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ヴェンダース生涯の傑作か。主人公を「悟りきった哲人」にしていないところがいい。

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「PERFECT DAYS」役所広司

PERFECT DAYS01.jpg 東京スカイツリー近くの古アパートで独り暮らす中年の寡黙な清掃作業員・平山(役所広司)は、毎朝薄暗いうちに起き、台所で顔を洗い、ワゴン車を運転して仕事場へ向かう。行き先は渋谷区内の公衆トイレ。それらを次々と回り、隅々まで手際よく磨き上げてゆく。一緒に働く清掃員タカPERFECT DAYS02.jpgシ(柄本時生)はどうせすぐ汚れるからと作業は適当にこなし、通っているガールズ・バーのアヤ(アオイヤマダ)と深い仲になりたいが金が無いとぼやいてばかりいる。平山は意に介さず、ただ一心に自分の持ち場を磨き上げる。誰からも見て見ぬふりをされるような仕事だが、平山はそれも気にせず仕事を続け、仕事中は殆ど言葉を発しない。それでも平山は日々の楽しみを数多く持っている。例えば、移動中の車で聴く古いカセットテープ。パティ・スミス、ルー・リード、キンクス、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドとどれも少し前の音楽だ。PERFECT DAYs 2.jpg休憩時に神社の境内の隅に座りささやかな昼食をとる時は、境内の樹々を見上げる。木洩れ日を見て笑みを浮かべ、一時代前の小型フィルムカメラでモノクロ写真を撮る。街のPERFECT DAYS田中.jpg人々は平山をまったく無視して行き交うが、時折ホームレス風の老人(田中泯)が、平山と目を合わせてくれる。仕事が終わると近くの銭湯で身体を洗い、浅草地下商店街の定食屋で安い食事をする。休日には行きつけの小さな居酒屋で、客にせがまれて歌う女将(石川さゆり)の声に耳を傾けることもある。家に帰ると、四畳半の部屋で眠くなるまで本を読む。フォークナー『野生の棕櫚』、幸田文『木』等々...。眠りに落ちた平山の脳裏には、そのPERFECT DAYS05.jpg日に目にした映像の断片がゆらゆら閃き続けている。ある日、平山の若い姪・ニコ(中野有紗)がアパートへ押し掛けてくる。平山の妹ケイコ(麻生祐未)の娘で、家出してきたという。平山の妹は豊かな暮らしを送っていて、ニコに平山とは世界が違うのだから会ってはならぬと言い渡しているらしい。ニコは平山を説き伏せて仕事場へついてゆく。公衆トイレを一心に清掃してゆく平山の姿にニコは言葉を失うが、休憩時、公園で木洩れ日を見上げる平山の姿を見て、ニコにも笑顔が戻る。しかし平山の妹がニコを連れ戻しにやってくる―。

PERFECT DAYS0s1.jpg ヴィム・ヴェンダース監督の2023年公開作で、同年の第76回「カンヌ国際映画祭」で、役所広司が日本人俳優としては是枝裕和監督の「誰も知らない」('04年)の柳楽優弥以来19年ぶり2人目となる男優賞を受賞した作品です(同映画祭のエキュメニカル審査員賞も受賞)。そう言えば役所広司は、主演作である今村正平監督の「うなぎ」('97年)が第50回「カンヌ映画祭」で最高賞である「パルム・ドール」を受賞しています。

PERFECT DAYSt.jpg この映画の製作のきっかけは、世界で活躍する16人の建築家やデザイナーが参画して渋谷区内17か所の公共トイレを刷新したプロジェクト「THE TOKYO TOILET」の活動PRを目的とした短編オムニバス映画が当初の計画だったとのこと、撮影はたった15日間という短い期間だったそうです。

 カンヌ国際映画祭の審査員で台湾の批評家・王信(ワン・シン)は、ヴィム・ヴェンダース監督の代表作「パリ、テキサス」('84年/西独・仏)が、より成熟した高いレベルで日本を舞台に再び作り直されたかのようだとし、ヴェンダース生涯の傑作と呼ばれるだろうとしていますが、同感です。アメリカの「バラエティ」誌も、映画の構造はごくシンプルで「ベルリン・天使の詩」('87年/西独・仏)のような哲学的な煩悶は登場しないが、同監督による劇映画としてはここ数十年でもっとも優れた作品になったと称賛、個人的にも「パリ、テキサス」「ベルリン・天使の詩」よりいいと思いました。

PERFECT DAYS10.jpg 主人公・平山(ヴィム・ヴェンダース監督が敬愛する小津安二郎監督の作品の主人公の名に由来しているのは明らか)の一見かわり映えの無い生活が12日間描かれていますが、毎日が同じようで、ちょっとずつ今までにない出来事や事件のようなものが起き、過去を捨てたはずの平山が、次第にその自分の過去に向き合わさざるを得なくなるという作りになっています。

 行政のキャンペーンが製作のきっかけだったこともあり、上から目線での、主人公・平山にとっての「パーフェクトな生活(素晴らしい生活)」という見方であり、(ラストの方の切実な展開もあってか)平山にとって本当にこの生活がパーフェクトなのか、平山はこのままでいいのかという批判もあるようです。でも、そうした批判は「パーフェクト」をどう捉えるかにもよるのではないかと思いました。

PERFECT DAYS20.jpg エンディングの平山の表情を映した長いショットで、最初笑っていた平山は、途中からやや泣き顔にも見える表情になったりもし、彼の人生への満足と後悔の両方が滲み出ていて、それらをひっくるめての「パーフェクト」という意味であり、少なくとも一般的な「完璧な生活」という意味合いとは異なるように思いました。平山の日々を見ていると、どこか禅僧の生活のメタファーのようでもありますが、それを「完全に悟りきった哲人」にしてしまっていないところが、平山という人物が身近に感じられていいです。

PERFECT DAYS04.jpg 居酒屋の女将が石川さゆりで、ほんとに映画の中で歌っていたなあ(自分がこの映画を観た大晦日の日に紅白歌合戦でも歌っていた)。三浦友和が演じるその女将の元夫が現れ、平山は最初はその元夫の登場で女将に振られたと思い、この映画の中で初めて酒を飲みます(行きつけの定食屋でも居酒屋でもそれまで酒は飲んでいない)。しかし、元夫はガンで余命宣告を受けており、後を平山に託したことで、二人は女将を介して何となく気持ちが通じていました。

 一方で、麻生祐未が演じる平山の妹ケイコとは全然ダメでした。恋敵にもなり得る相手と気持ちが通じて、近しいはずの肉親と気持ちが通じないのも、人生の皮肉かも。小津安二郎の「東京物語」('53年)で、父親(笠智衆)と気持ちが通じ合うのが実の息子や娘ではなく、血の繋がりのない息子の嫁(原節子)であったのが想起させられました。

 因みに、写真屋の主人を翻訳家の柴田元幸が演じているほか、バーの常連客としてモロ師岡とあがた森魚、野良猫と遊ぶ女性に研ナオコ、駐車場係に松金よね子など、結構いろいろな人がカメオ出演していました。

アパートの平山の部屋のセット
PERFECT DAYS0部屋.jpg「PERFECT DAYS」●原題:PERFECT DAYS●制作年:2023年●制作国:日本・ドイツ●監督:ヴィム・ヴェンダース●製作:柳井康治●脚本:ヴィム・ヴェンダース/高崎卓馬●撮影:フランツ・ラスティグ●音楽:(劇中曲)ルー・リード「Perfect Day」ほか●時間:124分●出演:役所広司/柄本時生/アオイヤマダ/中野有紗/麻生祐未/石川さゆり/田中泯/三浦友和/田中都子/水間ロン/渋谷そらじ/岩崎蒼維/嶋崎希祐/川崎ゆり子/小林紋/原田文明/レイナ/三浦俊輔/古川がん/深沢敦/田村泰二郎/甲本雅裕/岡本牧子/松居大悟/高橋侃/さいとうなり/大下ヒロト/研ナオコ/長井短/牧口元美/松井功/吉田葵/柴田元幸/犬山イヌコ/モロ師岡/芹澤興人/松金よね子/安藤玉恵●公開:2023/12●配給:ビターズ・エンド●最初に観た場所:シネ・リーブル神戸(23-12-31)(評価:★★★★☆)
「PERFECT DAYS」部屋2.jpg
シネ・リーブル神戸(朝日ビルディングB1F)
シネリーブル神戸.jpg
シネリーブル神戸2.jpgシネリーブル神戸内.jpg

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凄まじい話ではあるが、どこまでが小説でどこまでが創作なのか気になった「死の棘」。

「死の棘 (1990年)」2.jpg「死の棘」02.jpg
死の棘」[Prime Video](1990年)松坂慶子/岸部一徳 「カンヌ国際映画祭 審査員特別グランプリ」受賞作
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眠る男」[Prime Video](1996年)役所広司/クリスティン・ハキム/アン・ソンギ
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埋もれ木」[Prime Video](2005年)夏蓮/松川リン/榎木麻衣

「死の棘」03.jpg ミホ(松坂慶子)とトシオ(島尾敏雄)は結婚後10年の夫婦。第二次大戦末期の1944年、二人は奄美大島・加計呂麻島で出会った。トシオは海軍震洋特別攻撃隊の隊長として駐屯し、島の娘ミホと恋におちた。死を予告されている青年と出撃の時には自決して「死の棘」04.jpg共に死のうと決意していた娘との、それは神話のような恋だった。しかし、発動命令がおりたまま敗戦を迎え、死への出発は訪れなかったのだ。そして現在、二人の子供の両親となったミホとトシオの間に破綻がくる。トシオの浮気が発覚したのだった。ミホは次第に精神の激しい発作に見舞われる。トシオはその狂態の中に、かつてのあの死の危機を垣間見る。それは、あら「死の棘」05.jpgゆる意味での人間の危機だった。トシオはすべてを投げ出してミホに奉仕する。心を病むミホと二人の子を抱え、ある時は居を転じ、ある時は故郷の田舎に帰ろうと試み、様々な回復の手段を講じるトシオだったが、事態は好転せず、さらに浮気の相手・「死の棘」06.jpg邦子(木内みどり)の出現によって、心の病がくっきりし始めるのだった。トシオは二人の子をミホの故郷である南の島に送ってミホと共に精神科の病院に入り、付き添って共に同じ日々を送る。社会と隔絶した病院を住み家とすることで、やがて二人に緩やかな蘇りが訪れる―(「死の棘」)。

