(映画「疑惑」では珠磨子を追及する検事役だった)、事件をスクープした新聞記者の秋谷茂一が石橋凌という配役。いしだあゆみは、映画版の桃井かおりとはまた違ったインパクトある毒々しさのが良かったように思います(この人はショーケンこと元夫の萩原健一の演技を崇拝していたが、本人の方が上手いと思うことがある)。

「疑惑」22.jpg 佐原卓吉役の小林稔侍は、岩下志麻と違って原作通り冴えないながらもピリッとしてる弁護士を演じていて、映画から原作に戻している印象。ただし、石橋凌が演じる秋谷記者は、原作のようにラストで佐原弁護士のもとへ凶器を持って忍び寄るといったことはなく、新聞社を退職して事件の真相をあくまで追い続けます。佐原弁護士が秋谷記者の間に接点があって互いに推理を展開し、佐原弁護士が秋谷記者に珠磨子が無実であることを直接説明するといった場面もあって、秋谷記者に予断や偏「松本清張スペシャル・疑惑」.jpg見があったのではないかと諭し、実際に最終的には珠磨子は原作通り無罪となります。しかし、秋谷記者はやはり疑念が拭えないとのハガキを佐原弁護士に送り、それを読んでいるときに「球磨子釈放」のニュースを見ていた佐原弁護士の妻が、球磨子は「福太郎を追いつめれば自殺する」と計算していたのでないか、そうしたら「完全犯罪」だと言います。そして、それに応えるかのように、テレビ報道に映っている珠磨子が微かな笑みを浮かべたかのように見えます。この終わり方もありかなとは思いますが、でも、それは「未必の故意」以前の問題であり、球磨子も危ない目に遭っているには違いないから、やはり立証したりするのは難しいように思いました。

「松本清張スペシャル・疑惑」2.jpg「松本清張スペシャル・疑惑」(TV)●監督:長尾啓司●制作:フジテレビ・レオナ・霧企画●脚本:金子成人●原作:松本清張●出演:いしだあゆみ/石橋凌/大場久美子/織本順吉/布川敏和/梅津栄/草薙幸二郎/清水章吾/小林稔侍●放映:1992/11(全1回)●放送局:フジテレビ  
いしだあゆみ(白河球磨子)・石橋凌(秋谷茂一)/小林稔侍(佐原卓吉) 
 
 1980年代初頭、北海道・月形町にある樺戸行刑資料館(現在の月形樺戸博物館)に、3人の訪問客がやって来た。一人はルポライターの安田、もう一人は福岡の元高校校長の伊田、あとの一人は、資料館二人がいるところに居合わせた女性・神岡。偶然出会った3人は、熊坂長庵の「観音図」の前で、明治時代最大の贋作事件でもある「藤田組贋札事件」の真相にせまる―。(「不運な名前」)

 併録の「不運な名前」は、「オール讀物」1981年2月号に掲載されたもので、明治時代最大の贋作事件と、その犯人とされた熊坂長庵を扱ったもので、なぜ熊坂長庵が犯人とされたのかを探っています。ドキュメンタリータッチで、ほとんど作者・松本清張が、自らの歴史考察を小説に落とし込んだような作品ですが、作者の分身と思しきルポライターの安田が推理を開陳するも、ラストで、神岡女史が実は京都の私立女子大学助教授で、当時の造幣関係者の子孫であることが明かされ、安田以上に穿った考察をしてみせるところが面白いです(実はこれが作者・松本清張の独自の推論ということになる)。因みに、現在でも博物館では、熊坂長庵事件が冤罪であったという認識は示していないそうです。

 作中の安田は、熊坂長庵が犯人と決めつけられた一要因として、江戸の大盗賊「熊坂長範」と名前が似ていることを挙げており、このことがタイトルの「不運な名前」につながっています。そして、「疑惑」の鬼塚球磨子も、略して「鬼熊」となり、"毒婦"たるに相応しい呼称になるという意味では同じく"不運な名前"であり、それでこの二編がセットになっているようです(そう言えば、「荒木虎美」というのも、何となくその類の名前である)。

北海道樺戸郡月形町・月形樺戸博物館(樺戸行刑資料館)/月形町・篠津囚人墓地/篠津囚人墓地内の熊坂長庵の墓
月形樺戸博物館.jpg 篠津囚人墓地2.jpg 篠津囚人墓地内の熊坂長庵の墓.jpg

【1983年文庫化・2013年新装版[文春文庫]】

《読書MEMO》
●「疑惑」のテレビドラマ化
・1992年「松本清張スペシャル・疑惑」(フジテレビ)いしだあゆみ(白河球磨子)・小林稔侍(佐原卓吉)
・2003年「松本清張没後10年特別企画・疑惑」(テレビ朝日)余貴美子(白河球磨子)・中村嘉葎雄(佐原卓吉)
・2009年「松本清張生誕100年特別企画・疑惑」(TBS)沢口靖子(白河球磨子)・田村正和(佐原卓吉)
・2012年「松本清張没後20年特別企画・疑惑」(フジテレビ)尾野真千子(白河球磨子)・常盤貴子(佐原千鶴)
・2019年「松本清張ドラマスペシャル・疑惑」(テレビ朝日)黒木華(白河球磨子)・米倉涼子(佐原卓子)

1992年「疑惑」(フジテレビ)いしだあゆみ(白河球磨子)・織本順吉(白河福太郎)・小林稔侍(佐原卓吉)/2009年「疑惑」(TBS)沢口靖子(白河球磨子)・田村正和(佐原卓吉)
松本清張スペシャル・疑惑1.jpg 松本清張生誕100年特別企画・疑惑.jpg

2012年「疑惑」(フジテレビ)常盤貴子(佐原千鶴)・尾野真千子(白河球磨子)/2019年「疑惑」(テレビ朝日)米倉涼子(佐原卓子)・黒木華(白河球磨子)
松本清張没後20年特別企画・疑惑.jpg 松本清張ドラマスペシャル・疑惑.jpg

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「ゼロの焦点」('58年)の女性主人公へと繋がる「声」('56年)、「白い闇」('57年)。

白い闇 (1957年) (角川小説新書).jpg  『顔・白い闇』.JPG 松本清張短編全集〈第5〉声 (1964年).jpg 声―松本清張短編全集〈5〉 (カッパ・ノベルス).jpg
白い闇 (1957年) (角川小説新書)』(白い闇/一年半待て/地方紙を買う女/共犯者/声)『顔・白い闇 (角川文庫)』(装画:駒井哲郎)(顔/張込み/声/地方紙を買う女/白い闇)『松本清張短編全集〈第5〉声 (1964年) (カッパ・ノベルス)』(声/顔/恋情/栄落不測/尊厳/陰謀将軍)『声―松本清張短編全集〈5〉 (カッパ・ノベルス)』['02年]
「松本清張の「声」.jpg  「松本清張の白い闇.jpg
「松本清張の「声」・ダイヤルは死の囁き」['78年/テレビ朝日・土曜ワイド劇場]/「松本清張の白い闇・十和田湖偽装心中」['80年/テレビ朝日・土曜ワイド劇場](共に音無美紀子主演)

 新聞社で電話の交換手・高橋朝子は、数百人の声を聞き分けられるベテラン。ある日、社会部の石川汎に頼まれて、赤星という姓の学者に電話をかけるが、太く厭らしい声で電話を切られてしまう。電話帳を見誤り、同じ赤星姓でもまったくの別人にかけてしまったとすぐに分かったが、不快なので、間違えた方の住所を見てみると、世田谷の邸町であった。帰宅し夕刊を開いた朝子は、世田谷の赤星邸で強盗殺人事件が起こったことを知る。朝子は警察に出頭し電話の件を伝えたが、犯人の手掛かりは掴めない。ところが、月日は流れたある日、結婚して離職した彼女の耳に、あの電話の声の主が...。声の持ち主は意外なところから朝子のもとに現われる―。(声)

 信子の夫の精一は、仕事で北海道に出張すると言って家を出たまま失踪した。夫の身を案ずる信子は、精一の従弟・高瀬俊吉の助言に従い、夫の仕事関係の炭鉱会社に電報を打つが、北海道には一度も来ていないと返事が来る。信子は俊吉に結果を報告したが、俊吉から、実は精一には青森に田所常子という隠れた女がいるとの思いがけない"夫の裏切り"を聞かされる。信子は青森に向かい女と対峙するが、却って田所常子に圧倒されてしまう。病人のようになって東京へ帰った信子を俊吉はいたわるが、その二ヵ月後、思いがけない事件が発生する。俊吉が連れてきた田所常子の兄だという白木淳三という仙台の旅館経営者が、田所常子は青森県の十和田湖に近い奥入瀬の林の中で死体で発見されたという。田所常子を殺害したのは夫・精一なのか。その精一はいまどこにいるのか―。(白い闇)

「影なき声」0.jpg 「声」は、文庫で80ページほどの短編で、「小説公園」1956(昭和31)年10月号・11月号に連載され、1957年2月に『森鴎外・松本清張集』(文芸評論社・文芸推理小説選集1)収録の一編として刊行されています。また、鈴木清順監督、二谷英明(石川汎)、南田洋子(朝子)主演で「影なき声」('58年/日活)として映画化されるとともに、1950年代から70年代にかけて5回テレビドラマ化されています。電話交換手という仕事が人々にとってまだ馴染みのあったころに集中していうように思います(今後ドラマなどで映像化される可能性は低いか)。

「影なき声」('58年/日活)南田洋子・二谷英明
        
「影なき声」posuta-.jpg「影なき声」1.jpg「影なき声」●制作年:1958年●監督:鈴木清順●脚本:佐治乾/秋元隆太●音楽:林光●撮影:永塚一栄●原作:松本清張「声」●時間:92分●出演:二谷英明/南田洋子/高原駿雄/宍戸錠/芦田伸介/金子信雄/高品格●劇場公開:1958/10●配給:日活
二谷英明/南田洋子   
『声―松本清張短編全集〈3〉』 (1964/03 カッパ・ノベルス)
「声」松本清張 カッパノベルズ.jpg

 「白い闇」は、文庫で70ページ弱の短編で、「小説新潮」1957(昭和32)年8月号に掲載され、1957年8月に短編集『白い闇』収録の表題作として、角川書店(角川小説新書)より刊行されています。こちらは、映画化はされていませんが、50年代から00年代にかけて8回テレビドラマ化されています。

 何度もドラマ化されていることからも窺えるように、共に傑作です。短編集『白い闇』所収作では、「一年半待て」が2016年までに12回、「地方紙を買う女」が9回ドラマ化されていますが、内容的にもそれらに比肩し得るレベルにあると思います。「声」は時間差トリックが秀逸で、「白い声」は誰が味方で誰が敵かという点でほとんどの読者を欺いてみせるのではないかと思います。

 この両作品の特徴は、平凡な女性である主人公が、警察に頼らず独力で事件の謎を解こうとする点で、そこで思い出されるのが「ゼロの焦点」('58年発表)です。「ゼロの焦点」も、夫が単身赴任先の北陸で行方不明になり、妻・が単身捜査に乗り出す過程で夫の二重生活が浮き彫りになってくるというものなので、「白い闇」と少し似ています。

 三作とも女性が主人公ですが、「声」では、主人公の朝子は、事件に深入りしたばかりに犯人グループの犠牲になり、あとは警察が事件を解決することになり、「白い闇」では、主人公の朝子は、犯人を見抜くことが出来たものの、霧深い湖のボートの上で犯人と対峙し、最後は危うく犯人に殺害されかけます。それに比べると、「ゼロの焦点」の女主人公・板根禎子は、やはり断崖絶壁の上で犯人と対峙しますが、二人きりではなくそこにもう一人の人物がいて、自らが犯人に崖から突き落とされるということにはなりません。

 こうしてみると、「声」('56年)、「白い闇」('57年)から「ゼロの焦点」('58年)へと女性主人公が進化してきている(推理小説として洗練されてきている)ように思えました。「声」「白い闇」は、名作「ゼロの焦点」へと繋がる作品でもあるように思いました。特に「白い闇」は、夫の失踪などのモチーフは「ゼロの焦点」と重なり、さらに偽装自殺は「点と線」('57年)とも重なるように思いました。

松本清張の「声」・ダイヤルは死の囁き.jpg ドラマ化作品では、「声」のドラマ化作品で、'78年にテレビ朝日の「土曜ワイド劇場」枠(2時間ドラマがまだ定着しておらず90分枠だった)で放送された音無美紀子主演の「松本清張の「声」・ダイヤルは死の囁き」がありました(4回目のドラマ化作品であり、その後ドラマ化されていまいのは、やはり「電話交換手」という職業設定のためか)。

 新聞社の電話交換手・朝子(音無美紀子)は、ある日、大学教授宅への電話を間違って繋いでしまう。そこで出た男の「こちらは墓場」という声を聞く朝子。翌日、新聞に強盗殺人事件の記事が出て朝子は被害者が自分が間違えて電話を繋いだ人物と知る。強盗殺人を働いたのは不動産ブローカー・川井(小松方正)、浜野(米倉斉加年)ら三名。浜野は週刊誌記者を装って朝子に近づこうとするが、話を聞いたのは朝子の同僚・良江(泉ピン子)。浜野ら三人は役所に勤める朝子の婚約者・小谷(秋野太作)と良からぬ企み。朝子は浜野に小谷を外すよう頼み、二人の間には奇妙な繋がりが。だが、ある日浜野がかけてきた電話の声が事件の時聞いた声と朝子が気づいた時から新たな事件が――とやや原作を脚色しています。

 音無美紀子演じる朝子と米倉斉加年演じる浜野のキャラがいいし、秋野太作の小谷も小谷らしいというか。それぞれの俳優の持ち味が活かされた好編だったように思います。
【2975】○ 水川 淳三 (原作:松本清張) 「松本清張の「声」・ダイヤルは死の囁き」 (1978/03 テレビ朝日) ★★★☆
松本清張の「声」・ダイヤルは死の囁き2.png1松本清張の「声」・ダイヤルは死の囁き.png「松本清張の「声」・ダイヤルは死の囁き」●監督:水川淳三●プロデューサー:佐々木孟●脚本:吉田剛●音楽:菅野光亮●原作:松本清張●出演:音無美紀子/秋野太作(津坂匡章)/米倉斉加年/泉ピン子/小松方正/柳生博/波多野憲/高橋征郎/寄山弘/土田桂司/加島潤/高杉和宏/小林悦子/本木紀子/沖秀一/山本譲二●放映:1978/03/11(全1回)●放送局:テレビ朝日(評価:★★★☆)

 音無美紀子は、同じく「土曜ワイド劇場」枠で、'80年に放送された「白い闇」のドラマ化作品「松本清張の白い闇・十和田湖偽装心中」にも主演していますが、コレ、何と原作と犯人を変えています。

松本清張の白い闇・十和田湖偽装心中10.jpg 小関信子(音無美紀子)は、不動産屋を経営する夫・精一(津川雅彦)姑の初子(賀原夏子)と三人で暮らしていた。精一は北海道の新規案件のためパンフレットのデザインを従兄弟の高瀬俊吉(速水亮)に依頼することになり俊吉が精一の家にやって来た。たたき上げで勢力旺盛な精一と違い俊吉は一流商社のデザイナーで性格も対照的だった。精一は俊吉が信子に心を寄せていることはわかっていた。それを信子も気が付いているだろうが、信子は自分を愛しているという自信があった。その晩、俊吉は精一夫婦の家に泊まることになった。俊吉が隣の部屋に寝ているのも気にせず、精一は信子を求めてきた。気配を察した俊吉は、精一の家を飛び出すと馴染みのバーへ行った。ホステスのユリ(池波志乃)がひとりいただけでそのままふたりはユリの家へ行く。ユリは同僚の田所常子(横山エリ)が俊吉と付き合っていたと思い、俊吉に自分は常子と違って結婚は求めないと迫っるが、俊吉はユリを振り切って帰ってきてしまう。精一は北海道へ出張に行くことになった。信子は妊娠したことがわかり早くそれを伝えようと空港まで急きょ精一を見送りに行くことにした。信子が精一に妊娠を告げると、性格的に大喜びしそうな精一だが複雑な表情だった。信子は早く帰ってくるように言って見送ったが、精一はいつまで経っても帰ってこなかった。不安に思った信子が北海道へ電話すると、そこはもう10日も前に発っていたという。信子は俊吉の会社へ行き、心当たりを聞くが、俊吉は自分は何も知らないという。羽田空港に到着した信子を俊吉が迎えに来ててくれた。俊吉は今度は自分が常子のところへ行ってみるという。心労が重なった信子は病院で流産してしまう。知らせを受けた初子が来て、俊吉から精一に女がいたことを聞かされた。俊吉は信子を飲みに誘い、酔った俊吉は信子の家へ行き二人はその晩関係を持ってしまう。警察から常子が死体で見つかったと連絡が入り、信子と俊吉は署まで出向く。刑事が言うのには十和田湖近くの林で見つかり死後約2か月ほどで、青酸系の毒物を飲んだらしい。依然として精一の行方はわからない。常子の兄で元宮城県警の刑事・白木淳一(下川辰平)も来ていて、長らく音信不通だった常子から1か月ほど前に手紙が来てアパートへ行ったものの10日前に家を出たきりだった。それから、ずっと妹を探し続けていたのだと話すー。

下川辰平.jpg かなり原作を改変していますが、放映当時はこれはこれで面白いということで(視聴率23.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区))'83年3月に同じ土曜ワイド劇場枠で再放送されています。ドラマ「太陽にほえろ!」('72年~'75年)で七曲署の「長さん」こと野崎太郎・巡査部長を演じた下川辰平(1924-2004/75歳没)を元宮城県警の刑事・白木淳一役で起用していて、原作を読んでいれば尚のことですが、ほとんどの人が引っかかったのではないでしょうか(「これはないよ」という気も若干したが)。音無美紀子はホームドラマのイメージですが、このほかにも同じく土曜ワイド劇場の「松本清張の山峡の章・みちのく偽装心中」('81年/ANB)にも出ていて(主演)、サスペンスでも安定した演技力を発揮していたことがわかります。

松本清張の白い闇・十和田湖偽装心中4.jpg松本清張の白い闇・十和田湖偽装心中お.jpg「松本清張の白い闇・十和田湖偽装心中」●監督:野村孝●プロデューサー:吉津正/柳田博美/野木小四郎●脚本:柴英三郎●音楽:菅野光亮●原作:松本清張●出演:音無美紀子/津川雅彦/速水亮/賀原夏子/横山リエ/下川辰平/池波志乃/小野武彦●放映:1980/12/06(全1回)●放送局:テレビ朝日(評価:★★★☆)



 結局、'96年にテレビ東京で放送された、白い闇 ドラマ 大竹晩.jpg大竹しのぶ主演の「松本清張ドラマスペシャル・白い闇 十和田湖奥入瀬殺人事件」あたりが、一番原作に忠実なのかも。時代が原作の昭和30年代から〈今〉に置き換えられているため、主人公の夫の職業は石炭商から魚のブローカーに換えられていますが、おおむね原作に忠実です。主人公がどこで犯人に気づくかが原作の一つのポイントですが、大竹しのぶが上手く演じていてさす白い闇 大竹しのぶ3.jpgがです。この女優はときどき演技過剰になるような印象もありますが、この作品は適度な演技達者ぶりで良かったです。演技達者ぶりと言えば、旅館経営者の白木を演じた寺田農も良かったです(ちょっと怪しげなところが役にぴったり)。

「松本清張ドラマスペシャル・白い闇 十和田湖奥入瀬殺人事件」●演出:木下亮●プロデューサー:鶴間和夫/大野晴雄/林悦子●脚本:須川栄三●音楽:福井峻●原作:松本清張●出演:大竹しのぶ/加勢大周/寺田農/左時枝/三浦浩一/清水ひとみ/一柳みる/片桐竜次/田岡美也子/川津花/中条佳代子/佐藤功/中村徳彦/大船滝二/水野ケイ/楠美千穂/樽見幸子●放映:1996/02/08(全1回)●放送局:テレビ東京
  

 
●「声」ドラマ化
 •1958年「声」(KRテレビ(現TBS))佐野周二・三井弘次・藤間紫
 •1959年「声」(フジテレビ)千典子・飯沼慧
 •1961年「声」(TBS)福田公子・岩井半四郎
 •1962年「声」(NHK)小山明子・松本朝夫・三島耕
 •1978年「松本清張の「声」・ダイヤルは死の囁き」(テレビ朝日)音無美紀子・秋野太作・泉ピン子・米倉斉加年

・1978年松本清張の「声」・ダイヤルは死の囁き(テレビ朝日)音無美紀子・秋野太作・泉ピン子・米倉斉加年[上]
松本清張の「声」t.png 松本清張の「声」お.png 松本清張の「声」3.png

●「白い闇」ドラマ化
 •1959年「白い闇」(KRテレビ(現TBS))乙羽信子・高橋昌也・金子信雄
 •1959年「白い闇」(フジテレビ)日野明子・真木祥次郎・入川保則
 •1961年「白い闇」(TBS)月丘夢路・井上孝雄・山茶花究
 •1962年「白い闇」(NHK)吉行和子・金内吉男・鈴木瑞穂
 •1977年「白い闇」(TBS)吉永小百合・草刈正雄・二木てるみ・井上孝雄
 •1980年「松本清張の白い闇・十和田湖偽装心中」(テレビ朝日)音無美紀子・津川雅彦・速水亮
 •1996年「松本清張ドラマスペシャル・白い闇 十和田湖奥入瀬殺人事件M」(テレビ東京)大竹しのぶ・加勢大周・寺田農
 •2005年「黒革の手帖スペシャル〜白い闇」(テレビ朝日)米倉涼子・豊原功補・岡本健一・田村高廣

・1977年「松本清張傑作選 2 白い闇 [レンタル落ち]」「白い闇」(TBS)吉永小百合・草刈正雄
1977年「白い闇」(TBS)dsd.jpg 1977年「白い闇」(TBS).jpg
・1980年松本清張の白い闇・十和田湖偽装心中(テレビ朝日)音無美紀子・津川雅彦・速水亮[上]
白い闇・テレビ朝日・音無.jpg 白い闇・テレビ朝日・2.jpg
・1996年松本清張ドラマスペシャル・白い闇 十和田湖奥入瀬殺人事件(テレビ東京)大竹しのぶ・加勢大周・寺田農[上]
白い闇 大竹しのぶ3.jpg 3白い闇 寺田.jpg 3白い闇 大竹しのぶ2.jpg
・2005年「黒革の手帖スペシャル〜白い闇」(テレビ朝日)米倉涼子・豊原功補
黒革の手帖スペシャル〜白い闇0.jpg 黒革の手帖スペシャル〜白い闇.jpg

「白い闇」...【1959年文庫化[角川文庫(『顔・白い闇―他三篇』)]/1965年再文庫化[新潮文庫(『駅路―傑作短編集6』)]】
「声」...【1959年文庫化[角川文庫(『顔・白い闇―他三篇』)]/2009年再文庫化[光文社文庫(『声―松本清張短編全集〈05〉』)]】

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さすが「直木賞」創設者。現代大衆小説の祖と言えるかも。通俗だがとにかく面白い。

『真珠夫人』.jpg  真珠夫人 上巻 新潮文庫.jpg 真珠夫人 下巻 新潮文庫.jpg   菊池寛.jpg
真珠夫人 上巻 新潮文庫 き 1-3』『真珠夫人 下巻 新潮文庫 き 1-4』 菊地 寛
真珠夫人 (文春文庫)
菊地 寛 『真珠夫人』文春文庫.jpg『真珠夫人』  .jpg 渥美信一郎は療養中の妻の見舞いに訪れた湯河原で自動車事故に巻き込まれる。事故にあった青年・青木淳は腕時計を「瑠璃子に返してくれ」と言い残しノートを託して絶命する。青木の葬儀で見聞きした情報を基に、信一郎は妖艶な未亡人・壮田瑠璃子を訪ねる。瑠璃子は腕時計を見て動揺した様子を見せるが、それをごまかし腕時計を預かり、信一郎を音楽会に誘う。青木のノートには愛の印として貰った腕時計が他の男にも送られているのを知って自殺を決意したことが書かれていた―。数年前、貿易商・壮田勝平は自宅で催した園遊会で、子爵の息子・杉野直也と男爵の娘・唐沢瑠璃子から成金ぶりを侮辱され激怒、奸計を巡らす。貴族院議員・唐沢光徳の債権を全て買い取りさらに弱みを握り、瑠璃子に結婚を迫る。自殺を図った父に瑠璃子は「ユージットになろうと思う」と押しとどめ、直也には復讐のため結婚しても貞操を守ると手紙する。壮田と結婚した瑠璃子は、父の見舞いを理由に実家に帰ったり、壮田に「お父様になって」と言ったりして体を許さない。知的障害のある壮田の息子・勝彦も手懐け、寝室の見張りをさせる。壮田は瑠璃子を葉山の別荘に連れ出し、嵐の夜に関係を結ぼうとするが、瑠璃子を追ってきた勝彦が窓から飛び込んで荘田の襲いかかるのを見て驚き卒倒、壮田は我が子の将来を瑠璃子に託し亡くなる、豪奢な生活はその瑠璃子を、男の気持ちを弄ぶ妖婦へと変貌させていた―。

 作者の菊池寛(1888- 1948/享年59)の実家は江戸時代、高松藩の儒学者の家柄だったそうで、菊池寛は高松中学校(現在の高松高校)を首席で卒業した後、東京高等師範学校(後の東京教育大学→筑波大学)に進んだものの、授業をサボっていたため除籍処分となり、その後、明治大学、早稲田大学、第一高等学校(東大)に学ぶも中退、ようやく1916年、28歳で京都大学を卒業、時事新報記者を経て、小説家になっています。

菊池寛2.jpg 1916年に戯曲『屋上の狂人』『暴徒の子』、翌年『父帰る』、1918年には『無名作家の日記』『忠直卿行状記』『恩讐の彼方に』などを続々発表して作家としての地位を確立し、1919年、芥川龍之介とともに大阪毎日新聞杜の客員となり、『藤十郎の恋』、『友と友の間』などを書いています。

 菊池寛という人は、作家としてだけでなく、編集者(乃至はプロデューサー)としてもとにかくスゴく、「文芸春秋」の創刊者(1923(大正12)年)として知られていますが、その他に「映画時代」「創作月刊」「婦人サロン」「モダン日本」「オール読物」「文芸通信」「文学界」など多くの雑誌を創刊あるいは継承再刊しており、1935(昭和10)年には、自殺した一高の同期時代からの盟友・芥川龍之介と、目をかけ親しくしていた人気の大衆作家で病死した直木三十五の名をそれぞれ冠した「芥川賞」「直木賞」を設立しています。、また、(これは、後に「永田ラッパ」で知られるようになる永田雅一に担ぎ出されたのだが)映画の企画や経営も引き受けて、1943(昭和18)年からは映画会社・大映の社長にもなっています(作家の井上ひさしに『菊池寛の仕事―文芸春秋、大映、競馬、麻雀...時代を編んだ面白がり屋の素顔』('99年/ネスコ)という著作がある)。

東京日日新聞 真珠夫人.jpg その菊池寛が1920(大正9年)年の6月9日から12月22日まで大阪毎日新聞、東京日日新聞に連載したのがこの小説『真珠夫人』で、菊池寛(当時31歳)にとって初の本格的な通俗小説であり、その人気は新聞の読者層を変え、後の婦人雑誌ブームに影響を与えたとも言われています。通俗小説の代表格として、紅葉の『金色夜叉』や徳富蘆花の『不如帰』を継ぐとも言われたそうですが、それらよりはずっとモダンであると思います(作中に『金色夜叉』を巡る通俗小説論争がある)。

 黒岩涙香(1862-1920)がアレクサンドル・デュマの『モンテ・クリスト伯」を翻案した『巌窟王』を発表したのが1902年頃ですが、ある種、そうした西洋の復讐譚に近いとも言えます。また、ファム・ファタールを描いたものとして、プロスペル・メリメの『カルメン』などを想起させるものでもあります。主人公・瑠璃子の復讐の発端は経済的な格差であったあってわけですが、それが、女性を欲望の対象物としてしか見ない男性に対する復讐へと転化していて、個人的には、リベンジファクターが変質しているように思いました。しかも、私怨からと言うより、虐げられている女性全員の代弁者のようになっているのが興味深く、また、それが読者の共感を得るうえでも効果を醸していると思いました。

 また、この瑠璃子という主人公が、最初の方の青木淳の葬儀の場面からして、唸り声をあげたイタリー製の自動車で会場に乗り付けたかと思うと、白孔雀のように美しく立ち振る舞うというカッコ良さで(しかも、青木淳は瑠璃子への失恋のために死んでいるのだ!)、この辺りも読者を引き込みます。まあ、常に多くの若い男を身近にはべらせていることからも、ファム・ファタール・瑠璃子にその運命を狂わされた男は沢山いると窺えますが、ストーリー上のメインは青木淳の弟も含めた青木兄弟で、結局二人とも自殺またはそれに近い死に方をしてしまいます(先に書いたように、その間に瑠璃子の夫・壮田勝平も不慮の死を遂げるのだが、これも瑠璃子にも責任の一端があるとも言える)。でも、瑠璃子は、青木兄が遺したノートを対しても感慨を示さず、弟の死にも、自分が邪険にしたことに悪意はなかったと言ってのけます。

 結局、女性に対して非常に純粋なタイプと思われる青木兄弟にしても(二人とも自分こそが瑠璃子の"本命"たり得ると思ってしまったわけだ)、瑠璃子にとっては数多くの自分の取り巻きの男たちと変わらない位置づけだったということでしょう(自分こそ瑠璃子の"本命"と勝手に思い込んでしまうところがダメなのかも)。これだけだと、瑠璃子って「その気にさせるだけさせといて」ホントに嫌な女性だなと思ってしまいますが、実は、彼女には一時ともそのことを忘れ得ず想い続けた人がいて...と、これもアレクサンドル・デュマの『椿姫』などを想起させるものの、上手いなあと思いました。

 個人的には、ドラマ化されたものを観たことはありますが、原作は今回が初読で、昔、同じ作者の『父帰る』や『恩讐の彼方に』を旺文社文庫で読みましたが、作風が全然違うなあと思いました。「芥川賞」と併せて「直木賞」を設け、大衆小説に一定のポジションを与えた菊池寛その人の、まさに、現代大衆小説の祖となった作品と言えるかもしれません。通俗と言えば通俗かもしれませんが、とにかく面白いです。

ドラマ「真珠夫人」(2002年・横山めぐみ主演)/映画「真珠夫人」(1950年・山本嘉次郎監督・高峰三枝子主演)
真珠夫人 v.jpgsinjyuhujin.jpg 2002年7月に単行本が刊行され、翌8月に新潮文庫と文春文庫で文庫化されていますが、同2002年4月1日から6月28日の毎月曜から金曜までフジテレビ系列で放送された東海テレビ製作の昼ドラ「真珠夫人」全65回の放映が終わって、その人気を受けてそれぞれ急遽刊行されたのではないでしょうか。それ以前にも、1927年に松竹キネマの池田善信監督・栗島すみ子主演で、1950年には大映が山本嘉次郎監督・高峰三枝子・池部良主演で映画化され、1974年にはTBSがこれも昼ドラの「花王・愛の劇場」で光本幸子(「男はつらいよ」の初代マドンナ)主演の全40回が放映されていますが、2002年の放送はとりわけ人気が高かったようです。放送時間が昼1時30分から2時までで、DVDレコーダーなど無い時代で、会社務めの人の中にはビデオテープを買い溜めて録画した人も多かったとか。

ドラマ 真珠夫人 2.jpg その2002年のフジテレビ版は、主演が横山めぐみ、脚本が中島丈博(「祭りの準備」)で、時代を昭和20年代・30年代に変え、瑠璃子が娼館の経営者になっているほか、原作で最初と最後にしか出てこない瑠璃子の想い人である杉野直也がドラマでは出ずっぱりで、病気療養中で原作に出てこない直也の妻(登美子)が、直也と瑠璃子の関係を知って嫉妬に苦しむうちに精神を病んでいく女性...といった具合に、時代背景だけでなく人物相関もかなり改変されていますが、敢えてすべてを毒々しく描くことに徹していたような感じです。

真珠夫人 たわしコロッケ.jpg 直也が瑠璃子と会っているのを知った登美子のいる自宅へ直也が帰宅すると、登美子が夫に「おかず何もありません、冷めたコロッケで我慢してください」と言い、たわしと刻んだキャ真珠夫人 6.jpgベツを皿に載せて出すという「たわしコロッケ」シーンが当時話題になりましたが、とにかくエグさが前面にきていたでしょうか。一方の瑠璃子は、義理の娘や息子を守りながら、内には直也への愛を秘め、健気に純潔を守り通すというのは原作どおりですが、原作のように男たちの前でフェミニズム論を展開することはなく、視聴者受けを狙ったのかキャラの先鋭的な部分を改変したような印象も受けます。

ドラマ 真珠夫人.jpg 原作とドラマでどちらにカタルシスを覚えるかは人の好みですが、個人的には原作の方が上のように思います(人物相関だけでなく質的に改変されているので、比較すること自体どうかというのもあるが)。ドラマを観た人には原作も読んで欲しいように思います。

横山めぐみ1.jpg横山 めぐみ.jpg「真珠夫人」●演出:西本淳一/藤木靖之/大垣一穂●脚本:中島丈博●音楽:寺嶋民哉●出演:横山めぐみ/葛山信吾/大和田伸也/森下涼子/松尾敏伸/奈美悦子/日高真弓/浜田晃/増田未亜/河原 さぶ●放映:2002/04~06(全65回)●放送局:フジテレビ

横山めぐみ

【2002年8月1日文庫化[新潮文庫(上・下)]/2002年8月2日再文庫化[文春文庫]/2007年再文庫化[徳間文庫(上・下)]】

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その緻密さや細かいところで施された時空を超えた"遊び"が堪能できる。

山口晃 大画面作品集00.jpg 「成田国際空港 飛行機百珍圖」.png
山口晃 大画面作品集』['15年] 成田空港第1ターミナル4F「成田国際空港 飛行機百珍圖」
NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」タイトルバック(2019)
いだてん〜東京オリムピック噺〜_10.jpg

山口晃 大画面作品集0.jpg 大和絵や浮世絵のようなタッチで、非常に緻密に人物や建築物などを描き込む画風で知られる山口晃(1969年生まれ)氏の大画面作品集です。'19年のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」の(題字の「回転する三本の脚」は横尾忠則氏によるものだが)タイトルバックの東京の俯瞰図のような緻密な絵の作者がこの人でした。また、近年パブリックアートに力を入れている成田空港では、第1ターミナルで、この人の成田空港をモチーフにした絵「成田国際空港 飛行機百珍圖」が見られます。

山口晃 大画面作品集08.jpg 本書の巻頭にも、この「成田国際空港 飛行機百珍圖」図がきていて、部分拡大図と全体図があって、その緻密さや細かいところで施された"遊び"が堪能できるものとなっています。実物は、1枚が縦3.8m×横3.0mだそうですが、とにかく細部の描き込みがスゴイです。「いだてん」のタイトルバックはもう少しゆったりした感じで描いたのかなあと思ったら、あれは人物(中村勘九郎や阿部 サダヲ)を怪獣映画のゴジラか何かに見立てて、その想定サイズに合わせて絵の方も大映したそうで、それによってテレビでも絵の細部が楽しめるようになっていますが、原画のサイズは1.6m×横2.6mだそうで、小さくはないけれど、特別に巨大な絵でもないようです。

山口晃 大画面作品集16.jpg こうした細密画を専門とする画家は他にもいるし、鳥瞰図絵師としては、大胆なパノラマ地図を描き続けた吉田初三郎(1884-1955)から、最近では、港町神戸の"今"を描き続けている青山大介氏などもいますが、青山氏の絵なども素晴らしいと思います(自分の実家が神戸なので愛着がある)。青山氏の絵を観ていると、技法的には、かつてのイラストレーター真鍋博(1932-2000)の『真鍋博の鳥の眼』('68年/毎日新聞社)を想起させられますが、この山口晃氏の作風は、伝統的な日本の図像と現代的なモチーフを混合させ、大和絵のようなタッチで描いているユニークなものです。

山口晃 大画面作品集68.jpg "遊び"が堪能できると言いましたが、その最大の遊びが、同じ絵の中に時空を超えて、江戸や明治の時代の人物や事物と現代の人物や事物を混在させていることで、現在が主となってその中に昔のものが混ざっているものもあれば、昔の時代が主で、その中に現代が混ざっているものもあります。後者の例で言えば、1枚の絵の中で、武家の厩に馬が羈がれているのに混ざってバイクが駐車されていたり、烏帽子頭の男と話している相手が脇にパソコン開いていたりして、くすっと笑いたくなります。

 山口晃氏は、私立美術大学を中退後、1994年東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻を卒業、1996年同大学院美術研究科絵画専攻(油画)修士課程を修了しているとのことです。個人的にはその作風から日本画を専攻したのかと勘違いしていましたが、本書内のエッセイで、「日本美術」という山口晃 大画面作品集42.jpeg言葉について再考するとともに、「日本画、洋画なんて事は海の向こうの人から見ればとるにたらない事でしょう」と述べています。

 また、「このまま設計図描きが続きかもしれませんが、絵描きなる時が来るかもしれません」とも述べています。確かに、画家と言うよりイラストレーターのような面もあるかも知れませんが、一方で極めて"絵画"的な作品もあり、また、絵画だけではなく、さまざまな美術活動に取り組んでいて、本書ではその一端をも垣間見ることができます。2013年に『ヘンな日本美術史』('12年/祥伝社)で第12回小林秀雄賞を受賞するなど多才な人であり、引き続き今後も注目されます。

「百貨店圖 日本橋 新三越本店」(注文主:三越)
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いだてん ドラマ.jpgいだてん ドラマ2.jpg「いだてん〜東京オリムピック噺〜」●脚本:宮藤官九郎●演出:井上剛/西村武五郎/一木正恵/大根仁/桑野智宏/林啓史/津田温子/松木健祐/渡辺直樹/北野隆志●時代考証:小和田哲男●音楽:ジョン・グラム●衣装デザイン:黒澤和子●題字:横尾忠則●出演:中村勘九郎/阿部サダヲ/(以下五十音順)浅野忠信/麻生久美子/綾瀬はるか/荒川良々/安藤サクラ/生田斗真/池波志乃/板尾創路/イッセー尾形/井上順/岩松了/柄本佑/柄本時生/大竹しのぶ/小澤征悦/勝地涼/加藤雅也/夏帆/神木隆之介/上白石萌歌/川栄李奈/桐谷健太/黒島結菜/小泉いだてん ドラマ1.jpg今日子/斎藤工/シャーロット・ケイト・フォックス/いだてん ドラマ3.jpg白石加代子/菅原小春/杉咲花/杉本哲太/大東駿介/田口トモロヲ/竹野内豊/寺島しのぶ/トータス松本/徳井義実/永島敏行/仲野太賀/中村獅童/永山絢斗/萩原健一/橋本愛/林遣都/古舘寛治/星野源/松尾スズキ/松坂桃李/松重豊/三浦貴大/満島真之介/皆川猿時/峯田和伸/三宅役所広司 いだてん.jpg「いだてん」ビートたけし.jpg『いだてん kawasia.jpg「いだてん」永島.jpg弘城/宮崎美子/森山未來/薬師丸ひろ子/役所広司/リリー・フランキー/ビートたけし(噺)/森山未來(語り)●放映:2019/01~2021/12(全47回)●放送局:NHK

中村勘九郎(第一部主人公:金栗四三)
阿部サダヲ(第二部主人公:田畑政治)

役所広司(嘉納治五郎)
ビートたけし(古今亭志ん生/噺(ナレーション))
浅野 忠信(オリンピック担当大臣として田畑(阿部サダヲ)と対立する政治家・川島正次郎)
永島敏行(「駅伝」の名付け親・武田千代三郎)
「いだてん 題字1.jpg「いだてん 題字2.jpg
題字:横尾忠則                                                                

                      
  
                                      

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「大河」の予習が1時間で出来る? 謀反の理由は"概ね"「信長非道阻止説」か。

明智光秀.jpg   金栗四三.jpg 小学館学習まんが人物館 加納 2016.jpg 小学館学習まんが人物館 真田 2016.jpg 小学館井伊直虎の城 2016 .jpg
明智光秀 (小学館版学習まんが人物館)』['19年]『金栗四三 (小学館版 学習まんが人物館)』['18年]『嘉納治五郎 (小学館版学習まんが人物館)』['18年]『真田幸村 (小学館版学習まんが人物館)』['16年]『井伊直虎の城: 今川・武田・徳川との城取り合戦』['16年]
(左から)西村まさ彦、沢尻エリカ、本木雅弘、長谷川博己、門脇麦、
堺正章(2019.6.4 屋代尚則氏撮影)衣装デザイン:黒澤和子
来年の大河「麒麟がくる」.jpg 1996年から刊行されている小学館版の「学習まんが人物館」シリーズの1冊ですが(№66)、来年['20年の]のNHKの大河ドラマ「麒麟がくる」が明智光秀の生涯を描いたものであるとのことに合わせての刊行と言えます。因みにこのシリーズでは、今年['19年の]のNHKの大河ドラマ「いだてん」に合わせて、№58『嘉納治五郎』('18年6月刊)、№59『金栗四三』('18年12月刊)が刊行されているほか、'16年の大河ドラマ「真田丸」に合わせて№49『真田幸村』('16年3月刊)が刊行されたりしています(同じ小学館の別のシリーズだが、'17年の大河ドラマ「おんな城主 直虎」に合わせて『井伊直虎の城:今川・武田・徳川との城取り合戦』('16年11月刊)も刊行されている)。

 ストーリー漫画の体裁をとるシリーズの特徴に沿って、全体は、第1章が「織田信長との出会い」、第2章が「裏切りの戦国の世」、第3章が「一国一城主へ」、第4章が「魔王の家臣として」、第5章が「本能寺の変」というように時系列の流れになっていて、たいへん読みやすく(「大河」の予習が1時間で出来る?)、明智光秀は勿論「いい人」として描かれています(「福知山」の名付け親でもある明智光秀は、丹波では今も愛されているが、領民と一緒に土方仕事までやったとなると、ちょっと作り過ぎか?)

明智光秀 php.jpg小和田哲男.jpg 監修は、大河ドラマ「麒麟がくる」の時代考証を担当している小和田哲男氏であり、同氏の『明智光秀―つくられた「謀反人」』('98年/PHP新書)などを読めば分かりますが、明智光秀の謀反の理由について、「信長非道阻止説」(光秀が信長の悪政・横暴を阻止しようとしたという説)を提唱しています。そして、本書も"概ね"その流れで描かれています(「麒麟がくる」もほぼ間違いなくその方向だろうなあ)。

 ただ、巻末の解説で、光秀謀反の動機についての論争の歴史が簡単に書かれていて、以前は「怨恨説」が主流で、そのほかに「天下取りの野望説」などもあったのが、やがて研究者の間で「黒幕説」が浮上し、朝廷、足利義昭、イエズス会などさまざまな黒幕が言われたものの、その黒幕説も最近では減ったのではないかと。代わって注目されてきているのが「四国問題説」(長宗我部元親関与説)で、ほかには「信長非道阻止説」があると(ここでやっと"自説"が登場)しています。

 自説を開陳する場ではないと心得ているのか意外と控えめですが、ただ、漫画のストーリーは"概ね"「信長非道阻止説」だったように思います。"概ね"と言うのは、「四国問題」が結構キーポイントになったような描かれ方もしていたりしたためです。

 さらに信長が光秀を手打ちにする場面もあったりして(これだと「怨恨説」も有りになる)、出典の説明が「江戸時代に書かれたある書物には」としかありませんが、これって『続武者物語』でしょうか? 後世に成立しているため信憑性に著しく欠けるとされるもので、後世の人達がなぜ光秀が信長を裏切ったのか理解できず、そこで「信長に仕打ちを受けた光秀が、激しい憎悪から信長を殺害した」という、分かりやすいストーリーを作り上げたのではないかとされているものです。

 また、謀反の直前に愛宕山で行われた連歌の会(愛宕百韻)で、「ときは今 あめが下知る 五月かな」という天下取りを仄めかすような意味深な歌(発句)を詠んだ場面も出てきます(光秀の息子が訝ってその意に気づく)が、下に(注)として「情景を詠んだだけで、天下を取ろうという意志を込めてはいなかったとも言われている」とあります。謀反の直前に公けの場でわざわざそれを暗示するような言動をとることは考えにくく、小和田哲男氏の考えもこの(注)の見方に近かったのではなかったかなあ。

麒麟がくる 出演者発表.jpg とまれ、漫画同様いろいろと「絵的」に観る側を引き込むような話を(真偽のほどはともかく)ドラマでも織り込んでいくのでしょう。でも、漫画はこうして注釈をつけることで諸説あることが説明できるけれど、ドラマの場合はどうするのだろう? まあ、「大河」が歴史的にほぼあり得なかったようなことをしばしば"再現"してみせるのは、今に始まった話ではありませんが。それより、準主役級の帰蝶役の沢尻エリカが先月['19年11月]、麻薬取締法違反の容疑で逮捕され、川口春奈を代役として撮り直しているとのことで、こちらの方がむしろ前代未聞の事態であり、何かとたいへんそうです。 左端:沢尻エリカ(2019.3.8)

《読書MEMO》
●2020年NHK大河ドラマ「麒麟がくる」(全44話)。
麒麟がくる 1.jpg麒麟がくる6.jpg夏目漱石の妻2016.jpg 大河ドラマ59作目。「夏目漱石の妻」('16年/NHK、主演:尾野真千子/長谷川博己)、「破獄」('17年/テレビ東京、主演:ビートたけし)の脚本家・池端俊策氏によるオリジナル脚本で、沢尻エリカの逮捕による降板のための再撮影で、2週間遅れで1月19日にスタート、さらに新型コロナウイルスの影響により、途中約3カ月の撮影&放送休止を挟み、1~12月の暦年制としては史上初の越年放送となったが、当初予定の44回分を放映。平均視聴率は関東地区・関西地区とも14.4%で、大河ドラマ初の1桁台を記録し過去最低だった2019年の「いだてん」を大幅に上回わり、「本能寺の変」を扱った最終回の視聴率は関東18.4%、関西18.2%までいった。

長谷川博巳(明智光秀)
麒麟がくる aketi.jpg【感想】 時代考証担当は小和田哲男氏であり、明智光秀の謀反の理由について、「信長非道阻止説」が展開されるこ麒麟がくる 最終回.jpgとは、明智光秀を主役とした初めての大河ドラマであることからも既定路線であったように思う。最近、光秀自身は本能寺には行かなかったという説が浮上しているが、この説はドラマではもちろん採用していない。また、光秀が山崎のに敗れたことも、その後落ち武者狩りで殺害されたことも映像化しておらず、本能寺の変のあと話はいきなり3年後に飛び、実は「明智光秀は生きながらえたのかもしれない」と思わせもする終わり方になっていた。

染谷将太(織田信長)
麒麟がくる nobunaga.jpg 関心をひいたのは、光秀が信長に反旗を翻した要因として、この漫画版同様に「四国問題」における考え方の違いにも触れてはいるものの、本能寺の変の主たる原因は、信長が光秀に「将軍・足利義輝の殺害命令」を下したことにあるという解釈になっていた点で、いくつも説がある謀反の理由の一つに「将軍黒幕説(「鞆幕府推戴説」)」というのもあるが(藤田達生氏など)、これはむしろ「信長非道麒麟がくる nonunaga mistuhide.jpg阻止説」をさらに具体化したものと言えるだろう(「信長非道阻止説」に沿ってドラマ作りするにしても、何か具体的な"非道行為"を示さないと訴求力が弱いとみてこうなったのではないか)。染谷将太演じる信長が、本能寺にいる自分を襲った相手が光秀であると知ったとき、やはりそうかと納得している風なのが、今回のドラマの特徴を象徴している。つまり、その時の信長は、「光秀は自分ではなく将軍の方を選んだのだ」と悟ったということ。全体として、そうした信長と光秀の関係を描いたドラマだったので、山崎の戦いなどは描かず、「信長が亡くなったところで終わり」ということになったのだろう。

眞島秀和(細川藤孝)/佐々木蔵之介(羽柴秀吉)
麒麟がくる 細川藤孝.jpg麒麟がくる 秀吉.jpg もう一つドラマで特徴的だったのは、本能寺の変の二日前くらいに佐々木蔵之介演じる羽柴秀吉に届いた、眞島秀和演じる細川藤孝(本能寺の変の際、上役であり、親戚でもあった光秀の再三の参戦要請を断っている)の手紙によって「秀吉は事前に光秀の謀反を察知していた」とされている点で、そういう俗説はあるものの、事実として歴史には残る話ではなく、これは「明智光秀は生きながらえた」説と同じく、「遊び」のひとつではないか。秀吉が本能寺の変後、すさまじい勢いで京都へ戻り、光秀軍を破る所謂「中国大返し」の行程には無理があるとされたりしたことからこうした説が生まれやすくなっているが、「中国大返し」の行程は必ずしも非現実的なものではなかったというのが近年の有力説のように思われる。

  
麒麟がくる 2020-2021.jpg「麒麟がくる」op.jpg「麒麟がくる」●脚本:池端俊策/前川洋一/岩本真耶●演出:大原拓/一色隆司/佐々木善春/深川貴志●時代考証:小和田哲男●音楽:ジョン・グラム●衣装デザイン:黒澤和子●出演:長谷川博巳/(以下五十音順)芦田愛菜/安藤政信/石川さゆり/石橋凌/石橋蓮司/板垣瑞生/伊藤英明/井上瑞稀/伊吹吾郎/今井翼/上杉祥三/榎木孝明/岡村隆史/尾野真千子/尾美としのり/風間俊介/片岡愛之助/片岡鶴太郎/加藤清史郎/門脇麦/金子ノブアキ/川口春奈/木村文乃/銀粉蝶/国広富之/小籔千豊/堺正章/佐々木蔵之介/春風亭小朝/陣内孝則/須賀貴匡/染谷将太/高橋克典/滝藤賢一/谷原章介/檀れい/徳重聡/西村まさ彦/濱麒麟がくる 本木雅弘.jpg石橋蓮司・銀粉蝶 麒麟が来る.jpg田岳/坂東玉三郎/ベンガル/本郷奏多/眞島秀和/真野響子/間宮祥太朗/南果歩/向井理/村田雄浩/本木雅弘/山路和弘/ユースケ・サンタマリア/吉田鋼太郎/(ナレーター)市川海老蔵●放映:2020/01~2021/01(全44回)●放送局:NHK
本木雅弘(斎藤道三)/銀粉蝶(羽柴秀吉の母・なか)石橋蓮司(大納言・三条西実澄)

NHK-BSプレミアム特番「本能寺の変サミット2020」2020年1月1日(水) 午後7:00~午後9:00(120分)
本能寺の変サミット2020.jpg

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真田氏に関して最初に読む本としてお薦めの新書。

真田四代と信繁.jpg  図説 真田一族.jpg  真田丸s.jpg 真田丸 00.jpg
真田四代と信繁 (平凡社新書)』 『図説 真田一族』 2016年NHK大河ドラマ「真田丸」 草刈正雄(真田昌幸)

 2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」の時代考証者による著書で、信濃国小県郡真田郷を本拠とし、武田、上杉、北条、織田、徳川など並みいる大大名らに囲まれつつも、幾多の難局を乗り切り、ついには近世大名として家を守りとおした真田氏の歩みを、新説を交えながら系譜や図を織り交ぜて分かりやすく説明しています。

 著者の前著『図説 真田一族』('15年/戎光祥出版)も幸綱・信綱・昌幸・信繁・信之と続く真田四代を追って、分かり易く解説されていて、その際の章立ては次の通りでしたが―
  第一章 「中興の祖」  真田幸綱(幸隆)
  第二章 「不顧死傷馳馬」真田信綱
  第三章 「表裏比興者」 真田昌幸
  第四章 「日本一の兵」 真田信繁(幸村)
  第五章 「天下の飾り」 真田信之
今回は、
  一章  真田幸綱 真田家を再興させた智将
  二章  真田信綱 長篠の戦いに散った悲劇の将
  三章  真田昌幸 柔軟な発想と決断力で生きのびた「表裏比興者」
  四章  真田信繁 戦国史上最高の伝説となった「日本一の兵」
  五章  真田信之 松代一〇万石の礎を固めた藩祖
と、ほぼ同じ構成です。但し、前著はビジュアル主体で、その分、イメージはしやすいけれど、解説の方が限定的(トピックス的)であったのに対し、今回は、新書で300ページ超あり、様々な出来事を時系列的・網羅的にカバーしていて、繋がりの中で読み進めるのがいいです(因みに本書では、幸村の呼称を、俗称であるある「幸村」でがなく、本名の「信繁」で通している)。

真田丸 昌幸.jpg 章のウェイトとしては、一章の幸綱に46ページ、二章の信綱に16ぺージ、三勝の昌幸に122ぺージ、四章の信繁(幸村)に60ページ、五章の信之に22ページという配分になっていて、昌幸に信繁の倍以上の紙数を割いていることになりますが、2016年のNHK大河ドラマの方でも、1月から始まって9月25日の放送回で昌幸が没するまで、殆ど、かつてNHKの新大型時代劇「真田太平記」('85.04~'86.03)で真田幸村(信繁)を演じた草刈正雄が演じるところの昌幸が中心に描かれていたことと呼応し合っていうようにも思われます(当時、9月25日の放送回終了直後は「昌幸ロス」とまで言われた)。

 大河ドラマの時代考証者なので、大河ドラマの方も本書で書かれているのと全く同じ解釈で進行したかのように思われますが、そうした部分もあればそうでない部分もあり、また幾つかの説があった中から(ドラマであるため)そのどれかに特定しているケースなどもあって、大河ドラマを観た人は、それを思い出しながら読んで見るのもいいかと思います。別に大河ドラマを観た、観ないに関わらず、真田氏に関して最初に読む本としてお薦めです。

真田丸大河ドラマ館6.jpg 2016年に信州・上田市に旅行に行き真田の郷なども巡ってきましたが、「信州上田・真田丸大河ドラマ館」が一番混んでいました。上田城跡公園内の上田市民会館を模様替えして1年間の期間限定で「大河ドラマ館」にしてしまったようだけれど。以前からある「真田氏歴史館」にも大河ドラマで使われた衣装などがあったりし真田氏本城跡s.jpgて、しっかりNHKとタイアップしていました。むしろ、真田氏本城跡(城跡も何も残ってないが真田の郷が一望できる)や真田氏館跡・御屋敷公園などの方が、落ち着いた雰囲気で、戦国武将になった気分、乃至は「強者どもが夢のあと」的な感慨を味わえたような気もします。


真田丸 title.jpg真田丸  dvd.jpg「真田丸」●演出:木村隆文/吉川邦夫/田中正/小林大児/土井祥平/渡辺哲也●制作:屋敷陽太郎/吉川邦夫●脚本:三谷幸喜●音楽:服部隆之●出演:堺雅人/大泉洋/草刈正雄/長澤まさみ/木村佳乃/平岳大/中原丈雄/藤井隆/迫田孝也/高木渉/高嶋政伸/遠藤憲一/榎木孝明/温水洋一/吉田鋼太郎/草笛光子/高畑淳子/内野聖陽/黒木華/藤本隆宏/斉藤由貴/寺島進/西村雅彦/段田安則/藤岡弘、/近藤正臣/小日向文世/鈴木京香/竹内結子/哀川翔●放映:2016/01~12(全50回)●放送局:NHK

竹内結子(1980-2020) 茶々(後の淀君) 役
竹内結子 真田丸.jpg

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2018年「本屋大賞」の第1位、第2位、第3位作品。個人的評価もその順位通り。

かがみの孤城.jpg かがみの孤城 本屋大賞.jpg  盤上の向日葵.jpg 屍人荘の殺人.jpg
辻村 深月 『かがみの孤城』 柚月 裕子 『盤上の向日葵』 今村 昌弘 『屍人荘の殺人

