Recently in 日本エッセイスト・クラブ賞受賞作 Category

「●日本史」の インデックッスへ Prev|NEXT 【2802】 跡部 蛮『真田幸村「英雄伝説のウソと真実」
「●江戸時代」の インデックッスへ 「●地震・津波災害」の インデックッスへ 「●中公新書」の インデックッスへ 「●「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作」の インデックッスへ

人間を主人公として書かれた防災史。身を守るため教訓を引き出そうとする姿勢。

天災から日本史を読みなおす1.jpg天災から日本史を読みなおす2.jpg天災から日本史を読みなおす3.jpg 天災から日本史を読みなおす4.jpg
天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災 (中公新書)

 2015(平成27)年・第63回「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作。

 映画化もされた『武士の家計簿―「加賀藩御算用者」の幕末維新』('03年/新潮新書)の著者が、「天災」という観点から史料を調べ上げ、日本において過去に甚大な被害をもたらした「災い」の実態と、そこから読み取れる災害から命を守る先人の知恵を探ったものです(朝日新聞「be」で「磯田道史の備える歴史学」として2013年4月から2014年9月まで連載していたものを書籍化)。

 やはり日本における天災と言えば最初に来るのは地震であり、最初の2章は地震について割かれ、第3章では土砂崩れ・高潮を取り上げています。第4章では、災害が幕末史に及ぼした影響を考察し、第5章では、津波から生き延びるための先人の知恵を紹介し、最終第6章では、本書が書かれた時点で3年前の出来事であった東日本大震災からどのような教訓が得られるかを考察しています。

 第1章では、豊臣政権を揺るがした二度の大地震として、天正地震(1586年)と伏見地震(1596年)にフォーカスして、史料から何が読み取れるか探り、地震が豊臣から徳川へと人心が映りはじめる切っ掛けになったとしています。専門家の間でどれくらい論じられているのかわかりませんが、これって、なかなかユニークな視点なのではないでしょうか。

 第2章では、やや下って、江戸時代1707(宝永4)年の富士山大噴火と地震の連動性を探り、宝永地震(1707年)の余震が富士山大噴火の引き金になったのではないかと推論しています。本震により全国を襲った宝永津波の高さを様々な史料から最大5メートル超と推測し、さらに余震に関する史料まで当たっているのがスゴイですが、それを富士山大噴火に結びつけるとなると殆ど地震学者並み?(笑)。

 第3章では、安政地震(1857年)後の「山崩れ」や、江戸時代にあった台風による高潮被害などの史料を読み解き、その実態に迫っています。中でも、1680(延宝8)年の台風による高潮は、最大で3メートルを超えるものだったとのこと、因みに、国内観測史上最大の高潮は、伊勢湾台風(1959年)の際の名古屋港の潮位3.89メートルとのことですが(伊勢湾台風の死者・行方不明は5098人で、これも国内観測史上最大)、それに匹敵するものだったことになります。

 全体を通して、過去の天災の記録から、身を守るため教訓を引き出そうとする姿勢が貫かれており、後になるほどそのことに多くのページに書かれています。個人の遺した記録には生々しいものがあり、人間を主人公として書かれた防災史と言えます。一方で、天災に関する公式な記録は意外と少ないのか、それとも、著者が敢えて政治史的要素の強いもの(災害のシズル感の無いもの)は取り上げなかったのか、そのあたりはよく分かりません。

 2011年の東日本大震災が本書執筆の契機となっているかと思われます。ただし、著者の母親は、二歳の時に昭和南海津波に遭って、大人子供を問わず多くの犠牲者が出るなか助かったとのこと、しかも避難途中に一人はぐれて独力で生き延びたというのは二歳児としては奇跡的であり(そこで著者の母親が亡くなっていれば本書も無かったと)、そうしたこともあって災害史はかなり以前から著者の関心テーマであったようです。

 このような歴史学者による研究書が「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作になるのかと思う人もいるかもしれませんが(自分自身も若干そう思う)、過去には同じく歴史学者で今年['20年]亡くなった山本博文(1957-2020)氏の『江戸お留守居役の日記』('91年/読売新聞社、'94年/講談社学術文庫)が同賞を受賞しており(そちらの方が本書よりもっと堅い)、また、岩波新書の『ルポ貧困大国アメリカ』('08年)や『裁判の非情と人情』('08年)といった本も受賞しているので、中公新書である本書の受賞もありなのでしょう(前述のような個人的思い入れが込められて、またその理由が書かれていることもあるし)。

