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とことん追い詰められ、屈辱にまみれたルパンを奮い立たせたものは...。新訳で読めるのがいい。

水晶の栓.jpg 『水晶の栓 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』['07年] Arsène Lupin le bouchon de cristal.jpg "Arsène Lupin le bouchon de cristal" リーブル・ド・ポッシュ版 1974

Arsene lupin ; le bouchon de cristal. Maurice Leblanc.jpg 政界の黒幕ドーブレック代議士の別荘に押し入ったルパン一味だが、計画を立てた部下のジルベールとヴォシュレーはなぜか「水晶の栓」を探し回り、ヴォシュレーは殺人まで犯してしまって部下2人は逮捕され、共に死刑を宣告されてしまう。ルパンは、ドーブレックが疑獄事件に関与した人物のリストを握って政界に恐喝を繰り返し、そのリストを「水晶の栓」の中に隠していることを知り、自らが可愛がっていた青年ジルベールを奪還すべく、ジルベールの母クラリスと共に「栓」を探し求めるが、ドーブレックに手玉にとられるかの如く翻弄され続け、一方、ジルベールらの死刑執行の日は刻々と迫りくる―。

 Arsene lupin ; le bouchon de cristal. (リーブル・ド・ポッシュ版(原書表紙復刻版))

 「アルセーヌ・ルパン・シリーズ」の1909年の『奇岩城』、1910年の『813』に続いて1912年に刊行された長編で(原題:Le Bouchon de cristal)、どれも作品内容が充実していて、しかもこの間にルパンを主人公とした短篇も書いているから、モーリス・ルブラン(1864-1941)は、長いルパン・シリーズの著作活動の中でも、この頃まさに絶頂期にあったと言えるのではないでしょうか。

 ドーブレックは(この作品にしか登場しないが)シリーズ中でもルパンにとって最強の敵とされていて、彼はとにかく常にルパンの先を行き、残り4分の1ぐらいからルパンが反攻に転じるかと思いきや、すぐにまたルパンは窮地に追いやられ、死刑執行予定日の2日前ぐらいから、今度こそアドバンテージを握ったかと思いきやこれもまた頓挫、さらに執行の数時間前に逆転のチャンスを握ったかと思ったらこれもダメで、遂には死刑がまさに執行されようとするところまでいってしまいます。

 最後に追い詰められたルパンは、「もうあきらめよう!完敗じゃないか」「負けたのは、おれのほうさ。ジルベールを助けられないのだから」と悔し涙を流し、死刑執行の前夜には睡眠薬を飲んで寝てしまいます。
後日ルパンは、この事件を「水晶の栓、あるいは、決してあきらめてはならないわけ」と呼ぶのですが、6ヵ月続いた「不運と失敗、暗中模索と敗北」を、最後の12時間でよく取り戻したなあと(よく起きたね。部下に起こされたみたいだけど)。

 他の作品にも見られますが、ルパンが巨悪に翻弄される姿を描いてまず読者をルパン側に引き付けるのが旨く、とりわけこの作品のルパンはしょっちゅう血が頭にのぼっていて、敵役の方が、タイプこそ違いますが、まるでルパンのように傲岸かつ超人的であり、ルパン本人を繰り返し屈辱のどん底に陥れます。
 しかも、終盤に入ってもどんでん返しの連続で始終ハラハラドキドキさせるのは、この作品が新聞連載小説であったことにもよるようですが、読者へのサービス精神が極めて旺盛であるように思いました。

 ルパンは殆どの作品で部下を使い、その数は数十人に及ぶようですが、この作品では、不良部下や造反を起こす部下が現れるのが興味深く、また、その不良部下が殺人を犯したときに、自分は血を見るのは嫌いだと言って怒り心頭に発する一方で、まさにその不良部下ヴォシュレーを撃ち殺すという行動に出るのは、シリーズの中でも特異かも(但しそれは、ジルベールを助けるための最後の手段であり、ヴォシュレーも断頭台によって殺されずに済んだことを感謝して死んでいくので、整合性はとれているともとれるが)。

