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表題作だけでなく、それぞれに楽しめた短編集。直木賞受賞はまずまず妥当か。

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つまをめとらば』(2015/07 文藝春秋)

2015(平成27)年下半期・第154回「直木賞」受賞作。「ひともうらやむ」「ついかせぎ」「乳付(ちつけ)」「ひと夏」「逢対」「つまをめとらば」の6編を収録。

 「ひともうらやむ」は、縁戚関係にある長倉克巳・庄平の親友関係を描きながら、男にとって身近だが実はその実態が見えにくい妻という存在のミステリアスな面を描き出しています。克巳は本家の総領であって眉目秀麗で目録の腕前を持つ秀才、庄平は分家の総領で釣り師としては一流だが...。克巳は医者の娘で"ひともうらやむ"美人の世津を妻にするが、結局どうなったか(美人妻というのは怖い)。一方の庄平の妻はごく平凡な女でしたが、平凡なように見えて実は結構したたかでした。これはこれでちょっと怖いとも感じられ、結局女はみんな怖い?

 「つゆかせぎ」は、妻の朋を急な心臓の病で失ったばかりの主人公の男が、妻が自分の知らないところで女だてらに怪しげな戯作を書いていたことを知り、自らも俳諧の道を究めようとして中途半端に終わった自分に妻が飽き足らなかったのではないかと。そんな折、地方廻りの行きずりに抱いた女・銀は、2人の子がいて食い詰めているために身を売っているくせに、更に子を得たいがために男に抱かれるという女だった。この世には自分が想っていたよりも遥かに怪しく、ふくよかな世界があるのだと思い知らされる男―。

 「乳付」は、神尾信明に嫁ぎ一家の跡取り・新次郎を産んだ民恵が、産後の肥立ちが悪く我が子にすぐに自分の乳を与えさせてもらえず、瀬紀という遠縁の妻女に乳付をしてもらうことになったことに不安を募らせる。瀬紀は民恵と同じ年だったが、女でも魅入られてしまうほどに輝いていたため、民恵は危うく悋気を起こしそうになるが、最後にそれが義母の優しさであったことが分かる―。

 「ひと夏」は、部屋済みである高林啓吾が、石山道場奥山念流目録の腕前を持ちながら、誰もが赴任しても2年ともたないという藩の飛び地に赴任を命じられ(いわば左遷なのだが)、現地に赴任すると百姓たちは藩の役人をあからさまに見下す中で彼らと少しずつ交わっていき、そうした中やがてある事件が起きる―。この話も全く女気の無い話ではなく、前任者に手出しすれば一揆が起きると釘を刺されたタネという女と主人公との交わりが出てきます。

 「逢対」は、無役の旗本だが、お役につきたいと望むこともなく、算学の面白さに惹かれている竹内泰郎が、よく行く煮売屋の女主・里と男女の仲になる。里を嫁に貰おうと思いつつも踏ん切りがつかない泰郎は、先に今まで向き合ってこなかった武家というものをきちんと知ろうと思い立ち、幼馴染の北島義人と共に、無益の者が出仕を求めて権力者に日参する「逢対」に同行する。すると、長年「逢対」に通っている義人ではなく自分が呼び出されることになる―。ベースは友情物語だけれど、やはり男と女の考え方の違いのようなものが描かれています。

 「つまをめとらば」は、女運がなさすぎる省吾が、たまたま十年以上も顔を合わせていなかった幼馴染の貞次郎と再会し、貞次郎は省吾の家の庭にある貸家が空いていると聞き、そこに住まわせてくれるよう頼み込んでくる。中年男2人が離れで同居生活を始めるようになって、それぞれに男暮らしの楽さに浸るが、貞次郎は借りるときに話していた結婚相手を一向に家作に迎えようとしない―。これって、読んでいて、何となく最後はこうなるなあという予感はあったかも。

 作者について個人的には、「松本清張賞」を獲った『白樫の樹の下で』('11年/文藝春秋)で"今後が期待できる作家"との印象を受け、その後『鬼はもとより』('14年/徳間書店)で「大藪春彦賞」、そしてこの作品で「直木賞」と順調にきた感じでしょうか。但し、67歳での直木賞受賞は、1990年に68歳で受賞した故・星川清司に次ぐ2番目の高齢受賞だそうです。

