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「女性vs.女性」のドラマになっていた。ワインのぶっかけ合い」は「エール交換」?

疑惑 [DVD].jpg 疑惑  2.jpg 松本清張 疑惑 文庫.jpg
<あの頃映画> 疑惑 [DVD]」岩下志麻/桃井かおり/三木のり平『新装版 疑惑 (文春文庫)
疑惑 0.jpg 富山県新港湾埠頭で車が海中に転落、乗っていた地元の財閥・白河福太郎(仲谷昇)は死亡したが、後妻の球磨子(桃井かおり)はかすり傷ひとつ負わなかった。後に球磨子は過去に情夫の豊崎(鹿賀丈史)と共謀して数数の犯罪を起こしていたことが判明。しかも、彼女は夫に三億円の保険金をかけており、この事故も、泳げない福太郎を殺すための擬装ではないかと誰もが疑う。北陸日日新聞社会部記者の秋谷(柄本明)もその一人だった。物的証拠がないまま球磨子は身柄を拘束された。球磨子の弁護は、白河家の顧問弁の原山弁護士(松村達雄)が持病を理由に降り、その後輩で刑事専門の弁護士としては日本屈指とされる岡村弁護士(丹波哲郎)も断ってしまい弁護人の引き受け手がいない中、民事専門の佐原律子弁護士(岩下志麻)が国選弁護人として選ばれ、検事の宗方(小林稔侍)と法廷で対峙する。球磨子と律子は、互いに反感を抱きながらも、球磨子の無実を証明しようとする―。

松本清張 疑惑 単行本.jpg 野村芳太郎監督の1982年9月公開作で、松本清張の「オール讀物」同年2月号発表の中編小説「疑惑」の映画化ですが(発表して半年くらいで映画になってしまうところが、当時の松本清張の人気を物語っていてスゴイが)、原作者自身が脚色したとのことです(撮影台本は古田求と野村芳太郎)。白河福太郎を仲谷昇、球磨子を桃井かおり、その弁護人を岩下志麻が演じており、新聞記者の秋谷に柄本明、検事の宗方に小林稔侍、といった配役も楽しめます。映画の後半は法廷劇となりますが、証言者として、鑑定した大学教授に小沢栄太郎、事故の目撃者に森田健作、球磨子が元いた東京のクラブの経営者に山田五十鈴、球磨子の情夫・豊崎に鹿賀丈史、と配役も今見るとなかなか豪華です。

疑惑 柄本明.jpg 原作は、主に北陸日日新聞の社会部記者の秋谷の視点で描かれており、自社の新聞で、球磨子が犯人であるのは間違いなく、彼女は稀にみる毒婦であるといった論調を展開した秋谷が、国選弁護人の42歳の佐原卓吉弁護士が地道な検証を行った結果、球磨子の無実が立証される可能性が出てきたため、そうなると、球磨子が無罪放免になった際に彼女とその情夫の"お礼参り"に遭うのではないかと、次第に戦々恐々たる不安心理に陥っていき、遂に...という展開です(マスコミ報道の在り方に対する風刺がテーマになっているともとれる)。

疑惑 映画 iwashita.jpg 一方、映画の方は、桃井かおり演じる球磨子を弁護する国選弁護人が、原作の見た目はぱっとしない佐原卓吉弁護士から、岩下志麻演じる、やはり民事専門だが見るからに頭が切れそうな東大法学部卒の女性弁護士・佐原律子に改変されています。それによって、殺人容疑者の女と彼女を弁護することになった女性弁護士の間の確執を描く「女性vs.女性」の構図になっており、柄本明演じる新聞記者の秋谷は、原作よりかなり後退した印象を受けるし、小林稔侍演じる検事もあまりぱっとしません。仲谷昇演じる白河福太郎からして、原作以上に球磨子に振り回されっぱなしであり、男性陣は法廷の証言台に立ってもは皆おどおどしていて、頼りなさげな描かれ方になっているのは、監督の計算の内ではないでしょうか。

疑惑 7.jpg 脚本は途中で変更があったりしたようですが、桃井かおり、岩下志麻という配役が決まった時点で「女性vs.女性」のドラマとなるのは自明のことだったかもしれません。二人は被告人と弁護人という関係でありながら常に確執があり、事件解決後にはむしろ、それはより明白になるという展開でした。まったく境遇の異なる二人でありながら、共に、男性社会を生き抜く上でのしたたかさ、逞しさを持っているという点で両者は通底しているように思われました。映画終盤の「ワインのぶっかけ合い」をある種の「エール交換」との捉え方をする人もいますが、なかなか穿った見方だと思います。

疑惑 映画 momoi.jpg 桃井かおりの演技が高く評価されましたが、桃井かおりは、球磨子役のオファーを受けた際、「週刊誌的には私自身がわけもなく嫌われていて最悪な状態だったんで、『いまさらこの役をやる必要はないでしょ』と、うちの事務所は全員大反対(笑)。でも、(中略)等身大の桃井ネタは尽きたと思っていたので、いっそすごく嫌な人とかダメな人を少し作って演じてみたい、とにかく演じたいという気持ちが強かったんですね。球磨子のような人だと思われてこそ大成功くらいの気持ちで、思いっきりやってみようと思ったんです」と語っています。

疑惑6.jpg 桃井かおりは彼女なりのふっきれた演技だったと思いますが、ただ、個人的には、「影の車」('70年/野村芳太郎監督)、「内海の輪」('71年/斎藤耕一)、「鬼畜」('78年/野村芳太郎監督)と松本清張原作の作品に出演してきた岩下志麻がやはり印象が強かったでしょうか(ラストは佐原律子にとっても厳しいものだったが、この辺りも映画のオリジナルである)。この作品の翌年、「迷走地図」('84年/野村芳太郎監督)にも出演し、これら作品で相手方の男優の方は、加藤剛、中尾彬、緒形拳、勝新太郎と変わっていますが、この「疑惑」だけ、拮抗する相方が女優(桃井かおり)であり、その意味ではユニークな位置づけにあるかもしれません。

疑惑5.jpg もう一つ、原作からの改変点として、佐原弁護士が、水没した車の車内にあった「脱げた靴とスパナ」から真相に迫るのは原作も同じですが、映画の後半は裁判シーンが主となり、これだけでは公判が維持できないと考えたのか、映画の方には、白河福太郎の息子の決定的証言というのがあります。これは大きな改変かと思いますが、判決まで描くとすれば、やはり「靴とスパナ」だけでは弱く、理にかなった改変だったように思います(子どもに証言を迫る岩下志麻がちょっと怖くて、「鬼畜」の時の彼女を思い出した(笑))。

疑惑 jikeknn.jpg別府三億円保険金殺人事件2.jpg 車の「転落事故」の実証検分のための実験などは、原作より丁寧に描いていましたが、原作が、1974年11月発生の「別府三億円保険金殺人事件」からヒントを得たものであり、この事件において実際に何度か転落実験が実施され、その様子がテレビで報じられているため、撮影前から大体のイメージは掴めていたのではないでしょうか。

疑惑 kagaya.jpg 舞台を別府から富山に移しているのは、原作がそうなっているためです。ロケで石川・和倉温泉の「加賀屋」を使っているのは、松本清張の好み?でしょうか。「ゼロの焦点」('61年) のロケでも使われ、原作執筆時の松本清張も宿泊していた旅館ですが、「ゼロの焦点」の時から建て替えられて綺麗になっているよゼロの焦点 1961年.jpgうに見えます。ロケ中は富山と石川の往復が激しかったそうですが、富山のロケ先で桃井かおりがと松本清張と食事をした際、富山湾名物のオコゼの唐揚げを注文した松本清張を見て、桃井かおりが「オコゼ食べちゃうんですか」と言ったところ、清張は「似ているからって、僕が食べちゃいけないの」と返し、それまでの緊張が一気にほぐれて和んだという、彼女自身の回顧談があります。

「ゼロの焦点」('61年)
           

疑惑 tanba.jpg「疑惑」●制作年:1982年●監督:野村芳太郎●製作:野村芳太郎/杉崎重美●脚色:松本清張●撮影台本:古田求/野村芳太郎●撮影:川又昂●音楽:芥川也寸志●原作:松本清張●時間:127分●出演:桃井かおり/岩下志麻/鹿賀丈史/柄本明/仲谷昇/内藤武敏/小林稔侍/小沢栄太郎/山田五十鈴/森田健作/松村達雄/丹波哲郎/三木のり平/北林谷栄/名古屋章/新田昌玄/河原崎次郎/山本清/飯島大介/梅野泰靖/小林昭二/水谷貞雄/真野響子●公開:1982/09●配給:松竹=富士映画(評価:★★★★)
松村達雄(白河家の顧問弁護士・原山正雄)/丹波哲郎(原山の大学の後輩の弁護士・岡村謙孝。原山は球磨子の弁護を降り、後任を要請された岡村も結局は辞退する)

中谷昇 in「にごりえ(第2話:大つごもり)」('53年)/「砂の上の植物群」('64年)/「キイハンター」('68-73年)/「疑惑」('82年)/「カノッサの屈辱」('90-91年)
にごりえ 大つごもり 中谷.jpg 中谷昇 砂の上の植物群9.png 仲谷昇 キイハンター.jpg 中谷昇 疑惑.png 仲谷昇 カノッサの屈辱.jpg


《読書MEMO》
●「疑惑」のテレビドラマ化
・1992年「松本清張スペシャル・疑惑」(フジテレビ)いしだあゆみ(白河球磨子)・小林稔侍(佐原卓吉)
・2003年「松本清張没後10年特別企画・疑惑」(テレビ朝日)余貴美子(白河球磨子)・中村嘉葎雄(佐原卓吉)
・2009年「松本清張生誕100年特別企画・疑惑」(TBS)沢口靖子(白河球磨子)・田村正和(佐原卓吉)
・2012年「松本清張没後20年特別企画・疑惑」(フジテレビ)尾野真千子(白河球磨子)・常盤貴子(佐原千鶴)
・2019年「松本清張ドラマスペシャル・疑惑」(テレビ朝日)黒木華(白河球磨子)・米倉涼子(佐原卓子)

1992年「疑惑」(フジテレビ)いしだあゆみ(白河球磨子)・小林稔侍(佐原卓吉)/2009年「疑惑」(TBS)沢口靖子(白河球磨子)・田村正和(佐原卓吉)
松本清張スペシャル・疑惑1.jpg 松本清張生誕100年特別企画・疑惑.jpg

2012年「疑惑」(フジテレビ)常盤貴子(佐原千鶴)・尾野真千子(白河球磨子)/2019年「疑惑」(テレビ朝日)米倉涼子(佐原卓子)・黒木華(白河球磨子)
松本清張没後20年特別企画・疑惑.jpg 松本清張ドラマスペシャル・疑惑.jpg

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後の作品の様式美、後の黒澤と三船の関係の終焉の予兆を感じさせる作品ではないか。

