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重かった。ミステリと言うより、半分以上は「夫婦の再生」の物語だったかも。

慈雨 柚月裕子1.jpg慈雨 柚月裕子2.jpg慈雨 柚月裕子.jpg 柚月裕子 氏.jpg 柚月 裕子 氏
慈雨』(2016/10 集英社)

 2016(平成28)年「『本の雑誌』編集部が選ぶノンジャンル・ベスト10」第1位作品。

 警察官を定年退職した神場智則(じんば とものり)は、愛犬を娘〈幸知〉に託し、妻の香代子とお遍路の旅に出る。新婚旅行以来の旅先に四国を選んだのは、42年間の警察官人生で、自らが関わった幼女殺害事件の被害者を弔うためだった。香代子とは県北部・雨久良村の駐在時代に先輩・須田の紹介で結婚して32年。以来仕事一筋で口の重い神場を明るく支えてくれた妻は久々の2人旅が余程嬉しいのか、山道を鼻歌まじりに進んでいく。4番札所まで参拝を終えた日、宿のテレビでは群馬県尾原市に住む岡田愛里菜ちゃん(7歳)が遠壬山山中から遺体で発見されたと報じ、神場の中で苦い記憶が甦る。16年前、県警の捜一時代に手がけた〈金内純子ちゃん殺害事件〉だった。同じ遠壬山で少女の遺体が発見されたこの事件で県警は、八重樫一雄(36歳)を逮捕。本人は無実を主張したが、体液のDNA鑑定が決め手となり、懲役20年の実刑が確定していた。この鑑定を覆しかねないある事実を、神場は妻にも幸知と交際中の元部下・緒方〉にも秘密にしてきた。しかし16年前と似た犯行に彼の心は騒ぎ、巡礼の道すがら、緒方や現捜一課長〈鷲尾〉と連絡を取り、遠距離推理に挑むことになる―。

 『孤狼の血』('15年/角川書店)で2016年・第69回「日本推理作家協会賞」を受賞した作者の作品で、女流でありながら刑事や検事を主人公とした作品を多く書いている作者ですが、これも同じく刑事ものです(「このミステリーがすごい!」大賞の『臨床真理』('09年/宝島社)の主人公は女性臨床心理士だったが)。作者は子どもの頃から男の世界と言われる物語が好きで、「仁義なき戦い」や「県警対組織暴力」の大ファンだったそうです。

 主人公である退職したばかりの刑事は、旅先で事件を推理するわけで、現場に行かないという点である種"安楽椅子探偵"に通じるところもありますが、推理の内容そのものはシンプルで(犯人はNシステムをどうやって抜けたかのかという)、ミステリ的要素はそう強くないように思いました。

 人間ドラマの部分も、主人公の先輩・須田が殉職した時にまだ幼かったその娘の名前が〈幸恵〉であるということが分かった時に、その構造が読めてしまった部分はありました。但し、それでも、読後感は重かったです。しみじみとした感慨もあったし、爽やかさもあれば(前の事件はおそらく解明されないだろうという)やるせなさもあるし、結構複雑な気持ちにさせられました。

 最初のうちは、夫婦でのお遍路の旅の方がかなりの比重で描かれていて、一方で、事件の方は殆ど解決に向けて進展しないので、読んでいてやや焦れったくなりますが、ラストの方になるとそれまでのそうした構成が活きてきて、結局、推理小説である以上に、半分以上は「夫婦の再生」の物語だったのだなあと思いました。

 作者は、東日本大震災で両親を失うという経験をしており、そうした経験がこうした作風に反映されているとみることもできますが、自身はインタビューで「どうでしょう。お遍路に行ったのはあくまで取材ですし、その初日に遭遇した台風が表題に繋がった。それを自然の猛威と思うか、恵みと思うかは人にもよるし、雨は何も語ってくれないんだなって......。それほどあの震災がまだ私の中では意味づけできていないということかもしれません」と答えています。

 また、作者は、実際の事件を参考にして作品を書くとも言っていますが(『蟻の菜園〜アントガーデン〜』('14年/宝島社)のモチーフは「首都圏連続不審死事件(木嶋佳苗事件)」から得たようだか)、この作品のモチーフの元になっているのは、1990年に4歳の女児が殺害される事件が発生し、翌年に容疑者が逮捕され、17年半の拘禁を経て2010年に冤罪事件であったことが判明した「足利事件」ではないかと思います。

