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講談調で娯楽性が高く、伝説的虚構性を重視。「忠臣蔵」の初心者が大枠を掴むのに良い。

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忠臣蔵 1958_0.jpg
忠臣蔵 [DVD]」(2004) 主演:長谷川一夫

忠臣蔵 [DVD]」(2013)

忠臣蔵(1958)市川.jpg 元禄14年3月、江戸城勅使接待役に当った播州赤穂城主・浅野内匠頭(市川雷蔵)は、日頃から武士道を時世遅れと軽蔑する指南役・吉良上野介(滝沢修)から事毎に意地悪い仕打ちを受けるが、近臣・堀部安兵衛(林成年)の機転で重大な過失を免れ、妻あぐり(山本富士子)の言葉や国家老・大石内蔵助(長谷川一夫)の手紙により慰められ、怒りを抑え役目大切に日を過す。しかし、最終日に許し難い侮辱を受けた内匠頭は、城中松の廊下で上野介に斬りつけ、無念にも討ち損じる。幕府は直ちに事件の処置を計るが、上野介忠臣蔵  昭和33年.jpg贔屓の老中筆頭・柳沢出羽守(清水将夫)は、目付役・多門伝八郎(黒川弥太郎)、老中・土屋相模守(根上淳)らの正論を押し切り、上野介は咎めなし、内匠頭は即日切腹との処分を下す。内匠頭は多門伝八郎の情けで家臣・片岡源右衛門(香川良介)に国許へ遺言を残し、従容と死につく。赤穂で悲報に接した内蔵助は、混乱する家中の意見を籠城論から殉死論へと導き、志の固い士を判別した後、初めて仇討ちの意図を洩らし血盟の士を得る。その中には前髪の大石主税(川口浩)と矢頭右衛門七(梅若正二)、浪々中を馳せ参じた不破数右衛門(杉山昌三九)も加えられた。内蔵助は赤穂城受取りの脇坂淡路守(菅原謙二)を介して浅野家再興Chûshingura(1958).jpgの嘆願書を幕府に提出、内蔵助の人物に惚れた淡路守はこれを幕府に計るが、柳沢出羽守は一蹴する。上野介の実子で越後米沢藩主・上杉綱憲(船越英二)は、家老・千坂兵部(小沢栄太郎)に命じて上野介の身辺を警戒させ、兵部は各方面に間者を放つ。内蔵助は赤穂退去後、京都山科に落着くが、更に浅野家再興嘆願を兼ねて江戸へ下がり、内匠頭後室・あぐり改め瑤泉院を訪れる。瑤泉院は、仇討ちの志が見えぬ内蔵助を責める侍女・戸田局(三益愛子)とは別に彼を信頼している。内蔵助はその帰途に吉良方の刺客に襲われ、多門伝八郎の助勢で事なきを得るが、その邸内で町人姿の岡野金右衛門(鶴田浩二)に引き合わされる。伝八郎は刃傷事件以来、陰に陽に赤穂浪士を庇護していたのだ。一方、大石襲撃に失敗した千坂兵部は清水一角(田崎潤)の報告によって並々ならぬ人物と知り、腹心の女るい(京マチ子)を内蔵助の身辺に間者として送る。江戸へ集った急進派の堀部安兵衛らは、出来れば少人数でもと仇討ちを急ぐが、内蔵助は大義の仇討ちをするには浅野家再興の成否を待ってからだと説く。半年後、祇園一力茶屋で多くの遊女と連日狂態を示す内蔵助の身辺に、内蔵助を犬侍と罵る浪人・関根弥次郎(高松英郎)、内蔵助を庇う浮橋(木暮実千代)ら太夫、仲居姿のるいなどがいた。内蔵助は浅野再興の望みが絶えたと知ると、浮橋を身請けして、妻のりく(淡島千景)に離別を申渡す。長子・主税のみを残しりくや幼い3人の子らと山科を去る母たか(東山千栄子)は、仏壇に内蔵助の新しい位牌を見出し、初めて知った彼の本心にりくと共に泣く。るいは千坂の間者・忠臣蔵  昭和33年tyu.jpg小林平八郎(原聖四郎)から内蔵助を斬る指令を受けるがどうしても斬れず、平八郎は刺客を集め内蔵助を襲い主税らの剣に倒れる。機は熟し、内蔵助ら在京同志は続々江戸へ出発、道中、近衛家用人・垣見五郎兵衛(二代目中村鴈治郎)は、自分の名を騙る偽者と対峙したが、それを内蔵助と知ると自ら偽者と名乗忠臣蔵e.jpgって、本物の手形まで彼に譲る。江戸の同志たちも商人などに姿を変えて仇の動静を探っていたが、吉良方も必死の警戒を続け、しばしば赤穂浪士も危機に陥る。千坂兵部は上野介が越後へ行くとの噂を立て、この行列を襲う赤穂浪士を一挙葬る策を立てるが、これを看破した内蔵助は偽の行列を見送る。やがて、赤穂血盟の士47人は全員江戸に到着し、決行の日は後十日に迫るが、肝心の吉良邸の新しい絵図面だけがまだ無い。岡野金右衛門は同志たちから、彼を恋する大工・政五郎(見明凡太朗)の娘お鈴(若尾文子)を利用してその絵図を手に入れるよう責められていて、決意してお鈴に当る。お鈴は小間物屋の番頭と思っていた岡野金右衛門を初めて赤穂浪士と覚ったが、方便のためだけか、恋してくれているのかと彼に迫り、男の真情を知ると嬉し泣きしてその望みに応じ、政五郎も岡野金右衛門の名も聞かずに来世で娘と添ってくれと頼む。江戸へ帰ったるいは、再び兵部の命で内蔵助を偵察に行くが、内蔵助たちの美しい心と姿に打たれる彼女は逆に吉良家茶会の日を14日と教える。その帰途、内蔵助を斬りに来た清水一角と同志・大高源吾(品川隆二)の斬合いに巻き込まれ、危って一角の刀に倒れたるいは、いまわの際にも一角に内蔵助の所在を偽る。るいの好意とその最期を聞いた内蔵助は、12月14日討入決行の檄を飛ばす。その14日、内蔵助はそれとなく今生の暇乞いに瑤泉院を訪れるが、間者の耳目を警戒して復讐の志を洩らさChûshingura (1958) .jpgず、失望する瑤泉院や戸田局を後に邸を辞す。同じ頃、同志の赤垣源蔵(勝新太郎)も実兄・塩山伊左衛門(竜崎一郎)の留守宅を訪い、下女お杉(若松和子)を相手に冗談口をたたきながらも、兄の衣類を前に人知れず別れを告げて飄々と去る。勝田新左衛門(川崎敬三)もまた、実家に預けた妻と幼児に別れを告げに来たが、舅・大竹重兵衛(志村喬)は新左衛門が他家へ仕官すると聞き激怒し罵る。夜も更けて瑤泉院は、侍女・紅梅(小野道子)が盗み出そうとした内蔵助の歌日記こそ同志の連判状であることを発見、内蔵助の苦衷に打たれる。その頃、そば屋の二階で勢揃いした赤穂浪士47人は、表門裏門の二手に分れ内蔵助の采忠臣蔵 1958_1.jpg配下、本所吉良邸へ乱入。乱闘数刻、夜明け前頃、間十次郎(北原義郎)と武林唯七(石井竜一)が上野介を炭小屋に発見、内蔵助は内匠頭切腹の短刀で止めを刺す。赤穂義士の快挙は江戸中の評判となり、大竹重兵衛は瓦版に婿の名を見つけ狂喜し、塩山伊左衛門は下女お杉を引揚げの行列の中へ弟を探しにやらせお杉は源蔵を発見、大工の娘お鈴もまた恋人・岡野金右衛門の姿を行列の中に発見し、岡野から渡された名札を握りしめて凝然と立ちつくす。一行が両国橋に差しかかった時、大目付・多門伝八郎は、内蔵The Loyal 47 Ronin (1958).jpg忠臣蔵 _V1_.jpg助に引揚げの道筋を教え、役目を離れ心からの喜びを伝える。その内蔵助が白雪の路上で発見したものは、白衣に身を包んだ瑤泉院が涙に濡れて合掌する姿だった―。[公開当時のプレスシートより抜粋]
若尾文子(お鈴)・鶴田浩二(岡野金右衛門)

 1958(昭和33)年に大映が会社創立18年を記念して製作したオールスター作品で、監督は渡辺邦男(1899-1981)。大石内蔵助に大映の大看板スター長谷川一夫、浅野内匠頭に若手の二枚目スター市川雷蔵のほか鶴田浩二、勝新太郎という豪華絢爛たる顔ぶれに加え女優陣にも京マチ子、山本富士子、木暮実千代、淡島千景、若尾文子といった当時のトップスターを起用しています。当時、赤穂事件を題材とした映画は毎年のように撮られていますが、この作品は、その3年後に作られた同じく大作である松田定次監督、片岡千恵蔵主演の「赤穂浪士」('61年/東映)とよく比較されます。「赤穂浪士」の方は大佛次郎の小説『赤穂浪士』をベースとしています。

 "忠臣蔵通"と言われる人たちの間では'61年の東映版「赤穂浪士」の方がどちらかと言えば評価が高く、一方、この'58年の大映版「忠臣蔵」は、「戦後映画化作品の中で最も浪花節的かつ講談調で娯楽性が高く、リアリティよりも虚構の伝説性を重んじる当時の風潮が反映されている作品であり、『忠臣蔵』の初心者が大枠を掴むのに適していると言われている」(Wikipedia)そうです。概ね同感ですが、東映版「赤穂浪士」にしても、史実には無い大佛次郎が作りだしたキャラクターが登場したりするわけで、しかも細部においては必ずしも原作通りではないことを考えると、この大映版「忠臣蔵」は、これはこれで「伝説的虚構性を重視」しているという点である意味オーソドックスでいいのではないかと思いました。

