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背景のスケールの割には事件が小粒。「2年連続3冠達成」は'ハロー効果'の為せる技ではないか。

王とサーカス.jpg  王とサーカス-s.png
王とサーカス』(2015/07 東京創元社)

 2015(平成27)年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2016(平成28) 年「このミステリーがすごい」(国内編)第1位、2016年「ミステリが読みたい!」(早川書房主催)第1位(因みに、作者は前作『満願』に続いて2年連続の「週刊文春ミステリー ベスト10」「このミステリーがすごい」「ミステリが読みたい!」3冠を達成したことになる)。2016(平成28)年・第13回「本屋大賞」第6位。

 2001年、新聞社を辞めたばかりの太刀洗万智は、知人の雑誌編集者から海外旅行特集の仕事を受け、事前取材のためネパールに向かった。現地で知り合った少年にガイドを頼み、穏やかな時間を過ごそうとしていた矢先、王宮で国王をはじめとする王族殺害事件が勃発する。太刀洗はジャーナリストとして早速取材を開始したが、そんな彼女を嘲笑うかのように、彼女の前にはひとつの死体が転がり―。(「BOOK」データベースより)

 『満願』は警察官ものなどを含む短編集でしたが、こちらは2001年6月にネパールの首都カトマンズのナラヤンヒティ王宮で実際に発生したネパール王族殺害事件がモチーフとなっており、なかなか思い切った背景選択だなあと。但し、主人公の大刀洗万智は、ユーゴスラビア紛争(1991-2000)モチーフにした『さよなら妖精』('04年/東京創元社)で当時高校生として登場しています。

 ということで、本作は、新聞記者を経てフリージャーナリストとなった彼女を主人公とする<ベルーフ>シリーズの1作とのことですが、読み終えてみると、背景がネパール王族殺害事件という壮大で衝撃的なものだった割には、推理の元となる事件そのものは、犯人の動機なども含め小粒であったように思いました。

 前半は紀行文のような穏やかな感じで進むので、後半その流れをどんな結末に持っていくのか期待されましたが、確かに犯人の意外性はあったかもしれないものの、事件そのものが、コレ、ネパール王族殺害事件など別になくてもいのではないかという感じのしょぼいものでややがっかりしました。

 ネット上には、「面白かった!」「最後まで目が離せない極上のミステリ」といった評価が溢れていますが、ある種(この作家のものが面白くないはずがないという)"ハロー効果"的な作用も働いたのではないかという気が、個人的にはしないでもないです。

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粒揃いの短編集。「夜警」と「満願」がいい。"粒揃い"だが、飛び抜けたものは見出しにくい?

米澤 穂信 『満願』2.jpg満願1.jpg満願2.jpg  米澤穂信s.jpg 米澤 穂信 氏
満願』(2014/03 新潮社)

 2014(平成26)年・第27回「山本周五郎賞」受賞作。2014年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2015 (平成27) 年「このミステリーがすごい」(国内編)第1位、2015年「ミステリが読みたい!」(早川書房主催)第1位(因みに、「週刊文春ミステリー ベスト10」「このミステリーがすごい」「ミステリが読みたい!」の3冠は2008年に「ミステリが読みたい!」がスタートして初)。2015(平成27)年・第12回「本屋大賞」第7位。

 交番勤務の警察官が主人公。交番に訪れたありふれたDV被害者。包丁を持って暴れる彼女の夫と対峙し、発砲するも殉職した同僚の警察官。その事実の裏に潜む心の闇とは?(「夜警」)。美しい母、二人の美しい娘、女たらしの父親。離婚協議が進むなか、娘二人のとった驚きの行動。美しく残酷な性(さが)が導いた結末とは(「柘榴」)。 殺人の罪を認め服役を終えた下宿屋の内儀。人柄を知る元下宿人の弁護士は内儀の行動に疑問を抱く。下された判決に抗おうとせず刑期を勤め上げた女の本当の願いとは(「満願」)。他「死人宿」「万灯」「関守」の3編を収録。

 賞を総嘗めしただけあって粒揃いという感じでしょうか。どれも面白く、個人的には最初の「夜警」と最後の「満願」が特に良かったかなあ。ただ、どちらにも言えることですが、トリックの面白さであって、犯行の動機という点からすると、こんな動機のために(しかも相当の不確実性が伴うという前提で)ここまでやるかという疑問は少しありました。「死人宿」と「関守」も旅館と喫茶店の違いはありますが、ちょっと雰囲気似ていたかなあ。「関守」は途中でオチが解ってしまいましたが、それでも面白く読めました。ということで、"粒揃い"ではあるが、飛び抜けたものは見出しにくいという感じも若干ありました。

 敢えて一番を絞れば、表題作の「満願」でしょうか。直木賞の選評で選考委員の宮部みゆき氏が、「ハイレベルな短編の連打に魅せられました」とし、「表題作の『満願』には、松本清張の傑作『一年半待て』を思い出しました」としているのにはほぼ納得(この作品自体、何となく昭和の雰囲気がある)。しかし、直木賞の選考で積極的にこの短編集を推したのは宮部みゆき氏のみで、「既に他の文学賞も受賞している作品ですが、意外に厳しい評が集まり、事実関係の記述のミスも指摘されて、私は大変驚きました」としています。

 "事実関係の記述のミス"とは幾つかあったようですが、東野圭吾氏が「最も致命的なのは『万灯』で、コレラについて完全に間違えている。(中略)この小説のケースでも感染はありえない」というもので、確かに"致命的"であったかも。更には、「『満願』の妻には借金の返済義務はない。(中略)殺人の動機も成立しない」としていて、これも痛いか。

 結局、浅田次郎氏の「稀有の資質を具えた作家が、同一作品で文学賞を連覇することはさほど幸福な結果とは思えぬ」という流れに選考委員の多くが乗って、直木賞は逃したという感じでしょうか。まあ、いずれは直木賞を獲るであろうと思われるその力量を認めた上での配慮(?)。自分自身の評価も星5つではなく星4つとしましたが、作者の今後に期待したいと思います。

 かつて横山秀夫氏が『半落ち』('02年/講談社)で直木賞候補になったものの、直木賞選考員会で作中の「事実誤認」を指摘されて直木賞に「絶縁」宣言をし、伊坂幸太郎氏が「執筆活動に専念したい」という理由で、山本周五郎賞受賞の自作『ゴールデンスランバー』('07年/新潮社)が直木賞候補になることを辞退したことがありました(伊坂幸太郎氏の場合は初めて直木賞候補になった『重力ピエロ』が選考員会で一部の委員に酷評されたという経緯があった)。まあ、この作者の場合は、そんな事態にはならないとは思いますが...。

【2017年文庫化[新潮文庫]】

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エピローグ的な結末が引っ掛かる。フィクションとして許される範囲を超えているのではないか。

その女アレックス.jpgその女アレックス6.jpg
その女アレックス2.jpg
その女アレックス (文春文庫)

その女アレックス 7冠.jpg 2014 (平成26) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位、2015(平成27) 年「このミステリーがすごい」(海外編)第1位、早川書房の「ミステリが読みたい! 2015年版」(海外編)第1位、2014年「IN☆POCKET文庫翻訳ミステリー・ベスト10」第1位、2015(平成27)年・第12回「本屋大賞」(翻訳小説部門)第1位作品。海外では、「リーヴル・ド・ポッシュ読者大賞」(フランス)、「英国推理作家協会インターナショナル・ダガー賞」受賞。最後に決まった「本屋大賞」を含め"7冠"とのことです(国内だけだと5冠)。

 30歳の美女アレックスはある夜、何者かに拉致され、監禁される。アレックスを誘拐した男は、「おまえが死ぬのを見たい」と言って彼女を檻に幽閉する。衰弱したレックスは脱出を図るが...。一方、目撃者がいたことから誘拐事件の捜査に乗り出したパリ警視庁のカミーユ・ヴェルーヴェン警部は、一向に手掛かりが掴めず、いらだちを募らす。そうした中、事件は思わぬ方向に転がりだす―。

alex_.jpg 2011年にピエール・ルメートルが発表したカミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズ第2作(第1作は2006年発表の『悲しみのイレーヌ』)。全三部構成で、ストーリーもそれに沿って大きく二転三転します。個人的には、「二転目」はすぐにその気配を感じましたが、「三転目」は予想と違いました。但し、"衝撃のドンデン返し"といった類のものでもなかったです。
"Alex (The Camille Verhoeven Trilogy)"

 そして、最後にエピローグ的な結末が...。これが一番引っ掛かりました。警察が事件を捏造? フィクションの中では許される設定かもしれませんが、判事や弁護士の壁はどう乗り切るのか。

 と思ったら最後、予審判事に「まぁ、真実、真実と言ったところで......これが真実だとかそうでないとか、いったい誰が明言できるものやら!われわれにとって大事なのは、警部、真実ではなく正義ですよ。そうでしょう?」と言わせていて、件の予審判事、最初は何となくいけ好かない人物だったけれど、最後は自らの意思でカミーユと協調路線をとったのか。

 でも、判事だからなあ。自分たちで勝手に事実を捻じ曲げて裁いちゃっていいのかなあ。「協調」と言うより「共謀」にあたるかも。この段階で、フィクションの中でもそのようなことが許されるかどうか微妙になっているのではないかと思いました。

 アガサ・クリスティの「名探偵ポワロ」シリーズに「厩舎街の殺人」(ハヤカワ・クリスティー文庫『死人の鏡』所収)という短編があって、犯人の女性は恐喝を苦に自殺した友人の恨みを晴らすため、その死を他殺に見せかけ、自殺の原因となった男性に罪を被せるのですが、それを見抜いたポワロは、犯人を男性に対する"殺人未遂"で追及しています(1930年代の英国で人を殺せば大概は死刑だったから、無実の人間に濡れ衣を着せて死刑に追い込む行為は"殺人"であるという理屈)。

