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象を撃った時の描写が強烈。象を撃つに至る心理や撃った後の心情もよく描けていて秀逸。
『象を撃つ―オーウェル評論集〈1〉 (平凡社ライブラリー)』['95年]/『オーウェル評論集 1 象を撃つ』['09年]/『オーウェル評論集3: 象を撃つ』[Kindle版]/"Modern Classics Shooting an Elephant (Penguin Modern Classics)"
Burma Provincial Police Training School, Mandalay, 1923
Eric Blair is the third standing tram the left
ビルマの警官として働く主人公の「私」。当時ビルマはイギリスの権力下に置かれており、現地の人からは良く思われていなかった。「私」はある日、市場(バザール)で象が暴れているとの連絡を受け、ライフルを持って現場に向かう。象は労役用で、さかりがついて鎖を切って暴れ、一人のインド人苦力を踏み殺してしまっていた。「私」が現場に着いた時にはすでに象は大人しくなっていたため、「私」は貴重な労役用の象を射殺する必要はないと判断する。ところが後ろを振り返ると、2千人を超える現地の人たちが野次馬のように集まっていて、「私」が象を射殺するのを期待しているのが強く分かる。「私」は象を撃ちたくないと思いながらも、支配者としてのイギリス人の対面を保つために、象を撃つはめになる―。
Eric Blair (pen name, George Orwell)
1936年秋に発表されたジョージ・オーウェル(本名:エリック・アーサー・ブレア、1903-1950/46歳没)の短編で、オーウェルは19歳から5年間、当時イギリスの支配下にあったビルマ(現在のミャンマー)で警官として過ごしており、この「象を撃つ」はビルマ赴任を終えて約10年近く経て書かれたものですが、ビルマ時代を描いた作品の中でも代表的なものの一つに数えられているとともに、作者の短編の中でも代表作とされているものです。ただし、1945年に出版された『動物農場』で作家として一気にその名を高める、その9年前の作品ということになるので、注目されるようになったのは『動物農場』がベストセラーになった以降かと思われます。
町で飼われていた象が暴れだして、警官である主人公は対処しなければならなくなり、職務として銃を持ち出しますが、この主人公、実は気弱な性格で、一方で、白人でありながら帝国主義的なイギリスも良く思っていない、だからと言って行動をする訳でもない、所謂「事なかれ主義」な人物として描かれており、その主人公が、象を目の前にして究極の判断を迫られるというもの。
象を撃った時の描写が強烈です。弾丸が当たったという感触が無かったのに、象に「奇妙で恐ろしい変化」が起き、立ったまま倒れずにいるのに、「体の線がことごとく変わって」しまい、弾丸の衝撃で「麻痺したかの、突然打ちひしがれ、しなび、ひどく老いてしまったように」見え...。
とどめを刺そうと至近距離から何発も弾を撃ち込みますが象は死にきれず、「私」は耐え切れずにその場を去って、後で象が絶命するまで30分かかったということを聞きます。
最後の主人公の心情の吐露が屈折しています。「あとになってみると、苦力が殺されて本当によかったと思った。それは法的に私を正当化してくれ、象を撃ったことに対する十分な言い訳ともなった。ばかに見られたくないという理由だけで、私が象を撃ったのだと見抜いた者がだれか一人でもいたかどうか、私は何度となく思いをめぎらせたものだ」と。
この衝撃エピソード的な短編は、支配しているように見える側が実は支配されているのだという矛盾を象徴的に露わにさせることで、帝国主義を批判しているのだともとられているようですが、そうした深い"読み"に至るのも、主人公の自らが追いつめられるように象を撃つに至る心理や、象を撃った時の衝撃、撃った後の自分の居場所を失ったような心情が実によく描けていて秀逸であり、それだけ読む側の印象に残るからだと思います。
ところで、この作品は、個人的には『動物農場』['72年/角川文庫]所収のものを読んだのが最初ですが、岩波文庫の『オーウェル評論集』('82年)や平凡社ライブラリーの『オーウェル評論集1』('95年)に収められているように、エッセイという位置づけのようです(平凡社ライブラリー版の原典は"The Collected Essays, Journalism and Letters of George Orwell"。編者によれば、平凡社ライブラリー版の第1集は「経験」というテーマをもとに編纂されているとのこと)。ただし、編者の川端康雄氏によれば、作者はビルマでの記憶が10年を経て「スケッチ」のごとく甦ってきたのが作品を書いた動機だとはしているものの、ドキュメンタリーとも短編小説ともとれるとしています(『ジョージ・オーウェル―「人間らしさ」への讃歌』('20年/岩波新書))。
実際、この作品が実話なのかどうかには議論があって、「象を撃った処分としてオーウェルはミャンマー北西部のカタへ転属された」という当時の同僚の証言がある一方、1926年に起きた類似の事件を題材にしたフィクションではないかという主張もあるそうです。
このドキュメンタリーかフィクションかという謎は、角川文庫、平凡社ライブラリーにそれぞれ併録のもう一つの短編「絞首刑」(1931)にも当てはまるかと思います。ビルマ赴任し当時、死刑の執行に立ち合った体験をもと書かれたものとされていますが、こちらも印象にに残る作品です(タイトル的には「象を撃つ」の方がインパクトがあるが、中身は引けを取らない)。併せて読まれることをお勧めします。
【1972年文庫化[角川文庫(『動物農場』)]/1982年再文庫化[岩波文庫(『オーウェル評論集』)]1995年ライブラリー化・2009年新装版[平凡社ライブラリー(『象を撃つ―オーウェル評論集〈1〉』『新装版 オーウェル評論集1―象を撃つ』)]】