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「山本周五郎賞」の選評は微妙か。個人的にはプロットを活かし切れていないと思った。

湊 かなえ  『ユートピア』.jpgユートピア』(2015/12 集英社)

 2015(平成27)年・第28回「山本周五郎賞」受賞作。

 太平洋を望む美しい景観の小さな港町・鼻崎町。実は5年前に資産家の老人が殺害される事件があり、芝田という男で、指名手配されていた。町には日本有数の大手食品会社があり、そこに勤める住民と、昔から住んでいる地元住民、移住してきた芸術家たちなど、それぞれ異なるコミュニティの人々が暮らしている。鼻崎町で仏具店を営む堂場菜々子の娘・久美香は、幼稚園の集団登園中に交通事故に逢い、小学生になっても車椅子で生活している。東京から父親の転勤によって鼻崎町にやってきた小学4年生の彩也子は久美香と仲良くなり、子ども同士が仲良くなったことから、菜々子と彩也子の母・相場光稀は交流をもつことになる。最近引っ越してきた陶芸家の星川すみれは、久美香を広告塔に、車椅子利用者を支援するブランド「クララの翼」を立ち上げ、翼モチーフのストラップを販売することを思いつく。出だしは上々だったが、ある日ひょんなことから「実は久美香は歩けるのではないか?」という噂がネット上で流れ、徐々に歯車が狂い始める。そんなある日、子どもたちが行方不明に―。

 ボランティア団体「クララの翼」の活動における女性たちの、ふとしたことから好意の裏側に芽生えた嫉妬や意地悪い気持ちがドロドロとした心理に発展していく描写などは作者のお手の物だと思いましたが、一方で、ややパターン化しているかなとも。主要登場人物である3人のキャラクターがあまり描き切れていなく、どこまで読み進んでもどれも同じように見えるのが難でした(実際、読みにくかった)。

 プロット的にはかなり凝っていたと言えるかもしれません。ただ、謎解きは全てエピローグの中で行われていて、本編の中にそれらの伏線があったかといと、そうでもなかったような。それに、留守中の子どもの火遊びによる火事みたいな偶然の出来事も重なっていて、殆ど推理不可能のように思えました(犯人探しに関しては、この人物が少しおかしいなとか思う出来事はあるのだが)。

 同じ時期に「山本周五郎賞」の候補になった相場英雄氏の『ガラパゴス』('16年/小学館)の方がずっと面白いと思いましたが、「山本周五郎賞」の5人の選考委員の中で、警察小説の先輩格にあたる佐々木譲氏の『ガラパゴス』への評価が厳しく、一方で、佐々木氏は本作『ユートピア』を強く推し、「大事なのは、この作品は広義のミステリーではあるが、様式的なクライム・ノベルではない点だろう。謎があり、事件が起こり、その一応の解決はみるが、解決それ自体は作品の主題ではない」と評しています。

 確かに、探偵役が出てくるわけでもなく、エピローグで謎解きをしているわけだから、ミステリの枠からはやや外れていると見るのが普通かもしれません。同じく選考委員の白石一文氏は、「(『ガラパゴス』と共に)△とする方針で選考会に臨んだ」とし、「佐々木委員は湊氏に○をつけていた」とする一方で(他の委員を意識している?)、氏自身は「最後の謎解きの部分は相当にひとりよがりと言わざるを得ない」としています。

 同じく選考委員で、自身にもこの作品同様に女性同士のドロドロとした心理を描いた作品がある角田光代氏も、「(女性たちの)異様な感情に変化する直前の、一瞬の輝くような瞬間もさりげなく書く」と中身を褒めながらも、「終盤、私にはいくつかわからないことがあった。(中略)作者があえて書かなかったのか、そうでないのかの判断が私にはつかなかった。その一点においてこの小説を受賞作として全面的に推すことがためらわれた」としています。一方で、同じく選考委員の石田衣良氏が、「ミステリーとしての整合性は、この作品の読みどころじゃないんだ。そこまでの過程のおもしろさのほうが重要だよ」と述べていますが、そうは言っても個人的にはやっぱりプロットを活かし切れていない作品であることが気になりました。

 ただ、先に否定的な意見を述べた白石一文氏も、「当選作を出すとなれば、やはり湊氏の作品しかないだろうというのは5人の委員全員の一致するところであった」としており、やはり作者19作目と言うことで、そろそろ賞をあげてもいいのではといった(功労賞的)雰囲気もあったのではないでしょうか。最後もう一人の選考委員である唯川恵氏が、「市井の人々の細やかな描き方は山本周五郎の作風に通じるものがあり、またこれまでの十分な実績から受賞にふさわしいと思えた」と言っていることからも、その辺りが窺えます。

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粒揃いの短編集。「夜警」と「満願」がいい。"粒揃い"だが、飛び抜けたものは見出しにくい?

米澤 穂信 『満願』2.jpg満願1.jpg満願2.jpg
満願』(2014/03 新潮社)

 2014(平成26)年・第27回「山本周五郎賞」受賞作。2014年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2015 (平成27) 年「このミステリーがすごい」(国内編)第1位、2015年「ミステリが読みたい!」(早川書房主催)第1位(因みに、「週刊文春ミステリー ベスト10」「このミステリーがすごい」「ミステリが読みたい!」の3冠は2008年に「ミステリが読みたい!」がスタートして初)。2015(平成27)年・第12回「本屋大賞」第7位。

 交番勤務の警察官が主人公。交番に訪れたありふれたDV被害者。包丁を持って暴れる彼女の夫と対峙し、発砲するも殉職した同僚の警察官。その事実の裏に潜む心の闇とは?(「夜警」)。美しい母、二人の美しい娘、女たらしの父親。離婚協議が進むなか、娘二人のとった驚きの行動。美しく残酷な性(さが)が導いた結末とは(「柘榴」)。 殺人の罪を認め服役を終えた下宿屋の内儀。人柄を知る元下宿人の弁護士は内儀の行動に疑問を抱く。下された判決に抗おうとせず刑期を勤め上げた女の本当の願いとは(「満願」)。他「死人宿」「万灯」「関守」の3編を収録。