 最近、テレビでの露出が多く、分かりやすい解説が定評の著者ですが、文章も読みやすかったです。

「●医療健康・闘病記」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【400】 山田 規畝子 『壊れた脳 生存する知
「●「死」を考える」の インデックッスへ 「●「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作」の インデックッスへ

同じ苦しみを抱えた患者やその家族への(押付けがましさのない)「励ましの書」として読み得る。
がんと向き合って 上野創.jpg上野 創 『がんと向き合って』.jpg がんと向き合って 上野創 文庫.jpg 上野 創.jpg
がんと向き合って』['02年]『がんと向き合って (朝日文庫)』['07年] 上野 創 氏

 朝日新聞の若き記者のがん闘病記で、'03(平成15)年・第51回「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作。著者は朝日新聞横浜支局勤務の'97年、26歳の時に睾丸腫瘍になり、肺にも数え切れないぐらいの転移があったということ、そうした告知を受けた時のショックがストレートに、且つ、記者らしく客観的な視点から綴られています。

 そして、同僚記者である恋人からの、彼ががんであることを知ったうえでのプロポーズと結婚、初めてのがん闘病生活と退院復帰、1年遅れで挙げた結婚式とがんの再発、そして再々発―。

 結局、こうした2度の再発と苛烈な苦痛を伴う抗がん治療を乗り越え、31歳を迎えたところで単行本('02年刊行)の方は終わっていますが、文庫版('07年刊行)で、記者としての社会人生活を続ける中、3度目の再発を怖れながらも自分なりの死生観を育みつつある様子が、飾らないトーンで語られています。

 冒頭から状況はかなり悲観的なものであるにも関わらず、強いなあ、この人と思いました。抗がん剤の副作用の苦しみの中で、自殺を考えたり、鬱状態にはなっていますが、そうした壁を乗り越えるたびに人間的に大きくなっていくような感じで、でも、自分がひとかどの人物であるような語り口ではなく、むしろ、周囲への感謝の念が深まっていくことで謙虚さを増しているような印象、その謙虚さは、自然や人間の生死に対する感じ方、考え方にも敷衍されているような印象を受けました。

 やはり、奥さんの「彼にとって死はいつも一人称だ。しかし、私が考える『死』はいつも二人称だ」という言葉からもわかるように、彼女の支えが大きいように思われ、文庫解説の鎌田實医師の「病気との闘いの中で彼女は夫の死を一・五人称ぐらいにした」という表現が、簡にして要を得ているように思います。

 がん闘病記は少なからず世にあるのに、本書が「日本エッセイスト・クラブ賞」を受賞したのは、文章が洗練されているからといった理由ではなく、同じ苦しみを抱えた患者やその家族への「励ましの書」として読み得るからでしょう(感動の"押付けがましさ"のようなものが感じられない点がいい)。

米原 万里(よねはらまり)エッセイスト・日ロ同時通訳.jpg絵門ゆう子.jpg 本書は、'00年秋の朝日新聞神奈川版での連載がベースになっていますが、エッセイストの絵門ゆう子氏(元NHKアナウンサー池田裕子氏)が、進行した乳がんと闘いながら、朝日新聞東京本社版に「がんとゆっくり日記」を連載していた際には、著者はその連載担当であったとのこと、絵門さんは帰らぬ人となりましたが('06年4月3日没/享年49)、以前、米原万里氏の書評エッセイで、免疫学者の多田富雄氏が脳梗塞で倒れたことを気にかけていたところ、米原さん自身が卵巣がんになり、絵門さんに続くように不帰の人となったことを思い出し('06年5月25日没/享年56)、人の運命とはわからないものだなあと(自分も含めて、そうなのだが)。
 
 【2007年文庫化[朝日文庫]】

「●社会問題・記録・ルポ」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【922】 湯浅 誠 『反貧困
「●国際(海外)問題」の インデックッスへ 「●岩波新書」の インデックッスへ「●「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作」の インデックッスへ

新自由主義政策の弊害を「民営化」という視点で。前半のリアルな着眼点と、後半のアプリオリな視座。

ルポ貧困大国アメリカ.jpg ルポ 貧困大国アメリカ.jpg 『ルポ貧困大国アメリカ (岩波新書 新赤版 1112)』 ['08年]

 '08(平成20)年度・第56回「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作で、'08年上期のベストセラーとなった本('09(平成21)年度・第2回「新書大賞」も受賞)。

obesity_poverty.jpg 前半、第1章で、なぜアメリカの貧困児童に「肥満」児が多いかという問題を取材していて、公立小学校の給食のメニューが出ていますが、これは肥って当然だなあと言う中身。貧困地域ほど学校給食の普及率は高いとのことで、これを供給しているのは巨大ファーストフード・チェーンであり、同じく成人に関しても、貧困家庭へ配給される「フードスタンプ」はマクドナルドの食事チケットであったりして、結果として、肥満の人が州人口に占める比率が高いのは、ルイジアナ、ミシシッピなど低所得者の多い州ということになっているらしいです。

