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面白く読めたが、いろいろな階層レベルの話を一緒に論じてしまっている印象も。

その日本語が毒になる!.jpg 『その日本語が毒になる! (PHP新書 521)』 ['08年] その日本語が毒になる!帯.jpg

 ベテランの量産型ミステリー作家が、日本語の使われ方についてそのモンダイな部分を指摘したもので、「何様のつもりだ」「おまえが言うな」「いかがなものか」「だから日本人は」「不正はなかったと信じたい」といった、言っても言われても心が傷つく言葉の数々を挙げ、その背後にある人間心理や日本人特有の文化的・社会的傾向を指摘しており、そうした意味では、日本語論と言うよりコミュニーケーション論的色合いが強く、さらに、日本人論・日本文化論的な要素もある本です。

 面白く読め、読んでいて、耳が痛くなるような指摘もあり、反省させられもしましたが、日本語の問題と言うよりその人の人間性の問題、また、その言葉をどのような状況で用いるかというTOPの問題ではないかと思われる部分もありました(実際、第2章のタイトルは「人間性を疑われる日本語」、第3章のタイトルは「普通なようで変な日本語」となっている)。

 「二度とこういうミスが起こらないようにしたい」といった定型表現が、いかに謝罪行為を形骸化してるかということを非難しており、確かに「訴状が届いていないのでコメントできない」という言い回しをいつも腹立たしい思いで聞いている人は多いのではないでしょうか(にも関わらず、使われ続けている)。
 一方で、ファミレスのレジで聞かれる「1万円からお預かりします」など、よくある"日本語の乱れを指摘した本"などでは批判の矛先となるような言い回しに対しては、「旧来の日本語にはない進化形」として寛容なのが興味深いです。

 後半に行けば行くほど、言葉の使われ方を通しての日本文化論、社会批判的な様相を呈してきて、「無口は美学」というのが昔はあったが、本来は「いちいち言わないとわからない」のが人間であると。
 但し、「おはようございます」に相当する適切な昼の言葉が無いということから始まって、「日本語の標準語は、構造上の欠陥から自然なコミュニケーションをやりずらくしている」とし、再び「日本語」そのものの問題に回帰しているのが、本書の特徴ではないかと。

ことばと文化.jpg 言語学者の鈴木孝夫氏は、日本の文化、日本人の心情には、「自己を対象に没入させ、自他の区別の超克をはかる傾向」があり、「日本語の構造の中に、これを裏付けする要素があるといえる」(『ことばと文化』('73年/岩波新書))としていますが、その趣旨に重なる部分を感じました。

日本人の論理構造.jpg 第4章のタイトルは「恐がりながら使う日本語」で、「伝統的に口数の少ない日本人は言葉というたんなる道具に過剰な恐怖を感じる民族」であり、「思ったことを言えず心に溜め込んではストレスとなり、言ったことが相手を傷つけてはいまいかとまたストレスになる」と言っていますが、日本語がそれ自体を発することの禁忌性を持つことについては、ハーバード大学で日本文学を教えていた故・板坂元が「芥川の言葉じゃないが、人生は一行のボードレールにもしかない」と、まさに芥川の言葉なのに、どうしてわざわざ「芥川の言葉じゃないが」と言う表現を用いるのか、という切り口で、同様の指摘しています(『日本人の論理構造』('71年/講談社現代新書))。

 日本語そのものの特質が、日本文化や日本人の性向と密接な繋がりがあることは疑う余地も無いところですが、本書からは、いろいろな階層レベルの話を一緒くたにして論じてしまっているとの印象も受けました。

 でも、会社のお偉方から「どうだ、メシでも食わんか」と言われて「美味しいごはんを食べながら、よくない話を聞くほど身体に悪いものはない」なんて、その気持ち、よくわかるなあ。相手も恐がっているわけか。

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"打ちのめされるような"凄い姿勢。最初で最後の書評集になってしまったのが残念。

