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一気に読めた。力作だと思うが、読んでいて少女マンガのイメージがついてまわった。

蜜蜂と遠雷 2.jpg蜜蜂と遠雷s.jpg   蜜蜂と遠雷 直木賞 本屋大賞 W.jpg
蜜蜂と遠雷 (幻冬舎単行本)』「本屋大賞に恩田陸さん『蜜蜂と遠雷』初の直木賞と2冠」(東京新聞)

 2016(平成28)年下半期・第156回「直木賞」受賞作。2017(平成29)年・第14回「本屋大賞」第1位作品。

 3年に1度の芳ヶ江国際ピアノコンクールは、優勝者の著名コンクールでの優勝が続き、今回特に注目を集めていたが、オーディションの5カ国のうちパリ会場で、3人の審査員は凡庸な演奏を聴き続け飽きていた。そこへ、今年逝去した伝説の音楽家ホフマンのこれまでにない推薦状で、「劇薬で、音楽人を試すギフトか災厄だ」として現れた16歳の少年・風間塵は、その演奏で衝撃と反発を与え、議論の末にオーディション合格、日本の芳ヶ江市での2週間のコンクールへ。塵は師匠の故ホフマンと「音を外へ連れ出す」と約束をしていたが、自分ではその意味がわからず、同じコンテスタントの20歳の栄伝亜夜に協力を頼む。もう一人のコンテスタントのフランス人の父親と日系ペルー人の母親を持つ19歳のマサルは、子供の頃ピアノに出会わせてくれた亜夜と再会する。3人の天才と年長の28歳の高島明石のピアニストたちが、音楽の孤独と競争、友愛などにさまざまに絡み悩みつつ、コンクールの1次、2次予選から3次予選、更に本選を通じて成長し、新たな音楽と人生の地平を開いていく―。

本屋大賞1-9.jpg 作者は、音楽コンクールを予選から本選まですべて小説として書くという着想を得たものの、実際にはかなり難しく、2009年に書き始めるまでに5年かかったとのことです。最終的には、構想から12年、取材に11年、執筆に7年もの歳月を費やしたとのことで、直木賞と本屋大賞とを史上初のW受賞し、苦労が報われて良かったと思います(この世界、苦労しても報われないことが多そうだから)。本屋大賞(1位)は、2005年の『夜のピクニック』に次いで2回目(これも史上初)、直木賞の選考では、林真理子氏が「今回の受賞作は文句なしに『蜜蜂と遠雷』だなと思いつつ審査に臨んだ」と絶賛、浅田次郎氏、宮城谷昌光氏、宮部みゆき氏も推薦し、東野圭吾氏は△から◎に変更。桐野夏生氏、伊集院静氏は△のまま。最も否定的だったのは高村薫氏でしたが、過去の例からみても選考委員の3分の2が◎乃至○であれば、まあ順当に「当選」といった感じでしょうか。

 2段組500ページ強を一気に読ませる筆力はたいしたものだと思いました。一応は力作だと思います。但し、読んでいて、自分のイマジネーションの限度のせいか、登場人物を生身の人間として感じにくかった気もします。何か、少女マンガを読んでいるような...。視覚化するなら、映画やドラマよりも少女マンガではないかと(読んでいて、そのイメージがついてまわった)。Amazon.comのレビューなどを見ると、5つ星が圧倒邸に多い高い評価でしたが、たまに低い評価のレビュワーもいて、その中で『ピアノの森』や『のだめカンタービレ』の方が上だと評しているものもありました。この分野はマンガの方が先行しているのでしょうか。

 読んでいて、本選の結果発表の直前でエンディングになるのかなあと予測しましたが、結果を発表しちゃったなあ。まあ、順位はこの際問題ではないということなのだろうけれど。先の直木賞選考委員評の中で、桐野夏生氏が「なぜに、最終審査があの順位になるのか、選ぶ側の思惑をもっと知りたかった。でなければ、天才とは何か、またコンクールとは何のためにやるのか、はたまた人間にとって音楽とは何か、という大きな謎に迫れない」とコメントしていて、一理あるように思いました。その桐野夏生氏も、「しかし十分に読みごたえもあるし、受賞にかなうものだった」としていますが、個人的も、一応○は○といったところでしょうか(「遠雷」ってどこにも出てこなかったなあ)。

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"死者が顕われて生者に語りかける"という趣向において力を発揮する作家?

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鉄道員(ぽっぽや)』『鉄道員(ぽっぽや) (集英社文庫)』「鉄道員(ぽっぽや)」映画ポスター「鉄道員(ぽっぽや) [DVD]」「駅 STATION」チラシ

 1997(平成9)年上半期・第117回「直木賞」受賞作。

 道央の廃止寸前のローカル線「幌舞線」の終着駅「幌舞駅」の駅長・佐藤乙松(おとまつ)は。鉄道員一筋に生きてきたが近く定年を迎え、また同時に彼の勤める幌舞駅も路線と共に廃止の時を迎えようとしていた。彼は生まれたばかりの一人娘を病気で失い、妻にも先立たれ、孤独な生活を送っていた。ある雪の日、ホームの雪掻きをする彼のもとに、忘れ物をしたと一人の鉄道ファンの少女が現れる。乙松が近所にある寺の住職の孫だと思い込んだ彼女の来訪は、彼に訪れた優しい奇蹟の始まりだった―(「鉄道員」)。

 「鉄道員(ぽっぽや)」「ラブ・レター」「悪魔」「角筈にて」「伽羅」「うらぼんえ」「ろくでなしのサンタ」「オリヲン座からの招待状」の8編を収録し、何れも1995(平成7)年から1997(平成9)年にかけて発表された作品で、作者によれば「奇蹟」をモチーフにしたものを集めたとのことです。

井上ひさし2.jpg 直木賞の選評を見ると、8人の選考委員のうち田辺聖子、黒岩重吾、井上ひさし、五木寛之の各氏が◎で、他の委員も概ね推している印象ですが、故・井上ひさしが、「高い質を誇っていた」と評価しつつも、「8つの短編が収められているが、内4つは大傑作であり、残る4つは大愚作である」とし、「大傑作群に共通しているのは、"死者が顕われて生者に語りかける"という趣向」であると指摘しているのが興味深いです(「この趣向で書くときの作者の力量は空恐ろしいほどだ」とも述べている)。

 "死者が顕われて生者に語りかける"作品となると、冒頭の、鉄道員の男のもとへ亡き娘の甦りとも思える少女が現われる「鉄道員」と、ポルノショップの店長である主人公に、自分との偽装結婚の末に亡くなった戸籍上の妻で出稼ぎ外国人の白蘭という女性が、手紙を通してまだ見ぬ夫である自分への想いを語る「ラブ・レター」、海外配転が決まったサラリーマンの主人公が、40年前自分が幼い頃に自分を捨てた父親と歌舞伎町で再会する「角筈にて」、子どもの頃に肉親を亡くして身寄りが無くなり、薬剤師となって医師と結婚した主人公が、嫁いだ先で夫の親族に苛められているところへ亡くなった祖父が現われ、主人公の力になるという「うらぼんえ」の4つということになるのでしょうか。

 文庫解説の北上次郎氏が、この短編集を「すごくよかった」と言う人が「鉄道員」「ラブ・レター」「角筈にて」「うらぼんえ」の4派に分かれるとし、それを派ごとの主張争いに模して解説していますが、そもそもこの4作品が選ばれていることが、故・井上ひさしの"死者が顕われて生者に語りかける"作品という指摘と合致しているように思いました。

 それ以外の作品はどうかと言うと、ややベタが過ぎたり気味悪かったりして、やはり個人的もこの4つかなあと。更に自分の好みを言えば、「ラブ・レター」はやはりベタ過ぎる印象があるし(北上次郎氏は女性読者には好評な作品としている)、上手さから言えばやはり「鉄道員」になるのかなあ。これだって、斎藤美奈子氏に言わせれば、「怪談、死んだ娘だから父に優しい(生きていたらグレてる)」ということになるのであって、直木賞選考委員の中にも阿刀田高氏のように、「悪くはないけれど、あまりにも型通りで、涙腺をふくらませながらも、こんなことで泣けるかと、しらけるところなきにしもあらず」ということにもなるのかも(考えてみればすべて乙松の頭の中で起きたこととも取れるし)。

鉄道員  02.jpg 降旗康男監督、高倉健主演で映画化されましたが('99年/東映)、同じ降旗康男監督、高倉健主演の「駅 STATION」('81年/東映)が高倉健のプロモーション映画みたいでいいと思えなかったため(脚本は倉本聰が高倉健のために書き下ろしたものだが、日本映画ワースト・テンにいつも名を連ねる。自殺した円谷選手の遺書のナレーション自体は感動的だが、これを映画の中で使うことには抵抗を感じた)、そのイメージと何となく重なって、結局は劇場で観ることはなく、テレビがビデオで観たように思います。

鉄道員 志村けん.jpg 原作が短編なので、志村けんが酒癖の悪い炭坑夫として出て来きて炭鉱事故で亡くなる話や、その息子が成長してイタリアへ料理修業に行く話など、原作に無いエピソードで膨らませている部分はありますが、原作の持ち味(ひとことで言えば気持よく泣けるということか)はまずまず保たれていたのではないでしょうか(志村けんは自宅の留守番電話に主演の高倉健直々の出演依頼のメッセージが入っていて驚いたという。志村康徳名義で出演したドリフターズ映画2本('68年・'69年/東宝)以外で志村けんが俳優として映画出演したのはこの作品のみ)。

鉄道員 02.jpg これも一歩間違えばどうしようもない映画になりそうなところを、高倉健をはじめとする俳優陣の演技力で強引に持たせていたという感じがします。実際、日本アカデミー賞の主要7部門のうち、作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞(高倉健)、主演女優賞(大竹しのぶ)、助演男優賞(小林稔侍)の6部門を受賞していて、高倉健主演映画で、主要7部門中"6冠"達成は山田洋次監督の「幸福鉄道員 大竹しのぶ.jpgの黄色いハンカチ」('77年/松竹)以来ですが、「幸福の黄色いハンカチ」の方は第1回日本アカデミー賞ということもあって、監督賞や脚本賞は「『男はつらいよ』シリーズ」との合わせ技でした(因みに、「駅 STATION」も作品賞、脚本賞、主演男優賞を獲っている)。「鉄道員」で獲らなかったのは助演女優賞だけで、これは広末涼子のパートになるかと思いますが、その広末涼鉄道員  s.jpg子さえもそう悪くなかったように思います(最優秀賞の候補にはなっている)。大竹しのぶは流石に上手ですが、やはりこの映画は高倉健なのでしょう。「駅STATION」の頃より年齢を重ねて良くなっていて、これなら泣ける? 泣けるかどうかと評価はまた別だとは思いますが。降旗康男監督、高倉健のコンビは2年後に再タッグを組み「ホタル」('01年/東映)を撮りますが、こちらも日本アカデミー賞で13部門ノミネートされ、高倉も主演男優賞にノミネートされましたが、後輩の俳優に道を譲りたい」として辞退しています。

鉄道員 s.jpg鉄道員  1s.jpg「鉄道員(ぽっぽや)」●制作年:1999年●監督:降旗康男●脚本:岩間芳樹/降旗康男●撮影:木村大作●音楽:国吉良一(主題歌:坂本美雨「鉄道員」)●原作:浅田次郎●時間:112分●出演:高倉健/大竹しのぶ/広末涼子/吉岡秀隆/安藤政信/志村けん/奈良岡朋子/田中好子/小林稔侍/大沢さやか/安藤政信/山田さくや/谷口紗耶香/松崎駿司/田井雅輝/平田満/中本賢/中原理恵/坂東英二/きたろう/木下ほうか/田中要次/石橋蓮司/江藤潤/大沢さやか●公開:1999/06●配給:東映(評価★★★☆)
高倉健、小林稔侍、田中好子(1956-2011)  大竹しのぶ、高倉健、奈良岡朋子
鉄道員 高倉健、小林稔侍、田中好子.jpg 鉄道員 大竹しのぶ、高倉健、奈良岡朋子.jpg

駅station dvd.jpg駅station 01.jpg「駅 STASION」●制作年:1981年●監督:降旗康男●製作:田中寿一●脚本:倉本聰●撮影:木村大作●音楽:宇崎竜童●時間:132分●出演:高倉健/いしだあゆみ/岩淵建/名古屋章/大滝秀治/八木昌子/池部良/潮哲也/寺田農/渡会洋幸/高橋雅男/榎本勝起/烏丸せつこ/根津甚八/宇崎竜童/北林谷栄/藤木悠/永島敏行/古手川祐子/今福将雄/名倉良●公開:1981/11●配給:東駅station 06.jpg駅Station 大滝秀治.jpg宝●最初に観た場所:テアトル池袋(82-07-24)(評価★★☆)●併映:「泥の河」(小栗康平) 駅 STATION [DVD]

【2000年文庫化[集英社文庫]/2004年再文庫化[講談社文庫(『鉄道員/ラブ・レター』)]/2013年文庫化[集英社みらい文庫]】

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6編中、「海の見える理髪店」が一歩抜けている。泣けるのは「成人式」。

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海の見える理髪店』 荻原浩氏と『コンビニ人間』で芥川賞受賞の村田沙耶香氏[産経ニュース]

 2016(平成28)年上半期・第155回「直木賞」受賞作。

 「海の見える理髪店」...主の腕に惚れた大物俳優や政財界の名士が通いつめた伝説の理髪店。ある事情から初めてその理髪店を訪れた客の僕に、店主は髪を切りながら自らの過去を語り始める―。

 「いつか来た道」...何事にも厳しかった元美術教師で画家の母から必死に逃れて16年。わけあって懐かしい町に帰った娘の私は、年老いて認知症になった母との思いもよらない再会をする―。

 「遠くから来た手紙」...仕事ばかりの夫と口うるさい義母に反発し、娘を連れて実家に帰った祥子のスマートフォンに、その晩から時を超えたような不思議なメールが届き始める―。

 「空は今日もスカイ」...親の離婚で母の実家に連れられてきた小学3年生の佐藤茜は、海を目指してひとり家出をするが、途中で虐待痕のある少年・森島陽太と出会い、一緒に海を目指す―。

 「時のない時計」...父の形見の腕時計を修理するために足を運んだ時計屋で、私は時計屋の主の話を聞くうちに、忘れていた父との思い出の断片が次々に甦ってくるのだった―。

 「成人式」...数年前に中学生の娘が交通事故で亡くし、悲嘆に暮れる日々を過ごしてきた私と妻の美恵子だが、妻がある日、亡くなった娘に代わり成人式に替え玉出席しよう言い出す―。

