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映画化で再注目された面もあるが、個人的には原作も映画も(特にそこに込められた毒が)好き。

チョコレート工場の秘密 yanase.jpg チョコレート工場の秘密 tamura1.jpg チョコレート工場の秘密 tamura 2.jpg  チャーリーとチョコレート工場 dvd.jpg Roald Dahl.png
チョコレート工場の秘密 (ロアルド・ダールコレクション 2)』柳瀬 尚紀:訳 クェンティン・ブレイク(イラスト)/田村 隆一:訳 J.シンデルマン(イラスト)(1972/09 評論社)/『チョコレート工場の秘密 (児童図書館・文学の部屋)』 田村 隆一:訳 J.シンデルマン(イラスト)(評論社・改訂版)/「チャーリーとチョコレート工場 [DVD]

Charlie and the Chocolate Factory1.jpgCharlie and the Chocolate Factory2.jpgCharlie and the Chocolate Factory.jpg 外界から隔離された巨大なチョコレート工場がある大きな町の片隅で、貧乏な暮らしを余儀なくされている少年チャーリーとその一家。ある日、チョコレート工場の工場主ウィリー・ワンカ氏が、自社のチョコレートの中に5枚のゴールデンチケットを隠し、チケットを引き当てた5人の子供を工場見学に招待すると発表する―。

Roald Dahl(著), Quentin Blake(イラスト)

 1964年にロアルド・ダール(Roald Dahl、1916-1990/享年74)が発表した児童小説(原題:Charlie and the Chocolate Factory)で、個人的には、子どもの頃に心と響き合う読書案内.jpg何となく見聞きした覚えがある気もしますが、最近ではまずティム・バートン監督、ジョニー・デップ主演の映画化作品「チャーリーとチョコレート工場」('05年/米)を観て、作者名と併せて再認識したのは小川洋子氏の『心と響き合う読書案内』('09年/PHP新書)で紹介されていたことによるものでした(周囲にも大人になって原作を読んだ人が多くいるような気がするが、映画の影響か)。

 子どもの頃のチョコレートが目一杯食べられたらいいなあという願望を投影した作品とも言えますが、小川氏の場合は、社会科の工場見学にわくわくした記憶が甦ったようで、その気持ちも分かる気がします。一方で、この作品の中にはちょっと怖い場面もありますが、これも童話につき物の「毒」のようなものとみることができるのではないでしょうか(この「毒」がいいのだが)。

 チャーリー以外の4人の悪ガキのうち、デブの男の子がチョコレートの川に落ちて吸い上げられたパイプに詰まったり、女の子が巨大なブルーベリーに変身させられたりするため、発表時はこんなものは子どもに読み聞かせ出来ないとの批判もあったそうですが、作者は毎晩自分の子どもたちに読み聞かせしているとして批判をかわしたそうな。但し、最初の草稿では、面白がって悪ガキを15人も登場させたら、さすがに試しに読んでもらった甥に「このお話は不愉快で嫌だ」と言われて書き直したそうです(「チョコレート工場の秘密の秘密」―『まるごと一冊ロアルド・ダール』より)。

 また、この作品の邦訳は、柳瀬尚紀氏の訳の前に田村隆一氏の訳がありますが(柳瀬尚紀氏の訳は映画化に合わせたものか)、田村隆一氏の訳では主人公の名前がチャーリー・バケットとなっているのに対し、柳瀬尚紀氏の訳ではチャーリー・バケツとなっているなど、登場人物名に作者が込めた意味が分かるようになっています(例えば、肥満の子どもだったら「ブクブトリー」とか)。この訳し方にも賛否両論があるようですが(小川洋子氏は、柳瀬訳は「手がこんでいる」としている)、既にオーソドックスな翻訳(田村訳)があることを前提にすれば、こうした訳もあっていいのではないかという気もします。個人的にはどちらも好きですが。