 ルパンのジルベールに対する愛情はわが子に対するように深く、また、その母親であるクラリスに対しては、無意識に恋心を抱いていたことを事件後に自覚するわけですが(『カリオストロ伯爵夫人』のクラリスとは別人で、この作品で30代前半のルパンより年上)、絶望的な状況下でジルベール奪還に向けてルパンを奮い立たせている最大の要因は、それら以上に、自分が「アルセーヌ・ルパン」であることに尽きるのではないでしょうか。

 この作品でルパンは何度も己の無力を痛感して打ちひしがれますが、最後は、この「アルセーヌ・ルパン」であるという誇りによって這い上がってくる―ルパンの感情の起伏がよく描かれているだけに、それはまるで、アルセーヌ・ルパンという「名前」にとことん献身する、生身の男を描いているようにも思えました。

 スエズ運河建設で知られるレセップスの、パナマ運河建設の際の疑獄事件に材を得た作品ですが、少年(青年?)探偵が活躍する『奇岩城』よりは大人向けかも。
 「大人向け」の翻訳を目指したという平岡敦氏の新訳は読み易く、シリーズの翻訳がこの作品で止まっていて、『813』の新訳刊行に至っていない現在においては、最もお薦め出来る1冊ではないかと思います。

 【1960年再文庫化[新潮文庫(堀口大學:訳『水晶栓』)]/1965年再文庫化[創元推理文庫(石川湧:訳)/2005年再文庫化[ポプラ社文庫(南洋一郎:訳『古塔の地下牢』)]/2007年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(平岡敦訳)/2009年再文庫化[ポプラ社怪盗ルパン文庫版(南洋一郎:訳『古塔の地下牢』)]】

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ルパンとホームズの最初の本格対決。一応、ホームズにも花を持たせているが...。

ルパン対ホームズ.jpg 『ルパン対ホームズ (アルセーヌ・ルパン全集 (2))』['82年]ルパン対ホームズ 偕成社文庫.jpgルパン対ホームズ (偕成社文庫―アルセーヌ・ルパン・シリーズ)』['87年]

Arsene Lupin contre Herlock Sholmes.jpgArsène Lupin contre Herlock Sholmes.jpg ある数学教授が古道具屋で古びた小机を購入するが、なぜかその小机に執着する青年がおり、間もなく小机は教授の自宅から消失、小机には宝くじ100万フランの当たり券が入っており、盗んだのはアルセーヌ・ルパンだった。続いてある男爵が殺害され、競売に掛けられた彼の青いダイヤが盗み出されるという事件が連続して発生、両事件にルパンと「金髪の美女」が関与していることがわかるが、その先の捜査に行き詰まった警察は、事件解決のため、イギリスの名探偵シャーロック・ホームズを招聘する―。

 Arsène Lupin contre Herlock Sholmes(リーブル・ド・ポッシュ版(旧版 1963/改版1973))

 モーリス・ルブラン(1864-1941)による「ルパン対ホームズ」の最初の本格的対決モノで(原題:Arsene Lupin contre Herlock Sholmès)、上記「金髪の美女」と中編「ユダヤのランプ」を所収、1906年から翌年にかけて発表され1908年単行本刊行ということですから、ルパン・シリーズでも初期作品ということになりますが、作者がこのシリーズを書き始めた動機の1つに、シャーロック・ホームズ・シリーズに影響を受けたということがあるようですから、両者の対決が早々にあるのは自明のことだったのかも。

 ルパンのデビュー短編集「怪盗紳士ルパン」の最後にホームズを実名で登場させてコナン・ドイルからの抗議を受け、原作ではシャーロック・ホームズ(Sherlock Holmes)がハーロック・ショルメ(Herlock Sholmès)と改名されているわけですが、日本の翻訳界ではホームズと訳すのがお約束のようです。

 ホームズの相方ワトソンも、原作ではウィルソンに改名されていて、石川湧訳の創元推理文庫版や堀口大學訳の新潮文庫版では原作のままウィルソンとしていますが、この竹西英夫訳の偕成社版は、(児童向けのためか)ワトソンとなっています。

La dame blonde.jpg 「金髪の美女」は、3事件が絡み合うという込み入ったストーリーの割には、盗んだ机に偶然当たりくじ券が入っていたとか、ストーリーテリングが偶然に依拠している部分が多い気もし、ルパンがレストランで、これもまた偶然に、事件解決のためパリに来たばかりのホームズと再会したりもします。

 Arsène Lupin contre Herlock Sholmes: La dame blonde (1983)