 賞を総嘗めしただけあって粒揃いという感じでしょうか。どれも面白く、個人的には最初の「夜警」と最後の「満願」が特に良かったかなあ。ただ、どちらにも言えることですが、トリックの面白さであって、犯行の動機という点からすると、こんな動機のために(しかも相当の不確実性が伴うという前提で)ここまでやるかという疑問は少しありました。「死人宿」と「関守」も旅館と喫茶店の違いはありますが、ちょっと雰囲気似ていたかなあ。「関守」は途中でオチが解ってしまいましたが、それでも面白く読めました。ということで、"粒揃い"ではあるが、飛び抜けたものは見出しにくいという感じも若干ありました。

 敢えて一番を絞れば、表題作の「満願」でしょうか。直木賞の選評で選考委員の宮部みゆき氏が、「ハイレベルな短編の連打に魅せられました」とし、「表題作の『満願』には、松本清張の傑作『一年半待て』を思い出しました」としているのにはほぼ納得(この作品自体、何となく昭和の雰囲気がある)。しかし、直木賞の選考で積極的にこの短編集を推したのは宮部氏のみで、「既に他の文学賞も受賞している作品ですが、意外に厳しい評が集まり、事実関係の記述のミスも指摘されて、私は大変驚きました」としています。

 "事実関係の記述のミス"とは幾つかあったようですが、東野圭吾氏が「最も致命的なのは『万灯』で、コレラについて完全に間違えている。(中略)この小説のケースでも感染はありえない」というもので、確かに"致命的"であったかも。更には、「『満願』の妻には借金の返済義務はない。(中略)殺人の動機も成立しない」としていて、これも痛いか(個人的にはいいと思ったのだが...)。

 結局、浅田次郎氏の「稀有の資質を具えた作家が、同一作品で文学賞を連覇することはさほど幸福な結果とは思えぬ」という流れに選考委員の多くが乗って、直木賞は逃したという感じでしょうか。まあ、いずれは直木賞を獲るであろうと思われるその力量を認めた上での配慮(?)。自分自身の評価も星5つではなく星4つとしましたが、作者の今後に期待したいと思います。

 かつて横山秀夫氏が『半落ち』('02年/講談社)で直木賞候補になったものの、直木賞選考員会で作中の「事実誤認」を指摘されて直木賞に「絶縁」宣言をし、伊坂幸太郎氏が「執筆活動に専念したい」という理由で、山本周五郎賞受賞の自作『ゴールデンスランバー』('07年/新潮社)が直木賞候補になることを辞退したことがありました(伊坂氏の場合は初めて直木賞候補になった『重力ピエロ』が選考員会で一部の委員に酷評されたという経緯があった)。まあ、この作者の場合は、そんな事態にはならないとは思いますが...。

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主人公の思惟もハードボイルドな雰囲気も楽しめた。プロットの方がむしろそれらの背景か。

この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 単 上.jpg この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 単下.jpg  この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 文 上.jpg この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 文下.jpg
この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 上 (100周年書き下ろし)』『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 下 (100周年書き下ろし)』『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 上 (講談社文庫)』『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け 下 (講談社文庫)

 2009(平成21)年・第22回「山本周五郎賞」受賞作。講談社創業100周年記念書き下ろし作品。

 数々のスクープを物してきた「週刊時代」43歳の敏腕編集長カワバタ・タケヒコは、ある日、仕事をエサに新人グラビアアイドルのフジサキ・リコを抱いた。政権党の大物政治家Nのスキャンダルを追う中、そのスキャンダルを報じる最新号の発売前日に禊のつもりで行ったその場限りの情事のはずだったが、彼女を抱いた日から、彼の人生は本来の軌道を外れて転がり出す―。

 語り手の「僕」(カワバタ・タケヒコ)の意識・思考・回想が現在進行している日本と世界の現実を背景に延々と語られますが、「格差」の問題等を語るに際して、そこに、ミルトン・フリードマン『政府からの脱出』、堤未果『ルポ貧困大国アメリカ』、湯浅誠『貧困襲来』、岡田克也『政権交代この国を変える』、ポール・クルーグマン『格差は作られた』など多くの書籍からの引用があり、それだけでなく、立花隆『宇宙からの帰還』ほか理系書などからの引用を通して生命論や死生観まで語っています。

 こうした夥しい引用から、「新しい啓蒙小説と言えるのかもしれない」(ノンフィクション作家・久田恵氏)などと評され、山本周五郎賞の選評でも「これだけ深く思惟している小説は近年稀である」(作家・浅田次郎氏)との感想もあった一方で、「装飾物」が多くてまどろっこしかったなどといった意見も聞かれ、「引用過剰」の表現スタイルそのものが賛否両論を醸した作品と言えるかと思います。

 個人的には、そうした主人公の思惟の部分は興味深く読めましたが(フリードマン、ボロクソだなあ)、むしろ、ガン再発の恐れという極めて個人的な懸念事項を抱えながら、雑誌編集者としてドロドロとした(どこの会社にもありそうな社内抗争も含めた)現実社会に生きる主人公の人生に、ある種の虚無感を孕んだハードボイルドな生き方の一類型を見る思いがしました。

 一方、ストーリーの方は、こういうのってオチが無いのだろうなあと思って読んでいたら、ラストはちゃんと捻ったプロットになっていて、振り返ってみれば伏線らしきものもあったような。但し、最後、まるで後日譚のようにばたばたっとその辺りが明かされていて、この作品におけるプロットの位置づけがややはっきりしなかったかも。

