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置き換えれたラスト。分かりやすく、分かりにくい〈ブレーク・スルー・ムービー〉。

8 1/2 dvd.jpg 8 1/2  1963 .jpg フェリーニ 8 1/2 pos.jpg  フェリーニ 8 1/last.jpg
8 1/2 普及版 [DVD]」/「8 1/2 [Blu-ray]」/チラシ(2008年リバイバル時)

フェリーニ 8 1/2O.jpgフェリーニ 8 1/21.jpg グイド(マルチェロ・マストロヤンニ)は43歳、一流の映画監督である。彼は医者の勧めに従い湯治場にやってきた。湯治場に来てもグイドは、愛人カルラ(サンドラ・ミーロ)、妻ルイザ(アヌーク・エーメ)そして職業フェリーニ 8 1/29.jpg上の知人たちとの関係の網の目から逃れることはできない。カルラは美しい女性だが、肉体的な愛情だけで結ばれている存在で、今のグフェリーニ 8 1/27.jpgイドにとっては煩わしくさえ感じられる。妻ルイザとの関係はいわば惰性で、別居を考えはするものの、実行する勇気がないだけでなく、時には必要とさえ感じるのである。そんなグイドの心をよぎるのは若く美しい女フェリーニ 8 1/2 c.jpg性クラウディア(クラウディア・カルディナーレ)だ。クラウディアは、グイドの願望の象徴であるが、彼女との情事の夢もむなしく消えてしまう。彼の夢、彼の想像の中で、思索は亡き両親の上に移り、次々と古い思い出を辿る―葡萄酒風呂を恐れ逃げまわる少年時代、乞食女サラギーナ(エドラ・ガーレ)と踊ったことで神父から罰せられる神フェリーニ 8 1/2ini5.jpg学校の生徒時代。やがて保養を終えたグイドは、混乱と失意のまま元の生活に戻る。彼が全てのことを投げ出そうとした瞬間、彼の心の中で何かが動き出す。彼の渦去の全ての対人関係、逃れようのないフェリーニ 8 1/2ges.jpg絶対の人生経験をかたち作っている全ての人が、笑顔をもって彼と同じ目的地に向っていこうとしているのである。映画製作が始まった。オープン・セットでグイドは叫ぶ。「みんな輪になってくれ、手をつないで踊るんだ!」演出していた映画監督グイドは、自分も妻とともに輪の中に入る。踊り続ける人々はやがて闇の中に消え、ただ一人残り、無心に笛を吹き続けるのは、少年時代のグイドだ―。

中古映画ポスター(8 2/1)-s.jpg 1963年公開のフェデリコ・フェリーニ監督作品で、アカデミー賞外国語映画賞を受賞したほか、専門家や一般の映画愛好者向けの様々なアンケートで今も常に上位にランクインするよく知られた作品です。とは言え、自分がこの作品を初めて観た80年代から90年代にかけては、タイトルの頭に必ず「フェリーニの」と付いていました(付けないと、映画なのか何なのか分からない人もまだ多かった?)。最近では、DVD等のタイトルも、単に「8½」となっているようです。
8½ (1963)
8½ (1963).jpg
 フランソワ・トリュフォーの「アメリカの夜」('73年/仏)もこれから撮ろうとしている映画監督の話だったし、ジャン=リュック・ゴダールの「パッション」('82年/仏・スイス)、ヴィム・ヴェンダースの「ことの次第」(西独・ポルトガル・米)、ミケランジェロ・アントニオーニの「ある女の存在証明」('82年/伊)もそうでしたが、何れも、監督自身が作品の主人公である「監督」に自己投影されているのはほぼ間違いないのではないでしょうか。そして、こうした作品フレームの源流的な位置にあるのがこの作品ではないかと思います。これらの作品が、どちらかというと映画の撮影が上手くいっていないという状況が背景のものが多いのも、「8½」の影響があるのかもしれません。「映画の撮影が上手くいかない」ということが映画のモチーフになり得るという先例を示したことで、多くの監督がこれに飛びついたのは無理からぬことかもしれません(それだけ撮影に苦労している?)。

フェリーニ 8 1/2i.jpg その中でもこの「8½」の大きな特徴は、精神的に追い詰められ、仕舞いには自殺まで想い描いていたかに見えた主人公が(強迫神経症的な夢のシーンがある)、ラストで突然に、「人生はお祭りだ。共に生きよう」と叫んで復活、人々と共に輪になって踊り始めるという、ある種〈ブレーク・スルー・ムービー〉になっている点にあると思われ、また、そのブレーク・スルー・ムービーになっているという点が、多くの人々の共感を生む理由でもあるのではないでしょうか。

8 1/2ド.jpg グイドの復活に何かその理由が説明がされているわけではありません。実は当初ラストは、幽霊のような白い服を着た登場人物たち(グイドを除く)が、セリフもないまま満員状態で列車の食堂車に乗ってどこかへ向かうシーンが撮られていて、言わばグイドの葬送をイメージしたものになっていたのが、制作会社かフェリーニ 8 1/2812_sub1.jpgら作品の予告編の制作するよう依頼されたフェリーニが、オープンセットで登場人物たちが輪になって踊るというシーンを撮り、最終的にそれが当初予定されていたラストシーンに置き換わって使われたということのようです。そのため、そのラストとその一つ前の段階との繋がりという点で、やはり唐突さはあるように思います(製作中にフェリーニに心境の変化があったのか。それとも当初のままでは暗過ぎて観客受けしないと思ったのか)。

フェリーニ 8 1/2pos2.jpg甘い生活 1シーン2.jpg 退廃した上流階級を背景にした「甘い生活」('59年)とやや背景が似ているところもあり(主人公は片や著名な映画監督、片やしがないゴシップ記者だが)、どちらが作品として上か、或いはどちらが好みかということでよく議論になりますが、「甘い生活」の方が分かり易いという人と「8½」の方が分かり易いとい人に分かれるのが興味深いです。個人的には、「8½」の方がブレーク・スルー・ムービーとして分かり易いが、主人公がなぜブレーク・スルー出来たのかということについては観る側に解釈が委ねられているような感じで、「甘い生活」におけるラストのブレーク・スルー出来ない主人公の置かれている状況の方がトータルでは分かり易いように思いました。実際、この「8½」は多くの映画監督から高い評価を得る一方で、ルイス・ブニュエルなどは、「甘い生活」を絶賛するものの、「8½」に関しては「分からん」とボヤいていたそうです(ブニュエルの気持ちも分かる。分かりやすくもあり、また、分かりにくくもある映画というべきか)。

ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ.jpgフェリーニ 8 1/2 02.jpg 撮影は「太陽がいっぱい」('60年/仏・伊)、「太陽はひとりぼっち」('62年/伊・仏)、「エヴァの匂い」('62年/仏)のジャンニ・ディ・ヴェナンツォ(1920-1966/享年45)。湯治場などを撮った光と影のコントラストを際立たせたカメラがい良かったし、主人公の夢のシーンや少年時代の回想シーンも悪くなかったです。これ見ると、フェリーニが自分の経験に近いところで撮ったのかなあという気もしますが、「フェリーニのマルコルド」('73年/伊)(なぜDVD化されないのか?)についても言えますが、フェリーニの場合、"記憶"と思われるものの"創造"であったりするから何とも言えません(例えばフェリーニ作品のアイコンとも言うべきフェリーニ 8 1/26.jpgEddra Gale and Barbara Steele in 8 1/2.jpg「太った女」は「8½」(エドラ・ガーレ)にも「アマルコルド」それぞれに出てくるが、その設定は全く異なっている)。再見してみて、怪奇映画女優のバーバラ・スティール(イタリア・ゴシック・ホラーの"絶叫クィーン"と言われたB級映画専門女優)を使っていることに改めて気づきました。

Eddra Gale & Barbara Steele,81/2/Anouk Aimée,81/2    
アヌーク・エーメ 8 12.jpg

「フェリーニの8½ (8½)」●原題:OTTO E MEZZO ●制作年:1963年●制作国:イタリア・フランス●監督:フェデリコ・フェリーニ●製作:アンジェロ・リッツォーリ●脚本:フェデリコ・フェリーニ/トゥリオ・ピネッリ/エンニオ・フライアーノ/ブルネッロ・ロンデチラシ「8 1/2」.jpgィ●撮影:ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ●音楽:ニーノ・ロータ●時間:140分●出演:- マルチェロ・マストロヤンニ/アヌーク・エーメ/クラウディア・カルディナーレ/サンドラ・ミーロ/バーバラ・スティール/マドレーヌ・ルボー/イアン・ダラス/エドラ・ガーレ●日本公開:1965/09●配給:東和=ATG●最初に観た場所:高田馬場東映パラス(87-05-09)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(16-12-22)(評価:★★★★) Barbara Steele in Federico Fellini,81/2
フェリーニ 8 1/22.jpgフェリーニの8 1/2 (8 1/2)Barbara Steele.jpg

 
 
 
 

    
 
クラウディア・カルディナーレ 若者のすべて.jpgクラウディア・カルディナーレ81/2.jpgクラウディア・カルディナーレbフィツカラルド.jpg●クラウディア・カルディナーレ(Claudia Cardinale)in ルキノ・ヴィスコンティ監督「若者のすべて」('60年/伊・仏)/フェデリコ・フェリーニ監督「フェリーニの8 1/2」('63年/伊・仏)/ヴェルナー・ヘルツォーク監督「フィツカラルド」('82年/西独)

アヌーク・エーメ「甘い生活」01.jpgアヌーク・エーメ 8 1/2s.jpgアヌーク・エーメ 男と女.jpg●アヌーク・エーメ(Anouk Aimée)in フェデリコ・フェリーニ監督「甘い生活」('59年/伊)/フェデリコ・フェリーニ監督「フェリーニの8 1/2」('63年/伊・仏)/クロード・ルルーシュ監督「男と女」('66年/仏)

高田馬場a.jpg
高田馬場・稲門ビル.jpg高田馬場東映パラス 入り口.jpg
高田馬場東映パラス 高田馬場・稲門ビル4階(現・居酒屋「土風炉」)1999年頃閉館

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映画と日付との関連はやや強引。それにこだわらず、単に作品解説としてならば楽しめる。

ビデオ大好き.JPGブラザー・サン シスター・ムーン チラシ.jpg ブラザー・サン シスター・ムーン パンフレット.jpg ロミオとジュリエットp.jpg
ビデオが大好き!365夜―映画カレンダー (文春文庫―ビジュアル版)』「映画チラシ 「ブラザー・サン シスター・ムーン」 監督 フランコ・ゼフィレッリ 出演 グレアム・フォークナー、ジュディ・ボウカー、アレック・ギネス」「映画パンフレット 「ブラザー・サン シスター・ムーン」 監督 フランコ・ゼフィレッリ 出演 グレアム・フォークナー」/「ロミオとジュリエット」

 洋画の名作・傑作を1年間の日付や季節と関連付けてカレンダーに沿って1月から12月まで紹介し、「ビデオ」観賞のお供に利用してもらおうという試みで、発想はなかなか面白いと言うか"風流"と言うか...。

 ただ、編集する側も、企画を思いついてこれはいいと思ったものの、それなりの名作を取り上げることを前提にそれをやってみたら、結構たいへんだったというのが本音ではないでしょうか。

 映画は2時間ほどのフィルムに人間の人生を凝縮して織り込んだものとも言え、それを1年間365日に1日ずつ関連づけて配置しようとすると、その映画の象徴的な場面を拾うか、映画に付随するエピソードの方を日付と結びつけたりすることになりがちで、やや強引な面もあうように思いました。

 例えば、「スタア誕生」('55年/米)が3月26日にきているのは、3月下旬がアカデミー賞授賞式シーズンであるからとか、「エデンの東」('55年/米)が4月6日にきているのは、死んだと思った母親の実像を弟キャルにより無理矢理知ることになったアーロンが捨て鉢になって徴兵に応じた第一次世界大戦にアメリカが参戦した日であるからとか、アニメ「不思議な国のアリス」('53 年/米)が4月15日になっている理由に至っては、東京ディズニーランドの開園日だからと―。

 当てモノをするような楽しみも無きにしも非ずですが、むしろ、解説の一つ一つが、カレンダーに関連付けるという関係もあって、漠たる賛辞に終わらず、具体性があり、その点が本書のいいところかも。

