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主人公が "彼女の秘密"に気づく場面はミステリの謎が明かされるようで白眉。。

愛を読むひとdvd 2008.jpg 愛を読むひと .jpg 朗読者 新潮文庫.jpg
愛を読むひと<完全無修正版> [DVD]」ケイト・ウィンスレット ベルンハルト・シュリンク『朗読者 (新潮文庫)

愛を読むひと 01.jpg 第二次世界大戦後のドイツ。15歳のマイケル(ダフィット・クロス)は、体調が優れず気分が悪かった自分を偶然助けてくれた21歳も年上の女性ハンナ(ケイト・ウィンスレット)と知り合う。猩紅熱にかかったマイケルは、回復後に毎日のように彼女のアパートに通い、いつしか彼女と男女の関係になる。ハンナはマイケ愛を読むひと 03 2.jpgルが本を沢山読む子だと知り、本の朗読を頼むようになる。彼はハンナのために『オデュッセイア』や『犬を連れた奥さん』などを朗読する。ある日、ハンナは働いていた市鉄での働きぶりを評価され、事務職への昇進を言い渡されると、マイケルの前から姿を消愛を読むひと80.jpgしてしまう。理由がわからずにハンナに捨てられて8年が経ったある日、ハイデルベルク大学法学部生となったマイケルは、ロール教授(ブルーノ・ガンツ)のゼミ研究のためにナチスの戦犯を裁くアウシュビッツ裁判を傍聴し、被告席の一つにハンナの姿を見つける。彼女は第二次世界大戦中に強制収容所で看守をしていたのである。裁判はハンナに不利に進み、彼女は無期懲役の判決を受ける―。
 
Der Vorleser(ドイツ語paperback)/Bernhard Schlink
Der Vorleser.jpgベルンハルト・シュリンク.jpg 2008年のアメリカ・ドイツ合作映画で、監督は英国人のスティーブン・ダルドリー、原作は1995年に出版されたベルンハルト・シュリンク(Bernhard Schlink)の長編小説『朗読者』('00年/新潮社、原題:Der Vorleser/The Reader)です。映画は(終盤に主人公がニューヨークへ行く場面を除き)ドイツで撮影されていますが、英語による製作であるため、主人公の名前も、原作のミヒャエルからマイケルになっています。但し、少年時代のマイケルを演じたダフィット・クロスはドイツの俳優、母親を演じたズザンネ・ロータもドイツ人女優、法学部のロール教授はスイス出身のブルーノ・ガンツが演じていてます。ハンナ役のケイト・ウィンスレットは英国人女優、成人してからのマイケルを演じたレイフ・ファインズも英国人俳優、アウシュヴィッツの生存者母子ローゼ・マーターとイラーナ・マーターの二役を演じたレナ・オリンはスウェーデン出身、若き日のイラーナを演じたアレクサンドラ・マリア・ララはルーマニア人、成人したマイケルの娘を演じたハンナー・ヘルツシュプルングは、これまたドイツ人女優です(アメリカ人、いないね)。

愛を読むひとes.jpg 先に原作を読みましたが、かつて齋藤美奈子氏が「包茎小説」と呼んでいたのを思い出しました。15歳のミヒャエルと21歳年上のハンナが出会い、男女の関係を持って別れるまでを描いた第1章だけならば、確かに"筆おろし"小説と言えなくもなく、元判事で法学部教授である作者がこういうの書くのが興味深いと思いました。しかし、第2章の裁判の場面はまさにキャリアに裏打ちされたもので、作品に深みを与えることにも繋がっているように思いました。小説はこれに、裁判以降の主人公とハンナの話を描いた第3章を加えた3つの章から成ります。

レイフ・ファインズ(現在のマイケル)/ダフィット・クロス(少年時代のマイケル)
愛を読むひとralph_fiennes_in_the_reader.jpg愛を読むひと kurosu.jpg 一方の映画の方は、1995年の主人公マイケルの「現在」を軸に、1958年の15歳の時にハンナと出会った少年期、1966年のハンナの裁判を偶然傍聴することになった法学部生愛をよむ人 s.jpg時代、1976年のマイケルが本を朗読しテープに録音して、それを獄中のハンナに送ることを思いついた時期、1980年のハンナから届いた短い文章の礼状にマイケルが感動した出来事、1988年の20年の刑に減刑されたハンナが釈放されることが決まった時などとの愛を読むひと ブルーノ・ガンツ.jpg間を行き来する形をとっていますが、概ね原作に忠実であるといっていいでしょう(マイケルが離婚して娘となかなか会えないでいるといった現況は映画のオリジナル。あとは、ブルーノ・ガンツ演じる教授のウェイトが原作より大きくなって、主人公に精神的に導き支えるという点で、原作における主人公の父親である哲学教授の役割を一部代替していたりする)。

ブルーノ・ガンツ(後ろ)

愛を読む人aioyomu.jpg 原作でも言えるのは、ハンナが幾つか謎を抱えている女性であるという点であり、①なぜマイケルと交わるようになったのか?(単なる気まぐれ?)、②なぜ裁判で不利になることを承知で自らの"秘密"を明かさなかったのか?(主人公がその"秘密"に気づく場面は、ミステリの謎が明かされるようで、原作でも映画でも白眉)、③そして最後に彼女がとった行動の理由は?―等々。映画を観て、①の理由は、マイケルが彼女にとっての癒しとなる"朗読者"であり、自らを成長させるパートナーであったことが窺えましたが心と響き合う読書案内2.jpg、②については、映画を観てもまだ解らない部分が残りました。小川洋子氏は、「彼女は疲れ切っていたに違いない。彼女は裁判で闘っていただけではなかった。彼女は常に闘っていたのだ。何ができるかを見せるためではなく、何ができないかを隠すために」としています(『心に響き合う読書案内』('09年/PHP新書)。この原作は、関川夏央氏の『新潮文庫20世紀の100冊』('09年/新潮新書)にも取り上げられている)。

愛を読む人 ウィンスレット.jpg こうした"秘密"を持つ女性を演じるのは難しいだろうなあと思いますが、それだけ魅力的でもあり、ケイト・ウィンスレット(1975年生まれ)はそこに上手く嵌ったように思います(ニコール・キッドマンが妊娠で降板し、当初の候補だったケイト・ウィンスレットが結局演じることになった)。ケイト・ウィンスレットは、この作品で「タイタニック」('97年)以来4度目のアカデミー賞主演女優賞ノミネート(「助演賞」ノミネートを含むと6度目)にして、初の受賞を果たしています。「タイタニック」で共演したレオナルド・ディカプリオ(1974年生まれ)も、「レヴェナント:蘇えりし者」('15年)で4度目のアカデミー賞主演男優賞ノミネート(「助演賞」ノミネートを含むと5度目)にして初受賞していますが、若い頃から演技の天才などと呼ばれたレオナルド・デカプリオよりもケイト・ウィンスレットの方が受賞は7年早かったことになります。

ケイト・ウィンスレット in「タイタニック」('97年)/ブルーノ・ガンツ in「ヒトラー~最期の12日間~」('04年)
ケイト・ウィンスレット タイタニック.jpg ブルーノ・がンツ ヒトラー ~最期の12日間~.jpg

愛を読むひig.jpg「愛を読むひと」●原題:THE READER●制作年:2008年●制作国:アメリカ・ドイツ●監督:スティーブン・ダルドリー●製作: アンソニー・ミンゲラ/シドニー・ポラック/ドナ・ジグリオッティ/レッドモンド・モリス●脚本:デヴィッド・ヘアー●撮影:クリス・メンゲス●音楽:ニコ・マーリー●原作:ベルンハルト・シュリンク「朗読者」●時間:124分●出演:ケイト・ウィンスレット/レイフ・ファインズ/ダフィット・クロス/ブルーノ・ガンツ/レナ・オリン/アレクサンドラ・マリア・ララ/ハンナー・ヘルツシュプルング/ズザンネ・ロータ●日本公開:2009/06●配給:ショウゲート●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(17-09-19)(評価★★★★)

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神は自分を褒めたたえてくれる人だけを天国に集める? 最後の一文をどう訳すか。

幸福な王子 新潮文庫.jpg 幸福の王子 バジリコ.jpg 幸せな王子 金原1.jpg 幸福の王子 原.jpg  Oscar Wilde.jpg
幸福な王子―ワイルド童話全集 (新潮文庫)』(西村孝次:訳/表紙絵:南桂子)/『幸福の王子』['06年/曽野綾子:訳(建石修志:画)]/『幸せな王子』['06年/清川 あさみ(絵) (金原瑞人:訳)]/『幸福の王子』['10年/原マスミ(抄訳・絵)]/Oscar Wilde
The Happy Princeby AnyaStone.jpg 1888年、当時33歳の詩人だったオスカー・ワイルド(1854-1900)の最初の童話集『幸福な王子ほか』は、「幸福な王子」「ナイチンゲールとばらの花」「わがままな大男」「忠実な友達」「すばらしいロケット」の5編から成り、1891年刊行の第2童話集『ざくろの家』は、「若い王」「王女尾の誕生日」「漁師とその魂」「星の子」の4編から成るもので("ざくろ"は各編の共通モチーフとして出てくる)、西村孝次訳の新潮文庫版はこれら9編を網羅して所収いるため、ワイルドの童話集といえば「定番」ということになるかと思います。
The Happy Prince by AnyaStone

 訳者は当初から童話集という言い方をしていて、新潮文庫の改版版もカバータイトルは『幸福な王子』ですが、扉をめくると括弧して「ワイルド童話全集」とあります。童話集という呼び方に異を唱えるわけではないですが、イコール児童文学というイメージが付き纏いがちで、そうなるとどうかなあと。作者のワイルド自身、幅広い年齢層に向けて書いたものであることを後に公言しており、一篇一篇に込められた寓意からみても、「大人の童話」という色合いが濃いように思います。

 読み手によってそれぞれ好みの違いはあるかと思われ、「ナイチンゲールとばらの花」なども知られている方の話だと思ひますが、やはり一番有名なのは表題作の「幸福な王子」であり、その出来栄えにおいても他から抜きんでているように思います。これ読むと、ワイルドはいろいろあった人生でしたが、純粋なキリスト者であったような気がします(テクニックだけでこうした作品はそう書けないのでは。因みに、第2童話集『ざくろの家』発表年は『ドリアン・グレイの肖像』と同年)。

 この作品のラストで、神さまから「町じゅうでいちばん貴いものをふたつ持ってきなさい」と言われた天使が、王子像の鉛の心臓と死んだツバメを神のもとへ届けると、「おまえの選択は正しかった」と神さまは言って、更に神の、「天国のわたしの庭で、この小鳥が永遠に歌いつづけるようにし、わたしの黄金の町で幸福な王子がわたしを賞めたたえるようにするつもりだから」(西村孝次訳)という言葉で物語は終わっていますが、「幸福な王子がわたしを賞めたたえるようにする」というのが何となく違和感がありました。しかしながら原文(下記)はそうなっている...。

 "You have rightly chosen," said God, "for in my garden of Paradise
 this little bird shall sing for evermore, and in my city of gold
 the Happy Prince shall praise me."

 これは、1993年に偕成社から刊行された、今村葦子訳、南塚直子絵の、児童向けにルビが振られている『幸せの王子』でも、「幸せの王子は、黄金の都で、我が名をたたえることになるだろう」となっています。

「幸福の王子」 曽野綾子訳 バジリコ.jpg 2006年バジリコから曽野綾子訳、建石修志挿画のものが刊行され、比較的オーソドックな訳調で、挿画についてもそれは言えるなあ(ヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリン 天使の詩」という映画を思い出させる)と思って読んでいたら、最後の最後で、「私の天国の庭では、このつばめは永遠に歌い続けるだろうし、私の黄金の町で『幸福の王子』は、ずっと私と共にいるだろう」となっていました。

 この部分について曽野氏はあとがきで、天国において神を賛美するということは、必ず神とともに永遠に生きることが前提となっており、「そこをはっきりさせないと、神は自分を褒めたたえてくれる人だけを天国に集めるのか、と思われてしまう。それゆえ、そこだけ本来の意味に重きをおくことにした」とのことです。

 なるほどね、童話1つにしても、いろいろな訳者のものを読んでみるものだなあと。

幸せな王子 2.jpg 因みに、同じ2006年にリトルモアより刊行された、気鋭の翻訳家の金原瑞人氏がコラージュ造形作家の清川あさみ氏と組んで作った絵本版の『幸せな王子』では、「つばめはこの天国の楽園にいてもらおう。ここで、いつまでもさえずってほしい。そして幸せな王子はこの黄金の街にいてもらおう。ここで、いつまでもわたしをたたえてほしい」となっており、曽野氏ほど"意訳"の領域には踏み込んでいないものの、「幸せな王子はこの黄金の街にいて」という部分で王子が神と共にいることを補足しており、しかも翻訳に原文と同じリズム感があって、この辺りはさすが金原氏という感じです(因みに、曽野綾子訳は2006年12月刊行で、金原瑞人訳はその少し前の2006年3月刊行)。

原マスミ.png幸福の王子 原1.jpg また、絵本化された抄訳版では、イラストレーターでミュージシャンでもある原マスミ氏が絵を描き自身で抄訳もしている2010年刊行の『幸福の王子』(ブロンズ新社)があります。原氏としては絵本も抄訳も初挑戦だったとのことですが、王子が泣き落としでツバメにいろいろお願いし、ツバメが"べらんめえ口調"それに返答幸福の王子 絵本 原.jpgするなど、親しみやすいものとなっています(原氏はそれまでの学級委員長的な王子像からの脱却を図った?)。また、原作では神様の命により天使(の一人)がそのもとに届けたのは炉に入れても溶けなかった王子の鉛の心臓であるのに対し、こちらは、バラバラになった王子の体全体を天使(たち)が神様のもとへ届け、神様は王子とツバメに新たな命を授け、「この永遠の楽園で、いつまでも、なかよくくらすがよい」と言ったとするなど、若干改変されています(但し、原作の趣旨を損なわない範囲内でのオリジナリティの発露―といったところか)。

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本当の英雄というのは、自分が英雄であることに気づいない。

夜間飛行 文庫 新.jpg  夜間飛行 文庫 旧.jpg   サン=テグジュペリ1.png couv15318698.jpgFOLIO版(2007)
夜間飛行 (新潮文庫)』新カバー版イラスト:宮崎駿/旧カバー版 Antoine de Saint-Exupéry,1900-1944 
Saint-Exupéry Vol de nuit 1963.jpgVol de nuit Saint-Exupéry 3.jpgSaint-Exupéry Vol de nuit.jpgSaint-Exupéry Vol de nuit 2.jpg 表題作「夜間飛行」(Vol de nuit)は、郵便輸送のためのパイロットとして欧州南米間の飛行航路開拓などにも携わったアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリが、「南方郵便機」(1929)でデビューした2年後の1931年に発表したものです(因みに本名はアントワーヌ・マリー・ジャン=バティスト・ロジェ・ド・サン=テグジュペリ)。
Livre de Poche(1963・1966) /FOLIO(1971)/FOLIO(1931・1990)/FUTUROPOLIS(2012)

Livre de Poche(1952).jpg アルゼンチンで郵便の速配のために夜間に飛行機を飛ばす人たちの物語であり、そのため、勇敢で孤独な飛行パイロットが主人公の作品だと思われているフシもありますが、天候の悪化によって生じた緊迫した各路線機の危機的状況を巡る群像劇的な構成となっています。そうした中、最強の暴風雨に遭遇するパタゴニア機の勇敢なパイロット、ファビアンも重要な位置を占めますが、圧倒的に物語の中心的な位置を占めているのは、パイロットではなく地上における支配人リヴィエールです。ファビアンも含め配下の操縦士や整備士、現場の管理者に指示を出す彼は、明らかにこの作品の主人公です。
Livre de Poche(1952).

 リヴィエールは部下に厳格で、情状を挟んだ判断はしません。整備不良のかどでロブレという老整備工を解雇する際も、解雇通知を破り捨ててしまえばロブレはどんなに喜ぶだろうかということを思いつつ、荷役係への配置転換を拒否した彼を毅然とした態度で解雇します。リヴィエールは、自らは何も行動せず、部下に自らの能力を最大限に発揮することを求めますが、これぞまさに「管理職の極致」と言えるのでは。悪天候の中で飛行機の運航を確保しようとする、一見すると資本主義、経営合理主義の急先鋒たる非情な管理職のように見えますが、実はそれ以前に、それ以上に、部下とその家族を深く愛していることが、「部下の者を愛したまえ、ただ彼らにそれと知らさずに愛したまえ」という配下の管理者に向けた言葉などからも窺えます。

 リヴィエールは、大事な部下、しかも、その中で最も勇敢で優秀なパイロットを失った状況においても、これを「どちらかといえば、最も勝利に近い敗北」と捉え、危険な路線を廃止することなどは全く考えません。実際に、郵便飛行業の草創期には勇敢なパイロットと併せて、彼らから勇気を引き出すこうした人物がいて、事業の死活を賭けて奮闘していたのでしょう。しかし、作者のリヴィエールの描き方は、事業の成功に全力を傾けた人という面もありますが、むしろ神に導かれるかのようにより高次のものを目指す偉大な超越者のように描かれている印象を受けます。この物語の結語は「勝利者リヴィエール。」となっています。

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ 1.jpg リヴィエールは、危険な飛行に赴く部下の恐怖心の取り除く術を熟知していますが、ファビアンはそうした魔法を駆使する必要のない勇敢なパイロットであり、遭難したと思われるこのファビアンについても、「神に導かれるかのようにより高次のものを目指す偉大な超越者」というのは当て嵌るかと思います。本当の英雄というのは、自分が英雄であることに気づいておらず、そして、気づかないままに「英雄的な死」を遂げるのでしょうか。パイロットに適した年齢を過ぎてもパイロットであり続けたことにより、結果的に、撃墜死を遂げた作者は、ファビアンのような死にある種の憧憬を抱いていたのかもしれません(2008年にサン=テグジュペリ機を撃墜したいう旧ドイツ軍パイロットの証言が明らかになったが、彼もサン=テグジュペリの愛読者だった。勿論その時は、サン=テグジュペリが操縦しているとは知らなかった) 。

 「夜間飛行」は作者の「星の王子さま」(1943)と並んで有名な作品であり、この新潮文庫版は不思議とどこの本屋でも見かけるし、文庫で約100ページと併録の「南方郵便機」より更に短いこともあって、ただ有名というだけでなく今日でも実際よく読まれているのではないでしょうか(中高生の場合は『星の王子さま』から『夜間飛行』へという流れか)。中学生の読書感想文の対象になりそうな作品ですが、大人目線で見て意外と奥が深いかもしれません。リヴィエールにとって大事なものは手紙を届けることであり、さらに大事なものは部下であるパイロットであり、そのパイロットより大事なことは、彼らが「実現すべき人間」であるということである―つまり、勇気や責任感や自己犠牲といった美質の体現者たることの方が(時には命よりも)大事であるというのは、かなりスゴイことかと。ドラッカーは、「上司は部下のキャリアに対して責任を持つ」と言いましたが、これを、リヴィエール(またはサン=テグジュペリ)風に言うと、「上司は部下の人間としての価値に対して責任を持つ」ということになりそうな...。

夜間飛行 (サン=テグジュペリ・コレクション).jpg 「南方郵便機」は、フランスからアフリカに郵便機で飛ぶパイロット、ベルニスの話ですが、主人公の過去の恋愛が追憶で語られるという、ロマン主義的なトーンの作品で、堀口大學は「夜間飛行」と同じくらいこの作品を評価しています。「夜間飛行」にも格調高く詩的な側面がありますが、「南方郵便機」と比べると、映画化されそうなくらいずっと冒険サスペンス風であるとも言えます(実際、1933年にクラレンス・ブラウン監督によりアメリカで映画化されている)。文庫解説の山崎庸一郎氏が、「夜間飛行」と「星の王子さま」は作者の二面性をそれぞれ象徴する作品であるとし、「星の王子さま」は「南方郵便機」を継承しているとしているのには納得させられました。

夜間飛行 (サン=テグジュペリ・コレクション)』山崎 庸一郎:訳

人間の土地 (新潮文庫) 0_.jpg宮崎駿.jpg 新潮文庫版『夜間飛行』は1993年の新装カバーから宮崎駿監督によるカバ夜間飛行 昭和9.jpgーイラストとなっています(同じく『人間の土地』は1998年の新装カバーから宮崎駿監督によるカバーイラストになっているほか、解説も同監督によるものとなっている)。

【1956年文庫化・1993年改版〔新潮文庫(堀口大學:訳)〕/2010年再文庫化[光文社古典新訳文庫(二木麻里:訳)]】

『夜間飛行』 サン・テグジュペリ 堀口大學:訳 第一書房 1934(昭和9)年 (装丁:亀倉雄策)

サン=テグジュペリ3.pngアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ (カナダ・モントリオールにて[1942年5月])

《読書MEMO》
・「夜間飛行」(1931)...★★★★☆
・「南方郵便機」(1929)...★★★★


「サンテクジュペリ機を撃墜」元独軍パイロットが証言(2008年3月16日1時30分配信 読売新聞)
【パリ=林路郎】仏誌フィガロ(週刊)などは15日、第2次大戦中、連合軍の偵察任務でP38戦闘機を操縦中に消息を絶った童話「星の王子さま」の著者アントワーヌ・ド・サンテグジュペリ(1900年~44年)について、同機を「撃墜した」とする元ドイツ軍戦闘機パイロットの証言を伝えた。
 元パイロットは、ホルスト・リッペルトさん(88)。44年7月31日、メッサーシュミット機で南仏ミルを飛び立ち、トゥーロン上空でマルセイユ方向へ向かって飛んでいる敵軍機を約3キロ下方に発見。「敵機が立ち去らないなら撃つしかない」と攻撃を決意。「弾は命中し、傷ついた敵機は海へ真っ逆さまに落ちていった。操縦士は見えなかった」と回想している。
 敵機の操縦士がサンテグジュペリだったとはその時はわからず、数日後に知った。リッペルトさんは、「あの操縦士が彼でなかったらとずっと願い続けてきた。彼の作品は小さいころ誰もが読んで、みんな大好きだった」と語っている。
 サンテグジュペリの操縦機は2000年に残骸がマルセイユ沖で見つかったが、消息を絶ったときの状況は不明だった。仏紙プロバンスによると、その後テレビのジャーナリストとして活動したリッペルトさんは友人に、「もう彼のことは探さなくてもいい。撃ったのは私だ」と告白したという。

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「ロボット」という言葉を生み出しただけでなく、SFの一定のモチーフを確立させた作品。

カレル・チャペック 『ロボット』岩波.jpgカレル・チャペック 『ロボット』2.jpg チャペック戯曲全集.jpg カレル・チャペック戯曲集.jpg 2001年宇宙の旅 特別版.jpg
ロボット (岩波文庫)』['89年('03年版)]/『R.U.R.ロボット (カレル・チャペック戯曲集 (1))』['92年](表紙絵:ヨゼフ・チャペック)/『チャペック戯曲全集』['06年]/『カル・チャペック戯曲集〈1〉ロボット/虫の生活より』['12年](装丁・挿絵:和田誠) 「2001年宇宙の旅 特別版【ワイド版】 [DVD]

カレル・チャペック 『ロボット』 2.jpg 舞台はヨーロッパ旧世界を遠く離れた海の孤島、そこに建てられたロボット=人造人間の製造・販売会社、R.U.R.(エル・ウー・エル、ロッスムのユニバーサル・ロボット)社のオフィス。執務するドミン社長を、「人権連盟」会長の娘、ヘレナが訪問する。ロボット製造の起源、ロボットの性質、そしてロボットによる人類社会変革の理想を語るドミンと、おのおのの担当部門の観点からそれを説明・擁護する役員達を相手に、ヘレナは労働者として酷使されているロボット達が人道的扱いを受けられるよう申し入れるが―。
1920年版表紙
rur 1920.jpgカレル・チャペック 『ロボット』 原著.jpg 『山椒魚戦争』(1936)などでも知られているカレル・チャペック(1890-1938)は、大戦間のチェコスロバキアで最も人気のあった作家で、1920年刊行の戯曲『ロボット (R.U.R.)』は「ロボット」という言葉を生んだことでも知られています(本邦初訳は1923年『人造人間』(宇賀伊津緒:訳))。作者によれば、「ロボット」という言葉そのものは、カレル・チャペックの兄で画家・漫画家のヨゼフ・チャペックの発案から生まれたものだそうで、チェコ語のrobota(もともとは古代教会スラブ語での「隷属」の意)に由来しているとのこと。ストーリーは労働用に作られたロボットが人間に対して反乱を起こすというものです。

カレル・チャペック 『ロボット』 3.jpgフランケンシュタイン dvd.jpg 人間が自ら作ったものに襲われるというのは、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』(1818)以来ずっとあるテーマと言えるでしょう(映画「フランケンシュタイン」('31年/米)では怪物の呼び名はFrankenstein 博士による"creator"(創造物)となっている)。
 アイザック・アシモフ(1920-1992)がいわゆる「ロボット工学3原則」を提唱したのは、短編集『ロボットの時代』(1964)で自ら語っているところによれば、『フランケンシュタイン』や『R.U.R.』から延々と繰り返されてきた「ロボットが創造主を破滅させる」というプロットと一線を画すためであったようですが、アシモフの作品にも、創造主である人間に抵抗し滅ぼそうとするロボットが登場します。
 このチャペックの『ロボット』では、人間は最後アルクピストという建築士だけが生き残り、ロボット同士の結婚を認めるという(生殖機能を有している?)、ロボットにとってのハッピーエンドとなっています。
アルクピスト建築士 in 『ロボット (R.U.R.)』

人間ども集まれ!.jpg あの「鉄腕アトム」の生みの親である手塚治虫も、『人間ども集まれ!』(1967)で、奴隷や兵士として消耗されていたロボットが一斉に立ち上がって人間に抵抗する話を描いていますが、丁度その頃読んだチャペックの『山椒魚戦争』に触発されたのではなかったかと後に述懐しています。
人間ども集まれ!
 『山椒魚戦争』に出てくるサンショウウオと人間の中間みたいな奇妙な生物たちも、労働力として人間に使役されるうちに反乱を起こすわけですが、この『R.U.R.』のロボットは、脳・内臓・骨といった各器官は攪拌槽で原料を混合して造られる人工の原形質の培養で、神経や血管は紡績機で作られ、それらを部品として組み上げたもので、プログラムで動く点は機械であると言えますが、外観は人間と同じになっています。これは、本作が戯曲であることも関係しているかと思います。

『ブレードランナー』3.jpg もともと感情を持たず、20年くらいで消耗し破壊されるが、「死」を怖れるといったこともない―そうしたものだったはずのロボットが、開発者グループの博士の一人が密かに高次元のプログラムを組み入れたために自ら思考するようになり人間に近くなってしまったという設定で、こ『ブレードランナー』4.jpgれは所謂「自律型ロボット」と呼ばれるものであり、彼らの哀しみからは、個人的には、フィリップ・K・ディック(1928-1982)の『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(1968)の映画化作品「ブレードランナー」('82/米)年の「レプリカント」を想起させられました(「レプリカント」はクローン技術の細胞複製(レプリケーション)からとった造語)。                       「ブレードランナー」('82/米)

 当時のチェコは労働者と富裕層との階級対立が深刻化していて、貴族階級の没落や社会主義革命への脅威といった世相がこの作品には反映されているとされていますが、政治的背景を除いて純粋にSFとしてみると、「ブレードランナー」とちょっとモチーフやテーマが重なるのではないでしょうか。「ブレードランナー」に限らず、この「人間 vs. 人間の創造物」というモチーフは様々な作品で2001年宇宙の旅1.jpg2001年宇宙の旅 haru.png青豆とうふ.jpg繰り返されているように思われ、イラストレーターで今年('14年)亡くなった安西水丸氏と同じくイラストレーターの和田誠氏のリレーエッセイ『青豆とうふ』('03年/講談社)を読んでると、和田誠氏がこの作品に触れて、「ロボット」と「コンピュータ」の区別が曖昧になっている気がするとし、拡げて解釈すれば、「ハル」と呼ばれるコンピュータが反乱を起こすスタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」('68年/米)などもこの範疇、系譜に入るような捉え方をしていました(和田氏は『カル・チャペック戯曲集』の装丁・挿絵を手掛けている。安西氏はプラハでチャペックのこの小説に出てくるロボットの置物を土産に買ったとか)。

2001 space odyssey2.jpg 「2001年宇宙の旅」は、雑誌「ぴあ」の読者が選ぶ「もう一度観たい映画No.1」の座を長年に渡って占めていた作品で、最初2001年宇宙の旅 2.jpg観た時は、哲学的な示唆が感じられる内容にやや驚き、他の人は皆が解ったのかなとも思ったりしましたが、脚本を書いたキューブリックとアーサー・C・クラークは「この映画は観客がどう解釈してもよい」と言い残2001年宇宙の旅 1968年.jpg2001年宇宙の旅 1978年リバイバル.jpgしています(キューブリックとアーサー・C・クラークがアイデアを出し合い、先ずアーサー・C・クラークが小説としてアイデアを纏め、その後キューブリックが脚本を執筆し、映画の公開の後に「小説」は発表されているが、その「小説」にはアーサー・C・クラーク独自の解釈がかなり取り入れられていることから、厳密に言えば、映画の原作であるともノベライゼーションであるとも言えないものとなっている。因みにコンピュータ「HAL9000」のHALは、IBMをアルファベット順で一文字ずつずらしたネーミング)。

