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年末ミステリランキング4年連続3冠。『カササギ殺人事件』に続き「1作品で2度美味しい」。

ヨルガオ殺人事件 上.jpgヨルガオ殺人事件下.jpgヨルガオ殺人事件 上下.jpg
ヨルガオ殺人事件 上 (創元推理文庫)』『ヨルガオ殺人事件 下 (創元推理文庫)

Moonflower Murders.jpg アラン・コンウェイ作『カササギ殺人事件』にまつわる事件に巻き込まれてから2年。出版業界を離れたスーザン・ライランドはギリシャに移り住み、恋人のアンドレアスと共にホテルを営んでいた。しかし、経営はギリギリで心の余裕もなく、イギリスに戻ることを考えていた。ある日、イギリスで高級ホテルを経営しているトレハーン夫妻がスーザンのもとを訪れ、失踪した娘のセシリーの捜索を依頼される。なんと、ホテルで8年前に起きた殺人事件の真相がアティカス・ピュントシリーズ3作目の『愚行の代償』に隠されているのだという。スーザンは事件の関係者たちに話を聞いてまわり、アランの作品を読み返すことになる。果たして、8年前の真相とスーザンの失踪の関係は、そして作品に隠された真相とは一体何なのか―。

 「このミステリーがすごい!」(宝島社)2022年版海外篇・第1位、「週刊文春ミステリーベスト10」(週刊文春2021年12月9日号)海外部門・第1位、「2022本格ミステリ・ベスト10」(原書房)第1位を獲得し、『カササギ殺人事件』『メインテーマは殺人』『その裁きは死』による3年連続での年末ミステリランキング3冠を更新し、〈4年連続3冠〉となりました。ただし、「ミステリが読みたい!2022年版」(ハヤカワ・ミステリマガジン2022年1月号)だけ第2位だったため、〈4年連続4冠〉は成らなりませんでした(1位は『自由研究には向かない殺人』(ホリー・ジャクソン))。

 2020年8月原著刊行。『カササギ殺人事件』の続編(事件はまったく異なる事件)であり、主人公は同じスーザン・ライランド。編集者を辞め、ロンドンからパートナー・アンドレアスと共にクレタ島に移りホテルを経営しています。『カササギ殺人事件』と同じく「現実編」と「小説編」から成りますが、文庫上巻が「小説編」で下巻が「現実編」だった『カササギ殺人事件』に対して、こちらは、「現実編」の真ん中に、文庫の上下を繋ぐような形で「小説編」である『愚行の代償』が入っており、このまさに「入れ子」構造となっている『愚行の代償』だけで1つの推理小説として緊迫感を持って読めます。

 まあ、『カササギ殺人事件』に続いて「1作品で2度美味しい」という感じでしょうか。敢えて惜しかった点を指摘すれば、『愚行の代償』(「小説編」)の謎解きが本編(「現実編」)の謎解きと直接的にはリンクしていなかったことでしょうか。文庫下巻で本編の登場人物一覧と、小説編の登場人物一覧の両方に指を挟んで、見比べながら読んだ割には、正直やや拍子抜けさせられた印象もあります。

 でも、上下巻で一気に読ませる力量はさすが。分量はあっても無駄がないと言うか、これは作者ならではという感じ。ただ、「現実編」「小説編」共かなり登場人物が多いので、ややマニアックになっている印象はありました(「現実編」の登場人物がかなり『カササギ殺人事件』から引き継がれている分、緩和されている面もあるが)。

 最後の方では、主人公が結構いきなり誰が犯人か閃いたようで、思わずそこでいったん本を置いて、居住まいを正し(笑)一呼吸置いてから読み進みました。随所にアガサ・クリスティへのオマージュが見られるのも楽しかったですが、犯人に至る伏線が記号として織り込まれていたことは、謎解きがああってから分かりました(プロットではなく記号だった)。

 『カササギ殺人事件』とどちらが上かと言うと、「現実編」に対し「小説編」が「入れ子」構造となっている分、『カササギ殺人事件』より洗練されていた(加点要素)とも言えるし、でも、「小説編」の現実の事件の解決ポイントがプロット的なものではなかったことへの物足りなさ(減点要素)もあるし、まあ、いい勝負という感じでしょうか。何れにせよ、そこいらの並みの推理小説よりはずっと面白いので「◎」です。

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獄中にて事件の謎を解く黒田官兵衛。上手いなあと思った点がいくつもあった。

黒牢城3.jpg黒牢城.jpg
黒牢城2.jpg 
 
黒牢城

『黒牢城9冠.jpg 2021(令和3)年下半期・第166回「直木賞」、2021(令和3)年度・第12回「山田風太郎賞」受賞作。① 2021(令和3)年度「週刊文春ミステリー ベスト10(週刊文春2021年12月9日号)」(国内部門)第1位、② 2022(令和4)年「このミステリーがすごい!(宝島社)」(国内編)第1位、③「2022本格ミステリ・ベスト10(原書房)」国内ランキング第1位、④ 2022年「ミステリが読みたい!(ハヤカワミステリマガジン2022年1月号)」(国内編)第1位の、国内小説では初の「年末ミステリランキング4冠」達成。2022年・第19回「本屋大賞」第9位。そして先月['22年5月]、2022年・第22回「本格ミステリ大賞」も受賞(もろもろ併せて「9冠」になるとのこと(下記《読書MEMO》参照))。

 本能寺の変より四年前、天正六年の冬。摂津池田家の家臣から上り詰め、摂津一国を任され織田家の重臣となっていた荒木村重は、突如として織田信長に叛旗を翻し、有岡城に立て籠もる。織田方の軍師・小寺官兵衛(黒田官兵衛)は謀叛を思いとどまるよう説得するための使者として単身有岡城に来城するが、村重は聞く耳を持たず、官兵衛を殺すこともせずに土牢に幽閉する。荒木村重は、城内で起きる難事件に翻弄される。動揺する人心を落ち着かせるため、村重は、土牢の囚人にして織田方の智将・黒田官兵衛に謎を解くよう求める―。

 荒木村重による摂津・有岡城での約1年間の籠城期間を冬・春・夏・秋の4章(+終章)に分けた構成。まず冬に「人質殺害事件」が起き、春に「手柄争い騒動」が、さらに夏には「高僧殺害事件」、そして秋には、前の事件の犯人の死をめぐる「鉄炮放の謎」が浮上してくるという―有岡城はミステリに事欠かない(笑)。

 上手いなあと思ったのは、4つの事件すべての"探偵役"が黒田官兵衛になっていることで、獄中に居ながら事件の謎を解いてみせるという"安楽椅子探偵"みたいなポジショニングにしてみせているところです(「獄中」と「安楽椅子」で言葉上は真逆だが)。

