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吉行淳之介の文学世界観、性に対する探究者的な姿勢を映像化。DVDリリースを望む。

砂の上の植物群 ps.jpg西尾三枝子 砂の上の植物群9.png 砂の上の植物群 稲野.jpg
【発売延期・発売日未定】砂の上の植物群 [DVD]」['14年]西尾三枝子/中谷昇

砂の上の植物群2.jpg 化粧品セールスマン伊木一郎(仲谷昇)は、ある夜マリンタワーの展望台で見知らぬ少女(西尾三枝子)に声をかけられた。真赤な口紅が印象的だった。少女は自ら伊木を旅館に誘う。裸身の少女は想像以上に熟れていたが、いざとなると拒み続けた。二人は名も告げずに別れるが、一週間後再び展望台で出逢う。今度は伊木が少女を誘った。少女は苦痛を訴えながらも、伊木の身体を受け入れた。その夜初めて名乗った少女の名は津上明子、高校三年生だった。明子の姉・京子(稲野和子)は、バー「鉄の槌」のホステスをしていた。親代りの姉は、明子に女の純潔についてうるさかったが、自らは昼日中から男とホテルに入り浸っていた。明子はそんな京子を激しく憎み、伊木に姉をひどい目に遭わせてくれと頼む。伊木はそんな京子に興味を感じ、バー「鉄の槌」を訪ねる。その夜、伊木は京子を抱き、京子は、マゾヒスティックな媚態で伊木に応える。伊木と京子の密会は続き、京子のマゾヒスティックな欲望は募る一方だった。伊木も京子との異常な情事に流されていったが、一方、伊木は父と妻・江美子(島崎雪子)の関係を訝り、父の旧知の散髪屋(信欣三)から、妻の秘密を探っていた。散髪屋は父と妻との関係は否定したが、父と芸者との間に生まれた腹違いの妹がいると言う。その名は京子といった。しかも明子は、姉妹は父違いだと言う。伊木は重苦しい疑惑に苛まされる。そんなとき、明子から姉のことを知りたいと電話があった。伊木は京子を旅館の一室にあられもない姿のまま閉じ込め、明子の前に晒した。散髪屋が言う京子は別人だった。全てが終ったと思ったが、数日後再び会った伊木と京子は、夕日に染まる海岸通りにその影が消えていく―。 

中平康.jpg砂の上の植物群.jpg 1964年3月公開の「月曜日のユカ」(日活)の中平康(なかひら こう、1926-1978/52歳没)監督の、同じく'64年の8月公開作です。原作の吉行淳之介の『砂の上の植物群』は、'63年に雑誌「文学界」に連載され、'64年3月に単行本刊行されていて、単行本が出てすぐに映画化されたことになり、原作が当時世間に注目されたことが窺えます。

中平康(1926-1978)/吉行淳之介『砂の上の植物群 (新潮文庫)
  
砂の上の植物群bs.jpg 当時はともかく、今ではそれほどセンセーショナルとも言えない内容ではないかと言われながらもなかなかソフト化されず、2014年にやっとDVD化されたと思ったら、発売延期になり、その後、発売日未定のままとなって「砂の上の植物群」 pc.jpgいます(DVD化される数年前くらいにNHK⁻BS2で放映されていたのを観たのだが)。個人的には、神保町シアターで、なぜか「生誕135年 谷崎潤一郎 谷崎・三島・荷風―耽美と背徳の文芸映画」企画の1本として再見しました。映画は、オープニング・クレジットをはじめ、本編の途中に挿入される、原作のタイトルの元となったパウル・クレーの絵が出てくるシーンのみカラーで、本編のドラマ部分はモノクロとなっています。

 原作は、表面的には、今で言えば、援助交際、SM、コスプレなどの言葉に置き換えられる状況設定が描かれていて、それが世間で話題を呼んだ最大の要因かと思われますが、小説としては根本的には「心理小説」と言うべきものであると思います。これを、このまま映像化してしまうと、単なる通俗ドラマになりかねないところですが、「テクニックの人」と呼ばれた中平康監督は、登場人物のアップシーンを繰り返すことで、通俗に陥ることを巧みに回避しているように思われました。

砂の上の植物群7.jpg そのやり方は徹底していて、冒頭の横浜マリンタワーで伊木と明子が初めて出会うシーンからして、マリンタワーや展望台のすべてを映すことはせず(原作でも「マリンタワー」と特定しているわけではない)、エレベータ内ですらその全部は映さず、エレベーターガールの唇をアップで映してばかりいるといった具合です。従って、あとから出てくるいくつかの濡れ場シーンも、顔や身体の一部しか映さず、肉体はオブジェのように扱われると同時に感情の表象でもあり、そのことで、ある種〈抽象化〉を行っているように思われました(時にシュールなシーンもあったりした)。

