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神は自分を褒めたたえてくれる人だけを天国に集める? 最後の一文をどう訳すか。

幸福な王子 新潮文庫.jpg 幸福の王子 バジリコ.jpg 幸せな王子 金原1.jpg 幸福の王子 原.jpg  Oscar Wilde.jpg
幸福な王子―ワイルド童話全集 (新潮文庫)』(西村孝次:訳/表紙絵:南桂子)/『幸福の王子』['06年/曽野綾子:訳(建石修志:画)]/『幸せな王子』['06年/清川 あさみ(絵) (金原瑞人:訳)]/『幸福の王子』['10年/原マスミ(抄訳・絵)]/Oscar Wilde
The Happy Princeby AnyaStone.jpg 1888年、当時33歳の詩人だったオスカー・ワイルド(1854-1900)の最初の童話集『幸福な王子ほか』は、「幸福な王子」「ナイチンゲールとばらの花」「わがままな大男」「忠実な友達」「すばらしいロケット」の5編から成り、1891年刊行の第2童話集『ざくろの家』は、「若い王」「王女尾の誕生日」「漁師とその魂」「星の子」の4編から成るもので("ざくろ"は各編の共通モチーフとして出てくる)、西村孝次訳の新潮文庫版はこれら9編を網羅して所収いるため、ワイルドの童話集といえば「定番」ということになるかと思います。
The Happy Prince by AnyaStone

 訳者は当初から童話集という言い方をしていて、新潮文庫の改版版もカバータイトルは『幸福な王子』ですが、扉をめくると括弧して「ワイルド童話全集」とあります。童話集という呼び方に異を唱えるわけではないですが、イコール児童文学というイメージが付き纏いがちで、そうなるとどうかなあと。作者のワイルド自身、幅広い年齢層に向けて書いたものであることを後に公言しており、一篇一篇に込められた寓意からみても、「大人の童話」という色合いが濃いように思います。

 読み手によってそれぞれ好みの違いはあるかと思われ、「ナイチンゲールとばらの花」なども知られている方の話だと思ひますが、やはり一番有名なのは表題作の「幸福な王子」であり、その出来栄えにおいても他から抜きんでているように思います。これ読むと、ワイルドはいろいろあった人生でしたが、純粋なキリスト者であったような気がします(テクニックだけでこうした作品はそう書けないのでは。因みに、第2童話集『ざくろの家』発表年は『ドリアン・グレイの肖像』と同年)。

 この作品のラストで、神さまから「町じゅうでいちばん貴いものをふたつ持ってきなさい」と言われた天使が、王子像の鉛の心臓と死んだツバメを神のもとへ届けると、「おまえの選択は正しかった」と神さまは言って、更に神の、「天国のわたしの庭で、この小鳥が永遠に歌いつづけるようにし、わたしの黄金の町で幸福な王子がわたしを賞めたたえるようにするつもりだから」(西村孝次訳)という言葉で物語は終わっていますが、「幸福な王子がわたしを賞めたたえるようにする」というのが何となく違和感がありました。しかしながら原文(下記)はそうなっている...。

 "You have rightly chosen," said God, "for in my garden of Paradise
 this little bird shall sing for evermore, and in my city of gold
 the Happy Prince shall praise me."

 これは、1993年に偕成社から刊行された、今村葦子訳、南塚直子絵の、児童向けにルビが振られている『幸せの王子』でも、「幸せの王子は、黄金の都で、我が名をたたえることになるだろう」となっています。

「幸福の王子」 曽野綾子訳 バジリコ.jpg 2006年バジリコから曽野綾子訳、建石修志挿画のものが刊行され、比較的オーソドックな訳調で、挿画についてもそれは言えるなあ(ヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリン 天使の詩」という映画を思い出させる)と思って読んでいたら、最後の最後で、「私の天国の庭では、このつばめは永遠に歌い続けるだろうし、私の黄金の町で『幸福の王子』は、ずっと私と共にいるだろう」となっていました。

 この部分について曽野氏はあとがきで、天国において神を賛美するということは、必ず神とともに永遠に生きることが前提となっており、「そこをはっきりさせないと、神は自分を褒めたたえてくれる人だけを天国に集めるのか、と思われてしまう。それゆえ、そこだけ本来の意味に重きをおくことにした」とのことです。

 なるほどね、童話1つにしても、いろいろな訳者のものを読んでみるものだなあと。

幸せな王子 2.jpg 因みに、同じ2006年にリトルモアより刊行された、気鋭の翻訳家の金原瑞人氏がコラージュ造形作家の清川あさみ氏と組んで作った絵本版の『幸せな王子』では、「つばめはこの天国の楽園にいてもらおう。ここで、いつまでもさえずってほしい。そして幸せな王子はこの黄金の街にいてもらおう。ここで、いつまでもわたしをたたえてほしい」となっており、曽野氏ほど"意訳"の領域には踏み込んでいないものの、「幸せな王子はこの黄金の街にいて」という部分で王子が神と共にいることを補足しており、しかも翻訳に原文と同じリズム感があって、この辺りはさすが金原氏という感じです(因みに、曽野綾子訳は2006年12月刊行で、金原瑞人訳はその少し前の2006年3月刊行)。

原マスミ.png幸福の王子 原1.jpg また、絵本化された抄訳版では、イラストレーターでミュージシャンでもある原マスミ氏が絵を描き自身で抄訳もしている2010年刊行の『幸福の王子』(ブロンズ新社)があります。原氏としては絵本も抄訳も初挑戦だったとのことですが、王子が泣き落としでツバメにいろいろお願いし、ツバメが"べらんめえ口調"それに返答幸福の王子 絵本 原.jpgするなど、親しみやすいものとなっています(原氏はそれまでの学級委員長的な王子像からの脱却を図った?)。また、原作では神様の命により天使(の一人)がそのもとに届けたのは炉に入れても溶けなかった王子の鉛の心臓であるのに対し、こちらは、バラバラになった王子の体全体を天使(たち)が神様のもとへ届け、神様は王子とツバメに新たな命を授け、「この永遠の楽園で、いつまでも、なかよくくらすがよい」と言ったとするなど、若干改変されています(但し、原作の趣旨を損なわない範囲内でのオリジナリティの発露―といったところか)。

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子供に対する「気づき」と「行動」。シンプルなわりには、意外と大人向けかも。

おこだでませんように.jpg 『おこだでませんように』(2008/06 小学館)

 妹を泣かせて怒られて、女の子を驚かせて怒られて、友達に先に手を出して怒られて、お母さんや先生にいつも怒られてばかりいる「ぼく」は、学校の七夕祭りで短冊にある言葉を書く―。