 ちょっと厳しいけれど、どちらがスジかと言えばポワロの方がスジであり、死んだ人間の遺志を継いで事実を捻じ曲げようとしているこの物語の警部や判事の方が、その「正義」とやらに無理があるように思いました。

 こうしたこともあって、本来ならば評価は△ですが、カミーユ警部や部下の刑事たちのキャラクター造型がユニークであり、そのことを加味して、ぎりぎりで○にしました。

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面白かったが、唐突なラストのドンデン返しが、どっちの解釈をしてもやや中途半端で惜しい。

女彫刻家 ミネット ウォルターズ 文庫.jpg女彫刻家 ミネット ウォルターズ.png   ミネット ウォルターズ.jpg ミネット ウォルターズ(1949- )
女彫刻家 (創元推理文庫)

 1995 (平成7) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位。1996(平成8) 年「このミステリーがすごい」(海外編)第1位。

 母と妹を切り刻むという凄惨かつ猟奇的な殺人事件を起こしたかどで、今は無期懲役囚として服役中の女オリーヴ・マーチン。その凶悪な犯行にも拘らず、精神鑑定の結果は正常で、しかも罪を認めて一切の弁護を拒んでいる。フリーライターのロザリンド(ロズ)・リーは、エージェントに言われて彼女についての本を書くことになるが、オリーヴと何度も接見し、また事件の周辺の人物への取材を進めるうちに、事件そのものに違和感を覚えるようになり、事件が本当に彼女の犯行によるものだったのか疑念を抱き始める―。

The Sculptress Minette Walters.jpg 1993年に原著刊行の、英国の女流推理作家ミネット・ウォルターズ(Minette Walters、1949- )の長編第2作(原題:The Sculptress )で、アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)長編賞受賞作でもある作品。

"The Sculptress"

 フリーライターのロズが、次第にオリーヴとの間で気持ちを通い合わせ、事件の真相を独自に調査して、最後は彼女を無罪へと導く―と思ったら...意外や意外、大岡昇平の『事件』やレイモンド・ポストゲートの『十二人の評決』を想起させる結末でした。

 ロズが、複雑な人物相関を読み解いていく過程はスリリングで、その過程で知り合った"ハードボイルド"タッチの元刑事ハルとの間に恋愛感情が芽生えていくプロセスもいいです。

 そうした「ロズ釈放」に向けての歩みが丁寧に描かれているのに対し、僅か1ページのエピローグの、しかもその最後数行での暗示的ドンデン返しはあまりに唐突で、余韻を感じさせる暇もないといった印象です。でも、その暗示をまともに受けると、それまでの展開に多々不整合があるような気もします。解説者ですら、このエピローグ、本当に必要なのかどうかは読者の判断に委ねるとしています(この解説のやや投げ遣りなトーンに疑問を感じる人もいるのではないかと思われるが)。

 そう言えば、犯人の、死体を「人間の形に並べて台所に血まみれの抽象画を描いた」という犯行後の行為については何も解明されていなかったなあ。おかしいとは思ったんだけど、世間的にはロズの活躍で事件は"新たな決着"をみたようになっているのがどうも解せないと言えば解せません。

 面白かっただけに、どっちの解釈をしてもやや中途半端という感じの結末がやや惜しいか。

女彫刻家 ミネット ウォルターズ dvd.jpg女彫刻家02.jpg 1996年にイギリスでTVドラマ化され、日本でもビデオがリリースされていますが、個人的には未見です。

女彫刻家【字幕版】 [VHS]
ポーリーン・クイーク/キャロライン・グッダール 出演

【2000年文庫化[創元推理文庫]】

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ヒロインの心理描写は優れ、背景描写も凝っているが、ミステリとしてのテンポはイマイチ。

サラ・ウォーターズ  『半身』.jpg サラ・ウォーターズ (中村有希:訳) 『半身』.jpg  サラ・ウォーターズ.jpg サラ・ウォーターズ (1966- )
半身 (創元推理文庫)』    

 2003 (平成15) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位。2004(平成16) 年「このミステリーがすごい」(海外編)第1位。2003年「IN★POCKET」の「文庫翻訳ミステリー・ベスト10」第3位。

 19世紀後半ビクトリア朝時代のロンドン。30歳で婚期を逃し、不幸続きで傷心のマーガレット・プライアは、上流階級の令嬢という身分を活かしミルバンク監獄の女囚獄へ慰問のため訪れ、そこで著名な霊媒であり、交霊中に起こった事故が原因で投獄された少女シライナ・アン・ドーズと出会い、「掃き溜めに鶴」のような彼女に心を奪われていく。以来、プライアの身辺には不可思議な出来事が立て続けに起こる―。

 1999年に原著刊行の、英国の女流推理作家サラ・ウォーターズ(Sarah Waters、1966- )の長編第2作(原題:Affinity)で、アメリカ図書館協会賞やサンデー・タイムズの若手作家年間最優秀賞、さらには35歳以下の作家を対象とするサマセット・モーム賞を受賞している作品です。

 物語は、1874年の現在の、シライナに会うために女囚獄への慰問を続けるマーガレットの話と、1872年の過去の、霊媒師として活動中のシライナの話が、それぞれ日記と独白で交互に紡がれていく形で進展し、推理小説と言うより文芸作品を読んでいるような印象です。特に、前半部分のミルバンク監獄の描写は、チャールズ・ディケンズの小説のような雰囲気を醸しています。

 中盤は、「私達は身も心も魂もひとつ-わたしは彼女の半身。光り輝くひとつの魂をふたつに割られた、その半身なのだもの」とあるように、マーガレットのシナイラへの没入ぶりがメインで、シナイラの特異な霊能力によるものか、不思議な現象が次々に起き、一方、ミステリとしての展開はここまで殆どありません(どちらかと言うと、女性間の恋愛感情を描いたレズビアン小説っぽい。大体、この人の作品は、ビクトリア朝を背景とした百合&お嬢様&メイドというパターンのようだ)。

 それが終盤にきての思わぬ展開―神秘的現象も全て種明かしされ、そういうことだったのかと。それにしても、人を自分に感化させ、意のままに操るといい意味では、やはりシライナの異能は超絶的で、やはりこういうのを描くには、現代よりもビクトリア朝時代とかの方が合っていることは合っているなあと。

 トリックに嵌っていたのはマーガレットだけではなく、しかもシライナの背後にはまた別の女性が...(シライナのかつての侍女ルースがすなわち、霊媒ピーター・クイックであり、なおかつプライア家の小間使いヴァイカーズでもあったという"一人三役"とは!)。終盤の展開は面白いけれど、それにしてもヒロインの側から見れば暗い結末になったものです。

 そのヒロイン・マーガレットの心理描写には優れたものがありましたが、あまりに背景描写に凝り過ぎて、ミステリとしてのテンポは決していいとは言えなかったように思います。

サラ・ウォーターズ  『半身』dvd.jpgSarah Waters's Affinity.jpg 2008年にイギリスでTVドラマ化されているので、その内、AXNミステリーあたりで放映されるかも。

Anna Madeley, Zoe Tapper 主演

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青春ハードボイルド・文芸ミステリであると同時に、ビルドゥングスロマンでもある。

『解錠師』.jpg解錠師 ハヤカワ・ポケット・ミステリ.jpg  解錠師 ハヤカワミステリ文庫.jpg 2解錠師 ハヤカワミステリ文庫.jpg  スティーヴ・ハミルトン.jpg Steve Hamilton
解錠師〔ハヤカワ・ミステリ1854〕 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)』『解錠師 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

The Lock Artist.png 2012(平成24) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位。2013 (平成25) 年「このミステリーがすごい!」(海外編)第1位。早川書房の「ミステリが読みたい! 2013年版」(海外編)第2位。

 8歳の時にある出来事から言葉を失ってしまったマイクだが、彼には。絵を描くこと、そしてどんな金庫の錠前も解錠することが出来る才能があった。孤独な彼は錠前を友に成長し、やがて高校生となったある日、偶然からプロの金庫破りの弟子となり、芸術的腕前を持つ解錠師になっていくと同時に、犯罪の世界にどっぷり引き摺り込まれていく―。

"Lock Artist"

 IBM本社勤務社員との二足の草鞋を履く作家スティーヴ・ハミルトン(Steve Hamilton)が2009年に発表した長編小説(原題:The Lock Artist)で、物語は、刑務所に服役中の主人公のマイケルの独白という形で始まり、彼の半生が主に二つの時間―ポケベルで呼び出され、全米各地の泥棒たちに金庫破りの技術を提供して過ごす解錠師としての日々と、伯父に引き取られてミシガン州ミルフォードで暮らし始め、若き解錠師になるまでの日々―を行き来しながら進行し、その両方に、マイケルが高校生の時に知り合った恋人のアメリアとの関係が絡んできます。

 誰かがこの作品を"青春ハードボイルド"と呼んでいましたが、まさにそんな感じ。エルモア・レナードやドン・ウィンズロウのようなハードボイルド・タッチでありながら、10代の若者を主人公にした青春小説でもあり、また、マイケルの細やかな心の動きを精緻に描いている点では、文芸小説的でもあります。

 アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)最優秀長編賞、英国推理作家協会賞スティール・ダガー賞の英米2冠を受賞した作品で、この作品の前年に同じくエドガー賞を受賞をした、ジョン・ハートの『ラスト・チャイルド』(2010年/ハヤカワ・ポケット・ミステリ)(こちらも英国推理作家協会賞との2冠)なども、少年を主人公として"文芸"っぽい感じだったことを思い出しました。『ラスト・チャイルド』も、「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)で1位に選ばれており(「このミステリーがすごい」は5位)、殆ど純文学と言っていいローリー・リン・ドラモンドの『あなたに不利な証拠として』(2006年/ハヤカワ・ポケット・ミステリ)も、「週刊文春ミステリー ベスト10」「このミステリーがすごい!」の両方で1位。日本にも、こうした"文芸ミステリ"のような作品を好む人が結構いるのだなあと。

