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ほっこりさせられるけれども、全体にややパンチ不足だったという印象も。

向田理髪店.jpg 向田理髪店0_.jpg 『向田理髪店』(2016/04 光文社)

 かつて炭鉱で栄えた北海道の苫沢(とまざわ)町にある昔ながらの床屋・向田理髪店。店主の向田康彦は52歳で、28歳の時に札幌の会社を辞めて父の後を継いだ。朝の7時に開店して、じっと客を待つ。新しい客は来ないから、日々の売り上げに変化はない。息子に後を継いでもらおうとも思っていない。そんな日々の中、雪が降ればゴーストタウンと化してしまう苫沢を舞台に6つのエピソードが繰り広げられる―。

 ・「向田理髪店」......札幌で就職した息子がわずか1年で会社を辞めて帰郷し、理髪店を継ぐと言い出す。
 ・「祭りのあと」......幼馴染の老父が突然倒れ危篤状態に。周囲の家族らは大丈夫か?
 ・「中国からの花嫁」......異国の花嫁がやって来て、町民は歓迎するが、新郎はなぜかお披露目を避け続ける。
 ・「小さなスナック」......町に久々のスナック新規開店し、話題の美人ママにオヤジ連中は浮き立つ。
 ・「赤い雪」......町が有名女優主演映画のロケ地に決定し、町民は大興奮だが、次第に町の雰囲気が―。
 ・「逃亡者」......地元出身の若者が詐欺事件の全国指名手配犯に! まさか、あのいい子が―。

 作者が光文社の雑誌「小説宝石」に2013年から2016年にかけて間歇的に連載した連作で、苫沢町は架空の町ですが、かつて炭鉱で栄えたものの今は寂れ、財政破綻してしまった過疎の町と言えば、自ずと夕張市がモデルということになるでしょうか(夕張市を舞台モデルとした作品では、海堂尊氏の『極北クレイマー』('09年/朝日新聞出版)を思い出した)。

 この苫沢町では、財政破たんして先行きが見えない状況の中でも、人々は力強く生き、人間臭い出来事は起こり、町を活性化しようと若者たちは頑張っているのが伝わって来て、ほろりとさせられました。

 住んでいる人たちの距離感が近すぎて(そのためにトラブルも起きたりする)、やっぱりこういう所で暮らすのは面倒臭いだろうなあと思いながら(中国から花嫁を貰いながらお披露目を躊躇する男性の気持ちが分かる)、一方で、こうした地域コミュニティの密な繋がりに、懐かしさにも似た憧れを感じなくもありませんでした(でも、実際に住むとなるとやっぱり面倒?)。

 個々のトッピクとしては、「中国からの花嫁」が一番面白くて、また心に沁みたでしょうか。「小さなスナック」「赤い雪」も悪くなかったです。但し、作者の作品の中で相対評価すると、ほっこりした気分にさせられるけれども、全体にややパンチ不足だったという印象も受けます(どこかの書評で作者にしてはマイルド系って書いてあった)。この前に読んだ作者の作品が『沈黙の町で』('13年/朝日新聞出版)というヘビーな作品であったせいもあるかもしれません。でも、この連作の続きが出たらまた読んでみたい気もします。

居酒屋兆治 4.jpg 「赤い雪」に出て来る映画「赤い雪」の主演女優・大原涼子はおそらく大原麗子(1946-2009/享年62)からモチーフを得たのでしょう。降旗康男監督、高倉健主演の函館(夕張ではなく)を舞台にした「居酒屋兆治」('83年/東宝)に37歳の時に出演しているし、NHKの'89年の大河ドラマ「春日局」に主人公の春日局役で出ているし、ビールのCMではないけれどサントリー・レッドのCMに出ていました(その際のセリフは「ちょっと愛して、長~く愛して」)。孤独死と言えるかどうかは分からないけけれど、ちょっと寂しい亡くなり方をしたのを思い出しました。
大原麗子 in 「居酒屋兆治」('83年/東宝)