打ちのめされるようなすごい本.jpg 『打ちのめされるようなすごい本』 〔'06年〕 米原 万里(よねはらまり)エッセイスト・日ロ同時通訳.jpg 米原 万里 (エッセイスト・日ロ同時通訳、1950-2006/享年56)

 '06年5月に癌で亡くなった著者の書評集で、「週刊文春」連載の読書日記の'01年1月から'06年5月までの掲載分ほか、読売新聞の書評欄など他メディアに掲載した書評を収録しています。
 著者の本を読むのは初めてで、文春の連載は"見て"いましたが、こうして纏まったものをじっくり読んでみると、何かと収穫が多かったです。

 個人的には実質星5つですが、この人はエッセイ・小説でも賞を受賞している凄い人なので、そちらを読んでみてからということで星半個分出し惜しみしたかも(昔の体操かフィギアスケートの採点みたいだなあ)。
 文春書評欄で、"知の巨人"と呼ぶ人もいる立花隆氏や、仏文学者でビブリオマニアに近いと思われる鹿島茂氏らに堂々伍して書いているのも凄いし(もともと文筆家じゃなくてロシア語通訳が本職だったわけだから)、また、癌に侵されても「癌治療本を我が身を以って検証」する一方(それらに振り回されたような結果になったのが残念)、継続して広範囲の分野の本を紹介し続け、知識吸収意欲は萎えるどころか昂進している感じで、そのことも凄い、とにかく書評以前に、著者自身の姿勢に感服させられてしまったという思いもあります。

 一般に読みやすい本、入手しやすい本も多く含まれていて、立花隆氏の書評と比べると、読者にこの本を是非とも読んでほしいという気持ちが強く伝わってくる内容だと思います。
 但し、ロシア関係の本は小説・ノンフィクションを問わず、さすがに専門的なものが含まれていますが(鹿島茂氏が、他所で『知られざるスターリン』や『真説ラスプーチン』をとり上げていたのは、もしかして著者の影響ではないか)、一国の近現代史に通暁しているということが、そのまま、チェチェン、アフガニスタン、その他中東・アジア諸国などの周辺民族・諸国の動向を分析する眼力となっていることを、また通訳経験などを通して培われた、権力者分析などにおける透徹した視線を感じました。

 立花隆氏との共通項で一番に思いつくことは、ネコに関する本をとり上げていることかな。

 【2009年文庫化[文春文庫]】

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肩の力を抜いて楽しめる法律入門または法律クイズ&エッセイ。

刑法面白事典.jpg 『刑法面白事典―ハンカチをしけば和姦になるという常識のウソ』 〔'77年〕 刑法おもしろ事典.jpg 『刑法おもしろ事典』 〔中公文庫/'96年改版版〕

 新聞記者から弁護士になり、その後推理作家となった著者の、法律入門書シリーズの1冊で、「他人のカサを間違えて持ち帰ったら、罪になる?」「バラを1本盗んでも窃盗になる?」「ケンカをして誰がケガをさせたのかわからない。こんな事件はどう処理される?」「無銭飲食・無銭宿泊も頭の使い方で罪にならない?」「雪の降る深夜に路上に寝ている男をはねたら」などの問いに対し選択肢から正解を選ぶクイズ形式をとりつつ、実際の刑事事件の例をもとに、刑法の考え方をわかりやすく解説しています。

 著者のこのシリーズには『憲法面白事典』、『民法面白事典』などもあり、それぞれ「楽しみながらわかる最高の法規の常識とウソ」、「飲み屋のツケは1年で時効という常識のウソ」というサブタイトルがついていて、本書のサブタイトルは「ハンカチをしけば和姦になるという常識のウソ」というものですが、何れも文庫化(中公文庫)される際に、サブタイトルは外したようです(『民法』、『刑法』のサブタイトルは面白いと思ったけれど)。

民法入門.jpg 本書の刊行は'77年ですが、刊行後5年間で100刷以上増刷していて、弁護士である推理作家がこうした一般向けの法律入門書を書いた例では、さらに一昔前の、元検事だった佐賀潜(1914‐1970)の法律入門書シリーズがあり、こちらは『民法入門-金と女で失敗しないために』、『刑法入門-臭い飯を食わないために』(共に光文社カッパ・ビジネス)が'68年にベストセラー2位と3位になったほか、商法・税法から労働法や道路交通法まで広くカバーしています。