 2005(平成17)年に『明日への記憶』('04年/光文社)で山本周五郎賞を受賞しているベテラン作家の6回目の直木賞候補での受賞ということで、60歳での受賞(この作者の場合、小説家としてデビューしたのは39歳)というと高齢受賞という印象を受けますが、2015年下半期(第154回)受賞の青山文平氏などは67歳での受賞だったし、結構これまでも高齢受賞はあって、そう珍しくもないようです(直木賞には芥川賞ほどではないが、新人賞というイメージも若干つきまとうため気にかけてみたが、そもそも60歳は世間的には高齢とは言わないか)。

 6編の中で、個人的には表題作「海の見える理髪店」が一歩抜けているという印象。そもそも「海の見える理髪店」を舞台にした連作だと思って読み始めたのですが(森沢明夫『虹の岬の喫茶店』('11年/幻冬舎)の影響?)、最初で最後の床屋予約だったわけか。泣ける作品と言えば、ラストの「成人式」でしょうか。ネットでも、「海の見える理髪店」と「成人式」を薦めているものがありました。

 どちらかと言うと、"感動"系乃至は"アイデア"系の作風なので、見方によっては話が出来過ぎているという印象もあり、直木賞の選評でも強く推した選考委員(◎)は1人もいなかったようですが、強く否定する委員もいなくて結局受賞しました(第154回「直木賞」の選考で宮下奈都氏の『羊と鋼の森』が強く推した選考委員(◎)が2名いて落選しているのと対照的)。

 選考委員の評言の中では、高村薫氏の「熟練の手で紡がれる物語はどれも少しあざとく、予定調和的ではあるが、私たちのさりげない日常は、こうして切り取られることによって初めて『人生』になるのだと気づかされる。これぞ小説の一つの典型ではあるだろう」というのが(これが9人の選考委員の中で評言としては一番短いのだが)、一番言い得ているように思いました。

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表題作だけでなく、それぞれに楽しめた短編集。直木賞受賞はまずまず妥当か。

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つまをめとらば』(2015/07 文藝春秋)

2015(平成27)年下半期・第154回「直木賞」受賞作。「ひともうらやむ」「ついかせぎ」「乳付(ちつけ)」「ひと夏」「逢対」「つまをめとらば」の6編を収録。

 「ひともうらやむ」は、縁戚関係にある長倉克巳・庄平の親友関係を描きながら、男にとって身近だが実はその実態が見えにくい妻という存在のミステリアスな面を描き出しています。克巳は本家の総領であって眉目秀麗で目録の腕前を持つ秀才、庄平は分家の総領で釣り師としては一流だが...。克巳は医者の娘で"ひともうらやむ"美人の世津を妻にするが、結局どうなったか(美人妻というのは怖い)。一方の庄平の妻はごく平凡な女でしたが、平凡なように見えて実は結構したたかでした。これはこれでちょっと怖いとも感じられ、結局女はみんな怖い?

 「つゆかせぎ」は、妻の朋を急な心臓の病で失ったばかりの主人公の男が、妻が自分の知らないところで女だてらに怪しげな戯作を書いていたことを知り、自らも俳諧の道を究めようとして中途半端に終わった自分に妻が飽き足らなかったのではないかと。そんな折、地方廻りの行きずりに抱いた女・銀は、2人の子がいて食い詰めているために身を売っているくせに、更に子を得たいがために男に抱かれるという女だった。この世には自分が想っていたよりも遥かに怪しく、ふくよかな世界があるのだと思い知らされる男―。

 「乳付」は、神尾信明に嫁ぎ一家の跡取り・新次郎を産んだ民恵が、産後の肥立ちが悪く我が子にすぐに自分の乳を与えさせてもらえず、瀬紀という遠縁の妻女に乳付をしてもらうことになったことに不安を募らせる。瀬紀は民恵と同じ年だったが、女でも魅入られてしまうほどに輝いていたため、民恵は危うく悋気を起こしそうになるが、最後にそれが義母の優しさであったことが分かる―。

 「ひと夏」は、部屋済みである高林啓吾が、石山道場奥山念流目録の腕前を持ちながら、誰もが赴任しても2年ともたないという藩の飛び地に赴任を命じられ(いわば左遷なのだが)、現地に赴任すると百姓たちは藩の役人をあからさまに見下す中で彼らと少しずつ交わっていき、そうした中やがてある事件が起きる―。この話も全く女気の無い話ではなく、前任者に手出しすれば一揆が起きると釘を刺されたタネという女と主人公との交わりが出てきます。

 「逢対」は、無役の旗本だが、お役につきたいと望むこともなく、算学の面白さに惹かれている竹内泰郎が、よく行く煮売屋の女主・里と男女の仲になる。里を嫁に貰おうと思いつつも踏ん切りがつかない泰郎は、先に今まで向き合ってこなかった武家というものをきちんと知ろうと思い立ち、幼馴染の北島義人と共に、無益の者が出仕を求めて権力者に日参する「逢対」に同行する。すると、長年「逢対」に通っている義人ではなく自分が呼び出されることになる―。ベースは友情物語だけれど、やはり男と女の考え方の違いのようなものが描かれています。

 「つまをめとらば」は、女運がなさすぎる省吾が、たまたま十年以上も顔を合わせていなかった幼馴染の貞次郎と再会し、貞次郎は省吾の家の庭にある貸家が空いていると聞き、そこに住まわせてくれるよう頼み込んでくる。中年男2人が離れで同居生活を始めるようになって、それぞれに男暮らしの楽さに浸るが、貞次郎は借りるときに話していた結婚相手を一向に家作に迎えようとしない―。これって、読んでいて、何となく最後はこうなるなあという予感はあったかも。

 作者について個人的には、「松本清張賞」を獲った『白樫の樹の下で』('11年/文藝春秋)で"今後が期待できる作家"との印象を受け、その後『鬼はもとより』('14年/徳間書店)で「大藪春彦賞」、そしてこの作品で「直木賞」と順調にきた感じでしょうか。但し、67歳での直木賞受賞は、1990年に68歳で受賞した故・星川清司に次ぐ2番目の高齢受賞だそうです。

 作者によれば、「所収の『ひと夏』は一番最初に書いた短篇でした。それから『乳付』『つゆかせぎ』と3本書いたところで、短編集をまとめる話が出ました。その3本が巧まずして女性のことを書いていたので、それなら"女性の底知れなさ"というようなテーマで書いていこうと、あとの3本はそれを意図して書きました。作品の配列は編集者の主導でしたが、さすがだと思いました」とのことで、"作品の配列"とかも編集者がやるのだなあと。
 
 表題作だけでなくそれぞれに楽しめましたが、どれがベストかは人によって分かれるでしょう。『鬼はもとより』が直木賞候補になった際に、話が上手くまとまり過ぎているというような評価があったように思いますが(今回も評価は割れたみたい)、カタルシス効果と予定調和が相関関係にあって、個人的にはなかなかベストが決めにくいです。登場人物が爽やかすぎるとか、サラリーマン小説みたいだと言われるフシもあるようですが、藤沢周平の作品だって「たそがれ清兵衛」ではないですが、容易に現代のサラリーマンに置き換えられるものがあります。作者も最近は「平成の藤沢周平」などと言われているようですが、サラリーマン小説風に言えば佐高信氏が言うところの「向日派」というか(佐高信氏は高杉良、城山三郎を「向日派」とし、清水一行を「暗部派」としている)、藤沢周平よりも更に明るいかも。これは、『白樫の樹の下で』以来のこの人の持ち味であり、個人的には、星4つの評価。星5つまでいかないけれど、「直木賞受賞」はまずまず妥当ではないかと思います。

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面白い。素材自体がかなり興味深い。ノンフィクション・ノベルも「ノベル」の内。

復讐するは我にあり 上.jpg  復讐するは我にあり 上 (講談社文庫.jpg 復讐するは我にあり下 (講談社文庫).jpg  復讐するは我にあり 文春文庫5.jpg 文春文庫
復讐するは我にあり 上 (講談社文庫 さ 7-1)』『復讐するは我にあり〈下〉 (1978年) (講談社文庫)』/『復讐するは我にあり (文春文庫)』['09年(改訂新版文庫化)]
復讐するは我にあり (上・下) (1975年)

復讐するは我にあり下.jpg 1975(昭和50)年下半期・第74回「直木賞」受賞作。

 昭和38年、当時の日本の人々はたった一人の男に恐怖していた。榎津巌(えのきづ いわお)。キリスト教カトリック信者で「俺は千一屋だ。千に一つしか本当のことは言わない」と豪語する詐欺師にして、女性や老人を含む5人の人間を殺した連続殺人犯。延べ12万人に及ぶ警察の捜査網をかいくぐり、大学教授・弁護士などに化けて78日間もの間逃亡したが、昭和39年に熊本で逮捕され、43歳で処刑された。稀代の犯罪者の犯行の軌跡を再現する―。

佐木隆三LG.jpg 昨年['15年]10月に78歳で亡くなった佐木隆三(1937-2015)の代表作ですが、作者がこの作品を書いた時には、本書の素材となった「西口彰事件」から既に12年が経っており、よく調べ上げたものだなあと思いました。でも、こんなスゴイ犯罪者が実際にいたとは驚きです。小説での犯人・榎津は、天才的な詐欺の能力を発揮する神出鬼没の詐欺師であり、それでも詐欺よりも殺人の方が効率が良いと考え、またそれを実行する凶悪犯でもあります。

西口彰.jpg 犯人が熊本では弁護士を装って教戒師の家に押し入ったものの、当時10歳(小学5年生)の娘が見抜き、通報することにより逮捕につながったというのは「西口事件」における事実であり、警察の要職を歴任した高松敬治は「全国の警察は、西口逮捕のために懸命な捜査を続けたが、結果的には全国12万人余の警察官の目は幼い一人の少女の目に及ばなかった」と語ったと言います(犯人が自分で自らの逮捕の経緯を「裸の王様」みたいな話だと言ったのも本当らしい)。

西口 彰(1925-1970)

 こうした犯人の詐欺等の犯行で見せる天才性と逮捕のきっかけが小学生に正体を見抜かれたというそのギャップも興味深いし、捕まって死刑が確定してから、死刑囚仲間をカトリック教徒にしようと、本物の神父が教誨師として刑務所に行けない時は代わりを務め、自分の死刑執行の方が早かったために洗礼に立ち会えないことを残念に思いながら刑場の露と消えたというのも興味深いです。元々、敬虔なクリスチャンの父親の下、幼い頃から教会に関わっていたにしても、だったら何故、そのような連続殺人を犯したのか。死刑が確定してから、拘置所内では点字訳の奉仕作業でハイデッガーの『存在と時間』を訳していたそうで、ものすごく正確な点訳だったようです。

復讐するは我にありo.jpg復讐するは我にあり huroku.JPG 作者はトルーマン・カポーティの『冷血』(1965年)を意識して執筆したそうですが、『冷血』が2人の死刑囚への直接取材を通して彼らの内面に入り込むのに対し、作者はこの犯人に対しては「調べれば調べるほど内面が覗けなくなった」と秋山駿(1930-2013)との対談で述べており(単行本付録)、その分だけ、『冷血』と同じノンフィクション・ノベルであっても(改訂新版['07年/弦書房]の帯には"ノンフィクション・ノベルの金字塔"とある)、対象(犯人)と距離を置いている分、純粋ノンフィクションの色が濃くなっている印象は確かにあります。
復讐するは我にあり〈改訂新版〉』['07年/弦書房]

 読んでいていてともかく面白い。この面白さだったら直木賞の選考でも満票に近かったのではないかと思ったりもしますが、このノンフィクションの色が濃いという辺りが、9名の選考委員の内、過半数の5名(水上勉、源氏鶏太、石坂洋次郎、村上元三、川口松太郎)が◎と圧倒的に支持されながらも、柴田錬三郎が「ノンフィクション・ノベルという奇妙なジャンルがあるらしいが、私には、そんなジャンルを認めることのばかばかしさが先立つ」「丹念に、犯行のありさまと逃亡経過を辿ったところで、それは小説のリアリティとはならない」とするなどし、一部選考委員の票が割れる要因となったかも。同じく選考委員だった司馬遼太郎、松本清張の両大御所も積極的には推しておらず△でした(改訂新版の2年後に出た文庫版['09年/文春文庫]の帯では"ノンフィクション・ノベルの金字塔"ではなく"実録犯罪小説の金字塔"となっている)。

 個人的にも、読んでいてどこまで事実なのか気になった部分もあったし(その場にいないと分からないようなことも書かれている)、秋山駿も作者に、作中に出てくるバーのマダムが刑事に向かって自分が何を喋るにもすぐ"自白する"という言葉を使う場面について、創作なんだなあと(真偽を問われた作者の方は「黙秘します」と言って笑っている)。ルポルタージュという前提で書かれてはいないのですから、全てが事実ではないかもしれない。こうした場合、全てが事実であるように見せるのが上手さであって、やはりそこで作家としての力量が問われるという点で、普通の小説と変わらないのではないかと思いました。人によってこの作品を「新聞記事の世界」という人もいますが、自分としてはそうした見方には与しません。ノンフィクション・ノベルも「ノベル(小説)」の内でしょう。今村昌平監督による映画化作品もいいです(当然のことながら、映画の方がよりドラマタイズされている)。

復讐するは我にあり13.jpg復讐するは我にあり  04 .jpg復讐するは我にあり  C7.jpg「復讐するは我にあり」 (1979/04 松竹) ★★★★☆


【1978年文庫化[講談社文庫(上・下)]/2007年改訂新版[弦書房]/2009年改訂新版文庫化[文春文庫]】

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故郷・台湾を舞台に描く青春ミステリ。面白い。 "日本語で書かれた台湾文学"という印象も。

流 東山 彰良.jpgi流 東山 彰良 .jpg  東山 彰良.jpg 東山 彰良 氏
』(2015/05 講談社)

 2015(平成27)年上半期・第153回「直木賞」受賞作。2015年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2016 (平成28)年「このミステリーがすごい」(国内編)第5位、2016年「ミステリが読みたい!」(早川書房主催)第4位、2016年・第13回「本屋大賞」第8位。

 国民党の総統・蒋介石が死去した1975年の台湾。かつて国民党に加担し、共産主義者を相手に大陸でひと暴れした後、敗走した台湾で暮らしていた葉尊麟(イエ・ヅゥンリン)が、ある日自分の店で殺され、それを発見したのは葉尊麟の孫である私こと葉秋生(イエ・チョウシェン)だった。誰が、なぜ祖父を殺したのか。台北の高等中学に通う当時17歳の私には、まだその意味はわからなかった。以後、無軌道な青春を重ねながら、思い出したように祖父の死の真相を追っていく―

 直木賞選考会で選考委員全員が「〇」をつけ、満票で「圧倒的に受賞作1作は決まってしまった」という作品(しかも、9人の選考委員の内8人が◎をつけた)。選定委員の桐野夏生氏が「文句なく面白かった」としていますが、実際、面白かったし、同じく選定委員の北方謙三氏が「根底から力がある、20年に1度の傑作」と評したように、作者の力量も感じました。

