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『大穴』の主人公が再登場。シリーズの中で『興奮』に比肩しうる傑作。

利腕 単行本.jpg『利腕』(ハヤカワ・ミステリ文庫).jpg利腕 文庫カバー.jpgI 利腕.jpg
利腕 (1981年) (Hayakawa novels―競馬シリーズ)』『利腕 (ハヤカワ・ミステリ文庫 フ 1-18 競馬シリーズ)

利腕.jpg 片手の競馬専門調査員シッド・ハレーのもとに、昔馴染みの厩舎から依頼が舞い込む。絶対とも言える本命馬が謎の調子の悪さを見せて失速、次々と原因不明のままレース生命を絶たれるというのだ。馬体は万全、薬物の痕跡もなく、不正が行われた形跡は全くないのだが...。厩舎に仕掛けられた陰謀か、それとも単なる不運か? 調査に乗り出したハレーを襲ったのは、彼を恐怖のどん底に突き落とす脅迫だった。「手を引かないと、残った右手を吹き飛ばすぞ」と―。

 ディック・フランシス(1920-2010/89歳没)の1979年発表作(原題:Whip Hand)で、作者の"競馬シリーズ"40作の中で、「英国推理作家協会(CWA)賞(ダガー賞)」(1979年)のゴールド・ダガー賞と、「アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)」(1981年)という、英米の両方の賞を受賞した唯一の作品です。

 "競馬シリーズ"の第4作『大穴』('65年)で登場したシッド・ハレーが再登場し、その後も『敵手』('95年)、『再起』('06年)に登場するという、基本的に毎回主人公が変わる"競馬シリーズ"の中では数少ないシリーズキャラクターとなっています。

 その主人公シッド・ハレーは、元は競馬騎手で、大障害レースでチャンピオンになったりしましたが、落馬事故をきっかけに左腕を義手にせざるを得なくなり、ラドナー探偵社の調査員に転職、さらに独立して競馬界専門の調査員となってこの作品に登場したというのが、それまでの経緯です。

 前作『大穴』は、絶望の中でだらしなく生きていたシッド・ハレーが、恐喝事件を解決するための任務で銃で撃たれてしまったのを機に再び燃え上がる復活物語になっていましたが、今回の作品のシッド・ハレーは、強い自制心を持って物事に相対する、本来の彼の姿となっているように思いました。身長は167センチと小柄ですが、幼少の頃から苦労を味わい尽くしていて、忍耐強さが彼の本分なのです。

 本命馬が突然不調になる事件を軸として、シンジケートの件、元妻の詐欺師事件、保安部の不正といったさまざまな事件が互いに関連し合ったり、あるいはまったく別個に発生して(全部で4人の依頼主と4つの事件があることになる)、うち2つの事件は、シッド・ハレーや相棒のチコ・バーンズへの先制攻撃・脅し・暴力に満ちており、前作が復活物語ならば、今回は、シッド・ハレーが恐怖を克服する物語となっていると言えます。

 周囲の人間はシッド・ハレーのタフガイぶりを「神経がない」と評しますが、内面はその反対で、彼はしばしば恐怖に苛まれていて、その辺りの人間らしさも魅力です。調査員という職業柄、ハードボイルド風でスパイ小説風でもある展開ですが、気球に乗って追っ手から逃れ、最後は取っ組み合いになるなどのアクション場面も豊富です。

このシリーズの主人公は、結構ラストで身体を張って、実際、身体を傷つけながら、さらには命を危険に晒しながら事件を解決するというのが多いように思いますが、シッド・ハレーはその典型。007シリーズで言えば、ショーン・コネリーが演じていた頃のジェームズ・ボンドではなく、最近のダニエル・クレイグの演じるボンドに近いかも。

 その分、最後までハラハラドキドキさせられました。今まで『興奮』が"競馬シリーズ"の最高傑作だと思っていましたが、この作品もそれに匹敵するくらいの出来ではないでしょうか。『大穴』の続編と見做されるせいか、人気ランキングで『興奮』の後塵を拝しているようですが、シリーズのファンの中には『興奮』よりこちらを上にもってくる人もいるようで、何となく分かる気がしました。

【1985年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】

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主人公は競馬記者。終盤の逆転に次ぐ逆転はスリルたっぷり。

ディック・フランシス 罰金 ハヤカワ・ポケット.jpg『罰金』(ハヤカワ・ミステリ文庫).jpgI罰金.jpg
罰金 (1974年) (ハヤカワ・ミステリ)』『罰金