死の棘 カンヌ.jpg 第43 回カンヌ国際映画祭で「死の棘」が審査員特別賞を受賞した小栗康平監督(1990年05月21日) 【AFP時事】

『死の棘』 島尾敏雄 1960年10月初版』(芸術選奨)/『死の棘(1977年)』(読売文学賞・日本文学大賞)
『死の棘』 島尾敏雄 昭和35年10月初版.jpg『死の棘』単行本2.jpg 「死の棘」は小栗康平監督の'90年作で、1990年カンヌ国際映画祭「審査員グランプリ」受賞作。主演の松坂慶子、岸部一徳はそれぞれ、1990年度「キネマ旬報ベスト・テン」の主演女優賞・主演男優賞など多くの賞を受賞した作品です。島尾敏雄の原作は、'60(昭和35)年から'76(昭和51)年まで、「群像」「文学界」「新潮」などに短編の形で断続的に連載され、'77(昭和52)年に新潮社より全12章の長編小説として刊行(第1章「離脱」、第2章「死の棘」までを収録した'60年(昭和36)年刊の講談社版、 第3章「崖のふち」、第4章「日は日に」までを収録した'63(昭和38)年刊の角川文庫版も存在する)、1961年・第11回「芸術選奨」、1977年・第29回「読売文学賞」、1978年・第10回「日本文学大賞」を受賞しています。

『狂う人』.jpg 原作はスゴかったです。初めて読んだときは多分にドキュメントとして読んだため、ミホの狂気に圧倒されてしまいました。しかし、後に刊行された、ノンフィクション作家の梯久美子氏が膨大な資料・証言から真実を探った『狂うひと―死の棘の妻・島尾ミ三島由紀夫  2.jpgホ』('16年/新潮社)によると、原作には虚実がないまぜの部分があるようです(作者が妻にわざと自分の日記を読ませたとかは早くから言われていたが、妻が一部書き直したりして、夫婦合作的要素もあるらしい)。三島由紀夫が作者の作品について、「われわれはこれらの世にも怖ろしい作品群から、人間性を救ひ出したらよいのか、それとも芸術を救ひ出したらよいのか。私小説とはこのやうな絶望的な問ひかけを誘ひ出す厄介な存在であることを、これほど明らかに証明した作品はあるまい」と言っていますが、ある意味、こうした問題を予見していたようにもとれます(個人的にも評価し難い)。

 そうした「原作の問題」を置いておいて、映画だけで観ると、面白かったし、やはりスゴ木内みど.jpgかったです。トシオを演じた岸部一徳はこの作品で一皮むけたのではないかと思われます。松坂慶子も、突然「肺炎になってやる!」と叫び、胸をさらけ出しなど、体当たりの演技に挑戦していま「死の棘 木内.jpgす。トシオの浮気相手を演じた木内みどり(1950-2019)(「ゴンドラ」('97年)など)も、この作品が代表作ではないでしょうか。子役も上手く使っていて、その辺りはさすが「泥の河」('81年)の監督という感じです。ただ、ミホとトシオが今どういった状況に置かれているのか説明がやや足りず、この辺りの"説明不足"は「伽倻子のために」('84年)からすでに見られるこの監督の特徴でしょうか。


「眠る男」01.jpg 山あいの温泉町・一筋町。キヨジ(今福将雄)とフミ(野村昭子)の老夫婦の家には、山で事故に遭って以来、意識を失ったまま眠り続けている拓次(アン・ソンギ)という男がいた。フミは拓次を病院から引き取り、献身的な介護を続けている。拓次を毎日のように見舞うのは、知的障害を持つ青年・ワタル(小日向文世)だった。感受性豊かな彼は、事故に遭った拓次の第一発見者でもあり、人一倍彼のことを心配していた。水車小屋には傳次平(田村高廣)という老人がおり、自転車置き場と小さな食堂を経営するオモニ(八木昌子)に育てられている少年リュウ(太刀川寛明)は、傳次平から色々な話を聞くのを楽しみにしている。町では、南アジアの国からやってきた女たちがスナック「メナム」で働いていた。その一人であるティア(クリスティン・ハキム)は、故国の河でわが子を亡くした過去を持つ。ティアは町の人たちと接するうちに、次第に町の暮らしに馴染んでいった。拓次の幼友達である電気屋の上村は、最近になって、小さい頃、拓次とよく遊びに行った山の奥にある山家のことを思い出すようになった。そこに誰が住んでいて、それが本当にあったのかどうかも定かではなかったが、独り暮らしの老婆たけ(風見章子)から山家が本当にあったこと「眠る男」02.jpgを聞いた上村(役所広司)は、もう一度そこへ行ってみたくなった。冬が過ぎ、春が訪れ、やがて夏になり季節が巡ると、人々の生活にも少しずつ変化が見えた。寝たきりだった拓次はついに息を引きり、いんごう爺さん(瀬川哲也)の提案で"魂呼び"が試みられたが、それも空しい結果に終わった。しかしその後、神社で催された能芝居を観ていたティアが、森の中で死んだはずの拓次と再会する。不思議な体験をした彼女は、何かに導かれるように上村が探す山家へたどり着き、翌日、そこで上村と出会う。二人は、涸れていると言われていた井戸に水が涌きでていることを知る。上村はブロッケン現象の起こる山頂で、拓次に人間の命について問いかけるのだった―(「眠る男」)。

「眠る男」」0101.jpg 小栗康平監督の'96年作「眠る男」は、群馬県が人口200万人到達を記念して、地方自治体としては初めて製作した劇映画です。第20回モントリオール世界映画祭「審査員特別大賞」、第47回ベルリン映画祭「国際芸術映画連盟賞」を受賞。'96年度キネマ旬報ベストテン第3位で、小栗康平監督は2度目の監督賞を受賞しています。役所広司を主演に据え、韓国人、インドネシア人俳優の出演で国際色豊かな作品です(韓国の安聖基が演じる〈眠る男〉は主役ではなく映画のシンボルとして存在している)。ただ、こちらもいよいよもって説明不足で、登場人物の個の感情が前面に押し出されてはいますが、結局、実際のところは本人にしかわからないという印象を受けました。したがって、正直〈眠る男〉が何の象徴なのかもよく分かりませんでした。


「埋もれ木」3.jpg 山に近い小さな町。まち(夏蓮)ら三人の女子高生たちは、短い物語を作り、それをリレーして遊ぶことを思いつく。さっそく、町のペット屋がらくだを仕入れた、というエピソードをはじまりに、無邪気な夢物語が紡がれていく。次々と紡がれる物語は未来へと向かう夢なのか。一方、大人たちも慎ましやかにそれぞれの日々をいき続けている。そんなある日、大雨の影響で地中から"埋もれ木"と呼ばれる古代の樹木林が姿を現した。やがて町の人々は、そこでカーニバルを開催することを思いつく―(「埋もれ木」)。

「埋もれ木」お1.jpg 「埋もれ木」は小栗康平監督の'05年作品で、撮影は'04年の梅雨から夏の三重県で行われ、前作「眠る男」と同じく地元タイアップ的な作品。第58回「カンヌ国際映画祭」で特別上映され、国内外で注目されたのよ、主演の女子高生三人(夏蓮、松川リン、榎木麻衣)を7000人の一般公募者の中から選出したことでも話題になった作品でした(そう言えば前作「眠る男」にも、ごく普通の女子高生たちが登場した)。物語は、起承転結がないような思わせぶりな小さいエピソードの積み重ねであり、それはそれでいいのですが、これもまた説明不足であるため、落としどころが何なのかよく分かりませんでした(したがって話題が先行した割にはヒットしなかった)。

 この監督は、真摯に自分の撮りたい作品を撮り続けているように見える一方で、独りよがりとの批判を受けても仕方がない面もあるように思えます(コアなファンには受けるのだろうが)。また、「賞狙い」的な要素も感じられ、その極みが「FOUJITA」('15年)だったのではないかと思います(個人的評価★★☆)。「泥の河」(個人的評価★★★★☆)みたいな作品はもう撮らないのかなあ。

「死の棘 (1990年)」 (1).jpg「死の棘」●制作年:1990年●監督・脚本:小栗康平●撮影:安藤庄平●音楽:細川俊夫●原作:島尾敏雄●時間:115分●出演:松「死の棘」松坂岸部.gif坂慶子/岸部一徳/木内みどり/松村武典/近森有莉/山内明/中村美代子/平田満/浜村純/小林トシ江/嵐圭史/白川和子/安藤一夫/吉宮君子/野村昭子●公開:1990/04●配給:松竹●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-09-12)(評価:★★★☆)
松坂慶子(ミホ) 日本アカデミー賞最優秀主演女優賞、キネマ旬報主演女優賞、毎日映画コンクール主演女優賞、ブルーリボン賞主演女優賞、報知映画賞最優秀主演女優賞、日刊スポーツ映画大賞主演女優賞、山路ふみ子女優賞
岸部一徳(トシオ)日本アカデミー賞最優秀主演男優賞、キネマ旬報賞主演男優賞、全国映連主演男優賞

「眠る男 (1996年)」.jpg「眠る男」●制作年:1996年●監督:小栗康「眠る男」010.jpg平●製作:小寺弘之●脚本:小栗康平/剣持潔●撮影:丸池納●音楽:細川俊夫●時間:103分●出演:役所広司/クリスティン・ハキム/安聖基 (アン・ソンギ)/左時枝/野村昭子/田村高廣/今福将雄/八木昌子/小日向文世/瀬川哲也/渡辺哲/岸部一徳/蟹江敬三/平田満/真田麻垂美/太刀川寛明/小林トシ江/中島ひろ子/藤真利子/高田敏江/浜村純/風見章子●公開:1996/02●配給:SPACE●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-10-03)(評価:★★★)

「埋もれ木」011.jpg「埋もれ木 (2005年)」.jpg「埋もれ木」●制作年:2005年●監督:小栗康平●製作:小栗康平/佐藤イサク/砂岡不二夫●脚本:小栗康平/佐々木伯●撮影:寺沼範雄●時間:93分●出演:夏蓮/松川リン/榎木麻衣/浅野忠信/坂田明/岸部一徳/坂本スミ子/田中裕子/平田満/左時枝/塩見三省/小林トシ江/草薙幸二郎/久保酎吉/湯川篤毅/代田勝久/松坂慶子(油状出演)●公開:2005/06●配給:ファントム・フィルム●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-10-17)(評価:★★★)