 山本周五郎賞の選評で浅田次郎氏は、「むしろミステリーの枠に嵌めることによって、作品は矮小化されてしまったのではあるまいか」とも言っていて、北村薫氏も「この結末には、急ぎ過ぎたのではないかということも含めて、疑問が残った」と言っています。しかしながら、小池真理子氏、重松清氏の2名の選考委員の強い推薦があって、池井戸潤氏の『オレたち花のバブル組』(TVドラマ「半沢直樹」の原作)などを抑えて山本周五郎賞を受賞しています(小池真理子氏は「選考委員を続けていてよかったと思える作品に巡り合えた」とし、重松清氏は「胸をえぐられるような思いでページをめくった作品は候補作の中では白石さんのものだけだった」と述べている)。直木賞の選考などでもそうですが、やはり○や△が並ぶよりも◎が複数あるのが強いようです。個人的にも、『オレたち花のバブル組』よりはこちらが上かなあ。『オレたち花のバブル組』はまあ池井戸潤氏の作品の中でも"劇画"のような作品であり、この白石氏の作品とは全く異質で比較するのは難しいけれど...。

 この作品の主人公カワバタ氏の思惟の部分については、全てについて賛同出来るわけではないですが、こうした表現形式そのものが現代的とも言えるし(実際に現代社会に生きている人間はメディア等から様々な情報を得て、都度それを評価しているわけだ。逆に、普通の小説でそうしたものが出て来なさすぎるのかも)、また、主人公の生活と意見を記述するという意味では、クラシカルな私小説的手法とも言えるかもしれません。

 星5つにしなかったのは、これも山本周五郎賞選考委員の篠田節子氏が言うように、「思索内容と主人公の状況や行動の間にもう少し緊密な関連があれば、より掘り下げた形で、テーマに肉薄できたのではないか」という点でやや引っ掛かったから。でも、主人公の思惟もハードボイルドな雰囲気も楽しめました。プロットの方がむしろそれらの背景のようなものだったのではないでしょうか。

【2011年文庫化/講談社文庫(上・下)】

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前半部は良かったが、読み進むにつれて、どことなく読み心地の悪さを感じた。

残穢 小野 不由美.jpg 『残穢』(2012/07 新潮社)

 2013(平成25)年・第26回「山本周五郎賞」受賞作。

 作家の「私」は、読者の手紙を通して、部屋に怪異が起きるという久保と知り合い、久保を手足として怪異の調査に乗り出す。久保の住んでいる岡谷マンションと、隣にある狭小住宅の岡谷団地に怪異が多発していることが分かって、更に土地の古老を訪ねたり、文献を調べたりしていくと、怪異の源は福岡の奥山家にあることが分かる。奥山家は炭鉱を営んでいたが、当時は安全性がないがしろにされており、事故が多発していた。また、奥山家の者が、家族や使用人を殺害して自殺した事件があった。奥山家にあった絵の中の女性が、それ以来笑うことがある。昔は家の資材は、ほどほどに質が良ければ他に転用されるのが一般的であり、奥山家の資材も転用され、そうして穢れは拡散していくこととなったようだ。奥山家に端を発する怪談は九州最恐の怪談と言われ、記録したり伝えたりするだけで障りが出るとのことで、私、久保、平山、福澤の皆らの体調が悪化するのだった―。

 語り手の職業がホラー作家で、かつては少女小説を書いていたとか、夫も同業者であるとかで、作者自身を指していることは明らかで、何よりも「残穢」の"伝染" 過程を辿る様子が、緻密な調査記録のようにドキュメンタリータッチで描かれているのが真に迫ってきます。「私」が、平山夢明氏や福澤徹三氏といった実在の怪奇幻想小説作家などにいろいろ訊ねてみたりするのも、「もしかして全部ホントの話」と思わせる効果を醸しているし、とにかく前半部は良かったです。

 ただ、後半部になって、やや社会学的観点が入ってきた分、逆にお話そのものは作り話っぽくなってきたかなあ。作者がホラー作家でなければ、結構スゴイと思うのだけれど、現実にホラー作家であるだけに、「新手のホラー小説」の印象が濃くなっていったように思います。山本周五郎賞の受賞が決まる前にこの作品を読んでいて、山本賞が決まった時は個人的にはやや意外感がありました(この賞の系譜からすると"直球"ではなく"変化球"?)。

 選考委員の1人である石田衣良氏は、「僕はこの賞を小野さんにあげたいと思ったけれど、この本を自宅の本棚に置くのはイヤ」と言ったそうですが(それだけホラー小説としてよく出来ているという意味での褒め言葉だろう)、個人的にはむしろ、「虚実皮膜譚」的な要素が、読み進むにつれて、どことなく読み心地の悪さを感じることに繋がってしまったかも。端的に言えば、「あざとさ」を感じたとでも言うのでしょうか。多分、この作者をの作品を愛読している人には、メタフィクション・ホラーとして最初から全て織り込み済みなのでしょうが(自分には元々ホラー小説ってあまり合わないのかも)。

 この小説に描かれているようなことは、心霊学からでも超心理学からでも説明可能ではないかと思いますが(自分自身としては心霊学には全く信を置いていないが、超心理学は必ずしも全否定はしない)、いずれにせよ、何十人に1人いるかいないかといった霊感またはESP感性の高い人が、偶然、集中的に連なっていないと、こうしたことは起きません。

 哲学者の内山節氏の『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』('07年/講談社現代新書) によれば、キツネに騙されたという話を聞かなくなったのは1965年頃だということで、日本人が「キツネに騙される能力」を失った(と、騙されなくなったことを精神性の"衰退"とする捉え方をしているわけだが)その理由を5つに纏めていて、その中には、「自然や共同体の中の生死という死生観が変化し、個人としての"人間らしさ"を追求するのが当然になった」というのもあります。

 怪奇作家の集まりと言うのは、"人間らしい人"の集まりなのかもね。

【2015年文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
2016年映画化(監督:中村義洋、主演:竹内結子)

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連作の繋がり方が上手いなあと。最後は「恢復する家族」の物語のように思えた。

