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"佳作"と言うより"傑作"の域にある作品だと思った。

夜のピクニック  2004.jpg夜のピクニック  文庫2.jpg夜のピクニック  文庫1.jpg 夜のピクニックs.jpg
夜のピクニック (新潮文庫)』映画「夜のピクニック」(2006)長澤雅彦監督、多部未華子主演
『夜のピクニック』(2004/07 新潮社)

夜のピクニックL.jpg 2004(平成16)年・第26回「吉川英治文学新人賞」及び2005(平成17)年・第2回「本屋大賞(大賞)」受賞作。2004年度「『本の雑誌』が選ぶノンジャンルベスト10」第1位。

 全校生徒が24時間かけて80kmを歩く高校の伝統行事「歩行祭」。3年生の甲田貴子は、最後の歩行祭、1年に1度の特別なこの日に、自分の中で賭けをした。それは、クラスメイトの西脇融に声を掛けるということ。貴子は、恋心とは違うある理由から西脇を意識していたが、一度も話をしたことがなかった。しかし、ふたりの不自然な様子をクラスメイトは誤解して―。

 作者が、自らの母校である茨城県立水戸第一高等学校の名物行事「歩く会」にモチーフを得て描いた青春小説。水戸第一高等学校の歴史を見ると、1938(昭和13)年に「健歩会」というものが発足し、1949(昭和24)年に 最初の「歩く会」が勿来―水戸間(80㎞)で実施され、翌年の1950(昭和25)年に初めての女子生徒が入学したとなっており、男子校の伝統が共学になっても引き継がれていることになります。作中の「歩行祭」では80km歩くことになっていますが、現在の「歩く会」は70kmとのことです(作者の出身大学である早稲田大学にも100km歩く「100キロハイク」とうのがあるが、作者がワセダでも歩いたかはどうかは知らない)。

 高校生の男女が定められた道程をただただ歩いていくだけの状況設定でありながら、これだけ読む者を惹きつける作品というのも、ある意味スゴイなあと思います。キャラクターの描き分けがしっかり出来ていて、女子同士、男子同士、男子女子間の遣り取りが、いずれもリアリティを保って描かれており、それでいてドロっとした感じにはならずリリカルで、ノスタルジックでもあるという(初読の際は読んでいてちょっと気恥ずかしさも感じたが)、読み直してみて、文庫解説の池上冬樹氏が"名作"と呼ぶのも頷けました。

池上冬樹.jpg 作者のファンの間では、この作品で「直木賞」を獲るべきだったとの声もありますが(個人的にもその気持ちは理解できる)、実際には「吉川英治文学新人賞」を受賞したものの直木賞は候補にもなっていません。この点について文庫解説の池上冬樹氏は、ある程度人気を誇る作品に関して、選考委員が追認を避けたがる傾向があることを指摘しており、ナルホドなあと思いました。

 ただ、この池上冬樹氏の解説は2006(平成18)年に書かれたものですが、同氏はこの作品が2005(平成17)年の第2回「本屋大賞」の大賞を受賞したことに注目しており(第1回大賞受賞は小川洋子氏の『博士が愛した数式』だった)、この作品を"新作にしてすでに名作"であった作品としています。

本屋大賞1-9.jpg そして作者は、この作品の12年後、『蜜蜂と遠雷』('16年/幻冬舎)で2016(平成28)年下半期・第156回「直木賞」受賞しますが、この作品は、2017(平成29)年・第14回「本屋大賞」第1位(大賞)作品にもなりました。同著者が「本屋大賞」の「大賞」を2度受賞するのも初めてならば、「直木賞」受賞作が「本屋大賞」の「大賞」を受賞するのも初めてですが、その辺りの制約がないところが、「本屋大賞」の1つの特徴と言えるかもしれません。

 『夜のピクニック』の「本屋大賞」受賞でその作品の人気を裏付け、『蜜蜂と遠雷』の「本屋大賞」受賞で、今度は「本屋大賞」という賞そのものの性格をよりくっきりと浮き彫りにしてみせたという感じでしょうか。どちらも佳作ですが、個人的には、今回読み直してみて、『蜜蜂と遠雷』は"佳作"であり"力作"、『夜のピクニック』は"佳作"と言うより"傑作"の域にある作品のように思いました。

