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「やまゆり園事件」の予言的作品になったことがおぞましいが、事件とは別物でもある。
ロスト・ケア 単行本.jpg ロスト・ケア (光文社文庫).jpg 「ロストケア」長澤・松山.jpg
ロスト・ケア』『ロスト・ケア (光文社文庫)』 映画「ロスト・ケア」(2023)長澤まさみ/松山ケンイチ

 2011年12月、戦後犯罪史に残る凶悪犯に死刑判決が下された。その時、認知症の母を〈彼〉に殺されたシングルマザーの羽田洋子の心によぎった自分は「救われた」のではという思いは何だったか。老人ホーム「フォレスト・ガーデン」の訪問入浴サービスの仕事に携わっていた介護士・斯波宗典はどう思ったか。事件に関わった正義を信じる検察官・大友秀樹の耳の奥に響く「悔い改めろ!」という叫びは何か。話は2006年11月に遡る―。

 2012(平成24)年度・第16回「日本ミステリー文学大賞新人賞」(光文文化財団が主催)受賞作。選考委員の綾辻行人氏は「掛け値なしの傑作」、今野敏氏は「文句なしの傑作」と評し、満場一致での受賞となった作品です(2013年2月刊行)。来月['23年2月]には、前田哲監督による映画化作品「ロストケア」(タイトルに中黒なし)も公開されます。

 介護を廻る様々な問題をえぐりながら、ちゃんとミステリにもなっていました。ある種"叙述トリック"気味ですが、これはこれでありなのでは。ただ、学者肌の刑事の推理によらずとも、これだけ犯行が繰り返されたら早いうちに怪しまれ、犯人は誰だかすぐに判ってしまうのでは?

コムスン問題.jpgコムスン折口2.jpg 2007年の、人材派遣業から多角化したグッドウィル・グループ傘下の介護事業会社で、全国最大手だったコムスンが、訪問介護事業所開設の際、実態のないヘルパーの名前を届け出るなど虚偽申請をし、最終的に事業譲渡・グループ解散に至った「コムソン事件」をモデルにした事件が小説に織り込まれていました(施設介護事業は小説にそれと思しき名が出てくるニチイ学館に譲渡、ワタミも候補に挙がったが選に漏れた。そう言えば、これも、小説にそれと思しき名が出てくるベネッセも、当時から既に介護事業会社を運営していた)。
コムスンの「光と影」日本経済新聞(2007.6.19朝刊)

「やまゆり園事件」.jpg「やまゆり園事件.jpg ただ、この小説が今注目されるのは、2016年7月26日の「津久井やまゆり園」の元職員であった植松聖(事件当時26歳)が入所者45人を殺傷した「相模原障害者施設殺傷事件(やまゆり園事件)」の、予言的作品になっている点ではないかと思います。そのことについて諸々見方はあるかと思いますが、先ずもって、現実にそうした事件が起きたのはおぞましい限りです。

「「津久井やまゆり園」殺害事件から6年」NHK「おはよう日本」(2022.7.26)

 あまり小説と現実をごっちゃにするのも良くないし、問題を投げかけた作者自身も、まさかそうした事件が起きるとは予想はしていなかったと思いますが、現実の事件である「やまゆり園事件」と小説には、①福祉サービスを舞台にした大量殺人事件であること、②加害者が福祉サービスに従事する人間であること、③犯人が確信犯であること、といった共通点があります。

 一方で、小説と現実をごっちゃにするのも良くないというのは、現実の植松死刑囚は実に浅はかな人間で、「障害者なんて生きている価値がない。いなくなれば税金もかからない」と接見に来た記者に嘯いていたそうで、浮いた税金で報奨金をもらい、いずれ釈放してもらう、なんてことも考えていたようです。「真面目な人ほど危うい場合がある」とはよく言われますが、それは、この小説の犯人には当て嵌まっても、植松死刑囚には当て嵌まらないでしょう。

 ただ、そうであったとしても、やはり今回映画化されることになったのは、この現実の事件があったことが大きく影響しているかと思います。

「ロストケア」4.jpg (●2023年2月20日に映画化作品が東京テアトル=日活配給で公開された。前田哲監督と松山ケンイチの構想10年を経ての映画化とのこと(松山ケンイチが先に原作を読んで前田監督に紹介した)。松山ケンイチと長澤まさみは本作が初共演。長澤まさみは、原作の男性検察官・大友秀樹を女性検察官・大友秀美に置き換えた役。

 ある早朝、民家で老人と訪問介護センター所長の死体が発見された。死んだ所長が勤める介護センターの介護士・斯波宗典(松山ケンイチ)が犯人として浮上するが、彼は介護家族からも慕われる心優しい青年だった。検事の大友秀美(長澤まさみ)は、斯波が働く介護センターで老人の死亡率が異様に高いことを突き止める。取調室で斯波は多くの老人の命を奪ったことを認めるが、自分がした行為は「殺人」ではなく「救い」であると主張。大友は事件の真相に迫る中で、心を激しく揺さぶられる―。

「ロストケア」1.jpg 映画では、犯人は誰かというミステリの部分はほとんど前半3分の1くらいで片付けてしまい、松山ケンイチ演じる介護士・斯波宗典と長澤まさみ演じる検察官・大友秀美を全面的に対峙させ、自分が行ったのは「救い」で「殺人」ではないと主張する斯波の信念を前にして大友がたじろぐという、この両者の取調室でのやり取りを通して、介護の現場が抱える問題や、社会システムの歪み、善悪の意味などを浮き彫りにしている。

「ロストケア」2.jpg ただし、話を盛り込みすぎた印象もあり、大友が過去に自分の父親を孤独死させた経験があるというのも映画のオリジナル(ある意味、冒頭シーンを伏線とする映画オリジナルのミステリになっている)。また、説明的になりすぎた印象もあり、松山ケンイチ演じる介護士・斯波宗典も長澤まさみ演じる検察官・大友秀美も滔々と持論を述べるが、こうした演劇的場面は原作にはない。

「ロストケア」3.jpg 斯波宗典が父親に対して絶望的な介護生活の末に嘱託殺人に至ったのは原作通りだが、映画では柄本明が演じる父親・正作の息子に介助されながらの凄惨な暮らしぶりが「ロストケア」/.jpg生々しく描かれていて、演技達者の柄本明がここでも主役を喰ってしまった感じ。長澤まさみがどれだけ頑張って演技しても型通りの演技にしか見えないのは、柄本明のせいと言っていいかも。

柄本明(斯波正作)

 ミステリの部分を犠牲しても社会問題の部分を前面に押し出した、真面目な作品だと思う。本当は△だけど、△をつけ難く○とした。)

「ロストケア」●制作年:2023年●監督:前田哲●製作:有重陽一●脚本:龍居由佳里/前田哲●撮影:板倉陽●音楽:原摩利彦(主題歌:森山直太朗「さもありなん」)●原IMG_20230518_155354.jpg作:葉真中顕●時間:114分●出演:松山ケンイチ/長澤テアトル新宿(シアター1).jpgまさみ/鈴鹿央士/坂井真紀/戸田菜穂/峯村リエ/加藤菜津/やす(ずん)/岩谷健司/井上肇/綾戸智恵/梶原善/藤田弓子/柄本明●公開:2023/02●配給:東京テアトル=日活●最初に観た場所:テアトル新宿(シアター1)(23-05-18)(評価:★★★☆)

テアトル新宿 1957年12月5日靖国通り沿いに名画座としてオープン、1968年10月15日に新宿テアトルビルに建替え再オープン、1989年12月に封切り館としてニューアル・オープン(新宿伊勢丹メンズ館の隣、新宿テアトルビルの地下一階)2017年座席リニューアル

【2015年文庫化[光文社文庫]】
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『シャイロックの子供たち 単行本.jpg 『シャイロックの子供たち』.jpg     「シャイロックの子供たち」2023.jpg 出演:阿部サダヲ
シャイロックの子供たち』『シャイロックの子供たち (文春文庫)映画「シャイロックの子供たち」(2023)

