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2017年芥川賞受賞3作は、超高齢化社会、異文化、LGBT&東日本大震災。"時事性"が鍵?

おらおらでひとりいぐも.jpg 百年泥ド.jpg 芥川賞 若竹 石井.jpg  影裏.jpg 芥川賞 沼田真佑.jpg
おらおらでひとりいぐも 第158回芥川賞受賞』『百年泥 第158回芥川賞受賞』若竹千佐子氏・石井遊佳氏 『影裏 第157回芥川賞受賞』沼田真佑 氏

 24歳の秋、桃子さんは東京オリンピックの年に故郷を離れ、身ひとつで上京。それから住みこみで働き、結婚し、夫の理想の女となるべく努め、都市近郊の住宅地で二人の子どもを産み育て、15年前に夫に先立たれた。残された桃子さんは今、息子、娘とは疎遠だが、地球46億年の歴史に関するノートを作っては読み、万事に問いを立てて意味を探求するうちに、自身の内側に性別も年齢も不詳の大勢の声を聞くようになった。それらの声は桃子さんに賛否の主張をするだけでなく、時にジャズセッションよろしく議論までする。どれどれと桃子さんが内面を眺めてみれば、最古層から聞こえてくるのは捨てた故郷の方言だった―。(「おらおらでひとりいぐも」)

70歳以上、初の2割超え.jpg 「おらおらでひとりいぐも」は2017(平成29)年・第54回「文藝賞」受賞を経て、2017(平成29)年下期・第158回「芥川賞」受賞作となった作品。芥川賞選考では、選考委員9人のうち5人が強く推して、積極消極のニュアンスの差はありながら、選考委員のほぼ全員がこれに票を投じたとのことで"圧勝"という感じです。72歳の女性の内面を描いて巧みと言うか、選考委員が推すのも納得という感じで、ある種、ブレークスルー小説になっているのも良かったです。最初は主人公と同じくらいの年齢の人が書いたのかと思いましたが、作者の受賞時の年齢は63歳とのことで、主人公よりやや若く、全部計算して書いていることが窺えます。そのことから、橋本治氏の近作『九十八歳になった私』('18年/講談社)と同じような技法を感じました。「敬老の日」を前に総務省が今日['18年9月16日]に発表した推計人口(15日時点)によると、70歳以上の人口の総人口に占める割合は20.7%で、初めて2割を超えたそうです。超高齢化社会ということで、こうした小説("独居老人小説"?)がこれからどんどん出て来るのでしょうか。


 私はチェンナイ生活三か月半にして、百年に一度の洪水に遭遇した。橋の下に逆巻く川の流れの泥から百年の記憶が蘇る。かつて綴られなかった手紙、眺められなかった風景、聴かれなかった歌。話されなかったことば、濡れなかった雨、ふれられなかった唇が、百年泥だ。流れゆくのは、あったかもしれない人生、群れみだれる人びと―。(「百年泥」)

 「百年泥」は、2017(平成29)年・第49回「新潮新人賞」受賞を経て、2017(平成29)年下期・第158回「芥川賞」受賞作となった作品。読み物としては芥川賞同時受賞の「おらおらでひとりいぐも」よりも面白かったですが、選考員の島田雅彦氏が、「海外体験のバリエーションが増えた現代、ルポルタージュのジャンルはかなり豊かになって来たが、小説との境界線を何処に引くべきかといったことを考えさせられた」と述べているように、その面白さや興味を引く部分は、ルポ的なそれとも言えます(終盤に挿入されている教え子が語る、彼の半生の物語などはまさにそう)。泥の中から行方不明者や故人を引きずり出し、何事もなかったように会話を始めたり、会社役員が翼を付けて空を飛んで通勤したりするとか、こうしたマジックリアリズム的手法を用いているのは、インド的と言えばインド的とも言えるけれど、むしろ、この作品がルポではなく小説であることの証しを無理矢理そこに求めた印象がなくもありませんでした。


 大きな崩壊を前に、目に映るものは何か。北緯39度。会社の出向で移り住んだ岩手の地で、ただひとり心を許したのが、同僚の日浅だった。ともに釣りをした日々に募る追憶と寂しさ。いつしか疎遠になった男のもう一つの顔に、「あの日」以後、触れることになるのだが―。(「影裏」)

 「影裏」は、2017(平成29)年・第122回「文學界新人賞」受賞を経て、2017(平成29)年上期・第157回「芥川賞」受賞作となった作品。前2作に比べると、これが一番オーソドックスに芥川賞受賞作っぽい感じです。途中で語り手である主人公がマイノリティ(LGBT)であることが分かり、ちょっとだけE・アニー・プルー原作、アン・リー監督の「ブロークバック・マウンテン」 ('05年/米)を想起させられました。この作品では、日浅という人物の二面性が一つの鍵になりますが、その日浅の隠された一面を表す行動について、その事実がありながら、わざとその部分を書いていません。こういうのを"故意の言い落とし"と言うらしいですが、そのせいか個人的にはカタルシス不全になってしまいました。選考委員の内、村上龍氏が、「推さなかったのは、『作者が伝えようとしたこと』を『発見』できなかったという理由だけで、それ以外にはない」というのに同感。村上龍氏は、『わたしは「これで、このあと東日本大震災が出てきたら困るな』と思った」そうですが、それが出てきます。


 芥川賞受賞作品3作の選考過程をみると、「おらおらでひとりいぐも」はやはりすんなり受賞が決まったという感じで、「百年泥」と「影裏」は若干意見が割れた感じでしょうか("回"は異なるが、「百年泥」を推す人は「影裏」を推さず、「「影裏」を推す人は「百年泥」を推さないといった傾向が見られる)。3作並べると、超高齢化社会、社会のグローバル化に伴う異文化体験、LGBT&東日本大震災―ということで、"時事性"が芥川賞のひとつの〈傾向と対策〉になりそうな気がしてしまいます。

芥川賞のすべて・のようなもの」参照
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2018年「本屋大賞」の第1位、第2位、第3位作品。個人的評価もその順位通り。

かがみの孤城.jpg かがみの孤城 本屋大賞.jpg  盤上の向日葵.jpg 屍人荘の殺人.jpg
辻村 深月 『かがみの孤城』 柚月 裕子 『盤上の向日葵』 今村 昌弘 『屍人荘の殺人

 2018年「本屋大賞」の第1位が『かがみの孤城』(651.0点)、第2位が『盤上の向日葵』(283.5点)、第3位が『屍人荘の殺人』(255.0点)です。因みに、「週刊文春ミステリーベスト10」(2007年)では、『屍人荘の殺人』が第1位、『盤上の向日葵』が第2位、『かがみの孤城』が第10位、別冊宝島の「このミステリーがすごい!」では『屍人荘の殺人』が第1位、『かがみの孤城』が第8位、『盤上の向日葵』が第9位となっています。『屍人荘の殺人』は、第27回「鮎川哲也賞」受賞作で、探偵小説研究会の推理小説のランキング(以前は東京創元社主催だった)「本格ミステリ・ベスト10」(2018年)でも第1位であり、東野圭吾『容疑者Xの献身』以来13年ぶりの"ミステリランキング3冠達成"、デビュー作では史上初とのことです(この他に、『容疑者Xの献身』も受賞した、本格ミステリ作家クラブが主催する第18回(2018年)「本格ミステリ大賞」も受賞している)。ただし、個人的な評価(好み)としては、最初の「本屋大賞」の順位がしっくりきました。

かがみの孤城6.JPG 学校での居場所をなくし、閉じこもっていたこころの目の前で、ある日突然部屋の鏡が光り始めた。輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは、城のような不思議な建物。そこにはちょうどこころと似た境遇の7人が集められていた。なぜこの7人が、なぜこの場所に―。(『かがみの孤城』)

 ファンタジー系はあまり得意ではないですが、これは良かったです。複数の不登校の中学生の心理描写が丁寧で、そっちの方でリアリティがあったので楽しめました(作者は教育学部出身)。複数の高校生の心理描写が優れた恩田陸氏の吉川英治文学新人賞受賞作で第2回「本屋大賞」受賞作でもある『夜のピクニック』('04年/新潮社)のレベルに匹敵するかそれに近く、複数の大学生たちの心理描に優れた朝井リョウ氏の直木賞受賞作『何者』('12年/新潮社)より上かも。ラストは、それまで伏線はあったのだろうけれども気づかず、そういうことだったのかと唸らされました。『夜のピクニック』も『何者』も映画化されていますが、この作品は仮に映像化するとどんな感じになるのだろうと考えてしまいました(作品のテイストを保ったまま映像化するのは難しいかも)。