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問題提起の鋭さ、描写・技法の巧みさ、余韻の重さなど、ここ数年に刊行されて読んだ小説の中でベストワン作品。

沈黙の町で2.JPG 『沈黙の町で』 奥田英朗  2.bmp 『沈黙の町で』 奥田英朗.jpg沈黙の町で』(2013/02 朝日新聞出版)

 中学校の部室棟の屋根に隣接している木の下の側溝で、呉服店の一人息子でその学校の2年生の名倉祐一が、頭部から血を流して死亡しているのが発見される。警察は、事故、自殺の両面で捜査を開始するが、名倉の背中に20数ヶ所の内出血の痕があったことから、いじめにあっていたことが疑われた。警察は、名倉が所属していたテニス部と2年B組を中心に事情聴取を始める。そして、名倉の死もいじめによって校舎の屋根から木へ飛び移ることを強要されたことによるものと推理し、主に名倉をいじめていたとされる、名倉と同じテニス部の14歳の藤田一輝と坂井瑛介を傷害容疑で逮捕し、同じクラスの市川健太と金子修斗を13歳であることから児童相談所へ補導する―。

 2011年5月から2012年7月まで朝日新聞に連載された長編小説で、折しも連載終了月の'12年7月になって、前年10月に滋賀県大津市で発生した中学生自殺事件が、突然マスメディアで連日のように取り上げられる事態となりました。個人的には単行本になってから読みましたが、読んでいる途中から、ここ数年に刊行されて読んだ小説の中では「ベストワン」作品になりそうな予感がし、実際にそうなりました。

 名倉少年の死を巡って動揺する家族たちや学校関係者及び同級生、取り調べ担当の警察や検察官、事件を取材する新聞記者らの心理や行動を丁寧に描き分けていて、とりわけ、「加害者」側、「被害者」側に連なる大人たちが、それぞれ自分たちに都合のいいように「真実」を捏ね繰り上げていく様子(或いは、犯人捜しをする様子)の描かれ方にリアリティがありました。

 逮捕・補導された中学生4人は、大人たちに真相を語らない―と言うより、事件の重さに加え、大人たちの周章狼狽ぶりに更に事の重大さを感じて、語ろうと思っても語れないし、大人たちも、勝手に内心で決めつけ的な憶測をするばかりで、それを公には語ろうとしない―そうした様が「沈黙の町で」というタイトルに表象されています。

 そして、名倉少年の死を巡るこうした動きと交互して、事件前の名倉の周辺の状況が描かれています。但し、そこでも、名倉少年自身は殆ど何も語っておらず、彼を取り巻く状況のみが綴られています。そのため、最初はどうしてこうした描写が入るのかとやや違和感を覚えましたが、実はこの部分が、読者を名倉少年の死の真相に導くプロセスとなっていたわけでした。こうしたフラッシュバック的な手法は同作者の『オリンピックの身代金』でも見られましたが、本作では「ミステリ」における謎解きのような役割を果たしていて、こちらの方がずっと効果的に使われているように思います。

 また、これらを通して徐々に明らかになっていくのは、亡くなった名倉少年が、単純に「可哀そうな」「一方的な」被害者だったという訳ではなく、弱者に対してはいばり(名倉家は裕福な家庭だった)、強者に対してはへつらうといった性格の持ち主であり、更に、母親が昔流産した兄弟を「脳内兄弟」として蘇らせ、彼らと「会話を交わす」妄想癖もあるという、周囲から嫌われたり、気色悪く思われたりする要素を自ら孕んだ少年であったということです。

 一方で、名倉をいじめたグループの「主犯格」とされた健太は、むしろ、名倉のことを気遣ったりもしていて、しかし一方で彼は、グループのリーダーとして名倉をいじめ続ける立場に留まらざるを得ず、一方の名倉も、いじめられることによってその存在を認知されているフシもあって、自らそうした状況から脱しようとはしていないという、名倉と健太やいじめグループとの微妙な関係も浮き彫りになってきます。

