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本書を読んで、映画の鑑賞法の原点に立ち返るのもいいのではないか。

『映画を見ると得をする』.jpg映画を見ると得をする b.jpg 映画を見ると得をする d.jpg
映画を見ると得をする (新潮文庫)』「映画を見ると得をする もっと映画が面白くなる」[Kindle版]

映画を見ると得をする (ゴマブックス)』['80年]

 著者は言います。なぜ映画を見るのかといえば、人間は誰しも一つの人生しか経験できない。だから様々な人生を知りたくなる。しかも映画は、わずか2時間で隣の人を見るように人生を見られる。それ故、映画を見るとその人の世界が広がり、人間に幅ができてくる―と。

 まさに至言ではないでしょうか。本書は、シネマディクト(映画狂)を自称する著者が、映画の選び方から楽しみ方、効用を縦横に語り尽くしたものです。個人的に印象に残ったポイントをいくつか拾っていくと―

「料理長殿、ご用心」0.jpg 原題をそのまま題名にするのが流行っている。何かイメージがわく題名なら、中身もいい。... 日本語でいい題がつくときは、映画としてもいいものであるとして、「料理長(シェフ)殿、ご用心」 ('78年/米)がその例で、原作の小説より映画の方がよくできていたとしている。

「ナイル殺人事件」0.jpg 外国映画の「大作」は絶対に観るに値する。失敗作でさえも見るべきところがいっぱい。... 映画自体は失敗作でも、大作はセットも素晴らしいし、ロケにも金をかけていて、「ナイル殺人事件」('78年/英)などは本当にエジプトに行って撮っている」わけでしょと。個人的は、観光映画としても楽しめる要素があったなあ。

「元禄忠臣蔵」0.jpg「残菊物語」0.jpg 戦前の日本映画には凄い大作があった。例えば「残菊物語」「元禄忠臣蔵」。... 溝口健二の「残菊物語」('39年/松竹)は個人的にも完璧な恋愛・人情ドラマだと思った。「元禄忠臣蔵」('41-'42年/松竹)で、松の廊下を原寸通りに作っちゃったというのも凄いと(確かに)。歴史の中にしか存在しなかったものを、ぼくらの眼前に再現してくれているのが大作の価値だと。

「カサノバ 」フェリーニ0.jpg 「難解きわまる映画」というものがある。ときにはそういう映画で自分を鍛える。...  アラン・レネはどれも難しいと。フェリーニは「81/2」('63年/伊・仏)から後はみなわからなくなっちゃって、「アマルコルド」('73年/伊・仏)で昔のフェリーニに戻って、これはだれが観ても素晴らしかったが、ところが今度「カサノバ」('76年/伊)を撮ったら、やっぱりわからないと。主演のドナルド・サザーランドが、終わってから、「自分は一体どういう役をやったのかさっぱりわからない...」と、いったそうで、ぼくもパリで観たが退屈したと。

「赫い髪の女」0.jpg ポルノをつくっている会社の映画にも、時には観るべきものがある。例えば「赫い髪の女」。... 「赫い髪の女」('79年/にっかつ)は、中上健次の原作がいいし、男と女の愛欲を探究しているものだから、凄いけれど、いやな感じはないと。

 「巨匠」の作品必ずしも秀作にあらず。ただし、美術的感覚に見るべきものあり。... 「」('54年/伊)を作ったころのフェリーニは、大道芸人の可哀そうな女とか哀れな男に本当に共感を持っていたと思うが、フェリーニ自身が大巨匠になっておかしくなってしまったと。

「影武者」1.jpg 黒澤明然り。ただし、筆を持たせたら素晴らしく、「影武者」('80年/東宝)のスケッチなどは大したものであると(著者自身が絵を描くからそう感じるのだろう)。個人的には、かつての黒澤作品のダイナミズムは影を潜め、映画は映像美・様式美に終始してしまった印象。カンヌ国際映画祭でパルムドールを撮ったのは、その様式美がジャポニズムとして受けたのでは。勝新太郎が黒澤監督と喧嘩して主役を降りたけれど、もともと勝新太郎向きではなかった? 映画の完成披露試写会を勝新太郎が観に来たていて、「面白くなかった...俺が出ていたらもっと面白くなってたよ」と言ったそうだ。

椿三十郎 三船 仲代.jpg 「役者を汚して、血を噴出させる」のがリアリズムという日本映画の馬鹿の一つ覚え。... 最初にやったのが黒澤明の「椿三十郎」('62年/東宝)で、黒澤さんが悪いんじゃなく、黒澤監督としてはちょっと珍しいことをやってみたに過ぎない、それを猫も杓子も真似しちゃったから困ったものだと。

淀川長治2.jpg 映画評論を読めば、自分自身の「好み」や「個性」がわかってくる。それが値打ち。... 推薦できる評論家として、飯島正、南部圭之助、双葉十三郎を挙げ、淀川長治さんなかの映画評論を一般のファンは当てにしたらいいんじゃないかと思うと(そう言えば、本書のカバー裏の著者紹介は淀川長治が書いている)。

荒野の用心棒 1964.jpg「荒野の用心棒」2.jpg ハリウッドの西部劇とマカロニ・ウエスタン。その大きな違いの一つは「女の描き方」。... マカロニ・ウエスタンには女の匂いがぷんぷんするような女が出てきて男とからみ合うが、アメリカの方は「女なんか全然数のうちじゃない...」といった男がいっぱい出てくると。また、マカロニ・ウエスタンの特徴はサディスティックであることで、拷問シーンなどでもユーモアがないとのこと。確かに「荒野の用心棒」('64年/伊)がそうだった。クリント・イーストウッドはボロボロにやられていた。ただし、著者は、黒澤明の「用心棒」を無断でかっぱらった「荒野の用心棒」が面白くないはずがないと。

イノセント.jpg 最近ではヴィスコンティの遺作「イノセント」。歴史に残るセックスシーンの1つだろう。... 「イノセント」('76年/伊・仏)のそれは素晴らしかったと。夫婦が別荘に行って、ちょうど春で、ぽかぽか温かくなり、庭に花が咲き乱れ、男がだんだん興奮してくる...。全身を写すところもあったが、たいていは胸から上しか写さず、それでいて本当にエロチックなシーンだったと。

「最後の晩餐」0.jpg 洒落たフランス映画を観た後で「フランス料理を食べたい」という女の子なら悪くない。... フランス映画を観た後では鮨屋よりフランス料理を食べに行きたくなるが、逆の場合もあり、それが「最後の晩餐」('73年/伊・仏)であると(確かに)。四人の主人公が死ぬまで食べ続ける映画だった。マルコ・フェレーリは巨匠ではないが相当の監督だと。

「旅芸人の記録パンフ2.jpg 例えば「忠臣蔵」を一本観ただけで、その人の世界がグーンと広くなっちゃう。... 「旅芸人の記録」('75年/ギリシャ)という映画を観れば、自然にギリシャという国に興味を持って、ギリシャに歴史を読んでみよう、ギリシャの生活について何か探して読んでみようということになり、それをやれば、ぼくの持っている世界が広がっていくわけだと。まさに、本書のエッセンスがここに述べられているように思いました。

 この本が出たころは、映画と言えば(テレビで観ることもあったとは思うが)基本的にみんな映画館で観たのだろうなあ。それが、レンタルビデオの時代を経て、今やAmazon PrimeやNetflixの時代へと移りつつあり、昨今は、映画を倍速で視聴するユーザーが急増しているようです。今一度、本書を読んで映画鑑賞の在り方の原点に立ち返るののいいのではないかと思いました。

影武者[東宝DVD名作セレクション]」 山﨑努(信玄の弟・武田信廉)/仲代達矢(武田信玄、影武者)
「影武者」dvd1980.jpg「影武者」0.jpg「影武者」●制作年:1980年●監督:黒澤明●製作:黒澤明/田中友幸●外国版プロデューサー:フランシス・コッポラ/ジョージ・ルーカス●脚本:黒澤明/井手雅人●撮影:斎藤孝雄/上田正治「影武者」志村僑.jpg「影武者」大滝秀治.jpg●音楽:池辺晋一郎●時間:180分●出演:仲代達矢/山﨑努/萩原健一/根津甚八/油井昌由樹/隆大介/大滝秀治/桃井かおり/倍賞美津子/室田日出男/阿藤海/矢吹二朗/志村喬/藤原釜足/清水綋治/清水のぼる/山本亘/音羽久米子/江幡高志/島香裕/井口成人/松井範雄/大村千吉●公開:1980/04●配給:東宝●最初に観た場所:飯田橋・佳作座(81-02-14)(評価:★★★)
志村喬(信玄の父・田口刑部、信玄に追放され、信長の手先として送り込まれる)/大滝秀治(信玄家臣・山縣昌景)
倍賞美津子(側室・於ゆうの方)/桃井かおり(側室・お津弥の方)  黒沢明監督「影武者」、カンヌ映画祭の最高賞に(1980年5月23日)[日本経済新聞]/日劇(1981年閉館)
「影武者」倍賞・桃井.jpg 黒澤 カンヌ.jpg 日劇文化.jpg

「荒野の用心棒」.jpg「荒野の用心棒」●原題:PER UN PUGNO DI DOLLARI●制作年:1964年●制作国:イタリア・西ドイツ・スペイン●監督:セルジオ・レオーネ●脚本:ヴィクトル・アンドレス・カテナ/ハイメ・コマス・ギル/セルジオ・レオーネ●製作:アリゴ・コロンボ/ジョルジオ・パピ●音楽:エンニオ・モリコーネ●時間:96分(完全版100分)●出演:クリント・イーストウッド/ジャン・マリア・ヴォロンテ/マリアンネ・コッホ/ホセ・カルヴォ/ヨゼフ・エッガー/アントニオ・プリエート●公開:1965/12●配給:東宝(評価:★★★★)

映画を見ると得をする.jpg【1987年文庫化[新潮文庫]】

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ポール・ニューマンがインディアンに育てられた寡黙な白人青年を演じた異色西部劇。

太陽の中の対決 p.jpg太陽の中の対決 dvd.jpg太陽の中の対決0 - 3.jpg 太陽の中の対決1 - 2.jpg 

太陽の中の対決 [DVD]」ポール・ニューマン/ダイアン・シレント
「太陽の中の対決」2g.jpg 1880年代の東部アリゾナ。ここは元アパッチの地だったが、白人に奪われてから、彼らは保護地に移り住んだ。その中のひとりジョン・ラッセル(ポール・ニューマン)はアパッチに育てられた白人だ。彼は養父からの遺産の下宿屋を売り払い、コンテンションという地で馬を買う計画を立てていて、数日後、南へ行く小型馬車をやっとのことで見つけることができた。というのは、この地方にも鉄道が敷かれ、駅馬車が影を潜める時代が来たのだ。南へ行く馬車の同乗者は、ジョンのほかに、下宿屋のマネージャーだったジェシー(ダイアン・シレント)、ビリー・リー(ピーター・ラザー)とドリス(マギー・ブライ)の新婚夫婦、そして60がらみのフェーバー(フレドリック・マーチ)と若い妻オードラ(バーバラ・ラッシュ)たちだった。馬「太陽の中の対決」5.jpg車が出る間際にグライムス(リチャード・ブーン)と名のる男が強引に乗り込んだ。馬車がけわしい山を越えると、突如行手に3人のガンマンが現れた。ひとりはジョンの下宿屋にいたブレイトンという元保安官。この3人に、一人のメキシコ人が加わりさらにグライムスが合流して、その頭に。5人のガンマンの目的はフェーバーだった。彼はインディアン用の食肉を横流しして儲けていた極悪人。5人はフェーバーの金を奪い若妻オードラを人質にして逃げる。後を追ったジョンは2人を射殺し、金だけは無事に取り戻す。その金を、フェーバーは持ち逃げしようとしたが、逆にジョンに身ひとつで追放された。生き残ったグライムスは、オードラと金を交換しようと言ってきたがジョンは拒絶。するとグライムスは、オードラを強い太陽の下で縛りつける。このままでは、渇きと日射病で死んでしまう。この頃、追放されたフェーバーも戻ってきていたが、なすすべもない。結局はジョンが"(夫フェーバーが)インディアンにひもじい思いをさせた報いだ"と呟きながらも助ける。しかし、金と交換せずにオードラを助けたジョンは、グライムスとメキシコ人の2人を射殺したが、5人のガンマンの最後の一人に倒されてしまう。復讐はビリー・リーがした。そしてジョンの遺体は、かつて彼の下宿屋で働いていたジェシーが町へ持って行き弔うという―。

「太陽の中の対決」原作.jpg村上春樹 09.jpg 1967年公開のマーティン・リット監督、ポール・ニューマン主演の異色西部劇で、両コンビの「ハッド」('63年)、「暴行」('64年)に続く3部作の第3作。原作はエルモア・レナード(1915-2013/87歳没)による1961年の小説「オンブレ」です(村上春樹訳で新潮文庫『オンブレ』に収められている)。エルモア・レナードって西部劇小説がデビュー作だったのだなあ。

オンブレ (新潮文庫)
「太陽の中の対決」pm.jpg.png.jpg ポール・ニューマンがインディアンに育てられた白人青年を演じていて、公金を横領した悪玉と同じ馬車に乗り合わせたために強盗に襲われるという、しかも、インディアンに対して加害者であった白人たちを救い、その一方で、自分は悪者に撃たれて死んでしまうという、なんだかすごくやるせない話でした。

「太陽の中の対決」09.jpg「太陽の中の対決」15.jpg 駅馬車にいろいろな人物が乗り合わせ、それが外部から敵に襲われる(リチャード・ブーン演じる悪党面の男グライムスが敵の側だったのはやっぱりという感じだった)というのは、ジョン・フォード監督、ジョン・ウェイン主演の「駅馬車」('39年/米)を想起させます。ただ、その流れでいくと最後強いヒーローが敵を倒して自らは生き延びるわけですが、そうはならないところがミソです。

「太陽の中の対決」3.jpg ポール・ニューマンが演じる主人公のジョンが寡黙で(これも珍しいのでは)、最初は駅馬車の客たちにも不愛想。でも、馬車が外敵に襲われると、その冷静な行動から、自然と皆のリーダーになっていきます。それでも、ずっと不愛想なのは、彼は別にバーバラ・ラッシュ .jpg駅馬車の客たちに義理があるわけでもなく、むしろ白人に迫害された側にあるからでしょう。敵方によって強い太陽の下で縛りつけられた美しい人妻オードラ(バーバラ・ラッシュ)がどんなに泣き叫んでも助けにに行かない。正義感に溢れる勇敢な女性ジェシー(ダイアン・シレント)にそのことを非難されてもなお動かない。それが最後の最後に―(やはりジェシーに心動かされたか)。

荒野のストレンジャー.jpg すぐに動かなかったのは、白人たちに反省させるためだったのかな。今までさんざん差別しておいて、今は縛られた女性の夫ですら何も出来ずにいるところ、皆が彼に頼り切っているという状態になっているわけですから、皮肉と言えば皮肉なことです(クリント・イーストウッド監督・主演の「荒野のストレンジャー」('73年/米)で、人々を無法者から守るはずの主人公が、無法者が攻めてきても最初は相手のやり放題にさせていたのを思い出した。実はこの主人公は、かつて無法者にリンチされながら住民の誰からも助けがなく亡くなった保安官の生まれ変わり?だったので、住民に少しは反省してもらうためにそうしたのではないか)。

「太陽の中の対決」pn1967.jpg しかし、ポール・ニューマン演じるこの寡黙な主人公の"勇敢さ"は、これではいくら命があっても足りないというもので、ほとんど白人たちのために命を投げ出したに近く、原作がエルモア・レナードだから、陳腐なカタルシス効果を排してリアルな心理劇になっているのはある程度頷けますが、結果としてジョンは"神"のような存在になっていたように思います。

 ポール・ニューマンがインディアンに育てられた寡黙な男を演じているのも異色であるし、一般的なハリウッド型ヒーローとはやや趣の異なる、こうした完全に自己犠牲的な役を、大仰ではなくさらりと演じているのも珍しいように思いました。

「シャラコ」.jpg「太陽の中の対決」6.jpg.png「太陽の中の対決」pg.jpg 主人公の心に大きな影響を与える役どころで要所で物語を転がすヒロイン・ジェシーを演じたのは当時ショーン・コネリーの妻だったダイアン・シレント(「太陽の中の対決」と同年公開の「007は二度死ぬ」('67年/英)の撮影時、海女の役なのに海に潜れないことが判明した浜美枝の代わりに、たまたま夫に同伴していた彼女が急遽スタントとして潜った。彼女は子供の頃から泳ぎが得意で潜水も長時間できた)。ショーン・コネリーがこの「太陽の中の対決」が大のお気に入りで、翌年、本作とそっくりな設定の西部劇「シャラコ」('68年)に主演しています(気丈な女性の役どころはブリジット・バルドー)。

「太陽の中の対決」●原題:HOMBRE●制作年:1967年●制作国:アメリカ●監督:マーティン・リット●製作:マーティン・リット/アーヴィング・ラヴェッチ●脚本:アーヴィング・ラヴェッチ/ハリエット・フランク・Jr●撮影:ジェームズ・ウォン・ハウ●音楽:デヴィッド・ローズ●原作:エ「太陽の中の対決」4.jpg.png.jpgルモア・レナード●時間:111分●出演:ポール・ニューマン/フレデリック・マーチ/リチャード・ブーン/ダイアン・シレント/キャメロン・ミッチェル/バーバラ・ラッシュ/ピーター・ラザー/マギー・ブライ/マーティン・バルサム/スキップ・ウォード/フランク・シルヴェラ●日本公開:1967/10●配給:20世紀フォックス(評価:★★★☆)
リチャード・ブーン

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スピルバーグ版はダイナミック、スタイリッシュで見応えがあり良かった。旧作に肉迫したか。

「ウエスト・サイド・ストーリー」r1.jpg 「ウエスト・サイド・ストーリー」r2.jpg 「ウエスト・サイド・ストーリー」r3.jpg
「ウエスト・サイド・ストーリー」 ('21年/米) レイチェル・ゼグラー/アリアナ・デボーズ(米アカデミー助演女優賞受賞) [下右]「ウエスト・サイド・ストーリー」「ウエスト・サイド物語」配役対比
「ウエスト・サイド・ストーリー」sinnkyu.JPG「ウエスト・サイド・ストーリー」パンフ.JPG  「ウェスト・サイド・ストーリー」('21年/米)は、スティーブン・スピルバーグ監督が、ロバート・ワイズ監督の「ウェスト・サイド物語」('61年/米)を60年ぶりにリメイクしたものです。「ウェスト・サイド物語」はよく知られるように、元は「ロミオとジュリエット」を、ニューヨークの一角で対立抗争するポーランド系アメリカ人の少年非行グループ「ジェット団」と、「ウエスト・サイド・ストーリー」1338.JPG新参のプエルトリコ系アメリカ人の少年非行グループ「シャークス団」の若者に置き換えた(この翻案は振付家ジェームズ・ロビンズのアイデア)舞台「ウエスト・サイド・ストーリー」1340.JPGミュージカルで、作曲家バーンスタインの協力で1957年にブロードウェイで上演され、それをロバート・ワイズとジェローム・ロビンズが共同監督で映画化し、映画としてもヒットしたものです。

ウエスト・サイド物語1.jpg 旧作「ウエスト・サイド物語」は、アカデミー賞の作品賞をはじめノミネートされた11部門中10部門を受賞していて(この中には作品賞、監督賞とともにジョージ・チャキリスとリタ・モレノがそれぞれ助演男優賞と助演女優賞を受賞、ロバート・ワイズは4年後に「サウンド・オブ・ミュージック」でも監督賞を受賞している)、「トゥナイト」「アメリカ」「マン「ウエスト・サイド物語」61.jpgボ」「クール」「マリア」など、映画の中で歌われる曲も多くの人を魅了しました。「AFIアメリカ映画100年シリーズ」の、2004年の「アメリカ映画主題歌ベスト100」では「雨に唄えば」「サウンド・オブ・ミュージック」と並んで3曲が選ばれ、また2006年の「ミュージカル映画ベスト」では「雨に唄えば」続いて第2位(第3位が「オズの魔法使」、第4位が「サウンド・オブ・ミュージック」)にランクインしています。」このミュージカル映画史上の"名作"とされるオリジナルへのスピルバーグ監督の挑戦が注目されました。

「ウエスト・サイド・ストーリー」1344.JPG 結果的に日本での評価は割れているようですが、カメラワークはダイナミックで、ダンスはスタイリッシュで見応えがあり、個人的には前作を超えたとまでは言わないものの、良かったように思います。スピルバーグ監督に何を期待するかにもよりますが、あまり特別な期待を抱いていなかったせいか、技術的に洗練されている点が観ていて心地よかったです。

「ウエスト・サイド・ストーリー」1346.JPG 前作との違いを挙げれば、差別による分断を若者だけの問題でなく社会的問題として捉えていて、LGTBなどの問題にも触れていて、さらに銃社会への批判などが強調されている点が現代風でしょうか。これは町山智浩氏からの受け売りになりますが、「ジェントリフィケーション」(都市において低所得者層の居住地域が再開発によって活性化し、その結果、地価が高騰すること)の問題なども反映されているとのこと。確かに、再開発による「立ち退き」問題も強調されていたように思います(リンカーン・センター建設中の地でロケしている)。

「ウエスト・サイド・ストーリー」1347.JPG あと、ポーランド系とプエルトリコ系の対立と言いながらも、前作では例えばベルナルドを演じたジョージ・チャキリスはギリシャ系、マリアを演じたナタリー・ウッドはロシア系だったりして、「シャークス団」の「ウエスト・サイド・ストーリー」1348.JPGメンバーも実は白人俳優が多く、せいぜい"ドグの店"のドグを演じたネッド・グラスが本物のポーランド系、アニタを演じたリタ・モレノが本物のプエルトリコ系ぐらいだったのに対し、今回は、ベルナルドを演じたデヴィッド・アルヴァレスはキューバ系 マリアを演じたレイチェル・ゼグラー(3万人が参加したオーディションから選ばれたという)、アニタを演じたアリアナ・デボーズ(アカデミー賞助演女優賞にノミネートされた)は共にプエルトリコ系で、そのあたりはこだわったようです(プエルトリコ系同士の会話はスペイン語になるが、本国公開ではポリティカル・コレクトネスの立場か英語字幕をつけなかったという)。

「ウエスト・サイド・ストーリー」1350.JPGリタ・モレノ.gif 前作のアニタ役のリタ・モレノ(アカデミー賞助演女優賞受賞)が、白人と結婚したプエルトリコ移民で、トニーが働きポーランド系の若者が集まる店(前作の"ドグの店"に該当)の店主役で出ているのが嬉しいです(1931年生まれ。製作総指揮も務め、米国でこの映画が公開された翌日に満90歳になった)。でも、前作でネッド・グラスが演じたポーランド系移民のドグは、ナチスの迫害を逃れて米国に来たということが暗示されていたので、抜け落ちてしまった部分もあり、まあ新旧、一長一短というところでしょうか。

 個人的評価は旧作の方が若干上ですが、新作も頑張ってそれに肉迫したと言えるように思い、両方とも星4つとしました(「ロミオとジュリエット」からの翻案は舞台化の際の成果なので、映画としての両作の間でハンデは付けなかった)。

20220303 (1).jpg「ウエスト・サイド・ストーリー」1349.JPG「ウエスト・サイド・ストーリー」●原題:WEST SIDE STORY●制作年:2021年●制作国:アメリカ●監督:スティーヴン・スピルバーグ●製作:スティーヴン・スピルバーグ/ケヴィン・マックコラム/クリスティ・マコスコ・クリーガー●脚本:トニー・クシュナー●撮影:ヤヌス・カミンスキー●音楽:レナード・バーンスタイン/デヴィッド・ニューマン●原作:アーサー・ローレンツ●時間:156分●出演:アンセル・エルゴート/ レイチェル・ゼグラー/アリアナ・デボーズ/デヴィッド・アルヴァレス/マイク・ファイスト/ジョシュ・アンドレス/コリー・ストール/リタ・モレノブライアン・ダーシー●日本公開:2022/02●配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン●最初に観た場所:上野・TOHOシネマズ上野(シアター2)(22-03-03)(評価:★★★★)


ウエスト・サイド物語1962.jpgウエスト・サイド物語2.jpg「ウエスト・サイド物語」●原題:WEST SIDE STORY●制作年:1961年●制作国:アメリカ●監督:ロバート・ワイズ/ジェローム・ロビンズ●製作:ロバート・ワイズ●脚本:アーネスト・レーマン●撮影:ダニエル・L・ファップ●音楽:レナード・バーンスタイン/デヴィッド・ニューマン●原作:アーサー・ローレンツ●時間:152分●出演:ナタリー・ウッド/リチャード・ベイマー/ジョージ・チャキリス/リタ・モレノ/ラス・タンブリン/サイモン・オークランド/ネッド・グラス●日本公開:1961/12●配給: ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:吉祥寺・テアトル吉祥寺(82-09-23)(評価:★★★★)
リタ・モレノ(1961/2021)
rita moreno west side story 2021.jpgリタ・モレノ2.jpg【2018年・米アカデミー賞授賞式】1962年にミュージカル映画「ウエスト・サイド・ストーリー」でアカデミー助演女優賞を受賞したリタ・モレノ。56年後の2018年アカデミー賞授賞式にプレゼンターとして、同じドレスで登場した(当時86歳)。
アリアナ・デボーズ 2022年・米アカデミー助演女優賞
アリアナ・デボーズ助演女優賞.jpg

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アクションは楽しめるが、ドタバタ喜劇調のきらいも。「アジアの嵐」の俳優が出ていた。
「カトマンズの男」DVD.jpg カトマンズの男00.jpg リオの男dvd - コピー.jpg アジアの嵐 1928.jpg
カトマンズの男(1965) [DVD]」ジャン=ポール・ベルモンド「リオの男(1964)」「アジアの嵐(1928) [DVD]
「カトマンズの男」-.jpg 莫大な父の遺産があり、あらゆる快楽に飽き果てて、生きている意義も見出せないという30歳の男アルチュール・ランプルール(ジャン=ポール・ベルモンド)は退屈の余り自殺したがるが、その試みは全て失敗する。そこで、フィアンセのアリス(ヴァレリー・ラグランジュ)とその小姓のレオン(ジャン・ロシュフォール)、アリスの母親スージー(マリア・パコム)とその恋人コルネリウス(ジェス・ハーン)、元後見人でもあった古くからの中国人の友人ミスター・ゴーことゴー氏(ヴァレリー・インキジノフ)と船旅に出る。ランプルールの法定代理人ビスコトン(ダリー・コール)が香港までアルチュールを探しにやってきて、アルチュールの破産を知らせる。これで自殺の名目ができたと喜んだアルチュールは自殺の試みを続けカトマンズの男08.jpg、フィアンセの母親スージーは婚約解消を要求する。ゴー氏のアイデアで、スージーにアルチュールの生死を委ねることになる。アルチュールは婚約者アリスとゴー氏を受取人に有効期間1か月の生命保険に署名する。ゴー氏は殺し屋を手配し、そうなると自殺志願のアルテュールも生命の危険を感じて懸カトマンズの男07.jpg命に逃げまわるという奇妙な状況になる。港のバーに逃げこんだ時、ストリッパーのアレキサンドリーヌ(ウルスラ・アンドレス)に匿ってもらった。彼女は考古学者の卵で、アルバイトにストリッパーをしていたのだ。彼は一目で好意を抱くが、恋を語っている余裕はない。ゴー氏ともう一度話し合おうと、彼を追ってネパールへ行く。例によって二人の尾行者がついてくるが、実は彼らは保険会社がつけたボディ・ガードだった。ところが今度は、保険金の一部をもらう約束になっている香港ギャングのボス、フォリンスター(ジョー・セイド)の命を狙われることに―。

「カトマンズの男」01.jpg 「リオの男」('64年)のフィリップ・ド・ブロカ監督の1965年作。「リオの男」のヒットを受けて作られたアクション映画ですが、ジャン=ポール・ベルモンド演じる主人公の名前はアドリアンからアルチュールになっています。ブラジルでロケした「リオの男」同様に異国趣味の路線であり、ネパールの首都カトマンズだけでなく、香港、マレーシアなどでも撮影されています。

「カトマンズの男」-poster.jpg ジュール・ヴェルヌの1879年刊行の小説『中国での中国人カトマンズの男03.jpgの苦難』(Les Tribulations d'un chinois en Chine)が原作とのことですが、大幅に翻案されているようです。自殺志願の男(原作では中国系)が自分に生命保険を懸けられたのを機に考え方が変わるというのは同$_1カトマンズの男.jpgじようですが、原作では主人公は最後、婚約者と結婚するようです(映画でもアリスは最後、結婚するのだが...)。ウルスラ・アンドレス演じるストリッパーは、映画のオリジナルかと思われます。

 殆どのスタントをベルモントが自分でこなしているのは「リオの男」「カトマンズの男」ges.jpgと同じで、むしろヒートアップした感じさえあります。なので、ベルモントのアクションは楽しめますが、ストーリーが「リオの男」以上にぶっ飛んでいて、アクションとの両方が相俟って、ややドタバタ喜劇調になったきらいもあります(同じ大金持ちの役でも、ベルモントのアクションが無いフィリップ・ラブロ監督の「相続人」('73年)よりは楽しめたが)。

カトマンズの男01.jpg 舞台出身のジャン・ロシュフォール(フィリップ・ド・ブロカ監督の「大盗賊」('62年)や「相続人」でもベルモントと共演しカトマンズの男09.jpgていた)が「小姓」(御屋敷付きの「執事」というよりは、どこでも主人に付いて行って面倒を見る「フットマン」という感じか)の役で脇を固めていて、いい味出していました(最後まで主人に付いて行くので出演場面が多い)。ただ、それよりも、ゴー氏を演じたヴァレリー・インキジノが、フセボロド・プドフキン監督の「カトマンズの男」ヴァレリー・インキジノフ.jpg「アジアの嵐」('28年/ソ連)で、主人公のモンゴル人を演じたあの俳優だったと後で知って少し驚きました。ヴァレリー・インキジノフはロシア・ブリヤート出身のフランス人俳優ですが、血統的にはモンゴル人のようです。「モンパルナスの夜」('33年/仏)に、金持ちに怨念を抱くチェコ人の挫折した元医学生という、まるで「天国と地獄」の山崎努を連想させるような役で出演していますが、60年代のこの「カトマンズの男」では好々爺の役でした。

ヴァレリー・インキジノフ(右)(ミスター・ゴーことゴー氏)

ヴァレリー・インキジノフ in 「アジアの嵐」(1928)/「モンパルナスの夜」('33年)
アジアの嵐 02.jpg『モンパルナスの夜』(1933).jpg 「アジアの嵐」は、1920年代、イギリス統治のモンゴルを舞台に、〈チンギス・ハーンの後裔〉に祭り上げられたモンゴルの青年(ワレリー・インキジノフ)が,やがて民族の自覚に燃えてイギリス帝国主義に闘いを挑むという、モンゴル解放闘争の黎明期を描いたものですが、その主人公を"覚醒"させ、英国の軛(くびき)からの解放を手助けしたのがソ連であるという、ロシア革命と「共産主義」運動を美化するプロパンガンダ映画でもあります。

Storm Over Asia.jpg それゆえに評価をするのは難しいのですが、エイゼンシテインと並ぶとされるフセヴォロド・プドフキン監督でさえ、ソ連の映画監督である限り、当時はそうした映画を撮らざるを得なかったのでしょう(「戦艦ポチョムキン」('25年/ソ連)にしても共産主義的プロパガンダ映画であり、日本でも終戦から22年が経った1967年にようやく一般公開された)。演出的には、主人公が自らが"傀儡"であることに気づいて驚愕する場面などは強く印象に残るものであり、技術的には、ラストの騎馬シーンはまさに「アジアの嵐」と呼ぶに相応しい、迫力ある出来栄えでした(この映画は1930年に日本で公開されている)。

Storm Over Asia (Potomok Chingis-Khana) (1928)

007 ドクター・ノオes.jpgウルスラ・アンドレス.jpg 出演者でもう一人の注目は、やはり007シリーズ第1作「007 ドクター・ノオ (007は殺しの番号)」('62年/英)で初代ボンドガールを務めたウルスラ・アンドレス(以カトマンズの男05.jpg前はアーシュラ・アンドレスと表記されていた)でしょうか。スイス出身で両親はドイツ人。「ドクター・ノオ」出演時は英語がおぼつかなく、彼女のセリフはすべて吹き替えでしたが、それでも「ゴールデングローブ賞」のカトマンズの男06.jpg新人賞を受賞しています。その後は、ドイツ語、イタリア語、フランス語、さらにはマスターした英語の4カ国を操る語学力を活かして、ハリウッド映画にもヨーロッパ映画にも多数出演しています(出演はB級娯楽映画が多いが)。因みに、この映画出演時にはジョン・デレクと結婚していましたが、ジャン=ポール・ベルモンドと恋仲になり、1966年にはジョン・デレクと離婚しています。その後もライアン・オニールらと浮名を流したりしましたが、1980年の「タイタンの戦い」で共演したハリー・ハムリンとの間に男児を生んだものの、再婚はしていません(この手の"肉食系"女優に結婚は似合わない?)。

2up to his ears.jpg ソ連映画「アジアの嵐」のモンゴル系俳優と、アメリカ映画「007 ドクター・ノオ」のドイツ系女優が同じフランス映画に出ているというのが何となく面白いです。それにしても、映画の原題が原作の原題と同じなのですが、一体この映画のどこが「中国での中国人(CHINOIS)の苦難(TRIBULATIONS)」なのでしょうか? (ジュール・ヴェルヌの原作に敬意を表したということか。英語タイトルは"Up to His Ears"で、「足元から耳のところまで」→「トラブルにどっぷり浸かって」という感じか)。

ジャン=ポール・ベルモンド傑作選2.jpg 2021年05月25日 新宿武蔵野館.jpg

ベルモント特集2-2.jpg「カトマンズの男」ur.jpg「カトマンズの男」●原題:LES TRIBULATIONS D'UN CHINOIS EN CHINE(英:UP TO HIS EARS)●制「カトマンズの男」ps.jpg作年:1965年●制作国:フランス・イタリア●監督:フィリップ・ド・ブロカ●製作:アレクサンドル・ムヌーシュキン/ジョルジュ・ダンシジェール●脚本:ダニエル・ブーランジェ●撮影:エドモン・セシャン●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●原作:ジュール・ヴェルヌ「中国での中国相続人 ベルモント.jpg人の苦難」●時間:110分●出演:ジャン=ポール・ベルモンド/ウルスラ・アンドレス/ヴァレリー・ラグランジュ/マリア・パコム/ジェス・ハーン/ヴァレリー・インキジノフ/マリオ・ダヴィッド/ポール・プレボワ/ダリー・コール/ジョー・セイド●日本公開:1966/05●配給:エデン●最初に観た場所:新宿武蔵野館(21-05-25)(評価:★★★)●併映(同日上映):「相続人」(フィリップ・ラブロ)
「相続人」('73年)

アジアの嵐 01.jpg「アジアの嵐」●原題:Потомок Чингис-хана(STORM OVER ASIA POTOMOK CHINGIS-KHANA)●制作年:1928年●制作国:ソ連●監督:フセ2019「アジアの嵐」.jpgヴォロド・プドフキン●脚本:オシップ・ブリーク/レフ・スラヴィン/ウラジーミル・ゴンチュコフ●撮影アナトーリー・ゴロヴニャ●音楽:セルゲイ・コズロフスキー/ M・アロンソン/(サウンド版音楽)ニコライ・クリューコフ●原作:イワン・ノヴォクショーノフ「ジンギス汗の末喬」●時間:87分●出演:ワレーリー(ヴァレリー)・インキジーノフ/アナトーリー・デジンツェフ/リュドミラ・ベリンスカヤ/アネリ・スダケーヴィチ/ボリス・バルネット●日本公開:1930/10●配給:三映社(評価:★★★☆)

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「レイダース」のヒントになったノンストップ冒険サスペンス。背景としてブラジリアも良かった。
リオの男dvd - コピー.jpg リオの男000.jpg リオの男001.jpg
リオの男 [DVD]」ジャン=ポール・ベルモンド/フランソワーズ・ドルレアック
リオの男01.jpg 見習航空兵のアドリアン(ジャン・ポール・ベルモンド)は、1週間の休暇で婚約者アニェス(フランソワーズ・ドルレアック)の住むパリに滞在することに。その頃パリでは博物館の守衛が殺害されてアマゾンの小像が盗まれ、考古学者カタラン教授(ジャン・セルヴェ)が呼びだされる。その小像は、カタラン教授、アニェスの父親であるヴィレルモリオの男02.jpgーザ教授、実業家アンドレ・ディ・カストロ(アドルフォ・チェリ)の3人がブラジルの奥地探検から持ち帰った3体セットのうちの1体だった。3人は3体の小像リオの男03.jpgをそれぞれ一体ずつ所持し、カタラン教授は自分の像を博物館に寄贈したのだった。またヴィレルモーザ教授は探検後に死亡し、現地リオのある場所に自分の像を隠していた。そして、その娘アニェスは、その隠し場所の秘密を知っていた。しかし、そんな折、カタラン教授が何者かに連れ去られ、さらにアニェスまでが誘拐されてしまう。ちょうど、そこに居合わせたアドリアンは、連れ去られるアニェスの姿を見つけ、必死に後を追う。アニェスを連れた男たちは旅客機に乗り、アドリアンも咄嗟の機転リオの男04.jpgでに乗り込むと、旅客機はブラジルのリオデジャネイロまで来てしまう。リオに着いたアドリアンは、土地の少年の助けを得て、アニェスを取り戻す。小像のありかを知るアニェスの手引でアドリアンは小像を見つけ出すが、それも束の間、例リオの男05.jpgの男たちが現れ小像を奪われる。残る一つは、カストロが持っているのだ。アニェスとアドリアンは、彼の居るブラジリアに向かう。そして途中2人は、"敵"に囲まれたカタラン教授を見つけ、救出に成功するが、しかし―。

リオの男06.jpg 1964年公開のフィリップ・ド・ブロカ監督、ジャン・ポール・ベルモンドのコンビによるアクション・コメディ映画作。追いつ追われつのサスペンスをノンストップで描いたもので、公開当時、歴代フランス映画の興行記録を更新する空前のリオの男07.jpgヒットを記録したそうです。そうした娯楽映画であるとともに、1964年の「ニューヨーク映画批評家協会賞 外国語映画賞」を受賞しています(同賞は'61年、'63年、'65年とフェデリコ・フェリーニ監督作が受賞している。前年受賞作は「フェリーニの8½」)。

スティーブン・スピルバーグ5Q.jpgルパン三世 TV第1シリーズ.jpg スティーブン・スピルバーグはこの映画を公開当時劇場で9回観たほどお気に入りで、「レイダース 失われたアーク」('81年/米)等の「お手本にした」と公言してるそうです。また、モンキー・パンチのアニメ・シリーズ「ルパン三世」の元ネタとも言われています(ベルモンドの日本語版吹き替えキャストはルパンの山田康雄)。
 
リオの男 ブラジリア1.jpg テンポが良くて楽しめます。背景としてのリオの街の異国情緒もいいですが、新首都ブラジリアでの、無機質な建造物をバックにした追走劇もシュールで良かったです。まるで、イタリアの画家ジリオの男 ブラジリア2.jpgョルジョ・デ・キリコが描く絵のような背景に感じられました(建物だけ屹立していて人影がほとんど無い)。モダニズムの理念に基づいて建設された計画都市ブラジリアの当時の映像は、結構貴重ではないでしょうか。

レイダース/失われたアーク《聖櫃》.jpg 「レイダース」のヒントになったとのことですが、終盤、小像の奪い合いになり、洞窟を舞台に三体の小像が悪の手に落ちた、まさにその時、森林をゆさぶる大爆発が起きたので、「レイダース」のように巨岩が転がってくるのかと思いきや、最後はちょっとショボかったです(やはり、元にした作品以上のものを創るスピルバーグのオリジナリティはさすが)。

リオの男002.jpg ヒロイン役のフランソワーズ・ドルレアックは、1964年2月5日に封切られたこの「リオの男」と、同年4月20日に封切られた「柔らかい肌」でスターとなり、妹のカトリーヌ・ドヌーヴも1964年2月19日に封切られた「シェルブールの雨傘」でスターになったわけで、同じ年に一気に〈姉妹スター〉が誕生したことになります。

リオの男t.jpg この映画とフランソワ・トリュフォー監督の「柔らかい肌」で見せたフランソワーズ・ドルレアックの演技を比べれば、妹のカトリーヌ・ドヌーヴの当時より姉の方が演技力に幅があったことが窺えますが(「柔らかい肌」では男を不倫に引き込むCAを演じた)、1967年に妹と「ロシュフォールの恋人たち」で共演を果たした、まさにその年に、運転中に事故に遭い、25歳で亡くなっているのが惜しまれます。

L'HOMME DE RIO 1964 01.jpg L'HOMME DE RIO 1964 02.jpg

ベルモント特集2-2.jpgIベルモント特集2.jpg「リオの男」●原題:L'HOMME DE RIO(英:THAT MAN FROM RIO)●制作年:1964年●制作国:フランス・イタリア●監督:フィリップ・ド・ブロカ●製作:アレクサンドル・ムヌーシュキン/ジョルジュ・ダンシジェール●脚本:ジャン=ポール・ラプノー/アリアンヌ・ムヌーシュキン/フィリップ・ド・ブロカ/ダニエル・ブーランジェ●撮影:エドモン・セシャン●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●時間:110分●出ジャン=ポール・ベルモンド傑作選2.jpg演:ジャン=ポール・ベルモンド/フランソワーズ・ドルレアック/ジャン・セルヴェ/ロジェ・デュマ/ダニエル・チェカルディ/ミルトン「リオの男92.jpgリオの男 ps.jpg・リベイロ/ウビラシ・デ・オリヴェイラ/アドルフォ・チェリ/シモーヌ・ルナン●日本公開:1964/10●配給:東和●最初に観た場所:新宿武蔵野館(21-05-18)(評価:★★★☆)

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読みやすいし、楽しく読めるコラム集。甦る70年代後半の洋画全盛期の息吹。

地獄の観光船 (1981年).jpg地獄の観光船 (集英社文庫).jpg1『地獄の観光船』.jpg コラムは踊る―エンタテインメント評判記.jpg
地獄の観光船―コラム101 (集英社文庫)』['84年](装丁:平野甲賀+小島武)/『コラムは踊る―エンタテインメント評判記 1977~81 (ちくま文庫)』['89年](カバーイラスト:和田誠)
地獄の観光船―コラム101 (1981年)』['81年](装丁:平野甲賀(1938-2021.03)+小林泰彦)

 本書は、著者が1977年から1981年春まで「キネマ旬報」に連載した「小林信彦のコラム」をまとめたもので、単行本にする際に70年代後半のクロニクル的側面を打ち出すため、相倉久人氏の「大洪水のあとの70年代はビートルズの解散に始まり、地獄の観光船となって80年代に向かう」というエッセイのタイトルから引いて、このタイトルに改めたとのこと。1984年に集英社文庫で文庫化された後、1989年にちくま文庫で『コラムは踊る―エンタテインメント評判記 1977~81』と改題されて再文庫化されました。

 夥しい数の洋画と邦画(巻末に題名索引が付されている)を紹介し、日活アクション、ヒチコック、マルクス兄弟(単行本表紙)、B級映画などを論じるとともに、漫才ブームやタモリといったタレントにも言及していて、娯楽メディア全般を対象としているので、改題後のサブタイトルがむしろ内容紹介的には分かりやすいかもしれません(ただ、インパクトは「地獄の観光船」の方がある)。年代別に印象に残ったところを一部拾っていくと―(以下、#はコラムの通し番号。ページ数は集英社文庫)。

1977年
タクシードライバー パンフレット.jpgタクシードライバー 映画館.jpg#2.タクシードライバーで、主人公のトラヴィスが初デートでポルノ映画を観に行く件りがあり、あれは日本ではトラヴィスが非常識だということで片付けられるが、映画に出てくるポルノ映画ををやっていた小屋は、高級な映画館なのだそうです(17p)。トラヴィスなりに奮発したということか。そんなの、予備知識なしにフツーに観ている分には分からなかったなあ。単にこの男"狂っている"と思ってしまう。

ネットワーク 1976 ちらし.jpgネットワーク ロバート・デュヴァル.jpg#9.ネットワークを、わくわくするほど面白い設定なのに、ラストの一発で、すべてが嘘くさくなったケースであり「惜しい」としています(35p)。フェイ・ダナウェイが、テレビ番組の視聴率アップのためにテロリストを利用したことを指しているのでしょう。確かにあのラストでリアリティが無くなったようにも思えますが、個人的には、ある種の"寓話"として敢えてリアリティを度外視して、ああいう風なラストにしたのではないかと思います。

ROLLERCOASTER 1977.jpgROLLERCOASTER 19772.jpg#16.「ジェット・ローラー・コースター」は集団捜査劇めかしているが、保安基準局役人のジョージ・シーガルと爆発狂のティモシイ・ボトムズの対決であるとしています(53p)。この点においては「真昼の決闘」や「ジャッカルの日」などと同系譜で、特徴的なのは、敵味方がモノマニアックである点だと。なるほど。アメリカ人は大体「個対組織」より「個対個」の対決が好きなのかも。著者はこの映画のジョージ・シーガルの演技を絶賛しています。個人的には、パニック映画としては懐かしい作品ですが、「ポセイドンアドベンチャー」のような先行する巨大スケールのパニック映画があるので、スケール面でどうしても弱いかなあというのはありました。因みに、この映画の脚本は、「刑事コロンボ」でお馴染みのリチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンクでした。リチャード・ウィドマーク、ハリー・ガーディノ、スーザン・ストラスバーグなども出ていて、(観た当時の評価は★★★だが)これをB級パニック映画なんて言うと失礼にあたる?

アニー・ホール poster.jpgANNIE HALL.jpg#24.アニー・ホールは、ウディ・アレンとダイアン・キートンの実生活がベースになっているらしいとし(アニー・ホールがダイアン・キートンの本名であることには触れていない)、ウディ・アレンの映画を観ることは、「日本語のよく気きとれない外人さんが寅さん映画を観るようなもの」だとしています(72p)。個人的には、有楽町の「ニュー東宝シネマ2」というマイナーなロードショー館に観に行った際に、外国人の観客が結構多く来ていて、笑いの起こるタイミングが字幕を読んでいる日本人はやや遅れがちで、しまいには外国人しか笑わないところもあったりした記憶があります。また、会話が早すぎて、訳を端折っている感じもしました。当時は"入れ替え制"というものが無かったので、同じ劇場で2度観ました(個人的には当時、英会話学校に通っていた)。
          
1978年
ミスター・グッドバーを探して1.jpg#32.ミスター・グッドバーを探して(これもダイアン・キートンだが)を著者は大力作であると絶賛し、ショックで体調がおかしくなったくらいだとしています(93p)。当時の日本人の批評は、男が描けていないとかボロクソだったようで、著者は作品の魂が分かっていないと憤慨し、「リチャード・ブルックス老にこれほどの現代性とスタミナがあるとは、思ってもみなかった」とまで述べていますが、自分の評価も実はそう高くはなかったです(作品の魂が分からなかった?)。 そう言えば、同じ英会話学校に通っていたアメリカ帰りの友人が、この「ミスター・グッドバーを探して」を、「アニー・ホール」と共に絶賛し、ペーパーバックを読んでいました(自分も買ったと思うが、読み終えた記憶はない)。

スター・ウォーズ エピソード4.jpgスター・ウォーズ 1977 sabaku.jpg#32.「スター・ウォーズ」で、「二つのロボットが砂漠をとぼとぼ行く場面で、こんなシーンを観たことがあったな、と思った。黒澤明の「隠し砦の三悪人」のオープニング―千秋実と藤原釜足が腹をへらして歩いているシーンと同じ撮り方だ、とすぐに気づいた」とのこと(94p)。後にジョージ・ルーカス自身が黒澤明からの"頂き"だと白状しており、著者は1998年のエッセイ(『人生は五十一から』)でも「ぼくが見つけた」と書いています(自慢?)。個人的にはこの映画、周りが大騒ぎした分あまり乗り切れず、だいぶ遅れて'82年に飯田橋の佳作座で「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」との併映で、日本語吹き替え版を観ました(ハン・ソロ役の森本レオは雰スター・ウォーズ 1977 ハンソロ2.jpg囲気出ていた。ルーク役は奥田瑛二!)。悪くはないけれど、十分満足したかと言うとイマイチだったというのが当時の印象で(評価★★★☆)、前年公開の「レイダース/失われたアーク《聖櫃》」とどっこいどっこいか、やや「レーダース」の方が面白かったくらいでしょうか。やっぱりこういうのは中身云々もさることながら、"旬"の内に観ないと気分的に"乗れない"のかもしれません。そう言えば、ハリソン・フォード来日の際の記者会見で、質疑応答の際に「インディー・ショーンズ」のことは訊いてもいいけれど、「スター・ウォーズ」のことに触れるのはご法度であったとか。ハリソン・フォードの中では、ジョーンズ博士はインテリで、ハン・ソロはお馬鹿キャラとの意識があるようです。

1979年「二人でヒッチコック映画の魅力を語ろう」―和田誠氏との対談
引き裂かれたカーテン1.jpg引き裂かれたカーテン2.jpg 「引き裂かれたカーテン」('66年)を、著者は、作品は失敗だったけれど、ヒッチコック好みの俳優を使ったという意味では、この作品のポール・ニューマンがそうだとしているのに対し、和田誠は、この作品を好きだとし、ポール・ニューマンには「逆転」('63年)などのようにスリラーが似合うと言っています(143p)(「動く標的」('66年)などもそうかも。2011年にやっとDVD化された作品だが)。「引き裂かれたカーテン」の日本での低評価は、ポール・ニューマンに理論物理学者の役は似合わないという先入観によるところが大きいのではないかと思われます(東側の物理学者の前で黒板に物理方程式を書いてみせる場面がある)。また、和田誠が、ヒッチコック映画のヒロインでは「北北西に進路を取れ」('59年)のエヴァ・マリー・セイントが印象的だったと言うと、著者も、「あれは最高です」と。著者が、「引き裂かれたカーテン」のジュリー・アンドリュースを指し、色っぽくない女優を色っぽく見せることにおいてヒッチコックの独壇場だと(笑)。一方で、ファッションモデルみたいな美人も好んで使うと言っているのは確かに。その代表格が「裏窓」('54年)のグレース・ケリーということになるのでしょう(144p)。
      
1979年
ナイル殺人事件 DVD.jpgナイル殺人事件 スチール.jpg#49.ナイル殺人事件」のピーター・ユスチノフのポワロは良かったと。身体がでか過ぎるのが次第に気にならなくなったのは、彼の演技力の賜物だとしています(ピーター・ユスティノフ はその後「地中海殺人事件」('82年)、「死海殺人事件」 ('88年)でもポアロを演じることになる)。クリスティが自作「カーテン」でポワロを殺してしまったのは、こうすれば誰かが著作権者に金を払ってポワロ物の続きを書くといったことが出来ないからだということで、なるほどなあ。007が登場する小説を書こうと思ったら著作権者に金を払わなければならないわけだ(164p)。これがジェフリー・ディーバーやアンソニー・ホロヴィッツぐらいになるとと、逆にイアン・フレミング・エステートからのオファーを受けて書くことになるわけか。

麦秋 dvd V.jpg麦秋 sugimura.jpg#52.麦秋('51年、小津安二郎監督)を正月にNHKで観て(この辺りからテレビで観たものも入ってくる。今の著者の「週刊文春」の連載のエッセイ「本音を申せば」(旧題は「生は五十一から」)がこのパターンだなあ)、石堂淑朗(1932年生まれ「怪奇大作戦/呪いの壷呪いのツボ」('69年)の脚本)、笠原和夫(1927年生まれ・「仁義なき戦い」('73年)の脚本)など著者の多くの知人がしゅんとしたそうな(173p)。著者自身、「封切当時は、古い映画、死ね、とった気持ちで観ていた」とのことで、それを今観て粛然とした気持ちになるのは、「要するに、ぼくらの世代はトシをとったのだ、ということでしょうがねえ」と。これを書いている時点で著者は45歳くらいのはずですが...。

ビッグ・ウェンズデー dvd.jpgビッグ・ウェンズデー 1.jpg#53.ビッグ・ウェンズデーを、脚本・監督のジョン・ミリアスの、自伝的と言うより、私小説ならぬ私映画の秀作としていて、なるほどね。日本ではサーフィン・ブームが始まったところなので、「若い観客を動員できれば、アタると思うのですが」と(実際、そこそこヒットしたのでは)。「これは、もう、浦山桐郎さんの世界ですね」と言っているのが面白いです(176p)。「アメリカン・グラフィティ」などと同じノスタルジー映画の系譜ということでしょうか。

エノケンの近藤勇2.bmp#55.エノケンの近藤勇 「エノケンの頑張り戦術」などエノケン映画を、久々に上京してきた筒井康隆氏と二日間にわたり4本観たと(179p)(この辺りからエノケンの頑張り戦術 1.jpg日記風の話も多くなり、この様式も「週刊文春」の連載のエッセイ「本音を申せば」に受け継がれている)。二日目から色川武大氏が加わったというからスゴイ面子。それにしても「エノケンの頑張り戦術」を「博覧強記の色川さんが、題名さえも知らなかった」とは意外。そう言う著者も、「頑張り戦術」は知らなかったとのこと。按摩に化けたエノケンが如月寛多を「もみくちゃ」にし、取っ組み合いになるところを、カメラ据えっぱなしのワンショットで撮っているいるところが、飛びぬけて面白かったとしていますが、「エノケンの近藤勇」にもそうした撮り方をしている場面があります。

料理長殿、ご用心 p1.jpg料理長シェフ殿、ご用心 02.jpg#58.料理長(シェフ)殿、ご用心を「さいきん、数少ない〈小品佳作〉であった」と。〈小品佳作〉というのは、戦前から戦後にかけてよく使用された言葉で、出演者のランクを認めた上での言葉で、「料理長殿、ご用心」で言えば、ジャクリーン・ビセットが素晴らしく、一人で全編を支えているとしています。そう言えば、和田誠も『お楽しみはこれからだ PART3―映画の名セリフ』('80年)でこの映画を評価していましたが、あれもこのコラムと同時期の「キネマ旬報」の連載コラムでした。

復讐するは我にあり dvd7.jpg復讐するは我にあり  04 .jpg#61.復讐するは我にありを、面白かったとして取り上げています(193p)。「前半の屋外場面は冴えないが、後半、浜松の旅館に移ってから、今村昌平調の屋内ドラマが溌溂とする。緒形拳がシャニムニという力演で、よろしかった」と。但し、「犯罪者の〈内面の追究〉というのは、あまり、意味がないと思う」とも。著者は邦画も数多く観ていますが、かなり厳しめの評価になるのは、常に洋画と比較しているからではないかと思ったりもしました。

エイリアン DVD.jpgエイリアン ジョンハート.jpg#62.エイリアンをFOXで観せてもらった(195p)とのことで、試写会でしょうか。「宇宙船内のわりにリアルな描写」を良いとし、着陸する変な惑星は、1950年代の「禁断の惑星」風であると。そっかあ。この映画を観た時、「禁断の惑星」はまだ観ていなかったので気がつきませんでした。「要するに、これは、SFに形を借りた恐怖映画」なのだと。そう言えば、内田樹氏が『映画の構造分析』(晶文社)の中で、妊娠と出産に対する女性の側の恐怖の暗喩だと言っていたのを思い出しました。

人情紙風船2.jpg人情紙風船 dvd1.jpg #63.人情紙風船('37年・山中貞雄監督)を、機会があって観たとあります(200p)。邦画に厳しいと書きましたが、この映画に関しては「もう、よくって、よくって。だまされたと思って、観てごらんなさい。こんな映画も、めったにないよ」とべた褒めです。でも、実際、いい映画なのです(かなり暗い話だけれど)。

 
 