盤上の向日葵ド.jpg 埼玉県天木山山中で発見された白骨死体。遺留品である初代菊水月作の名駒を頼りに、叩き上げの刑事・石破と、かつてプロ棋士を志していた新米刑事・佐野のコンビが捜査を開始した。それから四か月、二人は厳冬の山形県天童市に降り立つ。向かう先は、将棋界のみならず、日本中から注目を浴びる竜昇戦の会場だ―。(『盤上の向日葵』)

 『慈雨』('16年/集英社)のような刑事ものなど男っぽい世界を描いて定評のある作者の作品。"将棋で描く『砂の器』ミステリー"と言われ、作者自身も「私の中にあったテーマは将棋界を舞台にした『砂の器』なんです」と述べていますが、犯人の見当は大体ついていて、その容疑者たる天才棋士を二人組の刑事が地道な捜査で追い詰めていくところなどはまさに『砂の器』さながらです。ただし、天才棋士が若き日に師事した元アマ名人の東明重慶は、団鬼六の『真剣師小池重明』で広く知られるようになり「プロ殺し」の異名をもった真剣師・小池重明の面影が重なり、ややそちらの印象に引っ張られた感じも。面白く読めましたが、犯人が殺害した被害者の手に将棋の駒を握らせたことについては、発覚のリスクを超えるほどに強い動機というものが感じられず、星半分マイナスとしました。


屍人荘の殺人_1.jpg 神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と会長の明智恭介は、曰くつきの映画研究部の夏合宿に加わるため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共にペンション紫湛荘を訪ねた。合宿一日目の夜、映研のメンバーたちは肝試しに出かけるが、想像しえなかった事態に遭遇し紫湛荘に立て籠もりを余儀なくされる。緊張と混乱の一夜が明け、部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。しかしそれは連続殺人の幕開けに過ぎなかった―。(『屍人荘の殺人』)

 先にも紹介した通り、「週刊文春ミステリー ベスト10」「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」の"ミステリランキング3冠"作ですが、殺人事件が起きた山荘がクローズド・サークルを形成する要因として、山荘の周辺がテロにより突如発生した大量のゾンビで覆われるというシュールな設定に、ちょっとついて行けなかった感じでしょうか。謎解きの部分だけ見ればまずまずで、本格ミステリで周辺状況がやや現実離れしたものであることは往々にしてあることであり、むしろ周辺の環境は"ラノベ"的な感覚で読まれ、ユニークだとして評価されているのかなあ。個人的には、ゾンビたちが、所謂ゾンビ映画に出てくるような典型的なゾンビの特質を有し、登場人物たちもそのことを最初から分かっていて、何らそのことに疑いを抱いていないという、そうした"お約束ごと"が最後まで引っ掛かりました。

 ということで、3つの作品の個人的な評価順位は、『かがみの孤城』、『盤上の向日葵』、『屍人荘の殺人』の順であり、「本屋大賞」の順番と同じになりました。ただし、自分の中では、それぞれにかなり明確な差があります。

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「●「『本の雑誌』編集部が選ぶノンジャンル・ベスト10」(第1位)」の インデックッスへ

重かった。ミステリと言うより、半分以上は「夫婦の再生」の物語だったかも。

慈雨 柚月裕子1.jpg慈雨 柚月裕子2.jpg慈雨 柚月裕子.jpg 柚月裕子 氏.jpg 柚月 裕子 氏
慈雨』(2016/10 集英社)

 2016(平成28)年「『本の雑誌』編集部が選ぶノンジャンル・ベスト10」第1位作品。

 警察官を定年退職した神場智則(じんば とものり)は、愛犬を娘〈幸知〉に託し、妻の香代子とお遍路の旅に出る。新婚旅行以来の旅先に四国を選んだのは、42年間の警察官人生で、自らが関わった幼女殺害事件の被害者を弔うためだった。香代子とは県北部・雨久良村の駐在時代に先輩・須田の紹介で結婚して32年。以来仕事一筋で口の重い神場を明るく支えてくれた妻は久々の2人旅が余程嬉しいのか、山道を鼻歌まじりに進んでいく。4番札所まで参拝を終えた日、宿のテレビでは群馬県尾原市に住む岡田愛里菜ちゃん(7歳)が遠壬山山中から遺体で発見されたと報じ、神場の中で苦い記憶が甦る。16年前、県警の捜一時代に手がけた〈金内純子ちゃん殺害事件〉だった。同じ遠壬山で少女の遺体が発見されたこの事件で県警は、八重樫一雄(36歳)を逮捕。本人は無実を主張したが、体液のDNA鑑定が決め手となり、懲役20年の実刑が確定していた。この鑑定を覆しかねないある事実を、神場は妻にも幸知と交際中の元部下・緒方〉にも秘密にしてきた。しかし16年前と似た犯行に彼の心は騒ぎ、巡礼の道すがら、緒方や現捜一課長〈鷲尾〉と連絡を取り、遠距離推理に挑むことになる―。

 『孤狼の血』('15年/角川書店)で2016年・第69回「日本推理作家協会賞」を受賞した作者の作品で、女流でありながら刑事や検事を主人公とした作品を多く書いている作者ですが、これも同じく刑事ものです(「このミステリーがすごい!」大賞の『臨床真理』('09年/宝島社)の主人公は女性臨床心理士だったが)。作者は子どもの頃から男の世界と言われる物語が好きで、「仁義なき戦い」や「県警対組織暴力」の大ファンだったそうです。

 主人公である退職したばかりの刑事は、旅先で事件を推理するわけで、現場に行かないという点である種"安楽椅子探偵"に通じるところもありますが、推理の内容そのものはシンプルで(犯人はNシステムをどうやって抜けたかのかという)、ミステリ的要素はそう強くないように思いました。

 人間ドラマの部分も、主人公の先輩・須田が殉職した時にまだ幼かったその娘の名前が〈幸恵〉であるということが分かった時に、その構造が読めてしまった部分はありました。但し、それでも、読後感は重かったです。しみじみとした感慨もあったし、爽やかさもあれば(前の事件はおそらく解明されないだろうという)やるせなさもあるし、結構複雑な気持ちにさせられました。

 最初のうちは、夫婦でのお遍路の旅の方がかなりの比重で描かれていて、一方で、事件の方は殆ど解決に向けて進展しないので、読んでいてやや焦れったくなりますが、ラストの方になるとそれまでのそうした構成が活きてきて、結局、推理小説である以上に、半分以上は「夫婦の再生」の物語だったのだなあと思いました。

 作者は、東日本大震災で両親を失うという経験をしており、そうした経験がこうした作風に反映されているとみることもできますが、自身はインタビューで「どうでしょう。お遍路に行ったのはあくまで取材ですし、その初日に遭遇した台風が表題に繋がった。それを自然の猛威と思うか、恵みと思うかは人にもよるし、雨は何も語ってくれないんだなって......。それほどあの震災がまだ私の中では意味づけできていないということかもしれません」と答えています。

 また、作者は、実際の事件を参考にして作品を書くとも言っていますが(『蟻の菜園〜アントガーデン〜』('14年/宝島社)のモチーフは「首都圏連続不審死事件(木嶋佳苗事件)」から得たようだか)、この作品のモチーフの元になっているのは、1990年に4歳の女児が殺害される事件が発生し、翌年に容疑者が逮捕され、17年半の拘禁を経て2010年に冤罪事件であったことが判明した「足利事件」ではないかと思います。

 あの事件も、当時まだ精度の低かったDNA鑑定(再審請求による再鑑定人の大学教授に「もし自分の学生がやったのだったらやり直しをさせるレベル」と言われた)の結果を過度に重用してしまったことからくる捜査ミスでした。誤って逮捕され、十数年も自由な時間を奪われた被害者の怒りや悔しさもさることながら、ああした冤罪事件は、当時捜査に当たった多くの警察関係者にも重い影を落とすものなのだろうなあと、この小説を読んで改めて思いました。

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"援助交際"という言葉が流行る12年前の作品で、"援交"の上を行く「少女」。

連城三紀彦 少女m.jpg 連城三紀彦 少女 光文社文庫_.jpg 連城三紀彦 少女 光文社文庫.jpg 少女ミステリー倶楽部.jpg 連城三紀彦-01.jpg
少女』(1984)『少女 (光文社文庫)』(1988)『少女 (光文社文庫)』(2001)『少女ミステリー倶楽部 (光文社文庫)』(2016) 連城三紀彦(1948-2013/享年65)