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 自分が勝手に名付けた「5人の物語」3冊シリーズの1冊目(他は、朝井リョウの『何者』と村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』)。2011(平成23)年・第24回「山本周五郎賞」受賞作。2011(平成23)年・第8回「本屋大賞」第2位。2009(平成21)年・第8回「R‐18文学賞大賞」受賞作(「ミクマリ」)。2010(平成22)年度・「『本の雑誌』編集部が選ぶノンジャンル・ベスト10」第1位。

 助産院を営む母に女手ひとつで育てられた高校生の斉藤卓巳は、イベントで知り合った人妻の里美(自分のことをコスプレネームであんずと呼ばせている)と不倫関係になる。夫の不在時に、あんずの書いたシナリオに沿って情事を重ねるという、風変りながらもそれが日常化していた2人の関係だったが、卓巳が、自分が好きだった同級生の七菜に告白されたことで状況は一変、卓巳は、もうあんずの元には行かないことに決め、あんずに決別を告げる―。

 「ミクマリ」「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」「2035年のオーガズム」「セイタカアワダチソウの空」「花粉・受粉」の5部構成の連作で、「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」は里美の視点、「2035年のオーガズム」は七菜の視点からといった具合に、以降は、卓巳をとりまく人々それぞれの視点からの物語になっています。

 作者は、本作の冒頭の短編「ミクマリ」が「R‐18文学賞大賞」を受賞した際に、「賞を貰ったらどんどん書かなければだめよ」と人から言われて、この連作を仕上げたそうですが、最初から計算されていたかのような見事な繋がりで、上手いとしか言いようがありません。

 最初の「ミクマリ」は、男性が書いたと言われてもそうかと思ってしまうような、リアリティに満ちた男子高校生の目線で、かつ骨太でスピード感がありましたが、連作を読み進むにつれて、女性らしい皮膚感覚が行間に滲んでいるのが感じられました。

 4人目の物語、貧乏団地に住む高校生の良太の物語「セイタカアワダチソウの空」も良かったです。と、それまで、若妻や高校生など、比較的若年層の視点で描かれていたのが、最後の「花粉・受粉」でいきなり卓巳の母の視点になっておやっと思いましたが、"性欲"→"セックス"→"出生"ということでちゃんと環になっていた―しかも、最後は"家族の再生"のような話で、全体を通して描写はどろどろしているのに、読後感は爽やかでした。

 映画化されて、「性欲、炎上、貧困、団地、出産。日常のシーンから生命の愚かさと美しさを描いた紛れもない名作」というキャッチがついたけれど、個人的には、大江健三郎ではないですが、「恢復(かいふく)する家族」の物語のように思えました。

 【2012年文庫化[新潮文庫]】

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部分的にはいいが、全体的には"文学"の部分も"ミステリ"の部分も共に中途半端。

光媒の花.jpg光媒の花』(2010/03 集英社)

 2010(平成22)年・第23回「山本周五郎賞」受賞作。

 印章店を細々と営み、認知症の母と2人、静かな生活を送る中年男性。ようやく介護にも慣れたある日、幼い子供のように無邪気に絵を描いて遊んでいた母が、「決して知るはずのないもの」を描いていることに気付く―。(「隠れ鬼」)

 「隠れ鬼」「虫送り」「冬の蝶」など6章から成る短篇連作で、何れもミステリ性はそれほど前面に出されておらず、むしろ文芸小説のような雰囲気もあり、今洋モノの推理小説などでも"文学的ミステリ(文芸推理)"のようなものが流行っていますが、それの日本版かなといった印象を受けました。

 「山本周五郎賞」受賞作ということで、『カラスの親指』(140回)、『鬼の跫音』(141回)、『球体の蛇』(142回)に続く作者4連続目の直木賞候補作(143回)であり、『月と蟹』での直木賞受賞(144回)へのステップになった作品とも言えます。

 冒頭の「隠れ鬼」を読んだ時はなかなか面白いと思ったのですが、全体を通しては、"文学的ミステリ"としては軽いかなという印象で、もともとミステリの部分が抑えられているために、"文学"の部分も"ミステリ"の部分も、共に中途半端になった感じがします。

 構成的にも、それぞれの話が少しずつ被っているものの、「虫送り」と「冬の蝶」の関係が微妙に絡んだものである外は(ここだけ連作的)、あまり設定を被せる必然性が感じられず、最後の「遠い光」で冒頭の印章店が出てきてあっと思わせますが、これも、6話全体をインテグレーションするようなものにはなっていなくて肩透かし気味。同じく連作モノである、東野圭吾の『新参者』('08年/講談社)の上手さを改めて感じてしまいました。

 「冬の蝶」に出てくる不幸な少女の話なども、ストーリーのための材料という印象が拭えず、質感を伴った暗さではないため感動にも結びつきにくく、その分、ホラー作家出身の作者の器用さばかりが目立ってしまいました。

 ただ、それぞれの物語において、成長した登場人物が自分の幼年期の記憶を辿る部分の描写などは秀逸で、そうした部分はまさに"文芸的"であり、筆力も感じました。
 全体に、「これ、山本周五郎賞?」と言いたくなるような小ぢんまりとした作品が多いために、その部分の「密度の濃さ」が却って印象に残りました。


【2012年文庫化[集英社文庫]】

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構成が複雑すぎて十分に入り込めなかったというのが正直な感想。

中庭の出来事5.JPG    中庭の出来事.jpg中庭の出来事』[単行本/'06年] 
中庭の出来事 (新潮文庫)』['09年]

 2007(平成19)年度・第20回「山本周五郎賞」受賞作。

 瀟洒なホテルの中庭で、気鋭の脚本家が謎の死を遂げ、容疑は、パーティ会場で発表予定だった「告白」の主演女優候補3人に掛かる。警察は女優3人に脚本家の変死をめぐる一人芝居『告白』を演じさせようとする―という設定の戯曲『中庭の出来事』を執筆中の劇作家がいて―。

