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「メメント・モリ」映画の"傑作"と言うか、むしろ"快作"と言った方が合っている?

Okuribito (2008).jpgおくりびと 2008 .jpgおくりびと1.jpg
おくりびと [DVD]」 山崎努・本木雅弘
Okuribito (2008)

おくりびと2.jpg チェロ奏者の小林大悟(本木雅弘)は、所属していた楽団の突然の解散を機にチェロで食べていく道を諦め、妻・美香(広末涼子)を伴い、故郷の山形へ帰ることに。さっそく職探しを始めた大悟は、"旅のお手伝い"という求人広告を見て面接へと向かう。しかし旅行代理店だと思ったその会社の仕事は、"旅立ち"をお手伝いする"納棺師"というものだった。社長の佐々木生栄(山崎努)に半ば強引に採用されてしまった大悟。世間の目も気になり、妻にも言い出せないまま、納棺師の見習いとして働き始める大悟だったが―。

おくりびと アカデミー賞.jpg 2008年公開の滝田洋二郎監督作で、脚本は映画脚本初挑戦だった放送作家の小山薫堂。第32回日本アカデミー賞の作品賞・監督賞・脚本賞・主演男優賞(本木雅弘)・助演男優賞(山崎努)・助演女優賞(余貴美子)・撮影賞・照明賞・録音賞・編集賞の10部門をを独占するなど多くの賞を受賞しましたが、その前に第32回モントリオール国際映画祭でグランプリを受賞しており、更に日本アカデミー賞発表後に第81回米アカデミー賞外国語映画賞の受賞が決まり、ロードショーが一旦終わっていたのが再ロードにかかったのを観に行きました(2009年(2008年度)「芸術選奨」受賞作。脚本の小山薫堂は第60回(2008年)「読売文学賞」(戯曲・シナリオ賞)、本木雅弘と映画製作スタッフは第57回(2009年)「菊池寛賞」を受賞している)。

滝田洋二郎監督、本木雅弘、余貴美子、広末涼子(第81回アカデミー賞授賞式/2009年2月23日(日本時間))

おくりびと3.jpg 主演の本木雅弘のこの映画にかけた執念はよく知られていますが、"原作者"に直接掛け合ったものの、原作者から自分の宗教観が反映されていないとして「やるなら、全く別の作品としてやってほしい」と言われたようです。もともとは、本木雅弘が20歳代後半に藤原新也の『メメント・モリ―死を想え』('83年/情報センター出版局)を読み、インドを旅して、いつか死をテーマにしたいと考えていたとのことで、まさに「メメント・モリ」映画と言うか、いい作品に仕上がったように思います(結局、原作者も一定の評価をしているという)。

おくりびと4.jpg 特に、前半部分で主人公が"納棺師"の仕事の求人広告を旅行代理店の求人と勘違いして面接に行くなどコメディタッチになっているのが、重いテーマでありながら却って良かったです(逆に後半はややベタか)。技術的な面や宗教性の部分で原作者に限らず他の同業者からも批判があったようですが、それら全部に応えていたら映画にならないのではないかと思います。こうした仕事に注目したことだけでも意義があるのではないかと思いますが(ジャンル的には"お仕事映画"とも言える)、米アカデミー賞の選考などでは、同時にそれが作品としてのニッチ効果にも繋がったのではないでしょうか(アカデミーの外国映画賞が、前3年ほど政治的なテーマや背景の映画の受賞が続いていたことなどラッキーな要素もあったかも)。

おくりびと5.jpg Wikipediaに「地上波での初放送は2009年9月21日で21.7%の高視聴率を記録したが、2012年1月4日の2回目の放送は3.4%の低視聴率」とありましたが、2回目の放送は日時が良くなかったのかなあ。こうした映画って、ブームの時は皆こぞって観に行くけれど、時間が経つとあまり観られなくなるというか、《無意識的に忌避される》ことがあるような気がしなくもありません。そうした傾向に反発するわけではないですが、個人的には、最初観た時は星4つ評価(○評価)であったものを、最近観直して星4つ半評価(◎評価)に修正しました(ブームの最中には◎つけにくいというのが何となくある?)。「メメント・モリ」映画の"傑作"と言うか、むしろ"快作"と言った方が合っているかもしれません。

 これもWikipediaに、「本作では、一連の死後の処置(エンゼルメイク)を納棺師が行っているが、現在では、臨終全体の8割が病院死であり、実際には、看護師が病院で行うことが多い」(小林光恵著『死化粧の時―エンゼルメイクを知っていますか』('09年/洋泉社))とありましたが、病院側がやるエンゼルメイクとは別に葬儀会社に「湯灌」などを頼めば、有料の付加サービスとしてやってくれるでしょう。納棺師と湯灌師の違いの厳密な規定はないそうですが、そうした人たちもある意味"おくりびと"であるし(最近若い女性の湯灌師が増えているという)、エンゼルメイクする看護師もその仕事をしている時は、広い意味での"おくりびと"であると言えるのではないでしょうか。

木村家の人びとド.jpg 滝田洋二郎監督は元々は新東宝で成人映画を撮っていた監督で、初めて一般映画の監督を務めた「コミック雑誌なんかいらない!」('86年/ニュー・センチュリー・プロデューサーズ)でメジャーになった人です。個人的には、鹿賀丈史、桃井かおり主演の夫婦で金儲けに精を出す家族を描いた「木村家の人びと」('88年/ヘラルド・エース=日本ヘラルド映画)を最初に観て、部分部分は面白いものの、全体として何が言いたいのかよく分からなかったという感じでした(ぶっ飛び度で言えば、石井聰互監督の「逆噴射家族」('84年/ATG)の方が上)。その後、東野自圭吾原作の「秘密」('99年/東宝)、浅田次郎原作の「壬生義士伝」('03年/松竹)を観て、比較的原作に沿って作る"職人肌"の監督だなあと思いました(結果として、映画に対する評価が、原作に対する好き嫌いにほぼ対応したものとなった。「木村家の人びと」の原作は未読)。「おくりびと」はいい作品だと思いますが、このタイプの監督が米アカデミー賞の表彰式の舞台に立つのは、やや違和感がなくもないです。菊池寛賞も、「本木雅弘と映画製作スタッフ」が受賞対象者となっていて、その辺りが妥当な線かもしれません(まあ、アカデミー外国映画賞も監督にではなく作品に与えられた賞なのだが)。因みに、「木村家の人びと」はビデオが絶版になった後DVD化されておらず[2017年現在]、ファンがDVD化を待望しているようですが、個人的にはどうしても観たいというほどでもありません。
   
丸の内ルーブル.jpg丸の内ピカデリー3.jpg「おくりびと」●制作年:2009年●監督:滝田洋二郎●製作:中沢敏明/渡井敏久●脚本:小山薫堂●撮影:浜田毅●音楽:久石譲●時間:130分●出演:本木雅弘/広末涼子/山崎努/杉本哲太/峰岸徹/余貴美子/吉行和子/笹野高史/山田辰夫/橘ユキコ/飯森範親/橘ゆかり/石田太郎/岸博之/大谷亮介/諏訪太郎/星野光代/小柳友貴美/飯塚百花/宮田早苗/白井小百合●公開:2008/09●配給:松竹●最初に観た場所:丸の内ブラゼール4.jpg丸の内ブラゼールes.jpg丸の内ピカデリー3(09-03-12)(評価:★★★★☆)
丸の内松竹(丸の内ピカデリー3) 1987年10月3日「有楽町マリオン」新館5階に7階「丸の内ルーブル」とともにオープン、1996年6月12日~「丸の内ブラゼール」、2008年12月1日~「丸の内ピカデリー3」) (「丸の内ルーブル」は2014年8月3日閉館)

「サロンパス ルーブル丸の内/丸の内ブラゼール」(2008)


木村家の人びと vhs.jpg木村家の人びとf5.jpg「木村家の人びと」●制作年:1988年●監督:滝田洋二郎●脚本:一色伸幸●撮影:志賀葉一●音楽:大野克夫●原作:谷俊彦●時間:113分●出演:鹿賀丈史/桃井かおり/岩崎ひろみ/伊崎充則/柄本明/木内みどり/風見章子/小西博之/清水ミチ木村家の人びと4.jpg木村家の人びと 加藤嘉_0.jpgコ/中野慎/加藤嘉/木田三千雄/奥村公延/多々良純/露原千草/辻伊万里/今井和子/酒井敏也/鳥越マリ/池島ゆたか/上田耕一/江森陽弘/津村鷹志/竹中直人/螢雪次朗/ルパン鈴木/山口晃史/三輝みきこ/小林憲二/野坂きいち/江崎和代/橘雪子/ベンガル●劇場公開:1988/05●配給:東宝 (評価★★★)

秘密DVD2.jpg映画 秘密2.jpg「秘密」●制作年:1999年●監督:滝田洋二郎●製作:児玉守弘/田上節郎/進藤淳一●脚本:斉藤ひろし●撮影:栢野直樹●音楽:宇崎竜童●原作:東野圭吾●時間:119分●出演:広末涼子/小林薫/岸本加世子/金子賢/石田ゆり子/伊藤英明/大杉漣/山谷初男/篠原ともえ/柴田理恵/斉藤暁/螢雪次朗/國村隼/徳井優/並樹史朗/浅見れいな/柴田秀一●劇場公開:1999/09●配給:東宝 (評価★★★☆)

壬生義士伝(DVD).jpg壬生義士伝m.jpg「壬生義士伝」●制作年:2003年●監督:滝田洋二郎●製作:松竹/テレビ東京/テレビ大阪/電通/衛星劇場●脚本:中島丈博●撮影:浜田毅●音楽:久石譲●時間:137分●出演:中井貴一/佐藤浩市/夏川結衣/中谷美紀/山田辰夫/三宅裕司/塩見三省/野村祐人/堺雅人/斎藤歩/比留間由哲/神田山陽/堀部圭亮/津田寛治/加瀬亮/木下ほうか/村田雄浩/伊藤淳史/藤間宇宙/大平奈津美●公開:2003/01●配給:東宝 (評価:★★☆)

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講談調で娯楽性が高く、伝説的虚構性を重視。「忠臣蔵」の初心者が大枠を掴むのに良い。

忠臣蔵(1958).jpg
忠臣蔵 1958_0.jpg
忠臣蔵 [DVD]」(2004) 主演:長谷川一夫

忠臣蔵 [DVD]」(2013)

忠臣蔵(1958)市川.jpg 元禄14年3月、江戸城勅使接待役に当った播州赤穂城主・浅野内匠頭(市川雷蔵)は、日頃から武士道を時世遅れと軽蔑する指南役・吉良上野介(滝沢修)から事毎に意地悪い仕打ちを受けるが、近臣・堀部安兵衛(林成年)の機転で重大な過失を免れ、妻あぐり(山本富士子)の言葉や国家老・大石内蔵助(長谷川一夫)の手紙により慰められ、怒りを抑え役目大切に日を過す。しかし、最終日に許し難い侮辱を受けた内匠頭は、城中松の廊下で上野介に斬りつけ、無念にも討ち損じる。幕府は直ちに事件の処置を計るが、上野介忠臣蔵  昭和33年.jpg贔屓の老中筆頭・柳沢出羽守(清水将夫)は、目付役・多門伝八郎(黒川弥太郎)、老中・土屋相模守(根上淳)らの正論を押し切り、上野介は咎めなし、内匠頭は即日切腹との処分を下す。内匠頭は多門伝八郎の情けで家臣・片岡源右衛門(香川良介)に国許へ遺言を残し、従容と死につく。赤穂で悲報に接した内蔵助は、混乱する家中の意見を籠城論から殉死論へと導き、志の固い士を判別した後、初めて仇討ちの意図を洩らし血盟の士を得る。その中には前髪の大石主税(川口浩)と矢頭右衛門七(梅若正二)、浪々中を馳せ参じた不破数右衛門(杉山昌三九)も加えられた。内蔵助は赤穂城受取りの脇坂淡路守(菅原謙二)を介して浅野家再興Chûshingura(1958).jpgの嘆願書を幕府に提出、内蔵助の人物に惚れた淡路守はこれを幕府に計るが、柳沢出羽守は一蹴する。上野介の実子で越後米沢藩主・上杉綱憲(船越英二)は、家老・千坂兵部(小沢栄太郎)に命じて上野介の身辺を警戒させ、兵部は各方面に間者を放つ。内蔵助は赤穂退去後、京都山科に落着くが、更に浅野家再興嘆願を兼ねて江戸へ下がり、内匠頭後室・あぐり改め瑤泉院を訪れる。瑤泉院は、仇討ちの志が見えぬ内蔵助を責める侍女・戸田局(三益愛子)とは別に彼を信頼している。内蔵助はその帰途に吉良方の刺客に襲われ、多門伝八郎の助勢で事なきを得るが、その邸内で町人姿の岡野金右衛門(鶴田浩二)に引き合わされる。伝八郎は刃傷事件以来、陰に陽に赤穂浪士を庇護していたのだ。一方、大石襲撃に失敗した千坂兵部は清水一角(田崎潤)の報告によって並々ならぬ人物と知り、腹心の女るい(京マチ子)を内蔵助の身辺に間者として送る。江戸へ集った急進派の堀部安兵衛らは、出来れば少人数でもと仇討ちを急ぐが、内蔵助は大義の仇討ちをするには浅野家再興の成否を待ってからだと説く。半年後、祇園一力茶屋で多くの遊女と連日狂態を示す内蔵助の身辺に、内蔵助を犬侍と罵る浪人・関根弥次郎(高松英郎)、内蔵助を庇う浮橋(木暮実千代)ら太夫、仲居姿のるいなどがいた。内蔵助は浅野再興の望みが絶えたと知ると、浮橋を身請けして、妻のりく(淡島千景)に離別を申渡す。長子・主税のみを残しりくや幼い3人の子らと山科を去る母たか(東山千栄子)は、仏壇に内蔵助の新しい位牌を見出し、初めて知った彼の本心にりくと共に泣く。るいは千坂の間者・忠臣蔵  昭和33年tyu.jpg小林平八郎(原聖四郎)から内蔵助を斬る指令を受けるがどうしても斬れず、平八郎は刺客を集め内蔵助を襲い主税らの剣に倒れる。機は熟し、内蔵助ら在京同志は続々江戸へ出発、道中、近衛家用人・垣見五郎兵衛(二代目中村鴈治郎)は、自分の名を騙る偽者と対峙したが、それを内蔵助と知ると自ら偽者と名乗忠臣蔵e.jpgって、本物の手形まで彼に譲る。江戸の同志たちも商人などに姿を変えて仇の動静を探っていたが、吉良方も必死の警戒を続け、しばしば赤穂浪士も危機に陥る。千坂兵部は上野介が越後へ行くとの噂を立て、この行列を襲う赤穂浪士を一挙葬る策を立てるが、これを看破した内蔵助は偽の行列を見送る。やがて、赤穂血盟の士47人は全員江戸に到着し、決行の日は後十日に迫るが、肝心の吉良邸の新しい絵図面だけがまだ無い。岡野金右衛門は同志たちから、彼を恋する大工・政五郎(見明凡太朗)の娘お鈴(若尾文子)を利用してその絵図を手に入れるよう責められていて、決意してお鈴に当る。お鈴は小間物屋の番頭と思っていた岡野金右衛門を初めて赤穂浪士と覚ったが、方便のためだけか、恋してくれているのかと彼に迫り、男の真情を知ると嬉し泣きしてその望みに応じ、政五郎も岡野金右衛門の名も聞かずに来世で娘と添ってくれと頼む。江戸へ帰ったるいは、再び兵部の命で内蔵助を偵察に行くが、内蔵助たちの美しい心と姿に打たれる彼女は逆に吉良家茶会の日を14日と教える。その帰途、内蔵助を斬りに来た清水一角と同志・大高源吾(品川隆二)の斬合いに巻き込まれ、危って一角の刀に倒れたるいは、いまわの際にも一角に内蔵助の所在を偽る。るいの好意とその最期を聞いた内蔵助は、12月14日討入決行の檄を飛ばす。その14日、内蔵助はそれとなく今生の暇乞いに瑤泉院を訪れるが、間者の耳目を警戒して復讐の志を洩らさChûshingura (1958) .jpgず、失望する瑤泉院や戸田局を後に邸を辞す。同じ頃、同志の赤垣源蔵(勝新太郎)も実兄・塩山伊左衛門(竜崎一郎)の留守宅を訪い、下女お杉(若松和子)を相手に冗談口をたたきながらも、兄の衣類を前に人知れず別れを告げて飄々と去る。勝田新左衛門(川崎敬三)もまた、実家に預けた妻と幼児に別れを告げに来たが、舅・大竹重兵衛(志村喬)は新左衛門が他家へ仕官すると聞き激怒し罵る。夜も更けて瑤泉院は、侍女・紅梅(小野道子)が盗み出そうとした内蔵助の歌日記こそ同志の連判状であることを発見、内蔵助の苦衷に打たれる。その頃、そば屋の二階で勢揃いした赤穂浪士47人は、表門裏門の二手に分れ内蔵助の采忠臣蔵 1958_1.jpg配下、本所吉良邸へ乱入。乱闘数刻、夜明け前頃、間十次郎(北原義郎)と武林唯七(石井竜一)が上野介を炭小屋に発見、内蔵助は内匠頭切腹の短刀で止めを刺す。赤穂義士の快挙は江戸中の評判となり、大竹重兵衛は瓦版に婿の名を見つけ狂喜し、塩山伊左衛門は下女お杉を引揚げの行列の中へ弟を探しにやらせお杉は源蔵を発見、大工の娘お鈴もまた恋人・岡野金右衛門の姿を行列の中に発見し、岡野から渡された名札を握りしめて凝然と立ちつくす。一行が両国橋に差しかかった時、大目付・多門伝八郎は、内蔵The Loyal 47 Ronin (1958).jpg忠臣蔵 _V1_.jpg助に引揚げの道筋を教え、役目を離れ心からの喜びを伝える。その内蔵助が白雪の路上で発見したものは、白衣に身を包んだ瑤泉院が涙に濡れて合掌する姿だった―。[公開当時のプレスシートより抜粋]
若尾文子(お鈴)・鶴田浩二(岡野金右衛門)

 1958(昭和33)年に大映が会社創立18年を記念して製作したオールスター作品で、監督は渡辺邦男(1899-1981)。大石内蔵助に大映の大看板スター長谷川一夫、浅野内匠頭に若手の二枚目スター市川雷蔵のほか鶴田浩二、勝新太郎という豪華絢爛たる顔ぶれに加え女優陣にも京マチ子、山本富士子、木暮実千代、淡島千景、若尾文子といった当時のトップスターを起用しています。当時、赤穂事件を題材とした映画は毎年のように撮られていますが、この作品は、その3年後に作られた同じく大作である松田定次監督、片岡千恵蔵主演の「赤穂浪士」('61年/東映)とよく比較されます。「赤穂浪士」の方は大佛次郎の小説『赤穂浪士』をベースとしています。

 "忠臣蔵通"と言われる人たちの間では'61年の東映版「赤穂浪士」の方がどちらかと言えば評価が高く、一方、この'58年の大映版「忠臣蔵」は、「戦後映画化作品の中で最も浪花節的かつ講談調で娯楽性が高く、リアリティよりも虚構の伝説性を重んじる当時の風潮が反映されている作品であり、『忠臣蔵』の初心者が大枠を掴むのに適していると言われている」(Wikipedia)そうです。概ね同感ですが、東映版「赤穂浪士」にしても、史実には無い大佛次郎が作りだしたキャラクターが登場したりするわけで、しかも細部においては必ずしも原作通りではないことを考えると、この大映版「忠臣蔵」は、これはこれで「伝説的虚構性を重視」しているという点である意味オーソドックスでいいのではないかと思いました。

 「赤穂浪士」の片岡千恵蔵の大石内蔵助と、3年先行するこの「忠臣蔵」の長谷川一夫の大石内蔵助はいい勝負でしょうか。「赤穂浪士」が浅野内匠頭に大川橋蔵を持ってきたのに対し、この「忠臣蔵」の浅野内匠頭は市川雷蔵で、「赤穂浪士」が吉良上野介に月形龍之介を持ってきたのに対し、この「忠臣蔵」の吉良上野介は滝沢修です。この「忠臣蔵」の長谷川一夫と滝沢修は、6年後のNHKの第2回大河ドラマ「赤穂浪士」('64年)でも忠臣蔵 1958.jpgそれぞれ大石内蔵助と吉良上野介を演じています(こちらは大佛次郎の『赤穂浪士』が原作)。また、「赤穂浪士」が「大石東下り」の段で知られる立花左近に大河内傳次郎を配したのに対し、こちら「忠臣蔵」は立花左近に該当する垣見五郎兵衛忠臣蔵 1958 中村.jpg二代目中村鴈治郎を配しており、長谷川一夫が初代中村鴈治郎の門下であったことを考えると、兄弟弟子同士の共演とも言えて興味深いです。但し、この場面の演出は片岡千恵蔵・大河内傳次郎コンビの方がやや上だったでしょうか。
二代目中村鴈治郎(垣見五郎兵衛)

勝新太郎(赤垣源蔵)
忠臣蔵_V1_.jpg この作品は、講談などで知られるエピソードをよく拾っているように思われ、先に挙げた内蔵助が武士の情けに助けられる「大石東下り」や、同じく内蔵助がそれとなく瑤泉院を今生の暇乞いに訪れる「南部坂雪の別れ」などに加え、赤垣源蔵が兄にこれもそれとなく別れを告げに行き、会えずに兄の衣服を前に杯を上げる「赤垣源蔵 徳利の別れ」などもしっかり織り込まれています。赤垣源蔵役は勝新太郎ですが、この話はこれだけで「赤垣源蔵(忠臣蔵赤垣源蔵 討入り前夜)」('38年/日活)という1本の映画になっていて、阪東妻三郎が赤垣源蔵を演じています。また、浪々中を馳せ参じた不破数右衛門(杉山昌三九)もちらっと出てきますが、この話も「韋駄天数右衛門」忠臣蔵 1958 simura.jpg('33年/宝塚キネマ)という1本の映画になっていて、羅門光三郎が不破数右衛門を演じています。こちらの話ももう少し詳しく描いて欲しかった気もしますが、勝田新左衛門の舅・大竹重兵衛(志村喬)のエピソードなどは楽しめました(志村喬は戦前の喜劇俳優時代の持ち味を出していた)。

志村喬(大竹重兵衛)

 映画会社の性格かと思いますが、東映版「赤穂浪士」が比較的男優中心で女優の方は脇っぽかったのに対し、こちらは、山本富士子が瑤泉院、京マチ子が間者るい、木暮実千代が浮橋太夫、淡島千景が内蔵助の妻りく、若尾文子が岡野金右衛門(鶴田浩二)の恋人お鈴、中村玉緒が浅野家腰元みどりと豪華布陣です。それだけ、盛り込まれているエピソードも多く、全体としてテンポ良く、楽しむところは楽しませながら話が進みます。山本富士子はさすがの美貌というか貫禄ですが、京マチ子忠臣蔵 鶴田浩二 若尾文子.jpgの女間者るいはボンドガールみたいな役どころでその最期は切なく、若忠臣蔵 1958 yamamoto.jpg忠臣蔵 1958 kyou.jpg忠臣蔵 1958 turuta.jpg尾文子のお鈴は、父親も絡んだ吉良邸の絵図面を巡る話そのものが定番ながらもいいです。

山本富士子(瑤泉院)/京マチ子(女間者おるい)/鶴田浩二(岡野金右衛門)  若尾文子(お鈴)・鶴田浩二

忠臣蔵 1958es.jpg忠臣蔵(1958)6.jpg滝沢修(吉良上野介)・市川雷蔵(浅野内匠頭)

 渡辺邦男監督が「天皇」と呼ばれるまでになったのはとにかく、この人は早撮りで有名で、この作品も35日間で撮ったそうです(初めて一緒に仕事した市川雷蔵をすごく気に入ったらしい)。でも、画面を観ている限りそれほどお手軽な感じは無く、監督の技量を感じました。ストーリーもオーソドックスであり、確かに、自分のような初心者が大枠を掴むのには良い作品かもしれません。松田定次監督、片岡千恵蔵主演の「赤穂浪士」('61年)と同様、役者を楽しむ映画であるとも言え、豪華さだけで比較するのも何ですが、役者陣、特に女優陣の充実度などでこちらが勝っているのではないかと思いました。
 

「忠臣蔵」スチール 淡島千景(大石の妻・りく)/長谷川一夫(大石内蔵助)/木暮実千代(浮橋太夫)
淡島千景『忠臣蔵』スチル1.jpg
淡島千景/東山千栄子(大石の母・おたか)
淡島千景『忠臣蔵』スチル5.jpg

小沢栄太郎(千坂兵部)・京マチ子(女間者おるい)    船越英二(上杉綱憲)
忠臣蔵 小沢栄太郎・京マチ子.jpg 忠臣蔵 船越英二.jpg

Chûshingura (1958)
Chûshingura (1958).jpg忠臣蔵 1958 08.jpg「忠臣蔵」●制作年:1958年●監督:渡辺邦男●製作:永田雅一●脚本:渡辺邦男/八尋不二/民門敏雄/松村正温●撮影:渡辺孝●音楽:斎藤一郎●時間:166分●出演:長谷川一夫/市川雷蔵/鶴田浩二/勝新太郎/川口浩/林成年/荒木忍/香川良介/梅若正二/川崎敬三/北原義郎/石井竜一/伊沢一郎/四代目淺尾奥山/杉山昌三九/葛木香一/舟木洋一/清水元/和泉千忠臣蔵 1958 10.jpg太郎/藤間大輔/高倉一郎/五代千太郎/伊達三郎/玉置一恵/品川隆二/横山文彦/京マチ子/若尾文子/山本富士子淡島千景/木暮実千代/三益愛子/小野道子/中村玉緒/阿井美千子/藤田佳子/三田登喜子/浦路洋子/滝花久子/朝雲照代/若松和子/東山山本富士子『忠臣蔵(1958).jpg千栄子/黒川弥太郎/根上淳/高松英郎/花布辰男/松本克平/二代目澤村宗之助/船越英二/清水将夫/南條新太郎/菅原謙二/南部彰三/春本富士夫/寺島雄作/志摩靖彦/竜崎一郎/坊屋三郎/見明凡太朗/上田寛/小沢栄太郎/田崎潤/原聖四郎/志村喬/二代目中村鴈治郎/滝沢修●公開:1958/04●配給:大映(評価:★★★★)
山本富士子(瑤泉院)

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ヒットメーカーによる自伝的歌謡曲史。楽しく、懐かしく読めた1冊。