 「わたしと寝ない?」うらぶれたバーテンの「彼」が喫茶店で新聞を広げているところに、少女が突然、声をかけてきた。その日暮らしで、最初から金を払うつもりなどなかった「彼」だったが、やりようはあった。ことを果たした後、少女の隙を狙って、彼女の定期入れから2万円を盗んで逃走した。が、その札番号が郵便局強盗の奪った番号と一致したため、「彼」は警察に連行される。やがて、強盗の容疑は晴れるが、納得のいかぬ「彼」は少女を探す―。

 連城三紀彦(1948-2013/享年65)が「小説宝石」の'84年6月号に発表した作品で、短編集『少女』として'84年5月に光文社より刊行されています('88年/光文社文庫、2001年改訂)。

 冴えない中年男が売春少女から金を盗んだことを自ら証明しなければならなくなるという逆説的な展開がちょっと可笑しかったです。「少女が男を買ったからと言って、われわれにはどうすることもできないんだ...」という刑事の言葉に、「刑事さん、ホントにそれでいいの?」って思わず突っ込みたくなる気もするかもしれませんが、当時「買春」は禁じられてはいたものの罰則はなかったので、実質"犯罪"としては扱われていなかったし、この話の場合、大の大人を"買った"のだから、"児童買春"にも当たらないのだろなあ。

 因みに、現在は、18歳未満の少女少年と金銭を払って性的関係を持った場合には、児童買春となり青少年保護育成条例違反となりますが、恋愛関係にある場合には、18歳未満の女性と性行為を行っても青少年保護育成条例に違反することにはならないそうです(従って、金銭が支払われたかどうかがカギとなる)。

少女~an adolescent(.jpg少女~an adolescent.jpg映画「少女~an adolescent」(2001)

 「少女」は16年前にこの作品と出会って共感を受けたという俳優・奥田瑛二の監督・主演で映画化されていますが、主人公の男性は警官という設定になっています。奥田瑛二の監督デビュー作でもあり、第17回パリ国際映画祭でグランプリ受賞作品となっていますが、個人的には未見です(共演は小沢まゆ、小路晃、夏木マリ、室田日出男)。

 短編集『少女』に収録された他の作品は、「熱い闇」「ひと夏の肌」「盗まれた情事」「金色の髪」で、何れも官能小説の色合いが濃く、この内、「盗まれた情事」が三浦友和主演で1995年にテレビ朝日系でドラマ化されていますが、これも未見です(共演は余貴美子、高島礼子)。

 「少女」以外の短編集所収作品は、変態性欲を扱ったものなどどぎつさもある作品が多く、但し、ミステリーとしての面白さもそれぞれありますが、作者の文章に一番マッチしているのは「少女」ではないかなと思いました。風俗を描くという面でも、"援助交際"という言葉が流行語になったのが1996年で、それより12年前にこういうのを書いていた訳だから、かなり先駆的だったかも。しかも、この「少女」は見方によっては"援交"などより上を行っていることになります。それでいて、"少女"にどこか哀しさがあるのが、この小品の味なのかもしれません。

 この作品は2017年刊行の光文社文庫『少女ミステリー倶楽部』にも、同じく都会に棲む若者の生態を描いた笹沢佐保の「六本木心中」(1962年発表)などと併せて収録されています。

【1988年文庫化・2001改装[光文社文庫(『少女)]/2017年再文庫化[光文社文庫『少女ミステリー倶楽部』所収]】

《読書MEMO》
●『少女ミステリー倶楽部』 ('17年/光文社文庫)
オルレアンの少女(江戸川乱歩)/少女(連城三紀彦)/うす紫の午後(仁木悦子)/少女と武者人形(山田正紀)/五島・福江行(石沢英太郎)/白い道の少女(有馬頼義)/路地裏のフルコース(芦辺拓)/汽車を招く少女(丘美丈二郎)/老人と看護の娘(木々高太郎)/笛吹けば人が死ぬ(角田喜久雄)/バラの耳飾り(結城昌治)/白菊(夢野久作)/六本木心中(笹沢左保)

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背景のスケールの割には事件が小粒。「2年連続3冠達成」は'ハロー効果'の為せる技ではないか。

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王とサーカス』(2015/07 東京創元社)

 2015(平成27)年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2016(平成28) 年「このミステリーがすごい!」(国内編)第1位、2016年「ミステリが読みたい!」(早川書房主催)第1位(因みに、作者は前作『満願』に続いて2年連続の「週刊文春ミステリー ベスト10」「このミステリーがすごい」「ミステリが読みたい!」3冠を達成したことになる)。2016(平成28)年・第13回「本屋大賞」第6位。

 2001年、新聞社を辞めたばかりの太刀洗万智は、知人の雑誌編集者から海外旅行特集の仕事を受け、事前取材のためネパールに向かった。現地で知り合った少年にガイドを頼み、穏やかな時間を過ごそうとしていた矢先、王宮で国王をはじめとする王族殺害事件が勃発する。太刀洗はジャーナリストとして早速取材を開始したが、そんな彼女を嘲笑うかのように、彼女の前にはひとつの死体が転がり―。(「BOOK」データベースより)

 『満願』は警察官ものなどを含む短編集でしたが、こちらは2001年6月にネパールの首都カトマンズのナラヤンヒティ王宮で実際に発生したネパール王族殺害事件がモチーフとなっており、なかなか思い切った背景選択だなあと。但し、主人公の大刀洗万智は、ユーゴスラビア紛争(1991-2000)モチーフにした『さよなら妖精』('04年/東京創元社)で当時高校生として登場しています。

 ということで、本作は、新聞記者を経てフリージャーナリストとなった彼女を主人公とする<ベルーフ>シリーズの1作とのことですが、読み終えてみると、背景がネパール王族殺害事件という壮大で衝撃的なものだった割には、推理の元となる事件そのものは、犯人の動機なども含め小粒であったように思いました。

 前半は紀行文のような穏やかな感じで進むので、後半その流れをどんな結末に持っていくのか期待されましたが、確かに犯人の意外性はあったかもしれないものの、事件そのものが、コレ、ネパール王族殺害事件など別になくてもいのではないかという感じのしょぼいものでややがっかりしました。

 ネット上には、「面白かった!」「最後まで目が離せない極上のミステリ」といった評価が溢れていますが、ある種(この作家のものが面白くないはずがないという)"ハロー効果"的な作用も働いたのではないかという気が、個人的にはしないでもないです。

【2018年文庫化[創元推理文庫]】

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粒揃いの短編集。「夜警」と「満願」がいい。"粒揃い"だが、飛び抜けたものは見出しにくい?

米澤 穂信 『満願』2.jpg満願1.jpg満願2.jpg  米澤穂信s.jpg 米澤 穂信 氏
満願』(2014/03 新潮社)

 2014(平成26)年・第27回「山本周五郎賞」受賞作。2014年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2015 (平成27) 年「このミステリーがすごい!」(国内編)第1位、2015年「ミステリが読みたい!」(早川書房主催)第1位(因みに、「週刊文春ミステリー ベスト10」「このミステリーがすごい」「ミステリが読みたい!」の3冠は2008年に「ミステリが読みたい!」がスタートして初)。2015(平成27)年・第12回「本屋大賞」第7位。

 交番勤務の警察官が主人公。交番に訪れたありふれたDV被害者。包丁を持って暴れる彼女の夫と対峙し、発砲するも殉職した同僚の警察官。その事実の裏に潜む心の闇とは?(「夜警」)。美しい母、二人の美しい娘、女たらしの父親。離婚協議が進むなか、娘二人のとった驚きの行動。美しく残酷な性(さが)が導いた結末とは(「柘榴」)。 殺人の罪を認め服役を終えた下宿屋の内儀。人柄を知る元下宿人の弁護士は内儀の行動に疑問を抱く。下された判決に抗おうとせず刑期を勤め上げた女の本当の願いとは(「満願」)。他「死人宿」「万灯」「関守」の3編を収録。

 賞を総嘗めしただけあって粒揃いという感じでしょうか。どれも面白く、個人的には最初の「夜警」と最後の「満願」が特に良かったかなあ。ただ、どちらにも言えることですが、トリックの面白さであって、犯行の動機という点からすると、こんな動機のために(しかも相当の不確実性が伴うという前提で)ここまでやるかという疑問は少しありました。「死人宿」と「関守」も旅館と喫茶店の違いはありますが、ちょっと雰囲気似ていたかなあ。「関守」は途中でオチが解ってしまいましたが、それでも面白く読めました。ということで、"粒揃い"ではあるが、飛び抜けたものは見出しにくいという感じも若干ありました。