『死の棘』文庫.jpg『死の棘』...【1981年文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
「死の棘」より(抜粋)
●『あなたの気持ちはどこにあるのかしら。どうなさるおつもり?あたしはあなたに不必要なんでしょ。
だってそうじゃないの。10年ものあいだ、そのように扱ってきたんじゃないの。
あたしはもうがまんはしませんよ。もうなんと言われてもできません。爆発しちゃったの。
もうからだがもちません。見てごらんなさい、こんなに骸骨のように痩せてしまって』

●『あなた、あたしがすきだったの、どうだったの、はっきり教えてちょうだい・・・・じゃ、
どうしてあなたはあんなことをしたんでしょう。ほんとにすきならあんなことするはずがない。
あなた、ごまかさなくていいのよ。きらいなんでしょ。きらいならきらいだと言ってくださいな。
きらいだっていいんですよ。それはあなたの自由ですもの。きらいにきまってるわ。
あなたはほんとのことを、あたしに言ってちょうだいな。このことだけじゃないんでしょう。
もっとあるんでしょ。いったいなんにんの女と交渉があったの?』

●「妻は私の肝をつつき、その非をついばむことに容赦しないが、私からもぎ取られてしまえば彼女は
生きて行くことができないことに気づいた私は、彼女を手放すことはできない。
はっきりどれか一つをえらび、そして家の中に閉じこもったとき、私は家の外をみきわめないままに放棄された。
だから外の方はがらんどうの暗黒となって残り、そちらからいざないと審きがかさねてやってきて
いつ襲いかかられるかわからない。」

●「自分の身のまわりに起こる事件が、最悪の状態にころがって行くことは、むしろ、ひりひりした正確さがあっていい、
とほんのしばらくそう思った。」

●「妻がふとんをかぶって紐で首を絞めると、私はそうさせまいとしたあげく、ふたりはくんづほぐれつ取っ組み合いになった。
一方が出て行けとどなっても、相手が出て行こうとするとそれを止めにかかり、どこまで落ちて行くのが見当がつかない。
・・・・・『オトウシャン、ジサツ、シュルノ?』・・・すさまじい荒れた気配が家のなかいっぱいで、
障子もふすまもぶつかって手を突っ込むからさんばらに破れ、ちゃぶ台に使っていた応接台も私がからだごとぶつけたとき、
台が抜けてこわれた。二時ごろだったろうか。どちらからともなく疲れて中休みのかたちになった。」

●「頬の肉こそ落ちたが、丸顔で広い顔の造作のせいか、眠りのなかのその顔のときの疑いを知らぬひたむきなそれが
あらわれてきて、今にもかたりかけてきそうな錯覚を覚えた。
・・・・・眠りのため妻の意識は潜んでいるから、反応を受けずに娘のときそうしたように唇をそっとかさねることもできた。
すると深夜に部隊を抜け出し、岬の峠を越えてたどりついた部落奥の、家の縁側で眠っていた彼女に唇を合わせたときの
感触がよみがえった。
なんだか犬ころに近づくときめきのなかで、小鳥のやわらかな頭を両手で抱き取っている感じがし、
彼女のにおいは、すべて起らぬ前のやさしい状態につれもどしてくれたかと思えた。」

●「『力が弱い。もういっぺん』
と妻がいえば、さからえず、おおげさな身ぶりで、もう一度平手打ちをした。女はさげすんだ目つきで私を見ていた。
『そんなことぐらいじゃ。あたしのキチガイがなおるものか』」

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PTSDとそこからの立ち直り。存在感が印象に残る宮崎あおい。

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ユリイカ(EUREKA) [DVD]」(2002)役所広司/宮崎あおい/宮崎将

(ユリイカ)01.jpg 九州に住む田村直樹(宮﨑将)と梢(宮﨑あおい)の兄妹は、小・中学生だった二年前に、沢井真(役所広司)の運転するバスで登校中にバスジャックに遭遇した。犯人(利重剛)は刑事の松岡(松重豊)によって射殺されたが、兄妹と沢井以外の乗(ユリイカ)02.jpg客は犯人の銃で殺された。極度のショックを受けた兄妹は引き籠り、その影響で両親は離婚。親権者の父親は無謀運転で事故死し、兄妹は大きな屋敷に二人きりで住むようになった。一方の沢井も不安定になり、家族と揉めた末に、引き寄せられるように直樹たちの屋敷に転がり込む。二年後の夏、兄(ユリイカ)04.jpg妹の従兄の大学生・秋彦(斉藤陽一郎)が屋敷にやって来る。休暇期間中だけ親戚らに送り込まれたのだ。兄妹が全く口をきかず、沢井まで居ることに驚きつつ、同居を始める秋彦。土木作業員として働く沢井の会(ユリイカ)05.jpg社で、事務員の河野圭子(椎名英姫)が殺された。近辺では通り魔殺人が頻発しており、疑われた沢井は一時留置場に拘留される。沢井と直樹たち兄妹はバスジャックの被害者なのに、地域の人々から孤立し白い目で見られている。このまま引き籠っていてはいけないと感じた沢井は、中古の旧式バスを買って改造し、直樹と梢、秋彦を乗せて旅に出る。バスに寝泊りしながら九州を巡る四人。秋彦は、前日に泊まった阿蘇の町で、通り魔殺人が起きたことを知る。犯人は、夜中にバスから出た沢井か直樹ではないのか―。

青山 真治.jpg 昨年['22年]頸部食道がんのため57歳で亡くなった青山真治(1964-2022)監督作で、第53回カンヌ国際映画祭で「国際批評家連盟賞」と「エキュメニカル審査員賞」をW受賞した作品。日本公開は'01(平成13)年ですが、カンヌでの公開は'00(平成12)年5月18日でした。同年5月3日に当時17歳の少年による「西鉄バスジャック事件」が発生していますが、もちろん映画の撮影はその前です(撮影に使用されているのが「西鉄バス」であるというのはすごい偶然)。

(ユリイカ)03.jpg 上映時間は3時間37分と長尺で、ほぼ全編セピアカラーのような映像で、心象風景的なシークエンスも少なからずありましたが、時間の長さをあまり感じさせず、一定の緊張感を維持して観続けることができました(劇場で観られたというのもある)。役所広司に加えて、宮﨑将・あおい兄妹の演技力もあったと思います。兄妹はPTSDで会話ができないという設定でしたが、秋彦役の斉藤陽一郎より梢役の宮﨑あおいの方がその存在感が印象に残りました(兄・宮﨑将は現在俳優をやめているが、役者としては、自分より妹の方が優れていると思っているという発言をしたことがある)。

「ユリイカ」10.jpg 要するに、PTSD(心的トラウマ)とそこからの立ち直りの物語ですが、ほろ苦い結末でもあります。ここから先はネタバレになりますが、結局、連続通り魔事件は心を病んだ直樹の犯行であり、そのことに気づいた沢井は姿を消した直樹を追い、次の殺人を思い留まらせ、付き添って警察に自首させます。そして、残された梢の心を思いやり、バスで海や広大な景色を見せてから家路へと向かう―。

 ただ、あまり伏線にないようなものが無かった気もします。最後に沢井が秋彦のふと漏らした「一線を越えてしまったら隔離した方が周りにとっても本人にとっても幸せなんだよ」との一言に激高して、秋彦を殴った上でバスから路上に追い出してしまうのも、やや自己チュー気味で、共鳴する以前に唐突感を感じました。

 沢井と梢が海を見てから展望台に登るというラストシーンは、ロードムービーの定番的シチュエーションのように思えましたが、悪くなかったように思います。ただ、梢が「お兄ちゃん、見える?」と兄への思いを馳せて言う言葉が、尚のことほろ苦さを増すというか、これから二人が旅しても、新たなトラウマを背負っていくことになるのでは、という気もしなくはありませんでした。

 青山監督自身によって執筆されたノベライズは2000年に角川書店より刊行され、第14回三島由紀夫賞を受賞していますが、個人的には未読です。ただ、こうした実験的なアプローチで撮り切って、観客に映画館に足を運ばせる力量のある作品を生み出せる監督が亡くなったのは残念に思います。また、この作品が劇場であまり上映される機会が無いのも残念です(DVDは2002年に発売され、いったん廃盤となり、2008年に値下げして再リリースされたものの、現在は中古品がプレミア価格になってしまっている)。

(ユリイカ)いm.jpg「EUREKA(ユリイカ)」●制作年:2000年●監督・脚本:青山真治●撮影:田村正毅●音楽:青山真治/山田勳生●時間:217分●出演:役所広司/宮﨑あおい/宮﨑将/斉藤陽一郎/国生さゆり/光石研/利重剛/松重豊/塩見三省/真行寺君枝/でんでん/椎名英姫/中村有志/尾野真千子/本多哲郎(唄人羽(うたいびと はね))●公開:2001/01●配給:サンセントシネマワークス●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-03-19)(評価:★★★☆)

EUREKA ユリイカ(IMDb評価 7.8)

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秀でた脚本家がどうやって原作を脚色するのか、原作と読み比べてみると興味深い。
駅路/最後の自画像1.jpg駅路/最後の自画像2.jpg 駅路1.jpg 
駅路 最後の自画像』/『駅路 (1961年) 』(駅路・誤差・部分・偶数・小さな旅館・失踪)
駅路2.jpg駅路―傑作短編集(六)―(新潮文庫)』(白い闇・捜査圏外の条件・ある小官僚の抹殺・巻頭句の女・駅路・誤差・薄化粧の男・偶数・陸行水行)
[2009年テレビドラマ(出演:役所広司/深津絵里)タイアップ帯]

 銀行の営業部長を定年で退職した小塚貞一は、その年の秋の末、簡単な旅行用具を持って家を出たまま、行方不明となった。家出人捜索願を受けて、呼野刑事と北尾刑事は捜査を始める。家庭は平和と見えたし、子供も成長し、一人は結婚もした。人生の行路を大方歩いて、やれやれという境涯に身を置いていたように思える。自殺する原因もない。自分から失踪したとすれば、何のためにそのような行動を取ったのか―。

 松本清張(1909-1992/82歳没)の短編小説で、「サンデー毎日」1960(昭和35)年8月7日号に掲載され、1961年11月に短編集『駅路』収録の表題作として、文藝春秋新社から刊行されています。