 いじめる側は、出来上がった力関係の上に乗っかり、それに流されるような形で慢性的にいじめを続け、いじめられる側も、そうした状況を積極的に脱しようとはせず、むしろ、いじめグループから命令されたことを実行することに専念する(その一方で、平気でいじめグループを裏切ったりもする)という、複雑に入り組み歪んだ構図が丁寧に描かれているのが、従来のいじめを題材とした小説における「加害者」「被害者」という画一的な描かれ方とは大きく異なる点ではないかと思います。

 とりわけ、自身は殆ど何も語っていない名倉少年の、状況を積極的に改善するのではなく"甘受"し、一方で、傍目から見ると平気で人を傷つけたりもしているように見える行動パターンは、いじめの対象になりがちな"発達障害"児童の類型の一つを描いて秀逸であると思われました(本書のどこにも"高機能広汎性発達障害"とか"アスペルガー症候群"といった言葉は出てこないのだが)。いじめられている側が自らは被害を申し出ることなく、周囲からはむしろ問題児視されていたりすることは、現実にも結構ありそうな気がします。

 この作品は、宮部みゆき氏の『ソロモンの偽証』('12年)とよく比較され、巷ではどちらが上かと論じられているようですが、この『沈黙の町で』は「純粋ミステリ」ではないと思います。但し、名倉少年の死の真相が明かされる過程では「ミステリ」の手法を用いていて、非常に重いテーマを扱いながらも、サスペンスフルなエンタテインメント性も内包し、効果的に読む者を惹きつけているように思いました。

 その割には結末に《カタルシス不全》を覚えたという人が意外と多くいるのは、最後まで「純粋ミステリ」に近い読み方をしまったからではないでしょうか。個人的には、読み始めてすぐ「これはミステリではない」と思ったのですが...。或いは、いじめた側がきちんと罰せられていないことに不満を覚えた人も多いようです。これも、元々、そうした意図の下に書かれた作品ではないと思うのですが...。

 学校内でのいじめをモチーフとして点では『ソロモンの偽証』とよく似ていますが(被害者が単に「可哀そうな」被害者とは言い切れない点も似ている)、テーマ的にはどちらかと言うと、吉田修一氏の『悪人』('07年)に近いように思います(これも結構「誤読」されていている作品ではないか。何が「誤読」かという問題はあるが)。"悪人"を探し出して罰することで、起きた事の全てを理解したかのような錯覚に陥る(乃至は"安心感"を得ようとする)というのが「世間」であり「普通の人々」だが、真相は必ずしもそう単純なものではないという点で。

 結末で読者に対して明かされた名倉少年の死の真相は、やがて少年たちが事実と向かい合えるようになった時、彼らの口から語られ、公になることが示唆されているように思われました。しかし、一方で、名倉少年の背中に20数ヶ所あった内出血の痕は、その全てがいじめグループの少年たちによるものではなく、クラス内の女子生徒たちが名倉少年をいたぶったことによるものが多かった―この事実は読者にしか明かされておらず、物語の中では、永遠の闇に葬られることになるのでしょう。鋭い「問題提起」があり、描写や技法の「巧みさ」にも感服させられる一方で、そうしたことを思うと、ますます重苦しい余韻が残る作品でした。

【2016年文庫化[朝日文庫]】

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まずエンタメ小説として面白かった。当時における"大義"に思いを馳せることができる作品でもある。
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オリンピックの身代金 単行本.bmpオリンピックの身代金 上.jpg オリンピックの身代金 下.jpg 
オリンピックの身代金』『オリンピックの身代金(上) (角川文庫)』『オリンピックの身代金(下) (角川文庫)』『オリンピックの身代金 上 (角川文庫)』[Kindle版] 『オリンピックの身代金 下 (角川文庫)』[Kindle版]