 民法については国家試験受験の際に、和久版『民法面白事典』と佐賀版『民法入門』の両方を読み、文学部出の自分にとってどちらも役に立ちましたが(勉強中の適度な息抜き?)、参考書という観点で見れば、和久版の方がやや読み物(エッセイ)的な感じで、佐賀版の方がカッチリした内容だったかも。

 本書、和久版『刑法面白事典』にも、ケーススタディのQ&Aの他に、法律用語の読み方クイズとか、江戸時代の刑罰についてやロッキード疑獄の新聞記事をどう読むかといったトピック、実際にあった珍事件とその結末(いかにも元新聞記者らしい)などが挿入されていますが、刑法については全く試験を離れて読んだため、これはこれで楽しめました。

 【1986年文庫化・1996年文庫改版[中公文庫]】

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パロディ満載、イラストも文章も楽しめ、特に、戯作「雪国」では文才が光る。

倫敦巴里2.jpg倫敦巴里1.jpg倫敦巴里 (1977年)』話の特集 倫敦巴里2.jpg

I倫敦巴里4.jpg '77年の刊行で、著者が「話の特集」('66年創刊)に'66年から'77年にかけて掲載した様々なパロディを一冊の本にしたもの。
 パロディとしてのイラストも文章も何れも理屈抜きで楽しく、特に文章パロディのセンスには舌を巻きます。

 冒頭の「暮しの手帳」のパロディ「殺しの手帳」には有名ミステリの多くのトリックが参照されていて、どの作品だったか思い出すのが楽しく(全部わかれば相当のミステリ通、と著者自身が述べています)、また、イソップの「兎と亀」の寓話を、ジョン・フォード、市川昆から黒沢明、フェリーニまで20人以上の内外の監督の作風に合わせて脚色してみせていて、こちらも、どの作品から引いているかというマニアックな楽しみ方ができます(本人弁によると、マニアックの度が過ぎないようにするのが難しいとか)。

倫敦巴里3.jpg その他にも、様々なパロディのオンパレードですが、何と言っても圧巻なのは、'70年から'77年の間5回に分けて掲載された、川端康成('68年ノーベル文学書受賞)の「雪国」の冒頭部分を、多くの文筆家らの作風に合わせて偽作したもの。

 とり上げられているのは、庄司薫、野坂昭如、植草甚一、星新一、淀川長治、伊丹十三、笹沢左保、永六輔、大薮春彦、五木寛之、井上ひさし、長新太、山口瞳、北杜夫、落合恵子、池波正太郎、大江健三郎、土屋耕一、つげ義春、筒井康隆、川上宗薫、田辺聖子、東海林さだお、殿山泰司、大橋歩、半村良、司馬遼太郎、村上龍、つかこうへい、横溝正史、浅井慎平、宇能鴻一郎、谷川俊太郎の総勢32名で、イラストが本業の著者の文才が光っていて、これは「あなたのライフワークですか」と人から聞かれたこともあったというぐらいの凝りよう。
 
 これだけでもこの本の価値は高いような気がし、初版本ではないけれど、所有していることを少し自慢したくなるような本。

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個人的には、「真相」「他人の家」「18番ホール」の順で良かった。

真相.jpg 『真相』 (2003/05 双葉社) 真相/横山秀夫.jpg 『真相 (双葉文庫)』 ['06年]

 「真相」、「18番ホール」、「不眠」、「花輪の海」、「他人の家」の5編を収録していますが、「警察モノ」というイメージが強い著者としては、登場人物が税理士から前科者までバラエティに富んでいて、その部分では幅を感じました。