 小説内の現実(中庭にて)、『中庭の出来事』という劇中劇、『告白』という劇中劇中劇という3層の"入れ籠構造"の作品で、それに、オーディションの最中に起きた主演候補女優の毒殺事件と、ビルの谷間の公園で起きた就職活動中と思われる女性の突然死事件、これら3つの事件の関係を推理する推理小説好きの脚本家とその友人の会話(旅人たち)が絡むという、凝りに凝った構成。

 "犯人探し"&"入れ籠構造"の両方の謎解きが楽しめる作品と言いたいところですが、あまりに複雑過ぎて十分に入り込めなかったというのが正直なところです。

 終盤、一旦は両方の謎の解明に向かうかのように見えましたが、小説内の現実と思われた部分は実は芝居の一環であったようであり、結局、謎の一部は謎のまま残されたという感じもして、虚実皮膜の味わいと言えばそうなのかも知れませんが、全部がお芝居(脚本の内)でしたみたいな結末には、やはり不全感が残りました。

 山本周五郎賞受賞作ですが、結構難しい作品が選ばれたものだという気がします。
 リフレイン構成自体はともかく、繰り返される1つ1つの話がやや冗長であり、しかも最後は"入れ籠構造"自体も韜晦させてしまったところからすると、演技と素の間を揺れ動く女優の心理が主テーマだったのかなあと。

 【2009年文庫化[新潮文庫]】

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作者の知識・経験が活かされている。山本周五郎の名を冠した賞に相応しい作品。

閉鎖病棟.jpg閉鎖病棟―Closed Ward』 ['94年] 閉鎖病棟 文庫.jpg閉鎖病棟 (新潮文庫)』 ['97年]

 1995(平成7)年度・第8回「山本周五郎賞」受賞作。

 過去に精神障害のために起こした事件により、ある地方の精神科病棟に入院している患者達の、世間や家族から隔離され重苦しい過去を背負いながらも明るく生きようとする様と、そうした彼らの入院生活の中で、登校拒否症のため通院していた病院のマドンナ的存在の女子高生が、入院患者の1人に暴行されたことを契機に起きた殺人事件及びその後の展開を描く―。

 病院内で行われる患者同士の演劇イベントをピークとした前半部分では、その稽古の過程などを通して、様々な患者たちのキャラクターと来歴が描かれていて、4人の家族を殺害して死刑判決を受け、刑が執行されたが死なずに生き返った「秀丸さん」とか、精神分裂症で父親の首を絞めて殺しそうになった「チュウさん」など、過去に起こした事件の内容には凄まじいものが多いです。

 しかし、現在の彼らは「閉鎖病棟」という特異な環境の中でも互いに相手を思いやり、精神薄弱で言葉が喋れない「昭八ちゃん」を助けたり演劇を何とか成功させようと努力するなど、人間らしく精一杯生きていることがわかります。

 作中の病院では精神分裂病患者が最も多いようですが、作者が精神科医であるだけに、過去に起こした事件の経緯を通して、精神分裂病の特質というものがよく描かれている一方で(この病気を文学的文脈の中で正しく描いているのは稀少)、親族などの関係者には、そうした病気への偏見や差別が根強くあることをも物語っています。

 前半部分がまどろっこしいと感じる読者もいるかも知れませんが、何よりも患者達の目線で、過度の同情や憐憫を排して淡々と描かれているのが、逆に作者の彼らへの暖かい目線を感じさせるものとなっていて良く、こうした表現手法に、純文学から出発した作家の特質が表れているように思えました。

 殺人事件そのものも含めミステリの要素は殆ど無く、どうしてこれが山本賞なのかなと思って読み進んでいくと、最後の秀丸さんの事件の証言に立つチュウさんの言葉や、チュウさんと秀丸さんが交わす手紙の遣り取りには大いに感動させられ、精神科医として複雑な現実を知りながらも、作品としてはきっちりエンタテイメントに仕上げているなあと―読み終えてみれば、歴代の山本賞受賞作品の中でも、山本周五郎の名を冠した賞に最も相応しい部類の作品になっているのではないかとの印象を抱きました。 

 但し、この終盤部分は、前半の抑えたトーンとは逆に、患者達に対し余りにストレートに優しくなってしまっている印象もあり、前半とのバランス上どうなんだろうかという気も若干はしました。

 【1997年文庫化[新潮文庫]】

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巧みに予想を裏切ってくれたが、本当の「恐ろしさ」はどこにあったのかが曖昧な部分も。

パレード 吉田修一.jpg 『パレード』 ['02年] パレード 吉田修一 文庫.jpg 『パレード (幻冬舎文庫)』 ['04年]

2010年映画化(監督:行定勲)
パレード 映画.jpg 2002(平成14)年・第15回「山本周五郎賞」受賞作。

 都内の2LDKのマンションで共同生活を送る4人の男女(21歳の長崎出身の大学生の良介、23歳の無職の琴美、24歳のイラストレーター兼雑貨屋店長の未来、28歳の独立系映画配給会社勤務で夜のマラソンが日課の直輝)のもとに、18歳の職業不詳の少年サトルが転がり込んでくることで、彼らの生活は徐々に変調をきたす―。

 良介、琴美、未来、サトル、直輝の順にそれぞれの独白体で話が語り継がれ、なぜ彼らが共同生活を営むようになったかが明らかにされるとともに、最後に「恐ろしい」事件&事実が明らかになるというミステリ的要素もある作品ですが、この「恐ろしさ」はホラー・ミステリの「恐ろしさ」ではないでしょう。ホラー・ミステリだとすると、それまでの描写に伏線と言えるものは殆ど無いし...。

 今風の若者達の生態が軽い巧みなタッチで描かれていて、その中に恋人紹介シーンなどがあったりし、高橋留美子の『めぞん一刻』(ちょっと旧いが)を思い出したりさえしたぐらい。殆ど事件らしい事件もなく事が進んでいくのはこの作者の特徴なのかなと思いましたが、そうした中、何かコトを起こすとすれば、実は男娼だったというサトルかなと思ったら、最後に「見事に」と言うか「巧みに」予想を裏切ってくれて、道理で語り手の順番が登場順になっていなかったと。

