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楽しく読めたが、もの足りなさも。「愚息(または新九郎)の定理」といった感じ。

光秀の定理1.jpg光秀の定理.jpg

 永禄3(1560)年、京の街角で、食い詰めた兵法者・新九郎、辻博打を生業とする謎の坊主・愚息、そして浪人の身の十兵衛という3人の男が出会った。十兵衛とは、名家の出ながら落魄し、その再起を図ろうとする明智光秀その人であった。この小さな出逢いが、その後の歴史の大きな流れを形作ってゆく―。

 リストラをテーマにした『君たちに明日はない』など現代小説を手掛けてきた作者による初の歴史時代小説で、光秀が中心と言うよりは、剣の達人・新九郎の青春物語を軸に、それぞれの生き方、歩む道が異なる3人を描いているといった感じでしょうか。初めての歴史時代小説で、これだけきっちり書けるというのは、作家というのはすごいものだなあと感心させられました。

 従来の光秀像とは異なる、爽やかで高い理想を持った新たな光秀像を打ち出しており、確率論のパズルなどを織り込んでいるのもユニークで、その部分が面白く読めるばかりでなく、それを剣術や戦さの戦術にまで落とし込んでいるところは巧みだと思いました。

 その上で、もの足りなかった部分を敢えて挙げれば、タイトルに「光秀の定理」とあるものの、3人の物語にしたことによって光秀が相対的に後退し、「愚息(または新九郎)の定理」といった感じの話になっているように思われた点でしょうか。

 光秀はなぜ織田信長に破格の待遇で取り立てられ、瞬く間に軍団随一の武将となり得たのかは描いているし、「本能寺の変」の部分を敢えて描かず、終盤は新九郎と愚息の後日譚になっているのも別にいいのですが、なぜ光秀が信長に対して謀反を起こしたのかという部分がやや弱いかという印象でした(残された新九郎、愚息の、もし秀吉でなく光秀が天下の統治者になっていたら世の中どうなっていただろうという思いから、それは察せられなくもないが)。

 光秀を巡る最大の歴史ミステリは、光秀ほどの智将が何の後ろ盾もなく信長に対する個人的怨恨により謀反を単独で実行した(「光秀怨恨説」説)とは考えにくく、ではその"後ろ盾"があったとすればそれは何であったのだろうかというもので、これについては、「朝廷関与説」(信長の権勢に危機感を持った朝廷が参画したとする説)など主だったものだけで5つも6つもあるようで、研究者の間で一致した結論は出ていません。

 この作品では、従来の「怨恨説」に対して否定的な立場を取りながらも、"後ろ盾"については踏み込んでおらず、強いて言えば「野望説」(天下が欲しかった光秀の単独犯行)に近いか、それを"理想国家の実現"といった風に美化した感じでしょうか(この作品にもあるように、実際、フロイス『日本史』の記述などから、武将として合理的な性格の光秀と信長との相性も良かったはずだと主張する研究者グループがあり、「怨恨説」は後に作られたものだとする考えが現在は有力視されているようだ)。

 新九郎、愚息が事変の後に、光秀が目指していたものは何だったのだろうかと考えてしまっているところが、前半部分の「光秀が相対的に後退」していることと呼応しているように思いました(結局2人とも真相を知り得ないでいる)。そうした曖昧さが個人的にはもの足りなかったわけですが、過程においては楽しく読めたのと、作者初めての歴史時代小説であるということで星半分オマケしました。

光秀の定理2.jpg 光秀の定理3.jpg

明智光秀役春風亭小朝.jpg 因みに、今年['14年]のNHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」で明智光秀を演じているのは春風亭小朝ですが、敢えて新奇性を狙ったのかもしれないけれど、個人的印象としては「ハズレ」という感じでしょうか。大河ドラマでは、今回より前に少なくとも10回以上は明智光秀が登場していて演者は次の通り。
  1965 太閤記    佐藤 慶
  1973 国盗り物語   近藤正臣
  1978 黄金の日日  内藤武敏
  1981 おんな太閤記 石濱 朗
  1983 徳川家康   寺田 農 
  1989 春日局     五木ひろし
  1992 信長     マイケル富岡
  1996 秀吉     村上弘明
  2002 利家とまつ  萩原健一
  2006 功名が辻   坂東三津五郎
  2009 天地人     鶴見辰吾
  2014 軍師官兵衛   春風亭小朝
  2016 真田丸    岩下尚史
  2017 おんな城主 直虎 光石 研
  2020 麒麟がくる   長谷川博己(主役)