 ストーリー的には比較的原作に沿って作られているように思われ、個人的には吉行作品が好きなので良かったと思います。伊木がなぜ今化粧品セールスマンなどやっているかということは省かれていましたが(以前定時制高校の教師をしていたが、教え子の女生徒が働く酒場へ何度か通ったことが人の噂になり、高校を辞めることになった)、父親(原作者の父・吉行エイスケが意識されていると言われている)と妻を巡るしこりのような疑惑は生かされていました。

砂の上の植物群89.png 伊木が友人二人といると、一人が「痴漢」に間違えられそうになった話をしますが、実際やっていることはほぼ痴漢か、また今でいうストーカーに近かったりもし、もう一人の立派な紳士に見える友人の方は、二人を女性が「気を遣る」見世小池朝雄.jpg高橋昌也.jpg物(今で言えば「覗き部屋」みたいなものか)に連れて行ったりと、このあたりも原作通りかと思いますが、実際に演じているのがそれぞれ小池朝雄と高橋昌也で、共にちょっと怪演っぽい印象でした(笑)。

 しかしながら映画全体としては、吉行淳之介の文学的世界観を、もっと言えば性に対する探究者的な姿勢を、先駆的映像表現でとらまえていたように思われ、ソフトリリースへの期待も込めて星4つの評価としました(中平康は再評価されつつあると思うが、作品を観られないのではどうしょうもないではないか)。

 伊木を演じた中谷昇(なかや のぼる、1929-2006)は、中央大学法学部中退後、文学座、劇団「雲」を経て、演劇集団「円」に所属していた役者で、ちょうどこの作品の頃は、芥川比呂志、神山繁、小池朝雄らと文学座を脱退し、福田恆存を中心とした劇団「雲」に移籍した頃になります(岸田今日子と1954年に結婚、一女をもうけるも1978年に離婚)。テレビドラマでは、教授役・首相役・組織の長などの中谷昇 砂の上の植物群9.png地位の高い役を担当することが多く、「キイハンター」('68年~'73年)の村岡・国際警察特別室長役、「カノッサの屈辱」('90-91年)の教授役などもそうでした(松本清張原作、野村芳太郎監督の「疑惑」('82年/松竹)では桃井かおりに振り回される男の役で出ていた)。

 明子役の西尾三枝子は、1947年7月生まれなので、この作品に出た時は17歳になる少し前ぐらいでしょうか。同年2月公開の三田明のデビュー曲をモチーフにし、三田明自身も出演した所謂"昭和青春歌謡映画"「美し美しい十代.jpgい十代」('64年/日活)で主役デビューしていますが、当初から、まだ現役の女子高校生とは思わせないほどの演技ぶりを見せていました。'66年に日活を退社。その後、徐々にヌード、セクシー路線への出演を要求されるようになったことも伴い、活動の場をテレビドラマへ移行し、個人的には「サインはV」(1970)や「プレイガール」(1970-74)などに出ていた記憶があります(今は赤坂のTBS近くでカラオケスナックを経営している)。

「美しい十代」('64年/日活)

中谷昇 in「キイハンター」('68-73年)/「疑惑」('82年)/「カノッサの屈辱」('90-91年)
仲谷昇 キイハンター.jpg 中谷昇 疑惑.png 仲谷昇 カノッサの屈辱.jpg

西尾三枝子(1947年生まれ)in「恐怖劇場アンバランス(第9話)/死体置場(モルグ)の殺人者」('73年('69年制作))/「サインはV」('70年)/「プレイガール」('70年-'74年)
第9話 死体置場(モルグ)の殺人者 0.jpg 西尾三枝子 サインはv.jpg プレイガール nisiuo.jpg


砂の上の植物群 p0ster.jpg砂の上の植物群5.jpg砂の上の植物群m.jpg「砂の上の植物群」●制作年:1964年●監督:中平康●脚本:池田一朗/加藤彰/中平康●撮影: 山崎善弘●音楽:黛敏郎●原作:吉行『砂の上の植物群』.jpg淳之介●時間:95分●出演:仲谷昇/伊木江美子/稲野和子/西尾三枝子/島崎雪子/信欣三/小池朝雄/高橋昌也/福田公子/岸輝子/須田喜久代/雨宮節子/浜口竜哉2021年02月12日 神保町シアター.jpg/藤野宏/有田双美子/葵真木子/小柴隆/谷川玲子●公開:1964/08●配給:日活●最初に観た場所(再見):神保町シアター(21-02-12)(評価:★★★★)

2021年2月12日 神保町シアター「生誕135年 谷崎潤一郎 谷崎・三島・荷風――耽美と背徳の文芸映画」

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40代前半に書き始め、54歳で完結した連作。女性に対する不可知論を素直に告白している作品。

夕暮まで.jpg  『夕暮まで』(1978/09 新潮社) 吉行淳之介『夕暮まで』(新潮文庫).jpg 『夕暮まで (新潮文庫)