Illustration from geographyalltheway.com

 第3章で取り上げている「医療」の問題も切実で、国民の4人に1人は医療保険に加入しておらず、加えて病院は効率化経営を推し進めており、妊婦が出産したその日に退院させられるようなことが恒常化しているとのこと、こうした状況の背後には、巨大病院チェーンによる医療ビジネスの寡占化があるようです。

 中盤、第4章では、若者の進路が産業構造の変化や経済的事情で狭められている傾向にあることを取り上げていて、ここにつけ込んでいるのが国防総省のリクルーター活動であり、兵役との引き換え条件での学費補助や、第2章で取り上げている「移民」問題とも関係しますが、兵役との交換条件で(それがあれば就職に有利となる)選挙権を不法移民に与えるといったことが行われているとのこと。

 本書執筆のきっかけとなったのは、こうした学費補助の約束などが実態はかなりいい加減なものであることに対する著者の憤りからのようで、後半では、貧困労働者を殆ど詐欺まがいのような勧誘で雇い入れ、「民間人」として戦場に送り込む人材派遣会社のやり口の実態と、実際にイラクに行かされ放射能に汚染されて白血病になったトラック運転手の事例が描かれています。

 全体を通して、9.11以降アメリカ政府が推し進める「新自由主義政策」が生んだ弊害を、「民営化」というキーワードで捉え、ワーキングプアが「民営化された戦争」を支えているという第5章の結論へと導いているようですが、後半にいけばいくほど著者の(「岩波」の)リベラルなイデオロギーが強く出ていて(「あとがき」は特に)、「だから米国政府にとっては、格差社会である方が好都合なのだ」的な決めつけも感じられるのがやや気になりました(本書にある「世界個人情報機関」の職員の言葉がまさにそうであり、こうした見方さえ"結果論"的には成り立つという意味では、そのこと自体を個人的に否定はしないが)。

 著者は9.11テロ遭遇を転機にジャーナリストに転じた人ですが、本書が「○○ジャーナリスト賞」とか「○○ノンフィクション賞」とかでなく(まだこれから受賞する可能性もあるが)、その前に「エッセイスト・クラブ賞」を得たのは、文章の読み易さだけでなく、前半のリアルな着眼点と、後半のアプリオリな視座によるためではないかと。

《読書MEMO》
●「世界個人情報機関」スタッフ、パメラ・ディクソンの言葉
「もはや徴兵制など必要ないのです」「政府は格差を拡大する政策を次々に打ち出すだけでいいのです。経済的に追いつめられた国民は、黙っていてもイデオロギーのためではなく生活苦から戦争に行ってくれますから。ある者は兵士として、またある者は戦争請負会社の派遣社員として、巨大な利益を生み出す戦争ビジネスを支えてくれるのです。大企業は潤い、政府の中枢にいる人間たちをその資金力でバックアップする。これは国境を超えた巨大なゲームなのです」(177-178p)

「●地誌・紀行」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【236】 河口 慧海 『チベット旅行記
「●科学一般・科学者」の インデックッスへ 「●は行の現代日本の作家」の インデックッスへ
「●「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作」の インデックッスへ

同著者のベストセラーのバックグラウンドを知るうえで読むという読み方があってもいいかも。

『若き数学者のアメリカ』.JPG藤原 正彦 『若き数学者のアメリカ』.jpg        若き数学者のアメリカ 文庫.jpg  若き数学者のアメリカ 文庫2.jpg 
若き数学者のアメリカ』〔'77年〕/『若き数学者のアメリカ (新潮文庫)』〔'92年〕/〔'07年/新潮文庫改装版〕

 '78(昭和53)年度・第26回「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作。

 『国家の品格』('05年/新潮選書)が大ベストセラーになり、「品格」が'06年の「新語・流行語大賞」にもなった数学者・藤原正彦氏の、若き日のアメリカ紀行。

 '72年、20代終わりにミシガン大学研究員として渡米、'73年に:コロラド大学助教授となり、'75年に帰国するまでのことが書かれていますが、そのころに単身渡米し、歴史も文化も言語も異なる環境で学究の道を歩むのはさぞ大変だったのだろうなあと思わせます。