1980年
二百三高地 dvd.jpg#90.二百三高地を、「もっとも不足しているのは〈ふつうの描写〉である」と(267p)。「人間がメシを食うとか、そういう描写が下手、というより、まるで無い」のがだめで、観客は大戦争とかを常に観たいと思うのではなく、ときどき〈ふつうの描写〉も眺めたいと思うもので、「クレーマー、クレーマー」などは、その欲求にぴしりとはまったからヒットしたのだと。個人的にも、「二百三高地」はいいと思わなかったけれど、それは乃木希典の描き方に不満を感じたりしたからで、一方で、こうした見方もあるのだなあと。著者は、「小津安二郎的なものに、心を惹かれるきょうこのごろで、要するに、トシですわな」とも言ってはいますが。

殺しのドレス.jpgDRESSED TO KILL Angie Dickinson.jpg#95.殺しのドレス(ブライアン・デ・パルマ監督)を絶賛(279p)。「二度見た。あまりに面白かったからだが、とにかく、アタマが白紙の状態だったからこそ、最高に楽しめたのだ」と。こういうのは、「いっさい、何も知らないみなければならない」とし、リポーター(しばしば映画評論家という肩書がつく)が映画の内容をばらしてしまう風潮を痛烈に批判しています。思うに、最近の日本映画などは、もう観る前に大体の内容はわかっていて、若い人などは、描かれ方を確認するような鑑賞スタイルになってきているのではないでしょうか。
殺しのドレス スペシャル・エディション [DVD]

 先にも書いた通り、連載の後の方では、漫才ブームやタレントの話もあって、映画に限っても、話題は、作品観賞から、映画館について、字幕の話など多岐にわたり、80年代に入ってからは、すでに世に出始めたビデオで映画を観るということについても触れています(まだVHSとベータがシェア争いをしていた頃だが)。

 この著者のコラムは、読みやすいし、また楽しく読めますが、著者のあとがきによれば、「キネマ旬報」という映画専門誌に連載しながら(「だからこそ」とも言えるが)、敢えて映画評とはなるべく離れた内容の方がいいと言う編集部の意向に、著者自身も沿ったものだとのこと。個人的は、70年代後半の洋画全盛期の息吹がリアルタイムで甦ってくるようなコラム集であったし、当時の自分の評価の振り返りにもなりました。「ジェット・ローラー・コースター」などは、観た当時は「B級」と思いましたが(これ、著者に言わせれば差別用語になるらしい)、著者が言うところの〈小品佳作〉だったかもしれないと思います。観直していないので評価は★★★のまま修正はしませんでしたが、機会があれば観直してみたいと思います(2017年にHDリマスター版Blu-rayがリリーズされている)。

    
タクシードライバー」01.jpgタクシー・ドライバー チラシ.jpg「タクシードライバー」●原題:TAXI DRIVER●制作年:1976年●制作国:アメリカ●監督:マーティン・スコセッシ●製作:マイケル・フィリップス/ジュリア・フィリップス●脚本:ポール・シュレイダー●撮影:マイケル・チャップマン●音楽:バーナード・ハーマン●時間:114分●出演:ロバート・デ・ニーロ/シビル・シェパード/ジョディ・フォスター/ハーヴェイ・カイテル/ピーター・ボイル/アルバート・ブルックス/マーティン・スコセッシ/ジョー・スピネル/ダイアン・アボット/レナード・ハリス/ヴィクター・アルゴ/ガース・エイヴァリー/リチャード・ヒッグス/ロバート・マルコフ、/ハリー・ノーサップ/スティーブン・TAXI DRIVER.PETER BOYLE AND ROBERT DE NIRO.jpgプリンス●日本公開:1976/09●配給:コロムビア映画●最初に観た場所:早稲田松竹(77-11-05)●2回目:池袋文芸坐(79-02-11)●3回目:三鷹オスカー(81-03-18)●4回目:早稲田松竹(85-03-23)(評価:★★★★★)●併映(1回目):「アメリカングラフィティ」(ジョージ・ルーカス)●併映(2回目):「ローリング・サンダー」(ジョン・フリン)●併映(3回目):「アリスの恋」(マーティン・スコセッシ)/「ミーン・ストリート」(マーティン・スコセッシ)●併映(4回目):「ミッドナイト・エクスプレス」(アラン・パーカー)


ネットワーク 1976 11.jpgネットワーク [DVD].jpg「ネットワーク」●原題:NETWORK●制作年:1976年●制作国:アメリカ●監督:シドニー・ルメット●製作:ハワード・ゴットフリード●脚本:パディ・チャイエフスキー●撮影:オーウェン・ロイズマン●音楽:エリオット・ローレンス●時間:121分●出演:フェイ・ダナウェイ/ウィリアム・ホールデン/ピーター・フィンチ/ロバート・デュヴァル/ベアトリス・ストレイト/ウェズリー・アディ/ネッド・ビーティ/ジョーダン・チャーニー/コンチャータ・フェレル/レイン・スミス/マーリーン・ウォーフィールド●日本公開:1977/01●配給:ユナイト映画●最初に観た場所:池袋・文芸坐(78-12-13)(評価:★★★★)●併映:「カプリコン・1」(ピーター・ハイアムズ)
ネットワーク [DVD]


ジェット・ローラー・コースター -HDリマスター版- [Blu-ray]
ジェット・ローラー・コースター dvd.jpg「ジェット・ローラー・コースター」●原題:ROLLERCOASTER●制作年:1977年●制作国:アメリカ●監督:ジェームズ・ゴールドストーン●製作:ジェニングス・ラング●脚本:リチャード・レヴィンソン/ウィリアム・リンク●撮影:デヴィッド・M・ウォルシュ●音楽:ラロ・シフリン●時間:119分●出演:ジョージ・シーガル/ヘンリー・フォンダ/リチャード・ウィドマーク/ティモシー・ボトムズ/ハリー・ガーディノ/ハリー・デイビス/スーザン・ストラスバーグ/ヘレン・ハント/スティーヴ・グッテンバーグ●日本公開:1977/06●配給:CIC●最初に観た場所:池袋・テアトルダイヤ(78-01-21)(評価:★★★)●併映:「新・猿の惑星」(ドン・テイラー)/「ローラーボール」(ノーマン・ジュイソン)/「世界が燃えつきる日」(ジャック・スマイト)(オールナイト)

ANNIE HALL .jpg「アニー・ホール」●原題:ANNIE HALL●制作年:1977年●制作国:アメリカ●監督:ウディ・アレン●製作:チャールズ・ジョフィ/ジャック・ローリンズ●脚本:ウディ・アレン/マーシャル・ブリックマン●撮影:ゴードン・ウィリス ●時間:94分●出演:ウディ・アレン/ダイアン・キートン/トニー・ロバーツ/シェリー・デュバル/ポール・サイモン/シガニー・ウィーバー/クリストファー・ウォーケン/ジェフ・ゴールドブラム/ジョン・グローヴァー/トルーマン・カポーティ(ノンクレジット)●日本公開:1978/01●配給:オライオン映画●最初に観た場所:有楽町・ニュー東宝シネマ2(78-01-18)●2回目:有楽町・ニュー東宝シネマ2 (78-01-18)(評価:★★★★)


映画パンフレット 「ミスターグッドバーを探して」.jpg「ミスター・グッドバーを探して」●原題:LOOKING FOR MR. GOODBAR●制作年:1977年●制作国:アメリカ●監督・脚本:リチャード・ブルックス●製作:フレディ・フィールズ●撮影:ウィリアム・A・フレイカー●音楽:アーティ・ケイン●原作:ジュディス・ロスナー「ミスター・グッドバーを探して」●時間:135分●出演:ダイアン・キートン/アラン・フェインスタイン/リチャード・カイリー/チューズデイ・ウェルド/トム・ベレンジャー/ウィリアム・アザートン/リチャード・ギア●日本公開:1978/03●配給:パラマウント=CIC●最初に観た場所:飯田橋・佳作座(79-02-04)(評価:★★☆)●併映:「流されて...」(リナ・ウェルトミューラー)
映画パンフレット 「ミスターグッドバーを探して」出演ダイアン・キートン


昭和外国映画史―「月世界探検」から「スター・ウォーズ」まで「別冊1億人の昭和史」』('78年6月/毎日新聞社)
0昭和外国映画史.jpgスター・ウォーズ 1977 ハンソロ1.jpg「スター・ウォーズ(「スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望」)」●原題:THE STAR WARS●制作年:1977年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ジョージ・ルーカス●製作: ゲイリー・カーツ●撮影:ギルバート・テイラー●音楽:ジョン・ウィリアムズ●時間:121分(特別編:125分)●出演:マーク・ハミル/ハリソン・フォード/キャリー・フィッシャー/デヴィッド・プラウズ/ジェームズ・アール・ジョーンズ(声)/アレック・ギネス/アンソニー・ダニエルズ/ケニー・ベイカー/ピーター・メイヒュー/ピーター・カッシング/フィル・ブラウン/シラー・フレイザー/ジェレミー・ブロック/ポール・ブレイク/ローリー・グード/アンソニー・フォレスト/ドリュー・ヘンレイ/アンガス・マッキネ/デニス・ローソン/ギャリック・ヘイゴン/ローリー・グード/パム・ローズ/リチャード・ルパルメンティエ/デレック・ライオンズ●日本公開:1978/06●配給:20世紀フォックス映画●最初に観た場所:飯田橋・佳作座(82-07-11)(評価:★★★☆)●併映:「レイダース 失われた《聖櫃》」(スティーブン・スピルバーグ)


引き裂かれたカーテン 1966.jpg引き裂かれたカーテン5.jpg「引き裂かれたカーテン」●原題:TORN CURTAIN●制作年:1966年●制作国:アメリカ●監督・製作:アルフレッド・ヒッチコック●ジェニングス・ラング●脚本:ブライアン・ムーア/ウィリス・ホール/キース・ウォーターハウス●撮影:ジョン・F・ウォーレン●音楽:ジョン・アディソン●時間:128分●出演:ポール・ニューマン /ジュリー・アンドリュース/ハンスイェルク・フェルミー/ギュンター・シュトラック/ルドウィヒ・ドナート/ヴォルフガング・キーリング/リラ・ケドロヴ/モート・ミルズ/ギゼラ・フィッシャー/デヴィッド・オパトッシュ/タマラ・トゥマノワ/モーリス・ドナー/ロバート・ブーン/ノーバート・シラー/ハロルド・ディレンフォース/アーサー・グールド=ポーター/ピーター・ローレ・Jr/アンドレア・ダルビー/エリック・ホランド/レスター・フレッチャー●日本公開:1966/10●配給:ユニバーサル・ピクチャーズ.(評価:★★★★)
引き裂かれたカーテン [DVD]


「ナイル殺人事件」映画パンフレット
ナイル殺人事件 パンフレット.jpgナイル殺人事件 オリヴィア・ハッセー.jpgナイル殺人事件 べティ・デイヴィス.jpgミア・ファロー_3.jpg「ナイル殺人事件」●原題:DEATH ON THE NILE●制作年:1978年●制作国:イギリス●監督:ジョン・ギラーミン●製作:ジョン・ブラボーン/リチャード・グッドウィン●脚本:アンソニー・シェーファー●撮影:ジャック・カーディフ●音楽:ニーノ・ロータ●原作:アガサ・クリスティ「ナイルに死す」●時間:140分●出演:ピーター・ユスティノフ/ミア・ファローベティ・デイヴィス/アンジェラ・ランズベリー/ジョージ・ケネkinopoisk.ru-Death-on-the-Nile-1612353.jpgディ/オリヴィア・ハッセー/ジョン・フィンチ/マギー・スミス/デヴィッド・ニーヴkinopoisk.ru-Death-on-the-Nile-1612358.jpgン/ジャック・ウォーデン/ロイス・チャイルズサイモン・マッコーキンデール/ジェーン・バーキン/サム・ワナメイカー/ハリー・アンドリュース●日本公開:1978/12●配給:東宝東和●最初に観た場所:日比谷映画劇場(78-12-17)(評価:★★★☆)

  

麦秋 1.jpg「麦秋」●制作年:1953年●監督:小津安二郎●製作:山本武●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田麦秋 1951  .jpg雄春●音楽:伊藤宣二●時間:124分●出演:原節子/笠智衆/淡島千景/三宅邦子/菅井一郎/東山千栄子/杉村春子/二本柳寛/佐野周二/村瀬禪/城澤勇夫/高堂国典/高橋とよ/宮内精二/井川邦子/志賀真津子/伊藤和代/山本多美/谷よしの/寺田佳世子/長谷部朋香/山田英子/田代芳子/谷崎純●公開:1951/03●配給:松竹(評価:★★★★☆)


ビッグ・ウェンズデー  ps.jpgBig Wednesday (1978).jpgBIG WEDNESDAY .jpg「ビッグ・ウェンズデー」●原題:BIG WENSDAY●制作年:1978年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・ミリアス●製作:バズ・フェイトシャンズ/アレクサンドラ・ローズ●脚本:ジョン・ミリアス/デニス・アーバーグ●撮影:ブルース・サーティース●音楽:ベイBIG WEDNESDAY.jpgジル・ポールドゥリス●時間:119分●出演:ジャン=マイケル・ヴィンセント/ウィリアム・カットBIG WEDNESDAY   .jpg/ゲイリー・ビジー/リー・パーセル/サム・メルヴィル/パティ・ダーバンヴィル/ダレル・フェティ/ジェフ・パークス/レブ・ブラウン/デニス・アーバーグ/リック・ダノ/バーバラ・ヘイル/ジョー・スピネル/ロバート・イングランド●日本公開:1979/04●配給:ワーナー・ブラザーズ●最初に観た場所:テアトル吉祥寺(82>-03-13)(評価:★★★☆)●併映:「カッコーの巣の上で」(ミロシュ・フォアマン)


エノケンの近藤勇1.jpg「エノケンの近藤勇」●制作年:1935年●監督:山本嘉次郎●脚本・原作:ピエル・ブリヤント/P.C.L.文芸部●撮影:唐沢弘光●音楽:栗原重一●時間:81分●出演:榎本健一/二村定一/中村是好/柳田貞一/如月寛多/田島辰夫/丸山定夫/伊藤薫/花島喜世子/宏川光子/北村季佐江/エノケンの頑張り戦術 vhs.jpg千川輝美/高尾光子/夏目初子●公開:1935/10●配給:P.C.L.(評価:★★★)
「エノケンの頑張り戦術」●制作年:1939年●監督:中川信夫●脚本・原作:小国英雄●撮影:伊藤武夫●音楽:栗原重一●時間:74分●出演:榎本健一/宏川光子/小高たかし/如月寛多/渋谷正代/川童/柳田貞一/柳文代/音羽久米子/北村武夫 /金井俊夫/南光司●公開:1939.09●配給:東宝東京(評価:★★★)


01料理長(シェフ)殿.jpg02料理長(シェフ)殿.jpg「料理長(シェフ)殿、ご用心」●原題:SOMEONE IS KILLING THE GREAT CHEFS OF EUROPE●制作年:ヴァン・ライアンズ/ナン・ラ1978年●制作国:アメリカ●監督:テッド・コチェフ●脚本:ピーター・ストーン●撮影:ジョン・オルコット●音楽:ヘンリー・マンシーニ●原作:アイヴァン・ライアンズ/03料理長(シェフ)殿.pngナン・ライアンズ●時間:112分●出演:ジャクリーン・ビセット/ジョージ・シーガル/ロバート・モーレイ/ジャン=ピエール・カッセル/フィリップ・ノワレ/ジャン・ロシュフォール/ルイージ・プロイェッティ/ステファノ・サッタ・フロレス●日本公開:1979/05●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:五反田TOEIシネマ(80-02-18)(評価:★★★)●併映「セント・アイブス」(J・リー・トンプソン)/「クリスチーヌの性愛記」(アロイス・ブルマー)

Fukushû suru wa ware ni ari (1979)
Fukushû suru wa ware ni ari (1979) .jpg復讐するは我にありC.jpg「復讐するは我にあり」●制作年:1979年●監督:今村昌平●製作:井上和男●脚本:馬場当/池端俊策●撮影:姫田真佐久●音楽:池辺晋一郎●原作:佐木隆三●時間:140分●出演:緒形拳/三國連太郎/ミヤコ蝶々/倍賞美津子/小川真由美小川真由美 復讐するは我にあり2.jpg清川虹子/殿山泰司/垂水悟郎/絵沢萠子/白川和子/フランキー堺/北村和夫/火野正平/根岸とし江(根岸李江)/河原崎長一郎/菅井きん/石堂淑郎/加藤嘉/佐木隆三●公開:1979/04●配給:松竹●最初に観た場所(再見):新宿ピカデリー(緒形拳追悼特集)(08-11-23)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(10-01-17)(評価:★★★★☆)


エイリアン 1979.jpgエイリアン スタントン.jpg「エイリアン」●原題:ALIEN●制作年:1979年●制作国:アメリカ●監督:リドリー・スコット●製作:ゴードン・キャロル/デヴィッド・ガイラー/ウォルター・ヒル●脚本:ダン・オバノン●撮影:デレク・ヴァンリント●音楽:ジェリー・ゴールドスミス●時間:117分●出演:トム・スケリット/シガニー・ウィーバー/ヴェロニカ・カートライト/ハリー・ディーン・スタントン/ジョン・ハート/イアン・ホルム/ヤフェット・コットー●日本公開:1979/07●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:三軒茶屋東映(84-07-22)(評価:★★★★)●併映:「遊星からの物体X」(ジョン・カーペンター)


人情紙風船 kawarazaki.jpg人情紙風船 01.jpg「人情紙風船」●制作年:1937年●監督:山中貞雄●製作:P.C.L.●脚本:三村伸太郎●撮影:三村明●音楽:太田忠郎●美術考証:岩田専太郎●原作:河竹黙阿弥(『梅雨小袖昔八丈』、通称『髪結新三』)●時間:86分●出演:河原崎長十郎(海野又十郎)/中村翫右衛門(髪結新三)/山岸しづ江(又十郎の女房おたき)/霧立のぼる(白子屋の娘お駒)/助高屋助蔵(家主長兵衛)/市川笑太朗(弥太五郎源七)/中村鶴蔵 (金魚売源公)/市川莚司[加東大介])(猪助)/橘小三郎[藤川八蔵](毛利三左衛門)/御橋公(白子屋久左衛門)/瀬川菊乃丞(忠七)/市川扇升(長松)/原緋紗子(源公の女房おてつ)/坂東調右衛門/市川樂三郎/市川菊之助/岬たか子●公開:1937/08●配給:東宝映画●最初に観た場所:早稲田松竹(07-08-12)(評価:★★★★☆)●併映:「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」(山中貞雄)


7二百三高地 丹波哲郎 dvdジャケット1.jpg「二百三高地」●制作年:1980年●監督:舛田利雄●脚本:笠原和夫●撮影:飯村雅彦●音楽:山本直純●主題曲:さだまさし●時間:181分●出演:仲代達矢/あおい輝彦/新沼謙治/湯原昌幸/佐藤允/永島敏行/長谷川明男/稲葉義男/新克利/矢吹二朗/船戸順/浜田寅彦/近藤宏/伊沢一郎/玉川伊佐男/名和宏/横森久/武藤章生/浜田晃/三南道郎/二百三高地 丹波哲郎.jpg北村晃一/木村四郎/中田博久/南廣/河原崎次郎/市川好朗/山田光一/磯村健治/相馬剛三/高月忠/亀山達也/清水照夫/桐原信介/原田力/久地明/秋山敏/金子吉延/森繁久彌/天知茂/神山繁/平田昭彦/若林豪/野口元夫/土山登士幸/川合伸旺/久遠利三/須藤健/吉原正皓/愛川欽也/夏目雅子/野際陽子/桑山正一/赤木春恵/原田清人/北林早苗/土方弘/小畠絹子/河合絃司/須賀良/石橋雅史/村井国夫/早川純一/尾形伸之介/青木義朗/三船敏郎/松尾嘉代/内藤武敏/丹波哲郎●公開:1980/08●配給:東映●最初に観た場所:飯田橋・佳作座 (81-01-24)(評価:★★)●併映:「将軍 SHOGUN」(ジェリー・ロンドン)


『殺しのドレス』(1980) 2.jpg「殺しのドレス」●原題:DRESSED TO KILL●制作年:1980年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ブライアン・デ・パルマ●製作:ジョージ・リットー●撮影:ラルフ・ボード●音楽:ピノ・ドナッジオ●時間:114分●出演:マイケル・ケイン/アンジー・ディキンソン/ナンシー・アレン/キース・ゴードン/デニス・フランツ/デヴィッド・ マーグリーズ/ブランドン・マガート●日本公開:1981/04●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:六本木・俳優座シネマテン(81-04-03)●2回目:テアトル吉祥寺 (86-02-15)(評価:★★★★)●併映(2回目):「デストラップ 死の罠」(シドニー・ルメット)/「日曜日が待ち遠しい!」(フランソワ・トリュフォー)/「ハメット」(ヴィム・ヴェンダース)

【1984年文庫化[集英社文庫]/1989年再文庫化[ちくま文庫(『コラムは踊る―エンタテインメント評判記 1977~81』)]】


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ジャン・ギャバンとアラン・ドロンの初共演作。やはりラストがこの映画の白眉か。

地下室のメロディー dvd.jpg地下室のメロディー Blu-ray.jpg地下室のメロディー 0.jpg
ジャン・ギャバン/アラン・ドロン
<初回限定生産>地下室のメロディー Blu-ray
地下室のメロディ [DVD]

地下室のメロディー 1.jpg 強盗罪で5年間服役していた老ギャングのシャルル(ジャン・ギャバン)は、刑期を終えて出所した。妻のジャネット(ヴィヴィアーヌ・ロマンス)は夫にはギャング稼業から足を洗って欲しいと願うが、シャルルは、昔の仲間マリオ(アンリ・ヴァルロジュー)の元を訪ね、人生最後の大仕事としてカンヌのパルム・ビーチにあるカジノの地下金庫から10億フランという大金をごっそり奪い取る作戦を立てる。人手の欲しいシャルルは、かつて刑務所で目をつけていた若いチンピラのフランシス・ヴ地下室のメロディー 2.jpgェルロット(アラン・ドロン)とその義兄ロイス・ノーダン(モーリス・ビロー)を仲間に引き入れる。彼らはまず下調べのためカジノに行き、極秘裏に地下金庫へ運び込まれる大金の搬入ルートを確認する。シャルルの助言でフランシスは金持ちの御曹司に成りすまし、運転手役のロイスと共にカジノのあるホテルに向かい、カジノのダンサーのブリジット(カルラ・マルリエ)を口説いて親しくなり、一般客が立ち入れないカジノの舞台裏へ出入りする口実を掴む。作戦決行日はカジノのオーナーが売上金を運び出す頃合いを見計らって決定した。地下室のメロディー 3.jpg当日、フランシスはブリジットのステージを観た後カジノの舞台裏に侵入、換気ダクトを伝ってエレベーターの屋根に身を潜め、オーナーと会計係が売上金の勘定をしている様子を見る。覆面にマシンガンのフランシスがオーナーらの前に現れ、会計係に鍵を開けさせてシャルルを引き入れると、まんまと大金10億フランを奪ってバッグに詰め込み、ロイスの運転するロールスロイスで逃走する。金は事前に押さえていた更衣室に隠し、シャルルとフランシスはそれぞれ別のホテルに泊まって警察の目をやり過ごす。作戦は大成功と思われたが、翌朝、シャルルが朝食を取りながら新聞を見ると、一面にカジノにいたフランシスの写真が大きく写し出されていた。慌てたシャルルはロイスを逃がし、何とか警察の手を逃れようとフランシスと共に観光客を装って脱出の隙を窺う。しかし、犯行に使ったバッグの外観をカジノのオーナーらは覚えており、フランシスは慌ててバッグをホテルのプールに沈める―。

 1963年製作のアンリ・ヴェルヌイユ監督作で、原作はジョン・トリニアンの『地下室のメロディー』('63年/ハヤカワ・ミステリ)。ジャン・ギャバンとアラン・ドロンが初共演したこの作品は、1963年ゴールデングローブ賞外国映画賞を受賞するなどし、クライムサスペンスの名作とされています(二人はその後「シシリアン」('69年)、「暗黒街のふたり」('73年)で共演)。また、メインテーマは、ホンダの3代目プレリュード('87年)やサントリーのコーヒーBOSS無糖ブラック('07年)のCMで使われたりもしたので、日本でも多くの人に馴染みがあるのではないかと思います。

 まず、ジャン・ギャバン演じるシャルルが出てくる冒頭で、道路の名前が変わったことを彼が初めて知るところから、彼が刑務所を出たばかりであることを窺わせるところなどは上手いと思われ、その後家に帰ってきてからの妻とのやり取りにも無駄がありません。そして、すぐさま、「人生で一番でかいこと」に取り組まんとする彼に惹きけられていきます(それにしても、出所したてでまた強盗計画とは、諦めるということはないのだ、この主人公は)。

地下室のメロディー doron.jpg シャルルはアラン・ドロン演じるフランシスを相棒にし、その義兄まで仲間に引き入れますが(その際に義兄が信用のおける人物か、刑事を装ってテストしている)、フランシスに対し、カジノで上客としてふるまう方法を伝授すると、最初はチンピラにしか見えなかった彼が、どこかの貴公子に見えてくるから面白い。話が出来すぎているようにも思えますが、アラン・ドロンの美貌であれば、カジノのダンサーを手懐けるのも朝飯前かなとも思ってしまいます。

 でも、調子に乗ったフランシスが時間にルーズなのに対し、「やる気が失せた、幽霊とは組めない。1分が命取りなんだぞ」と雷を落とすところなどは、ベテラン・ギャバンの貫禄。決行の1週間前の同じ曜日・時間にリハーサルをさせるなど、シャルルの方がフランシスよりずっと慎重です。でも、ここまで入念に準備しても、本番では何が起こるかわからない―。

 実際、当日、カジノの舞台裏に侵入したフランシスでしたが、舞台裏がダンサーたちの打ち上げ会場みたいになってしまったため、なかなか次の行動に移れません(たまたまショーの千秋楽みたいな日だったのか)。ようやっとダクトに入り込んで、エレベーターまで辿り着きますが、かなりのタイムロスで、観ている方もハラハラさせられます(ダクトを使っての移動というのは、その後、多くの映画で使われたが、これが元祖?)。

last地下室のメロディー.jpg それでも、フランシスはシャルルと何とか地下金庫前で落ち合い(金庫までの道のりに苦労したフランシスに対し、シャルルがあっさり金庫に辿り着いているのが可笑しいが)、地下金庫からの大金の奪取に成功。二人にとってメデタシ、メデタシと思いきや―ということで、あの有名なラストシーンに向かいますが、この映画、プロセスの描写もいいですが、やはり決め手はあのラストシーンでしょう。

 ラストシーンがこの映画のクライマックスであり(アンチクライマックスとも言える)、そのクライマックスシーンにおいて主役の二人がじっと動かないでいる―いや、動こうにもまったく動けないでいる、それでいて、今起きていることをまざまざと見せつけられる、そのほろ苦さ(本人たちからすれば"残酷さ"と言った方がいいか)がこの映画の白眉というか、最大の持ち味でしょう。

地下室のメロディー カラー版.jpg 2016年にHDリマスター版とカラーライズ版の2枚組のDVDがリリースされましたが、やっぱりカラーより白黒の方がいいです。HDリマスター版を観ると、プールサイドのシーンなど、意図的に光量を上げて、光と闇のコントラストを浮き立たせているようにも思えました。

 この映画の結末は、スタンリー・キューブリック監督の「現金(ゲンナマ)に体を張れ」('56年)を彷彿とさせるものでもあります。また、この映画の18日前にフランスで公開されたジャック・ドゥミ監督、ジャンヌ・モロー主演の「天使の入江」('63年)にも、ニースのカジノが出てきます(ロケ隊同士が対面しなかっただろうか)。共に観比べてみるのもいいかもしれません。

地下室のメロディー ps.jpg「地下室のメロディー」●原題:MELODIE EN SOUS-SOL(米:ANY NUMBER CAN WIN/英:THE BIG SNATCH)●制作年:1963年●制作国:フランス●監督:アンリ・ヴェルヌイユ●脚本:ミッシェル・オーディアール/アルベール・シモナン/アンリ・ヴェルヌイユ●撮影:ルイ・パージュ●音楽:ミシェル・マーニュ●時間:118分●出演:ジャン・ギャバン/アラン・ドロン/ヴィヴィアーヌ・ロマンス/モーリス・ビロー/ジャン・カルメ/カルラ・マルリエ/クロード・セバール●日本公開:1963/08●配給:ヘラルド●最初に観た場所:三鷹オスカー(79-04-15)(評価:★★★★)●併映:「ル・ジタン」(ジョゼ・ジョヴァンニ)/「ブーメランのように」(ジョゼ・ジョヴァンニ)

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バルタザールは何の象徴なのか。バルタザールにとって死は幸福だったと示唆しているのか。

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バルタザールどこへ行く HDマスター ロベール・ブレッソン [DVD]」チラシ

バルタザールどこヘ行くド.jpg ピレネーのある農場の息子ジャックと教師(フィリップ・アスラン)の娘マリーは、ある日一匹の生れたばかりのロバを拾って来て、バルタザールと名付けた。10年後、バルタザールは鍛冶屋の苦役に使われていたが、苦しさに耐えかねて逃げ出し、マリーのもとへ。久しぶりの再会に喜んだマリー(アンヌ・ヴィアゼムスキー)は、その日からバルタザールに夢中になる。これに嫉妬したパン屋の息子ジェラール(フランソワ・ラファルジュ)を長とする不良グループは、ことあるごとに、バルタザールに残酷な仕打ちを加える。その頃、マリーの父親と農場主との間に訴訟問題がもち上り、十年ぶりにジャック(ヴァルター・グリーン)が戻って来た。しかし、マリーの心は、ジャックから離れていた。訴訟はこじれ、バルタザールはジェラールの家へ譲渡された。バルタザールの身を案じて訪れて来たマリーは、ジェラールに誘惑される。その現場をバルタザールはじっとみつめていた。その日から、マリーは彼等の仲間に入り、バルタザールから遠のく。訴訟にマリーの父親は敗れるが、ジャックは問題の善処を約束、マリーに求婚した。心動かされたマリーは、すぐにジェラールたちに話をつけに行くが、仲間四人に暴行されてしまう―。

バルタザールどこヘ行くロード.jpg ロベール・ブレッソン監督の1966年作品で、第27回ベネチア国際映画祭審査員特別表彰(サン・ジョルジョ賞)をはじめ、フランス映画批評家協会賞(ジョルジュ・メリエス賞)などを多くの賞を受賞した作品です(日本公開前に「バルタザールが行きあたりばったり」という訳題で紹介された)。ブレッソンが長年映画化を望んだ本作は、聖なるロバ"バルタザール"をめぐる現代の寓話であり、ドストエフスキーの長編小説「白痴」の挿話から着想し(ドストエフスキーの長編は、しばしば本筋を"脱線"して長大な挿話が入ることが多いが、これもその1つか)、一匹のロバ"バルタザール"と少女マリーの数奇な運命を繊細に描いています。

 マリーの両親は誇り高さゆえに没落し、マリーは不良少年ジェラールに拐かされ悪徳の道に墜ちていき、そして、不良少年らに暴行されたマリーが村から消えて、彼女の父親は落胆のあまり死に、バルタザールは、ジェラールの密輸の手仕いをさせられた挙句、ピレネー山中で税関との銃撃戦に巻き込まれ斃れる―というように、人間の欲望と愚かさが横溢し、誰も幸せにならない(バルタザールを含め)、と言うより、不幸になることを運命づけられているような話でした。

バルタザールどこヘ行く3.jpg 最初は、ロバのバルタザールを巡ってのマリーの話かと思ましたが、最後はマリーもいなくなり、振り返ってみれば、バルタザールが主人公のような映画でした(演技をしない主人公であることが特殊だが)。では、マリーの母(ナタリー・ジョワイヨー)が「聖なるロバ」と呼ぶ(そう呼ぶのは彼女だけだが)バルタザールは何の象徴なのか。キリストの象徴というのは、比較的すんなり受け入れる人とそうでない人がいるかと思います(個人的にはその中間くらいなのだが)。

 ブレッソン監督の作品は、イングマール・ベルイマン、ジャン・リュック・ゴダール、アンドレイ・タルコフスキーといった錚々たる映画監督たちを魅了してきたことでも知られていますが、例えば、ベルイマンとゴダールの評価を見てみると、この作品の後に続く「少女ムシェット」('67年/仏)に対しては両監督とも高い評価であるのに対し、この「バルタザールどこへ行く」は、ゴダールは高く評価したのに対し、ベルイマンは「さっぱりわからん」と言ったとか。やはり、それくらいのクラスでも、バルタザールの象徴性のところで、合う合わないが出てくるのではないでしょうか(ブレッソンは、「説明をしない」ことで知られている監督と言ってもいい)。

バルタザールどこへ行く hi.jpg ラストの、羊たちに囲まれてバルタザールが息を引き取ろうとするシーンに、イエス・キリストの磔刑の場面を想起する人もいるようです。一方、悲惨な生涯が終わりを告げるのは、バルタザールにとって幸福だったと示唆しているような気もします。というのは、次作「少女ムシェット」がまさに、悲惨な人生を送る少女が、死によって自らの安寧を得ようとするような作品であるからです。ただ、そう捉えると、バルタザール=キリストというのは、ちょっと違ってくるようにも思います。

バルタザールどこヘ行くes.jpg ストーリー的には、バルタザールがパン屋や不良グループ、サーカス、老人など様々な人の手に渡る中で、その目を通して人間の欲望やエゴや浮彫りになるのが興味深いですが、バルタザールの飼い主の中では、不良のジェラールの仲間であるアルノルド(ジーン・クラウド・ギルバート)というのが一番エキセントリックでした。普段は大人しくバルタザールの面倒を見ていたのが、酒が入ると人が変わったかのように狂暴になり、堪らず逃げ出したバルタザールがサーカスに拾われたのを再度迎えに訪れ、また飼うことに。やがて遺産を相続して貧困から脱するも、不良グループにたかられた挙句、酔ったままバルタザールの背に乗り、転落死するという、ちょっとエミール・ゾラの小説に出てくる「破滅が運命づけられている」人物みたいでした。そう言えば、この俳優、「少女ムシェット」にも、密猟者の役で出ていました。

アンヌ・ヴィアゼムスキー&ゴダール.jpgアンヌ・ヴィアゼムスキー 中国女.jpg また、少女マリーを演じたアンヌ・ヴィアゼムスキー(1947-2017)は、この作品で女優としてデビューし、翌1967年、ジャン=リュック・ゴダールの「中国女」に主演、同年ゴダールと結婚するも、1979年に離婚しています。彼女には小説家や脚本家としての作品があり、フランスでは著書を原作にしばしば映画化される人気作家で、テレビ映画の監督もしています。でも、この映画の頃は18歳になったばかりで、"素"な美しさがロベール・ブレッソン監督のドキュメンタリー調の演出の中で映えているように思いました(ゴダールが惚れたのも無理ない?)

グッバイ・ゴダール!1.jpgグッバイ・ゴダール!.jpg 近年では、ヴィアゼムスキーの自伝的小説『彼女のひたむきな12カ月』の1年後が描かれた『それからの彼女』がミシェル・アザナヴィシウス監督により「グッバイ・ゴダール!」として映画化されていて、1960年代後半のパリを舞台に、映画監督ジャン=リュック・ゴダールとその当時の妻アンヌ・ヴィアゼムスキーの日々が描かれるコメディ映画とのこと。第70回カンヌ国際映画祭にて主要部門パルム・ドールに出品されたのち、フランスで2017年9月13日に公開されていますが、ヴィアゼムスキーは同年10月5日に満70歳で亡くなっています。

「グッバイ・ゴダール!」('17年/仏)ルイ・ガレル/ステイシー・マーティン

アンヌ・ヴィアゼムスキー in「バルタザールどこへ行く」('66年)/「中国女」('67年)
バルタザールどこヘ行くages.jpgアンヌ・ヴィアゼムスキー 中国女2.jpg「バルタザールどこへ行く」●原題:AU HASARD BALTHAZAR●制作年:1966年●制作国:フランス・スウェーデン ●監督・脚本:ロベール・ブレッソン●製作:マグ・ボダール●撮影:ギスラン・クロケ●音楽:フランツ・シューベルト/ジャン・ヴィーネ●時間:96分●出演アンヌ・ヴィアゼムスキー/フランソワ・ラファルジュ/フィリップ・アスラン/ナタリー・ジョワイヨー/ヴァルター・グリ1シネマカリテブレッソン.jpgーン/ジャン=クロード・ギルベール/ピエール・クロソフスキー●日本公開:1970/05●配給:ATG●最初に観た場所:新宿シネマカリテ(20-11-05)(評価:★★★★)●併映(同日上映):「少女ムシェット」(ロベール・ブレッソン)

新宿シネマカリテ(20.11.05)

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3つの謎+最後の謎。いろいろ考えていくと際限がない。映画化作品では...。

黒猫・モルグ街の殺人事件 (岩波文庫.jpg黒猫/モルグ街の殺人 (光文社古典新訳文庫).jpg 黒猫 (集英社文庫).jpg  黒猫の怨霊.jpg
黒猫/モルグ街の殺人事件 (岩波文庫 赤 306-1)』『黒猫/モルグ街の殺人 (光文社古典新訳文庫)』『黒猫 (集英社文庫)』「黒猫の怨霊 [DVD]

 語り手(主人公)は幼い頃から動物好きで、妻も動物好きであったため、様々な動物をペットにしていた。その中でもプルートーという黒猫は特に美しく、また語り手によくなついていた。しかし、語り手は次第に酒乱に陥るようになり、不機嫌に駆られて飼っている動物を虐待するように。それでもプルートーにだけは手を挙げないでいたが、ある日、プルートーに避けられているように感じ、捕まえて衝動的にその片目を抉り取ってしまう。当初は語り手も自分の行いを悔いていたが、その後も募る苛立ちと天邪鬼の心に駆られ、ある朝とうとうプルートーを木に吊るし殺してしまう。その晩、語り手の屋敷は原因不明の火事で焼け落ち、彼は財産の大半を失う。そして奇妙なことに、唯一焼け残った壁には首にロープを巻きつけた猫の姿が浮き出ていた。その後、良心の呵責を感じた語り手はプルートーによく似た猫を酒場で見つけて家に持ち帰り、始めは妻とともに喜び合っていたが、しかしその猫がプルートーと同じように片目であることに気付くと、次第にこの猫に嫌悪を感じるようになる。その上、その猫の胸の白い斑点が次第に大きくなって絞首台の形になり、黒猫の存在に耐え難くなった語り手は、ある日発作的に猫を手にかけようとするが、妻が割り込み止めようとしたために逆上し、妻を殺害してしまう。語り手は死体の隠し場所として、地下室の煉瓦の壁に塗りこめて警察の目を誤魔化す。捜査が地下室にまで及び、それでも露見する気配がないと見た語り手は、調子に乗って妻が塗り込められている壁を叩く。すると、その壁からすすり泣きか悲鳴のような奇妙な声が聞こえてきた。異変に気付いた警察の一団が壁を取り壊しにかかると、直立した妻の死体と、その頭上に座り、目をらんらんと輝かせたあの猫が現れる。語り手は妻とともに猫を壁のなかに閉じ込めてしまっていたのであり、その猫によって絞首刑にかけられる運命を負わされたのだった―。

 1843年8月に「U・S・サタデーポスト」に発表されたエドガー・アラン・ポー(1809 - 1849)の短編小説。この話には主に3つの謎があるとされていて、
  1.焼け跡の壁に黒猫の姿が残っていたこと、
  2.新たに来た黒猫の胸の白斑が絞首台の形になったこと
  3.ラストシーンで黒猫の叫びが聞こえたこと
の3つがそれですが、エドガー・アラン・ポーという人は超自然現象とかを信じていなかったそうで、作品もそれを反映しているそうです。

 第1の焼け跡の壁に黒猫の姿が残っていたことは、語り手自身がおそらくこういうことだろうと冷静に分析しています。つまり、絞殺された猫の死体を誰かが部屋に投げ入れ、それが、塗ったばかりの壁に押し付けられて、石灰質、火災および死骸のアンモニアの作用があって、そうした形象が作られたと。一方、第2の、新たに来た猫の胸の白斑が絞首台の形になったことの謎は、(物理主義から一気に心理主義の解釈になるが)主人公の罪の意識の反映か、乃至はそれにアルコール中毒による譫妄が重なった可能性が考えられると思います。それらに対し、3つ目の、ラストシーンで黒猫の叫びが聞こえたことは、ちょっと説明がつきにくく、こうして次第に普通には説明しきれなくなっていくように事態が進行していくところが、この作品の上手さだと思います(どこかの読者が、壁から聞こえた奇妙な声は、死体の体内から漏れたガスの音だと推理していた)。

 でも、3つの謎もさることながら、別にもう1つ「最後の謎」として、そもそも、ラストの崩された壁から現れた妻の腐乱死体の頭のところに蹲っていた黒猫とは、死体を埋める時にうっかり猫もいっしょに埋めてしまった(無意識にそこまでやるだろうか)その猫の死体なのか、それとも、壁の作業の際またはその後にどこからかそこに紛れ込んで今も生きている猫なのか、いろいろ考えていくと際限がありません。ポーの作品では何ら超自然的な現象は起きていないという、その前提で臨むからこそ、こうした様々な不思議に思いを馳せることになり、そこもまた上手さだと思います。

The Black Cat. (1934).jpg この作品は1934年にベラ・ルゴシおよびボリス・カーロフ主演で映画化されており、1941年にもベラ・ルゴシとベイジル・ラスボーン主演のものが製作されていますが、これらはどちらも原作にそれほど忠実ではなく(ベラ・ルゴシ主演ものは「モルグ街の殺人」('32年)のマッドサイエンティスト役にしてもそうだったが、ベラ・ルゴシのために作った役が多い)、'34年のベラ・ルゴシ、ボリス・カーロフ主演版の予告編などを観ると確かにそんな感じ。ドラキュラ俳優とフランケンシュタイン俳優の共演が売りの映画なので、元の話はもうどうでもよかった?

"The Black Cat" (1934)

 原作にに最も忠実とされているのは、リチャード・マシスン(「激突!」('73年))が脚色し、「低予算映画の王者」「B級映画の帝王」と呼ばれるロジャー・コーマンが監督、ピーター・ローレTales of Terror 1962 1.jpg(「マルタの鷹」('41年))が主演した「黒猫の怨霊」('62年)であるとのことで、これを観ました。原題は"Tales of Terror"。3部作のオムニバス映画で、第1話「怪異ミイラの恐怖」、第2話「黒猫の怨霊」、第3話「人妻を眠らす妖術」。原作はそれぞれポーの作品である「モレラ」、「黒猫」、「ヴァルデマー氏の症例」。映像版の全てのエピソードにヴィンセント・プライスが出演しています。第2話「黒猫の怨霊」のあらすじは以下の通り。
        
Tales of Terror 1962 -.jpg 酒好きのモントレソー(ピーター・ローレ)は妻のアナベル(ジョイス・ジェイムソン)と二人暮らしの気易さから、毎夜酒場で大酒を呑んでいた。ある夜、酒代を妻に押さえられた彼は利き酒の会場にまぎれ込み、その名人フォルチュナト(ヴィンセント・プライス)に挑戦して酔い潰れてしまう。一方、淋しさのあまり黒猫を溺愛していたアナベルは、夫を送って来てくれたフォルチュナトと深い仲になってしまった。それを夫モントレソーに見つかり、二人は殺害された上、地下室の壁に塗り込まれてしまう―。

Tales of Terror 1962 2.jpg ということで、ヴィンセント・プライスはここでは、原作に全く登場しない、主人公の妻と一緒に殺害される間男という風にされています(笑)。しかしながら、これでも、20世紀に作られた数ある「黒猫」を原作とする映画の中で、最も原作に忠実に作られている作品だそうです(Sova, Dawn B. (2001). Edgar Allan Poe, A to Z)。ピーター・ローレの終始酔っぱらっている演技はなんだかゆったりしていて、殺害されるヴィンセント・プライスの方もどこかユーモラスと言うか悲喜劇風で、3部作の中でもコミカルに仕上がっています。

Tales of Terror 1962 3.jpg ラストも全く気色悪さは無く(壁に塗り込められるというより、煉瓦壁で覆い隠しているだけであるため、壁の向こう側に隙間があって、猫はしっかり生きている。何らかの機会に壁の向こう側にいったと推察可能か)、ホラーが苦手な人にもお薦めです。ピーター・ローレ、ヴィンセント・プライスの演技が愉しめる作品で、残り2つの短編の主人公はヴィンセント・プライスで、内容的には結構おどろおどろしいのですが、この第2話「黒猫の怨霊」は完全にピーター・ローレが主人公と言え、しかTALES OF TERROR._V1_.jpg黒猫の怨霊ges.jpgも、ユーモラスなブラック・コメディ仕様で、出来栄え的には三作の中で頭一つ抜きん出ています。因みに、殺される妻を演じたジョイス・ジェイムソンは、「アパートの鍵貸します」('60年)の金髪女性役など多数の作品に出演、私生活では結婚しながらもロバート・ヴォーンの長年のガールフレンドでしたが、うつ病に苦しんでいた1987年、54歳で薬物の過剰服用により自殺しています。
Joyce Jameson
Joyce Jameson 3.jpgJoyce Jameson1.jpgTales of Terror 1962.jpg「黒猫の怨霊」●原題:TALES OF TERROR●制作年:1962年●制作国:アメリカ●監督・製作:ロジャー・コーマン●脚本:リチャード・マシスン●撮影:フロイド・クロスビー●音楽:レス・バクスター●原作:エドガー・アラン・ポー「モレラ」、「黒猫」、「ヴァルデマー氏の症例」●時間:88分●出演:ヴィンセント・プライス/マギー・ピアース/ピーター・ローレ/ベイジル・ラスボーン/ジョイス・ジェイムソン/デブラ・パジェット●日本公開:1964/05●配給:大蔵(評価:★★★☆)

【1951年文庫化[新潮文庫(『黒猫・黄金虫』(佐々木直次郎:訳))/1966年再文庫化[旺文社文庫(『黒猫・黄金虫』(刈田元司:訳))/1966年再文庫化[角川文庫(『黒猫・黄金虫』(大橋吉之輔:訳))]/1971年再文庫化[講談社文庫(『黄金虫・黒猫・アッシャー家の崩壊』(八木敏雄:訳))]/1974年再文庫化[創元推理文庫(『ポオ小説全集1』(阿部知二:訳))]/1985年再文庫化[偕成社文庫(『ポー怪奇・探偵小説集(1)』(谷崎精二:訳))]/1992年再文庫化[集英社文庫(『黒猫』(富士川義之:訳))]/2006年再文庫化[光文社古典新訳文庫(『黒猫/モルグ街の殺人』(小川高義:訳)))]/2009年再文庫化[新潮文庫(『黒猫・アッシャー家の崩壊 ポー短編集I ゴシック編』(巽孝之:訳))]/2010年再文庫化[中公文庫(『ポー名作集』(丸谷才一:訳))]】

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男2人女1人の関係を描き、無駄のない作りでスピード感がある。主人公はかなり"怖い"女性とも言える。
突然炎のごとく dvd.jpg 突然炎のごとく 01.jpg 突然炎のごとく 02.jpg
突然炎のごとく [DVD]」オスカー・ウェルナー/ジャンヌ・モロー
突然炎のごとく t.jpg オーストリアの青年ジュール(オスカー・ウェルナー)はモンパルナスでフランス青年のジム(アンリ・セラー)と知り合い、文学という共通の趣味を持つ二人はすぐに打ち解け、無二の親友となる。二人はある時、幻燈会に行き、アドリア海の島の写真に映った女の顔の彫像に魅了される。その後、二人はカトリーヌ(ジャンヌ・モロー)という女性と知り合い、同時に恋に落ちる。彼女は島の彫像の女と瓜ふたつだったからだ。カトリーヌは自由奔放そのものの女性で、男装して街に繰り出したり、ジュールとジムが街角で文学談義を始めると、突然セーヌ川に飛び込んで二人を慌てさせる。積極的だったのはジュールのほうで、彼はカトリーヌに求婚しパリのアパートで同棲を始め、ジムは出版社と契約ができて作家生活の第一歩を踏み出す。やがて第一次世界大戦が始まり、ジュールとジムはそれぞれの祖国の軍人として戦線へ行ったが、共に生きて祖国へ帰る。カトリーヌと結婚したジュールが住むライン河上流の山小屋に、ジムは招待された。その頃、ジュールとカトリーヌの間には六つになる娘もいたが、二人の間は冷えきっていた。ジュールはジムに彼女と結婚してくれと頼む。そうすれば彼女を繋ぎ留められると思ったからだ。しかも、自分も側に置いてもらうという条件で...。そうして、3人の奇妙な共同生活が始まる。危ういバランスを保った三角関係は、しかし、カトリーヌに愛人が別にいたことで崩れる。ジムは瞬間しか人を愛せない彼女に絶望し、パリへ帰る。数ヶ月後、映画館で3人は再会した。映画がはねた後、カトリーヌはふいにジムを車で連れ出した。怪訝な面持ちのジムとは対照的に、カトリーヌは穏やかな顔でハンドルを握るが―。

冒険者たち    LES AVENTURIERS.jpg明日に向って撃て   1シーン.jpg 1962年公開のフランソワ・トリュフォー監督の長編第3作(原題はJules et Jim(ジュールとジム))。男2人女1人の関係がベースになっていて、このパターンは後の多くの映画に影響を与えたとされています。代表的なものでは、ロベール・アンリコ監督の「冒険者たち」('67年/仏)やジョージ・ロイ・ヒル監督の「明日に向かって撃て!」('69年/米)などがあるとされていますが、それらが必ずしもハッピーエンドとは言えないながらもプロセスにおいて"明るい"のに対し、この「突然炎のごとく」はプロセスにおいてもむしろ"暗い"と言え、さらに、「冒険者たち」のジョンア・シムカスや「明日に向かって撃て!」のキャサリン・ロスが演じたヒロインが、その明るさと純真さが魅力の女性像であったのに対し、この作品でジャンヌ・モローが演じた男性を破滅に追い込むような女性像は、魅力的かどうかはともかく、かなり"怖い"とも言えます。

Jules et Jim (突然炎のごとく).jpeg ただし、映画の公開が、今に比べてまだ女性が抑圧されていて、ちょうど女性解放運動が盛り上がってきた時期と重なったということもあって、英米においてフランス映画としては異例のヒット作となり、監督のトリュフォーの元にも、「カトリーヌは私です」という女性からの手紙が世界中から届いたとのことです。しかしながら、トリュフォー自身はこの映画が「女性映画」と呼ばれることを嫌い、また、主人公を自己と同一視するような女性たちの映画の見方にも否定的だったようです(カトリーヌにポリティカルなメッセージを込めようとしたわけでなく、また、カトリーヌは誰かの代弁者であるわけでもなく、「ただ、ある女性を描いたにすぎない」というスタンスだったようだ)。

突然炎のごとく1.jpg 後半で、ジュールがジムをカトリーヌや娘と居る山小屋に呼び寄せるのは、自分がカトリーヌとベッドを共にできなくなったからでしょう。そのくせ、カトリーヌの気まぐれで時にカトリーヌとジュールでベッドでじゃれ合ったりするから、今度はジムの方が嫉妬に苦しむことになるのだなあ。ラストも含め、ジムには本当に「お気の毒」と思わざるをえません。傍から見ればどうしてこんな悪女に惹かれてしまうのかと思ってしまいますが、当事者の立場になれば、魅せられている時は冷静な判断ができなくなるのでしょう。男性たちにとってカトリーヌは偶像であり、ゆえにファム・ファタール(運命の女)となるのでしょう。

突然炎のごとく_早稲田松竹.jpg 原作は、アンリ=ピエール・ロシェ(1879-1959)で、日本で発表されている小説は『突然炎のごとく』と『恋のエチュード』のみで、いずれもトリュフォーが映画化していることになります(トリュフォーは21歳の時に古本屋で偶然彼の作品に触れており、ある意味トリュフォーが発掘した作家と言えるかも)。自身の恋愛体験をもとにこの作品を書いており、登場人物的には「ジム」に当たりますが、本人は80歳近くまで生きており、また、カトリーヌのモデルとされた女性も、後に「私は死んでない」と言ったそうです。ジュールにもモデルがいるそうですが、映画においてオスカー・ウェルナーが演じる、文学オタクで女性にはあまりモテそうでないジュール像には、トリュフォー自身が反映されているようです(冒頭でジュールがマリー・デュボア演じる娘にさらっとフラれるエピソードがある)。どちらかと言うとずっとジルの視線で描かれているため、ラストはジュールが亡くなる側に回ってもよさそうな気がしましたが、カトリーヌとジムの死によって、ジュールは誰にも邪魔されずカトリーヌを永遠に自分のものとすることができた―という結末なのでしょう。

 個人的には、谷崎潤一郎の『痴人の愛』を想起したりもしました。日本映画で言えば、増村保造の(この監督、「痴人の愛」('67年)も撮っているが)浅丘ルリ子がインフォマニアを演じた「女体」('69年)でしょうか。ただし、増村保造×浅丘ルリ子とフランソワ・トリュフォー×ジャンヌ・モローでは、やはり後者に軍配が上がってしまいます。とにかくこの映画にはスピード感があるというか、無駄が無い気がします。
      
早稲田松竹(19-12-12)

 この映画に関するトリビアを3つ。

「突然炎のごとく」b6.jpg➀ カトリーヌがセーヌ川に飛び込むシーンは、スタントの女性がやりたがらなかったので、ジャンヌ・モロー自身が飛び込んだ。その結果、川の水の汚れがひどかったため、ジャンヌ・モローは喉を傷めた。

② ジムとカトリーヌがキスするシーンで、窓に張り付いていた虫がカトリーヌの口の中の入るが、これは撮影中の偶然で、トリュフォーは敢えてそのシーンをカットしなかった(トリュフォー自身がオタク気質の非モテ系であるため、このシーンの二人に嫉妬心を抱いた?との説も)。

女は女である  モロー.jpg③ ジャン=リュック・ゴダール監督の「女は女である」('61年/仏・伊)のなかに、ジャン=ポール・ベルモンドがバーで出会ったカメオ出演のジャンヌ=モローに、「ジュールとジムはどうしてる?」と訊くシーンがある。「突然炎のごとく」撮影期間中のことである。

「女は女である」('61年/仏・伊)

   
      
突然炎のごとく00.jpg突然炎のごとくド.jpg「突然炎のごとく」●原題:JULES ET JIM●制作年:1962年●制作国:フランス●監督:フランソワ・トリュフォー●製作:ルキノ・ヴィスコンティ●脚本:フランソワ・トリュフォー/ジャン・グリュオー●撮影:ラウール・クタール●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●原作:アンリ=ピエール・ロシェ●時間:107分●出演:ジャンヌ・モロー/オスカー・ウェルナー/アンリ・セール/マリー・デュボア/サビーヌ・オードパン/ヴァンナ・ウルビーノ/ボリス・バシアク/アニー・ネルセン●日本公開:1964/02●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所(再見):早稲田松竹(19-12-12)(評価:★★★★☆)●併映:「柔らかい肌」(フランソワ・トリュフォー)

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「ああ、これはここで撮影したのか」と。写真で見るのもいいが、やはりは行ってみたいもの。

海外名作映画と巡る世界の絶景 00.jpg海外名作映画と巡る世界の絶景0_.jpg  サウンド・オブ・ミュージック 製作50周年記念版 DVD.jpg
海外名作映画と巡る世界の絶景』「サウンド・オブ・ミュージック 製作50周年記念版 DVD(2枚組)」['15年]

海外名作映画と巡る世界の絶景 01.jpg 海外名作映画の中に登場する美しい絶景の数々を、映画のストーリーや実際に撮影されたシーンと共にご紹介したもので、スマホで掲載されているバーコードを読み込むことで、バーチャル旅行を楽しんだりすることもできる点が今風と言えば今風でしょうか。