 それと、4つの事件が単に並列なのではなく、最後の事件がそれまでの3つを包括的に謎解きしている点も上手いと思ったし、黒田官兵衛が荒木村重を助けてあげたくて謎解きをしたのではなく、そこには深謀があったというのも上手いなあと思いました。

gunsi kanbei.jpg軍司官兵 araki.jpg 作者のこれまでの警察物や海外ものとはがらっと変わった時代物で、しかも荒木村重という戦国武将の中では数奇な生涯を送った人物を取り上げたのも良かったと思います(NHKの大河ドラマでは、'14年の岡田准一主演の「軍師官兵衛」で、田中哲司の演じた荒木村重が印象深い)。
NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」['14年]岡田准一(黒田官兵衛)/田中哲司(荒木村重)
桐谷美玲(荒木だし)
軍師官兵衛 だし 桐谷.jpg軍師官兵衛 だし 桐谷2.jpg 因みに、主要登場人物の一人、荒木村重の妻・千代保(荒木だし。村重の妻だが、正室か側室かは不明だそうだ)は「絶世の美女」と称されたそうですが(大河ドラマでは村重に隠れて囚われた官兵衛の世話をしていた)、有岡城落城後に捕えられるも城主の妻として潔くすべてを受け入れ、京の六条河原で一族の者とともに処刑されています。一方、荒木村重の方は、だし等一族が処刑されたことを知ると「信長に殺されず生き続けることで信長に勝つ」ことを誓って尼崎城から姿を消したとのこと。そうした村重の信長の逆を行くという思いは、この作品でも示唆されているように思われます。

 年末ミステリランキングで、前作『満願』『王とサーカス』に続いて「3冠」を達成し、加えて「4冠」全制覇した作品は国内では初で(下記参照)、海外も含めると、アンソニー・ホロヴィッツ の『カササギ殺人事件』『メインテーマは殺人』『その裁きは死』の3年連続「4冠」に次ぐ快挙でした。直木賞の選考会でも、選考委員9人による1回目の投票の時点で「抜けていた」という評価を受けています。

●年末ミステリランキング3冠達成作品(『黒牢城』は4冠達成)
容疑者χの献身.jpg 東野 圭吾『容疑者Xの献身(2005年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」1位、「ミステリが読みたい」賞自体が未創設

満願1.jpg 米澤 穂信『満願(2014年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」2位、「ミステリが読みたい」1位

王とサーカス.jpg 米澤 穂信『王とサーカス(2015年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」3位、「ミステリが読みたい」1位

屍人荘の殺人.jpg 今村 昌弘『屍人荘の殺人(2017年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」1位、「ミステリが読みたい」2位

たかが殺人じゃないか.jpg 辻 真先『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説(2020年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」4位、「ミステリが読みたい」1位

黒牢城.jpg 米澤 穂信『黒牢城』(2021年刊)
 「週刊文春ミステリーベスト10」1位、「このミステリーがすごい!」1位
 「本格ミステリ・ベスト10」1位、「ミステリが読みたい」1位

大河ドラマ 軍師官兵衛 完全版3竹中直人(豊臣秀吉)
軍師官兵衛 2014.jpg軍師官兵衛 竹中.jpg「軍師官兵衛」●脚本:前川洋一●演出:田中健二ほか●プロデューサー:中村高志●時代考証:小和田哲男●音楽:菅野祐悟子●出演:岡田准一/(以下五十音順)東幹久/生田斗真/伊吹吾郎/伊武雅刀/宇梶剛士/内田有紀/江口洋介/大谷直子/大橋吾郎/忍成修吾/片岡鶴太郎/勝野洋/金子ノブアキ/上條恒彦/桐谷美玲/黒木瞳/近藤芳正/塩見三省/柴田恭兵/春風亭小朝/陣内孝則/高岡早紀/高橋一生/高畑充希/竹中直人/田中圭/田中哲司/谷原章介/塚本高史/鶴見辰吾/寺尾聰/永井大/中谷美紀/二階堂ふみ/濱田岳/速水もこみち/吹越満/別所哲也/堀内正美/眞島秀和/益岡徹/松坂桃李/的場浩司/村田雄浩/山路和弘/横内正/竜雷太(ナレーター)藤村志保 → 広瀬修子●放映:2014/01~12(全50回)●放送局:NHK

《読書MEMO》
●『黒牢城』(9冠)
 ★「第166回直木三十五賞」受賞
 ★「第12回山田風太郎賞」受賞
 ★「週刊文春ミステリーベスト10」(週刊文春2021年12 月9 日号)国内部門 第1位
 ★『このミステリーがすごい! 2022年版』(宝島社)国内編 第1位
 ★「ミステリが読みたい! 2022年版」(ハヤカワミステリマガジン2022年1月号)国内篇 第1位
 ★『2022本格ミステリ・ベスト10』(原書房)国内ランキング 第1位
 ★「第22回本格ミステリ大賞」受賞
 ★「2021年SRの会ミステリーベスト10」国内部門 第1位
 ★「週刊朝日 歴史・時代小説ベスト3」(週刊朝日 2022年1月7・14日号) 第1位
 ・「2022年本屋大賞」第9位
 ・『この時代小説がすごい! 2022年版』(宝島社)単行本 第3位

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3年連続でのミステリランキング4冠。二転三転するラストに引き込まれた。

その裁きは死 .jpgその裁きは死 全制覇.pngその裁きは死 11.jpg
その裁きは死 ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ (創元推理文庫)

『その裁きは死』3.jpgその裁きは死 3年連続4冠2.png 実直さが評判の離婚弁護士リチャード・プライスが殺害された。未開封のワインボトルで殴打され、砕けたボトルで喉を刺されていたのだが、これは裁判の相手方が彼に対して口走った脅し文句に似た方法だっThe Sentence is Death.jpgた。プライスは一千万ポンドの財産をめぐる離婚訴訟を受け持っていて、その相手はアキラ・アンノという有名な小説家であり、彼女は多くの人がいるレストランで、プライスにワインのボトルでぶん殴ってやると脅しともとれる言葉を言い放っていたのだ。現場の壁には謎の数字"182"がペンキで乱暴に描かれていて、、被害者は殺される直前に奇妙な言葉を残していた。私ことアンソニー・ホロヴィッツは、元刑事の探偵ホーソーンによって、この奇妙な事件の捜査に引き摺り込まれていく―。