吉行淳之介1.jpg 1978(昭和53)年・第31回「野間文芸賞」受賞作。

 主人公の妻子ある中年男・佐々と、若い女性・杉子の歳差のある男女の微妙な関係を描いた作品で、単行本化されるや当時のベストセラーとなり、黒木和雄監督、桃井かおり・伊丹十三主演で映画化されもしました('80年/東宝、主演:桃井かおり、伊丹十三)。

 作者の作品で、いろいろな意味で世間を賑わしたものと言えば、前期では『砂の上の植物群』('66年/新潮社)、中期ではこの作品になるのではないかと思われますが、この作品は元々は別に発表された短篇の連作であり、各発表年を見ると、「公園で」('65年)、「網目のなか」('71年)、「傷」('76年)、「夜の警官」('77年)、「血」('77年)、「すでにそこにある黒」('77年)、「夕暮まで」('78年)となっています。

吉行淳之介(1977年ごろ)

 つまり、書き始めは『砂の上の植物群』と同じく作者40代初めの頃で、作者は主人公とほぼ同年齢だったのが(主人公の佐々は40代前半の中年で、彼の不倫相手である杉子は22歳の独身女性)、書き終えた時には54歳になっていたことになります。

 冒頭の「公園で」は非常に幻想的なタッチであり、まだ「佐々」「杉子」といった連作における登場人物の名前さえも出てきませんが、70年代初めの「網目のなか」からリアリスティックな描写になり、70代中盤の「傷」から「夕暮まで」にかけて、現実的なストーリー性を帯びてきます(と言っても、ドラマ的な展開を見せるわけではなく、2人の関係性の変化を断章的に描いていくという感じ)。

 そのストーリーを追っていくと、杉子の自分の処女性へのこだわりというのが浮かび上がり(杉子は佐々に身体は許すが接合は許さない)、また、杉子が佐々の知らない何者かによって処女を喪失し、そのことが2人の別れの契機になったともとれることからも、その見方を強化することが出来るのですが、個人的には作者がそんな古風なテーマを物語の中心に据えようとしたようには思えませんでした。

 研ぎ澄まされた文章で知られる作家ですが、この作品は簡潔な会話が主体の部分が多く、確かにとっつき易いかも。但し、ところどころにある主人公の女性に対する観察眼の鋭さや、男女の間にある深い溝のようなものを映し出すような文章は、やはりこの作者ならではのものと思われました。

 簡潔な部分はあまりに簡潔に描かれているため、ともすると即物的に不倫を描いたような作品にも見えるかも知れず(映画化作品は観てないが、映像化するとますますそうなるのでは)、また、まるで「これが大人の男女の会話ですよ」みたいなフレーズが連なり、中年男性の"テキスト"みたいな読まれ方もされかねない作品でもあるかも。

 実際には、主人公の内的風景を核とした吉行文学に共通する心理小説だと思いますが、そういう自分も"テキスト"として読んでしまっている部分があったりして...(作者は『砂の上の植物群』を書いた時に、その種の世俗的エンタテイメント性も意識したと言っていたが、この作品はどうなのか)。

 そうした意味では、個人的には、読んでいて何となく落ち着かない作品でしたが、結論的には、女性をコントロールしているようで実は曖昧模糊の状態に置かれている主人公を通して、女性に対する不可知論のようなものを作者が素直に告白している作品のように思えました。

夕暮まで 映画1.gif 映画「夕暮まで」('80年/東宝、主演:桃井かおり、伊丹十三)

【1982年文庫化[新潮文庫]】

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精神の自由と人生の快楽を求めた生き方の天才の自伝的処女長編。

IMG_3215.JPG北回帰線 文庫  .jpg
北回帰線.jpg
  ヘンリー・ミラー『愛と笑いの夜』.gif
北回帰線 (新潮文庫)』『愛と笑いの夜 (1968年)』河出書房 (吉行淳之介:訳/池田満寿夫:装幀)『愛と笑いの夜』角川文庫(吉行淳之介:訳)〔'76年〕
北回帰線 新潮社 1953.jpgHenry Miller.jpg 1934年パリにおいて発表された米国の作家ヘンリー・ミラー(1891‐1980)の自伝的処女長編『北回帰線』(Tropic of Cancer)は、30歳過ぎで渡仏しパリで送ったボヘミアンな生活が詩的に、ただし汚辱と猥雑さに満ち満ちて綴られていています。

Henry Miller (1891‐1980/享年88)

 主人公の30歳に近い「わたし」は、ニューヨークの電報会社で猛烈に働くサラリーマンだが(まったくミラー自身の経歴と同じ)、現代社会がもたらす人間疎外を痛感、芸術家になるために「自己の内面に突き進む」決心をする。女性との交わりもその試金石の1つだったが、彼がその中に聖性を見い出したかのように思った女性は、実は単なる見栄っ張りな俗物に過ぎなかった―。