愛すべき名歌たち.jpg 阿久悠1.jpg 
愛すべき名歌たち (岩波新書)』阿久 悠 作詞の初ヒット曲「白い蝶のサンバ」(1970、森山加代子)

 『愛すべき名歌たち』('99年/岩波新書)は、作詞家・阿久悠(あく・ゆう)(1937-2007/享年70)が、1997年4月から1999年4月にかけて「朝日新聞」夕刊芸能面に通算100回連載したコラムの新書化で、『書き下ろし歌謡曲』('97年/岩波新書)に続く著者2冊目の岩波新書です。

 サブタイトルに「私的昭和歌曲史」とあるように、高峰三枝子の「湖畔の宿」から始まって美空ひばりの「川の流れのように」まで全100曲を選び、自分史に重ねる形で、それぞれぞれの時代に流行った歌謡曲やそれに纏わる思い出が書き綴られており、半ば自伝とも言える体裁。当然のことながら、後半はヒットメーカーとして知られた著者自身が作詞家として関わった曲が多く取り上げられています(Wikipediaで取り上げている曲の一覧を見ることが出来る)。

 それらの時代区分としては、以下の通りとなっています。
  Ⅰ 〈戦後〉という時代の手ざわり(1940~1954)(幼年時代;高校まで)
  Ⅱ 都会の響きと匂い(1955~1964)(大学時代;広告の世界で)
  Ⅲ 時代の変化を感じながら(1964~1971)(放送作家時代;遅れてきた作詞家)
  Ⅳ 競いあうソングたち(1971~1975)(フリー作家の時代;新感覚をめざして)
  Ⅴ 時代に贈る歌(1976~1989)(歌の黄金時代)

 非常に読み易く、文章をよく練っている印象。個人的には第Ⅰ章の自伝色が強い部分と、やはり第Ⅱ章の最初の広告業界に入った頃の話が特に興味深く読めました。

 著者が就職活動をしたのは1958(昭和33)年で不況の折でしたが、当時はテレビ番組の「月光仮面」が驚異的な視聴率でブームを巻き起こしていて、その仕掛け人である広告会社が就職先の選択肢となり得たとのこと。但し、本書には書かれていませんが、この番組は当初スポンサーが付かず、広告会社(宣弘社)が自らプロダクションを興して制作にあたった番組でした(著者は結局、この会社=宣弘社にコピーライターとして7年間務めることになる)。

森山加代子 .jpg白い蝶のサンバ.jpg 作詞家に転じてからの著者は、最初の作品「朝まで待てない」を出して以来、3年間結果が残せていなかったとのことで、初の本格ヒットがが生まれたのは、本書の第Ⅲ章も終わり近い1970(昭和45)年の「白い蝶のサンバ」であたっとのこと(森山加代子はこの曲でこの年のNHK紅白歌合戦に8年ぶり4度目の出場)。個人的にもちょうど歌番組など観るようになった頃で、懐かしい曲でありました(早口言葉みたな感じの歌として流行ったけれど、著者が言うように、今みるとそんなに早口というわけでもない)。

 本書は、作詞家・阿久悠の「自分史」を軸とした歌謡曲史でしたが、一方、同じく岩波新書の高譲(こう・まもる)『歌謡曲―時代を彩った歌たち』('11年/岩波新書)の方は、客観的な「ディスコグラフィ(Discography)」としての歌謡曲史でした。この中で、目次をの'節'のタイトルに「阿久悠の時代」というのがあり、目次で個人名が出てくるは著者だけでした。こうしたことからも、やはり、歌謡曲史に大きな足跡を残した人物と言えるのでしょう。楽しく、また懐かしく読めた1冊でした。
阿久 悠 Collection

歌謡曲 岩波新書.jpg 『歌謡曲―時代を彩った歌たち』の方は、版元の紹介文によれば―、
 「ディスコグラフィ(Discography)」という言葉があります.日本では「アーティストの作品目録」として理解されることの多い言葉ですが、本来の意味からするとむしろ、その楽曲は、だれが、どのように作り出したのか、どう歌われているのかを客観的に考察する、学術的な分野を指します。著者の高護さんは、知る人ぞ知る、歌謡曲では唯一無二のディスコグラファーです。その該博な知識と確かな分析で、歌謡曲の魅力をあますところなく解説します
 ―とのことです。
歌謡曲――時代を彩った歌たち (岩波新書)

 歌謡曲とは何かということについてはいろいろ議論はあるかと思われますが、この本ではそうした"概論"乃至"総論"的な話はせず、いきなり歌謡曲史に入っており、各1章ずつ割いている60年代、70年代、80年代が本書の中核を成しています。ものすごく網羅的ですが、一方で、一世を風靡した、或いは時代を画した歌手や歌曲には複数ページを割いて解説するど、メリハリが効いています。読んでいくと、グループサウンズ、例えば「タイガース」などは、専らソロ歌手としての沢田研二に絞って取り上げていたりし、ジャニーズ系も「たのきんトリオ」以降グループとしては全然触れられておらず、後の方に出てくる「おニャン子クラブ」などもソロになった新田恵利だけが取り上げられています。この続きが書かれるとしたら、「AKB48」などは入ってこないのかなあ。「ザ・ピーナッツ」(伊藤エミ(1941-2012)、伊藤ユミ(1941-2016))とかは当然取り上げているわけで、和製ポップスは取り上げ、J-ポップは取り上げないというわけでもないでしょうが(J-ポップが登場したのが'88年頃なので、殆ど本書の対象期間とずれていて何とも言えない)。ニューミュージックも取り上げていますが、そもそもどこからどこまでがニューミュージックなのか分かりませんけれど(森進一が歌いレコード大賞曲となった「襟裳岬」は吉田拓郎の曲だった)。あまり考えすぎると楽しめないのかもしれず、本書が歌謡曲とは何かという議論を避けているのは、ある意味賢い選択であったかも。
ザ・ピーナッツ(活動期間:1959-1975)「恋のバカンス」(1975年 さようならピーナッツ)

 歌手に限らず、作詞家、作曲家、編曲家まで取り上げており、確かに阿久悠の存在は大きいけれど、その前にも 岩谷時子(作詞)・いずみたく(作曲)といった強力なコンビがいて「夜明けのうた」('64年/歌:岸洋子)、「太陽のあいつ」('67年/歌:ジャニーズ)、「恋の季節」('68年/歌:ピンキーとキラーズ)等々、数多くのヒットを生んでいるし(2人とも歌謡曲が"本業"でも"専業"でもなかったという点が興味深い)、五木ひろしの芸名の名付親だった「よこはま・たそがれ」('71年)の山口山口洋子.jpg洋子(1937-2014)なども平尾昌晃と最強タッグを組んでいたし(山口洋子は同じ作詞家で直木賞受賞作家でもあるなかにし礼よりも15年前に直木賞を受賞している)、作曲家では「ブルー・ライト・ヨコハマ」('69年/歌:いしだあゆみ)以来、この本の終わり、つまり80年代終わりまでこの世界のトップに君臨し続け、70年代、80年代を席巻した筒美京平なんてスゴイ人もいました(因みに、阿久悠作詞、筒美京平作曲で最初で最大のヒット曲は日本レコード大賞の大賞受賞曲「また逢う日まで」('71年/歌:尾崎紀世彦(1943-2012))。これもまた、懐かしい思いで読めた1冊でした。

《読書MEMO》
●『歌謡曲―時代を彩った歌たち』章立て
序 章
戦前・戦後の歌謡曲
第1章 和製ポップスへの道―1960年代  
1960年代概説
1 新たなシーンの幕開け
2 カヴァーからのはじまり
3 青春という新機軸
4 ビート革命とアレンジ革命
5 新しい演歌の夜明け 
第2章 歌謡曲黄金時代―1970年代  
1970年代概説
1 歌謡曲の王道
2 アイドル・ポップスの誕生
3 豊饒なる演歌の世界
4 阿久悠の時代 
第3章 変貌進化する歌謡曲―1980年代  
1980年代概説
1 シティ・ポップスの確立
2 演歌~AOR歌謡の潮流
3 アイドルの時代 
終 章 90年代の萌芽―ダンス・ビート歌謡

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健さんの作品の中ではちょっと変わった味がある?

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居酒屋兆治 昭和58年.jpg
居酒屋兆治 [DVD]

居酒屋兆治 2.jpg 函館で居酒屋「兆治」を営む藤野英治(高倉健)は、輝くような青春を送り、挫折と再生を経て現在に至っている。かつての恋人で、今は資産家と一緒になった「さよ」(大原麗子)の転落を耳にするが、現在の妻・茂子(加藤登紀子)との生活の中で何もできない自分と、振り払えない思いに挟まれていく。周囲の人間はそんな彼に同情し苛立ち、さざなみのような波紋が周囲に広がる。「煮えきらねえ野郎だな。てめえんとこの煮込みと同じだ」と学校の先輩の河原(伊丹十三)に挑発されても頭を下げるだけの英治。そんな夫を見ながら茂子は、人が人を思うことは誰にも止められないと呟いていた―。

居酒屋兆治 3.jpg 今月['14年11月]10日に亡くなった高倉健(1931-2014/享年83)の52歳の時の出演作。文春文庫ビジュアル版の『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年)に監督・男優・女優の各ベスト10のコーナーがあって、男優ベスト10は、1位・坂東妻三郎、2位・高倉健、3位・笠智衆、4位・三船敏郎、5位・三國連太郎、6位・森雅之、7位・志村喬、8位・石原裕次郎、9位・市川雷蔵、10位・緒形拳となっており、この中で存命していたのは高倉健のみだっただけに、その死は尚更に寂しく思えます。'12年の菊池寛賞の受賞式を欠席したのはともかく、'13年の文化勲章受賞式に出席したのを見て逆にもしかしてちょっとヤバいのかなと思ったけれど...。

居酒屋兆治 4.jpg この作品は最初に観た時は、大原麗子(当時37歳)のあまりの暗さに引いてしまいましたが(「網走番外地 北海篇」('65年)などで見せた勝気で明るい女性キャラとは真逆)、改めて観直してみるとそう悪くも感じないのは自分の年齢のせいか。その大原麗子(1946-2009/享年62)も亡くなってしまったわけですが、河原役の伊丹十三(1933-97/享年64)、居酒屋の親爺で英治の師匠役の東野英治郎(1907-94/享年86)、「兆治」の常連客役の池部良(1918-2010/享年92)(高倉健とは「昭和残侠居酒屋兆治 大滝秀治.jpg伝」シリーズ('65-'72年)以来、正確には「君よ憤怒の河を渉れ」('76年)、「冬の華」('78年)、「駅STATION」('81年)に続く共演)、英治が元いた会社の専務役の佐藤慶(1928-2010/去年81)、小学校長役の大滝秀治(1925-2012/享年87)など、初めてこの作品を観てから亡くなった人が随分いるなあと。高倉健、伊丹十三、池部良のスリーショットなんて、観ていてしみじみしてしまいます。

居酒屋兆治 1.jpg 一方で、原作者の山口瞳(1926-1995/享年68)や、この映画の題字を担当した山藤章二(共に右写真中央)、ミュージシャンの細野晴臣(水色のランニング姿。カメオ出演というより役者として出ている)なども出演していて、皆で楽しく作っている作品という印象もあり、ちあきなおみ加藤登紀子といった役者が本業ではない人が活き活きと演技しています。

 高倉健はこの「居酒屋兆治」への出演準備をしていた矢先に黒澤明監督から「鉄修理(くろがねしゅり)」役で「乱」への出演を打診されていますが、「でも僕が『乱』に出ちゃうと、『居酒屋兆治』がいつ撮影できるかわからなくなる。僕がとても悪くて、計算高い奴になると追い込まれて、僕は黒澤さんのところへ謝りに行きました」と述懐しています。黒澤明は自ら高倉宅へ足繁く黒澤明2.jpg4回も通って、「困ったよ、高倉君。僕の中で鉄(くろがね)の役がこんなに膨らんでいるんですよ。僕が降旗康男君のところへ謝りに行きます」と口説いたけれども、高倉健は「いや、それをされたら降旗監督が困ると思いますから。二つを天秤にかけたら誰が考えたって、世界の黒澤作品を選ぶでしょうが僕には出来ない。本当に申し訳ない」と断ったため、黒澤明から「あなたは難しい」と言われたそうです(結局、鉄修理は井川比佐志が演じることになった。高倉健はその後、偶然「乱」のロケ地を通る機会があり、「畜生、やっていればな」と後悔の念があったとも語っている。但し、高倉健の後期の黒澤作品に対する評価はイマイチのようだ)。

居酒屋兆治 7.jpg 今観ると、高倉健の降旗監督に寄せる信頼が、この作品のアットホームな雰囲気を醸しているのかもしれないという気もします。高倉健と田中邦衛がやり合う場面で、田中那衛のオーバーアクションに高倉健が噴き出したように見えるシーンがあって、最初に観た時はそれがものすごく引っかかったのですが(普通はNGではないかと)、そうした雰囲気の中で撮られた作品だと思うとさほど気にはならず、高倉健の出演作の中ではちょっと変わった味があると思えるようにもなってきました。

(下) 高倉健・ちあきなおみ / 高倉健・東野英治郎 / 伊丹十三・細野晴臣
居酒屋兆冶 ちあき.jpg 居酒屋兆冶 東野.jpg 居酒屋兆冶 細野.jpg

チャン・イーモウ監督と高倉健さん.jpg    高倉健 訃報.png
チャン・イーモウ監督と高倉健(2005年東京国際映画祭)[毎日新聞]/2013年文化勲章受章

居酒屋兆治 ikebe.jpgizakayatyoji.jpg「居酒屋兆治」●制作年:1983年●監督:降旗康男●製作:田中プロモーション●脚本:大野靖子●撮影:木村大作●音楽:井上堯之(主題歌「時代おくれの酒場」 歌:高倉健/作詞・作曲:加藤登紀子)●時間:125分●原作:山口瞳「居酒屋兆治」●出演:高倉健/大原麗子/加藤登紀子/伊丹十三/田中邦衛/小林稔侍/左とん平/池部良/ちあきなおみ/東野英治郎/佐藤慶/平田満/河原さぶ/小松政夫/美里英二/あき竹城/大滝秀治/石野真子/山谷初男/細野晴臣/三谷昇/石山雄大/武田鉄矢/好井ひとみ/伊佐山ひろ子/武田鉄矢/板東英二/山藤章二●公開:1983/11●配給:東宝●最初に観た場所:●最初に観た場所:●最初に観た場所:テアトル新宿(84-02-12)(評価:★★★☆)●併映:「魚影の群れ」(相米慎二)

大原麗子メモリー ずっと好きでいて」('10年/講談社)
大原麗子メモリー ずっと好きでいて200_.jpg 大原麗子メモリー ずっと好きでいてWL.jpg 大原麗子メモリー ずっと好きでいて1L.jpg

《読書MEMO》
●ロングインタビュー(時事ドットコム 2012年)より
 「降旗監督の「居酒屋兆治」の準備が進んでいたとき、黒澤さんの「乱」に(鉄修理=くろがね・しゅり=役で)出演できるという話があった。でも、僕が「乱」に出ちゃうと「居酒屋兆治」がいつ撮影できるか分からなくなる...。とても僕が悪くて、計算高いやつになるという風に追い込まれて、僕は黒澤さんのところへ謝りに行きました。
 あの時、黒澤さんは僕の家に4回いらして、「困ったよ、高倉君。僕の中で鉄(くろがね)の役がこんなに膨らんでいるんですよ。僕が降旗君のところへ謝りに行きます」とまで言ってくれた。でも、僕は「いや、それをされたら降旗さんが困ると思いますから。二つをてんびんに掛けたら、誰が考えたって世界の黒澤作品を選ぶのが当然でしょうが、僕にはできない。本当に申し訳ない」と謝った。黒澤さんには「あなたは難しい」って言われましたね。
 その後、「乱」のロケ地を偶然通ったことがあって、「畜生、やっていればな」と思いましたよ。
 ただ、黒澤監督の晩年の作品には、良いものがないと思うんですよね。僕は、監督が(作品の常連だった)三船敏郎さんと別れたのが大きい気がする。志村喬さんもそうだったけれど、三船さんは(黒澤作品の)エンジンの大きな出力だったのでしょう。二人が抜けたことで、その出力がどーんと落ちた。怖いですよね。映画は絶対に一人ではできないんですよ。」

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山中貞雄、26歳の才気。大河内傳次郎、50代後半になっても剣捌き変わらずか。

丹下左膳 百万両の壺 dvd2.jpg 丹下左膳 百万両の壺 01.jpg ごろつき船 dvd.jpg ごろつき船 vhs.jpg
丹下左膳餘話 百萬両の壺 [DVD] 」大河内傳次郎/喜代三['35年]「ごろつき船 [DVD] 」/VHS/大河内傳次郎/相馬千恵子/月形龍之介['50年]
丹下左膳 百万両の壺 03.jpg 小藩・柳生家に伝わる「こけ猿の壺」に、先祖が埋め隠した百万両の在り処が示されていることが判明するが、壺は先日江戸の道場屋敷に婿入りした弟・源三郎(沢村国丹下左膳餘話 百萬兩の壺大河内傳次郎 (2).jpg太郎)が知らずに持って行ってしまっていた。やがて、その秘密は江戸の源三郎にも知れるところとなるが、壺は道具屋に売り渡されていた。ほどなく壺は道具屋の隣に住む安吉の金魚入れとなる。しかしその夜、安吉の父親は行きつけの遊技場である矢場で、チンピラとの諍いから刺し殺されてしまう。矢場で用心棒の傍ら居候をしている隻眼隻腕の浪人・丹下左膳(大河内傳次郎)と矢場の女将・お藤(喜代三)は男の家を見つけるが、そこで、安吉が母親を早くに亡くし父親『丹下左膳余話 百萬両の壺』のDVD版のジャケット.jpg丹下左膳 百万両の壺 04.jpgとの二人きりだったことを知る。仕方なく二人は安吉を預かることにし、安吉が大事にしている金魚を入れた壺と共にお藤の矢場へと連れ帰る。一方、源三郎は壺を探して市中を回るが、そこでたまたま目にした矢場で働く娘に軽い浮気心を抱く。以来養子の身である源三郎は壺を探すと称しては矢場へ入り浸り羽を伸ばすようになり、いつしか安吉、左膳とも親しくなるのだったが―。

「丹下左膳余話 百萬両の壺」DVD版ジャケット

丹下左膳餘話 百萬兩の壺 集合写真.jpg山中貞雄.jpg 1935(昭和10)年公開のこの作品は、28歳の若さで戦死(戦地にて病死)した早世の天才映画監督・山中貞雄(1909-1938)の現存する3本の監督作の1本で、残り2本は「河内山宗俊」('36年)と「人情紙風船」('37年)。それまで丹下左膳の映画を撮っていた伊藤大輔監督(「王将」('48年/大映))が'34年に日活を退社したため、三部作の予定だったトーキー版「丹下左膳」の最終作「尺取横町の巻」が宙に浮いてしまい、そこで急遽山中貞雄に作らせることになったということですが、山中はスティーヴン・ ロバーツ監督のアメリカ映画「歓呼の涯」(Lady and Gent、1932年)をベースにし、それまでの怪異的存在であった丹下左大河内傳次郎1935aug.jpg膳像をモダンな明るい作風にパロディ化してしまったため、原作者の林不忘(1900-1935/享年35)が、これは左膳ではないと怒ってしまったことから、タイトルに「餘話」とあるそうです。

丹下左膳餘話 百萬両の壺 dvd2.jpg 時代劇ホームコメディの傑作と言ってよく、ラストも粋。これを26歳で撮った山中貞雄という人のセンスには舌を巻きますが、前2作で丹下左膳をアクが強いながらもスタンダードに演じて当たり役となった大河内傳次郎(1892-1962)をそのまま使って、照れ屋で意地っ張り、口は悪いが根は優しい、そんな江戸っ子気質の丹下左膳像に見事に改変されているのは、監督の手腕もさることながら、大河内傳次郎という役者の演技の幅によるところも大きいのではないでしょうか。「丹下左膳餘話 百萬兩の壺 [DVD]
大河内傳次郎(1935(昭和10)年:雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」)

お楽しみはこれからだ part2.jpg 実際にはもっと剣戟シーンがあったようですが、戦後GHQによって削除されてしまったようです。和田誠氏の『お楽しみはこれからだ PART2』('76年/文藝春秋)に、黒澤明監督の「椿三十郎」('62年)のラストの三船敏郎、仲代達矢の決闘シーンで、近距離で一瞬にして勝負がつく斬り合いは、和田氏自身、当時「新機軸」だと思ったのが、「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」で既に大河内伝次郎の丹下左膳がヤクザ風の男を斬る場面で使われていたことをフィルムセンターで観て知ったととあり、そうだったかなと思って観たら、確かにありました。このシーンでさえ、左膳が安吉に「あのオジサンはどうして唸っているの」と聞かれて、左膳が賭場で負けが込むと唸ってしまう自分のクセに擬えて「賭けに負けたんじゃないか」と答えるユーモラスな味付けがされていて、あまり凄絶な場面としての印象が無かったです。効果が損なわれているというのではなく、むしろ、ある意味、洒落ていたように思います。
姿三四郎 1943 大河内.jpg虎の尾を踏む男達 大河内.jpg小原庄助さん 大河内.jpg 大河内傳次郎は、山本嘉次郎監督の「ハワイ・マレー沖海戦」('42年)、「加藤隼戦闘隊」('44年)、「雷撃隊出動』」('44年)などにも出演しているし、黒澤明監督の「姿三四郎」('43年)で柔道家・矢野正五郎(左)、「虎の尾を踏む男達」('45年完成/'52年公開)で武蔵坊弁慶(中)、「わが青春に悔なし」('46年)で京大教授を演じているほか、清水宏監督の「小原庄助さん」('49年)(右)といった主演作もありましたが、'53年公開の「丹下左膳」(マキノ雅弘監督)で55歳にして「丹下左膳」役に返り咲きます。

 因みに、その3年前に森一生監督の「ごろつき船」('50年/大映)に主演していますが、これは大佛次郎の時代小説の映画化作品で、共演は月形龍之介、相馬千恵子などです。

 幕末、北海道が蝦夷と呼ばれ松前藩の支配下にあった頃、密貿易船の摘発を命じられた藩の横目付三木原伊織(坂東好太郎)は、廻船問屋赤崎屋吾兵衛(香川良介)がその犯人だと暴いたが、そのために黒幕である家老の蠣崎(東良之助)に命を狙われてしまい、危ういところで一人のアイヌに命を助けられる。赤崎屋の策略で嫌疑をかけられた上に主を殺された八幡屋の一人娘いと(若杉紀英子)も、うさぎの惣吉(加東大介)という元使用人に救われ、伊織と共にそのアイヌに隠れ家の洞窟へと導かれるが、実はそのアイヌは、蠣崎一味の悪事を知り、蝦夷で潜入捜査を行っていた幕府の元巡検使副使・土屋主水正(大河内傳次郎)の現在の姿で、主水正はかつて流山桐太郎(月形龍之介)の情婦で蠣崎の手先に使われたアイヌの混血芸者おみつ(相馬千恵子)に謀殺されそうになったところを危うく難を逃れ、今は蝦夷に潜伏していたのだった―。
ごろつき船1.jpg 大河内傳次郎と月形龍之介の確執に相馬千恵子が絡むというもので、脚本が「用心棒」「野良犬」の菊島雄三のせいか、ここでも棺桶が出てきて、棺桶に隠れて本土へ渡ろうとした大河内傳次郎でしたが、月形龍之介に見破られてしまい、棺桶から飛び出して斬り合いに。この時の姿が白装束であるばかりでなく、メイクが隻眼でないことを除いては若干丹下左膳風であり、3年後の「大河内・左膳」復活を予感させるものとなっていました。40代前半で撮った「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」の時ほごろつき船 01.jpgどには飛び跳ねたりはしないけれども、50代後半になっても剣捌きは変わらず、どんなピンチでも動じない堂々たる剣豪ぶりは流石です。大河内傳次郎は強度の近眼であったにも関わらず真剣を使いたがる傾向があったので、剣戟の斬られ役の方は結構ビビったという話(嵐寛寿郎談)があります(勿論、当時はコンタクトレンズなどは無い)。
ごろつい船 相馬千恵子.jpg 月形龍之介演じる屈折した敵役の桐太郎もハマっていましたが、最初は主水正の敵側として現れ、やがて主水正に惹かれていき、身を挺して主水正やいとを守ろうとするアイヌとの混血芸者おみつを演じた相馬千恵子(1922- )がなかなか良かったです。アイヌの人たちがおみつの知らせを受け、集団で主水正側に加勢するという描かれ方になっているのも、蝦夷地を舞台とした作品らしい味付けでした。  
相馬千恵子

大河内傳次郎/喜代三 
丹下左膳餘話 百萬兩の壺 takeuma.jpgACTミニシアター 百万両の壺.jpg丹下左膳 百万両の壺 02.jpg「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」●制作年:1935年●監督:山中貞雄●脚本:三村伸太郎●潤色:三神三太郎●撮影:安本淳●音楽:西梧郎●原作:林不忘●時間:92分●出演:大河内傳次郎/喜代三/沢村国高勢実乗 『丹下左膳餘話 百萬兩の壺』.jpg太郎/山本礼三郎/鬼頭善一郎/阪東勝太郎/磯川勝彦/清川荘丹下左膳餘話 百萬兩の壺 山中貞雄2.jpg司/高勢実乗/鳥羽陽之助/宗春太郎/花井蘭子/伊村理江子/達美心子/深水藤子●公開:1935/06●配給:日活●最初に観た場所:早稲田松竹(07-08-12)(評価:★★★★☆)●併映:「人情紙風船」(山中貞雄)
[左]「あのね、おっさん、わしゃかなわんよ」というギャグで知られた高勢実乗

 
ごろつき船 森一生監督作品.jpg「ごろつき船」●制作年:1950年●監督:森一生●製作:辻久一●脚本:成澤昌茂/菊島隆三●撮影:牧田行正●音楽:深井史郎●原作:大佛次郎●時間:88分●出演:大河内傳次郎/相馬千恵子/月形龍之介/坂東好太郎/若杉紀英子/葛木香一/東良之助/香川良介/上田ごろつき船 1950.jpg吉二郎/加東大介/阿部修/羽白修/寺島貢/堀北幸夫/小松みどり/玉置一恵/片岡好右衛門●公開:1950/11●配給:大映(評価:★★★★)

