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本来は星4つクラスだと思うが、状態の悪い不完全版でしか残っていないのが残念。

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「エノケンの法界坊」VHS
下:「大鐵ニュース会館」(昭和13年)
エノケンの法界坊63.jpg 永楽屋の女将おらく(英百合子)は大の骨董好きで、お宝掛け軸"鯉魚の一軸"を手に入れるために、手代の要助(小笠原章二郎)に捜させていた。偶々それを持っていることが判った大坂屋・源右衛門(中村是好)が親子ほエノケンの法界坊1.jpgどに年齢の違う自分の娘のおくみ(宏川光子)に惚れていることを知って、その気を引くために源右衛門に娘を嫁がせる素振りをみせるが、おくみは実は要助と相思相愛の仲だった。源兵衛がおくみとの結エノケンの法界坊2.jpg婚を迫る一方、永楽屋の番頭の長九郎(如月寛多)もおくみに気があり、機会を画策する。更には、鐘楼寄進を名目に布施を集めては懐に入れていた破戒坊主の法界坊(榎本健一)までがおくみにぞっこんとなり、この恋愛合戦は四つ巴の様相を呈す。法界坊は長エノケンの法界坊4.jpg九郎にそそのかされて掛け軸を盗み出すが、源右衛門から掛け軸奪回の依頼を受けた長九郎が源右衛門を裏切って殺し、要助と共に法界坊の住処に行って今度は法界坊を刺し殺し、掛け軸を奪い返した要助も川に突き落とす。要助が死んでいまったと思ったおくみは、泣く泣く長九郎と祝言を挙げることになるが、そこへ幽霊となった法界坊が現われ、長九郎の悪事を暴き、そんな所に九死に一生を得た要助も戻って来る。幽霊の法界坊は、おくみと要助の婚礼を執り行なう事、自分の供養のために寺に鐘を寄贈する事をおくみたちに頼むと姿を消す―。

エノケンの法界坊0.jpg 1938(昭和13)年公開の斎藤寅次郎(1905-82)監督の東宝移籍第一回監督作品で、オリジナルが74分、現存するフィルムが53分です。一部ミュージカル風で、前半、要介がおくみに恋歌を唄っていたと思ったら、いつの間にかおくみが行方不明になって、実はエノケンの法界坊の住処に身を寄せていたなど、話が繋がらない部分がありますが、全体としてはそれほど欠落の影響は無かったでしょうか。

 元の話は歌舞伎の「隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ)」、所謂「法界坊」から取っていますが、歌舞伎では法界坊は最後までワルで、ライバルを殺しておくみを手籠めにしようとしてその母親に殺され、幽霊になって出てきた後もおくみと要助を苛むことになっている一方、こちらのエノケンの法界坊は、生前は破戒坊主だったのが、幽霊になってからころっといい人になっています。

エノケンの法界坊5.jpg エノケンは、幽霊になってからの方がナンセンスギャグの連発で面白かったです。幽霊になってから自分の行いを反省しているのは、自身が言うように、三途の川で追い返されたからでしょうか。その割には、プロローグで、完成した鐘の完成式でおくみ、要助らが見守る中、僧侶が鐘を鳴らすと鐘の中から法界坊が落ちて来て尻餅をつき、慌ててまた元の鐘の中へ...(まだしつこく成仏してなかった?)。脇を固める源右衛門役の中村是好はいつもながら、この作品では源右衛門を上回るワルの長九郎を演じた如月寛多も良く、ワルかった分だけ幽霊の法界坊にビビりまくる様がお可笑しいです。

 前半で要介がおくみに唄っていた歌のフシは、「モダン・タイムズ」('36年)でチャップリンがキャバレーでインチキ外国語で歌っていた「ティティーナ」(1920年代ぐらいにフランスで作られた元歌をチャップリンが編曲したもの)に日本語歌詞をつけたもので(歌詞にある、エノケンも使った「柘榴のようなその唇」という表現は今日ではぴんと来ないが、当時は巷でよく使われていたのなのか?)、「モダン・タイムズ」の日本公開が1938年2月、この映画の公開が同年の6月ですから、良く言えば新しいものに敏感、別な見方をすれば素早いパクリぶりと言えるかも。ラストの方のおくみと要助の婚礼場面でも、エノケンがワーグナーの「(ローエングリンの)結婚行進曲」に「高砂や~」の歌詞をつけて歌っているのがモダンです(但しこの曲は、この作品の2年前の伊丹万作監督の「赤西蠣太」('36年/日活)のラストで、志賀直哉の原作をアレンジした主人公の赤西蠣太と小波(さざなみ)が向かい合う場面でも流れていた)。

エノケンの法界坊001.jpg エノケンの映画は戦前のものの方が出来がいいと言われますが、この映画などもその代表格なのかも。この映画について天野祐吉(1933年生まれ)、筒井康隆(1934年生まれ)、筈見有弘(1937年生まれ)の各氏らが書いているものを読んだことがありますが何れもべた褒めで、但し、最初の方のエノケンの「ナムアミダーブツ」という歌がもっと長かったのではないかとか。この人たちは、小学生の頃にリバイバルで観ているようですが、その頃は完全版だったのだろなあ。

 個人的には、欠落部分があることもさることながら、フィルムの保存状態が良くないことが気になりました。「喜劇の神様」とまで言われた斎藤寅次郎監督ですが、山本嘉次郎監督などに比べるとアクションシーンがあまり得意でないのか、格闘シーンなどが何をやっているのか一層分かり辛いし、小林信彦氏の『日本の喜劇人』('82年/新潮文庫)によると、エノケン本人もこの作品を失敗作と言っていたそうです(アクションが少ないことに不満があったのでは)。

エノケンの法界坊  s.jpg 故・筈見有弘は、「この映画がかなり状態の悪い不完全版でしか残っていないらしいのは残念だ」(『洋・邦名画ベスト150〈中・上級篇〉』('92年/文春文庫ビジュアル版))と書いており、「らしい」というのは、自分が観た時はそうではなかったということなのでしょう。完全版を観たことがある人には、やはり欠損部分があるのが気になるのかもしれません。一応、星3つの評価としましたが、完全版で画質が良ければ、おそらく星4つ以上の評価だったと思います。

エノケンの法界坊[短縮版].jpg「エノケンの法界坊」●制作年:1938年●監督:斎藤寅次郎●脚本:和田五雄/小川正記/小国英雄●撮影:鈴木博●音楽:栗原重一●時間:74分(現存53分)●出演:榎本健一/宏川光子/小笠原章二郎/柳田貞一/中村是好/如月寛多/英百合子●公開:1938/06●配給:東宝東京(評価:★★★)

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戦後久しぶりの時代劇で役者もスタッフも張り切って作ったという感じ。

エノケンの豪傑一代男OL.jpg  エノケンの豪傑一代男41.JPG エノケンの豪傑一代男48.JPG
豪傑一代男 [DVD]