 その際のルパンの狼狽ぶりと言うか緊張ぶりがやや意外で、一方でホームズの方は、10日間で事件を解決し、10日目にルパンを逮捕すると自信満々(売り出したばかりの20代の若手と、50代の高名なベテランという構図か)。

 ところが、その10日間の前半から中盤にかけてはホームズにいいところはなく、仕舞いにはルパンに誘拐され、ワトソンは怪我まで負ってしまいます(ワトソンは「ユダヤのランプ」でも負傷する)。
 それでもホームズは、最後には巧妙なトリックによって(何だかこっちが犯罪者みたい)逆転劇風にルパンを逮捕に追い込むということで、形だけはホームズに花を持たせたということでしょうか(逮捕されたルパンは、またもあっさり逃亡してしまうのだが)。

 遅ればせながら今回(多分)初めて読んで、プロセスも含めれば「両雄互角の勝負」と言うよりは、ルパンの方が余裕綽々と言うかスマートという印象を受け、一方、この作品のホームズは結構ドタバタ感が伴い、本家本元のホームズとはちょっとイメージ違うなあと思いました(作者はショルメとして書いているからか)。

 但し、ルパンの方も、ホームズとの対決行動の実行段階ではスマートであるものの、最初はホームズに対し、"宿敵"ガニマール警部(「ルパン三世」の「銭形警部」みたいなものか)に対するのとは比較にならないほどの警戒心や対抗意識を露わにする場面があり、この辺り、両者の対決を盛り上げる意図もあるのでしょうが、作者のホームズ・シリーズへのライバル意識が反映されているようにも思え、興味深かったです。

 【1959年文庫化[創元推理文庫(石川湧:訳(『リュパン対ホームズ』)]/1960年再文庫化[新潮文庫(堀口大學:訳)]/1983年再文庫化・2001年改版[岩波少年文庫(榊原晃三:訳)/1987年再文庫化[偕成社文庫(竹西英夫:訳)]/2005年再文庫化[ポプラ社怪盗ルパン文庫版(南洋一郎:訳)]】

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読み進んでいくと、ホームズよりルパンの方が好きになりそうな予感が...。

怪盗紳士ルパン 偕成社.jpg怪盗紳士ルパン (アルセーヌ・ルパン全集 (1))』['81年/竹西英夫訳]怪盗紳士ルパン ハヤカワ.jpg怪盗紳士ルパン (ハヤカワ文庫 HM)』['05年/平岡敦訳]

arsene-lupin-gentleman-cambrioleur.jpg 1907年に刊行された、モーリス・ルブラン(Maurice Leblanc, 1864-1941) による「アルセーヌ・ルパン・シリーズ」の最も初期のもの(1905-1907)を集めて編んだ短編集で、「ルパン逮捕される」「獄中のアルセーヌ・ルパン」「ルパンの脱獄」「ふしぎな旅行者」「女王の首飾り」「ハートの7」「アンベール女史の金庫」「黒真珠」「おそかりしシャーロック・ホームズ」の9編から成ります。

Arsène Lupin, gentleman-cambrioleur (リーブル・ド・ポッシュ版(原書表紙復刻版))

 偕成社の単行本全集は(『怪盗紳士ルパン』は竹西英夫訳)、全訳が挿絵付きで読めるのはこれだけだそうですが(「偕成社文庫」として文庫化もされている)、ルビ付きであることから「少年少女向け」であることが窺えるものの、別に話を端折って訳したりしているわけではなく、難しい表現を出来るだけ避けるようにしているだけで、むしろ、堀口大學(新潮文庫)などの「文学の香り」こそするもの(『強盗紳士』というタイトルからして)古臭い感じもする"古典訳"よりは、冒険譚に合ったトーンであるとも言えるのではないでしょうか。

強盗紳士ルパン.jpg この短編集に関して言えば、早川書房のポケット・ミステリ(ハヤカワ・ミステリ)に中村真一郎訳がありますが(『強盗紳士ルパン』)、「アンベール女史の金庫」「黒真珠」が収められていないなど、原典とラインナップがやや異なります(創元推理文庫版の石川湧訳『怪盗紳士リュパン』も同じ)。