大河内傳次郎/坂東好太郎/加東大介(右から2人目)/若杉紀英子


《読書MEMO》
田中小実昌 .jpg田中小実昌(作家・翻訳家,1925-2000)の推す喜劇映画ベスト10(『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版))
丹下左膳餘話 百萬兩の壺('35年、山中貞雄)
○赤西蠣太('36年、伊丹万作)
○エノケンのちゃっきり金太('37年、山本嘉次郎)
○暢気眼鏡('40年、島耕二)
○カルメン故郷に帰る('51年、木下恵介)
○満員電車('57年、市川昆)
○幕末太陽傳('57年、川島雄三)
○転校生('82年、大林宣彦)
○お葬式('84年、伊丹十三)
○怪盗ルビイ('88年、和田誠)

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原節子の小津映画初主演作品。笠智衆は最後泣かなくて良かった。監督の意図を超えて論じられる作品。

晩春 1949 dvd.jpg「晩春」S24.jpg 晩春 1949 笠智衆・原節子.jpg 
あの頃映画 松竹DVDコレクション 「晩春」
晩春 1949 笠智衆.jpg
 早くに妻を亡くし、それ以来娘の紀子(原節子)に面倒をかけてきた大学教授の曾宮周吉(笠智衆)は、紀子が婚期を逃しつつあることが気がかりでならない。周吉は、妹のマサ(杉村春子)が持ってきた茶道の師匠・三輪秋子(三宅邦子)との再婚話を受け入れると嘘をついて、紀子に結婚を決意三島雅夫 晩春.jpgさせようとするが、周吉と昔から親友である京大教授・小野寺(三島雅夫)が後妻を娶ることに不潔さを感じていた紀子は、父への嫌悪と別れの予感にショックを受けてしまう。マサの持ってきた縁談を承諾した紀子は、周吉と京都旅行に出かけ再度心が揺れるが、周吉に説得されて結婚を決意する―。

三島雅夫/原節子

『晩春』原節子.gif 原作は広津和郎の短編小説「父と娘」。原節子が小津映画に初めて出演した作品であり、娘の縁談、親の孤独という戦後の小津作品で繰り返されるテーマがこの作品で確立されたとされており、ま「晩春」杉村春子.jpgた、「麦秋」('51年)、「東京物語」('53年)で原節子が演じたヒロインは皆「紀子」という名前であることから、「紀子3部作」の第1作ともされています(この作品は、NHK-BS2での「生誕100年小津安二郎特集」放映(2003-04)の際の視聴者の投票による「小津映画ベスト10」で「東京物語」に次いで2位にランクインした)。

杉村春子/原節子

 前年作の「風の中の牝雞」('48年)に比べ、技術的に格段の進歩を遂げているばかりでなく、戦後の小津作品のスタイルが確立されているとともに、笠智衆の演技スタイルも確立「風の中の牝雞」笠智衆 02.jpgされていることを改めて感じます。1942年公開の同じく小津監督の「父ありき」(小津作品の中では初主演)で7歳年下の佐野周二の父親を演じてから老け役が定着していたというのもありますが、この「晩春」でも、実年齢(45歳)より10歳余り年上になる56歳の初老の父親を演じています。所謂よく知られている「笠智衆」のイメージに近いですが、「風の中の牝雞」の時と比べると、僅か1年後の出演作品でありながらも、その"見た目年齢"の違いに驚かされます。
笠智衆 in「風の中の牝雞」(1948)

笠智衆/原節子/月丘夢路
晩春 原節子・月丘夢路91.jpg晩春 曾宮周吉2.jpg 笠智衆は演技について演出家と対立するようなことはなかったそうで、小津作品でも小津の言うとおりに演技をしたとのことですが、自らが泣くシーンを演じることはだけは拒否していて、この「晩春」のラストの独りリンゴの皮を剥くシーンで、その後に「慟哭する」というというシナリオだったのが、それを拒否して、うなだれるシーンに変更されたとのこと。彼が小津の演出に従わなかったのはこの時だけだったと言われています(「眠っているみたいだ」と評されて憤りを感じたとも(『大船日記―小津安二郎先生の思い出』('91年/扶桑社)))。
    
『晩春』(1949年).jpg よく原節子の美しさが絶賛される作品で、またその号泣シーンなどでも知られているわけですが(続く「麦秋」「東京物語」でも原節子は号泣する)、個人的には、自分の娘を嫁にやる初老の男の複雑な心境にウェイトを置いて観ました(あくまでも主人公は周吉かと)。但し、この作品を、父に対して性的コンプレックス(エレクトラコンプレックス)を抱いていた娘が、そこから解放される物語であるとの見方があることで知られており、言われてみればナルホドなあと。

晩春 1949 旅館のシーン.jpg そうなると、京都旅行で父と娘が同じ旅館部屋で枕を並べて寝るシーンなども、やや性的な意味合いを帯びてくるわけですが、その場面の終りの方で一瞬床の間の壺が映し出されるシーンがあり、それが、ヒロインがエレクトラコンプレックスから解放された瞬間だという説もあるそうです。蓮實重彦氏が『監督 小津安二郎』('83年/筑摩書房、'92年/ちくま学芸文庫)で、この場面における"性の露呈"を指摘し、高橋治氏が『絢爛たる影絵―小津安二郎』('82年/文藝春秋、'10年/岩波現代文庫)で「エレクトラ・コンプレックスが最も美しく結実したのは矢張り有名なあの京都の宿のシーンだろう」としています。

 現役最高齢の映画監督マノエル・ド・オリヴェイラ(2014年2月現在105歳(2015年4月、満106歳で死去))が、2003年の「小津安二郎生誕100周年記念国際シンポジウム」で、これらは「父子相姦」のメタファーなのかという問題を再提起して議論を呼びましたが、これで海外のこの映画をに対する「近親相姦」映画としてのそれまでの見方が更に強まったとされるものの、その時にそうした問題提起をしたオリヴェイラ監督自身は、「晩春」における娘と父の関係を性的なものではなく、深い情愛によって結ばれた神聖なものであるとしたとのこと、また、「タクシードライバー」('76年)の脚本家で「MISHIMA:A LIFE IN FOUR CHAPTERS」('85年)などの監督作もあるポール・シュレイダーになると、"壺"は「もののあわれ」を表しているとします。

Banshun (1949).jpg晩春 壺.png この"壺"を誰が見ているのかによっても解釈は異なってきますが、父・周吉は先に眠ってしまうことから、後は、ヒロインか「神の眼」かの何れかにならざるを得ない―ヒロインのそれまでの結婚に対する頑な態度が変わったのは、この時の旅館部屋での"枕を並べての"父子の会話以降であり、その会話からもヒロインの気持ちのターニングポイントは見て取れなくもないですが、その延長線上にある"壺"は、映画評論家ドナルド・リチーの指摘のように、それを見ているのはヒロインであると解釈するのが自然かもしれず、ドナルド・リチーは壺に、それを見つめるヒロインの結婚の決意が隠されていると分析しています(因みに蓮實重彦氏は、『監督 小津安二郎』の最後の章をこのシーンの捉え方に割いていて、ポール・シュレーダー、ドナルド・リチー両氏の解釈を批判し、それらとはまた違った見解を示しているが、ここではこれ以上は引用しないでおく)。
Banshun(1949)

 結局、このシーンを観てどう感じるかは人によって様々でしょう。小津作品の幾つかが、監督の意図をはるかに超えた場所まで独り歩きし、到達していこうとしていることを最も端的に示す論争の1つと言えるかと思います。自分自身は正直よく分かりませんでしたが(これも誰かが言っていたことだと思うが、壺を見ているのは「神の眼」ともとれなくはない)、こうした様々な見方を参照していくと、主人公・周吉のラストの悲哀も、"悲哀一色"ではなく、ややどろっとした"重たいもの"からの解放されたという側面もあり、その上で感じる乾いた"諦観"のような侘しさというものではなかったかという気がします(笠智衆は泣かなくて良かった)。

「晩春」1.jpg 「晩春」2.jpg

晩春 1949 ポスター.jpg晩春 1949 完成記念.jpg「晩春」●制作年:1949年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:伊藤冝二●広津和郎「父と娘」●時間:108分●出演:笠智衆/原節子/月丘夢路/宇佐美淳/杉村春子/青木放屁/三宅邦子/三島雅夫/坪内美子/桂木洋子/清水一郎/谷崎純/高橋豊子/紅沢葉子●公開:1949/09●配給:松竹●最初に観た場所:大井武蔵野館 (84-02-07)(評価:★★★★☆)●併映:「早春」(小津安二郎)

晩春21.jpgNHK-BS2 視聴者の投票による「小津映画ベスト10」(「生誕100年小津安二郎特集」ホームページ(2003年))
第1位 「東京物語
第2位 「晩春
第3位 「麦秋
第4位 「生れてはみたけれど
第5位 「浮草」
第6位 「彼岸花
第7位 「秋刀魚の味
第8位 「秋日和
第9位 「早春」
第10位 「淑女は何を忘れたか

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千石規子がいい。昭和20年代のヒューマニズムをテーマにした黒澤作品群の中では好きな方。

Shizukanaru kettô(1949).jpg       静かなる決闘 デジタル・リマスター版.jpg  「静かなる決闘」00.jpg
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静かなる決闘 野戦病院.jpg 若い軍医・藤崎(三船敏郎)は、戦時中の野戦病院で患者・中田(植村謙二郎)を手術中に、誤って自分の指に怪我をして患者の梅毒に感染してしまう。そして薬もろくにない中で病気をこじら静かなる決闘 2.jpgせてしまう。終戦を迎え、父・孝之輔(志村喬)の病院で働くようになった藤崎は、戦中から6年間彼の結婚の正式申出を待っていた婚約者の美佐緒(三條美紀)に対し、梅毒感染を隠したまま、結婚を申し出ることが出来ずにいる。一方の美佐緒は、藤崎が自分に対して距離を置いていることに苦悩する。ある日、藤崎は、梅毒の治療薬サルバルサンを自らに注射してい静かなる決闘 3.jpgるところを、見習い看護師の峯岸るい(千石規子)に見られてしまう。峯岸は元ダンサーで、妊娠して男に捨てられたところを病院に拾われたのだったが、藤崎の日頃の人道主義的な言動に反感を抱いていた彼女は、普段高潔なことを言っているのに梅毒に感染していると、理由も知らずに彼のことを誤解する。子どもを産むことを勧める藤崎に対して逆に彼を詰(なじ)るが、これを父・孝静かなる決闘 三船&志村.jpg之輔が偶然立ち聞きし、父は初めて息子が梅毒に感染していることを知る。最初は息子を詰問するつもりだった父だが、手術中の不可抗力からの感染と知って息子に同情するとともに、事実を美佐緒に話すべきだと諭す。しかし、藤崎は、完治には長い年月のかかる(当時)梅毒に感染したことを美佐緒に話せば、彼女の性格からして自分を待ち続けるだろうが、そのことは彼女の青春を犠牲にすることでもあり、それは出来ないと言う。この親子の話し合いを偶然立ち聞きした峯岸は、藤崎に対し自分が誤解をしていたことを知る―。

 「酔いどれ天使」('48年)に続く黒澤明の監督8作目で、1949(昭和24)年公開の大映作品であり、原作は菊田一夫の舞台劇「堕胎医」(1947年発表)。年齢差15歳の志村喬(1905-1982/享年76)と三船敏郎(1920-1997/享年77)が親子の役を演じているのが興味深いです。見習い看護師の峯岸るいを演じた千石規子(1922-2012/享年99)は、黒澤明作品に最も多く出演している女優です。

静かなる決闘 6.jpg 苦悩する医師を演じた三船敏郎は、彼らしからぬ抑えた演技で、それを三船らしくないとしてフラストレーションを感じるか否かがこの作品の好き嫌いの分かれ目の1つになるかもしれませんが、個人的には、この映画での三船敏郎は悪くないと思っています。但し、やはり何と言っても、見習い看護師の峯岸るいを演じた千石規子がいいです。最初は、観客の視点に立った"繋ぎ"的な役回りに見えたのが、やがて物語において重要なファクターを占めるようになり、終わってみれば、作品自体が彼女の成長物語だったようにも思えてきます。

 峯岸るいは、偶然により藤崎の梅毒感染の秘密を知り、それまでの藤崎への反感が一旦は憎悪の域に達しますが、また更に偶然によりその原因の真相を知ったことで、藤崎へのわだかまりは尊敬の念へと転じます。但し、それをストレートに藤崎に伝えることが出来ず、最初は美佐緒を通して伝えようとするところなどはいじらしかったです。

静かなる決闘 7.jpg しかし、だからと言って藤崎の考え方を完全に理解したわけではなく、相変わらず人道主義を口にする彼に対して、「男の人の肉体的な要求なんてそんなに簡単に抑制できるものなんですか」とカマをかけます。「医者だって人間でしょう」という彼女の言葉が引き金となって、藤崎は自らの悔しさと美佐緒に対しての生々しい想いを峯岸にぶちまけ、彼の苦悩をストレートに受け止めた峯岸も号泣します。その号泣の後で、またも「僕は医者なんだ。人間の良心を持って生きていかなければならないんだ」と言って"あるべき自分"に立ち返ろうとする藤崎に対して、峯岸は再度カマをかけていて、ここはある種"男と女"の会話になっています。しかもテーマは"性欲"であると言ってもよく、峯岸自身が、病院ってこういう話ができる不思議なところだと言っているぐらいです(しかも、その後、ぎこちなく事務的な会話に移るのが却ってリアリティがある)。このシーンでの千石規子の演技は、三船敏郎のそれと拮抗しているように思いました(女性を描くのが不得手だと言われた黒澤明の作品にしては、活き活きとした女性像が描かれていると思った)。

「静かなる決闘」ラスト.jpg 自らの暗い過去から人間を斜に構えてしか見ることが出来なかった見習い看護師の峯岸が、ラストでは凛とした看護師になっていて、しかも見違えるほど美しくなっています。孝之輔が、息子・藤崎が巷で"聖者"と呼ばれているということに対して、「あいつはね、ただ自分より不幸な人間の傍で希望を取り戻そうとしているだけですよ。幸せだったら案外俗物になっていたかもしれません」というのも解り易過ぎる解題のようにも思えますが、味わいのある言葉でもあり、作品全体としても感動作であるには違いないと思います。

菊田一夫.jpg 原作は菊田一夫の舞台劇「堕胎医」(1947年)で、千秋実主演で舞台でもヒットしたそうですが、藤崎と峯岸るいを軸とした話になっていて、美佐緒はほんの脇役に過ぎなかったそうです。振り返れば、映画においてもそうした見方ができますが、但し、原作では主人公の医師が梅毒を次第に悪化させ遂に発狂し、相手が誰かの判断もできなくなって精神病院へ送られるところで幕となるというもので、映画も最初のシナリオの段階ではそのような結末を想定していたのが、当時梅毒が既に「治る病気」になっており(1946年に占領軍が招聘した米国大学教授の指導の元に日本の製薬会社各社がペニシリンの生産を開始し、翌1947年から病院を通して日本中へと広まった)、GHQの圧力もあったかと思われますが、こうした希望の持てる終わり方になっています(但し、その代わりに中田の方が梅毒の病状が進行して発狂していくのだが)。

「静かなる決闘」ポスター.jpg「静かなる決闘」 三条美紀.jpg 昭和20年代の黒澤作品は、ヒューマニズムをテーマにしたものが多く、それらの評価は結構割れているようですが、この作品もその1つでしょう。それら作品群の中では個人的には好きな方です。戯曲の方が素晴らしいという映画評論家もいますが、観ていないので何とも言えません。但し、自分としては、原作以上の映画作品を作る監督の一人が黒澤明だと思っています。
三船敏郎/三條美紀(娘は紀比呂子

  千石規子
「静かなる決闘」 千石.jpg千石規子「静かなる決闘」.jpg「静かなる決闘」●制作年:1949年●監督:黒澤明●製作:本木荘二郎●脚本:黒澤明/谷口千吉●撮影:相坂操一●音楽:伊福部昭●時間:108分●出演:三船敏郎/志村喬/三條美紀/千石規子/植村謙二郎/山口勇/中北千枝子/宮島健一/佐々木正時/泉静治/伊達正/宮島城之/宮崎準之助/飛田喜佐夫/高見貫/須藤恒子/若原初子/町田博子●公開:1949/03●配給:大映●最初に観た場所:八重洲スター座(79-08-20)(評価:★★★★)●併映:「デルス・ウザーラ」(黒澤明)

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「聞く力」というよりインタビュー術、更にはインタビューの裏話的エッセイといった印象も。

聞く力1.jpg 聞く力2.jpg聞く力―心をひらく35のヒント (文春新書)

阿川 佐和子 『聞く力―心をひらく35のヒント』130.jpg 本書は昨年('12年)1月20日に刊行され12月10日に発行部数100万部を突破したベストセラー本で、昨年は12月に入った時点でミリオンセラーがなく、「20年ぶりのミリオンゼロ」(出版科学研究所)になる可能性があったのが回避されたのこと。今年に入ってもその部数を伸ばし、5月には135万部を、9月13日には150万部を突破したとのことで、村上春樹氏の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』が発売後7日で発行部数100万部に達したのとは比べようもないですが、今年('13年)上半期集計でも村上氏の新刊本に次ぐ売れ行きです。

プロカウンセラーの聞く技術3.jpg 内容は主に、「週刊文春」で'93年5月から20年、900回以上続いている連載インタビュー「この人に会いたい」での経験がベースになっているため、「聞く力」というより「インタビュー術」という印象でしょうか。勿論、日常生活における対人コミュニケーションでの「聞く力」に応用できるテクニックもあって、その辺りは抜かりの無い著者であり、エッセイストとしてのキャリアも実績もあって、文章も楽しく読めるものとなっています。

 ただ、対談の裏話的なものがどうしても印象に残ってしまい(それも誰もが知っている有名人の話ばかりだし)、タイトルからくるイメージよりもずっとエッセイっぽいものになっている印象(裏話集という意味ではタレント本に近い印象も)。「聞く力」を本当に磨きたければ、著者自身が別のところで推薦している東山紘久著『プロカウンセラーの聞く技術』(`00年/創元社)を読まれることをお勧めします。もしかしたら、本書『聞く力』のテクニカルな部分の典拠はこの本ではないかと思われるフシもあります。
プロカウンセラーの聞く技術

 因みに、昨年、その年のベストセラーの発表があった時点ではまだ本書の発行部数は85万部だったのが、同年4月に文藝春秋に新設されていた「出版プロモーション部」が、この本が増刷をかけた直後にリリースしたニュース情報が有効に購入層にリーチして一気に100万部に到達、この「出版プロモーション」の成果は村上氏の新刊本『色彩を持たない...』にも応用され、インターネット広告や新刊カウントダウンイベントなどの新たな試みも加わって、『色彩を持たない...』の「7日で100万部達成」に繋がったとのことです。

 本もプロモーションをかけないと売れない時代なのかなあ。ただ、こうしたやり方ばかりだと、更に「一極(一作)集中」が進みそうな気もします。まあ、この本は、村上春樹氏の新刊本とは異なり、発刊以降、地道に販売部数を重ねてきたものでもあり、プロモーションだけのお蔭でベストセラーになった訳でもないとは思いますが。

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ノンシリーズものだが面白くて味わいがある。長編的素材を圧縮して中編にしたという印象。

麦屋町昼下がり 1989.jpg 単行本['89年] 麦屋町昼下がり 文庫.jpg麦屋町昼下がり (文春文庫)

 片桐敬助は、御蔵奉行で上司の草刈甚左衛門から呼ばれて帰りが遅くなった。呼ばれたのは縁談の話だったが、相手は片桐敬助より身分が上の家柄だった。帰り道、敬助は男に追われる女を救おうとしてその男を斬り殺してしまうが、斬った男は女の舅・弓削伝八郎で、女には不義密通を働いていたという噂があり、嫁の不義に怒った舅が女を追っていた可能性もある。舅の息子、即ち女の夫の弓削新次郎は藩内随一の剣の使い手で、近く江戸詰めから戻ってきたら父の仇を討つのではとの噂が広まる。敬助は家中の試合では弓削に勝ったことはない。敬助は、殺すべきでない男を殺してしまったのではないかと悩む一方、弓削との決闘を覚悟して、師匠が薦めた大塚七十郎について稽古を重ねていたが、ある時その弓削と出会って声掛けされるも、彼は意外にも敵意を見せない。何月か後、弓削が城下で刃傷沙汰に及んでいるとの知らせが入り、敬助に討手としての命が下りる―(「麦屋町昼下がり」)。

 「麦屋町昼下がり」「三ノ丸広場下城どき」「山姥橋夜五ツ」「榎屋敷宵の春月」の短編4編を収録し、何れも「オール讀物」の昭和62年6月号から昭和64年1月号にかけて掲載されたノンシリーズ物の読み切り作品です(作者・藤沢周平は平成元年10月に菊池寛賞受賞)。

 表題作の「麦屋町昼下がり」がやはり一番面白く、個人的には、弓削新次郎というのが、新次郎と敬助との間に一悶着あるだろうという噂が藩内に立つ中で、敬助に直接事情を訊いて、倒すべき相手は誰かを確認したうえで刃傷沙汰に及んでいるのが興味深いです(この弓削新次郎というのは、天才剣士であるものの翳のあり、物語の流れからしても"悲劇的人物"なのだが、ある面でちょっと爽やかな点もあったりして...)。

 「三ノ丸広場下城どき」も剣戟小説風で、藤沢作品では珍しいタイプのものが続きますが、主人公自身は現時点では剣豪というほどでもなく、しかし世間が言うほどにはナマっておらず、最後は―という、「たそがれ清兵衛」などの普段は地味だが実は凄腕だったというのとはまた少し違った趣があってこれもいいです(因みに山田洋次監督の映画「たそがれ清兵衛」('02年/松竹)の清兵衛の描き方は、「麦屋町昼下がり」の片桐敬助に近いか)。

 以下、「山姥橋夜五ツ」「榎屋敷宵の春月」と藩内の政略絡みのものが続き、企業小説の時代劇版みたいな感じですが、その分、身近な感じで読めてしまうのが妙。

 「三ノ丸広場下城どき」では出戻りで怪力の女中・茂登が活躍し、「榎屋敷宵の春月」は寺井織之助の妻・田鶴自身が主人公で、最初はサラリーマンの奥さん同士の世界を描いた風だけど、やがてそこにも政治が影を落とし、結局妻の方が日和見の亭主に見切りをつけて自ら重役の悪事を暴こうと小刀を振るうという、何だか昭和61年の男女雇用機会均等法制施行を背景にしたような感じも。

 人妻の田鶴に言い寄る小谷三樹之丞というのも、公私はきっちり分けていて、それをまた田鶴に問うたりするところが印象に残る人物でした。田鶴が公憤ではなく私情に駆られて三樹之丞のもとを訪れたのならば、自分も私情により...ということでしょうか。

花の誇り2.jpg花の誇り1.jpg この「榎屋敷宵の春月」は、2008年の暮にNHKが「花の誇り」というタイトルでTVドラマとして映像化していますが(脚本:宮村優子、出演:瀬戸朝香/酒井美紀)、個人的には未見です。

NHKドラマ「花の誇り」(原作:「榎屋敷宵の春月」)

 4編は何れも物語の背景の描き方などが丁寧で、短編集と言うより、長編にでも出来そうな素材を圧縮して中編にしたという印象があり、またそれぞれに味わいもあって、こうした密度の濃い作品(作風自体は重厚と言うより爽やかといった感じか)をコンスタントに発表していた作者の力量はやはり並のものではなかったなあと思わされました。

【1992年文庫化[文春文庫]】

《読書MEMO》
●三ノ丸広場下城どき
次席家老の臼井内蔵助は、守屋市之進から、江戸の側用人・三谷甚十郎が自分と新海屋との繋がりに気付き、三谷からの使者が中老の新宮小左衛門を訪ねに来るという話を聞き、その密書を奪うことを画策、三谷が使者に護衛を付けて欲しいと市之進に頼んできたのを幸いとし、昔は剣で鳴らしたが今はナマっていると思われる粒来重兵衛をわざと護衛に選ぶ。重兵衛は護衛を引き受けるが果たして失敗し、自分が罠にかけられたのを悟る。重兵衛は、一体誰が何のために自分を陥れたのかを探索する一方で、鈍った体を鍛え直し始める―。
●山姥橋夜五ツ
柘植孫四郎は息子の俊吾が道場で喧嘩をふっかけていると聞き驚き、原因は、自分が瑞江を離縁したことだろうと思った。離縁したのは、瑞江に不義の噂が立ったためだった。そうした中、塚本半之丞が腹を切り、孫四郎に宛てた遺書の内容は、先代の藩主は病死ではなく謀殺されたという驚くべきものであり、半之丞はそのことを口に出来ず、思い悩んでの憤死だったようだ。孫四郎は、自分の家禄が削られた事件を思い出し、それも先代の藩主の死と関係があるのかもしれないと思って、真相究明に動き始めた―。
●榎屋敷宵の春月
家老の宮坂縫之助の死去に伴い、後任の執政入りの人選が始まろうとしていたが、田鶴は夫・寺井織之助が執政になるための運動が捗々しくないのを知った。競争相手は露骨に金をばらまいているらしいが、寺井家には金銭の余裕はない。今回の競争には古い友達の三弥の夫も加わっており、田鶴は三弥にだけは負けられないと思っていた。三弥は、田鶴にとって特別な存在だった長兄・新十郎の気持ちを知っていたはずであり、だから、三弥が他家に嫁ぎ新十郎が自殺したときには衝撃を受けた。田鶴はお理江さまから呼ばれて小谷家に向かうが、門前でお理江さまの兄・小谷三樹之丞と出会った。帰り際にお理江さまから、三弥が早くに来て三樹之丞と会っていたことを聞く。小谷三樹之丞は藩政に影響力を持っている人物である。その帰り道、家の前で斬り合いが行われ、江戸屋敷からきた関根友三郎という者が襲われていた―。

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'97年は「もののけ姫」ヒットの年。宮崎駿監督のお陰で映画産業界は底を脱した?
  