 2016年原著刊行の『カササギ殺人事件』、2017年原著刊行の『メインテーマは殺人』に続く2018年11月原著(The Sentence Is Death)刊行の創元推理文庫版第3弾で、この作品で、「このミステリーがすごい!」2021年版(宝島社) 第1位、「週刊文春年末ミステリランキング.jpgミステリーベスト10」(週刊文春2020年12月10日号)第1位、「2021本格ミステリ・ベスト10」(原書房)第1位、「ミステリが読みたい!」(ハヤカワ・ミステリマガジン2021年1月号)第1位を獲得し、3年連続ミステリランキング全制覇、つまり3年連続での4冠を達成しています。

 本書は、『メインテーマは殺人』に続く著者のアンソニー・ホロヴィッツが語り手となり、変わり者の元刑事のホーソーンとともに奇妙な事件の捜査に挑むシリーズの第2弾です。『メインテーマは殺人』を最初に読んだ時、解決できるかどうか分からない事件について、それをありのままミステリとして書こうとする作家がいるだろうかという疑問を自ずと抱いたものの、面白く読めたためにそのあたりは気にならなくなって、それが2作目も同じ設定となると、もうこのシリーズのお約束事として納得してしまうから不思議なものです。

 6人の容疑者の誰が犯人であってもおかしくないといった設定はアガサ・クリスティの系譜と思わされますが、一方で、ラストではしっかりコナン・ドイルへのオマージュが込められていました。このあたりはクリスティ、ドイルのファンは嵌るかと思いますが、それらを読んでなくとも十分愉しめます。

 それにしてもこのラストの二転三転する展開には魅了されました。「私ことアンソニー・ホロヴィッツ」が自らも元刑事の探偵ホーソーンに負けまいと必死に推理を張り巡らすも、結局はホーソーンはずっと先を行っていたわけで、ホームズとワトソン、ポワロとヘイスティングズの関係の相似形になっているのも楽しいです(作者は過去にTVドラマシリーズ「名探偵ポワロ」の脚本も11作担当している)。

アンソニー・ホロヴィッツがITVの「刑事フォイル」(2002-2015)の脚本家であり、妻のジル・グリーンが「刑事フォイル」のプロデューサーであるというのは事実で、ワトソン役を作者自身とするにあたって、こうした事実を織り交ぜて入れ子構造にしているのが、「作者自身もこの先どうなるか分からない」感があって上手いと思います。

 「3年連続での年末ミステリランキング4冠」に納得。個人的には、シリーズ第1作の『メインテーマは殺人』を超えているように思いました。作者は、今年[2021年]、『カササギ殺人事件』の続編Moonflower Murdersを刊行予定とのことで、そちらでは探偵アティカス・ピュントと編集者スーザンが再登場するとのことです。こちらも楽しみです。

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2年連続での年末ミステリランキング4冠に相応しい、安定した力量を見せた。

メインテーマは殺人1.jpgメインテーマは殺人2.jpg  カササギ殺人事件.jpg
カササギ殺人事件 上 (創元推理文庫)』『カササギ殺人事件〈下〉 (創元推理文庫)
メインテーマは殺人 ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ (創元推理文庫)

The Word Is Murder.jpg 売れっ子作家のアンソニー・ホロヴィッツは、知り合いで元刑事のダニエル・ホーソーンから今捜査している事件をもとにホーソーン自身の本を書いてほしいと依頼される。事件とは、自分の葬儀を手配したダイアナ・クーパーが、その6時間後に殺害され、死の直前に「損傷の子に会った、怖い」というメールを息子のダミアンに送っていたというものだ。ダイアナは、かつて、道に飛び出してきた幼い少年ティモシーを事故で死なせ、その兄弟ジェレミーに重い障害を負わせていた。ダミアンは、10年前の交通事故のことを聞かれて激怒。ダイアナがハンドルを握らなくなったこと、住み慣れた家を売り転居したことなどを挙げ、まるで自分が被害者だという顔をして話す。ホーソーンは仕事でスティーヴン・スピルバーグと打ち合わせ中のアンソニーを強引に連れ出し、無理やりダイアナの葬儀に出席させる。その葬儀で、埋葬の際に柩を下ろした瞬間、ティモシーお気に入りの童謡が流れ出し、取り乱したダミアンは顔色を変え一人帰ってしまうが、やがて自宅で惨殺死体で発見される。アンソニーとホーソーンは、葬儀屋のロバート・コーンウォリスを訪ね、ティモシーの父親アランから葬儀の日程の確認の電話があったという情報を得る。勝手に執筆を始めたことを著作権エージェントのヒルダに責められたアンソニーだったが、秘密裡にアランを訪ねるために出かけてく―。

メインテーマは殺人0.png 2017年8月刊行の原著タイトルは"The Word Is Murder"。作者の『カササギ殺人事件』が年末ミステリランキング4冠を達成したのに続いて、この作品もまた「週刊文春ミステリーベスト10」(2019)、「ミステリが読みたい!」(2020)、「本格ミステリ・ベスト10」(2020)、「このミステリーがすごい!」(2020)、のそれぞれの海外部門で1位を獲得して年末ミステリランキング4冠を達成しており、同じ作家の作品が2年連続で4冠となるのは史上初とのことです(結局、次回作『その裁きは死』で3年連続での年末ミステリランキング4冠を達成することになるのだが)。

 前作は、上巻の作中作の事件と、下巻の今起きている事件と絡み合っていて、上下巻で二度楽しめました。今回もちょっと変わっていて、アンソニー・ホロヴィッツ自身が、ホーソーンという探偵役の元刑事にくっついていき、事件が解決に至るまでを小説に書くという、前作とは少し違ったタイプの"入れ子"構造になっています。

 解決できるかどうか分からない事件についてミステリを書こうとする作家がいるだろうかという疑問は自ずと湧くかと思いますが(実際、アンソニーも時々疑心悪鬼になる)、ホーソーンがこの物語におけるホームズ役であり、最後に事件を解決するのはいわばお約束事であって、どうやって事件を解決するのかということに関心を持っていくため、あまりその辺りは気になりませんでした。後で考えればかなり強引な虚構ですが、そんなことを考えさせない話の展開の旨さ、スピード感があります。

 ホーソーンがホームズならば、アンソニーはワトソンといった役回りでしょうか。ただし、前作からもそれを感じましたが、やはり作者はアガサ・クリスティの影響をかなり受けているように思いました。終盤にきて、もう登場人物の誰も彼もが容疑者たり得るという状況になるのは、クリスティの得意なパターンでもあったように思います。

 出来としては星5つとしてもいいのですが、どうしても"二度おいしかった"前作と比べてしまい、星4つとしました。最初に怪しいと思われた人間は、だいたいにおいて犯人ではないというのは、作者が脚本を手掛ける刑事ドラマの「バーナビー警部」などでよくあったパターンのように思います。でも、2年連続での年末ミステリランキング4冠に相応しい、安定した力量を見せてくれたと思います。

