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1945年から1980年の「カルトムービー」を紹介。単著なのでまとまりがあった。

カルトムービー本当に面白い日本映画 1945→1980.jpgカルトムービー本当に面白い日本映画 1981「→2013.jpg  誘惑 1948.jpg 誘惑 1948年).jpgあの頃映画 誘惑 [DVD]
カルトムービー 本当に面白い日本映画 1945→1980 (メディアックスMOOK)』['13年]カバー「黒線地帯」('60年/新東宝)天知茂/三原葉子『カルトムービー 本当に面白い日本映画 1981→2013 (メディアックスMOOK)』['14年]

 1945年から1980年に公開された、ベストテン映画ではないが面白い「カルトムービー」154作を紹介したもの。単著(一人の著者によるもの)なので、トーンが均一でまとまりがありました(著者は続編として『カルトムービー 本当に面白い日本映画 1981→2013』('14年)も上梓しているが、個人的にはこの"前編"の方が馴染みの作品が多かった)。

IMG_1象を喰った連中.JPG 吉村公三郎監督の「象を喰った連中」('47年)は、確かに、冒頭の出演者のクレジットもわざわざ「象を喰った連中」と「象は喰はない連中」に分けて紹介するというユーモアがありました。本書によれば、宝塚の動物園で病死した象の肉を食べた連中がワクチンを探して大騒ぎになった、という記事を読んだ吉村公三郎監督の着想で生まれた作品とのことで、半分"実話"だった? 最後、著者は、ラストシーンで死を免れたことを喜び、阿部徹が妻と抱き合うシーンで手だけアップになるところが秀逸なのに、「下品だと書いたバカな評論家が当時一人いたことを付け加えておく」と(誰?)。

IMG_2女真珠王の復讐.JPG 志村敏夫監督の「女真珠王の復讐」('56年)は、日本映画史上、女優が初めて大胆なオールヌードを見せた作品として知られ、そのほかにも、前田通子がビキニ姿で海中に潜ったり、手だけで胸を隠して逃げ回るシーンがあるため、単にセクシー映画と見られがちですが、著者は、スピード感溢れるドラマ展開の作りに驚嘆させられると。しかし、やっぱりこの映画は、漂流した一人の女性と32人の男性が南洋の小島で共同生活を送るうちに、女性を巡って殺し合いするまでに発展した、あの「アナタハン事件」がモデルだったのかあ。

IMG_3点と線.JPG 小林恒夫監督の「点と線」('58年)は、犯人の妻役で登場した高峰三枝子は当時40歳で28歳の病弱な妻を演じていますが、著者の言うように、映画の中では年齢に触れられていないので、単に病弱な妻として見れば違和感はないかも。普通なら犯人役など引き受けない大女優がこの役を引き受けたことで、後の市川崑監督の「犬神家の一族」('76年)への出演に繋がり、ブルーリボン助演女優賞を受賞するまでになったと著者は述べています。時刻表のアップは、カラーのシネマスコープでは技術上撮れなかっため、10畳ほどの大きさの時刻表を作り、レールに載せたカメラで接写したとのこと。東京駅のプラットホームの撮影も、国鉄が協力し、列車が止まった深夜に行われたとのこと。本書によって、撮影の苦労の跡が窺えました。

IMG_4モスラ.JPG 本多猪四郎監督の「モスラ」('61年)は、個人的には生まれて初めて観た特撮怪獣映画であり、思い出深いのですが(記憶自体はあとで観直して補強された面もあるかと思うが)、日米合作映画として作られたのだなあ。契約でアメリカのシーンを入れることになっていたのに、予算の都合で日本のシーンだけで撮影を終わらせたところ、アメリカ側から抗議を受け(そりゅあ怒る)、ラストはロリシカ国(ロシアとアメリカの合成語?)に逃げた悪徳興行師(あの小美人を金儲けのために見世物にした)を追って成虫モスラがニューヨークの摩天楼やサンフランシスコの金門橋と思われる街並みを破壊するシーンを撮り直したそうです(観てみたい!)。

IMG_5乾いた花.JPG 篠田正浩監督、石原慎太郎原作の「乾いた花」('64年)は、博打シーンを克明に映像化する篠田正浩監督に対し、脚本の馬場当は物語の骨子が見えにくくなったと不満であったとのことで、配給予定だった松竹も中身が難解だとして公開を見送って8カ月後にやっと封切り、しかも、加賀まりこはスタイリッシュだが裸シーンは本人もそれ以外も無く、人が殺されるシーンも池部良がヤクザの親分を刺すシーンのみで、それも効果音無しの荘厳なオペラでのBGM。それなのに映倫が成人映画に指定(著者は博打シーンのためではないかと推測)-だったにも関わらず、公開されると大ヒットだったとのことです(池部良の本作での演技が、「昭和残侠伝」('65年)での高倉健との共演に繋がった)。

IMG_6大魔神.JPG そのほか、安田公義監督の「大魔神」('65年)(大魔神の身長を4.5メートルに設定し、それは人間の身長の2.5倍の高さが人間が見上げたときに一番恐怖を感じるからという理IMG_7ある殺し屋.JPG由からだったそうだ)、森一生監督、藤原審爾原作の「ある殺し屋」('67年)(市川雷蔵のカッコよさ。「歌手の小林幸IMG_8盲獣.JPG子がまだ中学生で、小料理屋の女中を演じているのもご愛嬌」)や、増村保造監督、江戸川乱歩原作の「盲獣」('67年)(「登場人物たった三人」)など、二頁見開きで紹介されている作品と、そのほかに一頁紹介の作品がありますが、自分がちょっと気にかけている作品がどれも二頁見開き紹介なのが嬉しいです(それだけ、「カルトムービー」としては"メジャー"と言えるのかも)。
    
誘惑ges.jpg誘惑2.jpg 一頁紹介の作品の方がもしかしたら"カルト度"は高いのかなとも思ってしまいますが、そんな一頁紹介作品の中に、吉村公三郎監督の「誘惑」('48年)がありました。吉村公三郎監督としては「象を喰つた連中」「安城家の舞踏会」に次ぐ終戦後第三回作品で、原節子が女子医科大で医者を目指す女子大生役で、唯一の肉親であった父を亡くし、佐分利信が演じる、父の教え子だった妻子ある男性の家に、子どもたちの家庭教師として住み込むことなって、そこから当初無邪気に見えた彼女が次第に小悪魔的に見えるよう変貌し、杉村春子演じる病身の妻がそれに嫉妬するというもの。原節子には、以前から彼女のことが好きだった誘惑547.jpgという男子大学生も現れて、いろいろあった末、最後は、死に行く杉村春子が原節子に夫と妻を託し、原節新藤兼人.png子は迷った末に佐分利信の下へ―(脚本は新藤兼人(1912‐2012/享年100))。ラスト、雪の中、窓辺に立って、「佐分利信へ抱っこをねだるように両手を差し出す原節子」を(実際に佐分利信はお姫様抱っこして彼女を部屋に迎え入れる)、著者は、その仕草が「彼女を再び純愛娘に変えてしまった」としていますが、これってある種"略奪婚"映画ではないかと。メロドラマらしく比較的丁寧に作られていますが、後に原節子が小津安二郎作品などで演じる女性像とあまりに違っているため、作っている側が意図しないところで「カルトムービー」になったような気がします。そ東京の女性3s.jpg東京の女性1.jpgの意味では、原節子が19歳の時に仕事と恋の狭間で悩むキャリアウーマン(高級外車のセールスウーマン)を演じた丹羽文雄原作、伏水修監督の「東京の女性」('39年/東宝)なども「カルトムービー」と言えるかもしれません。

「東京の女性」('39年/東宝)
         

カルトムービー本当に面白い日本映画 1945→1980ges.jpg黒線地帯 1960 vhs.jpg「黒線地帯」●制作年:1960年●監督:石井輝男●製作:大蔵貢●脚本:石井輝男/宮川一郎●撮影:吉田重石井輝男 黒線地帯8.jpg業●音楽:渡辺宙明●時間:80分●出演:天知茂/三原葉子/三ツ矢歌子/細川俊夫/吉田昌代/魚住純子/ 守山竜次/鳴門洋二/宗方祐二/瀬戸麗子/南原洋子/菊川大二郎/鮎川浩/城実穂/浅見比呂志/板根正吾/山村邦子/桂京子/小高まさる/大谷友彦/水上恵子/国創典/倉橋宏明/宮浩一/晴海勇三/村山京司/原聖二●公開:1960/01●配給:新東宝(評価:★★★★)

象を喰った連中 001.jpg象を喰った連中01.jpg「象を喰った連中」●制作年:1947年●監督:吉村公三郎●製作:小倉武志●脚本:斎藤良輔●撮影:生方敏夫●音楽:万城目正 /仁木他喜雄●時間:84分●出演:日守新一/笠智衆/原保美/神田隆/安部徹/村田知英子/空あけみ/朝霧鏡子/文谷千代子/岡村文子/若水絹子/植田曜子/奈良真養/高松栄子/志賀美彌子/中川健三/遠山文雄/西村青兒/永井達郎/横尾泥海男●公開:1947/02●配給:松竹大船(評価:★★★)
   
女真珠王の復讐00.jpg女真珠王の復讐1b.jpg女真珠王の復讐 ps.jpg「女真珠王の復讐」●制作年:1956年●監督:志村敏夫●製作:星野和平●脚本:相良準/松木功●撮影:友成達雄●音楽:松井八郎●原作:青木義久「復讐は誰がやる」●時間:89分●出演:前田通子/宇津井健/藤田進/丹波哲郎天知茂/三ツ矢歌子/遠山幸子/小倉繁/若月輝夫/芝田新/林寛/沢井三郎/光岡早苗(後に城山路子)/保坂光代/藤村昌子/石川冷/宮原徹/菊地双三郎/高村洋三/有馬新二/山田長正/国創典(後に邦創典)/伸夫英一/倉橋宏明/高松政雄/山川朔太郎/北一天知茂s.jpg馬/村山京司/竹中弘直/小林猛/川部修詩/大谷友彦/草間喜代四/岡女真珠王の復讐  丹波s.jpg竜弘/池月正/三宅実/西一樹/東堂泰彦/三井瀧太郎/三村泰二/沢村勇/山口多賀志/万里昌子(後に昌代)/有田淳子/藤田博子/森悠子/ジャック・アルテンバイ●公開:1956/07●配給:新東宝(評価:★★★)
天知茂/丹波哲郎
    
「点と線」 ポスター.jpg「点と線」 ポスター2.jpg「点と線」●制作年:1958年●監督:小林恒夫●企画:根津昇 ●脚本:井手雅人●撮影:藤井静●音楽:木下忠司●原作:松本清張「点と線」●時間:85分●出演:南廣/高峰三枝子/山形勲/加藤嘉志村喬点と線 志村喬.jpg点と線 加藤嘉.jpg点と線_m.jpg点と線 DVD.jpg三島雅夫/堀雄二/河野秋武/奈良あけみ映画 「点と線」(1958年/東映) .jpg/小宮光江/月丘千秋/光岡早苗/楠トシエ/風見章子/織田政雄/曽根秀介/永田靖/成瀬昌彦/神田隆/小宮光江/増田順二/奈良あけみ/花沢徳衛/楠トシエ●劇場公開:1958/11●配給:東映●最初に観た場所:池袋文芸地下(88-01-23) (評価★★★☆)●併映:「黄色い風土」(石井輝男)/「黒い画集・あるサラリーマンの証言」(堀川弘通)
 
           
モスラ4S.jpg「モスラ」●制作年:1961年●監督:本多猪四郎●製作:田中友幸●脚色:関沢新一●撮影:小泉一●音楽:古関裕而●特殊技術:円谷英二●イメージボード:小松崎茂●原作:中村真一郎/福永武彦/堀田モスラ_1.jpg善衛「発光妖精とモスラ」●時間:101分●出演:モスラ111 .jpgフランキー堺小泉博香川京子/ジェリー伊藤/ザ・ピーナッツ(伊藤エミ、伊藤ユミ)/上原謙/志村喬/平田昭彦/佐原健二/河津清三郎/小杉義男/高木弘/田島義文/山本廉/加藤春哉/三島耕/中村哲/広瀬正一/桜井巨郎/堤康久●公開:1961/07●配給:東宝●最初に観た場所(再見):新宿シアターアプル (83-09-04)(評価:★★★☆)●併映:「三大怪獣 地球最大の決戦」(本多猪四郎)

乾いた花sim.jpg乾いた花  title.jpg「乾いた花」●制作年:1964年●監督:篠田正浩●製作:白井昌夫/若槻繁●脚本:馬場当/篠田正浩●撮影:小杉正雄●音楽:武満徹/高橋悠治●原作:石原慎太郎●時間:99分●出演:池部良/加賀まりこ/藤木孝/原知佐子/中原功二/東野英治郎/三乾いた花 (1).jpg上真一郎/宮口精二/佐々木功/杉浦直樹/平田未喜三/山茶花究/倉田爽平/水島真哉/竹脇無我/水島弘/玉川伊佐男/斎藤知子/国景子/田中明夫●公開:1964/03●配給:松竹(評価:★★★★)

大魔神2.jpg大魔神 blu-ray.jpg「大魔神」●制作年:1966年●監督:安田公義●製作総指揮:永田雅一●脚本:吉田哲郎●撮影:森田富士郎●音楽:伊福部昭●時間:84分●出演:高田美和/青山良彦/二宮秀樹/藤巻潤/五味龍太郎/島田竜三/遠藤辰雄/杉山昌三九/伊達三郎/月宮於登女/出口静宏/尾上栄五郎/伴勇太郎/黒木英男/香山恵子/木村玄/橋本力(大魔神)●公開:1966/04●配給:大映(評価:★★★☆)大魔神 Blu-ray BOX

市川雷蔵 in「ある殺し屋」
「ある殺し屋」森一生 1967.jpgある殺し屋3.jpg「ある殺し屋」●制作年:1967年●監督:森一生●脚本:増村小林幸子 3.jpg保造/石松愛弘●撮影:宮川一夫●音楽:鏑木創●原作:藤原審爾「前夜」●時間:82分●出演:市川雷蔵/野川由美子/成田三樹夫/渚まゆみ/ある殺し屋小林幸子.jpg小林幸子(当時13歳)/小池朝雄/千波丈太郎/松下達夫/伊達三郎/「ある殺し屋」4.bmp「ある殺し屋」3.bmp浜田雄史●公開:1967/04●配給:大映●最初に観た場所:大井ロマン(87-10-31)(評価:★★★★)●併映:「ある殺し屋の鍵」(森一生)
    
Môjû (1969) .jpg盲獣11.png盲獣090.jpg「盲獣」●制作年:1969年●監督:増村保造●脚本:白坂依志夫●撮影:小林節雄●音楽:林光●原作:江戸川乱歩「盲獣」●時間:84分●出演:船越英二/緑魔子/千石規子>●公開:1969/01●配給:大映(評価:★★★)
      
誘惑 原節子 佐分利 杉村.jpg誘惑   1948.jpg「誘惑」●制<作年:1948年●監督:吉村公三郎●製作:小倉武志●脚本:新誘惑」(1948年)原.jpg藤兼人●撮影:生方敏夫●時間:84分●出演:原節子/佐分利信/杉村春子/芳丘直美/河野祐一/山内明/殿山泰司/文谷千代子/神田隆/西村青児/高松栄子●公開:1948/02●配給:松竹吉村 公三郎 「誘惑」u01.jpg大船(評価:★★★)
吉村 公三郎 「誘惑」t.jpg

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スター男優、スター女優、名優・名脇役で辿る昭和邦画史。選ばれた100本はオーソドックスか。

邦画の昭和史_3799.JPG邦画の昭和史_3798.JPG邦画の昭和史.jpg   フラガール 映画  蒼井.jpg
邦画の昭和史―スターで選ぶDVD100本 (新潮新書)』映画「フラガール」       北日本新聞 2018.10.25
長部 日出雄.jpg 昨年['18年]10月に亡くなった作家の長部日出雄(1934-2018/84歳没)が雑誌「小説新潮」の'06年1月号から'07年1月号に間歇的に5回にわたって発表したものを新書化したもの。'73年に「津軽じょんから節」で直木賞を受賞していますが、元は「週刊読売」の記者で、その後、雑誌「映画評論」編集者、映画批評家を経て作家になった人でした。個人的には『大アンケートによる洋画ベスト150』('88年/文春文庫ビジュアル版)の中での、赤瀬川準、中野翠氏との座談が印象に残っています(赤瀬川隼も1995年に「白球残映」で直木賞作家となったが、この人も2015年に83歳で亡くなった)。

 本書は全3章構成で、第1章ではスター男優を軸に(いわば男優篇)、第2章ではスター女優を軸に(いわば女優篇)、第3章では名優・名脇役を軸に(いわば名優・名脇役篇)、それぞれ昭和映画史を振り返っています。

銀嶺の果て 中.jpg 第1章「戦後のスーパスターを観るための極め付き35本」(男優篇)で取り上げているのは、三船敏郎、石原裕次郎、小林旭、高倉健、鶴田浩二、菅原文太、森繁久彌男はつらいよ・知床慕情.jpg、加山雄三、植木等、勝新太郎、市川雷蔵、渥美清らで、彼らの魅力と出演作の見所などを解説しています。この中で、昭和20年代の代表的スターを三船敏郎とし、昭和30年代は石原裕次郎、昭和40年代は高倉健、昭和50年代は渥美清としています。章末の「35本」のリストでは、その中に出演作のある12人の俳優の内、三船敏郎が9本と他を圧倒し(黒澤明監督作品8本+黒澤明脚本作品(「銀嶺の果て」)、石原裕次郎は2本、高倉健は3本、渥美清も3本入っていて、さらに渥美清+三船敏郎として、「男はつらいよ・知床慕情」を入れています(したがって最終的には三船敏郎10本、渥美清4本ということになる)。

 第2章「不世出・昭和の大女優に酔うための極め付き36本」(女優篇)で取り上げているのは、原節子、田中絹代、高峰秀子、山本富士子、久我美子、京マチ子、三原葉子、藤純子、宮下順子、松阪慶子、浅丘ルリコ、吉永小百合、岸恵子、有馬稲子、佐久間良子、夏目雅子、若尾文子などで、彼女らの魅力と出演作のエピソードや見所を解説しています(京マチ子、先月['19年5月]亡くなったなあ)。文庫化にあたり、「大女優篇に+1として、破格ではあるが」との前置きのもと書き加えられたのが「フラガール」の蒼井優で(青井優と言えば、この映画で南海キャンディーズの山崎静代と共演した縁から、今月['19年6月]南海キャン蒼井優 フラガール.jpg蒼井優 山里亮太.jpgディーズの山里亮太と結婚したなあ)、本書に出てくる中で一番若い俳優ということになりますが、著者は彼女を絶賛しています。章末の「36本」のリストでは、原節子、田中絹代、高峰秀子の3人が各4本と並び、あとは24人が各1本となっていて、男優リストが12人に対して、こちらは27人と分散度が高くなっています。

 第3章「忘れがたき名優たちの存在感を味わう30本」(名優・名脇役篇)では、一般に演技派とか名脇役と呼ばれる人たちをを取り上げていますが、滝沢修、森雅之、宇野重吉、杉村春子、伊藤雄之助、小沢栄太郎、小沢昭一、殿山泰司、木村功、岡田英次、佐藤慶などに触れられていて、やはり前の方は新劇など舞台出身者が多くなっています。章末の「30本では、滝沢修、森雅之、宇野重吉、小沢栄太郎の4人が各2本選ばれており、残り22人が各1本となっています。

乾いた花  jo.jpeg 先にも述べたように、スター男優・女優や名優・名脇役を軸に振り返る昭和映画史(殆ど「戦後史」と言っていいが)であり、『大アンケートによる洋画ベスト150』の中での対談でも感じたことですが、この人は映画の選び方が比較的オーソドックスという感じがします。したがって、エッセイ風に書かれてはいますが、映画の選び方に特段のクセは無く、まだ日本映画をあまり見ていない人が、これからどんな映画を観ればよいかを探るうえでは(所謂「観るべき映画」とは何かを知るうえでは)、大いに参考になるかと思います。と言って、100本が100本メジャーな作品ですべて占められているというわけでもなく、女優篇の「36本」の中に三原葉子の「女王蜂と大学の竜」('03年にDVD化されていたのかあ)なんていうのが入っていたり、名優編の「30本」の中には、笠智衆の「酔っぱらい天国」(こちらは「DVD未発売」になっていて、他にも何本かDVD化されていない作品が100本の中にある)や池部良の「乾いた花」(本書刊行時点で「DVD未発売」になっているが'09年にDVD化された)など入っているのが嬉しいです(加賀まりこ出演作が女優篇の「36本」の中に入っていないのは、彼女が主演したこの「乾いた花」を男優篇の方に入れたためか。「キネマ旬報助演女優賞」を受賞した「泥の河」は、田村高廣出演作として名優篇の方に組み入れられている)。

フラガール 映画0.jpgフラガール 映画s.jpg 因みに、著者が元稿に加筆までして取り上げた(そのため「100本」ではなく「101本」選んでいることになる)「フラガール」('06年/シネカノン)は、個人的にもいい映画だったと思います。プロデューサーの石原仁美氏が、常磐ハワイアンセンター創設にまつわるドキュメンタリーをテレビでたまたま見かけて映画化を構想し、当初は社長を主人公とした「プロジェクトX」のような作品の構想を抱いていたのがフラガール 映画1.jpg、取材を進める中で次第に地元の娘たちの素人フラダンスチームに惹かれていき、彼女らが横浜から招かれた講師による指導を受けながら努力を重ねてステージに立つまでの感動の物語を描くことになったとのことで、フラガールび絞ったことが予想を覆すヒット作になった要因でしょうか。主役の松雪泰子・蒼井優から台詞のないダンサー役に至るまでダンス経験のない女優をキャスティングし、全員が一からダンスのレッスンを受けて撮影に臨んだそうです。ストーリー自体は予定調和であり、みうらじゅん氏が言うところの"涙のカツアゲ映画"と言えるかもしれませんが(泣かせのパターンは「二十四の瞳」などを想起させるものだった)、著者は、この映画のモンタージュされたダンスシーンを高く評価しており、「とりわけ尋常でない練習フラガール 映画6.jpgと集中力の産物であったろう蒼井優の踊り」と、ラストの「万感の籠った笑顔」を絶賛しています。確かに多くの賞を受賞した作品で、松雪泰子・富司純子・蒼井優と女優陣がそれぞれいいですが、中でも蒼井優は映画賞を総嘗めにしました。ラストの踊りを「フラ」ではなく「タヒチアン」で締めているのも効いているし、実話をベースにしているというのも効いているし(蒼井優が演じた紀美子のモデル・豊田恵美子は実はダンス未経験者ではなく高校でダンス部のキャプテンだったなど、改変はいくつもあるとは思うが)、演出・撮影・音楽といろいろな相乗効果が働いた稀有な成功例だったように思います。

蒼井優/山崎静代(南海キャンディーズ)
フラガール 映画d.jpgフラガール 映画2.jpg「フラガール」●制作年:2006年●監督:李相日(リ・サンイル)●製作: シネカノン/ハピネット/スターダストピクチャーズ●脚本:李相日/羽原大介●撮影:山本英夫●音楽:ジェイク・シマブクロ●時間:120分●出演:松雪泰子/豊川悦司/蒼井優/山崎静代(フラガール ダンサー.jpg南海キャンディーズ)/岸部一徳/富司純子/高橋克実/寺島進/志賀勝/徳永えり/池津祥子/三宅弘城/大河内浩/菅原大吉/眞島秀和/浅川稚広シネカノン有楽町1丁目03.jpg/安部魔凛碧/池永亜美/栗田裕里/上野なつひ/内田晴子/田川可奈美/中浜奈美子/近江麻衣子/千代谷美穂/直林真里奈/豊川栄順/楓●公開:2006/09●配給:シネカノン●最初に観た場所:有楽町・シネカノン有楽町1丁目(06-09-30)(評価:★★★★☆)

内田晴子/田川可奈美/栗田裕里/豊川栄順/池永亜美

蒼井優が演じた紀美子のモデル・レイモミ豊田(小野(旧姓豊田)恵美子)/常磐ハワイアンセンター最後のステージ
レイモミ豊田.jpg  

シネカノン有楽町1丁目(2010年1月28日閉館)/角川シネマ有楽町
シネカノン有楽町1丁目.jpg角川シネマ有楽町2.jpgシネカノン有楽町1丁目 2004年4月24日角川シネマ有楽町.jpg有楽町「読売会館」8階に「シネカノン有楽町」オープン。2007年10月6日「シネカノン有楽町1丁目」と改称。㈱シネカノン社の民事再生法申請により2010年1月28日閉館。2011年2月19日に角川書店の映像事業のフラッグシップ館として居抜きで再オープン(「角川シネマ有楽町」)

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刺殺体を巡る7人の"探偵"。パロディ精神と映画愛が密度濃く詰まっている。

殺人 MURDER 0.jpg 殺人 MURDER①.jpg 和田 誠 氏2.jpg 和田 誠  去年マリエンバートで dvd 2009_.jpg
「殺人 MURDER!」 (1964)           「去年マリエンバートで HDニューマスター版 [DVD]

殺人 Murder.jpg メイドがノックして入った部屋で刺殺体を発見し、大声で叫ぶ。この場面が7回繰り返され、回ごとに「MURDER!」というそれぞれ違ったタイトルロゴの後、様々な探偵が登場し、独自の方法で犯人を突き止め、逮捕に至る(逮捕殺人 MURDER①ホームズ.jpgされるのは常に同じ人物)。1人目は、ハンチングキャップ.を被りパイプを咥え、現場の遺留物や足跡など残された手掛かりの組み合わせから犯人を推理する探偵。2人目は、巻き口髭を生やし、肘掛椅子で葉巻を燻らせな殺人 MURDER② ポワロ.pngがら新聞記事を読み、創造力だけで事件を解決してみせる探偵。3人目は、ソフト帽を被って両手はいつもコートのポケットの中で、メイドへの質問を手始めに鉄道や船殺人 MURDER③サム・スペード.jpgを使って地道な聞き込みを行い、更にはバーに行って聞き込みをしてカクテルを飲んだり、飛行機に乗ったりして捜査を続け、犯人を見つける探偵。4人目からは、"探偵"という枠を超えた人物が登場し、トップハット殺人 MURDER④.pngを被った19世紀風の男が刺殺体を調べていると、死体が突然目を見開いて吸血鬼となって甦るも、男はニンニクと十字架でこれを退散させるという殺人 MURDER⑤007.pngオカルト・ホラー調。5人目は、007(ジェームズ・ボンド)風で、映画でよく知られている銃口をモチーフしたオープニングのパロディあり、美女との出会いや危険なア殺人 MURDER⑥科学者.pngクションありで、事件を解決して最後は美女とベッドイン。6人目は、SF映画のパロディ風で、科学者風の男が登場し、コンピュータにデータを打殺人 MURDER⑦.pngち込んで犯人を割り出す。本当の犯人はどうやら人間の躰を借りた宇宙人だったらしく、犯人の首がパカッと開いて、そこから空飛ぶ円盤へと帰って行く。最後7人目は、アートシアター風で、冒頭のタイトル及び刺殺体発見場面から最後まで全編モノクロ。映画「去年マリエンバートで」のパロディになっていて、探偵かと思われた男は、最後犯人探しはどうでもよくなっていて、出会った女と共に闇に消えていく。このパートだけ、犯人逮捕の場面はなく、ラストは「END」ではなく「FIN」で終わる―。
第1回「アニメーション・フェスティバル」('64年)チラシ
第1回「アニメーション・フェスティバル」.jpg 1964年秋、草月会館ホールで行われた第1回「アニメーション・フェスティバル」で上映するため、主催の「アニメーション三人の会」(久里洋二、柳原良平、真鍋博)から依頼されて和田誠が制作した16ミリのアニメーションで、音楽は八木正生(1932-1991)が担当し、時間が無い中で作られたというこの作品は、毎日映画コンクール・第3回「大藤信郎賞」を受賞しています(受賞理由では音楽も高く評価されている)。

 「アニメーション三人の会」が設立された'60年の段階では、柳原良平の「アンクルトリス」のCMを除きそれまで本格的なアニメーション制作の経験のなかった3人ですが、「三人の会」の活動は、日本の自主制作アニメーション界全体の活性化と次代の人材育成に繋がったほか(「三人の会」のメンバー作品のみの上映会は'60年、'61年、'63年の3回行なわれ、それが第4回以降「アニメーション・フェスティバル」となった)、「アニメーション・フェスティバル」を通じて、横尾忠則や宇野亜喜良など他の分野の芸術家がアニメーション制作を行なう契機にもなっています。

去年マリエンバートで 01.jpg この「殺人 MURDER!」は9分という長さの軽く楽しめる作品ですが、'64年という制作年で、しかも、「アニメーション三人の会」からの依頼で作った自主制作映画であったにしては、質的レベルはかなり高いように思います。『倫敦巴里』('77年/話の特集)に見去年マリエンバートで dvd 2016_.jpgられるパロディ精神が、この頃から横溢していたことを物語っていると共に、作者の"映画愛"が密度濃く詰まっている感じがし、'64年5月に日本で公開されたアラン・レネ監督の「去年マリエンバートで」('61年/仏)などがパロディ素材として使われていることに作者の慧眼を感じます(既にヴェネチア映画祭で金獅子賞を受賞してはいたが、後に映画史上もっとも難解な作品の一つと評されることになった)。
去年マリエンバートで [DVD]

去年マリエンバートで 03.jpg去年マリエンバートで   es.jpg 「去年マリエンバートで」は、脚本のアラン・ロブ=グリエ(1922-2008)自身の言によれば、黒澤明監督の「羅生門」('50年/大映)に触発れて作られた作品であり、つまりは芥川龍之介の「藪の中」を下敷きにした作品の一つと言えますが、"誰もあらすじを説明することができない映画"としても有名(?)でしょうか。何回観ても理解不能であり(そこが良くてまた観てしまう人もいると思うが)、この「殺人 MURDER!」の中での使われ方は、ややその辺りのアイロニーが込められているように思いました(和田誠は山田宏一との共著『たかが映画じゃないか』('78年/文藝春秋)で、フランス映画通の山田宏一へのコンプレックスをユーモラスに吐露している)。

殺人 MURDER図1.jpg 「殺人 MURDER!」の1人目と2人目の探偵はシャーロック・ホームズとエルキュール・ポアロがモデルであるのがすぐに分かるけれど、3殺人 MURDER②2.jpg人目は、前のエントリーで取り上げた『マルタの鷹』の探偵か。だとすれば、彼が飲むカクテルはマンハッタンということになるかもしれませんが、あの探偵、船や飛行機に乗ったりしたっけ。一方の捕まる犯人の方は、常に"久里洋二"風の男であるのが可笑しいです(そこだけ日本風)。フェスティバルでの上映では、最後の「去年マリエンバートで」篇が最も好評だったそうです(みんな「あの映画は(高踏的で?)無理に解らなくてもよい」と何となく安心した?)。