 まず、単純にハッピーエンドであって、いいなあと思わせる話。男の子の立場や目線で書いてあるのが良く、また、話がたいへんシンプルなのがいいです。
 2008(平成20)年6月刊行であり、そう古くはない作品ですが、こういうシンプルなのが後々にまで残るのだろうなあ。でも、奥は深いかも。

 ポイントは男の書いた短冊を見た担任の先生の反応で、この先生の「気づき」とその後の「行動」が無ければ、この"いい話"は成り立たず、こういうのって個人の持つ"気づく力"と"実行力"に拠るなあと(この話の中の担任の先生が涙したように、ベースとなるのは"センシビリティ"だと思うが)。

 それらが無ければ、この男の子は単なる「問題児」として見られ、また、その後も様々な場でそのように扱われ続けていくのだろうなあ。

 問題を起こしがちな子を「母子家庭だから」とか後付けの理由を前にもってきて、この子は「問題児」であるとアプリオリに規定してしまうことの怖さも感じます(家族写真に父親が写っていないのは、やや"説明的"か)。

 子供に読み聞かせてもいいけれど、意外と読み聞かせする側(大人)向けかも。シンプルなわりには。

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バオバブの樹になったダチョウの話。ある意味、大人の方がストレートに感動させれてしまう?

かたあしだちょうのエルフ1.jpgかたあしだちょうのエルフ (ポプラ社のよみきかせ大型絵本)』(1970/10 ポプラ社)

 アフリカの草原に住む雄のダチョウのエルフは動物の子供達に人気があり、エルフも動物の子供を背中に乗せて走るのを楽しみにしていた。ある日、子供達がライオンに襲われ、エルフはライオンと戦って子供達を守り抜くが、ライオンに片方の脚を食いちぎられる。仲間の動物達は、片脚を失い走れなくなったエルフを気遣って餌を運んでいたが、時が経つにつれその姿もまばらになり、エルフは次第に痩せ衰えていく。そんなある日、子供達が黒豹に襲われ、エルフは逃げ遅れた子供を背負い、最後の気力を振り絞って黒豹と戦う。戦いの後、エルフは片脚で草原に立ったまま、一本の木に姿を変えていた。以来、いつまでも子供たちを見守り、動物達はその姿を見るたびにエルフのことを思い出すのだった―。

夏木マリ 朗読.jpg影絵かたあしだちょうのエルフ.jpg 小野木学(おのぎ まなぶ/おのき がく、1924-1976/享年52)の1970(昭和45)年発表の作品で、ロングセラーとしてアニメにもなっているようですが、NHK教育テレビで観た「影絵版」が、原作絵本の版画のイメージに近くて良かったです(語りは声優の朴璐美(ぱくろみ)のものと女優の夏木マリのものがあるようだが、自分が観たのは夏木マリの方)。
ETV「こどもにんぎょう劇場・かたあしだちょうのエルフ」

かたあしだちょうのエルフ2.jpg 再読ですが、ストレートに感動させられました。作者が解説的なことを作品の中に織り込んでいないため、いろいろな捉え方ができる作品でもあり、そこがまたいい点なのかも。

 例えば、若い頃から会社で骨身を削って仕事し、また会社に対して大きな貢献もしたのに、今はその会社によって窓際に追いやられ、誰からも敬われている気配はない―そんなお父さんが読むと、しんみりしてしまうかも。

 逆に、この作品を読んだ子供の中には、エルフのヒロイックな活躍に憧れる一方で、獰猛さを剥き出しにしたライオンや豹の絵や、「木になってしまう」というエルフの"死に方"に、やや引いてしまう子もいるようです。

 個人的には、五木寛之氏が『人間の覚悟』('08年/新潮新書)の中で「善意は伝わらないと覚悟する」「人生は不合理だと覚悟する」と書いていたのを思い出しました(五木氏は同書で、「ボランティアは石もて追われよ」とも書いている」)。

 但し、物語の中のエルフが涙したのは、誰からも振り返られなくなったからと言うより、自分がコミュニティに対して貢献できなくなったこと自体が悲しかったのでしょう。
バオバブ.jpg それ(コミュニティに対する貢献)が、エルフ自身にとっての自己実現であったわけで、そうした意味では、悲しい結末ではあるものの、最後にエルフは再度、自己実現を果たしたとも言えるのではないかと思います。

 本職は洋版画家である作者は、地理書でアフリカの草原に屹立するバオバブの樹の写真を見ている時に、突然、頭の中で映写機が逆回りするかのように、この物語を着想したとのこと、それから「逆回転フィルムを正常に巻き戻すのに8ヵ月かかって」、ようやくこの物語を完成させたとのことです。

 確かに、バオバブの樹の中には、ダチョウっぽく見えるものがあり、また実際、この樹はアフリカでは、「人々の暮らししを守る樹」とされているようです。

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安寿の死を「刑死」から「入水自殺」に置き換えたのは、あまりの忍びなさのため?

山椒大夫・高瀬舟.jpg山椒大夫・高瀬舟 他四編 (岩波文庫)』  安寿と厨子王.jpg安寿と厨子王 (京の絵本)

 森鷗外が、1915(大正4)年1月、52歳の時に雑誌「中央公論」に発表した作品で、安寿と厨子王の姉弟が山椒大夫の奸計により母と離れ離れになり、安寿の犠牲の後、厨子王が母と再会するというストーリーは、童話「安寿と厨子王」としてもよく知られていますが、鷗外の作品の中では、「阿部一族」などと比べても読み易い方ではないでしょうか。

 母子モノであるとも言え、谷崎潤一郎などにも中世に材を得た母子モノがありますが、谷崎ほどねちっこく無くて淡々とした感じで、谷崎のはややマザコンがかっているためかもしれませんが、この作品では親子愛と同じく姉弟愛が扱われているということもあるかと思います。

 淡々と描かれてはいるものの、史実をベースにした「阿部一族」のような堅さは無く、また、元となった中世説話「さんせう太夫」では、姉の安寿は刑死する(弟を脱走させたため拷問を受けて惨殺される)のに対し、鷗外作では入水自殺したことになっており、更には、山椒大夫が後に出世した厨子王に処刑される場面も無いなど、オリジナルの説話の方は苛烈な復讐譚でもあったものが、鷗外の手で意図的にソフィストケートされている感じがします。

山椒大夫3.bmp この鷗外の「山椒大夫」を原作とした溝口健二監督の映画化作品「山椒大夫」('54年/大映)はよく知られていますが、同じく鷗外の作を原作として、溝口作品の7年後に「安寿と厨子王丸」('61年/東映)としてアニメ化されていて、溝口作品では「姉弟」が「兄妹」になっていたり、アニメでは厨子王が山椒大夫親子を処刑せずに「許す」風になっていたりと(鷗外の原作にもそこまでしたとは書いていない)、いろいろ改変している部分があります。但し、安寿は何れの作品共に、鷗外の原作に沿って「入水自殺」で亡くなることになっています。
「山椒大夫」('54年/大映)

