Recently in 吉行 淳之介 Category

「●よ 吉行 淳之介」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【540】 吉行 淳之介 『失敗を恐れないのが若さの特権である
「●「野間文芸賞」受賞作」の インデックッスへ

40代前半に書き始め、54歳で完結した連作。女性に対する不可知論を素直に告白している作品。

夕暮まで.jpg  『夕暮まで』(1978/09 新潮社) 吉行淳之介『夕暮まで』(新潮文庫).jpg 『夕暮まで (新潮文庫)

吉行淳之介1.jpg 1978(昭和53)年・第31回「野間文芸賞」受賞作。

 主人公の妻子ある中年男・佐々と、若い女性・杉子の歳差のある男女の微妙な関係を描いた作品で、単行本化されるや当時のベストセラーとなり、黒木和雄監督、桃井かおり・伊丹十三主演で映画化されもしました('80年/東宝、主演:桃井かおり、伊丹十三)。

 作者の作品で、いろいろな意味で世間を賑わしたものと言えば、前期では『砂の上の植物群』('66年/新潮社)、中期ではこの作品になるのではないかと思われますが、この作品は元々は別に発表された短篇の連作であり、各発表年を見ると、「公園で」('65年)、「網目のなか」('71年)、「傷」('76年)、「夜の警官」('77年)、「血」('77年)、「すでにそこにある黒」('77年)、「夕暮まで」('78年)となっています。

吉行淳之介(1977年ごろ)

 つまり、書き始めは『砂の上の植物群』と同じく作者40代初めの頃で、作者は主人公とほぼ同年齢だったのが(主人公の佐々は40代前半の中年で、彼の不倫相手である杉子は22歳の独身女性)、書き終えた時には54歳になっていたことになります。

 冒頭の「公園で」は非常に幻想的なタッチであり、まだ「佐々」「杉子」といった連作における登場人物の名前さえも出てきませんが、70年代初めの「網目のなか」からリアリスティックな描写になり、70代中盤の「傷」から「夕暮まで」にかけて、現実的なストーリー性を帯びてきます(と言っても、ドラマ的な展開を見せるわけではなく、2人の関係性の変化を断章的に描いていくという感じ)。

 そのストーリーを追っていくと、杉子の自分の処女性へのこだわりというのが浮かび上がり(杉子は佐々に身体は許すが接合は許さない)、また、杉子が佐々の知らない何者かによって処女を喪失し、そのことが2人の別れの契機になったともとれることからも、その見方を強化することが出来るのですが、個人的には作者がそんな古風なテーマを物語の中心に据えようとしたようには思えませんでした。

 研ぎ澄まされた文章で知られる作家ですが、この作品は簡潔な会話が主体の部分が多く、確かにとっつき易いかも。但し、ところどころにある主人公の女性に対する観察眼の鋭さや、男女の間にある深い溝のようなものを映し出すような文章は、やはりこの作者ならではのものと思われました。

 簡潔な部分はあまりに簡潔に描かれているため、ともすると即物的に不倫を描いたような作品にも見えるかも知れず(映画化作品は観てないが、映像化するとますますそうなるのでは)、また、まるで「これが大人の男女の会話ですよ」みたいなフレーズが連なり、中年男性の"テキスト"みたいな読まれ方もされかねない作品でもあるかも。

 実際には、主人公の内的風景を核とした吉行文学に共通する心理小説だと思いますが、そういう自分も"テキスト"として読んでしまっている部分があったりして...(作者は『砂の上の植物群』を書いた時に、その種の世俗的エンタテイメント性も意識したと言っていたが、この作品はどうなのか)。

 そうした意味では、個人的には、読んでいて何となく落ち着かない作品でしたが、結論的には、女性をコントロールしているようで実は曖昧模糊の状態に置かれている主人公を通して、女性に対する不可知論のようなものを作者が素直に告白している作品のように思えました。

夕暮まで 映画1.gif 映画「夕暮まで」('80年/東宝、主演:桃井かおり、伊丹十三)