 高卒ながら実直に精励恪勤し、銀行の支店長まで上り詰め、家の外に女など作りそうもないと周囲の誰もが思った真面目な勤め人・小塚貞一だったが、実は...。ちゃんと妻に残すものは残して出奔するところが、銀行員らしい? と言うより、それが主人公の気質なのでしょう。

 でも、男って、この主人公と同じことを考えていたとしても、その殆どがそれを実行に移せないないだろうから、その意味では主人公は大胆と言うか、行動力があると言えるかもしれません。なかなか、そう思わせる女性に出会うということもないというのもあるかもしれませんが、主人公はまさに、そうした女性に巡り逢ったということなのでしょう。

 過去4回テレビドラマ化されていて、それらは以下の通り。
・1962年 松本清張シリーズ・黒の組曲「旅路」(NHK)」 藤原釜足・内田稔・内藤武敏
・1977年「松本清張シリーズ・最後の自画像」(NHK)いしだあゆみ・小加藤治子
・1982年「松本清張の駅路」(テレビ朝日)田村高廣・古手川祐子・河内桃子
・2009年「松本清張生誕100年記念作品・駅路」(フジテレビ)役所広司・深津絵里・木村多江
 この内、1977(昭和42)年版の「最後の自画像」が、本書に併録されている向田邦子(1929-1981/51歳没)の脚本による作品で、2009年版「駅路」がそのリメイクになります。

「松本清張生誕100年記念作品・駅路」(2009年・フジテレビ)役所広司・深津絵里・木村多江
駅路/9.jpg 本書解説の編集者・烏兎沼佳代氏によれば、向田邦子はもともと原作がある作品の脚色を嫌った脚本家で、実際に脚色した作品も少なく、原作となるこの「駅路」を手にした時は、すでに「だいこんの花」「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」で人気脚本家になっていて、それがなぜ敢えてこの作品を脚色したのか、推論できる理由はあるとのことです。

 烏兎沼氏によれば、その一つは、この仕事が巡ってきたタイミングが、向田邦子が2年目に乳がん、1年前に肝炎を患った時期だったこと(つまり彼女い自身が人生に"駅路"に立たされたということ)、二つ目は、登場人物の中に向田邦子に近しい人を連想させる人物像があり、その典型が小塚貞一で、これが高学歴ではないのに出世した彼女の父親と重なるたのではないかということ(小塚貞一は向田の叶わぬ恋の相手を想起させるとも)、三つめは、「男の物語」に女を加えることで、放送時間70分のドラマとして効果を倍加できるのではないかと考えたからではないかとのことです。

 実際、「最後の自画像」では、小塚貞一の相手の女性・福村慶子が生きているという設定になっていて、小塚貞一よりもむしろ福村慶子の方が主人公になっているような印象を受けました。その他、原作には無い刑事と部下や聞き込み相手とのコミカルな会話もあり、秀でた脚本家がどうやって原作を脚色するのか、こうして原作と読み比べてみると、よく分かって興味深いです。

 福村慶子をいしだあゆみが演じたNHK版は観ていませんが、それを更に脚色した役所広司・深津絵里版は観ました。向田邦子の脚本をほぼ忠実に活かしていますが(ゴーギャンの絵のモチーフが前面に出ているのも向田脚本と同じ)、時代設定が、昭和の終わり昭和63年の暮れになっていて、昭和天皇崩御の1月7日に事件が解決するという風になっています(小塚貞一の生き様、或いはより広く"仕事人間"の時代というものを「昭和」に重ねたか)。

旅路101.jpg駅路/十朱.jpg 小塚夫妻役は石坂浩二と十朱幸代で、この辺りは改変がありませんが、役所広司演じる刑事が、彼も写真が趣味(所謂SLの"撮り鉄")という風になっていて、役所広司は向田邦子が脚本に仕掛けたコミカルな件(くだり)も卒なく演じており、上手いなあと。

駅路/深津.jpg駅路/役所 深津.jpg ただ、やはり圧巻は女優で、福村慶子を演じた深津絵里は、さすがに情感たっぷりで上駅路/木村.jpg手かったです。加えて、福村よし子を演じているのが木村多江で、彼女が演じることで同じ福村慶子の従姉であっても、福村よし子の位置づけが、観る者にシンパシーを引き起こすよう改変されているように思いました。

「最後の自画像」('77年)松本清張/「駅路」('09年)唐十郎
最後の自画像 清張.jpg駅路 唐.jpg 1977年のNHK版では、刑事の聞き込み先である福村慶子の下宿先の「小松便利堂」の主人で、隠居した恍惚老人の役で原作者・松本清張自身が出演しているのですが(この老人、ボケているけれども福村慶子に"男"(=貞一)がいたことだけは見抜いている)、この2009年のフジテレビ版では、松本清張が演じたこの役を唐十郎が演じており、今思うと、2009年版も結構豪勢な配役だったと言えるかもしれません。

駅路/タイトル横.jpg「松本清張生誕100年記念作品・駅路」●演出・脚色:杉田成道●脚本:向田邦子●脚色:矢島正雄●プロデュース:喜多麗子●音楽:佐藤準●原作:松本清張●出演:役所広司/深津絵里/木村多江/高岡蒼甫/北川弘美/大口兼悟/石坂浩二/十朱幸代/佐戸井けん太/根岸季衣/田山涼成/大林丈史/ふせえり/佐々木勝彦/石井愃一/中島ひろ子/唐十郎/田根楽子●放映:2009/04/11(全1回)●放送局:フジテレビ

【1965年文庫化[新潮文庫(『駅路―傑作短編集6』)]】

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〈ラーメン・ウエスタン〉のスタイル。人物造型もウェットでないのがいい。

「タンポポ」米国版ポスター.jpgタンポポ図2.jpgタンポポ 1985.jpg tampopo.jpg
タンポポ<Blu-ray>」/「Tampopo」米国版DVD

米国版ポスター['16年]

タンポポ61.jpg 長距離タンクローリーの運転手ゴロー(山﨑努)とガン(渡辺謙)がとある寂れたラーメン屋に入ると、店主のタンポポ(宮本信子)がタンポポ1.jpg幼馴染の土建屋ビスケン(安岡力也)にしつこく交際を迫られていたところだった。それを助けようとしたゴローだが逆にやられてしまう。翌朝、タンポポに介抱されたゴローはラーメン屋の基本を手解きしタンポポに指導を求められる。そして次の日から「行列のできるラーメン屋」を目指し、厳しい修行が始まる―。

タンポポ81.jpg 1985(昭和60)年公開の伊丹十三(1933-1997/64没)脚本・監督による「ラーメンウエスタン」と称したコメディ映画で、伊丹十三監督作としては、長「タンポポ」es.jpg編第1作「お葬式」('84年)と第3作「マルサの女」('87年)の間にくる作品ですが、公開当時は「お葬式」ほど注目されず、「マルサの女」が伊丹十三監督としての3年ぶりのブレイク作品になったように思います。実際、「お葬式」と「マルサの女」はそれぞれ第58回と第61回のキネマ旬報ベスト・テン第1位に選ばれていますが、この「タンポポ」はベストテンにも入っていません(ベストテン第11位)。やはり、ラーメン店の再興というのが、テーマ的に小粒と思われたのでしょうか(三谷幸喜監督の「ラヂオの時間」('97年/東宝)で渡辺謙がタンクローリ0「藤田「タンポポ」.jpgーの運転手役で出演しており、この作品へのオマージュととれるし、三谷幸喜監督がこの作品を高く評価していることが窺える)。

藤田敏八(歯が沁みる男)

 「お葬式」は名画座で観て、「タンポポ」は90年頃ビデオで観ましたが(この作品はその後なかなかDVD化されず、先にDVD化された米国からの輸入版で観た人も多いようだ)、意外と「タンポポ」の方が面白かったのではないかと後で思いました。「タンポポ」米国版ポスター2.jpg伊丹十三作品の人気ランキングなどを見ると、「お葬式」「マルサの女」と並んでこの「タンポポ」はベスト3に入っていることが多いですし、個人的には、「マルサの女」に匹敵する面白さだとは思っていましたが、今回観直して、これは「マルサの女」よる上ではないかと(評価○から◎に変更!)。

 米国では日本公開の翌年の1986年12月にニューヨークのジャパン・ソサエティーにて初上映され、翌年3月、近代美術館(MOMA)で新人監督シリーズの一本として上映されるとたちまち話題を呼び、一般公開にて大ヒットを記録、その年の全米の外国映画興行成績第5位にランクインし、その後も長きに渡り"海外でヒットした日本映画"として、世界中に記憶されることとなったといいます。

2016年10月、4Kデジタルリマスター版での30年ぶりの全米公開が決まり、皮切り上映されたニューヨークで、新たに制作された米国版ポスターを前に舞台挨拶をする宮本信子氏[写真:産経新聞(三品貴志氏撮影)]
  
タンポポ山崎1.jpg 米国で受け入れられたのは、〈ラーメン・ウエスタン〉のスタイルで「シェーン」('53年)を換骨奪胎したストーリータンポポ図2 (2)1.jpgを作り上げたことが大きいと思います。ラーメン店を一人で営む宮本信子の下にふらりと店に入ってきたトラック運転手の山崎努にしても常にカウボーイハットだし、自分たちの店のラーメンの味を貶された男たりがタンポポの店に押し掛ける時も、4人の男の内1人はさりげなくカウボーイハットで大いなる西部J.jpgした(ここは「OK牧場の決斗」('57年)風か)。そう言えば、土建屋の安岡力也も洋風の帽子でした。山崎努と殴り合った末に友情を築くのは、グレゴリー・ペックとチャールトン・ヘストンの延々と続く殴り合いのシーンで知られる「大いなる西部」('58年)へのオマージュではないでしょうか。アメリカ人は観ていてぴんとくるのでしょう。

「大いなる西部」('58年)チャールトン・ヘストン/グレゴリー・ペック

 山田洋次監督、高倉健主演の「遙かなる山の呼び声」('80年)なども「シェーン」へのオマージュ作品(ほぼパクリか)ですが、「タンポポ」の場合、ストーリー的には予定調和でありながらも、日本人的なウエットなキャラクターではなく、アメリカ映画的なドライな人物造形を意図的に模倣している点が、アメリカでスムーズに受け入れられる要因となったのではないかと思います。

