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逞しき青年武将としての正宗を描くも、全てにおいて中途半端な印象。

独眼竜政宗 1959 5.jpg 独眼竜政宗 1959 dvd.jpg 独眼竜政宗 1959 dvd2.jpg
独眼竜政宗 [DVD]」 中村錦之助・佐久間良子・月形龍之介

独眼竜政宗28.jpg 戦国の世の、陸奥の伊達政宗(中村錦之助)は、知勇勝れた若き武将として知られていた。豊臣秀吉(佐々木孝丸)は彼を恐れて、石田三成(徳大寺伸)の縁続きにある和田斉之を政宗の隣国に派遣した。政宗はこうした秀吉の意図を察して、鷹狩りで捕らえた鶴を聚楽第の竣工祝いとして秀吉に贈って親睦を計る。そんな時秀吉と対立関係にある北条家とつながりをもつ、奥羽路の名家田村家から、息女愛姫(大川恵子)を政宗に娶せたいとの申し出があった。政宗は愛姫と対面し、その清楚な美しさにうたれたが、政略の臭い濃いこの縁組みを断わる。その頃、秀吉の命をうけて隣国の和田斉之が政独眼竜政宗 1959 01.jpg宗に対して挑発行為に出る。だが彼は逆に斉之を術中に陥れて難を避ける。ますます脅威を感じた秀吉は暗殺団を送って政宗殺害を計るが、政宗は一味の矢を右眼にうけて重傷を負いながらも危機を逃れる。彼は、以前に狩の途中で樵(きこり)の勘助(大河内傳次郎)から聞いた"白蛇の湯独眼竜政宗 1959 8.jpg"という温泉郷に身を休めた。彼の身分を知らぬ勘助とその娘千代(佐久間良子)の素朴な愛情につつまれて、正宗には、両眼が見えていた時には知らなかった新しい世界が開ける。政宗の消息を案じた愛姫が"白蛇の湯"に訪ねる。折しも、秀吉の軍勢が北条家討伐のため小田原に向って進撃をはじめたとの報が入る―。

 1959(昭和34)年公開の河野寿一(こうの としかず)監督、中村錦之助主演による東映娯楽時代劇で、伊達政宗を主人公とする作品はこれ以前に主なもので、稲垣浩監督、片岡千恵蔵主演の「独眼龍政宗」('42年/大映)があり、また、以降では、1987年に渡辺謙が正宗を演じたNHKの大河ドラマ「独眼竜政宗」があります。この中村錦之助版では、伊達政宗は逞しき青年武将として描かれており、佐久間良子、月形竜之介、大河内傳次郎といった豪華キャストを配しています。また、秀吉を演じた佐々木孝丸は、戦前はプロレタリア文学の作家として活動していましたが、戦後は主に俳優として活動した人です(この作品における秀吉は完全に"悪役"だが)。

独眼竜政宗32.jpg ただ、伊達正宗が失明したのは眼病のためであり、それを、秀吉が政宗暗殺を謀って石田光成に命じて陸奥に刺客を送り、その刺客の忍者らとの戦いで政宗が右目を失ったという設定になっているため、右目を失った苦悩や秀吉への敵愾心も全て虚構の上に成り立っていることになり、このあたりはどうなのだろうか。Amazonのレヴューにも、「史実から完全に浮き上がった動画紙芝居を見せられているようだ」というものがありました。

 但し、政宗の父・輝宗(月形龍之介)が北条派の畠山義継(山形勲)に攫われ、それを政宗が畠山もろとも父を射殺したというのは、まず、輝宗に面会に訪れた義継が、面会が終わり出立する義継を見送ろうとした輝宗を、義継の家臣と共にに刀を突きつけ捕えたというのは事実らしく、輝宗が「自分を気にして家の恥をさらすな。わしもろともこ奴を撃て」と叫び、それが合図となって伊達勢は一斉射撃、この銃撃で輝宗と義継を始めとする二本松勢は全員が死亡したという記録が、伊達家の公式記録である『伊達治家記録』にあるそうです。更に、『奥羽永慶軍記』では、政宗自身によって義継と輝宗は撃ち殺されたとされており、この辺りは全くの作り話ではないようです(むしろ、本作で唯一、史実に忠実なシーンだったりして)。

 映画にもあるように、秀吉から上洛して恭順の意を示すよう促す書状が幾度か伊達家に届けられており、政宗はずっとこれを黙殺していましたが、最終的には秀吉の膨大な兵力を考慮した結果、秀吉に服属することとし、北条討伐の秀吉軍のいる小田原に参陣、秀吉は会津領を没収したものの、伊達家の本領72万石を安堵しています。

 正宗が当初秀吉への恭順を渋っていたのは、北条方につくか豊臣方につくか迷っていたためであり、最終的に正宗が豊臣方につくことで北条家は孤立して豊臣家に滅ぼされ、それによって秀吉の天下統一が成ったわけで、正宗の下した判断が歴史に与えた影響は大きかったわけですが、本当に秀吉に心底"恭順の意"を抱いていたのかというと疑わしく(秀吉亡き後の関ヶ原の戦いでは徳川家康の東軍についている)、その辺りの形式的には秀吉に服従するけれど、気持ち的には独眼竜政宗 1959 9.jpg従っていないということを、「自分の右眼を奪った秀吉」という位置づけで強調している作品なのかも。但し、それは歴史的背景を探りつつかなり好意的に解釈した場合であって、普通に観ていると、何が言いたいのかよく分からない作品ということになってしまうかもしれません。正宗は最後、「両目のままでは、こうして太閤にお目にかかることもなかったでありましょう。はっはっは」って呵々大笑するも、これも何だか強がりにしか聞こえなかったなあ。
中村錦之助(伊達正宗)・佐々木孝丸(豊臣秀吉)
中村錦之助(伊達正宗)・大河内傳次郎(樵の勘助)
独眼竜政宗38.jpg独眼竜政宗 1959 09.jpg 樵の勘助と正宗との交流は、勘助役の大河内傳次郎がなかなかいい味出していて楽しく、その娘・千代を演じた佐久間良子も美しいのですが、親子にとって正宗が「実は殿さまだった」と分かったところで終わっていて、こちらも中途半端。時間も87分と、これだけ役者を揃えた割には短く、とにかく全てにおいて中途半端な印象でした。

大河内傳次郎・中村錦之助
独眼竜政宗 1959s.jpg独眼竜政宗 1959 03.jpg「独眼竜政宗」●制作年:1959年●監督:河野寿一●脚本:高岩肇●撮影:坪井誠●音楽:鈴木静一●時間:87分●出演:中村錦之助(萬屋錦之介)/月形龍之介/岡田英次/宇佐美淳也/片岡栄二郎/浪花千栄子/矢奈木邦二郎/大川恵子/大河内傳次郎/佐久間良子/佐々木孝丸/徳大寺伸/加賀邦男/山形勲/中村時之介/長島隆一/水野浩/尾形伸之介/近江雄二郎●公開:1959/05●配給:東映(評価:★★)

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長谷川一夫(二役)を観るための映画のような印象。古川緑波の彦左衛門も悪くないが...。

家光と彦左38.jpg家光と彦左37.jpg 家光と彦左7-s.JPG
「家光と彦左」VHS  長谷川一夫(徳川家光)・古川緑波

古川緑波(大久保彦左衛門)/黒川弥太郎(松平伊豆守)
家光と彦左01.JPG家光と彦左02.JPG 大久保彦左衛門(古川緑波)は大阪冬の陣で、主君・徳川家康(鳥羽陽之助)を背負って戦地の中ひた走りその命を守った忠君。冬の陣も終わって徳川の世となり、二代将軍秀忠(佐伯秀男)は、家臣・松平伊豆守(黒川弥太郎)の進言を受け、世継ぎに次男国松(小高たかし)を選ぼうとしていた。そこへその彦左衛門が現われ、家康の遺言に奉じ死を賭けて竹千代(林成年)を護り抜くとした。その一途さに秀忠は決定を覆し、長男竹千代を世継ぎにすることに。時は過ぎ、竹千代家光と彦左03.JPGは三代将軍家光(長谷川一夫)となり、明敏果断な名君として尊敬を集めている。一方、彦左衛門は、隠居同前の生活の毎日が寂しく、かつての威光も失われたかに見えた。心配した家光が天海和尚(汐見洋)に相談すると、「時々、愚かな君主になれ」と諭される。家光はそれから時々、わざと愚行をするようになり、彦左衛門は元のように御意見番として元気に現場復帰を果たす。ある日城中で彦左衛門は、家光が彦左衛門のためにわざと芝居をしているとの話を立ち聞きしてしまい、家光家光と彦左04.JPGに密かに感謝し、その芝居に付き合うことにする。家光は、完成したばかりの日光東照宮への訪家光と彦左05.JPG問の先導役を、彦左の最後のはなむけの仕事にする。彦左衛門は道中の宿で、お供の笹尾喜内(渡辺篤)に「命に変えても、わこ(家光)をお守し、最後の御奉公にしたい」と決意を話しているのを、家光はたまたま立ち聞きし感動する。しかし、次の日の宿である宇都宮城で待ち受ける本多上野介正純(清川荘司)は、元々秀忠の世継ぎに次男国松を推していた派であり、城代家老の河村靱負(長谷川一夫、二役)に命じて、城に吊り天井を仕掛けて家光を圧殺する計画を用意していた―。