【1982年文庫化[新潮文庫]】

「●海外文学・随筆など」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【668】 メリメ 「マテオ・ファルコーネ
「○海外文学・随筆など 【発表・刊行順】」の インデックッスへ 「●よ 吉行 淳之介」の インデックッスへ

精神の自由と人生の快楽を求めた生き方の天才の自伝的処女長編。

北回帰線 新潮社 1953.jpg北回帰線.jpg 『北回帰線 (新潮文庫)』 ヘンリー・ミラー『愛と笑いの夜』.gif愛と笑いの夜 (1968年)』 河出書房 (吉行淳之介:訳/池田満寿夫:装幀)

Henry Miller.jpg 1934年パリにおいて発表された米国の作家ヘンリー・ミラー(1891‐1980)の自伝的処女長編『北回帰線』(Tropic of Cancer)は、30歳過ぎで渡仏しパリで送ったボヘミアンな生活が詩的に、ただし汚辱と猥雑さに満ち満ちて綴られていています。
Henry Miller (1891‐1980/享年88)

 主人公の30歳に近い「わたし」は、ニューヨークの電報会社で猛烈に働くサラリーマンだが(まったくミラー自身の経歴と同じ)、現代社会がもたらす人間疎外を痛感、芸術家になるために「自己の内面に突き進む」決心をする。女性との交わりもその試金石の1つだったが、彼がその中に聖性を見い出したかのように思った女性は、実は単なる見栄っ張りな俗物に過ぎなかった―。

ペーパーバック『北回帰線』.jpg パリでの生活は、言わばミラー版「巴里のアメリカ人」と言ったところで、ただし映画「巴里のアメリカ人」とは違って、淑女より娼婦の方がいっぱい出てきて、その他にも、明るいユダヤ系ロシア系とか、おかしなインド人とか様々な人物が登場し、ちょっとタガが外れたインターナショナルな雰囲気で、その中に自分がアメリカ人であることを意識しているミラーがいるような気がしました。
 
 社会のアウトローになることを恐れず(ただし彼は、友人を作るという処世術に長けていた)、自らの信念に沿って精神の自由と人生の快楽を求め、それを心から享受できる彼は、まさにオリジナルな生き方の天才!('60年代に"ヒッピー"の教祖みたいになったこともあった)。そして、アナイス・ニンなどのスポンサードでその希代の文学的才能を開花させ、アメリカ文学に今まで無かった地平を切り開いたのがこの作品です。
ペーパーバック『北回帰線』

Henry MILLER.jpg かつて新潮文庫では『北回帰線』『南回帰線』『セクサス』『ネクサス』までカバーしていて順番に読んだ記憶がありますが、今あるのは『北回帰線』と『南回帰線』だけで、この2作がやはり代表作であることは確か。
 完成度から言えば『南回帰線』の方が高いのかも知れませんが、『北回帰線』には荒削りでダダイスティックな魅力があり、"自動記述"などいろいろな文学的実験が自由奔放になされています(大久保康雄訳には、その辺りを訳出する苦心の跡が窺える)。
Henry MILLER, at home, photo by Henri Cartier-Bresson, 1946

愛と笑いの夜.jpg愛と笑いの夜 福武文庫.jpg パリで発表された当時、『北回帰線』は米英では発禁処分になっていたので、『北回帰線』出版後も、パリから渡英する際にミラーが係官に自分の身分を証明するのに苦労して、「自分にはTropic of Cancer(北回帰線)という著書がある」と言ったところ癌(Cancer)に関する医学書と間違われたという話が、『愛と笑いの夜』(吉行淳之介訳・'68年/河出書房、'76年/角川文庫、'86年/福武文庫)所収の「ディエップ=ニューヘイヴン経由」という短編の中にありました。

 1955年発表のこの短篇集(原題:Nights of Love and Laughter)は、「ディエップ=ニューヘイヴン経由」のほかに、「マドモアゼル・クロード」「頭蓋骨が洗濯板のアル中の退役軍人」「占星料理の盛り合せ」「初恋」を所収していますが、ミラーの長編とは異なるオーソドックスな表現方式と、意外と純な性格面が窺えて(特に、自分の体験をモチーフにしたと思われる「初恋」)興味深いです。