「タンポポ」ロード.jpg また、この作品の中には、13の食べ物にまつわるエピソードが織り交ぜられているということで、それらも愉しめたし、今思うと、錚々たる面子(メンツ)の俳優がそれらサブストーリーに出ていたことが思い起こされ、暫く観ていない人は観直してみるのもいいのではないでしょうか。メインストーリーに関わる登場人物が主役の宮本信子、山崎努らを含め23名なのに対し、サブストーリーの登場人物が冒頭の役所広司、黒田福美(ヴィスコンティ監督の「ベニスに死す」のパロディか。黒田福美はこの作品以降、伊丹作品の常連に)を筆頭に46名と倍以上いるといいいます。

タンポポ 大友.jpg また、渡辺謙演じるガンが本を読みながら頭の中で描き出しているラーメンの先生を演じた大友柳太朗(1912‐1985/73歳没)は、この映画が公開される前の1985年9月27日、東京都港区の自宅マンション屋上から飛び降り自殺しています。したがって、この「タンポポ」が遺作となったわけですが、死の前日には自ら監督の伊丹十三(この人も'97年に自殺することになるのだが)に電話をかけ、自分の出番がすべて撮影済みであることを確認していたそうです。

市川右太衛門・大友柳太朗「大江戸七人衆」('58年)/大友柳太朗「酒と女と槍」('60年)/「赤穂浪士」('61年)
大江戸七人衆6.jpg酒と女と槍002.jpg赤穂浪士 大友.jpg この大友柳太朗という人は、1950年代には「片岡千恵蔵・市川右太衛門の両御大、中村錦之助・東千代之介・大川橋蔵の三羽烏よりも稼ぎ頭だ」と言われたほどの人気で、松田定次監督の「大江戸七人衆」('58年/東映)の七人衆の一人、旗本の平原役は市川右太衛門と同格か次席格で、大川橋蔵や東千代之介より上の格付けでしたし、内田吐夢監督、海音寺潮五郎原作の「酒と女と槍」('60年/東映)では主人公の富田高定を演じ(この映画、高定の"上司"格である前田利長役で片岡千恵蔵が客演している)、これも松田定次監督の「赤穂浪士」('61年/東映)でも原作者・大佛次郎が創造したキャラクターでフジテレビ「北の国から」 .jpgある、千坂兵部(市川右太衛門)の命により大石内蔵助(片岡千恵蔵)ら赤穂浪士の動向を探る浪人「堀田隼人」という重要な役どころでした。80年代には現代劇において老人役として人気を博しましたが、次第に台詞覚えに苦労するようになり「老人性痴呆にかかった」と悲観しはじめ、不眠症にも悩まされるようになり、特に後輩の杉良太郎からの執拗なダメ出し・批判に悩まされ、自信を喪失していったとのことです。

フジテレビ「北の国から」右は吉岡秀隆


タンポポs.jpg 因みに、西洋レストランで行われていた岡田茉莉子が講師を務めるマナー講座の近くの席で、パスタをすすったりげっぷを放つなどの騒音を出し、生徒たちが全員真似てパスタをすすって食べる元凶となった太った外人は、フランス出身のパティシエで日本で初となるフランス菓子専門店を開店させたアンドレ・ルコント(1932-1999)という人です。東京オリンピックを翌年に控えた1963年、ホテルオークラのシェフ・パティシエとして初めて日本を訪れ、本格的な砂糖菓子の彫刻を日本で最初に広めた人物です。


タンポポ5.jpgタンポポ4.jpg「タンポポ」●制作年:1985年●監督・脚本:伊丹十三●製作:玉置泰/細越省吾●撮影:田村正毅●音楽:村井邦彦●時間:115分●出演:山﨑努/宮本信子/渡辺謙/役所広司/安岡力也/加藤嘉/桜金造/大滝秀治/黒田福美/岡田茉莉子/高橋長英/橋爪功/大犮柳太朗/津川雅「タンポ」ポ 橋爪.jpg「タンポポ」井川.jpg彦/原泉/藤田敏八/高見映(高見のっぽ)/ギリヤーク尼ヶ崎/洞口依子/アンドレ・ルコント/中村伸郎/林成年/田武謙三/井川比佐志/三田和代/大月ウルフ/上田耕一●公開:1985/11●配給:東宝(評価:★★★★☆)
橋爪功(ホテルのボーイ)/井川比佐志(危篤の妻(三田和代)にチャーハンを作らせる男)

《読書MEMO》
●挿入されるエピソード(順不同。とりあえず13?)
タンポポ 紹興酒 海老.jpg➀ 白服の男(役所広司)とその情婦(黒田福美)が冒頭に登場し、映画館の最前列を陣取って食事をしようとする。
② 白服の男と情婦が口移しで生卵の黄身を崩さず何度もやりとりする(このほかに、白服の男が生きたままのエビに紹興酒をかけ、情婦の下腹に乗せ、情婦がくすぐったがって悶絶するというシーンもある)。
③ 白服の男が海辺の若い海女(洞口依子)から買った生牡蠣を食べ、殻で切った唇の血をその若い海女が舐める。
④ ガン(渡辺謙)が頭の中で創造した老人(大友柳太朗)がガンにラーメンの由緒正しい食べ方を教える。
⑤ レストランで食事マナーを生徒に教える講師(岡田茉莉子)の傍で外国人がズズッーとスパゲッティを啜って食べる。
⑥ 接待での場でフランス語メニューの読めない顧客と上司が当たり障りない注文し、フランス語は読めるが空気が読めない新米社員が高級料理や高級ワインを次々にオーダーする。やり取りを見たボーイ(橋爪功)は密かにほくそ笑む。
⑦そば屋で餅を喉につまらせた老人(大滝秀治)が、ゴロー(山崎努)らに助けられて、老人は御礼にとスッポン料理を一同に振舞う。
⑧ 食の細いターボー(タンポポの息子)にホームレスのシェフ(高見映(高見のっぽ))が、自分がリストラされたレストランに夜忍び込み、本物のオムライスを作って食べさせてやる(高見映は"ノッポさん"の帽子を被っている)。
⑨ 親から自然食しか与えらない子がソフトを食べる男(藤田敏八)をじっと見るので、男は自分のソフトをやる。
⑩ 食品店の柔らかい食材を触り回る老婆(原泉)とそれを見張る店長(津川雅彦)が深夜の店内で追っかけっことなる。
⑪ 東北大名誉教授を装うスリ(中村伸郎)に北京ダックを奢り、偽投資話で騙そうとする詐欺師(林成年)だったが...。
⑫ 幼い子どもらを持つ男(井川比佐志)が、危篤の妻(三田和代)にどうしてよいか分からずチャーハンを作らせる。
⑬ ラスト‥クレジットロールの背景に映し出される「授乳」シーン(人間にとって最初の食事であるということか)

タンポポ13.jpg

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「世界はつながっている」ということか。日本編のラストは、芥川の「藪の中」みたいだった。

バベル00.jpg バベル01.jpg バベル02.jpg
バベル スタンダードエディション [DVD]」ケイト・ブランシェット/ブラッド・ピット  菊地凛子
モロッコ
「バベル」11.jpg 裏売買で父親が手に入れたライフルを羊を狙うジャッカルの退治に渡された遊牧民の兄弟。羊の放牧に出た真面目な兄アーメッド(サイード・タルカーニ)と要領のいい弟ユセフ(ブブケ・アイト・エル・カイド)は射撃の腕を競ううちに遠くの観光バスを標的にしてしまう。バスの乗客の中には、互いに心の中に「バベル」12.jpg相手への不安を抱えながら、旅行でモロッコを訪れたアメリカ人夫婦のリチャード(ブラッド・ピット)とスーザン(ケイト・ブランシェット)が乗っていたが、スーザンがその銃撃を受けて負傷、観光客一行は近くの村へ身を寄せる。リチャードは必死に救助を要請するが助けはなかなか来ず、バスに残された他の観光客たちとも不和が広がっていく。次第に事件が解明され、ライフルの入手元がモロッコに来た日本人の観光ハンターのヤスジロー(役所広司)であることが判明する。
アメリカ・メキシコ
「バベル」20.jpg リチャード・スーザン夫妻の家で子ども2人の世話するメキシコ人の使用人で不法就労者のアメリア(アドリアナ・バラッザ)は、故郷のティフアナで催される息子の結婚式が迫るも、夫妻が旅行中のトラブルで帰国できず、代わりに子どもの面倒を見てくれるはずの親戚も都合がつかない。しかたなく彼女は子どもたちを結婚「バベル」21.png式に同行させる。式の後、甥のサンティアゴ(ガエル・ガルシア・ベルナル)が3人をアメリカまで送り返すが、国境の検問所で子どもたちを不法に連れ込んだと見なされたのと飲酒運転がばれ、取り調べを受けそうになったところを強行突破する。警察に追われ逃げ切れないと焦ったサンティアゴは、真夜中の荒野にアメリアと子どもたちを置き去りにする。
日本
「バベル」31.jpg 父・綿谷安二郎(役所広司)と二人暮しの聾者の女子高生・綿谷千恵子(菊地凛子「バベル」役所・菊池.jpg)は、自殺した母親を亡くした苦しみを父とうまく分かち合うことができない。不器用な父娘関係に孤独感を深める千恵子だが、街に出ても聾であることで疎外感を味わう。ある日、警察が父親に面会を求めて自宅を訪れるが、千恵子は刑事の目的を母親の死と関係があると誤解する―。

「バベル」カンヌ.jpgbabel golden globe.jpg 2006年公開のメキシコのアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督作で、第59回カンヌ国際映画祭で監督賞、第64回ゴールデングローブ賞でドラマ部門の作品賞を受賞した作品。脚本は同じくメキシコ出身で、この作品の2年後には、「あの日、欲望の大地で」('08年/米)で監督も手掛けることになるギジェルモ・アリアガです。

 カンヌでソフィア・コッポラ監督の「マリー・アントワネット」('06年/米)が不評で、代わりに注目を浴びたのがこの作品だったとのこと。更に、この作品では、「アビエイター」('04年)でアカデミー助演女優賞受賞を獲得した女優ケイト・ブランシェット(後に「ブルージャスミン」('13年)でアカデミー主演女優賞も受賞)が、銃弾で負傷して只々横たわってうんうん唸っている演技場面しかなく(誰かが"無駄使い"と評していた)、代わりに注目を浴びたのが菊池凛子―といったところでしょうか。菊地凛子は、アカデミー賞の「助演女優賞」にノミネートされたほか、2006年ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞の「ブレイクスルー女優賞」などを受賞しています。