家光と彦左b1-s.JPG 1941年3月公開のマキノ正博監督、長谷川一夫主演作。長谷川一夫演じる三代将軍家光の古川緑波演じる大久保彦左衛門に対する温かい情愛がコメディタッチで描かれ、終盤は長谷川一夫は将軍家光の暗殺を謀る本多正純(清川荘司)側の家臣・河村靱負との二役になります。しかも、家光役の時には、彦左衛門の前で愚君を装うため白拍子の踊りの輪に飛び入りで加わって踊り(白拍子の"センター"の桜町公子よりも長谷川一夫の殿様の方が踊り慣れている?)、河村靱負役の時には家光歓待を装って歌舞伎役者顔負けに歌舞いてみせるという、剣戟こそ無いものの、半分以上は長谷川一夫を観るための映画のような印象でした。

 古川緑波の彦左衛門も悪くなく、ストーリー的にはそれなりに面白いのですが、宇都宮城で家光が本多正純の策に嵌って"お命頂戴つかまつる"と言われている、そうした危機的な場面でさえ、それを家光が彦左衛門のために組んだ芝居だと思っているというのはあまりにノー天気で、さすがに無理があったように思いました。

本多正純_正信.jpg 歴史的には、本多正純(父・本多正信は徳川家康の側近)が、宇都宮城に吊り天井を仕掛けて、それを落下させることで(家光ではなく)第二代将軍徳川秀忠の暗殺を図ったという「宇都宮城釣天井事件」というのがありますが、実のところは計画そのものがガセネタだったようです。しかしながら、本多正純はその嫌疑によって失脚しており、こうしたガセネタの背後にポリティクスの力が働いていたのは間違いない事なのでしょう。

本多正純(伊東孝明)・本多正信(近藤正臣)父子(「真田丸」(2016))
   
釣天井伝説(宇都宮城釣天井事件)
釣天井伝説_c.jpg
 家康の七回忌に日光東照宮を参拝した後、宇都宮城に1泊する予定だった秀忠は、「宇都宮城の普請に不備がある」という密訴を受け、それで予定を変更して宇都宮城を通過して壬生城に宿泊したそうです(宇都宮城の普請に携わった後、秘密を守るために殺害された多くの大工の中の一人・与五郎という男が、亡霊となって恋人であるお稲という女性の枕元に立ち、経緯を知って悲しんだお稲は自殺するが、自殺する前にそのことを書き遺した手紙をお稲の死後に父親が見つけて、日光から宇都宮に向かう将軍の行列に直訴したという伝説がある)。従って、この宇都宮城の家光と彦左11.jpg吊り天井が落下するといった事件は史実では起きていませんが、映画ではやっています。お堂1つをブッ飛ばしていますが、おそらく特殊撮影なのでしょう。そのシーンはよく出来ていたように思いますが、「特殊技術撮影」というクレジットがないので誰がやったのか分かりません(まさかホントにお堂を1つブッ飛ばしてしまったわけではないとは思うが)。

遠山の金さん~はやぶさ奉行~ [VHS]
はやぶさ奉行 片岡.jpgはやぶさ奉行 VHS .jpgはやぶさ奉行 1957.jpg 因みに、この将軍暗殺計画をモチーフにした映画作品としては、片岡千恵蔵が遠山金四郎を演じた「いれずみ判官」シリーズの第12作で、同シリーズでは初のカラー作品だった陣出達朗原作、深田金之助監督の「はやぶさ奉行」('57年/東映)がありますが、 「遠山の金さん」ものであるため時代設定が江戸後期になっており、命を狙われるのは第12代将軍・徳川家慶になっています(大河内傳次郎が堀田備中守役で出てくるが、これは第3代将軍・徳川家光の子・竹千代(後の第4代将軍・徳川家綱)の暗殺計画を扱った「将軍家光の乱心 激突」('89年/東映)で真矢武が演じた堀田正俊(1634-1684)ではなく、正俊系堀田家第9代・堀田正睦(1810-1864)のこと)。また、工事中の物件は日光東照宮・御仮殿であり(史実上の創建年は1639年だが、1863年頃まで御仮殿として使用されていて現存する)、将はやぶさ奉行46.jpg軍暗殺を謀る一味がそこに吊り天井を仕掛け、将軍参詣の当日に落とすというもの。もともと大工の連続殺人から事件ははじまり、背後に何かあると睨んだ金さんが、植木屋に扮して潜伏した先で偶然に出会って意気投合した侠盗ねずみ小僧(大川橋蔵)と組んで、最終的には悪を倒すというものでした。「金さん」ものなので予定調和ですが、こちらも吊り天井は落っこちて、将軍は九死に一生を得ます。

片岡千恵蔵 in「はやぶさ奉行」

 マキノ正博は人形浄瑠璃を学び、女優に対する演技指導では自ら演技をしてみせたそうで、1940年頃に当時まだ10代だった藤間紫(1923-2009/享年85)が踊る日本舞踊に感銘を受け、以後はもっぱら日本舞踊を研究し、その所作を女優の演技指導に活用したそうです。その10代の藤間紫(当時17歳)が、「家光と彦左」終盤の"家光歓待"の場面で「義経」の静御前を踊っています。

「家光と彦左」●制作年:1941年●監督:マキノ正博●製作:滝村和男●脚本:小国英雄●撮影:伊藤武夫●音楽:鈴木静一(琴奏:宮城道雄)●時間:104分●出演:長谷川一夫/古川緑波/黒川弥太郎/鳥羽陽之助/汐見洋/佐伯秀男/清川荘司/渡辺篤/林成年/横山運平/深見泰三/小高たかし/光一/浜田格/下田猛/冬木京三/星十郎/沢村昌之助/江藤勇/小森敏/中村幹次郎/大杉晋/武井大八郎/高松文磨/長島武夫/中村福松/河合英二郎/成田光枝/桜町公子/千葉早智子/藤間紫●公開:1941/03●配給:東宝東京(評価:★★★)

はやぶさ奉行m.jpgはやぶさ奉行04.jpgはやぶさ奉行 片岡 千原.jpg「はやぶさ奉行」●制作年:1957年●監督:深田金之助●脚本:高岩肇●撮影:三木滋人●音楽:高橋半●原作:原作:陣出達朗●時間:93分●出演:片岡千恵蔵/大川橋蔵/千原しのぶ/植木千恵/花柳小菊/大河内傳次郎/進藤英太郎/高松錦之助/明石潮/片岡栄二郎/沢田清/香川良介/仁礼功太郎/上代悠司/市川小太夫/柳永二郎/岡譲司/戸上城太郎/尾上華丈/加賀邦男/大橋史典/団徳麿/岡島艶子/河部五郎/木南兵介●公開:1957/11●配給:東映(評価:★★★)

千原しのぶ(1931-2009)/片岡千恵蔵

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ハメット原作映画の翻案。コメディ的要素と謎解き的要素の両方を楽しめる。

昨日消えた男 vhs.jpg 昨日消えた男00.jpg 昨日消えた男―小國英雄シナリオ集_.jpg ハメット 影なき男.jpg
「昨日消えた男」VHS    長谷川一夫(文吉)・山田五十鈴(小富)  『昨日消えた男―小國英雄シナリオ集〈2〉』/ハメット「影なき男 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ (109))
昨日消えた男 vhs3.jpg昨日消えた男01.jpg 裏長屋の大家・勘兵衛(杉寛)が何者かに殺された。勘兵衛は鬼勘と言われるほど無情な男で間借人の間では嫌われ者だった。まず日頃から勘兵衛を殺してカンカン踊りを踊らせてやるといっていた文吉(長谷川一夫)と、勘兵衛に借金の返済を迫られていた浪人の篠崎源衛門(徳川夢声)が疑われる。更に長屋には、文吉に惚れている芸者小富(山田五十鈴)、小富に想いを昨日消えた男02.jpg寄せる錠前屋の太三郎(清川荘司)、篠崎源衛門の娘お京(高峰秀子)、その恋人の横山求馬(坂東橘之助)、人形師の椿山(鳥羽陽之助)と女房おこん(清川虹子)、居合抜の松下源蔵(鬼頭善一郎)と女房おかね(藤間房子)などが住んでいた。目明しの八五郎(川田義雄)が探索するも犯人は不明、そこで与力の原六之進(江川宇礼雄)は一同を呼んで取り調べをすることにしたが、それでも埒が明かない。やがて第二の殺人事件が起き、南町奉行・遠山左衛門射(遠山金四郎)が事件解決に乗り出す―。

