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コラージュ(写真)系「かくれんぼ絵本」。子どもとやってみたらいい勝負だったりして...。

I SPY:A BOOK OF PICTURE RIDDLES.jpg  ミッケ 1992.jpg  Jean Marzollo.png Jean Marzollo
I Spy: A Book of Picture Riddles』Reprinted版 (1992/01) 『ミッケ!―いつまでもあそべるかくれんぼ絵本 I SPY 1
ミッケ 絵本 2.gif 「かくれんぼ絵本」とか「探し物系絵本」というのは「ウォーリーをさがせシリーズ」から「ポケモンをさがせ!」とか「アンパンマンをさがせ!」といったものまでいろいろあるようですが、ジーン・マルゾーロ(Jean Marzollo)の文章(文章と言っても何を探すかという簡単な問いのことだが)、ウォールター・ウィック(Walter Wick)の写真によるこれは、「かくれんぼ絵本」の中でも"コラージュ系"とでもいうべきものです。

 いや、正確には「写真絵本」というべきでしょうか。積み木やボタンやビーズなどのミニサイズの小物をセンス良く並べたりしていますが、切り貼りしているわけではなく、実際並べたものをそのまま写真に撮っているわけであって、よくこれだけ集めたなあと感心させられます。

ミッケ 絵本 シリーズ.jpg 原著"I Spy: A Book of Picture Riddles"の刊行は1991年で、個人的にはこうした類では最初に触れた本であり、また、同作者らのシリーズの中で最初に刊行されたのも本書です。それまで普通の絵本作家(文章専門)だったマルゾーロは、その後は通常の絵本原作者としての仕事をしながら、毎年のようにこのシリーズを出しています。

Walter Wick.png 「かくれんぼ絵本」系統のものはこのマルゾーロ&ウィックのコンビ以外の作者によるものも多く出されているようですが、"コラージュ系"乃至"写真系"はこのマルゾーロらのシリーズ以外はあまり見ないように思います。

Walter Wick

ミッケ 絵本.jpg 「かくれんぼ絵本」の類の中ではかなりセンスがいい方ではないでしょうか。オブジェの1つ1つが、なにか普遍的な郷愁を醸すものとなっています。一見雑然とオブジェをばらまいた感じで、実は巧妙に計算され尽くしていたりもして、これ、実際にやってみると結構大人でも難しいです。

 では、子どもにとって難し過ぎるかというと、子どもの年齢にもよりますが、この手の「探す能力」というのはかなり早くから伸長し、子どもがある程度の年齢になるとあまり大人と変わらなくなるようです。子どもと実際やってみたらいい勝負だったりして...。こっちの老化現象とはあまり思いたくないけれど、集中力の持続という点では、子どもの方が勝っていたりする面もあるのかもしれません。

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アメリカの絵本だが、フランスの絵本よりフランス的。作者の若き日の欧州への憧憬が滲む。

Madeline.jpg げんきなマドレーヌ.jpg マドレーヌといぬ.jpg Ludwig Bemelmans.bmp L. Bemelmans(1898- 1962)
Madeline』『げんきなマドレーヌ』『マドレーヌといぬ

 先生と12人の女の子が暮らすパリの寄宿舎で、一番チビッ子ながらも物怖じしない子がマドレーヌ。ある晩マドレーヌは盲腸炎になり、痛くて大声で泣く。救急車で病院に運ばれ手術し、入院してしまうが、先生のミス・クラベルと11人の女の子達がマドレーヌのお見舞いに行くと、病室はお見舞いの品が一杯で、お腹の手術の傷をみんなに見せるマドレーヌは何だか誇らしげ―。

ベーメルマンス.gif 作者のルドウィッヒ・ベーメルマンス(Ludwig Bemelmans, 1898-1962)はオーストリア・チロルの生まれで、子供時代は問題児で様々な寄宿学校等で育ち14歳で学校を中退、ホテルで働き始めるも気性の激しさから騒動を起こして16歳で渡米、ニューヨークののリッツ・カールトンホテルで働き始め、1917年第一次世界大戦にアメリカ兵として入隊、戦争後はベルリンで本格的に絵の勉強をしようと渡欧計画を立てるも、夢果たせずにホテルの仕事を続け、やがて27歳でニューヨークのレストラン・オーナーとなり、自分のレストランの壁やアパートの日除けに絵を描いていたのが友人の編集者の目にとまって、その友人に絵本を描くことを勧められたとのが絵本作家となった契機であるとのこと。後の作品「マドレーヌ」も、最初はこのレストランのメニューの裏のいたずら書きだったそうです。