エノケンの豪傑一代男36.JPG 時は戦国、三方ヶ原の戦いで、武田方に敗れ敗走する徳川家康(田中春男)と家康の家臣・鬼姫弥九郎太(榎本健一)の主従(DVD解説では「関ケ原の戦いで豊臣の軍勢を破って勝利を収めた徳川家康」とあるが、後から信長が出て来るためこれは誤り)。小柄な弥九郎太は家康を背負ったまま兜がずれて前が見えなくなり、足を滑らせ家康を川へ落としてしまう。その責任をとって腹を切ろうとするも家康に止められる弥九郎太の「豪傑」ぶり。家康は、今や破竹の勢いである織田信長(岡譲二)から、信長所縁の寺への寄進を命じられエノケンの豪傑一代男52.JPGていたが、財政難のためそれを先延ばししていたことから、信長と一発触発の状況にあったため、今は家臣を大事にしたい。一方、無学で女嫌いで嫁を取るくらいなら腹を切るという弥九郎太は、村はずれで子供らに読み書きを教えている親友の伊織(森健二)と恋仲にある松平家の優しい次女・美雪(山本照子)との縁結びを引き受け、エノケンの豪傑一代男49.JPG美雪の父・松平内蔵助(瀬川路三郎)に「娘を嫁に」と掛け合って、内蔵助と木刀勝負して打ちのめす。内蔵助は弥九郎太の豪傑ぶりに惚れ込み、「娘を嫁に」という弥九郎太の言葉を、弥九郎太自身が娘を嫁に欲しがっていると勘違い。加えて松平家には勝気な長女・糸路(山本和子)がいて、姉妹がそっくりの双子だっために、縁談はもとより、弥九郎太を娘婿に望む小寺十内(渡辺篤)も加わって、間違い続きの恋愛騒動が展開する。そんな中、弥九郎太は家康から信長との対立を仲裁する特使に選ばれる―。

エノケンの豪傑一代男55.JPG 1950(昭和25)年公開作で、GHQ統治下におけるヤンバラ禁止令が戦後6年目でやっと解かれて作られた荒井良平(1901-1980)監督の時代映画監督復帰第一作です(因みに、エノケンが出演した黒澤明監督の「虎の尾を踏む男達」(1945/09 完成)の公開はこの更に2年後の1952年だった)。1981(昭和56)年の第6回湯布院映画祭で上映されて以来、VHS化もされなかったのが、2005年にリバイバルDVD化され、2009年には「新東宝大全集」の中の1作としてシネマート六本木で上映されています。

エノケンの豪傑一代男37.JPG 久しぶりの時代劇で役者もスタッフも張り切って作ったという感じで、セットなどもなかなか豪華です。エノケンもただ飛び回っているだけではなく、早馬に乗ったり刀や木刀を振るったりと存分にアクションをしています。ストーリーもまずまずのテンポでエノケンの豪傑一代男44.JPG進みますが、弥九郎太の勘違い騒動を最後まで引っ張ったのが良かったのかどうか。ただ、松平家の長女・糸路と次女・美雪を演じた山本和子と山本照子という女優は本物の双子なのでしょう、すごく似ていて、観ていて弥九郎太ならずとも最後まで区別がつきませんでした。

エノケンの豪傑一代男42.JPG 何でもかんでもすぐに「腹を切る」というのが果たして「豪傑」と言えるのかどうかというのはありますが、ラスト、弥九郎太が伊織と美雪の結婚式の仲人を務めたつもりが、いつのまにか自分自身も糸路と結婚式を挙げさせられていたというのが可笑しく、それでも弥九郎太が自分は結婚しないと強情を張るのは、ここまで来ればもうある種の照れ隠しであるということなのでしょう。となると、タイトルにある「一代男」も、最終的には"返上"されるものであること示唆して終わっているように思いました。

 DVD化されて、画質の面では良好ですが、エノケンの作品はやはり戦前のものの方が若干テンポがいいかなあという感じでした。

エノケンの豪傑一代男50.JPG「エノケンの豪傑一代男 (豪傑一代男)」●制作年:1950年●監督:荒井良平●脚本:秋篠珊次郎●撮影:友成達雄●音楽:栗原重一●原作:陣出達朗●時間:81分●出演:榎本健一/岡譲二/山本和子/山本照子/田中春男/森健二/瀬川路三郎/清川荘司/渡辺篤/大倉文雄/田島辰夫/曽根通彦/弘松三郎●公開:1950/10●配給:新東宝=エノケンプロ(評価:★★★)

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エノケンと柳家金語楼の「江戸っ子だってねぇ」「神田の生まれよ」の掛け合いが見所か。

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「エノケンの森の石松」VHS        柳家金語楼/榎本健一 リンク「石松三十石船道中

エノケンの森の石松 vhs2.jpg 清水次郎長(鳥羽陽之助)の子分・森の石松(榎本健一)は、次郎長親分に呼ばれ、親分の代参で讃岐の金比羅宮に刀と奉納金50両を納めに行くことを命じられる。小遣いに30両を別に持たせるというが、但し道中いっさい酒を飲んではならないと言われ、酒好きの石松は断りかける。しかし、誰も見ている者はいないという仲間の入れ知恵で、次郎長親分には言いつけを守ると言って引き受ける。恋人の茶店のお夢(宏川光子)にしばしの別れを告げ、お夢から貰った肌守りを懐に旅に出る石松。金比羅宮で無事に代参を済ませた帰路、草津の追分に身受山の謙太郎(北村武夫)を訪ねて一宿の仁義を切り、親分への百両の香典を親分へと託される。その翌日、幼い頃から兄貴分だった小松村の七五郎(柳田貞一)を訪ねる道すがら都鳥の吉兵衛(小杉嘉男)に偶然出逢い、吉兵衛の家に草履を脱ぐことに。しかし、吉兵衛の狙いは石松の持つ百両であり、石松は吉兵衛兄弟の騙し討ちに遭って重傷を負う。何とか危地を脱し、一旦は七五郎とその女お民(竹久千恵子)の住家に匿われた石松だったが―。

エノケンの森の石松zj.jpeg 「エノケンの森の石松」('39年/東宝東京)は中川信夫(1905-1984)監督による1939(昭和14)年5月公開作。原作は「エノケンの法界坊」('38年)の脚本も手掛けた和田五雄ですが、冒頭、2代目広沢虎造(1899-1964)の浪曲で始まり、途中でも何度か虎造の口演が入ることからも窺えるように、浪曲「清水次郎長伝」の中の「石松金比羅代参」などをオーソドックスになぞっています。

「エノケンの森の石松」公開時(1939.8.15)チラシより

 個人的には、吉兵衛兄弟との結構本格的な剣戟シーンがあるのが意外だったでしょうか。まあ、エノケンの運動神経ならば剣戟くらいは充分にこなしたのかもしれませんが、「石松金比羅代参」などを知って観ている人は、これが石松の最期に繋がるものであることを知っているため、エノケン喜劇には珍しくやや悲壮感も感じられるかもしれません。石松が都鳥の吉兵衛に殺害されたのは1860年7月と言われ、清水次郎長こと山本長五郎(1820-1893)は翌1861年1月に駿河国江尻追分で都鳥の吉兵衛こと都田吉兵衛を仇討ちにしています。