 一方で、過去に傷を持つ主人公たちのキャラクター設定が似ていて、そう言えばリレー方式で主人公が代わる『半落ち』('02年・講談社)の登場人物も、皆何となくキャラクターが似ていたなあと。
 その古傷が、ある日突然、或いはじわ〜っと裂けてくるという展開までも、それれぞれの話が似ていますが、この点は、敢えてそういうプロットで統一した連載だったのかもしれません。

 個人的には、「真相」「他人の家」「18番ホール」の順で良かったです。
 「真相」は、息子を殺した犯人が10年ぶりに捕まって新事実が浮かび上がる話で、主人公のやるせない気持ちがよく描けていると思いました。

 「他人の家」は、前科のある男の、大家にそのことが知れることから始まる苦悩を描いたもので、めぐり巡って犯罪同士がカチ合うようなプロットが面白かったです。
 「18番ホール」も「他人の家」同様、現実に起こりうる可能性よりも、筋立ての妙でしょうか。
 著者は、松本清張賞を受賞してデビューした作家ですが、清張の短篇にもこうした趣向のものがあったような気がします。

 この2編は、新聞やマスコミの「言論の暴力」や「情報の垂れ流し」問題にも触れていて、元新聞記者の著者ならでの視点を感じます。
 村長選挙に立候補することになった男の話「18番ホール」は、男が猜疑心の渦にハマっていく様がうまく描かれていたけれど、ラストはやや寓話的過ぎる印象も。

 【2006年文庫化[双葉社文庫]】

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手続き上の瑕疵と作品の価値。直木賞選考委員会の曖昧な態度。

半落ち.jpg 横山秀夫 半落ち.jpg半落ち』['02年] 半落ち2.jpg半落ち (講談社文庫)』['05年]

 2002 (平成14) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内編)第1位。2003 (平成15) 年「このミステリーがすごい」(国内編)第1位。

 妻を殺し自首した警察官。彼はなぜ殺したのか、そして彼はなぜ死ななかったのか。殺害から自首までの2日間、彼はどこで何をしていたのか―。

 刑事、検事、記者、弁護士、判事、刑務官と6人の話をリレー方式で繋いでいく方式にズズッと引き込まれましたが、人物造詣が何れも似ているため、後半少しだれました。極端に言えば、バトンを渡した人とバトンを受け取った人が職業が違うだけで、人物像はほぼ同じなのです。
 しかし、作品の良し悪しに対する個人的な評価と世間の評価とのギャップとは別に、直木賞の選考には煮え切らないものを感じました。

 選考では、11名の委員中、肯定2、中立2、否定7。北方謙三氏が指摘した"手続き上の問題"を直接の否定理由に挙げた人はいません。
 ただし、林真理子氏や阿刀田高氏のように2次的理由として挙げた人や津本陽氏のように肯定派でありながら強く推すことをしなかった人もいます。
 全体としては、北方謙三氏の「関係団体に問い合わせたら、主人公の警部の動きには現実性がない(受刑者には骨髄提供が許可されていない)ことがわかった」という報告に引っ張られた気がしないでもないですが、真相はよく分かりません。

 結局、この点に北方謙三氏以上にこだわったのは林真理子氏で、この作品が、「事実誤認」があるにも関わらず、既に他の複数の賞を受賞していることまで批判しています。

 北方謙三氏が問い合わせた関係団体は、過去に最高裁で死刑相当として高裁差し戻し審中の被告が骨髄提供を申し出た際に、「勾留一時停止を認める重大な理由」にはならないとして検察が却下したことがあったというたった1度の事例を以ってそのように回答したらしく、この場合、被告はドナー登録も未だしておらず、小説のケースとは異なります。

 状況に応じて「勾留一時停止を認める重大な理由」に該当するかどうかが判断されるならば、小説のようなケースは過去に無い訳で、そうした状況になってみないとわからないということであり、ハナからダメと言い切れるものでもないようです。
 鬼の首を取ったように手続き上の瑕疵(「事実誤認」)を強調した林真理子氏ですが、自分自身で、小説の前提状況ではどうかということを関係団体に問い合わせるということはしていないようです。