太閤記 1965 明智.jpg佐藤慶光秀.jpg佐藤慶 光秀07.jpg この中で、圧倒的に強烈なイメージを残したのは「太閤記」の佐藤慶で、以後の配役はそれを超えていないのではないでしょうか。秀吉には緒形拳が抜擢されて人気を博し、高橋幸治演じる織田信長にも人気が集まった一方、佐藤慶はイコール光秀みたいな見られた方をしたのでは。自身、自分の演じた光秀役のイメージがあまりに強く自分にまとわり着き過ぎて、以降、緒形拳との共演を出来るだけ避けていたといったような話を本人がしているのを聞いたことがあります。

太閤記 1965L.jpg太閤記 2.jpg「太閤記」●演出:吉田直哉ほか●制作:広江均●脚本:茂木草介●音楽:入野義朗●出演:緒形拳/高橋幸治/石坂浩二/曾我廼家一二三/川津祐介藤村志保フランキー堺/浪花千栄子/山茶花究/稲野和子/岸恵子佐藤慶/三田佳子/田村高廣宮口精二/島田正吾/中村歌門/尾上菊蔵/有島一郎/渡辺文雄土屋嘉男/乙羽信子●放映:1965/01~12(全52回)●放送局:NHK


緒形拳(さる→日吉→木下藤吉郎→羽柴秀吉→豊臣秀吉)/高橋幸治(織田信長)
「太閤記」ogata.jpg 「太閤記」takahasi.jpg
藤村志保(ねね)/岸惠子(お市の方)/フランキー堺(茶碗屋・於福(おふく))
「太閤記」藤村志保.jpg 「太閤記」岸2.jpg 「太閤記」フランキー.jpg

田村高廣 NHK大河ドラマ出演歴
・赤穂浪士(1964年) - 高田郡兵衛
・太閤記(1965年) - 黒田孝高
・春の坂道(1971年) - 沢庵
・花神(1977年) - 周布政之助
0 田村高廣 NHK大河.jpg

【2016年文庫化[角川文庫]】

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「話」としては"いい話"が多くなってきているが...。ややネタ枯れ気味?

張り込み姫.jpg張り込み姫 君たちに明日はない 3』(2010/01 新潮社)

 リストラ請負会社「日本ヒューマンリアクト」に勤め、所謂"クビ切り面接官"を仕事とする村上真介を主人公としたシリーズの第3弾で、「ビューティフル・ドリーマー」「やどかり人生」「みんなの力」「張り込み姫」の4話を所収。

 山本周五郎賞受賞作の第1弾『君たちに明日はない』は、建材メーカー・玩具メーカー・メガバンク・コンパニオン派遣会社・音楽プロダクションが、第2弾の『借金取りの王子』は、老舗百貨店・生保会社・消費者金融・温泉旅館がそれぞれ舞台でしたが、今回の第3弾は、英会話学校、大手旅行代理店、車ディーラーの自動車整備士、大手出版社の写真誌記者といった業界・職種を扱っています。

 「小説新潮」の連載で、間歇的な連載とはいえ毎回異なった業界を扱うのは相当骨が折れるのではないかと思われ(ここまで通算13話)、その取材努力は評価したいと思いますが、主人公の真介と8歳年上の陽子のプライベートな男女の話は"安定期"に入ったのか後退し、面接場面が中心のパターンが続くだけに、ちょっぴりマンネリ感も。

 そうしたことも意識してか、真介と彼が面接する被面接者たちの両方の視点から描くスタイルは変わらないものの、今回はいずれも被面接者たちの考え方や生き方に主に焦点が当てられているように思われました。

 彼らの中にもこれまでの登場人物と同様にリストラ勧告によって困惑する姿も見られますが、一方で彼らは自力で、または周囲の協力を得て新たな一歩を踏み出すことになり、顧みればリストラが次のキャリアへの転身、再出発への契機になった―といった"能動的" "前向き"な話が多くなっています。

 その分、「話」としての読後感は悪くないのですが、作者が登場人物を予め"転身可能性"を充分に秘めた人物として描いていて、そのため個々の苦悩の部分がやや薄く感じられたり、登場人物の再出発がうまくいくようにしようとし過ぎていて、話が出来過ぎていたりする感じも。主人公もすごくいいヒトになっちゃったし。

 「話」としては、ひとりの自動車整備工の再出発を多くの仲間が陰で支える「みんなの力」が一番の"感動作"ということになるのでしょうが、「小説」としては、旅行代理店の社員が謎めいた立ち振舞いを見せる「やどかり人生」が、プロセスにおいては面白かったかなあ(最後は「なあんだ、そういうことか」という感じではあるのだが)。

 「やどかり人生」「みんなの力」共に作者の趣味や経歴に近い世界の話であり、表題作「張り込み姫」の舞台は、この連作の掲載誌の版元がモデルということで、ややネタ枯れ気味なのか?