 ホーソーンという元刑事の、個人的な話や世間並みの挨拶は一切抜きで、一度口を閉じたら黙り続け、いつも単独で勝手な捜査をするため昔から相棒がおらず、裡に暴力性や同性愛者や小児性愛者に見せる憎悪を秘める一方で、子どもにシンパシーを寄せる―といったキャラクターが興味深く、作者はこのキャラクターでのシリーズ化を表明しています(その結果、「ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ」としてシリーズ第2作『その裁きは死』が誕生することとなった)。

 ホーソーンが、アンソニーがこれから書こうとする小説は、『ホーソーン登場』という題名が相応しいと主張するのが可笑しいです(まだ事件に着手して間もない時からそう言っている(笑)のだが、実質、「ホーソーン&ホロヴィッツ・シリーズ」の第1作なので、サブタイトルでそう入ってもおかしくないわけだ)。そう言えば、前作では、作中作であるアラン・コンウェイ作『カササギ殺人事件』について、版元の社長が『カササギ殺人事件(マグパイ・マーダーズ)』というタイトルは『バーナービー警部(ミッドサマー・マーダーズ)に似すぎているので変えた方がいいと意見する場面がありました(結局、"Magpie Murders"のままでいったわけだが)。こうした「遊び」は楽しめます。

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クリスティ風の上巻と現実事件の下巻の呼応関係が絶妙。"二度おいしい"傑作。

カササギ殺人事件 上.jpgカササギ殺人事件下.jpgカササギ殺人事件.jpg
カササギ殺人事件 上 (創元推理文庫)』『カササギ殺人事件〈下〉 (創元推理文庫)

Magpie Murders.jpg 1955年7月、サマセット州にあるパイ屋敷の家政婦の葬儀が、しめやかに執りおこなわれた。鍵のかかった屋敷の階段の下で倒れていた彼女は、掃除機のコードに足を引っかけて転落したのか、或いは?  彼女の死は、小さな村の人間関係に少しずつひびを入れていく。燃やされた肖像画、屋敷への空巣、謎の訪問者、そして第二の無惨な死が。病を得て、余命幾許もない名探偵アティカス・ピュントの推理は―(上巻・アラン・コンウェイ作『カササギ殺人事件』)。

 名探偵アティカス・ピュントのシリーズ最新作『カササギ殺人事件』の原稿を結末部分まで読んだシリーズ担当編集者であるわたしことスーザン・ライランドは、あまりのことに激怒する。肝心の結末の謎解きが書かれていないのである。原因を突きとめられず、さらに憤りを募らせるわたしを待っていたのは、アラン・コンウェイ自殺のニュースだった─(下巻)。

カササギ_0038.JPG 2016年8月刊行の原著タイトルは"Magpie Murders"。「週刊文春ミステリーベスト10(2018年)」、「このミステリーがすごい!(2019年版)」、「本格ミステリ・ベスト10(2019年)」、「ミステリが読みたい!(2019年)」の海外部門で1位を獲得し、年末ミステリランキングを「4冠」全制覇した作品ですカササギ殺人事件 7冠.jpg(翌'19年に発表された「本屋大賞」の翻訳小説部門でも第1位。'19年4月発表の第10回「翻訳ミステリー大賞」も同読者賞と併せて受賞。これらを含めると「7冠」になるとのこと)。年末ミステリランキングはこれまで('20年まで)に『二流小説家』(デイヴィッド・ゴードン)と『その女アレックス』(ピエール・ルメートル)の2作品が「3冠」を獲得していますが、「4冠」は史上初とのことです。国内部門のミステリ作品では『容疑者Xの献身』(東野圭吾)、『満願』『王とサーカス』(米澤穂信)、『屍人荘の殺人』(今村昌弘)の4作品が「3冠」を獲得していますが、年末ミステリランキングを4冠全制覇した作品はありません(『容疑者Xの献身』『屍人荘の殺人』は、それらとは別に本格ミステリ作家クラブが主催する「本格ミステリ大賞」も受賞しているが、こちらは海外部門が無い)(その後、米澤穂信『黒牢城』が4冠達成した)

 事前知識なく読み始めて、アガサ・クリスティへのオマージュに満ちたミステリ小説だと思いましたが、上巻から下巻にいって、その『カササギ殺人事件』は、作中作のミステリ小説であることに改めて思い当たりました。そして、それを読む女性編集者スーザンが、ある事を契機に現実の世界で起きた出来事の謎を解き明かそうと推理を繰り広げることになるのですが、その現実と小説が呼応し合ったパラレル構造が巧みであり、しかも、ラストは現実の謎解きと小説の謎解きがダブルで楽しめるということで(解説の川出正樹氏は「一読唖然、二読感嘆。精緻かつ隙のないダブル・フーダニット」と表現している)、初の「年末ミステリランキング4冠」もむべなるかなという印象です。

 2017年原著刊行の本書の作者アンソニー・ホロヴィッツは、1955年英国ロンドン生まれ。ヤングアダルト作品『女王陛下の少年スパイ! アレックス』シリーズがベストセラーになったほか、脚本家としてテレビドラマ「名探偵ポワロ」(「第26話/二重の手がかり」('91年)、「第27話/スペイン櫃の秘密」('91年)、「第36話/黄色いアイリス」('93)、「第43話/ヒッコリー・ロードの殺人」('95年)、など多数)や「バーナビー警部」(「第1話/謎のアナベラ」('97年)、「第2話/血ぬられた秀作」('98年)、「第4話/誠実すぎた殺人」('98年)、「第6話/秘めたる誓い」('99年)など多数)などの脚本を手掛け、2014年にはイアン・フレミング財団に依頼されたジェームズ・ボンドシリーズの新作『007 逆襲のトリガー』を執筆しています。

 「バーナビー警部」もクリスティ型のミステリドラマであると言え、架空の田舎町で犯罪が起きるのは「ミス・マープル」シリーズなども同じですし、これが自身YA向け以外で書いた初のオリジナルミステリ小説でありながらも、著者の経歴からみて、こうしたクリスティ型のミステリの面白くなるための"必勝パターン"を知り尽くしているという感じでしょうか。作中、アラン・コンウェイに対して版元の社長が『カササギ殺人事件(マグパイ・マーダーズ)』というタイトルは『バーナービー警部(ミッドサマー・マーダーズ)に似すぎているので変えた方がいいと意見するような"遊び"も織り込まれていて、ただし、それをアラン・コンウェイが断るという行いまでもが、複雑な謎解きの数多くある伏線の一つになっているという精緻さには感服します。