 現代社会の「恐ろしさ」を描いたと言うよりは、若者の風俗・気質の描写と意表を突くラストとの組み合わせで、全体としてエンタテインメントになっているという感じがしますが、それぞれを切り離してみると、途中までは共同生活を営む若者達の互いの距離の持ち方を描いたテレビドラマの脚本を読んでいるようでもあるし、一方、最後の事件などもそれ自体は映画などで使い古されたパターンであり、共にやや浅薄な印象を受けなくもありませんでした。

 やや深読みしてこの作品に本当の「恐ろしさ」を見出すとすれば、少なくともサトルという少年は直輝に関する事実を知っていたということで、それでいながらこのマンションから離れて暮らそうと思わなかったという点かも。

 サトルの独白ではそのことに触れられておらず、そうした意味での"伏線"が無いと言うか、彼は話すべきことを話していないと言うか(直輝に対する印象としては全く逆のことが書かれている)、"独白"で隠し事するかなあと。

 それではどの時点で何を契機にサトルはその事実に気づいたのか、更には、あとの3人はどうだったのだろうかという疑問も残り、この点はサトルの「未来さんも、良介くんも、琴ちゃんも知ってんじゃないの。よく分んないのよ」という言葉でボカされ、「お互いにそのことについて、ちゃんと話したわけじゃないから」で片付けられているのが、ある意味、そうしたことへの無頓着が恐いといえば恐いのかも知れませんが、物足りないと言えば物足りないような。

 多くの評者がこうした点をさほど論じないでこの作品を褒めそやすのは、この作品が純文学なのかエンタテインメントなのか、ミステリなのか単なるホラーなのか焦点を定めにくいということもあるためではないかという気がしました(作者はこのあとの作品『パーク・ライフ』で芥川賞受賞)。

 【2004年文庫化[幻冬舎文庫]】

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面白かった〜。特に後半は息もつかせぬという感じ。現時点での作者の集大成的作品。

ゴールデンスランバー1.jpgゴールデンスランバー.jpg  ゴールデンスランバー3.jpg 2010年映画化(東宝) 
ゴールデンスランバー』 (2007/11 新潮社)

 2008(平成20)年・第21回「山本周五郎賞」受賞作、並びに第5回「本屋大賞」の大賞(1位)受賞作。2009 (平成21) 年「このミステリーがすごい」(国内編)第1位。 2009(平成21)年・第2回「ミステリが読みたい!」(早川書房主催)国内編・第1位(他に、「週刊文春」2008年度ミステリーベスト10(国内部門)で第2位)。

 仙台で金田首相の凱旋パレードが行われている時、旧友の森田森吾に何年かぶりで呼び出された青柳雅春は、「おまえは、陥れられている。今も、その最中だ」「金田はパレード中に暗殺される」「逃げろ!オズワルドにされるぞ」といきなり言われ、その時遠くで爆音がして、折しも現れた警官は青柳に向かって拳銃を構えた―。

 面白かった〜。特に後半は息もつかせぬという感じ。エンタテイメントに徹することを試みた書き下ろし作品ということですが、ということは、これまでの作者の作品は"純文学"が入っていたということ?
 それはともかくとして、本作品が直木賞候補になった時点で作者はそれを辞退してしまいましたが、"幻の直木賞候補作" と言うより"幻の直木賞作"そのものと言えるかも。

 日本を舞台としながらも、架空の政治背景を設定し、年代も近未来と過去が混ざったような曖昧なものにしていることで、却ってフィクションの世界に入り込み易かったです。
一方で、細部の描写がキッチリしているし、監視社会の姿や警察・マスコミの対応にもリアリティがあることが、作品の面白さを支えているように思えます。

 逃亡する主人公を助ける面々が、それぞれ立場は異なるものの、ある種の義侠心のようなものに突き動かされて行動していて、古風と言えば古風なパターンですが、いいんじゃないかなあ、この"熱い"雰囲気。

「ゴールデンスランバー」映画.jpg 個人的評価は「星5つ」ですが、強いて難を言えば、後半で或る人物が主人公を導くために現れ、この男のやっていることの事件性の方も考えてみれば本題に劣らずかなり大きいものであることが気になったのと、主人公がマスコミを利用した2つの狙い(「無実の疎明」と「身の安全の確保」)のうち、結局1つしか利用目的を果たしておらず、カタルシス効果としては十全なものになっていないことかなと。

映画「ゴールデンスランバー」('10年/東宝)監督:中村義洋 
出演:堺雅人/竹内結子/吉岡秀隆/劇団ひとり/香川照之

 それでも、これまでの作者の作品の集大成的作品であるとの評判には自分としても全く異論は無く、「星5つ」の評価は変わりません。

 【2010年文庫化[新潮文庫]】

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巻き込まれ型ワンナイト・ムービーみたいだったのが、次第にマンガみたいな感じになり...。

夜は短し歩けよ乙女2.jpg夜は短し歩けよ乙女.jpg  after-hours-martin-scorsese.jpg アフター・アワーズ.jpg 『アフターアワーズ』.jpg
夜は短し歩けよ乙女』['06年](カバー絵:中村佑介)「アフター・アワーズ 特別版 [DVD]」グリフィン・ダン/ロザンナ・アークェット

 2007(平成19)年度・第20回「山本周五郎賞」受賞作。2010(平成22)年・第3回「大学読書人大賞」も受賞。

 「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せる「先輩」は、夜の先斗町に、下鴨神社の古本市に、大学の学園祭に、彼女の姿を追い求めるが、先輩の想いに気づかない彼女は、頻発する"偶然の出逢い"にも「奇遇ですねえ!」と言うばかり。そんな2人を、個性的な曲者たちと珍事件の数々が待ち受ける―。

 4つの連作から成る構成で、表題に呼応する第1章は、「黒髪の乙女」の後をつけた主人公が、予期せぬ展開でドタバタの一夜を送るという何だかシュールな展開が面白かったです。