真鍋博「潜水艦カシオペア」('64年)(原画)/手塚治虫「人魚」('64年)
真鍋博「潜水艦カシオペア」1.jpg手塚治虫「人魚」.jpg なお、この第1回「アニメーション・フェスティバル」には、先に述べたように、主催者である久里洋二、柳原良平、真鍋博の作品のほかに横尾忠則や宇野亜喜良、さらには手塚治虫の作品なども出品されていますが、この和田誠の「殺人 MURDER!」以外では、真鍋博の「潜水艦カシオペア」、手塚治虫の「人魚」、横尾忠則の「アンソロジーNo.1」「KISS KISS KISS」などを観ました。真鍋博「潜水艦カシオペア」は、SF作家の都筑道夫が原作の"戦争が嫌いな潜水艦"を主人公に据えた寓話的短編で、米ソ冷戦の影響を受けつつも真鍋博らしいなあという印象(但し、ラストはアンハッピーエンド)。手塚治虫「人魚」は、空想を禁じられている架空の国が舞台で、ひとりの少年が助けた魚が人魚に変身してしまい、これはよからぬ空想の産物だとして少年は逮捕され、強制的に空想する力を奪い取られてゆくという管理社会の怖さとそこからの脱出を描いた作品。8分の短編にテリー・ギリアム監督のSF映画「未来世紀ブラジル」('85年/英)張りのテーマを込めてしまうところはさすがに手塚治虫といった横尾忠則「アンソロジーNo.1」1.jpg感じ。横尾忠則「アンソロジーNo.1」は、実験映画というよりは画像コラージュに近い作品。星、古城、太陽、木、鳥、女の顔、演奏、涙、指差す形、ピストル、決闘、死(死神、霊柩車、十字架)という風に、いくつかのイメージを集め、ポスターや本の表紙、自らが描いたイラストなどから切り取った静止画がほとんどで(一部動画もあり)、60年代という時代における"横尾忠則"を感じる作品とでもいうべきでした。これらの中ではやはり、和田誠の「殺人 MURDER!」と手塚治虫の「人魚」が頭一つ抜きん出ているでしょうか。更に言えば、和田誠が一番でした(何度観ても飽きない)。

和田 誠 「<殺人 MURDER!>」('64年)

横尾忠則「アンソロジーNo.1」('64年)

「殺人 MURDER!」●制作年:1964年●監督・製作:和田誠●撮影:古川肇郁/林政道●音楽:八木正生●時間:9分●公開:1964/09●配給:草月アートセンター(自主制作)(評価:★★★★☆)

去年マリエンバートで  チラシ.jpg去年マリエンバートでes.jpg「去年マリエンバートで」●原題:L'ANNEE DERNIERE A MARIENBAT●制作年:1961年●制作国:フランス・イタリア●監督:アラン・レネ●製作:ピエール・クーロー/レイモン・フロマン●脚本:アラン・ロブ=グリエ●撮影:サッシャ・ヴィエルニ●音楽:フランシス・セイリグ●時間:94分●出演:デルフィー去年マリエンバートで ce.jpgヌ・セイリグ/ ジョルジュ・アルベルタッツィ(ジョルジョ・アルベルタッツィ)/ サッシャ・ピトエフ/(淑女たち)フランソワーズ・ベルタン/ルーチェ・ガルシア=ヴィレ/エレナ・コルネル/フランソワーズ・スピラ/カ去年マリエンバートで 記事をクリップする_3.jpgリン・トゥーシュ=ミトラー/(紳士たち)ピエール・バルボー/ヴィルヘルム・フォン・デーク/ジャン・ラニエ/ジェラール・ロラン/ダビデ・モンテムーリ/ジル・ケアン/ガブリエル・ヴェルナー/アルフレッド・ヒッチコック●日本公開:1964/05●配給:東和●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会(81-05-23)(評価★★★?)●併映:「アンダルシアの犬」(ルイス・ブニュエル)

真鍋博「潜水艦カシオペア」title.png真鍋博「潜水艦カシオペア」2.jpg「潜水艦カシオペア」●制作年:1964年●監督・製作:真鍋博●協力:都築道夫/杉山正美/富澤幸男/岡田三八雄/染谷博/村瀬信夫/大野松雄/植田俊郎/池田亜都敦夫/片岡邦男/矢野譲/山内雅人●原作:都築道夫●時間:5分●公開:1964/09●配給:草月アートセンター(自主制作)(評価:★★★☆)

手塚治虫「人魚」title.jpg手塚治虫「人魚」2.jpg「人魚」●制作年:1964年●原案・構成・演出・作画:手塚治虫●製作:富岡厚司(虫プロのプロデューサー)●原画:山本繁●動画:沼本清海●撮影:佐倉紀行●音楽:冨田勲(ドビュッシー「牧神の午後の前奏曲」より)●時間:8分●公開:1964/09●配給:草月アートセンター(自主制作)(評価:★★★★)
           
アンソロジーNo.1 横尾忠則ド.jpg横尾忠則「アンソロジーNo.1 title.png横尾忠則「アンソロジーNo.1」2.jpg「アンソロジーNo.1」●制作年:1964年●監督・製作:横尾忠則●時間:7分●公開:1964/09●配給:草月アートセンター(自主制作)(評価:★★★☆)   
        

第1回「アニメーション・フェスティバル」('64年)チラシ
第1回「アニメーション・フェスティバル」2.jpg
《読書MEMO》
森卓也.jpg森卓也(映画評論家)の推すアニメーションベスト10(『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版))
○難破ス物語第一篇・猿ヶ島('30年、正岡憲三)
くもとちゅうりっぷ('43年、正岡憲三)
○上の空博士('44年、原案・横山隆一、演出:前田一・浅野恵)
○ある街角の物語('62年、製作構成:手塚治虫、演出:山本暎一・坂本雄作)
殺人 MURDER('64年、和田誠)
○長靴をはいた猫('69年、矢吹公郎)
ルパン三世・カリオストロの城('79年、宮崎駿)
うる星やつら2/ビューティフル・ドリーマー('84年、押井守)
○天空の城ラピュタ('86年、宮崎駿)
となりのトトロ('88年、宮崎駿)

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講談調で娯楽性が高く、伝説的虚構性を重視。「忠臣蔵」の初心者が大枠を掴むのに良い。

忠臣蔵(1958).jpg
忠臣蔵 1958_0.jpg
忠臣蔵 [DVD]」(2004) 主演:長谷川一夫

忠臣蔵 [DVD]」(2013)

滝沢修 忠臣蔵1958.jpg 元禄14年3月、江戸城勅使接待役に当った播州赤穂城主・浅野内匠頭(市川雷蔵)は、日頃から武士道を時世遅れと軽蔑する指南役・吉良上野介(滝沢修)から事毎に意地悪い仕打ちを受けるが、近臣・堀部安兵衛(林成年)の機転で重大な過失を免れ、妻あぐり(山本富士子)の言葉や国家老・大石内蔵助(長谷川一夫)の手紙により慰められ、怒りを抑え役目大切に日を過す。しかし、最終日に許し難い侮辱を受けた内匠頭は、城中松の廊下で上野介に斬りつけ、無念にも討忠臣蔵(1958)市川.jpgち損じる。幕府は直ちに事件の処置を計るが、上野介贔屓の老中筆頭・柳沢出羽守(清水将夫)は、目付役・多門伝八郎(黒川弥太郎)、老中・土屋相模守(根上淳)らの正論を押し切り、上野介は咎めなし、内匠頭は即日切腹との処分を下す。内匠頭は多門伝八郎の情けで家臣・片岡源忠臣蔵  昭和33年.jpg右衛門(香川良介)に国許へ遺言を残し、従容と死につく。赤穂で悲報に接した内蔵助は、混乱する家中の意見を籠城論から殉死論へと導き、志の固い士を判別した後、初めて仇討ちの意図を洩らし血盟の士を得る。その中には前髪の大石主税(川口浩)と矢頭右衛門七(梅若正二)、浪々中を馳せ参じた不破数右衛門(杉山昌三九)も加えられた。内蔵助は赤穂城受取りの脇坂淡路守(菅原謙二)を介して浅野家再興Chûshingura(1958).jpgの嘆願書を幕府に提出、内蔵助の人物に惚れた淡路守はこれを幕府に計るが、柳沢出羽守は一蹴する。上野介の実子で越後米沢藩主・上杉綱憲(船越英二)は、家老・千坂兵部(小沢栄太郎)に命じて上野介の身辺を警戒させ、兵部は各方面に間者を放つ。内蔵助は赤穂退去後、京都山科に落着くが、更に浅野家再興嘆願を兼ねて江戸へ下がり、内匠頭後室・あぐり改め瑤泉院を訪れる。瑤泉院は、仇討ちの志が見えぬ内蔵助を責める侍女・戸田局(三益愛子)とは別に彼を信頼している。内蔵助はその帰途に吉良方の刺客に襲われ、多門伝八郎の助勢で事なきを得るが、その邸内で町人姿の岡野金右衛門(鶴田浩二)に引き合わされる。伝八郎は刃傷事件以来、陰に陽に赤穂浪士を庇護していたのだ。一方、大石襲撃に失敗した千坂兵部は清水一角(田崎潤)の報告によって並々ならぬ人物と知り、腹心の女るい(京マチ子)を内蔵助の身辺に間者として送る。江戸へ集った急進派の堀部安兵衛らは、出来れば少人数でもと仇討ちを急ぐが、内蔵助は大義の仇討ちをするには浅野家再興の成否を待ってからだと説く。半年後、祇園一力茶屋で多くの遊女と連日狂態を示す内蔵助の身辺に、内蔵助を犬侍と罵る浪人・関根弥次郎(高松英郎)、内蔵助を庇う浮橋(木暮実千代)ら太夫、仲居姿のるいなどがいた。内蔵助は浅野再興の望みが絶えたと知ると、浮橋を身請けして、妻のりく(淡島千景)に離別を申渡す。長子・主税のみを残しりくや幼い3人の子らと山科を去る母たか(東山千栄子)は、仏壇に内蔵助の新しい位牌を見出し、初めて知った彼の本心にりくと共に泣く。るいは千坂の間者・忠臣蔵  昭和33年tyu.jpg小林平八郎(原聖四郎)から内蔵助を斬る指令を受けるがどうしても斬れず、平八郎は刺客を集め内蔵助を襲い主税らの剣に倒れる。機は熟し、内蔵助ら在京同志は続々江戸へ出発、道中、近衛家用人・垣見五郎兵衛(二代目中村鴈治郎)は、自分の名を騙る偽者と対峙したが、それを内蔵助と知ると自ら偽者と名乗忠臣蔵e.jpgって、本物の手形まで彼に譲る。江戸の同志たちも商人などに姿を変えて仇の動静を探っていたが、吉良方も必死の警戒を続け、しばしば赤穂浪士も危機に陥る。千坂兵部は上野介が越後へ行くとの噂を立て、この行列を襲う赤穂浪士を一挙葬る策を立てるが、これを看破した内蔵助は偽の行列を見送る。やがて、赤穂血盟の士47人は全員江戸に到着し、決行の日は後十日に迫るが、肝心の吉良邸の新しい絵図面だけがまだ無い。岡野金右衛門は同志たちから、彼を恋する大工・政五郎(見明凡太朗)の娘お鈴(若尾文子)を利用してその絵図を手に入れるよう責められていて、決意してお鈴に当る。お鈴は小間物屋の番頭と思っていた岡野金右衛門を初めて赤穂浪士と覚ったが、方便のためだけか、恋してくれているのかと彼に迫り、男の真情を知ると嬉し泣きしてその望みに応じ、政五郎も岡野金右衛門の名も聞かずに来世で娘と添ってくれと頼む。江戸へ帰ったるいは、再び兵部の命で内蔵助を偵察に行くが、内蔵助たちの美しい心と姿に打たれる彼女は逆に吉良家茶会の日を14日と教える。その帰途、内蔵助を斬りに来た清水一角と同志・大高源吾(品川隆二)の斬合いに巻き込まれ、危って一角の刀に倒れたるいは、いまわの際にも一角に内蔵助の所在を偽る。るいの好意とその最期を聞いた内蔵助は、12月14日討入決行の檄を飛ばす。その14日、内蔵助はそれとなく今生の暇乞いに瑤泉院を訪れるが、間者の耳目を警戒して復讐の志を洩らさChûshingura (1958) .jpgず、失望する瑤泉院や戸田局を後に邸を辞す。同じ頃、同志の赤垣源蔵(勝新太郎)も実兄・塩山伊左衛門(竜崎一郎)の留守宅を訪い、下女お杉(若松和子)を相手に冗談口をたたきながらも、兄の衣類を前に人知れず別れを告げて飄々と去る。勝田新左衛門(川崎敬三)もまた、実家に預けた妻と幼児に別れを告げに来たが、舅・大竹重兵衛(志村喬)は新左衛門が他家へ仕官すると聞き激怒し罵る。夜も更けて瑤泉院は、侍女・紅梅(小野道子)が盗み出そうとした内蔵助の歌日記こそ同志の連判状であることを発見、内蔵助の苦衷に打たれる。その頃、そば屋の二階で勢揃いした赤穂浪士47人は、表門裏門の二手に分れ内蔵助の采忠臣蔵 1958_1.jpg配下、本所吉良邸へ乱入。乱闘数刻、夜明け前頃、間十次郎(北原義郎)と武林唯七(石井竜一)が上野介を炭小屋に発見、内蔵助は内匠頭切腹の短刀で止めを刺す。赤穂義士の快挙は江戸中の評判となり、大竹重兵衛は瓦版に婿の名を見つけ狂喜し、塩山伊左衛門は下女お杉を引揚げの行列の中へ弟を探しにやらせお杉は源蔵を発見、大工の娘お鈴もまた恋人・岡野金右衛門の姿を行列の中に発見し、岡野から渡された名札を握りしめて凝然と立ちつくす。一行が両国橋に差しかかった時、大目付・多門伝八郎は、内蔵The Loyal 47 Ronin (1958).jpg忠臣蔵 _V1_.jpg助に引揚げの道筋を教え、役目を離れ心からの喜びを伝える。その内蔵助が白雪の路上で発見したものは、白衣に身を包んだ瑤泉院が涙に濡れて合掌する姿だった―。[公開当時のプレスシートより抜粋]
若尾文子(お鈴)・鶴田浩二(岡野金右衛門)

忠臣蔵 1958 長谷川一夫.jpg 1958(昭和33)年に大映が会社創立18年を記念して製作したオールスター作品で、監督は渡辺邦男(1899-1981)。大石内蔵助に大映の大看板スター長谷川一夫、浅野内匠頭に若手の二枚目スター市川雷蔵のほか鶴田浩二、勝新太郎という豪華絢爛たる顔ぶれに加え女優陣にも京マチ子、山本富士子、木暮実千代、淡島千景、若尾文子といった当時のトップスターを起用しています。当時、赤穂事件を題材とした映画は毎年のように撮られていますが、この作品は、その3年後に作られた同じく大作である松田定次監督、片岡千恵蔵主演の「赤穂浪士」('61年/東映)とよく比較されます。「赤穂浪士」の方は大佛次郎の小説『赤穂浪士』をベースとしています。

 "忠臣蔵通"と言われる人たちの間では'61年の東映版「赤穂浪士」の方がどちらかと言えば評価が高く、一方、この'58年の大映版「忠臣蔵」は、「戦後映画化作品の中で最も浪花節的かつ講談調で娯楽性が高く、リアリティよりも虚構の伝説性を重んじる当時の風潮が反映されている作品であり、『忠臣蔵』の初心者が大枠を掴むのに適していると言われている」(Wikipedia)そうです。概ね同感ですが、東映版「赤穂浪士」にしても、史実には無い大佛次郎が作りだしたキャラクターが登場したりするわけで、しかも細部においては必ずしも原作通りではないことを考えると、この大映版「忠臣蔵」は、これはこれで「伝説的虚構性を重視」しているという点である意味オーソドックスでいいのではないかと思いました。

 「赤穂浪士」の片岡千恵蔵の大石内蔵助と、3年先行するこの「忠臣蔵」の長谷川一夫の大石内蔵助はいい勝負でしょうか。「赤穂浪士」が浅野内匠頭に大川橋蔵を持ってきたのに対し、この「忠臣蔵」の浅野内匠頭は市川雷蔵で、「赤穂浪士」が吉良上野介に月形龍之介を持ってきたのに対し、この「忠臣蔵」の吉良上野介は滝沢修です。この「忠臣蔵」の長谷川一夫と滝沢修は、6年後のNHKの第2回大河ドラマ「赤穂浪士」('64年)でも忠臣蔵 1958.jpgそれぞれ大石内蔵助と吉良上野介を演じています(こちらは大佛次郎の『赤穂浪士』が原作)。また、「赤穂浪士」が「大石東下り」の段で知られる立花左近に大河内傳次郎を配したのに対し、こちら「忠臣蔵」は立花左近に該当する垣見五郎兵衛忠臣蔵 1958 中村.jpg二代目中村鴈治郎を配しており、長谷川一夫が初代中村鴈治郎の門下であったことを考えると、兄弟弟子同士の共演とも言えて興味深いです。但し、この場面の演出は片岡千恵蔵・大河内傳次郎コンビの方がやや上だったでしょうか。
二代目中村鴈治郎(垣見五郎兵衛)

勝新太郎(赤垣源蔵)
忠臣蔵_V1_.jpg この作品は、講談などで知られるエピソードをよく拾っているように思われ、先に挙げた内蔵助が武士の情けに助けられる「大石東下り」や、同じく内蔵助がそれとなく瑤泉院を今生の暇乞いに訪れる「南部坂雪の別れ」などに加え、赤垣源蔵が兄にこれもそれとなく別れを告げに行き、会えずに兄の衣服を前に杯を上げる「赤垣源蔵 徳利の別れ」などもしっかり織り込まれています。赤垣源蔵役は勝新太郎ですが、この話はこれだけで「赤垣源蔵(忠臣蔵赤垣源蔵 討入り前夜)」('38年/日活)という1本の映画になっていて、阪東妻三郎が赤垣源蔵を演じています。また、浪々中を馳せ参じた不破数右衛門(杉山昌三九)もちらっと出てきますが、この話も「韋駄天数右衛門」忠臣蔵 1958 simura.jpg('33年/宝塚キネマ)という1本の映画になっていて、羅門光三郎が不破数右衛門を演じています。こちらの話ももう少し詳しく描いて欲しかった気もしますが、勝田新左衛門の舅・大竹重兵衛(志村喬)のエピソード(これも「赤穂義士銘々伝」のうちの一話になっている)などは楽しめました(志村喬は戦前の喜劇俳優時代の持ち味を出していた)。

志村喬(大竹重兵衛)

 映画会社の性格かと思いますが、東映版「赤穂浪士」が比較的男優中心で女優の方は脇っぽかったのに対し、こちらは、山本富士子が瑤泉院、京マチ子が間者るい、木暮実千代が浮橋太夫、淡島千景が内蔵助の妻りく、若尾文子が岡野金右衛門(鶴田浩二)の恋人お鈴、中村玉緒が浅野家腰元みどりと豪華布陣です。それだけ、盛り込まれているエピソードも多く、全体としてテンポ良く、楽しむところは楽しませながら話が進みます。山本富士子はさすがの美貌というか貫禄ですが、京マチ子の女間者るい忠臣蔵 鶴田浩二 若尾文子.jpgはボンドガールみたいな役どころでその最期は切な忠臣蔵 1958 yamamoto.jpg忠臣蔵 1958 kyou.jpg忠臣蔵 1958 turuta.jpgく、若尾文子のお鈴は、父親も絡んだ吉良邸の絵図面を巡る話そのものが定番ながらもいいです。

山本富士子(瑤泉院)/京マチ子(女間者おるい)/鶴田浩二(岡野金右衛門)  若尾文子(お鈴)・鶴田浩二

忠臣蔵 1958es.jpg忠臣蔵(1958)6.jpg滝沢修(吉良上野介)・市川雷蔵(浅野内匠頭)

 渡辺邦男監督が「天皇」と呼ばれるまでになったのはとにかく、この人は早撮りで有名で、この作品も35日間で撮ったそうです(初めて一緒に仕事した市川雷蔵をすごく気に入ったらしい)。でも、画面を観ている限りそれほどお手軽な感じは無く、監督の技量を感じました。ストーリーもオーソドックスであり、確かに、自分のような初心者が大枠を掴むのには良い作品かもしれません。松田定次監督、片岡千恵蔵主演の「赤穂浪士」('61年)と同様、役者を楽しむ映画であるとも言え、豪華さだけで比較するのも何ですが、役者陣、特に女優陣の充実度などでこちらが勝っているのではないかと思いました。
 

「忠臣蔵」スチール 淡島千景(大石の妻・りく)/長谷川一夫(大石内蔵助)/木暮実千代(浮橋太夫)
淡島千景『忠臣蔵』スチル1.jpg
淡島千景/東山千栄子(大石の母・おたか)
淡島千景『忠臣蔵』スチル5.jpg

小沢栄太郎(千坂兵部)・京マチ子(女間者おるい)    船越英二(上杉綱憲)
忠臣蔵 小沢栄太郎・京マチ子.jpg 忠臣蔵 船越英二.jpg

Chûshingura (1958)
Chûshingura (1958).jpg忠臣蔵 1958 08.jpg「忠臣蔵」●制作年:1958年●監督:渡辺邦男●製作:永田雅一●脚本:渡辺邦男/八尋不二/民門敏雄/松村正温●撮影:渡辺孝●音楽:斎藤一郎●時間:166分●出演:長谷川一夫/市川雷蔵/鶴田浩二/勝新太郎/川口浩/林成年/荒木忍/香川良介/梅若正二/川崎敬三/北原義郎/石井竜一/伊沢一郎/四代目淺尾奥山/杉山昌三九/葛木香一/舟木洋一/清水元/和泉千忠臣蔵 1958 10.jpg太郎/藤間大輔/高倉一郎/五代千太郎/伊達三郎/玉置一恵/品川隆二/横山文彦/京マチ子/若尾文子/山本富士子淡島千景/木暮実千代/三益愛子/小野道子/中村玉緒/阿井美千子/藤田佳子/三田登喜子/浦路洋子/滝花久子/朝雲照代/若松和子/東山山本富士子『忠臣蔵(1958).jpg千栄子/黒川弥太郎/根上淳/高松英郎/花布辰男/松本克平/二代目澤村宗之助/船越英二/清水将夫/南條新太郎/菅原謙二/南部彰三/春本富士夫/寺島雄作/志摩靖彦/竜崎一郎/坊屋三郎/見明凡太朗/上田寛/小沢栄太郎/田崎潤/原聖四郎/志村喬/二代目中村鴈治郎/滝沢修●公開:1958/04●配給:大映(評価:★★★★)

山本富士子(瑤泉院)・三益愛子(戸田局)

2020年2月20日NHK-BSプレミアム
千坂兵部(小沢栄太郎)と女間者おるい(京マチ子)/岡野金右衛門(鶴田浩二)と大工の娘・お鈴(若尾文子)
忠臣蔵_0182.JPG 忠臣蔵_0183.JPG
立場を転じて内蔵助に秘密情報を漏らすおるい(京マチ子)/「徳利の別れ」赤垣源蔵(勝新太郎)
忠臣蔵_0185.JPG 忠臣蔵_0186.JPG
娘婿・勝田新左衛門(川崎敬三)を叱る大竹重兵衛(志村喬)/「南部坂雪の別れ(後段)」瑤泉院(山本富士子)
忠臣蔵_0189.JPG 忠臣蔵_0190.JPG

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ユーモア・サスペンスとして楽しめる「疾風ロンド」。FⅩで見せた「海賊と呼ばれた男」。

疾風ロンド 2016 .jpg 疾風ロンド 原作.jpg  海賊と呼ばれた男  2016.jpg 海賊と呼ばれた男 2016 チラシ.jpg 海賊と呼ばれた男 原作.jpg
「疾風ロンド」チラシ/『疾風ロンド (実業之日本社文庫)』/「海賊と呼ばれた男」ポスター・チラシ/『海賊とよばれた男(上) (講談社文庫)
疾風ロンドes.jpg 泰鵬大学医科学研究所では、研究員・葛原(戸次重幸)が危険な細菌を利用した生物兵器「K-55」という炭疽菌が開発してしまったことで、葛原を解雇する。葛原はその腹いせに「K-55」を研究所から持ち出し、ある場所に埋め目印として近くに木にテディベアを張り付ける。その後、所長の東郷(柄本明)宛てに3億円を要求した脅迫の内容のメールが届き、メールにはテディベアの写った写真が添付されていた。テディベア疾風ロンドges.jpgには発信機がつけられており、その受信機は葛原が持っている。研究主任の栗林(阿部寛)は警察に届けることを主張するが、所長は生物兵器を秘密裏に探すよう栗林に命じる。栗林は何の手がかりも無い中で捜索を始めるが、そこへ警察から葛原が事故で亡くなったという電話があり、葛原の遺体確認の際に荷物の中にデジカメと受信機を発見、そのデジカメのデータの中から「ある場所」がスキー場だと考える。スノーボードが好きな息子(濱田龍臣)の力を借り、そこは野沢温泉スキー場だと分かるが、野沢温泉スキー場は日本最大級の広さを持つスキー場だった―。

疾風ロンド 08.jpg 「疾風ロンド」の原作は東野圭吾の長編サスペンスで、 '13年11月実業之日本社から文庫書き下ろしで発刊され、作者の書き下ろしの文庫本での発売は17年ぶりだったそうですが、発売10日で100万部を突破したとのこと。同じく実業之日本社から'10年10月に実業之日本社文庫の創刊第1弾として、雑誌連載後これもいきなり文庫で刊行された『白銀ジャック』も発売から1か月余りで100万部を突破していますが、それを上回るスピードでの100万部達成ということになります('16年12月には雪山シリーズの3作目『雪煙チェイス』がこれもいきなり文庫で刊行された)。

疾風ロンド    s.jpg 原作はユーモア・サスペンス小説で、軽いとの批判もあったようですが、二転三転するストーリー展開の面白さを支持する声も結構あったみたいです。映画も、実写でありながらも割り切ってユーモア・サスペンス風に仕上げており(ムロツヨシとか変に可笑しい)、そのことが二転三転する展開と相俟って"軽く"楽しめるものになっていたように思います。仮に、大真面目な演出にしていたら、「炭疽菌」と言われても普通はイメージが湧かないだけに映画自体が持たなかったでしょう。因みに、原作を端折っている部分もありますが、ラストは明らかに原作を「改変」しています。


海賊と呼ばれた男 road.jpg 主要燃料が石炭だった当時から、石油の将来性を予感していた若き日の国岡鐵造(岡田准一)は、北九州・門司で石油業に乗り出すが、その前には国内の販売業者、欧米の石油会社(石油メジャー)など様々な壁が立ち塞がり、行く手を阻ぶ。しかし、鐵造は諦めず、それまでの常識を覆す奇想天外な発想と型破りな行動力、自らの店員(部下)を大切にするその愛情で、新たな道を切り拓いてく。その鐵造の姿は、敗戦後の日本において逆風にさらされても変わることはなかった。そしてついに、敗戦の悲嘆にくれる日本人の大きな衝撃を与える"事件"が発生する。石油メジャーから敵視され圧倒的な包囲網によりすべての石油輸入ルートを封鎖された国岡鐵造が、唯一保有する石油タンカー「日承海賊と呼ばれた男  .jpg丸」を、秘密裏にイランに派遣するという"狂気"の行動に打って出たのだ。イランの石油を直接輸入することは、イランを牛耳るイギリスを完全に敵に回すこと。しかし、イギリスの圧力により貧困にあえぐイランの現状と自らを重ね合わせた鐵造は、店員の反対を押し切り、石油メジャーとの最大の戦いに挑む―。

出光佐三.jpg海賊と呼ばれた男 1es.jpg 「海賊と呼ばれた男」の原作は百田尚樹による第10回本屋大賞受賞作品であり、こちらも'16年12月現在、上下巻累計で420万部というベストセラーです。出光興産創業者の出光佐三(いでみつ さぞう、1885-1981)をモデルにした歴史経済小説ですが、原作の段階から、出光佐三→国岡鐵造、出光興産→国岡商会、日章丸→日承丸、などと改変されています。映画では、60歳の鐵造を起点にそれまでの彼の歩みをカットバック風に振り返りながら、次第に60歳以降の出来事が多く描かれるようになり、その生涯を終えるまでを追っています。

海賊と呼ばれた男 07.jpg このように時系列が多少前後しますが、伝記映画としてはオーソドックスな作りになっているように思いました。ただ、一企業の草創期からの歴史を描いた作品でもあるため、その分、「プロジェクⅩ」などにおける再現映像の"拡大版"を観ているような印象も。出演者の演技が何となくワンパターンであるし、主演の岡田准一の演技も力入りすぎという感じでした(老け役になってから良くなった。助演の吉岡秀隆も、同じ山崎貴監督の「ALWAYS 三丁目の夕日」('05年/東宝)での演技の方が自然だった)。途中、やや中だるみ感がありましたが、終盤に「日章丸事件」というとっておきのエピソードが控えていたため、最後盛り返したという感じでしょうか海賊と呼ばれた男 日承丸 s.jpg。しかも、日承丸が英国艦隊とぶつかりそうになる場面とか、VFXがふんだんに使われていて、思った以上に見応えがありました(VFXは、「ALWAYS 三丁目の夕日」や、庵野秀明監督の海賊と呼ばれた男 堤.jpgシン・ゴジラ」('16年/東映)と同じく、山崎貴監督自身が所属する「白組」が担当した)。日承丸の船長を演じた堤真一(この人も「ALWAYS 三丁目の夕日」の俳優陣の1人)は、岡田准一よりも印象に残ったと言うと言い過ぎになるかもしれないですが、おいしい役どころだったかも。


疾風ロンドa.jpg「疾風ロンド」●制作年:2016年●監督:吉田照幸●脚本:ハセベバクシンオー/吉田照幸●撮影:佐光朗●音楽:三澤康広(主題歌:B'z)●原作:東野圭吾●時間:109分●出演:阿部寛/大倉忠義/大島優子/ムロツヨシ/堀内敬子/戸次重幸/濱田龍臣/志尊淳/野間口徹/麻生祐未/生瀬勝久/望月歩/前田旺志郎/久保田紗友/鼓太郎/堀部圭亮/中村靖日/田中要次/菅原大吉/でんでん/柄本明●公開:2016/11●配給:東映●最初に観た場所:TOHOシネマズ日本橋(16-12-22)(評価:★★★☆)

海賊と呼ばれた男 2016.jpg「海賊と呼ばれた男」●制作年:2016年●監督:山崎貴●脚本:山崎貴●撮影:柴崎幸三●音楽:佐藤直紀●VFX:山崎貴●原作:百田尚樹●時間:109分●出演:岡田准一/吉岡秀隆/染谷将太/鈴木亮平/野間口徹/ピエール瀧/綾瀬はるか/小林薫/光石研/堤真一/近藤正臣/國村海賊と呼ばれた男 上下.jpg隼/黒木華/須田邦裕/小林隆●公開:2016/12●配給:東宝●最初に観た場所:TOHOシネマズ日本橋(16-12-22)(評価:★★★☆)

TOHOシネマズ日本橋.jpgTOHOシネマズ日本橋(日本橋「コレド室町2」3F)
スクリーン 座席数(車椅子用) スクリーンサイズ
SCREEN 1 128+(2) 10.1×4.2m
TOHOシネマズ日本橋es.jpgSCREEN 2 110+(2) 9.1×3.8m
SCREEN 3 119+(2) 9.6×4.0m
SCREEN 4 119+(2) 9.6×4.0m
SCREEN 5 226+(2) 13.9×5.8m
SCREEN 6 213+(2) 13.6×5.7m
SCREEN 7 404+(2) 18.7×7.9m TCX
SCREEN 8 290+(2) 16.0×6.7m TCX
SCREEN 9 143+(2) 10.1×4.2m
9スクリーン 1,752+(18)

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モチーフの選び方と構成は作者「自家薬籠中」のものか?