まるごと一冊ロアルド・ダール.jpgクェンティン・ブレイク.jpg 但し、挿絵は、柳瀬訳のクウェンティン・ブレイク(Quentin Blake、1932年生まれ)のものが良く、大型本である『まるごと一冊ロアルド・ダール』('00年/評論社)によるとロアルド・ダールは何人かの画家と組んで仕事をしているようですが、クウェンティン・ブレイクとのコンビでの仕事が最も多く、また、クウェンティン・ブレイクの絵は、ちょっとシュールな話の内容よくマッチしたタッチであるように思います。
まるごと一冊 ロアルド・ダール (児童図書館・文学の部屋)
         
チャーリーとチョコレート工場o.jpg このお話は、メル・スチュアート監督(「夢のチョコレート工場」('71年/米)ジーン・ワイルダー主演)と、先に述べたティム・バートン監督(「チャーリーとチョコレート工場」('05年/米))によってそれぞれ映画化されていますが、ジョニー・デップがチョコレート工場の工場主ワンカ氏に扮した後者「チャーリーとチョコレート工場」は比較的記憶に新しいところで、ジョニー・デップの演技力というより、演CHARLIE & CHOCOLATE FACTORYI.jpg出に「バットマン」シリーズのティム・バートン色を感じましたが、ストーリー的には原作を忠実になぞっています。男の子がパイプに詰まったり、女の子が巨大なブルーベリーに変身してしまったりするのもCGを使って再現していますが(映画館で近くに座った男の子が「CGだ、CGだ」といちいち口にしていた)、庭園のモニュメントや芝生はパティシェによって作られた本物の菓子だったそうです。

チャーリーとチョコレート工場 set.jpgティム・バートン「チャーリーとチョコレート工場」('05年/米)

チャーリーとチョコレート工場1.jpg 但し、ジョニー・デップ扮するワンカ氏が、幼少時代に歯科医である厳格な父親に半ば虐待に近い躾を受けたことがトラウマになっている"アダルトチルドレン"として描かれているのは映画のオリジナルで、これに原作の続編である『ガラスのCHARLIE & CHOCOLATE FACTORYR.jpg大エレベーター』('05年/評論社)の話をミックスさせて、ラストはワンカ氏がチャーリーとその家族を通して新たな「家族」に回帰的に出会う(トラウマを克服する)というオチになっており、やや予定調和的である気もしますが、プロセスにおいて悪ガキが散々な目に遭い、一方のワンカ氏はケロッとしている(或いはふりをしている)という結構サディスティックな「毒」を孕んでいるため、こうしたオチにすることでバランスを保ったのではないでしょうか(映画はそこそこヒットし、映画館はロード終盤でも週末はほぼ満席。結構口コミで観に行った人が多かったのか)。結局は「家族愛」に搦め捕られてしまったワンカ氏といった感じで、個人的には、折角の「毒」を弱めてしまった印象が無くもありません。

チャーリーとチョコレート工場 uppa.jpg 「2001年宇宙の旅」「サタデー・ナイト・フィーバー」「鳥」「サイコ」「ベン・ハー」「水着の女王」「アフリカの女王」「アダムス・ファミリー」「スター・ウォーズ」といった映画作品へのオマージュも込められていて、後でまた観直してみるのも良し。音楽面でもクイーンやビートルズ、キッスへのオマージュが込められています。こうした味付けもさることながら、ビジュアル面で原作の(クウェンティン・ブレイクの絵の)イメージと一番違ったのは、チョコレート工場で働くウンパ・ルンパ人(柳瀬訳は「ウンパッパ・ルンパッパ人」)でしょうか。ワンカ氏がアフリカの何処かと思しきジャングルの地から連れてきた小人たちですが、色黒のオッサンになっていたなあ。演じたのはディープ・ロイというケニア生まれのインド人俳優で、インドで26代続くマハラジャの家系だそうですが、この映画で165人のウンパルンパ役をこなしたとのことです。個人的には原作も映画も(特にそこに込められた毒が)好きですが、映画は子どもも楽しんでいたのでは。