 時差に慣れるためにわざわざハワイに寄ったり、またそこで、真珠湾遊覧船にたまたま乗って、周りに日本人が1人もいない中で日本人としての気概を保とうと躍起になったり(ここで戦艦ミズーリに向かって"想定外の"敬礼したという人は多いと思う)、本土に行ってからはベトナム戦争後の爛熟感と疲弊感の入り混じったムードの中で孤独に苛まれうつ状態となり、フロリダで気分転換、コロラド大学に教授として移ってからは、生意気な学生たちとの攻防と...。

 武士の家系に育ち、故・新田次郎の次男という家柄、しかも数学者という特殊な職業ですが、アメリカという大国の中で何とか日本人としての威信を保とうとする孤軍奮闘ぶりのユーモラスな描写には共感を覚え、一方、日本人の特質を再分析し、最後はアメリカ人の中にも同質の感受性を認めるという冷静さはやはり著者ならではのものだと―(『アメリカ感情旅行』の安岡章太郎も、最後はアメリカ人も日本人も人間としては同じであるという心境に達していたが)。

国家の品格es.jpg 『国家の品格』の方は、「論理よりも情緒を」という主張など頷かされる部分も多く、それはそれで自分でも意外だったのですが、「品格」という言葉を用いることで、逆に異価値許容性が失われているような気がしたのと、全体としては真面目になり過ぎてしまって、『若き数学者の...』にある自らの奮闘ぶりを対象化しているようなユーモアが感じられず、また断定表現による論理の飛躍も多くて、読後にわかったような、わからないようなという印象が残ってしまいました。

 『国家の品格』というベストセラーのバックグラウンドを知るうえで読むという読み方があってもいいかも。

 【1981年文庫化[新潮文庫]】

「●多田 富雄」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【597】 多田 富雄 『懐かしい日々の対話
「●「日本エッセイスト・クラブ賞」受賞作」の インデックッスへ

芳醇な味わいのエッセイ。人類進化の加速化の指摘、白洲正子氏の最期などが興味深かった。

独酌余滴.jpg独酌余滴』 朝日文庫 〔'06年〕 ビルマの鳥の木.jpg 『ビルマの鳥の木』('95年/日本経済新聞社)

 世界的な免疫学者で、〈能〉の脚本なども手掛けている多田富雄氏のエッセイ集で、2000年日本エッセイストクラブ賞受賞。

 前半部分は、学会等で世界各都市を飛び回った際に触れたこと、感じたことが主に書かれており、後半部分は、世情から日常生活の話題、免疫学・生命論から能をはじめとする舞台芸術の話など、話題は広く、それでいて、それぞれに芳醇な味わいがあります。

 前著『ビルマの鳥の木』('95年/日本経済新聞社)で、海外に行くと、ホテルを飛び出して土地の人や歴史や自然に接し、特に必ずその都市のダウンタウンに行って、市井の人々の息吹を肌で感じるようにしていると書いていましたが、まさにその通り実践しており、グローバル化の中で取り残され、世界の片隅で生きる人々に対する、著者自身の眼で見た想いと憂いが伝わってきました。

 科学者としての考察も随所にあり、人類進化の大きな段階が、2500万年前(類人猿の誕生)、150万年前(直立二足歩行の原人類ホモ・エレクトズの誕生)、20万年前(ネアンデルタール旧人類の誕生)、4万年前(言語の使用)、5千年前(文字の発明)というように一桁ごとに短くなる非連続で起きていて、類人猿→原人類間が2000万年以上もかかったのに、原人類→旧人類間が200万年程度、旧人類→新人類間が15万年、そして新人類→現代間が5万年に過ぎないことを考えると、そろそろ新・新人類が出てくるかも、という発想は、最後は"パソコン人間"の現代の若者に絡めてエッセイ風にまとめていますが、科学的に見ても、この進化の加速化の先は、一体どうなるのだろうかという不思議な思いになりました。

 そのほか後半部分では、白洲正子氏('98年没)を偲んで、彼女が亡くなるときの様子について触れられており、彼女は自分で病院に電話して救急車が来るまでに好きな物を食べて待ち、入院後ほどなく昏睡状態になって10日後に亡くなったとあり、改めて、何だかすごいなあ、この白洲正子って人は、という感じに。
 著者は、彼女のものの見方や考え方、美意識や行動に「男性」的なもの、彼女の著作テーマにもある「両性具有」的なものを見出しているようですが、これも興味深い考察でした。 

 【2006年文庫化[朝日文庫]】

About this Archive

This page is an archive of recent entries in the 日本エッセイスト・クラブ賞受賞作 category.

読売文学賞受賞作 is the previous category.

新潮社文学賞受賞作 is the next category.

Find recent content on the main index or look in the archives to find all content.

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1