昨日消えた男03.jpg昨日消えた男b.jpg 1941年1月公開作で、マキノ正博(1908- 1993/享年85)監督が日活を離れてフリーとなって撮っていた「家光と彦左」が古川緑波の病気で撮影中断したため、その代わりに急遽撮った作品であり、原案は、ダシール ハメット原作、ウィリアム・パウエルとマーナ・ロイ主演の「影なき男」('34年)で、脚本の小国英雄(1904-1996/享年91)はこれを江戸時代の長屋に設定、ウィリアム・パウエルが演じる探偵は遠山の金さんに置き換え、それを長谷川一夫が演じました。この映画、僅か9日間で撮られたとかで、徳川夢声はマキノ正博監督の早撮りに驚いたと言います(マキノ正博はこのストーリーを、1956年にも中村扇雀=尾上さくらのコンビで「遠山の金さん捕物控・影に居た男」として、同じ脚本でリメイクしている。この他、森一生監督、小国英雄脚本で市川雷蔵が同心(実は徳川吉宗の仮の姿)を演じた「昨日消えた男」('64年/大映)がある)。

 言われてみれば確かに洋物推理小説っぽい凝った展開だったかも。犯人以外の人物がある動機から死体を動かしたというのは、クリスティの『書斎の死体』('42年)のようでもあるし、実は登場人物の多くが何らかの形で事件に関わっていたというのは、ヒッチコックの「ハリーの災難」('55年)のようでもありますが、それらよりも早くハメット原作映画に目を付け、尚且つ、それを遠山の金さんに置き換えた小国英雄と、このややこしい話を9日間で撮り上げたマキノ正博の両者の才覚はともに驚くべきものなのかもしれません。但し、最後に謎解きされてみれば、伏線となるようなものは殆ど無かったような気もしなくもなかったです(観直してみればまた違った印象を受けるかもしれないが)。

山田五十鈴と長谷川一夫「昨日消えた男」.jpg「昨日消えた男」長谷川・高峰.jpg 当時16歳の高峰秀子の可憐さよりも、長谷川一夫(当時33歳)と山田五十鈴(当時24歳)の息の合った掛け合いの方が楽しかったでしょうか(山田五十鈴の"舌出し"は、後に小津 安二郎監督の「宗方姉妹」('59年/新東宝)で高峰秀子(当時25歳)が見せる"舌出し"よりも自然であるように思えた)。長谷川一夫の剣戟ならぬ棒術アクションもあります(体がよく動いている)。ベースはコメディ調ですが、渡辺篤、サトウロクローの「なるほどね」「いやまったく」のギャグの繰り返しはややくどかったような...。それでも、昭和16年に作られた映画であるにしては国策映画的な雰囲気は殆ど無く(大塩平八郎の一味が幕府転覆を目論む'悪役'になっていることぐらいか)、コメディ的要素と謎解き的要素の両方を楽しめます。

昨日消えた男3.jpg「昨日消えた男」山田五十鈴.jpg 謎解きの方は結局"千里眼"的と言っていい遠山金四郎の登場を待たなければ何が何だか分かりませんでしたが、それでも皆がそれぞれ何となく怪しげな行動をとっていることが緊迫感を醸して最後まで興味を引き、この辺りは演出の巧みさもあるように思いました。

長谷川一夫(遠山金四郎(文吉))/山田五十鈴(小富)(当時24歳)

「昨日消えた男」●制作年:1941年●監督:マキノ正博●製作:滝村和男●脚本:小国英雄●撮影:伊藤武夫●音楽:鈴木静一●原案:ダシール・ハメット●時間:89分●出演:長谷川一夫/山田五十鈴/徳川夢声/高峰秀子/鳥羽陽之助/清川虹子/鬼頭善一郎/藤間房子/坂東橘之助/杉寛/沢井三郎/江川宇礼雄/川田義雄/進藤英太郎/渡辺篤/サトウ・ロクロー/清川荘司●公開:1941/01●配給:東宝東京(評価:★★★☆)

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ダブル主役の大河内傳次郎、長谷川一夫を観るためだけの映画?

「大江戸の鬼」 昭22VHS66.JPG「大江戸の鬼」 昭22VHS1.jpg 「大江戸の鬼」VHS
大河内傳次郎・宮川五十鈴・長谷川一夫・高峰秀子・黒川彌太郎

「大江戸の鬼」 昭22 67.JPG 江戸の街で夜ごと起こる鬼の面を被った殺人鬼による連続殺人事件を早期に解決しようと、北町奉行・遠山金四郎(黒川彌太郎)は与力たちに捜査の徹底を命じ、与力たちも岡っ引きたちにそれを伝える。岡っ引きの稲田屋の傳七(大河内傳次郎)が事件の探査を続ける中、吉五郎(清川荘司)という男が島帰りの挨拶に訪ねて来て、かつて吉五郎と同じ芝居小屋で働き一緒に不良浪人を殺め島流しになった清吉(長谷川一夫)も島から戻ったことを知らされる。清吉は、久々に戻った芝居小屋で歓待されるも、用心棒なのか、黒船(鳥羽陽之助)、牛窓(伊藤雄之助)、雪持(田中春男)らヤクザ風の浪人たちが小屋に居着いていた。実は清吉は江戸では名高い能役者の一人息子であり、その家には先祖伝来の人手に渡ると魔性を現すと伝えられる般若の面があったが、清吉の父・堀池幻雪(汐見洋)は、保管していたその般若の面が最近紛失しているのに気づく。清吉は、自分の子分たちが般若の面をそんな大切なものと知らずに勝手に持ち出し、それを受け取った露天商(高勢実乗)もそれを誰かに売ってしまったと知る。清吉は、群集の中で、ヤクザ者の一人・雪持が町娘おなつ(高峰秀子)の簪をすり取ったのを見つけ、それを取り返してやったことを契機におなつと知り合い、おなつは清吉に想いを寄せる。おなつの父・赤鶴(しゃくづる)彦兵衛(上山草人)は、能面職人であり、彼が火急の仕事の依頼を受け彫っていた般若面の脇に手本として置かれていたのは、盗まれた魔性の面であった―。

「大江戸の鬼」 昭22長谷川一夫高峰秀子68.JPG 1947(昭和22)年5月公開の萩原遼監督作品で、東宝の労働争議の中、脱退組のメンバーらが作った"第二製作部"と呼ばれていた組織が'47年3月に新東宝映画製作所という組織になり、そこでの時代劇第1作がこの作品であるとのことです。大河内傳次郎と長谷川一夫のダブル主役というのが興味深く、新生・新東宝映画製作所の力の入れ具合が窺えなくもないですが、如何せん、ミステリーとしては平凡な展開でだったように思います。

 ミステリー部分が弱いということは自覚されているのか、後半は、ミステリーと並行して、清吉(長谷川一夫)とおなつ(高峰秀子)の恋愛が描かれますが、終盤の高峰秀子演じるおなつが牢内の清吉に語りかけるシーンでは、清吉がずっとと背中を向けていて顔が見えず(明らかにスタンドイン)、おなつの顔ばかりハレーションをかけて撮っていて、そのパターンで繰り広げられる愁嘆場にはやや辟易させられました。

 基本的に、大河内傳次郎、長谷川一夫を観るためだけの映画でしょうか。但し、大河内傳次郎が伝七親分で、長谷川一夫が出自はお坊ちゃんながらも罪人上がりという取り合わせならば、もう少し面白いものが作れたような気もしますが。高峰秀子に関しては、典型的な町娘役の域を出ることが無く、持ち前の演技力が生かされていないように思いました。