蜘蛛巣城 1957.jpg蜘蛛巣城 dvd.jpg蜘蛛巣城 10.jpg
蜘蛛巣城<普及版> [DVD]」三船敏郎

蜘蛛巣城 浪花ド.jpg 北の館(きたのたち)の主・藤巻の謀反を鎮圧した武将、鷲津武時(三船敏郎)と三木義明(千秋実)は、喜ぶ主君・都築国春(佐々木孝丸)に召喚され、蜘蛛巣城へ馬を走らせるが、霧深い「蜘蛛手の森」で道に迷い、奇妙な老婆(浪花千栄子)と出会う。老婆は、武時はやがて北の館の主、そして蜘蛛巣城の城主になり、義明は一の砦の大将となり、やがて子が蜘蛛巣城の城主なると告げる。二人は一笑に蜘蛛巣城 三船es.jpg付すが、主君が与えた褒賞は、武時を北の館の主に、義明を一の砦<の大将に任ずるものだった。武時から一部始終を聞いた妻・浅茅(山田五十鈴)は、老婆の予言を国春が知ればこちらが危ないと謀反を唆し、武時の心は揺れ動く。折りしも、国春が、藤蜘蛛巣城 ンロード.jpg巻の謀反の黒幕、隣国の乾を討つために北の館へ来た。その夜、浅茅は見張りの兵士らを痺れ薬入りの酒で眠らせ、武時は、国春を殺す。主君殺しの濡れ衣をかけられた臣下・小田倉則安(志村喬)は国春の嫡男・国丸(太刀川洋一)と蜘蛛巣城に至るが、蜘蛛巣城蜘蛛巣城 16.jpgの留守を預かっていた義明は開門せず、弓矢で攻撃してきたため逃亡する。義明の推挙もあり、蜘蛛巣城の城主となった武時だったが、子が無いために義明の嫡男・義照(久保明)を養子に迎えようとする。だが浅茅はこれを拒み、加えて懐妊を告げたため、武時も心変わりする。義明親子が姿を見せないまま養子縁組の宴が始まるが、その中で武時は、死装束に身を包んだ義明の幻を見て、抜刀して錯乱する。浅茅が客を引き上げさせると、郎党の武者から、義明は殺害したが、義照は取り逃がしたとの報が入る。嵐の夜、浅茅は蜘蛛巣城 三船 山田.jpeg死産し、国丸、則安、義照を擁した乾の軍勢が攻め込んでくる。無策の家臣らに苛立った武時は、森の老婆を思い出し、蜘蛛手の森へ馬を走らせる。現れた老婆は「蜘蛛手の森が城に寄せて来ぬ限り、お前様は戦に敗れることはない」と予言する。蜘蛛巣城を包囲され動揺する将兵に、武時は老婆の予言を語って聞かせ、士気を高めるが、野鳥の群れが城に飛び込むなどした不穏な夜が明けると浅茅は発狂し、手を「血が取れぬ」と洗い続ける。そして蜘蛛手の森は寄せ来る。恐慌をきたす兵士らに持ち場に戻れと怒鳴る武時めがけ、味方側から無数の矢が放たれる―。

 黒澤明監督の1957年公開作で、シェイクスピアの「マクベス」を日本の戦国時代に置き換えた作品であることはよく知られています。クレジットに「原作:シェイクスピア「マクベス」と無いのは、「原作」ではなく「翻案」ということだと思われますがが、Wikipediaなどでは「原作」となっています。また、海外ではシェイクスピアの映画化作品で最も優れた作品の一つとして評価されているようです(ヴェネツィア国際映画祭「金獅子賞」ノミネート作品)。

蜘蛛巣城 last.jpg 1956年10月16日、第1回ロンドン映画祭のオープニング作品として上映され、黒澤明もこれに出席、その直後にローレンス・オリヴィエとヴィヴィアン・リーの夫妻と会食し、ローレンス・オリヴィエは本作について、浅茅を妊娠させ、死産で発狂させたことや、森が動き出す前夜、森を荒らされた鳥たちが城に飛んでくるところ、最後に武時が味方の矢で殺されるところなどを評価し、ヴィヴィアン・リーも山田五十鈴の演技に興味を持ち、動きの少ない演技や発狂するときのメーキャップについて熱心に質問したそうです。

蜘蛛巣城 mori.jpg 原作にはマクベスの妻の妊娠は無く、こうしたオリジナリティから黒澤自身がこの作品を「マクベス」のリメイクとしては公表しなかった言われていま蜘蛛巣城 志村4.jpgす。また、最後に武時が味方の無数の矢で殺される部分は、原作ではマクベスは、「女(訳本によっては「女の股」)から生まれた者には殺されない」と魔女に告げられ慢心していたのが、「母の腹を破って出てきた」(要するに「帝王切開」で生まれた)マクダフという男に殺されます(映画では、「バーナムの森がダーネンの丘に向かってこない限りはマクベスは滅びない」との予言の方だけ採用されている。娯楽性を重視する黒澤明がわかりやすい方のみを選択したのではないか)。

蜘蛛巣城 山田.jpg また、山田五十鈴演じる浅茅が狂気に陥る場面では、山田五十鈴は、凄まじい形相で手を洗う仕草をくり返す演技を自分で組み立て、自宅で水道の水を流して自己リハーサルをくり返したといい、この演技は、黒澤にして「このカットほど満足したカットはない」と言わせましたが、黒澤明の方でも、山田五十鈴の白眼に金箔を張るなど、「七人の侍」('54年)で雨に墨汁を混ぜたのと同じような技巧を施しています。

蜘蛛巣城 yamada.jpg ヴィヴィアン・リーも関心を持った山田五十鈴演じる浅茅の演技は、黒澤明自蜘蛛巣城 mihune.png身が好きだったという能の所作を取り入れたもので、モノクロ画面の印影と相俟って強烈な印象を残しますが、この作品が「七人の侍」や「隠し砦の三悪人」('58年)など黒澤作品と同じ50年代の作品であり、同様のダイナミズムを有しながらも、一方で、後の「乱」('85年)(これもシェイ東京暮色 yamada nakamura.jpgクスピアの「リア王」を翻案した作品だが)などに見られる能の様式美をすでに体現していることが興味深いです。しかし。山田五十鈴という女優は、同じ年に小津安二郎監督の「東京暮色」('57年)にも出ているわけで、演技の幅広さを感じます(「東京暮色」には、この作品で「幻の武士」役の中村伸郎、宮口精二も出ている)。

「東京暮色」('57年)山田五十鈴/中村伸郎

 でも、やはり三船敏郎が一番でしょうか。武時が味方の矢で殺されるというのは、原作からの大きな改変と言えますが、ローレンス・オリヴィエをしてその箇所を評価せしめているのは、やはり三船敏郎の演技によるところが大きいと思われ、改めて三船あっての黒澤作品であると思わざるを得ません。このシーン蜘蛛巣城 三船.jpg、大学の弓道部の学生を大勢動員して実際に三船に向けて蜘蛛巣城 大學弓道部.jpg矢を放ったという、まさに命懸けの撮影だったわけですが、三船は本作の撮影終了後も、自宅で酒を飲んでいると矢を射かけられたラストシーンを思い出し、あまりにも危険な撮影をさせた黒澤にだんだんと腹が立ち、酒に酔った勢いで散弾銃を持って黒澤の自宅に押しかけ、自宅前で「こら〜!出て来い!」と叫んだというエピソードがあります。これはある意味、将来の黒澤と三船の関係の終焉の予兆を感じさせるような話のように思えます。

土屋嘉男(鷲津の郎党D、伝令、騎馬の伝令の3役)
蜘蛛巣城 土屋101.jpg 伝令の男が城門を叩くシーンは、当初は鷲津の郎党の一人の役の土屋嘉男が推薦した俳優が演じていましたが、「演技が嘘っぽい」として黒澤が気に入らず数日を費やしたため、監督直々の頼みで土屋嘉男が吹き替えをすることとなり、また、鷲津武時に騎馬の伝令が敵情を緊急報告する場面では、ベテランの馬術スタッフが急に「役が重すぎる」と怖気づいたため、乗馬の心得のある土屋嘉男が再び黒澤監督から直々の頼みを受け、この伝令の役を演じています。土屋嘉男は自身にとって会心のテイクが3度目にあったものの、黒澤監督から馬の動きに注文を出され、何度もテイクを重ねることになり、堪りかねてわざと黒澤監督めがけて馬を走らせて、逃げる監督を追いかけ回し、3度目のテイクにOKを出させたとか。土屋嘉男は「隠し砦の三悪人」でも騎馬侍を演じ、馬上で三船敏郎と会い交える派手な騎乗シーンを見せてくれています。

加藤武(都築警護の武士A)/千秋実(三木義明&その幻影)/浪花千栄子(物の怪の妖婆)/中村伸郎(幻の武者C)
蜘蛛巣城 katou1.jpg 蜘蛛巣城 千秋.jpg 蜘蛛巣城 浪花.jpg 蜘蛛巣城 中村.jpg
志村喬(小田倉則保)
蜘蛛巣城 志村.jpg蜘蛛巣城 1.jpg「蜘蛛巣城」●制作年:1957 年●監督:黒澤明●製作:藤本真澄/黒澤明●脚本:小国英雄/橋本忍/菊島隆三/黒澤明●撮影:中井朝一●音楽:佐藤勝●原作:ウィリアム・シェイクスピア「マクベス」(クレジット無し)●時間:110分●出演:三船敏郎/山田五十鈴/志村喬/久保明/太刀川洋一/千秋実/佐々木孝丸/清水元/高堂国典/上田吉二郎/三好栄子/浪花千栄子/富田仲次郎/藤木悠/堺左千夫/大友伸/土屋嘉男/稲葉義男/笈川武夫/谷晃/沢村いき雄/佐田豊/恩田清二郎/高木新平/増田正雄/浅野光雄/井上昭文/小池朝雄/加藤武/高木均/樋口廸也/大村千吉/櫻井巨郎/土屋詩朗/松下猛夫/大友純/坪野鎌之/大橋史典/木村功(特別出演)/宮口精二(特別出演)/中村伸郎(特別出演)●公開:1957/01●配給:東宝●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(10-09-21)(評価:★★★★☆)

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後期作品の中では異彩を放つこの"暗さ"は、小津安二郎の悲観的な結婚観に符合する?

東京暮色 1957.jpg 東京暮色  1957.jpg 東京暮色 j.jpeg 東京暮色 有馬稲子 .jpg
あの頃映画 松竹DVDコレクション 「東京暮色」」「東京暮色 デジタル修復版 [DVD]」 山田五十鈴・原節子 有馬稲子
東京暮色_AL_.jpg東京暮色_640.jpg東京暮色157a.jpg 杉山周吉(笠智衆)は銀行に勤め、停年も過ぎ今は監査役の地位にある。男手一つで子供達を育て、次女の明子(有馬稲子)と静かな生活を送っている。そこへ、長女の孝子(原節子)が夫との折り合いが悪く幼い娘を連れて出戻ってくる。一方、短大を出たばかりの明子は、遊び人の川口(高橋貞二)らと付き合うようになり、その中の一人である木村憲二(田浦正巳)と肉体関係を持ち、彼の子を身籠ってしまう。憲二は明子を避けるようになり明子は彼を捜して街を彷徨う。中絶費用を用立てするため、明子は叔母の重子(杉村春子)に理由を言わずに金を借りようとするが断られ、重子からこれを聞いた周吉は訝しく思う。その頃、明子は雀荘の女主人・喜久子(山田五十鈴)が自分のことを尋ねていたと聞き、彼女こそ自分の実母ではないかと孝子に質すが、孝子は即座に否定する。喜久子はかつて周吉がソウルに赴任していたときに東京暮色8.jpg周吉の部下と深い仲になり、満洲に出奔した過去があったのだ。明子は中絶手術を受けた後で、喜久子がやはり自分の母であることを知って、自分は本当に父の子なのかと悩む。蹌踉として夜道へ彷徨い出た彼女は、母を訪ねて母を罵り、偶然めぐりあった憲二にも怒りに任せて平手打を食わせ、そのまま一気に自滅の道へ突き進んで行った。その夜遅く、電車事故による明子の危篤を知った周吉と孝子が現場近くの病院に駈けつけたが明子は既に殆ど意識を失っていた。その葬儀の帰途、孝子は母の許を訪れ、明子の死はお母さんのせいだと冷く言い放つ。喜久子はこの言葉に鋭く胸さされ東京を去る決心をする。また、孝子も自分の子のことを考え、夫の許へ帰り、家は周吉一人になった。今日もまた周吉は心侘しく出勤する―。

2018年・第68回ベルリン国際映画祭(ヴィム・ヴェンダース監督・坂本龍一氏(審査員))
Tokyo-Twilight_0 - コピー.jpgTokyo-Twilight_0.jpg第68回ベルリン国際映画祭ヴェンダース監督・坂本龍一.jpgTokyo-Twilight_4.jpg 1957年公開の小津安二郎監督で、今年['18年]開催の第68回ベルリン国際映画祭のクラシック部門で、ヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリン・天使の詩」('87年)などと併せて選出され、プレミア上映されました。小津安二郎監督作品のデジタル修復版は、2013年のベルリン国際映画祭の「東京物語」から世界三大映画祭クラシック部門で7作目の選出となり、小津安二郎の世界的な評価の高さが窺えます(ヴィム・ヴェンダースに至っては、「小津安二郎は私の師匠」と以前から公言し、同映画祭においても審査員の坂本龍一氏を前に、"天国の大島渚"にごめんなさいと謝るジョークを交え、"小津愛"を繰り返し吐露している)。