 2009(平成21)年・第43回「吉川英治文学賞」受賞作。

 東京オリンピック開催間近の昭和39(1964)年8月下旬、オリンピック警備本部幕僚長・須賀の自宅敷地内で、1週間後には中野の警察学校で相次いで火災があったが、共に警察による箝口令のため新聞報道はされなかった。妻の第二子出産を控え、松戸の団地に引っ越したばかりの捜査一課刑事・落合昌夫が属する五係メンバーは、前年の連続爆破事件の犯人が差出人名に用いた「草加次郎」名で、"東京オリンピックは不要"との爆破の予告状が届いていたことを明かされる。
 同年7月中旬、東大大学院生の島崎国男は、出稼ぎで五輪関連工事に携わっていた異父兄・初男の訃報に接し、秋田に住む母と義母の代理で荼毘に立ち会って遺骨を故郷へ持ち帰る。帰郷した彼は、昔と変わらず貧しい故郷の様に衝撃を受け、兄が生前働いていた飯場でこの夏働くことを決意する。大学院でマルクス経済学を学ぶ国男にはプロレタリアの実態を知るためのものだったが、慣れない肉体労働に加え、別の飯場を仕切るヤクザ者に目を付けられ、イカサマ賭博で負け借金を負ってしまう。そして労務者たちが疲労から逃れるために服用するヒロポンに、彼らの生活を実体験しようと自身も手を出す。
 兄の直接の死因がヒロポンの過剰摂取だったことを知った国男は、五輪景気に沸く東京の裏側にある労務者の実態や貧困に喘ぐ地方の現況からみて、今の日本にオリンピックを開催する資格はなく、開催を阻止しなければならないとの思いを強くし、発破業者の火薬庫からダイナマイトを盗んで爆破を実行していく。秋田帰郷の際に出会った同郷の村田留吉というスリと再会した国男は、自身の考えを彼に話し、オリンピックを人質に一緒に国から金を取らないかと持ちかける。国から身代金を取るという発想に共鳴した村田は、国男と行動を共にするうち、彼を実の息子のように感じ始めていく―。

 面白かったです。丁度読もうとしていた頃に、テレビ朝日開局55周年記念として単発ドラマ化されたものが放映されるのを知り(2020年の東京オリンピック開催決定前からドラマ化は決まっていた?)、慌てて読みましたが、ほぼ無理なく一気に読めるテンポのいい展開でした。そして、原作を読んだ後にドラマを観ました。

オリンピックの身代金 ドラマ 4.jpg 原作では、東大大学院生の島崎国男、捜査一課刑事の落合昌夫、オリンピック警備本部幕僚長の息子でテレビ局勤務の須賀忠の3人が東大で学部の同級生ということになっていますが、テレビ版では、落合昌夫(竹野内豊)ではなく、(原作には全く登場しない)その妹の落合有美(黒木メイサ)が島崎(松山ケンイチ)、須賀(速水もこみち)と同級ということになっていて、しかも有美は国男に恋心を抱いてどこまでも彼に付いていこうとする設定になっているため、国男が村田(笹野高史)と一緒に爆破計画を練っている傍にちょこんと居るのが違和感ありました。男だけで逃亡するのと、恋人連れで逃亡するのでは、随分と物語の性質が変わってくるのでは...とやや気を揉みましたが、その外の部分は思った以上に原作に忠実に作られていて、ドラマの方も楽しめました。

オリンピックの身代金 ドラマ 1.jpg 原作では、国男がオリンピックの開催阻止を決意する前の時期と、決意して行動に移していく時期とをフラッシュバック手法で交互に見せ、しかも前半部は決意する前の普通の大学院生だった時期の方に比重を置いて書かれているため、この大人しそうな青年が本当に爆破犯に変貌していくのだろうかという関心からも読み進めることができましたが、ドラマにそこまで求めるのは無理だったか。