 アラン・コンウェイは自ら生み出した名探偵アティカス・ピュントを嫌いだったのかあ。これも、クリスティが晩年ポワロをあまり好きでなかったことなどと呼応していて巧みですが、アラン・コンウェイの場合、最初から憎んでいたわけだなあ(それが伏線の前提条件にもなっている)。作者(アンソニー・ホロヴィッツ)がミステリを貶めたり、或いは、ミステリを貶めたともとれるアラン・コンウェイを"罰した"ということではなく、ある意味、ベストセラー作家になることで自己疎外を昂じさせる作家の悲劇を描いたように思いました。そうした奥行きも備えつつ、クリスティを思わせる作中作の上巻と、現実事件の下巻の呼応関係が絶妙であり、1つの作品で"二度おいしい"傑作だと思いました。

2022年TVドラマ化(全6話、脚本:アンソニー・ホロヴィッツ)
「カササギ殺人事件」0.jpg 「カササギ殺人事件」1.jpg 「カササギ殺人事件(全6話1.jpg
【3232】 ○ ピーター・カッタネオ (原作・脚本:アンソニー・ホロヴィッツ) カササギ殺人事件(全6話)」 (22年/英) (2022/07 WOWWOW) ★★★★
「カササギ殺人事件(全6話)」●原題:MAGPIE MURDERS●制作国:イギリス●本国放映:2022/02/10●監督:ピーター・カッタネオ●原作・脚本:アンソニー・ホロヴィッツ●時間:270分●出演:レスリー・マンヴィル/コンリース・ヒル/ティム・マクマラン/アレクサンドロス・ログーテティス/マイケル・マロニー/マシュー・ビアード●日本放映:2022/07/09・10●放映局:WOWWOW(評価:★★★★)

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2018年「本屋大賞」の第1位、第2位、第3位作品。個人的評価もその順位通り。

かがみの孤城.jpg かがみの孤城 本屋大賞.jpg  盤上の向日葵.jpg 屍人荘の殺人.jpg
辻村 深月 『かがみの孤城』 柚月 裕子 『盤上の向日葵』 今村 昌弘 『屍人荘の殺人

2018年「本屋大賞」.jpg 2018年「本屋大賞」の第1位が『かがみの孤城』(651.0点)、第2位が『盤上の向日葵』(283.5点)、第3位が『屍人荘の殺人』(255.0点)です。因みに、「週刊文春ミステリーベスト10」(2017年)では、『屍人荘の殺人』が第1位、『盤上の向日葵』が第2位、『かがみの孤城』が第10位、別冊宝島の「このミステリーがすごい!」では『屍人荘の殺人』が第1位、『かがみの孤城』が第8位、『盤上の向日葵』が第9位となっています。『屍人荘の殺人』は、第27回「鮎川哲也賞」受賞作で、探偵小説研究会の推理小説のランキング(以前は東京創元社主催だった)「本格ミステリ・ベスト10」(2018年)でも第1位であり、東野圭吾『容疑者Xの献身』以来13年ぶりの"ミステリランキング3冠達成"、デビュー作では史上初とのことです(この他に、『容疑者Xの献身』も受賞した、本格ミステリ作家クラブが主催する第18回(2018年)「本格ミステリ大賞」も受賞している)。ただし、個人的な評価(好み)としては、最初の「本屋大賞」の順位がしっくりきました。

かがみの孤城6.JPG 学校での居場所をなくし、閉じこもっていたこころの目の前で、ある日突然部屋の鏡が光り始めた。輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは、城のような不思議な建物。そこにはちょうどこころと似た境遇の7人が集められていた。なぜこの7人が、なぜこの場所に―。(『かがみの孤城』)

 ファンタジー系はあまり得意ではないですが、これは良かったです。複数の不登校の中学生の心理描写が丁寧で、そっちの方でリアリティがあったので楽しめました(作者は教育学部出身)。複数の高校生の心理描写が優れた恩田陸氏の吉川英治文学新人賞受賞作で第2回「本屋大賞」受賞作でもある『夜のピクニック』('04年/新潮社)のレベルに匹敵するかそれに近く、複数の大学生たちの心理描に優れた朝井リョウ氏の直木賞受賞作『何者』('12年/新潮社)より上かも。ラストは、それまで伏線はあったのだろうけれども気づかず、そういうことだったのかと唸らされました。『夜のピクニック』も『何者』も映画化されていますが、この作品は仮に映像化するとどんな感じになるのだろうと考えてしまいました(作品のテイストを保ったまま映像化するのは難しいかも)。

2020.11.9 旭屋書店 池袋店
20201109_1盤上の向日葵.jpg盤上の向日葵   .jpg盤上の向日葵ド.jpg 埼玉県天木山山中で発見された白骨死体。遺留品である初代菊水月作の名駒を頼りに、叩き上げの刑事・石破と、かつてプロ棋士を志していた新米刑事・佐野のコンビが捜査を開始した。それから四か月、二人は厳冬の山形県天童市に降り立つ。向かう先は、将棋界のみならず、日本中から注目を浴びる竜昇戦の会場だ―。(『盤上の向日葵』)

 『慈雨』('16年/集英社)のような刑事ものなど男っぽい世界を描いて定評のある作者の作品。"将棋で描く『砂の器』ミステリー"と言われ、作者自身も「私の中にあったテーマは将棋界を舞台にした『砂の器』なんです」と述べていますが、犯人の見当は大体ついていて、その容疑者たる天才棋士を二人組の刑事が地道な捜査で追い詰めていくところなどはまさに『砂の器』さながらです。ただし、天才棋士が若き日に師事した元アマ名人の東明重慶は、団鬼六の『真剣師小池重明』で広く知られるようになり「プロ殺し」の異名をもった真剣師・小池重明の面影が重なり、ややそちらの印象に引っ張られた感じも。面白く読めましたが、犯人が殺害した被害者の手に将棋の駒を握らせたことについては、発覚のリスクを超えるほどに強い動機というものが感じられず、星半分マイナスとしました。

映画タイアップ帯
屍人荘の殺人 映画タイアップカバー.jpg屍人荘の殺人_1.jpg 神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と会長の明智恭介は、曰くつきの映画研究部の夏合宿に加わるため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共にペンション紫湛荘を訪ねた。合宿一日目の夜、映研のメンバーたちは肝試しに出かけるが、想像しえなかった事態に遭遇し紫湛荘に立て籠もりを余儀なくされる。緊張と混乱の一夜が明け、部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。しかしそれは連続殺人の幕開けに過ぎなかった―。(『屍人荘の殺人』)