『愛と笑いの夜』 角川文庫 〔'76年〕/福武文庫 〔'86年〕


『北回帰線』...【1969年文庫化〔新潮文庫〕/2004年単行本〔水声社〕】
『愛と笑いの夜』...【1976年文庫化[角川文庫]/1986年再文庫化[福武文庫]】
 

「●よ 吉行 淳之介」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 「●る モーリス・ルブラン」 【1408】 モーリス・ルブラン 『怪盗紳士ルパン

本人なら自著にこんな大仰なタイトルはつけない(つけたのは宮城さん)。

失敗を恐れないのが若さの特権である.gif    宮城まり子/吉行淳之介.jpg 吉行淳之介/宮城まり子

失敗を恐れないのが若さの特権である―愛・結婚・人生 言葉の花束』(2000/03 海竜社)

「暗室」のなかで.jpg淳之介さんのこと.jpg淳之介の背中.jpg 吉行淳之介が没したのが'94年。まず愛人だったという大塚英子氏が『「暗室」のなかで』('95年)を、続いて同居人(パートナー?)だった宮城まり子氏が『淳之介さんのこと』('01年)、を、さらに本妻・吉行文枝氏が『淳之介の背中』('04年)を発表し、没後も賑やかです。

大塚英子『「暗室」のなかで―吉行淳之介と私が隠れた深い穴 (河出文庫)』 ['97年]/宮城まり子『淳之介さんのこと (文春文庫)』/吉行文枝『淳之介の背中

 本書は吉行淳之介のエッセイなどから愛・結婚・人生についての言葉を選んだ詞華集で、選んだのは上の3人のひとり、宮城まり子氏。彼女の『淳之介さんのこと』に先駆けて'00年出版されています。彼女が全面的に編集していて、彼女の筆による作家との思い出話もあるので、"共著"に近いくらいです(但し、相手の承諾は得てないわけだが)。

 吉行淳之介のエッセイの味わいが凝縮されていて、彼女が作家のよき理解者であったことが窺えるとともに、やはり彼女のフィルターがかかって、ちょっと"濾過"されちゃったかなと感じる面も多々ありました(少なくとも本人なら自著にこんな大仰なタイトルはつけないでしょう)。また、一部ですが、前後の脈絡のなかで捉えないと誤解を招きそうな文章もあります。

 ただ、フェニミズムが台頭する中で誤解されることも多い作家なので、こうしてその言葉を残していくということ自体はいいことかなと思います(本書の場合、"編集者"の作家との関係における立場の微妙さはありますが)。

《読書MEMO》
●本当の才能というものは必ず開花する(青春放浪記)
●ゴシップも選択さえ良ければ、人間性の核心に達する十分な手がかりになる(人間教室)
●権威に弱いというのは教養・教育とは関係ない
●僕は雑踏を愛し、都会を愛している。死ぬまで、花鳥風月の心境にはなれそうもない(軽薄派の発想)
●女の神経が材木だとすると男は絹糸である(無作法戦士)
●結婚とは忍耐ですよ(軽薄のすすめ)
●女は自分が世界の中心にいると考えている(女をめぐる断想)
●持病というものは飼いならして趣味にする...

「●よ 吉行 淳之介」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1506】 吉行 淳之介 『夕暮まで

「重厚コワモテ」に対する「軽薄さ」。軽妙でみずみずしい語り口。

軽薄派の発想.jpg  『軽薄派の発想 (1966年)』 芳賀書店 軽薄のすすめ.jpg 軽薄のすすめ2.jpg 『軽薄のすすめ』 角川文庫 〔'73年〕 (表紙イラスト:和田 誠/松野のぼる)

 エッセイ・対談の名手でもあった吉行淳之介(1924‐1994)ですが、本書は'66(昭和41)年刊行の単行本『軽薄派の発想』(芳賀書店)を元本として、'73(昭和48)年に角川文庫として刊行されたもので、さらにこの角川文庫版は、新装セミハードカバー版として'04(平成6)年に角川書店から刊行されています(山口瞳の解説を含む)。

