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シュールな余韻を残す「正太樹をめぐる」。清水宏が映像化した「風の中の子供」。

風の中の子供 坪田.jpg 風の中の子供kazenonaka.jpg 坪田 譲治.jpg 坪田譲治 風の中の子供 vhs.jpg 風の中の子供 dvd.jpg
風の中の子供 (坪田譲治名作選)』/『風の中の子供 他四編』(旺文社文庫)/「風の中の子供 [VHS]」/「風の中の子供 [DVD]

 坪田譲治(1890-1982/享年92)の代表作で1936(昭和11)年9月から11月にかけて朝日新聞夕刊に連載された「風の中の子供」のほか、「正太樹をめぐる」「コマ」「一匹の鮒」「お化けの世界」等の作品と鈴木三重吉についての随筆や「私の童話観」その他評論などを収録し、更に、小川未明、壺井栄、椋鳩十から五木寛之、松谷みよ子などまで、多くの作家の坪田譲治に寄せて書いた文章を掲載しています。

 冒頭の「正太樹をめぐる」は、雑誌「新小説」(春陽堂)の1926(昭和元)年8月1日号に掲載された作品です。あの「風の中の子供」の"善太と三平"と並ぶ坪田作品のもう一人の主役"正太"という子が主人公で、坪田作品らしく、子供である"正太"の視点でその心象が描かれています。学校の教室で授業中に、火事で自分の家が焼けていると思いこみ、母が呼びに来てくれないと怒るが、帰ってみたら家があったので安心し、安心すると母に甘えずにはいられない"正太"―実はこの"正太"という子は「死んでいる」のです。ラストで物語は、息子が今も生きているかのように、"正太"に想いを馳せる母親の視点になりますが、では、それまで"正太"の視点で語られてきた物語はどう捉えるべきか。「それから一月とたたないある日の午後...」という箇所から母親の視線になっており、その間に"正太"に何らかの出来事があって彼は亡くなっていて、その前の物語は"正太"が生きていた時の話であるともとれるし、同時に、「今」母親の脳裏でリアルタイムに展開している物語であるともとれ、非常にシュールな余韻を残します。

 シュールな余韻を残すもう1つのポイントとして、"正太"の授業中の夢想の中に金輪(かねわ)を回す"善太"が登場することで、これはもう、死んでいく少年が死の間際に、金輪を回す少年の姿を見るという、この作品の5年前の1921(大正10)年に発表された小川未明(1882‐1961)の「金の輪」を想起せずにはおれず、金輪を回す少年を見た(夢想した)側の少年の方が幼くして亡くなるという点で一致し、「金の輪」へのオマージュが込められているように思いました。

筒井康隆.jpg風の中の子供 TITLE.jpg 表題作の「風の中の子供」は、あの筒井康隆氏も幼い頃に読んで涙したという傑作ですが、清水宏監督によって1937(昭和12)年に映画化されています。

 善太(葉山正雄)と三平(爆弾小僧)は賢兄愚弟の典型のような兄弟。母親(吉川満子)は、成績優秀でオール甲の兄・善太と対照的に、乙と丙ばかりで甲がひとつもない弟・三平が心配でしょう風の中の子供 映画1.jpgがないが、父(河村黎吉)は結構なことだと思って気にしない。そんな時、父が私文書偽造の容疑で逮捕され、三平は叔父(坂本武)に引き取られることになる―。

風の中の子供 映画2.jpg 父親が私文書偽造の容疑で捕えられたのは、実は会社の政敵の策謀によるもので、坪田譲治自身、家業の島田製作所を兄が継いだものの、以後会社の内紛が続いて兄が自殺したため同社の取締役に就任するも、造反により取締役を突然解任される('33年)といったことを経験しています。そうした経験は「風の中の子供」以外の作品にも反映され風の中の子供 映画3.jpgていますが、こうしたどろどろした大人の世界を童話に持ち込むことについて、本書の中にある「私の童話観」の、「世の童話作家はみな子供を甘やかしているのである。読んでごらんなさい。どれもこれも砂風の中の子供 映画4.jpg糖の味ばかりするのである」「このような童話ばかり読んで、現実を、現実の中の真実を知らずに育つ子供があるとしたらどうであろうか」「色はもっとジミでもいい。光はもっとにぶくていい。美しさは足りなくても、人生の真実を描いてほしいと思うのである」という考えと符合するかと思います。

 清水宏監督は、比較的忠実に原作を再現していますが(曲馬団の少年の話だけは、善太と三平シリーズの別の話から持ってきたのではないか)、話が暗くならないのは、善太と三平を活き活きと描いているためで、兄弟が畳の上でオリンピックの水泳とその中継の真似事をする場面などはしっかり再現していました(1936年のベルリン大会200m平泳ぎで、前畑秀子が風の中の子供 映画02.jpg日本人女性初の五輪金メダルを獲っていた)。叔父の家に預けられた三平は、腕白が過ぎて叔父の手に負えず戻されてしまうのですが、その原因となった出来事の1つに、川で盥を舟の代わりにして遊んでいて、そのままどんどん川下り状態になって流されていってしまった事件があり、「畳水泳」どころか、この「川流れ」も、実地で再現していたのにはやや驚きました。ロケ主義、リアリズム重視の清水宏監督の本領発揮というか、今だったら撮れないだろうなあ。そうしたことも含め、オリジナルのストーリーを大事にし、自然の中で伸び伸びと遊び育つ子供を映像的に上手く撮ることで、原作の持ち味は生かしていたように思います。

風の中の子供s.jpg 笠智衆がチョイ役(巡査役)で出演していますが、老け役でなかったため、逆に最初は気がつきませんでした。

「風の中の子」●制作年:1937年●監督:清水宏●脚本:斎藤良輔●撮影:斎藤正夫●音楽:伊藤宣二●原作:坪田譲二「風の中の子供」●時間:68分●出演:河村黎吉/吉川満子/葉山正雄/爆弾小僧/坂本武/岡村文子/末松孝行/長船タヅコ/突貫小僧/若林広雄/ 谷麗光/隼珍吉/石山隆嗣/アメリカ小僧/仲英之助/笠智衆/長尾寛●公開:1937/11●配給:松竹大船(評価★★★☆)

風の中の子供 角川.jpg風の中の子供 坪田譲治 ジュニア版日本の文学.jpg「風の中の子供」...【1938年単行本[竹村書房]/1949年文庫化[新潮文庫/1956年再文庫化[角川文庫]/1971年再文庫化[潮文庫]/1975年再文庫化[旺文社文庫(『風の中の子供 他四編』)]/1983年再文庫化[ポプラ文庫]】

角川文庫/ポプラ社文庫
 
《読書MEMO》
●「風の中の子供」...1936(昭和11)年9月~11月「東京朝日新聞(夕刊)」連載
●「正太樹をめぐる」...1926(昭和元)年雑誌「新小説」(春陽堂)8月1日号掲載

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「按摩と女」と似たような状況設定でありながら、ラストは好対照。

簪 (かんざし)7.jpg 清水 宏 「簪」dvd .jpg 清水宏監督 『簪』 1941 .jpg
簪 [VHS]」田中絹代/笠智衆「簪(かんざし) [DVD]「簪」の1シーン(田中絹代(32歳)、笠智衆(37歳))

清水 宏 「簪」i01.jpg 街道を練り歩くお寺参りの蓮華講一行の中に玄人然とした二人の女、恵美(田中絹代)とお菊(川崎弘子)がいた。この団体はやがて下部温泉のある宿に。その宿には先生(斎藤達雄)と呼ばれるこうるさいインテリと帰還兵の納村(なんむら)(笠智衆)他が泊まっていた。露天の朝風呂でひとしきり文句をたれていた先生。そんな時納村が風呂の中に落ちていた簪で足をケガする。再び文句たらたらの先生だったが、納村自身は「情緒的なことだ」とサラリと言う。その簪は恵美のものだった。落とした簪を取りに宿へ戻った恵美は、自分の簪で納村がケガをしたことを知って詫び、暫く宿に逗留して彼のリハビリを見守る―。

清水 宏 「簪」i02.jpg 清水宏監督作品の中では「按摩と女」('39年)と並んで評価の高い作品で、井伏鱒二原作「四つの湯槽」を基に清水宏自身が脚色したものですが、渓流に沿った温泉街といい、そこを仕事場とする按摩たちといい、そこに流れ着いた女といい、「按摩と女」と状況設定が似ています。従って、恵美(田中絹代)が何となく"ワケあり"なのが最初から見て取れ、彼女が実は東京で男の囲い者であったのを逃げるようにこの温泉街にやって来たというのが分かったところで、「按摩と女」と全く同じではないかと...。「按摩と女」では、女に関心を持った独身男(佐分利信)が連れ子をダシにして何となく延泊を続けていましたが。

簪(かんざし)タイトル.jpg清水 宏 「簪」i03.jpg ただ、ラストは好対照。「按摩と女」で按摩の徳市(徳大寺伸)の恋心も虚しく更に逃げ延びて行った女(高峰三枝子)に対し、恵美(田中絹代)は、納村のリハビリを見守ることが期せずして「お天道様の下で」健康な日々を送ることとなって、気持ちが吹っ切れて、迎えに来たお菊(川崎弘子)の誘いも断って納村が泊まる宿に逗留を続けます。