海外名作映画と巡る世界の絶景 02.jpg 15作の映画を取り上げ、それぞれ数カ所の場面シーンの実際にモデルになった場所の写真を載せ、併せて映画のシーンなども引用するとともに、撮影にまつわるコラム風の解説を付しています。その15作とは、「ハリー・ポッター」「スター・ウォーズ」「インディ・ジョーンズ」「ダ・ヴィンチ・コード」「ミッション:インポッシブル」「ロード・オブ・ザ・リング」「ライフ!」「マンマ・ミーア!」「プラダを着た悪魔」「フォレスト・ガンプ」「ローマの休日」「アメリ」「サウンド・オブ・ミュージック」「パディントン」「ピーターラビット」になります。

海外名作映画と巡る世界の絶景.jpg 「ああ、これはここで撮影したのか」みたいな発見もあって楽しめたことは楽しめましたが、どのような基準で15作選んだのかよく分からなかったのと、Amazonnのレビューで誰かが書いてましたが、「もうちょっとおとなしめの写真でもよかったかな」と自分も思いました(写真に彩色してあるように思われた。敢えて絵画的に見せているのか)。そサウンド・オブ・ミュージック .jpgれでも、「サウンド・オブ・ミュージック」('65年/米)とか、音楽もさることながら、改めて見どころが多かったなあと思いました。

 「サウンド・オブ・ミュージック」は、1938年のオーストリアを舞台に、後に家族合唱団となるフォン・トラップ一家をモデルに「ウエストサイド物語」のロバート・ワイズが監督した作品で、史実との違いがいろいろ言われていますが、1つの作品に使われた曲で、これだけ多くの曲が誰ものお馴染みになっているという点では稀有な作品であるように思います。

サウンド・オブ・ミュージック ヘルブルン宮殿.jpgサウンド・オブ・ミュージック ヘルブルン宮殿2.jpg その主要な映画の舞台であるザルツブルグは、モーツァルトの出身地としても知られていますが、行ったことはありません。ただ、家族が合唱遠征で行って、本書にも写真がある、映画の中で若い二人が密会して「もうすぐ17才」を歌うヘルブルン宮殿のガラスのパビリオン(映画に使われたものと同じものを後に観光用に再現したものらしいが)や、ザザルツブルグのソルト.JPGザルツブルグ栓抜き.JPGルツブルクの祝祭劇場で行われたコンクール(ここでは「ドレミの歌」「エーデルワイス」「さようなら、ごきげんよう」が歌われる)のロケ地となったメンヒスブルグの丘なども訪ね、合唱を披露し憲章都市 (Statutarstadt)章.pngたようです。お土産は"モーツァルト・チョコ"と""モーツァルト栓抜き"(笑)。それと"ザルツブルグ"という都市名の由来になったよく言われているソルト(塩)でした("ザルツブルグ"という都市名は、実際には市章にもなっている城の固有名詞が由来だそうだが)。

 また、この作品は、個人的には、小学校の時の転校先で同学年の生徒たちが前年に課外授業で鑑賞しており、途中から転入した自分だけ観てなかったりしたもので、ちょっとコンプレックスがあった作品でもあります。大人になったらなったで、家族が現地に行ったことがあって自分は行ったことがないという、ある意味、"負い目"が付きまとう作品かも(笑)。写真で見るのもいいですが、やっぱり実際に行ってみたいものです。

サウンド・オブ・ミュージック 製作45周年記念HDニューマスター版 [AmazonDVDコレクション]」['18年]
サウンド・オブ・ミュージック45周年記念HDニュー.jpg「サウンド・オブ・ミュージック」●原題:THE SOUND OF MUSIC●制作年:1965年●制作国:アメリカ●監督:ロバート・ワイズ●製作:ロバート・ワイズ/ソウル・チャップリン●脚本:アーネスト・レーマン●撮影:テッド・マッコード●音楽:リチャード・ロジャース/オスカー・ハマースタイン二世/アーウィン・コスタル●原作:ワード・リンゼイ/ラッセル・クローズ●時間:174分●出演:ジュリー・アンドリュース/クリストファー・プラマー/エリノア・パーカー/リチャード・ヘイドン/ペギー・ウッド/チャーミアン・カー/ヘザー・メンジース/ニコラス・ハモンド/デュエイン・チェイサ/アンジェラ・カートライト/デビー・ターナー/キム・カラス/アンナ・リー/ポーティア・ネルソン/マーニ・ニクソン/イベドネ・ベイカー/ベン・ライト/ダニエル・トゥルーヒット●日本公開:1965/06●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:池袋文芸坐(81-01-28)●2回目:三軒茶屋映劇(87-03-21)(評価:★★★★)●併映:(1回目)「奇跡の人」(ポール・アーロン)/(2回目)「王様と私」(ウォルター・ラング)

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ジャック・ロジエの初期作は、瑞々(みずみず)しさ、演技の自然さが光る。

アデュー・フィリピーヌ dvd.jpg アデュー・フィリピーヌ 01.jpg オルエットの方へ .jpg メーヌ・オセアン dvd.jpg メーヌ・オセアン 01.jpg
アデュー・フィリピーヌ [DVD]」/「オルエットの方へ」(海外版DVD)/「メーヌ・オセアン」(海外版DVD)

アデュー・フィリピーヌ 02.jpg 1960年、兵役を数カ月後に控えたミッシェル(ジャン=クロード・エミニ)は、勤め先のテレビ局でリリアーヌ(イヴリーヌ・セリ)とジュリエット(ステファニア・サバティーニ)という女の子と知り合う。2人の娘はミシェルに恋心を抱く。ミシェルは生中継中にヘマをして放送局を辞め、コルシカ島で早めのヴァカンスを楽しんでいた。そんな彼のところに、リリアーヌとジュリエットがやって来る。双子のように仲良しだった2人の仲は、嫉妬が原因でぎくしゃくし始めて―。

アデュー・フィリピーヌ 03.jpg 「アデュー・フィリピーヌ」('62年/伊・仏)は、ヌーヴェルヴァーグの代表監督の一人ジャック・ロジエの長編モノクロ処女作。日本では70年代に東京日仏学院で自主上映されていて、2004年と2006年には紀伊国屋書店がDVDを発売されていますが、入手困難で1万円位のプレミア価格になっていました。2010年1月のユーロスペースでの特集上映「ジャック・ロジエのヴァカンス」での上映が日本初の劇場公開で、2016年にはシアター・イメージフォーラムの同特集で再上映されながらも、DVDは2018年現在再リリースされておらず、価格は依然高値のようです。

アデュー・フィリピーヌ 05.jpg 「さよならフィリピン娘」という意味のタイトルは、劇中に出てくるフランス式の遊びからとったもので、アーモンドの双子の実を見つけた者同士が次に顔を合わせた時に、先に「さよならフィリピン娘」と言った方に幸運が訪れる、という他愛ないものですが、それがこの映画の内容を象徴しているとも言えるし、また、リリアーヌとジュリエットがただふざけて口にする、大した意味が無い言葉ともとれます。

アデュー・フィリピーヌs.jpg 前半の舞台はパリ、主人公ミッシェルはマスコミで働く(といってもカメラのケーブルマン)青年で、録画装置の無かった生放送時代のテレビ局の舞台裏や、華やかな業界に群がる浮薄な連中などを絡めながら、ナンパした2人の娘を手玉に取る様子がテンポ良く描かれます。

 後半は舞台をヴァカンスのコルシカ島に移し、場面の切り替えと共に次々に流れる軽快な音楽のリズムに乗って、ますます調子の良い色恋沙汰が進展するかと思いきや、そこまでは行かず、主人公の心のどこかに常にあった徴兵までのモラトリアムという影が、一見浮かれた青春物語に陰影を与えていきます。

アデュー・フィリピーヌ  ホーキー.jpg ヌーヴェルヴァーグ繋がりとして、ゴダールがプロデューサーにジャック・ロジエ監督を推薦して、この長編デビューの契機を与えたということがあるようです。随所にイタリア的な要素が表出していますが、ジャック・ロジエ監督のイタリアン・ネオリアリスモへの傾倒ぶりを端的に示しているのが、主演に素人を起用している点でしょう。俳優たちにとっても、この作品はほとんどワン・アンド・オンリーなものになったようで、刹那的な魅力を強調しているように思えます。箒のCM(ホーキー?)や冷蔵庫のCM(エスキモーに氷を売る)の制作風景が戯画的に描かれているのは、商業主義への風刺でしょうか? ただし、全体としては、メッセージ性を極力排除しているように思えました。

オルエットの方へ 01.jpgオルエットの方へ ド.jpg ジャック・ロジエ監督の長編第2作は「オルエットの方へ」('69年/仏)で、これも、2010年1月のユーロスペースでの「ジャック・ロジエのヴァカンス」で日本初上映、'16年10月にシアター・イメージフォーラムで再上映された作品。今度はカラー作品ですが、ヴァカンス、男女の三角関係(今度は五角関係?)、ドキュメンタリー風乃至プライベートフィルムタッチなところ、主役に素人の俳優を使っている点など、「アデュー・フィリピーヌ」の要素を多く引き継いでいます。あらすじは―、

オルエットの方へ 3.jpg キャロリーヌ(キャロリーヌ・カルチエ)は、ヴァンデ県の海岸沿いにある家族の別荘に友だちのカリーヌ(フランソワーズ・ゲガン)、ジョエル(ダニエル・クロワジ)と共にヴァカンスを過ごしに来る。最初のうち3人は女だけの気ままな時間を楽しんでいたが、そこへ、ジョエルの上司で密かに彼女にオルエットの方へ 06.jpg思いを寄せるジルベール(ベルナール・メネズ)が現れる。ジルベールは別荘の庭にテントを張らせてもらうことになるが、3人から軽く扱われるばかり。そんな中、3人は海からの帰りにパトリック(パトリック・ヴェルデ)というヨットマンの青年と出会い、ジルベールはパトリックと親しくなっていく―。

オルエットの方へ_11.jpg と、書きましたが、これまたそれほどストーリー性は前面に出されておらず、9月1日から20日までの3人のヴァカンスの過ごし方が映像日記のよう描かれ、3人が都会生活を離れた開放感から日常の何でもないことに可笑しみを見い出しては燥(はしゃ)ぐ姿が自然に生き生きと語られています。彼女たちが別荘の近くの農場やカジノのあるオルエットという村へ行こうとして、その地名を口にするだけで意味なく笑いこけ、これが作品のタイトルの一部になっている点で、タイトルの付け方も「アデュー・フィリピーヌ」と少し似ています。

オルエットの方へ   .jpg 3人に体よく馬鹿にされ続けた上司ジルベールがパリに帰ってしまい、次にはパトリックの粗雑な一面に腹を立てたカリーヌがパリに帰ってしまって、残った2人も興覚めして騒々しいパリに戻ってくる―という結末ですが、ストーリーよりも、うなぎを床にぶちまけるシーン、ヨットで海面を走行するシーン、海岸を馬で駆けるシーンなど、個々の断片的なシーンの方が印象に残ります(特にヨットに乗るシーンは、昔、夏にティンギーヨットに乗ったことがあったので、個人的に懐かしさを覚えた)。
 
 両作品とも、ストーリーよりも、"瑞々しさ"の光る感性が味わえる作品と言っていいかと思います。特に、出演者たちが演技しているのか地なのか分からないくらい自然に振る舞っている印象であり、観ていて自然と彼らの世界に入り込んでしまいます(唯一の職業俳優と言っていい「オルエットの方へ」のジルベール役のベルナール・メネズだけが、"演技している"っぽかったか)。こうした自然な効果を、作品の初めから終わりまで通して保持し続けているというのは、考えていればスゴイことであり、当然のことながら、その背後に計算された技巧があるのだろうなあと思いました。

メーヌ・オセアン poster.jpg 寡作で知られるジャック・ロジエ監督が長編第3作「トルチュ島の遭難者」('74年/仏)に続いて撮った長編第4作は「メーヌ・オセアン」('86年/仏)で、前第3作に続くコメディですが、ジャック・ロジエ監督はこの作品で、本来は新人若手監督に贈られるジャン・ヴィゴ賞を当時60歳で受賞しています。この作品も、2010年1月のユーロスペースでの特集「ジャック・ロジエのヴァカンス」での上映が日本発上映でした。

メーヌ・オセアン 011.jpg フランス西部ナント行きの列車メーヌ・オセアン号で、ブラジル人ダンサーのデジャニラ(ロザ=マリア・ゴメス)は検札係のル・ガレック(ベルナール・メネズ)とリュシアン(ルイス・レゴ)との間でトラブルになるが、女弁護士ミミ(リディア・フェルド)に救われる。漁師プチガ(イヴ・アフォンソ)の弁護のためアンジェで降りる予定のミミは、意気投合したデジャニラと海に行く計画を立て、2人一緒にアンジェで下車する。プチガの裁判はプチガの態度の悪さとミミの意味不明の抗弁のため、あっさりメーヌ・オセアン 05.jpgと敗訴する。ミミとデジャニラは列車内で再会したリュシアンの勧めで、プチガの住むユー島に3人で行くことに。リュシアンはユー島への旅に上司のル・ガレックも誘う。ユー島でリュシアンとル・ガレックは、ミミとデジャニラと合流、そこにプチガが居合わせ、ミミとデジャニラからメーヌ・オセアン号でのル・ガレックの態度について悪口を聞かされていたプチガはル・ガレックに喧嘩をふっかけ、止めに入ったリュシアンがケガを負う。冷静になったプチガは反省し、酔った勢いもあり、逆にル・ガレックを気に入ってしまう。そこにニューヨークからデジャニラの雇い主である興行主ペドロ・マコーラ(ペドロ・アルメンダリス・Jr)が現れ、ふとしたことから市民会館でどんちゃん騒ぎをすることになる―。

メーヌ・オセアン 02.jpg ダンサーと弁護士という全く異質な職業の2人の女性の偶然の出会いを介して、漁師、列車の検札係、興行主という、これまた全く異質の職業の男たちが一堂に会してどんちゃん騒ぎをする―という、コメディだけに初期2作よりはストリー性があり、観ていて楽しい映画です。「ヴァカンス」というモチーフは前3作に通じ、「海辺」や「島」といった背景についても同じことが言えます。

メーヌ・オセアン 03.jpg ただし、映画の終盤は、興行主に「現代のモーリス・シュヴァリエ」とおだて上げられたものの実は単にからかわれていただけだったことに気付いた検札係の上司が(演じるベルナール・メネズは17年前の「オルエットの方へ」でも、ヴァカンス先で部下の女性らに軽んじられ、途中で帰る上司という役柄だった)、ナントに戻るため漁師に頼み込んで船で送ってもらい、何度か船を乗り継ぎ、ようやく海岸に辿り着くまでを延々と描いており、ストーリーもさることながら、ベルナール・メネズがズボンの裾を濡らしながら浅瀬を道路が走っている側に向かって行くシーンなどが印象に残ります。

アデュー・フィリピーヌード.jpg ストーリー性を前面に出さず(或いはストーリーがあってもさほど意味はなく)、個々の出来事を単に個々の事象として背景の中に塗り込んでしまうとでもいうか、そのため、背景が前景にも増して印象に残るのがジャック・ロジエ作品の特徴かもしれません。その意味では、比較的ストーリー性が感じられる「メーヌ・オセアン」よりも、「アデュー・フィリピーヌ」「オルエットの方へ」の2作の方が、よりジャック・ロジエらしいユニークさがあったように思います。特に「アデュー・フィリピーヌ」が実際に撮影されたのは公開の2年前、アルジェリア戦争最中の1960年(昭和35)年の物語と同時期の夏ですが、主人公の兵役の話が出てきてやっと時代に気づくくらいのモダンなセンスには驚かされます。

Adieu Philippine (1962)
Adieu Philippine (1962).jpg
アデュー・フィリピーヌド.jpg「アデュー・フィリピーヌ」●原題:ADIEU PHILIPPINE●制作年:1960年(撮影)・1962年(公開)●制作国:フランス・イタリア●監督:ジャック・ロジエ●脚アデュー・フィリピーヌ es.jpg本:ジャック・ロジエ/ミシェル・オグロール●時間:106分●出演:ジャン=クロード・エミニ/ダニエル・デカン/ステファニア・サバティニ/イヴリーヌ・セリ/ヴィットーリオ・カプリオリ/ダヴィド・トネリ/アンヌ・マルカン/アンドレ・タルー/クリスチャン・ロンゲ/ミシェル・ソワイエ/アルレット・ジルベール/モーリス・ガレル//ジャンヌ・ペレス/シャルル・ラヴィアル●日本公開:2010/01●配給:アウラ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-06-12)(評価:★★★★)

Du côté d'Orouët (1971)
Du côté d'Orouët (1971).jpg
オルエットの方へ dvd .jpg「オルエットの方へ」●原題:DU COTE D'OROUET●制オルエットの方へ 02.jpg作年:1971年(撮影)・1973年(公開)●制作国:フランス●監督:ジャック・ロジエ●脚本:ジャック・ロジエ/アラン・レゴ●撮影:コラン・ムニエ●時間:106分●出演:フランソワーズ・ゲガン/ダニエル・クロワジ/ キャロリーヌ・カルチエ/ベルナール・メネズル●日本公開:2010/01●配給:アウラ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-06-26)(評価:★★★★)
ジャック・ロジエ DVD-BOX」(「オルエットの方へ」「メーヌ・オセアン」「短篇集」(「ブルー・ジーンズ」「パパラッツィ」「バルドー・ゴダール」)を収録)

Maine Ocean (1986)
Maine Ocean (1986).jpg
Maine océan.jpgメーヌ・オセアン 9s.jpg「メーヌ・オセアン」●原題:MAINE-OCEAN●制作年:1986年●制作国:フランス●監督:ジャック・ロジエ●製作:パウロ・ブランコ●脚本:ジャック・ロジエ/リディア・フェルド●撮影:アカシオ・デ・アルメイダ●音楽:シコ・ブアルキ/フランシス・ハイミ/ユベール・ドジェクス/アンヌ・フレメーヌ・オセアン_04.jpgデリック●時間:130分●出演:ベルナール・メネズ:/ルイス・レゴ/イヴ・アフォンソ/リディア・フェルド/ロザ=マリア・ゴメス/ペドロ・アルメンダリス・Jr●日本公開:2010/01●配給:アウラ●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-07-04)(評価:★★★☆)

ジャック・ロジエ シネマブルー.jpg

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静かに訪れる世界の終り。タルコフスキーの「サクリファイス」より骨太で重かった。

ニーチェの馬 dvd.jpgニーチェの馬es.jpg  サクリファイス タルコフスキー dvd.jpg
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ニーチェの馬_04.jpg 1日目・・・農夫(デルジ・ヤーノシュ)は馬車に乗り、風の中人里離れた家に戻る。娘(ボーク・エリカ)は彼を出迎え、農夫は馬と車を小屋に戻す。娘は農夫の服を着替えさせ、2人で茹でたジャガイモ1個の食事を貪る。寝る段になって、農夫は58年鳴き続けた木食い虫が鳴いていないことに気付く。外は暴風が吹き荒れている。2日目・・・娘は井戸に水を汲みに行く。パーリンカ(焼酎)を飲んだ後、農夫はいつもの通り、馬車に乗って外へ出ようとするが、馬は動こうとしない。諦めた農夫は家に戻って薪を割り、娘は洗濯をする。ジャガイモを貪ったところへ男(ミハーイ・コルモス)が現れ、パーリンカを分けてくれるように頼む。町は風で駄目になったという男は、世界についてのニヒリズム的持論を延々述べるが、農夫はくだらないと一蹴、男はパーリンカを受け取って出て行く。3日目・・・娘は井戸で水を汲む。パーリンカを飲み、農夫と娘は馬小屋の掃除をする。新たな飼い葉を与えても馬は食べない。ジャガイモニーチェの馬 nagare.jpgを食べていた時外を見ると、馬車に乗った数人の流れ者が現れ、勝手に井戸を使い出す。2人は外へ飛び出して流れ者を追い払い、流れ者は2人を罵って去る。食器を片付けた後、娘は流れ者の一人が水の礼として渡した本を読むと、教会における悪徳について書かれていた。未だ風は激しく吹き続けている。4日目・・・娘が水を汲みに行くと、井戸が干上がっていた。馬は相変わらず飼い葉を食べず、水ニーチェの馬ド.jpgも飲まない。農夫はここにはもう住めないと、家を引き払う決心をする。荷物を纏めて馬を連れ、今度は自分らで車を引いて農夫と娘は家を出るが、丘を越えたところで戻ってくる。娘は窓から外を何も言わず見続ける。5日目・・・娘は農夫を着替えさせ、農夫は小屋に行き馬の縄を外してやる。2人はジャガイモを貪るも力なく、農夫は殆どを残してしまう。夜になったが、ランプに火が付かなくなり、火種も尽きる。嵐は去っていた。6日目・・・農夫と娘が食卓についている。農夫はジャガイモを生のまま口にするが、すぐ諦める。2人を沈黙が支配する―。

ニーチェの馬 uma2.jpg ハンガリーのタル・ベーラ監督(1955年生まれ)の2011年の作品で、第61回ベルリン国際映画祭銀熊賞61st Berlin Film Festival - 'A Torinoi Lo' Premiere.jpg(審査員グランプリ)、国際批評家連盟賞(コンペティション部門)を受賞した作品ですが、タル・ベーラ監督はこの作品を監督としての最後の作品と表明しています。それぞれ農夫と娘を演じたデルジ・ヤーノシュ、ボーク・エリカ,ミハーイ・コルモス共、前作「倫敦から来た男」('07年/ハンガリー)に続いての出演で、音楽、撮影、編集も同じスタッフです。
Actor Mihaly Kormos, actress Erika Bok, actor Janos Derzsi and director Bela Tarr in 61st Berlin Film Festival

ニーチェの馬 uma.jpg 強烈な印象を残す馬は、本当に働かなくてその日に売り手がつかなかったらソーセージになるところだった馬を、タル・ベーラ監督がこれだと思って"スカウト"したそうです。冒頭に「1889年1月3日。哲学者ニーチェはトリノの広場で鞭打たれる馬に出会うと、駆け寄り、その首をかき抱いて涙した。そのまま精神は崩壊し、彼は最期の10年間を看取られて穏やかに過ごしたという。 馬のその後は誰も知らない」とナレーションが流れます。この馬は、そのニーチェの馬を象徴的に指しているのでしょうか(原題は「トリノの馬」)。

ニーチェの馬 te.jpg 農夫と娘が強風の中家に閉じ込められ、2日目にはその馬は動かなくなり、4日目には水を失い、5日目には火を失うといった具合に生きていく上で欠かせないものを順番に失っていくわけで、旧約聖書における神が6日間で世界を作った「天地創造」とは逆に、6日で世界が静かに崩壊していく様が、農夫と娘の生活の変化を通して間接的に描かれているとも言えます(タル・ベーラ監督はこの作品について、「本当の終末というのはもっと静かな物であると思う。死に近い沈黙、孤独をもって終わっていくことを伝えたかった」と語っている)。

サクリファイス タルコフスキーga.bmpサクリファイス4.jpg 長回しという点で、アンドレイ・タルコフスキー監督やテオ・アンゲロプロス監督の作品と似ているように思われ、また、世界の終わりを間接的に描いたのであるならば、タルコフスキー監督が第39回カンヌ国際映画祭で、カンヌ映画祭史上初の4賞(審査員特別グランプリ、国際映画批評家賞、エキュメニック賞、芸術特別貢献賞)を受賞した「サクリファイス」('86年/スウェーデン・英・仏)を思い出させます。「サクリファイス」はタルコフスキー監督の遺作で、この監督は晩年になればなるほど作品の哲学的な色合いが濃くなっていったように思いますが、但し「サクリファイス」では、世界の終りの危機が核戦争勃発によってもたらされたことが、登場人物がテレビでそのニュースを聴く場面があることから具体的に示されているのに対し、この「ニーチェの馬」では、2日にパーリンカを分けて欲しいと立ち寄った男が、「町は風で駄目になった」と言うだけです。

ニーチェの馬 po.jpg ほぼ全編に渡って吹きすさぶ風(人工の風だそうだが)―この風によって世界が滅ぶという抽象性がある意味この映画の"重み"になっているように思います。加えて、農夫を演じたデルジ・ヤーノシュの哲学者のような顔つき。殆どセリフがないのも"重さ"に繋がっているし、モノクロ映画であることも効果を増しているように感じられ、個人的には「サクリファイス」より骨太感があるように思いました。長回しが多く、観るのにある程度覚悟のいる作品ですが、他にあまり類を見ない作品であると思います(ジャガイモがこれほど印象に残る映画も無い)。

 因みにハンガリー語圏では名前を「姓・名」の順で表記するため、タル・ベーラ監督は「タル」が姓で「ベーラ」が名前です(女優ボーク・エリカは「エリカ」が名前と言えば分かりやすいか)。印欧語族風にベーラ・タルと表記することもあり(テニスプレーヤーのモニカ・セレシュなども「名・姓」の順)、同じハンガリーの映画監督で、「密告の砦」('65年/密告の砦 0.jpg密告の砦 01.jpgハンガリー)の監督ヤンチョー・ミクローシュ(1921-2014)なども「ミクローシュ・ヤンチョー」と「名・姓」の順で長年通ってしまっているのでややこしいです。1869年、オーストリアとハンガリーの二重帝国治下に入って3年目のハンガリーの、農民と義賊の群れが狩りこまれた荒野の砦を舞台にした「密告の砦」は、ハンガリー人将校たちが仕組んだ"密告"の罠にはまり、次々と倒れていく義賊集団のゲリラたちが悲惨でした。農民が義賊ゲリラ狩りに駆り出されるというのは皮肉ですが、コレ、すべて史実とのことです(1966年度ハンガリー批評家選出最優秀映画賞、1967年度英国批評家協会優秀外国映画賞受賞作品)。「密告の砦」と「ニーチェの馬」の2本だけで、ハンガリー映画って"重い"なあという印象になってしまいがちですが、とりあえず「ヤンチョー」と「タル」が姓であることを憶えておきましょう。

ニーチェの馬 ges.jpg「ニーチェの馬」●原題:A TORINOI LO/THE TURIN HORSE●制作年:2011年●制作国:ハンガリー・フランス・スイス・ドイツ●監督:タル・ベーラ(苗字・名前順、以下同じ)●製作:テーニ・ガーボル●脚本:タル・ベーラ/クラスナホルカイ・ラースロー●撮影:フレッド・ケレメン●音楽:ヴィーグ・ミハーイ●時間:154分●出演:デルジ・ヤーノシュ/ボーク・エリカ/コルモス・ミハリー●日本公開:2012/02●配給:ビターズ・エンド●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-03-25)(評価:★★★★)

サクリファイス タルコフスキー 00.jpgサクリファイス 000.jpg「サクリファイス」●原題:OFFRET●制作年:1986年●制作国:スウェーデン・イギリス・フランス●監督・脚本:アンドレイ・タルコフスキー●製作:カティンカ・ファラゴ●撮影:スヴェン・ニクヴィスト●音楽:ヨハン・ゼバスティアン・バッハ●時間:149分●出演:エルランド・ヨセフソン/スーザン・フリートウッド/オットーアラン・エドヴァル/グドルン・ギスラドッティル/スヴェン・ヴォルテル/ヴァレリー・メレッス/フィリッパ・フランセーン/トミー・チェルクヴィスト●日本公開:1987/04●配給:フランス映画社●最初に観た場所:テアトル新宿(87-10-17)(評価:★★★☆)

密告の砦 00.jpg密告の砦 02.jpg「密告の砦」●原題:SZEGENYLEGENYEK●制作年:1965年●制作国:ハンガリー●監督:ミクローシュ・ヤンチョー(名前・苗字順、以下同じ)●脚本:ジュラ・ヘルナーディ●撮影:タマーシュ・ショムロー●時間:149分●出演:ヤーノシュ・ゲルベ/ティボル・モルナール/アンドラーシュ・コザーク/ガーボル・アガールディ/ゾルタン・ラティノヴィッチ●日本公開:1977/06●配給:フランス映画社●最初に観た場所:千石・三百人劇場(80-01-23)(評価:★★★★)●併映:「オーソン・ウェルズのフェイク」(オーソン・ウェルズ)

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渋くてカッコいい、そしてどこか物悲しいアラン・ドロン像を確立した作品。

サムライ 00.jpgサムライ ドロン _.jpg サムライ ドロンdvd1.jpg サムライ ドロン dvd2_.jpg サムライ ドロン_.jpg
サムライ(字幕版)」「サムライ [DVD]」「サムライ [DVD]」「映画パンフレット 「サムライ」 監督/脚色 ジャン・ピエール・メルビル 出演 アラン・ドロン/ナタリー・ドロン/カティ・ロジエ/フランソワ・ペリエ/ジャック・ルロワ

サムライ1.jpg 殺し屋のジェフ・コステロ(アラン・ドロン)は、コールガールの恋人ジャーヌ(ナタリー・ドロン)にアリバイを頼むと、仕事場のクラブへ向った。ジェフの仕事はクラブの経営者を殺すことであり、仕事はいつものように寸分の狂いもなく完了するが、廊下で黒人歌手バレリー(カティ・ロジエ)に顔を見られてしまう。警察は動き出し、クラブの客や目撃者の証言で、ジェフも署に連行され、面通しが行なわれた。目撃者の大半は、ジェフが犯人だと断定するが、バレリーサムライ2.jpgだけはなぜかそれを否定し、アリバイのあるジェフは釈放される。だが、主任警部(フランソワ・ペリエ)は依然ジェフが怪しいと睨み、尾行を付ける。ジェフは巧みに尾行を巻くと、仕事の残金を受けとるために、殺しの依頼を取りついだ金髪のサムライ3.jpg男(ジャック・ルロワ)と会うが、男はいきなり巻銃を抜いて、ジェフは左手を傷つけられる。残金を貰えぬどころか殺されそうにさえなったジェフは、殺しの依頼主を突きとめるべく、偽証をして彼を庇ってくれたバレリーを訪れっサムライages.jpgるが、バレリーの口は堅かった。やむなく帰ったジェフの部屋に金髪の男がいて、男はうって変た態度で殺しの残金を渡すと、新しい仕事を依頼する。ジェフは、隙をみて男に飛びかかり、巻銃を突きつけ依頼主の名を聞き出す。大掛かりな尾行網をぬけジェフは、男から聞き出したオリエビ(ジャン=ピエール・ポジェ)なる依頼主を訪ね、射殺する。オリビエの部屋はバレリーのすぐ隣であり、オリビエはバレリーを通じて自分の正体がばれるのを恐れて、バレリー殺しをジェフに依頼したのだった。クラブでピアノを弾くバレリーの前にジェフが現われ、ジェフが拳銃を握った瞬間―。

サムライ4.jpg 1967年公開のジャン=ピエール・メルヴィル監督のフレンチ・フィルム・ノワールで、アラン・ドロンが侍を思わせる暗殺者を演じ、ウォルター・ヒル監督の「ザ・ドライバー」('78年/米)から北野武監督の「ソナチネ」('93年/松竹)まで後世の多くの作品に影響を与えたとされる作品であり、ナタリー・ドロンの映画デビュー作品でもあります。但し、何と言ってもアラン・ドロンの映画であり、ジャン=ピエール・メルヴィル監督はこの作品の後もアラン・ドロンと組んで、「仁義」('70年/仏)、「リスボン特急」('72年/仏・伊)を撮っていますが、この「サムライ」と「仁義」が佳作ではないかと思います。

サムライes.jpg 例えば、冒頭のアラン・ドロン演じるジェフが、車を盗む際に持ち合わせたキーの束にを選ぶシーンなどは、派手さは無いですが緊張感があり、ジェフがメトロを乗り継いで女性警察官の尾行を巻くシーンなどもそうです。そう言えば、1つ1つのシーンをじっくり撮っていて、ジェフが警察で容疑者として"面通し"を受けるシーンや、金髪サムライges.jpgの男に撃たれた左手の傷を自力で治療するシーン、或いは、刑事たちがジェフの部屋に盗聴器を仕掛けるシーンなども、"普通の映画"的に短縮したり割愛したりせず、リアルタイムで撮っています。それが"冗長感"とならず"緊張感"に繋がっているところに、この監督の持ち味があるように思いました。

サムライ ドロンs.jpg三島由紀夫.jpg ジェフの描き方もいいです。彼自身は無口ではあるが、飼っている小鳥を心の友としているようでもあり("侵入者センサー"としても飼っていた?)、三島由紀夫がこの作品を絶賛しつつ指摘したように、主人公はニヒリストではないということでしょう。むしろ、ナタリー・ドロン演じる恋人ジャーヌへの優しい想いを抱き、また、カティ・ロジ演じる自分を庇ってくれたバレリーにも恋愛感情に似た想いを抱いたのではないでしょうか。

Le Samouraï 1967 Alain Delon and Cathy Rosier.jpg 彼は、自分を裏切った雇い主に対してきっちり落とし前をつける一方で、バレリーに対しては、ラサムライ 1967mw7.jpgストで「借り」を帳消しにしたとも言えます。また、「武士道とは死ぬことと見つけたり」言いますが、ラストで、バレリーがいるクラブに入っていく際に、クロークの女性(カトリーヌ・ジュールダン)から預かり札を受け取っていないことから、死に場所を求めていた風にもとれます。
Samurai (1967)
サムライ@._V1_.jpgSamurai (1967).jpg 原題も"Le Samouraï"。映画の始めに「サムライの孤独ほど深いものはない。ジャングルに生きるトラ以上にはるかに孤独だ」という『武士道』からという文句が出てきますが、実はメルヴィルが創作した言葉のようです。アラン・ドロンは脚本が気に入ってすぐに出演のオファーを受諾したそうですが、このジェフ役を演じることで、渋くてカッコいい、そしてどこか物悲しいアラン・ドロン像を確立したように思います。アラン・ドロンが後に、自らが化粧品ブランドを立ち上げた際に、香水に「サムライ」の名前を付けていることから、アラン・ドロン自身この作品をかなり気に入っていたのではないかと思われます。

サムライs.jpg「サムライ」●原題:LE SAMOURAI●制作年:1967年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン=ピエール・メルヴィル●製作:ジョルジュ・カサティ●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:サムライ カティ ・ロジェ.jpgフランソワ・ド・ルーベ●原作:アゴアン・マクレオ●時間:105分●出演:アラン・ドロン/フランソワ・ペリエ/ナタリー・ドロンカティ・ロジェ/ジャック・ルロワ/ミシェル・ボワロン/アンドレ・サルグ(ガレ)/ロベール・ファヴァール/ジャン=ピエール・ポジェ/カトリーヌ・ジュールダン/ロジェ・フラデ/カルロ・ネル/ロベール・ロンド/アンドレ・トラン /ジャック・デシャン/ピエール・ヴォディエ●日本公開:1968/03●配給:日本ヘラルド映画(評価:★★★★)
カティ・ロジェ in「サムライ」 
カティ・ロジェ.jpgナタリー・ドロン
ナタリー・ドロン.jpg

《読書MEMO》
●三島由紀夫の「サムライ」評
「『サムライ』は、沈黙と直感と行為とを扱った、非フランス的な作品で、言葉は何ら重要ではなく、情感は久々の濡れたようなパリの街の描写をアラン・ドロンの哀愁に充ちた目で尽くしている。この映画が殺し屋の沈黙の中に充填したエネルギーは、たしかに密度が高い。それは何らニヒリズムではない。情熱でもない。キリッとした、手ごたえのある、折目節目の正しい行動の充実感である」(三島由紀夫『映画論集成』より(原典「若きサムライのための精神講話」―「PoketパンチOh!」(昭和43年~昭和44年))

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「この映画で最も描きたかったのは情熱のメカニズムだ」(ジャック・ドゥミ)。

天使の入江 dvd.jpg 天使の入江  dvd.jpg  天使の入江02.jpg
天使の入江 [DVD]」(2011)「天使の入江 ジャック・ドゥミ監督 Blu-ray」(2016)

天使の入江749.jpg パリの銀行で働くジャン・フルニエ(クロード・マン)は、同僚のキャロン(ポー天使の入江849.jpgル・ゲール)に連れられて行った市中のカジノで、一時間で給料の半年分を稼ぐ大当たりする。それを契機にギャンブルに取り憑かれた彼だったが、謹厳な時計修理職人の父親から「賭博師はごめんだ。出て行け」と勘当されると、ニースの安ホテルに居を移し、「天使の入江」のカジノ通いを始める。そんなある日、以前カジノで見かけたブロンド美女のジャッキー・ドメストル(天使の入江91.jpgジャンヌ・モロー)に偶然出会う。ジャンは彼女に惹かれると共に、意気投合した彼女とパートナーを組み、ますますギャンブルにのめり込んでいく。彼女は夫の懇願にもかかわらずギャンブルに熱中して離婚し、息子とは週に一回会えるだけだと言う。ボロ負けした日は「二度としない」と誓天使の入江9457580.jpgうが口だけで、「軽率な自分に腹がたつ」と言いながらやめられない。ホテル代もなく駅のベンチで寝るというジャッキーを、ジャンは自分のホテルに泊まらせる。翌朝二人は別れるが、午後天使の入江9457581.jpg海岸にいたジャンを探しに来たジャッキーは、女友だちに借金した金で賭天使の入江L.jpgけてくると言い、別れるつもりだったジャンはカジノまでジャッキーを追っていく。そして、カジノで二人は勝ちまくり、「崖っぷちのドンデン返しね。モンテカルロに行きましょう」というジャッキーの誘いに車を買い、ドレスにタキシードを用意し、豪華ホテルに横付けし、海が見えるバルコニー付きのスイートルームにチェックインする。しかし、二人はカジノで今度は大敗し、結局有り金を全部使い果たしてしまう―。

イメージフォーラム .JPG 1963年3月1日フランス公開のジャック・ドゥミ監督作で、妻アニエス・ヴァルダのカンヌ映画祭招待に帯同したジャック・ドゥミが、その時たまたま立ち寄ったニースのカジノでそこで賭け事に興じる人々の姿を目にして着想を得たシナリオだとのことです。本邦でも2009年に「ジャック・ドゥミ初期作品集DVD-BOX」としてDVD化されており、アンスティチュ・フランセ東京で2013年、2014年と上映されたりもしていますが、劇場公開は今年['17年]7月から8月にかけてのシアター・イメージフォーラムでのジャック・ドゥミ、アニエス・ヴァルダ両監督の地下室のメロディー カジノ.jpg作品を特集した「ドゥミとヴァルダ、幸福についての5つの物語」での上映が「初公開」だそうです。同じくニースのカジノを舞台にしたアンリ・ヴェルヌイユ監督の「地下室のメロディー」が1963年3月19日にフランスで公開されて、日本では同年8月に公開されています。フランスでの公開は「天使の入江」の方が18日だけ早いですが、日本での公開は「地下室のメロディー」の公開より半世紀以上遅かったことになります。そして、7月22日にロードショーが始まったと思ったら、そのすぐ後にジャンヌ・モローの訃報に接することになりました(7月31日老衰のため逝去。89歳)。

 ジャック・ドゥミ監督が「シェルブールの雨傘」('64年)で見せたカラフルでポップな世界観とはうって変って(「天死の入江」は「シェルブールの雨傘」の1つ前の作品なのだが)、こちらはモノクロで、途中ロマンチックな場面は殆ど無く、天国(大勝ち)と地獄(大負け)の間を目まぐるしく行き来する二人をカメラは冷静に追っているという感じです。ラストのラストで、ああ、恋愛映画だったのだなあと思わされ、ロマンチストであるジャック・ドゥミの本質がこういう救いある結末にさせたのかなあと思いました。但し、ジャンヌ・モロー演じるジャッキーはこれまでも何度も「二度としない」と誓ってはこうなってしまっているわけで、本当に二人でこのまま行って大丈夫なのかなあという気もしました。

天使の入江9457582.jpg すでに、ルイ・マル監督の「死刑台のエレベーター」('57年)やフランソワ・トリュフォーの「突然炎のごとく」('62年)、ジョゼフ・ロージー監督の「エヴァの匂い」('62年)などでファム・ファタールを演じていたジャンヌ・モローですが、この映画での女ギャンブラー役(ジャック・ドゥミの叔母がモデルだそうだ)は、また違った印象がありました。現代の眼で見れば、ギャンブル依存症という病いにしか見えないのですが、主人公もその辺りは解っていて、そこがまた、主人公が彼女を突き離せない1つの理由になっているように思います。

天使の入江18.gif ただ、ジャッキーはギャンブルに対する弱さだけでなく、ギャンブルについての哲学も持っていて、「贅沢できなくても平気よ。お金のために賭けをやるのじゃない。十分あってもやるわ。賭けの魅力は贅沢と貧困の両方が味わえること。それに数字や偶然の神秘がある。もし数字が神様の思し召しなら、私は信者よ。カジノに初めて入ったとき、教会と同じ感動を覚えた。私にとって賭けは宗教よ。お金とは関係ない」「この情熱のおかげで私は生きていられるの。誰にも奪う権利はないわ」と言っています。ギャンブラーとしての凄みを感じさせながらも、強がっている部分も感じられ、その辺りがジャンヌ・モローならではの演技の機微であり、同じファム・ファタールを演じても、監督が違えば違ったタイプのそれを見せる演技の幅であると思いました。

天使の入江31.jpg ジャンヌ・モローのプラチナ・ブロンドに染めた髪と白いドレス(衣装デザインはジャンヌ・モローの当時の恋人ピエール・カルダン)が、モノクロ映画であるからこそニースの浜に映えて輝いて見えます。主人公はジャッキーというファム・ファタールに巻き込まれてしまうのか、或いはまた、依存症である彼女を愛の力で救い出せるのか―という二人の行方がどうなるかということももさることながら、むしろ、「私にとって賭けは宗教よ」と言い、主人公の「君にとって僕は机か椅子に見えるのか。心はどうでもいいのか」との問いに「ただの賭け仲間よ。なぜあなたを犬のように連れ回したかわかる? 幸運をもたらすからよ」と言い放ちつつも最後は主人公に寄り添うジャッキーの、情熱と愛のエネルギー自体がテーマとなっているような映画であるように思えました。ジャック・ドゥミ監督自身、「この映画で最も描きたかったのは情熱のメカニズムだ」と言っており、ミシェル・ルグランのきらめく音楽もそうしたテーマに呼応したものとなっているように思われました。
     
天使の入江 (1963)
天使の入江 (1963).jpgドゥミとヴァルダ、幸せについての5つの物語.jpg「天使の入江」●原題:LA BAIE DES ANGES●制作年:1963年●制作国:フランス●監督・脚本: ジャック・ドゥミ●撮影:ジャン・ラビエ●音楽:ミシェル・ルグラン●時間:101分●出演:ジャンヌ・モシアター・イメージフォーラム2.jpgロー/クロード・マン/ポール・ゲール/アンナ・ナシエ●日本公開:2017/07●配給:ザジフィルムズ●最初に観た場所:渋谷・シアター・イメージフォーラム(特集「ドゥミとヴァルダ、幸せについての5つの物語」)(17-08-18)(評価★★★★)

シアター・イメージフォーラム 2000(平成12)年9月オープン(シアター1・64席/シアター2・100席)。表参道駅から徒歩7分。青山通り渋谷方向、青山学院を過ぎ、二本目の通り左入る。

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刺殺体を巡る7人の"探偵"。パロディ精神と映画愛が密度濃く詰まっている。

殺人 MURDER 0.jpg 殺人 MURDER①.jpg 和田 誠 氏2.jpg 和田 誠  去年マリエンバートで dvd 2009_.jpg
「殺人 MURDER!」 (1964)           「去年マリエンバートで HDニューマスター版 [DVD]

殺人 Murder.jpg メイドがノックして入った部屋で刺殺体を発見し、大声で叫ぶ。この場面が7回繰り返され、回ごとに「MURDER!」というそれぞれ違ったタイトルロゴの後、様々な探偵が登場し、独自の方法で犯人を突き止め、逮捕に至る(逮捕殺人 MURDER①ホームズ.jpgされるのは常に同じ人物)。1人目は、ハンチングキャップ.を被りパイプを咥え、現場の遺留物や足跡など残された手掛かりの組み合わせから犯人を推理する探偵。2人目は、巻き口髭を生やし、肘掛椅子で葉巻を燻らせな殺人 MURDER② ポワロ.pngがら新聞記事を読み、創造力だけで事件を解決してみせる探偵。3人目は、ソフト帽を被って両手はいつもコートのポケットの中で、メイドへの質問を手始めに鉄道や船殺人 MURDER③サム・スペード.jpgを使って地道な聞き込みを行い、更にはバーに行って聞き込みをしてカクテルを飲んだり、飛行機に乗ったりして捜査を続け、犯人を見つける探偵。4人目からは、"探偵"という枠を超えた人物が登場し、トップハット殺人 MURDER④.pngを被った19世紀風の男が刺殺体を調べていると、死体が突然目を見開いて吸血鬼となって甦るも、男はニンニクと十字架でこれを退散させるという殺人 MURDER⑤007.pngオカルト・ホラー調。5人目は、007(ジェームズ・ボンド)風で、映画でよく知られている銃口をモチーフしたオープニングのパロディあり、美女との出会いや危険なア殺人 MURDER⑥科学者.pngクションありで、事件を解決して最後は美女とベッドイン。6人目は、SF映画のパロディ風で、科学者風の男が登場し、コンピュータにデータを打殺人 MURDER⑦.pngち込んで犯人を割り出す。本当の犯人はどうやら人間の躰を借りた宇宙人だったらしく、犯人の首がパカッと開いて、そこから空飛ぶ円盤へと帰って行く。最後7人目は、アートシアター風で、冒頭のタイトル及び刺殺体発見場面から最後まで全編モノクロ。映画「去年マリエンバートで」のパロディになっていて、探偵かと思われた男は、最後犯人探しはどうでもよくなっていて、出会った女と共に闇に消えていく。このパートだけ、犯人逮捕の場面はなく、ラストは「END」ではなく「FIN」で終わる―。
第1回「アニメーション・フェスティバル」('64年)チラシ
第1回「アニメーション・フェスティバル」.jpg 1964年秋、草月会館ホールで行われた第1回「アニメーション・フェスティバル」で上映するため、主催の「アニメーション三人の会」(久里洋二、柳原良平、真鍋博)から依頼されて和田誠が制作した16ミリのアニメーションで、音楽は八木正生(1932-1991)が担当し、時間が無い中で作られたというこの作品は、毎日映画コンクール・第3回「大藤信郎賞」を受賞しています(受賞理由では音楽も高く評価されている)。

 「アニメーション三人の会」が設立された'60年の段階では、柳原良平の「アンクルトリス」のCMを除きそれまで本格的なアニメーション制作の経験のなかった3人ですが、「三人の会」の活動は、日本の自主制作アニメーション界全体の活性化と次代の人材育成に繋がったほか(「三人の会」のメンバー作品のみの上映会は'60年、'61年、'63年の3回行なわれ、それが第4回以降「アニメーション・フェスティバル」となった)、「アニメーション・フェスティバル」を通じて、横尾忠則や宇野亜喜良など他の分野の芸術家がアニメーション制作を行なう契機にもなっています。

去年マリエンバートで 01.jpg この「殺人 MURDER!」は9分という長さの軽く楽しめる作品ですが、'64年という制作年で、しかも、「アニメーション三人の会」からの依頼で作った自主制作映画であったにしては、質的レベルはかなり高いように思います。『倫敦巴里』('77年/話の特集)に見去年マリエンバートで dvd 2016_.jpgられるパロディ精神が、この頃から横溢していたことを物語っていると共に、作者の"映画愛"が密度濃く詰まっている感じがし、'64年5月に日本で公開されたアラン・レネ監督の「去年マリエンバートで」('61年/仏)などがパロディ素材として使われていることに作者の慧眼を感じます(既にヴェネチア映画祭で金獅子賞を受賞してはいたが、後に映画史上もっとも難解な作品の一つと評されることになった)。
去年マリエンバートで [DVD]

去年マリエンバートで 03.jpg去年マリエンバートで   es.jpg 「去年マリエンバートで」は、脚本のアラン・ロブ=グリエ(1922-2008)自身の言によれば、黒澤明監督の「羅生門」('50年/大映)に触発れて作られた作品であり、つまりは芥川龍之介の「藪の中」を下敷きにした作品の一つと言えますが、"誰もあらすじを説明することができない映画"としても有名(?)でしょうか。何回観ても理解不能であり(そこが良くてまた観てしまう人もいると思うが)、この「殺人 MURDER!」の中での使われ方は、ややその辺りのアイロニーが込められているように思いました(和田誠は山田宏一との共著『たかが映画じゃないか』('78年/文藝春秋)で、フランス映画通の山田宏一へのコンプレックスをユーモラスに吐露している)。

殺人 MURDER図1.jpg 「殺人 MURDER!」の1人目と2人目の探偵はシャーロック・ホームズとエルキュール・ポアロがモデルであるのがすぐに分かるけれど、3殺人 MURDER②2.jpg人目は、前のエントリーで取り上げた『マルタの鷹』の探偵か。だとすれば、彼が飲むカクテルはマンハッタンということになるかもしれませんが、あの探偵、船や飛行機に乗ったりしたっけ。一方の捕まる犯人の方は、常に"久里洋二"風の男であるのが可笑しいです(そこだけ日本風)。フェスティバルでの上映では、最後の「去年マリエンバートで」篇が最も好評だったそうです(みんな「あの映画は(高踏的で?)無理に解らなくてもよい」と何となく安心した?)。

真鍋博「潜水艦カシオペア」('64年)(原画)/手塚治虫「人魚」('64年)
真鍋博「潜水艦カシオペア」1.jpg手塚治虫「人魚」.jpg なお、この第1回「アニメーション・フェスティバル」には、先に述べたように、主催者である久里洋二、柳原良平、真鍋博の作品のほかに横尾忠則や宇野亜喜良、さらには手塚治虫の作品なども出品されていますが、この和田誠の「殺人 MURDER!」以外では、真鍋博の「潜水艦カシオペア」、手塚治虫の「人魚」、横尾忠則の「アンソロジーNo.1」「KISS KISS KISS」などを観ました。真鍋博「潜水艦カシオペア」は、SF作家の都筑道夫が原作の"戦争が嫌いな潜水艦"を主人公に据えた寓話的短編で、米ソ冷戦の影響を受けつつも真鍋博らしいなあという印象(但し、ラストはアンハッピーエンド)。手塚治虫「人魚」は、空想を禁じられている架空の国が舞台で、ひとりの少年が助けた魚が人魚に変身してしまい、これはよからぬ空想の産物だとして少年は逮捕され、強制的に空想する力を奪い取られてゆくという管理社会の怖さとそこからの脱出を描いた作品。8分の短編にテリー・ギリアム監督のSF映画「未来世紀ブラジル」('85年/英)張りのテーマを込めてしまうところはさすがに手塚治虫といった横尾忠則「アンソロジーNo.1」1.jpg感じ。横尾忠則「アンソロジーNo.1」は、実験映画というよりは画像コラージュに近い作品。星、古城、太陽、木、鳥、女の顔、演奏、涙、指差す形、ピストル、決闘、死(死神、霊柩車、十字架)という風に、いくつかのイメージを集め、ポスターや本の表紙、自らが描いたイラストなどから切り取った静止画がほとんどで(一部動画もあり)、60年代という時代における"横尾忠則"を感じる作品とでもいうべきでした。これらの中ではやはり、和田誠の「殺人 MURDER!」と手塚治虫の「人魚」が頭一つ抜きん出ているでしょうか。更に言えば、和田誠が一番でした(何度観ても飽きない)。

和田 誠 「<殺人 MURDER!>」('64年)

横尾忠則「アンソロジーNo.1」('64年)

「殺人 MURDER!」●制作年:1964年●監督・製作:和田誠●撮影:古川肇郁/林政道●音楽:八木正生●時間:9分●公開:1964/09●配給:草月アートセンター(自主制作)(評価:★★★★☆)

去年マリエンバートで  チラシ.jpg去年マリエンバートでes.jpg「去年マリエンバートで」●原題:L'ANNEE DERNIERE A MARIENBAT●制作年:1961年●制作国:フランス・イタリア●監督:アラン・レネ●製作:ピエール・クーロー/レイモン・フロマン●脚本:アラン・ロブ=グリエ●撮影:サッシャ・ヴィエルニ●音楽:フランシス・セイリグ●時間:94分●出演:デルフィー去年マリエンバートで ce.jpgヌ・セイリグ/ ジョルジュ・アルベルタッツィ(ジョルジョ・アルベルタッツィ)/ サッシャ・ピトエフ/(淑女たち)フランソワーズ・ベルタン/ルーチェ・ガルシア=ヴィレ/エレナ・コルネル/フランソワーズ・スピラ/カ去年マリエンバートで 記事をクリップする_3.jpgリン・トゥーシュ=ミトラー/(紳士たち)ピエール・バルボー/ヴィルヘルム・フォン・デーク/ジャン・ラニエ/ジェラール・ロラン/ダビデ・モンテムーリ/ジル・ケアン/ガブリエル・ヴェルナー/アルフレッド・ヒッチコック●日本公開:1964/05●配給:東和●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会(81-05-23)(評価★★★?)●併映:「アンダルシアの犬」(ルイス・ブニュエル)

真鍋博「潜水艦カシオペア」title.png真鍋博「潜水艦カシオペア」2.jpg「潜水艦カシオペア」●制作年:1964年●監督・製作:真鍋博●協力:都築道夫/杉山正美/富澤幸男/岡田三八雄/染谷博/村瀬信夫/大野松雄/植田俊郎/池田亜都敦夫/片岡邦男/矢野譲/山内雅人●原作:都築道夫●時間:5分●公開:1964/09●配給:草月アートセンター(自主制作)(評価:★★★☆)

手塚治虫「人魚」title.jpg手塚治虫「人魚」2.jpg「人魚」●制作年:1964年●原案・構成・演出・作画:手塚治虫●製作:富岡厚司(虫プロのプロデューサー)●原画:山本繁●動画:沼本清海●撮影:佐倉紀行●音楽:冨田勲(ドビュッシー「牧神の午後の前奏曲」より)●時間:8分●公開:1964/09●配給:草月アートセンター(自主制作)(評価:★★★★)
           
アンソロジーNo.1 横尾忠則ド.jpg横尾忠則「アンソロジーNo.1 title.png横尾忠則「アンソロジーNo.1」2.jpg「アンソロジーNo.1」●制作年:1964年●監督・製作:横尾忠則●時間:7分●公開:1964/09●配給:草月アートセンター(自主制作)(評価:★★★☆)   
        

第1回「アニメーション・フェスティバル」('64年)チラシ
第1回「アニメーション・フェスティバル」2.jpg
《読書MEMO》
森卓也.jpg森卓也(映画評論家)の推すアニメーションベスト10(『大アンケートによる日本映画ベスト150』('89年/文春文庫ビジュアル版))
○難破ス物語第一篇・猿ヶ島('30年、正岡憲三)
くもとちゅうりっぷ('43年、正岡憲三)
○上の空博士('44年、原案・横山隆一、演出:前田一・浅野恵)
○ある街角の物語('62年、製作構成:手塚治虫、演出:山本暎一・坂本雄作)
殺人 MURDER('64年、和田誠)
○長靴をはいた猫('69年、矢吹公郎)
ルパン三世・カリオストロの城('79年、宮崎駿)
うる星やつら2/ビューティフル・ドリーマー('84年、押井守)
○天空の城ラピュタ('86年、宮崎駿)
となりのトトロ('88年、宮崎駿)

「●あ行外国映画の監督」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2623】 アピチャッポン・ウィーラセタクン 「ブンミおじさんの森
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「双葉十三郎の解釈」に止まるか「淀川長治の解釈」まで行くかはともかく、フェミニズム映画。

幸福 ps.jpg幸福 ヴァルダ dvd.jpg 幸福  輸入盤.jpg ア二エス・ヴァルダ.jpg Agnès Varda
幸福 [DVD]」「幸福 [Blu-ray]