 作者の経歴を見ると、1968年中国人の両親のもと台湾で生まれ、5歳まで台北市で過ごした後日本へ移住し、9歳で台北の南門小学校に入学したが、その後日本に戻り福岡で育ったのこと。直木賞選考委員の一人、伊集院静氏との対談で、主人公の私こと葉尊麟のモデルは作者の父であることを明かしています。

 故郷・台湾を舞台に描いた青春ミステリと言えるかと思いますが、日本の小説と言うより、日本語で書かれた台湾の小説という印象を受けました。因みに、作者の本名は王震緒で、日本に帰化せず、中華民国台湾の国籍を保持しているとのことです(筆名の「東山」は祖父の出身地である中国山東省から、「彰良」は父親が暮らした地であり、母親の出身地でもある台湾の彰化からとっている)。読んでいる間、台湾の映画監督・侯孝賢(ホウ・シャオシェン)の映画を観ているような、そんなエスニックな感覚がありました("日本語で書かれた台湾文学"という感じか)。

 ストーリーも骨太で、暗い歴史を背景に、青春小説の甘酸っぱさもあり、無頼の青春群像もある中で、祖父殺害の謎の予期しなかった結末への導き方は巧みであるに止まらず、そこから導かれる戦争の悲劇の実像は重いものでした。"英雄"と呼ばれている人物が本当にそうだったのか。"黒狗"と言われていた人物が本当に卑怯者だったのか。立場によって見方はいくらでも違ってくるけれども、歴史というものは、そうしたすべての見方を伝えるものではなく、どこか偏りがあるものだという思いにさせられました。

 また、話の舞台は終盤、中国大陸へと移りますが、ストーリーのスケールの大きさ(何十年がかりの復讐譚など)は大陸的なものが感じられたし、「WEB本の雑誌」の「作家の読書道」によると、作者はエルモア・レナードの大ファンであるとのことで、そうしたハードボイルドの影響も感じられたし、また、最近では南米文学に夢中になっているとのことで、ガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』に通じるものもあるように思いました。

 直木賞候補作の中では群を抜いていたとのことですが、個人的には、そもそも(作者が抱えているバックグランドの違いから)質的に日本人が書く小説とは異なるという印象を受けました。その一方で、まぎれもなく日本語で書かれた作品であり、しかも、読んでいてぐいぐい引き込まれたのも事実です。日本人が読んで面白いということは、やはり、ストーリーテリングだけでなく、文章や表現力にも優れたものがあるということなのでしょう。

【2017年文庫化[講談社文庫]】

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人によって各篇の好みが違ってくるか? 個人的には「夕空晴れて」「切子皿」「受け月」の順。

「受け月」伊集院静著(文藝春秋).jpg伊集院 静 『受け月』bunnko.jpg   伊集院 静 『受け月』cd.png 
伊集院 静 『受け月』(1992/05 文藝春秋)/『受け月 (文春文庫)』/『受け月【朗読CD文庫】

 1992(平成4)年上半期・第107回「直木賞」受賞作。

 永年率いた社会人野球の名門チームからの引退を、自ら育てた後輩に告げられた老監督、亡くなった夫の好きだった野球を始めた息子がベンチで試合を見つめる姿に複雑な思いを抱く若い母親、母と自分を捨てて家を出た父親との再会を躊躇(ためら)う男...。誰にも訪れる切ない瞬間によぎる思いを描いた、直木賞受賞作(「BOOK」データベースより)。

 作者が'90(平成2)年終わりから'92(平成4)年にかけて雑誌「オール讀物」に発表した「夕空晴れて」「切子皿」「冬の鐘」「苺の葉」「ナイス・キャッチ」「菓子の家」「受け月」の7編を収録しており、何れも野球がモチーフに含まれた話になっています。

 「夕空晴れて」:少年野球チームに入った息子の言い方や仕種が、亡くなった夫の声に似てきた。こっそり試合を見に行くと、息子はバット拾いやグラウンド整備をしているだけだった。無理に野球好きを演じているのではと心配した母は、チームの監督に会いに行く。監督は夫の野球部の後輩だった―。
作者の野球をモチーフにした作品の中にはやや暗いものが多いように思うのですが、10歳の息子に亡き夫を重ねる主人公が、息子の監督を通して夫の野球に対する深い思いを知るという構成は巧みで、ラストも明るく、野球に対する作者の愛情が感じられて、これは良かったです。読み終えてみると「母子もの」だったという気もし、自分はこうした母子ものに弱いのかも?

 「切子皿」:都市対抗野球のスターだった父は、母と息子を捨てて家を出ていた。母が亡くなって母名義の土地の登記証が出てきて、その土地のことで正一は京都にいる父へ会いに行く―。
自分たち親子を捨てて無頼に生きる父が、かつて都市対抗野球のエースとしての輝かしい過去があったことを知り、主人公は憎しみと憧憬の入り混じった複雑な思いを抱きながら父と再会するのですが、会ってみたら...これはある種ブレークスルー小説かも。親子は時間と共に、他人のようになっていくのかも。その分、父親を一人の人間として冷静に見られるようになるのかも。

 「冬の鐘」:鎌倉に小料理屋を構える佐山は、中学時代野球をやっていたが、家が貧しいため、相撲部屋へ入れられるという過去があった―。
 「苺の葉」:弟が原っぱで野球をして遊んでいると、大男がやってきてアンパイアをするようになった。縁日の喧嘩に巻き込まれたところを助けられた縁で、伸子は弟と三人で野球を見に行くようになり、そのうち二人で映画を見に行き、付き合うようになっていく―。
 「ナイス・キャッチ」:高校野球、社会人野球のスターだった小高は出身校の監督を務めているが、なかなか優勝できず、その上息子が他の有力校へ進学していた―。
 「菓子の家」:麻布の名家の跡取りの善一は、次々と事業に失敗し、幼馴染みから借金した上で大阪へ行って破産宣告する。遠くへ逃げる前に東京へ戻り、自分が名前だけ会長になっている野球チームの友人に会う―。
 「受け月」:社会人野球のスターで名物監督の谷川は今季で引退することになっていた。娘の夫はチームの教え子で今は専務の石井の息子で、重病で入院中だった―。

受け月 講談社文庫.jpg これらの作品にも、かつて野球選手として活躍していた男達や、そうした男達を愛した女達が出てきますが、これらの中では「苺の葉」「受け月」が良かったでしょうか。「受け月」で、かつての野球の教え子が、今は会社の専務になっていても、監督と選手の上下関係は変わらないというのが興味深かったです。専務はそのことで葛藤もあるわけですが、監督の専務の息子(娘の夫)に対する励ましを知って...。
受け月 (講談社文庫)

 「受け月」は佳作だと思いますが、人情噺としてやや出来過ぎている感じもしなくもなく、全体を通しての個人的好みは「夕空晴れて」「切子皿」「受け月」の順になるでしょうか。

 直木賞の選考で、選考委員の五木寛之氏が「それぞれの委員が、この作品集の中で気に入った一篇を挙げるのが、殆ど違った作品であることが興味深かった」と述べているのが印象的でした。確かにそうしたことが起こりそうな短編集です(直木賞は、第144回(2010年下半期)から作者自身が選考委員に加わっている)。「星4つ」は「夕空晴れて」「切子皿」「受け月」の3編についての個人的評価です。

【1995年文庫化[文春文庫]/2007年文庫化[講談社文庫]】

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身を削って芸をした芸人への作者の愛着、哀惜が感じられる「鬼の詩」。

鬼の詩/生きいそぎの記.jpg 鬼の詩/生きいそぎの記2.jpg  『鬼の詩』単行本.jpg  『生きいそぎの記』 .jpg 
鬼の詩/生きいそぎの記 ---藤本義一傑作選 (河出文庫)』['13年]『鬼の詩 (1974年)』『生きいそぎの記 (1974年)

 「鬼の詩」は1974(昭和49)年上半期・第71回「直木賞」受賞作。

藤本義一 2.jpg 芸のためなら馬糞を饅頭のようにうまそうに食らい、「ほんに、これが、ほんまの一杯食わされたということでっしゃろか」と言って笑いを取り、天然痘に罹って痘痕面になれば、その痘痕に煙管(キセル)を何本ぶら下げられるかで客の歓心を引くという、グロテスクなまでの珍芸で人気を得た明治末期の芸人・桂馬喬の生涯を描く―。

 藤本義一(1933-2012/享年79)が4回目のノミネートで直木賞を獲った作品で、映画になったりもしましたが(主演:桂福団治)、今読んでも傑作だと思います。当時の直木賞の選考会ではほぼ満票に近い結果で、石坂洋次郎だけが反対票でしたが、破滅型の人物を描いているため、石坂洋次郎のような作家の好みに合わないのは分かる気がします。 
 同じく選考委員だった源氏鶏太が、「明治の末頃の大阪での『芸』の意味について司馬遼太郎氏からの詳しい説明があって、私は、更に『鬼の詩』を高く評価する気になった」とコメントしているが興味深いです(司馬遼太郎って何でも知っていたのだなあ)。
 その司馬遼太郎が、「初代春団治もまかりまちがえばこの作品の主人公のようなバケモノになりかねない所があったが、春団治の天才性がそれを救った。この主人公には十分な才能がなかったために、春団治にはなれずにバケモノになってしまった」とコメントしているのは、炯眼だと思います。但し、この作品は、淡々とした描写の根底に、そうした身を削って芸をした芸人への作者の愛着、哀惜が横たわっているのが感じられます。

 作中の桂馬喬のモデルは2代目桂米喬(1860-1904)で、実際に噺が終わると立ち上がり、踊りを踊ったり、ぶら下がっている電球を舐めたりして、客の爆笑を呼んだとのこと。但し、その最期は衰弱死ではなく、日に3軒の寄席を掛け持ちした後に脳溢血で倒れたというから、今で言えば「過労死」でしょうか。「桂馬喬」は当初はオーソドックスな芸風だったのが、それだけでは客には受けないと悟り、変則芸の桂文我に「芸を盗ませてもらいまっせ」と断りを入れていますが、実在の初代桂文我も噺が終わった後、踊りで高座を締めくくることが多かった人のようです。

 「生きいそぎの記」は、作者が最初に師事し、運命的な体験をした映画監督の川島雄三との間の事を描いていますが(「貸間あり」('59年/東宝)で作者は脚本を担当)、この作品は「鬼の詩」の前に直木賞候補になっているものの、受賞には至りませんでした。その一因として、小松伸六が、選考委員がよく知っている人物がモチーフになっていることが不利に働いたのではないか、といったことを述べていたように思います(実際、記録を見たら、委員の川口松太郎が「主人公のモデルが委員たちと交際のあった人だけに損をした」とコメントしていた)。

川島雄三.png 「洲崎パラダイス赤信号」('56年)、「幕末太陽傳」('57年)の川島雄三(1918-1963/享年45)ってこんな難しいキャラクターだったのかと。病気(筋委縮性硬化症)のことも初めて知った次第ですが(この人もある意味"身を削っていた"ことになるわけか)、河出文庫に併録された、1988年に下北(川島の出身地)で開催された「川島雄三映画祭」での作者の講演記録「師匠・川島雄三を語る」を読むと、殆ど事実みたいです。

 意外だったのは、この「講演」が「小説」に負けず劣らず面白いことで、川島監督の小津安二郎の仕事ぶりを偵察せよとの指令で、無理矢理「小津組」に入って(「小早川家の秋」('61年))、李朝の置物を探し回った上にニセモノをこしらえて、それが小津監督に気に入られ、その話を川島監督にしたら大喜びしたという―「小説」の方は、こうした面白い話は少なく、やや重い感じ(「鬼の詩」は重さよりも哀しい滑稽さが先に来る)。重いこと自体は悪くはないのですが、ちょっと自分の経験に近すぎて、モチーフを対象化しきれていない気も若干しました。

『鬼の詩』 講談社文庫.jpg『生きいそぎの記』 講談社文庫.jpg このほかに、師に"追随"する漫才師を描いた「贋芸人抄」、三味線の天才娘の悲劇「下座地獄」を所収。作者はやはり「芸人物」、それも、身を削って芸をする人を描いて強みを発揮したように思います。「鬼の詩」と「生きいそぎの記」はそれぞれを表題とする別々の短編集として刊行され、共に文庫化されましたが、それも永らく絶版になっていました(個人的には「生きいそぎの記」は今回が初読)。
鬼の詩 (講談社文庫)』『生きいそぎの記 (1978年) (講談社文庫)

井上ひさし.jpg 所収の作者の講演録の中には、大学在学中にラジオドラマなどの懸賞募集に作品を出していると、東京から強敵が現れ、自分と相手のどちらかが賞を取る状況が2年続き、その強敵というのが当時上智大学に在学中の井上廈(ひさし)(1934- 2010/享年75)だったという話がありますが、井上ひさしも別のところで、「彼はまさに西の懸賞王、僕は大抵負けていました」と語っています。その井上ひさしも、放送作家からスタートし、「手鎖心中」で藤本義一より2年早く「直木賞」を受賞、そして藤本義一の2年前に亡くなってしまいました(藤本義一の場合、中皮腫のため最後の3年間は闘病生活であり、井上ひさしも最晩年は肺癌を患っていた)。

 作者の代表作をまとめて新刊文庫で読めるのはいいのですが、それが作者の死が契機になっているというのは寂しい限りです。

『鬼の詩/生きいそぎの記―藤本義一傑作選』(生きいそぎの記/鬼の詩/贋芸人抄/下座地獄/師匠・川島雄三を語る)...【2013年文庫化[河出文庫]】
『鬼の詩』(泣尼/浪花笑草/浪花珍草紙/下座地獄/浪花怨芸譚)...【1974年6月単行本[講談社]/1976年文庫化[講談社文庫]】
『生きいそぎの記』(生きいそぎの記/上方苦男草紙/人面瘡綺譚)...【1974年10月単行本[講談社]/1978年文庫化[講談社文庫]】

《読書MEMO》
「鬼の詩」(1974年発表)...★★★★
「生きいそぎの記」(1971年発表)...★★★☆

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ラストで主人公が充足したある境地に達したように思われ、救われるような温かい気持に。

昭和の犬2.jpg 昭和の犬.jpg 『昭和の犬』(2013/09 幻冬舎) 姫野 カオルコ.jpg 姫野カオルコ 氏

 2013(平成25)年下半期・第150回「直木賞」受賞作。

 昭和33年、滋賀県のとある町に生まれた柏木イクは、教会の託児所などに預けられ、5歳の頃に初めて両親と仮設小屋のような家に暮らすようになる。近郊の山中の家には、犬のように社交的な猫と、人を遠ざけ吠える犬がいた。やがて一家は街中の一軒家に移るが、理不尽なことで割れたように怒鳴り散らす父親、娘が犬に激しく咬まれたことを見て奇妙に笑う母親、とそれぞれ奇癖のある両親とのそりは合わない。イクは内面の"傷"を負うが、やがて成長し、東京の大学に入学、間借りしながら倹しくも確固とした生活を送り続け、「休日には名画座やフィルムセンターで映画を」観る生活。そうした生活の中で、イクは様々な家族の事情を目の当たりにするが、彼女の傍らには、友人たちや下宿の大家の飼い犬、或いは散歩の道すがら出合う犬など、引き続きいつもの「犬」たちがいた―。