 作者によれば、「所収の『ひと夏』は一番最初に書いた短篇でした。それから『乳付』『つゆかせぎ』と3本書いたところで、短編集をまとめる話が出ました。その3本が巧まずして女性のことを書いていたので、それなら"女性の底知れなさ"というようなテーマで書いていこうと、あとの3本はそれを意図して書きました。作品の配列は編集者の主導でしたが、さすがだと思いました」とのことで、"作品の配列"とかも編集者がやるのだなあと。
 
 表題作だけでなくそれぞれに楽しめましたが、どれがベストかは人によって分かれるでしょう。『鬼はもとより』が直木賞候補になった際に、話が上手くまとまり過ぎているというような評価があったように思いますが(今回も評価は割れたみたい)、カタルシス効果と予定調和が相関関係にあって、個人的にはなかなかベストが決めにくいです。登場人物が爽やかすぎるとか、サラリーマン小説みたいだと言われるフシもあるようですが、藤沢周平の作品だって「たそがれ清兵衛」ではないですが、容易に現代のサラリーマンに置き換えられるものがあります。作者も最近は「平成の藤沢周平」などと言われているようですが、サラリーマン小説風に言えば佐高信氏が言うところの「向日派」というか(佐高信氏は高杉良、城山三郎を「向日派」とし、清水一行を「暗部派」としている)、藤沢周平よりも更に明るいかも。これは、『白樫の樹の下で』以来のこの人の持ち味であり、個人的には、星4つの評価。星5つまでいかないけれど、「直木賞受賞」はまずまず妥当ではないかと思います。

【2018年文庫化[文春文庫]】

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時代小説版「V字回復の経営」みたいで面白いが、その分「ビジネス小説」っぽい。

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鬼はもとより (文芸書)』(2014/09 徳間書店)

2014(平成26)年・第17回「大藪春彦賞」受賞作。2014年下半期・第152回「直木賞」候補作。

 どの藩の経済も傾いてきた寛延三年、奥脇抄一郎は藩札掛となり藩札の仕組みに開眼。しかし藩札の神様といわれた上司亡き後、飢饉が襲う。上層部の実体金に合わない多額の藩札刷り増し要求を拒否し、藩札(はんさつ)の原版を抱え脱藩する。江戸で、表向きは万年青売りの浪人、実はフリーの藩札コンサルタントとなった。教えを乞う各藩との仲介は三百石の旗本・深井藤兵衛。次第に藩経済そのものを、藩札により立て直す方策を考え始めた矢先、最貧小藩の島村藩からの依頼が―。

 時代小説家として既に手練れの域に入っている作者ですが、この作品では、主人公の奥脇抄一郎が最貧小藩の藩札コンサルタントとして島村藩のリーダーである家老・梶原清明と共に藩政改悪に当たるということで、経済小説的な要素も含んでいるし、企業小説的な読み方も出来るように思いました(特にコンサルタントにとっては)。

 作者は、経済関係の出版社に18年勤務した後、1992年、「俺たちの水晶宮」で第18回中央公論新人賞を受賞(影山雄作名義)、その後、一旦創作活動を休止し、約10年ほどで小説執筆から離れ経済関係のライターをしていたようですが、そうした経験や知識が生かされている著者らしい作品です。

 そのうえ、作者らしい信頼し合う男同士の話や変遷する男女の話などがあって、盛りだくさん。でも、やはり、中心となるのは、藩政改革のために「鬼」となる梶原清明とそれを補佐する奥脇抄一郎の関係でしょう。ラストで清明の覚悟の凄まじさを改めて思い知らされました。

 ただ、直木賞の選考で宮城谷昌光氏が、「いわば時代経済小説といってよい体裁になっている。着眼点が常識の外にあるとなれば、既存の時代小説とは一線を画している。あとは作者の知識と情熱が小説的高みで開花すればよいのであるが、残念ながら私の目には、その花が映らなかった」と述べているように、「藩札」という題材が先行してしまった印象もあります。

 よく調べたなあとも思いますが、実際に藩札を発行したことがある藩は少なくないものの、それが成功した事例は高松藩、姫路藩など数は少なく、作品で描かれる藩札政策は、実際にあった数少ない成功例の一つをモデルにしているとのことです。前半では失敗例なども挙げ(まあ、赤字国債みたいなものだからなあ)誤って使った場合の危うさを示唆していますが、ただ、終盤の当の島村範の財政立て直しの部分はややダイジェスト気味で、こんなに上手くいくものかなあという印象も...(成功例を参照しているのだろうけれども)。