幸福(しあわせ) 0.jpg 叔父が経営する内装業の店で職人をしているフランソワ(ジャン・クロード・ドルオー)には、優しい妻のテレーズ(クレール・ドルオー)と2人の幼い子どもがいる。裁縫が上手なテレーズは仕立ての内職もし、ウェディング・ドレスの注文などもある。フランソワは仕事が終われば真っ直ぐ家幸福 19.jpgに帰るし、休日には家族4人で森にピクニックに行くこともある、まさに絵に描いたような幸せな家庭だった。ある日、フランソワは出張で近くの町に行った時に、郵便局の窓口担当のエミリー(マリー=フランス・ボワイエ)と出逢い互いに惹かれるものを感じる。出張は数日にわたり、ある日幸福88.jpgフランソワはエミリーに声を掛けて一緒にランチをする。彼女の話で、近々彼女がフランソワの住む町に引っ越して来ることが分かり、エミリーは引っ越幸福(しあわせ)5.jpgし先の住所を教え、部屋に棚がほしいので付けてくれないかと言い、彼が妻子持ちであることにこだわりは無いようだった。数週間後、フランソワは越してきたエミリーの家を訪ね、2人はお互いの好意を認め、抱擁し接吻を交わす。家庭のある人でも構わないし、男性は初めてじゃないと言うエミリー。フランソワも彼女に愛を求める。ある日、フランソワは、いつもの休日の家族揃ってのピクニックで、テレーズに「最近、うれしそうね。何かあったの?」幸福(しあわせ)6.jpgと訊かれ、しばらく逡巡した後、テレーズに促され「僕たちは区切られたリンゴ畑の中にいるが、畑の外にもリンゴはあるんだ」と遠回しに浮気を告白する。テレーズは特に取り乱すこと無く、「その幸福 11 .jpg人は嫉妬しないの? でも、妻は私よ」と言う。フランソワはテレーズが許してくれたと喜び、森の中でテレーズを抱き、彼女も応える。フランソワがうたた寝から目覚めると、テレーズがいなくなっている。不安にかられながらテレーズを探すフランソワ。やがて彼女は池のほとりで水死体となって発見される―。

 1965年製作のアニエス・ヴァルダ(1928-2019/90歳没)監督作の初期の代表作であり、ベルリン国際映画祭の審査員特別賞(銀熊賞)受賞作。アニエス・ヴァルダはジャック・ドゥミ(1931-1990/享年59)の妻でもあった人です。ヌーヴェルヴァーグVarda2.jpgの作家の内、ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、クロード・シャブロル、ジャック・リヴェット、エリック・ロメールなど映画批評家として活躍していた若い作家を中心とするグループを「右岸派」、アラン・レネ、ジャック・ドゥミ、アニエス・ヴァルダ、クリス・マルケル、ジャン・ルーシュなど主にドキュメンタリー(記録映画)を出自とするグループを「左岸派」と呼びますが、両派の作品の特徴はなかなか定義は難しいのでは。例えば同じ「右岸派」でも、「シェルブールの雨傘」('64年)などで知られるジャック・ドゥミは「ミュージカルとファンタジーの天才」と言われ、一方のアニエス・ヴァルダはフェミニズムの視点から語られることが多いと思われます。また、ジャック・ドゥミをロマンチスト、アニエス・ヴァルダをリアリストする対比のさせ方もあるようですが、異論もあるかもしれません。

幸福 (1).jpg この「幸福」では、物語は妻テレーズの死を以って一旦は悲劇で終わったかのように思われます。ところが妻の死後、夫フランソワは、最初は元気が無かったものの、日が経つにつれ以前の働き者に戻り、今度は愛人エミリーが子どもたちの面倒をみ、いつの間にか妻であり母である役割の女性がテレーズからエミリーに代わったというだけの平穏な日々を送るようになります。子どもたちもエミリーになつき、今度は妻テレーズにがエミリーに代わっただけの"幸福"そうな「家族」の姿が紅葉が美しい秋の森に消えてゆく―という終わり方であり、妻の側から観ればある意味"残酷"で"怖い"エンディングとも言えます。
ぼくの採点表 2―西洋シネマ大系 1960年代
ぼくの採点表 2 1960年代.jpg双葉十三郎.jpg 夫フランソワのエゴイズムを描いた作品であるとも言われています。それを男性一般に敷衍して、映画評論家の故・双葉十三郎〈アニエス・ヴァルダが女流監督の角度から、男性のエゴイズムに一矢報いた一篇〉というように言っています(『ぼくの採点評Ⅱ』)。更には、幸福というものが、実は誰かの犠牲の上に成り立っている場合があること示したとの見方もあるようです。つまり、この映画における幸福とはカッコ付きの幸福なのだということなのでしょう。でも、個人的には「男性のエゴイズムを描いた」という解釈で充分とも思います(いわば「第1段階」の解釈として)。

 常識的に考えれば、妻テレーズの死という出来事があれば、その原因となった愛人とも罪悪感から別れそうな気もするのですが、この物語の主人公フランソワは、あまりその辺りは気にしなかったみたいでした。気にしないことの大きな要因は、フランソワがテレーズの死を「純粋な事故死」だと思ったためであり、映画の中で、「あの人は花を採幸福(しあわせ) 6.jpgろうとしたら、滑って池に落ちて溺れた」と事故直後に目撃者の証言を聞かされ、その上で妻の溺死体にしがみついています。その間、テレーズが水に溺れて木の枝に掴まろうとしては沈んでいく映像が0.5秒×2回くらい流れますが、これは夫フランソワの頭の中で作られた「誤って死んでいく妻」のフラッシュバックと言えるでしょう。しかしながら、双葉十三郎は別のところで、〈テレーズの死は自殺である〉と断じていたように思います。この夫フランソワによるイメージの作り変えこそ、「男性のエゴイズム」なのかもしれません。
私の映画の部屋―淀川長治Radio名画劇場 (1976年)
私の映画の部屋_.jpg淀川長治2.jpg テレーズの死を自殺とするならば、その死は、絶望によるもの、或いは死を以って夫に復讐したと考えるのが普通ですが、絶望によるものであろうと復讐によるものであろうと、その後、夫が次第に回復し、愛人を迎え入れて新たな「家族」が出来上がって行く様が淡々と描かれているということに違和感を覚えざるを得ません。これについて、かつてのもう一人の大御所映画評論家・淀川長治は、〈奥さんが旦那さんに打ち明けられ、自分の幸せが去ったことを知ったが、「夫の幸せは大事に守ってやろう。私は誤って死んだことにしてあげよう。これが夫への本当の命をかけた愛だろう」―と思いました〉ということなのだとしています(『私の映画の部屋』)。〈だから、旦那さんは、誤って死んだんだから自分には罪は無いと考えて〉その愛人と秋には結婚し、夫にはまた幸せが訪れたのであると。この淀川長治の解釈は、ストーリーの展開に合致しており、穿った見方のように思えます。淀川長治はこの映画から、女性の愛の美しさ、哀しさ、強さを感じたとのこと。もしそうなら、こうした女性像を描くこともフェニミズムの範疇に入るのか疑問であり、そもそもアニエス・ヴァルダを通り一遍のフェミニストという枠に括ってしまうことが誤りなのではないかという気もしなくもありません。

幸福・ しあわせ   映画.jpg 但し、淀川長治の「妻は夫の幸せのために事故にみせかけて自殺した」という解釈―これは「あの人は花を持っていた...」という証言と非常に符合する(夫から不倫を告げられた女性が何のために花を持っていたのか。それは花を採ろうとして池に落ちたという"事故死"の目撃者を作るためとしか考えられない)―をいわば「第2段階」の解釈とするならば、それが別に双葉十三郎の「第1段階」の解釈、つまり男性のエゴイズムを描いたという見方を否定することにはならず、女性の奥の深さと男性の底の浅さを対比的に描いたとも言え、やはりこれもまたフェミニズム映画なのでしょう。

幸福 16.jpg 1966年のキネ旬ベストテンで第3位にランクインした作品ですが、その時の1位が「大地のうた」で2位が「市民ケーン」なので、かなり高く評価されたとみていいのではないでしょうか。夫フランソワ役のジャン=クロード・ドルオーは俳優で、愛人エミリー役のマリー=フランス・ボワイエは女優ですが、妻役のテレーズ役のクレール・ドルオーはジャン=クロード・ドルオーの実際の妻で演技経験は無く、子ども役も二人の実際の子どもで、叔父や姪を演じている人も皆ドルオー姓だから素人なのでしょう。初期作品で、製作上の制約があってそうなったのかもしれませんが、たいしたものだと思います。

(●アニエス・ヴァルダ亡きあと、2021年に劇場で再見。淀川長治の解釈を念頭においてこの作品を観ていると、主人公の男の馬鹿さ加減にあきれてしまう。でも、それこそがアニエス・ヴァルダの言いたかったことのようにも思える。そう解釈しないと、何のためにこうした話を撮ったのかわからなくなってしまう。子役の演技が極めて自然であることを再認識した。演技というより「撮り方」なのだろう。実際の夫婦の実際の子どもを使っているからこそ成せる技と言える。)

幸福 しあわせflyer_2.jpg

Le bonheur (1965)
Le bonheur (1965).jpg幸福 13 .jpg「幸福(しあわせ)」●原題:LE BONHEUR●制作年:1965年●制作国:フランス●監督・脚本:幸福(しあわせ)stills.jpgアニエス・ヴァルダ●製作:マグ・ボダール●撮影:クロード・ボーソレイユ/ジャン・ラビエ●音楽:ジャン=ミシェル・ドゥファイ●時間:79分●出演:ジャン=クロード・ドルオー/クレール・ドゥミとヴァルダ、幸せについての5つの物語.jpgドルオー/マリー=フランス・ボワイエ/オリヴィエ・ドルオー/サンドリーヌ・ドルオー/ポール・ヴェキシアター・イメージフォーラム2.jpgアリ●日本公開:1966/06(リバイバル1997年)●配給:日本ヘラルド映画(リバイバル:ザジフィルムズ)●最初に観た場所:渋谷・シアター・イメージフォーラム(特集「ドゥミとヴァルダ、幸せについての5つの物語」)(17-08-03)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(21-02-02)(評価★★★★)

シアター・イメージフォーラム 2000(平成12)年9月オープン(シアター1・64席/シアター2・100席)。表参道駅から徒歩7分。青山通り渋谷方向、青山学院を過ぎ、二本目の通り左入る。

アニエス・ヴァルダ 4.jpgアニエス・ヴァルダ       .jpgアニエス・ヴァルダ
2017年の第90回アカデミー賞で、長年の功績を称え名誉賞が授与された。

プレゼンターはアンジェリーナ・ジョリー

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戦前の〈スクリューボール・コメディ〉のテイストが60年代でどう変わったか。

ハワード・ホークス 「男性の好きなスポーツ」.jpg男性の好きなスポーツ  00.jpg 男性の好きなスポーツwi.jpg ロック・ハドソン/ポーラ・プレンティス
「男性の好きなスポーツ」ポスター/「Man's Favorite Sport? [DVD] [1964] by Rock Hudson

男性の好きなスポーツ 00.jpg ロージャー・ウィルビー(ロック・ハドソン)は釣り具メーカーの敏腕セールスマンで、彼の著書『かんたん釣り教本(Fishing Made Simple)』はベストセラーになっている。ある日、ワカプーギー湖で催される競技会にゲストスターとして出場するよう主催者側のイージー(マリア・ペルシー)とアビー(ポーラ・プレンティス)に口説かれ、社長(ジョン・マクギバー、しょっちゅうカツラがずれる)の命令ということもあり渋男性の好きなスポーツ 01.jpg々承諾するが、実は彼には一度も釣りの実地経験が無く魚は嫌いなのだ。美人2人と湖に行くと聞男性の好きなスポーツ 02.jpgいた婚約者のテックス(シャーレン・ホルト)は嫉妬する。湖での3日間の競技会の始まる前夜、アビーが彼に言い寄ってくる。何男性の好きなスポーツ 03.jpgとか言い逃れてコテージに戻ると、彼女は彼のベッドで寝ている。翌朝、彼のコテージをテックスが不意に訪れ、状況を誤解男性の好きなスポーツ 23.jpgして怒る。競技会が始まり、初日の彼の成績はマグレで2位。その夜、彼はテックスに詫び、彼女の心も和らぐが、彼女が再び訪ねて来ると、皮肉にもロージャーのネクタイがイージーのドレスのジッパーに引っ掛かって背中がはだけている場面に遭遇する。2日目はマグレで1位となり、その3日目は熊の捕まえた魚を横取りして遂に優勝。だが、アビーに諭されてトロフィーは返上、自分は今まで釣りをしたことが無かったことを皆に告白する―。

男性の好きなスポーツ 24.jpeg ハワード・ホークス(1896-1977/享年81)監督の1964年公開のスラップスティック・コメディで、ハワード・ホークスはハンフリー・ボガート主演の「脱出」('44年)、「三つ数えろ」('46年)といったハードボイルドタッチの作品や、ジョン・ウェイン主演の「赤い河」('48年)、「リオ・ブラボー」('59年)といった西部劇など男臭い映画を撮る一方で、マリリン・モンローが出演している「モンキー・ビジネス」('52年)や「紳士は金髪がお好き」('53年)など男女のドタバタ・ロマンティック・コメディも撮っていて、この作品もその部類と言えます。1975年にアカデミー名誉賞を授与されていますが、現役時にはアカデミー賞の受賞どころかノミネートも一度しかなく、多くの傑作を残しながら、批評家からは通俗的な娯楽専門のB級映画監督としてしか見られなかったといいますが、器用過ぎて却って損をしたのかなという気もします。

男性の好きなスポーツes.jpg この作品は、戦前に〈スクリューボール・コメディ〉と言われたものへのオマージュが込められているらしいですが(〈スクリューボール・コメディ〉の第1号は「或る夜の出来事」('34年)であると言われているが、この作品のオマージュ対象はハワード・ホークス自身が監督した「赤ちゃん教育」('38年)らしい)、古き良き時代のおおらかな雰囲気のラブ・コメディという感じがします。主人公ロージャーが釣りの本を書いてベストセラーになっているのに自身は釣りをしたことがないという設定は面白いと思いましたが、そのために事実を知ったイージーら女性陣からは釣りの手ほどきを受けつつもペテン師扱いされているけれど、自分で情報を集めているわけだし、「自分はどこそこで大物を釣った」とか言わない限りはペテン師にはならないのではないかな。

男性の好きなスポーツ kuma.jpg ロージャーが美女に振りまわされる姿をギャグでつないでいくという流れで、ロージャーの乗ったバイクが熊とぶつかったと思ったら、熊がバイクを乗りこなしていたり、更にはロージャーが再び熊に遭遇して湖面を水しぶきを上げながら走って逃げるといった(「レモ/第1の挑戦」('85年)のラストみたい)、現実にはありえないようなシュールな場面もありますが、まあ概ねオーソドックスなドタバタ劇という感じでしょうか。

男性の好きなスポーツ 89.jpg 〈スクリューボール・コメディ〉のセオリーは、プロセスですっちゃかめっちゃかあってもラスト男女が結ばれること(但し露骨なセクシー表現は無し)。結局、ロージャーは女性たちから散々ひどい目に遭いながらもアビーと結ばれ、「男性の好きなスポーツ」(原題:Man's Favorite Sport?)の答は「女性」だったということになるでしょうか。後に、有名人で最初に同性愛をカミングアウトした人物となるロック・ハドソン(カミングアウトする頃には業界内では"公然の秘密"だったようだが)がこれを演じているのはやや皮肉な気もします。

男性の好きなスポーツ  97.jpg 「孔子曰く」と言って色々なものを売りつける先住民風の男(ノーマン・アルデン)が、最後、「じゃじゃ馬は押していけ」とロージャーを励ましますが、この言葉は孔子じゃなくて自分の言葉で、孔子は世間知らずだという。だったら、どうして今まで孔子の言葉を引いていたのか。この辺りが微妙に可笑しかったです。

男性の好きなスポーツV1_.jpg 全体としては、肩が凝らずに観られる作品だけれど、やや笑いのパンチ不足? 国内でソフト化されていない理由も分からなくもないといった感じでしょうか。ソフト化されていないことが付加価値になっている部分もあるし、〈スクリューボール・コメディ〉のテイストが戦前と60年代でどう変わったか知るにはいい作品かもしれません(ちょっとだけセクシーな表現がある点が変わった?)。

男性の好きなスポーツ 99.jpg「男性の好きなスポーツ」●原題:MAN'S FAVORITE SPORT?●制作年:1964年●制作国:アメリカ●監督・製作:ハワード・ホークス●脚本:スティーヴ・マックニール/ジョン・フェントン・マレイ●撮影:ラッセル・ハーラン●音楽:ヘンリー・マンシーニ●時間:120分●出演:ロック・ハドソン/ポーラ・プレンティス/マリア・ペルシー/ジョン・マクギバー/シャーレン・ホルト/ロスコー・カーンス/ノーマン・アルデン/フォレスト・ルイス●日本公開:1964/03●配給:ユニヴァーサル(評価★★★)

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ナタリー・ウッドッはこの作品が一番。村上春樹の涙腺を緩めるだけのことはある。

草原の輝きDVD1.jpg草原の輝き (映画)DVD.jpg 草原の輝き 01.jpg
草原の輝き [DVD]」ナタリー・ウッド/ウォーレン・ベイティ in「草原の輝き」
映画パンフレット 「草原の輝き」監督エリア・カザン 出演ナタリー・ウッド/ウォーレン・ビーティ

草原の輝き 02.jpg 1928年、カンサスの高校3年生バッド(ウォーレン・ベイティ)とディーン(ディーニー)(ナタリー・ウッド)は愛し合っているが、保守的な倫理観の持ち主であるディーンの母親(オードリー・クリスティ)の言い草もあって、ディーンはバッドを受け入れるに至らない。バッドの父で石油業者のエイス(パット・ヒングル)はフットボール選手である息子が自慢で、イェール大学に入れたがっているが、バッドには父親の期待が負担になっている。父は理解あるように振舞うが実態は暴君で、反発した姉ジェニー(バーバラ・ローデン)は家出して堕落してしまっていた。バッドは、ディーンが自分を受け入れてくれないイライラから、草原の輝き 03.jpg同級生でコケティッシュな娘ファニタ(ジャン・ノリス)の誘惑に負けてしまう。ディーンはこのことにショックを受け、ワーズワースの詩の授業中に教室を抜け出し、川に身を投げる。何とか死を免草原の輝き 14.jpgれたディーンは精神病院に入院する。父の希望通りイェール大学に入ったバッドは、勉強に身が入らず、酒ばかり飲み、結局アンジェリーナ(ゾーラ・ランパート)というイタ草原の輝き 04.jpgリア娘と結ばれてしまい、学校は退学寸前のところまでいっている。やがて世間は、1929年の世界大恐慌に見舞われ、エイスは大打撃を隠して息子に会い、ディーン似の女をバッドの寝室に送り込んだりするが、その夜窓から飛び降り自殺する。ディーンは病院で知り合ったジョニー(チャールズ・ロビンソン)という若い医師と婚約する。退院後、バッドが田舎へ引込んで牧場をやっていることを知り、訪ねて行くと、彼はアンジェリーナとつつましく暮らしていた。2人は静かな気持ちで再会する―。

エリア・カザン.jpg 1961年のエリア・カザン(1909-2003/享年94)監督によるアメリカの青春映画。ウォーレン・ベイティ(1937年生まれ)のデビュ理由なき反抗・Rebel Without a Cause.jpgー作で、ウォーレン・ベイティはこの作品で、既にジェームズ・ディーンと「理由なき反抗」('55年)で共演するなどして青春スターだったナタリー・ウッド(1938年生まれ)の相手役に選ばれ、ここからスターダムへにのし上がり、「俺たちに明日はない」('67年)のようなアメリカン・ニューシネマの代表作にも出演します(この作品については当初は製作側だったのだが)。一方のナタリー・ウッドも、同じ年に「ウエスト・サイド物語」('61年)に出演するなど、絶頂期にありました。2人は当時24歳と23歳で高校3年生を演じていたことになりますが、共に持ち前の若々しさで演じきったという感じでしょうか。

East of Eden.jpg草原の輝き17.jpg 恋愛を軸とした青春物語に、親と子の葛藤を織り込むところが、「エデンの東」('55年)のエリア・カザン監督らしいですが、ストーリーがしっかりできているように思いました(アカデミー賞脚本賞受賞)。ナタリー・ウッドの演NATALIE WOOD  (1938 - 1981).jpg技も良かったです。彼女は43歳で撮影中に入江で水死し(他殺説、自殺説もある)、アカデミー賞に関しては無冠で終わりましたが、この作品が一番近かったのではないでしょうか(主演女優賞にノミネートされたが受賞は成らなかった)。一方のウォーウォーレン・ベイティ フェイ・ダナウェイ.jpgレン・ベイティは「天国から来たチャンピオン」('78年)のような作品もありましたが、最近では2017年第89回アカデミー賞作品賞プレゼンターをフェイ・ダナウェイと務めた際のトラブルが印象的だったでしょうか(手違いで主演女優賞の名前が刻印された封筒が手渡されていため、読み上げられた後で修正された)。

村上春樹 09.jpg 作家の村上春樹氏は川本三郎氏との共著『映画をめぐる冒険』('85年/講談社)の中で「この映画のことを想うとき、いつも哀しい気持ちになる」「あるいは僕の涙腺が弱すぎるせいかもしれないが、観るたびに胸打たれる映画というのがある。『草原の輝き』もそのひとつである」と書いていて、ナタリー・ウッドについては「青春というものの発する理不尽な力に打ちのめされていく傷つきやすい少女の心の動きを彼女は実に見事に表現している」としていますが、まさにその通りと言えるでしょう。

草原の輝き 13.jpg この映画に対する個人的な印象として、60年代っぽいイメージがロイドの人気者 yunyu.jpgあったのですが、考えてみれば1929年の世界大恐慌の話が出てくるから、それより30年くらい前の話なのだなあと改めて思いました。今観ても、何となく高校生らの着ているジャケットやパンツなどが垢抜けし過ぎている感じもしますが、フットボールの試合場面で選手たちの着ているユニフォームが、「ロイドの人気者(The Freshman)」('25年)と同じようなものであり、ここはしっかり時代考証したのでしょうか(「ロイドの人気者」の主人公ハロルドが新入生として入学したテート大学のモデルはイェール大学だったのではないか)。若い恋人たちの双方の親たちがそれぞれに保守的であるのも、1920年代の話であると考えれば、腑に落ちる気がします。
ロイドの人気者」('25年)

草原の輝き es.jpg草原の輝きges.jpg エリア・カザンはトルコ生まれのギリシャ系アメリカ人でイェール大学で演劇を学んでいます。巨匠が丹念に作った作品であり、ナタリー・ウッドッはやはりこの作品が一番。村上春樹の涙腺を緩めるだけのことはある―といった感じでしょうか。

草原の輝き2e.jpg草原の輝き19.jpg「草原の輝き」●原題:SPLENDOR IN THE GRASS●制作年:1961年●制作国:アメリカ●監督・製作:エリア・カザン●脚本:ウィリアム・インジ●撮影:ボリス・カウフマン●音楽:デヴィッド・アムラム●原作:ウィリアム・インジ●時間:124分●出演:ナタリー・ウ草原の輝き0s.jpgッド/ウォーレン・ベイティ/パット・ヒングル/ゾーラ・ランパート/サンディ・デニス/ショーン・ギャリソン/オードリー・クリスティー/フィリス・ディラー/バーバラ・ローデン/ゲイリー・ロックウッド●日本公開:1961/11●配給:ワーナー・ブラザース映画●最初に観た場三鷹オスカー.jpg所:三鷹東映(78-01-17)(評価★★★★)●併映:「ジョンとメリー」(ピーター・イェイツ)/「ひとりぼっちの青春」(シドニー・ポラック)

三鷹東映 1977年9月3日、それまであった東映系封切館「三鷹東映」が3本立名画座として再スタート。1978年5月に「三鷹オスカー」に改称。1990(平成2)年12月30日閉館。

「ぴあ」1978年1月号 
ぴあ 三鷹東映 草原の輝き.jpg.png

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通俗的モチーフであっても美しい作品に昇華してみせることが出来るのだという...。

柔らかい肌 vhs.jpg柔らかい肌 dvd_.jpg 柔らかい肌 dvd.jpg
柔らかい肌【字幕版】 [VHS]」/「柔らかい肌 [DVD]」/「柔らかい肌〔フランソワ・トリュフォー監督傑作選11〕 [DVD]

柔らかい肌6.jpg バルザックの評論も書いている著名な評論家ピエール・ラシュネー(ジャン・ドサイ)は、リスボンへの講演旅行の途中で、美しい客室乗務員のニコル・ショメット(フランソワーズ・ドルレアック)と出会う。ニコルもまたピエールに魅かれ、リスボンのホテルで二人は関係を持つ。その日から、ピエールのスリリングな二重生活が始まる。ピエールには長年連れ添った妻フランカ(ネリー・ベネデッティ)がいたが、ニコルとの恋は徐々に深みに嵌っていく―。

ジャン・ドサイ/(フランソワーズ・ドルレアック

La peau douce (1964)
La peau douce (1964).jpg
柔らかい肌x.jpg柔らかい肌ge.jpg フランソワ・トリュフォー(1932-1984/享年52)監督の1964年公開作で、ストーリーは新聞の三面記事に載った実際の事件に基づいているとのことです。不倫と三角関係がテーマですが、ヒッチコックから学んだと思われる手法を巧みに織り込み(ついでに自らの脚フェチの嗜好も織り込んでいたなあ。女性にジーンズをスカートに履き替えさせたり)、流れるような音楽と映像がリアリスティックなサスペンス・ストーリーと見事に調和しています(音楽は「かくも長き不在」('61年)などのジョルジュ・ドルリュ−、カメラは「女と男のいる舗道」('62年)などのラウール・クタール)。

柔らかい肌 01.jpg かつてルイ・マルが「恋人たち」('58年)で、夫に不満をもつ若き人妻(ジャンヌ・モロー)が、ふと知り合った若者と情熱の一夜をすごし、夫も家もすてて若者とともに去るという単純なストーリーを美しい映画柔らかい肌 .jpgにしましたが(ある意味ハーレクインロマンスみたいな話)、この「柔らかい肌」は、トリュフォーにおける「恋人たち」のような位置づけの作品のように思いました(つまり、撮ろうと思えば、どんな通俗的モチーフであっても美しい作品に昇華してみせることが出来るのだという...いわば自らの力量アピール作品?)。

柔らかい肌s.jpg 主人公ピエールの不倫相手の客室乗務員つまりスチュワーデスを演じるのは、カトリーヌ・ドヌーヴの姉で自らが運転するクルマの事故で早逝したフランソワーズ・ドルレアック(1942-1967/享年25)。ホントは妹のカトリーヌ・ドヌーヴもコンプレックスを抱いたというくらいの美人なのですが、ここではやや抑え気味に自然な美しさを醸していて、彼女が演じるスチュワーデス相手の不倫で次第に深みに嵌っていく主人公の気持ちは分かります。しかし、ラストで彼はとんでもないしっぺ返しを喰うことに...。
ジャン・ドサイ/ネリー・ベネデッティ
柔らかい肌  .jpg柔らかい肌 ネリー・ベネデッティ3.jpg ラストに至るまでのプロセスが自然だっただけに、その分恐かったです。不倫相手と写真を撮るのはやめておいた方がいいとか、実践的に学んじゃった人もいるかも(そう言えば、ルイ・マル監督の「死刑台のエレベーター」('57年)でも、リノ・ヴァンチュラ演じる警部が、ジャン・モローにモーリス・ロネとの浮気を重ねていたことの証拠として突き付けたのが、携帯カメラで撮られた写真だった)。この映画、男性は概ね怖さを感じるかと思いますが、女性の中にはラストでスカッとしたという人も多いようで、男性と女性でかなり見方が異なってくる映画かもしれません。

柔らかい肌 トラム.jpgリスボン トラム.jpg オールロケで撮影していて、リスボンのトラムとか出てきますが、90年代に現地で走っているのを見ました。今もまだ走っているみたいです。ピエールの友人は藤田嗣治の絵画が好みのようです。日本に出張にいくみたいで、高輪プリンスに泊まるとか言っているなあ。ついでに東京オリンピックも観てくるつもりなのでしょうか。
       
      
                          
フランソワーズ・ドルレアック/フランソワ・トリュフォー
柔らかい肌ド.jpg柔らかい肌68.jpg「柔らかい肌」●原題:LA PEAU DOUCE●制作年:1964年●制作国:フランス●監督:フランソワ・トリュフォー●脚本:フランソワ・トリュフォー/ジャン=ルイ・リシャール●撮影:ラウール・クタール●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●時間:113分(119分(フランス版ディレクターズ・カット))●出演:ジャン・ドサイ/フランソワーズ・ドルレアック/ネリー・ベネデッティン/ダニエル・セカルデ/ジャン・ラニエ/ポール・エマニュエル/サビーヌ・オードパン/ローランス・バディ/ジェラール・ポワロ●日本公開:1965/05●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(16-11-22)(評価:★★★☆)

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ジャン・ギャバンとがっぷり四つに組めたのは、アラン・ドロンではなくリノ・ヴァンチュラか。

シシリアン 1969.gif シシリアン 1969 blueray.jpg  シシリアン ギャバン・ドロン.jpg
シシリアン [Blu-ray]」(2015) ジャン・ギャバン、アラン・ドロン

シシリアン 1969 - コピー.gifシシリアン 196915b.jpg 殺し屋ロジェ・サルテ(アラン・ドロン)は、シシリアン・マフィアのボスのヴィットリオ・マナレーゼ(ジャン・ギャバン)の力を借りて刑務所から脱獄する。パリに潜伏したサルテは、マナレーゼの息子アルド(イブ・ルフェーブル)の妻ジャンヌ(イリナ・デミック)と恋仲になる。マナレーゼは、サルテが持ちかけた宝石強奪話に乗り、ニューヨーク・マフィアのボスのトニー・ニコシア(アメデオ・ナザーリ)を仲間に引き入れる。宝石展の展示物を米国への空輸中に飛行機ごと奪うという大胆な計画は、見事成功する。マナレーゼはこの仕事を最後に勇退し、シシリアン 1969 2.jpg故郷シシリー島に帰る予定だったが、サルテとジャンヌの不倫がファミリーの知るところとなる。マナレーゼはサルテをパリに呼んでシシリアン3s.jpg殺害する計画を立てるが、ジャンヌの機転でサルテは危機を逃れる。空港でサルテを待ち伏せたマナレーゼの息子たちは、情報を得たル・ゴフ警部(リノ・ヴァンチュラ)に逮捕される。一人残されたマナレーゼは、宝石強奪の分け前を渡すという口実でサルテを呼び出す―。
   
シシリアン1s.jpgシシリアン 196946.jpg 「ヘッドライト」('55年)、「地下室のメロディー」('63年)のアンリ・ヴェルヌイユ(1920-2002/享年81)監督の1969年作品で、原作は犯罪小説家オーギュスト・ル=ブルトン。アンリ・ヴェルヌイユ監督の「地下室のメロディー」('63年)と同じくジャン・ギャバンとアラン・ドロンの共演作で、ジョゼ・ジョヴァンニ監督の「暗黒街のふたり」('73年)でもこの2人は共演しています(フィルム・ノワールばかりだなあ)。

シシリアン91.jpg アラン・ドロンは一匹狼が似合いますが、ジョゼ・ジョヴァンニ監督の「ブーメランのように」('76年)のように純粋に一人主人公と時はいいけれども、ジャン・ギャバンと並ぶと貫禄の差が出てしまい、この二人の組み合わせは意外と難しい(?)。但し、この作品に関しては、元プロレスラーのリノ・ヴァンチュラ(1919-1987)が、出番はそう多くないもののジャン・ギャバンとがっぷり四つに組んでいて、作品全体のバランスが取れているように思いました。リノ・ヴァンチュラに関して言えば、50年代の「死刑台のエレベーター」('58年)シシリアン リノ.jpg、60年代のこの作品、70年代の「ローマに散る」('76年)が代表的な警部役でしょう。数的にはギャング役の方が多いにも関わらず、警部役のイメージが強い俳優です(アラン・ドロンと「冒険者たち」('67年、原作はジョゼ・ジョヴァンニの「生き残った者の掟」)で共演した時は、ドロンと共に宝探しをする中年男の役で、ジョアンナ・シムカスを頂点にアラン・ドロンと三角形の構図を成していて、これはこれで良かった)。

 プロット的にはそれほど凝ったものではなく、と言って悪くもないですが、当時としてはその大胆な手口から話題になったという航空機乗っ取り計画も、特撮シーンなどは今観るとどうしても安っぽい感じでを受けます。やはり、ジャン・ギャバン演じるシシリアン・マフィアのボスを軸に、時に偏狭とも思えるくらい身内のことにかまけるとでも言うか、ファミリーのプライドを重んずるシシリー気質というものを感じ取るとともに、安全や打算よりもプライドと復讐を重んじたために招いた結末の虚しさを、エンニオ・モリコーネの哀愁漂うテーマ曲と共に味わう映画でしょうか(音楽はいい。音楽だけの評価だと★★★★★)。

シシリアン 1969 1_.jpgシシリアン 1969s.jpg 個人的には、マフィアがピンボールゲーム機の製造か販売の事業をしているといのが興味深かったです(ラストでリノ・ヴァンチュラはピンボールをしながらジャン・ギャバンを待っている)。この作品はフランス語版のほかに主演俳優らによる英語吹き替え版もあって、近年わが国でリリースされていたのはDVDもBlu-rayもどういうわけか英語版ばかりでしたが、'14年2月にようやっとフランス語版のBlu-rayがリリースされています('15年12月にも再リリースされた)。やっぱり、フランス語版で観るにこしたことないでしょう。英語版で観るくらいなら、野沢那智と森山周一郎の吹き替えで観た方がまだいいかもしれません。

Le clan des Siciliens.jpg 因みに、映画の中でアラン・ドロンと不倫関係になるイリナ・デミック(1936-2004)は、両親はフランスに移住したロシア人で、当初はパリでクリスチャン・ディオールの店のモデルをしていたのがルポライターに転進、1962年に雑誌社の依頼でノルマンディーで撮影中の映画「史上最大の作戦」('69年/米)のロケ取材に行ったところを製作者に見出され、同作品にてレジスタンスの美人闘士役でデビューしましたが、この「シシリアン」を最後に映画界を引退しています(女優としてはわずか7年しか活動しなかった)。

イリナ・デミック in「史上最大の作戦」('62年/米)/「シシリアン」('69年/仏)
イリナ・デミック 史上最大の作戦.jpg イリナ・デミック シシリアン.jpg
Shishirian (1969)
Shishirian (1969).jpgシシリアン 1969 10s.jpg「シシリアン」●原題:LE CLAN DES SICILIENS/THE SICILLIAN CLAN●制作年:1969年●制作国:フランス●監督:アンリ・ヴェルヌイユ●製作:ジャック・ストラウス●脚本:アンリ・ヴェルヌイユ/ジョゼ・ジョヴァンニ/ピエール・ペルグリ●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:エンニオ・モリコーネ●原作:オーギュスト・ル=ブルトン●時間:124分●出演:ジャン・ギャバン/アラン・ドロン/リノ・ヴァンチュラ/イリナ・デミック/アメデオ・ナザーリ/イブ・ルフェーブル/シドニー・チャップリン●日本公開:1970/04●配給:20世紀フォックス(評価★★★☆)
リノ・ヴァンチュラ in「死刑台のエレベータ」('57年/仏)/「冒険者たち」('67年/仏)
リノ・ヴァンチュラ 死刑台のエレベータ0.jpgリノ・ヴァンチュラ 冒険者たち.jpg

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ニューシネマの中ではラストに救いがある「ゲッタウェイ」。メディアミックスの先駆「ある愛の詩」。

ゲッタウェイ 1972 .jpgゲッタウェイ dvd.jpg ゲッタウェイ05.jpg  ある愛の詩 1970.jpg
ゲッタウェイ デジタル・リマスター版 [DVD]」スティーブ・マックィーン/アリ・マックグロー/ 「【映画パンフ】ある愛の詩 アーサー・ヒラー アリ・マッグロー リバイバル判 1976年」ライアン・オニール

ゲッタウェイs.jpg 刑務所を裏取引で出所したドク・マッコイ(スティーブ・マックイーン)は、引き換えに、取引相手のテキサスの政界実力者ベニヨン(ベン・ジョンソン)の要求で、妻キャロル(アリ・マッグロー)と銀行強ゲッタウェイ01.jpg盗に手を染める。ベニヨンからはルディ(アル・レッティエリ)とジャクソン(ボー・ホプキンズ)が助手兼ドクの監視役として送り込まれ、綿密な計画の末に強盗は何とか成功するが、ジャクソンが銀行の守衛を射殺してしまう。ルディは目撃者に面が割れたジャクソンを車内で射殺し、今度はドクに銃を向けるが、ドクの銃が先に火を吹く。ドクは、銀行から奪った金を約束通りベニヨンの元に運び込ぶが、キャロルの様子がおかしく、実はベニヨンとキャロルは男女の関係にあり、当初はドクゲッタウェイ02.jpgを裏切って消す考えだったのだ。しかし、キャロルはドクではなくベニヨンを射殺する。ドクは逃走中に車を止め、嫉妬と怒りからキャロルを殴り倒す。一方のルディは、防弾チョッキゲッタウェイ03.jpgのお蔭で死んでおらず、獣医の家に押し入り、ドクに撃たれた肩の治療をしていたが、ベニヨンの死を知り、ドクの追跡を開始する。ドクは町で自分が指名手配になっているのを知ってショットガンをゲッタウェイ04.jpg買い求め、警察に追われながらも逃げて、エルパソのホテルに辿り着く。だが、そこへはルディが先回りしていて、ベニヨンの手下も向かっていた。ルディがホテルに現れ、ドグが彼を殴り倒した時に今度はベニヨンの手下が現れて大銃撃戦が始まるが、ドクのショットガンで全員が倒され、ルディも射殺される。ドクはホテルからメキシコ人の老人のトラックに乗り込み、国境を越えたところで老人からトラックを買取り、夫婦はメキシコ側へ消えていく―。

 サム・ペキンパー監督の1972年作品で、原作は『鬼警部アイアンサイド』などで知られるジム・トンプスン、脚本は、後に「48時間」「ストリート・オブ・ファイアー」を監督するウォルター・ヒルが手掛けています。追手からの逃避行を続けるうちに、主人公2人の間に夫婦愛が甦ってきて、激しく血生臭い銃撃戦を乗り越えて2人は新たな世界へ逃げ延びる―というニューシネマの中では珍しく(?)ラストに救いがあるタイプです。アーサー・ペン監督の「俺たちに明日はない」('67年)にしても、銀行強盗の末路は警官から一斉射撃を浴びての"蜂の巣状態"でしたから。

ゲッタウェイ  .jpgゲッタウェイ 淀川.jpg しかしながら故・淀川長治は、必ずしも2人の未来は明るいと示唆されているわけではないと言っており、これは、原作にこの続きがあって、バッドエンディンが待ち受けていることを指していたのでしょうか。但し、原作における主人公のキャラクターは極悪人に近く、取引上やむなく銀行強盗をする映画の主人公とはかなり異なるようです。個人的には、この映画のラストには、やはり何となくほっとさせられます。

 一方、この映画の方には、もう1つのエンディングがあったこともよく知られており、最後は2人が警官に撃たれて「俺たちに明日はない」のボニーとクライドのように"蜂の巣状態"になるものだったそうです(実際に撮影された?)。これは、サム・ペキンパー監督が「俺たちに明日はない」に非常に感化されていたということもあったようですが、スティーブ・マックイーンが反対したようです。

 元々この映画は、ピーター・ボグダノビッチ監督、シビル・シェパード主演、原作者のジム・トンプスン脚本で進められていたのが、スティーブ・マックイーンが監督も主演女優も脚本家も変えてしまったみたいで、マックイーンがこうも口を挟む背景には、彼が実質的な製作者になっていったことがあるようです。音楽は、ペキンパー作品の常連ジェリー・フィールディングが担当することになったのが、これまたマックィーンの主張でクインシー・ジョーンズのジャズ音楽に差し替えられています。

 このように、様々な場面でサム・ペキンパー監督とも意見が対立し、マックイーンが押し切った部分もあれば譲歩した部分もあるようです。ペキンパーは破滅的な結末を望んだのかと思いましたが、実はこの映画を風刺のきいたコメディにしたかったらしいとも言われています。そうしたこともあってか、ペキンパー本人はこの作品に不満を持っていたとされていますが、結果として彼の作品の中では最大のヒット作となりました。

ゲッタウェイ  マックグロー.jpgある愛の詩05.jpg 妻役のアリ・マックグローは銃を扱ったことがなく、マックイーンが銃の撃ち方を教えて銃に慣れさせたりもしたそうですアリ・マックグロー 2.jpgが、「ある愛の詩」('70年)の白血病で死んでいく女子大生よりは、こちらの方が"演技開眼"している印象です。でも、この作品での共演をきっかけにマックイーンと結婚し、この後2本だけ映画に出て実質的に映画界を引退してしまいました。6年後に離婚してしまったことを考えると惜しい気もしますが、2006年に68歳で Festen(映画「セレブレーション」の舞台化)でブロードウェイ・デビューを果たしています。

ファラ・フォーセット オニール.jpgある愛の詩02.jpg 一方、「ある愛の詩」で共演したライアン・オニールは、2001年に慢性白血病に冒されていることが判明し、また、パートナーであったファラ・フォーセットのガンによる死(2009年6月25日、マイケル・ジャクソンと同じ日に亡くなった)を看取るとともに、自身も前立腺がんであることが公表(2012年)されていて、こちらはかなりタイヘンそうだなあと。

love story eric.jpg 「ある愛の詩」は、エリック・シーガルによる同名の小説が原作ですが、未完の小説を原作として映画の製作が始まり、先に映画が完成し、映画の脚本を基に小説が執筆された部分もあるそうです。先に小説が刊行され、その数週間後に映画が公開されており、今で言う"メディアミックス"のはしりでした。ペーパーバックを読みましたが、初めて英語で読んだ小説の割には読み易かったのは、ある種ノベライゼーションに近かったせいもあるかもしれないし、ストーリーが古典的で結末が見えているせいもあったかもしれません。この映画のヒットの後、難病モノの映画が幾つか続いた記憶があります(アメリカ人は白血病モノが好きなのか?)。

大林宣彦2.jpg この映画がアメリカでヒットしたことについて、映画監督の大林宣彦氏はアメリカで封切り時にこの作品を現地で観ていて、ベトナム戦争で疲弊したアメリカが、本音ではこのような純愛ドラマを求めている時代感覚を肌で感じていたとのこと。但し、この映画の作られた1970年と言えばまだベトナム戦争の最中ですが、映画内にその影は一切見えません(最初観た時は"ノンポリ"恋愛映画だと思ったが、今思えば意図的にそうしていたのか)。日本でもヒットしたのは、古典的なストーリーに加えて、フランシス・レイの甘い音楽の効果もあったかと思います(日本ではフランシス・レイ来日記念盤として1971年3月に発売されたアンディ・ウイリアムス盤が、1月に発売されていたフランシス・レイ盤の先を越してトップ10にランクされた)。

love story Tommy Lee Jones.jpg 因みに、主人公のオリバー・バレット4世(ライアン・オニール)のルームメイト役で無名時代のトミー・リー・ジョーンズ(当時24歳)が出演していますが、その後3年間は映画の仕事がなく、彼の無名時代は長く続き、オリバー・ストーン監督の「JFK」('91年)出演でアカデミー助演男優賞にノミネートされてからようやっと注目されるようになり、ハリソン・フォード主演の「逃亡者」('93年)でアカデミー助演男優賞を獲得しています。オリバーやそのルームメイトが通うのは名門ハーバード大学ですが、トミー・リー・ジョーンズは実人生においてもハーバード大学の出身で、当時のルームメイトに後の副大統領となるアル・ゴアがいたとのことです。

The Getaway (1972) .jpgゲッタウェイ 09.jpg「ゲッタウェイ」●原題:THE GETAWAY●制作年:1972年●制作国:アメリカ●監督:サム・ペキンパー●製作:デヴィッド・フォスター/ミッチェル・ブロウアー●脚本:ウォルター・ヒル●撮影:ルシアン・バラード●音楽:デイヴ・グルーシン●原作:ジム・トンプスン●時間:122分●出演:スティーブ・マックィーン/アリ・マックグロー/ベン・ジョンソン/アル・レッティエリン/スリム・ピケンズ/リチャード・ブライト/ジャック・ダドスン/ボー・ホプキンス/ダブ・テイラー●日本公開:1973/03●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:高田馬場パール坐(77-12-10)●2回目:自由が丘・武蔵野推理(84-09-23)(評価★★★★)●併映(1回目):「パピヨン」(フランクリン・J・シャフナー)●併映(2回目):「48時間」(ウォルター・ヒル)

ある愛の詩 01.jpgある愛の詩01.jpg「ある愛の詩」●原題:LOVE STORY●制作年:1970年●制作国:アメリカ●監督:アーサー・ヒラー●製作:ハワード・ミンスキー●脚本:エリック・シーガル●撮影:リチャード・クラディナ●音楽:フランシス・レイ●原作:エリック・シーガル●時間:99分●出演:ライアン・オニール/アリ・マックグロー/ジョン・マーレー/レイ・ミランド/キャサリン・バルフォー/シドニー・ウォーカー/ロバート・モディカ/ラッセル・ナイプ/トミー・リー・ジョーンズ ●日本公開:1971/03●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:三鷹オスカー(80-11-03)(評価★★★)●併映:「おもいでの夏」(ロバート・マリガン)/「フォロー・ミー」(キャロル・リード)
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ゴダールのコメディ。ちょっとお洒落でちょっと前衛的。ゴダール作品の原点的要素が多く見られる。

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女は女である 00.jpg パリの小さな書店に勤める青年エミール(ジャン=クロード・ブリアリ)は、コペンハーゲンから来たばかりで、フランス語の「R」がうまく発女は女である カリーナブリアリ.jpg音できないストリップ・ダンサーのアンジェラ(アンナ・カリーナ)と一緒に暮らしていたが、ある日突然アンジェラが赤ちゃんが欲しいと言い出す。赤ちゃんは要らないし、正式な結婚などしない方が気女は女である 02.jpg楽だと考えるエミールとは折り合わず、2人は喧嘩になる。仕舞にアンジェラは、それなら他の男に頼むと啖呵を切り、エミールは動揺す女は女である 10.jpgるが、勝手にしろと答えてしまう。アンジェラもアンジェラで、自分たちの住むアパルトマンの下の階に住む、エミールの友人で以前よりアンジェラにちょっかいを出していた、駐車場のパーキングメーター係のアルフレード(ジャン=ポール・ベルモンド)に頼女は女である 06.jpgむと宣言する。ならばとエミールはアルフレードを呼び出して、アンジェラにけしかけたりした揚句、アンジェラに去られる。エミールはやけになって別の女と寝て、一方女は女である 07.jpgのアンジェラも、アルフレードと本当に寝てしまう。深夜、アンジェラがエミールと住むアパルトマンに戻り、2人はベッドで黙り込む。エミールは、試しに自分の子をつくってみようとアンジェラを抱く。フレッド・アステアのダンスミュージカルが幕を閉じて終わるように、アンジェラは寝室のカーテンを閉じてみせる―。

女は女である000.jpg女は女である ジャン・ポール・ベルモンド.jpg 1961年製作・公開のジャン=リュック・ゴダール監督の長篇劇映画第3作であり、ゴダールのカラー映画第1作であるとともにミュージカル・コメディ第1作。「小さな兵隊」('60年)に次いでアンナ・カリーナが出演したゴダール作品の第2作で、カリーナとの結婚後第1作になります。ゴダールは「勝手にしやがれ」('59年)で有名になりながらも、この作品を自らの原点的作品と位置付けています。

女は女である 05.jpg 音楽はミシェル・ルグランで、美術はベルナール・エヴァン。この2人は本作の2年後に製作されたジャック・ドゥミ監督の「シェルブールの雨傘」('63年)でもコンビを組むことになりますが、「シェルブールの雨傘」が全てのセリフにメロディがついていたのに対し、こちらは、米国ミュージカル映画へのオマージュはあるものの、登場人物はメロディに合わせて歌ったり踊ったりすることは女は女であるs.jpgなく、そのメロディも、コラージュのようなスクリーンプレイに合わせて度々寸断され、ミュージカルというスタイルを完全に換骨奪胎していると言えます。一方の美術面では、カラフルな原色の色彩が多用されていて、これは「シェルブールの雨傘」にも見られるし、ゴダール自身の監督作「気狂いピエロ」('65年)にも連なる特徴かと思われます。

女は女であるes.jpg ジャン=クロード・ブリアリが室内で自転車を乗り回すシーンや、喧嘩して口をきかなくなったジャン=クロード・ブリアリとアンナ・カリーナが本のタイトルで会話をするなど、ちょっとお洒落なシーンが多くあり、また、アンナ・カリーナら登場人物が時折カメラに向けて語りかけるシーンなどがあったりするのがちょっと前衛的と言うか、ストーリー自体はたわいもない話ですが、その分肩肘張らずに楽しめるゴダール作品です。

女は女である  モロー.jpg ジャン=クロード・ブリアリに急に部屋に来るよう呼ばれたジャン=ポール・ベルモンドが、「早く帰ってテレビで『勝手にしやがれ』を見たいんだ」と言ったり、そのジャン=ポール・ベルモンドが、カメオ出演のジャンヌ・モローにバーで、フランソワ・トリュフォー監督によって撮影中の「突然炎のごとく」('62年)について「ジュールとジムはどうしてる?」と訊ねるシーンがあったりするなどの小ネタ的愉しみも(「撮影は順調?」と訊ねているとも解釈可能)。
ジャン=ポール・ベルモンド/ジャンヌ・モロー
女は女であるanna-karina-.jpg女は女である 04.jpg ゴダールは本作でベルリン国際映画祭「銀熊賞」(審査員特別賞)を受賞し、これは前年の同映画祭での「勝手にしやがれ」による「銀熊賞」(監督賞)に続いて2年連続の受賞。映画のアンジェラと同じくコペンハーゲン出身のアンナ・カリーナは、本作で「銀熊賞」最優秀女優賞女は女である 0009-.png受賞。彼女はジャン=ポール・ベルモンド、ジャン=クロード・ブリアリの両雄を(と言っても2人だって共に28歳とまだ若いのだが)振り回してまさに圧巻。アンナ・カリーナを観て楽しむ映画とも言えますが、個人的には、ゴダール自身が後に「本当の意味での自分の処女作」と述べているように、ゴダール作品の原点的要素が多く見られるという点で興味深い作品です。
音楽:ミシェル・ルグラン

女は女である 062.jpg「女は女である」●原題:UNE FEMME EST UNE FEMME/A WOMAN IS A WOMAN●制作年:1961年●制作国:フランス・イタリア●監督・脚本:ジャン=リュック・ゴ女は女である2.jpgダール●製作:カルロ・ポンティ/ジョルジュ・ド・ボールガール●撮影:ラウール・クタール●音楽:ミシェル・ルグラン●原案:ジュヌヴィエーヴ・クリュニー●時間:84分●出演:アンナ・カリーナ/ジャン=ポール・ベルモンド/ジャン=クロード・ブリアリ/マリー・デュボワ/ジャンヌ・モロー/カトリーヌ・ドモンジョ●日本公開:1961/12●配給:新外映●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(16-09-16)(評価★★★★)

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一人の娼婦の儚い人生の中にも「詩と真実」があった。ミシェル・ルグランの音楽もいい。

「女と男のいる舗道」.jpg女と男のいる舗道.jpg女と男のいる舗道 ブルーレイ.jpg
女と男のいる舗道2.jpg
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女と男のいる舗道2.jpg 1960年代初頭のパリのとあるビストロで、ナナ・クランフランケンハイム(アンナ・カリーナ)は、別れた夫ポール(アンドレ・S・ラバルト)と近況の報告をし合い女と男のいる舗道1.jpg別れる。ナナは、女優を夢見て夫と別れ、パリに出てきたが、夢も希望もないままレコード店の店員を続けている。ある日、舗道で男(ジル・ケアン)に誘われるままに抱かれ、その代償を得た。ナナは昔からの友人のイヴェット(ギレーヌ・シュランベルジェ)と会う。イヴェットは売春の仲介をしてピンハネして生きている。ナナにはいつしか娼婦となり、ラウール(サディ・ルボット)というヒモがつく。ナナは無表情な女になっていた。バーでナナがダンスをしていると、視界に入っ女と男のいる舗道09.jpg女と男のいる舗道103.jpgてきた若い男(ペテ・カソヴィッツ)にナナの心は動き、彼を愛し始める。ナナの変化に気付いたラウールは、ナナを売春業者に売り渡そうとする。ナナが業者に引き渡される時、業者がラウールに渡した金が不足していた。ラウールはナナを連れて帰ろうとするが、相手は拳銃を放つ。銃弾はナナに直撃した。ラウールは逃走、撃ったギャングも逃走する。ナナは舗道に倒れ、「生きたい!」と叫んで絶命する―。
Vivre Sa Vie Dance Scene anna karina
女と男のいる舗道94.jpg 1962年製作・公開のジャン=リュック・ゴダール監督の社会風俗ドラマで、ゴダールの長篇劇映画第4作(ヴェネツィア国際映画祭「審査員特別賞」受賞作)。「女は女である」('61年)についでアンナ・カリーナが出演したゴダール作品の第3作で、アンナ・カリーナとの結婚後の第2作です。マルセル・サコット判事のドキュメント「売春婦のいる場所」からゴダール自身が脚色したもので、原題は「自分の人生を生きる、12のタブ女と男のいる舗道 12.jpgローに描かれた映画」の意(「タブロー」はフランス語で持ち運びの可能な絵画(=キャンパス画、板絵)のことで「章」とほぼ同じとみていいのでは)。時期的には「勝手にしやがれ」('59年)と「気狂いピエロ」('65年)の間に位置する作品で、ラストなどは「勝手にしやがれ」の女性版を思わせる部分もあり、また、主人公の名前から、エミール・ゾラの小説『ナナ』が娼婦から女優に成り上がった女性を描いた、その逆を描いているともとれます。原作(原案)がドキュメントであるためか、「勝手にしやがれ」や「気狂いピエロ」より分かりやすい展開で、個人的には好きなゴダール作品です。

女と男のいる舗道 哲学者.jpg 第1章でナナが近況を交換する別れた夫ポールを演じるのは、ゴダールの批評家時代からの盟友でドキュメンタリー映画監督のアンドレ・S・ラバルトであり、終盤、ナナと哲学を論じあう碩学として登場するのは、アルベール・カミュやアンドレ・ブルトンと親交のあった哲学者ブリス・パランで、ゴダールの哲学の恩師であるそうです。最初観た時は、その「衝撃的」ラストに、むしろあっけないという印象を抱きましたが、ゴダールが説明的表現を排したドキュメンタリー・タッチで撮っているということもあったかもしれません。ゴダールがアンナ・カリーナの了解を取らずに隠し撮りのように撮ったシーンもあり(そのことをアンナ・カリーナはすごく怒ったらしい)、ナナと哲学者との対話における哲学者の受け答えも即興だそうです。

裁かるるジャンヌ 女と男のいる舗道2.jpg アンナ・カリーナ演じるナナは、生活のために娼婦に転じるわけですが、別に不真面目に生きているわけではなく、むしろ「自分の人生を生きる」という哲学を持っています。彼女は、「裁かるるジャンヌ」を観て涙したり(このシーンのアンナ・カリーナの表情がいい)、偶然に出会った哲学者と真理について語ったりします(第12章のタイトルは「シャトレ広場- 見知らぬ男 - ナナは知識をもたずに女と男のいる舗道 哲学者2.jpg哲学する」)。哲学者との会話のシーンなどは、最初に観た時は、言葉が映画の背景になっているような感じがしたのが、今回改めて観直してみると、結構深いことを言っているなあと(「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」なんて言葉を思い出した)。儚(はかな)くも散った一娼婦の人生においても、その中に確実に「詩と真実」はあったのだ―という見方は、あまりにロマンチックすぎるでしょうか。ミシェル・ルグランの音楽もいいです(この音楽がそんな気分にさせる)。

裁かるゝジャンヌ dvd.jpg 因みに、「女と男のいる舗道」でアンナ・カリーナ演じるナナが観て涙したカール・テオドア・ドライヤー監督映画「裁かるるジャンヌ」('28年/仏)は、火刑に処せられる直前のジャンヌ・ダルクの心情の揺らぎを描いたものですが、オリジナルネガフィルムが1928年にドイツ・ウーファ社の火災によって焼失したため、完全なフィルムは存在しないと言われてきました。更に、ドライヤーがオリジナルに使用しなかったフィルムで再編集した第2版のネガも焼失し、製作元も倒産。その後に観ることが出来た作品は、世の中に出回っていたポジフィルムをかき集めてかろうじて作品の体裁を成したもの、乃至はその海賊版のようですが、製作直後にデンマークでの公開のために送られていた完全オリジナルフィルムが1984年に偶然発見され、日本では1994年に初めて公開されました(2005年にDVD化。それ以前のハピネット版DVDは不完全版)。

裁かるゝジャンヌ クリティカル・エディション [DVD]

 自分が個人的にこの映画を観たのは、埋もれていたフィルムが再発見される3年前(「女と男のいる舗道」と併映だった)。小津安二郎の「大学は出たけれど」('29年)のように70分の内11分しか現存していなくても充分に堪能出来る作品もありますが、この不完全版「裁かるるジャンヌ」に関してはダメでした。ストーリー部分が後退して、画面もカットされているため、ルネ・ファルコネッティ演じるジャンヌの表情の大写しが前面に出すぎてモンタージュ効果が逆に生きていない印象を持ちました(完全版を観ていないので、きちんとした評価は不能か。但し、映画史的にも一般にも評価の高い作品[IMDbポイント8.3])。ナナが観たのは完全版なんだろうか?

