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通俗的モチーフであっても美しい作品に昇華してみせることが出来るのだという...。

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柔らかい肌【字幕版】 [VHS]」/「柔らかい肌 [DVD]」/「柔らかい肌〔フランソワ・トリュフォー監督傑作選11〕 [DVD]

柔らかい肌6.jpg バルザックの評論も書いている著名な評論家ピエール・ラシュネー(ジャン・ドサイ)は、リスボンへの講演旅行の途中で、美しい客室乗務員のニコル・ショメット(フランソワーズ・ドルレアック)と出会う。ニコルもまたピエールに魅かれ、リスボンのホテルで二人は関係を持つ。その日から、ピエールのスリリングな二重生活が始まる。ピエールには長年連れ添った妻フランカ(ネリー・ベネデッティ)がいたが、ニコルとの恋は徐々に深みに嵌っていく―。

ジャン・ドサイ/(フランソワーズ・ドルレアック

La peau douce (1964)
La peau douce (1964).jpg
柔らかい肌x.jpg柔らかい肌ge.jpg フランソワ・トリュフォー(1932-1984/享年52)監督の1964年公開作で、ストーリーは新聞の三面記事に載った実際の事件に基づいているとのことです。不倫と三角関係がテーマですが、ヒッチコックから学んだと思われる手法を巧みに織り込み(ついでに自らの脚フェチの嗜好も織り込んでいたなあ。女性にジーンズをスカートに履き替えさせたり)、流れるような音楽と映像がリアリスティックなサスペンス・ストーリーと見事に調和しています(音楽は「かくも長き不在」('61年)などのジョルジュ・ドルリュ−、カメラは「女と男のいる舗道」('62年)などのラウール・クタール)。

柔らかい肌 01.jpg かつてルイ・マルが「恋人たち」('58年)で、夫に不満をもつ若き人妻(ジャンヌ・モロー)が、ふと知り合った若者と情熱の一夜をすごし、夫も家もすてて若者とともに去るという単純なストーリーを美しい映画柔らかい肌 .jpgにしましたが(ある意味ハーレクインロマンスみたいな話)、この「柔らかい肌」は、トリュフォーにおける「恋人たち」のような位置づけの作品のように思いました(つまり、撮ろうと思えば、どんな通俗的モチーフであっても美しい作品に昇華してみせることが出来るのだという...いわば自らの力量アピール作品?)。

柔らかい肌s.jpg 主人公ピエールの不倫相手の客室乗務員つまりスチュワーデスを演じるのは、カトリーヌ・ドヌーヴの姉で自らが運転するクルマの事故で早逝したフランソワーズ・ドルレアック(1942-1967/享年25)。ホントは妹のカトリーヌ・ドヌーヴもコンプレックスを抱いたというくらいの美人なのですが、ここではやや抑え気味に自然な美しさを醸していて、彼女が演じるスチュワーデス相手の不倫で次第に深みに嵌っていく主人公の気持ちは分かります。しかし、ラストで彼はとんでもないしっぺ返しを喰うことに...。

柔らかい肌  .jpg柔らかい肌 ネリー・ベネデッティ3.jpg ラストに至るまでのプロセスが自然だっただけに、その分恐かったです。不倫相手と写真を撮るのはやめておいた方がいいとか、実践的に学んじゃった人もいるかも。女性の中には、ラストでスカッとしたという人も多いようで、男性と女性でかなり見方が異なってくる映画かもしれません。

ジャン・ドサイ/ネリー・ベネデッティ

柔らかい肌 トラム.jpgリスボン トラム.jpg オールロケで撮影していて、リスボンのトラムとか出てきますが、90年代に現地で走っているのを見ました。今もまだ走っているみたいです。ピエールの友人は藤田嗣治の絵画が好みのようです。日本に出張にいくみたいで、高輪プリンスに泊まるとか言っているなあ。ついでに東京オリンピックも観てくるつもりなのでしょうか。
       
      
                          
フランソワーズ・ドルレアック/フランソワ・トリュフォー
柔らかい肌ド.jpg柔らかい肌68.jpg「柔らかい肌」●原題:LA PEAU DOUCE●制作年:1964年●制作国:フランス●監督:フランソワ・トリュフォー●脚本:フランソワ・トリュフォー/ジャン=ルイ・リシャール●撮影:ラウール・クタール●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●時間:113分(119分(フランス版ディレクターズ・カット))●出演:ジャン・ドサイ/フランソワーズ・ドルレアック/ネリー・ベネデッティン/ダニエル・セカルデ/ジャン・ラニエ/ポール・エマニュエル/サビーヌ・オードパン/ローランス・バディ/ジェラール・ポワロ●日本公開:1965/05●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(16-11-22)(評価:★★★☆)

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ジャン・ギャバンとがっぷり四つに組めたのは、アラン・ドロンではなくリノ・ヴァンチュラか。

シシリアン 1969.gif シシリアン 1969 blueray.jpg  シシリアン ギャバン・ドロン.jpg
シシリアン [Blu-ray]」(2015) ジャン・ギャバン、アラン・ドロン

シシリアン 1969 - コピー.gifシシリアン 196915b.jpg 殺し屋ロジェ・サルテ(アラン・ドロン)は、シシリアン・マフィアのボスのヴィットリオ・マナレーゼ(ジャン・ギャバン)の力を借りて刑務所から脱獄する。パリに潜伏したサルテは、マナレーゼの息子アルド(イブ・ルフェーブル)の妻ジャンヌ(イリナ・デミック)と恋仲になる。マナレーゼは、サルテが持ちかけた宝石強奪話に乗り、ニューヨーク・マフィアのボスのトニー・ニコシア(アメデオ・ナザーリ)を仲間に引き入れる。宝石展の展示物を米国への空輸中に飛行機ごと奪うという大胆な計画は、見事成功する。マナレーゼはこの仕事を最後に勇退し、シシリアン 1969 2.jpg故郷シシリー島に帰る予定だったが、サルテとジャンヌの不倫がファミリーの知るところとなる。マナレーゼはサルテをパリに呼んでシシリアン3s.jpg殺害する計画を立てるが、ジャンヌの機転でサルテは危機を逃れる。空港でサルテを待ち伏せたマナレーゼの息子たちは、情報を得たル・ゴフ警部(リノ・ヴァンチュラ)に逮捕される。一人残されたマナレーゼは、宝石強奪の分け前を渡すという口実でサルテを呼び出す―。
   
シシリアン1s.jpgシシリアン 196946.jpg 「ヘッドライト」('55年)、「地下室のメロディー」('63年)のアンリ・ヴェルヌイユ(1920-2002/享年81)監督の1969年作品で、原作は犯罪小説家オーギュスト・ル=ブルトン。アンリ・ヴェルヌイユ監督の「地下室のメロディー」('63年)と同じくジャン・ギャバンとアラン・ドロンの共演作で、ジョゼ・ジョヴァンニ監督の「暗黒街のふたり」('73年)でもこの2人は共演しています(フィルム・ノワールばかりだなあ)。

シシリアン91.jpg アラン・ドロンは一匹狼が似合いますが、ジョゼ・ジョヴァンニ監督の「ブーメランのように」('76年)のように純粋に一人主人公と時はいいけれども、ジャン・ギャバンと並ぶと貫禄の差が出てしまい、この二人の組み合わせは意外と難しい(?)。但し、この作品に関しては、元プロレスラーのリノ・ヴァンチュラが、出番はそう多くないもののジャン・ギャバンとがっぷり四つに組んでいて、作品全体のバランスが取れているように思いました。リノ・ヴァンチュラに関して言えば、50年代の「死刑台のエレベーター」('58年)シシリアン リノ.jpg、60年代のこの作品、70年代の「ローマに散る」('76年)が代表的な警部役でしょう。数的にはギャング役の方が多いにも関わらず、警部役のイメージが強い俳優です(アラン・ドロンと「冒険者たち」('67年、原作はジョゼ・ジョヴァンニの「生き残った者の掟」)で共演した時は、ドロンと共に宝探しをする中年男の役で、ジョアンナ・シムカスを頂点にアラン・ドロンと三角形の構図を成していて、これはこれで良かった)。

 プロット的にはそれほど凝ったものではなく、と言って悪くもないですが、当時としてはその大胆な手口から話題になったという航空機乗っ取り計画も、特撮シーンなどは今観るとどうしても安っぽい感じでを受けます。やはり、ジャン・ギャバン演じるシシリアン・マフィアのボスを軸に、時に偏狭とも思えるくらい身内のことにかまけるとでも言うか、ファミリーのプライドを重んずるシシリー気質というものを感じ取るとともに、安全や打算よりもプライドと復讐を重んじたために招いた結末の虚しさを、エンニオ・モリコーネの哀愁漂うテーマ曲と共に味わう映画でしょうか(音楽はいい。音楽だけの評価だと★★★★★)。

シシリアン 1969 1_.jpgシシリアン 1969s.jpg 個人的には、マフィアがピンボールゲーム機の製造か販売の事業をしているといのが興味深かったです(ラストでリノ・ヴァンチュラはピンボールをしながらジャン・ギャバンを待っている)。この作品はフランス語版のほかに主演俳優らによる英語吹き替え版もあって、近年わが国でリリースされていたのはDVDもBlu-rayもどういうわけか英語版ばかりでしたが、'14年2月にようやっとフランス語版のBlu-rayがリリースされています('15年12月にも再リリースされた)。やっぱり、フランス語版で観るにこしたことないでしょう。英語版で観るくらいなら、野沢那智と森山周一郎の吹き替えで観た方がまだいいかもしれません。

Shishirian (1969)
Shishirian (1969).jpgシシリアン 1969 10s.jpg「シシリアン」●原題:LE CLAN DES SICILIENS/THE SICILLIAN CLAN●制作年:1969年●制作国:フランス●監督:アンリ・ヴェルヌイユ●製作:ジャック・ストラウス●脚本:アンリ・ヴェルヌイユ /ジョゼ・ジョヴァンニ/ピエール・ペルグリ●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:エンニオ・モリコーネ●原作:オーギュスト・ル=ブルトン●時間:124分●出演:ジャン・ギャバン/アラン・ドロン/リノ・ヴァンチュラ/イリナ・デミック/アメデオ・ナザーリ/イブ・ルフェーブル/シドニー・チャップリン●日本公開:1970/04●配給:20世紀フォックス(評価★★★☆)

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ニューシネマの中ではラストに救いがある「ゲッタウェイ」。メディアミックスの先駆「ある愛の詩」。

ゲッタウェイ 1972 .jpgゲッタウェイ dvd.jpg ゲッタウェイ05.jpg  ある愛の詩 1970.jpg
ゲッタウェイ デジタル・リマスター版 [DVD]」 「【映画パンフ】ある愛の詩 アーサー・ヒラー アリ・マッグロー リバイバル判 1976年

ゲッタウェイs.jpg 刑務所を裏取引で出所したドク・マッコイ(スティーブ・マックイーン)は、引き換えに、取引相手のテキサスの政界実力者ベニヨン(ベン・ジョンソン)の要求で、妻キャロル(アリ・マッグロー)と銀行強ゲッタウェイ01.jpg盗に手を染める。ベニヨンからはルディ(アル・レッティエリ)とジャクソン(ボー・ホプキンズ)が助手兼ドクの監視役として送り込まれ、綿密な計画の末に強盗は何とか成功するが、ジャクソンが銀行の守衛を射殺してしまう。ルディは目撃者に面が割れたジャクソンを車内で射殺し、今度はドクに銃を向けるが、ドクの銃が先に火を吹く。ドクは、銀行から奪った金を約束通りベニヨンの元に運び込ぶが、キャロルの様子がおかしく、実はベニヨンとキャロルは男女の関係にあり、当初はドクゲッタウェイ02.jpgを裏切って消す考えだったのだ。しかし、キャロルはドクではなくベニヨンを射殺する。ドクは逃走中に車を止め、嫉妬と怒りからキャロルを殴り倒す。一方のルディは、防弾チョッキゲッタウェイ03.jpgのお蔭で死んでおらず、獣医の家に押し入り、ドクに撃たれた肩の治療をしていたが、ベニヨンの死を知り、ドクの追跡を開始する。ドクは町で自分が指名手配になっているのを知ってショットガンをゲッタウェイ04.jpg買い求め、警察に追われながらも逃げて、エルパソのホテルに辿り着く。だが、そこへはルディが先回りしていて、ベニヨンの手下も向かっていた。ルディがホテルに現れ、ドグが彼を殴り倒した時に今度はベニヨンの手下が現れて大銃撃戦が始まるが、ドクのショットガンで全員が倒され、ルディも射殺される。ドクはホテルからメキシコ人の老人のトラックに乗り込み、国境を越えたところで老人からトラックを買取り、夫婦はメキシコ側へ消えていく―。

 サム・ペキンパー監督の1972年作品で、原作は『鬼警部アイアンサイド』などで知られるジム・トンプスン、脚本は、後に「48時間」「ストリート・オブ・ファイアー」を監督するウォルター・ヒルが手掛けています。追手からの逃避行を続けるうちに、主人公2人の間に夫婦愛が甦ってきて、激しく血生臭い銃撃戦を乗り越えて2人は新たな世界へ逃げ延びる―というニューシネマの中では珍しく(?)ラストに救いがあるタイプです。アーサー・ペン監督の「俺たちに明日はない」('67年)にしても、銀行強盗の末路は警官から一斉射撃を浴びての"蜂の巣状態"でしたから。

ゲッタウェイ  .jpgゲッタウェイ 淀川.jpg しかしながら故・淀川長治は、必ずしも2人の未来は明るいと示唆されているわけではないと言っており、これは、原作にこの続きがあって、バッドエンディンが待ち受けていることを指していたのでしょうか。但し、原作における主人公のキャラクターは極悪人に近く、取引上やむなく銀行強盗をする映画の主人公とはかなり異なるようです。個人的には、この映画のラストには、やはり何となくほっとさせられます。

 一方、この映画の方には、もう1つのエンディングがあったこともよく知られており、最後は2人が警官に撃たれて「俺たちに明日はない」のボニーとクライドのように"蜂の巣状態"になるものだったそうです(実際に撮影された?)。これは、サム・ペキンパー監督が「俺たちに明日はない」に非常に感化されていたということもあったようですが、スティーブ・マックイーンが反対したようです。

 元々この映画は、ピーター・ボグダノビッチ監督、シビル・シェパード主演、原作者のジム・トンプスン脚本で進められていたのが、スティーブ・マックイーンが監督も主演女優も脚本家も変えてしまったみたいで、マックイーンがこうも口を挟む背景には、彼が実質的な製作者になっていったことがあるようです。音楽は、ペキンパー作品の常連ジェリー・フィールディングが担当することになったのが、これまたマックィーンの主張でクインシー・ジョーンズのジャズ音楽に差し替えられています。

 このように、様々な場面でサム・ペキンパー監督とも意見が対立し、マックイーンが押し切った部分もあれば譲歩した部分もあるようです。ペキンパーは破滅的な結末を望んだのかと思いましたが、実はこの映画を風刺のきいたコメディにしたかったらしいとも言われています。そうしたこともあってか、ペキンパー本人はこの作品に不満を持っていたとされていますが、結果として彼の作品の中では最大のヒット作となりました。

ゲッタウェイ  マックグロー.jpgある愛の詩05.jpg 妻役のアリ・マックグローは銃を扱ったことがなく、マックイーンが銃の撃ち方を教えて銃に慣れさせたりもしたそうですアリ・マックグロー 2.jpgが、「ある愛の詩」('70年)の白血病で死んでいく女子大生よりは、こちらの方が"演技開眼"している印象です。でも、この作品での共演をきっかけにマックイーンと結婚し、この後2本だけ映画に出て実質的に映画界を引退してしまいました。6年後に離婚してしまったことを考えると惜しい気もしますが、2006年に68歳で Festen(映画「セレブレーション」の舞台化)でブロードウェイ・デビューを果たしています。

ファラ・フォーセット オニール.jpgある愛の詩02.jpg 一方、「ある愛の詩」で共演したライアン・オニールは、2001年に慢性白血病に冒されていることが判明し、また、パートナーであったファラ・フォーセットのガンによる死(2009年6月25日、マイケル・ジャクソンと同じ日に亡くなった)を看取るとともに、自身も前立腺がんであることが公表(2012年)されていて、こちらはかなりタイヘンそうだなあと。

love story eric.jpg 「ある愛の詩」は、エリック・シーガルによる同名の小説が原作ですが、未完の小説を原作として映画の製作が始まり、先に映画が完成し、映画の脚本を基に小説が執筆された部分もあるそうです。先に小説が刊行され、その数週間後に映画が公開されており、今で言う"メディアミックス"のはしりでした。ペーパーバックを読みましたが、初めて英語で読んだ小説の割には読み易かったのは、ある種ノベライゼーションに近かったせいもあるかもしれないし、ストーリーが古典的で結末が見えているせいもあったかもしれません。この映画のヒットの後、難病モノの映画が幾つか続いた記憶があります(アメリカ人は白血病モノが好き?)。

Love Story - Originally sung by Andy Williams

大林宣彦2.jpg この映画がアメリカでヒットしたことについて、映画監督の大林宣彦氏はアメリカで封切り時にこの作品を現地で観ていて、ベトナム戦争で疲弊したアメリカが、本音ではこのような純愛ドラマを求めている時代感覚を肌で感じていたとのこと。但し、この映画の作られた1970年と言えばまだベトナム戦争の最中ですが、映画内にその影は一切見えません(最初観た時は"ノンポリ"恋愛映画だと思ったが、今思えば意図的にそうしていたのか)。日本でもヒットしたのは、古典的なストーリーに加えて、フランシス・レイの甘い音楽の効果もあったかと思います。

love story Tommy Lee Jones.jpg 因みに、主人公のオリバー・バレット4世(ライアン・オニール)のルームメイト役で無名時代のトミー・リー・ジョーンズ(当時24歳)が出演していますが、その後3年間は映画の仕事がなく、彼の無名時代は長く続き、オリバー・ストーン監督の「JFK」('91年)出演でアカデミー助演男優賞にノミネートされてからようやっと注目されるようになり、ハリソン・フォード主演の「逃亡者」('93年)でアカデミー助演男優賞を獲得しています。オリバーやそのルームメイトが通うのは名門ハーバード大学ですが、トミー・リー・ジョーンズは実人生においてもハーバード大学の出身で、当時のルームメイトに後の副大統領となるアル・ゴアがいたとのことです。

The Getaway (1972) .jpgゲッタウェイ 09.jpg「ゲッタウェイ」●原題:THE GETAWAY●制作年:1972年●制作国:アメリカ●監督:サム・ペキンパー●製作:デヴィッド・フォスター/ミッチェル・ブロウアー●脚本:ウォルター・ヒル●撮影:ルシアン・バラード●音楽:デイヴ・グルーシン●原作:ジム・トンプスン●時間:122分●出演:スティーブ・マックィーン/アリ・マックグロー/ベン・ジョンソン/アル・レッティエリン/スリム・ピケンズ/リチャード・ブライト/ジャック・ダドスン/ボー・ホプキンス/ダブ・テイラー●日本公開:1973/03●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:高田馬場パール坐(77-12-10)●2回目:自由が丘・武蔵野推理(84-09-23)(評価★★★★)●併映(1回目):「パピヨン」(フランクリン・J・シャフナー)●併映(2回目):「48時間」(ウォルター・ヒル)

ある愛の詩 01.jpgある愛の詩01.jpg「ある愛の詩」●原題:LOVE STORY●制作年:1970年●制作国:アメリカ●監督:アーサー・ヒラー●製作:ハワード・ミンスキー●脚本:エリック・シーガル●撮影:リチャード・クラディナ●音楽:フランシス・レイ●原作:エリック・シーガル●時間:99分●出演:ライアン・オニール/アリ・マックグロー/ジョン・マーレー/レイ・ミランド/キャサリン・バルフォー/シドニー・ウォーカー/ロバート・モディカ/ラッセル・ナイプ/トミー・リー・ジョーンズ ●日本公開:1971/03●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:三鷹オスカー(80-11-03)(評価★★★)●併映:「おもいでの夏」(ロバート・マリガン)/「フォロー・ミー」(キャロル・リード)
ある愛の詩 [ラリアン・オニール/アリ・マッグロー] [レンタル落ち]

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ゴダールのコメディ。ちょっとお洒落でちょっと前衛的。ゴダール作品の原点的要素が多く見られる。

女は女である poster.jpg女は女である .jpg女は女である 2006dvd.jpg女は女である b2013.jpg
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アンナ・カリーナ「女は女である」ポスター

女は女である 00.jpg パリの小さな書店に勤める青年エミール(ジャン=クロード・ブリアリ)は、コペンハーゲンから来たばかりで、フランス語の「R」がうまく発女は女である カリーナブリアリ.jpg音できないストリップ・ダンサーのアンジェラ(アンナ・カリーナ)と一緒に暮らしていたが、ある日突然アンジェラが赤ちゃんが欲しいと言い出す。赤ちゃんは要らないし、正式な結婚などしない方が気女は女である 02.jpg楽だと考えるエミールとは折り合わず、2人は喧嘩になる。仕舞にアンジェラは、それなら他の男に頼むと啖呵を切り、エミールは動揺す女は女である 10.jpgるが、勝手にしろと答えてしまう。アンジェラもアンジェラで、自分たちの住むアパルトマンの下の階に住む、エミールの友人で以前よりアンジェラにちょっかいを出していた、駐車場のパーキングメーター係のアルフレード(ジャン=ポール・ベルモンド)に頼女は女である 06.jpgむと宣言する。ならばとエミールはアルフレードを呼び出して、アンジェラにけしかけたりした揚句、アンジェラに去られる。エミールはやけになって別の女と寝て、一方女は女である 07.jpgのアンジェラも、アルフレードと本当に寝てしまう。深夜、アンジェラがエミールと住むアパルトマンに戻り、2人はベッドで黙り込む。エミールは、試しに自分の子をつくってみようとアンジェラを抱く。フレッド・アステアのダンスミュージカルが幕を閉じて終わるように、アンジェラは寝室のカーテンを閉じてみせる―。

女は女である000.jpg女は女である ジャン・ポール・ベルモンド.jpg 1961年製作・公開のジャン=リュック・ゴダール監督の長篇劇映画第3作であり、ゴダールのカラー映画第1作であるとともにミュージカル・コメディ第1作。「小さな兵隊」('60年)に次いでアンナ・カリーナが出演したゴダール作品の第2作で、カリーナとの結婚後第1作になります。ゴダールは「勝手にしやがれ」('59年)で有名になりながらも、この作品を自らの原点的作品と位置付けています。

女は女である 05.jpg 音楽はミシェル・ルグランで、美術はベルナール・エヴァン。この2人は本作の2年後に製作されたジャック・ドゥミ監督の「シェルブールの雨傘」('63年)でもコンビを組むことになりますが、「シェルブールの雨傘」が全てのセリフにメロディがついていたのに対し、こちらは、米国ミュージカル映画へのオマージュはあるものの、登場人物はメロディに合わせて歌ったり踊ったりすることは女は女であるs.jpgなく、そのメロディも、コラージュのようなスクリーンプレイに合わせて度々寸断され、ミュージカルというスタイルを完全に換骨奪胎していると言えます。一方の美術面では、カラフルな原色の色彩が多用されていて、これは「シェルブールの雨傘」にも見られるし、ゴダール自身の監督作「気狂いピエロ」('65年)にも連なる特徴かと思われます。

女は女であるes.jpg ジャン=クロード・ブリアリが室内で自転車を乗り回すシーンや、喧嘩して口をきかなくなったジャン=クロード・ブリアリとアンナ・カリーナが本のタイトルで会話をするなど、ちょっとお洒落なシーンが多くあり、また、アンナ・カリーナら登場人物が時折カメラに向けて語りかけるシーンなどがあったりするのがちょっと前衛的と言うか、ストーリー自体はたわいもない話ですが、その分肩肘張らずに楽しめるゴダール作品です。

女は女である  モロー.jpg ジャン=クロード・ブリアリに急に部屋に来るよう呼ばれたジャン=ポール・ベルモンドが、「早く帰ってテレビで『勝手にしやがれ』を見たいんだ」と言ったり、そのジャン=ポール・ベルモンドが、カメオ出演のジャンヌ・モローにバーで、フランソワ・トリュフォー監督によって撮影中の「突然炎のごとく」('62年)について「ジュールとジムはどうしてる?」と訊ねるシーンがあったりするなどの小ネタ的愉しみも(「撮影は順調?」と訊ねているとも解釈可能)。

女は女であるanna-karina-.jpg女は女である 04.jpg ゴダールは本作でベルリン国際映画祭「銀熊賞」(特別賞)を受賞し、これは前年の同映画祭での「勝手にしやがれ」による「銀熊賞」(監督賞)に続いて2年連続の受賞。映画のアンジェラと同じくコペンハーゲン出身のアンナ・カリーナは、本作で「銀熊賞」最優秀女優賞女は女である 0009-.png受賞。彼女はジャン=ポール・ベルモンド、ジャン=クロード・ブリアリの両雄を(と言っても2人だって共に28歳とまだ若いのだが)振り回してまさに圧巻。アンナ・カリーナを観て楽しむ映画とも言えますが、個人的には、ゴダール自身が後に「本当の意味での自分の処女作」と述べているように、ゴダール作品の原点的要素が多く見られるという点で興味深い作品です。
音楽:ミシェル・ルグラン

女は女である 062.jpg「女は女である」●原題:UNE FEMME EST UNE FEMME/A WOMAN IS A WOMAN●制作年:1961年●制作国:フランス・イタリア●監督・脚本:ジャン=リュック・ゴ女は女である2.jpgダール●製作:カルロ・ポンティ/ジョルジュ・ド・ボールガール●撮影:ラウール・クタール●音楽:ミシェル・ルグラン●原案:ジュヌヴィエーヴ・クリュニー●時間:84分●出演:アンナ・カリーナ/ジャン=ポール・ベルモンド/ジャン=クロード・ブリアリ/マリー・デュボワ/ジャンヌ・モロー/カトリーヌ・ドモンジョ●日本公開:1961/12●配給:新外映●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(16-09-16)(評価★★★★)

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一人の娼婦の儚い人生の中にも「詩と真実」があった。ミシェル・ルグランの音楽もいい。

「女と男のいる舗道」.jpg女と男のいる舗道.jpg女と男のいる舗道 ブルーレイ.jpg
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女と男のいる舗道 [DVD]」アンナ・カリーナ

女と男のいる舗道2.jpg 1960年代初頭のパリのとあるビストロで、ナナ・クランフランケンハイム(アンナ・カリーナ)は、別れた夫ポール(アンドレ・S・ラバルト)と近況の報告をし合い女と男のいる舗道1.jpg別れる。ナナは、女優を夢見て夫と別れ、パリに出てきたが、夢も希望もないままレコード店の店員を続けている。ある日、舗道で男(ジル・ケアン)に誘われるままに抱かれ、その代償を得た。ナナは昔からの友人のイヴェット(ギレーヌ・シュランベルジェ)と会う。イヴェットは売春の仲介をしてピンハネして生きている。ナナにはいつしか娼婦となり、ラウール(サディ・ルボット)というヒモがつく。ナナは無表情な女になっていた。バーでナナがダンスをしていると、視界に入っ女と男のいる舗道09.jpg女と男のいる舗道103.jpgてきた若い男(ペテ・カソヴィッツ)にナナの心は動き、彼を愛し始める。ナナの変化に気付いたラウールは、ナナを売春業者に売り渡そうとする。ナナが業者に引き渡される時、業者がラウールに渡した金が不足していた。ラウールはナナを連れて帰ろうとするが、相手は拳銃を放つ。銃弾はナナに直撃した。ラウールは逃走、撃ったギャングも逃走する。ナナは舗道に倒れ、「生きたい!」と叫んで絶命する―。
Vivre Sa Vie Dance Scene anna karina
女と男のいる舗道94.jpg 1962年製作・公開のジャン=リュック・ゴダール監督の社会風俗ドラマで、ゴダールの長篇劇映画第4作。「女は女である」('61年)についでアンナ・カリーナが出演したゴダール作品の第3作、アンナ・カリーナとの結婚後の第2作です。マルセル・サコット判事のドキュメント「売春婦のいる場所」からゴダール自身が脚色したもので、原題は「自分の人生を生きる、12のタブ女と男のいる舗道 12.jpgローに描かれた映画」の意(「タブロー」はフランス語で持ち運びの可能な絵画(=キャンパス画、板絵)のことで「章」とほぼ同じとみていいのでは)。時期的には「勝手にしやがれ」('59年)と「気狂いピエロ」('65年)の間に位置する作品で、ラストなどは「勝手にしやがれ」の女性版を思わせる部分もあり、また、主人公の名前から、エミール・ゾラの小説『ナナ』が娼婦から女優に成り上がった女性を描いた、その逆を描いているともとれます。原作(原案)がドキュメントであるためか、「勝手にしやがれ」や「気狂いピエロ」より分かりやすい展開で、個人的には好きなゴダール作品です。

女と男のいる舗道 哲学者.jpg 第1章でナナが近況を交換する別れた夫ポールを演じるのは、ゴダールの批評家時代からの盟友でドキュメンタリー映画監督のアンドレ・S・ラバルトであり、終盤、ナナと哲学を論じあう碩学として登場するのは、アルベール・カミュやアンドレ・ブルトンと親交のあった哲学者ブリス・パランで、ゴダールの哲学の恩師であるそうです。最初観た時は、その「衝撃的」ラストに、むしろあっけないという印象を抱きましたが、ゴダールが説明的表現を排したドキュメンタリー・タッチで撮っているということもあったかもしれません。ゴダールがアンナ・カリーナの了解を取らずに隠し撮りのように撮ったシーンもあり(そのことをアンナ・カリーナはすごく怒ったらしい)、ナナと哲学者との対話における哲学者の受け答えも即興だそうです。

裁かるるジャンヌ 女と男のいる舗道2.jpg アンナ・カリーナ演じるナナは、生活のために娼婦に転じるわけですが、別に不真面目に生きているわけではなく、むしろ「自分の人生を生きる」という哲学を持っています。彼女は、「裁かるるジャンヌ」を観て涙したり(このシーンのアンナ・カリーナの表情がいい)、偶然に出会った哲学者と真理について語ったりします(第12章のタイトルは「シャトレ広場- 見知らぬ男 - ナナは知識をもたずに女と男のいる舗道 哲学者2.jpg哲学する」)。哲学者との会話のシーンなどは、最初に観た時は、言葉が映画の背景になっているような感じがしたのが、今回改めて観直してみると、結構深いことを言っているなあと(「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」なんて言葉を思い出した)。儚(はかな)くも散った一娼婦の人生においても、その中に確実に「詩と真実」はあったのだ―という見方は、あまりにロマンチックすぎるでしょうか。ミシェル・ルグランの音楽もいいです(この音楽がそんな気分にさせる)。

裁かるゝジャンヌ dvd.jpg 因みに、「女と男のいる舗道」でアンナ・カリーナ演じるナナが観て涙したカール・テオドア・ドライヤー監督映画「裁かるるジャンヌ」('28年/仏)は、火刑に処せられる直前のジャンヌ・ダルクの心情の揺らぎを描いたものですが、オリジナルネガフィルムが1928年にドイツ・ウーファ社の火災によって焼失したため、完全なフィルムは存在しないと言われてきました。更に、ドライヤーがオリジナルに使用しなかったフィルムで再編集した第2版のネガも焼失し、製作元も倒産。その後に観ることが出来た作品は、世の中に出回っていたポジフィルムをかき集めてかろうじて作品の体裁を成したもの、乃至はその海賊版のようですが、製作直後にデンマークでの公開のために送られていた完全オリジナルフィルムが1984年に偶然発見され、日本では1994年に初めて公開されました(2005年にDVD化。それ以前のハピネット版DVDは不完全版)。

裁かるゝジャンヌ クリティカル・エディション [DVD]

 自分が個人的にこの映画を観たのは、埋もれていたフィルムが再発見される3年前(「女と男のいる舗道」と併映だった)。小津安二郎の「大学は出たけれど」('29年)のように70分の内11分しか現存していなくても充分に堪能出来る作品もありますが、この不完全版「裁かるるジャンヌ」に関してはダメでした。ストーリー部分が後退して、画面もカットされているため、ルネ・ファルコネッティ演じるジャンヌの表情の大写しが前面に出すぎてモンタージュ効果が逆に生きていない印象を持ちました(完全版を観ていないので、きちんとした評価は不能か。但し、映画史的にも一般にも評価の高い作品[IMDbポイント8.3])。ナナが観たのは完全版なんだろうか?

アンナ・カリーナ in 「女と男のいる舗道」    音楽:ミシェル・ルグラン
アンナ・カリーナ 「女と男のいる舗道」.jpg「女と男のいる舗道」●原題:VIVRE SA VIE:FILM EN DOUZE TABLEAUX●制作年:1962年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン=リュック・ゴダール●製作:ピエール・ブロンベルジェ●撮影:ラウール・クタール●音楽:ミシェル・ルグラン●原作(原案):マルセル・サコット「売春婦のいる場所」(ドキュメ女と男のいる舗道27.jpgント)●時間:84分●出演:アンナ・カリーナ/サディ・ルボット /アンドレ・S・ラバル/ギレanna karina.jpgーヌ・シュランベルジェ/ジェラール・ホフマン/ペテ・カソヴィッツト/モニク・メシーヌ/ポール・パヴェル/ディミトリ・ディネフ/エリック・シュランベルジェ/ブリス・パラン/アンリ・アタル/ジル・ケアン●日本公開:1963/11●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会〔四谷公会堂〕 (81-09-12)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ (16-09-06)(評価★★★★☆)●併映(1回目):「裁かるるジャンヌ」(カール・テオドア・ドライヤー)  anna karina

Sabakaruru Jannu (1928).jpg裁かるるジャンヌ 女と男のいる舗道1.jpg「裁かるるジャンヌ (裁かるゝジャンヌ)」●原題:LA PASSION DE JANNE D'ARC●制作年:1927年(1928年4月デンマーク公開、同年10月フランス公開)●制作国:フランス●監督・脚本:カール・テオドア・ドライヤー●撮影:ルドルフ・マテ●時間:96分(短縮版80分)●出演:ルネ・ファルコネッティ/ウジェーヌ・シルヴァン/モーリス・シュッツ/アントナン・アルトー●日本公開:1929年10月25日●配給:ヤマニ洋行●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会〔四谷公会堂〕 (81-09-12) (評価★★★?)●併映:「女と男のいる舗道」(ジャン=リュック・ゴダール)
Sabakaruru Jannu (1928)

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主人公の葛藤や苦悩と言うよりむしろ「偽善」が描かれている印象だがそれでも重い。

冬の光 dvd2.jpg冬の光 dvd9.jpg 冬の光 1963 01.jpg
冬の光<HDリマスター版>【DVD】」「冬の光[DVD]」イングリッド・チューリン/グンナール・ビョルンストランド

冬の光 ベルイマン  08.jpg冬の光 1963 nvシド―.jpg 11月末のスウェーデンの小さな町の日曜の朝。無事ミサを終えた牧師トーマス(グンナール・ビョルンストランド)は、漁師の妻のカーリン(グンネリ・リンドブロム)から話を聞いて欲しいと言われる。彼女の冬の光  .jpg夫・ヨナス(マックス・フォン・シドー)が中国も原子爆弾を持つという冬の光 ベルイマン     .jpgニュースを新聞で読んで以来、核戦争の恐怖で塞ぎ込んでいるというのだ。しかしトーマスは最愛の妻に先立たれてから失意のどん底にあり、彼らの悩みを真剣に聞ける状態ではなかった。そんなトーマスのことをあれこれと気遣ってくれているのが、地元の小学校の女教師マルタ(イングリット・チューリン)だった。しかし彼女の愛は彼には押し付けがましく感じられ、息苦しい思冬の光   自殺体.jpgいさえしていた。再び訪ねて来たヨナスと向きあったが、トーマスはありきたりのこと以外は何も言えず、何らヨナスの力にならなかった。ヨナスはそれから間もなく、河辺でピストル自殺し命を絶った。一方マルタも、彼の煮えきらない態度に決断を迫り、ヒステリックな言葉を吐く。それから数時間後、ミサの時間となり礼拝堂に立つトーマス。しかしそこには町の人は誰も来ていない。それでも型通りの儀式を進めるトーマス。たった一人の聴聞者は、別れたばかりのマルタだった―。

 1963年公開のイングマール・ベルイマン(1918-2007/享年89)監督の「神の沈黙」3部作と言われる作品の2作目の作品です(残り2作は「鏡の中にある如く」('61年)と「沈黙」('63年))。原題のスヴェリエ(スウェーデン)語の「ナットヴォーツ・イェステナ(Nattvardsgästerna)」は「聖体拝領者」という意味です。ベルイマン作品の中でも最も簡潔なテーマの提起がされている作品と言え、それは現代において信仰は可能かという問いであり、それに対し、(少なくともこの映画の登場人物に関しては)絶望的にネガティブな答えが示されていると言えます。

冬の光    .jpg この映画の主人公の牧師トーマスは、風邪による熱で体調は良くないのですが、職業柄、周囲に対しては厳格な態度や表情を崩しません。しかし、そのため、牧師の本来あるべき姿とは「矛盾」するかのように、その行為の全てに人間的な温かさを欠いてしまっていて、彼の愛情を欲する愛人のマルタに対しても厳格さを以って接し、マルタの自分への愛情に応えようとせず、逆に別れ話を持ち出します。

冬の光 ベルイマン3.jpg 一方で、中国の核開発に対する漁師ヨナスの不安を彼は鎮めることが出来ず、ヨナスの自殺によって、牧師としての彼が何ら役に立たなかったことが露呈されますが、それでも彼は、形式的に礼拝という儀式だけは続けていきます。牧師自身が神に対して懐疑的であるにも関わらず、与えられた仕事としての儀式を遂行することに、個人的には、牧師としての「葛藤」や「苦悩」と言うより、むしろ「偽善」の方がより強く浮き彫りにされているような印象を受けました。

 この「冬の光」についてベルイマンは、「自分の生活における宗教の存在が完全に消滅した時、人生は恐ろしく生き易いものとなった」として、「映画もそういたものをブチ壊すことによって始めたので全ては穏やかで良かった」としていますが、こうしたコメントも、主題が分かり易く提示されているということとの符合があるか思います。ベルイマンはまた、「これは絶対にいい映画であり、どんな批判にも100%応えられるものである」とも述べています。

冬の光        .jpg 唯一つ微妙な点を挙げれば、牧師トーマスが抱える「矛盾」や「苦悩」「偽善」をトーマス個人のものと見るか、教会全体に敷衍して捉えるかによってこの作品の見方は違ってくるかもしれませんが(後者であれば、教会や聖職者に対する批判ということにもなるのではないかと思うが、ラストにトーマスの神を讃える言葉があり、個人的にはそうは捉えなかった)、トーマス個人のものとして捉え、且つ「葛藤」や「苦悩」と言うよりむしろ「偽善」が描かれていると捉えたとしても、「重い」トーンの作品であることには違いありません。

 この重厚感を醸す要因として、「処女の泉」('60年)、「秋のソナタ」('78年)でも撮影を担当したスヴェン・ニクヴィストが、初冬の北欧の国の「荒涼」を力強いカメラワークで撮っており、それが登場人物たちの心理的な「荒涼」と見事に重なり合っていることが挙げられるように思われました(「秋のソナタ」のカラー映像も悪くなが、やはりモノクロのこの作品の方が映像的にはいい)。