高勢実乗44.jpg上山草人   .jpg それ以外では、「丹下左膳余話 百萬両の壺」('35年/日活)などにも出ていた「ワシャ、カナワンヨ」の高勢実乗(たかせ みのる、1897-1947年/享年49)などもチョイ役(露天商)で出ていますが、やはりおなつの父の能面師を演じた上山草人(かみやま そうじん、1884-1954/享年70)が印象に残ります。1919(大正8)年に渡米してから映画界に入り、ダグラス・フェアバンクス主演の活劇映画「バグダッドの盗賊」(1924)にモンゴルの王子の役で出演するなどハリウッドで活躍した人で、帰国後の出演作には「赤西蠣太」('36年/日活、按摩役)、「七人の侍」('54年/東宝、琵琶法師役)などがあります。何を演っても"怪演" という雰囲気の俳優でした。

上山草人 .jpg上山草人「赤西蠣太」撮影風景.JPG上山草人 七人の侍.jpg上山草人 in「バグダッドの盗賊」(1924)/「赤西蠣太」(1936)撮影風景/「七人の侍」(1954)

「大江戸の鬼」長谷川一夫・高峰秀子.jpg「大江戸の鬼」●制作年:1947年●監督:萩原遼●製作:伊藤基彦●脚本:三村伸太郎●撮影:安本淳●音楽:鈴木静一●時間:100分●出演:大河内傳次郎/長谷川一夫/黒川彌太郎/宮川五十鈴/上山草人/汐見洋/岬洋二/鬼頭善一郎/原文雄/小森敏/小島洋々/田中春男/高峰秀子/清川荘司/鳥羽陽之助/伊藤雄之助/阪東橋之助/横山運平/澤井三郎/永井柳太郎/高勢実乗●公開:1947/05●配給:新東宝(評価:★★☆)

高峰秀子・長谷川一夫
 

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阪妻の明暗対照的な二役のキャラクターの使い分けが見所。

魔像 dvd 1952.jpg 魔像  1952jh.jpg 魔像  1952.jpg
魔像 [DVD]」山田五十鈴(お紘)・阪東妻三郎(茨右近・神尾喬之助(二役))/津島恵子(園絵)

魔像 1956 08.jpg 千代田城御蔵番詰所では、新参の旗本・神尾喬之助(阪東妻三郎)が、上司の戸部近江之介(永田光男)から新春早々陰湿なイジメを受けている。神尾が江戸小町といわれる園絵(津島恵子)を妻にしたことを、園絵に横恋慕していた戸部が妬みに思っていることに加え、神尾が御蔵番一味の不正に日頃からあれこれと意見してきたことを快く思っておらず、戸部にへつらって17 人の御蔵番同僚たちも神尾をいたぶっているのだった。我慢の限界に達した神尾は思い余って戸部を斬って出奔する。神尾は浪人となり、自分を罵倒した面々への復習を図るが、そこで神尾そっくりの喧嘩助っ人・茨右近(阪東妻三郎(二役))と妻のお紘(山田魔像  195211.jpg五十鈴)に出会う。曲がったことが大嫌いな右近は神尾から事情をきき、彼が残る不正の御蔵番一味17人に天誅を加えることに大賛成、神尾の自宅から園絵を密かに連れて来てやる。神尾は次々と不正役人を倒していく。今や戦々恐々の彼等は、剣豪神保造酒(戸上城太郎)に神尾を討つことを依頼し、神保は園絵と引き換えにそれを承知する。騙されておびき出された園絵だったが、魚心堂(三島雅夫)と名乗る大岡越前守(柳永二郎)の親友に救われる。越前守は、悪役人が大かた退治され、主謀の脇坂山城守(小堀誠)も御役御免になった頃合いを見計らって、世を騒がせた神尾を召取らせ、捕らえたのは神尾ではなく右近の人違いだと断じて、江戸追放だけを申渡す―。

続大岡政談/魔像解決篇.JPG 嵐寛寿郎・美空ひばり版「鞍馬天狗 角兵衛獅子」('51年/松竹)の大曾根辰夫監督による1952(昭和27年)公開作品で、原作は「丹下左膳」の林不忘による「大岡政談」もの。無声映画時代から幾たびか映画化されていて、伊藤大輔監督、大河内傳次郎主演の「続大岡政談 魔像篇第一」('30年/松竹)、「続大岡政談 魔像解決篇」('30年/松竹)などがあり、阪東妻三郎自身が主演したが「魔像」('36年/阪妻プロ)もあります。また、この作品の僅か4年後にも、深田金之助監督、大友柳太朗主演「魔像」('56年/東映)が作られています。

「続大岡政談/魔像解決篇」('31年/日活)

魔像_5.jpg魔像_14.jpg この'52年の阪東妻三郎版では一人二役の阪妻による、ちょっと歌舞伎調で堅め、しかもやや暗めで悪人たちの前にぬっと現れる神尾喬之助と、明るくて悪人と対峙している時でさえ笑いながら剣を振るう茨右近の、同じ浪人でありながら、片や武家的、片や庶民的な対照的なキャラクターの使い分けが見所でしょうか。それを、映像合成で1つの画面で会話させ、喧嘩屋右近.jpg剣戟をさせ、仕舞いには握手させるなどしていて、サービス満点です(因みに'56年の大友柳太朗版はもっぱらスタンドインで撮っている)。この茨右近は後に「喧嘩屋右近」としてTV時代劇のキャラクターにもなりました。
   
魔像  195209.jpg 神尾と園絵(津島恵子)、右近とお紘(山田五十鈴)という取り合わせも、片や美しく貞淑な女性、片やちゃきちゃきの女性という感じで、神尾と右近のキャラの違いをより浮き立たせていて良かったです。津島恵子は同じ年に小津安二郎監督の「お茶漬の味」('52年/松竹)で現代っ子キャラを演じてみせますが、この「魔像」では大曾根辰夫監督はそうしたキャラは封印し、津島恵子を美しく撮ることに専心したような感じで、ユーモラスで庶民的な婀娜(あだ)っぽさ部分は全部山田五十鈴の方が"担当"したという印象でしょうか。

山田五十鈴(お紘)・阪東妻三郎(茨右近)
   
魔像  1952ド.jpg 魚心堂の三島雅夫(「晩春」('49年/松竹))や大岡越前守の柳永二郎(「本日休診」('52年/松竹))などの脇役も良かったです。'30年、'31年の大河内傳次郎版では、神尾喬之助、茨右近に加えて大岡越前守まで魔像・十七の首10.jpg大河内傳次郎が演じたようですが、まあそこまでやる必要もなかったでしょう(大友柳太朗版でも大友柳太朗は神尾と右近の二役で、大岡越前守は月形龍之介。TVドラマでは、阪東妻三郎の長男・田村高廣が茨右近を、三男・田村正和が神尾喬之助を演じた「魔像・十七の首」('69年/ABC・TBS系[全9回])がある)。
柳永二郎(大岡越前守)・三島雅夫(魚心堂)

魔像 1956u3.JPG魔像  1952s.jpg このお話でちょっと気になったのが、大岡裁き魔像mages.jpgはいいとして、この裁きでは結局、神尾を「右近」にしてしまったら神尾は捕まっていないことになり、それでいいのかなあと。それは大岡越前守の責任外の問題ということでしょうか。

山田五十鈴(お紘)・津島恵子(園絵)

 全体としては、やはり阪妻の二役は、茨右近の方が「王将」('48年/大映)などの系譜が感じられて"らしい"印象を受けました。但し、神尾喬之助のあの「一番首...」「二番首...」と呪文のように唱える暗さもこの映画には不可欠だったのでしょう。

魔像 19562.JPG魔像 dvd 19521.jpg「魔像」●制作年:1952年●監督:大曾根辰夫●脚本:鈴木兵吾●撮影:石本秀雄●音楽:鈴木静一●原作:林不忘●時間:98分●出演:阪東妻三郎/津島恵子/山田五十鈴/柳永二郎/三島雅夫/香川良介/小林重四郎/小堀誠/永田光男/海江田譲二/田中謙三/戸上城太郎●公開:1952/05●配給:松竹(評価:★★★☆)

三島雅夫 in「晩春」('49年/松竹)/柳永二郎 in「本日休診」('52年/松竹)
三島雅夫 晩春.jpg 本日休診 01柳永二郎.jpg

津島恵子 in「とんかつ大将」(1952.02/松竹)/「お茶漬の味」(1952.10/松竹)
とんかつ大将 1952年14.jpg お茶漬の味 パチンコ.jpg

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人情物で夫婦愛物。長谷川・入江・山根の演技がしっかりしていて、特に長谷川一夫がいい。