 結局、彼の処女作が世に出たのは1934年36歳の頃で、彼の名を広く世に知らしめることになった「マドレーヌ」シリーズの第1作である「Madeline」(「げんきなマドレーヌ」)は、1939年にニューヨークの出版社Viking Pressから刊行され、中身はイラスト漫画のようなシンプルな筆致のページと綺麗に彩色されたページから成っています。

『Madeline』(げんきなマドレーヌ)より
マドレーヌ2.JPG その後、「マドレーヌといぬ」「マドレーヌといたずらっ子」「マドレーヌとジプシー」「ロンドンのマドレーヌ」「アメリカのマドレーヌ」といった、同じくマドレーヌを主人公とした作品を発表しています(遺作「アメリカのマドレーヌ」以降は没後の刊行)。

マドレーヌ1.JPG とりわけこの「Madeline」は、盲腸炎に罹ったマドレーヌの入院騒動を扱ったシリーズの中でも最もシンプルなストーリーのものですが、シンプルでありながらも愉快なオチがあり、それがまた子供心をよく衝いている佳作で、そうしたお話の背景に、エッフェル塔、コンコルド広場、オペラ座、バンドーム広場、ノートルダム寺院などパリの有名な建物や場所が描かれているのが美しく、作者の若き日のヨーロッパへの強い憧憬が反映されているように思いました。

 マドレーヌのお見舞いを終えた残りの寄宿生が寄宿舎で食事をする場面で、マドレーヌは入院していて残りは11人のはずなのに、なぜか12人が食卓に座っているのは作者のミスであり、読者の指摘を受けて気付いたものの、敢えて改訂版でも訂正しなかったということです。

マドレーヌ3.JPG 1951年発表のシリーズ第2作『マドレーヌといぬ』(原題:「Madeline's Rescue」)は、米国の児童文学賞「コールデコット賞」を受賞した作品ですが、これも比較的シンプルで楽しい話で、寄宿舎の皆での散歩の途中、誤って川に落ちたマドレーヌを救った賢い犬を、皆で寄宿舎内で飼うことにするが―。
 この話にも愉快でほのぼのとしたオチがあり、犬に「ジュヌビエーブ」という名をつけたということは、なるほどメスだったのかと...。
『マドレーヌといぬ』より

 手元にある『Madeline』は、Viking Pressの1967年1月1日刊行版で、勿論、発表当初から英語で書かれているわけですが、英語では、「マデライン」という発音になるそうです(中国人の名前を日本語読みするのと同じか)。

 ある意味、フランスの絵本よりフランス的な作品で、やっぱり、これ「マドレーヌ」と読まないと雰囲気が出ないような気がします。

マドレーヌといたずらっこ.jpg マドレーヌとジプシー.jpg ロンドンのマドレーヌ.jpg アメリカのマドレーヌ.jpg
マドレーヌといたずらっこ (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)』『マドレーヌとジプシー (世界傑作絵本シリーズ―アメリカの絵本)』『ロンドンのマドレーヌ』『アメリカのマドレーヌ

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絵本作家であり、シニカルな風刺画家であり、エログロ・アートも手掛ける作者の絵本。

すてきな三にんぐみ.jpg  The Three Robbers.jpg  フォーニコン.jpg Jean-Thomas (Tomi) Ungerer.jpg Jean-Thomas (Tomi) Ungerer
すてきな三にんぐみ』['69年/偕成社]/"The Three Robbers" /『フォーニコン』['99年/水声社]