エノケンの森の石松  21.jpg 喜劇的要素の面での見所は、浪曲「清水次郎長伝」の中の「石松三十石船道中」から引いた例の「飲みねぇ、飲みねぇ、鮨を食いねぇ、江戸っ子だってねぇ」「神田の生まれよ」で知られる石松と江戸ッ子留吉(柳家金語楼)との掛け合いです。船客同士で街道一の親分は誰かと言う話題になって、「身受山の謙太郎」の名前が挙がったところへ留吉がケチをつけ、「清水の次郎長」と言おうとしますが思い出せず、「国定村の...」とか言ってしまいます(史実では国定忠治は1851年に刑死している)。やっと次石松三十石船道中」 広沢虎造ド.jpg郎長の名を思い出したところへ、今度は同じ船に乗っていた次郎長の子分の中で一番強いのは誰だか知ってっか」と問うて自分の名を導き出そうとするがなかなか石松の名が出てこない―。定番であるだけに喜劇俳優同士"両雄"競演の様相も呈していますが、金語楼って味があって上手いなあと思わせます。この場面などは、この作品で前振りの口上を述べている2代目広沢虎造の浪曲がネットで聴けたりするので、比較してみると面白いかもしれません。エノケンは遣り取りの最後に得意のアクションも加えています。

「清水港」1939.jpg 因みに、マキノ正博監督の「清水港代参夢道中(続清水港)」('40年/日活)は、現実の世界で「森の石松」の舞台の監続清水港 kataoka .jpg督をしている男・石田勝彦(片岡千恵蔵)が夢の世界でタイムスリップして自身が「石松」になってしまうというパロデイです。この映画での例の「三十石船」の場面では広沢虎造自身が浪花節語りの船客役(現実の世界では舞台の照明係役)で出演しており、片岡千恵蔵と掛け合いをしています。タイトルから"夢落ち話だと分かってしまい、タイムスリップした当事者が歴史の真実を知っているというのもタイムスリップものの定番ですが、それでも惹き込まれるのは「続清水港」daf.jpg続清水港 片岡.jpg、マキノ正博の演出の上手さのためか、小国英雄(1904-1196)の脚本の上手さのためか、或いは森の石松という素材の面白さのためでしょうか(小松村の七五郎を志村喬が演じていて、これも現実世界での劇場専務役との1人2役)。


「清水港代参夢道中(続清水港)」('40年/日活)
片岡千恵蔵・志村喬・轟夕起子・澤村アキヲ(子役・長門裕之)・広沢虎造

 この「エノケンの森の石松」では、浪曲の「石松と見受山鎌太郎」に該当するシーンがすっぽり抜けていて、これは当初あった巻が一部逸失したのでしょう。57分となっていますが、元は74分あったらしいです。石松が身受山の謙太郎を訪ねたのは「三十石船道中」でその名を知ったためで、鎌太郎が7年前に次郎長の妻・お蝶が亡くなった時の香典をまだやっていないとのことで百両の香典を石松に託すというもの。この金が石松の命取りになるわけですが、見受山の鎌太郎のシーンが抜けているため、50両を代参奉納した石松がなぜ100両持っているのかが分かりにくい気がしました。この辺りのエノケン作品は、年3本から5本くらいと量産している割には、スタイル的には出来上がっていて一定のレベル以上にあるものが多く、むしろフィルムがどれくらい完全な形で残っているかが評価の分かれ目になってしまう印象も受けます。そうした意味では、この作品などは逸失部分があるために繋がりがスムーズでないことが残念です。

「続次郎長富士」('60年/大映)勝新太郎
続次郎長富士(1960) suti-ru.jpg 但し、その後、森繁久彌、中村錦之助、勝新太郎など多くの役者が森の石松を演じるようになる中で(美空ひばりまで演じた)、喜劇俳優である榎本健一によって比較的早い時期に演じられたものであるということで、観る機会があれば観ておくのもいいのでは。ウィキペディアに拠れば、この「エノケンの森の石松」以降で森の石松が映画の中で題材となった作品は40作近くあるのに、「エノケンの森の石松」以前で森の石松が映画の題材となったのは前年の大河内傳次郎が石松をやった「清水次郎長」('38年/東宝)しかないことになっていますが、実際には無声映画時代から直前の羅門光三郎の「金毘羅代参 森の石松」('38年/新興キネマ)までエノケン以前にも石松を演じた役者はもっといます。
 
大村千吉(石松)・大河内傳次郎(次郎長)・横山運平・千葉早智子(お蝶)
清水次郎長1.jpg清水次郎長(1938年)oomura .jpg その萩原遼監督、大河内傳次郎主演の「清水次郎長」('38年/東宝)は、次郎長と森の石松の出会いの頃を描いたもので、大河内傳次郎が演じる次郎長はまだ駆け出し時代(というよりヤクザから足を洗って堅気暮らしをしている)、大村千吉が演じる石松に至ってはまだ全くの少年であり、子分にして欲しいとすがる石松少年に対し、次郎長の方は石松を清水次郎長vhsvhs_ura.jpg何とか堅気にしよう商家に丁稚奉公させたりするなど骨を折るというものです。身寄りのない石松を不憫に思い、次郎長とともに何かと面倒をみるのがお蝶(千葉早智子)で、彼女がやがて次郎長の妻になるわけですが、そこまでは描かれていません。だた、結局石松が堅気にならないのは観る側も分かっているだけに、この話ちょっと引っ張り過ぎた印象も。石松が使い込みをやってしまって、次郎長は自らを頼ってきた駆け落ち男女に逃亡資金を施したばかりで手元に金が無かったため、以前助太刀をしてやったやくざの保下田久六(鳥羽陽之助)の所へ、その時は受け取らなかった礼金を貸してはくれまいかと頼みに行くが拒否され、やがて久六によって自分が助けた者を殺害された次郎長は久六を仇討ちにする―という「桜堤の仇討ち」をモチーフとしてものとなっています。実際にはこの間にお蝶は病いを得て(次郎長が久六に金を借りに行ったのは家が貧しく金の無かったお蝶を医者にみせるため)亡くなっており(次郎長が森の石松を讃岐の金毘羅様へお礼参りの代参に出すのはその7年後)、金を貸すのを断った久六は、亡くなる前に次郎長の妻になっていたお蝶の葬式にも顔を見せなかったいう伏線があるのですが、映画では、久六討ちを果たした後、次郎長・石松・お蝶(生きている)で一緒に清水に帰るような終わり方になっています。半ば過ぎまではやや悠長な展開だったのが、終盤は若干ペースアップしたという感じでしょうか。最後は活劇調で、大河内傳次郎ならではの剣戟となりますが、大河内傳次郎が剣戟をやると、清水次郎長と言うより丹下左膳に見えてしまうのは先入観のためでしょうか。