 但し、この作品においては、主人公が身の危険に晒される場面が多く登場し、特に後半は凄惨な場面も多く、一歩間違えば命を失う綱渡りの繰り返しになっていってハラハラさせ、一方で、終盤には、彼の口がきけなくなったトラウマの元となった事件について明かされていき、サスペンス感も充分にあります。

 社会の暗部、犯罪の世界にどっぷり染まった絶望的な状況で、自分なりに懸命に生きようともがく主人公の姿が、抑制されたトーンで描かれているだけに、じわーっと胸に迫ってくるものがあり、また、彼の唯一最大の武器である解錠のテクニックがかなり詳細に記されていて、リアリティ溢れるものとなっています。

 犯罪の場面が多く、仲間の裏切りといった局面も出てくる分、主人公のある意味ブレない生き方は爽快でもあり、読後感も悪くありませんでした。
 本作品は全米図書館協会アレックス賞も受賞していて、これはヤングアダルト世代に読ませたい一般書に与えられるものですが、確かに少年の成長物語としても読める点では"ビルドゥングスロマン(教養小説)"的要素もあるかも。

 となると、この作品、青春ハードボイルド・文芸ミステリであると同時にビルドゥングスロマンであるということになるね。

【2011年新書化[ハヤカワ・ポケット・ミステリ]/2013年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】

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組織及びそこに属する人間の生々しい縮図、終盤の畳み掛けるような展開で一気に読ませる。

64 ロクヨン.jpg 64 ロクヨン 1.jpg64(ロクヨン)64 ロクヨン2.jpg

 2012 (平成24) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2013 (平成25) 年「このミステリーがすごい」(国内編)第1位。2014 (平26) 年「ミステリが読みたい!」(国内編)第2位。雑誌「ダ・ヴィンチ」の2013年上半期「BOOK OF THE YEAR」一般小説ランキング部門1位。2013年・第10回「本屋大賞」第2位。

 D県警の広報が記者クラブと加害者の匿名問題で対立する中、昭和64年に起きたD県警史上最悪の重要未解決事件「翔子ちゃん誘拐殺人事件」通称「64(ロクヨン)」の時効が迫り、警察庁長官による視察が1週間後に行われることが決定するが、長官視察を巡って刑事部と警務部は対立状態に突入、一方、事件の遺族は長官慰問を拒んでいる。刑事部と警務部の鉄のカーテンの狭間に落ちた広報官・三上義信は己の真を問われる―。

 著者7年ぶりの長編は、デビュー作品集『陰の季節』から連なる「D県警」もので、今回の主人公は、D県警広報官三上義信46歳。若い頃1年だけ広報室にいて、あとはずっと刑事部で働き、捜査二課で実績を築いてきたのが、20年ぶりに広報に出戻り勤務になっているという設定です。

 おおよそ650ページの長編ですが、一気に読ませる筆力はさすがです。前半から中盤にかけては、広報と記者クラブの対立と併せて、D県警内の刑事部と警務部は組織としての権力抗争、自らの出世や地位保全を狙って画策に走る個々人、飛び交う怪文書情報、といった具合で、本人たちにとっては大事なんだろうけれど、外部から見れば所詮コップの中の戦争ではないかと思えなくもないものの、ついつい引き込まれてしまうのは、企業組織などに属したことがある身には、そこに組織及びそこに属する人間の生々しい縮図が見て取れるためでしょう。

 終盤から一気に事件の展開は加速し、それまで引っ張ってきた分、この"畳み掛け"感は効いている感じ。但し、カタルシス効果という面で、どうなんだろうか、この結末は。主人公の娘が行方不明になっているという状況も、完全に宙に浮いたままの終わり方になっているし。でも、丁度10年前に、同じく「週刊文春ミステリー ベスト10」と「このミステリーがすごい」で共に1位になった『半落ち』よりは面白かったように思います。

 当初、版元のサイトでのあらすじ紹介で、物語の終盤にならないと判明しないことが最初の1、2行の内に書かかれていて、これはミステリのあらすじ紹介としてはマズイよなあと思ったけれど、後で削ったようです。

【2015年文庫化[文春文庫(上・下)]】

NHK土曜ドラマ「64(ロクヨン)」['15年(全5回)]主演:ピエール瀧(テレビ初主演)(2015)/映画「64(ロクヨン)」(前編・後編)主演:佐藤浩市(2016)
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細かいところでケチをつけたくなるが、基本的には"力作"エンタテインメント。

ジェノサイド 高野和明2.jpgジェノサイド 高野和明1.jpgジェノサイドb.jpg  
ジェノサイド』(2011/03 角川書店)

 2012(平成24)年・第65回「日本推理作家協会賞」(長編及び連作短編集部門)、第2回「山田風太郎」各受賞作。2011 (平成23)年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)、2012(平成24)年「このミステリーがすごい」(国内編)共に第1位(2012年・第9回「本屋大賞」2位、2012年「ミステリが読みたい!」国内編・第4位)。

 急死したはずの父親から送られてきた一通のメール。それがすべての発端だった。創薬化学を専攻する大学院生・古賀研人は、その不可解な遺書を手掛かりに、隠されていた私設実験室に辿り着く。ウイルス学者だった父は、そこで何を研究しようとしていたのか。同じ頃、特殊部隊出身の傭兵、ジョナサン・イエーガーは、難病に冒された息子の治療費を稼ぐため、ある極秘の依頼を引き受けた。暗殺任務と思しき詳細不明の作戦。事前に明かされたのは、「人類全体に奉仕する仕事」ということだけだった。イエーガーは暗殺チームの一員となり、戦争状態にあるコンゴのジャングル地帯に潜入するが―。(Amazonより引用)

 殆ど先入観無しで読み始めたため、最初はフレデリック・フォーサイスの『戦争の犬たち』のような傭兵モノかと思いましたが、新人類の出現がストーリーの核になっていて、SFだったのかと...。但し、「人類史における大量殺戮は人間そのものの性によるものなのか」というテーマに加え、薬学や生命学、或いは軍事や兵器、ピグミーの生活などについてマニアックなくらい色々調べ込んでいるみたいで、そうしたテーマ並びに豊富な情報の醸す重厚感はありました。

 現生人類を超える種の誕生ということについても、人類進化の大きな区切りが、2500万年前(類人猿の誕生)、150万年前(直立二足歩行の原人類ホモ・エレクトズの誕生)、20万年前(ネアンデルタール旧人類の誕生)、4万年前(言語の使用)、5千年前(文字の発明)というように一桁ごとに短くなる非連続で起きていて、類人猿→原人類間が2000万年以上もかかったのに、原人類→旧人類間が200万年程度、旧人類→新人類間が15万年とスパンが短くなっていて、新人類が誕生して現代までが5万年ということを考え合わせると、そろそろ「新・新人類」が出てきてもおかしくないという見方もできます。

 Amazonのレビューなどを見ると、すぐに銃で人を殺そうとする日本人が出てくるなど、日本人を悪く描いているようで気に入らないとか、作者の人種的偏見が作中人物に反映されているとかいたもののありましたが、個人的には、どちらかと言うと日本人だけをよく描こうとはしていないことの結果で、それほど偏っているようには思いませんでした。

 歴史観的にも、南京大虐殺の捉え方などに批判があるようですが、個人的にはむしろジンギスカンを殺戮者の代表格として扱っているのがやや疑問。モンゴル帝国は宗教的宥和策をとったからこそあれだけ版図拡大が可能だったわけで、これはオスマン帝国についても言えることであり、宗教戦争について言えば、ヨーロッパ人の方がよほど殺戮を繰り返してきたのではないかな。

 ストーリーの流れとしては、細部を諸々マニアックに語り過ぎて、前半は話の流れそのものが緩慢な感じがしましたが、中盤から後半にかけては、東京、アメリカ、コンゴで起きていることが連動して、畳み掛けるような感じでテンポは悪くなかったかなあと。

 ただ、プロット的にちょっと理由付けが弱いのではないかと思われる部分があり、例えば、核コントロールに用いている暗号を解読される恐れがあるという理由だけで新人類を駆逐しようとするかなあ。新人類が近親交配の劣勢遺伝を取り除くために創薬ソフトを開発するというのもあまりピンとこないし、そのソフトが、難病の子の命を救うことにもなるというのもご都合主義のように見えてしまいます。

 イエーガーの難病の息子に対する思い入れは分かるけれども、古賀研人のたまたま病院で見かけた難病の女の子に対する思い入れは、やや強引と言うか安易な印象も受けました。同じ病気の子どもは他にも大勢いるでしょう。この子だけ、たまたまタイムリミットがこのお話の展開に合致したということ?