 鷗外の原作を離れたところでは、1994(平成6)年刊行の堀泰明の絵、森忠明の文による絵本「安寿と厨子王」('94年/同朋社出版)があり、「京の絵本」シリーズということで、中世の雰囲気をよく醸した美しいものです。

 文章は淡々と起きた出来事を述べるように書かれていて(まるで鷗外のよう)、英訳付きであることからみても大人向きではないでしょうか。

 監修が梅原猛、上田正昭というだけあって、説話「さんせう太夫」に沿って、安寿は拷問を受けて殺され、後に丹後の国主となった厨子王は、山椒大夫を捕えて死罪に処し(絵本でありながら、そうした場面がそれぞれにある)、溝口作品やアニメでは「明かなかった」ラストの母子再会で母の眼は「明く」ことになっています。まあ、このあたりが、ほぼ"正統"なのでしょう(子供に読ませるとなると抵抗を覚えるかも)。

 安寿の死を「刑死」から「入水自殺」に置き換えたのは、鷗外が最初なのでしょうか。拷問死というのがあまりに忍びなかったのかなあ。
 
【1938年文庫化[岩波文庫(山椒大夫・高瀬舟 他四篇』)]】

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稀有な生き方をした昆虫画家・熊田千佳慕のライフワークであり、遺作となった作品。

ファーブル昆虫記の虫たち5.jpg     熊田 千佳慕.jpg 熊田千佳慕(1911‐2009/享年98)
(28.6 x 27.8 x 1.5 cm)『ファーブル昆虫記の虫たち〈5〉 (Kumada Chikabo's World)』 ['08年]

 2008年9月刊行の本書は、今年('09年)8月に98歳で亡くなった熊田千佳慕(1911‐2009)の『ファーブル昆虫記の虫たち』の「シリーズ5」で、「シリーズ1」から「シリーズ4」までが約10年前('98年)の1年間の間に刊行されたことを思うと、待望の1冊でした(体裁としては、著者自身の文が添えられた「科学絵本」になっている)。

 個人的には、'01年にNHKの「プライム10」で放映された「私は虫である〜昆虫画家・熊田千佳慕の世界」で初めてこの人のことを知り、空襲の跡に引っ越した横浜・三ツ沢の農家の蔵に妻と草花を育てて暮らし、地面に腹ばいになって"虫の目線"で描く独特の画風に興味を覚えました(NHKは、その前年に、BSハイビジョンの「土曜美の朝」で、山根基世アナウンサーによる三ツ沢の熊田宅を訪ねてのインタビューを特集している)。

 番組によると、この三ツ沢の地に居ついてから一度もその外に出たことが無いそうで、絵の「素材」は全て、自宅の庭やその周辺の道端から拾ってきているとのこと、ただ描き写すだけでなく、庭での蝉の脱皮をはらはらしなががら見守る様に、生き物への優しい視線を感じました。
 
 この人、興味ある虫とかを見つけると、何処ででも這いつくばって一日中ずっとそれを眺めているので、自宅の庭でならともかく、近所でそれをやられると奥さんが困ったらしい。

熊田千佳慕展.jpg 本書の「おわびのメッセージ〜あとがきにかえて」によると、奥さんの病気のため、60年住み慣れた"埴生の宿""おんぼろアトリエ"での仕事が出来なくなり、このシリーズの仕事も中断していたとのこと、番組の中で紹介されていたあの描きかけのコオロギの絵はどうなったのかなあと思っていたら、本書の表紙にきていました。

 ブラシなどを一切用いず、筆の毛先だけでの点描法であるため、1枚の絵を仕上げるのに何ヶ月もかかるそうで、しかも、心身充実していなければ、こうした緻密な作品を仕上げることはできない、そうした意味でも、このシリーズは作者自身も天職(ライフワーク)と位置づけている作品です。

 ようやっと一段落したのを機に、'09年には朝日新聞主催で、東京の銀座松屋をスタートして、『ファーブル昆虫記の虫たち』を含む作品の全国巡回展が始まることがあとがきでも告知されていますが、まさに銀座松屋での展覧会の初日(8月12日)が無事に終了した翌日未明に、この"白寿"の昆虫画家は、90年以上描き続けたその生涯の幕を閉じました。
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熊田 千佳慕 (くまだ・ちかぼ)
1911年、横浜市中区生まれ。東京美術学校(現・東京藝術大学)卒業後、デザイナーの山名文夫氏に師事。デザイナー・写真家集団「日本工房」に入社。土門挙らと公私共に親交を深める。戦後、出版美術の分野で活躍するようになり、「ふしぎの国のアリス」「みつばちマーヤ」「ファーブル昆虫記」などの作品を発表。イタリア・ボローニャ国際絵本原画展で入選し、フランスでは「プチファーブル」と賞賛されるなど、国内外から高い評価を得る。2009年8月13日未明、誤嚥(ごえん)性肺炎のため横浜市の自宅で死去、98歳。

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稲田和子の洗練されたリズミカルな文章と太田大八のダイナミックな画調が冴える。

天人女房.jpg天人女房』 あおい玉 あかい玉 しろい玉.jpgあおい玉 あかい玉 しろい玉

 天女の水浴びを見かけた牛飼いが一目惚れをしてその羽衣を隠してしまったため、困った天女はそのまま牛飼いの妻となり、夫婦は子にも恵まれが、ある日偶然に羽衣のありかを知った天女は、子達を連れて天へ―。

 「天人女房」というは昔話には、羽衣を取り戻した天女が去ってお終いという「離別型」と、天女が去った後、男が竹などを植えて、それを伝い天上に行って天女の両親である父母神に会い、父神の出す難題を妻である天女の助けを得て解決するが、最後に瓜を割ると洪水になり、天女と男は離別するという「天上訪問型」、その離別した男と天女は七月七日だけは会うことが出来るという、中国の七夕伝説と結合した「七夕型」の3パターンあるそうで、奄美大島に伝わる伝承をベースにしているという本書は前2パターンを包含した最後の「七夕型」です。

 2007(平成19)年刊行された本書の作者である稲田和子(1932‐)氏は半世紀以上にもわたり昔話の採集・研究にあたってきた専門家で、この絵本の最後のページの氏の解説によれば、「たなばた」は『古事記』や『日本書紀』では「たなばたつめ(棚機津女)」と呼ばれる神聖な機織の乙女で、祭祀に先立って水上にせり出した棚で来臨する神々の衣を織るのが役割だったとのこと(要するに"天人"ではなく"人間"だった)。それが、中国から彦星と織姫星の話が伝わって、『万葉集』の頃には既にそれらが融合した今あるような形のロマンスになっていたらしいです(中国から暦が伝わってきた際に一緒に「節句」というのも伝わってきたわけで、そう考えれば「七月七日」を祝うというのは本来は"中国"風)。