 その早川書房のハヤカワ文庫HM(ハヤカワ・ミステリ文庫)で、2005年から平岡敦(1955年生まれ)氏による新訳の刊行が始まり、これは読みやすく(『怪盗紳士ルパン』は原典に沿ったラインナップ)、しかもこれ、個人訳のようなので、なかなかいいのではないかと。
 但し、全訳を目指すとの触れ込みだったはずが、2007年までに『カリオストロ伯爵夫人』『怪盗紳士ルパン』『奇岩城』『水晶の栓』の4冊が刊行され、その後ストップしている...(平岡さん、ワセダミステリクラブ出身だけれど、色々な作家の本を翻訳していて忙しそうだからなあ。訳者、変わるのかなあ)。

ルパン 怪盗紳士.JPG 『怪盗紳士 怪盗ルパン全集 (2)』['58年]怪盗紳士 ポプラ社怪盗ルパン文庫.jpg 『怪盗紳士―怪盗ルパン全集 (ポプラ文庫クラシック)』['09年]

 昔からのこのシリーズのファンの中には、子供時代にポプラ社の南洋一郎(1893-1980)訳に親しんだ人もいるかと思いますが、これは「原作・ルブラン/文・南洋一郎」ということで、実はものすごい意訳(大幅な翻案)だったのだなあと(ポプラ社が翻訳権を独占していた時期があったために、個人訳による「全訳」(全30巻)として成っているという点では凄いと思う)。

 但し、例えば『怪盗紳士』に収められているのは、オリジナル9編中5編で、抜け落ちを補ったり、分冊・合体させたりして「怪盗ルパン文庫版」として2005年から装いも新たに刊行されていましたが、昨年暮れ(2009年12月)から、今度は「ポプラ社文庫クラシック」として刊行当初のまま半世紀ぶりに復刻されていて、これはこれで古くからファンにとっては嬉しいのではないでしょうか(第1回配本で第1巻『奇巌城』、第2巻『怪盗紳士』などいきなり4巻出たが、このナンバリングも旧単行本と同じ)。


 『怪盗紳士ルパン』は、スパースター・ルパンの冒険活劇譚であり、最初からオールマイティである主人公にとって、一見トリックもへったくれも無いかのようですが、実は結構凝ったトリックもあり、本格推理としての要素もあります。
 また、ルパンの義侠心や女性に対する思いやりも窺え(個人的には「女王の首飾り」「ハートの7」が好み)、更には、その生い立ちを知ることもできます。

 また、この短編集のラストでは、早々にシャーロック・ホームズ(Sherlock Holmes)(コナン・ドイルからの抗議を受け、後にハーロック・ショルメ(Herlock Sholmès)と改名)との対決がありますが、ホームズとルパンは結構いい勝負をするはずですが、この巻においては、ホームズは「名探偵」とされながらも、あまりいいところがありません(ドイルから抗議を受ける前だったからか)。

 ポプラ社の南洋一郎訳は、南洋一郎「作」と見るべきか。
 「大人の読み物としてのルパン」を念頭に置いて訳しているという平岡敦訳・ハヤカワ・ミステリ文庫版が一番のお薦めですが(挿し絵は無い)、竹西英夫訳・偕成社版も、それほど「子ども子どもしている」わけでもなく、ラインアップが揃っているという点ではお薦めです(挿し絵がオマケで、ルビが余計か)。
 
 ルパン・シリーズ、ちょっと子どもっぽいかなあと思っていたけれど、読み進んでいくと、ホームズよりルパンの方が好きになりそうな、そんな予感が...。

 【1958年新書化[ハヤカワ・ミステリ(中村真一郎:訳 『強盗紳士ルパン』)]/1959年文庫化[創元推理文庫(石川湧:訳 『怪盗紳士リュパン』)]/1960年再文庫化[新潮文庫(堀口大學:訳 『強盗紳士』)]/1983年再文庫化[岩波少年文庫(榊原晃三:訳 『怪盗ルパン』)]/1987年再文庫化[偕成社文庫(竹西英夫:訳 『怪盗紳士ルパン』)]/2005年再文庫化[ポプラ社怪盗ルパン文庫版(南洋一郎:訳 『怪盗紳士』)]/2005年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(平岡敦:訳 『怪盗紳士ルパン』)]/2009年再文庫化[ポプラ社文庫クラシック(南洋一郎:訳 『怪盗紳士』)]】
 

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