おもかげはの街.JPGおもかげの街2.JPG おもかげの街長谷川一夫.jpg
「おもかげの街」VHS  長谷川一夫

おもかげの街3.JPG 大坂本町の呉服問屋河内屋の使用人・佐七(長谷川一夫)は真面目な働き者で、河内屋では一人娘・お美代(山根寿子)の許婚で番頭の萬吉(田中春男)が放蕩の末に店を出てしまっていたこともあり、佐七を見込んだ亡き先代が佐七に嫁・お千代(入江たか子)を取って佐七・お千代を夫婦養子にし、店を譲るという遺言を遺していた。佐七が養子になったことで、萬吉のひがみっぷりは度を増して彼は家に寄り付かなくなり、先代のおかみは萬吉とお美代を離縁させ、娘が産んだ子を養子の佐七とお千代の子とし、お美代を尼寺に預けてしまう。一方の萬吉はならず者の大助(清川荘司)の配下になってしまい、佐七の気は晴れない。実は佐七はかつて大助の兄貴分で、"とかげの千太"として江戸でその名を馳せた無頼者だった。自分の素性が露見することも構わず、佐七は懸命に萬吉の心を正そうとする中、お美代が尼寺を出て萬吉と行方不明になり、おかみはこのことで佐七に言われてお美代を慰めるため会いに行ったお千代を責める。さらに、先代の命日の法事の日、ならず者の大助が店にやって来て、過去をネタに佐七を強請る―。

 1942(昭和17)年11月公開の萩原遼(1910-1976)監督による東宝動画の時代劇作品。萩原遼は、1930年代に山中貞雄を中心とする時代劇づくりで注目された創作集団"鳴滝組"のメンバーで、山中貞雄監督の「丹下左膳余話 百萬両の壺」('35年/日活)でチーフ助監督に付いていますが、その山中貞雄は、この作品の4年前、1938(昭和13)年9月に戦死しています。この映画のチラシで萩原遼は、"故山中貞雄の高弟"と謳われています。

 長谷川一夫(1908-1984/享年76)は、山本嘉次郎監督の「藤十郎の恋」('38年/東宝映画)で入江たか子とは共演済みで、この作品では、それに当時売出し中の山根寿子が加わっていますが、当時のチラシには「繪姿のような長谷川・入江・山根のほっとするような美しさ!!」とあります("はっとする"ではないのか?)。

 人情物、夫婦愛物であるためストーリーは定番ですが、中心人物3人を演じる長谷川・入江・山根の演技がしっかりしていて、今観ても充分に引き込まれるものがあります。特に、長谷川一夫の、関西弁を話す実直な使用人・佐七が、強請りに来た大助(清川荘司)に対して最初はこれまでの流れと同様、ゆったりとした関西弁での"ビジネス・トーク"のトーンで対応しながらも、相手が引き下がらないとなると一転して江戸弁でバシッと啖呵を切るシーンが良かったです。長谷川一夫はかつて林長丸時代に歌舞伎の女形で人気を博しましたが、前半から中盤にかけての物腰の柔らかな演技はその系譜とも言え、そうした抑制された演技が効いて、終盤のかつての兄貴分の本領を発揮したこのシーンが際立って見えます。

 入江たか子(1911-1995/享年83)は、後に「化け猫女優」として知られるようになる女優ですが、この頃は別に眉も剃っておらず、華族出身らしい美貌と気品を兼ね備えた美人という感じでしょうか(でも何となく"怪猫女優"になりそうな兆しもある?)。当時、"怪猫女優"として鳴らしたのは、「怪談 有馬騒動」('37年/木藤茂監督)や森光子が出ていた「怪猫 謎の三味線」('38年/牛原虚彦監督)などに主演した妖艶なヴァンプ女優・鈴木澄子であり、入江たか子が「怪談 佐賀屋敷」('53年/荒川良平監督)や「怪猫 岡崎騒動」('54年/加戸敏監督)に出演し、当時まだ現役だった鈴木澄子と並んで"2大怪猫女優"とされるようになったのは昭和20年代終わり頃です。溝口健二監督の映画に出演中、監督に「そんな演技だから化け猫映画にしか出られなんだよ」とスタッフ一同の面前で罵倒されるいじめに遭ったとされ、映画界から身を引いていましたが、「椿三十郎」('62年/黒澤明監督)、「病院坂の首縊りの家」('79年/市川崑)、「時をかける少女」('83年/大林宣彦)などに、それぞれ監督に請われて出演しています。

 山根寿子(1921-1990/享年69)は、この映画では身勝手な夫の振る舞いに苦しむ耐えるしかないお嬢さんといった役柄で夫婦役の長谷川・入江の脇に回った感じですが、「蛇姫様」('40年/衣笠貞之助監督)で長谷川一夫の相手役(準主役級)を務めて10代で人気スターとなり、この「おもかげの街」以降も「今日は踊って」('47年/渡辺邦男監督)で長谷川一夫の相手役(主役級)を務めるなどしています。その後「西鶴一代女」('52年/溝口健二監督)などにも出ていますが、'54年にプロデューサーの小川吉衛と結婚し、その後は殆ど映画には出なかったようです。

長谷川一夫「おもかげの街」という映画も武生でロケ0.jpg 大坂の呉服問屋街の様子をはじめ、当時の風俗が丁寧に描かれているように思いました(但し、江戸時代が時代背景であるためか、一部は福井県の武生市(現・越前市)でロケしたようだ)。こうした丁寧な背景の描き方は、戦後の「小早川(こはやかわ)家の秋」('61年/小津安二郎)での京都の造り酒屋の描かれ方などを想起させられるものがありました。

「シネマポスター展Ⅱ」(2010年8月・越前市)

おもかげの街6.JPG「おもかげの街」●制作年:1942年●監督:萩原遼●脚本:八住利雄●撮影:安本淳●音楽:鈴木静一●時間:109分●出演:長谷川一夫/入江たか子/山根寿子/田中春男/清川荘司/藤間房子/花岡菊子/阪東橋之介/田中筆子/汐見洋●公開:1942/11●配給:東宝映画(評価:★★★☆)

長谷川一夫/山根寿子

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非常に「劇画」っぽい感じ。シーンによっては黒澤の"原点"的雰囲気を醸している。

姿三四郎 ポスター.jpg姿三四郎【期間限定プライス版】.jpg 姿三四郎 1943 すすき野原の決闘.png
姿三四郎【期間限定プライス版】 [DVD]」(79分「短縮版」)

 明治15年、会津から柔術家を目指し上京してきた青年、姿三四郎(藤田進)は門馬三郎(小杉義男)率いる神明活殺流に入門。ところがこの日、門馬らは修道館柔道の矢野正五郎(大河内傳次郎)闇討ちを計画していた。近年めきめきと頭角を現し警視庁の武術指南役の座を争っていた修道館柔道を門馬はいまいましく思っていたのだ。ところが多人数で襲撃したにも関わらず、矢野たった一人に神明活姿三四郎 01.jpg殺流は全滅。その様に驚愕した三四郎はすぐさま矢野に弟子入りを志願した。やがて月日は流れ、三四郎は修道館門下の中でも最強の柔道家に育っていたが、街に出れば小競り合いからケンカを始めてしまう手の付けられない暴れん坊でもあった。そんな三四郎を師匠の矢野は「人間の道というものを分かっていない」と一喝。反発した三四郎は気概を示そうと庭の池にび込み死ぬと豪語するが矢野は取り合わない。兄弟子たちが心配する中意地を張っていた三四郎だが、凍える池の中から見た満月と泥池に咲いた蓮の花の美しさを目の当たりにした時、柔道家として、人間として本当の強さとは何かを悟ったのであった―。(Wikipediaより)

黒澤明.jpg 1943(昭和18)年に公開された黒澤明(1910-1998/享年88)の初監督作品で、当初、全長97分の作品として公開されましたが、公開翌年に電力節約のため1作品の上映時間が80分以下に制限され、関係者の知らないところでフィルムがカットされたとのこと。切断されたフィルムは行方不明となり、戦後1952(昭和27)年に再公開された作品は79分の短縮版で、その後出されたVHS、レーザーディスク、DVDは何れもこの短縮版でした。それが、行方不明になっていたカット部分の一部がソ連崩壊後のロシアで日本人によって発見され(満州にあったフィルムがソ連に資料として持ち去られていた)、2002年に91分の「最長版」DVDが発売されています(まだ6分の逸失部分があるため「完全版」ではない)。

 原作は富田常雄で、姿三四郎は会津藩出身の西郷四郎(NHK大河ドラマ「八重の桜」にも出てきた西郷頼母は養父)、矢野正五郎は嘉納治五郎(講道館柔の創始者)とそれぞれモデルがあり、1886(明治19)年の警視庁武術大会で講道館柔道が柔術諸派に勝ったことにより、講道館柔道が警視庁の正課科目として採用されというのも史実だそうです。

姿三四郎 桧垣.jpg 原作は読んでいませんが、映画の方は黒澤明のスタートがエンタテインメント作品であったことを改めて感じさせるとともに、戦争中によくまあこんな純粋娯楽映画と言ってよい作品を撮ったものだなあと思いました。非常に「劇画」っぽい感じで、この作品を"スポ根"映画と呼ぶ人もいて、三四郎に必殺技「山嵐」によって投げられた門馬が空を舞っていくところなどは、TVドラマ「柔道一直線」みたいでした(門馬はこれにより死んでしまうのだが)。柔術派である良移心当流の檜垣源之助(月形龍之介)の気障なキャラは、近藤正臣が演じた結城真吾に継承されたのか?