2018年「本屋大賞」.jpg 2018年「本屋大賞」の第1位が『かがみの孤城』(651.0点)、第2位が『盤上の向日葵』(283.5点)、第3位が『屍人荘の殺人』(255.0点)です。因みに、「週刊文春ミステリーベスト10」(2017年)では、『屍人荘の殺人』が第1位、『盤上の向日葵』が第2位、『かがみの孤城』が第10位、別冊宝島の「このミステリーがすごい!」では『屍人荘の殺人』が第1位、『かがみの孤城』が第8位、『盤上の向日葵』が第9位となっています。『屍人荘の殺人』は、第27回「鮎川哲也賞」受賞作で、探偵小説研究会の推理小説のランキング(以前は東京創元社主催だった)「本格ミステリ・ベスト10」(2018年)でも第1位であり、東野圭吾『容疑者Xの献身』以来13年ぶりの"ミステリランキング3冠達成"、デビュー作では史上初とのことです(この他に、『容疑者Xの献身』も受賞した、本格ミステリ作家クラブが主催する第18回(2018年)「本格ミステリ大賞」も受賞している)。ただし、個人的な評価(好み)としては、最初の「本屋大賞」の順位がしっくりきました。

かがみの孤城6.JPG 学校での居場所をなくし、閉じこもっていたこころの目の前で、ある日突然部屋の鏡が光り始めた。輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは、城のような不思議な建物。そこにはちょうどこころと似た境遇の7人が集められていた。なぜこの7人が、なぜこの場所に―。(『かがみの孤城』)

 ファンタジー系はあまり得意ではないですが、これは良かったです。複数の不登校の中学生の心理描写が丁寧で、そっちの方でリアリティがあったので楽しめました(作者は教育学部出身)。複数の高校生の心理描写が優れた恩田陸氏の吉川英治文学新人賞受賞作で第2回「本屋大賞」受賞作でもある『夜のピクニック』('04年/新潮社)のレベルに匹敵するかそれに近く、複数の大学生たちの心理描に優れた朝井リョウ氏の直木賞受賞作『何者』('12年/新潮社)より上かも。ラストは、それまで伏線はあったのだろうけれども気づかず、そういうことだったのかと唸らされました。『夜のピクニック』も『何者』も映画化されていますが、この作品は仮に映像化するとどんな感じになるのだろうと考えてしまいました(作品のテイストを保ったまま映像化するのは難しいかも)。

2020.11.9 旭屋書店 池袋店
20201109_1盤上の向日葵.jpg盤上の向日葵   .jpg盤上の向日葵ド.jpg 埼玉県天木山山中で発見された白骨死体。遺留品である初代菊水月作の名駒を頼りに、叩き上げの刑事・石破と、かつてプロ棋士を志していた新米刑事・佐野のコンビが捜査を開始した。それから四か月、二人は厳冬の山形県天童市に降り立つ。向かう先は、将棋界のみならず、日本中から注目を浴びる竜昇戦の会場だ―。(『盤上の向日葵』)

 『慈雨』('16年/集英社)のような刑事ものなど男っぽい世界を描いて定評のある作者の作品。"将棋で描く『砂の器』ミステリー"と言われ、作者自身も「私の中にあったテーマは将棋界を舞台にした『砂の器』なんです」と述べていますが、犯人の見当は大体ついていて、その容疑者たる天才棋士を二人組の刑事が地道な捜査で追い詰めていくところなどはまさに『砂の器』さながらです。ただし、天才棋士が若き日に師事した元アマ名人の東明重慶は、団鬼六の『真剣師小池重明』で広く知られるようになり「プロ殺し」の異名をもった真剣師・小池重明の面影が重なり、ややそちらの印象に引っ張られた感じも。面白く読めましたが、犯人が殺害した被害者の手に将棋の駒を握らせたことについては、発覚のリスクを超えるほどに強い動機というものが感じられず、星半分マイナスとしました。

映画タイアップ帯
屍人荘の殺人 映画タイアップカバー.jpg屍人荘の殺人_1.jpg 神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と会長の明智恭介は、曰くつきの映画研究部の夏合宿に加わるため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共にペンション紫湛荘を訪ねた。合宿一日目の夜、映研のメンバーたちは肝試しに出かけるが、想像しえなかった事態に遭遇し紫湛荘に立て籠もりを余儀なくされる。緊張と混乱の一夜が明け、部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。しかしそれは連続殺人の幕開けに過ぎなかった―。(『屍人荘の殺人』)

2019年映画化「屍人荘の殺人」
監督:木村ひさし 脚本:蒔田光治
出演:神木隆之介/浜辺美波/中村倫也
配給:東宝

屍人荘の殺人 (創元推理文庫).jpg 先にも紹介した通り、「週刊文春ミステリー ベスト10」「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」の"ミステリランキング3冠"作(加えて「本格ミステリ大賞」も受賞)ですが、殺人事件が起きた山荘がクローズド・サークルを形成する要因として、山荘の周辺がテロにより突如発生した大量のゾンビで覆われるというシュールな設定に、ちょっとついて行けなかった感じでしょうか。謎解きの部分だけ見ればまずまずで、本格ミステリで周辺状況がやや現実離れしたものであることは往々にしてあることであり、むしろ周辺の環境は"ラノベ"的な感覚で読まれ、ユニークだとして評価されているのかなあ。個人的には、ゾンビたちが、所謂ゾンビ映画に出てくるような典型的なゾンビの特質を有し、登場人物たちもそのことを最初から分かっていて、何らそのことに疑いを抱いていないという、そうした"お約束ごと"が最後まで引っ掛かりました。

 ということで、3つの作品の個人的な評価順位は、『かがみの孤城』、『盤上の向日葵』、『屍人荘の殺人』の順であり、「本屋大賞」の順番と同じになりました。ただし、自分の中では、それぞれにかなり明確な差があります。

屍人荘の殺人 2019.jpg屍人荘の殺人01.jpg(●『屍人荘の殺人』は2019年に木村ひさし監督、神木隆之介主演で映画化された。原作でゾンビたちが大勢出てくるところで肌に合わなかったが、後で考えれば、まあ、あれは推理物語の背景または道具に過ぎなかったのかと。映画はもう最初からそういうものだと思って観屍人荘の殺人03.jpgているので、そうした枠組み自体にはそれほど抵抗は無かった。その分ストーリーに集中できたせいか、原作でまあまあと思えた謎解きは、映画の方が分かりよくて、原作が多くの賞に輝いたのも多少腑に落ちた(原作の評価★★☆に対し、映画は取り敢えず星1つプラス)。但し、ゾンビについては、エキストラでボランティアを大勢使ったせいか、ひどくド素人な演技で、そのド素人演技のゾンビが原作よりも早々と出てくるので白けた(星半分マイナス。その結果、★★★という評価に)。)

屍人荘の殺人02.jpg屍人荘の殺人 ps.jpg「屍人荘の殺人」●制作年:2019年●監督:木村ひさし●製作:臼井真之介●脚本:蒔田光治●撮影:葛西誉仁●音楽:Tangerine House●原作:今村昌弘『屍人荘の殺人』●時間:119分●出演:神木隆之介/浜辺美波/葉山奨之/矢本悠馬/佐久間由衣/山田杏奈/大関れいか/福本莉子/塚地武雅/ふせえり/池田鉄洋/古川雄輝/柄本時生/中村倫也●公開:2019/12●配給新宿ピカデリー1.jpg新宿ピカデリー2.jpg:東宝●最初に観た場所:新宿ピカデリー(19-12-16)(評価:★★★)●併映(同日上映):「決算!忠臣蔵」(中村 義洋)
    
   
   
新宿ピカデリー 
  
神木隆之介 in NHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」(2019年)/TBSテレビ系日曜劇場「集団左遷‼」(2019年)/ドラマW 土曜オリジナルドラマ「鉄の骨」(2019年)
神木隆之介「いだてん.jpg 神木隆之介 集団左遷!!.jpg ドラマW 2019 鉄の骨2.jpg
 
《読書MEMO》
盤上の向日葵 ドラマ03.jpg盤上の向日葵 08.jpg●2019年ドラマ化(「盤上の向日葵」) 【感想】 2019年9月にNHK-BSプレミアムにおいてテレビドラマ化(全4回)。主演はNHK連続ドラマ初主演となる千葉雄大。原作で埼玉県警の新米刑事でかつて棋士を目指し奨励会に所属していた佐野が男性(佐野直也)であるのに対し、ドラマ0盤上の向日葵 05.jpgでは蓮佛美沙子演じる女性(佐野直子)に変更されている。ただし、最近はNHKドラマでも原作から大きく改変されているケースが多いが、これは比較的原作に沿って盤上の向日葵 ドラマ.jpg丁寧に作られているのではないか。原作通り諏訪温泉の片倉館でロケしたりしていたし(ここは映画「テルマエ・ロマエⅡ」('14年/東宝)でも使われた)。主人公の幼い頃の将棋の師・唐沢光一朗を柄本明が好演(子役も良かった)。竹中直人の東明重慶はややイメージが違ったか。「竜昇戦」の挑戦相手・壬生芳樹が羽生善治っぽいのは原作も同じ。加藤一二三は原作には無いゲスト出演か。

盤上の向日葵 ドラマ01.jpg0盤上の向日葵  片倉館.jpg「盤上の向日葵」●演出:本田隆一●脚本:黒岩勉●音楽:佐久間奏(主題歌:鈴木雅之「ポラリス」(作詞・作曲:アンジェラ・アキ))●原作:柚月裕子●出演: 千葉雄大/大江優成/柄本明/竹中直人/蓮佛美沙子/大友康平/檀ふみ/渋川清彦/堀部圭亮/馬場徹/山寺宏一/加藤一二三/竹井亮介/笠松将/橋本真実/中丸新将●放映:2019/09/8-29(全4回)●放送局:NHK-BSプレミアム

IMかがみの孤城.jpg『かがみの孤城』...【2021年文庫化[ポプラ社文庫](上・下)】
『盤上の向日葵』...【2020年文庫化[中公文庫(上・下)(解説:羽生善治)]】
『屍人荘の殺人』...【2019年文庫化[創元推理文庫]】

I『屍人荘の殺人』.jpg Wカバー版

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映画「死海殺人事件」の原作。映画は?だが、原作は本格推理として楽しめる。

死との約束 1957.jpg死との約束HM.jpg 死との約束1978(1988) .jpg 死との約束 クリスティ文庫.jpg 死海殺人事件2.jpg
ハヤカワ・ミステリ(1957)/『死との約束 (ハヤカワ・ミステリ文庫 1-33)』/映画タイアップカバー/『死との約束 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』/「MGM HollyWood Classics 死海殺人事件 [DVD]

 ポアロは中東エルサレムで休暇を過ごすが、同じく同地を訪れていたのが、世界的に有名な精神科医のテオドール・ジェラール博士、イギリスの国会議員ウエストホルム卿夫人、新米女医サラ・キング、米国人のボイントン一家らだった。ボイントン夫人は、長男のレノックスとその妻ネイディーン、次男のレイモンド、長女のキャロル、次女のジネブラの5人を従えていた。夫人はかつて刑務所で女看守として働き、偶然に大金持ちのボイントン氏と結婚し、夫が亡くなって未亡人となったが、我儘で個性が強く家族全員を拘束していた。子供達の意見や要求は殆ど無視され、いつまで経っても子供としか扱われない。ある日ジェラール博士、サラ、ウエストホルム卿夫人とその取り巻きのアマベル・ピアス、ネイディーン・ボイントンの友人のジェファーソン・コープらはペトラ遺跡の観光ツアーに参加するが、ペトラに着くとボイントン一家もそこにいた。翌日の昼食時、ボイントン夫人は子供たちに自由に散歩することを許すが、これは彼女にしては希有なことだった。ボイントンの子供たちとサラたちの一行は思い思いに遺跡に向かい、崖の上からの景色を堪能して各々帰路に着くが、ジェラール博士だけはマラリアを発病し先にキャンプに帰っていた。ボイントン夫人は暑さの中で、外に出した椅子に座って身動き一つしなかったが、やがて夕食時に夫人が現れないので召使が呼びに行くと、夫人は亡くなっていた。新米医師サラの見立てでは死亡時刻は発見の1時間以上前で、夫人の手首には注射針の跡があった。さらにジェラール博士の注射器がなくなっており、多量のジギタリスも消えていた―。

ナイルに死す2.jpg死との約束 英初版Collins 1938年 .jpg 1938年に刊行されたアガサ・クリスティのエルキュール・ポアロ・シリーズの第16作で(原題:Appointment with Death)、前年発表のポワロシリーズ『ナイルに死す』(原題:Death on the Nile)と同じく中東を舞台にした本格派推理小説です。前々年発表の『メソポタミヤの殺人』も中東・イラクが舞台でした。因みにクリスティは最初の夫アーチボルド・クリスティ大尉(彼は薬剤師の助手として勤務していたため、クリスティは彼から毒薬の知識を得たという)に裏切られて傷心旅行で訪れたメソポタミヤで14歳年下の考古学者マックス・マローワンと知り合って、彼と1930年に再婚、その後に続く"中東モノ"は、おそらく考古学者である夫の研究調査に随伴した経験が素地になっていると考えられます(但し、この作品には『メソポタミヤの殺人』のような考古学的モチーフは出てこない)。

英初版Collins 1938年

死海殺人事件_0.jpg 『ナイルに死す』はジョン・ギラーミン監督の映画「ナイル殺人事件」('78年/英)の原作として知られていますが、この作品が マイケル・ウィナー監督(「狼よさらば」「ロサンゼルス」)の映画「死海殺人事件」('88年/米)の原作であることはあまり知られていないかもしれません。そもそもエルサレムという異国の地を舞台にしながらも原作がやや地味ですが、ポワロが関係者一人一人に事情聴取していってロジックで犯人を突き止める過程は『オリエント急行の殺人』などにも通じるものがあり、本格推理としてはよく出来ていて、結構楽しめるように思います。

映画「死海殺人事件」チラシ

死海殺人事件w.jpg 映画「死海殺人事件」は、「ナイル殺人事件」やガイ・ハミルトン監督の「地中海殺人事件」('82年/英、原作はポアロ・シリーズ『白昼の悪魔』)に続いてピーター・ユスティノフがエルキュール・ポワロを死海殺人事件 9.jpg演じていますが(共演者に「オリエント急行殺人事件」('74年)のローレン・バコールがいるが、「オリエント急行殺人事件」でポワロを演じたのはアルバート・フィニーだった)、ピーター・ユスティノフにとっては最後のポワロ役でした。また彼は、「地中海殺人事件」と「死海殺人事件」の間にTVドラマのミニシリーズで「名探偵ポワロ/エッジウェア卿殺人事件」('85年/英)など3本でポワロを演じています(「エッジウェア卿殺人事件」では'89年からTⅤ版「名探偵ポアロ」でポワロを演じることになるデヴィッド・スーシェがジャップ警部を演じている)。

死海殺人事件lt.jpg死海殺人事件es.jpg 原作では、ボイントン夫人は虐待に近いような子供達の扱いぶりで、しかも太った醜い女性として描かれていますが、映画では専制的ではあるものの、原作までは酷くないといった感じでしょうか。それでも、殺害された彼女は皆から嫌われていたわけで、遺産相続も絡んでいて(それが目眩ましにもなっているのだが)、登場人物全員が容疑者候補であるのは原作と同様です(殺人事件があって禁足令が出ているけれど、旅行自体は皆続けるのだろうなあ)。『オリエント急行の殺人』と同様、ポワロの聴き取りに対して誰かが(場合によっては複数が)虚偽を述べているわけであって、ある種"叙述トリック的であるわけですが、これを映像化するのは難しかったかもしれません。

死海殺人事件48.jpg死海殺人事件_.jpg 実際、映画を観ると、容疑者達の陳述が真実であろうと虚偽であろうと、その陳述に沿った映像化がされているため、途中からある程度そのことを含み置いて観ていないと、無かったことを映像化するのは《掟破り》ではないか(フランソワ・トリュフォーなどはアルフレッド ヒッチコックへのインタビュー『映画術』でそう言っている)ということになります。まあ、原作でも映画でも、初めてで犯人が判ればなかなかのものだと思いますが、映画を観て改めて新米医師であるサラの死亡推定時刻の見立ては正しかったのだなあと再確認しました。ピーター・ユスティノフがポワロを演じてきた映画は、この作品で英国から米国のB級映画会社に製作が移った死海殺人事件(1988年5.jpgものの(この会社は後に倒産する)、ユスティノフの演技自体は悪くないし(「ナイル殺人事件」「地中海殺人事件」に続いてこの映画も"旅行もの"であるため違和感が無い)、ローレン・バコールのキツイ顔もいいけれど死との約束 powaro .jpg(初めて観た時はさすがに老けたなあと思ったが、彼女が亡くなったのは2014年でこの作品の26年後89歳で亡くなっている)、やはり、「起きなかったことを映像化している」点がちょっと引っ掛かりました(他に何かいい手があるわけではないが)。デヴィッド・スーシェ版「名探偵ポワロ(第61話)/死との約束」('09年/英)ではその辺りはどう描かれていたでしょうか。

「名探偵ポワロ(第61話)/死との約束」 (09年/英) (2010/09 NHK‐BS2) ★★★☆
名探偵ポワロ 死との約束(2009) 00.jpg 名探偵ポワロ 死との約束(2009) 05.jpg 名探偵ポワロ 死との約束Poirot.jpg

死との約束 ドラマ  t.jpg●2021年ドラマ化 【感想】フジテレビの「脚本・三谷幸喜×原作・アガサ・クリスティー×主演・野村萬斎」のSPドラマ・シリーズ第3弾「死との約束」としてドラマ化(第1弾は「オリエント急行殺人事件」(2015年)、第2弾は「黒井戸殺し」(2018年))。前2作と同じく、野村萬斎演じる名探偵・勝呂武尊(すぐろ・た死との約束 ドラマ s.jpgける)が事件解決に臨む。ストーリーは概ね原作通りで、原作に対するリスペクトが感じられる。ただし、時代設定を昭和30年に置き換え、舞台を"巡礼の道"として世界遺産にも登録されている熊野古道および和歌山県天狗村にある「黒門ホテル」にしているため、作品の雰囲気はかなり違ったも死との約束 ドラマ m.jpgのとなっている。熊野本宮大社は本物の現地ロケ、熊野古道ツアーのスタート地点「発心門王子」には浜松市にある「方広寺」が使われ(2018年に行った。参道が長い山道になっている)、黒門ホテルの外観死との約束 ドラマド.jpgの概観は「蒲郡クラシックホテル」が使われたが、内観はセット撮影であるとのこと。全体に三谷幸喜らしいコメディタッチで、殺害される金持ちの未亡人(松坂慶子)さえもユーモラスでどこか憎めない(松坂慶子はコメディ専門になったのか?)。映画でローレンン・バコールが演じた女性代議士(鈴木京香)が、勝呂と旧知であるというのはドラマのオリジナル。でも、プロットは原作をそのまま活かしていることもあって愉しめた。

Appointment with Death (1988)
Appointment with Death (1988).jpg死海殺人事件ド.jpg「死海殺人事件」●原題:APPOINTMENT WITH DEATH●制作年:1988年●制作国:アメリカ●監督・製作:マイケル・ウィナー●脚本:アンソニー・シェーファー/ピー死海殺人事件ges.jpgター・バックマン/マイケル・ウィナー●撮影:デヴィッド・ガーフィンケル●音楽:ピノ・ドナッジオ●原作:アガサ・クリスティ「死との約束」●時間:103分●出演:ピーター・ユスティノフ/ローレン・バコール/キャリー・フィッシャー/ジョン・ギールグッド/パイパー・ローリー/ヘイリー・ミルズ/ジェニー・シーグローヴ/デビッド・ソウル/アンバー・ベゼール/マ死海殺人事件12.jpg死海殺人事件16.jpgイケル・グレイブ/ニコラス・ゲスト/ジョン・ターレスキー/マイク・サーン●日本公開:1988/05●配給:日本ヘラルド映画(評価★★★)

David SOUL- Appointment with death (1988)
   
    
    
死との約束 ドラマ k.jpg死との約束 ドラマ c.jpg「死との約束」●脚本:三谷幸喜●演出:城宝秀則●音楽:住友紀人●原作:アガサ・クリスティ●時間:160分●出演:野村萬斎/松坂慶子/山本耕史/シルビア・グラブ/市原隼人/堀田真由/原菜乃華/比嘉愛未/坪倉由幸(我が家)/長野里美/阿南健治/鈴木京香●放映:2018/03(全1回)●放送局:フジテレビ


死との約束 (ハヤカワ・ミステリ文庫 1-33)』/映画タイアップカバー
『死との約束』1.png『死との約束』2.png【1957年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(高橋豊:訳)/1978年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(高橋豊:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(高橋豊:訳)]】

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6編中、「海の見える理髪店」が一歩抜けている。泣けるのは「成人式」。

海の見える理髪店1.jpg
海の見える理髪店.jpg
 荻原.jpg 「海の見える理髪店」4.jpg
海の見える理髪店』 荻原浩氏と『コンビニ人間』で芥川賞受賞の村田沙耶香氏  2022年ドラマ化(NHKドラマスペシャル)出演:柄本明/藤原季節
海の見える理髪店 (集英社文庫)』['19年]
海の見える理髪店 (集英社文庫).jpg 2016(平成28)年上半期・第155回「直木賞」受賞作。

 「海の見える理髪店」...主の腕に惚れた大物俳優や政財界の名士が通いつめた伝説の理髪店。ある事情から初めてその理髪店を訪れた客の僕に、店主は髪を切りながら自らの過去を語り始める―。

 「いつか来た道」...何事にも厳しかった元美術教師で画家の母から必死に逃れて16年。わけあって懐かしい町に帰った娘の私は、年老いて認知症になった母との思いもよらない再会をする―。

 「遠くから来た手紙」...仕事ばかりの夫と口うるさい義母に反発し、娘を連れて実家に帰った祥子のスマートフォンに、その晩から時を超えたような不思議なメールが届き始める―。

 「空は今日もスカイ」...親の離婚で母の実家に連れられてきた小学3年生の佐藤茜は、海を目指してひとり家出をするが、途中で虐待痕のある少年・森島陽太と出会い、一緒に海を目指す―。

 「時のない時計」...父の形見の腕時計を修理するために足を運んだ時計屋で、私は時計屋の主の話を聞くうちに、忘れていた父との思い出の断片が次々に甦ってくるのだった―。

 「成人式」...数年前に中学生の娘が交通事故で亡くし、悲嘆に暮れる日々を過ごしてきた私と妻の美恵子だが、妻がある日、亡くなった娘に代わり成人式に替え玉出席しよう言い出す―。

 2005(平成17)年に『明日の記憶』('04年/光文社)で山本周五郎賞を受賞しているベテラン作家の6回目の直木賞候補での受賞ということで、60歳での受賞(この作者の場合、小説家としてデビューしたのは39歳)というと高齢受賞という印象を受けますが、『つまをめとらば』('15年/文藝春秋)で2015年下半期(第154回)受賞の青山文平氏などは67歳での受賞だったし、結構これまでも高齢受賞はあって、そう珍しくもないようです(直木賞には芥川賞ほどではないが、新人賞というイメージも若干つきまとうため気にかけてみたが、そもそも60歳は世間的には高齢とは言わないか)。

 6編の中で、個人的には表題作「海の見える理髪店」が一歩抜けているという印象。そもそも「海の見える理髪店」を舞台にした連作だと思って読み始めたのですが(森沢明夫『虹の岬の喫茶店』('11年/幻冬舎)の影響?)、最初で最後の床屋予約だったわけか。泣ける作品と言えば、ラストの「成人式」でしょうか。ネットでも、「海の見える理髪店」と「成人式」を薦めているものがありました。

 どちらかと言うと、"感動"系乃至は"アイデア"系の作風なので、見方によっては話が出来過ぎているという印象もあり、直木賞の選評でも強く推した選考委員(◎)は1人もいなかったようですが、強く否定する委員もいなくて結局受賞しました(第154回「直木賞」の選考で宮下奈都氏の『羊と鋼の森』が強く推した選考委員(◎)が2名いて落選しているのと対照的)。

 選考委員の評言の中では、高村薫氏の「熟練の手で紡がれる物語はどれも少しあざとく、予定調和的ではあるが、私たちのさりげない日常は、こうして切り取られることによって初めて『人生』になるのだと気づかされる。これぞ小説の一つの典型ではあるだろう」というのが(これが9人の選考委員の中で評言としては一番短いのだが)、一番言い得ているように思いました。

【2019年文庫化[集英社文庫]】

《読書MEMO》
「海の見える理髪店」1.jpg●2022年ドラマ化 【感想】NHKスペシャルドラマで表題作「海の見える理髪店」のみをドラマ化。柄本明が理髪店の店主役で、若い頃の店主を尾上寛之が演じていたかと思ったら、途中から柄本明に代わって、結局、柄本明が店主の青年期・壮年期・老年期とほぼ通しで演じたことになる。さすがに30代の主人公はきついが「海の見える理髪店」柄本.jpg、全体を通してその演技力で魅せていた。ドラマには脇役で出ることが多いが、こうして主役をやると改めてその力量を感じ取れる。ドラマというより演劇の舞台を観ている感じで、改めて原作がそうした性格のものだったかなあと思ったりした(柄本明が舞台出身であるというのもあるかも)。ミステリ風だが、原作を既に読んでいると、伏線がややはっきりしすぎていて、観ている人はすぐに分かってしまうのではないかと思った。ただ、最後まで、事実説明をしなかったのは良かった(これで説明的描写を入れるとくどくなる。結果的に、原作を読んでいない人は、ミステリの部分も愉しめたのではないか)。

「海の見える理髪店」3.jpg「海の見える理髪店」●脚本:安達奈緒子●演出:森ガキ侑大●音楽:森優太●原作:荻原浩●時間:75分●出演:柄本明/藤原季節/玄理/尾上寛之/片岡礼子/中島歩/眞島秀和/水野美紀●放映:2022/05/09(全1回)●放送局:NHK

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面白かった。鏡子にとって漱石との結婚生活はまさに「闘い」だったのだなあと。

漱石の思い出 (岩波書店).jpg漱石の思い出 (文春文庫).jpg 夏目漱石の妻01.jpg
漱石の思い出 (文春文庫)』 NHK土曜ドラマ「夏目漱石の妻」尾野真千子/長谷川博己)
夏目漱石の妻ges.jpg漱石の思ひ出――附 漱石年譜』['16年/岩波書店]

夏目漱石の 長谷川s.jpg NHK土曜ドラマ「夏目漱石の妻」(出演:尾野真千子、長谷川博己)を偶々見て、結構面白く感じられ(尾野真千子はやはり演技が上手く、長谷川博己も舞台で蜷川幸雄に鍛えられただけのことはあった)、それに触発されてこの原作本を手にしました。

夏目鏡子述 松岡譲筆録『漱石の思ひ出』改造社(初版・昭3年)
漱石の思ひ出 初版 夏目鏡子述 松岡譲筆録 改造社 昭31.jpg
夏目漱石の妻  s.jpg 原作は、夏目漱石(1867-1916/享年49)の妻・夏目鏡子(1877-1963/享年85)が1928(昭和3)年に漱石との結婚生活を口述し、それを漱石の弟子で長女・筆子の夫の松岡譲(1891-1969/享年77)が筆録して雑誌「改造」に連載したもので、1928年11月に『漱石の思ひ出』として改造社から刊行され、その時は60点余りの写真入りであったのが、翌1929(昭和4)年10月に同じカバーデザインで写真を割愛し、代わりに付漱石の思ひ出 単行本 - 200310_.jpg録として年譜を入れた廉価版(普及版)として岩波書店より刊行されました。手元にあるのはその普及版で、'93年刊行の第13刷です(実質的に復刻版だが、オリジナルに手を加えていないため"第13刷"となっている)。'54年に角川文庫で前後編2巻に分けて文庫化され、'66年に1巻に統合、'87年に改版されています。岩波書店版は旧仮名づかいで漢字にはルビがふってあるのに対し、角川文庫版は新仮名づかいになっていますが、どちらで読んでも構わないかと思います(岩波書店版は'03年に第14刷改版を刊行、また今回のドラマ化に合わせて(?)今年['16年]9月に改版されて、こちらは復刻版となっている)。

漱石の思ひ出』['03年/岩波書店(第14刷改版)]

 ドラマを観て、或いは本書を読んで新たに受けた印象としては、これまでの思い込みで「修善寺の大患」以降、漱石の神経衰弱が極度に進行したかのように思っていたのですが、それ以前の英国留学から戻って来た頃(鏡子と結婚して間もない頃)からそうした症状はかなり出ていて、鏡子にとって漱石との結婚生活はまさに「闘い」であったのだなあと改めて思いました。

 『吾輩は猫である』などの作風から"余裕派"などと言われたりしていますが、そこに至るまでに病的なまでの落ち込みや激昂といった精神的な波があり、そうした状況の中で書かれた『吾輩は猫である』は、漱石にとって(また夫婦にとって)ある種ブレークスルーであったという印象を受けました。

漱石と妻_1.jpg それまでの漱石は「DV夫」であり、その暴力は子どもにまでも及び、それはドラマでも描かれていましたが(例えば火鉢の淵に五厘銭があっただけで、ロンドンでの経験と勝手に結びつけて自分が馬鹿にされていると思い込み、娘である筆子を殴ったりした)、「吾輩は猫である」を書き始めてからも、向いの下宿屋の書生に、「おい、探偵君。今日は何時に学校にいくのかね」と呼びかけたりして、書生が自分の事をスパイしていると思い込んだりしているなど(これもドラマで描かれていた)、"病気"が治っていたわけではないのだなあと。英国留学から戻って来て以降は、ずっとそうした"病気"と共存して生きる人生であったのだなあと思いました。

 夫婦の間の出来事としては辛い話ばかりではなく、家に泥棒に入られて衣類など盗まれたけれども、泥棒が捕まってそれらが戻ってきたら、どれも洗濯して綺麗になっていて、コートなどは裾直しがしてあって却って有難かったといった可笑しなエピソードなども多くあり、これもドラマで再現されていましたが、そうしたほのぼのとした話もありながら、ドラマの方は漱石の病的な性癖に纏わる端的な話の方を中心に選んで再現しているため、漱石は確かに「DV夫」ではあったものの、それ以外の何者でもなかったような描かれ方にも若干なっていたようにも思います。

 本書は漱石が亡くなるまで、或いは亡くなった際の後の段取り等も含め語られていますが、ドラマの方は「修善寺の大患」(1910年8月)の後、翌年小康を得て6月に鏡子同伴で長野・善光寺に講演旅行に行ったところで終わっていました。本文385ページの内、修善寺の大患が200ページあたり、善光寺行が250ページあたりであるため、生涯の中で精神状態が比較的安定していた幾つかの時期の1つで話を終わらせたのでしょうか。その翌年には酷いノイローゼが再発し、胃潰瘍も再発しますが、一方で「こころ」「道草」「明暗」といった作品が書かれたのもこの時期以降です。

夏目漱石の妻 尾上e02.jpg 鏡子については悪妻説が根強くあるようですが、これを読むと、確かに言われているように鏡子が産後のヒステリーで精神不安定になった時期もあるようですが、やっぱりどうしょうも無く勝手なのは漱石の方で、それを大きく包み込んでいるのが鏡子であるというのが全体としての印象です。ドラマのラストで(おそらく善光寺への講演旅行に鏡子が同伴した際の一コマかと思われるが)、鏡子が漱石に「坊ちゃん」の中に出てくる"坊っちゃん"を小さい頃から可愛がってくれた下女・清(キヨ)のモデルは私でしょうと問う場面が夏目漱石の妻 last.jpgありますが、これはドラマのオリジナルです。漱石の孫にあたる夏目房之介氏が、鏡子の本名がキヨであることに注目し夏目房之介 .jpgて、「坊っちゃん」という作品が漱石から鏡子に宛てたラブレターだったのではないか、と指摘しており、それをドラマに反映させたのではないかと思われます。

夏目房之介氏

 ドラマも面白かったけれども、本も面白く(漱石の小説より面白かったりする)、漱石研究の資料としてもこれを超えるものはないとも言われているようです(刊行時はあまり注目されなかったらしいが)。個人的には特別に漱石ファンということでもないのですが、漱石ファンでなくとも面白く読めると思います。漱石没後100年の節目ということもありますが、この作品に注目しドラマ化をプロデュースした人の見識を評価したいと思います。

夏目漱石の妻 s.jpg夏目漱石の妻ド.jpg「夏目漱石の妻」●演出:柴田岳志/榎戸崇泰●制作統括:吉永証/中村高志●脚本:池端俊策●音楽:清水靖晃●原案:夏目鏡子/松岡譲「漱石の思い出」●出演:尾野真千子/長谷川博己/黒島結菜/満島真之介/竹中直人/舘ひろし●放映:2016/09~10(全4回)●放送局:NHK

麒麟がくる6.jpg「麒麟がくる」op.jpg長谷川博己 シン・ゴジラ.jpg
長谷川博己 in 「シン・ゴジラ」(2016年7月公開)主演・矢口蘭堂 役


脚本:池端俊策/主演:長谷川博己「麒麟がくる」(2020~2021)

【1954年文庫化[角川文庫(『漱石の思ひ出〈前篇・後篇〉』)]/1966年再文庫化[角川文庫(『漱石の思い出(全1巻)』)]/1994年再文庫化[文春文庫(『漱石の思い出』)]】

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説明不足にはケチをつけたくなるが、大友柳太朗を楽しめる分、DVD化する価値はある?

酒と女と槍002.jpg酒と女と槍 vhs.jpg 酒と女と槍 title.jpg
酒と女と槍【ワイド版】 [VHS]」大友柳太朗

 秀吉(東野英治郎)の怒りにふれた関白秀次(黒川弥太郎)は高野で切腹、半月後には秀次の妻妾38人が三条河原で斬られ、伏見城大手門の前にこんな建札が立つ。「われらこと、故関白殿下諫争の臣として数年酒と女と槍 20花園ひろみ (2).jpgまかりあり候ところ、此の度不慮の儀これあり候ところ、われら職分怠たりの為と申訳なく存じ候。さるによって来る二十八日未の刻を期して切腹仕可」。建札の主は"槍の蔵人"の異名をもつ富田蔵人高定(大友柳太朗)。高定は死ぬまでの数日を心おきなく過すため、豪商・堺屋宗四郎(十朱久雄)の別荘に身を寄せ、贔屓の女歌舞伎太夫・左近(淡島千景)と妥女(花園ひろみ)を呼ぶ。建札を見て高定の心を知った妥女は一人残るが、一夜明けた朝「殿様は女というものの心がお分酒と女と槍 10大友柳太郎 (3).jpgりではございません」という言葉を残して迎えに来た左近と去る。千本松原には多くの見物人が集まったが、高定は乱酔のた酒と女と槍 40大友柳太郎 (4).jpgめ切腹の定刻を過ごし、介錯人(南方英二)に合図したところで秀吉の使者に切腹を止められる。高定は西山の村里に妥女と住むことになる。慶長3年(1598)、秀吉が亡くなる。兄の知信(原健策)は高定に再び切腹を迫るが、高定は兄を追い返し、仕官を勧めて訪れる前田利長(片岡千恵蔵)の家臣・内藤茂十郎(徳大寺伸)の言にも取り合わない。秀吉の死により家康(小沢栄太郎)の野望は高まり、関ケ原で豊臣徳川両家が興亡を賭け対峙する。今度は酒と女と槍 50大友柳太郎 (2).jpg高定の庵に利長本人が訪れて再度仕官を促す。高定に忘れ去ったはずの酒と女と槍 60花園ひろみ.jpg侍魂を呼び起したのは槍だった。子供が生れるとすがりつく妥女を残して、高定は利長の後を追うが、これは同時に左近との約束も破ることであった。関ケ原の本陣で、家康の本営に呼ばれた高定の酒と女と槍 70大友柳太郎 (5).jpg前に突き出されたのは、三成(山形勲)に内通したという兄・知信の首だった。利長のとりなしで陣営に帰った高定に、左近が迫る。女の一念酒と女と槍 90大友柳太郎 (7).jpgをこれで計れと高定を斬りつけ、返す刃でわが胸に懐剣を突き立てる。知信、左近の土饅頭を前に夜を明かした高定。家康の本陣から三成の陣へ。高定の目にはもう敵も味方も生も死もなかった―。

 「飢餓海峡」('65年/東映)で知られる内田吐夢監督の1960年公開作で、原作は海音寺潮五郎の「酒と女と槍と」(『かぶき大名―歴史小説傑作集〈2〉』('03年/文春文庫)などに所収)であり、文庫でおおよそ35ページの短編です。文庫解説の磯貝勝太郎(1935-2016)によれば、海音寺潮五郎は『野史』(嘉永4年、1851)に略述された高定に関する記述に拠ってこの短編を書いており、高定が秀次切腹事件の後、殉死しようと京都の千本松原を死に場所に定めるも、死装束で大勢の群衆や友人等と別れの杯を重ねていくうちに泥酔して切腹を果たせぬまま昏倒、それを秀吉に咎められ、濫りに殉死を試みた者は三族を誅すとの命令が出されため、自ら京都西山に幽居したというのは史実のようです。その後、前田利長がその将才を惜しんで1万石で召し抱え、関ヶ原の戦いでは、侍大将として東軍の前田勢の先陣を務めて加賀国に侵攻、西軍の山口宗永・弘定親子が籠城する大聖寺城を攻めて戦死していますが、その闘いぶりが功を奏して敵城は陥落しています。

 海音寺潮五郎はこれに妥女との逸話の潤色を加えた以外はほぼ史実通りに書いており、最後は前田利長が高定の見事な先陣ぶりと武士らしい最期を称え、自分の眼に狂いは無く、「臆病者に一万石くれるなぞ阿呆の骨頂」と言っていた者は「高定の死体にわびを言えい!」と涙声で怒鳴るところで終わっています。先の磯貝勝太郎によれば、前田家の連中は高定を手助けせず、わざと見殺しにしたようですが、それでも高定は前田利長に忠誠を尽くしたことになります。

 ところが映画では、ラストで大友柳太朗が演じる高定は、まず家康の本陣を襲って家康の心胆を寒からしめ、今度は馬首を翻して三成の陣に馳け登ってこれをこれを突き崩すという動きをみせています。主の前田利長は東軍・家康側についていますから、本来は家康を襲うというのはおかしいのですが、この辺りは、兄を家康に殺された憤りを表しているのでしょうか。

 これまでも高定は、切腹しようとしたら「もし切腹すれば親類・縁者を処罰する」との突然の上意があり、つい先刻まで切腹を迫っていた富田一族が一転して逆に「富田の家のためだ」とこれを制止するという事態のあまりの馬鹿馬鹿しさに高笑いする他はなかったのですが、秀吉が死んだら今度はまた一族が切腹を迫ってきて、もう武家社会の名誉だとか面子だとかにほとほと愛想が尽きたのかも。そうした武家社会に対する抵抗ならば、臆病者の汚名を晴らせないままでも、愛妻と庵暮らしをするのも抵抗の一形態だったようにも思いますが、やはり、戦場で能力を発揮する者は戦場に出たがるのでしょうか(利長が「男を捨てた者が槍を持っているのは妙だ」と指摘し、高定が鉈で槍を斬ろうとするが果たせないというのは原作と同じ)。でも一旦戦場に出たら、あくまで利長の臣下であって、そこを単なる自己顕示したり私憤を晴らしたりする場にしてしまってはマズイのでは。

酒と女と槍 30淡島千景.jpg 秀次の愛妾の中に家康の密偵として送り込まれた左近(淡島千景)の実の妹がいて、誰が密偵か分からない秀吉側は、秀次切腹後、冷酷な三成の進言により(山形勲かあ)妻妾38人全員を処刑しますが、同じく冷酷な家康の方も(小沢栄太郎かあ)そのことを特に何とも思わない―そうしたことに対する左近の怒りと悲しみというのも説明不足でしょうか。妥女と高定を張り合って、自ら降りて後見人的立場に引き下がっただけみたいな描かれ方をしています。

酒と女と槍 80大友柳太郎 (6).jpg このようにいろいろケチはつけたくなりますが、豪放磊落な高定を演じる大友柳太朗を楽しめ、ラストの(滅茶苦茶な)戦場シーンも、馬上で槍を振り回すその豪快さは見所と言えるでしょう。しかも、馬を急旋回させながらそれをやっているからすごいです。これだけでもDVD化する価値はあると思うけれど、現在['16年]のところまだされていません。

 因みに、事の発端となった関白秀次の切腹については、秀次に関する千人斬りなどの暴君論(所謂「殺生関白説」)や秀吉に対する「謀反説」は後から作られたものであり、秀次は秀吉の政治的戦略に翻弄された犠牲者であり、死後も秀吉の引き立て役として歴史上否定され続けてきたが、実は城下繁栄や学問・芸術振興における功績があり、思慮・分別と文化的素養を備えた人物だったという説が近年有力のようです(小和田哲男氏など)。今年['16年]の大河ドラマ「真田丸」では、2013年に国学院真田丸 秀次 .jpg真田丸 秀次 切腹.jpg関白秀次の切腹0_.jpg大の矢部健太郎准教授(当時)が発表した「秀吉は秀次を高野山へ追放しただけだったが、意図に反し秀次が自ら腹を切った」という新説を採用していました(新しいもの好きの三谷幸喜氏?)。
「真田丸」新納慎也(豊臣秀次)/第28話「受難」より/矢部健太郎『関白秀次の切腹』(2016)

東野英治郎(豊臣秀吉)        小沢栄太郎(徳川家康)
『酒と女と槍』。秀吉が東野英治郎.jpg 『酒と女と槍』家康が小沢栄太郎.jpg

酒と女と槍_0.jpg「酒と女と槍」●制作年:1960年●監督:内田吐夢●製作:大川博●脚本:井出雅人●撮影:鷲尾元也●音楽:小杉太一郎●原作:海音寺潮五郎「酒と女と槍と」●時間:99分●出演:大友柳太朗/淡島千景/花園ひろみ/黒川弥酒と女と槍003.jpg太郎/山形勲/東野英治郎/原健策/須賀不二夫/織田政雄/徳大寺伸/小沢栄太郎/片岡栄二郎/高松錦之助/松浦築枝/赤木春恵/水野浩/有馬宏治/十朱久雄/香川良介/楠本健二/浅野光男/舟橋圭子/近江雄二郎/大崎史郎/尾上華丈/石南方英二.jpg丸勝也/村居京之輔/南方英二(後のチャンバラトリオ)/泉春子/片岡千恵蔵●公開:1960/05●配給:東映(評価:★★★☆)

大友柳太朗(1912-1985/享年73、自死)

 
真田丸 title.jpg真田丸  dvd.jpg「真田丸」●演出:木村隆文/吉川邦夫/田中正/小林大児/土井祥平/渡辺哲也●制作:屋敷陽太郎/吉川邦夫●脚本:三谷幸喜●音楽:服部隆之●出演:堺雅人/大泉洋/草刈正雄/長澤まさみ/木村佳乃/平岳大/中原丈雄/藤井隆/迫田孝也/高木渉/高嶋政伸/遠藤憲一/榎木孝明/温水洋一/吉田鋼太郎/草笛光子/高畑淳子/内野聖陽/黒木華/藤本隆宏/斉藤由貴/寺島進/西村雅彦/段田安則/藤岡弘、/近藤正臣/小日向文世/鈴木京香/竹内結子/新納慎也/哀川翔●放映:2016/01~12(全50回)●放送局:NHK

「●野村 芳太郎 監督作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2990】 野村 芳太郎 「疑惑 
「●「芸術選奨(監督)」受賞作」の インデックッスへ(野村芳太郎)「●芥川 也寸志 音楽作品」の インデックッスへ「●緒形 拳 出演作品」の インデックッスへ「●岩下 志麻 出演作品」の インデックッスへ「●小川 眞由美 出演作品」の インデックッスへ「●大滝 秀治 出演作品」の インデックッスへ「●加藤 嘉 出演作品」の インデックッスへ「●蟹江敬三 出演作品」の インデックッスへ「●田中 邦衛 出演作品」の インデックッスへ「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「松本清張スペシャル・鬼畜」「ドラマスペシャル 松本清張 鬼畜」「●ま 松本 清張」の インデックッスへ ○あの頃映画 松竹DVDコレクション

概ね原作に忠実に作られているように思われた。ラストは「砂の器」より上か。原作も越えた?
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鬼畜dvd 2015.jpg鬼畜dvd.jpg Kichiku  (1978)  .jpg
鬼畜 [DVD]」/Kichiku (1978)
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「松本清張スペシャル・鬼畜」('02年・日本テレビ)/「ドラマスペシャル 松本清張 鬼畜」('17年・テレビ朝日)
「鬼畜」ドラマ  2.jpg
岩下志麻
鬼畜 岩下1.jpg 川越市で印刷屋を営む竹下宗吉(緒形拳)は、妻・お梅(岩下志麻)に隠れ、鳥料理屋の女中・菊代(小川真由美)を妾として囲い、7年間に3人の隠し子を作鬼畜 小川1.jpgった。やがて火事と大印刷店攻勢で宗吉の商売は凋落し、手当を貰えなくなった菊代が、利一(6歳)、良子(4歳)庄二(1歳半)を連れて宗吉の家に怒鳴り込む。菊代はお梅と口論した挙句、3人を宗吉に押しつけて蒸発し、お梅が子供達と宗吉に当り散らす鬼畜 緒形・岩下1.jpg地獄の日々が始まる。末の庄二が栄養失調で衰弱し、医者に行ったある日、寝ている庄二の顔の上にシートが故意か偶然か被さって庄二は死ぬ。宗吉はお梅の仕業と思いながらも口に出せず、逆に、「あんたも一つ気が楽になったね」と言われる。その夜、夫婦は久しぶりに燃え、共通の罪悪感に昂ぶる。お梅鬼畜k51.jpgは残りの子供も〈処分〉することを宗吉に迫り、宗吉は良子を東京タワーに連れて行って置き去り鬼畜k3 1.jpgにし、一人エレベーターを降りる。更に長男・利一を毒殺しようとするものの果たせず、何日か後、新幹線こだま号に利一を乗せ、北陸海岸に連れて行く。能登半島に辿り着き、日本海を臨む岸壁で、宗吉は利一を海に落す。翌朝、沖の船が絶壁の途中に引掛っている利一を発見し、かすり傷程度で鬼畜 09.jpg助け出す。警察の調べに利一は父親と遊びに来て眠っているうちに落ちたと言い張り、名前、住所、親のことや身許の手掛かりになることは一切言わない。しかし警察は、事故ではなく利一は突き落とした誰かを庇っていると判断し、利一の持っていた石版印刷に使用する石材のかけら(利一はこれを石蹴り遊びに使っていた)から宗吉が殺人未遂容疑で警察に拘束される。そして、移送されてきた宗吉が警察で利一と対面する―。

鬼畜―松本清張短編全集〈7〉 (カッパ・ノベルス)1.jpg 松本清張の短編小説「鬼畜」を野村芳太郎(1919-2005)監督が映画化した1978年公開作で、脚本は「赤ひげ」('65年/東宝)の井出雅人、音楽は「砂の器」('74年/松竹)の芥川也寸志(他に「ゼロの焦点」「黒い十人の女」(共に'61年)など)。主な出演者は、緒形拳(1937-2008)、岩下志麻、小川真由美。野村芳太郎による松本清張原作の映画化作品では「砂の器」の評価が高いようですが、この「鬼畜」も非常に良く出来ていると思います。「砂の器」は原作を超えていませんが、「鬼畜」は一面において原作を超えているようにも思います。
鬼畜―松本清張短編全集〈7〉 (カッパ・ノベルス)

鬼畜011.jpg まず、前半部分しか出てきませんが、小川真由美の3人の子供を連れての鬼畜k211.jpg押しかけぶりが良く、岩下志麻との競演は見所であり、更に中盤の見せ場は、岩下志麻演じるお梅の児童虐待ぶりの凄まじさでしょうか(子役たちは撮影の休憩時間中も岩下志麻に寄りつかなかったという)。

鬼畜k612.jpg それらに比べると、2人の女の間でおろおろしている宗吉を演じた緒形拳はやや影が薄いようにも見えましたが、これはこれで、あまりやりすぎると喜鬼畜k31.jpg劇になってしまうし、あまり抑え過ぎると面白くないし、意外と加減の難しい役どころだったのではないでしょうか(緒形拳はこの演技で、「第2回日本アカデミー賞」「第3回報知映画賞」「第21回ブルーリボン賞」の主演男優賞を"3冠"受賞した)。

鬼畜 蟹江.jpg その他にも、印刷所の工員(原作でもいることになっているが人物造型は描かれていない)を蟹江敬三(1944-2014)が好演していたし(お梅が赤ん坊の口に米を突っ込んで虐待するのを「よせよ」と遠巻きに言うだけで何もできない夫・宗吉に代わって毅然と赤ん坊を取り上げ、「しっかりしろよ!旦那の子だろ!」と言うという、いい人のキャラだった)、子役の演技も、賛否ありますが、個人的には悪くなかったと思います(子役の演技力というより監督の演出力の成果だろう)。

 原作が発表されたのは'57(昭和32)年ですが、それを映画が作られた'78(昭和53)年に置き換えていて(利一が歌う「科学忍者隊ガッチャマン」は、この映画が公開された'78年10月に続編のアニメ放送が始まっている)、宗吉の営む印刷所は、東京から急行列車で3時間を0鬼畜 男衾.jpg要する地方にあるS市という原作の設定から埼玉県の川越市に改変され、宗吉が菊代を囲った家は、原作ではS市から1時間ばかり汽車で行く町ということで、映画では同じ埼玉県の男衾(おぶすま)駅付近となっています。

「鬼畜」 9s1.jpg鬼畜 6.jpg 宗吉が良子を置き去りにするのは原作では東京タワーではなく銀座のデパートの屋上のミニ動物園、利一を毒殺しようとして上野動物園で食鬼畜 緒形 .pngべさせるのはアンパンではなく最中(もなか)、利一を旅に連れて行ったのは北陸ではなく原作では西伊豆です。映画では西伊豆を北陸に変え(米原まで新幹線で行く)、能登金剛までやって来て、そこで利一を崖から放ってしまう―。能登金剛は「ゼロの焦点」('61年/松竹)のラストシーンの舞台でもあります(こちらは原作通り)。これら細かい改変点はありますが、概ね原作に忠実に作られているように思われ、こうした作り方は個人的には割合と好きな方です。

「鬼畜」 s21.jpg 原作と一番異なる点はラストで、原作が、利一が頑なに黙秘を続けるも、持っていた石材で宗吉の犯行の足が付くことを示唆して終わるのに対し、映画では、宗吉が殺人未遂容疑で逮捕され、利一と面会を果たす場面が加えられていることです。そこでも利一は、「坊やのお父さんだね?」 との警官の問いに、「知らないおじさんだよ!」と否定し、宗吉はそんな利一にすがりつき、後悔と罪悪感で号泣する―。利一は何故黙秘を続けたのかという疑問を更に発展させて、利一は宗吉を庇ったのか見捨てたのかという究極の問いを観る者に投げかけている訳で、この持って行き方は悪くないように思いました。答えはそう難しくないと思いますが(脚本の井手雅人は「父親を拒否した」を意図したが、野村芳太郎監督が「父親を庇った」ととれる演出に変えたと言われている)、観る者にちょっとだけ考えさせるこの終わり方が余韻となっており、「砂の器」の加藤剛が延々とピアノ曲「宿命」を奏でる(やや大仰な)エンディングより上だったかもしれません。一面において原作を超えていると思うのも、この分かりやすい問題提起とでも言うか、まさにこの点にあります(因みに、原作にはモデルとなった実際の事件があって、犯人の男は在獄中に発狂死したという凄まじいエピソードがある)。

松本清張スペシャル・鬼畜5.jpg松本清張スペシャル 鬼畜 dvd.jpg 過去に1度だけテレビドラマ化されていて、'02年10月15日に日本テレビ系列で「火曜サスペンス劇場('81年~'95年)1000回突破記念作品」として「松本清張スペシャル・鬼畜」のタイトルで放送されています(監督は「江戸川乱歩猟奇館 屋根裏の散歩者」('76年)「女教師」('77年)の田中登)。時代を「今」に移し、保夫(宗吉から改変)をビートたけし、妻・春江(お梅から改変)を黒木瞳、妾の昌代(菊代から改変)を室井滋が演じ、竹中印刷所の所在地を川越市から同じ埼玉県の川口市に移していますが、あとは概ね映画と同じような展開でした。ビートたけしは、映画でおろおろしてばかりいた緒形拳に比べると抑制した演技。一方、春江を演じた黒木瞳は頑張っていたとは思いますが美しす松本清張スペシャル・鬼畜 9.jpgぎて、映画の岩下志麻ほどの凄味もやつれ感も無かったように思います。映画では岩下志麻演じるお梅が赤ん坊の口に米を突っ込んで虐待するところが、ドラマでは食事が美味しくないと言う子どもに腹を立てた黒木瞳演じる春江が玉子焼きを取り上げて捨てるぐらいで、後の方で保夫が長男を連れて行った上野動物園そばの不忍池で、長男に妻が毒を入れたおにぎりを無理やり食べさせようとするシーンなどがあり(前述の通り原作は最中、映画はアンパン)、黒木瞳がやるはずの汚れ役の一部をビートたけしが肩代わりしている印象もありました。全体として、夫婦を突き放すのではなく、寄り添うような感じだったでしょうか。

松本清張スペシャル・鬼畜3面.jpg

 子どもを捨てようと思った保夫が長女を連れて行く場所は、映画の東京タワーからお台場に改変されていて、長男を最後に連れて行く場所は、映画の能登金剛から原作と同じ西伊豆に戻されています。ラストは、映画と同じように保夫が子どもと対面するシーンがあって(原作にはない)、映画と同じように父親のことを知らないと子どもは言い張ります。映画では、子どもが父親を拒否したとも庇ったともとれるつくりになっていますが、ドラマの方はビートたけしがおいおい泣くので、ああ「庇った」のだなあとすぐ判ります。でもここが、それまで抑えた演技をしてきたビートたけしの、ラストでの演技の見せ所であったと思います。「火曜サスペンス劇場」のいつもの2時間ドラマよりかなり重かったし、ビートたけしがこれまで出演している清張原作ドラマの中でも一番いいくらいの出来ではなかったでしょうか(賛否はあるかと思うが、他のがあまりにひどい改変のものが多いから)。

鬼畜  岩下志麻.jpg 鬼畜 小川真由美.jpg 岩下志麻小川真由美
鬼畜 蟹江敬三.jpg 鬼畜 大滝秀治.jpg 蟹江敬三大滝秀治
鬼畜 田中1.jpg 鬼畜 鈴木瑞穂、大竹しのぶ.jpg 田中邦衛/鈴木瑞穂・大竹しのぶ



鬼畜 パンフ.jpg鬼畜 o.jpg「鬼畜」●制作年:1978年●監督:野村芳太郎●製作:野村芳太郎/野村芳樹●脚本:井手雅人●撮影:川又昂●音楽:芥川也寸志●原作:松本清張●時間:110分●出演:緒形拳/岩下志麻/小川真由美/加藤嘉/蟹江敬三/大滝秀治/大竹しのぶ/田中邦衛/浜村純/鈴木瑞穂/岩瀬浩規/吉沢美幸/穂積隆信/石井旬/山谷初男/三谷昇●公開:1978/10●配給:松竹●最初に観た場所:銀座・東劇(野村芳太郎特集)(05-08-27)●2回目:新宿ピカデリー(緒形拳追悼特集)(08-11-16)●3回目:北千住・シネマブルースタジオ(10-01-31)(評価:★★★★☆)
映画パンフレット 「鬼畜」 監督 /野村芳太郎 出演 /岩下志麻、緒方拳
「野村芳太郎特集」00.jpg
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小川真由美 in「鬼畜」('78年)/「復讐するは我にあり」('79年)/「江戸川乱歩 美女シリーズ/悪魔のような美女」('79年)
小川真由美 鬼畜 - 2.jpg 小川真由美 復讐するは我にあり.jpg 8悪魔のような美女 06.jpg
松本清張の種族同盟・湖上の偽装殺人事件」('79年)
松本清張の種族同盟図9.jpg


松本清張スペシャル 鬼畜 dvd.jpg松本清張スペシャル 「鬼畜」.jpg松本清張スペシャル・鬼畜4.jpg「松本清張スペシャル・鬼畜」●監督:田中登●企画:酒井浩至●脚本:佐伯俊道●音楽:大谷和夫(エンディング:安全地帯「出逢い」)●原作:松本清張●時間:141分(放送分)●出演:ビートたけし/黒木瞳/室井滋/片岡涼/佐藤愛美/諸岡真尋/小野武彦/奥村公延/石倉三郎/日野陽仁/渡辺哲/波乃久里子/斉藤暁/大林丈史/津田三七子/井田國彦/斎藤歩/酒井敏也/水田啓太郎/斉藤実紀●放映:2002/10/15(全1回)●放送局:日本テレビ
火曜サスペンス劇場2 鬼畜 [DVD]

《読書MEMO》
●2度目のテレビドラマ化「ドラマスペシャル 松本清張 鬼畜」(テレビ朝日・2017年12月24日放送)
監督:和泉聖治/出演:玉木宏(宗吉)・常盤貴子(梅子)・木村多江(菊代)
ドラマSP 松本清張「鬼畜].jpg 「ドラマスペシャル 松本清張 鬼畜」(テレビ朝日).jpg
ドラマ 鬼畜.jpg【感想】脚本・竹山洋(「松本清張 点と線」('07年))、監督・和泉聖治(「アガサ・クリスティ そして誰もいなくなった」('17年))(共に1946年生まれ)というベテランコンビでのドラマ化。ビートたけし主演のドラマ化の際は、妻役の黒木瞳がキレイ過ぎたが(男が黒木瞳を捨てて室井滋(愛人役)に奔るはずがないとの声もあったとかで、バランスも大事なのか)、今回はどちらもキレイで、共にやつれ感があまりない。まあ最初から、緒形拳・岩下志麻・小川真由美という強力布陣の映画版ドラマスペシャル 松本清張 鬼畜」3.jpgを超えるのは難しいと思って観ているが、演出はまずまず手堅かったように思う。映画では、終盤で子どもが父親を庇ったのか拒絶したのか解釈が分かれるような作りだが、このドラマでは婦警が「この子は親を庇っている」と言ってしまっている。ラストは原作と異なり、妻に贖罪させたような感じで、男の方は刑務所に入り、刑期を終えて出てきて墓参り。モデルとなった人物は獄中で狂死したことを思うと、やや甘い。妻に贖罪させたことも含め、テレビ的な改変であったように思う。しかし、ネットでいちばん話題になっていたのは、なぜこれをクリスマスイブに放映するのか謎であるということだった(笑)。


「鬼畜」ドラマ61.jpg「ドラマスペシャル 松本清張 鬼畜」.jpg「ドラマスペシャル 松本清張 鬼畜」●監督:和泉聖治●プロデューサー:五十嵐文郎●脚本:竹山洋●音楽:吉川清之●原作:松本清張●時間:138分(放送分)●出演:玉木宏/常盤貴子/木村多江/余貴美子/南岐佐(菊代の長男で7歳)/稲谷実恩(菊代の長女で4歳)/今中陸人(菊代の次男で2歳)/前田亜季/近藤芳正/羽場裕一/片桐竜次/河西健司/萩原悠/嘉門洋子/平泉成/柳葉敏郎/橋爪功●放映:2017/12/24(全1回)●放送局:テレビ朝日


     
  

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原作者に「原作を超えた」と言わせた作品。ドラマではだんだん原作の雰囲気を伝えにくくなってきている?