 「赤穂浪士」の片岡千恵蔵の大石内蔵助と、3年先行するこの「忠臣蔵」の長谷川一夫の大石内蔵助はいい勝負でしょうか。「赤穂浪士」が浅野内匠頭に大川橋蔵を持ってきたのに対し、この「忠臣蔵」の浅野内匠頭は市川雷蔵で、「赤穂浪士」が吉良上野介に月形龍之介を持ってきたのに対し、この「忠臣蔵」の吉良上野介は滝沢修です。この「忠臣蔵」の長谷川一夫と滝沢修は、6年後のNHKの第2回大河ドラマ「赤穂浪士」('64年)でも忠臣蔵 1958.jpgそれぞれ大石内蔵助と吉良上野介を演じています(こちらは大佛次郎の『赤穂浪士』が原作)。また、「赤穂浪士」が「大石東下り」の段で知られる立花左近に大河内傳次郎を配したのに対し、こちら「忠臣蔵」は立花左近に該当する垣見五郎兵衛忠臣蔵 1958 中村.jpg二代目中村鴈治郎を配しており、長谷川一夫が初代中村鴈治郎の門下であったことを考えると、兄弟弟子同士の共演とも言えて興味深いです。但し、この場面の演出は片岡千恵蔵・大河内傳次郎コンビの方がやや上だったでしょうか。
二代目中村鴈治郎(垣見五郎兵衛)

勝新太郎(赤垣源蔵)
忠臣蔵_V1_.jpg この作品は、講談などで知られるエピソードをよく拾っているように思われ、内蔵助が武士の情けに助けられる「大石東下り」や、同じく内蔵助がそれとなく瑤泉院を今生の暇乞いに訪れる「南部坂雪の別れ」などに加え、赤垣源蔵が兄にこれもそれとなく別れを告げに行き、会えずに兄の衣服を前に杯を上げる「赤垣源蔵 徳利の別れ」などもしっかり織り込まれています。赤垣源蔵役は勝新太郎ですが、この話はこれだけで「赤垣源蔵(忠臣蔵赤垣源蔵 討入り前夜)」('38年/日活)という1本の映画になっていて、阪東妻三郎が赤垣源蔵を演じています。また、浪々中を馳せ参じた不破数右衛門(杉山昌三九)もちらっと出てきますが、この話も「韋駄天数右衛門」忠臣蔵 1958 simura.jpg('33年/宝塚キネマ)という1本の映画になっていて、羅門光三郎が不破数右衛門を演じています。こちらの話ももう少し詳しく描いて欲しかった気もしますが、勝田新左衛門の舅・大竹重兵衛(志村喬)のエピソードなどは楽しめました(志村喬は戦前の喜劇俳優時代の持ち味を出していた)。

志村喬(大竹重兵衛)

 映画会社の性格かと思いますが、東映版「赤穂浪士」が比較的男優中心で女優の方は脇っぽかったのに対し、こちらは、山本富士子が瑤泉院、京マチ子が間者るい、木暮実千代が浮橋太夫、淡島千景が内蔵助の妻りく、若尾文子が岡野金右衛門(鶴田浩二)の恋人お鈴、中村玉緒が浅野家腰元みどりと豪華布陣です。それだけ、盛り込まれているエピソードも多く、全体としてテンポ良く、楽しむところは楽しませながら話が進みます。山本富士子はさすがの美貌というか貫禄ですが、京マチ子忠臣蔵 鶴田浩二 若尾文子.jpgの女間者るいはボンドガールみたいな役どころでその最期は忠臣蔵 1958 yamamoto.jpg忠臣蔵 1958 kyou.jpg忠臣蔵 1958 turuta.jpg切なく、若尾文子のお鈴は、父親も絡んだ吉良邸の絵図面を巡る話そのものが定番ながらもいいです。

山本富士子(瑤泉院)/京マチ子(女間者おるい)/鶴田浩二(岡野金右衛門)  若尾文子(お鈴)・鶴田浩二

忠臣蔵(1958)6.jpg 渡辺邦男監督が「天皇」と呼ばれるまでになったのはとにかく、この人は早撮りで有名で、この作品も35日間で撮ったそうです(初めて一緒に仕事した市川雷蔵をすごく気に入ったらしい)。でも、画面を観ている限りそれほどお手軽な感じは無く、監督の技量を感じました。ストーリーもオーソドックスであり、確かに、自分のような初心者が大枠を掴むのには良い作品かもしれません。松田定次監督、片岡千恵蔵主演の「赤穂浪士」('61年)と同様、役者を楽しむ映画であるとも言え、豪華さだけで比較するのも何ですが、役者陣、特に女優陣の充実度などでこちらが勝っているのではないかと思いました。
 
滝沢修(吉良上野介)・市川雷蔵(浅野内匠頭)・渡辺邦男監督

「忠臣蔵」スチール 淡島千景(大石の妻・りく)/長谷川一夫(大石内蔵助)/木暮実千代(浮橋太夫)
淡島千景『忠臣蔵』スチル1.jpg
淡島千景/東山千栄子(大石の母・おたか)
淡島千景『忠臣蔵』スチル5.jpg

小沢栄太郎(千坂兵部)・京マチ子(女間者おるい)    船越英二(上杉綱憲)
忠臣蔵 小沢栄太郎・京マチ子.jpg 忠臣蔵 船越英二.jpg

Chûshingura (1958)
Chûshingura (1958).jpg忠臣蔵 1958 08.jpg「忠臣蔵」●制作年:1958年●監督:渡辺邦男●製作:永田雅一●脚本:渡辺邦男/八尋不二/民門敏雄/松村正温●撮影:渡辺孝●音楽:斎藤一郎●時間:166分●出演:長谷川一夫/市川雷蔵/鶴田浩二/勝新太郎/川口浩/林成年/荒木忍/香川良介/梅若正二/川崎敬三/北原義郎/石井竜一/伊沢一郎/四代目淺尾奥山/杉山昌三九/葛木香一/舟木洋一/清水元/和泉千忠臣蔵 1958 10.jpg太郎/藤間大輔/高倉一郎/五代千太郎/伊達三郎/玉置一恵/品川隆二/横山文彦/京マチ子/若尾文子/山本富士子/淡島千景/木暮実千代/三益愛子/小野道子/中村玉緒/阿井美千子/藤田佳子/三田登喜子/浦路洋子/滝花久子/朝雲照代/若松和子/東山千栄子/黒川弥太郎/根上淳/高松英郎/花布辰男/松本克平/二代目澤村宗之助/船越英二/清水将夫/南條新太郎/菅原謙二/南部彰三/春本富士夫/寺島雄作/志摩靖彦/竜崎一郎/坊屋三郎/見明凡太朗/上田寛/小沢栄太郎/田崎潤/原聖四郎/志村喬/二代目中村鴈治郎/滝沢修●公開:1958/04●配給:大映(評価:★★★★)

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長谷川一夫(二役)を観るための映画のような印象。古川緑波の彦左衛門も悪くないが...。

家光と彦左38.jpg家光と彦左37.jpg 家光と彦左7-s.JPG
「家光と彦左」VHS  長谷川一夫(徳川家光)・古川緑波

古川緑波(大久保彦左衛門)/黒川弥太郎(松平伊豆守)
家光と彦左01.JPG家光と彦左02.JPG 大久保彦左衛門(古川緑波)は大阪冬の陣で、主君・徳川家康(鳥羽陽之助)を背負って戦地の中ひた走りその命を守った忠君。冬の陣も終わって徳川の世となり、二代将軍秀忠(佐伯秀男)は、家臣・松平伊豆守(黒川弥太郎)の進言を受け、世継ぎに次男国松(小高たかし)を選ぼうとしていた。そこへその彦左衛門が現われ、家康の遺言に奉じ死を賭けて竹千代(林成年)を護り抜くとした。その一途さに秀忠は決定を覆し、長男竹千代を世継ぎにすることに。時は過ぎ、竹千代家光と彦左03.JPGは三代将軍家光(長谷川一夫)となり、明敏果断な名君として尊敬を集めている。一方、彦左衛門は、隠居同前の生活の毎日が寂しく、かつての威光も失われたかに見えた。心配した家光が天海和尚(汐見洋)に相談すると、「時々、愚かな君主になれ」と諭される。家光はそれから時々、わざと愚行をするようになり、彦左衛門は元のように御意見番として元気に現場復帰を果たす。ある日城中で彦左衛門は、家光が彦左衛門のためにわざと芝居をしているとの話を立ち聞きしてしまい、家光家光と彦左04.JPGに密かに感謝し、その芝居に付き合うことにする。家光は、完成したばかりの日光東照宮への訪家光と彦左05.JPG問の先導役を、彦左の最後のはなむけの仕事にする。彦左衛門は道中の宿で、お供の笹尾喜内(渡辺篤)に「命に変えても、わこ(家光)をお守し、最後の御奉公にしたい」と決意を話しているのを、家光はたまたま立ち聞きし感動する。しかし、次の日の宿である宇都宮城で待ち受ける本多上野介正純(清川荘司)は、元々秀忠の世継ぎに次男国松を推していた派であり、城代家老の河村靱負(長谷川一夫、二役)に命じて、城に吊り天井を仕掛けて家光を圧殺する計画を用意していた―。

家光と彦左b1-s.JPG 1941年3月公開のマキノ正博監督、長谷川一夫主演作。長谷川一夫演じる三代将軍家光の古川緑波演じる大久保彦左衛門に対する温かい情愛がコメディタッチで描かれ、終盤は長谷川一夫は将軍家光の暗殺を謀る本多正純(清川荘司)側の家臣・河村靱負との二役になります。しかも、家光役の時には、彦左衛門の前で愚君を装うため白拍子の踊りの輪に飛び入りで加わって踊り(白拍子の"センター"の桜町公子よりも長谷川一夫の殿様の方が踊り慣れている?)、河村靱負役の時には家光歓待を装って歌舞伎役者顔負けに歌舞いてみせるという、剣戟こそ無いものの、半分以上は長谷川一夫を観るための映画のような印象でした。

 古川緑波の彦左衛門も悪くなく、ストーリー的にはそれなりに面白いのですが、宇都宮城で家光が本多正純の策に嵌って"お命頂戴つかまつる"と言われている、そうした危機的な場面でさえ、それを家光が彦左衛門のために組んだ芝居だと思っているというのはあまりにノー天気で、さすがに無理があったように思いました。