East of Eden.jpg ジェームズ・ディーンの代表作「エデンの東」('55年)の小津的な翻案とされ、どちらも父親の妻(つまり母親)が出奔していて、「エデンの東」における兄弟が原節子と有馬稲子の姉妹に置き換えられている作りですが、内容が暗いばかりでなく、実際に暗い夜の場面も多く、有馬稲子が全編を通して全く笑うことが無くて、その最期も含め作品の暗さを補強している印象です。ちょうど、「風の中の牝雞」('48年)までの小津作品に見られた"暗さ"の部分を継承している感じでしょうか。そうした暗さもあってか、一般の人気は芳しくなく、キネマ旬報のベストテンでも19位と圏外となり、小津安二郎自らも自嘲気味に「何たって19位の監督だからね」と語っていたとのことです。

東京暮色7.jpg東京暮色 nakamura .jpg しかしながら、戦後期の大女優山田五十鈴(1917-2012)が出演した唯一の小津作品であり、姉妹の実母で雀荘の女主人・喜久子を演じたそのリアルな演技はさすが。夫役の中村伸郎も、後の出演作に多く見られる会社役員や大学教授の役ばかりでなく、こういった市井の人を演じても上手いということがよく分かります(まあ、「東京物語」('57年)でも下町で美容院を営む杉村春子の夫役だったが)。加えて、小津安二郎自身が小津作品における「四番バッター」と評した杉村春子も相変わらず世話焼きおばさんぶりが上手く、こうなるとむしろ原節子の比較的パターン化された演技や笠智衆の一本調子が物足りなくなってくるほどです。

 小津映画で原節子が主演した"紀子三部作"のうち、「晩春」('49年)、「麦秋」('51)が、娘が結婚に行くか行かないかという話でしたが、この「東京暮色」は、原節子が夫と夫婦不和で、半ば出戻り状態のようになっていて、何だかそれら前作の続きのような印象も受けます(情にほだされて結婚してしまったような「麦秋」とも繋がるが、父親を同じく笠智衆が演じている「晩春」とはよりよく繋がる感じも)。前後の小津作品も、多くが主要登場人物の結婚をテーマにしながら、「晩春」にも「麦秋」にも「秋刀魚の味」('62年)にもAkibiyori (1960) 2.jpgその結婚式の場面が無いのは(「秋日和」('60年)のみ例外で、司葉子と佐田啓二の新郎新婦がそろって結婚式の記念撮影をする場面がある)、それらが何れも結果として"不幸な結婚"となることを暗示していて、小津安二郎が結婚の"現実"に対して悲観論者であったためとも言われています(小津安二郎自身、実人生において、噂のあった原節子と結婚することもなく、生涯独身を通した)。もしそうだとしたら、この「東京暮色」は、そうした小津安二郎の悲観的な結婚観に符合するともとれます。

小津安二郎 志賀直哉.jpg その意味でも興味深い作品ですが、評価が当時は芳しくなかったことに懲りたのか、小津安二郎はもうこの手の作品は撮らず、志賀直哉に「里見弴君が仕事が無くて困っているから彼の作品を使ってくれ」と言われ、里見弴の原作作品を「彼岸花」('58年)、「秋日和」、「秋刀魚の味」と3作も撮り(ただし、小津安二郎自身も10代の時から里見弴の作品を愛読していた)、「晩春」「麦秋」以来の娘が結婚に行くか行かないかという話を、これらでまた3回も繰り返すことになりました。小津安二郎自身、「俺は豆腐屋だから豆腐しか作れない」と言っているわけですが、結果としてどれも似たような感じになり、それぞれに一定の完成度は保っていますが、続けて観るとやや飽きがこなくもありません。個人的には、こうした「東京暮色」のような暗くてドラマチックな展開の小津映画ももっと観たかった気がしますが、結局この類の作品はもう作られることはなく、この「東京暮色」は、小津安二郎の後期作品の中では異彩を放つものとなったように思われます(「東京暮色」のIMDbスコアを見ると、他の小津作品に比べむしろ若干高い評価にある)。
       
小津4K 巨匠が見つめた7つの家族.jpg「小津4K 巨匠が見つめた7つの家族」<生誕115年記念企画>2018年6/16~6/22 新宿ピカデリー、6/23~7/7 角川シネマ新宿 有馬稲子
【上映作品】 「晩春 4K修復版」「麥秋 4K修復版」「お茶漬の味 4K修復版」「東京物語 4K修復版」「早春 4K修復版」「東京暮色 4K修復版」「浮草 4K修復版」
有馬稲子 in「やすらぎの郷」第51話(2017年6月12日放映)
有馬稲子 やすらぎの郷.jpg

山田五十鈴 in 成瀬巳喜男「流れる」('56年)/小津安二郎「東京暮色」('57年)/黒澤明「用心棒」('61年)
流れる 1シーン.jpg 山田五十鈴 東京暮色.jpg 用心棒01.jpg

笠智衆(杉山周吉)・山村聰(友人・関口積)/杉村春子(孝子・明子の叔母・竹内重子)/高橋貞二(遊び人の川口)
東京暮色 笠智衆 山村.jpg東京暮色 杉村春子.jpg東京暮色 高橋.jpg「東京暮色」●制作年:1954年●監督:小津安二郎●製作:山内静夫●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●時間:140分●出演:原節子/有馬稲子/笠智衆/山田五十鈴/高橋貞二/田浦正巳/杉村春子/山村聰/信欣三宮口精二 東京暮色2.jpg/藤原釜足/中村伸郎/宮口精二/須賀不二夫/浦辺粂子/三好栄子/田中春男/山本和子/長岡輝子/櫻むつ子/増田順二/長谷部朋香/森教子/菅原通済(特別出演)/石山龍児●公開:1957/04●配給:松竹●最初に観た場所(再見):角川シネマ新宿(シネマ1・小津4K 巨匠が見つめた7つの家族)(18-06-28)((評価:★★★★)
宮口精二(判事・和田)
東京暮色 ca.jpg有馬稲子/高橋貞二/菅原通済(菅井の旦那)
東京暮色 菅原通済.jpg
    
角川シネマ新宿  0.jpg角川シネマ新宿 .jpg角川シネマ新宿 2.jpg角川シネマ新宿(新宿3丁目「新宿文化ビル」4・5階)シ角川シネマ新宿 シネマ1.jpgネマ1(300席)・シネマ2(56席)
「角川シネマ新宿」.jpg2006(平成18)年12月9日〜旧文化シネマ1・4が「新宿ガーデンシネマ1・2」として、旧文化シネマ2・3が「シネマート新宿1・2」として再オープン、2008(平成20)年6月14日「新宿ガーデンシネマ1・2」が「角川シネマ新宿1・2」に改称。2018(平成30)年7月7日休館、同月28日シネマ1はアニメ作品のみを上映する「EJアニメシアター新宿」に改称、シネマ2は「アニメギャラリー」としてリニューアEJアニメシアター新宿カフェ・ギャラリー.jpgルオープン。

角川シネマ新宿1


●小津安二郎の1949年以降の作品(原作者)とIMDbスコア及び個人的評価
・1948年「風の中の牝雞」[7.6]★★★☆
・1949年「晩春」(広津和郎)[8.3]★★★★☆
・1950年「宗方姉妹」(大佛次郎)[7.5]★★★☆
・1951年「麦秋」[8.2]★★★★☆
・1952年「お茶漬の味」[7.9]★★★☆
・1953年「東京物語」[8.2]★★★★☆
・1956年「早春」[8.0]★★★★
・1957年「東京暮色」[8.3]★★★★
・1958年「彼岸花」(里見 弴)[8.0]★★★★
・1959年「お早よう」[7.9]★★★☆
・1959年「浮草」[8.0]★★★☆
・1960年「秋日和」(里見 弴)[8.2]★★★★
・1961年「小早川家の秋」[8.0]★★★☆
・1962年「秋刀魚の味」(里見 弴)[8.2] ★★★★

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当初画期的だったものが今やオーソドックスに。文庫1400ページが一気に読める面白さ。

赤穂浪士 改造社.jpg 赤穂浪士 大佛次郎 角川文庫.jpg 赤穂浪士 大佛次郎 新潮文庫.jpg
赤穂浪士 (上巻)』/『赤穂浪士〈上巻〉 (1961年) (角川文庫)』『赤穂浪士〈下巻〉 (1961年) (角川文庫)』/『赤穂浪士〈上〉 (新潮文庫)』『赤穂浪士〈下〉 (新潮文庫)
大佛次郎(1897-1973)
大佛次郎.jpg (上巻)元禄太平に勃発した浅野内匠頭の刃傷事件から、仇討ちに怯える上杉・吉良側の困惑、茶屋遊びに耽る大石内蔵助の心の内が、登場人物の内面に分け入った迫力ある筆致で描かれる。虚無的な浪人堀田隼人、怪盗蜘蛛の陣十郎、謎の女お仙ら、魅力的な人物が物語を彩り、鮮やかな歴史絵巻が華開く―。(下巻)二度目の夏が過ぎた。主君の復讐に燃える赤穂浪士。未だ動きを見せない大石内蔵助の真意を図りかね、若き急進派は苛立ちを募らせる。対する上杉・吉良側も周到な権謀術数を巡らし、小競り合いが頻発する。そして、大願に向け、遂に内蔵助が動き始めた。呉服屋に、医者に姿を変え、江戸の町に潜んでいた浪士たちが、次々と結集する―。[新潮文庫ブックカバーあらすじより]
Jiro Osaragi(1925)
Jiro_Osaragi_1925.jpg大佛 次郎  赤穂浪士 東京日日.jpg 大佛次郎(1897-1973)の歴史時代小説で、1927(昭和2)年5月から翌年11月まで毎日新聞の前身にあたる「東京日日新聞」に岩田専太郎の挿絵で連載された新聞小説です。1928(昭和3)年10月に改造社より上巻が発売されるや15万部を売り切って当時としては大ベストセラーとなり、中巻が同年11月、下巻が翌年8月に刊行されています。

 これまで4回の映画化、3回のテレビ映画化、1回の大河ドラマ化が行われ(いちばん最近のものは1999年「赤穂浪士」(テレビ東京、主演:松方弘樹))、今でこそ最もオーソドックスな"忠臣蔵"小説であるかのように言われていますが、当時としては、それまでの忠臣蔵とはかなり違った画期的な作品と受け取られたようです。

 どこが画期的であったかと言うと、まず赤穂四十七士を「義士」ではなく「浪士」として捉えた点であり、また、赤穂浪士の討入りに至る経緯を、非業の最期を遂げた幕吏を父に持つ堀田隼人や怪盗蜘蛛の陣十郎といった第三者的立場の視点で捉えている点です(いずれも架空の人物)。

 とりわけ、大石内蔵助をはじめとする四十七士をアプリオリに「義士」とするのではなく、内蔵助自身からして、何が「義」であるか、何が「武士道」の本筋であるか、それらは全てに優先させてよいものか等々悩んでいる点が特徴的です。

 そうした中で、吉良上野介の首級を取ることが最終目的ではなく、吉良の上にいる柳沢吉保らに代表される官僚的思想に対する武士道精神の反逆を世に示すことが内蔵助の狙いであることが次第に暗示されるようになります。それに関連して、内蔵助が、上野介の首級を挙げた後の泉岳寺へ向けた行軍において、上野介の息子・上杉綱憲が米沢藩の藩主であることから、米沢藩の藩士らと一戦を交えて討死することで"本懐"が遂げられると想定していたような書きぶりになっています。