夜のピクニック .jpg夜のピクニック  eiga.jpg 因みに、この作品は2006年に長澤雅彦監督、多部未華子主演で映画化されています(「本屋大賞」の第1回受賞作『博士が愛した数式』から第10回受賞作『海賊とよばれた男』までの「大賞」受賞作で'17年現在映画化されていないのは第4回受賞作の『一瞬の風になれ』のみ。但し、この作品のもテレビドラマ化はされている)。映画を観る前は、ずっと歩いてばかりの話だから、小説のような夜のピクニック 09.jpg登場人物の細かい心理描写は映像では難しいのではないかと思いましたが、今思えば、当時まだ年齢が若かった割には比較的演技力のある俳優が多く出ていたせいかまずまずの出来だったと思います。それでも苦しかったのか、ユーモラスなエピソードをそれこそコメディ風に強調したり、更には、主人公の心理をアニメで表現したりしていましたが、そこまでする必要があったか疑問に思いました。工夫を凝らしたつもりなのかもしれませんが、却って"苦しまぎれ"を感じてしまいました(撮影そのものはたいへんだったように思える。一応、評価は○)。

picnic_04.jpg夜のピクニックes.jpg「夜のピクニック」●制作年:2006年●監督:長澤雅彦●製作:牛山拓二/武部由実子●脚本:三澤慶子/長澤雅彦●撮影:小林基己●音楽:伊東宏晃●原作:恩田陸●時間:117分●出演:多部未華子/石田卓也/郭智博/西原亜希/貫地谷しほり/松田まどか/柄本佑/高部あい/加藤ローサ/池松壮亮●劇場公開:2006/09●配給:ムービーアイ=松竹(評価★★★☆)
多部未華子in「ツバキ文具店~鎌倉代書屋物語~」/貫地谷しほりin「おんな城主 直虎」(共に2017・NHK)
ツバキ文具店 d .jpg 貫地谷しほり おんな城主 直虎.jpg

【2006年文庫化[新潮文庫]】

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「夏目雅子さんがどういう女性だったのか知ることができます」といった感想はどうなのか。

伊集院 静 『乳房』単行本.jpg乳房』 伊集院 静 『乳房』文庫.jpg乳房 (講談社文庫)

 1990(平成2)年度・第12回「吉川英治文学新人賞」受賞作。

 妻と病室の窓から眺めた満月、行方不明の弟を探しに漕ぎ出た海で見た無数のくらげ、高校生に成長した娘と再会して観た学生野球......せつなく心に残る光景と時間が清冽な文章で刻み込まれた小説集。表題作の他「くらげ」「残塁」「桃の宵橋」「クレープ」と名篇を収録し、話題を呼んだ直木賞作家の、魂の記念碑(「BOOK」データベースより)。

 作者40歳の時に刊行された短編集で。収録作品の中ではやはり「乳房」が光っているでしょうか。愛しい妻が癌に冒されていて、その現実から逃れるように夜の街へ出る私―「吉川英治文学新人賞」の選考で野坂昭如氏が「しみじみとしたナルシシズム小説、ここまで徹底されると、これは立派な伊集院静の世界」としていますが、確かにそう思いました(齋藤美奈子氏が「ハードボイルドは男のハーレクイン・ロマンである」と書いていたのを思い出した)。

 一方で、同じ選考委員の佐野洋(1928-2013)が、「いまだに疑問を持っている。『私』を主人公にした作品が四編あるが、この四人の『私』(あるいは一人なのか)について、どんな職業についているのか(中略)など、小説を読んだだけでは、よく分からない」と言っているのも、"連作"が受賞選考の対象になっていることから考えると分からなくもありません(結局、「しかし、文章は優れているし、野坂委員が「受賞すれば、間違いなく伸びる」と保証したので、賛成に回った」とのこと)。