2019年映画化「屍人荘の殺人」
監督:木村ひさし 脚本:蒔田光治
出演:神木隆之介/浜辺美波/中村倫也
配給:東宝

屍人荘の殺人 (創元推理文庫).jpg 先にも紹介した通り、「週刊文春ミステリー ベスト10」「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」の"ミステリランキング3冠"作(加えて「本格ミステリ大賞」も受賞)ですが、殺人事件が起きた山荘がクローズド・サークルを形成する要因として、山荘の周辺がテロにより突如発生した大量のゾンビで覆われるというシュールな設定に、ちょっとついて行けなかった感じでしょうか。謎解きの部分だけ見ればまずまずで、本格ミステリで周辺状況がやや現実離れしたものであることは往々にしてあることであり、むしろ周辺の環境は"ラノベ"的な感覚で読まれ、ユニークだとして評価されているのかなあ。個人的には、ゾンビたちが、所謂ゾンビ映画に出てくるような典型的なゾンビの特質を有し、登場人物たちもそのことを最初から分かっていて、何らそのことに疑いを抱いていないという、そうした"お約束ごと"が最後まで引っ掛かりました。

 ということで、3つの作品の個人的な評価順位は、『かがみの孤城』、『盤上の向日葵』、『屍人荘の殺人』の順であり、「本屋大賞」の順番と同じになりました。ただし、自分の中では、それぞれにかなり明確な差があります。

屍人荘の殺人 2019.jpg屍人荘の殺人01.jpg(●『屍人荘の殺人』は2019年に木村ひさし監督、神木隆之介主演で映画化された。原作でゾンビたちが大勢出てくるところで肌に合わなかったが、後で考えれば、まあ、あれは推理物語の背景または道具に過ぎなかったのかと。映画はもう最初からそういうものだと思って観屍人荘の殺人03.jpgているので、そうした枠組み自体にはそれほど抵抗は無かった。その分ストーリーに集中できたせいか、原作でまあまあと思えた謎解きは、映画の方が分かりよくて、原作が多くの賞に輝いたのも多少腑に落ちた(原作の評価★★☆に対し、映画は取り敢えず星1つプラス)。但し、ゾンビについては、エキストラでボランティアを大勢使ったせいか、ひどくド素人な演技で、そのド素人演技のゾンビが原作よりも早々と出てくるので白けた(星半分マイナス。その結果、★★★という評価に)。)

屍人荘の殺人02.jpg屍人荘の殺人 ps.jpg「屍人荘の殺人」●制作年:2019年●監督:木村ひさし●製作:臼井真之介●脚本:蒔田光治●撮影:葛西誉仁●音楽:Tangerine House●原作:今村昌弘『屍人荘の殺人』●時間:119分●出演:神木隆之介/浜辺美波/葉山奨之/矢本悠馬/佐久間由衣/山田杏奈/大関れいか/福本莉子/塚地武雅/ふせえり/池田鉄洋/古川雄輝/柄本時生/中村倫也●公開:2019/12●配給新宿ピカデリー1.jpg新宿ピカデリー2.jpg:東宝●最初に観た場所:新宿ピカデリー(19-12-16)(評価:★★★)●併映(同日上映):「決算!忠臣蔵」(中村 義洋)
    
   
   
新宿ピカデリー 
  
神木隆之介 in NHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」(2019年)/TBSテレビ系日曜劇場「集団左遷‼」(2019年)/ドラマW 土曜オリジナルドラマ「鉄の骨」(2019年)
神木隆之介「いだてん.jpg 神木隆之介 集団左遷!!.jpg ドラマW 2019 鉄の骨2.jpg
 
《読書MEMO》
盤上の向日葵 ドラマ03.jpg盤上の向日葵 08.jpg●2019年ドラマ化(「盤上の向日葵」) 【感想】 2019年9月にNHK-BSプレミアムにおいてテレビドラマ化(全4回)。主演はNHK連続ドラマ初主演となる千葉雄大。原作で埼玉県警の新米刑事でかつて棋士を目指し奨励会に所属していた佐野が男性(佐野直也)であるのに対し、ドラマ0盤上の向日葵 05.jpgでは蓮佛美沙子演じる女性(佐野直子)に変更されている。ただし、最近はNHKドラマでも原作から大きく改変されているケースが多いが、これは比較的原作に沿って盤上の向日葵 ドラマ.jpg丁寧に作られているのではないか。原作通り諏訪温泉の片倉館でロケしたりしていたし(ここは映画「テルマエ・ロマエⅡ」('14年/東宝)でも使われた)。主人公の幼い頃の将棋の師・唐沢光一朗を柄本明が好演(子役も良かった)。竹中直人の東明重慶はややイメージが違ったか。「竜昇戦」の挑戦相手・壬生芳樹が羽生善治っぽいのは原作も同じ。加藤一二三は原作には無いゲスト出演か。

盤上の向日葵 ドラマ01.jpg0盤上の向日葵  片倉館.jpg「盤上の向日葵」●演出:本田隆一●脚本:黒岩勉●音楽:佐久間奏(主題歌:鈴木雅之「ポラリス」(作詞・作曲:アンジェラ・アキ))●原作:柚月裕子●出演: 千葉雄大/大江優成/柄本明/竹中直人/蓮佛美沙子/大友康平/檀ふみ/渋川清彦/堀部圭亮/馬場徹/山寺宏一/加藤一二三/竹井亮介/笠松将/橋本真実/中丸新将●放映:2019/09/8-29(全4回)●放送局:NHK-BSプレミアム

IMかがみの孤城.jpg『かがみの孤城』...【2021年文庫化[ポプラ社文庫](上・下)】
『盤上の向日葵』...【2020年文庫化[中公文庫(上・下)(解説:羽生善治)]】
『屍人荘の殺人』...【2019年文庫化[創元推理文庫]】

I『屍人荘の殺人』.jpg Wカバー版

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長かった割には物足りない結末。でも、過程において楽しめたからまあいいか。

有栖川 有栖 『女王国の城』.jpg女王国の城.jpg  太陽公園2.JPG 太陽公園(姫路)
女王国の城 (創元クライム・クラブ)』['07年]

 2007 (平成19) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2008(平成20)年版「本格ミステリ・ベストテン」第1位。2008(平成20)年・第8回「本格ミステリ大賞」〈小説部門〉受賞作。

 推理小説研究会のメンバー・有栖川有栖(アリス)は、急成長した宗教団体「人類協会」の聖地・神倉へ行ったと思しき部長・江神二郎の様子を知るべく、同級生の有馬麻里亜(マリア)、就職活動中の先輩・望月、織田らと共に同地へ向かい、〈城〉と呼ばれる総本部で江神の安否を確認するものの、思いがけず殺人事件に遭遇、団体に外界との接触を阻まれ、囚われの身となってしまう―。