本多正純_正信.jpg 歴史的には、本多正純(父・本多正信は徳川家康の側近)が、宇都宮城に吊り天井を仕掛けて、それを落下させることで(家光ではなく)第二代将軍徳川秀忠の暗殺を図ったという「宇都宮城釣天井事件」というのがありますが、実のところは計画そのものがガセネタだったようです。しかしながら、本多正純はその嫌疑によって失脚しており、こうしたガセネタの背後にポリティクスの力が働いていたのは間違いない事なのでしょう。

本多正純(伊東孝明)・本多正信(近藤正臣)父子(「真田丸」(2016))
   
釣天井伝説(宇都宮城釣天井事件)
釣天井伝説_c.jpg
 家康の七回忌に日光東照宮を参拝した後、宇都宮城に1泊する予定だった秀忠は、「宇都宮城の普請に不備がある」という密訴を受け、それで予定を変更して宇都宮城を通過して壬生城に宿泊したそうです(宇都宮城の普請に携わった後、秘密を守るために殺害された多くの大工の中の一人・与五郎という男が、亡霊となって恋人であるお稲という女性の枕元に立ち、経緯を知って悲しんだお稲は自殺するが、自殺する前にそのことを書き遺した手紙をお稲の死後に父親が見つけて、日光から宇都宮に向かう将軍の行列に直訴したという伝説がある)。従って、この宇都宮城の家光と彦左11.jpg吊り天井が落下するといった事件は史実では起きていませんが、映画ではやっています。お堂1つをブッ飛ばしていますが、おそらく特殊撮影なのでしょう。そのシーンはよく出来ていたように思いますが、「特殊技術撮影」というクレジットがないので誰がやったのか分かりません(まさかホントにお堂を1つブッ飛ばしてしまったわけではないとは思うが)。

遠山の金さん~はやぶさ奉行~ [VHS]
はやぶさ奉行 片岡.jpgはやぶさ奉行 VHS .jpgはやぶさ奉行 1957.jpg 因みに、この将軍暗殺計画をモチーフにした映画作品としては、片岡千恵蔵が遠山金四郎を演じた「いれずみ判官」シリーズの第12作で、同シリーズでは初のカラー作品だった陣出達朗原作、深田金之助監督の「はやぶさ奉行」('57年/東映)がありますが、 「遠山の金さん」ものであるため時代設定が江戸後期になっており、命を狙われるのは第12代将軍・徳川家慶になっています(大河内傳次郎が堀田備中守役で出てくるが、これは第3代将軍・徳川家光の子・竹千代(後の第4代将軍・徳川家綱)の暗殺計画を扱った「将軍家光の乱心 激突」('89年/東映)で真矢武が演じた堀田正俊(1634-1684)ではなく、正俊系堀田家第9代・堀田正睦(1810-1864)のこと)。また、工事中の物件は日光東照宮・御仮殿であり(史実上の創建年は1639年だが、1863年頃まで御仮殿として使用されていて現存する)、将はやぶさ奉行46.jpg軍暗殺を謀る一味がそこに吊り天井を仕掛け、将軍参詣の当日に落とすというもの。もともと大工の連続殺人から事件ははじまり、背後に何かあると睨んだ金さんが、植木屋に扮して潜伏した先で偶然に出会って意気投合した侠盗ねずみ小僧(大川橋蔵)と組んで、最終的には悪を倒すというものでした。「金さん」ものなので予定調和ですが、こちらも吊り天井は落っこちて、将軍は九死に一生を得ます。

片岡千恵蔵 in「はやぶさ奉行」

 マキノ正博は人形浄瑠璃を学び、女優に対する演技指導では自ら演技をしてみせたそうで、1940年頃に当時まだ10代だった藤間紫(1923-2009/享年85)が踊る日本舞踊に感銘を受け、以後はもっぱら日本舞踊を研究し、その所作を女優の演技指導に活用したそうです。その10代の藤間紫(当時17歳)が、「家光と彦左」終盤の"家光歓待"の場面で「義経」の静御前を踊っています。

「家光と彦左」●制作年:1941年●監督:マキノ正博●製作:滝村和男●脚本:小国英雄●撮影:伊藤武夫●音楽:鈴木静一(琴奏:宮城道雄)●時間:104分●出演:長谷川一夫/古川緑波/黒川弥太郎/鳥羽陽之助/汐見洋/佐伯秀男/清川荘司/渡辺篤/林成年/横山運平/深見泰三/小高たかし/光一/浜田格/下田猛/冬木京三/星十郎/沢村昌之助/江藤勇/小森敏/中村幹次郎/大杉晋/武井大八郎/高松文磨/長島武夫/中村福松/河合英二郎/成田光枝/桜町公子/千葉早智子/藤間紫●公開:1941/03●配給:東宝東京(評価:★★★)

はやぶさ奉行m.jpgはやぶさ奉行04.jpgはやぶさ奉行 片岡 千原.jpg「はやぶさ奉行」●制作年:1957年●監督:深田金之助●脚本:高岩肇●撮影:三木滋人●音楽:高橋半●原作:原作:陣出達朗●時間:93分●出演:片岡千恵蔵/大川橋蔵/千原しのぶ/植木千恵/花柳小菊/大河内傳次郎/進藤英太郎/高松錦之助/明石潮/片岡栄二郎/沢田清/香川良介/仁礼功太郎/上代悠司/市川小太夫/柳永二郎/岡譲司/戸上城太郎/尾上華丈/加賀邦男/大橋史典/団徳麿/岡島艶子/河部五郎/木南兵介●公開:1957/11●配給:東映(評価:★★★)

千原しのぶ(1931-2009)/片岡千恵蔵

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ハメット原作映画の翻案。コメディ的要素と謎解き的要素の両方を楽しめる。

昨日消えた男 vhs.jpg 昨日消えた男00.jpg 昨日消えた男―小國英雄シナリオ集_.jpg ハメット 影なき男.jpg
「昨日消えた男」VHS        長谷川一夫・山田五十鈴  『昨日消えた男―小國英雄シナリオ集〈2〉』/ハメット「影なき男 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ (109))
昨日消えた男 vhs3.jpg昨日消えた男01.jpg 裏長屋の大家・勘兵衛(杉寛)が何者かに殺された。勘兵衛は鬼勘と言われるほど無情な男で間借人の間では嫌われ者だった。まず日頃から勘兵衛を殺してカンカン踊りを踊らせてやるといっていた文吉(長谷川一夫)と、勘兵衛に借金の返済を迫られていた浪人の篠崎源衛門(徳川夢声)が疑われる。更に長屋には、文吉に惚れている芸者小富(山田五十鈴)、小富に想いを昨日消えた男02.jpg寄せる錠前屋の太三郎(清川荘司)、篠崎源衛門の娘お京(高峰秀子)、その恋人の横山求馬(坂東橘之助)、人形師の椿山(鳥羽陽之助)と女房おこん(清川虹子)、居合抜の松下源蔵(鬼頭善一郎)と女房おかね(藤間房子)などが住んでいた。目明しの八五郎(川田義雄)が探索するも犯人は不明、そこで与力の原六之進(江川宇礼雄)は一同を呼んで取り調べをすることにしたが、それでも埒が明かない。やがて第二の殺人事件が起き、南町奉行・遠山左衛門射が事件解決に乗り出す―。

昨日消えた男03.jpg昨日消えた男b.jpg 1941年1月公開作で、マキノ正博(1908- 1993/享年85)監督が日活を離れてフリーとなって撮っていた「家光と彦左」が古川緑波の病気で撮影中断したため、その代わりに急遽撮った作品であり、原案は、ダシール ハメット原作、ウィリアム・パウエルとマーナ・ロイ主演の「影なき男」('34年)で、脚本の小国英雄(1904-1996/享年91)はこれを江戸時代の長屋に設定、ウィリアム・パウエルが演じる探偵は遠山の金さんに置き換え、それを長谷川一夫が演じました。この映画、僅か9日間で撮られたとかで、徳川夢声はマキノ正博監督の早撮りに驚いたと言います(マキノ正博はこのストーリーを、1956年にも中村扇雀=尾上さくらのコンビで「遠山の金さん捕物控・影に居た男」として、同じ脚本でリメイクしている。この他、森一生監督、小国英雄脚本で市川雷蔵が同心(実は徳川吉宗の仮の姿)を演じた「昨日消えた男」('64年/大映)がある)。

 言われてみれば確かに洋物推理小説っぽい凝った展開だったかも。犯人以外の人物がある動機から死体を動かしたというのは、クリスティの『書斎の死体』('42年)のようでもあるし、実は登場人物の多くが何らかの形で事件に関わっていたというのは、ヒッチコックの「ハリーの災難」('55年)のようでもありますが、それらよりも早くハメット原作映画に目を付け、尚且つ、それを遠山の金さんに置き換えた小国英雄と、このややこしい話を9日間で撮り上げたマキノ正博の両者の才覚はともに驚くべきものなのかもしれません。但し、最後に謎解きされてみれば、伏線となるようなものは殆ど無かったような気もしなくもなかったです(観直してみればまた違った印象を受けるかもしれないが)。

 当時16歳の高峰秀子の可憐さよりも、長谷川一夫(当時33歳)と山田五十鈴(当時25歳)の息の合った掛け合いの方が楽しかったでしょうか(山田五十鈴の"舌出し"は、後に小津 安二郎監督の「宗方姉妹」('59年/新東宝)で高峰秀子(当時25歳)が見せる"舌出し"よりも自然であるように思えた)。長谷川一夫の剣戟ならぬ棒術アクションもあります(体がよく動いている)。ベースはコメディ調ですが、渡辺篤、サトウロクローの「なるほどね」「いやまったく」のギャグの繰り返しはややくどかったような...。それでも、昭和16年に作られた映画であるにしては国策映画的な雰囲気は殆ど無く(大塩平八郎の一味が幕府転覆を目論む'悪役'になっていることぐらいか)、コメディ的要素と謎解き的要素の両方を楽しめます。

昨日消えた男3.jpg 謎解きの方は結局"千里眼"的と言っていい遠山金四郎の登場を待たなければ何が何だか分かりませんでしたが、それでも皆がそれぞれ何となく怪しげな行動をとっていることが緊迫感を醸して最後まで興味を引き、この辺りは演出の巧みさもあるように思いました。

「昨日消えた男」●制作年:1941年●監督:マキノ正博●製作:滝村和男●脚本: 小国英雄●撮影:伊藤武夫●音楽:鈴木静一●原案:ダシール・ハメット●時間:89分●出演:長谷川一夫/山田五十鈴/徳川夢声/高峰秀子/鳥羽陽之助/清川虹子/鬼頭善一郎/藤間房子/坂東橘之助/杉寛/沢井三郎/江川宇礼雄/川田義雄/進藤英太郎/渡辺篤/サトウ・ロクロー/清川荘司●公開:1941/01●配給:東宝東京(評価:★★★☆)

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ダブル主役の大河内傳次郎、長谷川一夫を観るためだけの映画?