 敢えて一番を絞れば、表題作の「満願」でしょうか。直木賞の選評で選考委員の宮部みゆき氏が、「ハイレベルな短編の連打に魅せられました」とし、「表題作の『満願』には、松本清張の傑作『一年半待て』を思い出しました」としているのにはほぼ納得(この作品自体、何となく昭和の雰囲気がある)。しかし、直木賞の選考で積極的にこの短編集を推したのは宮部みゆき氏のみで、「既に他の文学賞も受賞している作品ですが、意外に厳しい評が集まり、事実関係の記述のミスも指摘されて、私は大変驚きました」としています。

 "事実関係の記述のミス"とは幾つかあったようですが、東野圭吾氏が「最も致命的なのは『万灯』で、コレラについて完全に間違えている。(中略)この小説のケースでも感染はありえない」というもので、確かに"致命的"であったかも。更には、「『満願』の妻には借金の返済義務はない。(中略)殺人の動機も成立しない」としていて、これも痛いか。

 結局、浅田次郎氏の「稀有の資質を具えた作家が、同一作品で文学賞を連覇することはさほど幸福な結果とは思えぬ」という流れに選考委員の多くが乗って、直木賞は逃したという感じでしょうか。まあ、いずれは直木賞を獲るであろうと思われるその力量を認めた上での配慮(?)。自分自身の評価も星5つではなく星4つとしましたが、作者の今後に期待したいと思います。

 かつて横山秀夫氏が『半落ち』('02年/講談社)で直木賞候補になったものの、直木賞選考員会で作中の「事実誤認」を指摘されて直木賞に「絶縁」宣言をし、伊坂幸太郎氏が「執筆活動に専念したい」という理由で、山本周五郎賞受賞の自作『ゴールデンスランバー』('07年/新潮社)が直木賞候補になることを辞退したことがありました(伊坂幸太郎氏の場合は初めて直木賞候補になった『重力ピエロ』が選考員会で一部の委員に酷評されたという経緯があった)。まあ、この作者の場合は、そんな事態にはならないとは思いますが...。

【2017年文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
「満願」(第1夜「万灯」西島秀俊主演・第2夜「夜警」安田顕主演・最終夜「満願」高良健吾主演)
NHKドラマ『満願』.jpgNHKドラマ『満願』2.jpgNHKドラマ『満願』s.jpg●2018年ドラマ化 【感想】 「万灯」「夜警」「満願」をチョイスしてドラマ化したのは、妥当な選択か。この順番で放映されたが、後になるほど面白かった。つまり「満願」が一番良かったことになるが、これは原作を読んだ時と同じだった。「満願」は「万灯」同様、東野圭吾氏が指摘する瑕疵はあるが、プロットの出来としてはこれが頭一つ抜けていて、さらに脚本と演出が同じ人によるものであるため(熊切和嘉監督)、演出が木目細かったように思った。市川実日子がやや若すぎる気がしたが(しかも10年経ってもまったく老けない)、その演技は効いていたし、スイカやダルマといった小道具も原作通りではあるがそれぞれに効果的だった(旧二葉屋酒造で本格ロケをしたことも良かったのではないか)。

最終夜「満願」市川実日子/高良健吾

「満願」(第1夜「万灯」・第2夜「夜警」・最終夜「満願」)●演出:(第1夜)萩生田宏治/(第2夜)榊英雄/(最終夜)熊切和嘉●プロデューサー:益岡正志●脚本:(第1夜・第2夜)大石哲也/(最終夜)熊切和嘉●原作:米澤穂信●出演:(第1夜)西島秀俊/近藤公園/窪塚俊介・(第2夜)安田顕/馬場徹/吉沢悠・(最終夜)高良健吾/市川実日子/寺島進●放映:2018/08(全3回)●放送局:NHK
市川実日子 in「シン・ゴジラ」('16年/東宝)/「満願」('18年/NHK)
市川実日子 シン ゴジラ.jpg 市川実日子 満願.jpg

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今読むと、文体よりも中身か。掴み難い現実としてある「今」という時も、後で振り返れば...。

キッチン.png  キッチン 角川文庫.jpg キッチン(映画).jpg キッチン 映画n.jpg
キッチン』['88年]『キッチン (角川文庫)』「キッチン [DVD]」映画「キッチン」主演:川原亜矢子

 1987(昭和62)年・第6回「海燕新人文学賞」(福武書店主催)並びに1989(平成元)年「芸術選奨新人賞」受賞作(後者は『うたかた/サンクチュアリ』と併せての受賞)。

 両親と死に別れ祖母と暮らしていた桜井みかげは、その祖母に死なれて独りぼっちになるが、花屋の店員で祖母のお気に入りだった田辺雄一に声をかけられ、田辺家に居候を始める。雄一も片親で、その親は、もともと男だったが、彼の妻・雄一の母親の死後、女性になってしまい、以来、オカマバーに勤めて生計を立てている「えり子」さんという人だった―。

 「キッチン」とその続編「満月-キッチン2」、「泉鏡花文学賞」を受賞した「ムーンライト・シャドウ」の3部作で、何れも作者が日大芸術学部在学中に書かれ、単行本は当時、飛ぶように売れました。

 今読むと、当時話題となった文体の新しさのようなものはさほど感じられませんが、それだけ平成以降、このような文体の作品が増えたということでしょうか(多くの女性作家の文学少女時代に影響を与えた?)。

 「キッチン」の、男女がキスもセックスもなく、いきなり同居という設定も斬新でしたが(但し、コッミックなどでは伝統的にあったパターン)、3部作の何れもが愛する人の死と残された者の再生がテーマになっていて、その癒しの過程のようなものをうまく書いているなあと。

 海外でも多く読まれている作品ですが、自分はこの手の小説にあまり相応しい読者ではないのかも知れません。
 「満月」を読んで「キッチン」の主題を自分なりに理解したのですが、そうした意味では、"解説"的な「満月」よりも、「キッチン」の方が小説的かも。

 但し、えり子さんの死から始まる「満月」も必ずしも悪くは無く、掴み難い現実としてある「今」という時が、後で振り返ってみれば、「人生においてかけがいの無い満たされた時間」であったと思うようになることは、小説の話に限らず、実際に誰の人生においてもあるではないかと思います。

キッチン1.bmp 森田芳光監督により映画化されましたが、橋爪功が演じたえり子さんは、ちょっと気持ち悪かったものの、演技自体はインパクトありました。
 それに比べると、主演の川原亜矢子は、ブルーリボン賞の新人賞などを獲りましたが、個人的には、演技しているのかどうかよく分からないような印象を受けました。
川原亜矢子.jpg パリコレのモデルに転身したとのことで、やはり役者には向かないのだろうと思いましたが、その後日本に戻り、30代になってから、女優としてもモデルとしてもキッチン 映画2.jpg活躍している―映画「キッチン」に出ていた頃の、牛蒡(ごぼう)が服着て歩いていうような面影は今や微塵も無く、いい意味での変身を遂げたなあ、この人。

「キッチン」●制作年:1983年●監督・脚本:森田芳光●製作:鈴木光●撮影:仙元誠三●音楽:野力奏一●時間:108分●出演:川原亜矢子/松田ケイジ/橋爪功/吉住小昇/後藤直樹/中島陽典/松浦佐紀/浦江アキコ/入船亭扇橋/四谷シモン/浜美枝●公開:1989/10●配給:松竹(評価:★★★)

 【1991年文庫化[福武文庫]/1998年再文庫化[角川文庫]/2002年再文庫化[新潮文庫]】

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面白く読めたが、いろいろな階層レベルの話を一緒に論じてしまっている印象も。

その日本語が毒になる!.jpg その日本語が毒になる!帯.jpgその日本語が毒になる! (PHP新書 521)』['08年]

 ベテランの量産型ミステリー作家が、日本語の使われ方についてそのモンダイな部分を指摘したもので、「何様のつもりだ」「おまえが言うな」「いかがなものか」「だから日本人は」「不正はなかったと信じたい」といった、言っても言われても心が傷つく言葉の数々を挙げ、その背後にある人間心理や日本人特有の文化的・社会的傾向を指摘しており、そうした意味では、日本語論と言うよりコミュニーケーション論的色合いが強く、さらに、日本人論・日本文化論的な要素もある本です。