紙の月 単行本.jpg 紙の月 角田光代.jpg   紙の月 映画 dvd.jpg 紙の月 映画TN.jpg 
『紙の月』単行本['12年]/『紙の月 (ハルキ文庫)』「紙の月 DVD 」宮沢りえ

紙の月 単行本1.jpg 2012(平成24)年度・第25回「柴田錬三郎賞」受賞作。2012(平成24)年度「『本の雑誌』編集部が選ぶノンジャンル・ベスト10」第2位。

 ただ好きで、ただ会いたいだけだった―わかば銀行の支店から1億円が横領された。容疑者は、梅澤梨花41歳。25歳で結婚し専業主婦になったが、子どもには恵まれず、銀行でパート勤めを始めた。真面目な働きぶりで契約社員になった梨花。そんなある日、顧客の孫である大学生の光太に出会うのだった―。

 真面目な女性銀行員、その真面目さによる成績優秀ぶりによりパートから契約社員となったそんな彼女が、銀行から1億円を横領し、海外にまで逃亡するようになる過程を、非常に自然なタッチで描いていて、"通俗を描いて巧み"とでも言うか、まさに手練れの成せる技と言った感じの作品のように思いました。

 梅澤梨花がタイの街を彷徨(さまよ)う現在を冒頭に描いた後、彼女が犯罪行為に手を染めていく「過程」を過去形で描くとともに、海外に潜伏する容疑者として報じられた彼女のニュースに接した彼女のかつての同級生たちの「現在」が、糾える縄のように交互に描かれており、スリリングな綱渡りのような生活をしている梅澤梨花と、日常の生活にどっぷり埋没している彼女の同級生たちを対比的に描きながら、日常の生活にどっぷり浸っている側にも、第2の梅澤梨花に成り得る糸口はいくらでもあることを示唆しているのが巧みです。

 一方の梅澤梨花は、一線を越えてしまったわけですが、一線を越えたというよりは、突き抜けたというか、自分を解放したような印象を受け、その点において、日常生活の中で吹っ切れないままに煮立っているような彼女のかつての同級生らと比べると輝いて見えるのが小説として成功している点でしょうか。

 おあそらく、過去にあった女性行員による横領・詐欺事件などを参考にしているとは思いますが('73年の「滋賀銀行9億円横領事件」(奥村彰子(当時42歳))、'75年の「足利銀行詐欺横領事件」(大竹章子(当時23歳))、'81年の「三和銀行詐欺横領事件」(伊藤素子(当時32歳))など)、手口などは作者が独自に研究した部分もあるのではないでしょうか。実際にあった事件をモチーフにしているという点では、'99年に起きた「文京区幼女殺人事件」、俗に言う「音羽お受験殺人事件」が作品のモチーフになっている『森に眠る魚』('08年/双葉社)を想起させます。

 ここではたと思い当たるのが、『森に眠る魚』('08年/双葉社)も容疑者の母親と、彼女を取り巻く、同じく受験生子女を抱える母親たちを交互に描いていて、皆に事件を起こす動機があることを仄めかしていた点で似ており、作者はこの手法を「自家薬籠中の物」としてしまった印象も受けます((『森に眠る魚』では全員に犯人の可能性があるまま、更に、事件は起きなかったという解釈も成り立つ終わり方をしている)。

 『森に眠る魚』は、第一容疑者である主人公を筆頭に、登場人物が誰も好きになれませんでしたが、今回もAmazon.comなどのレビューを見ると、同じような理由からこの作品が好きになれないというようなものがありました。個人的にもそれに近い印象を持ちましたが、一線を越えた梅澤梨花だけは、突き抜けた分、一瞬輝いていたのではないでしょうか。精神科医の斎藤環氏が、本作のラストの爽快感を映画「テルマ&ルイーズ」('91年/米)に匹敵すると言っているのは当たっているのではないかと。

紙の月 原田.jpg 2014年にNHKで原田知世主演でテレビドラマ化され(全5回)、個紙の月 映画E0.jpg人的には未見ですが、原作者も絶賛するほどの出来栄えだったとか。更に同年に「桐島、部活やめるってよ」('12年)の吉田大八監督作として映画化され、こちらは宮沢りえが梅澤梨花を演じました。
宮沢りえ

紙の月 映画Z.jpg 宮沢りえは7年ぶりの映画主演ということですが、ブランクを感じさせない上手さでした(舞台で鍛えられている?)。その演技については、原作者である角田光代氏も、「度肝を抜かれた。どんどん悪い行動に走っていくのに反比例して透明な美しさが増していくのがすごい迫力で素晴らしかった」と絶賛のコメントを述べたとのこと。宮沢りえはこの作品で、映画の一般公開前に第27回東京国際映画祭で最優秀女優賞を受賞したほか(しかも審査員の満場一致で)、日本アカデミー賞主演女優賞受賞をはじめ多くの賞を受賞しています。
宮沢りえ&吉田大八監督

紙の月 映画   .jpg紙の月 映画E.jpg 映画の作りとしては、原作にある主人公の2人の同級生の現在は省いてしまい、代わりに、厳格なベテランとリアリストである若手の異なるタイプの銀行事務員2人(小林聡美・大島優子)を登場させていましたが、小林聡美はやはり安定した演技の上手さでした。主人公の文書偽造の様子なども再現されていて(映画を観た某銀行元行員によれば、映画の舞台になっている90 紙の月 映画 01.jpg年代であれば、こうした犯行の実現可能性はあったとのこと)、主人公とその疑惑を追及するベ紙の月 映画s.jpgテラン行員の宮沢vs.小林の演技対決もなかなかでした。但し、ラスト近くの2人が対峙する場面で、主人公がビルのガラス窓に椅子を投げつけるようなシーンは必要なかったように思います。

 ストーリーとしてはある意味通俗ですが、"通俗を演じる"のって結構難しいのではないかなあ。宮沢りえは、椅子なんか投げてガラスをぶち破らなくとも、突き抜けた分一瞬輝いた女性を演じて、原作の意図にに十分応えていたように思います。『八日目の蝉』('07年/中央公論新社)のテレビや映画での映像化の際もそうだったみたいですが、この作者の作品は、女優の役者魂を駆り立てる何かがあるのでしょうか。

紙の月 映画kuranke.jpg紙の月 映画 LM.jpg紙の月 映画GB.jpg「紙の月」●制作年:2014年●監督:吉田大八●製作総指揮:大角正●脚本:早船歌江子●撮影:シグママコト●音楽プロデューサー:緑川徹●時間:126分●原作:角田光代「紙の月」●出演:宮沢りえ/池松壮亮/大島優子/田辺誠一/小林聡美/近藤芳正/石橋蓮司/佐々木勝彦/天光眞弓/中原ひとみ/伊勢志摩●公開:2014/11●配給:松竹(評価:★★★★)

【2014年文庫化[ハルキ文庫]】

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制作中に悲劇的結末に傾斜していったのか? 20代の監督が撮ったとは思えないスゴさ。

人情紙風船 ps.jpg人情紙風船c1.jpg人情紙風船c2.jpg人情紙風船 dvd1.jpg 人情紙風船 dvd2.jpg
Ninjô kami fûsen(1937)人情紙風船 [DVD]」「人情紙風船 [DVD]

河原崎長十郎(海野又十郎)/霧立のぼる(白子屋の娘お駒)/中村翫右衛門(髪結新三)
人情紙風船 kawarazaki.jpg人情紙風船 01.jpg 江戸の貧乏長屋で浪人の首吊りがあり、長屋の住人で髪結いの新三(中村翫右衛門)は、長屋の連中で通夜をしてやろうと言って大家から酒をせしめる。長屋の連中はタダ酒が飲めると喜び、通夜で馬鹿騒ぎする。同じ長屋にいる病み上がりの浪人の海野又十郎(河原崎長十郎)は(妻のおたき(山岸しづ江)は紙風船貼りの内職をしている)、亡父の知人・毛利三左衛門(橘小三郎)に仕官の口を頼みに行くが、邪険に扱われ相手にしてもらえない。その毛利三左衛門は質屋・白子屋の娘お駒(霧立のぼる)を高家の武士の嫁にしようと画策しているが、当のお駒は番頭の忠七(瀬川菊之丞)とできている。新三は自分で賭人情紙風船-s.jpg場を開いていたが、ヤクザの大親分・弥太五郎源七(市川笑太朗)の怒りを買って散々な目に遭い、金に困って髪結いの道具を白子屋に持ち込むが相手にしてもらえない。海野又十郎は何度も毛利三左衛門に会いに行くが、ある土砂降りの雨の夜、「もう来るな」と言われてしまう。同夜、忠七が店へ傘を取りいったのを待っているお駒を見かけた新三は、白子屋の用心棒をしている弥太五郎源七を困らせるため、彼女を自分の長屋に連れて帰ってしまう。誘拐を知った白子屋は、源七らを使って長屋にお駒を引き取りにくるが、新三は源七らを追い返してしまう。その後、大家の計らいでお駒は無事に白子屋へ帰され、大家と新七は50両の大金を得、その金でその夜宴会をする。誘拐の片棒を担いだ又十郎も分け前の金を貰って宴会に行くが、真面目だと思われていた又十郎の行為に長屋の女房たちは良い顔をしない。それを知った妻おたきがとった行動とは―。

人情紙風船2.jpg 1937(昭和12)年8月25日公開のこの作品は、28歳の若さで早世した映画監督・山中貞雄(1909-1938)の現存する3本の監督作の1つで、山中貞雄はこの作品の封切り当日に赤紙が届き、神戸港から中国に出征、戦中、手記に「紙風船が遺作とはチト、サビシイ」と書き遺していますが、1938(昭和13)年9月17日に河南省で戦病死し、実際この作品が遺作となりました。

 オリジナルは歌舞伎の「梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)」、通称「髪結新三(かみゆいしんざ)」として知られているものですが、享保11(1726)年に日本橋新材木町の材木商・白子屋庄三郎の娘のお熊と手代の忠七、妻の常らが密通および毒殺未遂の罪で処刑されたという実際の事件が基になっていて(お熊、忠七は江戸市中引き回しの上獄門、裁いたのはあの大岡越前。「大岡裁き」と言われてい歌舞伎名作撰 梅雨小袖昔八丈 髪結新三.jpgるものの大半は後の創作だが、これは実際に大岡越前が裁いた)、最初は浄瑠璃になり(「恋娘昔八丈」通称「お駒才三」)、続いて戯作者によって人情噺となったもの六代目三遊亭円生 髪結新三.jpgを、明治初期に河竹黙阿弥が世話物「梅雨小袖昔八丈」として纏め上げたものです(さらに六代目三遊亭円生の落語噺「髪結18代目勘三郎.jpg新三」として再構成され、そこでまた独自の改変がされている)。歌舞伎の「髪結新三-梅雨小袖昔八丈」は、近年では18代目中村勘三郎(1955-2012/享年57)の当たり役でした。
歌舞伎名作撰 梅雨小袖昔八丈 髪結新三 [DVD]」「六代目三遊亭圓生 その12
新三/中村勘九郎(勘三郎) 平成12年4月 歌舞伎座にて収録
 
髪結新三 2007.jpg この映画で総出演している劇団前進座の代表的な演目でもあり、前進座の現在の代表は、この映画で新三を演じた中村翫右衛門(かんえもん、1901-82)の子である中村梅之助(1930-2016/享年85)ですが(TV「遠山の金中村梅雀.jpg中村梅雀 髪結新三.jpgさん捕物帳」、大河ドラマ「花神」などでお馴染み)、前進座を退団をしてフリーになった孫の中村梅雀(1955- 、TV「赤かぶ検事」シリーズ、映画「釣りバカ日誌」などでお馴染み)もかつてこの「髪結新三」を前進座の舞台で演じています。
中村梅雀オフィシャルブログ「梅雀のひとりごと」より

小津安二郎 [Yasujiro Ozu] and 山中貞雄 [Sadao Yamanaka].jpg 山中貞雄自身が戦地にて「紙風船が遺作とはチト、サビシイ」と書き留めているというのは、それまでの喜劇タッチの作品から一転して、この作品が破局的な終わり方になっているというのもあるのでしょう。

小津安二郎 [Yasujiro Ozu] and 山中貞雄 [Sadao Yamanaka]

人情紙風船 昔のチラシ.jpg ラストの海野又十郎の妻おたきによる無理心中は衝撃的ですが(おたきが又十郎が女を"連れ込んだ"と思ったならばある意味「事故」とも言えるが)、以前、映画評論家の田中千世子氏も書いていましたが、もしかしたら妻に刺されて死ぬことは、次第に追い詰められていく(但し自分では死ねない)海野又十郎が無意識的に望んでいたことだったのかもしれません。結局この作品で、海野又十郎は成り行きからお駒を匿ったこと以外は何もしなかったし、また出来なかったということになるなあ。海野又十郎の次第に無力感を増す表情の変化は絶妙でした。とても、溝口健二監督の「宮本武蔵」('44年)で武蔵を演じ、中村翫右衛門演じる佐々木小次郎を倒すのと同じ役者が演じているようには見えません(因みに、海野又十郎を演じた河原崎長十郎と又十郎の妻おたきを演じた山岸しづ江はこの作品の前年'36年に結婚しており、実生活でも夫婦だった)。

人情紙風船 sinnza.jpg それに比べ新三の方は次第に侠気を見せて輝き始め、長屋のスター的存在になります。そして、そのままハッピーエンドで終わりかけていただけに、ギャング映画のような暗いラストは、最後にズドンと落とされる印象がより強かったように思います。作品全体としても、プロセスにおいてはコメディタッチなシーンも多いため、プロセスとラストのギャップはやや唐突であるとも感じられます。コメディとしてスタイル的完成されている「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」('35年)とどちらを上にもってくるか迷いますが、どちらも◎としました。映画評論家の田中千世子人情紙風船 last.jpg氏は日本映画全体の第1位に「人情紙風船」、第2位に「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」をもってきていました(『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫)より)。一方、故・田中小実昌は、「人情紙風船」のラストのドブに浮かぶ紙風船の描写などはは教科書的であるとし、「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」の方がずっと面白いとしています(『洋・邦名画ベスト150 〈中・上級篇〉』('92年/文春文庫)より)。実際、脚本の三村伸太郎は、当初この作品を喜劇として描いていたらしく(但し、歌舞伎の方では、海野又十郎に該当する人物は出てこない)、出来上がった作品をを観て又十郎も新三も完全に悲劇的結末になっているため驚いたという話もあるようです。

 山中貞雄が当初から悲劇的結末を考えていたのか、制作中に次第にそういう考え方に変わっていったのかは分かりません。日中戦争の激化する中、自身の戦地応召の可能性も含め暗澹たる思いに駆られ、「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」のような完全なコメディとして完結する気にはなれなくなったのかもしれません。

 歌舞伎の方は、髪結の新三が忠七の髪を結ってやりながらお熊を連れて逃げるようにけしかけ、自分も協力するからと言いつつお熊を誘拐するという流れですから、プロセスの違いはあっても、誘拐に至るのは歌舞伎も映画も同じです。お嬢さん奪回交渉で大親分の源七をやり込めた新三(これも歌舞伎と映画は同じ)の方が、やがて次幕では源七よりも侠客として人気が出て、落ち目になった源七が新三を恨んで後日、永代橋で待ち伏せ暗殺するというもので、歌舞伎でも結局のところ新三は殺されてしまうわけですが、映画の方はそれを時間的に端折ったような作りになっているともとれます。新三は歌舞伎において非常に人気の高いキャラクターであったために、その殺害の場面が舞台で割愛されたということですが(現代歌舞伎では血飛沫(しぶき)をあげて絶命するパターンもある)、映画でも同じように殺されることを示唆するだけの作りになっていて、但し、新三が大親分に呼ばれた時点で既に死を覚悟していることは容易に見て取れます。

吉村昭.jpg人情紙風船 00.jpg かつて、作家の吉村昭がこの作品について、「江戸の町の浪人の生活が面白かった」とし、「時代考証もしっかりしていた」とコメントしていました(美術考証は画家であるとともに美術考証家でもあった岩田専太郎)。長屋の暮らし、じわっと滲む季節感と、どれをとっても20代の監督が撮ったとは思えないところがこの作品のスゴイところです。作品の殆どが消失し、しかも戦死したために本作以降の作品に見(まみ)えることが無かったというのは、本当に残念なことです。

河原崎長十郎(海野又十郎)/霧立のぼる(白子屋の娘お駒)/山岸しづ江(又十郎の女房おたき)
河原崎長十郎(海野又十郎).jpg霧立のぼる(白子屋の娘お駒).jpg山岸しづ江(又十郎の女房おたき).jpg                 

中村翫右衛門 (2).jpg河原崎長十郎.jpg霧立のぼる.jpg人情紙風船 katou.jpg中村翫右衛門/河原崎長十郎/霧立のぼる/市川莚司[加東大介]
 
「人情紙風船」●制作年:1937年●監督:山中貞雄●製作:P.C.L.●脚本:三村伸太郎●撮影:三村明●音楽:太田忠郎●美術考証:岩田専太郎●原作:河竹黙阿弥(『梅雨小袖昔八丈』、通称『髪結新三』)●時間:86分●出演:河原崎長十郎(海野又十郎)/中村翫右衛門(髪結新三)/山岸しづ江(又十郎の女房おたき)/霧立のぼる(白人情紙風船 07.jpgNinjô kami fûsen(1937).jpg子屋の娘お駒)/助高屋助蔵(家主長兵衛)/市川笑太朗(弥太五郎源七)/中村鶴蔵 (金魚売源公)/市川莚司[加東大介])(猪助)/橘小三郎[藤川八蔵](毛利三左衛門)/御橋公(白子屋久左衛門)/瀬川菊乃丞(忠七)/市川扇升(長松)/原緋紗子(源公の女房おてつ)/坂東調右衛門/市川樂三郎/市川菊之助/岬たか子●公開:1937/08●配給:東宝映画●最初に観た場所:早稲田松竹(07-08-12)(評価:★★★★☆)●併映:「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」(山中貞雄)
Ninjô kami fûsen(1937)
A poor, masterless samurai who depends on the paper balloons his wife makes to feed his family becomes tempted by a criminal opportunity

《読書MEMO》
田中千世子 映画評論家.jpg田中千世子(映画評論家・映画監督)マイベスト10(『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版))
①人情紙風船
②丹下左膳餘話 百萬兩の壺
③幕末太陽傳
④生まれてはみたけれど
⑤戦国群盗伝
⑥元禄忠臣蔵
⑦赫い髪の女
⑧仁義なき戦い
⑨火まつり
⑩儀式

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やはり一筋縄ではいかない。「怒り」というタイトルは複数形と捉えるべきなのか。
吉田修一  怒り.jpg怒り 上.jpg 怒り 下.jpg 怒り dvd.jpg
怒り(上)(下)』['14年] 『怒り 上下巻セット』['14年] 「怒り DVD 通常版['17年]

 八王子市の新興住宅街で夫婦が惨殺され、現場には「怒」の血文字が残されていた。事件から1年後の夏、千葉・房総の漁港で暮らす洋平・愛子父子の前に「田代」という若者が現われ、東京で大手IT企業に勤め、末期がんの母を見舞いながら暮らすゲイの優馬は、新宿のサウナで「直人」と出会って同居するようになり、沖縄の離島へ母と引っ越し母娘でペンションの手伝いをする女子高生・泉は、無人島で「田中」という男と知り合う。それぞれに前歴不詳の「田代」「直人」「田中」という3人の男。一方、事件を捜査する八王子署の刑事・北見らは、整形手術をして逃亡を続ける犯人・山神一也が一体どこにいるのかを追っていた―。

 2013年に「読売新聞」朝刊に半年にわたって連載された作品で、2007年に起きた英会話学校講師リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件の犯人・市橋達也(当時28歳)の逃避行(2009年逮捕、手記を発表している)など、現実の事件を想起させるものがありました。市橋達也は逃亡期間中に整形手術をし、建設現場で働き、更に沖縄の離島に潜伏していた時期があったとされているため(しかもゲイのハッテン場にいたという目撃情報もあったらしい)、少なくともあの事件はモチーフになっているものと思われます。

 意外と早いうちに犯人らしきが登場するなあと思ったら、そのうち3人も「犯人候補」が出てきて、流石、やっぱりこの作家は一筋縄ではいかないなあという印象でしょうか。謎解きもさることながら、こうした「枠組み」に独自性があって、そのことは前作『愛に乱暴』('13年/新潮社)でも言えますが、但し前作は、ある種"叙述トリック的"な「枠組み」の方が勝ち過ぎてしまったのと、登場人物たちに共感できなかったために△。今回は、指名手配の山神の情報に触れた千葉・東京・沖縄の各舞台の当事者・関係者たちの心の中に浮かんだ疑惑の念や、それが当事者にとって大切な人になればなるほど膨らむ猜疑心と信じたい気持ちとの葛藤がよく伝わってきて○、といった自分の中での評価です。

 雰囲気的には初期作品『パレード』('02年/幻冬舎)を想起させる部分もあったように思います。最も意外な人物が犯人でした。ただ、「怒り」というタイトルから、犯人の犯行動機にある種テーマがあるのかと思いましたが、この部分は解明されておらず、犯人はある意味、人格的に「壊れていた」というだけのことだったともとれます。さらに、真犯人へと導く伏線も特に無かったように思われ、純粋に推理小説として読んでしまうと、後半はカタルシス不全が生じるかもしれません。

 そうしたことなども踏まえると、この「怒り」というタイトルは、複数形と捉えるべきなのかもしれません。沖縄の辰也の怒りなのかもしれないし、「犯人候補」となった2人の男たちの怒りなのかもしれません。辛くやるせない話が多いストーリー展開の中で、愛子の物語をハッピーエンドにし、泉にも将来に向けて幾許かの光明を見出せるような終わり方にしたのは救いでした。

 一方で、独身の刑事・北見と深い関係を持つようになった美佳については、その過去は明かされず、二人の関係も発展しないままで、これでこの話がお終いであるならばやや中途半端かも。「刑事・北見」でシリーズ化して、再登場させるのでしょうか。そうなったらおそらく自分はまた読むだろなあ。正直、自分自身この作品に対し、若干のカタルシス不全があっただけに...。

ポスター撮影:篠山紀信
映画 怒り_0_m.jpg映画 怒りド.jpg(●2016年に監督が「悪人」('10年/東宝)の李相日(リ・サンイル)、主演が渡辺謙で映画化された。千葉篇が松山ケンイチ(田代)・宮崎あおい(愛子)、東京編が綾野剛(直人)・妻夫木聡(優馬)、沖縄編が森山未來(田中)・広瀬すず(泉)という配役で、豪華キャストと言えるかも。 映画化にあたり「映画『オーシャンズ11』のようなオールスターキャストを配してほしい」というのが原作者・吉田修一氏の要望だったらしい。役者一人一人の演技は悪くなく、ストーリーも映画「怒り」.jpg映画「怒り」2.jpg原作にほぼ忠実だったように思う。但し、愛子の父・洋平(渡辺謙)が比較的映画 怒り 7.jpg前面に出て、北見刑事(三浦貴大)は後退し、美佳も出てこない。それと、"伏線"が無かった原作に対し、犯人の「壊れていた」感を出すためか、途中で原作に無いエピソードを入れている。また、愛子の物語をハッピーエンドにしているのは原作と同じだが、泉は何か気の毒なまま終わったように思えた。ただ、原作を読んでなくて犯人を知らないで観た人にとっては、プロセスにおいては結構面白かったのではないか。行定勲監督により映画化された「パレード」('10年/ショウゲート)と原作からして構造がやや似ている。)

映画 怒りc.jpg「怒り」●制作年:2016年●監督・脚映画 怒り.jpg本:李相日(リ・サンイル)●製作:市川南●撮影:笠松則通●音楽:坂本龍一●原作:吉田修一●時間:142分●出演:渡辺謙/森山未來/松山ケンイチ/綾野剛/広瀬すず/佐久本宝/ピエール瀧/三浦貴大/高畑充希/原日出子/池脇千鶴/宮崎あおい/妻夫木聡●公開:2016/09●配給:東宝(評価:★★★☆)

「怒り」1松山.jpg 「怒り」2綾野.jpg 「怒り」3森山.jpg
「怒り」1宮崎.jpg 「怒り」2高畑.jpg 「怒り」3広瀬.jpg

【2016年文庫化[中公文庫(上・下)]】

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山中貞雄、26歳の才気。大河内傳次郎、50代後半になっても剣捌き変わらずか。

丹下左膳 百万両の壺 dvd2.jpg 丹下左膳 百万両の壺 01.jpg ごろつき船 dvd.jpg ごろつき船 vhs.jpg
丹下左膳餘話 百萬両の壺 [DVD] 」大河内傳次郎/喜代三['35年]「ごろつき船 [DVD] 」/VHS/大河内傳次郎/相馬千恵子/月形龍之介['50年]
丹下左膳 百万両の壺 03.jpg 小藩・柳生家に伝わる「こけ猿の壺」に、先祖が埋め隠した百万両の在り処が示されていることが判明するが、壺は先日江戸の道場屋敷に婿入りした弟・源三郎(沢村国丹下左膳餘話 百萬兩の壺大河内傳次郎 (2).jpg太郎)が知らずに持って行ってしまっていた。やがて、その秘密は江戸の源三郎にも知れるところとなるが、壺は道具屋に売り渡されていた。ほどなく壺は道具屋の隣に住む安吉の金魚入れとなる。しかしその夜、安吉の父親は行きつけの遊技場である矢場で、チンピラとの諍いから刺し殺されてしまう。矢場で用心棒の傍ら居候をしている隻眼隻腕の浪人・丹下左膳(大河内傳次郎)と矢場の女将・お藤(喜代三)は男の家を見つけるが、そこで、安吉が母親を早くに亡くし父親『丹下左膳余話 百萬両の壺』のDVD版のジャケット.jpg丹下左膳 百万両の壺 04.jpgとの二人きりだったことを知る。仕方なく二人は安吉を預かることにし、安吉が大事にしている金魚を入れた壺と共にお藤の矢場へと連れ帰る。一方、源三郎は壺を探して市中を回るが、そこでたまたま目にした矢場で働く娘に軽い浮気心を抱く。以来養子の身である源三郎は壺を探すと称しては矢場へ入り浸り羽を伸ばすようになり、いつしか安吉、左膳とも親しくなるのだったが―。

「丹下左膳余話 百萬両の壺」DVD版ジャケット

0「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」.jpg山中貞雄.jpg 1935(昭和10)年公開のこの作品は、28歳の若さで戦死(戦地にて病死)した早世の天才映画監督・山中貞雄(1909-1938)の現存する3本の監督作の1本で、残り2本は「河内山宗俊」('36年)と「人情紙風船」('37年)。それまで丹下左膳餘話 百萬兩の壺 集合写真.jpg丹下左膳の映画を撮っていた伊藤大輔監督(「王将」('48年/大映))が'34年に日活を退社したため、三部作の予定だったトーキー版「丹下左膳」の最終作「尺取横町の巻」が宙に浮いてしまい、そこで急遽山中貞雄に作らせることになったということですが、山中はスティーヴン・ ロバーツ監督のアメリカ映画「歓呼の涯」(Lady and Gent、1932年)をベースにし、それまでの怪異的存在であった丹下左大河内傳次郎1935aug.jpg膳像をモダンな明るい作風にパロディ化してしまったため、原作者の林不忘(1900-1935/享年35)が、これは左膳ではないと怒ってしまったことから、タイトルに「餘話」とあるそうです。

丹下左膳餘話 百萬両の壺 dvd2.jpg 時代劇ホームコメディの傑作と言ってよく、ラストも粋。これを26歳で撮った山中貞雄という人のセンスには舌を巻きますが、前2作で丹下左膳をアクが強いながらもスタンダードに演じて当たり役となった大河内傳次郎(1892-1962)をそのまま使って、照れ屋で意地っ張り、口は悪いが根は優しい、そんな江戸っ子気質の丹下左膳像に見事に改変されているのは、監督の手腕もさることながら、大河内傳次郎という役者の演技の幅によるところも大きいのではないでしょうか。「丹下左膳餘話 百萬兩の壺 [DVD]
大河内傳次郎(1935(昭和10)年:雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」)

お楽しみはこれからだ part2.jpg 実際にはもっと剣戟シーンがあったようですが、戦後GHQによって削除されてしまったようです。和田誠氏の『お楽しみはこれからだ PART2』('76年/文藝春秋)に、黒澤明監督の「椿三十郎」('62年)のラストの三船敏郎、仲代達矢の決闘シーンで、近距離で一瞬にして勝負がつく斬り合いは、和田氏自身、当時「新機軸」だと思ったのが、「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」で既に大河内伝次郎の丹下左膳がヤクザ風の男を斬る場面で使われていたことをフィルムセンターで観て知ったととあり、そうだったかなと思って観たら、確かにありました。このシーンでさえ、左膳が安吉に「あのオジサンはどうして唸っているの」と聞かれて、左膳が賭場で負けが込むと唸ってしまう自分のクセに擬えて「賭けに負けたんじゃないか」と答えるユーモラスな味付けがされていて、あまり凄絶な場面としての印象が無かったです。効果が損なわれているというのではなく、むしろ洒落ていたように思います。
姿三四郎 1943 大河内.jpg虎の尾を踏む男達 大河内.jpg小原庄助さん 大河内.jpg 大河内傳次郎は、山本嘉次郎監督の「ハワイ・マレー沖海戦」('42年)、「加藤隼戦闘隊」('44年)、「雷撃隊出動」('44年)などにも出演しているし、黒澤明監督の「姿三四郎」('43年)で柔道家・矢野正五郎(左)、「虎の尾を踏む男達」('45年完成/'52年公開)で武蔵坊弁慶(中)、「わが青春に悔なし」('46年)で京大教授を演じているほか、清水宏監督の「小原庄助さん」('49年)(右)といった主演作もありましたが、'53年公開の「丹下左膳」(マキノ雅弘監督)で55歳にして「丹下左膳」役に返り咲きます。

 因みに、その3年前に森一生監督の「ごろつき船」('50年/大映)に主演していますが、これは大佛次郎の時代小説の映画化作品で、共演は月形龍之介、相馬千恵子などです。