1968年/1978年(リバイバル)各チラシ

2001年宇宙の旅 last.jpg 完璧な映像構成からキューブリック2001 space odyssey.jpgがカメラマン出身であることを強く感じさせる作品でしたが、ジョン・レノンも讃えたというラストのSFXは今日観るとそれほどでもないかも(もともと、このラスト及び映画自体は毀誉褒貶があり、小松左京、筒井康隆氏といった人たちはあまり買っていなかった記憶がある)。むしろ、ツァラトゥストラはかく語りき」や「美しく青きドナウ」などの曲が映像とマッチさせて上手く使われているのを感じました(宇宙飛行士が宇宙船外に放り出される場面は怖かった)。

 チャペックの『R.U.R.』は、単に「ロボット」という言葉を生み出したというだけでなく、それまであった一定のモチーフをSFとして確立させたという点でも、後に及ぼした影響力は大きいのではないでしょうか。「ブレードランナー」や「2001年宇宙の旅」に限らず、多くの映画や小説がこのモチーフを引き継いでいることを思うと、19世紀初頭の『フランケンシュタイン』と並んで、20世紀におけるエポック・メイキングな作品であると言えるかと思います。

珈琲屋チャペック2.jpg 因みに、北陸の金沢に行った時、金沢城の城跡付近にチャペック」というコヒー・ショップがありましたが、この作品の作者の名前からとったようです。ネットで確認すると、確かに兄ヨゼフ・チャペックの絵を使っている...。行った時には前を通っただけでしたが、店内にはチャペック関連の趣向も施されているようで、あの時店の中に入ればよかったと後でやや後悔しました。


ブレードランナー チラシ.jpgブレードランナー.jpg「ブレードランナー」●原題:BLADE RUNNER●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督:リドリー・スコット●製作:マイケル・ディーリー ●脚本:ハンプトン・フィンチャー/デイヴィッド・ピープルズ●撮影:ジョーダブレードランナー4.jpgン・クローネンウェス●音楽: ヴァンゲリス●時間:117分●出演:ハリソン・フォード/ルトガー・ハウアー/ショーン・ヤング/ダリル・ハンナ/ブライオン・ジェイムズ/エドワード・ジェイムズ・オルモス/M・エメット・ウォルシュ/ウィリアム・ サンダーソン/ジョセフ・ターケル/ジョアンナ・キャシディ/ジェームズ・ホン●日本公開:1982/07●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:二子東急(83-06-05)●2回目:三軒茶屋東映(84-07-22)●3回目:三軒茶屋東映(84-12-22)(評価:★★★★☆)二子東急.jpg二子東急.gif●併映(2回目):「エイリアン」(リドリー・スコット)/「遊星からの物体x」(ジョン・カーペンター)●併映(3回目):「遊星からの物体x」(ジョン・カーペンター)
 


2001 nen: Uchuu no Tabi(1968)
2001 nen Uchuu no Tabi(1968).jpg「2001年宇宙の旅」●原題:2001:A SPACE ODYSSEY●制作年:1968年●制作国:アメリカ●監督・製作:スタンリー・キューブリック●脚本:スタンリー・キューブリック/アーサー・C・クラーク●撮影:ジェフリー・アンスワース/ジョン・オルコット●音楽:リヒャルト・シュトラウス《ツァラトゥストラはかく語りき》/ヨハン・シュトラウス2世《美しく青きドナウ》/他●時間:152分●出演:キア・デュリア/ゲイリー・ロックウッド/ウィリアム・シルベスター/ダニエル・リクター有楽座(旧)1.bmp/ダグラス・レイン(HAL 9000(声))●日本公開:1968/04●配給:MGM●最初に観た場所:日比谷・有楽座(78-12-10)(評価:★★★★)  右写真:有楽座[1984(昭和59)年9月]「ぼくの近代建築コレクション」より
旧有楽座内.jpg有楽座.jpg
旧・有楽座 1935(昭和10)年6月に演劇劇場として開館。1949(昭和24)年8月~ロードショー館(席数1,572)。1984年10月31日閉館。 

 
「RUR」hukamati.jpg【1924年単行本[金星堂(『ロボット』鈴木善太郎:訳)]/1968年単行本[平凡社『現代人の思想22 機械と人間との共生』収録(『ロボット製造会社R.U.R.』鎮目泰夫:訳)]/1977年文庫化『華麗なる幻想-海外SF傑作選』収録[講談社文庫(『R.U.R.』深町眞理子:訳)]/1989年再文庫化[岩波文庫(『ロボット (R.U.R.)』千野栄一:訳)]/1992年単行本[十月社(『R.U.R.ロボット』栗栖継:訳)]/2006年単行本[八月舎『チャペック戯曲全集』収録(『RUR』田才益夫:訳)]/2012年[単行本(『カル・チャペック戯曲集〈1〉ロボット/虫の生活より』栗栖継:訳)]】

RUR...ロッサム万能ロボット会社」電子版(深町眞理子:訳)

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ポーランド現代文学の中では珍しく「徹底的に非政治的で官能的な小説」という見方に共感。

尼僧ヨアンナ―他 (東欧の文学)2.jpg尼僧ヨアンナ (岩波文庫).jpg        尼僧ヨアンナ [DVD].jpg 尼僧ヨアンナ ps デザイナー大島弘義.jpg
尼僧ヨアンナ (岩波文庫)』 「尼僧ヨアンナ [DVD]」/「尼僧ヨアンナ」ポスター(デザイン:大島弘義)
尼僧ヨアンナ 格子03.jpg尼僧ヨアンナ―他 (東欧の文学)』福岡 星児:訳(1967/07 恒文社)

 中世末期、ポーランドの辺境の町ルーディンで、修道院の若き尼僧長ヨアンナに悪魔がつき、悪魔祓いに派遣された若き神父スーリンはあれこれ手を尽くすが万策尽きる―。

イヴァシュキェヴィッチ.jpg ウクライナ出身のポーランド人作家ヤロスワフ・イヴァシュキェヴィッチ(1894-1980)が、1943年、作者49歳の時に執筆した作品で(1946年に中短編集の中で発表された)、フランスの小都市ルーダンで実際に行われた悪魔裁判を素材とした作品ですが、それを、中世末期のポーランドの辺境の町「ルーディン」に舞台を置き換えています。その他は、驚愕の結末を除いてはほぼ史実に忠実だそうです。
Jarosław Iwaszkiewicz(1894-1980)

ルーダンの悪魔.jpg 実際に起きた事件は、1632年からフランスの小都市ルーダンで、ウルスラ会の修道女たちが悪魔憑きの症状を示し、神を冒涜する言葉、痙攣と硬直、淫らでショッキングな振舞い等が人々に衝撃を与えたため、悪魔祓いと原因究明の審査が行われ、ルーダンの教会の司祭であり、教養と魅力的な物腰で街の女を次々にものにし(その結果、多くの敵も作っていた)ウルバン・グランディエが、悪魔と契約を結んだとの罪状で生きながら火刑に処されれたいうもので、この事件を素材とした小説には、この作品のほかにイヴァシュキェヴィッチと同年生まれの英国の作家オルダス・ハックスリー(1894-1963)の『ルーダンの悪魔』(The Devils of Loudun 、1952)などがあります。

ルーダンの悪魔
尼僧ヨアンナ パティオ.jpg
 この作品の原題は『尼僧長"天使たちの"ヨアンナ』(Matka Joanna od Aniołów)ですが、1961年にポーランドの映画監督イェジー・カヴァレロヴィッチ(1922-2007)によって「尼僧ヨアンナ」(英文タイトル:Mother Joanna of the Angels)として映画化されてから世界的に有名になったことから、岩波文庫版('96年)関口時正氏の訳でもこれをタイトルにしています。本邦初訳は『「東欧文学全集」第8巻‐イヴァシュキェヴィッチ集』(恒文社)の福岡星児訳('67年)でこれも映画化の後の刊行であり、映画が本邦公開された時点('62年)では原作の邦訳は無かったことになります。

イェジー・カヴァレロヴィチ.jpg 個人的にもイェジー・カヴァレロヴィッチの映画の方を先に観て(1962年に発足した日本アート・シアター・ギルド(ATG)の配給第1作でもある)、やや内容を忘れかけた頃に原作を読みましたが、そのことにより改めて映画のシーンが甦ってきました。映画を観た際は、ストーリー面で、ラストでスリン神父(ミエチスワフ・ウォイト)がヨアンナ(ルチーナ・ヴィニエツカ)を悪魔から守ることと引き換えに自らが悪魔を引きうけ殺戮を行うというのは、やや映画的な作り方をしているのではないかとも思いましたが、読んでみたら原作もその通りでした。
Jerzy Kawalerowicz(1922-2007)

ツイン・ピークス1.jpgツイン・ピークス3.jpg まるで、デイヴィッド・リンチが監督して90年代初頭に人気を博したTVドラマ「ツイン・ピークス」の、主人公のFBI捜査官が少女を守るために悪魔に魂を売り渡してしまうラストみたいです。デイヴィッド・リンチによると、あのラストはあくまでも第2シーズンの最終話に過ぎないとのことですが、その続きは作られていません。

尼僧ヨアンナ 08.jpg 個人的には「原作が映画と同じ展開だった」のがやや意外であり、岩波文庫版の翻訳者・関口時正氏の解説でも、スーリンに重罪を犯させる結末ではなく、"小説的筋書きとしての効果の成否"についてはともかく、自殺させることでも足りたのではないか尼僧ヨアンナ 05.jpg(自殺も罪ではあるが)と書いているのは、文学作品を読んだつもりが結構"ホラー"だったかもしれないという自分の読後感をある部分代弁してくれているようにも思えました(ヨアンナが突然表情を変え、悪魔の語り口で話し始めるのはまるで映画「エクソシスト」みたい)。

 但し、"ホラー"と言っても作者の筆致は冷静であり、むしろ、憑依現象を冷静に解析した情動力学的な"心理劇"ともとれるように思います。読んでいて、修道院で起きていることは、戒律による性的抑圧に起因する集団ヒステリーに類するものであることの察しがつくようになっています。また、ヨアンナの体の中に複数の悪魔がいて、それらが交互に姿を現すというのは、ダニエル・キイスの『24人のビリー・ミリガン』を想起させます(「複数の悪魔」は複数人格を呈す解離性障害として説明可能ではないか)。

尼僧ヨアンナ 07.jpg 因みに、小説は前任者の司祭が火刑に処せられ、若き神父スーリンが悪魔祓いのため派遣されるところから始まりますが、ヨアンナにはジャンヌという実在のモデルがいる一方、このスーリンにもスュランという実在のモデルがいて、1634年、34歳の時に悪魔祓いのため修道院に派遣されて、ジャンヌの悪魔をわが身に引き受けた結果としてボロボロになり、殺人を犯したり自殺したりするまでには至らなかったけれど(自殺未遂はあった)、20年近く闘病・治療生活を送って、60歳を過ぎてやっとジャンヌと過ごした濃密な時間を書き記したものを完成させたようです(内容は、宗教的な矩を超えない範囲で、神秘主義的色合いの濃いものらしい)。

ルチーナ・ヴィニエツカ (カヴァレロヴィッチ監督夫人)

尼僧ヨアンナ パティオ02.jpg 1961年に作られた映画「尼僧ヨアンナ」は、スターリン主義の抑圧を受けていた当時のポーランド情勢を、戒律下に置かれた修道尼らの性的抑圧として表したと解されることが多いようですが、イエジー・カヴァレロヴィッチ監督には、社会派サスペンス映画「影」('56年)など、ポーランドの政治情勢を反映させながらも娯楽性を含んだ作品も撮っており(この作品と「夜行列車」('59年)、「尼僧ヨアンナ」の3本が最高傑作とされている)、また、「尼僧ヨアンナ」において修道尼たちが一斉に地面に倒れ込むのを俯瞰で撮るなど、カメラワークにも非常に洗練されたものがあって、芸術的完成度は高いように思います(その分、"政治"が後退する? 少なくとも個人的にはあまりプロパガンダ性を感じなかった)。

尼僧ヨアンナ 04.jpg また、イヴァシュキェヴィッチの原作の方も、1943年という、ポーランドのユダヤ人や知識層が厳しい弾圧を受けていた時期に書かれたものですが(イヴァシュキェヴィッチは既にポーランドを代表する文人であったとともにレジスタンス運動を指揮していた)、岩波文庫版解説で関口時正氏は、「尼僧ヨアンナ」にしてもその他の作品にしても、彼の作品はポーランド現代文学の中では珍しく「徹底的に非政治的で、官能的な小説」であるとしています。

尼僧ヨアンナ_2.jpg この関口時正氏の本作に対する見方には痛く共感しました。イヴァシュキェヴィッチという人は政治と文学を分けて考えていたのではないか。そうして考えると、映画「尼僧ヨアンナ」も、いろいろと背景はあるのかもしれませんが、先ずは、観たままの通り感じればよい作品なのかもしれません。 
 
尼僧ヨアンナ0.jpg「尼僧ヨアンナ」●原題:MATKA JOANNA OD ANIOLOW(MOTHER JOAN OF THE ANGELS)●制作年:1960年●制作国:アメリカ●監督:イェジー・カヴァレロヴィッチ●脚本:タデウシュ・コンビッキ/イェジー・カヴァレロヴィッチ●撮影:イェジー・ウォイチック●音楽:アダム・ワラチニュスキー●原作:ヤロスワフ・イヴァシュキェヴィッチ●時間:110分●出演:ルチーナ・ウィンニッカ/ミエチスワフ・ウォイト/ミエチスワフ・ウォイト/アンナ・チェピェレフスカ/マリア・フヴァリブク/スタニスラフ・ヤシュキェヴィッチ●日本公開:1962/04●配給:東和/ATG(共同配給)●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会(79-04-18)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(10-07-03)(評価:★★★★)●併映:「パサジェルカ」(アンジェイ・ムンク)

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戦争の悲劇を描いたマルグリット・デュラス原作(脚本)の映画化作。DVD化されていない名作。

かくも長き不在 ポスター.jpgかくも長き不在 vhs.jpg かくも長き不在 01.jpg かくも長き不在 ちくま.jpg
輸入版ポスター/「かくも長き不在」VHS/『かくも長き不在 (ちくま文庫)

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE.jpg パリ郊外でカフェを営むテレーズ(アリダ・ヴァリ)はある日、店の前を通る浮浪者に目を止める。その男(ジョルジュ・ウィルソン)は16年前に行方不明になった彼女の夫アルベールにそっくりであった。テレーズはその男とコンタクトをとるが、その男は記憶喪失だった―。
 アンリ・コルピ(1921-2006/享年84)監督の1961年公開の作品で、この人は映画監督の他に雑誌編集者、脚本家、音楽家、編集技師として幅広く活動した人ですが、逆に単独監督した作品として有名なのはこの一作くらいではないでしょうか。但し、この作品でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞しています。

 この作品もある種"企画"的側面があり、原作者のマルグリット・デュラス(1914-1996/享年81)は1960年にこの物語を、同じくデュラスマルグリット・デュラス.jpgの小説『モデラートカンタービレ』(原題:Moderato Cantabile, 1958年)を原作としジャンヌ・モロー、ジャン=ポール・ベルモンドが主演した「雨のしのび逢い」('60年/仏・伊)の脚本家ジェラール・ジャルロと共同でいきなり脚本から書き起こしていて、それは「ちくま文庫」に所収されています。
Marguerite Duras(1914 - 1996)
かくも長き不在 02.jpg
 戦争の悲劇を描いた感動作ですが、マルグリット・デュラスの作品の中でも分かり易く、また、件(くだん)の浮浪者は果たしてテレーズの夫であるのかどうかという関心から引き込まれます。そして、事実は結末で意外な形で示唆されますが(テレーズの呼んだ夫の名を街の人が次々と伝えていき、それに反応する形で浮浪者が降参するかのように両手を上げるのが悲しい)、その前のテレーズと浮浪者のダンスシーンなども、ぎこちなく二人が抱き合うところなどは逆にリアルで感動させられ、定番的な作り物にしてしまわない脚本と演出の上手さが感じられました。

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE aridabari.jpg アリダ・ヴァリはキャロル・リード監督の「第三の男」('49年/英)が有名ですが、この作品を観ると、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「さすらい」('57年/伊)で夫と別れて暮らすことになった妻を演じていたのを思い出します。「さすらい」において、夫は疲弊して妻の元に戻りますが、アリダ・ヴァリ演じる妻は既に新たな生活を築いており、夫は妻の目の前で自死を遂げます。

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE 1.jpg この「かくも長き不在」においても、アリダ・ヴァリ演じるテレーズには日常においては暗さは無く、16年前にゲシュタポに捕えられたまま消息を絶った夫の帰りを待ちながらも店を営んで逞しく生活しており、若い恋人までいるような様子であって、そこへ抜け殻のようになって現れた"夫かもしれない男"との対比が、逆に男の心的外傷によるトラウマの闇の深さを際立たせています。テレーズが男とぎこちないダンスをした際に、男の頭部の傷に気づく場面はぞっとさせられますが、一方で、そのことにより"夫かもしれない男"に憐れみと慈しみを覚えるテレーズの表情は、まさにアリダ・ヴァリにしか出来ないような演技であり、この作品の白眉と言えます。

 因みに、この映画を観て、いくら心的外傷を負ったとは言え、自分の夫と他人の区別がつかないものだろうかという慰問を抱く人がいますが、心的外傷だけでなく記憶中枢である海馬を損傷するなど脳に器質的障害を負った場合、その人の顔つきまでも全く変わってしまうことが見受けられるようで、個人的にもそうしたケースに接したことがあります。

「二十四時間の情事」1.jpg マルグリット・デュラスは多くの作品を残しながら自身も監督業を手掛けていますが、どちらかと言うと原作や脚本を書いたものを別の映画監督が映画化したものの方が知られており、有名なものでは原作・脚本を書き、アラン・レネが監督した「二十四時間の情事」('59年/仏・日)がありますが、こちらもモチーフとしてナチの収容所体験を持つ女性が出てきます。ヌーヴェル・ヴァーグの色合いを感じる作品で、観念的な原作の文脈でそのまま映像化するとこんな感じかなという作品ですが、これもオリジナルよりは分かり易くなっています。同じアラン・レネ監督の、後にノーベル文学賞を受賞する作家アラン・ロブ=グリエ(1922-2008/享年85)原去年マリエンバートで 01.jpg作の「去年マリエンバートで」('61年/仏)ほどには前衛的ではなく、デュラスの小説の映画化作品は、小説より分かり易くなる傾向にあるように思います(それでもまだ難解な面もあるが、「去年マリエンバートで」のように観ていて眠くなる(?)ことはない)。デュラスの小説『ジブラルタルから来た水夫』を原作とするトニー・リチャードソン監督の「ジブラルタルの追想」('67年/英)なども、えーっ、原作ってこんなラブロマンスなの、というようなハーレクイン風の仕上がりで、ここまで噛み砕いてしまうとどうかなというのはありますが、さすがにこの作品は自身で脚本までは書いていないようです。

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE 7.jpg 「かくも長き不在」のちくま文庫版の原作脚本を読むと、自身で監督したものに有名な作品は無いけれど、(脚本家の協力・示唆はあったにせよ)小説的効果と映画的効果の違いはわかっていた人ではないかという気がします。特に、この映画のラストの男を呼ぶ声が伝言のように街中を伝わっていく場面は、映画的シチュエーションの極致と言ってよいかと思います。

 しかし、この「かくも長き不在」、以前はビデオとLD(レーザーディスク)で発売されていたけれど、2014年現在DVD化はされていないようです。どうして?

かくも長き不在 シアターアプル.jpgUNE AUSSI LONGUE ABSENCE 3.jpg「かくも長き不在」●原題:UNE AUSSI LONGUE ABSENCE●制作年:1960年●制作国:フランス●監督:アンリ・コルピ●脚本:マルグリット・デュラス/ジェラール・ジャルロ●撮影:マルセル・ウェイス●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●時間:98分●出演:アリダ・ヴァリ/ジョルジュ・ウィルソン/シャルル・ブラヴェット/ジャック・アルダン/アナ・レペグリエ●日本公開:1964/08●配給:東和●最初に観た場所:新宿シアターアプル(85-04-21)(評価:★★★★)[右]ポスター(イラスト:和田 誠

二十四時間の情事 02.jpg「二十四時間の情事」●原題:HIROSHIMA 二十四時間の情事_.jpgMON AMOUR●制作年:1959年●制作国:フランス・日本●監督:アラン・レネ●脚本:マルグリット・デュラス●撮影:サッシャ・ヴィエルニ/高橋通夫●音楽:ジョヴァンニ・フスコ(イタリア語版)/ジョルジュ・ドルリュー●時間:90分●出演:エマニュエル・リヴァ/岡田英次/ステラ・ダサス/ピエール・バルボー/ベルナール・フレッソン●日本公開:1959/06●配給:大映●最初に観た場所:京橋・フィルムセンター(80-07-15)(評価:★★★★)
二十四時間の情事 [DVD]

去年マリエンバートで  チラシ.jpg去年マリエンバートでes.jpg「去年マリエンバートで」●原題:L'ANNEE DERNIERE A MARIENBAT●制作年:1961年●制作国:フランス・イタリア●監督:アラン・レネ●製作:ピエール・クーロー/レイモン・フロマン●脚本:アラン・ロブ=グリエ●撮影:サッシャ・ヴィエルニ●音楽:フランシス・セイリグ●時間:94分●出演:デルフィー去年マリエンバートで ce.jpgヌ・セイリグ/ ジョルジュ・アルベルタッツィ(ジョルジョ・アルベルタッツィ)/ サッシャ・ピトエフ/(淑女たち)フランソワーズ・ベルタン/ルーチェ・ガルシア=ヴィレ/エレナ・コルネル/フランソワーズ・スピラ/カリン・トゥーシュ=ミトラー/(紳士たち)ピエール・バルボー/ヴィルヘルム・フォン・デーク/ジャン・ラニエ/ジェラール・ロラン/ダビデ・モンテムーリ/ジル・ケアン/ガブリエル・ヴェルナー/アルフレッド・ヒッチコック●日本公開:1964/05●配給:東和●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会(81-05-23)(評価★★★?)●併映:「アンダルシアの犬」(ルイス・ブニュエル)

THE SAILOR FROM GIBRALTAR PERFORMER.jpg「ジブラルタルの追想」●原題:THE SAILOR FROM GIBRALTAR PERFORMER●制作年:1967年●制作国:イギリス●監督:トニー・リチャードソン●製作:オスカー・リュウェンスティン●脚本:クリストファー・イシャーウッド/ドン・マグナー/ジブラルタルの水夫.jpgトニー・リチャードソン●撮影:ラウール・クタール●音楽:アントワーヌ・デュアメル●原作:マルグリット・デュラス「ジブラルタルから来た水夫(ジブラルタルの水夫)」●時間:90分●出演:ジャンヌ・モロー/イアン・バネン/オーソン・ウェルズ/ヴァネッサ・レッドグレーヴ●日本公開:1967/11●配給:ユナイテッド・アーチスツ●最初に観た場所:大塚名画座(78-12-12)(評価:★★☆)●併映:「悪魔のような恋人」(トニー・リチャードソン)(原作:ウラジミール・ナボコフ)
ジブラルタルの水夫

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育てようとした対象を自ら押し潰してしまう―感性で捉える不条理劇「授業」。

イヨネスコ 授業・犀.jpg ウジェーヌ・イヨネスコ.jpg ウジェーヌ・イヨネスコ授業1.jpg 中村伸郎「授業」死の教室 中古vhs.jpg
授業・犀 (ベスト・オブ・イヨネスコ)』['93年/白水社]     アンジェイ・ワイダ「死の教室」VHS(絶版)

授業・犀 (ベスト・オブ・イヨネスコ).jpg ある教授の自宅に、女生徒が個別講義を受けに来るが、教授は女中に止められるのもかまわず講義を始める。数学そして比較言語学と講義を進めていくにつれ、最初は穏やかだった教授は夢中になり、しだいに凶暴になっていく。凶暴化した教授は我を忘れて、講義に集中できなくなった女生徒をナイフで刺殺する―。

 ルーマニア生まれのフランスの劇作家ウジェーヌ・イヨネスコ(1909-94/享年84)が1951年に発表した戯曲で、サミュエル・ベケット(1906-89)などと共に20世紀のヌーヴォー・テアトルの代表格にあたる人ですが、文学界にデビューしたのは40歳を過ぎてからであり、結構遅咲きだった人です(デビュー時に、新世代の劇作家の台頭を歓迎する出版社の意向で、年齢を3歳若くサバ読み公表させられた)。

 イヨネスコの作風は「平凡な日常を滑稽に描きつつ、人間の孤独性や存在の無意味さを鮮やかに描き出した」(ウィキペディア)ものということになるらしいですが、昔から言われている言葉で一言で言えば、「不条理劇」であり、実際、カミュやサルトルの不条理の文学に通じるとされています(但し、個人的には、戯曲という表現を通して理論よりも観客の感性に働きかけている分、哲学っぽくないという点で、カフカなどに近いように感じる)。

山手教会地下「ジァン・ジァン」.jpg渋谷ジァン・ジァン 高橋竹山.bmp渋谷ジァン・ジァン 中村伸郎.bmp 演劇としての「授業」は、俳優の中村伸郎(1908-1991/享年82)が、'72年より11年間にわたって、毎週金曜日に渋谷・公園通りの山手教会地下「ジァン・ジ渋谷ジャンジャンr-1s.jpgァン」で演じていたことで知られていますが(「ジャンジャン」は1969年7月オープン。ここへは「高橋竹山の津軽三味線」や「おすぎのシネマトーク」も聞きに行った。「イッセー尾形の一人芝居」もこのジァン・ジァンで始められた。「美輪明宏の世界」とか「松岡計井子渋谷ジャンジャン75年8月.jpgビートルズをうたう」などといったものもあり、荒井由実(後の松任谷由実)、中島みゆき、吉田拓郎、井上陽水など、ここでライブをやった著名アーティストは数知れない。'00年4月25日閉館)、自分自身のメモを見ると、'79年の5月4日の金曜日に「ジァン・ジァン」に「授業」を観に行っていました(ゴールデンウィーク中渋谷ジャンジャン 授業.jpg中村伸郎 授業.pngもやっていた)。小劇場であるため、役者と観客の距離が近くて緊迫感があり、結構インパクトを受けました(その時の女性徒役は、演出も兼ねていた大間知靖子。歴代の女性徒役の中でも名演とされている)。

 女性徒の覚えの悪さ(「ナイフ」という言葉を何度やっても正確に発音できない)に教授はキレてしまい、発作的にナイフによる凶行に及んだともとれるのですが、実はこの教授は今までも同じ殺人を何度も繰り返していることが暗示されています。

 育てようとした対象を自ら押し潰してしまう―家庭教師をやっていたりした時のことを思い出しそうな設定ですが、もし今観れば、会社における部下指導の在り方などを考えてしまうかも(余りにストレートに教訓的な解釈?)。

 中村伸郎の後を受けて、中山仁、勝部演之、仲谷昇といった俳優がこの教授役を演じ、また最近では「劇団東京乾電池」の綾田俊樹やベンガルが演じていますが、今年('11年)7月には、柄本明が「東京乾電池」の公演として自身の演出のもとで演じています。それらを実際に観てはいないけれども、中村伸郎.jpgいかにもひと癖ありそうな柄本明よりも、教授然とした中村伸郎の方が、この作品の中村伸郎2.jpg場合"意外性"の効果はあるのではないかなあ。中村伸郎は「宇宙大怪獣ドゴラ」('64年/東宝)や「サンダ対ガイラ」('66年/東宝)、或いはTV版「白い巨塔[左]('67年)でも博士や教授の役でした。この人、「天国と地獄」('63年/東宝)など黒澤明監督作品にも出ているほか、映画会社ではなく劇団(文学座)所属だったので、「彼岸花」('58年/松竹)、「秋日和」('60年/松竹)、「秋刀魚の味[右](62年/松竹)など小津安二郎監督の後期作品にも常連のように出ています。

 "感性に訴える"作品ではありますが、政治的意図(反ナチズム)もあるようで(家庭教師や会社の上司に置き換えるだけでは"読み"が浅い?)、更に、教室という1場面のみで話が進行するため、アンジェイ・ワイダが監督した「劇団クリコット2」による「死の教室」('76年/ポーランド)を観た際に、この芝居を想起したりもしました。

死の教室の一場面.jpg 「死の教室」は、廃墟(倉庫?)のような教室に、自らの子供の頃の分身である人形を持ってやって来た老人(死者)たちが、脈絡のない不可思議な行動をとりながら、ユダヤの歴史に由来する言葉や、意味不明な単語を発演するという、これもまた「不条理劇」で、舞台劇(演出はタデウシュ・カントール)をそのまま撮った記録映画です。オーケストラ・リハーサル dvd2.jpg"統制の喪失"という意味では、個人的にはフェデリコ・フェリーニの「オーケストラ・リハーサル」(′79年/伊)と少し似ているように思えたました。「オーケストラ・リハーサル」は、「フェリーニの道化師」などと同じくTV用映画として撮られたもので、あるオーケストラのリハーサル風景をTV局が取材するという形で物語が進み、「道化師」と同じくドキュメンタリーかと思って観ていると、実はフィクションだった...。「オーケストラ・リハーサル [DVD]

死の教室 [THE DEAD CLASS] ポスター.jpg アンジェ蜷川幸雄.jpgイ・ワイダはこの「死の教室」という作品を、やはりTV用作品として撮影しましたが、ポーランド国内ではTV放映も劇場公開もされていないとのこと、かつて「劇団クリコット2」が再来日して('82年に一度来日して公演、蜷川幸雄(1936-2016)氏ら日本の演劇人に衝撃を与えたとのこと)、この芝居を舞台公演するという話がありましたが、「クリコット2」のメンバーが全員高齢であるため、長旅に耐えられないという理由で中止になったという顛末がありました。出演者らは"老け役"ではなく、ホントに老人だったのだ...。

「死の教室」●原題:THE DEAD CLASS●制作年:1976年●制作国:ポーランド●監督:アンジェイ・ワイダ●製作:バルバラ・ペツ・シレシツカ●脚本・演出・作曲:タデウシュ・カントール●時間:90分●出演:劇団クリコット2(マリア・グレツカ/パルコ劇場.jpgparco劇場 .jpgボフダン・グリボヴィッチ/ミーラ・リフリツカ/ズビグニエフ・ベトナルチック/ロマン・シヴラック)●日本公開:1988/01●配給:パルコ●最初に観た場所:渋谷・PARCO劇場(88-01-16)(評価:★★★☆)
PARCO劇場 1973年5月23日「西武劇場」として渋谷PARCO PART1の9Fにオープン、主に演劇公演に利用される。1985年~「PARCO劇場」。2016(平成28)年8月7日閉館。2019年に再オープン予定。

「オーケストラ・リハーサル」チラシ/「オーケストラ・リハーサル [DVD]
オーケストラ・リハーサル  チラシ.jpgオーケストラ・リハーサル dvd.jpgオーケストラ・リハーサル 3.jpg「オーケストラ・リハーサル」●原題:PROVA D'ORCHESTRA(ORCHESTRA REHEARSAL)●制作年:1979年●制作国:イタリア・西ドイツ●監督:フェデリコ・フェリーニ●製作:ファビオ・ストレッリ●脚本:フェデリコ・フェリーニ/ブルネッロ・ロンディ●撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ●音楽:ニーノ・ロータ●時間:72分●出演:ボールドウィン・バース/クララ・ユロシーモ/チェーザレ・マルティニョニ/ハインツ・クロイガー/クラウディオ・チョッカ/エリザベス・ラビ ●日本公開:1980/08●配給:フランス映画社●最初に観た場所:三鷹オスカー(81-10-10)(評価:★★★☆)●併映:「フェリーニのアマルコルド」「フェリーニのローマ」

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よくまあ18歳でこんなの書いたなあという感じはする。新訳は朝吹訳のトーンを継承?