Tomi Ungerer.jpg 黒いマントに黒い帽子の泥棒三人組は、次々と馬車を襲い、奪った財宝をかくれがにため込んでいたが、ある夜、三人組が襲った馬車に乗っていたのは、意地悪な親戚に引き取られるところだった孤児のティファニー。親戚に引き取られるぐらいならこの三人組の方がおもしろそう!と泥棒の隠れ家に行き、宝の山を見て「これ、どうするの?」―。

ゼラルダ.JPG 1961年に絵本作家トミー・アンゲラー(ウンゲラー)(Tomi Ungerer)が30歳で発表した絵本で(原題:Die Drei Räuber、英題:The Three Robbers)、三人組の泥棒がひょんなことから全国の孤児を集めて城をプレゼントするというハッピーエンドですが、ここまで色んなものを削ぎ落として話を単純化してしまっていいのかなあというぐらいシンプルなストーリーで(「富の再配分」がテーマであるとも言える)、それでも日本では人気の高い作品です(手元にある偕成社の'06年版は166刷になっている)。アンゲラーの作品の中では同系統の作品とも言える『ゼラルダと人喰い鬼』(英題:Zeralda's Ogre)なども、日本でも結構読まれているのではないでしょうか。

ゼラルダと人喰い鬼 (評論社の児童図書館・絵本の部屋)

 トミー・アンゲラーは1931年フランス生まれで高校を中退して北欧やアフリカを放浪した末、1957年、25歳でニューヨークに渡り、職探しに苦労しながらも広告美術の世界に仕事を得、絵本創作の傍らイラストレーター、ポスター作家、グラフィックデザイナーとして現在も多彩な活躍している人で、この作品も、黒や藍をベースとした鮮明な色調に、グラフィックデザインのような特色が窺えます。

"Une Soiree Mondaine (THE PARTY)"より
Une Soiree Mondaine (THE PARTY)2.jpgUne Soiree Mondaine (THE PARTY).jpgアンゲラー1.jpg 自分の娘に捧げたこの絵本にはほのぼのとした味わいがありますが、彼のイラスト作品などの多くは毒気を含んだ風刺精神に満ちたもので(絵本の動物戯画などにもそれが現れている)、その戦争や差別に対する批判には、人間や社会に対する彼自身のシニカルな視線が感じられ(社交界の紳士淑女を痛烈に諷刺した『THE PARTY』は有名)、これは彼が移民というマイノリティであったことに関係しているのかも知れませんが、この作品の泥棒達も隠れ家に潜む"義賊"であり、「富の再配分」を実践することで、金持ちをストレートに批判しているともとれます。

TOMI UNGERER:FORNION.jpg"Fornicon"より
Fornicon2.gifFornicon1.gif アンゲラーには「機械仕掛けの欲望装置」というコンセプトに基づく"SM×ナンセンス"がオンパレードの『フォーニコン(Fornicon)』というイラスト作品集(作中の絵を模したフィギアも作っている)もあります(いやらしいというより、どことなくお洒落なセンスが漂うけれど、やはりドイツっぽいなあ)。
   
TOMI UNGERER: "FORNICON"  1971年 DIOGENES(ドイツ語版)

アンゲラー2.jpg Tomi Ungerer4.gif そうかと思えば、社会的活動としてはフランスとドイツの文化交流の橋渡しにも尽力していたりし、人間の多面性というものを如実に示しているアーティストだと思います。

 左のイラストなどはその両方の要素("エロ・グロ"と"仏独友好")が入っているとも言えますが...、大丈夫なのかなあ、こんなの描いて。

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大人が読んでもギョッとさせられるが、いじめ問題からグローバルな視点への展開が特徴的。

leif kristiansson not my fault.jpgわたしのせいじゃない.jpg  たんじょうび.jpg
Not My Fault』1st English Ed版['03年] 『わたしのせいじゃない―せきにんについて (あなたへ)』['96年] 『たんじょうび―ゆたかな国とまずしい国 (あなたへ)

不是我的錯.jpg スウェーデンの作家レイフ・クリスチャンソン(Leif Kristiansson)による「あなたへ」と題したシリーズの6冊目で(原題:Det var inte mitt fel /Not My Fault)、1973年の原著刊行か(奥付では1976年。途中で版元が変わっている?邦訳の刊行は1996年)。