オリンピックの身代金 ドラマ 2.jpg また、原作では、特に冒頭の方で、昭和39年という時代を感じさせるアイテムやグッズ、社会背景に関する話などがマニアックなくらい出てきてシズル感を高めていましたが、ドラマではその辺りが端折られていたのがやや残念でした(時代を感じさせるのはクルマと看板だけ。それだけでも結構苦労したため、他のところまで手が回らなかった?)。

 更に、市川崑監督の東京オリンピックの記録フィルムが一部使われていますが、そこから伝わる当時の民衆の熱っぽい雰囲気と、テレビ用にエキストラをかき集めて急ごしらえで作った"群衆"との間の落差は、これはもう如何ともし難いものでした(CGによる国立競技場を埋め尽くす7万人の観衆と出演者たちの合成はまずまずだったと思うが、細かい場面ごとの"群衆"シーンがイマイチ)。

 ドラマに対していろいろケチをつけましたが、後半部分の山場である、国男たちと警察とのチェイスの面白さは、ドラマでもそこそこ再現されていたように思われ、原作を読んだ後ドラマ化作品を観てがっくりさせられることが多い中ではよく出来ている方かと思いました。

 2020年の東京オリンピックは、"大義なき五輪"と言われ、その分、開催立候補前は開催に対して"何となく反対"という雰囲気が優勢だったのが、開催決定後は、"何となく期待する"みたいな風に変わってきているような印象も受けますが、では、1964年の東京オリンピックの(ヤクザさえ抗争活動を休止するような)"大義"とは何であったのか、多かれ少なかれ、そうした当時における"大義"に思いを馳せることができる作品でもあるかと思います。

 それはともかく、原作はまず、エンタテインメント小説として面白かったことが第一。この物語における国男の発想があまりに短絡的ではないかという見方は至極当然に成り立つと思われますが、エンタメ小説としては許容の範囲内ではないかと思われました。

オリンピックの身代金 ドラマ 0.jpgオリンピックの身代金 ドラマ 3.jpg「オリンピックの身代金~テレビ朝日開局55周年記念」●監督:藤田明二●脚本:東本陽七/七橋斗志夫●原作:奥田英朗「オリンピックの身代金」●出演:竹野内豊/松山ケンイチ/黒木メイサ/天海祐希/沢村一樹/速水もこみち/斎藤工/吹石一恵/笹野高史/國村隼/岸部一徳●放映:2013/11/30~12/01(全2回)●放送局:テレビ朝日

【2011年文庫化[角川文庫(上・下)]】

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さらっと読めてくすっと笑える様々な「夫婦の位相」。ややもの足りない?

奥田 英朗 『家日和』単行本.jpg家日和』 奥田 英朗 『家日和』 文庫.jpg奥田 英朗 『家日和』2.jpg家日和 (集英社文庫)

 2007(平成19)年度・第20回「柴田錬三郎賞」受賞作。

 初めてのインターネットオークションで落札者から「非常に良い」の評価を受けた喜びから、家にある不用品を次々出品し始め、ついには夫の私物を許可なく出品し始めてしまう主婦を描く「サニーデイ」、会社が倒産しどうしようかと迷う間もなく妻が前の職場に復帰し、専業主夫となった夫の奮闘振りを描く「ここが青山」、妻との別居が決まり、がらんどうと化した部屋を心おきなく自分の趣味に合わせて模様替えする「家においでよ」、内職斡旋会社の担当者が、冴えない中年男から柑橘系の香水を付けた若者に代わり、淫夢を見るようになった主婦を描く「グレープフルーツ・モンスター」、夫が勝手に転職を決める度に、将来への危機感からか仕事の質が格段に上がるイラストレーターを描く「夫とカーテン」、ロハスにハマった妻やその仲間を揶揄するユーモア小説を書いてしまったことを後悔する作家を描く「妻と玄米御飯」の6編を収録。