Fuyu no Hikari (1963)

冬の光 1963 00.jpg「冬の光」●原題:NATTVARDS GASTERNA(英:WINTER LIGHT)●制作年:1963年●制作国:スウェーデン●監督・脚本:イングマール・ベルイマン●製作:アラン・エーケルンド●撮影:スヴェン・ニクヴィスト●音楽:ヨハン・セバスチャン・バッハ●時間:86分●出演:グンナール・ビョルンストランド/イングリッド・チューリン/マックス・フォン・シドー/グンネリ・リンドブロム/アラン・エドワール●日本公開:1975/09●配給:インターナショナル・プロモーション●最初に観た場所:早稲田松竹(15-10-09)(評価:★★★★)●併映:「秋のソナタ」(イングマール・ベルイマン)

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置き換えれたラスト。分かりやすく、分かりにくい〈ブレーク・スルー・ムービー〉。

8 1/2 dvd.jpg 8 1/2  1963 .jpg フェリーニ 8 1/2 pos.jpg  フェリーニ 8 1/last.jpg
8 1/2 普及版 [DVD]」/「8 1/2 [Blu-ray]」/チラシ(2008年リバイバル時)

フェリーニ 8 1/2O.jpgフェリーニ 8 1/21.jpg グイド(マルチェロ・マストロヤンニ)は43歳、一流の映画監督である。彼は医者の勧めに従い湯治場にやってきた。湯治場に来てもグイドは、愛人カルラ(サンドラ・ミーロ)、妻ルイザ(アヌーク・エーメ)そして職業フェリーニ 8 1/29.jpg上の知人たちとの関係の網の目から逃れることはできない。カルラは美しい女性だが、肉体的な愛情だけで結ばれている存在で、今のグフェリーニ 8 1/27.jpgイドにとっては煩わしくさえ感じられる。妻ルイザとの関係はいわば惰性で、別居を考えはするものの、離婚する勇気がないだけでなく、時には必要とさえ感じるのである。そんなグイドの心をよぎるのは若く美しい女フェリーニ 8 1/2 c.jpg性クラウディア(クラウディア・カルディナーレ)だ。クラウディアは、グイドの願望の象徴であるが、彼女との情事の夢もむなしく消えてしまう。彼の夢、彼の想像の中で、思索は亡き両親の上に移り、次々と古い思い出を辿る―葡萄酒風呂を恐れ逃げまわる少年時代、乞食女サラギーナ(エドラ・ガーレ)と踊ったことで神父から罰せられる神フェリーニ 8 1/2ini5.jpg学校の生徒時代。やがて保養を終えたグイドは、混乱と失意のまま元の生活に戻る。彼が全てのことを投げ出そうとした瞬間、彼の心の中で何かが動き出す。彼の渦去の全ての対人関係、逃れようのないフェリーニ 8 1/2ges.jpg絶対の人生経験をかたち作っている全ての人が、笑顔をもって彼と同じ目的地に向っていこうとしているのである。映画製作が始まった。オープン・セットでグイドは叫ぶ。「みんな輪になってくれ、手をつないで踊るんだ!」演出していた映画監督グイドは、自分も妻とともに輪の中に入る。踊り続ける人々はやがて闇の中に消え、ただ一人残り、無心に笛を吹き続けるのは、少年時代のグイドだ―。

中古映画ポスター(8 2/1)-s.jpg 1963年公開のフェデリコ・フェリーニ監督作品で、アカデミー賞外国語映画賞を受賞したほか、専門家や一般の映画愛好者向けの様々なアンケートで今も常に上位にランクインするよく知られた作品です。とは言え、自分がこの作品を初めて観た80年代から90年代にかけては、タイトルの頭に必ず「フェリーニの」と付いていました(付けないと、映画なのか何なのか分からない人もまだ多かった?)。最近では、DVD等のタイトルも、単に「8½」となっているようです。
8½ (1963)
8½ (1963).jpg
 フランソワ・トリュフォーの「アメリカの夜」('73年/仏)もこれから撮ろうとしている映画監督の話だったし、ジャン=リュック・ゴダールの「パッション」('82年/仏・スイス)、ヴィム・ヴェンダースの「ことの次第」(西独・ポルトガル・米)、ミケランジェロ・アントニオーニの「ある女の存在証明」('82年/伊)もそうでしたが、何れも、監督自身が作品の主人公である「監督」に自己投影されているのはほぼ間違いないのではないでしょうか。そして、こうした作品フレームの源流的な位置にあるのがこの作品ではないかと思います。これらの作品が、どちらかというと映画の撮影が上手くいっていないという状況が背景のものが多いのも、「8½」の影響があるのかもしれません。「映画の撮影が上手くいかない」ということが映画のモチーフになり得るという先例を示したことで、多くの監督がこれに飛びついたのは無理からぬことかもしれません(それだけ撮影に苦労している?)。

フェリーニ 8 1/2i.jpg その中でもこの「8½」の大きな特徴は、精神的に追い詰められ、仕舞いには自殺まで想い描いていたかに見えた主人公が(強迫神経症的な夢のシーンがある)、ラストで突然に、「人生はお祭りだ。共に生きよう」と叫んで復活、人々と共に輪になって踊り始めるという、ある種〈ブレーク・スルー・ムービー〉になっている点にあると思われ、また、そのブレーク・スルー・ムービーになっているという点が、多くの人々の共感を生む理由でもあるのではないでしょうか。

8 1/2ド.jpg グイドの復活に何かその理由が説明がされているわけではありません。実は当初ラストは、幽霊のような白い服を着た登場人物たち(グイドを除く)が、セリフもないまま満員状態で列車の食堂車に乗ってどこかへ向かうシーンが撮られていて、言わばグイドの葬送をイメージしたものになっていたのが、制作会社かフェリーニ 8 1/2812_sub1.jpgら作品の予告編の制作するよう依頼されたフェリーニが、オープンセットで登場人物たちが輪になって踊るというシーンを撮り、最終的にそれが当初予定されていたラストシーンに置き換わって使われたということのようです。そのため、そのラストとその一つ前の段階との繋がりという点で、やはり唐突さはあるように思います(製作中にフェリーニに心境の変化があったのか。それとも当初のままでは暗過ぎて観客受けしないと思ったのか)。

フェリーニ 8 1/2pos2.jpg甘い生活 1シーン2.jpg 退廃した上流階級を背景にした「甘い生活」('59年)とやや背景が似ているところもあり(主人公は片や著名な映画監督、片やしがないゴシップ記者だが)、どちらが作品として上か、或いはどちらが好みかということでよく議論になりますが、「甘い生活」の方が分かり易いという人と「8½」の方が分かり易いとい人に分かれるのが興味深いです。個人的には、「8½」の方がブレーク・スルー・ムービーとして分かり易いが、主人公がなぜブレーク・スルー出来たのかということについては観る側に解釈が委ねられているような感じで、「甘い生活」におけるラストのブレーク・スルー出来ない主人公の置かれている状況の方がトータルでは分かり易いように思いました。実際、この「8½」は多くの映画監督から高い評価を得る一方で、ルイス・ブニュエルなどは、「甘い生活」を絶賛するものの、「8½」に関しては「分からん」とボヤいていたそうです(ブニュエルの気持ちも分かる。分かりやすくもあり、また、分かりにくくもある映画というべきか)。

ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ.jpgフェリーニ 8 1/2 02.jpg 撮影は「太陽がいっぱい」('60年/仏・伊)、「太陽はひとりぼっち」('62年/伊・仏)、「エヴァの匂い」('62年/仏)のジャンニ・ディ・ヴェナンツォ(1920-1966/享年45)。湯治場などを撮った光と影のコントラストを際立たせたカメラがい良かったし、主人公の夢のシーンや少年時代の回想シーンも悪くなかったです。これ見ると、フェリーニが自分の経験に近いところで撮ったのかなあという気もしますが、「フェリーニのマルコルド」('73年/伊)(なぜDVD化されないのか?)についても言えますが、フェリーニの場合、"記憶"と思われるものの"創造"であったりするから何とも言えません(例えばフェリーニ作品のアイコンとも言うべきフェリーニ 8 1/26.jpgEddra Gale and Barbara Steele in 8 1/2.jpg「太った女」は「8½」(エドラ・ガーレ)にも「アマルコルド」それぞれに出てくるが、その設定は全く異なっている)。再見してみて、怪奇映画女優のバーバラ・スティール(イタリア・ゴシック・ホラーの"絶叫クィーン"と言われたB級映画専門女優)を使っていることに改めて気づきました。

Eddra Gale & Barbara Steele,81/2    
                   Anouk Aimée,81/2 
アヌーク・エーメ 8 12.jpg「フェリーニの8½ (8½)」●原題:OTTO E MEZZO ●制作年:1963年●制作国:イタリア・フランス●監督:フェデリコ・フェリーニ●製作:アンジェロ・リッツォーリ●脚本:フェデリコ・フェリーニ/トゥリオ・ピネッリ/エンニオ・フライアーノ/ブルネッロ・ロンデチラシ「8 1/2」.jpgィ●撮影:ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ●音楽:ニーノ・ロータ●時間:140分●出演:- マルチェロ・マストロヤンニ/アヌーク・エーメ/クラウディア・カルディナーレ/サンドラ・ミーロ/バーバラ・スティール/マドレーヌ・ルボー/イアン・ダラス/エドラ・ガーレ●日本公開:1965/09●配給:東和=ATG●最初に観た場所:高田馬場東映パラス(87-05-09)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(16-12-22)(評価:★★★★) Barbara Steele in Federico Fellini,81/2
フェリーニ 8 1/22.jpgフェリーニの8 1/2 (8 1/2)Barbara Steele.jpg

 
 
 
 
  
         
クラウディア・カルディナーレ 若者のすべて.jpgクラウディア・カルディナーレ81/2.jpgクラウディア・カルディナーレbフィツカラルド.jpgクラウディア・カルディナーレ(Claudia Cardinale)in ルキノ・ヴィスコンティ監督「若者のすべて」('60年/伊・仏)/フェデリコ・フェリーニ監督「フェリーニの8 1/2」('63年/伊・仏)/ヴェルナー・ヘルツォーク監督「フィツカラルド」('82年/西独)
          
アヌーク・エーメ「甘い生活」01.jpgアヌーク・エーメ 8 1/2s.jpgアヌーク・エーメ 男と女.jpgアヌーク・エーメ(Anouk Aimée)in フェデリコ・フェリーニ監督「甘い生活」('59年/伊)/フェデリコ・フェリーニ監督「フェリーニの8 1/2」('63年/伊・仏)/クロード・ルルーシュ監督「男と女」('66年/仏)

高田馬場a.jpg
高田馬場・稲門ビル.jpg高田馬場東映パラス 入り口.jpg
高田馬場東映パラス 高田馬場・稲門ビル4階(現・居酒屋「土風炉」)1999年頃閉館

①②高田馬場東映/高田馬場東映パラス/③高田馬場パール座/④早稲田松竹

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重くのしかかってくる作品ではあるが、"謎"の残る作品でもあった。

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太陽はひとりぼっち [DVD]」/ポスター/モニカ・ヴィッティ

太陽はひとりぼっちC.jpg ヴィットリア(モニカ・ヴィッティ)は婚約者リカルド(フランシスコ・ラバル)と別れたばかりだが、証券取引所に入り浸りの母はそんな彼女の話太陽はひとりぼっち02.jpgを聞こうとはしない。女友達のアニタ(ロッサナ・ローリ)とマルタの3人で深夜のアパートでアフリカ人に扮してふざけたり、アニタの夫の操縦するセスナに乗ったりと気分転換を図るも、別離の後の倦怠感は消える様子を見せない。取引所では株が暴落し、ヴィットリアの母(リッラ・ブリグノン)は今にも自殺せんばかりだ。そんな中ヴィットリアは、以前からたびたび見かけていた仲買所に勤めるピエロ(アラン・ドロン)と親密になり、新しい愛を始めようとする。しかし、実は何も変化が起こっていないように、無常に日々は流れていく―。

 '62年公開作品で、ミケランジェロ・アントニオーニ(1912-2007)監督の「情事」('60年/伊)、「夜」('61年/伊)に続く「愛の不毛三部作」の最後の作品です。マルチェロ・マストロヤンニとジャンヌ・モローを起用した「夜」に対して、こちらは「情事」のモニカ・ヴィッティを再起用、相手役はアラン・ドロン。日本では、当時人気絶頂のアラン・ドロンが出ているということでヒットしました(邦題が原題の「日蝕」から「太陽はひとりぼっち」と太陽はひとりぼっち 園まり.jpgいうアラン・ドロンに合わせたようなタイトルになり、ミーナが唄ったテーマ曲は、邦題タイトルそのまま曲名で園マリなどがカバーした)。実際にはアラン・ドロンのと言うより、モニカ・ヴィッティの映画と言っていいのではないでしょうか。モニカ・ヴィッティは、アントニオーニ監督初のカラー作品となった「赤い砂漠」('64年/伊・仏)にも主役で起用されることになります。

太陽はひとりぼっち11.jpg ただ美男・美女の共演でヒットしただけの作品ではなく、批評家の評価も「愛の不毛三部作」の中では高い方であるようですが、やや高尚且つ難解な印象も受ける映画です(当時の一般の観客はどのような印象を持ったのだろうか)。個人的には、冒頭とラストにそれぞれ大きな壁があるように思え、1つは、冒頭のモニカ・ヴィッティ演じるヴィットリアとフランシスコ・ラバル太陽はひとりぼっち13.jpg演じる婚約者リカルドとの延々と続く「別れ」の会話のシーン。観る側は、まず最初にこのシーンの好みで、作品にすっと入れるかどうかが決まるのではないでしょうか(自分としては比較的すっと入れた)。もう1つはラストにいきなり現れる「日蝕」と「核」を象徴したかのような抽象的・コラージュ的な映像。中世ヨーロッパにおいて日蝕は神の不在を意味したそうですが、それを「核時代の危機」「核被曝の不安」に置き換えているのでしょうか(そう言えば、同じ年に作られたイングマール・ベルイマン監督の「冬の光」('62年/スウェーデン)でも、マックス・フォン・シドー演じる男が、中国が原子爆弾を持つというニュースを新聞で読んで不安で塞ぎ込み、遂には自殺してしまう。何れもキューバ危機('62年)直前の緊迫した世界情勢などが反映されているのだろうか)。

太陽はひとりぼっちs.jpg なぜこの映画がモニカ・ヴィッティの映画であるかと言うと、彼女の演じる主人公ヴィットリアの「愛の不毛」を中心に描かれているためで、何とはない虚無感というか不安感に嵌り込まざるを得ない主人公にこの作品のテーマ(同時に現代人のテーマでもある)を一人で負わせているのに対し、アラン・ドロン演じる証券マンのピエロの方は、俗世間の中で何も考えずに飛び跳ねている実利主義的な男として、その存在自体が空虚に描かれているのが対象的です(アラン・ドロンのファンには不満だったのではないか。しかし、実生活上のアラン・ドロンは後に映画界から実業界に転身した)。

太陽はひとりぼっちL.jpg太陽はひとりぼっち  s.jpg そのピエロがいる側の世俗にまみれた世界の象徴として描かれているのが証券取引所で、この描かれ方がなかなか興味深く、取り引きは全て部アナログで行われ、市場のセリのような喧噪ぶりですが、多少戯画的に描かれているとはいえ、ヴィットリアがいる静謐な世界とのコントラストが見事です。

L'ECLISS:1962.jpg そして、両方の間をピンポン玉のように行き来するのが証券マンのピエロ。自分はやり手だと思っていて、株が大暴落して大損をした上に大借金を負った太陽はひとりぼっち8.jpgヴィットリアの母親などは自殺せんばかりなのに、彼自身は一時滅入りはするが立ち直りも早く(証券マンってそんなものか)、むしろ今度はヴィットリアの方に攻勢をかけます(自分が女性にモテると分かっている。まあ、そうでなければヴィットリアのような女性には近づけない)。彼女も一時この男とはという気にはなったのか男女の関係になりもしますが、そこから深まることはなく、そのことがピエロにもどかしさを与えます。

太陽はひとりぼっち03.jpg ピエロでなくとも、同じ立場に置かれれば、男なら誰もがもどかしさを感じるだろうなあ。個人的には、ラストが今一つ入り込めなかったことのもどかしさとも重なるといった感じでしょうか。重くのしかかってくる作品ではありましたが、"謎"の残る作品でもありました。

太陽はひとりぼっち7.jpg モニカ・ヴィッティは相変わらずの美貌で「情事」に勝るとも劣らないアンニュイ感を漂わせ、しかも今回は美男ドロンとの組み合わせでますます絵になるといったところですが、作品としては「情事」の方が分かり易いように思いました。

太陽はひとりぼっち   s.jpg太陽はひとりぼっち65.jpg ローマの街の光と影を美しく(時に不気味に)撮ったカメラがい良かったです(撮影は「さすらい」('57年/伊)、「太陽がいっぱい」('60年/仏・伊)、「エヴァの匂い」('62年/仏)、「8 1/2」('63年/伊・仏)のジャンニ・ディ・ヴェナンツォ)。原爆のキノコ雲のような建物は、1960年のローマ・オリンピックの競技場の1つだったローマ市内テスタッチオにあったベロドロモ・オリンピコ(Velodromo Olimpico)の一部か。

Taiyô wa Hitoribocchi (1962)
Taiyô wa Hitoribocchi (1962).jpg
太陽はひとりぼっちes.jpg太陽はひとりぼっち  import ps.jpg「太陽はひとりぼっち」●原題:L'ECLISSE●制作年:1962年●制作国:イタリア・フランス●監督:ミケランジェロ・アントニオーニ●製作:ロベール・アキム/レーモン・アキム●脚本:ミケランジェロ・アントニオーニ/トニーノ・グエッラ/エリオ・バルトリーニ/オティエリ●撮影:ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ●音楽:ジョヴァンニ・フスコ●主題歌:ミーナ●時間:118分●出演:アラン・ドロン/モニカ・ヴィッティ/フランシスコ・ラバル/リッラ・ブリグノン/ルイ・セニエ/ロッサナ・ローリ●日本公開:1962/12●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(16-02-23)(評価:★★★★)

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ジャンヌ・モローの〈ファム・ファタール〉ぶりが見所。本当に不幸なのは男か女か。

エヴァの匂い dvd2.jpgエヴァの匂いeva-dvd.jpg エヴァの匂いdvd.jpg エヴァの匂い 00.jpg
「エヴァの匂い」DVD/輸入盤DVD/「エヴァの匂い Blu-ray」ジャンヌ・モロー

エヴァの匂いw.jpg 霧雨のヴェニスで水上を滑るゴンドラから過ぎゆく景色を眺めている女エヴァ(ジャンヌ・モロー)。彼女のために幾人もの男が身を滅していったのだが、作家のティヴィアン・ジョーンズ(スタンリー・ベイカー)もその一人だった。処女作が売れて一挙に富も名声を獲得し、あと婚約者フランチェスカ(ヴィルナ・リージ)と結婚するばかりだったある雨の夜、ティヴィアンの別荘にずぶ濡れになったエヴァと彼女の客が迷いこんで来る。それがティヴィアンとエヴァとの最初の出会いだったが、以来、ティヴィアンの脳裡にはエヴァの面影が焼きついて離れず、彼はエヴァの肉体に溺れていった。それから2年の月日を経て、今は乞食同然のティヴィアンだったが、彼はいまだにエヴァの面影を求めている。今日もヴェニスは雨に煙り、ゴンドラが漂う―。

エヴァの匂い5.jpg 英国の推理小説作家ジェームズ・ハドリー・チェイスの原作『悪女エヴァ』('45年)を、「コンクリート・ジャングル」('60年)のジョゼフ・ロージーが監督した1962年公開のフランス映画。撮影は「さすらい」('57年/伊)「太陽がいっぱい」('60年)「太陽はひとりぼっち」('62年)「8 1/2」('63年/伊・仏)のジャンニ・ディ・ヴェナンツォ、音楽は「女と男のいる舗道」('62年/仏)「シェルブールの雨傘」('64年/仏)「華麗なる賭け」('68年/米)のミシェル・ルグランで、ジャズミュージック、中でもジャンヌ・モローの好みに合わせビリー・ホリデイの曲が多く使われています。

エヴァの匂い_1.jpg ジャンヌ・モロー(当時34歳)が所謂〈ファム・ファタール〉(運命の女=悪女)を演じた映画として知られており、ジャンヌ・モローはジャン・コクトーに「いつかスターになったら、映画でこの役を演じなさい」と言われて『悪女エヴァ』の本を渡され、最初にジャン=リュック・ゴダールに監督を依頼するも製作サイドがゴダールの作風を嫌がったため、次にジョセフ・ロージーを推薦しています。そのジョセフ・ロージーは、ルイ・マル監督の「恋人たち」('58年)を観てフランス映画を崇拝するようになったといい、その「恋人たち」に主演したジャンヌ・モローで作品を自ら撮る機会が巡ってきたことになります。

エヴァの匂いevaLosey_b.jpgエヴァの匂いm.jpg ジャンヌ・モロー演ずるエヴァは、カジノで金のありそうな男を物色しては身ぐるみ巻き上げる高級娼婦であり、そこには愛だの恋だの感情的なものは一切関わりません。この作品でそのエヴァによって身を滅ぼされるのが、スタンリー・ベイカー演じる新進の売れっ子作家ティヴィアンですが、ティヴィアンに「世界中で一番好きなものはなんだい?」と訊かれて、エヴァは「ラルジャン(お金)」と即答しています。ヴィルナ・リージ演じるティヴィアンの恋人フランチェスカエヴァの匂い9.jpgは、ティヴィアンとの結婚後も続くティヴィアンとエヴァのことを知って自殺しますが、そのことに対してもエヴァはどこ吹く風。決定的なのはラストで、新しい男をとギリシャ旅行に出かけるため早朝のヴェネチアの広場で船を待つエヴァエヴァの匂い      .jpgのもとへ落魄したティヴィアンが現れ、ギリシャから戻ったらまた会ってくれとエヴァにすがると、エヴァはティヴィアンをじっと見つめ、「みじめな男」とのみ言い捨てて新しい男と旅立って行きます(ヴェニスをこれくらい暗く撮っている映画も珍しいが、その暗さと男の心境がマッチしているとも言える)。

エヴァの匂い4.jpg 男はどうしてこんな女に惹かれてしまうのかと、普通に考えれば醒めた目で捉えられがちなところを、ジャンヌ・モローの演技のお蔭で、ティヴィアンの悪女にずぶずぶ嵌っていく様が腑に落ちてしまうし(ビリー・ホリデイの曲に乗せたジャンヌ・モローの一人演技の蠱惑的な長回しショットがあるので注目)、男には元々そうした墜ちていくような願望があるのかもしれないとさえ思ってしまいます。

エヴァの匂い01.jpg 全てをエヴァに吸い取られてしまい、今は酒場に入り浸る日々のティヴィアンですが、彼は本当に不幸だったのか。実はティヴィアンは炭鉱夫あがりの作家ということで話題になったものの、その話題になった処女作は亡き兄が書いたもので、つまり「盗作」で作家の名を成してしまったわけで、それがこの度のエヴァとの間での手痛い経験が肥やしとなって、やがて「本物」の作家として大成するのではないか。そうした意味では、結果的にティヴィアンにとっては実りある体験であって、彼は将来において幸せであり、むしろ、永遠に愛の不毛を抱え続けるエヴァこそが不幸なのではないか―というこの作品の解釈もあるようで、やや穿ち過ぎた見方のようにも思えますが、なかなか興味深い解釈だと思います(暗いヴェニスの風景は、エヴァの心の虚無を表していたのかも)。

エヴァの匂い モロー.jpg 因みに、この映画におけるジャンヌ・モローのファッションは、彼女が当時交際していたピエール・カルダンで統一されています(それまではシャネル一色だったジャンヌ・モローは、以後はカルダン一色となる)。

エヴァの匂い_2.jpg また、自殺に至るフランチェスカを演じたヴィルナ・リージは、ハリウッドに渡ってジャック・レモン主演の「女房の殺し方教えます」('64年/米)などにも出たりしましたが、後にイタリアで熟女女優として活躍し、サルヴァトーレ・サンペリ監督の「スキャンドール」('80年/伊)などにも出ています。また、ちょっとだけ出ているリザ・ガストーニも同じく後に熟女女優として活躍し、「スキャンダル」('76年/伊)などに出ています。
ヴィルナ・リージ (Virna Lisi,1936-2014)
          
エヴァの匂いes.jpg「エヴァの匂い」●原題:EVA●制作年:1962年●制作国:フランス●監督:ジョセフ・ロージー●製作:ロベール・アキム/レイモン・アキム●脚本:ヒューゴー・バトラー(脚エヴァの匂い 仏版dvd.jpg色)/エヴァ・ジョーンズ(脚色)●撮影:ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ●音楽:ミシェル・ルグラン(挿入曲:ビリー・ホリデイ)●原作:ジェームズ・ハドリー・チェイス「悪女エヴァ」●時間:166分●出演:ジャンヌ・モロー/スタンリー・ベイカー/ヴィルナ・リージ/ジェームズ・ヴィリアーズ/リッカルド・ガルローネ/ジョルジョ・アルベルタッツィ/リザ・ガストーニ/ケッコ・リッソーネ/エンツォ・フィエルモンテ/ノーナ・メディチ/ロベルト・パオレッティ●日本公開:1963/06●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所(再見):北千住・シネマブルースタジオ(16-03-20)(評価:★★★★)

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最初観た時はこんなのアリ?という気もしたが、観る度に良いと思えるように。意外と深いかも。

華麗なる賭け.jpg華麗なる賭けdvd.jpg 華麗なる賭け 00.jpg  
華麗なる賭け [DVD]

華麗なる賭け 01.jpg華麗なる賭け 03.jpg ハンサムで裕福な実業家でありながら、実は裏の顔を持つクラウン(スティーヴ・マックィーン)。彼は、満ち足りた生活では得られないスリルを求めて銀行強盗を計画、ボストンの自社ビル前の銀行を5人の男に襲わせて見事に成功、260万ドルの現金を手中にする。事件後、ボストン市警も手がかりを掴めずお手上げとなる中、マローン警部補(ポール・バーク)とともに捜査していた銀行の保険会社華麗なる賭け 07.jpgの調査員ビッキー・アンダーソン(フェイ・ダナウェイ)はクラウンに目をつけ、彼が黒幕であることを確信する。彼女は正体を暴こうとクラウンに近づくが、徐々に彼の大胆不敵な姿に心惹かれてしまう。こうして2人のスリリングで奇妙な関係が始まる―。

華麗なる賭け_V1_.jpgTHE THOMAS CROWN AFFAIR.jpg 監督のノーマン・ジュイソンは前作「夜の大捜査線」('67年)でアカデミー作品賞を受賞、主演のスティーヴ・マックイーンも前作「砲艦サンパブロ」('66年)でアカデミー主演男優賞候補にノミネート、フェイ・ダナウェイも前年「俺たちに明日はない」('67年)でやはりアカデミー主演女優賞にノミネートされているなど、当時脂が乗り切っていたメンバー構成。但し、クラウン役はショーン・コネリーにオファーされたのが、彼がそれを断ったためにスティーヴ・マックイーンに回ってきたものだったとか。

華麗なる賭け   マックィーン.jpg華麗なる賭け 04.jpg 世界的に有名な大実業家が、何の苦労もないのにただスリルだけのために銀行襲撃を指揮し、しかも捕まらないという贅沢極まりないお話で、最初観た時はこんなのアリ?という気もしましたが、スティーヴ・マックィーンが亡くなってからテレビで観て、これ、スティーヴ・マックィーンのファンには彼のカッコよさを堪能するには格好の作品だなあと(撮影前は「スーツを着たマックィーンなんて見たくない」との声もあったというが、公開後にはそうした声は殆ど聞かれなくなったという)。また、ラブストーリーとしても楽しめる作品ではないかと思うようになりました。
   
華麗なる賭け チェス.jpg華麗なる賭け 05.jpg 最近劇場で改めて観直して、導入部のマルチスクリーンもいいし、フェイ・ダナウェイもいいし(色香際立つチェス・シーン!)、「シェルブールの雨傘」('64年)の華麗なる賭け 06.jpgミシェル・ルグランによる音楽もいいなあと(テーマ曲「風のささやき」(唄: ノエル・ハリソン)はアカデミー主題歌賞受賞)。主人公は、グライダーで優雅に空を翔け、バギーで浜を走らせ、ゴルフをし、ボロをしとスポーティですが、フランスの街並み風のカットがあったりして、何となくヨーロッパ的な感じがしなくもなく、フェイ・ダナウェイのファッションも楽しめて、全体としてはたいへんお洒落な作りになっていると言っていいのではないでしょうか。

華麗なる賭け マっクィーン.jpg華麗なる賭け ダナウェイ.jpg こうしたストレートな娯楽映画が観る度に良いと思えるようになるのは、「目が肥えた」と言うよりも年齢がいったせいかもしれませんが、やはりスティーヴ・マックィーンとフェイ・ダナウェイという2人のスター俳優に支えられている部分は大きいのだろうと思います。ラスト、空を飛ぶスティーヴ・マックィーンと地を行くフェイ・ダナウェイという対比で捉えると、男と女の生き方の違いを描いた映画とも言えるかもしれません。意外と深いかも...。1999年には、この作品を愛するピアース・ブロスナンの製作・主演で同名(邦題は「トーマス・クラウン・アフェアー」)のリメイク版も制作されていて、フェイ・ダナウェイも客演していますが、ラストを少し変えていたように思います(終わり方としてはオリジナルの方がいい)。

 スティーヴ・マックィーンはこの年はピーター・イェーツ監督の「ブリット」('68年/米)にも出演していて、大スター・マックィーンがそのカッコよさを極めた年だったなあと思います。
The Thomas Crown Affair(1968)
The Windmills Of Your Mind(風のささやき)- Michel Legrand ミシェル・ルグラン
Karei naru kake (1968)
Karei naru kake (1968).jpg
華麗なる賭け 02.jpg華麗なる賭け ダナウェイ2.jpg華麗なる賭けAL_.jpg「華麗なる賭け」●原題:THE THOMAS CROWN AFFAIR●制作年:1968年●制作国:アメリカ●監督:ノーマン・ジュイソン●製作:ノーマン・ジュイソン●脚本:アラン・R・トラストマン●撮影:ハスケル・ウェクスラー●音楽:ミシェル・ルグラン●時間:102分●出演:スティーヴ・マックィーン/フェイ・ダナウェイポール・バーク/ジャック・ウェストン/ヤフェット・コットー/トッド・マーティン/サム・メルビル/アディソン・ポウエル●日本公開:1968/06●配給:ユナイテッド・アーチス●最初に観た場所:池袋・文芸坐(80-07-16)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(15-03-24)(評価:★★★★☆)●併映(1回目):「ブリット」(ピーター・イェイツ)

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マックイーンのチャレンジ度は高い。演技陣が充実しているだけに、ラストがやや惜しい。

シンシナティ・キッド パンフレット.jpg シンシナティ・キッド dvd.jpg  シンシナティ・キッド  s.jpg
シンシナティ・キッド [DVD]

シンシナティ・キッドa0-s.jpg ニューオーリンズの町に、その世界で30年も君臨するポーカー・プレイヤーの大物"ザ・マン"ことランシー・ハワード(エドワード・G・ロビンソン)がやって来た。自身もポーカーの名手であるシンシナティ・キッドことエリック・ストーナー(スティーブ・マックイーン)は、いつかランシーと手合わせをと考えていた。キッドは早速この社会の長老格シューター(カール・マルデン)にその機会を頼むが、シューターはキッドの自信過剰をたしなめる。かくしてキッドはランシーとの対戦に臨むが―。

 リチャード・ジェサップ原作の小説の映画化作品で1965年公開。監督は、後に「夜の大捜査線」('67年)やこの作品と同じくスティーブ・マックイーン(1930-1980)主演の「華麗なる賭け」('68年)「屋根の上のバイオリン弾き」('71年)や、「ジーザス・クライスト・スーパースター」('73年)、「ローラー・ボール」('75年)を撮ることになるノーマン・ジュイソン(1926年生まれ)です。

シンシナティ・キッド 02.jpg 同じく勝負事を主人公にした作品として、ポール・ニューマン(1925-2008)が英国アカデミー賞主演男優賞を受賞した「ハスラー」('61年)がありますが、、アクターズ・スタジオを経てブロードウェイにデビューしている点で両者は共通するものの、既に「熱いトタン屋根の猫」('58年)など文芸作品にも出ていたポール・ニューマンに比べ、「荒野の七人」('60年)や「大シンシナティ・キッド 03.jpg脱走」('63年)など西部劇やアクション映画への出演がそれまで多かったスティーブ・マックイーンにとっては、ポーカー・ゲームの場面が多くを占めるこの作品へのシンシナティ・キッド1ef-s.jpg出演は、演技力が試される挑戦ではなかったのではないでしょうか。しかも、相手が「キー・ラーゴ」('48年)「十戒」('57年)などで既に名優の名を欲しいままにしていたエドワード・G・ロビンソンですから、チャレンジ度は高かったと言えるのでは(緊張感を醸すため、撮影には本物の紙幣が使われたという)。

シンシナティ・キッド 01.jpg ストーリー展開は、ポール・ニューマン演じる主人公が最初は全然歯が立たなかったベテランの相手を最後に破る「ハスラー」とはちょうど真逆で、スティーブ・マックイーン演じる自信に満ちた若手の主人公が、最後にベテランを追い詰め勝利と栄光を手にするかと思いきや―というもの。これ、封切時に初めて観た人は、スティーブ・マックイーンが演じてきた役柄の全能感のあるイメージもあって、すとーんと落とされたようなギャップがあっただろうなあと思われます。

シンシナティ・キッド 04 (2).jpg エドワード・G・ロビンソンは余裕綽々の名演という感じですが、スティーブ・マックイーンの演技もそれに拮抗すると言っていいのではないでしょうか。キッドを誘惑しようとするシューターの妻メルバを演じたアン・マーグレットも、キッドが自分にはクリスチャン(チューズデイ・ウェルド)という恋人がありながら、ふらっとそっちへ靡いてしまうのが分からなくもないような蠱惑的ムードを醸し、レディ・フィンガーズを演じたジョーン・ブロンデルも名演で、演技が手な下手な人は殆ど出ていなかったような映画のように思えました。

シンシナティ・キッド es.jpg 但し、最後、勝負に敗れ全てを失ったキッドの前に、キッドとメルバの関係を目の当たりにして一旦はキッドの下を去っていたクリスチャンが再び現れるのは、やや甘い結末と言えるでしょうか。一旦すとーんと落としておいて、救ってしまっているので、衝撃緩衝剤みたいになってしまった感じがするなあと思っていたら、これは監督の意向ではなく、スタジオの意向でそうしたシーンが付け加えられたとのことで、ちょっと勿体ない気もします。クリスチャンは安定志向なので、仮にキッドが財政面で彼女に助けてもらうならば、引き換えに勝負師として生きる道は閉ざされるのかなとか、余計な憶測を生む結果にもなっているように思いました(ラストの落ち着きが悪い。子供にも賭けで負けてしまうところで終わっていた方が良かった)。ノーマン・ジュイスン自身も、後に「無用で有害ですらあるセンチメンタルなラストが追加されているのは申し訳ない」と述べているそうです。まだ、当時はそれほど実績が無く、スタジオの意向を聞かざるを得なかったのでしょうが、惜しい気がします。

 エドワード・G・ロビンソンは「キー・ラーゴ」でもカードをやっていたなあ(その時の相手はハンフリー・ボガードだった)。

The Cincinnati Kid (1965).jpgThe Cincinnati Kid (1965) .jpgシンシナティ・キッド poster.pngThe Cincinnati Kid (1965) 「シンシナティ・キッド」●原題:THE CINCINNATI KID●制作年:1965年●制作国:アメリカ●監督:ノーマン・ジュイソン●製作:マーティン・ランソホフ●脚本:リング・ラードナー・ジュニア/テリー・サザーン●撮影:フィリップ・H・ラスロップ●音楽:ラロ・シフリン(主題歌:レイ・チャールズ)●原作:リチャード・ジェサップ●103分●出シンシナティ・キッド s.jpg演:スティーブ・マックイーン/エドワード・G・ロビンソン/アン=マーグレット/カール・マルデン/チューズデイ・ウェルド/チューズデイ・ウェルド/ジョーン・ブロンデル/ジェフ・コーリー/リップ・トーン/ジャック・ウェストン/キャブ・キャロウェイ●日本公開:1965/10●配給:MGM映画(評価:★★★☆)


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今まで観たシリーズ作品の中では一番。"リップサービス"がそのままタイトルに?