 しかし、史実にもあるよう、米沢藩の藩士らはやってきません。それは、この小説のもう1人の主人公と言ってもいい米沢藩家老・千坂兵部(愛猫家であった作者と同じく猫好きという設定になっている)が、堀田隼人や女間者お仙を遣って赤穂浪士の動向を探り、自藩の者を上野介の身辺護衛に配しながらも、赤穂浪士が事を起こした時には援軍を差し向けぬよう後任の色部又四郎に託していたからだということになっています。千坂兵部は内蔵助の心情を深く感知し、内蔵助に上野介の首級を上げさせたものの、米沢藩の藩士らと一戦を交えるという彼の"本懐"は遂げさせなかったともとれます。

 これも作者オリジナルの解釈でしょう。近年になって、千坂兵部は赤穂浪士の討入りの2年前、浅野内匠頭の殿中刃傷の1年前に病死していたことが判明しています。上杉綱憲に出兵を思い止まらせたのは、幕府老中からの出兵差止め命令を綱憲に伝えるべく上杉邸に赴いた、遠縁筋の高家・畠山義寧であるとされており、また、討入り事件は綱憲にとっては故家の危機ではあっても、藩士らには他家の不始末と受けとめられたに過ぎず、作中の千坂兵部のような特定個人の深慮によるものと言うより、自藩を断絶の危機へと追い込む行動にはそもそも誰も賛成しなかったというのが通説のようです。

 大佛次郎のこの小説を原作とした過去の映画化作品は、
 「赤穂浪士 第一篇 堀田隼人の巻」(1929年/日活/監督:志波西果、主演:大河内伝次郎)
 「堀田隼人」(1933年/片岡千恵蔵プロ・日活/監督:伊藤大輔、主演:片岡千恵蔵)
 「赤穂浪士 天の巻 地の巻」(1956年/東映/監督:松田定次、主演:市川右太衛門)
 「赤穂浪士」(1961年/東映、監督:松田定次、主演:片岡千恵蔵)
赤穂浪士 1961 .jpgで、後になればなるほど"傍観者"としての堀田隼人の比重が小さくなって、"もう1人の主人公"としての千坂兵部の比重が大きくなっていったのではないで赤穂浪士1961 _0.jpgしょうか。'61年版の片岡千恵蔵が自身4度目の大石内蔵助を演じた「赤穂浪士」では、堀田隼人(大友柳太郎)はともかく、蜘蛛の陣十郎はもう登場しません。但し、1964年の長谷川一夫が内蔵助を演じたNHKの第2回大河ドラマ「赤穂浪士」では、堀田隼人(林与一)も蜘蛛の陣十郎(宇野重吉)も出てきます。
片岡千恵蔵 in「赤穂浪士」(1961年/東映)松田 定次 (原作:大佛次郎) 「赤穂浪士」(1961/03 東映) ★★★☆
長谷川一夫 in「赤穂浪士」(1964年/NHK)
NHK 赤穂浪士5.jpgNHK 赤穂浪士.jpg このNHKの大河ドラマ「赤穂浪士」は討ち入りの回で、大河ドラマ史上最高の視聴率53.0%を記録しています。因みに、長谷川一夫は大河ドラマ出演の6年前に、渡辺邦男監督の「忠臣蔵」('58年/大映)で大石内蔵助を演じていますが、こちらは大佛次郎の原作ではなく、オリジナル脚本です(大河ドラマで吉良上野介を演じた滝沢修も、この映画で既に吉良上野介を演じている)。
      
尾上梅幸(浅野内匠頭)・滝沢修(吉良上野介)
滝沢修/尾上梅幸 NHK赤穂浪士.jpg

 この大佛次郎の小説が作者の大石内蔵助や赤穂浪士に対する見解が多分に入りながらも"オーソドックス(正統)"とされるのは、その後に今日までもっともっと変則的な"忠臣蔵"小説やドラマがいっぱい出てきたということもあるかと思いますが、堀田隼人や蜘蛛の陣十郎を巡るサイドストーリーがありながらも、まず四十七士、とりわけ大石NHK 赤穂浪士_6.JPG内蔵助の心情やそのリーダーシップ行動のとり方等の描き方が丹念であるというのが大きな要因ではないかと思います(映画化・ドラマ化されるごとに堀田隼人や蜘蛛の陣十郎が脇に追いやられるのも仕方がないことか)。

 '61年版「赤穂浪士」を観た限りにおいては、映画よりも原作の方がずっと面白いです。文庫で1400ページくらいありますが全く飽きさせません。一気に読んだ方が面白いので、また、時間さえあれば一気に読めるので、どこか纏まった時間がとれる時に手にするのが良いのではないかと思います。


赤穂浪士 1964 nhk2.jpg「赤穂浪士」(NHK大河ドラマ)●演出:井上博 他●制作総指揮:合川明●脚本:村上元三⑥芥川 也寸志.jpg●音楽:芥川也寸志●原作:大佛次郎●出演:長谷川一夫淡島千景/林与一/尾上梅幸/滝沢修志村喬/中村芝鶴/中村賀津雄/中村又五郎/田村高廣岸田今日子/瑳峨三智子/伴淳三郎/芦田伸介/實川延若/坂東三津五郎/河津清三郎/西村晃/宇野重吉/山田五十鈴/花柳喜章/加藤武/舟木一夫/金田竜之介/戸浦六宏/鈴木瑞穂/藤岡琢也/嵐寛寿郎/田村正和/渡辺美佐子/石坂浩二●放映:1964/01~12(全52回)●放送局:NHK

【1961年文庫化[角川文庫(上・下)]/1964年再文庫化・1979年・1998年・2007年改版[新潮文庫(上・下)]/1981年再文庫化[時代小説文庫(上・下)]/1993年再文庫化[徳間文庫(上・下)]/1998年再文庫化[集英社文庫(上・下)]】

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ハメット原作映画の翻案。探偵は遠山の金さん。コメディ的要素と謎解き的要素の両方を楽しめる。
昨日消えた男 vhs.jpg 昨日消えた男00.jpg 昨日消えた男―小國英雄シナリオ集_.jpg ハメット 影なき男.jpg
「昨日消えた男」VHS    長谷川一夫(文吉)・山田五十鈴(小富) 『昨日消えた男―小國英雄シナリオ集〈2〉』(カバーイラスト:和田 誠)/ダシール・ハメット『影なき男 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ (109))
昨日消えた男 vhs3.jpg昨日消えた男01.jpg 裏長屋の大家・勘兵衛(杉寛)が何者かに殺された。勘兵衛は鬼勘と言われるほど無情な男で間借人の間では嫌われ者だった。まず日頃から勘兵衛を殺してカンカン踊りを踊らせてやるといっていた文吉(長谷川一夫)と、勘兵衛に借金の返済を迫られていた浪人の篠崎源衛門(徳川夢声)が疑われる。更に長屋に昨日消えた男02.jpgは、文吉に惚れている芸者小富(山田五十鈴)、小富に想いを寄せる錠前屋の太三郎(清川荘司)、篠崎源衛門の娘お京(高峰秀子)、その恋人の横山求馬(坂東橘之助)、人形師の椿山(鳥羽陽之助)と女房おこん(清川虹子)、居合抜の松下源蔵(鬼頭善一郎)と女房おかね(藤間房子)などが住んでいた。目明しの八五郎(川田義雄)が探索するも犯人は不明、そこで与力の原六之進(江川宇礼雄)は一同を呼んで取り調べをすることにしたが、それでも埒が明かない。やがて第二の殺人事件が起き、南町奉行・遠山左衛門射(遠山金四郎)が事件解決に乗り出す―。

昨日消えた男03.jpg昨日消えた男b.jpg 1941年1月公開作で、マキノ正博(1908- 1993/享年85)監督が日活を離れてフリーとなって撮っていた「家光と彦左」が古川緑波の病気で撮影中断したため、その代わりに急遽撮った作品であり、原案は、ダシール ハメット原作、ウィリアム・パウエルとマーナ・ロイ主演の「影なき男」('34年)で、脚本の小国英雄(1904-1996/享年91)はこれを江戸時代の長屋に設定、ウィリアム・パウエルが演じる探偵は遠山昨日消えた男 re.jpgの金さんに置き換え、それを長谷川一夫が演じました。この映画、僅か9日間で撮られたとかで、徳川夢声はマキノ正博監督の早撮りに驚いたと言います(マキノ正博はこのストーリーを、1956年にも中村扇雀=尾上さくらのコンビで「遠山の金さん捕物控・影に居た男」として、同じ脚本でリメイクしている。この他、森一生監督作で、小国英雄が再びオリジナル脚本を書き、市川雷蔵が同心(実は徳川吉宗の仮の姿)を演じた「昨日消えた男」('64年/大映)がある)。「昨日消えた男 [DVD]

 言われてみれば確かに洋物推理小説っぽい凝った展開だったかも。犯人以外の人物がある動機から死体を動かしたというのは、クリスティの『書斎の死体』('42年)のようでもあるし、実は登場人物の多くが何らかの形で事件に関わっていたというのは、ヒッチコックの「ハリーの災難」('55年)のようでもありますが、それらよりも早くハメット原作映画に目を付け、尚且つ、それを遠山の金さんに置き換えた小国英雄と、このややこしい話を9日間で撮り上げたマキノ正博の両者の才覚はともに驚くべきものなのかもしれません。但し、最後に謎解きされてみれば、伏線となるようなものは殆ど無かったような気もしなくもなかったです(観直してみればまた違った印象を受けるかもしれないが)。

山田五十鈴と長谷川一夫「昨日消えた男」.jpg「昨日消えた男」長谷川・高峰.jpg 高峰秀子(当時16歳)の可憐さも印象に残らないわけではないですが、それよりも、長谷川一夫(当時33歳)と山田五十鈴(当時24歳)の息の合った掛け合いの方が楽しかったでしょうか(山田五十鈴の"舌出し"は、後に小津 安二郎監督の「宗方姉妹」('59年/新東宝)で高峰秀子(当時25歳)が見せる"舌出し"よりも自然であるように思えた)。長谷川一夫の剣戟ならぬ棒術アクションもあります(体がよく動いている)。ベースはコメディ調ですが、渡辺篤、サトウロクローの「なるほどね」「いやまったく」のギャグの繰り返しはややくどかったような...。それでも、昭和16年に作られた映画であるにしては国策映画的な雰囲気は殆ど無く(大塩平八郎の一味が幕府転覆を目論む'悪役'になっていることぐらいか)、コメディ的要素と謎解き的要素の両方を楽しめます。

昨日消えた男3.jpg 謎解きの方は結局"千里眼"的と言っていい洞察力を持つ遠山金四郎の登場を待たなければ、途中ま「昨日消えた男」山田五十鈴.jpgでは何が何だか分かりませんでしたが、それでも皆がそれぞれ何となく怪しげな行動をとっていることが緊迫感を醸し出していて最後まで興味を引き、この辺りは演出の巧みさもあるように思いました。

長谷川一夫(遠山金四郎(文吉))/山田五十鈴(小富)(当時24歳)

「昨日消えた男」v.jpg「昨日消えた男」●制作年:1941年●監督:マキノ正博●製作:滝村和男●脚本:小国英雄●撮影:伊藤武夫●音楽:鈴木静一●原案:ダシール・ハメット●時間:89分●出演:長谷川一夫/山田五十鈴/徳川夢声/高峰秀子/鳥羽陽之助/清川虹子/鬼頭善一郎/藤間房子/坂東橘之助/杉寛/沢井三郎/江川宇礼雄/川田義雄/進藤英太郎/渡辺篤/サトウ・ロクロー/清川荘司●公開:1941/01●配給:東宝東京(評価:★★★☆)

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阪妻の明暗対照的な二役のキャラクターの使い分けが見所。

魔像 dvd 1952.jpg 魔像  1952jh.jpg 魔像  1952.jpg
魔像 [DVD]」山田五十鈴(お紘)・阪東妻三郎(茨右近・神尾喬之助(二役))/津島恵子(園絵)