Roald Dahl2.jpg単独飛行2.jpg ロアルド・ダールは学校を卒業して、まず石油会社に入社して最初の勤務地が東アフリカで、第二次世界大戦では空軍パイロットとして活躍したとのことですが、乗Roald Dahl going solo.jpgった飛行機が燃料切れを起こして墜落、九死に一生を得たとのこと。その後、文筆家として活動するようになり、まずアフリカで聞いた話やパイロット時代の経験を生かして短編小説を書き始め、やがて児童文学の方へ進んだとのことです。初期の作品は、自伝的短編集『単独飛行』('00年/早川書房)に収められているほか、『まるごと一冊ロアルド・ダール』('00年シンバ.JPG/評論社)でもその一部を読むことが出来ますが、最初に原稿料を貰ったのが、アフリカでライオンに咥えられ連れ去れたけれども無事だった女性を実際に目撃した話の記事だったというからスゴイね(「シンバ」―『単独飛行』より)。

『まるごと一冊ロアルド・ダール』('00年/評論社)

サン=テグジュペリ2.png宮崎駿2.jpg 自らの飛行機が墜落して生還するまでのドキュメントも記していますが、『夜間飛行』のサン=テグジュペリ(1900-1944)と、同じ飛行機乗りであって遭難も経験している点で似ており(サン=テグジュペリは第二次世界大戦中に撃墜されて結局不帰の人となったが)、あの宮崎駿監督は、サン=テグジュペリ同様にロアルド・ダールをも敬愛していて、自らの作品においてオマージュをささげたり、共に文庫本の作品の解説を書いたりしています(サン=テグジュペリ『人間の土地』(新潮文庫)とロアルド・ダール『単独飛行』(ハヤカワ・ミステリ文庫))。

007は二度死ぬ チラシ.jpgチキ・チキ・バン・バン 01.jpg 因みに、ロアルド・ダールは「007シリーズ」のイアン・フレミング(1908-1964)と親交があり、映画007は二度死ぬ」('67年/英)と「チキ・チキ・バン・バン」('68年/英)の脚本も手掛けています(イアン・フレミングが「チキ・チキ・バン・バン」の原作者と知った時は今一つぴんとこなかったが、間に児童文学作家ロアルド・ダールが噛んでいたのか)。

チャーリーとチョコレート工場 dvd2.jpg「チャーリーとチョコレート工場」●原題:CHARLIE & CHOCOLATE FACTORY●制作年:2005年●制作国:アメリカ●監督:ティム・バートン●製作:ブラッド・グレイ/リチャード・D・ザナック●脚本:ジョン・オーガスト●撮アナソフィア・ロブ.jpg影:フィリップ・ルースロ●音楽:ダニー・エルフマン●原作:ロアルド・ダール●時間:115分●出演:ジョニー・デップ/フレディ・ハイモア/デヴィッド・ケリー/ヘレナ・ボナム=カーター/ノア・テイラ/ミッシー・パイル/ジェームズ・フォックス/アナソフィア・ロブ/アダム・ゴドリー/アダム・ゴドリー/ディープ・ロイ/クリストファー・リー/ジュリア・ウィンター/ジョーダン・フライ/フィリップ・ウィーグラッツ/リズ・スミス●日本公開:2005/09●配給:ワーナー・ブラザーズ●最初に観た場所:丸の内TOEI2(05-10-23)(評価:★★★☆)アナソフィア・ロブ(AnnaSophia Robb) in 「ソウル・サーファー」('11年)/「チャーリーとチョコレート工場」('05年)
丸の内東映.jpg丸の内toei.jpg丸の内TOEI2(銀座3丁目・東映会館) 1960年丸の内東映、丸の内東映パラスオープン(1992年~丸の内シャンゼリゼ)→2004年10月~丸の内TOEI1・2

【1972年単行本[評論社(児童図書館・文学の部屋)/田村隆一:訳(『チョコレート工場の秘密』)]/2005年単行本[評論社(ロアルド・ダールコレクション)/柳瀬尚紀:訳(『チョコレート工場の秘密』)]】

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「児童文学」と言うよりは「大人の絵本」という感じか。しみじみとした味わい。

黒猫ネロの帰郷.jpg 『黒猫ネロの帰郷』['97年]Elke Heidenreich trifft Tomi Ungerer.jpg エルケ・ハイデンライヒ&トミー・ウンゲラー