 稲田氏は学究者ですが、絵本におけるその文章は非常に洗練されていてリズミカル、また、同じく半世紀以上にもわたり絵本画を手掛けてきた太田大八(1918‐2016氏の絵も、スケールの大きな話に相応しいダイナミックなものです。

 この両者の組み合わせでは、前年の2006(平成18)年刊行された『あおい玉 あかい玉 しろい玉』('06年/童話館出版)も良かったですが、これも異界との接触がモチーフになっている伝承と言え、山姥とお和尚が術比べをし「小さいもんになれるか」と和尚が山姥を挑発する話と言えば、ああ、あれかと思い当たる人も多いのでは。

 この絵本でも、稲田氏の詩韻のような文調は絶妙で、太田氏の画も生き生きしていて、時に重厚、また時に軽妙(途中、山姥に捕えられた小僧を救う「便所の神様」というのが、何だか若いサラリーマンみたいな感じなのには笑ったが)、裏表紙に描いてある和尚と小僧がニコニコしながら餅を食べている画が、話全体のオチになっているというのも楽しいです。

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事実だったのかと思うとかなり重い。本人だけでなく家族をも苦しめる"いじめ"。

わたしのいもうと.jpg 『わたしのいもうと (新編・絵本平和のために)』 (1987/12 偕成社)

『わたしのいもうと』.jpg 1987(昭和62)年に刊行された絵本で、児童文学者である作者のもとへ届いたある手紙がもとになっており、その手紙には、小学4年の妹が転校した学校でいじめに遭い、その後に心を病んで亡くなったということが姉の立場から綴られていたとのことで、事実だったのかと思うとかなり重いです。

 妹には体中につねられたあとがあり、学校へ行けなくなって食べ物も食べられなくなり、母親は必死で、唇にスープを流し込み、抱きしめて一緒に眠り、その時は何とか妹は命をとりとめる―。

 「いじめた子たちは中学生になって、セーラーふくでかよいます。ふざけっこしながら、かばんをふりまわしながら。
 でも、いもうとはずうっとへやにとじこもって、本もよみません。おんがくもききません。だまって、どこかを見ているのです。ふりむいてもくれないのです。
 そしてまた、としつきがたち、いもうとをいじめた子たちは高校生。まどのそとをとおっていきます。わらいながら、おしゃべりしながら...。
 このごろいもうとは、おりがみをおるようになりました。あかいつる、あおいつる、しろいつる、つるにうずまって。でも、やっぱりふりむいてはくれないのです。口をきいてくれないのです。」

 いじめられた妹が鶴を折るのは、彼女が生きるために選んだ方法であったとも言え、それに対して母親も泣きながら隣の部屋で鶴を折るしか彼女の気持ちを共有する術が無いというのがやるせないですが、結局、妹は最後に"生きるのをやめる"ことを選択する―。
 「わたしをいじめたひとたちは もう わたしを わすれてしまったでしょうね」という言葉を残して。

 子の苦しみを共に分かち合い切れなかった母親の哀しみや、それらを見続けた姉の苦悩が伝わってくる一方で、かつての級友らが妹をいじめて何の良心の呵責も感じることなく生を謳歌していることに対する理不尽さを、姉が強く感じていることも窺えます。

 小学校中学年以上向きとのことですが、大人が読んでも考えさせられることの多い絵本であり、むしろ、これだけストレートな内容だと、子供に対するこの絵本の与え方は難しいと言えるかも。
 教育現場などでは、道徳の時間に副読本として使用することもあるようですが、"読み方マニュアル"みたいなものが出来てしまうことに対しても、個人的にはやや違和感があります。

 しかし現実には、こうしたいじめは、今もかつてより高い頻度で発生しているわけで、学校の授業で読み解きを行うのは必要なことかも(図書室に置きっ放しになっているよりはいい)。
 家庭内だと、親が読んでいつか子供に聞かせようと思っていても、なかなかそうした状況にならないのではないかなあ、内容が重すぎて。

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死、悲しみ、再生といったものが子供にわかりやすく伝わるとともに、「時間」というもう1つのテーマが。

くまとやまねこ.jpg 『くまとやまねこ』(2008/04 河出書房新社)湯本香樹実.jpg 湯本 香樹実 氏

くまとやまねこ2.jpg 仲良しの小鳥に死なれた熊は、悲しみにうちしおれ、小鳥の遺骸を木箱に入れて持ち歩くが、周囲からの慰めにもかかわらずその心は癒されること無く、やがて家に閉じこもるようになる。しかし、何日もそうしていた後のある日、外の風景を見るといつもと違って見え、ふと出かけた先で楽器を携えた山猫に出会って―。

 2008(平成20)年に刊行されたこの絵本の作者・湯本香樹実(ゆもと・かずみ)氏は、脚本家であり小説家でもある人で、小説『夏の庭 --The Friends--』('01年/徳間書店)で第26回日本児童文学者協会新人賞、ボストン・グローブ=ホーン・ブック賞を受賞し、翌年には『西日の町』('02年/文藝春秋)が芥川賞候補になっていて、一方の酒井駒子(さかい・こまこ)氏も絵本『金曜日の砂糖ちゃん』('03年/偕成社)でブラティスラヴァ世界絵本原画展(BIB)金牌を受賞しており、内外で注目されている2人の初取り合わせということになります(本書もまた、2009(平成21)年・第40回「講談社出版文化賞」(絵本賞)を受賞した)。

 この作品で湯本氏は、親しい人が亡くなった時の、自分の一部が欠けたような喪失感と、葬送と悲しみを経てのそこからの再生を、短いストーリーの中に見事に凝縮してみせています。

 そして、酒井駒子氏のモノトーン主体で時折赤の彩色を部分的に使っただけの絵。小川未明原作の『赤い蝋燭と人魚』の絵本化('02年)で個人的には注目したのですが、「死」や「悲しみ」といったものが子供にわかりやすく伝わる画風のような気がします。

 同時にこの絵本には、熊が小鳥が亡くなる前日に小鳥と交わした「時間」についての会話があり、「時間」というものがもう1つのテーマとしてあることがわかります。
 毎朝が"きょうの朝"である、しかし《きのうの"きょうの朝"》はもう二度と来ない―親しい人が亡くなった時ほど、時間の遡及不可能性を強く感じることはないのだなあと、改めて思わせられるものがありました。