魔像 1956 08.jpg 千代田城御蔵番詰所では、新参の旗本・神尾喬之助(阪東妻三郎)が、上司の戸部近江之介(永田光男)から新春早々陰湿なイジメを受けている。神尾が江戸小町といわれる園絵(津島恵子)を妻にしたことを、園絵に横恋慕していた戸部が妬みに思っていることに加え、神尾が御蔵番一味の不正に日頃からあれこれと意見してきたことを快く思っておらず、戸部にへつらって17 人の御蔵番同僚たちも神尾をいたぶっているのだった。我慢の限界に達した神尾は思い余って戸部を斬って出奔する。神尾は浪人となり、自分を罵倒した面々への復習を図るが、そこで神尾そっくりの喧嘩助っ人・茨右近(阪東妻三郎(二役))と妻のお紘(山田魔像  195211.jpg五十鈴)に出会う。曲がったことが大嫌いな右近は神尾から事情をきき、彼が残る不正の御蔵番一味17人に天誅を加えることに大賛成、神尾の自宅から園絵を密かに連れて来てやる。神尾は次々と不正役人を倒していく。今や戦々恐々の彼等は、剣豪神保造酒(戸上城太郎)に神尾を討つことを依頼し、神保は園絵と引き換えにそれを承知する。騙されておびき出された園絵だったが、魚心堂(三島雅夫)と名乗る大岡越前守(柳永二郎)の親友に救われる。越前守は、悪役人が大かた退治され、主謀の脇坂山城守(小堀誠)も御役御免になった頃合いを見計らって、世を騒がせた神尾を召取らせ、捕らえたのは神尾ではなく右近の人違いだと断じて、江戸追放だけを申渡す―。

続大岡政談/魔像解決篇.JPG 嵐寛寿郎・美空ひばり版「鞍馬天狗 角兵衛獅子」('51年/松竹)の大曾根辰夫監督による1952(昭和27年)公開作品で、原作は「丹下左膳」の林不忘による「大岡政談」もの。無声映画時代から幾たびか映画化されていて、伊藤大輔監督、大河内傳次郎主演の「続大岡政談 魔像篇第一」('30年/松竹)、「続大岡政談 魔像解決篇」('30年/松竹)などがあり、この作品と同じく阪東妻三郎が主演した「魔像」('36年/阪妻プロ)もあります。また、この作品の4年後にも、深田金之助監督、大友柳太朗主演「魔像」('56年/東映)が作られています。

「続大岡政談/魔像解決篇」('31年/日活)

魔像_5.jpg魔像_14.jpg この'52年の阪東妻三郎版では阪妻が神尾喬之助と茨右近の一人二役ですが('36年の阪妻版も'56年の大友柳太朗も一人二役、'30年の大河内傳次郎版は大岡越前守まで大河内が演じる一人三役)、ちょっと歌舞伎調で堅め、しかもやや暗めで悪人たちの前にぬっと現れる神尾喬之助と、明るくて悪人と対峙している時でさえ笑いながら剣を振るう茨右近の、同じ浪人でありながら、片や武家的、片や庶民的な対照的なキャラクター喧嘩屋右近.jpgの使い分けが見所でしょうか。それを、映像合成で1つの画面で会話させ、剣戟をさせ、仕舞いには握手させるなどしていて、サービス満点です(因みに'56年の大友柳太朗版はもっぱらスタンドインで撮っている)。この茨右近は後に「喧嘩屋右近」としてTV時代劇のキャラクターにもなりました。
   
魔像  195209.jpg 神尾と園絵(津島恵子)、右近とお紘(山田五十鈴)という取り合わせも、片や美しく貞淑な女性、片やちゃきちゃきの女性という感じで、神尾と右近のキャラの違いをより浮き立たせていて良かったです。津島恵子は同じ年に小津安二郎監督の「お茶漬の味」('52年/松竹)で現代っ子キャラを演じてみせますが、この「魔像」では大曾根辰夫監督はそうしたキャラは封印し、津島恵子を美しく撮ることに専心したような感じで、ユーモラスで庶民的な婀娜(あだ)っぽさ部分は全部山田五十鈴の方が"担当"したという印象でしょうか。

山田五十鈴(お紘)・阪東妻三郎(茨右近)
   
魔像  1952ド.jpg 魚心堂の三島雅夫(「晩春」('49年/松竹))や大岡越前守の柳永二郎(「本日休診」('52年/松竹))などの脇役も良かったです。'30年、'31年の大河内傳次郎版では、神尾喬之助、茨右近に加えて大岡越前守まで魔像・十七の首10.jpg大河内傳次郎が演じたようですが、まあそこまでやる必要もなかったでしょう(大友柳太朗版でも大友柳太朗は神尾と右近の二役で、大岡越前守は月形龍之介。TVドラマでは、阪東妻三郎の長男・田村高廣が茨右近を、三男・田村正和が神尾喬之助を演じた「魔像・十七の首」('69年/ABC・TBS系[全9回])がある)。
柳永二郎(大岡越前守)・三島雅夫(魚心堂)

魔像 1956u3.JPG魔像  1952s.jpg このお話でちょっと気になったのが、大岡裁き魔像mages.jpgはいいとして、この裁きでは結局、神尾を「右近」にしてしまったら神尾は捕まっていないことになり、それでいいのかなあと。それは大岡越前守の責任外の問題ということでしょうか。

山田五十鈴(お紘)・津島恵子(園絵)

 全体としては、やはり阪妻の二役は、茨右近の方が「王将」('48年/大映)などの系譜が感じられて"らしい"印象を受けました。但し、神尾喬之助のあの「一番首...」「二番首...」と呪文のように唱える暗さもこの映画には不可欠だったのでしょう。

魔像 19562.JPG魔像 dvd 19521.jpg「魔像」●制作年:1952年●監督:大曾根辰夫●脚本:鈴木兵吾●撮影:石本秀雄●音楽:鈴木静一●原作:林不忘●時間:98分●出演:阪東妻三郎/津島恵子/山田五十鈴/柳永二郎/三島雅夫/香川良介/小林重四郎/小堀誠/永田光男/海江田譲二/田中謙三/戸上城太郎●公開:1952/05●配給:松竹(評価:★★★☆)

三島雅夫 in「晩春」('49年/松竹)/柳永二郎 in「本日休診」('52年/松竹)
三島雅夫 晩春.jpg 本日休診 01柳永二郎.jpg

津島恵子 in「とんかつ大将」(1952.02/松竹)/「お茶漬の味」(1952.10/松竹)
とんかつ大将 1952年14.jpg お茶漬の味 パチンコ.jpg

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ストーリー的には今ひとつだが、しっとりとした情感を滲ませる映像は良かった。

名人長次彫05 (2).JPG名人長次彫0507.JPG「名人長次彫」VHS 

名人長次彫26.jpeg
長谷川一夫/山田五十鈴(当時26歳)

2名人長次彫.png 彫刻師の長次(長谷川一夫)は江戸でその名を謳われた名人だが、自らの名人気質の余り、気が向かないと仕事をせず、長屋の仲間と飲んでばかりいる。ある日、彼を慕う踊りの師匠・おうた(山田五十鈴)から自慢の一品を貶されたことに落胆し、皆の前から姿を消す。1年が経って再びおうたの前に現れた長次は、以前とはうって変わって、酒も断ち自らの芸に真摯に打ち込む男になっていた。勤王の志士・日下部伊佐次(丸山定夫)に感化され、悪い名人気質をすっかり洗い落していたのだ。長次は一心を込めて、護国鎮守の大日如来像の制作に没頭するが、そこへ今や幕府に追われる身となった恩師・日下部が現われ、深川の小雪(花井蘭子)という女に書状を届けてくれと頼まれる。一方のおうたは長次と小雪の仲を疑うようになる。そんな中、目明かしの親分・蟇徳(志村喬)によって長次が日下部の逃亡を幇助した疑いで捕えられる―。

「名人長治彫」  山田 五十鈴1.jpg 1943(昭和18)年7月公開の萩原遼(1910-1976)監督による東宝動画の時代劇作品。脚本は三村伸太郎や撮影の安本淳も含め、山中貞雄門下の創作集団・鳴滝組のメンバーだった人です。長谷川一夫、山田五十鈴(当時26歳)の組み合わせに花井蘭子(同じく当時26歳)、丸山定夫、志村喬(松竹から借り受け)らが絡んで、加えて横山エンタツ、花菱アチャコも出ていたりします(役名は権三と助十だが、駕籠かきではないのか? 昼は酒を飲み、夜は夜回りをしている)。

「名人長治彫」山田 五十鈴(1917-2012)

名人長次彫9zj.jpeg 時代設定は安政の大獄の頃で、幕府に追われる勤王の志士・日下部が、大日如来像の制作に没頭する長次に対し「この国難の時に彫り物などしていていいのかと叱責するのは、1943年というこの映画の製作年から、国策映画的にならざるを得なかったのか。ただ、日下部が長次が制作中の大日如来像を一刀両断にしてしまうのはやり過ぎではないか。長次も最初は「日下部様とて許しませんぞ」とは言っていたものの、「国策思想が分からずしてどうして菩薩像が彫れる!」との日下部の弁に屈してしまうところは、やはり国策映画的だなあと思わざるを得ませんでした(因みに日下部伊三治(くさかべ いそうじ、1814-1859)は実在の水戸藩及び薩摩版出身の勤王の志士で、安政の大獄で獄死している)。

名人長次彫6.jpg 長谷川一夫(1908-1984/享年76)は、同じく萩原遼監督「おもかげの街」('42年)では関西弁を流暢にこなしていましたが、やはり江戸弁の方が似合うでしょうか。何れにせよ、30代半ばの非常に脂が乗り切っていた時期の作品です。

 山田五十鈴(1917-2012/享年95)と花井蘭子(1918-1961/享年42)は共に山田五十鈴1939.jpg花井 蘭子1935aug.jpg当時26歳です(花井蘭子が1928年、山田五十鈴が1930年にそれぞれ子役としてデビューしている)。山田五十鈴がやや姉御っぽい印象なのに対し、「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」('35年/日活)などで10代の頃から時代劇の娘役が多かった花井蘭子はまだお嬢さんっぽい印象です。

山田五十鈴(1939(昭和14)年)雑誌「映画ファン」(五月特別號)(22歳)
花井 蘭子(1935(昭和10)年)雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」(17歳)

 志村喬(1905-1982/享年76)は、ねちねちと山田五十鈴が演じるおうたを問い詰め、長次の釈放と引き換えに日下部の情報を引き出す目明かしの親分「蟇徳」を演じていますが、これって、黒澤明監督の「わが青春に悔なし」('46年/東宝)で原節子が演じる幸枝を取調室でねちねち苛める「毒いちご」と呼ばれる特高警察と同じだなあと思いました(この人、昔は意外とこの手の役が多かった?)。

 ストーリー的にはラストも含めある種の定番ではあるし、山田五十鈴が演じるおうたの気持ちが嫉妬心も絡んで揺れ動き、それが事態を複雑化してしまっているようで(最後は愛する男に女房と呼ばれて良かったのかもしれないが)、個人的にはイマイチだったでしょうか(演技そのものは上手いため、女心の機微を描いたと好意的にとれなくもないが、単純に嫉妬心に駆られ過ぎ)。

名人長次彫 長谷川一夫・エンタツ 17.jpg ただ、映像的には、長屋の雰囲気などもよく出ていたし、山根貞男氏が指摘しているように、不忍池の水面に菩薩像が映って見えるシーンや(実は長次が池に映ったおうたの姿を見紛ったものだった)、深川の堀端で長次の全身に堀の水面の揺らめきが反射するシーンなど、夜の屋外の水辺のシーンが美しく撮られていて、しっとりとした情感を滲ませるなどの効果を醸しており、安本淳のカメラはなかなかではなかったかと思いました。画質が良かったら尚のこと良かったのにと思われます。

花菱アチャコ/横山エンタツ/長谷川一夫

1「名人長次彫」.jpg「名人長次彫」●制作年:1943年●監督:萩原遼●脚本:三村伸太郎●撮影:安本淳●時間:84分●出演:長谷川一夫/山田五十鈴/花井蘭子/横山エンタツ/花菱アチャコ/丸山定夫/清川荘司/汐見洋/横山運平/鬼頭善一郎/松尾文人/永井柳筰/三谷幸子/花岡菊子/田中筆子/志村喬●公開:1943/07●配給:東宝映画(評価:★★★)