ミステリとしては「完結」はしていなくとも、経済小説として面白かった。

 中小企業や町工場がひしめく地域にある東京第一銀行・羽田支店。出世を諦めないシャイロックたちは、ぎすぎすした空気の中、融資の成績あげるため奮闘してた。その中でも副支店長の古川一夫は、自分の出世のため部下たちにも厳しいあたりを続けていた。そんな中、支店内で100万円の現金が紛失する事件が起き、女子行員の北川愛理に疑いがっかかる。三枚目だが部下からの信頼が厚い営業課の課長代理・西木雅博は、愛理の無実を信じ、真犯人の究明に執念を燃やす。しかし、その西木が、ある日突然失踪してしまう―。

 2006年刊行のかつて銀行員だった作者得意の銀行小説で、銀行という組織を通して、普通に働き、普通に暮すことの幸福と困難さに迫った群像劇です。2006年と言えば、2002年初めから始まった景気回復の途上で、緩やかな景気拡大がだらだら続いていたものの、失業率もまだ4%台で(2年後にはリーマン・ショックを迎えることになる)、小説の中の東京第一銀行・羽田支店も、取引先は疲弊した下請け工場などが多く占める状況です。

 物語は、そうした銀行の支店内で起こる様々な出来事を、最初は連作短編風に描いていきます。そんな中では、支店のエース滝野真と同世代の遠藤拓治が、新規の顧客が獲得できたとして上司の鹿島を会わせたいと連れて行ったのが神社で、狛犬に向かって「上司の鹿島でございます」と深々と頭を下げたというエピソードが印象的でした(要するに心を病んでしまっていたわけで、結局遠藤は入院していまう)。そして、エースと思われていた滝野にも架空融資の疑いが...。

 西木が失踪したあたりから、1つ1つのエピソードがまったく別々の話ではなく、少しずつ繋がっていることが窺えるようになり、このあたりは上手いなあと思いました。全体としては、西木はどこへ行ったのかという推理サスペンス風の展開になっています。そして、滝野が架空融資を行い、その補填として100万円の現金に手をつけたと知った西木は、滝野に不正融資を持ち掛けた不動産会社社長の石本(半分ヤクザ)の手で殺され、どこかに埋められているらしいと―。

 しかし、気乗りしないまま社命で失踪した西木の家族がいる社宅を訪ねたパート社員の河野晴子は、彼女自身が銀行という組織に夫を殺された一人でしたが、何か西木の生活に訝しい点を感じ、さらに、滝野が現在逃亡中の石本と繋がっていた資料を赤坂支店に引き取りに行った際に、その中で西木と石本が繋がっていた資料をみつけてしまいます、

 どうやら西木は石本に対する兄の負債の連帯保証人になっていて、何億円という借金を背負っていたらしい―このことによって、事件に関する新たな考察が繰り広げられます。しかし、作者は最後まで完全に謎解きをすることはしていないのは、これは推理小説ではなく企業小説だという前提があるためでしょう(謎解きが主題ではないということ)。このもやっとした終わり方で評価は分かれるかもしれません。実際、「半沢直樹シリーズのようなスッキリ解決感がなかった」という読者も多かったようですが、読者に考えさせるという意味で、個人的には悪くなかったと思います。

 2022年10月9日から11月6日まで、WOWOWプライムの「連続ドラマW」枠にて井ノ原快彦(西木雅博役)主演でドラマ化されていますが、観ていないので、結末をどう扱ったのか知りません。今年['23年]、池井戸作品初の映画化となった「空飛ぶタイヤ」の本木克英監督により、阿部サダヲで(西木雅博役)主演で映画化されたものが公開予定なので、そちらの方を観てみたいと思います。

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「シャイロックの子供たち」1.png(●2023年2月20日に映画化作品が公開された。同じく池井戸原作の映画「空飛ぶタイヤ」(2018年)で監督を務めた本木克英をはじめとしたメインスタッフが再集結し、小説ともドラマとも異なる展開で、柄本明が演じる長原支店の客で"謎の男"沢崎など映画独自のキ「シャイロックの子供たち」2.jpgャラクターが登場するオリジナルストーリーだった。まず、阿部サダヲが演じる西木は、原作のように行方をくらましたりせず、事件の黒幕は別にいて、西木がそれを突き止めた上で、沢「シャイロックの子供たち」3.jpg崎と組んで彼らに"倍返し"するという(何となく予想はしていたが)「半沢直樹」的な勧善懲悪ストーリーになっている。映画的カタルシスを重視したということだろう。西木も最後は沢崎から"成功報酬"を受け取りそれで借金を返すが、その代わり銀行員は辞めるという―まあ、自分で「このお金を受け取ったら銀行員を辞めなければならない」と自分で言っていたから、これは仕方がないことか。上戸彩が演じる西木のかつての部下・北川愛理が、後日エレベータでちらっと見かけた西木が、今何をやっているのか気になるところだが、何なくさっぱりした表情だった。阿部サダヲは演技のテンポが良かった。)

「シャイロックの子供たち」8.jpg「シャイロックの子供たち」6.jpg「シャイロックの子供たち」●制作年:2023年●監督:本木克英●脚本:ツバキミチオ●撮影:藤澤順一●音楽:安川午朗●原作:池井戸潤●時間:122分●出演:阿部サダヲ/上戸彩/玉森裕太/柳葉敏郎/杉本哲太/佐藤隆太/渡辺いっけい/忍成修吾/近藤公園/木南晴夏/酒井若菜/西村直人/中井千聖/森口瑤子/前川泰之/安井順平/徳井優/斎藤汰鷹/吉見一豊/吉田久美/柄本明/橋爪功/佐々木蔵之介●公開:2023/02●配給:松竹●最初に観た場所:TOHOシネマズ西新井(23-03-15)(評価:★★★☆)

【2008年文庫化[文春文庫]】
『シャイロック』文庫.jpg

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安藤サクラの演技力が冒頭部分を牽引。原作へのこだわりが感じられて良かった。

「ある男」00.jpg
「ある男」窪田正孝・安藤サクラ/眞島秀和・妻夫木聡/清野菜名

「ある男」9.jpg 弁護士の城戸(妻夫木聡)は、かつての依頼者・谷口里枝(安藤サクラ)から、亡くなった夫・大祐(窪田正孝)の身元調査をして欲しいという奇妙な相談を受ける。里枝は離婚を経験後に子どもを連れて故郷へ帰り、やがて出会った大祐と再婚、新たに生まれた子どもと4人で幸せな家庭を築いていたが、大祐は不慮の事故で帰らぬ人となった。ところが、長年疎遠になっていた大祐の兄・恭一(眞島秀和)が、遺影に写っているのは大祐ではないと話したことから、愛したはずの夫が全くの別人だったことが判明したのだ。城戸はその男「X」の正体を追う中で様々な人物と出会い、驚くべき真実に近づいていく―。

『ある男』平野 単行本ei - コピー.jpg 2022年度・第47回「報知映画賞」作品賞受賞作。原作は、芥川賞作家・平野啓一郎の、第70回「読売文学賞」受賞作である『ある男』('18年/文藝春秋)で、文芸作品であると同時に、"ある男"の謎の過去を追う物語であり、ミステリーとまでは言えないですが、エンターテインメント性も備わった作品です。

妻夫木聡/安藤サクラ/窪田正孝/清野菜名
「ある男」4.jpg 原作は、里枝の再婚相手である大祐が亡くなって里恵が未亡人となったところから話が始まります「ある男」ges.jpgが、映画の方は、里枝と大祐の出会いから始まり、二人が慎ましやかながらも幸せな家庭生活を送っていた中、大祐が森林伐採の仕事中に倒木の下敷きになって亡くなるまでが冒頭に描かれています。この部分を安藤サクラが圧倒的な演技力で引っ張っていて、これがこの作品の中盤から後半へ向けてのいい"助走"になっているように思いました。

