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小説としてはどうってことないが、前半部分は定年退職した際の参考書として読める?

孤舟.jpg 『孤舟』(2010/09 集英社)

 大手広告代理店・東亜電広を1年半前に60歳を前に退職した大谷威一郎は、退職後は自由な時間をゆっくり楽しもうと思っていたが、現実には今日をどう過ごせばよいのかと1日の長さに堪え切れない日々を送ることとなり、家にいても家事をするわけでもなくごろごろしている。その挙句、妻の洋子は"主人在宅ストレス症候群"となって家を出て行き、同じく家を出て行った娘のマンションに泊まりきりで戻って来ないという状況。鬱々とした日々を送る彼だったが、インターネットで偶然知ったデートクラブに入会し、小西佐智恵という27歳の女性と知り合って彼女に入れ込む―。

 広告代理店を定年退職して間もない人に、読んだよと言われて自分も読んでみた本で、その人の感想は「興味深かった。小説としてはどうってことないけどね」というものだったと覚えていますが、自分の感想もまさにその通りでした。

 前半部分は、仕事一本槍の会社人生を送ってきた団塊世代が定年退職し、家庭内で"濡れ落ち葉"症候群に陥るというある種の"社会事象"を、主人公に託して旨く描いているなあという感じで、妻子らに疎んじられて相手してくれるのは飼い犬のコタロウしかおらず、カルチャーセンターに行っても何となく馴染めず、お金も妻に管理され、不自由且つ鬱々とした日々を送る主人公がやや気の毒に。

 主人公は、元勤務先の広告代理店では、52歳で執行役員、55歳で常務執行役員とまあまあの道を歩んできたようですが(二子玉川に自宅マンションも買った)、60歳の手前で在阪子会社の社長としての転出話を持ち出され、社内ポリティックスが働いたことを悟って屈辱を感じ、すっぱり会社を辞めてしまうという、そのあたりはつまらない辞め方をしたというよりは、本人のプライドを買いたいところですが、その後、自宅に籠ってからが、ちょっとしたことで妻に怒りをぶつけたりして、かなり大人気ない―(こんな大人気無い人物でも常務執行役員にまでなってしまうのが会社というものかも知れないが)。

 デートクラブで知り合った若い女性に入れあげるようになってからは、益々その大人気の無さが露呈し、ストーリーの方も、自宅に彼女を呼び込んだりして彼女とより親密になる機会を窺う内に、妻がいきなり戻ってきてニアミス状態になるなど、ドタバタ喜劇風になっていきます。

 結局、話は『失楽園』みたくなることはなく、何となく予定調和で話は終わりますが、要するに、現役時代の肩書きから脱し切れていなかった自分というものにやっと気付いたということでしょうか(この小説の教訓的メッセージ? 27歳の女性にそれを教えられるというのも情けないが)。

 全体を通して文芸的な深みは無く、通俗ホームドラマのようではありますが、前半部分は、定年退職した際の参考書(主人公の心理行動面では反面教師的なそれ)として読める(?)部分もあり、一応「×」ではなく「△」にしておきます。

 『化身』('85年)、『失楽園』('95年)、『愛の流刑地にて』('05年)と、10年おきに日経新聞に長編「性愛」小説を連載してきた作者ですが、この作品は団塊の世代の定年にスポットを当てたものと言え、この人、'03年には『エ・アロール それがどうしたの』(中日新聞連載)を発表、老人の性を描いてから(作者はこの年に「菊池寛賞」を受賞している)、「性」と「老」を掛け合わせたようなテーマにスライドしてきているかも。まあ、本人も70代後半だからなあ。

【2013年文庫化[集英社文庫]】

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その後10年間隔で繰り返される日経新聞連載の"脱力"小説。

化身 上.jpg 化身 下.jpg   
化身〈上・下〉 (集英社文庫)』 〔'89年〕 東陽一監督「化身」(1986) 藤竜也/黒木瞳/阿木曜子

 妻と別れ独り身である中年の文芸評論家・秋葉は、銀座のクラブに勤める若いホステス・霧子を知ってから、次第に彼女を自分の好みの女に変身させることに夢中になっていく―。

 一種のピグマリオン小説で、田舎臭さが消えすっかり女に磨きがかかった霧子は、キャリア意識にも目覚め、当然の帰結として秋葉のもとを去っていくのですが、その結末に至るまでが、主人公の前の愛人・史子という女性をキーパーソンとして噛ませてミステリ調にしているものの、結構だらだらしていて、著者の初期作品のような緊張感が感じられませんでした。

 東京在住の主人公は、京都の大学の講師もしていて、月に何度か霧子を伴って京都に行ったり、仕舞いには文化評論の取材にかこつけて 彼女とヨーロッパを旅行する―。しゃれた宿に泊まって旨いもの食って...、合間に主人公の専門分野である世阿弥の話やフランス文学の講釈が入って、この"小洒落た"雰囲気は、中年男性向けハーレクインロマンスなのだろうか。霧子が鯖の味噌煮が好きだからと言って、それを銀座や赤坂で食べるということになると、「通」を気取っているようにしか思えない、と突っ込みを入れるとキリがなくなります。

 東陽一監督、藤竜也、黒木瞳主演で「化身」('86年/東映)として映画化されています。この作品は'85年に日本経済新聞に連載されたもので、'95年連載の『失楽園』、'05年連載の『愛の流刑地』に先行するパターンです(ちょうど10年間隔なんだなあ)。そして、『失楽園』も森田芳光監、役所広司、黒木瞳主演で映画化されています('97年/東映)。『愛の流刑地』も、鶴橋康夫監督、豊川悦司、寺島しのぶ主演で映画化された('07年/東宝)。