 世間一般の評価が高いだけに、逆に見方が厳しくなってしまうというのはあり、細かいところでケチをつけましたが、基本的には、エンタテインメントの"力作"であると思います。

 この作品の新人類って、映画「E.T.」の宇宙人を彷彿させるね。あっちは植物学者で、こっちは単なる子どもだけど、その知能は確かに現生人類を遥かに凌駕している。一個体でこれだけスゴイ能力を有するとなると、新人類の99%が大量殺戮など決して思いつきもしない平和主義者であっても、1%でも破壊主義的な性質を持った'変種'がいれば、その1%によって簡単に種そのものを絶滅に追い込むことが出来てしまうのではないかな。以前、「理科室でも作れる原子爆弾」という話題がありましたが、進み過ぎた文明というのは、あまり長続きしない気がするなあ。

 【2013年文庫化[角川文庫(上・下)]】

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「このミス」第1位作品の映画化だが、大味のアクションに終始してしまった感じ。

Shooter (2007).jpgザ・シューター/極大射程 dvd.jpg 極大射程 新潮文庫 上下.jpg 極大射程 上.jpg 極大射程 新潮文庫 下.jpg
ザ・シューター/極大射程 スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]」『極大射程〈上巻〉 (新潮文庫)』『極大射程〈下巻〉 (新潮文庫)
Shooter (2007)
ザ・シューター/極大射程 4.jpg ボブ・リー・スワガー(マーク・ウォールバーグ)は軍の元狙撃手で、アフリカでの任務で観測手の友人を失い、今で退役して山中で犬と暮らしているが、そんな彼にある依頼が来て、それは、何者かが大統領の狙撃暗殺を企てているので、その実行プランを見抜いて欲しいというもの。愛国心から引き受けた彼は、フィラデルフィアで狙撃が行われると確信、大統領演説の当日に現場で監視にあたるが、いきなりアドバイザーの制服警官に撃たれ、その間に狙撃が行われて弾は大統領を外れてエチオピア大司教の命を奪う。負傷しながらも何とかその場を離れたスワガーは、自分が罠にはめられたことに気付き、そこから彼の復讐が始まる―。

 原作は1993年にスティーヴン・ハンターが発表した「ボブ・リー・スワガー三部作」の第1作『極大射程(上・下)』(原題:Point of Impact、'98年/新潮文庫(上・下))で、2000(平成12)年「このミステリーがすごい」(海外編)第1位作品。当時の新潮文庫の帯に「キアヌ・リーブス主演で映画化!」とあったので、直ぐに映画されるのかと思ったら、マーク・ウォールバーグ主演で2006年になって映画化され(発表から映画化まで結局13年かかった)、原作はそこそこ面白かったけれども、予告を観て原作と雰囲気が違う気がしたため、DVD化されても暫く観ないでいました。

ザ・シューター/極大射程 1.jpg つい最近になって観てみたら、やっぱり違う! 原作の、ちょうど『レッド・オクトーバーを追え(上・下)』('85年/文春文庫)のトム・クランシーが潜水艦や兵器に拘るような、銃へのマニアックな拘りが無いのはいいけれど、マーク・ウォールバーグ(元不良青年で服役囚だったこともあるようだが)は原作のボブ・スワガーよりやや線が細い感じか。

 少しロバート・ラドラムの『暗殺者(上・下)』('83年/新潮文庫)と似たところもある話なのですが、その映画化作品「ボーン・アイデンティティ」('02年、こちらも発表から映画化まで22年と時間がかかっている)で主人公のジェイソン・ボーンを演じたマット・デイモンが原作より線が細く見えたのと似た印象を持ちました。

ザ・シューター/極大射程 2.jpg スワガーが今は亡き親友の恋人サラ(ケイト・マーラ、「ソーシャル・ネットワーク」 ('10年/米)に出ていたルーニー・マーラの姉)に助けを求め、最初は拒まれるも結局スワガ―の力となるのはいいが、彼女自身、敵方の人質になってしまうというのは、ある意味"定番"。
 途中からサスペンスと言うより殆どアクション映画になっていて、ラストに行くまでに銃撃戦や爆殺で人がバタバタ死んでいき、一方、原作でのヤマ場である最後の法廷闘争は、映画ではその部分はさらっと流してその代り、法の裁きを逃れた"悪い奴ら"を最後は主人公が自ら...。

ザ・シューター/極大射程 3.jpg カタルシス効果に重きを置いたと思われますが、やや安直に結末だけ修正したような感じもし、原作スト―リーだけでは観客を惹きつけ切れないという自信の無さか。"悪い奴ら"である大佐と上院議員を演じるのが「リーサル・ウェポン」('87年)のダニー・グローヴァーやコメディ作品にも出演の多いネッド・ビーティで、両者とも気のいいオッサンに見えてしまうのも難かも。

 原作の主人公は、ベトナム戦争で狙撃手として鳴らし、2300メートルという狙撃の「最大射程距離」(所謂「極大射程」)記録を保持していた実在の狙撃手カルロス・ハスコックをモチーフとしていて(カール・ヒッチコックという名の伝説の狙撃手として原作にも出てくる)、主人公のボブもハスコック同様にベトナム帰りの元海兵隊員でしたが、映画では、さすがに時間を経てしまったため、ソマリア帰りに置き換えられています(狙撃兵って戦争や内戦には欠かせないのか)。

極大射程 扶桑社 上.png極大射程 扶桑社 下.png 原作は「このミステリーがすごい」第1位作品だけあって(「週刊文春ミステリー ベスト10」で第2位、「IN★POCKET」の「文庫翻訳ミステリー・ベスト10」でも第2位)、読んでいる時は面白かったけれども、時間を経るとあまり記憶に残らないような気もし、映画はその忘れかけた面白さを喚起してくれるかと思いきや、大味のアクションに終始してしまった感じでした(元々、プロットを生かすタイプの監督ではなかったということか)。

極大射程(上)」[Kindle版]  「極大射程 下 (扶桑社ミステリー)」[文庫]


ケイト・マーラ(マーラ姉妹・姉) (→
ケイト・マーラ.jpgケイト・マーラ2.jpg「ザ・シューター/極大射程」●原題:SHOOTER●制作年:2006年●制作国:アメリカ●監督:アントワーン・フークア●製作:ロレンツォ・ディボナヴェンチュラ/リック・キドニー●脚本:ジョナサン・レムキン●撮影:ピーター・メンジース・Jr●音楽:マーク・マンシーナ●原作:スティーヴン・ハンター「極大射程」●時間:124分●出演:マーク・ウォールバーグ/マイケル・ペーニャ/ダニー・グローヴァー/ケイト・マーラ/イライアス・コティーズ/ローナ・ミトラ/ネッド・ビーティ/ラデ・シェルベッジア/ジャスティン・ルイス/テイト・ドノヴァン/レイン・ギャリソン/ブライアン・マーキンソン/アラン・C・ピーターソン●日本公開:2007/06●配給:UIP(評価:★★☆)

【2013年文庫化[扶桑社ミステリ-]】

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状況が加速するにつれてリアリティが後退し、イマイチ入り込めなかった。

悪の教典 1.jpg 悪の教典2.jpg   映画 悪の教典.jpg
悪の教典 上」「悪の教典 下」   映画「悪の教典」(2012年/東宝) 監督:三池崇史、主演:伊藤英明

貴志 祐介 『悪の教典 (上・下)』.bmp 2010(平成22)年・第1回「山田風太郎賞」(角川文化振興財団、角川書店主催)受賞作。2010 (平成22) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2011 (平成23) 年「このミステリーがすごい」(国内編)第1位。2011年版「ミステリが読みたい!」国内編・第2位。

 暴力生徒やモンスターペアレント、集団カンニングに、淫行教師など様々の問題を抱える私立高校に勤める蓮実聖司は、有能で生徒からの人気も高かったが、実は彼の本性は、自分に都合の悪い人間を次々と抹殺していくサイコ・キラーだった―。

 ―ということだったのだなあ。何ら先入観無しで読み始めたので、最初は、学校の諸問題をあらゆる手段で解決していくマキャベリストの話かと思ったけれども、そうではなく、単なる殺人鬼でした。

 それでも前半部分は、学校内の教師間、教師と生徒間の人間関係のダイナミクスが旨く書けているように思え、サスペンスとしてもまあまあの滑り出しのように思えました。

 しかし、主人公のシリアルキラーぶりが昂進し、殺人が大量殺戮へと加速していった途端に、現実感が希薄になり、あとはゲームの世界のような感じで、イマイチ入り込めませんでした(「他人に共感出来ない」というだけで、これだけ殺すかなあ)。

デクスター2.jpg 同じくシリアルキラーを描いた、海外ドラマ「デクスター~警察官は殺人鬼」のマイケル・C・ホール演じる主人公のデクスターは、優秀な鑑識官でありながら自らの殺害欲求を抑えられない、これもまたサイコパスですが、法では裁き切れない凶悪犯を次々と殺害していくという点では、世の役に立っている?

デクスター.jpg マイケル・C・ホールは、これ、ハマり役。主人公の複雑な内面も、「デクスター」の方がよく描けているように思えます(海外ドラマ、意外と侮れない)。

「デクスター ~警察官は殺人鬼」 Dexter (Showtime 2006 ~) ○日本での放映チャネル:FOX CRIME (2007~)

【2012年文庫化[文春文庫(上・下)]】

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5人の女性警官の物語。TVドラマでは描かれないリアリティ。前半の短篇に鋭い切れ味。

あなたに不利な証拠として hpm1.jpg あなたに不利な証拠として jpg あなたに不利な証拠として 文庫.jpg Anything you say can and will be used against you by Laurie Lynn Drummond.jpg Laurie Lynn Drummond.jpg Laurie Lynn Drummond
あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)』['06年] 『あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ミステリ文庫)』['08年] Anything You Say Can and Will Be Used Against You: Stories by Laurie Lynn Drummond

Anything you say can and will be used against you.jpg ルイジアナ州バトンルージュ市を舞台に、キャサリン、リズ、モナ、キャシー、サラの5人の女性警官のそれぞれを主人公にした短篇集で、2006 (平成18) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位、並びに、2007(平成19) 年「このミステリーがすごい」(海外編)第1位作品(原題:Anything you say can and will be used against you)。

 ミステリと言うよりは女性警察官たちの職務上の体験を通しての人間ドラマであり、2004年にこの第1作品集を発表したローリー・リン・ドラモンド(Laurie Lynn Drummond)自身が、バトンルージュ市警で5年間女性制服警官として勤務した経験の持ち主であるということもあって、退職後12年間かけて書き上げたという10篇の作品群は、ずっしりとした読後感を読者に与えるものとなっているように思いました。