 『月光ゲーム』『孤島パズル』『双頭の悪魔』に続く15年ぶりの江神二郎シリーズですが、推理小説研究会のメンバーは皆1歳年齢を重ねただけで依然若々しく、単行本2段組500ページ超の大作でありながらも、メンバー達の会話のトーンも、時々挟まれる推理小説談義も変わってないなあと(今回はそれに加えてUFO談義があり、第1の殺人事件が起きるのは全体の3分の1を過ぎてからというのは、ちょっと道草のし過ぎ?)。

 宗教団体とは上手く考えたもので、かなり自由な発想で大掛かりな密室的空間を創り出していて、この宗教団体の幹部らが60年代のSF映画に出てくる異星人のようなパターン化された物言いや行動様式をとるのはご愛嬌として、本格推理としてはそれなりにワクワクさせてくれました。

 但し、立ちはだかる連続殺人事件の不可解な壁を江神二郎がどう崩すかという部分では、独創に満ちたトリックがあるわけでもなく、やや拍子抜けの感じもあり、ついでに過去の未解決の密室殺人事件の謎まで解いてみせるものの、こちらはあまりにも蓋然性を積み重ねた上での謎解きとなっていて、江上さん、あんたには透視能力があるの、と言いたくなってしまいます。

太陽公園.JPG 「本格ミステリ大賞」の受賞と併せて「週刊文春」の「2007ミステリーベスト10」の国内部門第1位にも輝いており、それにこの分厚さだから、それなりの結末を期待したんだけどなあ(後で考えれば御都合主義的なところも目立つ)。
 しかしながら、謎解きの前までは、アクションもあったりし、寄り道も含めて楽しめたし(ということは90%は楽しめたということ?)、個人的評価としては微妙なところですが、まあ、良しとしようか、といったところです。 

 (この小説の「城」に関しては、個人的には、兵庫県姫路市の山中にある「太陽公園」の城を連想した。ここは、社会福祉法人が運営する公園で、園内には、主に美術館的に使われている城のほか、兵馬俑やパリ凱旋門の実物大の模倣建築などがある。観光施設でありながらも、介護福祉施設なども園内にあったりして、ある種コミュニティ的な雰囲気を醸しており、詰まるところ全体の雰囲気は「宗教施設」に極めて近いように思えた。)

「太陽公園」の"城"(上写真下部は城に至るモノレールの軌道の一部)

 【2011年文庫化[創元推理文庫(上・下)]】

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「純愛」というより「偏愛」。直木賞作品としては軽すぎる。

容疑者χの献身.jpg容疑者Xの献身.jpg     容疑者Xの献身 dvd.jpg 容疑者Xの献身 映画.jpg
容疑者Xの献身』['05年/文藝春秋] 「容疑者Xの献身 スタンダード・エディション [DVD]」福山雅治/柴咲コウ

 2005(平成17)年下半期・第134回「直木賞」受賞作。2005 (平成17) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2006 (平成18) 年「このミステリーがすごい!」(国内編)第1位。2006(平成18)年版「本格ミステリ・ベストテン」第1位。これにより、「年末ミステリランキング3冠」初達成作品になりました(早川書房の「ミステリが読みたい!」は2008年版(2007年11月発行)が第1回で、この時点では賞自体が未創設であるため「4冠」はあり得なかった。後に、米澤穂信『黒牢城』(2021年刊)が「年末ミステリランキング4冠」国内初達成作品となる)。2006(平成18)年・第6回「本格ミステリ大賞」(小説部門)も受賞(因みに『黒牢城』も「直木賞」および「本格ミステリ大賞」を受賞している)

 以前に水商売をしていて今は弁当屋に勤める子持ち女性・靖子は、自分につきまとう前夫・富樫が自分のアパートに押しかけてきたために思わず絞殺してしまうが、現場に駆けつけたアパートの隣に住む「石神」という高校の数学教師は、「私の論理的思考に任せてください」と言って事件の事後処理を請け負う―。

NUMBERS 天才数学者の事件ファイル.jpg 作者の「物理学者湯川シリーズ」の第3弾で、TVドラマ化されている「ガリレオ」('07年放映開始)を見て海外ドラマ「NUMBERS 天才数学者の事件ファイル」('05年米国放映開始)を想起しましたが、実は、オリジナルである「物理学者湯川シリーズ」の第1弾『探偵ガリレオ』('98年/文藝春秋)の刊行は「NUMBERS」の放映より7年も早い。
 「NUMBERS 天才数学者の事件ファイル」(FOX)

 今回の第3弾では、この「石神」という数学教師が湯川学の大学時代の同窓で、実は天才的な数学者であり、物理学者・湯川学と"論理対決"をすることになるという構図で、敢えて天才数学者を敵役にしたのは、数学者が探偵役である「NUMBERS」を意識したということでもないでしょうけれど。

 さらっと読めて、トリックも奇想天外で、シリーズものの1編としてはまあまあの出来の小品だと思いましたが、これが直木賞作品だと思うと、同じ作者の『秘密』('98年)や『白夜行』('99年)に比べてどう見てもインパクト不足で、ついついケチをつけたくなってしまう...。

 天才と呼ばれる数学者の考えたトリックというのが、こんな危なっかしくて非効率なものなのかとか、警視庁の科学捜査というのはずいぶん手抜きだなあとか、プロットに対する不満もいろいろありますが、個人的には「石神」という人物にあまり共感できないし、それ以前に、その人物像にリアリティが感じられないのが一番の不満な点でした。

 帯に「純愛」とありますが、むしろ「偏愛」と言った方がよく、その心理構造がよく見えない分、作品として軽いものになってしまっている気がしました。ただし、世間一般には東野作品の中では評価が高いようです。
 
容疑者x スチール.jpg 「県庁の星」('06年/東宝)の西谷弘監督によって映画化されましたが、探偵役の物理学者・湯川(福山雅治)の主たる相方が、同窓の草薙刑事ではなく、柴咲コウ演じる部下の女性刑事になっていて、「県庁の星」で西谷監督と相性が良かったのかなと思ったら、テレビドラマ「ガリレオ」からこのパターンになっていたようです(テレビ版を見ていないので知らなかった)。