 そして、親しい人を失ったばかりの人には、この絵本の熊のように、そこで一旦時間の停止状態が生じる、しかし、それはその人にとって必要な"葬送"の時なのでしょう。その後には、熊が山猫と出会ったように、他者との新たな出会いが待っているのかも知れません。

 これ、結構、大人向きでもあるかも。

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絵だけで言えば大人向けと言えるかも。鬼が島から宝物の代わりに姫を連れて帰った桃太郎。

ももたろう.jpg 『ももたろう (日本傑作絵本シリーズ)桃太郎・海の神兵.gif桃太郎・海の神兵 [VHS]

ももたろう 赤羽.jpgももたろう 赤羽末吉.jpg 1965(昭和40)年に刊行された子供向け絵本(読み聞かせなら5歳から、自分で読むなら小学校中級向き)ですが、赤羽末吉(1910-1990)の絵に水墨画のような味わいがあります。

 これと比べると、"100円ショップ"などで売っている絵本はもとより、他の「桃太郎絵本」が霞んでしまうかも。むしろ、絵だけで言えば、大人向けと言えるかも知れません。

 ところで、桃太郎伝説に出てくる鬼が島というのは、室町か江戸の時代に日本近海の島に外国人が漂着したのが起源だと思っていましたが、古代の大和政権が吉備国に攻め込んだ時に活躍した人物をモデルにしたものであるとの説が有力らしく、ルーツを辿ると結構ヤマトタケル並みに古い話のようです。

桃太郎 海の神兵    .jpg桃太郎 海の神兵.jpg 太平洋戦争中は、軍神的キャラクターとして「桃太郎 海の神兵(しんぺい)」('45年公開、74分)などの国策アニメ映画の主人公になっていますが、「桃太郎 海の神兵」はその内容はともかく、長さで1時間を超える日本初の長編アニメーション映画にしてそのアニメ技術はなかなかのもので、今手塚治虫2.jpg見ると北朝鮮のアニメみたいですが、手塚治虫が公開初日にこの映画を見て、そのレベルの高さに感動し、アニメーションの楽しさに目覚めたのだそうです。
  
桃太郎の海鷲.jpg桃太郎の海鷲2.jpg 30分以上1時間未満を"中編"ではなく"長編"とするならば、「桃太郎 海の神兵」に先立つものとして、同じ瀬尾光世監督による「桃太郎の海鷲」('43年公開、37分)があり、これが日本初の長編アニメーション映画ということになるのかも。こちらも技術水準はなかなかのものですが、100人以上のスタッフが関わった「海の神兵」に対し、「海鷲」の方は僅か4名のスタッフだったというから驚きです。内容的には、日本海軍による真珠湾攻撃をモデルにしており、桃太郎を隊長とする機動部隊が鬼が島へ「鬼退治(空襲)」を敢行し、多大な戦果を挙げるというものです(真珠湾攻撃のメタファーになっている)。アメリカ漫画が締め出された頃であったにも関わらず、たまmomotaro_bluto.jpgたま敵兵の中に大男ブルートにそっくりの顔が出てくるため、宣伝ビラで間違ってミッキーマウスやポパイなどが出てきて桃太郎と戦うというのがあったらしく、それを期待して観に行った人もいて「なんだ、ちっとも出てこないじゃないか」とがっかりしたという話もあったそうです(「マンガ映画メイドイン・ジャパン」―『フィルムは生きている―手塚治虫選集5』1959)。この時から既に桃太郎は「軍神」扱いだったのだなあと思わされますが、これらの作品は日本ではなくアメリカでDVD化され市販されています。

 しかし、桃太郎を「軍神」扱いするというのは、明治時代にすでに福沢諭吉などが、桃太郎が鬼が島から宝を獲って帰ったのは「略奪行為」にほかならないと言っていたことを思うと、当時としてもやはりアナクロではないでしょうか(戦争は時代を逆行させるのだろなあ)。

 桃太郎伝説については各地に様々なバリエーションがあるようで、実は桃太郎は家の事を手伝わない怠け者だったのが、家が鬼に襲われて鬼退治に目覚めたとか。芥川龍之介によるパロディなどは、ちょうどこの怠け者説と福沢諭吉の考えをミックスしたようなものになっています。

松居直.jpg 本書の松居直(まつい・ただし、1926- )氏の文による桃太郎は、最後に鬼が島から宝物を持ち帰らない代わりに鬼たちに囚われていたお姫様を連れて帰って、桃太郎は姫と結婚する!(「一寸法師」みたいだなあ)

 松居氏は児童文学者であるとともに、福音館書店の社長も長く務め、多くの絵本作家や挿画家を発掘した人ですが(無名だったいわさきちひろ・初山滋・田島征三・安野光雅・堀内誠一・長新太などを発掘)、最後の部分は松居氏のオリジナルなのでしょうか、それとも実際、そうしたバリエーションも伝承としてあるのでしょうか。

 版元による内容紹介には、「桃太郎の原型、あるべき姿を追求して作りあげた"桃太郎絵本の決定版"」とありますが、鬼が島から宝物を持ち帰る話を「嫁取り話」に仕立てたのは、やはり作者のオリジナルなのでしょう。伝承に忠実というより、軍神のイメージを払拭するという意味での「桃太郎の原型、あるべき姿」であったように思います(福沢諭吉らの「宝の持ち帰りは略奪行為」説にも符合する)。

 因みに、「桃太郎 海の神兵」を撮った瀬尾光世監督の方は、「桃太郎 海の神兵」で「燃え尽きた」と言われ、1949年の「王様のしっぽ」を最後にアニメ界を去り、それ以後は「瀬尾光男」や「せお・たろう」のペンネームで絵本作家へ転向しています。

桃太郎 海の神兵 vhsカバー.jpg「桃太郎 海の神兵」●制作年:1945年●監督・脚本・撮影:瀬尾光世●製作:松竹動画研究所●後援:海軍省●動画:桑田良太郎/高木一郎/小幡俊治/木村一郎●影絵:政岡憲三●音楽:古関裕而●作詞:サトウハチロー●時間:74分●公開:1945/04●配給:松竹映画(評価:★★★)

桃太郎の海鷲桃.jpg「桃太郎の海鷲」●制作年:1942年●監督・撮影:瀬尾光世●製作:芸術映画社、大村英之助●脚本:栗原有茂●後援:海軍省●技術・構成:持永只仁/田辺利彦/橋本珠子/塚本静世●音楽:伊藤昇●時間:37分●公開:1943/03●配給:映画配給社(評価:★★★)

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あの福田和也氏も推奨する、日本で2冊しかない単巻での発行部数累計が400万部を超えた名作。

ぐりとぐら.jpg 『ぐりとぐら [ぐりとぐらの絵本] (こどものとも傑作集)