「ある男」2.jpg 以下、ネタバレになりますが、猟奇殺人犯の父を持つことXは、成長するにつれ、父に生き写しになる自分を嫌悪し、自分から父を剥ぎ取りたい一心で、ボクシングに打ち込み、さらに、殺人犯の子という烙印から逃れるために、戸籍を替えて、最後には「谷口大祐」となって里枝のもとに辿り着き、やっと幸福に満ちた家族との日々を手に入れたということになります。

 夫が何か人に言えない過去を抱えていたら、犯罪者だったらと、その不安で苦しんだ里枝も、最後は城戸弁護士の調査により、夫が忌まわしい血から逃れたい一心でここに辿り着いた、信じていた通りの心優しい人だったことを知り、母子で安堵するというのがこの作品の結末であり、普通のミステリの結末とはまた違った味わいがあります。

 ラストシーン近くで、弁護士の城戸(妻夫木聡)が妻・香織(真木よう子)の浮気に気づくというのは原作では仄めかされていた程度だったでしょうか。それに続くように、ラストでは、一人で飲むバーでふと気まぐれにXになりすまして、温泉旅館の実家を飛び出して自分の人生を歩んでいるなどと、隣の客にうそぶいて見せます。

 原作では、作家とおぼしき語り手である男が、バーで出会って親密になった弁護士から聞いた話がこの物語であるという構造になっていて、谷口の過去を自分の過去のように話して一時的に他人なった気分を味わうのは、この作家と思しき語り手です(映画だけ観て、城戸が谷口と戸籍交換したのかと思った人もいたようだが、原作を読んだ側からは、それはあり得ない発想ということになる)。また、妻の浮気の方は原作も最後の方に出てきますが、作家が谷口になりすましてみるのは、初期段階にあったエピソードです。順番を変えたことで、これはこれで、Xの人生にどこか共感を覚えた城戸が、彼にバトンを渡されたような意味合いが出ています。

「ある男」mg.jpg このように、入れ子構造を1つ分(作家の分)外してはいますが、冒頭のルネ・マグリットの絵画「エドワード・ジェームズの肖像」に、それを眺める城戸自身が加わることで"複製男"が3人になるのは、「城戸→X→本物の谷口大祐」という構造のメタファーであると分かり、インテリジェンスが感じられました。どこまで観る側に伝わったか(特に原作を読んでいない人に対して)というのはありますが、原作へのこだわりがあって、個人的には良かったように思います(評価は原作と同じく★★★★)

「ある男」えもと.jpg「ある男」●制作年:2022年●監督:石川慶●製作:田渕みのり/秋田周平●脚本:向井康介●撮影:近藤龍人●音楽:Cicada●原作:平野啓一郎●時間:121分●出演:妻夫木聡/安藤サクラ/窪田正孝/清野菜名/眞島秀和/小籔千豊/坂元愛登/山口美也子/きたろう/カトウシンスケ/河合優実/でんでん/仲野太賀/真木よう子/柄本明●公開:2022/11●配給:松竹●最初に観た場所:TOHOシネマズ錦糸町オリナス(22-12-18)(評価:★★★★)
柄本明(戸籍交換ブローカー・小見浦憲男)
「ある男」sk.png

「TOHOシネマズ 錦糸町オリナス」座席数・スクリーンサイズ
2022年12月18日 TOHOシネマズ 錦糸町2.jpgTOHOシネマズ 錦糸町オリナス1.jpg TOHOシネマズ 錦糸町オリナス2.jpg

TOHOシネマズ 錦糸町オリナス3.jpgSCREEN1 172  3.9×9.2m
SCREEN2 450  6.4×15.2m
SCREEN3 159  3.6×8.7m
SCREEN4 223  4.4×10.5m
SCREEN5 114  3.6×8.6m
SCREEN6 114  3.6×8.6m
SCREEN7 112  3.4×8.3m
SCREEN8 113  3.6×8.6m
8スクリーン 1,457   

2022年12月18日 錦糸町オリナス(右の建物)
2022年12月18日 TOHOシネマズ 錦糸町1.jpg


《読書MEMO》
●2023(令和5)年・第46回日本アカデミー賞(2023年3月10日発表)
最優秀作品賞 「ある男」(石川慶)
最優秀アニメーション作品賞 「THE FIRST SLAM DUNK」(井上雄彦)
最優秀監督賞 石川慶 -「ある男」
最優秀脚本賞 向井康介 - 「ある男」
最優秀主演男優賞 妻夫木聡 -「ある男」
最優秀主演女優賞 岸井ゆきの -「ケイコ 目を澄ませて」
最優秀助演男優賞 窪田正孝 -「ある男」
最優秀助演女優賞 安藤サクラ -「ある男」

映画「ある男」が最多8冠/第46回日本アカデミー賞
映画「ある男」が最多8冠.jpg
 作品賞や監督賞など最多8部門で最優秀賞を受賞し喜ぶ「ある男」の出演者ら。前列左2人目から清野菜名さん、安藤サクラさん、窪田正孝さん、妻夫木聡さん、石川慶監督ら=10日午後、東京都内のホテル(代表撮影)

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"母と娘"の物語としては新しいかもしれないが、作者の作品としては"定番"か。

『母性』wカバー.jpg母性.jpg
母性』['12年/新潮社]
母性 (新潮文庫)』(映画タイアップカバーとの二重カバー)戸田恵梨香/永野芽郁

 ある日、女子高生が自宅の中庭で倒れているところを母親が発見する。母親は言葉を詰まらせる。「愛能う限り、大切に育ててきた娘がこんなことになるなんて」。世間は騒ぐ。事故か自殺か、真相は不明。遡ること十一年前の台風の日、彼女たちを包んだ幸福は、突如奪い去られていた。母の手記と娘の回想が交錯し、浮かび上がる真相。これは事故か、それとも―。

 「イヤミスの女王」とも呼ばれている作者の作品ですが、この作品もそれなりに"イヤミス"感を漂わせていました。一人称告白形式で綴っていくのも『告白』などと同じ。だから、コアなファンがいるのだろうなあと。

 今回は、「能うる限りの愛情」を母親より授けられてきたと信じる娘がいて、その娘が母となり、自分の娘に同様の愛を与えようとするものの思うように伝わらず、一方で、娘は娘で母親から愛されていないと感じている、その両者の葛藤がモチーフとなっています。両者の食い違いを、一つひとつの出来事に対する母と娘の捉え方の違いという形で端的に浮き彫りにしています。

 この辺りは上手いなあと。ただ、この「信頼できない語り手」という枠組み手法も『告白』などこれまでの作者の作品の中で用いれてきたものであり、本書の惹句「圧倒的に新しい"母と娘"の物語(ミステリー)」というほどには目新しいとは思いませんでした。いや、"母と娘"の物語としてはニュータイプなのかもしれないけれど、この作者の作品としては"定番"ではないかなあ(この作者は、なかなか『告白』を超えられないでいる印象を受ける)。

 今月['22年11月]、廣木隆一監督による映画化作品が公開される予定で、母親を戸田恵梨香、娘を永野芽郁が演じているようですが、どちらかと言うとエキセントリックなのは母親の方でしょう。「愛着障害」と言ってもいいくらい。これを女優はどう演じるのかなあ。

「母性」.jpg
(●2002年11月、廣木隆一監督による映画化作品公開。

「母性」soukan.jpg 女子高生が転落死する事件が発生。その原因を探っていた教師の清佳(永野芽郁)は、自身の過去を振り返っていく。彼女は母親・ルミ子(戸田恵梨香)の愛を受けられず、人知れず悩みを抱えた少女時代を過ごしてきた。一方、別の場所ではルミ子が娘との関係について、神父(吹越満)に告白する。ルミ子は、自身の母(大地真央)から受けてきた無償の愛を、そのまま清佳に注いできたと証言。しかし、両者の回想は徐々に食い違いが生じていき、日常に潜んだ壮絶な過去が明らかになっていく―。