悲しみよこんにちは 新潮文庫.jpg 悲しみよこんにちは 新潮文庫 河野.jpg悲しみよこんにちは 映画0.bmp フランソワーズ・サガン 1.jpg
悲しみよこんにちは (新潮文庫)』(朝吹登水子:訳)『悲しみよこんにちは (新潮文庫)』(河野万里子:訳)/映画「悲しみよこんにちは」(1957)/Françoise Sagan (photographed above by Sabine Weiss, 1954)

悲しみよこんにちはbonjour-tristesse.jpg 主人公のセシルは、寡(やもめ)の父レーモンとコート・ダジュールの別荘で17歳の夏を過ごしていたが、その別荘に亡き母の友人のアンヌがやって来る。セシルも最初は聡明で美しいアンヌを慕うが、アンヌが父と結婚する気配を見せ始め、母親然としてセシルに勉強のことやボーイフレンドとのことを厳しく言い始めると、父との気楽な生活が続かなくなり、父をアンヌに取られるのではないかという懸念から、彼女はアンヌに反感を抱くようになる。やがて彼女は父とアンヌの再婚を阻止する計画を思いつく―。

 フランソワーズ・サガン(1935-2004)が1954年、18歳で発表したデビュー作で、父親と聡明で魅力的な女性との再婚を、父の愛人と自分の恋人を使って妨害し、最後はその相手の女性を死に追いやってしまうという、何だか陰湿な話であるようにも思えますが、ドロドロした恋愛小説と言うより、しゃれた青春小説のように読めた印象があります。

 新潮文庫の朝吹登水子(1917‐2005)の名訳で知られますが、2009年に河野万里子氏(1959- )の新訳が新潮文庫に加わり、これを読むと確かに現代的で読み易く、やはり朝吹訳はやや古風な感じがすることは否めないものの、それでも45年もの時間差はあまり感じられず、それだけ朝吹訳が当時としては"今風"にこなれていたということでしょうか(河野訳自体が朝吹訳のトーンを意識して継承しているようにも思えた)。

 今回読み直してみて、よくまあ18歳でこんなの書けるなあと改めて感心しました。大人の世界の出来事が子供から大人になりかけている少女に与える影響を描いているわけですが、大人たちの心理の内面には直接踏み込んでいないのが成功している理由かも。それにしても、18歳にして17歳の少女をここまで対象化して描いているのはやはり並の資質ではなかった...。

悲しみよこんにちは 映画 1957.jpg悲しみよこんにちは ちらし.jpg サスペンスフルであるとも言えるストーリーは、オットー・プレミンジャー監督の「天使の顔」(' 52年/仏)と似ているという話がありますが、そのオットー・プレミンジャー監督によって1957年にアメリカ映画化されています。
 映画は、現在の部分がモノクロで回想部分がカラーという作りなっていますが、南仏ニースの風景がたいん美しい(まるで観光映画)。監督が見出した新人ジーン・セバーグが主演、映画もヒットし、"セシルカット"と呼ばれるボーイッシュな髪形が流行したりもしました(その後ゴダール作品などで活躍したJ・セバーグだったが、1979年に自殺とみられる死を遂げている)。

「悲しみよこんにちは」1976年リバイバル公開時チラシ
Bonjour Tristesse [VHS] [Import]

ミレーヌ・ドモンジョ.jpg 映画では、恋多き父親をデイヴィッド・ニーヴン(戦争映画などとは違ったいい味出している。1983年に筋萎縮性側索硬化症で亡くなった)、前の愛人をミレーヌ・ドモンジョ(右写真:アメリカ映画にはこれが初出演)、新しい恋人をデボラ・カー(物語の結末上、個人的には、1982年にコート・ダジュールで自動車事故死したグレイス・ケリーと何となくダブる)が演じていますが、う~ん、役者は皆いいのですが、何となく原作悲しみよこんにちは r.jpgの雰囲気と違うような...(フランソワ・トリュフォーは、「映画がサガンを裏切っているかどうかなんて問題じゃない。プレミンジャーやセバーグにサガンが値するかどうかが問題なのだ」として、一方的に映画の方の肩を持っているが)。
デビッド・ニーブン/ミレーヌ・ドモンジョ/ジーン・セバーグ/デボラ・カー

フランソワーズ・サガン 2.jpg サガン自身はその後も佳作を産み出すものの、セレブとのパーティ三昧、生死を彷徨うスポーツカー事故、ドラッグ所持での有罪判決、ミッテラン元大統領との親密な交際、晩年の貧困の原因となったギャンブル等々、むしろゴシップ・メーカーとして目立った存在でした。

 そのサガンの人生を描いた「サガン―悲しみよこんにちは」('08年/仏)がディアーヌ・キュリス監督によって撮られ、個人的には観ていませんが、主演のシルヴィー・テステューは、サガンに雰囲気が似ていると評判のようです。

映画「悲しみよこんにちは」(1957)より
悲しみよこんにちは 映画10.bmp悲しみよこんにちは 映画3.jpg悲しみよこんにちは 映画4.jpg悲しみよこんにちは 映画5.jpg悲しみよこんにちは 映画6.jpg悲しみよこんにちは 映画7.jpg悲しみよこんにちは 映画8.jpg悲しみよこんにちは 映画2.jpg悲しみよこんにちは 映画1.jpg

悲しみよこんにちは 海外版ポスター.jpg悲しみよこんにちは 映画 1957 dvd.jpg「悲しみよこんにちは」●原題:BONJOUR TRISTESSE●制作年:1957年●制作国:アメリカ●監督・製作:オットー・プレミンジャー●脚本:アーサー・ローレンツ●撮影:ジョルジュ・ペリナール●音楽:ジョルジュ・オーリック●原作:フランソワーズ・サガン●時間:90分●出演:デボラ・カー/デイヴィッド・ニーヴン/ジーン・セバーグ/ミレーヌ・ドモンジョ/ジェフリー・ホーン/ジュリエット・グレコ/ワルター・キアーリ/ジーン・ケント●日本公開:1958/04●配給:コロムビア●最初に観た場所:有楽町・スバル座(80-06-06)(評価:★★★)●併映:「シベールの日曜日」(セルジュ・ブールギニョン)悲しみよこんにちは [DVD]

サガン 悲しみよこんにちは.jpg 「サガン―悲しみよこんにちは」(2008)

【2008年再文庫化(新潮文庫)】

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「外套・鼻」ともに先駆的。「外套」はロシアでは映画やアニメに。「鼻」もアニメやオペラに。

外套・鼻 岩波文庫.gif外套 岩波文庫 2.jpg 外套 ポスター.png 外套 バターロフ 1シーン.jpg アレクセイエフ 鼻.jpg 
外套・鼻 (岩波文庫)』/ソ連映画アレクセイ・バターロフ「外套」チラシ・1シーン/アレクサンドル・アレクセイエフ「鼻」

 下級官吏アカーキイ・アカーキエヴィッチ・バシマチキンは、出世栄達に無関係の世界で、周囲から蔑まれながらも役所仕事(文書の清書)に精を出す男で、傍から見れば冴えないその服装や外見も自身は気にとめていない。そんな彼がある日、着古した外套を新調せざるを得なくなり、最初は面倒に思った彼だったが、一念発起して新しい外套を手に入れた時からその人生観は変わり、それまで関心のなかった役所以外のニコラーイ・ヴァシーリヴィチ・ゴーゴリ(Nikolai Gogol).jpg世界も、外套と同様にきらきら輝いたものに見えてきたのだった。ところがその矢先―。

 「外套」はニコライ・ゴーゴリ(1809- 1852)の中編小説で、1840年に書かれ1842年に発表された作品。ある種"怪奇譚"でもあるこの作品の結末を知る人は多いと思います。

ニコラーイ・ヴァシーリヴィチ・ゴーゴリ(Nikolai Gogol)

 うだつの上がらない九等書記官を主人公に、疎外された人間の哀しみをペーソスたっぷりに、時にユーモアと怪奇を交えて描いていますが、やはり、それまで貴族社会を舞台にした小説が多かったロシアで、既存の小説の主人公のイメージとは程遠い、平々凡々たる下級官吏を主人公に据えたところが画期的だと思います。

 ドストエフスキーがこの作品に大きな影響を受けたとされており、処女作「貧しき人々」の発表は1846年、主人公のマカールは同じく九等書記官の小役人ですが、「外套」発表時、ドストエフスキーは既に「貧しき人々」に着手しており、「貧しき人々」の直後に発表した「二重人格」(「分身」)の方が、より強くゴーゴリの「外套」の影響を受けているように思えます(「二重人格」の主人公は九等文官、人間疎外から狂気に陥る)。

 また、トルストイも影響を受けているように思います。黒澤明監督が映画「生きる」の着想を得たとされている「イワン・イリッチの死」の主人公は、比較的裕福な出自のロシアの裁判官で、順調に出世していた中で突然の病に臥すという、設定はやや異なりますが、アカーキイと同じく公務員であることには違いありません。

 この「イワン・イリッチ」という名前は、「イワン・イリイチ」と呼ぶのが原語の発音に近いらしく(光文社古典新訳文庫の望月哲男氏の訳はそうなっている)、韻を踏んでいるのは役人のルーティン・ワークを象徴しているとされていますが、ならば、同じようなことを先にやったのは、この作品の主人公に「アカーキイ・アカーキエヴィッチ」と名付けたゴーゴリではなかったかと思われます。

 併録の「鼻」(1836年発表)のシュール且つナンセンスな感覚も面白く、今で言えば安部公房や筒井康隆がやっていたようなことを、150年も前にやってしまっているというのは、考えてみればスゴイことかも。

外套 輸入盤dvd.jpg外套 02.png 「外套」の方は、本国で何度か映画化されていて、「小犬を連れた貴婦人」('59年/ソ連)に俳優として出演していたアレクセイ・バターロフ(1928年生まれ)監督の作品('60年/ソ連)を観ましたが、原作に沿ってきっちり作られていて、作品全体としては悪くない出来だと思いました。但し、一方で、バシマチキン(アカーキイ)の人物造型はやや"戯画的"に描かれ過ぎていてるようにも思いました(一番劇画チックなのは、彼が幽霊になってからだが)。

「外套」輸入盤DVD

外套01.jpg まあ、原作がそもそも"戯画的"な性格を持っているというのはあるのですが、ペーソスより滑稽と怪奇の方が勝ち過ぎている気もしました。主演のロラン・ブイコフの演技の評価は高「外套」(実写版).jpgいですが、「名演技」であることには違いないですが、個人的印象としては「怪演」であるとも言えるように思います。ベタなウェット感を拭い去ることによって、最終的には逆にペーソスを引き出そうというのが狙いだったのかもしれませんが。

「外套」(実写版)●原題:Шинель(SHINELI)●制作年:1959年(公開:1960年)●制作国:ソ連●監督:アレクセイ・バターロフ●脚本:L・ソロヴィヨフ●撮影:ゲンリフ・マランジャン●音楽:ニコライ・シレリニコフ●原作:ニコライ・ゴーゴリ「外套」●時間:75分●出演:ロラン・ブイコフ/ユーリー・トルベーエフ/A・エジキナ●日本公開:1974/03●配給:日本海映画●最初に観た場所:池袋・文芸坐 (79-11-14)(評価:★★★☆)●併映:「開かれた処女地」(アレクサンドル・イワノフ)

外套(制作中)2.jpg外套(制作中)1.jpg外套 ノルシュテイン 作業風景.jpg この作品はまた、「霧の中のハリネズミ」「話の話」などで知られ、アレクセイ・バターロフとも親交のあるアニメーション作家ユーリー・ノルシュテイン(Yuriy Norshteyn、1941年生まれ)によってアニメ化もされています。
外套 ノルシュテイン 原画展ポスター 2009年10月 .jpg ユーリー・ノルシュテインは「老人と海」のアニメーションでアカデミー賞を受賞したアレクサンドル・ペトロフ(Alexander Petrov 、1957年生まれ)とは師弟関係にあり、気が遠くなるような手作業で原画を描くことで両者は共通しています(「外套」は30年かけて未だ制作中!)。

 ユーリー・ノルシュテインのアニメ「外套 (YouTube)」もアレクサンドル・ペトロフのアニメ「老人の海 (YouTube)」も共にウェブで視聴可能です。ノルシュテインの「外套」は出来上がっているところまでですが、日本語字幕がついています。アカーキイが文書を清書するところを、書いている文字まで丹念に描いており、これを手作りでやっていれば確かに時間がかかるのも無理ないと思います(他の作品の制作の合間をぬっての作業のようであるし)。

ユーリー・ノルシュテイン「外套」原画展ポスター(2009年10月)

アレクサンドル・アレクセイエフ「鼻」(ゴーリキー原作).jpg 「鼻」の方は、「禿山の一夜」「展覧会の絵」で知られるアニメーション界の巨人アレクサンドル・アレクセイエフ(Alexandre Alexeieff、1901-1982)が短編アニメ映画化していて(「鼻」(1963))、この人の作品はピンスクリーンという手法で知られています(これまた、ボードに立てた「25万本の針」を出したり引っ込めたりして光を当てながら1コマ1コマ撮っていくという、気の遠くなるような時間のかかかる技法)。このアレクセイエフの「鼻」もウェブで視聴可能、音楽のみでセリフは無く、最後はややブラックなオチになっています。

 アレクサンドル・アレクセイエフは17歳でロシアを離れ、二度と戻ることがなかったロシアに対する憧憬や情念を抱えながらアメリカやフランスで制作活動を続けた人で、実際、制作した作品のうち3作品がムソルグスキーの音楽を題材にしたものであり、1作品がゴーゴリの小説を題材にしたこの作品となっています。
 この作品はまず、メトロノームの速度に合わせて映像を制作し、次に、映像に合うように音楽を制作したそうで、冒頭の太陽の光の変化により時間の流れを表現したり、空間や場面が変化していく様子など、ピンスクリーンでなければ描けない、独特のシュールな映像世界を作り上げています。

アレクサンドル・アレクセイエフ「鼻」(ゴーリキー原作)2.jpgアレクサンドル・アレクセイエフ作品集.jpg鼻 アニメ アレクセイエフ.jpg「鼻」(アニメ版)●原題:Le Nez (The Nose)●制作年:1963年●制作国:フランス●監督:アレクサンドル・アレクセイエフ●共同監督:クレア・パーカー●原作:ニコライ・ゴーゴリ「鼻」●時間:11分●DVD発売:2006/03●発売元:ジェネオン エンタテインメント(評価:★★★★)
ニュー・アニメーション・アニメーションシリーズ アレクサンドル・アレクセイエフ作品集 [DVD]
(33年制作「禿山の一夜」、63年制作「鼻」、72年制作「展覧会の絵」ほか全5編)

 実写版でも映画化されているのかなあ。教会で"鼻"が何食わぬ様子でお祈りしていたり、その鼻に向かって持主が自分の顔に戻るよう説得するというぶっ飛んだ場面などは(アレクセイエフのアニメは、その時ですら主人公が鼻の無い顔を隠しているのが可笑しい)、少なくとも実写では無理だと思うけれど...と思っていたら、ショスタコーヴィチが作曲家自身及びエヴゲーニイ・ザミャーチン、ゲオルギー・イヨーニン、アレクサンドル・プレイスの台本でオペラにしていることを知りました(タイトルはそのものずばり「鼻」)。
ショスタコーヴィチのオペラ「鼻」.jpg これまでにロシアやヨーロッパのオペラハウスでは何度も上演されているようです(初演は1930年1月18日、レニングラード、マールイ劇場) 。

オペラ「鼻」(チューリッヒ歌劇場の公式サイトより)


【1933年文庫化[岩波文庫(『外套―他二篇』)]/1938年再文庫化・1965年・2006年改版[岩波文庫(平井肇:訳)]/1999年再文庫化[講談社文芸文庫(吉川宏人:訳)]/2006年再文庫化[光文社古典新訳文庫(『鼻/外套/検察官』浦雅春:訳)]】

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もともとはアナーキズムの作品で、その表現手法がシュルレアリズムだったということか。

ユビュ王1.jpg       アルフレッド・ジャリ 戯曲ユビュ王.jpg  ユビュ王.jpg  アルフレッド・ジャリ.jpg Alfred Jarry
ユビュ王―Comic』('98年/青土社)/『ユビュ王―戯曲 (1965年)』/『ユビュ王 (1970年)

ubu.gif ユビュ親父はユビュおっ母に唆され、ボルデュール大尉と結託し王を暗殺、王冠を手に入れたユビュ親父は、貴族たちを次々と処刑して、桁外れな税金を徴収し、ボルデュール大尉を投獄するが、ボルデュールは脱獄、亡き王の従兄ロシア皇帝と共に、ブーグルラス王子(王家の生き残り)即位のために挙兵する。すぐさまユビュ親父も兵を挙げ戦場へ向かった思いきや、一人そそくさと戦場から逃げ出し、洞窟へ逃れる。ユビュおっ母も後を追って洞窟へ。そこへ兵を連れたブーグルラスが襲いかかり、ユビュ親父は、また逃げていく―。
King Ubu by Alfred Jarry, Marionetteatern 1964 Direction: Michael Meschke(Germany)

 1896年12月にパリ「制作座」で初演された、アルフレッド・ジャリ(Alfred Jarry、1873-1907/享年34)の戯曲で(原題:Ubu-Roi)、もともとは政治劇などによく見られる人形劇だったとのことですが、「制作座」では人間(ちゃんとした役者)が演じて、観客の間にも批評家の間にも混乱と賛否両論の渦を引き起こしたとのことです(その後も今に至るまで、役者が着ぐるみを着て演技するパターンが続いている)。

悪魔の涎・追い求める男.jpgユビュ王2.jpg 個人的には、最近読んで面白かったアルゼンチンの作家フリオ・コルタサル(1914-1984)が、最も影響を受けた作家がジャリであるとのことで、久しぶりの再読(但し、今回はコミック版)。 
 最初に読んだのは学生時代で、竹内健訳の現代思潮社版('65年初版、'70年新装版、2013年改版)、'70年版の装丁は赤瀬川原平氏。ジャリ自身の描いたイラストもありましたが、本書は、フランツィシュカ・テマソン(1907-1988)という、生涯にわたってこの作品に関わり続けた英国の女流画家によるコミック版です。ちょっとピカソ風の画風で(ピカソ自身もこの戯曲をモチーフとしたイラストを残している)、この戯曲のシュールな雰囲気をよく伝えています。

 この作品のラストシーンは、船の甲板の上で、そこには、次の目的地へ向かうユビュ夫妻とその一味の姿があり、「もしもポーランドがなければポーランド人があるまい!」というユビュ親父の言葉に象徴されるように、アナーキズムが作品の根底にあるわけですが、20世紀になってアンドレ・ブルトン(1896-1966)らによって再評価されたように、シュルレアリズムの先駆と看做されている面の方が強いのではないでしょうか。

 コミック版の訳者・宮川明子氏による解説は、こうした経緯並びにジャリの生涯について詳しく書かれていて、ジャリ自身が自らをユビュ親父と(裏返し的に)同一視していたことが(又は、そう振舞っていたことが)わかり、興味深いものでした。

ジャリ.jpg ジャリは、自然と自転車とフェンシングを愛した野生児であったものの、貧困とアルコール中毒のため34歳で亡くなっていますが、宮川氏の解説では、後段はジャリ自身のことを「ユビュ親父」と呼んでいます。

 この作品そのものは、ストーリーは複雑と言えば複雑、単純と言えば単純、ユビュ親父やユビュおっ母の奇怪な行動と、合間に挿入される強烈にギャク的な台詞などから、ドタバタ劇という印象を受けなくもありません。

 最近の上演に関しては、役者が観客席に入り込み、効果音のための小道具を配ったり、ユビュ王が貴族を放逐する場面では、観客を場外へ追い出したりして(そこで休憩になる)、「ロッキー・ホラー・ショー」的な、観客参加型の演劇として上演されているようです。

 もともとはアナーキズムの作品で、その表現手法が(後世に言うところの)シュルレアリズムだったということなのでしょうが、う~ん、シュルレアリズムって解らない、解らないからシュルレアリズムなのか。 

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裕福な家庭の人々の「罪」を暴いた「警部」は、「超自然の存在」という解釈が妥当では。

夜の来訪者 1952.jpg夜の訪問者 三笠書房.jpg夜の来訪者.jpg    夜の訪問者 映画.jpg
夜の来訪者 (岩波文庫)』['07年]「夜の来訪者」(An Inspector Calls、'54年製作・'55年公開/ガイ・ハミルトン監督)
夜の来訪者 (1952年)
夜の来訪者 (1955年) (三笠新書)
夜の来訪者 (1955年) (三笠新書)_.jpg 裕福な実業家の家庭で、娘の婚約を祝う晩餐会の夜に警部を名乗る男が訪れて、ある貧しく若い女性が自殺したことを告げ、その家の人々(主人夫妻、娘、息子、娘の婚約者)全員が自殺した女性との接点を持っており、彼女に少なからず打撃を与えたことを暴いていく―。

 1946年10月初演の、英国のジャーナリスト・小説家・劇作家・批評家ジョン・ボイントン・プリーストリー(John Boynton Priestley "J. B." Priestley、1894-1984)の戯曲で(原題は"An Inspector Calls")、文庫で160ページほどであるうえに、安藤貞雄氏の新訳であり、たいへん読みやすかったです。初訳は1952年の内村直也訳の三笠書房版で、1951年10月の俳優座による三越劇場での日本初演(警部役は東野英治郎(1907‐94)に合わせて訳出されました(古本市場で入手可能)。

 娘の死に自分たちは関与していないという実業家の家族たちの言い分を、「警部」が1人1人論破していく様は実に手際よく、娘や息子が自らの「罪」が招いた悲劇であることを認めたのに対し、それでも抗う主人夫婦などに、上流(中産)階級のエゴイズムや傲慢、他罰的な姿勢が窺えるのが興味深いです(最初は自罰的な態度をとっていた娘が、親に対して今度は他罰的な態度をとり始めるのも、やや皮肉っぽくもとれ、作者は家族ひっくるめて、風刺の俎上に上げているのでは)。

 作品の時代背景は1912年ということですが、人間心理を突いた文学的作品であると同時に、1946年の英国にまだ残る旧社会的な考え方を照射した、社会批評的な要素もあるのではないかと思います。プリーストリーは当時、「左翼的ジャーナリスト」と見做されていたようだし、キリスト教精神の影響もみられるようです。

夜の来訪者 .JPG 但し、このお話、それだけで終わるのではなく、終盤、大いなる「謎」が家族の間に生じる―つまり、家族の団欒を台無しにして帰っていったあの訪問者は、本当に警部だったのかという...。

 その疑念に自分らなりの解釈を加えて、また一喜一憂する実業家夫婦。そして、何も無かったことにしようといった雰囲気になる中、ラストにシュールな「どんでん返し」―と、結末までの持って行き方が鮮やかで、「推理劇」ではありませんが(どこかで「推理小説」のジャンルに入っていたのを見た記憶があるが)確かにスリラー的な楽しみがあり、最後には読者(観客)に対しても、大いなる「謎(ミステリ)」を残しています(作品自体は、"サスペンス"とでも言うべきものか)。

夜の来訪者 演劇.jpg その「謎」、つまり「警部」とは何者だったのかについては、2度の映画化作品での描かれ方においても、「超自然の存在」という解釈と、"予知夢"などで「先に事件を知った別の人間」という解釈とに分かれているそうですが、やはり男の存在自体を「超自然の存在」とみるのが妥当だろうなあ。

 ガイ・ハミルトン版('57年)はそのような解釈らしいけれど、段田さんはどう扱ったのかなあ(解釈抜きでも演劇としては成立するが...)。

シス・カンパニー公演「夜の来訪者」 2009年2月14日~3月15日 新宿 紀伊國屋ホール
出演・演出:段田安則/出演:高橋克実、渡辺えり、八嶋智人、岡本健一、坂井真紀、梅沢昌代

 【1952年文庫化[三笠文庫]/1955年新書化[三笠新書]/2007年再文庫化[岩波文庫]】

《読書MEMO》
劇団かに座第105回公演「夜の来訪者」 2012年11月16日 関内ホール・小ホール

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原作の絵解き? 27歳にして大女優の風格のジョーン・クロフォード。

雨 マイルストン.jpg雨 1932.jpg Lewis Milestone rain.jpg 雨.jpg
雨 [DVD]」『雨―他一篇 (1958年) (角川文庫)

雨 マイルストンの1シーン.jpg 南洋・サモアの島を舞台に、魔窟を流れ歩く娼婦サディ・トンプソンと、彼女を宗教的救いの世界に導こうとする宣教師デヴィッドソンの確執を描いた英国の作家ウィリアム・サマセット・モーム(William Somerset Maugham 1874‐1965)の中篇を、米国のルイス・マイルストン(Lewis Milestone 1895‐1980)が監督した作品(原題:Rain)。

雨 1932   .jpg 原作は1921年刊行(モーム47歳)の短編集『木の葉の戦(そよ)ぎ』(The Trembling of a Leaf)に収められていた中篇小説ですが、『人間の絆』(41歳)、『月と六ペンス』(45歳)と、彼が最も脂が乗っていていた頃の作品で、しかも、短編小説では世界最高峰級と言われたモームの中短編小説の中でも代表作と言われているものです(個人的には、長編小説(『人間の絆』など)も"世界最高峰級"だと思うが)。

 娼婦の改心に成功したかに見えた宣教師は、最後は海辺で喉を掻き切られた遺体で(剃刀を握ったまま)発見され、娼婦は一夜にして元の淫蕩な生活に戻ってしまい、男は皆、薄汚い豚だ!と罵詈雑言を吐いているところで話は終わるのですが、この小説には作者が説明をしていない謎があるとされていて、1つは、宣教師は何故死んだのか(自殺か他殺か)ということであり、もう1つは、彼が自らの邪念に負けて娼婦に手を出したのか、娼婦が積極的に彼を誘ったのかという点のようです。しかし、小説の流れからすれば答えは明らかであるような気もし、映画は、その答えを更に判り易いかたちで見せているように思います(事件当夜の宣教師の演技シーンは、やや過剰演出?)。