007_ロシアより愛をこめてps.jpg007_ロシアより愛をこめてdvd601_.jpg 007_ロシアより愛をこめてdvd60_.jpg 007_ロシアより愛をこめてdvd_.jpg ダニエラ・ビアンキ.jpg
ロシアより愛をこめて (デジタルリマスター・バージョン) [DVD]」「ロシアより愛をこめて (アルティメット・エディション) [DVD]」「ロシアより愛をこめて(デジタルリマスター・バージョン) [DVD]」 ダニエラ・ビアンキ

007_ロシアより愛をこめて es.jpg 犯罪組織「スペクター」は、クラブ諸島の領主ノオ博士の秘密基地を破壊し、アメリカ月ロケットの軌道妨害を阻止した英国海外情報局の諜報員007ことジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)への復讐、それもソビエト情報局の美人女性情報員と暗号解読機「レクター」を餌にボンドを「辱めて殺す」ことで両国に泥を塗り外交関係を悪化させ、さらにその機に乗じて解読機を強奪するという、一石三鳥の計画を立案した。実はスペクターの女性幹部であるソビエト情報局のローザ・クレッ007_ロシアより愛をこめて0ges.jpgブ大佐(ロッテ・レーニャ)は、真相を知らない部下の情報員タチアナ・ロマノヴァ(ダニエラ・ビアンキ)を騙し、暗号解読機を持ってイギリスに亡命する様、また亡命時にはボンドが連行することが条件だと言うように命令する。英国海外情報局のトルコ支局長・ケリム(ペドロ・アルメンダリス)からタチアナの亡命要請を受けたボンドは、罠の匂いを感じつつも、トルコのイスタンブルに赴いた。しかし、そこにはスペクターの刺客・グラント(ロバート・ショウ)が待っていた―。

007_ロシアより愛をこめて700.jpg 1963年公開の007シリーズ第2作で、監督は第1作と同じくテレンス・ヤング(1915-1994)。1964年4月日本初公開時の邦題は「007/危機一発」でした(意図的に誤字を使った)。1972年のリバイバル公開時に、タイトルを小説の題名に近い「007 ロシアより愛をこめて」に変えていますが、手元007/危機一発3.JPGにある『大アンケートによるミステリーサスペンス洋画ベスト150』('91年/文春文庫ビジュアル版)にもまだ「007/危機一発」とあり、但し、「ロシアより愛をこめて」と小さくカッコ付きであります(初公開時から主題歌の邦題は「ロシアより愛をこめて」だった)。この本では、ミステリーサスペンス洋画全体の中で15位に入っており、007シリーズの中では最上位にきていますが、個人的にも、今まで観たシリーズ作品の中では一番良かったかと思います。

 イアン・フレミングの原作では、英国情報部vs,ソ連情報部という構図になっているのを、映画の方は脱イデオロギー化と言うか、秘密組織スペクターを敵役にして、ソ連、英国、スぺクターの三つ巴に改変していますが、それでも、当時のソ連にとって好ましくない描写もあったため、同国ではその後007シリーズは御法度とされていたようです。一方、日本国内では、配給収入は約2億4千万円と、前作「007は殺しの番号」に比べ4倍の収入増でした。

007_ロシアより愛をこめて dv.jpg ボンドガールはダニエラ・ビアンキ。知的な雰囲気を醸す美形であり、彼女が演じる秘密情報員タチアナ・ロマノヴァは、偽上司クレッブ大佐(ロッテ・レーニャ)の計略で「祖国のために」ボンドを籠絡すべくスパイとして彼の下へ遣わされて、結局、ボンドのことを好きになってしまうわけで、このパターンは後のボンドガールにも多くみられるタイプであり、また彼女は、その頂点に立つと言っていいかもしれません。

ロシアより愛をこめて1.jpg 前作「007 ドクター・ノオ」('62年)のシルビア・トレンチもこれに近いですが、殺されもしなければ、ボンドとよろしくやるにも至らず、結局ボンドに追い返されてしまう脇役のボンドガールでした。そのシルビア・トレンチを演じたユーニス・ゲイソンが、この「ロシアより愛をこめて」では冒頭、ボンドとハイキングを楽しむガールフレンド役で出ていて、役名クレジットは同じくシルビア・トレンチとなっています(ボンドは結局、呼び出し指令でハイキングを途中できりあげることになるのだが)。

007_ロシアより愛をこめてq.jpg レギュラー・キャラクターは、第1作から出ていたボンドの上司にあたるM(バーナード・リー)やその秘書マネーペニー(ロイス・マクスウェル)に加えて、秘密兵器担当のQ(デスモンド・リュウェリン)が登場してコマが揃った感じです。例によって、ボンドが最初はやや珍奇で使うことはあるまいと見ていたようなアタッシュケースに仕込まれたその秘密兵器が、いざという時にボンドの窮地を救うことに...(武器以外に金貨が仕組まれていたのも計算づくだったのか)。

007_ロシアより愛をこめて8es.jpg お話の舞台は殆どイスタンブールで、ボンドがタチアナの持ち出したソ連領事館の青写真を入手する場所が聖ソフィア寺院だったりと、異国情緒充分です。ボンド・カーはまだ出てきませんが、オリエント急行からトラックへ、トラックからモーターボートと乗り継いでヴェネツィアへ向かうという流れで、世界の景勝地を飛びまわる豪華観光映画的絵作りがここに出来上がったとも言えます。

From Russia with Love .jpg オリエント急行内でのグラント(ロバート・ショウ)との対決が1つヤマ場なのですが、それまでにもボンドは、ロマの女性同士の男を奪い合っての決闘に巻き込まれたり、ラストでも、全て終わって一安心と思ったら、ホテルのメイドに化けていたクレッブに襲われたりと盛り沢山で、ノン・ストップ007_ロシアより愛をこめてls.jpg・ムービーと言っていいかも。但し、格闘アクションに関しては、ボンドとグラントの殴り合いさえも今観ると何となくやや地味で(列車内で狭い)、最後のクレッブなどは、ボンドに立ち向かうにしても靴先に忍ばせた毒針が武器とホント地味、しかも教え子のタチアナに寝返られてやや気の毒ささえも漂いました(でも、こうした手作り感にに加え、スパイの哀切感もあって悪くないか)。

007_ロシアより愛をこめてss.jpg 「ロシアより愛をこめて」の邦題は、 "From Russia with Love"の原題の意に、「ロシアを愛する以上にあなたを愛する」というタチアナの気持ちを懸けたとの説もありますが、やや無理があるのでは。この作品では、これから任務に就くボンドからマネーペニーへの書き置きとして、この"From Russia with Love"というフレーズが登場します。ボンドに恋愛感情を持つマネーペニーが色々な方法でボンドにアピールするもののボンドにその気はなく、いつも"リップサービス"のみで返すのがシリーズのお決まりとなりますが、その"リップサービス"がそのままタイトルになっているというのはちょっと面白い気がします。

007_ロシアより愛をこめて6.jpg「007 ロシアより愛をこめて(007/危機一発)」●原題:007 FROM RUSSIA WITH LOVE●制作年:1963年●制作国:イギリス●監督:テレンス・ヤング●製作: ハリー・サルツマン/アルバート・R・ブロッコリ●脚本:リチャ007 ロシアより愛をこめて.2.jpegード・メイボーム●撮影:テッド・ムーア●音楽:ジョン・バリー●原作:イアン・フレミング●110分●出演:ショーン・コネリー/ダニエラ・ビアンキ/ペドロ・アルメンダリス/ロッテ・レーニャロバート・ショウ/バーナード・リー/ロイス・マクスウェル/デスモンド・リュウェ007_ロシアより愛をこめてges.jpgリン/マルティーヌ・ベズウィック/ユーニス・ゲイソン/ヴラデク・シェイバル/ヴラディク・シェイバル●日本公開:1964/04●配給:ユナイテッド・アーティスツ(評価:★★★★)
Robert Shaw(1927-78/享年51)/Lotte Lenya(1898-1981/享年83)
ロバート・ショウ in 「007 ロシアより愛をこめて」('63年)/「スティング」('73年)/「ジョーズ」('75年)
ロバート・ショー007.jpgロバート・ショー スティング.jpgロバート・ショー jaws.jpg

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敵の要塞のすぐそばでビキニ美女が貝殻採りをしているという、この緩さ(ノー天気)がいい?

007 ドクター・ノオ ps5.jpg007 ドクター・ノオ ps.jpg007 ドクター・ノオ [DVD].jpg  007 ドクター・ノオes.jpg
007 ドクター・ノオ アルティメット・エディション [DVD]」ウルスラ・アンドレス

 アメリカの要請で、月面ロケット発射を妨害する不正電波を防ぐ工作をしていたジャマイカ駐在の英国諜報部員ジョン・ストラングウェイズ(ティム・モクソン)とその新人助手メアリー(ドロレス・キーター)が消息を絶つ。英国情報部「MI6」に所属する諜報員「007」こと、ジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)はM(バーナード・リー)から、その捜査を命じられる。CIAのフィリックス・ライター(ジャック・ロード)や、クォレル(ジョン・キッツミラー)らと協力し、ボンドはリモコンによってジャイロスコープコントロールを狂わせる装置が使用され、その発信地がジャマイカ付近であることを突き止める。アメリカの月面ロケット打ち上げを目前に控え、ボンドはその妨害者の発見と危機回避のため、近づく者は一人として無事に帰ったことのない「ドラゴン」の伝説がある「クラブ・キー」のノオ博士(ジョセフ・ワイズマン)の秘密基地へ乗り込む―。

007 ドクター・ノオ ps6.jpg007は殺しの番号.JPG 1962 年公開の007シリーズ第1作で、1963年6月日本初公開時の邦題は「007は殺しの番号」でした(手元にある『大アンケートによるミステリーサスペンス洋画ベスト150』('91年/文春文庫ビジュアル版)にもまだ「007は殺しの番号」とある)。事前の評価はさほど高いとは言えず、同年公開された1963年度の外国映画配給収入でもベスト10にも入りませんでしたが、シリーズが続くにつれて次第に評価が高まり、同シリーズ作品の人気ランキングで上位にくることも多いようです。

007 ドクター・ノオ2.jpg そう思って観ると、第1作にしてタイトルデザイン、テーマ音楽、ヒーロー像などが確立されているというのは、今思えばやはりスゴイことかも。ボンドの上司にあたる〈M〉やその秘書〈マネー007 ドクター・ノオ 05.jpgペニー〉などシリーズのレギュラー・キャラクターが既に登場するしており、はっきりと名乗る形で出ていないのは、秘密兵器担当の〈Q〉ぐらいでしょうか。

ジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)/マネーペニー(ロイス・マクスウェル)

 米ソの宇宙開発競争をバックにしたストーリーですが、背景そのものがやや荒唐無稽? そうした荒唐無稽さもシリーズ初期作品にほぼ連なる特徴で、例えばシリーズ第5作で若林映子、浜美枝らがボンドガールを務めた「007は二度死ぬ」('67年)でも、アメリカとソ連の宇宙船が謎の飛行物体に捉えられるという事件が起こり、米ソ間が一触即発の状態になるというのがイントロでした(殆ど円谷プロ特撮の子供向け番組のような宇宙シーンが冒頭ある)。

007 ドクター・ノオ16.jpg ボンドガールに関しては、ウルスラ・アンドレス(以前はアーシュラ・アンドレスと表記されていた)演ずるハニー・ライダーが白いビキニ姿で海から上がってくるシーンは、シリーズを通しても有名なシーンの一つとなりましたが(ウルスラ・アンドレスは007 ドクター・ノオ72.jpgスイス出身で英語がおぼつかなく、彼女の声のみ吹き替え)、考えてみれば、「近づく者は一人として無事に帰ったことのない」と言われるクラブ島で、ビキニの美女が呑気に貝殻採りをしているというのがあまりにいい加減?(この緩さと言うか、いい加減さがいいともとれるが)。それを偶々見つけたボンドはニンマリしてしまいますが、これは、プレイボーイとしてのボンド像を早く定着させようという狙いか。

007 ドクター・ノオges.jpg007 ドクター・ノオ02.jpg 以降のシリーズ作のボンドガールは、ボンドの敵役のガールフレンドや敵国の女性スパイなど、ボンドと対立する立場からプレイボーイのボンドの手練にかかって寝返るパターンが多いため、むしろ、作戦上ボンドを誘惑しようとして、ボンドの住まいに勝手に押しかけてきて、ボンドが帰ってくる間ワイシャツ1枚でゴルフのパターの練習をしていたシルビア・トレンチ(ユーニス・ゲイソン)の方が正統派ボンドガールと言えるかも(最後はボンドに追い返されてしまうけれど、シリーズ第2作「007 ロシアより愛をこめて」('63年)にボンドのガールフレンド役で再登場する)。

 この考え方でいくと、「007は二度死ぬ」の若林映子と浜美枝は本筋のボンドガールではなく、ヘルガ・ブラントを演じたカリン・ドールがそれに該当するのか(最後、気の毒に、スペクターの秘密基地で裏切り者としてピラニアのいる人工川に落とされてしまう)。007   ドクター・ノオes.jpg但し、ボンドガールには、MI6から派遣されたボンドの助手や同一の敵を追う別の諜報機関の女性エージェントがボンドに手を貸したりボンドを出し抜いたりしながら最後はボンドとよろしくやるというパターンもあり、若林映子などはこれに該当します(日本の公安のエージェント役)。でも、敵の要塞がある島で、生活のためとは007 ドクター・ノオ(1).jpg言え法螺貝など探しているノー天気なボンドガールというのはさすがにそうしたパターンを後のシリーズ作に見出すのは難しく、そうした意味でもユニークと言えばユニークだったかもしれません(結果的には彼女も、泥川の中ボンドらを導いたり、ボンドと共にスペクターに捉えられたりと、結構頑張ったり散々な目に逢ったりするのだが、体力勝負には自信ありそうなボンドガールだった)。

007 ドクター・ノオ s.jpgdoctor no.jpg「007 ドクター・ノオ(007は殺しの番号)」●原題:007 DR. NO●制作年:1962年●制作国:イギリス●監督:テレンス・ヤング●製作: ハリー・サルツマン/アルバート・R・ブロッコリ●脚本:リチャード・メイボーム/ジョアンナ・ハーウッド/バークレイ・マーサー●撮影:テッド・ムーア●音楽:モンティ・ノーマン●原作:イアン・フレミング●105分●出演:ショーン・コネリ007 ドクター・ノオ 9.2.jpeg007 ドクター・ノオw.jpgー/ジョセフ・ワイズマン/ウルスラ・アンドレス/バーナード・リー/ピーター・バートン/ジョン・キッツミラー/ゼナ・マーシャル/ユーニス・ゲイソン/007 ドクター・ノオes.jpg007 ドクター・ノオ69.jpgロイス・マクスウェル/ジャック・ロード/アンソニー・ドーソン/ティム・モクソン/ドロレス・キーター●日本公開:1963/06●配給:ユナイテッド・アーティスツ(評価:★★★☆)

Joseph Wiseman(1918-2009/享年91)

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ワイルダーのシャーロック。「SHERLOCK/ベルグレービアの醜聞」に影響を与えた?

シャーロック・ホームズの冒険 ps.jpgシャーロック・ホームズの冒険 1970 dvd.jpg シャーロック・ホームズの冒険 1970.jpg  SHERLOCK(シャーロック)/ベルグレービアの醜聞2.jpg
シャーロック・ホームズの冒険(特別編)[DVD]」「SHERLOCK/シャーロック シーズン2 [DVD]」(「SHERLOCK(第4話)/ベルグレービアの醜聞」)

シャーロック・ホームズの冒険 1970 001.jpg ジョン・ワトスン医師の死後50年が経過し、遺言に沿って未発表の記録が公開された。19世紀末のロンドン。私立探偵シャーロック・ホームズ(ロバート・スティーブンス)はロシアのプリマバレリーナから強引な求婚を受ける。ホームズは助手ワトスン(コリン・ブレークリー)とホモ関係にあると偽って求婚から逃れるが、それを知ったワトソンを怒らせる。この騒動から一息ついた彼らの元に、記憶喪失の女性が運び込まれる。ホームズの機転により記憶を取り戻したシャーロック・ホームズの冒険 1970 002.jpgシャーロック・ホームズの冒険 1970 03.jpg彼女ガブリエル(ジュヌヴィエーヴ・パージュ)の依頼で、ホームズ達は行方不明の彼女の夫を探し始めるが、ホームズの兄マイクロフト(クリストファー・リー)が調査の中止を勧告する。ホームズは表面上忠告に従うふりをするも、ホームズとガブリエルが夫婦、ワトソンが執事と身分を偽って捜査を続ける。スコットランドのネス湖畔を訪れた彼らはガブリエルの夫の死を知る。真相を求めて更に捜査を続け、ネス湖にボートで漕ぎ出した3人の眼前に、伝説の怪物ネッシーが姿を現す―。

シャーロック・ホームズの冒険 1970 1.jpg ビリー・ワイルダーが脚本・監督・製作を担当した1970年公開作。邦題はコナン・ドイルの短編集と同じで、一応、原作もドイルになっていますが、ストーリー内容は原作にはないオリジナルです(そもそも最初にネッシー騒動が起きたのはドイルの死の3年後の1933年のこと)。この作品、当初は、「逆さまの部屋の珍事件」「ロシア人バレリーナの奇妙な事情」「ホームズのビックリ仰天旅シャーロック・ホームズの冒険te.jpg行」「裸のハネムーン・カップルにご用心」という4つのエピソードが盛り込まれた4時間近い大作でしたが、公開にあたって配給会社の要請で2時間ほどに編集され、バレリーナからの求婚のエピソードを序盤に残し、謎の美女とネッシーに纏わるエピソード(「ホームズのビックリ仰天旅行」)をメインに据える内容となっています。カットされたフィルムの多くは現存しないそうですが、全体としてはホームズの生活に身近な事件が主だったのが、国家機密に関わる大仰な事シャーロック・ホームズの冒険7A.jpg件がメインストーリーとして残ったため、原題にある"Private Life"からもやや遠くなってしまったようです(マイケル&モリー・ハードウィックによるノベライゼーションが『シャーロック・ホームズの優雅な生活』の邦題で創元推理文庫から刊行されているが、当然のことながら4話中の映像化された部分しか扱っていない)。

シャーロック・ホームズの冒険 1970 スコットランド.jpg 冒頭のバレリーナからの求婚のエピソードも面白いけれど、一部を残したのが結果として取って付けた感じになり、全体のバランスを欠く原因にもなっています。ただ、モリー・モーリンがヴィクトリア女王役で出てくることはさて置いて、全体として、ロンドンの街中の様子やホームズの下宿の様子などにおいてヴィクトリア朝時代の雰囲気をよく伝えており、スコットランドの風景も美しく、ファンの間では必ずしも評価は低くはないようです。

シャーロック・ホームズの冒険 1970 01.jpg おそらく全体としてコメディタッチであったと思われ、コリン・ブレークリー演じるワトスンがかなり軽い、というか、お調子者のように描かれていますが、ロバート・スティーブンス演じるシャーロックもややエキセントリックな部分が強調された描かれ方をしており、ちょうど最近のTV版「SHERLOCK(シャーロック)」のベネディクト・カンバーバッチ演じるシャーロック像の先駆け的な雰囲気を醸しています。因みに、「SHERLOCK」のプロデューサー、スティーヴン・モファットは、「コメディであるが故に、かえって原作のことがよく分かる」としてこの作品を絶賛しています。

シャーロック・ホームズの冒険 1970 02.jpg ジュヌヴィエーヴ・パージュ演じるガブリエルは、謎深く、また魅力的に描かれていて作品に華を添えており(むしろ推理という点では、ホームズの方が欺かれ放しであまりぱっとしない)、ビリー・ワイルダーらは、「ボヘミアの醜聞」に出てくる、ホームズが唯一愛した女性であると"推察される"アイリーン・アドラーに匹敵するような女性を、独自に創生したように思われます。因みに「ボヘミアの醜聞」の「SHERLOCK」版である「ベルグレービアの醜聞」('11年/英)では、アイリーンがベルグレービアの醜聞001.jpgベルグレービアの醜聞002.jpg全裸でホームズの前に現れ、ラストではホームズが、異国の地でスパイとして処刑される寸前のアイリーンを死地から救ったように見えますが、おそらく、そうした際どい場面や飛躍した結末は、この作品の影響を受けているのではないでしょうか。
SHERLOCK/ベルグレービアの醜聞」('11年/英)[TVシリーズ版]

シャーロック・ホームズの冒険 1970 ps.jpgシャーロック・ホームズの冒険 1970dvd.jpgシャーロック・ホームズの冒険 [DVD]
「シャーロック・ホームズの冒険」●原題:THE PRIVATE LIFE OF SHERLOCK HOLMES●制作年:1970年●制作国:アメリカ●監督・製作:ビリー・ワイルダー●脚本:ビリー・ワイルダー/I・A・L・ダイアモンド●撮影:クリス・チャリス●音楽:ミクロス・ローシャーロック・ホームズの冒険 1970  クリストファー・リー.jpgザ●原作:アーサー・コナン・ドイル●時間:125分●出演:ロバート・スティーブンス/コリン・ブレークリー/ジュヌヴィエーヴ・パージュ/クリストファー・リー/アイリーン・ハンドル/モリー・モーリン/クライヴ・レヴィル/スタンリー・ハロウェイ/タマラ・トゥマノヴァ●日本公開:1971/03●配給:ユナイテッド・アーティスツ(評価:★★★☆)

A Scandal in Belgravia 003.png「SHERLOCK(シャーロック)(第4話)/ベルグレービアの醜聞」」●原題:SHERLOCK:A SCANDAL IN BELGRAVIA●制A Scandal in Belgravia 022.jpg作年:2011年●制作国:イギリス●演出:ポール・マクギガン●脚本:スティーブン・モファット●出演:ベネディクト・カンバーバッチ/マーティン・フリーマン/ララ・パルバー/ルパート・グレイヴス/ウーナ・スタッブズ/マーク・ゲイティス/アンドリュー・スコット●日本放映:2012/07●放映局:NHK-BSプレミアム(評価:★★★★)

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'読むだけでも楽しめるが、(巧みな語り口に乗せられて)まだ観ていない映画を観たくなる本。

私の映画の部屋_.jpg 私の映画の部屋.jpg  めぐり逢い dvd.jpg 魚が出てきた日 dvd.jpg
私の映画の部屋 (文春文庫)』「めぐり逢い [DVD]」「魚が出てきた日 [DVD]」 
私の映画の部屋―淀川長治Radio名画劇場 (1976年)

 この「私の映画の部屋」シリーズは、70年代にTBSラジオで月曜夜8時から1時間放送されていた「淀川長冶・私の映画の部屋」を活字化したもので、1976(昭和51年)刊行の本書はその第1弾です。著者の場合、1966(昭和41)年から始まったテレビ朝日系「日曜洋画劇場」(当初は「土曜洋画劇場」)の解説者として番組開始から死の前日までの32年間出演し続けたことでよく知られていますが、先行した当ラジオの方は、番組時間枠の内CM等を除く40分が著者の喋りであり、それを活字化した本書では、「日曜洋画劇場」でお馴染みの淀川長治調が、より長く、また、より作品中身に踏み込んだものとして楽しめます。

 本書の後、シリーズ的に、続、続々、新、新々と続きますが、この第1弾の単行本化時点で既に140回分が放送されており、その中から13回分を集めて本にしたとのことで、「チャップリンの世界」から始まって、かなりの選りすぐりという印象を受けます(但し、どの回を活字化するかは版元のTBSブリタニカが決めたとのこと)。

「めぐり逢い」1957G.jpg 個人的には、昔は淀川長冶ってそれほどスゴイとは思っていなかったのですが、今になってやはりスゴイ人だったんだなあと思ったりもします。作品解説もさることながら、作品を要約し、その見所となるポイントを抽出する技は絶妙という感じです。本書で言えば、例えば、レオ・マッケリー監督、ケーリー・グラント、デボラ・カー主演の「めぐり逢い」('57年、原題:An Affair to Remember)のラストシーンのエンパイアステートビルで出会えなかった2人が最後の最後に出会うシーンの解説などは、何だか今目の前に映画のスクリーンがあるような錯覚に陥りました。この映画、最初観た時はハーレクイン・ロマンスみたいと思ったけれど、今思えばよく出来ていたと(著者に指摘されて)思い直したりして...。これ自体が同じレオ・マッケリー監督作でシャルル・ボワイエ、アイリーン・ダン主演の「邂逅(めぐりあい)」('39年、原題:Love Affair)のリメイクで(ラストを見比べてみるとその忠実なリメイクぶりが窺える)、その後も別監督により何度かリメイクされています。トム・ハンクス、メグ・ライアン主演の「めぐり逢えたら」('98年)では、邂逅の場所をエンパイアステートビルがら貿易センタービルに変えていましたが、何とオリジナルにある行き違いはなく2人は出会えてしまいます。これでは著者の名解説ぶりが発揮しようがないのではないかと思ってしまいますが、でも、あの淀川さんならば、いざとなったらそれはそれで淀川調の解説をやるんでしょう。

Le bonheur 「幸福 [DVD]
幸福 DVD_.jpg 章ごとに見ていくと、「女の映画」の章のアニエス・ヴァルダ監督の「幸福(しあわせ)」('65年)、フランソワ・トリュフォー監督の「黒衣の花嫁」('68年)とトニー・リチャードソン監督「マドモアゼル」('66年)が、著者の解説によって大いに興味を惹かれました。「幸福」は、夫の幸福のために自殺する妻という究極愛を描いた作品。「黒衣の花嫁」は、結婚式の場で新郎を殺害された新婦の復讐譚。「マドモアゼル」は周囲からはいい人に見られているが、実は欲求不満の捌け口をとんでもない事に見出している女教師の話。「ルイ・マル」の章の「死刑台のエレベーター」('57年)、「黒衣の花嫁 DVD.jpgマドモアゼル DVD.jpg恋人たち」('58年)もいいけれど、「黒衣の花嫁」「マドモアゼル」共々ジャンヌ・モロー主演作で、ジャンヌ・モローっていい作品、スゴイ映画に出ている女優だと改めて思いました。
黒衣の花嫁 [DVD]」「マドモアゼル [DVD]

昨日・今日・明日.jpg昨日・今日・明日P.jpgひまわり ポスター.bmp イタリア映画では、ビットリオ・デ・シーカの「昨日・今日・明日」('63年)、「ひまわり」('70年)に出ているソフィア・ローレンがやはり華のある女優であるように思います(どちらも相方はマルチェロ・マストロヤンニだが、片や喜劇で片や悲劇)。
「昨日・今日・明日」輸入版ポスター

魚が出てきた日7.jpg魚が出てきた日ps2.jpg あと個人的には、「ギリシア映画」の章のマイケル・カコヤニス製作・脚本・監督の「魚が出てきた日」('68年)が懐しいでしょうか。スペイン沖で核兵器を積載した米軍機が行方不明になったという実際に起きた事件を基にした、核兵器を巡ってのギリシアの平和な島で起きた放射能汚染騒動(但し、島の地元の人たちは何が起きているのか気魚が出てきた日3.jpgづいていない)を扱ったブラックコメディで、ちょっと世に出るのが早すぎたような作品でもあります。
1968年初版映画パンフレット 魚が出てきた日 ミカエル・カコヤニス監督 キャンディス・バーゲン トム・コートネー コリン・ブレークリー
THE DAY THE FISH COME OUT 1967  c.jpg トム・コートネイ、サム・ワナメイカー、キャンディス・バーゲンが出演。キャンディス・バーゲンって映画に出たての頃からインテリっぽい役を地でやっていて、しかも同時に、健康的なセクシーさがありました。

Candice Bergen in 'The Day The Fish Came Out', 1967.

 読むだけでも楽しめますが、(巧みな語り口に乗せられて)まだ観ていない映画を拾って観たくなる、そうした本でした。

「めぐり逢い」1957ps.jpg「めぐり逢い」1957EO.jpg「めぐり逢い」●原題:AN AFFAIR TO REMEMBER●制作年:1957年●制作国:アメリカ●監督:レオ・マッケリー●製作:ジェリー・ウォルド●脚本:レオ・マッケリー/デルマー・デイヴィス/ドナルド・オグデン・ステュワート●撮影:ミルトン・クラスナー●音楽:ヒューゴ・フリードホーファー●原案:レオ・マッケリー/ミルドレッド・クラム●時間:119分●出演:ケーリー・グラント/デボラ・カー/リチャード・デニング/ネヴァ・パターソン/キャスリーン・ネスビット/ロバート・Q・ルイス/チャールズ・ワッツ/フォーチュニオ・ボナノヴァ●日本公開:1957/10●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:高田馬場・ACTミニシアター(85-11-03)(評価:★★★☆)●併映:「ティファニーで朝食を」(ブレイク・エドワーズ)

SLEEPLESS IN SEATTLE.jpgめぐり逢えたら 映画 dvd.jpg「めぐり逢えたら」●原題:SLEEPLESS IN SEATTLE●制作年:1993年●制作国:アメリカ●監督:ノーラ・エフロン●製作:ゲイリー・フォスター●脚本:ノーラ・エフロン/デヴィッド・S・ウォード●撮影:スヴェン・ニクヴィスト●音楽:マーク・シャイマン●原案:ジェフ・アーチ●時間:105分●出演:トム・ハンクス/メグ・ライアン/ビル・プルマン/ロス・マリンジャー/ルクランシェ・デュラン/ルクランシェ・デュラン/ギャビー・ホフマン/ヴィクター・ガーバー/リタ・ウィルソン/ロブ・ライナー●日本公開:1993/12●配給:コロンビア映画(評価:★★☆)
めぐり逢えたら コレクターズ・エディション [DVD]

死刑台のエレベーター01.jpg死刑台のエレベーター.jpg「死刑台のエレベーター」●原題:ASCENSEUR POUR L'ECHAFAUD●制作年:1957年死刑台のエレベーター2.jpg●制作国:フランス●監督:ルイ・マル●製作:ジャン・スイリエール●脚本: ロジェ・ニミエ/ルイ・マル●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:マイルス・デイヴィス●原作:ノエル・カレフ●時間:95分●出演:モーリス・ロネ/ジャンヌ・モロー/ジョルジュ・プージュリー/リノ・ヴァンチュラ/ヨリ・ヴェルタン/ジャン=クロード・ブリアリ/シャルル・デネ●日本公開:1958/09●配給:ユニオン●最初に観た場所:新宿アートビレッジ (79-02-10)●2回目:高田馬場・ACTミニシアター(82-10-03)●3回目:六本木・俳優座シネマテン(85-02-10)(評価:★★★★☆)●併映(1回目):「恐怖の報酬」(アンリ=ジョルジュ・クルーゾー)/(2回目):「大人は判ってくれない」(フランソワ・トリュフォー) 
死刑台のエレベーター [DVD]

LES AMANTS 1958 3.jpg恋人たち モロー dvd.jpg「恋人たち」●原題:LES AMANTSD●制作年:1958年●制作国:フランス●監督:ルイ・マル●製作:イレーネ・ルリッシュ●脚本:ルイ・マル/ルイ・ド・ヴィルモラン●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:ヨハネス・ブラームス●原作:イヴァン・ドノン「明日はない」●時間:95分●出演:ジャンヌ・モロー/ジャン・マルク・ボリー/アラン・キュニー/ホセ・ルイ・ド・ビラロンガ/ジュディット・マーグル/ガストン・モド/ジュディット・マーレ●日本公開:1959/04●配給:映配●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(14-07-08)(評価:★★★★)
恋人たち【HDマスター】《IVC 25th ベストバリューコレクション》 [Blu-ray]
Himawari(1970)
Himawari(1970).jpg
「ひまわり」.jpg「ひまわり」●原題:I GIRASOLI(SUNFLOWER)●制作年:1970年●制作国:イタリア・フランス・ソ連●監督:ヴィッひまわり01.jpgトリオ・デ・シーカ●製作:カルロ・ポンティ/アーサー・コーン●脚本:チェザーレ・ザsunflower 1970.jpgバッティーニ/アントニオ・グエラ/ゲオルギス・ムディバニ●撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ●音楽:ヘンリー・マンシーニ●時間:107分●出演:マルチェロ・マストロヤンニ/ソフィア・ローレン/リュドミラ・サベーリエワ/アンナ・カレーナ/ジェルマーノ・ロンゴ/グラウコ・オノラート/カルロ・ポンティ・ジュニア●日本公開:1970/09●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:目黒シネマ(83-05-01)(評価:★★★★)●併映:「ワン・フロム・ザ・ハート」(フランシス・フォード・コッポラ)  
 
魚が出てきた日ps3.jpg魚が出てきた日4.jpg THE DAY THE FISH COME OUT 1967 .jpg魚が出て来た日lp.jpg「魚が出てきた日」●原題:THE DAY THE FISH COME OUT●制作年:1967年●制作国:アキャンディス・バーゲンM23.jpgメリカ●監督・製作・脚本:マイケル・カコヤニス●撮影:ウォルター・ラサリー●音楽:ミキス・テオドラキス●時間:110分●出演:トム・コートネイ/キャンディス・バーゲン/サム・ワナメーキャンディス・バーゲン ボストン・リーガル.jpgカー/コリン・ブレークリー/アイヴァン・オグルヴィ/中野武蔵野ホール.jpgディミトリス・ニコライデス/ニコラス・アレクション●日本公開:1968/06●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:中野武蔵野館(78-02-24)(評価:★★★☆)●併映:「地球に落ちてきた男」(ニコラス・ローグ) 中野武蔵野館 (後に中野武蔵野ホール) 2004(平成16)年5月7日閉館 
キャンディス・バーゲン in 「ボストン・リーガル」 Boston Legal (ABC 2004~2008) ○日本での放映チャネル:FOX CRIME(2007~2011)

【1985年文庫化[文春文庫(『私の映画の部屋』)]】
 

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公安トップの移動手段は「丸ノ内線」の専用車両! 珍品的色合いが濃いが、映像的には貴重か。
007は二度死ぬ チラシ.jpgYOU ONLY LIVE TWICE 基地.jpg YOU ONLY LIVE TWICE images.jpg
007は二度死ぬ [DVD]

You Only Live Twice 3.jpg アメリカとソ連の宇宙船が謎の飛行物体に捉えられるという事件が起こり、米ソ間が一触即発の状態になるものの、英国の情報機関である MI6はその宇宙船が日本周辺から飛び立っているという情報を掴み、その真偽を確かめるために、ジェームズ・ボンド(ショーン・コネリー)が日本に派遣されることになる。ボンドは敵の目を欺くため、英国の植民地の香港の売春宿で、情報部により用意された現地の女性リン(ツァイ・チン)の手引きによって、寝室になだれ込んだ殺し屋にマシンガンで銃撃され死んだことに。その後ビクトリア・ハーバー内にYOU ONLY LIVE TWICE 05.jpg停泊するイギリス海軍の巡洋艦上で水葬され、その遺体を回収したイギリス海軍の潜水艦で隠密裏に日本へ。日本上陸後は、蔵前国技館で謎の女アキ(若林映(あき)子)と会い、彼女を通じて日本の公YOU ONLY LIVE TWICE 06.jpg安のトップ・タイガー田中(丹波哲郎)に会うが、在日オーストラリア人の捜査協力者のヘンダーソンは直後に殺されてしまう。その殺し屋は大里化学工業の本社から送られた者だと知ったボンドは、化学薬品を取り扱うビジネスマンを装って大里化学工業の東京本社に赴き、大里社長とその秘書ヘルガ・ブラント(カリン・ドール)と接触する―。 (右:サンヨー・テレビ「日本」の梱包)

『007号は二度死ぬ』早川書房.jpgYOU ONLY LIVE TWICE 08.jpg 事件の背後にはスペクターの影があり、ボンドはタイガー田中の助けを得てスペクターの秘密基地に潜入、宿敵ブロフェルド(「大脱走」('63年)、「刑事コロンボ/別れのワイン」('73年)のドナルド・プレザンス)と対決するというシリーズの第5作。原作はイアン・フレミングによるシリーズ第11作で(ハヤカワ・ポケット・ミステリの邦訳タイトルは『007号は二度死ぬ』)、脚本は、イアン・フレミングと親交のあったロアルド・ダール(ティム・バートン監督「チャーリーとチョコレート工場」 ('05年/米)として映画化された『チョコレート工場の秘密』の作者)であり、「女性を3人出し、最初の女はボンドの味方で敵方に殺され、2番目の女は敵の手先でこれも殺され、3番目の女は殺されず映画の終わりにボンドがものにするように」というのがプロデューサーの指示だったそうですが、ほぼその通りに作られています。 
You Only Live Twice.jpgMie Hama as Kissy Suzuki in "You Only Live Twice"(1967)
Mie Hama as Kissy Suzuki in  最初は日本に潜入したボンドをリードする公安エージェントの女性役が浜美枝で、ボンドが地方に行って出会う海女のキッシー鈴木の役が若林映子だったそうで、この配役は「キングコング対ゴジラ」('62年/東宝)を観て浜を知ったスタッフからの若林映子と併せての指名だったとのことです(若林映子は個人的には「宇宙大怪獣ドゴラ」('64年/東宝)などでリアルタイムで見た。浜美枝と若林映子は「国際秘密警察鍵の鍵」('65年/東宝)でも共演している)。ところが浜美枝の語学力ではボンドをリードする公安エージェント役が務まらないということで、若林映子がエージェント(アキという役名になった)を演じ、浜美枝の方がキッシー鈴木役になったとのこと。但し、海女役になった浜美枝は、ロケ地に来て潜れないということがYou Only Live Twice akiko wakabayashi.jpg若林映子3.jpg判明し、ショーン・コネリーに同伴していた妻のダイアン・シレント(彼女は子供の頃から泳ぎが得意で潜水も長時間できた)が、映画でキッシーが潜るシーンはスタントするなどしたとのことで、撮影に際しては結構ドタバタだった面もあったようです。
Akiko Wakabayashi in James Bond film You Only Live Twice (1967)

 都内並びに日本の各所でロケを行っているという007は二度死ぬ ニューオータニ.jpg点では、昭和40年代前半の日本の風景を映し出していて貴重かも。都内では、旧蔵前国技館、銀座四丁目交差点、ホテルニューオータニなどで、地方では富士スピードウェイ、神戸港、 姫路城、鹿児島県坊津町などでロケをしています。日本的なものを都会と地方、現代と伝統の両面からピックアップしている意欲は買えますが、一方で、姫路城で手裏剣で塀を傷つけたりするなどのトラブルも生じさせています。
ホテルニューオータニのエントランス(Osato Chemical & Engineering Co., LTD.(大里化学工業)になっている。)

007は二度死ぬ87.jpg オープニングの影絵は浮世絵のイメージ? イアン・フレミングは親日家ではあったものの、日本文化に対する外国人特有の偏見や誤解もあり、あまりに奇異な見方であると思われる部分は丹波哲郎が撮影陣に進言して直させたりもしたようですが、ボンドと若林演じるアキや丹波演じるタイガーなど日本の公安との橋渡し役が横綱・佐田の山(!)だったり、タイガーの移動手段が地下鉄「丸ノ内線」の深夜の007は二度死ぬ 丸ノ内線.jpg専用車両(!)だったり(中野坂上駅でロケ。タイガーのオフィスは地下鉄の駅の「地下」にある。公安は顔を知られてはならず、そのため下手に地上を歩けないからというその理由がこじつけ気味)、さらに007は二度死ぬ nihon.jpg公安所属の特殊部隊が全員忍者装束(!)で日本刀を背負っていたりと、ちょっYOU ONLY LIVE TWICE 丹波.jpgと飛躍し過ぎていて、さすがの丹波哲郎でも口を挟みにくかった部分もあったのか(まあ、いいかみたいな感じもあったのか)、結果として「!」連続の珍品で、ボンドが日本人に変装することなども含「007は二度死ぬ」 (67年/米)2.jpgめ、現実味という観点からするとどうかなあと思わざるを得ません(非現実性はロアルド・ダールらしく、また007らしくもあるのだが。因みに丹波哲郎は、英語が不得手な浜美枝の降板を要請する英国側スタッフに対し、ここまできたらそれは難しいと交渉するくらいの英語力はあったが、発音は日本語訛りであったため、作中での本人の英語の台詞は吹き替えられている)。

 ロケット遭難事故の黒幕は米ソ何れでもなければどこか、日本にはそんな技術はあるとは思えない、と英国情報部は最初から日本に対し"上から目線"ですが、冒頭の宇宙船の特撮シーンは円谷プロでもあれくらいは出来たかもしれません。

 個人的に不満な点は(プロデューサーの指示とは言え)ずっと頑張っていたアキをあっさり死なせてしまった点でしょうか。ややあっけ無さ過ぎた印象を受けました。アキは江戸川乱歩の「屋根裏の散歩者」と同じトリックで寝ている間に殺され、その間ボンドも寝ていたというのはどうもねえ(女性を守り切れていない)と言いたくなります(近作「007 スカイフォール」('12年)でもボンドガールをあっさり死なせているが)。

YOU ONLY LIVE TWICE 朝日グラフ.jpg まあ、かなりの部分を日本で撮影しているということで、映像的価値並びに珍品的価値(?)を加味して星半個オマケといったところでしょうか。アジア人が最初にボンド・ガ007 ミシェル・ヨー.jpgールになった作品であり、この次にアジア人ボンド・ガールが誕生したのは「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」('97年)のミシェル・ヨーで、その間何と30年もあったわけだし、やっぱり若林映子、浜美枝の起用は今振り返っても画期的だったと言えるのだろうなあ。

若林映子 サルノ王女.jpg 若林映子は、「三大怪獣 地球最大の決戦」('64年/東宝)にもセルジナ公国のサルノ王女役で出ていましたが(サルノ王女の本名はマアス・ドオリナ・サルノ(まあ素通りなさるの!)。正体は5000年前、キングギドラによって滅ぼされた金星文明から地球に脱出してきた金星人の末裔の一人)、「007は二度死ぬ」の前年にTV番組の「ウルトラQ(第9話)/クモ男爵」('66年/TBS)にゲスト出演したりもしています。ストーリーは―、