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娯楽性を徹底的に追求した作品。「七人の侍」同様、劇場または大画面テレビで観たい。

用心棒 パンフ.jpg用心棒 ポスター1.jpg用心棒 dvd.jpg 用心棒03.jpg
用心棒<普及版> [DVD]」三船敏郎/加東大介/仲代達矢

「用心棒」パンフレット/ポスター        

用心棒  大.jpg 空風吹き荒ぶ上州・馬目の宿場町は、2つのやくざ勢力の対立によって墓場のように静まり返っていたが、そこへ流離の浪人(三船敏郎)が現れ、居酒屋の亭主の権爺(東野英治郎)から村を荒んだ状況にしている元凶である抗争話を聞きつけ、桑畑三十郎と名乗って両方の勢力に用心棒として売り込みつつ、巧みに相討ちを仕組んでいく。しかし、そこに伊達な雰囲気を漂わせた丑寅の弟、新田(しんでん)の卯之助(仲代達矢)が最新の短銃を手に帰郷して―。

 黒澤明(1910-1998)が映画の娯楽性を徹底的に追求した作品で、三船敏郎もいいし、宮川一夫のカメラもいいです。脚本が、ダシール・ハメットの『血の収穫』を参考にしていることはよく知られており、黒澤明本人が「『血の収穫』だけじゃなくて、本当はクレジットにきちんと名前を出さないといけないぐらいハメット(のアイデア)を使っている」と語っています。

 因みに『血の収穫』は、探偵社支局員の「私」(作中に名前が出てこない)が、ギャングの縄張り抗争で殺人の修羅場と化した町を、町の中の4つの対抗勢力を2対2に分断して抗争させ、更に残った2つを1対1に分断して争わせることで、たった一人で町を浄化してしまうというもので、この「用心棒」もコンセプトは同じで、今風に言えば、グループダイナミクスを利用してレバレッジ効果を得ることで、不可能を可能にしてしまう―といったところでしょうか。

用心棒01.jpg 馬目の名主(なぬし)絹問屋主人の多左衛門(藤原釜足)が肩入れしている女郎屋の清兵衛(河津清三郎)がこの町のやくざの親分で、清兵衛が倅の与一郎(太刀川寛)に縄張りを譲用心棒 志村喬.jpgろうとしたため、一の子分の新田の丑寅(山茶花究)が怒って袂を分かち、それを次の名主の座を狙う造酒屋の徳右兵衛(志村喬)が後押しするという構図になっていて、表向きは「多左衛門vs. 丑寅」のやくざ抗争ですが、それ用心棒 志村喬2.jpgぞれバックに絹問屋と造酒屋が付いているということになり、『赤い収穫』ほど設定は複雑ではないものの、一応枠組みを早めに理解しておいた方が楽しめます(東野英治郎演じる権爺が手短に話してはいるが)。

 両勢力が三十郎を自陣の用心棒にしたいがために、そのことを利用した三十郎の策に翻弄される中、卯之助は唯一人三十郎に疑いを抱き、その計画を見破って、三十郎を袋叩きにし、半殺しにするまでに追い詰めていきます。

 満身創痍の三十郎が権爺の助けで念仏堂に身を隠して怪我を癒す間にも、卯寅方は清兵衛一家に殴り込みをかけて皆殺しにしてしまうなど事態は進展し、三十郎の方は念仏堂で、一見所在なさげに、舞う枯葉に包丁を投げつけている―。

用心棒 ワイド.jpg でも、この包丁投げ、残る丑寅方を潰すには、卯之助さえ封じ込めれば後は何とかなり、但し、短銃を肌身離さず持っている彼を倒すには、こっちも飛び道具でいくしかないという三十郎の読みだったわけで(練習してたのかあ)、権爺が丑寅方に囚われたことを知った三十郎が単身で丑寅方へ乗り込み、「1対大勢」の決闘で三十郎が先ずやったことは―。
    
羅生門綱五郎1.jpg 役者陣が豊富と言うか、丑寅の子分役でジェリー藤尾とか、清兵衛の子分役で天本英世とか、百姓の小倅役で夏木陽介とかも出ていたんだなあと。印象に残っている脇役は、丑寅の子分・閂(かんぬき)を演じた台湾出身の元力士新高山(1940年花籠部屋に入門)こと羅生門綱五郎かな。2メートルを超える大男で三十郎を軽く投げ飛ばしてしまいますが、セリフもちゃんとあって、しっかり演技もしています。

羅生門綱五郎2.png この映画を非公式に(東宝の許諾無しに)リメイクした作品では、クリント・イーストウッドの出世作「荒野の用心棒」('64年/伊)があり(東宝は「荒野の用心棒」の製作側を訴え、勝訴している)、東宝の許諾を得てリメイクしたものには、ブルース・ウィリス主演の「ラストマン・スタンディング」('96年/米)がありますが、「ラストマン・スタンディング」にも大男が出てたなあ。

Yôjinbô (1961)_.jpgYôjinbô(1961).jpg 黒澤明にはかつて助監督時代に山本周五郎の「日日平安」を脚本化しましたが、原作通りの脆弱な人物像の主人公として描いたために映画会社に採用されず、それが、この映画「用心棒」('61年4月公開)が大ヒットして映画会社から続編に近いものを要請されて、オクラ入りになっていた脚本を桑畑三十郎のイメージに合わせて剣豪時代劇風に脚色し直したものが「椿三十郎」('62年1月公開)です。
Yôjinbô(1961)

用心棒02.jpg どちらも傑作ですが、個人的には、最初にビデオで観てしまった「椿三十郎」よりも、名画座ながらも一応は劇場で観た「用心棒」の方がインパクトあったかなあ。「七人の侍」('54年)と同じく本来は劇場で観たい映画ですが、どちらもあまり劇場でのリヴァイバルにはかからない。ただ、最近は大画面テレビもが普及しているし、せっかく大画面テレビがウチにあるなら、こういう作品こそ観るべきではないかなと。作家・吉村昭は、完成度、面白さでこの作品をベストワンに挙げています(2位が「七人の侍」)。[『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版)より]

東野英治郎(居酒屋の権爺)・三船敏郎(桑畑三十郎)・渡辺篤(棺桶屋)/[中央手前]藤田進(用心棒本間先生)・[右]山田五十鈴(清兵衛の女房おりん)
用心棒-yojimbo4.png 用心棒 f.jpg
加藤武(無宿者・瘤八)・加東大介(新田の亥之吉)・西村晃(無宿者・熊)/藤原釜足(名主左多衛門(ラストで発狂する))
「用心棒」62.jpg 藤原釜足 用心棒.jpg

三船敏郎v.jpg三船敏郎(1961年、「用心棒」で日本人初のベネチア国際映画祭男優賞に選ばれる)

用心棒 vhs.jpg「用心棒」●制作年:1961年●監督:黒澤明●製作:田中友幸/菊島隆三●脚本:黒澤明/菊島隆三●撮影:宮川一夫●音楽:佐藤勝●剣道指導:杉野嘉男●時間:110分●出演:三船敏郎(桑畑三十郎)/仲代達矢(新田の卯之助)/東野英治郎(居酒屋の権爺)/河津清三郎(馬目の清兵衛)/山田五十鈴(清兵衛の女房おりん)/太刀川寛(清兵衛の倅与一郎)/志村喬(造酒屋徳右衛門)藤原釜足(名主左多衛門)/夏木陽介(百姓の小倅)/山茶花究(新田の丑寅)/加東大介(新田の亥之吉)黒澤 明 「用心棒」3.jpg/渡辺篤(桶屋)/土屋嘉男(百姓小平)/司葉子(小平の女房ぬい)/沢村いき雄(番屋の半助)/西村晃(無宿者・熊)/加藤武(無宿者・瘤八)/用心棒 有楽座.jpg藤田進(用心棒・本間先生)/中谷一郎(斬られる凶状持)/堺左千夫(八州周りの足軽)/谷晃(丑寅の子分・亀)/羅生門綱五郎(丑寅の子分・閂(かんぬき)/ジェリー藤尾(丑寅の子分・賽の目の六)/清水元(清兵衛の子分・孫太郎)/佐田豊(清兵衛の子分・孫吉)/天本英世(清兵衛の子分・弥八)/大木正司(清兵衛の子分・助十)●劇場公開:1961/04●配給:東宝●最初に観た場所:高田馬場パール座(81-03-23)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(10-12-25)(評価★★★★★ 
「用心棒」公開時(1961年・有楽座)
 
高田馬場パール座入口(写真共有サイト「フォト蔵」)①②高田馬場東映/高田馬場東映パラス ③高田馬場パール座 ④早稲田松竹
高田馬場パール座2.jpg高田馬場パール座 地図.pngパール座.jpgパール座1.jpg高田馬場パール座(高田馬場駅西口、早稲田通り・スーパー西友地下) 1951(昭和26) 年封切館としてオープン。1963(昭和38)年の西友ストアー開店後、同店の地下へ。1989(平成元)年6月30日閉館。
 
  

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アニメ技術そのものはいいのだが、カタルシス不全を起こしそうな結末。

安寿と厨子王丸 dvd.jpg  安寿と厨子王丸 面子0.jpg 安寿と厨子王丸 面子1.jpg 厨子王丸2.jpg 安寿と厨子王丸 面子4.jpg 安寿と厨子王丸 面子5.jpg  山椒大夫・高瀬舟.jpg
安寿と厨子王丸 [DVD]」/「安寿と厨子王丸」面子(メンコ)シリーズ/『山椒大夫・高瀬舟 他四編 (岩波文庫)

山椒大夫.jpg安寿と厨子王丸 vhs.jpg田中澄江.jpg 森鷗外の「山椒大夫」を原作とした溝口健二監督の映画化作品「山椒大夫」('54年/大映)はよく知られていますが、同じく森鷗外の作を原作として、溝口作品の7年後に田中澄江(1908-2000/享年91)の脚本のもと)としてアニメ化されていて、オープニングに東映の「創立十周年記念」とあります。

高畑 勲.jpg 声の出演が、安寿が佐久間良子、厨子王(成人後)が北大路欣也、母が山田五十鈴、山椒太夫が東野英治郎、その長男が平幹二朗という錚々たる布陣であり(厨子王の少年時代担当の「住田知仁」は後年の風間杜夫、「わんぱく王子の大蛇退治」('63年/東映)でも主人公の声を担当)、実際に人が演技した映像をなぞってアニメ化するという手法がとられていて、アニメーション自体も美しい出来栄えであるには違いないと思います(若き日の高畑勲(1953-2018/82歳没)が演出助手として携わっている)。

安寿と厨子王丸1.jpg 安寿と厨子王のお供の動物キャラが出てくるのは子供向けアレンジですが、山椒大夫の2人の息子の内、弟の三郎が安寿に想いを寄せるという恋愛話も挿入されていたりします。

 安寿が焼き鏝を顔に当てられそうになるところを三郎が救うので、当然のことながら、やけどが菩提像の加護で癒えるという、鷗外の原作にあるはずの場面は無く、映像化しようとすると、やはりヒロインについては忌避される場面なのでしょうか(ましてや子供向けであるし)。

 安寿が入水自殺を遂げるのは鷗外の原作通りですが(オリジナルの説話「さんせい太夫」では刑死または拷問死なのだが)、成人した厨子王が都で化け物退治をするなどのオリジナル・エピソードがあり、何よりも原作と異なるのは、安寿を供養するため出家した三郎の願いで厨子王が山椒大夫親子を許してしまうという点で、やや拍子抜けしてしまいそうなまでの厨子王の寛容さ。

 しかも、ラストの母子再会でも、溝口作品同様に母の眼は「明かない」という...、アニメーション技術そのものはいいのだけれど、何だかカタルシス不全を起こしそうな結末とも言えるかと。