簪8.jpg ところが、宿への不満から先生(斎藤達雄)が宿を引き上げてしまい、更に納村も足が治って東京に帰ってしまって恵美一人になってしまう―そこへ、納村から東京での再会を期するハガキが―。納村のリハビリに付き添った川や寺を、一人思い出を簪12.jpg噛み締めるように散策する恵美。中盤部分で、納村のリハビリの様子が、夏休みで同宿していた別家族の子どもらとのやり取りも含めほのぼのと、或いは時にユーモラスに時にスリリングに描かれていたのが伏線として効いていて、しみじみとした情感を滲ませるとともに、恵美の決心を暗示するものとなっていますが、はっきり結末まで描かずに終わっているところがいいです。

簪   kanzashi.jpg 個人的には悲恋風の「按摩と女」の方がやや上か、いや、やっぱり観る時の気分によるか。ただ、同宿の逗留者同士でコミュニティのようなものが出来上がって、納村の簪負傷"事件"には皆が心配するし(心配がてら首を突っ込みたがるが)、逗留者同士で「常会」を定期的に開こうといった話にもなったりするなど、のんびりしているのは舞台が湯治場ということもあるのかもしれませんが、昔はいい時代だったのだなあと。恵美が納村個人に宛てた電報を、先生はじめ他の泊り客が先に見て、先生などは張り切ってしまうというのは困ったものですが、プライバシーとか個人情報といったことがとやかく言われなかったおおらかな時代が背景にあるのでしょう。

簪    .jpg 舞台となっているのは高級旅館というわけでもなく、お寺参りの団体客など質より量で成り立っている鄙びた温泉宿といった感じでしょうか。但し、広々とした 露天風呂は野趣満点。この映画の主たる登場人物を構成する二階の客たちは、皆値切った末の長逗留らしくて、団体客が押し寄せると無理矢理に相部屋簪 00.jpgにさせられてしまうも、唯々諾々それに従っています。インテリ先生(斎藤達雄)も根は堅物ではないことが窺え、女が簪を取りに宿へ戻ってくると知って、その女は「美人でなければならぬ」と勝手に決めつけたのはともかく、女のための部屋を用意しますが、それは二間使っていた自分の部屋を障子で仕切っただけ。今は殆ど見かけない風ですが、昔の旅館ではこんな風にして部屋割りするのは珍しいことではなかったのかも。

簪kanzashi 1941 .jpg 笠智衆(1904-1993)、田中絹代(1909-1977)が共に30代で(37歳と32歳)、笠智衆は先生役の斎藤達雄(1902-1968)と比べてかなり若く見えるほか(実年齢で2歳しか違わない)、宿の亭主を演じた坂本武(1989-1974)、奥さんにも先生にも頭が上がらない泊り簪 齋藤.jpg簪 日守.jpg客を演じた日守新一(1907-1959)などと比べても若く見えて(吉村公三郎監督「象を喰った連中」('47年/松竹大船)では日守新一が主演、笠智衆が助演という感じだった)、 但し、若いことは若いけれど喋りはやはりあの笠智衆、という感じでした。

斎藤達雄/日守新一
   
簪 (かんざし)m.jpg簪 kanzashi 1941.jpg「簪(かんざし)」●制作年:1941年●監督・脚本:清水宏●製作:新井康之●撮影:猪飼助太郎●音楽:浅井挙曄●原作:井伏鱒二「かんざし(四つの湯槽)」●時間:75分●出演:田中絹代/笠智衆/斎藤達雄/川崎弘子/日守新一/坂本武/三村秀子/河原侃二/爆弾かんざし 井伏鱒二.jpg小僧/大塚正義/油井宗信/大杉恒夫/松本行司/寺田佳世子●公開:1941/08●配給:松竹(評価:★★★★)
                 田中絹代/川崎弘子
『かんざし』近代出版社 昭和24年 初版

下部温泉.jpg下部温泉(山梨県)
下部温泉街 .jpg

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いい話、いいラストだったなあという感じ。大河内傳次郎の名優たる証しである作品。
小原庄助さん dvd2.png 小原庄助さん 裏.jpg 小原庄助さん dvd1.png 小原庄助さん 2.jpg
小原庄助さん [DVD]」「新東宝傑作コレクション 小原庄助さん [DVD]」 大河内傳次郎

小原庄助さん 1.jpg 旧家の当主で朝寝・朝酒・朝湯をたしなむ杉本左平太(大河内傳次郎)は、人々から"小原庄助さん"と呼ばれていた。人の良い左平太は村人から頼まれると断り切れず、自分の財産をどんどん分け小原庄助さん 選挙.jpg与えたため、すでに破産寸前。妻おのぶ(風見章子)は着物を質入れして夫を支える始末。村長選挙への立候補を頼まれた左平太だったが、そんなことにはいっさい興味がないため和尚(清川荘司)を推薦するものの、対立候補である吉田次郎正(日守新一)に頼まれ応援演説をしてしまう。ついに無一文となり、妻にも逃げ出された左平太の家に、若い二人組の泥棒が入った。左平太は二人を投げ飛ばし、酒を勧めるのだった―。

清水 宏 「小原庄助さん」旧家.jpg 清水宏(1903-1966)監督の1949(昭和24)年「新東宝」映画で(配給会社は「東宝」)、静岡県・三島に実在する旧家の屋敷を借りてオールロケで小原庄助さん 大河内.jpg撮った作品。山根貞男氏によれば、リアリズム重視の清水宏監督は、撮影初日にバッチリ化粧してきた大河内傳次郎を厳しく注意し、抵抗する大河内に対し、最初に「朝湯」のシーンを撮って敢えてそのメーキャップを台無しにしたとのことです(よって本作は、ノーメークの大河内傳次郎を観ることが出来る貴重な作品とも言えるのでは)。こうした清水監督の映画作りへのこだわりが、結果的に、チャンバラ映画などでのいつものきりっとした役柄とは全く異なる役柄を演じた大河内傳次郎の、この作品の中での存在感を引き立つものとしていて、ある種の理想的な人物像ではあるが、ともすると現実味が失われそうになりがちな主人公のキャラクター設定に、しっかりしたリアリティを吹き込んでいるように思えました。

小原庄助さん5.jpg 主人公の"小原庄助さん"こと左平太は、村の青年団の野球チームにユニフォームは寄贈するは、婦人会にたくさんのミシンは寄付するは(そのために「文化的な生活を推進する」というマーガレット中田(清川虹子)に乗り込まれて往生する)のお人好しぶりで(それも借金生活にありながら)、人に頼まれて、町に出て闇商売をしているおりつ(宮川玲子)に村に帰るように説得しに行きますがこれは失敗。でも、おりつの情夫(鮎川浩)が実は骨のある男だと分かって意気投合、ダンスホールに入ったらマーガレット先生がいて無理矢理一緒に踊らされた上に、支配人の吉田次郎正まで出てきたのを、この情夫が"ガン飛ばし"して追っ払ってくれます。

小原庄助さん 和尚.jpg 左平太は、先代、先々代と村長だったことから、次期村長の座を狙う次郎正が村長選挙に立候補するつもりか探りに来たのに対し、その気は無いと言ってその応援演説まで引き受けて、一方で村人から村長選に出馬するよう乞われて、和尚を立てるも次郎正が勝利します。左平太のいい加減な応援演説が可笑しかったです(それは次郎正の政策理念の無さをそのまま反映しているのだが)。でも、当選祝賀会に出ることまでは頼まれていないときっぱり断っていたなあ、和尚の落選残宴会の方に出ると言って。結局、選挙違反で次郎正の当選は無効となり、和尚が繰り上げ当選に。人口二千人くらいの村だと、却って買収とかあったりするのでしょうか。

 左平太は、上に立つべき者は家柄ではなく人柄が大事で、自分は家柄で村人から村長選に立つように言われていると自覚しているけれど、実際のところは人柄が村の皆から好かれているようです。でも、本人は、地位も名誉も望まないし、財産すら無意識的に、或いは半ば意識的に放棄しようとしているようであり、最後は全てを失って、侘しさの中にもむしろスッキリしている感じでした。さすがに妻のおのぶが義兄に連れられて実家に帰ってしまった時は寂しそうでしたが、家の品物を競売にかかっているような状況で芸者遊びをしているくらいだから無理もないか。

小原庄助さん 風見.jpg小原庄助さん ラスト.jpg しかし、そうした場におられないという左平太の気持ちも分かる気がすると言っていた妻おのぶは、足代わりの愛用のロバさえ子供達に譲り渡して徒歩で駅に向かう左平太を、最後に追いかけてくる―ああ、いい話、いいラストだったなあという感じ。よく出来た奥さんであり、夫婦の愛情物語でもありました。

 ラストで「始」という字が出て、何も画面に出ないまま「小原庄助さん」の曲が流れるのは、夫婦のこれからをどう暗示しているものか色々な解釈があるでしょう。左平太が無一文となるストーリーの背景には、1947(昭和22)年にGHQの指揮の下で始まった農地改革があることは間違いなく、遅かれ早かれ似たような状況になることは左平太自身も頭の中にあったのではないかという気がします。清水監督は必ずしも彼を"時流に取り残された敗者"としては描いていないように思われました。