 表題作の「乳房」を読むと作者の妻だった27歳で亡くなった女優・夏目雅子のことを想起せざるを得ず、かなり以前に読んだ短編集であるのに特に「乳房」が印象に残っているのは、自分の中でもバイアスがかかっているからかもしれません。作者自身は、これはフィクションであると明言したにも関わらず、何度も「夏目さんのことを書いたのですか」と聞かれ嫌気がさしたといったようなことを後に述べていたように思いますが、他の読者のこの作品に対する感想をみても、「夏目雅子さんがどういう女性だったのか垣間見ることができます」などというのがあったりして、かなりそうした読まれ方をしているのではないでしょうか。「夏目雅子のことではない」と言われれば、真っ先に思い浮かぶのは"夏目雅子"のことでしょう。そこが難しいところかも。

 15年前に離婚した「私」が、赤ん坊の時に別れた実の娘に会いにいく話「クレープ」も、文春文庫解説の小池真理子氏はこの作品を買っているようですが、実生活において作者が離婚した最初の妻との間に娘がいるだけに、青山の明るいレストランでの待ち合わせに緊張する平均的父親像の中に、「同様に、伊集院静、その人が潜んでいる」という小池氏のような読み方になるのでしょう。

 先にも書いたとおり、自分もややそうした読み方をした部分があったことは否めず、「乳房」「クレープ」とも個人的評価は微妙なところですが、それ以外の3編の作品も悪くなかったように思われ、作者のコンスタントな力量を感じます(「くらげ」も作者の実弟の事故死に被るモチーフではあるが)。「残塁」なども良かったかなあ。昔の野球部の後輩いじめの話などは暗かったけれど...。

 5編の内3編に「野球」がモチーフに含まれていて、作者の続く短編集で直木賞を受賞した『受け月』が収録作7編とも野球絡みだったことを考えると、この2冊の短編集だけで野球をモチーフにしたものが10編となります。但し、様々な角度から人生の断片を描いているため、くどいという印象はありません。ただ、大体、野球で挫折した男の方がこの作者には多くて暗めですが。

乳房 [VHS].jpg映画「乳房」('93年/東映)
監督:根岸吉太郎 出演:小林薫/及川麻衣/竹中直人

【1993年文庫化[講談社文庫]/2007年再文庫化[文春文庫]】

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若きゼネコンマンが垣間見た建設談合の世界。まあまあ面白かったが、ドラマは改変が目立った。

鉄の骨    .jpg鉄の骨.jpg 鉄の骨 dvd.jpg NHKドラマ『鉄の骨』.jpg
鉄の骨』(2009/10 講談社) 「NHK土曜ドラマ 鉄の骨 DVD-BOX」2010/07放映(全5回)豊原功輔/小池徹平
NHKドラマ・タイアップカバー版

 2009(平成21)年・第31回「吉川英治文学新人賞」受賞作。

 中堅ゼネコンの現場で働く入社3年目の富島平太は、突然畑違いの業務課への異動を命じられるが、業務課とは主に大口の公共土木事業などの受注に携わる営業部門であり、別名"談合課"と呼ばれる部署。最初は異動に不満だった平太だが、業界のフィクサーと称される人物と知り合ったり、上司たちの優秀な仕事ぶりに接したりするうちに仕事にのめり込んでいく。一方で、常に目の前に立ちはだかる「談合」の実態に愕然とし、会社のために違法行為に加担すべるきか葛藤する―。

 「談合」にターゲットを絞っているせいもありますが、これだけ分かり易いエンタテインメントに仕上げているのはなかなかのものであり、企業小説の新たな書き手が現れたように思いました。

「法令遵守」が日本を滅ぼす.jpg 建設談合については、大学教授で東京地検特捜部の元検事・郷原信郎氏のように、過去における一定の機能的役割を認め、単純な「談合害悪論」がそうした機能を崩壊させようとしているという見方もあります。しかしながら、インフラ整備が未発達だった戦後間もない頃から高度経済成長期にかけてならともかく、今の時代には相応しくないシステムに違いなく(郷原氏も基本的にはそうした考え)、ましてや公共事業となると使われるのは税金だし、それでいて、官僚の関係企業への天下りなど政財官の癒着の原因になっていると思うと、やはり今時「必要悪」論は無いんじゃないかなと思います。でも、理想と現実は異なり、この作品を読むと、肝心の建設会社の当事者達は、そうした議論からは遠い「村社会」に居るのだろうなあと感じます。