張込み dvd.jpg 張込み_.jpg 張込み 映画1.gif  張込み 水曜ミステリー1.jpg 張込み 松本清張 カッパノベルズ.jpg
張込み [DVD]」/「『あの頃映画 the BEST 松竹ブルーレイ・コレクション 張込み』 [Blu-ray]」/大木実・宮口精二/TX系「水曜ミステリー9」松本清張特別企画「張込み」2011年11月2日放映(若村麻由美)/『張込み―松本清張短編全集〈3〉 (カッパ・ノベルス)

張込み 映画 dvd.jpg張込み 3.jpg 警視庁捜査第一課の刑事・下岡(宮口精二)と柚木(大木実)は、質屋殺しの共犯者・石井(田村高廣)を追って佐賀へ発った。主犯の自供によると、石井は兇行に使った拳銃を持ってい、三年前上京の時別れた女・さだ子(高峰秀子)に張込み 高峰.jpg会いたがっていた。さだ子は今は佐賀の銀行員横川(清水将夫)の後妻になっていた。石井の立寄った形跡はまだなかった。両刑事はその家の前の木賃宿然とした旅館で張込みを開始した。さだ子はもの静かな女で、熱烈な恋愛の経験があるとは見えなかった。ただ、二十以上も年の違う夫を持ち、不幸そうだった。猛暑の中で昼夜の別なく張込みが続けられた。三日目。四日目。だが石井は現れなかった―。

『張込み』(1958)2.jpg 原作は松本清張が「小説新潮」1955年12月号に発表した短編小説。橋本忍脚本、野村芳太郎監督によるこの映画化作品では、逃亡中の犯人(田村高廣)の昔の恋人(高峰秀子)を見張る刑事が原作の1人に対して2人(大木実・宮口精二)になっており、やはり1人にしてしまうと、見張る側に関してもセリフ無しで心理描写せねばならず、それはきつかったのか...。それでもモノローグ過剰とならざるを得ず、しかも、見張る側の私的な状況など原作には無い描写を多々盛り込んでおり、もともと短篇であるものを2時間にするとなると、こうならざるを得ないのでしょうか。しかしながら、この作品の世評は高く、野村芳太郎はこの作品で一気にメジャー監督への仲間入りを果たすことになります。

 橋本忍・野村芳太郎のコンビは以降も「ゼロの焦点」('61年)、「影の車」('70年)、「砂の器」('74年)と、この作品以降次々と松本清張作品の映画化を手掛けており、そうした一連の作品の中でもこの作品に対する原作者・松本清張の評価・満足度は高かったそうですが、個人的には、最初にこの映画「張込み」を観た際には、後年の作品ほどの演出のキレが感じられませんでした。ただ、田中小実昌などは「砂の器」よりもこっちの方がずっと傑作だと言っおり、エライ人が出てこないのがいいと。確かにそういう見方もあるかもしれないと思った次第です。

松本清張 .jpg 因みに、松本清張本人が評価していた自作の映画化作品は、この「張込み」と、「黒い画集 あるサラリーマンの証言」('60年/東宝)、「砂の器」('78年/松竹)だけであったといい(3作とも脚本は橋本忍)、特に「張込み」と「黒い画集 あるサラリーマンの証言」については、 「映画化で一番いいのは『張込み』『黒い画集 あるサラリーマンの証言』だ。両方とも短編小説の映画化で、映画化っていうのは、短編を提供して、作る側がそこから得た発想で自由にやってくれるといいのができる。この2本は原作を超えてる。あれが映画だよ」と述べたとのことです。(白井佳夫・川又昴対談「松本清張の小説映画化の秘密」(『松本清張研究』第1号(1996年/砂書房)、白井佳夫・堀川弘通・西村雄一郎対談「証言・映画『黒い画集・あるサラリーマンの証言』」(『松本清張研究』第3号(1997年/砂書房))。

 この「張込み」という作品は、時代劇に翻案されたものも含めると、これまでに少なくとも10回はテレビドラマ化されています。
 •1959年「張込み(KR(現TBS))」沢村国太郎・山岡久乃・安井昌二
 •1960年「黒い断層~張込み(KR(現TBS))」宇津井健・三井弘次
 •1962年「張込み(NHK)」沼田曜一・福田公子・小林昭二
 •1963年「張込み(NET(現テレビ朝日))」江原真二郎・織田政雄・高倉みゆき
 •1966年「張込み(KTV(関西テレビ))」中村玉緒・下条正巳・高津住男
張込み 吉永小百合.bmp •1970年「張込み(NTV)」加藤剛・八千草薫・浜田寅彦
 •1978年「松本清張おんなシリーズ1・張込み(TBS)」吉永小百合・荻島真一・佐野浅夫
 •1991年「松本清張作家活動40年記念・張込み(CX)」大竹しのぶ・田原俊彦・井川比佐志
 •1996年「文吾捕物絵図 張り込み(TX)」中村橋之助・萬屋錦之介・國生さゆり
 •2002年「松本清張没後10年記念・張込み(ANB)」ビートたけし・緒形直人・鶴田真由

張込み 田村高廣/高峰秀子.jpg 女主人公の方は、映画では高峰秀子が演じ、テレビドラマでは八千草薫や吉永小百合などが演じているとなると、女優にとっては演じてみたい役柄なのでしょう。でも、相応かつ相当の演技力が要求される役どころだと思います。

映画「張込み」 田村高廣/高峰秀子

 一方、張り込む側の男優の方は、テレビドラマ版は、見張りの刑事が2人になっているものが多く、その点では映画版を踏襲していますが、だんだんベテラン刑事と若手刑事の取り合わせという風になっていき(但し、吉永小百合版は若手の荻島真一が一人で張り込み)、ベテランがメインになったり若手がメインになったりと色々バリエーションがあるようです(大竹しのぶ版では若手エリート刑事と地元の田舎刑事との取り合わせ、ビートたけし版ではビートたけしと一緒に張り込む緒形直人の方が「年下の上司」ということになっている)。

若村麻由美.bmp そして2011年にまた、TX系の「水曜ミステリー9」で、「松本清張特別企画」として、若村麻由美・小泉孝太郎主演で放送されました(若村麻由美は「無名塾」種出身。90年代にも清張ドラマに何度か出演しており、女優業復帰でこの人も結構長いキャリアになる)。

張込み 水曜ミステリー2.jpg 張り込む刑事は小泉孝太郎1人で、先輩刑事のムダだという意見に抗して張り込むことを主張する熱血漢である一方で、色男でもあり、かつて関与したDV事件の女性被害者に対して、今はストーカーまがいのことをしているという変なヤツ。原作ではラストに1回あるだけの、主人公の女(若村麻由美)との接触場面が矢鱈と多く、逃亡中の犯人(元恋人)と女を引きあわせるお膳立てまでして、結果として女の目の前で犯人は取り押さえられることになり、これって却って残酷ではなかったかと思ってしまいます。

張込み 水曜ミステリー3 携帯.jpg 原作にはあまり記述の無い女の家庭での妻としての暮らしぶりが描かれることは、これまでのドラマ化作品でもあったかと思いますが、これはやや"描き過ぎ"。しかも、「幸せそうではない」夫婦生活のはずが、一見「幸せそうな」家庭になっていて、夫婦の結婚の経緯から始まって、女の夫が携帯の着信記録から妻の行動に不審を抱き妻を問い詰めると、ストーカーに狙われていると言うので警察に通報するとか、事件解決後に女は家から出奔してしまうとか―何だか余計なものを付け加え過ぎて、原作とはテーマからして別物になった感じでした(ベクトル的には原作と真逆。特にラストは)。

張込み 1958.jpg張込み 映画1.jpg ドラマ化されるごとに原作から離れていく感じがしますが、最近のドラマ化作品が原作と別物に見えるのは、野村芳太郎のモノクロ映画の冒頭で10数分間続く夜行列車のシーンに見られるような(その外にも移動シーンで蒸気機関車がふんだんに見られ、S張込み 1958汽車.pngLファン必見作?)、高度成長期初期の熱に浮かされたような活気や雑然とした時代の雰囲気みたいなものが、最近のテレビドラマでは再現されにくいということもあるのかもしれません。まあ、半世紀以上経っているのだから仕方が無いか。 [上写真]「張込み」撮影風景(高峰秀子)

 大方が時代設定を現在に置き換えており、最初から原作を再現するつもりも無いわけですが、1回"原点回帰"したものも観てみたい気がするし、演出が近年の刑事ドラマのパターンをステレオタイプで踏襲しているのにはややウンザリもします(このTX系「水曜ミステリー9」版も、若村麻由美はまあまあなのだが、男優陣の演技は"全滅"に近かったように思う)。

「張り込み」00.jpg張込み タイトル.jpg 野村芳太郎監督の映画化作品を最初に観た時の個人的評価は星3つでしたが(多分、原作との違いが気にかかったというのもあったと思う)、今観直すと、時代の雰囲気をよく伝えているような印象も。後にこれを超えるものが出てこないため、相対的にこちらの評価が高くなって星半分プラスしたという感じでしょうか。

大木実/宮口精二
大木実/宮口精二 張込み.jpg「張込み」●制作年:1958年●製作:小倉武志(企画)●監督:野村芳太郎●脚本:橋本忍●撮影:井上晴二●音楽:黛敏郎●原作:松本清張「張込み」●時間:116分●出演:大張込み vhs.jpg木実/宮口精二/高峰秀子/田村張込み 1958汽車2.png高廣/高千穂ひづ/内田良平/菅井きん/藤原釜足/清水将夫/浦辺粂子/多々良純/芦「張込み」1958.jpg田伸介●公開:1958/01●配給:松竹●最初に観た場所:池袋文芸地下(84-02-22)(評価★★★☆)
田村高廣/高峰秀子
  
      
若村麻由美「張り込み」(松本清張).jpg「松本清張特別企画・張込み .jpg張込み 水曜ミステリー1.jpg「松本清張特別企画・張込み」●監督:星田良子●製作:TX・BSジャパン●脚本:西岡琢也●原作:松本清張●出演:若村麻由美/小泉孝太郎/忍成修吾/渡辺いっけい/塩見三省/六平直政/田山涼成/上原美佐/田中邦衛●放映:2011/11(全1回)●放送局:テレビ東京 
 
若村麻由美(横川さわ子)/小泉孝太郎(警視庁刑事・柚木哲平)/渡辺いっけい(柚木の先輩刑事・下岡有作)/田中邦衛(警官・岸端正浩)
「張込み」若村麻由美.jpg 「張込み」 koizumi.jpg 「張込み」watanabe.jpg 「張込み」田中邦2衛.jpg

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会社と家庭で「内憂外患」。読み易いがインパクトはやや弱いか。

ようこそ、わが家へ 池井戸潤0_.jpg ようこそ、わが家へ 池井戸潤1.jpg ようこそ、わが家へ tvC.jpgようこそ、わが家へ (小学館文庫)』「ようこそ、わが家へ DVD-BOX」出演:相葉雅紀/沢尻エリカ/有村架純/南果歩/寺尾聰

ようこそ、わが家へ 池井戸潤c.jpg 真面目なだけが取り柄の会社員・倉田太一は、ある夏の日、駅のホームで割り込み男を注意した。すると、その日から倉田家に対する嫌がらせが相次ぐようになる。花壇は踏み荒らされ、郵便ポストには瀕死のネコが投げ込まれた。さらに、車は傷つけられ、部屋からは盗聴器まで見つかった。執拗に続く攻撃から穏やかな日常を取り戻すべく、一家はストーカーとの対決を決意する。一方、出向先のナカノ電子部品でも、倉田は営業部長に不正の疑惑を抱いたことから窮地へと追い込まれていく―。

 季刊誌「文芸ポスト」2005年秋号から2007年冬号まで6回にわたって連載されたものに加筆修正して、単行本化を経ずいきなり文庫化された作品。最近は企業小説の旗手として脚光を浴びている作者ですが、この作品は、そうした企業サスペンス(企業ドラマ)的なストーリーと、以前に作者がよく書いていたホーム・サスペンス的なストーリーが並行して進行していくという構成です。

 連載時のものからどれぐらい加筆修正されているのか分かりませんが、読み易かったです。但し、主人公の「内憂外患」には大いに同情するものの、インパクトは弱かったか。企業サスペンスの方は、やや盛り上がりを欠いたまま予定調和的な帰結を迎えるし、ストーカーが出てくるホーム・サスペンスの方も、犯人に関して特にサプライズ的要素があるわけでなかったように思います。

 最近の作者の企業小説に比べると"軽めの読み物"という感じでしょうか。それでも、あの高視聴率をマークした「半沢直樹」の原作者による作品ということもあってか、2015年にフジテレビでドラマ化され(それ以前の2014年に、NHKラジオ第1放送「新日曜名作座」にて全6回放送されていた)、TBSが「半沢直樹」であれだけ視聴率を稼げたドラマを僅か10回で終わらせてしまった(しかもそこに原作2冊分を詰め込んで使ってしまった)その轍を踏むまいとしてか、かっちり1クール、場合によっては延長も有りでスタートしました。しかし、そうなると今度は案の定、原作に無い登場人物とか出てきて、原作者はどう思っていたのでしょうか。以前、NHKで『鉄の骨』がドラマ化された際には、「どんどん原作から離れていきますね。まさにNHK版『鉄の骨』です」と自らのブログで書いていましたが、今は作者はブログを休止しているので分かりません。

ようこそ、わが家へ ード.jpgようこそ、わが家へl_k.jpg ドラマ版の方は、そもそも主役が倉田ではなく、相葉雅紀が演じる息子の健太が"ヒーロー"になっていて、それに合わせて沢尻エリカのような原作に無い役どころの女性が"ヒロイン"として出てきたりします。本来は倉田という個人において、会社の問題と家庭問題とで「内憂外患」状態のまま事態がダブル進行していくことがこの作品のミソであって、息子を主人公にしてしまったのでは...。ラストは謝る謝らないで、土下座までは行かなかったけれど、殆ど「半沢直樹」風の世界に改変されていました。

ようこそ、わが家へ  tv2.jpgようこそ、わが家へ tv.jpg「ようこそ、わが家へ」●演出:中江功/谷村政樹●プロデューサー:羽鳥健一●脚本:黒岩勉●音楽:川井憲次●原作:池井戸潤「ようこそ、わが家へ」●出演:相葉雅紀/沢尻エリカ/有村架純/佐藤二朗/山口紗弥加/眞島秀和/堀内敬子/足立梨花/藤井流星(ジャニーズWEST)/高田純次/竹中直人/近藤芳正/南果歩/寺尾聰●放映:2015/04-06(全10回)●放送局:フジテレビ


【2013年文庫化/小学館文庫】

「●角田 光代」の インデックッスへ Prev| NEXT ⇒ 【1357】 角田 光代 『森に眠る魚
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2章の主人公の、自身の新たな運命を切り拓こうとする投企的な意思がいい。"母性小説"。

八日目の蝉 単行本.jpg 八日目の蝉 文庫.jpg   八日目の蝉 dvd.jpg 八日目の蝉 映画2.jpg
単行本['07年]/『八日目の蝉 (中公文庫)』「八日目の蝉 通常版 [DVD]」出演:井上真央/永作博美/小池栄子

八日目の蝉 英訳本.jpg 2005(平成17)11月から翌年7月24日まで読売新聞夕刊に連載された作品で、2007(平成19)年・第2回「中央公論文芸賞」受賞作。2008(平成20)年・第5回「本屋大賞」第6位。

(英文版) 八日目の蝉 - The Eighth Day

 [0章]秋山丈博の愛人であった野々宮希和子は秋山宅に侵入、眠っていた赤ん坊(秋山恵理菜)を一目見るためだったが、赤ん坊が笑いかけたのを見て衝動的に誘拐する。[1章]希和子はこれにより誘拐犯として追われる身となり、薫と名づけた赤ん坊とともに逃亡を始める。まず事情を知らない親友の手を借り、その後、立ち退きを迫られている女の家に滞在、更に、女性だけで共同生活を送る「エンジェルホーム」に所持金をすべて手放して入所する。そこでも自分達の娘や妻を奪い返そうとする家族団体からの抗議に巻き込まれる中、警察の介入を避けて再び逃亡、エンジェルホームで出会った共同生活者の手助けで小豆島に逃亡し、安寧な生活を送ったものの、1枚の写真を契機に逮捕される。[2章]成人した恵理菜は、妻子持ちの岸田と付き合う中で希和子と同様に妊娠するが、岸田は丈博と同様頼りにならない。恵理菜の前に、エンジェルホームの問題や恵理菜の事件を取材しているフリーライターで、かつてホームにいたという安藤千草が現れる。恵理菜の妊娠を知ってわめき叫ぶ実の母親に絶望した恵理菜は、自分なりの判断を下す―。

 少し長めの[1章]の方は、希和子の母性から誘拐という犯罪を為す希和子の心理を描いて巧みですが、作者は希和子に寄り添って描いているように思えるものの、読み手としては、やはり希和子そのものを好きになれないというのはありました(この作家の作品は、出てくる人の誰もが好きになれないということが往々にしてあるのだが)。むしろ、こうした逃亡者を匿う人がいたり施設があったりするという、そうした社会状況が反映されている点が興味深かったです(今日でもDV被害者の駆け込み寺のような施設は結構あるのだろうなあ。居所不明児童を生む一因にもなっているようだが)。

 [2章]の成人した恵理菜の話は、最初の内は[1章]よりもっと暗い感じがしました。恵理菜の血の繋がった父母、とりわけ母親の方は完全に家庭人としては機能不全しており、恵理菜が不倫相手の子どもを妊娠したことを知ってヒステリーを起こしてしまう―こうした流れは、恵理菜の育ての親・希和子が父の不倫相手であったわけで、ある種「負の連鎖」的なものも感じられますが、終盤、そこから"開き直った"とでも言うか、実の親に見切りをつけたと言うか、恵理菜の思い切った決断は清々しいものでした。

 固定観念的な運命論に囚われず、自分で自身の新たな運命を切り拓いていこうとする、その投企的な意思に感動させられます。安藤千草の助けもあったかと思いますが、やはり原動力は"母性愛"なのでしょう。希和子が恵理菜を誘拐したのも母性愛的な犯行動機であるし、恵理菜が島に渡るのも母性愛から。「母性小説」と言っていい作品でした。

 2010年にNHKで、壇れい(希和子)・北乃きい(恵理菜)主演でテレビドラマ化され(全6回)、第27回「ATP賞テレビグランプリ2010」のグランプリを受賞していますが個人的には未見。更に翌2011年に八日目の蝉 映画.jpg八日目の蝉 映画N.jpg成島出監督、永作博美(希和子)、井上真央(恵理菜)主演で映画化され、第35回「日本アカデミー賞」の最優秀作品賞・最優秀監督賞・最優秀主演女優賞(井上真央)・最優秀助演女優賞(永作博美)・最優秀脚本賞など「10冠」を獲得しました。さらに、「芸術選奨文部科学大臣賞」も受賞、第66回「日本放送映画藝術大賞」でも、最優秀作品賞・最優秀脚本賞・最優秀助演女優賞(小池栄子=安藤千草役)など「7冠」を獲得しています。井上真央の日本アカデミー賞最優秀主演女優賞は"ぶっちぎりの前評判通り"だったものと記憶し、永作博美と小池栄子はそれぞれ第85回「キネマ旬報ベスト・テン」主演女優賞と助演女優賞も受賞していて、「女性の映画」らしく女優陣が賞を総なめした感じでした。

八日目の蝉 映画4.jpg 原作のラストで、そうとは知らずに恵理菜と希和子の2人が偶然フェリー乗り場で居合わせるのは、ちょっと話が出来過ぎな気もしますが、映像化した場合の効果まで狙っているのかと思ったら、映画では「互いに相手を認識しない偶然のすれ違い」はカットされていました。全体として、[2章]が"現在"で、そこへ[1章]の"過去"の話をカットバック的に挟むという構成で、フェリー乗り場の"現在"と"過去"も、そういう重ね方をしています。

八日目の蝉 映画K.jpg 原作が[1章]の方が量的なウェイトが大きいのに対し、映画の方は[2章]のウェイトが大きくなっています。その分、小池栄子演じる安藤千草の存在の比重が大きくなっていて、恵理菜と2人で島に渡って過去を巡る(但し、エンジェルホームは廃墟になっている)といった原作にない展開がありますが、そもそも、最初の2人の出会いから最後のそこに至るまでの2人のやりとりは殆ど全て原作に無いオリジナルの脚本(セリフ)であり、結果的に、映画全体がオリジナル色が濃かったという印象です(登場人物によっては原作のままのセリフもあるが)。

 映画も悪くなかったのですが、やや冗長感があったのと、恵理菜の希和子に対する思いが、原作の吹っ切れた印象とは違って、恵理菜の方から希和子に寄り添ったものになっているように感じられ、その部分は原作とやや違うような印象を受けました(映画だけ観た人は、恵理菜が希和子を探して会いに行ってもおかしくないと思うのでは)。但し、原作者である角田光代氏は、この映画を観て大号泣させられたそうですが。

 個人的には、「日本アカデミー賞」の最優秀助演女優賞の希和子役・永作博美(1970年生まれ)もさることながら、最優秀主演女優賞の恵理菜役・井上真央(1987年生まれ)は「花より男子F」('08年)、「僕の初恋をキミに捧ぐ」('09年)、「ダーリンは外国人大河ドラマ「花燃ゆ」井上.jpg」('10年)に続く4年連続4度目の映画主演とあって、安定した演技という感じでした。昨年['15年]のNHK大河ドラマ「花燃ゆ」でも主役の杉文(吉田松陰(伊勢谷友介)の妹で久坂玄瑞(東出昌大)の妻、後に楫取素彦(大沢たかお)の妻)を演じていますが、歴史的にマイナーな人物だったためか、最終回の視聴率は「平清盛」('12年)と並ぶ12.0%という過去最低でした(個人的には、応援するような気持で観ていたのだが)。千草役の小池栄子(1980年生まれ)は頑張って演技していたという感じでしょうか(彼女も後にNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」('22年)で北条政子という準主役級の役を得ることになった)

八日目の蝉021.jpg「八日目の蝉」●制作年:2011年●監督:成島出●製作総指揮:佐藤直樹●脚本:奥寺佐渡子●撮影:藤澤順一●音楽:安川午朗●時間:147分●原作:角田八日目の蝉6.jpg光代「八日目の蝉」●出演:井上真央/永作博美/小池栄子/森口瑤子/田中哲司/渡邉このみ/吉本菜穂子/市川実和子/余貴美子/平田満/風吹ジュン/劇団ひとり/田中泯/相築あきこ/別府あゆみ/安藤玉恵/安澤千草/ぼくもとさきこ/畠山彩奈/宮田早苗/徳井優/吉田羊/瀬木一将/広澤草勲●公開:2011/04●配給:松竹(評価:★★★☆)
「八日目の蝉」、.jpg

「花燃ゆ」1.jpg大河ドラマ「花燃ゆ」01.jpg「花燃ゆ」●脚本:大島里美/宮村優子/金子ありさ/小松江里子●演出:渡邊良雄 ほか●音楽:川井憲次●出演:井上真央/(以下五十音順)相島一之/麻生祐未/井川遥/石原良純/石丸幹二/伊勢谷友介/板垣李光人/伊原剛志/上杉祥三/江口のりこ/江守徹/大野拓朗/尾上寛之/大沢たかお/奥田瑛二/音尾琢真/賀来賢人/かたせ梨乃/香音/要潤/北大路欣也「花燃ゆ」s.jpg/銀粉蝶/劇団ひとり/黒島結菜/佐藤二朗/佐藤隆太/春風亭昇太/鈴木杏/瀬戸康史/大東駿介/高橋英樹/高橋由美子/高良健吾/宅間孝行/田中要次/田中麗奈/檀ふみ/津田寛治/内藤剛志/長塚京三/羽場裕一/浜田学/原田泰造/東出昌大/東山紀之/平田満/堀井新太/本田博太郎/松坂慶子/三浦貴大/三田佳子/村上新悟/山下真司/優香/若村麻由美/鷲尾真知子/(ナレーター)池田秀一●放映:2015/01~12(全50回)●放送局:NHK

田中麗奈(銀姫→毛利安子)/井上真央(杉文→久坂文→久坂美和→楫取美和)/松坂慶子(都美姫→毛利都美子)
「花燃ゆ」03.jpg
  
  
「花燃ゆ」13.jpg  
【2011年文庫化[中公文庫]】 

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粒揃いの短編集。「夜警」と「満願」がいい。"粒揃い"だが、飛び抜けたものは見出しにくい?

米澤 穂信 『満願』2.jpg満願1.jpg満願2.jpg  米澤穂信s.jpg 米澤 穂信 氏
満願』(2014/03 新潮社)

 2014(平成26)年・第27回「山本周五郎賞」受賞作。2014年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2015 (平成27) 年「このミステリーがすごい!」(国内編)第1位、2015年「ミステリが読みたい!」(早川書房主催)第1位(因みに、「週刊文春ミステリー ベスト10」「このミステリーがすごい」「ミステリが読みたい!」の3冠は2008年に「ミステリが読みたい!」がスタートして初)。2015(平成27)年・第12回「本屋大賞」第7位。

 交番勤務の警察官が主人公。交番に訪れたありふれたDV被害者。包丁を持って暴れる彼女の夫と対峙し、発砲するも殉職した同僚の警察官。その事実の裏に潜む心の闇とは?(「夜警」)。美しい母、二人の美しい娘、女たらしの父親。離婚協議が進むなか、娘二人のとった驚きの行動。美しく残酷な性(さが)が導いた結末とは(「柘榴」)。 殺人の罪を認め服役を終えた下宿屋の内儀。人柄を知る元下宿人の弁護士は内儀の行動に疑問を抱く。下された判決に抗おうとせず刑期を勤め上げた女の本当の願いとは(「満願」)。他「死人宿」「万灯」「関守」の3編を収録。

 賞を総嘗めしただけあって粒揃いという感じでしょうか。どれも面白く、個人的には最初の「夜警」と最後の「満願」が特に良かったかなあ。ただ、どちらにも言えることですが、トリックの面白さであって、犯行の動機という点からすると、こんな動機のために(しかも相当の不確実性が伴うという前提で)ここまでやるかという疑問は少しありました。「死人宿」と「関守」も旅館と喫茶店の違いはありますが、ちょっと雰囲気似ていたかなあ。「関守」は途中でオチが解ってしまいましたが、それでも面白く読めました。ということで、"粒揃い"ではあるが、飛び抜けたものは見出しにくいという感じも若干ありました。

 敢えて一番を絞れば、表題作の「満願」でしょうか。直木賞の選評で選考委員の宮部みゆき氏が、「ハイレベルな短編の連打に魅せられました」とし、「表題作の『満願』には、松本清張の傑作『一年半待て』を思い出しました」としているのにはほぼ納得(この作品自体、何となく昭和の雰囲気がある)。しかし、直木賞の選考で積極的にこの短編集を推したのは宮部みゆき氏のみで、「既に他の文学賞も受賞している作品ですが、意外に厳しい評が集まり、事実関係の記述のミスも指摘されて、私は大変驚きました」としています。

 "事実関係の記述のミス"とは幾つかあったようですが、東野圭吾氏が「最も致命的なのは『万灯』で、コレラについて完全に間違えている。(中略)この小説のケースでも感染はありえない」というもので、確かに"致命的"であったかも。更には、「『満願』の妻には借金の返済義務はない。(中略)殺人の動機も成立しない」としていて、これも痛いか。

 結局、浅田次郎氏の「稀有の資質を具えた作家が、同一作品で文学賞を連覇することはさほど幸福な結果とは思えぬ」という流れに選考委員の多くが乗って、直木賞は逃したという感じでしょうか。まあ、いずれは直木賞を獲るであろうと思われるその力量を認めた上での配慮(?)。自分自身の評価も星5つではなく星4つとしましたが、作者の今後に期待したいと思います。

 かつて横山秀夫氏が『半落ち』('02年/講談社)で直木賞候補になったものの、直木賞選考員会で作中の「事実誤認」を指摘されて直木賞に「絶縁」宣言をし、伊坂幸太郎氏が「執筆活動に専念したい」という理由で、山本周五郎賞受賞の自作『ゴールデンスランバー』('07年/新潮社)が直木賞候補になることを辞退したことがありました(伊坂幸太郎氏の場合は初めて直木賞候補になった『重力ピエロ』が選考員会で一部の委員に酷評されたという経緯があった)。まあ、この作者の場合は、そんな事態にはならないとは思いますが...。

【2017年文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
「満願」(第1夜「万灯」西島秀俊主演・第2夜「夜警」安田顕主演・最終夜「満願」高良健吾主演)
NHKドラマ『満願』.jpgNHKドラマ『満願』2.jpgNHKドラマ『満願』s.jpg●2018年ドラマ化 【感想】 「万灯」「夜警」「満願」をチョイスしてドラマ化したのは、妥当な選択か。この順番で放映されたが、後になるほど面白かった。つまり「満願」が一番良かったことになるが、これは原作を読んだ時と同じだった。「満願」は「万灯」同様、東野圭吾氏が指摘する瑕疵はあるが、プロットの出来としてはこれが頭一つ抜けていて、さらに脚本と演出が同じ人によるものであるため(熊切和嘉監督)、演出が木目細かったように思った。市川実日子がやや若すぎる気がしたが(しかも10年経ってもまったく老けない)、その演技は効いていたし、スイカやダルマといった小道具も原作通りではあるがそれぞれに効果的だった(旧二葉屋酒造で本格ロケをしたことも良かったのではないか)。

最終夜「満願」市川実日子/高良健吾

「満願」(第1夜「万灯」・第2夜「夜警」・最終夜「満願」)●演出:(第1夜)萩生田宏治/(第2夜)榊英雄/(最終夜)熊切和嘉●プロデューサー:益岡正志●脚本:(第1夜・第2夜)大石哲也/(最終夜)熊切和嘉●原作:米澤穂信●出演:(第1夜)西島秀俊/近藤公園/窪塚俊介・(第2夜)安田顕/馬場徹/吉沢悠・(最終夜)高良健吾/市川実日子/寺島進●放映:2018/08(全3回)●放送局:NHK
市川実日子 in「満願」('18年/NHK)/「シン・ゴジラ」('16年/東宝)
市川実日子 満願.jpg市川実日子 シン ゴジラ.jpg

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「犯罪編」と「推理編」の2部構成から成る変則的倒叙法。文庫で約700ページあるが、一気に読める。

黒い福音 1961.jpg黒い福音 角川.jpg黒い福音 新潮文庫0.jpg黒い福音 新潮文庫.jpg 黒い福音 松本清張 Kindle版 .jpg
黒い福音 (1961年)』/『黒い福音』角川文庫/『黒い福音 (角川文庫)』/『黒い福音 (新潮文庫)』/『黒い福音』新潮文庫 Kindle版
「松本清張 黒い福音~国際線スチュワーデス殺人事件~テレビ朝日開局55周年記念」(テレビ朝日 2014年1月17日放送)
0黒い福音国際線スチュワーデス殺人事件.jpg 終戦直後、カトリックの一派バジリオ会所属のグリエルモ教会のルネ・ビリエ神父は、聖書の翻訳作業を行う目的で、江原ヤス子のもとに通っていた。しかし深夜になると、彼女の寝室からすすり泣きや忍び笑いが洩れてくるのだった。ルノーで乗り付けるビリエ神父に加え、ヤス子の家では深夜にトラックが謎の荷物の積み下ろしを行っていて、ヤス子の生活は急速に派手になっていく。ある時、荷物の運搬に携わっていた日本人が警察に密告し、トラックから統制品の砂糖が押収された。刑事が教会を訪れたが、教会を統括するフェルディナン・マルタン管区長は、物資のヤミ商売は日本人が勝手にやったと言い、更に管区長は、ビリエ神父に日本政府の高官夫人を通じて"穏便に解決"するよう手配し、日本人の運搬責任者に"犠牲"になるよう指示する。その後7年が過ぎ、教会は以前にも増して発展、その間に、管区長のやり方に異議を唱えた神父は朝鮮半島の僻地に飛ばされ、代わりにシャルル・トルベックが神父となった。トルベックは純真な神学生であり女性を知らなかったが、日本人女性の信者の間で人気が出て、ビリエ神父と江原ヤス子が親しげに馴れ合う様子を目にしたことを契機に、彼もまた、信者の一人生田世津子と親密になっていく。そんなトルベックに、ビリエ神父から思わぬ指令が下る―。

 「週刊明星」昭和34(1959)年6月号.jpgBOACスチュワーデス殺人事件.jpg 1959(昭和34)年3月に起こったBOACスチュワーデス殺人事件をもとに、フィクションの形で推理を展開した長編小説で、中央公論社から刊行されていた「週刊コウロン」に1959(昭和34)年から翌年にかけて連載され(1959年11月3日号 - 1960年10月25日号)、1961年11月に同社から刊行されています。
「週刊明星」昭和34(1959)年6月14日号

 文庫で約700ページありますが、時間さえ許せば一気に読める面白さで、事件発生までの背景・過程を描いた第1部(犯罪編)と、刑事たちによる捜査を描く第2部(推理編)の2部構成になっていることも、飽きさせない理由の1つかもしれません。

 犯罪編の方は、トルベックが犯行に追い詰められていく背景と経緯が丁寧に描かれていて、こちらの方が全体の6割、推理編が残り4割という比率。従って、大きな括りでは「倒叙型」の推理小説と言えるものの"変則的"であり、例えば「刑事コロンボ」で言えば、ドラマの半ばを過ぎて殺人事件が起きる展開といったところでしょうか。

 事件が起きて間もなくして連載が始まったことから、当時の反響は大きかったと思われますが、今読んでも十分面白く、作者の推理とストーリーの構築力には脱帽させられます。

 個人的には犯罪編の方が面白かったですが、推理編に入っても飽きることはなく、但し、警察は事件の核心に迫りながらも、日本の国際的な立場がまだ弱かったために、キリスト教団の閉鎖的権威主義に屈せざるを得なかった―というほろ苦い結末でした(作者は事件に関する別の推理も展開しており、この作品は、作者が最有力と考える説の1つを小説化したものか)。

 犯罪編ではトルベックの視点から男女の情というものもしっかり描いていて、一方、推理編では、刑事と新聞記者が情報をバーターする場面や、容疑者の唾液から血液型を割り出すためにコーヒーを勧める場面などがあり、こちらも興味深いものでした。

黒い福音 TV宇津井.jpg この作品は1984年にTBSで宇津井健(1931-2014.3.14/享年82)主演でドラマ化されていますが、個人的には未見。先月(2013年1月)テレビ朝日で、ビートたけし、竹内結子主演で再ドラマ化されたものを見ました。

黒い福音 ドラマ 1.jpg こちらは生田世津子が死体で見つかる場面、つまり、原作の推理編から始まり、推理を通して事件を遡っていくという展開となっており、ある意味、"正統派"の倒叙法と言えます。原作の通りにやろうとすると、半分以上が外国人であるトルベックが主人公になってしまうというのもあって、推理編からスタートして、警視庁捜査一課の刑事・藤沢六郎(ビートたけし)を主人公にもってきたといったところでしょう。
テレビ朝日「松本清張 黒い福音~国際線スチュワーデス殺人事件~」(ビートたけし/瑛太/竹内結子)2014/01/17

い福音~国際線スチュワーデス殺人事件d.jpg 藤沢刑事は小説の中にも出てきて捜査の要となりますが、ドラマのように若い刑事を同行させたり、捜査陣と対立したりすることはありません。ドラマの方は、これもまた、「張込み」「点と線」などでこれまで清張作品のドラマ化作でビートたけしが演じた"ビートたけし流の刑事ドラマ"(乃至そうした刑事キャラ)になっているように感じました。役者としてのビートたけしの弱点は、何を演じてもビートたけし風になってしまうことでしょう(今回も、最初に出てきた時から"ビートたけし"で、最後まで"ビートたけし"だった)。


竹内結子(1980-2020/40歳没) 映画「春の雪」(2005年)綾倉聡子 役(ヒロイン)/TVドラマ「真田丸」(2016年) 茶々(後の淀君) 役/映画「決算!忠臣蔵」(2019年)大石りく 役
竹内結子 春の雪2.jpg 竹内結子 真田丸 (1).jpg 竹内 結子 決算忠臣蔵 - コピー.jpg


「黒い福音」t.jpg「松本清張 黒い福音~国際線スチュワーデス殺人事件~テレビ朝日開局55周年記念」●監松本清張 黒い福音~国際線スチュワーデス殺人事件.jpg督:石橋冠●製作:(チーフプロデューサー)五十嵐文郎/(プロデューサー)藤本一彦/池田邦晃/里内英司/中山秀一●脚本:尾西兼一/吉本昌弘●原作:松本清張●出演:藤沢六郎:ビートたけし/瑛太/竹2竹内結子 ビートたけし 黒い福音 インタビュー.jpg内結子/木村文乃/佐野史郎/池内博之/小池栄子/川原和久/阿南健治/スティーブ・ワイリー/ニコラス・ペタス(格闘家)/風吹黒い福音 ビートたけし.jpgジュン/角野卓造/北大路欣也(特別出演)/國村隼/市原悦子/嶋田久作●放映:2014/01/17(全1回)●放送局:テレビ朝日
「ビートたけし・竹内結子「黒い福音」インタビュー」(「ザ・テレビジョン」)


【1964年文庫化[中央公論文庫]/1966年再文庫化[角川文庫]/1971年再文庫化[新潮文庫]/2013年再文庫化[角川文庫(Kindle版)]】

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「インテレクチュアルな好奇心」(五木寛之)を満たす傑作。

点と線―長編推理小説 (1958年).jpg点と線29.JPG 点と線.png 点と線 映画1.jpg
カッパ・ノベルズ(1960/1973) 『点と線―長編推理小説 (カッパ・ノベルス)』映画「点と線」('58年/東映)
『点と線 』.jpg点と線―長編推理小説 (1958年)』[四六版]
    『点と線 (新潮文庫)

点と線 4.jpg松本 清張 『点と線』 新潮文庫.jpg 汚職事件の摘発が進行中の某省の課長補佐・佐山憲一(31)と、料理屋女中・お時(本名:桑山秀子)の死体が九州の香椎海岸で発見される。2人の死は情死との見解が強まるが、佐山の遺留品の中から、東京から九州方面へ向かう特急「あさかぜ」号の中で発行された「御一人様」の列車食堂のレシートが残っていたことに、地元警察のベテラン刑事・鳥飼重太郎が疑問を抱く。警視庁捜査2課の警部補・三原紀一も現地を訪れ、捜査が進む。実務者の佐山は汚職事件の鍵を握る人物であり、検察は佐山に確認したいことが多くあり、また、佐山の死で"利益を得る"上役官僚が複数いた。その中に、汚職事件の中心にある某省の部長・石田芳男(50)がおり、捜査線上に、某省に出入りする機会工具商・安田辰郎が上がる。佐山とお時の間の繋がりが認められず、三原は2人が青酸カリを飲んだ前後の安田の足取りを追う。すると、2人が青酸カリを飲んだ翌日の夜に、安田が仕事で北海道の小樽に行き、そこで取引先の業者と会っていた。東京から青森へ向かう特急列車や、北海道へ渡る青函連絡船でも、安田がいたことの証言や、乗車記録が残っている。2人が青酸カリを飲んだ夜に安田が九州にいることは物理的に不可能に思えたが、航空機を利用すれば、安田が業者に会う前に九州から北海道に着くことが可能なことに三原は気付く。しかし、安田は該当する便に乗っておらず、乗客全員を当たって偽名などがないか裏付けを取るが、全員がその便に乗っていたことが判明し、捜査は難航する―。

点と線 旅.jpg 松本清張(1909‐1992)のあまりに有名な長編推理小説で、雑誌「旅」の1957(昭和32)年2月号から1958(昭和33)年1月号に連載され(挿絵は佐藤泰治)、加筆訂正の上、1958年2月に光文社から単行本刊行されていますが、連載当時は、同時期に「週刊読売」に連載されていた『眼の壁』に比べて反響は少なく、作者自身から「病気のため休載にしてほしい」との申し出が「旅」の編集者にあったのを、編集者が「休載するなら『眼の壁』など、他の全ての連載を休載にしてもらう」と迫ったため、結局休載することなく連載が続けられたとのことです。

東京駅の13番線ホームに立つ松本清張[朝日新聞デジタル]
松本清張00.jpg 東京から博多まで夜行列車で20時間ほどかかった時代の話であることを念頭に読む必要はありますが、安田が、自分が東京駅の13番線プラットフォームで料亭「小雪」の女中2人に見送られる際に、向かいの15番線プラットフォームにお時が男性と夜行特急列車時間の習俗 カッパノベルス.jpg「あさかぜ」に乗り込むところを見たという他の目撃者付き証言に対して、13番線から15番線に停まっている「あさかぜ」を見通せるのは17時57分から18時01分までの4分間しかないことが判り、三原は、逆にこの「空白の4分間の謎」から安田に対する嫌疑が確信に近いものとなり、安田が航空機を使ったのではないかというアリバイのトリックを思い立つ(この"移動"トリックは、'61年発表の『点と線』の姉妹編とも言える時間の習俗でも使われている)という展開は、すんなり腑に落ちるものでした(しかし、この後も多くの推理の壁が三原の前に立ちはだかる)。

点と線 カッパノベルズ2.JPG 今手元にあるのはカッパ・ノベルズの'73(昭和48)年発行版(162版)で、「香椎海岸」や「青函連絡船」など10枚の写真が収められていてシズル感を高めているほか、冒頭には「東京駅構内で取材する松本清張氏」の写真もあります。カッパ・ノベルズとしての刊行部数は92万部で、84万部を売り上げた『ゼロの焦点』と並んで、カッパ・ノベルズの初期の隆盛を支えたことになりますが(部数は1974年7月26日付「夏のカッパ祭り」の新聞広告より。最近までの累計では共に100万部を超える)、『点と線』は『ゼロの焦点』より先に発表されたものの、その時はまだカッパ・ノベルズ創刊前であったため、当初四六版で発行され、『ゼロの焦点』より後からカッパ・ノベルズに入れられています。

五木寛之.jpg また、巻末には、昭和44年に行われた、この作品を巡る荒正人・尾崎秀樹の2人の対談があり、その中で、作家の五木寛之氏が、「松本清張氏はプロレタリアート・インテリゲンチャとして成熟した稀有な例」だとし、「その文学はプロレタリアートの怨念とインテレクチュアルな好奇心をバネとしている」と言っていることを取り上げています(五木寛之氏の"プロレタリアート・インテリゲンチャ"という表現に対して荒正人・尾崎秀樹両氏の間で距離感の違いはあるようだが)。それにしても、当時発行部数7000万部だったカッパ・ノベルズの内1000万部が松本清張作品だったというのはスゴイことだと思いました(荒正人は、夏目漱石の本が明治・大正・昭和の時代をかけて1000万部読まれてきたのに対し、松本清張はこの数字に僅か10年で到達してしまったことを取り上げ、大衆社会の中で"米の飯"のような必需品のような読まれ方をしてきたと指摘している)。

点と線 ラスト.jpg この作品は、『ゼロの焦点』や『砂の器』などの作者の他の代表作に比べると、「インテレクチュアルな好奇心」を満たすウェイトの方が高いように思われ、その点では無駄が少なく、一方、作者が昭和30年代に初めて「社会派推理というジャンルを築いた」という説明の流れの中で紹介される作品としては、"社会派"の部分はやや希薄な印象も受けます。但し、作中で殆ど姿を見せない安田の妻・亮子(最終的には自らの死も心中に見せかけたと推察され、自らも含む2度の"心中偽装"を行ったことになる)の人物造型は、抑圧された女性の怨念を描いて巧みな後の清張作品の、ある種「原点」的な位置づけにあると言えるかもしれません。
映画「点と線」(1958) 監督:小林恒夫

テレビ朝日「点と線」(2007) 監督:石橋冠
点と線 ドラマ0.jpg この作品は、「テレビ朝日」開局50周年記念ドラマスペシャルとして2007年11月24日と25日2夜連続で放送されていますが(2009年には「点と線~松本清張生誕100年記念特別バージョン」として再放映された)、ビートたけしが鳥飼重太郎を演じることで、高橋克典が演じる三原より鳥飼の方が事件解明の中心になっていて、原作では三原は鳥飼から幾つかの示唆を得ながらも自分で事件を解明するのに対し、ドラマでは鳥飼が独断で東京に行き三原と共に、あるいは単独で捜査するよう改変されており、かな点と線 テレビ朝日 1シーン.jpgり原作とは異なった印象を受けました。これまで何度も映像化されているのであればこうした改変もあっていいのかもしれませんが、テレビドラマとしては初の映像化だったので、ストレートに原作をなぞって欲しかった気もします。上司からの捜査中止命令にその場では抵抗しない三原(高橋克典)に対して鳥飼(ビートたけし)が怒りをぶちまけ、両者が殴り合いになるのはやりすぎで(あまりに"ビートたけし"風)、終盤の鳥飼と安田の妻・亮子(夏川結衣)の"直接対決"もドラマのオリジナル。原作を読んでいない人は松本清張がそんな話を書いたのかと思ってしまうのではないかなあ(原作では、鳥飼が三原に捜査を諦めないよう手紙で激励するとともに捜査のヒントを与えるにとどまっているし、安田宅に出向いて安田の妻と直競対峙するといったこともない。完全に、ビートたけしを主役にするための改変である)。


点と線 チラシ.jpg 小林恒夫監督による映画化作品('58年/東映)は、高峰三枝子、山形勲、志村喬といったベテランはともかく、三原刑事役の南廣が映画初出演ということもあり(元々はジャズドラマーだった)、演技がややパターン化したものであったのが、最初に観たときにイマイチだった印象に繋がっています(当点と線.jpg時40歳の高峰三枝子に28歳の役をやらせたのもきつかったか)。また、映像でトリックを解明するとやや複雑に感じられてしまい、原作が『ゼロの焦点』以上にトリックの占めるウェイトが高いものであったことを改めて認識させられるものでした。

映画「点と線」(1958) 監督:小林恒夫/主演:高峰三枝子、山形勲

 しかし、最近DVDで改めて観て、三原刑事役の南廣はある種"語り手"的な役割も果たしているので、むしろ演技過剰にならなくてよかったのではないかとか、高峰三枝子の「女の情念」の演技はさすがで、若い頃貧しくて旅行に行けず、時刻表で"空想の旅"をしていたという松本清張の情念を反映していていたのではないかとか再評価したい面もあって、また汽車の長旅や青函連絡船などが出てくるレトロ感もあって、個人的評価を△から○に変更しました。ラストの方の、心中現場に駆け付けた刑事たちの中に鳥飼刑事(加藤嘉)が居たりするなど、原作と異なる点はありますが、ビートたけしのテレビ版などと比べると、ほぼ原作に忠実に作られているように思いました。

点と線ges.jpg

点と線 映画2.jpg 点と線 映画3.jpg                                  
図1 「点と線」 .png図 2「点と線」 .png
   
図3 「点と線」 .png図4 「点と線」 .png

                                
「点と線」 ポスター.jpg「点と線」 ポスター2.jpg「点と線」●制作年:1958年●監督:小林恒夫●企画:根津昇 ●脚本:井手雅人●撮影:藤井静●音楽:木下忠司●原作:松本清張「点と線」●時間:85分●出演:南廣/高峰三枝子/山形勲/加藤嘉志村喬点と線 志村喬.jpg点と線 加藤嘉.jpg点と線_m.jpg点と線 DVD.jpg三島雅夫/堀雄二/河野秋武/奈良あけみ映画 「点と線」(1958年/東映) .jpg/小宮光江/月丘千秋/光岡早苗/楠トシエ/風見章子/織田政雄/曽根秀介/永田靖/成瀬昌彦/神田隆/小宮光江/増田順二/奈良あけみ/花沢徳衛/楠トシエ●劇場公開:1958/11●配給:東映●最初に観た場所:池袋文芸地下(88-01-23) (評価★★★☆)●併映:「黄色い風土」(石井輝男)/「黒い画集・あるサラリーマンの証言」(堀川弘通)

映画 「点と線 [DVD]」(1958年/東映) 

山形勲(安田商会・安田辰朗)/月丘千秋(「小雪」女中・八重子)/光岡早苗(同・とみ子)/志村喬(警視庁捜査二課係長・笠井警部)/河野秋武(警視庁捜査二課・土屋刑事)/加藤嘉(東福岡署・鳥飼重太郎刑事)     
点と線tentosen03.jpg 点と線tentosen09.jpg
 
 
点と線 ビートたけし6.jpg点と線 ビートたけし.jpg「松本清張 点と線」●監督:石橋冠●制作:五十嵐文郎●脚本:竹山洋●音楽:坂田晃一●原作:松本清張●時間:234分/【特別バージョン】138分●出演:ビートたけし/高橋克典/内山理名/小林稔侍/樹木希林/原沙知絵/大浦龍宇一/平泉成/本田博太郎/金児憲史/名高達男/大鶴義丹/竹中直点と線 テレビ朝日 2.jpg人/橋爪功/かたせ梨乃/坂口良子/小野武彦/高橋由美子/宇津井健/池内淳子/江守徹/市原悦子/夏川結衣/柳葉敏郎/(ナレーション・解説)石坂浩二●放映:2007/11(全2回)/【特別バージョン】2009/08(全1回)●放送局:テレビ朝日
ビートたけし×松本清張 点と線 [DVD]

週刊『松本清張』 1号 点と線 (デアゴスティーニコレクション)」 (2009/10)/『点と線―長篇ミステリー傑作選 (文春文庫)
週刊 松本清張 【創刊号】 点と線.jpg週刊松本清張 点と線.jpg点と線 文春文庫.jpg 【1958年単行本・1960年ノベルズ版・1968年カッパ・ノベルズ改版/1971年文庫化・1993年改版[新潮文庫]/2009年再文庫化[文春文庫]】

点と線 (新潮文庫)
点と線 (新潮文庫)1.jpg 点と線 (新潮文庫)2.jpg 点と線 (新潮文庫),200_.jpg

カッパ・ノベルズ(1973)
『点と線』2 .JPG

《読書MEMO》
● 桂 千穂 『カルトムービー本当に面白い日本映画 1945→1980』['13年/メディアックス]
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「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「半沢直樹(2020年版)」)

M&Aを素材とした分かり易い逆転劇。元々「劇画」を小説にしたような話なのでこれで良しか。

ロスジェネの逆襲.jpg ロスジェネの逆襲s.jpg 半沢直樹 3 ロスジェネの逆襲 (講談社文庫).jpg 「半沢直樹」2020 市川.jpg
ロスジェネの逆襲』['12年]/『ロスジェネの逆襲 (文春文庫)』['15年]/『半沢直樹 3 ロスジェネの逆襲 (講談社文庫)』['19年] 「半沢直樹(2020年版)」市川猿之助/堺雅人

 2004年、銀行の系列子会社で業績は鳴かず飛ばずの東京セントラル証券に、IT企業の雄「電脳雑伎集団」の平山社長から、ライバルの「東京スパイラル」を買収したいとの相談があった。アドバイザーの座に就けば、巨額の手数料が転がり込んでくるチャンスだったが、そこに親会社である東京中央銀行から理不尽な横槍が入る。責任を問われて窮地に陥った半沢直樹は、部下の森山雅弘とともに、驚くべき秘策に出る―。

 テレビドラマでお馴染みになった半沢直樹が主人公の物語の『オレたちバブル入行組』('04年/文藝春秋)、『オレたち花のバブル組』('08年/文藝春秋)に続くシリーズ第3作で、「週刊ダイヤモンド」2010年8月7日号から2011年10月1日号にかけて連載されたもの。今回は、半沢は東京中央銀行から東京セントラル証券に企画部長として出向中の身であり、出向元の東京中央銀行に対抗する形で「東京スパイラル」の買収防衛に関与します。

 既に「フォックス」という会社が「東京スパイラル」のホワイトナイトを名乗り出ていましたが、これら全てが「東京スパイラル」買収のために東京中央銀行が練った偽装スキームだった―半沢はそれを見破っただけでなく、「東京スパイラル」の瀬名社長を通じて「フォックス」に逆買収をかける、所謂「倍返し」に出るという、分かり易い逆転劇で、カタルシス効果は大です。

 部下の森山が「東京スパイラル」の瀬名社長と幼馴染だったとか、「フォックス」の海外子会社に「東京スパイラル」が新たなビジネスモデルを展開する上での非常にプラスになるノウハウが隠されていたとか、かなりご都合主義的なところはありますが、元々「劇画」を小説にしたような物語なので、これでいいのではないかと思います。

 ここにきて、ますますエンタテイメントのツボを押さえている感じで、分かり易くて、話の展開に無駄がありません。但し、M&Aにおける比較的常識的な規制等が、あたかも新たに露呈した事実のように描かれているのは、やや違和感もありました。

 特定のモデルは無いように思いましたが、IT企業「電脳雑伎集団」の粉飾決算を半沢が見破るに至って、そう言えば、カバーに六本木ヒルズが描かれていたなあと。

 『オレたちバブル入行組』、『オレたち花のバブル組』と続けて読み、ドラマも観てややお腹一杯という感じで、この作品もドラマ化が決定してからでも読めばいいと思っていましたが、シリーズ4作目『銀翼のイカロス』の連載が「週刊ダイヤモンド」で始まっていることもあって、じゃあ読んじゃおうかという流れでした。

 『オレたちバブル入行組』と『オレたち花のバブル組』はほぼリフレイン構造になっていたのに対し、本作はM&Aという新たなモチーフであったために、これはこれで思った以上に楽しめました。