 あの事件も、当時まだ精度の低かったDNA鑑定(再審請求による再鑑定人の大学教授に「もし自分の学生がやったのだったらやり直しをさせるレベル」と言われた)の結果を過度に重用してしまったことからくる捜査ミスでした。誤って逮捕され、十数年も自由な時間を奪われた被害者の怒りや悔しさもさることながら、ああした冤罪事件は、当時捜査に当たった多くの警察関係者にも重い影を落とすものなのだろうなあと、この小説を読んで改めて思いました。

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"佳作"と言うより"傑作"の域にある作品だと思った。

夜のピクニック  2004.jpg夜のピクニック  文庫2.jpg夜のピクニック  文庫1.jpg 夜のピクニックs.jpg
夜のピクニック (新潮文庫)』映画「夜のピクニック」(2006)長澤雅彦監督、多部未華子主演
『夜のピクニック』(2004/07 新潮社)

夜のピクニックL.jpg 2004(平成16)年・第26回「吉川英治文学新人賞」及び2005(平成17)年・第2回「本屋大賞(大賞)」受賞作。2004年度「『本の雑誌』が選ぶノンジャンルベスト10」第1位。

 全校生徒が24時間かけて80kmを歩く高校の伝統行事「歩行祭」。3年生の甲田貴子は、最後の歩行祭、1年に1度の特別なこの日に、自分の中で賭けをした。それは、クラスメイトの西脇融に声を掛けるということ。貴子は、恋心とは違うある理由から西脇を意識していたが、一度も話をしたことがなかった。しかし、ふたりの不自然な様子をクラスメイトは誤解して―。

 作者が、自らの母校である茨城県立水戸第一高等学校の名物行事「歩く会」にモチーフを得て描いた青春小説。水戸第一高等学校の歴史を見ると、1938(昭和13)年に「健歩会」というものが発足し、1949(昭和24)年に 最初の「歩く会」が勿来―水戸間(80㎞)で実施され、翌年の1950(昭和25)年に初めての女子生徒が入学したとなっており、男子校の伝統が共学になっても引き継がれていることになります。作中の「歩行祭」では80km歩くことになっていますが、現在の「歩く会」は70kmとのことです(作者の出身大学である早稲田大学にも100km歩く「100キロハイク」とうのがあるが、作者がワセダでも歩いたかはどうかは知らない)。

 高校生の男女が定められた道程をただただ歩いていくだけの状況設定でありながら、これだけ読む者を惹きつける作品というのも、ある意味スゴイなあと思います。キャラクターの描き分けがしっかり出来ていて、女子同士、男子同士、男子女子間の遣り取りが、いずれもリアリティを保って描かれており、それでいてドロっとした感じにはならずリリカルで、ノスタルジックでもあるという(初読の際は読んでいてちょっと気恥ずかしさも感じたが)、読み直してみて、文庫解説の池上冬樹氏が"名作"と呼ぶのも頷けました。

池上冬樹.jpg 作者のファンの間では、この作品で「直木賞」を獲るべきだったとの声もありますが(個人的にもその気持ちは理解できる)、実際には「吉川英治文学新人賞」を受賞したものの直木賞は候補にもなっていません。この点について文庫解説の池上冬樹氏は、ある程度人気を誇る作品に関して、選考委員が追認を避けたがる傾向があることを指摘しており、ナルホドなあと思いました。

 ただ、この池上冬樹氏の解説は2006(平成18)年に書かれたものですが、同氏はこの作品が2005(平成17)年の第2回「本屋大賞」の大賞を受賞したことに注目しており(第1回大賞受賞は小川洋子氏の『博士が愛した数式』だった)、この作品を"新作にしてすでに名作"であった作品としています。

本屋大賞1-9.jpg そして作者は、この作品の12年後、『蜜蜂と遠雷』('16年/幻冬舎)で2016(平成28)年下半期・第156回「直木賞」受賞しますが、この作品は、2017(平成29)年・第14回「本屋大賞」第1位(大賞)作品にもなりました。同著者が「本屋大賞」の「大賞」を2度受賞するのも初めてならば、「直木賞」受賞作が「本屋大賞」の「大賞」を受賞するのも初めてですが、その辺りの制約がないところが、「本屋大賞」の1つの特徴と言えるかもしれません。