鉄の骨2.jpg '10年7月にNHKの「土曜ドラマ」で全5話にわたってドラマ化されましたが、その際に監修協力を求められた郷原氏は、「原作が全くゼネコンの仕事と乖離し、リアリティの無さに議論に値しない」とし、ドラマについても、「談合を個別の企業、個人の意思によって回避できる問題のようにとらえる原作とは異なり、単純に善悪では割り切れない問題ととらえている点は評価できるが、談合構造の背景の話がないので、なぜ談合に同調するのかが一般人には理解できないのではないか」と、twitterでなかなか手厳しい評価をしていました。

鉄の骨3.jpg 原作は人物造形がステレオタイプと言えばステレオタイプで、但し、個人的には文芸的なものは期待せずに単純に「企業小説」として読んだため、山崎豊子クラスとはいかないまでもまあまあ面白く感じられました。ドラマも、同じ「土曜ドラマ」枠で'07年に放映された「ハゲタカ」などに比べるとやや地味ですが、「ハゲタカ」が『ハゲタカ(上・下)』、『バイアウト(ハゲタカⅡ)(上・下)』という2つの原作(単行本4巻!)を全6話の中に"無理矢理"組み入れたものであったのに対し、こちらは原作1冊に準拠しているようなので、一貫性という意味ではスッキリしたものになるのではないかと...。

 ところが実際ドラマを観ていると、人物造形が原作とやや違っているみたいで、平太(小池撤平)の部署の統轄である尾形常務(陣内孝則)が原作ほどの貫禄がないとか細かいことは色々ありますが、何よりも、「西田」という見栄えはぱっとしないが有能な先輩のキャラが、ドラマでは、会社のエース的存在であるカッコいい"遠藤"(豊原功補)と見栄えはイマイチだがコスト計算のスペシャリストである"西田"(カニング竹山)に分かれ、談合組織の仕切役(ボス)の「長岡」のキャラが、剛腕の"和泉"(金田明夫)と真面目で責任感の強い"長岡"(志賀廣太郎)に分かれているなど、「キャラクター分割」がなされている点が異なります。一体何のためにそんな面倒なことをするのか。

鉄の骨4.jpg しかも、殆ど新たに造ったキャラクターに近い志賀廣太郎の"長岡"が、検察の追及と会社の板挟みになって自殺するという原作には無い展開で(原作が直木賞の選評で「人物の描き方が浅い」という理由で落選したのを意識したのか?)、さすがにこれには原作者の池井戸潤氏も、「どんどん原作から離れていきますね。まさにNHK版『鉄の骨』です」と自らのブログで書いていましたが、「このテンションで最終回まで引っ張ってくれないかなあ。そしたら、すごくいいドラマになる予感がします」とのエールも送っています(でも、「ハゲタカ」ほどまでのテンションは上がらなかったような気がする)。

鉄の骨  .jpg NHKのドラマって、民放よりは原作に比較的忠実に作るというイメージがありましたが、最近はそうでもないようです。志賀廣太郎の演技は悪くなかったですが、とにかく劇的な要素を入れてハイテンションで持っていけばいいというものでもないし(この場合"自殺"に至るという重い結果により、システム的な問題よりも個人の苦悩のウェイトが大きくなりすぎたような気がする)、改変しない原作通りのものを観たかった気もします(疑獄事件で関係者の自殺を持ち出すというのは、これもまたある種のステレオタイプではないか)。

鉄の骨 dvd.jpg「鉄の骨」●演出:柳川強/松浦善之助/須崎岳●制作:磯智明●脚本:西岡琢也●音楽:川井憲次●原作:池井戸潤「鉄の骨」●出演:小池徹平/カンニング竹山/豊原功輔/臼田あさ美/松田美由紀/笹野高史/中村敦夫/陣内孝則/北村総一朗/金田明夫/志賀廣太郎●放映:2010/07(全5回)●放送局:NHK
NHK土曜ドラマ 鉄の骨 DVD-BOX

【2011年文庫化[講談社文庫]】

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作者初の時代ものにして、既に完成されていた。「片葉の芦」は傑作。