 『白樫の樹の下で』(2011年/文藝春秋)もそうでしたが、この作家の小説の主人公は共感し易い魅力を備えているように思います。女性の描き方も秀逸。加えて、今回は、「時代経済小説」と言うより「時代企業小説」のような感じで読めましたが(殆ど『Ⅴ字回復の経営』みたいな)、その分、ちょっと「今日」に引き付けて書かれ過ぎているようにも思いました(会議などは殆ど今の企業の重役会と変わらなかったりする)。

 直木賞の選考では、宮部みゆき氏が主人公の抄一郎のどこか悟ったようなすっとぼけた魅力が、彼が江戸の経営コンサルタントとして直面する課題の苛烈さと絶妙なバランスを保っていたとして推薦しましたが、一方で、浅田次郎氏が、「江戸時代と現代とを強引に重ね合わせたとしか私には思えなかった」とするなどして、結局受賞は"持ち越し"になりました。個人的も、普通に読む分には面白いけれど(勉強にもなった?)、直木賞となるとちょっと物足りない感じでしょうか。「ビジネス小説」っぽいというのも、受賞の邪魔になったのでは。

【2017年文庫化[徳間文庫]】

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場面描写が"新人"離れしていて、読んでいて無駄や澱みが無いという感じ。

青山 文平 『白樫の樹の下で』.jpg白樫の樹の下で.jpg 『白樫の樹の下で』(2011/06 文藝春秋)

 2011(平成23)年・第18回「松本清張賞」受賞作。

 田沼意次時代から松平定信へ移行する天明年間の江戸本所で、提灯貼りの内職で家計を助けながら、佐和山道場で代稽古を務める小普請組の御家人・村上登は、町人ながら錬尚館で目録を取る巳乃介から一竿子(いっかんし)忠綱の名刀を預かって欲しいと頼まれる。その頃、大膾(おおなます)と呼ばれる凄腕の残虐非道な辻斬りが世間を騒がせていて、登も巳乃介も、道場仲間の仁志兵輔も青木昇平も、その犯人捜しに巻き込まれていく―。

 作者は経済関係の出版社に18年間勤務した後、経済関係のライターをしていた人で、90年代に純文学の新人賞を受賞したものの、その後10年のブランクを経て60歳を過ぎて初めて松本賞に応募し、しかもこれが本人にとって初の時代小説であるとのことですが、年季が入っているせいか、手馴れた雰囲気の作品でした。

 前半部はミステリとしては緩やかな展開で、その中で「白樫の樹の下」にある道場で共に剣術を磨いた3人の男達の友情や、その内の1人・兵輔の妹を巡る残り2人・登と昇平の確執など、彼らの人間関係が描かれていますが、背景としての下級武士の暮らしぶり(内職で糊口を凌いでいる)や道場の様子などの描写がしっかりしていて(相当下調べしたのだろうなあ)、それをマニアックにならずにさらりと書いているのが読み易かったです。

 後半になると事態は急展開し、主要登場に次々と災厄が降りかかりますが、前半部分に不穏な伏線はあるけれども、主人公にとって身近な人物がこう次から次へと...というのはややヤリ過ぎかなという気もしなくはありませんでした。

 但し、剣戟場面はよく描けていたなあ。天明期ともなると武士でも人と刀を斬り結んだ経験のある者は少なく、そうしたことを前提に剣戟シーンを書いているため、現代人が読んで比較的リアルに感じられるというのもあるかもしれません(どのような境地に達した時に人を斬れるかというのが、作品の大きなモチーフになっている)。

白樫の樹の下で 文庫.jpg 主人公の関係者の中に"大膾"事件の下手人がいるかもと思わせつつ、片やその関係者がバタバタ倒れていき、プロセスにおいては結構ハマりましたが、一方で、事件の真相を知ってしまうと、ミステリとしては結構ショボかったと言うと言い過ぎですが、やや拍子抜けの感も無きにしもあらずでした。

 但し、1つ1つの場面描写に"新人"離れしているものが感じられ、読んでいて無駄や澱みが無いという感じであり、何だか褒めたり貶したりですが、今後に期待が持てる作家であるには違いないと思いました("新人"にしては、ということで、或いは10年のブランクを経ての松本賞受賞に対するお祝いの意味も込めて、星半分オマケか)。

白樫の樹の下で (文春文庫)

【2013年文庫化[文春文庫]】

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