容疑者Xの献身ド.jpg 原作にない雪山登山シーンとかあって面喰いましたが、数学教師「石上」役の堤真一(本来は二枚目であってはならないのだが)と「靖子」役の松雪泰子は、どちらもベテランらしい手堅い演技で(堤真一は第33回「報知映画賞」最優秀主演男優賞を受賞、松雪泰子も好演と言っていいかも)、その分、映画化作品にありがちなことですが、ミステリよりも人情ものの要素が強くなっているように思いました(一方で、富樫の死体は一体どうやって始末したのかとか、プロット面での突っ込みどころが出てきてしまう)。

容疑者Xの献身 2008フジテレビジョン.jpgYôgisha X no kenshin (2008).jpg 前日ベンチに座っていたはずの浮浪者が翌日消えているのが、同じカメラワークを反復させることで分かり易くなっていますが、浮浪者に対する「石上」の排他的・優越的な考え方(愛する人のためなら浮浪者1人の命なんぞ...という)などは映画では必ずしも充分に説明されてはおらず、そのあたり、親切なのか不親切なのかよく分からない作りでした。

Yôgisha X no kenshin (2008)

「容疑者Xの献身」●制作年:2008年●監督:西谷弘●製作:亀山千広●脚本:福田靖●撮影:山本英夫●音楽:福山雅治/菅野祐悟●原作:東野圭吾「容疑者Xの献身」●時間:128分●出演:福山雅治/柴咲コウ/堤真一/松雪泰子/北村一輝/ダンカン/長塚圭史/金澤美穂/益岡徹/林泰文/渡辺いっけい/品川祐/真矢みき/リリー・フランキー(友情出演)/八木亜希子/石坂浩二(特別出演)/林剛史/葵/福井博章/高山都/伊藤隆大●公開:2008/10●配給:東宝●最初に観た場所:台場・シネマメディアージュ(08-11-01)(評シネマメディアージュ.jpgシネマメディアージュ2.jpgシネマメディア-ジュ「容疑者Xの献身」zj.jpeg価:★★★) シネマメディアージュ 2000年4月22日アクアシティお台場のメディアージュ1階にオープン。13スクリーン3034席を有するシネマコンプレックス。2017年2月23日閉館

天才数学者の事件ファイル2.jpgNUMBERS 天才数学者の事件ファイル 5 dvd.jpg「NUMBERS~天才数学者の事件ファイル」Numbers (CBS 2005/01~ ) ○日本での放映チャネル:FOX CRIME (2006~)

 【2008年文庫化[文春文庫]】


《読書MEMO》
『容疑者Xの献身』をめぐる「本格」論争(Wikipediaより)
 2005年末、『容疑者Xの献身』が「本格ミステリ」として評価され、同年の『本格ミステリ・ベスト10』にて1位を獲得したことに、推理作家の二階堂黎人が疑問を呈したことに始まる問題。
 二階堂の主張は、「『容疑者Xの献身』は、作者が推理の手がかりを意図的に伏せて書いており、本格推理小説としての条件を完全には満たしていない(そのため、『本格ミステリ・ベスト10』の1位にふさわしくない)」というものであった。このことに関して二階堂のウェブサイトや『ミステリマガジン』誌上などに多くの作家や評論家が意見を寄せたため、本格的な論争となった。その過程で二階堂の説における矛盾や見当違いも指摘されたが、二階堂は自説を曲げなかった。
 最終的には笠井潔などの有力者の多くが「『容疑者Xの献身』は本格である」という立場につき、さらには2006年5月に同作品が第6回本格ミステリ大賞を受賞したこともあり、現在では二階堂の意見は否定された形で議論が収束している。ただし、笠井は本作を「標準的な出来栄えの初心者向け本格」とした上で「探偵小説の精神的核心が無い」と批評し、ミステリ関係者が絶賛したことに手厳しい批判を向けている。同時に、メインの犯行とは別個の、道義的には遥かに悪質な行為がトリックの手段として淡々と描かれながら「感動的なラスト」と評されたことについても議論となった が、これについては北村薫が、ミステリあるいは小説を道徳論で論ずるべきでないとの立場を示している。もっとも、本作を感動的とか、涙誘うとかという風に位置づけたのは市場や読者の側であって、筆致はむしろ客観的である。
 なお、作者の東野圭吾本人は、一貫して「本格であるか否かは、読者一人一人が判断することである」というスタンスを取っている。

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作者からの"耳打ち"され度の開きが、名探偵と読者との間で大き過ぎると面白くなくなる。

有栖川 有栖 『乱鴉の島』.jpg乱鴉の島.jpg  『乱鴉の島』['06年/新潮社] 乱鴉の島 (ノベルズ).jpg 『乱鴉の島 (講談社ノベルス)

 2007(平成19)年版「本格ミステリ・ベスト10」第1位作品。

 推理作家・有栖川有栖と犯罪学者・火村英生が休養で訪れたある島は、手違いから目的地と異なる別の島だったことがわかるが、通称・烏島と呼ばれるその孤島には、隠遁している老詩人のもと彼をとりまく様々な人が集まっており、遂には謎のIT長者までヘリコプターで飛来する、そうした中、奇怪な殺人事件が起こり、さらには第2の殺人事件が―。

 『マレー鉄道の謎』('02年/講談社ノベルズ)以来4年ぶりの"火村シリーズ"で、更にはハードカバー版ということで、内容に期待しましたが、所謂クローズド・サークルになっている「孤島ミステリー」で、『マレー鉄道の謎』と舞台背景は異なるものの、第1の殺人事件での疑わしき人物が第2の殺人事件の犠牲者として発見され、どちらの事件が先に起きたのかもよくわからないという進行が『マレー鉄道の謎』と同じではないかと...。同じでも落とし処の違いで大いに楽しめるはずですが、結構スケールダウンと言うか、こじんまりしてしまった感じでした。

 作中に何だか推理小説論みたいなやりとりが多くて(これが帯にあるペダンティックということの1つなのか)、その中で「名探偵は作者にちょっとだけ読者より多く耳打ちされているだけだ」といった内容のクダリがありますが、本作においては読者との"耳打ち"され度の開きが大き過ぎるのではないでしょうか。

 その名探偵こと火村助教授も、犯人の「動機」については作者から"耳打ち"されることなく、「状況証拠」のみで事件を解いていく...というのは、著者が「本格ミステリー」にこだわったためでしょうか。

 老詩人のもとに人々が集まる理由にリアリティが乏しい気がしましたが(アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」を模しているということについて読者との間に了解が成り立っているという前提か)、一方で、ふてぶてしく登場するIT長者"ヤッシー"というのが、何だかやけに(モデルが特定されそうなぐらい)リアリティがあって、これはこれで却って安直な感じがしてしまいました。

 【2008年ノベルズ版[講談社]/2010年文庫化[新潮文庫]】

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