吉行淳之介.jpg 新装版の冒頭に著者により書き加えられた前書きがあり(これを書いた翌月に著者は70歳でその生涯を終えるのですが)、「軽薄短小」の時代が来たなどと言われるなかで、著者の言う「軽薄」は、硬直・滑稽・愚直、さらには"軽薄"という要素も含む(戦時中からの)「重厚」に対する対立概念であることが示されています。ただし、単にユーモアと解してもらってもよいと...。

 久しぶりに読み直してみて、このあたりのニュアンスがよくわかりました。「重厚コワモテ」に対し「軽薄さ」が批判力、破壊力を持ち得ることを、ダダイズムなどを引き合いに説き、"戦中少数派"としての 戦死者に対する独自の"犬死論"を展開する部分もあります。自伝的要素もかなりあり、父エイスケ氏(NHKの朝の連ドラ「あぐり」で野村萬斎が演じたのが印象的だった)との関係などに触れた部分は興味深いものでした。

 もちろんユーモラスな話も多く、冒頭の、俳句の下の句に「根岸の里の侘住い」とつければ上の句は何がきてもOKという話や、遠藤周作ら「第三の新人」仲間とのエピソードなどはおかしい。さらには十八番の男女の機微についての話や、創作に関する話、スポーツ観戦記など内容は盛りだくさんで、軽妙で、今もってみずみずしい語り口でいずれも飽きさせません。

 因みに'73(昭和48)年は、吉行のエッセイ・対談集の文庫化ブームの年で、1月に角川文庫で『軽薄のすすめ』が出たのを皮切りに、3月に 『不作法のすすめ』、8月に 『面白半分のすすめ』...といった具合に立て続けに刊行されていて、対談集も7月に『軽薄対談』が、同じ月に講談社文庫でも『面白半分対談』が刊行されるなど、それまでの彼の文学ファン以外の読者からも多く注目を集めた年だったわけです。

 【1966年単行本[芳賀書店]/1973年文庫化[角川文庫]/1994年ソフトカバー新装版[角川書店]】

「●よ 吉行 淳之介」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【539】 吉行 淳之介 『軽薄のすすめ

短篇には、同時代の他の作家の追随を許さない透明感と深みがある。

娼婦の部屋.jpg娼婦の部屋・不意の出来事.jpg 『娼婦の部屋・不意の出来事 (新潮文庫)』 〔改訂版〕
娼婦の部屋 (1959年)

吉行淳之介 .jpg 「短篇の名手」と言われ、まさに短編でその力を発揮するのが吉行淳之介(1924‐1994)で、この短篇集は、表題作をはじめ13篇を収めていますが、うまいなあと思わせる部分、あるいは奥深いと思わせる部分が多々あり、また、読む側に一定の緊張感や感受する集中力を求めている感じもします。

 「娼婦の部屋」('58年発表、'59年単行本(文藝春秋新社)刊行)は、会社の仕事で精神的に疲弊した25歳の主人公が娼街の特定の女の下へ通う話で、女の側から見て毎度「毛をむしられた鶏のようになって」来るが男が、帰るときには「人間」に近くなっているというのが面白かったです。

吉行淳之介(1924~94)。68年、東京都墨田区【朝日デジタルより】

 娼婦はパトロンによって堅気の仕事に就いたりしますが、結局うまくいかずに元の街に舞い戻り、一方男の方は会社が隆盛となり(高度成長期の入り口の頃の話か)、社内の雰囲気も良くなる...そうなると、2人の男女の関係は(娼婦とその客という関係だが)変容していく、そうした "精神的"な関係性のダイナミズムを描いてうまいと思いました(いろいろなケースで、これ、当て嵌まるなあと思った)。