 「忠告だ!自分の記事を金にするな。絶対に自分の魂を売るな!」そう言い遺して、《サンディ・ブレイズ紙》の競馬記者のバート・チェコフは7階のオフィスの窓から転落した。同僚のジェイムズ・タイローンには、彼の遺した言葉の意味が解らなかったが、その後、バートが新聞記事で買いを勧めた馬が出走を取り消したのを知った時、彼の背中を冷たいものが走った。派手に人気を煽った馬の出走取り消しは、賭け屋に莫大な利益をもたらすのだ。何かある! 競馬の不正行為にバートが関連していたのだろうか? バートの死に際の言葉はこの不正を示唆していたのか? 記者の魂を売り渡し、追いつめられて死んだのだとすれば、背後には誰が? 調べだしたタイローンに危険が迫る―。

 ディック・フランシス(1920-2010/89歳没)の1968年発表作(原題:Forfeit)で、作者の"競馬シリーズ"の第7作で、1970年の「アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)」の受賞作です。原則として毎回主人公が変わるこのシリーズ(ただし、『大穴』『利腕』など4作に登場のシッド・ハレーといった例外あり)の今回の主人公ジェイムズ・タイローンの職業は競馬記者です。

 その主人公の'私'(タイ)の妻エリザベスは小児麻痺のために左手をほんの少ししか動かす事が出来ず、呼吸さえも機械の助けを借りないと出来ないという状況にあり、また夫婦生活ができないことで、自分は夫に見放されるのではないかとの扶南を抱いています。タイは正常で健康な男性でもあるので、自己嫌悪と罪の意識を感じながらも、やむを得ず他の女性と関係を持つことも。そこには愛は無いという前提だったのが、今回の事件の調査を続けるうちに知り合った女性とお互いに惹かれあったことから、相手の女性は自分では知らないままタイの敵に脅迫の手段を与えてしまうという皮肉な流れになります。

 事件の方もこのシリーズ特有の多重構造の様相を呈していますが、核となる不正行為のからくりは、重賞レースなら出走日以前にも賭けられる英国の障害競馬の賭けのシステムを悪用したもので、有力馬を探し、競馬専門紙の記者を脅迫・買収してその馬が絶対勝つと思い込ませるような記事を書かせ、国内にネットワークを持つ賭け屋と結託し、賭け金が吊り上がったところで、今度は馬主を脅迫して直前に出走を取り消させるというものでした。

 今回は核となる犯罪のミステリの構造はそれほど複雑なものではなく、主人公と妻や女性との関係にもかなりページを割いていることもその要因としてあったのかなあと思いましたが、終盤に来て、レース本番まで極秘に保護している有力馬をどこに隠すか、敵方との逆転に次ぐ逆転はスリルたっぷりで、結局いつも通り(笑い)ハラハラドキドキさせられました。しかし、このやり方は、ジャンルは少し違いますが、冒険スパイ小説のロバート・ラドラムなどを想起させ、これ、やりすぎると軽くなるような気も(途中、恋愛小説的要素もあった分、ラストでスパートをかけた?)。

 読み終わった直後は"ハラハラドキドキ"の余韻で、『興奮』や『利腕』よりも上かなと思いましたが、時間が経つとそこまでの評価にはならないかなという感じ(それでも星4つはあげられる)。町を行くすべての男性が振り返るような女性が、最後「パン屑を食べても一緒にいたい男を見つけても...自分の物にすることができない」(これ、タイのことなのだが)と嘆くのが印象的。でも、エリザベスとの関係が回復したのは良かったけれど、医者のトニオはエリザベスに、夫をもっと自由にさせるよう助言したということなのかな。

 因みに、ディック・フランシスは、騎手引退後に《サンディ・イクスプレス紙》で競馬記者をしており、愛妻メリイは小児麻痺に罹り、本書のエリザベスほど重症ではないものの人工呼吸器を使っていたとのこと。本書の'私'のモデルは作者自身とも言えるかと思います。

【1977年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】

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"競馬シリーズ"の邦訳第1弾。面白い!「興奮」は原題に懸けたタイトルか。

