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40代前半に書き始め、54歳で完結した連作。女性に対する不可知論を素直に告白している作品。

夕暮まで.jpg  『夕暮まで』(1978/09 新潮社) 吉行淳之介『夕暮まで』(新潮文庫).jpg 『夕暮まで (新潮文庫)

吉行淳之介1.jpg 1978(昭和53)年・第31回「野間文芸賞」受賞作。

 主人公の妻子ある中年男・佐々と、若い女性・杉子の歳差のある男女の微妙な関係を描いた作品で、単行本化されるや当時のベストセラーとなり、黒木和雄監督、桃井かおり・伊丹十三主演で映画化されもしました('80年/東宝、主演:桃井かおり、伊丹十三)。

 作者の作品で、いろいろな意味で世間を賑わしたものと言えば、前期では『砂の上の植物群』('66年/新潮社)、中期ではこの作品になるのではないかと思われますが、この作品は元々は別に発表された短篇の連作であり、各発表年を見ると、「公園で」('65年)、「網目のなか」('71年)、「傷」('76年)、「夜の警官」('77年)、「血」('77年)、「すでにそこにある黒」('77年)、「夕暮まで」('78年)となっています。

吉行淳之介(1977年ごろ)

 つまり、書き始めは『砂の上の植物群』と同じく作者40代初めの頃で、作者は主人公とほぼ同年齢だったのが(主人公の佐々は40代前半の中年で、彼の不倫相手である杉子は22歳の独身女性)、書き終えた時には54歳になっていたことになります。

 冒頭の「公園で」は非常に幻想的なタッチであり、まだ「佐々」「杉子」といった連作における登場人物の名前さえも出てきませんが、70年代初めの「網目のなか」からリアリスティックな描写になり、70代中盤の「傷」から「夕暮まで」にかけて、現実的なストーリー性を帯びてきます(と言っても、ドラマ的な展開を見せるわけではなく、2人の関係性の変化を断章的に描いていくという感じ)。

 そのストーリーを追っていくと、杉子の自分の処女性へのこだわりというのが浮かび上がり(杉子は佐々に身体は許すが接合は許さない)、また、杉子が佐々の知らない何者かによって処女を喪失し、そのことが2人の別れの契機になったともとれることからも、その見方を強化することが出来るのですが、個人的には作者がそんな古風なテーマを物語の中心に据えようとしたようには思えませんでした。

 研ぎ澄まされた文章で知られる作家ですが、この作品は簡潔な会話が主体の部分が多く、確かにとっつき易いかも。但し、ところどころにある主人公の女性に対する観察眼の鋭さや、男女の間にある深い溝のようなものを映し出すような文章は、やはりこの作者ならではのものと思われました。

 簡潔な部分はあまりに簡潔に描かれているため、ともすると即物的に不倫を描いたような作品にも見えるかも知れず(映画化作品は観てないが、映像化するとますますそうなるのでは)、また、まるで「これが大人の男女の会話ですよ」みたいなフレーズが連なり、中年男性の"テキスト"みたいな読まれ方もされかねない作品でもあるかも。

 実際には、主人公の内的風景を核とした吉行文学に共通する心理小説だと思いますが、そういう自分も"テキスト"として読んでしまっている部分があったりして...(作者は『砂の上の植物群』を書いた時に、その種の世俗的エンタテイメント性も意識したと言っていたが、この作品はどうなのか)。

 そうした意味では、個人的には、読んでいて何となく落ち着かない作品でしたが、結論的には、女性をコントロールしているようで実は曖昧模糊の状態に置かれている主人公を通して、女性に対する不可知論のようなものを作者が素直に告白している作品のように思えました。

夕暮まで 映画1.gif 映画「夕暮まで」('80年/東宝、主演:桃井かおり、伊丹十三)

【1982年文庫化[新潮文庫]】

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主人公にとっては、嫁が不憫であるとともに、老境の光明にもなっているような。