 『夜のピクニック』の「本屋大賞」受賞でその作品の人気を裏付け、『蜜蜂と遠雷』の「本屋大賞」受賞で、今度は「本屋大賞」という賞そのものの性格をよりくっきりと浮き彫りにしてみせたという感じでしょうか。どちらも佳作ですが、個人的には、今回読み直してみて、『蜜蜂と遠雷』は"佳作"であり"力作"、『夜のピクニック』は"佳作"と言うより"傑作"の域にある作品のように思いました。

夜のピクニック .jpg夜のピクニック  eiga.jpg 因みに、この作品は2006年に長澤雅彦監督、多部未華子主演で映画化されています(「本屋大賞」の第1回受賞作『博士が愛した数式』から第10回受賞作『海賊とよばれた男』までの「大賞」受賞作で'17年現在映画化されていないのは第4回受賞作の『一瞬の風になれ』のみ。但し、この作品のもテレビドラマ化はされている)。映画を観る前は、ずっと歩いてばかりの話だから、小説のような夜のピクニック 09.jpg登場人物の細かい心理描写は映像では難しいのではないかと思いましたが、今思えば、当時まだ年齢が若かった割には比較的演技力のある俳優が多く出ていたせいかまずまずの出来だったと思います。それでも苦しかったのか、ユーモラスなエピソードをそれこそコメディ風に強調したり、更には、主人公の心理をアニメで表現したりしていましたが、そこまでする必要があったか疑問に思いました。工夫を凝らしたつもりなのかもしれませんが、却って"苦しまぎれ"を感じてしまいました(撮影そのものはたいへんだったように思える。一応、評価は○)。

picnic_04.jpg夜のピクニックes.jpg「夜のピクニック」●制作年:2006年●監督:長澤雅彦●製作:牛山拓二/武部由実子●脚本:三澤慶子/長澤雅彦●撮影:小林基己●音楽:伊東宏晃●原作:恩田陸●時間:117分●出演:多部未華子/石田卓也/郭智博/西原亜希/貫地谷しほり/松田まどか/柄本佑/高部あい/加藤ローサ/池松壮亮●劇場公開:2006/09●配給:ムービーアイ=松竹(評価★★★☆)
多部未華子in「ツバキ文具店~鎌倉代書屋物語~」/貫地谷しほりin「おんな城主 直虎」(共に2017・NHK)
ツバキ文具店 d .jpg 貫地谷しほり おんな城主 直虎.jpg

【2006年文庫化[新潮文庫]】

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自分の経験を作品に"昇華"させることにより自らの明日を切り拓いていく(自己セラピー?)。

人間仮免中 卯月妙子.jpg人間仮免中』 失踪日記 吾妻 ひでお.jpg失踪日記』 失踪日記2 アル中病棟.jpg失踪日記2 アル中病棟

 『人間仮免中』は、2012(平成24)年度「『本の雑誌』編集部が選ぶノンジャンル・ベスト10」第1位。

人間仮免中1.jpg 夫の借金と自殺、自身の病気と自殺未遂、AV女優など様々な職業を経験―と、波乱に満ちた人生を送ってきた私は、36歳にして25歳年上の男性と恋をする―。

 '12(平成24)年に刊行された、'02年刊行の『新家族計画』以来10年ぶりとなる作者の描き下ろし作品ですが、単行本刊行時から話題なり、作家の高橋源一郎氏が「朝日新聞」の「論壇時評」(2012年5月31日朝刊)で紹介(推奨)していたり、同時期によしもとばなな氏、糸井重里氏といった人たちも絶賛しており、更には漫画家ちばてつや氏が自らのブログで「ショックを受けた」と書いていたりしました。