 面白く読め、読んでいて、耳が痛くなるような指摘もあり、反省させられもしましたが、日本語の問題と言うよりその人の人間性の問題、また、その言葉をどのような状況で用いるかというTOPの問題ではないかと思われる部分もありました(実際、第2章のタイトルは「人間性を疑われる日本語」、第3章のタイトルは「普通なようで変な日本語」となっている)。

 「二度とこういうミスが起こらないようにしたい」といった定型表現が、いかに謝罪行為を形骸化してるかということを非難しており、確かに「訴状が届いていないのでコメントできない」という言い回しをいつも腹立たしい思いで聞いている人は多いのではないでしょうか(にも関わらず、使われ続けている)。一方で、ファミレスのレジで聞かれる「1万円からお預かりします」など、よくある"日本語の乱れを指摘した本"などでは批判の矛先となるような言い回しに対しては、「旧来の日本語にはない進化形」として寛容なのが興味深いです。

 後半に行けば行くほど、言葉の使われ方を通しての日本文化論、社会批判的な様相を呈してきて、「無口は美学」というのが昔はあったが、本来は「いちいち言わないとわからない」のが人間であると。但し、「おはようございます」に相当する適切な昼の言葉が無いということから始まって、「日本語の標準語は、構造上の欠陥から自然なコミュニケーションをやりずらくしている」とし、再び「日本語」そのものの問題に回帰しているのが、本書の特徴ではないかと。

ことばと文化.jpg 言語学者の鈴木孝夫氏は、日本の文化、日本人の心情には、「自己を対象に没入させ、自他の区別の超克をはかる傾向」があり、「日本語の構造の中に、これを裏付けする要素があるといえる」(『ことばと文化』('73年/岩波新書))としていますが、その趣旨に重なる部分を感じました。

日本人の論理構造.jpg 第4章のタイトルは「恐がりながら使う日本語」で、「伝統的に口数の少ない日本人は言葉というたんなる道具に過剰な恐怖を感じる民族」であり、「思ったことを言えず心に溜め込んではストレスとなり、言ったことが相手を傷つけてはいまいかとまたストレスになる」と言っていますが、日本語がそれ自体を発することの禁忌性を持つことについては、ハーバード大学で日本文学を教えていた故・板坂元が「芥川の言葉じゃないが、人生は一行のボードレールにもしかない」と、まさに芥川の言葉なのに、どうしてわざわざ「芥川の言葉じゃないが」と言う表現を用いるのか、という切り口で、同様の指摘しています(『日本人の論理構造』('71年/講談社現代新書))。

 日本語そのものの特質が、日本文化や日本人の性向と密接な繋がりがあることは疑う余地も無いところですが、本書からは、いろいろな階層レベルの話を一緒くたにして論じてしまっているとの印象も受けました。

 でも、会社のお偉方から「どうだ、メシでも食わんか」と言われて「美味しいごはんを食べながら、よくない話を聞くほど身体に悪いものはない」なんて、その気持ち、よくわかるなあ。相手も恐がっているわけか。

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"打ちのめされるような"凄い姿勢。最初で最後の書評集になってしまったのが残念。

打ちのめされるようなすごい本.jpg 『打ちのめされるようなすごい本』 〔'06年〕 米原 万里(よねはらまり)エッセイスト・日ロ同時通訳.jpg 米原 万里 (エッセイスト・日ロ同時通訳、1950-2006/享年56)

 '06年5月に癌で亡くなった著者の書評集で、「週刊文春」連載の読書日記の'01年1月から'06年5月までの掲載分ほか、読売新聞の書評欄など他メディアに掲載した書評を収録しています。
 著者の本を読むのは初めてで、文春の連載は"見て"いましたが、こうして纏まったものをじっくり読んでみると、何かと収穫が多かったです。

 個人的には実質星5つですが、この人はエッセイ・小説でも賞を受賞している凄い人なので、そちらを読んでみてからということで星半個分出し惜しみしたかも(昔の体操かフィギアスケートの採点みたいだなあ)。
 文春書評欄で、"知の巨人"と呼ぶ人もいる立花隆氏や、仏文学者でビブリオマニアに近いと思われる鹿島茂氏らに堂々伍して書いているのも凄いし(もともと文筆家じゃなくてロシア語通訳が本職だったわけだから)、また、癌に侵されても「癌治療本を我が身を以って検証」する一方(それらに振り回されたような結果になったのが残念)、継続して広範囲の分野の本を紹介し続け、知識吸収意欲は萎えるどころか昂進している感じで、そのことも凄い、とにかく書評以前に、著者自身の姿勢に感服させられてしまったという思いもあります。

 一般に読みやすい本、入手しやすい本も多く含まれていて、立花隆氏の書評と比べると、読者にこの本を是非とも読んでほしいという気持ちが強く伝わってくる内容だと思います。
 但し、ロシア関係の本は小説・ノンフィクションを問わず、さすがに専門的なものが含まれていますが(鹿島茂氏が、他所で『知られざるスターリン』や『真説ラスプーチン』をとり上げていたのは、もしかして著者の影響ではないか)、一国の近現代史に通暁しているということが、そのまま、チェチェン、アフガニスタン、その他中東・アジア諸国などの周辺民族・諸国の動向を分析する眼力となっていることを、また通訳経験などを通して培われた、権力者分析などにおける透徹した視線を感じました。

 立花隆氏との共通項で一番に思いつくことは、ネコに関する本をとり上げていることかな。

 【2009年文庫化[文春文庫]】

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肩の力を抜いて楽しめる法律入門または法律クイズ&エッセイ。

刑法面白事典.jpg 『刑法面白事典―ハンカチをしけば和姦になるという常識のウソ』 〔'77年〕 刑法おもしろ事典.jpg 『刑法おもしろ事典』 〔中公文庫/'96年改版版〕

 新聞記者から弁護士になり、その後推理作家となった著者の、法律入門書シリーズの1冊で、「他人のカサを間違えて持ち帰ったら、罪になる?」「バラを1本盗んでも窃盗になる?」「ケンカをして誰がケガをさせたのかわからない。こんな事件はどう処理される?」「無銭飲食・無銭宿泊も頭の使い方で罪にならない?」「雪の降る深夜に路上に寝ている男をはねたら」などの問いに対し選択肢から正解を選ぶクイズ形式をとりつつ、実際の刑事事件の例をもとに、刑法の考え方をわかりやすく解説しています。

刑法面白事典3.jpg 著者のこのシリーズには『憲法面白事典』、『民法面白事典』などもあり、それぞれ「楽しみながらわかる最高の法規の常識とウソ」、「飲み屋のツケは1年で時効という常識のウソ」というサブタイトルがついていて、本書のサブタイトルは「ハンカチをしけば和姦になるという常識のウソ」というものですが、何れも文庫化(中公文庫)される際に、サブタイトルは外したようです(『民法』、『刑法』のサブタイトルは面白いと思ったけれど)。

民法入門.jpg 本書の刊行は'77年ですが、刊行後5年間で100刷以上増刷していて、弁護士である推理作家がこうした一般向けの法律入門書を書いた例では、さらに一昔前の、元検事だった佐賀潜(1914‐1970)の法律入門書シリーズがあり、こちらは『民法入門-金と女で失敗しないために』、『刑法入門-臭い飯を食わないために』(共に光文社カッパ・ビジネス)が'68年にベストセラー2位と3位になったほか、商法・税法から労働法や道路交通法まで広くカバーしています。

 民法については国家試験受験の際に、和久版『民法面白事典』と佐賀版『民法入門』の両方を読み、文学部出の自分にとってどちらも役に立ちましたが(勉強中の適度な息抜き?)、参考書という観点で見れば、和久版の方がやや読み物(エッセイ)的な感じで、佐賀版の方がカッチリした内容だったかも。

 本書、和久版『刑法面白事典』にも、ケーススタディのQ&Aの他に、法律用語の読み方クイズとか、江戸時代の刑罰についてやロッキード疑獄の新聞記事をどう読むかといったトピック、実際にあった珍事件とその結末(いかにも元新聞記者らしい)などが挿入されていますが、刑法については全く試験を離れて読んだため、これはこれで楽しめました。

 【1986年文庫化・1996年文庫改版[中公文庫]】

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この人の本は意外と熟年より若者向けなのかも。

何用あって月世界へ.jpg 『何用あって月世界へ』文春文庫 〔'03年〕 山本夏彦.jpg 山本 夏彦(1915-2002/享年87)

 '02年に亡くなった山本夏彦(1915-2002)の名言集で、'92(平成4)年までに刊行された既刊コラム25冊から選出されており、10行近い短文からたった1行の箴言風のものまであります(選者は、植田康夫・上智大教授(出版論))。因みに著者は、'84(昭和59)に「菊池寛賞」を、更に'90(平成2)年に『無想庵物語』で読売文学賞受賞を受賞しています。

 短いのでは―、
 「あんなにちやほやされたのに」「美人が権高いのは魅力である」「芸術院会員は多くは情実で選ばれる」「いきり立つものと争うのは無益である」「言って甲斐ないことは言わないものだ」「世の中には笑われておぼえることが多いのである」「人生は短く本は多い」「人みな飾って言う」「なあーんだ、和服を着れば老人になれるのか」「馬鹿は百人集まると百馬鹿になる」「自信はしばしば暗愚に立脚している」「汚職は国を滅ぼさないが正義は国を滅ぼす」...etc.