Joan Crawford
ジョーン・クロフォード.jpg 宣教師役のウォルター・ヒューストンの常にチン・アップして喋る演技は、確かに原作テーマに沿ってアイロニーが効いているように思えましたが(宣教師と言うよりナチの将校にも見える)、 そのワンパターン的演技よりも、娼婦役のジョーン・クロフォードの、めまぐるしく変容する主人公の心理を表す多彩な演技が素晴しく(一度は心底改心したように見え、それだけにラストの衝撃が大きい)、27歳にして大女優の風格を漂わせています。

 人生に倦んだ娼婦役ということもあってか、この映画ではパッと見てそんな美人に見えないんですが(1938年の映画なりに昔風の美人?)、その演技を見ているうち、非常に魅力的で且つ現代的な女性の見えてくるというのが不思議で、最後の原作には無い"Let's Go!"という台詞も、その生きる逞しさの発露と看做せば、原作のテーマからも外れていないかも。

淀川長治究極の映画ベスト100_1.jpg 『淀川長治究極の映画ベスト100』('03年/河出文庫)によれば、ジョーン・クロフォードは「グランド・ホテル」('32年/米)で共演したグレタ・ガルボに馬鹿にされて怒ってしまい、ハリウッドの第一級プロデューサーのサミュエル・ゴールドウィンに泣きついて、生涯最高の作品に出演させて欲しいと頼み込み、そこでゴールドウィンはこの映画の娼婦の役を与えたとのこと。淀川氏もこの作品を彼女の代表作であるとともに名作であると太鼓判を押しています。

淀川長治 究極の映画ベスト100 (河出文庫)

 映画シーンの随所において鬱陶しく降り続ける雨や、娼婦の部屋から流れるジャズ音楽などが、南洋の島の特異な雰囲気を醸すうえで効果的に使われていて、"過剰演出"が無ければより良かったと思うのですが、ルイス・マイルストンはモームの原作の"絵解き"を目指したのかなあ。

 '53年に「雨に濡れた欲情」(原題:Miss Sadie Thompson)としてリタ・ヘイワース主演でリメイクされています(日本公開は'54年)。DVD版の「雨の欲情」というタイトルは、リバイバル上映された際に、リメイク版の邦題に影響を受けてつけたタイトルなのだろうか。因みに、この原作は、無声映画時代に、グロリア・スワンソン主演で「港の女」(原題:Sadie Thompson)として最初に映画化されていますが、個人的には未見です。

雨の欲情.jpg「雨」(「雨の欲情」)●原題:RAIN●制作年:1932年●制作国:アメリカ●監督・製作:ルイス・マイルストン●脚本:ウィリアム・サマセット・モーム/ジョン・コルトン/クレメンス・ランドルフ/マクスウェル・アンダーソン●撮影:オリヴァー・T・マーシュ●音楽:アルフレッド・ニューマン●原作:ウィリアム・サマセット・モーム「雨」●時間:94分●出演:ジョーン・クロフォード/ウォルター・ヒューストン/ウィリアム・ガーガン/ガイ・キビー/ウォルター・キャトレット/ボーラ・ボンディ●日本公開:1933/09●配給:ユナイテッド・アーティスツ(評価:★★★☆)

【1940年文庫化[岩波文庫(中野好夫訳『雨』)]/1951年再文庫化[三笠文庫(中野好夫訳『雨』)]/1958年再文庫化[角川文庫(西村孝次訳『雨』)]/1959年再文庫化[新潮文庫(中野好夫訳『雨・赤毛―モーム短篇集』)]/1978年再文庫化[講談社文庫(北川悌二訳『雨・赤毛』)]/1987年再文庫化[岩波文庫(朱牟田夏雄訳『雨・赤毛―他1篇』)]】

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主人公よりも詐欺師の"タムキン博士"と父親の"アドラー博士"が印象に残った。

Seize the Day2.jpgSeizeTheDay.jpg この日をつかめ.jpg Saul Bellow.jpg Saul Bellow (1915-2005/享年89)
First edition cover (1956) /『この日をつかめ (新潮文庫)』['71年]

Seize the Day Saul Bellow1.jpgSeize the Day Saul Bellow3.jpgSeize the Day Saul Bellow2.jpgSeize the Day Saul Bellow4.jpg  44歳になるトミー・ウィルヘルムは、かつて役者志望の道を絶たれ、今は職も無く妻子とも別れ、名士の父親と同じホテルで生活しているが、部屋代の支払いにも窮し、投資につぎ込んだなけなしの金もどうなるかわからない―。

 1956年に米国の作家ソール・ベロー(Saul Bellow、1976年にノーベル文学賞受賞)が発表した小説で、主人公の危機的な一日を追いながら、人間存在の意味を問うた作品(原題は"Seize the Day")。1986年にロビン・ウィリアムズ主演で映画化されていますが("SEIZE THE DAY")、「ミッドナイト・ニューヨーカー」という邦題がありながらも本邦未公開です。

 やることなすこと全て裏目に出て踏んだり蹴ったりの主人公ですが、やっぱり中年で自活出来ないというのは、経済生活面だけでなく、精神面でキツイなあと思いつつも、あまり主人公に同情心が沸かないのは何故?

 社会(俗世間)からの疎外を感じる主人公が、最後には、「この日をつかめ」という言葉をキーワードに、過去に捉われることなく、また、未来に不安を抱くことなく、"今を生きる"ことの大切さを悟るのですが、ついつい、明日は大丈夫なの?と思ってしまうのは、自分が俗っぽいからでしょうか。

 主人公のラード等への投資を仲介する"タムキン博士"という人物が大変印象に残り、「この日をつかめ」も彼の言葉なのですが、彼は実は詐欺師であり(読者にはかなり早い段階でそれがわかると思うが、主人公は疑念を抱きながらも彼に振り回される)、いかにも資本主義社会に徘徊していそうなクセモノ。彼の言う「この日をつかめ」は"投機"上の意味合いなのですが、主人公は詐欺師の言葉から哲学を引き出し(確かにこの詐欺師は哲学者っぽい弁を垂れる)、一方で、現実面では結局のところ、この詐欺師になけなしの金を持っていかれたということか。

河合隼雄s.jpg 主人公の父親の"アドラー博士"というのも、息子を世の中の敗北者と決めつけ、全く構ってやらないという、ちょっと日本にはいないタイプの父親で、志賀直哉の父親との間での葛藤などとも違って、こちらは「和解」の余地すら無い。河合隼雄氏が、父性原理は「よい子だけがわが子」という規範で、母性原理は「わが子はすべてよい子」という規範であり、欧米は父原理の社会であり、日本は母性原理の社会であると言っていたのを思い出しました。

 この物語の父親はまさに欧米型の父性原理の具現化像であり、また同時に俗世間の代表格であるけども、アーサー・ミラー『セールスマンの死』に出てくる、アメリカンドリームを子供に託す期待過剰の父親とも全然違って、その個人主義は凄まじく、息子さえも早めに見切った後には(見込んでいた頃の描写は出てこないが)他人レベルと変わらない「一個人」に過ぎなくなってしまっているいう感じでしょうか(ユダヤ系ということも関係しているのか?)。

 小説として今一つ感動は出来なかったですが、"タムキン博士"と"アドラー博士"は印象に残りました(主人公よりも)。

 【1971年文庫化・1993年改版[新潮文庫]/1978年再文庫化[集英社文庫(『その日をつかめ』)]】

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原作は、マリリン・モンローと自分自身を念頭に置いて描いているように思える。

ティファニーで朝食を.jpg ティファニーで朝食を 文庫.jpg  ティファニーで朝食を パンフレット.jpg
ティファニーで朝食を』['08年]/『ティファニーで朝食を (新潮文庫)』['08年]/Breakfast at Tiffany's(1961) - Moon River
First edition cover (1958)
Breakfast at Tiffany's 1958.jpgティファニーで朝食を(カポーティ).jpg 1958年春に出版された米国の作家トルーマン・カポーティ(Truman Capote, 1924-1984/享年59)の34歳の時の作品(原題は"Breakfast at Tiffany's")ですが、村上春樹氏の翻訳は新潮文庫旧版('68年)の龍口直太郎訳と比べるとかなり読みやすいのではないかと思いました。

 カポーティが小説家として一番ピークにあった頃の作品であるというのがよくわかり、駆け出し作家である「僕」が、捉えどころの無い奔放さを持ったホリー・ゴライトリーという女性に引き摺られていく感じが絶妙のタッチで描かれていて、いよいよホリーが去っていくといったやや気の滅入る場面でも、「彼女の出発する土曜日には、街はスコール顔負けの激しい雨にみまわれた。鮫が空中を泳げそうなぐらいだったが、飛行機が同じことをするのは無理だろう」なんて面白い表現があったりして、都会的というか、才気煥発というか、この辺りも村上氏と波長が合う部分なのだろうなあという気がします。

「ティファニーで朝食を」1.jpg  '61年にブレイク・エドワーズ監督により、オードリー・ヘプバーン主演で映画化されたため、お洒落な都会劇というイメージが強いように思いますが(「麗しのサブリナ」ではまだ控えめだったジバンシーとの衣装提携が、この作品ではまさに"全開"という感じだったし)、そうしたファッション面でのお洒落というのと、この原作のセンスはちょっと違うような...。

Marilyn Monroe and Truman Capote
Marilyn Monroe and Truman Capote.jpg 映画化に際してトルーマン・カポーティは、主人公のホリーをマリリン・モンローが演じるのが理想と考え、またモンローを想定して脚本を書くように脚本家にも依頼したものの、モンローの起用は彼女の演技顧問だったポーラ・ストラスバーグに反対されて見送られ、結局、ヘプバーンがホリーを演じることになったというのはよく知られている話です。
 個人的印象としては、この小説を書き始めた段階からカポーティはモンローと自分自身を念頭に置いて書いているように思え、モンローの気質を想定して読むと、スッキリとホリーのキャラクターに嵌るような気がします。

「ティファニーで朝食を」 3.jpg「ティファニーで朝食を」2.jpg 実際、ヘップバーンがティファニーの前でパンを食べるという映画の冒頭シーンで(タイトルのままだなあ)、観ていたカポーティが思わず椅子からずり落ちてしまったという逸話があるぐらいですから、相当イメージ違ったのだろうなあ。
 トルーマン・カポーティは、ノーマン・メイラーと並んで、モンローに袖にされた"片思い組"で、彼は背が低くて、モンローの好みの対象外だったし、しかもバイ・セクシュアル、本質的にはホモ・セクシュアルだったとも言われています。

 この作品でトルーマン・カポーティは、世間の常識に囚われない天真爛漫な女性(若干、双極性障害(躁うつ気質)乃至境界性人格障害気味?)を生き生きと描く一方、その相手をする作家である男(要するに自分自身)を、彼女に振り回されるばかりの情けない存在として、やや自嘲的、乃至は被虐的と思えるまでに描いていますが、この点も、村上春樹氏が指摘するように、映画でジョージ・ペパードが演じた作家が、しっかりとホリーを受け止めているのとは異なり、映画化において改変された点と言えます。

BREAKFAST AT TIFFANY'S.jpgティファニーで朝食を dvd.jpg 結局、小説のホリーは最後ブラジルかどこかへ行ってしまうのですが、この結末はむしろモンローに相応しく、映画では、名無しの飼い猫を一旦放してまた引き戻す点はほぼ同じですが、海外への高飛びは無く、それまで自我むき出しで尖がっていたホリーが、最後は人間の優しさを感じるちょっと普通の女性になったかなあという、オードリー・ヘプバーンに相応しい結末に改変されていたように思います。

映画『ティファニーで朝食を(POSTER)《PPC009》』ポスター/ヘップバーン主演(輸入版)/「ティファニーで朝食を [DVD]

 「ムーン・リバー」はヘンリー・マンシーニの最大のヒット曲と言ってよく、映画としてはいい作品だと思いますが(ミッキー・ルーニー演じるユニオシなる奇妙な日本人大家はいただけないが)、もしかして、カポーティはモンローが、この映画のヘプバーンのように自分の懐へ飛び込んでくることを夢想していたのではないかとも思ったりして。

 村上氏も「映画は映画として面白かった」としながらも、新訳の刊行にあたって、表紙に映画のスチールだけは使わないで欲しいと要望したそうですが(新潮文庫旧版ではモロ、映画スチールを使っている)、映画と切り離して読んで欲しいというのはよくわかるし賛成ですが、だからといって"ティファニーブルー"のカバーにするというのもどうなのでしょうか(出版社側の意向だと思うが)。この、言わば"高級コールガール"を主人公にした小説及び映画が、"高級宝石店"ティファニーの知名度アップに大いに寄与したことは間違いないと思うのですが、それはもう過去の事。今回の場合は出版社側がタイアップ効果を狙っているということなのか。

ティファニーで朝食を 01.jpgティファニーで朝食を 00.jpg「ティファニーで朝食を」●原題:BREAKFAST AT TIFFANY'S●制作年:1961年●制作国:アメリカ●監督:ブレイク・エドワーズ●製作:マーティン・ジュロー/リチャード・シェパード●脚本:ジョージ・アクセルロッド●撮影:フランツ・プラナー●音楽:ヘンリー・マンシーニ●原作:トルーマン・カポーティ●時間:114分●出演:オードリー・ヘプバーン/ジョージ・ペパード/パトリシア・ニール/バディ・イブセン/マーティン・バルサム/ホゼ・ルイス・デ・ビラロニア/ミッキー・ルーニー●日本公開:1961/11●配給:パラマウント映画●最初に観た場所:高田馬場・ACTミニシアター(85-11-03) (評価:★★★☆)●併映:「めぐり逢い」(レオ・マッケリー)

fred.jpg cat.jpg

HIM: Holly (Jenovia), I'm in love with you.
ME: So what?
HIM: So WHAT? SO PLENTY! I love you. You belong to me.
ME: No. People don't belong to people.
HIM: Of course they do.
ME: Nobody is going to put me in a cage..
HIM: I want to love you.
ME: IT'S THE SAME THING.
HIM: No, it's not Holly! (Jenovia)
ME: I'm not Holly, I'm not Lulamae either. I don't know who I am.
I'm like cat here. A no name slob. We belong to nobody and nobody belongs to us. We don't even belong to each other.
Stop the cab.
What do you think?
This ought to be the right place.
For a tough guy like you--Garbage cans, rats galore.
(MEOW)
SCRAM!
I SAID TAKE OFF! BEAT IT!
Lets go.
(Thunder)
HIM: Driver, pull over here.
You know whats wrong with you, Miss Whoever-You-Are?
You're CHICKEN. YOU GOT NO GUTS. You're afraid to say "O.K. life's a fact."
People DO fall in love. PEOPLE DO BELONG TO EACH OTHER, BECAUSE THATS THE ONLY CHANCE ANYBODY'S GOT FOR REAL HAPPINESS.
IMG_4917.JPGYou call yourself a free spirit, a wild thing.
You're terrified someone is going to stick you in a cage.
Well Baby, you're already in that cage.
You built it yourself.
And it's not bounded by Tulip, Texas or Somaliland.
It's wherever you go.
Because no matter where you run, you just end up running into yourself.
END SCENE.

【1968年文庫化[新潮文庫(龍口直太郎訳)]/2008年再文庫化[新潮文庫(村上春樹訳)]】

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グレート・ギャツビーの"グレート"は反語である前にその通りの意味もあったのではないかと。
グレート・ギャツビー.jpg グレート・ギャツビー (村上春樹翻訳ライブラリー) 和田誠.jpg グレート・ギャツビー 野崎訳.jpgグレート・ギャツビー 新潮文庫2.jpg 翻訳夜話.jpg
愛蔵版グレート・ギャツビー』 『グレート・ギャツビー(村上春樹翻訳ライブラリー)』『グレート・ギャツビー(村上春樹翻訳ライブラリー)』(装幀・カバーイラスト:和田 誠)/『グレート・ギャツビー (新潮文庫)』(野崎孝:訳)/村上 春樹・柴田 元幸『翻訳夜話 (文春新書)

First edition cover (1925)
The Great Gatsby.jpg 1920年代初頭、米国中西部出身のニック・キャラウェイは、戦争に従軍したのち故郷へ帰るも孤独感に苛まれ、証券会社でフランシス・スコット・フィッツジェラルド.jpg働くためにニューヨーク郊外ロング・アイランドにある高級住宅地ウェスト・エッグへと引っ越してくるが、隣の大邸宅では日々豪華なパーティが開かれていて、その庭園には華麗な装いの男女が夜毎に集まっており、彼は否応無くその屋敷の主ジェイ・ギャツビーという人物に興味を抱くが、ある日、そのギャツビー氏にパーティに招かれる―。

 1925年に出版された米国の作家フランシス・スコット・フィッツジェラルド(Francis Scott Fitzgerald、1896‐1940/享年44)の超有名作品ですが、ニックがパーティに出てみると、参加者の殆どがギャツビーについて正確なことを知らず、ニックには主催者のギャツビーがパーティの場のどこにいるかさえわからない、しかし、たまたま自分の隣にいた青年が実は...なんてところから、ニックとギャツビーの交遊が始まるという初めの方の展開が単純に面白かったです。

 しかし、この小説、中間部分は今一つ波に乗れなかったというか、自分が最初に読んだのは野崎孝(1917‐1995)訳『偉大なるギャツビー』でしたが、今回、翻訳のリズムがいいと評判の村上春樹氏の訳を読んでも、若干の中だるみ感は拭えませんでした(金持ち同士の恋の鞘当てみたいな話が続き、その俗っぽさがこの作品の持つ1つの批判的テーマであると言えるのだが...)。
 但し、ギャツビーという人物の来歴と、彼の自らの心の空洞を埋めようとするための壮大な計画が明かされていく過程は、やはり面白いなあと―。そしてラスト、畳み掛けるようなカタストロフィに―と、小説としての体裁もきっちりしていることはきっちりしています。

 ギャツビーにはモデルがいるそうですが、ニックとギャツビーのそれぞれがフィッツジェラルドの分身であり(ついでに言えば、妻に浮気されるトム・ブキャナンも)、そしてフィッツジェラルド自身が美人妻ゼルダ(後に発狂する)と高級住宅地に住まいを借りてパーティ漬けの派手な暮らしをしながら、やがて才能を枯渇させてしまうという、華々しさとその後の凋落ぶりも含めギャツビーと重なるのが興味深いですが、これはむしろ小説の外の話で、ニックの眼から見た"ギャツビー"の描写は、こうした実生活での作者自身との相似に反して極めて冷静な筆致で描かれていると言ってよいでしょう。

『グレート・ギャツビー』 (2006).JPG 新訳というのは大体読みやすいものですが、村上訳は、ギャツビーがニックを呼ぶ際の「親友」という言葉を「オールド・スポート」とそのまま訳したりしていて(訳していることにならない?)、日本語でしっくりくる言葉がなければ、無理して訳さないということみたいです(柴田元幸氏との対談『翻訳夜話』('00年/文春新書)でもそうした"ポリシー"が語られていた)。但し、個人的には、「オールド・スポート」を敢えて「親友」と訳さなかったことは、うまく作用しているように思いました。

 そうした意味では、タイトルを『グレート・ギャツビー』としたこともまた村上氏らしく、この"グレート"というのは反語なのだなあと。

『グレート・ギャツビー(村上春樹翻訳ライブラリー)』(2006)

 但し、野崎訳も'89年の「新潮文庫」改訂時に『グレート・ギャツビー』に改題していて、故・野崎氏に言わせれば、フィッツジェラルドは、親から受け継いだ資産の上に安住している金持ち階級を嫌悪し(作中のブキャナン夫妻がその典型)、自らの才覚と努力によって財を成した金持ち(ギャツビーがこれに該当)には好意と尊敬の念を抱いていたとのこと('74年版「新潮文庫」解説)。だから、"グレート"というのは反語である前に、敬意も込められていると見るべきなのでしょう。

日はまた昇る.jpg 村上氏はこの作品を"生涯の1冊"に挙げており、同じ"ロスト・ジェネレーション"の作家ヘミングウェイ『日はまた昇る』(この作品とシチュエーションが似てい翻訳夜話2.jpgる面がある)より上に置いていますが、傑作であるには違いないものの、個人的にはそれほどダントツにスゴイ作品なのかなあという気もしてしまいます。 

 因みに、先に挙げた『翻訳夜話』は、柴田氏と村上氏が、東京大学の柴田教室と翻訳学校の生徒、さらに6人の中堅翻訳家という、それぞれ異なる聴衆に向けて行った3回のフォーラム対談の記録で、村上氏は翻訳に際して「大事なのは偏見のある愛情」であると言い、柴田氏は「召使のようにひたすら主人の声に耳を澄ます」と言っています。

 レイモンド・カーバーとポール・オースターの短編小説を二人がそれぞれ「競訳」したものが掲載されていて、カーバーの方は村上氏の方が訳文が長めになり、オースターの方は柴田氏の方が長めになっているのが、両者のそれぞれの作家に対する思い入れの度合いを反映しているようで興味深かったです。

グレート・ギャツビー (愛蔵版).jpgグレート・ギャツビー 村上春樹翻訳ライブラリー2.jpg【1957年文庫化[角川文庫(大貫三郎訳『華麗なるギャツビー』)]/1974年再文庫化[早川文庫(橋本福夫訳『華麗なるギャツビー』)]/1974年再文庫化[新潮文庫(野崎孝訳『偉大なるギャツビー』)・1989年改版(野崎孝訳『グレート・ギャツビー』)]/1978年再文庫化[旺文社文庫(橋本福夫訳『華麗なるギャツビー』)]/1978年再文庫化[集英社文庫(野崎孝訳『偉大なギャツビー』]/2006年新書化[中央公論新社・村上春樹翻訳ライブラリー(『グレート・ギャツビー』]/2009年再文庫化[光文社古典新訳文庫(小川高義訳『グレート・ギャツビー』)】[左]『愛蔵版グレート・ギャツビー』(2006/11 中央公論新社)/[右]『グレート・ギャツビー(村上春樹翻訳ライブラリー)』(2006/11 中央公論新社)(共に装幀・カバーイラスト:和田 誠


グレート・ギャツビー 新潮文庫im.jpg華麗なるギャツビー 1974  .jpg「華麗なるギャツビー」(1976年/米) 監督:ジャック・クレイトン、出演:ロバート・レッドフォード/ミア・ファロー /ブルース・ダーン/ サム・ウォーターストン/スコット・ウィルソン/ カレン・ブラック/ロイス・チャイルズ/パッツィ・ケンジット/ハワード・ダ・シルバ/ロバーツ・ブロッサム/キャスリン・リー・スコット

新潮文庫(野崎孝訳)映画タイアップ・カバー(レッドフォード版・ディカプリオ版)

グレート・ギャツビー 新潮文庫2.jpgグレート・ギャツビー 映画.jpg「華麗なるギャツビー」(2013年/米) 監督:バズ・ラーマン、出演:レオナルド・ディカプリオ/トビー・マグワイア/キャリー・マリガン/ジョエル・エドガートン/アイラ・フィッシャー/エリザベス・デビッキ

華麗なるギャツビー 2013 _1.jpg
  

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文豪が大衆や子供たちに向けて贈ったクリスマス・ストーリー(寓話)。意外とコミカル。

A Christmas Carol (Bantam Classic).jpgクリスマス・カロル 新潮文庫.jpgクリスマス・カロル 新潮文庫.bmp A Christmas Carol.jpg
クリスマス・カロル (新潮文庫)』 "A Christmas Carol " (洋書ハードカバー)
"A Christmas Carol (Bantam Classic)"

チャールズ・ディケンズ.jpg 1843年12月17日に出版された英国の文豪チャールズ・ディケンズ(1812‐1970/享年58)の中編小説。ロンドンの下町近くに事務所を構える商人で、偏屈で人間嫌い、金の亡者であるスクルージは、クリスマス・イブの夜もクリスマスなど自分には関係ないとして、甥のパーティへの誘いも断り事務所にいたが、そこへかつての共同経営者であり7年前故人となっていたマーレイの亡霊が現れ、更に3晩続けて3人の幽霊が現れると告げる―。

 物語は吝嗇家のスクルージが3人の幽霊に導かれて自らの過去・現在・未来を見せられるという超自然的な体験を軸に展開し、その描写が、ディケンズらしい社会派リアリズムと、この寓話の特性としてのシュールさが相俟って面白かったです(もともと、マーレイの亡霊が現れるところからシュールであるとともに、時にリアルなホラーになっていて不気味だったりするのだが)。
Scrooge & Scrooge
scrooge2.jpgSCROOGE.jpg また、スクルージと幽霊のやりとりはかなりコミカルであり、頑固で神経質なスクルージのキャラクターは、個人的には、ディズニーのドナルドダックの伯父さんであるスクルージのキャラクターとよく符合したように思います。

 超常体験を通してスクルージは改悛し、自らの価値観が誤っていたことを悟って貧者への思いやりに目覚めるというのも予定調和ですが、この結末から窺えるように、もともとスクルージは悪人ではないわけで、こうしたスクルージという人物の本質を突いたディズニーのキャラクター造型というのもなかなかのものだと思ったりもします(この作品に対しては、スクルージの描き方が漫画的であるという批判もあるようだが、もともと文学というより寓話に近いのでは)。

 文豪が大衆や子供たちに向けて贈ったクリスマス・ストーリーということになるのでしょうが(新潮文庫版の翻訳は『赤毛のアン』シリーズの翻訳で知られる村岡花子(1893-1968))、クリスマス・ストーリーの中では最も有名なもので、何度か映画化やミュージカル化もされていています。

Scrooged (1988)
SCROOGED2.bmp3人のゴースト.jpg 自分が観たのは、話を現代に置き換えたリチャード・ドナー監督、ビル・マーレイ主演の「3人のゴースト」(Scrooged、'88年/米)で(ビル・マーレイは「ゴーストバスタゴーストバスターズ ビル・マーレイ.jpgーズ」('84 年/米)にも主演していて、幽霊繋がり?)、映画では主人公は"金の亡者"ならぬ"視聴率の亡者"であるテレビ局の若社長になっていて、登場する"ゴースト"がタクシー運転手だったり女妖精だったりとバラエティ豊かですが、一応、原作のストーリーは押さえている感じでした。

 但し、こうした古典的寓話を複雑な現代社会に置き換えても、なかなかヒューマンな部分は伝わりにくいという感じもし(主人公が最後に自分の局の番組の中で慈善演説をぶつのも、ややわざとらしい)、マイルス・ディヴィスなど有名人が顔見せ的に画面に登場するなどしていて、映画を作る側も感動させるというより、ひたすら楽しんで(やや開き直って?)作っている感じがしました。

3人のゴースト SCROOGED 1988.jpg「3人のゴースト」●原題:SCROOGED●制作年:1988年●制作国:アメリカ●監督:リチャード・ドナー●製作:アート・リンソン/リチャード・ドナー●製作総指揮:ステファン・J・ロス/●脚本:ミッチ・グレイザー/マイケル・オドノヒュー●撮影:マイケル・チャップマン●音楽:ダニー・エルフマン●原作3人のゴースト SCROOGED 1988 00.jpg:チャールス・ディッケンス「クリスマス・カクリスマス・キャロル 新装版.jpgロル」●時間:101分●出演:ビル・マーレイ/カレン・アレン/ジョン・フォーサイス/ボブキャット・ゴールスウェイト/デビッド・ヨハンセン/キャロル・ケイン/ロバート・ミッチャム/マイケル・J・ポラード/アルフレ・ウッダード/ジョン・グローバー●日本公開:1988/12●配給:パラマウント映画●最初に観た場所:名古屋毎日ホール(88-12-30)(評価:★★☆)●併映:「星の王子ニューヨークへ行く」(ジョン・ランディス)

 【1950年文庫化[岩波文庫〕/1950年再文庫化[角川文庫〕/1952年再文庫化・2011年新装版[新潮文庫〕/1969年再文庫化[旺文社文庫〕/1984年再文庫化[講談社青い鳥文庫(『クリスマス・キャロル』)〕/1991年再文庫化[集英社文庫(『クリスマス・キャロル』)〕/2001年再文庫化[岩波少年文庫(『クリスマス・キャロル』)〕/2006年再文庫化[光文社古典新訳文庫(『クリスマス・キャロル』)〕】
クリスマス・キャロル (新潮文庫)』(新装版)

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"quick read but strong "。スタインベックに「文学の神様」が宿った時期の作品。

『ハツカネズミと人間』.JPGハツカネズミと人間.jpg 二十日鼠と人間 新潮文庫.jpg  二十日鼠と人間.jpg ジョン・スタインベック.jpg
ハツカネズミと人間 (新潮文庫)』['94年/'53年]/映画「二十日鼠と人間 [DVD]」ジョン・スタインベック(1902-1968)

Of Mice and Men.jpg 小さな家と農場を持ち、そこでウサギを飼い、土地のくれる一番いいものを食べて暮らすこと夢見るジョージとレニーは、共に農場を渡り歩く期間労働者で、ジョージは小柄ながら知恵者、一方のレニーは巨漢だがちょっと頭が鈍いという具合に対照的ながらも、いつも助け合って生きてきた―この2人がある日また新たな農場にたどり着くが、そこには思わぬ悲劇が待ち受けていた―。

 1937年に出版された米国人作家ジョン・スタインベック(John Steinbeck、1902‐1968/享年66)の中編小説で、以前読んだ大門一男訳に対し、入れ替わりで新潮文庫に入った大浦暁生訳は題名の「二十日鼠」の表記がカタカナになっているなどの違いはありますが、文庫で約150ページと再読するにも手頃で、それでいて、初読の際の時の衝撃が甦ってくるものでした(洋書の書評に"quick read but strong "とあったが、まさにその通り)。