 作者はデビューから25年、5回目の直木賞候補で受賞を果たしたとのことですが、個人的には、そんなに何度も候補になっていたとは知りませんでした(候補になった間隔が開いているというのも一因か)。彼女の小説の読者は圧倒的に女性の方が多いのではないでしょうか("圧倒的に"と言い切ってしまうと、これもまた主観からくる"統計ミス"になるのかもしれないが)。

 主人公は作者と同じ年の生まれで、自伝的小説と言っていいのではないでしょうか。イクの5歳から49歳までの経験を描いた8編の連作になっており(前半は小刻みだが、最後は29歳から49歳に飛ぶ)、その時々に放映されていた海外ドラマが章のタイトルになっていますが(昭和30年代は地方では観られる放送局数は多くなかったと思うが、それでもこれだけ観ることができたのだなあ)、むしろ全編を貫いているモチーフとしては「犬」が印象に残ります。

 直木賞受賞後のインタビューによれば、第1編に当たる「ララミー牧場」はほぼ事実を描いたとのこと。但し、全体としては、自身の経験を基にしながらも、作者がイクとの間に一定の距離を置いているのが上手いなあと思いました。

 連載後に全編を初めから書き直したとのことですが、特に目立った華々しい出来事も無く、主人公の恋人も友人も出てこない―こんなお話が直木賞受賞作になるのかなあと半信半疑で読みつつも、それでも読み進むうちにイクが徐々に成長を遂げていくのが分かり、ラストでは、イクが充足したある境地に達したようにも思われ、読む側としても救われるような温かい気持ちにさせられました。

 また、このラストへのもって行き方も上手い! 末期の母が見たいと言っていた「犬の笑顔」に見(まみ)える場面や、トン(東)、シャー(西)、ペイ(北)という亡父が名付けたかつての飼い犬、飼い猫の名前で、ナン(南)だけが無かったのは何故かを、ある人物との再会という偶然の出来事から、イクという自分の名の由来を知ることで思い当る下りも良かったです。

 前回「直木賞」受賞作の桜木紫乃氏の『ホテルローヤル』と、地方を舞台にした時系列の連作である点や(『昭和の犬』の場合、地方が舞台なのは前半だけだが)、亡くなった父親の人生へのオマージュが物語のバックボーンにある点などでやや似ている印象もありましたが、共に力作であると思いました。

 主人公が名画座で観た"ベンジー"映画の2本立ては、「ベンジー」('74年)と「ベンジーの愛」('77年)かと思われますが、自分は「ベンジーの愛」を中野武蔵野館で観ました(と言うか、観てしまった...という感じなのだが)。中野武蔵野館(後に中野武蔵野ホール)は、2004(平成16)年に閉館となっていますが、作中の名画座のモデルとなったのはどこなのだろうか。雇われ館長(支配人)がいたのは大井武蔵野館で(1999(平成11)年閉館)、閉館後は確かレコード店の店長になった...。因みに、フィルムセンターは、1984(昭和59)年9月3日に火災により焼失し、1995(平成7)年にリニューアル・オープンしているから、主人公が通ったのは焼失前のフィルムセンターということになります。

【2015年文庫化[幻冬舎文庫]】

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時を遡る構成も巧みだが、男女の様々な位相をリアルに描いていて上手い。

ホテルローヤル 桜木 紫乃 0.jpgホテルローヤル 桜木 紫乃  直木賞帯.jpgホテルローヤル』(2013/01 集英社) 桜木 紫乃.jpg 桜木 紫乃 氏

 2013(平成25)年上半期・第149回「直木賞」受賞作。

 恋人から投稿ヌード写真撮影に誘われた美幸は、廃墟となったラブホテルを訪れるが―(「シャッター」)。人格者だが不能の貧乏寺住職の妻は、檀家からお布施を得るためにある行動をとっていて―(「本日開店」)。舅との同居で、夫と肌を合わせる時間がない専業主婦。新盆の日、突如浮いたお金でホテルに行くことを思い立ち―(「バブルバス」)。妻の浮気に耐える単身赴任中の高校教師が妻に黙って突然の帰省を思い立つが、道中、親に家出されたという女子生徒が付いてきて―(「せんせぇ」)他3編収録。

 釧路湿原を見下ろす高台に建つラブホテル「ホテルローヤル」に各編の主人公たちが皆関わっています(正確に言えば「せんせぇ」だけが、物語の現時点では関わりは無く、但し、数日後には関わりを持つであろうことを示唆して終わっている)。今は廃墟となったラブホテルでの投稿写真撮影から話が始まって、これまで生業としていた看板屋をやめてこれからラブホテルを建てて一山当てようようとする中年男の話で終わるという、40年間の時を遡っていく構成が巧みです。

 発表順は冒頭の話と最後の話が最初に発表され、その後間の時期の話で繋いでいったようですが(「本日開店」は単行本刊行のための書き下ろし)、最初からそうした構想はあったのだろうと思います。但し、構成の巧みさだけでなく、一つ一つの話が、男女の様々な位相を立場の異なるそれぞれの主人公の眼からリアルに描いていて、文章も落ち着いて読み易かったです。強いて言えば、全体に醒めたトーンと言えるかと思いますが、そのことは、15歳の時に父親が釧路町にラブホテルを開業し、部屋の掃除などで家業を手伝っていたという作者の経験が、こうした性愛への冷めた視点を形成したと―これはもうこの連作の定番的な解釈になっているみたいです。

 作者自身、直木賞受賞後の亀和田武氏との対談で(「週刊文春」2014年1月新年特大号)で、「私は男の人や性愛に、夢も希望もなかったんです。(中略)実家のラブホテルの部屋を掃除して、男女の事後のにおいを嗅いでしまったんで。順序が逆で、ミステリーを結末から読む感じ、最後から想像していく癖がついた」と語っており、同じような体験をすることは出来ないけれど、作者本人の口から語られると、尚一層のこと、ナルホドなあと思わされました。

ホテルローヤル 桜木 紫乃 サイン会.jpg 本書を読む前は、直木賞を受賞した作者が地元・釧路でサイン会やトークセッションを行っているのをニュース報道などで見て、何となく違和感がありましたが、読んでみると釧路町の各場所の地名が実名で出ているようだし(「ホテルローヤル」自体も作者の父親が開業したホテルの名前をそのまま使っていて、但し、作者の実家は看板屋ではなく理容室であったとのこと)、モチーフがラブホテルであっても、地元の人は何か郷土愛的な親しみやすさを感じるのかもしれません。更には、失われた建物や空間に対するノスタルジーなどもあるのではないでしょうか(実際には、この連作が纏まった頃に作者の父が当ホテルを廃業したそうで、実際のホテルローヤルが無くなって小説の「ホテルローヤル」の方が残る形となった)。

"直木賞受賞の桜木紫乃さん、故郷・釧路でサイン会"(「朝日新聞デジタル」2013年8月17日)

 ラブホテルそのものが実在している時はいかがわしいとの眼で見られたり邪魔だと思われたりしていても(ラブホテルを町のシンボルとして誇る住民はいないと思う)、無くなってみると何となく懐かしく感じられたりすることはあるのではないかと。舞台は「釧路市」ではなく、更に過疎化が進んでいると思われる「釧路町」であり、町が賑わっていればそのホテルはまだ在ったかもしれず、「地方の過疎化」というのもこの連作の背景モチーフとしてあるように思いました。
 そうした眼で見ると、作者のサイン会などにも"町興し"的なものを感じてしまうなあ(実際にサイン会やトークセッションが行われたのは「釧路町」ではなく「釧路市」なのだが。作者は、この作品での直木賞受賞後、釧路市観光大使に任命されている)。

 また、この連作のベースには、作者の父の夢の実現からその終わりまでという流れもあるように思われます。モチーフがあまりに自身の経験に近すぎるというのもあるかもしれませんが、作者自身の境遇に近い主人公を描く際も、一定の距離を置くよう細心の注意が払われていうように思われ、それだけ、この作品に対する作者の注力の度合いを感じました。作家としての実力はこの10年余りで既に実証済みで、直木賞選考委員の間では、この作品に賞をあげなければどの作品であげるのかというのもあったのではないでしょうか。他の候補作は読んでいませんが、順当な受賞だと思います。

【2015年文庫化[集英社文庫]】 

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朝井 リョウ 『何者』.jpg        朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ』.jpg           三田誠広『僕って何』.jpg
何者』(2012/11 新潮社) 『桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)』  三田誠広 『僕って何 (1977年)

現代若者気質を反映して上手い。現実の彼らとTwitter上での彼らが表裏になっている。。

 自分が勝手に名付けた「5人の物語」3冊シリーズの2冊目(他は、窪美澄の『ふがいない僕は空を見た』と村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』)。2012(平成24)年下半期・第148回「直木賞」受賞作。直木賞初の平成生まれの受賞者であり、男性受賞者としては史上最年少の23歳での受賞(戦後の受賞者としても、山田詠美の28歳、平岩弓枝の27歳より若い最年少)。

 就活の情報交換をきっかけに集まった、拓人、光太郎、瑞月、理香、隆良の5人。学生団体のリーダー、海外ボランティア、手作りの名刺...自分を生き抜くために必要なことは、何なのか。この世界を組み変える力は、どこから生まれ来るのか。影を宿しながら光に向いて進む、就活大学生の自意識をリアルにあぶりだす―。(Amazon.comより)

 冒頭に主要登場人物のTwitterのアカウントのプロフィールがあって(「烏丸ギンジ」も入れると「6人の物語」だが)、作中でも、現実の彼らと、Twitter上での彼らが表裏になっているのが面白く、更に、Twitterにおいても、表のアカウントと裏のアカウントを使い分けたりしているのがいたりして、今の若者ってご苦労さんだなあという気も。

 現代若者気質をストレートに反映しているようで、上手いと思ったし、面白い、と言うより、たいへん興味深く読めました(当の若者からすれば、みんながみんなこうとは限らないのに、この5人に現代若者気質が集約されていると思われるのはたまらん、という声もあるかもしれないが)。

 こうした二重構造、三重構造の自分がいて、更に、就活のために目一杯「自分探し」していて、分裂症にならないかとこっちが気を揉んでしまいそうですが、そんな中、主人公である拓人の視線が比較的クールでしょうか。クールだから就職が決まらないと言うのもあるけれど、みんな「何者」になろうとしているのかという疑問が湧いてくることには共感を覚えました(でも、結局、強く「自分」を持っていたのは、最初はやや無定見に見えた女子2人だった)。

 昔の芥川賞受賞作で、同じくワセダを舞台にした、三田誠広の『僕って何』('77年/河出書房新社)は、かつて"学園紛争"時代、肩肘張ってイズムを主張する男性像が主流の中、軟弱で世間知らずなゆえに"何となく"流されるかのようにあるセクトに入ってしまった大学生だった主人公の述懐話でしたが、雑誌「文藝」に掲載された時から話題になっていて、皆こぞって読んだでいたような記憶があるけれども(「文藝春秋」に転載後かもしれないが、何れにせよ単行本になる前から読まれていた)、モラトリアム型の若者を描いている点ではこの2つの作品は似ています(タイトルも似ている)。

 時代は変われど昔も今も、学生は「自分」を探し求めて彷徨するのでしょうか。新卒学生の就職難の今の時代をリアルタイムで描写し、更に、他者との関係性の今風のスタイルをリアルに描いているという点では、こちらの方が上かも。出てくるのはモラトリアム型の若者にに偏っている気もしますが、まあ、類は友を呼ぶということなのでしょう。

 小説すばる新人賞を受賞した『桐島、部活やめるってよ』('10年/集英社)(これも"5人"の高校生の物語)の背景テーマが「スクールカースト」だったとすれば、こちらは「就職氷河期」がそれにあたるとも言え、結構、社会派かも。

 それにしても、自分に近い年齢の登場人物たちを、よく冷静に対象化して書き分けることが出来るなあと感心。何だかこの人、「若者身の上相談」でもやりそうだなあと思ったら、もう既にそうした類の本を書いていました(まあ、芥川賞作家である中上健次だって村上龍だって、その類の本を書いているけれどね)。

『何者』...【2016年文庫化[新潮文庫]】

映画 何者4.jpg映画 何者M.jpg2016年映画化

2016年10月15日(土)全国東宝系ロードショー 佐藤 健/有村架純/二階堂ふみ/菅田将暉/岡田将生/山田孝之 原作:朝井リョウ『何者』(新潮文庫刊) 監督・脚本:三浦大輔

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大きなモチーフで連作とし纏め上げているのは力量だが、直木賞作品としては物足りない?