たまご.jpg 1967(昭和42)年刊行の「ぐりとぐら」シリーズの第1作で、双子の野ねずみ"ぐり"と"ぐら"が森で見つけた巨大な卵で巨大なカステラを作り、友達とわけ合うという話は、絵本界の名作としてよく知られています(この絵本の原型として「たまご」('63年発表)という読み聞かせ物語[右]がある)。

 辛口(?)の文芸評論家・福田和也氏が、『悪の読書術』('03年/講談社現代新書)の中で、「福音館書店が出版する絵本は、他社のそれとは格が違う」と書いていて、優れた絵本として、この「ぐりとぐら」シリーズと林明子氏のものを挙げていました。

 また、朝日新聞夕刊連載の「ニッポン人・脈・記」で、'08年夏に「絵本きらめく」というシリーズがあり、その中で、この『ぐりとぐら』が、松谷みよ子氏の『いないいないばあ』('67年/童心社)と並んで、日本で、単巻での発行部数累計が400万部を超えるたった2冊しかない絵本の内の1冊であること、中川李枝子氏と山脇百合子氏が実の姉妹であること、「ぐりとぐら」の創作にあたっては、石井桃子(1907‐2008/享年101)の指導を仰いだことなどを知り、大変興味深かったです。

ぐりとぐらのかいすいよく.jpg これだけの大ヒット商品なのに、『ぐりとぐらのおおそうじ』('02年)まで基本シリーズは35年間で7冊の刊行しかなく、この辺り、商業主義に走らず、絵本作りの質を落さないようにしていることが窺えます。
 個人的には、'70年代に唯一刊行された第3作『ぐりとぐらのかいすいよく』('77年)や同じく'80年代唯一の刊行である第4作『ぐりとぐらのえんそく』('83年)などもいいなあと(特に、『ぐりとぐらのかいすいよく』のユルい感じがいい)。

 これら基本シリーズの他に、『ぐりとぐらの1ねんかん』('97年)、『ぐりとぐらのうたうた12つき』('03年)などの大判本があり、これらもお奨めです。
ぐりとぐらとぐふ.jpg
 最近、ネットで『ぐりとぐらとぐふ』というパロディ画像が出回っていますが(ガンダム・ヴァージョン?)、パロディにされるぐらい有名であるということ?

《読書MEMO》
菊池寛賞贈呈式.jpg第61回菊池寛賞(日本文学振興会主催)
山脇百合子氏(左)/中川李枝子氏(右) 
The Sankei Shimbun & Sankei Digital 2013.12.16 07:39

『ぐりとぐら』50周年.jpg

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ワイド・シークエンスで伝わってくるモンゴルの平原の広大な景観。

スーホの白い馬2.jpg 『スーホの白い馬―モンゴル民話 (日本傑作絵本シリーズ)

馬頭琴.jpg 1967(昭和42)年刊行で、元になっているのはモンゴル民話。
 貧しいけれどもよく働く羊飼いの少年スーホは、ある日、地面に倒れもがいていた白い子馬を拾って家に連れて帰ってくる。スーホの世話したかいがあって、やがて子馬は立派に成長し、スーホは、殿様が開く競馬大会にこの白い馬と参加して見事優勝するが―。

 モンゴルの楽器・馬頭琴の由来になっている話であるとのことですが、この絵本のお陰で、ご当地のモンゴルよりも日本での方がよく知られている物語になりました。
子供の頃に読んでやけに悲しかった思い出がありますが、国語の教科書に出ていたらしいです(もう、その辺りの記憶はないが)。

 赤羽末吉(1910-1990)の絵がいい。この人、'80年に日本人で初めて「国際アンデルセン賞」の「画家賞」('66年開設)を受賞していて、その後に日本人でこの画家賞を受賞したのは、今のところ安野光雅氏('84年受賞)しかいません('08年現在)。

 絵本のサイズが24cm×32cmで、絵が全部見開きなので、幅60cm以上のワイドなシークエンスになり、これがモンゴルの平原の広大な景観などをよく伝えていますが、演劇の舞台絵の画家でもあったことを考えると、確かに、奥行きや照明効果的なものもうまく採り入れているなあと改めて感心させられます。

 ストーリーはシンプルですが、名作童話というのは意外とそういうものかも。
 作家の椎名誠氏がどこかで推薦していましたが、この作品をモチーフに「白い馬-NARAN-」('95年)という映画も撮っているぐらいですから、その思い入れは相当のものなのでしょう。でも、わかる気がするなあ。椎名氏なら嬉々として現地ロケやりそう。

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童話と言うよりもある種"幻想文学"。それにマッチした画調。いわさきちひろの影響も?

赤い蝋燭と人魚.jpg 『赤い蝋燭と人魚』 (2002/01 偕成社) 赤い蝋燭と人魚2.jpg
赤い蝋燭と人魚』天佑社1921(大正10)年刊の複製
赤い蝋燭と人魚 天佑社1921(大正10)年刊の複製.jpg 2002(平成14)年刊行で、1921(大正10)年発表の小川未明(1882‐1961)の代表作『赤い蝋燭と人魚』に、絵本作家の酒井駒子氏が絵を画いたもの。

 この作品は、個人的には童話と言うよりもある種"幻想文学"に近い作品だと思うのですが、最初は「東京朝日新聞」に連載され、挿画は朝日の漫画記者だった岡本一平(岡本太郎の父)が担当したとのこと、どんな挿絵だったのか知り得ませんが、当初から文も絵も「大人のための童話」として描かれたということでしょうか。

 物語は、ある町に老夫婦がいて、そこに異世界からの訪問者(この場合は人魚の赤子)が来る、その結果その町に起きた出来事とは―という、未明童話の典型とも言えるストーリー。
 老夫婦は人魚の子を神からの授かりと考え自分たちの娘のように育てるが、娘が描いた絵のついた蝋燭が非常に売れたため、とうとう金に目が眩み、人魚を珍獣のような扱いで香具師に売り飛ばしてしまう。
 娘を人間界に託したつもりだった母親の人魚は、人間に裏切られた思いでその蝋燭を買い取り、そして町に対し――という復讐譚ともとれるものです。

「赤い蝋燭と人魚」.jpg これまでに多くの画家や絵本作家がこの作品を絵本化しており、いわさきちひろ(1918‐1974)によるもの('75年/童心社)はモノクロで、絵というより挿画かデッサンに近いですが、がんに冒されていた彼女の未完の遺作となった作品でもあり、また最近では、たかしたかこ(高志孝子)氏によるもの('99年/偕成社)などの人気が高いようです。

いわさき ちひろ 『赤い蝋燭と人魚』 (1975年)