【2015年文庫化[文春文庫]/2019年再文庫化[講談社文庫(『半沢直樹3 ロスジェネの逆襲』)]】

《読書MEMO》 
「半沢直樹」半沢 大和田 伊佐山.jpg「半沢直樹」半沢 伊佐山.jpg「半沢直樹」半沢&大和田.jpg ●2020年ドラマ化(「半沢直樹(2020年版)」)【感想】 2013年版の続編となっており、前半4話が『ロスジェネの逆襲』をもとにしたもので、後半が航空会社を舞台とした『銀翼のイカロス』が原作。『ロスジェネの逆襲』で半沢の敵役となる、かつての大和田常務の子飼いで東京中央銀行・証券営業部長の伊佐山は身長190㎝の大男だったはずだが、身長171㎝の市川猿之助が演じた。ただし、平取(ひらとり)に降格になった大和田常務を演じた香川照之に負けない「顔芸」をみせていた。その原作『ロスジェネの逆襲』にはもう出てこない大和田がドラマ版では再登場して、自分を見限った伊佐山に対して...と原作とはやや違った展開だったが、これはこれで「先は読「半沢直樹」3話.jpgめるけれどプロセスは読めない」という意味でよかったのではないか。尾上松也、片岡愛之助とほかにも歌舞伎役者が出ているが、とりわけ香川照之、市川猿之助「半沢直樹」柄本.jpgの「顔芸」はこうした"劇画"調の「現代の時代劇」的ドラマと相性がいいのかもしれないと思った(片岡愛之助や進政党幹事長役の柄本明も含め「顔芸」合戦の様相を呈していた(笑))。

柄本明(進政党幹事長・箕部啓治)


「半沢直樹」2020.jpg「半沢直樹」●演出:福澤克雄/田中健太/松木彩●脚本:丑尾健太郎●原作:池井戸潤「ロスジェネの逆襲」「銀翼のイカロス」●出演:堺雅人/香川照之/市川猿之助/尾上松也/賀来賢人/及川光博/古田新太/益岡徹/片岡愛之助/上戸彩/今田美桜/池田成志/角田晃広/土田英生/南野陽子/山崎銀之丞/戸次重幸/井川遥/筒井道隆/江口のりこ/柄本明/児嶋一哉/段田安則/柄本明/山西惇/鈴木壮麻/粟根まこと/八十田勇一/大鷹明良/夏目三久/井川遥/石黒賢/木場勝己/北大路欣也(特別出演)●放映:2020/07/19~9/27(全10回)●放送局:TBS    

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まずエンタメ小説として面白かった。当時における"大義"に思いを馳せることができる作品でもある。
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オリンピックの身代金 単行本.bmpオリンピックの身代金 上.jpg オリンピックの身代金 下.jpg 
オリンピックの身代金』『オリンピックの身代金(上) (角川文庫)』『オリンピックの身代金(下) (角川文庫)』『オリンピックの身代金 上 (角川文庫)』[Kindle版] 『オリンピックの身代金 下 (角川文庫)』[Kindle版]
2014年再文庫化[講談社文庫(上・下)]
オリンピックの身代金(上) (講談社文庫) .jpgオリンピックの身代金(下) (講談社文庫) .jpg
 2009(平成21)年・第43回「吉川英治文学賞」受賞作。

 東京オリンピック開催間近の昭和39(1964)年8月下旬、オリンピック警備本部幕僚長・須賀の自宅敷地内で、1週間後には中野の警察学校で相次いで火災があったが、共に警察による箝口令のため新聞報道はされなかった。妻の第二子出産を控え、松戸の団地に引っ越したばかりの捜査一課刑事・落合昌夫が属する五係メンバーは、前年の連続爆破事件の犯人が差出人名に用いた「草加次郎」名で、"東京オリンピックは不要"との爆破の予告状が届いていたことを明かされる。
 同年7月中旬、東大大学院生の島崎国男は、出稼ぎで五輪関連工事に携わっていた異父兄・初男の訃報に接し、秋田に住む母と義母の代理で荼毘に立ち会って遺骨を故郷へ持ち帰る。帰郷した彼は、昔と変わらず貧しい故郷の様に衝撃を受け、兄が生前働いていた飯場でこの夏働くことを決意する。大学院でマルクス経済学を学ぶ国男にはプロレタリアの実態を知るためのものだったが、慣れない肉体労働に加え、別の飯場を仕切るヤクザ者に目を付けられ、イカサマ賭博で負け借金を負ってしまう。そして労務者たちが疲労から逃れるために服用するヒロポンに、彼らの生活を実体験しようと自身も手を出す。兄の直接の死因がヒロポンの過剰摂取だったことを知った国男は、五輪景気に沸く東京の裏側にある労務者の実態や貧困に喘ぐ地方の現況からみて、今の日本にオリンピックを開催する資格はなく、開催を阻止しなければならないとの思いを強くし、発破業者の火薬庫からダイナマイトを盗んで爆破を実行していく。秋田帰郷の際に出会った同郷の村田留吉というスリと再会した国男は、自身の考えを彼に話し、オリンピックを人質に一緒に国から金を取らないかと持ちかける。国から身代金を取るという発想に共鳴した村田は、国男と行動を共にするうち、彼を実の息子のように感じ始めていく―。

 面白かったです。丁度読もうとしていた頃に、テレビ朝日開局55周年記念として単発ドラマ化されたものが放映されるのを知り(2020年の東京オリンピック開催決定前からドラマ化は決まっていた?)、慌てて読みましたが、ほぼ無理なく一気に読めるテンポのいい展開でした。そして、原作を読んだ後にドラマを観ました。

オリンピックの身代金 ドラマ 4.jpg 原作では、東大大学院生の島崎国男、捜査一課刑事の落合昌夫、オリンピック警備本部幕僚長の息子でテレビ局勤務の須賀忠の3人が東大で学部の同級生ということになっていますが、テレビ版では、落合昌夫(竹野内豊)ではなく、(原作には全く登場しない)その妹の落合有美(黒木メイサ)が島崎(松山ケンイチ)、須賀(速水もこみち)と同級ということになっていて、しかも有美は国男に恋心を抱いてどこまでも彼に付いていこうとする設定になっているため、国男が村田(笹野高史)と一緒に爆破計画を練っている傍にちょこんと居るのが違和感ありました。男だけで逃亡するのと、恋人連れで逃亡するのでは、随分と物語の性質が変わってくるのでは...とやや気を揉みましたが、その外の部分は思った以上に原作に忠実に作られていて、ドラマの方も楽しめました。

オリンピックの身代金 ドラマ 1.jpg 原作では、国男がオリンピックの開催阻止を決意する前の時期と、決意して行動に移していく時期とをフラッシュバック手法で交互に見せ、しかも前半部は決意する前の普通の大学院生だった時期の方に比重を置いて書かれているため、この大人しそうな青年が本当に爆破犯に変貌していくのだろうかという関心からも読み進めることができましたが、ドラマにそこまで求めるのは無理だったか。

オリンピックの身代金 ドラマ 2.jpg また、原作では、特に冒頭の方で、昭和39年という時代を感じさせるアイテムやグッズ、社会背景に関する話などがマニアックなくらい出てきてシズル感を高めていましたが、ドラマではその辺りが端折られていたのがやや残念でした(時代を感じさせるのはクルマと看板だけ。それだけでも結構苦労したため、他のところまで手が回らなかった?)。

 更に、市川崑監督の東京オリンピックの記録フィルムが一部使われていますが、そこから伝わる当時の民衆の熱っぽい雰囲気と、テレビ用にエキストラをかき集めて急ごしらえで作った"群衆"との間の落差は、これはもう如何ともし難いものでした(CGによる国立競技場を埋め尽くす7万人の観衆と出演者たちの合成はまずまずだったと思うが、細かい場面ごとの"群衆"シーンがイマイチ)。

 ドラマに対していろいろケチをつけましたが、後半部分の山場である、国男たちと警察とのチェイスの面白さは、ドラマでもそこそこ再現されていたように思われ、原作を読んだ後ドラマ化作品を観てがっくりさせられることが多い中ではよく出来ている方かと思いました。

オリンピック 東京 決定 2013.jpg 2020年の東京オリンピックは、"大義なき五輪"と言われ、その分、開催立候補前は開催に対して"何となく反対"という雰囲気が優勢だったのが、開催決定後は、"何となく期待する"みたいな風に変わってきているような印象も受けますが、では、1964年の東京オリンピックの(ヤクザさえ抗争活動を休止するような)"大義"とは何であったのか、多かれ少なかれ、そうした当時における"大義"に思いを馳せることができる作品でもあるかと思います。

 まあ、それはともかく、原作はまず、エンタテインメント小説として面白かったことが第一。この物語における国男の発想があまりに短絡的ではないかという見方は至極当然に成り立つと思われますが、エンタメ小説としては許容の範囲内ではないかと思われました。

「オリンピックの身代金」竹野内豊(刑事部捜査第一課・落合 昌夫(第5係警部補)/ 岸部一徳(東京オリンピック最高警備本部幕僚長・須賀修一郎)
オリンピックの身代金 ドラマ 0.jpgオリンピックの身代金 ドラマ 3.jpg「オリンピックの身代金」岸部一徳.jpg「オリンピックの身代金~テレビ朝日開局55周年記念」●監督:藤田明二●脚本:東本陽七/七橋斗志夫●原作:奥田英朗「オリンピックの身代金」●出演:竹野内豊/松山ケンイチ/黒木メイサ/天海祐希/沢村一樹/速水もこみち/斎藤工/吹石一恵/笹野高史/國村隼/岸部一徳●放映:2013/11/30~12/01(全2回)●放送局:テレビ朝日
     
建設中の首都高速道路(赤坂見附付近)1964年
建設中の首都高 s39 .jpg

【2011年文庫化[角川文庫(上・下)]/2014年再文庫化[講談社文庫(上・下)]】

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「原島」から始まって「原島」で終わるドラマ。「原島」から始まって「八角」で終わる原作。

七つの会議 単行本.jpg七つの会議 10.jpg 七つの会議 タイトル.jpg
七つの会議』(2010/11 日本経済新聞出版社) NHKドラマ「七つの会議」出演:東山紀之/吉田鋼太郎(2013)
【2016年文庫化[集英社文庫]/2019年映画タイアップカバー】
七つの会議ges.jpg七つの会議 (集英社文庫) eiga tie up cover.jpg 大手総合電機会社ソニックの子会社である中堅電機メーカー東京建電で住宅関連商品を扱う営業4課の課長・原島万二(45)は、名前通りの万年二番手でたいした実績がない平凡なサラリーマンだったが、一方、原島と対照的に花形部署の営業1課に38歳という最年少で昇進しメキメキと業績を上げていた坂戸宣彦が、万年係長と揶揄される八角民夫(50)(通称ハカック)からパワハラを訴えられて突然更迭される。やる気のない八角に対し、10歳以上年下である坂戸は課員の面前で罵倒し続けたのだった。営業部のエースは失脚で、代わりに一課長に就任したのが原島だったが、坂戸がパワハラで訴えられたことには"裏"があったのだ。それは、東京建電にとって会社存続をかけた死活問題であり、親会社のソニックにしても子会社の不祥事と連結決算で受けるダメージは底知れない重大事件だった―。

 どれが7つの会議に該当するのかよく分からなかったけれど(7つ以上あったのでは)、面白かったので気にせずスラスラ読み進めました。企業の不祥事の隠蔽体質が分かり易く描かれていて面白かったし、また、やるせなかった。でも、最後はホッとした感じも。

 読後それほど間を置かず、NHK土曜ドラマで4回に分けて放映されたものも観ました(演出は「ハゲタカ」('07年)と同じ堀切園健太ディレクター)。同じ土曜ドラマで2010年に放映された同原作者の「鉄の骨」が原作に無い自殺者が出たりする、NHKにしてここまでやるかといった改変ぶりだったのに比べれば、概ね原作通りだったのではないでしょうか。退職前に社内でのドーナッツ販売を企画する浜本優衣の前の不倫相手が、社内政治家的な動きをして営業部長の北川に潰されるという話が完全に抜けていたけれど、俗な話は端折ったのかな(北川の遣り口を象徴する出来事でもあるのだが)。坂戸の八角に対するパワハラも、恒常的なものとしてではなく、会議の場で掴みかかった出来事の一点に集約されていて、この辺りは効率化を図った?

七つの会議1.jpg ドラマでは、原作の最後にある調査委員会の聴取を冒頭に持ってきて、常にそこからの振り返りという形でストーリー展開しているせいもあって、このこと七つの会議2.jpgがかなり全体のトーンを重苦しく暗いものにしている感じがしました。しかし、役者陣は、東山紀之(原島)の周りを、同時期にスタートしたTBS日曜劇場「半沢直樹」には半沢の上司役で出ていた舞台出身の吉田鋼太郎(八角)や、ロッカー出身で今は俳優としての渋い演技ぶりが定着している石橋凌(北川)、「鉄の骨」にも出ていた豊原功補(佐野)らが固め、まずます良かったのではないかと思われます。「半沢直樹」のような派手さはないけれど、こちらの方を評価する人も七つの会議 4.jpgいたみたいです(個人的には「半沢直樹」の方が面白かったが、反面、「半沢」には引っ掛かる部分もあった)。「半沢直樹」は個人に起因する不正融資を描いていますが、こちらは企業ぐるみのリコール隠しなわけで、民放でやってもスポンサーが嫌うかも。その意味ではNHKらしいと言えばNHKらしいドラマ。2つの内部告発が出てきますが、最初のカスタマー室長・佐野の社内での内部告発は、グループ企業内で秘密にされ、原島もその方針に従う―こうなるともう、八角(ハカック)のようなマスコミを使ったやり方しかないのか(「半沢」も同じ手を使っていたが)。
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七つの会議 吉田鋼太郎.jpga七つの会議1.jpg ドラマを観ると東山紀之演じる「原島」から始まって「原島」で終わっている印象を受けますが、原作は「原島」から始まってドラマで吉田鋼太郎が演じた「八角」で終わっている印象があり、個人的にはこの辺りが、原作とドラマから受ける印象の最も大きな違いだったかもしれません。

吉田鋼太郎(八角民夫)

「七つの会議」●演出:堀切園健太●脚本:宮村優子●原作:池井戸潤「七つの会議」●出演:東山紀之/吉田鋼太郎/田口淳之介/石橋凌/長塚京三/眞島秀和/豊原功補/山崎樹範/戸田菜穂/堀部圭亮/村川絵梨/野間口徹/中村育二/矢島健一/北見敏之/神保悟志/竜雷太/浜野謙太/松尾れい子/甲本雅裕/遊井亮子●放映:2013/07/13~08(全4回)●放送局:NHK


七つの会議 通常版 [DVD] (1).jpg映画 七つの会議.jpg(●2019年映画化。監督は「半沢直樹」「下町ロケット」などの演出を務めた福澤克雄であり、主演の八角役の野村萬斎は目新しいが、あとは香川照之、及川光博、片岡愛之助といった「半沢直樹」の顔ぶれが並ぶ。トーンも完全に娯楽性とテンポを重視した「半沢直樹」の作りと同じで、「半沢直樹」の再現みたいだ。NHKドラマのシリアスな作りもいいが、このような劇画調も、映画になっても愉しめることがわかった。野村萬斎の「八角」は、テレビで吉田鋼太郎が演じた「八角」とは違った味があった七つの会議 3nin.jpgnanatunokaigi1.jpg(映画「のぼうの城」('12年)などにおける極端に狂言調の彼とも違う)。原作は「原島」から始まって「八角」で終わっている印象だが、ドラマは東山紀之演じる「原島」から始まって「原島」で終わっている印象を受けた。それに対し、映画は、野村萬斎演じる「八角」で始まって「八角」で終わっている印象で、及川光博演じる「原島」はやや後退している感じ。狂言師 vs.歌舞伎役者の"顔芸"対決になったが、なぜか立川談春、春風亭昇太といった落語家も参戦(笑)、オリラジの藤森慎吾まで出ていたなあ。

映画 七つの会議2.jpg映画 七つの会議1.jpg「七つの会議」●制作年:2019年●監督:福澤克雄●脚本:丑尾健太郎/李正美●音楽:服部隆之(主題歌:ボブ・ディラン「メイク・ユー・フィール・マイ・ラヴ」●原作:池井戸潤●時間:119分●出演:野村萬斎/香川照之/及川光博/片岡愛之助/音尾琢真/藤森慎吾/朝倉あき/岡田浩暉/木下ほうか/土屋太鳳/小泉孝太郎/溝端淳平/七つの会議.jpg春風亭昇太/立川談春/勝村政信/世良公則/鹿賀丈史/橋爪功/役所広司/北大路欣也●公開:20219/02●配給:東宝(評価:★★★★)
鹿賀丈史(常務取締役・梨田元就)/北大路欣也(社長・徳山郁夫)/役所広司(弁護士・加瀬孝毅)
「七つの会議」出演者.jpg

【2016年文庫化[集英社文庫]】

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原作もわりと劇画調だが、「倍返し」「土下座」は2作を通して1、2度出てくる程度。

オレたちバブル入行組 単行本.jpg オレたちバブル入行組 文庫.jpg  オレたち花のバブル組 単行本.jpg オレたち花のバブル組 文庫.jpg 半沢直樹 -ディレクターズカット版 dvd.jpg
単行本/『オレたちバブル入行組 (文春文庫)』  単行本/『オレたち花のバブル組 (文春文庫)』「半沢直樹 -ディレクターズカット版- DVD-BOX

オレたちバブル入行組s.jpg バブル期に入行し、大阪西支店の融資課長を勤める半沢直樹は、支店長の浅野の強引な指示で無担保でへの5億円の新規融資を実行したが、7ヵ月後に当の相手企業が不渡りを出し倒産、半沢は支店長から融資の責任を一手に負わされ、窮地に立たされる。雲隠れした倒産会社社長の東田を捕まえることはできるのか、果たして5億円を回収できるのか―。(『オレたちバブル入行組』)

オレたち花のバブル組s.jpg ビデオリサーチ速報値での「最終回」の平均視聴率42.2%、瞬間最高視聴率 46.7%(何れも関東)を記録したTBS日曜劇場「半沢直樹」(関西は平均45.5%、瞬間最高50.4%)の原作で、ドラマの第1部の「西大阪スチール」の話が『オレたちバブル入行組』、第2部の「伊勢島ホテル」の話が『オレたち花のバブル組』に対応していますが、原作もドラマも面白かったように思います。

『オレたち花のバブル組』.JPG ドラマがかなり劇画調に脚色されているかのように思われていますが、原作がそもそも池井戸作品の中ではかなり劇画調な方で、カタルシス効果にウェイトを置いたエンタテインメント企業小説となっています。但し、「倍返し」といった言葉や「土下座」シーンは、2作を通して1、2度出てくる程度で、ドラマではそれが頻繁に繰り返され、気持ちは分かるなあという一方で、土下座させれば全て問題が解決したことになるのかという疑問も覚えました。でも、ドラマの場合、ずっと読み進んで最後にカタルシスを覚える小説とは違って、毎回、1話毎の時間内に山場を作る必要があるため(まあ、ここでは意図的にそうしたテレビ時代劇風の手法をとっているのだが)、そうした枠組みの中で「倍返し」などを決め台詞をにした点などは、視聴者心理を掴んで巧みであり、その戦略は見事に功を奏したと言えます。

半沢直樹 黒崎.jpg 原作では主要な登場人物のそれぞれの出自などに踏み込んで描かれていて、但し、ネジ製造工場経営の半沢の父親が自殺したという話は原作にはありません(彼が学生時代に剣道をやっていて今も時々道場に足を運ぶ、という話も)。片岡愛之助(この人、実生活では歌舞伎とは無縁のスクリュー製造工場を営む家庭に生まれ、両親は20代の頃に相次いで他界している)が演じて、そのオネエキャラで話題となった国税庁の黒崎は、原作でもオネエキャラです。但し、本格的に登場するのは、大阪国税局就航中の『オレたちバブル入行組』よりも、金融庁に戻って主任検査官となった『オレたち花のバブル組』に入ってからで、しかもそう頻繁に登場するキャラクターでもなく、人気が出て、ドラマの方での出番が原作より多くなっているようです。

半沢直樹3.jpg半沢直樹 大和田常務.jpg 浅野支店長(石丸幹二)に株取引の失敗で重ねた5千万もの借金があり(原作では3千万円)、大和田常務(香川照之)の妻の会社は1億円以上の借金を抱えているという―2人とも不正を働く動機としては分かり易いけれど、銀行のお偉いさんってこういう人ばかりなのかなあ。バブルの夢よ、もう一度、か。

半沢直樹 吉田鋼太郎.jpg七つの会議 吉田鋼太郎.jpg ドラマとして成功した要因は、「劇画」「現代の時代劇」として割り切って作ったことにあるかと思いますが、そうした中、全体を通して観て振り返ると、後半部分の半沢の直属上司で、半沢の能力・人格を買って常に彼を庇う姿勢を貫く第2営業部長の内藤を演じた吉田鋼太郎が結構渋かったかもしれません。同時期スタートした同原作者のNHK土曜ドラマ「七つの会議」では、反骨精神に富み、最後はj自分の会社の悪事をマスコミに内部告発する"万年係長"という全く異なるタイプのキャラクターを演じていました。

 こうしてドラマで第1部・第2部と観てみると、原作の『オレたちバブル入行組』と『オレたち花のバブル組』が良く似た展開であり、リフレイン構造になってることに気付かされます(続けて読むとお腹いっぱい、という感じになってしまう)。シリーズ第3作『ロスジェネの逆襲』('12年/ダイヤモンド社)が楽しみ、と言いつつ、ドラマ化が決まるまでしばらく読まないかも。
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「半沢直樹」●演出:福澤克雄●脚本:八津弘幸●原作:池井戸潤「オレたちバブル入行組」「オレたち花のバブル組」●出演:堺雅人/上戸彩/及川光博/片岡愛之助/滝藤賢一/山崎直子/北大路欣也/香川照之/赤井英和/笑福亭鶴瓶/りりィ/宇梶半沢直樹 片岡愛之助 壇蜜.jpg半沢直樹 壇蜜 宇梶剛士.jpg剛士/宮川一朗太/森田順平/緋田康人/石丸幹二/中島半沢直樹 倍賞美津子 .jpg裕翔/壇蜜/福田真夕/松本さやか/モロ師岡半沢直樹392.jpg/石丸雅理/大谷みつほ/相築あきこ/志垣太郎//三浦浩一/長谷川公彦/牧田哲也/岡山天音/小須田康人/吉永秀平/井上肇/加藤虎ノ介/松永博史/西沢仁太/山田純大/髙橋洋/倍賞美津子●放映:2013/07/07~09(全10回)●放送局:TBS

『オレたちバブル入行組』...【2007年文庫化[文春文庫]/2019年再文庫化[講談社文庫(『半沢直樹1 オレたちバブル入行組』)]】/『オレたち花のバブル組』...【2010年文庫化[文春文庫]/2019年再文庫化[講談社文庫(『半沢直樹2 オレたち花のバブル組』)]】

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誤訳論争はあるが清水俊二訳の方が好みか。再読でも楽しめる("叙述トリック"探しで?)。

そして誰もいなくなった ポケミス.jpg そして誰もいなくなった ポケット.jpg そして誰もいなくなった ポケット2.jpg そして誰もいなくなった クリスティー文庫 旧.png そして誰もいなくなった 青木訳.jpg
そして誰もいなくなった (1955年) (Hayakawa Pocket Mystery196)』['55年・'75年('01年復刻版)/清水俊二:訳]『そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』['03年/清水俊二:訳]『そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』['10年/青木久恵:訳(装幀:真鍋博[1976年4月刊行のハヤカワ・ミステリ文庫初版カバーを復刻)]
ハヤカワ・ミステリ文庫創刊ラインナップ.jpg
 英国デヴォン州のインディアン島に、年齢も職業も異なる10人の男女が招かれるが、招待状の差出人でこの島の主でもあるU・N・オーエンは姿を現さない。やがてその招待状は虚偽のものであることがわかったが、迎えの船が来そして誰もいなくなった (ハヤカワ・ミステリ文庫).jpgなくなったため10人は島から出ることが出来なくなり、10人は島で孤立状態となる―。

そして誰もいなくなった (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 1-1))』[清水俊二:訳]
          
And Then There Were None.jpgAnd Then There Were None2.jpg 1939年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品(原題:Ten Little Niggers (米 Ten Little Indians) (改題:And Then There Were None))で、1982年実施の日本クリスティ・ファンクラブ員の投票による「クリスティ・ベストテン」で第1位になっているほか、早川書房主催の作家・評論家・書店員などの識者へのアンケートによる「ミステリが読みたい!」の2010年オールタイムベスト100の第1位、2012年実施の推理作家や推理小説の愛好者ら約500名によるアンケート「週刊文春・東西ミステリーベスト100」でも1位となっており(1976年創刊の「ハヤカワ・ミステリ文庫」の創刊ラインアップでもトップにきている)、クリスティの自選ベストテン(順不同)にも入っていて、クリスティ自身、インタビューで、自分でも最も上手く書けた作品であると思うと言っていたこともあります。

Collins Crime Club(1939)

そして誰もいなくなったcontent.jpgAND THEN THERE WERE NONE .Fontana.jpg この作品がよく読まれる理由の一つとして、10人もの人間が亡くなる話なのに長さ的には他の作品と同じかやや短いくらいで、テンポよく読めるというのもあるのではないでしょうか(しかも、後半にいくほど殺人の間隔が短くなる)。その分、登場人物の性格の描写などは極力簡潔にとどめ、心理描写も他の作品に比べると抑制しているように思います。まあ、あまり"心理描写"してしまうと「叙述トリック」になってしまうからでしょう。

AND THEN THERE WERE NONE .Fontana.1990

 それでも、『アクロイド殺し』のようにストレートにではないですが、「叙述トリック」の部分があり、よく知られている箇所では、生存者が残り6名になった時、残り5名になった時、残り4名になった時にそれぞれの内面心理の描写の羅列があって、お互いが疑心悪鬼になっている様が描かれているのですが(どれが誰の心理描写かは記されていない)、4名になった時はともかく6名と5名の時は、この中に「叙述トリック」があると。但し、それが"ウソ"の心理描写になっていてアンフェアでないかという指摘があります(つまり、そのうちの1つは犯人のものであるから)。

清水俊二3.jpg ところが、これは実は一部に訳者の清水俊二(1906-1988)の誤訳があって、正しく訳せば、例えば残り5名になった時の5人の心理描写の内の問題の1つは、当事者それなりのあることを警戒する心理を描いたと解することができるものであり、クリスティが巧妙に(アンフェアにはならないように)仕掛けた「叙述トリック」に訳者の清水俊二自身が嵌ってしまったとする見方があります(但し、清水俊二訳は誤訳には当たらないという見方もある)。

清水俊二(右は戸田奈津子氏)

そして誰もいなくなった  2.JPG 具体的には、清水俊二訳の1955年・ハヤカワ・ポケット・ミステリ版及び1975年改訂版、並びに1976年ハヤカワ・ミステリ文庫版で、残り5人になったときの各人の心理描写の3人目の中に「怪しいのはあの娘だ...」と訳されている部分がありますが、該当する原文は"The girl..."のみです(後に"I'll watch the girl. Yes, I'll watch the girl..."と続くが)。"The girl..."を「怪しいのはあの娘だ...」と訳してしまうと、この部分の心理描写は実は犯人のものであると思われるので、叙述青木久恵:訳 『そして誰もいなくなったe.pngトリックを通り越して読者をミスリードするものになっているという指摘であり、後の清水俊二訳('03年・クリスティー文庫版)ではこの部分は「娘...」のみに修正されています(この時点で清水俊二は15年前に亡くなっているわけだが)。因みに、2010年に清水俊二訳と入れ替わりにクリスティー文庫に収められた青木久恵氏の訳(表紙はハヤカワ・ミステリ文庫の1976年4月初版の真鍋博のイラストを復刻)では、この部分は「あの娘だな...」となっています。何れにせよ、"娘"のことを「次は自分の命を奪うかもしれない犯人ではないか」と怪しんでいるのではなく、「自分の計画を失敗に終わらせる原因となるのではないか」と警戒を強めているといった解釈に変更されているのが最近の翻訳のようです。

そして誰もいなくなった ジュニア版.jpg 青木久恵氏による新訳はたいへん読み易いのですが(「インディアン島」が「兵隊島」になっているのはポリティカル・コレクト化か)、ちょっと軽い印象も受けます。青木久恵氏は、2007年に同じ早川書房の「クリスティー・ジュニア・ミステリ」の方でこの作品を翻訳していて、時間的な制約があったのかどうかは知りませんが、自身による前の翻訳が"底本"になっているような感じがしました。より現代にマッチした言葉使いを意識したということかもしれませんが、個人的には清水俊二訳の方が(誤訳論争の対象になってはいるものの)どちらかと言えば好みです。初読の際の"???"の状態のまま最後の方のページをめくる興奮というのもあったかと思いますが...。但し、この作品は、再読でも楽しめる("叙述トリック"探しで?)傑作であることには違いないと思います。
そして誰もいなくなった (クリスティー・ジュニア・ミステリ 1)

そして誰もいなくなった 1945 01 00.jpgそして誰もいなくなった 1945 01.jpg この作品は、ルネ・クレール監督の「そして誰もいなくなった」('45年/米)をはじめ、ジョージ・ポロック監督の「姿なき殺人者」('65年/英)、ピーター・コリンソン監督の「そして誰もいなくなった」('74年/伊・仏)、アラン・バーキンショー監督の「サファリ殺人事件」('89年/米)など10回以上映画化されていますが、何れも、小説の方ではなく、クリスティ自身が舞台用に書いた「戯曲」版をベースにしたり、それをまた翻案したりしているそうで、そうした意味では、小説の方はまだ映画化されていないとも言えます(但し、「10人の小さな黒人」('87年/ソ連)だけは、戯曲版をベースにしておらず、原作での設定や展開がほぼ改変無しで採用されているという)。
ルネ・クレール監督「そして誰もいなくなった」('45年/米) ★★★☆

〈主な映画化作品〉
・「そして誰もいなくなった」('45年/米)バリー・フィッツジェラルド、ウォルター・ヒューストン出演。
・「姿なき殺人者」('65年/英)雪山の頂上の館が舞台になり、ロープウェーが停止し孤立という設定に。
・「そして誰もいなくなった」('74年/伊・仏・スペイン・西独)ピーター・コリンソン監督。舞台が砂漠の中のホテルに。オリヴァー・リード、リチャード・アッテンボロー、シャルル・アズナヴール出演。
・「10人の小さな黒人」('87年/ソ連)クリミア半島オーロラ岬に実存する1911年築の洋館を舞台に撮影。
・「サファリ殺人事件」('89年/英)舞台がアフリカの大草原に。キャンプ場のロープウェーのロープが切断され孤立。
・「サボタージュ」('14年/米)アーノルド・シュワルツェネッガー主演。内容や設定などは全くの別物か。

そして誰もいなくなった bbc02.jpgそして誰もいなくなった bbc01.jpg(●2015年制作の英BBC版テレビドラマは、時代が現代に置き換えられていて、10人のうち数人の属性(過去に犯した殺人の方法や動機など)が微妙に改変されているが、ラストは「戯曲」に沿ったこれまでの映画化作品と違って、原作「小説」の通り全員が"いなくなる"ものだった。)

 クリスティが自作を戯曲化したものでは、例えば戯曲「ナイルに死す」にはポワロが登場しないし、戯曲「検察側の証人」ではラストで小説にはないヒネリを加えるなど(ビリー・ワイルダー監督の「情婦」('57年/米)は戯曲に即して作られている)、小説からの改変が見られますが、この『そして誰もいなくなった』では、物語の中でも指摘されているように、"見立て殺人"のベースになっている童謡の歌詞の最後が「首を吊る」と「結婚する」の2通りあり、戯曲では「結婚する」の方を採用しています(改変するにしても歌詞に則っているのは立派)。

 従って、戯曲版は小説と結末が異なり、最後に男女が一組生き残るわけですが、おそらく戯曲が上演される頃には小説の方はよく知られ過ぎたものになっていて、そこで新たな"お楽しみ"を加えたのではないでしょうか(戯曲に比較的忠実に作られているルネ・クレール監督の映画作品についても同じことが言える)。まあ、最後タイトル通り誰もいなくなってしまうというのは、謎解きする人がいなくなって舞台や映画では表現しにくいというのもあるのでしょう。

 小説では、犯人が書き残し瓶に入れて海に流した手記が見つかったことによる後日譚風の謎解きになっているわけで、この犯人というのは、「神に代わって裁きを行う」"超越的"人物(ある種サイコ・シリアルキラー?)ともとれますが、裁きを行うという目的よりも、「誰にも解けない完全犯罪」を成し遂げるという手段そのものが目的化している印象も受け、そうした意味では、異常でありながらも、本格推理作家が創作上目指すところと重なる部分があるかもしれません。

【1955年新書化・1975年改訂(2001年復刻版)[ハヤカワ・ポケットミステリ(清水俊二:訳)]/1976年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(清水俊二:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(清水俊二:訳)]/2010年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(青木久惠:訳)]】


そして誰もいなくなった bbcド.jpg そして誰もいなくなった NHK-BS.jpgそして誰もいなくなった bbc .jpg
& Then There Were None [Blu-ray]」英BBC版テレビドラマ

そして誰もいなくなった第1話1.jpg「アガサ・クリスティー そして誰もいなくなった」(全3回)●原そして誰もいなくなった 第2話.jpg題:& Then There Were None●制作年:2015年●制作国:イギリス●本国放送:2015/12/26~28●演出:そして誰もいなくなった 第3話.jpgクレイグ・ヴィヴェイロス●製作:ダミアン・ティマー/マシュー・リード/サラ・フェそして誰もいなくなった!_.jpgルプス●脚本:サラ・フェルプス●時間:210分●出演:メイヴ・ダーモディ/チャールズ・ダンス/エイダン・ターナー/サム・ニール/Mそして誰もいなくなったaeve-Dermody.jpgトビー・スティーヴンス/ダグラス・ブース/バーン・ゴーマン/ミランダ・リチャードソン/ノア・テイラー/アンナ・マックスウェル・マーティン●日本放送:2016/11/27●放送局:NHK-BSプレミアム(評価:★★★☆)
2016年11月27日、12月4日、12月11日NHK-BSプレミアムで放送

Maeve Dermody(メイヴ・ダーモディ)

And Then There Were None そして誰もいなくなった≪英語のみ≫[PAL-UK]

《読書MEMO》
●2017年ドラマ化 【感想】 原作の本邦初映像化作品であるとのこと(監督は和泉聖治、脚本は長坂秀佳)。登場人物および舞台は現代の日本に置き換えられ、一部の人物の職業や過そして誰もいなくなった ドラマ  03.jpgそして誰もいなくなった sawamura .jpg去に犯した殺人の方法、動機も変更されているが、BBC版と同じく、最後は原作「小説」の通り全員が"いなくなる"。そうなると、上述の通り、謎解きをする人がいなくなり、この問題をクリアするため、最終盤で沢村一樹演じる警視庁捜査一課警部・相国寺竜也が登場、彼がリードして捜査し(この部分はややコミカルに描かれている)、犯人が残した手紙ならぬ映像メッセージに辿りついて事件の全容が明らかになるという流れ。

そして誰もいなくなった ドラマ .jpgそして誰もいなくなった 文庫ドラマタイアップカバー.jpgそして誰もいなくなった 渡瀬_.jpg 2017年3月25日・26日の2夜連続ドラマの各冒頭で、3月14日に亡くなった渡瀬恒彦が出演した「最後の作品」であることを伝えるテロップが表示され、エンディングで「このドラマは2016年12月20日から2017年2月13日に掛けて撮影されました。渡瀬恒彦さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます」と流れる。クランクアップの1ヵ月後に亡くなった渡瀬恒彦は、実際に自らが末期がんの身でありながらドラマの中で末期がん患者を演じており、その演技には鬼気迫るものがあった。警部役の沢村一樹の演技をコミカルなものにしたのは、全体として"重く"なり過ぎないようにしたのではないかと思ってしまったほど。同じく和泉聖治監督により2018年には「パディントン発4時50分~寝台特急殺人事件~」、2019年には「アガサ・クリスティ 予告殺人」が制作された。

そして誰もいなくなった ドラマ53.jpg「アガサ・クリスティ そして誰もいなくなった」●監督:和泉聖治●脚本:長坂秀佳●プロデューサー:藤本一彦/下山潤/吉田憲一/三宅はるえ●音楽: 吉川清之●原作:アそして誰もいなくなった ドラマ 01.jpgガサ・クリスティ●出演:仲間由紀恵/沢村一樹/向井理/大地真央/柳葉敏郎/藤真利子/荒川良々/國村隼/余貴美子/橋爪功津川雅彦/渡瀬恒彦/ナレーション‐石坂浩二●放映:2017/03/25・26(全2回)●放送局:テレビ朝日

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細部に?もあるが、全体としてはやはり傑作。事件の行方と併せヒロインの恋の行方も気になる。

4:50 from Paddington3.jpgパディントン発4時50分 (1960年)2.gifパディントン発4時50分 ハヤカワ文庫.jpg  パディントン発4時50分 クリスティー文庫.jpg
パディントン発4時50分 (1976年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『パディントン発4時50分 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
4.50 from Paddington (Elt Reader2012)(ペーパーバック)『パディントン発4時50分 (1960年) (世界ミステリシリーズ)

4:50 From Paddington - Fontana.jpg マクギリカディ夫人は、ミス・マープルに会いにいくため乗り込んだパディントン発4時50分の列車の窓から、たまたま並走する別の列車内で一人の男性が女性の首を絞めていた殺人現場を目撃する。マクギリカディ夫人はマープルの助言を得て警察に通報するが、警察は、犯人も被害者も発見することができない。マクギリカディ夫人の言葉を信じたミス・マープルは、犯人は車外に死体を放り投げたと確信し、その地点は列車が速度を緩めて走るカーブであろうと推理、才能豊かな女性ルーシー・アイレスバロウを雇って、路線で該当する場所に建つブラック・ハンプトンのラザフォード・ホールと言われるクラッケンソープ邸に、彼女を家政婦として送り込む―。
Fontana版(1960)

 1957年に刊行されたアガサ・クリスティのミス・マープルシリーズの長編第7作(原題:4:50 from Paddington、米 What Mrs. McGillicuddy Saw!)です。

 クラッケンソープ家には、当主のルーザー・クラッケンソープをはじめ、妻のマルティーヌ、次男で画家のセドリック、三男で会社重役のハロルド、四男で詐欺師のアルフレッド、長女のエマ、次女のエディス、その夫のブライアン・イーストリイ、その息子のアレグサンダーなどがいて、クラッケンソープ家の主治医のクインパーなども出てきますが、それぞれ怪しげな連中ばっかし、という感じ。

 犯人は最初から殺害現場を目撃されてしまっているため、「大胆なトリック」とかそうした類のものは出てくる余地は無いものの、それでも、ルーシー・アイレスバロウの果敢な冒険から始まって、被害者の遺体の発見、連続殺人へと続く展開は飽きさせず、加えて、ルーシーとクラッケンソープ家の人々の関わりを描いたサブ・ストーリーがそれに絡み、ルーシーの選ぶ相手は誰になるのかという楽しみもある作品。

4:50 from Paddington.jpg 結局、事件の謎を解くのはミス・マープルですが、この作品では現場の捜査はルーシー・アイレスバロウに任せ、自分は安楽椅子探偵的な位置づけになっていて、プロット的に見て不満があるとすれば、マープルはマープルでその間いろいろ調べたのでしょうが、読者に示された情報だけでは犯人を探し当てることは難しいということでしょうか(犯行動機に至っては不可能)。

 それと、マクギリカディ夫人が犯人の顔を見ていないのに犯人が判ってしまうというのもやや腑に落ちず、ミス・マープルが蓋然性に基づく"面通し"をしたのは、理屈よりも彼女なら判るという信念が根拠になっている印象。これはある種の賭けではなかったかと。

 このように細かいところで若干納得がいかない部分もありましたが、全体の構成としてはよく出来ていて、やはり傑作の類と言えるのではないでしょうか。

4:50 from Paddington2.jpg ミス・マープルの依頼をその旺盛な好奇心から請けたルーシー・アイルズバロウが、この作品の言わば"ヒロイン"でしょう。オックスフォード大学数学科を優秀な成績で卒業、将来を嘱望されながらも、家事労働の世界に入り、家政婦として英国中に名が知られるまでになり、3年くらい先まで予約を入れることも可能であるにも関わらず、余暇を楽しむために長期の予定は入れないでいる―という設定が興味深く、今で言えば、「カリスマ主婦マーサ・スチュワート」とか「スーパー主婦・栗原はるみ」みたいなものか?

 彼女は32歳独身の魅力的な女性で、その彼女を巡って「次男セドリック」と「亡くなった次女の夫ブライアン」との恋の鞘当があり、彼女がどちらを選ぶかは作品の中では明かされていませんが、ミス・マープルには読めている様であると。

 この作品のラストの一行のミス・マープルの所作からすると、これが意外な人物ということになるのでは...。事件の伏線と併せて、こちらの方も、伏線を再度辿ってみる楽しみを読者に提供しているように思えました。

ミス・マープル/夜行特急の殺人 dvd.jpg夜行特急の殺人 00.jpg 「ミス・マープル/夜行特急の殺人」 (61年/英) ★★★


 
 
 
 
 


パディントン発4時50分 1987.jpgパディントン発4時50分 07.jpg「ミス・マープル(第9話)/パディントン発4時50分」 (87年/英) ★★★★

 

 
 
 
 
 
パディントン発4時50分.jpg『ミス・マープル』 パディントン発4時50分.jpg 「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第3話)/パディントン発4時50分
」 (04年/英) ★★★☆


 
 
 
  
 

奥さまは名探偵/パディントン発dvd.jpg奥さまは名探偵 パディントン発4時50分 03.jpg 「アガサ・クリスティー 奥さまは名探偵 〜パディントン発4時50分〜」 (08年/仏) ★★★☆

 
  
 
 
 
 

【1960年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(大門一男:訳)/1976年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(大門一男:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(松下祥子:訳)]】

《読書MEMO》
パディントン発4時50分~寝台特急殺人事件 dvd.jpgパディントン発4時50分~寝台特急殺人事件01.jpgパディントン発4時50分~寝台特急殺人事件02.jpg●2018年ドラマ化 【感想】 監督は渡瀬恒彦の遺作となった「アガサ・クリスティ そして誰もいなくなった」('17年/テレビ朝日)と同じく和泉聖治(脚本は今回は竹山洋)。ミス・マープルに相当するのが天海祐希演じる警視庁の元刑事・天乃瞳子で、原作では列車の窓から殺人を目撃するの乃パディントン発4時50分~寝台特急殺人事件x.jpgはミス・マープルの友人マクギリカディ夫人だが、それが草笛光子演じる天瞳子の母親が事件の目撃者ということになっている。意外と原作に沿って作られていたが、屋敷に送り込まれるスーパー家政婦ルーシー・アイレスバロウが前田敦子演じる「パディントン発4時50分tv2.jpg中村彩になっていて、その前田敦子がスーパー家政婦に見えないのがやや難点か。草笛光子がミス・マープルに相当する役で、天海祐希が家政婦役だった方が、原作に近い雰囲気になったと思う(このシリーズの'18年版の第2夜放送は「大女優殺人事件~鏡は横にひび割れて~」、'19年には通算第4弾「アガサ・クリスティ 予告殺人」が制作された)。

「パディントン発4時50分~寝台特急殺人事件~」●監督:和泉聖治●プロデューサー:藤本一彦(テレビ朝日)/山形亮介(角川大映スタジオ)●脚本:竹山洋●原作:アガサ・クリスティ●出演:天海祐希/草笛光子/前田敦子/石黒賢/勝村政信/原沙知絵/鈴木浩介/桐山漣/黒谷友香/橋爪功/西田敏行/松本博之/井上肇/嘉門洋子/和泉ちぬ/宮本大誠/松岡恵望子/清水葉月/望月章男/松下結衣子/松浦眞哉/笹岡サスケ/鈴木和弥/かおる/今薫子/橋野純平/永楠あゆ美●放映:2018/03(全1回)●放送局:テレビ朝日

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「●「本屋大賞」 (10位まで)」の インデックッスへ 「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「謎解きはディナーのあとで」)

ミステリとして物足りないがコミカルな味付け。中高生向きと思えばまあまあかも。

『謎解きはディナーのあとで』2.jpg『謎解きはディナーのあとで』1.jpg
謎解きはディナーのあとで』(表紙イラスト:中村佑介)

 2011(平成23)年・第8回「本屋大賞」第1位作品。

 アパートの一室で女性が殺され、殺害場所は彼女が住んでいる部屋で、首を絞めて殺されていた。奇妙なのはその格好で、うつ伏せに倒れた状態でリュックを背負い、足にはブーツを履いていた。玄関から部屋までブーツの足跡はなく、死後、何者かによってブーツを履かされた様子もない―(第1話「殺人現場では靴をお脱ぎください」)。

 ミリオンセラーでTVドラマ化もされたため、その内容は多くの人の知るところですが、国立市を舞台に、世界的な企業グループの令嬢で、新人刑事の宝生麗子が遭遇した難事件を、彼女の執事・影山が、現場を見ずとも概要を聞くだけで推理し、解決するというパターンの連作(今年['13年]8月に映画にもなるらしい)。

 執事・影山が「安楽椅子探偵」の変形バージョンになっているわけで、本格ミステリとしてはかなり物足りないけれどコミカルな味付けもあって、普段あまり推理小説を読まない女性層をターゲットに書かれたとのことで、ナルホド、そうしたマーケティング戦略だったのかと(中学生がターゲットかと思った...)。

 いずれにしろ読み易いですが、このライト感はやはり、普段あまり本を読まない中学生から高校生ぐらいに読んでもらうのに丁度いいのではと、マトモにそう思いました(男女の話も出てくるけれど、そんなの普段からTVドラマでさんざん観ている?)。

 パターンが決まっていているところに安定感があり、却って趣向を変えてそのパターンをはずれると(例えば「花嫁は密室の中でございます」みたいに、執事・影山が現場にいたりすると)あまり面白くなくなるというのは、「刑事コロンボ」のようなTVドラマシリーズになっている推理モノに通じるところがあります。

『謎解きはディナーのあとで』tv.jpg Amazon.comのレビューの平均評価を見ると、星2つと厳し目。大体において話題作は厳し目の評価になるけれど、初めから中・高校生向けと思えばそこまでいかなくとも星3つぐらいはあげてもいいのかな(「中高年」向きではない)。小学生の読書することを楽しむ習慣の入口になるかも。

 ネタバレになるけれど、冒頭の、紐ブーツ履いたまま洗濯物を取り込みに行く―なんて、ありそうな話。何だか、この部分だけがやけにリアルに感じられました。

2013年8月2日TVスペシャルドラマ版予告

「謎解きはディナーのあとで」●演出:土方政人/石川淳一/村谷嘉則●制作:伊與田英徳/中井芳彦●脚本:黒岩勉●音楽:菅野祐悟●原作:東川篤哉●出演:櫻井翔/北川景子/椎名桔平/野間口徹/中村靖日/岡本杏理/田中こなつ●放映:2011/10~12(全10回)●放送局:フジテレビ

【2012年文庫化[小学館文庫]】

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会津の奥羽戦争敗因分析が中心だが、ドラマよりも歴史小説(企業小説?)みたいで面白かった。

八重と会津落城.jpg    山本八重(綾瀬はるか).jpg 山本覚馬(西島秀俊).jpg
八重と会津落城 (PHP新書)』   NHK大河ドラマ「八重の桜」 山本八重(綾瀬はるか)/山本覚馬(西島秀俊)

NHK大河ドラマ歴史ハンドブック 八重の桜.jpg 今年('13年)のNHK大河ドラマ「八重の桜」は、東日本大震災で被災した東北地方の復興を支援する意図から、当初予定していた番組企画に代わってドラマ化されることになったとのこと。本書は一応は「八重と会津落城」というタイトルになっていますが、前3分の2は「八重の桜」の主人公・山本八重は殆ど登場せず、会津藩が幕末の動乱の中で奥羽越列藩同盟の一員として薩長政権と対峙し、会津戦争に追い込まれていくまでが時系列で描かれています。

NHK大河ドラマ歴史ハンドブック 八重の桜 (NHKシリーズ)

 この部分が歴史小説を読むように面白く読め、福島の地元テレビ局の報道制作局長から歴史作家に転じた著者が長年にわたって深耕してきたテーマということもありますが、歴史作家としての語り口がしっくりきました。

 1862(文久2)年に会津藩の第9代藩主である松平容保(かたもり)が京都守護職に就任するところから物語は始まりますが、著者によればこれがそもそもの会津藩の悲劇の始まりだったとのことで、1866(慶応2)年に薩長同盟が結ばれ、第2次長州征討に敗れた幕府の権力が弱体化する中、公武合体論支持だった孝明天皇が急死して、いよいよ追い詰められた徳川慶喜は大政奉還で窮地を乗り切ろうとします。しかし、慶喜が思っていたような解決は見ることなく、王政復古、新政府樹立、鳥羽・伏見の戦いでの旧幕府軍の惨敗、戊辰戦争と、幕府崩壊及び明治維新へ向けて時代は転がるように変遷して行きます。

『よみなおし戊辰戦争.jpg 松平容保が京都守護職の辞任を申し出て叶わず、容保と会津藩士が京都に残留したことで、「官軍」を名乗った薩長から見て「賊軍」とされてしまったのが会津藩の次なる悲劇でした(本書では「官軍」という言葉を使わず、敢えて「薩長連合軍」としている。著者は以前から、この時日本には2つの政府があったという捉え方をしており、「新政府軍・反政府軍」や「官軍・賊軍」といった表現は正しくないとしている。このあたりは同著者の『よみなおし戊辰戦争―幕末の東西対立 (ちくま新書)』('01年/ちくま新書)に詳しく、こちらもお薦め)。元々幕府寄りであった会津藩ではあるけれど、会津城に籠城して落城するまで戦った会津戦争という結末は、幕府への忠義を貫き通したという面もあるにしても、薩長から一方的に「賊軍」にされてしまった、こうした流れの延長にあったともとれるのではないかと思います(つまり、「賊軍」の汚名を雪がんとしたために、最後まで戦うことになったと)。

八重の桜0.jpg 八重が本書で本格的に登場するのは、その会津城での最後の籠城戦からで、時局の流れからも会津藩にとってはそもそも絶望的な戦いでしたが、それでも著者をして「『百人の八重』がいたら、敵軍に大打撃を与え壊滅させることも不可能ではなかった」と言わしめるほどに八重は大活躍をし、また、他の会津の女性達も、城を守って、炊事や食料調達、負傷者の看護、戦闘に至るまで、男以上の働きをしたようです。
「八重の桜」山本八重(綾瀬はるか)

 但し、本書では、会津藩がこうした事態に至るまでのその要因である、奥羽越列藩同盟のリーダー格であるはずの仙台藩のリーダーシップの無さ、そして何よりも会津藩そのものの戦略・戦術の無さを描くことが主たる狙いとなっている印象で、それは、戊辰戦争での戦略ミス、奥州他藩との交渉戦略ミス、そして奥羽戦争での度重なるミスなどの具体的指摘を通して次々と浮き彫りにされています(詰まる所、会津藩のやることはミスの連続で、悉く裏目に出た)。

八重の桜 西郷頼母.jpg その端的な例が「白河の戦」で戦闘経験も戦略も無い西郷頼母(ドラマでは西田敏行が演じている)を総督に据えて未曾有の惨敗を喫したことであり、後に籠城戦で主導的役割を演じる容保側近の梶原平馬(ドラマでは池内博之が演じている)も以前から西郷頼母のことを好いてなかったというのに、誰が推挙してこういう人事になったのか―その辺りはよく分からないらしいけれど(著者は、人材不足から梶原平馬が敢えて逆手を打った可能性もあるとしているが)、参謀が誰も主君を諌めなかったのは確か(ちょうどその頃会津にいた新撰組の土方歳三を起用したら、また違った展開になったかもーというのが、歴史に「もし」は無いにしても、想像を掻き立てる)。
「八重の桜」西郷頼母(西田敏行)

八重の桜 松平容保.jpg しかも、その惨敗を喫した西郷頼母への藩からの咎めは一切なく、松平容保(ドラマでは綾野剛が演じている)はドラマでは藩士ばかりでなく領民たちからも尊敬を集め、「至誠」を貫いた悲劇の人として描かれてる印象ですが、こうした信賞必罰の甘さ、優柔不断さが会津藩に悲劇をもたらしたと言えるかも―養子とは言え、藩主は藩主だろうに。旧弊な重役陣を御しきれない養子の殿様(企業小説で言えば経営者)といったところでしょうか。本書の方がドラマよりも歴史小説っぽい? いや、企業小説っぽいとも言えるかも。
「八重の桜」松平容保(綾野 剛)

 薩長側にも、参謀として仙台藩に圧力をかけた長州藩の世良修蔵のように、交渉の最中に「奥羽皆敵」「前後から挟撃すべし」との密書を易々(やすやす)相手方に奪われてその怒りを買い、更に、怒った相手方にこれもまた易々殺されて今度は新政府の仙台藩への怒りを喚起し、結局、鎮撫するはずが奥羽戦争のトリガーとなってしまったような不出来な人物もいるし、逆に会津藩にも、新国家の青写真を描いた「管見」を新政府に建白し、岩倉具視、西郷隆盛たちから高く評価された山本覚馬(八重の兄)のような出来た人物もいたことも、忘れてはならないように思います。

 本書でも少しだけ登場する長岡藩の河井継之助は、司馬遼太郎の長編小説『峠』の主人公であり、この小説を読むと、長岡藩から見た奥羽列藩同盟並びに奥羽戦争に至る経緯がよく窺えます(河井継之助も山本覚馬同様、進取の気質と先見の明に富む人物だったが、北越戦争による負傷のため41歳で亡くなった。明治半ばまで生きた松平容保や山本覚馬よりも、こちらの方が悲劇的か)。

「八重の桜」大垣屋清八(松方弘樹)―会津を支える京都商人の顔役/八重の母・山本佐久(風吹ジュン
八重の桜.jpg「八重の桜」松方2.jpg0八重の桜 風吹.jpg「八重の桜」●演出:加藤拓/一木正恵●制作統括:内藤愼介●作:山本むつみ●テーマ音楽:坂本龍一●音楽:中島ノブユキ●出演:綾瀬はるか/西島秀俊/風吹ジュン/松重豊/長谷川京子/戸田昌宏/山野海/工藤阿須加/綾野剛/稲森いずみ/中村梅之助/中西美帆/西田敏行/宮崎美子/玉山鉄二/山本圭/秋吉久美子/勝地涼/津嘉山正種/斎藤工/芦名星/風間杜夫/中村獅童/六平直政/池内博之/宮下順子/黒木メイサ/剛力彩芽/小泉孝太郎/榎木孝明/生瀬勝久/吉川晃司/反町隆史/林与一/小栗旬/及川光博/須賀貴匡/加藤雅也/伊吹吾郎/村上弘明/長谷川博己/オダギリジョー/奥田瑛二/市川染五郎/神尾佑/村上淳/松方弘樹/谷村美月●放映:2013/01~12(全50回)●放送局:NHK

『八重の桜』出演者発表会見.jpg「八重の桜」出演者発表会見
(前列左から)白羽ゆり、小泉孝太郎、秋吉久美子、主演の綾瀬はるか、小堺一機、芦名星、(後列左から)生瀬勝久、加藤雅也、村上弘明、吉川晃司、反町隆史

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昭和28年から昭和32年にかけての発表作品。「張込み」はやはり傑作。

張込み 松本清張 カッパノベルズ.jpg張込み (松本清張短編全集3).jpg 0張込み 傑作短編集5 (新潮文庫.jpg 張込み dvd.jpg 張込み 映画1.gif
張込み―松本清張短編全集〈03〉 (光文社文庫)』(張込み/腹中の敵/菊枕/断碑/石の骨/父系の指/五十四万石の嘘/佐渡流人行)/『張込み 傑作短編集5 (新潮文庫)』/「張込み [DVD]」大木実/宮口精二
張込み―松本清張短編全集〈3〉 (カッパ・ノベルス)