「母性」2.jpg 母親・ルミ子役に戸田恵梨香、娘・清佳役に永野芽郁と、共に子役時代から活躍する演技派の二人をもってきていたが、戸田恵梨香が1988年生まれ、永野芽郁が1999年生まれと実年齢で10歳程度しか違わないので、あまり親子に見えなかったし、また、敢えてそうしたプロモーションのやり方をしていた(因みに、NHKの「連続テレビ小説」では、永野芽郁が2018年度前期の「半分、青い」でヒロインの発明家を、戸田恵梨香が2019年度後期の「スカーレット」でヒロインの陶芸家を演じていて、ヒ「母性」takahata.jpgロイン役は永野芽郁が先。永野芽郁はオーディション初参加ながら応募者2,366人の中から選出)。母親・ルミ子はかなりエキセントリックなキャラクターで、これを演じるのは難しいと思ったが、戸田恵梨香はまずます。ただし、ルミ子を苛める義母役の高畑淳子の演技ぶりが凄すぎて、主役の二人を喰ってしまった印象(演技過剰?)。高畑淳子は内田伸輝監督の「女たち」('21年/シネメディア=チームオクヤマ)で娘に苛立ちをぶつける半身不随の母親を演じていて、そこまでではないが、その時の演技の流れできている感じ。評価は原作と同じく★★★。)

「母性」2022.gif「母性」[.jpg「母性」●制作年:2022年●監督:廣木隆一●製作:谷口達彦/古賀俊輔/湊谷恭史●脚本:堀泉杏●撮影:鍋島淳裕●音楽:コトリンゴ●原作:湊かなえ●時間:116分●出演:戸田恵梨香/永野芽郁/三浦誠己/中村ゆり/山下リオ/高畑淳子/大地真央●公開:2022/11●配給:ワーナー・ブラザース映画●最初に観た場所:有楽町・丸の内ピカデリー2(2階席)(22-12-20)(評価:★★★)

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【2015年文庫化[新潮文庫]】

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映画を観て、改めて疑問に思った点や、新たに納得できた点があった。

「沈黙のパレード」2022.jpg「沈黙のパレード」01.jpg 「沈黙のパレード」02.jpg
「沈黙のパレード」(2022)福山雅治/柴咲コウ/北村一輝
「沈黙のパレード」03.jpg 物理学者・湯川学(福山雅治)の元に、警視庁捜査一課の刑事・内海薫(柴咲コウ)が相談に訪れる。行方不明になっていた女子学生が、数年後に遺体となって発見された。内海によると容疑者は、湯川の友人で内海の先輩刑事・草薙俊平(北村一輝)がかつて担当した菊野商店街の料理店「なみきや」の店主・並木祐太郎(飯尾和樹)と真智子(戸田菜穂)夫妻の長女・並木佐織(川床明日香)殺害事件で、完全黙秘を貫き無罪となった男・蓮沼寛一(村上淳)。蓮沼は今回も同様に完全黙秘し、証拠不十分で釈放され、被害者の住んでいた町に戻って来た。町全体を覆う憎悪の空気...。そして、夏祭りのパレード当日、その蓮沼が殺される。女子学生を愛していた、家族、仲間、恋人...全員に動機があると同時に、全員にアリバイがあった―。

東野 圭吾 『沈黙のパレード』.jpg 原作『沈黙のパレード』('18年/文藝春秋)はガリレオシリーズ第9作で、長編としては第4作。同シリーズではシリーズ第3作『容疑者Xの献身』('05年/文藝春秋)が'08年に、シリーズ第6作『真夏の方程式』('11年/文藝春秋)が'11年に映画化されていて、3度目の映画化作品です(何れも監督は西谷弘)。因みに原作は、「週刊文春ミステリーベスト10」(国内部門)で、作者の作品としては'85年の『放課後』、'99年の『白夜行』、'05年の『容疑者xの献身』、'09年の『新参者』に続いて5度目の第1位となっています。

「沈黙のパレード」p2.jpg 改めて容疑者の数が多いと思いましたが、映画のパンフレットを見たら、作者はアガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』を意識したとあり、ナルホドと思いました。ある種、倒叙法的であり、主眼も謎解きではなく、事件に関わった人々の心情に置かれているように思いました。ただし、原作にある多くの登場人物のひとり一人を深掘りし、過去と現在が交錯する内容を全部映画に反映させるには時間的制約があり、その代わり、断片的な描写を細かく入れる形で人間関係や過去と現在の部分を圧縮する手法を取っています。

「沈黙のパレード」p3.jpg 『オリエント急行殺人事件』とちょっと違うなと思ったのは、いわば"チーム・リーダー"がメンバーをコントロール仕切れなかった点で、事態の急変によりリーダーが計画中止を決断するも、思い入れの強い実行犯が暴走してしまったということだったのだなあと改めて思いました。

 ほかに改めてこれどうなの?と思ったのは、過去の出来事で、並木佐織(川床明日香)と新倉留美(檀れい)が公園で揉み合い、並木佐織が頭を打って倒れ、新倉留美は気が動転してその場から走り去り、線路に飛び込もうとしてフェンスを登れず転倒し、正気に戻って公園に戻ったら並木佐織がいなかったという―本当に自分が殺害したなら死体はそこにあるわけで、そこに死体が無いということは生きている可能性があるわけだから、なぜ警察に届けなかったのかなあと(結果的に遺棄致死傷罪になることを怖れた?)。

 一方、原作を読んで疑問に思ったのが映画を観て納得したのは、原作を読んだ時、「普通の部屋」においてこんな理科実験的な仕掛けで犯行を完成させることが出来るのかなあと思ったのが(この点が個人的には妙に引っ掛かった)、映画で見ると本当に穴蔵みたいな部屋で、これなら中毒死もありかなと思った点です。映画「真夏の方程式」('11年)の"ペットボトル・ロケット実験"もそうでしたが、映像化作品を観て納得できた点もありました。

 一応、原作が既読でありながらも最後まで一定の集中をもって観ることができたので、評価は〇としました(甘いかな)。

「沈黙のパレード」p1.jpg「沈黙のパレード」p4.jpg「沈黙のパレード」●制作年:2022年●監督:西谷弘●製作:鈴木吉弘/大澤恵/山邊博文●脚本:福田靖●撮影:山本英夫●音楽:菅野祐悟/福山雅治●原作:東野圭吾●時間:130分●出演:福山雅治/柴咲コウ/北村一輝/飯尾和樹/戸田菜穂/田口浩正/酒向芳/岡山天音/川床明日香/出口夏希/村上淳/吉田羊/檀れい/椎名桔平●公開:2022/09●配給:東宝●最初に観た場所:TOHOシネマズ日比谷(22-09-26)(評価:★★★☆)

TOHOシネマズ日比谷.jpgTOHOシネマズ日比谷(2018年オープン)
スクリーン 座席数(車椅子用) スクリーンサイズ デジタル音響
SCREEN 1 456+(3) 19.8×8.3m TCX® カスタムオーダーメイドスピーカー
SCREEN 2 98+(2) 8.2×3.4m デジタル5.1ch
SCREEN 3 98+(2) 8.1×3.4m デジタル5.1ch
SCREEN 4 339+(2) IMAX®レーザー イマーシブ・サウンド
SCREEN 5 395+(2) 16.5×6.9m TCX® DOLBY ATMOS(対応作品のみ) VIVEオーディオ

TOHOシネマズ日比谷2.jpgSCREEN 6 98+(2) 6.3×2.6m スカルプトサウンド
SCREEN 7 151+(2) 11.8×4.9m VIVEオーディオ
SCREEN 8 120+(2) 8.8×3.7m VIVEオーディオ
SCREEN 9 257+(2) 12.9×5.4m スカルプトサウンド
SCREEN 10 98+(2) 8.5×3.6m デジタル5.1ch
SCREEN 11 98+(2) 9.1×3.8m デジタル5.1ch
SCREEN 12 489+(2) 15.0×6.2m VIVEオーディオ
SCREEN 13 106+(2) 7.1×4.1m デジタル5.1ch
13スクリーン 2,803+(27)