 画風の違いはそれぞれありますが、酒井駒子氏も含めたこの3人に共通するのは、母子の愛情の繋がりを描いた作品群があることで、子を想う母親の気持ちの強さがモチーフの1つとなっているこの作品を絵にするうえでピッタリかも。
 ただ、この作品に漂う寂寥感や不気味さの部分を表すうえでは、ミステリーの表紙画などを手掛けている酒井氏の画風が(最近の『三番目の魔女』や『魂食らい』のカバー絵などを見てもそうですが)、一番合っているのではないかと。                   
 酒井駒子氏のこうした翳りのあるバージョンの絵は(特に人魚の娘の表情などは)いわさきちひろの影響を受けているようにも思え(絶筆となったこの物語の絵本化を、酒井氏が引き継いだようにも思える)、やはりいわさきちひろの影響というのは絵本の世界ではかなり大きいのではないかと思いました。

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切ないがファンタジックでもあるストーリーの雰囲気をよく醸している絵。

ごんぎつね.jpg 『ごんぎつね (日本の童話名作選)』 新美南吉.jpg 新美南吉(1913-1943/享年29)

 1986(昭和61)年の刊行で、1932(昭和7)年1月号の「赤い鳥」に新美南吉(1913‐1943)が発表した彼の代表作「ごん狐」に、イラストレーターの黒井健氏が絵を画いたものですが、刊行来50万部以上売れているロングセラーであり、DVD化もされています(DVDの語りは大滝秀治)。

 近年の派手な色使いが多い絵本の中では珍しく柔らかなタッチであり、また、人物や"ごん"を遠景として描く手法は、哀しく切ないけれどもファンタジックな要素もあるこのお話の雰囲気をよく醸し出しています。
 黒井氏は「ごんぎつね」の他に南吉のもう1つの代表作「てぶくろをかいに」も絵本化を手掛けていますが、こちらも原作の世界を違和感なく表しており、南吉の作品は多くの絵本作家にとって手掛けてみたいものであると思われますが、なかなか黒井氏のものに拮抗する絵本は出にくいのではないかとさえ思わせます。

「ごんぎつね」の直筆原稿.jpg 原作「権狐」は、南吉18歳の時の投稿作品で、「赤い鳥」創刊者の鈴木三重吉の目にとまり、同誌に掲載されましたが(因みに三重吉は、同誌に投稿された宮沢賢治の作品は全く認めず、全てボツにした)、この三重吉という人、他人の原稿を雑誌掲載前にどんどん勝手に手直しすることで有名だったようです。

 「ごんぎつね」直筆原稿

 この作品は、三重吉によって先ず、タイトルの表記を「ごん狐」と改められ、例えば、冒頭の
 「これは、私が小さいときに、村の茂平といふおぢいさんからきいたお話です」(絵本では新かな使い)とあるのは、元々は―、
 「茂助と云ふお爺さんが、私達の小さかつた時、村にゐました。「茂助爺」と私達は呼んでゐました。茂助爺は、年とつてゐて、仕事が出来ないから子守ばかりしてゐました。若衆倉の前の日溜で、私達はよく茂助爺と遊びました。私はもう茂助爺の顔を覚えてゐません。唯、茂助爺が、夏みかんの皮をむく時の手の大きかつた事だけ覚えてゐます。茂助爺は、若い時、猟師だつたさうです。私が、次にお話するのは、私が小さかつた時、若衆倉の前で、茂助爺からきいた話なんです」
 という長いものだったのを、彼が手直したそうです(随分スッキリさせたものだ)。

「ごんぎつね」の殿様 中山家と新美南吉.jpg 東京外国語学校英文科に学び、その後女学校の教師などをしていた南吉は29歳で夭逝しますが、生涯に3度の恋をしたことが知られており、最後の恋の相手が、先ほどの冒頭文に続く「むかしは、私たちの村のちかくの、中山といふところに小さなお城があつて、中山さまといふおとのさまが、をられたさうです」とある「中山家」の六女ちゑだったとのこと。
 中山家とは家族ぐるみの付き合いがあり、彼の童話の多くは中山家の長老が語る民話がベースになっているとの説もありますが、結局、ちゑとは結婚に至らなかったのは、自分の余命を悟って創作に専念したかったのではないかと、自分は勝手に想像しています。

新美南吉記念館(愛知県半田市)特別展ポスター(2006年7月-9月)
 
 
 

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寓意は定型的だが、芥川の本領が発揮されている作品。大正モダンの香りが漂う絵。

魔術.jpg 『魔術 (日本の童話名作選シリーズ)』 (2005/03 偕成社)

宮本 順子(絵) 『魔術―日本の童話名作選シリーズ』.jpg 2005(平成17)年3月の偕成社刊。原作は1920(大正9)年に芥川龍之介(1892-1927)が雑誌「赤い鳥」に発表した、芥川の所謂「年少文学」というべき作品の1つで、同じ系譜に「蜘蛛の糸」や「杜子春」などがありますが、本書の絵を画いている挿画家の宮本順子氏は、この偕成社の「日本の童話名作選」シリーズでは他に同じく芥川作品である「トロッコ」の絵も手掛けています。

中等新国語1.jpg 因みにこの偕成社のシリーズ、表紙カバーの折り返しにある既刊案内では、シリーズ名の頭に「大人の絵本」と付されていて、カッコして小さく「小学中級以上のお子様にも」とあります。
 この「魔術」という作品は、昭和40年代頃には、光村図書出版の『中等新国語』、つまり中学の「国語」の教科書(中学1年生用)に使用されていました。

魔術2.jpg インド人に魔術を教えてもらう青年を通して、人間の欲深さと弱さを描いた作品で、童話のミッションである定型的な寓意を含んでいるものですが、宮本順子氏は、「この『魔術』という話は、誰しもが潜在意識の中に持ちうるデジャブ、すなわち、既視感そのもののように思えます。遠いどこかの私が、主人公といつの間にか重なってゆくのです」と述べています。

 改めて読んでみて、そのあたりの夢と現(うつつ)の継ぎ目などに、短篇小説の名手と言われた芥川の本領がよく発揮されている作品だなあと。
 主人公の私にせがまれ条件付きで魔法を教えてあげることにしたインド人ミスラ君のセリフが、「お婆サン。お婆サン。今夜ハお客様ガお泊リニナルカラ...」と、突然その一文だけカタカナ表記になるところです。

文学シネマ 芥川 魔術.jpg 先に原作を読んでいると、絵本になった時に、どれだけ絵が良くても自分の作品イメージとの食い違いが大きくて気に入らないことがありますが、この宮本順子氏の絵は比較的しっくりきました。

 若い主人公が葉巻を嗜んでいたり、銀座の倶楽部(クラブ)で骨牌(カルタ)をしたりする様などに大正モダンの香りが漂い(絵自体も日本画素材と洋画手法の和洋折衷)、物語が終わった後に、降りしきる雨に打たれる竹林の向こうに西洋館の見える絵などがあるのも、結末の余韻を含んで効果的だと思われました。