BROTHER SUN SISTER MOON poster.jpg 四季ごとに4人の映画評論家が、それぞれの季節に関連する映画への自らの思いを寄せていて、「春」のところで北川れい子氏が「エデンの東」などの幾つかの作品を取り上げる中で(要するに「青春」の「春」というわけだ)、"春、青春、男の子"の極めつけけとしてフランコ・ゼフィレリレッリ監督が、13世紀イタリアの、最もキリストに近い聖人だったと言われる聖フランチェスコの青春時代を描いた「ブラザー・サン シスター・ムーン」('72年/英・伊)を取り上げていましたが(作品中のも厳しい冬のシーズンから雪解けの春に移る季節の転換場面がある)、確かに映像も音楽も美しい映画だった思います(宗教臭さは殆どはない)。

ブラザー・サン シスター・ムーン o1.jpg この作品で一番目を引くのは、主演のグレアム・フォークナーのフランチェスコへの「なり切り感」であり、「ロミオとジュリエット」('68年/英・伊)でも、まだ16歳だったオリビア・ハッセーを上手く使っているし(この作品公開後のオリビア・ハッセーの日本での人気の高騰ぶりはスゴかった)、「チャンプ」('79年/米)では子役リッキー・シュローダーに世間をして「天才」と言わしめるほどの演技をさせていますが、結局、これら全て監督の演出力だったのだろうなあ。

 演出こそ監督の力の発揮しどころであり、だからこそ小津にしても溝口にしても世界の名監督と比肩され得る、或いはそれ以上とされるわけであり、そのことはグレアム・フォークナーを聖フランチェスコその人であるかのようにしてみせるフランコ・ゼフィレリレッリについても言えるのではないでしょうか。

ブラザー・サン シスター・ムーン dvd.jpgBROTHER SUN SISTER MOON1.jpg「ブラザー・サン シスター・ムーン」●原題:BROTHER SUN SISTER MOON●制作年:1972年●制作国:イギリス・イタリア●監督:フランコ・ゼフィレッリ●脚本:フランコ・ゼフィレッリ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ/ケネス・ロス/リナ・ウェルトミューラー●撮影:エンニオ・グァルニエリ●音楽:ドノヴァン●時間:135分●出演:グレアム・フォークナー/ジュディ・バウカー/リー・ローソン/アレック・ギネス/ヴァレンティナ・コルテーゼ/アドルフォ・チェリ●日本公開:1973/06●配給:パラマウント=CIC●最初に観た場所:中野武蔵野館 (77-10-29)(評価:★★★★)●併映:「ジーザス・クライスト・スーパースター」(ジノーマン・ジュイスン)
ブラザー・サン シスター・ムーン [DVD]

「ロミオとジュリエット」.jpg「ロミオとジュリエット」●原題:ROMEO AND JULIET●制作年:1968年●制作国:イギリス・イタリア●監督:フランコ・ゼフィレッリ●製作:ジョン・ブレイボーン/アンソニー・ヘイヴロック=アラン●脚本:フランコ・ゼフィレッリ/フランコ・ブルサーティ/マソリーノ・ダミコオリビア・ハッセー.jpg●撮影:パスクァリーノ・デ・サンティス●音楽:ニーノ・ロータ(歌:グレン・ウェストン)●時間:138分●出演:レナード・ホワイティング/オリヴィア・ハッセー/マイケル・ヨーク/ジョン・マケナリー/ミロ・オーシャ/パット・ヘイウッド/ロバート・スティーヴンス/ブルース・ロビンソン/ポール・ハードウィック/ナターシャ・パリー/アントニオ・ピエルフェデリチ/エスメラルダ・ルスポーリ/ロベルト・ビサッコ/(ナレーション)ローレンス・オリヴィエ●原作:ウィリアム・シェイクスピア●日本公開:1968/11●配給:パラマウント映画●最初に観たOlivia Hussey RPT.jpg場所:三鷹オスカー (81-03-15)(評価:★★★☆)●併映:「ハムレット」(ローレンス・オリヴィエ)/「マクベス」(ロマン・ポランスキー)  Olivia Hussey(オリヴィア・ハッセー)

「Romeo and Juliet(ロミオとジュリエット)」(1968年)
theme music:「What Is A Youth」
作曲:Nino Rota(ニーノ・ロータ

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育てようとした対象を自ら押し潰してしまう―感性で捉える不条理劇「授業」。

イヨネスコ 授業・犀.jpg ウジェーヌ・イヨネスコ.jpg ウジェーヌ・イヨネスコ授業1.jpg 中村伸郎「授業」死の教室 中古vhs.jpg
授業・犀 (ベスト・オブ・イヨネスコ)』['93年/白水社]     アンジェイ・ワイダ「死の教室」VHS(絶版)

授業・犀 (ベスト・オブ・イヨネスコ).jpg ある教授の自宅に、女生徒が個別講義を受けに来るが、教授は女中に止められるのもかまわず講義を始める。数学そして比較言語学と講義を進めていくにつれ、最初は穏やかだった教授は夢中になり、しだいに凶暴になっていく。凶暴化した教授は我を忘れて、講義に集中できなくなった女生徒をナイフで刺殺する―。

 ルーマニア生まれのフランスの劇作家ウジェーヌ・イヨネスコ(1909-94/享年84)が1951年に発表した戯曲で、サミュエル・ベケット(1906-89)などと共に20世紀のヌーヴォー・テアトルの代表格にあたる人ですが、文学界にデビューしたのは40歳を過ぎてからであり、結構遅咲きだった人です(デビュー時に、新世代の劇作家の台頭を歓迎する出版社の意向で、年齢を3歳若くサバ読み公表させられた)。

 イヨネスコの作風は「平凡な日常を滑稽に描きつつ、人間の孤独性や存在の無意味さを鮮やかに描き出した」(ウィキペディア)ものということになるらしいですが、昔から言われている言葉で一言で言えば、「不条理劇」であり、実際、カミュやサルトルの不条理の文学に通じるとされています(但し、個人的には、戯曲という表現を通して理論よりも観客の感性に働きかけている分、哲学っぽくないという点で、カフカなどに近いように感じる)。

山手教会地下「ジァン・ジァン」.jpg渋谷ジァン・ジァン 高橋竹山.bmp渋谷ジァン・ジァン 中村伸郎.bmp 演劇としての「授業」は、俳優の中村伸郎(1908-1991/享年82)が、'72年より11年間にわたって、毎週金曜日に渋谷・公園通りの山手教会地下「ジァン・ジ渋谷ジャンジャンr-1s.jpgァン」で演じていたことで知られていますが(「ジャンジャン」は1969年7月オープン。ここへは「高橋竹山の津軽三味線」や「おすぎのシネマトーク」も聞きに行った。「イッセー尾形の一人芝居」もこのジァン・ジァンで始められた。「美輪明宏の世界」とか「松岡計井子渋谷ジャンジャン75年8月.jpgビートルズをうたう」などといったものもあり、荒井由実(後の松任谷由実)、中島みゆき、吉田拓郎、井上陽水など、ここでライブをやった著名アーティストは数知れない。'00年4月25日閉館)、自分自身のメモを見ると、'79年の5月4日の金曜日に「ジァン・ジァン」に「授業」を観に行っていました(ゴールデンウィーク中渋谷ジャンジャン 授業.jpg中村伸郎 授業.pngもやっていた)。小劇場であるため、役者と観客の距離が近くて緊迫感があり、結構インパクトを受けました(その時の女性徒役は、演出も兼ねていた大間知靖子。歴代の女性徒役の中でも名演とされている)。

 女性徒の覚えの悪さ(「ナイフ」という言葉を何度やっても正確に発音できない)に教授はキレてしまい、発作的にナイフによる凶行に及んだともとれるのですが、実はこの教授は今までも同じ殺人を何度も繰り返していることが暗示されています。

 育てようとした対象を自ら押し潰してしまう―家庭教師をやっていたりした時のことを思い出しそうな設定ですが、もし今観れば、会社における部下指導の在り方などを考えてしまうかも(余りにストレートに教訓的な解釈?)。

 中村伸郎の後を受けて、中山仁、勝部演之、仲谷昇といった俳優がこの教授役を演じ、また最近では「劇団東京乾電池」の綾田俊樹やベンガルが演じていますが、今年('11年)7月には、柄本明が「東京乾電池」の公演として自身の演出のもとで演じています。それらを実際に観てはいないけれども、中村伸郎.jpgいかにもひと癖ありそうな柄本明よりも、教授然とした中村伸郎の方が、この作品の中村伸郎2.jpg場合"意外性"の効果はあるのではないかなあ。中村伸郎は「宇宙大怪獣ドゴラ」('64年/東宝)や「サンダ対ガイラ」('66年/東宝)、或いはTV版「白い巨塔[左]('67年)でも博士や教授の役でした。この人、「天国と地獄」('63年/東宝)など黒澤明監督作品にも出ているほか、映画会社ではなく劇団(文学座)所属だったので、「彼岸花」('58年/松竹)、「秋日和」('60年/松竹)、「秋刀魚の味[右](62年/松竹)など小津安二郎監督の後期作品にも常連のように出ています。

 "感性に訴える"作品ではありますが、政治的意図(反ナチズム)もあるようで(家庭教師や会社の上司に置き換えるだけでは"読み"が浅い?)、更に、教室という1場面のみで話が進行するため、アンジェイ・ワイダが監督した「劇団クリコット2」による「死の教室」('76年/ポーランド)を観た際に、この芝居を想起したりもしました。

死の教室の一場面.jpg 「死の教室」は、廃墟(倉庫?)のような教室に、自らの子供の頃の分身である人形を持ってやって来た老人(死者)たちが、脈絡のない不可思議な行動をとりながら、ユダヤの歴史に由来する言葉や、意味不明な単語を発演するという、これもまた「不条理劇」で、舞台劇(演出はタデウシュ・カントール)をそのまま撮った記録映画です。オーケストラ・リハーサル dvd2.jpg"統制の喪失"という意味では、個人的にはフェデリコ・フェリーニの「オーケストラ・リハーサル」(′79年/伊)と少し似ているように思えたました。「オーケストラ・リハーサル」は、「フェリーニの道化師」などと同じくTV用映画として撮られたもので、あるオーケストラのリハーサル風景をTV局が取材するという形で物語が進み、「道化師」と同じくドキュメンタリーかと思って観ていると、実はフィクションだった...。「オーケストラ・リハーサル [DVD]

死の教室 [THE DEAD CLASS] ポスター.jpg アンジェ蜷川幸雄.jpgイ・ワイダはこの「死の教室」という作品を、やはりTV用作品として撮影しましたが、ポーランド国内ではTV放映も劇場公開もされていないとのこと、かつて「劇団クリコット2」が再来日して('82年に一度来日して公演、蜷川幸雄(1936-2016)氏ら日本の演劇人に衝撃を与えたとのこと)、この芝居を舞台公演するという話がありましたが、「クリコット2」のメンバーが全員高齢であるため、長旅に耐えられないという理由で中止になったという顛末がありました。出演者らは"老け役"ではなく、ホントに老人だったのだ...。

「死の教室」●原題:THE DEAD CLASS●制作年:1976年●制作国:ポーランド●監督:アンジェイ・ワイダ●製作:バルバラ・ペツ・シレシツカ●脚本・演出・作曲:タデウシュ・カントール●時間:90分●出演:劇団クリコット2(マリア・グレツカ/パルコ劇場.jpgparco劇場 .jpgボフダン・グリボヴィッチ/ミーラ・リフリツカ/ズビグニエフ・ベトナルチック/ロマン・シヴラック)●日本公開:1988/01●配給:パルコ●最初に観た場所:渋谷・PARCO劇場(88-01-16)(評価:★★★☆)
PARCO劇場 1973年5月23日「西武劇場」として渋谷PARCO PART1の9Fにオープン、主に演劇公演に利用される。1985年~「PARCO劇場」。2016(平成28)年8月7日閉館。2019年に再オープン予定。

「オーケストラ・リハーサル」チラシ/「オーケストラ・リハーサル [DVD]
オーケストラ・リハーサル  チラシ.jpgオーケストラ・リハーサル dvd.jpgオーケストラ・リハーサル 3.jpg「オーケストラ・リハーサル」●原題:PROVA D'ORCHESTRA(ORCHESTRA REHEARSAL)●制作年:1979年●制作国:イタリア・西ドイツ●監督:フェデリコ・フェリーニ●製作:ファビオ・ストレッリ●脚本:フェデリコ・フェリーニ/ブルネッロ・ロンディ●撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ●音楽:ニーノ・ロータ●時間:72分●出演:ボールドウィン・バース/クララ・ユロシーモ/チェーザレ・マルティニョニ/ハインツ・クロイガー/クラウディオ・チョッカ/エリザベス・ラビ ●日本公開:1980/08●配給:フランス映画社●最初に観た場所:三鷹オスカー(81-10-10)(評価:★★★☆)●併映:「フェリーニのアマルコルド」「フェリーニのローマ」