鍵のない夢を見る.jpg  辻村深月/鹿島田真希.jpg 第147回「直木賞」「芥川賞」受賞の辻村深月・鹿島田真希両氏[共同]
鍵のない夢を見る』(2012/05 文藝春秋)

 2012(平成24)年上半期・第147回「直木賞」受賞作。

 誰もが顔見知りの小さな町で盗みを繰り返す友達のお母さん(「仁志野町の泥棒」)、結婚をせっつく田舎体質にうんざりしている女の周囲で続くボヤ(「石蕗南地区の放火」)、出会い系サイトで知り合ったDV男との逃避行(「美弥谷団地の逃亡者」)―日常に倦んだ心にふと魔が差した瞬間に生まれる「犯罪」。現代の地方の閉塞感を背景に、ささやかな欲望が引き寄せる奈落を捉えた短編集。

 推理小説ではない犯罪小説というか、文芸小説っぽい感じで、文章は上手いと思ったし、同じような切り口で、細部のモチーフに多様性を持たせつつ、大きなモチーフにおいては綺麗に5編を連作として仕上げているところは、第32回吉川英治文学新人賞を受賞し、映画化もされた『ツナグ』('10年/新潮社)の著者らしいなあと。

 この人、綾辻行人のファンで、ゲーム好きでもあり、「女神転生」や「天外魔境」のファンでもあるとのことで、『ツナグ』はファンタジー系だけど(自分としてはあまり肌が合わない)、この『鍵のない夢を見る』は綾辻行人に倣った"本格推理"という風にはならならず、こうなるわけか。1つ1つの作品にリアリティがありながら、これが5つ並ぶ所がエンタメなのかも。

 個人的には、「芹葉大学の夢と殺人」の、自分の夢に自らを浸食されてしまっている男の描き方が秀逸だと思われ、男女間の心の闇をリアルに描いてどろっとした展開もある中で、冒頭の「仁志野町の泥棒」と、ラストの赤ん坊の"失踪事件"を扱った「君本家の誘拐」で、それぞれの結末にちょっとほっとさせられるかなあという感じ。

 但し、これが「直木賞」受賞作と言われると、選考委員の1人である桐野夏生氏が推したのはこのどろっとした雰囲気からも分かる気がしますが、全体的には若干インパクトに欠けるというか、何となく物足りない(?)感じもしました(桐野夏生氏自身の作品のどろっとした雰囲気ってこの程度じゃないだろうに)。

【2015年文庫化[文春文庫]】

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「●「直木賞」受賞作」の インデックッスへ 「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「下町ロケット」WOWWOW版・TBS版)

爽快感のある企業小説。特許侵害訴訟と部品納入交渉。「二段ロケット」のように楽しめた。

下町ロケット 2.jpg 下町ロケット.jpg   下町ロケット wowow.jpg 主演:三上博史
下町ロケット』(2010/11 講談社) /「連続ドラマW 下町ロケット [DVD]」WOWWOW

 2011(平成23)年上半期・第145回「直木賞」受賞作。

 かつて研究者としてロケット開発に携わっていた佃航平は、打ち上げ失敗の責任を取って研究者の道を辞し、今は親の仕事を継いで従業員200人の佃製作所を経営していた。そんな彼の元へ、自社の主力製品が大企業の特許を侵害しているという一通の訴状が届き、その相手・ナカシマ工業の法廷戦略により、製作所は存亡の危機に立たされる―。

 下町のとある町工場が、その優れた技術力でもって国産宇宙ロケットに部品を供給する話―とは知っていましたが、実際に読んでみて面白かったし、途中で何度かぐっときて、久しぶりに爽快感のある企業小説を読んだなあと。

 宇宙ロケットへの部品供給が成るかどうか以前に、ナカシマ工業による理不尽な特許侵害訴訟により会社経営そのものが危機に晒される「前半部分」と、大企業の驕りから居丈高な態度で特許の買い取りを迫る帝国重工との間で、部品納入を巡る交渉する「後半部分」とが、共にはらはらドキドキしながら一気に読め、「二段ロケット」のように楽しめました。

 '02年に起きた「三菱ふそうトラック・バス」の大型車のタイヤ(ホイール)脱落事故(三菱リコール隠し事件)に材を得た『空飛ぶタイヤ』('06年/実業之日本社)や、'07年に起きた「名古屋市営地下鉄」延伸工事談合事件に材を得た『鉄の骨』('09年/講談社)など、実際に起きた企業不祥事をモデルにした作品を発表してきた作者ですが、この作品のモデルである製作所は、作品発表以前から報道されていた大田区にある会社以外にも、同様に宇宙ロケットに部品を供給している小さな会社が幾つかあり、作者自身は「特定モデルは無い」としているようです。

 但し、ロケット部品の技術面での記述などは(マニアックにならない程度に)しっかりしているように思え、神谷弁護士のモデルと言われる弁護士の事務所が実際に西新橋にあるなどから、相当に関係者に聞き込み取材をしたのではないでしょうか(銀行からの出向の経理部長の"殿様バッタ"こと殿村の設定は創作か。銀行出身の作者の思い入れがあるにしても、いいキャラだ)。

 『鉄の骨』同様、TVドラマ化されましたが、帝国重工のモデルがすぐに分ってしまうこともあってか、『空飛ぶタイヤ』がドラマ化された時と同様、民放キー局ではなくWOWWOWの連続ドラマW枠での放映でした(出演:三上博史、寺島しのぶ、渡部篤郎 他)。

 直木賞受賞は順当に思われますが、選考委員の中には渡辺淳一氏のように、「私はここまで読みものに堕したものは採らない。直木賞は当然、文学賞であり、そこにそれなりの文学性とともに人間追求の姿勢も欠かすべきではない」といって推さなかった人もいて、個人的には最初から「企業小説」と思って読みましたが、賞を与えるとなると、まあ、いろいろな考え方があるなあと。

 渡辺氏自身、(最近書いているものがどうかというのは置いといて?)「光と影」で直木賞を受賞する前に「死化粧」が芥川賞候補になったという経緯があり、「文学性」に拘りがあるのでしょうか。

 確かに、すぐにドラマ化されたことからも窺えるように、そのまま劇画にでもなりそうな話ですが、やはりエンタテインメントとして優れているならば、そのことは直木賞に選ばれて然るべき大きな要因となるのではないでしょうか(直木賞の選考基準がよく分からないままに言っているのだが)。

下町ロケット wowow0.jpg下町ロケット wowow-wowow.jpg「下町ロケット」(WOWWOW版)●監督:鈴木浩介/水谷俊之●制作:青木泰憲/土橋覚●脚本:前川洋一●音楽:羽岡佳●原作:池井戸潤「下町ロケット」●出演:三上博史/寺島しのぶ/渡部篤郎/池内博之/綾野剛/原田夏希/眞島秀和/松尾諭/美山加恋●放映:2011/08~09(全5回)●放送局:WOWOW

《読書MEMO》
●2015年再ドラマ化 【感想】 全10話の後半は、朝日新聞連載「下町ロケット2ガウディ計画」が原作。主役の阿部寛はまずまずの演技か。新聞連載とドラマの同時進行で最終回の視聴率は22.3%と民放ドラマの年間最高視聴率を記録したから、メディアミックスとしては成功したと言える。但し、2013年に同じくTBSで放送された「半沢直樹」の最終回の42.2%には遥かに及ばない。

下町ロケット2.jpg下町ロケット2_rel_k.jpg「下町ロケット」(TBS版)●演出:福澤克雄/棚澤孝義/田中健太●プロデューサー:伊與田英徳/川嶋龍太郎●脚本:八津弘幸/稲葉一広●音楽:兼松衆/田渕夏海/中村巴奈重●原作:池井戸潤「下町ロケット」「下町ロケット2ガウディ計画」●出演:阿部寛/土屋太鳳/立川談春/安田顕/真矢ミキ/恵俊彰/倍賞美津子/吉川晃司/杉良太郎●放映:2015/10~12(全10回)●放送局:TBS

 【2013年文庫化[小学館文庫]】 

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人物描写は丁寧だが、ラストは、自分の中では"失速"してしまった印象を受けた。

月と蟹.jpg 『月と蟹』(2010/09 文藝春秋)

 2010(平成22)年下半期・第144回「直木賞」受賞作。

 父親の働く会社が倒産し、鎌倉で一人暮らししていた祖父と同居し始めて2年になる小学5年の慎一は、昨年その父が亡くなり、今は借家で母と祖父と3人で暮らしている。学校では転校してきて以来、クラスで孤立し、嫌がらせを受けている慎一だったが、唯一同じ引越し組の春也とはウマが合うため行動を共にすることが多い。ある日、2人は廃業した飲み屋の裏側に秘密の場所を見つける。そこで2人は、ヤドカリを神に見立てて願いごとをする遊びを思いつく。すると、願った通りの出来事が現実になり始めて―。

 "文学的ミステリ"とでも言うか、"ミステリ"と"文芸"の両要素が混在したような作品が多い作者ですが、これはかなり"文芸"寄りかなあと思って読みました。

 作者の作品では、成人した登場人物が自分の幼年期の記憶を回想する描写などに筆力を感じることが多いのですが、この作品では、1988(昭和63)年頃を年代背景としながらも、リアルタイムで11歳の子供の世界を描いています(因みに作者は1975年生まれ。当時中学生のはず)。

 ヤドカリにまつわる子供達の遊び(儀式)は、宮本輝の『泥の河』を想起させましたが、宮本氏はどう評価したのかなあと思ったら、「芥川賞」の選考委員だった...。でも、この作品からも、特有の切なさや懐かしさのようなものは伝わってきました。

 児童虐待などは、過去の作者の作品で使われたモチーフではありますが、それでも、子供の複雑な心理を描いて安定して優れているように思われ、2人の関係に割って入る鳴海という女の子の描き方や、主人公にとって老師的な存在である祖父の配置もなかなかいいです。

 なぜ、あれほどヤドカリが出てくるのに「月とヤドカリ」ではなく「月と蟹」なのかは終盤になって分かりましたが、最後まで"文芸"でいってくれても良かったのだけど、途中から"ミステリ"の要素が入ってきて、最後は、作者の出自である"ホラー"的要素もあったように思われ、(作者にすればクライマックスなのだろうけれども)個人的に自分の中では"失速"してしまった印象を受けたのがやや残念、「★★★☆」の評価は、直木賞受賞作ということを意識した面もあるかもしれず、自分としてもやや甘めかも。

 その直木賞の選考においても、圧倒的に推挙されたと言うよりは、5回連続の候補となるため、そろそろ受賞させないと、伊坂幸太郎氏みたいに訣別宣言されてしまうのではないかという危惧が働いたのではないでしょうか。

 人物はよく描けていると思われるものの、少し主人公の世界が狭すぎる印象も受け、とは言え、これだけヤドカリの事を何度も書き込まれると、ヤドカリのイメージが頭にこびりついてしまい、多分記憶に残る(?)作品になったことには違いないと思われます。

【2013年文庫化[文春文庫]】

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「天皇制と身分制度についての影絵文学」と言うより、「ドストエフスキー的三角関係」。

蒲田行進曲 単行本.jpg 蒲田行進曲 dvd.jpg 蒲田行進曲 文庫.jpg   蒲田行進曲09.jpg
蒲田行進曲 (1981年)』(装丁・挿画:和田誠)「蒲田行進曲 [DVD]」『蒲田行進曲 (1982年) (角川文庫)』(映画タイアップカバー)
 1981(昭和56)年下半期・第86回「直木賞」受賞作。

 映画「新撰組」で主役を演じることになった「銀四郎」と、その恋人で、かつてのスター女優「小夏」、そして銀四郎を慕う大部屋の「ヤス」―銀四郎は、妊娠した小夏をヤスに押しつけ、小夏は銀四郎を諦めヤスを愛しようし、ヤスは「大好きな銀ちゃん」の言うままに、お腹の赤ん坊ごと小夏を引き受け、小夏との家庭を築いていこうとする―。

つかこうへい.jpg 先月('10年7月)肺がんで亡くなった、つかこうへい(1948‐2010/享年62)の直木賞受賞作で、同じ初期の代表作『小説熱海殺人事件』もそうですが、舞台の方が先行していて('80年11月初演)、その舞台作品を小説化したものです。

 直木賞受賞当時、すでに舞台で上演されて好評を博していたため、今さら「直木賞」という感じもしなくは無かったですが、こんな形での受賞もありなのかと。但し、ノベライゼーションでありながらも、文章のテンポはすごく良く、これはやはり脚本家、演出家としての才能とは別個の、1つの才能だったのかも。

 銀四郎とヤスのサド・マゾ的と言っていい捻じれた関係は、ちょっと読んでいてきつかったけれども、直木賞の選評で、選考委員の1人である五木寛之氏が、これを「天皇制と身分制度についての影絵文学」としているのには、そういう読み方もあるのかと、感心するやら、ややビックリするやら。
 個人的には、むしろ、ドストエフスキーの小説の登場人物によくある、「自分のかなわないライバルに対し、自尊心を否定してライバルを尊敬しそれに同一化しようとする行為」に思えましたが(『永遠の夫』のトルソーツキイみたいな)。

 '82年秋には、作者自身の脚本、「仁義なき戦い」シリーズの深作欣二(1930‐2003/享年72)監督によって映画化され、原作通り、ラストのヤス(平田満)の「階段落ち」に向けてテンポのいい展開、但し、銀四郎(風間杜夫)の演技のノリがヤクザのそれにも思えてしまうのは、やはり監督が監督だからでしょうか。

蒲田行進曲 松坂慶子.jpg 小夏を演じた松坂慶子は当時30歳で、小説の中での小夏の年齢と同じであり(自称27歳だが3歳サバを読んでいる)、この作品で、日本アカデミー賞主演女優賞、キネマ旬報主演女優賞、 毎日映画コンクール主演女優賞を受賞しています。

蒲田行進曲 ed.jpg 作品そのものも、キネマ旬報ベスト・テンの1位となるなど多くの賞を受賞していますが、舞台で根岸季衣が演じていたのを松坂慶子にした段階で、オリジナルの持つ毒のようなものがかなり薄まったかなあ。"楽屋落ち"的なエンディン映画 蒲田行進曲.jpgグなどにしても、アットホームな感じだし。

「蒲田行進曲」●制作年:1982年●監督:深作欣二●製作:角川春樹●脚本:つかこうへい●音楽:甲斐正人●原作:つかこうへい「蒲田行進曲」●時間:106分●出演:風間杜夫/松坂慶子/平田満/高見知佳/原田大二郎/蟹江敬三/清水昭博/岡本麗/汐路章/榎木兵衛/清川虹子●公開:1982/10●配給:松竹●最初に観た場所:池袋・文芸地下(83-01-08)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(11-03-06)(評価:★★★)●併映(1回目):「この子の七つのお祝いに」(増村保造) 

 【1982年文庫化[角川文庫]】

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"休職刑事"の私立探偵風の捜査を描くが、プロット的にも心理描写的にも物足りない。

廃墟に乞う.jpg  廃墟に乞う2.jpg 『廃墟に乞う』['09年]

 2009(平成21)年下半期・第142回「直木賞」受賞作。

 ある事件で心に傷を負い休職中の刑事・仙道は、千葉・船橋のラブホテルで40代の女性が殺害された事件について、13年前に自分が担当した娼婦殺害事件に犯行の手口が似ていることを知り、すでに刑務所を出所しているその時の犯人・古川幸男の故郷である旧炭鉱町を訪ねる―。

 表題作「廃墟に乞う」の他、「オージー好みの村」「兄の想い」「消えた娘」「博労沢の殺人」「復帰する朝」の全6編を収録。
 主人公が休職中の刑事ということで、依頼人の要請で事件の裏を探ることになる経緯などは、私立探偵に近い感じでしょうか。

 事件そのものが何れも小粒で、トリックと言えるようなものが施されているわけでもなく、プロット自体もさほど目新しさは感じられませんでした。
 仙道の事件解決(真相究明)の手口は、所謂"刑事の勘"と言うことなのでしょうが、かなり蓋然性に依拠したようなアプローチが目立ち、むしろ、事件に関係する人物の人生の陰影や心の機微を描くことをメインとした連作と言えるのではないでしょうか。

 そうした意味では、表題作よりも、「兄の想い」「消えた娘」の方がまだよく出来ているように思われましたが、6編とも、短編という枠組みの中で、過去の事件の衝撃でPTSD気味になっている仙道の心理や、その彼と北海道警の刑事らとの関係も描かなければならなかったためか、その分、事件の当事者達の心理への踏み込みがやや浅い気がしました。