吉行 『不意の出来事』.jpg 第12回「新潮社文学賞」受賞作の「不意の出来事」('65年)は、主人公のサラリーマン(三流週刊誌の記者)が、自分が付き合っている女にヤクザの情夫がいたことがわかり、そのヤクザに脅される話ですが、このヤクザ、会って話してみるとどこか気の弱さが窺えるという...。女との交情なども描いているわりには乾いた感じで、ヤクザが主人公の勤め先に押しかけた際に〈応接室もない会社〉に勤めているのかと同情されたりして、3者関係の歪みの中にも何だかユーモアも漂う作品。

不意の出来事 (1965年)

 そのほか、幻想的な作品や童話のような作品などもありますが、作中人物の心理などを比較的さらっとした描写で、それでいて深く抉りなながらも、基本的には作者は対象に一定の距離を置いている感じがします(病気した人でないと書けないような作品などもあるが、それらにしてもそう)。

吉行淳之介『娼婦の部屋』.gif そうした中、「鳥獣虫魚」という身体に異形を持つ女性との交わりを描いた作品は、女優のM・Mがモデルとなっているではないかと思われますが、作家自身の優しさや生への肯定感が比較的すんなり出ていてる感じがします。

 娼婦を多く描いていることもあり、好みで評価が割れる作家ですが、このころの短篇作品には、同時代の他の作家の追随を許さない透明感と深みがあると個人的には思っています。

娼婦の部屋 (1963年)』 講談社ロマンス・ブック

 【短編集『娼婦の部屋』...1959年単行本[文藝春秋新社]・1963年単行本[講談社]/短編集『不意の出来事』...1965年単行本[新潮社]/1966年文庫化・2002年改訂版[新潮文庫]】

「●よ 吉行 淳之介」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【538】 吉行 淳之介 『娼婦の部屋・不意の出来事

主テーマは性の探求とその先の虚無か。

砂の上の植物群 1964.jpg    砂の上の植物群2.jpg   砂の上の植物群.jpg
砂の上の植物群 (1964年)』/『砂の上の植物群 (1965年) (ポケット文春)』/ 『砂の上の植物群 (新潮文庫)

 吉行淳之介(1924‐1994)のベストセラー小説と言えば、後半期のもので『夕暮まで』('78年/新潮社)がありますが、前半期のものでは、'63年を通して雑誌「文学界」に連載され、'64年3月に単行本刊行された、この作品でしょう。

 既婚中年男性の伊木は、ある姉妹を通して性への(複数相姦)への傾斜を強めていきますが、それはほとんど実験に対する科学者の情熱のようなものさえ感じるほどです。

砂の上の植物群m.jpg 根本は心理小説ですが、表面的には、今で言えば、3P、SM、コスプレ、援助交際などの言葉に置き換えられる状況設定が描かれていて、発表当時としては、かなり際どい風俗を描いたものとして大いにセンセーショナルだったと思われます。単行本刊行の年('64年)には映画化されていることを見ても、話題を呼んだことが窺えますが、作者も後に、その辺りの"受け"をある程度予め計算に入れたと語っています。
('64年/日活)

 この小説について、作家の父・吉行エイスケ(ダダイズムの作家。もの凄く遊び人で、34歳で亡くなった)に対するコンプレックスがひとつの執筆動機になっていて、文庫版に併録の「樹々は緑か」(表題作の習作とされている)にもその気配はあり、また作家自身も、この作品には、「亡父からの卒業論文のような気持ちも含まれている」と述べています。また、この作品を書いて、「私は完全にふっきれた」とエッセイにも書いています。

 しかし、この作品にみえる父親の影は作品の厚みを増す効果は果たしているものの、父を超えるという動機だけでここまで書くだろうかという気もします。作家の池澤夏樹氏(彼の父は福永武彦)も以前どこかで似たような疑問を表していましたが、やはりこの作品は性に対する探求とその先の虚無を(あるいは虚無を見据えたうえでも性を探求する人間の哀しさを)描いたものではないかと思います。

 【1964年単行本[文芸春秋新社]/1966年文庫化[新潮文庫]

「●よ 吉行 淳之介」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【537】 吉行 淳之介 『砂の上の植物群
「●「芥川賞」受賞作」の インデックッスへ