桜井浩子/若林映(あき)子 in 「ウルトラQ/クモ男爵」('66年/TBS)
クモ屋敷で不安げな二人の美女(若林映子・桜井浩子).jpg ホテルのパーティに招かれた6人の男女客たちが、霧深い夜道を車を連ねて帰路に着く途中、竹原(鶴賀二郎)が誤って沼に落ちる。助けようとしたクモ男爵 若林1.jpg一平(西條康彦)も深みにはまり、後続車の万城目淳(佐原健二)と江戸川由利子(桜井浩子)、葉山(滝田裕介)と今日子(若林映子)が辛じて救出。霧が深くこれ以上車で先へ進めないので、淳たちはずぶ濡れの北原と一平をかかえて途方に暮れるが、沼の向う側に灯のついた洋館を発見、そちらに向かう。洋館の中は何十年も放置され荒れていたが、階上の方へ淳が行ってみると、そこで巨大なクモに突然襲われる。驚いて階投を転がり降りた淳は、九十年前いたという蜘蛛男爵の館みたいだと言う。その頃、地下のワイン倉庫にいっていた葉山は、例の巨大なクモに襲われ傷つく。淳たちは、はじめてここがまさに蜘蛛男爵の館であることに気づき、館から逃げ出そうとするが―。

クモ男 洋館.jpg 洋館は、コラムニストの泉麻人氏も言っていましたが、アルフレッド・ヒッチコックの映画「レベッカ」('40年/米)に出てくる邸宅みたいな雰クモ男爵カラー .jpg囲気があって良かったですが、男爵の死んだ娘がクモになり、娘の死を悲しんだ男爵自身もクモになっていまったという話はやや強引か(まあ、「ウルトラQ」は"強引"なスト-リーが多いのだが)。この回の視聴率は35.7%と(「ウルトラQ伝説」等による)シリーズ全27話の中では上位にくる数字を出しています。このシリーズ、総天然色版でDVDが出ているので、それでもう一度作品を鑑賞するとともに、若林映子や桜井浩子のファッションを見直してみるのもいいかも。

第9話「クモ男爵」.jpgウルトラQ.jpgクモ男爵 title.jpg「ウルトラQ(TV版・第9話)/クモ男爵」●制作年:1966年●監督:円谷一●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション●脚本:金城哲夫●撮影:内海正治●音楽:宮内国郎●特技監督:小泉一●出演:佐原健二/西條ウルトラQ クモ男爵 000.jpgウルトラQ クモ男爵 001.jpg康彦/桜井浩子/若林映子/滝田裕介/鶴賀二郎/永井柳太郎/岩本弘司/石坂浩二(ナレーター)●放送:1966/02/17●放送局:TBS(評価:★★★)      

007 wa nido shinu (1967)
007 wa nido shinu (1967) .jpg「007は二度死ぬ」●原題:YOU ONLY LIVE TWICE●制作年:1967年●監督:ルイス・ギルバート●製007は二度死ぬ 若林映子.jpg作:ハリー・サルツマン/アルバート・R・ブロッコリ●脚本:ロアルド・ダール●撮影:フレディ・ヤング●音「007は二度死ぬ」●2.jpg「007は二度死ぬ」●.jpg楽:ジョン・バリー●主題Kissy-Suzuki2-600x400.jpg歌:You Only Live Twice(唄:ナンシー・シナトラ)●原作:イアン・フレミング●時間:117分●出演:ショーン・コネリー丹波哲郎若林映子浜美枝/ドナルド・プレザンス/島田テル/カリン・ドール/チャールズ・グレイ/ツァイ・チン/ロイス・マクスウェル/デスモンド・リュウェリン/バーナード・リー●公開:1967/06●配給:ユナイテッド・アーティスツ (評価:★★★☆)
「007は二度死ぬ」 松崎真(ノンクレジット)/松岡きっこ(ノンクレジット)
007は2度死ぬ 松崎真.jpg007は2度死ぬ matuoka.jpg


松岡きっこ .jpg   
                              
                                  
                                                                              
 
「007は二度死ぬ」 若林映子/浜 美枝
o0420021311847920120.jpgYOU ONLY LIVE TWICE last.jpg                                                                                                                                                                               
                                                                                                                       
ホテルニューオータニ東京のエントランス
ホテルニューオータニ.jpgホテルニューオータニ東京 のエントランス - コピー.jpg
                                                                
若林映子 浜美枝  キングコング対ゴジラ 2.jpg若林映子 浜美枝  キングコング対ゴジラ.jpg

「キングコング対ゴジラ」('62年/東宝) 若林映子/浜 美枝
(共演:高島忠夫) 
 
国際秘密警察 鍵の鍵1.jpg国際秘密警察 鍵の鍵0.jpg国際秘密警察鍵の鍵(浜美枝・若林映子).jpg


 



 

 
 
  

国際秘密警察鍵の鍵(浜美枝・若林映子)1.jpg「国際秘密警察鍵の鍵」('65年/東宝) 若林映子/浜 美枝
(共演:三橋達也)

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「ロボット」という言葉を生み出しただけでなく、SFの一定のモチーフを確立させた作品。

カレル・チャペック 『ロボット』岩波.jpgカレル・チャペック 『ロボット』2.jpg チャペック戯曲全集.jpg カレル・チャペック戯曲集.jpg 2001年宇宙の旅 特別版.jpg
ロボット (岩波文庫)』['89年('03年版)]/『R.U.R.ロボット (カレル・チャペック戯曲集 (1))』['92年](表紙絵:ヨゼフ・チャペック)/『チャペック戯曲全集』['06年]/『カル・チャペック戯曲集〈1〉ロボット/虫の生活より』['12年](装丁・挿絵:和田誠) 「2001年宇宙の旅 特別版【ワイド版】 [DVD]

カレル・チャペック 『ロボット』 2.jpg 舞台はヨーロッパ旧世界を遠く離れた海の孤島、そこに建てられたロボット=人造人間の製造・販売会社、R.U.R.(エル・ウー・エル、ロッスムのユニバーサル・ロボット)社のオフィス。執務するドミン社長を、「人権連盟」会長の娘、ヘレナが訪問する。ロボット製造の起源、ロボットの性質、そしてロボットによる人類社会変革の理想を語るドミンと、おのおのの担当部門の観点からそれを説明・擁護する役員達を相手に、ヘレナは労働者として酷使されているロボット達が人道的扱いを受けられるよう申し入れるが―。
1920年版表紙
rur 1920.jpgカレル・チャペック 『ロボット』 原著.jpg 『山椒魚戦争』(1936)などでも知られているカレル・チャペック(1890-1938)は、大戦間のチェコスロバキアで最も人気のあった作家で、1920年刊行の戯曲『ロボット (R.U.R.)』は「ロボット」という言葉を生んだことでも知られています(本邦初訳は1923年『人造人間』(宇賀伊津緒:訳))。作者によれば、「ロボット」という言葉そのものは、カレル・チャペックの兄で画家・漫画家のヨゼフ・チャペックの発案から生まれたものだそうで、チェコ語のrobota(もともとは古代教会スラブ語での「隷属」の意)に由来しているとのこと。ストーリーは労働用に作られたロボットが人間に対して反乱を起こすというものです。

カレル・チャペック 『ロボット』 3.jpgフランケンシュタイン dvd.jpg 人間が自ら作ったものに襲われるというのは、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』(1818)以来ずっとあるテーマと言えるでしょう(映画「フランケンシュタイン」('31年/米)では怪物の呼び名はFrankenstein 博士による"creator"(創造物)となっている)。
 アイザック・アシモフ(1920-1992)がいわゆる「ロボット工学3原則」を提唱したのは、短編集『ロボットの時代』(1964)で自ら語っているところによれば、『フランケンシュタイン』や『R.U.R.』から延々と繰り返されてきた「ロボットが創造主を破滅させる」というプロットと一線を画すためであったようですが、アシモフの作品にも、創造主である人間に抵抗し滅ぼそうとするロボットが登場します。
 このチャペックの『ロボット』では、人間は最後アルクピストという建築士だけが生き残り、ロボット同士の結婚を認めるという(生殖機能を有している?)、ロボットにとってのハッピーエンドとなっています。
アルクピスト建築士 in 『ロボット (R.U.R.)』

人間ども集まれ!.jpg あの「鉄腕アトム」の生みの親である手塚治虫も、『人間ども集まれ!』(1967)で、奴隷や兵士として消耗されていたロボットが一斉に立ち上がって人間に抵抗する話を描いていますが、丁度その頃読んだチャペックの『山椒魚戦争』に触発されたのではなかったかと後に述懐しています。
人間ども集まれ!
 『山椒魚戦争』に出てくるサンショウウオと人間の中間みたいな奇妙な生物たちも、労働力として人間に使役されるうちに反乱を起こすわけですが、この『R.U.R.』のロボットは、脳・内臓・骨といった各器官は攪拌槽で原料を混合して造られる人工の原形質の培養で、神経や血管は紡績機で作られ、それらを部品として組み上げたもので、プログラムで動く点は機械であると言えますが、外観は人間と同じになっています。これは、本作が戯曲であることも関係しているかと思います。

『ブレードランナー』3.jpg もともと感情を持たず、20年くらいで消耗し破壊されるが、「死」を怖れるといったこともない―そうしたものだったはずのロボットが、開発者グループの博士の一人が密かに高次元のプログラムを組み入れたために自ら思考するようになり人間に近くなってしまったという設定で、こ『ブレードランナー』4.jpgれは所謂「自律型ロボット」と呼ばれるものであり、彼らの哀しみからは、個人的には、フィリップ・K・ディック(1928-1982)の『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(1968)の映画化作品「ブレードランナー」('82/米)年の「レプリカント」を想起させられました(「レプリカント」はクローン技術の細胞複製(レプリケーション)からとった造語)。                       「ブレードランナー」('82/米)

 当時のチェコは労働者と富裕層との階級対立が深刻化していて、貴族階級の没落や社会主義革命への脅威といった世相がこの作品には反映されているとされていますが、政治的背景を除いて純粋にSFとしてみると、「ブレードランナー」とちょっとモチーフやテーマが重なるのではないでしょうか。「ブレードランナー」に限らず、この「人間 vs. 人間の創造物」というモチーフは様々な作品で2001年宇宙の旅1.jpg2001年宇宙の旅 haru.png青豆とうふ.jpg繰り返されているように思われ、イラストレーターで今年('14年)亡くなった安西水丸氏と同じくイラストレーターの和田誠氏のリレーエッセイ『青豆とうふ』('03年/講談社)を読んでると、和田誠氏がこの作品に触れて、「ロボット」と「コンピュータ」の区別が曖昧になっている気がするとし、拡げて解釈すれば、「ハル」と呼ばれるコンピュータが反乱を起こすスタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」('68年/米)などもこの範疇、系譜に入るような捉え方をしていました(和田氏は『カル・チャペック戯曲集』の装丁・挿絵を手掛けている。安西氏はプラハでチャペックのこの小説に出てくるロボットの置物を土産に買ったとか)。

2001 space odyssey2.jpg 「2001年宇宙の旅」は、雑誌「ぴあ」の読者が選ぶ「もう一度観たい映画No.1」の座を長年に渡って占めていた作品で、最初2001年宇宙の旅 2.jpg観た時は、哲学的な示唆が感じられる内容にやや驚き、他の人は皆が解ったのかなとも思ったりしましたが、脚本を書いたキューブリックとアーサー・C・クラークは「この映画は観客がどう解釈してもよい」と言い残2001年宇宙の旅 1968年.jpg2001年宇宙の旅 1978年リバイバル.jpgしています(キューブリックとアーサー・C・クラークがアイデアを出し合い、先ずアーサー・C・クラークが小説としてアイデアを纏め、その後キューブリックが脚本を執筆し、映画の公開の後に「小説」は発表されているが、その「小説」にはアーサー・C・クラーク独自の解釈がかなり取り入れられていることから、厳密に言えば、映画の原作であるともノベライゼーションであるとも言えないものとなっている。因みにコンピュータ「HAL9000」のHALは、IBMをアルファベット順で一文字ずつずらしたネーミング)。

1968年/1978年(リバイバル)各チラシ

2001年宇宙の旅 last.jpg 完璧な映像構成からキューブリック2001 space odyssey.jpgがカメラマン出身であることを強く感じさせる作品でしたが、ジョン・レノンも讃えたというラストのSFXは今日観るとそれほどでもないかも(もともと、このラスト及び映画自体は毀誉褒貶があり、小松左京、筒井康隆氏といった人たちはあまり買っていなかった記憶がある)。むしろ、ツァラトゥストラはかく語りき」や「美しく青きドナウ」などの曲が映像とマッチさせて上手く使われているのを感じました(宇宙飛行士が宇宙船外に放り出される場面は怖かった)。

 チャペックの『R.U.R.』は、単に「ロボット」という言葉を生み出したというだけでなく、それまであった一定のモチーフをSFとして確立させたという点でも、後に及ぼした影響力は大きいのではないでしょうか。「ブレードランナー」や「2001年宇宙の旅」に限らず、多くの映画や小説がこのモチーフを引き継いでいることを思うと、19世紀初頭の『フランケンシュタイン』と並んで、20世紀におけるエポック・メイキングな作品であると言えるかと思います。

珈琲屋チャペック2.jpg 因みに、北陸の金沢に行った時、金沢城の城跡付近にチャペック」というコヒー・ショップがありましたが、この作品の作者の名前からとったようです。ネットで確認すると、確かに兄ヨゼフ・チャペックの絵を使っている...。行った時には前を通っただけでしたが、店内にはチャペック関連の趣向も施されているようで、あの時店の中に入ればよかったと後でやや後悔しました。


ブレードランナー チラシ.jpgブレードランナー.jpg「ブレードランナー」●原題:BLADE RUNNER●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督:リドリー・スコット●製作:マイケル・ディーリー ●脚本:ハンプトン・フィンチャー/デイヴィッド・ピープルズ●撮影:ジョーダブレードランナー4.jpgン・クローネンウェス●音楽: ヴァンゲリス●時間:117分●出演:ハリソン・フォード/ルトガー・ハウアー/ショーン・ヤング/ダリル・ハンナ/ブライオン・ジェイムズ/エドワード・ジェイムズ・オルモス/M・エメット・ウォルシュ/ウィリアム・ サンダーソン/ジョセフ・ターケル/ジョアンナ・キャシディ/ジェームズ・ホン●日本公開:1982/07●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:二子東急(83-06-05)●2回目:三軒茶屋東映(84-07-22)●3回目:三軒茶屋東映(84-12-22)(評価:★★★★☆)二子東急.jpg二子東急.gif●併映(2回目):「エイリアン」(リドリー・スコット)/「遊星からの物体x」(ジョン・カーペンター)●併映(3回目):「遊星からの物体x」(ジョン・カーペンター)
 


2001 nen: Uchuu no Tabi(1968)
2001 nen Uchuu no Tabi(1968).jpg「2001年宇宙の旅」●原題:2001:A SPACE ODYSSEY●制作年:1968年●制作国:アメリカ●監督・製作:スタンリー・キューブリック●脚本:スタンリー・キューブリック/アーサー・C・クラーク●撮影:ジェフリー・アンスワース/ジョン・オルコット●音楽:リヒャルト・シュトラウス《ツァラトゥストラはかく語りき》/ヨハン・シュトラウス2世《美しく青きドナウ》/他●時間:152分●出演:キア・デュリア/ゲイリー・ロックウッド/ウィリアム・シルベスター/ダニエル・リクター有楽座(旧)1.bmp/ダグラス・レイン(HAL 9000(声))●日本公開:1968/04●配給:MGM●最初に観た場所:日比谷・有楽座(78-12-10)(評価:★★★★)  右写真:有楽座[1984(昭和59)年9月]「ぼくの近代建築コレクション」より
旧有楽座内.jpg有楽座.jpg
旧・有楽座 1935(昭和10)年6月に演劇劇場として開館。1949(昭和24)年8月~ロードショー館(席数1,572)。1984年10月31日閉館。 

 
「RUR」hukamati.jpg【1924年単行本[金星堂(『ロボット』鈴木善太郎:訳)]/1968年単行本[平凡社『現代人の思想22 機械と人間との共生』収録(『ロボット製造会社R.U.R.』鎮目泰夫:訳)]/1977年文庫化『華麗なる幻想-海外SF傑作選』収録[講談社文庫(『R.U.R.』深町眞理子:訳)]/1989年再文庫化[岩波文庫(『ロボット (R.U.R.)』千野栄一:訳)]/1992年単行本[十月社(『R.U.R.ロボット』栗栖継:訳)]/2006年単行本[八月舎『チャペック戯曲全集』収録(『RUR』田才益夫:訳)]/2012年[単行本(『カル・チャペック戯曲集〈1〉ロボット/虫の生活より』栗栖継:訳)]】

RUR...ロッサム万能ロボット会社」電子版(深町眞理子:訳)

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戦争の悲劇を描いたマルグリット・デュラス原作(脚本)の映画化作。DVD化されていない名作。

かくも長き不在 ポスター.jpgかくも長き不在 vhs.jpg かくも長き不在 01.jpg かくも長き不在 ちくま.jpg
輸入版ポスター/「かくも長き不在」VHS/『かくも長き不在 (ちくま文庫)

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE.jpg パリ郊外でカフェを営むテレーズ(アリダ・ヴァリ)はある日、店の前を通る浮浪者に目を止める。その男(ジョルジュ・ウィルソン)は16年前に行方不明になった彼女の夫アルベールにそっくりであった。テレーズはその男とコンタクトをとるが、その男は記憶喪失だった―。
 アンリ・コルピ(1921-2006/享年84)監督の1961年公開の作品で、この人は映画監督の他に雑誌編集者、脚本家、音楽家、編集技師として幅広く活動した人ですが、逆に単独監督した作品として有名なのはこの一作くらいではないでしょうか。但し、この作品でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞しています。

 この作品もある種"企画"的側面があり、原作者のマルグリット・デュラス(1914-1996/享年81)は1960年にこの物語を、同じくデュラスマルグリット・デュラス.jpgの小説『モデラートカンタービレ』(原題:Moderato Cantabile, 1958年)を原作としジャンヌ・モロー、ジャン=ポール・ベルモンドが主演した「雨のしのび逢い」('60年/仏・伊)の脚本家ジェラール・ジャルロと共同でいきなり脚本から書き起こしていて、それは「ちくま文庫」に所収されています。
Marguerite Duras(1914 - 1996)
かくも長き不在 02.jpg
 戦争の悲劇を描いた感動作ですが、マルグリット・デュラスの作品の中でも分かり易く、また、件(くだん)の浮浪者は果たしてテレーズの夫であるのかどうかという関心から引き込まれます。そして、事実は結末で意外な形で示唆されますが(テレーズの呼んだ夫の名を街の人が次々と伝えていき、それに反応する形で浮浪者が降参するかのように両手を上げるのが悲しい)、その前のテレーズと浮浪者のダンスシーンなども、ぎこちなく二人が抱き合うところなどは逆にリアルで感動させられ、定番的な作り物にしてしまわない脚本と演出の上手さが感じられました。

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE aridabari.jpg アリダ・ヴァリはキャロル・リード監督の「第三の男」('49年/英)が有名ですが、この作品を観ると、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「さすらい」('57年/伊)で夫と別れて暮らすことになった妻を演じていたのを思い出します。「さすらい」において、夫は疲弊して妻の元に戻りますが、アリダ・ヴァリ演じる妻は既に新たな生活を築いており、夫は妻の目の前で自死を遂げます。

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE 1.jpg この「かくも長き不在」においても、アリダ・ヴァリ演じるテレーズには日常においては暗さは無く、16年前にゲシュタポに捕えられたまま消息を絶った夫の帰りを待ちながらも店を営んで逞しく生活しており、若い恋人までいるような様子であって、そこへ抜け殻のようになって現れた"夫かもしれない男"との対比が、逆に男の心的外傷によるトラウマの闇の深さを際立たせています。テレーズが男とぎこちないダンスをした際に、男の頭部の傷に気づく場面はぞっとさせられますが、一方で、そのことにより"夫かもしれない男"に憐れみと慈しみを覚えるテレーズの表情は、まさにアリダ・ヴァリにしか出来ないような演技であり、この作品の白眉と言えます。

 因みに、この映画を観て、いくら心的外傷を負ったとは言え、自分の夫と他人の区別がつかないものだろうかという慰問を抱く人がいますが、心的外傷だけでなく記憶中枢である海馬を損傷するなど脳に器質的障害を負った場合、その人の顔つきまでも全く変わってしまうことが見受けられるようで、個人的にもそうしたケースに接したことがあります。

「二十四時間の情事」1.jpg マルグリット・デュラスは多くの作品を残しながら自身も監督業を手掛けていますが、どちらかと言うと原作や脚本を書いたものを別の映画監督が映画化したものの方が知られており、有名なものでは原作・脚本を書き、アラン・レネが監督した「二十四時間の情事」('59年/仏・日)がありますが、こちらもモチーフとしてナチの収容所体験を持つ女性が出てきます。ヌーヴェル・ヴァーグの色合いを感じる作品で、観念的な原作の文脈でそのまま映像化するとこんな感じかなという作品ですが、これもオリジナルよりは分かり易くなっています。同じアラン・レネ監督の、後にノーベル文学賞を受賞する作家アラン・ロブ=グリエ(1922-2008/享年85)原作の「去年マリエンバートで」('61年/仏)ほどには前衛的ではなく、デュラスの小説の映画化作品は、小説より分かり易くなる傾向にあるように思います(それでもまだ難解な面もあるが、「去年マリエンバートで」のように観ていて眠くなる(?)ことはない)。デュラスの小説『ジブラルタルから来た水夫』を原作とするトニー・リチャードソン監督の「ジブラルタルの追想」('67年/英)なども、えーっ、原作ってこんなラブロマンスなの、というようなハーレクイン風の仕上がりで、ここまで噛み砕いてしまうとどうかなというのはありますが、さすがにこの作品は自身で脚本までは書いていないようです。

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE 7.jpg 「かくも長き不在」のちくま文庫版の原作脚本を読むと、自身で監督したものに有名な作品は無いけれど、(脚本家の協力・示唆はあったにせよ)小説的効果と映画的効果の違いはわかっていた人ではないかという気がします。特に、この映画のラストの男を呼ぶ声が伝言のように街中を伝わっていく場面は、映画的シチュエーションの極致と言ってよいかと思います。

 しかし、この「かくも長き不在」、以前はビデオとLD(レーザーディスク)で発売されていたけれど、2014年現在DVD化はされていないようです。どうして?

かくも長き不在 シアターアプル.jpgUNE AUSSI LONGUE ABSENCE 3.jpg「かくも長き不在」●原題:UNE AUSSI LONGUE ABSENCE●制作年:1960年●制作国:フランス●監督:アンリ・コルピ●脚本:マルグリット・デュラス/ジェラール・ジャルロ●撮影:マルセル・ウェイス●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●時間:98分●出演:アリダ・ヴァリ/ジョルジュ・ウィルソン/シャルル・ブラヴェット/ジャック・アルダン/アナ・レペグリエ●日本公開:1964/08●配給:東和●最初に観た場所:新宿シアターアプル(85-04-21)(評価:★★★★)[右]ポスター(イラスト:和田 誠

二十四時間の情事 02.jpg「二十四時間の情事」●原題:HIROSHIMA 二十四時間の情事_.jpgMON AMOUR●制作年:1959年●制作国:フランス・日本●監督:アラン・レネ●脚本:マルグリット・デュラス●撮影:サッシャ・ヴィエルニ/高橋通夫●音楽:ジョヴァンニ・フスコ(イタリア語版)/ジョルジュ・ドルリュー●時間:90分●出演:エマニュエル・リヴァ/岡田英次/ステラ・ダサス/ピエール・バルボー/ベルナール・フレッソン●日本公開:1959/06●配給:大映●最初に観た場所:京橋・フィルムセンター(80-07-15)(評価:★★★★)
二十四時間の情事 [DVD]

THE SAILOR FROM GIBRALTAR PERFORMER.jpg「ジブラルタルの追想」●原題:THE SAILOR FROM GIBRALTAR PERFORMER●制作年:1967年●制作国:イギリス●監督:トニー・リチャードソン●製作:オスカー・リュウェンスティン●脚本:クリストファー・イシャーウッド/ドン・マグナー/ジブラルタルの水夫.jpgトニー・リチャードソン●撮影:ラウール・クタール●音楽:アントワーヌ・デュアメル●原作:マルグリット・デュラス「ジブラルタルから来た水夫(ジブラルタルの水夫)」●時間:90分●出演:ジャンヌ・モロー/イアン・バネン/オーソン・ウェルズ/ヴァネッサ・レッドグレーヴ●日本公開:1967/11●配給:ユナイテッド・アーチスツ●最初に観た場所:大塚名画座(78-12-12)(評価:★★☆)●併映:「悪魔のような恋人」(トニー・リチャードソン)(原作:ウラジミール・ナボコフ)
ジブラルタルの水夫

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ニューヨークという大都会を舞台にしたダスティン・ホフマン主演'69年作品2作。

ジョンとメリー [VHS].jpgジョンとメリー [DVD].jpg 真夜中のカーボーイ dvd.jpg 卒業 [DVD] L.jpg
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ジョンとメリー 1.jpg マンハッタンに住む建築技師ジョン(ダスティン・ホフマン)のマンションで目覚めたメリー(ミア・ファロー)は、自分がどこにいるのか暫くの間分からなかった。昨晩、独身男女が集まるバーで2人は出会い、互いの名前も聞かないまま一夜を共にしたのだった。メリーは、整頓されたジョンの家を見て女の影を感じる。ジョンはかつてファッションモデルと同棲していた過去があり、メリーはある有力政治家と愛人関係にあった。朝食を食べ、昼食まで共にした2人は、とりとめのない会話をしながらも、次第に惹かれ合っていくが、ちょっとした出来事のためメリーは帰ってしまう―。

 ピーター・イエーツ(1929-2011/享年81)監督の「ジョンとメリー」('69年)は、行きずりの一夜を共にした男女の翌朝からの1日を描いたもので、男女の出会いを描いた何とはない話であり、しかも基本的に密室劇なのですが、2人のそれぞれの回想と現在の気持ちを表す独白を挟みながらストーリーが巧みに展開していき、2人の関係はどうなるのだろうかと引き込まれて観てしまう作品でした。

ジョンとメリー 4.jpg 脚本は「シャレード」('63年)の原作者ジョン・モーティマーですが、構成の巧みさもさることながら、演じているダスティン・ホフマンとミア・ファローがそもそも演技達者、とりわけダスティン・ホフマン演じるジョンの、そのままメリーに居ついて欲しいような欲しくないようなその辺りの微妙に揺れる心情が可笑しく(ジョンの方に感情移入して観たというのもあるが)ホントにこの人上手いなあと思いました(でも、ミア・ファローも良かった)。

ジョンとメリー 2.jpg 最後に互いの気持ちを理解し合えた2人が、そこで初めて「ぼくはジョンだ」「私はメリーよ」という名乗り合う終わり方もお洒落(その時大方の観客は初めて、そっか、2人はまだ名前も教え合っていなかったのかと気づいたのでは)。観た当時は、これが日本映画だったら、もっとウェットな感じになってしまうのだろうなあと思って、ニューヨークでの一人暮らしに憧れたりもしましたが、逆に、ニューヨークのような大都会で恋人も無く一人で暮らすということになると、(日本以上に)とことん"孤独"に陥るのかも知れないなあとも思ったりして。

真夜中のカーボーイ1.jpg そうした大都会での孤独をより端的に描いた作品が、ダスティン・ホフマンがこの作品の前に出演した同年公開のジョン・シュレシンジャー(1926-2003/享年77)監督の「真夜中のカーボーイ」('69年)であり、ジョン・ヴォイトが、"いい男ぶり"で名を挙げようとテキサスからニューヨークに出てきて娼婦に金を巻き上げられてしまう青年ジョーを演じ、一方のダスティン・ホフマンは、スラム街に住む怪しいホームレスのリコ(一旦は、こちらもジョーから金を巻き上げる)役という、その前のダスティン・ホフマンの卒業 ダスティン・ホフマン .jpg主演作であり、彼自身の主演第1作だったマイク・ニコルズ監督の「卒業」('67年)の優等生役とはうって変った役柄を演じました(「卒業」で主人公が通うコロンビア大学もニューヨーク・マンハッタンにある)。

卒業 ダスティン・ホフマン/キャサリン・ロス.jpg 映画デビューした年に「卒業」でアカデミー主演男優賞ノミネートを受け(この作品、今観ると「サウンド・オブ・サイレンス」をはじめ「スカボロ・フェアー」「ミセス・ロビンソン」等々、サイモン&ガー卒業(1967).jpgファンクルのヒット曲のオン・パレードで、そちらの懐かしさの方が先に立つ)、主演第2作・第3作が「真夜中のカーボーイ」(これもアカデミー主演男優賞ノミネート)と「ジョンとメリー」であるというのもスゴイですが、ゴールデングローブ卒業 1967 2.jpg賞新人賞を受賞した「卒業」の、その演技スタイルとは全く異なる演技をその後次々にみせているところがまたスゴイです(「卒業」で英国アカデミー賞新人賞を受賞し、「真夜中のカーボーイ」と「ジョンとメリー」で同賞主演男優賞を受賞している)。

真夜中のカーボーイQ.jpg 3作品共にアメリカン・ニュー・シネマと呼ばれる作品ですが、その代表作として最も挙げられるのは「真夜中のカーボーイ」でしょう。ニューヨークを逃れ南国のフロリダへ旅立つ乗り合いバスの中でリコが息を引き取るという終わり方も、その系譜を強く打ち出しているように思われます。「真夜中のカーボーイ」も「ジョンとメ真夜中のカーボーイs.jpgリー」も傑作であり、ダスティン・ホフマンはこの主演第2作と第3作で演技派としての名声を確立してしまったわけですが、個人的には「ジョンとメリー」の方が、ラストの明るさもあってかしっくりきました。一方の「真夜中のカーボーイ」の方は、ジョーとリコの奇妙な友情関係にホモセクシュアルの臭いが感じられ、当時としてはやや引いた印象を個人的には抱きましたが、2人の関係を精神的なホモセクシュアルと見る見方は今や当たり前のものとなっており、その分だけ、今観ると逆に抵抗は感じられないかも。

ミスター・グッドバーを探して [VHS].jpg 「ジョンとメリー」に出てくる"Singles Bar"(独身者専門バー)を舞台としたものでは、リチャード・ブルックス(1912-1992/享年72)監督・脚本、ダイアン・キートン主演の「ミスター・グッドバーを探して」('77年)があり、こちらはジュディス・ロスナーが1975年に発表したベストセラー小説の映画化作品です。
ミスター・グッドバーを探して [VHS]

ミスター・グッドバーを探して1.jpg ダイアン・キートン演じる主人公の教師はセックスでしか自己の存在を確認できない女性で、原作は1973年にニューヨーク聾唖学校の28歳の女性教師がバーで知り合った男に殺害された「ロズアン・クイン殺人事件」という、日本における「東電OL殺人事件」(1997年)と同じように、当時のアメリカ国内で、殺人事件そのものよりも被害者の二面的なライフスタイルが話題となった事件を基にしており、当然のことながら結末は「ジョンとメリー」とは裏腹に暗いものでした。主人公の女教師は最後バーで拾った男(トム・ベレンジャー)に殺害されますが、その前に女教師に絡むチンピラ役を、当時全く無名のリチャード・ギアが演じています(殺害犯役のトム・ベレンジャーも当時未だマイナーだった)。

恋におちて 1984.jpg 何れもニューヨークを舞台にそこに生きる人間の孤独を描いたものですが、ニューヨークを舞台に男女の出会いを描いた作品がその後は暗いものばかりなっているかと言えばそうでもなく、ロバート・デ・ニーロとメリル・ストリープの演技派2人が共演した「恋におちて」('84年)や、メグ・ライアンとトム・ハンクスによるマンハッタンのアッパーウエストを舞台にしたラブコメディ「ユー・ガット・メール」('98年)など、明るいラブストーリーの系譜は生きています(「ユー・ガット・メール」は1940年に製作されたエルンスト・ルビッチ監督の「街角/桃色(ピンク)の店」のリメイク)。
「恋におちて」('84年)

ユー・ガット・メール 01.jpg 「恋におちて」はグランド・セントラル駅の書店での出会いと通勤電車での再会、「ユー・ガット・メール」はインターネット上での出会いと、両作の間にも時の流れを感じますが、前者はクリスマス・プレゼントとして買った本を2人が取り違えてしまうという偶然に端を発し、後者は、メグ・ライアン演じる主人公は絵本書店主、トム・ハンクス演じる男は安売り書店チェーンの御曹司と、実は2人は商売敵だったという偶然のオマケ付き。そのことに起因するバッドエンドの原作を、ハッピーエンドに改変しています。
「ユー・ガット・メール」('98年)

めぐり逢えたら 映画 1.jpg トム・ハンクスとメグ・ライアンは「めぐり逢えたら」('93年)の時と同じ顔合わせで、こちらもレオ・マッケリー監督、ケーリー・グラント、デボラ・カー主演の「めぐり逢い」('57年)にヒントを得ている作品ですが(「めぐり逢い」そのものが同じくレオ・マッケリー監督、アイリーン・ダン、シャルル・ボワイエ主演の「邂逅」('39年)のリメイク作品)、エンパイア・ステート・ビルの展望台で再開を約するのは「めぐり逢い」と同じ。但し、「めぐり逢い」ではケーリー・グラント演じるテリーの事故のため2人の再会は果たせませんでしたが、「めぐり逢えたら」の2人は無事に再開出来るという、こちらもオリジナルをハッピーエンドに改変しています。
「めぐり逢えたら」('93年)

 最近のものになればなるほど、男女双方または何れかに家族や恋人がいたりして話がややこしくなったりもしていますが、それでもハッピーエンド系の方が主流かな。興業的に安定性が高いというのもあるのでしょう。「恋におちて」は、古典的ストーリーをデ・ニーロ、ストリープの演技力で引っぱっている感じですが、2人とも出演時点ですでに大物俳優であるだけに、逆にストーリーの凡庸さが目立ち、やや退屈?(もっと若い時に演じて欲しかった)。但し、「恋におちて」「めぐり逢えたら」「ユー・ガット・メール」の何れも役者の演技はしっかりしていて、ストーリーに多分に偶然の要素がありながらも、ディテールの演出や表現においてのリアリティはありました。しかしながら、物語の構成としては"定番の踏襲"と言うか、「ジョンとメリー」を観て感じた時のような新鮮味は感じられませんでした。

 こうして見ると、ニューヨークという街は、「真夜中のカーボーイ」や「ミスター・グッドバーを探して」に出てくる人間の孤独を浮き彫りにするような暗部は内包してはいるものの、映画における男女の出会いや再会の舞台として昔も今もサマになる街でもあるとも言えるのかもしれません(ダスティン・ホフマンは同じ年に全く異なるキャラクターで、ニューヨークを舞台に孤独な男性の「明・暗」両面を演じてみせたわけだ。これぞ名優の証!)。

ジョンとメリー [VHS]
JOHN AND MARY 1969.jpgジョンとメリーdvd3.jpg「ジョンとメリー」●原題:JOHN AND MARY●制作年:1969年●制作国:アメリカ●監督:ピーター・イェーツ●製作:ベン・カディッシュ●脚本:ジョン・モーティマー●撮影:ゲイン・レシャー●音楽:クインシー・ジョーンズ●原作:マーヴィン・ジョーンズ「ジョンとメリー」●時間:92分●出演:ダスティン・ホフマン/ミア・ファロー/マイケル・トーラン/サニー・グリフィン/スタンリー・ベック/三鷹オスカー.jpgタイン・デイリー/アリックス・エリアス●日本ジョンとメリーe.jpg公開:1969/12●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:三鷹東映(78-01-17)(評価:★★★★☆)●併映:「ひとりぼっちの青春」(シドニー・ポラック)/「草原の輝き」(エリア・カザン)三鷹東映 1977年9月3日、それまであった東映系封切館「三鷹東映」が3本立名画座として再スタート。1978年5月に「三鷹オスカー」に改称。1990(平成2)年12月30日閉館。

Dustin Hoffman and Mia Farrow/Photo from John and Mary (1969)

「真夜中のカーボーイ」●原題:MIDNIGHT COWBOY●制作年:1969年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・シュレシンジャー●製作:ジェローム・ヘルマン●脚本:ウォルド・ソルト●撮影:アダム・ホレンダー●音楽:ジョン・バリー●原作:ジェームズ・レオ・ハーリヒー「真夜中のカーボーイ」●時間:113真夜中のカーボーイ2.jpg真夜中のカーボーイ 映画dvd.jpg分●出演:ジョン・ヴォイト/ダスティン・ホフマン/シルヴィア・マイルズ/ジョン・マクギヴァー/ブレンダ・ヴァッカロ/バーナード・ヒューズ/ルース・ホワイト/ジェニファー・ソルト/ボブ・バラバン●日本公開:1969/10●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:早稲田松竹(78-05-20)(評価:★★★★)●併映:「俺たちに明日はない」(アーサー・ペン)
真夜中のカーボーイ [DVD]

「卒業」●原題:THE GRADUATE●制作年:1967年●制作国:アメリカ●監督:マイク・ニコルズ●製作:ローレンス・ター卒業 1967 pster.jpgマン●脚本:バック・ヘンリー/カルダー・ウィリンガム●撮影:ロバート・サーティース●音楽:ポール・サイモン卒業 1967 1.jpg/デイヴ・グルーシン●原作:チャールズ・ウェッブ●時間:92分●出演:ダスティン・ホフマン/アン・バンクロフト/キャサリン・ロス/マーレイ・ハミルトン/ウィリアム・ダリチャr-ド・ドレイファス 卒業.jpgニエルズ/エリザベス・ウィルソン/バック・ヘンリー/エドラ・ゲイル/リチャード・ドレイファス●日本公開:1968/06●配給:ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:池袋・テアトルダイヤ(83-02-05)(評価:★★★★)●併映:「帰郷」(ハル・アシュビー)
卒業 [DVD]

映画パンフレット 「ミスターグッドバーを探して」.jpg「ミスター・グッドバーを探して」●原題:LOOKING FOR MR. GOODBAR●制作年:1977年●制作国:アメリカ●監督・脚本:リチャード・ブルックス●製作:フレディ・フィールズ●撮影:ウィリアム・A・フレイカー●音楽:アーティ・ケイン●原作:ジュディス・ロスナー「ミスター・グッドバーを探して」●時間:135分●出演:ダイアン・キートン/アラン・フェインスタイン/リチャード・カイリー/チューズデイ・ウェルド/トム・ベレンジャー/ウィリアム・アザートン/リチャード・ギア●日本公開:1978/03●配給:パラマウント=CIC●最初に観た場所:飯田橋・佳作座(79-02-04)(評価:★★☆)●併映:「流されて...」(リナ・ウェルトミューラー)
映画パンフレット 「ミスターグッドバーを探して」監督リチャード・ブルックス 出演ダイアン・キートン

FALLING IN LOVE 1984.jpg恋におちて 1984 dvd.jpg「恋におちて」●原題:FALLING IN LOVE●制作年:1984年●制作国:アメリカ●監督:ウール・グロスバード●製作:マーヴィン・ワース●脚本:マイケル・クリストファー●撮影:ピーター・サシツキー●音楽:デイヴ・グルーシン●時間:106分●出演:ロバート・デ・ニーロ/メリル・ストリープ/ハーヴェイ・カイテル/ジェーン・カツマレク/ジョージ・マーティン/デイヴィッド・クレノン/ダイアン・ウィースト/ヴィクター・アルゴ●日本公開:1985/03●配給:ユニヴァーサル映画配給●最初に観た場所:テアトル池袋(86-10-12)(評価:★★★)●併映:「愛と哀しみの果て」(シドニー・ポラック)
恋におちて [DVD]