 左平太が泥棒二人を投げ飛ばすところの身の動きだけが、黒澤明監督の「姿三四郎」('43年/東宝)の"矢野正五郎"になっているのが楽屋ネタ的に可笑しいですが、山中貞雄監督の「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」('35年/日活)のやや戯画化された丹下左膳役と比べてもコミカルの質が異なるし、ましてや同じ黒澤監督の「虎の尾を踏む男達」('45年完成、'52年/東宝)の歌舞伎「勧進帳」そのものの弁慶役と比べるとその演技の違いの大きさは目を瞠るものがあり、やはりこの人、単にスターであるばかりでなく、名優でもあったのだなあと思いました(私見ながら、何を演じてもその人、その役者というのは「スター」か「大根」であり、全く違う役柄をしっかりと演じ分けられるのが「名優」かと...)。
 
小原庄助さん 1949.jpg「小原庄助さん」●制作年:1949年●監督:清水宏●製作:岸松雄/金巻博司●製作会社:新東宝●脚本:清水宏/岸松雄●撮影:鈴木博●音楽:古関裕而●時間:94分●出演:大河内傳次郎/風見章子/飯田蝶子/清川虹子/坪井哲/川部守一/田中春男/清川荘司/杉寛/宮川玲子/鮎川浩/鳥羽陽之助/日守新一/石川 冷 /尾上桃華/高松政雄/倉橋享/今清水甚二/高村洋三/佐川混/加藤欣子/徳大寺君枝/赤坂小梅●公開:1947/11●配給:東宝(評価:★★★★)

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大人から子供への「偏見の伝播」。感情移入して観るとハマると思うが、自分にはやや暗すぎたか。

恋も忘れて 1937 vhs 2.jpg恋も忘れて [VHS]恋も忘れて 1937 桑野.png 桑野通子
佐野周二/桑野通子(スチール写真)
恋も忘れて 1937 桑野・佐野.jpg 横浜の港町に住むお雪(桑野通子)は、ホテルのダンスホールのホステスをしながら小学1年の一人息子の春雄(爆弾小僧)を育てている。春雄には、母親以外にホテルの用心棒の恭助(佐野周二)という味方がいた。恭助も、春雄の母親がお雪と知って以来、母子にますます好意を寄せるようになり、ある夜、外人から踊りを強要されたお雪を横から救い出す。一方、その商売ゆえにお雪と春雄に対する世間の目は冷たく、春雄は学校で孤立していた―。

 横浜・本牧を舞台にしたメロドラマですが、親たちの偏見が子供に伝播してお雪の一人息子・春雄の学校での孤立を招くという展開は、現代社会にも通じるような話で重かったです。桑野通子演じるホステスの勤める職場は、機能的には所謂「チャブ屋」と同じであり、世間から見れば、彼女は「曖昧宿」で働いている酌婦と同じ扱いになるのだろうなあ。

恋も忘れて 1937 vhs.jpg 佐野周二演じる恭助は用心棒にしてはあまりに端正な顔立ちの二枚目。お雪も、恭助が母子を訪ねてくるたびに、もっとゆっくりしていったらとは言いますが、息子・春雄のことで頭がいっぱいで恋には至らない―まさに「恋も忘れて」というタイトル通りだなあと。

 何せ、春雄を大学に行かせるために昼も夜も身を粉にして働いているのに、その肝腎の春雄が学校で友達から仲間外れにされたため学校をさぼって行っていないことが判明、その原因が自分の職業にあると知って愕然とする―それで奮起して学校を替えさせるも、春雄には学校までついて来ないでくれと言われるし、その春雄は前の学校の生徒のタレ込みでまた仲間外れに―。

 遊び場の倉庫さえ他の子供らに追い出されて、雨に濡れて熱を出してしまった春雄に対し、恭助は「喧嘩に負けるな。負ける喧嘩はするな」「母ちゃんの悪口をいう奴はやっつけてやれ」という言葉をかけますが、結果的にこれが春雄をけしかけるような形になってしまい、母親が入院先を捜している一方で、春雄は病身をおして子供同士の決闘の場へ―。

koi mo wasurete 1937 3.jpg こうした行動には、子供特有のヒロイズムもあるのではないかな。但し、結果は病気を重くすることになり、経緯を知って責任を感じた恭助は―。こっちもだんだん「恋どころでは」みたいな感じになってきたなあ。「港の日本娘」と違って、結末までやりきれない思いが残ってしまうタイプのメロドラマ。清水宏監督の作品の中でも、最も悲劇的色合いの濃い作品ではないでしょうか。その分、感情移入して観るとハマると思われますが、自分にはやや暗すぎました。

恋も忘れて 1937 01.jpg恋も忘れて 1937 02.jpg恋も忘れて 1937 03.jpg 全体を通して、演技者だけに強く照明をを当て、周囲を暗くして撮る手法が多用されているように思いました。また、お雪が春雄と住むアパートの周囲は、常に霧がかかっていて、印象派の絵画みたいで、「モンパルナスのアパルトメント」といった感じ。内装も洋風のちょっと洒落た感じで(和洋折衷の奇妙な面も一部ある)、お雪が和服姿でありながら、リビング風の部屋でテーブルを挟んで春雄に対峙しているのは、横浜というバックグラウンドがあってのことでしょうか。

桑野通子 1937.jpg お雪を演じた桑野通子(1915-1946/享年31)は、同じく清水宏監督の「東京の英雄」('35年/松竹蒲田)では娼婦に転落していく女を、前年公開の「有りがたうさん」('36年/松竹大船)では流れ者の酌婦を演じている一方で、本作の2か月後の公開された小津安二郎監督の「淑女は何を忘れたか」('37年/松竹蒲田)では、良家の勝気なお嬢さんを演じており、清水宏監督の「金環蝕」('34年/松竹蒲田)でもお嬢さん役でした。個人的にはどちらかというとモダンガール風のお嬢さんの方が役柄としては合っているように感じられますが、年齢の割には演技の幅を持った女優だったように思います。

 彼女は、三田高等女学校(現・戸板女子高等学校)をトップクラスの成績で卒業後森永製菓に入社し('32年)、初代スイートガールになっています(今で言うキャンペーンガールの類か)。溜池のダンスホール「フロリダ」でダンサーとしても働いており(兼業?)、人気ナンバーワン・ダンサー「ミッチー桑野」としてその名を馳せる中、'34年にスカウトされて映画界入り。この作品でもソロでのダンスシーンを披露しています。夭逝が惜しまれる女優です(死因は子宮外妊娠による出血多量)。
「映画之友」1937(昭和12)年8月号グラビア記事

恋も忘れて(1937年).jpg「恋も忘れて」●制作年:1937年●監督:清水宏●脚本:斎藤良輔●撮影:青木勇●音楽:音楽:伊藤宣二/小澤耀安●時間:73分●出演:桑野通子/佐野周二/爆弾小僧/突貫小僧/岡村文子/忍節子/雲井ツル子/水戸光子/小牧和子/森川まさみ/祇園初枝/織田千恵子/小柳みはる/メリー・ディーン/大山健二/石山隆嗣/池部萬/若林広雄/伊東光一/葉山正雄●公開:1937/01●配給:松竹(松竹大船)(評価:★★★★)

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バス1台の乗客で世相を反映してみせる巧さ。"柔軟な反骨"と"虐げられた者への温かい眼差し"。

有りがたうさん1936 vhs.jpg有りがたうさん dvd.jpg 有りがたうさん1936 1.jpg   
あの頃映画 有りがたうさん[DVD]」上原謙(運転手)/桑野通子(酌婦)
有りがたうさん [VHS]

有りがたうさん1936 4.jpgMr. Thank You (Shimizu, 1936).jpg 「有りがたうさん」と呼ばれて利用客たちから親しまれている、「伊豆下田-修善寺」間を走る長距離乗合バスの運転手(上原謙)と、そのバスの乗客やすれ違う人々との交流を、時代の暗さを反映させつつも明るいユーモアを交えて描いた作品。上原謙(1909-1991/享年82)の「彼と彼女と少年達」('35年/松竹蒲田)に続く主演第2作で、前作と同じく桑野通子(1915-1946/享年31)との共演です。

mr-thank-you-landscape.jpg伊豆 地図1.jpg 前半部分で海が見えるのは、下田から修善寺に向かう際に、直接「天城街道」には入らず河津浜を経由して行っているためで、このバス路線は今もあるようです。

Mr. Thank You (Shimizu, 1936)(海が見える)

Mr. Thank You (Shimizu)2.jpg ハンディカメラなど無い時代に、バスの中にカメラを据えて撮っているのがユニークで、しかも自然に撮っています。むしろスタジオ有りがたうさん1936 6.jpgで撮るよりはずっとリアルになっているのは違いないです。また、バスの後ろを流れていく山道などは、リアウィンドウを外して別に撮っています。通行人がバスを避(よ)けると上原謙演じる運転手が「ありがとー」と言う訳ですが、わざと避けるところは映さず、避ける前と避けた後しか映さないことにより、バスが快調には走っていることを強調しています(上原謙に本当にバスを運転させて、実際に事故になりかけたという逸話もあるようだが)。