 幕末、北海道が蝦夷と呼ばれ松前藩の支配下にあった頃、密貿易船の摘発を命じられた藩の横目付三木原伊織(坂東好太郎)は、廻船問屋赤崎屋吾兵衛(香川良介)がその犯人だと暴いたが、そのために黒幕である家老の蠣崎(東良之助)に命を狙われてしまい、危ういところで一人のアイヌに命を助けられる。赤崎屋の策略で嫌疑をかけられた上に主を殺された八幡屋の一人娘いと(若杉紀英子)も、うさぎの惣吉(加東大介)という元使用人に救われ、伊織と共にそのアイヌに隠れ家の洞窟へと導かれるが、実はそのアイヌは、蠣崎一味の悪事を知り、蝦夷で潜入捜査を行っていた幕府の元巡検使副使・土屋主水正(大河内傳次郎)の現在の姿で、主水正はかつて流山桐太郎(月形龍之介)の情婦で蠣崎の手先に使われたアイヌの混血芸者おみつ(相馬千恵子)に謀殺されそうになったところを危うく難を逃れ、今は蝦夷に潜伏していたのだった―。
ごろつき船1.jpg 大河内傳次郎と月形龍之介の確執に相馬千恵子が絡むというもので、脚本が「用心棒」「野良犬」の菊島雄三のせいか、ここでも棺桶が出てきて、棺桶に隠れて本土へ渡ろうとした大河内傳次郎でしたが、月形龍之介に見破られてしまい、棺桶から飛び出して斬り合いに。この時の姿が白装束であるばかりでなく、メイクが隻眼でないことを除いては若干丹下左膳風であり、3年後の「大河内・左膳」復活を予感させるものとなっていました。40代前半で撮った「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」の時ほごろつき船 01.jpgどには飛び跳ねたりはしないけれども、50代後半になっても剣捌きは変わらず、どんなピンチでも動じない堂々たる剣豪ぶりは流石です。大河内傳次郎は強度の近眼であったにも関わらず真剣を使いたがる傾向があったので、剣戟の斬られ役の方は結構ビビったという話(嵐寛寿郎談)があります(勿論、当時はコンタクトレンズなどは無い)。
ごろつい船 相馬千恵子.jpg 月形龍之介演じる屈折した敵役の桐太郎もハマっていましたが、最初は主水正の敵側として現れ、やがて主水正に惹かれていき、身を挺して主水正やいとを守ろうとするアイヌとの混血芸者おみつを演じた相馬千恵子(1922- )がなかなか良かったです。アイヌの人たちがおみつの知らせを受け、集団で主水正側に加勢するという描かれ方になっているのも、蝦夷地を舞台とした作品らしい味付けでした。  
相馬千恵子

 因みに、洞窟に潜んで復讐の機を窺うという点では、黒澤明監督の「隠し砦の三悪人」('58年/東宝)や 安田公義監督の「大魔神」('66年/大映)などもそのパターンであり、興味深いところです(「隠し砦の三悪人」も「ごろつき船」と同じく菊島隆三が脚本に加わっている)。

黒澤明監督「隠し砦の三悪人」('58年/東宝)/安田公義監督「大魔神」('66年/大映)
隠し砦の三悪人 801.jpg 大魔神 1966 31.jpg

大河内傳次郎/喜代三 
丹下左膳餘話 百萬兩の壺 takeuma.jpgACTミニシアター 百万両の壺.jpg丹下左膳 百万両の壺 02.jpg「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」●制作年:1935年●監督:山中貞雄●脚本:三村伸太郎●潤色:三神三太郎●撮影:安本淳●音楽:西梧郎●原作:林不忘●時間:92分●出演:大河内傳次郎/喜代三/沢村国高勢実乗 『丹下左膳餘話 百萬兩の壺』.jpg太郎/山本礼三郎/鬼頭善一郎/阪東勝太郎/磯川勝彦/清川荘司/高勢実乗/鳥羽陽之助/宗春太郎/花井蘭子/伊村理江子/達美心子丹下左膳餘話 百萬兩の壺 山中貞雄2.jpg/深水藤子●公開:1935/06●配給:日活●最初に観た場所:早稲田松竹(07-08-12)(評価:★★★★☆)●併映:「人情紙風船」(山中貞雄)

[左]「あのね、おっさん、わしゃかなわんよ」というギャグで知られた高勢実乗

 
ごろつき船 森一生監督作品.jpg「ごろつき船」●制作年:1950年●監督:森一生●製作:辻久一●脚本:成澤昌茂/菊島隆三●撮影:牧田行正●音楽:深井史郎●原作:大佛次郎●時間:88分●出演:大河内傳次郎/相馬千恵子/月形龍之介/坂東好太郎/若杉紀英子/葛木香一/東良之助/香川良介/上田吉二郎/加東大介/阿ごろつき舟gorotsuki.jpg部修/羽白修/寺島貢/堀北幸夫/小松みどり/玉置一恵/片岡好右衛門●公開:1950/11●配給:大映(評価:★★★★)

大河内傳次郎/坂東好太郎/加東大介(右から2人目)/若杉紀英子


《読書MEMO》
田中小実昌 .jpg田中小実昌(作家・翻訳家,1925-2000)の推す喜劇映画ベスト10(『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版))
丹下左膳餘話 百萬兩の壺('35年、山中貞雄)
○赤西蠣太('36年、伊丹万作)
○エノケンのちゃっきり金太('37年、山本嘉次郎)
○暢気眼鏡('40年、島耕二)
○カルメン故郷に帰る('51年、木下恵介)
○満員電車('57年、市川昆)
○幕末太陽傳('57年、川島雄三)
○転校生('82年、大林宣彦)
○お葬式('84年、伊丹十三)
○怪盗ルビイ('88年、和田誠)

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作者が本当にやりたかったのは漫画よりアニメーションであったことを如実に窺わせる。

フィルムは生きている2.jpg  西遊記 1960 poster.jpg 西遊記 [DVD].jpg   悟空の大冒険01.jpg
フィルムは生きている』「西遊記」(1960年)ポスター「西遊記 [DVD]」「悟空の大冒険 Complete BOX [DVD]
函入愛蔵版(装丁・装画:和田 誠
フィルムは生きている.jpg マンガ映画を作ることを夢見て地方から東京に出てきた青年・宮本武蔵は、アニメ制作会社へ入社を申し出るが、アニメ作家・壇末魔から「絵の動きが死んでいる」と評されて叶わず、街頭で似顔絵を描いて暮らしていた。そして、その際に出会った、やはりマンガ映画を目指している佐々木小次郎と意気投合し、同居を始める。2人は共同でマンガ映画を作ろうとしたが、どちらの作ったキャラクターを主人公にするかで対立して喧嘩別れしてしまう―。

フィルムは生きている 手塚治虫.jpg 「フィルムは生きている」は、学研の「中学1年生コース」(1958(昭和33)年4月号~1959(昭和34)年3月号)、「中学2年生コース」(1959年4月号~1959年8月号)に連載されもので、これまでも単行本化されたり文庫に収められたりしていますが、本書では、連載第1回のカラーページ部分を再現し、各回の扉絵も収録され、その他に、作者自身が日本マンガ映画史を辿った「マンガ映画 メイドイン・ジャパン」なども巻末にあります。装丁・装画は和田誠氏で、和田氏も巻末に「手塚さんとの出会い」という小文を寄せています。

手塚治虫漫画選集5 「フィルムは生きている」.jpg 物語は、武蔵と小次郎の巌流島の決闘に懸けた「アニメ対決」へと向かっていきますが、一方で、後半に武蔵は視力低下に苦しむことになり、この辺りはベートーヴェンの後半の生涯に重ねた味付けになっています。
『手塚治虫漫画選集5「フィルムは生きている」』(1959)

フィルムは生きている (小学館文庫).jpg 武蔵は明らかに作者自身を投影したキャラクターだと思われますが、興味深いのは、一度は200万部の発行部数を誇る雑誌「少年パック」の一番の人気漫画家となった武蔵が、漫画家の"宍戸梅軒"から「マンガ映画を無理に捨てた武蔵は、自分の心を殺したぬけがらだ」と指摘され、漫画を捨ててマンガ映画に打ち込むというストーリーになっている点で、作者が本当にやりたいのはアニメーションであったことを如実に窺わせるものとなっている点です。
フィルムは生きている (小学館文庫)

 実際には作者は、自らのプロダクション創設後も漫画を描き続けますが、それは漫画がアニメーション制作の資金を稼ぐための手段だったのかもしれません。1961年にプロダクション内に動画部を設立、これが後の虫プロダクションになります。

西遊記 1960.jpg 一方、「マンガ映画 メイドイン・ジャパン」の最後に、東映が「少年猿飛佐助(壇一雄作)」に続いて「西遊記(手塚治虫作)」を製作中であるとありますが、「手塚治虫作」と言いつつ、出来上がった「西遊記」('60年/東映)は、あくまでもそれまでの「白蛇伝」('58年/東映)から次回作の「安寿と厨子王丸」('61年/東映西遊記 1960 2.jpg)にかけての流れの中にあるもので(監督・演出は何れも藪下泰司)、あまり手塚カラーというのが感じらないと言うか、逆にその分、時々「ここは手塚治虫だなあ」と思わせる部分があって、手塚的キャラクター及びその動きの描き方と、当時の東映アニメ調のキャラクター及びその動きの描き方とが全く異質であったことが窺えるものとなっています(但し、実際には手塚治虫は構成のみに関与し、作画には携わっていない)。

悟空の大冒険02.jpg やがて手塚治虫は、「鉄腕アトム」(自らのプロダクションのTVアニメ第1作)の後番組として'67年に「悟空の大冒険」を手掛けることになりますが、やはり、自分のプロダクションで自分の作りたい孫悟空のアニメを作りたいと思ったのではないでしょうか。しかし、手塚治虫のオフィシャルサイトによると、「パイロット版「孫悟空が始まるよー」が悟空が真面目過ぎると子どもたちからの批判を受けて、大幅に設定が改められ、ならば徹底的に不真面目にしてやろうと、スタッフも当時としてはかなり実験的な試みを行い、現代っ子らしいヤンチャ坊主にしたら、今度は「言葉遣いが汚い!」とPTAからの大批判を受けて、放映打ち切りに追いこまれてしまいました」とのことで(放送予定本数は52本だったが39本の放送で終了)、やはりいろいろ苦労はあったようです。

 「西遊記」の仕事を通して手塚が得た教訓は「自分が表現したいことを表現するためには、自分の金で作らなければ駄目だ」ということであったと言われています。しかし、アニメ作りは膨大な人手と手間がかかることから、そのための費用を漫画の仕事によって捻出するという構造は続けざるを得ず、手塚は創作と経営の狭間で常に苦悩し、ある時期ヒット作を生み出しながらも、虫プロダクション(旧)は'73年に倒産します。やはり、当初アニメは、急速に伸びつつも不確実性要素の多い新興ベンチャーのようなものであり、そうした中でテレビ局などは、プロダクションとの関係において自分たちに有利な(危険負担は少なく利益は大きい)契約を結ぶことに注力し、一方のプロダクション側には、そうした交渉ごとのプロというのがいなかったのではないかと思われます。漫画の主人公も苦労しているけれども、現実は現実で、なかなか漫画のようにはいかない面も多かったのではないでしょうか。

「西遊記」1960年.jpg「西遊記」●制作年:1960年●監督:藪下泰司(演出)/手塚治虫(構成)●製作:大川博●脚本:植草圭之助/手塚治虫●撮影:大塚晴郷●音楽:服部良一●原作:手塚 治虫●時間:88分●声の出演:小宮山清/新道乃里子/木下秀雄/篠田節夫/関根信昭/武田国久/尾崎勝子/白坂道子/巌金四郎/加藤玉枝/川久保潔/風祭修一●公開:1960/08●配給:東映(評価:★★★)
  
悟空の大冒険 03.jpg「悟空の大冒険」●監督:杉井ギサブロー●プロデューサー:川畑栄一●演出:出崎統ほか●脚本:菅野昭彦ほか●音楽:宇野誠一郎●原作:手塚治虫●出演(声):右手和子/増山江威子/野沢那智/愛川欽也/ 滝口順平/近石真介/小原乃梨子/熊倉 一雄/三輪 勝恵/大竹 宏/雨森 雅司/小林 清志●放映:1967/01~09(全39回)●放送局:フジテレビ

【1959年単行本[鈴木出版『手塚治虫漫画選集』第5巻]/1967年再録[「COM」3月号・4月号(『名作劇場』)]/1969年新書化[小学館『ゴールデン・コミックス手塚治虫全集』]/1977年文庫化[講談社『手塚治虫漫画全集』]/1998年再文庫化[小学館文庫]/2011年再文庫化[講談社『手塚治虫漫画全集』]/2014年復刻版(函入愛蔵版)[国書刊行会]】

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ストーリー上の突っ込み所は満載だが、笠智衆らの軽妙な演技が楽しめるコメディ。

象を喰った連中 001.jpg  象を喰った連中 1シーン.jpg
象を喰った連中 [VHS]」                      (下写真中央:日守新一/右:笠智衆)
象を喰った連中02.gif 終戦直後の東京の動物園で、象のシロウが謎の病で死に瀕していが、病理学権威の博士はハワイへ新婚旅行中で、手当に当たっていたのは大学の助手達のみ。飼育係の山下(笠智衆)の願いも虚しくシロウは死に、旅先で報せを受けた博士は、その症状から、象の死因はバビゾ菌であろうと新妻に話して聞かせる。その頃、大学の研究室では、助手の和田(日守新一)や馬場(原保美)らが、好奇心から死んだシロウの肉を焼いて食べていて、知らずにそれを食べたのは、研究室に残っていた渡辺(神田隆)と新婚の野村(安倍徹)、それと、偶然、研究室を訪れ、無理矢理勧められた山下の5人だった。話を聞いた山下の妻は、シャムの地で、同じように死んだ象の肉を食べた地元民が死んだのではなかったかと夫に言い、山下はその事実を思い出し、慌てて研究室に戻って助手達に、自分達はあと30時間で死んでしまうのだと告げる。資料を調べた結果、山下の話が本当らしいと気付いた助手達も真っ青になる―。

象を喰った連中 002.jpg 「暖流」「安城家の舞踏会」の吉村公三郎(1911-2000/享年89)監督が、戦後タイから復員して発表した帰国第1作で、有毒の象肉を食べた人々のドタバタを描いたコメディですが、戦争が終わって間もない頃の作品であるためか、努めて明るいタッチで描こうしている意図が感じられます(吉村公三郎自身が陸軍将校だったこともあり、また戦中は国策映画も撮っていたという経歴が、逆に戦後こうしたノンポリ映画を撮ることに繋がっているのかも)。

 タイトルクレジットで、キャストが、「象を喰った連中」「この人たちを巡る女たち」「象を喰はない連中」...と並ぶところから、遊び心が感じられ、冒頭のシロウの看病シーンでも、笠智衆演じる山下(ちょび髭を生やして喜劇役者風)が、「きっとシロウちゃんは風邪をひいたんだ。だってあんなに鼻水が出ている、アスピリンをやってください。玉子酒はどうだろう」といった具合。

象を喰った連中 003.jpg 残り30時間の命となった5人は、集まって喧々諤々したり、家族や恋人と最後の出会いをしたりしますが、そうするうちに、何とか解毒用の血清を取り寄せることができる見通しに。ところが、5人分の血清の内1つが輸送中に容器が壊れ、誰か一人は犠牲にならざるを得ない―和田は、その犠牲者を籤引きで決めることを提案し、籤に細工を施し自らその一人となる―。自らの死を待つ和田だが、その時間になっても何にも起きず、あれっ?という感じ。

 死を待つ和田からも、それほど重々しい悲壮感は感じられず、むしろ何となく軽妙で、結末にも、それに呼応するようなドンデン返し。深読みすれば、戦争を生き延びた人びとの「生」の実感が反映されているのかな。

象を喰った連中02.jpg なぜ5人は病院に収容されないのかとか、4人分の血清を5人で分けることは考えられないのかといったストーリー上の突っ込み所は満載ですが、役者陣に関して言えば、笠智衆(1904-1993/享年88)の軽妙な演技は見ものであり(シロウを可愛がっていた山下が、今自分が食べたのがシロウの肉だったと知った際の反応は、まさにギャグコント風)、実質上の主役である日守新一(1907-1959/享年52)も知的でとぼけた味わいがありました(小日向文世にちょっと似ているなあ)。日守新一は、現役真っ盛りでの死が惜しまれます。
日守新一/笠智衆
日守新一
象を喰った連中 日守.jpg象を喰った連中01.jpg「象を喰った連中」●制作年:1947年●監督:吉村公三郎●製作:小倉武志●脚本:斎藤良輔●撮影:生方敏夫●音楽:万城目正 /仁木他喜雄●時間:84分●出演:日守新一/笠智衆/原保美/神田隆/安部徹/村田知英子/空あけみ/朝霧鏡子/文谷千代子/岡村文子/若水絹子/植田曜子/奈良真養/高松栄子/志賀美彌子/中川健三/遠山文雄/西村青兒/永井達郎/横尾泥海男●公開:1947/02●配給:松竹大船(評価:★★★)

《読書MEMO》
● 桂 千穂 『カルトムービー本当に面白い日本映画 1945→1980』['13年/メディアックス]
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見るだけでも楽しいが、手塚治虫自身による裏話が多く盛り込まれており、読んでも面白かった。

手塚治虫劇場.jpgジャングル大帝917.JPG 
手塚治虫劇場―手塚治虫のアニメーションフィルモグラフィー』(1997/07 手塚プロダクション) (カバーイラスト:和田 誠)/「ジャングル大帝 レオのうた(劇場版1966)」作詞:辻真先/作曲:冨田勲/歌:弘田三枝子

 手塚アニメのフィルモグラフィーで、'97年刊行(初版は'91年)。'60(昭和35)年公開の「西遊記」から'97年公開の「ジャングル大帝」までの劇場公開されたアニメーション映画作品、並びに、'63年から'66年にかけて放映された「鉄腕アトム」から、'97年に放映された「聖書物語」までのTVアニメ作品(「バンパイヤ」などの実写との合成版を含む)の、画像や上映・放送記録データを収録しています。

 主要作品については、作者・手塚治虫自身がメディア各誌等で語ったその作品に関する長文の談話が付されていて、主にアニメーションの制作の苦労話や技術的なことについて触れているものが多く、そうした意味では、アニメに特化した編集の趣旨が明確に出ていていいです。

 冒頭の'88年の「朝日賞」受賞時の講演(作者が亡くなる1年前)からしてまさにそうであり、殆どアニメ制作の現場にいる玄人に向けて話すような内容を、一般の人にも分かり易いよう噛み砕いて語っていて、それがそのまま、日本のアニメ史や手塚アニメの特徴を語ることにもなっています。

 代表作「鉄腕アトム」に対する作者の後の自己評価はさほど高くなかったように思いましたが、それでも日本のTVアニメにおいて画期的な作品ではあったのだなあと。その自負は、作者自身の談話からも感じ取れます。
 
 取り上げられているている作品の中で個人的に思い出深いのは、「ジャングル大帝」のテレビアニメ版と旧い方の劇場版('66年/東宝)。

「ジャングル大帝 テレビアニメ 昭和40年.jpgジャングル大帝 テレビ 1965.jpgジャングル大帝 テレビ 1965 2.jpg 原作のオリジナルは、'50(昭和25)年から5年間「漫画少年」に連載されたもので、「鉄腕アトム」のオリジナルよりも以前になりますが、それを虫プロが手直しして、TV版に改変し放映を開始したのが'65(昭和40)年で、当時はまだカラーテレビの普及率が低かったものの(東京でカラー受像機は5千台程度)、番組スポンサーである電機メーカーのカラーテレビを普及させたいとの強い意向から、日本初のカラーアニメ番組が実現したとのことです。
ジャングル大帝 Complete BOX [DVD]

 このスポンサーというのは「三洋電機」のことであり、喜劇俳優の「エノケン」こと榎本健一(1904-1970)の「うち~のテレビにゃ色がない 隣のテレビにゃ色がある あらまきれいとよく見たら サンヨー・カラーテレビ」という軽妙ながらも視聴者の購買意欲をそそるコマーシャルが流れていました(因みににエノケンがCMに顔を出すのはこの作品だけで、初めてのCM出演がカラーで喜んだそうだ)。

弘田三枝子.jpg冨田勲6.jpg また、番組のエンディングテーマ「レオのうた」の作曲者は、後にシンセサイザー音楽作家として名を馳せる冨田勲(1932-2016)で、弘田三枝子(1947年生まれ)のパンチの効いた歌唱力により、アニメのエンディングテーマとしては人々の記憶に最も残るものの1つとなりました。弘田三枝子は、伊東ゆかりらと同様、少女時代から米軍キャンプで唄っていた経歴の持ち主で、このテーマを唄っている頃の彼女はややふっくら体型でしたが、自分で作ったカロリーブックをもとに、1日の食事を2000キロカロリー以内に抑えて半年間で17キロのダイエットに成功、1969年に「人形の家」がブレイクして第11回日本レコード大賞の歌唱賞を受賞し、1970年には『ミコのカロリーBOOK』を出版し150万部を超えるベストセラーになりました。

「ジャングル大帝 1966.jpgジャングル大帝・サンダ対ガイラ.gif 「ジャングル大帝」は、本書の手塚治虫自身の談によれば視聴率40%を超えたとのことで、その翌年に映画化され、主人公のレオが大人になってからの物語「新ジャングル大帝 進めレオ!」も引き続きテレビ放映されました。

「ジャングル大帝」('66年/東宝)ポスター(併映「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」('66年/東宝))

 映画版は劇場で見ましたが、オープニングの迸るような色彩の噴出に、ただただ圧倒された思い出があります(おそらくテレビではまだ白黒でしか見ておらず、それがいきなり大型スクリーンでカラーだったから衝撃をもって受け止められたのではないか)。

 本書の手塚治虫の談話を読むと、まずTVアニメの方は、音楽に経費を使い過ぎて、アニメの方は使い回しするなど苦心したとのこと、また、原画の色が当時のテレビ受像機ではそのままに出ないので、実際に映ったものを何度も見て絵具を塗り直したとのこと、それが今度は映画になると、その色がそのまま映像に出てしまうので、また修正と、かなり苦労したようです。

 因みに「ジャングル大帝」はその後、'97年(監督:竹内啓雄)、'07年(監督:谷口悟朗)に映画化されていますが(本書第2版は'97年版「ジャングル大帝」の公開に合わせて刊行されている)、それらはDVD化されているのに対し、この'66年版(監督:山本暎一)はDVDが無いようです(他作品とバンドルされて、期間限定でDVD化されたりしたことはあったかも)。(実際に、「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」「新宝島」の3部作DVD-BOX として、2005年と2008年に発売されていることを、このブログを見た人から教えていただいた。期間限定生産だったが、マーケットプレイスで購入可能のようだ。)

w3.JPG 「ジャングル大帝」のテレビ放映時期は「鉄腕アトム」の終わりの方と重なっており、ほぼ同じ時期に虫プロのTVアニメ第2弾作品「W3(ワンダースリー)」の放映がありましたが('65年6月~'66年6月フジテレビで放映)、「W3」は「鉄腕アトム」と「ジャングル大帝」のどちらのアニメチームにも入れなかった虫プロのスッタフの「俺たちは落ちこぼれじゃないか」というひがみムードを払拭するために、そうしたスッタフの自発的なアイディアを尊重して作られた作品であるとのことです。

 もともと宇宙からきたリスのシリーズを考えていたところ、他のプロダクションでそっくりな企画が進行しているとの情報が入ってスパイ疑惑まで生じ、豊田有恒氏が虫プロを辞める事態にまで至ったわけですが(これが巷にいう「W3事件」)、その別のプロダクションの作品というのが「宇宙少年ソラン」です。

 「少年マガジン」で「W3」の連載が始まった後に「宇宙少年ソラン」の連載も同誌で始まり、しかもアニメ化された番組のスポンサーは菓子メーカー同士(ロッテ(W3)と森永(ソラン))の競合だったという―。結局、「W3」は「少年マガジン」の連載を中断し、「少年サンデー」で再開。但し、アニメの方は、途中から裏番組に「ウルトラQ」がきて、ガクンと視聴率が下がってしまったとのことですが、アメリカのローカル局に買われたとのことです(ローカル局のためか、吹き替え無しの字幕放送だった)。

 この本は、見ているだけでも楽しいですが、作者・手塚治虫自身による現場の裏話がふんだんに盛り込まれており(「W3事件」に関しても手塚自身が殆どの経緯を述べている)、読んでも面白かったです。

ジャングル大帝 1965.jpgジャングル大帝3.jpg「ジャングル大帝」●製作:山本暎一●チーフ・ディレクター:林重行●音楽:冨田勲●原作:手塚治虫●出演(声):太田淑子/小池朝雄/松尾佳子/明石一/田村錦人/勝田久/加藤精三/熊倉一雄/川久保潔/関根信昭/山本嘉子/千葉順二●放映:1965/10~1966/09(全52回)●放送局:フジテレビ

ジャングル大帝 劇場版 (1966)b.jpgジャングル大帝(劇場版)1966年2.jpg「ジャングル大帝」(劇場版)●制作年:1966年●監督:山本暎一●脚本:辻真先●音楽:冨田勲●原作:手塚治虫●時間:75分●声の出演:太田淑子/明石一/勝田久/松尾佳子/田村錦人/緑川稔●公開:1966/07●配給:東宝(評価:★★★★)

W3(ワンダースリー).jpgW3(ワンダースリー)2.jpg「W3(ワンダースリー)」●プロデューサー:黒川慶二郎●チーフ・ディレクター:杉山卓●音楽:宇野誠一郎●原作・総監督:手塚治虫●出演(声):白石冬美/近石真介/小島康男/沢田和子/金内吉男/池田一臣/桜井良子●放映:1965/06~1966/06(全52回)●放送局:フジテレビ

  
冨田勲.jpg 冨田勲ド.jpg  冨田 勲(1932-2016/享年84) 
関連作品
【TV番組】
宇宙人ピピ.jpg キャプテンウルトラ2.jpg 空中都市008(中山千夏)2.jpg宇宙人ピピ」('65年)/「キャプテンウルトラ」('67年)/「空中都市008」('69年)
【映画】
飢餓海峡(ポスター)65年.jpg たそがれ清兵衛 dvd.jpg飢餓海峡」('65年)/「たそがれ清兵衛」('02年)

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話はシンプルだが、アニメーション自体が素晴らしい。日本アニメの黎明期の「別格」的作品か。

白蛇伝 vhs.jpg 白蛇伝 dvd.jpg  白蛇伝1.bmp「白蛇伝」(1958)
白蛇伝 [VHS]」「白蛇伝 [DVD]

白蛇伝2.jpg 心優しい青年・許仙(しゅうせん)に助けられた白蛇の精が、青年を慕って美少女・白娘(ぱいにやん)として現れるが、その正体を知る和尚・法海(ほっかい)によって二人の恋は妨げられ、許仙は命を落としてしまう。その命を助けるためには龍王の許しがなければならず、白娘は命を賭して龍王の試練に立ち向かい、更に青年を蘇らせるべく、法海のもとへ向かう―。

 中国古代の四大民間伝説の一つとされている「白蛇伝」は、上田秋成の『雨月物語』の中の「蛇性の淫」のモチーフにもなっています(と言うことは、白蛇の精は、溝口健二の「雨月物語」('53年/大映)で京マチ子が演じた元御姫にも通じるのか)。

 この作品以前に日本で作られた最大規模のアニメ映画は、松竹動画研究所による大戦中の国策映画「桃太郎 海の神兵」('45年/白黒74分)であり、それに対してこの「白蛇伝」は、東映動画が日本で初めて長編アニメ映画制作システムを構築した上で制作した作品であるとのこと(日本初の長編「カラー」アニメ映画ということになる)。
 
 以来、東映動画は「少年猿飛佐助」('59年)、「西遊記」('60年)、「安寿と厨子王丸」('61年)、「アラビアンナイト シンドバッドの冒険」('62年)、「わんぱく王子の大蛇退治」('63年)、「わんわん忠臣蔵」('63年)、「ガリバーの宇宙旅行」('65年)と毎年のように長編アニメを発表し、アニメ制作の主導権は長年にわたり東映が握っているということです(「東映アニメまつり」の先駆けなのだなあ)。

なつぞら 藪下泰司.jpg 「桃太郎 海の神兵」を観て、その技法に感動したのが手塚治虫ならば、17歳で「白蛇伝」を観てアニメーション作家を志したのが宮崎駿、「白蛇伝」は日本アニメの黎明期の傑作とされています(2019年度前期NHK連続テレビ小説でアニメーターの奥山玲子の立志伝「なつぞら」に出てくる「東洋動画」でアニメーション映画の初監督作品が「白蛇姫」となる露木重彦(演:木下ほうか)のモデルが藪下泰司、「東洋動画」に入社してくる新人・神地航也(演:染谷翔太)のモデルが宮崎駿とされている)
 
佐久間良子.jpg白蛇伝3.jpg 当時のことですから、セルは当然1枚1枚が手描きですが、登場人物の動きは、当時"新人女優"だった佐久間良子がヒロインの動きをライブで演じ(厳密に言えば、彼女は当時まだ映画デビューしておらず、俳優座養成所での半年間研修期間中に当作品のモデルとして初めてカメラの前に立つことになった)、その動きをアニメーションに生かすディズニー・アニメと同じ手法を取ることで概ね滑らかなものとなっており、妖術合戦や大波のシーンなどのスペクタクルシーンは迫力満点、更に、場面ごとの背景の描写などは中国の古典的説話の雰囲気をよく醸していて(ここでも、画面の奥行きを出すために背景と動画を何層にも重ねるディズニー・アニメの手法が取られている)、総じて、長編アニメの第1号作品にしてかなり高い完成度と言えるのではないでしょうか。

「白蛇伝」森繁。宮城まり子0.jpg「白蛇伝」森繁。宮城まり子2.jpg「白蛇伝」森繁。宮城まり子1.jpg 声の出演は、森繁久彌宮城まり子のたった2人だけでそれぞれ10役以上をこなしたとのことで、このやり方は、後のTV番組「まんが日本昔ばなし」(声の出演は常田富士男と市原悦子の2人だけ)に受け継がれました。

 説話を翻案した中国の伝奇物語では、「異類婚姻譚」という物語の大枠は共通していても、このアニメのように恋物語としてハッピーエンドで終わるものもあれば、最後は白娘が妖魔としての正体を露わにし、法海に退治されてしまうというものもあるそうですが、何れにせよ、幾多の魑魅魍魎が登場するオリジナルに比べれば、登場人物を大幅に絞り込んだストーリーはシンプルと言えばシンプル、しかし、アニメの場合はこれでいいのだろうなあ。

白蛇伝 ポスター.jpg 子供の時に劇場で観ましたが、やはり、ストーリーよりもアニメーションそのものがずうっと後々まで印象に残りました(リアルタイムで観たつもりでいたが、実はリヴァイバル上映だった)。

 よくインターネット上で、「日本アニメのマイ・ベスト10」とか「日本アニメ史上の最高傑作は?」などといったサイトを見かけますが、名が挙がっているのは80年代、90年代の作品が多く、意外とこの作品の名が挙がらないのは、やはり何と言っても50年代という古さのためでしょうか?(そもそも、その頃は「アニメ」とは言わず「漫画映画」とか言っていたし)

白蛇伝8.jpg そうした80年代、90年代の作品を挙げている人達は、こんな古いのは観ていないのかなあ。まあ、80年代、90年代の作品と比べても見劣りしない「傑作」であることに違いなく(評価としては一応星4つにしてはいるが)、むしろ、日本アニメ史上におけるポジショニングや個人的な想い出も含めると、それらを超えて「別格」であるという感じはします。 

「白蛇伝」●制作年:1958年●監督(演出):藪下泰司●製作:大川博●脚本:藪下泰司/矢代静一●演出:藪下泰司/芹川有吾●撮影:塚原孝吉/石川森繁久彌.jpg宮城まり子 女優5.jpg光明●音楽:木下忠司/池田正義/鏑木創●時間:79分●声の出演:森繁久彌/宮城まり子/佐久間良子(アニメ作画用モデルとして)●公開:1958/10●配給:東映(評価:★★★白蛇伝 渡辺.jpg★)