安寿と厨子王丸 面子7.jpg安寿と厨子王丸 面子6.jpg安寿と厨子王丸 面子8.jpg安寿と厨子王丸 面子10.png 子供向けということもあったと思いますが(当時の面子(メンコ)にもなっているぐらいだから、それなりに多くの子供が観たのではないか)、山椒大夫が処刑を免れたのは、権力を握った者が旧敵を罰するという構図に反発した当時の東映労組の(言わば"大人たちの")意向も反映されているようです(2019年度前期NHK連続テレビ小説でアニメーターの奥山玲子をモデルにした「なつぞら」(広瀬すず主演)に出わんぱく牛若丸 なつぞら1.jpgわんぱく牛若丸 なつぞら2.jpgてくる「東洋動画」で作られるアニメ映画「わんぱく牛若丸」は、この東映長編カラーアニメ第4作「安寿と厨子王丸」と第2作「少年猿飛佐助」('59年)、第6作「わんぱく王子の大蛇退治」('63年)あたりをハイブリッドしたものと思われる)

佐久間良子2.jpg風間杜夫2.jpg北大路欣也.jpg「安寿と厨子王丸」●制作年:1961年●監督(演出):藪下泰司●製作:大川博●脚本:田中澄江●演出:藪下泰司/芹川有吾●演出助手:高畑勲●撮影:大塚晴郷/中村一雄/東喬明●音楽:木下忠司/鏑木創●原作:森鷗外「山椒大夫」●時間:83分●声の出演:佐久間良子/住田知仁(風間杜夫)/北大路欣也/山田五十鈴/東野英治郎/平幹二朗/宇佐美淳也/水木襄/山村聡/松島トモ子/三島雅夫/花沢徳衛●公開:1961/07●配給:東映(評価:★★★)
東野英治郎(山椒太夫)/平幹二朗(山椒太夫の長男・次郎)/山田五十鈴(安寿・厨子王丸の母・八汐)
東野英治郎.jpg安寿と厨子王丸 1.jpg平幹二朗.jpg安寿と厨子王丸 長男・次郎.jpg山田五十鈴.jpg八汐(山田五十鈴) 3.jpg

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社会的偏見と人間のエゴイズムをシンプルに凝縮。岩波文庫版(特に旧版)は挿絵が豊富。

脂肪の塊 モーパッサン 岩波2 (1).jpg2『脂肪の塊』.jpg 脂肪の塊 モーパッサン 岩波1.jpg マリヤのお雪 1935.jpg 駅馬車 dvd.jpg
脂肪の塊 (1957年) (岩波文庫)』水野 亮:訳 『脂肪のかたまり (岩波文庫)』高山鉄男:訳 「マリアのお雪」(主演:山田五十鈴(当時18歳))VHS 「駅馬車(デジタルリマスター版) [DVD]」[下]"Boule de Suif" (仏・2000年)
脂肪の塊 モーパッサン 岩波4.jpgboule de suif poche (仏・2000年).jpg プロシア占領下の北仏ルーアンからの脱出行を図る馬車に乗り合わせたのは、互いに見知らぬブルジョア階級の夫婦3組、修道女2人、民主主義者の男1人、そして「脂肪の塊」と綽名される娼婦が1人―。大雪で移動に時間を要し、腹が減った彼らは、娼婦が自分の弁当を一同に快く分け与えたおかげで飢えを凌ぐことが出来、一旦は、普段は軽蔑している彼女に親和的態度を見せる。しかし途中の町宿で、占領者であるプロシアの士官が娼婦との関係が持てるまでは彼らの出発を許可しないと言っていると知ると、愛国心ゆえ嫌がる娼婦を無理矢理説き伏せ,士官の相手をさせようとする。そして再び出発の時、皆のために泣く泣く士官の相手をした娼婦を迎えた彼らの態度は、汚れた女を見るように冷たく、娼婦は憤慨し悲嘆にくれる―。

Maupassant  Boule de suif.jpgBoule_de_Suif.jpg 1880年にギ・ド・モーパッサン(1850-1893)が30歳で発表した彼の出世作であり、馬車に乗り合わせた少数の人々が繰り広げるシンプルな出来事の中に、社会的偏見と人間のエゴイズムを凝縮させた、風刺文学の傑作と言えます(皮肉屋モーパッサンの面目躍如といった感じか)。

 それにしてもひどいね、このブルジョア達は。自分達が無事にフランス軍の所に行くことこそ愛国主義に適うことであるとして娼婦を説得したのに、娼婦の犠牲によって足止めが解かれた途端にその行為を「非愛国的」として非難しているわけで、これぐらい分かりやすい"身勝手"ぶりは無く、娼婦の立場を考えれば"残酷"と言っていいくらい(「民主主義者」(注:水野亮訳)のコルニュデのみ沈鬱な様子を見せているのが救いか)。

五木寛之00jpg.jpg 普仏戦争(1870‐71)の戦時下という状況設定ですが、そう言えば五木寛之氏のエッセイにも、五木氏自らが子供の頃に朝鮮で体験した、(占領側に女性を人身御供として差し出すという)同じようなエピソードがありました。但し、この作品のブルジョワ達が、ある種、閉ざされたグループ内での"ノリ"で行動しているように見える点は、わざわざ戦争や階級差別を持ちださなくとも、現代の学校のいじめ問題などにも通じるところがあって、怖いように思えました。

「絵のある」岩波文庫への招待.jpg 作品中、娼婦の呼び名は「ブール・ド・シュイフ(Boule de Suif)」で通されていますが、「脂肪の塊」というのは直訳であり、実際は「おデブちゃん」といったところでしょうか。以前、講談社文庫(新庄嘉章:訳『脂肪の塊・テリエ観』)で読んで、今回、岩波文庫の旧版(水野亮:訳・昭和32年改版版)で再読しましたが、岩波文庫は挿絵入りで、それを見ると、実際丸々太って描かれています。その他にも90ページそこそこの中に挿絵(1930年代のもの)が15点ぐらいあり、状況がイメージしやすくなっています(ブール・ド・シュイフが持っていた弁当がどのようなものであったかとかまで分かってしまう)。

 岩波文庫(の特に旧版)は挿絵が多くて楽しめるものが海外文学、日本文学ともに何点かあり、これもその1冊と言えるでしょう(新版にすべて移植されているとは限らないみたい。岩波文庫の新版『脂肪のかたまり』には挿画あり)。岩波文庫の挿絵に注目した坂崎重盛氏の『「絵のある」岩波文庫への招待』('11年/芸術新聞社)の表紙にも、この「ブール・ド・シュイフ」が中央やや右下に描かれています(文庫の挿絵と比べ反転しているが、表紙の絵は山本容子氏の版画)。

「絵のある」岩波文庫への招待
フランス映画 "Boule de suif" (1945)     ソ連映画 "Pyshka" (1934)
Boule de suif (1945).jpgPyshka (1934).jpg この作品は、旧ソ連(Pyshka (1934))とフランス(Boule de suif (1945))でそれぞれ映画化されていますが(ソ連版はミハイル・ロンム監督、ガリーナ・セルゲーエワ主演、フランス版はクリスチャン=ジャック監督、ミシュリーヌ・プレール主演)、何れも日本ではOyuki the Virgin 1935.jpgなかなか観られないようです(フランス版は輸入版DVD有り)。また、この作品をモチーフに舞台を日本に置き換えた溝口健二(1898-1956)監督の「マリアのお雪 (1935)」(出演:山田五十鈴(当時18歳))という作品もあります。

マリヤのお雪 1935.jpgマリアのお雪 (1935)title.jpg モーパッサンの「脂肪の塊」を川口松太郎(1899-1985)が翻案したもので、西南戦争のさなか、町を出るため名士を乗せた馬車には酌婦の山田五十鈴演じるお雪や原駒子演じるおきんたちも乗り合わせていたが、身分の卑しい彼女らと同席することを士族一家や豪商夫婦は嫌がり「けがらわしいから馬車から降りろ」となじる、そんな折、悪路のために馬車は転倒・大破して立ち往生、一行は身動きとれなくなって官軍により全員足止めを喰らい、そこでお雪が宥和策として官軍将校への人身御供的な立場に―とこの辺りまでは原作に近いですが、ここマリアのお雪 (1935).jpgからなんと、官軍の将校・朝倉晋吾(夏川大二郎)とお雪は惚れ合ってしまい、一方、お雪の代わりに自ら"人身御供"を申し出たおきんは女のメンツを潰された形に川口 松太郎.jpgなり、朝倉を憎みながらも実は彼女もまた朝倉に恋心を抱くという、恋愛・三角関係ドラマになっています。川口松太郎は第1回「直木賞」受賞作家ですが、「愛染かつら」の川口松太郎だから恋愛メロドラマになってしまうのでしょうか(因みに川口松太郎と溝口健二とは小学校時代の同級生で、川口松太郎は溝口監督の「雨月物語」('53年/大映)の脚本なども書いている)。
川口松太郎

駅馬車 dvd.jpg駅馬車 Stagecoach 1939 2.jpg 因みに、ジョン・フォード監督の「駅馬車」('39年/米)は、、1937年発表のアーネスト・ヘイコックスの短編小説「ローズバーグ行き駅馬車」(ハヤカワ文庫『駅馬車』/井上一夫訳)ですが、後にジョン・フォード監督は「この映画の発想源はギ・ド・モーパッサンの小説『脂肪の塊』だ」と語っています(主役のジョン・ウェインは当時ほとんど無名だった)。映画「駅馬車」の大まかなあらすじは、トント発ニューメキシコ州のローズバーグ行駅馬車に様々な身分の乗客が乗り合わせ、その中には婦人会から追い出された娼婦ダラス(クレア・トレヴァー)もいて他の乗客から蔑視される一方、途中から、父と兄を殺され敵討ちのため脱獄したリンゴ・キッド(ジョン・ウェイン)が乗車し、駅馬車は最初の停車場に到着、ジェロ駅馬車 Stagecoach 03.jpgニモがアパッチ族を率いて襲撃に来ると言う情報があったため護衛の騎兵隊の到着を待つものの、騎兵隊は一向に姿を見せず、このままま進むかトントに戻るか乗客の間で合議した結果、このまま目的地ローズバーグへ進むこととなって、ローズバーグ近くまで襲撃に遭わずに来て、これで無事到着出来ると安堵した矢先、アパッチ族が放った一本の矢が乗客の胸に突き刺さる―というもの。以降、有名なアクションシーンが展開され、さらにリンゴ・キッドの敵討ちの話へと続きますが(このリンゴ・キッドにはジョニー・リンゴというモデルになった実在の人物がいて、3人の無法者に兄を殺され、たった3発の銃弾で兄の敵を討ったという逸話がある)、映画の前半から中盤部分は駅馬車の車内で展開される、差し詰め「移動舞台劇」といった感じでしょうか。その点で確かに「脂肪の塊」と似ています。

駅馬車 Stagecoach 1939 1.jpg 小説「脂肪の塊」での乗り合わせた乗客は、ワイン問屋を経営する夫妻、工場経営者の上流階級夫妻、伯爵とその夫人、二人の修道女と民主党員、それに娼婦エリザベート・ルーセの合わせて10人、一方の映画「駅馬車」の乗客は、当初、娼婦ダラスのほかに騎兵隊夫人、保安官、飲んだくれの医師、酒商人、賭博淀川長治 駅馬車.png屋の計6人で、途中、銀行の金を横領した銀行家が加わり、最後にリンゴ・キッドが乗り込むので合わせて8人ということになります。「脂肪の塊」より2人少ないですが、「脂肪の塊」の方は夫婦連れなども含まれていることから「6組10人」とも言え、「脂肪の塊」では、当時のフランスを象徴する階級を乗り合わさせ、「駅馬車」では当時のアメリカ西部を象徴する代表的な層を乗り合わさせていると言われていますが、「脂肪の塊」の方がブルジョア層の中で娼婦が孤立する図式が強いでしょうか。「駅馬車」は、淀川長治がユナイテッド・アーティスツ日本支社の宣伝部勤務になって最初に担当した作品であり、「駅馬車」という邦題を考えたのも淀川長治淀川長治2.jpgです(右の広告のデザインも淀川長治)。雑誌「キネマ旬報」発表の「映画人が選ぶオールタイムベスト100・外国映画編」で、1999年(キネ旬創刊80周年記念)第7位、2009年(キネ旬創刊90周年記念)第10位と高ランクを維持して日本でも評価されている一方、米港では、70年代ぐらいから騎兵隊 vs.インディアン的な映画はインディアン軽視だとされ制作されなくなり、この「駅馬車」もインディアンに対する差別的な描写があるとして上映・放送は難しくなっているそうです(傑作だけれどもポリティカル・コレクトネス上の問題があるということか)。

img1021マリヤのお雪.jpg山田五十鈴(当時18歳)

img1021マリヤのお雪 - コピー.jpgマリヤのお雪B4.jpgマリヤのお雪 yamadaisuzu.jpg「マリアのお雪」●制作年:1935年●監督:溝口健二●脚色:高島達之助●撮影:三木稔●音楽:高木孝一●原作:川口松太郎「乗合馬車」(原案:モーパッサン「脂肪の塊」)●時間:80分●出演:山田五十鈴/原駒子/夏川大二郎/中野英治/歌川絹枝/大泉慶治/根岸東一郎/滝沢静子/小泉嘉輔/鳥居正/芝田新/梅村蓉子●公開:1935/05●配給:松竹キネマ(評価:★★★)
        