有りがたうさん7_v.jpg有りがたうさん1936 2.jpg ある種ロードムービーですが、バスから降りていく客は追っていかず、今現在バスの中にいる客を中心に撮っているため、ジョン・フォードの「駅馬車」のような移動する"舞台劇"でもあり、また、乗り合わせた人の人情味よりはむしろ様々な偏見の方にウェイトを置いて描かれているという点では、モーパッサンの「脂肪の塊」が想起されます(この映画では比較的ユーモラスな描かれ方がされているが)。
上原謙/桑野通子(スチール写真)

有りがたうさん1936 5.jpg 「山を越えて戻ってきた娘はいない」といったようなことを、同情しつつも、これからまさに売られていこうとする娘がいる車内で話している「有りがたうさん」は、見方によっては"鈍感"なのかもしれませんが、別の見方をすれば"天性の明るさ"とも言え、逆にこれが皆に好かれる最大の理由なのかも。

掌の小説.jpg ラストの一夜明けた翌日の帰りのバスに、その売られていくはずだった娘がまた乗っていることについて作中では説明されていませんが、川端康成の原作(といっても『掌の小説』の中の数ページしかない一掌編)では、木賃宿に着いて娘に泣かれて弱った母親が、この運転手のバスに乗せたのが間違いだった(娘は運転手のことを恋うていた)とぼやきつつ、春まで娘を売りにやるのを延期したというものです。
掌の小説 (新潮文庫)

有りがたうさん kuwano.jpg 一方、この映像化作品では、前日のバス車内でシボレーをセコハンで購入して独立するため貯金してきたと言う「有りがたうさん」に対し、桑野通子演じる酌婦が「シボレーを買うお金があったら、ひと山いくらの女がひとり減るのよ」と諭すように言っているのと、翌日の娘の「あの人(酌婦)、いい人だったね」という台詞の組み合わせから考えるに、清水宏ならではの、人情味ある落とし処にしたのでしょうか。その辺りは推測するしかありません。

 「有りがたうさん」がこれまでも、売られていく娘やもう戻ってくることのない流れ者(まさに桑野通子が演じている酌婦のような)をさんざん客として乗せてきて、まだ葬儀屋の運転手の方がマシかと思ったりもしたといったことを言っているところをみると、彼女一人だけを救ったところでどうなのかいうのはありますが、それは人情ドラマの鑑賞法としてはタブーということになるのでしょうか。

 1936(昭和11)年2月27日公開の作品ですが、当時日本経済は赤字国債増発でインフレをきたしており、新年度の国家予算で公債漸減を図るも軍部の反発を招き、それがこの作品の公開前日に起きた二・二六事件に繋がっていくという政治・経済は閉塞的景況、社会的にも有りがたうさん1936 3.jpg阿部定事件('36年5月)などもあったりした年ですが、バス1台だけを使い、そこに客として乗っている「売られていく娘」や運転手、乗客らの会話を通して、そうした暗い世相を巧みに反映してみせています。

 とりわけ、強制労働に従事し、自分たちが作った道を自ら歩くことなく次の作業現場に移動していく朝鮮人労働者の娘が、おそらく恋焦がれていたであろう「有りがたうさん」に、天城トンネルの手前で別れを告げるシーンの切なさは、この作品の白眉。当時の社会情勢からみれば、描くことがおそらくタブーとされていたモチーフを、作品の中で最も美しく撮っているところに、清水宏監督の"柔軟な反骨"と"虐げられた者への温かい眼差し"を感じます。

Mr. Thank You (Shimizu, 1936)3.jpg有りがたうさん.jpg「有りがたうさん」●制作年:1936年●監督・脚本:清水宏●撮影:青木勇●原作:川端康成(『掌の小説』の中の一編)●時間:64 分●出演:上原謙/石山隆嗣/仲英之助/桑野通子/築地まゆみ/二葉かほる/河有りがたうさん8_v.jpg村黎吉/忍節子/堺一二/山田長正/河原侃二/青野清/金井光義/谷麗光/小倉繁/河井君枝/如上原謙.jpg月輝夫/利根川彰/桂木志郎/水上清子/県秀介/高松栄子/久原良子/浪花友子/三上文江/小池政江/爆弾小僧/小牧和子/雲井つる子/和田登志子/長尾寛/京谷智恵子/水戸光子/末松孝行/池部鶴彦●公開:1936/02●配給:松竹(松竹大船)(評価:★★★★) 上原 謙

掌の小説 映画.jpg オムニバス映画「掌の小説」(2010年)(第2話「有難う」監督:三宅伸行、出演:寉岡萌希/中村麻美/星ようこ/長谷川朝晴)

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(義理の関係の)母子もの。「東京の英雄」というタイトルの皮肉こそが最大モチーフか。

「東京の英雄」清水宏 vhs.jpg Tokyo no eiyu 4.jpg
東京の英雄 [VHS]」桑野通子/三井秀男

 根本嘉一(岩田祐吉)とその息子・寛一([子供時代]突貫小僧)、ばあやの3人で暮らしていた根本家に、加代子、秀雄([子供時代]爆弾小僧)の2人の子を連れた春子(吉川満子)が後妻として嫁に来たが、満蒙金鉱事業の投資詐欺事件を起こした嘉一は、家族を捨てて蒸発してしまう。十数年後、残された子供を育てようと、春子は子供達には仕事内容を明かさずにチャブ屋を営んできていたが、寛一(藤井貢)が無事に大学を卒業する時分になって、チャブ屋を営んでいることがこと子供達に知れ、それが原因で娘・加代子(桑野通子)も息子・秀雄(三井秀男)も家出をしてしまう。大学を卒業し新聞社に勤める寛一だけが春子の心支えであった。ある日、チンピラとなった義弟・秀雄が仲間に刺殺される事件に直面した記者・寛一は、瀕死の秀雄から父がまたニセの満蒙金鉱会社を始めたと聞き、父・嘉一に詰め寄ると共にそれを記事にする―。

清水宏 監督.jpg  1935(昭和10)年3月7日公開の清水宏監督の無声(音楽のみのサウンド版)映画で、不況下で、まともな仕事につけなければ男はチンピラに、女は娼婦にでもなるしかない(皆が皆そうだったわけはなかろうが)、そうした社会経済情勢をリアルタイムで反映した作品です(原作者の「源尊彦」は清水のペンネーム)。

清水 宏(1903-1966)

 加代子が家を出たのは、嫁ぎ先に母親の仕事が知られて離縁されたためで、その前に秀Tokyo no eiyu 3.jpg雄も恋人に同じ理由で交際を断られたという経緯があり、自分で母親の仕事を確認しに行って初めて母親がチャブ屋を営んでいることを知るという(十数年も母親の仕事を知らなかったというのがやや不自然だが)―それでグレてチンピラになり、加代子も"街の女"になってしまうというのは、どうかなあ。誰のお蔭でここまで育ててもらえたと思っているのか? 誰のお蔭で大学まで行かせてもらえたと思っているのか?(春子は夫が失踪した時は、この年齢では会社にも就職できないと悩んでいたのに、十数年にはチャブ屋の女将として店を仕切っており、意外と経営の才覚があったのか)。Hideo Mitsui, Mitsuko Yoshikawa, Mitsugu Fujii/Tokyo no eiyu | A Hero of Tokyo (1935)

 事態はだんだん暗い方向に行く中で、藤井貢演じる寛一だけが楽天的で、「コロッケも満足に出来ないうちからうちから結婚は少し早すぎやしないかい」と言っていた義妹・加代子が離縁されて戻って来たら「コロッケを作れるようになってから行けばよかったんだよ」と言い、彼女が家出したら「コロッケの研究にでも行ったんだろう」といった調子です。

Tokyo no eiyu 1.jpgTokyo no eiyu 2.jpg 新聞記者になっても、先輩に言われて松竹歌劇団のスターとかを取材して暢気な印象ですが、「尾張町(銀座)の角によく出没する女がいるらしい」と聞いて所謂"街の女"を取材に行くと、その女の部屋に帰ってきたのが加代子で、彼女は自分も"同業"だと言い放つ―。 Michiko Kuwano

Tokyo no eiyu hujii.jpg 後半になって、独り残された義母に寄り添う寛一と、彼だけが人生の希望の糧であるかのような春子の、両者互いに感極まる姿は、前半で寛一がドライであっただけに感興をそそります。血縁よりも義理の関係の方が本当の親子のようになってくるというのは、小津安二郎の「東京物語」の義父(笠智衆)・義娘(原節子)の関係の裏返しのようで興味深かったです。
Mitsugu Fujii

 しかし、物語の結末は意外なことになります。秀雄が用心棒として雇われたインチキ会社の社長が嘉一だったわけで(懲りない親父だなあ)、嫌気がさして辞めようとした秀雄は仲間に裏切ったと思われて刺されたという、そうした経緯を知った寛一は、実父・嘉一に自決を求める―スゴイね。結局、新聞記事に書いて父の不正を暴くわけですが、自分は正しいことをしたつもりで、スクープ記事の報酬として貰った特償金(ボーナス)を携え、義母・春子の元へ行くと―。