サード・ウォッチ.jpgフェイス・ヨーカス.jpg 確かに「サード・ウォッチ」や「The Division 5人の女刑事たち」といったTVドラマなどでも女性警官は活躍していますが、この作品はそうしたTVドラマでは見られない現場(及び現場の外)のリアリティに溢れています(但し、「サード・ウォッチ」は高質の警察ドラマであり、女性警官フェイス・ヨーカスは、この作品の女性警官達に通じるものがあると思う)。

 10篇中、最後のサラの物語(「生きている死者」(Keeping the Dead Alive)と「わたしがいた場所」(Where I Come From)が最も長く、2篇で1つの物語となっていて全体の半分を占め、これが最もストーリー性がありますが、前半部分の短篇の方が、鋭い剃刀の刃のような切れ味があったように思いました。

 キャサリンの3つの物語のうち、「完全」(Absolutes)では、警官になりたての頃に被疑者を射殺した経験が、脳裏にこびり付いて離れない様が1人称で語られ、「味、感触、視覚、音、匂い」(Taste,Touch,Sight,Sound,Smell)では、すでに新人警官を教える教官という立場になっている主人公が、酸鼻な惨殺死体のある現場に踏み込んだ後、体や衣服に染みついて離れない死体の匂いのことなどを独白的に語っていて、何れも、こんなの今までの警官小説にもTVドラマにも無かったなあと(むしろ、意識的に避けてきた部分か)。
 それが、「キャサリンへの挽歌」(Katherine's Elegy)になると、警察学校の訓練生が語る3人称に近い文体に変わり、キャサリンという"伝説的"な女性警官がいかなる人物であったかが、彼女が殉職した事件までを含めて書かれています。
 たった3つの短篇の連なりの中で、新人―教官―殉職という主人公の立場の違いによって時制や語り手の視点が変化するのが、たいへん新鮮な構成に思えました。

 リズの2つの物語の内、「告白」(Lemme Tell You Something)は10ページに満たない短篇で、警官自身の話ではなく、女性警官の自宅隣りに越してきた、かつてベトナムで戦った経験のある57歳の男の"告白"譚ですが、それを聞かされた女性警官の反応も含めて傑作(この作品は短篇ながらストーリー性がある)、もう1つの話「場所」(Finding a place)では、主人公が警官を辞めた理由が語られていますが(交通事故なんだなあ)、死亡事故の現場というのは、殺人事件でも交通事故でも、悲惨であることには変わりがないということを感じさせられました。

 モナの2つ物語のうち、「制圧」(Under Control)では、被疑者と銃を向け合って対峙するという緊迫した場面が1人称の現在進行形で描かれているかと思いきや、「銃の掃除」(Cleaning Your Gun)では、独り拳銃の掃除をする女性警官に対して、第三者的視点からその心境に語りかけるように描かれていて(結局、ここで語りかけているのは"モナ自身")、ここでも、語り手の視点のバリエーションの多様性が見られます。

 キャシーの物語は「傷痕」(Something About a Scar)の1篇のみで、この作品はアメリカ探偵クラブ賞の最優秀短篇賞を受賞しており、かつて警察官だったキャシーとロビロはある事件で見解が対立したことがあったが、その2人が夫婦となった今、6年前の事件が再捜査となるというもの―警官とは、辞めても"警官"であり、夫の妻となっても"警官"なんだなあと。

 文芸的サスペンスと言うより、文学作品そのものに近い印象を受けるのは、ストーリー性を要しないリアリティの重さもさることながら、語り手の視点の多様性など実験的な要素がふんだんに盛り込まれていることもあるのでしょう。

 個人的には、主人公別でみれば、キャサリンの物語が一番気に入りました。
 彼女は性的に放埓であったともとれますが、身を挺して危険な職務に就いていたからこそ、生きている時間の一瞬一瞬を大事にしていたのだろうなあ。
 それにしても、「あなたは伝説の女と寝たのよ」と自分で言えるところがスゴイね(生きているうちから"伝説"だったわけだ)。

サード・ウォッチ 1シーン.jpgサード・ウォッチ・ファースト.jpg「サード・ウォッチ」Third Watch (NBC 1999/09~2005) ○日本での放映チャネル:WOWOW(2000~2006)/スーパー!ドラマTV

サード・ウォッチ 〈ファースト・シーズン〉 コレクターズ・ボックス(6枚組) [DVD]


 【2008年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】

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掛け値無しの面白さ。バイオレンスは厭という人にはお薦めできないが。

犬の力.jpg  犬の力 上.jpg 犬の力 下.jpg犬の力 上 (角川文庫)』『犬の力 下 (角川文庫)

犬の力 (上・下)』4.JPG 2009(平成21)年・第28回「日本冒険小説協会大賞」(海外部門)受賞作、2009年度・第1回「翻訳ミステリー大賞」受賞作、2010年・第28回「ファルコン賞」(マルタの鷹協会主催)受賞作(更に、宝島社「このミステリーがすごい!(2010年版・海外編)」1位、2009年度「週刊文春ミステリーベスト10」(海外部門)第2位、2009年「IN★POCKET」の「文庫翻訳ミステリー・ベスト10」でも第2位)。

 メキシコの麻薬撲滅に取り憑かれたDEAの捜査官アート・ケラー、叔父が築く麻薬カルテルの後継アダン&ラウル・バレーラ兄弟、高級娼婦への道を歩む美貌の女子学生ノーラ・ヘイデン、ヘルズ・キッチン育ちのアイルランド人の若者ショーン・カラン。彼らは、米国政府、麻薬カルテル、マフィアなどの様々な組織の思惑が交錯する壮絶な麻薬戦争に巻き込まれていく。血に塗られた30年間の抗争の末、最後に勝つのは誰か―。

犬の力 洋書.jpg 2005年に発表されたドン・ウィンズロウの長編で(原題: "The Power of the Dog" )、1999年以降筆が途絶えていたと思いきや6年ぶりのこの大作、まさに満を持してという感じの作品であり、また、あのジェイムズ・エルロイが「ここ30年で最高の犯罪小説だ」と評するだけのことはありました。

 それまでのウィンズロウ作品のような1人の主人公を中心に直線的に展開していく構成ではなく、アート・ケラー、バレーラ兄弟、カランの3極プラスノーラの4極構成で、それぞれの若い頃から語られるため、壮大な叙事詩的構図を呈しているとも言えます。

 若い頃にはバレーラ兄弟に友情の念を抱いたことさえあったのが、やがて彼らを激しく憎しむようになるアート・ケラー、マフィアの世界でふとした出来事から名を馳せ、無慈悲な殺し屋となっていくカラン、メキシコの麻薬市場を徐々に牛耳っていくバレーラ兄弟、その兄アダン・バレーラの愛人になるノーラの謎に満ちた振る舞い、大掛かりな国策的陰謀の中で彼らは踊らされているに過ぎないのか、最後までハラハラドキドキが続きます。

 もう、「ニール・ケアリー・シリーズ」のような"ソフト・ボイルド"ではなく、完全にバイオレンス小説と化していますが、重厚感とテンポの良さを併せ持ったような文体は、やはりこの作家ならではかも。
 「ボビーZ・シリーズ」で、エルモア・レナードっぽくなったなあと思いましたが、この作品を読むと、あれは通過点に過ぎなかったのかと思われ、エンタテインメントの新たな地平を求めて、また1つ進化した感じです。

 一歩間違えれば劇画調になってしまうのですが、と言って、この作品の場合、そう簡単には映画化できないのではないでしょうか。丁度、ダシール・ハメットの最もバイオレンス風味溢れる作品『赤い収穫(血の収穫)』が、かつて一度も映画化されていないように(1930年に映画化され「河宿の夜」として日本にも公開された作品の原作が『赤い収穫』であるという話もあるが)―。それでも、強引に映画化するかなあ。

 とにかく掛け値無しで面白いです。但し、たとえエンタテインメントであってもバイオレンスは厭という人にはお薦めできません(と言う自分も、上巻の終わりのところでは、結構うぇっときたが)。

「●て ジェフリー・ディーヴァー」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1386】 ジェフリー・ディーヴァー 『ソウル・コレクター
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シリーズ第7作。どんでん返しの連続は楽しめたが、やや無理がある展開か。でも、面白い。

ウォッチメイカー.jpg 『ウォッチメイカー』['07年]ウォッチメイカー 上.jpg ウォッチメイカー 下.jpg 『ウォッチメイカー〈上〉 (文春文庫)』『ウォッチメイカー〈下〉 (文春文庫)』['10年]

 2007 (平成19) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位。2008 (平成20) 年「このミステリーがすごい」(海外編)第1位。「日本冒険小説協会大賞」も併せて受賞した作品。

cold moon.bmp クリスマス前のある日、ニューヨークで2件の殺人があり、犯行現場に時計を残し"ウォッチメイカー"と名乗る犯人を、四肢麻痺の犯罪学者リンカーン・ライムとアメリア・サックスが追うことになるが、サックスはもう一方で、自殺したと見られていたある公認会計士の死について調査していた―。

 2006年発表のジェフリー・ディーヴァーの"リンカーン・ライム"シリーズの第7作で(原題は"The Cold Moon")、2007(平成9)年・第26回「日本冒険小説協会大賞」(海外部門)受賞作です(2008(平成10)年「このミステリがーすごい!海外部門」でも1位)。
 上下2段組みで511ページという分厚さですが、殆ど3日間内の出来事なので、一気に読むことをお奨めします。

 シリーズ史上最強の敵(?)"ウォッチメイカー"とリンカーン・ライムの知恵比べは、後半のどんでん返しの連続が醍醐味であり、それはそれで大いに楽しめ、星5つを献上したいところですが、振り返ってみると、前半部分に後半に繋がる多くの伏線があったことが分かるにしても、やや無理がある展開かなあとも。