中国語版

 1人の男の子がいじめられて泣いていて、それについての15人の子供たちの「始まりは知らない」「みんながやったんだもの」といった言い訳が続く。
そして最後に「わたしのせいじゃない?」という問いかけがあって、世界で繰り広げられている戦争や飢餓、環境汚染などを象徴的に示した写真が続く―。

 シンプルな絵本の後にいきなり核実験の写真などが出てくるため、大人が読んでもギョッとさせられますが、日常の「小さな無責任」が、時として恐ろしい現実に繋がること、世界中で起きている悲惨な出来事が「見て見ぬふり」によって支えられていることを表しているかと思います。

わたしのいもうと.jpg 同じく「いじめ」をテーマとして扱った松谷みよ子氏のわたしのいもうと』('87年/偕成社)がいじめを受けた本人とその家族の苦しみに焦点を当てているのに対し、こちらはいじめる側の責任逃れを追及していますが、一気に世界規模の問題に関連づけるというグローバルな視点が特徴的と言えば特徴的。

 作者は学校の社会科の教師だったそうですが、スウェーデンでは学校の授業もこんな具合にやっているのかなあ(やってそうな気がするが)。
 外国の新聞は国際記事が1面に来ることが多いのに対し、日本の場合、中央紙でも政局の動向とか内政記事がトップに来るのが殆どで、殺人事件などあればそれをトップに持って来て読者の関心を引き付ける新聞社もある―そういうことを思うと、国外に眼を向けるといった習慣を身につける機会が日本の教育現場では不足していて、そうしたことが、大人が読むところの新聞における紙面構成にも反映されているのかもと思ったりもしました(国際問題より殺人事件に関する情報の需要度の方が高い?)。

 『わたしのいもうと』に「読み解きマニュアル」のようなものがあるということに関してはやや違和感を覚えましたが、子供がショックだけを受けても...ということがあるのかも。
 一方、日本で本書を授業教材として用いる場合は、別な意味で、それこそ教師による十分な補足説明が必要だろうなあと思います(感想文を書かせたら「犯人は○番目の子だと思う」といった類のものがあったという話を聞いたことがある。本文と写真がリンクしていない)。

 「あなたへ」はシリーズ15冊全て訳出されていて、その多くがほんわりした読後感で終わるものであり、この『わたしのせいじゃない』の終わり方はやや特異(但し、本書の次の第7冊『たんじょうび』なども最後に報道写真が来るパターン)。
子供に与えるならば、シリーズを何冊か纏めて読ませ、この作者の"読み手に自分で考えさせる"という趣旨と言うか作風を掴ませたうえでの方がいいかも。文字面を追って読むだけだったら、あまりにあっさり読めてしまう文字数だけに。

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子供の想像力を刺激するような楽しい内容。ファンタージーのツボを押さえている。

Where the Wild Things Are.jpgかいじゅうたちのいるところ.jpg Maurice Sendak.jpg Maurice Sendak(1928-2012
"Where the Wild Things Are (Caldecott Collection)"/『かいじゅうたちのいるところ』['75年/冨山房] 

センダック2.jpg 1963年に米国の絵本作家モーリス・センダック(Maurice Sendak)が30代半ばで発表した絵本で(原題:Where the Wild Things are)、彼の出世作であり(コールデコット賞受賞)、代表作でもある作品。

センダックの世界〈新装版〉

 狼のぬいぐるみを着ていたずら遊びをしていたマックスは、おかあさんに叱られ食事抜きで寝室に閉じ込められるが、寝室の床からにょきにょき木が生えてきて、そこからマックスの怪獣たちのいる島への不思議な旅が始まる―。

 子供の想像力を刺激するような楽しい内容ですが、現実とファンタージーの繋ぎの部分が滑らかで、細密画のような独特のタッチも、怪獣たちや森の木々を描くのにぴったり合っているように思えます。布地のような質感や、カラフルだけれどもどぎつさの無い色使いは、怪獣たちのユーモラスな表情とともに、見る者の心に温かく沁み渡ってきます。