 (義理の関係の)母子の愛情がテーマかと思いますが、結局、誰も幸せにならない話だったなあ。ストーリーがリズム良く展開し、むしろ話が出来過ぎている(偶然が度重なる)わりには、ラストで落とし処が無かったという感じでしょうか。「東京の英雄」というタイトル自体に皮肉が込められていて、その「皮肉」こそが作品の最大のモチーフであったとしか解釈しようのない作品でした。

母を恋はずや 吉川三井.jpg 因みに、吉川満子と三井秀男は、前年の小津安二郎監督の「母を恋はずや」('34年)で既に実の親子の役を演じており、これに母親の継子(義兄)が絡んで、継子(大日方傳)の方がグレるという...こうした複雑な親子関係を扱うのが当時のある種パターンだったのでしょうか。
小津安二郎「母を恋はずや」('34年)
 
東京の英雄 002.jpg東京の英雄 001.jpg「東京の英雄」●制作年:1935年●監督:清水宏●脚本:荒田正男●撮影:野村昊●原作:源尊彦●時間:64分●出演:岩田祐吉/ 吉川満子/藤井貢/桑野通子/三井秀男(宏次)/突貫小僧/市村美津子/爆弾小僧/近衛敏明/出雲八重子/高松栄子/水谷能子/御影公子/高杉早苗/京町みち代/石山龍児/河原侃二/宮島健一/日下部章/谷麗光/加藤精一雄●公開:1935/03●配給:松竹(松竹蒲田)(評価:★★★)

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大河メロドラマを2時間に圧縮? 波乱万丈、度重なる偶然。でも、予定調和に終わらない結末。

金環蝕1934.jpg金環蝕 清水宏 vhs.jpg  清水宏 監督.jpg 清水宏 監督
「映画之友」1934(昭和9)年11月秋季特別号「金環蝕」広告(川崎弘子)「金環蝕[VHS]

金環蝕0.jpg 大崎修吉(藤井貢)は大学を卒業して帰省した神田(金光嗣郎)から、絹枝(川崎弘子)との結婚斡旋を依頼される。しかし、絹枝が自分を恋していること知って身を引き、勉学のためと言って東京へ行く。自動車事故をきっかけに同郷の代議士・岩城(藤野秀夫)の家の家庭教師となった修吉は、令嬢・鞆音(ともね、桑野通子)と運転手の妹・嘉代(坪内美子)との三角関係に挟まれているところに、偶然神田から絹枝の家出を聞かされる。その後、神田は鞆音に結婚を申し込む。政変による岩城家の没落とともに、修吉はタクシー業に転じた運転手・松村(山口勇)の助手となり、嘉代兄妹らと3人で生活をすることにするが、嘉代は桑野通子坪内美子川崎弘子.jpg引き続き修吉のことを慕っており、それには兄・松村も気づいている。嘉代はビアホールの女給勤めを始め、慣れない勤め先で翳の影のある先輩女性に親切にされるが、それがあの絹枝だった。ある夜、嘉代の誘いで彼女のアパートに立ち寄った絹枝は、そこで修吉との思わぬ再会を果たす―。

 1934(昭和9)年11月1日公開の清水宏監督作で、無声映画のフォーマットに江口夜詩作曲による劇伴を付したサウンド版。原作は久米正雄が同年に雑誌「キング」に発表したもので、単行本の刊行('35年)より映画化の方が先だったという作品。2010年の伊・ポルデノーネ無声映画祭での上映作品でもあります。

[右上・右]藤井貢(修吉)/[左上]桑野通子(鞆音)/坪内美子(嘉代)/川崎弘子(絹枝)

金環蝕 桑野通子.jpg 『少年時代』の久米正雄ってこんな大河メロドラマ作品を書いていたのかという印象の作品。本来ならば13話連続のTVドラマでやるところを2時間単発ドラマに圧縮したような波乱万丈の話ですが、そもそも当時はTVの「連ドラ」どころかテレビそのものさえなかった時代な訳で、現代においてTVドラマに一般大衆が求めているものも映画が全部引き受けていた時代を象徴するような内容だと思われました。

桑野通子(鞆音)


川崎弘子1.jpg ビアホールの仕事が終わって連れだって歩く絹枝と嘉代。絹枝が自分には捜している人がいると言い、嘉代が実の兄のほかにもう一人お兄さんがいると言う、それがまさか同じ人物(修吉)とはねえ。絹枝はショックを受けるも、可愛がっている後輩・嘉代のことを気遣って、自分が捜している人とは神田であると言い、それを真に受けた嘉代は、鞆音と神田の結婚披露宴に乗り込んで、神田に結婚は待ってください、絹枝が貴方を待っていると言い、神田は、いや、そうじゃないんだ、絹枝の想い人は実は修吉なのだと―。

川崎弘子(絹枝)

 今度は嘉代がショックを受け、兄の計いで実家に帰される。絹枝の方は既に、「誰か一人泣かなきゃならないんなら私喜んで泣くわ」「生じっか会えずに一生捜し続けていた方が良かったわ」と、酒浸りになってもう半ば人生捨てている感じで、中年男・斎田(奈良真養)をパトロンとする生活に入ろうとする。絹枝と斎田が乗ったタクシーは松村のもので助手席に修吉がいた。熱海で降りた後、修吉は2人を追い、絹枝にあなたはそんな人じゃなかったはずだと喝を入れ(往復ビンタのダブルで!)、斎田をも殴り倒してしまったため警察が来る。そこへ神田・鞆音夫婦が現れ(そうか、ここは熱海に移り住んだ岩城の屋敷だったのか)、神田はここは自分に免じてと言って警察を帰し、鞆音は神田と洋行することになりもう会えないかもと言う。神田・鞆音夫妻を横浜の港で見送って、残された修吉と絹枝は、郷里に帰る列車の中、暗い片隅で向き合って只々俯いている―。

 "波乱万丈"はいいのだけれど、プロセスにおいて偶然に偶然が重なるような結構通俗的ご都合主義の作り込みがされている割には、結末は見方によってはカタルシス不全を起こしそうな中途半端なものであり、公開時の興業成績がイマイチだったというのも頷ける気がしました。一方で、こうした結末を観客に投げつけて終わる反・予定調和がこの監督らしいのかもしれないとも思いました。

桑野通子 川崎弘子.jpg桑野通子 写真.jpg 鞆音の、年齢の離れた弟(突貫小僧)の学校の成績が良くないことにかこつけて修吉を家庭教師として雇うよう父親を説得するも、ドライブ、ゴルフ、ハイキングといった"課外授業"で修吉を引っ張り回す―といった、その我儘お嬢さんぶりを、桑野通子(1915-1946/享年31、当時19歳のこの作品が映画デビュー作)が活き活きと演じています(それにしてもゴルフ、下手すぎ)。

 絹枝の、郷里では数少ない女学校出のそこそこの家の純情娘だったのが、数年後には東京のビアホールの女給になっているその落魄ぶりを、川崎弘子(1912-1976/享年64、川崎大師のすぐ前の家に生まれ、川崎大師と弘法大師から芸名をとった)が別人のように演じ分けているのも見所と言えるでしょうか。

桑野通子(左)/川崎弘子(右)(「結婚の宿題」('38年/松竹大船)より)

「新女性問答」.jpg それに、運転手の妹・嘉代を演じた坪内美子(1915-1985/享年70、この人は銀座の有名カフェの女給(源氏名・孔雀)をしているところをスカウトされた)と、当時の美人女優をばんばん投入している感じ(因みにこの3人は、佐々木康監督の「新女性問答」('39年)でも共演することになる)。この3人に思慕されて、「モテ男はつらいよ」みたいな藤井貢(元ラグビー日本代表キャプテン)演じる修吉でしたが、ラストシーンは年貢の納め時が来たことを暗示しているのでしょうか。

桑野通子/川崎弘子/坪内美子(「新女性問答」('39年/松竹大船)より)

 冒頭、神田が法学士として帰郷するにあたり、村で歓迎会が催され、村の娘は嫁探しのための帰郷かと色めき立ち、男たちは振舞い酒にありつけるのではと期待、神田の絹枝へのプロポーズは大ニュースとして村人の間に広まるというのが時代を反映しているなあと(要は神田は一大卒生に過ぎないわけだが、当時の大学進学率は数パーセントか)。

 代議士・岩城が関与している丸の内の会社の名前が「金満鉱山」であったり、修吉が自動車事故に遭って運ばれた病院手術室の入口に「大手術室」とあったりするのが可笑しいですが、これは当時としてはリアリズムの範囲内なのかな。入院の見舞いに鞆音が持ってきたのが「森永ミルクチョコレート」、運転手・松村が仕事前に体調管理のために飲むのが「ワカモト」と、この辺りはタイアップなのでしょう。TVコマーシャルどころかTVも無かった時代だからなあ。
 