Nero Corleone.jpg イタリアの農家で生まれた黒猫ネロは生まれた時から悪ガキで野心家。ドイツ人夫婦に気に入られて、貧しい農家からの脱出に成功、ドイツでもやりたい放題、妹ローザと共に贅沢な暮らしを満喫する。だが、年をとってローザに死なれ、寂しくなったネロは、15年ぶりに懐かしい生まれ故郷に帰ってくる―。

 1995年にドイツの作家エルケ・ハイデンライヒ(Elke Heidenreich)が発表した作品で、彼女はドイツでは、文芸作家としてのほか、テレビ・ラジオ向けのドラマ作家や司会者としても活躍してきた人であるとのこと、本書はドイツでは発表後すぐに大ベストセラーになったそうです。
 今やドイツでは、トミー・ウンゲラーと並ぶ児童文学の大御所とみていいのでは。

"Nero Corleone. Die ' Ich denk an Dich' Box"

 タイトル通りの内容ですが、異郷の地で暮らした後の15年ぶりの帰郷ということは、人間で言えば、若い頃にウチを飛び出して、年老いてから郷里に戻ってきたということになり、まさに「放蕩息子の帰還」の物語です。

 訳本は90ページ余りですが、黒猫ネロの生涯を通して、人間の一生を照射したような内容で、クヴィント・ブーフホルツの柔らかいタッチの絵も相俟って、「児童文学」と言うよりは「大人の絵本」という感じではないでしょうか。

 舞台の始まりがイタリアの農家で、終わりもそこで終わっていることから、作者のイタリアへの思い入れが感じられますが、それがドイツ人のイタリアへの憧憬とも重なったのかも知れません。

 ネロの渾名は「ドン・コルレオーネ」というマフィアのボスの名前からとったものであり、ハイデンライヒとブーフホルツのコンビによる第2作『ペンギンの音楽会』では、三大テノールの一人、ホセ・カレーラスが登場しますが、渾名としてではなく、"本人"として登場するという―ホントにイタリア好きだなあと。

 黒猫ネロは、ある意味ヒロイックであるけれども、決してスーパーヒローではなく、そして、年老いた今は、彼のことを多くの者は昔話としてしか知らない―ありがちだなあ、こんな人生(しみじみ...)。

 子供に読ませようと思って、結局、自分が読んで終わってしまったのですが、多分ドイツでも、子供より大人に読まれたのではないでしょうか

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学校で子どもは何を学び、教師は何を教えるのかということを、改めて考えさせられる作品。

飛ぶ教室 実業之日本社.gif 実業之日本社 ['50年] KÄSTNER ERICH Das fliegende Klassenzimmer.jpg 原著 飛ぶ教室 岩波全集版.gif飛ぶ教室 (ケストナー少年文学全集 (4))』 岩波書店 ['62年] Das fliegende Klassenzimmer

『飛ぶ教室』yousyo.jpgKästner, 1970.jpg 1933年発表のドイツのエーリッヒ・ケストナー(1889‐1974)の代表的児童文学で、舞台はクリスマス間近のライプチヒの寄宿学校ですが(クリスマスに上演する芝居のタイトルが 「飛ぶ教室」というもの)、寄宿学校の級友5人と舎監の「正義先生」、先生のかつての親友で、今は世捨て人のような暮らしを送る「禁煙先生」らを巡ってのお話は、ケストナー作品の中でも、と言うより児童文学全体でも有名。
 Kästner, 1970年 (80歳)
"Das Fliegende Klassenzimmer"

 実業之日本社版('50年)は、岩波の全集版('62年)と同じく高橋健二訳で、版型や紙質は異なりますが、表紙のトーンや挿絵にワルター・トリヤーの絵を用いている点は同じです。但し、岩波版の方が行間を広くとってルビがふられていて、読みやすいかも(行間が広い分だけ本の形が真四角に近いが、原著の版型を忠実に再現したのか?)。