「大江戸の鬼」 昭22VHS66.JPG「大江戸の鬼」 昭22VHS1.jpg 「大江戸の鬼」VHS
大河内傳次郎・宮川五十鈴・長谷川一夫・高峰秀子・黒川彌太郎

「大江戸の鬼」 昭22 67.JPG 江戸の街で夜ごと起こる鬼の面を被った殺人鬼による連続殺人事件を早期に解決しようと、北町奉行・遠山金四郎(黒川彌太郎)は与力たちに捜査の徹底を命じ、与力たちも岡っ引きたちにそれを伝える。岡っ引きの稲田屋の傳七(大河内傳次郎)が事件の探査を続ける中、吉五郎(清川荘司)という男が島帰りの挨拶に訪ねて来て、かつて吉五郎と同じ芝居小屋で働き一緒に不良浪人を殺め島流しになった清吉(長谷川一夫)も島から戻ったことを知らされる。清吉は、久々に戻った芝居小屋で歓待されるも、用心棒なのか、黒船(鳥羽陽之助)、牛窓(伊藤雄之助)、雪持(田中春男)らヤクザ風の浪人たちが小屋に居着いていた。実は清吉は江戸では名高い能役者の一人息子であり、その家には先祖伝来の人手に渡ると魔性を現すと伝えられる般若の面があったが、清吉の父・堀池幻雪(汐見洋)は、保管していたその般若の面が最近紛失しているのに気づく。清吉は、自分の子分たちが般若の面をそんな大切なものと知らずに勝手に持ち出し、それを受け取った露天商(高勢実乗)もそれを誰かに売ってしまったと知る。清吉は、群集の中で、ヤクザ者の一人・雪持が町娘おなつ(高峰秀子)の簪をすり取ったのを見つけ、それを取り返してやったことを契機におなつと知り合い、おなつは清吉に想いを寄せる。おなつの父・赤鶴(しゃくづる)彦兵衛(上山草人)は、能面職人であり、彼が火急の仕事の依頼を受け彫っていた般若面の脇に手本として置かれていたのは、盗まれた魔性の面であった―。

「大江戸の鬼」 昭22長谷川一夫高峰秀子68.JPG 1947(昭和22)年5月公開の萩原遼監督作品で、東宝の労働争議の中、脱退組のメンバーらが作った"第二製作部"と呼ばれていた組織が'47年3月に新東宝映画製作所という組織になり、そこでの時代劇第1作がこの作品であるとのことです(但し、配給会社は東宝)。大河内傳次郎と長谷川一夫のダブル主役というのが興味深く、新生・新東宝映画製作所の力の入れ具合が窺えなくもないですが、如何せん、ミステリーとしては平凡な展開でだったように思います。

 ミステリー部分が弱いということは自覚されているのか、後半は、ミステリーと並行して、清吉(長谷川一夫)とおなつ(高峰秀子)の恋愛が描かれますが、終盤の高峰秀子演じるおなつが牢内の清吉に語りかけるシーンでは、清吉がずっとと背中を向けていて顔が見えず(明らかにスタンドイン)、おなつの顔ばかりハレーションをかけて撮っていて、そのパターンで繰り広げられる愁嘆場にはやや辟易させられました。

 基本的に、大河内傳次郎、長谷川一夫を観るためだけの映画でしょうか。但し、大河内傳次郎が伝七親分で、長谷川一夫が出自はお坊ちゃんながらも罪人上がりという取り合わせならば、もう少し面白いものが作れたような気もしますが。高峰秀子に関しては、典型的な町娘役の域を出ることが無く、持ち前の演技力が生かされていないように思いました。

高勢実乗44.jpg上山草人   .jpg それ以外では、「丹下左膳余話 百萬両の壺」('35年/日活)などにも出ていた「ワシャ、カナワンヨ」の高勢実乗(たかせ みのる、1897-1947年/享年49)などもチョイ役(露天商)で出ていますが、やはりおなつの父の能面師を演じた上山草人(かみやま そうじん、1884-1954/享年70)が印象に残ります。1919(大正8)年に渡米してから映画界に入り、ダグラス・フェアバンクス主演の活劇映画「バグダッドの盗賊」(1924)にモンゴルの王子の役で出演するなどハリウッドで活躍した人で、帰国後の出演作には「赤西蠣太」('36年/日活、按摩役)、「七人の侍」('54年/東宝、琵琶法師役)などがあります。何を演っても"怪演" という雰囲気の俳優でした。

上山草人 .jpg上山草人「赤西蠣太」撮影風景.JPG上山草人 七人の侍.jpg上山草人 in「バグダッドの盗賊」(1924)/「赤西蠣太」(1936)撮影風景/「七人の侍」(1954)

「大江戸の鬼」長谷川一夫・高峰秀子.jpg「大江戸の鬼」●制作年:1947年●監督:萩原遼●製作:伊藤基彦●脚本:三村伸太郎●撮影:安本淳●音楽:鈴木静一●時間:100分●出演:大河内傳次郎/長谷川一夫/黒川彌太郎/宮川五十鈴/上山草人/汐見洋/岬洋二/鬼頭善一郎/原文雄/小森敏/小島洋々/田中春男/高峰秀子/清川荘司/鳥羽陽之助/伊藤雄之助/阪東橋之助/横山運平/澤井三郎/永井柳太郎/高勢実乗●公開:1947/05●配給:東宝(評価:★★☆)

高峰秀子・長谷川一夫
 

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エノケンと柳家金語楼の「江戸っ子だってねぇ」「神田の生まれよ」の掛け合いが見所か。

エノケンの森の石松 vhs1.jpg エノケンの森の石松 yanagiya .jpg
「エノケンの森の石松」VHS        柳家金語楼/榎本健一 リンク「石松三十石船道中

エノケンの森の石松 vhs2.jpg 清水次郎長(鳥羽陽之助)の子分・森の石松(榎本健一)は、次郎長親分に呼ばれ、親分の代参で讃岐の金比羅宮に刀と奉納金50両を納めに行くことを命じられる。小遣いに30両を別に持たせるというが、但し道中いっさい酒を飲んではならないと言われ、酒好きの石松は断りかける。しかし、誰も見ている者はいないという仲間の入れ知恵で、次郎長親分には言いつけを守ると言って引き受ける。恋人の茶店のお夢(宏川光子)にしばしの別れを告げ、お夢から貰った肌守りを懐に旅に出る石松。金比羅宮で無事に代参を済ませた帰路、草津の追分に身受山の謙太郎(北村武夫)を訪ねて一宿の仁義を切り、親分への百両の香典を親分へと託される。その翌日、幼い頃から兄貴分だった小松村の七五郎(柳田貞一)を訪ねる道すがら都鳥の吉兵衛(小杉嘉男)に偶然出逢い、吉兵衛の家に草履を脱ぐことに。しかし、吉兵衛の狙いは石松の持つ百両であり、石松は吉兵衛兄弟の騙し討ちに遭って重傷を負う。何とか危地を脱し、一旦は七五郎とその女お民(竹久千恵子)の住家に匿われた石松だったが―。

エノケンの森の石松zj.jpeg 「エノケンの森の石松」('39年/東宝東京)は中川信夫(1905-1984)監督による1939(昭和14)年5月公開作。原作は「エノケンの法界坊」('38年)の脚本も手掛けた和田五雄ですが、冒頭、2代目広沢虎造(1899-1964)の浪曲で始まり、途中でも何度か虎造の口演が入ることからも窺えるように、浪曲「清水次郎長伝」の中の「石松金比羅代参」などをオーソドックスになぞっています。

「エノケンの森の石松」公開時(1939.8.15)チラシより

 個人的には、吉兵衛兄弟との結構本格的な剣戟シーンがあるのが意外だったでしょうか。まあ、エノケンの運動神経ならば剣戟くらいは充分にこなしたのかもしれませんが、「石松金比羅代参」などを知って観ている人は、これが石松の最期に繋がるものであることを知っているため、エノケン喜劇には珍しくやや悲壮感も感じられるかもしれません。石松が都鳥の吉兵衛に殺害されたのは1860年7月と言われ、清水次郎長こと山本長五郎(1820-1893)は翌1861年1月に駿河国江尻追分で都鳥の吉兵衛こと都田吉兵衛を仇討ちにしています。

エノケンの森の石松  21.jpg 喜劇的要素の面での見所は、浪曲「清水次郎長伝」の中の「石松三十石船道中」から引いた例の「飲みねぇ、飲みねぇ、鮨を食いねぇ、江戸っ子だってねぇ」「神田の生まれよ」で知られる石松と江戸ッ子留吉(柳家金語楼)との掛け合いです。船客同士で街道一の親分は誰かと言う話題になって、「身受山の謙太郎」の名前が挙がったところへ留吉がケチをつけ、「清水の次郎長」と言おうとしますが思い出せず、「国定村の...」とか言ってしまいます(史実では国定忠治は1851年に刑死している)。やっと次石松三十石船道中」 広沢虎造ド.jpg郎長の名を思い出したところへ、今度は同じ船に乗っていた次郎長の子分の中で一番強いのは誰だか知ってっか」と問うて自分の名を導き出そうとするがなかなか石松の名が出てこない―。定番であるだけに喜劇俳優同士"両雄"競演の様相も呈していますが、金語楼って味があって上手いなあと思わせます。この場面などは、この作品で前振りの口上を述べている2代目広沢虎造の浪曲がネットで聴けたりするので、比較してみると面白いかもしれません。エノケンは遣り取りの最後に得意のアクションも加えています。