渡辺 仙州(編著)/石原 依門(絵)『白蛇伝』(2005/03 偕成社)

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アニメ技術そのものはいいのだが、カタルシス不全を起こしそうな結末。

安寿と厨子王丸 dvd.jpg  安寿と厨子王丸 面子0.jpg 安寿と厨子王丸 面子1.jpg 厨子王丸2.jpg 安寿と厨子王丸 面子4.jpg 安寿と厨子王丸 面子5.jpg  山椒大夫・高瀬舟.jpg
安寿と厨子王丸 [DVD]」/「安寿と厨子王丸」面子(メンコ)シリーズ/『山椒大夫・高瀬舟 他四編 (岩波文庫)

山椒大夫.jpg安寿と厨子王丸 vhs.jpg田中澄江.jpg 森鷗外の「山椒大夫」を原作とした溝口健二監督の映画化作品「山椒大夫」('54年/大映)はよく知られていますが、同じく森鷗外の作を原作として、溝口作品の7年後に田中澄江(1908-2000/享年91)の脚本のもと)としてアニメ化されていて、オープニングに東映の「創立十周年記念」とあります。

 声の出演が、安寿が佐久間良子、厨子王(成人後)が北大路欣也、母が山田五十鈴、山椒太夫が東野英治郎、その長男が平幹二朗という錚々たる布陣であり(厨子王の少年時代担当の「住田知仁」は後年の風間杜夫、「わんぱく王子の大蛇退治」('63年/東映)でも主人公の声を担当)、実際に人が演技した映像をなぞってアニメ化するという手法がとられていて、アニメーション自体も美しい出来栄えであるには違いないと思います。

安寿と厨子王丸1.jpg 安寿と厨子王のお供の動物キャラが出てくるのは子供向けアレンジですが、山椒大夫の2人の息子の内、弟の三郎が安寿に想いを寄せるという恋愛話も挿入されていたりします。

 安寿が焼き鏝を顔に当てられそうになるところを三郎が救うので、当然のことながら、やけどが菩提像の加護で癒えるという、鷗外の原作にあるはずの場面は無く、映像化しようとすると、やはりヒロインについては忌避される場面なのでしょうか(ましてや子供向けであるし)。

 安寿が入水自殺を遂げるのは鷗外の原作通りですが(オリジナルの説話「さんせい太夫」では刑死または拷問死なのだが)、成人した厨子王が都で化け物退治をするなどのオリジナル・エピソードがあり、何よりも原作と異なるのは、安寿を供養するため出家した三郎の願いで厨子王が山椒大夫親子を許してしまうという点で、やや拍子抜けしてしまいそうなまでの厨子王の寛容さ。

 しかも、ラストの母子再会でも、溝口作品同様に母の眼は「明かない」という...、アニメーション技術そのものはいいのだけれど、何だかカタルシス不全を起こしそうな結末とも言えるかと。

安寿と厨子王丸 面子7.jpg安寿と厨子王丸 面子6.jpg安寿と厨子王丸 面子8.jpg安寿と厨子王丸 面子10.png 子供向けということもあったと思いますが(当時の面子(メンコ)にもなっているぐらいだから、それなりに多くの子供が観たのではないか)、山椒大夫が処刑を免れたのは、権力を握った者が旧敵を罰するという構図に反発した当時の東映労組の(言わば"大人たちの")意向も反映されているようです(2019年度前期NHK連続テレビ小説でアニメーターの奥山玲子の立志伝「なつぞら」に出てくる「東洋動画」で作られるアニメ映画「わんぱく牛若丸」のモデルは、この東映長編カラーアニメ第4作「安寿と厨子王丸」と第2作「少年猿飛佐助」('59年)、第6作「わんぱく王子の大蛇退治」('63年)あたりをハイブリッドしたものと思われる)

佐久間良子2.jpg風間杜夫2.jpg北大路欣也.jpg「安寿と厨子王丸」●制作年:1961年●監督(演出):藪下泰司●製作:大川博●脚本:田中澄江●演出:藪下泰司/芹川有吾●演出助手:高畑勲●撮影:大塚晴郷/中村一雄/東喬明●音楽:木下忠司/鏑木創●原作:森鷗外「山椒大夫」●時間:83分●声の出演:佐久間良子/住田知仁(風間杜夫)/北大路欣也/山田五十鈴/東野英治郎/平幹二朗/宇佐美淳也/水木襄/山村聡/松島トモ子/三島雅夫/花沢徳衛●公開:1961/07●配給:東映(評価:★★★)
東野英治郎(山椒太夫)/平幹二朗(山椒太夫の長男・次郎)/山田五十鈴(安寿・厨子王丸の母・八汐)
東野英治郎.jpg安寿と厨子王丸 1.jpg平幹二朗.jpg安寿と厨子王丸 長男・次郎.jpg山田五十鈴.jpg八汐(山田五十鈴) 3.jpg

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「戦意昂揚」という外形の下、加藤隊長のヒューマンな人柄を描く。円谷英二の特撮も注目。

加藤隼戦闘隊 ポスター.jpg 加藤隼戦闘隊 vhs.jpg 加藤隼戦闘隊 dvd.jpg  加藤 健夫 .jpg
「加藤隼戦闘隊」 ポスター/「加藤隼戦闘隊」VHS/「加藤隼戦闘隊 [DVD]」 加藤健夫(本人)

加藤隼戦闘隊1.jpg 太平洋戦争初期に南方戦線で活躍した陸軍飛行第64戦隊(通称「加藤隼戦闘隊」)を率いた加藤健夫中佐の活躍と人柄を描いた伝記映画であるとともに、軍部の協力の下、実戦機による空中戦など迫力のある映像で描いた戦争アクション映画であり、1944(昭和19)年の年間観客動員数1位となった作品。

藤田進 加藤隼戦闘隊.jpg 冒頭の1941(昭和16)年4月の広東に、第64戦隊の戦隊長として加藤建夫少佐(当時)(藤田進)が九七式戦闘機を駆って着任するところからカッコ良く、数ヶ月後、部隊には一式戦闘機(隼)が配備され(国内初の車輪が機体に格納できる「引込脚」の戦闘機だった)、加藤は隼の特性把握も兼ねて、単機南シナの偵察に出向いたりして、その大胆さで隊員らを驚かせます。

加藤隼戦闘隊  オリジナルスナップ.jpg 1941(昭和16)年12月初旬には部隊はフコク島へ転進、マレー半島攻略戦を実施する山下奉文の部隊の哨戒任務を与えられ、帰路の夜間飛行で仲間を失った加藤は大いに悔みますが、直後に海軍が真珠湾攻撃に成功、悲しみに浸る間もなく加藤の戦隊はコタバルへ転進し、クアラルンプール爆撃の軽爆隊の援護任務にあたり、そこで隼戦闘機での初の空戦を行って戦果を上げます。以降、加藤隼戦闘隊は目覚ましい戦果を上げ続けますが、映画ではそうした部分はニュース映像的に簡潔に伝えるだけで、前半部分のかなりは、加藤の豪放磊落で、かつ部下想いの人間味溢れる人柄の描写に割かれています。

「加藤隼戦闘隊」オリジナルスナップ写真集より

加藤隼戦闘隊3.jpg 隼戦隊というスペシャリスト軍団の中でも、隊長自身が更に一段と秀でた技術を備えているということは、スペシャリスト軍団を率いるうえで大きなリーダーシップ要因となったと思われますが、「撃墜王」「空の軍神」と呼ばれながらも、すでに40歳近かった加藤自身がどれだけ最前線で戦ったのかはよく分かっていません(映画では、敵機に囲まれ窮地にある味方軍を、加藤が単機で援護する場面などがある)。

加藤隼戦闘隊 02.jpg 但し、加藤の人間性の部分は、映画に描かれている通りの責任感が強い温かな人柄であったようで、20歳前後の若者が多く配属されていた部隊で、部下を自分の息子たちのように大事にし、敵機の攻撃により被弾し帰還できない者が出ると、号泣して兵舎の外に立って帰らぬ部下をいつまでも待ち続けていたとのことで、部下からの信頼や慕われ方は相当のものだったようです。
 
加藤隼戦闘隊05 加藤.jpg 「戦意昂揚」映画の外形をとりながらも、山本嘉次郎監督はそうした加藤の人柄にスポットを当てることで、巧みにヒューマンな作品に仕上げており、また、藤田進演じる加藤が、時に剽軽なオッサンぶりを見せたり、時に博識ぶりや洒落たセンスを見せたりと、なかなか多彩な味があって良く、少なくともこの映画での加藤の描かれ方は「軍神」という近寄り難い雰囲気ではありません(山本嘉次郎自身が撮りたかった映画を撮ったという感じ)。
 
加藤隼戦闘隊 r.jpg加藤隼戦闘隊2.jpg この映画の後半の見所は戦闘シーンで、殆どがオリジナルフィルムであり、本物のパイロットが本物の戦闘機を駆ってい編隊飛行などを見せるほか、1942(昭和17)年2月の陸軍落下傘部隊のパレンバン攻略戦を、実戦さながらのスケールで再現してみせています(これは軍の協力がなければ出来ないことだが)。

加藤隼戦闘隊 01.jpg 年代設定は1941(昭和16)年から1942(昭和17)年にかけてであり、同じく「隼」を中心に据えた山本薩夫監督の「翼の凱歌」('42年/東宝)と比べてみると興味深いかもしれません(リアルタイムでみれば共に胴体に日ノ丸のない「一式戦一型」のはずだが、「翼の凱歌」の2年後に作られたこの作品では、年代設定は「翼の凱歌」より少し前でありながら、胴体に日ノ丸のある「一式戦二型」が登場して編隊飛行などを行っている)。

加藤隼戦闘隊  特撮.jpg 更に戦闘機同士の空中戦や空爆シーンは、円谷英二特技監督による精巧な特殊撮影が織り込まれていて、どこまでが実写でどこまでが模型なのか見た目では分からないぐらいリアル。戦後の怪獣映画の特撮シーンの基礎は、こうした作品で培われたことを窺わせるとともに、円谷英二もまた、自分がやってみたかったことを映画作りの中でやったという側面もあるのではと思ったりもしました。

加藤隼戦闘隊 ポスター2.jpg 1942(昭和17)年5月、出先基地から出撃した味方機が途中で不時着し、部下の身を案じて基地からの引き揚げを躊躇っていた矢先に基地は敵の爆撃を受け、急遽追撃した加藤は敵機を撃墜するも敵弾を受け、反転して海中に自爆(多分、帰還が不可能であることを悟ったのだろう。これは部下に普段から話していた「確実に死ねる」方法だった)、38歳で戦死しました(彼の最期の場面は映画には無い)。

加藤隼戦闘隊 タイトル.png 加藤はすでに生前から「空の軍神」と呼ばれていたぐらいで、死後ますます「軍神」として祭り上げられることになりますが、彼自身はそんな類の名誉を望んでいなかっただろうし、こんないい人でも死ななければならない、という「戦争というのはやっぱり嫌だなあ」という気持ちの方が見終わった後に残る、ある意味アイロニカルな「戦意昂揚」映画のように思えました。
  
「加藤隼戦闘隊」●制作年:1944年●監督:山本嘉次郎●製作:村治夫●脚本:山崎謙太/山本嘉次郎●撮影:三村明●音楽:鈴木静一●特技監督:円谷英二●時間:109分●出演:藤田進/黒川弥太郎/沼崎勲/中村彰/高田稔/大河内伝次郎/灰田勝彦/河野秋武/志村喬●公開:1944/03●配給:映画配給社(東宝)(評価:★★★★)

「0戦はやと」.jpg「0戦はやと」2.jpg 一方、優秀な戦闘機パイロットに対する憧憬は戦後も長くあったようで、「隼」と並ぶ日本の戦闘機「0戦」「紫電改」をそれぞれ素材とした、辻なおきの「0戦はやと」(「週刊少年キング」創刊号から1964(昭和39)年第52号まで掲載)、ちばてつやの「紫電改のタカ」(1963(昭和38)年から1965(昭和40)年まで「週刊少年マガジン」に連載)といったマンガがありました。倉本聰.bmpこの内「0戦はやと」は、TVアニメとして、1964(昭和39)年1月21日から10月27日までフジテレビ系で放送され、脚本には倉本聡氏などが携わっています(「見よ、あの空に 遠く光るもの あれはゼロ戦 ぼくらのはやと 機体に輝く 金色(こんじき)の鷲 平和守って 今日も飛ぶ ゼロ戦 ゼロ戦 今日も飛ぶ」というテーマソングの作詞も倉本聡氏)。

ゼロ戦はやと.jpg0戦はやと [VHS].jpg 因みに、アニメのオープニングで、隼人がアップになるカットに1コマだけ(開始16秒後)、スタッフのものと思われる腕時計をした手がちらっと映り込んでいるのが確認できます(ずっとこのまま放映していたのかなあ)。
0戦はやと.jpg
0戦はやと [VHS]

「0戦はやと」(テレビアニメ版)●演出:星野和夫●製作:鷺巣富雄●脚本:倉本聡/鷺巣富雄/河野詮●音楽:渡辺岳夫●原作:辻なおき●出演(声):北条美智留/朝倉宏二/大塚周夫/田の中勇/家弓家正/大山豊/河野彰●放映:1964/01~10(全38回)●放送局:フジテレビ

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戦前最後にして最大規模のミュージカル・コメディ。先取性、先見性に富む。

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「エノケンの孫悟空」VHS

 三蔵法師(柳田貞一)は経典を求めての天竺への旅の途中、岩山に閉じ込められていた孫悟空(榎本健一)を救い出して従者とし、併せて猪八戒(岸井明)、砂悟浄(金井俊夫)らもお供にして、妖怪魔物たちに邪魔をされながらも3人(3匹?)の活躍で危難を乗り越えて目的を果たす―。

エノケンの孫悟空ロード.jpg 1940(昭和15)年11月公開の山本嘉次郎(1902-1974)監督作。ベース・ストーリーはオリジナル通りですが、登場人物全員が歌いながら芝居をするオペレッタ形式であエノケンの孫悟空2.jpgり、戦時色の濃い中で制作された戦前最後にして最大規模のドタバタ・ミュージカル・コメディと言えるものです。'36年1月に日本劇場でデビューした「日劇ダンシングチーム」総動員のレビュー風の踊りがオープニングから見られ(まるで「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」('84年/米)のオープニングみたい)、ハリウッドの古典的ミュージカルを模した彼女らの中国風であったりアラビア風であったりする集団ダンスシーンが、大掛かりなセットも含め物珍しさもあって印象に残りました。

機上の悟空・八戒・悟乗.jpg「エノケンの孫悟空」タイトルバック.jpg 中国ロケを敢行していて中国人俳優も出演していますが、ハリウッド映画のパロディなどもあり、バタ臭い印象が強いのはそのためでしょうか。それでいて、悟空を演じるエノケンの喋りがもろ江戸弁で、エノケン自身がこれまで演じてきた「鞍馬天狗」や「近藤勇」のパロディもあったりするため、もはや国籍不詳という感じ。しかも、最後はSF風になって「未来国」へ行くという、もう何でもありの世界です(そもそも、悟空の移動手段であるキン斗雲がプロペラ戦闘機に置き換わっており、特殊撮影はあの円谷英二が担当している)。

 猪八戒が歌う「狼なんかこわくない」はディズニ―・アニメ「三匹の子ぶた」('33年/米)の挿入歌、この「孫悟空」の前年にアメリカで公開された「オズの魔法使い」('39年/米)っぽいシーンやアニメ「白雪姫」('37年/米)のパロディと思われる場面もありますが、両作品とも日本での公開は戦後であり、「ピノキオ」('40年/米)のテーマ「星に願いを」なども使われていることを考えると、先取性のみならず、その「先見性」には測り知れないものがあります(国際著作権連盟に日本が未加入の時期の、"パクリ"やり放題の作品と言ってしまえばそういうことになるのだが)。

 "SF風"金角・銀角大王を演じた中村是好・如月寛多などエノケン一座も多数出演していますが、その他、服部富子、渡辺はま子、藤山一郎といった当時の人気歌手も出演し、更に役者陣も豪華。「奇怪国」の大王に「わしゃかなわんよ」のフレーズで当時人気のコメディアン・高勢実乗、アラビアの「煩悩国」の女王に三益愛子(当時29歳)、煩悩国で猪八戒が恋に落ちる歌姫に満映の超人気女優・李香蘭(山口淑子)(当時20歳)、後編の「お伽の国」のお姫様で、金角・銀角らによって「ネバーエンディング・ストーリー」('84年/西独・米)の竜ファルコンそっくりの顔した東洋の女  李 香蘭.jpgお伽の姫  高峰 秀子  .jpg袖珍  中村メイ子.jpg犬に姿を変えられてしまった少女に、当時人気絶頂の国民的アイドル・高峰秀子(当時16歳)、その国の案内役の少女・袖珍に天才子役として人気のあった中村メイコ(当時6歳)といった具合です。
李香蘭(当時20歳)/高峰秀子(当時16歳)/中村メイ子(当時6歳)

エノケンの孫悟空1.jpg 中村メイコの袖珍(いつも小脇に百科辞典を抱えている)は、金角・銀角らの頭脳交換機で記憶を奪われ虚脱状態になった孫悟空らに、ホウレン草の缶詰を与えて元気を回復させるという、これもまた日米開戦直前の作品であるにも関わらず「ポパイ」のパロディで(実際ポパイのテーマ曲が流れる)、「ポパイ」は、'59年から'65年までTBS「不二家の時間」でテレビ放映されたアニメですが(後番組は「オバケのQ太郎」)、ポパイというキャラクター自体は日本でも戦前からよく知られていたようです。

 この作品は、評論家には「中身のない映画」と酷評されたそうですが、確かに「大掛かりな学芸会」といった印象はあります。ただ、前年の'39 年に、戦時体制に合わせ映画法が施行、'40年には、学生・生徒が映画館に行くのは土日・祝祭日に限るという文部省通達が出され、実際に世の中は日中戦争からから日独伊三国同盟締結へと太平洋戦争へ向かいつつある中、日米開戦の前年にこのような作品が作られたのは(ディズニー・アニメのモチーフがふんだんに織り込まれていることだけをとっても)信じられないようなことでもあります。

 評論家の酷評とは裏腹に国民に大受けしたのは、そうした暗い時代であったからこそ、明るい娯楽を求める国民の気持ちに応えたということでしょう。芸術的価値よりも歴史的価値の方が高い作品か。

東洋の女=李香蘭(山口淑子)(当時20歳)/袖珍=中村メイコ(当時6歳)
エノケンの孫悟空   3.jpgエノケンの孫悟空 中村メイ子.bmp「エノケンの孫悟空」●制作年:1940年●監督・脚本:山本嘉次郎●製作:東宝東京●制作:滝村和男●撮影:三村明●特殊技術撮影:円谷英二●音楽:鈴木静一●原作:山形雄策●時間:135分●出演:榎本健一/岸井明/金井俊夫/柳田貞一/北村武夫/高勢実乗/土方健二/中村是好/如月寛多/三益愛子/高峰秀子/中村メイ子/徳川夢声/服部富子/渡辺はま子/李香蘭(山口淑子)/伊達里子/千川照美/藤山一郎●公開:1940/11●配給:東宝映画(評価:★★★☆)

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「登場人物の誰もが突っ走り、映画そのものが疾走している」(山根貞男)

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ちゃっきり金太.bmp エノケンのちゃっきり金太 vhs.jpg  エノケンのちゃっきり金太1.jpg
「エノケンのちゃっきり金太」(ポスター/横山隆一)/VHS/(中村是好/榎本健一)

「エノケンのちゃっきり金太」3.bmp 幕末・明治維新前夜の江戸、名うてのスリ金太(榎本健一)は、財布と一緒に薩摩藩・勤皇派の密書をスッてしまったことから、薩摩の侍連中と八丁堀の岡っ引き・倉吉(中村是好)の両者に追われるハメに。追っ手を逃れて江戸から西へと旅立った金太の行く手には数々の事件が巻き起こる―。

「エノケンのちゃっきり金太」1.jpg 1937(昭和12)年作品で、P.C.L.(東宝の前身の1社)のエノケン映画10本の内の最後の作品であり、この作品の後、松竹に在籍していた榎本健一は、新会社の東宝へ移籍することになります。

 ジョンストン・マッカレーの探偵小説「地下鉄サム」を翻案したものと言われていますが、山本嘉次郎監督の原作・脚本は、これを幕末の動乱期の東海道に置き換えて、追いつ追われつのドタバタ劇に仕上げており、岡っ引きの倉吉のほかにも飴屋を装っている徳川方のスパイの三次(二村定一)、金太が贔屓にしている居酒屋の亭主(柳田貞一)とその娘・おツウ(市川圭子)、金太を殺したがる薩摩藩士・小原葉太郎(如月寛多)など様々な人物が絡み合ってきますが、原作がいいのか脚本がいいのか自然に楽しめ、また、洋物を翻案したという違和感もありません。

「エノケンのちゃっきり金太」2.jpg 映画評論家の山根貞男氏曰く、この作品は「走る映画」であり、「登場人物の誰もが突っ走り、映画そのものが疾走している」とのことですが、まさにそうであり、個人的にはエノケンの韋駄天ぶりから「キートンのセブンチャンス」('25年/米)を想起したりもしました。

 「ちゃっきり」とは「巾着切り」のことで、「ちゃっきり節」の「ちゃっきり」(茶切り)とは無関係? むしろ、「ちゃきちゃきの江戸っ子」と懸けているのか?(でも、金太が駿府の方まで逃逃げた際に、茶畑や茶切り娘も出てくるから、「茶切り」にも懸けているのかも)

エノケンのちゃっきり金太 中村.jpg その金太と、彼を追っていたはずがひょんなことから一緒に旅することになる岡っ引きの倉吉とのやりとりが面白く(エノケン一座の中村是好も好演)、フィルムの逸失部分を含めて想像すると、エノケンの映画の中でもギャグの絶対数はかなり多い方ではないでしょうか。

エノケンのちゃっきり金太_1.jpg 結局、薩摩藩・勤皇派の行軍に潜伏して大政奉還後に江戸への帰還を果たす2人ですが、こうした行進を揶揄的に撮っているところは山本嘉次郎監督ならではであり、戦時中は軍の依頼を受けて国威発揚映画も撮っていますが、根は全体主義、権威主義的なものを嫌った人だったように思います(黒澤明、三船敏郎といった人材の発掘者でもあった。黒澤明はこの作品のセカンド助監督に就いている)。

吉行 淳之介.jpg 作家の吉行淳之介(1924-1994)が、文藝春秋のアンケートの中で、この作品を好きな日本映画の第1位に挙げていて(『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版))、「エノケンは天才で、それにまた戦前の時代、ただ出演しただけで軍国主義批判になりえた」「戦中派としては第1位にするしかない」と言っています。おそらく、吉行淳之介の場合は10代前半にリアルタイムで観たのでしょう。公開当時はエノケンの映画は世間一般には低俗映画と見做されていたようですが、10代でこういうの観ちゃうと、そんなことに関係なく一生忘れられなくなるような気はします。

エノケンのちゃっきり金太_2.jpg ストーリー的には(いきなり助っ人が現れたり)かなり乱暴な部分もありますが、モノクロであるのが却って良く、大井川で川止めを喰って逗留する旅人達の様子とか宿の様子に何かリアリティがあって、こういうの観ると、最近の時代劇はテレビでも映画でも、セットも衣装も綺麗過ぎるように思えます。

 この作品は、まず前篇が「第一話 まゝよ三度笠の巻/第二話 行きはよいよいの巻」として1937(昭和12)年7月11日に公開されており、後篇の「第三話 帰りは怖いの巻/第四話 まてば日和の巻」が同年8月1日に公開されていますが、前篇が63分、後篇が69分、計132分という本格長編だったものが、今は総集編として編集された72分尺で現存しているだけというのがやや残念です(因みに、この年の7月7日に盧溝橋事件が勃発している)。

「エノケンのちゃっきり金太」.bmp「エノケンのちゃっきり金太」●制作年:1937年●監督:山本嘉次郎●製作:P.C.L.映画製作所●原作:脚本:山本嘉次郎●撮影:唐沢弘光●音楽:栗原重一●漫画: 横山隆一●時間:72分●出演:榎本健一/中村是好/二村定一/如月寛多/柳田貞一/市川圭子/花島喜世子/山懸直代/千川輝美/宏川光子/北村武夫/近藤登/金井俊夫/椿澄枝/宮野照子/清水美佐子/南弘一/小坂信夫/斎藤務/松ノボル●公開:1937/07●配給:東宝映画配給(評価:★★★★)

《読書MEMO》
吉行淳之介(作家)マイベスト10(『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版))
①エノケンのちゃっきり金太
②天城越え
③幕末太陽傳
④椿三十郎
⑤麻雀放浪記
⑥飢餓海峡
⑦にっぽん昆虫記
⑧鍵(市川昆)
⑨男はつらいよ
⑩カルメン故郷に帰る

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日本初の国産ミュージカル。太田光と岡村隆史を足して2で割ったような感じのエノケン。

エノケンの近藤勇.jpg 「エノケンの近藤勇title.jpg エノケンの近藤勇2.bmp エノケンのキネマソング.jpg
「エノケンの近藤勇」VHS  1935(昭和10)年10月15日公開 「エノケンのキネマソング

エノケンの近藤勇1.jpg 勤皇派と反目し合う新撰組組長・近藤勇(榎本健一)らが桂小五郎(二村定一)暗殺に動く中、組員の加納惣三郎(花島喜代子)は芸姑との恋に落ちていた。一方、薩長同盟を成し、大政奉還実現を目指ざす坂本龍馬(榎本)は、寺田屋騒動ではお龍(高尾光子)の機転で何とか難を逃れるものの、その後に中岡慎太郎(柳田真一)と共に暗殺される。新撰組は脱党者が増えて混乱し、更に、辻斬りの疑いをかけられた加納は同士・田代又八(如月寛多)を斬ってしまい芸姑と心中。近藤は、池田屋に勤皇の志士が集まっていることを聞き、斬り込みをかける―。

 浅草の舞台での往年の爆発的な人気に陰りの出たエノケンが、トーキーに進出し、山本嘉次郎(1902-1974)監督と組んだ第1作が「エノケンの青春酔虎伝」('34年)、第2作が「エノケンの魔術師」('34年)、そして第3作がこの「エノケンの近藤勇」('35年)で、この頃のエノケンの映画は、舞台で彼が演じたものを映画化しており、彼の舞台がどのようなものであったかが想像できて興味深いものがあります。

榎本健一.jpg岡村隆史.jpg太田光.jpg エノケン一座「ピエル・ブリヤント」で、エノケンと共に座長だった二村定一演じる桂小五郎の殺陣シーンなどは完全に舞台風で、それに対して主役のエノケンは、場面々々で様々なパターンの演技を見せているのが芸達者ぶりを窺わせます(この頃のエノケンは若々しく、爆笑問題の太田光とナイティナインの岡村隆史を足して2で割って少し男前にしたような感じ。ヒロポン中毒になる以前の彼か)。

 近藤勇と坂本龍馬の1人2役ということで、襖を挟んで2人が偶然居合わせる場面などの映画的趣向はありますが、フィルム合成は無く編集操作のみ、基本的に舞台基調という感じで、前半の山場である「寺田屋騒動」は、まるでドリフの「8時だョ!全員集合」の冒頭コントのようでした。

 龍馬暗殺の場面では結構シリアスに演技しているかと思うと、最後におちゃらけてみせたりするなど、常にゲラゲラ笑えるというものではないですが、真面目にやっていながらいきなりギャグで落としたり、或いは、所々に小さなギャグを挟んだりと、バラエティに富んでいます(山岡鉄太郎(丸山定夫)が近藤勇を諭す場面など、シーンの終わりまで真面目な時代劇風だったりもする)。

 最後の「池田屋騒動」はミュージカル調。前半はクラシック(ラヴェルの「ボレロ」)で後半は和楽、大円団は紙吹雪舞う凱旋パレード風で、深作欣二監督の「蒲田行進曲」の楽屋落ち風のエンディングは、この作品に想を得ていることが窺えました。

 間諜が「X二十七番」(中村是好)という名前になっているなど、洋画の影響が見られるかと思えば、時計が時報を鳴らす際に台湾と満州の時刻も併せて告げるなど、昭和10年という時代を反映させた遊びも入れたりしています。

 近藤勇は真剣勝負の際に高下駄を履くとやけに強くなり、坂本龍馬は眼鏡を外すと何も見えなくなるというオリジナル設定。加納惣三郎は、司馬遼太郎の『新選組血風録』中の1篇「前髪の惣三郎」(大島渚監督の「御法度」の原作)では、ホモセクシュアル嗜好者から熱い視線を浴びる美青年でしたが、この作品では女優が演じており女剣劇風、と言うより芸姑との恋に落ちるため宝塚を観ているみたい―但し、この挿話は要らなかったようにも思いました。

 こうした無駄もあったせいか、この作品の批評家受けは良くなかったようですが、「キートンの爆弾成金」との併映ということもあって興行的には成功し、以降、山本嘉次郎監督とのコンビで次々と作品を世に送り出すことになります。

 作品自体の出来はそこそこといった感じで、思想性も個人的には特に感じられませんでしたが、P.C.L.(東宝の前身の1つ)初の時代劇であり、日本で初の国産ミュージカルであるという映画史的な価値の方が高い作品かも。エノケンはその後、1939(昭和14)年に大佛次郎原作、近藤勝彦監督の「エノケンの鞍馬天狗」に出演、「鞍馬天狗」は薩長など勤皇は善で、それに対する新撰組などの佐幕は悪という単純な割り切りのもと作られているため、そちらではエノケン演じる鞍馬天狗は新選組の敵役となっています。

二村定一(桂小五郎)と千川輝美(幾松)
エノケンの近藤勇桂小五郎.jpg「エノケンの近藤勇」●制作年:1935年●監督:山本嘉次郎●脚本・原作:ピエル・ブリヤント/P.C.L.文芸部●撮影:唐沢弘光●音楽:栗原重一●時間:81分●出演:榎本健一/二村定一/中村是好/柳田貞一/如月寛多/田島辰夫/丸山定夫/伊藤薫/花島喜世子/宏川光子/北村季佐江/千川輝美/高尾光子/夏目初子●公開:1935/10●配給:P.C.L.(評価:★★★)

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面白かった。作者が読者に対して仕掛けた読み方の「罠」が感じられた。

悪人  吉田修一.jpg 悪人 吉田修一.jpg 吉田 修一 『悪人』 上.jpg 吉田 修一 『悪人』下.jpg 映画 「悪人」3.jpg
悪人』['07年]『悪人(上) (朝日文庫)』『悪人(下) (朝日文庫)』['09年] 映画「悪人」['10年]

 2007(平成19)年・第61回「毎日出版文化賞」(文学・芸術部門)並びに2007(平成19)年・第34回「大佛次郎賞」受賞作。

 保険外交員の女性・石橋佳乃が殺害され、事件当初、捜査線上に浮かび上がったのは、地元の裕福な大学生・増尾圭吾だったが、拘束された増尾の供述と、新たな目撃者の証言から、容疑の焦点は一人の男・清水裕一へと絞られる。その男は別の女性・馬込光代を連れ、逃避行を続けている。なぜ、事件は起きたのか? なぜ2人は逃げ続けるか?