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3監督のオムニバス。コアなファンがいてもおかしくない雰囲気はある。

世にも怪奇な物語 dvd.jpg  世にも怪奇な物語 ポスター.jpg  世にも怪奇な物語 輸入版dvd.jpg
世にも怪奇な物語 HDニューマスター版 [DVD]」/ポスター/輸入版DVD 
世にも怪奇な物語 1-1.jpg世にも怪奇な物語 ジェーン・フォンダ.jpg エドガー・アラン・ポーの怪奇小説3作を基に、ロジェ・ヴァディム、ルイ・マル、フェデリコ・フェリーニの3監督が共作したオムニバス映画。一応、全体のトーンはゴチック・ホラーですが...。

 第1話「黒馬の哭く館」(ロジェ・ヴァディム監督) 若くして莫大な財産を相続し、我儘放題に暮らす伯爵家の娘フレデリック(ジェーン・フォンダ)は、ある日、親族で唯一彼女を批判して憚らない男爵ウィルヘルム(ピーター・フォンダ)に偶然助けられたことで彼に一目惚れし、彼を誘惑しようとするが、男爵は彼女の誘い世にも怪奇な物語」 (67年/仏・伊)2.jpgには乗らず、プライドを傷つけられた彼女は家臣に命じて男爵の厩に火をつけさせる。愛馬を助けようとした男爵は焼死し、ショックを受けた彼女は、火事の後にどこからともなく現れた黒馬に癒しを求める―。

ロジェ・ヴァディム.gif ロジェ・ヴァディム監督による第1話は、ゴチックホラー調と次回作「バーバレラ」にも通じるセクシー&サイケデリック調の入り混じった感じで、詰まる所、ヴァディムが妻の美貌と伸びやかな肢体を獲りたかっただけのことかとも勘繰りたくなるくらいジェーン・フォンダがセックス・アピールしており、これ、純粋な意味での"ゴチック調"とはちょっと違うかも...。

第2話「影を殺した男」.jpg世にも怪奇な物語 影を殺した男1.jpg 第2話「影を殺した男」(ルイ・マル監督) 暴力で他の生徒らを支配する残忍な少年ウィリアム・ウィルソンが、ある時他の少年を苛めていると1人の転校生が近付いてきて、その少年もウィリアム・ウィルソンと名乗るが、彼は全てにおいてウィルソンより優れていた。ある夜、寝ていたその転校生をウィルソンは絞め殺そうとするが、途中で気付かれ放校処分に。数年後、医大に進んだウィルソン(アラン・ドロン)は若い女性を誘拐し、解剖を始めようとしていた―。

「影を殺した男」02.jpg世にも怪奇な物語 2.jpg アラン・ドロンがベッドに縛りつけた全裸女性を解剖しようとするシーンをルイ・マル監督が撮っているというのも驚きですが、むしろ、この第2話「影を殺した男」の方が、ポーの作品の雰囲気は出ていたかも知れず、青年になったウィルソンの、優(やさ)男の裏側に残忍さを秘めた二重人格者ぶりは、TV番組「デクスター」のよう。この場合、"二重人格"と言うより完全に"分身"(ドッペルゲンガー?)だけど。
 ウィルソン(アラン・ドロン)は、イカサマ賭博で手に入れた女(ブリジット・バルドー)を鞭打ち残酷な快楽に浸るというスゴい設定ながも、ドロンは好演しており、ドロン相手にトランプの賭けをする女賭博師ブリジット・バルドー(ロジェ・ヴァディムの元妻!)の演技も良くて、ジェーン・フォンダよりは演技しているという感じでした。

世にも怪奇な物語 悪魔の首飾り1.jpg 第3話「悪魔の首飾」(フェデリコ・フェリーニ監督) 落ちぶれたイギリス人俳優トビー(テレンス・スタンプ)は撮影のためイタリアへ飛ぶが、酒と麻薬で意識は混濁。そのトビーの前に度々現れるのは、少女の姿をした死神だった―。

世にも怪奇な物語 3.gif 第3話は、ストーリーよりも、フェリーニ監督の映像美が(美的と言うより意匠的なのだが)堪能できる作品。主人公の妄想に出てくる少女(死神)が、なぜ白い服を着て白いボールを持っているのかよく解りませんが、まあ、理屈よりも映像美...。
 テレンス・スタンプの出ようとしている映画が、キリストが西部の草原に降臨するという「カトリック西部劇」なるわけのわからない映画であることや、マスコミの取材攻勢を描いたところなどは「甘い生活」('59年)の雰囲気に繋がりますが、3作品の共通テーマが「死」であることからすると、締め括りに最も相応しい作品かも知れません。
世にも怪奇な物語 輸入版ポスター.jpg 一方で、これだけが時代背景が「現代」であることもあって、前2作とはトーンが異なる感じも(イタリア人監督ということもあるか)。
 ただ、神経質そうな主人公を演じるテレンス・スタンプの演技は悪くない、と言うか、かなり良かったように思います(アラン・ドロンより上か)。

お楽しみはこれからだ―映画の名セリフ.jpg和田 誠 氏2.jpg 何れも「怪奇」な話であるけれども怖くはないという感じ。和田誠氏は『お楽しみはこれからだ―映画の名セリフ』('75年/文藝春秋)の中で、ロジェ・ヴァディムのパートは「耽美主義的映像が逆に小細工のようでいけなかった」とし、「通俗的にはルイ・マルが面白く、怖さや不思議さではフェリーニが圧巻」としています。

お楽しみはこれからだ―映画の名セリフ

高田馬場東映パラス 入り口.jpg「世にも怪奇な物語」.jpg 高田馬場東映パラス(時々変わった作品を上映していた)で観て以来、10年以上もビデオにもならなかったので、もう見(まみ)えることはないと思っていたら、'99年にTV放映されビデオも発売、最近はCS放送で放映されたり、DVDにもなったりしていて、昨年('10年)は遂にデジタル・リマスター版が新宿武蔵野館で公開されました。

 3作とも、コアなファンがいてもおかしくない、カルトというか独特な雰囲気は確かにありました。考えてみれば、作風はマイナーでありながらも一応エドガー・アラン・ポーの原作に忠実に作られているわけだし、何よりも贅沢過ぎると言っていいくらい豪華な配役でもあることだし、実際そうなったから言うわけではないですが、リバイバル上映されてもおかしくない作品でした。

世にも怪奇な物語」 pos.jpg世にも怪奇な物語」 (67年/仏・伊)1.jpg


「世にも怪奇な物語」●原題:HISTOIRES EXTRAORDINAIRES(TRE PASSI NEL DELIRIO)●制作年:1967年●制作国:フランス/イタリア●監督:ロジェ・ヴァディム(1話)/ルイ・マル(2話)/フェデリコ・フェリーニ(3話)●脚本:ロジェ・ヴァディム(1話)/パスカル・カズン(1話)/ルイ・マル(2話)/クレマン・ビドル・ウッド(2話)/ダニエル・ブーランジェ(1話、2話)/フェデリコ・フェリーニ(3話)/ベルナルディーノ・ザッポーニ(3話)●撮影:クロード・ルノワール(1話)/トニーノ・デリ・コリ(2話)/ジュゼッペ・ロトゥンノ(3話)●音楽:ジャン・プロドロミデス世にも怪奇な物語 1-2.jpg(1話)/ディエゴ・マ悪魔のような恋人2.jpgッソン(2話)/ニーノ・ロータ(3話)●原作:エドガー・アラン・ポー「メッツェンゲルシュタイン」(1話)/「ウィリアム・ウィルソン」(2話)/「悪魔に首を賭ける勿れ」(3話)●時間:121分●出演:ジェーン・フォンダ(1話)/ピーター・フォンダ(1話)/アラン・ドロン(2話)/ブリジット・バルドー(2話)/世にも怪奇な物語」 (67年/仏・伊)0.jpgテレンス・スタンプ(3話)/サルヴォ・ランドーネ(3話)●日本公開:1969/07●配給:MGM●最初に観た場所:高田馬場東映パラス(86-11-30)(評価:★★★☆)●併映:「白夜」(ルキノ・ヴィスコンティ)

高田馬場a.jpg高田馬場・稲門ビル.jpg高田馬場東映パラス 入り口.jpg高田馬場東映パラス 高田馬場・稲門ビル4階(現・居酒屋「土風炉」)1999年頃閉館

①②高田馬場東映/高田馬場東映パラス/③高田馬場パール座/④早稲田松竹 

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マフィアの一族においても強力な「父性原理」が過去のものとなりつつあったことの予兆。

ゴッドファーザーⅡ チラシ.jpg  ゴッドファーザーⅡ パンフレット.jpg    ゴッドファーザーPARTIIDVD.jpg
「">ゴッドファーザー PART II 」チラシ/パンフレット(1975.04)/「ゴッドファーザー PART II [DVD]

ゴッドFⅡ 012.JPG 1958年、湖畔の教会ではドン・マイケル・コルレオーネ(アル・パチーノ)の息子の聖餐式が行われており、湖に臨む大邸宅の庭でのパーティには、妻ケイ(ダイアン・キートン)と息子、妹らが、来賓には、ママ・コルレオーネ(マリア・カータ)、次兄フレドー(ジョン・カザール)夫婦、妹コニー(タリア・シャイア)とその恋人(トロイ・ドナヒュー)、相談役トム・ヘーゲン(ロバート・デュヴァル)らが招かれていた。パーティが済みマイケルがベッドへ入ろうとした時、機関銃の弾が寝室にぶち込まれ、床に伏したマイケルは、ベッドから転がり落ちた妻ケイを抱きかかえていた―。

ゴッドFⅡ 021.JPG 言わずと知れたフランシス・フォード・コッポラ監督による前作「ゴッドファーザー」(′69年/米)の続編で、正編・続編共にアカデミー作品賞を受賞した唯一のシリーズ。

 サンチャゴ版「ゴッドファーザー」的なドン・ウィンズロウの『フランキー・マシーンの冬』('10年/角川文庫)に、映画「ゴッドファーザー」のトリビアなネタが幾つか出てくるので思い出したのですが、「PARTⅡ」では、コルレオーネ家は本拠をニューヨークからネバダ州に移していて、それは近くに収入源であるラスベガスがあるからだったのだなあと。

ゴッドFⅡ 031.JPG 本編でマーロン・ブランドが演じたヴィトー・コルレオーネの後継者としてゴッドファーザーになった三男のマイケルが、今度は父の遺産を守るために苦悩する姿が描かれる一方で、マリオ・プーゾの原作にはあるものの本編では描かれなかった、若き日のヴィトー(ロバート・デ・ニーロ)がシチリアからアメリカに移民としてやって来て、一代で裏社会の巨大ファミリーを築くまでのエピソードが、共に本編を挟むような形で対を成しています。

ゴッドFⅡ 041.JPG 時間的にはヴィトーの出ている時間の方が少ないのですが、「ミーン・ストリート」('73年/米)の演技が認められてコッポラ監督に抜擢されたロバート・デ・ニーロの演技が良く、彼がリトル・イタリーで次第に人望を集めていく様が、最初の内は、パン屋とか八百屋とか様々なごく普通の市井の民としての仕事をしながら、まるで地区の"相談係"乃至はもめ事の"解決係"みたいなことを任されていくという風に描かれているのが興味深いです(「タクシードライバー」('76年/米)の主人公トラヴィスの持つ繊細な一面を彷彿させるが、この作品のデ・ニーロは「タクシードライバー」に出演する2年前。若いなあ)。

ゴッドFⅡ 051.JPG 一方、家族の確執に悩まされるマイケルの方は、崩壊していく家族の絆を目の当たりにし、自らも裏切った親族に手を下しつつ、改めてヴィトーの偉大さに想いを馳せるという、アル・パチーノとしてはやや損な役回りだったかも(本編のマーロン・ブランドの下でひ弱な印象をこの作品でも引き摺っている?)。

 本編あっての続編ではあるものの、続編でヴィトーの若き日の台頭と、現在のマイケルの孤絶を描くことで、単なるマフィアものを超えて、イタリア移民の一族の年代記としての厚みが増したように思います。

 本編では"家族の絆"の強さというものが描かれていて、日本でも大いに受けたわけですが、心理療法家の河合隼雄が、プロスペル・メリメがシチリアの伝承に材を得た小編「マテオ・ファルコーネ」(岩波文庫『エトルリヤの壷』に所収)(官憲に追われている男を腕時計と引き換えに官憲に密告した息子をその場で射殺した父親の話)を挙げて、こうした強力な「父性原理」は、日本のような「母性原理」の社会では見られないと指摘したように、"家族の絆"の根底にあるものが根本的に日本と異質のような感じもします(だから、肉親であっても裏切者は殺られてしまう)。