 当初は内容が教育的ではないという批判もあったそうですが、教育的かどうかということを超えて画風が芸術的であるだけでなく、マックスの航海の旅を通じてのファンタージーにおける時間の概念の超越や、怪獣たちの王となったマックスが怪獣たちの食事を抜いて彼らをおとなしくさせるというストーリーの対照・反復性は、ファンタージーのツボを押さえているように思え、しかも最後は何だかほっとさせられます。

センダック1.jpg センダックの両親はポーランドからのユダヤ系移民で、彼自身はブルックリンのユダヤ人街で生まれ育ちましたが、英国の古典的イラストレーションの影響を受けていて、それでいて子供の時からディズニー・アニメのファンだったそうで(ミッキーマウスと同じ1928年生まれ)、ヨーロッパ的であると同時にアメリカ的でもあるというか、結果的に普遍性とオリジナリティを兼ね備えた作風になっているように思えました。

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大人の郷愁を掻き立てる要素も。ミュージカルになっている理由がわかるような。

ふたりはともだち.gif    Frog and Toad Are Friends (Hardcover).jpg     Arnold Lobel.jpg Arnold Lobel (1933‐1987/享年54)
ふたりはともだち (ミセスこどもの本)』文化出版局 (1972) /『Frog and Toad Are Friends (I Can Read Book 2)』HarperCollins; Library.版 (1970)

『ふたりはともだち』.JPG 1970年にアメリカの絵本作家アーノルド・ローベル Arnold Lobel (1933‐1987/享年54)が発表した「かえる君とがま君」シリーズの第1作で(原題:Frog and Toad Are Friends)、「はるがきた」「おはなし」「なくしたボタン」「すいえい」「おてがみ」の5話を収録、タイトルを聞いただけで懐かしくなる人もいるのでは?("がま"とはヒキガエルのことだが、欧米ではヒキガエル(toad)とカエルは(frog)は別概念みたい)。

 このシリーズ、『ふたりはいっしょ(Frog and Toad Together)』('71年)、『ふたりはいつも(Frog and Toad All Year)』('76年)、『ふたりはきょうも(Days with Frog and Toad)』('79年)と続き(各冊とも5話ずつ収録)、それぞれ国際的な賞を受賞しているほか、日本でも芥川賞作家・三木卓氏の翻訳により知られていて、『ふたりはともだち』の第5話「おてがみ」は、教科書でも採り上げられています。
Frog and Toad Are Friends.jpg
 「おてがみ」は、手紙をもらったことが無い「がま君」のために、かえる君が手紙を書いてあげるのですが、その手紙を届けることを頼んだ相手がカタツムリであるという―。2人で手紙を待ちくたびれて、かえる君はがま君に「君のことを好きだ」と書いたのだよと、とうとう手紙の内容を話してまうが、それでも手紙がやっと届いたとき、がま君はもう一度歓びを新たにする―。

 どちらかと言うと、がま君の方がちょっと"もっさり"した感じだけれど、実は寂しがり屋の繊細な性格で、それをかえる君が元気づけようとして、逆に思惑と異なることになりそうになる―そのかえる君のがま君への思い遣りと、両者の引き起こすちょっとしたトラブルが微笑ましく、また、時にしんみりさせられるといった感じ。
 こういう友達づきあいって昔はあったなあと、大人に郷愁を掻き立てさせる点では、大人向けの要素がかなりあるようにも思います。

石丸謙二郎、川平慈英.jpgFrog and Toad2.jpgFROG AND TOAD2.jpg 米国ではミュージカル化されていて、原作にある幾つかの話を組み合わせて脚本化しているようですが、そのため、子供向け劇場で上演するものやブロードウェイで上演するものなど、幾つものパターンがあるようです(両親がブロードウェイ・ミュージカルに出かける時、子供は家で留守番というスタイルは、今でもあまり変わっていないみたい)。

 ブロードウェイ版は、着ぐるみなしのスーツ姿で演じるヴォードヴィル・ショーのようなもので、日本でも同様のスタイルで「フロッグとトード〜がま君とかえる君の春夏秋冬」として上演されています(出演:石丸謙二郎、川平慈英)。