TBS 2010年2月16日放映 「BUNGO-日本文学シネマ」 芥川龍之介「魔術」(主演:塚本高史)

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宮沢賢治の集大成であり、読めば読むほど謎に満ちた作品。

銀河鉄道の夜  s16 新潮社.jpg銀河鉄道の夜 童話集 他十四編.jpg  新編 銀河鉄道の夜.jpg 新編銀河鉄道の夜 (新潮文庫).jpg
童話集 銀河鉄道の夜』岩波文庫/『新編銀河鉄道の夜』新潮文庫 [旧版/2009年限定カバー版]

『銀河鉄道の夜』1941(昭和16)年新潮社

オーディオブック(CD) 宮沢賢治「銀河鉄道の夜」.png 1924(大正13)年頃に初稿が成ったされる宮沢賢治(1896‐1933)の「銀河鉄道の夜」は、37歳で亡くなった彼の晩年まで改稿が重ねられ、完成までに10年位かかっていることになります("生前未発表"のため、これで完成しているのかどうかもよくわからないという)。
 最後(第4稿)の頃には既に病臥と一時回復を繰り返す生活だったわけですが、研ぎ澄まされた感性、みずみずしい叙情、達観した宗教観が窺える一方、現実と幻想の巧妙なバランスと融合ぶり(完全な幻想物語だった初稿に比べ、最終稿は「授業」「活版所」など"現実"部分の比重が大きくなった)や、幅広い自然科学の事象の表象的用い方などに理知的なものが感じられ、賢治の集大成と呼ぶにふさわしい作品だと思います。
アイオーディオブック(CD) 「銀河鉄道の夜」

 カムパネルラとジョバンニのシンクロニティ(共時性)がモチーフになっていますが、再読してみると、タイタニック号を思わせる乗客の話から、列車がどういう人を乗せているのかがその時点で察せられ、また、人々の宗教の違いを表している部分があるなど、いろいろと再認識することもありました。
 一方ラストの、息子を今亡くしたばかりのカムパネルラの父が、ジョバンニにかけた言葉の内容など、テーマに深く関わると思われる謎から、ジョバンニの父親の本当の仕事は何かとか、カムパネルラが自らを犠牲にして助けたザネリという子は男の子なのか女の子なのかといったトリビアルな謎まで、新たな謎も浮かんできます。

銀河鉄道の夜 藤城.jpg         銀河鉄道の夜 (大型本).jpg               銀河鉄道の夜 田原.jpg 
藤城清治/影絵と文       東逸子/絵                     田原田鶴子/絵
銀河鉄道の夜 藤城清治.jpg  銀河鉄道の夜 東逸子.jpg  銀河鉄道の夜 田原田鶴子.jpg

 絵本化したものでは、影絵作家の藤城清治氏のもの('82年/講談社)が、文章を小さな子にも読み聞かせできるようにうまくまとめていて、絵の方もさすがという感じ、ただし、完全に"藤城ワールド"という印象も(評価 ★★★☆)。
 原文を生かしたまま絵を入れたものでは、東逸子氏の挿画のもの('93年/くもん出版)がいいかなあという感じで、人物はやや少女マンガみたいだけれど、透明感のある背景は素晴らしい(評価 ★★★★)。
 田原田鶴子氏の油彩画によるもの('00年/偕成社)も美しいし、何と言っても挿入画の点数が多いのが嬉しいですが、一方で、ここまでリアルに描かれると、やはり自分の当初のイメージとはいろいろな点でズレがあるような感じも受けなくもなかったです(評価 ★★★☆)。

 【1951年文庫化・1966年文庫改訂[岩波文庫(『童話集 銀河鉄道の夜 他十四篇』)]/1971年再文庫化[講談社文庫(『銀河鉄道の夜、風の又三郎,ポラーノの広場 ほか3編』)]/1981年再文庫化[旺文社文庫]/1982年再文庫化[ポプラ社文庫]/1985年再文庫化[偕成社文庫]/1989年再文庫化[新潮文庫(『新編銀河鉄道の夜』)]/1990年再文庫化[集英社文庫]/1996年再文庫化[角川文庫]/1996年再文庫化[扶桑社文庫]/2000年再文庫化[岩波児童文庫]など】

《読書MEMO》
●「銀河鉄道の夜」...1922(大正11)年頃〜1932(昭和7)年頃執筆

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アイデアがいい科学絵本。最後に辿り着いた一番小さなものは「宇宙」。

小さな小さなせかい.jpg 『小さな小さなせかい―ヒトから原子・クォーク・量子宇宙まで』 (1996/03 偕成社)

 1996(平成8)年3月に刊行された科学絵本ですが、1ページめくるごとに10分の1ずつに小さい世界になり、微生物、DNAの世界を経て、分子、原子、素粒子の世界へ入っていくというアイデアがいいです。
 小学生向けの本ということですが、例えば〈中性子〉〈中間子〉〈ニュートリノ〉を大きい順に並べよと言われて、わかる大人はどれぐらいの割合でいるでしょうか。

 最後に辿り着いた一番小さなものが(原始の)「宇宙」だったという〈逆説〉も、ロマンがあっていいです。
 10の-34乗m の"量子宇宙"こそ最小のものだというのは、宇宙発生論において〈事実〉とされていることでもありますが。

大きな大きなせかい.jpg 本書は『大きな大きなせかい-ヒトから惑星・銀河・宇宙まで』('96年/偕成社)と対になっていて、こちらも楽しく学べます。

 著者の加古里子(かこさとし)氏は、『からすのパンやさん』('73年/偕成社)『どろぼうがっこう』('73年/偕成社)などで知られる絵本作家で(幼稚園や保育園の発表会の演目としてよく採用されている)、1975年に『遊びの四季』で第23回「日本エッセイスト・クラブ賞」を受賞、2008年には第56回「菊池寛」賞を受賞するなどしていますが、もともとは東京大学工学部応用化学科に学んだ工学博士でもあり、こうした科学絵本も多く手がけています。

《読書MEMO》
●原子>原子核>陽子、中性子
●重粒子(パリオン)→陽子、中性子、ラムダ粒子、シグマ粒子ほか
●>中間子→(陽子と中性子を結びつける)π中間子、ケーオンほか
●ハロドン(重粒子と中間子)>クォーク→重粒子(陽子・中性子等)、中間子を構成する)(反クォークもある)
●>軽粒子(レプトン)→電子、ミューオン(宇宙線が空気に衝突してπ中間子ができ、それが壊れてできる)、ニュートリノ(中性子が陽子に壊れるとき電子とともにできる)など(反レプトンもある)

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