「清水港」1939.jpg 因みに、マキノ正博監督の「清水港代参夢道中(続清水港)」('40年/日活)は、現実の世界で「森の石松」の舞台の監続清水港 kataoka .jpg督をしている男・石田勝彦(片岡千恵蔵)が夢の世界でタイムスリップして自身が「石松」になってしまうというパロデイです。この映画での例の「三十石船」の場面では広沢虎造自身が浪花節語りの船客役(現実の世界では舞台の照明係役)で出演しており、片岡千恵蔵と掛け合いをしています。タイトルから"夢落ち話だと分かってしまい、タイムスリップした当事者が歴史の真実を知っているというのもタイムスリップものの定番ですが、それでも惹き込まれるのは「続清水港」daf.jpg続清水港 片岡.jpg、マキノ正博の演出の上手さのためか、小国英雄(1904-1196)の脚本の上手さのためか、或いは森の石松という素材の面白さのためでしょうか(小松村の七五郎を志村喬が演じていて、これも現実世界での劇場専務役との1人2役)。


「清水港代参夢道中(続清水港)」('40年/日活)
片岡千恵蔵・志村喬・轟夕起子・澤村アキヲ(子役・長門裕之)・広沢虎造

 この「エノケンの森の石松」では、浪曲の「石松と見受山鎌太郎」に該当するシーンがすっぽり抜けていて、これは当初あった巻が一部逸失したのでしょう。57分となっていますが、元は74分あったらしいです。石松が身受山の謙太郎を訪ねたのは「三十石船道中」でその名を知ったためで、鎌太郎が7年前に次郎長の妻・お蝶が亡くなった時の香典をまだやっていないとのことで百両の香典を石松に託すというもの。この金が石松の命取りになるわけですが、見受山の鎌太郎のシーンが抜けているため、50両を代参奉納した石松がなぜ100両持っているのかが分かりにくい気がしました。この辺りのエノケン作品は、年3本から5本くらいと量産している割には、スタイル的には出来上がっていて一定のレベル以上にあるものが多く、むしろフィルムがどれくらい完全な形で残っているかが評価の分かれ目になってしまう印象も受けます。そうした意味では、この作品などは逸失部分があるために繋がりがスムーズでないことが残念です。

「続次郎長富士」('60年/大映)勝新太郎
続次郎長富士(1960) suti-ru.jpg 但し、その後、森繁久彌、中村錦之助、勝新太郎など多くの役者が森の石松を演じるようになる中で(美空ひばりまで演じた)、喜劇俳優である榎本健一によって比較的早い時期に演じられたものであるということで、観る機会があれば観ておくのもいいのでは。ウィキペディアに拠れば、この「エノケンの森の石松」以降で森の石松が映画の中で題材となった作品は40作近くあるのに、「エノケンの森の石松」以前で森の石松が映画の題材となったのは前年の大河内傳次郎が石松をやった「清水次郎長」('38年/東宝)しかないことになっていますが、実際には無声映画時代から直前の羅門光三郎の「金毘羅代参 森の石松」('38年/新興キネマ)までエノケン以前にも石松を演じた役者はもっといます。
 
大村千吉(石松)・大河内傳次郎(次郎長)・横山運平・千葉早智子(お蝶)
清水次郎長1.jpg清水次郎長(1938年)oomura .jpg その萩原遼監督、大河内傳次郎主演の「清水次郎長」('38年/東宝)は、次郎長と森の石松の出会いの頃を描いたもので、大河内傳次郎が演じる次郎長はまだ駆け出し時代(というよりヤクザから足を洗って堅気暮らしをしている)、大村千吉が演じる石松に至ってはまだ全くの少年であり、子分にして欲しいとすがる石松少年に対し、次郎長の方は石松を清水次郎長vhsvhs_ura.jpg何とか堅気にしよう商家に丁稚奉公させたりするなど骨を折るというものです。身寄りのない石松を不憫に思い、次郎長とともに何かと面倒をみるのがお蝶(千葉早智子)で、彼女がやがて次郎長の妻になるわけですが、そこまでは描かれていません。だた、結局石松が堅気にならないのは観る側も分かっているだけに、この話ちょっと引っ張り過ぎた印象も。石松が使い込みをやってしまって、次郎長は自らを頼ってきた駆け落ち男女に逃亡資金を施したばかりで手元に金が無かったため、以前助太刀をしてやったやくざの保下田久六(鳥羽陽之助)の所へ、その時は受け取らなかった礼金を貸してはくれまいかと頼みに行くが拒否され、やがて久六によって自分が助けた者を殺害された次郎長は久六を仇討ちにする―という「桜堤の仇討ち」をモチーフとしてものとなっています。実際にはこの間にお蝶は病いを得て(次郎長が久六に金を借りに行ったのは家が貧しく金の無かったお蝶を医者にみせるため)亡くなっており(次郎長が森の石松を讃岐の金毘羅様へお礼参りの代参に出すのはその7年後)、金を貸すのを断った久六は、亡くなる前に次郎長の妻になっていたお蝶の葬式にも顔を見せなかったいう伏線があるのですが、映画では、久六討ちを果たした後、次郎長・石松・お蝶(生きている)で一緒に清水に帰るような終わり方になっています。半ば過ぎまではやや悠長な展開だったのが、終盤は若干ペースアップしたという感じでしょうか。最後は活劇調で、大河内傳次郎ならではの剣戟となりますが、大河内傳次郎が剣戟をやると、清水次郎長と言うより丹下左膳に見えてしまうのは先入観のためでしょうか。

続次郎長富士(1960) .jpg 最近観直してまあまあ楽しめたのが、森一生監督の「続次郎長富士」('60年/東映)で、これは前年に公開された「次郎長富士」の続編です。本作では富士川の決戦の直後から石松の弔い合戦までが描かれいて、出演者には長谷川一夫、市川雷蔵、勝新太郎など前作と同じメンバーが顔を揃えていますが、役どころは一部変更されています。
続次郎長富士 [DVD]

ZOKUJIROTYOFUJI1960.jpg 黒駒の勝蔵を倒して清水へ引上げてきた次郎長(長谷川一夫)に、新たな押しかけ子分の小松村の七五郎(本郷功次郎)が待っていた。石松(勝新太郎)と七五郎は、桝川の仙右衛門(中村豊)の仇討を買って出、八角一家を斬りまくり、次郎長の命で旅に出る。七五郎は旧友のお役者の政(月田昌也)に会い、政の女出入りの傍杖を喰った。反次郎長派の親分平親王の勇蔵(石黒達也)は、政のまちがいを利用し、次郎長陣営の仲間割れを図る。勇蔵の背後には、黒駒の弟分黒竜屋の亀吉(香川良介)や坂東の新助(見明凡太朗)らが糸を引いていた。石松の報告で彼らの奸計を知った次郎長は、二十八人衆を連れて勇蔵の家へ乗り込む。大喧嘩が予想されたが、青年代官の山上藤一郎(市川雷蔵)の裁きで治まった。次郎長と別れた石松は、三河の為五郎(荒木忍)から次郎長へ二百両の金を預って帰途につく。が、その二百両を道で会った都鳥の吉兵衛(杉山昌三九)に貸してしまう。折から都鳥にワラジを脱いだ新助たちが、吉兵衛をそそのかし石松をだまし討ちにかけた。石松は手傷を負い、一度七五郎の家に逃げこんだが、また躍り出して殺される。勇蔵が都鳥兄弟を匿い、吉兵衛を追って来た小政(鶴見丈二)も生捕りにされるハメになる。勇蔵は小政を生きながら棺桶へ入れて清水へ送り、石松の死骸を引取りたいなら次郎長一人で来いと言う―。

「続次郎長富士」('60年/大映)中村玉緒・勝新太郎
続次郎長富士 勝新太郎.jpg 旅の途中の石松(勝新太郎)に絡んでくるのがお亀(中村玉緒)で、この2人はこの共演の2年後に結婚します。中村玉緒は当時20歳で、父は「」('59年/大映東京)、「小早川家の秋」('61年/東宝)の2代目中村鴈治郎。中村玉緒も10代半ばで映画界入りしており、この時点で8歳年上の勝新太郎よりも映画への出演本数は圧倒的に多かったようです(この「続次郎長富士」と同年の出演作「大菩薩峠」('60年/大映)でブルーリボン助演女優賞を受賞している)。勝新太郎の方はまだ売り出し途上で、この作品でも長谷川一夫はもとより、市川雷蔵よりもずっと格下で、本郷功次郎とどっこいどっこいの扱いであるのが分かって興味深いです。序盤はむしろ小松村の七五郎を演じた本郷功次郎の方が目立っていたでしょうか(小松村七五郎が石松の「弟分」として描かれている)。それを、石松の最期のところで勝新太郎が盛り返したといった感じでしょうか。でも、結局最後は、次郎長の1対何百人(?)かの大殺陣で長谷川一夫がおいしいところを全部持っていってしまうのですが。市川雷蔵と根上淳の対決なんていうのもあったりして、まあ飽きさせない展開ではありました。
 
エノケンの森の石松 vhs3.jpg「エノケンの森の石松」●制作年:1939年●監督:中川信夫●脚本:小林正●撮影:唐沢弘光●音楽:栗原重一●口演:広沢虎造●原作:和田五雄●時間:72分(現存57分)●出演:榎本健一/竹久千恵子1937sep.jpg竹久千惠子エノケンの森の石松1935aug.jpg鳥羽陽之助/浮田左武郎/松ノボル/木下国利/柳田貞一/北村武夫/小杉義男/斎藤勤/近藤登/梅村次郎/宏川光子/竹久千恵子/柳家金語楼●公開:1939/08●配給:東宝(評価:★★★)
竹久千恵子(1937年:雑誌「映画之友」九月號/1935年:雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」)
 