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ただ「みんな協力して頑張ろう!」というだけの話ではなく...。

swimmy.JPG スイミー.jpg  Leo Lionni.gif Leo Lionni (1910-1999/享年89)
英語版['67年]/『スイミー―ちいさなかしこいさかなのはなし』〔'69年〕

 1963年の原著出版のオランダ生まれの絵本作家 Leo Lionni (レオ・レオニ、1910-1999)の作品。 

 スイミー(Swimmy)は、赤い小さな魚の群れの中で1人(1匹?)だけ皆と異なる黒い色をした魚ですが、泳ぐ速さは仲間一番で、群れがマグロに襲われたときに1人助かる。そして、クラゲやイセエビに遭遇する試練に違いながらも仲間たちと再会し、そのときに、どうすれば大きな魚に対抗できるかを考えつく―。 

スイミー2.jpg 松岡正剛氏に言わせると、この物語の下敷きにはゲシュタルト・オーガニズムという考え方(形をもったものたちが集まって、それらが別な形や大きな形になったとき、そこに新たに有機的な意味が働く)があって、さらに、この「スイミー」の世界観には、動物生態学で言えば、群生の野生動物が個々の意識の中に常に群れと体感的に共振しているような感覚につながるものがあるのではと...。
 やや難しい解釈ですが、スイミーが「黒い目」の役割を担う点などは、確かに、ただ「みんな協力して頑張ろう!」というだけの話ではなく、認知論的な視点が織り込まれている?(言われてみてナルホドという感じでですが)。

 作者のレオ・レオニは、アムステルダム生まれでイタリアに住んでいましたが、ムッソリーニ体制下でユダヤ系とみなされて米国に亡命し、グラフィックデザイナー、アートディレクターとして長く活躍、絵本作家としてのスタートは49歳とむしろ遅く、最初の作品『あおくんときいにじいろの ゼリーのような くらげ.jpgすいちゅうブルドーザーみたいな いせえび.jpgろちゃん』(Little Blue and Little Yellow '59年発表)は、孫をあやすために描いたそうですが、デザイナーらしい色使いです。

 コラージュっぽい作品も多くありますが、印象派絵画風の水彩のものもあり、. 特にこの『スイミー』は水彩の絵が美しく、また、日本人に好まれそうな気がします(印象派と言うより水墨画のカラー版みたいな感じ)。

「にじいろの ゼリーのような くらげ」「すいちゅうブルドーザーみたいな いせえび」

 『はらぺこあおむし』の絵本作家エリック・カールに、最初にグラフィックデザイナーとしての仕事を紹介したのもレオ・レオニだそうで、所謂"デザイナーつながり"です。日本の広告業界などにも、いつか絵本を出したいというデザイナーは多くいると思いますが、1人でも多くの人のそうした夢が叶えばよいと思います。 

 本作の日本での初版は'69年で、手元にある2003年版は第79刷。寿命の長さは、中途半端な文学賞受賞作品の比ではないように思います。

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〈生と時間〉、〈死と生命のつながり〉。奥が深く、不思議な読後感。

The Little River:Ann Rand/Feodor Rojankovsky.jpg1151520.gif 『川はながれる』 岩波書店 〔'78年〕 
"The Little River" Ann Rand Published by Harcourt, Brace & Company, 1959

The Little River1.jpgThe Little River2.jpg 1959年原著出版(原題は"The little river")の アメリカの絵本作家Ann Rand (アン・ランド)の作品で、'78年に邦訳出版後、いったん絶版になりましたが、「岩波の子どもの本」50周年記念で復刊した本です。

Rand, Ann; (illustrator) Rojankovsky, Feodor, Littlehampton Book Services Ltd; New版

 アン・ランドの夫は世界的なデザイナーのポール・ランドで、夫婦の共著も多くありますが、この本は、絵の方は、彼女と同じロシア生まれの画家 Feodor Rojankovsky (フョードル(もしくはフェードル、フィオドル)・ロジャンコフスキー)が画いています。

 川はどのように流れ何処へ行くのかを、そのことを知りたいと思っている子どもたちに語るというかたちで、森の中で生まれた「小さい川」を主人公に、海へ辿り着くまでの自然とのふれあいを、ロジャンコフスキーの生き生きとした絵で描いています(この人の動物画は天下一品)。