本所深川ふしぎ草紙 カバー.gif 本所深川ふしぎ草紙.jpg本所深川ふしぎ草紙本所深川ふしぎ草紙  文庫.jpg本所深川ふしぎ草紙 (新潮文庫)

 1991(平成3)年度・第13回「吉川英治文学新人賞」受賞作。

 近江屋藤兵衛が殺され、下手人は父の藤兵衛と折り合いの悪かった娘のお美津だという噂が流れたが、幼い頃お美津に恩義を受けたのが忘れられず、今も彼女への想いを抱き続ける職人の彦次には、どうしてもお美津が下手人であるとは思えず、独自に真相を探る―。(「片葉の芦」

 7篇から成る連作ですが、これ、作者の「初の時代ミステリ」だったのだなあ。30代そこそこの作品ですが、もうスタイルが完成されているように思えたため、"手練れの域"に達してからの作品だと思い込んでいました。

本所深川七不思議 かたはのあし.jpg JR錦糸町駅前にある人形焼きの「山田家」の包装紙にある「本所七不思議」に材を得たとのことで、タイトル的には「七不思議」をそのままなぞっていて、物語自体は当然のことながら作者の創作ですが、「七不思議」のロマンを壊さないように仕上げているのが巧み。備忘録的に他の6篇の内容を記すと―。

 「送り提灯」...大野屋のお嬢さんの恋愛成就のため願掛けを命じられた12歳の女中・おりんだったが、彼女が夜中に回向院に向かうと、提灯がつかず離れずついて来る。そしてある晩、願掛けの最中にその大野屋に押し込み強盗が―。

 「置いてけ堀」...24歳の子持ちの寡婦・おしずは、錦糸堀で"置いてけ堀"の噂が立っているのを聞き、何者かに殺された魚屋だった亭主が、成仏できずに浅ましい魔物の姿で現れたのではないかと思い、それを確かめようとする―。

 「落ち葉なしの椎」...今年18歳になる小原屋の奉公人・お袖は、回向院の茂七の言葉を契機に、周囲からそこまでしなくてもと言われても、自らに課した日課として、庭の落ち葉を掃く。そして、それを見つめる怪しい男が―。

 「馬鹿囃子」...おとしは、許婚の宗吉のことで話を聞いてもらいに伯父の茂七を訪れたが、若い娘ばかり狙って顔を切る"顔切り"が出没した折で、伯父は忙しい。その伯父の元には、お吉という娘が先客で来ていて、自分は誰と誰を殺したと茂七に話していた―。

 「足洗い屋敷」...7年前に母に死なれた大野屋の娘・おみよは、父・大野屋長兵衛の再婚相手である美しい義母・お静のことが好きだったが、ある晩おみよはお静の悲鳴で飛び起きる。お静には秘められた過去があり、そして今も―。

 「消えずの行灯」...二十歳になったばかりのおゆうは、小平次という男から変わった仕事の誘いを受けるが、それは、足袋屋・市毛屋に、永代橋が落ちた際に行方不明になったその家の娘・お鈴のふりをして奉公して欲しいというものだった―。

 1つ1つの作品の長さが、池波正太郎の「鬼平」シリーズや、平岩弓枝の「御宿かわせみ」シリーズと同じくらいでしょうか。
 それらと異なるのは、物語の"主体"が毎回変わることで、7篇を通して共通しているのは、主人公や話の中心となる人物が何れも10代から20代の少女乃至若い女性であることと、事件の真相を突き止め最後に解決するのが、回向院一帯を仕切っている古参の岡っ引・茂七であることでしょうか。

 実際この回向院の茂七、『初ものがたり』('95年/PHP研究所)では完全に主役になっていますが、作者はその間にも『震える岩』('93年/新人物往来社)で「霊験お初捕物控」と言うべき別の連作を書いています。

 茂七を主人公としたものは、NHKで'01年から'03年にかけて3回に分けてドラマ化されています(主演:高橋英樹)。
 「鬼平」や「かわせみ」みたいに1つのパターンで"恒久的"に続けることはしないのが「宮部流」と言えるのかも。
 茂七を主人公とした原作が足りなかったのか、NHKでは茂七が登場しない作品(『幻色江戸ごよみ』など)までも、脚色して茂七を主人公にしてドラマ化したりしています。