Griffin Dunne & Rosanna Arquette in 'After Hours'
After-Hours-Scorsese.jpgIアフター・アワーズ1.jpg これを読み、マーチン・スコセッシ監督の「アフター・アワーズ」('85年/米)という、若いサラリーマンが、ふとしたことから大都会ニューヨークで悪夢のような奇妙な一夜を体験する、言わば「巻き込まれ型」ブラック・コメディの傑作を思い出しました(スコセッシが大学生の書いた脚本を映画化したという)。 

アフター・アワーズ 1985.jpg グリフィン・ダン演じる主人公の青年がコーヒーショップでロザンナ・アークェット演じる美女に声を掛けられたきっかけが、彼が読んでいたヘンリー・『アフター・アワーズ』(1985).jpgミラーの『北回帰線』だったというのが、何となく洒落ているとともに、主人公のその後の災厄に被って象徴的でした(『北回帰線』の中にも、こうした奇怪な一夜の体験話が多く出てくる)。映画「アフター・アワーズ」の方は、そのハチャメチャに不条理な一夜が明け、主人公がボロボロになって会社に出社する(気がついたら会社の前にいたという)ところで終わる"ワンナイト・ムービー"です。

夜は短し歩けよ乙女 角川文庫.jpg 一方、この小説は、このハチャメチャな一夜の話が第1章で、第2章になると、主人公は訳の分らない闇鍋会のようなものに参加していて、これがまた第1章に輪をかけてシュール―なんだけれども、次第にマンガみたいな感じになってきて(実際、漫画化されているが)、う〜ん、どうなのかなあ。少しやり過ぎのような気も。

夜は短し歩けよ乙女 (角川文庫)

 山本周五郎賞だけでなく、2007(平成19)年・第4回「本屋大賞」で2位に入っていて、読者受けも良かったようですが、プライドが高い割にはオクテの男子が、意中の女子を射止めようと苦悶・苦闘するのをユーモラスに描いた、所謂「童貞小説」の類かなと(こういう類の小説、昔の高校生向け学習雑誌によく"息抜き"的に掲載されていていた)。

 京都の町、学園祭、バンカラ気質というノスタルジックでレトロっぽい味付けが効いていて、古本マニアの奇妙な"生態"などの描き方も面白いし、文体にもちょっと変わった個性がありますが、この文体に関しては自分にはやや合わなかったかも。主人公の男子とヒロインの女子が交互に、同じ様に「私」という一人称で語っているため、しばしばシークエンスがわからなくなってしまい、今一つ話に身が入らないことがありましたが、自分の注意力の無さ故か?(他の読者は全く抵抗を感じなかったのかなあ)

(2017年に「劇場版クレヨンしんちゃんシリーズ」の湯浅政明監督によりアニメーション映画化された。登場人物は比較的原夜は短し歩けよ乙女 映画title.jpg作に忠実だが、より漫画チックにデフォルメされている。星野源吹き替えの男性主人公よりも、花澤香菜吹き替えのマドンナ役の"黒髪の乙女"の方が実質的な主人公になっている夜は短し歩けよ乙女 映画01.jpg。モダンでカ夜は短し歩けよ乙女 映画00.jpgラフルでダイナミックなアニメーションは観ていて飽きないが、アニメーションの世界を見せることの方が主となってしまった感じ。一応、〈ワン・ナイト・ムービー(ストーリー)〉のスタイルは原作を継承(第1章だけでなく全部を"一夜"に詰め込んでいる)しているが、ストーリーはなぜかあまり印象に残らないし、京風情など原作の独特の雰囲気も弱まった。映画の方が好きな人もいるようだが、コアな森見登美彦のファンにとっては、映画は原作とは"別もの"に思えるのではないか。)
 
 

After Hours.jpgIMG_1158.jpgIアフター・アワーズ9.jpg
グリフィン・ダン演じる主人公の青年がコーヒーショップでヘンリー・ミラーの『北回帰線』を読んでいると、ロザンナ・アークェット演じる美女に声を掛けられる...。 
 
「アフター・アワーズ」●原題:AFTER HOURS●制作年:1985年●制作国:アメリカ●監督:マーチン・スコセッシ●製作:エイミー・ロビンソン/グリフィン・ダン/ロバート・F・コールズベリー●脚本:ジョセフ・ミニオン●撮影:ミハエル・バルハウス●音楽:ハワード・ショア●時間:97分●出演:グリフィン・ダン/ロザンナ・アークェット/テリー・ガー/ヴァーナ・ブルーム/リンダ・フィオレンティ下高井戸京王2.jpgーノ/ジョン・ハード/キャサリン・オハラ/ロバート・プランケット/ウィル・パットン/ディック・ミラー●日本公開:1986下高井戸シネマ.jpg下高井戸東映.jpg/06●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:下高井戸京王(86-10-11)(評価:★★★★)●併映:「カイロの紫のバラ」(ウディ・アレン)

下高井戸京王 (京王下高井戸東映(東映系封切館)→1980年下高井戸京王(名画座)→1986年建物をリニューアル→1988年下高井戸シネマ) 