アンナ・カリーナ in 「女と男のいる舗道」    音楽:ミシェル・ルグラン
アンナ・カリーナ 「女と男のいる舗道」.jpg「女と男のいる舗道」●原題:VIVRE SA VIE:FILM EN DOUZE TABLEAUX●制作年:1962年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール●製作:ピエール・ブロンベルジェ●撮影:ラウール・クタール●音楽:ミシェル・ルグラン●原作(原案):マルセル・サコット「売春婦のいる場所」(ドキュメ女と男のいる舗道27.jpgント)●時間:84分●出演:アンナ・カリーナ/サディ・ルボット /アンドレ・S・ラバル/ギレanna karina.jpgーヌ・シュランベルジェ/ジェラール・ホフマン/ペテ・カソヴィッツト/モニク・メシーヌ/ポール・パヴェル/ディミトリ・ディネフ/エリック・シュランベルジェ/ブリス・パラン/アンリ・アタル/ジル・ケアン●日本公開:1963/11●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会〔四谷公会堂〕 (81-09-12)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ (16-09-06)(評価★★★★☆)●併映(1回目):「裁かるるジャンヌ」(カール・テオドア・ドライヤー)  anna karina

Sabakaruru Jannu (1928).jpg裁かるるジャンヌ 女と男のいる舗道1.jpg「裁かるるジャンヌ (裁かるゝジャンヌ)」●原題:LA PASSION DE JANNE D'ARC●制作年:1927年(1928年4月デンマーク公開、同年10月フランス公開)●制作国:フランス●監督・脚本:カール・テオドア・ドライヤー●撮影:ルドルフ・マテ●時間:96分(短縮版80分)●出演:ルネ・ファルコネッティ/ウジェーヌ・シルヴァン/モーリス・シュッツ/アントナン・アルトー●日本公開:1929年10月25日●配給:ヤマニ洋行●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会〔四谷公会堂〕 (81-09-12) (評価★★★?)●併映:「女と男のいる舗道」(ジャン=リュック・ゴダール)
Sabakaruru Jannu (1928)

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主人公の葛藤や苦悩と言うよりむしろ「偽善」が描かれている印象だがそれでも重い。

冬の光 dvd2.jpg冬の光 dvd9.jpg 冬の光 1963 01.jpg
冬の光<HDリマスター版>【DVD】」「冬の光[DVD]」イングリッド・チューリン/グンナール・ビョルンストランド

冬の光 ベルイマン  08.jpg冬の光 1963 nvシド―.jpg 11月末のスウェーデンの小さな町の日曜の朝。無事ミサを終えた牧師トーマス(グンナール・ビョルンストランド)は、漁師の妻のカーリン(グンネリ・リンドブロム)から話を聞いて欲しいと言われる。彼女の冬の光  .jpg夫・ヨナス(マックス・フォン・シドー)が中国も原子爆弾を持つという冬の光 ベルイマン     .jpgニュースを新聞で読んで以来、核戦争の恐怖で塞ぎ込んでいるというのだ。しかしトーマスは最愛の妻に先立たれてから失意のどん底にあり、彼らの悩みを真剣に聞ける状態ではなかった。そんなトーマスのことをあれこれと気遣ってくれているのが、地元の小学校の女教師マルタ(イングリット・チューリン)だった。しかし彼女の愛は彼には押し付けがましく感じられ、息苦しい思冬の光   自殺体.jpgいさえしていた。再び訪ねて来たヨナスと向きあったが、トーマスはありきたりのこと以外は何も言えず、何らヨナスの力にならなかった。ヨナスはそれから間もなく、河辺でピストル自殺し命を絶った。一方マルタも、彼の煮えきらない態度に決断を迫り、ヒステリックな言葉を吐く。それから数時間後、ミサの時間となり礼拝堂に立つトーマス。しかしそこには町の人は誰も来ていない。それでも型通りの儀式を進めるトーマス。たった一人の聴聞者は、別れたばかりのマルタだった―。

 1963年公開のイングマール・ベルイマン(1918-2007/享年89)監督の「神の沈黙」3部作と言われる作品の2作目の作品です(残り2作は「鏡の中にある如く」('61年)と「沈黙」('63年))。原題のスヴェリエ(スウェーデン)語の「ナットヴォーツ・イェステナ(Nattvardsgästerna)」は「聖体拝領者」という意味です。ベルイマン作品の中でも最も簡潔なテーマの提起がされている作品と言え、それは現代において信仰は可能かという問いであり、それに対し、(少なくともこの映画の登場人物に関しては)絶望的にネガティブな答えが示されていると言えます。

冬の光    .jpg この映画の主人公の牧師トーマスは、風邪による熱で体調は良くないのですが、職業柄、周囲に対しては厳格な態度や表情を崩しません。しかし、そのため、牧師の本来あるべき姿とは「矛盾」するかのように、その行為の全てに人間的な温かさを欠いてしまっていて、彼の愛情を欲する愛人のマルタに対しても厳格さを以って接し、マルタの自分への愛情に応えようとせず、逆に別れ話を持ち出します。

冬の光 ベルイマン3.jpg 一方で、中国の核開発に対する漁師ヨナスの不安を彼は鎮めることが出来ず、ヨナスの自殺によって、牧師としての彼が何ら役に立たなかったことが露呈されますが、それでも彼は、形式的に礼拝という儀式だけは続けていきます。牧師自身が神に対して懐疑的であるにも関わらず、与えられた仕事としての儀式を遂行することに、個人的には、牧師としての「葛藤」や「苦悩」と言うより、むしろ「偽善」の方がより強く浮き彫りにされているような印象を受けました。

 この「冬の光」についてベルイマンは、「自分の生活における宗教の存在が完全に消滅した時、人生は恐ろしく生き易いものとなった」として、「映画もそういたものをブチ壊すことによって始めたので全ては穏やかで良かった」としていますが、こうしたコメントも、主題が分かり易く提示されているということとの符合があるか思います。ベルイマンはまた、「これは絶対にいい映画であり、どんな批判にも100%応えられるものである」とも述べています。

冬の光        .jpg 唯一つ微妙な点を挙げれば、牧師トーマスが抱える「矛盾」や「苦悩」「偽善」をトーマス個人のものと見るか、教会全体に敷衍して捉えるかによってこの作品の見方は違ってくるかもしれませんが(後者であれば、教会や聖職者に対する批判ということにもなるのではないかと思うが、ラストにトーマスの神を讃える言葉があり、個人的にはそうは捉えなかった)、トーマス個人のものとして捉え、且つ「葛藤」や「苦悩」と言うよりむしろ「偽善」が描かれていると捉えたとしても、「重い」トーンの作品であることには違いありません。

 この重厚感を醸す要因として、「処女の泉」('60年)、「秋のソナタ」('78年)でも撮影を担当したスヴェン・ニクヴィストが、初冬の北欧の国の「荒涼」を力強いカメラワークで撮っており、それが登場人物たちの心理的な「荒涼」と見事に重なり合っていることが挙げられるように思われました(「秋のソナタ」のカラー映像も悪くなが、やはりモノクロのこの作品の方が映像的にはいい)。

Fuyu no Hikari (1963)

冬の光 1963 00.jpg「冬の光」●原題:NATTVARDS GASTERNA(英:WINTER LIGHT)●制作年:1963年●制作国:スウェーデン●監督・脚本:イングマール・ベルイマン●製作:アラン・エーケルンド●撮影:スヴェン・ニクヴィスト●音楽:ヨハン・セバスチャン・バッハ●時間:86分●出演:グンナール・ビョルンストランド/イングリッド・チューリン/マックス・フォン・シドー/グンネリ・リンドブロム/アラン・エドワール●日本公開:1975/09●配給:インターナショナル・プロモーション●最初に観た場所:早稲田松竹(15-10-09)(評価:★★★★)●併映:「秋のソナタ」(イングマール・ベルイマン)

《読書MEMO》
スアンドレイ・タルコフスキーが選ぶベスト映画10(from 10 Great Filmmakers' Top 10 Favorite Movies)
①『田舎司祭の日記』"Diary of a Country Priest"(1950/仏)監督:ロベール・ブレッソン
『冬の光』"Winter Light"(1962/瑞)監督:イングマール・ベルイマン
③『ナサリン』"Nazarin"(1958/墨)監督:ルイス・ブニュエル
④『少女ムシェット』"Mouchette"(1967/仏)監督:ロベール・ブレッソン
⑤『砂の女』"Woman in the Dunes"(1964/米)監督:勅使河原宏
『ペルソナ』"Persona"(1966/瑞)監督:イングマール・ベルイマン
⑦『七人の侍』"Seven Samurai"(1954/日)監督:黒澤明
⑧『雨月物語』"Ugetsu monogatari"(1953/日)監督:溝口健二
⑨『街の灯』"City Lights"(1931/米)監督:チャーリー・チャップリン
『野いちご』"Smultronstället"(1957/瑞)監督:イングマール・ベルイマン

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置き換えれたラスト。分かりやすく、分かりにくい〈ブレーク・スルー・ムービー〉。

8 1/2 dvd.jpg 8 1/2  1963 .jpg フェリーニ 8 1/2 pos.jpg  フェリーニ 8 1/last.jpg
8 1/2 普及版 [DVD]」/「8 1/2 [Blu-ray]」/チラシ(2008年リバイバル時)

フェリーニ 8 1/2O.jpgフェリーニ 8 1/21.jpg グイド(マルチェロ・マストロヤンニ)は43歳、一流の映画監督である。彼は医者の勧めに従い湯治場にやってきた。湯治場に来てもグイドは、愛人カルラ(サンドラ・ミーロ)、妻ルイザ(アヌーク・エーメ)そして職業フェリーニ 8 1/29.jpg上の知人たちとの関係の網の目から逃れることはできない。カルラは美しい女性だが、肉体的な愛情だけで結ばれている存在で、今のグフェリーニ 8 1/27.jpgイドにとっては煩わしくさえ感じられる。妻ルイザとの関係はいわば惰性で、別居を考えはするものの、離婚する勇気がないだけでなく、時には必要とさえ感じるのである。そんなグイドの心をよぎるのは若く美しい女フェリーニ 8 1/2 c.jpg性クラウディア(クラウディア・カルディナーレ)だ。クラウディアは、グイドの願望の象徴であるが、彼女との情事の夢もむなしく消えてしまう。彼の夢、彼の想像の中で、思索は亡き両親の上に移り、次々と古い思い出を辿る―葡萄酒風呂を恐れ逃げまわる少年時代、乞食女サラギーナ(エドラ・ガーレ)と踊ったことで神父から罰せられる神フェリーニ 8 1/2ini5.jpg学校の生徒時代。やがて保養を終えたグイドは、混乱と失意のまま元の生活に戻る。彼が全てのことを投げ出そうとした瞬間、彼の心の中で何かが動き出す。彼の渦去の全ての対人関係、逃れようのないフェリーニ 8 1/2ges.jpg絶対の人生経験をかたち作っている全ての人が、笑顔をもって彼と同じ目的地に向っていこうとしているのである。映画製作が始まった。オープン・セットでグイドは叫ぶ。「みんな輪になってくれ、手をつないで踊るんだ!」演出していた映画監督グイドは、自分も妻とともに輪の中に入る。踊り続ける人々はやがて闇の中に消え、ただ一人残り、無心に笛を吹き続けるのは、少年時代のグイドだ―。

中古映画ポスター(8 2/1)-s.jpg 1963年公開のフェデリコ・フェリーニ監督作品で、モスクワ国際映画祭最優秀作品賞やアカデミー賞外国語映画賞を受賞したほか、専門家や一般の映画愛好者向けの様々なアンケートで今も常に上位にランクインするよく知られた作品です。とは言え、自分がこの作品を初めて観た80年代から90年代にかけては、タイトルの頭に必ず「フェリーニの」と付いていました(付けないと、映画なのか何なのか分からない人もまだ多かった?)。最近では、DVD等のタイトルも、単に「8½」となっているようです。
8½ (1963)
8½ (1963).jpg
 フランソワ・トリュフォーの「アメリカの夜」('73年/仏)もこれから撮ろうとしている映画監督の話だったし、ジャン=リュック・ゴダールの「パッション」('82年/仏・スイス)、ヴィム・ヴェンダースの「ことの次第」(西独・ポルトガル・米)、ミケランジェロ・アントニオーニの「ある女の存在証明」('82年/伊)もそうでしたが、何れも、監督自身が作品の主人公である「監督」に自己投影されているのはほぼ間違いないのではないでしょうか。そして、こうした作品フレームの源流的な位置にあるのがこの作品ではないかと思います。これらの作品が、どちらかというと映画の撮影が上手くいっていないという状況が背景のものが多いのも、「8½」の影響があるのかもしれません。「映画の撮影が上手くいかない」ということが映画のモチーフになり得るという先例を示したことで、多くの監督がこれに飛びついたのは無理からぬことかもしれません(それだけ撮影に苦労している?)。

フェリーニ 8 1/2i.jpg その中でもこの「8½」の大きな特徴は、精神的に追い詰められ、仕舞いには自殺まで想い描いていたかに見えた主人公が(強迫神経症的な夢のシーンがある)、ラストで突然に、「人生はお祭りだ。共に生きよう」と叫んで復活、人々と共に輪になって踊り始めるという、ある種〈ブレーク・スルー・ムービー〉になっている点にあると思われ、また、そのブレーク・スルー・ムービーになっているという点が、多くの人々の共感を生む理由でもあるのではないでしょうか。

8 1/2ド.jpg グイドの復活に何かその理由が説明がされているわけではありません。実は当初ラストは、幽霊のような白い服を着た登場人物たち(グイドを除く)が、セリフもないまま満員状態で列車の食堂車に乗ってどこかへ向かうシーンが撮られていて、言わばグイドの葬送をイメージしたものになっていたのが、制作会社かフェリーニ 8 1/2812_sub1.jpgら作品の予告編の制作するよう依頼されたフェリーニが、オープンセットで登場人物たちが輪になって踊るというシーンを撮り、最終的にそれが当初予定されていたラストシーンに置き換わって使われたということのようです。そのため、そのラストとその一つ前の段階との繋がりという点で、やはり唐突さはあるように思います(製作中にフェリーニに心境の変化があったのか。それとも当初のままでは暗過ぎて観客受けしないと思ったのか)。

フェリーニ 8 1/2pos2.jpg甘い生活 1シーン2.jpg 退廃した上流階級を背景にした「甘い生活」('59年)とやや背景が似ているところもあり(主人公は片や著名な映画監督、片やしがないゴシップ記者だが)、どちらが作品として上か、或いはどちらが好みかということでよく議論になりますが、「甘い生活」の方が分かり易いという人と「8½」の方が分かり易いとい人に分かれるのが興味深いです(知人で、「8½」を何度観ても途中で寝てしまうという人がいる)。個人的には、「8½」の方がブレーク・スルー・ムービーとして分かり易いですが、主人公がなぜブレーク・スルー出来たのかということについては観る側に解釈が委ねられているような感じで、「甘い生活」におけるラストのブレーク・スルー出来ない主人公の置かれている状況の方がトータルでは分かり易いように思いました。実際、この「8½」は多くの映画監督から高い評価を得る一方で、ルイス・ブニュエルなどは、「甘い生活」を絶賛するものの、「8½」に関しては「分からん」とボヤいていたそうです(ブニュエルの気持ちも分かる。分かりやすくもあり、また、分かりにくくもある映画というべきか)。

ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ.jpgフェリーニ 8 1/2 02.jpg 撮影は「太陽がいっぱい」('60年/仏・伊)、「太陽はひとりぼっち」('62年/伊・仏)、「エヴァの匂い」('62年/仏)のジャンニ・ディ・ヴェナンツォ(1920-1966/享年45)。湯治場などを撮った光と影のコントラストを際立たせたカメラがい良かったし、主人公の夢のシーンや少年時代の回想シーンも悪くなかったです。これ見ると、フェリーニが自分の経験に近いところで撮ったのかなあという気もしますが、「フェリーニのマルコルド」('73年/伊)(なぜDVD化されないのか?)についても言えますが、フェリーニの場合、"記憶"と思われるものの"創造"であったりするから何とも言えません(例えばフェリーニ作品のアイコンとも言うべきフェリーニ 8 1/26.jpgEddra Gale and Barbara Steele in 8 1/2.jpg「太った女」は「8½」(エドラ・ガーレ)にも「アマルコルド」それぞれに出てくるが、その設定は全く異なっている)。再見してみて、怪奇映画女優のバーバラ・スティール(イタリア・ゴシック・ホラーの"絶叫クィーン"と言われたB級映画専門女優)を使っていることに改めて気づきました。

Eddra Gale & Barbara Steele,81/2    
                   Anouk Aimée,81/2 
アヌーク・エーメ 8 12.jpg「フェリーニの8½ (8½)」●原題:OTTO E MEZZO ●制作年:1963年●制作国:イタリア・フランス●監督:フェデリコ・フェリーニ●製作:アンジェロ・リッツォーリ●脚本:フェデリコ・フェリーニ/トゥリオ・ピネッリ/エンニオ・フライアーノ/ブルネッロ・ロンデチラシ「8 1/2」.jpgィ●撮影:ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ●音楽:ニーノ・ロータ●時間:140分●出演:- マルチェロ・マストロヤンニ/アヌーク・エーメ/クラウディア・カルディナーレ/サンドラ・ミーロ/バーバラ・スティール/マドレーヌ・ルボー/イアン・ダラス/エドラ・ガーレ●日本公開:1965/09●配給:東和=ATG●最初に観た場所:高田馬場東映パラス(87-05-09)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(15-12-22)(評価:★★★★☆) Barbara Steele in Federico Fellini,81/2
フェリーニ 8 1/22.jpgフェリーニの8 1/2 (8 1/2)Barbara Steele.jpg

 
 
 
   
    
     
クラウディア・カルディナーレ 若者のすべて.jpgクラウディア・カルディナーレ81/2.jpgクラウディア・カルディナーレbフィツカラルド.jpgクラウディア・カルディナーレ(Claudia Cardinale)in ルキノ・ヴィスコンティ監督「若者のすべて」('60年/伊・仏)/フェデリコ・フェリーニ監督「フェリーニの8 1/2」('63年/伊・仏)/ヴェルナー・ヘルツォーク監督「フィツカラルド」('82年/西独)
          
アヌーク・エーメ「甘い生活」01.jpgアヌーク・エーメ 8 1/2s.jpgアヌーク・エーメ 男と女.jpgアヌーク・エーメ(Anouk Aimée)in フェデリコ・フェリーニ監督「甘い生活」('59年/伊)/フェデリコ・フェリーニ監督「フェリーニの8 1/2」('63年/伊・仏)/クロード・ルルーシュ監督「男と女」('66年/仏)

Federico Fellini - 8 1/2 (New Trailer) - In UK cinemas 1 May 2015 | BFI Release

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高田馬場・稲門ビル.jpg高田馬場東映パラス 入り口.jpg
高田馬場東映パラス 高田馬場・稲門ビル4階(現・居酒屋「土風炉」)1975年10月4日オープン、1997(平成9)年9月23日閉館

①②高田馬場東映/高田馬場東映パラス/③高田馬場パール座/④早稲田松竹

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重くのしかかってくる作品ではあるが、"謎"の残る作品でもあった。

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太陽はひとりぼっち [DVD]」/ポスター/モニカ・ヴィッティ

太陽はひとりぼっちC.jpg ヴィットリア(モニカ・ヴィッティ)は婚約者リカルド(フランシスコ・ラバル)と別れたばかりだが、証券取引所に入り浸りの母はそんな彼女の話太陽はひとりぼっち02.jpgを聞こうとはしない。女友達のアニタ(ロッサナ・ローリ)とマルタの3人で深夜のアパートでアフリカ人に扮してふざけたり、アニタの夫の操縦するセスナに乗ったりと気分転換を図るも、別離の後の倦怠感は消える様子を見せない。取引所では株が暴落し、ヴィットリアの母(リッラ・ブリグノン)は今にも自殺せんばかりだ。そんな中ヴィットリアは、以前からたびたび見かけていた仲買所に勤めるピエロ(アラン・ドロン)と親密になり、新しい愛を始めようとする。しかし、実は何も変化が起こっていないように、無常に日々は流れていく―。

 '62年公開作品で、ミケランジェロ・アントニオーニ(1912-2007)監督の「情事」('60年/伊)、「夜」('61年/伊)に続く「愛の不毛三部作」の最後の作品です(カンヌ国際映画祭「審査員特別賞」受賞作)。マルチェロ・マストロヤンニとジャンヌ・モローを起用した「夜」に対して、こちらは「情事」のモニカ・ヴィッティを再起用、相手役はアラン・ドロン。日本では、当時人気絶頂のアラン・ドロンが出ているということでヒットしました(邦題が原題の「日蝕」から「太陽はひとりぼっち」と太陽はひとりぼっち 園まり.jpgいうアラン・ドロンに合わせたようなタイトルになり、ミーナが唄ったテーマ曲は、邦題タイトルそのまま曲名で園マリなどがカバーした)。実際にはアラン・ドロンのと言うより、モニカ・ヴィッティの映画と言っていいのではないでしょうか。モニカ・ヴィッティは、アントニオーニ監督初のカラー作品となった「赤い砂漠」('64年/伊・仏)にも主役で起用されることになります。

太陽はひとりぼっち11.jpg ただ美男・美女の共演でヒットしただけの作品ではなく、批評家の評価も「愛の不毛三部作」の中では高い方であるようですが、やや高尚且つ難解な印象も受ける映画です(当時の一般の観客はどのような印象を持ったのだろうか)。個人的には、冒頭とラストにそれぞれ大きな壁があるように思え、1つは、冒頭のモニカ・ヴィッティ演じるヴィットリアとフランシスコ・ラバル太陽はひとりぼっち13.jpg演じる婚約者リカルドとの延々と続く「別れ」の会話のシーン。観る側は、まず最初にこのシーンの好みで、作品にすっと入れるかどうかが決まるのではないでしょうか(自分としては比較的すっと入れた)。もう1つはラストにいきなり現れる「日蝕」と「核」を象徴したかのような抽象的・コラージュ的な映像。中世ヨーロッパにおいて日蝕は神の不在を意味したそうですが、それを「核時代の危機」「核被曝の不安」に置き換えているのでしょうか(そう言えば、同じ年に作られたイングマール・ベルイマン監督の「冬の光」('62年/スウェーデン)でも、マックス・フォン・シドー演じる男が、中国が原子爆弾を持つというニュースを新聞で読んで不安で塞ぎ込み、遂には自殺してしまう。何れもキューバ危機('62年)直前の緊迫した世界情勢などが反映されているのだろうか)。

太陽はひとりぼっちs.jpg なぜこの映画がモニカ・ヴィッティの映画であるかと言うと、彼女の演じる主人公ヴィットリアの「愛の不毛」を中心に描かれているためで、何とはない虚無感というか不安感に嵌り込まざるを得ない主人公にこの作品のテーマ(同時に現代人のテーマでもある)を一人で負わせているのに対し、アラン・ドロン演じる証券マンのピエロの方は、俗世間の中で何も考えずに飛び跳ねている実利主義的な男として、その存在自体が空虚に描かれているのが対象的です(アラン・ドロンのファンには不満だったのではないか。しかし、実生活上のアラン・ドロンは後に映画界から実業界に転身した)。

太陽はひとりぼっちL.jpg太陽はひとりぼっち  s.jpg そのピエロがいる側の世俗にまみれた世界の象徴として描かれているのが証券取引所で、この描かれ方がなかなか興味深く、取り引きは全て部アナログで行われ、市場のセリのような喧噪ぶりですが、多少戯画的に描かれているとはいえ、ヴィットリアがいる静謐な世界とのコントラストが見事です。

L'ECLISS:1962.jpg そして、両方の間をピンポン玉のように行き来するのが証券マンのピエロ。自分はやり手だと思っていて、株が大暴落して大損をした上に大借金を負った太陽はひとりぼっち8.jpgヴィットリアの母親などは自殺せんばかりなのに、彼自身は一時滅入りはするが立ち直りも早く(証券マンってそんなものか)、むしろ今度はヴィットリアの方に攻勢をかけます(自分が女性にモテると分かっている。まあ、そうでなければヴィットリアのような女性には近づけない)。彼女も一時この男とはという気にはなったのか男女の関係になりもしますが、そこから深まることはなく、そのことがピエロにもどかしさを与えます。

太陽はひとりぼっち03.jpg ピエロでなくとも、同じ立場に置かれれば、男なら誰もがもどかしさを感じるだろうなあ。個人的には、ラストが今一つ入り込めなかったことのもどかしさとも重なるといった感じでしょうか。重くのしかかってくる作品ではありましたが、"謎"の残る作品でもありました。

太陽はひとりぼっち7.jpg モニカ・ヴィッティは相変わらずの美貌で「情事」に勝るとも劣らないアンニュイ感を漂わせ、しかも今回は美男ドロンとの組み合わせでますます絵になるといったところですが、作品としては「情事」の方が分かり易いように思いました。

太陽はひとりぼっち   s.jpg太陽はひとりぼっち65.jpg ローマの街の光と影を美しく(時に不気味に)撮ったカメラがい良かったです(撮影は「さすらい」('57年/伊)、「太陽がいっぱい」('60年/仏・伊)、「エヴァの匂い」('62年/仏)、「8 1/2」('63年/伊・仏)のジャンニ・ディ・ヴェナンツォ)。原爆のキノコ雲のような建物は、1960年のローマ・オリンピックの競技場の1つだったローマ市内テスタッチオにあったベロドロモ・オリンピコ(Velodromo Olimpico)の一部か。

Taiyô wa Hitoribocchi (1962)
Taiyô wa Hitoribocchi (1962).jpg
太陽はひとりぼっち  import ps.jpg「太陽はひとりぼっち」●原題:L'ECLISSE●制作年:1962年●制作国太陽はひとりぼっち s6.jpg:イタリア・フランス●監督:ミケランジェロ・アントニオーニ●製作:ロベール・アキム/太陽はひとりぼっち 柱.jpgレーモン・アキム●脚本:ミケランジェロ・アントニオーニ/トニーノ・グエッラ/エリオ・バルトリーニ/オティエリ●撮影:ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ●音楽:ジョヴァンニ・フスコ●主題歌:ミーナ●時間:118分●出演:アラン・ドロン/モニカ・ヴィッティ/フランシスコ・ラバル/リッラ・ブリグノン/ルイ・セニエ/ロッサナ・ローリ/ミレッラ・リッチャルディ●日本公開:1962/12●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(16-02-23)(評価:★★★★)

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ジャンヌ・モローの〈ファム・ファタール〉ぶりが見所。本当に不幸なのは男か女か。

エヴァの匂い dvd2.jpgエヴァの匂いeva-dvd.jpg エヴァの匂いdvd.jpg エヴァの匂い 00.jpg
「エヴァの匂い」DVD/輸入盤DVD/「エヴァの匂い Blu-ray」ジャンヌ・モロー

エヴァの匂いw.jpg 霧雨のヴェニスで水上を滑るゴンドラから過ぎゆく景色を眺めている女エヴァ(ジャンヌ・モロー)。彼女のために幾人もの男が身を滅していったのだが、作家のティヴィアン・ジョーンズ(スタンリー・ベイカー)もその一人だった。処女作が売れて一挙に富も名声を獲得し、あと婚約者フランチェスカ(ヴィルナ・リージ)と結婚するばかりだったある雨の夜、ティヴィアンの別荘にずぶ濡れになったエヴァと彼女の客が迷いこんで来る。それがティヴィアンとエヴァとの最初の出会いだったが、以来、ティヴィアンの脳裡にはエヴァの面影が焼きついて離れず、彼はエヴァの肉体に溺れていった。それから2年の月日を経て、今は乞食同然のティヴィアンだったが、彼はいまだにエヴァの面影を求めている。今日もヴェニスは雨に煙り、ゴンドラが漂う―。

エヴァの匂い5.jpg 英国の推理小説作家ジェームズ・ハドリー・チェイスの原作『悪女エヴァ』('45年)を、「コンクリート・ジャングル」('60年)のジョゼフ・ロージーが監督した1962年公開のフランス映画。撮影は「さすらい」('57年/伊)、「太陽がいっぱい」('60年)、「太陽はひとりぼっち」('62年)、「8 1/2」('63年/伊・仏)のジャンニ・ディ・ヴェナンツォ、音楽は「女と男のいる舗道」('62年/仏)、「シェルブールの雨傘」('64年/仏)、「華麗なる賭け」('68年/米)のミシェル・ルグランで、ジャズミュージック、中でもジャンヌ・モローの好みに合わせビリー・ホリデイの曲が多く使われています。

エヴァの匂い_1.jpg ジャンヌ・モロー(当時34歳)が所謂〈ファム・ファタール〉(運命の女=悪女)を演じた映画として知られており、ジャンヌ・モローはジャン・コクトーに「いつかスターになったら、映画でこの役を演じなさい」と言われて『悪女エヴァ』の本を渡され、最初にジャン=リュック・ゴダールに監督を依頼するも製作サイドがゴダールの作風を嫌がったため、次にジョセフ・ロージーを推薦しています。そのジョセフ・ロージーは、ルイ・マル監督の「恋人たち」('58年)を観てフランス映画を崇拝するようになったといい、その「恋人たち」に主演したジャンヌ・モローで作品を自ら撮る機会が巡ってきたことになります。

エヴァの匂いevaLosey_b.jpgエヴァの匂いm.jpg ジャンヌ・モロー演ずるエヴァは、カジノで金のありそうな男を物色しては身ぐるみ巻き上げる高級娼婦であり、そこには愛だの恋だの感情的なものは一切関わりません。この作品でそのエヴァによって身を滅ぼされるのが、スタンリー・ベイカー演じる新進の売れっ子作家ティヴィアンですが、ティヴィアンに「世界中で一番好きなものはなんだい?」と訊かれて、エヴァは「ラルジャン(お金)」と即答しています。ヴィルナ・リージ演じるティヴィアンの恋人フランチェスカエヴァの匂い9.jpgは、ティヴィアンとの結婚後も続くティヴィアンとエヴァのことを知って自殺しますが、そのことに対してもエヴァはどこ吹く風。決定的なのはラストで、新しい男をとギリシャ旅行に出かけるため早朝のヴェネチアの広場で船を待つエヴァエヴァの匂い      .jpgのもとへ落魄したティヴィアンが現れ、ギリシャから戻ったらまた会ってくれとエヴァにすがると、エヴァはティヴィアンをじっと見つめ、「みじめな男」とのみ言い捨てて新しい男と旅立って行きます(ヴェニスをこれくらい暗く撮っている映画も珍しいが、その暗さと男の心境がマッチしているとも言える)。

エヴァの匂い4.jpg 男はどうしてこんな女に惹かれてしまうのかと、普通に考えれば醒めた目で捉えられがちなところを、ジャンヌ・モローの演技のお蔭で、ティヴィアンの悪女にずぶずぶ嵌っていく様が腑に落ちてしまうし(ビリー・ホリデイの曲に乗せたジャンヌ・モローの一人演技の蠱惑的な長回しショットがあるので注目)、男には元々そうした墜ちていくような願望があるのかもしれないとさえ思ってしまいます。

エヴァの匂い01.jpg 全てをエヴァに吸い取られてしまい、今は酒場に入り浸る日々のティヴィアンですが、彼は本当に不幸だったのか。実はティヴィアンは炭鉱夫あがりの作家ということで話題になったものの、その話題になった処女作は亡き兄が書いたもので、つまり「盗作」で作家の名を成してしまったわけで、それがこの度のエヴァとの間での手痛い経験が肥やしとなって、やがて「本物」の作家として大成するのではないか。そうした意味では、結果的にティヴィアンにとっては実りある体験であって、彼は将来において幸せであり、むしろ、永遠に愛の不毛を抱え続けるエヴァこそが不幸なのではないか―というこの作品の解釈もあるようで、やや穿ち過ぎた見方のようにも思えますが、なかなか興味深い解釈だと思います(暗いヴェニスの風景は、エヴァの心の虚無を表していたのかも)。

エヴァの匂い モロー.jpg 因みに、この映画におけるジャンヌ・モローのファッションは、彼女が当時交際していたピエール・カルダンで統一されています(それまではシャネル一色だったジャンヌ・モローは、以後はカルダン一色となる)。

エヴァの匂い_2.jpg また、自殺に至るフランチェスカを演じたヴィルナ・リージは、ハリウッドに渡ってジャック・レモン主演の「女房の殺し方教えます」('64年/米)などにも出たりしましたが、後にイタリアで熟女女優として活躍し、サルヴァトーレ・サンペリ監督の「スキャンドール」('80年/伊)などにも出ています。また、ちょっとだけ出ているリザ・ガストーニも同じく後に熟女女優として活躍し、「スキャンダル」('76年/伊)などに出ています。
ヴィルナ・リージ (Virna Lisi,1936-2014)
          
エヴァの匂いes.jpg「エヴァの匂い」●原題:EVA●制作年:1962年●制作国:フランス●監督:ジョセフ・ロージー●製作:ロベール・アキム/レイモン・アキム●脚本:ヒューゴー・バトラー(脚色)/ジャンヌ・モロー エヴァ.jpgエヴァ・ジョーンズ(脚色)●撮影:ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ●音楽:ミシェル・ルグラン(挿入曲:ビリーエヴァの匂い 仏版dvd.jpg・ホリデイ)●原作:ジェームズ・ハドリー・チェイス「悪女エヴァ」●時間:166分●出演:ジャンヌ・モロー/スタンリー・ベイカー/ヴィルナ・リージ/ジェームズ・ヴィリアーズ/リッカルド・ガルローネ/ジョルジョ・アルベルタッツィ/リザ・ガストーニ/ケッコ・リッソーネ/エンツォ・フィエルモンテ/ノーナ・メディチ/ロベルト・パオレッティ●日本公開:1963/06●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(16-03-20)(評価:★★★★)

イタリア・ベネチアで、「エヴァの匂い」の撮影セットでポーズを取るジャンヌ・モロー(1961年11月1日撮影)。(c)AFP

《読書MEMO》
●ヴェニス(ヴェネツィア)を舞台にした映画
ジョゼフ・ロージー監督「エヴァの匂い」('62年/仏)/ルキノ・ヴィスコンティ監督「ベニスに死す」('71年/伊・仏)/ニーノ・マンフレディ監督「ヌードの女」('81年/伊・仏)/テレンス・ヤング監督「007 ロシアより愛をこめて」('63年/英)
イタリアエヴァの匂い .jpgイタリア・ベネチア ●ベニスに死すges.jpgイタリア。ヴェネチア●ヌードの女.jpg 007 ロシアより愛をこめて  ヴェネチア (2).jpg

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最初観た時はこんなのアリ?という気もしたが、観る度に良いと思えるように。意外と深いかも。

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華麗なる賭け 01.jpg華麗なる賭け 03.jpg ハンサムで裕福な実業家でありながら、実は裏の顔を持つクラウン(スティーヴ・マックィーン)。彼は、満ち足りた生活では得られないスリルを求めて銀行強盗を計画、ボストンの自社ビル前の銀行を5人の男に襲わせて見事に成功、260万ドルの現金を手中にする。事件後、ボストン市警も手がかりを掴めずお手上げとなる中、マローン警部補(ポール・バーク)とともに捜査していた銀行の保険会社華麗なる賭け 07.jpgの調査員ビッキー・アンダーソン(フェイ・ダナウェイ)はクラウンに目をつけ、彼が黒幕であることを確信する。彼女は正体を暴こうとクラウンに近づくが、徐々に彼の大胆不敵な姿に心惹かれてしまう。こうして2人のスリリングで奇妙な関係が始まる―。

華麗なる賭け_V1_.jpgTHE THOMAS CROWN AFFAIR.jpg 監督のノーマン・ジュイソンは前作「夜の大捜査線」('67年)でアカデミー作品賞を受賞、主演のスティーヴ・マックイーンも前作「砲艦サンパブロ」('66年)でアカデミー主演男優賞候補にノミネート、フェイ・ダナウェイも前年「俺たちに明日はない」('67年)でやはりアカデミー主演女優賞にノミネートされているなど、当時脂が乗り切っていたメンバー構成。但し、クラウン役はショーン・コネリーにオファーされたのが、彼がそれを断ったためにスティーヴ・マックイーンに回ってきたものだったとか。

華麗なる賭け   マックィーン.jpg華麗なる賭け 04.jpg 世界的に有名な大実業家が、何の苦労もないのにただスリルだけのために銀行襲撃を指揮し、しかも捕まらないという贅沢極まりないお話で、最初観た時はこんなのアリ?という気もしましたが、スティーヴ・マックィーンが亡くなってからテレビで観て、これ、スティーヴ・マックィーンのファンには彼のカッコよさを堪能するには格好の作品だなあと(撮影前は「スーツを着たマックィーンなんて見たくない」との声もあったというが、公開後にはそうした声は殆ど聞かれなくなったという)。また、ラブストーリーとしても楽しめる作品ではないかと思うようになりました。
   
華麗なる賭け チェス.jpg華麗なる賭け 05.jpg 最近劇場で改めて観直して、導入部のマルチスクリーンもいいし、フェイ・ダナウェイもいいし(色香際立つチェス・シーン!)、「シェルブールの雨傘」('64年)の華麗なる賭け 06.jpgミシェル・ルグランによる音楽もいいなあと(テーマ曲「風のささやき」(唄: ノエル・ハリソン)はアカデミー主題歌賞受賞)。主人公は、グライダーで優雅に空を翔け、バギーで浜を走らせ、ゴルフをし、ボロをしとスポーティですが、フランスの街並み風のカットがあったりして、何となくヨーロッパ的な感じがしなくもなく、フェイ・ダナウェイのファッションも楽しめて、全体としてはたいへんお洒落な作りになっていると言っていいのではないでしょうか。

華麗なる賭け マっクィーン.jpg華麗なる賭け ダナウェイ.jpg こうしたストレートな娯楽映画が観る度に良いと思えるようになるのは、「目が肥えた」と言うよりも年齢がいったせいかもしれませんが、やはりスティーヴ・マックィーンとフェイ・ダナウェイという2人のスター俳優に支えられている部分は大きいのだろうと思います。ラスト、空を飛ぶスティーヴ・マックィーンと地を行くフェイ・ダナウェイという対比で捉えると、男と女の生き方の違いを描いた映画とも言えるかもしれません。意外と深いかも...。1999年には、この作品を愛するピアース・ブロスナンの製作・主演で同名(邦題は「トーマス・クラウン・アフェアー」)のリメイク版も制作されていて、フェイ・ダナウェイも客演していますが、ラストを少し変えていたように思います(終わり方としてはオリジナルの方がいい)。

 スティーヴ・マックィーンはこの年はピーター・イェーツ監督の「ブリット」('68年/米)にも出演していて、大スター・マックィーンがそのカッコよさを極めた年だったなあと思います。
The Thomas Crown Affair(1968)
The Windmills Of Your Mind(風のささやき)- Michel Legrand ミシェル・ルグラン
Karei naru kake (1968)
Karei naru kake (1968).jpg
華麗なる賭け 02.jpg華麗なる賭け ダナウェイ2.jpg華麗なる賭けAL_.jpg「華麗なる賭け」●原題:THE THOMAS CROWN AFFAIR●制作年:1968年●制作国:アメリカ●監督:ノーマン・ジュイソン●製作:ノーマン・ジュイソン●脚本:アラン・R・トラストマン●撮影:ハスケル・ウェクスラー●音楽:ミシェル・ルグラン●時間:102分●出演:スティーヴ・マックィーン/フェイ・ダナウェイポール・バーク/ジャック・ウェストン/ヤフェット・コットー/トッド・マーティン/サム・メルビル/アディソン・ポウエル●日本公開:1968/06●配給:ユナイテッド・アーチス●最初に観た場所:池袋・文芸坐(80-07-16)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(15-03-24)(評価:★★★★☆)●併映(1回目):「ブリット」(ピーター・イェイツ)

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マックイーンのチャレンジ度は高い。演技陣が充実しているだけに、ラストがやや惜しい。

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シンシナティ・キッドa0-s.jpg ニューオーリンズの町に、その世界で30年も君臨するポーカー・プレイヤーの大物"ザ・マン"ことランシー・ハワード(エドワード・G・ロビンソン)がやって来た。自身もポーカーの名手であるシンシナティ・キッドことエリック・ストーナー(スティーブ・マックイーン)は、いつかランシーと手合わせをと考えていた。キッドは早速この社会の長老格シューター(カール・マルデン)にその機会を頼むが、シューターはキッドの自信過剰をたしなめる。かくしてキッドはランシーとの対戦に臨むが―。

 リチャード・ジェサップ原作の小説の映画化作品で1965年公開。監督は、後に「夜の大捜査線」('67年)やこの作品と同じくスティーブ・マックイーン(1930-1980)主演の「華麗なる賭け」('68年)、さらには「屋根の上のバイオリン弾き」('71年)や「ジーザス・クライスト・スーパースター」('73年)、「ローラー・ボール」('75年)を撮ることになるノーマン・ジュイソン(1926年生まれ)です。

シンシナティ・キッド 02.jpg 同じく勝負事を主人公にした作品として、ポール・ニューマン(1925-2008)が英国アカデミー賞主演男優賞を受賞した「ハスラー」('61年)がありますが、、アクターズ・スタジオを経てブロードウェイにデビューしている点で両者は共通するものの、既に「熱いトタン屋根の猫」('58年)など文芸作品にも出ていたポール・ニューマンに比べ、「荒野の七人」('60年)や「大シンシナティ・キッド 03.jpg脱走」('63年)など西部劇やアクション映画への出演がそれまで多かったスティーブ・マックイーンにとっては、ポーカー・ゲームの場面が多くを占めるこの作品へのシンシナティ・キッド1ef-s.jpg出演は、演技力が試される挑戦ではなかったのではないでしょうか。しかも、相手が「キー・ラーゴ」('48年)「十戒」('57年)などで既に名優の名を欲しいままにしていたエドワード・G・ロビンソンですから、チャレンジ度は高かったと言えるのでは(緊張感を醸すため、撮影には本物の紙幣が使われたという)。

シンシナティ・キッド 01.jpg ストーリー展開は、ポール・ニューマン演じる主人公が最初は全然歯が立たなかったベテランの相手を最後に破る「ハスラー」とはちょうど真逆で、スティーブ・マックイーン演じる自信に満ちた若手の主人公が、最後にベテランを追い詰め勝利と栄光を手にするかと思いきや―というもの。これ、封切時に初めて観た人は、スティーブ・マックイーンが演じてきた役柄の全能感のあるイメージもあって、すとーんと落とされたようなギャップがあっただろうなあと思われます。

シンシナティ・キッド 04 (2).jpg エドワード・G・ロビンソンは余裕綽々の名演という感じですが、スティーブ・マックイーンの演技もそれに拮抗すると言っていいのではないでしょうか。キッドを誘惑しようとするシューターの妻メルバを演じたアン・マーグレットも、キッドが自分にはチューズデイ・ウェルドト演じるクリスチャンという恋人がありながら、ふらっとそっちへ靡いてしまうのが分からなくもないような蠱惑的ムードを醸し、レディ・フィンガーズを演じたジョーン・ブロンデルも名演で、演技が手な下手な人は殆ど出ていなかったような映画のように思えました。

シンシナティ・キッド es.jpg 但し、最後、勝負に敗れ全てを失ったキッドの前に、キッドとメルバの関係を目の当たりにして一旦はキッドの下を去っていたクリスチャンが再び現れるのは、やや甘い結末と言えるでしょうか。一旦すとーんと落としておいて、救ってしまっているので、衝撃緩衝剤みたいになってしまった感じがするなあと思っていたら、これは監督の意向ではなく、スタジオの意向でそうしたシーンが付け加えられたとのことで、ちょっと勿体ない気もします。クリスチャンは安定志向なので、仮にキッドが財政面で彼女に助けてもらうならば、引き換えに勝負師として生きる道は閉ざされるのかなとか、余計な憶測を生む結果にもなっているように思いました(ラストの落ち着きが悪い。子供にも賭けで負けてしまうところで終わっていた方が良かった)。ノーマン・ジュイスン自身も、後に「無用で有害ですらあるセンチメンタルなラストが追加されているのは申し訳ない」と述べているそうです。まだ、当時はそれほど実績が無く、スタジオの意向を聞かざるを得なかったのでしょうが、惜しい気がします。

 エドワード・G・ロビンソンは「キー・ラーゴ」でもカードをやっていたなあ(その時の相手はハンフリー・ボガートだった)。

The Cincinnati Kid (1965).jpgThe Cincinnati Kid (1965) .jpgシンシナティ・キッド poster.pngThe Cincinnati Kid (1965) 「シンシナティ・キッド」●原題:THE CINCINNATI KID●制作年:1965年●制作国:アメリカ●監督:ノーマン・ジュイソン●製作:マーティン・ランソホフ●脚本:リング・ラードナー・ジュニア/テリー・サザーン●撮影:フィリップ・H・ラスロップ●音楽:ラロ・シフリン(主題歌:レイ・チャールズ)●原作:リチャード・ジェサップ●103分●出シンシナティ・キッド s.jpg演:スティーブ・マックイーン/エドワード・G・ロビンソン/アン=マーグレット/カール・マルデン/チューズデイ・ウェルド/チューズデイ・ウェルド/ジョーン・ブロンデル/ジェフ・コーリー/リップ・トーン/ジャック・ウェストン/キャブ・キャロウェイ●日本公開:1965/10●配給:MGM映画(評価:★★★☆)


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今まで観たシリーズ作品の中では一番。"リップサービス"がそのままタイトルに?

007_ロシアより愛をこめてps.jpg007_ロシアより愛をこめてdvd601_.jpg 007_ロシアより愛をこめてdvd60_.jpg 007_ロシアより愛をこめてdvd_.jpg ダニエラ・ビアンキ.jpg
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007_ロシアより愛をこめて es.jpg 犯罪組織「スペクター」は、クラブ諸島の領主ノオ博士の秘密基地を破壊し、アメリカ月ロケットの軌道妨害を阻止した英国海外情報局の諜報員007ことジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)への復讐、それもソビエト情報局の美人女性情報員と暗号解読機「レクター」を餌にボンドを「辱めて殺す」ことで両国に泥を塗り外交関係を悪化させ、さらにその機に乗じて解読機を強奪するという、一石三鳥の計画を立案した。実はスペクターの女性幹部であるソビエト情報局のローザ・クレッ007_ロシアより愛をこめて0ges.jpgブ大佐(ロッテ・レーニャ)は、真相を知らない部下の情報員タチアナ・ロマノヴァ(ダニエラ・ビアンキ)を騙し、暗号解読機を持ってイギリスに亡命する様、また亡命時にはボンドが連行することが条件だロシアから愛をこめて.JPGと言うように命令する。英国海外情報局のトルコ支局長・ケリム(ペドロ・アルメンダリス)からタチアナの亡命要請を受けたボンドは、罠の匂いを感じつつも、トルコのイスタンブルに赴いた。しかし、そこにはスペクターの刺客・グラント(ロバート・ショウ)が待っていた―。

007_ロシアより愛をこめて700.jpg 1963年公開の007シリーズ第2作で、監督は第1作と同じくテレンス・ヤング(1915-1994)。1964年4月日本初公開時の邦題は「007/危機一発」で007/危機一発3.JPGした(意図的に誤字を使った)。1972年のリバイバル公開時に、タイトルを小説の題名に近い「007 ロシアより愛をこめて」に変えていますが、手元にある『大アンケートによるミステリーサスペンス洋画ベスト150』('91年/文春文庫ビジュアル版)にもまだ「007/危機一発」とあり、但し、「ロシアより愛をこめて」と小さくカッコ付きであります(初公開時から主題歌の邦題は「ロシアより愛をこめて」だった)。この本では、ミステリーサスペンス洋画全体の中で15位に入っており、007シリーズの中では最上位にきていますが、個人的にも、今まで観たシリーズ作品の中では一番良かったかと思います。

 イアン・フレミングの原作では、英国情報部vs,ソ連情報部という構図になっているのを、映画の方は脱イデオロギー化と言うか、秘密組織スペクターを敵役にして、ソ連、英国、スぺクターの三つ巴に改変していますが、それでも、当時のソ連にとって好ましくない描写もあったため、同国ではその後007シリーズは御法度とされていたようです。一方、日本国内では、配給収入は約2億4千万円と、前作「007は殺しの番号」に比べ4倍の収入増でした。

007_ロシアより愛をこめて dv.jpg ボンドガールはダニエラ・ビアンキで、ロシアではなくイタリア出身の女優です。知的な雰囲気を醸す美形であり、彼女が演じる秘密情報員タチアナ・ロマノヴァは、偽上司クレッブ大佐(ロッテ・レーニャ)の計略で「祖国のために」ボンドを籠絡すべくスパイとして彼の下へ遣わされて、結局、ボンドのことを好きになってしまうわけで、このパターンは後のボンドガールにも多くみられるタイプであり、また彼女は、その頂点に立つと言っていいかもしれません。

ロシアより愛をこめて1.jpg 前作「007 ドクター・ノオ」('62年)のシルビア・トレンチもこれに近いですが、殺されもしなければ、ボンドとよろしくやるにも至らず、結局ボンドに追い返されてしまう脇役のボンドガールでした。そのシルビア・トレンチを演じたユーニス・ゲイソンが、この「ロシアより愛をこめて」では冒頭、ボンドとハイキングを楽しむガールフレンド役で出ていて、役名クレジットは同じくシルビア・トレンチとなっており、この辺りのお遊びは楽しいです(ボンドは結局、呼び出し指令でハイキングを途中できり上げることになるのだが)。

007_ロシアより愛をこめてq.jpg レギュラー・キャラクターは、第1作から出ていたボンドの上司にあたるM(バーナード・リー)やその秘書マネーペニー(ロイス・マクスウェル)に加えて、秘密兵器担当のQ(デスモンド・リュウェリン)が登場してコマが揃った感じです。例によって、ボンドが最初はやや珍奇で使うことはあるまいと見ていたようなアタッシュケースに仕込まれたその秘密兵器が、いざという時にボンドの窮地を救うことに...(武器以外に金貨が仕組まれていたのも計算づくだったのか)。

007_ロシアより愛をこめて8es.jpg お話の舞台は殆どイスタンブールで、ボンドがタチアナの持ち出したソ連領事館の青写真を入手する場所が聖ソフィア寺院だったりと、異国情緒充分です。ボンド・カーはまだ出てきませんが、オリエント急行からトラックへ、トラックからモーターボートと乗り継いでヴェネツィアへ向かうという流れで、世界の景勝地を飛びまわる豪華観光映画的絵作りがここに出来上がったとも言えます。

From Russia with Love .jpg オリエント急行内でのグラント(ロバート・ショウ)との対決が1つヤマ場なのですが、それまでにもボンドは、ロマの女性同士の男を奪い合っての決闘に巻き込まれたり、ラストでも、全て終わって一安心と思ったら、ホテルのメイドに化けていたクレッブに襲われたりと盛り沢山で、ノン・ストップ007_ロシアより愛をこめてls.jpg・ムービーと言っていいかも。但し、格闘アクションに関しては、ボンドとグラントの殴り合いさえも今観ると何となくやや地味で(列車内で狭い)、最後のクレッブなどは、ボンドに立ち向かうにしても靴先に忍ばせた毒針が武器とホント地味、しかも教え子のタチアナに寝返られてやや気の毒ささえも漂いました(でも、こうした手作り感にに加え、スパイの哀切感もあって悪くないか)。

007_ロシアより愛をこめてss.jpg 「ロシアより愛をこめて」の邦題は、 "From Russia with Love"の原題の意に、「ロシアを愛する以上にあなたを愛する」というタチアナの気持ちを懸けたとの説もありますが、やや無理があるのでは。この作品では、これから任務に就くボンドからマネーペニーへの書き置きとして、この"From Russia with Love"というフレーズが登場します。ボンドに恋愛感情を持つマネーペニーが色々な方法でボンドにアピールするもののボンドにその気はなく、いつも"リップサービス"のみで返すのがシリーズのお決まりとなりますが、その"リップサービス"がそのままタイトルになっているというのはちょっと面白い気がします。

007_ロシアより愛をこめて6.jpg「007 ロシアより愛をこめて(007/危機一発)」●原題:007 FROM RUSSIA WITH LOVE●制作年:1963年●制作国:イギリス●監督:テレンス・ヤング●製作: ハリー・サルツマン/アルバート・R・ブロッコリ●脚本:リチャ007 ロシアより愛をこめて.2.jpegード・メイボーム●撮影:テッド・ムーア●音楽:ジョン・バリー●原作:イアン・フレミング●110分●出演:ショーン・コネリー/ダニエラ・ビアンキ/ペドロ・アルメンダリス/ロッテ・レーニャロバート・ショウ/バーナード・リー/ロイス・マクスウェル/デスモンド・リュウェ007_ロシアより愛をこめてges.jpgリン/マルティーヌ・ベズウィック/ユーニス・ゲイソン/ヴラデク・シェイバル/ヴラディク・シェイバル●日本公開:1964/04●配給:ユナイテッド・アーティスツ(評価:★★★★)
Robert Shaw(1927-78/享年51)/Lotte Lenya(1898-1981/享年83)
ロバート・ショウ in 「007 ロシアより愛をこめて」('63年)/「スティング」('73年)/「ジョーズ」('75年)
ロバート・ショー007.jpgロバート・ショー スティング.jpgロバート・ショー jaws.jpg

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敵の要塞のすぐそばでビキニ美女が貝殻採りをしているという、この緩さ(ノー天気)がいい?