 いつも通り、途中まではずっと、事件の経過に合わせてライムの推理がリアルタイムで展開され、読者に開示されていたのが、今回は、最後の最後で、読者が置き去りになってしまったのもやや不満が残りました。
 どんでん返しの連続である終盤は、展開のスピーディさの方を優先したのでしょうが、いくらライムが"天才"でも、そんな短い時間ですべてが判明するかなあと。

 最初の猟奇的な事件とも随分と方向が違っていってしまったように思いますが(『ボーン・コレクター』で読者がこの作家の作風に抱いたイメージを逆用した?)、とは言え、"ウォッチメイカー"の時計仕掛けの如く緻密な犯罪計画には目を瞠るものがあり、何よりも、これだけの長編を面白く最後まで読ませる力量は半端なものではありません。
 
 相手の会話の状況や仕草から嘘を見抜くキネシクスという手法をこなす、尋問エキスパート(人間嘘発見器?)キャサリン・ダンスの登場など、シリーズ7作目にしても、新たな味付けはしっかりなされていて、ダンスとライムは方法論的に折が合わないのではないかと思いきや、ライムがダンスに頼るという意外な展開、ディーヴァーの次作『スリーピング・ドール』('07年発表)では、とうとうダンスが「主役」を張るようになり、これ所謂「スピンアウト」というものか。

 "ウォッチメイカー"がシリーズ最強の敵と言えるかどうかは別として(訳者の池田真紀子氏は「最強の敵の1人かもしれない」と書いているが)、ライムとの再戦は何れまたあるのでしょう。

 【2010年文庫化[文春文庫(上・下]】

「●ひ 東野 圭吾」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1459】 東野 圭吾 『カッコウの卵は誰のもの
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江戸の匂いの残る日本橋を背景にした人情話を堪能。ベースにある推理作家としての力量。

新参者 東野.jpg 新参者.jpg新参者』['09年] 新参者 ドラマ.jpg ドラマ「新参者」

 日本橋のマンションで、三井峯子という45歳の女性が絞殺死体で見つかった事件で、日本橋署に着任したばかりの刑事・加賀恭一郎は、今もって江戸の匂いの残る日本橋・人形町の店々を、丹念に聞き込みに歩き回る―。

 加賀恭一郎シリーズの8作目で、宝島社の「このミステリーがすごい!(2010年版)」と週刊文春の「2009ミステリーベスト10(国内部門)」の両方で1位になった作品。

 加賀にとって日本橋は未知の土地であり、よって「新参者」ということなのですが、加賀が聞き込みに回った先々の様子が、「煎餅屋の娘」「料亭の小僧」「瀬戸物屋の嫁」...とオムニバス構成になっていて、下町の情緒やそこで暮らす人々の人情の機微がふんだんに織り込まれているのが楽しかったです。

 更に、聞き込みを通して浮き彫りになる親子間、夫婦間の齟齬や、表向きは反目しあっているようで実は互いに通じ合っている親子、嫁姑の関係などを加賀が鋭く嗅ぎ取り、事件の核心に迫りつつ、そうした溝も埋めていくという、加賀刑事がちょっと出来すぎという感じもなくもしなくはないですが、心にじわっとくる仕上がりになっています。

 核心となる事件の方が大したトリックもなく凡庸であるため、むしろそちらの人情譚の方ににウェイトが置かれていると言ってもいい感じですが、この作者の近作は、「理屈」より「情」に訴えるものの方が個人的には合っているような気がして、この作品もその1つ、大いに堪能できました。

 それにしても、1つの町を背景にした各シークエンスにこれだけの登場人物を配して整然と章立てし、しかも、加賀が登場人物たちの人間関係をも修復してしまう過程もミニ推理仕立てになっているという構成は、やはり作者の推理作家としての技量が並々ならぬものであることを感じさせます。

新参者 日曜劇場.jpg '10年4月からTBSの日曜劇場で連続ドラマ化されましたが、原作に比較的忠実に作られているように思いました。

 役者陣の演技力にムラがあるように思いましたが(ムラがあると言うより、黒木メイサだけが下手なのか)、所謂、新進俳優をベテランが脇で支えるといったパターンでしょうか。原作の良さに救われている感じでした。ただ、阿部寛が演じる加賀恭一郎は、ちょっとスマート過ぎるような気がしました。原作の加賀は、もっと泥臭くてあまり目立たない感じではないかなあ。まあ、阿部寛は何を演じても阿部寛であるようなところはありますが。


「新参者」 tbs.jpg新参者s.jpg「新参者」●演出:山室大輔/平野俊一/韓哲/石井康晴太●制作:伊與田英徳/中井芳彦●脚本:牧野圭祐/真野勝成●音楽:菅野祐悟●出演:阿部寛/黒木メイサ/向井理/溝端淳平/三浦友和/木村祐一/泉谷しげる/笹野高史/原田美枝子●放映:2010/04~06(全10回)●放送局:TBS

【2013年文庫化[講談社文庫]】

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面白かった〜。特に後半は息もつかせぬという感じ。現時点での作者の集大成的作品。

ゴールデンスランバー1.jpgゴールデンスランバー.jpg  ゴールデンスランバー3.jpg 2010年映画化(東宝) 
ゴールデンスランバー』 (2007/11 新潮社)

 2008(平成20)年・第21回「山本周五郎賞」受賞作、並びに第5回「本屋大賞」の大賞(1位)受賞作。2009 (平成21) 年「このミステリーがすごい」(国内編)第1位。 2009(平成21)年・第2回「ミステリが読みたい!」(早川書房主催)国内編・第1位(他に、「週刊文春」2008年度ミステリーベスト10(国内部門)で第2位)。

 仙台で金田首相の凱旋パレードが行われている時、旧友の森田森吾に何年かぶりで呼び出された青柳雅春は、「おまえは、陥れられている。今も、その最中だ」「金田はパレード中に暗殺される」「逃げろ!オズワルドにされるぞ」といきなり言われ、その時遠くで爆音がして、折しも現れた警官は青柳に向かって拳銃を構えた―。

 面白かった〜。特に後半は息もつかせぬという感じ。エンタテイメントに徹することを試みた書き下ろし作品ということですが、ということは、これまでの作者の作品は"純文学"が入っていたということ?
 それはともかくとして、本作品が直木賞候補になった時点で作者はそれを辞退してしまいましたが、"幻の直木賞候補作" と言うより"幻の直木賞作"そのものと言えるかも。

 日本を舞台としながらも、架空の政治背景を設定し、年代も近未来と過去が混ざったような曖昧なものにしていることで、却ってフィクションの世界に入り込み易かったです。
一方で、細部の描写がキッチリしているし、監視社会の姿や警察・マスコミの対応にもリアリティがあることが、作品の面白さを支えているように思えます。

 逃亡する主人公を助ける面々が、それぞれ立場は異なるものの、ある種の義侠心のようなものに突き動かされて行動していて、古風と言えば古風なパターンですが、いいんじゃないかなあ、この"熱い"雰囲気。

「ゴールデンスランバー」映画.jpg 個人的評価は「星5つ」ですが、強いて難を言えば、後半で或る人物が主人公を導くために現れ、この男のやっていることの事件性の方も考えてみれば本題に劣らずかなり大きいものであることが気になったのと、主人公がマスコミを利用した2つの狙い(「無実の疎明」と「身の安全の確保」)のうち、結局1つしか利用目的を果たしておらず、カタルシス効果としては十全なものになっていないことかなと。

映画「ゴールデンスランバー」('10年/東宝)監督:中村義洋 
出演:堺雅人/竹内結子/吉岡秀隆/劇団ひとり/香川照之

 それでも、これまでの作者の作品の集大成的作品であるとの評判には自分としても全く異論は無く、「星5つ」の評価は変わりません。

 【2010年文庫化[新潮文庫]】

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「純愛」というより「偏愛」。直木賞作品としては軽すぎる。

容疑者χの献身.jpg容疑者Xの献身.jpg     容疑者Xの献身 dvd.jpg 容疑者Xの献身 映画.jpg
容疑者Xの献身』['05年/文藝春秋] 「容疑者Xの献身 スタンダード・エディション [DVD]」福山雅治/柴咲コウ

 2005(平成17)年下半期・第134回「直木賞」受賞作。2005 (平成17) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2006 (平成18) 年「このミステリーがすごい」(国内編)第1位。2006(平成18)年版「本格ミステリベストテン」第1位。2006(平成18)年・第6回「本格ミステリ大賞」(小説部門)も受賞。

 以前に水商売をしていて今は弁当屋に勤める子持ち女性・靖子は、自分につきまとう前夫・富樫が自分のアパートに押しかけてきたために思わず絞殺してしまうが、現場に駆けつけたアパートの隣に住む「石神」という高校の数学教師は、「私の論理的思考に任せてください」と言って事件の事後処理を請け負う―。

NUMBERS 天才数学者の事件ファイル.jpg 作者の「物理学者湯川シリーズ」の第3弾で、TVドラマ化されている「ガリレオ」('07年放映開始)を見て海外ドラマ「NUMBERS 天才数学者の事件ファイル」('05年米国放映開始)を想起しましたが、実は、オリジナルである「物理学者湯川シリーズ」の第1弾『探偵ガリレオ』('98年/文藝春秋)の刊行は「NUMBERS」の放映より7年も早い。
 「NUMBERS 天才数学者の事件ファイル」(FOX)

 今回の第3弾では、この「石神」という数学教師が湯川学の大学時代の同窓で、実は天才的な数学者であり、物理学者・湯川学と"論理対決"をすることになるという構図で、敢えて天才数学者を敵役にしたのは、数学者が探偵役である「NUMBERS」を意識したということでもないでしょうけれど。

 さらっと読めて、トリックも奇想天外で、シリーズものの1編としてはまあまあの出来の小品だと思いましたが、これが直木賞作品だと思うと、同じ作者の『秘密』('98年)や『白夜行』('99年)に比べてどう見てもインパクト不足で、ついついケチをつけたくなってしまう...。