 日経の朝刊の最終面に「愛ルケ」(と略すらしい)が掲載されているのを見て、毎朝いつも軽い脱力感を覚えていた自分としては、読者層は同じでも、20年の歳月の間に読者そのものは入れ替わっているはずなのに何れもベストセラーになっていることを思うと、こうした小説に惹かれる男性の精神構造というのはあまり変わっていないのだなあという気がしました。

 【1989年文庫化[集英社文庫(上・下)]/1996年再文庫化[講談社文庫(上・下)]/1996年単行本[角川書店]/2009年再文庫化[集英社文庫(上・下)]】

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生と芸術、生と性の一体化した姿を鮮烈に描いた作品。

冬の花火.jpg  『冬の花火 (角川文庫)』 冬の花火2.jpg 『冬の花火 (集英社文庫)』 冬の花火2.jpg 『冬の花火』 文春文庫

 渡辺淳一と言えば最近は男女の性愛を描いた作品が目立ちますが、医師の目から見た人間の生死を描いた作品群があるほかに、日本で最初の新劇女優・松井須磨子をモデルとした長編『女優』('83年/集英社)などの伝記小説もあります。

中城ふみ子.jpg この作品も伝記小説の系譜で、「乳房喪失」の女性歌人で知られ、31歳で夭逝した中城ふみ子(1923-1954)をモデルにしたものです。

 乳がんに冒されながらも病床で、自らの命を削るかのように次々と、当時としてはセンセーショナルな愛の歌を詠んで世間に発表し続ける主人公...というと、何か悲劇的な話かとも思われますが、様々な男性遍歴を経てきたこの女主人公が、入院後も歌人や病院の医師を愛人とし、病室に連れ込んで交情する様はいささか呆れるほどで、それを描く作家の筆致は、最近の官能小説に通じるものもあります。
 しかし主人公の生き方は凄絶なものには違いなく、生と芸術、生と性の一体化した姿を鮮烈に描いた小説とも言えます。

 中条ふみ子が入院し亡くなったのは渡辺氏の将来の職場となる札幌医大病院で(当時作者は医学生でしたが、彼女が入院していた時にその病室を見たことはあるそうです)、小説にも登場する彼女の恩師であり敬慕の対象であった歌人は中井英夫です(日本3大推理小説の1つ『虚無への供物』の作者としても知られている)。

 渡辺淳一は、初期作品で芥川賞候補になりながら最終的には直木賞をとりますが、初期作品で直木賞候補になりながら最終的には芥川賞をとった作家に松本清張がいます。
 松本清張の初期作品にも、「菊枕」('53年発表)という女流俳人の杉田久女をモデルにしたものがあったのを思い出しました。

 【1979年文庫化[角川文庫]/1983年再文庫化[集英社文庫]/1993年再文庫化[文春文庫]】

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医師という立場から人間の生と死を見つめた珠玉の名篇集。芥川賞候補作と直木賞候補作を収める。

死化粧.jpg  『死化粧』 角川文庫 死化粧 光と影.jpg死化粧 光と影』 渡辺淳一全集 第1巻 (角川書店)

 渡辺淳一の初期短編4篇を収めたもので、いずれも主人公は医師ですが、今でこそ"不倫小説の大御所"のように見られているこの作家が、医師という立場から人間の肉体や死を冷静に見ながらも、それだけでは割り切れない精神の問題を真摯に描くところからスタートした作家であることがわかります。

 「死化粧」は、医師の母親の病気と死、それを巡る親戚たちなどを描いた作品で、「新潮新人賞」の前身である「同人雑誌賞」(1966年・第12回)を受賞しています(選考委員は伊藤整、井伏鱒二、大岡昇平、尾崎一雄、永井龍男、中山義秀、三島由紀夫、安岡章太郎)。
 主人公の医師が、絶望的な病状を呈す母親の、すでに除去不能となった脳腫瘍に思わずメスを入れようとする場面が印象的で、フォルマリン漬けの母親の脳を見ながら母を想う場面もこの作家ならではのものでした(芥川賞選考委員だった川端康成は、「刺戟の強い作品であった」「脳の手術など詳細に書き過ぎ」と評している)。

 「訪れ」では、末期ガンの小学校長が主人公に告知を迫る場面や、自らの死を悟った後の絶望がリアルに描かれていました。
 「死化粧」に比べると読者寄りで書いている感じもしますが、直木賞の選考で、源氏鶏太、海音寺潮五郎、水上勉といった選考委員らが、「直木賞より芥川賞向きではないか」と評しています。

 「ダブル・ハート」は、作者が作家を志す転機になったと言われる札幌医科大で行われた日本初の心臓移植手術に材を得たものですが、ドナーの配偶者の屈折した心理に焦点を当てている点では"小説的"ながらも、一方で医局の体質的問題などを浮き彫りにしていて、氏が自分の勤務している大学病院で行われた心臓移植手術に、当初から懐疑的であったことを窺わせます。

 「霙」は重症身障児病院に勤務する医師と看護婦や障害児の親を巡る話ですが、親にとって、また社会にとって重症身障児とはどういう存在なのかを、小説という手法で鋭く問題提起しているように思えました。

 「死化粧」が芥川賞候補作、「霙」「訪れ」が直木賞候補作と何れも珠玉の名篇ですが、個人的にはやはり、この頃の渡辺作品は芥川賞っぽい感じがします。
 結局、作者は、後に発表した「光と影」で直木賞を受賞し、直木賞作家となります。

 【1971年文庫化[角川文庫]/1986年再文庫化[文春文庫]/1996年単行本改編〔角川書店(『死化粧・光と影』)〕】

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