007 ドクター・ノオ ps5.jpg007 ドクター・ノオ ps.jpg007 ドクター・ノオ [DVD].jpg  007 ドクター・ノオes.jpg
007 ドクター・ノオ アルティメット・エディション [DVD]」ウルスラ・アンドレス

007 ドクター・ノオ ps6.jpg アメリカの要請で、月面ロケット発射を妨害する不正電波を防ぐ工作をしていたジャマイカ駐在の英国諜報部員ジョン・ストラングウェイズ(ティム・モクソン)とその新人助手メアリー(ドロレス・キーター)が消息を絶つ。英国情報部「MI6」に所属する諜報員「007」こと、ジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)はM(バーナード・リー)から、その捜査を命じられる。CIA007は殺しの番号.JPGのフィリックス・ライター(ジャック・ロード)や、クォレル(ジョン・キッツミラー)らと協力し、ボンドはリモコンによってジャイロスコープコントロールを狂わせる装置が使用され、その発信地がジャマイカ付近であることを突き止める。アメリカの月面ロケット打ち上げを目前に控え、ボンドはその妨害者の発見と危機回避のため、近づく者は一人として無事に帰ったことのない「ドラゴン」の伝説がある「クラブ・キー」のノオ博士(ジョセフ・ワイズマン)の秘密基地へ乗り込む―。

 1962 年公開の007シリーズ第1作で、1963年6月日本初公開時の邦題は「007は殺しの番号」でした(手元にある『大アンケートによるミステリーサスペンス洋画ベスト150』('91年/文春文庫ビジュアル版)にもまだ「007は殺しの番号」とある)。事前の評価はさほど高いとは言えず、同年公開された1963年度の外国映画配給収入でもベスト10にも入りませんでしたが、シリーズが続くにつれて次第に評価が高まり、同シリーズ作品の人気ランキングで上位にくることも多いようです。

007 ドクター・ノオ2.jpg そう思って観ると、第1作にしてタイトルデザイン、テーマ音楽、ヒーロー像などが確立されていると007 ドクター・ノオ 05.jpgいうのは、今思えばやはりスゴイことかも。ボンドの上司にあたる〈M〉やその秘書〈マネーペニー〉などシリーズのレギュラー・キャラクターが既に登場するしており、はっきりと名乗る形で出ていないのは、秘密兵器担当の〈Q〉ぐらいでしょうか。

ジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)/マネーペニー(ロイス・マクスウェル)

 米ソの宇宙開発競争をバックにしたストーリーですが、背景そのものがやや荒唐無稽? そうした荒唐無稽さもシリーズ初期作品にほぼ連なる特徴で、例えばシリーズ第5作で若林映子、浜美枝らがボンドガールを務めた「007は二度死ぬ」('67年)でも、アメリカとソ連の宇宙船が謎の飛行物体に捉えられるという事件が起こり、米ソ間が一触即発の状態になるというのがイントロでした(殆ど円谷プロ特撮の子供向け番組のような宇宙シーンが冒頭ある)。

007 ドクター・ノオ16.jpg ボンドガールに関しては、ウルスラ・アンドレス(以前はアーシュラ・アンドレスと表記されていた)演ずるハニー・ライダーが白いビキニ姿で海から上がってくるシーンは、シリーズを通しても有名なシーンの一つとなりましたが(ウルスラ・アンドレスは007 ドクター・ノオ72.jpgスイス出身で両親はドイツ人。英語がおぼつかなく、彼女の声のみ吹き替え)、考えてみれば、「近づく者は一人として無事に帰ったことのない」と言われるクラブ島で、ビキニの美女が呑気に貝殻採りをしているというのがあまりにいい加減?(この緩さと言うか、いい加減さがいいともとれるが)。それを偶々見つけたボンドはニンマリしてしまいますが、これは、プレイボーイとしてのボンド像を早く定着させようという狙いか。

007 ドクター・ノオges.jpg007 ドクター・ノオ02.jpg 以降のシリーズ作のボンドガールは、ボンドの敵役のガールフレンドや敵国の女性スパイなど、ボンドと対立する立場からプレイボーイのボンドの手練にかかって寝返るパターンが多いため、むしろ、作戦上ボンドを誘惑しようとして、ボンドの住まいに勝手に押しかけてきて、ボンドが帰ってくる間ワイシャツ1枚でゴルフのパターの練習をしていたシルビア・トレンチ(ユーニス・ゲイソン)の方が正統派ボンドガールと言えるかも(最後はボンドに追い返されてしまうけれど、シリーズ第2作「007 ロシアより愛をこめて」('63年)にボンドのガールフレンド役で再登場する)。

 この考え方でいくと、「007は二度死ぬ」の若林映子と浜美枝は本筋のボンドガールではなく、ヘルガ・ブラントを演じたカリン・ドールがそれに該当するのか(最後、気の毒に、スペクターの秘密基地で裏切り者としてピラニアのいる人工川に落とされてしまう)。007   ドクター・ノオes.jpg但し、ボンドガールには、MI6から派遣されたボンドの助手や同一の敵を追う別の諜報機関の女性エージェントがボンドに手を貸したりボンドを出し抜いたりしながら最後はボンドとよろしくやるというパターンもあり、若林映子などはこれに該当します(日本の公安のエージェント役)。でも、敵の要塞がある島で、生活のためとは007 ドクター・ノオ(1).jpg言え法螺貝など探しているノー天気なボンドガールというのはさすがにそうしたパターンを後のシリーズ作に見出すのは難しく、そうした意味でもユニークと言えばユニークだったかもしれません(結果的には彼女も、泥川の中ボンドらを導いたり、ボンドと共にスペクターに捉えられたりと、結構頑張ったり散々な目に逢ったりするのだが、体力勝負には自信ありそうなボンドガールだった)。

007 ドクター・ノオ s.jpgdoctor no.jpg「007 ドクター・ノオ(007は殺しの番号)」●原題:007 DR. NO●制作年:1962年●制作国:イギリス●監督:テレンス・ヤング●製作: ハリー・サルツマン/アルバート・R・ブロッコリ●脚本:リチャード・メイボーム/ジョアンナ・ハーウッド/バークレイ・マーサー●撮影:テッド・ムーア●音楽:モンティ・ノーマン●原作:イアン・フレミング●105分●出演:ショーン・コネリ007 ドクター・ノオ 9.2.jpeg007 ドクター・ノオw.jpgー/ジョセフ・ワイズマン/ウルスラ・アンドレス/バーナード・リー/ピーター・バートン/ジョン・キッツミラー/ゼナ・マーシャル/ユーニス・ゲイソン/007 ドクター・ノオes.jpg007 ドクター・ノオ69.jpgロイス・マクスウェル/ジャック・ロード/アンソニー・ドーソン/ティム・モクソン/ドロレス・キーター●日本公開:1963/06●配給:ユナイテッド・アーティスツ(評価:★★★☆)

Joseph Wiseman(1918-2009/享年91)

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ワイルダーのシャーロック。「SHERLOCK/ベルグレービアの醜聞」に影響を与えた?

シャーロック・ホームズの冒険 ps.jpgシャーロック・ホームズの冒険 1970 dvd.jpg シャーロック・ホームズの冒険 1970.jpg  SHERLOCK(シャーロック)/ベルグレービアの醜聞2.jpg
シャーロック・ホームズの冒険(特別編)[DVD]」「SHERLOCK/シャーロック シーズン2 [DVD]」(「SHERLOCK(第4話)/ベルグレービアの醜聞」)

シャーロック・ホームズの冒険 1970 001.jpg ジョン・ワトスン医師の死後50年が経過し、遺言に沿って未発表の記録が公開された。19世紀末のロンドン。私立探偵シャーロック・ホームズ(ロバート・スティーブンス)はロシアのプリマバレリーナから強引な求婚を受ける。ホームズは助手ワトスン(コリン・ブレークリー)とホモ関係にあると偽って求婚から逃れるが、それを知ったワトソンを怒らせる。この騒動から一息ついた彼らの元に、記憶喪失の女性が運び込まれる。ホームズの機転により記憶を取り戻したシャーロック・ホームズの冒険 1970 002.jpgシャーロック・ホームズの冒険 1970 03.jpg彼女ガブリエル(ジュヌヴィエーヴ・パージュ)の依頼で、ホームズ達は行方不明の彼女の夫を探し始めるが、ホームズの兄マイクロフト(クリストファー・リー)が調査の中止を勧告する。ホームズは表面上忠告に従うふりをするも、ホームズとガブリエルが夫婦、ワトソンが執事と身分を偽って捜査を続ける。スコットランドのネス湖畔を訪れた彼らはガブリエルの夫の死を知る。真相を求めて更に捜査を続け、ネス湖にボートで漕ぎ出した3人の眼前に、伝説の怪物ネッシーが姿を現す―。

シャーロック・ホームズの冒険 1970 1.jpg ビリー・ワイルダーが脚本・監督・製作を担当した1970年公開作。邦題はコナン・ドイルの短編集と同じで、一応、原作もドイルになっていますが、ストーリー内容は原作にはないオリジナルです(そもそも最初にネッシー騒動が起きたのはドイルの死の3年後の1933年のこと)。この作品、当初は、「逆さまの部屋の珍事件」「ロシア人バレリーナの奇妙な事情」「ホームズのビックリ仰天旅シャーロック・ホームズの冒険te.jpg行」「裸のハネムーン・カップルにご用心」という4つのエピソードが盛り込まれた4時間近い大作でしたが、公開にあたって配給会社の要請で2時間ほどに編集され、バレリーナからの求婚のエピソードを序盤に残し、謎の美女とネッシーに纏わるエピソード(「ホームズのビックリ仰天旅行」)をメインに据える内容となっています。カットされたフィルムの多くは現存しないそうですが、全体としてはホームズの生活に身近な事件が主だったのが、国家機密に関わる大仰な事シャーロック・ホームズの冒険7A.jpg件がメインストーリーとして残ったため、原題にある"Private Life"からもやや遠くなってしまったようです(マイケル&モリー・ハードウィックによるノベライゼーションが『シャーロック・ホームズの優雅な生活』の邦題で創元推理文庫から刊行されているが、当然のことながら4話中の映像化された部分しか扱っていない)。

シャーロック・ホームズの冒険 1970 スコットランド.jpg 冒頭のバレリーナからの求婚のエピソードも面白いけれど、一部を残したのが結果として取って付けた感じになり、全体のバランスを欠く原因にもなっています。ただ、モリー・モーリンがヴィクトリア女王役で出てくることはさて置いて、全体として、ロンドンの街中の様子やホームズの下宿の様子などにおいてヴィクトリア朝時代の雰囲気をよく伝えており、スコットランドの風景も美しく、ファンの間では必ずしも評価は低くはないようです。

シャーロック・ホームズの冒険 1970 01.jpg おそらく全体としてコメディタッチであったと思われ、コリン・ブレークリー演じるワトスンがかなり軽い、というか、お調子者のように描かれていますが、ロバート・スティーブンス演じるシャーロックもややエキセントリックな部分が強調された描かれ方をしており、ちょうど最近のTV版「SHERLOCK(シャーロック)」のベネディクト・カンバーバッチ演じるシャーロック像の先駆け的な雰囲気を醸しています。因みに、「SHERLOCK」のプロデューサー、スティーヴン・モファットは、「コメディであるが故に、かえって原作のことがよく分かる」としてこの作品を絶賛しています。

シャーロック・ホームズの冒険 1970 02.jpg ジュヌヴィエーヴ・パージュ演じるガブリエルは、謎深く、また魅力的に描かれていて作品に華を添えており(むしろ推理という点では、ホームズの方が欺かれ放しであまりぱっとしない)、ビリー・ワイルダーらは、「ボヘミアの醜聞」に出てくる、ホームズが唯一愛した女性であると"推察される"アイリーン・アドラーに匹敵するような女性を、独自に創生したように思われます。因みに「ボヘミアの醜聞」の「SHERLOCK」版である「ベルグレービアの醜聞」('11年/英)では、アイリーンがベルグレービアの醜聞001.jpgベルグレービアの醜聞002.jpg全裸でホームズの前に現れ、ラストではホームズが、異国の地でスパイとして処刑される寸前のアイリーンを死地から救ったように見えますが、おそらく、そうした際どい場面や飛躍した結末は、この作品の影響を受けているのではないでしょうか。
SHERLOCK/ベルグレービアの醜聞」('11年/英)[TVシリーズ版]

シャーロック・ホームズの冒険 1970 ps.jpgシャーロック・ホームズの冒険 1970dvd.jpgシャーロック・ホームズの冒険 [DVD]
「シャーロック・ホームズの冒険」●原題:THE PRIVATE LIFE OF SHERLOCK HOLMES●制作年:1970年●制作国:アメリカ●監督・製作:ビリー・ワイルダー●脚本:ビリー・ワイルダー/I・A・L・ダイアモンド●撮影:クリス・チャリス●音楽:ミクロス・ローシャーロック・ホームズの冒険 1970  クリストファー・リー.jpgザ●原作:アーサー・コナン・ドイル●時間:125分●出演:ロバート・スティーブンス/コリン・ブレークリー/ジュヌヴィエーヴ・パージュ/クリストファー・リー/アイリーン・ハンドル/モリー・モーリン/クライヴ・レヴィル/スタンリー・ハロウェイ/タマラ・トゥマノヴァ●日本公開:1971/03●配給:ユナイテッド・アーティスツ(評価:★★★☆)

A Scandal in Belgravia 003.png「SHERLOCK(シャーロック)(第4話)/ベルグレービアの醜聞」」●原題:SHERLOCK:A SCANDAL IN BELGRAVIA●制A Scandal in Belgravia 022.jpg作年:2011年●制作国:イギリス●演出:ポール・マクギガン●脚本:スティーブン・モファット●出演:ベネディクト・カンバーバッチ/マーティン・フリーマン/ララ・パルバー/ルパート・グレイヴス/ウーナ・スタッブズ/マーク・ゲイティス/アンドリュー・スコット●日本放映:2012/07●放映局:NHK-BSプレミアム(評価:★★★★)

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'読むだけでも楽しめるが、(巧みな語り口に乗せられて)まだ観ていない映画を観たくなる本。

私の映画の部屋_.jpg 私の映画の部屋.jpg  めぐり逢い dvd.jpg 魚が出てきた日 dvd.jpg
私の映画の部屋 (文春文庫)』「めぐり逢い [DVD]」「魚が出てきた日 [DVD]」 
私の映画の部屋―淀川長治Radio名画劇場 (1976年)

 この「私の映画の部屋」シリーズは、70年代にTBSラジオで月曜夜8時から1時間放送されていた「淀川長冶・私の映画の部屋」を活字化したもので、1976(昭和51年)刊行の本書はその第1弾です。著者の場合、1966(昭和41)年から始まったテレビ朝日系「日曜洋画劇場」(当初は「土曜洋画劇場」)の解説者として番組開始から死の前日までの32年間出演し続けたことでよく知られていますが、先行した当ラジオの方は、番組時間枠の内CM等を除く40分が著者の喋りであり、それを活字化した本書では、「日曜洋画劇場」でお馴染みの淀川長治調が、より長く、また、より作品中身に踏み込んだものとして楽しめます。

 本書の後、シリーズ的に、続、続々、新、新々と続きますが、この第1弾の単行本化時点で既に140回分が放送されており、その中から13回分を集めて本にしたとのことで、「チャップリンの世界」から始まって、かなりの選りすぐりという印象を受けます(但し、どの回を活字化するかは版元のTBSブリタニカが決めたとのこと)。

「めぐり逢い」1957G.jpg 個人的には、昔は淀川長冶ってそれほどスゴイとは思っていなかったのですが、今になってやはりスゴイ人だったんだなあと思ったりもします。作品解説もさることながら、作品を要約し、その見所となるポイントを抽出する技は絶妙という感じです。本書で言えば、例えば、レオ・マッケリー監督、ケーリー・グラント、デボラ・カー主演の「めぐり逢い」('57年、原題:An Affair to Remember)のラストシーンのエンパイアステートビルで出会えなかった2人が最後の最後に出会うシーンの解説などは、何だか今目の前に映画のスクリーンがあるような錯覚に陥りました。この映画、最初観た時はハーレクイン・ロマンスみたいと思ったけれど、今思えばよく出来ていたと(著者に指摘されて)思い直したりして...。これ自体が同じレオ・マッケリー監督作でシャルル・ボワイエ、アイリーン・ダン主演の「邂逅(めぐりあい)」('39年、原題:Love Affair)のリメイクで(ラストを見比べてみるとその忠実なリメイクぶりが窺える)、その後も別監督により何度かリメイクされています。トム・ハンクス、メグ・ライアン主演の「めぐり逢えたら」('98年)では、邂逅の場所をエンパイアステートビルがら貿易センタービルに変えていましたが、何とオリジナルにある行き違いはなく2人は出会えてしまいます。これでは著者の名解説ぶりが発揮しようがないのではないかと思ってしまいますが、でも、あの淀川さんならば、いざとなったらそれはそれで淀川調の解説をやるんでしょう。

幸福 [DVD]
幸福 ps.jpg幸福 DVD_.jpg 章ごとに見ていくと、「女の映画」の章のアニエス・ヴァルダ監督の「幸福(しあわせ)」('65年)、フランソワ・トリュフォー監督の「黒衣の花嫁」('68年)とトニー・リチャードソン監督「マドモアゼル」('66年)が、著者の解説によって大いに興味を惹かれました。「幸福」は、夫の幸福のために自殺する妻という究極愛を描いた作品。「黒衣の花嫁」は、結婚式の場で新郎を殺害された新婦の復讐譚。「マドモアゼル」は周囲からはいい人に見られているが、実は欲求不満の捌け口をとんでもない事に見出している女教師の話。「ルイ・マル」の章の「死刑台のエレベーター」('57年)、「黒衣の花嫁 DVD.jpgマドモアゼル DVD.jpg恋人たち」('58年)もいいけれど、「黒衣の花嫁」「マドモアゼル」共々ジャンヌ・モロー主演作で、ジャンヌ・モローっていい作品、スゴイ映画に出ている女優だと改めて思いました。
黒衣の花嫁 [DVD]」「マドモアゼル [DVD]

昨日・今日・明日.jpg昨日・今日・明日P.jpgひまわり ポスター.bmp イタリア映画では、ビットリオ・デ・シーカの「昨日・今日・明日」('63年)、「ひまわり」('70年)に出ているソフィア・ローレンがやはり華のある女優であるように思います(どちらも相方はマルチェロ・マストロヤンニだが、片や喜劇で片や悲劇)。
「昨日・今日・明日」輸入版ポスター
 
魚が出てきた日7.jpg魚が出てきた日ps2.jpg あと個人的には、「ギリシア映画」の章のマイケル・カコヤニス製作・脚本・監督の「魚が出てきた日」('68年)が懐しいでしょうか。スペイン沖で核兵器を積載した米軍機が行方不明になったという実際に起きた事件を基にした、核兵器を巡ってのギリシアの平和な島で起きた放射能汚染騒動(但し、島の地元の人たちは何が起きているのか気魚が出てきた日3.jpgづいていない)を扱ったブラックコメディで、ちょっと世に出るのが早すぎたような作品でもあります。
1968年初版映画パンフレット 魚が出てきた日 ミカエル・カコヤニス監督 キャンディス・バーゲン トム・コートネー コリン・ブレークリー
THE DAY THE FISH COME OUT 1967  c.jpg トム・コートネイ、サム・ワナメイカー、キャンディス・バーゲンが出演。キャンディス・バーゲンって映画に出たての頃からインテリっぽい役を地でやっていて、しかも同時に、健康的なセクシーさがありました。

Candice Bergen in 'The Day The Fish Came Out', 1967.

 読むだけでも楽しめますが、(巧みな語り口に乗せられて)まだ観ていない映画を拾って観たくなる、そうした本でした。
     
「めぐり逢い」1957ps.jpg「めぐり逢い」1957EO.jpg「めぐり逢い」●原題:AN AFFAIR TO REMEMBER●制作年:1957年●制作国:アメリカ●監督:レオ・マッケリー●製作:ジェリー・ウォルド●脚本:レオ・マッケリー/デルマー・デイヴィス/ドナルド・オグデン・ステュワート●撮影:ミルトン・クラスナー●音楽:ヒューゴ・フリードホーファー●原案:レオ・マッケリー/ミルドレッド・クラム●時間:119分●出演:ケーリー・グラント/デボラ・カー/リチャード・デニング/ネヴァ・パターソン/キャスリーン・ネスビット/ロバート・Q・ルイス/チャールズ・ワッツ/フォーチュニオ・ボナノヴァ●日本公開:1957/10●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:高田馬場・ACTミニシアター(85-11-03)(評価:★★★☆)●併映:「ティファニーで朝食を」(ブレイク・エドワーズ)

SLEEPLESS IN SEATTLE.jpgめぐり逢えたら 映画 dvd.jpg「めぐり逢えたら」●原題:SLEEPLESS IN SEATTLE●制作年:1993年●制作国:アメリカ●監督:ノーラ・エフロン●製作:ゲイリー・フォスター●脚本:ノーラ・エフロン/デヴィッド・S・ウォード●撮影:スヴェン・ニクヴィスト●音楽:マーク・シャイマン●原案:ジェフ・アーチ●時間:105分●出演:トム・ハンクス/メグ・ライアン/ビル・プルマン/ロス・マリンジャー/ルクランシェ・デュラン/ルクランシェ・デュラン/ギャビー・ホフマン/ヴィクター・ガーバー/リタ・ウィルソン/ロブ・ライナー●日本公開:1993/12●配給:コロンビア映画(評価:★★☆)
めぐり逢えたら コレクターズ・エディション [DVD]

死刑台のエレベーター01.jpg死刑台のエレベーター.jpg「死刑台のエレベーター」●原題:ASCENSEUR POUR L'ECHAFAUD●制作年:1957年死刑台のエレベーター2.jpg●制作国:フランス●監督:ルイ・マル●製作:ジャン・スイリエール●脚本: ロジェ・ニミエ/ルイ・マル●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:マイルス・デイヴィス●原作:ノエル・カレフ●時間:95分●出演:モーリス・ロネ/ジャンヌ・モロー/ジョルジュ・プージュリー/リノ・ヴァンチュラ/ヨリ・ヴェルタン/ジャン=クロード・ブリアリ/シャルル・デネ●日本公開:1958/09●配給:ユニオン●最初に観た場所:新宿アートビレッジ (79-02-10)●2回目:高田馬場・ACTミニシアター(82-10-03)●3回目:六本木・俳優座シネマテン(85-02-10)(評価:★★★★☆)●併映(1回目):「恐怖の報酬」(アンリ=ジョルジュ・クルーゾー)/(2回目):「大人は判ってくれない」(フランソワ・トリュフォー) 
死刑台のエレベーター [DVD]

LES AMANTS 1958 3.jpg恋人たち モロー dvd.jpg「恋人たち」●原題:LES AMANTSD●制作年:1958年●制作国:フランス●監督:ルイ・マル●製作:イレーネ・ルリッシュ●脚本:ルイ・マル/ルイ・ド・ヴィルモラン●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:ヨハネス・ブラームス●原作:イヴァン・ドノン「明日はない」●時間:95分●出演:ジャンヌ・モロー/ジャン・マルク・ボリー/アラン・キュニー/ホセ・ルイ・ド・ビラロンガ/ジュディット・マーグル/ガストン・モド/ジュディット・マーレ●日本公開:1959/04●配給:映配●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(14-07-08)(評価:★★★★)
恋人たち【HDマスター】《IVC 25th ベストバリューコレクション》 [Blu-ray]
Himawari(1970)
Himawari(1970).jpg
「ひまわり」.jpg「ひまわり」●原題:I GIRASOLI(SUNFLOWER)●制作年:1970年●制作国:イタリア・フランス・ソ連●監督:ヴィッひまわり01.jpgトリオ・デ・シーカ●製作:カルロ・ポンティ/アーサー・コーン●脚本:チェザーレ・ザsunflower 1970.jpgバッティーニ/アントニオ・グエラ/ゲオルギス・ムディバニ●撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ●音楽:ヘンリー・マンシーニ●時間:107分●出演:マルチェロ・マストロヤンニ/ソフィア・ローレン/リュドミラ・サベーリエワ/アンナ・カレーナ/ジェルマーノ・ロンゴ/グラウコ・オノラート/カルロ・ポンティ・ジュニア●日本公開:1970/09●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:目黒シネマ(83-05-01)(評価:★★★★)●併映:「ワン・フロム・ザ・ハート」(フランシス・フォード・コッポラ)  

魚が出てきた日ps3.jpg魚が出てきた日4.jpg THE DAY THE FISH COME OUT 1967 .jpg魚が出て来た日lp.jpg「魚が出てきた日」●原題:THE DAY THE FISH COME OUT●制作年:1967年●制作国:アキャンディス・バーゲンM23.jpgメリカ●監督・製作・脚本:マイケル・カコヤニス●撮影:ウォルター・ラサリー●音楽:ミキス・テオドラキス●時間:110分●出演:トム・コートネイ/ディミトリス・ニコライデス/ニコラス・アレクション●日本公開:1968/06●配給:20世紀キャンディス・バーゲン/サム・ワナメーキャンディス・バーゲン ボストン・リーガル.jpgカー/コリン・ブレークリー/アイヴァン・オグルヴィ/中野武蔵野ホール.jpgフォックス●最初に観た場所:中野武蔵野館(78-02-24)(評価:★★★☆)●併映:「地球に落ちてきた男」(ニコラス・ローグ) 中野武蔵野館 (後に中野武蔵野ホール) 2004(平成16)年5月7日閉館 

キャンディス・バーゲン in 「ボストン・リーガル」 with ウィリアム・シャトナー Boston Legal (ABC 2004~2008) ○日本での放映チャネル:FOX CRIME(2007~2011)

【1985年文庫化[文春文庫(『私の映画の部屋』)]】
 

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公安トップの移動手段は「丸ノ内線」専用車両! 珍品的色合いが濃いが、映像的には貴重か。
007は二度死ぬ チラシ.jpgYOU ONLY LIVE TWICE 基地.jpg YOU ONLY LIVE TWICE images.jpg
007は二度死ぬ [DVD]」  [下]丹波哲郎/若林映子/ショーン・コネリー

You Only Live Twice 3.jpg アメリカとソ連の宇宙船が謎の飛行物体に捉えられるという事件が起こり、米ソ間が一触即発の状態になるものの、英国の情報機関である MI6はその宇宙船が日本周辺から飛び立っているという情報を掴み、その真偽を確かめるために、ジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)が日本に派遣されることになる。ボンドは敵の目を欺くため、英国の植民地の香港の売春宿で、情報部により用意された現地の女性リン(ツァイ・チン)の手引きによって、寝室になだれ込んだ殺し屋にマシンガンで銃撃され死んだことに。その後ビクトリア・ハーバー内にYOU ONLY LIVE TWICE 05.jpg停泊するイギリス海軍の巡洋艦上で水葬され、その遺体を回収したイギリス海軍の潜水艦で隠密裏に日本へ。日本上陸後は、蔵前国技館で謎の女アキ(若林映(あき)子)と会い、彼女を通じて日本の公YOU ONLY LIVE TWICE 06.jpg安のトップ・タイガー田中(丹波哲郎)に会うが、在日オーストラリア人の捜査協力者のヘンダーソンは直後に殺されてしまう。その殺し屋は大里化学工業の本社から送られた者だと知ったボンドは、化学薬品を取り扱うビジネスマンを装って大里化学工業の東京本社に赴き、大里社長とその秘書ヘルガ・ブラント(カリン・ドール)と接触する―。 (右:サンヨー・テレビ「日本」の梱包)

『007号は二度死ぬ』早川書房.jpgYOU ONLY LIVE TWICE 08.jpg 事件の背後にはスペクターの影があり、ボンドはタイガー田中の助けを得てスペクターの秘密基地に潜入、宿敵ブロフェルド(「大脱走」('63年)、「刑事コロンボ/別れのワイン」('73年)のドナルド・プレザンス)と対決するというシリーズの第5作。原作はイアン・フレミングによるシリーズ第11作で(ハヤカワ・ポケット・ミステリの邦訳タイトルは『007号は二度死ぬ』)、脚本は、イアン・フレミングと親交のあったロアルド・ダール(ティム・バートン監督「チャーリーとチョコレート工場」 ('05年/米)として映画化された『チョコレート工場の秘密』の作者)であり、「女性を3人出し、最初の女はボンドの味方で敵方に殺され、2番目の女は敵の手先でこれも殺され、3番目の女は殺されず映画の終わりにボンドがものにするように」というのがプロデューサーの指示だったそうですが、ほぼその通りに作られています。 
You Only Live Twice.jpgMie Hama as Kissy Suzuki in "You Only Live Twice"(1967)
Mie Hama as Kissy Suzuki in  最初は日本に潜入したボンドをリードする公安エージェントの女性役が浜美枝で、ボンドが地方に行って出会う海女のキッシー鈴木の役が若林映子だったそうで、この配役は「キングコング対ゴジラ」('62年/東宝)を観て浜を知ったスタッフからの若林映子と併せての指名だったとのことです(若林映子は個人的akiko_wakabayashi若林映子_n.bmpには「宇宙大怪獣ドゴラ」('64年/東宝)などでリアルタイムで見た。浜美枝と若林映子は「国際秘密警察鍵の鍵」('65年/東宝)でも共演している)。ところが浜美枝の語学力ではボンドをリードする公安エージェント役が務まらない「太陽の中の対決」pg.jpgということで、若林映子がエージェント(アキという役名になった)を演じ、浜美枝の方がキッシー鈴木役になったとのこと。但し、海女役になった浜美枝は、ロケ地に来て潜れないということが判明し、ショーン・コネリーに同伴していた妻のダイアン・シレント(彼女は子供の頃から泳ぎが得意で潜水も長時間できた)が、映画でYou Only Live Twice akiko wakabayashi.jpg若林映子3.jpgキッシーが潜るシーンはスタントするなどしたとのことで、撮影に際しては結構ドタバタだった面もあったようです。
Akiko Wakabayashi in James Bond film You Only Live Twice (1967)
ニューオータニ(Osato Chemical & Engineering Co., LTD.(大里化学工業)になっている。)
 都内並びに日本の各所でロケを行っているという007は二度死ぬ ニューオータニ.jpg点では、昭和40年代前半の日本の風景を映し出していて貴重かも。都内では、旧蔵前国技館、銀座四丁目交差点、ホテルニューオータニなどで、地方では富士スピードウェイ、神戸港、 姫路城、鹿児島県坊津町などでロケをしています。日本的なものを都会と地方、現代と伝統の両面からピックアップしている意欲は買えますが、一方で、姫路城で手裏剣で塀を傷つけたりするなどのトラブルも生じさせています。

007は二度死ぬ87.jpg オープニングの影絵は浮世絵のイメージ? イアン・フレミングは親日家ではあったものの、日本文化に対する外国人特有の偏見や誤解もあり、あまりに奇異な見方であると思われる部分は丹波哲郎が撮影陣に進言して直させたりもしたようですが、ボンドと若林演じるアキや丹波演じるタイガーなど日本の公安との橋渡し役が横綱・佐田の山(!)だったり、タイガーの移動手段が地下鉄「丸ノ内線」の深夜の007は二度死ぬ 丸ノ内線.jpg専用車両(!)だったり(中野坂上駅でロケ。タイガーのオフィスは地下鉄の駅の「地下」にある。公安は顔を知られてはならず、そのため下手に地上を歩けないからというその理由がこじつけ気味)、さらに公安所属の特殊部隊が全員忍者装束(!)で日本刀を背負っていたりと、ち007は二度死ぬ nihon.jpgょっYOU ONLY LIVE TWICE 丹波.jpgと飛躍し過ぎていて、さすがの丹波哲郎でも口を挟みにくかった部分もあったのか(まあ、いいかみたいな感じもあったのか)、結果として「!」連続の珍品で、ボンドが日本人に変装することなども含「007は二度死ぬ」 (67年/米)2.jpgめ、現実味という観点からするとどうかなあと思わざるを得ません(非現実性はロアルド・ダールらしく、また007らしくもあるのだが。因みに丹波哲郎は、英語が不得手な浜美枝の降板を要請する英国側スタッフに対し、ここまできたらそれは難しいと交渉するくらいの英語力はあったが、発音は日本語訛りであったため、作中での本人の英語の台詞は吹き替えられている)。

 ロケット遭難事故の黒幕は米ソ何れでもなければどこか、日本にはそんな技術はあるとは思えない、と英国情報部は最初から日本に対し"上から目線"ですが、冒頭の宇宙船の特撮シーンは円谷プロでもあれくらいは出来たかもしれません。

 個人的に不満な点は(プロデューサーの指示とは言え)ずっと頑張っていたアキをあっさり死なせてしまった点でしょうか。ややあっけ無さ過ぎた印象を受けました。アキは江戸川乱歩の「屋根裏の散歩者」と同じトリックで寝ている間に殺され、その間ボンドも寝ていたというのはどうもねえ(女性を守り切れていない)と言いたくなります(近作「007 スカイフォール」('12年)でもボンドガールをあっさり死なせているが)。

YOU ONLY LIVE TWICE 朝日グラフ.jpg まあ、かなりの部分を日本で撮影しているということで、映像的価値並びに珍品的価値(?)を加味して星半個オマケといったところでしょうか。アジア人が最初にボンド・ガ007 ミシェル・ヨー.jpgールになった作品であり、この次にアジア人ボンド・ガールが誕生したのは「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」('97年)のミシェル・ヨーで、その間何と30年もあったわけだし、やっぱり若林映子、浜美枝の起用は今振り返っても画期的だったと言えるのだろうなあ。

若林映子 サルノ王女.jpg 若林映子は、「三大怪獣 地球最大の決戦」('64年/東宝)にもセルジナ公国のサルノ王女役で出ていましたが(サルノ王女の本名はマアス・ドオリナ・サルノ(まあ素通りなさるの!)。正体は5000年前、キングギドラによって滅ぼされた金星文明から地球に脱出してきた金星人の末裔の一人)、「007は二度死ぬ」の前年にTV番組の「ウルトラQ(第9話)/クモ男爵」('66年/TBS)にゲスト出演したりもしています。ストーリーは―、

桜井浩子/若林映(あき)子 in 「ウルトラQ/クモ男爵」('66年/TBS)
クモ屋敷で不安げな二人の美女(若林映子・桜井浩子).jpg ホテルのパーティに招かれた6人の男女客たちが、霧深い夜道を車を連ねて帰路に着く途中、竹原(鶴賀二郎)が誤って沼に落ちる。助けようとしたクモ男爵 若林1.jpg一平(西條康彦)も深みにはまり、後続車の万城目淳(佐原健二)と江戸川由利子(桜井浩子)、葉山(滝田裕介)と今日子(若林映子)が辛じて救出。霧が深くこれ以上車で先へ進めないので、淳たちはずぶ濡れの北原と一平をかかえて途方に暮れるが、沼の向う側に灯のついた洋館を発見、そちらに向かう。洋館の中は何十年も放置され荒れていたが、階上の方へ淳が行ってみると、そこで巨大なクモに突然襲われる。驚いて階投を転がり降りた淳は、九十年前いたという蜘蛛男爵の館みたいだと言う。その頃、地下のワイン倉庫にいっていた葉山は、例の巨大なクモに襲われ傷つく。淳たちは、はじめてここがまさに蜘蛛男爵の館であることに気づき、館から逃げ出そうとするが―。

クモ男 洋館.jpg 洋館は、コラムニストの泉麻人氏も言っていましたが、アルフレッド・ヒッチコックの映画「レベッカ」('40年/米)に出てくる邸宅みたいな雰クモ男爵カラー .jpg囲気があって良かったですが、男爵の死んだ娘がクモになり、娘の死を悲しんだ男爵自身もクモになっていまったという話はやや強引か(まあ、「ウルトラQ」は"強引"なスト-リーが多いのだが)。この回の視聴率は35.7%と(「ウルトラQ伝説」等による)シリーズ全27話の中では上位にくる数字を出しています。このシリーズ、総天然色版でDVDが出ているので、それでもう一度作品を鑑賞するとともに、若林映子や桜井浩子のファッションを見直してみるのもいいかも。

第9話「クモ男爵」.jpgウルトラQ.jpgクモ男爵 title.jpg「ウルトラQ(第9話)/クモ男爵」●制作年:1965年●監督:円谷一●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション●脚本:金城哲夫●撮影:内海正治●音楽:宮内国郎●特技監督:小泉一●出演:佐原健二/西條ウルトラQ クモ男爵 000.jpgウルトラQ クモ男爵 001.jpg康彦/桜井浩子/若林映子/滝田裕介/鶴賀二郎/永井柳太郎/岩本弘司/石坂浩二(ナレーター)●放送:1966/02/17●放送局:TBS(評価:★★★)      

007 wa nido shinu (1967)
007 wa nido shinu (1967) .jpg「007は二度死ぬ」●原題:YOU ONLY LIVE TWICE●制作年:1967年●監督:ルイス・ギルバート●製007は二度死ぬ 若林映子.jpg作:ハリー・サルツマン/アルバート・R・ブロッコリ●脚本:ロアルド・ダール●撮影:フレディ・ヤング●音楽:ジョン・バリー●主題歌:You Only Live Twice(唄:ナンシー・シナトラ)「007は二度死ぬ」●2.jpg「007は二度死ぬ」●.jpgKissy-Suzuki2-600x400.jpg●原作:イアン・フレミング●時間:117分●出演:ショーン・コネリー丹波哲郎若林映子浜美枝/ドナルド・プレザンス/島田テル/カリン・ドール/チャールズ・グレイ/ツァイ・チン/ロイス・マクスウェル/デスモンド・リュウェリン/バーナード・リー●公開:1967/06●配給:ユナイテッド・アーティスツ (評価:★★★☆)


「007は二度死ぬ」 松崎真(ノンクレジット)/松岡きっこ(ノンクレジット)
007は2度死ぬ 松崎真.jpg007は2度死ぬ matuoka.jpg


松岡きっこ .jpg                                    
「007は二度死ぬ」 若林映子/ショーン・コネリー/カリン・ドール/ドナルド・プレザンス/浜 美枝
o0420021311847920120.jpgYOU ONLY LIVE TWICE last.jpg                                                                                                                                                                               
ホテルニューオータニ東京のエントランス
ホテルニューオータニ.jpgホテルニューオータニ東京 のエントランス - コピー.jpg
                                                                
キングコング対ゴジラ pos.jpg「キングコング対ゴジラ」('62年/東宝) 若林映子/浜 美枝(共演:高島忠夫) 
若林映子 浜美枝  キングコング対ゴジラ 2.jpg 若林映子 浜美枝  キングコング対ゴジラ.jpg

若林映子 in「宇宙大怪獣ドゴラ」('64年/東宝)/「三大怪獣 地球最大の決戦」('64年/東宝)with 夏木陽介
若林映子 宇宙大怪獣ドゴラ .jpg 若林「三大怪獣 地球最大の決戦」61 - .jpg 若林映子%E3%80%80サルノ王女.jpg

「国際秘密警察鍵の鍵」('65年/東宝) 若林映子/浜 美枝(共演:三橋達也)
国際秘密警察 鍵の鍵1.jpg 国際秘密警察 鍵の鍵0.jpg 国際秘密警察鍵の鍵(浜美枝・若林映子).jpg 国際秘密警察鍵の鍵(浜美枝・若林映子)1.jpg

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「ロボット」という言葉を生み出しただけでなく、SFの一定のモチーフを確立させた作品。

カレル・チャペック 『ロボット』岩波.jpgカレル・チャペック 『ロボット』2.jpg チャペック戯曲全集.jpg カレル・チャペック戯曲集.jpg 2001年宇宙の旅 特別版.jpg
ロボット (岩波文庫)』['89年('03年版)]/『R.U.R.ロボット (カレル・チャペック戯曲集 (1))』['92年](表紙絵:ヨゼフ・チャペック)/『チャペック戯曲全集』['06年]/『カル・チャペック戯曲集〈1〉ロボット/虫の生活より』['12年](装丁・挿絵:和田誠) 「2001年宇宙の旅 特別版【ワイド版】 [DVD]

『ロボット (R.U.R.)』.JPGカレル・チャペック 『ロボット』 2.jpg 舞台はヨーロッパ旧世界を遠く離れた海の孤島、そこに建てられたロボット=人造人間の製造・販売会社、R.U.R.(エル・ウー・エル=ロッスムのユニバーサル(万能)ロボット)社。ここで作られるロボットは、生殖能力はなく、寿命は最長で約20年で、不良品や寿命を迎えた物は粉砕装置で処分される。そのロボット製造会社R.U.R.のオフィスで執務するドミン社長を、「人権連盟」の代表で、R.U.R.社会長の娘ヘレナが訪問する。ロボット製造の起源、ロボットの性質、そしてロボットによる人類社会変革の理想を語るドミンと、おのおのの担当部門の観点からそれを説明・擁護する役員達を相手に、ヘレナは労働者として酷使されているロボット達が人道的扱いを受けられるよう申し入れるが―。

1920年版表紙
rur 1920.jpgカレル・チャペック 『ロボット』 原著.jpg 『山椒魚戦争』(1936)などでも知られているカレル・チャペック(1890-1938)は、大戦間のチェコスロバキアで最も人気のあった作家で、1920年刊行の戯曲『ロボット (R.U.R.)』は「ロボット」という言葉を生んだことでも知られています(本邦初訳は1923年『人造人間』(宇賀伊津緒:訳))。作者によれば、「ロボット」という言葉そのものは、カレル・チャペックの兄で画家・漫画家のヨゼフ・チャペックの発案から生まれたものだそうで、チェコ語のrobota(もともとは古代教会スラブ語での「隷属」の意)に由来しているとのこと。ストーリーは労働用に作られたロボットが人間に対して反乱を起こすというものです。
  
カレル・チャペック 『ロボット』 3.jpgフランケンシュタイン dvd.jpg 人間が自ら作ったものに襲われるというのは、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』(1818)以来ずっとあるモチーフと言えるでしょう(映画「フランケンシュタイン」('31年/米)では怪物の呼び名はFrankenstein 博士による"creator"(創造物)となっている)。アイザック・アシモフ(1920-1992)がいわゆる「ロボット工学3原則」を提唱したのは、短編集『ロボットの時代』(1964)で自ら語っているところによれば、『フランケンシュタイン』や『R.U.R.』から延々と繰り返されてきた「ロボットが創造主を破滅させる」というプロットと一線を画すためであったようですが、アシモフの作品にも、創造主である人間に抵抗し滅ぼそうとするロボットが登場します。このチャペックの『ロボット』では、人間は最後アルクピストという建築士だけが生き残り、ロボット同士の結婚を認めるという(生殖機能を有している?)、ロボットにとってのハッピーエンドとなっています。
アルクピスト建築士 in 『ロボット (R.U.R.)』

人間ども集まれ!.jpg あの「鉄腕アトム」の生みの親である手塚治虫も、『人間ども集まれ!』(1967)で、奴隷や兵士として消耗されていたロボットが一斉に立ち上がって人間に抵抗する話を描いていますが、丁度その頃読んだチャペックの『山椒魚戦争』に触発されたのではなかったかと後に述懐しています。
人間ども集まれ!
 『山椒魚戦争』に出てくるサンショウウオと人間の中間みたいな奇妙な生物たちも、労働力として人間に使役されるうちに反乱を起こすわけですが、この『R.U.R.』のロボットは、脳・内臓・骨といった各器官は攪拌槽で原料を混合して造られる人工の原形質の培養で、神経や血管は紡績機で作られ、それらを部品として組み上げたもので、プログラムで動く点は機械であると言えますが、外観は人間と同じになっています。これは、本作が戯曲であることも関係しているかと思います。

『ブレードランナー』3.jpg もともと感情を持たず、20年くらいで消耗し破壊されるが、「死」を怖れるといったこともない―そうしたものだったはずのロボットが、開発者グループの博士の一人が密かに高次元のプログラムを組み入れたために自ら思考するようになり人間に近くなってしまったという設定で、こ『ブレードランナー』4.jpgれは所謂「自律型ロボット」と呼ばれるものであり、彼らの哀しみからは、個人的には、フィリップ・K・ディック(1928-1982)の『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(1968)の映画化作品「ブレードランナー」('82/米)年の「レプリカント」を想起させられました(「レプリカント」はクローン技術の細胞複製(レプリケーション)からとった造語)。                       

 当時のチェコは労働者と富裕層との階級対立が深刻化していて、貴族階級の没落や社会主義革命への脅威といった世相がこの作品には反映されているとされていますが、政治的背景を除いて純粋にSFとしてみると、「ブレードランナー」とちょっとモチーフやテーマが重なるのではないでしょうか。「ブレードランナー」に限らず、この「人間 vs. 人間の創造物」というモチーフは様々な作品で2001年宇宙の旅1.jpg2001年宇宙の旅 haru.png青豆とうふ.jpg繰り返されているように思われ、イラストレーターで今年('14年)亡くなった安西水丸氏と同じくイラストレーターの和田誠氏のリレーエッセイ『青豆とうふ』('03年/講談社)を読んでると、和田誠氏がこの作品に触れて、「ロボット」と「コンピュータ」の区別が曖昧になっている気がするとし、拡げて解釈すれば、「ハル」と呼ばれるコンピュータが反乱を起こすスタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」('68年/米)などもこの範疇、系譜に入るような捉え方をしていました(和田氏は『カル・チャペック戯曲集』の装丁・挿絵を手掛けている。安西氏はプラハでチャペックのこの小説に出てくるロボットの置物を土産に買ったとか)。

2001 space odyssey2.jpg 「2001年宇宙の旅」は、雑誌「ぴあ」の読者が選ぶ「もう一度観たい映画No.1」の座を長年に渡って占めていた作品で、最初2001年宇宙の旅 2.jpg観た時は、哲学的な示唆が感じられる内容にやや驚き、他の人は皆が解ったのかなとも思ったりしましたが、脚本を書いたキューブリックとアーサー・C・クラークは「この映画は観客がどう解釈してもよい」と言い残2001年宇宙の旅 1968年.jpg2001年宇宙の旅 1978年リバイバル.jpgしています(キューブリックとアーサー・C・クラークがアイデアを出し合い、先ずアーサー・C・クラークが小説としてアイデアを纏め、その後キューブリックが脚本を執筆し、映画の公開の後に「小説」は発表されているが、その「小説」にはアーサー・C・クラーク独自の解釈がかなり取り入れられていることから、厳密に言えば、映画の原作であるともノベライゼーションであるとも言えないものとなっている。因みにコンピュータ「HAL9000」のHALは、IBMをアルファベット順で一文字ずつずらしたネーミング)。

1968年/1978年(リバイバル)各チラシ

2001年宇宙の旅 last.jpg 完璧な映像構成からキューブリック2001 space odyssey.jpgがカメラマン出身であることを強く感じさせる作品でしたが、ジョン・レノンも讃えたというラストのSFXは今日観るとそれほどでもないかも(もともと、このラスト及び映画自体は毀誉褒貶があり、小松左京、筒井康隆氏といった人たちはあまり買っていなかった記憶がある)。むしろ、ツァラトゥストラはかく語りき」や「美しく青きドナウ」などの曲が映像とマッチさせて上手く使われているのを感じました(宇宙飛行士が宇宙船外に放り出される場面は怖かった)。

 チャペックの『R.U.R.』は、単に「ロボット」という言葉を生み出したというだけでなく、それまであった一定のモチーフをSFとして確立させたという点でも、後に及ぼした影響力は大きいのではないでしょうか。「ブレードランナー」や「2001年宇宙の旅」に限らず、多くの映画や小説がこのモチーフを引き継いでいることを思うと、19世紀初頭の『フランケンシュタイン』と並んで、20世紀におけるエポック・メイキングな作品であると言えるかと思います。

珈琲屋チャペック2.jpg 因みに、北陸の金沢に行った時、金沢城の城跡付近に「チャペック」というコヒー・ショップがありましたが、この作品の作者の名前からとったようです。ネットで確認すると、確かに兄ヨゼフ・チャペックの絵を使っている...。行った時には前を通っただけでしたが、店内にはチャペック関連の趣向も施されているようで、あの時店の中に入ればよかったと後でやや後悔しました。


ブレードランナー チラシ.jpgブレードランナー.jpg「ブレードランナー」●原題:BLADE RUNNER●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督:リドリー・スコット●製作:マイケル・ディーリー ●脚本:ハンプトン・フィンチャー/デイヴィッド・ピープルズ●撮影:ジョーダブレードランナー4.jpgン・クローネンウェス●音楽: ヴァンゲリス●時間:117分●出演:ハリソン・フォード/ルトガー・ハウアー/ショーン・ヤング/ダリル・ハンナ/ブライオン・ジェイムズ/エドワード・ジェイムズ・オルモス/M・エメット・ウォルシュ/ウィリアム・ サンダーソン/ジョセフ・ターケル/ジョアンナ・キャシディ/ジェームズ・ホン●日本公開:1982/07●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:二子東急(83-06-05)●2回目:三軒茶屋東映(84-07-22)●3回目:三軒茶屋東映(84-12-22)(評価:★★★★☆)二子東急.jpg二子東急.gif●併映(2回目):「エイリアン」(リドリー・スコット)/「遊星からの物体x」(ジョン・カーペンター)●併映(3回目):「遊星からの物体x」(ジョン・カーペンター)
 


2001 nen: Uchuu no Tabi(1968)
2001 nen Uchuu no Tabi(1968).jpg『2001年宇宙の旅』y02.jpg「2001年宇宙の旅」●原題:2001:A SPACE ODYSSEY●制作年:1968年●制作国:アメリカ●監督・製作:スタンリー・キューブリック●脚本:スタンリー・キューブリック/アーサー・C・クラーク●撮影:ジェフリー・アンスワース/ジョン・オルコット●音楽:リヒャルト・シュトラウス《ツァラトゥストラはかく語りき》/ヨハン・シュトラウス2世《美しく青きドナウ》/他●時間:152分●出演:キア・デュリア/ゲイリー・ロックウッド/ウィリアム・シルベスター/ダニエル・リクター/ダグラス・レイン(HAL 9000(声))/ダニエル・リクター/レナード・ロシター/マーガレット・タイザック/ロバート・ビーティ/ショーン・サリヴァン/フランク・ミラー/エド・ビショップ/アラン・ギフォード/アン・ギリス/(以下、ノンクレジット)ビビアン・キューブリック/ケヴィン・スコット/ビル・ウェストン●日本公開:1968/04●配給:MGM●最初に観た場所:日比谷・有楽座(78-12-10)(評価:★★★★)  有楽座(旧)1.bmp右写真:有楽座[1984(昭和59)年9月]「ぼくの近代建築コレクション」より
旧有楽座内.jpg有楽座.jpg
旧・有楽座 1935(昭和10)年6月に演劇劇場として開館。1949(昭和24)年8月~ロードショー館(席数1,572)。1984年10月31日閉館。 

1978年リバイバル上映時新聞広告(前年公開の「スター・ウォーズ」第一作の大ヒットがきっかけでSF映画が盛り上がりリバイバル上映されたという経緯もあり、ジョージ・ルーカスのコメントが付されている)
「2001年宇宙の旅」78リバイバル.jpg
 
「RUR」hukamati.jpg【1924年単行本[金星堂(『ロボット』鈴木善太郎:訳)]/1968年単行本[平凡社『現代人の思想22 機械と人間との共生』収録(『ロボット製造会社R.U.R.』鎮目泰夫:訳)]/1977年文庫化『華麗なる幻想-海外SF傑作選』収録[講談社文庫(『R.U.R.』深町眞理子:訳)]/1989年再文庫化[岩波文庫(『ロボット (R.U.R.)』千野栄一:訳)]/1992年単行本[十月社(『R.U.R.ロボット』栗栖継:訳)]/2006年単行本[八月舎『チャペック戯曲全集』収録(『RUR』田才益夫:訳)]/2012年[単行本(『カル・チャペック戯曲集〈1〉ロボット/虫の生活より』栗栖継:訳)]】

RUR...ロッサム万能ロボット会社」電子版(深町眞理子:訳)

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戦争の悲劇を描いたマルグリット・デュラス原作(脚本)の映画化作。DVD化されていない名作。

かくも長き不在 ポスター.jpgかくも長き不在 vhs.jpg かくも長き不在 01.jpg かくも長き不在 ちくま.jpg
輸入版ポスター/「かくも長き不在」VHS/『かくも長き不在 (ちくま文庫)

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE.jpg パリ郊外でカフェを営むテレーズ(アリダ・ヴァリ)はある日、店の前を通る浮浪者に目を止める。その男(ジョルジュ・ウィルソン)は16年前に行方不明になった彼女の夫アルベールにそっくりであった。テレーズはその男とコンタクトをとるが、その男は記憶喪失だった―。

 アンリ・コルピ(1921-2006/享年84)監督の1961年公開の作品で、この人は映画監督の他に雑誌編集者、脚本家、音楽家、編集技師として幅広く活動した人ですが、逆に単独監督した作品として有名なのはこの一作くらいではないでしょうか。但し、この作品でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞しています。

 この作品もある種"企画"的側面があり、原作者のマルグリット・デュラス(1914-1996/享年81)は1960年にこの物語を、同じくデュラスマルグリット・デュラス.jpgの小説『モデラートカンタービレ』(原題:Moderato Cantabile, 1958年)を原作としジャンヌ・モロー、ジャン=ポール・ベルモンドが主演した「雨のしのび逢い」('60年/仏・伊)の脚本家ジェラール・ジャルロと共同でいきなり脚本から書き起こしていて、それは「ちくま文庫」に所収されています。
Marguerite Duras(1914 - 1996)
かくも長き不在 02.jpg
 戦争の悲劇を描いた感動作ですが、マルグリット・デュラスの作品の中でも分かり易く、また、件(くだん)の浮浪者は果たしてテレーズの夫であるのかどうかという関心から引き込まれます。そして、事実は結末で意外な形で示唆されますが(テレーズの呼んだ夫の名を街の人が次々と伝えていき、それに反応する形で浮浪者が降参するかのように両手を上げるのが悲しい)、その前のテレーズと浮浪者のダンスシーンなども、ぎこちなく二人が抱き合うところなどは逆にリアルで感動させられ、定番的な作り物にしてしまわない脚本と演出の上手さが感じられました。

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE aridabari.jpg アリダ・ヴァリはキャロル・リード監督の「第三の男」('49年/英)が有名ですが、この作品を観ると、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「さすらい」('57年/伊)で夫と別れて暮らすことになった妻を演じていたのを思い出します。「さすらい」において、夫は疲弊して妻の元に戻りますが、アリダ・ヴァリ演じる妻は既に新たな生活を築いており、夫は妻の目の前で自死を遂げます。

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE 1.jpg この「かくも長き不在」においても、アリダ・ヴァリ演じるテレーズには日常においては暗さは無く、16年前にゲシュタポに捕えられたまま消息を絶った夫の帰りを待ちながらも店を営んで逞しく生活しており、若い恋人までいるような様子であって、そこへ抜け殻のようになって現れた"夫かもしれない男"との対比が、逆に男の心的外傷によるトラウマの闇の深さを際立たせています。テレーズが男とぎこちないダンスをした際に、男の頭部の傷に気づく場面はぞっとさせられますが、一方で、そのことにより"夫かもしれない男"に憐れみと慈しみを覚えるテレーズの表情は、まさにアリダ・ヴァリにしか出来ないような演技であり、この作品の白眉と言えます。

 因みに、この映画を観て、いくら心的外傷を負ったとは言え、自分の夫と他人の区別がつかないものだろうかという慰問を抱く人がいますが、心的外傷だけでなく記憶中枢である海馬を損傷するなど脳に器質的障害を負った場合、その人の顔つきまでも全く変わってしまうことが見受けられるようで、個人的にもそうしたケースに接したことがあります。

「二十四時間の情事」1.jpg マルグリット・デュラスは多くの作品を残しながら自身も監督業を手掛けていますが、どちらかと言うと原作や脚本を書いたものを別の映画監督が映画化したものの方が知られており、有名なものでは原作・脚本を書き、アラン・レネが監督してカンヌ国際映画祭FIPRESCI(国際映画批評家連盟)賞を受賞した「二十四時間の情事」('59年/仏・日)がありますが、こちらもモチーフとしてナチの収容所体験を持つ女性が出てきます。ヌーヴェル・ヴァーグの色合いを感じる作品で、観念的な原作の文脈でそのまま映像化するとこんな感じかなという作品ですが、これもオリジナルよりは分かり易くなっています。同じアラン・レネ監督の、後にノーベル文学賞を受去年マリエンバートで 01.jpg賞する作家アラン・ロブ=グリエ(1922-2008/享年85)原作の「去年マリエンバートで」('61年/仏)ほどには前衛的ではなく、デュラスの小説の映画化作品は、小説より分かり易くなる傾向にあるように思います(それでもまだ難解な面もあるが、「去年マリエンバートで」のように観ていて眠くなる(?)ことはない)。デュラスの小説『ジブラルタルから来た水夫』を原作とするトニー・リチャードソン監督の「ジブラルタルの追想」('67年/英)なども、えーっ、原作ってこんなラブロマンスなの、というようなハーレクイン風の仕上がりで、ここまで噛み砕いてしまうとどうかなというのはありますが、さすがにこの作品は自身で脚本までは書いていないようです。

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE 7.jpg 「かくも長き不在」のちくま文庫版の原作脚本を読むと、自身で監督したものに有名な作品は無いけれど、(脚本家の協力・示唆はあったにせよ)小説的効果と映画的効果の違いはわかっていた人ではないかという気がします。特に、この映画のラストの男を呼ぶ声が伝言のように街中を伝わっていく場面は、映画的シチュエーションの極致と言ってよいかと思います。