金環蝕 1934.jpg金環蝕1.jpg「金環蝕」●制作年:1934年●監督:清水宏●脚本:荒田正男●撮影:佐々木太郎●音楽:江口夜詩(サウンド版)●原作:久米正雄「金環蝕」●時間:110分●出演:藤井貢/川崎弘子/桑野通子/金光嗣郎/藤野秀夫/突貫小僧/山口勇/坪内美子/小倉繁/久原良子/近衛敏明/奈良真養/河村黎吉/吉川満子/野村秋生/仲英之助/青木しのぶ/葛城文子/御影公子/高杉早苗/三宅邦子/忍節子/小池政江/水島光代/荒木貞子●公開:1934/11●配給:松竹(松竹蒲田)(評価:★★★☆)

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シンプルだが抒情溢れる作品。但し、エロチックな妄想を駆り立てるシーンもあったように...。

清水宏 按摩と女 1938 vhs.jpg清水宏 按摩と女 1938 dvd.jpg 清水宏 按摩と女 1938.jpg 清水宏 按摩と女 1938 按摩・女・子ども.jpg
按摩と女 [VHS]」高峰三枝子/佐分利信「按摩と女 [DVD]」 徳大寺伸/高峰三枝子

清水宏 按摩と女 1938 冒頭.jpg 名物按摩の徳市(徳大寺伸)と福市(日守新一)が山の温泉場へと向かい歩いていた。二人は盲目ながら優れたカンの持ち主で、そばを通る人たちの素性を言い当てる程だった。温泉場で徳市は東京から来た女(高峰三枝子)に呼ばれる。徳市は彼女が来る途中に自分を追い抜いていった女だとピンと来る。だが少し影のあるこの女に徳市は惚れてしまうのだった。その頃この温泉場では次々と盗難事件が発生する。徳市は彼女が犯人じゃないかと疑い始める―(「ムービーウォーカー」より)。

按摩と女 カバー作.jpg 清水宏の監督作品のベストテン投票などでしばしば第1位になる作品で、石井克人監督、草彅剛、マイコ主演で『山のあなた 徳市の恋』('08年/東宝)としてリメイクされました。

 冒頭の温泉宿へ向けて旅する徳市(とくさん)福市(いちさん)の二人がカンの鋭さを競い合うには絶妙でした。とりわけ徳市は、「めくら」である自分は「めあき」である人々に負けてはいないという強い自負から「めあき」の登山客を追い越しては、自分の健脚ぶりを客の前でも「何人抜いた」と自慢しているのが明るくていいです。

清水宏 按摩と女 1938 高峰.jpg そんな徳市が、道中、東京から来た女が馬車に乗っていたと言い当てた、まさにその女の肩を揉むことになったことから、彼は女に対して恋に落ちてしまう―そんな折に宿屋での盗難事件が持ち上がり、彼特有のカンで素性を明かさないその女から微妙な翳と怯えを感じ取っていた徳市は、こうして身を隠すように滞在している彼女こそが犯人だと察し彼女を助けようと骨を折るのだが―。

山のあなた 徳市の恋.jpg 元々謎解きミステリなどとは違った作品だったと思えば、犯人捜しの結末がぼかされていることに不満を言う筋合いではないのでしょう。徳市の勘違いは、恋愛でその"超能力的"カンがやや鈍ったともとれ、未見ですが、リメイク作品のサブタイトル(徳市の恋)がテーマそのものを言い当てているかと思います。厳密に言えばリメイクではなく、カバー作品として作っているとのことで、その辺りにもオリジナルへのリスペクトを感じます。

按摩と女 カバー作2.jpg清水宏 按摩と女 1938  街中を按摩たちが歩く.jpg 宿泊客の独身男を演じた堤真一は、オリジナルの佐分利信の演技を完全に模倣しているとも。ただ、オリジナルの抒情をどこまで描き切れているのか、機会があれば確認してみたい気もするし、がっかりさせられるのを避けたい気も。伊豆の温泉街を大勢の按摩たちが行き来する様をカラーで観ても実感が湧かないのではないかなあ。(この山のあなた 徳市の恋4.JPG点は、その後DVDで「山のあなた 徳市の恋」を観る機会があって、70年ぶりのリメイクであるから、カバーと言ってもその通りにはならないのではないかと思っていたけれど、しっとりした自然の背景や温泉場の風情、旅館の室内に至るまで派手ではない色彩を生かした映像美に仕上げており、思ったより良かった。)

 その独身男(佐分利信)が連れ子をダシにして何となく延泊を繰り返していることで、男が女に関心を寄せていることを表しているのが面白かったですが、カンの鋭い徳市の方はそうした男の様子に気づいてストレートに対抗意識を持つようになっていて、これも、「めあき」に負けてたまるかという彼の自負が前フリであってのことだけに、上手い作りだと思いました(脚本は清水宏のオリジナル)。

清水宏 按摩と女 1938 川辺で.jpg 山間の温泉宿という舞台背景もあって、シンプルだが抒情溢れる作品。ラストの更に馬車で逃げていこうとする女を、まるで「めあき」のように見遣る徳市の表情の切なさもさることながら、子供の前で徳市が川泳ぎをしてみせた後、女が駆け寄り黙って浴衣を着せてやる場面などは何となくエロチックなものが感じられて印象に残っています(その他にも、徳市が、風呂に行くと言う女に一緒に入らないかと誘われたと勘違いする場面など、エロチックな妄想を駆り立てるシーンがあった)。「小股の切れ上がった女」という表現がありますが、この映画で小走りに駆ける高峰三枝子は、まさにその言葉がぴったりのように思います。

按摩と女96.jpg清水宏 按摩と女 1938 0.jpg「按摩と女」●制作年:1938年●監督・脚本:清水宏●撮影:斎藤正夫●音楽:伊藤宣二●時間:66 分●出演:高峰三枝子/徳大寺伸/日守新一/爆弾小僧/佐分利信/坂本武/春日英子/京谷智恵子/油井宗信/二木蓮●公開:1938/07●配給:松竹(松竹大船)(評価:★★★★)

「按摩と女」('38年/松竹)高峰三枝子/「山のあなた 徳市の恋」('08年/東宝)マイコ
按摩と女/山のあなた 徳市の恋.jpg 
 
 
 
 
 

 
「按摩と女」高峰三枝子・徳大寺伸/「山のあなた 徳市の恋」マイコ・草彅剛
a0021956_20573297.jpg山のあなた 徳市の恋 プレミアム・エディション.jpg

山のあなた 徳市の恋3.jpg「山のあなた 徳市の恋」●制作年:2008年●監督:石井克人●脚本:清水宏●撮影:町田博●音楽:緑川徹/中川俊郎●時間:94分●出演:草彅剛/加瀬亮/マイコ/広田亮平/堤真一/宮永リサ/黒川芽以/津田寛治/三木俊一郎/田中要次/森下能幸/三浦友和/渡辺えり子/松金よね子/洞口依子/轟木一騎/阿部ジュン/大山健/白仁裕介/野村佑香/尾野真千子●公開:2008/05●配給:東宝(評価:★★★☆) 
  

清水宏映画ベスト<オールタイム編>(個人サイト)
1 按摩と女(戦前1位)
2 簪かんざし(戦前2位)
3 霧の音(戦後1位)
4 恋も忘れて(戦前5位)
5 家庭日記(戦前6位)
6 大仏さまと子供たち(戦後2位)
7 歌女おぼえ書(戦前7位)
8 母のおもかげ(戦後3位)
9 踊子(戦後5位)
10 母情(戦後4位)
次 有りがたうさん(戦前3位)花形選手(戦前4位)

戦前編清水宏ベスト
1 按摩と女
2 簪かんざし
3 有りがたうさん
4 花形選手
5 恋も忘れて
6 家庭日記
7 歌女おぼえ書
8 女醫の記錄
9 金色夜叉
10 七つの海 處女篇/貞操篇
次 暁の合唱

戦後編清水宏ベスト
1 霧の音
2 大仏さまと子供たち
3 母のおもかげ
4 母情
5 踊子
6 もぐら横丁
7 小原庄助さん
8 桃の花の咲く下で
9 その後の蜂の巣の子供達
10 母の旅路

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男同士の友情を描いた作品だったなあと。あの笠智衆が陸上選手を演じているのが目を引く。

花形選手(1937) A Star Athlete dvd.jpg清水宏 花形選手 1937 1.png 清水宏 花形選手 1937 行軍.jpg 花形選手vhs.JPG
花形選手(DVD) SYK109S」佐野周二/笠智衆 「花形選手 [VHS]

清水宏 花形選手 1937 徒競走.png 大学陸上部の花形選手である関(佐野周二)と谷(笠智衆)は親友ながらライバル。時節を反映して行軍軍事教練が実施され、学生らは軍歌を歌いながら田舎道行く。時に早足で、時に川を渡って行軍の道すがらでは、モガ(モダンガール)一清水宏 花形選手 1937 2.png行とのやり取りがあったり、腹痛起こす学徒が出たりする。関は門付(かどづけ)の女(坪内美子)の連れの子供に柿をあげたりもする。行軍は宿泊する村に到着する。しかし、柿をあげた女の子が病気になったこと清水宏 花形選手 1937 4.pngを知って関は―。