 '55(昭和30)年発表の「張込み」をはじめ、昭和28年から32年にかけて発表された松本清張(1909-92)の短篇集。

 銀行員の夫との平凡な日常を脱し、かつての恋人(今は強盗殺人犯として逃亡中)との一瞬の情愛に全てを賭けようとする女性を、張込みをする刑事の視点から描いた「張込み」、台頭する後輩家臣・羽柴秀吉の前に、隠忍型の性格ゆえに苦渋の思いを強いられる丹羽長秀の晩節を描いた「腹中の敵」(昭和30年発表)、小倉に在住していた女流歌人・杉田久女(1890-1946)をモデルに、女流歌人・ぬいの愛が狂気に変貌していく様を描いた「菊枕」(昭和28年発表)、考古学に携わる者の間で"考古学の鬼"との異名とったアマチュア考古学者・森本六爾(1903-1936)をモデルに、34歳で亡くなった不遇の考古学者・木村卓治の葛藤と反抗の生涯を描いた「断碑」(昭和29年発表)、同じく考古学者である直良信夫をモデルに、"明石原人"の人骨発見し、旧石器文化説を唱えるも学界から嘲笑される考古学者の苦悩を一人称で描いた「石の骨」(昭和30年発表)、父親とその系譜に対する主人公の嫌悪と葛藤を同じく一人称で綴った「父系の指」(昭和30年発表)、加藤清正の子で、嫡男・光広の退屈凌ぎの悪戯が昂じて、家康に謀反を抱く者ととられ御家取り潰しの憂き目に遭った大名・加藤忠広を史実をもとに描いた「五十四万石の嘘」(昭和31年発表)、江戸時代の佐渡金山を舞台に、夫婦で佐渡に赴任した役人が、自分が島流しにした妻のかつての恋人の今の姿を見ようとして起こる出来事を描いた愛憎劇「佐渡流人行」(昭和32年発表)の8篇を所収。

 朝日新聞にいた松本清張が社を辞めたのが「五十四万石の嘘」を書いた頃と自分であとがきに書いていますから、ここに収められている作品の多くは在職中に書いたものということになりますが、推理小説と呼べるものがない点が興味深く、作者が当時、色々な小説のスタイルを模索していたことが窺えます。

 「腹中の敵」「五十四万石の嘘」「佐渡流人行」は時代もので、「石の骨」「断碑」は考古学もの、「父系の指」は自伝的小説の色合い濃いものですが、それぞれ、歴史ものでは「西郷札」(昭和25年発表)、学究者ものでは「或る『小倉日記』伝」(昭和25年発表)、自伝的なものでは「火の記憶」(昭和27年発表)といった先行作品があります。

 因みに、「五十四万石の嘘」のモデルの丹羽長秀は、秀吉の振舞いに憤って切腹したとの説もありますが、一般には胃癌で亡くなったというのが史実とされており、「菊枕」のモデルの杉田久女は、実際には夫に縛られるような生活を送ったわけでも精神を病んだわけでもないなど、この辺りは「或る『小倉日記』伝」にも見られたような巧みな"物語化"が見られます。

顔 (1956年) (ロマン・ブックス)』(顔/殺意/なぜ「製図」が開いていたか/反射/市長死す/張込み)
『顔』ロマン・ブックス.jpg 何れも珠玉の名篇ですが、やはり一番の傑作は、一見平凡な主婦に宿る"女の情念"を描いた「張込み」でしょうか。「今からだとご主人の帰宅に間に合いますよ」と刑事が女主人公に言うくだりが印象に残ります。作者の推理小説への出発点とされている作品ですが、作者自身が、推理小説だとは考えずに書いたと言っているように、サスペンスではあるが、ミステリではありません(敢えて推理小説風に言えば、「倒叙法」がとられていることになるが)。

張込み 田村高廣/高峰秀子2.jpg 橋本忍脚本、野村芳太郎監督で映画化され('58年/モノクロ)、映画では、逃亡中の犯人(田村高廣)の昔の恋人(高峰秀子)を見張る刑事が2人(大木実・宮口精二)になっており、やはり1対1にしてしまうと、見張る側に関してもセリフ無しで心理描写せねばならず、それはきつかったのか...。それでもモノロ張込み 3.jpgーグ過剰とならざるを得ず、しかも、原作には無い描写を多々盛り込んでおり、もともと短篇であるものを2時間にするとなると、こうならざるを得ないのでしょうか。ともかくも、野村芳太郎はこの作品で一気にメジャー監督への仲間入りを果たすことになります。

「張込み」 (1958/01 松竹) ★★★☆

張込み 映画2.jpg「張込み」●制作年:1958年●製作:小倉武志(企画)●監督:野村芳太郎●脚本:橋本忍●撮影:井上晴二●音楽:黛敏郎●原作:松本清張「張込み」●時間:116分●出演:大木実/宮口精二/高峰秀子/田村高廣/高千穂ひづる/内田良平/菅井きん/藤原釜足/清水将夫/浦辺粂子/多々良純/芦田伸介●公開:1958/01●配給:松竹●最初に観た場所:池袋文芸地下(84-02-22)(評価★★★☆)

【1964年ノベルズ化・2002年第3版[カッパ・ノベルス]/2008年文庫化[光文社文庫]】
カッパブックス 松本清張短編全集.jpg
《読書MEMO》
●『一度は読んでおきたい現代の名短篇 (小学館新書)』['18年]
一度は読んでおきたい現代の名短篇 (小学館新書).jpg1.女のなかの炎―松本清張「張込み」
2.どこへも帰れない―安岡章太郎「雨」
3.欠けていた源氏の一帖―瀬戸内寂聴「藤壺」
4.かくれ切支丹の島で―遠藤周作「母なるもの」
5.朝鮮から来た人びと―司馬遼太郎「故郷忘じがたく候」
6.男と女のかたち―吉行淳之介「海沿いの土地で」
7.前世へさかのぼる―丸谷才一「樹影譚」
8.あの世のひと―河野多惠子「考えられないこと」
9.「うまさ」とは何か―結城昌治「泥棒たちの昼休み」
10.かけがえのない日常―藤沢周平「鱗雲」〔ほか〕

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爽快感のある企業小説。特許侵害訴訟と部品納入交渉。「二段ロケット」のように楽しめた。

下町ロケット 2.jpg 下町ロケット.jpg   下町ロケット wowow.jpg 主演:三上博史
下町ロケット』(2010/11 講談社) /「連続ドラマW 下町ロケット [DVD]」WOWWOW

 2011(平成23)年上半期・第145回「直木賞」受賞作。

 かつて研究者としてロケット開発に携わっていた佃航平は、打ち上げ失敗の責任を取って研究者の道を辞し、今は親の仕事を継いで従業員200人の佃製作所を経営していた。そんな彼の元へ、自社の主力製品が大企業の特許を侵害しているという一通の訴状が届き、その相手・ナカシマ工業の法廷戦略により、製作所は存亡の危機に立たされる―。

 下町のとある町工場が、その優れた技術力でもって国産宇宙ロケットに部品を供給する話―とは知っていましたが、実際に読んでみて面白かったし、途中で何度かぐっときて、久しぶりに爽快感のある企業小説を読んだなあと。

 宇宙ロケットへの部品供給が成るかどうか以前に、ナカシマ工業による理不尽な特許侵害訴訟により会社経営そのものが危機に晒される「前半部分」と、大企業の驕りから居丈高な態度で特許の買い取りを迫る帝国重工との間で、部品納入を巡る交渉する「後半部分」とが、共にはらはらドキドキしながら一気に読め、「二段ロケット」のように楽しめました。

 '02年に起きた「三菱ふそうトラック・バス」の大型車のタイヤ(ホイール)脱落事故(三菱リコール隠し事件)に材を得た『空飛ぶタイヤ』('06年/実業之日本社)や、'07年に起きた「名古屋市営地下鉄」延伸工事談合事件に材を得た『鉄の骨』('09年/講談社)など、実際に起きた企業不祥事をモデルにした作品を発表してきた作者ですが、この作品のモデルである製作所は、作品発表以前から報道されていた大田区にある会社以外にも、同様に宇宙ロケットに部品を供給している小さな会社が幾つかあり、作者自身は「特定モデルは無い」としているようです。

 但し、ロケット部品の技術面での記述などは(マニアックにならない程度に)しっかりしているように思え、神谷弁護士のモデルと言われる弁護士の事務所が実際に西新橋にあるなどから、相当に関係者に聞き込み取材をしたのではないでしょうか(銀行からの出向の経理部長の"殿様バッタ"こと殿村の設定は創作か。銀行出身の作者の思い入れがあるにしても、いいキャラだ)。

 『鉄の骨』同様、TVドラマ化されましたが、帝国重工のモデルがすぐに分ってしまうこともあってか、『空飛ぶタイヤ』がドラマ化された時と同様、民放キー局ではなくWOWWOWの連続ドラマW枠での放映でした(出演:三上博史、寺島しのぶ、渡部篤郎 他)。

 直木賞受賞は順当に思われますが、選考委員の中には渡辺淳一氏のように、「私はここまで読みものに堕したものは採らない。直木賞は当然、文学賞であり、そこにそれなりの文学性とともに人間追求の姿勢も欠かすべきではない」といって推さなかった人もいて、個人的には最初から「企業小説」と思って読みましたが、賞を与えるとなると、まあ、いろいろな考え方があるなあと。

 渡辺氏自身、(最近書いているものがどうかというのは置いといて?)「光と影」で直木賞を受賞する前に「死化粧」が芥川賞候補になったという経緯があり、「文学性」に拘りがあるのでしょうか。

 確かに、すぐにドラマ化されたことからも窺えるように、そのまま劇画にでもなりそうな話ですが、やはりエンタテインメントとして優れているならば、そのことは直木賞に選ばれて然るべき大きな要因となるのではないでしょうか(直木賞の選考基準がよく分からないままに言っているのだが)。

下町ロケット wowow0.jpg下町ロケット wowow-wowow.jpg「下町ロケット」(WOWWOW版)●監督:鈴木浩介/水谷俊之●制作:青木泰憲/土橋覚●脚本:前川洋一●音楽:羽岡佳●原作:池井戸潤「下町ロケット」●出演:三上博史/寺島しのぶ/渡部篤郎/池内博之/綾野剛/原田夏希/眞島秀和/松尾諭/美山加恋●放映:2011/08~09(全5回)●放送局:WOWOW

池井戸 潤 『下町ロケット』文庫.jpg下町ロケット (小学館文庫)

《読書MEMO》
池井戸 潤 『下町ロケット』文庫2.jpg●2015年再ドラマ化 【感想】 全10話の後半は、朝日新聞連載「下町ロケット2ガウディ計画」が原作(「下町ロケット2ガウディ計画」は朝日新聞の広告面に連載され、"連載"というより、単行本刊行直前の下町ロケット 阿部寛.jpgメディアミックスといった印象だった)。ドラマは、主役の阿部寛はまずまずの演技か。新聞連載とドラマの同時進行で最終回の視聴率は22.3%と民放ドラマの年間最高視聴率を記録したから、メディアミックスとしては成功したと言える。但し、2013年に同じくTBSで放送された「半沢直樹」の最終回の42.2%には遥かに及ばない。

下町ロケット2.jpg下町ロケット2_rel_k.jpg「下町ロケット」(TBS版)●演出:福澤克雄/棚澤孝義/田中健太●下町ロケット ドラマ.jpgプロデューサー:伊與田英徳/川嶋龍太郎●脚本:八津弘幸/稲葉一広●音楽:兼松衆/田渕夏海/中村巴奈重●原作:池井戸潤「下町ロケット」「下町ロケット2ガウディ計下町ロケット 杉良太郎.jpg画」●出演:阿部寛/土屋太鳳/立川談春/安田顕/真矢ミキ/恵俊彰/倍賞美津子/吉川晃司/杉良太郎●放映:2015/10~12(全10回)●放送局:TBS

 【2013年文庫化[小学館文庫]】 

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最初のうちは嫌な奴だと思ったら...。読んでいくうちに、作者のうまさに嵌っていくような感じ。

君たちに明日はない 単行本.jpg 君たちに明日はない 文庫.jpg君たちに明日はない 文庫tv.jpg  君たちに明日はない tv.jpg 垣根涼介.jpg 垣根涼介 氏
君たちに明日はない』['05年]『君たちに明日はない (新潮文庫)』「君たちに明日はない (坂口憲二 主演) [DVD]

垣根 涼介 『君たちに明日はない』_7939.JPG 2005(平成17)年度・第18回「山本周五郎賞」受賞作。

 リストラ請負会社「日本ヒューマンリアクト」に勤める村上真介の仕事は、リストラ専門の面接官であり、昨日はメーカー、今日は銀行と飛び回る日々の中で、女の子に泣かれ、中年男には殴られたりもするが、たとえ相手に何を言われようとも、真介はこの仕事にやり甲斐を感じている。その一方で、建材会社に勤める・芹沢陽子の面接を担当した際、彼女の気の強さに好意を抱く―。

 作者はミステリや冒険小説を書いてきた作家ですが、こうした企業小説っぽいジャンルはどうなのかなあと思って、リストラ請負会社という興味あるモチーフながらも暫く手をつけないでいたのですが、NHKでドラマ化されたのを機に読んでみたら、そこそこリアリティがあって、意外と面白かったです(作者のサラリーマン時代の経験がベースになっている?)。

 リストラ請負会社は(文庫解説の篠田節子氏は「私は聞いたことがない」「大嘘を前提としながら」と書いているが)世間的にはともかく、個人的にはアウトプレイスメント会社というものは必ずしも縁遠いものではなく、その上、先にNHKのドラマの方をちらっと観てしまったため、「こんな世界があるんだぞ~」と世間に知らしめて、あとは恋愛ドラマ路線でもっていくタイプの話だという、ややバイアスがかかった見方をしていたのかも知れません。

 原作も最初はやや漫画チックに思えましたが(実際、漫画化されているが)、テンポの良さを保ちながらもトータルでは現実を逸脱していないし、最初の内は主人公の村上真介は相当エグイことをする嫌な奴だと思いつつも、話が進むにつれ次第にいい奴に思えてくるという、何だか読んでいくうちに作者の旨さに嵌っていくような感じでした。

 例えばリストラ面接の場面においても、面接者である主人公と被面接者の両者の視点から書いていて、これがなかなか面白く(もしかしたら女性の心理の方が男性よりうまく書けているかも)、また、状況に応じて登場人物を名字で書いていたり名前で書いたりしているのも、計算の上でのことなのだろうなあ。

 「怒り狂う女」「オモチャの男」「旧友」「八方ふさがりの女」「去り行く者」の5話から成る1話1企業という連作形式をベースに、33歳の真介と第1話「怒り狂う女」で彼の被面接者であった41歳の陽子との関係性の話が進行していき、陽子の仕事環境にも転機が訪れて、続編『借金取りの王子―君たちに明日はない2』('07年)、『張り込み姫―君たちに明日はない3』('10年)に繋がっていくようです(「平成不況」の次に「リーマン・ショック」が来たためにモチーフがいつまでも古びないのは皮肉だが、アウトプレイスメント業界自体は寡頭競争で大変なのではないか)

 NHKのドラマは6話構成で、その内5話を本作から、1話を『借金取りの王子』をとっていますが、考えてみれば順番はどうにでもなる。ただ、いきなり原作に無い人物も出てきたりして、一瞬、自分が忘れてしまったのかと思ったりもし、最近の「土曜ドラマ」の原作の改変ぶりはあまり好きになれないなあ。

君たちに明日はない. NHK総合.jpg君たちに明日はない ドラマ.jpg「君たちに明日はない」●演出:岡田健/榎戸崇泰●制作:屋敷陽太郎●脚本:宅間孝行●音楽:松本晃彦●主題歌:久保田利伸●原作:垣根涼介「君たちに明日はない」「借金取りの王子」●出演:坂口憲二/田中美佐子/須藤理彩/村田雄浩/前田吟/堺正章●放映:2010/01~02(全6回)●放送局:NHK

【2007年文庫化[新潮文庫]】

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若きゼネコンマンが垣間見た建設談合の世界。まあまあ面白かったが、ドラマは改変が目立った。

鉄の骨    .jpg鉄の骨.jpg 鉄の骨 dvd.jpg NHKドラマ『鉄の骨』.jpg
鉄の骨』(2009/10 講談社) 「NHK土曜ドラマ 鉄の骨 DVD-BOX」2010/07放映(全5回)豊原功輔/小池徹平
NHKドラマ・タイアップカバー版

 2009(平成21)年・第31回「吉川英治文学新人賞」受賞作。

 中堅ゼネコンの現場で働く入社3年目の富島平太は、突然畑違いの業務課への異動を命じられるが、業務課とは主に大口の公共土木事業などの受注に携わる営業部門であり、別名"談合課"と呼ばれる部署。最初は異動に不満だった平太だが、業界のフィクサーと称される人物と知り合ったり、上司たちの優秀な仕事ぶりに接したりするうちに仕事にのめり込んでいく。一方で、常に目の前に立ちはだかる「談合」の実態に愕然とし、会社のために違法行為に加担すべるきか葛藤する―。

 「談合」にターゲットを絞っているせいもありますが、これだけ分かり易いエンタテインメントに仕上げているのはなかなかのものであり、企業小説の新たな書き手が現れたように思いました。

「法令遵守」が日本を滅ぼす.jpg 建設談合については、大学教授で東京地検特捜部の元検事・郷原信郎氏のように、過去における一定の機能的役割を認め、単純な「談合害悪論」がそうした機能を崩壊させようとしているという見方もあります。しかしながら、インフラ整備が未発達だった戦後間もない頃から高度経済成長期にかけてならともかく、今の時代には相応しくないシステムに違いなく(郷原氏も基本的にはそうした考え)、ましてや公共事業となると使われるのは税金だし、それでいて、官僚の関係企業への天下りなど政財官の癒着の原因になっていると思うと、やはり今時「必要悪」論は無いんじゃないかなと思います。でも、理想と現実は異なり、この作品を読むと、肝心の建設会社の当事者達は、そうした議論からは遠い「村社会」に居るのだろうなあと感じます。

鉄の骨2.jpg '10年7月にNHKの「土曜ドラマ」で全5話にわたってドラマ化されましたが、その際に監修協力を求められた郷原氏は、「原作が全くゼネコンの仕事と乖離し、リアリティの無さに議論に値しない」とし、ドラマについても、「談合を個別の企業、個人の意思によって回避できる問題のようにとらえる原作とは異なり、単純に善悪では割り切れない問題ととらえている点は評価できるが、談合構造の背景の話がないので、なぜ談合に同調するのかが一般人には理解できないのではないか」と、twitterでなかなか手厳しい評価をしていました。

鉄の骨3.jpg 原作は人物造形がステレオタイプと言えばステレオタイプで、但し、個人的には文芸的なものは期待せずに単純に「企業小説」として読んだため、山崎豊子クラスとはいかないまでもまあまあ面白く感じられました。ドラマも、同じ「土曜ドラマ」枠で'07年に放映された「ハゲタカ」などに比べるとやや地味ですが、「ハゲタカ」が『ハゲタカ(上・下)』、『バイアウト(ハゲタカⅡ)(上・下)』という2つの原作(単行本4巻!)を全6話の中に"無理矢理"組み入れたものであったのに対し、こちらは原作1冊に準拠しているようなので、一貫性という意味ではスッキリしたものになるのではないかと...。

 ところが実際ドラマを観ていると、人物造形が原作とやや違っているみたいで、平太(小池撤平)の部署の統轄である尾形常務(陣内孝則)が原作ほどの貫禄がないとか細かいことは色々ありますが、何よりも、「西田」という見栄えはぱっとしないが有能な先輩のキャラが、ドラマでは、会社のエース的存在であるカッコいい"遠藤"(豊原功補)と見栄えはイマイチだがコスト計算のスペシャリストである"西田"(カニング竹山)に分かれ、談合組織の仕切役(ボス)の「長岡」のキャラが、剛腕の"和泉"(金田明夫)と真面目で責任感の強い"長岡"(志賀廣太郎)に分かれているなど、「キャラクター分割」がなされている点が異なります。一体何のためにそんな面倒なことをするのか。

鉄の骨4.jpg しかも、殆ど新たに造ったキャラクターに近い志賀廣太郎の"長岡"が、検察の追及と会社の板挟みになって自殺するという原作には無い展開で(原作が直木賞の選評で「人物の描き方が浅い」という理由で落選したのを意識したのか?)、さすがにこれには原作者の池井戸潤氏も、「どんどん原作から離れていきますね。まさにNHK版『鉄の骨』です」と自らのブログで書いていましたが、「このテンションで最終回まで引っ張ってくれないかなあ。そしたら、すごくいいドラマになる予感がします」とのエールも送っています(でも、「ハゲタカ」ほどまでのテンションは上がらなかったような気がする)。

鉄の骨  .jpg NHKのドラマって、民放よりは原作に比較的忠実に作るというイメージがありましたが、最近はそうでもないようです。志賀廣太郎の演技は悪くなかったですが、とにかく劇的な要素を入れてハイテンションで持っていけばいいというものでもないし(この場合"自殺"に至るという重い結果により、システム的な問題よりも個人の苦悩のウェイトが大きくなりすぎたような気がする)、改変しない原作通りのものを観たかった気もします(疑獄事件で関係者の自殺を持ち出すというのは、これもまたある種のステレオタイプではないか)。

「鉄の骨」nhk.jpg鉄の骨 dvd.jpg「鉄の骨」●演出:柳川強/松浦善之助/須崎岳●制作:磯智明●脚本:西岡琢也●音楽:川井憲次●原作:池井戸潤「鉄の骨」●出演:小池徹平/カンニング竹山/豊原功輔/臼田あさ美/松田美由紀/笹野高史/中村敦夫/陣内孝則/北村総一朗/金田明夫/志賀廣太郎●放映:2010/07(全5回)●放送局:NHK
NHK土曜ドラマ 鉄の骨 DVD-BOX

【2011年文庫化[講談社文庫]】

2020年再TVドラマ化「鉄の骨」ドラマW土曜オリジナルドラマ(全5回:主演:神木隆之介、内野聖陽、中村獅童、土屋太鳳、柴田恭兵、石丸幹二、向井理、小雪)
ドラマW 2019 鉄の骨.jpg

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「●「吉川英治文学新人賞」受賞作」の インデックッスへ
「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「茂七の事件簿(1)ふしぎ草紙」)

作者初の時代ものにして、既に完成されていた。「片葉の芦」は傑作。

本所深川ふしぎ草紙 カバー.gif 本所深川ふしぎ草紙.jpg本所深川ふしぎ草紙本所深川ふしぎ草紙  文庫.jpg本所深川ふしぎ草紙 (新潮文庫)

 1991(平成3)年度・第13回「吉川英治文学新人賞」受賞作。

 近江屋藤兵衛が殺され、下手人は父の藤兵衛と折り合いの悪かった娘のお美津だという噂が流れたが、幼い頃お美津に恩義を受けたのが忘れられず、今も彼女への想いを抱き続ける職人の彦次には、どうしてもお美津が下手人であるとは思えず、独自に真相を探る―。(「片葉の芦」

 7篇から成る連作ですが、これ、作者の「初の時代ミステリ」だったのだなあ。30代そこそこの作品ですが、もうスタイルが完成されているように思えたため、"手練れの域"に達してからの作品だと思い込んでいました。

本所深川七不思議 かたはのあし.jpg JR錦糸町駅前にある人形焼きの「山田家」の包装紙にある「本所七不思議」に材を得たとのことで、タイトル的には「七不思議」をそのままなぞっていて、物語自体は当然のことながら作者の創作ですが、「七不思議」のロマンを壊さないように仕上げているのが巧み。備忘録的に他の6篇の内容を記すと―。

 「送り提灯」...大野屋のお嬢さんの恋愛成就のため願掛けを命じられた12歳の女中・おりんだったが、彼女が夜中に回向院に向かうと、提灯がつかず離れずついて来る。そしてある晩、願掛けの最中にその大野屋に押し込み強盗が―。

 「置いてけ堀」...24歳の子持ちの寡婦・おしずは、錦糸堀で"置いてけ堀"の噂が立っているのを聞き、何者かに殺された魚屋だった亭主が、成仏できずに浅ましい魔物の姿で現れたのではないかと思い、それを確かめようとする―。

 「落ち葉なしの椎」...今年18歳になる小原屋の奉公人・お袖は、回向院の茂七の言葉を契機に、周囲からそこまでしなくてもと言われても、自らに課した日課として、庭の落ち葉を掃く。そして、それを見つめる怪しい男が―。

 「馬鹿囃子」...おとしは、許婚の宗吉のことで話を聞いてもらいに伯父の茂七を訪れたが、若い娘ばかり狙って顔を切る"顔切り"が出没した折で、伯父は忙しい。その伯父の元には、お吉という娘が先客で来ていて、自分は誰と誰を殺したと茂七に話していた―。

 「足洗い屋敷」...7年前に母に死なれた大野屋の娘・おみよは、父・大野屋長兵衛の再婚相手である美しい義母・お静のことが好きだったが、ある晩おみよはお静の悲鳴で飛び起きる。お静には秘められた過去があり、そして今も―。

 「消えずの行灯」...二十歳になったばかりのおゆうは、小平次という男から変わった仕事の誘いを受けるが、それは、足袋屋・市毛屋に、永代橋が落ちた際に行方不明になったその家の娘・お鈴のふりをして奉公して欲しいというものだった―。

 1つ1つの作品の長さが、池波正太郎の「鬼平」シリーズや、平岩弓枝の「御宿かわせみ」シリーズと同じくらいでしょうか。
 それらと異なるのは、物語の"主体"が毎回変わることで、7篇を通して共通しているのは、主人公や話の中心となる人物が何れも10代から20代の少女乃至若い女性であることと、事件の真相を突き止め最後に解決するのが、回向院一帯を仕切っている古参の岡っ引・茂七であることでしょうか。

 実際この回向院の茂七、『初ものがたり』('95年/PHP研究所)では完全に主役になっていますが、作者はその間にも『震える岩』('93年/新人物往来社)で「霊験お初捕物控」と言うべき別の連作を書いています。

 茂七を主人公としたものは、NHKで'01年から'03年にかけて3回に分けてドラマ化されています(主演:高橋英樹)。
 「鬼平」や「かわせみ」みたいに1つのパターンで"恒久的"に続けることはしないのが「宮部流」と言えるのかも。
 茂七を主人公とした原作が足りなかったのか、NHKでは茂七が登場しない作品(『幻色江戸ごよみ』など)までも、脚色して茂七を主人公にしてドラマ化したりしています。

 最近の作者の作品は、岡っ引さえも滅多に登場していないのでは。
 この連作の頃は、近作よりも1話当たりの話が短く、その分密度の濃さを感じます(第1話の「片葉の芦」が特に素晴らしいと思った。テレビで放送したのは3年目(「茂七の事件簿(3)ふしぎ草紙」)の第1話において)。

茂七の事件簿.jpg茂七の事件簿 nhk.jpg「茂七の事件簿(1)ふしぎ草紙」●演出:石橋冠/加藤拓●制作:小林千洋/大山勝美●脚本:金子成人●音楽:坂田晃一●原作:宮部みゆき「本所深川ふしぎ草紙」「初ものがたり」「幻色江戸ごよみ」●出演:高橋英樹/原田芳雄/淡路恵子/仁科貴/河西健司/あめくみちこ/本田博太郎●放映:2001/06~09(全10回)●放送局:NHK ※「茂七の事件簿(2)新ふしぎ草紙」2002/06~09(全10回)/「茂七の事件簿(3)ふしぎ草紙」2003/07~09(全5回)

【1995年文庫化[新潮文庫]】

「●く アガサ・クリスティ」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1942】 クリスティ 『魔術の殺人
「○海外サスペンス・読み物 【発表・刊行順】」の インデックッスへ 「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「アガサ・クリスティ 予告殺人」)

論理的には精緻で凝っているが、犯行手口などに不自然な点も多いのでは。トータルではほぼ満足。

ハヤカワ・ポケッ「予告殺人」.jpg「予告殺人」ハヤカワ・ポケットミステリ, 1956, 1972(7th).jpg予告殺人 ハヤカワ・ミステリ文庫.jpg 予告殺人 クリスティー文庫.jpg 予告殺人 ハ―パーコリンズ版.jpg 予告殺人 2002.bmp
予告殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』(田村隆一:訳)/『予告殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』/ハ―パーコリンズ版(1998/2002)
ハヤカワ・ミステリ(田村隆一:訳)(1956/1972(7th))

予告殺人 1953.bmp予告殺人 1963.bmp予告殺人 英国フォンタナ版.jpg 英国の田舎町である朝、地元新聞の広告欄に「殺人お知らせします」という記事が掲載される。何か面白いゲームだと思った物見高い近所の人々が、予告時間に合わせ、殺人が起きる場所に指定された女主人レティシア・ブラックロックの住まうリトル・パドックスを訪ねる。そして、まさに時計の針が予告された時刻を指したとき、銃声が響きわたる―。

英国・Fontana版(1953/1963/1980)

 1950年に刊行されたアガサ・クリスティのミステリ長編(原題:A Murder Is Announced)で、60歳にしての50作目の作品とのことですが、「クリスティ自選のベストテン」にも「日本クリスティ・ファンクラブ員の投票によるクリスティ・ベストテン」にもランクインしている作品であり、また、江戸川乱歩は、クリスティ作品の中で「面白かったもの」のべスト8に挙げていて、それらの中でも『アクロイド殺し』と並んでこの作品を高く評価をしています。
 
 「予告殺人」が実際に起きてしまったということで、最初はぐぐっと惹き込まれたけれども、登場人物が多くて、それらの会話や描写が続き、一旦はやや冗長かなあという気持ちになりかけた...。ところが途中で、実はこうした描写の中に、事件の鍵を解く伏線が張られているらしいことに気づき、改めて遡って読み直してみたりして、それでも犯人は誰か最後の最後まで分からなかったわけですが、ミステリ通やクリスティのパターンに通暁している人の中には、逆に、早々に犯人が判ってしまって意外性の乏しかったという人もいるようです。自分はホント、全然見当もつきませんでした。

予告殺人 米国ポケットブックス版.jpg この小説の最初の事件トリックは、クリスティが隣家を使わせてもらって実地検証したそうで、作品全体を通しても、論理的に精緻な構成であり、江戸川乱歩もこの点を高く評価したのではないかと思います(作中で話題となるダシ―ル・ハメットの作品にも、類似したトリックがあるが)。

 そうした意味では本格推理っぽい色合いもありますが、しいて言えば、犯人がこうしたややこしい方法をわざわざ選んだというのがやや不自然と言うか技巧的に思え、「ミステリのための手段」とでも言うか、非現実的に思えなくもない...。但し、そうは思いながらも結局のところ面白く読め、わけありの登場人物が多くいるなかで、真犯人の"意外性"にもインパクトがあったし(しかも、とってつけたような犯人ではなく、最初から物語の中心にいた人物!)、第1の殺人にもちゃんとした理由があったわけだなあと。。

米国・ポケットブックス版(1972) (Cover Illustration By Tom Adams)

 この難事件も、セント・メアリ・ミードから事件解決のために呼ばれたミス・マープルが見事に事件の背後にあるものを洞察し、「実はこうだったのよ」みたいな感じで最後にその全容を明かしてみせるのですが、人間観察に長けたミス・マープルらしい謎解きであることは認めるとして、こんなに"なりかわり(なりすまし)"がダブっていたのでは、普通の読者には見当もつかないのではないかと思いましたが、そこが面白いのでしょう。確かに凝っていると言えば凝っているし、ミス・マープル物の中でこの作品を最高傑作とする人も多いというのには頷けます。

 前半はやや冗長感があったものの(実は謎解きのヒントがいっぱいあった?)、英国の田舎町の人々の生活の様子がよく伝わってきました。物語で想定されている事件の起きた年は1949年で、こののんびりした田舎の雰囲気や暮らしぶりは、日本の昭和24年頃とは随分差がある感じ。

予告殺人 dvd.jpgマープル 予告殺人 レティシア・ブラックロック夫人.jpg こんな殺人予告記事が校閲に引っ掛かりもせず新聞に掲載されたり(ローカル紙と言うよりコミュニティ紙であり、そのあたりは鷹揚と言うか、いい加減?)、その記事によって村の人々がそこそこ興味本位で集まっても警察だけは来なかったりと(事件がまだ起きたわけではないからと言えばそれまでなのだが)、気になった点も幾つかありましたが、トータルで見れば、個人的にはほぼ満足のいく作品でした。

「ミス・マープル(第3話)/予告殺人」 (85年/英) ★★★★

予告殺人.jpgAgatha Christie's Marple - 'A Murder is Announced' (2005).jpg 「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第4話)/予告殺人」 (05年/英) ★★★☆
 

 
 
 

 【1955年ポケット版[ハヤカワ・ミステリ(田村隆一:訳)]/1976年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田村隆一:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(田村隆一:訳)]】

予告殺人 テレビ朝日01.jpg●2018年ドラマ化 【感想】 2019年テレビ朝日でドラマ化(3年目のアガサ・クリスティシリーズで第4弾)。監督は「アガサ・クリスティ そして誰もいなくなった」('17年)、「パディントン発4時50分~寝台特急殺人事件~」('18年)と同じく和泉聖治、脚本は「そして誰もいなくなった」、'18年版の第2夜放送の「大女優殺人事件~鏡は横にひび割れて~」('18年)と同じく長坂秀佳。沢村一樹演じる相国寺竜也警部のメインでの登場は「そして誰もいなくなった」、「大女優殺人事件~鏡は横にひび割れて~」に続いて3回目(「パディントン発4時50分~寝台特急殺人事件~」では予告殺人 テレビ朝日02.jpg列車の乗客としてカメオ出演)。因みに、オリジナルは『パディントン発4時50分』『鏡は横にひび割れて」ともこの『予告殺人』と同様ミス・マープルものなので、沢村一樹がミス・マープルの役どころを演じるのはこれが2回目となる(『パディントン発4時50分』は天海祐希がミス・マープルに該当の役)。大地真央は「アガサ・クリ予告殺人 テレビ朝日03.jpgスティ そして誰もいなくなった」にも容疑者の一人として出演していたが、その時の主役級は渡瀬恒彦で、今回は彼女が主役級。「大女優殺人事件~鏡は横にひび割れて~」の容疑者の主役級が黒木瞳だったので、天海祐希(探偵役)、黒木瞳(容疑者役)、大地真央(同)と宝塚出身者が続いたことになる。沢村一樹の相国寺竜也警部役のコミカルな演技は板についた印象で、恋愛を絡ませた"お遊び"的要素も。但し、「そして誰もいなくなった」の時と同じく、本筋のストーリーは比較的原作に忠実であったのが良かった。難点は、複雑な登場人物相関を分かりやすくする狙いで容疑者全員にカタカナのにニックネームを付けたのだろうが、レーリィとかローリィとか観ていいる側までも混乱してしまいそうになったことか。

予告殺人 テレビ朝日.jpg予告殺人 テレビ朝日 00.jpg「アガサ・クリスティ 予告殺人」●監督:和泉聖治●脚本:長坂秀佳●音楽:吉川清之●原作:アガサ・クリスティ●出演:沢村一樹/荒川良々/大地真央/室井滋月/村田雄浩/芦名星/北乃きい/ルビー・モレノ/山本涼介/吉川愛/国広富之/田島令子/村杉蝉之介/山口香緒里/和泉ちぬ/鈴木勝大/佐藤玲/大後寿々花/夏樹陽子/大浦龍宇一●放映:2019/04/14●放送局:テレビ朝日

「●ひ 東野 圭吾」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1459】 東野 圭吾 『カッコウの卵は誰のもの
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江戸の匂いの残る日本橋を背景にした人情話を堪能。ベースにある推理作家としての力量。

新参者 東野.jpg 新参者.jpg新参者』['09年] 新参者 ドラマ.jpg ドラマ「新参者」

 日本橋のマンションで、三井峯子という45歳の女性が絞殺死体で見つかった事件で、日本橋署に着任したばかりの刑事・加賀恭一郎は、今もって江戸の匂いの残る日本橋・人形町の店々を、丹念に聞き込みに歩き回る―。

 加賀恭一郎シリーズの8作目で、宝島社の「このミステリーがすごい!(2010年版)」と週刊文春の「2009ミステリーベスト10(国内部門)」の両方で1位になった作品。

 加賀にとって日本橋は未知の土地であり、よって「新参者」ということなのですが、加賀が聞き込みに回った先々の様子が、「煎餅屋の娘」「料亭の小僧」「瀬戸物屋の嫁」...とオムニバス構成になっていて、下町の情緒やそこで暮らす人々の人情の機微がふんだんに織り込まれているのが楽しかったです。

 更に、聞き込みを通して浮き彫りになる親子間、夫婦間の齟齬や、表向きは反目しあっているようで実は互いに通じ合っている親子、嫁姑の関係などを加賀が鋭く嗅ぎ取り、事件の核心に迫りつつ、そうした溝も埋めていくという、加賀刑事がちょっと出来すぎという感じもなくもしなくはないですが、心にじわっとくる仕上がりになっています。

 核心となる事件の方が大したトリックもなく凡庸であるため、むしろそちらの人情譚の方ににウェイトが置かれていると言ってもいい感じですが、この作者の近作は、「理屈」より「情」に訴えるものの方が個人的には合っているような気がして、この作品もその1つ、大いに堪能できました。

 それにしても、1つの町を背景にした各シークエンスにこれだけの登場人物を配して整然と章立てし、しかも、加賀が登場人物たちの人間関係をも修復してしまう過程もミニ推理仕立てになっているという構成は、やはり作者の推理作家としての技量が並々ならぬものであることを感じさせます。

新参者 日曜劇場.jpg '10年4月からTBSの日曜劇場で連続ドラマ化されましたが、原作に比較的忠実に作られているように思いました。

 役者陣の演技力にムラがあるように思いましたが(ムラがあると言うより、黒木メイサだけが下手なのか)、所謂、新進俳優をベテランが脇で支えるといったパターンでしょうか。原作の良さに救われている感じでした。ただ、阿部寛が演じる加賀恭一郎は、ちょっとスマート過ぎるような気がしました。原作の加賀は、もっと泥臭くてあまり目立たない感じではないかなあ。まあ、阿部寛は何を演じても阿部寛であるようなところはありますが。


「新参者」 tbs.jpg新参者s.jpg「新参者」●演出:山室大輔/平野俊一/韓哲/石井康晴太●制作:伊與田英徳/中井芳彦●脚本:牧野圭祐/真野勝成●音楽:菅野祐悟●出演:阿部寛/黒木メイサ/向井理/溝端淳平/三浦友和/木村祐一/泉谷しげる/笹野高史/原田美枝子●放映:2010/04~06(全10回)●放送局:TBS

【2013年文庫化[講談社文庫]】

「●コミック」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1140】坂田 靖子 『天花粉
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「法律家っちゅうのはお上公認のヤクザなんじゃ!!」 でも、ちょっとやり過ぎ。

カバチタレ!.jpg カバチタレ!.jpg 0ドラマ カバチタレ.jpg 「おくさまは18歳」3.jpg
カバチタレ!(1) (モーニング KC)』「カバチタレ!<完全版> 1 [DVD]」陣内孝則/常盤貴子/深津絵里
カバチタレ! 全20巻完結(モーニングKC ) [マーケットプレイス コミックセット]』「おくさまは18歳(1) [VHS]

mカバチタレ! 全20巻セット.jpg 講談社の漫画雑誌「モーニング」に'99(平成11)年5月から'05(平成17)年まで連載されていた漫画作品。

 広島市にある「大野行政書士事務所」を舞台に、事務所に補助者として入所した若者・田村勝弘の目を通して、その事務所のベテラン行政書士たちが、法知識を駆使した所謂"法テク"で社会的弱者を守っていく姿を描いた物語で、原作は行政書士の田島隆氏、監修は'03年に亡くなった『ナニワ金融道』の青木雄二氏、作画は、『ナニワ金融道』で青木雄二氏のアシスタントを務め、田島隆氏の従弟でもある東風(こち)孝広氏。

 『ナニワ金融道』同様の"濃い"タッチの絵は苦手なのですが、話自体はなかなか面白く、ちょうど自分が行政書士試験を受ける頃に読みましたが、試験勉強にはさほど寄与しなかったものの、いい息抜きになりました。2週間しか勉強せず、その間に漫画など読んでいたわけで、当然の如く試験は落っこちましたが、後で自己採点したら択一は合格ラインだったので(当時、問題の半分近くは一般常識・時事問題だった。その年の合格率4.29%だったとのこと)、翌年また受け直し、一応、有資格者になりました(でもこれ、会社勤めしている限り、殆ど使えない資格だということが後でわかった。むしろ、民法を初勉強する契機になった点で、少しだけでも齧ったメリットはあったが)。

 漫画の登場人物の中には、ヤクザ相手に「法律家っちゅうのはお上公認のヤクザなんじゃ!!」などと啖呵を切って相手を震え上がらせる威勢のいいキャラもいますが、この漫画に出てくる行政書士たちは、やや(弁護士の)職域侵犯気味で、弁護士法72条に抵触していると思われる部分も無きにしも非ずといった感じでしょうか(悪徳弁護士がよく登場する漫画でもあるが)。

 でも、「占有屋」(競売物件の改札日直前に、前家主との間に賃貸契約があったふりをして占有、立ち退き料を詐取する)などという稼業があることは、この漫画で初めて知ったし、読んでいて"社会勉強"になるなあと。最近の漫画で言えば、『闇金ウシジマくん』(真鍋昌平)や『クロサギ』(原案:夏原武、作画:黒丸)なども、"裏社会"を知るという点では同じ系譜と言えるかも。

カバチタレ第1話.jpg 『カバチタレ!』は'02年にTVドラマ化され、フジテレビで1クール放映されましたが、主人公の田村勝弘や栄田千春が女性(常盤貴子・深津絵里)に置き換えられていてどうかなあと思ったけれど、ほどほどに面白く、画面に「心裡留保」とか「供託」とか、解説がテロップ表示されるのが親切でした。

 原作の1巻から5巻ぐらいまでがドラマ化されましたが、深津絵里とこの頃の常盤貴子では、相当に演技力に差があったように思えました。また、'01年、蜷川幸雄演出の舞台「ハムレット」でオフィーリア役で舞台初出演した後、'04年に「光とともに...〜自閉症児を抱えて〜」(日本テレビ)で連続ドラマ初主演を務めることになる篠原涼子も女性警官役で出ていました。

 脚色面では、「置屋から足抜け出来ない哀しい女性の話」が、「常盤貴子が置屋に売り飛ばされそうになるドタバタ劇」(第1話)に改変されているなど、原作のウエット感を極力払拭しようとしているのが窺えました。

カバチタレ. 2002.1.11 - 2002.3.22(フジテレビ系).jpg 番組のタイトルバックからしてフレンチ・ポップス調。キタキマユの唄う主題歌の原曲は、昨年['09年]自死した加藤和彦(1947-2009/62歳没)がプロデ加藤和彦 安井かずみ.jpgュースしたもので(美食家でお洒落で3回結婚していて、自殺なんてしそうもないキャラに見えたが)、妻の安井かず(1939-1994/55歳没)が作詞し(二人でDINKSライフを体現するカップルとか言われていた。バブル以前の話で、庶民には手に届かない世界に思えたが)、加藤和彦が曲を作り(北山修とのコンピで「あの素晴しい愛をもう一度」('71年)など多くの曲を作っているが、サディスティック・ミカ・バンドの「タイムマシンにおねがい」('74年)(作詞:松山猛)なども数多くのアーティストによってカバーされてい山田優 in カバチタレ.jpgる加藤和彦が作った曲の1つ)、岡崎有紀が歌った"Do you remember me(ドゥー・ユー・リメンバー・ミー)"('80年)でした(岡崎有紀は"歌える女優"だったなあ)。また、番組のエンディング・タイトルのシルエット・ダンサーは山田優で、ドラマ部分にも出演していて、彼女のドラマデビュー作でした。
山田 優

「おくさまは18歳」3.jpg「おくさまは18歳」2.jpg 因みに、岡崎友紀と言えば何と言っても「おくさまは18歳」('70年~'71年)でしょう。原作は本村三四子のラブコメディ漫画ですが、舞台はアメリカのカレッジ「スイートピー学園」。青年教師のリッキー・ネルソンと女学生のリンダ・ネルソンは結婚していることを隠して学園生活を送っているが、次々に事件に巻き込まれ、秘密がばれそうになるというもの。これを日本の普通の高校の男性教師と女子高校生に置き換えて、当時コメディ演技に関しては未知数だった岡崎友紀と石立鉄男(1942-2007/64歳没)を敢えて起用し、結果的に大ブレークしましたおくさまは18歳 うつみ.jpg。脚本はウルトラマンシリーズの佐々木守他。台詞のメリハリとリズム感を強調して対話のスピードを通常よりも大幅にテンポアップし、30分ドラマに1時間ドラマに相当する分量の台詞を盛り込んだそうです(メインの監督は映画「大怪獣ガメラ」('65年/大映)の湯浅憲明)。うつみみどり(現・うつみ宮土理)演ずる花咲ユメ子が発する「くやしいわ、くやしいわ、なんだかとってもくやしいわ(様々なバリエーションあり)」という台詞も懐かしいです。また、当時18歳の松坂慶子が主人公のライバル役で途中から出演していました。


 「カバチタレ!」に関してはテーマはいくらでもあり、視聴率も20%前後と良かったので、1クールで終わらなくてと思いましたが、今年['10年]1月から、漫画の続編『特上カバチ!! -カバチタレ!2』をドラマ化したものがTBSで放映されています(こちらも1クール放映、視聴率は10%前後と9年前の"元祖"「カバチタレ!」 と比べると約半分しかなかった)。


「カバチタレ!」22.jpgカバチタレ ドラマ.jpgカバチタレs.jpg「カバチタレ!」●演出:武内英樹/水田成英●制作:山口雅俊●脚本:大森美香●原作:田島隆●出演:常盤貴子/深津絵里/山下智久/篠原涼子/陣内孝則/岡田義徳/香里奈/岡田浩暉/田窪一世/伊藤さおり(北陽)●放映:2001/01~03(全11回)●放送局:フジテレビ
  
「おくさまは18歳」1.jpg「おくさまは18歳」dvd.jpg「おくさまは18歳」松坂.jpg「おくさまは18歳」●監督:湯浅憲明ほか●脚本:佐々木守他●原作:本村三四子●出演:岡崎友紀/石立鉄男/寺尾聰/冨士眞奈美/森川信/秋山ゆり/横山道代/うつみみどり(うつみ宮土理)/内田喜郎/北林谷栄/松坂慶子●放映:1970/09~1971/09(全53回)●放送局:TBS

「おくさまは18歳」松坂22.jpg 松坂慶子(当時18歳)


 【2006年文庫化[講談社漫画文庫]】


《読書MEMO》
●加藤和彦 2009年10月16日自殺(62歳没)
加藤和彦.jpg加藤和彦 自死.jpg

「●よ 吉村 昭」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2543】 吉村 昭 『仮釈放
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"昭和の脱獄王"の怪物的な能力、粘着気質的な意志の強さと"律儀さ"との組み合わせが興味深い。「プリズン・ブレイク」顔負け。

破獄 単行本_.jpg破獄 吉村昭.jpg 破獄  吉村昭.jpg  プリズン・ブレイク1.jpg 破獄 dvd.jpg
破獄 (1983年)』『破獄 (新潮文庫)』['86年]/「プリズン・ブレイク」/「破獄 [DVD]

 1984(昭和59)年・第36回「読売文学賞」並びに1985(昭和60)年・第35回「芸術選奨」受賞作。

白鳥由栄.jpg 昭和11年に青森刑務所を脱獄、昭和17年に秋田刑務所を脱獄、昭和19年に網走刑務所脱獄、昭和23年に札幌刑務所脱獄と、犯罪史上未曽有の4度の脱獄を実行した無期刑囚"佐久間清太郎"(仮名)を描いた「記録文学」。

白鳥由栄
ドラマ破獄 山田s.jpg白鳥由栄2.jpg 脱獄を繰り返す男のモデルとなっているのは、"昭和の脱獄王"と言われた白鳥由栄(しらとり・よしえ、1907‐1979)で、作者は、刑務所で白鳥由栄と深く接した元看守らを綿密に取材しており、実質的には実在の超人的脱獄囚を描いた「記録文学」と言っていいのでは。

網走監獄博物館にある白鳥の脱獄シーンの再現展示/「破獄」(テレビ東京)ビートたけし/山田孝之主演

 とりわけ脱獄不可能と言われた網走刑務所において脱獄を果たす様は、既に2回の脱獄により天才脱獄囚人として特別に厳重な監視下に置かれながらのことでもあり、まさに驚異的と言ってよく、「網走監獄博物館」には、白鳥由栄の脱獄の模様を再現した展示まであります。口に含んだ味噌汁で特製手錠のナットを腐蝕させて外すなどのテクニック自体の凄さもさることながら、看守に心理戦を仕掛けて重圧をかけたり、その注意を欺いたりする人間的な駆け引きにも卓抜したものがあったことがわかります。

プリズン・ブレイク2.jpg 脱獄譚と言えば、米テレビドラマシリーズ「プリズン・ブレイク」の実話版みたいだけど、「プリズン・ブレイク」の方は、最初の13話の脱獄を果たしたところで終わる予定だったものが(ここまでは面白い!)、好評だったため第1シーズンだけでも脚本を書き足して22話にし、その後もだらだら続けていったために、どんどんつまらなくなっていきましたが、こっちの白鳥由栄モデルの実話版は、最後まで緊張感が途切れず気が抜けません。まさに、"昭和の脱獄王"だけあって、「プリズン・ブレイク」顔負け。

 網走刑務所での話あたりから、看守側の置かれている過酷な労働環境や、大戦末期当時、或いは終戦直後の混乱した世相なども併せて描かれており、"佐久間"に脱獄を許してしまった看守らからすれば、必ずしも落ち度があったとかタルんでいたとか言えるものでもなく、脱獄を図る"佐久間"と看守との間で、知力と精神力の限りを尽くしたぎりぎりの攻防があったことが分かります。

 そうした看守らの中には、"佐久間"を1人の人間として扱った人もいて、"佐久間"はもともと情に厚い人柄であり、恩を受けた看守に対しては忠義の心を忘れなかったようです。身体能力も含めた怪物的な脱獄能力(湾曲した壁を這い登ることが出来た)、粘着気質的な脱獄意志の強さ(自分に辛く当たった看守が当番の日をわざわざ選んで脱獄した)と、こうした"律儀さ"との組み合わせが興味深いです。

 最後の収監先となった府中刑務所においては、刑務所長・鈴江圭三郎自らが、"佐久間"を人間的に扱う施策を"戦略的"に講じ、その結果、"佐久間"は脱獄を企図することをやめていますが、これってまるで、イソップの「北風と太陽」みたいだなあと。

 但し、その施策を評価されながらも、鈴江自身は、"佐久間"が再び脱獄を図ることが無かったのは彼の加齢に原因があると冷静に分析しており、また、作品としては、刑務所そのものの待遇等の改善(この作品のテーマの1つに「人間の尊厳」というものが挙げられる)、更には、社会における刑務所の位置づけの変化なども遠因として匂わせています。

破獄 DVD.jpg破獄 緒形拳.jpg 白鳥由栄をモデルにした他の小説では、船山馨『破獄者』、八木義徳『脱獄者』どがあります。また、この作品は、緒形拳(佐久間清太郎)、津川雅彦(鈴江圭三郎)主演で1985年にNHKでドラマ化されており、刑務所で「破獄」緒形.jpg佐久間(緒形拳)が冒頭、鈴木(津川雅彦)から「肛門検査」を受けるというショッキングなシーンから始まるこのドラマは、第1回文化庁芸術作品賞受賞作品となりました。緒形拳と津川雅彦という盟友関係の二人のW主役という触れ込みでしたが、原作の主人公である佐久間を演じた緒形拳の演技がやはり良かったように思います(先に述べた、この作品のテーマの1つが「人間の尊厳」であることがよく分かる)。一昨年['08年]、緒形拳が亡くなった時も、NHKのニュースで出演作としてこのドラマが紹介されていました(2017年にテレビ東京で山田孝之(佐久間)、ビートたけし(鈴江)主演で再ドラマ化された)
 
プリズン・ブレイク dvd.jpgプリズン・ブレイク3.jpgPrison Break.jpg「プリズン・ブレイク」 Prison Break (FOX 2005/08~2009/05) ○日本での放映チャネル:FOX/日本テレビ(2006~2010)

プリズン・ブレイク シーズン1 (SEASONSコンパクト・ボックス) [DVD]


nhk 破獄2.jpgnhk 破獄1.jpgnhk 破獄0.jpg「破獄」●演出:佐藤幹夫●脚本:山内久●原作:吉村昭●出演:緒形拳/津川雅彦/中井貴恵/佐野浅夫/趙方豪/織本順吉/なべおさみ/玉川良一/田武謙三/綿引勝彦●放映:1985/04(全1回)●放送局:NHK

 【1986年文庫化(新潮文庫)】

《読書MEMO》
ドラマ 破獄 01.jpg●2017年再ドラマ化 【感想】 脚本は「夏目漱石の妻」の池端俊策。すでに一度ドラマ化されていることを意識したのか、山田孝之演じる佐久間清太郎より、浦田(原作とは異なる)という看守役のビートたけしの方が主役になっているために、原作にはないドラマ的要素を浦田に付け加えすぎた印象。NHK版の津川雅彦が演じた鈴江圭三郎は、小便が近くて便所に行っている間に佐久間に脱獄されてしまうような〈リアリティある男〉なのに、ビートたけしが演じる浦田は、関東大震災時に刑務所の受刑者二千人余りを守るのに忙殺され、大火に包まれた家に戻らず妻子が亡くなったしたという〈伝説の男〉になってしまっている。こちらも幾つか賞を受賞したようだが、個人的には好きになれない改変だった。

破獄s.jpgドラマ 破獄 02.jpg「破獄」●演出(監督):深川栄洋●脚本:池端俊策●原「破獄」ドラマ出演者.jpg作:吉村昭●出演:ビートたけし/山田孝之/吉田羊/満島ひかり/橋爪功/寺島進/松重豊/勝村政信/渡辺いっけい/池内博之/中村蒼●放映:2017/04(全1回)●放送局:テレビ東京

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「●「直木賞」受賞作」の インデックッスへ 「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「女刑事・音道貴子~凍える牙」)

ミステリとして瑕疵は多いが、設定のユニークさと人間ドラマとしての旨さがある。

凍える牙 乃南アサ著. 新潮社.jpg  凍える牙 新装版.jpg 凍える牙 乃南アサ 文庫.jpg        凍える牙 ドラマ.jpg 
凍える牙 (新潮ミステリー倶楽部)』『凍える牙』『凍える牙 (新潮文庫)』 「女刑事・音道貴子~凍える牙」テレビ朝日系 2010年1月30日放映(出演:木村佳乃/橋爪功

 1996(平成8)年上半期・第115回「直木賞」受賞作。

 立川市のファミレスで起きた、男性客の体が突然燃え上がって焼死し、男性には時限発火装置が仕掛けられていて、大型犬のような動物による噛み傷あったという事件の捜査に、"バツイチ"女性刑事・音道貴子はたたき上げの刑事・滝沢保と共に臨むが、滝沢は女性と組まされた不満から貴子に辛く当たる―。

 '10年1月にテレビ朝日系列で、音道貴子役・木村佳乃、滝沢保役・橋爪功で放映されましたが、直木賞作品でありながら、犬に演技させるのが難しいために長らく映像化されなかったのかなと思っていたら、すでに'01年にNHKで天海祐希主演でドラマ化されていた...。

 原作は、犯人の動機やそうした犯行トリックを選んだ理由の脆弱さなど、ミステリとしては瑕疵が多いとも思われますが、何よりも、都会の真ん中で人が次々と野犬のような動物に襲われて亡くなるという設定そのものが、ユニークでインパクトあります(強いて言えば、アーサー・コナン・ドイルの『バスカヴィル家の犬』の「日本版」乃至「都会版」といったところか)。しかも、女性刑事とベテラン男性刑事が、コンビで捜査に当たる間ずっと折り合いが悪かったのが、事件の経過と共にその関係が少しずつ変わって行く様が、個々が抱える背景も含めた人間ドラマとして旨く描けているように思います。

 終盤は、疾風(はやて)という名の"オオカミ犬"にスポットが当てられ、主人公の音道貴子が疾風に感情移入していくのと併せて、読者をもそれに巻き込んでいき、犯人は結局何のためにこうした犯行を犯したのかという、結果から逆算すると虚しさが残るはずのプロットであるにも関わらず、感動ストーリーに仕上がっています(実際、作者の巧みな筆捌きにノセられ、自分も感動した)。

 テレビ朝日版のドラマでは、木村佳乃、橋爪功ともに悪くない演技で、特に橋爪功はベテランの味を出していたような気がします(原作とはイメージが異なるが)。 それよりも驚いたのは、犬がちゃんと"演技"していたことで、でも考えてみれば犬が"演技"するはずはないわけであって、演技とは観客の感情移入で成立するものだということを思い知らされました。このドラマの"犬"が登場する場面で用いられているモンタージュ手法が巧妙なのか、それとも、もともと見る側に動物に感情移入し擬人化しがちな素因があるのか...?