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懐かしさより、これってあの「ウルトラマン」なの? という思いの方が強かった。

シン・ウルトラマン_poster04 - コピー.jpg シン・ウルトラマン 02.jpg シン・ウルトラマン 03.jpg
「シン・ウルトラマン」メフィラス星人&ウルトラマン  西島秀俊/長澤まさみ/斎藤工/有岡大貴/早見あかり

「シン・ウルトラマン」p.jpg 次々と巨大不明生物【禍威獣(カイジュウ)】が現れ、その存在が日常となった日本。通常兵器は全く役に立たず、限界を迎える日本政府は、禍威獣対策のスペシャリストを集結し、【禍威獣特設対策室専従班】通称【禍特対(カトクタイ)】を設立。班長・田村君男(西島秀俊)、作戦立案担当官・神永新二(斎藤工)、非粒子物理学者・滝明久(有岡大貴)、汎用生物学者・船縁由美(早見あかり)が選ばれ、任務に当たっていた。禍威獣の危機が迫る中、大気圏外から突如現れた銀色の巨人。禍特対には、巨人対策のために分析官・浅見弘子(長澤まさみ)が新たに配属され、神永とバディを組むことに―。

「シン・ウルトラマン」1・2・3.jpg 企画・脚本の庵野秀明、監督の樋口真嗣など「シン・ゴジラ」('16年/東宝)の製作陣による第2弾。高く評価する声がある一方で、若い人の間では、TVの「ウルトラマン」を観ていた人たち向けで、「そういう年齢層の人は懐かしさで100点だろうけど、純粋にストーリーとしてはどうか」との声もあったようです(一緒に観に行った息子には感想を聞かなかったが)。

 ただ、TVの「ウルトラマン」を観ていた世代の一人としては、ウルトラマンの復活を喜び、懐かしさを感じると言うよりは、これってあの「ウルトラマン」なの? という思いの方が個人的には強かったです。

「シン・ウルトラマン」4.jpg 最初の方で、巨大不明生物としてゴメスマンモスフラワーぺギラなど「ウルトラQ」の怪獣・怪生物が出てきたのは確かにちょっと懐かしかったけれど、それらをわざわざ【禍威獣(カイジュウ)】と呼ぶ必要があるのかなあ。フツーに怪獣でいいのではないでしょうか。科学特捜隊隊まで【禍特対(カトクタイ)】に改変されてしまって、しかもユニフォームではなくスーツ勤務。学者中心のメンバー構成で、皆パソコンに向かってばかりいるので、スーツなのか。神永がウルトラマンだとすぐにばれてしまうのは、一話完結だから仕方がないのでしょう。

「シン・ウルトラマン」y2.jpg「シン・ウルトラマン」y3.jpg 話が散漫にならないように、「ウルトラマン(第33話)/禁じられた言葉」('66年7月24日放映)のストーリーを主軸に据えているのはいいとして、メフィラス星人の人間の姿を演じる山本耕史が(オリジナ「メフィラス星人.jpgルでは、メフィラス星人は人間サイズの時もメフィラス星人の姿)、ビジネスマンさながらに名刺を出したり、ウルトラマン=神永を演じる斎藤工と二人、居酒屋でサラリーマン同士の商談かアフターファイブみたいに酒を酌み交わしたり、ドラマか昔の映画の1シーンのようブランコで並んで語り合っていたりするのは、パロディか、はたまた何かの間違いかとずっこけました(オリジナルのメフィラス星人も、知能指数1万の割には、子どもを騙すことで地球制覇を目論むという"怪しいおっさん"キャラではあるのだが)。

 浅見弘子を演じる長澤まさみが、気合いを入れるごとに自分の尻を叩く、ハイヒールを履く際にドアップになる、スカートを履いたまま横たわるなど、しばしばフェティシズム的な視点から撮られているのも、今の時代、こんなので大丈夫なのかなと思いました。極めつけは、斎藤工が長澤まさみの匂いを執拗に嗅ぐシーンで、(斎藤工のイメージには合っているのかもしれないが)こんなセクハラをやったら、ウルトラマンのイメージが崩壊します。

「ウルトラマン」f3.jpg「シン・ウルトラマン」n3.jpg 長澤まさみが演じる浅見弘子が巨大化するのは、「禁じられた言葉」で桜井浩子が演じたフジ・アキコ隊員がメフィラス星人により巨大化させられたことへのオマージュですが、このストーリーの流れだけ見ていると、彼女がどうしてそんな目に遭うのか分からないのではないかなあ。自分が観た時は、上映後に「ウルトラマン(第33話)/禁じられた言葉」が上映されたので分かるようになっていましたが、この併映は期間限定のようです。この併映も加味して評価しても、星3つくらいでしょうか(これでも、同じ映画館で観た「トップガン マーヴェリック」('22年/米)よりはいい評価なのだが)。この作品への違和感を通して、自分なりに「ウルトラマン」への思い入れ(?)があることを図らずも再認識させられることになりました。

「シン・ウルトラマン」6.jpg「シン・ウルトラマン」●制作年:2022年●監督:樋口真嗣●脚本:庵野秀明●製作:和田倉和利/青木竹彦/西野智也/川島正規●撮影:市川修/鈴木啓造●音楽:宮内國郎/鷺巣詩郎(主題歌:米津玄師「M八七」)●時間:113分●出演:斎藤工/長toho上野 ウルトラマン・トップガン.jpg澤ま「シン・ウルトラマン」5.jpgさみ/有岡大貴/早見あかり/田中哲司/西島秀俊/山本耕史/岩松了/嶋田久作/益岡徹/長塚圭史/山崎一/和田聰宏/(声の出演)高橋一生/ 山寺宏一/津田健次郎●公開:2022/05●配給:東宝●最初に観た場所:TOHOシネマズ上野(スクリーン5)(22-07-12)(評価:★★★)●併映:「ウルトラマン(第33話)/禁じられた言葉」(鈴木俊継)

DVD ウルトラマン VOL.9
「ウルトラマン(第33話)/禁じられた言葉」10.jpg「ウルトラマン(第33話)/禁じられた言葉」03.jpg「ウルトラマン(第33話)/禁じられた言葉」 196702.jpg「ウルトラマン(第33話)/禁じられた言葉」●制作年:1967年●監督:鈴木俊継●脚本:金城哲夫●特殊技術:高野宏一●音楽:宮内国郎●時間:30分●出演:小林昭二/黒部進/石井伊吉(毒蝮三太夫)/二瓶正也/桜井浩子/津沢彰秀/(ゲスト出演)伊藤久哉/川田勝明/中島春雄/岩本弘司/(声)加藤精三(ノンクレジット)/(スーツアクター)古谷敏/扇幸二/中島春雄/渡辺白洋児(ナレーター)石坂浩二●放送局:TBS●放送日:1967/02/26(評価:★★★☆)●放送局:TBS(評価:★★★☆)

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3話ともそれぞれに違った味があって、話としても面白かった。

「偶然と想像」00.jpg
「偶然と想像」
魔法(よりもっと不確か)
「偶然と想像」第1話).jpg ファッションモデルの芽衣子(古川琴音)は、撮影スタッフの一人で親友のへアメイクアーティストつぐみ(玄理)と、都心での撮影が終わって一緒にタクシーに乗る。つぐみは最近出会った運命の相手との夜を話し始める。その相手は、若くしてビジネスで成功したハンサムな起業家で、ふとしたことで出会い、話し始めると趣味や価値観がことごとく一致していることに二人は驚喜し、どれだけ長く話しても飽きるということがく、会ったその日の夜に、これがずっと探していた運命の相手だとお互いに確信、その確信はあまりに揺るぎなかったので、肉体的な接触も要らず、目を見ているだけで満ち足りた時間を過ごすことができたと。芽衣子はこの話に喜んで耳を傾け、つぐみを羨んでみせ、幸運を祝福する。しかし幸福に顔を輝かせているつぐみを家の前で降ろすと、芽衣子は運転手に、いま来た道を後戻りするよう伝え、あるビルの前で降りる。オフィスに入ると、青年が一人残って働いている。青年と芽衣子は、旧知の仲らしい。しばらく言葉を交わしたのち、なぜか芽衣子はいま聞いたばかりのつぐみの体験を語り始める。その男は、つぐみの元恋人の和明(中島歩)だった―。