 「小さい川」は何処へ流れて行けばいいのかわからず、いろんな動物たちに行き先を尋ね、湖へ出たり町を抜けたりし、野原では水鳥たちに挨拶したり牛に水をやりながら進むうちに、やがて3日後にきらきら輝く海が見えてくる―。

 その時「小さい川」は、このまま海に出ると自分はどうなるのか不安になりますが、海辺のカモメが「しんまいの川」に教えます。川は太陽や空気みたいなもので、同じときに、何処にでもいることができるのさ、と。
 「小さな川」は、これまで旅してきた何処にでも「自分」がいて、自分は森と海を行き来できるのだと悟ると明るい気持ちになる―。

 「川の一生」になぞらえて「人間の一生」を語っているともとれ、〈生と時間〉、〈死と生命のつながり〉といった哲学的テーマに触れているようにも思えます。

 4、5歳以上向けだそうですが、この話では、「小さい川」が河口まで辿り着いても「小さい川」のままであり、そこで短い一生を終えることになっているため、見方によっては「子どもの死」というものを想起することもできるのではないでしょうか。
 
 奥が深そうで、ちょっと不思議な読後感のある絵本です。

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コーチングによって成長していく少年。「勇気」と利他的行動の関係。

ラチとらいおん.jpg 『ラチとらいおん』 〔'65年〕  marek_veronika_photo1.jpg Marek Veronika (略歴下記)

 1956年発表のハンガリーの絵本作家 Marek Veronika (マレーク・ベロニカ)の作品。
 
ラチとらいおん2.jpg  「せかいじゅうで いちばん よわむし」の男の子ラチは、将来は飛行士になりたいくせに、犬は怖いし、暗い部屋も怖い、友だちさえも怖いといった有様で、そんな臆病者のラチのもとに、ある日小さくて赤い「らいおん」が現れる―。

 ラチ少年が「らいおん」の力を借りて成長していく話ですが、絵もストーリーもすごくシンプルなのが良く、それでいて「らいおん」とは何だったのかがちゃんと思い当たるようになっています。

勇気」を持って欲しいとは親であれば誰でも思うことですが、この絵本では、ラチは「らいおん」の指導(コーチング)のもと"体力づくり"的なこともして「自信」をつけながらも、実際に彼が「勇気」を身につけるのは、社会との関わり、利他的行動における達成感を通じてです。

 子供がコーチングを通じてセルフ・エフィカシー(自己効力感)を高めていくプロセスがシンプルに描かれているとともに、「強くなる」ということが社会性をベースにしていなければ、その自己効力感は本当の意味での「勇気」には繋がっていかないということいがスンナリ理解できます。
 たとえ自らのプライドを守るために「強くなりたい」というふうに動機づけられたものであったとしても、社会性をベースにした行動であれば、他者から見ればそれは「勇気」ある行動として評価され、より高い水準の自己効力感にも繋がっていくものだということを、改めて思わせます。

 作者のマレーク・ベロニカは、1937年・ブダペスト生まれの女性絵本作家で、18歳で絵本作家としてデビューしており、『ラチとライオン』は彼女が19歳の時の作品。
 その後も作家活動を続け、『くさのなかのキップコップ』('05年/風濤社)など近作も日本で出版されており、来日もしています。

 本書は子供に読んであげるなら4才ぐらいからで、子供が自分で読むなら小学低学年からのレベルだそうですが、ラストの「らいおん」の置き手紙には、大人の方が先に感動してしまったりして...。 
 逆に幼い子どもは、この話を読んで聞かせると、純粋に"悲しい結末"というふうにとることもあるようで、それはそれで、今の段階ではいいんだと思います。
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Marek Veronika.jpgマクーレ・ベロニカ (Marek Veronika)
1937年ハンガリーの首都ブタベストに生まれる。幼少時より文章・絵画に関心を抱き、1956年、19歳の若さで出世作となる絵本『ラチとらいおん』を発表。弱虫な少年ラチが小さなライオンと出会い、強い子供にと成長して行く様を描いたこの作品は母国ハンガリーを始め、世界中で評価され、現在に至るまで重版が続く歴史的な名作となっている。絵本作家として活躍する傍ら、文学の教師や脚本家としても才能を発揮するなどしている。