『人間仮免中』

 作者の病気とは「統合失調症」であり、衝動的に歩道橋から飛び降り、顔面を複雑粉砕骨折...この作品ではそれ以降のリハビリの日々が描かれていますが、まず思ったのは、動機らしい動機もないままにふわ~と歩道橋から飛び降りて、何の防御姿勢もとらずに顔面から地面に激突したというのが、統合失調症らしいなあと(そう言えば、昨年['13年]8月にマンションから転落死(飛び降り自殺)した藤圭子も、一部ではうつ病と統合失調症の合併障害だったと言われていたなあ)。

 夫の自殺で経済的苦境に陥ったとは言え、いきなりグロ系AV女優の仕事をするなどし、また飛び降りによる顔面骨折で顔がすっかり"破壊"されてしまうなど、経験していることが一般人のフツーの生活から乖離している分、恋愛物語の部分や家族との絆の部分の温かさが却ってじわっと伝わってくる感じでした。

 統合失調症(かつては「精神分裂症」と呼ばれていた)は罹患した個人によって症状が様々ですが、共通して言えるのは「常識」が失われるということであると、ある高名な精神科医(木村敏)が書いていたのを以前に読みましたが、この作品で言えば、病院のスタッフに対する被害妄想意識などがその顕著な例でしょう。統合失調症の一般的な病症についても書かれており、「闘病記」としても読めます。

 但し、Amazon.comのレビューには、読んでいて辛くなるというのも結構あり、身内にうつ病者がいて自殺したという人のレビューで、「精神病の人は自分の事しか考えていません。読んで再度、認識しました」という批判的なものもありました。

 この作品を読んで思い出されるのが、'05(平成17)年3月にこれもイースト・プレスから刊行された漫画家・吾妻ひでお氏の『失踪日記』('05年)で、こちらは'05(平成17)年・第9回「文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞」、'06(平成18)年・第10回「手塚治虫文化賞マンガ大賞」など多くの漫画賞を受賞しましたが、「日記」と謳いつつも"創作"の要素が入っていることを後に作者自身が明かしています。

 『失踪日記』にしてもこの『人間仮免中』にしても、もし作者が自分や周囲の人々の苦しみをストレートに描いていたら、あまりに生々しくなり、ユーモアの要素が抜け落ちて、コミック作品としては成立しなかったのではないかと思われます。『人間仮免中』についてのAmazon.comのレビューには、「意外と悲惨に感じなかった」というのもありましたが、個人的な印象はそれに近く、そうした印象を抱かせるのは"作品化"されていることの効果ではないかと。

 一方で『人間仮免中』の場合、最後はやや無理矢理「感動物語」風にしてしまったキライもありますが、こうしたことからも、作者の場合は創作活動が自己セラピーになっている面もあるのではないかと思われました。大袈裟に言えば、自分の経験を作品に"昇華"させることによって、自らの明日を切り拓いていくというか...。

失踪日記 夜を歩く.jpg 吾妻ひでお氏の『失踪日記』は、うつ病からくる自身の2回の失踪(1989年と1992年のそれぞれ約4か月間)を描いたものでした。1回目の失踪の時は雑木林でホームレス生活をしていて、2回目の失踪の時はガス会社の下請け企業で配管工として働いていたという具合に、その内容が異なるのが興味深いですが、1回目の失踪について描かれた部分は「極貧生活マニュアル」みたいになっていて、2回目は下請け配管工の「お仕事紹介」みたいになっています。

 1回目の失踪で警察に保護された際に、署内に熱烈な吾妻ファンの警官がいて、「先生ともあろうお方が...」とビックリされつつもサインをせがまれたという話は面白いけれど、事実なのかなあ。熱心な吾妻ファンである漫画家のとり・みき氏と1995年に対談した際に、「失踪の話はキャラクターを猫にして...」と言ったら、「吾妻さんが(ゴミ箱を)あさったほうが面白いですよ(笑)」と言われて、その意見も参考にしたとも後に明かしています。
『失踪日記』

 『失踪日記』も、個人的には、自らの経験を漫画として描くことが自己セラピーになっている面もあるのではないかと思うのですが、作者はこの失踪事件から復帰後、今度はうつ病の副次作用からアルコール中毒に陥り、重症のアルコール依存症患者として病院で治療を受けていて(但し、本作『失踪日記』が世に出る前のことだが)、この経験も「アル中病棟」(『失踪日記2-アル中病棟』('13年10月/イースト・プレス))という作品になっています。