「バベル」2006 0.jpg 映画公開時のキャッチコピーは「届け、心。」、「神よ、これが天罰か。」でしたが、「世界は繋がっている」とかの方が良かったのではないでしょうか。何で繋がっているかと言えば、モノとしては「ライフル」であり、それはある意味「罪」の象徴として繋がっていたということになるのかもしれません。

 菊地凛子の演技はそんなスゴイとは思いませんでしたが、脱ぎっぷりが良かったのでしょうか。ただ、ラストシーンは、日本編の冒頭で千恵子が見せる男性への"誘惑魔"的な態度の答えになっていました。ネタバレ気味になりますが、つまり彼女は、父との関係から抜け出したかったということでしょう。

「バベル」役所広司2.jpg そうなると、それは母親の死と関係があるのか―そもそも母親はなぜ死んだのか、またどのようにして死んだのかですが、まず、母親が安二郎と千恵子の関係を知ったのはほぼ間違いなく、そこから死に至った経緯として考えられるのは、
 ① 千恵子の言うように、母親はベランダから飛び降り自殺した
 ② 父・安二郎の言うように、母親はベランダでライフル自殺した
 ③ 二人とも嘘をついていて、母親が千恵子をベランダから突き落とそうとしたため、安二郎がライフルで撃った

の3通りではないかと思います(外にもいろいろ考えられるが取り敢えず)。

 以上の内、①は、もしそうとすれば「ライフルつながり」の話ではなくなるため、②が本当のところなのでしょうか。③はやや穿ち過ぎた話になるような気もしますが、①で千恵子が「その時父親は寝ていた」とわざわざ証言していることから、その証言が嘘であるならば、逆にあり得るなあと思います。

 日本編のラストは、芥川龍之介の「藪の中」みたいだったように思います。

「バベル」(アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ).jpg「バベル」●原題:BABEL●制作年:2006年●制作国:アメリカ●監督:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ●製作:スティーヴ・ゴリン/ジョン・キリク/アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ●脚本:ギレルモ(ギジェルモ)・アリアガ●撮影:ロドリゴ・プリエト●音楽:グスターボ・サンタオラヤ(坂本龍一 ※ オリジナル・アルバムより3曲使用されている)●時間:142分●出演:ブラッド・ピット/ケイト・ブランシェット/ブブケ・アイト・エル・カイド/サイード・タルカーニ/ムスタファ・ラシーディ/アドリアナ・バラッザ/ガエル・ガルシア・ベルナル/ネイサン・ギャンブル/エル・ファニング/モハメド・アクザム/クリフトン・コリンズ・jr/マイケル・ペーニャ/役所広司/菊地凛子/二階堂智/小木茂光/ミチ・ヤマト●日本公開:2007/04●配給:ギャガ・コミュニケーションズ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(19-01-22)(評価:★★★☆)

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その緻密さや細かいところで施された時空を超えた"遊び"が堪能できる。

山口晃 大画面作品集00.jpg 「成田国際空港 飛行機百珍圖」.png
山口晃 大画面作品集』['15年] 成田空港第1ターミナル4F「成田国際空港 飛行機百珍圖」
NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」タイトルバック(2019)
いだてん〜東京オリムピック噺〜_10.jpg

山口晃 大画面作品集0.jpg 大和絵や浮世絵のようなタッチで、非常に緻密に人物や建築物などを描き込む画風で知られる山口晃(1969年生まれ)氏の大画面作品集です。'19年のNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」の(題字の「回転する三本の脚」は横尾忠則氏によるものだが)タイトルバックの東京の俯瞰図のような緻密な絵の作者がこの人でした。また、近年パブリックアートに力を入れている成田空港では、第1ターミナルで、この人の成田空港をモチーフにした絵「成田国際空港 飛行機百珍圖」が見られます。

山口晃 大画面作品集08.jpg 本書の巻頭にも、この「成田国際空港 飛行機百珍圖」図がきていて、部分拡大図と全体図があって、その緻密さや細かいところで施された"遊び"が堪能できるものとなっています。実物は、1枚が縦3.8m×横3.0mだそうですが、とにかく細部の描き込みがスゴイです。「いだてん」のタイトルバックはもう少しゆったりした感じで描いたのかなあと思ったら、あれは人物(中村勘九郎や阿部 サダヲ)を怪獣映画のゴジラか何かに見立てて、その想定サイズに合わせて絵の方も大映したそうで、それによってテレビでも絵の細部が楽しめるようになっていますが、原画のサイズは1.6m×横2.6mだそうで、小さくはないけれど、特別に巨大な絵でもないようです。

山口晃 大画面作品集16.jpg こうした細密画を専門とする画家は他にもいるし、鳥瞰図絵師としては、大胆なパノラマ地図を描き続けた吉田初三郎(1884-1955)から、最近では、港町神戸の"今"を描き続けている青山大介氏などもいますが、青山氏の絵なども素晴らしいと思います(自分の実家が神戸なので愛着がある)。青山氏の絵を観ていると、技法的には、かつてのイラストレーター真鍋博(1932-2000)の『真鍋博の鳥の眼』('68年/毎日新聞社)を想起させられますが、この山口晃氏の作風は、伝統的な日本の図像と現代的なモチーフを混合させ、大和絵のようなタッチで描いているユニークなものです。

山口晃 大画面作品集68.jpg "遊び"が堪能できると言いましたが、その最大の遊びが、同じ絵の中に時空を超えて、江戸や明治の時代の人物や事物と現代の人物や事物を混在させていることで、現在が主となってその中に昔のものが混ざっているものもあれば、昔の時代が主で、その中に現代が混ざっているものもあります。後者の例で言えば、1枚の絵の中で、武家の厩に馬が羈がれているのに混ざってバイクが駐車されていたり、烏帽子頭の男と話している相手が脇にパソコン開いていたりして、くすっと笑いたくなります。

 山口晃氏は、私立美術大学を中退後、1994年東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻を卒業、1996年同大学院美術研究科絵画専攻(油画)修士課程を修了しているとのことです。個人的にはその作風から日本画を専攻したのかと勘違いしていましたが、本書内のエッセイで、「日本美術」という山口晃 大画面作品集42.jpeg言葉について再考するとともに、「日本画、洋画なんて事は海の向こうの人から見ればとるにたらない事でしょう」と述べています。

 また、「このまま設計図描きが続きかもしれませんが、絵描きなる時が来るかもしれません」とも述べています。確かに、画家と言うよりイラストレーターのような面もあるかも知れませんが、一方で極めて"絵画"的な作品もあり、また、絵画だけではなく、さまざまな美術活動に取り組んでいて、本書ではその一端をも垣間見ることができます。2013年に『ヘンな日本美術史』('12年/祥伝社)で第12回小林秀雄賞を受賞するなど多才な人であり、引き続き今後も注目されます。

「百貨店圖 日本橋 新三越本店」(注文主:三越)
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いだてん ドラマ.jpgいだてん ドラマ2.jpg「いだてん〜東京オリムピック噺〜」●脚本:宮藤官九郎●演出:井上剛/西村武五郎/一木正恵/大根仁/桑野智宏/林啓史/津田温子/松木健祐/渡辺直樹/北野隆志●時代考証:小和田哲男●音楽:ジョン・グラム●衣装デザイン:黒澤和子●題字:横尾忠則●出演:中村勘九郎/阿部サダヲ/(以下五十音順)浅野忠信/麻生久美子/綾瀬はるか/荒川良々/安藤サクラ/生田斗真/池波志乃/板尾創路/イッセー尾形/井上順/岩松了/柄本佑/柄本時生/大竹しのぶ/小澤征悦/勝地涼/加藤雅也/夏帆/神木隆之介/上白石萌歌/川栄李奈/桐谷健太/黒島結菜/小泉いだてん ドラマ1.jpg今日子/斎藤工/シャーロット・ケイト・フォックス/いだてん ドラマ3.jpg白石加代子/菅原小春/杉咲花/杉本哲太/大東駿介/田口トモロヲ/竹野内豊/寺島しのぶ/トータス松本/徳井義実/永島敏行/仲野太賀/中村獅童/永山絢斗/萩原健一/橋本愛/林遣都/古舘寛治/星野源/松尾スズキ/松坂桃李/松重豊/三浦貴大/満島真之介/皆川猿時/峯田和伸/三宅役所広司 いだてん.jpg「いだてん」ビートたけし.jpg『いだてん kawasia.jpg「いだてん」永島.jpg弘城/宮崎美子/森山未來/薬師丸ひろ子/役所広司/リリー・フランキー/ビートたけし(噺)/森山未來(語り)●放映:2019/01~2021/12(全47回)●放送局:NHK

中村勘九郎(第一部主人公:金栗四三)
阿部サダヲ(第二部主人公:田畑政治)

役所広司(嘉納治五郎)
ビートたけし(古今亭志ん生/噺(ナレーション))
浅野 忠信(オリンピック担当大臣として田畑(阿部サダヲ)と対立する政治家・川島正次郎)
永島敏行(「駅伝」の名付け親・武田千代三郎)
「いだてん 題字1.jpg「いだてん 題字2.jpg
題字:横尾忠則                                                                

                      
  
                                      

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カンヌ映画祭パルム・ドール受賞作。上手い作りだと思うが、後半がやや通俗に流れたか。