 最近の作者の作品は、岡っ引さえも滅多に登場していないのでは。
 この連作の頃は、近作よりも1話当たりの話が短く、その分密度の濃さを感じます(第1話の「片葉の芦」が特に素晴らしいと思った。テレビで放送したのは3年目(「茂七の事件簿(3)ふしぎ草紙」)の第1話において)。

茂七の事件簿.jpg茂七の事件簿 nhk.jpg「茂七の事件簿(1)ふしぎ草紙」●演出:石橋冠/加藤拓●制作:小林千洋/大山勝美●脚本:金子成人●音楽:坂田晃一●原作:宮部みゆき「本所深川ふしぎ草紙」「初ものがたり」「幻色江戸ごよみ」●出演:高橋英樹/原田芳雄/淡路恵子/仁科貴/河西健司/あめくみちこ/本田博太郎●放映:2001/06~09(全10回)●放送局:NHK ※「茂七の事件簿(2)新ふしぎ草紙」2002/06~09(全10回)/「茂七の事件簿(3)ふしぎ草紙」2003/07~09(全5回)

【1995年文庫化[新潮文庫]】

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前半がいい。「算法勝負」が面白かった人には、遠藤寛子氏の『算法少女』もお奨め。

天地明察1.jpg 天地明察2.jpg  算法少女 文庫.jpg          天地明察 dvd.jpg
天地明察』(2009/12 角川書店)   遠藤寛子『算法少女 (ちくま学芸文庫)』 「天地明察 [DVD]」2012年映画化(監督:滝田洋二郎/主演:岡田准一・宮崎あおい)

 2009(平成21)年・第31回「吉川英治文学新人賞」及び2010年(平成22)・第7回「本屋大賞(大賞)」受賞作。2010年度・第4回「舟橋聖一文学賞」及び2011(平成23)年・第4回「大学読書人大賞」も受賞。

 徳川4代将軍家綱の時代、碁打ちの名門・安井家に生まれながら安穏の日々に倦み、囲碁よりも算術の方に生き甲斐を見出していた青年・安井算哲(渋川春海)だったが、老中・酒井雅楽頭にその若さと才能を買われ、実態と合わなくなっていた日本の暦を改めるという大事業に関わることになる―江戸時代前期の天文学者・渋川春海(しぶかわはるみ・1639‐1715)が、日本の暦を823年ぶりに改訂する事業に関わっていく過程を描いた作品。

 江戸時代の算術という興味深いモチーフで、それでいて、すらすらと読める平易な文章であり(会話が時代小説らしくない?)、その上、主人公が22年かけて艱難辛苦の末に大事業を達成する話なので読後感も爽快、「本屋大賞」受賞も頷けます(上野の国立科学博物館で、今年('10年)6月から9月まで、渋川春海作の紙張子地球儀、紙張子天球儀を特別公開しているが、「本屋大賞」を受賞のためではなく、それらが1990年に重要文化財に指定されてから20周年、また今年が時の記念日(6月10日)制定90周年に当たることを記念したものとのこと)。

 この作品は、特に前半部分が、春海やその周辺の人々が生き生きと描かれているように思えました。
 ただ、中盤になると史料に記されていることの引用が多くなり、この話が"史実"であると読者に印象づけるには効果的なのかもしれませんが、小説的な膨らみが小さくなって、登場人物達の人物像の方もややぼやけた感じがしました。
 それでも終盤は、和暦(大和暦)の完成に向けて、また、エンタテインメント小説らしく盛り上がっていったという感じでしょうか。

天地明察1.jpg この史料の読み込みについては、学者から、関孝和の暦完成への関わり度などの点で偏りがあるとの指摘があるらしいです。
 関孝和が春海の大和暦完成にどれだけ関わっていたかは結局よくわからないわけで、関孝和の大天才ぶりを描くと共に、作者なりの憶測を差し挟むのは、学術書ではなく小説なのだからいいのではないかという気もしますが、参照の程度や方向性によっては、巻末に参考文献として挙げるだけでなく、その著者の了解を直接とった方が良かったのかも。でも、普通、そこまでやるかなあ。