 しかし、この「かくも長き不在」、以前はビデオとLD(レーザーディスク)で発売されていたけれど、2014年現在DVD化はされていないようです。どうして?(2015年完成の4Kスキャン→2K修復画質により2018年に初めてDVD&Blu-ray化された)

かくも長き不在 シアターアプル.jpgUNE AUSSI LONGUE ABSENCE 3.jpg「かくも長き不在」●原題:UNE AUSSI LONGUE ABSENCE●制作年:1960年●制作国:フランス●監督:アンリ・コルピ●脚本:マルグリット・デュラス/ジェラール・ジャルロ●撮影:マルセル・ウェイス●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●時間:98分●出演:アリダ・ヴァリ/ジョルジュ・ウィルソン/シャルル・ブラヴェット/ジャック・アルダン/アナ・レペグリエ●日本公開:1964/08●配給:東和●最初に観た場所:新宿シアターアプル(85-04-21)(評価:★★★★)
ポスター(イラスト:和田 誠

二十四時間の情事 02.jpg「二十四時間の情事」●原題:HIROSHIMA 二十四時間の情事_.jpgMON AMOUR●制作年:1959年●制作国:フランス・日本●監督:アラン・レネ●脚本:マルグリット・デュラス●撮影:サッシャ・ヴィエルニ/高橋通夫●音楽:ジョヴァンニ・フスコ(イタリア語版)/ジョルジュ・ドルリュー●時間:90分●出演:エマニュエル・リヴァ/岡田英次/ステラ・ダサス/ピエール・バルボー/ベルナール・フレッソン●日本公開:1959/06●配給:大映●最初に観た場所:京橋・フィルムセンター(80-07-15)(評価:★★★★)
二十四時間の情事 [DVD]

去年マリエンバートで  チラシ.jpg去年マリエンバートでes.jpg「去年マリエンバートで」●原題:L'ANNEE DERNIERE A MARIENBAT●制作年:1961年●制作国:フランス・イタリア●監督:アラン・レネ●製作:ピエール・クーロー/レイモン・フロマン●脚本:アラン・ロブ=グリエ●撮影:サッシャ・ヴィエルニ●音楽:フランシス・セイリグ●時間:94分●出演:デルフィー去年マリエンバートで ce.jpgヌ・セイリグ/ ジョルジュ・アルベルタッツィ(ジョルジョ・アルベルタッツィ)/ サッシャ・ピトエフ/(淑女たち)フランソワーズ・ベルタン/ルーチェ・ガルシア=ヴィレ/エレナ・コルネル/フランソワーズ・スピラ/カリン・トゥーシュ=ミトラー/(紳士たち)ピエール・バルボー/ヴィルヘルム・フォン・デーク/ジャン・ラニエ/ジェラール・ロラン/ダビデ・モンテムーリ/ジル・ケアン/ガブリエル・ヴェルナー/アルフレッド・ヒッチコック●日本公開:1964/05●配給:東和●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会(81-05-23)(評価★★★?)●併映:「アンダルシアの犬」(ルイス・ブニュエル)

THE SAILOR FROM GIBRALTAR PERFORMER.jpg「ジブラルタルの追想」●原題:THE SAILOR FROM GIBRALTAR PERFORMER●制作年:1967年●制作国:イギリス●監督:トニー・リチャードソン●製作:オスカー・リュウェンスティン●脚本:クリストファー・イシャーウッド/ドン・マグナー/ジブラルタルの水夫.jpgトニー・リチャードソン●撮影:ラウール・クタール●音楽:アントワーヌ・デュアメル●原作:マルグリット・デュラス「ジブラルタルから来た水夫(ジブラルタルの水夫)」●時間:90分●出演:ジャンヌ・モロー/イアン・バネン/オーソン・ウェルズ/ヴァネッサ・レッドグレーヴ●日本公開:1967/11●配給:ユナイテッド・アーチスツ●最初に観た場所:大塚名画座(78-12-12)(評価:★★☆)●併映:「悪魔のような恋人」(トニー・リチャードソン)(原作:ウラジミール・ナボコフ)
ジブラルタルの水夫

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ニューヨークという大都会を舞台にしたダスティン・ホフマン主演'69年作品2作。

ジョンとメリー [VHS].jpgジョンとメリー [DVD].jpg 真夜中のカーボーイ dvd.jpg 卒業 [DVD] L.jpg
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ジョンとメリー 1.jpg マンハッタンに住む建築技師ジョン(ダスティン・ホフマン)のマンションで目覚めたメリー(ミア・ファロー)は、自分がどこにいるのか暫くの間分からなかった。昨晩、独身男女が集まるバーで2人は出会い、互いの名前も聞かないまま一夜を共にしたのだった。メリーは、整頓されたジョンの家を見て女の影を感じる。ジョンはかつてファッションモデルと同棲していた過去があり、メリーはある有力政治家と愛人関係にあった。朝食を食べ、昼食まで共にした2人は、とりとめのない会話をしながらも、次第に惹かれ合っていくが、ちょっとした出来事のためメリーは帰ってしまう―。

 ピーター・イエーツ(1929-2011/享年81)監督の「ジョンとメリー」('69年)は、行きずりの一夜を共にした男女の翌朝からの1日を描いたもので、男女の出会いを描いた何とはない話であり、しかも基本的に密室劇なのですが、2人のそれぞれの回想と現在の気持ちを表す独白を挟みながらストーリーが巧みに展開していき、2人の関係はどうなるのだろうかと引き込まれて観てしまう作品でした。ピーター・イエーツは英国人で、映画監督になる前にプロのレーシング・ドライバーだったこともあり、この作品が監督第3作ですが、第1作が犯罪サスペンス映画「大列車強盗団」('67年/英)で、この作品でのアクション・シーンの手腕が買われ、ハリウッドで第2作、スティーブ・マックイーン主演のアクション映画「ブリット」('67年/米)を撮っていますが、今度はがらっと変って男女の出会いを描いた作品に。

ジョンとメリー 4.jpg 脚本は「シャレード」('63年)の原作者ジョン・モーティマーですが、構成の巧みさもさることながら、演じているダスティン・ホフマンとミア・ファローがそもそも演技達者、とりわけダスティン・ホフマン演じるジョンの、そのままメリーに居ついて欲しいような欲しくないようなその辺りの微妙に揺れる心情が可笑しく(ジョンの方に感情移入して観たというのもあるが)ホントにこの人上手いなあと思いました(でも、ミア・ファローも良かった)。

ジョンとメリー 2.jpg 最後に互いの気持ちを理解し合えた2人が、そこで初めて「ぼくはジョンだ」「私はメリーよ」という名乗り合う終わり方もお洒落(その時に大方の日本人の観客は初めて、そっか、2人はまだ名前も教え合っていなかったのかと気づいたのでは。アメリカ人だったら普通は最初に名乗るけれど、アメリカ人が見たらどう感じるのだろうか)。観た当時は、これが日本映画だったら、もっとウェットな感じになってしまうのだろうなあと思って、ニューヨークでの一人暮らしに憧れたりもしましたが、逆に、ニューヨークのような大都会で恋人も無く一人で暮らすということになると、(日本以上に)とことん"孤独"に陥るのかも知れないなあとも思ったりして。

真夜中のカーボーイ1.jpg そうした大都会での孤独をより端的に描いた作品が、ダスティン・ホフマンがこの作品の前に出演した同年公開のジョン・シュレシンジャー(1926-2003/享年77)監督の「真夜中のカーボーイ」('69年)であり、ジョン・ヴォイトが、"いい男ぶり"で名を挙げようとテキサスからニューヨークに出てきて娼婦に金を巻き上げられてしまう青年ジョーを演じ、一方のダスティン・ホフマンは、スラム街に住む怪しいホームレスのリコ(一旦は、こちらもジョーから金を巻き上げる)役という、その前のダスティン・ホフマンの卒業 ダスティン・ホフマン .jpg主演作であり、彼自身の主演第1作だったマイク・ニコルズ監督の「卒業」('67年)の優等生役とはうって変った役柄を演じました(「卒業」で主人公が通うコロンビア大学もニューヨーク・マンハッタンにある)。

卒業 ダスティン・ホフマン/キャサリン・ロス.jpg 映画デビューした年に「卒業」でアカデミー主演男優賞ノミネートを受け(この作品、今観ると「サウンド・オブ・サイレンス」をはじめ「スカボロ・フェアー」「ミセス・ロビンソン」等々、サイモン&ガー卒業(1967).jpgファンクルのヒット曲のオン・パレードで、そちらの懐かしさの方が先に立つ)、主演第2作・第3作が「真夜中のカーボーイ」(これもアカデミー主演男優賞ノミネート)と「ジョンとメリー」であるというのもスゴイですが、ゴールデングローブ卒業 1967 2.jpg賞新人賞を受賞した「卒業」の、その演技スタイルとは全く異なる演技をその後次々にみせているところがまたスゴイです(「卒業」で英国アカデミー賞新人賞を受賞し、「真夜中のカーボーイ」と「ジョンとメリー」で同賞主演男優賞を受賞している)。

真夜中のカーボーイQ.jpg 3作品共にアメリカン・ニュー・シネマと呼ばれる作品ですが、その代表作として最も挙げられるのは「真夜中のカーボーイ」でしょう。ニューヨークを逃れ南国のフロリダへ旅立つ乗り合いバスの中でリコが息を引き取るという終わり方も、その系譜を強く打ち出しているように思われます。「真夜中のカーボーイ」も「ジョンとメ真夜中のカーボーイs.jpgリー」も傑作であり、ダスティン・ホフマンはこの主演第2作と第3作で演技派としての名声を確立してしまったわけですが、個人的には「ジョンとメリー」の方が、ラストの明るさもあってかしっくりきました。一方の「真夜中のカーボーイ」の方は、ジョーとリコの奇妙な友情関係にホモセクシュアルの臭いが感じられ、当時としてはやや引いた印象を個人的には抱きましたが、2人の関係を精神的なホモセクシュアルと見る見方は今や当たり前のものとなっており、その分だけ、今観ると逆に抵抗は感じられないかも(但し、原作者のジェームズ・レオ・ハーリヒー自身はゲイだったようだ)。

ミスター・グッドバーを探して [VHS].jpg 「ジョンとメリー」に出てくる"Singles Bar"(独身者専門バー)を舞台としたものでは、リチャード・ブルックス(1912-1992/享年72)監督・脚本、ダイアン・キートン主演の「ミスター・グッドバーを探して」('77年)があり、こちらはジュディス・ロスナーが1975年に発表したベストセラー小説の映画化作品です。
ミスター・グッドバーを探して [VHS]

ミスター・グッドバーを探して1.jpg ダイアン・キートン演じる主人公の教師はセックスでしか自己の存在を確認できない女性で、原作は1973年にニューヨーク聾唖学校の28歳の女性教師がバーで知り合った男に殺害された「ロズアン・クイン殺人事件」という、日本における「東電OL殺人事件」(1997年)と同じように、当時のアメリカ国内で、殺人事件そのものよりも被害者の二面的なライフスタイルが話題となった事件を基にしており、当然のことながら結末は「ジョンとメリー」とは裏腹に暗いものでした。主人公の女教師は最後バーで拾った男(トム・ベレンジャー)に殺害されますが、その前に女教師に絡むチンピラ役を、当時全く無名のリチャード・ギアが演じています(殺害犯役のトム・ベレンジャーも当時未だマイナーだった)。

恋におちて 1984.jpg 何れもニューヨークを舞台にそこに生きる人間の孤独を描いたものですが、ニューヨークを舞台に男女の出会いを描いた作品がその後は暗いものばかりなっているかと言えばそうでもなく、ロバート・デ・ニーロとメリル・ストリープの演技派2人が共演した「恋におちて」('84年)や、メグ・ライアンとトム・ハンクスによるマンハッタンのアッパーウエストを舞台にしたラブコメディ「ユー・ガット・メール」('98年)など、明るいラブストーリーの系譜は生きています(「ユー・ガット・メール」は1940年に製作されたエルンスト・ルビッチ監督の「街角/桃色(ピンク)の店」のリメイク)。
「恋におちて」('84年)

ユー・ガット・メール 01.jpg 「恋におちて」はグランド・セントラル駅の書店での出会いと通勤電車での再会、「ユー・ガット・メール」はインターネット上での出会いと、両作の間にも時の流れを感じますが、前者はクリスマス・プレゼントとして買った本を2人が取り違えてしまうという偶然に端を発し、後者は、メグ・ライアン演じる主人公は絵本書店主、トム・ハンクス演じる男は安売り書店チェーンの御曹司と、実は2人は商売敵だったという偶然のオマケ付き。そのことに起因するバッドエンドの原作を、ハッピーエンドに改変しています。
「ユー・ガット・メール」('98年)

めぐり逢えたら 映画 1.jpg トム・ハンクスとメグ・ライアンは「めぐり逢えたら」('93年)の時と同じ顔合わせで、こちらもレオ・マッケリー監督、ケーリー・グラント、デボラ・カー主演の「めぐり逢い」('57年)にヒントを得ている作品ですが(「めぐり逢い」そのものが同じくレオ・マッケリー監督、アイリーン・ダン、シャルル・ボワイエ主演の「邂逅」('39年)のリメイク作品)、エンパイア・ステート・ビルの展望台で再開を約するのは「めぐり逢い」と同じ。但し、「めぐり逢い」ではケーリー・グラント演じるテリーの事故のため2人の再会は果たせませんでしたが、「めぐり逢えたら」の2人は無事に再開出来るという、こちらもオリジナルをハッピーエンドに改変しています。
「めぐり逢えたら」('93年)

 最近のものになればなるほど、男女双方または何れかに家族や恋人がいたりして話がややこしくなったりもしていますが、それでもハッピーエンド系の方が主流かな。興業的に安定性が高いというのもあるのでしょう。「恋におちて」は、古典的ストーリーをデ・ニーロ、ストリープの演技力で引っぱっている感じですが、2人とも出演時点ですでに大物俳優であるだけに、逆にストーリーの凡庸さが目立ち、やや退屈?(もっと若い時に演じて欲しかった)。但し、「恋におちて」「めぐり逢えたら」「ユー・ガット・メール」の何れも役者の演技はしっかりしていて、ストーリーに多分に偶然の要素がありながらも、ディテールの演出や表現においてのリアリティはありました。しかしながら、物語の構成としては"定番の踏襲"と言うか、「ジョンとメリー」を観て感じた時のような新鮮味は感じられませんでした。

 こうして見ると、ニューヨークという街は、「真夜中のカーボーイ」や「ミスター・グッドバーを探して」に出てくる人間の孤独を浮き彫りにするような暗部は内包してはいるものの、映画における男女の出会いや再会の舞台として昔も今もサマになる街でもあるとも言えるのかもしれません(ダスティン・ホフマンは同じ年に全く異なるキャラクターで、ニューヨークを舞台に孤独な男性の「明・暗」両面を演じてみせたわけだ。これぞ名優の証!)。

ジョンとメリー [VHS]
JOHN AND MARY 1969.jpgジョンとメリーdvd3.jpg「ジョンとメリー」●原題:JOHN AND MARY●制作年:1969年●制作国:アメリカ●監督:ピーター・イェーツ●製作:ベン・カディッシュ●脚本:ジョン・モーティマー●撮影:ゲイン・レシャー●音楽:クインシー・ジョーンズ●原作:マーヴィン・ジョーンズ「ジョンとメリー」●時間:92分●出演:ダスティン・ホフマン/ミア・ファロー/マイケル・トーラン/サニー・グリフィン/スタンリー・ベック/三鷹オスカー.jpgタイン・デイリー/アリックス・エリアス●日本ジョンとメリーe.jpg公開:1969/12●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:三鷹東映(78-01-17)(評価:★★★★☆)●併映:「ひとりぼっちの青春」(シドニー・ポラック)/「草原の輝き」(エリア・カザン)三鷹東映 1977年9月3日、それまであった東映系封切館「三鷹東映」が3本立名画座として再スタート。1978年5月に「三鷹オスカー」に改称。1990(平成2)年12月30日閉館。

Dustin Hoffman and Mia Farrow/Photo from John and Mary (1969)

「真夜中のカーボーイ」●原題:MIDNIGHT COWBOY●制作年:1969年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・シュレシンジャー●製作:ジェローム・ヘルマン●脚本:ウォルド・ソルト●撮影:アダム・ホレンダー●音楽:ジョン・バリー●原作:ジェームズ・レオ・ハーリヒー「真夜中のカーボーイ」●時間:113真夜中のカーボーイ2.jpg真夜中のカーボーイ 映画dvd.jpg分●出演:ジョン・ヴォイト/ダスティン・ホフマン/シルヴィア・マイルズ/ジョン・マクギヴァー/ブレンダ・ヴァッカロ/バーナード・ヒューズ/ルース・ホワイト/ジェニファー・ソルト/ボブ・バラバン●日本公開:1969/10●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:早稲田松竹(78-05-20)(評価:★★★★)●併映:「俺たちに明日はない」(アーサー・ペン)
真夜中のカーボーイ [DVD]

「卒業」●原題:THE GRADUATE●制作年:1967年●制作国:アメリカ●監督:マイク・ニコルズ●製作:ローレンス・ター卒業 1967 pster.jpgマン●脚本:バック・ヘンリー/カルダー・ウィリンガム●撮影:ロバート・サーティース●音楽:ポール・サイモン卒業 1967 1.jpg/デイヴ・グルーシン●原作:チャールズ・ウェッブ「卒業」●時間:92分●出演:ダスティン・ホフマン/アン・バンクロフト/キャサリン・ロス/マーレイ・ハミルトン/ウィリアム・ダリチャr-ド・ドレイファス 卒業.jpgニエルズ/エリザベス・ウィルソン/バック・ヘンリー/エドラ・ゲイル/リチャード・ドレイファス●日本公開:1968/06●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:池袋・テアトルダイヤ(83-02-05)(評価:★★★★)●併映:「帰郷」(ハル・アシュビー)
卒業 [DVD]

映画パンフレット 「ミスターグッドバーを探して」.jpg「ミスター・グッドバーを探して」●原題:LOOKING FOR MR. GOODBAR●制作年:1977年●制作国:アメリカ●監督・脚本:リチャード・ブルックス●製作:フレディ・フィールズ●撮影:ウィリアム・A・フレイカー●音楽:アーティ・ケイン●原作:ジュディス・ロスナー「ミスター・グッドバーを探して」●時間:135分●出演:ダイアン・キートン/アラン・フェインスタイン/リチャード・カイリー/チューズデイ・ウェルド/トム・ベレンジャー/ウィリアム・アザートン/リチャード・ギア●日本公開:1978/03●配給:パラマウント=CIC●最初に観た場所:飯田橋・佳作座(79-02-04)(評価:★★☆)●併映:「流されて...」(リナ・ウェルトミューラー)
映画パンフレット 「ミスターグッドバーを探して」監督リチャード・ブルックス 出演ダイアン・キートン

FALLING IN LOVE 1984.jpg恋におちて 1984 dvd.jpg「恋におちて」●原題:FALLING IN LOVE●制作年:1984年●制作国:アメリカ●監督:ウール・グロスバード●製作:マーヴィン・ワース●脚本:マイケル・クリストファー●撮影:ピーター・サシツキー●音楽:デイヴ・グルーシン●時間:106分●出演:ロバート・デ・ニーロ/メリル・ストリープ/ハーヴェイ・カイテル/ジェーン・カツマレク/ジョージ・マーティン/デイヴィッド・クレノン/ダイアン・ウィースト/ヴィクター・アルゴ●日本公開:1985/03●配給:ユニヴァーサル映画配給●最初に観た場所:テアトル池袋(86-10-12)(評価:★★★)●併映:「愛と哀しみの果て」(シドニー・ポラック)
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YOU'VE GOT MAIL.jpgユー・ガット・メール dvd.jpg「ユー・ガット・メール」●原題:YOU'VE GOT MAIL●制作年:1998年●制作国:アメリカ●監督:ノーラ・エフロン●製作:ノーラ・エフロン/ローレン・シュラー・ドナー●脚本:ノーラ・エフロン/デリア・エフロン●撮影:ジョン・リンドリー●音楽:ジョージ・フェントン●原作:ミクロス・ラズロ●時間:119分●出演:トム・ハンクス/メグ・ライアン/グレッグ・キニア/パーカー・ポージー/ジーン・ステイプルトン/スティーヴ・ザーン/ヘザー・バーンズ/ダブニー・コールマン/ジョン・ランドルフ/ハリー・ハーシュ●日本公開:1999/02●配給:ワーナー・ブラザース映画配給(評価:★★★)ユー・ガット・メール [DVD]

SLEEPLESS IN SEATTLE.jpgめぐり逢えたら 映画 dvd.jpg「めぐり逢えたら」●原題:SLEEPLESS IN SEATTLE●制作年:1993年●制作国:アメリカ●監督:ノーラ・エフロン●製作:ゲイリー・フォスター●脚本:ノーラ・エフロン/デヴィッド・S・ウォード●撮影:スヴェン・ニクヴィスト●音楽:マーク・シャイマン●原案:ジェフ・アーチ●時間:105分●出演:トム・ハンクス/メグ・ライアン/ビル・プルマン/ロス・マリンジャー/ルクランシェ・デュラン/ルクランシェ・デュラン/ギャビー・ホフマン/ヴィクター・ガーバー/リタ・ウィルソン/ロブ・ライナー●日本公開:1993/12●配給:コロンビア映画(評価:★★☆)めぐり逢えたら コレクターズ・エディション [DVD]

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ミス・マープルの人物像を変えたため、《改変》と言うよりも《パロディ》になっている。

ミス・マープル コレクション.jpgミス・マープル/夜行特急の殺人 dvd.jpg  夜行特急の殺人 00.jpg
ミス・マープル 夜行特急の殺人 -アガサクリスティの パディントン発4時50分 [DVD]
ミス・マープル ムービー・コレクション (初回限定生産) [DVD]」(寄宿舎の殺人/夜行特急の殺人/最も卑劣な殺人/船上の殺人)
夜行特急の殺人 タイトル.jpg ジョージ・ポロックが監督し、マーガレット・ラザフォード(Margaret Rutherford, 1892-1972)がミス・マープルを演じたこの「ミス・マープル/夜行特急の殺人」('61年/英、Murder She Said)は、『パディントン発4時50分』の初映画化作品であり、以降、「ミス・マープル/寄宿舎の殺人」('63年、Murder at the Gallop/原作『葬儀を終えて』(ポワロ物))、「ミス・マープル/船上の殺人」('64年、Murder Ahoy/「マープル」シリーズのキャラクター設定に基づくオリジナル)、「ミス・マープル/最も卑劣な殺人」('64年、Murder Most Foul/原作『マギンティ夫人は死んだ』(ポワロ物))と全4作作られていますが、日本では何れも劇場公開されておらず、2006年にDVDとしてリリースされました。

夜行特急の殺人 窓から.png 生前のクリスティ自身は、ラザフォードのミス・マープルを気に入ってはいなかったとのことですが、アメリカでは、英国BBC版のジョーン・ヒクソンよりも、このマーガレット・ラザフォードの方が"ミス・マープル"像としては定着しているとの話もあるようです(この「夜行特急の殺人」には、後にクリスティのお気に入りの"ミス・マープル"を演じたと言われるジョーン・ヒクソンもちょっとだけ出演している)。

 初映像化作品にしてはいきなりコメディタッチで、しかも、原作ではマクギリカディ夫人がミス・マープルに会いにいくため乗り込んだパディントン発4時50分の列車の窓から、たまたま並走する別の列車内で一人の男性が女性の首を絞めていた殺人現場を目撃するのに対し、この映画ではミス・マープル自身が列車から犯行を目撃、更に、原作では、怪しいと思われるクラッケンソープ家の邸に才能豊かな女性ルーシー・アイレスバロウを家政婦として送り込むのに対し、この映画ではラザフォードミス・マープル/夜行特急の殺人 ヒクソン1.jpgミス・マープル/夜行特急の殺人 ヒクソン.png演じるミス・マープル自身が家政婦として"アッケンソープ"家に乗り込んでいくという何でも彼女が一人でやってしまう作りになっています(ミス・マープルが雇われたのでこれ幸いとばかりに辞めていく無愛想な家政婦キッダー夫人を演じているのが、その後にTVドラマシリーズ「ミス・マープル」(1984~1992)でミス・マープルを演じることになるジョーン・ヒクソン)

夜行特急の殺人6.jpg夜行特急の殺人 01.jpg 1957年の原作発表から4年後に作られた作品で、そのためかパディントン駅をはじめその時代の雰囲気をよく伝えていて、(邸への潜入捜査をしたのが誰かは別として)邸に住まう長女エマ(ミュリエル・パヴロー)、次男ハロルド(コンラッド・フィリップス)、三男の画家セドリック(ソーリィ・ウォルターズ)、義弟アルバート(ジェラルド・クロス)、四男イーストリ(ロナルド・ハワード)といった兄弟構成も若干兄弟の順番を変えたりしているものの一応はほぼ原作に沿っていて(侍医クインパーを演じているのはアー『窓越しの殺人』.jpgサー・ケネディ)、謎解きの部分に関しても比較的原作に忠実、コメディ部分もそれなりに楽しめました。窓越しに殺人を目撃したミス・マープルが、その時たまたま『窓越しの殺人』という推理小説を読んでいたために、車掌からもクラドック警部補(チャールズ・ティングウェル)からも「殺人を見た」という証言を信じてもらえないというのはややベタなユーモアですが(因みに、『窓越しの殺人』という本はこのドラマのために作られた"架空の本"である)。

夜行特急の殺人 ポスター.jpg 但し、ミス・マープルの人物造型が、押し出しの強いオバサンという感じで、ラザフォードのどっしりした体型と相俟ってその存在が前面に出すぎていて、その分、原作の一見地味で目立たないミス・マープルのイメージとは乖離しているように思えました。潜入した邸の気難しい当主を口と態度でやり込めるなんて、マープルっぽくないし、容貌や動作は、動物に喩えれば、犀か雄牛のような感じです。

ミス・マープル/夜行特急の殺人 スクエア.jpg 最後、その邸の当主からプロポーズされるのも、原作でルーシー・アイレスバロウが当主の息子兄弟たちに言い寄られるのを捻ったのでしょうが、それまでの喧嘩腰だった二人の関係からするとやや唐突。ミス・マープルの人物像を変えてしまったことで、全てが《改変》と言うより《パロディ》に近いものになっていると言えるかも。原作者であるクリスティが気に入らなかったのが理解できる気がします。

「ミス・マープル/夜行特急の殺人」●原題:MURDER SHE SAID●制作年:1961年●制作国:イギリス●初放映(米国):1961/01/07●監督:ジョージ・ポロック●脚本:デービッド・オズボーン/デービッド・パーサル/ジャック・セドン●撮影:ジェフリー・フェイスフル●音楽:ロン・グッドウィン●時間:108分●出演:マーガレット・ラザフォード/アーサー・ケネディ/ミュリエル・パヴロウ/ジェームズ・ロバートソン・ジャスティス/チャールズ・ティングウェル/ロナルド・ハワード/ソーリー・ウォルターズ/ロニー・レイモンド/ストリンガー・デイヴィス/ジェラルド・クロス/マイケル・ゴールデン/ジョーン・ヒクソン/ゴードン・ハリス●DVD発売:2006/04●発売元:ワーナー・ホーム・ビデオ(評価:★★★)

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凝った逆トリックによる鮮やかな結末。作品全体としては何となく楽しい雰囲気。

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逆転の構図02.jpg 刑事コロンボ/逆転の構図00.jpg
特選「刑事コロンボ」完全版~逆転の構図~【日本語吹替版】 [VHS]」 ディック・バン・ダイク(Dick Van Dyke) 

ディック・バン・ダイク / アントワネット・バウアー
NEGATIVE REACTION title.jpg逆転の構図01.jpg逆転の構図03.jpg 口やかましい妻との生活に心底嫌気がさした著名な写真家ポール・ガレスコ(ディック・バン・ダイク)は、誘拐事件を偽装して妻フランセス(アントワネット・バウアー)を殺害し、以前から手なずけていた前科者のダシュラー(ドン・ゴードン)を廃車置き場に呼び出し、椅子に縛り付けた妻を写した写真と脅迫状に指紋を付けさせた後に彼を射殺、自分の足も撃ち抜き、身代金の受け渡しの際に犯人に撃たれたように装った―。
ドン・ゴードン / ジョアンナ・キャメロン
コロンボ 逆転の構図.jpg逆転の構図04.jpg シリーズ第27話。犯人のポールは「この世からお前が消えてくれれば良いのと何度も願った」ほど、妻のフランシスを憎んでいたとのことで、元々のシナリオには、コロンボの聞き込みに対し、写真集出版社の社長が、「もともとポールは財産を彼女に半分渡していたんだが、数年前、彼は神経衰弱になってね、フランシスはそれを利用して裁判所に彼の管理能力の喪失を訴え、財産のすべてを自分の管理下に置いてしまったんだ。それにナイーブな彼には、フランシスと争うだけのガッツはない」とのセリフがあったそうです。

逆転の構図07.jpg ナルホドね。助手のローナ(ジョアンナ・キャメロン)の美脚の魅力に駆られて犯行を決意したのかな。でも、かなり冷徹というか、完全犯罪に近い線、いっていたように思います。それが、コロンボに纏わりつかれているうちに、だんだん表情が曇ってくる...。

imagesCA8E9UTV.jpg 犯人役のディック・バン・ダイクは、「メリー・ポピンズ」('64年)よりも、主役だった「チキ・チキ・バン・バン」('68年、原作は007シリーズで知られるイアン・フレミングが唯一著した童話)の方が、学校の課外授業でリアルタイムで観たということもあって印象に残っています(当時、主題歌のソノシートを買って「チュリ・バンバン」とか英語で歌っていた。山本リンダのカバー・ヴァージョンもあったなあ)。

 犯人は2人も殺害している悪い奴であり、ディック・バン・ダイクはこの作品においては渋味のある二枚目キャラクターで通しているのですが、そうした映画のイメージもあって、しかも、何と言ってもこの作品の白眉とも言える、コロンボが犯人に仕掛けた証拠写真を裏焼きしての逆トリックの妙もあって(凝っているし、大胆な手法でもある)、作品全体としては何となく楽しい雰囲気。

VitoScotti2.jpg コロンボが救済所のシスター(ジョイス・バン・パタン、第39話「黄金のバックル」では犯人役を演じる)にホームレスと間違えられたり、たまたまポールの第二の犯行現場に居合わせた「貧乏は恥にあらず」とのたまう浮浪紳士トーマス(ヴィット・スコッティ、またまた登場。第19話「別れのワイン」のレストランの支配人役、第20話「野望の果て」でテーラーの主人役、第24話「白鳥の歌」の葬儀屋に続いて、今度はとうとう"職無し"に)との遣り取りがあったりと、鮮やかな結末だけでなく、その外の部分も楽しめます。

 ディック・バン・ダイク(1925年生まれ)は、TVドラマシリーズ「Dr.マーク・スローン」で再び見(まみ)えることができて、懐かしかったなあ。事件ものでしたが(本業の医師より探偵業の方が忙しそう)、やはり、何となくほのぼのとしたキャラクターでした。

刑事コロンボ(第27話)/逆転の構図.jpg刑事コロンボ(第27話)/逆転の構図 0.jpg「刑事コロンボ(第27話)/逆転の構図」●原題:NEGATIVE REACTION●制作年:1974年●制作国:アメリカ●監督:アルフ・ケリン●製作:エヴァレット・チェンバース●脚本:ピーター・S・フィッシャー●音楽:バーナード・セイガル●時間:95分●出演:ピーター・フォーク/ディック・バン・ダイク/アントワネット・バウアー/ジョイス・バン・パタン/マイケル・ストロング/ドン・ゴードン/ジョアンナ・キャメロン/ヴィット・スコッティ●日本公開:1975/12●放送:NHK(評価:★★★★) 

チキ・チキ・バン・バン チラシ.jpgチキ・チキ・バン・バン2.jpgチキ・チキ・バン・バン3.png「チキ・チキ・バン・バン」●原題:CHITTY CHITTY BANG BANG制作年:1968年●制作国:イギリス●監督:チキ・チキ・バン・バン 01.jpgケン・ヒューズ●製作:アルバート・R・ブロッコリス●脚本:ロアルド・ダール/ケン・ヒューズ●撮影:クリストファー・チャリス●音楽:リチャード・M・シャーマン/ロバート・M・シャーマン●原作:イアン・フレミング●時間:143分●出演:ディック・バン・ダイク●/サリー・アン・ハウズ/アドリアン・ホール/ヘザー・リプリー/ゲルト・フレーベ/アンナ・クエイル/ロバート・ヘルプマン/ライオネル・ジェフリーズ/ジェームズ・ロバートソン・ジャスティス●日本公開:1968/12●配給:ユナイテッド・アーティスツ(評価:★★★☆)

Dr.マーク・スローン00.pngDr.マーク・スローン1.pngDr.マーク・スローン2.jpg「Dr.マーク・スローン」 Diagnosis: Murder (CBS 1993~2001) ○日本での放映チャネル:NHK(1995-1999)/スーパーチャンネル(2003-2005)

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ラストのロープウェイという"密室"での犯人の追いつめ方に味があった。

死の方程式 vhs.jpg 死の方程式 rm.jpg  猿の惑星 1968.jpg
特選 刑事コロンボ 完全版「死の方程式」【日本語吹替版】[VHS]」ロディ・マクドウォール/「猿の惑星」ポスター
死の方程式・ロンドンの傘 (サラブレッド・ブックス 243―特選・刑事コロンボ4)
死の方程式 本.jpg死の方程式 タイトル.jpg 化学会社の先代社長の道楽息子ロジャー(ロディ・マクドウォール)は叔父で現社長のデビット(ジェームス・グレゴリー)に会社を追放されそうになり、葉巻ケースに仕掛けた爆弾で事故に見せかけ爆殺する。コロンボはロジャーを犯人とにらむが証拠が見つからなかった―。

死の方程式01.jpg 巷の評価はイマイチみたいですが、個人的にはそう悪くないと思っている作品で、コロンボのラストのロープウェイという"密室"での犯人の追いつめ方はなかなか味があったし、それまでずっと調子づいていた犯人が最後で大もがきする、その落差の激しさもいいと思いました。
死の方程式 ロディ・マクドウォール.jpg 犯人が、若くて軽く、お調子者っぽい感じであるのも、あまり高い評価を得ていない理由の一つかもしれませんが、演じているのは「猿の惑お楽しみはこれからだ―映画の名セリフ.jpg星」('68年)でチンパンジーの考古学者・コーネリアスを演じていたロディ・マクドウォール(1928-1998)であり(当時42歳で、実はピーター・フォークと同世代)、こんな犯人がいてもいいかなあと(吹替え担当は野沢那智)。ロジャーはいつもカメラを手にしていますが、和田誠氏の『お楽しみはこれからだ―映画の名セリフ』('75年/文藝春秋)によれば、実際のロディ・マクドウォールはかなり上手な写真家であり、芸能人を大勢撮って写真集も出しているとのことです(代表作は撮られた有名人に関するエッセイを別の有名人が書いている「Double Exposure」シリーズ)。

第6話「二枚のドガの絵」キム・ハンター/「猿の惑星」キム・ハンター/ロディ・マクドウォール
Kim Hunter colombo.jpg猿の惑星1.jpg 「刑事コロンボ」の第6話「二枚のドガの絵」には、被害者の前妻役でキム・ハンターが出ていましたが、キム・ハンターも「猿の惑星」にチャールトン・ヘストン演じる主人公・テイラーを治療するチンパンジーの"獣医"ジーラ博士(ロディ・マクドウォール演じるコーネリアスの婚約者でもある)の役で出ていました。この第8話「死の方程式」の犯人の叔父である被害者役のジェームズ・グレゴジェームズ・グレゴリー.jpgリーも「続・猿の惑星」に出ていたということで、「刑事コロンボ」シリーズ全体では7名の役者が「猿の惑星」シリーズ(全5作ある)の出演者であるとのことです。キム・ハンターは「猿の惑星」シリーズの第2作「続・猿の惑星」('70年)、第3作「新・猿の惑星」('71年)まで出演し、ロディ・マクドウォールとなると「猿の惑星・征服」('72年)、「最後の猿の惑星」('73年)までにも(つまり5作全部に)出演しています。

猿の惑星 1968 1.jpg 「猿の惑星」シリーズは、フランクリン・J・シャフナー(「パピヨン」('73年/米))が監督し、テイラーを演じたチャールトン・ヘストンが出ていた第1作「猿の惑星」が(第2作「続・猿の惑星」も前半だけ出ているが)、まだ「人類はどこへ向かうのか」といった哲学的なテーマを含んでいたように思います(チャールトン・ヘストンは続編の製作に反対していて第2作に出演するつもりがなかったが、テイラーが途中で死ぬことと、自分の出演料を寄付することを条件に第2作の出演を承諾したという)。第1作は、SF映画史に残る記念碑的作品とされていますが、原作者のピエール・ブール(1912-1994)はアカデミー賞作品賞受賞作「戦場にかける橋」('57年/英・米)の原作者でもあり、戦争中は仏印で日本軍の捕虜となった経験もあるようで、『戦場にかける橋』や『猿の惑星』は、仏印での経験を基猿の惑星 1968 2.jpgに書かれたと言われています。ただ、「猿の惑星」の場合、映像化されてみると、テイラーたちが降り立ったのはどうみても地球にしか見えないとか、原始的な生活を送る人類なのに女性(リンダ・ハリソン)がハリウッド的なメイクをしているとか(まあ、この点については「恐竜100万年」('66年)主演の"全身整形美女"ラクエル・ウェルチなど先行例は多々あるが)突っ込みどころは多く、ラストシーンについても、振り返ってみれば、コンクリート建築が補修工事なしに何百年も精巧な形を保つかもやや疑問のように思いました。ただ、そうは言ってもやはり、あのラストシーンはインパクトがあったように思います。


死の方程式 アン・フランシス.jpg その他にこの第8話には、「禁断の惑星」('56年)のアン・フランシス(1930-2011)が犯人の秘書&愛人役で出ていますが、第15話「溶ける糸」にも犯人に殺されてしまう看護婦役で出ているし、被害者デビットの妻(犯人の叔母)役のアイダ・ルピノは、第24話「白鳥の歌」で犯人に殺されてしまう妻役でも出ていたことに気づきました(こうして見ると、複数回このシリーズに出ている役者が結構いるなあと)。

死の方程式03.jpg シリーズ中、世間的にはややマイナーの部類のエピソードのようですが、こうしたクロスオーバーしている役者陣への関心と、ロープウェイ内でのラストシーンの面白さ(恒例の"逆トリック"の中でも秀逸)や野沢那智の吹替えがハマっていることなどもあって、個人的にはお薦めの一作です。

「刑事コロンボ(第8話)/死の方程式」●原題:SHORT FUSE●制作年:1972年●制作国:アメリカ●監督:エドワード・M・エイブロムズ●製作:リチャード・レヴィンソン&ウィリアム・リンク●脚本:ジャクソン・ギリス●音楽:ギル・メレ●時間:73分●出演:ピーター・フォーク/ロディ・マクドウォール/ジェームズ・グレゴリー/アン・フランシス/ウィリアム・ウィンダム/アイダ・ルピノ/エディ・クィラン/リュー・ブラウン●日本公開:1973/03●放送:NHK‐UHF(評価:★★★★)

「猿の惑星」ポスター  ロディ・マクドウォール/キム・ハンター/チャールトン・ヘストン
猿の惑星 1968.jpg猿の惑星 1968 3.jpg「猿の惑星」●原題:PLANET OF THE APES●制作年:1968年●制作国:アメリカ●監督:フランクリン・J・シャフナー●製作:アーサー・P・ジェイコブス●脚本: マイケル・ウィルソン/ロッド・サーリング●撮影:レオン・シャムロイ●音楽:ジェリー・ゴールドスミス●原作:ピエール・ブール●時間:112分●出演: チャールトン・ヘストン/ロディ・マクドウォール/キム・ハンター/モーリス・エヴァンス/ジェームズ・ホイットモア/ジェームズ・デイリー/リンダ・ハリソン●日本公開:1968/04●配給:20世紀フォックス(評価:★★★★)

ypo896 ●劇場用映画ポスター 【 猿の惑星 PLANET OF THE APES 】 1968年アメリカ映画 

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ディズニー・アニメ中心で、作品の選抜基準がかなり恣意的。内容の割には値段が高すぎる。
世界アニメーション歴史事典.jpg 1世界アニメーション歴史事典』.png 
世界アニメーション歴史事典』 (2012/09 ゆまに書房)(26.2 x 23.8 x 3.8 cm)

 100年にわたるアニメーションの歴史を、図版と解説とで紹介したアニメの歴史事典で、アニメ映画だけでなく、テレビ番組、ゲーム、インディペンデント系映画、インターネットのアニメにいたるまでフォローした、定価8,500円の豪華本です(重い!)

 年代順に整理されていて分かりやすく、何よりも図版の配置が贅沢。その分、400頁余というページ数の割には、取り上げられている作品数に制約があり、観て楽しむ分にはいいですが、「事典」としてはどうかなという思いも。

ファンタジア.JPG 掲載されているアニメ数は700余点とのことですが、芸術アニメからディズニーの大ヒットアニメまでカバーしている分、それぞれの分野で抜け落ちを多いような気もして、作品の選抜にやや恣意性を感じました。

 日本のアニメは、「白蛇伝」('58年)が片面で小さく図版が入っているのみなのに対し、「AKIRA」('88年)が見開き両面に図版を入れての紹介、映画「ファイナルファンタジー」が片面図版入りなのに対し、「鉄腕アトム」('63年)や「千と千尋の神隠し」('01年)が、まるで邦訳版のために後から加えたかのように、図版無しの簡単な文章のみの紹介となっています(これらも、"700余点"にカウントされているのか)。

ファンタジア01.png 「ファンタジア」('41年、日本公開'55年)の見開き4ページにわたる紹介を筆頭に(これ、確かに名作ではある。本書にも紹介されている「ネオ・ファンタジア」('76年/伊)の方が大人向きの芸術アニメで、「ファンタジア」1世界アニメーション歴史事典f.pngがレオポルド・ストコフスキーならば「ネオ・ファンタジア」の方はヘルベルト・フォン・カラヤンで迫るが、「ネオ・ファンタジア」は「ファンタジア」より35年も後に作られた作品にしては残念ながらはアニメーション部分がイマイチ)、本書全体としてかなりディズニー偏重ではないかと思われ、イギリス映画である「イエロー・サブマリン」('68年/英)なども制作の経緯が結構詳しく記されているけれども、それらも含め米国においてメジャーであるかどうかという視座が色濃いとも言えます。

1世界アニメーション歴史事典y.png 個人的には「イエロー・サブマリンン」は、「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」('64年/英)、「ヘルプ!4人はアイドル」('65年/英)などとの併映で名画座で観ましたが、いつごろのことか記憶にありません。劇場(ロードショー)公開当初はそれほど話題にならなかったといいますが、今思えば、日本の70年代ポップカルチャーに与えた影響は大きかったかも。イラストレーターの伊坂芳太良なんて、影響を受けた一人では?(この人、1970年には亡くなっているが)。

 もちろんディズニー・アニメは歴史的にも先駆的であり、「白雪姫」('37年、日本公開'50年)はディズニーの最初の「長編カラー」アニメーションですが、1937年の作品だと思うとやはりスゴイなあと思うし、個人的には自分の子供時代の弁当箱の図柄だった「ダンボ」('41年、日本公開'54年)にも思い入れはあるし(「ダンボ」は1947年・第2回カンヌ国際映画祭「アニメーション賞」受賞作)、「ファンタジア」のDVDなどは大型書店に行けば児童書のコナーで簡単に購入できるなど、今も世界的にもメジャーであることは間違いないのですが...。自分の子供時代に関して言えば、「ダンボ」は劇場で観たけれど、「ファンタジア」は観なかったなあ(リヴァイバルされる機会が少なかったのかも)。今観ても、「ファンタジア」はどこよなく"情操教育"っぽい雰囲気が無きにしもあらずで、個人的に懐かしい「ダンボ」の方がやや好みか。

FANTASIA 1941.jpgファンタジア dvd.jpg「ファンタジア」●原題:FANTASIA●制作年:1940年●制作国:アメリカ●監督:ベン・シャープスティーン●製作:ウォルト・ディズニー●脚本:ジョー・グラント/ディック・ヒューマー●音楽:チャイコフスキー/ムソルグスキー/ストラヴィンスキー/ベートーヴェン/ポンキェッリ/バッハ/デュカース/シューベルト(レオポルド・ストコフスキー指揮、フィラデルフィア管弦楽団演奏)●時間:オリジナル125分/1942年リバイバル版81分/1990年リリース版115分●出演:ディームス・テーラー/レオポルド・ストコフスキー●日本公開:1955/09●配給:RKO=大映(評価:★★★☆)ファンタジア [DVD]

ネオ・ファンタジア dvd.jpg「ネオ・ファンタジア」●原題:ALLEGRO NON TROPPO●制作年:1976年●制作国:イタリア●監督・製作:ブルーノ・ボツェット●脚本:ブルーノ・ボツェット/グイド・マヌリ/マウリツィオ・ニケッティ●アニメーション:アニメーション:ギゼップ・ラガナ/ウォルター・キャバゼッティ/ジョバンニ・フェラーリ/ジャンカルロ・セレダ/ジョルジョ・バレンティニ/グイド・マヌリ/パオロ・アルビコッコ/ジョルジョ・フォーランニ●実写撮影:マリオ・マシーニ●音楽:ドビュッシー/ドヴォルザーク/ラヴェル/シベリウス/ヴィヴァルディ/ストラヴィンスキー(ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、フィラデルフィアベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)●時間:85分●出演:マウリツィオ・ニケッティ/ネストール・ガレイ/マウリツィオ・ミケーリ/マリア・ルイーザ・ジョヴァンニーニ●日本公開:1980/01●配給:アート・フォーラム●最初に観た場所:池袋文芸坐(82-03-21)(評価:★★★)●併映:「天井桟敷の人々」(マルセル・カルネ)ネオ・ファンタジア [DVD]

白雪姫 dvd.jpg「白雪姫」●原題:SNOW WHITE AND THE SEVEN DWARFS●制作年:1937年●制作国:アメリカ●監督:デイヴィッド・ハンド●製作:ウォルト・ディズニー●脚本:テッド・シアーズ/オットー・イングランダー/ アール・ハード/ドロシー・アン・ブランク/ リチャード・クリードン/メリル・デ・マリス/ディック・リカード/ウェッブ・スミス●撮影:ボブ・ブロートン●音楽:フランク・チャーチル/レイ・ハーライン/ポール・J・スミス●原作:グリム兄弟●時間:83分●声の出演:アドリアナ・カセロッティハリー・ストックウェル/ルシール・ラ・バーン/ロイ・アトウェル/ピント・コルヴィグ/ビリー・ギルバート/スコッティ・マットロー/オーティス・ハーラン/エディ・コリンズ●日本公開:1950/09●配給:RKO(評価:★★★★)白雪姫 スペシャル・エディション [DVD]

ダンボ dvd.jpgダンボ 1941.jpg「ダンボ」●原題:DUMBO●制作年:1941年●制作国:アメリカ●監督:ベン・シャープスティーン●製作:ウォルト・ディズニー●脚本:ジョー・グラント/ディック・ヒューマー/ビル・ピート/オーリー・バタグリア/ジョー・リナルディ/ジョージ・スターリング/ウェッブ・スミス/オットー・イングランダー●音楽:オリバー・ウォレス/フランク・チャーチル●撮影:ボブ・ブロートン●原作:ヘレン・アバーソン/ハロルド・パール●時間:64分●声の出演:エド・ブロフィ/ハーマン・ビング●日本公開:1954/03●配給:RKO=大映(評価:★★★★)ダンボ スペシャル・エディション [DVD]

イエロー・サブマリン dvd.jpgイエロー・サブマリン.jpg「イエロー・サブマリン」●原題:YELLOW SUBMARINE●制作年:1968年●制作国:イギリス●監督:ジョージ・ダニング/ジャック・ストークス●製作:アル・ブロダックス●撮影:ジョン・ウィリアムズ●編集:ブライアン・J・ビショップ●時間:90分●出演:(アニメ画像として)ザ・ビートルズ(ジョン・レノン/ポール・マッカートニー/ジョージ・ハリスン/リンゴ・スター)●日本公開:1969/07●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(07-08-28)(評価:★★★☆)
イエロー・サブマリン [DVD]


1ロジャー・ラビット.png ロバート・ゼメキス監督の「ロジャー・ラビット」('88年)のような「実写+アニメーション合成作品」も取り上げられていますが、確かにアカデミー視覚効果賞などを受賞していて、合成技術はなかなかののものと当時は思われたものの、合成を見せるためだけの映画になっている印象もあり、キャラクターが飛び跳ねてばかりいて観ていて落ち着かない...まあ、アメリカのトゥーン(アニメーションキャラクター)の典型的な動きなのだろうけれど、これもまたディズニー作品。但し、この作品以降、「リジー・マグワイア・ムービー」('03年)まで15年間、ディズニーは実写+アニメーション合成作品を作らなかったことになります(最も最近の実写+アニメーション合成作は「魔法にかけられて」('07年))。まあ、実写とアニメの合成は、作品全体のごく一部分としてならば、ジーン・ケリーがアニメ合成でトム&ジェリーと踊る「錨を上げて」('45年/米)の頃からあるわけだけれど。

ロジャー・ラビット dvd.jpg「ロジャー・ラビット」●原題:WHO FRAMED ROGER RABBIT●制作年:1988年●制作国:アメリカ●監督:ロバート・ゼメキス●アニメーション監督:リチャード・ウィリアムス●製作:フランク・マーシャル/ロバート・ワッツ●脚本:ジェフリー・プライス/ピーター・シーマン●撮影:ディーン・カンディ●音楽:アラン・シルヴェストリ●原作:ゲイリー・K・ウルフ●時間:113分●出演:デボブ・ホスキンス/クリストファー・ロイド/ジョアンナ・キャシディ/スタッビー・ケイ/アラン・ティルバーン/リチャード・ルパーメンティア●日本公開:1988/12●配給:ワーナー・ブラザーズ●最初に観た場所:渋谷スカラ座(88-12-04)(評価:★★)ロジャー・ラビット [DVD]

錨を上げて アニメ.jpg錨を上げて.jpg「錨を上げて」●原題:ANCHORS AWEIGH●制作年:1945年●制作国:アメリカ●監督:ジョージ・シドニー●製作:ジョー・パスターナク●脚本:イソベル・レナート●撮影:ロバート・プランク/チャールズ・P・ボイル●音楽監督:ジョージー・ストール●原作:ナタリー・マーシン●時間:140分●出演:フランク・シナトラ/キャスリン・グレイソン/ジーン・ケリー/ホセ・イタービ /ディーン・ストックウェル●日本公開:1953/07●配給:MGM日本支社●最初に観た場所:テアトル新宿(85-10-19)

 冒頭の地域別アニメ史の要約は「北米」「西欧」「ロシア・東欧」「アジア」という区分になっていますが、本文中ではアメリカがやはり圧倒的に多いです(著者のスティーヴン・キャヴァリアは、アニメ制作キャリア20年の英国人で、ディズニーの監督もしたことがあるとのことだが、何という作品を監督したのかよく分からない)。

雪の女王.jpg 芸術アニメに関して言えば、アレクサンドル・ペドロフの「老人と海」('99年/露・カナダ・日)は紹介されていますが、山村浩二監督の「頭山」('02年)は無く(加藤久仁生監督の「つみきのいえ」('08年)はある)、伝統的に芸術アニメの先進国であるチェコの作品などは、カレル・ゼーマンの「悪魔の発明」('58年)は入っていますが「水玉の幻想」('48年)などは入っておらず、ロシアの作品は、雪の女王 dvd.jpg「イワンと仔馬」('47年)は図版無しの文章のみの紹介で、「雪の女王」('57年)に至っては「イワンと仔馬」の解説文の中でその名が出てくるのみ、同じく、ユーリ・ノルシュテインの「霧の中のハリネズミ(霧につつまれたハリネズミ)」('75年)も、日本でも絵本にまでなっているくらい有名な作品ですが、「話の話」('79年)の解説文の中でその名が出てくるのみで、その「話の話」の図版さえもありません(「話の話」が「霧の中のハリネズミ」の"続編"として作られたと書いてあるが、それぞれ別作品ではないか)。これでは日本人だけでなく、東欧人やロシア人の自国のアニメを愛するファンも怒ってしまうのでは?