ザ・ソプラノズ.jpg ただ、米国のイタリア(シチリア)系社会でもこうした強力な「父性原理」はすでに過去のものとなっているのかも知れず、それがこの続編で予兆として現れていて、近年の海外ドラマ「ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア」('99-07年)などを観ていると、そのギャップがある種パロディカルに描かれるに至っているように思いました。

 「ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア」のジェームズ・ギャンドルフィーニ演じる主人公のマフィアのボスであるトニー・ソプラノは、ストレスと悩みが原因のパニック障害を有し、精神科のカウンセリングを受けていますが(ギャンドルフィーニはこの役でエミー賞を3回受賞)、ロバート・デ・ニ―ロもハロルド・ライミス監督のコメディ「アナライズ・ミー」('99年/米)で、パニック障害で精神分析医に掛かるマフィアのボスを演じています。

The Godfather Part II(1974).jpgThe Godfather: Part II(1974)
「ゴッドファーザーPARTⅡ」●原題:THE GODFATHER PART II●制作年:1974年●制作国:アメリカ●監督:フランシス・フォード・コッポラ●製作:フランシス・フォード・コッポラ/グレイ・フレデリクソン/フレッド・ルース●脚本:マリオ・プーゾ/フランシス・フォード・コッポラ●撮影:ピーター・ツィンナー/バリー・マルキン/リチャード・マークス●音楽:ニーノ・ロータ/カーマイン・コッポラ●原作:マリオ・プーゾ「ゴッドファーザー」●時間:200分●出演:アル・パチーノ/ロバート・デ・ニーロ/マリア・カータ/ダイアン・キートン/ロバート・デュヴァル/ジェームズ・カーン/ジョン・カザール/タリア・シャイア/有楽座(旧)1.bmpリー・ストラスバーグ/マイケル・ヴィンセント・ガッツォ/リチャード・ブライト/ガストン・モスチン/トム・ロスキー/ブルーノ・カ-ビー/フランク・シベロ/フランチェスカ・デ・サピオ/モーガナ・キング/マリアナ・ヒル/レオパルド・トリエステ/ドミニク・キアネーゼ/アメリゴ・トット/トロイ・ドナヒュー●日本公開:1975/04●配給:パラマウント映画=CIC●最初に観た場所:旧有楽座(75-?-?)●2回目:池袋文芸坐(78-01-12)(評価:★★★★)●併映(2回目):「コーザ・ノストラ」(フランチェスコ・ロージ)
写真左:有楽座[1984(昭和59)年9月]「ぼくの近代建築コレクション」より
旧有楽座内.jpg有楽座.jpg
旧・有楽座 1935(昭和10)年6月に演劇劇場として開館。1949(昭和24)年8月~ロードショー館(席数1,572)。1984年10月31日閉館。 
          
 
The Sopranos (1999).jpgザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア.jpgThe Sopranos 2.jpg「ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア」The Sopranos (HBO 1999/01~2007)○日本での放映チャネル:WOWOW/スーパー!ドラマTV

The Sopranos (1999)

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非情さと人間臭さを併せ持ったスパイ像。ひと癖ありそうなドナルド・サザーランド向きだった?

針の眼.jpg   針の眼 創元推理文庫.jpg   針の眼 dvd.jpg  針の眼 映画チラシ.jpg
針の眼 (ハヤカワ・ノヴェルズ)』['80年]『針の眼 (創元推理文庫)』['09年]「針の眼 [DVD]」/映画チラシ

針の眼 新潮文庫.jpg 第2次世界大戦の最中、英国内で活動していたドイツの情報将校ヘンリー・フェイバー(コードネーム"針")は、連合軍のヨーロッパ進攻に関する重大機密を入手、直接アドルフ・ヒトラーに報告するため、英国陸軍情報部の追跡を振り切り、Uボートの待つ嵐の海へ船を出したが、暴風雨の影響で離れ小島に漂着してしまう―。

針の眼 (新潮文庫)』['96年]

針の眼 .jpg 1978年にイギリスの作家ケン・フォレット(Ken Follett)が発表したスパイ小説で(原題:The Eye of the Needle)、この人、『大聖堂』以来、歴史小説家の趣きがありますが、この作品でエドガー賞などを受賞し、『トリプル』(Triple)、『レベッカへの鍵』 (The Key to Rebecca)と相次いで発表していた頃は、米国のロバート・ラドラム(1927-2001)に続くエスピオナージュの旗手という印象でした。

 この作品には相変わらず根強いファンがいるようで、集英社文庫、新潮文庫にそれぞれ収められ、'09年には創元推理文庫からも新訳が出たり、 映画化作品がWOWOWでハイビジョン放送されるなどしていますが、もともと原文が読み易いのではないでしょうか。畳み掛けるようなテンポの良さがあります。

 スパイの行動を追っていくという点では、同じ英国の作家フレデリック・フォーサイスの『ジャッカルの日』と似て無くもないし、『ジャッカルの日』を読む前からドゴールが暗殺されなかったのを知っているのと同じく、連合軍の欧州侵攻の上陸地点がカレーであるかのように見せかけて実はノルマンディだという"針"ことヘンリーが掴んだ"機密情報"が、結局ヒトラーにもたらされることは無かったという既知の事実から、彼が目的を果たすことは無かったということは事前に察せられます。

針の眼 映画eye-of-the-needle.jpg 但し、そのプロセスがやや異なり、マシーンのように非情に行動する"ジャッカル"に対し、ヘンリーは、同じく非情な人物ではあるものの、流れついた島の灯台守の夫婦に世話になるうちに、その妻と"本気"の恋に落ちてしまうという人間臭い設定で(夫が下半身不随で、妻は欲求不満気味だった?)、そのことが結局は、彼が任務を遂行し得なかった原因に―。
針の眼 洋モノチラシ.jpg
 '81年にリチャード・マーカンド監督によって映画化され、ヘンリー役がドナルド・サザーランド(Donald Sutherland、1935‐)というのには当初は違和感がありましたが、結局は向いていたかも。

 このひと癖もふた癖もありそうな人物を演じるのが上手い俳優は、ロバート・アルトマン監督の「M★A★S★H」('70/米)からフェデリコ・フェリーニ監督の「カサノバ」('76年/伊)まで幅広い役柄をこなし、ジョン・スタージェス監督の遺作「鷲は舞いおりた」('76年/英)(原作はドイツのパラシュート部隊によるチャーチル拉致計画を描いたジャック・ヒギンズの『鷲は舞い降りた』)では、IRAのテロリストで狙撃の名手という役も演じていました(これも、ナチス精鋭部隊が主役という点では異色作だが、映画の方はイマイチ)。

カサノバ 1シーン.jpg 「カサノバ」は全編スタジオ撮影で、巨大なセットがカサノバの人生の虚しさとだぶっていると言われているそうです(フェリーニ監督は彼の人生を演技的と捉えたのか)。カサノバ(サザーランド)が自らの強壮ぶりを誇示する"連続腕立て伏せ"シーンなどは凄かったというか、むしろ悲壮感、悲哀感があった...(ある精神分析家によれば、好色家には、"女性なら誰とでも"という「カサノバ型」と"高貴な女性を落とす"ことに喜びを感じる「ドンファン型」があるそうだが、何れもマザー・コンプレックスに起因するそうな)。

カサノバ フェリーニ.jpg このカサノバ役は、ロバート・レッドフォードを初め多くの自薦他薦俳優が候補にあがったようですが、「最もそれらしくない風貌」をフェリーニ監督に買われてサザーランドに決定したそうです。

「カサノバ」.jpg 「カサノバ」●原題:IL CASANOVA DI FEDERICO FELLINI●制作年:1976年●制作国:イタリア●監督:フェデリコ・フェリーニ●製作:アルベルト・グリマルディ●脚本:フェデリコ・フェリーニ/ベルナルディーノ・ザッポーニ●撮影: ジュゼッペ・ロトゥンノ●音楽:ニーノ・ロータ●時間:154分●出演:演:ドナルド・サザーランド/ティナ・オーモン/マルガレート・クレマンティ/サンドラ・エレーン・アレン●日本公開:1980/12●配給:フランス映画社●最初に観た場所:有楽町スバル座(81-02-09)(評価:★★★)

Donald Sutherland and Kate Nelligan.jpg 「カサノバ」の5年後に撮られた「針の眼」のサザーランドは、非情ながらもやや"もっそり"した感じで、それでいて目付きは鋭く(こういう病的に鋭い目線は、後のロン・ハワード監督の「バックドラフト」('91年/米)の放火魔役に通じるものがある)、半身不随の夫を、正体を知られたために殺害する場面などは、(相手を殺らなければ自分が殺られるという状況ではあるが)"卑怯者ぶり"丸出しで、普通のスパイ映画にある"スマートさ"の微塵も無く、それが却ってリアリティありました。

針の眼 シーン2.jpg 灯台守の妻がヘンリーの正体を知り、突然愛国心に目覚めたため?と言うよりは、ヘンリーの行為を愛情に対する裏切りととったのでしょう、「何もかも戦争のせいだ。解ってくれ」と弁解する彼に銃を向けるという、直前まで愛し合っていた男女が殺し合いの争いをする展開は、映像としてはキツイものがありましたが、それだけに反戦映画としての色合いを強く感じました。

 「針の眼」●原題:EYE OF THE NEEDLE●制作年:1981年●制作国:イギリス●監督:リチャード・マーカンド●製作:スティーヴン・フリードマン●脚本:スタンリー・マン●撮影: アラン・ヒューム●音楽:ミクロス・ローザ●時間:154分●出演:ドナルド・サザーランド/ケイト・ネリガン/イアン・バネン/クリストファー・カザノフ/フィリップ・マーティン・ブラウン/ビル・ナイン●日本公開:1981/10●配給:ユナイテッド・アーティスツ(評価:★★★☆)

ダーティ・セクシー・マネー.jpg ドナルド・サザーランドの息子のキーファー・サザーランドは、今は映画よりもTVドラマ「24-TWENTY FOUR-』のジャック・バウアー役で活躍していますが(どの場面を観ても、いつも銃と携帯電話を持って、無能な大統領補佐官らに代わって大統領から直接指令を受け、毎日"全米を救うべく"駆け回っていた)、父親ドナルド・サザーランドの方も、「ダーティ・セクシー・マネー」の大富豪役などTVドラマで、最近のその姿を観ることができるのが嬉しいです(相変わらず、どことなく不気味さを漂わせる容貌だが)。
 
24 (2001)
24 (2001).jpg24 TWENTY FOUR.jpg「24 -TWENTY FOUR-」24 (FOX 2001/11~2009) ○日本での放映チャネル:フジテレビ(2004~2010)/FOX
24 -TWENTY FOUR- ファイナル・シーズン DVDコレクターズBOX

Dirty Sexy Money.jpg「ダーティ・セクシー・マネー」Dirty Sexy Money (ABC 2007/09~2009) ○日本での放映チャネル:スーパー!ドラマTV(2008~)
Dirty Sexy Money: Season One [DVD] [Import]

 

 【1983年文庫化[ハヤカワ文庫(鷺村達也:訳)]/1996年再文庫化[新潮文庫(戸田裕之:訳)]/2009年再文庫化[創元推理文庫(戸田裕之:訳)]】 

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原作はプロットも心理描写も見事。映画は"観光映画(?)"としては楽しめたが...。

ナイルに死す.jpg ナイルに死す2.jpg ナイルに死す3.bmp ナイル殺人事件 DVD.jpg DEATH ON THE NILE  .jpg
ナイルに死す (1957年) 』『ナイルに死す (ハヤカワ・ミステリ文庫 1-76)』(表紙:真鍋博) 『ナイルに死す (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』 「ナイル殺人事件 デジタル・リマスター版 【プレミアム・ベスト・コレクション\1800】 [DVD]」 ピーター・ユスティノフ

ナイルに死す ハ―パーコリンズ版.jpg ハネムーンをエジプトに決めた大富豪の娘リンネットは、ナイル河で遊覧船の旅を楽しんでいたが、そこには夫のかつての婚約者ジャクリーンの不気味な影が...果たして、乗り合わせたポワロの目の前でリンネットは殺され、さらに続く殺人の連鎖反応が起きるが、ジャクリーンには文句無しのアリバイが―。

ナイル殺人事件 北大路.jpg"Death on the Nile" ハ―パーコリンズ版

 1937年に発表されたアガサ・クリスティ(1890‐1976)の作品で(原題:Death on the Nile)、プロットもさることながら、会話を主体とした多くの登場人物の心理描写が見事。ああ、この作家は小説でも戯曲でも"何でもござれ"だなあと改めて思わされた次第ですが、この作品はあくまでも小説です(クリスティはこの作品の戯曲版も残していて、日本でも北大路欣也などの主演で上演されているが、こちらはポワロが登場しない)。