 天才と呼ばれる数学者の考えたトリックというのが、こんな危なっかしくて非効率なものなのかとか、警視庁の科学捜査というのはずいぶん手抜きだなあとか、プロットに対する不満もいろいろありますが、個人的には「石神」という人物にあまり共感できないし、それ以前に、その人物像にリアリティが感じられないのが一番の不満な点でした。

 帯に「純愛」とありますが、むしろ「偏愛」と言った方がよく、その心理構造がよく見えない分、作品として軽いものになってしまっている気がしました。

 これが直木賞か...。シリーズものの1品としては、可もなく不可もないといったところですが。
 
容疑者x スチール.jpg 「県庁の星」('06年/東宝)の西谷弘監督によって映画化されましたが、探偵役の物理学者・湯川(福山雅治)の主たる相方が、同窓の草薙刑事ではなく、柴咲コウ演じる部下の女性刑事になっていて、「県庁の星」で西谷監督と相性が良かったのかなと思ったら、テレビドラマ「ガリレオ」からこのパターンになっていたようです(テレビ版を見ていないので知らなかった)。

 原作にない雪山登山シーンとかあって面喰いましたが、数学教師「石上」役の堤真一(本来は二枚目であってはならないのだが)と「靖子」役の松雪泰子は、どちらもベテランらしい手堅い演技で(松雪泰子は好演と言っていいかも)、その分、映画化作品にありがちなことですが、ミステリよりも人情ものの要素が強くなっているように思いました。

容疑者Xの献身 2008フジテレビジョン.jpgYôgisha X no kenshin (2008).jpg 前日ベンチに座っていたはずの浮浪者が翌日消えているのが、同じカメラワークを反復させることで分かり易くなっていますが、浮浪者に対する「石上」の排他的・優越的な考え方(愛する人のためなら浮浪者1人の命なんぞ...という)などは映画では説明されておらず、そのあたり、一体、親切なのか不親切なのか...。

Yôgisha X no kenshin (2008)

「容疑者Xの献身」●制作年:2008年●監督:西谷弘●製作:亀山千広●脚本:福田靖●撮影:山本英夫●音楽:福山雅治/菅野祐悟●原作:東野圭吾「容疑者Xの献身」●時間:1289分●出演:福山雅治/柴咲コウ/堤真一/松雪泰子/北村一輝/ダンカン/長塚圭史/金澤美穂/益岡徹/林泰文/渡辺いっけい/品川祐/真矢みき/リリー・フランキー(友情出演)/八木亜希子/石坂浩二(特別出演)/林剛史/葵/福井博章/高山都/伊藤隆大●公開:2008/10●配給:東宝●最初に観た場所:台シネマメディアージュ.jpgシネマメディアージュ2.jpgシネマメディア-ジュ「容疑者Xの献身」zj.jpeg場・シネマメディアージュ(08-11-01)(評価:★★★) シネマメディアージュ 2000年4月22日アクアシティお台場のメディアージュ1階にオープン。13スクリーン3034席を有するシネマコンプレックス。2017年2月23日閉館

天才数学者の事件ファイル2.jpgNUMBERS 天才数学者の事件ファイル 5 dvd.jpg「NUMBERS~天才数学者の事件ファイル」Numbers (CBS 2005/01~ ) ○日本での放映チャネル:FOX CRIME (2006~)

 【2008年文庫化[文春文庫]】

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手続き上の瑕疵と作品の価値。直木賞選考委員会の曖昧な態度。

半落ち.jpg 横山秀夫 半落ち.jpg半落ち』['02年] 半落ち2.jpg半落ち (講談社文庫)』['05年]

 2002 (平成14) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2003 (平成15) 年「このミステリーがすごい」(国内編)第1位。

 妻を殺し自首した警察官。彼はなぜ殺したのか、そして彼はなぜ死ななかったのか。殺害から自首までの2日間、彼はどこで何をしていたのか―。

 刑事、検事、記者、弁護士、判事、刑務官と6人の話をリレー方式で繋いでいく方式にズズッと引き込まれましたが、人物造詣が何れも似ているため、後半少しだれました。極端に言えば、バトンを渡した人とバトンを受け取った人が職業が違うだけで、人物像はほぼ同じなのです。しかし、作品の良し悪しに対する個人的な評価と世間の評価とのギャップとは別に、直木賞の選考には煮え切らないものを感じました。

 選考では、11名の委員中、肯定2、中立2、否定7。北方謙三氏が指摘した"手続き上の問題"を直接の否定理由に挙げた人はいません。ただし、林真理子氏や阿刀田高氏のように2次的理由として挙げた人や津本陽氏のように肯定派でありながら強く推すことをしなかった人もいます。全体としては、北方謙三氏の「関係団体に問い合わせたら、主人公の警部の動きには現実性がない(受刑者には骨髄提供が許可されていない)ことがわかった」という報告に引っ張られた気がしないでもないですが、真相はよく分かりません。

 結局、この点に北方謙三氏以上にこだわったのは林真理子氏で、この作品が、「事実誤認」があるにも関わらず、既に他の複数の賞を受賞していることまで批判しています。

 北方謙三氏が問い合わせた関係団体は、過去に最高裁で死刑相当として高裁差し戻し審中の被告が骨髄提供を申し出た際に、「勾留一時停止を認める重大な理由」にはならないとして検察が却下したことがあったというたった1度の事例を以ってそのように回答したらしく、この場合、被告はドナー登録も未だしておらず、小説のケースとは異なります。

 状況に応じて「勾留一時停止を認める重大な理由」に該当するかどうかが判断されるならば、小説のようなケースは過去に無い訳で、そうした状況になってみないとわからないということであり、ハナからダメと言い切れるものでもないようです。鬼の首を取ったように手続き上の瑕疵(「事実誤認」)を強調した林真理子氏ですが、自分自身で、小説の前提状況ではどうかということを関係団体に問い合わせるということはしていないようです。

 表向きはフィクションにおける手続き上の瑕疵は、必ずしも作品の価値を貶めるものではないという立場(と推察される)をとりながら、委員会としてそのことを明言しない(結果、林真理子氏のような「事実誤認」と言い切る発言の一人歩きもあって、その瑕疵のため落選したと世間に思われている)のは、選考委員会が個人の集まりに過ぎないということか。「他の委員から指摘があって...」「そういうことを言う委員もいて...」という発言がそれを物語っています。直木賞との"絶縁"宣言をしたという(この言葉自体は少し変な気もするが、ノミネートされても辞退するということか)、作者の気持ちも理解できないではないです。

映画「半落ち」e.jpg映画「半落ち」.jpg映画「半落ち」(2003年/東映)
監督:佐々部清
出演:寺尾聰/原田美枝子/柴田恭兵

 【2005年文庫化[講談社文庫]】

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ハリウッド映画を思わせるスケールの大きい状況設定。

ホワイトアウト.jpgホワイトアウト 1995.jpgホワイトアウト』['95年] ホワイトアウト文庫.jpg 新潮文庫〔'98年〕ホワイトアウト2.jpg DVD

 1995(平成7)年度・第17回「吉川英治文学新人賞」受賞作。1996 (平成8) 年「このミステリーがすごい」(国内編)第1位(1995(平成7) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第2位)。

 日本最大の貯水量の「奥遠和ダム」を武装グループが占拠し、職員、麓住民を人質に50億円の身代金を要求するという、映画でも良く知られるところとなったストーリーです。

 スケールの大きい状況設定は、ハリウッド映画を思わせるものがあり、吹雪の様子などの描写が視覚的で、尚更そう感じます。作者は、アニメ制作会社でアニメの演出などをしていたそうですが、なるほどという感じもしました。ダムの構造の描写などにも作品のテンポを乱さない程度に凝っていて("理科系"というか"工業系"って感じが、この人はします)、臨場感を増す効果をあげています。アクション・サスペンスの新たな旗手の登場かと思われる作品ではありました(その後、純粋なアクション・サスペンスはあまり書いてないようですが...)。

oda.gif映画「WHITEOUT ホワイトアウト」0.JPG ただ、アクション・サスペンス的である分、人物描写や人間関係の描き方が浅かったり類型的だったりで、映画にするならば、役者は大根っぽい人の方がむしろ合っているかも、と思いながら読んでました。
 結局のところ映画は織田祐二主演で、体を張った(原作にマッチした)アクションでしたが、演技の随所に「ダイハード」のブルース・ウィリスの"嘆き節"を連想したのは自分だけでしょうか。
映画「WHITEOUT ホワイトアウト」 ('00年・東宝)

ホワイトアウト 映画 佐藤浩市.jpg映画「WHITEOUT ホワイトアウト」 松嶋.jpg 織田祐二はまあまあ頑張っているにしても、テロリスト役の佐藤浩市の演出が「ダイハード」のアラン・リックマンのコピーになってしまっていて、自分なりの役作りが出来ていないまま映画に出てしまった感じで存在感が薄く、人質にされた松嶋菜々子に至っては、別に松嶋菜々子を持ってくるほどの役どころでもなく、客寄せのためのキャスティングかと思いました。    

奥只見ダム.jpg 奥只見ダム(重力式ダム) 黒部ダム.jpg 黒部ダム(アーチ式ダム)

 細かいことですが、本作の舞台である日本最大の貯水量を誇る「奥遠和ダム」のモデルとなったのは奥只見ダムであると思われますが、映画では「奥遠和ダム」はアーチ式ダムという設定になっているため(奥只見ダムはアーチ式ではなく重力式ダム)、撮影の際にダムの外観のショットは、アーチ式の黒部ダムなどで撮っています(原作の中身は重力式ダムという設定、単行本の表紙写真は奥只見ダムのものと思われる)。
 映画化するならば、アーチ式ダムの方がビジュアル面で映える、という原作者の意向らしいですが、確かにそうかも。さすが、もとアニメ演出家。