 以前は、その"批評精神"にハマって何冊かこの人のものを読んだのですが(手元にあるのも単行本の初版)、こうしてみると、結構まっとうなことをまっとうに言っているだけのものもあり、また、批評的な観点よりも反語的な表現の旨さで読者をハッとさせるものが多いのではないかと...(コピーライター的?)。

 内容的にはすべてに納得できるわけでなく、と言って、アフォリズムというのは反論を寄せつけないものがあり(「死んだ人」の側から「生きている人を撃つ」という著者の立場は、反論不可能性の証ではないか)、結局、議論にならないため、「批評」としては弱いのではないかという気がしてきました。

 しかし、この人の本は、かつて絶版になったものが近年ほとんど文庫化されるなどしていて、一見すると隠居老人の繰り言みたいな感じがしなくもないに関わらず、若い人にもよく読まれていうようです。
 自分も含めて、若い頃の方がこうしたすっきりした言い草に惹かれるのかも知れず、意外と熟年より若者向けなのかも。

 それと、23年ぐらい続いた「夏彦の写真コラム」(ほとんど文庫になっている)などを読むと、写真と文章のとりあわせのセンスの良さが感じられ、インテリア専門誌の編集長兼発行人だった人でもあり、本書の中にある「広告われを欺かず」という言葉などにも、業界人としての側面が窺えますが、そうした洗練された素地があって若い読者を惹きつけているのではないかとも。

 【2003年文庫化[文春文庫]】

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加賀飛脚の男っぽい世界。「三度飛脚」のシステムがよくわかり、興味深かった。

かんじき飛脚.jpg 『かんじき飛脚』 (2005/10 新潮社) かんじき飛脚2.jpg 新潮文庫 〔'08年〕

 寛政の改革で知られる老中・松平定信は策謀家でもあり、加賀百万石・前田家の影響力を弱めるために、藩主・前田治脩(はるなが)の内室が重篤の肝ノ病であるという情報を得ると、正月の賀宴に治脩をわざと内室同伴で招待し、側室が参勤交代制における幕府の人質としての役割を果たさないことを公にして前田家を容喙しようと画策。
 ちょうど江戸・前田屋敷では肝臓病の特効薬「密丸」が底を尽きかけていて、これを金沢から江戸まで届ける密命が金沢・浅田屋の「三度飛脚」と呼ばれる加賀飛脚の男たちに託されるが、その行く手には定信の御庭番(隠密)たちが待ち受ける―。

世直し大明神 おんな飛脚人.jpg 飛脚を扱ったものでは、出久根達郎の『世直し大明神-おんな飛脚人』('04年/講談社)というのがあり、NHKの金曜時代劇にもなりましたが(「人情とどけます〜江戸娘飛脚〜」)、あれは町飛脚で、今で言えばバイク便、こちらは定飛脚で、今で言えば長距離ライナー便といったところで、佐川急便どころか加賀鳶の上をも行く男っぽい世界が、加賀飛脚の金沢と江戸のそれぞれの組頭である弥吉と玄蔵の2人の友情を軸に展開される物語です。
 金沢と江戸の間を月に三度走るため「三度飛脚」と言ったそうですが、時代物によく出てくるのは江戸と京都を結ぶものではないでしょうか。
 この小説を読んで、当時の情報インフラとしてのそのシステムがよくわかり(売れっ子作家なのにここまで下調べしているのは立派)、越後親不知など命がけの難所もあったのだなあと。

ホワイトアウト.jpg 内部に密偵がいたりして、クライマックスの追分の猟師たちが加勢しての隠密との闘いも読んでいてハラハラドキドキさせられます(雪中の対決は、真保裕一の『ホワアイトアウト』('95年/新潮社)を思い出しました。ともにアクション映画っぽい感じが似ている)。
 ただし、読み終わると結構早く冷めてしまう類の小説だったかも。
 庶民(飛脚や猟師)vs.武家社会という構図ですが、飛脚たちだって、浅田屋のバックには加賀藩があるわけだし、むしろ猟師たちの方が純粋?

 因みに「浅田屋」は、小説にある通り、初代伊兵衛が加賀藩から「三度飛脚」の任を拝したことに端を発する今も続く老舗旅館で、高級料亭「加賀石亭」なども系列です(以前金沢に住んでいたとき、よく前を通ったが、中にはいる機会は一度も無かった)。

 【2008年文庫化[新潮文庫]】

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カタルシスはあるがご都合主義的な部分も。「豆腐」対決が面白く、丹念な取材の跡が。

あかね空.jpgあかね空 (文春文庫)』〔'04年〕あかね空m1.jpg あかね空m2.jpg 映画「あかね空」(2007年/角川映画)監督:浜本正機/出演:内野聖陽・中谷美紀・中村梅雀

 2001(平成13)年下半期・第126回「直木賞」受賞作。

 前半は、上方から深川蛤町の裏長屋へ単身やって来た豆腐職人・永吉が、最初自らの作る京風の豆腐が売れずに苦労するものの、その彼を親身になって支える桶屋の娘・おふみとやがて所帯を持つようになり商売を軌道に乗せていく話で、後半は、夫婦の間にできた3人の子どもたちが成長し、ただし両親がそれぞれに子どもを贔屓したために家族の関係がギクシャクしていく江戸時代版ホームドラマのような展開に―。

 前半は、枠組みとしては割合パターン化した人情噺という感じですが、「豆腐」対決みたいな面白さが1つ軸となっているために引き込まれました。
 後半は、「誰々のために誰々が死んだ」とかいう思い込みから抜けられない主人公たちに少しうんざりさせられましたが、最後にきっちりクライマックスを持ってきて、全体を通して読者のカタルシスをちゃんと計算しているなあと。

 主要な登場人物が生まれた年代を特定していて、そのことにより細部において時代考証の誤りを専門家から指摘されたりもしている作品ですが、登場人物たちの数奇な因縁をきっちり繋ぐ役割も果たしていて、何よりも豆腐作りの細部にわたっての描写が、作者の下調べの綿密さを窺わせます。

 直木賞選考で一番この作品を推していたのは平岩弓枝氏で、やはりこうした背景描写の苦労を知ってのことではないでしょうか。
 ただし、前半部で夫婦は、商売敵だけど本当は"いい人"だった職人さんに助けられ、後半部でもその子どもたちが侠気な親分さんとかに諭されて―。
 こうした"いい人"たちが、都合のいい時に登場するような気がして、お話の上のことだとしても、この人たちの助けがなかったら自壊しているんじゃないか、この家族は、と思わざるを得ませんでした。

 【2004年文庫化[文春文庫]】

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「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「銀行 男たちのサバイバル」)

わかりやすい展開でクライマックスの合併推進派と反対派の対決へ持っていく企業ドラマ。

銀行 男たちのサバイバル.jpg  銀行 男たちのサバイバル1.jpg   銀行 男たちのサバイバル2.jpg   銀行 男たちのサバイバル4.jpg  銀行男たちのサバイバル9L.jpg
日本放送出版協会(単行本ソフトカバー版)/『銀行 男たちのサバイバル』(NHKライブラリー)['97年]/文春文庫 〔'00年〕/NHKドラマ「銀行 男たちのサバイバル」橋爪功・小林稔侍・中村敦夫 [Kindle版] 『銀行男たちのサバイバル
 バブル崩壊後の不良債権に喘ぐ都市銀行が舞台。独立系都銀中位行である三洋銀行の名古屋支店長・長谷部、総合企画部長・石倉、業務推進部長・松岡の3人は同期生だが、ある日、同期トップを走っていたエリート支店長が過労死し、それとほぼ時を同じくして、ライバルである富蓉銀行との合併話がもちあがり、期せずして3人とも合併プロジェクトのメンバーとなる。そのことにより重役レースの最前線に躍り出た彼らは、合併推進派と反対派の間で揺れるが、その背後には、現・旧の頭取のそれぞれの思惑や監督官庁・大蔵大臣の意向も絡んでいる―。