続次郎長富士(1960) .jpg 最近観直してまあまあ楽しめたのが、森一生監督の「続次郎長富士」('60年/東映)で、これは前年に公開された「次郎長富士」の続編です。本作では富士川の決戦の直後から石松の弔い合戦までが描かれいて、出演者には長谷川一夫、市川雷蔵、勝新太郎など前作と同じメンバーが顔を揃えていますが、役どころは一部変更されています。
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ZOKUJIROTYOFUJI1960.jpg 黒駒の勝蔵を倒して清水へ引上げてきた次郎長(長谷川一夫)に、新たな押しかけ子分の小松村の七五郎(本郷功次郎)が待っていた。石松(勝新太郎)と七五郎は、桝川の仙右衛門(中村豊)の仇討を買って出、八角一家を斬りまくり、次郎長の命で旅に出る。七五郎は旧友のお役者の政(月田昌也)に会い、政の女出入りの傍杖を喰った。反次郎長派の親分平親王の勇蔵(石黒達也)は、政のまちがいを利用し、次郎長陣営の仲間割れを図る。勇蔵の背後には、黒駒の弟分黒竜屋の亀吉(香川良介)や坂東の新助(見明凡太朗)らが糸を引いていた。石松の報告で彼らの奸計を知った次郎長は、二十八人衆を連れて勇蔵の家へ乗り込む。大喧嘩が予想されたが、青年代官の山上藤一郎(市川雷蔵)の裁きで治まった。次郎長と別れた石松は、三河の為五郎(荒木忍)から次郎長へ二百両の金を預って帰途につく。が、その二百両を道で会った都鳥の吉兵衛(杉山昌三九)に貸してしまう。折から都鳥にワラジを脱いだ新助たちが、吉兵衛をそそのかし石松をだまし討ちにかけた。石松は手傷を負い、一度七五郎の家に逃げこんだが、また躍り出して殺される。勇蔵が都鳥兄弟を匿い、吉兵衛を追って来た小政(鶴見丈二)も生捕りにされるハメになる。勇蔵は小政を生きながら棺桶へ入れて清水へ送り、石松の死骸を引取りたいなら次郎長一人で来いと言う―。

「続次郎長富士」('60年/大映)中村玉緒・勝新太郎
続次郎長富士 勝新太郎.jpg 旅の途中の石松(勝新太郎)に絡んでくるのがお亀(中村玉緒)で、この2人はこの共演の2年後に結婚します。中村玉緒は当時20歳で、父は「」('59年/大映東京)、「小早川家の秋」('61年/東宝)の2代目中村鴈治郎。中村玉緒も10代半ばで映画界入りしており、この時点で8歳年上の勝新太郎よりも映画への出演本数は圧倒的に多かったようです(この「続次郎長富士」と同年の出演作「大菩薩峠」('60年/大映)でブルーリボン助演女優賞を受賞している)。勝新太郎の方はまだ売り出し途上で、この作品でも長谷川一夫はもとより、市川雷蔵よりもずっと格下で、本郷功次郎とどっこいどっこいの扱いであるのが分かって興味深いです。序盤はむしろ小松村の七五郎を演じた本郷功次郎の方が目立っていたでしょうか(小松村七五郎が石松の「弟分」として描かれている)。それを、石松の最期のところで勝新太郎が盛り返したといった感じでしょうか。でも、結局最後は、次郎長の1対何百人(?)かの大殺陣で長谷川一夫がおいしいところを全部持っていってしまうのですが。市川雷蔵と根上淳の対決なんていうのもあったりして、まあ飽きさせない展開ではありました。
 
エノケンの森の石松 vhs3.jpg「エノケンの森の石松」●制作年:1939年●監督:中川信夫●脚本:小林正●撮影:唐沢弘光●音楽:栗原重一●口演:広沢虎造●原作:和田五雄●時間:72分(現存57分)●出演:榎本健一/竹久千恵子1937sep.jpg竹久千惠子エノケンの森の石松1935aug.jpg鳥羽陽之助/浮田左武郎/松ノボル/木下国利/柳田貞一/北村武夫/小杉義男/斎藤勤/近藤登/梅村次郎/宏川光子/竹久千恵子/柳家金語楼●公開:1939/08●配給:東宝(評価:★★★)
竹久千恵子(1937年:雑誌「映画之友」九月號/1935年:雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」)
 
続清水港  .jpg「清水港代参夢道中(続清水港)」●制作年:1940年●監督:マキノ正博●脚本:小国英雄●撮影:石本秀雄●音楽:大久保徳二郎●原作:小国英雄●時間:96分(現存90分)●出演:片岡千恵蔵/広沢虎造/沢村国太郎/澤村アキヲ/瀬川路三郎/香川良介/清水港 代参夢道中17shimizu.jpg清水港代参夢道中(続清水港)e.jpg志村喬/上田吉二郎/団徳麿/小川隆/若松文男/前田静男/瀬戸一司/岬弦太/大角恵摩/石川秀道/常盤操子/轟夕起子/美ち奴●公開:1940/07●配給:日活(評価:★★★☆)

大河内傳次郎(清水次郎長)
清水次郎長3.jpg清水次郎長vhs_vhs.jpg清水次郎長2.jpg「清水次郎長」●制作年:1938年●監督:萩原遼●製作:青柳信雄●脚本:八住利雄●撮影:安本淳●音楽:太田忠●原作:小島政二郎●時間:87分●出演:大河内傳次郎/大村千吉/鳥羽陽之助/横山運平/清川荘司/小杉義男/鬼頭善一郎/山口佐喜雄/永井柳太郎/河村弘二/千葉早智子/一の宮敦子/音羽千葉早智子s4.jpg久米子/山岸美代子●公開:1938/09●配給:東宝映画(評価:★★★)

千葉早智子(お蝶)


  
続次郎長富士 NL.jpg「続次郎長富士」●制作年:1960年●監督:森一生●製作:三浦信夫●脚本:八尋不二●撮影:牧田行正●音楽:小川寛興●時間:108分●出演:長谷川一夫/市川雷蔵/勝新太郎/本郷功次郎/月田昌也/根上淳/北原義郎/鶴見続次郎長富士(1960)03.jpg丈二/林成年/舟木洋一/中村豊/小林勝彦/近藤美恵子/阿井美千子/中村玉緒/毛利郁子/浜田雄史/石黒達也/香川良介/見明凡太朗/伊達三郎/越川一/光岡龍三郎/志摩靖彦/原聖四郎/東良之助続次郎長富士s.jpg/寺島雄作/小町瑠美子/美川純子/杉山昌三九/千葉敏郎/水原浩一/清水元津/南部彰三/佐々十郎/楠トシエ/寺島貢/羅門光三郎/尾上栄五郎/荒木忍/浜世津子/伊沢一郎/南条新太郎●公開:1960/06●配給:大映(評価:★★★☆)
勝新太郎(森の石松)[左]
    
 

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元のストーリーを活かしつつ、エノケンらしさはギャグの方で発揮。本家超えの大立ち回りも。

エノケンの鞍馬天狗  .jpgエノケンの鞍馬天狗 vhs.jpg エノケンの鞍馬天狗』.jpg
「エノケンの鞍馬天狗」VHS  悦ちゃん/榎本健一

エノケンの鞍馬天狗 vhs2.jpg 鞍馬天狗(榎本健一)は、池田屋で新撰組に追い詰められた桂小五郎(北村武夫)を白馬で長駆し救った上に、芹沢鴨(如月寛多)らをさんざんコケエノケンの鞍馬天狗0.jpgにして去る。その頃、新撰組の近藤勇(鳥羽陽之助)らの下に勤王の志士の行動を密報する「天狗廻状」という怪文書が廻る。一方、角兵衛獅子の杉作(悦っちゃん)と新吉(ギャング坊や)は、その日の稼ぎの入った財布を落としてしまい、自分たちの元締めの岡っ引きの隼の辰吉(永井柳太郎)の所へ戻れば折檻されるのが明らかなため松エノケンの鞍馬天狗20.jpg月院の寺門の前で泣き暮れていると、寺から出てきた倉田某を名乗る鞍馬天狗に出会い助けられる。杉作らからその顛末を聞いた辰吉は、倉田某は天狗であると確信し、天狗のことを血眼で追っている新撰組にその情報を売って賞金を得ようする。その天狗は、宗像右近(柳田貞一)の一人娘、お園(霧立のぼる)に恋をしており、彼女の元に忍び込むと、彼女が折った折り鶴を密かに持ち帰って自分の宝にする。宗像右近が近藤勇から勤王の志士の名を列ねた浪人人別帳を取り寄せようとしているのを知った天狗は、密使に化けて近藤邸へ潜入するが、先に情報を得ていた近藤勇らに見抜かれ、捕えられてしまう―。