わんぱく戦争2.jpgわんぱく戦争2.jpgわんぱく戦争.jpg飛ぶ教室 映画.jpg 映画化もされていますが('03年/独)未見であり(原作とかなり違ったストーリーになっているらしい)、原作の寄宿学校の生徒が地元の実業学校生と対立関係にあって拉致された仲間を取り戻すために果し合いをやるところなどは、隣り合う2つの村の少年グループが互いの服のボタンを奪い合って争うイヴ・ロベール監督の「わんぱく戦争」('61年/仏)を想起しました。

 「わんぱく戦争」の原題は「ボタン戦争」で、2つの村の子供たちは真剣に戦争をしていて、敵の捕虜になると着ている服のボタンが剥ぎ取られ、時には服もズボンも奪われて、泣く泣く仲間たちの所へ戻らなければならない―でも、陰湿な感じが全く無く、観ていて何となく微笑ましい気分になり、子供独自の世界がほのぼのと描かれていたように思いました。

「わんぱく戦争」1981年「テアトル銀座」公開時チラシ

テアトル銀座 .jpg地下にあったテアトル銀座.jpgテアトル銀座 1946.jpg「わんぱく戦争」●原題:LA GUERRE DES BOUTONS●制作年:1961年●制作国:フランス●監督:イヴ・ロベール●脚本:フランソワ・ボワイエ●撮影:アンドレ・バック●音楽:ジョセ・ベルグマン●原作:ルイ・ペルゴー●時間:95分●出演:アンドレ・トレトン/ジャン・リシャール/ミッシェル・イセラ/アントワーヌ・ラルチーグ●日本公開:1963/03●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:テアトル銀座 (81-05-04)(評価:★★★☆)●併映:「リトル・プレイボーイ/チャーリー&スーピー ラブ・タッチ作戦」(マヌエル・サマーズ)
テアトル銀座 (1946年オープン、「テアトル東京」オープン後、その地階に) 1981年8月31日閉館

 フランスもドイツも同じだなあと。日本でもかつては、どこにでもこうした子ども同士の"戦争"があり、"秘密基地での作戦会議"などは誰もが経験したことだったと思うけれど、最近はどうなのでしょうか(よその子の服やズボンを奪ったりしたら訴訟問題になりかねない?)。

 『飛ぶ教室』は、物語としては、仲間を取り戻すために果し合い(表紙に描かれている)が前半のクライマックスだとすれば、お金が無くて帰省できないでいる主人公のマルチンに「正義先生」が手をさしのべるのが後半のクライマックスと言えるかと思いますが、その間にも、弱虫ウリーが勇気を見せようと体操梯子から落下傘降下した事件や(この件に関する「禁煙先生」のコメントがいい)、子どもたちの「正義先生」を「禁煙先生」に引き合わせるための奔走ぶりなど、じぃーんと来る山場が多い作品。

 先生も生徒も出来すぎ?(「正義先生」というネーミングからしてストレート)との感じもしますが、貧しかった作者自身経験からの、自分の寄宿生時代にこんな先生がいてくれたらという想いや、この作品の執筆時点での台頭するナチズムの中での自由についての想いが込められていると考えれば、理想主義的な作りになるのはわかるし、かえって素直に感動できます。

新訳『飛ぶ教室』.jpg 登場する少年たちは、芝居の発表会とクリスマス休暇へ向けての慌しい中、1つ1つの出来事を通して日々大人になっていく感じがし、日本の小学校高学年にあたる年齢ですが、最近の日本の小学生は中学受験の方でで忙しかったりするわけで、学校で子どもは何を学び、教師は何を教えるのかということを、こうした時代だからこそ改めて考えさせられる作品でもあります。

 【1950年単行本[実業之日本社]/1962年単行本[岩波書店「ケストナー少年文学全集 (4)」]・2006年文庫化[岩波少年文庫]/1968年単行本[ポプラ社]・1986年再文庫化[ポプラ社文庫]/1978年単行本[偕成社]/1983年再文庫化・2006年改版[講談社文庫]/1987年単行本[講談社]・1992年再文庫化[講談社「青い鳥」文庫]/1990年・2003年単行本[国土社]/2005年再文庫化[偕成社文庫]/2006年再文庫化[光文社古典新訳文庫]】