警視庁刑事部第三機動捜査隊所属の刑事・音道貴子(木村佳乃)/警視庁捜査一課第二強行犯捜査第五係長・綿貫厚人(小野武彦)/元神奈川県警の鑑識課職員・高木勝弘(内藤剛志)/警察犬本部・畑山専務(津川雅彦)/警視庁立川中央署・滝沢保(橋爪功)
f4c2c9d8-s.jpg 綿貫厚人/小野武彦.jpg f7ff81c3-s.jpg c3adca0b-s.jpg a67570c1-s.jpg

女刑事 凍える牙   .jpg凍える牙 ドラマ.jpg「女刑事・音道貴子~凍える牙」●演出:藤田明二●制作:河瀬光/横塚孝弘/藤本一彦●脚本:佐伯俊道●音楽:鈴木ヤスヨシ●原作:乃南アサ「凍える牙」●出演:木村佳乃/橋爪功/小野武彦/布施博/平山浩行/内藤剛志/津川雅彦/金田明夫/勝野洋/前田健/菅田俊/大高洋夫/小川奈那/菅原大吉/草村礼子/高林由紀子/田宮五郎/西沢仁太/増田修一朗/七菜香/猪狩賢二/山内明日/谷口高史●放映:2010/01(全1回)●放送局:テレビ朝日

 【1996年単行本・2007年新装版[新潮社]/2000年文庫化[新潮文庫]】

「●し 篠田 節子」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3161】 ○ 篠田 節子 『田舎のポルシェ
「●「柴田錬三郎賞」受賞作」の インデックッスへ 「●た‐な行の日本映画の監督」の インデックッスへ 「●ビートたけし 出演作品」の インデックッスへ 「●岸部 一徳 出演作品」の インデックッスへ 「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ 「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「仮想儀礼」)

作者のこのジャンル(宗教モノ)における集大成的な作品と言えるのではないか。

篠田 節子 『仮想儀礼』.jpg仮想儀礼1.jpg 仮想儀礼2.jpg   教祖誕生.jpg 「教祖誕生」2.jpg
仮想儀礼〈上〉』『仮想儀礼〈下〉』['08年]  「教祖誕生 [VHS]」('93年)萩原聖人

仮想儀礼1.jpg仮想儀礼 2.jpg 2009(平成21)年度・第22回「柴田錬三郎賞」受賞作。

 38歳の作家志望の男・鈴木正彦は、ゲーム会社の矢口誠に誘われ、勤めていた都庁を辞めてファンタジーノベルを書くが、結局矢口の会社が倒産して仕事も家族も失い、不倫がもとで同じく職も家も失くしていた矢口との再会を機に、2人で正彦が書いた原稿をベースとした教義と手作りの仏像で宗教団体を設立、信者は徐々に増え、食品会社の社長がバックに付いてから飛躍的にその数は伸びて、5000人の信者を抱えるようになる―。

 金儲けのために設立した極めていい加減な教義の教団に、こんなにホイホイ入信する人がいるのかなあもと思ったけれども、信者それぞれが抱えている事情が家族崩壊の様々なパターンを示していたりして("生きづらい"系の人にとっては「鰯の頭も信心から」なのか)、更に、色々な成り行きで教団が拡大していく様や、そうした教団に利害ベースで接近を図ったり出入りしたりする様々な人物がリアルに描かれているため、興味深く読めました。

 後半は、更に予期せぬ出来事が次々と起こり、教団はマスコミからの誹謗中傷に加え政治家筋からも圧力をかけられ、一方、一部の女性信者たちが信仰を先鋭化させて暴走し、教祖である正彦自身にもそれを止められなくなってしまう様が、畳み掛けるように描かれていて一層引き込まれました。

教祖誕生ド.jpg「教祖誕生」.jpg 本書を読んで高橋和巳の『邪宗門』を想起する人もいるかと思いますが、個人的には天間敏広監督の映画「教祖誕生」('93年/東宝)を思い出しました。

教祖誕生 [VHS]」 ('93年/東宝/監督:天間敏広/原作:ビートたけし)

教祖誕生ロード.jpg これ、意外と傑作でした(原作はビートたけし)。この映画にも、教団をビジネスと考える者(ビ教祖誕生s.jpgートたけし、岸部一徳)とそこに真実を求める者(玉置浩二)が出てきますが、映画ではむしろ後者に対する揶揄が込められています(オウム真理教による松本サリン事件の約半年前、地下鉄サリン事件の1年半前に作られたという点では予見的作品でもある)。

 「教祖誕生」の主人公の青年(萩原聖人)は、後継教祖に指名されて自分がホントに神になったような錯覚を起こしますが、『仮想儀礼』の主人公・正彦は自分が作り上げたものが虚構であることを忘れない常識人であり、生起する諸問題に仕事上の問題解決に対応するビジネスマンのように、或いは一般的水準以上に理性人として対応しているように思えます。

 しかし、重篤なトラウマを抱えた女性信者など、相手が相手だけに思うように彼らを御しきれず、やがて教団施設や財産の全てを失い、少数のファナティックな信者たちに拉致されるような形で逃避行へと追いやられていくことになり、あくまでもビジネスで「宗教」を始めた男が、そうした過程を辿るというのが、読んでいて強烈な皮肉に思われました。

 信者たちが自らの内面で教義を自己救済的な方向に血肉化させて、教団をカルト化していく様が見事に描かれており、深刻で暗くなりがちな話でありながらも、随所に事態の思わぬ展開に対する主人公の軽妙な嘆き節があり(それこそ、正彦が常識人であることの証しなのだが)、どことなくカラッとした感じになっているのは、この作家の特質でもあるかも知れません(桐野夏生なら、こうはならない)。

 だだ、全体にちょっと長いかなあ。取材したエピソードを出来るだけ漏らすまいという、作者のこのテーマに対する思い入れが感じられるのですが、全体構成的に見ると、前半はもう少し圧縮しても良かったかも。

 とは言え、最後は急速展開。家族による信者奪回などを巡って凄惨な事件も起き、全体にカタストロフィに向かう予感の中、正彦自身にどういった形でそれが訪れるのか、後になればなるほど気がかりになりましたが、エンタテインメントとしてのバランスを保った終わり方になっているように思えました。

教祖誕生ンロード.jpg教祖誕生スチール.jpg「教祖誕生」●制作年:1993年●監督:天間敏広●製作:鍋島壽夫/田中迪●脚本:加藤祐司/中田秀子●撮影:川上皓●音楽:藤井尚之●原作:ビートたけし「教祖誕生」●時間:93分●出演:萩原聖人/玉置浩二/岸部一徳/「教祖誕生」dvd.jpg.png「教祖誕生」岸部.jpgビートたけし/下絛正巳/国舞亜矢/山口美也子/もたいまさこ/南美江/津田寛治/寺島進●公開:1993/11●配給:東宝(評価:★★★★)

ビートたけし/岸部一徳

教祖誕生 <HDリマスター版> [DVD]」(2011)

【2011年文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
「仮想儀礼」2023-2024.jpg●2023年ドラマ化 【感想】2023年12月3日から2024年2月11日まで、NHK-BSプレミアム4Kの「プレミアムドラマ」枠で青柳翔と大東駿介の主演でドラマ化。最初の頃、すごくコメディ調で、これはこれで面白いのだが、原作がカタストロフィ的な結末であることを知っている側からすると、ドラマの落としどころをどうするのかなと思ったりもし「仮想儀礼」02.jpgた。そしたら、最終回で一気に「それ」になったという感じで、視聴者からも演者の凄まじい熱量に感服する一方、「まさかの展開」的感想も多かったようだ。これはこれで、演出サイドの狙いだったのか。青柳翔と大東駿介はまずまずの嵌り役だった。)

「仮想儀礼」03.jpg「仮想儀礼」●脚本:「仮想儀礼」meguro.jpg「仮想儀礼」ishibashi.jpg港岳彦/江頭美智留●演出:岸善幸/石井永二/森義隆●音楽:岩代太郎●原作:篠田節子●時間:50分●出演:青柳翔/大東駿介/石野真子/美波/河井青葉/松井玲奈/川島鈴遥/奥野瑛太/齋藤潤/宮地真史/峯村リエ/尾美としのり/目黒祐樹/石橋蓮司●放映:2023/12~2024/02(全10回)●放送局:NHK-BSプレミアム4K/NHK BS

目黒祐樹(新宗教大教団「恵法三倫会」教祖・回向法儒)」/石橋蓮司(「聖泉真法会」の事業拡大のための経営戦略を指南するコンサルタント・石坂一光)

 

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分かり易さが特長。クリニックで行う「復職支援デイケアプログラム」を紹介。

ササッとわかる「うつ病」の職場復帰への治療 図解大安心シリーズ.jpg     ツレがうつになりまして。.jpg  NHKドラマ ツレがうつになりまして。.jpg  ツレがうつになりまして 映画.jpg
ササッとわかる「うつ病」の職場復帰への治療』 ['09年] 『ツレがうつになりまして。』 ['06年] 「NHKドラマ ツレがうつになりまして。 [DVD]」['09年] 「ツレがうつになりまして。 [DVD]」['11年]

 3構成で、第1章で「うつ病」の基礎知識、第2章で職場復帰プログラムの実際、第3章で復職後の心得等について書かれています。
 テーマがテーマだけに「ササッとわかる」などというシリーズに入れていいのかなという思いも無きにしもでしたが、1テーマ見開きで、各左ページがイラストや図解になっていて、100ページ余りの本、実際よく纏まっているなあという印象です。

 そうした分かり易さという"特長"とは別に、本書の最大の"特徴"は、メディカルケア虎ノ門院長である著者が、自らのクリニックで実施している「復職支援デイケアプログラム」を詳細に紹介している点でしょう。
 うつ病で休職し、復職見込みにある者が会社に「馴らし出勤」するパターンは、企業が用意する復職支援プログラムとして一般的ですが、本書で言う「デイケアプログラム」とは、クリニックに"模擬出勤"するとでも言うべきものでしょうか。
 「馴らし出勤」の間に発生した業務遂行上のミスをどう扱うかとか周囲への負荷の問題などを考えると、こうした専門家に"預ける"というのも1つの選択肢のように思えました。

 但し、こうしたデイケアが受けられる施設数も受容人数も現状では限られているし、その間の費用は会社が一部補助したりするべきかとか、いろいろ考えてしまいます(そもそも「治療」とあるが、医療保険の対象になるのだろうか)。
 ただ、本としては、こうしたデイケアに参加できない人には何をどのように行えば良いかが2章から3章にかけて解説されていて、周囲が本人にどう接すればよいかということも含め参考になるように思えました。

ツレがうつになりまして.jpg『ツレがうつになりまして』.bmp NHKで今年('09年)の春に、漫画家・細川貂々氏の『ツレがうつになりまして。』('06年/幻冬舎)をドラマ化したものを放映していましたが、あれなどは家族(配偶者)が、この本で言うところの"デイケア"的な役割を担った例ではないかなと。

「ツレがうつになりまして。」●演出:合津夏枝/佐藤善木●制作:田村文孝●脚本:森岡利行●音楽(主題歌):大貫妙子●原作:細川貂々「ツレがうつになりまして。」「その後のツレがうつになりまして」●出演:藤原紀香/原田泰造/風吹ジュン/濱田マリ/小木茂光/設楽統(バナナマン)/駿河太郎/黒川芽以/田島令子●放映:2009/05~06(全3回)●放送局:NHK

 原作コミックも読みましたが、うつ病の特徴が分かり易く描かれているとともに、作品としても心温まるものに仕上がっていると思えました。

ツレがうつになりまして。2.jpg あのコミックの"ツレ"さんは、メランコリー親和型の典型例ではないでしょうか。社内でも有能とされるSEで責任感が強い。曜日ごとにどのネクタイをするか、どの入浴剤を使うか、弁当に入れるチーズの種類は何かまで決めているなんて、完璧癖の1つの現われ方なんでしょうね。

 また、うつを内因性・外因性で区分するやり方は、現在では治療的観点からはあまり意味がないとされているようですが、細川氏の夫はやや太った体型で、クレッチマーが言うところの、肥満型≒うつ型気質という類型に当てはまるかも(ドラマでその役を演じた原田泰造はやせ型。うつ型と言うより神経症型か。まあ、痩せている人はうつ病にならないというわけではないけれど、演技がうつのそれではなく、神経症のそれになってしまっているような印象を受けた)。

[ツレがうつになりまして。 ]2.jpg(●2011年、佐々部清(1958-2020/62歳没)監督により宮﨑あおい、堺雅人主演で映画化された。タイトルは同じ「ツレがうつになりまして。」だが、原作は「その後のツレがうつになりまして。」「イグアナの嫁」からもエピソードをとっている。宮﨑あおい、堺雅人とも、TV版の藤原紀香、原田泰造より演技は上手い。宮﨑あおいはNHK大河ドラマ「篤姫」('08年)で主人公の篤姫を演じており(放送開始時の年齢22歳1か月は、大河ドラマツレがうつになりまして 映画2.jpgの主演としては歴代最年少)、堺雅人はTBS「半沢直樹」('13年)でブレイクする2年前である。コミカルなシーンばかりでなく、ツレが自殺未遂するなどのヘビーなシーンもあったが宮﨑あおい、堺雅人とも演じ切っていた。脇(両親役)を大杉漣、余貴美子が固めているのも大きい。宮﨑あおいはこの作品の演技で第24回「日刊スポーツ映画大賞 主演女優賞」、第35回「日本アカデミー賞 優秀主演女優賞」などを受賞(この年の日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞は「八日目の蝉」の井上真央)。この間、宮﨑あおいは'11年の11月に夫で俳優の高岡蒼佑と離婚するのだが、その後、岡田准一と「天地明察」('12年)での共演をきっかけに交際し'17年に結婚している。)

「ツレうつ」2.png「ツレうつ」4.jpg「ツレがうつになりまして。」●制作年:2011年●監督:佐々部清●脚本:青島武●撮影:浜田毅●音楽:加羽沢美濃(主題歌:矢沢洋子「アマノジャク」)●時間:121分●出演:宮﨑あおい/堺雅人/吹越満/津田寛治/犬塚弘/田村三郎/中野裕太/梅沢富美男/田山涼成/吉田羊/大杉漣/余貴美子●公開:2011/10●配給:東映●最初に観た場所:丸の内TOEI1(11-11-03)(評価:★★★☆)

丸の内東映.jpg丸の内toei.jpg丸の内TOEI1(銀座3丁目・東映会館) 1960年丸の内東映、丸の内東映パラスオープン(1992年~丸の内シャンゼリゼ)→2004年10月~丸の内TOEI1・2
      
      
      
      
丸の内TOEI1・2(2022年12月20日撮影)
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薀蓄やテクニックだけではなく、ドラマ的にも結構面白かったが...。

ドラゴン桜 13.jpg ドラゴン桜 14.jpg ドラゴン桜15.jpg ドラゴン桜16.jpg ドラゴン桜17.jpg ドラゴン桜18.jpg ドラゴン桜19.jpg ドラゴン桜20.jpg ドラゴン桜21.jpg ドラゴン桜 ドラマ1.jpg テレビドラマ「ドラゴン桜」
ドラゴン桜 |モーニングKC [コミックセット])』 (全21巻)

 '03(平成15)年から'07(平成19)年まで講談社の「モーニング」に連載された作品で、'05(平成17)年度・第29回「講談社漫画賞」並びに第9回「文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞」受賞作。'05(平成15)年にTVドラマ化もされましたが、自分にとって直接関わるテーマに思えなくて(画も上手だとは思えないし)第1巻だけ買ってずーっと読まずにいて、ドラマも1度も見ずにいたのが、連載終了を機に全巻まとめ買いして読んでみたら、当初のそれほど期待していなかった予想と違って結構面白かったです。

 主人公の男女2人の高校生は教師・桜木と出会ってひょんなことから受験生としては殆ど"無"の状態で1年後の東大受験を目指すことになり、最初から東大受験のノウハウ、薀蓄がだーっと出てきてやや圧倒されましたが、先月('09年3月)退官した東大の小宮山総長が以前から「知識の構造化」の重要性を説いており、実際、東大の入試問題は、詰め込みの知識ばかりを問うのではなく、それを構造化する"知恵"のようなものを求めているのだということがこのマンガでよくわかりました。

 ただ、どこまで自分の社会人としての勉強法に取り込めるかと思うとやや消化不良気味で、このままテクニック・オンリーで最後までいくのはキツイなあと思いながら、それでも教師・桜木の断定的な物言いと周囲との確執などに引き込まれて読んでいると、後半部分は2人の受験生の精神面の問題に重点が移行し、それがそのまま2人の成長物語になっているという―たまたま選ばれた2人に発奮する要因がそれなりに内包されていたというのがマンガの"お約束ごと"であるにせよ、何故ヒトは勉強するのかといった問題にまで踏み込んでいて、ドラマ的にも良く出来ていると思いました。

 巻が進むにつれて、このマンガの人気が出たせいか、教育関係者に限らず色々な分野の人のアドバイスが挿入されていますが、受験産業の業界人パブリシティみたいなものも少なからずあり、便乗商法ではないかとちょっと邪魔っ気に感じたりもしました。

  '04年に同じく講談社のマンガ雑誌で連載がスタートした『もやしもん』が'08年の「手塚治虫文化賞」(朝日新聞社主催)のマンガ大賞を受賞し、薀蓄マンガは(身内の賞である「講談社漫画賞」を除いては)賞に縁が無いのか思っていたらそうでもないのかと。
 でも『ドラゴン桜』はテーマもテーマだし...と思ったら、既に'04年に「文化庁メディア芸術祭マンガ部門」の優秀賞を受賞していました(文化庁も"便乗"した?)。

 諦めかけている受験生をやる気にさせるという意味ではいいマンガかも知れませんが(親がやる気になって変な期待を抱いてしまう?)、桜木のような教師に巡り逢えない生徒は多いと思うし、このマンガでやっているのは、学校の授業の時間帯を全て(更に通常の時間帯を超えて)塾講師の講義に置き換えているようなものです。
 そこに作者の学校教育に対する批判が込められているとも言えますが、(文化庁は文部科学省の外局であるけれども)文科省はこのマンガをどう捉えているのだろうか。

 '05(平成17)年にTBSでドラマ化されましたが、連載が完結しないうちのドラマ化であったためか、原作における2人の中心的な生徒の外に何人かの原作に無い生徒の人物造型があって、教師とそれら生徒たちとの人間関係や葛藤が更に前面に出ているため(「金八先生」を意識したのか?)、「受験蘊蓄」的な要素はかなり薄まっています。

ドラゴン桜2.jpgドラゴン桜 ドラマ.jpg「ドラゴン桜」●演出:塚本連平/唐木希浩●制作:遠田孝一/清水真由美●脚本:秦建日子●音楽:仲西匡●原作:三田紀房「ドラゴン桜」●出演:阿部寛/長谷川京子/山下智久/長澤まさみ/中尾明慶/小池徹平/新垣結衣/サエコ/野際陽子/品川徹/寺田農/金田明夫●放映:2005/07~09(全11回)●放送局:TBS 

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イソベン物語。山口六平太と似たキャラ。このマンガで知った「ゴールデン・パラシュート」の意味。

あんたの代理人3.JPGあんたの代理人6.jpg  「ハゲタカ」('07年)_0.jpg
あんたの代理人 【コミックセット】』 (全6巻)ドラマ「ハゲタカ」('07年)柴田恭兵/大森南朋

山口六平太5.jpg 横町の法律事務所で居候弁護士として働いている新米弁護士・真野論平は、ビンボー劇団の役者でもあるが、与えられる役は着ぐるみを着た端役ばかり。そんな論平に舞い込んでくる仕事の相談は、名誉毀損、婚約不履行、遺産相続など様々であり、彼はハートでこれらの問題を解決する!

 小学館の「ビッグコミックスペリオール」の'87年7月の創刊ラインアップで、前年に「ビッグコミック」で連載がスタートした同じ作者の『総務部総務課 山口六平太』が20年以上も連載が続き、コミック本で60巻に迫りつつある今も主人公の山口六平太がずっと同じ年齢や役職であるのに対し、こちらの連載は2年半、論平がイソベンを卒業して独立するところで完結、コミック本で6巻は読み返すのに丁度手頃な感じでしょうか。

 彼の所属事務所が主に扱うのは「民事」案件で(だから"弁護人"ではなく"代理人"なのだが)、論平は人情派弁護士とでも言うか、時に情にかまけて暴走しかねない部分があるのを、飄々とした感じの老弁護士所長がうまくセーブしていて、この両者の師弟的関係にはなかなか味がありました。

 とは言え、結果を見れば、論平が(本人は役者が本職で、それでは食えないから弁護士をやっているという感覚であるにも関わらず)非常に優秀な弁護士であることは明らかなのですが、本人はそうしたことをひけらかしたり人に恩を売ったりすることは無く、この辺りは山口六平太とキャラがよく似ています。

 終わりの方で中小企業のM&Aの話が出てきて、M&Aと言うと何か大企業同士が行うものというイメージがありましたが、実際にはそんなことはなく、頻度としては中小企業の方が多いのかも(大企業だと専門の大手法律事務所が絡むが、中小企業だとこうした街ベンが絡むということになるのか。その場合、弁護士個人の能力に依存する部分が大きくなるが)。

livedoor_top02.jpgハゲタカのNHK版(大森南朋主演).jpg ライブドアとフジテレビのニッポン放送株を巡る経営権取得攻防(今思えば、ほとんど"騒動"と言っていいものだった)があったのが'05年のことであり、このマンガが描かれたのはその15年も前のこと。個人的には「ゴールデン・パラシュート」などというタームはこのマンガで知りましたが(学習マンガのように分かりやすい!)、実際に仕事でそうしたM&Aが絡む話に遭遇することは今や珍しいことではなく、その度にこのマンガのことを思い出しています(そう言えば、真山仁原作ハゲタカ 第2話「ゴールデン・パラシュート」.jpgのNHKの土曜ドラマ「ハゲタカ」('07年)(主演:大森南朋・柴田恭兵)にもこの言葉、出てきた)。(その後、2018年放送のテレビ朝日「ハゲタカ」(主演:綾野剛)にも第2話のタイトルとして登場。ドラマとしては綾野剛版よりかつての大森南朋版の方がいい。)

テレビ朝日「ハゲタカ」第2話「ゴールデン・パラシュート」
        
ハゲタカ (2007年) NHKs.jpgハゲタカ (2007年) NHK.jpgドラマ ハゲタカ dvd.jpg「ハゲタカ」●演出:大友啓史/井上剛/堀切園健太郎●製作統括:阿部康彦●脚本:林宏司●原作:真山仁●出演:大森南朋/柴田恭兵/松田龍平/栗山千明/中尾彬/宇崎竜童/永島暎子/冨士眞奈美/小林正はげたかード.jpg寛/菅原文太/田中泯/大杉漣●放映:2007/02~03(全6回)●放送局:NHK 「ハゲタカ DVD-BOX
ハゲタカ 菅原文太.jpg
菅原文太(総合電機メーカー「大空電機」代表取締役会長・大木昇三郎)

山口六平太 .JPG《読書MEMO》
高井研一郎2.jpg『総務部総務課 山口六平太』
1986年、「ビッグコミック」にて連載開始し、2016年22号まで連載を続けた。休載はなく2007年7号で500回を迎えた。2016年11月14日に作画の高井研一郎氏が死去したことに伴い、ビッグコミック2016年22号(第731話)を以て連載打ち切りが決定した。


「●き 桐野 夏生」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1142】 桐野 夏生 『アンボス・ムンドス
「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「魂萌え!」)

シルバー世代のビルドゥングスロマン(教養小説)? 会話を通じての心理描写が秀逸。

魂萌え!.jpg魂萌え!上.jpg魂萌え!下.jpg  魂萌え! [DVD].jpg 土曜ドラマ 魂萌え!.jpg  説新潮別冊 桐野夏生スペシャル.jpg
魂萌え !』 ['05年] /新潮文庫(上・下)/NHKエンタープライズ 「魂萌え! [DVD]]/ 『The COOL! 小説新潮別冊 桐野夏生スペシャル (Shincho mook)』 

『魂萌え!』.jpg  2005(平成17)年・第5回「婦人公論文芸賞」受賞作。

 夫が定年を迎え、平凡ながらも平穏に生きていた専業主婦の主人公だが、その夫が心臓麻痺で急死したことで事態は一変、渡米していた息子は8年ぶりに日本に帰国したかと思うと夫婦での同居をせがみだし、葬儀後に女性から夫の携帯にかかってきた電話で、夫が生前に浮気をしていたことを知ることとなる―。

 '04年に毎日新聞で連載した小説で'05年に単行本刊行、'06年にはNHKでTVドラマ化(土曜ドラマ・全3回/主演:高畑淳子)され、'07年には映画(主演:風吹ジュン)も公開されましたが何れも観ておらず('08年のドラマの再放送の第1話だけ少し観た)、殆ど先入観ナシで読み始め、一方で59歳の寡婦が主人公ということで、果たして感情移入できるかなという思いもありました。

 しかし、読み始めてみると自然に惹き込まれ、これまでの著者の作品のようなミステリでもなければおどろおどろしい出来事や驚くべき結末があるわけでもないのに一気に読めてしまい、この作家(雑誌の表紙になってもカッコいいのだが)やはり力あるなあと思わされました。

 遺産の法定相続を迫る息子の身勝手さ、夫の愛人だった蕎麦屋の女主人が見せる金銭への執着など、ああ、結局なんやかや言っても金なのかと。極めつけは、前半に出てくる、主人公が息子達の我儘に愛想をつかして家を飛び出し泊まった先のカプセルホテルで出会った老女で、自分の不幸な身の上を語ったと思ったら1万円を請求する―。いやあ、世の中いろんな人がいるから、これも何だか実話っぽく聞こえるし、後半にも、主人公の身の上話を親切に聞くフリをして、雑誌の原稿ネタにしている人がいたりして。

 こうした人たちに遭遇しながら、主人公の社会や世間の人々に対する認識は変化し、それは、自分自身が強く生きなければという方向に働いているように思います(世間知らずから脱皮し成長を遂げるという点では、シルバー世代のビルドゥングスロマン(教養小説)といったところか)。

 主人公を含めた4人組みの女友達のキャラクターの書き分け("ホセ様"の追っかけオバサンのちょっと壊れ気味のキャラがリアル)、蕎麦探訪のサークルの男達の描写(ロマンスグレーの実態?)、それらが混ざった蕎麦試食会の際の各人の言葉の遣り取りとその反応の裏に窺える心理描写は実に秀逸でした(著者みたいな観察眼の鋭い人が呑み会にいると酔えないだろうなあ)。

 最後は、自分が期待するような完璧な友人や男友達はいないだろうとしながらも、それらを忌避せず受け容れる、まさに「人に期待せず、従って煩わされず、自分の気持ちだけに向き合って生きていく」という境地に主人公が達したこと窺え、小説としてのカタルシス効果が弱いとする向きもあるかもしれませんが、個人的にはイベント的なオチが無くても不満の残る終わり方ではなかったように思います。

魂萌え ドラマ.jpg NHKのドラマを、再放送も含め少ししか観なかったのは、時間の都合もありましたが、映像化すると結構どろどろした感じになって(あー、これから修羅場が始まる魂萌え!5.jpgなあという感じ)、あまりお茶の間向けでないように思えたということもあったかも(そうしたドラマをやるところがNHKのいいところなのだが)。

「魂萌え!」●演出:吉川邦夫●制作:石丸彰彦●脚本:斉藤樹実子●原作:桐野夏生●出演:高畑淳子/高橋惠子/宇梶剛士/山本太郎/酒井美紀/小柳ルミ子/村井国夫/大和田伸也/猫背椿/杉浦太陽●放映:2006/10~11(全3回)●放送局:NHK

 【2006年文庫化[新潮文庫(上・下)]】

「●ま 松本 清張」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3172】 松本 清張 「鉢植を買う女
「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「時間の習俗」)

犯人決めつけ的な導入を"お約束事"として諒解してしまえば、『点と線』同様に楽しめるかも。

時間の習俗 カッパノベルズ.jpg時間の習俗 新潮文庫.jpg 時間の習俗2.jpg 点と線.png 松本清張スペシャル 時間の習俗2.jpg松本清張スペシャル 時間の習俗.jpg
時間の習俗 (1962年) (カッパ・ノベルス)』『時間の習俗 (新潮文庫)』 [旧版/新版])『点と線―長編推理小説 (カッパ・ノベルス (11-4))』 「時間の習俗」['14年/フジテレビ]内野聖陽/津川雅彦
関門海峡を望む和布刈神社/旧正月の和布刈神事 [共同通信社]
Mekari Shrine.jpg和布刈神事.jpg 神奈川県・相模湖畔で運送業の業界紙の社長が、女性とカップルで旅館を訪れた後に死体で発見されるが、同伴の女性の行方は杳として知れず、容疑者であるタクシー会社の専務には、丁度その時刻、北九州・門司の和布刈神社で毎年旧正月深夜に行われる「和布刈神事」を参観し、その様子をカメラに収めているという完璧なアリバイがあった―。
 
『時間の習俗』「旅」誌.jpg 『点と線』('57(昭和32)年発表)が掲載されたのと同じ「旅」誌の'61(昭和36)年5月号から翌年11号にかけて連載された作品で、『点と線』と同じように東京の三原警部補と博多の鳥飼刑事のコンビが、容疑者の完璧なアリバイに臨むもの。因みに、松本清張の残した膨大な作品の中で、「シリーズもの」の小説はこの作品だけと言われています(むしろ「姉妹作」と呼ぶべきか)。

『時間の習俗』.JPG 『点と線』は『ゼロの焦点』と並ぶ作者の代表作ですが、社会派的色彩の強い『ゼロの焦点』に比べ、『点と線』の方が謎解きのウェイトが高いように思え、それでも『点と線』もまた犯人の動機から「社会派推理小説」と呼ばれるわけですが、その続編とも言うべきこの作品は(事件自体は全く別物)、完全にアリバイ崩しに焦点を合わせた純粋ミステリになっています。

 三原警部補の頭の中が完全に「点と線」モードになっていて、一番完璧なアリバイを持っているように見える、考えられる容疑者の中で事件から最も遠そうな人物に最初からターゲットを絞り込んでおり(殆ど「刑事コロンボ」のような倒叙法に近いと言える)、この点が不自然と言えば不自然かも知れませんが、その分アリバイ崩しに"効率良く"没頭することが出来、結果として、"完璧過ぎる"アリバイや崩しても崩しても現れる新たなアリバイに、ここまで周到にやるからには犯人はこいつしかないと誰もが思うだろうと...途中から納得。

 終盤の畳み掛けるようなアリバイ崩しの展開がテンポ良く、作家の力量を窺わせますが、「犯人決めつけ」的な導入を"お約束事"として諒解してしまえば、トータルで見て『点と線』と同様に楽しめるのではないかとも思いました(写真トリック等には時代を感じるが、それも昭和ノスタルジーとして味わえばいいか)。

時間の習俗(TBS).jpg時間の習俗 ドラマ.jpg と言いつつ、何十年ぶりかの再読で相当に中身を忘れてしまっていて、幸か不幸か殆ど初読のような感じで読めましたが、こうした「推理」主体のものは、時々読み返したり映画化されたりしたものを観たりしないと、結構どんな話だったか忘れるなあと思った次第です(この作品は映画化はされていないが、下記の通り2度ばかりドラマ化はされている)。
 •1963年「時間の習俗(NHK)」大木実・冨田浩太郎・中村栄二
 •1982年「時間の習俗(TBS)」萩原健一・藤真利子・井川比佐志

「時間の習俗」(1982年、TBS)

 【1962年ノベルズ版[光文社]/1972年文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
●2014年再ドラマ化 【感想】 原作の精緻なトリックは端折って、サイドストーリーをBL小説風に拡大した感じか。三原警部補のキャラクターも原作のクールな印象からかなり粗野な感じに改変されていた。3度目のドラマ化なので何か新味を持たせようとしたのだろうが、32年ぶりのドラマ化でもあり、原作通りでいって欲しかった。

時間の習俗 フジテレビ0.jpg時間の習俗 フジテレビ2.jpg時間の習俗 フジテレビ3.jpg「松本清張スペシャル 時間の習俗~フジテレビ開局55周年特別番組」●演出:光野道夫●脚本:浅野妙子●原作:松本清張●出演:内野聖陽/津川雅彦/加藤雅也/木南晴夏/田村亮/片岡信和/橋本じゅん/酒井若菜/千葉雄大/梅沢昌代/小須田康人/伊藤正之/井上肇/やべけんじ/山地健仁●放映:2014/04/10(全1回)●放送局:フジテレビ

「●こ パトリシア・コーンウェル」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1028】コーンウェル 『証拠死体
「●「週刊文春ミステリー ベスト10」(第1位)」の インデックッスへ「●「アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)」受賞作」の インデックッスへ 「●「英国推理作家協会(CWA)賞」受賞作」の インデックッスへ 「○海外サスペンス・読み物 【発表・刊行順】」の インデックッスへ「●海外のTVドラマシリーズ」の インデックッスへ(「Law & Order:性犯罪特捜班」「BONES」)「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「女検死官」)

ケイとマリーノのやりとりがいい。テレビドラマに「BONES」のようなフォロアーを生んだ。

検屍官 (講談社文庫) ,200.jpg検屍官.jpg BONES.jpg 女検死官 天海1.jpg
検屍官 (講談社文庫)』['92年]/ "BONES"/ドラマ「女検死官」天海祐希/内藤剛志['00年]
文庫新装版

Postmortem.jpg 1992 (平成4) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位。 

 1990年に発表されたパトリシア・コーンウェルの「検屍官シリーズ」の第1作であり(原題は"Postmortem")、主人公である40歳の女性検屍官ケイ・スカーペッタが、バージニア州リッチモンドで起きた女性連続殺人事件の犯人に迫るというストーリー(但し、シリーズの途中で、ケイの年齢は30代に改変されている)。

 1991年「アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)」の処女長編賞並びに「英国推理作家協会(CWA)賞」のジョン・クリーシー・ダガー賞(新人賞)を受賞した作品ですが、文庫で500ページを一気に読ませる力量は、その後のシリーズの人気を予感させます。ミステリとしての面白さもさることながら、女性主人公の魅力で引っぱられる感じがしますが、それだけで次作へ次作へと読み進みました。

 捜査に積極的に加わり捜査方針を左右する発言権を持つ検屍長官というのは超エリート、つまり彼女はスーパー・キャリアウーマンといったところでしょうが、彼女の一人称で語られる文章は、その冷静で知的な分析力だけでなく、人間的な感情の起伏をよく表していて、組織内での女性キャリアゆえのストレスや不安から幼い頃から抱えるコンプレックスまですべて吐露されていて、かえって親近感を覚えます。

 個人的には、部長刑事ピート・マリーノとの皮肉やユーモアに富んだやりとりが好きで、マリーノは時にセクハラともとれる言動があるが、実のところケイを大いに助けていて、イタリア系同士ということもあり、やはりこの2人、実は気が合っているということか。

 リッチモンドは当時、アメリカ随一の犯罪都市だったそうですが、地元新聞の警察担当記者として犯罪レポートを書いた著者の経歴が、物語のリアリティを高めていて、さらにこのデビュー作には、検屍局でコンピュータ・プログラマーとして勤務したという著者の経歴がよく生かされていると思いました。

 一方、事件が複雑なわりにはオチがあっさりしている傾向が、この作品も含めこのシリーズにあり、15年間で14作刊行されたのは、よく続いた方と見るべきかもしれません。2007年には ケイ・スカーペッタ主人公のシーリズ復活作『異邦人』が発表されています。

「Law & Order:性犯罪特捜班」   「BONES」
LAW & ORDER: 性犯罪特捜班.jpgBones (FOX).jpg テレビドラマなどに明らかにこのシリーズの影響を受けていると思われるフォロアーを多く生み、「Law & Order:性犯罪特捜班」(旧バージョンからスピンアウトして女性が主役になった)や「BONES」(こちらも有能な女性法人類学者が主人公で、殺人捜査班の男性捜査官と組んで仕事をする)、更には「女検死医ジョーダン」なんていうのも作られました。

「女検死官」
女検死官 天海2.jpg 日本でも2000年7月にフジテレビ系列の「金曜エンタテイメント」枠で「女検死官」という2時間単発ドラマが作られ、天海祐希が米国帰りの女性検死官を演じました(因みに、日本では検視(死)を担当する警察官のことを「検視官」と呼称している。「検視官」はあくまで組織上の名称であり、「検視官」や「検死官」といった資格が存在するわけではない)。FBI研修終了後、その優秀さが北海道警察本部長に認められ、北海道警の特別検死官として赴任した主人公(職場は道警本部別館にある法医学教室分室)が、ある殺人事件の被害者の死体に殺人者からのメッセージが隠されていることに気づき、事件解決に導くというものでした(主人公の元恋人で、商社マンから転職し、中央署の私服刑事になっている男を内藤剛志が演じている)。

女検死官 天海yuki.jpg内藤剛志-s.jpg 主演の天海祐希は、宝塚退団当初は宝塚時代のイメージから女優としての個性を確立するのに苦労したものの、後に女刑事や女弁護士などの役で生来の存在感を示すようになり、2004年以降は単独で単発及び連続ドラマの主演を務めることが多くなっていきますが、今思えばその足掛かりとなったドラマだったかもしれません。また、内藤剛志もこの年['00年]の10月-12月にテレビ朝日の「科捜研の女」シリーズSEASON2からプロファイラーの武藤要として初初登場しており(第5シリーズ('04年)より役を変え、京都府警捜査一課刑事の土門薫として再登場)、彼にとっても一つの契機となった作品かもしれません。

Law & Order:性犯罪特捜班 dvd.jpgLaw & Order:Special Victims Unit.jpgLaw & Order:性犯罪特捜班 2007.jpg「Law & Order:性犯罪特捜班」Law & Order: Special Victims Unit (NBC 1999/09~2010/05)○日本での放映チャネル:FOX CRIME

BONES3.jpg「BONES」7.jpg「BONES」Bones (FOX 2005/09~ ) ○日本での放映チャネル:FOX (2006~2015/09)

  
 
   

女検死官 天海3.jpg女検死官」-內藤剛志.jpg「女検死官」●演出:星田良子●プロデューサー:中山和記●制作:フジテレビ/共同テレビジョン●脚本:鎌田敏夫●出演:天海祐希/内藤剛志/仲谷昇/細川ふみえ/小野武彦/水島かおり/石井トミコ/鶴田忍/伊藤明賢/清水ひとみ●放映:2000/07/21(全1回)●放送局:フジテレビ

「●コミック」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1011】 戸部 けいこ 『光とともに... (8)』
「●「文化庁メディア芸術祭マンガ部門」受賞作」の インデックッスへ 「○コミック 【発表・刊行順】」の インデックッスへ 「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「光とともに~自閉症児を抱えて~」) 「●自閉症・アスペルガー症候群」の インデックッスへ

自閉症児とその親の歩み。母親の一番苦しい時期を描く第1巻。

光とともに3.jpg戸部 けいこ 『光とともに1』.jpg光とともに1巻.bmp 光とともに 自閉症児を抱えて.jpg
光とともに... (1)』〔'01年〕「光とともに... ~自閉症を抱えて~ DVD-BOX

 '00(平成12)年、女性コミック誌「for Mrs.(フォアミセス)」(秋田書店)にて連載がスタートした、自閉症児とその親の歩みを描いたコミックの第1巻で、主人公の光君の誕生から保育園卒園までを画いています。'04(平成16)年度(第8回)文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞し、'04年にNTV系でドラマ化され話題を呼びましたが(主演は、'01年に蜷川幸雄演出の舞台「ハムレット」でオフィーリア役を演じて"一皮むけた"篠原涼子)、ドラマを見て少しでも関心を抱いた人にはお薦めしたいと思います。

 母親と目を合わせようとしないし、いつまでたっても母親を「ママ」と呼ばないわが子。最初は自分でもわが子のことがよくわからないで困惑する母親。そして、〈自閉症〉という診断にたどり着く―。自閉症だとわかった後も、家族・親戚・周囲の理解がなかなか得られない、そうした母親の一番苦しい時期が描かれています。
NTV系ドラマ「光とともに~自閉症児を抱えて~」 ('04年放映)
光とともに2.jpg光とともに.jpg これを読むと、TVドラマ(母親役は篠原涼子)の方は途中から始まっていることになり(小学校入学の少し前から)、またかなり明るいシーンが多かったような気がします。作者は漫画にはいろいろ制約があるといったことを以前言っており、テレビの場合はなおさらそうでしょう。
出演:篠原涼子/小林聡美/山口達也

光とともに(戸部けいこ 秋田書店) .jpg わが子との心の繋がりを懸命に模索する母親。光君が初めて母親のことを「ママ」と呼ぶ場面や、さまざまな出来事を経て保育園の卒園式で新たな一歩を踏み出す場面は胸を打ちますが、いずれも作者が取材した事実に基づいているようです。

 続きモノで手をつけるのはちょっと...という人もいるかもしれませんが、この第1巻はこれ1冊でも完結した感動的物語として読めるので、未読の人も手にとりやすいのではないかと思います(もちろん療育に簡単な"終わり"はないのでしょうが)。 

 自閉症という一般の人にはなかなか理解されない障害を、多くの人にわかりやすく知らしめたという意味でも、本書の功績は大きいと思います。

光とともに 篠原.jpg「光とともに~自閉症児を抱えて~」●演出:佐藤東弥/佐久間紀佳●制作:梅原幹●脚本:水橋文美江●音楽:溝口肇●原作:戸部けいこ●出演:篠原涼子/小林聡美/山口達也/武田真治/鈴木杏樹/井川遥/齋藤隆成/市川実日子/大倉孝二/大城紀代/高橋惠子/渡辺いっけい/金沢碧/福田麻由子/佐藤未来/池谷のぶえ●放映:2004/04~06(全11回)●放送局:日本テレビ

「●コミック」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1137】 高井 研一郎 『あんたの代理人 (全6巻)』
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センセーショナリズム? 暴走気味の主人公の独善が気になる。

ブラックジャックによろしく.jpg                 ブラックジャックによろしくドラマ3.jpg
ブラックジャックによろしく (1)』 〔'02年〕 「ブラックジャックによろしく 涙のがん病棟編 [DVD]」妻夫木聡

立花隆.bmp '02(平成14)年に第1巻が刊行され第6回「文化庁メディア芸術祭マンガ部門」で優秀賞を受賞した(その後、'04(平成16)年・第33回「日本漫画家協会賞」大賞も受賞)このシリーズは、あの立花隆氏が絶賛、氏曰く―、「(この漫画は)いまやコミックを超え、ノンフィクションを超え、文学すら超えて、我々の時代が初めて持った、知・情・意のすべてを錬磨する新しい情報メディアとなった。これからの時代、『ブラックジャックによろしく』を読んで悩み苦しんだことがない医者にはかかるな、と言いたい」と、ものすごい褒めようで、東大での講義素材にも使ったりしていますが、確かに医療現場においてあるかもしれない問題を鋭く突いているなあという感じはします(実態とかけ離れているという現場の声もあったようですが)。

ブラックジャックによろしく1.jpg この第1巻では、研修医の劣悪な労働条件や治療よりも研究を優先する大学病院の内実を抉っていて、続く第2巻で主人公の研修医は、大学病院の面目を潰してまでも患者を市井の名医に診せたりしています(なかなかの行動力)。

ブラックジャックによろしく がん病棟編.bmp 第3巻、第4巻でダウン症の生前告知を通して新生児医療の問題を扱っていて(これは感動しました)、第5巻~第8巻のガン告知の問題を扱っているところまで読みましたが(この部分は'03年にTBS系でテレビドラマ化されたシリーズの中では取り上げられず、翌年の正月にスペシャル版としてドラマ化された)、その後も精神障害とマスコミ報道の問題を扱ったりしているようで、どちらかと言うとジャーナリスティックな(悪く言えばセンセーショナリスティックな)路線を感じます。

 それはそれでいいのですが、主人公の正義感がややもすると暴走的な行動に表れ、主人公の独善に思えてきます。山崎豊子の『白い巨塔』では、この種の"正義感"を揶揄するような描き方がありましたが、この漫画は、「強者は悪者で、善なる者は弱者」みたいな構図の中で、弱者にはどんな非常手段も許される...みたいなを感じがあるのが引っかかります。

Er.jpgER 緊急救命室.jpg 同じ「青臭さ」でも、個人的には、テレビドラマ『ER』初期の研修医時代の"カーター君"みたいな、周囲に対するセンシビリティのあるタイプの方が好きなのですが、多分、立花氏は、自分とは違った視点でこの作品を見ているのだろうなあと。
   
  
  
  
  
ブラックジャックによろしくドラマ2.jpgブラックジャックによろしく471.jpg「ブラックジャックによろしく」●演出:平野俊一/三城真一/山室大輔●チーフプロデューサー:貴島誠一郎●脚本:後藤法子●音楽:長谷部徹●原作:佐藤秀峰●出演:妻夫木聡/国仲涼子/鈴木京香/加藤浩次/杉本哲太/松尾政寿/綾瀬はるか/今井ブラックジャックによろしく  緒形拳2.jpg陽子/伊東四朗/泉ピン子/原田芳雄/笑福亭鶴瓶/吉田栄作/横山めぐみ/浅茅陽子/石橋凌/伊東美咲/藤谷美紀/阿部寛/鹿賀丈史/小林薫/薬師丸ひろ子/三浦友和/緒形拳●放映:2003/04~06(全11回)●放送局:TBS

緒形拳(誠同病院長・服部脩)/原田芳雄(心臓外科医・北三郎)
ブラック・ジャック誠同病院長・服部脩.jpg ブラック・ジャック 北 三郎.jpg
ムック『研修医 英二郎解体新書―ブラックジャックによろしく』(2003/ぴあ)
ブラックジャックによろしく   2.jpg

「●う 浦沢 直樹」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1005】 浦沢 直樹 『20世紀少年
「●「小学館漫画賞」受賞作」の インデックッスへ 「●「手塚治虫文化賞」受賞作」の インデックッスへ 「●「文化庁メディア芸術祭マンガ部門」受賞作」の インデックッスへ 「○コミック 【発表・刊行順】」の インデックッスへ 「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「MONSTER」)

読んでいる間は24時間"ミステリーツアーのお客様"状態。

MONSTER.jpg MONSTER2.jpg Monster (3).jpg Monster (4).jpg MONSTER 5.jpg MONSTER 6.jpg MONSTER7.jpg MONSTER8.jpg MONSTER9.jpg MONSTER10.jpg 『MONSTER 全18巻セット

 1994(平成6)年から2001(平成13)年にかけてコミック雑誌に連載された浦沢直樹氏の長篇ミステリーコミック。1997(平成9)年・第1回「文化庁メディア芸術祭マンガ部門(優秀賞)」受賞作、並びに1999(平成11)年・第3回「手塚治虫文化賞(マンガ大賞)」、2000(平成12)年・第46回「小学館漫画賞(青年一般部門)」受賞作。

 独デュッセルドルフのアイスラー病院に勤務する天才外科医ドクター・テンマ(天馬賢三)は、院長の娘との結婚を約し、順風満帆の将来を保障されていた。しかし、利潤優先で人の命を平等に扱わない病院に対し疑問を抱いた彼は、頭を撃たれ病院に担ぎ込まれた貧しい少年の手術を、資産家の手術に優先して敢行したために、自らの将来を棒に振る。だが実は、彼が命を救ったその少年は、大量殺人を繰り返す怪物の心を持っていた―。

 最初は軽い気持ちで第1巻を手に取ったのが、読み終わるまでの間は、仕事していても食事していても頭の中は"ミステリーツアーのお客様"状態で、あっという間に18巻まで読み進み、最後にガーンと壁に激突させられて、しばらくは何がどうだったのかよくわからないという感じ。

 これだけの長編で、かつ密度の濃いストーリーを構築できる人は今までそういないのではないかと思いました。すべての挿話がラストに繋がっていくため、ラストの謎を自分なりに整理してストーリーを遡及していく楽しみもあります。個人的にはロバート・ラドラムの小説を連想したりもしましたが、やはりこの作品はストーリーでもインパクトでも、その高いオリジナリティを認めなければならないものだと思います。
 
MONSTER アニメ.jpgMONSTER アニメ dvd.jpg '04年には日テレ系でアニメ化されていますが、放送時間帯が平日深夜で、それもこの作品らしいかなと思ったりしました(DVDレコーダーが普及がしたせいでもある? どちらかというと、時間のあるときに腰を落ち着けて一気に見たい作品)。
 アニメに限らず、できれば全巻続けて一気に読んだ方がいいタイプの作品であるし、先入観を持たないで読んだ方が楽しめると思います。
   
「MONSTER」●演出:小島正幸●脚本:浦畑達彦●音楽:配島邦明●原作:浦沢直樹●出演(声)木内秀信/小山茉美/佐々木望/能登麻美子/池田勝/磯部勉●放映:2004/04~2005/09(全74回)●放送局:日本テレビ

「●よ 横山 秀夫」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2001】 横山 秀夫 『64(ロクヨン)
「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「横山秀夫サスペンス・真相」)

個人的には、「真相」「他人の家」「18番ホール」の順で良かった。

真相.jpg  真相/横山秀夫.jpg    「真相」横山秀夫サスペンス.jpg
真相』(2003/05 双葉社)『真相 (双葉文庫)』「横山秀夫サスペンス・真相」['05年/TBS]小林稔侍/中田喜子

 「真相」「18番ホール」「不眠」「花輪の海」「他人の家」の5編を収録していますが、「警察モノ」というイメージが強い著者としては、登場人物が税理士から前科者までバラエティに富んでいて、その部分では幅を感じました。

 一方で、過去に傷を持つ主人公たちのキャラクター設定が似ていて、そう言えばリレー方式で主人公が代わる『半落ち』('02年・講談社)の登場人物も、皆何となくキャラクターが似ていたなあと。 その古傷が、ある日突然、或いはじわ〜っと裂けてくるという展開までも、それれぞれの話が似ていますが、この点は、敢えてそういうプロットで統一した連載だったのかもしれません。

 個人的には、「真相」「他人の家」「18番ホール」の順で良かったです。「真相」は、息子を殺した犯人が10年ぶりに捕まって新事実が浮かび上がる話で、主人公のやるせない気持ちがよく描けていると思いました。2005年に小林稔侍主演でドラマ化され、「被害者風」を吹かす主人公にはあまり感情移入できないのですが、まあ、それは、結末で変わってきます。

 「他人の家」は、前科のある男の、大家にそのことが知れることから始まる苦悩を描いたもので、めぐり巡って犯罪同士がカチ合うようなプロットが面白かったです。「18番ホール」も「他人の家」同様、現実に起こりうる可能性よりも、筋立ての妙でしょうか。著者は、松本清張賞を受賞してデビューした作家ですが、清張の短篇にもこうした趣向のものがあったような気がします。

 この2編は、新聞やマスコミの「言論の暴力」や「情報の垂れ流し」問題にも触れていて、元新聞記者の著者ならでの視点を感じます。村長選挙に立候補することになった男の話「18番ホール」は、男が猜疑心の渦にハマっていく様がうまく描かれていたけれど、ラストはやや寓話的過ぎる印象も。

横山秀夫サスペンス「真相」.jpg「横山秀夫サスペンス・真相」●監督:榎戸耕史●プロデューサー:杉本明千世●脚本:加藤正人徹●原作:横山秀夫●時間:95分●出演:小林稔侍/中田喜子/岩崎加根子/酒井彩名/伊澤健/高橋長英/デビッド伊東/矢島健一●放映:2005/05/02(全1回)●放送局:TBS

 
   
 【2006年文庫化[双葉社文庫]】

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「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「銀行 男たちのサバイバル」)

わかりやすい展開でクライマックスの合併推進派と反対派の対決へ持っていく企業ドラマ。

銀行 男たちのサバイバル.jpg銀行 男たちのサバイバル1.jpg  銀行 男たちのサバイバル2.jpg  銀行 男たちのサバイバル4.jpg  銀行男たちのサバイバル9L.jpg
日本放送出版協会(単行本ソフトカバー版)/『銀行 男たちのサバイバル』(NHKライブラリー)['97年]/文春文庫 〔'00年〕/NHKドラマ「銀行 男たちのサバイバル」橋爪功・小林稔侍・中村敦夫 [Kindle版] 『銀行男たちのサバイバル

 バブル崩壊後の不良債権に喘ぐ都市銀行が舞台。独立系都銀中位行である三洋銀行の名古屋支店長・長谷部、総合企画部長・石倉、業務推進部長・松岡の3人は同期生だが、ある日、同期トップを走っていたエリート支店長が過労死し、それとほぼ時を同じくして、ライバルである富蓉銀行との合併話がもちあがり、期せずして3人とも合併プロジェクトのメンバーとなる。そのことにより重役レースの最前線に躍り出た彼らは、合併推進派と反対派の間で揺れるが、その背後には、現・旧の頭取のそれぞれの思惑や監督官庁・大蔵大臣の意向も絡んでいる―。

 '93年に単行本刊行されたもので、銀行合併の画策とそれに対する反攻を描いたものでは、高杉良の『大逆転!-小説三菱・第一銀行合併事件』('80年)などがありましたが、冒頭「貸し渋り」の場面から始まるこの小説は、バブル崩壊が'91年4月であったことを思うと、かなり切実感があります。

 歴史小説などもこなす作者ですが、出身が東京相和銀行(現・東京スター銀行)ということもあり、やはり銀行モノが原点(東京相和はかつてトップがワンマンだったことで知られ、バブリーなホテルなども経営していましたが、バブル崩壊で破綻した)。

 キャラクターがくっきり描き分けられていて、同期の仲間意識とライバル意識の混ざったような関係も自然だし、サバイバルレース的な話ではありますが、登場人物のうちの何人かは、組織に囚われない自分なりの生き方を選択していているのがよく、読後感も悪くありません。

 わかりやすい展開でクライマックスの合併推進派と反対派の対決へ持っていく筆の運びは、経済小説というよりは企業ドラマという感じでしょうか。ただし、ラストは、その後さらに進んだ銀行業界の再編を暗示していて予言的でもあります。

銀行 男たちのサバイバル nhk.jpg '94年1月にNHKでドラマ化されていて(この小説自体がドラマ化を前提に書かれたもの?)、主人公の長谷部を小林稔侍、切れ者の総合企画部長・石倉を中村敦夫、日黒木瞳.jpg和見的な業務推進部長・松岡を橋爪功がそれぞれ好演し、ラストで思わぬセリフを口にする副頭取は児玉清、女性初というMOF担は黒木瞳がやってましたが、それらもハマっていました(「MOF担」そのものは、官民癒着を助長するものとして廃止されたぐらいだから、ややキレイに描かれすぎている感じもあるが...)。

「銀行 男たちのサバイバル」DVD(廃盤)

銀行 男たちのサバイバル1.jpg銀行 男たちのサバイバル2.jpg銀行 男たちのサバイバル3.jpg「銀行 男たちのサバイバル」●演出:岡崎栄/原田和典●制作:小林由紀子●脚本:仲倉重郎●音楽(タイトルテーマ曲):五輪真弓「空」●出演:小林稔侍橋爪功/中村敦夫/黒木瞳/鈴木瑞穂/児玉清/河原崎建三/穂積隆信/伊藤真/夏目俊二/伊藤栄子/吉野由樹子/桂春之助/古柴香織/杉山亜矢子/大寶智子/青空球一/倉石功●放映:1994/01(全3回)●放送局:NHK

 【1997年ソフトカバー版[日本放送出版協会]/2000年文庫化[文春文庫]】 

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「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「繋がれた明日」)

前科者の社会復帰の難しさ。「保護司」が立派なカウンセラーに思えた。

繋がれた明日.jpg 『繋がれた明日』('03年/朝日新聞社) 繋がれた明日2.jpg繋がれた明日 (朝日文庫)』〔'06年〕

 19歳のときに、恋人にちょっかいを出した男をはずみで殺してしまい、殺人罪で5年から7年の刑に処せられた主人公は、刑期満了前に仮釈放となりますが、その後、勤務先や自宅アパートに「この男は人殺し」と書かれた中傷ビラをばら撒かれる―。

 ビラを撒いたのは誰かというミステリーの要素はありますが、一度罪を犯した者はたとえ刑期を終えても、一般社会からは許されることがないのかという、かなり重い「社会問題」に取り組んだ作品だと思いました(本のキャッチにある「罪と罰」という漠たる抽象問題というよりも)。

