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ネット社会の暗部がよく描かれている。エンタメ性が前面に出た分、ややリアリティを欠いたか。

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血の雫』['18年]

 東京都内で3件の連続殺人事件が発生する。かつて捜査中に、ネットに苦い思いをさせられたことのある捜査1課の田伏は、民間のIT企業から転職してきた新米刑事の長峰と事件を追いかける。3件の殺人事件の凶器は一致するが、被害者はモデル、タク『血の雫』文庫.jpgシー運転手、老人と接点がなく、捜査は難航する。警察への批判が高まる中、「ひまわり」と名乗る犯人がネットメディアに犯行声明を出したことにより、事件はインターネットを使った劇場型犯罪へと発展、多くの人々を巻き込み、その狂熱を加速させていく―。

血の雫 (幻冬舎文庫) 』['21年]

 作者の『震える牛』『ガラパゴス』同様に、ストーリーがテンポ良く展開していき、相変わらずの上手さを感じました。インターネットの匿名性の陰で、むき出しの悪意を垂れ流す心の闇を抱えた人々や、唯々早い者勝ちとばかりに真偽不確かな情報を興味本位で拡散させる、ジャーナリズムと呼ぶにはあまりに荒廃した世界など、ネット依存社会、情報拡散社会の暗部がよく描かれています。

 作者自身、SNS上の諍いや中傷の応酬から着想を得たそうで、「多くの人々が、事実の真偽を問うことなく話題性や刺激の強さを求め、無責任に拡散してゆく。その怖さ、気持ち悪さを、具体例を出しながら書けたかなと思う」と述べています。

血の雫 相場英雄 民友.jpg 後半は、風評被害をネット上に書き込まれた「福島の果物」などに導かれ、舞台はその中心を福島へと移していきます。原発事故後の風景や人々の生活も丁寧に描かれているのは、作者自身が震災後も定期的に東北を訪れているからでしょう。震災から8年近くたっても福島を題材に書き続けている理由を作者は、「全国紙からの情報発信が減り、被災地の営みへの想像力が失われようとしている。エンターテインメントに昇華することで、再び関心を持ってもらえると信じたい」と語っています。

「福島民友」2018年11月7日

 そうした思いも込められた力作であると思いますが、犯人のパフォーマンスがやや劇画チックだったでしょうか("洋モノ"で例えばジェフリー・ディーヴァーの小説などには、この手の犯人が登場するが)。『震える牛』『ガラパゴス』がそれぞれ「警察小説×経済小説」「労働経済小説」と言えるものだったのに対し、「警察小説×社会問題小説」といった感じですが、前2作が経済小説としてのリアリティがあっただけに(個人的評価は『震える牛』★★★★、『ガラパゴス』★★★★☆)、今回はややリアリティの面で弱かったかなという印象も受けました。それと引き換えにエンターテインメント性を前面に押し出したのでしょうが...(個人的評価は★★★☆)。

 SNS上の裏アカウントでドロドロの本音をぶちまけているという話は、朝井リョウ氏の直木賞受賞作『何者』('12年/新潮社)でもう既にモチーフに使われていました。あれから変わっていないなあと(若者から中高年にまで拡がった?)。最近の中高生は、クラスの友だちなどに公開する「表アカウント木村花 NHK.jpg」のほか、限られた友人のみに公開する「裏アカウント」、愚痴やネガティブなことだけをツイートする「裏アカウント(闇アカウント)」など、複数の"捨て垢"を所持しているそうな。今年['20年]5月には、シェアハウスでの共同生活を記録する番組「テラスハウス」に出演していた、女子プロレスラーの木村花さんが番組内での言動に対してSNSで誹謗中傷が相次いだことを苦にして、自殺するという事件がありました。この先どうなっていくのでしょうか。

「NHK二ュース」2020年5月23日

【2021年文庫化[幻冬舎文庫]】

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「労働経済」小説として考えさせられ、警察サスペンス小説としても面白かった。

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ガラパゴス 上』『ガラパゴス 下』(2016/01 小学館) 相場 英雄 氏