 作者は、'88(昭和63)年に『ベルリン飛行指令』で直木賞候補になっていますが(20年以上も前かあ)、近年は、「警察小説」というジャンルで独自のスタイルを固めた作家。
 今回の直木賞受賞は、選考委員である五木寛之氏や宮城谷昌光氏の選評をみると、31年間の作家生活に対する"功労賞"、乃至は、『警官の血』(2007(平成19)年下半期・第138回「直木賞」候補作)との"合わせ技で一本"という印象を受けます。

【2012年文庫化[文春文庫]】

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ミステリとして瑕疵は多いが、設定のユニークさと人間ドラマとしての旨さがある。

凍える牙 乃南アサ著. 新潮社.jpg  凍える牙 新装版.jpg 凍える牙 乃南アサ 文庫.jpg        凍える牙 ドラマ.jpg 
凍える牙 (新潮ミステリー倶楽部)』『凍える牙』『凍える牙 (新潮文庫)』 ['00年] テレビ朝日系 2010年1月30日放映 「女刑事 凍える牙」

 1996(平成8)年上半期・第115回「直木賞」受賞作。

 立川市のファミレスで起きた、男性客の体が突然燃え上がって焼死し、男性には時限発火装置が仕掛けられていて、大型犬のような動物による噛み傷あったという事件の捜査に、"バツイチ"女性刑事・音道貴子はたたき上げの刑事・滝沢保と共に臨むが、滝沢は女性と組まされた不満から貴子に辛く当たる―。

 '10年1月にテレビ朝日系列で、音道貴子役・木村佳乃、滝沢保役・橋爪功で放映されましたが、直木賞作品でありながら、犬に演技させるのが難しいために長らく映像化されなかったのかなと思っていたら、すでに'01年にNHKで天海祐希主演でドラマ化されていた...。

 原作は、犯人の動機やそうした犯行トリックを選んだ理由の脆弱さなど、ミステリとしては瑕疵が多いとも思われますが、何よりも、都会の真ん中で人が次々と野犬のような動物に襲われて亡くなるという設定そのものが、ユニークでインパクトあります(強いて言えば、アーサー・コナン・ドイルの『バスカヴィル家の犬』の「日本版」乃至「都会版」といったところか)。
 しかも、女性刑事とベテラン男性刑事が、コンビで捜査に当たる間ずっと折り合いが悪かったのが、事件の経過と共にその関係が少しずつ変わって行く様が、個々が抱える背景も含めた人間ドラマとして旨く描けているように思います。

 終盤は、疾風(はやて)という名の"オオカミ犬"にスポットが当てられ、主人公の音道貴子が疾風に感情移入していくのと併せて、読者をもそれに巻き込んでいき、犯人は結局何のためにこうした犯行を犯したのかという、結果から逆算すると虚しさが残るはずのプロットであるにも関わらず、感動ストーリーに仕上がっています(実際、作者の巧みな筆捌きにノセられ、自分も感動した)。

 テレビ朝日版のドラマでは、木村佳乃、橋爪功ともに悪くない演技で、特に橋爪功はベテランの味を出していたような気がします(原作とはイメージが異なるが)。
 それよりも驚いたのは、犬がちゃんと"演技"していたことで、でも考えてみれば犬が"演技"するはずはないわけであって、演技とは観客の感情移入で成立するものだということを思い知らされました。
 このドラマの"犬"が登場する場面で用いられているモンタージュ手法が巧妙なのか、それとも、もともと見る側に動物に感情移入し擬人化しがちな素因があるのか...?

女刑事 凍える牙   .jpg凍える牙 ドラマ.jpg「女刑事・音道貴子~凍える牙」●演出:藤田明二●制作:河瀬光/横塚孝弘/藤本一彦●脚本:佐伯俊道●音楽:鈴木ヤスヨシ●原作:乃南アサ「凍える牙」●出演:木村佳乃/橋爪功/小野武彦/布施博/平山浩行/内藤剛志/津川雅彦/金田明夫/勝野洋/前田健●放映:2010/01(全1回)●放送局:テレビ朝日

 【1996年単行本・2007年新装版[新潮社]/2000年文庫化[新潮文庫]】

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読後感は悪くないが、時代考証が前面に出すぎ?

鷺と雪1.jpg 鷺と雪2.jpg 『鷺と雪』  (2009/04 文藝春秋)

 2009(平成21)年上半期・第141回「直木賞」受賞作。

 女子学習院に通う士族令嬢・花村英子とお抱え女性運転手・別宮みつ子〈ベッキーさん〉が活躍するシリーズの、『街の灯』『玻璃の天』 に続く第3弾・完結篇で、帝都に不穏な足音が忍び寄る昭和初期の時代、良家の令嬢の目に時代はどう映るのかを、ルンペン、ブッポウソウ、ドッペルゲンガーなどといった日常と非日常の狭間にある事象を通して、ミステリー風に描いた連作(「不在の父」「獅子と地下鉄」「鷺と雪」を収録)。

 昭和初期の上流家庭の生活を叙情的な筆致で丁寧に描くとともに、そこに"日常生活の謎"を織り込み、ライト感覚の推理小説仕立てにしていて、ちょっと小奇麗に作りすぎている感じもしますが、「不在の父」「獅子と地下鉄」と、読後感は悪くありませんでした(「鷺と雪」は、「推理」の部分よりもシリーズの「完結篇」としての位置づけの方が大きいように思える)。

 また、当時の時事・風俗・流行に関することが数多く文中に描かれていて、文学的な話題もふんだんに盛り込まれているのが楽しめましたが、ここまで頻繁にそうした話が出てくると、作者が一生懸命、史料や当時の新聞を手繰っているのが眼に浮かんでしまうような気も。

 そのことが却って、主人公そのものを、昭和初期に生きた女性ではなく、こっちの世界にいる女性であるように思わせ、そう思った途端に、今一つ入り込めず、加えて巻末に参考図書をずらり並べて、どの部分が史実でどの部分が虚構かまで補足して書いているのは、ややサービス過剰のような気もしました(日本史とか文学の勉強にはなり、楽しめもしたが、その分、作為が表面化した?)。

 これは、直木賞選考委員に対する「ここまで時代考証した」というアピールでもあるのか。それに対する功労賞的受賞とまでは言いいませんが(今までに一定数の固定ファンいるというのは実績と看做されるのだろう)、この作品が6回目の候補作でした。
 選考委員の宮部みゆき氏は「別宮は〈未来の英子〉なのです」と言っている。ふ〜ん、そういう読み方もあるのかあ。

週刊 昭和タイムズ 053号 『昭和10年』(1935年).jpg ブッポウソウの鳴き声と思われたものが実はコノハズクだったということが判明した話などは、知っている人は知っている、それなりに有名な話なのですが(「昭和タイムズ(53号・昭和10年)」という最近の雑誌にも出ていて、作中のラジオ中継番組が出ている東京朝日新聞の番組表が掲載されている)、2.26事件の数ヶ月前のことで、その組み合わせの妙から素材として取り上げたのかなあ。

月刊 昭和タイムズ 053号 『昭和10年』(1935年)

 【2011年文庫化[文春文庫]】
 

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計算されたリリシズムとカットバック構成。ファンタジックな中にも、独特の凄みがある。

アメリカひじき・火垂るの墓1.jpgアメリカひじき,火垂るの墓』 アメリカひじき・火垂るの墓.jpg 火垂るの墓1.jpgアメリカひじき・火垂るの墓2.jpg 『アメリカひじき・火垂るの墓 (新潮文庫)

 親を亡くした幼い兄妹が終戦前後の混乱の中を必死で生きようとする姿を描いた「火垂るの墓」は、作者自身の体験が反映されているというだけあって、最初に読んだ時は、細部に渡る悲惨な描写がリアルで強烈だったため、アニメ化されると知った時にはやや違和感を覚えましたが、再読しみると、確かにリリシズムに満ちたファンタジー的要素のある作品でした。
 清太の腹巻にあったドロップ缶を、三宮駅の駅員が夏草の繁みに放り投げると、「落ちた拍子にそのふたがとれて、ちいさい骨のかけらが三つころげ、草に宿っていた蛍おどろいて二、三十あわただしく点滅しながらとびかい、やがて静まる」などいう描写は、確かにファンタジックでもあるなあと(このファンタジーは、独特の"凄み"を孕んでいるが)。

 こうした叙情性は予め計算され尽くしたものあるかのような感じもして、そのことは構成にも言えるかと思います。
 昭和20年9月22日に三宮駅構内で栄養失調のため亡くなった浮浪児の少年・清太が、亡くなる前日に、同じく栄養失調で亡くなった妹・節子の小骨を持っていたことが示され、そして、まだ生きている清太の視点から、節子を背負って戦火の中を彷徨した6月から8月にかけてのことが描かれて、死者の目から見たカットバックというのはなかなか考えられた手法だと思うのですが、節子が防空壕の中で8月22日に息を引き取り、1カ月後に清太も亡くなるまでを、結局は作品の冒頭から全く章分けせずに、独特のねちっこい文体で一気に描いています(普通だったらカットバックやエピローグ部分で行間ぐらい空けるところを、それをせずにびっしり書いているところが特徴的)。

 作者はこの作品に自身の体験を反映させながらも、妹のことについては多くの虚構を交えて描いており、そのことで後ろ暗さのようなものを感じていて、この作品が「アメリカひじき」と併せて'77(昭和42)年下半期直木賞を受賞したことにより却ってその思いは強まり、一時は自暴自棄にまでなったということは作者自らが語っていることですが、小説なのだから虚構でいいのではという気もし、多少穿った見方をすれば、そうした"後ろ暗さ"という私的感情を公言するところに、作家の演技性のようなものを感じなくもありません(太宰みたいだなあ)。

 戦争孤児で当時こうした亡くなり方をした子供たちは、数多くいたのではないでしょうか。
 一般的には、作者の妹に対するレクイエムと解されていますが、個人的には、そうした全ての子供たちへのレクイエムとして敷衍化してよいのではと思い、別に作者が虚構云々で思い悩まなくてもいいと思うのですが...。

 単行本及び新潮文庫版では、「アメリカひじき」「ラ・クンパルシータ」など6編を収録、文庫版は当初『アメリカひじき・火垂るの墓』というタイトルでしたが、映画化されてからアニメ絵によるカバーになり『火垂るの墓』というタイトルに(但し、背表紙・本体表紙・奥付などは『アメリカひじき・火垂るの墓』のまま)。

 公開時には宮崎駿の「となりのトトロ」との併映だったアニメ映画「火垂るの墓」('88年/東宝)は、個人的には結局未だに観ておらず('08年には"実写"映画版も製作されたがこちらも未見)、アニメ版の高畑勲監督は"反戦"ではなく"兄妹愛"を主テーマとしたとのことですが、NPOや図書館で自主上映される際には、大体"反戦映画"という前提のもとで公開されているような気がします。

 【1972年文庫化[新潮文庫]】

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カタルシスはあるがご都合主義的な部分も。「豆腐」対決が面白く、丹念な取材の跡が。

あかね空.jpgあかね空 (文春文庫)』〔'04年〕あかね空m1.jpg あかね空m2.jpg 映画「あかね空」(2007年/角川映画)監督:浜本正機/出演:内野聖陽・中谷美紀・中村梅雀

 2001(平成13)年下半期・第126回「直木賞」受賞作。

 前半は、上方から深川蛤町の裏長屋へ単身やって来た豆腐職人・永吉が、最初自らの作る京風の豆腐が売れずに苦労するものの、その彼を親身になって支える桶屋の娘・おふみとやがて所帯を持つようになり商売を軌道に乗せていく話で、後半は、夫婦の間にできた3人の子どもたちが成長し、ただし両親がそれぞれに子どもを贔屓したために家族の関係がギクシャクしていく江戸時代版ホームドラマのような展開に―。

 前半は、枠組みとしては割合パターン化した人情噺という感じですが、「豆腐」対決みたいな面白さが1つ軸となっているために引き込まれました。
 後半は、「誰々のために誰々が死んだ」とかいう思い込みから抜けられない主人公たちに少しうんざりさせられましたが、最後にきっちりクライマックスを持ってきて、全体を通して読者のカタルシスをちゃんと計算しているなあと。

 主要な登場人物が生まれた年代を特定していて、そのことにより細部において時代考証の誤りを専門家から指摘されたりもしている作品ですが、登場人物たちの数奇な因縁をきっちり繋ぐ役割も果たしていて、何よりも豆腐作りの細部にわたっての描写が、作者の下調べの綿密さを窺わせます。

 直木賞選考で一番この作品を推していたのは平岩弓枝氏で、やはりこうした背景描写の苦労を知ってのことではないでしょうか。
 ただし、前半部で夫婦は、商売敵だけど本当は"いい人"だった職人さんに助けられ、後半部でもその子どもたちが侠気な親分さんとかに諭されて―。
 こうした"いい人"たちが、都合のいい時に登場するような気がして、お話の上のことだとしても、この人たちの助けがなかったら自壊しているんじゃないか、この家族は、と思わざるを得ませんでした。

 【2004年文庫化[文春文庫]】

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少ない紙数で鋭く描き切る筆力。かなり"ブラック"なものもある。

思い出トランプ2.jpg思い出トランプ.jpg   男どき女どき.jpg  向田邦子2.jpg 向田邦子(1929‐1981)
思い出トランプ』新潮文庫 〔83年〕『男どき女どき (新潮文庫)』(表紙カット:風間 完)
『思い出トランプ (1980年)』
思い出トランプ tannkoubon.jpg 1980(昭和55)年上半期・第83回「直木賞」受賞作の「かわうそ」「犬小屋」「花の名前」を含む向田邦子(1929‐1981)の短編集。

 雑誌連載中に直木賞を受賞した3作を含むこの「思い出トランプ」所収の13篇や、航空機事故のため絶筆となった「男どき女どき(おどきめどき)」の4編(新潮文庫『男どき女どき』に所収)は、昭和という時代の家族や家庭への郷愁を感じさせる一方で、日常生活にふと姿を現す、封印したはずの過去の思い出や後ろめたさのようなものが、うまく描かれています。

 かなり"ブラック"なものもあり、冒頭の「かわうそ」もその1つだと思います。

 定年後、家に自分の居場所のないような気分でいる夫に対して、生活場面や人付き合いにおいてどこか生き生きとしてくる妻。夫は最近に脳卒中で倒れたことがあり、発作の再発を恐れているが、そうした夫から見ると、生活上のイベントに奔走する妻が、獲物をコレクションするという"かわうそ"に、その風貌も習性も似て見えてくる。そしてある日、気付く。自分の病気という不幸さえも、妻から見れば...。

 『男どき女どき』の冒頭の「鮒」もいいです。

 42歳のサラリーマンで、妻と娘と息子のいる家庭人たる主人公の自宅の台所に、ある日突然何者かが一匹の鮒が入った盥を置いていくが、それは、以前は週一で通うほどに付き合っていたが今は別れた35歳の愛人女性と、まだ付き合っていた時分に飼うことにした鮒だった。息子は、家でその鮒を飼うと言って譲らない―。