女性の心理と生理の複雑さ、不思議を前に驚き困惑する男性。

原色の街.jpg原色の街・驟雨.jpg 『原色の街・驟雨 (新潮文庫)』 〔'65年〕 吉行 淳之介.jpg 吉行 淳之介 (1924‐1994/享年70)
原色の街 (1956年)

 「原色の街」('56年1月、新潮社より単行本刊行)は、娼婦でありながら精神性を捨てきれないあけみという女性を、彼女が想いを寄せる元木英夫という男性を通して、その婚約者で良家の令嬢だが娼婦的な瑠璃子という女性や、彼女と同じ"職場"の様々なタイプの女たちとの対比で描いています。

 '51年に同人誌「世代」に発表したものを大幅に加筆修正したものですが、読み直してみると意外に長編で、作中の出来事も多かった...。娼家での殺人事件や最後に破局的な無理心中の未遂事件などがありますが、基本的には娼婦となったあけみの精神構造の変化を描くための計算されたつくした舞台装置という感じで、加えて、随所にみられる男女の心の襞の描写には、この作家ならでの巧みさと情感があります。

驟雨.jpg 「驟雨」('54年2月「文学界」発表、同年10月、新潮社より単行本刊行)は主人公の名前が山村英夫ということからも察せられるとおり「原色の街」を('51年に同人誌に発表済みであったものを加筆修正する際に)原型となった作品で、最初は捌け口として捉えていた娼婦に恋愛をしてしまった男の切なさを描いた散文的な心理小説です。'54(昭和29)年の第31回芥川賞受賞作ですが、もう100回以上(つまり50年以上)も前のことか...。「原色の街」に比べ短い分、文章はカミソリのように鋭いように思われます。

驟雨 (1954年)』 

 この作品に登場する道子という娼婦は、「原色の街」のあけみと同じタイプ。つまり、娼婦でありながら精神性を捨てきれない女性ということになるかと思います。一見、性風俗を描いているようで、実はかなり精神的なものがメインにあり、これも、ほぼ心理小説と言っていいのでは。

 一方、同録の「薔薇販売人」('50年)は作家の同人誌時代の作品ですが、人妻だが娼婦性を持つ瑠璃子と同じタイプの女性が出てきます。
 
 「夏の休暇」('55年)は、少年が父とその愛人と海に遊ぶ話で、このモチーフは他の作品にもあり、作家の実体験に基づくものと推察され、父とのライバル心にも似た確執が窺えて興味深かったです。

 これら初期作品は、いずれも女性の心理と生理の複雑さ、不思議さを描いていて、男性はその前で驚き逡巡し困惑するしかない存在であり(それは著者自身とも重なり)、この作家に付与されがちな性の探求者、オーソリティという"勇ましい"イメージがないのが特徴でしょうか。 
 
向島百花園から吾妻橋.jpg 因みに「原色の街」の舞台となる娼家は「隅田川東北の街」にあるとなっていて、〈吉原〉ではなく〈玉の井〉付近であることが窺え、永井荷風の『濹東綺譚』に通じるところがありますが、厳密には、空襲で焼け出された〈玉の井〉の娼館が現在の鳩の街商店街.gif鳩の街通り商店街」(東向島1丁目)に移転してきた、その辺りが舞台のようです。 
 小説の冒頭に出てくる「隅田川に架けられた長い橋」は〈吾妻橋〉で、向島百花園から吾妻橋に向けての散策途中で偶然商店街の入り口を見つけて透り抜けてみましたが、何となく昭和レトロ風の懐かしさを覚える商店街であるものの、娼街の面影は無かったです(観察力不足?)。
ルートガイド・続きは街で!「下町めぐり.jp」「向島・鳩の街通り商店街」より

 【『驟雨』1954年・『原色の街』1956年単行本[新潮社]/1965年文庫化[新潮文庫]】

About this Archive

This page is an archive of recent entries in the 吉行 淳之介 category.

吉村 昭 is the previous category.

モーリス・ルブラン is the next category.

Find recent content on the main index or look in the archives to find all content.

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1