映画イヤーブック 1998.jpg もののけ姫 1997 dvd.jpg もののけ姫 0.jpg となりのトトロ dvdes.jpg
映画イヤーブック (1998) (現代教養文庫)』「もののけ姫 [DVD]」「となりのトトロ [DVD]」('88年/東宝)

映画イヤーブック.JPG 1997年の劇場公開作品、洋画344本、邦画191本の計535本の全作品データと解説を収録し、ビデオ・ムービー、未公開洋画、テレビ映画ビデオのデータなども網羅、このシリーズは8冊目となり、巻末に'91年版から'98年版までの全巻を通しての索引が付いていますが、結局このシリーズはその後刊行されることなく、2000年代に入って版元の社会思想社は倒産しています。

 本書での最高評価になる「四つ星」作品は、「シャイン」「イングリッシュ・ペイシェント」「浮き雲」「コンタクト」「世界中にアイ・ラブ・ユー」「タイタニック」の6作品、邦画は、「うなぎ」(今村昌平監督)「もののけ姫」(宮崎駿監督)「バウンズ ko GALS」(原田眞人監督)「ラヂオの時間」(三谷幸喜監督)などの4作品。

 トム・クルーズ主演の「ザ・エージェント」('96年)やブルース・ウィリス主演の「フィフス・エレメント」('97年)、ハリソン・フォード主演の「エアフォース・ワン」('97年)、トミー・リー・ジョーンズ主演の「メン・イン・ブラック」('97年)と、ハリウッド・スター映画もそれなりに頑張っていたけれど(本書評価は何れも「三つ星」)、この頃からビデオ化されるサイクルがどんどん早くなってきたので、個人的にもこうした作品はビデオで観てしまうことが多くなりました。

もののけ姫.jpg 世間一般でもこうした「ビデオで観る」派が増えて、'96年の映画館の入場者数が1億1,957万人と史上最低だったわけですが、翌年は、この年'97年7月公開の「もののけ姫」('97年/東宝)のヒットを受けて、邦画の映画館入場者数は前年比2千万人増、さらに12月公開のジェームズ・キャメロン監督の「タイタニック」('97年)のヒットが、翌年の洋画の映画館入場者数を前年比2千万人以上押し上げ、映画業界は何とか底を脱したかたちになりました。

 ちなみに、'90年から'98年までの年度別映画興行成績(配給収入)ベストワンは、  
  1990年 「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2」 (UIP) 55.3億円  
  1991年 「ターミネーター2」(東宝東和) 57.5億円   
  1992年 「紅の豚 」(東宝) 28億円   
  1993年 「ジュラシック・パーク」 (UIP) 83億円   
  1994年 「クリフハンガー」 (東宝東和) 40億円  
  1995年 「ダイ・ハード3」 (20世紀フォックス) 48億円   
  1996年 「ミッション:インポッシブル」 (UIP) 36億円  
  1997年 「もののけ姫」 (東宝) 113億円
  1998年 「タイタニック」 (20世紀フォックス) 160億円
となっています。
Sen to Chihiro no kamikakushi (2001)
Sen to Chihiro no kamikakushi (2001).jpg 2001年には宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」が304億円、2003年には「踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」が173.5億円、2004年には宮崎駿監督の「ハウルの動く城」が196億円、2008年には同じく宮崎駿監督の「崖の上のポニョ」が155億円、2010年にはジェームズ・キャメロン監督の「アバター」が156億円と、それぞれ年間で150億円以上の興行成績を打ち立てていますが、この(社)日本映画製作者連盟による統計のとり方は、90年代までは「配給収入」をみていたのが、2000年以降は海外(米国)の基準に沿って「配給収入」ではなく「興行収入」でみています

 「興行収入」は映画館の入場料の総和そのもので、「配給収入」はそこから映画館(興行側)の取り分を差し引いた、配給会社の収益ですので、「興行収入」の方が「配給収入」よりも数字は大きくなり(配給収入=興行収入×50~60%、洋画メジャー大作の場合は×70%)、2000年代に入り、数字上は100億円超の"興行成績"を収める映画が出やすくなっているというのもあります。

 そうした観点からしても、90年代の"100億円"映画というのは大ヒット作ということになり(「もののけ姫」を「興業収入」でみると193億円になる)、90年代後半にそうした作品が出てきたところで、本書のような評論家による作品評価やマイナー作品の映画情報も入った「総合映画事典」的な文庫の刊行が途絶えたことはやや残念。

 確かに、一発「お化けヒット」した作品が出れば映画業界は活気づくけれども、皆が皆、宮崎駿やジェームズ・キャメロンの監督作品、或いは「ハリー・ポッター」シリーズ(このシリーズも殆どが興行収入100億円超)に靡いて劇場の前に列を作るというのもどうかと―(と言いつつ、自分もこの頃にはすでにあまり劇場に行かず、専らビデオで映画を観ることが多くなっていたのだが)。

もののけ姫2.jpg 「もののけ姫」は、それまでの宮崎駿監督の作品の集大成とも言える大作で、作画枚数は14万枚以上に及び、これは後の「千と千尋の神隠し」の11.2万枚をも上回る枚数です。時代の特定は難しいですが、室町後期あたりのようで、室町時代にしたのはこれ以上遡ると現実感が希薄になって自分自身もイメージが湧きにくくなるためだというようなことを、宮崎監督が養老孟司氏との対談で言っていました(『虫眼とアニ眼』 ('08年/新潮文庫))。自然と人間の対決というテーマは「風の谷のナウシカ」('84年)にも見られましたが、こちらはより深刻かつ現実的に描かれているような気もします。バックボーンになっているのは明らかに網野善彦(1928-2004)の展開する非農業民に注目した日本史観であり、映画全編を通して様々な要素が入っていて、その解釈となると結構難解もののけ姫 1.jpgな世界とも言え、歴史学の知識に疎もののけ姫e.jpgい身としては、その辺りが今一つ解らなかったもどかしさもありました(その網野善彦からは、当時の女性は皆ポニーテールだったとの指摘を受けている)。「となりのトトロ」('88年)みたいに、深く考えないで観た方が良かったのかも。

 因みに、スタジオジブリはこの作品からプロデューサーに鈴木敏夫氏を据え、企画、宣伝、興行全てを鈴木プロデューサーが取り仕切り、徹底的なメディア戦略を行ったそうです。そのことにより、先に述べたように作品はヒットし、初期作品「風の谷のナウシカ」「天空の城ラピュタ」「となりのトトロ」の15倍から18倍の観客を動員しています。「千と千尋の神隠し」となると、更にその1.5倍ほどの差になるわけですが、だからと言Kaze no tani no Naushika (1984).jpgって、「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」が「風の谷のナウシカ」や「天空の城ラピュタ」や「となりのトトロ」より優れているということには必ずしもならないでしょう。「風の谷のナウシカ」が出た頃、この作品にすごく注目していた友人がいて、薦められてその友人の家でレーザーディスクで観たことがありますが(その友人は当時パイオニアに勤務していた)、となりのトトロes.jpgその友人は先見の明があったのかも。「となりのトトロ」はこの作品が出た時期に限らず、幅広い世代の幼年期の記憶に残ったのではないでしょうか(個人的には「となりのトトロ」がスタジオジブリの最高傑作だと思っている)。こうした初期作品の方が好きな人も結構いるように思います。

「となりのトトロ」('88年/東宝)

Kaze no tani no Naushika (1984)

もののけ姫  .jpgもののけ姫11.jpg「もののけ姫」●制作年:1997年●監督・脚本:宮崎駿●製作:鈴木敏夫●撮影:奥井敦●音楽:久石譲(主題歌:米良美一「もののけ姫」)●時間:133分●声の出演:松田洋治/石田ゆり子/美輪明宏/渡辺哲/小林薫/森繁久彌/田中裕子/佐藤允/森光子/上條恒彦/島本須美/名古屋章/近藤芳正/飯沼慧●公開:1997/07●配給:東宝 (評価:★★★☆)

風の谷のナウシカ1.jpeg風の谷のナウシカ DVD.jpg「風の谷のナウシカ」●制作年:1984年●監督・脚本・原作:宮崎駿●製作:高畑勲●撮影:白神孝始●音楽:久石譲●時間:116分●声の出演:島本須美/松田洋治/榊原良子/家弓家正/永井一郎/富永み~な/京田尚子/納谷悟朗/辻村真人/宮内幸平/八奈見乗児/矢田稔●公開:1984/03●配給:東映●最初に観た場所:下高井戸京王(84-08-25)(評価:★★★☆)●併映:「未来少年コナン」(佐藤肇)
風の谷のナウシカ [DVD]

となりのトトロ 1.jpgとなりのトトロ DVD.jpg「となりのトトロ」●制作年:1988年●監督・脚本・原作:宮崎駿●製作:原徹●撮影:白井久男●音楽:久石譲(主題歌:井上あずみ「となりのトトロ」)●時間:88分●声の出演:日高のり子/坂本千夏/糸井重里/島本須美/高木均/北林谷栄/丸山裕子/鷲尾真知子/鈴木れい子/広瀬正志/雨笠利幸/千葉繁●公開:1988/04●配給:東宝 (評価:★★★★☆)
となりのトトロ [DVD]


《読書MEMO》
●ジブリ作品の興行収入(1984-2011) 
作品 公開年度  興行収入   観客動員
「風の谷のナウシカ」  1984年 14.8億円 91万人
「天空の城ラピュタ」   1986年 11.6億円 77万人
「となりのトトロ」  1988年 11.7億円 80万人
「魔女の宅急便」  1989年 36.5億円 264万人
「おもひでぽろぽろ」   1991年 31.8億円 216万人
「紅の豚」  1992年 47.6億円 304万人
「平成狸合戦ぽんぽこ」 1994年 44.7億円 325万人
「耳をすませば」  1995年 31.5億円 208万人
「もののけ姫」  1997年 193億円 1,420万人
「千と千尋の神隠し」  2001年 304億円 2,350万人
「猫の恩返し」  2002年 64.6億円 550万人
「ハウルの動く城」 2004年 196億円 1,500万人《読書MEMO》
「ゲド戦記」  2006年 76.5億円 588万人
「崖の上のポニョ」  2008年 155億円 1,200万人
「借りぐらしのアリエッティ」2010年 92.5億円 750万人
「コクリコ坂から」  2011年 44.6億円 355万人

森卓也.jpg森卓也(映画評論家)の推すアニメーションベスト10(『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版))
○難破ス物語第一篇・猿ヶ島('30年、正岡憲三)
○くもとちゅうりっぷ('43年、正岡憲三)
○上の空博士('44年、原案・横山隆一、演出:前田一・浅野恵)
○ある街角の物語('62年、製作構成:手塚治虫、演出:山本暎一・坂本雄作)
殺人(MURDER)('64年、和田誠)
○長靴をはいた猫('69年、矢吹公郎)
ルパン三世・カリオストロの城('79年、宮崎駿)
うる星やつら2/ビューティフル・ドリーマー('84年、押井守)
○天空の城ラピュタ('86年、宮崎駿)
となりのトトロ('88年、宮崎駿)

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原爆後遺症の悲惨な実態をありのままにフィルムに記録した、社会派ルポルタージュ的写真集。

ヒロシマ (1958年) 土門 拳.jpg土門拳  ヒロシマ2.jpg
ヒロシマ (1958年)』(36 x 26 cm) 写真図版点数165点/176p

ヒロシマ0.JPG 写真家の土門拳(1909-90)が、1957(昭和32)年、原爆投下から12年を経て初めて広島に行き、原爆症の後遺症の実態を目の当たりにして衝撃を受けたことを契機に出来あがった写真集で、翌'58(昭和33)年に刊行され、社会的にも大きな反響を呼んだとのことです。

 土門拳と言えば、古寺や仏像、或いは作家など著名人のポートレートを多く撮っている印象がありますが、「筑豊の子どもたち」シリーズのような社会派ドキュメンタリー風の作品集もあり、そうした中でもこの写真集は、最も社会派ルポルタージュ的色彩の強い写真集となっています。

ヒロシマ1.JPG 実際、当時土門拳は、それまでのヒロシマの実態に対する自らの無知を恥じ、「報道写真家」として使命のもとに広島に通い続けたとのことで、原爆病院などを訪ね、悲惨な被曝者やその家族の日常を7,800コマものフィルムに収めたとのこと、更に10年後に広島を再訪し、同じく後遺症に悩む被曝者を撮った『憎悪と失意の日日-ヒロシマはつづいている』を発表しています。

 この写真集は、ありのままを、作らず、包み隠さずに撮っているという印象で(後遺症の手術をしている最中の写真など、生々しいものも多くある)、被曝者たちが"頑張って生きています"といったような「演出」は施されていないように感じました。

ヒロシマ2.JPG 巻末の写真家本人による「広島ノート」によると、取材中も原爆病院等で被曝時に胎児だった子の死をはじめ多くの死に遭遇したようであり、写真家の心中は、被曝者たちの悲惨な実態を記録にとどめようとする思いで、只々一杯だったのではないでしょうか。

 原爆投下から12年を経た時点で(この「12 年」の意味合いは重い)、依然こうした被曝者の悲惨な実態がありながらも、そのことは世間的には次第に忘れられ、原爆は政治や国際問題のイシューとして論じられるようになっており、そのことに対して写真家は、自らの反省も踏まえつつ憤りを露わにしていますが、この写真集の写真が撮られた時代から更に半世紀以上を経た今日、その傾向はさらに進行したように思わます。

 そうした中、東日本大震災による福島第一原発事故が放射能被曝の脅威を喚起せしめることになったというのは、これまでの(唯一の被爆国であるわが国の)政府及び電力会社がとってきた原子力発電推進策に照らしても皮肉なことではありますが、それとて、どれぐらいのイメージを伴ってその脅威が人々にイメージされているかは、はなはだ心許無い気がします。

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没後47年。やっと成ったライフワーク写真集。失われようとする数多くの「日本」が見てとれる。

木村伊兵衛 の秋田 2.jpg木村伊兵衛 の秋田.jpg (28.8 x 24 x 4 cm)『木村伊兵衛の秋田』 ['11年]
「市場にて」(1953年2月・大曲市)/「青年」(1952年6月・秋田市)

木村伊兵衛 の秋田 農村の娘.jpg 木村伊兵衛(1901‐1974)の生誕110周年記念出版とのことですが、代表作「秋田」シリーズは、今まで『木村伊兵写真全集―昭和時代(全4巻)』('84年/筑摩書房、'01年改版)の内の第4巻として「秋田民俗」というのがあったり、或いは『定本木村伊兵衛』('02年/朝日新聞社)などの傑作選の中にその一部が収められていたりしたものの、こうした形で1冊に纏まったものはあまり無かったように思います(没後に非売品として『木村伊兵衛 秋田』('78年/ニコンサロンブックス、ソフトカバー)が刊行されている)。

 この写真集の監修をした田沼武能氏の解説によると、'52(昭和27)年に秋田に行って「これだ」と思うものがあったらしく、その後'54(昭和29)年にパリでカルティエ=ブレッソンに会ってから、秋田で撮影に一層弾みがついたとのこと、以来、'71(昭和46)年まで計21回、秋田に通うことになったとのことです。

(1953年8月・西木村)

 '50年に設立された日本写真家協会の初代会長に就任し、写真雑誌の投稿写真コンテストの選考・論評を通じてアマチュア写真の指導者としても第一線の現場にいて多忙であったことを考えると('55年に第3回「菊池寛賞」を受賞)、かなり精力的な活動ぶりと言えるかと思います。''

 特に多く撮られているのは、秋田通いを始めた最初の数年と、'58(昭和33)年から'63(昭和38)年の間のもので、田沼氏によれば、木村伊兵衛は秋田を撮り始めて2、3年した頃から写真集を作ろうと考えていたようだったとのことですが、結局、ライフワークとも呼べる作品群でありながら、在命中に写真集という形には成らなかったとのことです(それにしても、没後47年にしての刊行は待たせすぎ)。

木村伊兵衛 の秋田 おばこ.jpg 木村伊兵衛が指向していたものは、テーマがあっちこっちに飛ぶ「傑作集」ではなく、こうした1つの対象を突きつめた「作品集」だったんだろうなあ。"報道写真家"を目指し、またそのことを自負していたようだし。

 「秋田」訪問初期のものは人物のスナップ写真が多く、次第に人々の暮らしぶりや祭りの様子など周辺の生活風景を含めた写真が多くなっていきますが、この辺りにも「写真集」への意識が窺えます。

木村伊兵衛 の秋田 ベタ焼き.jpg

 田沼氏の解説の中に、フィルムのベタ焼き(コンタクト)が多数あり、傑作と言われる「板塀」や「青年」などの作品が、どのような流れで撮られ、どのフィルムが選ばれたかが分かるようになっていて、更になぜその写真が選ばれたのかまで考察していたりして、なかなか興味深いです。

「秋田おばこ」(1953年8月・大曲市)

 「秋田おばこ」は、この被写体の女性(モデル女性は実は農民ではなく、かと言ってプロのモデルでもなく、秋田在住の普通のお嬢さんだったとのこと)だけで30枚以上撮っているんだなあ(採用したのは1枚のみ)。

 撮影対象によって、自分が動いたり、定点観察的に撮ったりしていますが、基本的には(望遠を使用した場合でも)目の高さが基準で、どちらかと言うと初期のものの方がダイナミックかも(田沼氏も、撮影を始めた頃の意気込みが感じられると)。但し、トリミングは一切行っていません。

木村伊兵衛 の秋田 雪国.jpg 木村伊兵衛が"報道写真家"を目指すにあたって、「絵画」の領域に近いユージン・スミスを指向するか、「映画」のキャメラマンの領域に近いカルティエ=ブレッソンを指向するかの選択があったわけですが、木村自身"スナップの天才"と言われたように、元々素質的にカルティエ=ブレッソン型だったのではないでしょうか。

 「秋田」シリーズの初期のものに対しての当初の世の評価は「風俗的で、意見がない」というもので、木村自身(本心からそう思っていたかどうかは判らないが)「風俗写真の域を出ない」と言っていたこともあったようです。じゃあ「芸術写真」を撮ろうとしているのかというとそうではなく、あくまで「報道写真」を撮ろうとしていたのでしょう。但し、彼の作品は、「秋田」シリーズという作品群で捉えるとまさに「報道写真」の域を超えているわけで、ロバート・キャパなどマグナムの写真家らのように予めストーリーを練り上げて被写体に臨むのではなく、被写体の側からテーマやストーリーを滲ませるというのが、この人の特質でないかと思われます。

(1953年2月・大曲市)

「母と子」 秋田・大曲 1959年.jpg 昭和30年代と言えば、日本が高度成長期に入ろうとする頃、或いは、すでにその只中にいる時期であり、但し、それは都市部における胎動、または喧騒や混乱であって、この写真集の「秋田」においては、その脈音やざわめきがまだ聞こえてこない―「秋田」に定点観測的に的を絞ったのは、この写真シリーズの最大成功要因と思われ、この写真集を見る日本人にとっては、そこに、これからまさに失われようとする数多くの「日本」が見てとるのではないでしょうか。

「母と子」(1959年・大曲市)

 それらが、ただ甘いノスタルジーで語られるような牧歌的ものではなく、むしろ、農村の生活の厳しさを滲ませたものであるだけに、見る者の心に、その時代をその土地で生きた人々への共感と畏敬の念を喚起させるのかもしれません。

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取材現場の様子を生々しく伝えるとともに、報道の使命、地元紙の役割を考えさせられる。

河北新報のいちばん長い日.gif      明日をあきらめない がれきの中の新聞社.jpg 明日をあきらめない がれきの中の新聞社2.jpg
河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙』(2011/10 文藝春秋)   「明日をあきらめない...がれきの中の新聞社~河北新報の いちばん長い日~」テレビ東京系列 '12年3月4日放映(出演:渡辺篤郎・小池栄子)
河北新報社のネットワーク
河北新報社のネットワーク.jpg 仙台に本社を置く東北地方のブロック紙・河北新報社(この新聞社は一力家のオーナー会社なんだよね)の東日本大震災ドキュメントで、被災地の真っただ中にあるブロック紙の記者達が、震災のその時、何を考え、どう行動し、またそれぞれの取材先で何を感じたかを、切迫感を持って生々しく伝えるものとなっています。

 同社は「東日本大震災」報道で'11年度新聞協会賞をを受賞していますが、本書の内容はTVドラマ化され、「明日をあきらめない...がれきの中の新聞社~河北新報の いちばん長い日~」としてテレビ東京系列で'12年3月4日、BSジャパンで3月11にそれぞれ放映されています(見られなかった。再放送しないかなあ)。

 震災発生の日を軸にドキュメンタリー風に描かれていて、まず、震災で河北の本社自体が被災し、ホストコンピュータが倒れてサーバー機能が麻痺し、この一大事に明日の朝刊が出せるかどうかという難局に彼らは直面したわけで、離れた場所にある印刷所が耐震設計で大地震に持ちこたえても、情報インフラが機能しなければ、どうどうしょうもないのだなあと。

 協力社である新潟新報社の協力申し出を受け、震災当日の夜になって何とか号外を出しますが、夜更けにもかかわらず、避難所では多くの人が号外を求め、あっという間に無くなったとのこと、やはり、こうした非常事態で一番皆が欲しいものは情報なんだなあ。翌日の朝刊も何とか出せる見込みとなったものの、そうした号外や朝刊に載せる記事取材そのものが、また困難を極めたことがよくわかります。

河北新報 2011年3月12日朝刊
河北新報 110312朝刊.jpg 更には、ロジスティックの寸断から、引き続き新聞が刊行できるかどうかという危機にも見舞われ、それは新聞用紙・インキ等の資材の問題に限ったことではなく、取材のためのガソリンや社員の食糧の調達などに及んだわけですが、これも社員が知恵を出し合い、協力し合って苦境を乗り越えていきます。

 むしろ記者達が戸惑うのは、制約された取材環境の中で、取材先での被害の生々しい惨状をどう伝えるかということであり、また、彼らが苦しむのは、次々と被災規模の甚大さが明らかになっていく中で、犠牲者や被災者に対して直接的には何もしてやれぬというもどかしい思いと葛藤しながら、取材をやり遂げなければならないというジレンマに於いてです(特に、幼い子供が犠牲になったケースでは、その一つ一つが記者の心を激しく動揺させたことが分かる)。

 そうした記者らの思いは、震災の翌々日には宮城県警が、死者数が万単位になるとの見通しを発表した際に、翌日の朝刊の見出しで、デスクが見出しを「死者『万単位』に」とするか「犠牲『万単位』に」とするかで迷ったといったことにも表れているように思いました。

 結局、全国紙など各紙が「死者」という言葉を使ったのに対し、河北だけ「犠牲」という言葉を用いたわけですが、「果たして正しい判断だったのかどうか、今でも答えが出ません」と。

 新聞販売店の店主の、津波による、ほぼ殉職と言っていい死にも胸を打たれました(小さな販売店というのは家族経営なんだなあ。新聞を配りに出た息子達が助かったのが救いだったが)。被害の甚大だった地域でも、復旧も緒に就かない内に配達を再開する販売店主も出てきますが、やはり、それも、荒れ野のようになってしまったその地域内にも、情報を求める人が少数ながらもいるという使命感からなのでしょう。

 福島第一原発事故の甚大さの露見により、引き続き震災・津波の被災状況に報道のウェイトを置くか、原発事故報道に比重を切り替えるかの判断を迫られますが、全国紙等他の新聞が原発事故報道にウェイトを切り替えたのに対し、河北は、原発事故報道もするが、被災した人々の報道も軽んじない、或いはそうした人々に向けた情報提供も怠らないという方針を貫き通します。

 また、原発事故により、それを現地で取材する記者の安全保持の問題も突き付けられますが、そうした中、自発的に現地取材を申し出る者、現地を離れざるを得なかった者など、記者の間にも様々なドラマがあったことが窺えます。

 こうした非常事態時における新聞の紙面づくりの難しさというものが、よく伝わってきました。淡々と情報だけを流すのではなく、現場で起きた犠牲者の悲劇や、今現に苦しんでいる被災者の生の様子を伝える署名記事を増やし、一方で、例えば原発事故に関しては、「原発が爆発」したのか「建屋が爆発」したのか正確を期すといったような冷静さの保持に努める―そのことを誇らしげに語るのではなく、そのことすら、実際にその時メルトダウンは起きていたのだから、「原発が爆発」でも良かったのではないかと、今も答えを出せないでいるデスクの姿に、真摯さを感じました。

 石巻で震災から9日ぶりに80歳の祖母と16歳の少年が救出された際には、取材車の運転手の趣味でやっている無線に偶然、救出活動の消防無線が入り、現場感のある記事となって、これはトップ紙面で大きく取り上げられました。

 一方、震災から3週間後に共同通信のスクープとして公表された、南三陸町の防災センターの屋上に避難した30人もの人の多くが津波に浚われ、次の瞬間には10人程度になってしまう連続写真は、「この写真を地元の人が見たら、多分もたないと思います」との現地取材班の記者の一言で、共同通信加盟社の多くが載せたこのスクープ写真を河北は載せなかったとのこと。「地域に寄り添う」という地元紙としての基本姿勢を感じさせられるエピソードでした。

 その他にも、震災翌日、他社のヘリコプターから建物の屋上に避難し助け求める人々の姿が見えたが、その時実際に何が起きていて、その後どうなったのかという事実が2ヵ月後に判明したという話など、生々しいエピソードが数多く紹介されています。

 一方で、紙面づくりをする上で、「私が見た大津波」という読者に語ってもらうコーナーを設けるなど(ここで語られるエピソードがまた生々しいのだが)、様々な工夫を凝らしたことも書かれています。

 本書のベースは社員に対する詳細なアンケートのようですが、そぎ落とされたエピソードも多くあったのではないでしょうか。時間をかけて内容や構成を吟味したものと思われ、丸々一冊、無駄な箇所がありません。

 ぐいぐい引き込まれ、一気に読めてしまうとともに、報道の使命とは何か、地元紙の役割とは何かを考えさせられる本であり、後世に残るノンフィクションかと思います。

明日をあきらめない がれきの中の新聞社.jpg '11年12月、優れた文化活動に携わった個人や団体に贈られる「第59回菊池寛賞」に、河北新報社と石巻日日新聞社が選ばれました。

テレビ東京 「明日をあきらめない...がれきの中の新聞社 ~河北新報のいちばん長い日~」 第8回 「日本放送文化大賞」 グランプリ受賞
【キャスト】
渡部篤郎/小池栄子/田中要次/長谷川朝晴/戸次重幸/伊藤正之/金山一彦/小木茂光/宇梶剛士/中原丈雄/鶴見辰吾/渡辺いっけい/西岡馬/斉藤由貴  ナビゲーター...池上彰

『河北新報のいちばん長い日』.jpg河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙 (文春文庫)

【2014年文庫化[文春文庫]】

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小説としてはどうってことないが、前半部分は定年退職した際の参考書として読める?