 出版社の知人が本書を推薦していたのですが、書評などを読むと、これまでの作者の作品と同様に、人と人の「距離」の問題がテーマになっているということを聞き、マンネリかなと一時敬遠していたものの、読んでみたら今まで読んだ作者の作品よりずっと面白かったし、それだけでなく、作者が読者に対して仕掛けたトラップ(罠)のようなものが感じられたのが興味深かったです。

 最初は、あれっ、これ「ミステリ」なのという感じで、芥川賞作家がミステリ作家に完全に転身したのかと。ところが、真犯人はあっさり割れて、今度は、その清水裕一と馬込光代という心に翳を持つ者同士の「純愛」逃避行になってきて、最後は、裕一が光代をあたかも"犠牲的精神"の発露の如く庇っているように見えるので、これ、「感動的な純愛」小説として読んだ人もいたかも。

 自分としては、清水祐一は「純愛」を通したというより、「どちらもが被害者にはなれない」という自らの透徹した洞察に基づいて行動したように思え、そこに、作者の「悪人とは誰なのか」というテーマ、言い換えれば、「誰かが悪人にならなければならない」という弁解を差し挟む余地の無い"世間の掟"が在ることが暗示されているように思いました。

 馬込光代の事件後の熱から覚めたような心境の変化は、彼女自身も「世間」に取り込まれてしまうタイプの1人であることを示しており、それは、周囲の見栄を気にして清水裕一を「裏切り」、増尾圭吾に乗り換えようとした石橋佳乃にとっての「世間」にも繋がるように思えました(作者自身は、「王様のブランチ」に出演した時、石橋佳乃を「自分の好きなキャラクター」だと言っていた)。

 そうして見れば、増尾圭吾が憎々しげに描かれていて(石橋佳乃の父親が読者の心情を代弁をしてみせて、読み手の感情にドライブをかけている)、清水祐一が彼に読者の同情が集まるように描かれているのも(母親に置き去りにされたという体験は確かに読み手の同情をそそる)、作者の計算の内であると思えます。

 これをもって、本当に悪いのは増尾圭吾のような奴で、清水祐一は可哀想な人となると、これはこれで、作者の仕掛けた「罠」に陥ったことなるのではないかと。
 石橋佳乃の「裏切り」も、その父親の「復讐感情」も、清水祐一の過去の体験による「トラウマ」も、注意して読めば、今まで多くの小説で描かれたステレオタイプであり、作者は、敢えてそういう風な描き方をしているように思いました。

 そうした「罠」の極めつけが、清水裕一と馬込光代の「純愛」で、これも絶対的なものではなく(本書のテーマでもなく)、ラストにある通り、最終的には相対化されるものですが、それを過程においてロマンスとして描くのではなく、侘びしくリアルに描くことで、読み手自身の脳内で「純愛」への"昇華"作業をさせておいて、最後でドーンと落としているという感じがしました。

 時間的経過の中で、人間同士の結ぼれや相反など全ての行為は相対化されるのかも知れない、但し、「世間」はその場においては絶対的な「悪人」を求めて止まないし、同じことが、「純愛」を求めて読む読者にも、まるで裏返したように当て嵌まるのかも知れないという印象を抱きました。

悪人 スタンダード・エディション [DVD]
映画 「悪人」dvd.jpg映画 「悪人」1.jpg(●2010年9月に「フラガール」('06年)の李相日(リ・サンイル)監督、妻夫木聡、深津絵里主演で映画化された。第84回キネマ旬報ベスト・テンの日本映画ベスト・ワンに選ばれ、第34回日本アカデミー賞では、最優秀主演男優賞(妻夫木聡)、最優秀主演女優賞(深津絵里)、最優秀助演男優賞(柄本明)、最優秀助演女優賞(樹木希林)、最優秀音楽賞(久石譲)を受賞。海外では、深津絵里が第34回モントリオール世界映画祭の最優秀女優賞を受賞している。原作者と監督の共同脚本だが、意識的に前半をカットして、事件が起きる直前から話は始まり、尚且つ、回想シーンをできるだけ排除したとのこと。その結果、祐一(妻夫木聡)が一緒に暮らそうとアパートまで借りた馴染みのヘルス嬢の金子美保や、石橋佳乃(満島ひかり)の素人売春相手の中年の塾講師である林完治などは出てこない。そうしたことも含め、主要登場人物のバックグラウンドの描写が割愛されている印象を受けた。加えて、光代を演じた深津絵里と、佳乃を演じた満島ひか映画 「悪人」満島.jpg映画 「悪人」柄本.jpgりの二人の演技派女優の演技の狭間で、主人公である妻夫木聡が演じる祐一の存在が霞んだ。さらに後半、柄本明が演じる佳乃の父や樹木希林が演じる祐一の祖母が原作以上にクローズアップされたため、祐一の影がますます弱くなった。原作者映画 「悪人」4.jpgはインタビューで「やっぱり樹木さん、柄本さんのシーンは画として強かったと思いますね。シナリオも最初は祐一と光代が中心でしたが、最終的に、樹木さんのおばあちゃんと、柄本さんのお父さんが入ってきて、全体に占める割合が大きくなったんですよね。あれは、僕らが最初に考えていたときよりも分量的にはかなり増えていて、自分たちでは逆に上手くいったと思っているんです」と語っている。この作品の主人公は祐一なのである。本当にそれでいいのだろうか。李相日監督は6年後、同作者原作の「怒り」('16年/東宝)も監督することになる。

李相日監督/深津絵里/妻夫木聡   深津絵里(モントリオール世界映画祭「最優秀女優賞」受賞)   
深津絵里(第34回モントリオール世界映画祭最優秀女優賞).jpg深津絵里 モントリオール世界映画祭最優秀女優賞1.jpg「悪人」●制作年:2010年●監督:李相日(リ・サンイル)●製作:島谷能成/服部洋/町田智子/北川直樹/宮路敬久/堀義貴/畠中達郎/喜多埜裕明/大宮敏靖/宇留間和基●脚本:吉田修一/李相日●撮影:笠松則通●音楽:久石譲●原作:吉田修一●時間:139分●出演:妻夫木聡/深津絵里/岡田将生/光石研/満島ひかり/樹木希林/柄本明●公開:2010/09●配給:東宝●最初に観た場所:渋谷・CINE QUINTO(シネクイント)(10-09-23)(評価:パルコスペース Part3.jpg渋谷シネクイント劇場内.jpgCINE QUINTO tizu.jpg★★★☆)
CINE QUINTO(シネクイント) 1981(昭和56)年9月22日、演劇、映画、ライヴパフォーマンスなどの多目的スペースとして、「PARCO PART3」8階に「PARCO SPACE PART3」オープン。1999年7月~映画館「CINE QUINTO(シネクイント)」。 2016(平成28)年8月7日閉館。

朝日文庫「悪人」新装版.jpg映画 悪人ド.jpg 【2009年文庫化[朝日文庫(上・下)]/2018年文庫新装版[朝日文庫(全一冊)]】 
         
悪人 新装版 (朝日文庫)』新装版(全一冊)['18年]

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巻き込まれ型ワンナイト・ムービーみたいだったのが、次第にマンガみたいな感じになり...。

夜は短し歩けよ乙女2.jpg夜は短し歩けよ乙女.jpg  after-hours-martin-scorsese.jpg アフター・アワーズ.jpg 『アフターアワーズ』.jpg
夜は短し歩けよ乙女』['06年](カバー絵:中村佑介)「アフター・アワーズ 特別版 [DVD]」グリフィン・ダン/ロザンナ・アークェット カンヌ国際映画祭「監督賞」、インディペンデント・スピリット賞「作品賞」受賞作

 2007(平成19)年度・第20回「山本周五郎賞」受賞作。2010(平成22)年・第3回「大学読書人大賞」も受賞。

 「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せる「先輩」は、夜の先斗町に、下鴨神社の古本市に、大学の学園祭に、彼女の姿を追い求めるが、先輩の想いに気づかない彼女は、頻発する"偶然の出逢い"にも「奇遇ですねえ!」と言うばかり。そんな2人を、個性的な曲者たちと珍事件の数々が待ち受ける―。

 4つの連作から成る構成で、表題に呼応する第1章は、「黒髪の乙女」の後をつけた主人公が、予期せぬ展開でドタバタの一夜を送るという何だかシュールな展開が面白かったです。

Griffin Dunne & Rosanna Arquette in 'After Hours'
After-Hours-Scorsese.jpgIアフター・アワーズ1.jpg これを読み、マーチン・スコセッシ監督の「アフター・アワーズ」('85年/米)という、若いサラリーマンが、ふとしたことから大都会ニューヨークで悪夢のような奇妙な一夜を体験する、言わば「巻き込まれ型」ブラック・コメディの傑作を思い出しました(スコセッシが大学生の書いた脚本を映画化したという。カンヌ国際映画祭「監督賞」、インディペンデント・スピリット賞「作品賞」受賞作)。 

アフター・アワーズ 1985.jpg グリフィン・ダン演じる主人公の青年がコーヒーショップでロザンナ・アークェット演じる美女に声を掛けられたきっかけが、彼が読んでいたヘンリー・『アフター・アワーズ』(1985).jpgミラーの『北回帰線』だったというのが、何となく洒落ているとともに、主人公のその後の災厄に被って象徴的でした(『北回帰線』の中にも、こうした奇怪な一夜の体験話が多く出てくる)。映画「アフター・アワーズ」の方は、そのハチャメチャに不条理な一夜が明け、主人公がボロボロになって会社に出社する(気がついたら会社の前にいたという)ところで終わる"ワンナイト・ムービー"です。

夜は短し歩けよ乙女 角川文庫.jpg 一方、この小説は、このハチャメチャな一夜の話が第1章で、第2章になると、主人公は訳の分らない闇鍋会のようなものに参加していて、これがまた第1章に輪をかけてシュール―なんだけれども、次第にマンガみたいな感じになってきて(実際、漫画化されているが)、う〜ん、どうなのかなあ。少しやり過ぎのような気も。

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

 山本周五郎賞だけでなく、2007(平成19)年・第4回「本屋大賞」で2位に入っていて、読者受けも良かったようですが、プライドが高い割にはオクテの男子が、意中の女子を射止めようと苦悶・苦闘するのをユーモラスに描いた、所謂「童貞小説」の類かなと(こういう類の小説、昔の高校生向け学習雑誌によく"息抜き"的に掲載されていていた)。

 京都の町、学園祭、バンカラ気質というノスタルジックでレトロっぽい味付けが効いていて、古本マニアの奇妙な"生態"などの描き方も面白いし、文体にもちょっと変わった個性がありますが、この文体に関しては自分にはやや合わなかったかも。主人公の男子とヒロインの女子が交互に、同じ様に「私」という一人称で語っているため、しばしばシークエンスがわからなくなってしまい、今一つ話に身が入らないことがありましたが、自分の注意力の無さ故か?(他の読者は全く抵抗を感じなかったのかなあ)

(●2017年に「劇場版クレヨンしんちゃんシリーズ」の湯浅政明監督によりアニメーション映画化された。登場人物は比較的原夜は短し歩けよ乙女 映画title.jpg作に忠実だが、より漫画チックにデフォルメされている。星野源吹き替えの男性主人公よりも、花澤香菜吹き替えのマドンナ役の"黒髪の乙女"の方が実質的な主人公になっている夜は短し歩けよ乙女 映画01.jpg。モダンでカ夜は短し歩けよ乙女 映画00.jpgラフルでダイナミックなアニメーションは観ていて飽きないが、アニメーションの世界を見せることの方が主となってしまった感じ。一応、〈ワン・ナイト・ムービー(ストーリー)〉のスタイルは原作を継承(第1章だけでなく全部を"一夜"に詰め込んでいる)しているが、ストーリーはなぜかあまり印象に残らないし、京風情など原作の独特の雰囲気も弱まった。映画の方が好きな人もいるようだが、コアな森見登美彦のファンにとっては、映画は原作とは"別もの"に思えるのではないか。)
 
 

After Hours.jpgIMG_1158.jpgIアフター・アワーズ9.jpgグリフィン・ダン演じる主人公の青年がコーヒーショップでヘンリー・ミラーの『北回帰線』を読んでいると、ロザンナ・アークェット演じる美女に声を掛けられる...。 
 
「アフター・アワーズ」●原題:AFTER HOURS●制作年:1985年●制作国:アメリカ●監督:マーチン・スコセッシ●製作:エイミー・ロビンソン/グリフィン・ダン/ロバート・F・コールズベリー●脚本:ジョセフ・ミニオン●撮影:ミハエル・バルハウス●音楽:ハワード・ショア●時間:97分●出演:グリフィン・ダン/ロザンナ・アークェット/テリー・ガー/ヴァーナ・ブルーム/リンダ・フィオレンティ下高井戸京王2.jpgーノ/ジョン・ハード/キャサリン・オハラ/ロバート・プランケット/ウィル・パットン/ディック・ミラー●日本公開:1986下高井戸シネマ.jpg下高井戸東映.jpg/06●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:下高井戸京王(86-10-11)(評価:★★★★☆)●併映:「カイロの紫のバラ」(ウディ・アレン)

下高井戸京王 (京王下高井戸東映(東映系封切館)→1980年下高井戸京王(名画座)→1986年建物をリニューアル→1988年下高井戸シネマ) 


夜は短し歩けよ乙女 映画04.jpg夜は短し歩けよ乙女 映画ポスター.jpg「夜は短し歩けよ乙女」●●制作年:2017年●監督:湯浅政明●脚本:上田誠●キャラクター原案:中村佑介●音楽:大島ミチル(主題歌:ASIAN KUNG-FU GENERATION「荒野を歩け」)●原作:森見登美彦●時間:93分●声の出演:星野源/花澤香菜/神谷浩史/秋山竜次(ロバート)/中井和哉/甲斐田裕子/吉野裕行/新妻聖子/諏訪部順一/悠木碧/檜山修之/山路和弘/麦人●公開:2017/04●配給:東宝映像事業部●最初に観た場所:TOHOシネマズ西新井(17-04-13)(評価:★★★)
TOHOシネマズ西新井 2007年11月6日「アリオ西新井」内にオープン(10スクリーン 1,775+(20)席)。
TOHOシネマズ 西新井 ario.jpgSCREEN 1 106+(2) 3.5×8.3m デジタル5.1ch
SCREEN 2 111+(2) 3.4×8.2m デジタル5.1ch
SCREEN 3 111+(2) 3.4×8.2m デジタル5.1ch
SCREEN 4 135+(2) 3.5×8.5m デジタル5.1ch
SCREEN 5 410+(2) 7.0×16.9m デジタル5.1ch
SCREEN 6 146+(2) 3.7×9.0m デジタル5.1ch
SCREEN 7 148+(2) 3.7×8.9m デジタル5.1ch
SCREEN 8 80+(2) 4.1×9.9m MX4D® デジタル5.1ch
SCREEN 9 183+(2) 4.1×9.9m デジタル5.1ch
SCREEN 10 345+(2) 4.8×11.6m デジタル5.1ch

 【2008年文庫化[角川文庫]】

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写真が豊富。懐かしい"昭和レトロ"に混ざる、意識的に忘れ去ろうとしてこられたもの。

東京今昔探偵.jpg 建設途中の東京タワー.jpg ALWAYS 三丁目の夕日 豪華版 [DVD].jpg  ALWAYS 三丁目の夕日2.jpg
東京今昔探偵―古写真は語る (中公新書ラクレ)』['01年]/「ALWAYS 三丁目の夕日 豪華版 [DVD]」建設途中の東京タワー/映画「ALWAYS 三丁目の夕日」(2005)

 読売新聞都内版に「東京伝説」というコラムタイトルで、'96年から'00年まで162回にわたって連載されたものの中から43回分をピックアップして纏めたもの。

日本橋白木屋火災.jpg 「東京伝説」というタイトルの如く「旧い東京」の建物や施設、風物を取材していて、基本的には、当時それらに関係した人にインタビューするようにしていますが、既に関係者の多くが亡くなっていたりして、コラムであるため字数の制限もあり、1つ1つの取材そのものはそれほど深くありません。

②スカイツリー.jpg 但し、写真が豊富で、日本橋「白木屋」火災('32年)、街頭テレビ('53年)、建設途中の東京タワー('57年)、新宿駅西口のフォーク集会('69年)、光化学スモッグ('70年)...etc. 事件・社会事象関係はさすが新聞社ならではという感じ(建設中の「東京スカイツリー」の写真も、そのうち貴重なものになる?)。

 特に、建設中の東京タワーの写真は、何だか「ゴジラ」に壊された後のようにも見えて興味深いです。実際には旧シリーズの「ゴジラ」は東京タワーを破壊しておらず(まだ出来ていなかった)、後から出てきた「モスラ」の方が先にタワーをへし折ってそこに繭を作ったりしたのですが。

ALWAYS 三丁目の夕日2005.jpgALWAYS 三丁目の夕日.jpg 西岸良平の漫画『三丁目の夕日』を原作とした山崎貴監督の映画「ALWAYS 三丁目の夕日」('05年/東宝)は、この建設中の東京タワーを上手くモチーフとして組み込んでいたように思われ、話の内容も映像も(映像の方は、広大なロケセットと併せて精緻なCGを使いまくっているのだが)ともに作り物っぽいところが逆に良かったように思います。ある種「時代劇」感覚(?)。従って、話の運びとしても、「ここで泣け」みたいな作り方が気にならなくはなかったですが、原作自体がそうした作りのものであることを考えれば、むしろそれに沿っていたと言えるのかも。

屋上遊園地.jpg 本書には、その他にも、デパートの屋上遊園地の賑わいや路面電車とバスの中間みたいなトロリーバス、下町の巨大キャバレーや新宿の歌声喫茶などが盛り込まれていて、昭和レトロを満喫することが出来ます(子供のころデパートに行く最大の楽しみは、この屋上遊園地で遊ぶことだったが、どんどん縮小・廃止されていったなあ)。
銀座松屋・屋上遊園地「スカイクルーザー」(本書61p)

 個人的には、下町の方に興味を惹かれ、「千住のお化け煙突」はあまりに有名で、「京成電鉄白髭線」も聞いたことがあり、南千住の「東京スタジアム」はその跡地が近所ですが(現在は「荒川総合スポーツセンター」と同センター付属のグランド)、観客が超満員の東京スタジアムのスタンドや、そこで行われた日本シリーズのロッテ対巨人戦('70年)で長嶋が決勝ホームランを打った写真なども掲載されているためにシズル感があり、新たな感慨に浸ることが出来ました。
南千住「東京スタジアム」(1962-1972)[現:荒川総合スポーツセンター]
東京スタジアム 1962-1972.jpg 東京スタジアム1967.jpg

荒川ふるさと文化館 入り口.jpg荒川ふるさと文化館 2].jpg荒川ふるさと文化館1.jpg 因みに、荒川総合スポーツセンターの付近に「荒川ふるさと館」という施設が区立荒川図書館内にあり、昭和の下町の路地裏や民家を再現していて、まさに「ALWAYS 三丁目の夕日」の世界、子どもを連れていくと楽しめます(大人の方が結構楽しんだりして...)。

現・JR隅田川駅付近
JR貨物隅田川駅.jpg 知らなかったのは、「東京俘虜収容所」(米国人捕虜収容所)の「第十分所」が南千住の旧国鉄隅田川貨物駅(現・JR隅田川駅)付近にあったということで、近所の派出所での警察官をしていたという老人が語る、敗戦と捕虜の解放時の話は生々しかったです。

 東京裁判では、第十分所に関係した憲兵や民間人が捕虜虐待などの罪でB・C級先般として裁かれたそうですが、その後、地元では「第十分所」の話はタブーとされてきたとのこと。調べてみたら、他の俘虜収容所では所長や看守に死刑判決が下った所も少なからずあったようですが、「第十分所」関係では死刑判決は無かったようです(捕虜の扱いが丁寧だったのか?)。

 かつて日本人が夢中になり、今は懐かしさをもって語られるもの、そうしたものの中に、「第十分所」のように意識的に忘れ去ろうとしてこられたものもあることを知ったのは収穫でした。

ALWAYS 三丁目の夕日 dvd.jpgALWAYS 三丁目の夕日09.jpg「ALWAYS 三丁目の夕日」●制作年:2005年●製作総指揮:阿部秀司●監督:山崎貴●脚ALWAYS 三丁目の夕日3.jpg本:山崎貴/古沢良太●撮影:柴崎幸三●音楽:佐藤直紀●原作:西岸良平「三丁目の夕日」●時間:133分●出演:吉岡秀隆/堤真一/薬師丸ひろ子/小雪/堀北真希/小清水一揮/須賀健太/もたいまさこ/三浦友和/小日向文世●公開:2005/11●配給:東宝(評価:★★★★)
ALWAYS 三丁目の夕日 通常版 [DVD]

《読書MEMO》
●東京スタジアム
日本テレビ系列「ザ!鉄腕!DASH!!」2008年11月30日放映「 歴史探偵~昭和の映像から現在の場所を探し出せるか!」東京スタジアム/現:荒川総合スポーツセンター
東京スタジアム2.jpg 荒川総合スポーツセンター.bmp      
1970年の日本シリーズのポスター(ロッテの対戦相手は当初まだ決まっていなかったが(左)、その後巨人に決定)
1970年の日本シリーズのポスター.jpg
1970年11月1日日本シリーズ第4戦 ロッテvs.巨人(東京スタジアム)
1970年11月1日日本シリーズ第4戦1.png

1970年の日本シリーズ第4戦.jpg3回表、巨人・長嶋茂雄は左越えに2打席連続ホーマーを放つ。
第4戦
11月1日 東京 入場者31515人
巨 人 3 0 2 0 0 0 0 0 0 5
ロッテ 4 0 2 0 0 0 0 0 X 6
(巨)渡辺秀、●高橋一(1敗)、山内新、倉田-森、吉田孝
(ロ)成田、○佐藤元(1勝)、平岡、木樽-醍醐
本塁打
(巨)高田1号ソロ(1回成田)、長嶋3号2ラン(1回成田)、王2号ソロ(3回成田)、長嶋4号ソロ(3回成田)
(ロ)井石2号3ラン(1回渡辺秀)

ロッテはこの試合6-5で勝ち、シリーズ唯一の白星だった。

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振り切ってきた過去へのノスタルジーに満ちた「祭りの準備」。大谷直子が鮮烈な「肉弾」。

祭りの準備.jpg 祭りの準備  タイトル.jpg  肉弾.jpg 肉弾 大谷直子3.jpg
祭りの準備 [DVD]」(監督:黒木和雄)          「肉弾 [DVD]」 (監督:岡本喜八)

黒木和雄.jpg中島丈博.jpg 「祭りの準備」('75年/ATG)は、昭和30年代の高知を舞台に、1人の青年がしがらみの多い土地の人間関係に圧迫されながらも巣立っていく姿を描いた青春映画で、主人公(江藤潤)が信用金庫に勤めながらシナリオライターになることを夢見ていることからも窺えるように、原作は中島丈博の自伝的小説であり、監督は'06年に亡くなった黒木和雄です。
祭りの準備 DVDカバー.jpg
黒木和雄(1930‐2006/享年75)/中島丈博

映画チラシ 黒木和雄「祭りの準備」.jpg 「青春映画」とは言え青春の真只中でこの作品を観ると、あまりにどろどろしていて結構キツいのではないかという気もしましたが、このどろどろ感が中島丈博の脚本の特色とも言えます。

 父親(ハナ肇)は女狂い、祖父(浜村純)はボケ老人、母親(馬渕晴子)は主人公の青年を溺愛し、彼は二十歳にしてそこから逃れられないでいて、心の恋人(竹下景子)も片思いの対象でしかなく、結局、男達の性欲の捌け口となっている狂った女(桂木梨江)と寝てしてしまうが、その女が妊娠したらしいことがわかる―。 映画チラシ 黒木和雄「祭りの準備」

祭りの準備00.jpg祭りの準備2.jpg 青年がシナリオを書くとセックス描写が頻出し、左翼かぶれの"心の恋人"に「労働者階級をもっときちんと描くべきで、どうしてセックスのことばかり書くの」となじられる始末。そのくせ、彼女はオルグの男性にフラれると、宿直中の青年に夜這いして来て、そこで小火(ボヤ)事件が起きてしまうという、青年同様に彼女自身、青春の混沌の中でちょっと取りとめが無い状態になっています。

祭りの準備図0.jpg こんな状況から脱したいという青年の気持ちがよく分かり、その旅立ちを駅のホームで列車に伴走しながら万歳して見送る、青年の隣家の泥棒一家「中島家」の次男で殺人の容疑をかけられ逃亡の身の男「中島利広」を演じているのが原田芳雄(1940-2011)で、冬物語2.gif役柄にしっくり嵌っていい味を出しています(この俳優を渋いなあと最初に思ったのは映画ではなくテレビで観た「冬物語」('72年~'73年/日本テレビ)というメロドラマだった。恋人役は浅丘ルリ子、ふられ役は大原麗子)。

「冬物語」('72年~'73年)浅丘ルリ子・原田芳雄

 創作の要素はあるとは言え、この「祭りの準備」という映画には、原作者(中島丈博)が過去に振り切ってきた諸々に対するノスタルジーが詰まっている感じがします(東京への"脱出"行を果たした江藤潤と、それが出来ないでいる原田芳雄という対比構造になっている)。
竹下景子 in 「祭りの準備」(1975)[下写真]
祭りの準備3.jpg 祭りの準備 竹下景子.jpg 祭りの準備 図1.jpg
竹下景子 (たけしたけいこ) 1953年9月15日生まれ.jpg 竹下景子(1953年生まれ、当時22歳)の映画デビュー2作目、主演級は初で、桂木梨江(1955年生まれ、当時20歳)も映画デビュー2作目。この作品は竹下景子のヌードシーンで話題になることがありますが、主人公の青年に夜這いした際の下着姿と引き続く火事の炎の向こうにチラッと見える全裸(半裸?)姿程度で(この頃の彼女は結構コロコロ体型、よく言えばグラマラスだった)、この後清純派で売り出し、"お嫁さんにしたい桂木梨江 祭りの準備.jpg女性No.1"などと言われたために以降全くスクリーン上では脱がなくなり(「天の花と実」('77年/テレビ朝日)ではヌードを拒否した)、そんな経緯もあって「祭りの準備」のこのシーンの付加価値が出たのかも? むしろ、この作品で大胆なヌードを見せたのは「中島家」の末娘で男達の性欲の捌け口となっている狂女を演じた桂木梨江の方で、彼女はこの演技で第18回ブルーリボン賞新人賞、第49回キネマ旬報ベスト・テン助演女優賞にノミネートされています。
桂木梨江/原田芳雄 in 「祭りの準備」(1975)
映画「純」 横山博人 江藤潤 ポスター.jpg純 江藤潤DVD.jpg 主演の江藤潤(1951年生まれ)も、映画初主演の割には良い演技をしていたように思います。その後も、「帰らざる日々」('78年/日活)、「純」('80年/東映セントラルフィルム)などの作品に出演していますが、主演の「純」は東映出身の横山博人監督の第一回作品で、'78年4月に完成したものの国内公開の目途の立たぬまま翌年度のカンヌ映画祭に出品され、新人監督の登竜門「批評家週間」オープニング上映作品に選出され、以後、ロンドン映画祭、ロサンゼルス映画祭に招待されるなど高い評価を得ため、'80年に一般公開となったという作品。

映画 「純」朝加真由美.jpg 長崎の軍艦島から漫画家を志望して上京し、遊園地の修理工場で働いている主人公の二十歳の松岡純(江藤潤)は、恋人がいながらその手さえ握らず、通勤電車の中で痴漢行為に耽ける―漫画家を志望で軍艦島から東京に出てきたというところが、脚本家志望で高知・四万十から都会へ行こうとする「祭りの準備」の主人公と似ていますが、ラストまでのプロセスが観ていて気が滅入るくらい暗くて(痴漢行為に耽っているわけだから明るいはずはないが)、脇を固めている俳優陣は非常にリアリティのある演技をしていたものの、イマイチ自分の肌には合わなかったなあ(リアリティがあり過ぎて?)。江藤潤はやはり「祭りの準備」の彼が良かったように思います(「純」はどうして海外でウケたのだろう。外国人には痴漢が珍しいのかなあ。そんなことはないと思うが、クロード・ガニオン監督の「Keiko」('79年/ATG)でも冒頭に痴漢シーンがあった)。

大谷直子 in 「肉弾」(1968)[下写真]
『肉弾』(監督 岡本喜八)2.bmp 女優のデビュー時乃至デビュー間もない頃のスクリーン・ヌードという点では、「高校生ブルース」('70年/大映)の関根(高橋)惠子(1955年生まれ、当時15歳)、「旅の重さ」('72年/松竹)の高橋洋子(1953年生まれ、当時19歳)、「十六歳の戦争」('73年制作/'76年公開)の秋吉久美子(1954年生まれ、当時19歳)、「恋は緑の風の中」('74年/東宝)の原田美枝子(1958年生まれ、当時15歳)、「青春の門(筑豊篇)」('74年/東宝)の大竹しのぶ(1957年生まれ、当時16歳)、「はつ恋」('75年/東宝)の仁科明子(亜季子)(1953年生まれ、当時22歳)などがありますが(これらの中では、関根惠子と原田美枝子の15歳が一番若くて、仁科明子の22歳が竹下景子と並んで一番遅いということになる)、個人的には、'05年に亡くなった岡本喜八監督の「肉弾」('68年/ATG)の大谷直子(1950年生まれ、当時17歳)が鮮烈でした。

nikudann vhs.jpg肉弾3.jpg肉弾 寺田農.jpg この「肉弾」という作品は、特攻隊員(寺田農)を主人公に据え(「肉弾」とは「肉体によって銃弾の様に敵陣に飛び込む攻撃」のこと)、戦争の悲劇というテーマを扱っていながら、コミカルで悲壮感を(一応は)表に出していないという変わった映画で、映画肉弾 大谷直子4.jpg自体は、太平洋に漂流するドラム岳の中で魚雷を抱えている(ある意味、既に死んでいる)主人公の回想という形で進行し、主人公が1日だけの外出許可日に古本屋に行くつもりが思わず女郎屋に駆け込んでしまい、そこにいたセーラー服姿の肥溜めに咲いた一輪の白百合のような少女と防空壕の中で結ばれるという、その少女の役が映画初出演の大谷直子でした(その後、NHKの朝の連ドラ「信子とおばちゃん」('69年)でTVデビュー)。

 彼女が全裸で土砂降りの雨の中を走るシーンは衝撃的で、モノクロ映画ゆえに却ってその美しさは印象に残りましたが、かの特攻隊員は、そこで初めて自らが守るべきものを見出し、空襲で彼女が犠牲になったことで復讐心から戦闘意欲に燃え、魚雷と共に太平洋に出るという―これ、岡本喜八ならではのアイロニーなのですが、笑えるようでやっぱり岡本喜八.jpg笑えないなあ。岡本監督はその後も自らと同年代の戦中派の心境を独特のシニカルな視点で描き続けますが、「独立愚連隊」('59年)とこの「肉弾」は、そのルーツ的な作品でしょう。「日本のいちばん長い日」('67年)のようなオールスター大作を撮った後に、私費を投じてこのような自主製作映画のような作品を撮っているというのも凄いことだと思います。