エノケンの鞍馬天狗77.png 近藤勝彦監督による1939(昭和14)年5月公開作。大佛次郎の原作のうち、「角兵衛獅子」(1928年)を軸に「天狗廻状」(1931年)を織り込んだものとなっており、冒頭「池田屋事件」のパロディから始まって一体どういうストーリーになるのかと思ったら、意外とそれぞれの元のストーリーを(嵐寛寿郎版との比較だが)大筋ではきちんとなぞっており、ディテールなどもそれなりに押さえていて、エノケンらしさはギャグの方で発揮されているという感じでした(因みにエノケンは、「エノケンの近藤勇」(1935)では近藤勇と坂本龍馬の一人二役を演じている)。

エノケンの鞍馬天狗30.jpg 折しも嵐寛寿郎の「鞍馬天狗」シリーズが人気を博していた時期で(この頃は日活が製作していた)、「角兵衛獅子」などはこの作品の前年に「鞍馬天狗」('38年/日活、後に「鞍馬天狗 角兵衛獅子の巻」)として2度目の映画化がされたばかりで(しかも向こうは日活京都でこっちは東宝京都と同じ京都同士)、アラカン版の向こうを張ってのパロディということになりますが、ストーリーや細部のモチーフを活かした上でパロディ化している点に、作る側がオリジナルの面白さをよく理解していたことが窺えます。

エノケンの鞍馬天狗44.jpgエノケンの鞍馬天狗88.jpg エノケンの鞍馬天狗は白頭巾で登場しますが、夜中に宗像右近の所へ忍び込むときは黒頭巾になったりもし、敵を相手に馬上からチャンバラ攻撃もすれば、追い詰められればピストルも使って相手を怯ませたりもし、逃げる時は地蔵に化けたりといろいろ見せてくれて楽しいです。更にラストの梯子や荷車を使った立ち回りはまさに"大立ち回り"で、天狗一人で相手にしている敵方の人数では本家を大きく上回っているのではないでしょうか。

エノケンの鞍馬天狗41.jpgエノケンの鞍馬天狗霧立のぼる2.jpg 天狗が思いを寄せるお園を演じた霧立のぼる(1917-1972/享年55)は「人情紙風船」('37年/東宝)の時20歳でしたが、この作品の時は22歳で更に大人の美しさが増している印象です(今風の美人でもある)。天狗を仇と付け狙う女性(この作品では"お登世")を演じる花島喜代子(1910- 没年不詳)も天狗を縛り上げておいて天狗の煽てに乗ってしまうところが可笑く、なかなかでした(でも最後まで天狗への誤解は解かれなかったなあ)。
霧立のぼる

エノケンの鞍馬天狗93.jpg 杉作を演じた'悦っちゃん'というのは女の子で、獅子文六原作の「悦ちゃん」('36年/日活多摩川)という作品でデビューし、当時「和製テンプルちゃん」と呼ばれていた子役です。杉作の役は、後に美空ひばり(1937-89/享年52)がアラカン版鞍馬天狗における「角兵衛獅子」の3回目の映画化作品「鞍馬天狗 角兵衛獅子」('51年/松竹)以降「鞍馬天狗 鞍馬の火祭」('51年/松竹)、「鞍馬天狗 天狗廻状」('52年/松竹)において、また、松島トモ子(1945- )が「鞍馬天狗 御用盗異変」('56年/東宝)、「疾風!鞍馬天狗」('56年/東宝)でそれぞれ演じますが、このエノケン版鞍馬天狗の前年の本家アラカン版も男の子(香川良介の息子・宗春太郎)が杉作を演じており、杉作を女の子に演じさせたのはこちらの方が先ではないでしょうか。

 冒頭の「池田屋事件」(1864年7月)のシーンで桂小五郎(後の木戸孝允)が新撰組に追い詰められますが、テレビの大河ドラマなどで桂小五郎が池田屋事件に巻き込まれるシーンの記憶が無いため調べてみたら、桂小五郎は会合への到着が早すぎて、一旦池田屋を出て対馬藩邸へ出向いていたため、難を逃れたとのこと(明治維新後に書かれた小五郎の回想録『桂小五郎京都変動ノ際動静』より)。本人の回想とは別に、京都留守居役であった長州藩士・乃美織江がその手記に「桂小五郎議は池田屋より屋根を伝い逃れ、対馬屋敷へ帰り候由...」と書き残していますが、実のところは、「桂小五郎が殺された」と時期尚早に長州藩に誤報して藩内を過剰に激昂させてしまう失態を犯し、桂の生存を対馬藩邸から秘かに伝えられると今度は「桂小五郎は屋根伝いに逃げた」ということにしたようです。そう藩に報告し、桂を非常に苦しい立場に追いやってしまった乃美織江は、「禁門の変」(1864年8月)勃発時に長州藩邸に火を放って西本願寺に逃走し、西本願寺では会津藩兵士に取り囲まれて自害しようとしましたが僧侶に制止されたため、更に大阪方面に逃走して帰藩したとのこと。結局この人は、1906(明治39年)年、満84歳で亡くなっています(結構長生きした)。

霧立のぼる1935.jpgエノケンの鞍馬天狗66.jpgエノケンの鞍馬天狗霧立のぼる.jpg「鞍馬天狗」●制作年:1939年●監督:近藤勝彦●脚本:小林正●撮影:山崎一雄●音楽:栗原重一●原作:大仏次郎●時間:72分●出演:榎本健一/如月寛多/鳥羽陽之助/北村武夫/柳田貞一/沢井三郎/永井柳太郎/南光一/金井俊夫/浮田左武郎/霧立のぼる/花島喜代/〆香/悦ちゃん/ギャング坊や/山田霧立のぼる2.jpg長正●公開:1939/05●配給:東宝京都(評価:★★★☆)

    霧立のぼる in「人情紙風船」('37年/東宝)

霧立のぼる(1935(昭和10)年:雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」)

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戦争が生んだエノケンと大河内傳次郎の共演。エノケンを"脇役"のフリをして"主役"にした?