続清水港  .jpg「清水港代参夢道中(続清水港)」●制作年:1940年●監督:マキノ正博●脚本:小国英雄●撮影:石本秀雄●音楽:大久保徳二郎●原作:小国英雄●時間:96分(現存90分)●出演:片岡千恵蔵/広沢虎造/沢村国太郎/澤村アキヲ/瀬川路三郎/香川良介/清水港 代参夢道中17shimizu.jpg清水港代参夢道中(続清水港)e.jpg志村喬/上田吉二郎/団徳麿/小川隆/若松文男/前田静男/瀬戸一司/岬弦太/大角恵摩/石川秀道/常盤操子/轟夕起子/美ち奴●公開:1940/07●配給:日活(評価:★★★☆)

大河内傳次郎(清水次郎長)
清水次郎長3.jpg清水次郎長vhs_vhs.jpg清水次郎長2.jpg「清水次郎長」●制作年:1938年●監督:萩原遼●製作:青柳信雄●脚本:八住利雄●撮影:安本淳●音楽:太田忠●原作:小島政二郎●時間:87分●出演:大河内傳次郎/大村千吉/鳥羽陽之助/横山運平/清川荘司/小杉義男/鬼頭善一郎/山口佐喜雄/永井柳太郎/河村弘二/千葉早智子/一の宮敦子/音羽千葉早智子s4.jpg久米子/山岸美代子●公開:1938/09●配給:東宝映画(評価:★★★)

千葉早智子(お蝶)


  
続次郎長富士 NL.jpg「続次郎長富士」●制作年:1960年●監督:森一生●製作:三浦信夫●脚本:八尋不二●撮影:牧田行正●音楽:小川寛興●時間:108分●出演:長谷川一夫/市川雷蔵/勝新太郎/本郷功次郎/月田昌也/根上淳/北原義郎/鶴見続次郎長富士(1960)03.jpg丈二/林成年/舟木洋一/中村豊/小林勝彦/近藤美恵子/阿井美千子/中村玉緒/毛利郁子/浜田雄史/石黒達也/香川良介/見明凡太朗/伊達三郎/越川一/光岡龍三郎/志摩靖彦/原聖四郎/東良之助続次郎長富士s.jpg/寺島雄作/小町瑠美子/美川純子/杉山昌三九/千葉敏郎/水原浩一/清水元津/南部彰三/佐々十郎/楠トシエ/寺島貢/羅門光三郎/尾上栄五郎/荒木忍/浜世津子/伊沢一郎/南条新太郎●公開:1960/06●配給:大映(評価:★★★☆)
勝新太郎(森の石松)[左]
    
 

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ストーリー的には今ひとつだが、しっとりとした情感を滲ませる映像は良かった。

名人長次彫05 (2).JPG名人長次彫0507.JPG「名人長次彫」VHS 名人長次彫26.jpeg
長谷川一夫/山田五十鈴(当時26歳)
名人長次彫08.JPG
 彫刻師の長次(長谷川一夫)は江戸でその名を謳われた名人だが、自らの名人気質の余り、気が向かないと仕事をせず、長屋の仲間と飲んでばかりいる。ある日、彼を慕う踊りの師匠・おうた(山田五十鈴)から自慢の一品を貶されたことに落胆し、皆の前から姿を消す。1年が経って再びおうたの前に現れた長次は、以前とはうって変わって、酒も断ち自らの芸に真摯に打ち込む男になっていた。勤王の志士・日下部伊佐次(丸山定夫)に感化され、悪い名人気質をすっかり洗い落していたのだ。長次は一心を込めて、護国鎮守の大日如来像の制作に没頭するが、そこへ今や幕府に追われる身となった恩師・日下部が現われ、深川の小雪(花井蘭子)という女に書状を届けてくれと頼まれる。一方のおうたは長次と小雪の仲を疑うようになる。そんな中、目明かしの親分・蟇徳(志村喬)によって長次が日下部の逃亡を幇助した疑いで捕えられる―。

「名人長治彫」  山田 五十鈴1.jpg 1943(昭和18)年7月公開の萩原遼(1910-1976)監督による東宝動画の時代劇作品。脚本は三村伸太郎や撮影の安本淳も含め、山中貞雄門下の創作集団・鳴滝組のメンバーだった人です。長谷川一夫、山田五十鈴(当時26歳)の組み合わせに花井蘭子(同じく当時26歳)、丸山定夫、志村喬(松竹から借り受け)らが絡んで、加えて横山エンタツ、花菱アチャコも出ていたりします(役名は権三と助十だが、駕籠かきではないのか? 昼は酒を飲み、夜は夜回りをしている)。

「名人長治彫」山田 五十鈴(1917-2012)

名人長次彫9zj.jpeg 時代設定は安政の大獄の頃で、幕府に追われる勤王の志士・日下部が、大日如来像の制作に没頭する長次に対し「この国難の時に彫り物などしていていいのかと叱責するのは、1943年というこの映画の製作年から、国策映画的にならざるを得なかったのか。ただ、日下部が長次が制作中の大日如来像を一刀両断にしてしまうのはやり過ぎではないか。長次も最初は「日下部様とて許しませんぞ」とは言っていたものの、「国策思想が分からずしてどうして菩薩像が彫れる!」との日下部の弁に屈してしまうところは、やはり国策映画的だなあと思わざるを得ませんでした(因みに日下部伊三治(くさかべ いそうじ、1814-1859)は実在の水戸藩及び薩摩版出身の勤王の志士で、安政の大獄で獄死している)。

名人長次彫6.jpg 長谷川一夫(1908-1984/享年76)は、同じく萩原遼監督「おもかげの街」('42年)では関西弁を流暢にこなしていましたが、やはり江戸弁の方が似合うでしょうか。何れにせよ、30代半ばの非常に脂が乗り切っていた時期の作品です。

 山田五十鈴(1917-2012/享年95)と花井蘭子(1918-1961/享年42)は共に山田五十鈴1939.jpg花井 蘭子1935aug.jpg当時26歳です(花井蘭子が1928年、山田五十鈴が1930年にそれぞれ子役としてデビューしている)。山田五十鈴がやや姉御っぽい印象なのに対し、「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」('35年/日活)などで10代の頃から時代劇の娘役が多かった花井蘭子はまだお嬢さんっぽい印象です。

山田五十鈴(1939(昭和14)年)雑誌「映画ファン」(五月特別號)(22歳)
花井 蘭子(1935(昭和10)年)雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」(17歳)

 志村喬(1905-1982/享年76)は、ねちねちと山田五十鈴が演じるおうたを問い詰め、長次の釈放と引き換えに日下部の情報を引き出す目明かしの親分「蟇徳」を演じていますが、これって、黒澤明監督の「わが青春に悔なし」('46年/東宝)で原節子が演じる幸枝を取調室でねちねち苛める「毒いちご」と呼ばれる特高警察と同じだなあと思いました(この人、昔は意外とこの手の役が多かった?)。

 ストーリー的にはラストも含めある種の定番ではあるし、山田五十鈴が演じるおうたの気持ちが嫉妬心も絡んで揺れ動き、それが事態を複雑化してしまっているようで(最後は愛する男に女房と呼ばれて良かったのかもしれないが)、個人的にはイマイチだったでしょうか(演技そのものは上手いため、女心の機微を描いたと好意的にとれなくもないが、単純に嫉妬心に駆られ過ぎ)。

名人長次彫 長谷川一夫・エンタツ 17.jpg ただ、映像的には、長屋の雰囲気などもよく出ていたし、山根貞男氏が指摘しているように、不忍池の水面に菩薩像が映って見えるシーンや(実は長次が池に映ったおうたの姿を見紛ったものだった)、深川の堀端で長次の全身に堀の水面の揺らめきが反射するシーンなど、夜の屋外の水辺のシーンが美しく撮られていて、しっとりとした情感を滲ませるなどの効果を醸しており、安本淳のカメラはなかなかではなかったかと思いました。画質が良かったら尚のこと良かったのにと思われます。

花菱アチャコ/横山エンタツ/長谷川一夫

名人長次彫7.JPG「名人長次彫」●制作年:1943年●監督:萩原遼●脚本:三村伸太郎●撮影:安本淳●時間:84分●出演:長谷川一夫/山田五十鈴/花井蘭子/横山エンタツ/花菱アチャコ/丸山定夫/清川荘司/汐見洋/横山運平/鬼頭善一郎/松尾文人/永井柳筰/三谷幸子/花岡菊子/田中筆子/志村喬●公開:1943/07●配給:東宝映画(評価:★★★)

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人情物で夫婦愛物。長谷川・入江・山根の演技がしっかりしていて、特に長谷川一夫がいい。

おもかげはの街.JPGおもかげの街2.JPG おもかげの街長谷川一夫.jpg
「おもかげの街」VHS  長谷川一夫

おもかげの街3.JPG 大坂本町の呉服問屋河内屋の使用人・佐七(長谷川一夫)は真面目な働き者で、河内屋では一人娘・お美代(山根寿子)の許婚で番頭の萬吉(田中春男)が放蕩の末に店を出てしまっていたこともあり、佐七を見込んだ亡き先代が佐七に嫁・お千代(入江たか子)を取って佐七・お千代を夫婦養子にし、店を譲るという遺言を遺していた。佐七が養子になったことで、萬吉のひがみっぷりは度を増して彼は家に寄り付かなくなり、先代のおかみは萬吉とお美代を離縁させ、娘が産んだ子を養子の佐七とお千代の子とし、お美代を尼寺に預けてしまう。一方の萬吉はならず者の大助(清川荘司)の配下になってしまい、佐七の気は晴れない。実は佐七はかつて大助の兄貴分で、"とかげの千太"として江戸でその名を馳せた無頼者だった。自分の素性が露見することも構わず、佐七は懸命に萬吉の心を正そうとする中、お美代が尼寺を出て萬吉と行方不明になり、おかみはこのことで佐七に言われてお美代を慰めるため会いに行ったお千代を責める。さらに、先代の命日の法事の日、ならず者の大助が店にやって来て、過去をネタに佐七を強請る―。