 警視庁捜査一課継続捜査担当の田川信一は、身元不明のままとなっている死者のリストから殺人事件の痕跡を発見する。不明者リスト902の男は、自殺に見せかけて都内竹の塚の団地で殺害されていた。遺体が発見された現場を訪れた田川は、浴槽と受け皿の僅かな隙間から『新城 も』『780816』と書かれたメモを発見する。竹の塚で田川が行った入念な聞き込みとメモから、不明者リスト902の男は沖縄県出身の派遣労働者・仲野定文と判明した。田川は、仲野の遺骨を届けるため、犯人逮捕の手掛かりを得るため、沖縄に飛ぶ。仲野は福岡の高専を優秀な成績で卒業しながら派遣労働者となり、日本中を転々としていた。田川は仲野殺害の実行犯を追いながら、コスト削減に走り非正規の人材を部品扱いする大企業、人材派遣会社の欺瞞に切り込んでいく―(版元サイトより)。

 2005年、『デフォルト(債務不履行)』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞しデビューして以来、経済小説とハードボイルド風サスペンスとの合体版とも言える作風で『震える牛』('12年/小学館)などの話題作を発表してきた著者が、作家生活10周年記念作品として書き下ろした作品で、主人公の警視庁捜査一課継続捜査担当の田川信一は『震える牛』に続いての再登場です(所属部署が示すように、相変わらず'コールド・ケーズ'を扱っている)。

 非正規を巡る雇用格差問題を扱った「労働経済」小説として考えさせられ、刑事が地取りの積み重ねで事件の核心に迫っていく警察サスペンス小説としても面白かったです。普通、経済小説として考えさせられるものの推理小説としてはイマイチだったり、その逆に、推理小説としては面白いのだけれど、経済の部分は単なる'背景'にすぎなくなってしまっていたりするものが多い中、この作品は、両方の要素に十分に応えているように思いました。

 経済小説の部分では、自動車メーカーの燃費や安全性に関する不正など、非常にタイムリーな話題も盛り込まれていて、この辺りは、書き下ろしであることの利点を生かし、編集者とディスカッションしながら書いていったようですが、それでも7回くらい改稿したとのことで、作者(及び編集者)の苦心の跡が滲むものとなっています。

 サスペンスの部分は、ある程度最初からプロットは固めていたのではないかと思われますが、事件の真相に近づくにつれて、その複雑な構造が浮かび上がるようになっていて、これまた秀逸です。実行犯もある意味で被害者であって、それとは別に共犯がいて、誘導犯がいて、指令犯がいて、更にその上に...という構図が、そのまま、経済小説としてのテーマにも繋がっていきます。

 ということで、主人公の刑事らは、最終的にはほぼ事件の全容に迫りながらも、結局そうした犯罪の多重構造の下層の部分だけしか検挙するに至りません。彼らの捜査が、被害者である沖縄県出身の派遣労働者のある種'弔い合戦'的な様相を帯びていることからすると、カタルシス不全の終わり方のような気もしますが、経済小説として問題提起するうえではこの終わり方の方がよく、またリアリティもあったように思います。

 因みにこの作品は、2015(平成27)年・第28回「山本周五郎賞」の候補作となりましたが、受賞作は湊かなえ氏の『ユートピア』('15年/集英社)でした。選考委員のコメントの中では、佐々木譲氏の「タイトルから想像すれば、相場さんは本作を警察小説としてではなく、むしろ経済小説として構想したのではないかとも想像する。だとすると叙述のために採用した警察小説の枠組みが、題材に適合していない」「また、主人公がときおり漏らす道徳観、正義観が、現場警察官のものとしてナイーブ過ぎる印象がある」というのが、警察小説の先行者の発言だけにマイナスに作用したように思います(自分の専門ジャンルについては見方が厳しくなるなあ)。湊かなえ氏の方が作家としてのキャリアを買われたのかも。個人的には、作品単体で見れば、『ユートピア』よりもこっちの方が断然面白いと思いました。『震える牛』はWOWOWでTVドラマになりましたが、この作品も映像化してもいいような気もします。

【2018年文庫化[小学館文庫(上・下)]】

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「警察小説×経済小説」といった感じだが、ミステリとしても面白かった。