【2012年文庫化[新潮文庫]】

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最初のうちは嫌な奴だと思ったら...。読んでいくうちに、作者のうまさに嵌っていくような感じ。

君たちに明日はない 単行本.jpg 君たちに明日はない 文庫.jpg君たちに明日はない 文庫tv.jpg  君たちに明日はない tv.jpg 垣根涼介.jpg 垣根涼介 氏
君たちに明日はない』['05年]『君たちに明日はない (新潮文庫)』「君たちに明日はない (坂口憲二 主演) [DVD]

垣根 涼介 『君たちに明日はない』_7939.JPG 2005(平成17)年度・第18回「山本周五郎賞」受賞作。

 リストラ請負会社「日本ヒューマンリアクト」に勤める村上真介の仕事は、リストラ専門の面接官であり、昨日はメーカー、今日は銀行と飛び回る日々の中で、女の子に泣かれ、中年男には殴られたりもするが、たとえ相手に何を言われようとも、真介はこの仕事にやり甲斐を感じている。その一方で、建材会社に勤める・芹沢陽子の面接を担当した際、彼女の気の強さに好意を抱く―。

 作者はミステリや冒険小説を書いてきた作家ですが、こうした企業小説っぽいジャンルはどうなのかなあと思って、リストラ請負会社という興味あるモチーフながらも暫く手をつけないでいたのですが、NHKでドラマ化されたのを機に読んでみたら、そこそこリアリティがあって、意外と面白かったです(作者のサラリーマン時代の経験がベースになっている?)。

 リストラ請負会社は(文庫解説の篠田節子氏は「私は聞いたことがない」「大嘘を前提としながら」と書いているが)世間的にはともかく、個人的にはアウトプレイスメント会社というものは必ずしも縁遠いものではなく、その上、先にNHKのドラマの方をちらっと観てしまったため、「こんな世界があるんだぞ~」と世間に知らしめて、あとは恋愛ドラマ路線でもっていくタイプの話だという、ややバイアスがかかった見方をしていたのかも知れません。

 原作も最初はやや漫画チックに思えましたが(実際、漫画化されているが)、テンポの良さを保ちながらもトータルでは現実を逸脱していないし、最初の内は主人公の村上真介は相当エグイことをする嫌な奴だと思いつつも、話が進むにつれ次第にいい奴に思えてくるという、何だか読んでいくうちに作者の旨さに嵌っていくような感じでした。

 例えばリストラ面接の場面においても、面接者である主人公と被面接者の両者の視点から書いていて、これがなかなか面白く(もしかしたら女性の心理の方が男性よりうまく書けているかも)、また、状況に応じて登場人物を名字で書いていたり名前で書いたりしているのも、計算の上でのことなのだろうなあ。

 「怒り狂う女」「オモチャの男」「旧友」「八方ふさがりの女」「去り行く者」の5話から成る1話1企業という連作形式をベースに、33歳の真介と第1話「怒り狂う女」で彼の被面接者であった41歳の陽子との関係性の話が進行していき、陽子の仕事環境にも転機が訪れて、続編『借金取りの王子―君たちに明日はない2』('07年)、『張り込み姫―君たちに明日はない3』('10年)に繋がっていくようです(「平成不況」の次に「リーマン・ショック」が来たためにモチーフがいつまでも古びないのは皮肉だが、アウトプレイスメント業界自体は寡頭競争で大変なのではないか)

 NHKのドラマは6話構成で、その内5話を本作から、1話を『借金取りの王子』をとっていますが、考えてみれば順番はどうにでもなる。ただ、いきなり原作に無い人物も出てきたりして、一瞬、自分が忘れてしまったのかと思ったりもし、最近の「土曜ドラマ」の原作の改変ぶりはあまり好きになれないなあ。

君たちに明日はない. NHK総合.jpg君たちに明日はない ドラマ.jpg「君たちに明日はない」●演出:岡田健/榎戸崇泰●制作:屋敷陽太郎●脚本:宅間孝行●音楽:松本晃彦●主題歌:久保田利伸●原作:垣根涼介「君たちに明日はない」「借金取りの王子」●出演:坂口憲二/田中美佐子/須藤理彩/村田雄浩/前田吟/堺正章●放映:2010/01~02(全6回)●放送局:NHK

【2007年文庫化[新潮文庫]】

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