 それにしても、これが作者初の時代小説というから凄い才能!
この小説で一番面白かったのは、やはり個人的には前半の「算法勝負」でした。

 この部分が特に面白く感じられた読者には、遠藤寛子氏の『算法少女』('73年/岩崎書店、'06年/ちくま学芸文庫)などがお奨めです(江戸時代の算術家を扱った小説はまだ外にもあり、この作品が最初ではない)。

天地明察

 【2012年文庫化[角川文庫(上・下)]】
天地明察 映画 01.jpg天地明察 映画 02.jpg「天地明察」2012年映画化(監督:滝田洋二郎/主演:岡田准一・宮崎あおい)

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ハリウッド映画を思わせるスケールの大きい状況設定。

ホワイトアウト.jpgホワイトアウト 1995.jpgホワイトアウト』['95年] ホワイトアウト文庫.jpg 新潮文庫〔'98年〕ホワイトアウト2.jpg DVD

 1995(平成7)年度・第17回「吉川英治文学新人賞」受賞作。1996 (平成8) 年「このミステリーがすごい」(国内編)第1位(1995(平成7) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第2位)。

 日本最大の貯水量の「奥遠和ダム」を武装グループが占拠し、職員、麓住民を人質に50億円の身代金を要求するという、映画でも良く知られるところとなったストーリーです。

 スケールの大きい状況設定は、ハリウッド映画を思わせるものがあり、吹雪の様子などの描写が視覚的で、尚更そう感じます。作者は、アニメ制作会社でアニメの演出などをしていたそうですが、なるほどという感じもしました。ダムの構造の描写などにも作品のテンポを乱さない程度に凝っていて("理科系"というか"工業系"って感じが、この人はします)、臨場感を増す効果をあげています。アクション・サスペンスの新たな旗手の登場かと思われる作品ではありました(その後、純粋なアクション・サスペンスはあまり書いてないようですが...)。

oda.gif映画「WHITEOUT ホワイトアウト」0.JPG ただ、アクション・サスペンス的である分、人物描写や人間関係の描き方が浅かったり類型的だったりで、映画にするならば、役者は大根っぽい人の方がむしろ合っているかも、と思いながら読んでました。
 結局のところ映画は織田祐二主演で、体を張った(原作にマッチした)アクションでしたが、演技の随所に「ダイハード」のブルース・ウィリスの"嘆き節"を連想したのは自分だけでしょうか。
映画「WHITEOUT ホワイトアウト」 ('00年・東宝)

ホワイトアウト 映画 佐藤浩市.jpg映画「WHITEOUT ホワイトアウト」 松嶋.jpg 織田祐二はまあまあ頑張っているにしても、テロリスト役の佐藤浩市の演出が「ダイハード」のアラン・リックマンのコピーになってしまっていて、自分なりの役作りが出来ていないまま映画に出てしまった感じで存在感が薄く、人質にされた松嶋菜々子に至っては、別に松嶋菜々子を持ってくるほどの役どころでもなく、客寄せのためのキャスティングかと思いました。    

奥只見ダム.jpg 奥只見ダム(重力式ダム) 黒部ダム.jpg 黒部ダム(アーチ式ダム)

 細かいことですが、本作の舞台である日本最大の貯水量を誇る「奥遠和ダム」のモデルとなったのは奥只見ダムであると思われますが、映画では「奥遠和ダム」はアーチ式ダムという設定になっているため(奥只見ダムはアーチ式ではなく重力式ダム)、撮影の際にダムの外観のショットは、アーチ式の黒部ダムなどで撮っています(原作の中身は重力式ダムという設定、単行本の表紙写真は奥只見ダムのものと思われる)。
 映画化するならば、アーチ式ダムの方がビジュアル面で映える、という原作者の意向らしいですが、確かにそうかも。さすが、もとアニメ演出家。

「WHITEOUT ホワイトアウト」●制作年:2000年●製作:角川映画●監督・脚本:若松節朗●原作:真保裕一●時間:129分●出演:織田裕二/松嶋菜々子/佐藤浩市/石黒賢●劇場公開:2000/08●配給:東宝 (評価★★★)

 【1998年文庫化[新潮文庫]】

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