 清水宏監督自身の「大学の若大将」('33年)と同じく大学の運動部が舞台ですが、1937年盧溝橋事件発生の年の作品とあって、陸上部本来の練習よりも軍事教練(陸上部の自発的行事?)の方に比重がかかっている―とは言え、行軍はどことなくハイキング(秋の遠足?)に似た雰囲気もあり、その過程で女学生集団との抜きつ抜かれつや、その中の一人の関に対する想いがあったり、学生達と宿営先の村人達の交流などが淡々と描かれていたり、更には、女の子の病気を治してみせようという偽祈祷師が出てきたりするところはやはりこの監督らしいです(脚本の鯨屋當兵衛は清水宏・荒田正男のペンネーム)。

清水宏 花形選手 1937 坪内.png清水宏 花形選手 1937 3.png 関が女の子にあげたのは渋柿だったようですが、そんなに重い症状になるものかな。女(坪内美子)が治療費を工面するため売春に走るというのは、戦前と戦後の違いはありますが、小津安二郎監督の「風の中の牝雞」('48年)でも、子供が病気になって田中絹代演じる母親が曖昧宿に行くという状況がありました。

 そうした女の動きを関が見とがめ、「芸人がお座敷に行くのになぜ三味線を持っていないのだ」と詰め寄り、二人が沈黙して佇んでいるところを陸上部の連中に見られ、逢引と勘違いされて関は退学・退部勧告をされそうに―そこへ谷が現れ、仲間の前で関に対し何発か鉄拳を喰らわして、"制裁"完了ということで関は許されることに。関は谷に感謝しますが、谷は最初から全てをお見通しだったのか、それとも、関がそんな男ではないという信念からの行動なのか?

笠智衆(谷)/佐野周二(関)
花形選手1.jpg 軍事教練を戯画化して描いているようなところに清水宏の反骨を感じますが、物語としては結局何てことはない、男同士の友情を描いた作品だったなあと。あの笠智衆が陸上選手を演じているというのが見所、と言うより意外性があるかな(400メートル走選手? 時計回りで走っている)。佐野周花形選手   .jpg二24歳に対し、笠智衆はこの時33歳くらいでしょうか。学生を演じるのにはきつい年齢のはずですが、後年の老け役のイメージの反動からか、実年齢より若く見えます(因みに、隊長役の大山健二も笠智衆と同い年。見るからにオッサンだけれども、「大学の若旦那」(1933年)の応援団長と似たような役どころだからいいのか)。アスリートである谷の、セリフのトーンだけがあの"笠智衆"調なので、観ていて奇妙なギャップ感がありました。

花形選手 title.jpg清水 宏 「花形選手」.jpg「花形選手」●制作年:1937年●監督:清水宏●脚本:鯨屋當兵衛(清水宏・荒田正男)/荒田正男●撮影:猪飼助太郎●時間:64 分●出演:佐野周二/日守新一/近衛敏明/笠智衆/大山健二/坪内美子/爆弾小僧/突貫小僧/水戸光子/小牧和子/東山光子/森川まさみ/槇芙佐子●公開:1937/10●配給:松竹大船(評価:★★★)
「花形選手」(1937)スチール写真

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運命を別つ旧女友達。及川道子の"淪落の女"ぶりに注目。伴奏付きで観たいメロドラマ作品。

港の日本娘 1933.jpgIMG_4360.JPG 港の日本娘 娼館.jpg
港の日本娘 [VHS]」井上雪子/及川道子  「港の日本娘」 江川宇禮雄/及川道子

港の日本娘 女学生時代.jpg 横浜居留地跡の女学校に通う砂子(及川道子)とドラ(井上雪子)は大の仲良し。砂子にヘンリー(江川宇禮雄)というボーイフレンドができてからも、ドラは砂子のことを気にかけてくれている。そうした中、ヘンリーが新しい恋人・シェルダン耀子(澤蘭子)のもとに行ってしまった砂子は、嫉妬に駆られて耀子を拳銃で撃ってしまう。歳月が流れ、長崎、神戸と港町をわたりながら、水商売をしていた砂子が再び横浜に帰ってくることになった。いまやヘンリーはドラと結婚して幸福な家庭を築いている。孤独な砂子をヘンリーとドラの夫婦は温かく迎えるが、なかなか昔のような関係には戻らない。砂子の情人である売れない画家の三浦(斎藤達雄)の悪戯のせいで、その関係は更に複雑になる―。

 清水宏監督の1933(昭和8年)サイレント作品で、横浜・神戸の旧居留地が舞台背景である上に、主演の及川道子はともかく、江川宇礼雄(本名ウィリー・メラー、後に江川ウレオ。ドイツ人と日本人のハーフ)、井上雪子(オランダ人と日本人のハーフ)といった役者陣で、かなりバタ臭い印象もあります。昔の乙女が今や娼婦になっていてかつての恋人と再会するというのはマービン・ルロイの「哀愁」('40年)みたいですが、この「港の日本娘」の方が7年早い作品です(但し、「哀愁」は1931年作品のリメイク)。

Japanese Girls at the Harbor (Minato no nihon musume) - Hiroshi Shimizu (1933)

港の日本娘 女学生時代 スチール.jpg 恋敵を銃で撃ったことで砂子の人生は暗転していったようですが、「その後どうなったかは、日記にでも聞いてみなさい」とのト書きが出て、途中の過程はスッパリ飛ばして、砂子は神戸の居留地で娼婦になっています。横浜に戻っても同様で、一緒に横浜に来たマスミ(逢初夢子)は、「足抜け」すると砂子に言いに来た直後に警察に連行されてしまうし(何かの犯罪に関与して逃亡を図っていたわけか)、妙子の八方塞がりのような状況がますます浮き彫りになります。

「港の日本娘」(1933)スチール写真
                              
港の日本娘」01.jpg 横浜で妙子は自分を訪ねて来たヘンリーと再会、妙子もヘンリーとドラを訪ね、その幸せそうな家庭を見て複雑な心境に。一方、三浦が(アパートで洗濯やアイロン掛けをしていて、居候と言うより殆どヒモ状況)、隣に越して来た女性が職を探していると港の日本娘」02.jpg言っていたその女性は、医者にも見捨てられた病に冒されているとのことで、妙子が会ってみると何とそれはあの●●だった―。その淪落ぶりは妙子以上で、「こんな雨の晩に世間から見捨てられて一人ぼっちで死んでいくなんて随分惨めね」と。この辺りが、この作品のクラ清水宏監督作品 第一集_.jpgさの「底」でしょうか。しかし、妙子は彼女から真面目に生きれば世間はいつか許してくれるといった啓示を受けて、三浦を連れて横浜を去ることに(どこへ向かうんだろう?)。

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 妙子を演じた及川道子(1911-1938/享年26)は、早逝したこともあってか「永遠の処女」などと呼ばれることもある女優ですが、この及川道子1.jpg作品では、清楚なセーラー服姿と高島田を結った淪落の女の両方を見ることができ、清水宏監督の初期作品に多く出演しながら、そのフィルムが殆ど現存していなかったりすることからも、本作は貴重な映像作品と言えるかもしれません(特に後半の港の日本娘 神戸.jpg港の日本娘 蘭.jpg淪落ぶりに注目)。因みに、シェルダン耀子を演じた澤蘭子(宝塚歌劇団出身の"純粋"日本人)は2003年に99歳で逝去、ドラ役の井上雪子(こちらは役柄通りハーフ)は2012年に97歳で逝去しています。

及川道子(1911-1938/享年26)/澤蘭子(1903-2003/享年99)

 小津安二郎の初期作品では欠かせない斎藤達雄(1902-1968/享年65)が、人の良さそうな売れない画家を演じて、三浦とどちらが妙子の夫っぽく見えるか張り合うなど軽妙な味を出していますが(この作品で唯一のコメディコント的シーン港の日本娘 齋藤.jpg港の日本娘  江川.jpg)、斎藤達雄は小津安二郎の「生れてはみたけれど」('32年)でサラリーマン家庭の父親を演じた翌年の作品なのだなあと(役作りで前作より若く見える)。ヘンリーを演じた江川宇禮雄(1902-1970/享年68)も、同じくこの作品の前年に小津安二郎監督の「青春の夢いまいづこ」('32年)に主演で出ています。

斎藤達雄(1902-1968/享年65)/江川宇禮雄(1902-1970/享年68)

小津安二郎 江川宇礼雄 (エガワ・ウレオ).jpg 江川宇禮雄(本名:江川ウレオ、ウィリー・メラー)は、小津作品「大学は出たけれど」('29年)の高田稔(1899-1977)、「東京の合唱(コーラス)」('31年)の岡田時彦(1903-1934)などとも交友のあった人で、戦後も小津安二郎監督の「彼岸花」('58年/松竹)に佐分利信の同窓会で北竜二、笠智衆らと共に同窓生役で出演したりしていますが、個人的にリアルタイムで見たのは「ウルトラQ」('66年)の「一の谷博士」役でした。

 この映画、隣に越してきたのが偶然にも因縁の女性だったとか、出来過ぎた話の部分もありますが、後半から終盤にかけての展開は目が離せないといった感じで、人生に対する肯定で終わるラストも、それまでの落ち込んだ雰囲気を一気に盛り返して、この監督らしい作品だなあと思いました。