 '93年に単行本刊行されたもので、銀行合併の画策とそれに対する反攻を描いたものでは、高杉良の『大逆転!-小説三菱・第一銀行合併事件』('80年)などがありましたが、冒頭「貸し渋り」の場面から始まるこの小説は、バブル崩壊が'91年4月であったことを思うと、かなり切実感があります。

 歴史小説などもこなす作者ですが、出身が東京相和銀行(現・東京スター銀行)ということもあり、やはり銀行モノが原点(東京相和はかつてトップがワンマンだったことで知られ、バブリーなホテルなども経営していましたが、バブル崩壊で破綻した)。

 キャラクターがくっきり描き分けられていて、同期の仲間意識とライバル意識の混ざったような関係も自然だし、サバイバルレース的な話ではありますが、登場人物のうちの何人かは、組織に囚われない自分なりの生き方を選択していているのがよく、読後感も悪くありません。

 わかりやすい展開でクライマックスの合併推進派と反対派の対決へ持っていく筆の運びは、経済小説というよりは企業ドラマという感じでしょうか。ただし、ラストは、その後さらに進んだ銀行業界の再編を暗示していて予言的でもあります。

銀行 男たちのサバイバル nhk.jpg '94年1月にNHKでドラマ化されていて(この小説自体がドラマ化を前提に書かれたもの?)、主人公の長谷部を小林稔侍、切れ者の総合企画部長・石倉を中村敦夫、日黒木瞳.jpg和見的な業務推進部長・松岡を橋爪功がそれぞれ好演し、ラストで思わぬセリフを口にする副頭取は児玉清、女性初というMOF担は黒木瞳がやってましたが、それらもハマっていました(「MOF担」そのものは、官民癒着を助長するものとして廃止されたぐらいだから、ややキレイに描かれすぎている感じもあるが...)。

「銀行 男たちのサバイバル」DVD(廃盤)

銀行 男たちのサバイバル1.jpg銀行 男たちのサバイバル2.jpg銀行 男たちのサバイバル3.jpg「銀行 男たちのサバイバル」●演出:岡崎栄/原田和典●制作:小林由紀子●脚本:仲倉重郎●音楽(タイトルテーマ曲):五輪真弓「空」●出演:小林稔侍/橋爪功/中村敦夫/黒木瞳/鈴木瑞穂/児玉清/河原崎建三/穂積隆信/伊藤真/夏目俊二/伊藤栄子/吉野由樹子/桂春之助/古柴香織/杉山亜矢子/大寶智子/青空球一/倉石功●放映:1994/01(全3回)●放送局:NHK

 【1997年ソフトカバー版[日本放送出版協会]/2000年文庫化[文春文庫]】 

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無駄の少ない文体で、翻訳文学の影響も。当時としては新味があった。

ベッドタイムアイズ/山田詠美.jpg 『ベッドタイムアイズ (河出文庫)』 ['87年] ベッドタイムアイズ.jpg 『ベッドタイムアイズ・指の戯れ・ジェシーの背骨 (新潮文庫)』  〔96年〕

 1985(昭和60)年第22回「文藝賞」受賞作品。

 酒場の女性シンガーが黒人兵士を養っている話で、性描写が多いこともあり話題になりましたが、その描かれ方は時にエロチックで時に侘びしいけれども、下卑たものは感じられず、最後は切なく終わるものでした。

 巻末に「文藝賞」の選評があり、江藤淳大江健三郎『飼育』と比較して「人生を感じさせる」と褒めていますが、もともと『飼育』と比べるには時間的に差がありすぎるのでは(脱走兵という意味では『飼育』と似ているが、この小説のとろんとしたヤク中みたいな感じの黒人は、実はけっこうスルドイ男だったりするし)。ただし、なるほど、"黒人"もそうですが"飼育する"というモチーフは、この人の他の初期作品にも見られるなあと。

小説の羅針盤.jpg 作家の池澤夏樹氏が、「スプーン(黒人の名前)は私をかわいがるのがとてもうまい。ただし、それは私の体を、であって、心では決してない」という書き出しに、この作品によって伝えたいと作者が願ったことの核心が余すことなく凝縮されていると述べていますが(『小説の羅針盤』('95年/新潮社)所収)、まさにその通りで、そうした体と心の乖離に対する真摯な探究心のようなものが、この作品が"倫理的"であると評価されたりもする所以でしょうか。

池澤夏樹 『小説の羅針盤』 ['95年/新潮社]

 無駄の少ない文体は川端康成の影響なども言われていますが、「あたし、今、トーストの上のバターよ」とか、「あんたを見る度にあたしの心はジェリイのように揺れる」「オレはスロットマシーンでスリーターを出した気分だよ」などといった表現は翻訳文学の影響がありありで、そのあたりのとりあわせの妙とでも言うべきか(ただし、今現在においてはさほど新味はない)。

 河野多惠子氏は本作を、女流文学が変革期に入る時期を象徴する作品としていますが、芥川賞を受賞した金原ひとみ氏なども影響を受けた作家の1人がこの人だそうで、読み直してみて逆に既視感があるのはそうしたせいでもあるのかも。

 本作に続く『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞を受賞した作者ですが、結局、芥川賞の選考委員になっています。

 【1987年文庫化[河出文庫]/1996年再文庫化[新潮文庫(『ベッドタイムアイズ・指の戯れ・ジェシーの背骨』)]】

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これから面白くなるところだったのに、「平成の2大散文家」唯一の共著になってしまった。

リリー&ナンシーの小さなスナック.jpg 『リリー&ナンシーの小さなスナック』 小さなスナック.jpg 文春文庫 (『小さなスナック』)
(ブックデザイン:坂本志保)

 雑誌「クレア」に連載されたナンシー関の対談で、10年前から大月隆寛、町山広美氏を相手に続いて、リリー・フランキー氏が3人目の対談相手だったわけですが、これが一番面白いと言うか、かなりユルイ感じもありますが、将来に向けての可能性を秘めていたような気がします。

 しかし、この対談の中で「10年後も間違い無く消しゴムを彫っている」と将来予測していたナンシーが、第24回対談の前日に急逝し('02年6月)、それまでの23回の対談を収めた本書が、リリー&ナンシーの唯一の共著になってしまいました。
 文芸評論家の福田和也氏などは、この2人を「平成の2大散文家」と評しているぐらいで、対談もこれからもっと面白くなると思われたところだったから、残念。

 それぞれの対談にテーマはあって無いようなものですが、いい感じの言葉のキャッチボールで、それぞれのイラストと版画が楽しめるのもいいです。
 言葉の端々に双方の鋭い感性が窺える一方、ナンシー関が意外と率直にテレビドラマで泣いたりすることを告白していたり(泣いたイコール感動しているではないと言っていることが肝要ですが)、時にどこか自虐的であったりし、またリリー・フランキー氏に対して優しい先輩のように包容的でもあったりして、彼女の新たな一面を見た気がしました。
 
 それだけに、末尾のリリー・フランキー氏の追悼文も哀しく、無念さを増します。
 この追悼文には詳しく書かれていませんが、次の対談予定場所だった、ナンシー関の馴染みの焼肉店(ここの女性経営者とは経営者が屋台の時代からナンシー関は親しくしていて、亡くなる1週間前にも来ていた)をリリー・フランキー氏が訪れ、対談で出す予定だった料理を全部出すようママに頼み、お店の人たちと追悼会をしたそうです。

 リリー・フランキー氏が亡くなった母親の思い出を綴った『東京タワー〜オカンとボクと、時々、オトン〜』('05年/扶桑社)でブレイクしたのは、ナンシー関の死の3年後で、母親を亡くしたたのは、この対談が始まる少し前だったのではないだろうか。
 
ナンシー関-没後10年おかえりナンシー.jpg【2005年文庫化[文春文庫(『小さなスナック』)]】

     

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女子高生のオタク少年への関心と攻撃性。作品としては纏まっているのでは。

蹴りたい背中.jpg蹴りたい背中2.jpg 
蹴りたい背中』 (2003/08 河出書房新社)