ペーパーバック『北回帰線』.jpg パリでの生活は、言わばミラー版「巴里のアメリカ人」と言ったところで、ただし映画「巴里のアメリカ人」とは違って、淑女より娼婦の方がいっぱい出てきて、その他にも、明るいユダヤ系ロシア系とか、おかしなインド人とか様々な人物が登場し、ちょっとタガが外れたインターナショナルな雰囲気で、その中に自分がアメリカ人であることを意識しているミラーがいるような気がしました。
 
 社会のアウトローになることを恐れず(ただし彼は、友人を作るという処世術に長けていた)、自らの信念に沿って精神の自由と人生の快楽を求め、それを心から享受できる彼は、まさにオリジナルな生き方の天才!('60年代に"ヒッピー"の教祖みたいになったこともあった)。そして、アナイス・ニンなどのスポンサードでその希代の文学的才能を開花させ、アメリカ文学に今まで無かった地平を切り開いたのがこの作品です。

ペーパーバック『北回帰線』

Henry MILLER.jpg かつて新潮文庫では『北回帰線』『南回帰線』『セクサス』『ネクサス』までカバーしていて順番に読んだ記憶がありますが、今あるのは『北回帰線』と『南回帰線』だけで、この2作がやはり代表作であることは確か。
 完成度から言えば『南回帰線』の方が高いのかも知れませんが、『北回帰線』には荒削りでダダイスティックな魅力があり、"自動記述"などいろいろな文学的実験が自由奔放になされています(大久保康雄訳には、その辺りを訳出する苦心の跡が窺える)。

Henry MILLER, at home, photo by Henri Cartier-Bresson, 1946

『愛と笑いの夜』 角川文庫(吉行淳之介:訳〔'76年〕/福武文庫(吉行淳之介:訳)〔'86年〕
愛と笑いの夜.jpg愛と笑いの夜 福武文庫.jpg パリで発表された当時、『北回帰線』は米英では発禁処分になっていたので、『北回帰線』出版後も、パリから渡英する際にミラーが係官に自分の身分を証明するのに苦労して、「自分にはTropic of Cancer(北回帰線)という著書がある」と言ったところ癌(Cancer)に関する医学書と間違われたという話が、『愛と笑いの夜』(吉行淳之介訳・'68年/河出書房、'76年/角川文庫、'86年/福武文庫)所収の「ディエップ=ニューヘイヴン経由」という短編の中にありました。

 1955年発表のこの短篇集(原題:Nights of Love and Laughter)は、「ディエップ=ニューヘイヴン経由」のほかに、「マドモアゼル・クロード」「頭蓋骨が洗濯板のアル中の退役軍人」「占星料理の盛り合せ」「初恋」を所収していますが、ミラーの長編とは異なるオーソドックスな表現方式と、意外と純な性格面が窺えて(特に、自分の体験をモチーフにしたと思われる「初恋」)興味深いです。

『北回帰線』...【1969年文庫化〔新潮文庫〕/2004年単行本〔水声社〕】
『愛と笑いの夜』...【1976年文庫化[角川文庫]/1986年再文庫化[福武文庫]】
 

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本人なら自著にこんな大仰なタイトルはつけない(つけたのは宮城さん)。

失敗を恐れないのが若さの特権である.gif宮城まり子/吉行淳之介.jpg  吉行淳之介文学館 .jpg
吉行淳之介/宮城まり子 吉行淳之介文学館(宮城まり子が運営するねむの木学園の傍にある)
失敗を恐れないのが若さの特権である―愛・結婚・人生 言葉の花束』(2000/03 海竜社)

「暗室」のなかで.jpg淳之介さんのこと.jpg淳之介の背中.jpg 吉行淳之介が没したのが'94年。まず愛人だったという大塚英子氏が『「暗室」のなかで』('95年)を、続いて同居人(パートナー?)だった宮城まり子氏が『淳之介さんのこと』('01年)、を、さらに本妻・吉行文枝氏が『淳之介の背中』('04年)を発表し、没後も賑やかです。

大塚英子『「暗室」のなかで―吉行淳之介と私が隠れた深い穴 (河出文庫)』 ['97年]/宮城まり子『淳之介さんのこと (文春文庫)』/吉行文枝『淳之介の背中

 本書は吉行淳之介のエッセイなどから愛・結婚・人生についての言葉を選んだ詞華集で、選んだのは上の3人のひとり、宮城まり子氏。彼女の『淳之介さんのこと』に先駆けて'00年出版されています。彼女が全面的に編集していて、彼女の筆による作家との思い出話もあるので、"共著"に近いくらいです(但し、相手の承諾は得てないわけだが)。