 この作者の作品はユーモア小説からシリアスなサスペンスまで幅広いですが、これはどちらかと言うとユーモア系に近いといった感じでしょうか。『空中ブランコ』のようなキツい感じのユーモアではなく、その分、オチは弱いけれど、向田邦子の家庭小説の男性版のような印象も受けました。大笑いさせられるというより、くすっと笑える感じでした。

 個人的には、「ここが青山」の何となく自分には「主夫」が向いているのかなと主人公が最後に感じるのが面白かったし、「夫とカーテン」も、妻のイラストの質が夫の仕事の危機的状況と比例して高まり、危機が去ると落ちてしまったというのが面白かったです。「サニーデイ」に象徴されるように、何かをきっかけに日常に変化が生じて、最初はその変化の渦にどんどんハマっていくものの、どこかで踏みとどまるという"マトモな"主人公が多かったかな。そんな中、作品のトーンとしては、「グレープフルーツ・モンスター」がやや他の作品と違った、ドロっと雰囲気だったかな。この淫夢を見る主人公も、現実に不倫するとかはしないわけですが。

 全体としては、さらっと読めた様々な「夫婦の位相」という感じで、上手いなあと思わせる一方で、向田邦子ほどドロっとしたものもなく、ややもの足りなさも感じられました。

<font color=gray>【2010年文庫化[集英社文庫]】

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突き抜けた面白さと言うよりは、安定感のある"癒し系"ユーモア小説。

空中ブランコ.jpg空中ブランコ』 単行本〔'04年〕 イン・ザ・プール.jpgイン・ザ・プール』('02年/文藝春秋)

 2004(平成16)年上半期・第131回「直木賞」受賞作。

 直木賞候補になった『イン・ザ・プール』('02年/文藝春秋)に続く"トンデモ精神科医"伊良部一郎のシリーズで、収録作品とそれぞれの「患者さん」は次のとおり。
 ◆「空中ブランコ」 ...空中ブランコが急に出来なくなったサーカス団員、
 ◆「ハリネズミ」 ...尖端恐怖症のやくざ、
 ◆「義父のヅラ」...義父のカツラをとりたい衝動に駆られる医学部講師、
 ◆「ホットコーナー」 ...一塁にうまく送球できなくなったプロ野球選手、
 ◆「女流作家」...本の題材探しに苦しみ心因性嘔吐症となった女流作家。

 面白いけれども、突き抜けた面白さと言うよりは、安定感のある"癒し系"ユーモア小説という感じがしました(実際、"癒し"という言葉が文中に何度か出てくる)。
 でも、患者の独白が主体であった『イン・ザ・プール』に比べ、患者の症状を"現象的"に丹念に描いていて、飽きさせず読ませるなあという感じ(5篇程度なら。10篇続けて読むとどうかなという気もしますが)。
 こういうストレス社会の現代病のようなものをユーモラスに描こうとする作家は結構いるのではないかと思うのですが、落とし処が意外と難しいのかも。
 
 本書に収められた話は何れも、予定調和と言ってしまえばそれまでですが、読後感が爽やかでその辺りも直木賞受賞に繋がったのではないでしょうか。
 「女流作家」の最後の看護婦マユミのセリフが良くてグッときましたが、同時にこのシリーズの1つの区切りのような気もしました(シリーズ自体はこれで終わりではありませんでしたが)。
 
 何れにせよ、権威ある文学賞ってユーモア小説に比較的辛く(筒井康隆や小林信彦も直木賞をとっていない)、そのことが小説だけでなく映画などでもそうしたジャンルの恒常的低調を招いているような気がし(結局、コメディ映画の本の書き手なども、三谷幸喜などの劇作家・脚本家が多い)、こうした作品が賞を取るのはいいことではないかと思った次第です。

 【2008年文庫化[文春文庫]】

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