YOU'VE GOT MAIL.jpgユー・ガット・メール dvd.jpg「ユー・ガット・メール」●原題:YOU'VE GOT MAIL●制作年:1998年●制作国:アメリカ●監督:ノーラ・エフロン●製作:ノーラ・エフロン/ローレン・シュラー・ドナー●脚本:ノーラ・エフロン/デリア・エフロン●撮影:ジョン・リンドリー●音楽:ジョージ・フェントン●原作:ミクロス・ラズロ●時間:119分●出演:トム・ハンクス/メグ・ライアン/グレッグ・キニア/パーカー・ポージー/ジーン・ステイプルトン/スティーヴ・ザーン/ヘザー・バーンズ/ダブニー・コールマン/ジョン・ランドルフ/ハリー・ハーシュ●日本公開:1999/02●配給:ワーナー・ブラザース映画配給(評価:★★★)ユー・ガット・メール [DVD]

SLEEPLESS IN SEATTLE.jpgめぐり逢えたら 映画 dvd.jpg「めぐり逢えたら」●原題:SLEEPLESS IN SEATTLE●制作年:1993年●制作国:アメリカ●監督:ノーラ・エフロン●製作:ゲイリー・フォスター●脚本:ノーラ・エフロン/デヴィッド・S・ウォード●撮影:スヴェン・ニクヴィスト●音楽:マーク・シャイマン●原案:ジェフ・アーチ●時間:105分●出演:トム・ハンクス/メグ・ライアン/ビル・プルマン/ロス・マリンジャー/ルクランシェ・デュラン/ルクランシェ・デュラン/ギャビー・ホフマン/ヴィクター・ガーバー/リタ・ウィルソン/ロブ・ライナー●日本公開:1993/12●配給:コロンビア映画(評価:★★☆)めぐり逢えたら コレクターズ・エディション [DVD]

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ミス・マープルの人物像を変えたため、《改変》と言うよりも《パロディ》になっている。

ミス・マープル コレクション.jpgミス・マープル/夜行特急の殺人 dvd.jpg  夜行特急の殺人 00.jpg
ミス・マープル 夜行特急の殺人 -アガサクリスティの パディントン発4時50分 [DVD]
ミス・マープル ムービー・コレクション (初回限定生産) [DVD]」(寄宿舎の殺人/夜行特急の殺人/最も卑劣な殺人/船上の殺人)

夜行特急の殺人 タイトル.jpg ジョージ・ポロックが監督し、マーガレット・ラザフォード(Margaret Rutherford, 1892-1972)がミス・マープルを演じたこの「ミス・マープル/夜行特急の殺人」('61年/英、Murder She Said)は、『パディントン発4時50分』の初映画化作品であり、以降、「ミス・マープル/寄宿舎の殺人」('63年、Murder at the Gallop/原作『葬儀を終えて』(ポワロ物))、「ミス・マープル/船上の殺人」('64年、Murder Ahoy/「マープル」シリーズのキャラクター設定に基づくオリジナル)、「ミス・マープル/最も卑劣な殺人」('64年、Murder Most Foul/原作『マギンティ夫人は死んだ』(ポワロ物))と全4作作られていますが、日本では何れも劇場公開されておらず、2006年にDVDとしてリリースされました。

夜行特急の殺人 窓から.png 生前のクリスティ自身は、ラザフォードのミス・マープルを気に入ってはいなかったとのことですが、アメリカでは、英国BBC版のジョーン・ヒクソンよりも、このマーガレット・ラザフォードの方が"ミス・マープル"像としては定着しているとの話もあるようです(この「夜行特急の殺人」には、後にクリスティのお気に入りの"ミス・マープル"を演じたと言われるジョーン・ヒクソンもちょっとだけ出演している)。

 初映像化作品にしてはいきなりコメディタッチで、しかも、原作ではマクギリカディ夫人がミス・マープルに会いにいくため乗り込んだパディントン発4時50分の列車の窓から、たまたま並走する別の列車内で一人の男性が女性の首を絞めていた殺人現場を目撃するのに対し、この映画ではミス・マープル自身が列車から犯行を目撃、更に、原作では、怪しいと思われるクラッケンソープ家の邸に才能豊かな女性ルーシー・アイレスバロウを家政婦として送り込むのに対し、この映画ではラザフォードミス・マープル/夜行特急の殺人 ヒクソン1.jpgミス・マープル/夜行特急の殺人 ヒクソン.png演じるミス・マープル自身が家政婦として"アッケンソープ"家に乗り込んでいくという何でも彼女が一人でやってしまう作りになっています(ミス・マープルが雇われたのでこれ幸いとばかりに辞めていく無愛想な家政婦キッダー夫人を演じているのが、その後にTVドラマシリーズ「ミス・マープル」(1984~1992)でミス・マープルを演じることになるジョーン・ヒクソン)

夜行特急の殺人6.jpg夜行特急の殺人 01.jpg 1957年の原作発表から4年後に作られた作品で、そのためかパディントン駅をはじめその時代の雰囲気をよく伝えていて、(邸への潜入捜査をしたのが誰かは別として)邸に住まう長女エマ(ミュリエル・パヴロー)、次男ハロルド(コンラッド・フィリップス)、三男の画家セドリック(ソーリィ・ウォルターズ)、義弟アルバート(ジェラルド・クロス)、四男イーストリ(ロナルド・ハワード)といった兄弟構成も若干兄弟の順番を変えたりしているものの一応はほぼ原作に沿っていて(侍医クインパーを演じているのはアー『窓越しの殺人』.jpgサー・ケネディ)、謎解きの部分に関しても比較的原作に忠実、コメディ部分もそれなりに楽しめました。窓越しに殺人を目撃したミス・マープルが、その時たまたま『窓越しの殺人』という推理小説を読んでいたために、車掌からもクラドック警部補(チャールズ・ティングウェル)からも「殺人を見た」という証言を信じてもらえないというのはややベタなユーモアですが(因みに、『窓越しの殺人』という本はこのドラマのために作られた"架空の本"である)。

夜行特急の殺人 ポスター.jpg 但し、ミス・マープルの人物造型が、押し出しの強いオバサンという感じで、ラザフォードのどっしりした体型と相俟ってその存在が前面に出すぎていて、その分、原作の一見地味で目立たないミス・マープルのイメージとは乖離しているように思えました。潜入した邸の気難しい当主を口と態度でやり込めるなんて、マープルっぽくないし、容貌や動作は、動物に喩えれば、犀か雄牛のような感じです。

ミス・マープル/夜行特急の殺人 スクエア.jpg 最後、その邸の当主からプロポーズされるのも、原作でルーシー・アイレスバロウが当主の息子兄弟たちに言い寄られるのを捻ったのでしょうが、それまでの喧嘩腰だった二人の関係からするとやや唐突。ミス・マープルの人物像を変えてしまったことで、全てが《改変》と言うより《パロディ》に近いものになっていると言えるかも。原作者であるクリスティが気に入らなかったのが理解できる気がします。

「ミス・マープル/夜行特急の殺人」●原題:MURDER SHE SAID●制作年:1961年●制作国:イギリス●初放映(米国):1961/01/07●監督:ジョージ・ポロック●脚本:デービッド・オズボーン/デービッド・パーサル/ジャック・セドン●撮影:ジェフリー・フェイスフル●音楽:ロン・グッドウィン●時間:108分●出演:マーガレット・ラザフォード/アーサー・ケネディ/ミュリエル・パヴロウ/ジェームズ・ロバートソン・ジャスティス/チャールズ・ティングウェル/ロナルド・ハワード/ソーリー・ウォルターズ/ロニー・レイモンド/ストリンガー・デイヴィス/ジェラルド・クロス/マイケル・ゴールデン/ジョーン・ヒクソン/ゴードン・ハリス●DVD発売:2006/04●発売元:ワーナー・ホーム・ビデオ(評価:★★★)

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凝った逆トリックによる鮮やかな結末。作品全体としては何となく楽しい雰囲気。

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逆転の構図02.jpg 刑事コロンボ/逆転の構図00.jpg
特選「刑事コロンボ」完全版~逆転の構図~【日本語吹替版】 [VHS]」 ディック・バン・ダイク(Dick Van Dyke) 

ディック・バン・ダイク / アントワネット・バウアー
NEGATIVE REACTION title.jpg逆転の構図01.jpg逆転の構図03.jpg 口やかましい妻との生活に心底嫌気がさした著名な写真家ポール・ガレスコ(ディック・バン・ダイク)は、誘拐事件を偽装して妻フランセス(アントワネット・バウアー)を殺害し、以前から手なずけていた前科者のダシュラー(ドン・ゴードン)を廃車置き場に呼び出し、椅子に縛り付けた妻を写した写真と脅迫状に指紋を付けさせた後に彼を射殺、自分の足も撃ち抜き、身代金の受け渡しの際に犯人に撃たれたように装った―。
ドン・ゴードン / ジョアンナ・キャメロン
コロンボ 逆転の構図.jpg逆転の構図04.jpg シリーズ第27話。犯人のポールは「この世からお前が消えてくれれば良いのと何度も願った」ほど、妻のフランシスを憎んでいたとのことで、元々のシナリオには、コロンボの聞き込みに対し、写真集出版社の社長が、「もともとポールは財産を彼女に半分渡していたんだが、数年前、彼は神経衰弱になってね、フランシスはそれを利用して裁判所に彼の管理能力の喪失を訴え、財産のすべてを自分の管理下に置いてしまったんだ。それにナイーブな彼には、フランシスと争うだけのガッツはない」とのセリフがあったそうです。

逆転の構図07.jpg ナルホドね。助手のローナ(ジョアンナ・キャメロン)の美脚の魅力に駆られて犯行を決意したのかな。でも、かなり冷徹というか、完全犯罪に近い線、いっていたように思います。それが、コロンボに纏わりつかれているうちに、だんだん表情が曇ってくる...。

imagesCA8E9UTV.jpg 犯人役のディック・バン・ダイクは、「メリー・ポピンズ」('64年)よりも、主役だった「チキ・チキ・バン・バン」('68年、原作は007シリーズで知られるイアン・フレミングが唯一著した童話)の方が、学校の課外授業でリアルタイムで観たということもあって印象に残っています(当時、主題歌のソノシートを買って「チュリ・バンバン」とか英語で歌っていた。山本リンダのカバー・ヴァージョンもあったなあ)。

 犯人は2人も殺害している悪い奴であり、ディック・バン・ダイクはこの作品においては渋味のある二枚目キャラクターで通しているのですが、そうした映画のイメージもあって、しかも、何と言ってもこの作品の白眉とも言える、コロンボが犯人に仕掛けた証拠写真を裏焼きしての逆トリックの妙もあって(凝っているし、大胆な手法でもある)、作品全体としては何となく楽しい雰囲気。

VitoScotti2.jpg コロンボが救済所のシスター(ジョイス・バン・パタン、第39話「黄金のバックル」では犯人役を演じる)にホームレスと間違えられたり、たまたまポールの第二の犯行現場に居合わせた「貧乏は恥にあらず」とのたまう浮浪紳士トーマス(ヴィット・スコッティ、またまた登場。第19話「別れのワイン」のレストランの支配人役、第20話「野望の果て」でテーラーの主人役、第24話「白鳥の歌」の葬儀屋に続いて、今度はとうとう"職無し"に)との遣り取りがあったりと、鮮やかな結末だけでなく、その外の部分も楽しめます。

 ディック・バン・ダイク(1925年生まれ)は、TVドラマシリーズ「Dr.マーク・スローン」で再び見(まみ)えることができて、懐かしかったなあ。事件ものでしたが(本業の医師より探偵業の方が忙しそう)、やはり、何となくほのぼのとしたキャラクターでした。

刑事コロンボ(第27話)/逆転の構図.jpg刑事コロンボ(第27話)/逆転の構図 0.jpg「刑事コロンボ(第27話)/逆転の構図」●原題:NEGATIVE REACTION●制作年:1974年●制作国:アメリカ●監督:アルフ・ケリン●製作:エヴァレット・チェンバース●脚本:ピーター・S・フィッシャー●音楽:バーナード・セイガル●時間:95分●出演:ピーター・フォーク/ディック・バン・ダイク/アントワネット・バウアー/ジョイス・バン・パタン/マイケル・ストロング/ドン・ゴードン/ジョアンナ・キャメロン/ヴィット・スコッティ●日本公開:1975/12●放送:NHK(評価:★★★★) 

チキ・チキ・バン・バン チラシ.jpgチキ・チキ・バン・バン2.jpgチキ・チキ・バン・バン3.png「チキ・チキ・バン・バン」●原題:CHITTY CHITTY BANG BANG制作年:1968年●制作国:イギリス●監督:チキ・チキ・バン・バン 01.jpgケン・ヒューズ●製作:アルバート・R・ブロッコリス●脚本:ロアルド・ダール/ケン・ヒューズ●撮影:クリストファー・チャリス●音楽:リチャード・M・シャーマン/ロバート・M・シャーマン●原作:イアン・フレミング●時間:143分●出演:ディック・バン・ダイク●/サリー・アン・ハウズ/アドリアン・ホール/ヘザー・リプリー/ゲルト・フレーベ/アンナ・クエイル/ロバート・ヘルプマン/ライオネル・ジェフリーズ/ジェームズ・ロバートソン・ジャスティス●日本公開:1968/12●配給:ユナイテッド・アーティスツ(評価:★★★☆)

Dr.マーク・スローン00.pngDr.マーク・スローン1.pngDr.マーク・スローン2.jpg「Dr.マーク・スローン」 Diagnosis: Murder (CBS 1993~2001) ○日本での放映チャネル:NHK(1995-1999)/スーパーチャンネル(2003-2005)

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ディズニー・アニメ中心で、作品の選抜基準がかなり恣意的。内容の割には値段が高すぎる。

世界アニメーション歴史事典.jpg(26.2 x 23.8 x 3.8 cm) ダンボ.JPG 
世界アニメーション歴史事典』 (2012/09 ゆまに書房)

 100年にわたるアニメーションの歴史を、図版と解説とで紹介したアニメの歴史事典で、アニメ映画だけでなく、テレビ番組、ゲーム、インディペンデント系映画、インターネットのアニメにいたるまでフォローした、定価8,500円の豪華本です(重い!)

 年代順に整理されていて分かりやすく、何よりも図版の配置が贅沢。その分、400頁余というページ数の割には、取り上げられている作品数に制約があり、観て楽しむ分にはいいですが、「事典」としてはどうかなという思いも。

ファンタジア.JPG 掲載されているアニメ数は700余点とのことですが、芸術アニメからディズニーの大ヒットアニメまでカバーしている分、それぞれの分野で抜け落ちを多いような気もして、作品の選抜にやや恣意性を感じました。

 日本のアニメは、「白蛇伝」('58年)が片面で小さく図版が入っているのみなのに対し、「AKIRA」('88年)が見開き両面に図版を入れての紹介、映画「ファイナルファンタジー」が片面図版入りなのに対し、「鉄腕アトム」('63年)や「千と千尋の神隠し」('01年)が、まるで邦訳版のために後から加えたかのように、図版無しの簡単な文章のみの紹介となっています(これらも、"700余点"にカウントされているのか)。

ネオ・ファンタジア.JPG 「ファンタジア」('41年、日本公開'55年)の見開き4ページにわたる紹介を筆頭に(これ、確かに名作ではある。本書にも紹介されている「ネオ・ファンタジア」('76年/伊)の方が大人向きの芸術アニメで、「ファンタジア」がレオポルド・ストコフスキーならば「ネオ・ファンタジア」の方はヘルベルト・フォン・カラヤンで迫るが、「ネオ・ファンタジア」は「ファンタジア」より35年も後に作られた作品にしては残念ながらはアニメーション部分がイマイチ)、本書全体としてかなりディズニー偏重ではないかと思われ、イギリス映画である「イエロー・サブマリン」('68年/英)なども制作の経緯が結構詳しく記されているけれども、それらも含めアメリカにおいてメジャーであるかどうかという視座が色濃いとも言えます。

イエローサブマリン.JPG 個人的には「イエロー・サブマリンン」は、「ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」('64年/英)、「ヘルプ!4人はアイドル」('65年/英)などとの併映で名画座で観ましたが、いつごろのことか記憶にありません。劇場(ロードショー)公開当初はそれほど話題にならなかったといいますが、今思えば、日本の70年代ポップカルチャーに与えた影響は大きかったかも。イラストレーターの伊坂芳太良なんて、影響を受けた一人では?(この人、1970年には亡くなっているが)。

 もちろんディズニー・アニメは歴史的にも先駆的であり、「白雪姫」('37年、日本公開'50年)はディズニーの最初の「長編カラー」アニメーションですが、1937年の作品だと思うとやはりスゴイなあと思うし、個人的には自分の子供時代の弁当箱の図柄だった「ダンボ」('41年、日本公開'54年)にも思い入れはあるし、「ファンタジア」のDVDなどは大型書店に行けば児童書のコナーで簡単に購入できるなど、今も世界的にもメジャーであることは間違いないのですが...。自分の子供時代に関して言えば、「ダンボ」は劇場で観たけれど、「ファンタジア」は観なかったなあ(リヴァイバルされる機会が少なかったのかも)。今観ても、「ファンタジア」はどこよなく"情操教育"っぽい雰囲気が無きにしもあらずで、個人的に懐かしい「ダンボ」の方がやや好みか。

FANTASIA 1941.jpgファンタジア dvd.jpg「ファンタジア」●原題:FANTASIA●制作年:1940年●制作国:アメリカ●監督:ベン・シャープスティーン●製作:ウォルト・ディズニー●脚本:ジョー・グラント/ディック・ヒューマー●音楽:チャイコフスキー/ムソルグスキー/ストラヴィンスキー/ベートーヴェン/ポンキェッリ/バッハ/デュカース/シューベルト(レオポルド・ストコフスキー指揮、フィラデルフィア管弦楽団演奏)●時間:オリジナル125分/1942年リバイバル版81分/1990年リリース版115分●出演:ディームス・テーラー/レオポルド・ストコフスキー●日本公開:1955/09●配給:RKO=大映(評価:★★★☆)ファンタジア [DVD]

ネオ・ファンタジア dvd.jpg「ネオ・ファンタジア」●原題:ALLEGRO NON TROPPO●制作年:1976年●制作国:イタリア●監督・製作:ブルーノ・ボツェット●脚本:ブルーノ・ボツェット/グイド・マヌリ/マウリツィオ・ニケッティ●アニメーション:アニメーション:ギゼップ・ラガナ/ウォルター・キャバゼッティ/ジョバンニ・フェラーリ/ジャンカルロ・セレダ/ジョルジョ・バレンティニ/グイド・マヌリ/パオロ・アルビコッコ/ジョルジョ・フォーランニ●実写撮影:マリオ・マシーニ●音楽:ドビュッシー/ドヴォルザーク/ラヴェル/シベリウス/ヴィヴァルディ/ストラヴィンスキー(ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、フィラデルフィアベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)●時間:85分●出演:マウリツィオ・ニケッティ/ネストール・ガレイ/マウリツィオ・ミケーリ/マリア・ルイーザ・ジョヴァンニーニ●日本公開:1980/01●配給:アート・フォーラム●最初に観た場所:池袋文芸坐(82-03-21)(評価:★★★)●併映:「天井桟敷の人々」(マルセル・カルネ)ネオ・ファンタジア [DVD]

白雪姫 dvd.jpg「白雪姫」●原題:SNOW WHITE AND THE SEVEN DWARFS●制作年:1937年●制作国:アメリカ●監督:デイヴィッド・ハンド●製作:ウォルト・ディズニー●脚本:テッド・シアーズ/オットー・イングランダー/ アール・ハード/ドロシー・アン・ブランク/ リチャード・クリードン/メリル・デ・マリス/ディック・リカード/ウェッブ・スミス●撮影:ボブ・ブロートン●音楽:フランク・チャーチル/レイ・ハーライン/ポール・J・スミス●原作:グリム兄弟●時間:83分●声の出演:アドリアナ・カセロッティハリー・ストックウェル/ルシール・ラ・バーン/ロイ・アトウェル/ピント・コルヴィグ/ビリー・ギルバート/スコッティ・マットロー/オーティス・ハーラン/エディ・コリンズ●日本公開:1950/09●配給:RKO(評価:★★★★)白雪姫 スペシャル・エディション [DVD]

ダンボ dvd.jpgダンボ 1941.jpg「ダンボ」●原題:DUMBO●制作年:1941年●制作国:アメリカ●監督:ベン・シャープスティーン●製作:ウォルト・ディズニー●脚本:ジョー・グラント/ディック・ヒューマー/ビル・ピート/オーリー・バタグリア/ジョー・リナルディ/ジョージ・スターリング/ウェッブ・スミス/オットー・イングランダー●音楽:オリバー・ウォレス/フランク・チャーチル●撮影:ボブ・ブロートン●原作:ヘレン・アバーソン/ハロルド・パール●時間:64分●声の出演:エド・ブロフィ/ハーマン・ビング●日本公開:1954/03●配給:RKO=大映(評価:★★★★)ダンボ スペシャル・エディション [DVD]

イエロー・サブマリン dvd.jpgイエロー・サブマリン.jpg「イエロー・サブマリン」●原題:YELLOW SUBMARINE●制作年:1968年●制作国:イギリス●監督:ジョージ・ダニング/ジャック・ストークス●製作:アル・ブロダックス●撮影:ジョン・ウィリアムズ●編集:ブライアン・J・ビショップ●時間:90分●出演:(アニメ画像として)ザ・ビートルズ(ジョン・レノン/ポール・マッカートニー/ジョージ・ハリスン/リンゴ・スター)●日本公開:1969/07●配給:ユナイテッド・アーティスツ(評価:★★★☆)
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ロジャー・ラビット.JPG ロバート・ゼメキス監督の「ロジャー・ラビット」('88年)のような「実写+アニメーション合成作品」も取り上げられていますが、確かにアカデミー視覚効果賞などを受賞していて、合成技術はなかなかののものと当時は思われたものの、合成を見せるためだけの映画になっている印象もあり、キャラクターが飛び跳ねてばかりいて観ていて落ち着かない...まあ、アメリカのトゥーン(アニメーションキャラクター)の典型的な動きなのだろうけれど、これもまたディズニー作品。但し、この作品以降、「リジー・マグワイア・ムービー」('03年)まで15年間、ディズニーは実写+アニメーション合成作品を作らなかったことになります(最も最近の実写+アニメーション合成作は「魔法にかけられて」('07年))。まあ、実写とアニメの合成は、作品全体のごく一部分としてならば、ジーン・ケリーがアニメ合成でトム&ジェリーと踊る「錨を上げて」('45年/米)の頃からあるわけだけれど。

ロジャー・ラビット dvd.jpg「ロジャー・ラビット」●原題:WHO FRAMED ROGER RABBIT●制作年:1988年●制作国:アメリカ●監督:ロバート・ゼメキス●アニメーション監督:リチャード・ウィリアムス●製作:フランク・マーシャル/ロバート・ワッツ●脚本:ジェフリー・プライス/ピーター・シーマン●撮影:ディーン・カンディ●音楽:アラン・シルヴェストリ●原作:ゲイリー・K・ウルフ●時間:113分●出演:デボブ・ホスキンス/クリストファー・ロイド/ジョアンナ・キャシディ/スタッビー・ケイ/アラン・ティルバーン/リチャード・ルパーメンティア●日本公開:1988/12●配給:ワーナー・ブラザーズ●最初に観た場所:渋谷スカラ座(88-12-04)(評価:★★)ロジャー・ラビット [DVD]

錨を上げて アニメ.jpg錨を上げて.jpg「錨を上げて」●原題:ANCHORS AWEIGH●制作年:1945年●制作国:アメリカ●監督:ジョージ・シドニー●製作:ジョー・パスターナク●脚本:イソベル・レナート●撮影:ロバート・プランク/チャールズ・P・ボイル●音楽監督:ジョージー・ストール●原作:ナタリー・マーシン●時間:140分●出演:フランク・シナトラ/キャスリン・グレイソン/ジーン・ケリー/ホセ・イタービ /ディーン・ストックウェル●日本公開:1953/07●配給:MGM日本支社●最初に観た場所:テアトル新宿(85-10-19)

 冒頭の地域別アニメ史の要約は「北米」「西欧」「ロシア・東欧」「アジア」という区分になっていますが、本文中ではアメリカがやはり圧倒的に多いです(著者のスティーヴン・キャヴァリアは、アニメ制作キャリア20年の英国人で、ディズニーの監督もしたことがあるとのことだが、何という作品を監督したのかよく分からない)。

雪の女王.jpg 芸術アニメに関して言えば、アレクサンドル・ペドロフの「老人と海」('99年/露・カナダ・日)は紹介されていますが、山村浩二監督の「頭山」('02年)は無く(加藤久仁生監督の「つみきのいえ」('08年)はある)、伝統的に芸術アニメの先進国であるチェコの作品などは、カレル・ゼーマンの「悪魔の発明」('58年)は入っていますが「水玉の幻想」('48年)などは入っておらず、ロシアの作品は、雪の女王 dvd.jpg「イワンと仔馬」('47年)は図版無しの文章のみの紹介で、「雪の女王」('57年)に至っては「イワンと仔馬」の解説文の中でその名が出てくるのみ、同じく、ユーリ・ノルシュテインの「霧の中のハリネズミ(霧につつまれたハリネズミ)」('75年)も、日本でも絵本にまでなっているくらい有名な作品ですが、「話の話」('79年)の解説文の中でその名が出てくるのみで、その「話の話」の図版さえもありません(「話の話」が「霧の中のハリネズミ」の"続編"として作られたと書いてあるが、それぞれ別作品ではないか)。これでは日本人だけでなく、東欧人やロシア人の自国のアニメを愛するファンも怒ってしまうのでは?

老人と海(99年公開).jpgアニメーション「The Old Man and the Sea(老人と海)」 by Alexandre Petrov(アレクサンドル・ペトロフ) 1999.jpg 「老人と海」●原題:THE OLD MAN AND THE SEA●制作年:1999年●制作国:ロシア/カナダ/日本●監督・脚本:アレクサンドル・ペドロフ/和田敏克●製作:ベルナード・ラジョア/島村達夫●撮影:セルゲイ・レシェトニコフ●音楽:ノーマンド・ロジャー●原作:アーネスト・ヘミングウェイ●時間:23分●日本公開:1999/06●配給:IMAGICA●最初に観た場所:東京アイマックス・シアター (99‐06‐16) (評価★★★☆)●併映:「ヘミングウェイ・ポートレイト」(アレクサンドル・ペトロフ)●アニメーション老人と海 [DVD]」('99年/ロシア/カナダ/日本)

雪の女王 dvd.jpg「雪の女王」●原題:Снежная королев(スニェージナヤ・カラリェバ)●制作年:1957年●制作国:ソ連●監督:レフ・アタマノフ●脚本:レフ・アタマノフ/G・グレブネル/N・エルドマン●音楽:A.アイヴァジャン●原作:ハンス・クリスチャン・アンデルセン●時間:63分●声の出演:Y.ジェイモー/A.カマローワ/M.ババノーワ/G.コナーヒナ/V.グリプコーフ●公開:1960/01/1993/08 ●配給:NHK/日本海映画●最初に観た場所:高田馬場ACTミニシアター(84-01-14)(評価:★★★★)●併映:「せむしの仔馬」(イワノフ・ワーノ)

雪の女王 [DVD]」('57年/ソ連)


霧の中のハリネズミ.jpg「霧の中のハリネズミ(霧につつまれた霧の中のハリネズミ 1.jpgユーリ・ノルシュテイン作品集.jpgハリネズミ)」●原題:Ёжик в тумане / Yozhik v tumane●制作年:1975年●制作国:ソ連●監督:ユーリイ・ノルシュテイン●脚本:セルゲイ・コズロフ●音楽:ミハイール・メイェローヴィチ●撮影:ナジェージダ・トレシュチョーヴァ●原作:セルゲイ・コズロフ●時間:10分29秒●声の出演:アレクセーイ・バターロフ/マリヤ・ヴィノグラドヴァ/ヴャチェスラーフ・ネヴィーヌィイ●公開:2004/07(1988/10 ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント【VHS】)●配給:ふゅーじょんぷろだくと=ラピュタ阿佐ヶ谷(評価:★★★★)

ユーリ・ノルシュテイン作品集 [DVD]

 結果的には、アメリカのアニメ史、特にディズニー・アニメに絞って追っていく分にはいい本かも(と思ったら、版元の口上にも、「ディズニー主要作品も網羅した本格的な初のアニメファン必備書」とあった)。個人的には、懐かしいアニメもありましたが、一つ一つの作品解説がそう詳しいわけでもなく(但し、制作の裏話などではトリビアなエピソードも多くあったりする)、むしろアメリカ・アニメ史の中でのそれら作品の位置づけを確認できる、といった程度でしょう。内容的に見て、事典と言うより個人の著書の色合いが濃く、買うには値段が高すぎる本でした。

渋谷東宝会館2.jpg渋谷スカラ座 渋谷東宝会館4階(1階は渋谷東宝劇場)。1989年2月26日閉館。1991年7月6日、跡地に渋東シネタワーが開館。

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ピロスマニの人と生涯、その作品を思い入れたっぷりに解説。作品集と併せて読むのにいい。

放浪の画家ニコ・ピロスマニ2.jpg   ニコ・ピロスマニ 1862‐1918.jpg(29.8 x 21.2 x 3 cm) ピロスマニ dvd.jpg
放浪の画家 ニコ・ピロスマニ』 作品集『ニコ・ピロスマニ 1862‐1918』  「ピロスマニ [DVD]

ニコ・ピロスマニ 1862‐19183664.JPG 「百万本のバラ」という歌のモデルとして以前から知られ、更に、ゲオルギー・シェンゲラーヤ(Georgy Shengelaya)監督の映画「ピロスマニ」('69年/グルジア共和国)で広く知られるようになった画家ニコ・ピロスマニ(Niko Pirosmani、1862-1918)について、岩波ホールに入社してこの映画の公開に携わり、岩波ホールの企画・広報の仕事をしながら、自らの創作絵本を発表、絵本の背景にピロスマニの絵画イメージを用いるなどして国際的な絵本画家の賞をも受賞している著者が、ピロスマニを生んだグルジアという国の歴史と文化、ピロスマニの人と生涯、その作品について解説した本であり、また、そうした著者であるだけに、ピロスマニに対する思い入れに満ちた本でもあります。

作品集『ニコ・ピロスマニ 1862‐1918』より

 本書によれば、ピロスマニは、貧しいながらも家族の愛に包まれた幼年時代を送っていたようですが、これもその作品からの想像であり、8歳で孤児になったから後の少年時代がどのようであったかはよく分かっていないらしいです(そもそも生まれた年も不確か)。絵を描くことにのみ生きがいを見出し、一つの仕事に長くとどまることが出来ず、20代半ばで路上で一人になってからは、生涯を通して殆ど放浪生活のような暮らしを送り、その間、気分の高揚と沈滞を繰り返していたようです。

 放浪の先々で、居酒屋など絵を描いて(時に看板なども描いて)収入を得て暮らし(画材も絵具も店の人が買い与えていたりしたらしい)、生涯に描いた作品は2000点以上と言われているけれど、現存が確認されているものは200点余りに過ぎず、一方、グルジアの古い料理店などに行くと、今でも彼の作品があったりするらしいですが、ピロスマニの絵は、グルジアの人々にとっては精神文化的な支えになっているとのことです(ピロスマニの肖像と共に紙幣のデザインにもなっている)。

ピロスマニ3654.JPG 本書の後半は、彼の作品ひとつひとつの作品の解説になっていて、アンリ・ルソーに近いとされたり、"へたうま"などと言われる彼の作品ですが、この部分を読むと、彼の孤独な人生を投射させつつ、グルジアの土地と文化もしっかり反映させたオリジナリティ性の高い作品群であることが窺えます(著者は、作風としてはルオーの絵画やイコンに描かれる宗教画に近いとも)。

ニコ・ピロスマニ 1862‐19183658.JPG 作品集としては、本書にも紹介されている『ニコ・ピロスマニ 1862‐1918』('08年/文遊社)が定番でしょうか。カラー図版で189点収録、ということは、存が確認されている217点のほぼ9割近くを網羅していることになり、1頁に複数の作品は載せないという贅沢な作りです。

ニコ・ピロスマニ 1862‐1918_3660.JPG 動物画が多く、次に多いのが「女優マルガリータ」のような単独人物という印象ですが、宴会の模様を描いたり、静物を描いたりと題材は豊富、人物を描いたものは、グルジアの民族衣装を着ているなど、土地の文化を色濃く反映しているのがむしろ共通の特徴でしょうか。
 巻末に寄せられている解説やエッセイも15本と豊富で(その中には著者のものある)、但し、この作品集を鑑賞するにしても、やはり併せて本書も読むといいのではないかと思います。

ピロスマニ ポスター.jpgPIROSUMANI .jpg 映画「ピロスマニ」では、祭りの日なのに暗い納屋で横たわっているピロスマニを見つけた知人が「何してる」と問うと、「これから死ぬところだ」と答えたラストが印象的でしたが、実際、彼の最期は衰弱死に近いものだったらしいく、但し、病院にそれらしき男が担ぎ込まれて数日後に亡くなった記録があるものの、それが本当に彼だったかどうかは分からないらしいです(酒を愛したというイメージがあるが、一般に流布している大酒飲みだったという印象に反して、それほどの酒飲みでもなかったという証言もあるという)。

岩波ホール 公開時パンフレット/輸入版ポスター

ピロスマニ 映画1.jpg 映画「ピロスマニ」は、ピロスマニの作品をその人生に重ねる手法をとっており(グルジアの民族音楽もふんだんに組み込まれているが、最初観た当時は無国籍っぽい印象も受けた)、孤高と清貧の芸術家を描いた優れた伝記映画でしたが、正直、普通の凡人にこんな生活は送れないなあと思ったりもして...(だからこそ、この映画を観て憧憬のような感情を抱くのかもしれない)。この作品は、陶芸家の女性に薦められて観ました。

高野悦子.jpg 日本では上映されることの少ないこうした名画を世に送り続けてきた岩波ホール支配人の高野悦子氏が今月('13年2月)9日に亡くなり、謹んでご冥福をお祈りします。この「ピロスマニ」は、エキプ・ド・シネマがスタートして5年目、ルキノ・ヴィスコンティ監督の「家族の肖像」の1つ前に公開されましたが、「家族の肖像」の大ヒットした陰で当時はあまり話題にならなかったように思います(その後、ピロスマニ展などが日本でも開かれ、映画の方も改めて注目されるようになった)。

 映画を観て思うに、精神医学的に見ると、ピロスマニという人は統合失調質(シゾイド・タイプ)のようにも思えます。このタイプの人は、無欲で孤独な人生を送ることが多いそうで、病跡学のテキストではよく哲学者のヴィトゲンシュタインが例として挙げられたりしていましたが、ヴィトゲンシュタインの伝記を読むと、親しい友人もいて、その家族とも長期に渡って親しく付き合っていたらしく、どちらかと言うと、自分の頭の中では、ピロスマニの方がよりこの「シゾイド・タイプ」に当て嵌まるような気がしました。

放浪の画家ピロスマニ52.jpg放浪の画家ピロスマニ2.jpg「ピロスマニ(放浪の画家ピロスマニ)」●原題:PIROSUMANI●制作年:1969年●制作国:グルジア共和国●監督:ゲオルギー・シェンゲラーヤ●脚本:エルロム・アフヴレジアニ/ゲオルギー・シェンゲラーヤ●撮影:コンスタンチン・アプリャチン●音楽:V・クヒアニーゼ●時間:87分●出岩波ホール.jpg演:アフタンジル・ワラジ(Pirosmani)/岩波ホール 入口.jpgアッラ・ミンチン (Margarita)/ニーノ・セトゥリーゼ/マリャ・グワラマーゼ/ボリス・ツィプリヤ/ダヴィッド・アバシーゼ/ズラブ・カピアニーゼ/テモ・ペリーゼス/ボリス・ツィプリヤ ●日本公開:1978/09●配給:日本海映画=エキプ・ド・シネマ●最初に観た場所:岩波ホール(78-10-18)(評価:★★★★)
岩波ホール 1968年2月9日オープン、1972年2月12日、エキプ・ド・シネマスタート(以後、主に映画館として利用される)

2015年11月、37年ぶりにデジタルリマスター&グルジア語オリジナル版で岩波ホールにて劇場公開(邦題:「放浪の画家ピロスマニ」、監督クレジット:ギオルギ・シェンゲラヤ)
「放浪の画家ピロスマニ」ポスター01.jpg

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映画と日付との関連はやや強引。それにこだわらず、単に作品解説としてならば楽しめる。

ビデオ大好き.JPGブラザー・サン シスター・ムーン チラシ.jpg ブラザー・サン シスター・ムーン パンフレット.jpg ロミオとジュリエットp.jpg
ビデオが大好き!365夜―映画カレンダー (文春文庫―ビジュアル版)』「映画チラシ 「ブラザー・サン シスター・ムーン」 監督 フランコ・ゼフィレッリ 出演 グレアム・フォークナー、ジュディ・ボウカー、アレック・ギネス」「映画パンフレット 「ブラザー・サン シスター・ムーン」 監督 フランコ・ゼフィレッリ 出演 グレアム・フォークナー」/「ロミオとジュリエット」

 洋画の名作・傑作を1年間の日付や季節と関連付けてカレンダーに沿って1月から12月まで紹介し、「ビデオ」観賞のお供に利用してもらおうという試みで、発想はなかなか面白いと言うか"風流"と言うか...。

 ただ、編集する側も、企画を思いついてこれはいいと思ったものの、それなりの名作を取り上げることを前提にそれをやってみたら、結構たいへんだったというのが本音ではないでしょうか。

 映画は2時間ほどのフィルムに人間の人生を凝縮して織り込んだものとも言え、それを1年間365日に1日ずつ関連づけて配置しようとすると、その映画の象徴的な場面を拾うか、映画に付随するエピソードの方を日付と結びつけたりすることになりがちで、やや強引な面もあうように思いました。

 例えば、「スタア誕生」('55年/米)が3月26日にきているのは、3月下旬がアカデミー賞授賞式シーズンであるからとか、「エデンの東」('55年/米)が4月6日にきているのは、死んだと思った母親の実像を弟キャルにより無理矢理知ることになったアーロンが捨て鉢になって徴兵に応じた第一次世界大戦にアメリカが参戦した日であるからとか、アニメ「不思議な国のアリス」('53 年/米)が4月15日になっている理由に至っては、東京ディズニーランドの開園日だからと―。

 当てモノをするような楽しみも無きにしも非ずですが、むしろ、解説の一つ一つが、カレンダーに関連付けるという関係もあって、漠たる賛辞に終わらず、具体性があり、その点が本書のいいところかも。

BROTHER SUN SISTER MOON poster.jpg 四季ごとに4人の映画評論家が、それぞれの季節に関連する映画への自らの思いを寄せていて、「春」のところで北川れい子氏が「エデンの東」などの幾つかの作品を取り上げる中で(要するに「青春」の「春」というわけだ)、"春、青春、男の子"の極めつけけとしてフランコ・ゼフィレリレッリ監督が、13世紀イタリアの、最もキリストに近い聖人だったと言われる聖フランチェスコの青春時代を描いた「ブラザー・サン シスター・ムーン」('72年/英・伊)を取り上げていましたが(作品中のも厳しい冬のシーズンから雪解けの春に移る季節の転換場面がある)、確かに映像も音楽も美しい映画だった思います(宗教臭さは殆どはない)。