 「タワーリング・インフェルノ」('74年)、「キングコング」('76年)のジョン・ギラーミン監督によって「ナイル殺人事件」('78年/英)として映画化されており、ポアロ役はピーター・ユスティノフです(ピーター・ユスティノフ はその後「地中海殺人事件」('82年/英)、「死海殺人事件」 ('88年/米)でもポアロを演じている)。シドニー・ルメットが監督した「オリエント急行殺人事件」('74年/英)ほどの「往年の大スターの豪華競演」ではないにしても、 こちらも名優がたくさん出演しています。

音楽:ニーノ・ロータ

ナイル殺人事件 スチール.jpg '78年の公開時に、今は無きマンモス映画館「日比谷映画劇場」で観て、90年代初めにビデオでも観ましたが、映画は、原作をやや端折ったような部分もあり、最後はちょっとドタバタのうちにポアロの謎解きが始まって、原作との間に多少距離を感じました。

 映画化されると、本格推理の部分よりも人間ドラマの方が強調されてしまうのは、この作品に限らず、この手の作品によくあるパターンで、しかも、この作品は登場人物が結構多いとあって、時間の制約上やむを得ない面もあるのかなあ。

『ナイル殺人事件』(1978) 2.jpg ただ、この映画に関して言えば、エジプトでのオールロケで撮影されているため、観光映画(?)としても楽しめたというのがメリットでしょうか。行ってみたいね、ナイル川クルーズ。雪中で止まってしまった「オリエント急行」と違って、ナイルの川面を船が「動いている」という実感もあるし、途中で下船していろいろ観光もするし...。

 映画「オリエント急行殺人事件」は、トリックの関係上(犯人同士しかいない場で演技させると"映像の嘘"になってしまうという制約があり)、ポワロの容疑者に対する個別尋問に終始しましたが、こちらはそのようなオチではないので、登場人物間の心理的葛藤は、比較的自由かつ丁寧に描けていたと思います。

DEATH ON THE NILE_original_poster.jpg やはりオリジナルがいいんだろうなあ。この意外性のあるパターン、男女の関係なんて、傍目ではワカラナイ...。クリスティが最初の考案者かどうかは別として、この手の「人間関係トリック」は、その後も英国ミステリで何度か使われているようだし。

DEATH ON THE NILE UK original film poster(右)/「ナイル殺人事件」映画パンフレット/単行本(早川書房(加島祥造:訳)映画タイアップカバー)
ナイル殺人事件 パンフレット.jpg「ナイルに死す」.jpg「ナイル殺人事件」●原題:DEATH ON THE NILE●制作年:1978年●制作国:イギリス●監督:ジョン・ギラーミン●製作:ジョン・ブラボーン/リチャード・グッドウィン●脚本:アンソニー・シェーファー●撮影:ジャック・カーディフ●音楽:ニーノ・ロータ●原作:ミア・ファロー_3.jpgアガサ・クリスティ「ナイルに死す」●時間:140分●出演:ピーター・ユスティノフ/ベティ・デイヴィス/ミア・ファロー/アンジェラ・ランズベリー/ジョージ・ケネディ/オリヴィア・ハッセー/ジョン・フィンチ/デヴィッド・ニーヴン/ジャック・ウォーデン/ロイス・チャイルズ/サイモン・マッコーキンデール/ジェーン・バーキン/ハリー・アンドリュース●日本公開:1978/12●配給:東宝東和●最初に観た場所:日比谷映画劇場(78-12-17)(評価:★★★☆)
日比谷映画劇場.jpg日比谷映画劇場(戦前).bmp日比谷映画5.jpg 
     
日比谷映画劇場(日比谷映劇)
1934年2月1日オープン(現・日比谷シャンテ辺り)(1,680席)1984年10月31日閉館

戦前の日比谷映画劇場(彩色絵ハガキ)

名探偵ポワロ  ナイルに死す 02.jpg「名探偵ポワロ(第52話)/ナイルに死す」 (04年/英) ★★★☆

 【1957年ポケット版[ハヤカワ・ミステリ(脇矢徹:訳)]/1965年文庫化[新潮文庫(西川清子:訳)]/1977年ノベルズ版[ハヤカワ・ノヴェルズ(加島祥造:訳)]/1984年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(加島祥造:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(加島祥造:訳)]】

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ラストの鮮烈なコントラストによる象徴表現には充分な説得力と余韻がある。
甘い生活09.jpg
甘い生活 1シーン.jpg甘い生活.jpg 甘い生活 ポスター.jpg
甘い生活 デジタルリマスター版 [DVD]」/ 「甘い生活」 チラシ/「甘い生活」 スチール

「甘い生活」02.jpg 作家志望の夢を抱いてローマに出てきたマルチェロだったが、夢破れて今はしがないゴシップ記者に。エンマ(イヴォンヌ・フルノー)という娘と同棲しながらも、ナイトクラブで富豪娘(アヌーク・エーメ)と出会ってホテルで一夜を明かしたり、ハリウッドのグラマー女優(アニタ・エクバーグ)を取材がてら、彼女と野外で狂騒したりし、エンマは彼の言動を嘆く―。マルチェロ・マストロヤンニ(Marcello Mastroianni、1924-1996/享年72)の名声を一気に高めた作品で、主人公の"マルチェロ"をその名の通り演じているけれども、まさにハマリ役でした。

「甘い生活」paparatti.jpgフェデリコ・フェリーニ 「甘い生活」.jpg "マルチェロ"の仕事は、ゴシップ・カメラマン「パパラッチ」の"記者版"のようなもので(「パパラッチ」の通称はこの映画に登場するゴシップ・カメラマン「パパラッツォ」の名前に由来する)、乱痴気と頽廃に支配された街ローマを象徴するような仕事であり、同時に、主人公である彼が、爛熟したローマの現況の「語り部」的役割も果たしているようです。

 冒頭にある、キリスト像をヘリコプターで吊るして低空飛行するというカトリック主催のイベント(このシーン、ローマカトリックの猛抗議に遭ったそうだ)の取材から始まり、場末の村で子供が「聖母を見た」という"現代の奇蹟"話があれば、多くのマスコミ取材陣と共に現場へ駆けつける、という何か騒がしいばかりで中身のない日々。

Anita Ekberg 2.jpg甘い生活 パンフレット.jpgAnita Ekberg.jpg 主人公のマルチェロは元々プレイボーイなのですが、虚しい仕事ばかりで心身は疲れきっている―。それでも、仕事絡みで深夜にアニタ・エクバーグみたいな女優とトレビの泉で戯れたりすることが出来るのであれば、結構"役得"ではないかとも、そのような僥倖に巡り合ったことの無い自分などは傍目に思ったりするのですが、マルチェロの場合はそれでもどこか満たされない思いがあるようで、実際、彼の周囲の人も幸せになる人は少なくなり、彼自身も"甘い生活"に浸れば浸るほど不幸になっていきます。
アニタ・エクバーグ/パンフレット(日映・1960)

アラン・キュニー.jpg マルチェロにもメンター的存在であった友人(アラン・キュニー)がいて、マルチェロもいつかは彼らのような安寧の生活を送りたいと思っていたのですが、その友人夫婦がある日突然に自分達の子供を道連れに一家心中したという事件があり、このことが彼にとってあまりにショックであったために、自らの人生を見直させる契機にはならず、むしろ虚無感を増幅させたと言えるかと思います。

少女.jpgei.jpg マルチェロが海辺の別荘で仲間らと遊び耽り、翌朝、享楽に疲れ果てた体のほてりを醒ますために出かけた浜辺に、醜悪な怪魚(エイ?)が打ち上げられていて悪臭を放っている。小さな浅干潟を隔てたその向こうに、顔見知りの可憐な少女がいて、マルチェロは声かけるが潮風にかき消されて彼女には届かない―。

「甘い生活」last.jpgMarcello Mastroianni in La dolce vita.jpg 腐りつつある「醜悪な怪魚」はマルチェロ自身の今の姿であり、少女がいる「静謐な世界」は、自分がそこに行くことを望んでももはや達し得なくなってしまった場所であるという、ラストシーンの、鮮烈なコントラストを以って示した象徴表現には充分な説得力と余韻があり、自分自身もマスコミ業界にいたことがありますが、そうした"ギョーカイ"の人がこのラストを観たら、なおのことグッと迫るものがあるのかも知れません。逆に言えば、干潟を渡って少女の所へは行かず、また仲間達の所へ戻ってしまうであろう(戻っていくしかない)マルチェロだからこそ、我々俗人の目から見て、その哀しみに共鳴できるのかもしれないとも思いました。
 
「甘い生活」パンフレット (2001年リバイバル公開時)/輸入版ポスター Amai seikatsu(1960)
甘い生活 .png甘い生活 輸入版ポスター.jpgAmai seikatsu(1960).jpg「甘い生活」●原題:LA DOLCE VITA●制作年:1959年●制作国:イタリア・フランス●監督:フェデリコ・フェリーニ●製作:ジュゼッペ・アマト/アンジェロ・リッツォーリ●脚本:フェデリコ・フェリーニ/エンニオ・フライアーノ/トゥリオ・ピネッリ/ブルネッロ・「甘い生活」01.jpgロンディ●撮影:オテッロ・マルテッリ●音楽:ニーノ・ロータ●時間:174分●出演:マルチェロ・マストロヤンニ/アニタ・エクバーグ/アヌーク・エーメ/バーバラ・スティール/ナディア・グレイ/ラウラ・ベッティ/イヴォンヌ・フルノー/マガリ・ノエル/アラン・キュニー/ニコ●日本公開:1960/09●配給:イタリフィルム●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ (81-06-06)●2回目:六本木・俳優座シネマテン(82-07-20)●3回目:飯田橋ギンレイホール(83-07-10)(評価:★★★★☆)●併映(3回目):「情事」(ミケランジェロ・アントニオーニ)

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リアルで気迫のこもった演出。モノクロ映画の特性を充分に生かしている。

ルキノ・ヴィスコンティ 「若者のすべて」俳優座.jpgROCCO E I SUOI FRATELLI1.jpg若者のすべて DVD.jpg 若者のすべて パンフレット2.jpg Rocco e i suoi fratelli2.jpg 
1982年リバイバル公開時チラシ/「若者のすべて [DVD]」/パンフレット/「Rocco and His Brothers [DVD] [Import]
 ルキノ・ヴィスコンティ(1906‐1976)監督というと"貴族"映画みたいなイメージがすぐ浮かびますが、イタリア南部から北部ミラノへ移住した家族の崩壊を4人兄弟(一番下の幼い弟も含めると5人兄弟)の確執を通して描いたこの映画は、イタリアの南北の格差問題を背景とした社会派作品とも言え、グラムシに共感するという彼の思想を映し出すものでもあります。

ルキノ・ヴィスコンティ 「若者のすべて」.jpg 原題は「ロッコとその兄弟たち」(原作はジョヴァンニ・テストーリの『ギゾルファ橋』)。近親相互間の人間臭い葛藤が凄まじく、三男のロッコ(アラン・ドロン)がボクサー志望の次男(レナート・サルヴァトーリ)の恋人ナディア(アニー・ジラルド)に横恋慕したとして、兄一味が彼女を強姦するのを目の当たりにさせられ絶叫するシーンなどは心底痛々しく感じられ、ジュゼッペ・ロトゥンノのカメラワークも含め、ヴィスコンティのリアルで気迫のこもった演出に改めて驚嘆させられます。

若者のすべて アランドロン.jpg 兄のために、自分に求婚するナディアを振り切って身を引き、家族を経済的苦境から救うために好きではないのにボクサーなるロッコは、どこまで純粋なキャラクターなのだろうか。リアリティが欠如しているとすれば、アラン・ドロンがボクサーとしてはあまりに美男過ぎる点はともかくとして、旧恋人を殺めてしまった兄さえも暖かく迎えるこのロッコの善人ぶりぐらいかなと。でも、そのロッコがいなければ全く救いの無いような映画であり、貧しいがゆえに兄は弟を妬み、同じ貧しさのゆえに弟は兄への兄弟愛に飢えるという―ということになるのでしょうか。

"ドゥオーモ"に登ったロッコ(A・ドロン)とナディア(A・ジラルド)
rocco e i suoi fratelli.jpg 最初に、ロッコとその一家が列車から降り立ったのは「ミラノ中央駅」で、これは、後にヴィットリオ・デ・シーカ監督の「ひまわり」('70年/伊)でも別れのシーンのロケ場所になっていますが、絵になる駅だなあと。