姿三四郎 小夜2.jpg ストーリーとしては、姿三四郎と良移心当流師範村井半助の娘・小夜(轟夕起子)とのラブロマンスを絡めてはいるものの、定番過ぎると言うかシンプル過ぎて逆にもの足りないですが(三四郎が試合に向けて特訓練習するシーンなどがカットされ、"気持ちの持ち様"だけでいきなり強くなった印象を与えてしまう)、師匠である山本嘉次郎(1902-1974)の演出を受け継ぎながらも、熊谷久虎(1904-1986)などの演出も参照し、更に泥池に咲いた蓮の花の美しさの見せ方などにおいて独自性を見せている点は興味深いです。とりわけ、ラストの三四郎と檜垣のすすき野原での対決シーンは、後の「用心棒」や「椿三十郎」に繋がる雰囲気を色濃く醸していて、その意味でも"原点"的作品ではあるかと思います。

姿三四郎 1943 志村喬.jpg姿三四郎 1943 志村喬・藤田進.jpg 良移心当流師範・村井半助を演じるのは志村喬。檜垣にロートル扱いされ、警視庁武術大会での三四郎との試合の前半部分は何だか2人でダンスを踊っているみたいだったけれど、三四郎に投げられて半ばダウン状態のところへ娘・小夜の声が被姿三四郎 1943 大河内.jpgって再度立ち上がろうとするところはさすがに痛々しかった...。

 この作品に出演した大河内傳次郎(左)、志村喬、藤田進とも、勧進帳をベースにした戦争末期の黒澤作品「虎の尾を踏む男達」('45年)、京大事件をモチーフにした終戦翌年の黒澤作品「わが青春に悔なし」('46年)にも3人揃って出演することになります。

藤田進.jpg藤田進 とがし.jpg藤田進 加藤隼戦闘隊 - コピー.jpg 藤田進(1912-1990)は撮影所の録音係から俳優になった人。山本嘉次郎監督の「加藤隼戦闘隊」('44年)にも加藤健夫中佐役で主演、「虎の尾を踏む男達」では富樫左衛門を演じています。50年代以降では、「地球防衛軍」('57年)、「モスラ対ゴジラ」('64年)、「宇宙大怪獣ドゴラ」('64年)といった東宝特撮映画に自衛隊の現場の指揮官役でよく出ていたほか、TⅤ番組「ウルトラセブン」でも地球防衛軍長官役で出演していました。

 終戦の翌月に完成した「虎の姿三四郎 三四郎.jpg尾を踏む男達」はGHQの検閲で内容に封建的な部分があるということで当時一般公開されず、この「姿三四郎」が戦後再公開されたのと同じ1952年に初めて劇場公開されています。作られた当時に公開されなかったのは不幸ですが、「完全版」が無いのも不幸と言えます。因みに、「最長版」は2002年発売の姿三四郎 1943 dvd 黒.jpg姿三四郎 1943 dvd 赤ラベル.pngDVD BOXSETに特典映像としてあるのみのようで、その後に発売されたDVDもブルーレイも79分の短縮版のままであるのはどうしてなのか(2010年に黒澤明生誕100年記念として日本映画専門チャンネルで「最長版」がテレビ初放映、同年に池袋・新文芸坐でも「最長版」が上映された)。

姿三四郎 [DVD]」(79分「短縮版」)
姿三四郎 [レンタル落ち]」(79分「短縮版」)

藤田進と轟夕起子/志村喬と藤田進
姿三四郎 藤田進と轟夕起子.jpg姿三四郎 志村喬藤田進.jpg「姿三四郎」●制作年:1943年●監督・脚本:黒澤明●企画:松崎啓次●撮影:三村明●音楽:鈴木静一●時間:79分(97分)●出演:大河内傳次郎/藤田進/轟夕起子/花井蘭子/月形龍之介/志村喬/青山杉作/菅井一郎/小杉義男/高堂国典/瀬川路三轟 夕起子1937.jpgSayo_and_sugata.jpg郎/河野秋武/清川荘司/三田国夫/中村彰/坂内永三郎/山室耕●公開:1943/03●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(10-09-11)●配給:映画配給社(東宝)(評価:★★★)

轟夕起子/藤田進


轟夕起子(1937(昭和12)年:雑誌「映画之友」八月號)

                                                                 
柔道一直線 dvd.jpg柔道一直線.jpg「柔道一直線」●監督:小林恒夫/富田義治/折田至/奥中惇夫/田口勝彦/山田稔/近藤一美●企画:平山亨/斉藤頼照/橋本洋二●脚本:佐々木守/上原正三/雪室俊一/高橋辰雄/細川すみ●音楽:みぞかみひでお●原作:梶原一騎●出演:桜木健一/高松英郎/牧冬吉/吉沢京子/青木和子/藤江喜幸/名古屋章/岸田森/近藤正臣●放映:1969/06~1971/04(全92回)●放送局:TBS
柔道一直線 DVD-BOX 1【初回生産限定】

 
                            

●黒澤明フィルモグラフィー
公 開 年  作 品 名 (制作(配給)) 脚本 主な出演
1943年  姿三四郎(東宝)黒澤明 大河内傳次郎、藤田進、轟夕起子、花井蘭子、月形龍之介、志村喬
1944年  一番美しく(東宝)黒澤明 志村喬、清川荘司、入江たか子、矢口陽子、萬代峰子
1945年  續姿三四郎(東宝)黒澤明 藤田進、轟夕起子、河野秋武、月形龍之介、大河内伝次郎、清川荘司
1945年  虎の尾を踏む男達(東宝)黒澤明 大河内傳次郎、藤田進、轟夕起子、花井蘭子、月形龍之介、志村喬
1946年  わが青春に悔なし(東宝)久板栄二郎 志村喬、清川荘司、入江たか子、矢口陽子、萬代峰子
1947年  素晴らしき日曜日(東宝)植草圭之助 藤田進、轟夕起子、河野秋武、月形龍之介、大河内伝次郎
1948年  醉いどれ天使(東宝)植草圭之助、黒澤明 志村喬、三船敏郎、木暮実千代、久我美子、山本礼三郎
1949年  静かなる決闘(大映)黒澤明、谷口千吉 三船敏郎、三條美紀、志村喬、千石規子、中北千枝子
1949年  野良犬(新東宝=映画芸術協会)黒澤明、菊島隆三 三船敏郎、志村喬、木村功、山本礼三郎、淡路恵子
1950年  醜聞(松竹=映画芸術協会)黒澤明、菊島隆三 三船敏郎、山口淑子、志村喬、桂木洋子、北林谷栄、千秋実
1950年  羅生門(大映)黒澤明、橋本忍  三船敏郎、京マチ子、志村喬、森雅之、千秋実、上田吉二郎
1951年  白痴(松竹)久板栄二郎、黒澤明 原節子、森雅之、三船敏郎、久我美子、志村喬、千秋実、岸惠子
1952年  生きる(東宝)黒澤明、橋本忍、小国英雄 志村喬、日守新一、千秋実、小田切みき、田中春男、伊藤雄之助
1954年  七人の侍(東宝)黒澤明、橋本忍、小国英雄 志村喬、三船敏郎、木村功、稲葉義男、加東大介、千秋実
1955年  生きものの記録(東宝)橋本忍、小国英雄、黒澤明 三船敏郎、志村喬、青山京子、東郷晴子、千秋実
1957年  蜘蛛巣城(東宝)小国英雄、橋本忍、菊島隆三、黒澤明 三船敏郎、山田五十鈴、志村喬、久保明、千秋実
1957年  どん底(東宝)小国英雄、黒澤明 三船敏郎、山田五十鈴、香川京子、千秋実、上田吉二郎、藤原釜足
1958年  隠し砦の三悪人(東宝)菊島隆三、小国英雄、橋本忍、黒澤明 三船敏郎、千秋実、藤田進、藤原釜足
1960年  悪い奴ほどよく眠る(東宝=黒澤プロ)小国英雄、久板栄二郎、黒澤明、菊島隆三、橋本忍 三船敏郎、香川京子、三橋達也、森雅之、志村喬、西村晃、藤原釜足、加藤武、笠智衆
1961年  用心棒(東宝=黒澤プロ)菊島隆三、黒澤明 三船敏郎、仲代達矢、司葉子、加東大介、山茶花究、河津清三郎、山田五十鈴、東野英治郎
1962年  椿三十郎(東宝=黒澤プロ)菊島隆三、小国英雄、黒澤明 三船敏郎、仲代達矢、小林桂樹、加山雄三、団令子、志村喬、藤原釜足、清水将夫
1963年  天国と地獄(東宝=黒澤プロ)小国英雄、菊島隆三、久板栄二郎、黒澤明 三船敏郎、仲代達矢、香川京子、三橋達也、石山健二郎、木村功、加藤武、志村喬、山崎努
1965年  赤ひげ(東宝=黒澤プロ)井手雅人、小国英雄、菊島隆三、黒澤明 三船敏郎、加山雄三、山崎努、団令子、香川京子、桑野みゆき、二木てるみ
1970年  どですかでん(四騎の会=東宝)黒澤明、小國英雄、橋本忍 頭師佳孝、菅井きん、三波伸介、伴淳三郎、芥川比呂志、奈良岡朋子、加藤和夫
1975年  デルス・ウザーラ(モスフィルム)黒澤明、ユーリー・ナギービン ユーリー・サローミン、マキシム・ムンズーク、シュメイクル・チョクモロフ
1980年  影武者(東宝=黒澤プロ)黒澤明、井手雅人 仲代達矢、山崎努、隆大介、萩原健一、根津甚八、大滝秀治、油井昌由樹、桃井かおり、倍賞美津子 
1985年  乱(グニッチ・フィルム=ヘラルド・エース)黒澤明、井手雅人 仲代達矢、寺尾聰、隆大介、根津甚八、原田美枝子、宮崎美子、野村萬斎、井川比佐志、ピーター
1990年  夢(黒澤プロ)黒澤明 寺尾聰、倍賞美津子、原田美枝子、井川比佐志、いかりや長介、伊崎充則、笠智衆、頭師佳孝、根岸季衣
1991年  八月の狂詩曲(黒澤プロ=フィーチャーフィルムエンタープライズII) 黒澤明 村瀬幸子、吉岡秀隆、大寶智子、茅島成美
1993年  まあだだよ(大映=電通=黒澤プロ)黒澤明 松村達雄、香川京子、井川比佐志、所ジョージ、油井昌由樹、寺尾聰