興奮 hpm.jpgディック・フランシス 『興奮』hmb1.jpgディック・フランシス 『興奮』hmb2.jpgディック・フランシス 『興奮』hmb.jpg興奮 (1967年) (世界ミステリーシリーズ)』/『興奮 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 12-1))
"For Kicks"(1972)
For Kicks.jpg イギリスの障害レースでは思いがけない大穴が十回以上も続出した。番狂わせを演じた馬は、その時の状況から興奮剤投与の形跡が明白であったが、いくら探しても証拠が発見されなかった。一体どんな手段が使われたのか? 事件の解明を障害レースの理事であるオクトーバー卿らに依頼されたオーストラリアの牧場経営者ダニエル・ロークは、厩務員に身をやつして、疑わしいと思われる厩舎へ潜入する―。

ディック・フランシス1.jpg イギリスの小説家で障害競走の元騎手だったディック・フランシス(1920-2010/89歳没)の1965年発表作(原題:For Kicks)で、『本命』('62年)、『度胸』('64年)に続く"競馬シリーズ"の第3作になりますが、ハヤカワ・ミステリとしては邦訳第1弾がこの作品になります(1965年CWA(シルバータガー賞)受賞作)。

 久しぶりの読み返しですが、面白かった! 最後までハラハラドキドキさせられれるのは、(かなりストーリーの細部を忘れていたというのもあるが)、やはりストーリーが上手いのでしょう。これって完全にスパイ小説の醍醐味と同じではないでしょうか。

 主人公のダニエル・ロークはオーストラリア人で、作者の競馬シリーズでこの作品にしか登場しないようですが、18歳の時に両親を亡くしてから弟妹を育ててきた責任感のある立派な青年で、現在は27歳になっており、牧場主として成功して周囲からも尊敬されています。

 そんなロークがある日、障害レースの理事であるオクトーバー卿から事件の真相を突き止めるための依頼を受け、危険を伴うことから(弟妹の生活は彼一人の肩にかかっている)一度は断る彼でしたが、義務と責任に縛られて自由のない生活にうんざりしていたこともあり、とうとう引き受けることを選びます。 

 彼は調査のために厩務員(つまり馬丁)として厩舎に潜入しますが、厩務員は下層階級という意識のある馬主や調教師たちにひどい扱いを受けます。今まで丁重な態度でしか接せられたことのないロークは、そんな彼らの態度にかなり屈辱を感じてしまいます。本来なら教養もある紳士なのに、調査のために無教養で粗野な振る舞いをしなければならず、そのことに対して抵抗を感じながらも調査のために耐えていく―。

 ところが、相手の身分が低いとなると自分の思うようにできると思っているオクトーバー卿の娘に誘惑されて、それを撥ね付けると濡れ衣を着せられて放り出され、馬主や調教師には体罰を加えられと、精神的にも肉体的にも屈辱を味合わされます。完全に孤立し、一人で危険と向き合うことになってしまった彼だが―。

ディック・フランシス 『興奮』 hpm.jpg 弱気になりながらも決して屈せず、さらに強靭な精神力を培っていくというのは、強い意志力と誇りを内に秘めているからであり、作者の競馬シリーズの主人公の特徴でもありますが、このダニエル・ロークというキャラクターはそれをよく体現しているように思いました。

 ラストで事件解決後にロークは、オクトーバー卿からと、同じく事件調査の依頼主の一人であるベケット大佐からそれぞれ別の申し出を受けますが、オクトーバー卿から申し出は断る一方で、ベケット大佐から申し出は、迷った末に引き受けますが、それぞれどのような申し出であたったかは、読んでからのお楽しみです。

 少しネタバレになりますが、「興奮」って言っても興奮剤ではなかったわけだなあ。一方、原題の"for kicks"の意味は、「(危険行為などの動機が)スリル(快楽)を得るために」という意味で、ロークがオクトーバー卿らの依頼に応じてまさにスパイとして敵地に潜入したのは、不正を正したいという義憤もあろうかと思いますが、彼の性格から、本質的には、スリルと興奮からくる充実感を求めてのことだったのだなあと思いました。

 その意味で、翻訳者・菊池光(きくち・みつ、1925-2006/81歳没)による「興奮」という邦題は、原題に懸けた上手いタイトル付けだと思います。ディック・フランシスの競馬シリーズを一人で全部翻訳したことで知られていますが、個人的には、ギャビン・ライアルの『深夜プラス1』('67年/ハヤカワ・ミステリ)、ジョン・ル・カレの『ティンカー テイラー ソルジャー スパイ』('75年/早川書房)などもこの人の訳で読みました。

【1976年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]】
1976年4月創刊 30点 フランシス.png

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