 他にも、ミラノのドゥオーモ(大聖堂)など、映像美溢れるシークエンスが少なからずあり、モノクロ映画の特性を充分に生かしている感じがしました(北イタリアの寒村風景やロッコの心象風景にはモノクロ―ムが合っている)。

ROCCO E I SUOI FRATELLI 2.jpg 作中では、アニー・ジラルドは元カレのレナート・サルヴァトーリに殺されてしまうのですが(レナート・サルヴァトーリは「スキャンドール」('80年/伊)でも母娘の両方と寝る男を演じていた)、実生活ではこの 「若者のすべて」での共演を機に2人は結クラウディア・カルディナーレ 若者のすべて.jpg婚し、アニー・ジラルドはレナート・サルヴァトーリが亡くなるまで添い遂げています。

 また、それほど出番は多くありませんが、長男ヴィンチェンツォの婚約者ジネッタ役でクラウディア・カルディナーレが出ていてます。このように、今思うと、アラン・ドロンを筆頭に結構豪華な役者陣だったわけですが、ヴィスコンティ作品の中では1948年に発表のネオ・レアリスモ作品「揺れる大地」の第二部のように位置づけられることが多いことからも窺えるように、それらの役者がリアルな生活感の中に自然と嵌っていて、違和感を感じさせないところがいいです(「いい」と言うより「スゴイ」と言うべきか)。一方で、ヴィスコンティ的壮麗美として、アラン・ドロンの美貌、ミラノの町並み、大聖堂のビジュアルなどもちゃんと鏤(ちりば)められているわけで、そうした意味ではしっかり"映画的"でもあるのですが。

クラウディア・カルディナーレ in 「若者のすべて」

Wakamono no subete(1960)
Wakamono no subete(1960).jpg
「若者のすべて」●原題:(伊)ROCCO E I SUOI FRATELLI/(仏)ROCCO ET SES FRERE/(英)ROCCO AND HIS BROTHERS●制作年:1960年●制作国:イタリア・フランス●監督:ルキノ・ヴィスコンティ●脚本:ルキノ・ヴィスコンティ/パスクァーレ・フェスタ・カンパニーOn set of Rocco and His Brothers .jpgレ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ/マッシモ・フランチオーザ/エンリコ・メディオーリ●撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ●音楽:ニーノ・ロータ●原作:ジョヴァンニ・テストーリ「ギゾルファ橋」●時間:168分●出演:アラン・ドロン/アニー・ジラルド/レナート・サルヴァトーリ/クラウディア・カルディナーレ/カティーナ・パクシヌー/ロジェ・アンナ/パオロ・ストッパ/スピロス・フォーカス/マックス・カルティエール/ロッコ・ヴィドラッツィ/コラド・パーニ/アレッサンドラ・パナーロ/アドリアー ナ・アスティ/シュジー・ドレール/クラウディア・モーリ●日本公開:1960/12●配給:イタリフィルム●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会(81-06-20)●2回目:飯田橋佳作座(83-04-17)(評価:★★★★☆)●併飯田橋佳作座.jpg映(2回目):「山猫」(83-04-17)
On set of Rocco and His Brothers directed by Luchino Visconti, 1960

飯田橋佳作座 (神楽坂下外堀通り沿い) 1988(昭和63)年4月21日閉館

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人間の原罪を抉った作品であるとともに、旅芸人たちに対する共感が込められている。

道.jpg 道1.jpg 道 ポスター.jpg
道 [DVD]」  「道 [DVD]」   「道」パンフレット(1965)  La Strada-The Road 1954-道- Gelsomina

フェリーニ「道」.bmp 旅芸人のザンパノ(アンソニー・クイン)は芸の手伝いをする女が死んでしまったため、その妹のジェルソミーナ(ジュリエッタ・マシーナ)を幾ばくかのお金で買い取った。粗野で暴力を振るうザンパノと、頭が弱いが心の素直なジェルソミーナは一緒に旅に出る旅に出る―。

 フェデリコ・フェリーニ(1920‐1993/享年73)監督のあまりも有名な作品ですが、本国と日本での公開の間に3年の歳月があり、旅芸人という地味なモチーフ、美男美女が出てくるわけでもなく、当初は日本では受けないと思われたのかな? 日本での公開時もさほど宣伝もされず、口コミで人気が拡がり、やがて映画ファンのみでなく、広く一般に知られる作品になったとのこと。

『道』(1954).jpg アンソニー・クイン(1915‐2001)が亡くなった際にも、新聞ではこの作品のスチールと共に報じられていました。彼の出演作品の中でも代表作になるのでしょうが、監督の奥さんであるジェルソミーナ役のジュリエッタ・マシーナ(1921‐1994)の演技が、これまた素晴らしいと思いました。フェリーニの作品の中でも一番好きな映画で、初めて観た時は、次の日また観に行きました。

 この映画には幾つかの謎があり、例えばジェルソミーナがいつも口ずさむ歌(音楽の教科書に「ジェルソミーナ」というタイトルで出ていた)は、物語の中では一体誰が作曲したことになっているのか、ザンパノと彼が殺した綱渡り芸人は以前にはどういう関係にあったのか、といったものから、ジェルソミーナが家族と別れる時、実は絶望よりも希望の方が勝っていたのか、何故ジェルソミーナは修道尼の誘いを断り修道院を後にしてザンパノについていったのか等々です。

道4.jpg この映画でのジェルソミーナの表情は、1つの場面においてもめまぐるしく変化し、一般に彼女は「頭が弱い」とされていますが、必ずしもそうとは言えないような気もし、例えば、「頭が弱い」からザンパノに虐げられても彼についていってしまう("ストックホルム症候群"説?)のではなく、一見粗暴に見える彼の弱さと優しさを見抜き、また、綱渡り芸人からも言われたように、自分しかザンパノを支える人間はいないということがわかっていたのでしょう。

道 10.jpg ザンパノ自身の方はそのことに気づかずに、彼が綱渡り芸人を殺したことを知って泣き続け心を閉ざしたままの彼女を置いていってしまい、何年か経た後に、彼女の死を聞いて号泣する自分を通して、自分が彼女を愛していたことをやっと知り、また、その彼女を見捨てた過ちに気づく―、そして今、自分は彼女に何もしてやれなかったという思いを抱いて残りの人生を送らなければならないという、これが彼にとっての"罰"になっていて、その罰を通して、かつて自分が犯した数々の罪をも知る―という構造になっているように思いました。

Michi(1954).jpg道3.jpg 綱渡り芸人が殺されてジェルソミーナが泣いたのは、優しかった彼が死んだということもありますが、むしろ、ザンパノの犯した罪に対する慄きからのものでしょう。人間の原罪を抉った作品であり、バックにキリスト教的な宗教観の影響も見てとれなくもないですが、但し、あまりそのことに引き寄せて解釈すると、ジェルソミーナが単なる"聖性"のシンボルになってしまうような気もしなくもありません。旅芸人たちの笑顔の底にある生身の人間としての悲哀-それに対する洞察と共感が込められていることは、「フェリーニの道化師」('70年)などの作品と併せて観るとよく解るかと思います。

Michi(1954)

新宿アートビレッジ3.png「道」●原題:LA STRADA●制作年:1954年●制作国:イタリア●監督:フェデリコ・フェリーニ●製作:カルロ・ポンティ/ディノ・デ・ラウレンティス●脚本:フェデリコ・フェリーニ/エンニオ・フライアーノ/トゥリオ・ピネッリ●撮影:オテッロ・マルテッリ●音楽:ニーノ・ロータ●時間:115分●出演:ジュリエッタ・マシーナ/アンソニー・クイン/リチャード・ベースハート/アルド・シルヴァーニ/マルセーラ・ロヴェーレ●日本公開:1957/05●配給:イタリフィルム=NCC●最初に観た場所:新宿アートビレッジ(79-05-01)●2回目:新宿アートビレッジ(79-05-02)(評価:★★★★★
新宿アートビレッジ (歌舞伎町ジャズ喫茶「タロー」3F、16ミリ専門の上映館・席数40) 1980(昭和55)年に活動停止

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シリーズ中、特に充実した内容。回答者のコメントを読むのが楽しい。

ミステリーサスペンス洋画ベスト150.jpg大アンケートによるミステリーサスペンス洋画ベスト15074.JPG  『現金(げんなま)に体を張れ』(1956).jpg
大アンケートによるミステリーサスペンス洋画ベスト150 (文春文庫―ビジュアル版)』['91年]/「現金(げんなま)に体を張れ」(1956).

 映画通と言われる約400人からとったミステリー・サスペンス洋画のアンケート集計で、『洋画ベスト150』('88年)の姉妹版とも、専門ジャンル版とも言えるもの('91年の刊行)。

 1つ1つの解説と、あと、スチール写真が凄く豊富で、一応、"ベスト150"と謳っていますが、ランキング200位まで紹介しているほか、監督篇ランキングもあり、個人的に偏愛するがミステリーと言えるかどうかというものまで、「私が密かに愛した映画」として別枠で紹介しています。また、エッセイ篇として巻末にある、20人以上の映画通の人たちによる、テーマ別のランキングも、内容・写真とも充実していて、このエッセイ篇だけで150ページあり、全体では600ページを超えるボリュームで、この文春文庫の「大アンケート」シリーズの中でもとりわけ充実しているように思えます。                                                         
第三の男.gif『恐怖の報酬』(1953) 2.jpg太陽がいっぱい.jpg 栄えある1位は「第三の男」、以下、2位に「恐怖の報酬」、3位に「太陽がいっぱい」、4位「裏窓」、5位「死刑台のエレベーター」、6位「サイコ」、7位「情婦」、8位「十二人の怒れる男」...と続き、この辺りのランキングは順当過ぎるぐらい順当ですが、どんな人が票を投じ、どんなコメントを寄せているのかを読むのもこのシリーズの楽しみで、時として新たな気づきもあります。因みに、ベスト150の内、ヒッチコック作品は17で2位のシドニー・ルメット、ビリー・ワイルダーの6を大きく引き離し、監督部門でもヒッチコックは1位です。
第三の男
第三の男2.jpg第三の男 観覧車.jpg 「第三の男」はグレアム・グリーン原作で、大観覧車、下水道、ラストの並木道シーン等々、映画史上の名場面として語り尽くされた映画ですが、個人的にも、1位であることにとりあえず異論を挟む余地はほとんどないといった感じ。
 この映画のラストシーンは、映画史上に残る名シーンとされていますが、男女の考え方の違いを浮き彫りにしていて、ロマンチックとかムーディとか言うよりも、ある意味で強烈なシーンかも。
 オーソン・ウェルズが、短い登場の間に強烈な印象を残し(とりわけ最初の暗闇に光が差してハリー・ライムの顔が浮かび上がる場面は鮮烈)、「天は二物を与えず」とは言うものの、この人には役者と映画監督の両方が備わっていたなあと。この若くして過剰なまでの才能が、映画界の先達に脅威を与え、その結果彼はハリウッドから締め出されたとも言われているぐらいだから、相当なものです。
恐怖の報酬
恐怖の報酬3.jpg『恐怖の報酬』(1953).jpg恐怖の報酬1.bmp 「恐怖の報酬」は、油田火災を消火するためにニトログリセリンをトラックで運ぶ仕事を請け負った男たちの話ですが、男たちの目の前で石油会社の人間がそのニトロの1滴を岩の上に垂らしてみせると岩が粉微塵になってしまうという、導入部の演出が効果満点。イヴ・モンタンってディナー・ショーで歌っているイメージがあったのですが、この映画では汚れ役であり、粗野ではあるが渋い男臭さを滲ませていて、ストーリーもなかなか旨いなあと(徒然草の中にある「高名の木登り」の話を思い出させるものだった)。この作品は、'77年にロイ・シャイダー主演でアメリカ映画としてリメイクされています。
太陽がいっぱい
太陽がいっぱい PLEIN SOLEIL.jpg 「太陽がいっぱい」は、原作はパトリシア・ハイスミス(1921- 1995)の「才能あるリプレイ氏」(『リプリー』(角川文庫))で、'99年にマット・デイモン主演で再映画化されています(前作のリバイバルという位置づけではない)。
『太陽がいっぱい』(1960).jpg この映画の解釈では、淀川長治のホモ・セクシュアル映画説が有名で(因みに、原作者のパトリシア・ハイスミスはレズビアンだった)、あの吉行淳之介も、淀川長治のディテールを引いての実証に驚愕した(吉行淳之介『恐怖対談』)と本書にありますが、ルネ・クレマンが来日した際に淀川長治自身が彼に確認したところ、そのような意図は無いとの答えだったとのこと(ルネ・クレマン自身がアラン・ドロンに"惚れて"いたとの説もあり、そんな簡単に本音を漏らすわけないか)。 
            