川端 康成 『山の音』  .jpg2川端 康成 『山の音』新潮文庫.jpg川端 康成 『山の音』sinntyoubunnko .jpg  山の音 dvd.bmp    たまゆら2.jpg
山の音 (新潮文庫)』['57年]/「山の音 [DVD]」/連続テレビ小説「たまゆら」

川端康成肖像(昭和25-26年頃).jpg 1954(昭和29)年・第7回「野間文芸賞」受賞作。

 鎌倉に居を構える一家の家長・尾形信吾(62歳)は、夜中にふと感じた「山の音」に、自分の死期を予告されたような恐怖感を抱き、迫り来る老いや死を実感しながらも、息子・修一の嫁・菊子に、青春期にこの世を去った美しい憧れの女性の面影とを重ね、淡い恋心に似た気持ちを抱く―。

 1935(昭和10)年、東京の谷中から鎌倉に住まいを移した川端康成(1899- 1972)は、終生この地に住み、鎌倉を舞台とした作品を幾つか書きましたが、この『山の音』もその一つで、同じく鎌倉を舞台とした『千羽鶴』と同時期(昭和24年‐29年)に並行して連載発表され、1951(昭和26)年度日本芸術院賞を授与されています(受賞年は1952年。この賞は"作品"ではなく"人"が対象だが、この2作が実質的な受賞対象作か)。

川端康成(1950(昭和25)-1951(昭和26)年頃)

 『山の音』は、「改造文芸」の1949(昭和24)年9月号に「山の音」として掲載したのを皮切りに、「群像」「新潮」「世界川端康成 1949.jpg春秋」などに「雲の炎」「栗の実」「島の夢」「冬桜」「朝の水」「「夜の声」「春の鐘」などといった題名で書き継がれて、1954年に完結、同年4月に単行本『山の音』として筑摩書房から刊行されたもので、作家の50歳から55歳にかけての作品ということになりますが、山本健吉の解説によれば、「川端氏の傑作であるばかりでなく、戦後日本文学の最高峰に位するものである」と。

1949(昭和24)年頃。鎌倉・長谷の自宅にてロダンの彫刻に見入る。

 夫婦二世代で同じ家に住み、父親と息子が同じ会社に通っているなどというのは、当時は珍しいことではなかったのでしょう(小津安二郎など昔の日本映画にありそうだし、「サザエさん」もそうだなあ)。当時は55歳定年制が一般的であったことを考えれば、60歳過ぎても、会社に行けばお付きの女性秘書(事務員と兼務?)もいるというのは、信吾は所謂「高級サラリーマン」の類でしょうか。その事務員・英子と盛り場(ダンスホール)探訪などしたりもして。そうした信吾ですが、妻がいながらにして外に愛人を持つ息子・修一や、子連れで嫁先から出戻ってすっかり怠惰になった娘のために、老妻との穏やかな老後というわけにはいかず、その心境は、常に鬱々とした寂寥感が漂っています。

 そうした日常において、可憐な菊子の存在は信吾の心の窓となっていて、何だかこれも小津安二郎の映画にありそうな設定だなあと。但し、そこは川端康成の作品、舅と嫁の関係が表向きは不倫なものには至らないものの、昔の恋人に菊子を重ねる自分に、結婚する前の菊子を自分は愛したかったのではないかと信吾は自問しており、ついつい菊子の身体に向けられる仔細な観察眼には、かなり性的な要素もあります。

 しかし、現実に信吾が菊子にしてやれることは何も無く、修一と愛人を別れさせようという試みも空振りに終わり(この試みが信吾本人ではなく英子主導なのがミソなのだが)、ドラマチックなことは何も起こらずに、季節だけが虚しく過ぎて行く―信吾の住む鎌倉の四季の移いを背景に、そこに日本的な諦観が織り込まれたような感じで、その繊細なしっとり感が、この作品の持ち味なのでしょう。

 ただ、この菊子という女性はどうなのだろう。老人の「心境小説」の登場人物の1人の生き方を云々するのも何ですが、身籠った子を中絶したのが、「夫に愛人がいる間は夫の子を産まない」という彼女のある種の"潔癖"によるもの乃至は夫への"反抗"だとすれば(共に修一の解釈)、現代の女性たちから見てどれぐらい共感を得られるか。