扉は開けたままで
「偶然と想像」第2話).jpg 大学生の佐々木(甲斐翔真)は、フランス文学教授の瀬川(渋川清彦)を深く憎んでいた。瀬川の授業で単位が足りず、佐々木は必死になって瀬川の前で土下座までしてみせたのだが、謹厳な瀬川は頑として聞き入れず、佐々木は決まっていた大手企業への就職を棒に振ってしまったのだった。佐々木は、同じ大学に通っている奈緒と(森郁月)いう人妻との情事に溺れるようになったが、奈緒と抱き合っているとき、あの瀬川が書いた小説で芥川賞を受賞したというTVニュースを目にする。佐々木は瀬川へ復讐するため、奈緒を使って瀬川にハニートラップを仕掛けることを企てる。瀬川の研究室を訪ねた奈緒は、自分は瀬川の大ファンなのだと告げ、今回の受賞作を朗読させてほしいと申し出る。あくまで冷ややかに応じる瀬川だったが、その小説には過激なセックスシーンが含まれており、朗読がその場面にさしかかって淫猥な言葉を奈緒が淡々と読み上げ始めると―。

もう一度
「偶然と想像」第3話).jpg 2019年、未知の強力なコンピュータ・ウィルスが大発生し、インターネットは遮断され、世界は郵便と電話をつかった古いシステムへ逆戻りしていた。女子校の同窓会に参加するため故郷の仙台市にやってきた夏子(占部房子)は、20年ぶりに会った顔ぶれとは全く話が噛み合わず、若干の落胆を覚えつつ東京へ戻ろうとして、仙台駅のエスカレーターで同世代の女(河井青葉)とすれちがう。夏子が驚いて駆け寄ると、女も思わぬ再会に驚いている。夏子が同窓会のために仙台に来たのだというと、女は招待状を受け取っていないという。あの社会の大混乱が原因かもしれない。女は、どこかでゆっくり話そうと近くの自宅へ夏子を招く。自宅に着いて、二人は高校時代の思い出を少しずつ語り始める。しかし細かなところで話は噛み合わず、話を続けるうちにその齟齬はどんどん大きくなってくる―。

「偶然と想像」b.jpg 濱口竜介監督の2021年に公開された3つの短編からなるオムニバス映画で、2021年(3月)、第71回「ベルリン国際映画祭」に出品され、最高賞に次ぐ銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞した作品(「ロカルノ国際映画祭」で濱口竜介監督の「ハッピーアワー」を推したイタリア人ディレクターのカルロ・シャトリアンが、2020年からは「ベルリン国際映画祭」のディレクターを務めていたという巡り合わせもあった)。前作「寝ても覚めても」('18年)の後、濱口監督のはいくつかの作品製作を進めていたものの、コロナ禍によるスケジュールの混乱で、本作「偶然と想像」は長編「ドライブ・マイ・カー」('21年8月公開)と並行して撮影されたとのことです。

「偶然と想像」第1話0).jpg 第1話「魔法(よりもっと不確か)」は、「偶然と想像」というタイトルに最も沿っていたように思います。親友の"おのろけ"に近い打ち明け話に出てくる男が実は自分の元カレだったという偶然。そこからの主人公・芽衣子の行動がちょっとエグくて、最後、「ああ、とうとうやっちゃったなあ」と思って観ていたら―。タクシーの中でのろけ話を話すつぐみとそれを聴く芽衣子のやり取りの演出が巧みで、本当にプライベートな会話のようであり、この作品の中で最も"濱口調"が冴えている箇所かも。このリアティが後の展開に効いているのだと思いました。

「偶然と想像」第2話0).jpg 第2話「扉は開けたままで」は、瀬川と瀬川を色仕掛けで陥れようとする奈緒のやり取りが、緊迫感の中にもちょっとユーモラスなところもあって良かったです。性に奔放だった奈緒と(彼女が佐々木のハニートラップの企てに乗ったのも、佐々木のためと言うよりそのあたりに動機があるのでは)、後日譚に現れる彼女のやつれた感じのギャップが良く出ていたなあ。メールの誤送信がすべてを変えてしまったということでしょう。あの時、ヤマトだか佐川だかの宅急便が来なければ...。

「偶然と想像」第3話0).jpg.png 第3話「もう一度」は、夏子が出会って家まで行って羊羹まで呼ばれた女性はあやという名で、夏子が思っていた相手とは別人だったという、互いに20年前の級友に出会ったと思ったら、互いに勘違いしていたという話。でも、そこからの展開がなかなか楽しかったです。演技性を排した演出をする濱口監督作ですが、その中で、夏子とあやは、互いに相手が思っていた人物を演じようとするという、濱口マジックの"上級編"という印象を受けました。第2話がちょっとやるせない結末だっただけに、第3話でほんわかした感じにしたのでしょうか。こうなると、並べ方も重要になってきます。コンピュータ・ウィルス云々の話は要らなかったのでは。

「偶然と想像」6に.jpg 3話ともそれぞれに違った味があって、話としても面白かったです。主に、フツーに生きている人に起こりうることを映画にしているわけで、この映画に着眼した「ベルリン国際映画祭」の審査員のセンスもいい。濱口監督は昨年['21年]銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞したばかりですが、今年['21年]2月開催の第72回「ベルリン国際映画祭」のコンペティション部門の国際審査員団の一人に抜擢されています。

「偶然と想像」●英題:WHEEL OF FORTUNE AND FANTASY●制作年:2021年●監督・脚本:濱口竜介●製作:高田聡●撮影:飯岡幸子●音楽:阿部海太郎●●時間:121分●出演:(第1話)「魔法(よりもっと不確か)」古川琴音/中島歩/つぐみ/(第2話)「扉は開けたままで」渋川清彦/森郁月/甲斐翔真 /(第3話)「もう一度」占部房子/河井青葉●公開:(ドイツ)2021/03/(日本)2021/12●配給:Incline●最初に観た場所:渋谷・Bunkamura ル・シネマ2(22-03-27)(評価:★★★★)
  
  


Bunkamura ル・シネマ1.jpgBunkamura ル・シネマ内.jpgBunkamura ル・シネマ2.jpgBunkamura ル・シネマ1・2 1989年9月、渋谷道玄坂・Bunkamura6階にオープン  
  
    

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良かった。村上春樹作品がモチーフだが、もう一つの原作は「ワーニャ叔父さん」か。

「ドライブ・マイ・カー」2021.jpg「ドライブ・マイ・カー」01.jpg 「ドライブ・マイ・カー」02.jpg
「ドライブ・マイ・カー」(2021)西島秀俊/三浦透子
「ドライブ・マイ・カー」12.jpg 舞台俳優で演出家の家福(西島秀俊)は、妻・音(霧島れいか)と穏やかに暮らしていた。そんなある日、思いつめた様子の妻がくも膜下出血で倒れ、帰らぬ人となる。2年後、演劇祭に参加するため広島に向かっていた彼は、寡黙な専属ドライバーのみさき(三浦透子)と出会い、これまで目を向けることのなかったことに気づかされていく―。

 2021年公開の濱口竜介監督の商業映画3作目となる作品で、妻を若くして亡くした舞台演出家を主人公に、彼が演出する多言語演劇の様子や、そこに出演する俳優たち、彼の車を運転するドライバーの女性との関わりが描かれています。