 主人公が鮒に向かって、愛人と鮒に名付けた「鮒吉」という名前で呼びかけた時、後ろに妻がいたというのが、結末から振り返ると、あたかもミステリの伏線のようでもあり、これもちょっと怖いなあ

 今まで見えなかった夫婦や家族の位相のようなものが、あるとき突然に姿を現す―。
 こうしたヒヤッとした感じに読者を陥れる人間心理への通暁ぶりといい、人生のテーマを少ない紙数で鋭く描き切る筆力といい、脱帽させられます。

 直木賞受賞のとき選考委員だった山口瞳は、「選者よりうまい候補者に出会うのは驚きであり、かつ、いささか困ることでもある」と絶賛したそうです。

 【1983年文庫化[新潮文庫]】

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面白かった。コミカルなトーンと登場人物の心の闇の兼ね合いが計算され尽くされている。

まほろ駅前.JPG   まほろ駅前多田便利軒.jpg       「まほろ駅前多田便利軒」より.jpg 本書より
まほろ駅前多田便利軒』 (2006/03 文藝春秋)

 2006(平成18)年上半期・第135回「直木賞」受賞作。

 東京のはずれに位置する"まほろ市"の駅前で便利屋を営む多田啓介は、正月の仕事帰りにバス停で、高校の同級生で極端に無口で変人だった行天春彦に出会い、その行天が多田のところに住みついて多田の便利屋稼業を手伝うようになってから、さまざまな事件に巻き込まれるようになる―。

 29歳での直木賞受賞は、平岩弓枝(27歳)、山田詠美(27歳)に続く歴代3位の若さだそうですが、直木賞の選評では、平岩氏が「この作者の年齢の時、私はとてもこれだけの作品は書けなかった」と一番褒めていたように思います。

 便利屋というのがハードボイルド小説における探偵事務所みたいな位置づけになっていて、ペットの世話や塾の送り迎えなどの雑事請負を通して窺える今時の世情や人と人との繋がりをうまく物語として取り込んでるところに惹き込まれ、多田と行天のやりとりなどもひたすら面白いのですが、一方で、章の扉ごとにある劇画調の挿画に感化されるまでもなく、コミック的な面白さに流れているという印象も抱きました(つまりリアリティがない。いちいち、既視感のある漫画の1カットが頭に浮かぶ)。

 しかし、ギャグ的な面白さだけで成り立っているわけでなく、読み進むにつれて、なかなか愛嬌がある居候男・行天の心の闇のようなものがちらちら見えてきて、このコミカルなトーンの中で、その辺りの重い部分をどう落とし込むのか、多田と行天の関係がどうなるか、といった点で結構最後までぐいぐい引っぱられました。

まほろ駅前多田便利軒 文春文庫.jpg 平岩氏ではないですが、なぜ、こんなに器用に書けるのかホント不思議。計算され尽くされていると言っていい。
 少女コミックの影響を受けているは間違いないと一般の読者なら誰もが思うところですが、直木賞選考委員の作家先生たちがどの程度そのことを思ったか(阿刀田高氏は作者は男性だと思っていたらしい)。 
                               
まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)』 ['09年]

 【2009年文庫化[文春文庫]】

まほろ駅前多田便利軒 映画.jpg 映画「まほろ駅前多田便利軒」(2011年)
 監督:大森立嗣 主演:瑛太/松田龍平

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「●「直木賞」受賞作」の インデックッスへ 「●日本のTVドラマ (~80年代)」の インデックッスへ(「炎熱商人」)

枠組みは重厚な企業小説だが、中身は随所に軽妙なタッチも。

深田 祐介 『炎熱商人』.jpg 炎熱商人 上.jpg 炎熱商人 下.jpg  炎熱商人図1.jpg炎熱商人図2.jpg
炎熱商人(上) (文春文庫)炎熱商人(下) (文春文庫)』〔'84年〕 NHKドラマ「炎熱商人」['84年]
炎熱商人(1982年)

 1982(昭和57)年上半期・第87回「直木賞」受賞作。

 フィリピンで木材の取引きに関わる商社マンたちの活躍を描いた長編小説で、中堅商社・鴻田貿易のマニラ事務所長・小寺和男(後に支店長)、荒川ベニヤという合板メーカーから鴻田貿易に出向し木材の現地検品などを担当する石山高広、鴻田貿易マニラ事務所の現地雇用社員で日比混血児であるフランク・佐藤・ベンジャミン(佐藤浩)といった人物を軸に、彼らが建築業者や現地の材輸出業者と織り成す壮絶な商戦の模様を、佐藤の幼少期にあたる戦時中のマニラの軍事的事情などを交錯させつつ展開していきます。

 枠組みは重厚な企業小説で、実際に現地で起きた邦人の受難事件(1971年11月21日、フィリピンのマカティ市で住友商事マニラ支店長が射殺され、店員一人も重傷となった事件)に着想を得ての結末は、まさに非業の死というべきものですが、物語の中身は、佐藤と現地業者のやりとりなど随所に軽妙なタッチも見られ、そう言えば作者は「スチュワーデス物語」の原作者でもあったなあと。

 個人的には、荒川ベニヤのある東京・荒川区の町屋という場所に馴染みがあり親しみを覚えましたが、石山の母・咲子と石山の漫才のような会話などはややサービス精神過剰な感じもしました。
 この作品で作者は6回目のノミネートで直木賞を受賞しましたが、選考委員の1人だった池波正太郎などは、「東京の下町と江戸ッ子を売り物にする、歯が浮くような老女があらわれ、事々にブチこわしてしまうのは残念だった」と言っています。

 登場人物が多すぎて出だしなかなか流れに乗れない面もありますが、後半の盛り上がりはエンタテインメントとしての魅力を充分発揮しており、トータルで見れば(パワーでねじ伏せている部分もあるものの)よく出来ている作品だと思いました。企業小説にとって「直木賞」というのはなかなかハードルが高いのでしょうか。

炎熱商人図1.jpg炎熱商人図2.jpg炎熱商人図3.jpg '84年にはNHKで、大野靖子の脚本でテレビドラマ化されていて(出演:緒形拳=小寺、松平健=石山、中条きよし=佐藤)、なかなか上手く作られているように思いました(かなり感情移入できた)。

 石山役の松平健は熱血商社マンを好演していましたが、その時は、ワイシャツやスーツが似合うのが意外な感じがしました(後にスーツのコマーシャルに出演するようになるよりも随分と前の話)。

炎熱承認 試写室.jpg「炎熱商人」●制作年:1984年●演出:樋口昌弘/平山武之●制作:土居原作郎●脚本「炎熱商人」2.jpg炎熱商人ドラマ.gif:大野靖子●音楽:池辺晋一郎●出演:緒形拳/松平健/中条きよし/トニー・マベッサ/シェリー・ヒル/チャット・シラヤン/ローズマリー・ヒル/ヴィック・ディアス/アナクレタ・エンカルナシオン/クリスティ・ギドエ/ルネ・ルクェスタス/テリー・ババサ/ルスティカ・カルピオ/市原悦子/高峰三枝子/勝野洋/梶芽衣子/古城都/にしきのあきら/藤岡琢也/佐藤慶●放映:1984/05(全2回)●放送局:NHK
 
 【1984年文庫化[文春文庫(上・下)]】

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失踪した子を探す母と末期がんの男。ミステリと言うより、生きることの希望と絶望を描いた重厚な人間ドラマ。

柔らかな頬.jpg 『柔らかな頬』(1999/04 講談社) 柔らかな頬 上.jpg 柔らかな頬下.jpg 文春文庫 (上・下)

 1999(平成11)年上半期・第121回「直木賞」受賞作。 

 夫の得意先会社の石山と不倫関係にあったカスミは、双方の家族で北海道の石山の別荘へ行った際にも彼と逢引きするが、その最中に5歳の娘が行方不明となる。
 それから4年、カスミの娘を探す日々は続いたが、娘はまるで神隠しにでも遭ったかのようにその行方が掴めない―。

 不倫と子供の失踪事件を経て崩壊していく2つの家庭、とりわけ主人公のカスミの不倫に溺れていく心理や、後悔に苛まれながら娘を探す心理がよく描けていると思います。
 カスミには北海道の寒村を家出して両親を捨てたという過去があり、失踪した娘を単独でも探そうとするところに、彼女の原罪意識が表れているともとれます。
 一方で、娘を探すことが彼女の生きがいになっているように思えるフシもあり、残された家族さえ捨てて娘の探索にあたる様は、故郷を捨てたときと同じく、ある種のエゴイスティックな行動をリフレインしているようにもとれるとところが微妙。

 それに対し男たちは、諦めムードの夫にしても離婚して無頼の生活を送る石山にしても、なしくずし的に現状に妥協しているように見えます。
 そうした中で、ガンで余命いくばくも無い内海という元刑事がカスミの捜査協力者として登場しますが、物語の後半は、カスミと内海の人生の意味を模索するロードムビーの様相を呈しているように思えました。
 内海の、迫り来る死を受け入れつつも事件解決への「野心」によって生を燃焼させようとする様は、これはこれで1つのエゴではないかという気もしました。
 だから、カスミも内海も、真相を知るために協力し合ってはいるが、自分のために生きているという点では、互いに融和し合っているわけではない。

 娘の失踪の謎を解く2人の「夢」の話も、本作品がミステリとしての結末を用意していないことを暗示しているように思え(著者自身は当初、最後のシーンで真犯人を書いていたが、編集担当者に「犯人を決めてしまって失うものは大きい。子供の不在という理不尽な出来事に対して、あれだけ幻視を書いたのだから」と言われて書き直したそうです)、生きていくことの希望と絶望を描いたシリアスな人間ドラマだに仕上がっていると思いました。

 【2004年文庫化[文春文庫(上・下)]】

「●角田 光代」の インデックッスへ Prev| NEXT ⇒ 【2353】 角田 光代 『八日目の蝉
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女同士の友情の話。男性が読んでも、読んでよかったと思える作品。

対岸の彼女.jpg  対岸の彼女 英文版.jpg     対岸の彼女 wowwow.jpg 
対岸の彼女』['04年/文藝春秋]/『英文版 対岸の彼女 - Woman on the Other Shore』/WOWOW・ドラマW「対岸の彼女 [DVD]」['06年](財前直見/夏川結衣)

 2004(平成16)年下半期・第132回「直木賞」受賞作。2005(平成17)年・第2回「本屋大賞」第6位。 

 子育て中の主婦・小夜子は、子供の親同士との付き合いといった日常に厭(あ)き、小さな旅行会社に勤めに出るが、そこでの実際の仕事はハウスクリーニングだった。
 その会社の女社長・葵は、小夜子と年齢も出身大学も同じということもあって小夜子に好意的であり、「独身・子ナシ」の葵と「主婦」の小夜子とで立場は異なるが、2人は友人同士のような関係になっていく―。

 小夜子の視点から見た葵の姿という「現在の話」と平行して、今度は葵の視点から、葵の高校時代のナナコという同級生との友情物語が「過去の話」として語られていて、それぞれの女性同士の友情の成り行きがどうなるかということをシンクロさせていますが、読んでいて、相乗効果的に引き込まれました。

 高校時代のナナコと葵の逃避行の話が良くて、学校でイジメに遭ってもあっけらかんとしているナナコのキャラクターが際立っており、葵がナナコの心の闇を知った後の2人の別れが切ない。

 「現在の話」は、「勝ち犬」(主婦)と「負け犬」(独身・子ナシ)の間で友情は成り立つかという図式でも捉えることはできますが、「過去の話」でナナコとの出会いを通して成長していく葵が描かれている分、現在の小夜子が葵を通しては成長しているのがわかり、過去にメンティであった女性(葵)が今メンターの役割を担おうとしているという点に、"シンクロ効果"がよく出ています。
 
 物語は一筋縄では行かず、既婚・未婚という女性としての立場の違いの壁は厚くて、小夜子と葵の距離は縮まったり開いたりします。
 子供だったゆえに別れなければならなかった葵とナナコの2人に対し、大人になったことで果たして自分で女友達を選べるようになったのだろうかという現在の葵、小夜子2人に関わるテーマが、重層的な厚みを持って提示されているように思えました。

 女子高校での派閥や主婦同士の閉鎖的サークルがリアルに描かれていて、小夜子が勤めに出た職場でもその類似型が見られ、「女の敵は女」というふうにも見ることが出来る話を、読後感の爽やかなエンタテインメントに仕上げている力量はさすがで、運動会のビデオなどの小道具の使い方も生きているなあと思いました。
 
 技巧をこらしているのにそれが鼻につかないのがこの作品のうまさで、男性が読んでも元気づけられ、読んでよかったと思える作品ではないかと思います。

対岸の彼女 wowow1.jpg 対岸の彼女 wowow2.jpg
(左)財前直見/夏川結衣 (右)多部未華子/石田未来

対岸の彼女 dvd.jpg 今年['06年]1月にWOWOWのドラマWでテレビドラマ化され、現在の葵を財前直見、小夜子を夏川結衣、高校時代の葵を石田未来、その友人を多部未華子が演じ、芸術祭テレビ部門(ドラマの部)優秀賞、放送文化基金賞テレビドラマ番組賞を受賞しています(演出も悪くなかったが、やはり原作の力が大きい)。

対岸の彼女 [DVD]

「対岸の彼女」●監督:平山秀幸●脚本:山由美子/藤本匡介●原作:角田光代●出演:夏川結衣/財前直見/多部未華子/石田未来/堺雅人/根岸季衣/木村多江/香川照之●放映:2006/01(全1回)●放送局:WOWWOW

 【2007年文庫化[文春文庫]】

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突き抜けた面白さと言うよりは、安定感のある"癒し系"ユーモア小説。

空中ブランコ.jpg空中ブランコ』 単行本〔'04年〕 イン・ザ・プール.jpgイン・ザ・プール』('02年/文藝春秋)

 2004(平成16)年上半期・第131回「直木賞」受賞作。

 直木賞候補になった『イン・ザ・プール』('02年/文藝春秋)に続く"トンデモ精神科医"伊良部一郎のシリーズで、収録作品とそれぞれの「患者さん」は次のとおり。
 ◆「空中ブランコ」 ...空中ブランコが急に出来なくなったサーカス団員、
 ◆「ハリネズミ」 ...尖端恐怖症のやくざ、
 ◆「義父のヅラ」...義父のカツラをとりたい衝動に駆られる医学部講師、
 ◆「ホットコーナー」 ...一塁にうまく送球できなくなったプロ野球選手、
 ◆「女流作家」...本の題材探しに苦しみ心因性嘔吐症となった女流作家。