うなぎ dvd 完全版_.jpgうなぎ dvd.jpg   うなぎ 05.jpg
うなぎ 完全版 [DVD]」「うなぎ [DVD]」  役所広司/清水美砂
役所広司/常田富士男/佐藤允(1934-2012)
うなぎ 03.jpg 山下拓郎(役所広司)の元に拓郎が夜釣りに行っている間、妻恵美子(寺田千穂)が浮気しているという手紙が届く。ある夜釣りを早めに切り上げて家に帰って、妻の浮気現場を目撃する。拓郎は怒りを抑えきれず妻を刺殺し、そのまま自首、そして8年後に仮出所する、労役で外に出た時に捕まえたうなぎと共に外のうなぎ 04.jpg世界に出た拓郎は、服役中に資格をとった理髪店をひっそりと開き、身元引受人のである寺の住職(常田富士男)とその妻(倍賞美津子)に見守られ、隣家の船大工・高田重吉(佐藤允)をはじめ次第に町の人との交流も増えていく。ある日、うなぎの餌を探しに川へ行くと、川原の茂みで倒れている女を発見。女は殺した妻に瓜二つで、戸惑いながらも警察に通報し、女は睡眠薬を飲んでいたが、一命を取り留める。後日、その女・服部桂子(清水美砂)が礼に訪れ、拓郎の理髪店で働きたいと言い出す。拓郎は渋々女を受け入れ、町の住民はそれを歓迎する。しかし、桂子には何か秘密があるらしい―。
Unagi (1997)
Unagi (1997).jpg
うなぎ 第50回カンヌ映画祭 パルムドール賞.gif 1997年の今村昌平(1926-2006)監督作で、1997年・第50回カンヌ国際映画祭において作品賞(最高賞)に相当するパルム・ドールを受賞した作品であり、今村昌平監督にとっては「楢山節考」('83年/東映)に次いで2度目の受賞でした。「楢山節考」の受賞の時は、今村監督自身は、どうせ外国人には理解できないだろうと思ってカンヌへは行かず、この「うなぎ」の時は、カンヌに行ったけれども、受賞は無いと思って発表日の前に帰国しています。

第50回カンヌ映画祭「パルムドール賞」/役所広司とプロデューサの飯野久氏

 事前の日本での評価は、今村作品としては水準に達していないというもので、一般にも、カンヌでの受賞は意外であるという反応だったようです。個人的にも、そう悪い作品ではないけれど、吉村昭による原作短編「闇にひらめく」(『海馬(トド)』('89年/新潮社) 所収)と比べると、ちょっと違うなあという印象も受けました(オリジナルが短編の場合、映画化作品の方に色々な話が付け加わることはごく普通にありがちだが)。

うなぎ9.jpg 拓郎が出所する際に、身元引受人の寺の住職(常田富士夫)が「どうしてうなぎなんだ?」と訊く場面があり、「話を聞いてくれるんです」「それに余計なことをしゃべりませんから」と答え、その時の役所広司の演技が自然であり、また、主人公の外界との接触を避けようとする心理状況をよく表しているように思いました。但し、原作では、うなぎを飼う話などは無く、主人公(名前は原作では"昌平")の開業する店が床屋ではなくて鰻屋ということになっています(そのためにうなぎ採りの名手に師事するが、そのうなぎ採りの場面だけ、モチーフとして活かされている)。

うなぎ 清水.jpg 全体の構成としては、原作は、主人公が女(名前は原作でも"桂子")に自分の過去の前科を告白すると(原作では妻を刺したが、妻は死んではいない)、女が実は知っていたというところで終わりますが、映画では、そのあと、桂子を巡るいろいろなトラブル話があって、それに拓郎は巻き込まれ、最後は桂子のために積極的にトラブルに関与していきます。

うなぎ1.jpg 映画では、町の住民の中に、原作には無い、宇宙人との交流を夢見る"UFO青年"(小林健)がいて、その青年に対して拓郎が「ホントは、人と付き合うのが恐いんじゃないのか」と言っており、この時点で拓郎には、今のところうなぎを"話し相手"にしているという自分が抱えている問題が十分に把握できているように思われました。押しかけ気味に登場した桂子のお蔭で、いずれ拓郎はその問題を乗り越えることが出来るだろうということは観ていて想像に難くなく、ラストでうなぎを川に放すシーンに自然に繋がっていきます。

うなぎ65.jpg そうした意味では上手い作りだと思うし、原作のテーマを発展的に活かしているとも言えます(モチーフは、「うなぎを採る」ことから「うなぎを飼う」ことに変わっているが)。役所広司も清水美砂も好演、脇を固める俳優陣もまずまずですが、前半はともかく、後半がやや通俗に流れたかなあという印象もありました。ラストシーンなどもいいシーンですが、パターンと言えばパターン。短編を膨らませるって、意外と難しいことなのかも。

うなぎ vhs.jpg 製作発表の直前まで「闇にひらめく」というタイトルでいく予定だったのが、発表の場で、今村監督の意向で「うなぎ」というタイトルになったとのこと。原作以外に、同じく吉村昭の作品である『仮釈放』などからも多くのモチーフを引いてきているため(妻の不倫が何者かの手紙で発覚することや、主人公が出所後に生き物(「仮釈放」ではメダカ)を飼うこと、同じ刑務所の受刑者仲間だった男(柄本明)が主人公に接触することなどは、『仮釈放』からとられている)、「闇にひらめく」のままでいくよりは「うなぎ」というタイトルにして"正解"だったように思います(映画における"うなぎ"のポジショニングが、「闇にひらめく」のうなぎよりも「仮釈放」におけるメダカに近い)。

うなぎ 倍賞美津子.jpg「うなぎ」柄本.jpg
柄本明(拓郎のかつての受刑者仲間・高崎保)
   
     
   
     
役所広司(山下拓郎)/倍賞美津子(住職の妻)/清水美砂(服部桂子)

「うなぎ」●制作年:1997年●監督:今村昌平●製作総指揮:奥山和由●プロデューサ:飯野久●脚本田口トモロヲ うなぎ.jpg:今村昌平/天願大介/冨川元文●撮影:小松原茂●音楽:池辺晋一郎●原作:吉村昭「闇にひらめく」「仮釈放」●時間:117分(劇場公開版)/134分(完全版)●出演:役所広司/清水美砂/常田富士男/倍賞美津子/佐藤允/哀川翔/小林健/寺田千穂/柄本明/平泉成/中丸新将/上田耕一/光石研/深水三章/小西博之/小沢昭一/田口トモロヲ/市原悦子●公開:1997/05●配給:松竹(評価:★★★☆)
田口トモロヲ in「うなぎ」堂島英次(服部桂子と愛人関係にあった金融会社社長)役(「毎日映画コンクール」男優助演賞)

役所広司 in 周防正行監督「Shall We ダンス?」('96年)/今村昌平監督「うなぎ」('97年)
Shall We ダンスes.jpg うなぎ  .jpg

清水美砂 in 周防正行監督「シコふんじゃった。」('92年)/今村昌平監督「うなぎ」('97年)
シコふんじゃった9.jpg うなぎ ド.jpg

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「原島」から始まって「原島」で終わるドラマ。「原島」から始まって「八角」で終わる原作。

七つの会議 単行本.jpg七つの会議 10.jpg 七つの会議 タイトル.jpg
七つの会議』(2010/11 日本経済新聞出版社) NHKドラマ「七つの会議」出演:東山紀之/吉田鋼太郎(2013)
【2016年文庫化[集英社文庫]/2019年映画タイアップカバー】
七つの会議ges.jpg七つの会議 (集英社文庫) eiga tie up cover.jpg 大手総合電機会社ソニックの子会社である中堅電機メーカー東京建電で住宅関連商品を扱う営業4課の課長・原島万二(45)は、名前通りの万年二番手でたいした実績がない平凡なサラリーマンだったが、一方、原島と対照的に花形部署の営業1課に38歳という最年少で昇進しメキメキと業績を上げていた坂戸宣彦が、万年係長と揶揄される八角民夫(50)(通称ハカック)からパワハラを訴えられて突然更迭される。やる気のない八角に対し、10歳以上年下である坂戸は課員の面前で罵倒し続けたのだった。営業部のエースは失脚で、代わりに一課長に就任したのが原島だったが、坂戸がパワハラで訴えられたことには"裏"があったのだ。それは、東京建電にとって会社存続をかけた死活問題であり、親会社のソニックにしても子会社の不祥事と連結決算で受けるダメージは底知れない重大事件だった―。

 どれが7つの会議に該当するのかよく分からなかったけれど(7つ以上あったのでは)、面白かったので気にせずスラスラ読み進めました。企業の不祥事の隠蔽体質が分かり易く描かれていて面白かったし、また、やるせなかった。でも、最後はホッとした感じも。

 読後それほど間を置かず、NHK土曜ドラマで4回に分けて放映されたものも観ました(演出は「ハゲタカ」('07年)と同じ堀切園健太ディレクター)。同じ土曜ドラマで2010年に放映された同原作者の「鉄の骨」が原作に無い自殺者が出たりする、NHKにしてここまでやるかといった改変ぶりだったのに比べれば、概ね原作通りだったのではないでしょうか。退職前に社内でのドーナッツ販売を企画する浜本優衣の前の不倫相手が、社内政治家的な動きをして営業部長の北川に潰されるという話が完全に抜けていたけれど、俗な話は端折ったのかな(北川の遣り口を象徴する出来事でもあるのだが)。坂戸の八角に対するパワハラも、恒常的なものとしてではなく、会議の場で掴みかかった出来事の一点に集約されていて、この辺りは効率化を図った?

七つの会議1.jpg ドラマでは、原作の最後にある調査委員会の聴取を冒頭に持ってきて、常にそこからの振り返りという形でストーリー展開しているせいもあって、このこと七つの会議2.jpgがかなり全体のトーンを重苦しく暗いものにしている感じがしました。しかし、役者陣は、東山紀之(原島)の周りを、同時期にスタートしたTBS日曜劇場「半沢直樹」には半沢の上司役で出ていた舞台出身の吉田鋼太郎(八角)や、ロッカー出身で今は俳優としての渋い演技ぶりが定着している石橋凌(北川)、「鉄の骨」にも出ていた豊原功補(佐野)らが固め、まずます良かったのではないかと思われます。「半沢直樹」のような派手さはないけれど、こちらの方を評価する人も七つの会議 4.jpgいたみたいです(個人的には「半沢直樹」の方が面白かったが、反面、「半沢」には引っ掛かる部分もあった)。「半沢直樹」は個人に起因する不正融資を描いていますが、こちらは企業ぐるみのリコール隠しなわけで、民放でやってもスポンサーが嫌うかも。その意味ではNHKらしいと言えばNHKらしいドラマ。2つの内部告発が出てきますが、最初のカスタマー室長・佐野の社内での内部告発は、グループ企業内で秘密にされ、原島もその方針に従う―こうなるともう、八角(ハカック)のようなマスコミを使ったやり方しかないのか(「半沢」も同じ手を使っていたが)。
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七つの会議 吉田鋼太郎.jpga七つの会議1.jpg ドラマを観ると東山紀之演じる「原島」から始まって「原島」で終わっている印象を受けますが、原作は「原島」から始まってドラマで吉田鋼太郎が演じた「八角」で終わっている印象があり、個人的にはこの辺りが、原作とドラマから受ける印象の最も大きな違いだったかもしれません。