『ドライブ・マイ・カー』文庫.jpg「ドライブ・マイ・カー」22.jpg 村上春樹の短編集『女のいない男たち』('14年/文藝春秋)所収の同名小説「ドライブ・マイ・カー」より主要な登場人物の名前と基本設定を踏襲していますが、家福の妻・音が語るヤツメウナギや女子高生の話は同短編集所収の「シェエラザード」から、家福が家に戻ったら妻・音が見知らぬ男と情事にふけっていたという設定は、同じく「木野」から引いています(家福の妻・音はクモ膜下出血で急死するのではなく、原作では、物語の冒頭ですでにガンで亡くなっている設定となっている)。

「ドライブ・マイ・カー」ws2021.jpg 映画は、原作では具体的内容が書かれていないワークショップ演劇に関する描写が多く、そこで演じられるアントン・チェーホフの戯曲「ワーニャ伯父さん」の台詞を織り交ぜた新しい物語として構成されていて、村上春樹作品がモチーフではあるけれど、もう一つの原作は「ワーニャ叔父さん」であると言っていいくらいかもしれません。

「ドライブ・マイ・カー」32.jpg テーマ的にも、喪失感を抱きながらも人は生きていかねばならないという意味で、「ワーニャ叔父さん」に重なるものがあります。原作は短編であるためか、家福が、妻・音の内面を知り得なかったことに対して、みさきが「女の人にはそういうところがあるのです」と解題的な(示唆的な)言葉を投げかけて終わりますが、映画ではこのセリフはなく、より突っ込んだ家福の心の探究の旅が続きます。

 それは、演劇祭での上演直前にしての主役の高槻の事件による降板から、上演中止か家福自身が主役を演じるか迫られたのを機に、どこか落ち着いて考えられるところを走らせようと提案するみさきに、家福が君の育った場所を見せてほしいと伝えたことから始まり、二人は広島から北海道へ長距離ドライブをすることに。このあたりはまったく原作にはない映画のオリジナルです。

「ドライブ・マイ・カー」6jpg.png 北海道へ向かう車中で、家福とみさきは、これまでお互いに語らなかった互いの秘密を明かしますが、何だか実はみさきの方が家福より大きな秘密を追っていたような気がしました。それを淡々と語るだけに、重かったです。母親の中にいた8歳の別人格って、「解離性同一性障害」(かつては「多重人格性障害」と呼ばれた)だったということか...。

 喪失感を抱えながらも生きていかねばならないという(それがテーマであるならば、村上春樹からもそれほど離れていないと言えるかも)、ちゃんと「起承転結」がある作りになっていて、商業映画としてのカタルシス効果を醸しているのも悪くないです(この点は村上春樹が短編ではとらな「ドライブ・マイ・カー」7.jpgいアプローチか)。言わば、ブレークスルー映画として分かりやすく、ラストのみさきが韓国で赤いSAABに乗って買い物にきているシーンなどは、彼女もブレークスルーしたのだなと思わせる一方で、映画を観終わった後、「あれはどういうこと?」と考えさせる謎解き的な余韻も残していて巧みです。

 演出が素晴らしいと思いました。もちろん脚本も。絶対に現実には話さないようなセリフを使わないということで、脚本を何度も書き直したそうですが、「演技」させない演技というのも効いていたように思います。演劇ワークショップ(原作にはワークショップの場面は無い)での家福の素人出演者に対する注文に、濱口監督の演出の秘密を探るヒントがあったようにも思いますが、濱口監督自身、これまで素人の出演者に対してやってきた巷で"濱口メソッド"といわれるやり方が、プロの俳優でも使えることを知ったと語っています。韓国人夫婦の存在も良くて、原作の膨らませ方に"余計な付け足し"感が無かったです。「手話」を多言語の1つと位置付けているのも新鮮でした。

「ドライブマイカー」カンヌ・アカデミー.jpg 第74回「カンヌ国際映画祭」で脚本賞などを受賞、第87回「ニューヨーク映画批評家協会賞」では日本映画として初めて作品賞を受賞、「全米映画批評家協会賞」「ロサンゼルス映画批評家協会賞」でも作品賞を受賞(これら3つ全てで作品賞を受賞した映画ととしては「グッドフェローズ」「L.A.コンフィデンシャル」「シンドラーのリスト」「ソーシャル・ネットワーク」「ハート・ロッカー」に次ぐ6作品目で、外国語映画では史上初。「全米映画批評家協会賞」は主演男優賞(西島秀俊)・監督賞・脚本賞も受賞、「ロサンゼルス映画批評家協会賞」は脚本賞も受賞)、第79回「ゴールデングローブ賞」では非英語映画賞(旧外国語映画賞)を日本作品としては市川崑監督の「」(1959)以来62年ぶりの受賞、第94回「アカデミー賞」では、日本映画で初となる作品賞にノミネートされたほか、監督賞(濱口)・脚色賞(濱口、大江)・国際長編映画賞の4部門にノミネートされ、国際長編映画賞を受賞しています。また、アジア圏でも第16回「アジア・フィルム・アワード」を受賞、国内でも「キネマ旬報ベスト・テン」第1位で、「毎日映画コンクール 日本映画大賞」や「日刊スポーツ映画大賞 作品賞」、「芸術選奨」(濱口監督)を受賞しました。

 まさに、一気に映画界のホープとなった感がありますが、この1作をだけでも相応の実力が窺える作品でした。原作者の村上春樹にとっては、やっと自分の作品を映画化するに相応しい監督に巡り合ったという感じではないでしょうか。
「ドライブ・マイ・カー」朝日2.jpg 
「朝日新聞」2022年3月28日夕刊

「ドライブ・マイ・カー」パンフレット.jpg「ドライブ・マイ・カー」●英題:DRIVE MY CAR●制作年:2021年●監督:濱口竜介●製作:山本晃久●脚本:濱口竜介/大江崇允●撮影:四宮秀俊●音楽:石橋英子●原作:村上春樹●時間:179分●出演:西島秀俊/三浦透子/霧島れいか/岡田将生/パク・ユリム/ジン・デヨン/ソニア・ユアン(袁子芸)/ペリー・ディゾン/アン・フィテ/安部聡子●公開:2021/08●配給:ビターズ・エンド●最初に観た場所:TOHOシネマズ上野(スクリーン7)(22-03-17)(評価:★★★★☆)

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あり得ない話なのだが、リアルな描写と凝ったプロットで引き込まれた。

月の満ち欠け 佐藤正午2.jpg月の満ち欠け 佐藤正午3.jpg月の満ち欠け.jpg   「月の満ち欠け」2022.jpg 
月の満ち欠け 第157回直木賞受賞』(2017/04 岩波書店)  映画「月の満ち欠け」(2022)
佐藤正午 氏
佐藤正午 .jpg 2017(平成29)年上半期・第156回「直木賞」受賞作。

 八戸在住で60歳過ぎになる小山内堅は、東京駅のホテルで、18歳で亡くなった娘・小山内瑠璃の高校時代の親友だった女優の縁坂ゆいと、その娘・るりの親子に会う。「どら焼き、嫌いじゃないもんね。あたし、見たことあるし、食べてるとこ。一緒に食べたことがあるね、家族三人で」と初対面の少女・縁坂るりは小山内に向かって言い放つ。彼女は「あたしは、月のように死んで、生まれ変わる」と言うのだ。目の前にいるこの7歳の娘が、いまは亡きわが子だというのか?小山内を含めた3人の男と転生を繰り返す少女の、30余年に及ぶ人生、その過ぎし日々が交錯し、幾重にも織り込まれてゆく―。