 2003(平成15)年下半期・第130回「芥川賞」受賞作。

 クラス仲間のグループになんとなく溶け込めない高校1年生の〈ハツ〉は、同じくクラスの"余り者"である〈にな川〉に関心を持つが、彼はファッション雑誌モデル〈オリチャン〉のオタク的なファンだった―。

 執筆時19歳の著者が高校1年生の主人公を一人称で描いていて、その中に中学時代の出来事の話なども出てきて、その"適度な時間間隔"のせいか違和感なく読め、文章はウマいともヘタとも言えないような文章ですが、作品としては纏まっているのでないかと思いました(ただし、ストーリー的な期待しすぎた読者は肩透かしを食った気分になるかも知れませんが)。

 いろいろな読み方はあるでしょうが、〈ハツ〉が〈にな川〉に関心を持った理由は、自分と同じ"余り者"的存在であるということが1つあるでしょう。
 そうした〈にな川〉に対して、その背中を蹴りたいという攻撃性に駆られるというのも、何となくわかるような気がしました。
 〈にな川〉が特段に異常なオタクではなく、どこにでもいそうな現代の若者であり、読み進むにつれて、大人びた面もそれなりに見せてくる―、そのことに対して主人公が、またさらに蹴りたいという攻撃性に駆られているように思えました。

 主人公のその時々の意識を主としたやや軽めの心理描写で、さらに背景としての女子高校生の日常やその中にある仲間意識、連帯感,のようなもの、あるいはそれらと一定の距離を置こうとする主人公の気持ちなどをさらっと描いていて、その辺りで関心を持つ人、懐かしさのようなものを覚える人もいれば、希薄感のようなものを感じる人、ついていけないと思う人もいるのかも。

 【2007年文庫化[河出文庫]】

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フツーの人にとっても堕ちていくのは難しいことではないと思った。

ハリガネムシ.jpg  『ハリガネムシ』 ['03年]  ハリガネムシ2.jpg 『ハリガネムシ (文春文庫)』 ['06年]

 2003(平成15)年上半期・第129回「芥川賞」受賞作。

 平凡な中流階級出身の主人公は、新任教師として赴任した高校で不良少女などに手を焼きながらも単調な生活を送っていたが、ある日ソープランドでサチコという暴力と貧困の中で暮らし堕落しきったような女性と出会ったことから、生活が急に堕落の道へ転がり出す―。

 この小説に描かれている暴力シーン自体は、さほど刺激はありませんでした。
 芥川賞選考委員の村上龍氏は、「まるでスラップスティックムービーを見ているようで、切実さがなかった。ソープ嬢の手首の傷を主人公が縫うシーンがあるが、痛みが伝わってこなかった」と評しています。
 しかし、一般にはそうした暴力シーンやちょっと気色悪い場面が話題になり、読者の嫌悪の分かれ目にもなっているきらいはありました。

 ただ、主人公にちらちらと表れる反社会的な意識や猥雑な心理などを丁寧に描いていると思いました。
 フツーの人の誰にでもこうした心のゆらぎはあるのでは。
 
 彼が一定の冷静さと思考力を持ちながら、こうした心のゆらぎを増幅させ、自らの欲求に無抵抗になり、結果として社会的立場をどんどん失っていく過程には何か被虐的な嗜好を思わせるものがあり、そちらの方がむしろ人間の心の闇を照射していると感じました。

 トータルの人格として意志的に堕落への道を選択しているのではなく、小市民的臆病さを持ちながら、堕落を絵に描いたような女性に引きずられるように堕ちていくため、気づいてみたらソートーなどん底状況になっているという...。
 
 村上氏と同じく芥川賞選考委員である山田詠美氏は、この作品を読んで、「ぐれるって難しいよね」と頷いてしまったとのことですが、個人的には逆の感想を抱きました。
 人はこの主人公を"異常者"とか"妖怪"とか呼ぶかもしれませんが、彼にとって堕ちていくことはそれほど難しいことではなく、それは彼に限ったことではないのだろうと...。

 【2006年文庫化[文春文庫]】

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文学より家族心理学に話題を提供しそうな作品だと思った。

柳 美里 『家族シネマ』.jpg 家族シネマ.jpg 『家族シネマ』['97年]柳 美里  『家族シネマ』.jpg 『家族シネマ (講談社文庫)

 1996(平成8)年下半期・第116回「芥川賞」受賞作。

 両親の離婚でバラバラになった家族の再会を、"映画に撮る"という話―。
 "家族"を単に戯画化して描いているだけならばまた違った印象を持てたような気がしますが、その中に醒めた主人公が居ることで、"家族"の愚劣さみたいなものがどっと前面に出た感じでした。
 その主人公にしても、新しい関係性を求めてか、老芸術家と付き合うのですが、その内容も含め全体にかなり自虐的な匂いがします。
 結末で作者は逆説的に"家族"を肯定しているのかとも思いましたが、自分にはよく伝わってきませんでした。
 この辺りは好みの問題もあると思います。

 "映画に撮る"という設定は、今村昌平監督の「人間蒸発」などを想起させ、新鮮味はありませんでした。
 「書くしかなかった私」みたいな捉えられ方をされるのが作者にとっていいのかどうか分かりませんが、文学としてよりも、作者も含めたケーススタディとして家族心理学とかに話題を提供しそうな作品という印象。

文学の徴候.jpg 精神科臨床医の斎藤環氏は『文学の徴候』('04年/文藝春秋)の中で、デビュー作『石に泳ぐ魚』('94年発表)以降、「柳のほとんどの小説は、常に私小説として読まれるほかはなくなってしまった」ようであり、その後も「自らの生の物語化」を押し進めている傾向にあるとし、そこに境界例(境界性人格障害)の「病因論的ドライブ」がかかっていると見ています。
 今どき「病跡学」でもないでしょうけれど、この作家については斎藤氏の指摘があてはまるような気もします。

斎藤 環 『文学の徴候』 〔'04年/文藝春秋〕

家族シネマ movie.jpg家族シネマ  .jpg ちなみにこの作品は映画化されていて、DVDでも見ることができ、監督は韓国の朴哲洙 (パク・チョルス)、出演は、梁石日(ヤン・ソルギ、映画「月はどっちに出ている」('93年)、「血と骨」('04年)の原作者)、伊佐山ひろ子、柳愛里(ユウ・エリ、柳美里の妹)などです。

 柳愛里は、"AV女優をしている(主人公の)妹"の役ではなく、"主人公"の役で出ていますが、この映画での彼女の演技はぱっとしないように思いました(映画そのものがぱっとしない。他作品で見た彼女の演技は悪くなかった)。

映画「家族シネマ」 (1998年/韓国)

【1999年文庫化[講談社文庫]】 

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知識は得られるが、"ア本"(アキレタ本)指定されても仕方がない面も。

男が学ぶ「女脳」の医学.jpg 『男が学ぶ「女脳」の医学 (ちくま新書)』 〔'03年〕 米山 公啓.bmp

 斎藤美奈子氏によれば、「ちくま新書」は"ア本"(アキレタ本)の宝庫だそうで、特にそれは男女問題を扱ったものに多く見られるとのこと(大学教授で、準強制わいせつ罪で逮捕された岩月謙司氏の『女は男のどこを見ているか』('02年)などもそう)。
 もちろん分野ごとに良書も多くあって結構よく手にするのですが、本書は『誤読日記』('05年/朝日新聞社)の中でしっかり"ア本指定"されていました。

 本書は、扁桃体などの役割やドーパミンなど主要脳内物資の名前と機能を知るうえでは、わかりやすい良い本であるかのようにも思えました(多くの読者はそうした目的では読まないのかもしれませんが)。

 しかし読んでいるうちにだんだん不快になるとともに、釈然としない部分が多くなります。 
 振り返ると、著者による脳内物資の働きと日常の行動との関係の説明などには、かなりの恣意的な部分や拡大解釈が見受けられます。
 タイトルに「医学」とありながら、さほどの根拠も示さず「これは医学的にも証明されている」で片づけていたりするような傾向が見られ、似非科学、トンデモ本の世界に踏み込んでしまっているかも知れません。

 作家でもありながら(だからか?)、人間の性格や行動に対する乱暴な二分法を展開している点も問題があるように感じます。
 この決めつけぶりに加え、文章にあまり品位が無いこともあり、読んでいてだんだん、自分と同じように不快になってくる人もいるのではとも思われるのですが、すべての人がそう感じるとも限りません。
 結構売れたところを見ると、飲み会の話のネタのレベルで一部には受けるのかもしれません。

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