ブラザー・サン シスター・ムーン o1.jpg この作品で一番目を引くのは、主演のグレアム・フォークナーのフランチェスコへの「なり切り感」であり、「ロミオとジュリエット」('68年/英・伊)でも、まだ16歳だったオリビア・ハッセーを上手く使っているし(この作品公開後のオリビア・ハッセーの日本での人気の高騰ぶりはスゴかった)、「チャンプ」('79年/米)では子役リッキー・シュローダーに世間をして「天才」と言わしめるほどの演技をさせていますが、結局、これら全て監督の演出力だったのだろうなあ。

 演出こそ監督の力の発揮しどころであり、だからこそ小津にしても溝口にしても世界の名監督と比肩され得る、或いはそれ以上とされるわけであり、そのことはグレアム・フォークナーを聖フランチェスコその人であるかのようにしてみせるフランコ・ゼフィレリレッリについても言えるのではないでしょうか。

ブラザー・サン シスター・ムーン dvd.jpgBROTHER SUN SISTER MOON1.jpg「ブラザー・サン シスター・ムーン」●原題:BROTHER SUN SISTER MOON●制作年:1972年●制作国:イギリス・イタリア●監督:フランコ・ゼフィレッリ●脚本:フランコ・ゼフィレッリ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ/ケネス・ロス/リナ・ウェルトミューラー●撮影:エンニオ・グァルニエリ●音楽:ドノヴァン●時間:135分●出演:グレアム・フォークナー/ジュディ・バウカー/リー・ローソン/アレック・ギネス/ヴァレンティナ・コルテーゼ/アドルフォ・チェリ●日本公開:1973/06●配給:パラマウント=CIC●最初に観た場所:中野武蔵野館 (77-10-29)(評価:★★★★)●併映:「ジーザス・クライスト・スーパースター」(ジノーマン・ジュイスン)
ブラザー・サン シスター・ムーン [DVD]

「ロミオとジュリエット」.jpg「ロミオとジュリエット」●原題:ROMEO AND JULIET●制作年:1968年●制作国:イギリス・イタリア●監督:フランコ・ゼフィレッリ●製作:ジョン・ブレイボーン/アンソニー・ヘイヴロック=アラン●脚本:フランコ・ゼフィレッリ/フランコ・ブルサーティ/マソリーノ・ダミコオリビア・ハッセー.jpg●撮影:パスクァリーノ・デ・サンティス●音楽:ニーノ・ロータ(歌:グレン・ウェストン)●時間:138分●出演:レナード・ホワイティング/オリヴィア・ハッセー/マイケル・ヨーク/ジョン・マケナリー/ミロ・オーシャ/パット・ヘイウッド/ロバート・スティーヴンス/ブルース・ロビンソン/ポール・ハードウィック/ナターシャ・パリー/アントニオ・ピエルフェデリチ/エスメラルダ・ルスポーリ/ロベルト・ビサッコ/(ナレーション)ローレンス・オリヴィエ●原作:ウィリアム・シェイクスピア●日本公開:1968/11●配給:パラマウント映画●最初に観たOlivia Hussey RPT.jpg場所:三鷹オスカー (81-03-15)(評価:★★★☆)●併映:「ハムレット」(ローレンス・オリヴィエ)/「マクベス」(ロマン・ポランスキー)  Olivia Hussey(オリヴィア・ハッセー)

「Romeo and Juliet(ロミオとジュリエット)」(1968年)
theme music:「What Is A Youth」
作曲:Nino Rota(ニーノ・ロータ

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「外套・鼻」ともに先駆的。「外套」はロシアでは映画やアニメに。「鼻」もアニメやオペラに。

外套・鼻 岩波文庫.gif外套 岩波文庫 2.jpg 外套 ポスター.png 外套 バターロフ 1シーン.jpg アレクセイエフ 鼻.jpg 
外套・鼻 (岩波文庫)』/ソ連映画アレクセイ・バターロフ「外套」チラシ・1シーン/アレクサンドル・アレクセイエフ「鼻」

 下級官吏アカーキイ・アカーキエヴィッチ・バシマチキンは、出世栄達に無関係の世界で、周囲から蔑まれながらも役所仕事(文書の清書)に精を出す男で、傍から見れば冴えないその服装や外見も自身は気にとめていない。そんな彼がある日、着古した外套を新調せざるを得なくなり、最初は面倒に思った彼だったが、一念発起して新しい外套を手に入れた時からその人生観は変わり、それまで関心のなかった役所以外のニコラーイ・ヴァシーリヴィチ・ゴーゴリ(Nikolai Gogol).jpg世界も、外套と同様にきらきら輝いたものに見えてきたのだった。ところがその矢先―。

 「外套」はニコライ・ゴーゴリ(1809- 1852)の中編小説で、1840年に書かれ1842年に発表された作品。ある種"怪奇譚"でもあるこの作品の結末を知る人は多いと思います。

ニコラーイ・ヴァシーリヴィチ・ゴーゴリ(Nikolai Gogol)

 うだつの上がらない九等書記官を主人公に、疎外された人間の哀しみをペーソスたっぷりに、時にユーモアと怪奇を交えて描いていますが、やはり、それまで貴族社会を舞台にした小説が多かったロシアで、既存の小説の主人公のイメージとは程遠い、平々凡々たる下級官吏を主人公に据えたところが画期的だと思います。

 ドストエフスキーがこの作品に大きな影響を受けたとされており、処女作「貧しき人々」の発表は1846年、主人公のマカールは同じく九等書記官の小役人ですが、「外套」発表時、ドストエフスキーは既に「貧しき人々」に着手しており、「貧しき人々」の直後に発表した「二重人格」(「分身」)の方が、より強くゴーゴリの「外套」の影響を受けているように思えます(「二重人格」の主人公は九等文官、人間疎外から狂気に陥る)。

 また、トルストイも影響を受けているように思います。黒澤明監督が映画「生きる」の着想を得たとされている「イワン・イリッチの死」の主人公は、比較的裕福な出自のロシアの裁判官で、順調に出世していた中で突然の病に臥すという、設定はやや異なりますが、アカーキイと同じく公務員であることには違いありません。

 この「イワン・イリッチ」という名前は、「イワン・イリイチ」と呼ぶのが原語の発音に近いらしく(光文社古典新訳文庫の望月哲男氏の訳はそうなっている)、韻を踏んでいるのは役人のルーティン・ワークを象徴しているとされていますが、ならば、同じようなことを先にやったのは、この作品の主人公に「アカーキイ・アカーキエヴィッチ」と名付けたゴーゴリではなかったかと思われます。

 併録の「鼻」(1836年発表)のシュール且つナンセンスな感覚も面白く、今で言えば安部公房や筒井康隆がやっていたようなことを、150年も前にやってしまっているというのは、考えてみればスゴイことかも。

外套 輸入盤dvd.jpg外套 02.png 「外套」の方は、本国で何度か映画化されていて、「小犬を連れた貴婦人」('59年/ソ連)に俳優として出演していたアレクセイ・バターロフ(1928年生まれ)監督の作品('60年/ソ連)を観ましたが、原作に沿ってきっちり作られていて、作品全体としては悪くない出来だと思いました。但し、一方で、バシマチキン(アカーキイ)の人物造型はやや"戯画的"に描かれ過ぎていてるようにも思いました(一番劇画チックなのは、彼が幽霊になってからだが)。

「外套」輸入盤DVD

外套01.jpg まあ、原作がそもそも"戯画的"な性格を持っているというのはあるのですが、ペーソスより滑稽と怪奇の方が勝ち過ぎている気もしました。主演のロラン・ブイコフの演技の評価は高「外套」(実写版).jpgいですが、「名演技」であることには違いないですが、個人的印象としては「怪演」であるとも言えるように思います。ベタなウェット感を拭い去ることによって、最終的には逆にペーソスを引き出そうというのが狙いだったのかもしれませんが。

「外套」(実写版)●原題:Шинель(SHINELI)●制作年:1959年(公開:1960年)●制作国:ソ連●監督:アレクセイ・バターロフ●脚本:L・ソロヴィヨフ●撮影:ゲンリフ・マランジャン●音楽:ニコライ・シレリニコフ●原作:ニコライ・ゴーゴリ「外套」●時間:75分●出演:ロラン・ブイコフ/ユーリー・トルベーエフ/A・エジキナ●日本公開:1974/03●配給:日本海映画●最初に観た場所:池袋・文芸坐 (79-11-14)(評価:★★★☆)●併映:「開かれた処女地」(アレクサンドル・イワノフ)

外套(制作中)2.jpg外套(制作中)1.jpg外套 ノルシュテイン 作業風景.jpg この作品はまた、「霧の中のハリネズミ」「話の話」などで知られ、アレクセイ・バターロフとも親交のあるアニメーション作家ユーリー・ノルシュテイン(Yuriy Norshteyn、1941年生まれ)によってアニメ化もされています。
外套 ノルシュテイン 原画展ポスター 2009年10月 .jpg ユーリー・ノルシュテインは「老人と海」のアニメーションでアカデミー賞を受賞したアレクサンドル・ペトロフ(Alexander Petrov 、1957年生まれ)とは師弟関係にあり、気が遠くなるような手作業で原画を描くことで両者は共通しています(「外套」は30年かけて未だ制作中!)。

 ユーリー・ノルシュテインのアニメ「外套 (YouTube)」もアレクサンドル・ペトロフのアニメ「老人の海 (YouTube)」も共にウェブで視聴可能です。ノルシュテインの「外套」は出来上がっているところまでですが、日本語字幕がついています。アカーキイが文書を清書するところを、書いている文字まで丹念に描いており、これを手作りでやっていれば確かに時間がかかるのも無理ないと思います(他の作品の制作の合間をぬっての作業のようであるし)。

ユーリー・ノルシュテイン「外套」原画展ポスター(2009年10月)

アレクサンドル・アレクセイエフ「鼻」(ゴーリキー原作).jpg 「鼻」の方は、「禿山の一夜」「展覧会の絵」で知られるアニメーション界の巨人アレクサンドル・アレクセイエフ(Alexandre Alexeieff、1901-1982)が短編アニメ映画化していて(「鼻」(1963))、この人の作品はピンスクリーンという手法で知られています(これまた、ボードに立てた「25万本の針」を出したり引っ込めたりして光を当てながら1コマ1コマ撮っていくという、気の遠くなるような時間のかかかる技法)。このアレクセイエフの「鼻」もウェブで視聴可能、音楽のみでセリフは無く、最後はややブラックなオチになっています。

 アレクサンドル・アレクセイエフは17歳でロシアを離れ、二度と戻ることがなかったロシアに対する憧憬や情念を抱えながらアメリカやフランスで制作活動を続けた人で、実際、制作した作品のうち3作品がムソルグスキーの音楽を題材にしたものであり、1作品がゴーゴリの小説を題材にしたこの作品となっています。
 この作品はまず、メトロノームの速度に合わせて映像を制作し、次に、映像に合うように音楽を制作したそうで、冒頭の太陽の光の変化により時間の流れを表現したり、空間や場面が変化していく様子など、ピンスクリーンでなければ描けない、独特のシュールな映像世界を作り上げています。

アレクサンドル・アレクセイエフ「鼻」(ゴーリキー原作)2.jpgアレクサンドル・アレクセイエフ作品集.jpg鼻 アニメ アレクセイエフ.jpg「鼻」(アニメ版)●原題:Le Nez (The Nose)●制作年:1963年●制作国:フランス●監督:アレクサンドル・アレクセイエフ●共同監督:クレア・パーカー●原作:ニコライ・ゴーゴリ「鼻」●時間:11分●DVD発売:2006/03●発売元:ジェネオン エンタテインメント(評価:★★★★)
ニュー・アニメーション・アニメーションシリーズ アレクサンドル・アレクセイエフ作品集 [DVD]
(33年制作「禿山の一夜」、63年制作「鼻」、72年制作「展覧会の絵」ほか全5編)

 実写版でも映画化されているのかなあ。教会で"鼻"が何食わぬ様子でお祈りしていたり、その鼻に向かって持主が自分の顔に戻るよう説得するというぶっ飛んだ場面などは(アレクセイエフのアニメは、その時ですら主人公が鼻の無い顔を隠しているのが可笑しい)、少なくとも実写では無理だと思うけれど...と思っていたら、ショスタコーヴィチが作曲家自身及びエヴゲーニイ・ザミャーチン、ゲオルギー・イヨーニン、アレクサンドル・プレイスの台本でオペラにしていることを知りました(タイトルはそのものずばり「鼻」)。
ショスタコーヴィチのオペラ「鼻」.jpg これまでにロシアやヨーロッパのオペラハウスでは何度も上演されているようです(初演は1930年1月18日、レニングラード、マールイ劇場) 。

オペラ「鼻」(チューリッヒ歌劇場の公式サイトより)


【1933年文庫化[岩波文庫(『外套―他二篇』)]/1938年再文庫化・1965年・2006年改版[岩波文庫(平井肇:訳)]/1999年再文庫化[講談社文芸文庫(吉川宏人:訳)]/2006年再文庫化[光文社古典新訳文庫(『鼻/外套/検察官』浦雅春:訳)]】

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説明を排した映画作りによって、14歳の少女の自死の意味を切実に問う。

Mouchette(1967).jpg少女ムシェット [DVD]2.jpg少女ムシェット.jpg 少女ムシェット ポスター.jpg 少女ムシェット・映画.jpg 少女ムシェット・パンフ裏.jpg
少女ムシェット」DVD /ポスター/映画チラシ Mouchette(1967)
少女ムシェット [DVD]」['10年]

 原作は、1926年に発表されたフランスのカトリック作家ジョルジュ・ベルナノス(1888‐1948) 少女ムーシェット 単行本 2.jpgの『悪魔の陽の下に』の第1部にあたる「少女ムーシェット」を元に、ベルナノス自身が単独の物語として翻案したもの。病気の母、乱暴な父のいる貧しい家庭で、同年代の少年や少女たちからも侮蔑され、身勝手な大人たちには弄ばれ、生の暗闇の中で喘ぐ孤独な少女を描いたものです。すべてに絶望した少女は最後に自殺しますが、カトリックは自殺を容認しないはずで、カトリック作家がこうした作品を書いていること自体がある意味驚きと言えるかもしれません。

少女ムシェット2.jpg これを映画化したロベール・ブレッソン(1901‐1999)監督は、主演のムシェット役のナディーヌ・ノルティエをはじめ殆ど素人の俳優だけを使って、貧困と孤独、更に大人たちの偽善と無慈悲に晒され、「絶望」が日常と化している14歳の少女の境遇と、彼女が自死に至るまでを、モノクロームの映像で淡々と描いています。

MOUCHETTE 1967 1.jpg ラストで少女が池のそばの草の上を何度か転がるシーンがあり、一体何をしているのかと思ったら、その後で水音が聞こえて波打つ水面が映り、そしてそのまま暗転しエンドマークという流れで終わり、「えっ、そうなの」という感じで、初めて観た時はショックを受けました。

MOUCHETTE 1967 2.jpg 彼女が死というものをどこまで認識し、またそれなりの覚悟があってのことなのか(彼女が纏った美しい布は、彼女の死への憧憬の象徴ともとれる)。
MOUCHETTE 1967 3.jpg 但し、ベルナノスの原作のコンテクストからすれば、自らの命を絶つことに彼女なりの1つの、唯一の救いがあり、それを神も受容するであろうということになるのでしょう。この映画は、それだけの説得力を持った作品です。

 ムシェットが遊園地のバンピング・カーで遊ぶ場面では、少女らしい歓びが奔出しているように見えましたが、それだけにラストとの対比で、そのシーンも切なく甦ってきます。

MOUCHETTE 1967 4.jpg この映画の中で、少女は多くを語りはしないし、そもそも、語る相手もいません(殆ど無言の演技が延々と続くシーンが多い)。とにかくブレッソンは、こうした、いわゆる物語的説明を徹底的にそぎ落とした映画の作り方をよくする監督で、そのお陰でこの映画も通俗的な"薄幸少女物語"に堕することなく、原作の本題である、「死」は14歳の少女にとって唯一の救いであったと言えるのでないかという問いを、観る者に切実に突きつけてきます。 

MOUCHETTE 1967 4.jpg少女ムシェット621.jpg 多分10年以上の上映権切れの期間があったはずで、まさか復活してDVDに少女ムシェット 12.jpgなるとは思ってもみませんでしたが、「子供の自死」というのは、ある意味で今日的テーマでもあるかも知れません。
MOUCHETTE
 

ロベール・ブレッソン(Robert Bresson)
ロベール・ブレッソン(Robert Bresson).jpgMOUCHETTE 1967.jpg「少女ムシェット」●原題:MOUCHETTE●制作年:1967年●制作国:フランス●監督:ロベール・ブレッソン●撮影:ギスラン・クロケ●音楽:クラウディオ・モンテヴェルディ/ジャン・ウィエネル●原作:ジョルジュ・ベルナノス 「少女ムーシェッ文芸坐.jpgト」●時間:80分●出演:ナディーヌ・ノルティエ/ポール・エベール/マリア・カルディナール/ジャン=クロード・ギルベール/ジャン・ヴィ文芸坐休館.jpgムネ●日本公開:1974/09●配給:エキプ・ド・シネマ●最初に観た場所:池袋文芸坐 (78-06-22) ●2回目:池袋文芸坐 (78-06-23)(評価★★★★★)●併映:「白夜」(ロベール・ブレッソン)
池袋文芸坐 1997(平成9)年3月6日閉館/2000(平成12)年12月12日〜「新文芸坐」 

《読書MEMO》
スアンドレイ・タルコフスキーが選ぶベスト映画10(from 10 Great Filmmakers' Top 10 Favorite Movies)
『田舎司祭の日記』"Diary of a Country Priest"(1950/仏)監督:ロベール・ブレッソン
②『冬の光』"Winter Light"(1962/瑞)監督:イングマール・ベルイマン
③『ナサリン』"Nazarin"(1958/墨)監督:ルイス・ブニュエル
『少女ムシェット』"Mouchette"(1967/仏)監督:ロベール・ブレッソン
⑤『砂の女』"Woman in the Dunes"(1964/米)監督:勅使河原宏
⑥『ペルソナ』"Persona"(1966/瑞)監督:イングマール・ベルイマン
⑦『七人の侍』"Seven Samurai"(1954/日)監督:黒澤明
⑧『雨月物語』"Ugetsu monogatari"(1953/日)監督:溝口健二
⑨『街の灯』"City Lights"(1931/米)監督:チャーリー・チャップリン
⑩『野いちご』"Smultronstället"(1957/瑞)監督:イングマール・ベルイマン

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地上で繰り広げられるドタバタ劇はともかく、宇宙怪獣ドゴラはなかなかいい。若林映子も...。

宇宙大怪獣ドゴラ.jpg ドゴラ vhs.jpg 宇宙大~4.JPG  007は二度死ぬ ps.jpg 若林映子.jpg
ポスター/「宇宙大怪獣 ドゴラ [VHS]」「宇宙大怪獣ドゴラ [DVD]」「007は二度死ぬ [DVD]」/若林映子(あきこ)

宇宙大怪獣 ドゴラ ポスター.jpg  日本上空を周回中のテレビ中継衛星が突然消え、時を同じくして世界各国の宝石店が襲われて多量のダイヤモンドが盗まれる事件が頻発し、警視庁は宝石強盗団一味の仕業として捜査を開始、警視庁の駒井刑事(夏木陽介)は、ダイヤの研究を行なっている宗方博士(中村伸郎)のもとを訪れるが、マークという謎の外国人(ダン・ユマ)に襲撃されてダイヤを奪われ、そのマークも強盗団にダイヤを奪われる。一方の強盗団も、盗んだダイヤを積んだトラックが突如浮遊して落下するという異常事態に見舞われる―。

宇宙怪獣ドゴラ2.jpg 1960年代半ばの東宝映画は、「ゴジラ」シリーズの全盛期でしたが、この頃東宝はゴジラを主役にした映画ばかりではなく、こんなのも撮っていました。こんなのと言ってもどう言えば良いのか。クラゲのお化けみたいな巨大宇宙生物が出てくる作品です。

 この巨大クラゲ、エネルギー補給のために炭素を必要とし、そのためダイヤや石炭を地上から吸い上げるようにして補給するということで、この「ドゴラ」と命名された巨大クラゲが、ボタ山から石炭を吸い上げるシーンはなかなか見応えがあります(今観れば、水槽に落とした黒い粉末の塊が拡散していく様を、逆モーションで撮っていたのが分かるが、それにしても大した創意工夫)。

宇宙大怪獣ドゴラ  サントラ.jpg宇宙第怪獣ドゴラ 若戸大橋.jpg クラゲの全体像がなかなか見えないのもイマジネーションを駆りたてるし、実はこのクラゲ、ビニール製だそうですが、CGの無い時代にジェームズ・キャメロンの「アビス」('89年/米)顔負けの映像作りをしているなあと感心しました(「ドゴラ」の原案イメージは小松崎茂)。
宇宙大怪獣ドゴラ」サントラ

 映画公開の前年に完成したばかりの「東洋一の吊り橋」若戸大橋を破壊するなど、その"活躍"は派手ですが、結局、終盤になっても、ドゴラがあまり画面に出てこなかったのがやや残念か。

ドゴラ 若林.jpg 映画の大部分は、地上で繰り広げられる警察と強盗団のダイヤ争奪・奪回戦に費やされ、盗んだのがダイヤだと思ったら氷砂糖だったとか、ドタバタ喜劇調でもあります。主演の夏木陽介や、3年後に「007は二度死ぬ」('67年)でボンドガールとなる若林映子(あきこ)(警官をして「動くベッド」と言わしめる妖艶さ)などの演技陣は真剣に演じているのですが...。

Uchû daikaijû Dogora(1964).jpg宇宙大怪獣ドゴラ.jpg 今観ると、ストーリー映画としては星3つに届くか届かないですが、ドゴラだけはなかなかいいと思います。この作品を最初に観たのは学校の「課外授業」としてで、併映は家城巳代治監督、池田秀一主演の「路傍の石」('64年/東映)でしたが、その後の授業で感想文を書けと言われて「路傍の石」ではなく「ドゴラ」の方の感想文を書きました。 
Uchû daikaijû Dogora(1964)
 特撮映画としてもユニークだし、スタジオセット撮影と併せて実際に筑豊産炭地区でもロケをしているため、石炭産業華やかなりし頃の当地の様子や石炭積出港であった若松港の様子を収めた貴重な記録映像としても鑑賞できます。
007は二度死ぬ ニューオータニ.jpg007は二度死ぬ チラシ.jpg 因みに、「007は二度死ぬ」('67年)も、そのロケ地は都内では旧蔵前国技館、銀座四丁目交差点、ホテルニューオータニなど、地方では神戸港、 姫路城、鹿児島県坊津町などに及び、昭和40年代前半の日本各所の風景を映し出しているという点では貴重かもしれません。

若林 映子(あきこ)
「宇宙大怪獣ドゴラ」若林映子.jpg若林映子5.jpgドゴラ 夏木.jpg「宇宙大怪獣ドゴラ」●制作年:1964年●監督:本多猪四郎●特撮監督:円谷英二●製作:田中友幸/田実泰dogora 中村・藤田.jpg良●脚本:関沢新一●撮影:小泉一●音楽:伊福部昭●時間:81分●出演:夏木陽介/ダン・ユマ/小泉博/藤山陽子/若林映子藤田進中村伸郎/河津清三郎/田島義文/天本英世/田崎潤/加藤春哉/桐野洋雄/若松明/篠原正記/堤康久/岩本弘司/津田光男/熊谷卓三/当銀長太郎/広瀬正一/中山豊/上村幸之●公開:1964/08●配給:東宝 (評価:★★★☆)●併映:「路傍の石」(家城巳代治)

ドゴラ vhs.jpg

007は二度死ぬ 若林映子.jpg「007は二度死ぬ」●原題:YOU ONLY LIVE TWICE」●制作年:1967年●監督:ルイス・ギルバート●製作:ハリー・サルツマン/アルバート・R・ブロッコリ●脚本:ロアルド・ダール●撮影:フレディ・ヤング●主題歌:You Only Live Twice(唄:ナンシー・シナトラ)●原作:イアン・フレミング●時間:117分●出演:ショーン・コネリー/丹波哲郎/若林映子/浜美枝/ドナルド・プレザンス/島田テル/ カリン・ドール/チャールズ・グレイ/ツァイ・チン/ロイス・マクスウェル/デスモンド・リュウェリン/バーナード・リー●公開:1967/06●配給:ユナイテッド・アーティスツ (評価:★★★☆)
007は二度死ぬ」 若林映子

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アメリカン・ニューシネマ代表作2本。もし配役が当初の予定通りだったら違った作品に?。

俺たちに明日はない dvd.jpg 俺たちに明日はない1シーン.jpg    明日に向かって撃て dvd.jpg 明日に向かって撃て! チラシ 1975.jpg
俺たちに明日はない [DVD]」/「俺たちに明日はない」1シーン/「明日に向って撃て! (特別編) [DVD]」/チラシ

俺たちに明日はない パンフ 73年リバイバル版.gif俺たちに明日はない 3.jpg 60年代アメリカン・ニューシネマの代表的な作品と言えば、'67年の「俺たちに明日はない」「卒業」、'68年の「ワイルドバンチ」、'69年の「イージー・ライダー」「明日に向って撃て!」「真夜中のカーボーイ」あたりでしょうか。

「俺たちに明日はない」パンフレット(1973年リバイバル版)

アメリカン・ニューシネマ '60~70 別冊太陽.jpg アメリカン・ニューシネマを最も象徴する作品を1つ挙げるとすれば、メッセージ性という点から「イージー・ライダー」を挙げる人もいるかも知れませんが、やはり、"アメリカン・ニューシネマ第1号作品"とも言えるアーサー・ペン(Arthur Penn、1922 -2010)監督の「俺たちに明日はない」(Bonnie and Clyde)がそれに該当するとするのが大方の見方ではないかという気がします(何せ、当初の監督候補には、フランソワ・トリュフォーやジャン=リュック・ゴダールといったヌーヴェルヴァーグの担い手の名が挙がっていたぐらいだし)。

アメリカン・ニューシネマ '60~70 別冊太陽 (構成=川本三郎・小藤田千栄子)

「俺たちに明日はない」1.jpg「俺たちに明日はない」2.jpg 名画座で初めて観た時には、既に公開から10年を経ており、それまでにリヴァイバル上映もされていて、おおよその展開を知ってはいましたが、それでも「死のバレエ」と言われるラスト・シーンを観た際の衝撃は大きく、併映の「真夜中のカーボーイ」(これもいい作品)を観終わった後で、また最初から見直しました(その後も何度かリヴァイバル・ロードショーなどで観た)。
俺たちに明日はない1.gif
俺たちに明日はない     .jpg デヴィッド・ニューマンとロバート・ベントンの脚本に共感したウォーレン・ベイティが製作者として関わっていますが、当初は製作に専念する予定だったそうで、一方、彼の姉であるシャーリー・マクレーンが強くボニーの役を願っていたのが、ウォーレン・ベイティがクライド役に決定したためマクレーンは役から降り(脚本の原案では、クライドはバイセクシャルとして扱われていて、これが映画化が難航する原因となったが、映画化のために改変された脚本でもクライドの"不能"がモチーフとして使われているため、何れにせよ、実姉であるマクレーンは降りざるを得なかった)、その結果フェイ・ダナウェイに白羽の矢が立ったとのこと。フェイ・ダナウェイはこの作品で一躍知名度を上げました。

 冒頭の方にある、着替えをするフェイ・ダナウェイの背中を舐めるようなショットが印象的でしたが、ウォーレン・ベイティがクライドを演じなければ、あれも無かったか、または別の女優が演じていた?(この映画の雰囲気は殆どフェイ・ダナウェイが作っているとも言え、フェイ・ダナウェイとシャーリー・マクレーンとでは随分イメージが違うような気がする)

明日に向かって撃て/バート・バカラック 1969.bmp明日に向かって撃て パンフ 75年リバイバル版.jpg ジョージ・ロイ・ヒル(George Roy Hill、1922 -2002)監督の「明日に向って撃て!」(Butch Cassidy and the Sundance Kid)も思い出深い作品であり、「俺たちに明日はない」の約半年前に観たため、自分の中ではある意味、"ニューシネマ"というとこちらの作品になるという面もあります。

「明日に向かって撃て!」パンフレット(1975年リバイバル版)(左)/バート・バカラック・オリジナル・サウンドトラック版CD(右)

明日に向って撃て 1シーン.jpg 「俺たちに明日はない」と同様に実在の人物をベースとしたギャング・ストーリーであり、アメリカン・ニューシネマに特徴的な悲劇的結末を迎えますが、多分この作品で最も印象に残るのは、バート・バカラックの「雨にぬれても」が流れる中、ポール・ニューマン(Paul Newman、1925 - 2008)がキャサリン・ロスを自転車に乗せて走るシーンではないかと思われ、イメージとしては「俺たちに明日はない」より明るいというか、ソフィストケートされて和田 誠 氏.jpgいる印象を受けます。

 この「雨に濡れても」の自転車のシーンは、その後TVコマーシャルで随分マネものが作られましたが、和田誠氏は、このシーンを初めて観た時に「CMみたい」と思ったそうで(『お楽しみはこれからだ PART2―映画の名セリフ』('76年/文藝春秋))、その感覚は分かる気がします。

 当初予定されていた配役は、ポール・ニューマンと共同で脚本を買い取ったスティーブ・マックイーン(Steve McQueen、1930-1980)がブッチ役で、ポール・ニューマンがサンダンス役だったそうですが、マックイーンが都合により出演しなくなったため、ポール・ニューマンがブッチ役に回り、当時無名のロバート・レッドフォード(Robert Redford、1936-)がサンダンス役に抜擢されたとのこと。

明日に向かって撃て 01.jpg しかも、いきなりロバート・レッドフォードに白羽の矢が立ったわけではなく、最初はマーロン・ブランド(Marlon Brando、1924-2004)がポール・ニューマンの共演者としてサンダンス役をやることになっていたのが、キング牧師の暗殺事件にショックを受けた(本当に?)マーロン・ブランドが役を断った結果、ロバート・レッドフォードに初の大役が回ってきたというから、世の中わからないものです。

 もし、マックイーンとポール・ニューマンの組み合わせだったとすれば、或いはポール・ニューマンとマーロン・ブランドの組み合わせだったら、これも違った雰囲気の作品になっていたように思います。

 当初予定配役の変更により、結果として、「俺たちに明日はない」はフェイ・ダナウェイを、「明日に向って撃て!」はロバート・レッドフォードを、それぞれスターダムに押し上げた作品になったわけだなあと。
                        
俺たちに明日はない」.jpg「俺たちに明日はない」●原題:BONNIE AND CLYDE●制作年:1967年●制作国:アメリカ●監督:アーサー・ペン●製作:ウォーレン・ベイ俺たちに明日はない ジーン・ハックマン.jpgティ●脚本:デヴィッド・ニューマン/ロバート・ベントン/ロバート・タウン●撮影:バーネット・ガフィ●音楽:チャールズ・ストラウス●時間:122分●出演:ウォーレン・ベイティ/フェイ・ダナウェイ/ジーン・ハックマン/マイケル・J・ポラード銀座文化・シネスイッチ銀座.jpg/エステル・パーソンズ/デンヴァー・パイル/ダブ・テイラー/エヴァンス・エヴァンス/ジーン・ワイルダー●日本公開:1968/02●配給:ワーナー・ブラザーズ=セブン・アーツ●最初に観た場所:早稲田松竹(78-05-20)●2回目:銀座文化(88-06-18)(評価:★★★★)●併映(1回目):「真夜中のカーボーイウォーレン・ベイティ フェイ・ダナウェイ.jpg」(ジョン・シュレジンジャー)
2017年第89回アカデミー賞作品賞プレゼンター
フェイ・ダナウェイ(76)・ウォーレン・ベイティ(79)

早稲田松竹.jpg高田馬場a.jpg早稲田松竹 1951年封切館としてオープン、1975年からいわゆる「名画座」に
①②高田馬場東映/高田馬場東映パラス/③高田馬場パール座/④早稲田松竹
        
butch_cassidy_and_the_sundance_kid1.jpg「明日に向って撃て!」●原題:BUTCH CASSIDY AND THESUNDANCE KID●制作年:1969●制作国:アメリカ●監督:ジョージ・ロイ・ヒル●製作:ジョン・フォアマン●脚本:ウィリアム・ゴールドマン●撮影:コンラッド・L・ホール●音楽:バート・バカラック●時間:110分●出演:ポール・ニューマン/ロバート・レッドフォード/キャサリン・ロス/ストローザー・マーティン渋谷文化劇場.png/ジェフ・コーリー/ジョージ・ファース/クロリス・リーチマン/ドネリー・ローズ/ケネス・マース/ヘンリー・ジョーンズ●日本公開:1970/02●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:渋谷文化劇場(77-10-23)(評価:★★★★)●併映:「追憶」(シドニー・ポラック)

渋谷文化劇場 1952年11月17日、渋谷東宝会館地下にオープン 1989年2月26日閉館(1991年7月6日、跡地に渋東シネタワーがオープン)

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3監督のオムニバス。コアなファンがいてもおかしくない雰囲気はある。

世にも怪奇な物語 dvd.jpg  世にも怪奇な物語 ポスター.jpg  世にも怪奇な物語 輸入版dvd.jpg
世にも怪奇な物語 HDニューマスター版 [DVD]」/ポスター/輸入版DVD 
世にも怪奇な物語 1-1.jpg世にも怪奇な物語 ジェーン・フォンダ.jpg エドガー・アラン・ポーの怪奇小説3作を基に、ロジェ・ヴァディム、ルイ・マル、フェデリコ・フェリーニの3監督が共作したオムニバス映画。一応、全体のトーンはゴチック・ホラーですが...。

 第1話「黒馬の哭く館」(ロジェ・ヴァディム監督) 若くして莫大な財産を相続し、我儘放題に暮らす伯爵家の娘フレデリック(ジェーン・フォンダ)は、ある日、親族で唯一彼女を批判して憚らない男爵ウィルヘルム(ピーター・フォンダ)に偶然助けられたことで彼に一目惚れし、彼を誘惑しようとするが、男爵は彼女の誘い世にも怪奇な物語」 (67年/仏・伊)2.jpgには乗らず、プライドを傷つけられた彼女は家臣に命じて男爵の厩に火をつけさせる。愛馬を助けようとした男爵は焼死し、ショックを受けた彼女は、火事の後にどこからともなく現れた黒馬に癒しを求める―。

ロジェ・ヴァディム.gif ロジェ・ヴァディム監督による第1話は、ゴチックホラー調と次回作「バーバレラ」にも通じるセクシー&サイケデリック調の入り混じった感じで、詰まる所、ヴァディムが妻の美貌と伸びやかな肢体を獲りたかっただけのことかとも勘繰りたくなるくらいジェーン・フォンダがセックス・アピールしており、これ、純粋な意味での"ゴチック調"とはちょっと違うかも...。

第2話「影を殺した男」.jpg世にも怪奇な物語 影を殺した男1.jpg 第2話「影を殺した男」(ルイ・マル監督) 暴力で他の生徒らを支配する残忍な少年ウィリアム・ウィルソンが、ある時他の少年を苛めていると1人の転校生が近付いてきて、その少年もウィリアム・ウィルソンと名乗るが、彼は全てにおいてウィルソンより優れていた。ある夜、寝ていたその転校生をウィルソンは絞め殺そうとするが、途中で気付かれ放校処分に。数年後、医大に進んだウィルソン(アラン・ドロン)は若い女性を誘拐し、解剖を始めようとしていた―。

「影を殺した男」02.jpg世にも怪奇な物語 2.jpg アラン・ドロンがベッドに縛りつけた全裸女性を解剖しようとするシーンをルイ・マル監督が撮っているというのも驚きですが、むしろ、この第2話「影を殺した男」の方が、ポーの作品の雰囲気は出ていたかも知れず、青年になったウィルソンの、優(やさ)男の裏側に残忍さを秘めた二重人格者ぶりは、TV番組「デクスター」のよう。この場合、"二重人格"と言うより完全に"分身"(ドッペルゲンガー?)だけど。
 ウィルソン(アラン・ドロン)は、イカサマ賭博で手に入れた女(ブリジット・バルドー)を鞭打ち残酷な快楽に浸るというスゴい設定ながも、ドロンは好演しており、ドロン相手にトランプの賭けをする女賭博師ブリジット・バルドー(ロジェ・ヴァディムの元妻!)の演技も良くて、ジェーン・フォンダよりは演技しているという感じでした。

世にも怪奇な物語 悪魔の首飾り1.jpg 第3話「悪魔の首飾」(フェデリコ・フェリーニ監督) 落ちぶれたイギリス人俳優トビー(テレンス・スタンプ)は撮影のためイタリアへ飛ぶが、酒と麻薬で意識は混濁。そのトビーの前に度々現れるのは、少女の姿をした死神だった―。

世にも怪奇な物語 3.gif 第3話は、ストーリーよりも、フェリーニ監督の映像美が(美的と言うより意匠的なのだが)堪能できる作品。主人公の妄想に出てくる少女(死神)が、なぜ白い服を着て白いボールを持っているのかよく解りませんが、まあ、理屈よりも映像美...。
 テレンス・スタンプの出ようとしている映画が、キリストが西部の草原に降臨するという「カトリック西部劇」なるわけのわからない映画であることや、マスコミの取材攻勢を描いたところなどは「甘い生活」('59年)の雰囲気に繋がりますが、3作品の共通テーマが「死」であることからすると、締め括りに最も相応しい作品かも知れません。
世にも怪奇な物語 輸入版ポスター.jpg 一方で、これだけが時代背景が「現代」であることもあって、前2作とはトーンが異なる感じも(イタリア人監督ということもあるか)。
 ただ、神経質そうな主人公を演じるテレンス・スタンプの演技は悪くない、と言うか、かなり良かったように思います(アラン・ドロンより上か)。

お楽しみはこれからだ―映画の名セリフ.jpg和田 誠 氏2.jpg 何れも「怪奇」な話であるけれども怖くはないという感じ。和田誠氏は『お楽しみはこれからだ―映画の名セリフ』('75年/文藝春秋)の中で、ロジェ・ヴァディムのパートは「耽美主義的映像が逆に小細工のようでいけなかった」とし、「通俗的にはルイ・マルが面白く、怖さや不思議さではフェリーニが圧巻」としています。

お楽しみはこれからだ―映画の名セリフ

高田馬場東映パラス 入り口.jpg「世にも怪奇な物語」.jpg 高田馬場東映パラス(時々変わった作品を上映していた)で観て以来、10年以上もビデオにもならなかったので、もう見(まみ)えることはないと思っていたら、'99年にTV放映されビデオも発売、最近はCS放送で放映されたり、DVDにもなったりしていて、昨年('10年)は遂にデジタル・リマスター版が新宿武蔵野館で公開されました。

 3作とも、コアなファンがいてもおかしくない、カルトというか独特な雰囲気は確かにありました。考えてみれば、作風はマイナーでありながらも一応エドガー・アラン・ポーの原作に忠実に作られているわけだし、何よりも贅沢過ぎると言っていいくらい豪華な配役でもあることだし、実際そうなったから言うわけではないですが、リバイバル上映されてもおかしくない作品でした。