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『震える牛』(2012/01 小学館)  WOWOW「連続ドラマW」2013年6月-7月(全5回)三上博史・吹石一恵・小林薫

 警視庁捜査一課継続捜査班の刑事・田川信一はある日、未解決の「中野駅前居酒屋強盗殺人事件」に疑問を抱き、捜査を開始する。事件は5年前に、覆面の犯人が店員から金を奪い、店にいた獣医師と暴力団関係者を殺害したというもの。初動捜査での犯人像は金目当ての外国人だった。被害者同士の面識はなく、それぞれ独りで待ち合わせ相手を待っているところだった。地道な聞き込みを重ねた田川は、食肉加工会社ミートボックスに辿り着く。さらに事件の直後、殺害された獣医師の部屋に空き巣が入り、パソコンのみが盗まれていたことが発覚、田川は、犯人の真の目的は金ではなく、2人を殺害することだったのではないかと疑念を抱く。そんな最中に田川は、ニュースサイト「ビズトゥデイ」の記者の鶴田真純と再会する。鶴田も読者から得た情報をもとに、八田富之が社長の精肉卸会社ミートボックスの食品偽装疑惑を探っているところだった。ミートボックスは加工肉をスーパーや居酒屋などに卸していて、どこよりも安い加工肉を販売することで業績を伸ばしていたが、それは食品偽装によって実現されていたものであった。牛100%を謳っておきながら、実態は豚鳥ウサギ馬、食用ネズミまで混ぜており、腐った冷凍肉を安く仕入れて腐った部分を削り、脱臭のために化学薬品で洗浄したものを挽肉にしていたのである。捜査を進める上で田川は、オックスマートがBSEの隠蔽に関わっていたことを突き止めるに至ったものの、確たる証拠が掴めずにいた。そこに何者かからの力が働き、捜査自体が頓挫してしまう―。(「Wikipedia」より)

作品紹介動画(著者インタビュー)
 2012年1月に刊行され、累計28万部のベストセラーになった作品。「警察小説×経済小説」といった感じですが、作者はもと新聞記者だけあって(専門学校卒でキーパンチャーとして時事通信社に入社、市況担当記者に欠員が生じたため記者職に転じた)、"タイムリー"な素材をうまく扱っているように思いました。ただ、モチーフがBSE問題だけだと、本書が刊行される10年以上前の2001年に問題が発覚し、世界的な騒ぎになったものの、本書刊行の3年前の2009年1月に日本最後のBSE患畜が確認された後は確認が無く、本書が出た頃にはあちこちで収束宣言が出されていて、"タイムリー"という言葉は馴染まないと言えるかも。しかしながら、そこに、大型スーパーの強引な地方進出と、それに支えられている「地方」の経済や雇用という問題を絡めて、社会の複雑な位相を浮き彫りにしている点が、経済小説として優れているように思いました。

 警視庁捜査一課継続捜査班(未解決難事件コールド・ケースを扱う部署かと思ったら、重要なコールド・ケースを扱う部署は花形部署として別にあって、同じコールド・ケースを扱うにしてもっと地味な事件を扱う部署らしい)に所属する主人公の刑事・田川信一が、地取りの鬼と言われるその名の通り、地道な地取りを経て事件の核心に少しずつ近づいていく過程には引き込まれ、警察小説としてもミステリとしても面白かったです(何の賞も獲らなかったが、テレビドラマ化された)。

 一方で、ラストは、アンチ・カタルシスの部分もあったというか、企業の寄付によって成り立っている防犯協会などが関係する警察の利権構造などが示唆されているように、結局、政治家なども絡んで最終的には巨悪にはメスが入らない―ただ、こうしたことも含め、考えさせる内容となっているように思いました(作者はノンフィクションで書きたいところをフィクションに置き換えて書いているフシもある)。

 この作者の作品には、新聞記者を主人公にした「みちのく麺食い記者・宮沢賢一郎」シリーズがありますが、この小説の主人公である、警視庁刑事・田川信一を主人公にしたシリーズをスタートしてもいいのではないかと思ったら、シリーズ第2作『ガラパゴス』('16年/小学館))が出ました。読んでみたいと思います。

【2013年文庫化[小学館文庫]】

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