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最後の相場師を描く。面白い。ネット証券隆盛の今や隔世の感もあるが、普遍性も。

I小説兜町709.jpg小説兜町 kadokawa.jpg 兜町―小説 (1979年).jpg 小説 兜町(しま)徳間.jpg
小説兜町 (角川文庫 緑 463-25)』['83年]/『兜町―小説 (1979年) (集英社文庫)』/『小説 兜町(しま) (徳間文庫)』['06年] 旧東京証券取引所

旧東京証券取引所.jpg 戦前、興業証券に入社したが兵隊にとられて退社、戦後、魚のブローカーとして働いていた山鹿梯司に、興業証券兜町 (1966年) (三一新書).jpg創業者の大戸から誘いがかかる。最初は渋っていた山鹿だが、結局興業証券に復帰。一からやり直した山鹿は神武景気・岩戸景気の中、独自の発想と勘で大成功し「兜町最後の相場師」と呼ばれるのだが―。

 城山三郎、高杉良らと並ぶ経済小説の第一人者として知られる清水一行(1931-2010)の1966(昭和41)年のデビュー作。その出版のタイミングは、山一証券が1回目の破綻をした「昭和40年不況」の翌年にあたり、本書はベストセラーとなって、再起をかけていた山一証券は景気付けのために本書を一度に千冊購入し、社員に配ったと言われています。

兜町 (1966年) (三一新書)』['66年]

IMG小説 兜町(しま)1.jpg 主人公の興業証券営業部長・山鹿梯司のモデルは、日興証券営業部長・斎藤博司で、彼が株屋から証券会社への近代化の波の中で相場に生きた波乱万丈の半生がそのままに描かれているのではないでしょうか。

 株式は何のためにあるのか、どのような企業が成長するのか、米国のグロースストック(成長株)という考えを知った主人公が、当時中小企業だった本田技研、理研工学(現リコー)の大相場を先導していく様は、読んでいて痛快です。

 ただし、小説としては面白いのですが、現代では当時のイメージが沸きにくいかもしれません。公募増資のいくつかの弊害や、個人が議決権を持てない投資信託の問題をこの当時から指摘しているのはさすがに鋭く、そう言えば、三大経済小説家の中でもこの作家は。「株」の世界が得意分野だったなあと改めて思わされはしますが。

東京証券取引所1.jpg やや隔世の感があるのは、当時の株取引はまさに人を介したものだったのに、今や〈ネット証券〉隆盛で、インターネットで人を介さないで取引するのが普通になっているというのもあるかと思います。この業界、電子メールではなく電話で株売買するのが常だったので(今でも証券マンに聞けば、会社の指示でメールは使ってはいけないようだ)、電話からメールを飛び超えて一気にネットへいった印象を受けます(茅場町駅あたりで降りて、証券会社の窓口に足を運ぶ人もそれなりにいるとは思うが)。

 あと、大きな変化は、この小説の後半に初登場する〈投資信託〉の隆盛。こちらの方がむしろインターネット取引よりずっと前に、業界から相場師的な証券マンの活躍の場を奪う原因になったのではないかと思います。相場師の流れを組むと言えるものとして、有名ファンドマネージャーなどが挙げられるかもしれませんが、投資にすべてを賭けているような人ならともかく、フツーの庶民はあまり縁がないのではないでしょうか。やはり、投資信託の登場は大きかったように思います

東京証券取引所2.jpg でも、証券取引の本質的な仕組み自体は今も同じであるともとれ、本書が、株を巡っての財界から個人投資家まで様々な人々の思惑や欲望、それに関わる証券マンの仕事ぶりまを描いた経済小説の記念碑的作品であることの事実と、そこに一定の普遍性が認められことは変わらない思います。

【1979年文庫化[集英社文庫]/1983年再文庫化[角川文庫]/2006年再文庫化[徳間文庫]】

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ピカレスク・ロマン或いはサクセス・ストーリーとして楽しめる"小説"になっている『花の嵐』。

花の嵐―小説・小佐野賢治〈上〉.jpg花の嵐―小説・小佐野賢治〈下〉.jpg花の嵐 小説小佐野賢治 上.jpg 花の嵐 小説小佐野賢治下.jpg  女教師 清水一行 カッパ・ノベルズ.jpg
『花の嵐 小説・小佐野賢治 (上・下)』(朝日新聞社)/『花の嵐―小説小佐野賢治〈上〉』『花の嵐―小説・小佐野賢治〈下〉』光文社文庫/『女教師―長編推理小説 (カッパ・ノベルス)

清水一行.jpg小説兜町(しま).jpg 高杉良、城山三郎と並び、日本における経済小説の第一人者として知られる清水一行(1931-2010)ですが、'59年に『総会屋錦城』で直木賞を取った城山三郎、'75年に『虚構の城』でデビューした高杉良に対し、清水一行は'66年に『小説 兜町(しま)』で作家デビューしており、デビュー期で言えば、城山三郎と高杉良の間になります。
 また、評論家の佐高信は、高杉良、城山三郎を「向日派」とし、清水一行を「暗部派」としていますが、前向きで夢を感じさせる主人公が登場して読後感も爽やかなものが多い高杉作品などに比べると、確かに清水一行の作品はドロドロした経済や社会の暗部を抉ったものが多い。

花の嵐 (上) 小説 小佐野賢治.jpg 本書も政商・小佐野賢治(1917-1986)を扱ったものであるから、当然のことながらドロドロして暗いのかと思いきや、ピカレスク・ロマンとして、或いはサクセス・ストーリーとして楽しめる"小説"に仕上がっていました(ロッキード事件に連座する前で話は終わっている)。