 最後ばたばたっと"感動物語"にしてしまった『人間仮免中』よりは、「極貧生活マニュアル」乃至は「お仕事紹介」になっている『失踪日記』の方が、ある意味"昇華度"(完成度)は高いように思われますが、繰り返し"うつ"になってしまうということは、吾妻ひでおという人は根本的・気質的な部分でそうした素因を持ってしまっているのだろうなあと思われる一方で、「アル中病棟」退院後は断酒を続けているとのことで、セラピー効果はあったのか。

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連作の繋がり方が上手いなあと。最後は「恢復する家族」の物語のように思えた。

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 自分が勝手に名付けた「5人の物語」3冊シリーズの1冊目(他は、朝井リョウの『何者』と村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』)。2011(平成23)年・第24回「山本周五郎賞」受賞作。2011(平成23)年・第8回「本屋大賞」第2位。2009(平成21)年・第8回「R‐18文学賞大賞」受賞作(「ミクマリ」)。2010(平成22)年度・「『本の雑誌』編集部が選ぶノンジャンル・ベスト10」第1位。

 助産院を営む母に女手ひとつで育てられた高校生の斉藤卓巳は、イベントで知り合った人妻の里美(自分のことをコスプレネームであんずと呼ばせている)と不倫関係になる。夫の不在時に、あんずの書いたシナリオに沿って情事を重ねるという、風変りながらもそれが日常化していた2人の関係だったが、卓巳が、自分が好きだった同級生の七菜に告白されたことで状況は一変、卓巳は、もうあんずの元には行かないことに決め、あんずに決別を告げる―。

 「ミクマリ」「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」「2035年のオーガズム」「セイタカアワダチソウの空」「花粉・受粉」の5部構成の連作で、「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」は里美の視点、「2035年のオーガズム」は七菜の視点からといった具合に、以降は、卓巳をとりまく人々それぞれの視点からの物語になっています。

 作者は、本作の冒頭の短編「ミクマリ」が「R‐18文学賞大賞」を受賞した際に、「賞を貰ったらどんどん書かなければだめよ」と人から言われて、この連作を仕上げたそうですが、最初から計算されていたかのような見事な繋がりで、上手いとしか言いようがありません。

 最初の「ミクマリ」は、男性が書いたと言われてもそうかと思ってしまうような、リアリティに満ちた男子高校生の目線で、かつ骨太でスピード感がありましたが、連作を読み進むにつれて、女性らしい皮膚感覚が行間に滲んでいるのが感じられました。

 4人目の物語、貧乏団地に住む高校生の良太の物語「セイタカアワダチソウの空」も良かったです。と、それまで、若妻や高校生など、比較的若年層の視点で描かれていたのが、最後の「花粉・受粉」でいきなり卓巳の母の視点になっておやっと思いましたが、"性欲"→"セックス"→"出生"ということでちゃんと環になっていた―しかも、最後は"家族の再生"のような話で、全体を通して描写はどろどろしているのに、読後感は爽やかでした。

 映画化されて、「性欲、炎上、貧困、団地、出産。日常のシーンから生命の愚かさと美しさを描いた紛れもない名作」というキャッチがついたけれど、個人的には、大江健三郎ではないですが、「恢復(かいふく)する家族」の物語のように思えました。

 【2012年文庫化[新潮文庫]】

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「村上作品の集大成」、「良くも悪しくも村上春樹」。共に、評として外れていないのでは?

1Q84 BOOK 1.jpg 1Q84 BOOK 2.jpg 『1Q84 (BOOK1 ・ BOOK2』 .jpg1Q84 BOOK 1』『1Q84 BOOK 2』['09年]

 2009(平成21)年・第63回「毎日出版文化賞」(文学・芸術部門)受賞作。2009(平成21)年度「『本の雑誌』年度ベスト10」第1位作品。

 スポーツインストラクターで暗殺者としての裏の顔を持つ女性・青豆と、作家志望の予備校講師で、"ふかえり"という高校生が書いた不思議な作品をリライトすることになった男性・天吾、1984年にこの2人は、同じ組織に対する活動にそれぞれが巻き込まれていく―。