 表向きはフィクションにおける手続き上の瑕疵は、必ずしも作品の価値を貶めるものではないという立場(と推察される)をとりながら、委員会としてそのことを明言しない(結果、林真理子氏のような「事実誤認」と言い切る発言の一人歩きもあって、その瑕疵のため落選したと世間に思われている)のは、選考委員会が個人の集まりに過ぎないということか。
 「他の委員から指摘があって...」「そういうことを言う委員もいて...」という発言がそれを物語っています。
 直木賞との"絶縁"宣言をしたという(この言葉自体は少し変な気もするが、ノミネートされても辞退するということか)、作者の気持ちも理解できないではないです。

 【2005年文庫化[講談社文庫]】

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この人の本は意外と熟年より若者向けなのかも。

何用あって月世界へ.jpg 『何用あって月世界へ』文春文庫 〔'03年〕 山本夏彦.jpg 山本 夏彦(1915-2002/享年87)

 '02年に亡くなった山本夏彦(1915-2002)の名言集で、'92(平成4)年までに刊行された既刊コラム25冊から選出されており、10行近い短文からたった1行の箴言風のものまであります(選者は、植田康夫・上智大教授(専門:出版論))。

 短いのでは―、
 「あんなにちやほやされたのに」、「美人が権高いのは魅力である」、「芸術院会員は、多くは情実で選ばれる」、「いきり立つものと争うのは無益である」、「言って甲斐ないことは、言わないものだ」、「世の中には笑われておぼえることが多いのである」、「人生は短く本は多い」、「人みな飾って言う」、「なあーんだ、和服を着れば老人になれるのか」、「馬鹿は百人集まると、百馬鹿になる」、「自信はしばしば暗愚に立脚している」、「汚職は国を滅ぼさないが、正義は国を滅ぼす」...etc.

 以前は、その"批評精神"にハマって何冊かこの人のものを読んだのですが(手元にあるのも単行本の初版)、こうしてみると、結構まっとうなことをまっとうに言っているだけのものもあり、また、批評的な観点よりも反語的な表現の旨さで読者をハッとさせるものが多いのではないかと...(コピーライター的?)。

 内容的にはすべてに納得できるわけでなく、と言って、アフォリズムというのは反論を寄せつけないものがあり(「死んだ人」の側から「生きている人を撃つ」という著者の立場は、反論不可能性の証ではないか)、結局、議論にならないため、「批評」としては弱いのではないかという気がしてきました。

 しかし、この人の本は、かつて絶版になったものが近年ほとんど文庫化されるなどしていて、一見すると隠居老人の繰り言みたいな感じがしなくもないに関わらず、若い人にもよく読まれていうようです。
 自分も含めて、若い頃の方がこうしたすっきりした言い草に惹かれるのかも知れず、意外と熟年より若者向けなのかも。

 それと、23年ぐらい続いた「夏彦の写真コラム」(ほとんど文庫になっている)などを読むと、写真と文章のとりあわせのセンスの良さが感じられ、インテリア専門誌の編集長兼発行人だった人でもあり、本書の中にある「広告われを欺かず」という言葉などにも、業界人としての側面が窺えますが、そうした洗練された素地があって若い読者を惹きつけているのではないかとも。

 【2003年文庫化[文春文庫]】

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加賀飛脚の男っぽい世界。「三度飛脚」のシステムがよくわかり、興味深かった。

かんじき飛脚.jpg 『かんじき飛脚』 (2005/10 新潮社) かんじき飛脚2.jpg 新潮文庫 〔'08年〕

 寛政の改革で知られる老中・松平定信は策謀家でもあり、加賀百万石・前田家の影響力を弱めるために、藩主・前田治脩(はるなが)の内室が重篤の肝ノ病であるという情報を得ると、正月の賀宴に治脩をわざと内室同伴で招待し、側室が参勤交代制における幕府の人質としての役割を果たさないことを公にして前田家を容喙しようと画策。
 ちょうど江戸・前田屋敷では肝臓病の特効薬「密丸」が底を尽きかけていて、これを金沢から江戸まで届ける密命が金沢・浅田屋の「三度飛脚」と呼ばれる加賀飛脚の男たちに託されるが、その行く手には定信の御庭番(隠密)たちが待ち受ける―。