孤舟.jpg 『孤舟』(2010/09 集英社)

 大手広告代理店・東亜電広を1年半前に60歳を前に退職した大谷威一郎は、退職後は自由な時間をゆっくり楽しもうと思っていたが、現実には今日をどう過ごせばよいのかと1日の長さに堪え切れない日々を送ることとなり、家にいても家事をするわけでもなくごろごろしている。その挙句、妻の洋子は"主人在宅ストレス症候群"となって家を出て行き、同じく家を出て行った娘のマンションに泊まりきりで戻って来ないという状況。鬱々とした日々を送る彼だったが、インターネットで偶然知ったデートクラブに入会し、小西佐智恵という27歳の女性と知り合って彼女に入れ込む―。

 広告代理店を定年退職して間もない人に、読んだよと言われて自分も読んでみた本で、その人の感想は「興味深かった。小説としてはどうってことないけどね」というものだったと覚えていますが、自分の感想もまさにその通りでした。

 前半部分は、仕事一本槍の会社人生を送ってきた団塊世代が定年退職し、家庭内で"濡れ落ち葉"症候群に陥るというある種の"社会事象"を、主人公に託して旨く描いているなあという感じで、妻子らに疎んじられて相手してくれるのは飼い犬のコタロウしかおらず、カルチャーセンターに行っても何となく馴染めず、お金も妻に管理され、不自由且つ鬱々とした日々を送る主人公がやや気の毒に。

 主人公は、元勤務先の広告代理店では、52歳で執行役員、55歳で常務執行役員とまあまあの道を歩んできたようですが(二子玉川に自宅マンションも買った)、60歳の手前で在阪子会社の社長としての転出話を持ち出され、社内ポリティックスが働いたことを悟って屈辱を感じ、すっぱり会社を辞めてしまうという、そのあたりはつまらない辞め方をしたというよりは、本人のプライドを買いたいところですが、その後、自宅に籠ってからが、ちょっとしたことで妻に怒りをぶつけたりして、かなり大人気ない―(こんな大人気無い人物でも常務執行役員にまでなってしまうのが会社というものかも知れないが)。

 デートクラブで知り合った若い女性に入れあげるようになってからは、益々その大人気の無さが露呈し、ストーリーの方も、自宅に彼女を呼び込んだりして彼女とより親密になる機会を窺う内に、妻がいきなり戻ってきてニアミス状態になるなど、ドタバタ喜劇風になっていきます。

 結局、話は『失楽園』みたくなることはなく、何となく予定調和で話は終わりますが、要するに、現役時代の肩書きから脱し切れていなかった自分というものにやっと気付いたということでしょうか(この小説の教訓的メッセージ? 27歳の女性にそれを教えられるというのも情けないが)。

 全体を通して文芸的な深みは無く、通俗ホームドラマのようではありますが、前半部分は、定年退職した際の参考書(主人公の心理行動面では反面教師的なそれ)として読める(?)部分もあり、一応「×」ではなく「△」にしておきます。

 『化身』('85年)、『失楽園』('95年)、『愛の流刑地にて』('05年)と、10年おきに日経新聞に長編「性愛」小説を連載してきた作者ですが、この作品は団塊の世代の定年にスポットを当てたものと言え、この人、'03年には『エ・アロール それがどうしたの』(中日新聞連載)を発表、老人の性を描いてから(作者はこの年に「菊池寛賞」を受賞している)、「性」と「老」を掛け合わせたようなテーマにスライドしてきているかも。まあ、本人も70代後半だからなあ。

【2013年文庫化[集英社文庫]】

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一家族のロードムービー。家族を1つの有機体のように捉えた作品。倍賞千恵子の演技がいい。

家族 dvd.jpg  家族2.jpg 家族03.jpg
家族 [DVD]」 「家族」(1970年)(大阪→東京間移動車中/万博会場)

家族 プレスシート.png 長崎沖・伊王島の炭鉱労働者・風見精一(30歳)(井川比佐志)は、炭鉱閉山で転職を余儀なくされ、自らの夢であった北海道での牧場経営に乗り出したいと願う。妻の民子(25歳)(倍賞千恵子)は当初反対するが、長男(3歳)長女(1歳)の子供2人を連れて一緒に入植することに。精一の父である源蔵(65歳)(笠智衆)を広島県福山市に住む次男の力(前田吟)と同居させる予定だったが、訪ねてみると力の家は源蔵を同居させる状態になく、民子が精一と源蔵を説得し一緒に北海道へ向かうことに。家族5人はまず大阪へ向かい、そこで開催直後の大阪万博を見物に出かけ、その日の内に新幹線に乗り込み東京へ。

山田 洋次 「家族」.jpg 東京駅から上野駅に移動し、更に青森行きの夜行に乗る予定だったが、子2人のうち赤ん坊の方の様子が急変、上野の旅館に入り病院を探すが手遅れで死んでしまう。荼毘に付すために東京に2泊し、精一と民子が夫婦喧嘩をする険悪なムードの中、家族は夜行で青森に向かい、青函連絡船で函館に、それからまた長い列車の旅を経てやっと中標津に辿り着く。翌日、近所の人達が歓迎会を開いてくれた時、「炭坑節」を気持ちよく歌った源蔵は、その夜布団の中で静かに息を引き取る―。

 万博会場での家族5人を実写で撮っているので1970年の作品ということが分かり易いですが、正確には同年4月6日から1週間足らずの間に伊王島→長崎→福山→大阪→上野→函館→中標津と家族ごと移動するロードムービーのような作りになっています(途中、船旅が2回あるほかは殆ど列車移動ではあるが)。

 その過程で家族5人の内2人が亡くなるわけで、学校の映画の時間に観に行った作品ですが、通常の授業が休みなのはいいけれど、何でこんなに悲しい映画を見なきゃならないのかと―。最後に民子のお腹の中に新たな生命が宿っていることがわかり、家族の死と再生というか、家族を1つの有機体のように捉山田 洋次 「家族」_1.jpgえ、その中で消えていく命もあれば新たに生まれる命もあるという、今思えばそういう作品だったのだなあと(年齢がいって観ると、段々いい作品に思えてくる...)。

東京物語.jpg 福山で弟夫婦から老父の預かりを拒否されるところに旧来型の「家族」の崩壊の予兆が見て取れる一方、万博会場の雑踏に会場入口に来ただけで疲れ果ててしまう家族に、高度成長経済に取り残された一家というものが象徴的に被っているように思えましたが、それは最近観て思ったこと。但し、当時39歳だった山田洋次監督はそこまで見通していたのだろうなあ。今観ると、小津安二郎監督の「東京物語」('53年/松竹)からの影響がかなりあるように感じられます。

家族 1シーン.jpg 全体にドキュメンタリータッチで撮られていて、演技陣は難しい演技を強いられていたのではないかと思いましたが、この夫婦は旅程でしばしば険悪な雰囲気になる(これだけツライ目に合えば愚痴も出るか)その加減にリアリティがあり、その中でも倍賞千恵子の演技は秀逸。

 所々にユーモラスな描写もあってアクセントが効いていますが、青函連絡船の中で、険悪な雰囲気になる家族を行きずりの男が笑わせてくれる、この男を演じているのが渥美清です。

 この作品の前年('69年)に同監督の「男がつらいよ」シリーズがスタートし、それがヒットして、松竹から3作撮ったところで好きな映画作りをしてもいいと言われて撮ったのがこの作品(但し、作品の構想は5年前からあったとのこと)。「男はつらいよ」シリーズの面々が他にもカメオ出演しています。

『家族』井川比佐志、倍賞千恵子.jpg山田 洋次 「家族」4.jpg この作品を見ていると、倍賞千恵子は「男がつらいよ」シリーズがあんなに長く続かなければ、もっと違った作品に出る機会もあったのではないかという気もしましたが、「故郷(ふるさと)」('72年)、「同胞」('75年)、「遙かなる山の呼び声」('80年)などシリーズの合間に撮られた山田洋次作品に主演しており、この内「故郷」と「遙かなる山の呼び声」での役名は、本作品と同じ"民子"です。

笠智衆 家族.jpg 「家族」「故郷」「遙かなる山の呼び声」で民子三部作と言われており(「遙かなる山の呼び声」の舞台は"家族"が目指した中標津)、それだけ「家族」での彼女の演技にインパクトがあったということかも。
家族 1971_1.jpg 「家族」の中で、新幹線から富士山を見るのを皆楽しみにしていたのに、富士山の前を通過する頃には家族全員疲れて寝てしまう...というのが、なんだかありそうな話で可笑しかったです。

「家族」●制作年:1970年●監督:山田洋次●脚本:山田洋次/宮崎晃●撮影:高羽哲夫●音楽:佐藤勝●時間:106分●出演:井川比佐志/倍賞千恵子/木下剛志/瀬尾千亜紀/笠智衆/前田吟/富山真沙子/竹田一博/池田秀一/塚本信夫/松田友絵/花沢徳衛/森川信/ハナ肇とクレージーキャッツ/渥美清/松田友絵/春川ますみ/太宰久雄/梅野泰靖/三崎千恵子●公開:1970/10●配給:松竹●最初に観た場所(再見):京橋・フィルムセンター(10-01-21)(評価:★★★★)

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面白かった。第三者的な冷静な視点が常にどこかにある。映画作品の方は懐かしさはあるが凡作。

太平洋ひとりぼっち 舵.jpg  太平洋ひとりぼっち 文藝春秋新社.jpg 太平洋ひとりぼっち 角川文庫.jpg   太平洋ひとりぼっち dvd.jpg 太平洋ひとりぼっち dvd2.jpg
太平洋ひとりぼっち』/『太平洋ひとりぼっち (1962年) (ポケット文春)』/角川文庫版(カバーイラスト:佐々木侃司)/「DVN-159 太平洋ひとりぼっち(DVD)」/「太平洋ひとりぼっち [DVD]

堀江謙一 1962.bmp 『太平洋ひとりぼっち』の40年ぶりの復刻(2004年刊)ということですが、帯にある「『挑戦』を忘れた日本人へ...」云々はともかくとして、今読んでもとにかく面白い!

 堀江謙一氏が23歳で西宮市―サンフランシスコ間の太平洋単独横断を成し遂げたのは1962(昭和37)年8月12日で(右写真:UPI=共同)、米国から帰国して"時の人"となった中2ヵ月で航海記を書き上げ、その年の12月に「ポケット文春」の1冊として刊行されていますが、比較的短期間で書き上げることが出来たのは、航海の間につけていた航海日誌があったからでしょう。

 「ポケット文春」の後も何度か加筆して同タイトルで刊行されていて、今回の復刻版はその加筆版をベースにしていると思われますが、加筆されている部分の文章も簡潔で生き生きとした筆致であり、ある種ドキュメント文学のような感じで、ベースが航海日記なので、虚構が入り込む余地は少ないと思われます。

 「こうこう報道されたが、実はこうだだった」的な記述が、後から書き加えられたものであることを窺わせるのと、自らの生い立ちからヨットをやるようになったきっかけ、出航までの道のり、どのようなものを携帯したかなどが詳しく書かれているのが、「ポケット文春」との違いでしょうか(今「ポケット文春」が手元に無いので断言できないが)。

 ヨットマンの多くが憧憬を抱きながらも実現は不可能と思われてきたことに対し、緻密な計画と5年がかりの準備をもって臨む―完璧を期すれば可能性は無くもないかのようにも思えますが、そもそもヨットでの海外渡航は当時認められておらず、犯罪者として強制送還になる覚悟で決行したわけです(実際、偉業達成時の日本での扱いは「密出国の大阪青年」。それが、サンフランシスコ市長が「コロンブスもパスポートは省略した」として名誉市民として受け入れるや、日本でも一転して"快挙"として報道された)。

 「緻密な計画」を立てたにしても、小さなヨットにとって太平洋はまさに不確実性の世界であり、渡航日数は2ヵ月から4ヵ月という大きな幅の中で見込まざるを得ず、こうなると、水や食料をどの程度もっていけばいいのかということが大きな問題になるわけですが、そうした蓋然性の中でも、冷静かつ大胆に思考を巡らせていることがよく分かりました(この他にも、ヨットを造る資金をどうするか、反対する周囲をどう抑えるかなど様々な問題があり、同様に、1つ1つ戦略的に問題解決していくことで、壁を乗り越えていく様が窺えた)。

 結局、航海は94日に及んだわけですが、日本では、90日を過ぎたところで送り出した側から捜索願が出ていたことを、後に知ったとのこと、捜索機(日本に限らず米国のものも含まれる)に見つかれば、そこで夢が断たれてしまう可能性があるというジレンマもあったわけです。

太平洋ひとりぼっち ポスター.jpg太平洋ひとりぼっち1.jpg  "原作"刊行の翌年には、石原裕次郎(1934-1987)主演で映画化され、これは石原プロの設立第1作作品でもありますが、 同じヨットマンの石原裕次郎がこの作品に執着したのは理解できる気がします(自分のヨットを手に入れるまでの苦労は、慶応出のお坊ちゃんと、高卒の一青年の間には雲泥の差があるが...)。

 個人的には大変懐かしい作品ではありますが、今観ると、海に出てからは1人芝居だし、独り言もナレーションも関西弁、裕次郎にとっては意外と難しい演技になってしまったのではないかと(彼は黙っている方がいい。なぜか、ヨットから海に立ち小便する場面が印象に残っていた)。

和田夏十.jpg 嵐の場面は市川崑(1915-2008)監督の演出と円谷プロの特撮で迫力あるものでしたが、全体としては必ずしも良い出来であるとは言い難く、市川昆監督自身が後に失敗作であることを認めています(「(和田夏十(本名:市川由美子、1920-1983)の)あんなにいいシナリオがあの程度にしかできなかったという意味で失敗。裕ちゃんはよくやってくれたけれど、ヨットが思うように動いてくれなかった。わからないようにモーターをつければ良かった。そうすればもっと自由に撮れた」と言っている)。それでも、快挙を成し遂げサンフランシスコ港で温かく現地の米国人に迎えられる場面は感動させられます。

 但し"原作"では、この最後の部分も、ゴールデン・ゲートブリッジが見えて感動する本人と、たまたまシスコの湾内で出会ったクルージング中のオッサンとのチグハグなやりとりなどがユーモラスに描かれていて、感動物語に仕立て上げようとはしておらず、却ってリアリティを感じました(この人の文章には、第三者的な冷静な視点が常にどこかにある)。

 作品ではなく「堀江謙一」という人物に対する賞として1963年・第10回「菊池寛賞」が贈られていますが、作品の方は、最初は"手記"的な扱いだったのではないかと思われます。オリジナルを特定しにくいということもありますが、実質「菊池寛賞」受賞"作"とみていいのでは。

Taiheiyô hitoribotchi (1963) .jpg太平洋ひとりぼっち2.bmp「太平洋ひとりぼっち」●制作年:1963年●監督:市川昆●脚本:和田夏十●撮影:山崎善弘●音楽:芥川也寸志/武満徹●特殊技術:川上景司(円谷特技プロ)●原作:堀江謙一「太平洋ひとりぼっち」●時間:96分●出演:石原裕次郎/森雅之/田中絹代/浅丘ルリ子/大坂志郎/ハナ肇/芦屋雁之助/神山勝●公開:1963/10●配給:石原プロ=日活 (評価:★★★)
Taiheiyô hitoribotchi (1963)

 【1962年新書化[文春ポケット] /1973年文庫化[角川文庫]/1977年文庫化[ちくま少年文庫]/1994年文庫化[福武文庫]/2004年復刻版[舵社]】

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ストーカー行為を「男女共犯説」的に捉えていたのかなあ、この作家は。

みずうみ 川端.jpg 『みずうみ (新潮文庫)』 ['60年](カバー絵:平山郁夫) 

川端 康成 『みづうみ』 (1955 新潮社).bmp 桃井銀平は東京で中学の国語教師をしていたが、女とすれ違った瞬間に理性を失い、いつの間にかその女のあとをつけているという性分のために、教え子との間で恋愛事件を起こして教職を追われ、更に、道で出会った女をつけ、抵抗した女の所持金を奪ってしまったことから、信州へと逃げ込む―。

 物語は、女の告発を恐れた銀平が軽井沢の場末のトルコ風呂を訪れ、湯女に体をあずけながら、自分が今までにあとをつけまわした女たちを回想するところから始まり、彼の女性に対する情念を"意識の流れ"として描写した作品として知られています。

川端 康成 『みづうみ』(1955 新潮社)

 この作品は、『山の音』の翌年にあたる1955(昭和30)年に刊行されていて、前作に比べて一気にデカダンの色調を濃くしていますが、個人的にはこの作家の退廃的雰囲気はいいなあと思っています(この人、NHKの朝の連ドラ用の作品(「たまゆら」)も書いているくらいだからなあ)。

 今風に言えば、銀平は"ストーカー"なのですが、興味深いのは、銀平が信州に逃げ込むきっかけになった水木宮子は、男につけられることを、自分を囲っている老人に対する復讐として享楽しており、また、学校を追われるきっかけになった玉木久子も、つけられる快感から銀平に傾倒していったという経緯があるということで、川端康成は、ストーカー行為を男女共犯説的に捉えていたのかなあ。

 水木宮子は、自分の女性としての魅力と言うよりも、魔性のようなものが男を惹き付けると自覚していて、それは、彼女の家政婦や自分を囲っている老人との会話の中で示されていますが、この部分は、主人公の"意識の流れ"の外なので、そのあたりの不統一性が、個人的にはやや気になりました。

 最後に銀平が見つけた女は、それまでの女性とは異なる無垢な少女であり、そのことは同時に、この作家の文学上の少女嗜好(ほぼロリコンと言っていい?)を如実に窺わせ、『伊豆の踊子』から始まって『眠れる美女』へと繋がるものを感じさせますが、作品としては『眠れる美女』の方が上かなあ。

 『山の音』の主人公は、薄幸の可憐な嫁に憐憫の情を抱きますが、この作品の主人公は、もう女性に感情移入するのはやめて、ただただ純粋な女性を求めて魔界に迷い込んでいくという感じ。それが『眠れる美女』になると、もう「人形愛」みたいになっていくから、ホント、行くところまで行くなあ。 

 作者・川端康成は、'48(昭和23)年に第4代日本ペンクラブ会長になり、'65年まで務めています。その間、'57(昭和32)年には、国際ペンクラブ副会長として、国際ペンクラブ大会の日本での開催に尽力、その功績により'58(昭和33)年、第6回「菊池寛賞」受賞しています。日本ペンクラブ及び国際ペンクラブの仕事には自殺した'71年まで関与していたようで、結構公私にわたって忙しかったみたい。でも、その一方で、創作の世界においては、社会派小説なんて書いたりはせず、自分の性向、じゃなくて(それは不可知の領域か)、作品のモチーフの性質(異常性愛)を貫き通しているなあと思いました。
 
 【1960年文庫化[新潮文庫(『みずうみ』)]/1961年再文庫化[角川文庫]】 

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国策事業の中での男達の自然との戦い、土木会社の工事指揮者と人夫らの葛藤を描く。

高熱隧道(ずいどう).jpg 高熱隧道.jpg 『高熱隧道 (新潮文庫)』旧カバー版

 社会保険労務士ならば知っていることですが、労災保険料の料率は事業の種類によって異なり、仕事の危険度が高いほど保険料率は高くなります。平成21年4月からの料率は、「その他(一般)の事業」の場合0.3%ですが、「その他(一般)の建設事業」は1.9%、「その他(一般)の鉱業」の場合は2.4%、これに対し、建設事業の中でも、本書の題材となっている「水力発電施設、ずい道等新設事業」の保険料率は10.3%であり(つまり、賃金の10%以上の労災保険料がかかる)、これは通常の事業の34.3倍の高い料率で、2番目、3番目に料率の高い「金属鉱業,非金属鉱業又は石炭鉱業」の8.7%、「採石業」の7.0%を大きく上回っています。このことからも、「水力発電施設、ずい道等新設事業」における作業が、今もって多くの危険を孕んだものであるとが窺えるかと思います。

『高熱隧道』.jpg「高熱隧道」(阿曽原 - 仙人谷).jpg 本書は、1967年(昭和42年)に新潮社から刊行された吉村昭(1927-2006)による、昭和11年に着工し昭和15年に完成した黒部第三発電所の建設工事を描いた記録文学ですが、その中でも特に難航を極めた阿曾原谷側の軌道トンネル工事を背景に、トンネル工事期間1年4カ月における男達の自然との戦い、土木会社の工事指揮者と人夫らの葛藤を描いた、その作業内容の過酷さは実際に凄まじいものでした。
高熱隧道(阿曽原 - 仙人谷)

文庫新カバー版

 急峻な崖の続く黒部峡谷、加えて冬の豪雪、更には阿曾原谷が温泉脈に近いため、岩盤温度がトンネルの掘り始めで65℃、掘り進むと160℃を超え、高熱のため人夫たちの体力が持たないし、発破用のダイナマイトが自然発火して爆発する危険もあるという、今ならば完全に「労働安全衛生法」違反の作業環境であり、当時においてもあまりにも犠牲者が多い事から富山県警察部から再三に渡って工事中止命令が出されたとのことですが、日本がアジア・太平洋戦争に突き進んでいく中、電力供給を担った国策事業としてほぼ強行的に工事が行われていたという背景があります。

 但し、軍関係者が見ても作業をストップさせるかもしれないほどの危険な作業環境であり(彼ら視察に来ても、熱くて奥まで行けず、結局作業の実態は隠蔽され続けるのだが)、土木会社の中には人夫達が作業放棄したために工事そのものから撤退するところもある中、この小説の主人公である佐川組の男達は作業指揮を継続し、人夫らもそれについてくる―そこには(人夫達にはとっては高額の日当が魅力的であるということもあるにせよ)1つの事業をやり遂げようという気迫が感じられます。

 作業する人夫たちにホースで水を放水し、その放水している者に更に放水をするということを数珠繋ぎに繋げていくような作業環境の中、ついにダイナマイトの自然発火による爆発事故が起きてしまい8名の死者が出ますが、佐川組の工事事務所長の根津は、遺体を回収し、人夫達の目前で肉片となったそれを手にして繋ぎ合わせ、8体の遺体を形づくる―。
 凄まじい"葬送"の場面ですが、こうした彼の行為が人夫達の気持ちをひとつにし、トンネル工事は進められていきます。

 しかし今度は"泡(ほう)なだれ" という特殊な雪崩による事故が起きて84人もの死者が出てしまい、更に根津ら工事関係者は奔走しますが、坑道の切端が突き抜け工事が一区切りついたところで、人夫頭からダイナマイトが盗まれるなど不穏な動きがあることを知らされ、彼らは急遽山を下りることになります。

 人夫達の怨念のようなものは簡単に消せるものではなくむしろ累積していくものであり、「プロジェクトX」みたいなハッピーエンドの物語となっていないところに、こうした戦前の国策事業の特異な枠組みと実態の苛烈さが窺えます。

 登場人物は作者の創作ですが、所謂"昭和の大工事"とされた黒部川第四発電所建設での犠牲者が171名に対し、この第三発電所建設は全工区で300名以上の死者を出ており、小説の背景となった阿曾原谷側工事だけでも188名の死者が出ているというのは、記録に残る事実です。

 【1975年文庫化〔新潮文庫〕】

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あの福田和也氏も推奨する、日本で2冊しかない単巻での発行部数累計が400万部を超えた名作。

ぐりとぐら.jpg 『ぐりとぐら [ぐりとぐらの絵本] (こどものとも傑作集)

たまご.jpg 1967(昭和42)年刊行の「ぐりとぐら」シリーズの第1作で、双子の野ねずみ"ぐり"と"ぐら"が森で見つけた巨大な卵で巨大なカステラを作り、友達とわけ合うという話は、絵本界の名作としてよく知られています(この絵本の原型として「たまご」('63年発表)という読み聞かせ物語[右]がある)。

 辛口(?)の文芸評論家・福田和也氏が、『悪の読書術』('03年/講談社現代新書)の中で、「福音館書店が出版する絵本は、他社のそれとは格が違う」と書いていて、優れた絵本として、この「ぐりとぐら」シリーズと林明子氏のものを挙げていました。

 また、朝日新聞夕刊連載の「ニッポン人・脈・記」で、'08年夏に「絵本きらめく」というシリーズがあり、その中で、この『ぐりとぐら』が、松谷みよ子氏の『いないいないばあ』('67年/童心社)と並んで、日本で、単巻での発行部数累計が400万部を超えるたった2冊しかない絵本の内の1冊であること、中川李枝子氏と山脇百合子氏が実の姉妹であること、「ぐりとぐら」の創作にあたっては、石井桃子(1907‐2008/享年101)の指導を仰いだことなどを知り、大変興味深かったです。

ぐりとぐらのかいすいよく.jpg これだけの大ヒット商品なのに、『ぐりとぐらのおおそうじ』('02年)まで基本シリーズは35年間で7冊の刊行しかなく、この辺り、商業主義に走らず、絵本作りの質を落さないようにしていることが窺えます。
 個人的には、'70年代に唯一刊行された第3作『ぐりとぐらのかいすいよく』('77年)や同じく'80年代唯一の刊行である第4作『ぐりとぐらのえんそく』('83年)などもいいなあと(特に、『ぐりとぐらのかいすいよく』のユルい感じがいい)。

 これら基本シリーズの他に、『ぐりとぐらの1ねんかん』('97年)、『ぐりとぐらのうたうた12つき』('03年)などの大判本があり、これらもお奨めです。
ぐりとぐらとぐふ.jpg
 最近、ネットで『ぐりとぐらとぐふ』というパロディ画像が出回っていますが(ガンダム・ヴァージョン?)、パロディにされるぐらい有名であるということ?