       
駅馬車 Stagecoach 02.jpg「駅馬車」●原題:STAGECOACH●制作年:1939年●制作国:アメリカ●監督・製作:ジョン・フォード●脚本:ダドリー・ニコルズ●撮影:バート・グレノン/レイ・ビンガー●音楽:ボリス・モロース●原作:アーネスト・ヘイコックス「ローズバーグ行き駅馬車」●時間:99分●出演:ジョン・ウェイン/クレア・トレヴァー/トーマス・ミッチェル/ジョージ・バンクロフト/アンディ・ディバイン/ルイーズ・プラッ/ジョン・キャラダイン/ドナルド・ミーク/バートン・チャーチル/トム・タイラー/ティム・ホルト●日本公開:1940/06●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:高田馬場パール座(82-12-28)(評価★★★★)●併映:「シェーン」(ジョージ・スティーブンス)

脂肪のかたまり_7834.JPG脂肪の塊・テリエ館.jpg【1938年文庫化・1957年改版[岩波文庫(『脂肪の塊』(水野亮:訳)]/1951年再文庫化[新潮文庫(『脂肪の塊・テリエ館』(青柳瑞穂:訳))]/1954年再文庫化[角川文庫(『脂肪の塊―他二編』(丸山熊雄:訳))]/1955年再文庫化[河出文庫(『脂肪の塊』( 田辺貞之助:訳))]/1971年再文庫化[講談社文庫(『脂肪の塊・テリエ館』(新庄嘉章:訳))]/2004年再文庫化[岩波文庫(『脂肪のかたまり』(高山 鉄男:訳)]/2016年再文庫化[光文社古典新訳文庫(『脂肪の塊/ロンドリ姉妹―モーパッサン傑作選』(太田浩一:訳)]】

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日本のホームドラマの基盤がこんなところで着々と築かれていたのだなあと。斎藤達雄、栗島すみ子がいい。

淑女は何を忘れたか vhs.jpg淑女は何を忘れたか1.bmp 流れる dvd .jpg
 「淑女は何を忘れたか [VHS]」(斎藤達雄/栗島すみ子/桑野通子)「流れる [DVD]

ozu  'What Did the Lady Forget?'.jpg節子(桑野通子)と岡田(佐野周二).jpg 大学の医学部教授の小宮(斎藤達雄)は日頃から、口うるさい妻の時子(栗島すみ子)に頭が上がらなかったが、それは、夫婦円満を保つ彼流の秘訣でもあった。そんなある日、大阪より時子の姪・節子(桑野通子)が上京、小宮家にやって来る。自分とは対照的に思ったままに行動する彼女に触発された小宮は、ある揉め事を契機に初めて時子に平手打ちをくらわせてしまう―。

 トーキー時代に入ってもしばらくサイレント映画にこだわり続けた小津安二郎監督の、「一人息子」('36年)に続くトーキー第2作で、サイレント映画時代の彼のコメディ的要素と戦後の家庭劇の要素が混ざった作品のように思えました。

 それまで下町の庶民を題材にすることが多かった小津ですが、この作品では一転して舞台を山の手へ移し(丁度この頃に小津自身も深川から高輪へ転居している)、アメリカ映画から得られた素養をふんだんに生かしたモダニズム溢れるソフィストケティッド・コメディに仕上がっています。

淑女は何を忘れたか3.jpg 31際の若さで夭逝した桑野通子が演じる(当時22歳)姪の節子は、いわば当時のモダンガールといったところでしょうか。未婚だがタバコも酒も嗜むし、車の運転にも興味がある活発な彼女は、妻の尻に敷かれる小宮を見て、夫権の復活を唱えて盛んに小宮をけしかける―そこへ時子がいきなり現れたりして、小宮が節子を叱るフリをする、時子が去ると節子が小宮を軽く小突くなどといった具合に、小宮と節子の遣り取りが、爆笑を誘うというものではないですが、クスッと笑えるものとなっています。

ozu  'What Did the Lady Forget?' 2.jpg この作品の斎藤達雄はいいです。サイレント時代の小津作品では、もてない大学生(「若い日」)やしがないサラリーマン(「生まれてはみたけれど」)を演じたりもしていましたが、この作品で「ドクトル」と世間から呼ばれるインテリを演じてもしっくりきています(独りきりになると結構このドクトルは剽軽だったりするが)。

ozu  'What Did the Lady Forget?' 3.jpg 有閑マダム3人組(栗島すみ子、吉川満子、飯田蝶子)の会話なども、それまでの小津作品には無かったシークエンスですが、関西弁で話しているためかどことなくほんわかした感じがあり、それでいて畳み掛けるところは畳み掛けるという、トーキー2作目にしてこの自在な会話のテンポの操り方には、トーキー参入に際しての小津の周到な事前準備が感じられました。

淑女は何を忘れたか4.jpg その他に、小宮家で家庭教師をすることになる大学の助手・岡田を佐野周二が演じていますが、息子・関口宏より相当濃いハンサム顔に似合わず、この作品では教え子の友達(突貫小僧)に先に算数の問題を解かれてしまって面目を失うというとぼけた役回り。

 小宮は、妻にはゴルフに行ったことにしながら、節子の東京探訪に付き合わされて、その晩は岡田の下宿に泊めてもらいますが、アリバイ工作のためにゴルフ仲間の会社役員(坂本武)に投函を託した葉書に書かれた当日の天候が全く違っていたことに気付いて慌てふためくも、まあ、大丈夫でしょうと、岡田はのんびり構えてしまっています(結局、そのことで小宮の工作は時子にばれてしまう)。

淑女は何を忘れたか2.jpg 岡田と節子の間で何かあるのかなと思いましたが、これは"夫婦"がテーマの映画なのでそうはならず、結局、「雨降れば地固まる」みたいな映画だったんだなあと。

 まあ、全体として他愛の無い話と言えばそうなのですが、こうした細部のユーモラスなシチュエーションの組み入れ方もそうですし、ストーリーの落とし所からも、ああ、日本のホームドラマの基盤がこんなところで着々と築かれていたのだなあと思わせるものがありました。

流れる 栗島すみ子.jpg流れる 栗島すみ子2.jpg また、この作品は、日本映画史上初のスター女優と言われた栗島すみ子(1902-1987)の映画界引退作品でもあり、さすがに堂々たる存在感を見せています。彼女はその後、成瀬巳喜男監督の「流れる」('56年/東宝)で一度だけスクリーンに復帰、田中絹代(1909-1977)、山田五十鈴(1917-2012)、杉村春子(1906-1997)、高峰秀子(1924-2010)らと共演しましたが、それら大女優の更に先輩格だったわけで、まさに貫禄充分!
栗島すみ子、高峰秀子、山田五十鈴、田中絹代
『お嬢さん』栗島すみ子、岡田時彦.jpg そもそも、成瀬巳喜男の監督デビュー(1930年)よりも栗島すみ子の映画デビューの方が先であり(1921年)、年齢も彼女の方が3歳上。成瀬監督を「ミキちゃん」と呼び、「流れる」撮影の際は、「あたしはミキちゃんを信用して来てるのだから」と、セリフを一切覚えず現場入りしたという話があり、小津安二郎の「お嬢さん」('30年/松竹蒲田)で岡田時彦と共演したりしていることから、自分の父親が自分が1歳の時に亡くなったためその記憶が無い岡田茉莉子(1933-)には、「あなたのお父さんは美男子の中でもずば抜けて美男子だった」と「流れる」の撮影現場で話してやっていたそうな。

栗島すみ子、岡田時彦 in「お嬢さん」('30年/モノクロ。フィルムは現存せず)

流れる 映画ポスター.jpg それにしても「流れる」の配役陣は、今になった見れば見るほどスゴいなあという感じ。大川端にある零落する置屋を住込みのお手伝いさん(田中絹代)の視点から描いた作品でしたが、先に挙げた田中絹代、山田五十鈴、高峰秀子、杉村春子ら大物女優に加えて、岡田茉莉子、中北千枝子、賀原夏子らが脇を固めるという布陣で、成瀬巳喜男作品は個人的には合う合わないがあって、世間で評価されるほど自分としての評価は高くないのですが(若い頃に観たというのもあるかもしれない)、この作品も、ストーリーよりも一人一人の演技が印象に残った感じでした。

流れる 杉村春子.jpg 杉村春子を除いて皆、着物の着こなしがいい、との評がどこかにありましたが、年増芸者を演じた杉村春子は、あれはあれで役に合わせた着こなしだっだのでしょう。個人的には、水野の女将を演じた栗島すみ子の演技は"別格"として、当時、田中絹代・山田五十鈴・高峰秀子の三大女優より一段格下だった杉村春子が一番上手いのではないかと思いました(高峰秀子は子役としてのデビューは早かったが、1940流れる 1シーン.jpg年、豊田四郎監督の「小島の春」に出演した杉村春子の演技にショックを受けて演技開眼したという。杉村春流れる 岡田茉莉子.jpg子を"格下"と言ったら失礼にあたるか)。岡田茉莉子などは実に若々しく、和服を着ると昭和タイプの美女という感じでしたが(着物を着た際にスレンダーで足長に見える)、演技そのものは当時はまだ大先輩たちの域には全然達していなかったのではないでしょうか。機会があれば、また観直してみたいと思います。

岡田茉莉子
 
神保町シアター.jpg桑野通子.jpg「淑女は何を忘れたか」●制作年:1937年●監督:小津安二郎●脚本:伏見晁/ジェームス槇(小津安二郎)●撮影:茂原英雄/厚田雄春●音楽:伊藤冝二●時間:71分●出演:斎藤達雄/栗島すみ子/桑野通子/佐野周二/飯田蝶子/坂本武/吉川満子/葉山正雄/突貫小僧/上原謙●公開:1937/03●配給:松竹大船●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-05)●2回目:神保町シアター(10-12-11)(評価:★★★)●併映(1回目):「お早よう」(小津安二郎) 神保町シアター 2007(平成19)年7月14日オープン
桑野 通子 (1915-1946/享年31)

淑女は何を忘れたか vhs.jpg


流れる%20(1956年).jpg流れる [DVD]「流れる」●制作年:1956年●監流れる dvd .jpg映画「流れる」.jpg督: 成瀬巳喜男●製作:藤本真澄●脚本:田中澄江/井手俊郎●撮影:玉井正夫●音楽:斎藤一郎●原作:幸田文「流れる」●時間:117分●出演:田中絹代山田五十鈴高峰秀子杉村春子流れる09.jpg田茉莉子/中北千枝子/賀原夏子/栗島すみ子(特別出演)/泉千代/加東大介宮口精二/仲 流れる杉村春子.jpg山田五十鈴 流れる.jpg谷昇/中村伸郎●公開:1956/11●配給:東宝(評価:★★★☆)
左奥:栗島すみ子(お浜)・右手前:田中絹代(梨花(お春))   杉村春子(染香)/山田五十鈴(つた奴)
宮口精二(なみ江の鋸山の叔父)  中村伸郎(医者)
宮口精二 流れる なみ江の伯父.jpg映画 流れる.jpg

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