世直し大明神 おんな飛脚人.jpg 飛脚を扱ったものでは、出久根達郎の『世直し大明神-おんな飛脚人』('04年/講談社)というのがあり、NHKの金曜時代劇にもなりましたが(「人情とどけます〜江戸娘飛脚〜」)、あれは町飛脚で、今で言えばバイク便、こちらは定飛脚で、今で言えば長距離ライナー便といったところで、佐川急便どころか加賀鳶の上をも行く男っぽい世界が、加賀飛脚の金沢と江戸のそれぞれの組頭である弥吉と玄蔵の2人の友情を軸に展開される物語です。
 金沢と江戸の間を月に三度走るため「三度飛脚」と言ったそうですが、時代物によく出てくるのは江戸と京都を結ぶものではないでしょうか。
 この小説を読んで、当時の情報インフラとしてのそのシステムがよくわかり(売れっ子作家なのにここまで下調べしているのは立派)、越後親不知など命がけの難所もあったのだなあと。

ホワイトアウト.jpg 内部に密偵がいたりして、クライマックスの追分の猟師たちが加勢しての隠密との闘いも読んでいてハラハラドキドキさせられます(雪中の対決は、真保裕一の『ホワアイトアウト』('95年/新潮社)を思い出しました。ともにアクション映画っぽい感じが似ている)。
 ただし、読み終わると結構早く冷めてしまう類の小説だったかも。
 庶民(飛脚や猟師)vs.武家社会という構図ですが、飛脚たちだって、浅田屋のバックには加賀藩があるわけだし、むしろ猟師たちの方が純粋?

 因みに「浅田屋」は、小説にある通り、初代伊兵衛が加賀藩から「三度飛脚」の任を拝したことに端を発する今も続く老舗旅館で、高級料亭「加賀石亭」なども系列です(以前金沢に住んでいたとき、よく前を通ったが、中にはいる機会は一度も無かった)。

 【2008年文庫化[新潮文庫]】

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「●「直木賞」受賞作」の インデックッスへ

カタルシスはあるがご都合主義的な部分も。「豆腐」対決が面白く、丹念な取材の跡が。

あかね空.jpgあかね空 (文春文庫)』〔'04年〕あかね空m1.jpg あかね空m2.jpg 2007年映画化 (角川映画/監督:浜本正機)

 2001(平成13)年下半期・第126回「直木賞」受賞作。

 前半は、上方から深川蛤町の裏長屋へ単身やって来た豆腐職人・永吉が、最初自らの作る京風の豆腐が売れずに苦労するものの、その彼を親身になって支える桶屋の娘・おふみとやがて所帯を持つようになり商売を軌道に乗せていく話で、後半は、夫婦の間にできた3人の子どもたちが成長し、ただし両親がそれぞれに子どもを贔屓したために家族の関係がギクシャクしていく江戸時代版ホームドラマのような展開に―。

 前半は、枠組みとしては割合パターン化した人情噺という感じですが、「豆腐」対決みたいな面白さが1つ軸となっているために引き込まれました。
 後半は、「誰々のために誰々が死んだ」とかいう思い込みから抜けられない主人公たちに少しうんざりさせられましたが、最後にきっちりクライマックスを持ってきて、全体を通して読者のカタルシスをちゃんと計算しているなあと。

 主要な登場人物が生まれた年代を特定していて、そのことにより細部において時代考証の誤りを専門家から指摘されたりもしている作品ですが、登場人物たちの数奇な因縁をきっちり繋ぐ役割も果たしていて、何よりも豆腐作りの細部にわたっての描写が、作者の下調べの綿密さを窺わせます。