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悲惨な少年の最後は有名だが、他にも読む者の胸に迫る挿話の数々。

あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 3100).jpgあのころはフリードリヒがいた.jpgあのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 (520))』  Damals war es Friedrich.jpg H.P.Richter:Damals war es Friedrich

 1961年に発表されたこの作品は、ドイツ人作家ハンス・ペーター・リヒター(Hans Peter Richter 1925-1993)が36歳のときの作品で、1925年生まれの「ぼく」(作者と同じ年の生まれ)とユダヤ人一家シュナイダー家の男の子フリードリヒの家族ぐるみの交流と、大戦下でフリードリヒが辿る運命を描いています。

あのころはフリードリヒがいた (岩波少年文庫 3100)』['77年]

 社会心理学者であり、すでに児童文学者でもあったリヒターは、それまでは『メリーゴーランドと風船』などの"可愛いらしい系"の作品を書いていたのですが、この作品以降、ヒットラー時代のユダヤ人が置かれた悲惨な状況に接したり、ヒットラー・ユーゲントに入団したりした当時のドイツ人少年が、友達・大人・社会を通じて時代の風をどう感じたかを描いています。
 
 この物語の結末、「ぼく」の友達フリードリヒがユダヤ人であるがために防空壕に入れてもらえず、爆撃が終わって「ぼく」が防空壕にから外に出てみると、フリードリヒが物陰で蹲っている―、という場面はあまりに有名ですが、その他にも「普通の人々」が「迫害する側」にまわる過程が、ナチスによる迫害の年代史に沿って淡々と描かれています。

 ―極端な不況下の中、ナチ党員になれば仕事にありつけ家族を守ることができるという状況で人はどのような選択をするか。
 ―何気なくユダヤ人の友達を連れて参加した少年団の集まりが、ある日突然ユダヤ排斥集会と化していたとき、自分は何が出来るか。
 ―教室にユダヤ人の子を置いておけなくなったとき、去っていく少年に対して教師として何が言えるのか。

 読む者の胸にひとつひとつ迫る挿話であり、著者が実体験から20年近くの歳月を経なければ物語化できなかっただけの重みがあります(著者はかつて熱心なヒトラーユーゲントだったという)。
 家族同士の楽しい付き合いやフリードリヒの淡い初恋(それを自ら諦める少年の思いは!)がよく描けているだけに、17歳の少年のやるせない死に胸がつまります。
 同じ時代に不条理の世界に置かれた多くの人々のことを思わざるを得ない傑作です。

 【1977年文庫化・2000年新版[岩波少年文庫]】

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知的な面白さ、タイム・ファンタジーとしての完成度の高さを感じた。

トムは真夜中の庭で.jpg 『トムは真夜中の庭で』 〔'67年/'80年岩波の愛蔵版〕 Philippa_Pearce.jpg(1920-2006/享年86)

Tom-Midnight-Garden.jpg 1958年にイギリスの女流童話作家アン・フィリパ・ピアス(Ann Philippa Pearce 1910-2006)が発表したタイム・ファンタジーの傑作と言われる作品(原題は"Tom's Midnight Garden")。

Tom's Midnight Garden2.jpg 弟がはしかに罹ったために親戚の家に預けられたトムは、真夜中に古時計が"13時"を打つのを聞き、そっと階下に降りて裏口の扉を開けると、そこには昼間なかったはずの庭園があり、そこで彼は19世紀・ヴィクトリア時代の少女ハティと仲良くなる―。
              
Tom's Midnight Garden1.jpg アリソン・アトリー『時の旅人』と同じく、時を越え過去の世界へ行く少年の物語ですが(『時の旅人』は少女が主人公)、史実が絡む『時の旅人』と比べると、話としてはよりシンプルなボーイ・ミーツ・ガールものと言えます。
 この物語が日本で人気が高いのは、しっとりとした英国風庭園の描写などが確かに日本人好みかもしれないし、また「庭で遊ぶ」ということが一定年齢以上の日本人の世代的な郷愁を呼び覚ますことによるのかも知れませんが、それだけではないでしょう。