世にも怪奇な物語」 pos.jpg世にも怪奇な物語」 (67年/仏・伊)1.jpg


「世にも怪奇な物語」●原題:HISTOIRES EXTRAORDINAIRES(TRE PASSI NEL DELIRIO)●制作年:1967年●制作国:フランス/イタリア●監督:ロジェ・ヴァディム(1話)/ルイ・マル(2話)/フェデリコ・フェリーニ(3話)●脚本:ロジェ・ヴァディム(1話)/パスカル・カズン(1話)/ルイ・マル(2話)/クレマン・ビドル・ウッド(2話)/ダニエル・ブーランジェ(1話、2話)/フェデリコ・フェリーニ(3話)/ベルナルディーノ・ザッポーニ(3話)●撮影:クロード・ルノワール(1話)/トニーノ・デリ・コリ(2話)/ジュゼッペ・ロトゥンノ(3話)●音楽:ジャン・プロドロミデス世にも怪奇な物語 1-2.jpg(1話)/ディエゴ・マ悪魔のような恋人2.jpgッソン(2話)/ニーノ・ロータ(3話)●原作:エドガー・アラン・ポー「メッツェンゲルシュタイン」(1話)/「ウィリアム・ウィルソン」(2話)/「悪魔に首を賭ける勿れ」(3話)●時間:121分●出演:ジェーン・フォンダ(1話)/ピーター・フォンダ(1話)/アラン・ドロン(2話)/ブリジット・バルドー(2話)/世にも怪奇な物語」 (67年/仏・伊)0.jpgテレンス・スタンプ(3話)/サルヴォ・ランドーネ(3話)●日本公開:1969/07●配給:MGM●最初に観た場所:高田馬場東映パラス(86-11-30)(評価:★★★☆)●併映:「白夜」(ルキノ・ヴィスコンティ)

高田馬場a.jpg高田馬場・稲門ビル.jpg高田馬場東映パラス 入り口.jpg高田馬場東映パラス 高田馬場・稲門ビル4階(現・居酒屋「土風炉」)1999年頃閉館

①②高田馬場東映/高田馬場東映パラス/③高田馬場パール座/④早稲田松竹 

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「集団主人公」映画。「アメリカン・アイドル」の地方予選を想起させる「ナッシュビル」。

グランドホテル(GRAND HOTEL)パンフレット.jpg
ナッシュビル Nashville.jpg ナッシュビル チラシ.jpg   グランド・ホテル ポスター.jpg
Nashville [DVD] [Import]」(輸入盤)/チラシ  「グランド・ホテル[DVD]」/「グランド・ホテル」米国版パンフレット(1932)

ナッシュビル 映画.jpg カントリー音楽のメッカ、ナッシュビルで、ある大統領候補のキャンペーンのためにコナッシュビル 1場面.jpgンサートが行われる準備が進められていて、町には、イベント関係者や働き口を求める者、野次馬、音楽ファンなど、多くの人間が集まってきていた。その中には、自分がカントリー歌手であることに疑問を感じている黒人や、芸能界で生きることを夢見る運転手、歌手希望の音痴のウエイトレス、家出してきたノイローゼ青年、カントリー歌手になりたくて田舎の農家の夫から逃れきた女など、様々な人間がいた―。

 ロバート・アルトマン(Robert Altman、1925-2006)監督の1975年の作品で(Nashville)、主人公が24人もいるという所謂「グランド・ホテル」形式の映画ですが、最初に観た時はむしろ、「主人公がいない映画」という印象だったように思います。

グランドホテル オールキャスト.jpg エドマンド・グールディング監督の元祖「グランド・ホテル」('32年/米)を後に観ましたが、ベルリンの一流ホテルのそれぞれの部屋で1日の間に起きる人間ドラマを描いた映画で、旧い映画のわりには面白かったです。
 但し、この"元祖"作品よりも、新「グランド・ホテル」形式とも言われた「ナッシュビル」の方がより面白かったと言うか、インパクトありました。

マンハッタン乗換駅.jpg こうした試みは、文学では既に先行して行われていて、例えば、ジョン・ドス=パソスが1925年に発表した『マンハッタン乗換駅(Manhattan Transfer)』(中央公論社「世界の文学36」)は、ニューヨークの一画に住み、同じ乗換駅を利用する何人もの人々の、彼らの意識を1つ1つ切り取るように描いた作品ですが、これもある種「グランド・ホテル」的形式と言えるのではないでしょうか(コーラスグループ「マンハッタン・トランスファー」の名は、この小説に由来する。「マンハッタン乗換駅」とは要するに「グランド・セントラル駅」なのだが)。

『グランド・ホテル』.jpg 「グランド・ホテル」は、オーストリアの作家ヴィッキー・バウム(Vicki Baum、1888-1960)の小説『ホテルの人びと』を、アメリカで舞台化した戯曲に基づき映画化したもので、バウムはこの小説を書くために実際にホテルでメイド(客室係)として働いたそうな(実際にあった有名企業経営者と速記者とのスキャンダルがストーリーに使われているが、ホテル従業員としての守秘義務違反にならないのか?)。映画はアカデミー作品賞(第5回)を受賞しましたが、作品賞でしか候補に挙がらずに受賞を果たした珍しいケースです(主演○○賞とか言われても、誰が主演で誰が助演なのか判別しにいくいとうのもあるのか)。
ジョーン・クロフォード & ウォーレス・ビアリー in 「グランド・ホテル」

 映画化作品の出演者には有名スターが名を連ねていて、彼らが演じている役柄が中心的登場人物ということになり、こっちの方は「集団」と言うより「複数主人公」というイメージに近いかも。その中でもグレタ・ガルボとジョーン・クロフォードが目を引きますが、今思い起こしても、"共演"していたという印象はあまりないです(その辺りが、まさに「グランド・ホテル」形式と言えるかもしれないが)。
Joan Crawford
ジョーン・クロフォード.jpg これ、実は、『淀川長治究極の映画ベスト100』('03年/河出文庫)によれば、撮影初日、ホテルのセットが出来上がって、ガルボが一段高い所に立っていた、そこにクロフォードが入ってきて、ガルボの所へ行って「お早うございます」と言ったら、ガルボは上から見下ろして、「ご苦労さん」と言ったもので、クロフォードはかんかんに怒って、「私だって主役よ。何がご苦労さんなの。絶対にこんな映画になんか出ません」淀川長治究極の映画ベスト100_1.jpgと言い出す騒ぎになり、それで二人が一緒に映る場面がこの映画には無いそうです(クロフォードはこの悔しさから、ハリウッドの第一級プロデューサーのサミュエル・ゴールドウィンに泣きついて、生涯最高の作品に出演させて欲しいと頼み込み、そこでゴールドウィンはサマセット・モームの小説の映画化作品「」('32年/米)の主演の娼婦の役を与えたとのこと)。
淀川長治 究極の映画ベスト100 (河出文庫)
 
Nashville (1975).jpg 一方、「ナッシュビル」はどのようにして作られたかと言うと、アルトマン監督がスタッフをナッシュビルに滞在させて毎日日記を書かせ、それを繋ぎ合せてストーリーを作り上げたのだそうで、ナッシュビルでの撮影期間中も、スタッフやキャストは全員同じモーテルに泊まっていたそうです(出演者のギャラは均一だった)。

 そのためか、観ていてアドリブ感があると言うか、撮りながら作り、作りながら撮っていったという感じがします(カレン・ブラックが"カントリーの女王"という役どころで自作の歌を歌うなど)。
アメリカン・アイドル.bmp 当時としては抜きん出て有名なスター俳優は(カメオ出演以外は)使っていないということもあって(当時無名で、後に有名になる役者も多く出ているが)、結果として「集団主人公」という映画の特質がよく出ているように思いました。

 アルトマンは「M★A★S★H マッシュ」('70年/米)の監督でもあり、ある意味、ベトナム戦争終結当時の「病めるアメリカ社会」の断片像ともとれますが、オーデション歌番組「アメリカン・アイドル」の地方予選などは、いまだにこの映画の雰囲気と重なる部分があるような気もします。

M★A★S★H マッシュ ポスター.jpg★A★S★H マッシュ 3.jpg 「M☆A☆S☆H」は、朝鮮戦争を舞台にしたブラック・コメディで、野戦病院(マッシュ)に派遣されたドナルド・サザーランド、エリオット・グールド、トム・スケリット演じる3人の医師が、軍規を無視して婦長の尻を追いかけたり、女性将校(サリー・ケラーマン)をからかったりとやりたい放題をやる話。でも、この3人、実は「M☆A☆S☆H」.jpg極めて優秀な外科医であって、負傷して血だらけの患者を面白可笑しく冗談を言いながら手術するけれど、結局は治してしまうし、いたずらや悪事を企んだりはするけれど、人情味もあるということで、ちょっと憎めない...コメディ部分にもやや毒気のある鬼才ロバート・アルトマンらしい作品でしたが(1970年の第23回カンヌ国際映画祭でグランプリ受賞)、個人的には「ナッシュビル」の方がやや上でしょうか(「ナッシュビル」は全米映画批評家協会賞・作品賞&監督賞受賞)。両作品について言えることですが、アルトマンの社会批判精神はストレートな表され方をするのはでなく、ユーモアを介するなどして屈折した形で表現されるので、背景が掴めていないと、ただ面白かったで終わってしまうこともあるかもしれません(その面白さにもクセがあって、人や作品によって評価が分かれるが)。
Nashville(1975)
Nashville(1975).jpg「ナッシュビル」●原題:NASHVILLE●制作年:1975年●制作国:アメリカ●監督・製作:ロバート・アルトマン●脚本:ジョーン・テューケスベリー●撮影:ポール・ローマン●音楽:リチャード・バスキン/キース・キャラダイン●時間:160分●出演:ヘンリー・ギブソン/カレン・ブラック/アレン・ガーフィールド/ネッド・ビーティー/マイケル・マーフィー/ジェフ・ゴールドブラム/リリー・トムリン/ジェラルディン・チャップリン/キース・キャラダイン/ロニー・ブレイクリー/グウェン・ウェルズ/バーバラ・ハリス/スコット・グレン/エリオット・グールド/ジュディー・クリスティー/デイヴィッド・アーキン/バーバラ・バクスレイ/ティモシー・ブラウン/ロバート・ドキ/シェリー・デュヴァル/アラン・ニコルズ/デイヴィッド・ピール/バート・レムゼン/キーナン・ウィン●日本公開:1976/04●配給:パラマウント映画=CIC●最初に観た場所:新宿西口・新宿(西口)パレス(78-02-08)(評新宿西口パレス3.jpg新宿三葉ビル.bmp価:★★★★)●併映:「バーブラ・ストライサンド スター誕生」(フランク・ピアスン) 

新宿(西口)パレス 新宿西口小田急ハルクそば「新宿三葉ビル(三葉興行ビル(現・三葉興業本社ビル))」内。1986(昭和61)年11月閉館。


有楽座(旧)3.bmpみゆき座.jpg「グランド・ホテル」●原題:GRAND HOTEL●制作年:1932年●制作国:アメリカ●監督:エドマンド・グールディング●製作:ポール・バーン/アーヴィング・G・サルバーグ●脚本:ウィリアム・A・ドレイク●撮影:ウィリアム・H・ダニエルズ●音楽:ウィリアム・アックスト/グランド・ホテル dvd ivc.jpgチャールズ・マックスウエル●原作:ヴィッキー・バウム●時間:112分●出演:グレタ・ガルボ/ジョン・バリモア/ジョーン・クロフォード/ウォーレス・ビアリー/ライオネル・バリモア/ ロバート・テイラー/ジョージ・キューカー●日本公開:1933/10●配給:MGM日本支社●最初に観た場所:日比谷・みゆき座(86-11-18)(評価:★★★)●併映:「暗黒街の顔役」(ハワード・ホークス)グランド・ホテル《IVC BEST SELECTION》 [DVD]
旧・みゆき座 1957(昭和32)年、東宝会館ビル(東宝本社ビル)竣工に伴い、同年4月、1階に邦画の「千代田劇場」、地下1階に洋画の「みゆき座」オープン。2005(平成17)年3月31日閉館(同年4月1日「日比谷スカラ座2」が「みゆき座」の名を引き継ぐ)。[写真]千代田劇場・みゆき座[1984(昭和59)年9月]「ぼくの近代建築コレクション」より

マッシュ [DVD]
★A★S★H マッシュ dvd.jpgM★A★S★H マッシュ ケラーマン.jpg「M★A★S★H マッシュ」●原題:M*A*S*H●制作年:1975年●制作国:アメリカ●監督:ロバート・アルトマン●製作:インゴ・プレミンジャー●脚本:リング・ランドナーJr.●撮影:ハロルド・E・スタイン●音楽:ジョニー・マンデル●時間:116分●出演:ドナルド・サザーランド/トム・スケリット/エリオット・グールド/ロバート・デュヴァル/サリー・ケラーマン(右)●日本公開:1970/07●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:三鷹オスカー(79-05-13)(評価:★★★★)●併映:「まぼろしの市街戦」(フィリプド・ロカ)/「博士の異常な愛情」(スタンリー・キューブリック) 

アメリカン・アイドル1.jpgアメリカン・アイドル2.bmp「アメリカン・アイドル」American Idol (FOX 2002/06~ ) ○日本での放映チャネル:FOX(2006~)

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コルタサルの「悪魔の涎」に想を得た作品。ポップな背景のもと、人間の孤独と疎外を描く。

blow-up-pt.jpg欲望 パンフ.jpg 欲望 ポスター.jpg 欲望.jpg from Blow-Up.jpg 「欲望」パンフレット/「欲望」ポスター 「欲望 [DVD]」 デヴィッド・ヘミングス

 ファッション・カメラマンのトーマス(デヴィッド・ヘミングズ)が、公園で隠し撮りしたカップルの写真を自宅のラボで現像してみると、そこには偶然、殺人者と死体が小さく写っていた。現場に戻ると確かに死体があり、この事実を共有しようと友人を訪ねている間に、写真も死体も消えてしまう―。

悪魔の涎・追い求める男.jpg イタリアの映画監督ミケランジェロ・アントニオーニ(1912‐2007)が、海外(英国)で初めて撮った作品で、アルゼンチンの作家のフリオ・コルタサル(1914‐1984)の幻想短篇小説「悪魔の涎」に触発されてこの映画を作ったとのことです。

 コルタサルは作家生活の殆どをフランスで過ごした作家であり、但し、その作品は母国語であるスペイン語で書かれていて―となると、何だか作品の背景は、伊・英・仏・南米と入り混じっていて、素地としては結構インターナショナルであるということになります。

欲望8.jpgBlow-Up2.jpg 但し、映画のトーンは、それまでのアントニオーニ作品とはうって変わってほぼ完全にブリティッシュ調、「スウィンギング・ロンドン」と言われた当時のロンドンのポップな風潮を反映しており(郷に入れば郷に従え?)、当時としては最先端モードのモデルのファッションなども含め、今観るとモダンなレトロ感が溢れています。また、音楽はハービー・ハンコックが担当し、ジェフ・ベックとジミー・ペイジがWリードとして加っていた当時の「ヤードバーズ」のライブシーンなどの貴重映像もあります(ジミー・ペイジにとってはレッド・ツェッペリン結成の前年に当たる)。

欲望07.jpg 原作(と言えるかどうか)「悪魔の涎」の舞台はパリで、映画の舞台はロンドン、原作の主人公は翻訳家(コルタサル自身がモデルか)で写真は「趣味」ということなのに対し、映画では「プロ」写真家ですが、写真に撮られたカップルの片割れの女性が、主人公に気づいてフィルムをよこすよう迫るのを主人公が拒絶し、自分で写真を大判に現像してみるところなどは、原作も映画も共通しています。

 原作の方は、主人公が自分で引き延ばした写真の中の女性が動き出して、彼を脅かし始めるという、現実の非現実の混在したコルタサルならではの幻想的な作りになっていますが、映画では、撮欲望 dvd.jpgヴァネッサ・レッドグレイブ.jpgられた女(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)が彼のもとを訪れ、ヌードモデルになることと交換条件でフィルムをよこすよう要求したため、カメラマンはその話の乗ったフリして、愉しむだけ愉しんで偽フィルムを彼女に渡し、後で不審に思って写真を引き伸ばし(Blow Up)てみると、そこに殺人の現場と思われる場面が写っていたという展開。
Vanessa Redgrave
ヴァネッサ・レッドグレーヴ -02.jpg こう書くと完全に推理小説仕立てのようですが、主人公のカメラマンはこの事件情報を仲間や世間の人々に伝えようとするものの、誰も彼の話に関心を示すものは無く、不条理かつ人間疎外的な世界を照射したようなシークエンスの連続の中をひたすら彷徨するという流れになっていて、ミステリとして完結するわけではなく、こうした点はいかにもアントニオーニらしいなあと思わされます(「情事」('60年)なども、冒頭に女性が行方不明になり、どこへ消えたのか皆が探すが、いつの間にか途中から、そうしたミステリ的要素はどこかにいってしまう)。

BLOW-UP 1967  .jpg顔を白塗りした若者のグループがテニスコートに現れ、ボールもラケットも持たずに黙ってプレイを始め、観客達はありもしないボールを眼で追うといった非リアル且つ抽象的なシーンが多く、今だとちょっとベタかなあという気もしますが、このカメラマン、結構売れっ子で若い女性達とよろしくやっているけれども、実は孤独なんだということは伝わる―こうした一見華やかな職業人を通して、人間の孤独や疎外を象徴的に普遍化する切り口は旨いと思いました。

バーキン.jpgBlowup.jpg 主人公のカメラマンがモデル達と裸になってふざけ合う場面に、無名時代のジェーン・バーキン(Jane Birkin)が出ていて、18歳で出演した「ナック」('65年)は、映画そのものは日本でも話題になりましたが、彼女自身はまだそんな有名ではなかったです(この映画でも、どちらか言うと、金髪のバーキンより茶髪の Gillian Hills の方が日本人受けしたのではないか)。

美しき諍い女  ジェーン・バーキン.jpgジェーン・バーキンx.jpg ジェーン・バーキンは1946年12月14日ロンドン生まれで17歳の時グレアム・グリーンの戯曲「彫刻の像」で初ステージを踏み、この作品撮影当時は19歳。この映画に出た翌年にフランスに渡ってセルジュ・ゲンズブールと結婚し、個人的に映画で観たのは「美しき諍い女(いさかいめ)」('91年/仏)が最後ですが、今は人道支援活動をしたり、娘のシャルロット・ゲンズブールのステージママ的存在でもあるようです。
ミシェル・ピコリ/ジェーン・バーキン in「美しき諍い女」(1991)

blow-up.bmp blow-up3.jpg  Jane Birkin.jpg

yokubou.jpg   「欲望」●原題:BLOW-UP●制作年:1967年●制作国:イギリス/イタリア●監督:ミケランジェロ・アントニオーニ●製作:カルロ・ポンティ●脚本:ミケランジェロ・アントニオーニ/トニーノ・グエッラ/エドワード・ボンド●撮影:カルロ・ディ・パルマ●音楽:ハービー・ハンコック●原作:フリオ・コルタサル「悪魔の涎」●時間:111分●出演:デヴィッド・ヘミングス/ヴァネッサ・レッドグレイヴ/サラ・マイルズ/ジェーン・バーキン/ヤードバーズ●日本公開:1967/06●配給:MGM●最初に観た場所:新宿アートビレッジ(79-02-03)(評価:★★★★☆)●併映「さすらい」(ミケランジェロ・アントニオーニ)

ジェーン・バーキン3.jpgジェーン・バーキン2.jpgジェーン・バーキン.jpgジェーン・バーキン(Jane Birkin)

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原作は、マリリン・モンローと自分自身を念頭に置いて描いているように思える。

ティファニーで朝食を.jpg ティファニーで朝食を 文庫.jpg  ティファニーで朝食を パンフレット.jpg
ティファニーで朝食を』['08年]/『ティファニーで朝食を (新潮文庫)』['08年]/Breakfast at Tiffany's(1961) - Moon River
First edition cover (1958)
Breakfast at Tiffany's 1958.jpgティファニーで朝食を(カポーティ).jpg 1958年春に出版された米国の作家トルーマン・カポーティ(Truman Capote, 1924-1984/享年59)の34歳の時の作品(原題は"Breakfast at Tiffany's")ですが、村上春樹氏の翻訳は新潮文庫旧版('68年)の龍口直太郎訳と比べるとかなり読みやすいのではないかと思いました。

 カポーティが小説家として一番ピークにあった頃の作品であるというのがよくわかり、駆け出し作家である「僕」が、捉えどころの無い奔放さを持ったホリー・ゴライトリーという女性に引き摺られていく感じが絶妙のタッチで描かれていて、いよいよホリーが去っていくといったやや気の滅入る場面でも、「彼女の出発する土曜日には、街はスコール顔負けの激しい雨にみまわれた。鮫が空中を泳げそうなぐらいだったが、飛行機が同じことをするのは無理だろう」なんて面白い表現があったりして、都会的というか、才気煥発というか、この辺りも村上氏と波長が合う部分なのだろうなあという気がします。

「ティファニーで朝食を」1.jpg  '61年にブレイク・エドワーズ監督により、オードリー・ヘプバーン主演で映画化されたため、お洒落な都会劇というイメージが強いように思いますが(「麗しのサブリナ」ではまだ控えめだったジバンシーとの衣装提携が、この作品ではまさに"全開"という感じだったし)、そうしたファッション面でのお洒落というのと、この原作のセンスはちょっと違うような...。

Marilyn Monroe and Truman Capote
Marilyn Monroe and Truman Capote.jpg 映画化に際してトルーマン・カポーティは、主人公のホリーをマリリン・モンローが演じるのが理想と考え、またモンローを想定して脚本を書くように脚本家にも依頼したものの、モンローの起用は彼女の演技顧問だったポーラ・ストラスバーグに反対されて見送られ、結局、ヘプバーンがホリーを演じることになったというのはよく知られている話です。
 個人的印象としては、この小説を書き始めた段階からカポーティはモンローと自分自身を念頭に置いて書いているように思え、モンローの気質を想定して読むと、スッキリとホリーのキャラクターに嵌るような気がします。

「ティファニーで朝食を」 3.jpg「ティファニーで朝食を」2.jpg 実際、ヘップバーンがティファニーの前でパンを食べるという映画の冒頭シーンで(タイトルのままだなあ)、観ていたカポーティが思わず椅子からずり落ちてしまったという逸話があるぐらいですから、相当イメージ違ったのだろうなあ。
 トルーマン・カポーティは、ノーマン・メイラーと並んで、モンローに袖にされた"片思い組"で、彼は背が低くて、モンローの好みの対象外だったし、しかもバイ・セクシュアル、本質的にはホモ・セクシュアルだったとも言われています。

 この作品でトルーマン・カポーティは、世間の常識に囚われない天真爛漫な女性(若干、双極性障害(躁うつ気質)乃至境界性人格障害気味?)を生き生きと描く一方、その相手をする作家である男(要するに自分自身)を、彼女に振り回されるばかりの情けない存在として、やや自嘲的、乃至は被虐的と思えるまでに描いていますが、この点も、村上春樹氏が指摘するように、映画でジョージ・ペパードが演じた作家が、しっかりとホリーを受け止めているのとは異なり、映画化において改変された点と言えます。

BREAKFAST AT TIFFANY'S.jpgティファニーで朝食を dvd.jpg 結局、小説のホリーは最後ブラジルかどこかへ行ってしまうのですが、この結末はむしろモンローに相応しく、映画では、名無しの飼い猫を一旦放してまた引き戻す点はほぼ同じですが、海外への高飛びは無く、それまで自我むき出しで尖がっていたホリーが、最後は人間の優しさを感じるちょっと普通の女性になったかなあという、オードリー・ヘプバーンに相応しい結末に改変されていたように思います。

映画『ティファニーで朝食を(POSTER)《PPC009》』ポスター/ヘップバーン主演(輸入版)/「ティファニーで朝食を [DVD]

 「ムーン・リバー」はヘンリー・マンシーニの最大のヒット曲と言ってよく、映画としてはいい作品だと思いますが(ミッキー・ルーニー演じるユニオシなる奇妙な日本人大家はいただけないが)、もしかして、カポーティはモンローが、この映画のヘプバーンのように自分の懐へ飛び込んでくることを夢想していたのではないかとも思ったりして。

 村上氏も「映画は映画として面白かった」としながらも、新訳の刊行にあたって、表紙に映画のスチールだけは使わないで欲しいと要望したそうですが(新潮文庫旧版ではモロ、映画スチールを使っている)、映画と切り離して読んで欲しいというのはよくわかるし賛成ですが、だからといって"ティファニーブルー"のカバーにするというのもどうなのでしょうか(出版社側の意向だと思うが)。この、言わば"高級コールガール"を主人公にした小説及び映画が、"高級宝石店"ティファニーの知名度アップに大いに寄与したことは間違いないと思うのですが、それはもう過去の事。今回の場合は出版社側がタイアップ効果を狙っているということなのか。

ティファニーで朝食を 01.jpgティファニーで朝食を 00.jpg「ティファニーで朝食を」●原題:BREAKFAST AT TIFFANY'S●制作年:1961年●制作国:アメリカ●監督:ブレイク・エドワーズ●製作:マーティン・ジュロー/リチャード・シェパード●脚本:ジョージ・アクセルロッド●撮影:フランツ・プラナー●音楽:ヘンリー・マンシーニ●原作:トルーマン・カポーティ●時間:114分●出演:オードリー・ヘプバーン/ジョージ・ペパード/パトリシア・ニール/バディ・イブセン/マーティン・バルサム/ホゼ・ルイス・デ・ビラロニア/ミッキー・ルーニー●日本公開:1961/11●配給:パラマウント映画●最初に観た場所:高田馬場・ACTミニシアター(85-11-03) (評価:★★★☆)●併映:「めぐり逢い」(レオ・マッケリー)

fred.jpg cat.jpg

HIM: Holly (Jenovia), I'm in love with you.
ME: So what?
HIM: So WHAT? SO PLENTY! I love you. You belong to me.
ME: No. People don't belong to people.
HIM: Of course they do.
ME: Nobody is going to put me in a cage..
HIM: I want to love you.
ME: IT'S THE SAME THING.
HIM: No, it's not Holly! (Jenovia)
ME: I'm not Holly, I'm not Lulamae either. I don't know who I am.
I'm like cat here. A no name slob. We belong to nobody and nobody belongs to us. We don't even belong to each other.
Stop the cab.
What do you think?
This ought to be the right place.
For a tough guy like you--Garbage cans, rats galore.
(MEOW)
SCRAM!
I SAID TAKE OFF! BEAT IT!
Lets go.
(Thunder)
HIM: Driver, pull over here.
You know whats wrong with you, Miss Whoever-You-Are?
You're CHICKEN. YOU GOT NO GUTS. You're afraid to say "O.K. life's a fact."
People DO fall in love. PEOPLE DO BELONG TO EACH OTHER, BECAUSE THATS THE ONLY CHANCE ANYBODY'S GOT FOR REAL HAPPINESS.
IMG_4917.JPGYou call yourself a free spirit, a wild thing.
You're terrified someone is going to stick you in a cage.
Well Baby, you're already in that cage.
You built it yourself.
And it's not bounded by Tulip, Texas or Somaliland.
It's wherever you go.
Because no matter where you run, you just end up running into yourself.
END SCENE.

【1968年文庫化[新潮文庫(龍口直太郎訳)]/2008年再文庫化[新潮文庫(村上春樹訳)]】

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自殺をする人は、自分で自分が自殺するという「脚本」を書いている。アランの孤独は現代人に通ず。

LE FEU FOLLET.bmp 鬼火dvd.jpg  鬼火.jpg  ドリュ・ラ・ロシェル『ゆらめく炎』2.jpg
鬼火 [DVD]」「鬼火 [DVD]」 ピエール・ドリュ・ラ・ロシェル 「人間の文学〈第8〉ゆらめく炎 (1967年)
鬼火 ポスター.jpgLE FEU FOLLET (輸入版DVD)

 アルコール中毒で治療院に入院し、死にとりつかれたアラン(モーリス・ロネ)という男の、彼が自殺に至るまでの最後の48時間を追った作品で、原作は、ピエール・ドリュ・ラ・ロシェルの『ゆらめく炎』('80年/河出書房新社)。この原作者自身も自殺しています。

鬼火B9.jpg アランは、治療院を一時出てパリにLe Feu follet2.jpg行き、旧友と再会したりしますが、彼らはあまりに凡庸なマイホーム主義の中に自己を埋没させていて、彼はその凡庸さを嫌悪します。或いは、かつての恋人エヴァ(ジャンヌ・モロー)の場合だと、彼を受け容れはするものの、彼女自身が麻薬漬けの退廃生活に陥ってしまっていて、やはり、アランに生き方の指針を示すようなものではありませんでした。

鬼火11.jpg 彼の厭世観と孤独は深まるばかりで、医者に禁じられているアルコールにも手を出し、そうしながらも、昔馴染みのソランジュ(アレクサンドラ・スチュワルト)が催す晩餐会に出たりもしますが、誰も彼の話すことを理解しようとはせず、一層疎外感を募らせるだけで、この映画の登場人物で最もアランのことを理解していると思われるソランジュさえも、「気の毒な人」という感じでアラン見送るほかありません。
Le Feu follet3.gif
 アランは晩餐会の翌朝、治療院に戻り、読みかけのフィッツジェラルドの本(『華麗なるギャツビー』)を読み終えると、ピストルで自分の人生の幕を静かにおろします。「僕は自殺する。君達も僕を愛さず、僕も君達を愛さなかったからだ。だらしのない関係を緊め直すため、君達のぬぐいがたい汚点を残してやる」と書いた手紙を残し。

鬼火09.jpg アランが自殺したのは7月23日で、これは冒頭の治療院の場面で壁の鏡に書かれていた日と同じであり、彼は最初から自殺を決意していたことがわかります。確かにアランの抱える虚無感は根深いものがあります。但し、この作品を観て先ず思ったことは、自殺をする人というのは、自分で自分が自殺するというストーリーの「脚本」を書いているという面があるのではないかということです。この映画ぐらい、そのことがよくわかる映画は無く、個人的には、もしも自殺を考えている人がこの映画を観たら逆に踏みとどまるのではないかという気もします。

LE FEU FOLLET1.bmp エリック・サティ(1866-1925)のピアノが、淡々とした描写を自然に繋いでいて、時にそれは死への甘美なる誘いを醸しているようにも思えます。モーリス・ロネ(1927-1983/享年55)の抑制の効いた演技も素鬼火パンフ.jpg晴らしく、アランという複雑な性格の主人公を、驚異的な集中力をもって演じていたように思います。

 今思うに、アランの純粋さは、「シゾイド」(統合失調質)型の人格の特徴と一致するかも。あまりに純粋過ぎて、「世間」と妥協することでできない気質であるともとれます。ただ、「アル中」であり「シゾイド」であるとなると、アランのケースは何か特殊なもののように思われそうですが、飲み友達は多くいても(アランはかつては社交会で鳴らした存在だった)、真に価値観を共有したり、心を通わせ合ったりする友人はいないという点では、アランの孤独は、現代人の孤独に通じるものがあるように思います。

「鬼火」 パンフレット

鬼火6J.jpg鬼火0U.jpg「鬼火」●原題:LE FEU FOLLET●制作年:1963年●制作国:フランス●監督・脚本:ルイ・マル●撮影:ギスラン・クロケ●音楽:エリック・サティ●原作:ピエール・ドリュ・ラ・ロシェル「ゆらめく炎」●時間:108分●出演:モーリス・ロネ/ベルナール・ノエル/ジャンヌ・モロー/レナ・スケルラ/アレクサンドラ・スチュワルト/イヴォンヌ・クレシュ/ユベール・デシャン/ジャン=ポール・ムリノ/モLe feu follet(1963).jpgナ・ドール●日本公開:1977/08●配文芸坐.jpg文芸坐休館.jpg給:フランス映画社●最初に観た場所:池袋文芸坐 (78-02-20)●2回目:有楽シネマ (80-05-25)●3回目:六本木・俳優座シネマテン(96-12-01)(評価:★★★★★)●併映(1回目):「ローマに散る」(フランチェスコ・ロージ) 池袋文芸坐(旧) 1997(平成9)年3月6日閉館/2000(平成12)年12月12日〜「新文芸坐」
Le feu follet(1963)

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構成はシンプルだが(登場人物3人)、ポランスキーの最高傑作ではないか。

水の中のナイフ.jpg  NOZ W WODZIE poster.jpg  水の中のナイフ ビデオ.jpg   水の中のナイフ1.jpg 
ポランスキースペシャルDVDコレクション 「水の中のナイフ」 「反發」 「袋小路」」/「水の中のナイフ [DVD]

 ワルシャワでスポーツ記者をしている男が、美しい妻と週末をヨット・クルージングで過ごすため、妻の運転するクルマで湖に向かっていたが、森道でヒッチハイクの若者に出会い、妻に言われて渋々彼をクルマに乗せることに。若者の強気な態度が気に入らない夫は、挑発するかのように若者をヨットに誘い、ヨットの船上で3人は、一旦はうち解けてクルージングを楽しむかのようにみえたものの、次第に妻を間に挟んで張り合う2人の男の心の均衡が崩れていく―。

 夫は36歳という設定ですが、裕福な知識階層に属するとみていいでしょう。クルージングは、夫婦の恒例の週末の過ごし方になっているが、ある意味、惰性的に続いているもので、彼らの日常の延長に過ぎない―、そこに闖入してきた若者の方は、しがないヒッチハイカー。女性を巡っての男2人の心理的対峙が、貧富の差、世代の違いを背景に、ヨット上という密室の中で緊張感を持って展開されていきます。

映画「水の中のナイフ」.pngNOZ W WODZIE1.jpg 夫が敢えて若者をヨットに誘ったのは、自らが「持てる者」であることを見せつけるためであり、ヨットに乗り込んで「船長」となることで、彼の自我は一層肥大する―、しかし、夫との倦怠期にある妻は、自慢話をする夫より、むしろ心情的には若者の方へと気持ちが靡いていっているように見え(彼女は努めてそのことを表面には出さないようにしているが)、そうした妻にやけに優しい若者を見て、夫は雑用を言いつけるなどして彼を使役する―。

The Knife in the Water(1962).jpg 若者が持つ愛用のナイフは彼のアイデンティの象徴であるとも言えますが、それを夫が隠したことから2人の男は争いとなり、激昂した夫は若者をハズミで船外へ突き落としてしまい、"泳げない"彼は浮か上がってこない―、しかし、そこには若者の"芝居"があり、夫が妻との口論の末に助けを呼びにいくため湖に飛び込むのと入れ替わりで、彼はヨットに戻ってきて、その若者を妻はなじるが、やがて受け容れる―。
NOZ W WODZIE2.jpgThe Knife in the Water(1962)

 夫婦の日常の心理的な隔たりが、第三者の闖入という特殊な状況下で露呈するという展開であるとともに、この出来事が夫婦の破局ではなく、こんなこともあったりして、それでも夫婦生活は続いていくのだなあ、みたいな終わり方になっている点にリアリティがあり、見方によっては、将来の破局を暗示しているというより、両者の絆を強めるという結末に繋がっているように思われるところがこの作品のミソかも。

 ヨットに戻ってからの若者からそれまでの尖がっていた感じが消えて、母親に甘える子供のようになってしまう点も、結末に納得感を持たせることに寄与しているように思えました(要するに、妻の眼から見ればこの若者は"子供"のようなものであり、"伴侶"たり得ないと)。

 ロマン・ポランスキーの実質的な長編デビュー作で、ポーランドで撮った最後の作品ですが(以後「戦場のピアニスト」('02年)までの40年間、祖国で映画を撮ることはなかった)、彼NOZ W WODZIE3.jpgの名を世に知らしめたもので、脚本・演出が見事なだけでなく(妻役のヨランタ・ウメッカは女優ではなく美術学校の学生だった)、森の中や湖上を撮ったモノクロームの映像がどれをとっても美しくて絵になっており(カメラのイエジー・リップマンはアンジェイ・ワイダ監督の「地下水道」('56年/ポーランド)でも撮影を担当しており、あの映画もカメラワークが素晴らしかった)、構成はシンプルですが(登場人物3人だから...)トータル的に見てポランスキーの最高傑作と言ってもいいのではないでしょうか。

Jolanta Umecka

オリジナルポスター
水の中のナイフ オリジナル・ポスター.jpg水の中のナイフb.jpg「水の中のナNOZ W WODZIE.jpgイフ」●原題:NOZ W WODZIE(A KNIFE IN THE WATER)●制作年:1962年●制作国:ポーランド●監督:ロマン・ポランスキー●製作:ジュゼッペ・アマト/アンジェロ・リッツォーリ●脚本:ロマン・ポランスキー/イエジー・スコリモフスキー/ヤクブ・ゴールドベルク●撮影:イエジー・リップマン●音楽:クリシトフ・コメダ●時間:94分●出演:レオン・ニエムチック/ヨランタ・ウメッカ/ジグムント・マラノウッツ飯田橋佳作座 (神楽坂下外堀通り沿い)624.jpg飯田橋佳作座.jpg●日本公開:1965/06●配給:東和●最初に観た場所:飯田橋佳作座(81-05-24)(評価:★★★★☆)●併映:「大理石の男」(アンジェイ・ワイダ)


飯田橋佳作座 (神楽坂下外堀通り沿い) 1988(昭和63)年4月21日閉館

写真共有サイト「フォト蔵」より

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トランティニャン未亡人相手2作。ロッシ・ドラゴが"凄い"「激しい季節」とCFを観ているような「男と女」。
激しい季節 ポスター 2.jpg ヴァレリオ・ズルリーニ★激しい季節(1959).jpg Estate Violenta2.jpg 男と女 DVD.jpg 「男と女」2.jpg
「激しい季節」ポスター/ビデオ(絶版)/「ESTATE VIOLENTA(激しい季節)」 ビデオ(輸入版)/「男と女 [DVD]」/輸入版ポスター

「激しい季節」2.jpgEstate Violenta.jpg 「激しい季節」(Estate Violenta、'59年/伊)の舞台は1943年のアドリア海に面した高級避暑地。別荘に滞在する上流階級の娘(ジャクリーヌ・ササール)が、パーティーの場に現れたファシスト党高官の息子(ジャン・ルイ・トランティニャン)に恋をするが、彼の方は浜辺で知り合った海軍将校の未亡人(エレオノラ・ロッシ・ドラゴ)に惹かれ、2人は深い関係に―。

Jean-Louis Trintignant & Eleonora Rossi Drago

「激しい季節」1.jpg それを知った娘ジャクリーヌ・ササールは泣きながら去り、後半は、ムッソリーニ政権の崩壊、新政権の誕生、イタリアの降伏という動乱の戦局の下、刹那的な恋に激しく燃える高官の息子トランティニャンと未亡人ロッシ・ドラゴの愛と別離が描かれています。

 とにかく、未亡人役のエレオノラ・ロッシ・ドラゴの魅力(色香)がその眼差しからボディに至るまで凄く、それまであまり脱がない女優だったそうですが、この映画に関しては、検閲でカットされている部分もあるぐらいで、彼女は'07年12月に82歳で亡くなっており、考えてみれば相当旧い映画なのですが、何か"今風"のセクシーさを醸す女優でした(この映画に出演した時は33、4歳ぐらい)。