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「戦意昂揚」という外形の下、加藤隊長のヒューマンな人柄を描く。円谷英二の特撮も注目。

加藤隼戦闘隊 ポスター.jpg 加藤隼戦闘隊 vhs.jpg 加藤隼戦闘隊 dvd.jpg  加藤 健夫 .jpg
「加藤隼戦闘隊」 ポスター/「加藤隼戦闘隊」VHS/「加藤隼戦闘隊 [DVD]」 加藤健夫(本人)

加藤隼戦闘隊1.jpg 太平洋戦争初期に南方戦線で活躍した陸軍飛行第64戦隊(通称「加藤隼戦闘隊」)を率いた加藤健夫中佐の活躍と人柄を描いた伝記映画であるとともに、軍部の協力の下、実戦機による空中戦など迫力のある映像で描いた戦争アクション映画であり、1944(昭和19)年の年間観客動員数1位となった作品。

藤田進 加藤隼戦闘隊.jpg 冒頭の1941(昭和16)年4月の広東に、第64戦隊の戦隊長として加藤建夫少佐(当時)(藤田進)が九七式戦闘機を駆って着任するところからカッコ良く、数ヶ月後、部隊には一式戦闘機(隼)が配備され(国内初の車輪が機体に格納できる「引込脚」の戦闘機だった)、加藤は隼の特性把握も兼ねて、単機南シナの偵察に出向いたりして、その大胆さで隊員らを驚かせます。

加藤隼戦闘隊  オリジナルスナップ.jpg 1941(昭和16)年12月初旬には部隊はフコク島へ転進、マレー半島攻略戦を実施する山下奉文の部隊の哨戒任務を与えられ、帰路の夜間飛行で仲間を失った加藤は大いに悔みますが、直後に海軍が真珠湾攻撃に成功、悲しみに浸る間もなく加藤の戦隊はコタバルへ転進し、クアラルンプール爆撃の軽爆隊の援護任務にあたり、そこで隼戦闘機での初の空戦を行って戦果を上げます。以降、加藤隼戦闘隊は目覚ましい戦果を上げ続けますが、映画ではそうした部分はニュース映像的に簡潔に伝えるだけで、前半部分のかなりは、加藤の豪放磊落で、かつ部下想いの人間味溢れる人柄の描写に割かれています。

「加藤隼戦闘隊」オリジナルスナップ写真集より

加藤隼戦闘隊3.jpg 隼戦隊というスペシャリスト軍団の中でも、隊長自身が更に一段と秀でた技術を備えているということは、スペシャリスト軍団を率いるうえで大きなリーダーシップ要因となったと思われますが、「撃墜王」「空の軍神」と呼ばれながらも、すでに40歳近かった加藤自身がどれだけ最前線で戦ったのかはよく分かっていません(映画では、敵機に囲まれ窮地にある味方軍を、加藤が単機で援護する場面などがある)。

加藤隼戦闘隊 02.jpg 但し、加藤の人間性の部分は、映画に描かれている通りの責任感が強い温かな人柄であったようで、20歳前後の若者が多く配属されていた部隊で、部下を自分の息子たちのように大事にし、敵機の攻撃により被弾し帰還できない者が出ると、号泣して兵舎の外に立って帰らぬ部下をいつまでも待ち続けていたとのことで、部下からの信頼や慕われ方は相当のものだったようです。
 
加藤隼戦闘隊05 加藤.jpg 「戦意昂揚」映画の外形をとりながらも、山本嘉次郎監督はそうした加藤の人柄にスポットを当てることで、巧みにヒューマンな作品に仕上げており、また、藤田進演じる加藤が、時に剽軽なオッサンぶりを見せたり、時に博識ぶりや洒落たセンスを見せたりと、なかなか多彩な味があって良く、少なくともこの映画での加藤の描かれ方は「軍神」という近寄り難い雰囲気ではありません(山本嘉次郎自身が撮りたかった映画を撮ったという感じ)。
 
加藤隼戦闘隊 r.jpg加藤隼戦闘隊2.jpg この映画の後半の見所は戦闘シーンで、殆どがオリジナルフィルムであり、本物のパイロットが本物の戦闘機を駆ってい編隊飛行などを見せるほか、1942(昭和17)年2月の陸軍落下傘部隊のパレンバン攻略戦を、実戦さながらのスケールで再現してみせています(これは軍の協力がなければ出来ないことだが)。

加藤隼戦闘隊 01.jpg 年代設定は1941(昭和16)年から1942(昭和17)年にかけてであり、同じく「隼」を中心に据えた山本薩夫監督の「翼の凱歌」('42年/東宝)と比べてみると興味深いかもしれません(リアルタイムでみれば共に胴体に日ノ丸のない「一式戦一型」のはずだが、「翼の凱歌」の2年後に作られたこの作品では、年代設定は「翼の凱歌」より少し前でありながら、胴体に日ノ丸のある「一式戦二型」が登場して編隊飛行などを行っている)。

加藤隼戦闘隊  特撮.jpg 更に戦闘機同士の空中戦や空爆シーンは、円谷英二特技監督による精巧な特殊撮影が織り込まれていて、どこまでが実写でどこまでが模型なのか見た目では分からないぐらいリアル。戦後の怪獣映画の特撮シーンの基礎は、こうした作品で培われたことを窺わせるとともに、円谷英二もまた、自分がやってみたかったことを映画作りの中でやったという側面もあるのではと思ったりもしました。

加藤隼戦闘隊 ポスター2.jpg 1942(昭和17)年5月、出先基地から出撃した味方機が途中で不時着し、部下の身を案じて基地からの引き揚げを躊躇っていた矢先に基地は敵の爆撃を受け、急遽追撃した加藤は敵機を撃墜するも敵弾を受け、反転して海中に自爆(多分、帰還が不可能であることを悟ったのだろう。これは部下に普段から話していた「確実に死ねる」方法だった)、38歳で戦死しました(彼の最期の場面は映画には無い)。

加藤隼戦闘隊 タイトル.png 加藤はすでに生前から「空の軍神」と呼ばれていたぐらいで、死後ますます「軍神」として祭り上げられることになりますが、彼自身はそんな類の名誉を望んでいなかっただろうし、こんないい人でも死ななければならない、という「戦争というのはやっぱり嫌だなあ」という気持ちの方が見終わった後に残る、ある意味アイロニカルな「戦意昂揚」映画のように思えました。
  