Tom's Midnight Garden3.jpg 河合隼雄氏の指摘を待つまでもなく、この物語の〈裏口の扉〉は"アリスの兎穴"と同じく日常と非日常の境界であり、また〈庭〉は、少年が秘密を持つことで大人になっていく、或いは大人になることの要件としての秘密そのものであることが、主人公の成長を通してわかります。

 さらに何よりも、話として読んで面白く、タイム・ファンタジーとしての完成度の高さを感じました。
 もともとイギリスは児童文学においてもミステリーにおいてもこの分野に強いようですが、この作品は訳者も指摘するように、知的で間然とするところなく、細部まで計算され尽した建築物のように見事に出来ていて、それでいて(むしろそのことにより)全体の情感を損なわないでいます。

Tom's Midnight Garden.jpg「トムは真夜中の庭で」.jpg 〈裏口の扉〉と並ぶ重要なキイとして〈大時計〉があり、ハティに「あんたは幽霊よ!」と言われたトムは、徐々に大時計の謎を解こうという気持ちになっていきますが、それは〈時間〉というものに対する考察につながり、この部分は大人の読者をも充分に引き込むものがあります。

 読み返してみて、トムは〈庭〉で少女ハティと出逢う前に物語の前の方の現在の世界で彼女を一度見ていることに気づき、トムがその庭園管理人の老婆の中に少女ハティを見出すラストも感動的ですが、伏線もしっかりしている作品だと改めて思いました。
 
 【1975年文庫化・2000年新版[岩波少年文庫]】

Tom's Midnight Garden [DVD] [Import]」 (1999)
Tom's Midnight Garden (1999).jpgTom's Midnight Garden (1999)1.jpg

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自閉症児の視点で、その認知の世界を解き明かすヒューマン物語。

夜中に犬に起こった奇妙な事件.jpg 『夜中に犬に起こった奇妙な事件』〔'03年〕  夜中に犬に起こった奇妙な事件2.jpg 〔'07年新装版〕

Mark Haddon.jpg 2003年にイギリスで刊行されるや話題を呼び(原題は"The Curious Incident of the Dog in the Night-Time")、世界中で1千万部ぐらい売れたそうですが、日本ではじわじわとブームが来た感じの本。

Mark Haddon

 物語の主人公・15歳の少年クリストファーは、自閉症(アスペルガー症候群)の障害を生まれながら持っていて、数学や物理では天才的な能力を発揮するものの、人の表情を読み取ったりコミュニケーションすることが苦手で、養護学校に通っています。
 この物語は、彼が、夜中に起きた「近所の飼い犬の刺殺事件」の謎を解くために書き始めたミステリという形で進行していきます。                                             

 そのミステリに引き込まれて読んでいるうちに、自閉症児のモノの認知の仕方や考え方、ヒトとのコミュニケーションのとり方などが少しずつわかってくるようになっていて、作者のうまさに感心しました(相当の才能と体験が無ければ書けない)。
 クリストファーは落ち着かない気持ちになると、頭の中で高等数学の問題などを考えて気持ちを落ち着かせたりするため、数学や宇宙物理学の話がときおり出てきますが、読者にとっても気分転換になるくらいの配置で、それらもまた楽しめます。

 彼は必ずしも恵まれた環境にいるのではなく、むしろ崩壊した家庭にいて、大人たちのエゴに板ばさみになっているのですが、彼が自分なりに成長して様は、読後にヒューマンな印象を与え、クリストファーとは、「キリストを運ぶ者」という意であるという文中の言葉が思い出されます。クリストファー自身は、自分は自分以外の何者でもないという理由で、この意味づけを認めていませんが...。

The Curious Incident of the Dog in the Night-Time.jpg イギリスでは当初、児童書として出版され、なかなか好評だったため、それを大人向けに改版したものが本書らしいでです。
 翻訳者は『アルジャーノンに花束を』('78年/早川書房)の小尾芙佐さんですが、語り手の視点の置き方や語り口という点ではすごく似ている作品です。「アルジャーノン」はネズミの名前ですが、この本にもトビーというネズミが出てきます。