 吉行淳之介のエッセイの味わいが凝縮されていて、彼女が作家のよき理解者であったことが窺えるとともに、やはり彼女のフィルターがかかって、ちょっと"濾過"されちゃったかなと感じる面も多々ありました(少なくとも本人なら自著にこんな大仰なタイトルはつけないでしょう)。また、一部ですが、前後の脈絡のなかで捉えないと誤解を招きそうな文章もあります。

 ただ、吉行淳之介という人は、フェニミズムが台頭する中で誤解されることも多い作家なので、こうしてその言葉を残していくということ自体はいいことかなと思います(本書の場合、"編集者"の作家との関係における立場の微妙さはありますが)。

《読書MEMO》
●本当の才能というものは必ず開花する(青春放浪記)
●ゴシップも選択さえ良ければ、人間性の核心に達する十分な手がかりになる(人間教室)
●権威に弱いというのは教養・教育とは関係ない
●僕は雑踏を愛し、都会を愛している。死ぬまで、花鳥風月の心境にはなれそうもない(軽薄派の発想)
●女の神経が材木だとすると男は絹糸である(無作法戦士)
●結婚とは忍耐ですよ(軽薄のすすめ)
●女は自分が世界の中心にいると考えている(女をめぐる断想)
●持病というものは飼いならして趣味にする...

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「重厚コワモテ」に対する「軽薄さ」。軽妙でみずみずしい語り口。

吉行 淳之介 『軽薄派の発想』.jpg軽薄派の発想.jpg   軽薄のすすめ.jpg 軽薄のすすめ2.jpg
軽薄派の発想 (1966年)』芳賀書店 『軽薄のすすめ』角川文庫〔'73年〕(表紙イラスト:和田 誠/松野のぼる)
角川文庫版/新装セミハードカバー版(角川書店)
吉行淳之介.jpg吉行 淳之介 『軽薄のすすめ』.jpg吉行 淳之介 『軽薄のすすめ』sh.jpg エッセイ・対談の名手でもあった吉行淳之介(1924‐1994)ですが、本書は'66(昭和41)年刊行の単行本『軽薄派の発想』(芳賀書店)を元本として、'73(昭和48)年に角川文庫として刊行されたもので、さらにこの角川文庫版は、新装セミハードカバー版として'04(平成6)年に角川書店から刊行されています(山口瞳の解説を含む)。

 新装版の冒頭に著者により書き加えられた前書きがあり(これを書いた翌月に著者は70歳でその生涯を終えるのですが)、「軽薄短小」の時代が来たなどと言われるなかで、著者の言う「軽薄」は、硬直・滑稽・愚直、さらには"軽薄"という要素も含む(戦時中からの)「重厚」に対する対立概念であることが示されています。ただし、単にユーモアと解してもらってもよいと...。

 久しぶりに読み直してみて、このあたりのニュアンスがよくわかりました。「重厚コワモテ」に対し「軽薄さ」が批判力、破壊力を持ち得ることを、ダダイズムなどを引き合いに説き、"戦中少数派"としての 戦死者に対する独自の"犬死論"を展開する部分もあります。自伝的要素もかなりあり、父エイスケ氏(NHKの朝の連ドラ「あぐり」で野村萬斎が演じたのが印象的だった)との関係などに触れた部分は興味深いものでした。

 もちろんユーモラスな話も多く、冒頭の、俳句の下の句に「根岸の里の侘住い」とつければ上の句は何がきてもOKという話や、遠藤周作ら「第三の新人」仲間とのエピソードなどはおかしい。さらには十八番の男女の機微についての話や、創作に関する話、スポーツ観戦記など内容は盛りだくさんで、軽妙で、今もってみずみずしい語り口でいずれも飽きさせません。

 因みに'73(昭和48)年は、吉行のエッセイ・対談集の文庫化ブームの年で、1月に角川文庫で『軽薄のすすめ』が出たのを皮切りに、3月に 『不作法のすすめ』、8月に 『面白半分のすすめ』...といった具合に立て続けに刊行されていて、対談集も7月に『軽薄対談』が、同じ月に講談社文庫でも『面白半分対談』が刊行されるなど、それまでの彼の文学ファン以外の読者からも多く注目を集めた年だったわけです。

 【1966年単行本[芳賀書店]/1973年文庫化[角川文庫]/1994年ソフトカバー新装版[角川書店]】

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短篇には、同時代の他の作家の追随を許さない透明感と深みがある。

『娼婦の部屋・不意の出来事』3.jpg娼婦の部屋・不意の出来事.jpg  娼婦の部屋.jpg 吉行 『不意の出来事』.jpg
娼婦の部屋・不意の出来事 (新潮文庫)』〔改訂版〕『娼婦の部屋 (1959年)』『不意の出来事 (1965年)

吉行淳之介 .jpg 「短篇の名手」と言われ、まさに短編でその力を発揮するのが吉行淳之介(1924‐1994)で、この短篇集は、表題作をはじめ13篇を収めていますが、うまいなあと思わせる部分、あるいは奥深いと思わせる部分が多々あり、また、読む側に一定の緊張感や感受する集中力を求めている感じもします。