山の音 スチール.jpg この作品は映画化されていて('54年/東宝)、個人的にはCS放送であまり集中できない環境でしか観ていないので十分な評価は出来ないのですが(一応星3つ半)、監督は小津安二郎ではなく成瀬巳喜男ということもあり、それなりにどろっとしていました(小津も実はどろっとしているのだという見方もあるが)。

山の音4_v.jpg 62歳の信吾を演じた山村聰(1910‐2000)は当時44歳ですから、「東京物語」の笠智衆(当時49歳)以上の老け役。息子・修一役の上原謙(1909‐1991)が当時45歳ですから、実年齢では息子役の上原謙の方が1つ上です。

山の音05_v.jpg そのためもあってか、原節子(1920‐2015)演じる菊子が舅と仲が良すぎるのを嫉妬して修一が浮気に奔り、また、菊子を苛めているともとれるような、それで、ますます信吾が菊子を不憫に思うようになる...という作りになっているように思いました(菊子が中絶しなければ、夫婦関係の流れは変わったように思うが、それでは全然違った物語になってしまうのだろう)。

並木道o.JPG 映画のラストの、信吾と菊子が新宿御苑の並木道を歩くシーンを観てもそうだし(キャロル・リード監督「第三の男」('49年/英)のラストシーンと構図が似ている)、原作についても、信吾と菊子が信吾の郷里に紅葉を観に行くという「書かれざる章」があったのではと山本健吉も想像しているように、信吾と菊子の関係はこのまま続くのだろうなあ。それが、また、信吾の潜在的願望であるということなのでしょう。

たまゆら 川端康成.jpg この作家は、こうした家族物はおたまゆら 朝ドラ.jpg手のものだったのではないかという気もします。「たまゆら」という1965年度のNHKの連続テレビ小説(朝の連ドラ)(平均視聴率は33.6%、最高視聴率は44.7%)の原作(『たまゆら』('55年/角川小説新書))も書き下ろしていたし...(ノーベル文学賞作家が以前にこういうの書いていたというのが、ちょっと面白いけれど)。

「たまゆら」番宣用カラー絵ハガキ

 「たまゆら」は、会社を引退した老人(笠智衆、テレビ初出演)が、第二の人生の門出に『古事記』を手に旅に出るという、朝ドラにしては珍しく男性が主人公の話ですが、この老人には嫁に行ったり嫁入り前だったりの3人の娘がいて、基本的には"家庭内"ドラマ(要するに"ホームドラマ")。NHKの連続テレビ小説の第5作として「うず潮」(林芙美子原作)と「おはなはん」の間の年('65(昭和40)年)に放送され、川端康成自身が通行人役でカメオ出演していました(職業は「サザエさん」のいささか先生みたいな作家ではなかったか)。


日本映画傑作全集 山の音.jpg山の音92.jpg「山の音」●制作年:1954年●監督:成瀬巳喜男●製作:小林一三●脚本:水木洋子●撮影:玉井正夫●音楽:斉藤一郎●原作:川端康成「山の音」●時間:94分●出演山の音39.jpg:原節子/上原謙/山村聡/長岡輝子/杉葉子/丹阿弥谷津子/中北千枝子/金子信雄/角梨枝子/十朱久雄/北川町子/斎藤史子/馬野都留子●公開:1954/01●配給:東宝●評価:★★★☆   
 
 
たまゆら2.jpgたまゆら.jpgたまゆら2.jpg「たまゆら」●演出:畑中庸生●脚本:山田豊/尾崎甫●音楽:崎出伍一●原作:川端康成●出演:笠智衆/加藤道子/佐竹明夫/扇千景/直木晶子/亀井光代/勝呂誉/武内亨/川端康成/光本幸子/長浜藤夫/鳳八千代●放映:1965/04~1966/04(全?回)●放送局:NHK

 【1957年文庫化[新潮文庫]/1957年再文庫化[岩波文庫]/1957年再文庫化[角川文庫]/1967年再文庫化[旺文社文庫]】

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