虎の尾を踏む男達 ポスター.jpg 虎の尾を踏む男たち2.bmp  虎の尾を踏む男達 dvd.jpg虎の尾を踏む男達<普及版> [DVD]
「虎の尾を踏む男達」ポスター 榎本健一/大河内傳次郎

虎の尾を踏む男達 2.jpg 北陸道を奥州へ向かって山路を登る山伏姿の一行は、実は鎌倉将軍源頼朝に追われた義経(仁科周芳)と、弁慶(大河内傳次郎)らその家来達であり、その先の安宅の関では、地頭の富樫左衛門(藤田進)が一行の通過を待ち構えていたが、既に、義経らが山伏姿でいて一行の人数が7人であることまでが広く知られていた。そして、彼ら一行には、麓の村で雇った強力(榎本健一)がついていた―。

 黒澤明(1910-1998)が1945(昭和20)年に監督した、歌舞伎の「勧進帳」のパロディ映画であり、大河内傳次郎、藤田進は、黒澤明がその下で助監督を務めた山本嘉次郎(1902-1974)監督が、「ハワイ・マレー沖海戦」('42年)「加藤隼戦闘隊」('44年)で起用してきた役者であり、その流れの中で黒澤明も初監督作品「姿三四郎」('43年)で2人を主役に起用しています。

 一方、榎本健一は、それ以前に山本嘉次郎がその主演映画を数多く手掛けてきた役者であり、共に「山本組」から引き継いだ役者でありながら、その異質の両者を使って1つのパロディ作品を撮ったというのが興味深いですが、その背景には、撮影当時、日本軍部はチャンバラに加えお笑いも禁止しており、そのためエノケンは大スターの身でありながら出られる作品が無くなって、こうした作品に出ることになったという事情もあるようです。

虎の尾を踏む男達 榎本.jpg虎の尾を踏む男達 大河内.jpg 大河内傳次郎の弁慶は、歌舞伎俳優の舞台さながらの大時代的な演技、一方、エノケンは(なぜ北陸の村に江戸弁の強力がいるのかはともかく)例のちゃきちゃきの江戸っ子のままで、藤田進の富樫がその中間というか、舞台っぽくはなっていない普通の時代劇映画風の台詞の言い回しなのですが、全体には義経・弁慶主従ら登場人物の大多数が大時代的であるため、エノケンのコミカルな演技が際立つようになっています。 大河内傳次郎/榎本健一

虎の尾を踏む男達 エノケン.jpg 自らのお喋りを通して、山伏風の一行が義経・弁慶らであることに気付いて腰を抜かすなど、観客に対する「狂言回し」的な役回りを担い、全員が緊張を悟られまいと型どおりに得る舞う中で、1人だけ冷や冷やぶりを露わにしてその心理を観客に向けて代弁し、更に、後半の富樫の使者からの差し入れで一行が酒宴に至る場面では、ミュージカル風の踊りも披露して、完全に自分の映画にしてしまっている感じです(黒澤監督が山本嘉次郎のエノケンの使い方を、普段からよく観察していたために成せる業とも言えるが)。
 大河内傳次郎の弁慶は堂々とした重厚な演技で、藤田進の富樫との"例の遣り取り"には、ついついグッと引き込まれます(但し、富樫が義経の一行をそうと知って通したというのは「勧進帳」には当初無かった解釈らしいが)。

黒澤 明 「虎の尾を踏む男達」.jpg そうした大河内傳次郎らの演技とエノケンの演技の対比がこれまた楽しめますが、やはりこの作品のエノケンは「役得」しているように思います(「エノケンの近藤勇」('35年)などを観ると、ワンシーン丸々フツーに時代劇風に演じることも出来る役者なのだが、この作品ではそうした部分は抑え、喜劇役者に徹している)。

 日本軍部がお笑いを禁止していたお陰で大河内傳次郎とエノケンの共演が成ったのならば、まさに戦中でなければあり得なかった組み合わせであり、そうした中で、"脇"のフリをしてエノケンに実質的な"主役"をやらせるというのは、黒澤明としては計算づくのことだったのかも...(但し、この作品は、GHQの検閲で内容に封建的な部分があるということで、1952(昭和27)年まで一般公開されなかった)。

「虎の尾を踏む男達」●制作年:1945年●監督:黒澤明●製作:伊藤基彦●脚本:黒澤明●撮影:伊藤武夫●音楽:服部正●時間:59分●出演:大河内傳次郎/藤田進/榎本健一/森雅之/志村喬/河野秋武/小杉義男/横尾泥海男/仁科周芳(岩井半四郎)/久松保夫/清川荘司●公開:1952/02(完成:1945/09)●配給:東宝●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(10-10-17)(評価:★★★☆)

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戦前最後にして最大規模のミュージカル・コメディ。先取性、先見性に富む。

エノケンの孫悟空6.jpgエノケンの孫悟空.jpg
「エノケンの孫悟空」VHS

 三蔵法師(柳田貞一)は経典を求めての天竺への旅の途中、岩山に閉じ込められていた孫悟空(榎本健一)を救い出して従者とし、併せて猪八戒(岸井明)、砂悟浄(金井俊夫)らもお供にして、妖怪魔物たちに邪魔をされながらも3人(3匹?)の活躍で危難を乗り越えて目的を果たす―。

エノケンの孫悟空2.jpg 1940(昭和15)年11月公開の山本嘉次郎(1902-1974)監督作。ベース・ストーリーはオリジナル通りですが、登場人物全員が歌いながら芝居をするオペレッタ形式であり、戦時色の濃い中で制作された戦前最後にして最大規模のドタバタ・ミュージカル・コメディと言えるものです。'36年1月に日本劇場でデビューした「日劇ダンシングチーム」総動員のレビュー風の踊りがオープニングから見られ(「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」('84年/米)のオープニングみたい)、ハリウッドの古典的ミュージカルを模した彼女らの中国風であったりアラビア風であったりする集団ダンスシーンが、大掛かりなセットも含め物珍しさもあって印象に残りました。

機上の悟空・八戒・悟乗.jpg「エノケンの孫悟空」タイトルバック.jpg 中国ロケを敢行していて中国人俳優も出演していますが、ハリウッド映画のパロディなどもあり、バタ臭い印象が強いのはそのためでしょうか。それでいて、悟空を演じるエノケンの喋りがもろ江戸弁で、エノケン自身がこれまで演じてきた「鞍馬天狗」や「近藤勇」のパロディもあったりするため、もはや国籍不詳という感じ。しかも、最後はSF風になって「未来国」へ行くという、もう何でもありの世界です(そもそも、悟空の移動手段であるキン斗雲がプロペラ戦闘機に置き換わっており、特殊撮影はあの円谷英二が担当している)。

 猪八戒が歌う「狼なんかこわくない」はディズニ―・アニメ「三匹の子ぶた」('33年/米)の挿入歌、この「孫悟空」の前年にアメリカで公開された「オズの魔法使い」('39年/米)っぽいシーンやアニメ「白雪姫」('37年/米)のパロディと思われる場面もありますが、両作品とも日本での公開は戦後であり、「ピノキオ」('40年/米)のテーマ「星に願いを」なども使われていることを考えると、先取性のみならず、その「先見性」には測り知れないものがあります(国際著作権連盟に日本が未加入の時期の、"パクリ"やり放題の作品と言ってしまえばそういうことになるのだが)。