 1930年代の大恐慌時代のカリフォルニア州が舞台なのですが、スタインベック自身の季節労働者としての経験がベースになっており、寓話的でありながらも細部にリアリティがあるし、ラマ使いの名人で農場労働者のリーダー格のスリムや厩に住む黒人クルックスなど、短い物語の中に、極めて印象に残る人物が見事に配置されているように思いました(特にスリム、このキャラクターは渋い!)。

 ラストのジョージの苦渋の行動は、知恵遅れのレニーがいつも問題を起こすための2人で農場を転々としてきた過去の経緯があり、その上で、今度こそはもう手の打ちようがないという判断の末でのことでしょう。
 キャンディという老人が、自らが可愛がっていた老犬の処分を他人に委ね、後で「あの犬は自分で撃てばよかった」と悔いるエピソードが、伏線として効いています。

『怒りの葡萄』(1940).jpg怒りの葡萄 ポスター.jpg怒りの葡萄.gif スタインベックはこの作品でその名を知られるようなり、2年後に発表した、旱魃と耕作機械によって土地を奪われた農民たちのカリフォルニアへの旅を描いた『怒りの葡萄』('39年)でピューリツァー賞を受賞しますが、共に映画化されており、「二十日鼠と人間」は'39年と'92年に映画化されているものの未見、ジョン・フォード監督の「怒りの葡萄」('40年/米)は吉祥寺の「ジャヴ50」で深夜に観ましたが、電車の座席みたいな長椅子の客席に集った客の半分が外国人でした(同劇場でその少し前に「わが谷は緑なりき」('41年/米)を観た時もそうだった)。

 刑務所帰りの貧農の息子をヘンリー・フォンダが好演しており(彼はこの作品で"もの静かに不正に向かって闘う男"というイメージを確立)、母親とまた別れなければならないという結末のやるせなさが「Red River Valley」のテーマと共に心に残りましたが、アメリカ人は、こうした作品に日本人以上に郷愁を感じるのでしょう(個人的には、小津安二郎や山田洋次の家族モノに通じるものを感じたりもしたのだが)。

EAST OF EDEN 1955 dvd.bmpエデンの東ポスター.jpgEast of Eden.jpg ジェームズ・ディーンがその演技への評価を確立したとされるエリア・カザン監督の「エデンの東」('55年)も、スタインベックの『エデンの東』('50年)がベースになっているのですが、原作が南北戦争から第1次世界大戦までの60年間の2つの家族の3代にわたる歴史を綴った4巻56章から成る膨大な物語であるのに対し、映画の中で描かれているのは最後のほんの一時期のみで1家族2世代の話に圧縮されており、実質的には、父に好かれたいがそれが叶わないケイレブ(キャル)・トラスク (ジェームズ・ディーン)の苦悩の物語となっています。「エデンの東」の原作は読んでいませんが、スタインベックは後期作品ほど大味の嫌いがあるらしく(エリア・カザンの翻案は当然の選択だったのだろう)、そうした意味では『二十日鼠と人間』は、スタインベックに「文学の神様」が宿った時期の作品であると言えるかと思います。

「怒りの葡萄」ポスター(和田 誠
THE GRAPES OF WRATH 1940.jpg怒りの葡萄 和田誠ポスター.jpg「怒りの葡萄」●原題:THE GRAPES OF WRATH●制作年:1940年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・フォード●製作:ダリル・F・ザナック●脚本:ナナリー・ジョンソン●撮影:グレッグ・トーランド●音楽:アルフレッド・ニューマン●原作:ジョン・スタインベック●時間:128分●出演:ヘンリー・フォンダ/ジェーン・ダーウェル/ジョン・キャラダイン/チャーリー・グレイプウィン/ドリス・ボードン/ラッセル・シンプソン/メエ・マーシュ/ウォード・ボンド●日本公開:1963/01●配給:昭映フィルム●最初に観た場所:吉祥寺ジャヴ50(84-07-14)(評価:★★★★)
  
「エデンの東」 公開時ポスター/1977年公開時チラシ
east of eden  1955.jpg「エデンの東」ps.jpgエデンの東 1977年公開時チラシ.bmp「エデンの東」●原題:EAST OF EDEN●制作年:1955年●制作国:アメリカ●監督・製作:エリア・カザン●脚本:ポール・オスボーン●撮影:テッド・マッコード●音楽:レナード・ローゼンマン●原作:ジョン・スタインベック●時間:115分●出演:ジェームズ・ディーン/ジュリー・ハリス/レイモンド・マッセイ/バール・アイヴス/リチャード・ダヴァロス/ジュー・ヴェン・フリート/エデンの東<サントラ盤>.jpgEAST OF EDEN3.jpgアルバート・デッカー/ロイス・スミス/バール・アイヴス●日本公開:1955/10●配給:ワーナジュリー・ハリス_3.jpgー・ブラザース●最初に観た場所:池袋文芸坐(79-02-18)●2回目:テアトル吉祥寺(82-09-23)(評価:★★★☆)●併映(1回目):「理由なき反抗」(ニコラス・レイ)●併映(2回目):「ウェストサイド物語」(ロバート・ワイズ)

Julie Harris(1925-2013)
           
"Of Mice and Men" from Iron Age Theatre(舞台劇「二十日鼠と人間」)
Of Mice and Men 1.jpg Of Mice and Men 3.jpg

 【1953年文庫化[新潮文庫(大門一男訳)]/1994年再文庫化[新潮文庫(『ハツカネズミと人間』大浦暁生訳)]】

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従来の文学作品の類型の何れにも属さず、かつ小説的濃密さを持つムルソーの人物造型。

異邦人 単行本(1951).jpg  異邦人 1984.jpg 異邦人 1999.jpg 異邦人1.jpg   異邦人ポスター.jpg
単行本 ['51年/新潮社] 『異邦人 (新潮文庫)』 ['84年]    ['99年] 映画「異邦人」(1967)ポスター

 1942年6月に刊行されたアルベール・カミュ(Albert Camus、1913‐1960/享年46)の人間社会の不条理を描いたとされる作品で、「きょう、ママンが死んだ」で始まる窪田啓作訳(新潮文庫版)は読み易く、経年疲労しない名訳と言えるかも(新潮社が仏・ガリマール社の版権を独占しているため、他社から新訳が出ないという状況はあるが)。

 養老院に預けていた母の葬式に参加した主人公の「私」は、涙を流すことも特に感情を露わにすることもしなかった―そのことが、彼が後に起こす、殆ど出会い頭の事故のような殺人事件の裁判での彼の立場を悪くし、加えて、葬式の次の日の休みに、遊びに出た先で出会った旧知の女性と情事にふけるなどしたことが判事の心証を悪くして、彼は断頭台による死刑を宣告される―。

L'Etranger.png 仏・ガリマール社からの刊行時カミュは29歳でしたが、この小説が実際に執筆されたのは26歳から27歳にかけてであり(若い!)、アルジェリアで育ちパリ中央文壇から遠い所にいたために認知されるまでに若干タイムラグがあったということでしょうか。但し、この作品がフランスで刊行されるや大きな反響を呼び、確かに、自分の生死が懸かった裁判を他人事のように感じ、最後には、「私の処刑の日に大勢の見物人が集まり、憎悪の叫びをあげて、私を迎えることだけ」を望むようになるムルソーという人物の造型は、それまでの文学作品の登場人物の類型の何れにも属さないものだと言えるのでは。

Gallimard版(1982)

 カフカ的不条理とも異なり、第一ムルソーは自らの欲望に逆らわず行動する男であり(ムルソーにはモデルがいるそうだが、この小説の執筆期間中、カミュ自身が2人の女性と共同生活を送っていたというのは、小説と似たシチュエーション)、また、公判中に自分がインテリであると思われていることに彼自身は違和感を覚えており(カミュ自身、自らが実存主義者と見られることを拒んだ)、最後の自らの死に向けての"積極"姿勢などは、むしろカフカの"不安感"などとは真逆とも言えます。

 サルトルは「不条理の光に照らしてみても、その光の及ばない固有の曖昧さをムルソーは保っている」とし、これがムルソーの人物造型において小説的濃密さを高めているとしていますが、自分にはこのことは、『嘔吐』でマロニエの樹を見て気分が悪くなるロカンタンという主人公の、"小説的濃密さ"の欠如を認めているようにも思えなくもないのです。

異邦人QP.jpg異邦人  .jpg ルキノ・ヴィスコンティ(Luchino Visconti、1906‐1976/享年69)監督がマルチェロ・マストロヤンニ(Marcello Mastroianni、1924‐1996/享年72)を使ってこの『異邦人』を映画にしていますが('67年)、テーマがテーマである上に、小説の殆どはムルソーの内的独白(それも、だらだらしたものでなく、ハードボイルドチックな)とでも言うべきもので占められていて、情景描写などはかなり削ぎ落とされており(アルジェリアの養老院ってどんなのだろうか、殆ど情景描写がない)、映画にす異邦人パンフレット.jpgるには土台無理がある作品である気がしなくもありません(それでもルキノ・ヴィスコンティ監督は、"頑張って"とでも言うか"意欲的に"とでも言うか、果敢に映像化を試みてはいると思う)。

映画プレミアパンフレット 「異邦人(A4/紺背景版)」 監督 ルキノ・ビスコンティ 出演 マルチェロ・マストロヤンニ/アンナ・カリーナ/ベルナール・ブリエ/ジョルジュ・ウィルソン/ブルノ・クレメール/ピエール・バルタン/ジャック・エラン/マルク・ローラン/ジョルジュ・ジレー

ルキノ・ヴィスコンティ監督の『異邦人』.jpg 松岡正剛氏はこの映画を観て、ヴィスコンティはムルソーを「ゲームに参加しない男」として描ききったなという感想を持ったそうで、これは言い得ているのではないかという気がします。自分としては、ラストのムルソーの司祭とのやりとりを通して感じられる彼の「抵抗」とその根拠みたいなものは伝わってきにくかったように思われ、映像化することで抜け落ちてしまう部分はどうしてもあるような気がしましたが、ルキノ・ヴィスコンティ監督の挑戦は一定の評価を得てもいいのではないかとも思いました。

映画異邦人2.jpg この世の全てのものを虚しく感じるムルソーは、自らが処刑されることにそうした虚しさからの自己の解放を見出したともとれますが、映画で断頭台が地べたに置いてあるのが何だか生々しく、ああ、やっぱり死刑はイヤだなあとか単純に思ったりして...(小説の中でもよく読むと、ムルソーが断頭台が「台」になっていない事をやや意外に思う記述があったのだが、小説は獄中での主人公の決意にも似た思いで終わっていて、彼が断頭台に連れて行かれる場面は無い)。
映画「異邦人(Lo straniero)」より

 ただ、ムルソー(この主人公の名前も小説の最後になって初めてちょこっと出てくるだけなのだが)が母親の葬儀の翌日に女友達と海へ水遊びに行ったのは、彼が養老院の遺体安置所の「死」の雰囲気から抜け出し、自らの心身に「生」の息吹を獲り込もうとした所為であるという見方があり、映画ではそれを裏付けるような作りにはなっているように思われました(そういう見方があることを知った上で映画を観ている自分の個人的な先入観からかも知れないが)。

lo_straniero1.jpg ママンの出棺を見るムルソー(マルチェロ・マストロヤンニ)
lo_straniero2.jpg 葬儀の翌日、海辺で女友達(アンナ・カリーナ)に声をかける
lo_straniero3.jpg アラブ人達と共同房にて(死刑確定後は独房に移される)

映画 異邦人.jpg異邦人 .jpg「異邦人」●原題:THE STRANGER (LO STRANIERO/L'ÉTRANGER)●制作年:1967年●制作国:イタリア・フランス・アルジェリア●監督:ルキノ・ヴィスコンティ●製作:ディノ・デ・ラウレンティス●脚本:スーゾ・チェッキ・ダミーコ/エマニュエル・ロブレー/ジョルジュ・コンション●撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ●音楽:ピエロ・ピッチオーニ●原作:アルベール・カミュ「異邦人」●時間:104分●出演:マルチェロ・マストロヤンニ/アンナ・カリーナ/ベルナール・ブリエ/ジョルジュ・ウィルソン/ブルノ・クレメール/映画チラシ 「異邦人」 岩波シネサロン 8.jpg映画チラシ 「異邦人」 岩波シネサロン 1.jpgピエール・バルタン/ジャック・エラン/マルク・ローラン/ジョルジュ・ジレー/アルフレード・アダン/アンジェラ・ルーチェ/ミンモ・パルマラ/ヴィットリオ・ドォーゼ●日本公開:1968/09●配給:パラマウント●最初に観た場所:岩波シネサロン(80-07-13)●2回目:池袋文芸座ル・ピリエ(81-06-06)(評価:★★★☆)●併映(2回目):「処女の泉」(イングマル・ベルイマン)
岩波ホールビル.jpg岩波シネサロン(岩波ホール9F)

   
    

 
 【1954年文庫化[新潮文庫〕】

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何時か確実に訪れる自らの「死」を想起させる。黒澤明に「生きる」を着想させた作品。

イワン・イリッチの死4.jpgイワン・イリッチの死_iwan.jpg イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ.jpg  Ikiru(1952).jpg Ikiru(1952)   
イワン・イリッチの死 (岩波文庫)』 米川正夫:訳 ['34年/'73年改版] 『イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫)』 望月哲男:訳 ['06年] 

The Death of Ivan Ilyich.jpgレフ・ニコライビッチ・トルストイ.jpg レフ・ニコライビッチ・トルストイ(1828‐1910/享年82)の中篇小説。45歳の裁判官が不治の病に罹り、肉体的にも精神的にも耐え難い苦痛を味わいながら着実に「死」に向かっていく、その3カ月間の心理的葛藤を、今まで世俗的な価値に固執し一定の栄達を得た自らの人生に対する、それがいかに無意味なものであったかという価値観の転倒からくる混乱と絶望、周囲から哀れみの眼差しを浴びながらも、あたかも自分の死が「予定調和」乃至は「ちょっとした不意の出来事」のように受け取られていることへの苛立ち、そして死の直前の苦悶と周囲への思いやりにも似た「回心」に至るまでを、まさに描き難いものを描き切ったと言える作品です。
                         
生きる 映画.jpg「生きる」1952.jpg生きる 志村喬 伊藤雄之助.jpg 1886年3月、文豪57歳の時に完成した作品ですが、1881年に実在のある裁判官の死に接して想を得たもので、主人公の葬儀とその世俗的な生涯の振り返りから始まるこの作品は、黒澤明監督の「生きる」と導入生きるA.jpg部分や主人公が役人である点が似ており、黒澤はこの作品から「生きる」を着想したとされています。映画関連のデータベースでは、「生きる」の原作としてこの小説が記されているものがありましたが、実際のクレジットはどうだったでしょうか。
                               
『生きる』.jpg 映画は映画で独立した傑作であり、トルストイのイワン・イリッチの死』が「原作」であるというより、この作品を「翻案」したという感じに近いかもしれません(或いは、単にそこから着想を得たというだけとも言える。伊藤雄之助が演じた無頼派作家に該当しそうな人物なども『イワン・イリッチの死』には登場しないし)。

 作品テーマから捉えても、「生きる」が残された時間をどう生きるかがテーマであったのに比べ、この作品は、自らの死をどう受け入れるかが大きなテーマになっているように思います。

「生きる」(1952・東宝/出演:志村喬/伊藤雄之助)
   
iイワン・イリイチの死7.jpgThe Death of Ivan Ilyich6.jpg 『イワン・イリッチの死』の主人公イワン・イリッチは、「カイウスは人間である、人間は死すべきものである、従ってカイウスは死すべきものである」という命題の正しさを信じながらも、「自分はカイウスではない」とし、死を受け入れられないでいます。

 彼を最も苦しめるのは、「ただ病気しているだけで、死にかかっているわけではなく、落ち着いて養生していれば治る」という「(彼をとりまく家族など)一同に承認せられた嘘」であり、それは皮肉にも彼自身が生涯奉仕してきた「礼儀」というものからくるものですが、その「嘘」に自分も加担させられていることに彼は苛立つわけです。

 この作品は読む者に、日常の雑事により隠蔽されている、但し何時か確実に訪れる自らの「死」を想い起こさせるものであり、ある意味、怖いと言うか、向き合うのが苦痛に感じる面もありますが、一方で、文庫で僅か100ページ、「メメント・モリ」をテーマとしたものとしては、比較的手に取り易い、ある種"テキスト"的作品であるようにも思います。

 周囲との断絶に苦しむ主人公は、死の直前、自分の今の存在こそが周囲を苦しめており、そこから周囲を解き放つことによって自分も楽になると感じる。その時、そこには「死は無かった」―。
 死は生の側にあり、死自体は無であるということを如実に示す実存的作品であり、訳者の米川正夫(1891‐1965)はドストエフスキー作品の翻訳でも知られた人、最近刊行された光文社古典新訳文庫でも、ドストエフスキーが"専門"である望月哲男氏が翻訳にあたっています。

 尚、望月氏もそうですが、『新潮世界文学20-トルストイ5』('71年)の中で本作品を訳している工藤精一郎氏も主人公の名前を「イワン・イリイチ」としており、韻を踏むことで主人公の規則的な「役人」人生を表象しているらしく、その点からすれば、「イリッチ」より「イリイチ」の方が相応しいのかも。

生きる2.jpg「生きる」●制作年:1952年●製作:本木莊二郎 ●監督:黒澤明●脚本:黒澤明/橋本忍小国英雄●撮影:中井朝一●音楽:早生きる パンフ.bmp坂文雄●原作:生きる 加東.jpgレフ・トルストイ「イワン・イリッチの死」●時間:143分●出演:志村喬/小田切みき/金子信雄/関京子/浦辺粂子/菅井きん「生きる」中村伸郎.jpg「生きる」阿部九洲男.jpg/丹阿弥谷津子/田中春男/千秋実/左ト全/藤原釜足/中村伸郎/渡辺篤/木村功/伊藤雄之助/清水将夫/南美江/加東大介/山田巳之助/阿部九洲男/宮口精二/大井武蔵野館 閉館日2.jpg河崎堅男/勝本圭一郎/鈴木治夫/今井和雄/加藤茂雄/安芸津広/長濱藤夫/川越一平/津田光男/榊田敬二/熊谷二良/片桐常雄/田中春男/日守新一●公開:1952/10●配給:東宝●最初に観た場所:大井武蔵野館 (85-02-24)(評価★★★★)●併映「隠し砦の三悪人」(黒澤明)
   
大井武蔵野館 閉館日.jpg大井武蔵野館2.jpg大井武蔵野館.jpg「大井武蔵野館」ぼうすの小部屋 - おでかけ写真展より/大井武蔵野館 1999(平成11)年1月31日閉館(右写真・最終日の大井武蔵野館)


 

 【1934年文庫化・1973年改定[岩波文庫(米川正夫訳)〕/2006年再文庫化[光文社古典新訳文庫(望月哲男訳『イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ』)〕】

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下層社会に暮らす少年の鬱屈と抵抗を、自体験に近いところで描くリアリティ。

『長距離走者の孤独』.JPG長距離走者の孤独.jpg  長距離ランナーの孤独.jpg Alan Sillitoe.jpg Alan Sillitoe
長距離走者の孤独 (新潮文庫)』/映画「長距ランナーの孤独」('62年)

「長距離走者の孤独」.jpg 新潮文庫版は、1958年に発表された「長距離走者の孤独」(The Loneliness of the Long Distance Runner)をはじめ、アラン・シリトー(Alan Sillitoe、1928‐2010の8編の中短編を収めていますが、貧しい家庭で育ち、盗みを働いて感化院に送られた少年の独白体で綴られた表題作が、内容的にも表現的にも群を抜いています。

 アラン・シリトーにはこの他にも、『土曜の夜と日曜の朝』といった代表作がありますが、それらと比べても印象に残LonelinessLongRunner.jpg長距離ランナーの孤独1.jpgっているし、トニー・リチャードソン(Tony Richardson、1928-1991)監督の映画化作品「長距離ランナーの孤独」('62年/英)も有名です。主人公を演じたのはトム・コートネイで、舞台出身ですが、映画はこの作品が実質初出演で初主演でした(後に、「魚が出てきた日」('67年)、「イワン・デニーソヴィチの一日」('74年)などで主演することになる)。

"Loneliness of Long Distance Runner" (1962/UK)/日本版VHS(絶版)

 もともと原作が手記形式なので、映画で主人公が長距離走において遅れてゴールした後ニヤリと笑うなど、映像での表現上やや説明的にならざるを得ないのはいたし方ないか(原作では、他人からは泣きそうになっているように見えるだろうが、実はこれ、"勝利の嬉し泣き"をこらえていたのだ、ということになっている。映画脚本はシリトー自身)。

ホテル・ニューハンプシャー 1.jpgホテル・ニューハンプシャー 0.jpg トニー・リチャードソンは、文芸作品の映画化の名手で、ジョン・アーヴィング原作の映画化作品「ホテル・ニューハンプシャー」('84年/米・英・カナダ) もこの監督によるものであり、これはホテルを経営する家族の物語ですが、ジョディーフォスター、ロブ・ロウ、ナスターシャ・キンスキーという取り合わせが今思ホテル・ニューハンプシャー 01.jpgえば豪華。少なくとも1人(J・フォスター演じるフラニー)乃至2人(N・キンスキー演じる"熊のスージー")の女性登場人物がレイプされて心の傷を負っており、また家族が次々と死んでいく話なのに、観終わった印象は暗くないという、不思議な映画でした(「ガープの世界」もそうだが、ジョン・アーヴィング作品の登場人物は、何かにつけてモーレツと言うか極端な人が多い)。

ジブラルタルの追想2.png トニー・リチャードソンは、シーラ・ディレーニーの『蜜の味』などの文芸作品も映画していますが、この人の旧い映画ではマルグリット・デュラス原作の「ジブラルタルの追想」('67年/英)、ウラジミール・ナボコフが原作の「悪魔のような恋人」('69年/英)を名画座で二本立てで観ました。

映画プレスシート/ジャンヌ・モロー「ジブラルタルの追想」

「ジブラルタルの追想」.jpgジャンヌ・モロー2.png マルグリット・デュラス(「二十四時間の情事」('59年/日・仏)、「かくも長き不在」('61年/仏)のTHE SAILOR FROM GIBRALTAR PERFORMER.jpg原作者でもある)原作の「ジブラルタルの追想」は、イタリア旅行中の青年がジブラルタルででアンナ(ジャンヌ・モロー)という女性と出会い、アランの方は彼女を真剣に愛し始めるが、アンナは楽しさだけでアランに身を任せている印象で、そんなジブラルタルの追想0_.jpg折、アンナの行方知らずとなっていた恋人が現われたというニュースが飛び込んでくる-というストーリー。一部ミュージカル仕立てで、唄っているジャンヌ・モローが綺麗ですが映画自体は凡庸で(あくまでも個人的印象であって、女性映画の傑作とする人もいる)、やはり文学作品を映画化してその本質を損なわないようにするのは往々にして難しいのかと思いました(因みにジブラルタルはヨーロッパ大陸で唯一今も残る英国植民地で、ここからアフリカ大陸が見渡せるが、自分が旅行した頃は軍事基地があるという理由で近づけなかった。但し、今は観光地化して旅行者に比較的オープンになっている。アフリカ大陸はジブラルタルの手前からでも見渡せた)。
映画プレスシート ジャンヌ・モロー「ジブラルタルの追想」」 ('67年/英)

                        映画プレスシート/アンナ・カリーナ「悪魔のような恋人」

悪魔のような恋人3.jpg悪魔のような恋人9.jpg「悪魔のような恋人」 vhs.png 一方、ナボコフ原作の「悪魔のような恋人」は、金持ちの画商が小悪のような少「悪魔のような恋人」 カリーナ.jpg 女に破滅させられていく話なのですが、アンナ・カリーナの蠱惑的魅力を十分に引き出して佳作に仕上げており(この作品のアンナ・カリーナが演じる女性はかなり残忍でもある)、「ホテル・ニューハンプシャー」の成功に繋がる"文芸監督"の素地がこの頃からあったと―。

 アラン・シリトー原作の『長距離走者の孤独』のストーリー自体はシンプルで、書けば"ネタばれ"になってしまうのですが(もう一部書いてしまったが、と言っても、広く知られているラストだが)、ラスト以外でのこの作品の優れた点は、主人公の少年コリンが友人と共にパン屋に強盗に入ったために捕まる場面で、刑事が自宅に捜索に来た時の主人公の心理などは、作者の体験談ではないかと思われるぐらい目いっぱいの臨場感があります。

 アラン・シリトーは、50年代に登場し偽善的な体制や権力者を糾弾した《怒れる若者たち》と呼ばれる作家グループの1人ですが、このグループに属するとされる『怒りをこめてふりかえれ』のジョン・オズボーンや『急いで駆け降りよ』のジョン・ウェインなどは、概ね一流大学出身で大学に教職を得た知識人であるのに対し、シリトーは、工場労働者の家庭の出身で、自らも熟練工員でした。

 結局、《怒れる若者たち》の作家達の作品群で、今世紀になっても最も読み継がれている作品を1つ挙げるとすれば『長距離走者の孤独』になるわけで、その理由として、シンプルだが象徴的な結末と併せて、下層社会に暮らす少年の鬱屈と抵抗を、自らの体験に近いところで描いていることからくるリアリティが挙げられるのではないかと思います。

長距離ランナーの孤独  .jpg「長距離ランナーの孤独」.jpg「長距離ランナーの孤独」●原題:THE LONELINESS OF THE LONG DISTANCE RUNNER●制作年:1962年●制作国:イギリス●監督・製作:トニー・リチャードソン●脚本:スタンリー・ワイザー/アラン・シリトー●撮影:ウォルター・ラサリー●音楽:ジョン・アディソン●原作:アラン・シリトー●時間:104分●出演:トム・コートネイ/マイケル・レッドグレイヴ/ピーター・マッデン/ウィリアム・フォックス/トプシー・ジェーン/ジュリア・フォスター/フランク・フィンレイ●日本公開:1964/06●配給:昭映(評価:★★★)

イワン・デニーソヴィチの一日0.jpgイワン・デニーソヴィチの一日 チラシ.jpg「イワン・デニーソヴィチの一日」●原題:ONE DAY IN THE LIFE OF IWAN DENISOVICH●制作年:1971年●制作国:イギリス●製作・監督:キャスパー・リード●音楽:アーン・ノーディム●原作:アレクサンドル・ソルジェニーツィン●時間:100分●出演:トム・コートネイ/アルフレッド・バーク/ジェームズ・マックスウェル/エリック・トンプソン/エスペン・スクジョンバーグ●日本公開:1974/06●配給:NCC●最初に観た場所:池袋文芸坐(79-11-16) (評価★★★)●併映「エゴール・ブルイチョフ」(セルゲイ・ソロビヨフ)

「魚が出てきた日」●原題:THE DAY THE FISH COME OUT●制作年:1967年●制作国:アメリカ●監督・製作・脚本:マイケル・カコヤニス●撮影:ウォルター・ラサリー●音楽:ミキス・テオドラキス●時魚が出てきた日ps3.jpgTHE DAY THE FISH COME OUT 1967 .jpgキャンディス・バーゲンM23.jpg間:110分●出演:トム・コートネイキャンディス・バーゲン/サム・ワナメーカー/コリン・ブレークリー/アイヴァン・オグルヴィ/ディミトリス・ニコライデス/ニコラス・アレクション●日本公開:1968/06●配給:20世紀フォックス●最初に観た場所:中野武蔵野館(78-02-24)(評価:★★★☆)●併映:「地球に落ちてきた男」(ニコラス・ローグ)

ホテル・ニューハンプシャー dvd.jpgホテル・ニューハンプシャー02.jpg「ホテル・ニューハンプシャー」●原題:THE HOTEL NEW HAMPSHIRE●制作年:1984年●制作国:アメリカ・イギリス・カナダ●監督:トニー・リチャードソン●製作:ニール・ハートレイ/ピーター・クルーネンバーグ/デヴィッド・J・パターソン●脚本:トニー・リチャードソン●撮影:デイヴィッド・ワトキン●音楽:レイモンド・レッパード●原作:ジョン・アーヴィング「ホテル・ニューハンプシャー」●時間:109分●出演:ジョディーフォスタ/ロブ・ロウ/ボー・ブリッジス/ナスターシャ・キンスキー/フィルフォード・ブリムリー/ポール・マクレーン/マシュー・モディン●日本公開:1986/07●配給:松竹富士●最初に観た場所:三軒茶屋東映(87-01-25)(評価:★★★★)●併映:「プレンティ」(フレッド・スケピシ)ホテル・ニューハンプシャー [DVD]