《読書MEMO》
菊池寛賞贈呈式.jpg第61回菊池寛賞(日本文学振興会主催)
山脇百合子氏(左)/中川李枝子氏(右) 
The Sankei Shimbun & Sankei Digital 2013.12.16 07:39

『ぐりとぐら』50周年.jpg

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項羽・劉邦よりずっと偉かった田王。歴史上の人物に対して様々な評価ができることを示す。

香乱記〈上巻〉.jpg 香乱記〈中巻〉.jpg 香乱記〈下巻〉.jpg香乱記〈上〉』『香乱記〈中〉』『香乱記〈下〉』['04年]
 秦王朝末期、戦国時代の斉王・田氏の末裔である田儋(でんたん)・田栄・田王の3兄弟は、偶然助けた高名な人相見・許負から「3人とも将来王になる」と予言される―。

 始皇帝の病没から陳勝呉広の乱を経て楚漢戦争(項羽と劉邦の争い)にかけての時代に、斉国の再建に命を賭け、不屈の反骨精神をもって秦にも項羽・劉邦の何れにも与せず義に生きた、斉の田王を主人公とした長編小説。

 前半は田氏3兄弟と主従の堅い結束が快く、田王はいったんは始皇帝の太子・扶蘇の客となりますが、始皇帝没後の権力抗争で台頭した宦官・趙高の陰謀により扶蘇は自害させられ、暗愚な二世皇帝の暴政により中国全土に戦乱の嵐が吹き荒れる―、中盤は、こうした王朝の崩壊過程と、各地での諸王の抗争が中心に描かれています。
 強大な中央集権国家が、愚帝と利己的な権力者によりまたたく間に衰亡していく様や、各地の群雄割拠ぶりは読んでいて面白く、また示唆するものも多いですが、そちら方の記述に追われて、その分田王の人柄などの描き方はやや浅くなったかなあと思いました。

 しかし後半、「人を殺し続けて」台頭する項羽と劉邦に対し、それらの抵抗勢力として「人を生かし続けて」屹立する田王の生き様が、再びくっきり描かれるようになり、蘭林・岸当・展成・保衣といった様々経歴を持つ配下の異能ぶり・活躍ぶりも光っていて、彼らの田王への傾倒を通して、田王のリーダーシップと、名宰相・管仲にも匹敵する民心を集める求心力を窺い知ることができました。

 特徴的なのは、劉邦を、項羽と同じく残忍で、あるいは項羽以上に狡猾な人物として描いていることで、田王への贔屓の引き倒しではないかとみる人もいるかも知れませんが、漢の高祖となった劉邦の評価が後世に増幅された可能性を考えると、劉邦は秦都・咸陽を無血開城したから殺戮者として咸陽に乗り込んだ項羽より偉かった、というような単純なものでもないのでしょう。
 「背水の陣」で知られる韓信などの評価も低く、それらは著者なりの確信があってのものでしょうが、歴史上の人物に対して様々な見方ができることを示した物語でもあると思いました。

 作者は、本書刊行の'04年に第52回「菊池寛」賞を受賞しています。

 【2006年文庫化[新潮文庫(全4巻)]】

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5大決戦を戦術面・戦略面で検証。最後は、原子爆弾vs.風船爆弾という悲劇的滑稽さ。

なぜ日本は敗れたのか.jpg          太平洋戦争六大決戦  上  錯誤の戦場  中公文庫.jpg 太平洋戦争六大決戦  下  過信の結末  中公文庫.jpg       秦郁彦.jpg 秦郁彦 氏
なぜ日本は敗れたのか-太平洋戦争六大決戦を検証する(新書y)』 ['01年]/『太平洋戦争六大決戦〈上〉錯誤の戦場 (中公文庫)』『太平洋戦争六大決戦 (下) 過信の結末 (中公文庫)

 『昭和史の謎を追う』など斬新かつ公正な昭和史観で菊池寛賞なども受賞している著者が、『太平洋戦争六大決戦』('76年/読売新聞社・'98年/中公文庫(上・下))、『実録太平洋戦争』('84年/光風社出版)として以前に刊行された著作の、後半第2部"エピソード編"を一部削って新書化したもので、オリジナルは四半世紀も前に書かれたということになります。

 第1部で太平洋戦争における日米戦略を概説し、「ミッドウェー」「ガダルカナル」「インパール」「レイテ」「オキナワ」の決戦をとり上げて、作戦の当否や戦力比較、勝敗の分かれ目となった両軍の判断などを分析していますが、あれっ、副題に「六大決戦」とあるのに5つしかない?(第1部は削っていないはずだが...)

失敗の本質  中公文庫.jpg 因みに、よく組織学の本として引き合いにされる戸部良一・編著『失敗の本質』('84年/ダイヤモンド社・'91年/中公文庫))は、この5つに「ノモンハン」を加えた6つをケーススタディしています。本書は、『失敗の本質』のように企業経営論に意図的に直結させるような組織論展開はしていませんが、各決戦の戦況経緯を詳説すると共に、日本軍の戦術の誤り、或いはそれ以前の戦略上の問題点を、組織論的な観点も含め考察しており、「戦争オタク本」「軍事オタク本」とは一線を画しているように思えます。
失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

回避行動中の空母「飛龍」.jpg 「ミッドウェー海戦」の敗戦は、空母「赤城」が味方機の着艦を待ってから攻撃に移ろうとして逆に敵機の先制攻撃を受けたことが敗因だ(そこに日本人的感情=仲間意識が働いたことが「失敗の本質」である)とよく言われますが(操縦士の人命ではなく、その選抜的能力に着目すれば、感情論の入る余地はないのだが)、その他のミスや読み違いが数多くあり、それら以前にも作戦意図の共有化や偵察機の索敵機能などに根本的問題があったことがわかります(但し、本書の後に書かれた『失敗の本質』も、基本的な敗因考察においては同じ)。

ミッドウェー海戦で回避行動中の空母「飛龍」(本書には「赤城」とあるが誤りであると思われる)[毎日新聞社]

 著者は、「ミッドウェー海戦」には日本側の数々の失策があったが、それらが無くてもせいぜい「相討ち」だったのではないかとしていますが、ともかく日本は完敗し、これにより日清・日露戦争以来の日本の「不敗神話」は崩壊するとともに、その後のソロモン群島での消耗戦などもあって、開戦時は日本側が優位であった日米両海軍の力関係は、逆転するわけです。
 
その後に続く「ガダルカナル」「インパール」などの決戦は悲惨の極みであり、ガダルカナルでは2万人以上、インパールでは、死者数すらわからないが、おそらく同じく2万人以上の戦力を失っているとのこと。著者の、戦術論的に「まだ戦い方があった」「別のやり方があった」というのはよく分かりますが、結局「ミッドウェー海戦」で全てが決していたような気がします。エピソードの最後にある「風船爆弾」の話があり(日本がアメリカ本土を唯一に直接攻撃したもので、9千発強の風船を発し、300発ほどアメリカに到着したが、爆発したのは28発だけ。死者発生は1件6名で、オレゴン州当地に記念碑がある)、「原子爆弾対風船爆弾という、あまりに悲劇的ながらユーモラスな対照のうちに太平洋戦争は終わった」と締め括っているのが印象的でした。

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「●集英社新書」の インデックッスへ「●「菊池寛賞」受賞者作」の インデックッスへ(秋本 治)

路地・家屋に情緒があり、橋の袂・鉄橋下からの目線がペン画のタッチと相俟って新鮮。

両さんと歩く下町.jpg 『両さんと歩く下町―『こち亀』の扉絵で綴る東京情景 (集英社新書)』 秋本 治.jpg 秋本 治 氏

 1976(昭和51)年から週刊少年ジャンプ(集英社)に連載され、単行本で150巻を超える「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(通称"こち亀")の作者・秋本治氏が、東京の下町を背景とした"こち亀"の扉絵(連載の各回の冒頭にくる絵)を集め、下町の情景とその変遷を、まさに歩きながら語ったようなガイドブックで、併せて、作品の中でどのように用いられたかが語られているので、下町の情景を楽しみたい人にも、"こち亀"ファンにも楽しめるものとなっています。

 秋本氏は、亀有の生まれで昭和30年代から東京の下町を見続けてきた人、亀有・千住・浅草・神田・上野・谷中、隅田川に架かる橋の数々などを訪ね歩き、撮った写真から描き起こしたペン画にマンガの主人公たちを配したものを扉絵にしていますが、もともとはマンガの本編の背景だったものが、通常の背景のコマでは大きさなどに制限があるため、扉絵で使ったところ、読者の反響が大きく、いつの間にか扉絵だけで下町情景シリーズのようになったとのこと。

両さんと歩く下町2.jpg 新書見開きの左ページが全部それらの扉絵になっていますが、絵1枚1枚に作者の極私的な思い入れが感じられます。下町と言えば狭い路地や商店街、古い家屋に情緒があり、そうした風景を描いたものも多く含まれていますが、橋の袂(たもと)や鉄橋の下などからの目線で描いた絵も多く、ペン画のタッチと相俟って新鮮な印象を受けました(マンガとして読んでいる時は、扉絵や背景画をじっくり味わうということはあまりなかったからなあ)。

 本書は2004年の刊行で、実際に下町に住んで感じるのは、どんどん街が変わっていくということ(本書の中でも定点観察的に同じ場所から見た昔と最近の風景を描いたものがあるあが)、亀有にも'06年には都内最大級のショッピングセンター「アリオ亀有」がオープンしています。外から見れば、昔の雰囲気を失わない街であってほしいと思っても、そこで住んでいる人にしてみれば、自分たちの生活が便利になることの方が優先課題かも。但し、アサヒビール本社ビルでも大川端リバーシティ21でも、出来てしまえば何となく時間と共に下町の風景に馴染んでくるのが不思議です(隅田川や中川が変わらずにあるというのが1つのポイントだと思う)。

 巻末に著者と山田洋次監督との下町をめぐる対談があり、「寅さんシリーズ」の秘話などを知ることが出来るのも、楽しめるオマケでした。

秋本治 菊池寛賞.jpg 秋本治氏(第64回(2016年)菊池寛賞受賞)(C)ORICON NewS inc.

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「終わりよければすべてよし」。「悲劇」と見るのには無理がある。

ヴェニスの商人2.jpgヴェニスの商人.jpg   ヴェニスの商人2.jpg
ヴェニスの商人 (新潮文庫)』 (福田恆存:訳) 『ヴェニスの商人』 光文社古典新訳文庫 (安西徹雄:訳) 〔'07年〕
新潮文庫(改装版)

ヴェニスの商人v.jpg 1594年から1597年の間に書かれたとされているシェイクスピア(1564‐1616)の作品ですが、ユダヤ人高利貸しのシャイロックが苛められる話として有名?

 劇団四季で浅利慶太が日下武史をして〈受難者〉としてのシャイロック像を演出し「新解釈」と言われましたが、実は昔からそうした解釈はあり、本場ロンドンではシャイロックを一流の悲劇役者が演じる傾向が18世紀からあるそうです。

 '04年に初めてハリウッド映画化され、それまで映画化されなかったのは、米映画界におけるユダヤ系の人たちの影響力の大きさのためだと思うのですが、シャイロックを演じたのはやはり大物俳優(アル・パチーノ)でした(マイケル・ラドフォード監督、ジェレミー・アイアンズ、ジョセフ・ファインズ共演)。
 因みに、今年['07年]8月には、本場英国のロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの演出家グレゴリー・ドーランを招いて市村正親(シャイロック)、西岡徳馬(アントーニオ)、藤原竜也(バサーニオ)、寺島しのぶ(ポーシャ)の配役での舞台公演が予定されていますが、やはりテーマは「偏見」ということになるみたいです。

福田恆存.png でもやはり、シェイクスピアの「ハムレット」「マクベス」「オセロー」「リア王」を生んだ「悲劇時代」の前にあった、彼の「喜劇時代」の作品であることに注目した福田恆存(1912-1994)の解題にもあるように、これを「悲劇」と見るのには無理があるような気がします。
福田 恆存 (1912-1994)

 「クリスト教徒の血を一滴でも流したら、お前の土地も財産も、ヴェニスの法律に従い、国庫に没収する」(クリスト教徒...というのがミソですが)と言われて復讐を諦めたシャイロックが、「市民以外の者が市民の生命に危害を加えようとした罪科」で、結局財産を没収され、さらに生殺与奪権を当局に委ねられるのであれば、この裁判はもともと何だったのかと突っ込みたくもなりますが、意外と本人は(演じ方にもよりますが)あっさり引き下がり、証文の文言をタテに強気を張っていた人物が、同じ文言や条文に足をすくわれるというパラドックスが鮮やかだと思います。

 何れにしろ、ユダヤ人に対する排斥感情が正論的に在った時代に書かれたものであることを頭に入れておくべきかも知れないし、時代背景を考え始めると、アントーニオーとバサーニオーの友情も、現代のものとは少し違うのではないかという見方(もっと"濃い"もの)も成り立ちます。因みに、グレゴリー・ドーランの演出も、バサーニオがポーシャに求婚する費用を作るため借金をするアントーニオは、同性のバサーニオを愛しているという解釈となっているようです。

 悲劇だと決め込んで初めて映画や芝居でこの作品に触れた人の中には、最後のポーシャが「変装」や「指輪の行方」の種明かしをする"微笑ましい"場面が「余分だった」というような感想を持った人もいたようですが、「終わりよければすべてよし」というオプティミスティックな考え方がベースの明るい作品であるという解釈に立てば、この部分は構成上なくてはならないパートでしょう。どんどん「悲劇」化されていくことで、オリジナルとは違ったものになっていっている気がしなくもない...。

ヴェニスの商人 (1966年).jpg 【1966年文庫化[旺文社文庫]/1967年再文庫化[新潮文庫]/1973年再文庫化・1982年改訂[岩波文庫]/2002年再文庫化[ちくま文庫]/2005年再文庫化[角川文庫]/2007年再文庫化〔光文社古典新訳文庫〕】
ヴェニスの商人 (1966年) (旺文社文庫)

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パロディ満載、イラストも文章も楽しめ、特に、戯作「雪国」では文才が光る。

倫敦巴里2.jpg倫敦巴里1.jpg倫敦巴里 (1977年)』話の特集 倫敦巴里2.jpg

I倫敦巴里4.jpg 著者が「話の特集」('66年創刊)に'66(昭和41)年から'77(昭和52)年にかけて発表した様々なパロディを一冊の本にしたものです('77年の刊行)。パロディとしてのイラストも文章も何れも理屈抜きで楽しく、特に文章パロディのセンスには舌を巻きます。

 冒頭の「暮しの手帳」のパロディ「殺しの手帳」には有名ミステリの多くのトリックが参照されていて、どの作品だったか思い出すのが楽しく(全部わかれば相当のミステリ通、と著者自身が述べています)、また、イソップの「兎と亀」の寓話を、ジョン・フォード、市川昆から黒沢明、フェリーニまで20人以上の内外の監督の作風に合わせて脚色してみせていて、こちらも、どの作品から引いているかというマニアックな楽しみ方ができます(本人弁によると、マニアックの度が過ぎないようにするのが難しいとか)。

倫敦巴里3.jpg その他にも、様々なパロディのオンパレードですが、何と言っても圧巻なのは、'70年から'77年の間5回に分けて掲載された、川端康成('68年ノーベル文学書受賞)の「雪国」の冒頭部分を、多くの文筆家らの作風に合わせて偽作したもの。

 とり上げられているのは、庄司薫、野坂昭如、植草甚一、星新一、淀川長治、伊丹十三、笹沢左保、永六輔、大薮春彦、五木寛之、井上ひさし、長新太、山口瞳、北杜夫、落合恵子、池波正太郎、大江健三郎、土屋耕一、つげ義春、筒井康隆、川上宗薫、田辺聖子、東海林さだお、殿山泰司、大橋歩、半村良、司馬遼太郎、村上龍、つかこうへい、横溝正史、浅井慎平、宇能鴻一郎、谷川俊太郎の総勢32名で、イラストが本業の著者の文才が光っていて、これは「あなたのライフワークですか」と人から聞かれたこともあったというぐらいの凝りよう。

 これだけでもこの本の価値は高いような気がし、初版本ではないけれど、所有していることを少し自慢したくなるような本。著者は'94(平成6)年に第42回「菊池寛」賞を受賞しており、この賞は挿画家(画家・漫画家・イラストレーターを含む)では過去に、横山泰三、岩田専太郎、近藤日出造、山藤章二、加藤芳郎、中一弥らが受賞、著者より後では、東海林さだお、風間完らが受賞しています。

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この人の本は意外と熟年より若者向けなのかも。

何用あって月世界へ.jpg 『何用あって月世界へ』文春文庫 〔'03年〕 山本夏彦.jpg 山本 夏彦(1915-2002/享年87)

 '02年に亡くなった山本夏彦(1915-2002)の名言集で、'92(平成4)年までに刊行された既刊コラム25冊から選出されており、10行近い短文からたった1行の箴言風のものまであります(選者は、植田康夫・上智大教授(出版論))。因みに著者は、'84(昭和59)に「菊池寛賞」を、更に'90(平成2)年に『無想庵物語』で読売文学賞受賞を受賞しています。

 短いのでは―、
 「あんなにちやほやされたのに」「美人が権高いのは魅力である」「芸術院会員は多くは情実で選ばれる」「いきり立つものと争うのは無益である」「言って甲斐ないことは言わないものだ」「世の中には笑われておぼえることが多いのである」「人生は短く本は多い」「人みな飾って言う」「なあーんだ、和服を着れば老人になれるのか」「馬鹿は百人集まると百馬鹿になる」「自信はしばしば暗愚に立脚している」「汚職は国を滅ぼさないが正義は国を滅ぼす」...etc.

 以前は、その"批評精神"にハマって何冊かこの人のものを読んだのですが(手元にあるのも単行本の初版)、こうしてみると、結構まっとうなことをまっとうに言っているだけのものもあり、また、批評的な観点よりも反語的な表現の旨さで読者をハッとさせるものが多いのではないかと...(コピーライター的?)。

 内容的にはすべてに納得できるわけでなく、と言って、アフォリズムというのは反論を寄せつけないものがあり(「死んだ人」の側から「生きている人を撃つ」という著者の立場は、反論不可能性の証ではないか)、結局、議論にならないため、「批評」としては弱いのではないかという気がしてきました。

 しかし、この人の本は、かつて絶版になったものが近年ほとんど文庫化されるなどしていて、一見すると隠居老人の繰り言みたいな感じがしなくもないに関わらず、若い人にもよく読まれていうようです。
 自分も含めて、若い頃の方がこうしたすっきりした言い草に惹かれるのかも知れず、意外と熟年より若者向けなのかも。

 それと、23年ぐらい続いた「夏彦の写真コラム」(ほとんど文庫になっている)などを読むと、写真と文章のとりあわせのセンスの良さが感じられ、インテリア専門誌の編集長兼発行人だった人でもあり、本書の中にある「広告われを欺かず」という言葉などにも、業界人としての側面が窺えますが、そうした洗練された素地があって若い読者を惹きつけているのではないかとも。

 【2003年文庫化[文春文庫]】

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洞爺丸事故を7年繰り上げた大胆さ。心筋梗塞後の作者がワープロ練習用に選んだ作品。

飢餓海峡 上.jpg 飢餓海峡下.jpg    飢餓海峡dvd.jpg  飢餓海峡1シーン.jpg
飢餓海峡(改訂決定版) 上』『飢餓海峡(改訂決定版) 下』〔'05年〕 『飢餓海峡 [DVD]』(三國連太郎(中)/伴淳三郎(左)/高倉健(右))

飢餓海峡(ポスター).jpg 昭和22年秋、台風のため青函連絡船・層雲丸の転覆事故が起き、必死の救助活動が行われる中、3人の復員服姿の男が台風で不通になった列車から飛び降り、転覆事故の混乱に紛れ、本土へ向けて夜の海峡を船を漕いでいた。台風が去った後、転覆した層雲丸の乗客の遺体が次々と収容されるが、引取り人のいない遺体があり、収容遺体は実際の乗客数より2体多かった。一方、同じ台風の中、函館市内て質屋が全焼する火事があり、焼け跡から質屋一家の他殺体が発見され、質屋一家強盗殺人事件と、転覆事故の乗船者数より多い2体の遺体が結びついた―。

飢餓海峡2.jpg [映画]函館署のベテラン刑事の弓坂(伴淳三郎)は、亡くなった男2人と行動を共にしていた犬飼太吉なる大男の行方を粘りつよく捜索を続け、その男・犬飼太吉(三國連太郎)と思われる男と一夜を共にした女郎・杉戸八重(左幸子)の存在を突き止める―。

 水上勉(1919‐2004)(ミナカミベンと呼ぶ人もいるが本来は「みずかみ・つとむ」と読む)の代表作で、内田吐夢(1898‐1970(うちだ・とむ)監督による映画化作品も、様々なアンケートでいつも歴代邦画のベストテンに入っている、そうした評価に相応しい力作でした(水上勉は'71年に『宇野浩二伝』などの功績で「菊池寛賞」を受賞)。

「飢餓海峡」1.jpg「飢餓海峡」2.jpg

飢餓海峡.jpg 主人公・犬飼役の三國連太郎の生涯最高の演技に加えて、刑事役の高倉健の演技もいいですが、高倉健と共に捜査にあたる元「飢餓海峡」.jpg刑事役の伴淳三郎と、堅気になろうとしてなれない薄幸の女性・八重(ひたすら犬飼を思いながら生き続ける哀しさ)を演じた左幸子の演技が、この二人もまた生涯最高の演技と言っていいくらいに、とてもいいです。

飢餓海峡」3.jpg とりわけ伴淳三郎については、内田吐夢監督がロケで、大勢の見物人の前で彼を罵倒して何十回もNGを出し、喜劇王伴淳のプライドをズタズタに傷つけ、すっかり意気消沈させたとのことで、実はそれこそが内田吐夢の狙いであり、伴淳がいつもの喜劇と場が違って巨匠の撮る大作にシリアスな大役ということで、いいところを見せようと肩に力が入り過ぎるのを、監督が伴淳を怒鳴りつける事で意図的に元気をなくさせ、それが作品が求めるところの人生に疲弊している老刑事像に繋がったというから、恐ろしいまでの演出です。

 原作を以前に読んだときは、貧困から這い上がる男のパワーとその結末の哀しさが強く印象に残りましたが、「改訂決定版」('05年/河出書房新社(上・下))で再読し、終盤の主人公の更正施設への"寄付"の組み入れ方なども改めて良くできているなあと思いました(結果的にはこの寄付によって、主人公の犬飼は...)。本作発表当時にはもう人気作家だった作者ですが、"贖罪"というテーマが、晩年の宗教的回帰の「予兆」としてこの作品の中に既にあったともとれます。

虚無への供物.jpg 岩内大火というのは本当に洞爺丸の転覆事故と同じ日に起きたのだと知りませんでした。共に、昭和29年9月の台風15号の影響を受けての惨事ですが、2つの事件からよくここまで構想したものだと驚きます。洞爺丸の転覆事故をモチーフにしたものでは、中井英夫『虚無への供物』がありますが、『虚無への供物』が歴史どおり昭和29年の出来事としてこの事件を扱っているのに対し、『飢餓海峡』では岩内大火と併せて7年繰り上げて昭和22年の出来事としているわけであって、その大胆な"柔軟性"にも改めて感心させられました。 
虚無への供物』 講談社文庫

事件.jpg 純文学作家による推理小説の最高峰として、テーマは異なりますが大岡昇平事件とこの作品を挙げたいと思います。ただし、『事件』は〈裁判小説〉、『飢餓海峡』は〈社会派サスペンス小説〉と言った方がよいかもしれませんが...(『虚無への供物』が正統派ミステリーと言えるかどうかは別として、少なくとも『事件』も『飢餓海峡』も、一般的な推理小説とはかなり異なるタイプの作品と言えるだろう)。

 河出書房新社の「改訂決定版」は、仮名使いだけでなく、文章そのものにかなり手を加えていますが、筋立ての変更はありません。作者は'89(平成元)年、70歳の時に心筋梗塞で倒れ、リハビリとしてワープロに挑戦し、"入力練習用"に選んだのがこの「飢餓海峡」だったということです(自身の代表作の「改稿」とリハビリのための「入力練習」を同時にやったことになる。作者が亡くなったのは「改訂決定版」出版の前年('04(平成16)年)で85歳だった)。
Kiga kaikyô (1965)
Kiga kaikyô (1965) .jpg飢餓海峡film.jpg高倉健 若い頃.png「飢餓海峡」●制作年:1965年●制作:東映●監督:内田吐夢●脚本:鈴木尚之●撮影:仲沢半次郎●音楽:冨田勲●時間:183分●出演:三國連太郎(樽見京一郎/犬飼多吉)、左幸子(杉戸八重/千鶴)/伴淳三郎(弓坂吉太郎刑事、函館)/高倉健(味映画「飢餓海峡」2.jpg村時雄刑事、東舞鶴)/加藤嘉(杉戸長左衛門、八重の父)/三井弘次(本島進市、亀戸の女郎屋「梨花」の主人)/沢村貞子(本島妙子)/藤田進(東舞鶴警察署長、味村の上司)/風見章子(樽見敏子、樽見の妻)/山本麟一(和尚、弓坂34587552f0e389e1d42e569c1a635e71--japanese-film.jpgの読経を褒める)/最上逸馬(沼田八郎、岩内の強盗犯)/安藤三男(木島忠吉、岩内の強盗犯)/沢彰謙(来間末吉)/関山耕司(堀口刑事、東舞鶴)/亀石征一郎(小川、チンピラ)/八名信夫(町田、チンピラ)/菅沼正(佐藤刑事、函館)/曽根秀介(八重が大湊で働いていた娼館、"花や"の主人)/牧野内とみ子(朝日館女中)/志摩栄(岩内署長)/岡野耕作(戸波刑事、函館)/鈴木昭生(唐木刑事、東舞鶴)/八木貞男(岩田刑事、東舞鶴)/外山高士(田島清之助、岩内署巡査部長)/安城百合子(葛城時子、八重が東京で訪ねる)/河村久子(煙草屋のおかみ)/高須準之助(竹中誠一、樽見家の書生)/河合絃司(巣本虎次郎、網走刑務所所長)/加藤忠(刈田治助)/須賀良(鉄、チンピラ)/大久保正信(漁師の辰次)/西村淳二(下北の巡査)/田村錦人(大湊の並木座.jpg巡査)/遠藤慎子(巫子)/荒木玉枝(一杯呑み屋のおかみ)/進藤幸(弓坂織江、弓坂の妻)/松平峯夫(弓坂の長男)/松川清(弓坂の次男)/山之内修(記者)/室田日出男(記者)●劇場公開:1965/01●最初に観た場所:銀座並木座 (87-10-18) (評価★★★★☆) 
銀座並木座  1953年オープン。1998(平成10)年9月22日閉館。

 【1963年単行本(全1巻)・1978年改訂版(全1巻)[朝日新聞社]/1964年単行本(全1巻)・2005年改訂決定版(上・下)[河出書房新社]/1969年文庫化(全1巻)・1990年文庫改訂(上・下)[新潮文庫]】

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第1話は異色作。大川端でなく柳橋にあった「かわせみ」。後に3歳修正された"るい"の年齢。

御宿かわせみ 上.jpg 御宿かわせみ 下.jpg 単行本 御宿かわせみ.jpg 江戸の子守唄.jpg 水郷から来た女.jpg 山茶花は見た.jpg 文庫新装版 『御宿かわせみ〈新装版〉 (一) (文春文庫)』 『御宿かわせみ〈新装版〉 (二) (文春文庫)』 『水郷から来た女―御宿かわせみ 3 (文春文庫)』 『山茶花は見た―御宿かわせみ〈4〉 (文春文庫)』 (装丁:蓬田やすひろ)

 元同心の娘で、江戸大川端の宿屋「かわせみ」の女主人"るい"と、その幼馴染みで、八丁堀の与力を兄に持つ東吾の2人の恋を軸に、市井に起きる数々の事件を下町情緒を交えて描いた人気シリーズの第1話から第33話までを収録していて、シリーズ第1作から第4作(『御宿かわせみ』、『江戸の子守唄』、『水郷から来た女』、『山茶花は見た』)の合本です。