 ただし本書には、自閉症(アスペルガー症候群)という「障害」とその「可能性」を知るためのテキストとして読めるという大きな利点があるかと思います。
 彼らのすべてが、同じようにこうした障害や能力を持つと思い込むのは、それはそれで、また危険だとは思いますが。

【2007年単行本新装版〔 早川書房〕】

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タイムファンタジーの先駆け。16世紀のイギリスの農場の生活ぶりがよく描かれている。

時の旅人1.jpg 『時の旅人』 評論社(小野章 訳) 〔'81年〕 時の旅人2.jpg 『時の旅人 (岩波少年文庫)』 松野正子 訳 〔'00年新版〕 

Alison Uttley.jpgA Traveller in Time.jpg 1939年に発表されたイギリスの児童文学作家アリソン・アトリー(Alison Uttley 、1884‐1976/享年91)のタイム・ファンタージー小説(原題"A Traveller in Time")。
"A Traveller in Time"

 病気療養のために、親戚のおばさんの住む農場の古い屋敷で生活することになった少女ペネロピー・タバナーが、ある日、おばさんの部屋に行くつもりで開けた扉の向こうには、16世紀エリザベス女王時代の衣裳を身に纏った貴婦人達がいた。
 当時のサッカーズ農場の領主アンソニー・バビントンはエリザベス女王に幽閉されているスコットランド女王メアリー・スチュアートを救うべく奔走していて、屋敷の台所ではおばさんの先祖が働いており(タバナーの先祖たちははバビントン一族に仕えていたということ)、ペネロピーもチェルシーからやってきた親戚の娘としてバビントン邸で働くことになって、彼女の未来と過去を行き来する生活が始まる―。

 メアリーとエリザベス女王の確執は1587年のメアリーの処刑で幕を閉じ、バビントン一族は悲劇的な最後を迎えますが、ペネロピーはその史実を知っていて、アンソニーやその弟でペネロピーと親しくなるフランシスらのメアリーを匿おうとする計画が実を結ばないことを知っているというのが辛い。        

「タイムトンネル」3.jpg「タイムトンネル」.bmp「タイムトンネル」1.jpg '60年代に作られた「タイムトンネル」というアメリカのTV番組があり、主人公たち(2人の若き科学者トニーとダグ)がタイタニック号の甲板上へのタイムスリップ転送から始まっThe Time Tunnel.jpgて、陥落寸前のアラモの砦に転送されたり、カスター将軍やマルコポーロ、ビリー・ザ・キッドやリンカーンら歴史上の人物と出会ったりし、更にトロイ戦争や第七騎兵隊全滅を目撃し、ハレー彗星、クラカタウラ火山の噴火に遭遇しするなど、いつも歴史的な事件の現場ばかりにタイムスリップするのが子供心にも何かおかしい気がしましたが(いきなり恐竜時代にも行ったりした)、それに比べればこの話は、サッカーズ農場という場所は固定されているのでより筋は通っている。

「タイムトンネル」The Time Tunnel (ABC 1966~67) ○日本での放映チャネル:NHK(1967)/フジテレビ

A Traveller in Time.jpg 歴史的背景や当時の農場の生活ぶりなどは精査されて描かれているように思われ(400年前も今と建物や庭園の様子がほとんど変っていないというのがイギリスの田舎らしくてスゴイなあと思いますが)、フランシスがペネロピーの緑のドレスに懸けて歌う「グリーンスリーブス」などは、そのまま時を超えた人間の思念の連なりようなものを感じさせます。

 ペネロピーが過去の世界でいろいろな経験をする時間は、"現在"では一瞬の間しか経過しておらず、それを作者は「夢」のパノラマ視現象のようなもので説明しているのが興味深かったです(作者の大学での専攻は物理学!)。

 作者アリソン・アトリーは結婚後夫に死なれ、生活のために創作活動を始めたそうですが、夫が急死しなければ、このタイムファンタジーの先駆けとも言える作品は誕生しなかったかも知れません。


 【1980年単行本〔評言社(アリスン・アトリー著・小野章訳)〕/1998年文庫化・2000年改版[岩波少年文庫(松野正子訳)]】

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