Valerio Zurlini Estate violenta 2.jpgValerio Zurlini Estate violenta.jpg 2人の「出会い」は海岸で、独軍機の威嚇飛行に人々が怯え逃げる際に、転んで泣いていた幼子をトランティニャンが助けたのが、ロッシ・ドラゴの娘だったというもの、「別れ」は、トランティニャンが兵役逃れを図りロッシ・ドラゴと逃避行を図る際に、列車が米軍機の爆撃を受け大勢の死者が出て、その中にその娘の亡骸を見つけて、彼女が現実に(乃至"罪の意識"に)目覚めるという、「出会い」も「別れ」も共に「爆撃機」と「娘」が絡んだものです。

 戦時下の恋の物語ですが、当時のイタリアの上流階級の一部は、そうした戦局の最中に合コンみたいなパーティーをやったり、海水浴に興じたりしていたというのは、実際の話なのだろうなあと(集団的な"刹那主義"的傾向?)。
 この作品は日本ではDVD化されていないし、元々ビデオにもなっていないけれど、なぜだろう。

「男と女」(1966年) ポスター/パンフレット①/パンフレット②
男と女 ポスター.bmp男と女 パンフ.jpg男と女 パンフレット.png「男と女」(Un homme et une femme、'66年/仏)もジャン・ルイ・トランティニャンが未亡人(スタントマンの夫を目の前で失った女アヌーク・エーメ)に絡むもので、こちらはトランティニャン自身も妻に自殺された男寡のカーレーサーという設定で、2人が知り合ったのは互いの子供が通う寄宿学校の送り迎えの場という、「激しい季節」同様に子供絡みです。

「男と女」3.bmp「男と女」4.jpg 一作品の中でモノクロ、カラ―、セピア調を使い分けるといった凝った映像のつくりです。但し、ストーリーそのものは個人的には結構俗っぽく感じられ、トランティニャンが鬱々として煮えたぎらずしょぼい恋愛モノという印象しか受けないのフランシス・レイ.jpgですが、フランシス・レイ(1932- )のボサノバ調のテーマ曲と共に間に挿入されるイメージフィルムのような映像が美しいです。クロード・ルルーシュ(1937- )はコマーシャルフィルムのカメラマンから映画監督に転身した人ですが、この作品自体がプロモーションフィルムまたはコマーシャルフィルムであるような印象も受けました。当時としては非常に斬新だったのだと思いますが、今観るとそれほどでないと思われるかも。しかし、そのことは、それだけ後の多くの映像作家がこの映画から様々な技法を吸収したということの証であるのかもしれません(でもやっぱり音楽は今でもいい。音楽だけの評価だと★★★★★)。

 最初から映像美と音楽を調和させることが最大の狙いで、ストーリーの方は意図的に通俗であることを図っていたのかも。ルイ・マル監督の「恋人たち」('58年/仏)などがその典型例ですが、「通俗」を繊細かつ美しく撮るのも映画監督の技量の1つでしょう。でも、この監督、この後に大した作品がないんだよなあ(一応、知られているところでは「愛と哀しみのボレロ」('81年)があるが)。仮に「男と女」だけ撮って夭折していたらフランス映画史上の天才と呼ばれていたに違いないとの声もある監督です。

 「激しい季節」「男と女」共にジャン・ルイ・トランティニャン主演の作品ですが、トランティニャン自身は、繊細な演技が出来る、日本人が感情移入しやすい俳優であるとは思うものの、この2作については、片や相方のエレオノラ・ロッシ・ドラゴの突き刺すような魅力が圧倒的で、片や映像美と音楽の魅力が圧倒的な作品であるような気がしました。

「激しい季節」ポスター(1960年劇場用初版)/VHSカバー
激しい季節 ポスター.jpgヴァレリオ・ズルリーニ★激しい季節(1959).jpg
                    
 
Estate violenta(1959)
Estate violenta(1959).jpg「激しい季節」●原題:ESTATE VIOLENTA●制作年:1959年●制作国:イタリア●監督:ヴァレリオ・ズルリーニ●製作:シルヴィオ・クレメンテッリ●脚本:ヴァレリオ・ズルリーニ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ/ジョルジョ・プロスペリ●撮影:ティノ・サントーニ●音楽:マ激しい季節 パンフ.jpgリオ・ナシンベーネ●時間:93分●出演:ジャン・ルイ・トランティニャン/エレオノラ・ロッシ・ドラゴ/ジャクリーヌ・ササール/ラフ・マッティオーリ/フェデリカ・ランキ/リラ・ブリナン●日本公開:1960/04●配給:イタリフィルム●最初に観た場所:六本木・俳優座シネマテン(84-11-17)(評価:★★★★)

六本木駅付近.jpg六本木・俳優座シネマテン2.jpg俳優座劇場.jpg六本木・俳優座シネマテン(六本木・俳優座劇場内) 1981年3月20日オープン。2003年2月1日休映(後半期は「俳優座トーキーナイト」として不定期上映)。
 
 

 
  

男と女24.jpg「男と女」1.jpg男と女  66仏.jpg「男と女」●原題:UN HOMME ET UNE FEMME●制作年:1966年●制作国:フランス●監督・製作:クロード・ルルーシュ●脚本:クロード・ルルーシュ/ピエール・ユイッテルヘーヴェン●撮影:クロード・ルルーシュ●音楽:フランシス・レイ●時間:103分●出演:ジャン・ルイ・トランティニャン/アヌーク・エーメ/エヴリーヌ・ブイックス/マリー・ソフィー・ポシャ/リチャード・ベリー/ロベール・オッセン●日本公開:1966/10●配給: ユナイテッド・アーティスツ●最初に観た場所:高田馬場パール座(78-10-02)(評価:★★★☆)●併映:「さよならの微笑」(ジャン・シャルル・タッシェラ)

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「●ヘンリー・マンシーニ音楽作品」の インデックッスへ  「●マルチェロ・マストロヤンニ出演作品」の インデックッスへ 「●ミシェル・ルグラン音楽作品」の インデックッスへ 「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ 「○存続中の映画館」の インデックッスへ(目黒シネマ)

戦争の犠牲者に対する国を超えたレクイエムが込められていた「ひまわり」。セリフの全てを歌で表現した「シェルブールの雨傘」。  
ひまわり ポスター.bmp ひまわり.jpg シェルブールの雨傘.jpg 「ひまわり」チラシ/「ひまわり [DVD]」/「シェルブールの雨傘 [DVD]」 音楽:ミッシェル・ルグラン
ひまわり パンフレット.jpg 「ひまわり」(I Girasoli 、'70年/伊・仏・ソ連)は、最初に観た時、ジョヴァンニ(ソフィア・ローレン)が戦地で消息を絶った夫アントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)を訪ねウクライナに行き、彼に再会し全てを知ったところで終わっても良かったかなと、その方がラストのひまわり畑のシーンにすんなり繋がるのではないかという気もしました。

「ひまわり」映画パンフレット/音楽:ヘンリー・マンシーニ
         
ひまわり02.jpg「ひまわり」3.jpg 後半、今度はマルチェロ・マストロヤンニがソフィア・ローレンを訪ね再会を果たすも、既に彼女は結婚もしていて子供もいることがわかり(自分にもロシア人妻リュドミラ・サヴェーリエワとの間に子供がいることも改めて想起し)、失意のうちにウクライナへ帰っていく部分は、かなり地味だし、「子は鎹(かすがい)」ということ(?)なんて思ったりしたのですが、しかしながら、最近になって観直してみると、後半も悪くないなあと思うようになりました。

「ひまわり」1.jpg「ひまわり」2.jpg 愛の"記憶"に生きると決めているジョヴァンニ。ガックリくるマストロヤンニに対し、共に痛みを感じながらも彼を包み込むような感じがラストのソフィア・ローレンにはあり、母は強しといった感じも。

I GIRASOLI(SUNFLOWER).jpg「ひまわり」4.jpg 2つの別れのシーン(出征の別れと再会後の最後の別れ)に「ミラノ中央駅」が効果的に使われていて、ひまわりが咲き誇る畑も良かったです。

Sophia Loren Marcello Mastroianni in I Girasoli

sunflower 1970s.jpg このひまわりの下に、ロシア兵もsunflower 1970  .jpgイタリア兵も戦場の屍となって埋まっているという、戦争の犠牲者に対する国を超えたレクイエムが込められていて、冷戦下でソ連側が国内でのロケを許可したのもわかります(ソフィア・ローレンはソ連のどこのロケ地へ行っても大歓迎を受けたとのこと)。

映画チラシ(1989)Catherine Deneuve in Les Parapluies De Cherbourg
シェルブールの雨傘1989チラシ.jpgシェルブールの雨傘2.jpg 同じく、戦争で運命を狂わされた男女を描いたものに、ジャック・ドゥミ(1931‐1990)監督の「シェルブールの雨傘」(Les Parapluies De Cherbourg、'64年/仏)がありますが、のっけから全ての台詞にメロディがついていて、やや面食らいました(それが最後まで続く)。音楽のミッシェル・ルグランによれば、全てのセリフを歌で表した最初の映画とのことで、オペラのアリアの技法を用いたとのことです。

シェルブールの雨傘1.jpg 石畳の舗道に雨が落ちてきて、やがて色とりシェルブールの雨傘 001.jpgどりの美しい傘の花が咲くという俯瞰のファースト・ショットはいかにもお洒落なフランス映画らしく('09年にシネセゾン渋谷で"デジタルリマスター版"が特別上映予定とのこと。自分が劇場で観た頃にはもう色が滲んでいた感じがした)、監督のジャック・ドゥミ(当時31歳)、音楽のミッシェル・ルグラン(当時30歳)も若かったですが、傘屋の娘を演じたカトリーヌ・ドヌーヴは当時20歳でした。

「シェルブールの雨傘」 仏語版ポスター/日本語パンフレット
シェルブールの雨傘 ポスター.jpgシェルブールの雨傘 パンフレット.jpg 恋人が出征する戦争は、第2次世界大戦ではなくアルジェリア戦争で(この映画からは残念ながらアルジェリア側の視点は感じられない。フランス版「ひまわり」とか言われるからつい比べてしまうのだが、戦争終結直後に作られたということもあるのだろう)、「ひまわり」みたいに一方がもう一方を訪ねて再会するのではなく、ラスト別々の家族を持つようになった2人は、母の葬儀のためシェルブールに里帰りしたカトリーヌ・ドヌーヴが、クルマの給油に寄った先が、彼が将来経営したいと言っていたガソリンスタンドだったという、偶然により再会します。

Les parapluies de Cherbourg(1964)

シェルブールの雨傘 003.jpg 2人は将来子供が出来たら付けようと恋人時代に話していた「フランソワ」「フランソワーズ」という名をそれぞれの男の子と女の子につけていたのですが、そう言えば「ひまわり」のソフィア・ローレンは、自分の子に「アントニオ」というマルチェロ・マストロヤンニが演じた前夫の名をつけていました。何れにせよこういうの、知らされた相手側の未練を増幅しそうな気がするなあ。

 個人的評価は「ひまわり」が星4つで、「シェルブールの雨傘」が星3つ半です。「シェルブールの雨傘」は、映画史的には、セリフの全てを歌で表現したというころが技法面で画期的だとして高く評価されている面もあるかと思いますが、それは考慮せずの評価です。
      
Himawari(1970)
Himawari(1970).jpg
ひまわり01.jpg「ひまわり」●原題:I GIRASOLI(SUNFLOWER)●制作年:1970年●制作国:「ひまわり」.jpgイタリア・フランス・ソ連●監督:ヴィットリオ・デ・シーカ●製作:カルロ・ポンティ/アーサー・コーン●脚本:チェザーレ・ザバッティーニ/アントニオ・グエラ/ゲオルギス・ムディバニ●撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ●音楽:ヘンリー・マンシーニ●時間:107分●出演:マルチェロ・マストロヤンニ/ソフィア・ローレン/リュドミラ・サベーリエsunflower 1970.jpgワ/アンナ・カレーナ/ジェルマーノ・ロンゴ/グラウコ・オノラート/カルロ・ポンティ・ジュニア●日本目黒シネマ.jpg目黒シネマ2.jpg公開:1970/09●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:目黒シネマ(83-05-01)(評価:★★★★)●併映:「ワン・フロム・ザ・ハート」(フランシス・フォード・コッポラ) 目黒シネマ (1955年「目黒ライオン座」オープン(地下に「目黒金龍座」)を経て1975年再オープン(地下「目黒大蔵」)

Cherbourg no Amagasa (1964)
Cherbourg no Amagasa (1964).jpg
『シェルブールの雨傘』(1963).jpg「シェルブールの雨傘」●原題:LES PARA PLUIES DE CHERBOURG●制作年:1964年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャック・ドゥミー●製作:マグ・ボダール●脚本:チェザーレ・ザバッティーニ/アントニオ・グエラ/ゲオルギス・ムディバニ●撮影: ジャン・ラビエ●音楽:ミシェル・ルグラン●時間:91分●出演:カトリーヌ・ドヌーヴ/ニーノ・カステルヌオーボ/マルク・ミシェル/アンヌ・ヴェルノン/エレン・ファルナー/ミレーユ・ペレー/アンドレ・ウォルフ●日本公開:1964/10●配給:東和●最初に観た場所:高田馬場パール座(78-05-27)(評価:★★★☆)●併映:「巴里のアメリカ人」(ヴィンセント・ミネリ)

「●フェデリコ・フェリーニ監督作品」の インデックッスへ Prev|NEXT⇒ 【1089】フェリーニ「甘い生活
「●ニーノ・ロータ音楽作品」の インデックッスへ 「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ 「○都内の主な閉館映画館」の インデックッスへ(新宿アートビレッジ)

人間の原罪を抉った作品であるとともに、旅芸人たちに対する共感が込められている。

道.jpg 道1.jpg 道 ポスター.jpg
道 [DVD]」  「道 [DVD]」   「道」パンフレット(1965)  La Strada-The Road 1954-道- Gelsomina

フェリーニ「道」.bmp 旅芸人のザンパノ(アンソニー・クイン)は芸の手伝いをする女が死んでしまったため、その妹のジェルソミーナ(ジュリエッタ・マシーナ)を幾ばくかのお金で買い取った。粗野で暴力を振るうザンパノと、頭が弱いが心の素直なジェルソミーナは一緒に旅に出る旅に出る―。

 フェデリコ・フェリーニ(1920‐1993/享年73)監督のあまりも有名な作品ですが、本国と日本での公開の間に3年の歳月があり、旅芸人という地味なモチーフ、美男美女が出てくるわけでもなく、当初は日本では受けないと思われたのかな? 日本での公開時もさほど宣伝もされず、口コミで人気が拡がり、やがて映画ファンのみでなく、広く一般に知られる作品になったとのこと。

『道』(1954).jpg アンソニー・クイン(1915‐2001)が亡くなった際にも、新聞ではこの作品のスチールと共に報じられていました。彼の出演作品の中でも代表作になるのでしょうが、監督の奥さんであるジェルソミーナ役のジュリエッタ・マシーナ(1921‐1994)の演技が、これまた素晴らしいと思いました。フェリーニの作品の中でも一番好きな映画で、初めて観た時は、次の日また観に行きました。

 この映画には幾つかの謎があり、例えばジェルソミーナがいつも口ずさむ歌(音楽の教科書に「ジェルソミーナ」というタイトルで出ていた)は、物語の中では一体誰が作曲したことになっているのか、ザンパノと彼が殺した綱渡り芸人は以前にはどういう関係にあったのか、といったものから、ジェルソミーナが家族と別れる時、実は絶望よりも希望の方が勝っていたのか、何故ジェルソミーナは修道尼の誘いを断り修道院を後にしてザンパノについていったのか等々です。

道4.jpg この映画でのジェルソミーナの表情は、1つの場面においてもめまぐるしく変化し、一般に彼女は「頭が弱い」とされていますが、必ずしもそうとは言えないような気もし、例えば、「頭が弱い」からザンパノに虐げられても彼についていってしまう("ストックホルム症候群"説?)のではなく、一見粗暴に見える彼の弱さと優しさを見抜き、また、綱渡り芸人からも言われたように、自分しかザンパノを支える人間はいないということがわかっていたのでしょう。

道 10.jpg ザンパノ自身の方はそのことに気づかずに、彼が綱渡り芸人を殺したことを知って泣き続け心を閉ざしたままの彼女を置いていってしまい、何年か経た後に、彼女の死を聞いて号泣する自分を通して、自分が彼女を愛していたことをやっと知り、また、その彼女を見捨てた過ちに気づく―、そして今、自分は彼女に何もしてやれなかったという思いを抱いて残りの人生を送らなければならないという、これが彼にとっての"罰"になっていて、その罰を通して、かつて自分が犯した数々の罪をも知る―という構造になっているように思いました。

Michi(1954).jpg道3.jpg 綱渡り芸人が殺されてジェルソミーナが泣いたのは、優しかった彼が死んだということもありますが、むしろ、ザンパノの犯した罪に対する慄きからのものでしょう。人間の原罪を抉った作品であり、バックにキリスト教的な宗教観の影響も見てとれなくもないですが、但し、あまりそのことに引き寄せて解釈すると、ジェルソミーナが単なる"聖性"のシンボルになってしまうような気もしなくもありません。旅芸人たちの笑顔の底にある生身の人間としての悲哀-それに対する洞察と共感が込められていることは、「フェリーニの道化師」('70年)などの作品と併せて観るとよく解るかと思います。

Michi(1954)

新宿アートビレッジ3.png「道」●原題:LA STRADA●制作年:1954年●制作国:イタリア●監督:フェデリコ・フェリーニ●製作:カルロ・ポンティ/ディノ・デ・ラウレンティス●脚本:フェデリコ・フェリーニ/エンニオ・フライアーノ/トゥリオ・ピネッリ●撮影:オテッロ・マルテッリ●音楽:ニーノ・ロータ●時間:115分●出演:ジュリエッタ・マシーナ/アンソニー・クイン/リチャード・ベースハート/アルド・シルヴァーニ/マルセーラ・ロヴェーレ●日本公開:1957/05●配給:イタリフィルム=NCC●最初に観た場所:新宿アートビレッジ(79-05-01)●2回目:新宿アートビレッジ(79-05-02)(評価:★★★★★
新宿アートビレッジ (歌舞伎町ジャズ喫茶「タロー」3F、16ミリ専門の上映館・席数40) 1980(昭和55)年に活動停止

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従来の文学作品の類型の何れにも属さず、かつ小説的濃密さを持つムルソーの人物造型。

異邦人 単行本(1951).jpg  異邦人 1984.jpg 異邦人 1999.jpg 異邦人1.jpg   異邦人ポスター.jpg
単行本 ['51年/新潮社] 『異邦人 (新潮文庫)』 ['84年]    ['99年] 映画「異邦人」(1967)ポスター

 1942年6月に刊行されたアルベール・カミュ(Albert Camus、1913‐1960/享年46)の人間社会の不条理を描いたとされる作品で、「きょう、ママンが死んだ」で始まる窪田啓作訳(新潮文庫版)は読み易く、経年疲労しない名訳と言えるかも(新潮社が仏・ガリマール社の版権を独占しているため、他社から新訳が出ないという状況はあるが)。

 養老院に預けていた母の葬式に参加した主人公の「私」は、涙を流すことも特に感情を露わにすることもしなかった―そのことが、彼が後に起こす、殆ど出会い頭の事故のような殺人事件の裁判での彼の立場を悪くし、加えて、葬式の次の日の休みに、遊びに出た先で出会った旧知の女性と情事にふけるなどしたことが判事の心証を悪くして、彼は断頭台による死刑を宣告される―。

L'Etranger.png 仏・ガリマール社からの刊行時カミュは29歳でしたが、この小説が実際に執筆されたのは26歳から27歳にかけてであり(若い!)、アルジェリアで育ちパリ中央文壇から遠い所にいたために認知されるまでに若干タイムラグがあったということでしょうか。但し、この作品がフランスで刊行されるや大きな反響を呼び、確かに、自分の生死が懸かった裁判を他人事のように感じ、最後には、「私の処刑の日に大勢の見物人が集まり、憎悪の叫びをあげて、私を迎えることだけ」を望むようになるムルソーという人物の造型は、それまでの文学作品の登場人物の類型の何れにも属さないものだと言えるのでは。

Gallimard版(1982)

 カフカ的不条理とも異なり、第一ムルソーは自らの欲望に逆らわず行動する男であり(ムルソーにはモデルがいるそうだが、この小説の執筆期間中、カミュ自身が2人の女性と共同生活を送っていたというのは、小説と似たシチュエーション)、また、公判中に自分がインテリであると思われていることに彼自身は違和感を覚えており(カミュ自身、自らが実存主義者と見られることを拒んだ)、最後の自らの死に向けての"積極"姿勢などは、むしろカフカの"不安感"などとは真逆とも言えます。

 サルトルは「不条理の光に照らしてみても、その光の及ばない固有の曖昧さをムルソーは保っている」とし、これがムルソーの人物造型において小説的濃密さを高めているとしていますが、自分にはこのことは、『嘔吐』でマロニエの樹を見て気分が悪くなるロカンタンという主人公の、"小説的濃密さ"の欠如を認めているようにも思えなくもないのです。

異邦人QP.jpg異邦人  .jpg ルキノ・ヴィスコンティ(Luchino Visconti、1906‐1976/享年69)監督がマルチェロ・マストロヤンニ(Marcello Mastroianni、1924‐1996/享年72)を使ってこの『異邦人』を映画にしていますが('67年)、テーマがテーマである上に、小説の殆どはムルソーの内的独白(それも、だらだらしたものでなく、ハードボイルドチックな)とでも言うべきもので占められていて、情景描写などはかなり削ぎ落とされており(アルジェリアの養老院ってどんなのだろうか、殆ど情景描写がない)、映画にす異邦人パンフレット.jpgるには土台無理がある作品である気がしなくもありません(それでもルキノ・ヴィスコンティ監督は、"頑張って"とでも言うか"意欲的に"とでも言うか、果敢に映像化を試みてはいると思う)。

映画プレミアパンフレット 「異邦人(A4/紺背景版)」 監督 ルキノ・ビスコンティ 出演 マルチェロ・マストロヤンニ/アンナ・カリーナ/ベルナール・ブリエ/ジョルジュ・ウィルソン/ブルノ・クレメール/ピエール・バルタン/ジャック・エラン/マルク・ローラン/ジョルジュ・ジレー

ルキノ・ヴィスコンティ監督の『異邦人』.jpg 松岡正剛氏はこの映画を観て、ヴィスコンティはムルソーを「ゲームに参加しない男」として描ききったなという感想を持ったそうで、これは言い得ているのではないかという気がします。自分としては、ラストのムルソーの司祭とのやりとりを通して感じられる彼の「抵抗」とその根拠みたいなものは伝わってきにくかったように思われ、映像化することで抜け落ちてしまう部分はどうしてもあるような気がしましたが、ルキノ・ヴィスコンティ監督の挑戦は一定の評価を得てもいいのではないかとも思いました。

映画異邦人2.jpg この世の全てのものを虚しく感じるムルソーは、自らが処刑されることにそうした虚しさからの自己の解放を見出したともとれますが、映画で断頭台が地べたに置いてあるのが何だか生々しく、ああ、やっぱり死刑はイヤだなあとか単純に思ったりして...(小説の中でもよく読むと、ムルソーが断頭台が「台」になっていない事をやや意外に思う記述があったのだが、小説は獄中での主人公の決意にも似た思いで終わっていて、彼が断頭台に連れて行かれる場面は無い)。
映画「異邦人(Lo straniero)」より

 ただ、ムルソー(この主人公の名前も小説の最後になって初めてちょこっと出てくるだけなのだが)が母親の葬儀の翌日に女友達と海へ水遊びに行ったのは、彼が養老院の遺体安置所の「死」の雰囲気から抜け出し、自らの心身に「生」の息吹を獲り込もうとした所為であるという見方があり、映画ではそれを裏付けるような作りにはなっているように思われました(そういう見方があることを知った上で映画を観ている自分の個人的な先入観からかも知れないが)。

lo_straniero1.jpg ママンの出棺を見るムルソー(マルチェロ・マストロヤンニ)
lo_straniero2.jpg 葬儀の翌日、海辺で女友達(アンナ・カリーナ)に声をかける
lo_straniero3.jpg アラブ人達と共同房にて(死刑確定後は独房に移される)

映画 異邦人.jpg異邦人 .jpg「異邦人」●原題:THE STRANGER (LO STRANIERO/L'ÉTRANGER)●制作年:1967年●制作国:イタリア・フランス・アルジェリア●監督:ルキノ・ヴィスコンティ●製作:ディノ・デ・ラウレンティス●脚本:スーゾ・チェッキ・ダミーコ/エマニュエル・ロブレー/ジョルジュ・コンション●撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ●音楽:ピエロ・ピッチオーニ●原作:アルベール・カミュ「異邦人」●時間:104分●出演:マルチェロ・マストロヤンニ/アンナ・カリーナ/ベルナール・ブリエ/ジョルジュ・ウィルソン/ブルノ・クレメール/映画チラシ 「異邦人」 岩波シネサロン 8.jpg映画チラシ 「異邦人」 岩波シネサロン 1.jpgピエール・バルタン/ジャック・エラン/マルク・ローラン/ジョルジュ・ジレー/アルフレード・アダン/アンジェラ・ルーチェ/ミンモ・パルマラ/ヴィットリオ・ドォーゼ●日本公開:1968/09●配給:パラマウント●最初に観た場所:岩波シネサロン(80-07-13)●2回目:池袋文芸座ル・ピリエ(81-06-06)(評価:★★★☆)●併映(2回目):「処女の泉」(イングマル・ベルイマン)
岩波ホールビル.jpg岩波シネサロン(岩波ホール9F)

   
    

 
 【1954年文庫化[新潮文庫〕】

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大人の男女3人の宝探し。甘いけれど許せる甘さの"青春映画"。
冒険者たち.jpg 冒険者たち2.jpg 冒険者たち1.jpg Les aventuriers(1967).jpg
冒険者たち [DVD]」 Lino Ventura,Alain Delon,Joanna Shimkus in "LES AVENTURIERS" Les aventuriers(1967)
LES AVENTURIERS.jpg パリ郊外の飛行クラブでインストラクターをしているパイロットのマヌー(アラン・ドロン)と新型エンジンの開発に熱中する元エンジニアのローラン(リノ・ヴァンチュラ)のもとに、芸術家の卵である前衛彫刻家レティシア(ジョアンナ・シムカス)が現れ、2人とも彼女に恋心を抱くが、やがて3人はアフリカの海底に5億フランの財宝が眠っているとの話を聞き、共にコンゴの海に旅立つことに―。

 大の大人3人が宝探しをするという、何だか甘い青春ドラマみたいな設定なのですが、ジョゼ・ジョヴァンニの原作を大幅に脚色したロベール・アンリコ監督の演出が巧みで、話のテンポも良く、この中では一番おっさん臭いリノ・ヴァンチュラ(当時48歳)の演技さえも許せてしまうものでした(この人、刑事役とかギャング役が十八番なのだが)。

Joanna Shimkus.jpg やはり、ちょっと胴長のジョアンナ・シムカス(当時24歳)の明るさが効いていて、周囲を巻き込んでしまう―それだけに、彼女が演じるレティシアが亡くなってしまうのが哀しく、そこから本来のリノ・ヴァンチュラとアラン・ドロン(当時32歳)の哀愁を帯びたギャング映画みたいなトーンになるといったところでしょうか。それでも、この映画は最後まで映像的には光に満ちているように思え、最後の方に出てくる銃撃戦の舞台となる軍艦みたいな島も良かったです。

「冒険者たち」doronn.jpg アラン・ドロンを軸に見れば「太陽がいっぱい」系の雰囲気かとも思えますが、結末から逆算的に見ると、リノ・ヴァンチュラの視点での物語ということになるのかもしれません(アラン・ドロンというのは常に「見られる側」の存在であって、「見る側」にはならないような気がする)。因みに、ジョゼ・ジョヴァンニの原作のタイトルは「生き残った者の掟」です。

「冒険者たち」リノ」.jpg冒険者たち 1977年公開時チラシ.jpg リノ・ヴァンチュラ(1919-1987)は、俳優になる前はレスリングのヨーロッパ・チャンピオンだったそうですが、この映画での彼は、最近の俳優で言うと、ジャン・レノなどに通じるものがあるなあと勝手に思ったりしました。

冒険者たち6.jpg ドロンの歌うテーマ曲「愛しのレティシア」は、口笛の伴奏がホンダシビックのCFなどで使われましたが、サワリの部分を聞くだけで、レティシアを水葬に付す場面など、映画の様々なシーンが甦ってきます。甘いけれど、許せる甘さの"青春映画"です。


Les aventuriers (1967)
Les aventuriers (1967).jpgジョアンナ・シムカス.jpg「冒険者たち」●原題:LES AVENTURIERS●制作年:1967年●制作国:フランス●監督:ロベール・アンリコ●脚本:ロベール・アンリコほか●撮影:ジャン・ボフティ●音楽:フランソワ・ド・ルーベ●原作:ジョゼ・ジョヴァンニ「生き残った者の掟」●時間:112分●出演:アラン・ドロン/リノ・ヴァンチュラ/ジョアンナ・シムカス/セルジュ・レジニア●日本公開:1967/05●配給:大映●最初にロベール・アンリコ(Robert Enrico).jpg観た場所:有楽町・ニュー東宝シネマ1(77-11-24)●2回目:テアトル池袋(84-11-11) (評価:★★★★☆) ●併映(2回目):「カリブの熱い夜」(テイラー・ハックフォード)
ロベール・アンリコ(Robert Enrico)

「冒険者たち」 パンフレット 1977年/1989年
冒険者たち 1977.png  冒険者たち 1989.png

ニュー東宝シネマ1.jpgニュー東宝1.JPGニュー東宝シネマ1・2 チケット入れ.jpgニュー東宝シネマ1
1957年5月5日、有楽町ニュートーキョービル3Fに「ニュー東宝シネマ」オープン。TOHOシネマズ 有楽座.jpg1972年5月~「ニュー東宝シネマ1」、2005年4月~新生「有楽座」、2009年2月10日~「TOHOシネマズ有楽座」(右) 2015年2月27日閉館
    
「テアトル池袋 LAST ALLNIGHT」チラシ-1.gif「テアトル池袋_1.jpgテアトル池袋2.JPGテアトル池袋 劇場内.jpgテアトル池袋 1980年南池袋1丁目「南池袋共同ビル」の8階にオープン。1981年池袋東口60階通りに移転。2006(平成18)年8月31日閉館

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「キートン・ライズ・アゲイン」でレール・テクニックが体に染み付いたものだったことを知る。

キートンの大列車追跡.jpg世界名作映画全集 99 キートンの大列車追跡.jpg 『キートンの大列車追跡』(1926) 21.jpg Buster Keaton.jpg
世界名作映画全集99 キートンの大列車追跡 [DVD]
「キートンの大列車追跡」1977年リバイバル公開時チラシ

THE GENERAL  Buster Keaton.jpg アメリカ南北戦争を舞台にした機関車追跡劇。キートンが機関士を務める蒸気機関車の名が「将軍(General)」。愛する機関車を北軍に奪われ、彼は別の機関車で追走するが、その奪われた機関車には彼の恋人も乗っていた―。


キートン将軍 vhs.jpg キートン黄金期の代表作で、日本初公開時のタイトルは「キートン将軍」で、後に「キートンの大列車強盗」となり、70年代のリバイバル上映時に「キートンの大列車追跡」という邦題になっていますが、その方が内容に沿ったタイトルと言『キートンの大列車追跡』(1926) .jpgえるかも(80年代の渋谷ユーロスペースでの自主上映では「キートンの大列車強盗」のタイトルを使用し、最近のフィルムセンターでの上映は「キートン将軍」、シネマヴェーラ渋谷での上映では「キートンの大列車強盗」を使用している)。

 最後の方で本物の機関車を鉄橋ごと川に落下させるシーンがあり、この場面だけで映画製作予算42万ドルの大半を使っているとのことです。そうしたスケールの大きさもさることながら、とにかく、機関車の線路の切り替えのテクニックを使ったアクション描写が巧みな映画でした。今でこそキートン映画の上映会の定番作品ですが、公開当時の評価は「かつての労作より遥かに劣る」(NYタイムズ)など惨憺たるもので、興行収入も「拳闘屋キートン」('26年)の77万ドルに対して47万ドルに止まったということです。

 キートンは、MGM解雇、離婚やアルコール中毒などによる没落期を経て、50代半ば頃から映画界に復帰しましたが(「サンセット大通り」('50年)に"かつての大物俳優"役で出演している)、70歳近くなった晩年にも「線路工夫(The Railrodder)」('65年/カナダ、ジェラルド・ポタートン監督)という25分ほどの小品を撮っています。

The Railrodder dvd.jpg これは、カナダ観光局がキートンを招聘して作った作品で、ロンドンにいたキートンがふとした思いつきでカナダに渡り(泳いで!)、偶々休息をとったトロッコ(カナディアン・ナショナル鉄道の「CN」のロゴ入り)が動き出して、結局それに乗って風光明媚なカナダの各地を旅するという、いわば「レイルロード・ムービー」。背景的に登場する人はいるものの、出演者は実質、終始The Railrodder 1.jpgトロッコに乗りカナダ各地を駆け抜ける(その間トロッコに乗ったまま、料理したり洗濯したり鳥撃ちしたり編み物したりする)キートンのみで、カラー作品ではあるもののセリフ無しという無声映画のスタイルを踏襲しています。「大列車強盗」と同趣の、つまり"レール・テクニック"を前面に押し出したものとなっており、高齢となったキートンが自らアクションっぽいこともやっていれば、随所でしっかり笑いもとっています。人生に浮き沈みのあったキートンが、晩年にこうした原点回帰的な作品を撮っているというのは嬉しいことであり、それがドラマなどでなく、純粋にテクニカルな要素を前面に出した、スピード感溢れる乾いたコメディになっている点が尚のこと良いです。爆笑コメディと言うより、キートンが次々と繰り出す懐かしいギャグやクスッと笑える妙技を(サイレント時代と同じく笑わないが、"無表情"ではなく表情豊かになっている点に注目)、カナダの美しい風景と共に楽しめる作品で、キートンを招聘したカナダ観光局にも一票を投じたく思います。
                     "Buster Keaton Rides Again / The Railrodder "(輸入版)
BUSTER KEATON RIDES AGAIN1.jpgRailrodder & Buster Keaton Rides Again.jpg その「線路工夫」もさることながら、「線路工夫」のメイキング・ムービーである「キートン・ライズ・アゲイン」('65年/カナダ)というのがこれまた興味深く、70歳に間近いキートンが、自ら線路の切り替えテクニックの指導をし、しばしばとり憑かれたように自分で機械の調整や操作をしています。この記録映画の中で老優の日常の生活ぶりも紹介されていますが、個人的には、「線路工夫」の撮影の様子が、失った何かを取り戻そうとしている老人に見えて、切ないような印象も受けました。でも、「線路工夫」の見事な出来映えからするに、70歳間際であれだけのものを作ろうとするならば、やはり、とてつもない集中力(気力・体力)が必要なのだろなあとも思いました。

 共にキートンが亡くなる1年前の映像ですが、とりわけ「キートン・ライズ・アゲイン」により、老優の映画と機関車への執着を感じさせるとともに、「大列車強盗」におけるレール・テクニックが彼の体の真底に染み付いたものであったことを、改めて思い知りました。

キートンの大列車強盗 vhs.jpgBUSTER KEATON THE GENERAL.jpg「キートンの大列車強盗 (将軍)」●原題:THE GENERAL●制作年:1926年●制作国:アメリカ●監督・脚本:バスター・キートン/クライド・ブラックマン●製作:ジョセフ・M・シェンク●撮影:デヴラクス・ジェニングス/バート・ヘインズ●音楽:コンラッド・エルファース●時間:106分●出演:バスター・キートン/マリオン・マック/グレン・キャベンダー/チャールズ・スミス●日本公開:1926/12●配給:東和●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-21)●2回目:池袋文芸座ル・ピリエ(86-02-01)(評価:★★★★☆)●併映(1回目):「キートンのカレッジ・ライフ(大学生)」(バスター・キートン)/「キートンの線路工夫」(ジェラルド・ポタートン)●併映(2回目):「我輩はカモである」(マルクス兄弟)

BUSTER KEATON The Railrodder.jpgBUSTER KEATON The Railrodder0.jpg「キートンの線路工夫」●原題:THE RAILRODDER●制作年:1965年●制作国:カナダ●監督・脚本:ジェラルド・パッタートン●製作:ジュリアン・ビッグス/ナショナル・フィルム・ボード・オブ・カナダ作品●撮影:ロバート・ハンブル●音楽:エルドン・ラスバーン●時間:25分●出演:バスター・キートン●日本公開:1980/02●配給:有楽シネマ●最初に観た場所:渋谷ユーロスペース(84-01-21)(評価:★★★☆)●併映:「キートンの大列車強盗 (将軍)」(バスター・キートン)/「キBUSTER KEATON RIDES AGAIN 2.jpgートンのカレッジ・ライフ(大学生)」(バスター・キートン)

BUSTER KEATON RIDES AGAIN2.jpg「キートン・ライズ・アゲイン」●原題:BUSTER KEATON RIDES AGAIN●制作年:1965年●制作国:カナダ●監督・撮影:ジョン・スポットン●製作:ジュリアン・ビッグス/ナショナル・フィルム・ボード・オブ・カナダ作品●時間:61分●出演:バスター・キートン/エレノア・キートン/ジェラルド・ポタートン●日本公開:1980/02●配給:有楽シネマ●最初に観た場所:アートシアター新宿 (84-05-27)(評価:★★★☆)●併映:「キートンの文化生活一週間」(バースター・キートン)/「デブ君の浜遊び」(バースター・キートン)/「デブ君の自動車屋」(ロスコー・アーバックル)

爆笑コメディ劇場1.png爆笑コメディ劇場 DVD10枚組 キートン将軍 我輩はカモである マルクス兄弟オペラは踊る キートンの蒸気船 猛進ロイド キートンの大学生 ロイドの牛乳屋 チャップリンの拳闘 チャップリンの舞台裏 チャップリンの駈落 BCP-047

バスター・キートン Talking KEATON DVD-BOX.jpgバスター・キートン Talking KEATON DVD-BOX
【収録作品】
1「キートンのエキストラ」FREE AND EASY 1930年 90分
監督:エドワード・セジウィック 出演:アニタ・ペイジ/ロバート・モンゴメリー
2 「キートンの決死隊」 DOUGHBOYS 1930年 79分
監督:エドワード・セジウィック 出演:クリフ・エドワーズ/サリー・アイラース
3「キートンの恋愛指南番」PARLOR, BEDROOM AND BATH 1931年 72分
監督:エドワード・セジウィック 出演:シャーロット・グリーンウッド/レジナルド・デニー
4 「紐育(ニューヨーク)の歩道」SIDEWALKS OF NEW YORK 1931年 73分
監督:ジュールス・ホワイト/ジオン・マイヤーズ 出演アニタ・ペイジ/クリフ・エドワーズ
5 「キートンの決闘狂」 THE PASSIONATE PLUMBER 1932年 74分
監督:エドワード・セジウィック 出演:オーギュスト・トレール/アイリン・パーセル
6「キートンの歌劇王」SPEAK EASILY 1932年 82分
監督:エドワード・セジウィック 出演:ルース・セルウィン/セルマ・トッド
7「キートンの麦酒王」 WHAT NO BEER? 1933年 66分
監督:エドワード・セジウィック 出演:フェリス・バリー/ジミー・デュランテ
【特典ディスク】「キートンの大列車追跡」 THE GENERAL 1926年 106分
監督:バスター・キートン/クライド・ブラックマン 出演:マリアン・マック/グレン・キャベンダー

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