 雑誌連載のスタートは'73(昭和48)年だったということで、池波正太郎の「鬼平犯科帳」シリーズのスタートと5年ぐらいしか違わないのですが、今風で読みやすく、人情とサスペンスがほどよく相俟って読後感もいいです。
 ただし、第1話の「初春の客」などは、日蘭混血遊女と黒人奴隷の凄絶な恋の行方を描いた異色の"道行き"物語で、このシリーズの標準的なトーンとは随分違って暗い感じ。でも、これはこれで、心に残る話でした。

 第1話、第2話では「かわせみ」が大川端ではなく、少し川上の柳橋に在る設定になっていたことに気づきますが、それよりも"るい"の年齢が25歳になっていて、東吾は24歳(33話までには彼女は29歳ぐらいになっている)、'04年刊行の新装文庫版で、"るい"の年齢が22歳からスタートしているのとの違いがわかります。
 しっかりした性格の中にも可愛らしさを見せる"るい"の年齢は25歳である方が自然で、22歳だと東吾は21歳ということになり、2人とも大人びていすぎる感じがします。

 実際にそこは作者の計算で、江戸時代の感覚では女性は16ぐらいが花で20ぐらいだと嫁に行き遅れみたいな感じだったようですが、それでは現代の感覚と合わないので、最初は敢えて"るい"の年齢を25歳にしたとのこと。
 ところが連載が好評で、「時が流れる」スタイルをとっているため、このままでは"るい"がどんどん年齢を重ねてしまうので、35話で彼女の年齢を29歳から3歳戻して26歳にし、それに伴って第1話のときの年齢を25歳から22歳に修正したとのこと。
 結果的に、現代の年齢感覚から江戸時代の感覚に戻したということでしょうか。

 嘉助やお吉など、"るい"をとりまく人たちがいい人すぎるきらいもありますが、スリ"休業中"(廃業はしていない)という美男子の板前「お役者松」などのユニークなキャラクターがアクセントになっていたりして、飽きさせないものがあります。

御宿かわせみ 選集 第一巻 [VHS].jpg御宿かわせみ 真野響子版.bmp この「御宿かわせみ」は何度も単発乃至シリーズでテレビドラマ化されており、若尾文子、真野響子、古手川祐子、沢口靖子、高島礼子といった女優が"るい"役を演じています。
 最近では、NHKの高島礼子版が、明治期までを演じていたりしますが、同じNHKの真野響子版も懐かしい(東吾とるいは、正式な夫婦になっていないところが良かったんだよなあ)。

御宿かわせみ 選集 第一巻 [VHS]

「御宿かわせみ」●演出:佐藤幹夫/松橋隆/清水満●制作:村上慧●脚本:加藤泰/伊上勝/大西信行●音楽:池辺晋一郎●原作:平岩弓枝●出演:真野響子/小野寺昭/山口崇/田村高広/河内桃子/安奈淳/花沢徳衛/水原ゆう紀/織本順吉/結城美栄子/大村崑●放映:1980/10~1981/03/1982/10~1983/04(全48回)●放送局:NHK
 
 【1974‐77年単行本〔毎日新聞社(『御宿かわせみ』『江戸の子守唄』『水郷から来た女』『山茶花は見た』)]/1980年単行本〔文藝春秋(上・下)]/1979‐80年文庫化・2004年文庫新装版[文春文庫]】

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司馬遼太郎の『新選組血風録』、浅田次郎の『壬生義士伝』のネタ本。聞き書きの文体に、かえって生々しさが。

新選組始末記.jpg 勝海舟.jpg『勝海舟』 新潮文庫(全6巻)子母澤寛.jpg 子母澤 寛 (1892-1968/享年76)
新選組始末記 (中公文庫)』 (カバー画:蓬田やすひろ) 

 子母澤寛の作品は以前に『勝海舟』('46年第1巻刊行、'68年/新潮文庫(全6巻))を読みましたが(子母澤寛はこの作品や勝海舟の父・勝小吉を主人公とした『父子(おやこ)鷹』('55-'56年発表、'64年/新潮文庫(上・下)、後に講談社文庫)などで第10回(1962年)「菊池寛賞」を受賞)、司馬遼太郎と同じく新聞記者出身であるこの人の文章は、司馬作品とはまた異なる淡々としたテンポがあり、読み進むにつれて勝海舟の偉大さがじわじわと伝わってくる感じで、坂本竜馬や西郷隆盛といった維新のスター達も、結局は勝海舟の掌の上で走り回っていたのではないかという思いにさせられます(文庫本で3,000ページ以上あるので、なかなか読み直す機会が無いが...)。

新選組始末記 昭和3年8月 萬里閣書房.jpg 一方この『新選組始末記』は、1928(昭和3)年刊行の子母澤寛の初出版作品で、作者が東京日日新聞(毎日新聞)の社会部記者時代に特集記事のために新選組について調べたものがベースになっており、作者も"巷説漫談或いは史実"を書いたと述べているように、〈小説〉というより〈記録〉に近いスタイルです。
 とりわけ、そのころまだ存命していた新選組関係者を丹念に取材しており、その抑制された聞き書きの文体には、かえって生々しさがあったりもします。

『新選組始末記』 萬里閣書房 (昭和3年8月)

新 選 組 血 風 録.jpg 子母澤寛はその後、『新選組遺聞』、『新選組物語』を書き、いわゆる「新選組三部作」といわれるこれらの作品は、司馬遼太郎など多くの作家の参考文献となります(司馬遼太郎は、子母澤寛本人に予め断った上で「新選組三部作」からネタを抽出し、独自の創作を加えて『新選組血風録』('64年/中央公論新社)を書いた)。

 子母澤寛は「歴史を書くつもりなどはない」とも本書緒言で述べていて、そこには「体験者によって語られる歴史」というもうひとつの歴史観があるようにも思うのですが、後に本書の中に自らの創作が少なからず含まれていることを明かしています。

浅田次郎.jpg壬生義士伝.jpg 近年では浅田次郎氏が『壬生義士伝(上・下)』('00年/文藝春秋)で『新選組物語』の吉村貫一郎の話をさらに膨らませて書いていますが、『新選組物語』にある吉村貫一郎の最期が子母澤寛の創作であるとすれば、浅田次郎は"二重加工"していることになるのではないかと...。
 浅田次郎氏は「新選組三部作」に創作が含まれていることを知ってかえって自由な気持ちになったと言っていますが、それはそれでいいとして、むしろ、『壬生義士伝』において浅田氏が「新選組三部作」から得た最大の着想は、この「聞き書き」というスタイルだったのではないかと、両著を読み比べて思った次第です。

 【1969年文庫化[角川文庫]/1977年再文庫化[中公文庫]/2013年再文庫化[新人物文庫]】

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生き生きと描かれるカリスマリーダー西郷。ただし大久保も肝っ玉人物。

西郷と大久保.jpg  『西郷と大久保』 新潮文庫 〔改版版〕 海音寺潮五郎.jpg 海音寺潮五郎 (1901‐1977/享年76)

『西郷と大久保』 (新潮文庫) 海音寺潮五郎.jpg 海音寺潮五郎(1901‐1977)による西郷隆盛の伝記では、小説『西郷隆盛―(上)天命の巻、(中)雲竜の巻、(下)王道の巻』(1969年-1977年/学習研究社、後に学研M文庫『敬天愛人 西郷隆盛』(全4巻))や史伝『西郷隆盛』(1964年-/朝日新聞社(全9巻)、後に朝日文庫(全14巻))がありますが、大部であるためになかなか読むのはたいへん(特に後者は専門研究者向けか。しかも作者の死により絶筆)。本書は、小説『西郷隆盛』から抜書きしてコンパクトにまとめたものとも言え(1967年の刊行は小説『西郷隆盛』の刊行に先立つようだが)、時間的経過でみて抜け落ちている部分もあるようですが、個人的には面白く読めました。海音寺潮五郎は、本書刊行の翌年1968(昭和43)年に第16回「菊池寛賞」を受賞しています。

 同じ薩摩藩出身の西郷隆盛と大久保利通は、片や茫洋とした風貌の内に熱情を秘めた押し出しの強いタイプ、片や沈着冷静にして智略に富んだ剃刀のような切れ者タイプと、まったく異なる性格でしたが、一般に人気の西郷に対し、大久保の方は影が薄いか、ヒゲの印象から権威主義者というイメージ、多少知る人には、冷徹なマキャベリストといったイメージがあるのではないでしょうか。

 鹿児島出身の海音寺潮五郎は、同郷の西郷を敬慕したことで知られ、本書では、国を憂い政策に奔走する西郷の姿が生き生きと描かれていて、また彼のリーダーとしてのカリスマ性がいかにスゴイものであったかが伝わってきますが、一方で、大久保も肝っ玉の据わった人物で、西郷に劣らず"無私"の人であったことがわかります。

 親友であり同志であったこの2人は征韓論で決裂しますが、それ以前から、公武合体に対する考え方の違いが溝となっていたことがわかり、西郷が元藩主の島津斉彬を尊敬するあまり、クーデター的に藩主になった島津久光とそりが合わなかったことも影響しているみたい。

 西郷が征韓論に敗れて野に下るところまでが詳しく書かれていますが、著者は、大久保は本質的に〈政治家〉、西郷は〈革命家〉であったと見ていて、西郷が征韓論にこだわったのも明治維新をやり直したかったのではないかと。
 対し大久保は、西郷に対する友情の念は抱きつつも、コツコツと新政府の組織固めをしていく...。

 個人的には、大久保は中央集権主義ではあったが、官僚主義と言うより政府内においてもバランス感覚に優れた改革のリーダーだったのではないかと思います(警察を司法権力から切り離したりしたのも彼)。

紀尾井坂.jpg大久保公記念碑.jpg ただし大久保は、改革半ばで皮肉なことに西郷崇拝者に紀尾井坂(今のホテルニューオータニの上手)で暗殺されてしまいます(享年49、西郷の享年51より2つ若かった。ニューオータニ向かいの「清水谷公園」に大久保の哀悼碑がある)。

 大久保亡き後の政治は理念喪失の権力抗争の場となり、大久保自身にも〈官僚主義の元祖〉的マイナスイメージだけがつきまとうようになってしまったのはちょっと気の毒だったかもしれません。

 【1973年文庫化・1989年改訂[新潮文庫]】

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読後の感動はあった。モデルはモデル、小説は小説として読むべきか。

不毛地帯 1.jpg 不毛地帯 2.jpg 不毛地帯 3.jpg 不毛地帯 4.jpg  不毛地帯ー.png
『不毛地帯』 新潮文庫[旧版](全4巻)   映画「不毛地帯」('76年/東宝) 仲代達矢・丹波哲郎

不毛地帯 映画.jpg 『白い巨塔』('65年/新潮社)、『華麗なる一族』(73年/新潮社)が、それぞれ映画も含め力作だったのに対し、この『不毛地帯』の仲代達矢主演の"映画"の方は、配役は豪華だけれど個人的には今ひとつでした(テレビで観たため、平幹二朗主演のテレビ版と記憶がごっちゃになっている)。そもそも、181分という長尺でありながらも、原作の4分の1程度しか扱っておらず、原作が連載中であった事もありますが次期戦闘機決定をめぐる攻防部分だけを映像化したと言ってもよく、結果として壱岐正という主人公の生き方に深みが出てこない...。

 ただし"原作"だけでみると、自分が最初に読んだ当時の読後の感動はこれが一番で、もともと映画に納まり切らない部分が多すぎたか? それと、こうした複雑な話が映画化された時によくありがちな傾向で、愛憎劇中心になってしまった感じもしました。

 この原作の方は、以前は商社マンを目指す人はみなこぞって読んで、そして感動したという話も聞きます。しかし今改めて読むと、作品に描かれる総合商社の体質は今も変わらないのかもしれませんが、産業構造の変化などで商社の仕事自体はずいぶん変わっているのではないかという気がします(その点、一番変わっていないのは『白い巨塔』で描かれた大学附属病院かもしれない)。

 国の二次防主力戦闘機の受注をめぐって、交渉相手の防衛庁の部長に戦時中の命の恩人である元陸軍中佐・壱岐正をぶつけるという商社の戦略が凄いと思いましたが、戦後60年以上を経た今現在、こうした"命の恩人"みたいな関係がどれだけあるのか、またそれがビジネスで成り立つかと考えると、かなり特異な状況を描いているようにも思えました。

 そうしたこともあり、良くも悪くも、モデルとされている瀬島龍三氏のイメージとどうしても切り離せません。
 小説の主人公はラストの身の引き方は美しいが、瀬島氏は商社マンとして一線を退いた後も中曽根内閣の臨調委員として政治"参謀"ぶりを発揮し(結局こういう「ひとかどの人物」は在野にいても声がかかる?)、90歳を超えてなお中曽根氏の個人的ブレーンの1人となっている...。

 著者は「これは架空の物語である。実在する人物、出来事と類似していても偶然に過ぎない」と言っています。
 『白い巨塔』と並ぶ著者の代表作であり傑作であることには違いなく、モデルはモデル、小説は小説として読むべきなのかも知れません(同一作者の後の作品『沈まぬ太陽』では、同一モデルであるはずのこの人物の描き方が、「国士」から単なる「策士」へと変化している)。

瀬島龍三(せじま・りゅうぞう)
瀬島龍三.jpg伊藤忠商事元会長。富山県松沢村(現小矢部市)出身。1938年12月陸軍大学校卒、大本営陸軍参謀として太平洋戦争を中枢部で指揮をとる。満州で終戦を迎えたが、旧ソ連軍の捕虜となり、11年間シベリアに抑留され、1956年に帰国。1958年、伊藤忠に入社し、主に航空機畑を歩いた。1968年専務に就き、いすゞ自動車と米ゼネラル・モーターズ(GM)との提携を仲介。戦前、戦中、戦後を通じて政、財界の参謀としての道を歩んだ。(2007年9月4日死去/享年95)

不毛地帯 映画.jpg不毛地帯 丹波哲郎.jpg「不毛地帯」●制作年:1976年●監督:山本薩夫●製作:佐藤一郎/市川喜一/宮古とく子●脚本:山田信夫●音楽:佐藤勝●原作:山崎豊子●時間:181分●出演:仲代達矢/丹波哲郎/山形勲/神山繁/滝田裕介/山口崇/日下武史/仲谷昇/山本圭/北大路欣也/小沢栄太郎/田宮二郎/久米明/大滝秀治/高橋悦史/井川比佐志/中谷一郎/八千草薫/秋吉久美子/藤村志保/志村喬/高城淳一/秋本羊介/岩崎信忠/石浜朗/内田朝雄/小松方正/加藤嘉/中津川衛/辻萬長/高杉哲平/杉田俊也/神田隆/永井智不毛地帯 dvd.jpg不毛地帯相関図.jpg不毛地帯久松経済企画庁長官  1.jpg雄/嵯峨善兵/伊沢一郎/青木義朗/アンドリュー・ヒューズ/デヴィット・シャピロ/●劇場公開:1976/08●配給:東宝(評価★★★) 
不毛地帯 [DVD]
丹波哲郎(防衛庁・川又空将補)/加藤嘉(防衛庁・原田空幕長)/大滝秀治(経済企画庁長官・久松清蔵)
川又空将補 - 丹波哲郎.jpg 原田空幕長 - 加藤嘉.jpg 久松経済企画庁長官 - 大滝秀治.jpg

 【1983年文庫化[新潮文庫(全4巻)]・2009年改訂[新潮文庫(全5巻)]】

不毛地帯〔'76年/東宝〕監督:山本薩夫/製作:佐藤一郎/脚本:山田信夫/出演:仲代達矢/丹波哲郎/山形勲
不毛地帯 映画.jpg

「●や 山口 瞳」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【528】 山口 瞳 『会社の渡世
「●「菊池寛賞」受賞者作」の インデックッスへ

「母恋いうる記」であり、封印された一族の秘密を探る物語。

山口 瞳 『血族』.jpg血族.jpg        山口瞳.jpg 山口瞳 (1926‐1995/享年68)
血族 (文春文庫 や 3-4)』 〔'82年〕 
血族』 〔'79年〕 

 1979(昭和54)年・第27回「菊池寛賞」受賞作(「菊池寛賞」は作品ではなく個人や団体に対して授与されるものだが、この作品が受賞の契機となっており、実質的に本作が"受賞作"であると見ていいのではないか)

 山口瞳(1926‐1995)のこの小説は、野坂昭如が評したように「母恋いうる記」であると言えます。その母は山口瞳に自らの出自を何ひとつ語らず、彼が33歳のときに亡くなってしまう...。母は一体どこで生まれ、どんな環境でどう育ったのか。

 自らの生年月日に対する疑念から始まるこの物語は、ミステリーのように読み手を惹きつけながら進行していきます。ただしその過程において、母親の気性や立ち振る舞いなどから多くのヒントを仄めかしています。これは、山口瞳自身がずっと感じていたある予感をも表していると言えるのではないでしょうか。
 
 前半部分で、複雑な血族関係にある様々な親類縁者が、母に関する思い出とともに重層的に描かれていて、こうしたクドイともとれる説明的な面が、家計図モノが苦手な自分にはちょうど読みやすいぐらいでしたです。

 それにしても、どうしても素性のよく分からない"縁者"たちがいる...、それらを含め、意図的に封印されたと思われる一族の秘密を解き明かす旅が、後半の主要な部分です。そして一族の深い哀しみの歴史と、「血縁以上に濃い血の塊」に行きつく...。

 山口瞳が『江分利満氏の優雅な生活』で直木賞を受賞したのは30代半ば。この『血族』を書いたのは53歳。それまでにも間接的に母親について触れたものはありましたが、やはり作家としてどうしても、56歳で亡くなった自分の母のことを書き記しておきたかったのでしょう。

 【1982年文庫化[文春文庫]/2016年[小学館・P+D BOOKS]】

「●み 三島 由紀夫」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【493】 三島 由紀夫 『鏡子の家
「●「菊池寛賞」受賞者作」の インデックッスへ(横山 泰三)

30代前半で既に「遊ぶ」余裕をみせる三島の洒脱なエッセイ。

不道徳教育講座 三島由紀夫.png  『不道徳教育講座』.jpg   不道徳教育講座2.jpg  不道徳教育講座.jpg
不道徳教育講座』['69年/中央公論社](表紙デザイン:横尾忠則/撮影:篠山紀信、本文イラスト:横山泰三)/['67年/角川文庫(旧版)](表紙イラスト:横山泰三)/『不道徳教育講座』 角川文庫(改訂版)

 その小説において優雅かつ華麗で、時に高邁、貴族的な"近寄り難さ"さえ見せる三島由紀夫(1925‐1970)ですが、より幅広い読者に向けた"近寄りやすい"洒脱なエッセイも書いていて、本書はその代表的なものです。

 '59(昭和33)年に「週刊明星」に連載されたものですが、『仮面の告白』や『禁色』など"特殊"な性愛を描いていた時代を経て、『潮騒』『永すぎた春』『美徳のよろめき』など"普通"の恋愛小説で流行作家となる一方、ボディビルで新たな肉体を獲得し、心身ともに自信を得た30代前半の彼の筆は、既に「遊ぶ」余裕を見せています。

 時代を経て、対象として描かれている風俗などの毒気は薄くなりましたが、世間の薄っぺらな道徳観や倫理観を、鋭い人間観察と精巧な論理で以って覆していく鮮やかさは、今読んでも卓越しているなあと思います。

 「醜聞を利用すべし」「痴漢を歓迎すべし」「うんとお節介を焼くべし」「できるだけ己惚れよ」「「殺っちゃえ」と叫ぶべし」「スープは音を立てて吸うべし」「人の不幸を喜ぶべし」等々、ユーモア満載です。

ジャネット・リン.jpg 「桃色の定義」などは、「舞台に転倒したバレリーナのむきだしになったお尻に、突然ワイセツがあらわれるのです」といった表現で、サルトルの『存在と無』の肝に当たる部分を分かりやすく説いています。フィギアスケーターなんてどうなんだろう、しょっちゅう転ぶけれども。札幌五輪のジャネット・リンみたいに、転んだことで"妖精"になった選手もいたし(勿論、その転んだ後も笑顔で滑って、メダルを獲得したということが好感を得た要因ではあるのだろうが)。

 他にも、この論駁法ってどっかにあったような、と思うとソクラテスだったり...。この人、ある意味、教養や倫理を大事にしている。勿論、肉体も。

不道徳教育講座3.jpg不道徳教育2.jpg 単行本の初版は'59(昭和34)年で、ハードカバー2段組み。角川から、文庫版に準拠したソフトカバー新装版が出ています。横山泰三.jpg単行本の装填デザインは最初は佐野繁次郎で、'69(昭和44)年版で横尾忠則(撮影:篠山紀信)に。本文の挿画は朝日新聞の「社会戯評」でお馴染みの横山泰三(1917-2007、「フクちゃん」の横山隆一の弟。1950年から毎日新聞で漫画「プーサン」を描いて注目され、'54年に菊池寛賞受賞。朝日の「社会戯評」は'54年から'92年末まで1万3561回、ほとんど休みなく連載を続けた)。
横山泰三

 横尾忠則氏の毒気のある装丁も悪くないですが、「プーサン」の漫画家・横山泰三の人を喰ったような軽妙な挿画が文書とうまくマッチしているような気がします(横尾忠則の表紙デザイン、横山泰三の挿画とも、1995年刊行の角川書店ソフトカバー新装版にはないのが残念)。

 【1959年単行本・1969年改装版[中央公論社]/1967年文庫化[角川文庫]/1995年ソフトカバー新装版[角川書店]】

「●ま 松本 清張」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1565】 松本 清張 『張込み
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芥川賞作家としての松本清張の作品。「火の記憶」もよかった。

或る「小倉日記」伝 65.jpg或る「小倉日記」伝.jpg  『或る「小倉日記」傳』.jpg    「或る『小倉日記』伝」.jpg
或る「小倉日記」伝』 新潮文庫['65年/旧版]['97年/改版]/『或る「小倉日記」伝―他五篇 (1958年) (角川文庫)』/松本清張一周忌特別企画「或る『小倉日記』伝」('93年TBS/出演:筒井道隆、国生さゆり)

 松本清張(1909‐1992)の初期12作を所収。表題作「或る『小倉日記』伝」は'52(昭和27)年下半期・第28回「芥川賞」受賞作で、同じ期の直木賞候補作品にもなっています(まず直木賞候補となり、その後直木賞選考委員会から芥川賞選考委員会へ廻された)。結果的に芥川賞の方を受賞しましたが、歴代の「芥川賞作家」で最も多くの読者を獲得したのは松本清張だと言われています(歴代の「直木賞作家」で最も多くの読者を獲得したのは司馬遼太郎だと言われている。「菊池寛賞」を、司馬遼太郎は『竜馬がゆく』『国盗り物語』などの功績により'66年に、松本清張は『昭和史発掘』などの功績により'70年にそれぞれ受賞している)。

 「或る『小倉日記』伝」の主人公である脳性麻痺の郷土史家・田上耕作は実在の人物ですが、作者は見事な創作に昇華しています。失われたとされる鷗外の「小倉日記」を再構築しようとする主人公の熱意。何が彼をそこまで駆きたて、また、その追跡努力に意義はあったのか?という大きな問いかけが主テーマだと思いますが、主人公に限らず、何らかの形で自らがこの世に存在したことの証を示したいという思いは誰にでも共通にあるものであり、それゆえに主人公のひたむきさが胸を打ちます。伝記的なスタイルをとりながらも、叙情溢れる表現が随所に見られ、また、主人公の母親の子に対する愛情の深さには胸が熱くなりました(確かに、「芥川賞」と「直木賞」の両方の要件を満たすものをこの作品は持っているかも)。

 '93(平成5)年に「松本清張一周忌特別企画」としてTBSでドラマ化されましたが、主演の筒井道隆は頑張っていたという感じ(この俳優は映画デビュー作の「バタアシ金魚」から観ている)。多くの賞を受賞しましたが、原作はミステリと言うより文芸作品に近いものだからなあ。原作の微妙な情感がどこまで表現されていたかと言うと微妙なところ。

 同録のものでは、同じく純文学的色彩の濃い「火の記憶」が好きです。この作品の"ボタ山の炎の記憶"と『或る「小倉日記」伝』の"鈴の音の記憶"は、ともに作品の重要なファクターとなっていますが、登場人物の幼い頃の記憶であるにも関わらず、読む側にも不思議な郷愁、幼児期の記憶を呼び起こさせるものがありました。

「或る「小倉日記」伝」●演出:堀川とんこう●制作:堀川とんこう●脚本:金子成人●原作:松本清張●出演:松坂慶子/筒井道隆/蟹江敬三/国生さゆり/大森嘉之/佐戸井けん太/今福将雄/松村達雄/西村淳二●放映:1993/08(全1回)●放送局:TBS

《読書MEMO》 
「新潮文庫」版 収録順
●或る「小倉日記」伝★★★★★.
●菊枕...狂った女流俳人ぬい(杉田久女がモデル、遺族の訴えで名誉毀損に)
●火の記憶★★★★★...ボタ山の炎の記憶、警官と母の不倫
●断牌...代用教員上がりの異端考古学者・木村卓司(森本六爾がモデル)
●壺笛...女で身を滅ぼした考古学者
●赤いくじ...朝鮮での軍医と参謀長の女性を巡る確執
●父系の指...自伝的要素の強い作品だが、清張は創作だと言っていた
●その他に「石の骨」「青のある断層」「喪失」「弱味」「箱根心中」を収録

「●つ 筒井 康隆」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【455】 筒井 康隆 『乱調文学大辞典
「●「菊池寛賞」受賞者作」の インデックッスへ(筒井 康隆)

作家のある時期のピークであるとともに分岐点的な作品。

脱走と追跡のサンバ 1971.jpg 脱走と追跡のサンバ  杉村 篤.jpg 〔'74年/脱走と追跡のサンバ (角川文庫)脱走と追跡のサンバ2.jpg 『脱走と追跡のサンバ (角川文庫―リバイバルコレクション エンタテインメントベスト20)』〔'96年〕(カバー・イラスト/杉村 篤)
〔'71年/早川書房〕

 SF作家となった「おれ」がいる「この世界」は、いつか「正子」と一緒にボートに乗ったときに排水口から流れついた異世界で、情報による呪縛、時間による束縛、空間による圧迫に満ちた世界であり、かつて作家になる前にいた「あの世界」とは異なる時間軸にあるらしい。
 「おれ」は、「あの世界」へ戻るべく「この世界」からの脱出を図るが、「おれ」を脱出させまいとする「尾行者」と演じる果てしないドタバタ追跡劇の末に行き着く世界もまた「あの世界」ではなく、「おれ」は現実と虚構の境界のゆらぎの間をただひたすら疾走することになる―。