ジブラルタルの追想ド.jpgジブラルタルの追想-orson-welles-ジブラルタルの追想.jpg「ジブラルタルの追想」●原題:THE SAILOR FROM GIBRALTAR PERFORMER●制作年:1967年●制作国:イギリス●監督:トニー・リチャードソン●製作:オスカー・リュウェンスティン●脚本:クリストファー・イシャーウッド/ドン・マグナー/トニー・リチャードソン●撮影:ラウール・クタール●音ジブラルタルの水夫.jpg楽:アントワーヌ・デュアメル●原作:マルグリット・デュラス「ジブラルタルから来た水夫(ジブラルタルの水夫)」●時間:90分●出演:ジャンヌ・モロー/イアン・バネン/オーソン・ウェルズ/ヴァネッサ・レッドグレーヴ●日本公開:1967/11●配給:ユナイテッド・アーチスツ●最初に観た場所:大塚名画座(78-12-12)(評価:★★☆)●併映:「悪魔のような恋人」(トニー・リチャードソン)

ジブラルタルの水夫

「悪魔のような恋人」●原題:LAUGHTER IN THE DARK●制作年:1969年●制作国:イギリス●監督:トニー・リチャードソン●製作:ニール・ハートリー/エリオット・カストナー●脚本:エドワード・ボンド●撮影:ディック・ブッシュ●音楽:レイモンド・レパード●原作:ウラジミール・ナボコフ「欲望」●時間:104分●出演:ニコル・ウィリアムソ悪魔のような恋人8.jpgLaughter in the Dark2.jpgン/アンナ・カリーナジャン=クロード・ドルオ/ピーター・ボウルズ/シアン・フィリップス/セバスチャン・ブレイク/ケイト・オトゥール/エドワード・ガードナー/シーラ・バーレル/ウィロビー・ゴダード/バジル・ディグナム/フィリッパ・ウルクハート(●日本公開:1969/05●配給:ユナイテッド・アーチスツ●最初に観た場所:大塚名画座(78-12-12)(評価:★★★★)●併映:「ジブラルタルの追想」(トニー・リチャードソ大塚駅付近.jpg大塚名画座 予定表.jpg大塚名画座4.jpg大塚名画座.jpgン)
大塚名画座(鈴本キネマ)(大塚名画座のあった上階は現在は居酒屋「さくら水産」) 1987(昭和62)年6月閉館


【1973年文庫化[新潮文庫]/1978年再文庫化[集英社文庫]】

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死刑制度の非道・不合理を訴えた「序」の方が、ストレートに響いた気もする。

死刑囚最後の日』.jpg死刑囚最後の日.gif 「死刑囚最後の日」.jpg Victor Hugo.jpg Victor Hugo(1802-1885)
死刑囚最後の日 (岩波文庫 赤 531-8)』['82年改版]/ 電子書籍版 (グーテンベルク21/斎藤正直:訳)

LE DERNIER JOUR D'UN CONDAMNE.jpg 1829年2月に"著者名無し"で刊行されたヴィクトル・ユーゴー(1802-1885)の小説で、ある男が死刑判決を受け、それが執行されるまでの心境を、男の告白という形式でドキュメンタリー風に綴ったもの。文庫で170ページほどの薄い本ですが、内容はテーマ通りに重いものです。
 裁判の時は、男は弁護士が求めた終身刑になるぐらいなら死刑の方がマシだと考えていたのが、死刑執行が迫るにつれ終身刑でもいいからと赦免を望むようになり、ギロチン刑による処刑の直前には、僅か5分間の執行猶予さえ求めるようになる―。

 当時の監獄や徒刑囚、死刑執行の様子などがよくわかりますが、留置されている場所からパリ市中を通ってグレーブの刑場へ行き、そこで公開処刑されるというのは、日本の江戸時代の市中引き回しと似ていると思いました。

"Le dernier jour d'un condamné"

The Last Day of a Condemned Man.jpg 監獄で鎖に繋がれながらもインキと紙とペンを与えられ、それにより自らの精神的苦悶を記したという設定ですが、表題通り、処刑当日の朝から午後4時の執行までの男の心境が作品の大部を占め、この部分は「手記」としてではなく、小説としての「独白」でしか成立し得ないわけで、この点がちょっと引っ掛かりました。

 娘や家族との最後の別れに絶望したりしながらも、全体のトーンとしては、意外と男が冷静に周囲を観察し、また周囲の人と話しているような気がして、こんなに冷静でいられるものかなあとも(自分が、今日の夕方にはこの世からいなくなるということが実感できないでいる様子ともとれるが)。

 但し、この作品以前には、こうした死刑囚の心理に深く触れた文学というのは無かったわけで、ドストエフスキーなどもこの作品を自らの創作の参考にしたらしいです(尤も、ドストエフスキー自身が死刑宣告を受け、執行の直前までいった経験の持ち主だったわけだが)。
The Last Day of a Condemned Man

 ヴィクトル・ユーゴーはこの作品の執筆当時26歳で、この時既にロマン派の詩人・作家としての名声を得ていましたが、この作品には死刑廃止論(死刑慎重論)という彼の政治的・社会的思想が込められており、但し、その考え方が世論に受け入れられるかどうかを見るために、「文学」という形式をとり、且つ匿名で発表したとのこと。

 世評の支持を得たとして、本編刊行の3年後に、実名を公表して添えた長めの序文(本編の後に付されている)の方は、死刑執行の残虐さ・非道を事例でリアルに伝える一方で、「社会共同体からの排除」「社会的復讐」「見せしめ・訓育」などの死刑制度擁護論の論拠を理路整然と論破し、死刑制度の不合理を「切実」且つ「現実論的」に訴える政治・社会評論になっていて、こちらの方がむしろ個人的にはストレートに胸と頭に響きました。

宣告1.jpg "現実論的"部分で興味深かったのは、「まず確信犯の死刑から廃止せよ」と段階的廃止を主張している点などです。現在の日本でも「連続企業爆破事件」「連合赤軍事件」「オウム真理教事件」の死刑囚は'08年現在、誰も死刑が執行されていないという実態はありますが...(日本政府はユーゴーの考え方に沿っているのか?)。

 凶悪犯罪が目立つ昨今、死刑容認論が大勢を占めるようですが、このユーゴーの「序」と加賀乙彦『宣告』を読むと、かなりの人が死刑廃止論に傾くような気がするけれども、どうでしょうか。

加賀乙彦 『宣告 (上・中・下) (新潮文庫)』 

 【1950年文庫化・1982年改版[岩波文庫]】

《読書MEMO》
●「序」より
「死刑を廃止せよというのではなく、慎重に論議すべきである。すくなとも裁判官が陪審らに『被告は情熱によって行動したかまたは私欲によって行動したか』という問いかけをすることにし、『被告は情熱によって行動した』と陪審員らが答える場合には、死刑に処することのないようにしたい」

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ドストエフスキー夫妻の愛情の深さとドストエフスキーという人間が抱える闇の深さの対比。

バーデン・バーデンの夏.jpgバーデン・バーデンの夏』〔'08年〕Leonid Tsypkin.jpg Leonid Tsypkin (1926-1982/享年56)

Summer in Baden-Baden.gif 1982年に米国の雑誌にその冒頭部分が発表され、その後長く埋もれていた小説を、米国の女性作家(活動家としても知られる)スーザン・ソンタグ(1933‐2004)がロンドンの古書店で見つけて再発掘したもので、このドストエフスキーへのオマージュに満ちたこの小説の作者のレオニード・ツィプキン(1926-1982)は、ドストエフスキーが唾棄したところのユダヤ人であり、作家ではなく優れた病理学者でしたが、旧ソ連末期、息子夫婦が米国へ亡命したために要職を外され、自らは出国も認めらないという不遇の中でこの小説を書き、米国で発表された1週間後に亡くなっています。

leonid tsypkin summer in baden baden.jpg 物語は、ドストエフスキーの妻アンナの日記を携えた語り手の「私」が、冬のモスクワからレニングラードに汽車で旅する最中、アンナの日記にある、新婚のドストエフスキー夫妻のドレスデンからバーデン・バーデンへの旅を追慕するように再現する形で始まっており(国内と外国、冬と夏という対比になっている)、以後、主に「アンナ・グリゴーリエヴナ」の視点から、彼の地で借金を抱えた夫「フェージャ」が賭博熱に憑かれ、屈辱、怒り、後悔、懇願を繰り返す様が描かれていますが、どう仕様もないような夫に従順につき従うアンナの姿には、ドストエフスキー作品の登場人物を思わせるような慈愛が感じられました。

 章や段落(改行)が無く句点も極端に少ない文体で、しばしば作者の意識とアンナの意識が交錯し、時にドストエフスキーの意識に深く入り込むという凝った形式をとっていて、2人の愛情の深さとドストエフスキーという人間が抱える闇の深さ(彼が抱える矛盾の典型とも言えるが)を対比的に浮かび上がらせるとともに、ドストエフスキーへの作者の抗い難い想いと、全人類に愛を手向けた彼が、ユダヤ人だけは、まるでそれらの埒外にあるように無視し嫌ったということに対する作者の悩ましい感情が、相克的に奔出されています(ここにも、もう1つの"矛盾"がある)。

 小林秀雄『ドストエフスキーの生活』(角川文庫)の巻末のドストエフスキーの年譜によると、1867年夏、『罪と罰』を前年に完成させた46歳のドストエフスキーは、21歳の新妻アンナとバーデンに滞在しており、この旅はこの小説にあるように、2人の新婚旅行であるとともに借金からの逃避行でもあり、一発巻き返しを狙うドストエフスキーは、滞在先で賭博ルーレットに嵌まり込んだようです。

 小林秀雄は、バーデン・バーデンについては、この地でドストエフスキーがツルゲーネフと対立したこと以外はさほど注目していないようで、それは、この新婚旅行が結局4年間も続くドストエフスキーの海外生活の始まりであり、その後、ドイツ各地の滞在先で、同じような"愚行"を彼が繰り返しているからだと思われます。
 その間に『白痴』を書き上げ、『カラマーゾフの兄弟』の構想も得ているわけですが、この小説では、まだ書かれていない小説の登場人物を用いた描写が多くあるのが興味深かったです。

 ドストエフスキーはこの長期海外滞在を終えた後も何度かドイツに出かけていますが、ドイツで公開賭博が禁止になったため、やりようがなかったらしく(賭博業者は皆、賭博の独占市場となったモンテ・カルロへ移った)、彼の晩年の家庭生活の平安は、モナコの王様のお陰だと、小林秀雄は『ドストエフスキーの生活』の中でジョーク気味に書いています。

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かなり怖い心理小説であると同時に、何だか予言的な作品。

コレクター(収集狂).jpg コレクター 上.jpg コレクター下.jpg   ウィリアム・ワイラー 「コレクター」.jpg 「コレクター」(1956)
新しい世界の文学〈第40〉コレクター (1966年)』白水社 『コレクター (上)(下)』 白水Uブックス

「フランス軍中尉の女」.bmpフランス軍中尉の女.jpgThe Collector John Fowles.jpg 1963年発表のイギリスの小説家ジョン・ファウルズ(1916‐2005)『コレクター』 (The Collector)は、映画化作品('65年、テレンス・スタンプ主演)でも有名ですが、イギリス人女性とフランス人男性の不倫を描いた映画「フランス軍中尉の女」('81年、メリル・ストリープ主演)の原作者も彼であることを知り、サイコスリラーからメロドラマまで芸域が広い?という印象を持ちました。後に考えるに、映画「フランス軍中尉の女」がハロルド・ピンターの脚色であることに原因があった模様で、映画では、現代の役者が19世紀を舞台とした『フランス軍中尉の女』の映画化作品を撮影する間、映画と同じような事態が役者達の間で進行するという入れ子構造になっていることからも、完全にピンターの作品になっていると言え、映画は映画として見るべきか。

the collector 1965.jpg 『コレクター』の方のストーリーは、蝶の採集が趣味の孤独な若い男が、賭博で大金を得たのを機に仕事をやめて田舎に一軒家を買い、自分が崇拝的な思慕を寄せていた美術大学に通う女性を誘拐し、地下室にに監禁する―、というもの。
"The Collector " ('65/UK)
The Collector.jpg 日本でも女児を9年も監禁していたという「新潟少女監禁事件」とかもあったりして、何だか今日の日本にとって予言的な作品ですが、原作は、独白と日記から成る心理小説と言ってよく、人とうまくコミュニケーション出来ない(当然女性を口説くなどという行為には至らない)社会的不適応の男が、自分の思念の中で自己の行為を正当化し、さらに一緒にいれば監禁女性は自分のことを好きになると思い込んでいるところがかなり怖い。

the collector 1965 2.jpg しかし、性的略奪が彼の目的でないことを知った女性が彼に抱いたのは「哀れみ」の感情で、彼女の日記からそのことを知った男はかえって混乱する―。
サマンサ・エッガー
サマンサ・エッガー_2.jpg 文芸・社会評論家の長山靖生氏は、この作品の主人公について「宮崎勤事件」との類似性を指摘し、共に「女性の正しいつかまえ方」を知らず、実犯行に及んだことで、正しくは"コレクター"とは言えないと書いてましたが、確かにビデオや蝶の「収集」はともかく、この主人公に関して言えば女性はまだ1人しか"集めて"いないわけです。しかし、作品のラストを読めば...。

 映画化作品の方も、男が監禁女性を標本のように愛でるのは同じですが、彼女に対する感情がより恋愛感情に近いものとして描かれていて、結婚が目的となっているような感じがして、ちょっと原作と違うのではと...。

 テレンス・スタンプの代表作として知られているものの(カンヌ国際映画祭男優賞受賞)、ヒロインを演じたサマンサ・エッガーの演技も悪くなかったです(カンヌ国際映画祭女優賞受賞。ゴールデングローブ賞主演女優賞(ドラマ部門)も受賞している)。結構SMっぽい場面もあったりして、「ローマの休日」を撮ったウィリアム・ワイラーの監督作品だと思うと少し意外かも。

萌える男.jpg 「萌え」評論家?の本田透氏は、「恋愛」を追い求めるという点で(レイプ犯とは異なり)主人公はストーカー的であると言ってましたが(『萌える男』('05年/ちくま新書))、これは映画を見ての感想のようですが、確かに「娼婦ならロンドンに行けばいくらでも買える」だけの大金を主人公が持っていたことは、本作品を読み解くうえで留意しておいた方がいいかも。但し、映画での主人公が異常性愛っぽいのに対し、原作での主人公はセックス・レスに近いとも言えるかと思います。

the collector 1965 3.jpg「コレクター」●原題:THE COLLECTOR●制作年:1965年●制作国:イギリス・アメリカ●監督:ウィリアム・ワイラー●製作:ジョン・コーン/ジャド・キンバーグ●脚本:スタンリー・マン/ジョン・コーン/テリー・サザーン●撮影:ロバート・サーティース/ロバート・クラスカー●音楽:モーリス・ジャール●原作:ジョン・ファウルズ●時間:119分●出演:テレンス・スタンプ/サマンサ・エッガー/モナ・ウォッシュボーン/モーリス・ダリモア●日本公開:1965/08●配給:コロムビア映画(評価:★★★☆)

フランス軍中尉の女04.jpg「フランス軍中尉の女」●原題:THE FRENCH LIEUTENANT'S WOMAN●制作年:1981年●制作国:イギリス●監督:カレル・ライス●製作:レオン・クロア ●脚本:ハロルド・ピンター●撮影:フレディ・フランシス●音楽:カール・デイヴィス●原作:ジョン・ファウルズ●時間:123分●出演:メリル・ストリープ/ジェレミー・アイアンズ/レオ・マッカーン/リンジー・バクスター/ヒルトン・マクレー●日本公開:1982/02●配給:ユナイテッド・アーチスツ●最初に観た場所:六本木・俳優座シネマテン(82-05-06)●2回目:三鷹文化(82-11-06)(評価:★★☆)●併映(2回目):「情事」(ミケランジェロ・アントニオーニ)
 
 【1984年新書化[白水Uブックス(上・下)]】

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カオス・シチリア物語2.jpg 村の掟を破った息子を銃殺する父。凄まじきかな、父性原理。

『エトルリヤの壷 他五編』.jpgエトルリヤの壷.jpg Prosper Mérimée.jpg Prosper Mérimée(1803-1870)
エトルリヤの壷―他五編 (1971年)』 岩波文庫改版版 
パオロ&ビットリオ・タヴィアーニ 「カオス・シチリア物語 [DVD]

エトルリヤの壷2.JPG 1829年発表のフランスの作家プロスペル・メリメ(1803‐1870/享年66)の作品。メリメは『カルメン』の作者として知られる作家で、考古学者・美術史家・言語学者でもあり、元老院議員にまで出世する一方、社交界で浮名を流すなどした人で、フランス人でありながら、スペインやイタリアを舞台にした小説が多いのは、実際にそうした方面に旅行したことと、多言語を解する語学力によるところが大きいようです。

 本書『エトルリヤの壷』(岩波文庫の改版前の初版刊行は昭和3年と旧い)は、そのメリメの短篇6篇を集めたもので、うわさ話に振り回されて自分で自分を滅ぼしてしまう男を描いた表題作など、人間の心理的葛藤や人生の皮肉を端的に描いたものが多いです。

コルシカ紀行.jpg その中でも「マテオ・ファルコーネ」は、やや異彩を放つもので、19世紀のコルシカ島の村での話ですが、この話に衝撃を受けた作家の大岡昇平は、そのルーツを探るためにコルシカ島を訪れ、『コルシカ紀行』('72年/中公新書)を著しています(但し、コルシカ島の県庁所在地バスティア市の博物館で、探していた「コルシカの悲劇的歴史」に纏わる文献が、金庫が錆びていて開かなかっため閲覧できず、館長から後で贈るという約束を取り付けるも、結局は送ってこなかったなど、結構"空振り"の多い旅行になっている)。

大岡 昇平『コルシカ紀行 (中公新書 307)』['72年/中公新書]

マテオ・ファルコーネ05.jpgMateo Falcone (1829).bmp 若い頃から射撃に優れ、村人の人望もあった羊飼いマテオ・ファルコーネは、妻と3人の娘、そして最後に生まれた男の子とともに自活的な農牧生活を送っていた―。そんなある日、マテオ一家が留守中に、憲兵に追われ村に逃れてきたお尋ね者が家にやって来て、1人留守を預かっていた10歳の息子は、一旦は彼を隠すのですが(伝統的にその村には、官憲などに追われている人をかくまう「掟」があった)、憲兵の「居場所を教えれば時計をやる」という言葉に負けて、お尋ね者を隠した場所を教えてしまい、彼は捕えられます。そのとき家に戻ってきたマテオに向かって男は「ここは裏切り者の家だ!」と叫び、すべてを察したマテオは、自分の息子を窪地へ連れて行き、大きな石のそばに立たせ、お祈りするよう命じ、終わるや否や、泣いて命乞いする本人や妻の制止を振り切って息子を銃殺するという話。

 簡潔な写実と会話を連ねた飾り気のない文章ゆえにかえって凄惨な印象を受け、この話を西洋的な父性原理の象徴と見るむきもあれば(それにしても凄まじい!)、運命的悲劇との捉え方もあり、また小説とは言えないという見方もあるようですが、確かに一種の「説話」のような感じがしました(小説的良し悪しを言うのが難しい)。文庫で20ページしかない短篇のほとんどのあらすじを紹介してしまったので、ラストの父親の"決めゼリフ"だけは書かないでおきます。

カオス・シチリア物語1.jpg 尚、この短編集の表題作「エトルリアの壺」は、パオロ&ビットリオ・タヴィアーニ監督のシチリアの説話を基にしたオムニバス映画「カオス・シチリア物語」('84年/伊)の中の一話「かめ(甕)」として映画化されています(翻案:ルイジ・ピランデッロ)。

カオス・シチリア物語 甕.jpg 欲しい物は全て手に入れたはずなのに、さらに多くを欲する大地主ドン・ロロがが購入した巨大なオリーブ油を入れる瓶-それは彼の権力の象徴であったが、そんな瓶が壊れてしまい、それをどうしても直したい彼は、瓶を修理することが出来る奇跡の技を持つ老職人を雇うが、職人は修理完了後に瓶の中から出られなくなる。ロロは瓶を壊すことを拒むが、職人は稼いだ金を使って村人達を集め、瓶を囲んでの宴会を繰り広げる。皆が職人を好いているように見えるのが気に入らないロロだったが、嫉妬が頂点に達した時、彼は遂に瓶を壊してしまう-。

「カオス・シチリア物語」.JPG ロロという人物にも、マテオ・ファルコーネに通じる男性原理が感じられる一方、人は所詮は全てを独占することなど出来ず、独占するのではなく共有することがいうことに価値があることを喩えとしてを教えているようにも思える作品であり(ここでは、男性原理のある種"限界性"が描かれているとも言える)、タヴィアーニ兄弟は、このメリメ原作の物語をはじめ、シチリアの"混沌"という意のカオス村(兄弟の生まれ故郷でもあるらしい)を舞台にした素朴な人間たちのドラマを、7つの挿話にわけて美しい映像のもと描いています。

ドン・ローロのつぼ02.jpgドン・ローロのつぼ01.jpg 因みに、この映画に触発されて、絵本作家の飯野和好氏が、この「壺」の寓話を、『ドン・ローロのつぼ』('99年/福音館書店(年少版 こどものとも)という絵本にしています。

              
                          

カオスシチリア物語.jpgカオス・シチリア物語KAOS 1984.jpg 「カオス・シチリア物語」●原題:KAOS●制作年:1984年●制作国:イタリア●監督・脚本:パオロ&ビットリオ・タヴィアーニ●製作:ジュリアーニ・G・デ・ネグリ●撮影:ジュゼッペ・ランチ●音楽:ニコラ・ピオヴァーニ●原作:ルイジ・ピランデッロ●時間:187分●出演:マルガリータ・ロサーノ/オメロ・アントヌッティ/ミコル・グイデッリ/ノルマ・マルテッリ/クラウディオ・ビガリ/ミリアム・グイデッリ/レナータ・ザメンゴ/マッシモ・ボネッティ●日本公開:1985/08●配給:フランス映画社●最初に観た場所:高田馬場東映パラス(87-10-03)(評価:★★★★)

高田馬場a.jpg高田馬場・稲門ビル.jpg高田馬場東映パラス 入り口.jpg高田馬場東映パラス 高田馬場・稲門ビル4階(現・居酒屋「土風炉」)1999年頃閉館

①②高田馬場東映/高田馬場東映パラス/③高田馬場パール座/④早稲田松竹


 【1928年文庫化・1971年改版[岩波文庫]/1960年再文庫化[角川文庫(『マテオ・ファルコーネ-他五編』)]】

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精神の自由と人生の快楽を求めた生き方の天才の自伝的処女長編。

北回帰線 新潮社 1953.jpg北回帰線.jpg 『北回帰線 (新潮文庫)』 ヘンリー・ミラー『愛と笑いの夜』.gif愛と笑いの夜 (1968年)』 河出書房 (吉行淳之介:訳/池田満寿夫:装幀)

Henry Miller.jpg 1934年パリにおいて発表された米国の作家ヘンリー・ミラー(1891‐1980)の自伝的処女長編『北回帰線』(Tropic of Cancer)は、30歳過ぎで渡仏しパリで送ったボヘミアンな生活が詩的に、ただし汚辱と猥雑さに満ち満ちて綴られていています。
Henry Miller (1891‐1980/享年88)

 主人公の30歳に近い「わたし」は、ニューヨークの電報会社で猛烈に働くサラリーマンだが(まったくミラー自身の経歴と同じ)、現代社会がもたらす人間疎外を痛感、芸術家になるために「自己の内面に突き進む」決心をする。女性との交わりもその試金石の1つだったが、彼がその中に聖性を見い出したかのように思った女性は、実は単なる見栄っ張りな俗物に過ぎなかった―。

ペーパーバック『北回帰線』.jpg パリでの生活は、言わばミラー版「巴里のアメリカ人」と言ったところで、ただし映画「巴里のアメリカ人」とは違って、淑女より娼婦の方がいっぱい出てきて、その他にも、明るいユダヤ系ロシア系とか、おかしなインド人とか様々な人物が登場し、ちょっとタガが外れたインターナショナルな雰囲気で、その中に自分がアメリカ人であることを意識しているミラーがいるような気がしました。
 
 社会のアウトローになることを恐れず(ただし彼は、友人を作るという処世術に長けていた)、自らの信念に沿って精神の自由と人生の快楽を求め、それを心から享受できる彼は、まさにオリジナルな生き方の天才!('60年代に"ヒッピー"の教祖みたいになったこともあった)。そして、アナイス・ニンなどのスポンサードでその希代の文学的才能を開花させ、アメリカ文学に今まで無かった地平を切り開いたのがこの作品です。
ペーパーバック『北回帰線』

Henry MILLER.jpg かつて新潮文庫では『北回帰線』『南回帰線』『セクサス』『ネクサス』までカバーしていて順番に読んだ記憶がありますが、今あるのは『北回帰線』と『南回帰線』だけで、この2作がやはり代表作であることは確か。
 完成度から言えば『南回帰線』の方が高いのかも知れませんが、『北回帰線』には荒削りでダダイスティックな魅力があり、"自動記述"などいろいろな文学的実験が自由奔放になされています(大久保康雄訳には、その辺りを訳出する苦心の跡が窺える)。
Henry MILLER, at home, photo by Henri Cartier-Bresson, 1946

愛と笑いの夜.jpg愛と笑いの夜 福武文庫.jpg パリで発表された当時、『北回帰線』は米英では発禁処分になっていたので、『北回帰線』出版後も、パリから渡英する際にミラーが係官に自分の身分を証明するのに苦労して、「自分にはTropic of Cancer(北回帰線)という著書がある」と言ったところ癌(Cancer)に関する医学書と間違われたという話が、『愛と笑いの夜』(吉行淳之介訳・'68年/河出書房、'76年/角川文庫、'86年/福武文庫)所収の「ディエップ=ニューヘイヴン経由」という短編の中にありました。

 1955年発表のこの短篇集(原題:Nights of Love and Laughter)は、「ディエップ=ニューヘイヴン経由」のほかに、「マドモアゼル・クロード」「頭蓋骨が洗濯板のアル中の退役軍人」「占星料理の盛り合せ」「初恋」を所収していますが、ミラーの長編とは異なるオーソドックスな表現方式と、意外と純な性格面が窺えて(特に、自分の体験をモチーフにしたと思われる「初恋」)興味深いです。

『愛と笑いの夜』 角川文庫 〔'76年〕/福武文庫 〔'86年〕


『北回帰線』...【1969年文庫化〔新潮文庫〕/2004年単行本〔水声社〕】
『愛と笑いの夜』...【1976年文庫化[角川文庫]/1986年再文庫化[福武文庫]】
 

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自殺することが救いとなり得るかという究極の問いかけ。ブレッソンの映画化作品がいい。

少女ムーシェット 単行本.jpg少女ムーシェット.jpg 『少女ムーシェット』晶文社 悪魔の陽のもとに.jpg悪魔の陽のもとに』春秋社〔'99年新装版〕

 1926年に発表されたフランスのカトリック作家ジョルジュ・ベルナノス(1888‐1948)の『悪魔の陽の下に』の第1部にあたる「少女ムーシェット」を元に、作者自身が単独の物語として翻案したもので、病気の母、乱暴な父のいる貧しい家庭で、同年代からも侮蔑され、身勝手な大人たちからは弄ばれ、生の暗闇の中で喘ぐ孤独な少女を描いたものです。

 すべてに絶望した少女は最後に自殺しますが、カトリックは自殺を容認しないはずで、カトリック作家がこうした作品を書いていること自体がある意味驚きと言えるかもしれません。
 しかし、その少女が死に至るまでの状況は、仮に自分がキリスト者であれば、果たして神はいるのかと問いたくなるような絶望的なもので、一方で彼女の自死の部分の描写には不思議な清澄感があり、救いとは何かという宗教的な問いかけを、キリスト者であるなしに関わらず読者に投げかけてくる作品です。

少女ムシェット2.jpg 本書を読んだきっかけは、ロベール・ブレッソン(1901‐1999)監督の映画化作品少女ムシェット」('67年)を観たためで、この映画化作品は、原作の本題である、「死」は14歳の少女にとって唯一の救いであったと言えるのでないかという問いを、観る者に切実に突きつけてきます。

ロベール・ブレッソン (原作:ジョルジュ・ベルナノス) 「少女ムシェット」 (67年/仏) (1974/09 エキプ・ド・シネマ) ★★★★★

 『少女ムーシェット』のベースになってる『悪魔の陽の下に』におけるムーシェットの人物像は、本書におけるそれよりも蠱惑的で、男をたぶらかしては逆に捨てられ、悪に手を染める16歳の少女として描かれていますが、最後は罪の意識に目覚めて自殺するといったもので、3部構成の第2部はまるでベルイマン映画のような神父と悪魔の闘いが、第3部ではまるでカール・テオドア・ドライヤーの映画のような奇跡が描かれています。
 因みにこの「悪魔の陽の下に」も映画化されていて('87年)、カンヌ映画祭のパルム・ドールを獲っています。

 ロベール・ブレッソンも凄い監督ですが、ジョルジュ・ベルナノスというのも凄い。但し、個人的には、先に映画を観てロベール・ブレッソンのに凄さに圧倒されてしまった面があります。

 【『少女ムーシェット』...1971年単行本〔昌文社〕/『悪魔の陽の下に』...1954年単行本〔新潮社〕(『現代フランス文学叢書』)・1981年単行本〔国書刊行会(『世界幻想文学大系11』)〕・1989年単行本・1999年新装版〔春秋社(『悪魔の陽のもとに』)〕/「新ムーシェット物語」...1977年全集〔春秋社(『ジョルジュ・ベルナノス著作集2』)〕】

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字縄を綯うが如き構成と強烈なキャラクター群。「第1の主人公」は誰?