夜は短し歩けよ乙女 映画04.jpg夜は短し歩けよ乙女 映画ポスター.jpg「夜は短し歩けよ乙女」●●制作年:2017年●監督:湯浅政明●脚本:上田誠●キャラクター原案:中村佑介●音楽:大島ミチル(主題歌:ASIAN KUNG-FU GENERATION「荒野を歩け」)●原作:森見登美彦●時間:93分●声の出演:星野源/花澤香菜/神谷浩史/秋山竜次(ロバート)/中井和哉/甲斐田裕子/吉野裕行/新妻聖子/諏訪部順一/悠木碧/檜山修之/山路和弘/麦人●公開:2017/04●配給:東宝映像事業部●最初に観た場所:TOHOシネマズ西新井(17-04-13)(評価:★★★)
TOHOシネマズ西新井 2007年11月6日「アリオ西新井」内にオープン(10スクリーン 1,775+(20)席)。
TOHOシネマズ 西新井 ario.jpgSCREEN 1 106+(2) 3.5×8.3m デジタル5.1ch
SCREEN 2 111+(2) 3.4×8.2m デジタル5.1ch
SCREEN 3 111+(2) 3.4×8.2m デジタル5.1ch
SCREEN 4 135+(2) 3.5×8.5m デジタル5.1ch
SCREEN 5 410+(2) 7.0×16.9m デジタル5.1ch
SCREEN 6 146+(2) 3.7×9.0m デジタル5.1ch
SCREEN 7 148+(2) 3.7×8.9m デジタル5.1ch
SCREEN 8 80+(2) 4.1×9.9m MX4D® デジタル5.1ch
SCREEN 9 183+(2) 4.1×9.9m デジタル5.1ch
SCREEN 10 345+(2) 4.8×11.6m デジタル5.1ch

 【2008年文庫化[角川文庫]】

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「●「週刊文春ミステリー ベスト10」(第1位)」の インデックッスへ 「●「山本周五郎賞」受賞作」の インデックッスへ 「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「火車 カード破産の女!」「宮部みゆき原作 ドラマスペシャル 火車」)

著者の現代推理小説の中では、「理由」「模倣犯」を凌ぐ傑作。

宮部 みゆき 『火車』.jpg火車.jpg      火車Jul.'92 双葉社.jpg       火車 All she was worth.jpg
火車 (新潮文庫)』 『火車』 ['92年/双葉社] ペーパーバック版 "火車―All she was worth"

 1992(平成4) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。1993(平成5)年度・第6回「山本周五郎賞」受賞作。(2008(平成20)年に、「このミステリーがすごい!」の賞創設から20年間の1位にも輝いた。因みに、発表当時の1993(平成5)年の「このミステリーがすごい!」では『砂のクロニクル』(船戸与一)に次いで2位だった。)

 休職中の刑事が遠縁の男に頼まれて、失踪した婚約者の女性を探すことになるが、彼女の過去は調べれば調べるほど闇に包まれている。なぜこの主人公の女性は「自分を消す」ということにこれだけ執着し、またそこにどんな落とし穴があったのか―。カード社会の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生を描いた傑作です。

 宮部みゆき作品の中ではとりわけ社会派的色彩が濃いものですが、この作品で衝撃を受けたのは、主人公が最後の最後にしか現れず、セリフも一言もないという凝った造りであることです。それでいて、主人公の情念がじわ〜っと伝わってきます。著者の現代推理小説の中では『理由』('98年)、『模倣犯』('01年)と並ぶ傑作の部類で、むしろ『理由』も『模倣犯』もこの作品を超えていないかも知れないという気もします。

 ところがこの作品は直木賞をとっていないのです。『理由』で直木賞をとる前に、『龍は眠る』('91年)、『返事はいらない』('91年)、『火車』('92年)、『人質カノン』('96年)、『蒲生邸事件』('96年)と候補になりながら選にもれたものがありますが、個人的には、『火車』でとるべきだったと思います。『火車』の直木賞落選の「選評」で、「重要人物が描けていない」という批評にはガックリきたという感じ。明らかに主人公のことを指していますが、"自分を消した"女性が主人公なのだから...。

火車 last 1994.jpg '94年に"2時間ドラマ"化されていて、「火車 カード破産の女!」というタイトルで『土曜ワイド劇場』のテレビ朝日開局35周年特別企画として放映されていますが、主人公の新城喬子(関根彰子)役の財前直見は原作同様、ラストシーンを除いてほとんど出て来ず、それでいてドラマ全体を支配していました。原作の優れた点をよく生かしたドラマ化だったと思います。

 作家の倉橋由美子は、この小説を絶賛したうえで、ラストは「太陽がいっぱい」(パトリシア・ハイスミスの原作でなく、映画の方)に似ていると書いていますが(『偏愛文学館』('05年/講談社))、確かに。

「火車-カード破産の女!」 ラストシーン

財前直見  .jpg火車 1994.png「火車 カード破産の女!」●演出:池広一夫●制作:塙淳一●脚本:吉田剛●出演:三田村邦彦/財前直見/沢向要士/船越栄一郎(船越英一郎)/山口果林/角野卓造/森口瑤子/山下規介/大畑俊/吉野真弓/菅原あき/畠山久/奥野匡/小沢 象/たうみあきこ/加地健太郎/飯島洋美/舟戸敦子/沢向要士/角野卓造●放映:1994/02(全1回)●放送局:テレビ朝日   

「火車-カード破産の女!」 新城喬子(財前直見)
 
 【1998年文庫化[新潮文庫]】

火車 ドラマ   ド.jpg《読書MEMO》
●2011年再ドラマ化 【感想】 本間(上川達也)は新城喬子(佐々木希)より田畑智子(田畑智子)を追っているような印象にもなってしまったが、佐々木希のセリフが最後まで一言も無かったのは正攻法と言える。原作の良さにも助けられているものの、やはり'94年の財前直美版には及ばない(特にラストシーンは'94年版のラストシーンの素晴らしさには遠く及ばない)。

   

火車 ドラマ00.jpg火車 ドラマ03.jpg「宮部みゆき原作 ドラマスペシャル 火車」●演出:橋本一●脚本:森下直●原作:宮部みゆき●出演:上川隆也/佐々木希/寺脇康文/田畑火車 ドラマ5b.jpg火車 ドラマ5e.jpg火車 ドラマc03.jpg火車 ドラマs.jpg智子/ゴリ(ガレッジセール)/渡辺大/鈴木浩介/高橋一生/井上和香/前田亜季/藤真利子/美保純/金田明夫/笹野高史/茅島成美/山崎竜太郎/ちすん/上間美緒/長谷川朝晴/谷口高史●放映:2011/11/05(全1回)●放送局:テレビ朝日

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