 面白いけれども、突き抜けた面白さと言うよりは、安定感のある"癒し系"ユーモア小説という感じがしました(実際、"癒し"という言葉が文中に何度か出てくる)。
 でも、患者の独白が主体であった『イン・ザ・プール』に比べ、患者の症状を"現象的"に丹念に描いていて、飽きさせず読ませるなあという感じ(5篇程度なら。10篇続けて読むとどうかなという気もしますが)。
 こういうストレス社会の現代病のようなものをユーモラスに描こうとする作家は結構いるのではないかと思うのですが、落とし処が意外と難しいのかも。
 
 本書に収められた話は何れも、予定調和と言ってしまえばそれまでですが、読後感が爽やかでその辺りも直木賞受賞に繋がったのではないでしょうか。
 「女流作家」の最後の看護婦マユミのセリフが良くてグッときましたが、同時にこのシリーズの1つの区切りのような気もしました(シリーズ自体はこれで終わりではありませんでしたが)。
 
 何れにせよ、権威ある文学賞ってユーモア小説に比較的辛く(筒井康隆や小林信彦も直木賞をとっていない)、そのことが小説だけでなく映画などでもそうしたジャンルの恒常的低調を招いているような気がし(結局、コメディ映画の本の書き手なども、三谷幸喜などの劇作家・脚本家が多い)、こうした作品が賞を取るのはいいことではないかと思った次第です。

 【2008年文庫化[文春文庫]】

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多くの読者を得る"理由"の1つは、社会への問題提起にあるのでは。

理由 単行本.jpg 理由2.jpg 理由.jpg  映画 理由 大林ード.jpg 理由3.jpg
単行本『理由』['98年]『理由 (朝日文庫)』〔'02年〕『理由 (新潮文庫)』〔'04年〕 映画「理由」(2004)


 1998(平成10)年下半期・第120回「直木賞」受賞作で、1998 (平成10) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。「日本冒険小説協会大賞」も併せて受賞。  

 東京・荒川区の超高層マンション「ヴァンダール千住北ニューシティー」で起きた殺人事件は、一家3人が殺され1人が飛び降り自殺するという奇怪なものだったが、被害者たちの身元を探っていくとそこには―。

 直木賞受賞作ですが、事件状況とその意外な展開という着想が素晴らしいと思いました。事件の解明を通して住宅ローン地獄や家族の崩壊という現代的テーマが浮き彫りになってきますが、そこにルポルタージュ的手法が効いています。

カバチタレ!3.jpg火車.jpg 『火車』('92年/双葉社)において、戸籍が本人であることを詐称することで簡単に書き換えられることをプロットに盛り込んだ著者は、この作品では「占有権」という一般の目には不可思議な面もある法的権利と、それを利用する「占有屋」という商売に注目していて、こうした着眼とその生かし方にも、著者の巧さを感じます。

 (「占有屋」は、後に『カバチタレ!』(青木雄二(監修)・田島隆(原作)・東風孝広(漫画))というコミックでもとりあげられ、テレビドラマ化された中でも紹介された、法の網目を潜った奇妙な商売。)

映画「理由」.jpg 作品の冒頭の特異な事件展開にはグンと引き込まれましたが、それに対し、事実がわかってしまえばそれほど驚くべき結末でもなかったのでは...みたいな感じもあります。

 しかし、ミステリーとしての面白さもさることながら、それ以上に、現代社会に対する鋭い問題提起が、この多才な作家の真骨頂の1つであり、幅広い世代にわたり多くの読者を獲得している"理由"は、そのあたりにあるのではないかと思いました(とりわけそれは、社会派推理の色合いが強い『火車』と『理由』の2作品に最も言えることではないか)。

宮部みゆき『理由』新潮文庫.jpg '04年に大林宣彦監督が映画化していますが、元々はWOWOWのドラマとしてその年のゴールデンウィークに放映されたものであったとのこと。

 関係者の証言を積み重ねていくドキュメンタリー的なアプローチは原作と同じで、出演者107人全員を主役と見做し("主要"登場人物に絞っても約40名!)、全員ノーメークで出演と頑張っているのですが、「キネマ旬報」に載った大林宣彦監督のインタビュー記事で、こうした作り方の意図するところを知りました。

 個人的には、原作に忠実である言うより(登場人物のウェイトのかけ方は若干原作と異なる)、原作のスタイルを損なわずにそのまま映像化したら(つまり、この作品における膨大な関係者証言の部分を、一切削らずに、「証言」のままの形で映像化したら)どのようになるかとという推理小説の映像化に際しての1つの実験のようにも思えました。

新潮文庫 映画タイアップカバー版

アクロシティタワーズ.jpg 但し、実際映像化されてみるとやや散漫な印象も。森田芳光監督の「模倣犯」みたいな"原作ぶち壊し"までいかなくとも、もっと違ったアプローチもあってよかったのではないかとも思いました。因みに、この小説の舞台となった荒川区の超高層マンション「ヴァンダール千住北ニューシティー」のモデルは「シティヌーブ北千住30」(足立区)だと思っていたけれど、どうやら南千住の「アクロシティタワーズ」(荒川区)みたいです(「千住北」という地名は存在せず、北千住は足立区になる)。[参照:宮部みゆき『理由』の舞台を歩く

理由 岸部.jpg「理由」●制作年:2004年●製作:WOWOW●監督・脚本:大林宣彦●音楽:山下康介/學草太郎●原作:宮部 みゆき●時間:160分●出演:岸部一徳/柄本明/古手川祐子/風吹ジュン/久本雅美/立川談志/永六輔/片岡鶴太郎/小林稔侍/高橋かおり/小林聡美/渡辺えり子/菅井きん/石橋蓮司/南田洋子/赤座美代子/麿赤兒/峰岸徹/宝生舞/松田洋治/根岸季衣/伊藤歩/宮崎あおい/裕木奈江/村田雄浩/山田辰夫/大和田伸也/松田美由紀/ベンガル/左時枝/入江若葉/山本晋也/渡辺裕之/嶋田久作/柳沢慎吾/島崎和歌子/中江有里/加瀬亮/勝野洋/多部未華子●劇場公開:2004/10●配給:アスミック・エース (評価★★★☆)
多部未華子/宮崎あおい/裕木奈江
理由 多部未華子.JPG 理由 宮崎あおい.JPG 理由 裕木奈江.JPG

 【2002年文庫化[朝日文庫]/2004年再文庫化[新潮文庫]】

●大林宣彦監督インタビュー(「キネマ旬報」(2004.1.下)
 「今回の『理由』は、WOWOWの企画で出発してるんですけど、実はその枠にははまらない。というのは、WOWOWの番組としての予算も枠も決まったシリーズの中の一本なんですけど、宮部みゆきさんの原作は、その枠に合わせて作るのが不可能な小説なんですよ。これまでも多くの人が映画化やテレビドラマ化を試みたんだけど、宮部さんは一度も首を縦に振らなかった。その理由は、ひとつの殺人事件にいかに多くの人が絡み合っているかという、ぼく流に言えば人間や家族の絆が失われた時代に、殺人事件がむしろ哀しき絆となったような人間群像の物語なので、ぼくのシナリオの中でも主要な人物だけで107人もいるんですよ。強引にまとめていけば、10人くらいの物語にはできる。普通の映画やテレビの場合では、そうやって作るんです。しかし、それでは宮部さんが試みた集団劇としての現代の人間の絆のありようが描ききれないんですね。つまりこれをやる以上は、107人総てを画面に出さなければいけない。
 宮部さんは、ぼくに監督をお願いしたとWOWOWから知らされた時点で、すべてぼくにお任せしますとおっしゃったんです。任された以上、ぼくは原作者が意図したものを映画にするのが礼節だと思います。ぼくはいつも原作ものを映画にするときは、作者がはじめからこの物語を映画に作ったら、どういうものになるだろうと考えるんですね。だから紙背にこめられた作者の願いを文学的にではなく映画的に表現したらこうなるよというものを作ろうという意味で、決して原作どおりではないんだけど、原作者の狙いや願いを映画にしようと」

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ミステリとしても人間ドラマとしても充分に堪能できた。

『マークスの山』.jpgマークスの山 (ハヤカワ・ミステリワールド)』 マークスの山 上.jpg マークスの山下.jpgマークスの山(上) 講談社文庫』 『マークスの山(下) 講談社文庫

 1993(平成5)年上半期・第109回「直木賞」受賞作で、1993 (平成5) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。1994 (平成6) 年「このミステリーがすごい」(国内編)第1位。「日本冒険小説協会大賞」も併せて受賞。

 東京で起きた連続殺人事件。被害者は謎の凶器で惨殺されている。事件の背後に潜む複雑な人間関係を、警視庁捜査第一課の合田刑事らが解き明かしていくうちに、その背景に16年前に南アルプスで起きたある出来事が浮かび上がる―。

 警察の内部組織の捜査上の確執などの描写に圧倒的なリアリティがあり、"警察小説"とも言えるかも知れません。 
 事件の背後関係は複雑を極めていますが、事件の捜査陣が事実を細かく積み上げいくうちに、通常の感覚では理解しがたいモンスターのような犯人像が浮かんでくる―その導き方が巧みで、読み進むにつれてググッと惹き込まれます。 

 "人間の業"のようなものもよく描かれていると感じました。 
 ただしその描かれ方がかなり屈折したものであるため、実際こうした形で怨念のようなものが人から人へ伝播していくものだろうか、という動機に対する疑念も感じました。 
 結局事件を複雑にしているのは、この"凝った"動機の部分ではないかと...。 

 その他にも、ミステリファンにはプロットの瑕疵と映る部分が幾つかあるかもしれません。 
 ただし(本格的ミステリーに固執しない)自分のレベルでは、ミステリとしても人間ドラマとしても、それなりに充分に堪能できました。

 '03年に文庫化されました。かなり手を加えているとのことで(この作者が文庫化の際にオリジナルに手を加えるのは毎度のことで、そのため文庫が出るのが遅くなる)、文庫の方は読んでいませんが、ドロッとした部分がややマイルドになっているとか(これではよくわからないか)。 

映画「マークスの山」.jpg 書店で見たら、文庫の初版本には、登場人物の名前にふりがながなかったような気がしましたが、「林原」は「はやしばら」ではなく、ちゃんと「りんばら」と読ませないと、「MARKS」にならないのではないだろうか。

映画「マークスの山」.jpg

映画「マークスの山」 (1995年・監督:崔洋一/出演:萩原聖人・名取裕子・中井貴一)

 【2003年文庫化[講談社文庫(上・下)]】

 


 
《読書MEMO》
2013年TVドラマ化(WOWOW「連続ドラマW」全5話)
出演:上川隆也/石黒賢/高良健吾/戸田菜穂/小西真奈美
マークスの山 TV1.jpgマークスの山 TV2.jpgマークスの山 TV3.jpgマークスの山 TV4.jpg

「●し 司馬 遼太郎」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【431】 司馬 遼太郎 『風神の門
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武士の価値観の対極にある忍者の価値観=スペシャリストの価値観。昭和30年代の忍者ブームの火付けに。

司馬遼太郎「梟の城」春陽文庫.jpg梟の城 司馬遼太郎.jpg 梟の城1.jpg 梟の城.jpg    梟の城2.jpg
梟の城 (1959年)』(帯推薦文:今東光)/『梟の城』 新潮文庫〔'77年・'89年改版版]/春陽文庫〔'96年改訂版〕
梟の城 (1967年) (春陽文庫)

梟の城 (春陽文庫).jpg  司馬遼太郎(1923‐1996)が最初に発表した長編小説で、1958(昭和33)年4月から翌1959(昭和34)年2月まで今東光(1898-1997)が社長だった宗教新聞「中外日報」に連載されたものです。
 八尾市の天台院の住職の仕事などのため文壇を離れていた今東光が20年ぶりに筆を執ろうと産経新聞社を訪ねた時、今東光の作品を知っていて一席設けた編集局長に呼ばれその場に同席したのが、文化部の文芸担当だった司馬遼太郎だったとのこと。今東光の弁によれば、「とても無理です。まだ短編しか書いたことないんです、と尻込みする奴を、長編だって短編だって変わりゃしねえよ」といって励ました末に生まれたのがこの作品だったとか。

梟の城 (春陽文庫)』(新装版)

 昭和34年下期の第42回「直木賞」受賞作でもあるこの作品は、豊臣秀吉の暗殺を謀る伊賀忍者・葛籠重蔵と、彼と同じ師匠のもとで技を磨いた忍者でありながら武士として出世することを渇望する風間五平を描いています。

 司馬遼太郎はデビュー当初は「忍豪作家」と呼ばれ、またこの作品は昭和30年代の忍者ブームの火付けにもなりましたが、初の長編でありながらさすがに高い完成度を持つものの、後にその歴史解釈が「司馬史観」と言われるほどの歴史小説の大作家になることを、この作品のみで予見することは難しかったのではないでしょうか。むしろ、講談本的なエンターテインメント性が強い小説に思えます。    

 登場人物が極めて魅力的。伊賀の慣習に生きる重蔵を通して、武士の価値観の対極にある忍者の価値観がよくわかりますが、それは今風に言えばゼネラリストの価値観に対するスペシャリストのそれではないでしょうか。 
 一方の五平は、功名を上げるために伊賀を裏切り権力者に仕官しますが最後は見捨てられる―このあたりは、組織に消耗されるサラリーマンにも通じるところがあります。 

梟の城 映画 0.jpg梟の城 映画 1.jpg 小萩という神秘的な女性が登場しますが、神秘的でありながら重蔵に恋のアタックをかけてくる。木さるという女忍者の行動にやや短絡的な面があるのも現代的です。

 こうした先取り感が今もって読まれ、或いは工藤栄一監督、大友柳太朗主演「忍者秘帖 梟の城」('63年/東映)として映画化された後、更に篠田正浩監督、中井貴一主演「梟の城」('99年/東宝))としてリメイク映画化されている要因ではないかと思います。但し、映画の方は、大友柳太朗版は未見ですが、中井貴一版はテレビか何かで観て、重蔵役が中井貴一、五平役が上川隆也だったのが、ちょっとイメージが逆なのではないかという気がしなくもなかったです。

 【1965年文庫化、1977年・1989年・2002年改訂[新潮文庫]/1967年再文庫化・1087年・1996年改訂[春陽文庫]】

《読書MEMO》
●「かれらの多くは、不思議な虚無主義をそなえていた。他国の領主に雇われはしたが、食禄によって抱えられることをしなかった。その雇い主さえ選ばなかった。(中略)かれらは、権力を侮蔑し、その権力に自分の人生と運命を捧げる武士の忠義を軽蔑した。諸国の武士は、伊賀郷士の無節操を卑しんだが、伊賀の者は、逆に武士たちの精神の浅さを嗤う。伊賀郷士にあっては、おのれの習熟した職能に生きることを、人生とすべての道徳の支軸においていた。おのれの職能に生きることが忠義などとはくらべものにならぬほどに凛冽たる気力を要し、いかに清潔な精神を必要とするものであるかを、かれらは知りつくしていた。」(新潮文庫'77年版14p)

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