小説の読み書き.jpg 1955年生まれの作者(佐世保在住)にとって、デビューから34年目での「直木賞」受賞作で、受賞時の年齢61歳10ヵ月というのは歴代第7位ですが、かなり高齢に感じられるのは、やはり既に作家として名を成しているためでしょうか。岩波書店からは『小説の読み書き』('06年/岩波新書)という本も出していたりして、内容的には小説の読み方書き方を人に押し付けるものではないですが、こうした本を著すというのはそれなりに作家として出来上がっているということではないかと思います。デビュー作以来32年ぶりの文学賞受賞作が前作の『鳩の撃退法』('14年/小学館)(山田風太郎賞)ということで、ここにきて"賞づいた" 感じもします(因みに『鳩の撃退法』の主人公は直木賞作家だったが今は小説を書いていない男)。そして、本作『月の満ち欠け』は実際面白かったです。この"面白さ"(言い換えれば"エンタメ性")は、かなり戦略的に練られた効果であるようにも思いました。
小説の読み書き (岩波新書)』['06年]

 人は何度も生まれ変わるという輪廻転生をモチーフにしていますが、作者によれば、着想はナボコフの小説「ロリータ」で、中年男が少女に恋をする話の逆で行こうとし、そのままだと嘘っぽいので、それに「生まれ変わり」の設定を加えたとのことです。シュールで現実にはあり得ない話ですが、リアルな描写を積み重ねていく文章の上手さと、複雑な設定が組み合わさったプロットの巧みさで、引き込まれるように読み進むことができました。

 直木賞の選評では、9人の選考委員の内、浅田次郎、伊集院静、北方謙三、林真理子の各氏が強く推したようで、4人が◎だと、これでほぼ決まりという感じでしょうか。浅田次郎氏が「熟練の小説である。抜き差しならぬ話のわりには安心して読める大人の雰囲気をまとっており、文章も過不足なく丁寧で、どれほど想像力が翔いてもメイン・ストーリーを損うことがない」とし、伊集院静氏が「本来、小説には奇妙、摩訶不思議な所が備わっているものであるが、これを平然と、こともなげに書きすすめられる所に、作者の力量、体力を見せられた気がする」と評しており、この両氏の選評がしっくりきました。ストーリーでどこか破綻しているところはないかとも思いましたが、積極的に推さなかった桐野夏生氏さえ、「構成は怖ろしく凝っていて巧みだ」としているので、読んでいて時系列的な経緯が掴みにくかった部分は多少ありましたが、これでストーリー破綻はないのだろうなあ。

 気がついてみたら、語りの時間は東京駅付近で午前10時半に始まり午後1時すぎまでの3時間弱の間に収まっていて、この中に34年強の物語が詰まっているという構成も上手いと思いましたが、一方で、そうなると、最後の章が必要だったのかどうか(蛇足ではなかったか)と迷うところです。北方健三氏は、最終章と言うより最後の一行について、「本来ならば切れ味と言われるところに、微妙な作為を感じてしまったのだが、それが欠点だという確信は持てなかった」としています。

岩波文庫的 月の満ち欠け 文庫.jpg 『小説の読み書き』でも川端康成の『雪国』、志賀直哉の『暗夜行路』、森鴎外の『雁』といった文学作品を取り上げていて、ミステリっぽい作品がありながらもどちらかと言うと文芸作家というイメージもあったのですが、本作も、岩波書店から出されているせいもあるかもしれませんが、文芸小説っぽい雰囲気もあります。因みに本作は、岩波書店から刊行された本としては、芥川賞・直木賞を通じて初の受賞作となります(岩波書店としてもかなり嬉しかったのか、2019年の文庫化に際して、岩波文庫を模したカバー装填を施す"遊び"を行ったりしている)

 読んでみて、改めて、この作家ってストーリーテラーだったのだなあと思いました。帯に「二十年ぶりの書き下ろし」「新たな代表作」とあるだけのことはあって、十分に"凝って"いました。作者は、直木賞に決まって「うれしいより、ほっとした」とのこと。但し、授賞式は欠席しています(その理由には、「(佐世保から長崎までの)長旅で仕事ができなくなるのでは、元も子もない」と体調面での不安を挙げている)。

高田馬場・稲門ビル4.jpg 「3人の男」の小山内堅以外のあとの2人は三角哲彦と正木竜之介という男ですが、三角哲彦の若い頃の物語で、高田馬場の東映パラスと早稲田松竹が出て来るのが懐かしかったです。"懐かしかった"と言っても早稲田松竹はまだありますが、稲門ビル4階にあった東映パラスは1999(平成11)年頃閉館し、今は居酒屋「土風炉」になっています。

稲門ビル

「月の満ち欠け」.jpg
(●2002年12月、廣木隆一監督による映画化作品公開。

「月の満ち欠け」 相関図.jpg「月の満ち欠け」01.jpg 仕事も家庭も順調だった小山内堅(大泉洋)の日常は、愛する妻・梢(柴咲コウ)と娘・瑠璃(菊池日菜子)のふたりを不慮の事故で失ったことで一変する。深い悲しみに沈む小山内のもとに三角哲彦(目黒蓮)と名乗る男が訪ねてくる。事故に遭った日、小山内の娘が面識のないはずの自分に会いに来ようとしていたこと、そして彼女は、かつて自分が狂おしいほどに愛していた「瑠璃」(有村架純)という女性の生まれ変わりなのではないか、と告げる―。

「月の満ち欠け」02.jpg 山内堅役に2022年NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で源頼朝を演じた大泉洋、妻・梢役に2017年の「おんな城主 直虎」で井伊直虎を円演じた柴咲コウ。そう言えば、有村架純(2017年前期のNHK連続テレビ小説「ひよっこ」でヒロイン役を演じた)もまた、2023年の「どうする家康」の築山殿(瀬名)役でNHK大河ドラマに初出演する。有村架純と目黒蓮のストーリーをもっと見たかったという人もいたようだが、そもそも転生物語における3代分を1つの映画の間尺に収めるのに苦心している印象を受けた。そのくせラストで、亡くなった妻・梢も女の子に転生していることを仄めかしたのは、ちょっとやりすぎの印象も。原作の、ファンタジーでありながらも醸されていた文学的雰囲気も薄まった。評価は原作より星1つ減の★★★☆。) 

追記:1980年代の高田馬場がCGで再現されていたのは良かった。黒川紀章が設計した「BIG BOX」は1974年の開業当時からベースは赤だった(今は青)。隣の「F1ビル」2階の芳林堂書店はまだあるはずだ。早稲田松竹は、実際に今あるものを80年代風の装飾をして撮影に挑んだのだそうだ。「おもいでの夏」('71年/米)などがかかっているようだ。)
「月の満ち欠け」高田馬場.jpg

「月の満ち欠け」早稲田松竹.jpg

「月の満ち欠け」6.jpg「月の満ち欠け」 4.jpg「月の満ち欠け」●制作年:2022年●監督:廣木隆一●製作:新垣弘隆/遠藤日登思/矢島孝/宇高武志●脚本:橋本裕志●撮影:水口智之●音楽:FUKUSHIGE MARI●原作:佐藤正午●時間:128分●出演:大泉洋/有村架純/目黒蓮(Snow Man)/伊藤沙莉/田中圭/菊池日菜子/寛一郎/波岡一喜/丘みつ子/柴咲コウ●公開:2022/12●配給:松竹●最初に観た場所:有楽町・丸の内ピカデリー2(2階席)(22-12-20)(評価:★★★☆)

I丸の内ピカデリー1.jpg

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【2019年文庫化[岩波文庫的]】

《読書MEMO》
●2023年に早稲田松竹で、「月の満ち欠け」の上映に寄せて、劇中で三角(目黒蓮)と瑠璃(有村架純)が再会するきっかけになった作品「アンナ・カレーニナ」と、二人が劇中で早稲田松竹で鑑賞する「東京暮色」を上映。さらに、原作でも瑠璃のモチーフとなっているアンナ・カリーナ主演、ジャン=リュック・ゴダール監督作「女と男のいる舗道」がレイトショー上映された。
『月の満ち欠け』と巡る名画座・早稲田松竹.jpg

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