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「折り返しはこうして使え」というお手本みたいな絵本。「青」系の色使いがいい。

パパ、お月さまとって 英語.gif パパ、お月さまとって.jpg        ゆめのゆき 英語.bmp ゆめのゆき 日本語.jpg 
Papa, Please Get the Moon for Me』『パパ、お月さまとって!』/『Dream Snow』『ゆめのゆき

パパ、お月さまとって!.jpgEric Carle.bmp 1986年にアメリカの絵本作家 Eric Carle (エリック・カール)が発表した絵本で、原題は"Papa, Please Get the Moon for Me"

 鮮やかな彩色に独特のコラージュというお馴染みの方法をとりながらも、青い夜空にコラージュされた銀白色の月は、他の多原色使用のカラフルな作品とはまた異なる味わいです。

 月と遊びたいというモニカの願いに応えようと、パパがとても長いはしごを登って月をとりにいく話ですが、パパの奮闘に沿って、これでもか、これでもか、という感じで折り返し絵本が拡大していくのが楽しく、「折り返しはこうして使え」というお手本みたいです。

 月の満ち欠けがモチーフで科学絵本の要素もありますが、この折り返しの仕掛けで2歳ぐらいから楽しめるのではないでしょうか。

 父親が読み聞かせてもしっくりくる内容ですが、1929年にアメリカのドイツ系移民の家庭に生まれた作者は、6歳で家族とドイツに移った後、父親が第二次世界大戦で召集され終戦後シベリア抑留となり、10歳から18歳までの間は父親と会えなかったそうです。

はらぺこあおむし/だんまりこうろぎ.JPGThe Very Hungry Caterpillar.jpgだんまりこおろぎ.jpg 初期作品の『はらぺこあおむし』(The Very Hungry Caterpillar '69年発表)が有名ですが、『だんまりこおろぎ』(The Very Quiet Cricket '90年発表)もそれに並ぶ人気で、英語版は共に子供の"洋書デビュー"にもよく選ばれているようです。

The Very Hungry Caterpillar』/『The Very Quiet Cricket
 
 『だんまりこおろぎ』の方も、「音の出る仕掛けはこうして使え」というお手本みたいな作品で、それでいて多分マネできる作家はいないだろうなあと言う感じ。

 また、エリック・カールというと、イタリアっぽいカラフルな色合いをイメージしがちですが、この『パパ、お月さまとって!』は「青」が基調で、この「青」がなかなかいいです。

 2000年に発表した『ゆめのゆき』(Dream Snow)では、この「青」が更に深みを増して「群青」に近くなっていて、これもいい感じ。

ゆめのゆき.JPG 小さな農場で5匹の動物を飼い、毎日一生懸命世話をしていたおじいさんが、ある晩に夢を見て、夢の中ではキラキラ光る雪が降り、おじいさんや動物たちを雪の白い毛布でやさしく覆う。「あっ そうだ!もうすこしでわすれるところだった」とおじいさんは身支度をして箱を持ち、袋を背負って外へ出て、木箱から動物たちへのプレゼントを取り出し、木に飾り付けを終わると、大きなきな声でみんなに「メリークリスマス!」という―。

 クリスマス絵本であるわけですが、動物達が雪の白い毛布で覆われるところでそれぞれのページの前に白で雪を描いた透明のビニールページが挟んでり、それでそれぞれの動物が雪で覆われているように見え、雪のページをめくると馬、牛、羊、豚、鶏の動物達が現われる、という仕掛けが楽しいです(この動物たちの背景の色調は従来のカラフルなトーン)。

 これも、『だんまりこおろぎ』同様、最後のページにスイッチがあり、これを押すと、鈴の音が流れる仕掛けになっています(我が家では、クリスマスシーズンには最後の見開きページを開いて、ツリーの傍の書棚の上に置いている)。

 『パパ、お月さまとって!』の日本語版初版も原著と同年('86年)の刊行ですが、手元にある日本語版(2003年版)で第82刷なので、もすぐう100刷を超えるのでは...。

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