 直木賞選考で一番この作品を推していたのは平岩弓枝氏で、やはりこうした背景描写の苦労を知ってのことではないでしょうか。
 ただし、前半部で夫婦は、商売敵だけど本当は"いい人"だった職人さんに助けられ、後半部でもその子どもたちが侠気な親分さんとかに諭されて―。
 こうした"いい人"たちが、都合のいい時に登場するような気がして、お話の上のことだとしても、この人たちの助けがなかったら自壊しているんじゃないか、この家族は、と思わざるを得ませんでした。

 【2004年文庫化[文春文庫]】

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「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ

わかりやすい展開でクライマックスの合併推進派と反対派の対決へ持っていく企業ドラマ。

銀行 男たちのサバイバル.jpg  銀行 男たちのサバイバル1.jpg   銀行 男たちのサバイバル2.jpg
銀行 男たちのサバイバル』/日本放送出版協会(単行本ソフトカバー版)/文春文庫 〔'00年〕

 バブル崩壊後の不良債権に喘ぐ都市銀行が舞台。独立系都銀中位行である三洋銀行の名古屋支店長・長谷部、総合企画部長・石倉、業務推進部長・松岡の3人は同期生だが、ある日、同期トップを走っていたエリート支店長が過労死し、それとほぼ時を同じくして、ライバルである富蓉銀行との合併話がもちあがり、期せずして3人とも合併プロジェクトのメンバーとなる。 
 そのことにより重役レースの最前線に躍り出た彼らは、合併推進派と反対派の間で揺れるが、その背後には、現・旧の頭取のそれぞれの思惑や監督官庁・大蔵大臣の意向も絡んでいる―。

 '93年に単行本刊行されたもので、銀行合併の画策とそれに対する反攻を描いたものでは、高杉良の『大逆転!-小説三菱・第一銀行合併事件』('80年)などがありましたが、冒頭「貸し渋り」の場面から始まるこの小説は、バブル崩壊が'91年4月であったことを思うと、かなり切実感があります。

 歴史小説などもこなす作者ですが、出身が東京相和銀行(現・東京スター銀行)ということもあり、やはり銀行モノが原点(東京相和はかつてトップがワンマンだったことで知られ、バブリーなホテルなども経営していましたが、バブル崩壊で破綻した)。

 キャラクターがくっきり描き分けられていて、同期の仲間意識とライバル意識の混ざったような関係も自然だし、サバイバルレース的な話ではありますが、登場人物のうちの何人かは、組織に囚われない自分なりの生き方を選択していているのがよく、読後感も悪くありません。
 
 わかりやすい展開でクライマックスの合併推進派と反対派の対決へ持っていく筆の運びは、経済小説というよりは企業ドラマという感じでしょうか。
 ただし、ラストは、その後さらに進んだ銀行業界の再編を暗示していて予言的でもあります。

銀行 男たちのサバイバル nhk.jpg '94年1月にNHKでドラマ化されていて(この小説自体がドラマ化を前提に書かれたもの?)、主人公の長谷部を小林稔侍、切れ者の総合企画部長・石倉を中村敦夫、日和見的な業務推進部長・松岡を橋爪功がそれぞれ好演し、ラストで思わぬセリフを口にする副頭取は児玉清、女性初というMOF担は黒木瞳がやってましたが、それらもハマっていました(「MOF担」そのものは、官民癒着を助長するものとして廃止されたぐらいだから、ややキレイに描かれすぎている感じもあるが、これは自分の偏見か)。

「銀行 男たちのサバイバル」DVD(廃盤)

「銀行 男たちのサバイバル」●演出:岡崎栄/原田和典●制作:小林由紀子●脚本:仲倉重郎●音楽(タイトルテーマ曲):五輪真弓「空」●出演:小林稔侍/橋爪功/中村敦夫/黒木瞳/鈴木瑞穂/児玉清/河原崎建三/穂積隆信/伊藤真/夏目俊二/伊藤栄子/吉野由樹子/桂春之助/古柴香織/杉山亜矢子/大寶智子/青空球一/倉石功●放映:1994/01(全3回)●放送局:NHK

 【1997年ソフトカバー版[日本放送出版協会]/2000年文庫化[文春文庫]】 

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