老人と海(99年公開).jpgアニメーション「The Old Man and the Sea(老人と海)」 by Alexandre Petrov(アレクサンドル・ペトロフ) 1999.jpg 「老人と海」●原題:THE OLD MAN AND THE SEA●制作年:1999年●制作国:ロシア/カナダ/日本●監督・脚本:アレクサンドル・ペドロフ/和田敏克●製作:ベルナード・ラジョア/島村達夫●撮影:セルゲイ・レシェトニコフ●音楽:ノーマンド・ロジャー●原作:アーネスト・ヘミングウェイ●時間:23分●日本公開:1999/06●配給:IMAGICA●最初に観た場所:東京アイマックス・シアター (99‐06‐16) (評価★★★☆)●併映:「ヘミングウェイ・ポートレイト」(アレクサンドル・ペトロフ)●アニメーション老人と海 [DVD]」('99年/ロシア/カナダ/日本)

雪の女王 dvd.jpg「雪の女王」●原題:Снежная королев(スニェージナヤ・カラリェバ)●制作年:1957年●制作国:ソ連●監督:レフ・アタマノフ●脚本:レフ・アタマノフ/G・グレブネル/N・エルドマン●音楽:A.アイヴァジャン●原作:ハンス・クリスチャン・アンデルセン●時間:63分●声の出演:Y.ジェイモー/A.カマローワ/M.ババノーワ/G.コナーヒナ/V.グリプコーフ●公開:1960/01/1993/08 ●配給:NHK/日本海映画●最初に観た場所:高田馬場ACTミニシアター(84-01-14)(評価:★★★★)●併映:「せむしの仔馬」(イワノフ・ワーノ)

雪の女王 [DVD]」('57年/ソ連)


霧の中のハリネズミ.jpg「霧の中のハリネズミ(霧につつまれた霧の中のハリネズミ 1.jpgユーリ・ノルシュテイン作品集.jpgハリネズミ)」●原題:Ёжик в тумане / Yozhik v tumane●制作年:1975年●制作国:ソ連●監督:ユーリイ・ノルシュテイン●脚本:セルゲイ・コズロフ●音楽:ミハイール・メイェローヴィチ●撮影:ナジェージダ・トレシュチョーヴァ●原作:セルゲイ・コズロフ●時間:10分29秒●声の出演:アレクセーイ・バターロフ/マリヤ・ヴィノグラドヴァ/ヴャチェスラーフ・ネヴィーヌィイ●公開:2004/07(1988/10 ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント【VHS】)●配給:ふゅーじょんぷろだくと=ラピュタ阿佐ヶ谷(評価:★★★★)

ユーリ・ノルシュテイン作品集 [DVD]

 結果的には、アメリカのアニメ史、特にディズニー・アニメに絞って追っていく分にはいい本かも(と思ったら、版元の口上にも、「ディズニー主要作品も網羅した本格的な初のアニメファン必備書」とあった)。個人的には、懐かしいアニメもありましたが、一つ一つの作品解説がそう詳しいわけでもなく(但し、制作の裏話などではトリビアなエピソードも多くあったりする)、むしろアメリカ・アニメ史の中でのそれら作品の位置づけを確認できる、といった程度でしょう。内容的に見て、事典と言うより個人の著書の色合いが濃く、買うには値段が高すぎる本でした。

渋谷東宝会館2.jpg渋谷スカラ座 渋谷東宝会館4階(1階は渋谷東宝劇場)。1989年2月26日閉館。1991年7月6日、跡地に渋東シネタワーが開館。

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ピロスマニの人と生涯、その作品を思い入れたっぷりに解説。作品集と併せて読むのにいい。

放浪の画家ニコ・ピロスマニ2.jpg   ニコ・ピロスマニ 1862‐1918.jpg(29.8 x 21.2 x 3 cm) ピロスマニ dvd.jpg
放浪の画家 ニコ・ピロスマニ』 作品集『ニコ・ピロスマニ 1862‐1918』  「ピロスマニ [DVD]

ニコ・ピロスマニ 1862‐19183664.JPG 「百万本のバラ」という歌のモデルとして以前から知られ、更に、ゲオルギー・シェンゲラーヤ(Georgy Shengelaya)監督の映画「ピロスマニ」('69年/グルジア共和国)で広く知られるようになった画家ニコ・ピロスマニ(Niko Pirosmani、1862-1918)について、岩波ホールに入社してこの映画の公開に携わり、岩波ホールの企画・広報の仕事をしながら、自らの創作絵本を発表、絵本の背景にピロスマニの絵画イメージを用いるなどして国際的な絵本画家の賞をも受賞している著者が、ピロスマニを生んだグルジアという国の歴史と文化、ピロスマニの人と生涯、その作品について解説した本であり、また、そうした著者であるだけに、ピロスマニに対する思い入れに満ちた本でもあります。

作品集『ニコ・ピロスマニ 1862‐1918』より

 本書によれば、ピロスマニは、貧しいながらも家族の愛に包まれた幼年時代を送っていたようですが、これもその作品からの想像であり、8歳で孤児になったから後の少年時代がどのようであったかはよく分かっていないらしいです(そもそも生まれた年も不確か)。絵を描くことにのみ生きがいを見出し、一つの仕事に長くとどまることが出来ず、20代半ばで路上で一人になってからは、生涯を通して殆ど放浪生活のような暮らしを送り、その間、気分の高揚と沈滞を繰り返していたようです。

 放浪の先々で、居酒屋など絵を描いて(時に看板なども描いて)収入を得て暮らし(画材も絵具も店の人が買い与えていたりしたらしい)、生涯に描いた作品は2000点以上と言われているけれど、現存が確認されているものは200点余りに過ぎず、一方、グルジアの古い料理店などに行くと、今でも彼の作品があったりするらしいですが、ピロスマニの絵は、グルジアの人々にとっては精神文化的な支えになっているとのことです(ピロスマニの肖像と共に紙幣のデザインにもなっている)。

ピロスマニ3654.JPG 本書の後半は、彼の作品ひとつひとつの作品の解説になっていて、アンリ・ルソーに近いとされたり、"へたうま"などと言われる彼の作品ですが、この部分を読むと、彼の孤独な人生を投射させつつ、グルジアの土地と文化もしっかり反映させたオリジナリティ性の高い作品群であることが窺えます(著者は、作風としてはルオーの絵画やイコンに描かれる宗教画に近いとも)。

ニコ・ピロスマニ 1862‐19183658.JPG 作品集としては、本書にも紹介されている『ニコ・ピロスマニ 1862‐1918』('08年/文遊社)が定番でしょうか。カラー図版で189点収録、ということは、存が確認されている217点のほぼ9割近くを網羅していることになり、1頁に複数の作品は載せないという贅沢な作りです。

ニコ・ピロスマニ 1862‐1918_3660.JPG 動物画が多く、次に多いのが「女優マルガリータ」のような単独人物という印象ですが、宴会の模様を描いたり、静物を描いたりと題材は豊富、人物を描いたものは、グルジアの民族衣装を着ているなど、土地の文化を色濃く反映しているのがむしろ共通の特徴でしょうか。
 巻末に寄せられている解説やエッセイも15本と豊富で(その中には著者のものある)、但し、この作品集を鑑賞するにしても、やはり併せて本書も読むといいのではないかと思います。

ピロスマニ ポスター.jpgPIROSUMANI .jpg 映画「ピロスマニ」では、祭りの日なのに暗い納屋で横たわっているピロスマニを見つけた知人が「何してる」と問うと、「これから死ぬところだ」と答えたラストが印象的でしたが、実際、彼の最期は衰弱死に近いものだったらしいく、但し、病院にそれらしき男が担ぎ込まれて数日後に亡くなった記録があるものの、それが本当に彼だったかどうかは分からないらしいです(酒を愛したというイメージがあるが、一般に流布している大酒飲みだったという印象に反して、それほどの酒飲みでもなかったという証言もあるという)。

岩波ホール 公開時パンフレット/輸入版ポスター

ピロスマニ 映画1.jpg 映画「ピロスマニ」は、ピロスマニの作品をその人生に重ねる手法をとっており(グルジアの民族音楽もふんだんに組み込まれているが、最初観た当時は無国籍っぽい印象も受けた)、孤高と清貧の芸術家を描いた優れた伝記映画でしたが、正直、普通の凡人にこんな生活は送れないなあと思ったりもして...(だからこそ、この映画を観て憧憬のような感情を抱くのかもしれない)。この作品は、陶芸家の女性に薦められて観ました。

高野悦子.jpg 日本では上映されることの少ないこうした名画を世に送り続けてきた岩波ホール支配人の高野悦子氏が今月('13年2月)9日に亡くなり、謹んでご冥福をお祈りします。この「ピロスマニ」は、エキプ・ド・シネマがスタートして5年目、ルキノ・ヴィスコンティ監督の「家族の肖像」の1つ前に公開されましたが、「家族の肖像」の大ヒットした陰で当時はあまり話題にならなかったように思います(その後、ピロスマニ展などが日本でも開かれ、映画の方も改めて注目されるようになった)。

 映画を観て思うに、精神医学的に見ると、ピロスマニという人は統合失調質(シゾイド・タイプ)のようにも思えます。このタイプの人は、無欲で孤独な人生を送ることが多いそうで、病跡学のテキストではよく哲学者のヴィトゲンシュタインが例として挙げられたりしていましたが、ヴィトゲンシュタインの伝記を読むと、親しい友人もいて、その家族とも長期に渡って親しく付き合っていたらしく、どちらかと言うと、自分の頭の中では、ピロスマニの方がよりこの「シゾイド・タイプ」に当て嵌まるような気がしました。

放浪の画家ピロスマニ52.jpg放浪の画家ピロスマニ2.jpg「ピロスマニ(放浪の画家ピロスマニ)」●原題:PIROSUMANI●制作年:1969年●制作国:グルジア共和国●監督:ゲオルギー・シェンゲラーヤ●脚本:エルロム・アフヴレジアニ/ゲオルギー・シェンゲラーヤ●撮影:コンスタンチン・アプリャチン●音楽:V・クヒアニーゼ●時間:87分●出岩波ホール.jpg演:アフタンジル・ワラジ(Pirosmani)/岩波ホール 入口.jpgアッラ・ミンチン (Margarita)/ニーノ・セトゥリーゼ/マリャ・グワラマーゼ/ボリス・ツィプリヤ/ダヴィッド・アバシーゼ/ズラブ・カピアニーゼ/テモ・ペリーゼス/ボリス・ツィプリヤ ●日本公開:1978/09●配給:日本海映画=エキプ・ド・シネマ●最初に観た場所:岩波ホール(78-10-18)(評価:★★★★)
岩波ホール 1968年2月9日オープン、1972年2月12日、エキプ・ド・シネマスタート(以後、主に映画館として利用される)2022年7月29日閉館

2015年11月、37年ぶりにデジタルリマスター&グルジア語オリジナル版で岩波ホールにて劇場公開(邦題:「放浪の画家ピロスマニ」、監督クレジット:ギオルギ・シェンゲラヤ)
「放浪の画家ピロスマニ」ポスター01.jpg

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映画と日付との関連はやや強引。それにこだわらず、単に作品解説としてならば楽しめる。

1ビデオが大好き.pngブラザー・サン シスター・ムーン チラシ.jpg ブラザー・サン シスター・ムーン パンフレット.jpg ロミオとジュリエットp.jpg
ビデオが大好き!365夜―映画カレンダー (文春文庫―ビジュアル版)』「映画チラシ「ブラザー・サン シスター・ムーン」」「映画パンフレット「ブラザー・サン シスター・ムーン」」/「ロミオとジュリエット」

 洋画の名作・傑作を1年間の日付や季節と関連付けてカレンダーに沿って1月から12月まで紹介し、ビデオ観賞に利用してもらおうという試みで、発想はなかなか面白いと言うか"風流"と言うか...。ただ、編集する側も、企画を思いついてこれはいいと思ったものの、それなりの名作を取り上げることを前提にそれをやってみたら結構たいへんだったというのが本音ではないでしょうか。すべてを1年間365日に1日ずつ関連づけようとすると、映画そのものより付随するエピソードの方を日付と結びつけたりすることにもなりがちで、やや強引な面もあるように思いました(「モダン・タイムス」('36年/米)が2月5日にきているのは米国での公開が1936年2月5日だったからとか、「ゴジラ(海外版)」('56年/東宝)が11月3日にきているのはの日本での公開が1956年11月3日だったからとか)。

バングラデシュ・コンサート ボブ・ディラン  2.jpg 「バングラデシュ・コンサート」 ('71年/米)が8月1日にきてい狼たちの午後2.jpgるのは実際コンサートがあったのが1971年8月1日であったからとか、「狼たちの午後」('75年/米)が8月22日にきているのは1972年8月22日にニューヨークのブルックリン区で発生した銀行強盗事件を題材にしているから、「荒野の決闘」('47年/米)が10月26日にきているのはOK牧場の決闘が1881年10月26日にあったから、などというのはいいとして、例えば「スタア誕生」('55年/米)が3月26日にきているのは3月下旬がアカデミー賞授賞式シーズンであるからとか、「エデンの東」('55年/米)が4月6日にきているのは、死んだと思ったEast of Eden.jpg母親の実像を弟キャル(ジェームズ・ディーン)により無理矢理知ることになったアーロンが捨て鉢になって徴太陽はひとりぼっちs2.jpg兵に応じた第一次世界大戦にアメリカが参戦した日であるからとか、アニメ「不思議な国のアリス」('53年/米)が4月15日になっているのは東京ディズニーランドの開園日が1983年4月15日だからとか、「太陽はひとりぼっち」('62年/伊・仏)(原題「日蝕」)が8月3日にきているのは、次の日蝕が見られるのは2017年8月であるからとか―。

ベニスに死す 3.jpg 当てモノをするような楽しみも無きにしも非ずですが、むしろ、解説の一つ一つがカレンダーの「日付」に厳密に関連づけるというよりも、そのポセイドン・アドベンチャーsb.jpg「季節」や(「ベニスに死す」('71年/伊・仏)が8月12日にきているのは1911年の夏のヴェネツィアが舞台であるからとか。原作でも日付は特定されていない)、乃至は「時期」「時間」に関係づけているものも多くあるように思いました。結果として、その映画の名場面が想起されたりし、その点が本書のいいところなのかもしれません。1月2日ある愛の詩022.jpgのところにある「ポセイドン・アドベンチャー」('72年/米)はニューイヤーを迎えた日から1月5日までの出来事だったのだなあとか(思っていたより長丁場だった)、「ある愛の詩」('72年/米)でオリバー(ライアン・オニール)とジアパートの鍵貸します1.bmpェニー(アリ・マックグロー)の二人がセントラル・パークに行ったのは1月4日だったのかあとか(その2週間後にジェニーは白血病で亡くなる)。1月13日のところにある「アパートの鍵貸します」('60年/米)は、1959年11月1日に話が始まり、翌年の1月中旬にバクスター(ジャック・レモン)とフラン(シャーリー・マクレーン)が結ばれるという約3カ月の恋の物語だったのだなあとか、その「特定の日」と言うよりも、映画内の時間感覚を改めて感じることができたりしました。

 よく知られている作品、映画ファンなら外せない名作を多く選んでいるのもそうした狙いがあるのではないかと思います。タイトルからも窺えるように、当時ビデオで鑑賞可能であることが取り上げる前提となっていますが、名作・傑作揃いであるため、今はほとんどDVD化されているように思われます(中には例外もあるかもしれないが)。

BROTHER SUN SISTER MOON poster.jpg 四季ごとに4人の映画評論家が、それぞれの季節に関連する映画への自らの思いを寄せていて、「春」のところで北川れい子氏が「エデンの東」などの幾つかの作品を取り上げる中で(要するに「青春」の「春」というわけだ)、"春、青春、男の子"の極めつけけとしてフランコ・ゼフィレリレッリ監督が、13世紀イタリアの、最もキリストに近い聖人だったと言われる聖フランチェスコの青春時代を描いた「ブラザー・サン シスター・ムーン」('72年/英・伊)を取り上げていましたが(作品中のも厳しい冬のシーズンから雪解けの春に移る季節の転換場面がある)、映像も音楽も美しい映画だったと思います。

ブラザー・サン シスター・ムーン o1.jpg この作品で一番目を引くのは、主演のグレアム・フォークナーのフランチェスコへの「なり切り感」であり、フランコ・ゼフィレリレッリ監督は、「ロミオとジュリエット」('68年/英・伊)でもまだ16歳だったオリビア・ハッセーを上手く使っているし(この作品公開後のオリビア・ハッセーの日本での人気の高騰ぶりはスゴかっTHE CHAMP22.jpgた)、「チャンプ」('79年/米)では子役リッキー・シュローダーに世間をして「天才」と言わしめるほどの演技をさせていますが、結局、これら全て監督の演出力だったのだろうなあ。改めてその力量を感じます。因みに、本書で「チャンプ」が6月22日にきているわけは、大体この頃が「父の日」(6月の第3日曜)に当たるからとのことです。
    
ブラザー・サン シスター・ムーン dvd.jpgBROTHER SUN SISTER MOON1.jpg「ブラザー・サン シスター・ムーン」●原題:BROTHER SUN SISTER MOON●制作年:1972年●制作国:イギリス・イタリア●監督:フランコ・ゼフィレッリ●脚本:フランコ・ゼフィレッリ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ/ケネス・ロス/リナ・ウェルトミューラー●撮影:エンニオ・グァルニエリ●音楽:ドノヴァン●時間:135分●出演:グレアム・フォークナー/ジュディ・バウカー/リー・ローソン/アレック・ギネス/ヴァレンティナ・コルテーゼ/アドルフォ・チェリ●日本公開:1973/06●配給:パラマウント=CIC●最初に観た場所:中野武蔵野館 (77-10-29)●2回目:中野武蔵野館 (77-10-29)(評価:★★★★)●併映:「ジーザス・クライスト・スーパースター」(ジノーマン・ジュイスン)
ブラザー・サン シスター・ムーン [DVD]

「ロミオとジュリエット」.jpg「ロミオとジュリエット」●原題:ROMEO AND JULIET●制作年:1968年●制作国:イギリス・イタリア●監督:フランコ・ゼフィレッリ●製作:ジョン・ブレイボーン/アンソニー・ヘイヴロック=アラン●脚本:フランコ・ゼフィレッリ/フランコ・ブルサーティ/マソリーノ・ダミコオリビア・ハッセー.jpg●撮影:パスクァリーノ・デ・サンティス●音楽:ニーノ・ロータ(歌:グレン・ウェストン)●時間:138分●出演:レナード・ホワイティング/オリヴィア・ハッセー/マイケル・ヨーク/ジョン・マケナリー/ミロ・オーシャ/パット・ヘイウッド/ロバート・スティーヴンス/ブルース・ロビンソン/ポール・ハードウィック/ナターシャ・パリー/アントニオ・ピエルフェデリチ/エスメラルダ・ルスポーリ/ロベルト・ビサッコ/(ナレーション)ローレンス・オリヴィエ●原作:ウィリアム・シェイクスピア●日本公開:1968/11●配給:パラマウント映画●最初に観たOlivia Hussey RPT.jpg場所:三鷹オスカー (81-03-15)(評価:★★★☆)●併映:「ハムレット」(ローレンス・オリヴィエ)/「マクベス」(ロマン・ポランスキー)  Olivia Hussey(オリヴィア・ハッセー)

「Romeo and Juliet(ロミオとジュリエット)」(1968年)
theme music:「What Is A Youth」
作曲:Nino Rota(ニーノ・ロータ

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「外套・鼻」ともに先駆的。「外套」はロシアでは映画やアニメに。「鼻」もアニメやオペラに。

外套・鼻 岩波文庫.gif外套 岩波文庫 2.jpg 外套 ポスター.png 外套 バターロフ 1シーン.jpg アレクセイエフ 鼻.jpg 
外套・鼻 (岩波文庫)』/ソ連映画アレクセイ・バターロフ「外套」チラシ・1シーン/アレクサンドル・アレクセイエフ「鼻」

 下級官吏アカーキイ・アカーキエヴィッチ・バシマチキンは、出世栄達に無関係の世界で、周囲から蔑まれながらも役所仕事(文書の清書)に精を出す男で、傍から見れば冴えないその服装や外見も自身は気にとめていない。そんな彼がある日、着古した外套を新調せざるを得なくなり、最初は面倒に思った彼だったが、一念発起して新しい外套を手に入れた時からその人生観は変わり、それまで関心のなかった役所以外のニコラーイ・ヴァシーリヴィチ・ゴーゴリ(Nikolai Gogol).jpg世界も、外套と同様にきらきら輝いたものに見えてきたのだった。ところがその矢先―。

 「外套」はニコライ・ゴーゴリ(1809- 1852)の中編小説で、1840年に書かれ1842年に発表された作品。ある種"怪奇譚"でもあるこの作品の結末を知る人は多いと思います。

ニコラーイ・ヴァシーリヴィチ・ゴーゴリ(Nikolai Gogol)

 うだつの上がらない九等書記官を主人公に、疎外された人間の哀しみをペーソスたっぷりに、時にユーモアと怪奇を交えて描いていますが、やはり、それまで貴族社会を舞台にした小説が多かったロシアで、既存の小説の主人公のイメージとは程遠い、平々凡々たる下級官吏を主人公に据えたところが画期的だと思います(官吏を主人公とした作品としては、先行して同じ作者が1934年に発表した「狂人日記」があるが)。

●官吏を主人公とした作品
・ゴーゴリ「狂人日記」[1834年発表]主人公:アクセンチイ・ イワーノヴィッチ・ ポプリシチン(九等官)
・ゴーゴリ「外套」[1842年発表]主人公:アカーキイ・アカーキエウィッチ(九等官)
・ゴーゴリ「鼻」[1846年発表]主人公:コワリョーフ(八等官)
・ドストエフスキー「貧しき人びと」[1846年発表]主人公:マカール・ジェーヴシキン(九等官)
・ドストエフスキー「二重人格(分身)」[1846年発表]主人公:ゴリャートキン(九等官)
・トルストイ「イワン・イリッチの死」[1846年発表]主人公:イワン・イリッチ(九等官)

 ドストエフスキーがこの作品に大きな影響を受けたとされており、処女作「貧しき人々」の発表は1846年、主人公のマカールは同じく九等書記官の小役人ですが、「外套」発表時、ドストエフスキーは既に「貧しき人々」に着手しており、「貧しき人々」の直後に発表した「二重人格」(「分身」)の方が、より強くゴーゴリの「外套」の影響を受けているように思えます(「二重人格」の主人公は九等文官、人間疎外から狂気に陥る)。

 また、トルストイも影響を受けているように思います。黒澤明監督が映画「生きる」の着想を得たとされている「イワン・イリッチの死」の主人公は、比較的裕福な出自のロシアの裁判官で、順調に出世していた中で突然の病に臥すという、設定はやや異なりますが、アカーキイと同じく公務員であることには違いありません。

 この「イワン・イリッチ」という名前は、「イワン・イリイチ」と呼ぶのが原語の発音に近いらしく(光文社古典新訳文庫の望月哲男氏の訳はそうなっている)、韻を踏んでいるのは役人のルーティン・ワークを象徴しているとされていますが、ならば、同じようなことを先にやったのは、この作品の主人公に「アカーキイ・アカーキエヴィッチ」と名付けたゴーゴリではなかったかと思われます。

 併録の「鼻」(1833年から1835年にかけて執筆されて1836年に発表)のシュール且つナンセンスな感覚も面白く、今で言えば安部公房(「壁―S・カルマ氏の犯罪」など)や筒井康隆がやっていたようなことを、150年も前にやってしまっているというのは、考えてみればスゴイことかも。

外套 輸入盤dvd.jpg外套 02.png 「外套」の方は、本国で何度か映画化されていて、「小犬を連れた貴婦人」('59年/ソ連)に俳優として出演していたアレクセイ・バターロフ(1928年生まれ)監督の作品('60年/ソ連)を観ましたが、原作に沿ってきっちり作られていて、作品全体としては悪くない出来だと思いました。但し、一方で、バシマチキン(アカーキイ)の人物造型はやや"戯画的"に描かれ過ぎていてるようにも思いました(一番劇画チックなのは、彼が幽霊になってからだが)。

「外套」輸入盤DVD

外套01.jpg まあ、原作がそもそも"戯画的"な性格を持っているというのはあるのですが、ペーソスより滑稽と怪奇の方が勝ち過ぎている気もしました。主演のロラン・ブイコフの演技の評価は高「外套」(実写版).jpgいですが、「名演技」であることには違いないですが、個人的印象としては「怪演」であるとも言えるように思います。ベタなウェット感を拭い去ることによって、最終的には逆にペーソスを引き出そうというのが狙いだったのかもしれませんが。

「外套」(実写版)●原題:Шинель(SHINELI)●制作年:1959年(公開:1960年)●制作国:ソ連●監督:アレクセイ・バターロフ●脚本:L・ソロヴィヨフ●撮影:ゲンリフ・マランジャン●音楽:ニコライ・シレリニコフ●原作:ニコライ・ゴーゴリ「外套」●時間:75分●出演:ロラン・ブイコフ/ユーリー・トルベーエフ/A・エジキナ●日本公開:1974/03●配給:日本海映画●最初に観た場所:池袋・文芸坐 (79-11-14)(評価:★★★☆)●併映:「開かれた処女地」(アレクサンドル・イワノフ)

外套(制作中)2.jpg外套(制作中)1.jpg外套 ノルシュテイン 作業風景.jpg この作品はまた、「霧の中のハリネズミ」「話の話」などで知られ、アレクセイ・バターロフとも親交のあるアニメーション作家ユーリー・ノルシュテイン(Yuriy Norshteyn、1941年生まれ)によってアニメ化もされています。
外套 ノルシュテイン 原画展ポスター 2009年10月 .jpg ユーリー・ノルシュテインは「老人と海」のアニメーションでアカデミー賞を受賞したアレクサンドル・ペトロフ(Alexander Petrov 、1957年生まれ)とは師弟関係にあり、気が遠くなるような手作業で原画を描くことで両者は共通しています(「外套」は30年かけて未だ制作中!)。

 ユーリー・ノルシュテインのアニメ「外套 (YouTube)」もアレクサンドル・ペトロフのアニメ「老人の海 (YouTube)」も共にウェブで視聴可能です。ノルシュテインの「外套」は出来上がっているところまでですが、日本語字幕がついています。アカーキイが文書を清書するところを、書いている文字まで丹念に描いており、これを手作りでやっていれば確かに時間がかかるのも無理ないと思います(他の作品の制作の合間をぬっての作業のようであるし)。

ユーリー・ノルシュテイン「外套」原画展ポスター(2009年10月)

アレクサンドル・アレクセイエフ「鼻」(ゴーリキー原作).jpg 「鼻」の方は、「禿山の一夜」「展覧会の絵」で知られるアニメーション界の巨人アレクサンドル・アレクセイエフ(Alexandre Alexeieff、1901-1982)が短編アニメ映画化していて(「鼻」(1963))、この人の作品はピンスクリーンという手法で知られています(これまた、ボードに立てた「25万本の針」を出したり引っ込めたりして光を当てながら1コマ1コマ撮っていくという、気の遠くなるような時間のかかかる技法)。このアレクセイエフの「鼻」もウェブで視聴可能、音楽のみでセリフは無く、最後はややブラックなオチになっています。

 アレクサンドル・アレクセイエフは17歳でロシアを離れ、二度と戻ることがなかったロシアに対する憧憬や情念を抱えながらアメリカやフランスで制作活動を続けた人で、実際、制作した作品のうち3作品がムソルグスキーの音楽を題材にしたものであり、1作品がゴーゴリの小説を題材にしたこの作品となっています。この作品はまず、メトロノームの速度に合わせて映像を制作し、次に、映像に合うように音楽を制作したそうで、冒頭の太陽の光の変化により時間の流れを表現したり、空間や場面が変化していく様子など、ピンスクリーンでなければ描けない、独特のシュールな映像世界を作り上げています。

アレクサンドル・アレクセイエフ「鼻」(ゴーリキー原作)2.jpgアレクサンドル・アレクセイエフ作品集.jpg鼻 アニメ アレクセイエフ.jpg「鼻」(アニメ版)●原題:Le Nez (The Nose)●制作年:1963年●制作国:フランス●監督:アレクサンドル・アレクセイエフ●共同監督:クレア・パーカー●原作:ニコライ・ゴーゴリ「鼻」●時間:11分●DVD発売:2006/03●発売元:ジェネオン エンタテインメント(評価:★★★★)
ニュー・アニメーション・アニメーションシリーズ アレクサンドル・アレクセイエフ作品集 [DVD]
(33年制作「禿山の一夜」、63年制作「鼻」、72年制作「展覧会の絵」ほか全5編)

ショスタコーヴィチのオペラ「鼻」.jpg 実写版でも映画化されているのかなあ。教会で"鼻"が何食わぬ様子でお祈りしていたり、その鼻に向かって持主が自分の顔に戻るよう説得するというぶっ飛んだ場面などは(アレクセイエフのアニメは、その時ですら主人公が鼻の無い顔を隠しているのが可笑しい)、少なくとも実写では無理だと思うけれど...と思っていたら、ショスタコーヴィチが作曲家自身及びエヴゲーニイ・ザミャーチン、ゲオルギー・イヨーニン、アレクサンドル・プレイスの台本でオペラにしていることを知りました(タイトルはそのものずばり「鼻」)。これまでにロシアやヨーロッパのオペラハウスでは何度も上演されているようです(初演は1930年1月18日、レニングラード、マールイ劇場) 。
外套・鼻 岩波新旧.pngオペラ「鼻」(チューリッヒ歌劇場の公式サイトより)

外套・鼻 (講談社文芸文庫).jpg外套・鼻 (講談社文芸文庫)
(「外套」「鼻」「狂人日記」「ヴィイ」)

【1933年文庫化[岩波文庫(『外套―他二篇』)]/1938年再文庫化・1965年・2006年改版[岩波文庫(平井肇:訳)]/1999年再文庫化[講談社文芸文庫(吉川宏人:訳)]/2006年再文庫化[光文社古典新訳文庫(『鼻/外套/検察官』浦雅春:訳)]】

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説明を排した映画作りによって、14歳の少女の自死の意味を切実に問う。

Mouchette(1967).jpg少女ムシェット [DVD]2.jpg少女ムシェット.jpg 少女ムシェット ポスター.jpg 少女ムシェット・映画.jpg 少女ムシェット・パンフ裏.jpg
少女ムシェット」DVD /ポスター/映画チラシ Mouchette(1967)
少女ムシェット [DVD]」['10年]

 原作は、1926年に発表されたフランスのカトリック作家ジョルジュ・ベルナノス(1888‐1948) 少女ムーシェット 単行本 2.jpgの『悪魔の陽の下に』の第1部にあたる「少女ムーシェット」を元に、ベルナノス自身が単独の物語として翻案したもの。病気の母、乱暴な父のいる貧しい家庭で、同年代の少年や少女たちからも侮蔑され、身勝手な大人たちには弄ばれ、生の暗闇の中で喘ぐ孤独な少女を描いたものです。すべてに絶望した少女は最後に自殺しますが、カトリックは自殺を容認しないはずで、カトリック作家がこうした作品を書いていること自体がある意味驚きと言えるかもしれません。この作品は1967年フランス映画批評家協会賞(ジョルジュ・メリエス賞)を受賞しているほか(ロベール・ブレッソンはその前年も「バルタザールどこへ行く」('66年)で同賞を受賞している)、第20回カンヌ映画祭で「国際カトリック映画事務局賞」も受賞しています。

少女ムシェット2.jpg これを映画化したロベール・ブレッソン(1901‐1999)監督は、主演のムシェット役のナディーヌ・ノルティエをはじめ殆ど素人の俳優だけを使って、貧困と孤独、更に大人たちの偽善と無慈悲に晒され、「絶望」が日常と化している14歳の少女の境遇と、彼女が自死に至るまでを、モノクロームの映像で淡々と描いています。

MOUCHETTE 1967 1.jpg ラストで少女が池のそばの草の上を何度か転がるシーンがあり、一体何をしているのかと思ったら、その後で水音が聞こえて波打つ水面が映り、そしてそのまま暗転しエンドマークという流れで終わり、「えっ、そうなの」という感じで、初めて観た時はショックを受けました。

MOUCHETTE 1967 2.jpg 彼女が死というものをどこまで認識し、またそれなりの覚悟があってのことなのか(彼女が纏った美しい布は、彼女の死への憧憬の象徴ともとれる)。
MOUCHETTE 1967 3.jpg 但し、ベルナノスの原作のコンテクストからすれば、自らの命を絶つことに彼女なりの1つの、唯一の救いがあり、それを神も受容するであろうということになるのでしょう。この映画は、それだけの説得力を持った作品です。

 ムシェットが遊園地のバンピング・カーで遊ぶ場面では、少女らしい歓びが奔出しているように見えましたが、それだけにラストとの対比で、そのシーンも切なく甦ってきます。

MOUCHETTE 1967 4.jpg この映画の中で、少女は多くを語りはしないし、そもそも、語る相手もいません(殆ど無言の演技が延々と続くシーンが多い)。とにかくブレッソンは、こうした、いわゆる物語的説明を徹底的にそぎ落とした映画の作り方をよくする監督で、そのお陰でこの映画も通俗的な"薄幸少女物語"に堕することなく、原作の本題である、「死」は14歳の少女にとって唯一の救いであったと言えるのでないかという問いを、観る者に切実に突きつけてきます。 

少女ムシェット621.jpg 多分10年以上の上映権切れの期間があったはずで、まさかそんな状況から復活してDVDになるとは思ってもみませんでしたが(ブレッソン監督の前作「バルタザールどこへ行く」('66年/仏・スウェーデン)も'70年に劇場初公開された後、四半世紀ほど空いて、'95年にフランス映画社配給少女ムシェット 12.jpgで再公開された)、「子供の自死」というのは、ある意味で今日的テーマでもあるかも知れません。

MOUCHETTE」(仏語版)

FR8『少女ムシェット』.jpg(●2020年にシネマカリテで再見。デジタルリマスター版で画面の静謐さが増したような気がする。最初に見た頃は知らなかったが、この作品はイングマール・ベルイマン、ジャン・リュック・ゴダール、アンドレイ・タルコフスキー、ジム・ジャームッシュといった映画監督たちを魅了したとのこと。「バルタザールどこへ行く」ではベルイマンとゴダールで評価が割れ、ベルイマンは批判的だったが、この「少女少女ムシェット」は両者とも絶賛したようだ。分かる気がする。) 

シネマカリテ「ロベール・ブレッソン監督『バルタザールどこへ行く』『少女ムシェット』デジタルリマスター版特集」
1シネマカリテブレッソン.jpg

ロベール・ブレッソン(Robert Bresson)
MOUCHETTE 1967 4.jpgロベール・ブレッソン(Robert Bresson).jpgMOUCHETTE 1967.jpg「少女ムシェット」●原題:MOUCHETTE●制作年:1967年●制作国:フランス●監督:ロベール・ブレッソン●撮影:ギスラン・クロケ●音楽:クラウディオ・モンテヴェルディ/ジャン・ウィエネル●原作:ジョルジュ・ベルナノス 「少女ムーシェット」●時間:80分●出演:ナディーヌ・ノルティエ/ポール・エベール/マリア・カルディナール/ジャン=クロード・ギルベール/ジャン・ヴィムネ●日本公開:1974/09●配給:エキプ・ド・シネマ●最初に観た場文芸坐.jpg文芸坐休館.jpg所:池袋文芸坐 (78-06-22) ●2回目:池袋文芸坐 (78-06-23)●3回目:新宿シネマカリテ(20-11-05)(評価★★★★★)●併映(1・2回目):「白夜」(ロベール・ブレッソン)●併映(3回目)(同日上映):「バルタザールどこへ行く」(ロベール・ブレッソン)
池袋文芸坐 1956(昭和31)年3月20日オープン、1997(平成9)年3月6日閉館/2000(平成12)年12月12日〜「新文芸坐」 

観ずに死ねるか!傑作絶望シネマ88』 (2015/06 鉄人社)
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《読書MEMO》
スアンドレイ・タルコフスキーが選ぶベスト映画10(from 10 Great Filmmakers' Top 10 Favorite Movies)
『田舎司祭の日記』"Diary of a Country Priest"(1950/仏)監督:ロベール・ブレッソン
②『冬の光』"Winter Light"(1962/瑞)監督:イングマール・ベルイマン
③『ナサリン』"Nazarin"(1958/墨)監督:ルイス・ブニュエル
『少女ムシェット』"Mouchette"(1967/仏)監督:ロベール・ブレッソン
⑤『砂の女』"Woman in the Dunes"(1964/米)監督:勅使河原宏
⑥『ペルソナ』"Persona"(1966/瑞)監督:イングマール・ベルイマン
⑦『七人の侍』"Seven Samurai"(1954/日)監督:黒澤明
⑧『雨月物語』"Ugetsu monogatari"(1953/日)監督:溝口健二
⑨『街の灯』"City Lights"(1931/米)監督:チャーリー・チャップリン
⑩『野いちご』"Smultronstället"(1957/瑞)監督:イングマール・ベルイマン

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地上で繰り広げられるドタバタ劇はともかく、宇宙怪獣ドゴラはなかなかいい。若林映子も...。

宇宙大怪獣ドゴラ.jpg ドゴラ vhs.jpg 宇宙大~4.JPG  007は二度死ぬ ps.jpg 若林映子.jpg
ポスター/「宇宙大怪獣 ドゴラ [VHS]」「宇宙大怪獣ドゴラ [DVD]」「007は二度死ぬ [DVD]」/若林映子(あきこ)

宇宙大怪獣 ドゴラ ポスター.jpg  日本上空を周回中のテレビ中継衛星が突然消え、時を同じくして世界各国の宝石店が襲われて多量のダイヤモンドが盗まれる事件が頻発し、警視庁は宝石強盗団一味の仕業として捜査を開始、警視庁の駒井刑事(夏木陽介)は、ダイヤの研究を行なっている宗方博士(中村伸郎)のもとを訪れるが、マークという謎の外国人(ダン・ユマ)に襲撃されてダイヤを奪われ、そのマークも強盗団にダイヤを奪われる。一方の強盗団も、盗んだダイヤを積んだトラックが突如浮遊して落下するという異常事態に見舞われる―。

宇宙怪獣ドゴラ2.jpg 1960年代半ばの東宝映画は、「ゴジラ」シリーズの全盛期でドゴラ 夏木陽介.jpgしたが、この頃東宝はゴジラを主役にした映画ばかりではなく、こんなのも撮っていました。こんなのと言ってもどう言えば良いのか。クラゲのお化けみたいな巨大宇宙生物が出てくる作品です。

夏木陽介/ダン・ユマ

 この巨大クラゲ、エネルギー補給のために炭素を必要とし、そのためダイヤや石炭を地上から吸い上げるようにして補給するということで、この「ドゴラ」と命名された巨大クラゲが、ボタ山から石炭を吸い上げるシーンはなかなか見応えがあります(今観れば、水槽に落とした黒い粉末の塊が拡散していく様を、逆モーションで撮っていたのが分かるが、それにしても大した創意工夫)。

宇宙大怪獣ドゴラ  サントラ.jpg宇宙第怪獣ドゴラ 若戸大橋.jpg クラゲの全体像がなかなか見えないのもイマジネーションを駆りたてるし、実はこのクラゲ、ビニール製だそうですが、CGの無い時代にジェームズ・キャメロンの「アビス」('89年/米)顔負けの映像作りをしているなあと感心しました(「ドゴラ」の原案イメージは小松崎茂)。

宇宙大怪獣ドゴラ」サントラ

 映画公開の前年に完成したばかりの「東洋一の吊り橋」若戸大橋を破壊するなど、その"活躍"は派手ですが、結局、終盤になってもドゴラがあまり画面に出てこなかったのがやや残念か。

ドゴラ 若林.jpg 映画の大部分は、地上で繰り広げられる警察と強盗団のダイヤ争奪・奪回戦に費やされ、盗んだのがダイヤだと思ったら氷砂糖だったとか、ドタバタ喜劇調でもあります。主演の夏木陽介や、3年後に「007は二度死ぬ」('67年)でボンドガールとなる若林映子(あきこ)(警官をして「動くベッド」と言わしめる妖艶さ)などの演技陣は真剣に演じているのですが...。

Uchû daikaijû Dogora(1964).jpg宇宙大怪獣ドゴラ.jpg 今観ると、ストーリー映画としては星3つに届くか届かないですが、ドゴラだけはなかなかいいと思います。この作品を最初に観たのは学校の「課外授業」としてで、併映は家城巳代治監督、池田秀一主演の「路傍の石」('64年/東映)でしたが、その後の授業で感想文を書けと言われて「路傍の石」ではなく「ドゴラ」の方の感想文を書きました。 
Uchû daikaijû Dogora(1964)
 特撮映画としてもユニークだし、スタジオセット撮影と併せて実際に筑豊産炭地区でもロケをしているため、石炭産業華やかなりし頃の当地の様子や石炭積出港であった若松港の様子を収めた貴重な記録映像としても鑑賞できます。
007は二度死ぬ ニューオータニ.jpg007は二度死ぬ チラシ.jpg 因みに、「007は二度死ぬ」('67年)も、そのロケ地は都内では旧蔵前国技館、銀座四丁目交差点、ホテルニューオータニなど、地方では神戸港、 姫路城、鹿児島県坊津町などに及び、昭和40年代前半の日本各所の風景を映し出しているという点では貴重かもしれません。

藤山陽子(昌代(宗方博士の秘書))・中村伸郎(宗方博士)/若林 映子(女スパイ・夏井浜子)
宇宙大怪獣ドゴラ 藤山陽子.jpg 宇宙大怪獣ドゴラ 若林映子.jpg

若林 映子
「宇宙大怪獣ドゴラ」若林映子.jpg若林映子5.jpgドゴラ 夏木.jpg「宇宙大怪獣ドゴラ」●制作年:1964年●監督:本多猪四郎●特撮監督:円谷英二●製作:田中友幸/田実泰dogora 中村・藤田.jpg良●脚本:関沢新一●撮影:小泉一●音楽:伊福部昭●時間:81分●出演:夏木陽介/ダン・ユマ/小泉博/藤山陽子/若林映子藤田進中村伸郎/河津清三郎/田島義文/天本英世/田崎潤/加藤春哉/桐野洋雄/若松明/篠原正記/堤康久/岩本弘司/津田光男/熊谷卓三/当銀長太郎/広瀬正一/中山豊/上村幸之●公開:1964/08●配給:東宝 (評価:★★★☆)●併映:「路傍の石」(家城巳代治)

ドゴラ vhs.jpg

007は二度死ぬ 若林映子.jpg「007は二度死ぬ」●原題:YOU ONLY LIVE TWICE」●制作年:1967年●監督:ルイス・ギルバート●製作:ハリー・サルツマン/アルバート・R・ブロッコリ●脚本:ロアルド・ダール●撮影:フレディ・ヤング●主題歌:You Only Live Twice(唄:ナンシー・シナトラ)●原作:イアン・フレミング●時間:117分●出演:ショーン・コネリー/丹波哲郎/若林映子/浜美枝/ドナルド・プレザンス/島田テル/ カリン・ドール/チャールズ・グレイ/ツァイ・チン/ロイス・マクスウェル/デスモンド・リュウェリン/バーナード・リー●公開:1967/06●配給:ユナイテッド・アーティスツ (評価:★★★☆)
007は二度死ぬ」 若林映子

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アメリカン・ニューシネマ代表作2本。もし配役が当初の予定通りだったら違った作品に?。

俺たちに明日はない dvd.jpg 俺たちに明日はない1シーン.jpg    明日に向かって撃て dvd.jpg 明日に向かって撃て! チラシ 1975.jpg
俺たちに明日はない [DVD]」ウォーレン・ベイティ/フェイ・ダナウェイ「明日に向って撃て! (特別編) [DVD]

俺たちに明日はない パンフ 73年リバイバル版.gif俺たちに明日はない 3.jpg 60年代アメリカン・ニューシネマの代表的な作品と言えば、'67年の「俺たちに明日はない」「卒業」、'68年の「ワイルドバンチ」、'69年の「イージー・ライダー」「明日に向って撃て!」「真夜中のカーボーイ」あたりでしょうか。

「俺たちに明日はない」パンフレット(1973年リバイバル版)

アメリカン・ニューシネマ '60~70 別冊太陽.jpg アメリカン・ニューシネマを最も象徴する作品を1つ挙げるとすれば、メッセージ性という点から「イージー・ライダー」を挙げる人もいるかも知れませんが、やはり、"アメリカン・ニューシネマ第1号作品"とも言えるアーサー・ペン(Arthur Penn、1922 -2010)監督の「俺たちに明日はない」(Bonnie and Clyde)がそれに該当するとするのが大方の見方ではないかという気がします(何せ、この作品、当初の監督候補には、フランソワ・トリュフォーやジャン=リュック・ゴダールといったヌーヴェルヴァーグの担い手の名が挙がっていたぐらいだし)。

アメリカン・ニューシネマ '60~70 別冊太陽 (構成=川本三郎・小藤田千栄子)

「俺たちに明日はない」1.jpg「俺たちに明日はない」2.jpg 名画座で初めて観た時には、既に公開から10年を経ており、それまでにリヴァイバル上映もされていて、おおよその展開を知ってはいましたが、それでも「死のバレエ」と言われるラスト・シーンを観た際の衝撃は大きく、併映の「真夜中のカーボーイ」(これもいい作品)を観終わった後で、また最初から見直しました(その後も何度かリヴァイバル・ロードショーなどで観た)。
俺たちに明日はない1.gif
俺たちに明日はない     .jpg デヴィッド・ニューマンとロバート・ベントンの脚本に共感したウォーレン・ベイティが製作者として関わっていますが、当初は製作に専念する予定だったそうで、一方、彼の姉であるシャーリー・マクレーンが強くボニーの役を願っていたのが、ウォーレン・ベイティがクライド役に決定したためマクレーンは役から降り(脚本の原案では、クライドはバイセクシャルとして扱われていて、これが映画化が難航する原因となったが、映画化のために改変された脚本でもクライドの"不能"がモチーフとして使われているため、何れにせよ、実姉であるマクレーンは降りざるを得なかった)、その結果フェイ・ダナウェイに白羽の矢が立ったとのこと。フェイ・ダナウェイはこの作品で一躍知名度を上げました。

 冒頭の方にある、着替えをするフェイ・ダナウェイの背中を舐めるようなショットが印象的でしたが、ウォーレン・ベイティがクライドを演じなければ、あれも無かったか、または別の女優が演じていた?(この映画の雰囲気は殆どフェイ・ダナウェイが作っているとも言え、フェイ・ダナウェイとシャーリー・マクレーンとでは随分イメージが違うような気がする)

明日に向かって撃て/バート・バカラック 1969.bmp明日に向かって撃て パンフ 75年リバイバル版.jpg ジョージ・ロイ・ヒル(George Roy Hill、1922 -2002)監督の「明日に向って撃て!」(Butch Cassidy and the Sundance Kid)も思い出深い作品であり、「俺たちに明日はない」の約半年前に観たため、自分の中ではある意味、"ニューシネマ"というとこちらの作品になるという面もあります。

「明日に向かって撃て!」パンフレット(1975年リバイバル版)(左)/バート・バカラック・オリジナル・サウンドトラック版CD(右)

明日に向って撃て 1シーン.jpg 「俺たちに明日はない」と同様に実在の人物をベースとしたギャング・ストーリーであり、アメリカン・ニューシネマに特徴的な悲劇的結末を迎えますが、多分この作品で最も印象に残るのは、バート・バカラックの「雨にぬれても」が流れる中、ポール・ニューマン(Paul Newman、1925 - 2008)がキャサリン・ロスを自転車に乗せて走るシーンではないかと思われ、イメージとしては「俺たちに明日はない」より明るいというか、ソフィストケートされて和田 誠 氏.jpgいる印象を受けます。

 この「雨に濡れても」の自転車のシーンは、その後TVコマーシャルで随分マネものが作られましたが、和田誠氏は、このシーンを初めて観た時に「CMみたい」と思ったそうで(『お楽しみはこれからだ PART2―映画の名セリフ』('76年/文藝春秋))、その感覚は分かる気がします。

 当初予定されていた配役は、ポール・ニューマンと共同で脚本を買い取ったスティーブ・マックイーン(Steve McQueen、1930-1980)がブッチ役で、ポール・ニューマンがサンダンス役だったそうですが、マックイーンが都合により出演しなくなったため、ポール・ニューマンがブッチ役に回り、当時無名のロバート・レッドフォード(Robert Redford、1936-)がサンダンス役に抜擢されたとのこと。

明日に向かって撃て 01.jpg しかも、いきなりロバート・レッドフォードに白羽の矢が立ったわけではなく、最初はマーロン・ブランド(Marlon Brando、1924-2004)がポール・ニューマンの共演者としてサンダンス役をやることになっていたのが、キング牧師の暗殺事件にショックを受けた(本当に?)マーロン・ブランドが役を断った結果、ロバート・レッドフォードに初の大役が回ってきたというから、世の中わからないものです。

 もし、マックイーンとポール・ニューマンの組み合わせだったとすれば、或いはポール・ニューマンとマーロン・ブランドの組み合わせだったら、これも違った雰囲気の作品になっていたように思います。

 当初予定配役の変更により、結果として、「俺たちに明日はない」はフェイ・ダナウェイを、「明日に向って撃て!」はロバート・レッドフォードを、それぞれスターダムに押し上げた作品になったわけだなあと。
                        
ジーン・ハックマン(全米映画批評家協会賞「助演男優賞」受賞)
俺たちに明日はない ジーン・ハックマン.jpg俺たちに明日はない」.jpg「俺たちに明日はない」●原題:BONNIE AND CLYDE●制作年:1967年●制作国:アメリカ●監督:アーサー・ペン●製作:ウォーレン・ベイティ●脚本:デヴィッド・ニューマン/ロバート・ベントン/ロバート・タウン●撮影:バーネット・ガフィ●音楽:チャールズ・ストラウス●時間:122分●出演:ウォーレン・ベイティ/フェイ・ダナウェイ/ジーン・ハックマン/マイケル・J・ポラード銀座文化・シネスイッチ銀座.jpg/エステル・パーソンズ/デンヴァー・パイル/ダブ・テイラー/エヴァンス・エヴァンス/ジーン・ワイルダー●日本公開:1968/02●配給:ワーナー・ブラザーズ=セブン・アーツ●最初に観た場所:早稲田松竹(78-05-20)●2回目:早稲田松竹(78-05-20)●3回目:銀座文化(88-06-18)(評価:★★★★)●併映(1回目):「真夜中のカーボーイ」(ジョン・シュレジンジャー)
ウォーレン・ベイティ フェイ・ダナウェイ.jpg2017年第89回アカデミー賞作品賞プレゼンター/フェイ・ダナウェイ(76歳)・ウォーレン・ベイティ(79際)
早稲田松竹.jpg高田馬場a.jpg早稲田松竹 1951年封切館としてオープン、1975年からいわゆる「名画座」に
①②高田馬場東映/高田馬場東映パラス/③高田馬場パール座/④早稲田松竹

「スクリーン」1972年 10月号 表紙=キャサリン・ロス
スクリーン 1972年 10月号 表紙=キャサリン・ロス.jpg明日に向って撃て! ロス.jpgbutch_cassidy_and_the_sundance_kid1.jpg「明日に向って撃て!」●原題:BUTCH CASSIDY AND THESUNDANCE KID●制作年:1969●制作国:アメリカ●監督:ジョージ・ロイ・ヒル●製作:ジョン・フォアマン●脚本:ウィリアム・ゴールドマン●撮影:コンラッド・L・ホール●音楽:バート・バカラック●時間:110分●出演:ポール・ニューマン/ロバート・レッドフォード/キャサリン・ロス/ストローザー・マーティン/ジェフ・コーリー/ジョージ・ファース/クロリス・リーチマン/ドネリー・ローズ/ケネス・マース/ヘンリー・ジョーンズ●日本公開:1970/02●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:渋谷文化劇場(77-10-23)(評価:★渋谷文化劇場.png★★★)●併映:「追憶」(シドニー・ポラック)
渋谷文化劇場 1952年11月17日、渋谷東宝会館地下にオープン 1989年2月26日閉館(1991年7月6日、跡地に渋東シネタワーがオープン)

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「●ルイ・マル監督作品」の インデックッスへ 「●アラン・ドロン 出演作品」の インデックッスへ 「●フェデリコ・フェリーニ監督作品」の インデックッスへ 「●ニーノ・ロータ音楽作品」の インデックッスへ「●ほ エドガー・アラン・ポー」の インデックッスへ「○外国映画【制作年順】」の インデックッスへ 「○都内の主な閉館映画館」の インデックッスへ(高田馬場東映パラス) 

3監督のオムニバス。コアなファンがいてもおかしくない雰囲気はある。

世にも怪奇な物語 dvd.jpg  世にも怪奇な物語 ポスター.jpg  世にも怪奇な物語 輸入版dvd.jpg
世にも怪奇な物語 HDニューマスター版 [DVD]」/ポスター/輸入版DVD 
世にも怪奇な物語 1-1.jpg世にも怪奇な物語 ジェーン・フォンダ.jpg エドガー・アラン・ポーの怪奇小説3作を基に、ロジェ・ヴァディム、ルイ・マル、フェデリコ・フェリーニの3監督が共作したオムニバス映画。一応、全体のトーンはゴチック・ホラーですが...。

 第1話「黒馬の哭く館」(ロジェ・ヴァディム監督) 若くして莫大な財産を相続し、我儘放題に暮らす伯爵家の娘フレデリック(ジェーン・フォンダ)は、ある日、親族で唯一彼女を批判して憚らない男爵ウィルヘルム(ピーター・フォンダ)に偶然助けられたことで彼に一目惚れし、彼を誘惑しようとするが、男爵は彼女の誘い世にも怪奇な物語」 (67年/仏・伊)2.jpgには乗らず、プライドを傷つけられた彼女は家臣に命じて男爵の厩に火をつけさせる。愛馬を助けようとした男爵は焼死し、ショックを受けた彼女は、火事の後にどこからともなく現れた黒馬に癒しを求める―。

ロジェ・ヴァディム.gif ロジェ・ヴァディム監督による第1話は、ゴチックホラー調と次回作「バーバレラ」にも通じるセクシー&サイケデリック調の入り混じった感じで、詰まる所、ヴァディムが妻の美貌と伸びやかな肢体を獲りたかっただけのことかとも勘繰りたくなるくらいジェーン・フォンダがセックス・アピールしており、これ、純粋な意味での"ゴチック調"とはちょっと違うかも...。

第2話「影を殺した男」.jpg世にも怪奇な物語 影を殺した男1.jpg 第2話「影を殺した男」(ルイ・マル監督) 暴力で他の生徒らを支配する残忍な少年ウィリアム・ウィルソンが、ある時他の少年を苛めていると1人の転校生が近付いてきて、その少年もウィリアム・ウィルソンと名乗るが、彼は全てにおいてウィルソンより優れていた。ある夜、寝ていたその転校生をウィルソンは絞め殺そうとするが、途中で気付かれ放校処分に。数年後、医大に進んだウィルソン(アラン・ドロン)は若い女性を誘拐し、解剖を始めようとしていた―。

「影を殺した男」02.jpg世にも怪奇な物語 2.jpg アラン・ドロンがベッドに縛りつけた全裸女性を解剖しようとするシーンをルイ・マル監督が撮っているというのも驚きですが、むしろ、この第2話「影を殺した男」の方が、ポーの作品の雰囲気は出ていたかも知れず、青年になったウィルソンの、優(やさ)男の裏側に残忍さを秘めた二重人格者ぶりは、TV番組「デクスター」のよう。この場合、"二重人格"と言うより完全に"分身"(ドッペルゲンガー?)だけど。 ウィルソン(アラン・ドロン)は、イカサマ賭博で手に入れた女(ブリジット・バルドー)を鞭打ち残酷な快楽に浸るというスゴい設定ながも、ドロンは好演しており、ドロン相手にトランプの賭けをする女賭博師ブリジット・バルドー(ロジェ・ヴァディムの元妻!)の演技も良くて、ジェーン・フォンダよりは演技しているという感じでした。

世にも怪奇な物語 悪魔の首飾り1.jpg 第3話「悪魔の首飾」(フェデリコ・フェリーニ監督) 落ちぶれたイギリス人俳優トビー(テレンス・スタンプ)は撮影のためイタリアへ飛ぶが、酒と麻薬で意識は混濁。そのトビーの前に度々現れるのは、少女の姿をした死神だった―。

世にも怪奇な物語 3.gif 第3話は、ストーリーよりも、フェリーニ監督の映像美が(美的と言うより意匠的なのだが)堪能できる作品。主人公の妄想に出てくる少女(死神)が、なぜ白い服を着て白いボールを持っているのかよく解りませんが、まあ、理屈よりも映像美...。テレンス・スタンプの出ようとしている映画が、キリストが西部の草原に降臨するという「カトリック西部劇」なるわけのわからない映画であることや、マスコミの取材攻勢を描いたところなどは「甘い生活」('59年)の雰囲気に繋がりますが、3作品の共通テーマが「死」であることからすると、締め括りに最も相応しい作品かも知れません。世にも怪奇な物語 輸入版ポスター.jpg一方で、これだけが時代背景が「現代」であることもあって、前2作とはトーンが異なる感じも(イタリア人監督ということもあるか)。ただ、神経質そうな主人公を演じるテレンス・スタンプの演技は悪くない、と言うか、かなり良かったように思います(アラン・ドロンより上か)。

お楽しみはこれからだ―映画の名セリフ.jpg和田 誠 氏2.jpg 何れも「怪奇」な話であるけれども怖くはないという感じ。和田誠氏は『お楽しみはこれからだ―映画の名セリフ』('75年/文藝春秋)の中で、ロジェ・ヴァディムのパートは「耽美主義的映像が逆に小細工のようでいけなかった」とし、「通俗的にはルイ・マルが面白く、怖さや不思議さではフェリーニが圧巻」としています。

お楽しみはこれからだ―映画の名セリフ

高田馬場東映パラス 入り口.jpg「世にも怪奇な物語」.jpg 高田馬場東映パラス(時々変わった作品を上映していた)で観て以来、10年以上もビデオにもならなかったので、もう見(まみ)えることはないと思っていたら、'99年にTV放映されビデオも発売、最近はCS放送で放映されたり、DVDにもなったりしていて、昨年('10年)は遂にデジタル・リマスター版が新宿武蔵野館で公開されました。

 3作とも、コアなファンがいてもおかしくない、カルトというか独特な雰囲気は確かにありました。考えてみれば、作風はマイナーでありながらも一応エドガー・アラン・ポーの原作に忠実に作られているわけだし、何よりも贅沢過ぎると言っていいくらい豪華な配役でもあることだし、実際そうなったから言うわけではないですが、リバイバル上映されてもおかしくない作品でした。

世にも怪奇な物語」 pos.jpg
世にも怪奇な物語」 (67年/仏・伊)1.jpg「世にも怪奇な物語」●原題:HISTOIRES EXTRAORDINAIRES(TRE PASSI NEL DELIRIO)●制作年:1967年●制作国:フランス/イタリア●監督:ロジェ・ヴァディム(1話)/ルイ・マル(2話)/フェデリコ・フェリーニ(3話)●脚本:ロジェ・ヴァディム(1話)/パスカル・カズン(1話)/ルイ・マル(2話)/クレマン・ビドル・ウッド(2話)/ダニエル・ブーランジェ(1話、2話)/フェデリコ・フェリーニ(3話)/ベルナルディーノ・ザッポーニ(3話)●撮影:クロード・ルノワール(1話)/トニーノ・デリ・コリ(2話)/ジュゼッペ・ロトゥンノ(3話)●音楽:ジャン・プロドロミデス世にも怪奇な物語 1-2.jpg(1話)/ディエゴ・マ