Light in August William Faulkner.jpg八月の光.jpg 八月の光2.bmp  William Faulkner .jpg 加島祥造.jpg
八月の光』新潮文庫 〔旧版/新装版〕   W.Faulkner(1897-1962/享年64)/加島祥造(1923-2015/享年92

"Light in August: The Corrected Text (Vintage International)"

 1932年発表のアメリカの作家ウィリアム・フォークナー(1897‐1962)の代表作の1つで、彼がよく自らの作品に用いたアメリカ南部の架空の町ジェファスンを舞台に、その地で起きる1週間の出来事を、男女2人の主人公を交互に登場さLight in August.jpgせて字縄を綯うが如く繋いでいきますが、回想場面で時間が何回も戻るなど構成はかなり複雑で、ミステリ的要素もあります。

 〈ジョー・クリスマス〉という名の第1の主人公―、自らを"呪われた"黒人の血が混じった白人だと信じる殺人逃亡犯の男と、もう1人の主人公で、自分を妊娠させた男を探す旅の過程でこの町を通過する〈リーナ・グローヴ〉という楽天家でお腹の大きな娘は、最後まで交錯することがなく、その物語構成に、「えっ、ミステリとしての終らせ方はしないのだ」という新鮮味をまず感じました。
Light in August is a 1932 novel by William Faulkner.

 しかし、そもそも〈ジョー・クリスマス〉がなぜ殺人を犯したのか、そのこと自体何の説明もされておらず、彼は雑誌を読んでいる間に殺人を思いたち、まぶしい太陽の光を目に受けてそれを決行する...。そして、そのために彼は住民に追い詰められリンチによって殺されることになる(これはカミュの『異邦人』か?と思ってしまう)。

 一方で、この〈ジョー・クリスマス〉という男が、差別と偏見の下で"救われることがない"ジャン・バルジャンみたいな描かれ方もされており、それでいてその心の闇には強く引き込まれるものがあり、個人的にはロベール・ブレッソン監督の映画「ラルジャン」の主人公などを想起しました(共に、自分の恩人を惨殺してしまうという点で共通している)。

 加えて〈ハイタワー〉という破戒牧師や〈バイロン・バンチ〉という中年男など強烈なキャラクターが登場し、これらの名前はしばらく忘れることができそうにありません。

 個人的には〈ジョー・クリスマス〉を「第1の主人公」としましたが、これらに比べると、物語の半分を占める〈リーナ・グローヴ〉というのはインパクトが弱く、何故いるのかよく分りませんでした。
 ところが翻訳者の加島祥造氏は、〈リーナ・グローヴ〉こそ、この物語の「第1の主人公」と見ているようで、解説を読んで、今度は自分の中で文学的な新たなミステリが始まったという感じでした。

 今でも、自分の中では〈ジョー・クリスマス〉が「第1の主人公」なのですが、人間の心の闇を描いてアメリカ文学の中でも最高峰に位置する作品ではないかと思います。

【2016年再文庫化(諏訪部浩一:訳) [岩波文庫(上・下)]】

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死の間際を悲劇的・皮肉的に描く短篇集。結末1行の意外性が見事。
アンブローズ・ビアス いのちの半ばに.jpg ビアス短篇集.jpg ふくろうの河.jpg
いのちの半ばに (岩波文庫)』『ビアス短篇集』/ロベール・アンリコ監督 「ふくろうの河」/An Occurence at Owl Creek Bridge(「トワイライトゾーン」の一話として)

Ambrose Bierce.jpg 1891年刊行のアメリカの作家アンブローズ・ビアス Ambrose Gwinnett Bierce (1842‐1914?)の短篇集『いのちの半ばに』(In the Midst of Life)から7篇を収めています(『いのちの半ばに』 '55年/岩波文庫)。
 ビアスはエドガー・アラン・ポーの後継者とも言われた作家で(没年が不詳なのは、1913年の年末に知友に宛てた手紙を最後に失踪したため)、本書にあるのは、〈死の間際〉にある人間の極限や神秘をミステリアスに、或いはその過程や結末を悲劇的または皮肉的に描いたものが殆どです。
Ambrose Bierce

 「アウル・クリーク橋の一事件」は、まさに今死刑を執行されようとする男が体験したことの話で、これは一般に「メリーゴーランド現象現象」「走馬燈現象」「パノラマ視現象」などの名で呼ばれているものでしょうか。

ふくろうの河1.jpgふくろうの河2.jpg 原作もいいけれど、「冒険者たち」の監督ロベール・アンリコによる本作の映画化作品「ふくろうの河」(La Rivière du Hibou/'61年/仏)も良くて、逃走する主人公の息づかいが聞こえる緊張感に、モノクロならではの瑞々しさが加わった傑作短篇映画となっています。

ふくろうの河3.jpg  セリフも音楽もほとんど無く、アテネフランセで英字幕版で久しぶりに観ましたが、充分堪能することができました(1962年カンヌ国際映画祭パルム・ドール賞(短編部門)、1963年アカデミー賞短編実写賞受賞作。あの淀川長治氏のお薦め作品でもあった)。

 昨年('06年)、日本語字幕版DVDがリリースされましたが、表題作(第3部「ふくろうの河」)は米TVシリーズ「トワイライトゾーン」の一話としても放映されたことがあります(リメイクではなく、ロベール・アンリコの作品をそのまま)。

An Occurence at Owl Creek Bridge ( La rivière du hibou)

 「アウル・クリーク橋の一事件」もそうですが、結末の一文で読者を唸らせる意外性にエンタテインメントとしての完成度の高さを感じ、「生死不明の男」「人間と蛇」「ふさがれた窓」などは本当にその一文(1行)で決まりという感じです。「生死不明の男」のタイム・パラドックスもいいけれど、特に、「ふさがれた窓」のラスト一文は、強くぞっとするイメージを湧かせるものでした。

芥川龍之介.bmp  ビアスを日本に紹介したのは、彼を短篇小説の名手と絶賛していた芥川龍之介だったそうですが、『侏儒の言葉』などには『悪魔の辞典』のア乱歩の選んだベスト・ホラー.jpg短篇小説講義.jpgフォリズムの影響も見られるし、ビアス作品全体に漂うアイロニカルな死のムードも、彼には結構身近に感じられ(?)惹かれたのではないかと思います。

 その他にも、筒井康隆氏が『短篇小説講義』('90年/岩波新書)の中で「アウル・クリーク橋の一事件」を取り上げているし、『乱歩の選んだベスト・ホラー』('00年/ちくま文庫)という本では「ふさがれた窓」が紹介されています。

La rivière du hibou(1962 Short Film).jpg「ふくろうの河」仏.jpg「ふくろうの河」●原題:LA RIVIERE DU HIBOU●制作年:1961年●制作国:フランス●監督・脚本:ロベール・アンリコ●撮影:ジャン・ボフェティ●音楽:アンリ・ラノエ●原作:アンブローズ・ビアス「アウル・クリーク橋の一事件」●時間:95分(第3部「ふくろうの河」23分)●出演:ロジェ・ジャッケ/アン・コネリー/サミー・フレイ●日本公開:1963/09●配給:東和●最初に観た場所:ACTミニシアター (84-02-05)(評価:★★★★)●併映:「カビリアの夜」(フェデリコ・フェリーニ)/「フェリーニの監督ノート」(フェデリコ・フェリーニ)/「チャップリンのノックアウト」(チャールズ・チャップリン)/「聖メリーの鐘」(レオ・マッケリー)/「お熱いのがお好き」(ビリー・ワイルダー)
La rivière du hibou(1962 Short Film) 「ふくろうの河」(La Rivière du Hibou) 仏版DVD

トワイライトゾーン.jpg「トワイライトゾーン (ミステリーゾーン)」The Twilight Zone (CBS 1959~64) ○日本での放映チャネル:日本テレビ(1960)/TBS(1961~67)/AXN

 【1955年文庫化[岩波文庫(西川正身訳)〕/1987年文庫化[創元推理文庫(中村能三訳『生のさなかにも』〈26篇収録〉)〕/2000年再文庫化[岩波文庫(大津栄一郎訳『ビアス短篇集』〈15篇収録〉)〕】

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青春や人生を無駄に過ごした絶望感を描く。映画化作品の方もいい。

ワーニャ伯父さん(ポスター).jpg ワーニャ伯父さん2.jpg かもめ・ワーニャ伯父さん〔旧〕.jpg かもめ・ワーニャ伯父さん.jpg
映画 「ワーニャ伯父さん」 ポスター/「ワーニャ伯父さん」より/『かもめ・ワーニャ伯父さん (新潮文庫)』(旧版/新版)

 1896年発表の「かもめ」と1899年発表の「ワーニャ伯父さん」は、ともに19世紀末の帝政ロシアの田園を舞台としたアントン・チェーホフ(1860‐1904)の戯曲で、「かもめ」は演劇女優の夢を抱く娘ニーナがヒロイン、「ワーニャ伯父さん」は知的世界で活躍する義兄のために永く農園を守ってきた初老の男ワーニャが主人公です。

チェーホフ・魂の仕事.jpg 「かもめ」の女主人公ニーナは、自分を愛してくれる青年トレープレフ(この作品の悲劇的な男主人公)を諦めてまでも女優の道を選ぼうと有名な作家トリゴーリン(作者がモデルか?)の下に走りますが、作家の態度がはっきりせず夢破れて実家に帰ります。
 一方ワーニャ伯父さんは、大学教授を退官した義兄が都会生活の中で利己的な俗物になってしまったことを知り、教授の若い妻への思慕もはかなく破れ、絶望と憤怒にかられて彼を射殺しようとしますが―。

 両作品とも、貴重な青春、貴重な人生を無駄に過ごしたということに気づいたとき、人はどうなるかということが残酷なまでに描かれています。
 しかし、これらの作品の主人公たちは精神の極端な緊張状態に置かれるため、彼らの夢や希望が危機にさらされているのに、彼ら自身はまるで喜劇の人物に見え、そのため、チェーホフ自身もこれらの戯曲を喜劇と呼んでいます(「かもめ」には"四幕の喜劇"という副題がある)。

「チェーホフ・魂の仕事」('02年/国立劇場)ポスター

 この2作品はやはり外観的には悲劇だと思いますが、主人公の内面においてその結末は明暗を分けている感じで、若いニーナの方は、田園に戻ることで自分を見つめ直し、自身の再生と自由を確信しますが(女性宇宙飛行士テレシコワの「私はかもめ」は、この時のニーナの台詞)、初老のワーニャ伯父さんにはもう何も残されておらず、作品としてより深い虚無感に覆われています。医者への愛に同じく破れ農園に残ることになった姪ソーニャの、彼に対する優しさだけが救いでしょうか。

Фильм Чайка 1971.jpgかもめ2.jpg ともに'70年に旧ソ連で映画化されていて、監督は「かもめ」がユーリー・カラーシク、「ワーニャ伯父さんが」がアンドレイ・ミハルコフ=コンチャロフスキー(ニキータ・ミハルコフ の兄)。元が戯曲なので原作と映画の違和感が無く、しっとりとした情感が味わえます。
Дядя Ваня 1971.jpgインノケンティ・スモクトゥノフスキー.jpg 映画でニーナを演じたリュドミラ・サベーリエワ(ロシア映画「戦争と平和」の主演女優で、「ひまわり」でソフィア・ローレンがマルチェロ・マストロヤンニを訪ねていったときに、彼の傍にいた女性)、ワーニャ伯父さん役の名優インノケンティ・スモクトゥノフスキー(1925-1994)(「チャイコフスキー」('70年)、「罪と罰」(年)、「鏡」('80年)など)の演技は、いずれもロシア映画史上に残る素晴らしいものでした。

   
岩波文庫創刊書目[復刻]全23冊.jpg 因みに『ワーニャ伯父さん』は、『伯父ワーニャ』のタイトルで1927(昭和2)年7月刊行の岩波文庫の創刊ラインアップに入っており(中村白葉:訳)、当時から名作の定番だったということになりますが、戯曲ということでの親しみ易さもあったのではないでしょうか(チェーホフ作品は『桜の園』も同じく創刊ラインアップにある)。この岩波の旧版も以前所持していたのですが、どこかへいってしまった...。'06年に『岩波文庫創刊書目23冊』として復刻刊行されていますが、"23冊セット販売"であるため、原則バラでは買えません。
岩波文庫創刊書目[復刻]全23冊['06年]「岩波文庫創刊書目 復刻―付 創刊広告(東京朝日新聞・昭和2年7月掲載)

ビデオ「かもめ」(Russia)主演:リュドミラ・サヴェーリエワ
かもめ 1971.jpgかもめ1971.jpg「チェーホフのかもめ」●原題:EHAIKA(Чайка)●制作年:1971年●制作国:ソ連●監督・脚本:ユーリー・カラシク●撮影:ミハイル・スースロ●音楽:アレクサンダー・シニートケ●原作:アントン・チェーホフ「かもめ」●時間:100分●かもめ.jpg出演:リュドミラ・サヴェーリエワ/ウラディーミル・チュトベリコフ/アッラ・デミートワ/ニコライ・プロートニコフ●日本かもめ .jpg公開:1974/11●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:池袋文芸坐(79-11-09) (評価 ★★★★☆)●併映:「ワーニャ伯父さん」(アンドレ・ミハルコフ=コンチャロフスキー)
 
「ワーニャ伯父さん」主演:インノケンティ・スモクトゥノフスキー
Wanya Ojisan (1971).jpgДядя Ваня 1971 poster.jpgUncle Vanya ( Dyadya Vanya) (1970).jpgワーニャ伯父さん3.jpg「ワーニャ伯父さん」●原題:DYADYA VANYA(Дядя Ваня)●制作年:1971年●制作国:ソ連●監督・脚本:アンドレイ・ミハルコフ=コンチャロフスキー●撮影:ゲオルギー・レルベルグ●音楽:アルフレード・シニートケ●原作:アントン・チェーホフ「ワーニャ伯父さん」●時間:100分●出演:インノケンティ・スモクトゥノフスキー/イリーナ・ミロシニシェンコ/イリーナ・クプチェンコ/ウラジミール・ザリジン/セルゲイ・ボンダルチュク●日本公開:1972/09●配給:ATG●最初に観た場所:池袋文芸坐(79-11-09) (評価 ★★★★★)●併映:「チェホフのかもめ」(ユーリー・カラシク)
「ワーニャ伯父さん」輸入版ポスター/DVD(Russia)/VHS(日本・絶版)

文芸坐休館.jpg文芸坐.jpg池袋文芸坐 1997(平成9)年3月6日閉館/2000(平成12)年12月12日〜「新文芸坐」

  
 
 
映画「ワーニャ伯父さん」

ワーニャ1.png ワーニャ2.png

ワーニャ3.png ワーニャ4.png

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反体制文学だが、「人間」と「労働」の関係を考えさせられた。
Один день Ивана Денисовича.jpg  イワン・デニーソヴィチの一日〔旧〕.jpg イワン・デニーソヴィチの一日.jpg    イワン・デニーソヴィチの一日 チラシ.jpg 『イワン・デニーソヴィチの一日』.jpg 
"Ivan Denisovich"/『イワン・デニーソヴィチの一日』 新潮文庫〔旧版/新版〕/「イワン・デニーソヴィチの一日」チラシ・ビデオ
ONE DAY IN THE LIFE OF IWAN DENISOVICH.jpg 1962年に発表されたロシアの作家アレクサンドル・ソルジェニーツィン(Александр Исаевич Солженицын)の処女作『イワン・デニーソヴィチの一日』(Оди́н день Ива́на Дени́совича Odin den' Ivana Denisovicha、英語 One Day in the Life of Ivan Denisovich)は、自らの収容所体験を基に、旧ソビエトのラーゲル(収容所)で強制労働に従事する主人公の1日を描いた作品で、世界的ベストセラーになりました。
"One Day in the Life of Ivan Denisovich"

 主人公は普通の農民でしたが、大戦中にドイツ軍のスパイと疑われて、10年の強制労働を命じられてラーゲル送りとなり、小説はその8年目のある日(と言っても特別な1日ではない)を描いています。

 妻子と離れ極寒の地で、名前ではなく番号で呼ばれ、有刺鉄線に囲まれ警察犬と看守に見張られながら、ひたすらブロック積みの作業に従事する―こうした端的な"使役される状況"の中で、主人公が、ブロック作業を効率的かつ完璧に行うことにいつしか没頭し、その出来ばえに達成感を感じる場面には、「人間」と「労働」の関係を考えさせられました。

 「人はパンのみにて生きるにあらず」という言葉がありますが、一方でこの小説には"パン"の有難さが滲み出ていて、主人公も、作業場のコックをごまかして昼食の雑炊を1人前多くせしめたことに、大いなる満足感を得ています。そして、営倉にも入れられずに済んだ、「ほとんど幸福とさえ言える一日」を終える―。

 反体制文学なのですが、この小説を21世紀に読むことがアナクロニズムだとは思いません。過酷な境遇を自分の中で"日常化"してしまうことで生き続ける「人間」を描いていて、それを"麻痺"として捉えるのではなく、人間の根源的な生命力として捉えている点に、普遍性(または普遍的な問題の提起)があるように思えます。

イワン・デニーソヴィチの一日0.jpgOne Day In The Life Of Ivan Denisovich.jpg '71年に英国で映画化されましたが、原作に忠実である分少し地味にならざるを得ず(劇的な変化がないことがテーマの1つ)、個人的に注目した「労働」に関する部分よりも、1日を終えた安らぎのようなものにウェイトが置かれて描かれていたような気がしました。文芸座の「ソビエト映画祭」のような企画で観ましたが、スタッフもキャストもほぼ全員イギリス人なので(当然、英語で喋っている)、本場モノに混じるとやはり見劣りがするような...(それを言うと、「ドクトル・ジバコ」なども「所詮アメリカ映画じゃないか」ということになってしまうのだが)。
One Day In The Life Of Ivan Denisovich (1971/UK)
「イワン・デニーソヴィチの一日」●原題:ONE DAY IN THE LIFE OF IWAN DENISOVICH●制作年:1971年●制作国:イギリス●製作・監督:キャスパー・リード●音楽:アーン・ノーディム●原作:アレクサンドル・ソルジェニーツィン●時間:100分●出演:トム・コートネイ/アルフレッド・バーク/ジェームズ・マックスウェル/エリック・トンプソン/エスペン・スクジョンバーグ●日本公開:1974/06●配給:NCC●最初に観た場所:池袋文芸坐(79-11-16) (評価★★★)●併映「エゴール・ブルイチョフ」(セルゲイ・ソロビヨフ)

1970年にノーベル文学賞を受賞し、報道陣に語るアレクサンドル・ソルジェニーツィン氏(AP通信).jpg

1970年にノーベル文学賞を受賞し、報道陣に語るアレクサンドル・ソルジェニーツィン氏。スウェーデン、ストックホルム。(AP通信)

 【1963年文庫化・2005年改訂版[新潮文庫]/1971年再文庫化[岩波文庫]】

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19世紀後半のフランス炭坑労働者の悲惨な実態を、一筋縄でなく描く。
「居酒屋」(1956).jpg ジェルミナール.gif 19801571_1.jpg ジェルミナルGerminal.jpg  「地下水道」 dvd.jpg
ルネ・クレマン映画「居酒屋 HDマスター DVD」(マリア・シェル)/『ジェルミナール 上 (岩波文庫 赤 544-7)』 岩波文庫 (全3冊)〔旧版/改版版〕/ 映画 「ジェルミナルGerminal」/アンジェイ・ワイダ映画「地下水道 [DVD]

世界の文学23 ゾラ ジェルミナール.jpgジェルミナールfolio版.jpgエミール・ゾラ.jpg 1885年の原著発表のフランスの作家エミール・ゾラ(Emile Zola、1840‐1902)による作品で、彼の膨大な小説群「ルーゴン・マッカール双書」の中では『居酒屋』(1877年発表)、『ナナ』(1879年発表)と並ぶ代表作。

ルーゴン・マッカール双書 folio版
世界の文学〈第23〉ゾラ (1964年)ジェルミナール

 舞台は1860年代の北フランスの炭鉱町で、主人公のエチエンヌは、元は機械工だったが職を失ってここに移り住み、そこで坑夫の娘で自身も炭坑で働くカトリーヌに恋をし、自分も坑夫として働くようになる。過酷な炭坑の労働、採鉱会社と労働者の対立、資本家の搾取、ロシアから亡命してきたアナーキストの影響などを通して彼は社会主義思想に目覚めるが、長期ストライキの末の反乱は軍隊によって制圧され、アナーキストの破壊工作で地下水脈が破裂して、エチエンヌはカトリーヌとともに坑内に閉じ込められてしまう―。

映画「居酒屋」パンフ.jpg映画「居酒屋」.jpg ゾラと言えば、『居酒屋』で知られる自然主義の作家ですが(ルネ・クレマン監督(1913-1996)の映画もいい)、『ジェルミナール』の主人公エチエンヌはジェルヴェーズの三男です(と言うことは『居酒屋』に出てくるジェルヴェーズの娘で将来の女優「ナナ」の弟にあたるということか)。

 「居酒屋」でマリア・シェルが演じた洗濯女ジェルヴェーズは、一度は夫に逃げられた女性ですが、今度は真面目な屋根職人と結婚します。しかし、その亭主である男はある日屋根から落ちて大ケガをし、彼はやがて酒びたりになる―、それでも彼女はダメ亭主にもめげず懸命に働き、なんとか自分の店を持つものの、更に重なる不運があって、やがて自身が酒に溺れ破滅するという、きつい話。

GERVAISE maria schell.gif 美人でも男運の悪い女はいるもんだと、マリア・シェルに感情移入して同情し、またリアリズムに徹した佳作だと思いましたが、原作の背後には、ゾラの「運命決定論」のようなものがあったみたいです。

 『ジェルミナール』は出世作の『居酒屋』よりも社会派的色彩が強く、労働者リーダーとして成長していくエチエンヌを描いていますが、一方で、酒を飲むと人を殺したくなるという遺伝的(?)性格の持ち主としても描いているところが一筋縄でないところ、つまりは社会的・生物学的環境で人生は決定づけられているというのがゾラの考え方のようです。

 労働者のストライキや反乱などのクライマックスもさることながら、物語の半分は炭坑の中での描写なので(炭坑の中で殺人も起きれば愛の成就もある)、自分も坑内にいるような気分になり、重苦しい緊張感があります(閉所恐怖症の人は最後まで読めないかも)。

わが谷は緑なりき」('41年/米).jpgHOW GREEN WAS MY VALLEY2.jpgわが谷は緑なりき2.gif 映画において、英国ウェールズの、やはり炭坑労働者のストライキを描いたジョン・フォード監督(1894-1973)の「わが谷は緑なりき」('41年/米)という1941 年にアカデミー作品賞を受賞している作品がありましたが、そこには影の部分もあれば(悲惨な炭鉱事故の場面)、また光の部分もありわが谷は緑なりき.jpg(家族愛がテーマだとも言える)、ノスタルジーにより美化された部分もありました(全体が当時少年だった語り手の想い出として設定されている。モーリーン・オハラって、昔のアメリカ映画にみる典型的な美人だなあ)。

「地下水道」 Kanal(1957).jpg地下水道.png しかしゾラのこの小説は、労働運動の萌芽を象徴する「芽生えの月(ジェルミナール)」という題ながらも、炭坑労働者の悲惨な実態を描いた"影"の部分の重苦しさが全体を圧倒していて、エチエンヌとカトリーヌが坑内に閉じ込められて絶望となるところは、背景は異なりますが、アンジェイ・ワイダ監督の「地下水道」('56年/「地下水道」 vhs.jpgポーランド)において、ナチスドイツに対して勝ち目のない戦いを挑むポーランドの地下組織の男女が地下水道に追い込まれ、やっと見つけた出口が鉄格子で閉ざされていた―という、これもまた絶望的な場面を想起したりもしました(どちらも「閉所恐怖症」の人にはお薦めできない)。「ジェルミナール」も'93年にクロード・ベリ監督、 ジェラール・ドパルデュー、ミウ・ミウ主演で映画化もされているようなので、そちらも機会があれば観たいと思います。
地下水道 [VHS]」(カバーイラスト:安西水丸


GERVAISE 1956.jpg「居酒屋」●原題:GERVAISE●制作年:1956年●制作国:フランス●監督・:ルネ・クレマン●製作:アニー・ドルフマン●脚本:ジャン・オーランシュ/ピエール・ポスト●撮影:ロベール・ジュイヤール●音楽:ジョルジュ・オーリック居酒屋 HDマスター DVD.jpg●原作:エミール・ゾラ 「居酒屋」●時間:102分●出演:マリア・シェル/フランソワ・ペリエ/シュジ・ドレール/マチルド・カサドジュ/アルマン・メストラル●日本公開:1956/10●配給:東和●最初に観た場所:新宿アートビレッジ (79-04-15)●2回目:高田馬場ACTミニシアター(83-09-15) (評価:★★★★)●併映(1回目):「嘆きのテレーズ」(マルセル・カルネ)●併映(2回目):「禁じられた遊び」(ルネ・クレマン)
居酒屋 HDマスター DVD


わが谷は緑なりき45.jpg「わが谷は緑なりき」●原題:HOW GREEN WAS MY VALLEY●制作年:1941年●制作国:アメリカ●監督:ジHow Green Was My Valley.jpgHOW GREEN WAS MY VALLEY.gifョン・フォード●製作:ダリル・F・ザナック●脚本:フィリップ・ダン●撮影:アーサー・ミラー●音楽:アルフレッド・ニューマン●原作:リチャード・レウェリン(How Green Was My Valley)●時間:118分●出演:ウォルター・ピジョン/モーリーン・オハラ/ドナルド・クリスプ/アンナ・リー/ロディ・マクドウォール●日本公開:1950/12●配給:セントラル●最初に観た場所:吉祥寺ジャヴ50 (84-06-30)●2回目:自由が丘劇場 (85-02-17) (評価:★★★★)●併映(2回目)「いとしのクレメンタイン 荒野の決闘」(ジョン・フォード)

バウスシアター.jpg.png吉祥寺バウスシアター.jpg吉祥寺ジャヴ(JAⅤ)50 1951年~「ムサシノ映画劇場」、1984年3月~「吉祥寺バウスシアター」(現・シアター1/218席)と「ジャヴ50」(現・シアター2/50席)の2館体制でリニューアルオープン。2000年4月29日~シアター3を新設し3館体制に。 2014(平成26)年5月31日閉館。

自由が丘劇場  .jpg自由ヶ丘劇場2.jpgヒューマックスパビリオン自由が丘.jpg自由が丘劇場 自由が丘駅北口徒歩1分・ヒューマックスパビリオン自由が丘(現在1・2Fはパチンコ「プレゴ」)1986(昭和61)年6月閉館 
 
①自由ヶ丘武蔵野推理劇場 ②自由が丘劇場 ③自由ヶ丘ヒカリ座(1970年代~80年代) 


Chika suidou(1957)
Chika suidou(1957).jpg「地下水道」●原題:KANAL●制作年:1956年●制作国:ポーランド●監督:アンジェイ・ワイダ●製作:ダリル・F・ザナック●脚本:イェジー・ステファン・スタウィニュスキー●撮影:イェジー・リップマン●音楽:ヤン・クレンズ●原作:イェジー・ステファン・スタウィニュスキー●時地下水道(米国版DVD).jpg間:96分●出演:タデウシュ・ヤンツァー/テレサ・イジェフスカ地下水道.jpg/エミール・カレヴィッチ/ヴラデク・シェイバル/ヤン・エングレルト●日本公開:1958/01(1979/12(リバイバル))●配給:東映洋画●最初に観た場所:新宿アートビレッジ (79-04-10) (評価:★★★★☆) ●併映:「灰とダイヤモンド」(アンジェイ・ワイダ)「地下水道」の一場面/「Kanal [DVD] [Import] (2003)米国版DVD

灰とダイヤモンド  .jpg 「灰とダイヤモンド」(1958)

 
ジェルミナール (全3冊).jpg【1954年文庫化・1994年改版[岩波文庫(上・中・下)]/1994年再文庫化[中公文庫(上・下)]】

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暗黒文学が示す、きれいごとを突き抜けた真にヒューマンなもの。

夜の果ての旅 ≪世界の文学≫.jpg夜の果てへの旅 上.jpg 夜の果てへの旅下.jpg 夜の果ての旅2.jpg
夜の果てへの旅〈上〉 (中公文庫)』『夜の果てへの旅〈下〉 (中公文庫)』['03年改版版] 『セリーヌの作品〈第1巻〉夜の果てへの旅』国書刊行会 版
世界の文学〈第42〉セリーヌ (1964年) 夜の果ての旅

Louis-Ferdinand Céline (1894-1961).gif 1932年に原著が出版されたフランスの作家ルイ=フェルディナン・セリーヌ (1894‐1961)『夜の果てへの旅』は、中央公論社刊「世界の文学」の第42巻として1964年に刊行されていて(生田耕作(1924-1994)訳)、この全集の面子が、前3巻(第39〜41巻)がカフカ、モーム、マルロー、後3巻(第39〜41巻)がフォークナー、へミングウェイ、トルストイなので、「おいおい、こんな処にいていいの?」という感じもします。