 "SF風"金角・銀角大王を演じた中村是好・如月寛多などエノケン一座も多数出演していますが、その他、服部富子、渡辺はま子、藤山一郎といった当時の人気歌手も出演し、更に役者陣も豪華。「奇怪国」の大王に「わしゃかなわんよ」のフレーズで当時人気のコメディアン・高勢実乗、アラビアの「煩悩国」の女王に三益愛子(当時29歳)、煩悩国で猪八戒が恋に落ちる歌姫に満映の超人気女優・李香蘭(山口淑子)(当時20歳)、後編の「お伽の国」のお姫様で、金角・銀角らによって「ネバーエンディング・ストーリー」('84年/西独・米)の竜ファルコンそっくりの顔した東洋の女  李 香蘭.jpgお伽の姫  高峰 秀子  .jpg袖珍  中村メイ子.jpg犬に姿を変えられてしまった少女に、当時人気絶頂の国民的アイドル・高峰秀子(当時16歳)、その国の案内役の少女・袖珍に天才子役として人気のあった中村メイコ(当時6歳)といった具合です。
李香蘭(当時20歳)/高峰秀子(当時16歳)/中村メイ子(当時6歳)

エノケンの孫悟空1.jpg 中村メイコの袖珍(いつも小脇に百科辞典を抱えている)は、金角・銀角らの頭脳交換機で記憶を奪われ虚脱状態になった孫悟空らに、ホウレン草の缶詰を与えて元気を回復させるという、これもまた日米開戦直前の作品であるにも関わらず「ポパイ」のパロディで(実際ポパイのテーマ曲が流れる)、「ポパイ」は、'59年から'65年までTBS「不二家の時間」でテレビ放映されたアニメですが(後番組は「オバケのQ太郎」)、ポパイというキャラクター自体は日本でも戦前からよく知られていたようです。

 この作品は、評論家には「中身のない映画」と酷評されたそうですが、確かに「大掛かりな学芸会」といった印象はあります。ただ、前年の'39 年に、戦時体制に合わせ映画法が施行、'40年には、学生・生徒が映画館に行くのは土日・祝祭日に限るという文部省通達が出され、実際に世の中は日中戦争からから日独伊三国同盟締結へと太平洋戦争へ向かいつつある中、日米開戦の前年にこのような作品が作られたのは(ディズニー・アニメのモチーフがふんだんに織り込まれていることだけをとっても)信じられないようなことでもあります。

 評論家の酷評とは裏腹に国民に大受けしたのは、そうした暗い時代であったからこそ、明るい娯楽を求める国民の気持ちに応えたということでしょう。芸術的価値よりも歴史的価値の方が高い作品か。

東洋の女=李香蘭(山口淑子)(当時20歳)/袖珍=中村メイコ(当時6歳)
エノケンの孫悟空   3.jpgエノケンの孫悟空 中村メイ子.bmp「エノケンの孫悟空」●制作年:1940年●監督・脚本:山本嘉次郎●製作:東宝東京●制作:滝村和男●撮影:三村明●特殊技術撮影:円谷英二●音楽:鈴木静一●原作:山形雄策●時間:135分●出演:榎本健一/岸井明/金井俊夫/柳田貞一/北村武夫/高勢実乗/土方健二/中村是好/如月寛多/三益愛子/高峰秀子/中村メイ子/徳川夢声/服部富子/渡辺はま子/李香蘭(山口淑子)/伊達里子/千川照美/藤山一郎●公開:1940/11●配給:東宝映画(評価:★★★☆)

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「登場人物の誰もが突っ走り、映画そのものが疾走している」(山根貞男)

ちゃっきり金太2.jpg ちゃっきり金太.bmp エノケンのちゃっきり金太 vhs.jpg  エノケンのちゃっきり金太1.jpg
「エノケンのちゃっきり金太」(ポスター/横山隆一)/VHS/(中村是好/榎本健一)

「エノケンのちゃっきり金太」1.jpg 幕末・明治維新前夜の江戸、名うてのスリ金太(榎本健一)は、財布と一緒に薩摩藩・勤皇派の密書をスッてしまったことから、薩摩の侍連中と八丁堀の岡っ引き・倉吉(中村是好)の両者に追われるハメに。追っ手を逃れて江戸から西へと旅立った金太の行く手には数々の事件が巻き起こる―。

「エノケンのちゃっきり金太」3.bmp 1937(昭和12)年作品で、P.C.L.(東宝の前身の1社)のエノケン映画10本の内の最後の作品であり、この作品の後、松竹に在籍していた榎本健一は、新会社の東宝へ移籍することになります。

 ジョンストン・マッカレーの探偵小説「地下鉄サム」を翻案したものと言われていますが、山本嘉次郎監督の原作・脚本は、これを幕末の動乱期の東海道に置き換えて、追いつ追われつのドタバタ劇に仕上げており、岡っ引きの倉吉のほかにも飴屋を装っている徳川方のスパイの三次(二村定一)、金太が贔屓にしている居酒屋の亭主(柳田貞一)とその娘・おツウ(市川圭子)、金太を殺したがる薩摩藩士・小原葉太郎(如月寛多)など様々な人物が絡み合ってきますが、原作がいいのか脚本がいいのか自然に楽しめ、また、洋物を翻案したという違和感もありません。

「エノケンのちゃっきり金太」2.jpg 映画評論家の山根貞男氏曰く、この作品は「走る映画」であり、「登場人物の誰もが突っ走り、映画そのものが疾走している」とのことですが、まさにそうであり、個人的にはエノケンの韋駄天ぶりから「キートンのセブンチャンス」('25年/米)を想起したりもしました。

 「ちゃっきり」とは「巾着切り」のことで、「ちゃっきり節」の「ちゃっきり」(茶切り)とは無関係? むしろ、「ちゃきちゃきの江戸っ子」と懸けているのか?(でも、金太が駿府の方まで逃逃げた際に、茶畑や茶切り娘も出てくるから、「茶切り」にも懸けているのかも)

エノケンのちゃっきり金太 中村.jpg その金太と、彼を追っていたはずがひょんなことから一緒に旅することになる岡っ引きの倉吉とのやりとりが面白く(エノケン一座の中村是好も好演)、フィルムの逸失部分を含めて想像すると、エノケンの映画の中でもギャグの絶対数はかなり多い方ではないでしょうか。

エノケンのちゃっきり金太_1.jpg 結局、薩摩藩・勤皇派の行軍に潜伏して大政奉還後に江戸への帰還を果たす2人ですが、こうした行進を揶揄的に撮っているところは山本嘉次郎監督ならではであり、戦時中は軍の依頼を受けて国威発揚映画も撮っていますが、根は全体主義、権威主義的なものを嫌った人だったように思います(黒澤明、三船敏郎といった人材の発掘者でもあった。黒澤明はこの作品のセカンド助監督に就いている)。

吉行 淳之介.jpg 作家の吉行淳之介(1924-1994)が、文藝春秋のアンケートの中で、この作品を好きな日本映画の第1位に挙げていて(『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版))、「エノケンは天才で、それにまた戦前の時代、ただ出演しただけで軍国主義批判になりえた」「戦中派としては第1位にするしかない」と言っています。おそらく、吉行淳之介の場合は10代前半にリアルタイムで観たのでしょう。公開当時はエノケンの映画は世間一般には低俗映画と見做されていたようですが、10代でこういうの観ちゃうと、そんなことに関係なく一生忘れられなくなるような気はします。

エノケンのちゃっきり金太_2.jpg ストーリー的には(いきなり助っ人が現れたり)かなり乱暴な部分もありますが、モノクロであるのが却って良く、大井川で川止めを喰って逗留する旅人達の様子とか宿の様子に何かリアリティがあって、こういうの観ると、最近の時代劇はテレビでも映画でも、セットも衣装も綺麗過ぎるように思えます。