日比谷映画・みゆき座.jpg日比谷映画.jpg第三の男 ポスター.jpg「第三の男」●原題:THE THIRD MAN●制作年:1949年●制作国:イギリス●監督:キャロル・リード●製作:キャロル・リード/デヴィッド・O・セルズニック●脚本:グレアム・グリーン●撮影:ロバート・クラスカー●音楽:アントン・カラス●原作:グレアム・グリーン●時間:104分●出演:ジョセフ・コットン/オーソン・ウェルズ/トレヴァー・ハワード/アリダ・ヴァリ/バーナード・リー●日本公開:1952/09●配給:東和●最初に観た場所:千代田映画劇場(→日比谷映画) (84-10-15) (評価:★★★★☆)
千代田映画劇場 東京オリンピック - コピー.jpg日比谷映画内.jpg千代田映画劇場(日比谷映画) 1957年4月東宝会館内に「千代田映画劇場」(「日比谷映画」の前身)オープン、1984年10月、「日比谷映画劇場」(1957年オープン(1,680席))閉館に伴い「日比谷映画」に改称。2005(平成17)年4月8日閉館。

千代田劇場 「東京オリンピック」('65年/東宝)封切時
                                                     
「恐怖の報酬」.bmp恐怖の報酬.jpg恐怖の報酬3.jpg「恐怖の報酬」●原題:LE SALAIRE DELA PEUR●制作年:1953年●制作国:フランス●監督・脚本:アンリ・ジョルジュ・クルーゾー●撮影:アルマン・ティラール●音楽:ジョルジュ・オーリック●原作:ジョルジュ・アルノー●時間:131分●出演:イヴ・モンタン/シャルル・ヴァネル/ヴェラ・クルーゾー/フォルコ・ルリ●日本公開:1954/07●配給:東和●最初に観た場所:新宿アートビレッジ (79-02-10) (評価:★★★★)●併映:「死刑台のエレベーター」(ルイ・マル)
太陽がいっぱい 和田誠.jpg「太陽がいっぱい」ポスター(和田 誠
太陽がいっぱい15.jpg太陽がいっぱい ポスター2.jpg太陽がいっぱい ポスター.jpg 「太陽がいっぱい」●原題:PLEIN SOLEIL●制作年:1960年●制作国:フランス●監督:ルネ・クレマン●製作:ロベール・アキム/レイモン・アキム●脚本:ポール・ジェゴフ/ルネ・クレマン●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:ニーノ・ロータ●原作:パトリシア・ハイスミス 「才能あ文芸坐.jpg文芸坐ル・ピリエ.jpgるリプレイ氏」●時間:131分●出演:アラン・ドロン/マリー・ラフォレ/モーリス・ロネ/ エルヴィール・ポペスコ/エルノ・クリサ●日本公開:1960/06●配給:新外映●最初に観た場所:文芸坐ル・ピリエ (83-02-21) (評価:★★★★)

文芸坐ル・ピリエ (1979年、池袋文芸坐内に演劇主体の小劇場としてオープン)1997(平成9)年3月6日閉館

 個人的に、もっと上位に来てもいいかなと思ったのは(あまり、メジャーになり過ぎてもちょっと...という気持ちも一方であるが)、"Body Heat"という原題に相応しいシズル感のある「白いドレスの女」(27位)、コミカルなタッチで味のある「マダムと泥棒」(36位)、意外な場面から始まる「サンセット大通り」(46位)、カットバックを効果的に用いた強盗劇「現金(げんなま)に体を張れ」(51位)、「大脱走」を遥かに超えていると思われる「第十七捕虜収容所」(55位)、これぞデ・パルマと言える「殺しのドレス」(70位)(個人的には「ボディ・ダブル」がランクインしていないのが残念)、チャンドラーの原作をボギーが演じた「三つ数えろ」(92位)、脚本もクリストファー・リーブの演技も良かった「デス・トラップ/死の罠」(94位)、ミステリーが脇に押しやられてしまっているため順位としてはこんなものかも知れないけれど「ディーバ」(101位)、といった感じでしょうか、勝手な見解ですが。

kathleen-turner-body-heat.jpg白いドレスの女1.jpg白いドレスの女2.jpg白いドレスの女.jpg 「白いドレスの女」は、ビリー・ワイルダーの「深夜の告白」('48年)をベースにしたサスペンスですが、共にジェイムズ(ジェームス)・M・ケインの『殺人保険』(新潮文庫)が原作です(ジェイムズ・ケインは名画座でこの作品と併映されていた「郵便配達は二度ベルを鳴らす」の原作者でもある)。この映画では暑さにむせぶフロリダが舞台で、主人公の弁護士の男がある熱帯夜の晩に白いドレスの妖艶な美女に出会い、彼女の虜になった彼は次第に理性を奪われ、彼女の夫を殺害計画に加担するまでになる―という話で、ストーリーもよく出来ているし、キャスリーン・ターナーが悪女役にぴったり嵌っていました。kathleen-turner-body-heat(1981)

マダムと泥棒1.jpgマダムと泥棒.jpg 「マダムと泥棒」は、老婦人が営む下宿に5人の楽団員の男たちが練習部屋を借りるが、実は彼らは現金輸送車を狙う強盗団だった―という話で、これもトム・ハンクス主演で'04年に"The Ladykillers"(邦題「レディ・キラーズ」)というタイトルのまま再映画化されています。イギリス人の監督と役者でないと作り得ないと思われるブラック・ユーモア満載のサスペンス・コメディですが、この作品でマダムこと老婦人を演じて、アレック・ギネスやピーター・セラーズといった名優と渡り合ったケイティ・ジョンソンは、後にも先にもこの映画にしか出演していない全くの素人というから驚き。
 この作品は、本書の姉妹版の『洋・邦名画ベスト150 〈中・上級篇〉』('92年/文春文庫ビジュアル版)では、洋画部門の全ジャンルを通じての1位に選ばれています。

現金に体を張れ.jpg 「現金に体を張れ」(原題:THE KILLING)は、刑務所を出た男が仲間を集めて競馬場の賭け金を奪うという、これもまた強盗チームの話ですが、綿密なはずの計画がちょっとした偶然から崩れていくその様を、同時に起きている出来事を時間を繰り返カットバック方式でそれぞれの立場から描いていて、この方式のものとしては一級品に仕上がっており、また、人間の弱さ、夢の儚さのようなものもしかっり描けています。 ◎ スタンリー・キューブリック (原作:ライオネル・ホワイト) 「現金(ゲンナマ)に体を張れ」 (56年/米) ★★★★☆

『パルプ・フィクション』(1994) 2.jpgPulp Fiction(1994) .jpg 本書刊行後の作品ですが、同じくカットバックのテクニックを用いたものとして、ボスの若い妻(ユマ・サーマン)と一晩だけデートを命じられたギャング(ジョン・トラヴォルタ)の悲喜劇を描いたクエンティン・タランティーノ監督の「パルプ・フィクション」があり、テンポのいい作品でしたが(アカデミー脚本賞受賞)、カットバック方式に限って言えば、「現金に体を張れ」の方が上だと思いました(競馬場強盗とコーヒー・ショップ強盗というスケールの違いもあるが)。

Pulp Fiction(1994)

deathtrap movie.jpgdeathtrap movie2.jpg 「デス・トラップ 死の罠」の原作は「死の接吻」「ローズマリーの赤ちゃん」のアイラ・レビンが書いたブロードウェイの大ヒット舞台劇。落ち目の劇作家(マイケル・ケイン)の許に、かつてのシナリオライター講座の生徒クリフ(クリストファー・リーヴ)が書いた台本「デストラップ」が届けられ、作家は、金持ちの妻マイラ(ダイアン・キャノン)に「この劇は傑作だ」と話し、盗作のアイデアと青年の殺害を仄めかし、青年が郊外の自宅を訪れる際に殺害の機会を狙う―(要するに自分の作品にしてしまおうと考えた)。ドンデン返しの連続は最後まで飽きさせないもので、「スーパーマン」のクリストファー・リーブが演じる劇作家志望のホモ青年も良かったです(この人、意外と演技派俳優だった)。

ディーバ.jpgJean-Jacques Beineix's Diva.jpg 「ディーバ」は、オペラを愛する18歳の郵便配達夫が、レコードを出さないオペラ歌手のコンサートを密かに録音したことから殺人事件に巻き込まれるというもので、サスペンスでもラブ・ストーリーでもあったのですが、それ以前に、映画全体を通して視覚的・聴覚的に不思議な雰囲気のある作品で、セザール賞の最優秀新人監督作品賞(ジャン=ジャック・ベネックス)のほかに、同賞の撮影賞(フィリップ・ルースロ)、音楽賞(ウラディミール・コスマ)も獲っています。 Jean-Jacques Beineix's "Diva"

「白いドレスの女」.jpg「白いドレスの女」●原題:BODY HEAT●制白いドレスの女8.jpg作年:1981年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ローレンス・カスダン●製作:フレッド・T・ガロ●撮影:リチャード・H・クライン●音楽:ジョン・バリー●原作:ジェイムズ・M・ケイン 「殺人保険」●時間:113分●出演:ウィリアム・ハート/BODY HEAT.bmpキャスリーン・ターナー/リチャード・クレンナ/テッド・ダンソン/ミッキー・ローク/J・A・プレストン/ラナ・サウンダース/キム・ジマー●日本公開:1982/02●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:三鷹オスカー (82-08-07) ●2回目:飯田橋ギンレイホール(86-12-13)(評価:★★★★☆)●併映(1回目):「郵便配達は二度ベルを鳴らす」(ボブ・ラフェルソン)

THE LADYKILLERS 1955.jpgマダムと泥棒2.jpg「マダムと泥棒」●原題:THE LADYKILLERS●制作年:1955年●制作国:イギリス●監督:アレクサンダー・マッケンドリック●製作:セス・ホルト●脚本:ウィリアム・ローズ●撮影:オットー・ヘラー●時間:97分●出演:アレック・ギネス/ピーター・セラーズ/ハーバート・ロム/ケイティ・ジョンソン/シル・パーカー/ダニー・グリーン/ジャック・ワーナー/フィリップ・スタントン/フランキー・ハワード●日本公開:1957/12●配給:東和 (評価:★★★★)

現金に体を張れ01.jpgthe killing.jpg現金に体を張れ1.jpg「現金に体を張れ」●原題:THE KILLING●制作年:1956年●制作国:アメリカ●監督:スタンリー・キューブリック●製作:ジェームス・B・ハリス●脚本:スタンリー・キューブリック/ジム・トンプスン●撮影:ルシエン・バラード●音楽:ジェラルド・フリード●原作:ライオネル・ホワイト 「見事な結末」●時間:83分●出演:スターリング・ヘイドン/ジェイ・C・フリッペン/メアリ・ウィンザー/コリーン・グレイ/エライシャ・クック/マリー・ウィンザー/ヴィンス・エドワーズ●日本公開:1957/10●配給:ユニオン=映配●最初に観た場所:新宿シアターアプル (86-03-22) (評価:★★★★☆)

パルプ・フィクション4.jpgパルプフィクション スチール.jpgパルプ・フィクション ポスター.jpg「パルプ・フィクション」●原題:PULP FICTION●制作年:1994年●制作国:アメリカ●監督・脚本:クエンティン・タランティーノ●製作:ローレンス・ベンダー●原案:クエンティン・タランティーノ/ロジャー・エイヴァリー●撮影:アンジェイ・セクラ●音楽:カリン・ラットマン●時間:155分●出演:ジョン・トラヴォルタ/サミュエル・L・ジャクソン/ユマ・サーマン/ハーヴェイ・カイテル/アマンダ・プラマー/ティム・ロス/クリストファー・ウォーケン/ビング・ライムス●日本公開:1994/09●配給:松竹富士 (評価:★★★★)

DEATHTRAP 1982.jpgデス・トラップ 死の罠.jpgデストラップ・死の罠3.jpg「デス・トラップ 死の罠」●原題:DEATHTRAP●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督:シドニー・ルメット●製作:バート・ハリス●脚本:ジェイ・プレッソン・アレン●撮影:アンジェイ・バートコウィアク●音楽:ジョニー・マンデル●原作:アイラ・レヴィン●時間:117分●出演:マイケル・ケイン/クリストファー・リーヴ/ダイアン・キャノン/アイリーン・ワース/ヘンリー・ジョーンズ/ジョー・シルヴァー●日本公開:1983/09●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:テアトル吉祥寺 (86-02-15) (評価:★★★☆)●併映「殺しのドレス」(ブライアン・デ・パルマ)