Louis-Ferdinand Céline (1894-1961/享年67) 

 それは、居並ぶ文豪たちと比べて力量が劣るように感じられるためではなく、才脳でもパワーではそれらを上回っている、しかし、昭和30年代の文学少女や読書少年のいる家庭に置かれる「文学全集」のイメージからすると、その中の1冊とするには、あまりに規格外のような印象さえ受けるためです。

 ここに描かれている壮大な『旅』は、主人公の医師バルダミュにとって決して清々しい旅などではなく、汚物と一緒に濁流に流されて街の場末から地の果てに至るような旅で、ところどころシニカルなユーモアも見られるものの、全頁が人間の醜さと人生への嫌悪に溢れた、徹底した「負の文学」ととれるかと思います。

 著者のセリーヌ(本名デトゥシュ)は、第1次世界大戦では名誉負傷で英雄となり、その後パリで開業医となり、この間に本書を発表して新人でフランス最高の文学賞を受賞しますが、第二次世界大戦中は反ユダヤ主義を標榜し、戦後亡命するも捉まり、戦犯宣告を受けて投獄されています。しかし彼の才能を惜しむ人はやはりいて、彼の減刑運動にアメリカ人作家のヘンリー・ミラーなど多くの作家が関わりました。

 この小説のダダイスティックかつアナーキーなムードや実験的な手法を多々用いている点はミラーに通じる部分がありますが、主人公が最後にアメリカへ行くというのも、ミラーと行き違いで面白い(小説の後半でバルダミュはアフリカからアメリカに渡るが、"手漕ぎのガリー船"でいくというのが何ともシュール)。  

ルイ=フェルディナン・セリーヌ.jpg またセリーヌは、サルトルやカミュよりもいち早く人間の不条理性、猥雑性を白日のもとに晒した実存主義の先駆的作家とも見做されていますが、サルトルは、彼を「暗黒文学の先駆者」と言っており、セリーヌは結局、その後も「灰色の文体」の作品を発表しながら、孤独と経済苦のうちに死んで行きます。この作品に見られる強烈な「反ヒューマニズム」は、魂の叫びとも言えるもので、多くの読者が感動するのは、そこにきれいごとを突き抜けた真にヒューマンなものを認めざるを得ないからではないでしょうか。

STUDIO LIPNITSKI Louis Ferdinand Céline et ses chiens, c.1955

 【1978年文庫化・2003年改版[中公文庫(上・下)]/1995年単行本〔国書刊行会(『セリーヌの作品 第1巻』)〕】

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親子に思えたが実は...。技巧を超えた深みがある文庫で約50ページの中篇「人間の運命」。

人間の運命 (角川文庫).jpg人間の運命.jpg  人間の運命 09.jpg ミハイル・ショーロホフ.png
人間の運命 (角川文庫)』(2008年改版版)『人間の運命 (1960年)(角川文庫)』角川文庫/映画「人間の運命」より/ミハイル・ショーロホフ(1905-1984)

 「人間の運命」は1956年の発表のロシアの作家ミハエル・アレクサンドロヴィチ・ショーロホフ(1905‐1984)の後期作品。角川文庫版では表題作のほかに、1925年に処女短編集「ドン物語」としてまとめられた彼の初期作品「夫の二人いる女」「子持ちの男」「るり色のステップ」「他人の血」の4編を所収。

静かなドン 世界の文学 中央公論.jpg静かなドン 全8巻.jpg ショーロホフの『静かなドン』は、今まで読んだ海外文学作品の中でもかなり長い部類の小説で(岩波文庫で全8巻、3,000ページ近くある)、読んでいるうちに誰が皇帝軍で誰が革命軍かわからなくなってきて、途中やや革命の英雄列伝っぽいような書き方もあり、少し退屈もさせられましたが、でもラストだけは、「武器よさらば」とはこの小説につけるべきタイトルではないかと思わせるような印象深いものでした。但し、ノーベル文学賞受賞作家ショーロホフのこの作品が純粋に彼一人の創作によるものではないという話はすでに定説のようです。 
『静かなドン―世界の文学31・32・33 ショーロホフ』(中央公論社)/『静かなドン 全8巻』(岩波文庫)

 『開かれた処女地』(こちらの方も全4巻と長い。アレクサンドル・イワノフ監督の映画化作品も観たがやはり長かった)とともに、大長編作家のイメージがありますが、本書はそんな"大長編作家"ショーロホフの中短編集で、「人間の運命」が100枚弱(文庫で約50ページ)の中篇で、あとは短編です。

「人間の運命」... 旅人が船着場で見かけた背の高い猫背男と少年の2人連れは、一見親子のように思えたが実はそうではなく、船が着くまでの2時間、一緒に煙草でも吸いながら船を待ちましょうという男の誘いで始まった彼の身の上話は、第二次世界大戦での重苦しく哀しい思い出であり、また驚くべきものでもあった―。戦場の砲火、敵将の尋問、捕虜生活などすべての苦難に敢然と耐えた、その拠り所であったものをすべて失った(正確には"失っていた")男にとって、予期せぬ"救い"となったのが自らの心から発する愛であり、それはそうした運命に翻弄された者しか持ち得ない再生の契機でもあったことを思い知らされます。

 物語のツボを押さえているという感じですが、技巧を超えた深みがあり、人が何によって生きるかを、普遍性をもって示している作品だと思います。長編以外は退屈な社会主義レアリズム小説しか書いていない作家だなどの批評もありますが、そんなことないでしょう(多分、盗作疑惑に加えて、この作家が途中から体制側のスポークスマンのような立場になってしまったこともあり、評価が厳しくなるのでは)。初期の所謂「ドン物語」群に属する「夫の二人いる女」「子持ちの男」「るり色のステップ」「他人の血」の何れもスゴイ話でした。解説の米川正夫(1891-1965)は、その中でも「るり色のステップ」「子持ちの男」が"一頭地を抜いて好個の短編"であるとしていますが、その通りだと思いました(「人間の運命」以上に"激しい"話と言えるかも)。

人間の運命 1959.jpgロシア映画DVDコレクション 人間の運命L.jpg「人間の運命」.jpg 尚、「人間の運命」は、「戦争と平和」のセルゲイ・ボンダルチュク監督によって'59年に映画化され、セルゲイ・ボンダルチュク自身が製作・主演も兼ねており、同年度のモスクワ映画祭でグランプリを受賞しています。リアリズムに徹した描き方になっており、ストーリー的にも原作に比較的忠実に作られていたように思います。

ロシア映画DVDコレクション 人間の運命」 Sudba cheloveka (1959)

Sudba cheloveka (1959).jpg「人間の運命」●原題:SUDBA CHELOVEKA/A MAN'S DESTINY●制作年:1959年●制作国:ソ連●監督・製作:セルゲイ・ボンダルチュク●脚本:ユーリー・ルキン/フョードル・サヤフマゴノフ●撮影:ウラジミール・モナコフ●音楽:ベンヤミン・バスナー●原作:ミハエル・ショーロホフ●時間:100分●出演:セルゲイ・ボンダルチュク/ジナイダ・キリエンコ/パヴリク・ボリスキン/パーヴェル・ヴォルコフ/ユーリー・アヴェリン/キリル・アレクセエフ●日本公開:1960/11●配給:松竹セレクト(評価:★★★★)

人間の運命1.jpg 人間の運命2.jpg
映画 「人間の運命」 (SUDBA CHELOVEKA MAN'S DESTINY/'59年・ソ連/セルゲイ・ボンダルチュク監督・主演)

 【1960年文庫化・2008年改版[角川文庫]】

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「幸せになりたい症候群」が横溢する時代にあっては、逆に読者を惹きつける。

狭き門.jpg 『狭き門 (新潮文庫)』  André Paul Guillaume Gide.jpg André Gide (1869-1951/享年81)

PAULETTE HUMBERT「LA PORTE ETROITE」挿画本1.jpg 1909年に公にされたフランスの作家アンドレ・ジッド(1869‐1951)の作品。(原題:LA PORTE ETROITE)[右:ポーレット・ハンバート挿画(エッチング)本(1946)]

 物語の語り手、主人公ジェロームは、2歳年上の従姉アリサに恋心を抱き、彼女もまたジェロームを愛しているにも関わらず、神の国に憧れを持つアリサは彼の求婚を受諾することなく、最終的に地上での幸福を放棄し、ついには命を落とすというもの。

 ジッド35歳から39歳にかけての作品で、少年期に父を亡くし、母と家庭教師とで暮らしていたことや、伯母の不義に悩む年上の従妹に恋し求婚したことなどは、彼の実人生と重なります(ジッドは26歳の年にこの従妹マドレーヌに求婚し、最初拒否されるが、結局彼女は彼の妻となる)。

PAULETTE HUMBERT「LA PORTE ETROITE」挿画本2.jpg この〈物語〉(ジッドはこれは小説ではなく物語だとしている)では、アリサの自己犠牲の精神が、完成度の高い文体で美しく描かれてて、アリサの妹がジェロームを好いていたということもありますが、それ以上に、自分がジェロームの傍にいると、彼は、聖書に「力を尽くして狭き門より入れ」とある、その「狭き門」に至ることが出来ないという判断が働いていることがあります。

 キリスト教徒でない者から見れば理解の範疇を超えている面もあり、また、読み返してみて改めて気づいたのですが、前半部分からすでにアリサの「死への愛」(タナトス)とも思われる箇所も見られます。
 ではアリサの犠牲によって誰かが救われたかと言うと、アリサ自身も含め誰も救われておらず、一般的にも、ジッドはこの作品を通して、プロテスタンティズム的な「自己犠牲」に対する批判を行ったと解されているようです。

 プロテスタンティズムの「世俗内禁欲」や「隣人愛」が「資本主義の精神」となり、利潤を生じる資本主義の発展を支えたと分析したのはマックス・ヴェーバーでしたが、厳格なプロテスタンティズム社会に育った多感な少年ジッドは、プロテスタンティズムの禁欲主義、克己主義の重圧から自身を解き放つことに苦悶したと考えられ、アリサの「世俗内禁欲」や「隣人愛」を、ジェロームを通してある種の"理不尽"として描いているような気もします。

狭き門  ジイド.jpg しかし、それにしても、最後のアリサの日記に記された彼女の揺れ動く魂の軌跡などは人間的で、伯母の不義に対する反動から穢れのない恋愛を希求しているともとれますが、同時に青春文学に通じる恋愛の美化要素を満たしており、また、恋愛を通して幸せになるのではなく、徳を積み神の世界に近づこうとするその内面向上の姿勢は、一見アナクロ風でありながらも、「幸せになりたい症候群」が横溢する時代にあっては、逆に読者を惹きつけるものがあるのではないかと思いました。

狭き門 (旺文社文庫 508-1)』 

 【1954年文庫化・1975年改版[新潮文庫]/1954年再文庫化[角川文庫]/1967年再文庫化[岩波文庫]/1970年再文庫化[旺文社文庫]/1971年再文庫化[講談社文庫]】

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難解ながらもスリリング。実存哲学的な文学作家評伝。

聖ジュネ.jpg   聖ジュネ(文庫)上.jpg 聖ジュネ(文庫)下.jpg  Jean-Paul Sartre (1905-1980).jpgジャン・ジュネ.jpg Jean-Paul Sartre/Jean Genet
ガリマール社版/『聖ジュネ〈上巻〉―殉教と反抗 (1971年)』『聖ジュネ〈下巻〉―殉教と反抗 (1971年)』新潮文庫

聖ジュネ〈上巻〉.jpg聖ジュネ〈下巻〉.jpg 1952年の原著発表。フランスの実存主義哲学者ジャン=ポール・サルトル(1905‐1980)は、「嘔吐」「水入らず」など一連の小説でノーベル文学賞を受賞していますが(結果的には辞退)、本書は小説ではなく、泥棒から作家になったジャン・ジュネに関する哲学的な文学評伝です。

 本書によれば私生児だったジュネは、拾われた農夫の家で10歳のときに盗みを見咎められ、「お前は泥棒だ」と"宣告"されるのですが、その"事件"により社会から疎外された彼は、むしろ「貼られたレッテルどおりに進む」ことを決意し、本物の泥棒になり、さらには「女役の男色」にまでなります。
 しかしその結果、今度は、自分は「対他存在」(他人から規定された仮象を生きる存在)にしか過ぎないと感じるようになり、そのことは彼に自己疎外を引き起こします。
 ジュネがそれをどう克服するかが本書の1つの大きなテーマなのですが(ジュネ自身のテーマというよりサルトルが設定したテーマだが)、彼は徹底して他者から卑下されることで〈仮象〉を自分のものとします。つまり、人から軽蔑されるように努力するのです。

 サルトルの言う「実存」(対自存在)は、理由もなく偶然にある状況に投げ込まれて存在する無根拠な存在者であり(それはまさに我々のことを指している)、それはまた、"投企"によって自己を創出できる自由な存在者でもあって、つまり人間はモノ(即自存在)ではないということですが、ジュネを蔑む〈まっとうな人々〉こそ、既成価値観に囚われた〈仮象〉に生き、それらを剥ぎ取ればモノ(即自存在)に過ぎないのではないかというパラドックスがここに成り立ちます。

存在と無下.jpg存在と無 上.jpg 難解ながらもスリリングですが、「女役の男色」がどうして「対他存在」(他人から規定された仮象を生きる存在)なのでしょうか。

 本書より前に書かれた『存在と無(上・下)』('66年全集版・'05年新装版/人文書院)を読むと、サルトルは男を「主体的」存在(=見る存在)、女を「客体的」存在(=見られる存在)としています。これは、女は〈他人から規定された仮象を生きる存在〉であるとしているともとれ、「女役の男色」もこれに当て嵌まるということのようです(因みに、サルトルの女性観にはフェニミストなどからの批判も多いようだが、ある種の「誤読」によるものではないかと思う)。

 サルトルの哲学は文学的な匂いがしますが、彼はそう思われるのを嫌っていて、それがノーベル「文学」賞の辞退理由だという話もあります。でも、日本でも一時期、文学作家の間で人気があったのでは。三島由紀夫などはジュネのファンであったと同時に、エッセイなどではサルトルの著作からよく引用しています。

 この評伝はあまりにサルトルの自身の哲学寄りに書かれていて、ジュネ自身は気に入らなかったようですが、それなりに衝撃を受けたらしく、ジュネは本書発表後しばらくは自分の作品を書くことを止めています。 

 【1958年単行本[新潮社(『殉教と反抗(上・下)』)]/1966年全集[人文書院サルトル全集34・35(『聖ジュネ-殉教者と演技者(上・下)』)]/1971年文庫化〔新潮文庫(上・下)〕】

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映画公開の5年後に出た翻訳。思弁的・実験的だが読みやすく、醸す雰囲気は好み。

存在の耐えられない軽さ(ポスター).jpg存在の耐えられない軽さ.jpg 存在の耐えられない軽さ2.jpg 存在の耐えられない軽さv.jpg Milan Kundera.jpg Milan Kundera
存在の耐えられない軽さ』/『存在の耐えられない軽さ (集英社文庫)』/「存在の耐えられない軽さ [DVD]
映画 「存在の耐えられない軽さ」 ポスター(渋谷パンテオン)

 1984年にフランスで出版された、まだノーベル文学賞を貰っていない最後の大物作家と言われているチェコ出身のミラン ・クンデラ(Milan Kundera)の作品で、発表時の政治的事情(フランスへの亡命状態だった)で、自身の母国語であるチェコ語ではなくフランス語で書かれました。

The Unbearable Lightness of Being1.jpg 冷戦下のチェコスロバキア、1968年のソ連軍侵攻・「プラハの春」前後の話で、運命に弄ばれ苦悩する男女を描いた小説ですが、政治的な問題(チェコスロバキアという国名が使われていないことからみてもその複雑さが窺える)のほかに哲学的問題(ニーチェの永劫回帰論を引いてのタイトルの「存在の耐えられない軽さ」ということの解題からこの小説は始まる)、母と娘の関係といった精神分析的問題、言葉とコミュニケーションの問題、心と身体(性)の疎外問題などの様々なテーマを作中で扱っています。
The Unbearable Lightness of Being (1988)
The Unbearable Lightness of Being (1988).jpgThe Unbearable Lightness of Being2.jpg 先にフィリップ・カウフマン監督の映画('87年/米)の方を観てそれほど悪くないと思ったのですが(原作の翻訳が出たのは映画公開より5年後)、映画ではダニエル・デイ=ルイスが、天才脳外科医でありながらプラハ抵抗運動のシンパでもあり、女たらしのプレイボーイだけれども妻をもきっちり愛しているという、なかなか魅力的な主人公トマーシュをうまく演じていてました。ダニエル・デイ=ルイスは翌年、「マイ・レフトフット」('89年/アイルランド・英)、でアカデミー賞主演男優賞を「存在の耐えられない軽さ」.jpg受賞します(その後、「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」('07年/米)、「リンカーン」('07年/米)でもアカデミー賞主演男優賞を受賞し、アカデミー主演男優賞を3回受賞している唯一の俳優となった)。やりたいことはすべてやりながら、最後にあっさり事故死してしまった男トマーシュ―人間に備わった人格の複雑さと多面性、運命の前での人間の生の脆さなどを感じさせる佳作でした。
   
わが青春のフロレンス チラシ.jpg122_metelloわが青春のフロレン.jpg この映画を観たときにマウロ・ボロニーニ監督の「わが青春のフロレンス」('70年/伊)という古い映画を思い出しました。

METELLO 1970 2.jpgMETELLO 1970 1.jpg 無政府主義者の父親に育てられた主人公メテッロ(マッシモ・ラニエリ)は、水難事故で父を失ってから孤児として苦労する。ベルギーへの移住を拒否し、両親の故郷フィレンツェでレンガ職人として働き始めるが、次第に労働者の権利に目覚め、ストライキの中心人物となっていく。その間、メテッロとMetello 1970.jpg 未亡人ヴィオラ(ルチア・ボゼー)との恋、事故死した仲間の娘エルシリア(オッタヴィア・ピッコロ)との恋と結婚、隣家の婦人イディーナ(ティナ・オーモン)との浮気なども―。

マッシモ・ラニエリ/オッタビア・ピッコロ

わが青春のフロレンス 01.jpg 原作はヴァスコ・プラトリーニ。ルキノ・ヴァレリオ・ズルリーニ監督の「家族日誌」の脚本家、ヴィスコンティ監督の「若者のすべての」の共同原案者でもあり、20世紀初めのフィレンツェを舞台に、階級意識に目覚め労働運動のリーダーとなっていく男を描いたものですが、この主人公は、闘争のかたわら人妻と過ちを犯してしまうというもので、同じように人間の多面性をよく描いている映画でした。この作品でエルシリアを演じたオッタヴィア・ピッコロが、1970年のカンヌ国際映画祭女優賞を受賞しています。
  
 ミラン・クンデラの原作『存在の耐えられない軽さ』の方は、当時の政治状況やプラハ抵抗運動で起きた出来事が色濃く影を落とす一方で、トマーシュと彼のドン・ファンぶりに悩みながらも愛を貫こうとするテレザの複雑な愛の物語になっていて、トマーシュは画家のサビナを愛人とするなど一夫多妻生活を送っていて、サビナも大学教授フランツとも付き合い、さらにテレザも他の男と交わったり、サビナとも女同士の妖しい関係になるなど、登場人物は少ないが(みな知識人)、彼らはそれぞれに、心と身体の疎外やある種のコミュニケーション不全に悩んでいます(サビナとフランツの言葉の行き違いなどはディスコミュニケーションの問題を、テレザが男と寝る場面では身体の心に対する裏切りを、それぞれ深く抉っている)。
 
旅芸人の記録パンフ.gif そうした登場人物の会話や思惟が、時に作者の哲学的考察も交えて思弁的に展開されていて、更にそれを作者はカットバックを用いた実験的な方法で描いており、例えば、映画のラストで主人公が見舞われるアクシデントも、原作では中ほどで、しかも伝聞スタイルで出てきます(ミラン・クンデラに原作の感想を聞かれたダニエル・デイ=ルイスが「映画化は無理だと思った」と答えたところ、映画学校で教えたこともあるクンデラは「私もだよ」と笑いながら言ったという)。
 
 人物の置かれた状況や意識をコラージュのように貼り合わせ、歴史とそれに巻き込まれる男女の関係を描くという意味で、平面的なカウフマン監督の映画よりも、むしろ構成的にはテオ・アンゲロプロス監督の旅芸人の記録」('75年)を連想しました(クンデラの映画学校講師時代の生徒にはミロシュ・フォルマン(「カッコーの巣の上で」('75年)の監督)がいる)。 

 何れにせよかなりの力量が感じられ、部分的には修辞的に凝った記述もあり、またチェコの歴史についてもある程度の知識が求められるのかも。但し、全体的には決して読むこと自体に難儀する小説ではなく、むしろスラスラ読めてしまい、しかもこの小説が醸す雰囲気は何となく自分の好みなのですが、どこまで作者の意図を理解できたかは心もとないといったところです。
 
 政治的理由で人々が職場や祖国を追われるといったことが身近な体験としてないと、なかなかわからない面もあるのかも知れませんが、人生の偶然の出来事も個人の意思による選択も、すべて大きな歴史の流れの中でのそれに重なる個人史として位置づけてみるところに(この物語が作者の述懐の如く書かれているのが1つのミソではないか)、日本人の人生と歴史の関わりについての考え方との大きな違いを感じました。

「存在の耐えられない軽さ」渋谷パンテオン.jpg原題:THE UNBEARABLE LIGHTNESS OF BEING●制作年:1988年●制作国:アメリカ●監督:フィリップ・カウフマン●音楽:アラン・スプレット●原作:渋谷パンテオン 2.jpgミラン ・クンデラ●時間:171分●出演:ダニエル・デイ・ルイスジュリエット・ビノシュ/レナ・オリン/ダニエル・オルブリフスキー/デレク・デ・リント/エルランド・ヨゼフソン●日本公開:1988/10●配給:松竹富士●最初に観た場所:渋谷パンテオン (88-11-13) (評価★★★★)
渋谷パンテオン 東急文化会館1F、1956年オープン。2003(平成15)年6月30日閉館。

「わが青春のフロレンス」●原題:METELLO●制作年:1970年●制作国:イタリア●監督:マウロ・ポロニーニ●音楽:エンニオ・モリコーネ●原作:ヴァスコ・プラトリーニ 「メテッロ」●時間:111分●出演:マッシモ・ラニエリ/オッタビア・ピッコロ/ティナ・オーモン/ルチア・ボゼー/フランク・ウォルフ/アドルフォ・チェリ●日本公開:1971年●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:高田馬場パール座 (77-12-16) (評価★★★☆)●併映「リップスティック」(ラモンド・ジョンソン)

              未亡人ヴィオラ(ルチア・ボゼー)/妻エルシリア(オッタビア・ピッコロ)
              隣家の婦人イディーナ(ティナ・オーモン) 
Tina Aumont.jpgわが青春のフロレンス6.jpg わが青春のフロレンス7.jpg わが青春のフロレンス8.png

ティナ・オーモン(Tina Aumont) in「青い体験」('73年/伊)

【1998年文庫化[集英社文庫]】

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道徳観念や社会批評に裏打ちされた人間味溢れる作品群。

紅い花 他.jpg紅い花 他四篇 (岩波文庫)』 赤い花・信号.jpg赤い花・信号 他 (旺文社文庫)akaihana.jpg 電子書籍版 『ガルシン短篇集・赤い花』 〔'06年〕

ガルシン.jpg 1886年に発表されたロシアの作家フセーヴォロド・ガルシン(1855‐1888)「赤い花」は、癲狂院(精神病院)に連れてこられた患者が病院の庭に咲き誇る罌粟(けし)の花を悪の化身と感じ、それを全て摘み取ることが自分の義務だと思い込んで、その「悪」との闘いに身を滅ぼすというもので、シュールなモチーフでありながら自らの精神病院の入院体験がベースになっているだけに、狭窄衣や薬物を用いての患者の扱われ方などの描写はリアルです。

フセヴォロード・ミハイロヴィチ・ガルシン (Всеволод Михайлович Гаршин, 英:Vsevolod Mikhajlovich Garshin、1855‐1888/享年33)

 戦場で負傷し、自らが殺したトルコ人の男の死体と共に過ごした時間を描いた「四日間」も、1877年の露土戦争に参戦して負傷した経験がベースになっていて、腐乱していく死体の傍から動けないという不気味な状況下での兵士の切実な叫びが伝わってきますが、ここで、作者が「赤い花」の狂人に対してもその心の叫びに共感的であり、その良心を認めていたことに気づかされました。 

 そして、2人の鉄道の信号番の男の交わりを描いた「信号」は、その「良心」というものがテーマになっている最もヒューマン・タッチな作品で、しかも最後までハラハラさせられ堪能できます。

 他に、虫たちを主人公とした「夢がたり」、植物を主人公とした「アッタレーア・プリンケプス」などの寓話的物語も、ユーモアの中に社会批判を込めて秀逸で、全体を通してこの作家の柔軟な知性を感じます。

 作者ガルシンは、5歳ぐらいから古典を読みこなし将来は医者を目指す秀才でしたが、17歳で最初の精神病発作を起こしてその後生涯において何度も精神病院への入退院を繰り返し、精神病の発作の恐怖から33歳で自殺に追い込まれています。

あかい花.jpg 彼の精神病は、遺伝的なものと強すぎる感受性に起因するものだったようですが、作品自体は精緻で無駄がなく、しかも真っ当な道徳観念や社会批評に裏打ちされた人間味溢れるものであると思います。

岩波文庫(旧版) 『あかい花 他四篇』
                
 【1937年文庫化・1959年・2006年改版[岩波文庫]/1968年再文庫化[旺文社文庫(『赤い花・信号』)]/1990年再文庫化[福武文庫(『ガルシン短篇集』)]/2006年電子書籍版〔グーテンベルク21(『ガルシン短篇集・赤い花』)〕】

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近代人の自己からの疎外を強烈に描いていて、常に"今日的"な作品。

変身.jpg  変身2.jpg変身 (新潮文庫)』〔旧版/新版〕  henshin.jpg 電子書籍版 『変身』 Franz Kafka (1883‐1924/享年40)

Kafka Die Verwandlung 1915.jpg 1915年にドイツ語で出版されたユダヤ系チェコ人作家、フランツ・カフカ(1883‐1924)の最も有名な作品で、個人的には、「毎日小学生新聞」の「世界のSF」みたいなコーナーでダイジェスト版で読んだのが最初でした(レイ・ブラッドベリなどと一緒に紹介されていた)。

Kafka Die Verwandlung 1915

変身  .jpg ある朝、グレゴール・ザムザ(新潮文庫ではグレーゴル・ザムザ)が目覚めたら、自分が寝床の中で1匹の巨大な虫に変っているのを発見するという誰もが知る書き出しです(この「虫」というは作者の記述からすると(新潮文庫・高橋義孝訳)、一般にイメージされている"イモ虫"ではなく"ムカデ"か"ゴキブリ"のようなものらしい)。
 新潮文庫の解説で、この物語の不思議な点として、当然のことながら、まず弟1に、ザムザが虫に変身したことを挙げていますが、弟2に、彼の変身を周囲の人は誰も不審に思っていないということ、弟3に、ザムザがなぜ変身したかを作者がまったく説明していないこと、を挙げていて、尤もだと思います。

 とりわけ2番目に関しては、ザムザ自身が、自分がムカデに変身したことを不審に思っていないというのが不思議で、巨大な虫になってしまってビックリしたとかどうしてこうなったのか考えるという話にはなっておらず、まず、保険外交員としての自分の仕事のことや会社における地位のことを心配していて、この点において近代人の「自己からの疎外」を鋭く描いていると思います。
 ムカデになっても、そのこと自体について大きなパニックに陥るのではなく、会社の仕事が遅れることを憂い、不況下のサラリーマンの如く、失業することの心配しているのが何とも哀しい。

 父親が投げつけたリンゴが皮膚にめり込んで衰弱死に至る後半部分は、カフカのファーザー・コンプレックスが色濃く出ていますが、最後は家族全員が彼が亡きものになればいいと思うようになり、そこには、家族すらも愛情的繋がり以上に社会的役割に過ぎず、その役割が果たせなければ家族という"社会"から疎外され、家族によって抹殺されてしまうという、人間と人間の繋がりや人間存在の脆弱さを浮き彫りにしているように思えました。

 労災保険局の職員だった(結局、死の2年前までそこに勤務していた)カフカがこの作品が書いたのは初版刊行を遡ること数年の1912年で、和暦で明治45年ですが、古さを感じさせず、むしろテーマ的には常に"今日的"な作品であると思います。

 【1952年文庫化・1985年改版[新潮文庫]/1968年再文庫化・1979年改版[角川文庫]/1973年再文庫化[旺文社文庫(『変身 他』)]/1978年再文庫化[講談社文庫(『変身・判決・断食芸人』)]/1979年再文庫化[岩波文庫(『変身 他一篇』)]/2004年再文庫化[岩波文庫(『変身・断食芸人』)]/2007年文庫化[講談社英語文庫]/2007年再文庫化(新装版)[角川文庫]/2007年再文庫化[光文社古典新訳文庫(『変身、掟の前で 他2編』)]】

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