「加藤隼戦闘隊」●制作年:1944年●監督:山本嘉次郎●製作:村治夫●脚本:山崎謙太/山本嘉次郎●撮影:三村明●音楽:鈴木静一●特技監督:円谷英二●時間:109分●出演:藤田進/黒川弥太郎/沼崎勲/中村彰/高田稔/大河内伝次郎/灰田勝彦/河野秋武/志村喬●公開:1944/03●配給:映画配給社(東宝)(評価:★★★★)

「0戦はやと」.jpg「0戦はやと」2.jpg 一方、優秀な戦闘機パイロットに対する憧憬は戦後も長くあったようで、「隼」と並ぶ日本の戦闘機「0戦」「紫電改」をそれぞれ素材とした、辻なおきの「0戦はやと」(「週刊少年キング」創刊号から1964(昭和39)年第52号まで掲載)、ちばてつやの「紫電改のタカ」(1963(昭和38)年から1965(昭和40)年まで「週刊少年マガジン」に連載)といったマンガがありました。倉本聰.bmpこの内「0戦はやと」は、TVアニメとして、1964(昭和39)年1月21日から10月27日までフジテレビ系で放送され、脚本には倉本聡氏などが携わっています(「見よ、あの空に 遠く光るもの あれはゼロ戦 ぼくらのはやと 機体に輝く 金色(こんじき)の鷲 平和守って 今日も飛ぶ ゼロ戦 ゼロ戦 今日も飛ぶ」というテーマソングの作詞も倉本聡氏)。

ゼロ戦はやと.jpg0戦はやと [VHS].jpg 因みに、アニメのオープニングで、隼人がアップになるカットに1コマだけ(開始16秒後)、スタッフのものと思われる腕時計をした手がちらっと映り込んでいるのが確認できます(ずっとこのまま放映していたのかなあ)。
0戦はやと.jpg
0戦はやと [VHS]

「0戦はやと」(テレビアニメ版)●演出:星野和夫●製作:鷺巣富雄●脚本:倉本聡/鷺巣富雄/河野詮●音楽:渡辺岳夫●原作:辻なおき●出演(声):北条美智留/朝倉宏二/大塚周夫/田の中勇/家弓家正/大山豊/河野彰●放映:1964/01~10(全38回)●放送局:フジテレビ

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戦前最後にして最大規模のミュージカル・コメディ。先取性、先見性に富む。

エノケンの孫悟空6.jpgエノケンの孫悟空.jpg
「エノケンの孫悟空」VHS

 三蔵法師(柳田貞一)は経典を求めての天竺への旅の途中、岩山に閉じ込められていた孫悟空(榎本健一)を救い出して従者とし、併せて猪八戒(岸井明)、砂悟浄(金井俊夫)らもお供にして、妖怪魔物たちに邪魔をされながらも3人(3匹?)の活躍で危難を乗り越えて目的を果たす―。

エノケンの孫悟空2.jpg 1940(昭和15)年11月公開の山本嘉次郎(1902-1974)監督作。ベース・ストーリーはオリジナル通りですが、登場人物全員が歌いながら芝居をするオペレッタ形式であり、戦時色の濃い中で制作された戦前最後にして最大規模のドタバタ・ミュージカル・コメディと言えるものです。'36年1月に日本劇場でデビューした「日劇ダンシングチーム」総動員のレビュー風の踊りがオープニングから見られ(「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」('84年/米)のオープニングみたい)、ハリウッドの古典的ミュージカルを模した彼女らの中国風であったりアラビア風であったりする集団ダンスシーンが、大掛かりなセットも含め物珍しさもあって印象に残りました。

機上の悟空・八戒・悟乗.jpg「エノケンの孫悟空」タイトルバック.jpg 中国ロケを敢行していて中国人俳優も出演していますが、ハリウッド映画のパロディなどもあり、バタ臭い印象が強いのはそのためでしょうか。それでいて、悟空を演じるエノケンの喋りがもろ江戸弁で、エノケン自身がこれまで演じてきた「鞍馬天狗」や「近藤勇」のパロディもあったりするため、もはや国籍不詳という感じ。しかも、最後はSF風になって「未来国」へ行くという、もう何でもありの世界です(そもそも、悟空の移動手段であるキン斗雲がプロペラ戦闘機に置き換わっており、特殊撮影はあの円谷英二が担当している)。

 猪八戒が歌う「狼なんかこわくない」はディズニ―・アニメ「三匹の子ぶた」('33年/米)の挿入歌、この「孫悟空」の前年にアメリカで公開された「オズの魔法使い」('39年/米)っぽいシーンやアニメ「白雪姫」('37年/米)のパロディと思われる場面もありますが、両作品とも日本での公開は戦後であり、「ピノキオ」('40年/米)のテーマ「星に願いを」なども使われていることを考えると、先取性のみならず、その「先見性」には測り知れないものがあります(国際著作権連盟に日本が未加入の時期の、"パクリ"やり放題の作品と言ってしまえばそういうことになるのだが)。

 "SF風"金角・銀角大王を演じた中村是好・如月寛多などエノケン一座も多数出演していますが、その他、服部富子、渡辺はま子、藤山一郎といった当時の人気歌手も出演し、更に役者陣も豪華。「奇怪国」の大王に「わしゃかなわんよ」のフレーズで当時人気のコメディアン・高勢実乗、アラビアの「煩悩国」の女王に三益愛子(当時29歳)、煩悩国で猪八戒が恋に落ちる歌姫に満映の超人気女優・李香蘭(山口淑子)(当時20歳)、後編の「お伽の国」のお姫様で、金角・銀角らによって「ネバーエンディング・ストーリー」('84年/西独・米)の竜ファルコンそっくりの顔した東洋の女  李 香蘭.jpgお伽の姫  高峰 秀子  .jpg袖珍  中村メイ子.jpg犬に姿を変えられてしまった少女に、当時人気絶頂の国民的アイドル・高峰秀子(当時16歳)、その国の案内役の少女・袖珍に天才子役として人気のあった中村メイコ(当時6歳)といった具合です。
李香蘭(当時20歳)/高峰秀子(当時16歳)/中村メイ子(当時6歳)

エノケンの孫悟空1.jpg 中村メイコの袖珍(いつも小脇に百科辞典を抱えている)は、金角・銀角らの頭脳交換機で記憶を奪われ虚脱状態になった孫悟空らに、ホウレン草の缶詰を与えて元気を回復させるという、これもまた日米開戦直前の作品であるにも関わらず「ポパイ」のパロディで(実際ポパイのテーマ曲が流れる)、「ポパイ」は、'59年から'65年までTBS「不二家の時間」でテレビ放映されたアニメですが(後番組は「オバケのQ太郎」)、ポパイというキャラクター自体は日本でも戦前からよく知られていたようです。

 この作品は、評論家には「中身のない映画」と酷評されたそうですが、確かに「大掛かりな学芸会」といった印象はあります。ただ、前年の'39 年に、戦時体制に合わせ映画法が施行、'40年には、学生・生徒が映画館に行くのは土日・祝祭日に限るという文部省通達が出され、実際に世の中は日中戦争からから日独伊三国同盟締結へと太平洋戦争へ向かいつつある中、日米開戦の前年にこのような作品が作られたのは(ディズニー・アニメのモチーフがふんだんに織り込まれていることだけをとっても)信じられないようなことでもあります。

 評論家の酷評とは裏腹に国民に大受けしたのは、そうした暗い時代であったからこそ、明るい娯楽を求める国民の気持ちに応えたということでしょう。芸術的価値よりも歴史的価値の方が高い作品か。

東洋の女=李香蘭(山口淑子)(当時20歳)/袖珍=中村メイコ(当時6歳)
エノケンの孫悟空   3.jpgエノケンの孫悟空 中村メイ子.bmp「エノケンの孫悟空」●制作年:1940年●監督・脚本:山本嘉次郎●製作:東宝東京●制作:滝村和男●撮影:三村明●特殊技術撮影:円谷英二●音楽:鈴木静一●原作:山形雄策●時間:135分●出演:榎本健一/岸井明/金井俊夫/柳田貞一/北村武夫/高勢実乗/土方健二/中村是好/如月寛多/三益愛子/高峰秀子/中村メイ子/徳川夢声/服部富子/渡辺はま子/李香蘭(山口淑子)/伊達里子/千川照美/藤山一郎●公開:1940/11●配給:東宝映画(評価:★★★☆)

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