岡本喜八(1924- 2005/享年81) 下:「肉弾」大谷直子  寺田農/笠智衆
肉弾 大谷直子1.jpg 肉弾 大谷直子2.jpg 肉弾 笠智衆5.jpg 
 

祭りの準備es.jpg祭りの準備ド.jpg「祭りの準備」●制作年:1975年●監督:黒木和雄●製作:大塚和/三浦波夫●脚本:中島丈博●撮影:鈴木達夫●音楽:松村禎三●原作:中島丈博●時間:117分●出演:江藤潤/馬渕晴子/ハナ肇/浜村純/竹下景子/原田芳雄/杉本美樹/桂木梨江/石山雄大/三戸部スエ/絵沢萠子/原知佐子/真山知子/阿藤海/森本レオ/斉藤真/芹明香/犬塚弘/湯沢勉/瀬畑佳代子/夏海千佳子/石津康祭りの準備 桂木梨江.jpg祭りの準備 竹下景子.jpg彦/下馬二五七/福谷強/中原鐘子/柿谷吉美●公開:1975/11●配給:ATG●最初に観た場所:飯田橋ギンレイホール(78-07-25)(評価:★★★★☆)●併映:「サード」(東陽一)
飯田橋ギンレイホールド.jpgギンレイホール.jpg飯田橋ギンレイホール内.jpg飯田橋ギンレイホール 1974年1月3日オープン
  
      
 
  
映画 「純」チラシ.jpg「純」●制作年:1978年●監督・脚本:横山博人●製作:横山博人プロダクション●撮影:高田昭●音楽:一柳慧●時間:88分●出演:江藤潤/朝加真由美/中島ゆたか/榎本ちえ子/赤座美代子/山内恵美子/田島令子/橘麻紀/花柳幻舟/原良子/江波杏子/小松方正/深江章喜/大滝秀治/安倍徹/小坂一也/小鹿番/今井健二/森あき子/田中小実昌●公開:1980/12●配給:東映セントラルフィルム●最初に観た場所:新宿昭和館(83-05-05)(評価:★★☆)●併映:「聖獣学園」(鈴木則文新宿昭和館2.jpg新宿昭和館3.jpg/主演:多岐川裕美)
新宿昭和館 1951(昭和26)年K's cinema.jpg7月13日新宿3丁目にオープン(前身は1932年開館の洋画上映館「新宿昭和館」)。1956年、昭和館地下劇場オープン。2002(平成14)年4月30日 建物老朽化により閉館。跡地にSHOWAKAN-BLD.(昭和館ビル)が新築され、同ビル3階にミニシアター「K's cinema」(ケイズシネマ)がオープン(2004(平成16)年3月6日)。


肉弾 アートシアター.jpg肉弾 vhs2.jpg『肉弾』(監督 岡本喜八)1.bmp「肉弾」●制作年:1968年●監督・脚本:岡本喜八●撮影:村井博●音日劇文化.jpg楽:佐藤勝●時間:116分●出演:寺田農/大谷直子/天本英世/笠智衆/北林谷栄/三橋規子/今福正雄/春川ますみ/園田裕久/小沢昭一/菅井きん/三戸部スエ/頭師佳孝/雷門ケン坊/田中邦衛/中谷一郎/高橋悦史/伊藤雄之助/(ナレーター)仲代達矢●公開:1968/10●配給:ATG●最初に観た場所:有楽町・日劇文化(80-07-05)(評価:★★★★)●併映:「人間蒸発」(今村昌平)


冬物語.gif「冬物語」.jpg冬物語 ドラマタイトル.jpg「冬物語」●演出:石橋冠●制作:銭谷功/早川恒夫●脚本:清水邦夫/林秀彦●音楽:坂田「冬物語」2.bmp晃一(主題歌「冬物語」作詞:阿久悠/作曲・編曲:坂田晃一/唄:フォー・クローバース)●出演:浅丘ルリ子/原田芳雄/津川雅彦/扇千景/大原麗子/高松英郎/原田大二郎/宝生あや子/南美江/荒谷公之/鳥居恵子/渡辺篤史/下元勉/潮万太郎/上野山功一/柿沼真二/下川清子/野々あさみ/渥美マリ●放映:1972/11~1973/04(全20回)●放送局:日本テレビ

原田芳雄/浅丘ルリ子/原田大二郎/津川雅彦/大原麗子
冬物語0d87.jpg冬物語31645_21.jpg冬物語 大原.jpg

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骨太の芥川賞作品。主人公は「血」に負けたのか? むしろ、裏返された成長物語のように読めた。
岬 中上健次.png 岬.jpg 十九歳の地図 dvd.jpg 十九歳の地図 映画.jpg  神々の深き欲望L.jpg
』['76年] 『』文春文庫 「十九歳の地図(廉価版) [DVD]」「NIKKATSU COLLECTION 神々の深き欲望 [DVD]

中上 健次.jpg 表題作である「岬」のほか、「黄金比の朝」「浄徳寺ツアー」など3篇を収めていますが、作者の小説は郷里の紀州を舞台にしたものが多い中、表題作はまさに出身都市である新宮市を舞台に、家族と共に土方仕事をしながら、逃れられない血のしがらみに喘ぐ青年を描いたものです。作者は本作により、戦後生まれとしては初めての芥川賞作家となりましたが、近年の芥川賞作品に比べると、ずっと「骨太」感があると思いました。

中上健次(1946‐1992/享年46)

 「十九歳の地図」で芥川賞候補になり、作品としての幅を拡げるために三人称にしたのか? それも一面の真実かも知れませんが、多分「彼」にしないと作者に書けない要素というのが、この「岬」という作品にはあったのではないかと考えます。

中上健次VS村上龍―俺達の舟は、動かぬ霧の中を、纜を解いて、ー。 対談+短篇小説+エッセイ.jpg中上 vs 村上.jpg 芥川賞の選考委員であり、中上健次との対談集もある村上龍氏は(『中上健次VS村上龍―俺達の舟は、動かぬ霧の中を、纜を解いて。』('77年/角川書店)―これも面白かった。村上氏が名が中上健次を前にしてやや背伸びしている感もあるが、2人の文学遍歴の共通点や相違点などがよくわかる)、後に、この『岬』という作品を受賞作の水準に定めていたことを、ある年の芥川賞の選評で述べていたように思います。
中上健次VS村上龍―俺達の舟は、動かぬ霧の中を、纜を解いて。 対談+短篇小説+エッセイ (1977年)

 登場人物はそれほど多くないのですが、主人公の「彼」(秋幸)を取り巻く人物の血縁関係が複雑で、読みながら家系図を作った方がいいかも知れません。父・母がそれぞれ異なる兄弟姉妹が入り乱れ、その家計図メモがだんだんぐちゃぐちゃになってきた頃に出来事は大きく進展し、義父が叔父を刺したり、異父姉の錯乱があったりしますが、姉を連れて家族で岬にピクニック?にいくところは、それまでの殺伐感とは違ったソフトフォーカスな感じがあり、印象的でした。

 書いてみた家計図を見て、こうして〈親族の基本構造〉を破壊している元凶は、3度の結婚をしている主人公の母親だと思ったのですが、主人公は、登場人物のすべてと距離を置いている中、この母親に対しては、愛憎入り混じっている感じで、姉に対する意識にも微妙なものがあり、こんなぐちゃぐちゃな血縁関係の中でも、自らを定位しつつ、どこか"家族"を求めているところがあるのかなあと。

 主人公は最後に異母妹と思われる女性を見つけて交合しますが、これは、それまで比較的おとなしかった彼が、父や義父と同じ獣性に目覚めた、つまり「血」に負けて同じように鬼畜の道に嵌まったということなのでしょうか。それとも、潜在的渇望としてあった兄妹愛に目覚めたということ?

 自分にはこの辺りはむしろ、今まで子どもだった主人公が、エディプス・コンプレックスを克服した話のように読めました。血縁関係のない義父と同じようになるということは、「血」に負けたという理屈は成立せず、むしろ、男になる、つまり妹と交わることで自らが父権そのものになる、という裏返された成長物語のように思えたのですが...。

十九歳の地図 文庫.jpg十九歳の地図.jpg なぜ「彼」という三人称が使われているのかもこの作品の"謎"で、「十九歳の地図」と同じような鬱屈した予備校生を主人公にした「黄金比の朝」では「ぼく」だったのが、「岬」や「浄徳寺ツアー」では「彼」になっている、しかし共に、「彼」を使うよりも「ぼく」でいった方がずっと自然に読める箇所がいくつかあります。

 『十九歳の地図 (河出文庫 102B)

「十九歳の地図」で芥川賞候補になり、作品としての幅を拡げるために三人称にしたのか? それも一面の真実かも知れませんが、多分「彼」にしないと作者に書けない要素というのが、この「岬」という作品にはあったのではないかと考えます。

 中編「十九歳の地図」(短編集『十九歳の地図』('74年/河出書房新社、'81年/河出文庫)所収)は、和歌山から東京に出てきて、新聞配達をしながら予備校に通っている浪人生の青年の鬱々とした青春を描いたもので、新聞を配達しても感謝されるわけでもなく、集金に行けば煙たがられ、仕舞には飼犬に吠えられるという、ストレスだらけの生活の中、青年は、新聞の配達先で自分の気に入らない家について、地図上で☓印をつけていくという―このメインストーリーだけでも暗い話ですが、併せて、主人公の周辺の社会の下層で生きる人々の生き様が描かれていて、中上健次らしい暗さだなあと。

十九歳の地図00.jpg十九歳の地図0.jpgさらば愛しき大地 poster.jpg この「十九歳の地図」は映画化され('79年/群狼プロ)、監督は暴走族を追ったドキュメンタリー映画「ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR」('76年/群狼プロ)の柳町光男(後に、根津甚八、秋吉久美子主演での「さらば愛十九歳の地図b.jpgしき大地」('82年/群狼プロ)などの佳作を撮るが、中上健次は「さらば愛しき大地」の脚本にも参加している)、主人公の青年役は「ゴッド・スピード・ユー!」にも出ていた本間優二(映画出演を機に暴走族から役者に転じたが1989年に引退)、主人公の下宿の同居人で、偽の入れ墨で客を脅して集金している元釘師の新聞配達人に蟹江敬三(1944-2014)(いい演技をしていて「さらば「十九歳の地図」蟹江.jpg愛しき大地」にも出演している。そして、「さらば愛しき大地」でもいい演技をしている)が扮していて、この蟹江十九歳の地図 沖山秀子.jpg敬三と、自殺未遂で片脚が不自由になった娼婦を演じた沖山秀子(1945-2011)(ジャズ・ヴォーカリストでもあり、中上健次は彼女の大ファンだった)の濡れ場シーンの何と暗いこと! とにかく暗い暗い作品でしたが、その暗さを通して、青年の意志のようなものがじわーっと伝わってくる(ある意味「前向き」な)不思議な仕上がりになっていました。

神々の深き欲望_07.jpg神々の深き欲望 dvd.jpg 沖山秀子は、すでに今村昌平監督の「神々の深き欲望」(' 68年/日活)で存在感のある演技をみせており、汚れ役に迫力のある女優でした。この作品は、南国の孤島の村を舞台に、兄娘相姦や父娘相姦など村の禁制を破ったことで疎外され追放されていく太一族の太根吉(三國連太郎)と、島の産業開発や観光開発のためコミュニティとしての絆が崩壊していく村社会を描いたものでした。

 地元開発を機に村社会に亀裂が生じるというのはよくある設定ですが、主人公・根吉の娘(松井康子神々の深き欲望.jpg)を島の区長(加藤嘉)が引き取って愛人にし、区長が亡くなった後、兄は妹を取り戻して逃避行を図るものの、息子(河原崎長一郎)を含む村人達に殴殺されてしまうというストーリーにみられるように、また、語り部によって語られる説話的な構成という点からも、個と家族、共同体の関係性に重きを置いた作品という印象を受けました。神々の深き欲望 スチール.jpg沖山秀子の演じたのは、息子の妹で、開発業者の社員(北村和夫)に政略的に与えられる白痴の娘の役でした。

沖山秀子(太トリ子(太亀太郎の妹))/嵐寛寿郎(太山盛(太根吉の父で神に仕える太家の長。自分の娘と近親相姦をして根吉を産ませている))

 彼女が北村和夫演じる社員を好きになったことが悲恋の結末に繋がり、最後は「岩」になってしまったという、説話または神話と呼ぶにはあまりにドロドロした話で、キネマ旬報ベストテンの'68年の第1位作品ですが、観た当時はあまり好きになれなかった作品でした(沖山秀子は良かった。と言うより、スゴかったが)。しかしながら、後に観直すうちに、だんだん良く思えるようになってきた...(抵抗力がついた?)。

沖山秀子.jpg 因みに、沖山秀子は関西学院の女子大生時に今村昌平監督に見い出されてこの映画に出演し、これを機に今村昌平監督の愛人となり、その関係が破局した後は、カメラマン恐喝のかどで逮捕され(留置場では全裸になって男性受刑者を歓喜させ、「みんな何日も女の体を見てないからね。私はブタ箱をパラダイスにしてやったんだよ」と言ったという逸話がある)、出所後は精神病院に入院、退院後マンションの7階から投身自殺をするも未遂に終わり、「十九歳の地図」出演時の「自殺未遂で片脚が不自由になった娼婦」役の「自殺未遂で片脚が不自由になった」というのはそのまま地でいっているというスゴさでした。(2011年3月21日死去)

十九歳の地図5.jpg「十九歳の地図」●制作年:1979年●監督・脚本:柳町光男●製作:柳町光男/中村賢一●撮影:榊原勝己●音楽:板橋文夫●原作:中上健次「十九歳の地図」●時蟹江敬三.jpg間:109分●出演:本間優二/蟹江敬三/沖山秀子/山谷初男/原知佐子/西塚肇/うすみ竜/鈴木弘一/白川和子/豊川潤/友部正人/津山登志子/中島葵/川島めぐ /竹田かほり/中丸忠雄/清川虹子/柳家小三治/楠侑子●公開:1979/12●配給:プロダクション群狼●最初に観た場所:文芸坐ル・ピリエ(81-1-31)(評価:★★★★)●併映:「ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR」(柳町光男) 

ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR(1976) dvd_.jpgゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR .jpg「ゴッド・スピード・ユー! BLACK EMPEROR」●制作年:1976年●製作・監督:柳町光男●撮影:岩永勝敏/横山吉文/塚本公雄/杉浦誠●時間:91分●出演:ブラックエンペラー新宿支部の少年たち/本間優二●公開:1976/07●配給:プロダクション群狼●最初に観た場所:文芸坐ル・ピリエ(81-1-31)●2回目:自由が丘・自由劇場(85-06-08)(評価:★★★)●併映(1回目):「十九歳の地図」(柳町光男)●併映(1回目):「さらば愛しき大地」(柳町光男)
ゴッド・スピード・ユー!BLACK EMPEROR [DVD]

加藤嘉(竜立元(クラゲ島の区長で製糖工場の工場長))
神々の深き欲望 .jpg神々の深き欲望 竜立元 加藤嘉.jpg「神々の深き欲望」.jpg「神々の深き欲望」●制作年:1968年●監督:今村昌平●製作:山野井正則●脚本:今村昌平/長谷部慶司●撮影:栃沢正夫●音楽:黛敏郎●時間:175分●出演:三國連太郎/河原崎長一郎/沖山秀子/嵐寛寿郎/松井康子/原泉/浜村純/中村たつ/水島晋/北村和夫/小松方正/殿山泰司/徳川清/石津康彦/細川ちか子/扇千景/加藤嘉/長谷川和彦●公開:1968/11●配給:日活●最初に観た場所:池袋・文芸地下(83-07-30)(評価:★★★★)

中上 健次 ユリイカ.jpgユリイカ2008年10月号 特集=中上健次 21世紀の小説のために

 【1978年文庫化[文春文庫]/2000年再文庫化[小学館文庫(『岬・化粧 他』-中上健次選集12)]】

中上 健次.jpg  沖山秀子 2.jpg 沖山秀子 in「喜劇・女は度胸」('69年/松竹)with 渥美清

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ハリウッド映画を思わせるスケールの大きい状況設定。

ホワイトアウト.jpgホワイトアウト 1995.jpg  ホワイトアウト文庫.jpg ホワイトアウト2.jpgホワイトアウト 映画ド.jpg
ホワイトアウト』['95年]/新潮文庫〔'98年〕/「ホワイトアウト<初回限定2枚組> [DVD]

 1995(平成7)年度・第17回「吉川英治文学新人賞」受賞作。1996 (平成8) 年「このミステリーがすごい」(国内編)第1位(1995(平成7) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第2位)。

 日本最大の貯水量の「奥遠和ダム」を武装グループが占拠し、職員、麓住民を人質に50億円の身代金を要求するという、映画でも良く知られるところとなったストーリーです。

 スケールの大きい状況設定は、ハリウッド映画を思わせるものがあり、吹雪の様子などの描写が視覚的で、尚更そう感じます。作者は、アニメ制作会社でアニメの演出などをしていたそうですが、なるほどという感じもしました。ダムの構造の描写などにも作品のテンポを乱さない程度に凝っていて、この作者は"理科系"というか"工業系"の感じがしますが、臨場感を増す効果をあげています。アクション・サスペンスの新たな旗手の登場かと思われる作品ではありました(その後、純粋なアクション・サスペンスはあまり書いてないようだが...)。

WHITEOUT ホワイトアウトド.jpg ただ、アクション・サスペンス的である分、人物描写や人間関係の描き方が浅かったり類型的だったりで、映画にするならば、役者は大根っぽい人の方がむしろ合っているかも、と思いながら読んでました。結局のところ映画は織田祐二主演で、体を張った(原作にマッチした)アクションでしたが、演技の随所に「ダイハード」('88年/米)のブルース・ウィリスの"嘆き節"を模した部分があったように思ったのは自分だけでしょうか。

映画「WHITEOUT ホワイトアウト」 ('00年・東宝)

ホワイトアウト 映画 佐藤浩市.jpg映画「WHITEOUT ホワイトアウト」 松嶋.jpg 織田祐二はまあまあ頑張っているにしても、テロリスト役の佐藤浩市の演出が「ダイハード」のアラン・リックマンのコピーになってしまっていて、自分なりの役作りが出来ていないまま映画に出てしまった感じで存在感が薄く、人質にされた松嶋菜々子に至っては、別に松嶋菜々子を持ってくるほどの役どころでもなく、客寄せのためのキャスティングかと思いました。    

奥只見ダム.jpg 奥只見ダム(重力式ダム) 黒部ダム.jpg 黒部ダム(アーチ式ダム)

 細かいことですが、本作の舞台である日本最大の貯水量を誇る「奥遠和ダム」のモデルとなったのは奥只見ダムであると思われますが、映画では「奥遠和ダム」はアーチ式ダムという設定になっているため(奥只見ダムはアーチ式ではなく重力式ダム)、撮影の際にダムの外観のショットは、アーチ式の黒部ダムなどで撮っています(原作の中身は重力式ダムという設定、単行本の表紙写真は奥只見ダムのものと思われる)。映画化するならば、アーチ式ダムの方がビジュアル面で映える、という原作者の意向らしいですが、確かにそうかも。さすが、もとアニメ演出家。

WHITEOUT ホワイトアウト .jpg映画「WHITEOUT ホワイトアウト」0.JPG「WHITEOUT ホワイトアウト」●制作年:2000年●製作:角川映画●監督・脚本:若松節朗●脚本:真保裕一/長谷川康夫/飯田健三郎●音楽:ケンイシイ/住友紀人●撮影:山本英夫●原作:真保裕一●時間:129分●出演:織田裕二/松嶋菜々子/佐藤浩市/石黒賢/吹越満/中村嘉葎雄/平田満●劇場公開:2000/08●配給:東宝 (評価★★★)

 【1998年文庫化[新潮文庫]】

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フォークナーか? 中上健次か? と思いきや、エンタテインメントだった。構築力は凄い。

シンセミア 上.jpg シンセミア下.jpg 阿部和重.png 八月の光.jpg  さらば愛しき大地ポスター.jpg さらば愛しき大地2.jpg
シンセミア(上)(下)』['03年/朝日新聞社] 阿部和重 氏/フォークナー 『八月の光 (新潮文庫)』/中上健次・柳町光男脚本 「さらば愛しき大地」秋吉久美子/根津甚八

 2004(平成16)年・第58回「毎日出版文化賞」(文学・芸術部門)及び第15回「伊藤整文学賞」受賞作。

 山形県・神(じん)町のあるパン屋の戦後史から話は始まり、2000年の夏にこの小さな田舎町で、高校教師の自殺、幽霊スポットでの交通事故死、老人の失踪といった事件が立て続けに起きるとともに、それまで町を牛耳ってきた有力者たちのパワーバランスに変化が起き、一方そうした有力者の息子たちをはじめ町のゴロツキ連中たちは盗聴・盗撮活動に精を出し、町は次なる犯罪の温床を育んでいく―。

 町の有力者とのしがらみを断ち切れないパン屋の主人と、ゴロツキ連中たちとのしがらみを断ち切れないその息子の共々の失墜を、地縁・血縁で繋がった多くの登場人物とともにロバート・アルトマンの群像劇の如く(例えば映画「ナッシュビル」('75年)は24人の"主人公"がいた)描いていますが、出てくる人間がどれもこれもろくでもない奴ばかりで、結局、暗い過去を持つこの町こそが主人公なのではないかと思わせます。

 そうした意味では、作中にもその名があるフォークナーの『八月の光』を思い起こさせますが、フォークナーは架空の町を舞台に小説を書いたのに対し、「神町」は作者の故郷で、作者の実家はパン屋だし、中山正とかいう人もロリコン警察官なのかどうか知らないけれど実在するらしく、よくここまで書けるなあという感じです。むしろ、閉塞した田舎町で麻薬に溺れてダメになっていく登場人物などは、中上健次が初めて映画脚本に参画した「さらば愛しき大地」('82年)を想起させました。

「さらば愛しき大地」ポスター&パンフレット
さらば愛しき大地 poster.jpg 「さらば愛しき大地」は、茨城県の鹿島地方という田舎を舞台に、高度成長期における巨大開発により工業化・都市化が進む中、農家の長男でありながら時代の波に乗れず破滅していく男を描いたもので、農家の長男(根津甚八)が農業を嫌って鹿島開発に関わる砂利トラックの運転手をやっているのですが、事故で2人の息子を亡くしてから人生の歯車が狂いだす―。

さらば愛しき大地ges.jpg 女房(山口美也子)ともうまくゆかなくなり、家を出て馴染みの店の女(秋吉久美子)と同棲をし、いつしか覚醒剤にも手を出すようになってしまい、荒む一方の生活の中、遂に同棲の女を包丁で刺し殺してしまうというもので、覚醒剤に溺れて破滅していく男と、献身的に男に尽くしながら最後にその男に刺されてしまう女を、根津甚八・秋吉久美子が凄絶に演じたものでした(田園シーンのカメラは、小川プロの田村正毅。「ニッポン国古屋敷村」('82年)でもそうだったが、田圃を撮らせたら天下一の職人)。

さらば愛しき大地s.jpgさらば愛しき大地es.jpg「さらば愛しき大地」根津甚八・蟹江敬三/秋吉久美子
 「さらば愛しき大地」においては、そうした鬱々とした男女の営みや事件もまるで風景の一部でもあるかのように時間は淡々と流れていきますが、『シンセミア』における様々な出来事に関する記述もまた叙述的であり、文学作品としては大岡昇平『事件』などに近いのかなあとも思いました(中山巡査のロリコンぶりだけがやけに思い入れたっぷりなのはなぜ?)。

 しかし、最後に読者のカタルシス願望を満たすかのようなカタストロフィが用意されていて、ああ、これって「文学」というより「ノワール」で、要するにエンタテインメントだったんだなと納得(「さらば愛しき大地」も「ノワール」であると言えるし、最後はカタストロフィで終わるが、こんなハチャメチャな終わり方ではない。その点では、映画の方が"文学的")。

 ただし、小説全体の構築力は凄いと思いました。凡庸とは言い難いものがあります。 文庫版には人物相関図と年表が付いているそうですが、何かマニアックな気色悪ささえ感じました。

さらば愛しき大地 ド.jpgさらば愛しき大地  0.jpg「さらば愛しき大地」●制作年:1982年●監督:柳町光男●製作:柳町光男/池田哲也/池田道彦●脚本:柳町光男/中上健次●撮影:田村正毅●音楽:横田年昭●時間:120分●出演:根津甚八/秋吉久美子/矢吹二朗/山口美也子/蟹江敬三/松山政路/奥村公延/草薙幸二郎/小林稔侍/中島葵/白川和子/佐々木すみ江/岡本麗/志方亜紀子/日高澄子●公開:1982/04●配給:プロダクション群狼●最初に観た場所:シネマスクウエアとうきゅう(82-07-10)●2回目:自由が丘・自由劇場(85-06-08)(評価:★★★★☆)●併映(2回目):「(ゴッド・スピード・ユー! ブラック・エンペラー」(柳町光男)
シネマスクエアとうきゅうMILANO2L.jpgシネマスクエアとうきゆう.jpgシネマスクウエアとうきゅう 内部.jpgシネマスクエアとうきゅう 1981年12月、歌舞伎町「東急ミラノビル」3Fにオープン。2014年12月31日閉館。

【2006年文庫化[朝日文庫(全4巻)]】

《読書MEMO》
●『観ずに死ねるか!傑作絶望シネマ88
』 (2015/06 鉄人社)
さらば愛しき大地 7892.JPG

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伝わる時代の雰囲気、キャラクターやイカサマ対決の面白さ。

麻雀放浪記1.bmp 麻雀放浪記2.bmp 麻雀放浪記3.bmp 麻雀放浪記.bmp 麻雀放浪記.jpg 阿佐田哲也.jpg
 『麻雀放浪記』 (全4巻)/『麻雀放浪記』 角川文庫(全4巻) (表紙イラスト:黒鉄ヒロシ)/阿佐田哲也

麻雀放浪記  .jpg '69年に「週刊大衆」で連載が始まった阿佐田哲也(1929‐1989/享年60)のギャンブル小説ですが、「青春編」「風雲編」「激闘編」「番外編」と続き、彼の代表作となりました。この作品のヒットのお陰で、当時倒産の危機にあった双葉社は経営が持ち直して新社屋を建てたというから、昭和40年代って麻雀ブームだったんだなあと、改めて思いました。

 しかしこの小説で描かれているのは昭和40年代ではなく、終戦後まもなくの時代。上野のドヤ街をはじめ、その時代の情景やそこに生きた人々の息吹が、麻雀という勝負事を通して、圧倒的シズル感をもって伝わってきます。さすが、後に「色川武大」の本名で直木賞をとることだけはある筆力!