 社会の偏見に苦しめられ、また加害者の関係者や自らの家族からも責められるなか、気持ちの整理がつかないまま、時に短絡的な行動に出そうになる主人公ですが、味方になってくれる人もいて、全体に暗い物語のなかで、その部分だけやや救われた気持ちになります。

 しかし、やはりこうした排他的な日本の社会では、社会復帰を促す「保護司」という専門的な仕事が重要であることを感じました。
 この物語の「保護司」が立派なカウンセラーに思え、「保護司」ってこんな素晴らしい人ばかりなのだろうか、主人公はかなり「保護司」に恵まれた方ではないかとも、ちょっぴり思ったりもしました(それにしても、たいへんな仕事だなあと思う)。

 ミステリー的要素を抑えた分、人物描写等が深いかというと必ずしもそうではなく、ドラマ臭い"セリフ"が多く、会話も展開もやや冗長だし、主人公の妹が兄のために結婚をフイにしたという話などもお決まりのパターンのように思えましした。

 主人公は人間的に少しずつ成長しているのだろうけれど、ラストでアクシデント的にそのことが示されるというのも、後味が今ひとつでした。

 一方、被害者家族の側にはややエキセントリックな人物を配していて、あまり被害者側に立っていないのではという見方も成り立ちますが、それはそれで、あまり被害者側に立ちすぎると別の物語になってしまうところが、このテーマの難しさではないでしょうか。 

繋がれた明日 tvタイアップ帯2.jpgNHKドラマ「繋がれた明日」.jpg '06年にNHKでドラマ化されましたが、確かにドラマ化はしやすいと思います。但し、TV番組としてはかなり暗い話の部類になったかも(こうした暗い話をストレートにドラマ化するのが、ある意味NHKのいいところなのだが)。主人公を演じた青木崇高は、新人の割には良かったように思います(保護司役は杉浦直樹が好演)。

「繋がれた明日」●演出:榎戸崇泰/一色隆嗣●制作:岩谷可奈子/内藤愼介●脚本:森岡利行●音楽:丸山和範●原作:真保裕一「繫がれた明日」●出演:青木崇高/杉浦直樹/尾上寛之/馬渕英俚可/藤真利子/吉野紗香/銀粉蝶/桐谷健太/佐藤仁美/渡辺哲/弓削智久●放映:2006/03(全4回)●放送局:NHK

 【2006年文庫化[朝日文庫]/2008年再文庫化[新潮文庫]】

「●角田 光代」の インデックッスへ Prev| NEXT ⇒ 【2353】 角田 光代 『八日目の蝉
「●「直木賞」受賞作」の インデックッスへ 「●「本屋大賞」 (10位まで)」の インデックッスへ  「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「対岸の彼女」)

女同士の友情の話。男性が読んでも、読んでよかったと思える作品。

対岸の彼女   .jpg対岸の彼女.jpg 対岸の彼女 英文版.jpg 対岸の彼女 wowwow.jpg 
対岸の彼女』['04年/文藝春秋]/『英文版 対岸の彼女 - Woman on the Other Shore』/WOWOW・ドラマW「対岸の彼女 [DVD]」['06年](財前直見/夏川結衣)

 2004(平成16)年下半期・第132回「直木賞」受賞作。2005(平成17)年・第2回「本屋大賞」第6位。 

 子育て中の主婦・小夜子は、子供の親同士との付き合いといった日常に厭(あ)き、小さな旅行会社に勤めに出るが、そこでの実際の仕事はハウスクリーニングだった。その会社の女社長・葵は、小夜子と年齢も出身大学も同じということもあって小夜子に好意的であり、「独身・子ナシ」の葵と「主婦」の小夜子とで立場は異なるが、2人は友人同士のような関係になっていく―。

 小夜子の視点から見た葵の姿という「現在の話」と平行して、今度は葵の視点から、葵の高校時代のナナコという同級生との友情物語が「過去の話」として語られていて、それぞれの女性同士の友情の成り行きがどうなるかということをシンクロさせていますが、読んでいて、相乗効果的に引き込まれました。

 高校時代のナナコと葵の逃避行の話が良くて、学校でイジメに遭ってもあっけらかんとしているナナコのキャラクターが際立っており、葵がナナコの心の闇を知った後の2人の別れが切ない。

 「現在の話」は、「勝ち犬」(主婦)と「負け犬」(独身・子ナシ)の間で友情は成り立つかという図式でも捉えることはできますが、「過去の話」でナナコとの出会いを通して成長していく葵が描かれている分、現在の小夜子が葵を通しては成長しているのがわかり、過去にメンティであった女性(葵)が今メンターの役割を担おうとしているという点に、"シンクロ効果"がよく出ています。
 
 物語は一筋縄では行かず、既婚・未婚という女性としての立場の違いの壁は厚くて、小夜子と葵の距離は縮まったり開いたりします。
 子供だったゆえに別れなければならなかった葵とナナコの2人に対し、大人になったことで果たして自分で女友達を選べるようになったのだろうかという現在の葵、小夜子2人に関わるテーマが、重層的な厚みを持って提示されているように思えました。

 女子高校での派閥や主婦同士の閉鎖的サークルがリアルに描かれていて、小夜子が勤めに出た職場でもその類似型が見られ、「女の敵は女」というふうにも見ることが出来る話を、読後感の爽やかなエンタテインメントに仕上げている力量はさすがで、運動会のビデオなどの小道具の使い方も生きているなあと思いました。
 
 技巧をこらしているのにそれが鼻につかないのがこの作品のうまさで、男性が読んでも元気づけられ、読んでよかったと思える作品ではないかと思います。

対岸の彼女 wowow1.jpg 対岸の彼女 wowow2.jpg
(左)財前直見/夏川結衣 (右)多部未華子/石田未来

対岸の彼女 dvd.jpg 今年['06年]1月にWOWOWのドラマWでテレビドラマ化され、現在の葵を財前直見、小夜子を夏川結衣、高校時代の葵を石田未来、その友人を多部未華子が演じ、芸術祭テレビ部門(ドラマの部)優秀賞、放送文化基金賞テレビドラマ番組賞を受賞しています(演出も悪くなかったが、やはり原作の力が大きい)。

対岸の彼女 [DVD]

「対岸の彼女」●監督:平山秀幸●脚本:山由美子/藤本匡介●原作:角田光代●出演:夏川結衣/財前直見/多部未華子/石田未来/堺雅人/根岸季衣/木村多江/香川照之●放映:2006/01(全1回)●放送局:WOWWOW

 【2007年文庫化[文春文庫]】

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「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「池袋ウエストゲートパーク」)

警察の特命で活躍するカトゥーンアニメの主人公みたい。

池袋ウエストゲートパーク.jpg         池袋ウエストゲートパーク TBS1.jpg 池袋ウエストゲートパーク TBS dvd.jpg 
池袋ウエストゲートパーク』(1998/09 文藝春秋) TBS(2000年)「池袋ウエストゲートパーク DVD-BOX

 1997(平成9)年・第36回「オール讀物推理小説新人賞」受賞作。

 池袋をテリトリーに遊び回っている果物屋の跡取り息子マコトは、賭けボウリングで小銭を稼ぐチンピラみたいな生活を送っているが、成り行きで遊んだ女子高生リカが、ある日死体となって発見される―。
 所謂"IWGP"シリーズの最初に出たもので、「池袋ウエストゲートパーク」「エキサイタブルボーイ」「オアシスの恋人」「サンシャイン通り内戦」の4篇を所収。

 快活で小気味良い文体とアンチヒーロー的個性派キャラクター群、それに、池袋という街を舞台にした(ロサ会館!しばらく行ってないなあ)今日風の事件と風俗描写で読ませます(女子高生売春からギャング団抗争までてんこ盛り)。
 事件はドロドロしているけれど、解決に当るマコトら少年たちは、"ブクロ"の平和を守るためにかなり前向きで、時代捕物帳のお奉行に協力する岡引きのようでもあり(これは失礼か)、警察の特命で活躍するカトゥーンアニメの主人公のようでもあります。

 少年たちの目線で描かれているところが、若い読者に受けた理由でしょうか。彼らの成長物語にもなっているところに、映画「スタンド・バイ・ミー」にも似た作者の若者たちに対する暖かい視線が感じられます。
 ちょっと考えれば、ヤクザがらみの事件に少年たちが落とし前をつけるなどというのは現実にはあり得ないわけで、児童図書館に置いていい本かどうかは別として、ジュブナイル系ファンタジーと見てよいのでは。

 自分の高校の番長タイプの人間を過度にスゴイ存在として捉えているところなどは、醒めた都会派と言うより、どちらかと言うと一昔前の地方の高校生の感覚ですけれど...。
 この子達たちから事件を取ったら何が残るのか、という"心配"もありますが、それは、アニメの主人公から事件を取ったら...というのと同じ問いであり、意味無いかも。

 宮藤官九郎脚本でTBSでテレビドラマ化され、最初の方だけちらっと観ましたが、あまりに原作からの改変が激しくて、宮藤ファンには好評だったようですが、そういうの、個人的には好きにはなれない...。

「幾袋ウェストデートパーク」0.jpg池袋ウエストゲートパーク TBS dvd2.jpg「池袋ウエストゲートパーク」●演出:堤幸彦/金子文紀/伊佐野英樹●脚本:宮藤官九郎●音楽:羽岡佳●原作:石田衣良「池袋ウエストゲートパーク」シリーズ●出演:長瀬智也/加藤あい/窪塚洋介/佐藤隆太/「幾袋ウェストデートパーク」1.jpg山下智久/阿部サダヲ/坂口憲二/妻夫木聡/西島千博/高橋一生/須藤公一/矢沢心/小雪/きたろう/森下愛子/渡辺謙●放映:2000/04~06(全11回)●放送局:TBS

 【2001年文庫化[文春文庫]】

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「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「ぼんくら」)

時代人情モノとして堪能できるミステリー。

宮部 みゆき 『ぼんくら』.jpg ぼんくら.jpg      ぼんくら〈上〉.jpg ぼんくら〈下〉.jpg 
ぼんくら』['00年/講談社](装画・題字:村上 豊)/講談社文庫 (上・下) ['04年] 

 江戸・深川の長屋を舞台に繰り広げられる時代ミステリーです。主人公の「ぼんくら」と綽名される同心・平四郎と甥の超美少年・弓之介が、長屋で起きた殺人事件を、岡引や市井の人の助けを借りて解いていく―。

 幾つかの短編を併せて長編ミステリーを構成しているのですが、その短編を個々に見ると、ミステリーの1章というより、独立した江戸人情噺としての色合いが強いものがいくつもあります。

 長屋のシステムやルールなどが「霊験お初シリーズ」などの同じ時代推理に比べ丁寧に書き込んであり、そこに住む人々の生活や交わりなどもよく描かれていると思います。こうした長屋モノを得意としたのは山本周五郎ですが、作者は「山本周五郎賞」の方は、現代のカードローン地獄を描いた火車』('92年/双葉社)で早々と取っています。山本周五郎に"恩返し"というわけでもないでしょうが、この『ぼんくら』という作品には、山本周五郎オへのマージュ的なものも個人的には感じました。

 テープレコーダー少年?"おでこ"などの個性的な人物も多く登場しますが、事件に全くと言っていいほど関与しない人物も多く、途中で事件を忘れてしまいそうになります。そのあたりがミステリーファンにとってどうなのだろう、と思いながらも、自分自身は"時代人情モノ"として充分堪能しました。

 作者自身、この構成をどう自己評価したのか、続編日暮らしで答えを探ることにしたいと思いました。

 【2004年文庫化[講談社文庫(上・下)]】

《読書MEMO》
映画 蒲田行進曲.jpgNHK ぼんくら_0003.jpg●2014年ドラマ化 【感想】 岸谷五朗はまずまずだが、久しぶりに見た松坂慶子って昔より演技が下手になってしまったのではないかと思った。でも、昔は演技してなかったけれど、今は頑張って演技しているともとれる。昔は映っているだけで絵になる美人だったので、あとは監督の言う通りにしていればよかったが、年季が行くとそうもいかない。好意的に解すれば、美人姐さん風からおばさん風に芸風をチェンジしたということか。これはこれで、女優としての生き残り戦略ととれなくもないが、映画「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」('81年)、「道頓堀川」('82年)、「蒲田行進曲」('82年)の頃の彼女をリアルタイムで知る者としてはやや複雑な思いもあった。

NHK ぼんくら1.jpg
NHK ぼんくら2.jpg
NHK木曜時代劇「ぼんくら」(2014年10月~12月[全10回])
演出:吉川一義/酒井信行/真鍋斎 脚本:尾西兼一 ほか
出演:岸谷五朗/奥貫薫/風間俊介/六平直政/志賀廣太郎/鶴見辰吾/大杉漣/松坂慶子/勝野雅奈恵ほか


                  

「●み 宮部 みゆき」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【497】 宮部 みゆき 『天狗風
「●「週刊文春ミステリー ベスト10」(第1位)」の インデックッスへ 「●「山本周五郎賞」受賞作」の インデックッスへ 「●「菊池寛賞」受賞者作」の インデックッスへ(宮部みゆき)「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「火車 カード破産の女!」「宮部みゆき原作 ドラマスペシャル 火車」)

作者の現代推理小説の中では、「理由」「模倣犯」を凌ぐ傑作。

宮部 みゆき 『火車』.jpg火車.jpg 火車Jul.'92 双葉社.jpg 火車 All she was worth.jpg火車 カード破産の女!1.jpg
火車 (新潮文庫)』 『火車』 ['92年/双葉社] ペーパーバック版 "火車―All she was worth"  テレビ朝日「火車 カード破産の女!」(1994)

 1992(平成4) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。1993(平成5)年度・第6回「山本周五郎賞」受賞作。(2008(平成20)年に、「このミステリーがすごい!」の賞創設から20年間のランキングでベスト20に入った作品のトータルで第1位にも輝いた。因みに、発表当時の1993(平成5)年の「このミステリーがすごい!」では『砂のクロニクル』(船戸与一)に次いで第2位だった。)

 休職中の刑事が遠縁の男に頼まれて、失踪した婚約者の女性を探すことになるが、彼女の過去は調べれば調べるほど闇に包まれている。なぜこの主人公の女性は「自分を消す」ということにこれだけ執着し、またそこにどんな落とし穴があったのか―。カード社会の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生を描いた傑作です。

 宮部みゆき作品の中ではとりわけ社会派的色彩が濃いものですが、この作品で衝撃を受けたのは、主人公が最後の最後にしか現れず、セリフも一言もないという凝った造りであることです。それでいて、主人公の情念がじわ〜っと伝わってきます。著者の現代推理小説の中では『理由』('98年)、『模倣犯』('01年)と並ぶ傑作の部類で、むしろ『理由』も『模倣犯』もこの作品を超えていないかも知れないという気もします。

 ところがこの作品は直木賞をとっていないのです。『理由』で直木賞をとる前に、『龍は眠る』('91年)、『返事はいらない』('91年)、『火車』('92年)、『人質カノン』('96年)、『蒲生邸事件』('96年)と候補になりながら選にもれたものがありますが、個人的には、『火車』でとるべきだったと思います。『火車』の直木賞落選の「選評」で、「重要人物が描けていない」という批評にはガックリきたという感じ。明らかに主人公のことを指していますが、"自分を消した"女性が主人公なのだから...。

火車 last 1994.jpg '94年に"2時間ドラマ"化されていて、「火車 カード破産の女!」というタイトルで『土曜ワイド劇場』のテレビ朝日開局35周年特別企画として放映されていますが、主人公の新城喬子(関根彰子)役の財前直見は原作同様、ラストシーンを除いてほとんど出て来ず、それでいてドラマ全体を支配していました。原作の優れた点をよく生かしたドラマ化だったと思います。

 作家の倉橋由美子は、この小説を絶賛したうえで、ラストは「太陽がいっぱい」(パトリシア・ハイスミスの原作でなく、映画の方)に似ていると書いていますが(『偏愛文学館』('05年/講談社))、確かに。

「火車-カード破産の女!」 ラストシーン

財前直見  .jpg火車 1994.png「火車 カード破産の女!」●演出:池広一夫●制作:塙淳一●脚本:吉田剛●出演:三田村邦彦/財前直見/沢向要士/船越栄一郎(船越英一郎)/山口果林/角野卓造/森口瑤子/山下規介/大畑俊/吉野真弓/菅原あき/畠山久/奥野匡/小沢 象/たうみあきこ/加地健太郎/飯島洋美/舟戸敦子/沢向要士/角野卓造●放映:1994/02(全1回)●放送局:テレビ朝日   

「火車-カード破産の女!」 新城喬子(財前直見)
 
 【1998年文庫化[新潮文庫]】

「このミステリーがすごい!」ベスト・オブ・ベスト(2008年版までの20年間分のランキングでベスト20に入った作品が対象。アンケート結果は2008年2月刊行の『もっとすごい!! このミステリーがすごい!』で発表された。)
第1位 火車(宮部みゆき 1993年版 2位)
第2位 生ける屍の死(山口雅也 1989年版 8位)
第3位 魍魎の匣(京極夏彦 1996年版 4位)
第4位 私が殺した少女(原尞 1989年版 1位)
第5位 新宿鮫(大沢在昌 1991年版 1位)
第6位 ダック・コール(稲見一良 1992年版 3位)
第7位 空飛ぶ馬(北村薫 1989年版 2位)
第8位 双頭の悪魔(有栖川有栖 1993年版 6位)
第9位 レディ・ジョーカー(髙村薫 1999年版 1位)
第10位 白夜行(東野圭吾 2000年版 2位)
第11位 毒猿 新宿鮫II(大沢在昌 1992年版 2位)
第12位 男たちは北へ(風間一輝 1989年版 6位)
第13位 エトロフ発緊急電(佐々木譲 1989年版 4位)
第14位 不夜城(馳星周 1997年版 1位)
第15位 煙か土か食い物(舞城王太郎 2002年版 8位)
第16位 ガダラの豚(中島らも 1994年版 5位)
第17位 絡新婦の理(京極夏彦 1998年版 4位)
第18位 時計館の殺人(綾辻行人 1992年版 11位)
第19位 三月は深き紅の淵を(恩田陸 1998年版 9位)
第20位 模倣犯(宮部みゆき 2002年版 1位)

2022年・第70回「菊池寛賞」受賞(同時受賞の三谷幸喜氏と)
2022菊池寛賞.jpg

《読書MEMO》
火車 ドラマ   ド.jpg宮部みゆき原作 ドラマスペシャル 火車 上川 terawaki .jpg●2011年再ドラマ化 【感想】 本間(上川達也)は新城喬子(佐々木希)より本物の関根彰子(田畑智子)を追っているような印象にもなってしまったが、佐々木希のセリフが最後まで一言も無かったのは正攻法と言える。原作の良さにも助けられているものの、やはり'94年の財前直美版には及ばない(特にラストシーンは'94年版の素晴らしさには遠く及ばない)。
   

火車 ドラマ00.jpg火車 ドラマ03.jpg「宮部みゆき原作 ドラマスペシャル 火車」●演出:橋本一●脚本:森下直●原作:宮部みゆき●出演:上川隆也/佐々木希/寺脇康文/田畑火車 ドラマ5b.jpg火車 ドラマ5e.jpg火車 ドラマc03.jpg智子/ゴリ(ガレッジセール)/渡辺大/鈴木浩介/高橋一生/井上和香/前田亜季/藤真利子/美保純/金田明夫/笹野高史/茅島成美/山崎竜太郎/ちすん/上間美緒/長谷川朝晴/谷口高史●放映:2011/11/05(全1回)●放送局:テレビ朝日

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「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「松本清張スペシャル・共犯者」「松本清張スペシャル・地方紙を買う女」

宮部みゆきの読書ガイドが親切。拾いものがかなりあった。

宮部みゆき責任編集 松本清張傑作短篇コレクション (上).jpg松本清張傑作短篇コレクション 上.jpg 宮部みゆき責任編集 松本清張傑作短篇コレクション (中).jpg松本清張傑作短篇コレクション 中.jpg 宮部みゆき責任編集 松本清張傑作短篇コレクション (下).jpg松本清張傑作短篇コレクション 下.jpg  『松本清張傑作短篇コレクション〈上〉 (文春文庫)』 『松本清張傑作短篇コレクション〈中〉 (文春文庫)』 『松本清張傑作短篇コレクション〈下〉 (文春文庫)』 〔'04年〕

 「宮部みゆき責任編集」となっていますが、「責任編集」とはまさにこういうことを指すのだなあという感じです。8つのテーマというか視点別に数作ずつ、全部で26作品を選んでいますが、テーマごとの冒頭に宮部氏の口上があり、これが適切な読書ガイドになっています。いろいろな年代の作品から万遍なく選ぶような配慮もされているようです。個人的には、拾い物が結構ありました。

【1.巨匠の出発点】
 ◆『或る「小倉日記」伝』...名作!
 ◆『恐喝者』...今で言えばストーカー
【2.マイ・フェイバリット】
 ◆『一年半待て』...夫殺しと「一事不再理」
 ◆『地方紙を買う女』...巻末に横山秀夫の翻案
 ◆『理外の理』...喰違門での首縊り
 ◆『削除の復元』...森鴎外の隠し子疑惑?
【3.歌が聴こえる、絵が見える】
 ◆『捜査圏外の条件』...上海帰りのリルが好きだった妹
 ◆『真贋の森』...贋作作戦?
【4.「日本の黒い霧」は晴れたか】                   
 ◆『昭和史発掘-二・二六事件』                    
 ◆『追放』
【5.淋しい女たちの肖像】
 ◆『遠くからの声』...姉婿から離れていく妹
 ◆『巻頭句の女』...死期が近い俳人を引き取って...
 ◆『書道教授』...(中篇)スケベ男の勘違いと顛末       
 ◆『式場の微笑』...ラブホテルでの着付けのアルバイト
カルネアデスの舟板 角川.jpg【6.不機嫌な男たちの肖像】                      
 ◆『共犯者』...自分を追ってくる共犯者と思いきや、共犯者の調査を依頼した男が...。    
 ◆『カルネアデスの舟板』...大学教授間の覇権争い
 ◆『空白の意匠』...地方紙の広告部長の焦燥と憤り、奔走の末の安心と急転直下の悲哀。巧い。
【7.タイトルの妙】
 ◆『支払い過ぎた縁談』...結婚詐欺の話。ショートショートみたい!
 ◆『生けるパスカル』(中篇)...挿入話『死せるパスカル』(フロイト『ヒステリー研究』の引用の仕方が巧い)
 ◆『骨壺の風景』
【8.権力は敵か】
 ◆『帝銀事件の謎-「日本の黒い霧」より』...S.23年の帝銀事件の幕引きの黒幕は元731部隊員を使っていたGHQ?
 ◆『鴉(からす)』...組合の委員長を殺した男の話、鴉で...
【9.松本清張賞受賞作家に聞きました】  

カッパ・ノベルス『松本清張短編全集』〈全11巻〉『松本清張短編全集〈第11〉共犯者 (1965年) (カッパ・ノベルス)』『共犯者 (新潮文庫)
カッパブックス 松本清張短編全集.jpg共犯者 kappa.jpg『共犯者』.jpg 「共犯者」は今年['06年]になって日本テレビの「DRAMA COMPLEX(ドラマ・コンプレックス)」枠('05年9月に終了した「火曜サスペンス劇場」の後継枠)で「松本清張スペシャル・共犯者」としてドラマ化されていました。

 ストーリーは、ある男が別の男と共謀して強盗に押し入った際に、侵入先の相手を死なせてしまい、その場は逃げ延びるものの、何年か後にど松本清張スペシャル・共犯者s.jpgスペシャル 共犯者.jpgうやらその共犯の男につけ狙われているのを感じ、そこで探偵にその共犯者の調査を依頼する―という流れですが、ドラマでは犯人、共犯者、探スペシャル 共犯者 室井.jpg偵の3人の主要登場人物が全て女性に置き換えられていました。調べてみたら23年ぶり5度目のドラマ化ということで、今までと違った特色を出したかったのでしょう。賀来千香子、とよた真帆、室井滋の女優陣の演技は安定感がありました(ただし、室井滋の役の役回り(探偵事務所所長・若杉千香子)の原作からの改変は微妙なところか)。
 
共犯者 賀来千香子4.jpg松本清張スペシャル 共犯者.jpg共犯者 賀来千香子・とよた真帆.jpg•日本テレビ系「松本清張スペシャル・共犯者」2006年5月9日放送(賀来千香子・とよた真帆)

松本清張スペシャル 共犯者 [DVD]['06年]「松本清張スペシャル・共犯者」●監督:上川伸廣●プロデューサー:小泉守/前田伸一郎/佐藤敦)●脚本:西荻弓絵/大河明日香●音楽:(オープニング)布袋寅泰「PHOENIX」/(エンディング)ゴスペラッツ「リンダ」●出演:賀来千香子 (内堀江梨子:現在は和食レストランチ松本清張スペシャル・共犯者 muroi4.jpgェーン「TAKUMI」 の女性社長。36歳)/室井滋 (若杉千香子:探偵事務所所長。45歳)/とよた真帆 (町田夏松本清張スペシャル・共犯者.jpg海:8年前、神戸で江梨子と同じ卸売市場で働いていた。36歳)/小橋賢児 (松本健:千香子の助手。30歳)/加藤治子 (内堀佳代子:江梨子の母。70歳)/細川茂樹(横山剛:江梨子の部下)/佐野史郎 (倭誠一:IT会社社長。38歳)/あいはら友子(お好み焼き屋のママ)●放映:2006/05(全1回)●放送局:日本テレビ
賀来千香子・とよた真帆 
 
《読書MEMO》
5松本清張スペシャル・地方紙を買う女-s.jpg●'07年「地方紙を買う女」が「火曜ドラマゴールド」枠('06年9月に終了した「DRAMA COMPLEX(ドラマ・コンプレックス)」の後継枠)で「松本清張スペシャル・地方紙を買う女」としてドラマ化(脚本は橋本忍の娘・橋本綾)。
l松本清張スペシャル 地方紙を買う女.jpg 宮城県の山中で、男女2人を心中に見せかけて殺害した潮田芳子(内田有紀)は、地元で発行されている地方紙を東京で定期購読して、事件のその後を見守っていた。間もなく、死体を発見した警察が、事件性のない心中だと断定して安心した芳子だったが、今度は彼女が新たに働き始めた銀座のクラブに、問題の地方紙に小説を連載している杉本孝志(高嶋政伸)という作家が現れたことから、事件は思わぬ方向に転がり始める―。
【感想】
 事件の舞台を山梨県から宮城県に移し、それに伴い女が買う新聞は「甲信新聞」から「仙台新報」になっていた(山梨日日新聞から河北新報になったということか)。内田有紀は、主人公を演じるには影の部分がやや弱いが、それなりに頑張ってはいた。高嶋政伸演じる小説家は、最初から事『顔・白い闇』.JPG日本テレビ 地方紙を買う女 utida.jpg件の裏側も分かって犯人の見当もついているみたいで、ちょっと「刑事コロンボ」みたなスタイルになっていた。ただし、犯人を逮捕に導くのではなく、「事件のことを小説にするためにそのことを調べている」という点が特徴的で、しかも、女に結婚を迫るという...。ラストは、原作の結末が高嶋政伸演じる小説家の書くドラマ内小説「地方紙を買う女」の結末になっていて、ドラマとしての結末は別のものが用意されていた。この結末って、"内田有紀向き"だったかもしれない。

松本清張スペシャル 地方紙を買う女2.jpg顔・白い闇 (角川文庫)』(顔/張込み/声/地方紙を買う女/白い闇)

「松本清張スペシャル・地方紙を買う女」●演出:雨宮望●プロデュー庄田昭夫/千原ジュニア.jpgサー:小林紀子(日本テレビ)/森雅弘/前田伸一郎(日本テレビ)●脚本:橋本綾●音楽:(エンディング)竹内まりや「告白」●原作:松本清張「地方紙を買う女」●出演:内田有紀/国分佐智子/千原ジュニア/井澤健/白川ゆり/温水洋一/あめくみちこ/左時枝/秋野暢子/高嶋政伸●放映:2007/01/30(全1回)●放送局:日本テレビ
千原ジュニア(ヒモ男・庄田昭夫)

 ●「一年半待て」のテレビドラマ化
「一年半待て」koyanagi.jpg •1960年「黒い断層~一年半待て(KR)」淡島千景・南原宏治・土屋嘉男
 •1961年「一年半待て(ABC)」斎藤美和、久松保夫・溝田繁
 •1962年「一年半待て(NHK)」斎藤美和・大滝秀治・南美江
 •1965年「一年半待て(CX)」三國連太郎・桜井良子・佐野浅夫
 •1968年「一年半待て(CX)」森光子・根上淳・稲野和子
 •1976年「一年半待て(NTV)」市原悦子・唐沢英二・緑魔子
 •1978年「一年半待て(NHK)」香山美子・早川保・南風洋子
一年半待て 多岐川.jpg •1984年「一年半待て(NTV)」小柳ルミ子勝野洋・樹木希林
 •1991年「一年半待て(ANB)」 多岐川裕美・小川真由美・篠田三郎
 •2002年「一年半待て(NTV)」浅野ゆう子・布施博・東幹久・丘みつ子
火曜サスペンス 一年半待て 浅野.jpg
 •2010年「一年半待て(BS-TBS)」夏川結衣・清水美沙・市原悦子
 •2016年「一年半待て(CX)」菊川怜 ・石田ひかり・雛形あきこ

一年半待て BSTBS.jpg一年半待て(CX)菊川怜.jpg松本清張スペシャル 一年半待て kikulkawa.jpg•BS-TBS「松本清張特別企画~一年半待て」2010年12月8日放映(夏川結衣・清水美沙・市原悦子)第48回ギャラクシー賞奨励賞受賞作品
•フジテレビ「松本清張スペシャル 一年半待て」2016年4月15日放映(菊川怜 ・石田ひかり・雛形あきこ)

 
 
(第6話)/地方紙を買う女30.png●「地方紙を買う女」のテレビドラマ化
 •1957年「地方紙を買う女(NHK)」大森義夫・藤野節子・千秋みつる
 •1960年「地方紙を買う女~松本清張シリーズ・黒い断層(KR)」堀雄二・池内淳子・杉裕之
 •1962年「地方紙を買う女~松本清張シリーズ・黒の組曲(NHK)」筑紫あけみ・野々村潔
 •1966年「地方紙を買う女(KTV)」岡田茉莉子・高松英郎・戸浦六宏
 •1973年「恐怖劇場アンバランス(第6話)地方紙を買う女(CX)」井川比佐志夏圭子・山本圭
「地方紙を買う女(CX)」小柳ルミ子.jpg •1981年「地方紙を買う女 昇仙峡囮心中(ANB)」安奈淳・田村高廣・室田日出男
 •1987年「地方紙を買う女(CX)」小柳ルミ子・篠田三郎・露口茂
 •2007年「松本清張スペシャル・地方紙を買う女(NTV)」内田有紀・高嶋政伸・秋野暢子
 •2016年「地方紙を買う女〜作家・杉本隆治の推理(ANB)」田村正和・広末涼子・水川あさみ

地方紙を買う女.jpg松本清張ドラマスペシャル・地方紙を買う女.jpg•日本テレビ系「火曜ドラマゴールド〜地方紙を買う女」2007年1月30日放映(内田有紀・高嶋政伸)
•テレビ朝日系「松本清張ドラマスペシャル・地方紙を買う女〜作家・杉本隆治の推理」2016年3月12日放映(田村正和・広末涼子)

 

●「書道教授」のテレビドラマ化
•1982年「書道教授(ANB)」近藤正臣・生田悦子
•1995年「書道教授(ANB)」風間杜夫・多岐川裕美
•2010年3月23日「書道教授(NTV)」船越英一郎・杉本彩
松本清張の「書道教授」.jpg書道教授.jpg•日本テレビ系「火曜サスペンス劇場〜書道教授」2010年3月23日放映(船越英一郎・杉本彩)
    
 
     
     
•テレビ朝日系「土曜ワイド劇場 松本清張の書道教授・消えた死体」1982年1月16日放送(近藤正臣・生田悦子)

 
  
●「共犯者」のテレビドラマ化
 •1960年「共犯者(フジテレビ)」岩井半四郎・藤波洸子
 •1962年「共犯者(NHK)」加藤嘉・浜村純・西村晃
 •1968年「共犯者(日本テレビ)」渡辺文雄・藤田佳共犯者 賀来千香子・とよた真帆3.jpg子・高松英郎
 •1983年「松本清張の共犯者(TBS)」平幹二朗・尾藤イサオ・畑中葉子
 •2006年「松本清張スペシャル・共犯者(日本テレビ)」賀来千香子・室井滋・とよた真帆
 •2015年「共犯者(テレビ東京)」観月ありさ・山本耕史・仲里依紗


「●ま 松本 清張」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1118】 松本 清張 『小説 帝銀事件
「●さ行の日本映画の監督」の インデックッスへ「●斎藤 一郎 音楽作品」の インデックッスへ「●池部 良 出演作品」の インデックッスへ 「●新珠 三千代 出演作品」の インデックッスへ 「●平田 昭彦 出演作品」の インデックッスへ 「●志村 喬 出演作品」の インデックッスへ「●中村 伸郎 出演作品」の インデックッスへ「●宮口 精二 出演作品」の インデックッスへ「●丹波 哲郎 出演作品」の インデックッスへ「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ 「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「天城越え」「黒い画集~紐」「黒い画集・証言(TBS)」「黒い画集~証言~(NHK-BSプレミアム)」)

黒い画集  寒流                 .jpg "映画化率・ドラマ化率"の高い短編集。映像と比べるのも面白い。

黒い画集 松本 清張.jpg 黒い画集 新潮文庫.jpg 黒い画集.jpg 黒い画集 あるサラリーマンの証言 dvd.jpg証言32.bmp
黒い画集―全一冊決定版 (1960年) (カッパ・ノベルス)』 『黒い画集 (新潮文庫)』 「黒い画集 あるサラリーマンの証言 [DVD]」(出演:小林桂樹/原佐和子) 映画「黒い画集 第二話 寒流」(出演:池部良/新珠三千代)
黒い画集 全三集』(2005年12月刊行(1959年刊行の復刻版))
黒い画集 00_.jpg黒い画集2.png黒い画集3.png『黒い画集』 .JPG 光文社カッパ・ノベルズの「全一冊決定版」は、'59(昭和34)年4月から翌年7月にかけて光文社から刊行された『黒い画集』第1巻から第3巻の中からの抜粋であり、珠玉の名編集と言えるかと思います(新潮文庫版『黒い画集』に同じラインアップで移植されている)。「遭難」「証言」「天城越え」「寒流」「凶器」「紐」「坂道の家」の所収7作中、自分の知る限りでは「証言」などの4作が黒い画集 あるサラリーマンの証言 ポスター.jpg証言1.bmp黒い画集 あるサラリーマンの証言.jpg映画化されており、"映画化率"の高い短編集ではないでしょうか。また、この短編集の中には何度もテレビドラマ化されているものもいくつもあります。
映画黒い画集 あるサラリーマンの証言('60年/東宝)主演:小林桂樹 

映画黒い画集 ある遭難('61年/東宝)出演:伊藤久哉/児玉清/香川京子/土屋嘉男
黒い画集 ある遭難 ポスタード.jpg黒い画集%20ある遭難3_033.jpg黒い画集%20ある遭難.jpg黒い画集 ある遭難0_.jpg 「遭難」の映画化作品('61年映画化・杉江敏男監督「黒い画集 ある遭難」)は脚本は石井輝男で、児玉清が被害者役、伊藤久哉が犯人役、土屋嘉男が犯人の犯罪を暴く役でしたが、最後だけ「悪」(ワル)」が勝利するかたちで終わってしまう原作を少し変えています。「証言」の映画化作品('60年映画化・堀川弘通監督「黒い画集 あるサラリーマンの証言」)は小林桂樹が好演、黒い画集 第二話 寒流.jpg黒い画集 第二話 寒流 ps1.jpg黒い画集 第二話 寒流 ps2.jpgこちらも、原作の後日譚を膨らませ、映画オリジナルの話が付け加わっています。「寒流」の映画化作品('61年映画化・鈴木英夫監督黒い画集 第二話 寒流)は池部良と新珠三千代の共演で、銀行員である主人公(池部良)が仕事上のきっかけで美人女将(新珠三千代)と知り合い、いい関係になったまではともかく、そこに主人公の上司である好色の常務(平田昭彦)が割り込んできて、主人公の仕事人生をも狂わせてしまうというものですが、主人公は原作と異なって、踏んだり蹴ったりの散々な目に遭うだけ遭って、ただそれだけで終わってしまう結末になっています。


映画「黒い画集 第二章 寒流」('61年/東宝)出演:池部良/新珠三千代
黒い画集 寒流01.jpg黒い画集 寒流03.jpg 「寒流」の原作でも主人公は踏んだり蹴ったりの目に遭いますが、ラストで主人公を陥れた常務に対して主人公が逆転劇を演じるのに対し、映画ではその逆転劇が企図されたこと(結局うまくいかない)の続きがあって、そこから二転三転して最終的には主人公が更なる絶望的な状況鈴木英夫監督.jpgに陥るところで終わります。映画化する際に原作の毒を薄めることはよくありますが、最後「悪」が勝利するように原作を改変しているのが和製フィルム・ノワールの名手と言われた鈴木英夫(1916-2002/享年85)監督なら松本清張作品「黒い画集 第二話 寒流」.jpgではという気もします。銀行本店には昭和27年までGHQが総司令部を置いていた旧第一生命ビルが使われていて、いかにも大銀行の本店という感じがします。池部良演じる銀行員は原作黒い画集 第二話 寒流 miyaguti.png以上に真面目そうに描かれていて、新珠三千代演じる女将に対しても最初は銀行員らしくかなり慎重に接しています。2人に割って入る平田明彦演じる常務のほかに、その常務の行内でのライバルの副頭取に中村伸郎、主人公が常務と女将の密偵を依頼する探偵社の男に宮口精二、味方かと思ったらとんでもない食わせ者だった総会屋に志村喬、常務が自分を陥れようとする主人公を脅すため差し向けたヤクザの親分に丹波哲郎―、探偵に宮口精二といった配役も楽しめました。
寒流 志村.jpg 寒流 丹波.jpg
「寒流」の過去のテレビドラマ化
「愛の断層」112.jpg •1960年「寒流 (日本テレビ)」山根寿子・細川俊夫・安部徹
 •1962年「寒流 (NHK)」原保美・春日俊二・環三千世
 •1975年「松本清張シリーズ・愛の断層 (NHK)」平幹二朗・香山美子・中谷一郎
 •1983年「松本清張の寒流 (テレビ朝日)」:露口茂・山口崇・近石真介
 •2013年「松本清張没後20年スペシャル・寒流 (TBS)」椎名桔平・芦名星・石黒賢

「松本清張シリーズ・愛の断層」 (1975/11 NHK) ★★★☆(平幹二朗・香山美子・中谷一郎)

「黒い画集・証言」('92年/TBS)渡瀬恒彦・有森也実・岡江久美子
黒い画集・証言289e.jpg 上記のように「寒流」は映画だけでなく何度かテレビドラマ化もされていますが、同じく「証言」も何度かテレビドラマ化されていて、'84年にはテレビ朝日の「土曜ワイド劇場」で柳生博主演で、'94年にはTBSの「月曜ドラマスペシャル」で渡瀬恒彦主演でドラマ化されており、'92年の渡瀬恒彦版の方を観ました。渡瀬恒彦は刑事ドラマにおける犯人を追いつめる「刑事」役のイメージが強いですが、こうしたドラマの追いつめられる側の「犯人」役をやらせてもうまいと思いました(その後、2020年にNHKで「黒い画集~証言~」として再度ドラマ化され、谷原章介演じる主人公の浮気相手が男性に改変されていた)

 「天城越え」の映画化作品('83年/松竹)は田中裕子の演技が高く評価された作品です(「天城越え」は'78年にNHKで大谷直子主演で、'98年にTBSで田中美佐子主演でテレビドラマ化もされている)。「天城越え」は、川端康成の『伊豆の踊子』に対する清張流の挑戦だという説もありますが(「踊り子を自分より下の弱い存在と見る東大生」vs.「旅の女性を憧憬のまなざしで見上げる少年」という対照的構図)、個人的にはこの説がある程度の説得力を持って感じられました。

天城越え [DVD]」 ('83年/松竹)
天城越え05.jpgamagigoe.jpg 映画化作品は、テレビで途中から観ることになってしまったため評価を避けますが、田中裕子演じる件(くだん)の酌婦・大塚ハナが派出所で少年の弁明をするという、小説には無い場面があったのではなかったかと(これが先駆けとなってか、以降の映像化作品ではこうしたハナが尋問を受ける場面NHK天城越え.jpgが必ずあるように思う)。'78年のNHK「土曜ドラマ」版(大谷直子、佐藤慶主演)ともしかしたら記憶がごっちゃになっているかもしれませんが(映画をテレビで観て、しかも別にあるテレビ版作品も観てしまうとこういうことになりがち)、警官の尋問中にハナがこらえ切れず失禁するシーンを、田中裕子が自らの申し出により仕掛け無しの体当たり演技でやったという逸話が知られているから、やっぱり映画の方をテレビで観たのでしょう。田中裕子はこの作品でモントリオール世界映画祭主演女優賞を受賞しています。

天城越え 田中美佐子版 01.jpg「天城越え」●.jpg  更に、'98 年の田中美佐子主演のNHKテレビ版では、少年(二宮和也)が大人(長塚京三)になってから大塚ハナと再会天城越え 田中美佐子版 dvd.jpgするという、原作にも他の映像化作品にはない独自の創作部分がありましたが、全体の出来としては悪くなく、ギャラクシー賞優秀賞などを受賞していることから一般の評価も高かったようです。この作品の翌年に「嵐」としてデビューした二宮和也のドラマ初出演作であり(当時、作中の「少年」と同じ14歳だった)、その演技が後々も話題になりますが、個人的には、田島刑事役を演じた蟹江敬三が(彼だけが同一人物の過去と現在の両方を演じているわけだが)渋みがあって良かったと思いました。 「天城越え [DVD]」('98年/TBS)

「ヒッチコック劇場(第84話)/兇器」('58年/米)/「ロアルド・ダール劇場 予期せぬ出来事(第4話)/おとなしい凶器」 ('79年/英)
Alfred Hitchcock Presents - Lamb to the Slaughter.jpgLamb to the Slaughter 1979 2.jpgあなたに似た人 (ミステリ文庫.jpg 「凶器」は、映画化されておらず、ドラマ化も60年代に1度あったきりのようでが、刑事が凶器として使われた"餅"を、そうとは気づかず犯人にご馳走になってしまう話であり、味があって好きです。この作品は、ロアルド・ダールの「おとなしい凶器」(『あなたに似た人』('76年/ハヤカワ・ミステリ文庫)に所収)を作者・松本清張が日本風にアレンジしたもので、オリジナルで凶器に使われるのは仔羊の冷凍腿肉です。「おとなしい凶器」はあちらでは「ヒッチコック劇場」でも「ロアルド・ダール劇場」でもドラマ化されています。

黒い画集・紐1.jpg紐.jpg 「紐」は過去に、酒井和歌子、浅丘ルリ子、名取裕子などの主演でドラマ化されていますが、昨年['05年]テレビ東京で余貴美子主演のものが放映されました。絞殺死体を巡って保険金殺人の疑いがあるものの、容疑者には完璧なアリバイがあるという話で、「サスペンス劇場」とか「愛と女のミステリー」で今も清張作品をとりあげているというのは、「清張」というネームバリューだけでなく、面白さに時代を超えた普遍性があるということだと思います。
松本清張スペシャル「黒い画集・紐」 ('05年/BSジャパン・テレビ東京)
松本清張傑作選 第二弾 紐dvd1.jpg松本清張傑作選 第二弾DVD-BOX」「紐」(1996年) 主演:名取裕子/「危険な斜面」(2000年) 主演:田中美佐子/「死んだ馬」(2002年) 主演:かたせ梨乃
「紐」の過去のテレビドラマ化
 •1960年「紐(KR)」(全3回)芦田伸介・北村和夫・千石規子
 •1962年「紐(NHK)」(全2回)岸田今日子・片山明彦・近藤準・内田稔
 •1979年「紐(ANB)」酒井和歌子・宇津宮雅代(宇都宮雅代)・中山仁
 •1985年「松本清張の黒い画集 紐(CX)」浅丘ルリ子・近藤正臣・佐藤允
 •1996年「紐(TBS)」名取裕子・内藤剛志・風間杜夫
 •2005年「黒い画集~紐(BSジャパン)」余貴美子・大地康雄・内藤剛志

 「坂道の家」は、文庫旧版で150ページ以上あり、短編と言うより中編で、小間物店を営み質素に生活を切りつめ、46歳の現在まで痩せた女房以外に女性を知らなかった寺島吉太郎という男が、ある日店を訪れた22,3歳の今まで見かけない女性に妙な魅力を感じ、次第に杉田りえ子というその女性にのめり込んでいくところから、吉太郎の蟻地獄が始まるというもの。こちらも何度かドラマ化されています。この作品も含め、原作と、映画やテレビドラマなどで映像化されたものとを比べてみるのも面白いかと思います。

「坂道の家」の過去のテレビドラマ化
 •1960年「坂道の家(KR)」(全10回)市川中車・水谷良重・千石規子・梅若正二・芦田伸介
 •1962年「坂道の家(NHK)」(全2回)織田政雄・友部光子・菅井きん・堀勝之祐
 •1965年「坂道の家(KTV)」三國連太郎(30分番組)
 •1983年「松本清張の坂道の家(NTV)」坂口良子・長門裕之・石田純一・正司歌江
 •1991年「松本清張作家活動40年記念・黒い画集 坂道の家(TBS)」黒木瞳・いかりや長介・沖田浩之
 •2014年「松本清張〜坂道の家(EX)」尾野真千子・柄本明・小澤征悦・渡辺えり

1983年「松本清張の坂道の家(NTV)」坂口良子・長門裕之・石田純一・正司歌江  「松本清張の坂道の家」 (1983/02 日本テレビ) ★★★★
「坂道の家」00.jpg
1991年「松本清張作家活動40年記念・黒い画集 坂道の家(TBS)」黒木瞳・いかりや長介
黒い画集 坂道の家 [VHS].jpg
2014年「松本清張〜坂道の家(EX)」尾野真千子・柄本明・小澤征悦
「松本清張〜坂道の家(EX)」.jpg
 
 


証言0.bmp証言1.bmp「黒い画集 あるサラリーマンの証言」 (1960/03 東宝) ★★★☆


   


 
黒い画集 ある遭難 title.jpg黒い画集 ある遭難40.jpg「黒い画集 ある遭難」 (1961/06 東宝) ★★★☆

    

黒い画集 寒流 ド.jpg黒い画集 寒流02.jpg
       
「黒い画集 第二話 寒流」 (1961/11 東宝) ★★★☆    

   
  


 
黒い画集 あるサラリーマンの証言.jpg「黒い画集 あるサラリーマンの証言」(映画)●制作年:1960年●監督:堀川弘通●製作:大塚和/高島幸夫●脚本:橋本忍●証言2.jpg撮影:中井朝一●原作:松本清張黒い画集 あるサラリーマンの証言      .jpg「証言」●時間:95分●出演:小林桂樹/中北千枝子/平山瑛子/依田宣/原佐和子/江原達治/中丸忠雄/西村晃/平田昭彦/小池朝雄/織田政雄/菅井きん/小西瑠美/児玉清/中村伸郎/小栗一也/佐田豊/三津田健●公開:1960/03●配給:東宝●最初に観た場所:池袋文芸地下 (88-01-23)(評価★★★☆)
小林桂樹/原佐和子

黒い画集 ある遭難m.jpg黒い画集 ある遭難55.jpg黒い画集 ある遭難15.jpg「黒い画集 ある遭難」(映画)●制作年:1961年●監督:杉江敏男●製作:永島一朗●脚本:石井輝男●撮影:黒田徳三●音楽:神津黒い画集 ある遭難43.jpg善行●原作:松本清志「遭難」●時間:87分●出演:伊藤久哉/和田孝/児玉清/香川京子/土屋嘉男/松下砂稚子/天津敏/那智恵美子/塚田美子●公開:1961/06●配給:東宝(評価:★★★☆) 
香川京子/伊藤久哉/土屋嘉男
  
池部良/新珠三千代/平田昭彦
黒い画集 寒流 title.jpg黒い画集 寒流00.jpg「黒い画集 第二話 寒流(黒い画集 寒流)」(映画)●制作年:1961年●監督:鈴木英夫●製作:三輪礼二●脚本:若尾徳平●撮影:逢沢譲●音楽:斎藤一郎●原作:松本清志「寒流」●時間:96分●出演:池部良(沖野一郎)/荒木道子(沖野淳子)/吉岡恵子(沖野美佐子)/多田道男(沖野明黒い画集 寒流_0.jpg)/新珠三千代(前川奈美)/平田昭彦(桑山英己常務)/小川虎之助(安井銀行頭取)/中村伸郎(小西副頭取)/小栗一也(田島宇都宮支店長)/松本染升(渡辺重役)/宮口精二(伊牟田博助・探偵)/志村喬(福光喜太郎・総会屋)/北川町子(喜太郎の情婦)/丹波哲黒い画集 第二話 寒流12.jpg郎(山本甚造)/田島義文(久保田謙治)/中山豊(榎本正吉)/広瀬正一(鍛冶久一)/梅野公子(女中頭・お時)/池田正二(宇都宮支店次長)/宇野晃司(山崎池袋支店長代理)/西条康彦(探偵社事務員)/堤康久(比良野の板前)/加代キミ子(桑山の情婦A)/飛鳥みさ子(桑山の情婦B)/上村幸之(本店行員A)/浜村純(医師)/西條竜介(組幹部A)/坂本晴哉(桜井忠助)/岡部正(パトカーの警官)/草川直也(本店行員B)/大前亘(宇都宮支店行員A)/由起卓也(比良野の従業員)/山田圭介(銀行重役A)/吉頂寺晃(銀行重役B)/伊藤実(比良野の得意先)/勝本圭一郎/松本光男/加藤茂雄(宇都宮支店行員B)/細川隆一/大川秀子/山本青位●公開:1961/11●配給:東宝(評価:★★★☆)

松本清張シリーズ・愛の断層  20.jpg「愛の断層」t.jpg「松本清張シリーズ・愛の断層」(TV)●演出:岡田勝●脚本:中島丈博●音楽:眞鍋理一郎●原作:松本清張「寒流」●出演:平幹二朗/香山美子/中谷一郎/殿山泰司/高田敏江/森幹太/鈴木ヒロミツ/山崎亮一/松村彦次郎/鶴賀二郎/望月太郎/テレサ野田/桂木梨江/石黒正男/戸塚孝/小林テル/本田悠美子/風戸拳/西川洋子/松本清張(クレジット無し)●放送日:1975/11/01●放送局:NHK(評価:★★★)

黒い画集・証言119eb.jpg松本清張サスペンス「黒い画集・証言」.jpg「黒い画集・証言」(TV)●演出:松原信吾●制作:斎藤守恒/浜井誠/林悦子●脚本:大藪郁子●音楽:茶畑三男●原作:松本清張「証言―黒い画集」●出演:渡瀬恒彦/岡江久美子/有森也実/佐藤B作/段田安則/高樹澪/山口健次/高松いく/志水季里子/渡辺いっけい/須藤雅宏/高山千草/住若博之/宮崎達也/小林勝彦/布施木昌之/梶周平/太田敦之/中江沙樹/児玉頼信/森富士夫/三上剛仙/安威宗治/桝田徳寿/武田俊彦/岩永茂/小林賢二/下川真理子/黒田国彦●放映:1992/10(全1回)●放送局:TBS

008005001360.jpg天城越え03.png「天城越え」(TV)●演出:大岡進●脚本:金子成人●原作:松本清張「天城越え」●出演: 田中美佐子/蟹江敬三/二宮和也/風間杜夫/室天城越え ドラマ 田中美佐子5.jpg田日出男/柳沢慎吾/余貴美子/斉藤洋介/寺島しのぶ/長塚京三/松金よね子/六平直政/遠藤憲一/不破万作/松蔭晴香/中丸新将/佐戸井けん太/温水洋一/河原さぶ/佐久間哲/都家歌六●放映:1998/1(全1回)●放送局:TBS

黒い画集・紐2.png黒い画集 紐.jpg「黒い画集~紐」(TV)●演出:松原信吾●制作:小川治彦●脚本:田中晶子●音楽:川崎真弘●出演:余貴美子/大地康雄/内藤剛志/真野響子/石橋蓮司/萩原流行/山田純大/小沢真珠/田中隆三/根岸季衣●放映:2005/01(全1回)●放送局:BSジャパン/テレビ東京

「坂道の家」01.jpg「坂道の家」0.jpg「松本清張の坂道の家」(TV)●監督:松尾昭典●プロデュース:嶋村正敏(日本テレビ)/田中浩三(松竹)/樋口清(松竹)子●脚本:宮川一郎●音楽:三枝成章●原作:松本清張「坂道の家―黒い画集」●出演:坂口良子 /長門裕之/石田純一/正司歌江/永島暎子/梅津栄/大地常雄/唐沢民賢/佐藤英夫/大場順/杉江廣太郎/中村竜三郎 /森章二/成田次穂●放映:1983/02(全1回)●放送局:日本テレビ

松本清張映画化作品集 1.jpg鬼畜 (双葉文庫  松本清張映画化作品集 2).jpg松本清張映画化作品集〈3〉遭難.jpg証言 (双葉文庫 ま 3-7 松本清張映画化作品集 1)』['08年]
鬼畜 (双葉文庫 ま 3-8 松本清張映画化作品集 2)』['08年]
松本清張映画化作品集〈3〉遭難 (双葉文庫)』['08年]

 【1959年単行本・2005年新装版[光文社]/1960年ノベルズ版[光文社]/1971年文庫化・2003年改版[新潮文庫]】

《読書MEMO》
黒い画集 00_.jpg黒い画集2.png黒い画集3.png  『黒い画集』 .JPG
『黒い画集1』
・遭難(「黒い画集」第1話)→『黒い画集』第1話
・坂道の家 (「黒い画集」第3話)→『黒い画集』第7話
『黒い画集2』
・紐 (「黒い画集」第5話)→『黒い画集』第6話
・天城越え (「黒い画集」第4話)→『黒い画集』第3話
・証言 (「黒い画集」第2話)→『黒い画集』第2話
・寒流 (「黒い画集」第6話)→『黒い画集』第4話
『黒い画集3』
・凶器 (「黒い画集」第7話)→『黒い画集』第5話
・濁った陽 (「黒い画集」第8話)
・草 (「黒い画集」第9話)

松本清張ドラマ 黒い画集~証言~01.jpg松本清張ドラマ 黒い画集~証言~02.jpg●2020年ドラマ化(「黒い画集~証言~」)【感想】 2020年5月にNHK-BSプレミアムにおいてテレビドラマ化(全1回)。主演は谷原章介。舞台を東京から金沢に変え、主人公の職業は医師で、3年前から妻(西田尚美)に隠れて密会を重ねている相手は、美大生の青年(浅香航大)になっている。放映前は、バイセクシャルや偽装結婚といった現代的世相を取り入れたことが話題になっていたが、実際に観てみると、終盤大きく原作を改変していた。調べてみると、番組ホームページに「ささやかな快楽を求め、思わず"偽証"をしてしまった男。その真実が明らかになる時、家族も仕事も失う恐怖から逃れようと、男はある決断をする。だが、その前に妻が夫に下した非情な審判とは?」とまで書かれていた。もう何回もドラマ化されているので、これまでとは違ったものにしたかったということか。ただ、この最後の改変部分はアガサ・クリスティの『鏡は横にひ松本清張ドラマ 黒い画集~証言~ 2020.jpgび割れて』などにもみられるタイプのもので、個人的には斬新さを感じなかったし、何よりも清張作品である『点と線』のラストにも近いとも言えるものだった。

「黒い画集~証言~」(TV)●演出:朝原雄三●制作統括:原克子(松竹)/後藤高久(NHKエンタープライズ)/髙橋練(NHK)●脚本:朝原雄三/石川勝己●音楽:沢田完●出演:谷原章介/西田尚美/浅香航大/宮崎美子/堀部圭亮/吉村界人/山田佳奈実/高月彩良●放映:2020/05/09(全1回)●放送局:NHK-BSプレミアム

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社会ドラマとしての人間がしっかり描かれている初期代表作。