 1942(昭和17)年11月公開の萩原遼(1910-1976)監督による東宝動画の時代劇作品。萩原遼は、1930年代に山中貞雄を中心とする時代劇づくりで注目された創作集団"鳴滝組"のメンバーで、山中貞雄監督の「丹下左膳余話 百萬両の壺」('35年/日活)でチーフ助監督に付いていますが、その山中貞雄は、この作品の4年前、1938(昭和13)年9月に戦死しています。この映画のチラシで萩原遼は、"故山中貞雄の高弟"と謳われています。

 長谷川一夫(1908-1984/享年76)は、山本嘉次郎監督の「藤十郎の恋」('38年/東宝映画)で入江たか子とは共演済みで、この作品では、それに当時売出し中の山根寿子が加わっていますが、当時のチラシには「繪姿のような長谷川・入江・山根のほっとするような美しさ!!」とあります("はっとする"ではないのか?)。

 人情物、夫婦愛物であるためストーリーは定番ですが、中心人物3人を演じる長谷川・入江・山根の演技がしっかりしていて、今観ても充分に引き込まれるものがあります。特に、長谷川一夫の、関西弁を話す実直な使用人・佐七が、強請りに来た大助(清川荘司)に対して最初はこれまでの流れと同様、ゆったりとした関西弁での"ビジネス・トーク"のトーンで対応しながらも、相手が引き下がらないとなると一転して江戸弁でバシッと啖呵を切るシーンが良かったです。長谷川一夫はかつて林長丸時代に歌舞伎の女形で人気を博しましたが、前半から中盤にかけての物腰の柔らかな演技はその系譜とも言え、そうした抑制された演技が効いて、終盤のかつての兄貴分の本領を発揮したこのシーンが際立って見えます。

 入江たか子(1911-1995/享年83)は、後に「化け猫女優」として知られるようになる女優ですが、この頃は別に眉も剃っておらず、華族出身らしい美貌と気品を兼ね備えた美人という感じでしょうか(でも何となく"怪猫女優"になりそうな兆しもある?)。当時、"怪猫女優"として鳴らしたのは、「怪談 有馬騒動」('37年/木藤茂監督)や森光子が出ていた「怪猫 謎の三味線」('38年/牛原虚彦監督)などに主演した妖艶なヴァンプ女優・鈴木澄子であり、入江たか子が「怪談 佐賀屋敷」('53年/荒川良平監督)や「怪猫 岡崎騒動」('54年/加戸敏監督)に出演し、当時まだ現役だった鈴木澄子と並んで"2大怪猫女優"とされるようになったのは昭和20年代終わり頃です。溝口健二監督の映画に出演中、監督に「そんな演技だから化け猫映画にしか出られなんだよ」とスタッフ一同の面前で罵倒されるいじめに遭ったとされ、映画界から身を引いていましたが、「椿三十郎」('62年/黒澤明監督)、「病院坂の首縊りの家」('79年/市川崑)、「時をかける少女」('83年/大林宣彦)などに、それぞれ監督に請われて出演しています。

 山根寿子(1921-1990/享年69)は、この映画では身勝手な夫の振る舞いに苦しむ耐えるしかないお嬢さんといった役柄で夫婦役の長谷川・入江の脇に回った感じですが、「蛇姫様」('40年/衣笠貞之助監督)で長谷川一夫の相手役(準主役級)を務めて10代で人気スターとなり、この「おもかげの街」以降も「今日は踊って」('47年/渡辺邦男監督)で長谷川一夫の相手役(主役級)を務めるなどしています。その後「西鶴一代女」('52年/溝口健二監督)などにも出ていますが、'54年にプロデューサーの小川吉衛と結婚し、その後は殆ど映画には出なかったようです。

長谷川一夫「おもかげの街」という映画も武生でロケ0.jpg 大坂の呉服問屋街の様子をはじめ、当時の風俗が丁寧に描かれているように思いました(但し、江戸時代が時代背景であるためか、一部は福井県の武生でロケしたようだ)。こうした丁寧な背景の描き方は、戦後の「小早川(こはやかわ)家の秋」('61年/小津安二郎)での京都の造り酒屋の描かれ方などを想起させられるものがありました。

おもかげの街6.JPG「おもかげの街」●制作年:1942年●監督:萩原遼●脚本:八住利雄●撮影:安本淳●時間:109分●出演:長谷川一夫/入江たか子/山根寿子/田中春男/清川荘司/藤間房子/花岡菊子/阪東橋之介/田中筆子/汐見洋●公開:1942/11●配給:東宝映画(評価:★★★☆)
長谷川一夫/山根寿子

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林長二郎(長谷川一夫)の一人二役が楽しめる。三枚目の方を主として演じている珍品。

刺青判官31.jpg刺青判官 ほりものはんがん 3.jpg VHS 刺青判官 vs1933.jpg
DVD「銀幕を知る男『毒蝮三太夫』が選ぶ発掘!昭和の大スター映画 「刺青判官 総集編」
長谷川一夫(1人2役)
刺青判官63.jpg
 百姓百之助(林長二郎)は、村相撲で大関を張ったこともある力自慢だが、頭の血の巡りは人よりやや劣る。蝦夷松前から江戸まで、五万二千石松前の殿様に騙されて死んだ叔母と父の仇を討ちに行く途中、女相撲の旅芸人一行と知り合い、座長のお千代(飯塚敏子)は遠山の金さん(林長二郎、二役)に助太刀を頼んでくれる。百之助が初めて会った金さんは町の兄貴分だったが、二度目に会った際はは旗本遠山金四郎だったので、武士が嫌いな百之助は、二本棒への仇討ちに二本棒の助太刀は要らないと失望する。過去の不祥事を隠蔽しようとする松前藩は金四郎の買収が難しいとみて、百之助を亡き者にすることにし、与力や目明し、果ては賞金稼ぎの殺し屋まで差し向ける。一方の百之助も、それらから逃れながら、単独で松前の殿様への仇討ちを果たさんとする―。

刺青判官 ほりものはんがん1.jpg 1933(昭和8)年6月に前篇公開の冬島泰三(19010-1981)監督による松竹京都(下賀茂撮影所)作品で、原作は「一本刀土俵入」の原作者でもある長谷川伸(1884-1963)が1933年の2月から8月にかけて東京・大朝日新聞(夕刊)に連載した小説。「刺青判官」とは、桜吹雪の刺青でお馴染みの「遠山の金さん」こと遠山金四郎景元(1793-1855)のことであり、「長谷川一夫」(本名)を名乗る前の林長二郎が、美男の遠山の金さん(左スチール・右)と、ずんぐりむっくりでやや呆け顔の百之助(同・左)の二役を演じていますが、後者の方は美男「長谷川一夫」の定番イメージからほど遠く、しかも、百之助としての出番の方が兄貴分"遠山の金さん"や旗本"遠山金四郎"より長いため、長谷川一夫作品の中ではかなり遊び心に満ちたものになっています(百之助と遠山金四郎の会話シーンなど、二人が同時に出てくるシーンも多い)。

松田春翠.png刺青判官 ほりものはんがん2.jpg この作品は活弁トーキー版としてビデオ化されており、弁士は小津安二郎の初期の無声映画作品の活弁などで知られる松田春翠(1925‐1987)。元の作品が前篇・中篇・後編の全3篇のところを、前後編の86分に纏めていますが、そのためかテンポいい作品でありながらも筋やト書きが飛ぶところがあって、それを巧みな活弁で上手く補っています。その後2014年に中日映画社より「『毒蝮三太夫』が選ぶ昭和の大スター映画DVDシリーズ第2弾・義理と人情 股旅時代劇編」として大河内傳次郎主演「沓掛時次郎」('29年)、片岡千恵蔵主演「番場の忠太郎 瞼の母」('31年)と共にDVD化されています(弁士は澤登翠(さわとみどり)氏)。

刺青判官 林長二郎と飯島敏子.jpg この作品は、遠山金四郎のお裁きのシーンがないのがややもの足りないでしょうか。結局、長谷川一夫は、"遠山の金さん"の時も旗本"遠山金四郎"の時も諸肌を脱いだりはしないので、ややタイトルと齟齬があるような...。但し、長谷川一夫が諸肌を脱いだポスターや上半身裸のスチールがあって、そこでは刺青もあるようなので、そうしたシーンはオリジナルを編集した時にカットされたのかもしれません(DVD版の本編の長さは93分と若干長くなっているが何が加わったのか?)。

 松竹作品の中では現在ほとんどが散逸して残っているものが少ないという京都・下賀茂撮影所で作られた作品であるという点では貴重な作品。加えて、長谷川一夫が三枚目の方を主として演じているという意味でも貴重なのかもしれませんが、むしろ"珍品"という印象の方が強いでしょうか。同じくコメディタッチのもので、片岡千恵蔵が一人二役を演じた「赤西蠣太」('36年/日活)なども想起されますが、役者の一般的なイメージと演じている役やメイクとのギャップの大きさという意味では、もしかしたらそれより上かもしれません。

刺青判官01.jpg姿三四郎 池.jpg 百之助が池に落ちたシーン、黒澤明の「姿三四郎」('43年/東宝)で姿三四郎(藤田進)が池に飛び込んだシーンを思い出してしまったのは、共に浸かった池が「蓮池」だったからか。
 


飯塚敏子/林長二郎(長谷川一夫) in「刺青判官」(1933)(スチール写真)
飯塚敏子4.jpg刺青判官 スチール.jpg「刺青判官(ほりものはんがん)」●制作年:1933年●監督:冬島泰三●脚本:木村富士夫●撮影:片岡清●原作:長谷川伸「刺青判官(ほりものはんがん)」●時間:86分(VHS)・93分(DVD)●出演:林長二郎(長谷川一夫)/飯塚敏子/井上久栄/新妻四郎/小泉嘉輔/山路義人/広田昻/中村吉松/高松錦之助/永井柳太郎/坪井哲/中村政太郎/関操/沢井三郎/小笠原章二郎/絹川京子/遠山修子/二条照子/尾上栄五郎●公開:1933/06●配給:松竹シネマ京都(評価:★★★)