吉田鋼太郎(八角民夫)

「七つの会議」●演出:堀切園健太●脚本:宮村優子●原作:池井戸潤「七つの会議」●出演:東山紀之/吉田鋼太郎/田口淳之介/石橋凌/長塚京三/眞島秀和/豊原功補/山崎樹範/戸田菜穂/堀部圭亮/村川絵梨/野間口徹/中村育二/矢島健一/北見敏之/神保悟志/竜雷太/浜野謙太/松尾れい子/甲本雅裕/遊井亮子●放映:2013/07/13~08(全4回)●放送局:NHK


七つの会議 通常版 [DVD] (1).jpg映画 七つの会議.jpg(●2019年映画化。監督は「半沢直樹」「下町ロケット」などの演出を務めた福澤克雄であり、主演の八角役の野村萬斎は目新しいが、あとは香川照之、及川光博、片岡愛之助といった「半沢直樹」の顔ぶれが並ぶ。トーンも完全に娯楽性とテンポを重視した「半沢直樹」の作りと同じで、「半沢直樹」の再現みたいだ。NHKドラマのシリアスな作りもいいが、このような劇画調も、映画になっても愉しめることがわかった。野村萬斎の「八角」は、テレビで吉田鋼太郎が演じた「八角」とは違った味があった七つの会議 3nin.jpgnanatunokaigi1.jpg(映画「のぼうの城」('12年)などにおける極端に狂言調の彼とも違う)。原作は「原島」から始まって「八角」で終わっている印象だが、ドラマは東山紀之演じる「原島」から始まって「原島」で終わっている印象を受けた。それに対し、映画は、野村萬斎演じる「八角」で始まって「八角」で終わっている印象で、及川光博演じる「原島」はやや後退している感じ。狂言師 vs.歌舞伎役者の"顔芸"対決になったが、なぜか立川談春、春風亭昇太といった落語家も参戦(笑)、オリラジの藤森慎吾まで出ていたなあ。

映画 七つの会議2.jpg映画 七つの会議1.jpg「七つの会議」●制作年:2019年●監督:福澤克雄●脚本:丑尾健太郎/李正美●音楽:服部隆之(主題歌:ボブ・ディラン「メイク・ユー・フィール・マイ・ラヴ」●原作:池井戸潤●時間:119分●出演:野村萬斎/香川照之/及川光博/片岡愛之助/音尾琢真/藤森慎吾/朝倉あき/岡田浩暉/木下ほうか/土屋太鳳/小泉孝太郎/溝端淳平/七つの会議.jpg春風亭昇太/立川談春/勝村政信/世良公則/鹿賀丈史/橋爪功/役所広司/北大路欣也●公開:20219/02●配給:東宝(評価:★★★★)
鹿賀丈史(常務取締役・梨田元就)/北大路欣也(社長・徳山郁夫)/役所広司(弁護士・加瀬孝毅)
「七つの会議」出演者.jpg

【2016年文庫化[集英社文庫]】

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すっかりハマってしまった「シコふんじゃった。」。取材がしっかりしている。
シコふんじゃった。.jpg シコふんじゃった 6.jpg Shall We ダンス?.jpg Shall We ダンス22.jpg
シコふんじゃった。 [DVD]」本木雅弘 「Shall We ダンス? [DVD]」役所広司/草刈民代Shall we ダンス? [DVD]

シコふんじゃった2.jpgシコふんじゃった.jpg 就職先も決まっていた教立大学4年の秋平(本木雅弘)は、ある日、卒論指導教授の穴山(柄本明)に呼び出され、授業に一度も出席しなかったことを理由に、卒業と引き換えに穴山が顧問をする相撲部の試合に出るよう頼まれる―。

 「シコふんじゃった。」('91年/東宝)は、ひょんなことから相撲部に入ることになった大学生の奮闘を描いたもので、スポ根モノとして良くできている"佳作"―と言うより、観ていてすっかり嵌ってしまった自分を振り返れば、個人的には"大傑作"だったということになるでしょうか(第70回「キネマ旬報ベスト・テン」第1位、第47回「毎日映画コンクール 日本映画大賞」、第35回「ブルーリボン賞 作品賞」、第17回「報知映画賞 作品賞」、第5回「日刊スポーツ映画大賞 作品賞」受賞作品。第16回「日本アカデミー賞」で最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀脚本賞(周防正行)、最優秀主演男優賞(本木雅弘)、最優秀助演男優賞(竹中直人)の5部門制覇)。

シコふんじゃった8.jpgシコふんじゃった2.jpg 何故そんなに面白かったのかを考えるに、劇画チックではあるけれど、スポ根モノとしては極めてオーソドックな展開で、観る側に充分なカタルシス効果を与えると共に、きっちりした取材の跡が随所に窺えること、何よりもそのことが大きな理由ではないかと思いました。

 大学相撲部(それも弱小の)という特殊な世界に関して、その背景が細部までしっかり描き込まれているから、"8年生"部員を演じる竹中直人のオーバーアクション気味の演技も、線画のしっかりしたマンガのようにすっと受け容れることが出来、楽しめたのかも知れません。

Shall We ダンス.jpg 同じく周防監督の「Shall We ダンス?」('96年/東宝)も、充分な取材の跡が感じられ、内容的にみても、多くの賞を受賞し(第70回「キネマ旬報ベスト・テン」第1位作品)、ハリウッド映画としてリメイクされるぐらいですからそう悪くはないのですが、この監督のカタルシス効果の編成方法が大体見えてきてしまったというのはある...。

 それと、「シコふんじゃった。」で竹中直人が演じていたコミカルな部分を、今度は竹中直人と渡辺えり子(最近、美輪明宏の助言で「渡辺えり」に改名した)の2人が演じていて、片や役所広司と草刈民世のストイックなメインストーリーがあるにしても、2人分に増えたオーバーアクション(加えて竹中直人分は「シコふんじゃった。」の時より増幅されている)にはやや辟易させられました。

Shall We ダンス.jpg 但し、草刈民世を(演技的には無理させないで)キレイに撮っているなあという感じはして、外国の映画監督でもそうですが、ヒロインの女優が監督の恋愛対象となっている時は、女優自身の魅力をよく引き出しているということが言えるのでは。

 キャリアの初期に、ユニークで面白い、或いは骨太でパワフルな作品を撮っていた監督が、メジャーになってから、大作ながらもその人らしさの見えない、誰が監督しても同じようなつまらない作品ばかり撮っているというケースは多いけれども、この監督は、綿密な取材を通しての自分なりの映画づくりの路線を堅持するタイプに思え、引き続き期待が持てました。(渡辺えり子/竹中直人

Shall We ダンス 01.jpg 因みに「Shall we ダンス?」は、第20回「日本アカデミー賞」において史上最多の13冠を獲得しています。主要7部門に限っても、最優秀作品賞、 最優秀監督賞、 最優秀脚本賞(周防正行)、最優秀主演男優賞(役所広司)、最優秀主演女優賞(草刈民代)、最優秀助演男優賞(竹中直人)、最優秀助演女優賞(渡辺えり子)と7冠全て制覇して他の作品の共同受賞さえ許さなかったのは('09年現在)この作品だけです(残り6冠は、音楽・撮影・証明・美術・録音・編集。残るは新人賞や外国作品賞だから、実質完全制覇と言っていい)。「キネマ旬報ベスト・テン」第1位のほか、「毎日映画コンクール 日本映画大賞」「報知映画賞 作品賞」「日刊スポーツ映画大賞 作品賞」も受賞しています。「シコふんじゃった。」がこれらに加えて受賞した「ブルーリボン賞 作品賞」は受賞していませんが、英「ロンドン映画批評家協会賞 作品賞」、米「ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞 外国語映画賞」など、海外で賞を受賞しています(2004年にアメリカにて「Shall We Dance?」のタイトルで、リチャード・ギア、ジェニファー・ロペス、スーザン・サランドンらが出演するアメリカ版のリメイク作品が製作された)

「シコふんじゃった」0「.jpgシコふんじゃった9.jpg「シコふんじゃった。」●制作年:1991年●監督・脚本:周防正行●撮影:栢野直樹●音楽:周防義和/おおたか静流●時間:105分●出演:本木雅弘/清水美砂/柄本明竹中直人/水島かおり/田口浩正/六平直政/宝井誠明/ロバート・ホフマン/梅本律子/松田勝/宮坂ひろし/村上冬樹/桜むつ子/片岡五郎/佐藤恒治/みのすけ●公開:1992/01●配給:東宝(評価:★★★★☆
「シコふんじゃった」09.jpg 「シコふんじゃった」柄本2.jpg

Shall We ダンスes.jpg「Shall We ダンス?」●制作年:1996年●監督・脚本:周防正行●製作:徳間康快●撮影:栢野直樹●音楽:周防義和/おおたか静流●時間:136分●出演:役所広司/草刈民代/竹中直人/田口浩正/徳井優/宝井誠明/渡辺えり子/柄本明/原日出子/草村礼子/森山周一郎/本木雅弘/清水美砂/上田耕一/宮坂ひろし/井田州彦/田中英和/峰野勝成/片岡五郎/大杉漣/石山雄大/本田博太郎/香川京子/田中陽子/東城亜美枝/中村綾乃/石井トミコ/川村真樹/松阪隆子/馬渕英俚可●公開:1996/01●配給:大映(評価:★★★☆)
(上段)役所広司/草刈民代/竹中直人/渡辺えり子/柄本明
(下段)森山周一郎/上田耕一/大杉漣/本木雅弘/香川京子
「Shall We ダンス?」.jpg
《読書MEMO》
●1997(平成9)年・第20回日本アカデミー賞
最優秀作品賞    「Shall We ダンス?」(周防正行)
最優秀監督賞    周防正行 - 「Shall We ダンス?」
最優秀脚本賞    周防正行 - 「Shall We ダンス?」
最優秀主演男優賞  役所広司 - 「Shall We ダンス?」
最優秀主演女優賞  草刈民代 - 「Shall We ダンス?」
最優秀助演男優賞  竹中直人 - 「Shall We ダンス?」
最優秀助演女優賞  渡辺えり子 - 「Shall We ダンス?」
※「Shall We ダンス?」は史上最多の13冠を獲得

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