松本清張「ゼロの焦点」.jpg ゼロの焦点.jpg ゼロの焦点2.jpg 『ゼロの焦点』(1961)3.jpg 『ゼロの焦点』(1961).jpg 「ゼロの焦点」真野あずさ・林隆三 vhs - コピー.jpg
ゼロの焦点―長編推理小説 (カッパ・ノベルス)』['59年]/『ゼロの焦点 (新潮文庫)』/野村芳太郎 監督「ゼロの焦点 [DVD]」(1961年)/新藤兼人脚本/真野あずさ・林隆三主演「ゼロの焦点 [VHS]」(1991年)
『ゼロの焦点』昭和34年初版.jpgカッパ・ノベルス『ゼロの焦点』昭和34年初版
『ゼロの焦点』昭和34年初版2.jpg 板根禎子は、広告代理店に勤める鵜原憲一と見合い結婚、信州から木曾を巡る新婚旅行を終えた。その7日後、東京へ転勤になったばかりだった憲一は、仕事の引継ぎをしてくると言い前勤務地の金沢へ出張へ旅立つが、予定を過ぎても帰京しない―。やがて禎子のもとに、憲一が北陸で行方不明になったという勤務先からの知らせがある。禎子は単身捜査に乗り出すが、その過程で夫の知られざる過去が浮かび上がる―。

点と線.png 『ゼロの焦点』('58年発表)は、松本清張(1909‐1992)が点と線の翌年に発表したものですが(『ゼロの焦点』は1959年刊行のカッパ・ノベルスの創刊ラインアップの1冊となり、『点と線』はその翌年にカッパ・ノベルスに加わった)、最初読んだ時は、時刻表トリックにハマって『点と線』の方が面白く感じたものの、時間が経つにつれ、『ゼロの焦点』も好きな作品になってきました(『点と線』のトリックは時代を経ても色褪せたという印象は無く、むしろ、見合いだけで相手のことをよく知らないで結婚する―という設定においては、『ゼロの焦点』の方がよりクラシカルな雰囲気の背景設定とも言えるかも)。
点と線―長編推理小説 (カッパ・ノベルス (11-4))』['60年]

松本清張1.jpg この『ゼロの焦点』が書かれた時点で"社会派"推理小説というジャンル分けは確立していなかったと思いますが、この辺りがその始まりではないでしょうか。ミステリーとしては瑕疵が多いとの指摘もありますが、社会ドラマとしての人間がしっかり描かれて、これがこの作家の大きな魅力でしょう。また、清張の推理小説作品の中でも、風景の描写などに文学的な細やかさがあり、『点と線』と並んで"旅情ミステリー"のハシリとも言えるのではないでしょうか。冒頭部分だったかが国語の試験問題に出されたのを覚えています。

『ゼロの焦点』1.jpgzero1b.jpg 映画化された「点と線」('58年・カラー)「ゼロの焦点」('61年・モノクロ)をそれぞれ観ましたが、「ゼロの焦点」の方が、白黒の画面が"裏日本"北陸の寒々とした気候風土に合っゼロの焦点0.jpgた感じがして良かったです(●2009年に犬童一心監督、広末涼子・中谷美紀・木村多江主演で再映画化され、時代設定を安易に現代にせず、原作通り1957年から1958年頃の設定をにして頑張っていたが、どうしても雰囲気的にイマイチだった。1960年から1961年に撮影しているこの野村芳太郎版の時代的シズル感を今に再現するのはやはり難しいのか)

映画「ゼロの焦点 [DVD]」(1961年/松竹)      
「ゼロの焦点」●vhs.jpgゼロの焦点 1961.jpg 多くのサスペンスドラマの典型モデルとなった、日本海の荒波を背に崖っぷちで犯人が告白するというラストシーンなど、橋本忍の脚本の運びを原作と比べてみるもの面白いかと思います。橋本忍脚本の犯人の長台詞は、込み入った原作の背景を1時ゼロの焦点9.jpg間半の映画に収めようとした結果の「苦肉の策」とだったともとれるのですが...(因みに、山田洋次監督も共同脚本として名を連ねている)。

沢村貞子/久我美子
 
zero-focus-snowy-houses-kanazawa.jpg この映画作品が発表された後、作品の舞台周辺への観光客が増加し、一方、能登金剛・ヤセの断崖(映画の舞台)での投身自殺が急増したとのことです。自分も行ったことがありますが、「早まるな」と書いた立て札があったように思います。金沢ロケで雪がかなり積もっているのは、昭和35年末から36年初めの北陸地方の豪雪によるもの。「昭和38年1月豪雪」はよく知られていますが、この時も結構積もったようです。

[ゼロの焦点 有馬稲子.jpg(●2020年にシネマブルースタジオの「戦争の傷跡」特集で再見した。原作の鵜原憲一が勤める「A広告社」は「博報社」になっていたのだなあ。ラストの謎解きは、主人公の推理と犯人の告白が交互に映像化されるスタイルになっていたことを改めて確認した。'91年にビデオで観たのが初有馬稲子3.jpgめてで、その時点で映画が作られてから30年で、今またそこから30年経とうとしているのかと思うと何か感慨深い。1931年生まれの久我美子も1932年生まれの有馬稲子も2020年時点で健在である。)
有馬稲子/高千穂ひづる

 因みに、「ゼロの焦点」は、調べた限りでは60年代から90年代にかけて6回テレビドラマ化されていますが、「点と線」は1回もドラマ化されていないようです。(「点と線」はその後、2007年にビートたけし主演でドラマ化された。)
ゼロの焦点 1991.jpg •1961年「ゼロの焦点(CX)」野沢雅子・河内桃子
 •1971年「ゼロの焦点(NHK)」十朱幸代・露口茂
 •1976年「ゼロの焦点(NTV)」土田早苗・北村総一朗
 •1983年「松本清張のゼロの焦点(TBS)」星野知子・竹下景子
 •1991年「ゼロの焦点(NTV)」真野あずさ林隆三
 •1994年「ゼロの焦点(NHK BS-2)」斉藤由貴・萩尾みどり

「ゼロの焦点」真野あずさ・林隆三.jpg この中で印象に残っているのは'91年の鷹森立一監督による日本テレビ版(「火曜サスペンス劇場」)で、眞野あずさ (板根禎子)、林隆三(北村警部補新藤兼人.png)、芦川よしみ(田沼久子)、増田恵子(室田佐知子)といった布陣ですが、原作者・松本清張の指名を受けた新藤兼人(1912‐2012/享年100)が脚本を手掛けています。個人的には、主役の真野あずさ、林隆三(1943‐2014/享年70)とも良かったように思います。眞野あずさ 演じる板根禎子が、パンパン上がりのふりをして増田恵子(元ピンク・レディー!)演じる室田佐知子に探りを入れるというのが素人にそこまで演技が出来るかと思「ゼロの焦点」真野あずさ.jpgうとちょっとどうだったか。ラストの犯人が海上に小舟を漕ぎ出すシーン火曜サスペンス劇場「ゼロの焦点」.jpgの撮影に関しては新藤兼人の発案ではなく、原作者である松本清張の希望により脚本に導入され、むしろ新藤兼人は難色を示したものの、その方向で撮影が行われたとのこと(原作も一応そうなっているのだが)。おそらく松本清張は、このTV版のロケの時期が初夏になったことで、部分的に趣向を変えてみてもいいかなと考えたのではないでしょうか。すでに5回目のTVドラマ化であったというのもあるかと思います和倉温泉「銀水閣」[左下写真]2007年の能登半島地震の風評被害、東日本大震災による予約キャンセルなどで経営が行き詰まり、2011年4月25日閉館)

Zero no shôten (1961)
Zero no shôten (1961) .jpg「ゼロの焦点」●制作年:1961年●監督:野村芳太郎●脚本:橋本忍山田洋次●撮影:川又昂●音楽:芥川 也寸志●原作:松本清張●時間:95分●出演:久我美子/高千穂ひづる/『ゼロの焦点』2.jpg有馬稲子/南原宏治/西村ゼロの焦点 加藤嘉.jpg晃/加藤嘉/穂積隆信/野々浩介/十朱久雄/高橋とよ/沢村貞子/磯野秋雄/織田政雄/永井達郎/桜むつゼロの焦点 1961(1).jpg子/北龍二(本編では佐々木孝丸がキャストされている)/稲川善一/山田修吾/山本幸栄/高木信夫/今井健太郎/遠山文雄●劇場公開:1961/03●配給:松竹●最初に観た場所:銀座・東劇(野村芳太郎特集)(05-08-13)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(20-08-24)(評価★★★★)
[ゼロの焦点].jpg
ゼロの焦点 1961年 1.jpg ゼロの焦点 1961年 2.jpg
ゼロの焦点 1961年 4.jpg ゼロの焦点 1961年 5.jpg
「野村芳太郎特集」00.jpg
「野村芳太郎特集」.jpg
南原宏治 in「ゼロの焦点」('61年/松竹)/「網走番外地」('65年/東映)
鵜原憲一:南原宏治.jpg 網走番外地 南原宏治 高倉健4.jpg


ゼロの焦点 真野あずさ・林隆三1.jpgゼロの焦点 真野あずさ・林隆三2.jpg「ゼロの焦点―松本清張作家活動40年記念スペシャル(松本清張スペシャル・ゼロの焦点)」●監督:鷹森立一● プロデュー増田恵子.jpgサー:嶋村正敏(日本テレビ)/赤司学文(近代映画協会)/坂梨港●脚本:新藤兼人●音楽:大谷和夫●原作:松本清張●出演:眞野あずさ/林隆三/増田恵子(元ピンク・レディー)/芦川よしみ/藤堂新二/並木史朗/岸部一徳/神山繁/音無真喜子/乙羽信子/平野稔/金田明夫●放映:1991/07/09(全1回)●放送局:日本テレビ(「火曜サスペンス劇場」枠)

ゼロの焦点 [VHS]」(眞野あずさ主演) 
真野あずさ(板根(鵜原)禎子)/林隆三(金沢署・北村警部補)/増田恵子(室田儀作の後妻・室田佐知子)/神山繁(室田煉瓦社長・室田儀作)/岸部一徳(憲一の兄・鵜原宗太郎)
ゼロの焦点―作家活動40年記念.jpg

 
 
 

ゼロの焦点 ブルーレイ.jpg映画「ゼロの焦点」(1961) vhs.jpg ゼロの焦点 新潮文庫.jpg『あの頃映画 the BEST 松竹ブルーレイ・コレクション ゼロの焦点』 [Blu-ray]ゼロの焦点 [VHS]/(2009年再映画化)新潮文庫・映画タイアップカバー 

   
ゼロの焦点0.jpgゼロの焦点 2009.jpgゼロの焦点 2009 03.jpg犬童 一心 「ゼロの焦点」 (2009/11 東宝) ★★★

【1959年ノベルズ版・2009年カッパ・ノベルス創刊50周年特別版[光文社]/1971年文庫改版[新潮文庫]】 

《読書MEMO》
●加賀屋
野村芳太郎監督「ゼロの焦点」('61年) のロケで使われた(原作執筆時の松本清張も宿泊)。
加賀屋 .jpg ゼロの焦点 1961年.jpg
  
 

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芥川賞作家としての松本清張の作品。「火の記憶」もよかった。

或る「小倉日記」伝 65.jpg或る「小倉日記」伝.jpg  『或る「小倉日記」傳』.jpg    「或る『小倉日記』伝」.jpg
或る「小倉日記」伝』 新潮文庫['65年/旧版]['97年/改版]/『或る「小倉日記」伝―他五篇 (1958年) (角川文庫)』/松本清張一周忌特別企画「或る『小倉日記』伝」('93年TBS/出演:松坂慶子、筒井道隆、国生さゆり)

 松本清張(1909‐1992)の初期12作を所収。表題作「或る『小倉日記』伝」は'52(昭和27)年下半期・第28回「芥川賞」受賞作で、同じ期の直木賞候補作品にもなっています(まず直木賞候補となり、その後直木賞選考委員会から芥川賞選考委員会へ廻された)。結果的に芥川賞の方を受賞しましたが、歴代の「芥川賞作家」で最も多くの読者を獲得したのは松本清張だと言われています(歴代の「直木賞作家」で最も多くの読者を獲得したのは司馬遼太郎だと言われている。「菊池寛賞」を、司馬遼太郎は『竜馬がゆく』『国盗り物語』などの功績により'66年に、松本清張は『昭和史発掘』などの功績により'70年にそれぞれ受賞している)。

 「或る『小倉日記』伝」の主人公である脳性麻痺の郷土史家・田上耕作は実在の人物ですが、作者は見事な創作に昇華しています。失われたとされる鷗外の「小倉日記」を再構築しようとする主人公の熱意。何が彼をそこまで駆きたて、また、その追跡努力に意義はあったのか?という大きな問いかけが主テーマだと思いますが、主人公に限らず、何らかの形で自らがこの世に存在したことの証を示したいという思いは誰にでも共通にあるものであり、それゆえに主人公のひたむきさが胸を打ちます。伝記的なスタイルをとりながらも、叙情溢れる表現が随所に見られ、また、主人公の母親の子に対する愛情の深さには胸が熱くなりました(確かに、「芥川賞」と「直木賞」の両方の要件を満たすものをこの作品は持っているかも)。

 '93(平成5)年に「松本清張一周忌特別企画」としてTBSでドラマ化されましたが(制作は「松本清張の作家活動40周年記念・西郷札」('91年/TBS)と同じく堀川とんこう(1937-2020)で、今回は演出も兼ねている)、主演の筒井道隆はドラマ初主演にして頑張っていたという感じ(「あすなろ白書」('93年/フジテレビ)で主役の掛居保、「君といた夏」('93年/フジテレビ)で同じく主役の入江耕平を演じて「トレンディドラマを代表する俳優の1人」としてブレイクする前のこと。この俳優は映画デビュー作の「バタアシ金魚」('90年/シネセゾン)から観ている)。多くの賞を受賞しましたが、原作はミステリと言うより文芸作品に近いものだからなあ。原作の微妙な情感がどこまで表現されていたかと言うと微妙なところでした。

 同録のものでは、同じく純文学的色彩の濃い「火の記憶」が好きです。この作品の"ボタ山の炎の記憶"と『或る「小倉日記」伝』の"鈴の音の記憶"は、ともに作品の重要なファクターとなっていますが、登場人物の幼い頃の記憶であるにも関わらず、読む側にも不思議な郷愁、幼児期の記憶を呼び起こさせるものがありました。


5ドラマ『或る「小倉日記伝」』.jpg「松本清張一周忌特別企画・或る「小倉日記」伝」●演出:堀川とんこう●制作:堀川とんこう●脚本:金子成人●原作:松本清張●出演:松坂慶子/筒井道隆/蟹江敬三/国生さゆり/大森嘉之/佐戸井けん太/今福将雄/松村達雄/西村淳二●放映:1993/08(全1回)●放送局:TBS
「或る「小倉日記」伝」ドラマ.jpg
筒井道隆(耕造)・国生さゆり(看護婦・てる子)/松坂慶子(母・ふじ)/蟹江敬三(白川病院院長・白川慶一郎)

《読書MEMO》 
「新潮文庫」版 収録順
●或る「小倉日記」伝★★★★★.
●菊枕...狂った女流俳人ぬい(杉田久女がモデル、遺族の訴えで名誉毀損に)
●火の記憶★★★★★...ボタ山の炎の記憶、警官と母の不倫
●断牌...代用教員上がりの異端考古学者・木村卓司(森本六爾がモデル)
●壺笛...女で身を滅ぼした考古学者
●赤いくじ...朝鮮での軍医と参謀長の女性を巡る確執
●父系の指...自伝的要素の強い作品だが、清張は創作だと言っていた
●その他に「石の骨」「青のある断層」「喪失」「弱味」「箱根心中」を収録

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松本清張の短編集に手をつけてみたい人には最もオススメできる1冊。

西郷札―松本清張短編全集〈1〉.jpg西郷札.jpg  松本 清張 『西郷札』.jpg 「西郷札」.jpg
西郷札-松本清張短編全集〈1〉 (カッパ・ノベルス)』〔'63年〕/『西郷札―松本清張短編全集〈01〉 (光文社文庫)』/「松本清張作家活動四十年記念ドラマスペシャル「西郷札」【TBSオンデマンド】」('91年TBS/出演:緒形直人、仙道敦子)

 表題作の「西郷札(さつ)」とは、西南戦争中に薩軍が発行した軍票(兌換紙幣)のこと。薩軍にいた主人公・樋村雄吾はその造幣に携わるが、敗戦後は人力車夫となる。そしてある日、かつて思いを寄せていた義妹と偶然に再会するが、彼女は政府要人・塚村圭太郎の妻になっていた。ふたりは逢引を重ねるが、雄吾はふとしたことから西郷札の政府買い上げ運動の協力をある人物から要請され、義妹を通して塚村に会う。塚村の「充分(政府が西郷札を買い上げる)見込みがある」という言葉に、雄吾は自分自身のために西郷札の買占めに奔走するが―。

 『週刊朝日』が'50(昭和25)年に募集した小説コンクールに松本清張(1909‐1992)が応募し、「3等」に入選したデビュー作ですが、ホントは実力的には「1等」の評価だったようです。しかしながら、作者が朝日新聞の校正部に勤めていることが判明し、慌てて「3等」にしたわけで、現にこの作品は直木賞候補になっています。

 それにしても歴史から題材を得るのがうまい(このうまさに三島由紀夫が嫉妬して、文学全集編纂のとき松本清張を外したという話もある)。多分、明治初期のキャリア官僚で、出世コースび乗りながら後世に名を残していない人物がいることから、こうした物語を構想したのではないかと言われています。

 '91(平成3)年に松本清張の作家活動40周年記念としてTBSでドラマ化され(NHKに次いで2回目)、緒形直人、仙道敦子が主演、この2人は共演の2年後に結婚しました。

西郷札―松本清張短編全集1.jpgカッパブックス松本清張短編全集.jpg カッパ・ノベルズの松本清張短編全集は'63(昭和38)年に刊行されましたが、'77年と'02年に改訂が行われていて、02年改訂は「没後10周年企画」として行われました。全11巻あり、この第1巻には初期の作品が8作収められて、「くるま宿」「或る『小倉日記』伝」「火の記憶」などの名作が並び、「啾々吟」「戦国権謀」「白梅の香」といった歴史小説もあります。個人的には最後の、阿蘇で自殺しそこなった人を助けるという変わったことをしている親父から聞いた話を裏返して書いた「情死傍観」が拾い物でした。清張の短編集に手をつけてみたい人には最もオススメできる1冊です。

カッパ・ノベルズ「松本清張短編全集」

 
「西郷札」ドラマ vhs.jpg西郷札 5.jpg西郷札520.jpg「西郷札」●演出:大岡進●制作:堀川とんこう●脚本:金子成人●音楽:奥慶一●原作:松本清張「西郷札」●出演:緒形直人/仙道敦子/蟹江敬三/川谷拓三/中田喜子/柳沢慎吾/前田吟/大滝秀治/風間杜夫●放映:1991/04/08(全1回)●放送局:TBS


 【1963年ノベルズ版・2002年第3版[光文社]/1965年文庫化[新潮文庫]/2008年再文庫化[光文社文庫]】

東京高山書院版(1955/11)
松本清張『 西郷札 』高山書院 - コピー.jpg 松本清張『 西郷札 』高山書院.jpg

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恋するキャリアウーマン。職探しの侘しさとユーモア。人物の描き方の幅。

刺客 単行本.jpg 『刺客―用心棒日月抄』(1983年) 刺客.jpg刺客 用心棒日月抄.jpg 『刺客―用心棒日月抄(じつげつしょう) (新潮文庫)』(カバー:村上 豊) 

 藤沢周平(1927‐1997)の時代小説シリーズ「用心棒日月抄」の第3弾で、「小説新潮」に'81年から'83年にかけて断続連載された作品。
 主人公の青江又八郎は、お家乗っ取りを画策する黒幕から、陰の組織「嗅足組」を壊滅するため江戸に放たれた5人の刺客を倒すべく、3度目の脱藩をし用心棒稼業をしながらその機を窺う―。

 藩士の非違を探る「嗅足組」の女首領・佐知は、本シリーズの第2の弾「孤剣」では又八郎と対決したこともありましたが、最後には又八郎の危機を救った女性。
 本作では、又八郎の陰となり活躍しつつ、又三郎に想いを寄せる姿が切ない。職場の男性に恋したキャリアウーマンといったところでしょうか。

 又八郎の用心棒暮らしの侘しさや、用心棒仲間の浪人・細谷とのユーモラスなやりとりが、親近感を抱かせます。
 2人は"口入れ屋"を通して用心棒の仕事を探しますが、今で言う人材派遣業者への登録か(ただし、又三郎も細谷も腕が立つので口入れ屋の二枚看板になっている)。

 又八郎は基本的にはストイックなのですが、妻子持ちでありながら佐知と交情するなど、決して聖人君主ではありません。この辺りに作者の人物の描き方の幅を感じました。

 「用心棒日月抄」「孤剣」「刺客」、そして少し後に書かれた「凶刀」と進むにつれて、一話完結スタイルから長編小説のような構成に推移していますが、この「刺客」あたりが、既に説明的な記述はあまり要しなくなっていて、又八郎のキャラクターも確立されていて、一番切れ味鋭いというか無駄がないように感じました。

 「用心棒日月抄」が「腕におぼえあり」(村上弘明・渡辺徹主演)としてNHKでドラマ化されて人気を博し、2003年にシリーズ4冊とも単行本が新装改訂されています。

腕におぼえあり DVD.jpg腕におぼえあり nhk.jpg「腕におぼえあり(1)~(3)」●演出:大原誠ほか●制作:一柳邦久●脚本:中島丈博/金子成人●音楽:近藤等則●原作:藤沢周平「用心棒日月抄」●出演:村上弘明/渡邊徹/清水美沙/坂上二郎/北林谷栄/香取慎吾/刺客―用心棒日月抄―.jpg小田茜●放映:1992/04~19993/03(全35回)[(1)1992/04~06(全12回)/(2)1992/09~11(全13回)/(3)1993/01~03(全10回)]●放送局:NHK        村上弘明/渡邊徹

刺客―用心棒日月抄』 単行本新装改訂版 ['03年] 

 【1983年単行本・2003年新装改訂〔新潮社〕/1987年文庫化[新潮文庫]】

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秀吉vs.家康、兼続vs.三成、忍者の世界の3階層にわたり楽しめる。

密謀 上巻 [単行本].jpg 密謀 上下.png  『密謀 (上)』.JPG  密謀下.jpg
密謀 上巻』『密謀 下巻』['82年/毎日新聞社]/『密謀 (上巻) (新潮文庫)』『密謀 (下) (新潮文庫 (ふ-11-13))

直江兼続.jpg 時代小説、時代推理作家というイメージが強い著者ですが、これは豊臣から徳川にかけての時代の転換期を描いた「歴史小説」です(と言っても時代小説と歴史小説を区別することに藤沢周平は疑念があったようですが)。
 主人公は、上杉景勝の若き参謀・直江兼続(かねつぐ)ですが、物語は兼続と豊臣方の石田三成との参謀同士の駆け引きを軸に、その「上部構造」として秀吉と家康の駆け引き、「下部構造」として兼続が擁する草(忍びの者)の活躍を描いています。
直江兼続 (なおえ かねつぐ)

 当然「上部構造」は史実に則りつつ、秀吉と家康のそれぞれの智略家ぶりを、司馬遼太郎などとはまた違ったタッチで描いていて、著者が歴史小説家としても充分な力量があったことを表しています。

 中核となる兼続と三成の関係においては、両者の間に果たされなかった〈密約〉があったのではないかという著者の考察を含め、互いを認め合った両者の友情にも似た感情と、上杉に仕える身である兼続の立場や心情がよく描けています。

密謀.jpg 「下部構造」の忍びの者の世界の話は創作的要素が大きいわけですが、静四郎という兼続に拾われた青年を軸に、"時代小説っぽく"描かれています。

 ある意味、3階層にわたり楽しめる長編作品。1982年の刊行ですが、1997年に単行本の新装版(全1巻)が出たことでもその人気が窺える作品です。

密謀』 '97年新装版[毎日新聞社(全1巻)]

  '09年に直江兼続を主人公としたNHK大河ドラマ「天地人」が放映されたけれども(原作は火坂雅志)、妻夫木聡の演じる直江兼続、ちょっと若すぎるのでは...。全然、貫禄ないなあ。

2009(平成21)年度・NHK大河ドラマ「天地人」(原作:火坂雅志)直江兼続役:妻夫木 聡
天地人1.jpg天地人2.jpg天地人3.jpg「天地人」●演出:片岡敬司/高橋陽一郎/一木正恵/野田雄介●制作:内藤愼介●脚本:小松江里●音楽:大島ミチル●原作:火坂雅志●出演:妻夫木聡/常盤貴子/北村一輝/阿部寛/松方弘樹/吉川晃司/小栗旬/高嶋政伸/相武紗季/玉山鉄二/長澤まさみ/宍戸錠/萬田久子/笹野高史/山本圭/加藤武/高島礼子/鶴見辰吾/深田恭子●放映:2009/01~12(全47回)●放送局:NHK
常盤貴子(お船)・妻夫木聡(直江兼続)/松田龍平(伊達政宗)・松方弘樹(徳川家康)/石原良純(福島正則)・小栗旬(石田三成)/富司純子(秀吉の正室・高台院(おね))
「天地人」3.jpg 「天地人」富司.jpg

 【1982年単行本[毎日新聞社(上・下)]/1985年文庫化[新潮文庫(上・下)]/1997年新装版[毎日新聞社(全1巻)]】 

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ラストは一方で哀しく、一方でさらに惹かれるような魔性を帯びて見える。

白夜行 単行本.gif白夜行(東野圭吾).gif 白夜行2.jpg白夜行.jpg 野圭吾 白夜行 文庫.jpg
白夜行』['99年]『白夜行 (集英社文庫)』['02年〕映画タイアップカバー['11年]

 1999(平成11)年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。

 1973年、大阪の建設途中で放置された廃ビルで、質屋の主人・桐原の刺殺死体を、そこを遊び場にしていた小学生で桐原の息子・亮司が発見。捜査にあたった刑事・笹垣は、当日の桐原の足取りを追うが、容疑者は、桐原の年齢に釣り合わない派手な妻、一癖ありそうな店長の松浦と次々に変わり、やがて、桐原の客の西本文代に疑いの目が向けられ、小学生の娘・雪穂と貧しい暮らしをしていた彼女には、桐原の愛人として彼と最後に会っていた疑いがあった。しかしアリバイが認められ、代わりにその文代の勤めるうどん屋にしばしば顔を見せていた寺崎という男が容疑者として浮上するが、寺崎は交通事故で死亡、文代も自宅のアパートでガス中毒死を遂げ、事件は迷宮入りに―。

 文代の娘・雪穂は母の死の後、裕福な親戚の養女となり、大学のダンス部で知り合った東西電装株式会社のエリート社員と結婚し、離婚後は自分で高級ブティックを経営して大成功させ、大金持ちの後妻に、一方、桐原の息子・亮司は、高校生時代に売春斡旋まがいのことをし、海賊版パソコンソフトで荒稼ぎをし、人を騙し、殺し、金を稼ぐ、雪穂とは対照的な裏街道を歩いていた。美しく品のある雪穂は男性を操りながら自分の才を発揮していき、亮司もその特異な才能を生かしつつ、しかし徐々に世間の表舞台から姿を隠すようになる。しかし、亮司と雪穂が成長していく過程で、様々な犯罪が起きていることの気付いた笹垣により、約15年前の事件の真相が少しずつ明らかになる―。

 デーモニッシュな人物が登場するミステリーは多くありますが、これだけ犯人の登場と内面描写を抑え、出来事の状況だけでその魔性を描いた作品というのは少ないのではないでしょうか。宮部みゆきの『火車』('92年/双葉社)を一瞬想起しましたが、『白夜行』の方は、亮司と雪穂という2人を書き分けているからさらにスゴイ。

 亮司と雪穂が直接に接触するシーンはなく、この2人の男女の話が別々に進行していくという字縄(あざなわ)を縫うような展開です。ただし、ミステリーとしての構築力もさることながら(犯人推理、あるいはトリックを見破る類のミステリーではなく、主人公2人の関係そのものが"謎"であると言えますが)、不思議なのは2人の関係が徐々に浮き彫りになるにつれ、読むうちに2人をどこか応援しているような気分になることです。それだけにラストは一方で哀しく、一方でさらに惹かれるような魔性を帯びて見えるのです。

 この小説は、東野作品では今のところ最高傑作の部類に入るのではないかと思いますが、直木賞の選考で、積極的に推したのが田辺聖子氏だけだったというのが不可解。個人的な評価は、田辺聖子氏の選評(「これまた快作、そして怪作であった。」「周到な伏線が張りめぐらされ、読んでいるあいだは、これまた息もつかせず面白かった。しかし読後感のあと味わるさも相当なもの。これは人間の邪気が全篇を掩っているので、それに負けてしまう、ということであろう。」)とほぼ一致するのですが、他の選考委員が、「人間が描けていない」という理由で落としてしまった...(同じく前面に姿を見せない主人公を描いた宮部みゆきの『火車』のときもそうだった)。

 直木賞に選ばれなかった理由を他に推察すれば、主人公たちの救いの無さでというのもあったかも。しかし、まず"善人"であるとは言い難く、しかもなかなか表に出てこない主人公に対し、読んでいて相当にシンパシーを感じるということ自体が、この作品の力を示しているように思います。
 
白夜行 TBS.jpg白夜行(ドラマ).jpg 宮部みゆきの『火車』は、'94年にテレビで2時間ドラマとして放映されていますが、ラストシーン以外は主人公が出てくる場面はほとんどなく、原作の持ち味を生かしていたのに対し、'06年に連続ドラマ化された『白夜行』は、かなり早い段階で亮司と雪穂の関係性を明らかにしてしまっていて、読者の関心は原作とは違う方向へ行かざるを得ず、その段階で原作とはまったく別の物になったように思いました。主演の山田孝之、綾瀬はるかも、亮司、雪穂のイメージとはちょっとずれているような気がしました。
「白夜行」●演出:小林俊一●制作:石丸彰彦●脚本:森下佳子●音楽:河野伸●原作:東野圭吾●出演:山田孝之/綾瀬はるか/渡部篤郎/柏原崇/西田尚美/田中幸太朗/小出恵介/八千草薫/武田鉄矢●放映:2006/01~03(全11回)●放送局:TBS
 
白夜行 映画ポスター.jpg
映画「白夜行」日本版(2011年1月)主演:堀北真希/高良健吾

 【2002年文庫化[集英社文庫]】

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手塚治虫の歴史物の中では最高傑作。「伊武谷万二郎」のモデルは?
陽だまりの樹 (全8巻).jpg
陽だまりの樹.jpg
 陽だまりの樹1.jpg  陽だまりの樹2.jpg 
陽だまりの樹 全巻セット (小学館文庫)』 (全8巻) ['95年]/小学館ビックコミックス(全11巻) ['83年]/日本テレビ系列「陽だまりの樹」['00年]

陽だまりの樹001.jpg 1981(昭和56)年4月から1986(昭和61)年12月まで「ビッグコミック」に掲載の、幕末を舞台に、蘭学医・手塚良仙の息子の良庵と、府中藩士の伊武谷万二郎の2人の生き方を描いた手塚治虫後期の作品で1983(昭和58)年・第29回「小学館漫画賞」(青年一般部門)受賞作。手塚良庵(後の良仙)は実在の人物で作者の曽祖父にあたる人、主人公の伊武谷万二郎は一応架空の人物とされているようです。

伊佐新次郎.jpg 手塚治虫の歴史物の中では最高傑作の1つではないかと思います。しっかりした時代考証の上に生き生きとした創作を織り込むところは、司馬遼太郎の初期作品などを想起させます。

 米国総領事として下田に逗留したハリスと通訳のヒュースケンの周辺は相当詳しく調べたようです。「唐人お吉」は実在の人物ですが、お吉にハリスの侍妾として仕えるよう説得したのが下田奉行頭取の「伊佐新次郎」という人であるようです。

お吉を説得する下田奉行頭取・伊佐新次郎

陽だまりの樹002.jpg 主人公「伊武谷万二郎」はこの実在の人物をモデルにしたのではないかと思われます。「伊佐新次郎」という人は実際に熱血肌の人だったようです。お吉がハリスに仕えたのは僅かの期間ですが、その後の彼女の運命に大きな影響を与えました(個人的にはその辺りの経緯を、下田の観光バスガイドの話で初めて知った)。

 このシリーズを買うならば、講談社の全集のものより小学館文庫の方をお薦めします。小学館叢書として'88年に刊行された四六判 (全7巻)の文庫化ですが、セピア調の写真入りのカバーが良く、第2巻表紙のスフィンクス像の前での武士たちの記念写真なども珍しいものです。

 個人的には、文庫版第3巻の巻末解説で、横内謙介氏が手塚治虫と三島由紀夫を対比して、両者の共通点と相違点を述べているのがたいへん興味深かったです。

陽だまりの樹 dvd.jpgBS時代劇「陽だまりの樹.jpg 尚、この作品は2000年4月から9月まで日本テレビ系で連続アニメドラマとして放送され(全25話)、第4回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門(テレビシリーズ・長編)で優秀賞を受賞していますが、午前1時近くから始まる深夜放映だったためで、どれだけの人の目に触れたか(全編を通して観たわけではないが、安易にストーリーをいじらず、ほぼ原作通りだったのではないか)。(2012年にNHK・BS時代劇「陽だまりの樹」として実写版が4月6日(金)から放送された(全12話)。配役は伊武谷万二郎が市原隼人、手塚良庵が成宮寛貴。)
陽だまりの樹(八) [DVD]

 因みに、手塚治虫は朝日新聞の「朝日賞」は'87年に受賞していますが、文藝春秋の「菊池寛賞」は受賞していません。共に「作品」ではなく「人」を対象にした賞ですが、この『陽だまりの樹』の連載と並行して連載されていた『アドルフに告ぐ』('83-'85年)が「週刊文春」の連載であったため、「菊池寛賞」受賞かと思われましたが、当時の文藝春秋社社長が「漫画なんかに菊池寛賞をやれるものか」と反対したため実現しなかったそうです。以降は、加藤義郎('88年の受賞)、東海林さだお('97年の受賞)のようにコマ漫画で菊池寛賞を受賞している漫画家はいるものの、ストーリー漫画については、手塚治虫が受賞を逃しているということで、受賞のハードルが高くなってしまったようです(今年['06年]12月にいしいひさいち氏の受賞が発表されたが、いしい氏もコマ漫画家である)(2016年に『こちら葛飾区亀有公園前派出所』を40年間一度の休載もなく描き続けてきた秋本治氏が受賞した。ただし『こち亀』も一話完結型のギャグ漫画である)

陽だまりの樹 アニメ.jpg「陽だまりの樹」●監督:杉井ギサブロー●脚本:高屋敷英夫/水上清資/川嶋澄乃/大久保智康●音楽:松居慶子●原作:手塚治虫●出演(声):山寺宏一/宮本充/折笠富美子/永井一郎/松本梨香/納谷六朗/大木民夫/堀越真己/幸田直子/三石琴乃/沢海陽子/根谷美智子/家中宏/関智一/郷里大輔/小形満/有本欽隆/くればやしたくみ/前田剛/志村和幸●ナレーション:中井貴一●放映:2000/04~2000/09(全25回)●放送局:日本テレビ

 【1983年コミックス版(全11巻)・1988年四六判(全7巻)・1999年ワイド判(全6巻)[小学館]/1993年全集[講談社(全11巻]/1995年文庫化[小学館文庫(全8巻)]/2008年ビックコミックスペシャル改装版(全6巻)[小学館]/2012年再文庫化[講談社・手塚治虫文庫全集(全6巻)]】

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大人でも解けない問題を子どもの前にシンプルな形で提示している。

2ブラック・ジャック.jpgブラック・ジャック (1) (少年チャンピオン・コミックス) .jpg          ブラック・ジャック.jpg
ブラック・ジャック (1) (少年チャンピオン・コミックス)』['74年] 『ブラック・ジャック 1 [新装版] (1)』秋田書店 〔'04年〕
『ブラック・ジャック (全25巻)』(1974 /秋田書店・少年チャンピオン・コミックス)

 '73(昭和48)年11月から'83(昭和58)年10月まで約10年にわたり「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)に連載された医療漫画の元祖で、今だこれを超える医療漫画はないとされている手塚治虫の代表作。'75(昭和50)年度・第4回「日本漫画家協会賞」の特別優秀賞、'77(昭和52)年度・第1回「講談社漫画賞(少年部門)」を受賞しています。

 この作品を発表する前頃の作者は、少年誌の世界では既に古いタイプの漫画家とされ、'73年に自らが経営していた虫プロ商事が倒産、それに続いて虫プロダクション(既に経営者を退いていた)も倒産し、個人的にも巨額の借金を背負うことになったこともあって、「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)の壁村耐三編集長の「手塚の最期を看取ってやろう」という厚意で始まった連載だったそうですが、この作品で作者は起死回生の大復活を果たすことになります。

ブラック・ジャック2.jpg このマンガがスゴイなあと思うのは、大人でも解けないような問題を、子どもでも読めるシンプルな形で提示しているところで、例えば、第17話の「二度死んだ少年」で、ブラック・ジャックが命を救った少年が結局は死刑になるという話。これを読んだ子どもはどう考えるのでしょうか。「子どもの死刑」など、小説では成り立ちにくい設定かもしれませんが、その点はマンガの利点を活かしていると思います。でも、こうしたテーマに対する答えを出すのは大人にも難しいでしょう。

 テレビアニメ化されましたが、1話当たりが長くなっているため、原作の本筋は変えないものの、"装飾品"が多くなってしまっている感じがします。それと、何だかやたら明るいのです。原作のタッチはもっと暗いし、ストーリーもゲッというようなものもあります(少年チャンピオン・コミックスでも最初のうちは「恐怖コミックス」と銘打っていた)。

瞳の中の訪問者 映画チラシ.jpg瞳の中の訪問者.jpg瞳の中の訪問者 宍戸錠.jpg 後半にいくにつれヒューマンな色合いが強くなりますが、カルト的な楽しみも見出すことも出来ます。例えば第167話の「春一番」は、'77年に脚本・ジェームス三木、監督・大林宣彦で「瞳の中の訪問者」というタイトルで実写版映画化されていて片平なぎさ 新人_.jpg 、'77年に歌手デビューしたばかりのホリプロの"新人"片平なぎさを売り出すためのプロモーション映画ともとれるものでした(「ブラック・ジャック」の実写版は加山雄三と本木雅弘がそれぞれブラック・ジャックを演じたものが知られているが、この作品でブラック・ジャックを演じたのは宍戸錠)。     
瞳の中の訪問者zj.jpg映画チラシ/DVD「瞳の中の訪問者」/サントラLP(廃盤)
瞳の中の訪問者8.gif 劇場公開は1977年11月26日で、同時上映は「昌子・淳子・百恵 涙の卒業式〜出発(たびだち)〜」でしたが、僅か2週間で上映打ち切りになったとのこと。珍品というか、今では一種のカルトムービーのような評価になっているようです。原作と[瞳の中の訪問者.jpgの対比で見ると面白く、結構笑えます(原作の方がずっとマトモ)。3年後に鈴木清純監督の「ツィゴイネルワイゼン」('80年)に出演することになる藤田敏八監督が守衛役で出ていたりして(俳優としては映画初出演)、そうしたカルト的価値を加味すべきか否か、結局自分でも判断がつかず評価不能ということにします(志穂美悦子が意外と可愛い)。

片平なぎさ/藤田敏八/志穂美悦子

「瞳の中の訪問者」図1.jpg「瞳の中の訪問者」●制作年:1977年●監督:大林宣彦●製作:堀威夫/笹井英男●脚本:ジェームス三木●撮影:阪本善尚●音楽:宮崎尚志●原作:手塚治虫 「春一番(「ブラック・ジャック」)」●時間:100分●出演:片平「瞳の中の訪問者」千葉.jpgなぎさ/宍戸錠/山本伸吾/志穂美悦子/峰岸徹/和田浩治/月丘夢路(特別出演)/長門裕之(特別出演)/大林宣彦/(以下、友情出演)千葉真一/壇ふみ/藤田敏八●公開:1977/11●配給:ホリプロ=東宝(評価:★★★?)
0「瞳の中の訪問者」大林1.jpg 大林宣彦(テニス審判)

瞳の中の訪問者81.png   
ピノコ誕生.jpg この新書版(コミックス版全25巻)のほかに、講談社の全集 (全22巻)や秋田文庫(全17巻)などにもありますが、読者クレームなどのため途中で抜いた話もあるようです。ただ、第2巻から登場のピノコも、双子の片割れの「畸形膿腫(きけいのうしゅ)」だったわけで、この話はテレビアニメでも放送開始後1年経ってようやく「ピノコ誕生」というタイトルで放映されましたが...(BJによる"回想"というかたちで)。 

ブラック・ジャックdx.jpg 新書の新装版も刊行中ですが、さらに収録されない作品が出てくるかも。   
講談社 DX版 〔'04年〕

 ピノコについては、この物語を、BJとピノコの恋愛物語(ロリータ愛ということになる)と見る見方もあるようで、ナルホド、ピノコは本当は18歳(18年間、母体内にいた)、だけれども女性というよりは少女、むしろ幼児近い(「人工」の身体という意味では人形にも近い)、こうした女性に成りきらない「女の子」というのは、他の手塚作品でも結構いたことに思い当たります。

ブラック・ジャック 2004 2.jpgブラック・ジャック 2004_.jpg「ブラック・ジャック」●演出:手塚眞●制作:諏訪道彦●音楽:松本晃彦●原作:手塚治虫●出演(声):大塚明夫/水谷優子/富田耕生/川瀬晶子/阪口大助/江川央生/渋谷茂/山田義晴/滝沢ロコ/渡辺美佐/小形満/後藤史彦/佐藤ゆうこ●放映:2004/10~2006/03(全63回)●放送局:読売テレビ

 【1974年コミックス版(全24巻+1巻)・1987年四六判(全17巻)・2001年B6判(全24巻)・2004年新装コミックス版判(全17巻)[秋田書店]/1977年全集・2004年B6判(DX版)[講談社(全22巻)]/1993年文庫化[秋田文庫(全17巻)]/2010年再文庫化[講談社(手塚治虫文庫全集BT)]】

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プロセスにおいて痛快な出世物語。しかし、その結末は...。

功名が辻 新装版 文庫 全4巻 完結セット.jpg功名が辻1.jpg 功名が辻 1.jpg 功名が辻 2.jpg 功名が辻 3.jpg 功名が辻 4.jpg  NHK大河ドラマ 功名が辻.jpg
文春文庫〔旧版〕(全4巻)(旧版表紙絵:村上 豊)/〔新装版〕『功名が辻〈1〉』『功名が辻〈2〉』『功名が辻〈3〉』『功名が辻〈4〉』/2006年NHK大河ドラマ「功名が辻」上川隆也・仲間由紀恵
功名が辻 新装版 文庫 全4巻 完結セット[マーケットプレイス文庫セット] (文春文庫)

 1963(昭和38)年10月から1965(昭和40)年1月にかけて各地方紙に連載された長編小説で、主人公は、戦前は小学校の国定教科書にまでもの載っていたという「山内一豊の妻」であり、司馬遼太郎(1923‐1996)の小説で女性が主人公というのは珍しいようです。

 しかしながら、読んでいて、司馬遼太郎はこの物語で、山内伊右衛門一豊の妻にばかりに評価が集まる世評に対し、信長・秀吉・家康に仕え一国の主となることができた伊右衛門の、一見凡庸だが粘り強く実直な人間性を描こうとしたのだと、最初は思いました。 

 夫を傷つけずに諭す聡明な妻と、彼女に諭される夫の掛け合いや対比を、ユーモアを交え暖かく描き、夫が功名を得てハッピーエンドへ向かう―。

 しかし物語終盤の土佐入城後から、伊右衛門に対する描き方が突き放したようになっていると感じます。そして終章における、土着の反乱者への虐殺命令を下す夫に対する妻の〈成功とはこれであったか〉という虚無感 ―。

 プロセスは痛快な出世物語と読めるこの小説の寂しい結末が、作品の価値を貶めることはないと思いますが(むしろ逆)、そうした議論とは別に、この小説がもとは新聞連載小説であったことを考えると、作者が当初から考えていた結末だろうかと憶測させるものがありました。それぐらい、伊右衛門の描き方が急に変わっていますから...。

功名が辻 ドラマ.jpg '06年にNHKで大河ドラマになっていますが、ドラマでは当然のことながら、原作の最後に見られる夫婦の齟齬などは描かれるはずもなく、2人は永遠のよき夫婦であったということになっています。
  
「功名が辻」●演出:尾崎充信/加藤拓/梛川善郎●制作:大加章雅●脚本:大石静●音楽:小六禮次郎●原作:司馬遼太郎●出演:仲間由紀恵/上川隆也/柄本明/浅野ゆう子/生瀬勝久/田村淳/乙葉/武田鉄矢/前田吟/多岐川裕美/津川雅彦/松本明子/成宮寛貴/筒井道隆/石倉三郎/高山善廣/大地真央/和久井映見/永作博美/勝野洋/苅谷俊介/名高達男/中村橋之助/榎木孝明/山本圭/江守徹/香川照之/長澤まさみ/中村梅雀/近藤正臣/西田敏行/柄本明●放映:2006/01~12(全49回)●放送局:NHK
舘ひろし(織田信長)/西田敏行(徳川家康)/香川照之(六平太)・仲間由紀恵(千代)/津川雅彦(不破市之丞)
功名が辻 信長.jpg 功名が辻 家康(西田敏行).jpg 功名が辻5koumyou.jpg 津川雅彦 功名が辻 不破市之丞.jpg
柄本明(豊臣秀吉)
「功名が辻」柄本.jpg

「功名が辻」出演者.jpg

【1965年単行本・1974年改訂[文芸春秋 (上・下)]/1976年文庫化・2005年改訂[文春文庫 (全4巻)]】
 
《読書MEMO》
●「伊右衛門殿はよき妻女を持たれている」そのうわさほど、山内家の奥行きの深さを印象させるものはない。(中略)千代は、馬などよりも、その「うわさ」を黄金十枚で買ったといっていい。馬は死ぬ。うわさは死なないのである。(著者)

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粋だけれども枯れてはいないスーパー老人・秋山小兵衛60歳。

辻斬り.jpg 剣客商売(1) 藤田まこと.jpg 池波正太郎.jpg
辻斬り―剣客商売』 新潮文庫〔旧版〕/ドラマ「剣客商売」/池波正太郎(1923‐1990/享年67)

剣客商売辻斬り』['73年]
『剣客商売 辻斬り.jpg 「鬼平犯科帳」や「仕掛人・藤枝梅安」と並ぶ池波正太郎(1920‐1990)の代表作『剣客商売』は、秋山小兵衛(こへい)、大治郎の剣客親子が中心のシリーズものですが、シリーズ全部で1800万部ぐらい売れているというからやはりスゴいことです。

 主人公の秋山小兵衛は60歳で、すでに息子の大治郎に跡を譲り、40歳も年下のおはるを後添えに悠々自適の隠居生活を送りながら、ほとんど暇つぶしと好奇心からいろいろな事件に首を突っ込んでいくというストーリー構成です。

 本書『辻斬り』はシリーズ第2弾で、「鬼熊酒屋」「辻斬り」「老虎」「悪い虫」「三冬の乳房」「妖怪・小雨坊」「不二楼・蘭の間」の7篇を収めていますが、主要登場人物のお披露目も終わってすっかり安定した筆致で、剣豪小説でありながら、江戸下町の情緒(小兵衛は鐘ヶ淵に住み、大治郎は隅田川を挟んで真崎稲荷明神社近くに剣術道場を開いている)や食文化の蘊蓄(当初は肉体労働者しか口にしなかった鰻が、独特の調理法を得て「鰻料理」として流行り始めたのがこの頃だったとか)も楽しめます。

 ガンコ親父の人情を描いた「鬼熊酒屋」、10日で強くしてくれと言う男の話「悪い虫」など、派手な斬り合いの無い話にも味や深みがありますが、「辻斬り」などではしっかり立ち回りしていて、まさに「スーパー老人」ぶり。
 まあ今で言えば"60歳"はまだまだ壮年のうちだが、当江戸時代での60歳と言えばやはり"老人"ということになるでしょう。シリーズ執筆開始時50代前半だった作者の、ある種の理想像なのかも。

「剣客商売 誘拐」.jpg 秋山小兵衛は歌舞伎役者でテレビの「鬼平犯科帳」にも時々出ていた2代目中村又五郎(1914-2009/94歳没)をイメージしたらしいですが、昔のテレビ版の山形勲(1915-1996)の方が最近の藤田まこと(1933-2010/76歳没)よりイメージ的には「粋」の部分で近かったかも(CX系では、加藤剛(1938-2018/80歳没)、山形勲コンビの「剣客商売」(70年代)と藤田まことの「剣客商売」(90年代以降)の間に、加藤剛、中村又五郎コンビの「剣客商売」(80年代)も単発で2度作られており、1つがこの「辻斬り」で('82年12月放映)、もう1つが「誘拐(かどわかし)」('83年3月放映))。

「剣客商売 (かどわかし)」(1983)中村又五郎/加藤剛

剣客商売dvd.jpg ただ、やはり5シーズンに渡って秋山小兵衛を演じた藤田まことのイメージはかなり根強いし、昔のテレビ・シリーズは、加藤剛が演じた息子・大治郎の方が主役になってしまっていますが、原作を読む限り、それはないよ、という感じがします。

 作者はこの『剣客商売』で、「粋」だけれども「枯れ」てはいない老人パワーみたいなものを描きたかったのではないかと思われ、やはり秋山小兵衛をメインに据えるべきだろうと思います(その意味では、藤田まこと版は原作に沿った"正統派"とも言えるか)。
 

「剣客商売」藤田まこと/渡部篤郎
剣客商売第1シリーズ 藤田.jpg剣客商売藤田まこと/渡部篤郎.jpg「剣客商売(1)」●演出:富永卓二/蔵原惟繕/小野田喜幹/酒井信行●制作:河合徹/武田功/佐生哲雄●脚本:古田求/野上龍雄/井手雅人●音楽:篠原敬介●原作:池波正太郎「剣客商売」●出演:藤田まこと/渡部篤郎/大路恵美/三浦浩一/平幹二朗/小林綾子/梶芽衣子/竜雷太●放映:1998/10~12(全10回)●放送局:フジテレビ  ※「剣客商売(2)」1999/12~2003/03(全11回)/「剣客商売(3)」2001/06~07(全5回)/「剣客商売(4)」2003/01~05(全11回)/「剣客商売(5)」2004/02~03(全7回)《全44回》

剣客商売 第1シリーズ《第1・2話収録》 [DVD]

 【1985年文庫化・2002年新装版[新潮文庫]】

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論理的だが、アニメ、ゲームなどの物語や構造に「世界」を仮託し過ぎ?

動物化するポストモダンsim.jpg動物化するポストモダン2.jpg 動物化するポストモダン .jpg   東 浩紀.jpg 東 浩紀 氏
動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)』 ['01年]

 本書では、アニメ、ゲームなどサブカルチャーに耽溺する人々の一群を「オタク」とし、「オタク系文化」の本質と、「'70年代以降の文化的世界=ポストモダン」との社会構造の関係を考察しています。
 著者はオタク系文化の特徴として「シュミラークル」(二次創作)の存在と「虚構重視」の態度をあげ、後者は人間の理性・理念や国家・イデオロギーなどの価値規範の機能不全などによる「大きな物語の凋落」によるとしたうえで、
 (1)シュミラークルはどのように増加し、ポストモダンでシュミラークルを生み出すのは何者なのか
 (2)ポストモダンでは超越性の観念が凋落するとして、人間性はどうなってしまうのか
 という2つの問いを投げかけています。

 (1)の問いに対しては、大塚英志氏の「物語消費」論をもとに、ポストモダンの世界は「データベース型」であり、物語(虚構)の消費(読み込み)により「データベース」化された深層から抽出された要素が組み合わされ表層のシュミラークルが派生すると。
 ただし、「キャラ萌え」と呼ばれる'90年代以降の傾向は、虚構としての物語さえも必要としておらず、自らの表層的欲求が瞬時に機械的に満たされることが目的化しており、著者は、コジェーヴがアメリカ型消費社会を指して「動物的」と呼んだことを援用して、これを「動物化」としているようです(つまり(2)の問いに対する答えは、ヒトは「データベース型動物」になるということ)。

 著者は27歳で『存在論的、郵便的-ジャック・デリダについて』('98年/新潮社)を書き、浅田彰に『構造と力』は過去のものになったと言わしめたポストモダニズムの俊英だそうですが、本書は、オタク系文化と現代思想の融合的解題(?)ということでさらに広い注目を浴び、サブカルチャーが文化社会学などでのテーマとしての"市民権"を得る契機になった著書とも言えるかも知れません。

 個人的には、アニメ、ゲームなどの物語や構造に「世界」を仮託し過ぎて書かれている気がしましたが、「萌え」系キャラクターの生成過程の分析などから探る(1)の著者の答えには論理的な説得力を感じました。
 著者自身も明らかにオタクです。中学生のときに、「うる星やつら」のTVシリーズ復活嘆願署名運動に加わったりしている(前著『郵便的不安たち』('99年/朝日新聞社)より)。
 ゆえに本書は、オタクから支持もされれば、批判もされる。物語の読み込み方が個人に依存することとパラレルな気がします。

 個人的には、オタクを3つの世代に分類し、10代で何を享受したかによってその質が異なることを分析している点が興味深かったけれど、最近の社会学者ってみんなアニメ論やるなあ(社会学の必須科目なのか、それとも著者のように、もともとオタク傾向の人が社会学者になるのか)。


宇宙戦艦ヤマトdvd メモリアルBOX.jpgテレビアニメ「宇宙戦艦ヤマト」.jpg「宇宙戦艦ヤマト」●演出:松本零士●制作:西崎義展●脚本:藤川桂介/田村丸/山本暎一●音楽:宮川泰●原案:西崎義展●出演(声):納谷悟朗/富山敬/麻上洋子/青野武/永井一郎/仲村秀生/伊武雅之(伊武雅刀)/広川太一郎/平井道子/大林丈史/緒方賢一/山田俊司(キートン山田)●放映:1974/10~1975/03(全26回)●放送局:読売テレビ

機動戦士ガンダム dvd.jpg「機動戦士ガンダム GUNDAM」●演出:富野喜幸●制作:渋江靖夫/関岡渉/大熊伸行●脚本:星山博之/松崎健一/荒木芳久/山本優/富野 喜幸(富野由愁季)●音楽:渡辺岳夫/松山祐士●原作:矢立肇/富野喜幸●出演(声):古谷徹/池田秀一/鵜飼るみ子/鈴置洋孝/古川登志夫/鈴木清信/飯塚昭三/井上瑤/白石冬美/塩沢兼人/熊谷幸男/玄田哲章/戸田恵子●放映:1979/04~1980/01(全43回)●放送局:名古屋テレビ

新世紀エヴァンゲリオン1.jpg「新世紀エヴァンゲリオン」●演出:庵野秀明●制作:杉山豊/小林教子●脚本:榎戸洋司●音楽:鷲巣詩郎●原作:ガイナックス●出演(声):緒方恵美/三石琴乃/林原めぐみ/山口由里子/宮村優子/石田彰/立木文彦/清川元夢/結城比呂/長沢美樹/子安武人/山寺宏一/関智一/岩永哲哉/岩男潤子●放映:1995/10~1996/03(全24回)●放送局:テレビ東京
 
   
新世紀エヴァンゲリオン.jpg機動戦士ガンダム.jpgさらば宇宙戦艦ヤマト.jpg《読書MEMO》
●オタクの3つの世代(10代で何を享受したか)(13p)
 ・'60年前後生まれ...『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士ガンダム』
 ・'70年前後生まれ...先行世代が作り上げた爛熟・細分化したオタク系文化
 ・'80年前後生まれ...『エヴァンゲリオン』

●「データベース型世界の二重構造に対応して、ポストモダンの主体もまた二層化されている。それは、シミュラークルの水準における「小さな物語への欲求」とデータベースの水準における「大きな非物語への欲望」に駆動され、前者では動物化するが、後者では擬似的で形骸化した人間性を維持している。要約すればこのような人間像がここまでの観察から浮かび上がってくるものだが、筆者はここで最後に、この新たなる人間を「データベース的動物」と名づけておきたいと思う」(140p)

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