 この作品は、まず前篇が「第一話 まゝよ三度笠の巻/第二話 行きはよいよいの巻」として1937(昭和12)年7月11日に公開されており、後篇の「第三話 帰りは怖いの巻/第四話 まてば日和の巻」が同年8月1日に公開されていますが、前篇が63分、後篇が69分、計132分という本格長編だったものが、今は総集編として編集された72分尺で現存しているだけというのがやや残念です(因みに、この年の7月7日に盧溝橋事件が勃発している)。

「エノケンのちゃっきり金太」.bmp「エノケンのちゃっきり金太」●制作年:1937年●監督:山本嘉次郎●製作:P.C.L.映画製作所●原作:脚本:山本嘉次郎●撮影:唐沢弘光●音楽:栗原重一●漫画: 横山隆一●時間:72分●出演:榎本健一/中村是好/二村定一/如月寛多/柳田貞一/市川圭子/花島喜世子/山懸直代/千川輝美/宏川光子/北村武夫/近藤登/金井俊夫/椿澄枝/宮野照子/清水美佐子/南弘一/小坂信夫/斎藤務/松ノボル●公開:1937/07●配給:東宝映画配給(評価:★★★★)

《読書MEMO》
吉行淳之介(作家)マイベスト10『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版)
①エノケンのちゃっきり金太
②天城越え
③幕末太陽傳
④椿三十郎
⑤麻雀放浪記
⑥飢餓海峡
⑦にっぽん昆虫記
⑧鍵(市川昆)
⑨男はつらいよ
⑩カルメン故郷に帰る

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日本初の国産ミュージカル。太田光と岡村隆史を足して2で割ったような感じのエノケン。

エノケンの近藤勇.jpg         エノケンの近藤勇2.bmp      エノケンのキネマソング.jpg
「エノケンの近藤勇」VHS  1935(昭和10)年10月15日公開 「エノケンのキネマソング

エノケンの近藤勇1.jpg 勤皇派と反目し合う新撰組組長・近藤勇(榎本健一)らが桂小五郎(二村定一)暗殺に動く中、組員の加納惣三郎(花島喜代子)は芸姑との恋に落ちていた。一方、薩長同盟を成し、大政奉還実現を目指ざす坂本龍馬(榎本)は、寺田屋騒動ではお龍(高尾光子)の機転で何とか難を逃れるものの、その後に中岡慎太郎(柳田真一)と共に暗殺される。新撰組は脱党者が増えて混乱し、更に、辻斬りの疑いをかけられた加納は同士・田代又八(如月寛多)を斬ってしまい芸姑と心中。近藤は、池田屋に勤皇の志士が集まっていることを聞き、斬り込みをかける―。

 浅草の舞台での往年の爆発的な人気に陰りの出たエノケンが、トーキーに進出し、山本嘉次郎(1902-1974)監督と組んだ第1作が「エノケンの青春酔虎伝」('34年)、第2作が「エノケンの魔術師」('34年)、そして第3作がこの「エノケンの近藤勇」('35年)で、この頃のエノケンの映画は、舞台で彼が演じたものを映画化しており、彼の舞台がどのようなものであったかが想像できて興味深いものがあります。

榎本健一.jpg岡村隆史.jpg太田光.jpg エノケン一座「ピエル・ブリヤント」で、エノケンと共に座長だった二村定一演じる桂小五郎の殺陣シーンなどは完全に舞台風で、それに対して主役のエノケンは、場面々々で様々なパターンの演技を見せているのが芸達者ぶりを窺わせます(この頃のエノケンは若々しく、爆笑問題の太田光とナイティナインの岡村隆史を足して2で割って少し男前にしたような感じ。ヒロポン中毒になる以前の彼か)。

 近藤勇と坂本龍馬の1人2役ということで、襖を挟んで2人が偶然居合わせる場面などの映画的趣向はありますが、フィルム合成は無く編集操作のみ、基本的に舞台基調という感じで、前半の山場である「寺田屋騒動」は、まるでドリフの「8時だョ!全員集合」の冒頭コントのようでした。

 龍馬暗殺の場面では結構シリアスに演技しているかと思うと、最後におちゃらけてみせたりするなど、常にゲラゲラ笑えるというものではないですが、真面目にやっていながらいきなりギャグで落としたり、或いは、所々に小さなギャグを挟んだりと、バラエティに富んでいます(山岡鉄太郎(丸山定夫)が近藤勇を諭す場面など、シーンの終わりまで真面目な時代劇風だったりもする)。

 最後の「池田屋騒動」はミュージカル調。前半はクラシック(ラヴェルの「ボレロ」)で後半は和楽、大円団は紙吹雪舞う凱旋パレード風で、深作欣二監督の「蒲田行進曲」の楽屋落ち風のエンディングは、この作品に想を得ていることが窺えました。

 間諜が「X二十七番」(中村是好)という名前になっているなど、洋画の影響が見られるかと思えば、時計が時報を鳴らす際に台湾と満州の時刻も併せて告げるなど、昭和10年という時代を反映させた遊びも入れたりしています。

 近藤勇は真剣勝負の際に高下駄を履くとやけに強くなり、坂本龍馬は眼鏡を外すと何も見えなくなるというオリジナル設定。加納惣三郎は、司馬遼太郎の『新選組血風録』中の1篇「前髪の惣三郎」(大島渚監督の「御法度」の原作)では、ホモセクシュアル嗜好者から熱い視線を浴びる美青年でしたが、この作品では女優が演じており女剣劇風、と言うより芸姑との恋に落ちるため宝塚を観ているみたい―但し、この挿話は要らなかったようにも思いました。

 こうした無駄もあったせいか、この作品の批評家受けは良くなかったようですが、「キートンの爆弾成金」との併映ということもあって興行的には成功し、以降、山本嘉次郎監督とのコンビで次々と作品を世に送り出すことになります。

 作品自体の出来はそこそこといった感じで、思想性も個人的には特に感じられませんでしたが、P.C.L.(東宝の前身の1つ)初の時代劇であり、日本で初の国産ミュージカルであるという映画史的な価値の方が高い作品かも。エノケンはその後、1939(昭和14)年に大佛次郎原作、近藤勝彦監督の「エノケンの鞍馬天狗」に出演、「鞍馬天狗」は薩長など勤皇は善で、それに対する新撰組などの佐幕は悪という単純な割り切りのもと作られているため、そちらではエノケン演じる鞍馬天狗は新選組の敵役となっています。

エノケンの近藤勇桂小五郎.jpg「エノケンの近藤勇」●制作年:1935年●監督:山本嘉次郎●脚本・原作:ピエル・ブリヤント/P.C.L.文芸部●撮影:唐沢弘光●音楽:栗原重一●時間:81分●出演:榎本健一/二村定一/中村是好/柳田貞一/如月寛多/田島辰夫/丸山定夫/伊藤薫/花島喜世子/宏川光子/北村季佐江/千川輝美/高尾光子/夏目初子●公開:1935/10●配給:P.C.L.(評価:★★★)

二村定一(桂小五郎)と千川輝美(幾松)

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