 いやあ、ストーリーも明かされていない刊行前からスゴイ評判、刊行されるとやがて「これまでの村上作品の集大成」とか「良くも悪しくもやっぱり村上春樹」とか色々な風評が耳に入ってきてしまい、早く読まねばとやや焦りにも似た気持ちにさえさせられたのが情けないけれど、読み始めてみたら結構エンタテインメントしていて、作者の軽めのエッセイは好みながら小説はやや苦手な自分にとっても、今まで読んだ数少ない作者の長編の中では「面白かった」方でした(むしろ、こんなに面白くていいのか...みたいな)。

漱石と三人の読者.jpg 国文学者の石原千秋氏が『漱石と三人の読者』('04年/講談社現代新書)の中で、漱石は、「顔の見えない読者」(一般人)、「なんとなく顔の見える読者」(知識人)、「具体的な何人かの"あの人"」(文学仲間・批評家)の3種類の読者を想定し、それぞれの読者に対してのメッセージを込めて小説を書いていたという仮説を立てていますが、村上春樹も同じ戦略をとっているような...。

 「ピュアな恋愛」とか、矢鱈に"純粋性"を求めたがる時代の気風にしっかり応えている点は「一般人」向きであるし、この小説を「愛の物語」と言うより「エンタテインメント」としてそこそこに堪能した自分も、同様に「一般人」のカテゴリーに入るのでしょう。

 ただし、これまでの作品に比べ、様々な社会問題を時に具体的に、時に暗喩的に織り込んでいるのは確かで(「知識人」向き?)、そこには「原理主義」的なものを忌避する、或いはそれに対峙する姿勢が窺え、(ノンフィクションで過去にそうしたものはあったが)小説を通じてのアンガージュマン的な姿勢を今回は強く感じました。

 一方で、主人公たちは29歳にして10歳の想い出を"引き摺っている"と言うか、主人公の一方はその"想い"に殉じてしまうくらいで、モラトリアム調は相も変わらずで、メタファーもお馴染みの如くあるし、結局、「これまでの村上作品の集大成」、「良くも悪しくもやっぱり村上春樹」共に、評としては外れていないように思いました。

村上春樹「1Q84」をどう読むか.jpg 因みに『村上春樹「1Q84」をどう読むか』('09年7月/河出書房新社)という本がすぐに刊行されて、35人の論客がこの作品を論じていますが(インタビューや対談・ブログからの転載も多い)、いやあ、いろんな読み方があるものだと感心(前述の石原千秋氏も書いている)。ただ言える事は、みんな自分(の専門分野)に近いところで読み解いているということが言え、かなり牽強付会気味のものが目立ちます。
 
 この「読解本」に関しては、全体として、面白かったけれどあまり参考にならなかったというのが本音で(評価★★☆)、ただ、これだけ多くの人に短い期間で書評を書かせている(一応しっかりと(?)読んだのだろう)ということは、やはり「村上春樹」の影響力は凄いなあと(「批評家」向き?)。タイムマシンに乗って100年後の世界に行ったら、文学史年表にこの作品が載っているのかなあ。
 
映画 "The Big Sleep"(邦題「三つ数えろ」)
The Big Sleep.png大いなる眠り.jpg 余談ですが、主人公が金持ちの依頼人と屋敷の温室で対面し依頼を受けるというのは、レイモンド・チャンドラー『大いなる眠り』(The Big Sleep /'39年発表/'56年・東京創元社)の中にもあるシチュエーションで、チャンドラーの3大ハードボイルド小説の内、『さらば愛しき女よ』(Farewell, My Lovely '40年発表/56年・早川書房)と『長いお別れ』(The Long Goodbye '54年発表/'58年・早川書房)は、それぞれ『ロング・グッドバイ』('07年)『さよなら、愛しい人』('09年)のタイトルで早川書房から村上春樹訳が出ていますが、『大いなる眠り』は訳していません。東京創元社に版権がある関係で早川書房としては訳すことが出来ないのかなあ。―ああ、チャンドラーの自分が未訳の作品のモチーフを、ここで使ったかという感じ。(『大いなる眠り』はその後、'12年12月に早川書房より村上春樹訳が刊行された。)

【2012年文庫化[新潮文庫]】

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