 箱根・強羅ホテルの買い取り依頼に応じたことで東急の総帥・五島慶太から寵愛され、東急からバス事業を譲り受けたことが成功への足掛かりになっていますが、その後、弁護士・正木亮の紹介で田中角栄と知り合い、一方で児玉誉士夫らとも交わり、財界の裏道を歩んでいく―。もともと政治家には関心が無かったようですが、「農家出の無学歴」コンプレックスという点で田中角栄と合い通じ、"刎頚の交わり"となったようです。

花の嵐〈上〉 (角川文庫)

小佐野賢治.jpg ガソリン横流しでGHQに逮捕されたにもかかわらず、投獄期間中に看守を騙して外出し芸者遊びをした話など、ニヤリとさせられる"悪漢"ぶりで、作者の小佐野に対する愛着が感じられる一方、こんなに好人物に描いちゃっていいのかなあという気も。

 ただし、経営不振の会社を社員のクビを切ることなく次々と再建したというのは、やはり並々ならぬ手腕だと思うし、コワモテのイメージがあり、面の皮も厚そうだけれども(ロッキード事件(1976年)の証人喚問で小佐野が何度も口にした「記憶にございません」はその年の流行語となった)、小佐野の近くで接した人によれば、あまり感情を表に表さない紳士然とした人物だったそうです。
   
モアナ・サーフライダー/シェラトン・ワイキキとロイヤル・ハワイアン
モアナ・サーフライダー.jpgシェラトン・ワイキキ(左)とロイヤル・ハワイアン(右).jpg バス会社だった国際興業は、ハワイのロイヤル・ハワイアン、モアナ・サーフライダー、シェラトン・プリンセス・カイウラニ、シェラトン・ワイキキといった名門ホテルを買収し、小佐野はハワイの「ホテル王」と呼ばれるようになって、更に自身が夢見た帝国ホテルの買収も果たしましたが、その後バブルが崩壊し、彼が社主だった国際興業は外資の傘下に入っています(従って帝国ホテルも現時点['06年時点]では外資の傘下となっている)。

『女教師』(カッパ・ノベルス).jpg 因みに、清水一行の作品では、『女教師』('77年/カッパ・ノベルス)という小説があり、ストーリーは、若い音楽教師が中学校内で暴行され、3年生の不良グループの生徒が犯人と思われたが、事を荒立てたくない校長はじめ学校側はもみ消しをはかり、女教師が生徒を誘惑したのだという流言飛語まで流されたため女教師は失踪、そんな中、主犯格と思われる生徒が誘拐され、更に教師が殺害される―というもの。

女教師 (角川文庫,200_.jpg清水一行・『女教師』.jpg女教師 清水一行 tokuma.jpg この通り、推理サスペンスであるわけですが、校内暴力や教職員の不正と、それに対し何も手を打たない学校―といった教育現場の荒廃を鋭く抉っており、いつの時代にも通じる社会的テーマを背景としています。「いつの時代にも通じる」というのは残念な事実でもありますが、この作品はそうした意味も含め、佳作であると思います。
女教師 (集英社文庫)』(1984)/『女教師 (徳間文庫)(2007)
女教師 (角川文庫 緑 463-7)』(1980)

田中 登(1937-2006/享年69)
田中登.jpg女教師 ポスター.jpg この作品は映画化され、先月['06年10月]動脈瘤解離のため急逝した田中登が監督し、脚本は中島丈博、主演は永島暎子(1978年のエランドール賞新人賞を受賞)。日活ロマンポルノの一作品として作られたためか、一応テーマは原作に沿おうとしてはいるものの(基本的には学校や社会の体制を批判した真面目な作品だった)、登場人物などの改変が激しく、ロマンポルノの一環としてこの作品を撮るのはどうかという気もしました。名画座で併映の「赫い髪の女」は、中上健次の原作ながら愛欲がテーマ古尾谷雅人 .jpgだからロマンポルノでもいいのだけれど...。但し、映画はヒットし、第9作まで作られました(風営法の強化改正で、「女教師」という言葉がポルノ映画のタイトルに使えなくなったため、シリーズを終わらざるを得なかったらしい)。自殺した古尾谷雅人の映画デビュー作であり、泉谷しげる作詞・作曲の「春夏秋冬」が劇中で使われています。

古尾谷康雅(雅人)(1963‐2003/享年45)(江川秀雄(中学三年生))/永島暎子(田路節子(音楽教師))/砂塚英夫(瀬戸山貢(国語・社会科教師))/[下]久米明(校長・神野謙三)
女教師 1977.jpg田中登「女教師」_4.jpg「女教師」.jpg「女教師」●制作年:1977年●監督:田中登●製作:岡田裕●脚本:中島丈博●撮影:前田米造●音楽:中村栄●原作:清水一行●時間:100分●出演:永島暎子/砂塚久米明 女教師.jpg英夫/山田吾一/鶴岡修/宮井えりな/久米明/穂積隆信/蟹江敬三/樹木希林/古尾谷康雅 (古尾谷雅人)/絵沢萠子/福田勝洋●公開:1977/10●配給:日活●最初に観た場所:銀座並木座 (評価:★★★)●併映:「赫い髪の女」(神代辰巳)

蟹江敬三(教職員組合分会長・小林悟)/永島暎子/樹木希林(教職員組合役員・横山百合子)
42女教師.png

『花の嵐』...【1993年文庫化[角川文庫(上・下)]/1994年再文庫化[朝日文庫(上・下)]/1999年再文庫化[光文社文庫(上・下)]】『女教師』...【1980年文庫化[角川文庫]/1984年再文庫化[集英社文庫]/2007年再文庫化[徳間文庫]】

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