 スラップスティックと言えばそうかなという感じもしますが、「多元宇宙理論」をモチーフに、ボルヘス的なカオスの世界を描いているともとれます。
 作者のエッセンスが詰まったような作品で、当時の"ニューウェーブSF"の影響はあるかと思いますが、ギャクとユーモアでそうした枠組み自体も笑い飛ばしている感じ。
 単行本出版時('71年)は「ナンセンス」「奇想天外」「新感覚」というキャッチだったようですが、形容しがたい独自世界だったということではないでしょうか。

イノセンス スタンダード版.jpg 今読むと、「パンチ・カード」とか「FORTRAN」などのタームに時代を感じる部分もありますが、女性がデータ化されるところは人々が電脳化された近未来を描いた押井守のアニメ「イノセンス」('04年)さながらであり、主人公が陥っている情報により作られた仮想現実の世界というのは、この小説の中にもある社会事象のワイドショー化や、現在のインターネットの普及などにより、より読者に身近な感覚のものになっているのではないでしょうか、その意味では先駆的だったと思います。

虚航船団.jpgおれに関する噂.jpg家族八景.jpg つげ義春の「ねじ式」などを想起させる部分もある全編に漂うシュールな感じをはじめ、『家族八景』('72年/新潮社)、『おれに関する噂』('74年/新潮社)『虚航船団』('84年/新潮社)など作者の後の作品の萌芽を幾つも見ることもできますが、この作品以降は、〈エンターテインメント〉と〈純文学寄り〉の切り分けがはっきりしていったような印象があり、そうした意味では、作家のある時期のピークであるとともに分岐点的な作品であったのではないかと思います。

 【1974年文庫化・1996年改版[角川文庫]】

《読書MEMO》
・2010年「菊池寛賞」受賞(作家生活五十年、常に実験的精神を持って、純文学、SF、エンターテインメントに独自の世界を開拓してきた功績)

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「●「菊池寛賞」受賞者作」の インデックッスへ 

義に生きた男の典型を描いた歴史ロマン小説。

ポケット文春 燃えよ剣.jpg燃えよ剣 上.jpg燃えよ剣 下.jpg 燃えよ剣上.jpg燃えよ剣下.jpg 土方 歳三.jpg 土方歳三 
燃えよ剣 上』『燃えよ剣 下』『燃えよ剣〈上〉 (新潮文庫)』『燃えよ剣〈下〉 (新潮文庫)
燃えよ剣 (1964年) (ポケット文春)』(1964)

文藝春秋 燃えよ剣.jpg 1962(昭和37)年11月から1964(昭和39)年3月にかけて「週刊文春」に連載された司馬遼太郎の長編小説で、単行本('64年刊行)は当時としてもベストセラーになり、この小説で、新選組における近藤勇と土方歳三の人気が逆転したと言われていますが、こうまで差をつけて描かれたのでは無理もないか。近藤勇なんて、最後はただ大名になりたかっただけの"勘違い人間"のように描かれています。

 作者はほぼ同時期に『竜馬がゆく』('63-'66年)、『国盗り物語』('65-'66年)などのベストセラー小説を世に送り出しており('66年に第14回「菊池寛賞」を受賞)、最も脂の乗り切っていた時期であるとともに、作品内容の世間に与える影響も大きかったのではないでしょうか。
燃えよ剣』(1998)

 複雑かつ急変する時代背景をわかりやすく説き、多士済々の新選組メンバーを生き生きと描き、かつ、剣に生き、新選組副長として生涯を全うしようとする土方歳三という人物にしっかりスポットを当てていると思います。テンポが良くて、映画でも観ているような生き生きとした筆致です。

 新選組の描き方について、「幕府を奉じる時代錯誤」が「士道を貫こうとする男気」に、「非人間的とも思える内部粛清の厳しさ」が「最強軍団を作るための合理的な方法論」に置き換えられているのではないかといった批判もあり、それはそれで1つの見方ではあると思いました。 

 しかしここからは好みの問題になりますが、この作品は、たとえ滅びゆくともあくまでも"義に生きた"男の典型のような人物を描いた、一種のロマン小説と割り切って読んだ方が、充分に楽しめるのではないでしょうか。
 歳三の愛人・お雪が作者の創作の人物であることなどからしても、史実よりエンターテインメント性を重視していることがみてとれます。

 そうならば、この作品に現代の通常の価値基準を何でもかんでも当てはめるのはどうかとも思った次第です。 
 "没頭させられ度"をふり返って星5つに。

 【1964年単行本(ポケット文春)・1973年単行本改訂[文芸春秋(上・下)]/1972年文庫化[新潮文庫(上・下)]/1998年ソフトカバー単行本[文芸春秋(全1巻)]】

《読書MEMO》
●池田屋の変によって明治維新が1年は遅れたといわれるが、おそらく逆だろう。
  この変によってむしろ明治維新が早くきたとみるのが正しい。(著者)
●「池田屋事件」(1864.6.5)...新撰組が尊攘派浪士を襲う
●「蛤御門の変」(禁門の変)(1864.7.19)...長州藩と幕府側が激突
●「油小路の変」(1867.11.18)...伊藤甲子太郎、新撰組に暗殺される
●「鳥羽伏見の戦い」(戊辰戦争)(1868.1.3)

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「●「菊池寛賞」受賞者作」の インデックッスへ

「大河の一滴」3部作の中で、最も「自分に近いところ」で書かれている。

運命の足音.jpg 『運命の足音』 (2002/08 幻冬舎)

 著者は、軽妙な雑感集のようなものから文明論・人生論的なものまでいくつかのタイプのエッセイを書き分けているようですが、'94年に『蓮如』(岩波新書)を発表して以来、さらに宗教的な思索を深め、'90年代の終わり頃からそれを平易に表現することに努めているように思えます。

 本書は、『大河の一滴』('98年/幻冬舎)、『人生の目的』('99年/幻冬舎)に続く人生論的エッセイで(著者は本書刊行年の'02年に第50回「菊池寛」賞を受賞)、この3部作の間にも『他力』('98年/講談社)などを発表していますが、これらの作品の中では、本書が最も著者にとって「自分に近いところ」で書かれている気がしました。

 と言うのは、著者が戦後57年間"封印"してきた、朝鮮半島からの引き揚げ時に母親が亡くなったときの話が、本書で初めて書かれているからです。
 ソ連兵が自宅に押し入り、12歳の五木少年の目の前で家族を蹂躙する様は、あまりに悲惨で、読んでいて胸が痛くなります。

 この3部作では『大河の一滴』が先ずどっと売れましたが、何となく説法臭い気がしてしばらく手をつけませんでした。
 本書には前2作に比べ、著者の"無常感"と言うか"諦念"を思わせる雰囲気さえあり、またこの作家が、この時点で尚も強烈な原体験のトラウマと苦闘しているという印象を抱きました。
 そのことは、ソ連兵に自宅を接収された後、母親が亡くなるまでの1ヶ月間のことについては簡単な描写しかなく、「こんな暗い話は、二度と書きたくないと思う」と言っていることにも表れているのでは思います。

 【2003年文庫化[幻冬舎文庫]】

「●い 池波 正太郎」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【406】 池波 正太郎 『男の作法
「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「剣客商売(1)」) 「●「菊池寛賞」受賞者作」の インデックッスへ(池波 正太郎)

粋だけれども枯れてはいないスーパー老人・秋山小兵衛60歳。

辻斬り.jpg 『辻斬り―剣客商売』 新潮文庫〔旧版〕  池波正太郎.jpg 池波 正太郎(1923‐1990/享年67)

 「鬼平犯科帳」や「仕掛人・藤枝梅安」と並ぶ池波正太郎(1920‐1990)の代表作『剣客商売』は、秋山小兵衛(こへい)、大治郎の剣客親子が中心のシリーズものですが、シリーズ全部で1800万部ぐらい売れているというからやはりスゴいことです。

 主人公の秋山小兵衛は60歳で、すでに息子の大治郎に跡を譲り、40歳も年下のおはるを後添えに悠々自適の隠居生活を送りながら、ほとんど暇つぶしと好奇心からいろいろな事件に首を突っ込んでいくというストーリー構成です。

 本書『辻斬り』はシリーズ第2弾で、「鬼熊酒屋」「辻斬り」「老虎」「悪い虫」「三冬の乳房」「妖怪・小雨坊」「不二楼・蘭の間」の7篇を収めていますが、主要登場人物のお披露目も終わってすっかり安定した筆致で、剣豪小説でありながら、江戸下町の情緒(小兵衛は鐘ヶ淵に住み、大治郎は隅田川を挟んで真崎稲荷明神社近くに剣術道場を開いている)や食文化の蘊蓄(当初は肉体労働者しか口にしなかった鰻が、独特の調理法を得て「鰻料理」として流行り始めたのがこの頃だったとか)も楽しめます。

 ガンコ親父の人情を描いた「鬼熊酒屋」、10日で強くしてくれと言う男の話「悪い虫」など、派手な斬り合いの無い話にも味や深みがありますが、「辻斬り」などではしっかり立ち回りしていて、まさに「スーパー老人」ぶり。
 まあ今で言えば"60歳"はまだまだ壮年のうちだが、当江戸時代での60歳と言えばやはり"老人"ということになるでしょう。シリーズ執筆開始時50代前半だった作者の、ある種の理想像なのかも。

 秋山小兵衛は歌舞伎役者でテレビの「鬼平犯科帳」にも時々出ていた中村又五郎(2代目)をイメージしたらしいですが、昔のテレビ版の山形勲(1915-1996)の方が最近の藤田まこと(1933-2010)よりイメージ的には「粋」の部分で近かったかも(CX系では、加藤剛、山形勲コンビの「剣客商売」(70年代)と藤田まことの「剣客商売」(90年代以降)の間に、加藤剛、中村又五郎コンビの「剣客商売」(80年代)も単発で2度作られており、その内の1つがこの「辻斬り」を取り上げている('82年12月放映))。

剣客商売dvd.jpg ただ、やはり5シーズンに渡って秋山小兵衛を演じた藤田まことのイメージはかなり根強いし、昔のテレビ・シリーズは、加藤剛が演じた息子・大治郎の方が主役になってしまっていますが、原作を読む限り、それはないよ、という感じ。
 作者は、「粋」だけれども「枯れ」てはいない老人パワーみたいなものを描きたかったのではないかと思われ、やはり秋山小兵衛をメインに据えるべきだろうと思います(その意味では、藤田まこと版は原作に沿った"正統派"とも言えるか)。

剣客商売第1シリーズ 藤田.jpg「剣客商売(1)」●演出:富永卓二/蔵原惟繕/小野田喜幹/酒井信行●制作:河合徹/武田功/佐生哲雄●脚本:古田求/野上龍雄/井手雅人●音楽:篠原敬介●原作:池波正太郎「剣客商売」●出演:藤田まこと/渡部篤郎/大路恵美/三浦浩一/平幹二朗/小林綾子/梶芽衣子/竜雷太●放映:1998/10~12(全10回)●放送局:フジテレビ  ※「剣客商売(2)」1999/12~2003/03(全11回)/「剣客商売(3)」2001/06~07(全5回)/「剣客商売(4)」2003/01~05(全11回)/「剣客商売(5)」2004/02~03(全7回)

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 【1985年文庫化・2002年新装版[新潮文庫]】

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「住基ネット」の管理体制の杜撰さを指摘するも、やや危機感煽り気味の感じも。

あなたの「個人情報」が盗まれる.jpg 『あなたの「個人情報」が盗まれる』 (2003/08 小学館)

 '02年にスタートした「住民基本台帳ネットワーク」の問題点と、制度施行の背後にある国の「国民総背番号制」的考え方や総務省の拙速な対応姿勢を非難した書。

 役所の業務用パソコンが「住基ネット」に接続されていると同時にインターネット接続もされていて、自治体や職員にその危険性の自覚がない―。
 システムは外部業者に丸投げで、セキュリティー対策の統括責任者もいなければファイアーウオールの意味もよくわかっていない―。
 本書で示された、「住基ネット」接続自治体の多くに見られるこうした危機管理体制の杜撰さには驚かされます。

 もう少しこの辺りを突っ込んで欲しかったところですが、カードの暗証番号が生年月日などの場合に起きやすいクラッキング犯罪の問題とか、どちらかと言えば利用者の責に帰するのではないかと思われる問題も同列で論じられていて、焦点がボヤけた感じも。

 利用者の僅かな利便性(公立図書館の利用など)と引き換えに膨大な個人情報を得ようとする「国家の意図」に対する批判もわかることはわかりますが、こうした政治批判も付加されて、さらに"ごった煮"になった感じもします。

 危機感を煽ることが先行しているような気もして、タイトル自体も、著者が「住基ネット」問題に取り組んできたジャーナリストで、長野県の「本人確認情報保護審議会委員」のメンバーでもあったことを知らない人から見れば、ただ「怖そうな話」「もしかして個人情報保護法の話?」程度にしか推測できないのではないでしょうか。
 「住基ネット」問題を中心に論じたものであることがわかるようなタイトルにした方が、より親切ではないかと思いました。

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日本のジャーナリズムの中では見えなかったイチローの一面が見えた。

イチローUSA語録.jpg 『イチローUSA語録』 集英社新書 〔'01年〕 デイヴィッド・シールズ.jpg デイヴィッド・シールズ(略歴下記)

 イチロー語録は何冊か本になっていますが、シアトル在住の米国人作家の編集による本書は、その中でも早くに出版されたもの。雑誌・新聞等に掲載された英文訳のイチローのコメントを再録していますが、渡米1年目の6月ぐらいまでのものしか載っていません。でも、掛け値なしで面白い!

Ichiro.jpg 編者は―「イチローはグラウンドで超人的な離れ業、人間業とも思えない送球や捕球や盗塁やヒットなどを演じ、あとでそれについて質問されると、彼の答えときたら、驚くほかはない。そのプレーを問題にもしないか、否定するか、異を唱えるか、前提から否定してかかるか、あるいは他人の手柄にしてしまう」と驚き、「日本語から英語に訳される過程で、言葉が詩的な美しさを獲得したのだろうか?」と考察していますが、日本語に還元したものを我々が読むと、もっと自然な印象を受けます(彼のプロ意識の控えめな表現だったり、ちょっとマスコミに対して皮肉を言ってみたとか、或いはただインタビューを早く終らせたいだけだったとか)。それでも面白いのです。

 個人的に一番気に入ったのは、シアトルの地元紙に日本の野球に心残りがあるかと聞かれ、「日本の野球に心残りはありません。野球以外では、飼っている犬に会えないのが寂しいけど、グランドでは何もないです」と答えた後、その飼い犬の名前を聞かれて、「彼の許可を得てからでないと教えられません」と言ったというスポーツ・イラストレイテッドの記事。何だか、味わい深い。スポ・イラも丹念だけれども、編者もよくこういうのを拾ってきたなあと言う感じ。例えば、日本でまとめられた"類書"などは、「精神と目標」「準備と訓練」「不安と逆風」...といった構成になっていて、こうなると上記のようなコメントは入る余地がなくなります。日本のジャーナリズムの中では見えてこなかったイチローの一面が見えました。

 イチローはこの年(2001年)、「菊池寛賞」受賞。「国民栄誉賞」は受賞を辞退していますが、こちらは特に辞退せずだったようです。
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デイヴィッド・シールズ
1956年ロサンゼルス生まれ。ブラウン大学卒(英文学専攻)。作家、エッセイスト。ワシントン大学教授(クリエイティヴ・ライティング・プログラム担当)。著作に「ヒーローズ」「リモート」「デッド・ランゲージズ」など。ニューヨーク・タイムズ・マガジン、ヴォーグなどにも寄稿。1999年刊の「ブラック・プラネット」は全米批評家協会賞最終候補となる。シアトルに妻、娘とともに住む。

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通し読みすると著者の映画観や評価スタンスがわかり、巻末の「ぼくの映画史」も味わい深い。

外国映画ぼくの500本.jpg ぼくの採点表 2 1960年代.jpg 黄金狂時代 1925.jpg黄金狂時代 コレクターズ・エディション [DVD]
外国映画ぼくの500本』 文春新書〔'03年〕 『ぼくの採点表 2 1960年代―西洋シネマ大系 (2)』 (全5巻)
映画雑誌『スクリーン』1957年1月号
映画雑誌『スクリーン』1957年1月号.jpg双葉十三郎.jpg 映画雑誌「スクリーン」に長年にわたって映画評論を書き続けてきた著者による、20世紀に公開された外国映画500選の評論です。何しろ1910年生まれの著者は、見た洋画が1万数千本、邦画も含めると約2万本、1920年代中盤以降公開の作品はほとんどリアルタイムで見ているというからスゴイ!

 本書のベースとなっているのは「スクリーン」の連載をまとめた『西洋シネマ体系 ぼくの採点表』という全5巻シリーズで、この中にある約8,900本の洋画の中からさらに500本を厳選し、1本当たりの文字数を揃えて五十音順に並べたのが本書であるとのことです(著者は『西洋シネマ体系 ぼくの採点表』全5巻完結の年に第49回「菊池寛賞」を受賞している)。

 名作と呼ばれる映画の多くを網羅していて、強いて言えば心温まる映画が比較的好みであるようですが、古い映画の中にはDVDなどが廃盤になっているものも多いのが残念です。

 映画評論の大家でありながら、B級映画、娯楽映画にも暖かい視線を注いでいて、一般観客の目線に近いところで見ているという感じがし、自分たちが青春時代に見た映画も著者自身は老境に入って見ているはずなのに、感想には若者のようなみずみずしさがあって、ああこの人は万年青年なのだなあと。

 1本ごとの見どころを短文の中にうまく盛り込んでいて、リファレンスとしても使え"外れ"も少ないと思いますが、一通り読んでみることをお薦めしたいです。著者の映画観や映画を評価するということについてのスタンスがわかります。すべての作品に白い星20点、黒い星5点での採点がされていますが、「映画とは点数が高ければいいというものではない」という著者の言葉には含蓄があります。

 因みに、90点以上は「黄金狂時代(チャールズ・チャップリン)」「西部戦線異状なし(リュウイス・マイルストン)」「大いなる幻影(ジャン・ルノワール)」「駅馬車(ジョン・フォード)」「疑惑の影(アルフレッド・ヒッチコック)」「天井桟敷の人々(マルセル・カルネ)」「サンセット大通り(ビリー・ワイルダー)」「河(ジャン・ルノワール)」「恐怖の報酬(アンリ・ジョルジュ・クルーゾー)」「禁じられた遊び(ルネ・クレマン)」「水鳥の生態(ドキュメンタリー)」「野いちご(イングマール・ベルイマン)」「突然炎のごとく(フランソワ・トリュフォー)」「スティング(ジョージ・ロイ・ヒル)」「ザッツ・エンタテイメント(ジャック・ヘイリー・ジュニア)」の15本となっています。

 先の「点数が高ければいいというものではない」という著者の言葉もあってこれを著者のベスト15ととっていいのかどうかは分かりませんが、故・淀川長治2.jpg淀川長治(1909-1998)が「キネマ旬報」1980年12月下旬号に寄せた自らのベスト5が「黄金狂時代(チャールズ・チャップリン)」「戦艦ポチョムキン(セルゲイ・エイゼンシュテイン)」「グリード(エリッヒ・フォン・シュトロハイム)」「大いなる幻影(ジャン・ルノワール)」「ベニスに死す(ルキノ・ヴィスコンティ)」となっており、「黄金狂時代」と「大いなる幻影」が重なっています。年齢が近かったこともありますが(双葉氏が1歳年下)、意外と重なるなあという印象でしょうか。巻末の「ぼくの映画史」も、著者の人生と映画の変遷が重なり、その中で著者が、映画の過去・現在・将来にどういった思いを抱いているかが窺える味わい深いものでした。

 「野いちご」('57年/スウェーデン)などベルイマンの作品を高く評価しているのが印象に残ったのと、チャップリン作品で淀川長治と同じく「黄金狂時代」('25年/米)をベ黄金狂時代 01.jpgストに挙げているのが興味を引きました(淀川長治は別のところでは、"生涯の一本"に「黄金狂時代」を挙げている)。「黄金狂時代」はチャップリン初の長編劇映画であり、ゴールドラッシュに沸くアラスカで一攫千金を夢見る男たちを描いたもので黄金狂時代 03.jpgすが、チャップリンの長編の中では最もスラップスティック感覚に溢れていて楽しめ(金鉱探しのチャーリーたちの寒さと飢えがピークに達して靴を食べるシーンも秀逸だが、その前の腹が減った仲間の目からはチャーリーがニワトリに見えてしまうシーンも可笑しかった)、個人的にもチャップリン作品のベストだと思います(後期の作品に見られるべとべとした感じが無い)。

黄金狂時代es.jpg黄金狂時代_15.jpg黄金狂時代14.jpg「チャップリンの黄金狂時代(黄金狂時代)」●原題:THE GOLD RUSH●制作年:1936年●制作国:アメリカ●監督・製作・脚本:チャールズ・チャップリン●撮影:ローランド・トザロー●時間:82~96分(サウンド版73分)●出演:チャールズ・チャップリン/ビッグ・ジム・マッケイ/マック・スウェイン/トム・マレイ/ヘンリー・バーグマン/マルコム・ウエイト/スタンリー・J・サンフォード/アルバート・オースチン/アラン・ガルシア/トム・ウッド/チャールズ・コンクリン/ジョン・ランドなど●日本公開:1925/12●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:高田馬場パール座 (79-03-06)(評価:★★★★☆)●併映:「モダン・タイムス」(チャールズ・チャップリン)

《読書MEMO》
●「双葉十三郎 ぼくの採点表」
☆☆☆☆★★(90点)
1925 黄金狂時代/チャールズ・チャップリン
1930 西部戦線異状なし/リュウイス・マイルストン
1937 大いなる幻影/ジャン・ルノワール
1939 駅馬車/ジョン・フォード
1942 疑惑の影/アルフレッド・ヒッチコック
1945 天井桟敷の人々/マルセル・カルネ
1950 サンセット大通り/ビリー・ワイルダー
1951 河/ジャン・ルノワール
1952 恐怖の報酬/アンリ・ジョルジュ・クルーゾー
1952 禁じられた遊び/ルネ・クレマン
1953 水鳥の生態/ドキュメンタリー
1957 野いちご/イングマール・ベルイマン
1961 突然炎のごとく/フランソワ・トリュフォー
1973 スティング/ジョージ・ロイ・ヒル
1974 ザッツ・エンタテイメント/ジャック・ヘイリー・ジュニア

☆☆☆☆★(85点)
■1920年代以前
 月世界旅行/ジョルジュ・メリエス
 イントレランス/D・W・グリフィス
 カリガリ博士/ロベルト・ウィーネ
■1920年代
 キッド/チャールズ・チャップリン
 ドクトル・マブゼ/フリッツ・ラング
 幌馬車/ジョン・フォード
 アイアン・ホース/ジョン・フォード
 結婚哲学/エルンスト・ルビッチ
 ジークフリート/フリッツ・ラング
 戦艦ポチョムキン/エイゼンシュテイン
 ビッグ・パレード/キング・ビダー
 巴里の屋根の下/ルネ・クレール
■1930年代
 会議は踊る/エリック・シャレル
 自由を我等に/ルネ・クレール
 暗黒街の顔役/ハワード・ホークス
 街の灯/チャールズ・チャップリン
 仮面の米国/マーヴィン・ルロイ
 グランド・ホテル/エドマンド・グールディング
 巴里祭/ルネ・クレール
 四十二番街/ロイド・ベーコン
 或る夜の出来事/フランク・キャプラ
 商船テナシチー/ジュリアン・デュヴィヴィエ
 たそがれの維納/ヴィリ・フォルスト
 オペラ・ハット/フランク・キャプラ
 孔雀夫人/ウィリアム・ワイラー
 望郷/ジュリアン・デュヴィヴィエ
 我等の仲間/デュヴィヴィエ
 舞踏会の手帖/デュヴィヴィエ
 風と共に去りぬ/ヴィクター・フレミング
 スミス都へ行く/フランク・キャプラ
■1940年代
 わが谷は緑なりき/ジョン・フォード
 ヘンリイ五世/ローレンス・オリヴィエ
 逢びき/デヴィッド・リーン
 ダイー・ケイの天国と地獄/ブルース・ハンバーストン
 荒野の決闘/ジョン・フォード
 黄金/ジョン・ヒューストン
 悪魔の美しさ/ルネ・クレール
 踊る大紐育/スタンリー・ドーネン
 黄色いリボン/ジョン・フォード
 情婦マノン/アンリ・ジョルジュ・クルーゾー
 第三の男/キャロル・リード
■1950年代
 アニーよ銃をとれ/ジョージ・シドニー
 イヴの総て/ジョゼフ・マンキウイッツ
 戦慄の七日間/ジョン・ブールティング
 巴里のアメリカ人/スタンリー・ドーネン
 グレンミラー物語/アンソニー・マン
 シェーン/ジョージ・スティーヴンス
 バンド・ワゴン/ヴィンセント・ミネリ
 ローマの休日/ウィリアム・ワイラー
 悪魔のような女/アンリ・ジョルジュ・クルーゾー
 波止場/エリア・カザン
 エデンの東/エリア・カザン
 赤い風船/アルベール・ラモリス
 第七の封印/イングマール・ベルイマン
 情婦/ビリー・ワイルダー
 魔術師/イングマール・ベルイマン
■1960年代
 甘い生活/フェデリコ・フェリーニ
 処女の泉/イングマール・ベルイマン
 太陽がいっぱい/ルネ・クレマン
 ウエストサイド物語/ロバート・ワイズ
 アラビアのロレンス/デヴィッド・リーン
 8 1/2/フェデリコ・フェリーニ
 シェルブールの雨傘/ジャック・ドゥミ
 戦争は終った/アラン・レネ
 アルジェの戦い/ジッロ・ポンテコルヴォ
 バージニア・ウルフなんかこわくない/マイク・ニコルズ
 ロシュフォールの恋人たち/ジャック・ドゥミ
 冒険者たち/ロベール・アンリコ
 素晴らしき戦争/リチャード・アッテンボロー
■1970年代
 ジョニーは戦場へ行った/ドルトン・トランボ
 叫びとささやき/イングマール・ベルイマン
 フェリーニのアマルコルド/フェデリコ・フェリーニ
 タワーリング・インフェルノ/ジョン・ギラーミン
■1980年代
 ファニーとアレクサンデル/イングマール・ベルイマン
 アマデウス/ミロス・フォアマン
■1990年代以降
 霧の中の風景/テオ・アンゲロプロス
 恋におちたシェークスピア/ジョン・マッデン

映画雑誌『スクリーン』1957年1月号 目次
映画雑誌『スクリーン』1957年1月号 目次.jpg

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