 「娼婦の部屋」('58年発表、'59年単行本(文藝春秋新社)刊行)は、会社の仕事で精神的に疲弊した25歳の主人公が娼街の特定の女の下へ通う話で、女の側から見て毎度「毛をむしられた鶏のようになって」来るが男が、帰るときには「人間」に近くなっているというのが面白かったです。

吉行淳之介(1924~94)。68年、東京都墨田区【朝日デジタルより】

 娼婦はパトロンによって堅気の仕事に就いたりしますが、結局うまくいかずに元の街に舞い戻り、一方男の方は会社が隆盛となり(高度成長期の入り口の頃の話か)、社内の雰囲気も良くなる...そうなると、2人の男女の関係は(娼婦とその客という関係だが)変容していく、そうした "精神的"な関係性のダイナミズムを描いてうまいと思いました(いろいろなケースで、これ、当て嵌まるなあと思った)。

 第12回「新潮社文学賞」受賞作の「不意の出来事」('65年)は、主人公のサラリーマン(三流週刊誌の記者)が、自分が付き合っている女にヤクザの情夫がいたことがわかり、そのヤクザに脅される話ですが、このヤクザ、会って話してみるとどこか気の弱さが窺えるという...。女との交情なども描いているわりには乾いた感じで、ヤクザが主人公の勤め先に押しかけた際に〈応接室もない会社〉に勤めているのかと同情されたりして、3者関係の歪みの中にも何だかユーモアも漂う作品。

 そのほか、幻想的な作品や童話のような作品などもありますが、作中人物の心理などを比較的さらっとした描写で、それでいて深く抉りなながらも、基本的には作者は対象に一定の距離を置いている感じがします(病気した人でないと書けないような作品などもあるが、それらにしてもそう)。

吉行淳之介『娼婦の部屋』.gif そうした中、「鳥獣虫魚」という身体に異形を持つ女性との交わりを描いた作品は、女優のM・Mがモデルとなっているではないかと思われますが、作家自身の優しさや生への肯定感が比較的すんなり出ていてる感じがします。

 娼婦を多く描いていることもあり、好みで評価が割れる作家ですが、このころの短篇作品には、同時代の他の作家の追随を許さない透明感と深みがあると個人的には思っています。

娼婦の部屋 (1963年)』 講談社ロマン・ブックス

短編集『娼婦の部屋』...【1959年単行本[文藝春秋新社]・1963年単行本[講談社ロマン・ブックス]】
短編集『不意の出来事』...【1965年単行本[新潮社]】
短編集『娼婦の部屋・不意の出来事』...【1966年文庫化・2002年改訂版[新潮文庫]】

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主テーマは性の探求とその先の虚無か。

砂の上の植物群 1964.jpg砂の上の植物群2.jpg 砂の上の植物群.jpg    砂の上の植物群 p0ster.jpg 砂の上の植物群5.jpg
砂の上の植物群 (1964年)』『砂の上の植物群 (1965年) (ポケット文春)』『砂の上の植物群 (新潮文庫)』/中平 康 監督「砂の上の植物群」('64年/日活)

 伊木一郎は一つの推理小説を構想している。死病にかかった男が、自分の死後、貞淑な若い妻が別の男のものになることを考えて嫉妬にかられる。男は妻の体に一定の条件反射が起きるよう仕向けておき、自分の死後に妻の相手となる男を殺そうとする、という筋書きだが、肝心のトリックが思いつかないままでいた。伊木の父親は画家で、放蕩のあげく34歳で早世したが、死後も伊木の運命を操っているかのようであった。伊木には妻と小学生の息子がいる。妻の江美子はかつて父の絵のモデルをしていた女である(伊木は父との関係を疑ってもいる)。伊木は以前定時制高校の教師をしていたが、教え子の女生徒が働く酒場へ何度か通ったことが人の噂になり、高校を辞めることになった。そして亡父の友人、山田の紹介で化粧品のセールスマンになっていた。仕事帰りのある夜、港近くの公園にある展望塔で、伊木は真っ赤な口紅を付けた少女・津上明子に声をかける。明子は酒を飲もうと誘ってきた。スタンドバーで飲んだ後、二人は旅館へ行き関係を持つが、明子は処女だった。二度目に会ったとき、明子は伊木に奇妙な依頼をする。姉の京子を誘惑して、ひどい目に遭わせてほしいという。親はすでに亡くなっており、京子は酒場で働いて明子を高校に通わせている。明子には純潔を守るようにやかましく言う京子だが、店の客と旅館へ入っていくのを見てしまったのだという。伊木は津上京子のいる酒場に通いはじめ、3日目にホテルに誘った。関係を重ねるうちに京子の被虐的な性癖がわかってくる。寝巻の紐で腕を強く縛ると、京子は歓びの声を上げた。伊木は性の荒廃への斜面をすべり落ちてゆく。ある日、父が死ぬ前になじみの芸者に産ませた子がいることを山田から聞かされる。名前は「京子」で、今の消息はわからないという。年齢や出身地などの符合から、伊木は近親相姦の可能性を疑う。まさか、津上京子は父が死の直前に遺した凶器なのだろうか―。(「Wikipedia」より)