「WHITEOUT ホワイトアウト」●制作年:2000年●製作:角川映画●監督・脚本:若松節朗●原作:真保裕一●時間:129分●出演:織田裕二/松嶋菜々子/佐藤浩市/石黒賢●劇場公開:2000/08●配給:東宝 (評価★★★)

 【1998年文庫化[新潮文庫]】

「●み 宮部 みゆき」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【502】 宮部 みゆき 『あかんべえ
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クライマックスがやや弱い、それと、少し長すぎる気もするが、それでもそこそこの力作。

模倣犯 上.jpg 模倣犯 The copy cat 下.jpg  模倣犯 上下.jpg   模倣犯.jpg
模倣犯〈上〉模倣犯〈下〉 style=』(単行本カバー画:大橋 歩)/新潮文庫(全5巻) 〔'05年〕

「模倣犯」.jpg 2001(平成13)年・第55回「毎日出版文化賞」(特別賞)並びに2002(平成14)年・第52回「芸術選奨」受賞作。2001 (平成13) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2002 (平成14) 年「このミステリーがすごい」(国内編)第1位。併せて、2002(平成14)年・第5回「司馬遼太郎賞」も受賞。

 ある日、公園のゴミ箱から女性の右腕が発見されるが、それは猟奇的な残虐さと比類なき知能を併せ持つ犯人からの宣戦布告であり、連続女性殺人事件のプロローグだった―。

模倣犯 ラスト.jpg模倣犯 movie.jpg SMAPの中居正広が初主演した映画で荒筋を知る人は多いと思いますが、映画でのあの「自爆シーン」の結末は何だったのでしょうか? 映画を観て原作の方は未読であるという人に、"正しい理解"のために原作を読むことをお勧めしたいようにも思います。とにかく大長編作品であるためにやや読むのに躊躇しますが、でも、やっぱり原作を読んで正しく評価していただきたいと思うぐらいに、映画の方は勝手に原作を改変して、しかもダメにしてしまっているように思えます(原作者が試写会の途中で席を立ってしまったというのもわかる)。

 小説そのものについては、『火車』('92年/双葉社)の素晴らしいラストや『理由』('98年/朝日新聞社)の冒頭の意外な展開に比べると、本書のクライマックスにおける犯人を激昂させるキー―この鍵で扉が簡単にバタンと開いてしまうところは、やはり今ひとつでしたが(今まで極めて冷静だった犯人が、あまりに脆く瓦解する)、でも読んでいる間はやはりハマりました。

 個人的には『火車』が星5つで、『理由』も星5つに近く、この作品もそれらに及ばずともそこそこの評価になってしまうのです。さすが宮部みゆき。それだけに、この作品ももっとまともに映像化されれば良かったのにと思ってしまいます(『火車』は'94年にテレビ朝日で"2時間ドラマ"化され、『理由』は'04年に大林宣彦監督により映画化されている)。

 全部読むのにかなり時間かかりました。それだけ長時間、宮部ワールドに浸れたということでもありますが、少し長すぎる気もします。けっこう残忍な場面とかがあったわりには、登場キャラの多いRPGゲームをやり終えたような読後感であるのは、この作家の作品の特徴と言うか、"作家体質"的なものではないかと思います(本人、RPGゲーム大好き人間らしいですが)。

模倣犯 2002.jpg「模倣犯」●制作年:2002年●製作:「模倣犯」製作委員会(東宝・小学館・博報堂DYメディアパートナーズ・毎日新聞社・日本テレビ放送網ほか)●監督:森田芳光●撮影:北信康●音楽:大島ミチル●原作:宮部 みゆき●時間:124分●出演:中居正広/山崎努/伊東美咲/木村佳乃/寺脇康文/藤井隆/津田寛治/田口淳之介/藤田陽子/小池栄子/平泉成/城戸真亜子/モロ模倣犯 文庫.jpg師岡/村井克行/角田ともみ/中村久美/小木茂光/由紀さおり/太田光/田中裕二/吉村由美/大貫亜美●劇場公開:2002/06●配給:東宝 (評価★☆)

 【2005年文庫化[新潮文庫(全5巻)]】

「●た 高村 薫」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 「●た 太宰 治」 【1377】 太宰 治 『もの思う葦
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社会派の本領が最も発揮された作品。企業小説としても読める。

レディ・ジョーカー1.jpg レディ・ジョーカー2.jpg 『レディ・ジョーカー〈上〉〈下〉』 (1997/12 毎日新聞社)

 1998(平成10)年度・第52回「毎日出版文化賞」受賞作。1999(平成11)年「このミステリーがすごい!」(国内編)第1位(1998(平成10) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第2位)。 

 グリコ森永事件に想を得ているということははっきりしていますが、それでも一気に読ませます(と言いいつつ、読み通すのに20数時間かかったのだが)。 

 現実の未解決事件をモチーフにしたリアリティがあるだけに、フィクションとしての結末をどこへ導いてこの物語を終わらせようとしているのか読んでいて心配になりましたが、後味の悪くない結末にも充分満足させられました。

 同じく大作で、スパイ小説とも言える『リヴィエラを撃て』('92年/新潮社)が好きな人もいますが、自分としては本作の方が良かったし、刑事物である『マークスの山』('93年/早川書房)、『照柿』('94年/講談社)の流れで新作が出たのは良かったと思いました。

 ミステリーとしての『マークスの山』、ヒューマン・ドラマとしての『照柿』に対して、この作品は企業小説としても読めて、社会派としての著者の本領が最も発揮されていると思います。 
 ミステリーとしては、半田と合田の接点のセッティングがやや偶然すぎる感じがもしますが、犯人グループの動機ややり口には今回はさほど違和感はありませんでした(『マークスの山』は動機の割には手段が凝っているし、『照柿』は、動機無き殺人という観もある)。

レディ・ジョーカー 映画.jpgレディ・ジョーカー.jpg 警察内部の描写に加えて、新聞社内の記者の動きがリアルに描けていて(毎日新聞社とのジョイント効果?「毎日出版文化賞」を受賞している)、そして何よりも、混乱する恐喝されたメーカー企業側の社内で、会社のことよりも自分時自身の利害を真っ先に考える企業幹部らがよく描けています。

 そうした意味では、組織心理学、組織行動学的観点から読んでも、そのリアリティに感服させられますが、一方で、事件とは何か、犯人とは何か、何をもって事件が解決したとするのかを考えさせられる小説でもあります。

映画「レディ・ジョーカー」主演:渡哲也('04年/東宝)チラシ・ポスター

 【2010年文庫化[新潮文庫(上・中・下)]】


《読書MEMO》
レディ・ジョーカー tv2.jpgレディ・ジョーカー tv.jpg2013年TVドラマ化(WOWOW「連続ドラマW」全7話)
出演:上川隆也/柴田恭兵/豊原功補/山本耕史/矢田亜希子/本仮屋ユイカ

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ミステリとしても人間ドラマとしても充分に堪能できた。

『マークスの山』.jpgマークスの山 (ハヤカワ・ミステリワールド)』 マークスの山 上.jpg マークスの山下.jpgマークスの山(上) 講談社文庫』 『マークスの山(下) 講談社文庫

 1993(平成5)年上半期・第109回「直木賞」受賞作で、1993 (平成5) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。1994 (平成6) 年「このミステリーがすごい」(国内編)第1位。「日本冒険小説協会大賞」も併せて受賞。

 東京で起きた連続殺人事件。被害者は謎の凶器で惨殺されている。事件の背後に潜む複雑な人間関係を、警視庁捜査第一課の合田刑事らが解き明かしていくうちに、その背景に16年前に南アルプスで起きたある出来事が浮かび上がる―。

 警察の内部組織の捜査上の確執などの描写に圧倒的なリアリティがあり、"警察小説"とも言えるかも知れません。 
 事件の背後関係は複雑を極めていますが、事件の捜査陣が事実を細かく積み上げいくうちに、通常の感覚では理解しがたいモンスターのような犯人像が浮かんでくる―その導き方が巧みで、読み進むにつれてググッと惹き込まれます。 

 "人間の業"のようなものもよく描かれていると感じました。 
 ただしその描かれ方がかなり屈折したものであるため、実際こうした形で怨念のようなものが人から人へ伝播していくものだろうか、という動機に対する疑念も感じました。 
 結局事件を複雑にしているのは、この"凝った"動機の部分ではないかと...。 

 その他にも、ミステリファンにはプロットの瑕疵と映る部分が幾つかあるかもしれません。 
 ただし(本格的ミステリーに固執しない)自分のレベルでは、ミステリとしても人間ドラマとしても、それなりに充分に堪能できました。

 '03年に文庫化されました。かなり手を加えているとのことで(この作者が文庫化の際にオリジナルに手を加えるのは毎度のことで、そのため文庫が出るのが遅くなる)、文庫の方は読んでいませんが、ドロッとした部分がややマイルドになっているとか(これではよくわからないか)。 

映画「マークスの山」.jpg 書店で見たら、文庫の初版本には、登場人物の名前にふりがながなかったような気がしましたが、「林原」は「はやしばら」ではなく、ちゃんと「りんばら」と読ませないと、「MARKS」にならないのではないだろうか。

映画「マークスの山」.jpg

映画「マークスの山」 (1995年・監督:崔洋一/出演:萩原聖人・名取裕子・中井貴一)

 【2003年文庫化[講談社文庫(上・下)]】

 


 
《読書MEMO》
2013年TVドラマ化(WOWOW「連続ドラマW」全5話)
出演:上川隆也/石黒賢/高良健吾/戸田菜穂/小西真奈美
マークスの山 TV1.jpgマークスの山 TV2.jpgマークスの山 TV3.jpgマークスの山 TV4.jpg

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