飯塚敏子/阪東妻三郎 in「国定忠治」(1946)(スチール写真)
国定忠治_.jpg

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戦闘シーンの迫力も素晴らしいが、人間ドラマの方にウェイトを置いて観てしまう。

燃ゆる大空 dvd.jpg 燃ゆる大空 title.jpg 燃ゆる大空 3.jpg
燃ゆる大空 [DVD]

 この作品は1940(昭和15)年が神武天皇の即位から2600年に当たるとされる「皇紀二千六百年」であることの記念として、陸軍航空本部の全面協力のもとに制作されたもので(因みに零式艦上戦闘機、通称「ゼロ戦」などの命名由来も、採用年次の皇紀年代(下2桁)による)、日中戦争において活躍した戦闘機乗り達を描いています。ドラマ部分と飛行・戦闘シーンが交互に現れ、ドラマ部分は、この作品が戦闘において犠牲となった戦闘機乗り達「陸の荒鷲の英霊」への弔意を込めて作られていることから、(コミカルな場面もあるが)全体の色合いとしてははっきり言って暗めでしょうか。

九七式戦闘機.jpg九七式重爆.jpg 一方、戦闘シーンは、日中戦争時に活躍した当時最新鋭の九七式戦闘機や九七式重爆撃機などの実機が大量に使用されており(この部分では国威発揚映画と言える)、スケールも大きく、迫力のあるものとなっており、円谷英二が特撮を担当していますが(本名・圓谷英一でクレジット)、特撮場面は少なく殆どが実写映像となっています。(上写真:九七式戦闘機/九七式重爆撃機)

燃ゆる大空 飛行兵学校.jpg 冒頭は昭和11年(1936年)の陸軍航空飛行学校が舞台で、少年飛行兵の行本(月田一郎)、山村(大川平八郎)、佐藤(灰田勝彦)、田中(伊東薫)の仲の良い4人組を中心とする飛行兵達の日常から始まり、教官・山本大尉(大日方傳)と彼らの遣り取りなどが描かれますが、訓練シーンなどでは実際に飛行学校で起床している生徒達が大勢出演していると思われることから、戦争映画として、戦闘シーンなどとはまた異なる記録的価値があるように思いました。

燃ゆる大空 01 4人.jpg 話は昭和13年(1938年)に飛び、主人公の4人組は北支戦線の飛行戦隊仁禮(高田稔)部隊に配されおり、そこへ飛行学校時代の元教官・山本大尉が飛行中隊長として赴任してきて、ここでも教官と彼らの交流などが描かれます。

燃ゆる大空 97重爆機.jpg 一方の戦闘シーンは、九七式戦闘機など実機を使って操縦席に撮影カメラを設置し、戦闘機操縦者目線で撮影しているためリアルそのもので、敵軍の中国空軍機にも、九七式より旧式の九五式戦闘機を使っています。

燃ゆる大空 ミニュチュア.jpg 山村は敵機に撃墜され不時着するも(不時着シーンは、さすがにここは円谷特撮)やっとのことで行本に救出され、皆で生還を祝います。しかし今度は佐藤の乗る九七式重爆撃機(乗員7名)が撃墜されて佐藤以外は全員死亡、佐藤も腕を骨折しますが、片手で土を掘って死亡した機長・奈良大尉(佐伯秀男)を埋葬し、その後、拳銃で頭を撃ち抜いて自決したことが山本大尉から行本、山村に伝えられます。

燃ゆる大空 平本.jpg 4人組の内、田中は既に名誉の戦死を遂げており、佐藤に続き、今度は行本が敵機の攻撃を受けて行方不明になって、結局何とか帰還するも、滑走路に激突するようなかたちで着陸、瀕死の重傷を負って彼自身が既に死を覚悟している―山村らが行本を看取る場面が作品のクライマックスとなっており、こうなると、戦意高揚映画と言うよりは、戦争の悲劇を主題に据えた作品に思えなくもありません(実際、あまりに悲惨なため、佐藤が撃墜された場面は生かしたものの、その最期はリアルタイムの話として撮ったものをカットし、山本大尉の口伝に置き換えられたらしい)。

 この映画に出てくる戦闘機乗り達は、国のために死ぬと言うよりは、美しく立派に死ぬということにこだわりを持っており(或いは意識的にこだわろうとしており)、そうした美学こそが、彼らを死の恐怖から解き放つ幻影であり麻酔であって、そこへ意図的に自己を投影しようとしているかに見えました。

 しかし、身近な親友の死を目の当たりにしてその悲しみと不安・恐怖は簡単に韜晦されるものではなく、そうした葛藤を「彼は立派に死んだ」「立派に死ねて羨ましい(自分もそうありたい)」と言葉に出すことによって北村小松2.jpg乗り越えようとしているように思われましたが、それは容易ならざることであったことが窺えます。時代とリアルタイムでこうした作品が作られていることに意義を感じました。

 原作は北村小松(1901-64)。五所平之助監督の「マダムと女房」('31年)の原作・脚本、小津安二郎監督の「淑女と髭」('31年)「東京の合唱(コーラス)」('31年)の原作(原案)などを手掛けているほか、翻訳小説『タバコ・ロード』を刊行し、米国の作家コールドウェルをいち早く日本に紹介したインテリでもありましたが、「燃ゆる大空」等の小説により、戦後2年にわたり公職追放を受けています(同じく円谷英二なども公職追放になっていた時期があったわけだが)。
北村小松(1901-64)

九七式戦闘機 2.jpg 実機を使って撮影しているということで、戦闘機ファンの間でも高い評価を得ている作品ですが、この映画で活躍する九七式戦闘機(右)は、2年後に燃ゆる大空 95式.jpg作られた山本薩夫監督の「翼の凱歌」('42年/東宝)では、一式戦闘機「隼」にあっさり追い抜かれてしまいます(当時を知る人の中には、よく九七式戦闘機のようなもので戦ったものだと述懐する人もいるくらい)。それでも、固定脚ながら見事にアクロバティックな飛行をこなす九七式戦闘機を(加えてより旧式の九五式戦闘機(左)も)じっくり見ることが出来るという意味では稀有な作品であり、確かに戦闘中国空軍機に扮した九五戦.jpgシーンの迫力も素晴らしいものです。しかしながら、やはりそれを操縦しているのも生身の人間であることを思うと、個人的には人間ドラマの方にウェイトを置いて観てしまいます(女性が一人も登場しない作品なのだが)。
撮影のため中国空軍機に扮した九五式戦闘機

ヘンリー大川.gif 山村を演じた大川平八郎(ヘンリー大川、1905-1971、当時35歳)は、埼玉・草加出身で、実業家になる修行ために1923年に18歳で渡米して、コロンビア大学で経済学を勉強したという人。それまでの間に皿洗いをしながら好奇心からコロンビア大学の劇科にも学び、同大学に併設された俳優養成学校の一期生となって、ハワード・ホークス監督の「空中サーカス」('28年)などに出演しました(俳大川平八郎2.jpg優学校の同期にゲーリー・クーパーらがいる)。日本国軍人としてフィリピン駐留中に終戦を迎えた彼は、語学堪能ということもあって降伏の際に山下奉文司令官の通訳を務め、戦後は「地球防衛軍」('57年/東宝)、「フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ」('66年/東宝)などの特撮映画に出演する一方で、デヴィッド・リーン監督の「戦場にかける橋」('57年)で助監督を務めながら、早川雪洲らと共に軍人役で出演しています。

阿部 豊 Mystic Faces.jpg 更に、監督の阿部豊(1895-1977)も、1912年に17歳でロサンゼルス在住の叔父をたよって渡米した人で、演劇学校を経てハリウッドに渡り、ハリウッド無声映画期の俳優としてジャック・アベ(Jack Abbe)の芸名で活躍していて、俳優としても大川平八郎より先輩になるわけですが、フランク・ボーゼージ監督などに演出術を学び、映画監督になるべく帰国して1925(大正15)年に日活に入社、翌年には「足にさはった女」というハリウッド風のソフィスティケート・コメディを撮っています(彼自身がアメリカで「Mystic Faces」(1918)などのコメディ映画に出演していた)。

 因みに、原作者の北村小松の原案による小津安二郎の「淑女と髭」('31年)も「東京の合唱(コーラス)」('31年)もコメディドラマでした。この「燃ゆる大空」でも、少年飛行兵生徒らの訓練や生活の様子をリアルに、時にユーモラスに描写しています。ただ、少飛の宣伝を兼ねていたと言われていますが、実際のところどうなのでしょうか(結局みんな死長谷川一夫58.jpgんでいくわけであって...)。一方、長谷川一夫が飛行部隊附軍医の役で出演しているのは、女性が全く登場しない映画であるため、女性客の集客を考慮したのだとも言われています。

 音楽は早坂文雄が担当、主題歌「燃ゆる大空」の作曲者は山田耕筰となっています。

「燃ゆる大空」(藤山一郎版)作詞:佐藤惣之助、作曲:山田耕筰、編曲:仁木他喜雄 
    
燃ゆる大空(1940).jpg燃ゆる大空 5.jpg「燃ゆる大空」●制作年:1940年●監督・製作:阿部豊●監修:陸軍航空本部●脚本:八木保太郎●撮影:宮島義勇●特殊技術撮影:円谷英二/奥野文四郎●音楽:早坂文雄●主題歌「燃ゆる大空」作詞:佐藤惣之助/作曲:山田耕筰●原作:北村燃ゆる大空 長谷川2.jpg小松●時間:102分●出演:大日方傳/月田一郎/大川平八郎/灰田勝彦/伊東薫/長谷川一夫/高田稔/龍崎一郎/藤田進/柳谷寛/佐伯秀男/清川荘司/三木利夫/真木順/深見泰三/原聖四郎/中村彰/社栄一/沢村昌之助/沼田春雄/島壮児/谷三平●公開:1940/09●配給:東宝東京(評価:★★★★)

from ネイビーブルーに恋をして

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