 吉行淳之介(1924‐1994)のベストセラー小説と言えば、後半期のもので『夕暮まで』('78年/新潮社)がありますが、前半期のものでは、'63年を通して雑誌「文学界」に連載され、'64年3月に単行本刊行された、この作品でしょう。

 既婚中年男性の伊木は、ある姉妹を通して性への(複数相姦)への傾斜を強めていきますが、それはほとんど実験に対する科学者の情熱のようなものさえ感じるほどです。

砂の上の植物群m.jpg 根本的には心理小説というべきものであると思うのですが、表面的には、今で言えば、3P、SM、コスプレ、援助交際などの言葉に置き換えられる状況設定が描かれていて、発表当時としては、かなり際どい風俗を描いたものとして大いにセンセーショナルだったと思われます。単行本刊行の年には中平康監督、中谷昇主演で映画化されていることを見ても(「砂の上の植物群」('64年/日活))、その頃に話題を呼んだことが窺えますが、作者も後に「その辺りの"受け"をある程度予め計算に入れた」と語っています。
中平 康 (原作:吉行淳之介) 「砂の上の植物群」 (1964/08 日活) ★★★★

 この小説について、作家の父・吉行エイスケ(ダダイズムの作家。もの凄く遊び人で、34歳で亡くなった)に対するコンプレックスがひとつの執筆動機になっていて、文庫版に併録の「樹々は緑か」(表題作の習作とされている)にもその気配はあり、また作家自身も、この作品には、「亡父からの卒業論文のような気持ちも含まれている」と述べています。また、この作品を書いて、「私は完全にふっきれた」とエッセイにも書いています。

 しかし、この作品にみえる父親の影は作品の厚みを増す効果は果たしているものの、父を超えるという動機だけでここまで書くだろうかという気もします。作家の池澤夏樹氏(彼の父は福永武彦)も以前どこかで似たような疑問を表していましたが、やはりこの作品は性に対する探求とその先の虚無を(あるいは虚無を見据えたうえでも性を探求する人間の哀しさを)描いたものではないかと思います。

映画「砂の上の植物群」('64年/日活)監督:中平康/出演:仲谷昇・稲野和子・西尾三枝子・島崎雪子
砂の上の植物群 稲野.jpg西尾三枝子 砂の上の植物群9.png「砂の上の植物群」
西尾三枝子/中谷昇


 【1964年単行本[文芸春秋新社]/1966年文庫化[新潮文庫]

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女性の心理と生理の複雑さ、不思議を前に驚き困惑する男性。

原色の街2.jpg驟雨.jpg原色の街・驟雨.jpg 吉行 淳之介.jpg 吉行 淳之介(1924--1994/享年70)
原色の街 (1956年)』『驟雨 (1954年)』『原色の街・驟雨 (新潮文庫)』〔'65年〕

『原色の街・驟雨』3.jpg 汽船会社に勤める元木英夫(30)は同僚の望月と娼家「ヴィナス」を訪れる。娼婦あけみ(25)は、空襲で家族を失い、社交喫茶のホステスを経て娼婦になったという身の上話をする。元木はあけみの体を愛撫するが、酔っていると言って途中で寝てしまう。そのことがきっかけになって、あけみの身体に異変が生じる。あけみは元木を憎む一方で、もう一度会ってみたいと考える。元木は見合いをした瑠璃子と交際を始める。瑠璃子が戦死した初恋の男のことを繰り返し語るのに、元木はかえって刺激を覚える。やがて瑠璃子は男の話をしなくなった。望月はなじみの女、「ヴィナス」の春子をモデルに写真を撮ることになる。業界誌の表紙に使うというのは嘘で、望月はカメラにフィルムを入れず、いい加減にごまかすつもりである。それを知った元木はその情景の残酷さに耐えられない思いをする。元木はその場に同席し、ポーズを取る春子をすばやく写真に納める。元木は再びあけみのもとを訪れ、春子に渡してほしいと言って写真を渡す。事情を知っていたあけみは元木のやさしさに涙を浮かべる。元木に抱かれたあけみは全身に確かな感覚を覚える。元木の汽船会社では新しい貨物船が竣工し、レセプションを開催することになった。望月のおしゃべりを聞いて、「ヴィナス」の主人や娼婦たちも会場(竣工した船の甲板)にやってくる。瑠璃子も来ており、元木に大きく手を振るが、その様子を見ていたあけみは、嫉妬のため心のバランスを失って、体を元木にぶつける。2人は船の手すりを越え、水面に落下する―。(「原色の街」初出のあらすじ(「Wikipedia」より))