港の日本娘 横浜.jpg港の日本娘 背景1.jpg 基本的にはメロドラマかと思いますが、最初の展開が分かりづらいのと、プロセスにおいて話が結構暗かったかなあ。純粋にサイレント(音無し)で観るにはややキツイ面もあり(公開時には活弁に加え、テーマソングや野口雨情作詞の挿入歌が流された)、一方、最近横浜などで行なわれている上映会では(この作品、横浜・神戸の両港港の日本娘 出航.jpg町の昭和初期の様子がよく窺える)、大方、活弁やライブの音楽伴奏が付くようで、そうした状況で観ることが出来れば、より堪能出来る作品のように思いました。そうした機会が訪れる期待と映像のレア度を加味して星半分ぐらいオマケしました。伴奏付き(出来れば活弁バージョンで)DVD化して欲しい。

「港の日本娘」●制作年:1933年●監督:清水宏●脚本:陶山密●撮影:佐々木太郎●原作:北林透馬●時間:72分●出演:及川道子/井上雪子/江川宇禮雄/澤蘭子/逢初夢子/斎藤達雄/南條康雄●公開:1933/06●配給:松竹蒲田(評価:★★★★)

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笑いをきめ細かく揃えたコメディ。脚本も巧みだが、一部"キャラクター過剰"が引っ掛かった。

大学の若旦那 vhs.jpg大学の若旦那vhs1933  .JPG  大学の若旦那 01.jpg
大学の若旦那 [VHS]」    The Boss's Son at College (1933)(中央:藤井貢)

「大学の若旦那」02.jpg 醤油問屋「丸藤」の若旦那・藤井実(藤井貢)は大学ラグビー部の花形選手だが、半玉芸達・星千代(光川京子)との仲が公になり退部させられる。ラグビー嫌いの父親(武田春郎)はこれで息子も商売に身が入ると喜ぶが、藤井の方は、今度はラグビー部の後輩・北村(三井秀男)の姉でレビューガールのたき子(逢初(あいぞめ)夢子)に入れ 込んでレビューに足しげく通うようになる。そうした藤井をよそにチームは猛練習を続けていたが、大事な試合を目前にして、どうしても試合に勝つために藤井を復部させることを決める―。

大學の若旦那 (1933年1.jpg 清水宏(1903-1966/享年63)監督の1933年作品で、サイレント・サウンド版(BGMの他に応援団の手拍子などの効果音が入る)。原作者の「源尊彦」は清水のペンネームであり、この人、小津安二郎監督の「大学は出たけれど」('29年)の原作も書いています。若旦那「藤井実」役の藤井貢(1909-1979/享年70)は慶應義塾大学ラグビー部出身、ラグビー日本代表として初のキャップにもなった人で、ケガで'31年に引退、'32年に松竹蒲田に入り、この作品及びその後の「大学の若旦那」01.jpg同シリーズ作でスターダムに。

[左]光川京子(星千代)・藤井貢(若旦那・藤井実)/[右]大山健二(柔道部主将兼応援団長・堀部)

 このシリーズは後の加山雄三の「若大将シリーズ」の原型となりますが、加山雄三の父・上原謙のデビュー作は、清水宏監督の「若旦那・春爛漫」('35年/松竹蒲田)です(学生達の1人として出演)。息子・加山雄三の「若大将シリーズ」の方にはアメリカンラグビー部(今で言うアメフト)の話はあったけれども(「エレキの若大将」('65年/東宝))、ラグビーの話は無かったように思います。因みに「若大将シリーズ」が始まった1961年頃の大学進学率(男子)は15%くらい。この「若旦那シリーズ」の頃の大学進学率は数%でしょうか。一応、当時の大学生はエリートであるわけです。

 芸者屋で藤井らと鉢合わせする藤井映画論叢 水久保澄子.jpgの叔父役の坂本武(簾髪の鬘(カツラ)を被大学の若旦那 03.jpgっての出演)や、藤井の妹の婿で気の弱そうな若原役の斎藤達雄、ラグビー部員役の日守新一など、小津安二郎の初期作品の常連が脇を固め、笠智衆もその他大勢のラグビー部員の中の一人としてノンクレジットで出ています(笠智衆は、清水宏監督の「花形選手」('37年)では佐野周二とライバルの大学陸上選手の役で出ている)。

 女優陣では、藤井の逢初 夢子2.jpg2人の妹のうち、嫁に行った上の妹みな子を坪内美子、下の妹みや子を、後に転落・流転の道を歩む水久保澄子4.jpgことになる"伝説のアイドル女優"水久保澄子(1916-没年不明)が演じています(この映画におけるもう一人のアイドル、レビューガールを演じた逢初夢子(1915- )の方はベルリンオリンピック水泳金メダリストの遊佐正憲と結婚した)。
逢初(あいぞめ)夢子(上)/水久保澄子(右)

光川京子(星千代)/水久保澄子(みや子)(「大学の若旦那」スチール写真)
水久保澄子(みや子)
大學の若旦那 (1933年).jpg 星千代が藤井の練習ぶりを見たいと言うので、妹のみや子からセーラー服を宴会芸用と偽って借り出し、クルマの中で着替えさせ、女学生らしい歩き方も指南。ところが、星千代を連れてきた練習場に偶々みや子が通りかかり慌てて星千代を隠そうする―といったドタバタ・コメディ調の場面もあれば、藤井が芸者屋へ通うために、糸に繋いだカブトムシを使って帳場の金銭籠から紙幣を釣り上げるというコントみたいな場面もあったりし、更に芸者屋の女中が応援団を暴力団と勘違いしたり(柔道部主将で応援団長の堀部役の大山健二、当時29歳であるにしても角帽を被っているのに間違えられるかなあ)、星千代がセーラー服姿で大学に来て人前で藤井のことを思わず「若旦那」と呼んでしまう(まさに「大学の若旦那」)といったちょっと笑える場面等々、大・中・小の笑いをきめ細かく揃えたという印象です。

 更にきめ細かいのは脚本。藤井の父・五兵衛 は店の番頭忠一(徳大寺伸)をみや子の婿にしたいと思っているが、忠一は星千代のことを想っており、また、嫁に行ったみな子は、若原の様子から察するに夫婦仲がイマイチのよう。義弟とは言え、年長者の相談に乗ってやる藤井ですが、芸者に入れ込んでいる彼の姿を見て、憤慨して帰ってしまう―でも、調子よく義兄弟の契りを交わして、芸者遊びの道に彼を引き摺り込んだ張本人は藤井自身なんだけど。

大学の若旦那(逢初(あいぞめ)夢子).jpg 藤井を巡る女性たちだけでなく、こうした複数の男女の関係性をテンポ良く織り交ぜて巧みですが、一方で、ちょっとやり過ぎではないかと思われる場面も目立ったかなあ。星千代に兄と別れるように迫るみな子、たき子を「藤井をダメにしやがって」と平手打ちする彼女の弟・北村、等々(藤井と彼を崇拝する北村との関係はややホモセクシュアルな感じもあるが、北村が藤井を巡って妹に嫉妬したというのは穿った見方か)。

逢初夢子(たき子)

 こうした"キャラクター過剰"の極めつけは、星千代と付き合っていて、たき子が目の前に現れるとさっさとそちらに乗り換える藤井の"無節操"でしょうか。まあ、星千代とは最初から遊びの付き合いだったフシもありますが、たき子にも去られて、試合のスポ根ドラマ的な大逆転勝利で祝勝ムードに沸くロッカールームで、シャワーに紛らせながら涙にむせぶ場面も、それほど心には響いてきませんでした。街を歩いていて女性たちに囲まれ、芸者にサインをせがまれるわけだから(扇子に横文字でサインしてる)、元々気質的には学生またはフツー人と言うよりも芸能人に近いのかも。

 小津安二郎の「学生ロマンス 若き日」('29年、脚本:伏見晁)と比べてみると面白いかも(共に学生が角帽を被っていることから、モデルはどちらも早稲田大学か)。こうした作品のお手本はロイドの「人気者」('25年)やキートンの「カレッジ・ライフ」('27年)なのでしょう(小津安二郎も清水宏も熱烈なアメリカ映画のファンだった)。ほのぼのとした雰囲気が楽しめる佳作だと思いますが、コメディとはやや外れた"キャラクター過剰"(星千代やたき子がその犠牲となっている)に対して星半分減点しました。

大学の若旦那 タイトル.jpg「大学の若旦那」●制作年:1933年●監督:清水宏●脚本:荒田正男●撮影:青木勇/佐々木太郎●原作:源尊彦●時間:86分●出演:藤井貢/武田春aizomeyamagatafujii1935aug.jpg逢初夢子.jpg郎/坪内美子/水久保澄子/坂本武/斎藤達雄/徳大寺伸/光川京子/若水絹子/大山健二/日守新一/山口勇/三井秀男/逢初夢子/吉川満子/笠智衆(ノンクレジット)●公開:1933/11●配給:松竹蒲田(評価:★★★☆)
逢初夢子(1935(昭和10)年:雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」)

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