 ギャンブル小説なのでほとんど全編ヤクザな世界を描いたものなのですが、同時に、(明らかに阿佐田哲也がモデルであるところの)〈坊や哲〉の子どもから大人への成長物語にもなっています。〈坊や哲〉以外にも、〈ドサ健〉、〈上州虎〉、〈出目徳〉といった魅力的なキダブル役満(小四喜・字一色).jpgャラが多く登場し、随所で紹介されるイカサマ技も面白かったです。最初から、お互いにイカサマで最高の手で上がることしか考えていない麻雀とか、自分の情婦から果ては自宅の権利書まで賭けて、何と死人が出ても続けている麻雀って、「ちょっとスゴ過ぎ」という感じでした(個人的には、麻雀ゲームでダブル役満とか上がった経験はあるが、この小説の登場人物が狙う最高の手「天和」で上がる確率は、まともにやった場合およそ33万分の1で、毎日半荘5回ずつ打ったとしても61年に一度しか和了できない計算になるそうだ。因みに天和は、役満の複合を認めるルールで親なら96000点、子なら64000点で、要するに点数的にはダブル役満と同じ)。

麻雀.bmp麻雀放浪記2.jpg麻雀放浪記3.jpg イラストレーターの和田誠氏の監督により'84年に映画化されましたが、配役がまずまずハマっていて、白黒で撮影したのも成功していたと思います(和田誠氏の初監督作品とよく言われるが、和田氏は60年代に「殺人 MURDER!」('64年)という短篇アニメーション映画を自主制作・監督している)。
映画「麻雀放浪記」('84年/東映)(映画パンフ :和田誠

高品格.jpg 〈ドサ健〉の鹿賀丈史も悪くなかったのですが、〈出目徳〉の高品格が特に良かったです(麻雀をしていて九蓮宝燈を和了ったまま死んでしまうのはこの〈出目徳〉)。「大都会」などのドラマに刑事役で多く出演した俳優で、俳優になる前はプロボクサーを目指していたらしいですが、味のあるバイプレーヤーでした。

『麻雀放浪記』(1984)2.jpg『麻雀放浪記』(1984).jpg「麻雀放浪記」●制作年:1984年●製作:角川春樹事務所●監督:和田誠●脚本:和田誠/澤井信一郎●撮影:安藤庄平●原作:阿佐田哲也(色川武麻雀放浪記06.jpg大)●時間:109分●出演麻雀放浪記49.jpg:真田広之/鹿賀丈史/高品格/加藤健一/名古屋章/大竹しのぶ/加賀まりこ/内藤陳/天本英世/笹野高史/篠原勝之/城春樹/佐川二郎/村添豊徳/木村修/鹿内孝/山田光一/逗子とんぼ/宮城健太郎●劇場公開:1984/10●配給:東映(評価★★★★)

加賀まりこ(オックスクラブのママ・八代ゆき)/加藤健一(女衒の達)
麻雀放浪記 kaga.jpg麻雀放浪記 加藤.jpg麻雀放浪記1 青春篇.jpg
麻雀放浪記 1 青春篇 (1) (文春文庫)』['07年]

田中小実昌・色川武大(阿佐田哲也)・殿山泰司
田中小実昌 色川武大 殿山泰司 .jpg

【1979年文庫化[角川文庫(全4巻)]/2007年再文庫化[文春文庫(全4巻)]】

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読後の感動はあった。モデルはモデル、小説は小説として読むべきか。

不毛地帯 1.jpg 不毛地帯 2.jpg 不毛地帯 3.jpg 不毛地帯 4.jpg  不毛地帯ー.png
『不毛地帯』 新潮文庫[旧版](全4巻)   映画「不毛地帯」('76年/東宝) 仲代達矢・丹波哲郎

不毛地帯 映画.jpg 『白い巨塔』('65年/新潮社)、『華麗なる一族』(73年/新潮社)が、それぞれ映画も含め力作だったのに対し、この『不毛地帯』の仲代達矢主演の"映画"の方は、配役は豪華だけれど個人的には今ひとつでした(テレビで観たため、平幹二朗主演のテレビ版と記憶がごっちゃになっている)。そもそも、181分という長尺でありながらも、原作の4分の1程度しか扱っておらず、原作が連載中であった事もありますが次期戦闘機決定をめぐる攻防部分だけを映像化したと言ってもよく、結果として壱岐正という主人公の生き方に深みが出てこない...。

 ただし"原作"だけでみると、自分が最初に読んだ当時の読後の感動はこれが一番で、もともと映画に納まり切らない部分が多すぎたか? それと、こうした複雑な話が映画化された時によくありがちな傾向で、愛憎劇中心になってしまった感じもしました。

 この原作の方は、以前は商社マンを目指す人はみなこぞって読んで、そして感動したという話も聞きます。しかし今改めて読むと、作品に描かれる総合商社の体質は今も変わらないのかもしれませんが、産業構造の変化などで商社の仕事自体はずいぶん変わっているのではないかという気がします(その点、一番変わっていないのは『白い巨塔』で描かれた大学附属病院かもしれない)。

 国の二次防主力戦闘機の受注をめぐって、交渉相手の防衛庁の部長に戦時中の命の恩人である元陸軍中佐・壱岐正をぶつけるという商社の戦略が凄いと思いましたが、戦後60年以上を経た今現在、こうした"命の恩人"みたいな関係がどれだけあるのか、またそれがビジネスで成り立つかと考えると、かなり特異な状況を描いているようにも思えました。

 そうしたこともあり、良くも悪くも、モデルとされている瀬島龍三氏のイメージとどうしても切り離せません。
 小説の主人公はラストの身の引き方は美しいが、瀬島氏は商社マンとして一線を退いた後も中曽根内閣の臨調委員として政治"参謀"ぶりを発揮し(結局こういう「ひとかどの人物」は在野にいても声がかかる?)、90歳を超えてなお中曽根氏の個人的ブレーンの1人となっている...。

 著者は「これは架空の物語である。実在する人物、出来事と類似していても偶然に過ぎない」と言っています。
 『白い巨塔』と並ぶ著者の代表作であり傑作であることには違いなく、モデルはモデル、小説は小説として読むべきなのかも知れません(同一作者の後の作品『沈まぬ太陽』では、同一モデルであるはずのこの人物の描き方が、「国士」から単なる「策士」へと変化している)。

瀬島龍三(せじま・りゅうぞう)
瀬島龍三.jpg伊藤忠商事元会長。富山県松沢村(現小矢部市)出身。1938年12月陸軍大学校卒、大本営陸軍参謀として太平洋戦争を中枢部で指揮をとる。満州で終戦を迎えたが、旧ソ連軍の捕虜となり、11年間シベリアに抑留され、1956年に帰国。1958年、伊藤忠に入社し、主に航空機畑を歩いた。1968年専務に就き、いすゞ自動車と米ゼネラル・モーターズ(GM)との提携を仲介。戦前、戦中、戦後を通じて政、財界の参謀としての道を歩んだ。(2007年9月4日死去/享年95)

不毛地帯 映画.jpg不毛地帯 丹波哲郎.jpg「不毛地帯」●制作年:1976年●監督:山本薩夫●製作:佐藤一郎/市川喜一/宮古とく子●脚本:山田信夫●音楽:佐藤勝●原作:山崎豊子●時間:181分●出演:仲代達矢/丹波哲郎/山形勲/神山繁/滝田裕介/山口崇/日下武史/仲谷昇/山本圭/北大路欣也/小沢栄太郎/田宮二郎/久米明/大滝秀治/高橋悦史/井川比佐志/中谷一郎/八千草薫/秋吉久美子/藤村志保/志村喬/高城淳一/秋本羊介/岩崎信忠/石浜朗/内田朝雄/小松方正/加藤嘉/中津川衛/辻萬長/高杉哲平/杉田俊也/神田隆/永井智不毛地帯 dvd.jpg不毛地帯相関図.jpg不毛地帯久松経済企画庁長官  1.jpg雄/嵯峨善兵/伊沢一郎/青木義朗/アンドリュー・ヒューズ/デヴィット・シャピロ/●劇場公開:1976/08●配給:東宝(評価★★★) 
不毛地帯 [DVD]
丹波哲郎(防衛庁・川又空将補)/加藤嘉(防衛庁・原田空幕長)/大滝秀治(経済企画庁長官・久松清蔵)
川又空将補 - 丹波哲郎.jpg 原田空幕長 - 加藤嘉.jpg 久松経済企画庁長官 - 大滝秀治.jpg
小沢栄太郎(貝塚官房長)
不毛地帯b-b014d3c5e38d.jpg「不毛地帯」 小沢栄太郎.jpg不毛地帯12f9.jpg

 【1983年文庫化[新潮文庫(全4巻)]・2009年改訂[新潮文庫(全5巻)]】

不毛地帯〔'76年/東宝〕監督:山本薩夫/製作:佐藤一郎/脚本:山田信夫/出演:仲代達矢/丹波哲郎/山形勲
不毛地帯 映画.jpg

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「華麗なる一族」1974年.jpg 古さを感じさせない。政財界にわたっての丹念な取材の跡が窺える。

山崎豊子 華麗なる一族.jpg  華麗なる一族 上巻.jpg 華麗なる一族 中巻.jpg 華麗なる一族 下巻.jpg 
華麗なる一族 (1980年) (新潮文庫)』 /新潮文庫(上・中・下)〔改訂版〕/映画「華麗なる一族」('74年/東宝)

華麗なる一族 dvd.jpg華麗なる一族.jpg 万俵財閥の当主で阪神銀行頭取の万俵大介の野望を軸に、それに翻弄される一族の姿を金融業界の内幕に絡めて描いた作品で、'73(昭和48)年の発表ですが、「金融再編」に伴う「銀行の合併問題」がモチーフになっているため、あまり古さを感じさせません。

 小説の冒頭は、志摩半島の英虞湾を望む一流ホテルでの主人公一族の豪奢な正月晩餐会から始まりますが、作者は舞台のモデルにした「志摩観光ホテル」のレストランから夕陽がどう見えるかまで取材しに行ったそうで、そうした丹念な取材は、銀行内部のみでなく、政治家や大蔵省など政財界に広く及んでいて、物語にリアルな厚みを増しています。 
華麗なる一族 [DVD]」/映画パンフレット                  

 大介の野望は、上位銀行の専務と結託してその銀行を併呑する、所謂「小が大を呑む」というもので(かつて神戸銀行が太陽銀行を吸収合併し、"名"前だけ「太陽神戸」として"実"の方をとった出来事がベースになっている)、大介の政財界への働きかけは、「政財癒着は良くない」という綺麗事のレベルを遥かに凌駕する凄まじさで、目的のためには親友も、長男さえも切り捨てる―。

 タイトルの「華麗なる一族」という言葉が、政界との癒着強化のための閨閥づくりを指すとともに、長男・鉄平の暗い過去の出生の秘密を表す反語にもなっています。

 同じ山崎豊子原作の映画化作品「白い巨塔」が大ヒットしたためか、この作品は豪華キャストで映画化されましたが('74年・山本薩夫((1910-1983))監華麗なる一族 仲代.jpg督)、オールキャストとは言え、その中で圧倒的に存在感を際立たせているのは佐分利信であり、その佐分利演じる万俵大介と鉄平(仲代達矢)の"暗い血"にまつわる確執に重きが華麗なる一族 田宮二郎.jpg置かれていたような感じもしました。また、鉄平の最期が、大介の女婿を演じた田宮二郎の実人生での自殺方法と同じだったことに思い当たりますが、鉄平役は実は田宮二郎がやりたかった役だったそうです。

華麗なる一族 目黒.jpg華麗なる一族 佐分利.jpg どうしても、こういう複雑なストーリーの話が映画化されると、情緒的な方向に重きがいってしまったりセンセーショナルな部分が強調されるのは仕方がありませんが(大介の「妻妾同衾」シーンなども当時話題になった)、それなりの力作でした。"いい人"がとにかく苛められる(相手方銀行の頭取の二谷英明とか)点で「白い巨塔」に共通するものを改めて感じたのと、農家の預金獲得のために、ワイシャツ姿で終日稲刈りまでする銀行員なども描いていて「銀行員って意外と泥臭いなあ」と思わされたりもしました。
                    映画「華麗なる一族 [VHS]」 ビデオ(上・下)
華麗なる一族2.gif華麗なる一族 ビデオ.jpg「華麗なる一族」●制作年:1974年●製作:芸苑社●監督:山本薩夫●製作:佐藤一郎/市川喜一/森岡道夫●脚本:山田信夫●音楽:佐藤勝●原作:山崎豊子●時間:210分●出演:佐分利信仲代達矢/月丘夢路/京マチ子/酒井和歌子/目黒祐樹/田宮二郎/二谷英明/香川京子/山本陽子/中山麻里/小沢栄太郎/滝沢修/河津清三郎/大空真弓/北大路欣也/志村喬中村伸郎加藤嘉/神山繁/平田昭彦/細川俊夫/大滝秀治/北林谷栄/西村晃/金田龍之介/小林昭二/花沢徳衛/鈴木瑞穂(ナレーション華麗なる一族 京マチ子 .pngも担当)/嵯峨善兵/荒木道子/小夜福子/中村哲/武内亨/梅野泰靖/浜田寅彦/花布辰男/下川辰平/伊東光一/田武謙三/若宮大祐/青木富夫/五藤雅博/生井健夫/白井鋭/夏木章/笠井一彦/守田比呂也/華麗なる一族 京マチ子.jpg鳥居功靖/堺美紀子/横田楊子/川口節子/森三平太/千田隼生/金親保雄/南治/麻里とも恵/木島一郎/坂巻祥子/隅田一男/久遠利三/鈴木昭生/記平佳枝/東静子/加納桂●劇場公開:1974/01●配給:東宝●最初に観た場所:渋谷・東急名画座(山本薩夫監督追悼特集) (84-01-08) (評価★★★☆) 京マチ子(万俵大介の愛人・高須相子)
華麗なる一族 saburi.jpg滝沢修 華麗なる一族.jpg 大滝秀治 華麗なる一族.jpg 中村 伸郎 華麗なる一族.jpg 華麗なる一族 志村.jpg
佐分利信(阪神銀行頭取・万俵大介)/滝沢修(長期開発銀行頭取・宮本之三)/大滝秀治(社民党代議士・荒尾留七)/中村伸郎(日銀総裁・松平公之)/志村喬(大華麗なる一族 小沢栄太郎.jpg華麗なる一族 (1974東宝)katou .jpg阪重工社長・安田太左衛門)/小沢栄太郎(永田大蔵大臣)/仲代達矢(阪神特殊鋼専務・万俵鉄平)/加藤嘉(阪神特殊鋼常務・銭高)

華麗なる一族3.jpg月丘夢路(万俵大介の妻・万俵寧子)/香川京子(長女・美馬一子)/京マチ子(家庭教師・高須相子)/山本陽子(長男鉄平の妻・万俵早苗)/中山麻理(次男銀平の妻)/酒井和歌子(次女・万俵二子)


 【1973年単行本・1979年改訂[新潮社(上・中・下)]/1980年文庫化・2003年改訂[新潮文庫(上・中・下)]】

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医学界の権力構造の図式を鮮やかに浮かびあがらせた傑作。もとは財前の勝利で終わる話だった。
白い巨塔 1965.jpg 白い巨塔 1.jpg 白い巨塔 2.jpg 白い巨塔 3.jpg kyotou2.jpg 白い巨塔 1シーン.jpg
白い巨塔 (1965年)』 『新潮文庫「白い巨塔 全5巻セット」』  映画「白い巨塔 [DVD]」['66年]
映画「白い巨塔」('66年/大映) 田宮二郎・田村高廣
映画「白い巨塔」('66年/大映).jpg この作品は何度かテレビドラマ化ざれ、佐藤慶('67年/テレビ朝日系/全26回)、田宮二郎('78年/フジテレビ系/全31回)、村上弘明(90年/テレビ朝日系/全2回)などが主役の財前五郎を演じています。更に最近では、'03年にフジテレビ系で唐沢寿明主演のもの(全21回)がありましたが、断トツの視聴率だったのは記憶に新しいところ(唐沢寿明版の最終回の視聴率32.1%で、'78年の田宮二郎版の最終回31.4%を上回る数字だった)。
                   
白い巨塔 66.jpg銀座シネパトス.jpg しかしながら個人的には、やっぱりテレビ版よりは、原作を読む前に観た山本薩夫(1910-1983)監督による映画化作品(田宮二郎主演)が鮮烈な印象として残っており、また観たいと思っていたら、'04年にニュープリント版が銀座シネパトス(東銀座・三原橋の地下にあるこの映画館は、しばしば昔の貴重な作品を上映する。2013年3月31日閉館)で公開されたため、約20年ぶりに劇場で観ることができました。これも全て今回の唐沢寿明版のヒットのお蔭でしょうか。

映画 「白い巨塔」('66年/モノクロ)

白い巨塔」(テレビ 1978.jpg田宮二郎自殺.jpg田宮二郎.jpg 田宮二郎(1935-1978/享年43)は、31歳の時にこの小説と巡り会って主人公・財前五郎に惚れ込み、作者の山崎豊子氏に懇願してその役を得たとのこと。その演技が原作者に認められ、それがテレビでも財前医師を演じることに繋がっていますが、テレビドラマの方も好評を博し、撮影終盤の頃、ドラマでの愛人役の太地喜和子(1943‐1992/享年48)との対談が週刊誌に掲載されていた記憶があります。それがまさか、ヘミングウェイと同じ方法でライフル自殺するとは思わなかった...。クイズ番組「タイム・ショック」の司会とかもやっていたのに(司会者は自殺しないなどという法則はないのだが)。

テレビドラマ版 「白い巨塔」('78~'79年/カラー)
 田宮二郎は30代前半の頃から躁うつ病を発症したらしく、テレビ版の撮影当初は躁状態で自らロケ地を探したりも田宮二郎 .jpgしていたそうです。それが終盤に入ってうつ状態になり、リハーサル中に泣き出すこともあったりしたのを、周囲が励ましながら撮影を進めたそうで、彼が自殺したのはテレビドラマの全収録が終わった日でした(実現が困難な事業に多額の投資をし、借金に追われて「俺はマフィアに命を狙われている」とか、あり得ない妄想を抱くようになっていた)。当時週刊誌で見た大地喜和子とのにこやかな対談は、実際に行われたものなのだろうか。

『続・白い巨塔』('69年/新潮社 )/『白い巨塔(全)』('94年/新潮社改版版)/映画「白い巨塔」('66年/大映)
白い巨塔 ラスト.jpg続白い巨塔.jpg白い巨塔1994.jpg
 もともとの『白い巨塔』('65年/新潮社)は、'63年から'65年にかけて「サンデー毎日」に連載されたもので、熾烈な教授選挙戦を征して教授になった財前五郎が、権力者の後ろ盾のもとに、彼の医療ミスを告発する里見医師らを駆逐するところで終わっています。映画('66年)も教授選をクライマックスに、主人公の財前が第一外科教授に昇進するまでを描いていて、原作・映画ともに、医学界の権威主義に対する強烈な風刺や批判となっていますが、権力志向の強い男のピカレスク・ロマンとしてもみることができます。しかしながら、こうした「悪が勝つ」終わり方に世間から批判があり、そのため『続・白い巨塔』('69年)が書かかれたということです('94年新装版では、正・続が2段組全1冊に収められている)。

白い巨塔 新潮文庫.jpg 文庫の方は、当初は正(上下2巻)・続に分かれていましたが、'93年の改定で「続」も含め『白い巨塔』として全3巻になり、更に'02年の改定で全5巻になっています(「続」という概念がある時期から消されているともとれる)。最近のテレビドラマもそれに準拠し、財前が亡くなるところまで撮り切っていますが、文庫で読むときは、もともとは今ある全5巻のうち、第3巻までで終わる話だったことを意識してみるのも良いのではないでしょうか。

 因みに、いくつかあるテレビ版で、原作の正編に相当する部分のみで終わっているのは、「続」が書かれる前にドラマ化された佐藤慶版('67年/テレビ朝日系/全26回)のみです。田宮二郎の主演のものも、テレビ版の方は唐沢寿明版と同じく、主人公が癌で亡くなるところまで撮っています。田宮二郎テレビ版では、田宮二郎自身が台本に自分で書いた遺書を挿入し、末期がんのがん患者になり切ったとのこと、ストレッチャーに乗る遺体役での演技をラッシュで確認して、本人は満足していたそうです(その場面が放送される前に自殺したわけだが)。

白い巨塔 .jpgkyotou1.jpg この小説は、続編も含め、単純な勧善懲悪物語にしていないところがこの著者の凄いところです。財前はむしろ、周囲に翻弄されるあやつり人形のような存在で(苦学生上がりで医師になったのに、才能を上司に認められないというのは辛いだろうなあ)、彼をとりまく人々の中に、医学界の権力構造の図式を鮮やかに浮かびあがらせている(読んでると、権力を持たなければ何も出来ないではないかという気にさえさせられる)一方、個々に「白い巨塔」小沢.jpgは、権力に憧れる気持ちと真実を追究し正義を全うしようという気持ちが入り混じっているような"普通の人"も多く出てきて、この辺りがこの小説の充実したリアリティに繋がっていると思います。 
山崎豊子(1924-2013
山崎豊子.png白い巨塔 東野.jpg白い巨塔 加藤嘉.jpg「白い巨塔」●制作年:1966年●製作:永田雅一(大映)●監督:山本薩夫●脚本:橋本忍●音楽:池野成●原作:山崎白い巨塔 船越 英二.jpg白い巨塔 滝沢修.jpg豊子●時間:150分●出演:田宮二郎/東野英治郎小沢栄太郎小川真由美/岸輝子/加藤嘉田村高廣船越英ニ滝沢修藤村志保/下条正巳/石山健二郎/加藤武/里見明凡太朗/鈴木瑞穂/清水将夫/下條正巳/須賀不二男/早白い巨塔 小川真由美.jpg白い巨塔 藤村志保  .jpg川雄三/高原駿雄/杉田康/夏木章/潮万太郎/北原義郎/長谷川待子/瀧花久子/平井岐代子/村田扶実子/竹村洋介/小山内淳/伊東光一/南方伸夫/河原侃二/山根圭一郎/浜世津子/白井玲子/天池仁美/岡崎夏子/赤沢未知子/福原真理子●劇場公開:1966/10●配給:大映●最初に観た場所:渋谷・東急名画座(山甦れ!東急名画座3.jpg甦れ!東急名画座1.jpg東急文化会館.jpg東急名画座 1.jpg本薩夫監督追悼特集) (83-12-05)●2回目:銀座シネパトス (04-05-02) (評価★★★★)
東急名画座 (東急文化会館6F、1956年12月1日オープン、1986年〜渋谷東急2) 2003(平成15)年6月30日閉館

銀座シネパトス.jpg銀座東映.jpg銀座シネパトス.jpg銀座シネパトス 1952(昭和27)年、ニュース映画の専門館「テアトルニュース」開館、1954(昭和29)年「銀座東映」開館、1967(昭和42)年10月3日「テアトルニュース」跡地に「銀座地球座」開館、1968(昭和43)年9銀座シネパトスs.jpg月1日「銀座東映」跡地に「銀座名画座」開館、1988(昭和63)年7月1日「銀座地球座」→「銀座シネパトス1」、「銀座名画座」→「銀座シネパトス2」「銀座シネパトス3」に改装。2013(平成25)年3月31日閉館
     
              

白い巨塔」(テレビ 1978.jpgテレビドラマ 白い巨塔 田宮二郎  dvd.jpg白い巨塔 ドラマ 1.jpg「白い巨塔」(テレビ・田宮二郎版)●演出:小林俊一●制作:小林俊一●脚本:鈴木尚之●音楽:渡辺岳夫●原作:山崎豊子「白い巨塔」「続・白い巨塔」●出演:田宮二郎/生田悦子/太地白い巨塔 大滝秀治2.jpgTV版「白い巨塔」中村伸郎.jpg喜和子/島田陽子/上村香子/高橋長英/中村伸郎/小沢栄太郎/河原崎長一郎/山本學/金子信雄/清水章吾/大滝秀治佐分利信加藤嘉/渡辺文雄/戸浦六宏/関川慎二/東恵美子/中村玉緒/井上孝雄/小松方正/西村晃/曽我廼家明蝶/渡辺文雄/米倉斉加年/岡田英次/中北千枝子/児玉清/北村和夫/小林昭二●放映:1978/06~1979/01(全31回)●放送局:フジテレビ
白い巨塔 佐分利 信.jpg白い巨塔 (1978年のテレビドラマ) 大河内 加藤.jpg白い巨塔 戸浦六宏.jpg中村伸郎(浪速大学医学部第一外科教授→近畿労災病院院長・東貞蔵)/大滝秀治(大阪地方裁判所裁判長)/佐分利信(東都大学医学部第一外科教授教授・船尾悟)/加藤嘉(浪速大学医学部病理学教授・大河内清作)/戸浦六宏(浪速大学医学部産婦人科教授・葉山優夫)/小沢栄太郎(浪速大学医学部第一内科教授、浪速大学医学部長・鵜飼雅一)
小沢栄太郎 白い巨塔tv.jpg『白い巨塔_1331.jpeg
    
白い巨塔 ドラマ 2003.jpg「白い巨塔」ドラマ  .jpg「白い巨塔」(テレビ・唐沢寿明版)●演出:西谷弘/河野圭太/村上正典/岩田和行●制作:大多亮●脚本:井上由美子●音楽:加古隆●原作:山崎豊子「白い巨塔」「続・白い巨塔」●出演:唐沢寿明/江口洋介/西田敏行/佐々木蔵之介/上川隆也/伊藤英明/及川光博/石坂浩二/伊武雅刀/黒木瞳/矢田亜希子/水野真紀/高畑淳子/沢村一樹/片岡孝太郎/若村麻由美●放映:2003/10~2004/03(全21回)●放送局:フジテレビ

 【1965年単行本・1969年続編・1973年改訂・1994年新装版[新潮社]/1978年文庫化(上・下・続)・1993年改訂(全3巻)・2002年再改定(全5巻)[新潮文庫]】

《読書MEMO》
白い巨塔 岡田准一版.jpg白い巨塔 2019.jpg●2019年再ドラマ化【感想】'78年の田宮二郎版の全31回、'03年の唐沢寿明版の全21回に対して今回の岡田准一版は全5回とドラマ版としては短く、盛り上がる間もなくあっという間に終わってしまった感じで、岡田准一は大役を演じきれてない印象を持った。最終回の視聴率が15.2%というのはそう悪い数字ではないが、この原作ならば本来はもっと高い数字になってしかるべきか。ただし、内容的には田宮二郎版の31.4%、唐沢寿明版の32.1%と比べると平凡な数字に終わったのもむべなるかなと。

白い巨塔 キャスト.jpg白い巨塔 2019  01.jpg「白い巨塔(テレビ・岡田准一版)~テレビ朝日開局60周年記念5夜連続ドラマスペシャル」●監督:鶴橋康夫/常廣丈太●脚本:羽原大介/本村拓哉/小円真●音楽/兼松衆●原作:山崎豊子「白い巨塔」「続・白い巨塔」●出演:岡田准一/松山ケンイチ/寺尾聰/小林薫/松重豊/岸部一徳/沢尻エリカ/椎名桔平/夏帆/飯豊まりえ/斎藤工/向井康二/岸本加世子/柳葉敏郎/満島真之介/八嶋智人/山崎育三郎/高島礼子/市川実日子/美村里江/市毛良枝●放映:2019/05/22-26(全5回)●放送局:テレビ朝日

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「物語」そのものになろうとする三島の意志を感じた。

三島由紀夫 豊饒の海1 春の雪.jpg奔馬 豊饒の海2.jpg『豊饒の海』/三島由紀夫1.jpg春の雪.jpg 『豊饒の海』/三島由紀夫2.jpg奔馬.jpg
春の雪 (新潮文庫―豊饒の海)』『奔馬 (新潮文庫―豊饒の海)
「豊饒の海」(全4巻)第1部 『春の雪 (1969年)』 「豊饒の海」(全4巻)第2部 『奔馬 (1969年)

 維新の功臣を祖父にもつ侯爵家の若き嫡子松枝清顕と、伯爵家の美貌の令嬢綾倉聡子のついに結ばれることのない恋。矜り高い青年が、〈禁じられた恋〉に生命を賭して求めたものは何であったか?―大正初期の貴族社会を舞台に、破滅へと運命づけられた悲劇的な愛を優雅絢爛たる筆に描く―。(『春の雪』―「豊饒の海」第1部)

 今や控訴院判事となった本多繁邦の前に、松枝清顕の生まれ変わりである飯沼勲が現れる。昭和の神風連を志す彼は、腐敗した政治・疲弊した社会を改革せんと蹶起を計画する。しかしその企ては密告によってあえなく潰える... 。彼が目指し、青春の情熱を滾らせたものは幻に過ぎなかったのか?若者の純粋な〈行動〉を描く―。(『奔馬』―「豊饒の海」第2部)

 「豊饒の海」は'65(昭和40)年9月から『新潮』に連載された三島由紀夫の長編小説で、'69~'71年新潮社刊。「豊饒の海」4部作の中では、思弁的な後半2部「暁の寺」「天人五衰」より、より小説らしい「春の雪」「奔馬」の方が親しみやすかったです。三島自身が述べているように、「春の雪」は「たわやめぶり」を、「奔馬」は「ますらをぶり」を描いた作品と言えますが、「春の雪」の完成度が高く、これだけ読んでも充分堪能できます。ただし、ここで終ってしまうと、「今、夢を見てゐた。又、会うぜ。きつと会う。滝の下で」という松枝清顕の言葉が、単なる謎で終ってしまいます。

 「奔馬」に読み進むことで、初めて「転生」というテーマが見えてきますが、同時に、本多繁邦の「見る者」としての視点が「春の雪」に遡及して意識され、更に、両作を通しての作者の視座(感情移入・登場人物との自己同化)の推移が窺える気がしました。

春の雪・奔馬.jpg つまり、「春の雪」では作者は、理知的な本多繁邦(観察者)の視座にいて、「奔馬」では飯沼勲(行為者)に同化しようとしているように思われます。ただし「春の雪」での聡子と一体になる前までの清顕は三島自身でもあり、その後の清顕は、三島がなりたかったけれどもなれなかった「物語」の人物だと思います。

春の雪 新潮文庫  .jpg 傍目には強引とも思える飯沼勲と松枝清顕の繋がりは、三島自身が転生を信じていたわけではなく(三島が「三島由紀夫」以外の者になることを果たして望むだろうか)、むしろそこに、二重の意味で時間を超越し(つまり、過去の欠落を補償し、限られた生を超えて)「完璧な物語」そのものになろうとする三島の意志を感じました。別な言い方をすれば、結局、三島はこの作品で、自分(「作品化された自分」)のことしか書いていないとも言えるかと思います。

 「春の雪」は'05年に行定勲監督によって映画化されており、翌'06年には、「ベルサイユのばら」の池田理代子女史の脚本・構成で劇画化されています。

「春の雪」(2005年)監督:行定勲/主演:妻夫木聡/竹内結子
春の雪 映画.jpg春の雪 映画2.jpg 「春の雪」だけ映画化しても、「原作もさぞかし耽美主義の美しい作品なんだろうなあ」で終わってしまって、四部作を通しての思想的なものは伝わらないのではないかと思いましたが、それまでも何度か「春の雪」単独で舞台化されています。実際、映画を観てみるとまずまずの出来栄えだったように思「春の雪」(2005年).jpgいます(行定勲監督は、三島由紀夫と縁深かった美輪明宏による評価を恐れていたが、美輪明宏に完成した映画を見せたところ絶賛され、何よりもそれが一番嬉しかったと述べている)。勿論、美文調の三島の文体は映画では再現できませんが、李屏賓(リー・ピンビン)のカメラが情感溢れる映像美を演出しています。それと、妻夫木聡や竹内結子は華族を演じるには弱いけれども、若尾文子、岸田今日子、大楠道代といったベテラン女優が脇を固めていたのも効いていたように思います。ただし、150分の長尺でも話を全て収めるのはきつかったようで、松枝家の書生・飯沼を登場させていません(飯沼のキャラを本多に吸収させてしまっている)。

春の雪 (中公文庫)
春の雪 池田.jpg春の雪 20.JPG 劇画版('08年文庫化[中公文庫])の方は、池田理代子氏が「劇画では、清顕や親友の本多などの登場人物の心理描写に文字を使うことができるので、その点においては映画よりわかりやすいかもしれません」と述べていて、確かにそうした利点を生かした構成になっていました。第二部「奔馬」のことを考慮し、飯沼を「けっこう気合を入れて」描いたとのことで、映画公開の直後ということもあってか、映画に対する対抗意識が見られます。三島の美文を高く評価する人の中には映像化されたものに悉くダメ出しする人もいるようですが、個人的には、原作、映画、劇画を比べてみるのも面白いように思います。

 因みに「奔馬」は、「ザ・ヤクザ」('74年/米)、「タクシードライバー」('76年/米)の脚本家ポール・シュレイダーの監督作「MISHIMA:A LIFE IN FOUR CHAPTERS」('85年/米・日)の中の1話として映像化されていますが、この作品そのものが三島家側から日本での公開許諾が得られていないため、現時点['06年]ではなかなか観るのが難しい状況にあります。

春の雪 2005.jpg春の雪1.png「春の雪」●制作年:2005年●監督:行定勲●脚本:伊藤ちひろ/佐藤信介●撮影:李屏賓/福本淳●音楽:岩代太郎(主題歌:宇多田ヒカル「Be My Last」)●原作:三島由紀夫「豊饒の海 第一巻・春の雪」●時間:150分●出演:妻夫木聡/竹内結子/高岡蒼佑/及川光博/榎木孝明/真野響子/石丸謙二郎/宮崎美子/大楠道代/岸田今日子/田口トモロヲ/山本圭/高畑淳子/中原丈雄/石橋蓮司/若尾文子●公開:2005/10●配給:東宝(評価:★★★☆)
竹内結子(綾倉聡子)/若尾文子(月修寺門跡)/岸田今日子(松枝清顕の祖母)/大楠道代(綾倉家侍女・蓼科)
harunoyuki7.jpg 25日春の雪1.png 30日春の雪 .png 40春の雪 .png

 【1968年単行本・1990年単行本改訂[新潮社]/1973年全集・2001年全集決定版〔新潮社〕/1977年文庫化・2002年改版[新潮文庫]】


《読書MEMO》
決定版 三島由紀夫全集〈13〉長編小説(13)』(「春の雪」「奔馬」所収)
豊饒の海.jpg〈全集巻末付録・執筆過程における新聞インタビューより〉
『豊饒の海』/三島由紀夫.jpg●「〈春の雪〉の第一巻は僕の依然の傾向と同じ作品だ。貴族のみやびやかな恋愛...そういうものが主題だが、第二巻では昭和七年の神風連ともいうべき青年が登場し、(中略)筋はつぶれてもこれだけは入れたいと思う。」(昭和41年8月)
●「一巻ごとに主人公が、違う人物に生まれ変わるんですよ。転生によって時間がジャンプできるから、年代記的な手法を使わなくて済みますしね」(昭和42年7月)
●「...〈春の雪〉は絵巻き物風の王朝文学の再現ですから、初期の〈花ざかりの森〉や〈盗賊〉の系列の延長線上にあるものです。そのあとの〈奔馬〉はいわゆる行動文学で〈英霊の声〉や〈剣〉の集大成。...」(昭和43年12月)
●「私は「豊饒の海」四巻を構成し、第一巻「春の雪」は王朝風の恋愛小説で、いはば「たわやめぶり」あるいは「和魂」の小説、第二巻「奔馬」は激越な行動小説で、「ますらをぶり」あるいは「荒魂」の小説、第三巻「暁の寺」はエキゾティックな色彩的な心理小説で、いはば「奇魂」、第四巻(題未定)は、それの書かれるべき時点の事象をふんだんに取り込んだ追跡小説で、「幸魂」へみちびかれゆきもの、という風に配列し...(昭和44年2月)  

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