ディーバ  チラシ.jpgディーバ 1981.jpg「ディーバ」●原題:DIVA●制作年:1981年●制作国:フランス●監督:ジャン=ディーバ dvd.jpgジャック・ベネックス●製作:イレーヌ・シルベルマン●脚本:ジャン=ジャック・ベネックス/セルジュ・シルベルマン●撮影:フィリップ・ルースロ●音楽:ウラディミール・コスマ●原作:デラコルタ●時間:117分●出演:フレデリック・アンドレイ/ウィルヘルメニア=ウィンギンス・フェルナンデス/リシャール・ボーランジェ/シャンタル・デリュアズ/ジャック・ファブリ/チュイ=アン・リュー●日本公開:1981/12●配給:フランス映画社●最初に観た場所:大井武蔵野舘 (84-06-16)●2回目:六本木・俳優座シネマテン(97-10-03) (評価:★★★★)●併映(1回目):「パッション」(ジャン=リュック・ゴダール)
 
パワー・プレイ.jpgPower Play by Peter O'Toole.jpg「パワー・プレイ (1978).jpg 「私が密かに愛した映画」で「パワー・プレイ」を推した橋本治氏が、「すっごく面白いんだけど、これを見たっていう人間に会ったことがない」とコメントしてますが、見ましたよ。

Power Play (1978).jpg ヨーロッパのある国でテログループによる大臣の誘拐殺人事件が起き、大統領がテロの一掃するために秘密警察を使ってテロリスト殲滅を実行に移すもののそのやり方が過酷POWER PLAY OPERATION OVERTHROW.jpgで(名脇役ドナルド・プレザンスが秘密警察の署長役で不気味な存在感を放っている)、反発した軍部の一部が戦車部隊の隊長ゼラー(ピーター・オトゥール)を引き入れクーデターを起こします。クーデターは成功しますが、宮殿の大統領室にいたのは...。「漁夫の利」っていうやつか。最後、ピーター・オトゥールがこちらに向かってにやりと笑うのが印象的でした。

「パワー・プレイ」輸入版ポスター/輸入盤DVD(右上)

POWER PLAY OPERATION OVERTHROW 1978 .jpg「パワー・プレイ 参謀たちの夜」●原題:POWER PLAY OPERATION OVERTHROW●制作年:1978年●制作国:イギリス/カナダ●監督:マーティン・バーク●製作:クリストファー・ダルトン●撮影:オウサマ・ラーウィ●音楽:ケン・ソーン●時間:110分●出演:ピーター・オトゥール/デヴィッド・ヘミングス/バリー・モース/ドナルド・プレザンス/ジョン・グラニック/チャック・シャマタ/アルバータ・ワトソン、/マーセラ・セイント・アマント/オーガスト・シェレンバーグ●日本公開:1979/11●配給:ワールド映画●最初に観大塚駅付近.jpg大塚名画座 予定表.jpg大塚名画座4.jpg大塚名画座.jpgた場所:大塚名画座 (80-02-21) (評価:★★★☆)●併映:「Z」(コスタ・ガブラス)

大塚名画座(鈴本キネマ)(大塚名画座のあった上階は現在は居酒屋「さくら水産」) 1987(昭和62)年6月閉館

《読書MEMO》
- 構成 -
○座談会 それぞれのヒッチコック
○作品編 ここに史上最高最強の151の「面白い映画」がある
○監督編 人をハラハラさせた人たち
○エッセイ集-映画を見ることも、映画について読むことも楽しい(一部)
 ・原作と映画の間に (山口雅也)
 ・どんでん返しの愉楽 (筈見有弘)
 ・ぼくの採点表 (双葉十三郎)
 ・映画は見るもの、ビデオは読むもの (竹市好古)
 ・わたしの「推理映画史」 (加納一朗)
 ・法廷映画この15本- 13人目の陪審員 (南俊子)
 ・襲撃映画この15本-なにがなんでも盗み出す (小鷹信光)
 ・ユーモア・パロディ映画この20本-笑うサスペンス (結城信孝)
 ・10人のホームズ、10人のワトソン、10人のモリアティ、そして8人のハドソン夫人 (児玉数夫)
 ・世界の平和を守った10人の刑事 (浅利佳一郎)
 ・世界を震えあがらせた10人の悪党 (逢坂剛)
 ・サスペンス映画が似合う女優10人 (渡辺祥子)
 ・フランス人はなぜハドリー・チェイスが好きなのか (藤田宜永)
 ・主題曲は歌い、叫ぶ (岩波洋三)
 ・『薔薇の名前』と私を結んだ赤い糸 (北川れい子)
 ・マイケル・ケインはミステリー好き (松坂健)
 ・TV界のエラリー・クイーン (小山正)
 ・394のアンケートを読んで (赤瀬川準)

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ロマンチックで滑稽で切ない「白夜」。ヴィスコンティよりもブレッソンの映画が良かった。

白夜.jpg 白夜 [DVD]PL.jpg 白夜2.jpg 白夜 映画.jpg 白夜 ブレッソン ブルーレイ.jpg
白夜 (角川文庫クラシックス)』/ルキノ・ヴィスコンティ監督「白夜 [DVD]」/ロベール・ブレッソン監督「白夜」チラシ・パンフレット/「ロベール・ブレッソン監督『白夜』Blu-ray」(2016)

「白夜」挿画 (1922年).jpg 1848年、ドストエフスキーが20代後半に発表した初期短篇集で、後の作品群のような重々しいムードは無く、むしろ処女作『貧しき人びと』の系譜を引くヒューマンタッチの作品が主で、内容的にも読みやすいものばかりです。

 表題作の「白夜」も恋愛がテーマで、主人公は美しい恋愛を夢想するインテリ青年で、理想の女性を求め白夜の街を徘徊していたある日、橋の上で泣いている美しい女性に出会い、恋人に捨てられたらしい彼女の話を聞くうちに自分が恋に陥る―というものですが、ロマンチックだけれどもどこかコミカルでもあり、切ないと言うか、但し、ちょっと残酷でもあるお話です。

「白夜」挿画 (1922年)

 人生で絶対的なものなど希求した覚えがないという人でも、若かりし頃は"絶対の恋人"というものを夢見たことがあるのではないか、夢と現実の違いを知ることが大人になるということなのか、などと多少しみじみした気分に...。

 また、この主人公がとる、フィアンセがきっと帰ってくると彼女を勇気づける利他的とも思える行動は、『貧しき人びと』や、後の『永遠の夫』などにも通じるモチーフのように思えます。

 主人公は、愛する人の聞き役、相談役であることに充足していて、いつまでもその状態が続くことを欲しながらも、ライバルから彼女を奪い取ろうとはせず、結果的には彼女を失うための努力をしているような感じになっている...。

白夜4.jpg この作品は、ルキノ・ヴィスコンティ監督がマルチェロ・マストロヤンニ、マリア・シェル主演で映画化('57年/モノクロ)しているほか、「少女ムシェット」のロベール・ブレッソン監督がまったくの素人俳優を使って映画化('71年/カラー)していますが、個人的には後者の方が良かったです。  

白夜 ヴィスコンティ版1シーン.jpg ルキノ・ヴィスコンティ版「白夜」は、ペテルブルクからイタリアの港町に話の舞台を移し、但し、オールセットでこの作品を撮っていて(モノクロ)、主人公の孤独な青年にマルチェロ・マストロヤンニ、恋人に去られた女性に「居酒屋」のマリア・シェル、その恋人にジャン・マレーという錚々たる役者布陣であり、キャスト、スタッフ共に国際的です。

白夜 ルチェロ・マストロヤンニ/マリア・シェル.jpg 「ヴェネツィア映画祭銀獅子賞」を受賞するなど、国際的にも高い評価を得た作品で、タイトルに象徴される幻想的な雰囲気を伝えてはいるものの、細部において小説から抱いたイメージと食い違い、個人的にはやや入り込めなかったという感じです。

 撮影に膨大な時間をかける傾向にあるヴィスコンティは、短時間、低予算でも映画を作ることができることを証明しようとしてこの作品を撮ったらしいですが、他のヴィスコンティ作品に比べると粗さが目立つ気もしました(ヴィスコンティはヴィスコンティらしく、金と時間をふんだんに使って映画を撮るべきということか。但し、これは個人的な見解であって、この作品に対する一般の評価は高い)。
      
ブレッソン 白夜 2.jpg白夜3.jpg 一方のロベール・ブレッソン版「白夜」は、舞台をパリに移し、青年はポン・ヌフの橋からセーヌ河に身投げしようとしている女性と出会うという地理的設定にしています。(1978年2月に「岩波ホール」で公開されて以来、34年ぶりとなる2012年10月に「渋谷ユーロスペース」にてリバイバル上映され、2016年5月に本邦初ソフト(Blu-ray)が販売された。この映画に惚れ込んだ人物が個人で会社を設立して、配給・ソフト発売にこぎつけたとのこと)。

映画:白夜.jpg 神経質そうでややストーカーっぽいとも思える青年(ギョーム・デ・フォレ)の、それでいて少白夜1シーン.bmpし滑稽で哀しい感じが原作を身近なものにしていて、恋人の名前をテープに吹き込んだりしている点などはオタク的であり、こんな青年は実際いるかもしれないなあと白夜1.jpg―。そうしたギョーム・デ・フォレの鬱屈した中にも飄々としたユーモアを漂わせた青年に加えて、イザベル・ヴェンガルテンの内に秘めた翳のある女性も良かったように思います(ギヨーム・デ・フォレ、イザベル・ヴェンガルテン共にこの作品に出演するまで演技経験が無かったというから、ブレッソンの演出力には舌を巻く)。

白夜 フランス版ポスター.jpgQUATRE NUITS D'UN REVEUR1.bmp 夜のセーヌ河をイルミネーションに飾られた水上観光バス(バトー・ムーシュ)がボサノヴァ調の曲を奏でながらクルージングする様を、橋上から情感たっぷりに撮った映像はため息がでるほど美しく、原作のロマンチシズムを極致の映像美にしたものでした。

 「白夜」という原作タイトルは邦訳の際のもので、ドストエフスキーがこの短編につけたタイトルは「「夢想者の4夜」です(右はブレッソン版ポスター)。

 どちらかと言えば、ヴィスコンティの作品の方を評価する人が多いのかも知れませんが、孤独な青年の繊細さ、情熱、詩情を中心に据えた物語だとすると、ジャン・マレー(元の恋人役)の存在はちょっと重すぎる感じもしました。最後に「元カレ」が現れる場面は共に原作通りですが、そもそも原作には、ヴィスコンティの作品のような離れ離れになる前の男女の遣り取りはなく、もっとシンプルです。いろいろな点で、個人的にはブレッソンの作品の方が勝っていると考えます。

ヴィスコンティ 白夜 .jpg「白夜」(ヴィスコンティ版).jpg「白夜」(ヴィスコンティ版)●原題:QUATER NUITS D'UN REVEUR●制作年:1957年●制作国:イタリア・フランス●監督・脚本:ルキノ・ヴィスコンティ●撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ●音楽:ニーノ・ロータ●原作:ドストエフスキー●時間:107分●出演:マルチェロ・マストロヤンニ/マリア・シェル/ジャン・マレー/クララ・カラマイ/マリア・ザノーリ/エレナ・ファンチェーラ●日本公開:1958/04●配給:イタリフィルム●最初に観た場所:高田馬場東映パラス(86-11-30)(評価★★★)●併映:「世にも怪奇な物語」(ロジェ・バディム/ルイ・マル/フェデリコ・フェリーニ)

QUATRE NUITS D'UN REVEUR 1971.bmp「白夜」(ブレッソン版)●原題:QUATRE NUITS D'UN REVEUR●制作年:1971年●制作国:フランス●監督・脚本:ロベール・ブレッソン●撮影:ピエール・ロム●音楽:ミシェル・マーニュ●原作:ドストエフスキー●時間:83分●出演:イザベル・ヴェンガルテン/ギョーム・デ・フォレ●日ルイ・マル ブレッソン『白夜 鬼火』半券.jpg本公開:1978/02●配給:フランス映画社●最初に観た場所:池袋文芸坐(78-06-22)●2回目:池袋文芸坐(78-06-23)●3回目:有楽シネマ(80-05-25) (評価★★★★★)●併映(1回目・2回目):「少女ムシェット」(ロベール・ブレッソン)●併映(3回目):「鬼火」(ルイ・マル)

 【1958年文庫化・1979年改訂[角川文庫(小沼文彦:訳)]】

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