 「原色の街」('56年1月、新潮社より単行本刊行)は、娼婦でありながら精神性を捨てきれないあけみという女性を、彼女が想いを寄せる元木英夫という男性を通して、その婚約者で良家の令嬢だが娼婦的な瑠璃子という女性や、彼女と同じ"職場"の様々なタイプの女たちとの対比で描いています。

 '51年に同人誌「世代」に発表したものを大幅に加筆修正したものですが、読み直してみると意外に長編で、作中の出来事も多かった...。娼家での殺人事件や最後に破局的な無理心中の未遂事件などがありますが、基本的には娼婦となったあけみの精神構造の変化を描くための計算されたつくした舞台装置という感じで、加えて、随所にみられる男女の心の襞の描写には、この作家ならでの巧みさと情感があります。


 大学を出てサラリーマン生活3年目で独身の山村英夫にとって、愛することは煩わしいことである。娼婦の町(赤線)に通い、遊戯の段階に留まることは、精神衛生にかなうと考えている。しかし、なじみになった道子という娼婦のもとへ通ううち、愛情を抱き始めた山村はその感情に戸惑う。ある日、道子の部屋から赤線の町を見下ろしていると、にわか雨が降り出し、男たちを呼びとめる娼婦たちの嬌声が町に交錯する。その様子から山村は情緒を感じ取る。翌朝、喫茶店に入った山村と道子は窓越しに、一本のニセアカシアから緑色の葉が一斉に落ちるという異様な光景を目にする。まるで緑色の驟雨であった。その日は同僚・古田五郎の結婚披露宴だった。披露宴の後、再び山村は道子を訪ねるが、先客がいたため、縄のれんの店に入り、酒とゆでた蟹を注文する。道子を所有する数多くの男たちのことを想い、嫉妬の情を覚えるも、今度はその感情を飼い慣らそうとする。ふと箸先に手応えの無いのに気づいて見下ろすと、杉箸が二つに折れかかっていた―。(「驟雨」(「Wikipedia」より))

 「驟雨」('54年2月「文学界」発表、同年10月、新潮社より単行本刊行)は主人公の名前が山村英夫ということからも察せられるとおり「原色の街」を'51年に同人誌に発表済みであったものを加筆修正する際にその原型となった作品で、最初は捌け口として捉えていた娼婦に恋愛をしてしまった男の切なさを描いた散文的な心理小説です。'54(昭和29)年の第31回芥川賞受賞作ですが、もう100回以上(つまり50年以上)も前のことか...。「原色の街」に比べ短い分、文章はカミソリのように鋭いように思われます。

 この作品に登場する道子という娼婦は、「原色の街」のあけみと同じタイプ。つまり、娼婦でありながら精神性を捨てきれない女性ということになるかと思います。一見、性風俗を描いているようで、実はかなり精神的なものがメインにあり、これも、ほぼ心理小説と言っていいのでは。

 一方、同録の「薔薇販売人」('50年)は作家の同人誌時代の作品ですが、人妻だが娼婦性を持つ瑠璃子と同じタイプの女性が出てきます。
 
 「夏の休暇」('55年)は、少年が父とその愛人と海に遊ぶ話で、このモチーフは他の作品にもあり、作家の実体験に基づくものと推察され、父とのライバル心にも似た確執が窺えて興味深かったです。

 これら初期作品は、いずれも女性の心理と生理の複雑さ、不思議さを描いていて、男性はその前で驚き逡巡し困惑するしかない存在であり(それは著者自身とも重なり)、この作家に付与されがちな性の探求者、オーソリティという"勇ましい"イメージがないのが特徴でしょうか。 
 
向島百花園から吾妻橋.jpg 因みに「原色の街」の舞台となる娼家は「隅田川東北の街」にあるとなっていて、〈吉原〉ではなく〈玉の井〉付近であることが窺え、永井荷風の『濹東綺譚』に通じるところがありますが、厳密には、空襲で焼け出された〈玉の井〉の娼館が現在の鳩の街商店街.gif鳩の街通り商店街」(東向島1丁目)に移転してきた、その辺りが舞台のようです。 
 小説の冒頭に出てくる「隅田川に架けられた長い橋」は〈吾妻橋〉で、向島百花園から吾妻橋に向けての散策途中で偶然商店街の入り口を見つけて透り抜けてみましたが、何となく昭和レトロ風の懐かしさを覚える商店街であるものの、娼街の面影は無かったです(観察力不足?)。

向島・鳩の街通り商店街
向島・鳩の街通り商店街.jpg 向島・鳩の街通り商店街2.jpg

 【『驟雨』1954年・『原色の街』1956年単行本[新潮社]/1965年文庫化[新潮文庫]】

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